宇宙で見る夢 (メイベル)
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プロローグ

「ようこそいらっしゃいました」

 

 侍女と共に港に着いた私を恭しく迎える中年のやや太り気味の男。

 

「貴女の到着を心待ちにしておりましたよ」

「機関の最高責任者自ら出迎えていただけるとは、ありがとうございます」

 

 皮肉を篭めて返した返事に男は笑う。

 

 私がそれだけ価値があるモルモットと言うことか。

 或いは大事にしたい人質と言うことかもしれない。

 

「キリシア閣下に何か言われています?」

「貴女を直接私が迎えに来たのはキシリア閣下の事は関係ございません。優秀なニュータイプである貴女自身に期待しての事です」

 

 何も言われていないはずがない。

 お父様は中立的な立場だったとは言え、ダイクン時代の高官。さらにデギン公王と懇意にしているとは言え、明確なザビ派ではなく、あくまで今現在も中立派なのだから。

 ジオン暗部を司るキシリアなら私を人質にと考える事だろう。

 

 中立宣言したコロニー内に作られたジオン施設の責任者だけはあるのか、中々の狸らしい。

 

 NTの研究の被検体として扱われる事を拒否していた私の精一杯の二度目の皮肉さえもかわし、中年の男は手を広げて言った。

 

「我がフラナガン機関へ、歓迎いたしますよ。ハマーン・カーンお嬢様」

 

 

 

 

 

 サイド6へ来て早々、実験をされることになった。

 

 手術台のような物に座らされ、体にコードのついた何かをぺたぺたと貼り付けられる。

 そして腕に何かを注射された。

 

「今のは?」

「精神をリラックスさせて感覚を広げやすくする薬ですよ。気持ち良くなって眠くなったら寝ても構いません。その間の脳波を測るのが目的ですので」

 

 そう言って白衣の科学者らしき男は離れていった。

 

 強制的に精神を弛緩させる薬を使われ嫌悪感がわいてくる。

 ニュータイプの研究所らしいが、やってることは前時代的で野蛮だな――と思いつつ、意識があやふやになっていく。

 

『ハマーン、ゆっくり眼を閉じ、意識を自分の体から出すイメージを浮かべてみるんだ。その部屋だけではなく、コロニーの外、宇宙空間がどうなっているかを考えてみなさい』

 

 スピーカーからフラナガン博士の声が聞こえる。

 

 素直に従ってやる義理はないのだが、薬の影響か私は言われた通りにした。

 眼を瞑り、周りを、世界を想像する。

 

『おお、これは!』

 

 スピーカー越しに驚いているフラナガン博士の声が聞こえた。

 何故か見えるはずのない興奮し歓喜している姿が頭に浮かぶ。

 

 見えないのに見える不思議な感覚はもっと広がる。

 コロニー内を歩く人、動く車、港に停泊してる艦船に作業している人々。その感覚はどんどん広がり、コロニーの外の宇宙が頭の中で見えた。

 

 その瞬間、私の中に記憶が入り込む。

 日本で生まれ、幼稚園小学校中学校に通い、高校はミッション系の高校に入り、大学では友人達に囲まれている。社会人になって、それから――。

 

「ぐぅぅ、これは何っ!!!」

 

 頭に激痛が走った。

 ゲームやマンガやドラマが好きで、中学の時に塾の先生に『ガンダム』の録画ビデオを渡され見させられた思い出が蘇る。

 

「これは……私は……ァァアアア……」

『何をやっている! すぐに――――』

 

 激痛に耐えられず気絶する寸前に全ての記憶を思いだした。

 

 こことは違う世界で育った、前世の自分の記憶を。

 

 

 

 




ハマーン様に転生した一般人が、割とテキトーな原作知識を基に頑張っていくお話予定です。

「俗物が!」とかはそのうち言うかもしれません。
でもしばらくは前世がただの一般人なのもあって、年相応の少女かも?

上手く描けるかわかりませんが、よろしくお願いします。
m(__)m



ぶっちゃけ偉そうで傲慢で孤高で高飛車なハマーン様が好きなのですが!
ハマーン様主役の長編小説があまりないので書いてみました。
(つд`)


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第1話

 NT研究所であるフラナガン機関へやってきて数日が経った。

 

 かなり優秀なNTであるらしい私は様々な実験をさせられた。

 下らないトランプの絵柄当てからモビルスーツ訓練用シミュレーターまで色々と。

 最初の薬品で過剰反応を示して以来、薬物投与をされてないのが救いか。

 

 まぁ今はそれはどうでもいい。

 検査や試験の結果に一喜一憂する科学者達には苛立つし、自分の体の内部を勝手に調べ上げられたりする事には嫌悪するが置いておく。

 

 数日経ったしそろそろ認めよう。

 

「ここはガンダムの世界で、私はネオジオンのハマーン・カーンってことね」

 

 前世の記憶を思い出して、今やっと認めることが出来た。

 

「父はマハラジャ・カーン。姉はドズル・ザビの侍女だったが亡くなっている。妹のセラーナはお父様と一緒かしら? フラナガン機関へは人質の意味合いとサイド6に在ることで戦禍に巻き込ませたくない父の意向で、グラナダのニュータイプ研究所からやってきた……か」

 

 前世を思い出したとは言え、しっかりと自分はハマーンとしての記憶と自我がある。

 しかしなんとなくだが――。

 

「前世の方が生きた時間が長い分、日本人の自分に毒されている気がする」

 

 根拠は自室にある鏡を見て実感した事。

 

「どう見てもツインテールの可愛い少女よね。数日前まで当たり前だった自分の姿に違和感を感じるなんて……」

 

 私と言うか、アニメで見たハマーンって髪形違うよね?

 こう、ミンキーでモモ的な髪型だったと記憶しているんだけど……。

 

「もしかして前世の記憶自体が妄想?」

 

 だったらいいなぁ。

 そうじゃなければ、私は確か20代でお亡くなりになっちゃうはずだ。

 それはとても嫌だ。当然の事として死にたくはないし、死ぬ前に大恋愛の一つもしたい。

 

「恋愛……か」

 

 その言葉で思い浮かぶ人物は一人。

 

「シャア・アズナブル……」

 

 Zガンダムでハマーン・カーンが恋していた男性。

 わざわざエゥーゴと接触してシャアを自分の元に来させようとし、戦いの終盤は自分の物にならない苛立ちから殺しかけるも、最後の最後まで拘っていた男性。

 

 イケメン、家柄よし、能力優秀、財力もきっとある、人望は言うまでもない。未来の私が惚れるのもわかる。ここまでだけなら。

 

「でもあの人、シスコンでロリコンでマザコンなのよね……」

 

 セイラ・マスに対するシスコン。

 これはまぁいいでしょう。肉親の情は大切だと思う。

 

 問題はララァ・スンに対するロリコンにマザコン……。

 自分より年下の少女に恋して、その上に母になってくれるかもしれなかった!と言っちゃうのはどうなの?

 

 女としてはマザコンだけでも引くと言うのに、年下の少女をマザコンの対象にするのだ。ありえない。

 

 鏡で見る自分はツインテールの可愛い少女。

 将来アクシズでシャアと出会う時もきっとこのままだろう。

 12歳の私はロリコンのシャア大佐にはストライクだろう。出会うのは14歳かもしれないけど、十分あの人のストライクゾーンだ。

 

 コンコンコンコン。

 

 自室の部屋にノックの音が響いた。

 

「ハマーン様、ソフィアーネでございます」

「入って良いわよ」

「失礼いたします」

 

 私の護衛兼侍女として父より配属されたソフィアーネ。

 前世の記憶の中には居ないけど、きっとモブだったのかな?

 って思うのは失礼な事かしら。

 

「ハマーン様、お食事の時間なのでお迎えに参りました」

「そのくらいで来なくても良いのに」

「仕事でございますれば」

「真面目ね」

 

 父の部下とは言え、現在仕える私に『仕事だから来たんだ』と言うのはどうかと思うわ。

 前世の記憶を思い出し、大人の余裕を持った私は彼女の不敬も軽く流してあげるけど。

 

 一緒に食堂へ向かう途中に彼女が口を開いた。

 

「何かお考えだったようですが、問題がございましたか?」

「フラナガン機関自体が問題だらけな気がするけど……」

 

 ジオンの高級官僚の娘(私)に薬物投与して実験したりとか、孤児やら娼館から買い取った子供で実験したり……。

 アニメの時はムラサメ研究所やオーガスタ研究所が酷いと思ったが、体験してみて思う。ここも変わらない。

 

 私の返事に何かを思ったのか、ソフィアーネが小声で話しかけてきた。

 

「キシリアに対する貸しにもなるのでフラナガン機関へ来ておりますが、ご不満なら違う場所、グラナダやサイド3辺りへ行くこともできますが」

「そうなんだ? でも今すぐは良いかな。ここでやりたいこともあるし」

 

 自分の将来の為に色々とする必要がある。

 折角フラナガン機関に居るんだし、出来ることをやってから出て行こう。

 グラナダに戻れば、そっちはそっちでモルモットでしょうしね。

 

「お部屋で一人、ご自分の処遇に悩んでおられるとは気づきませんでした。申し訳ありません」

「あぁ、気にしないでいいわ。さっき部屋で考えてたのは別の事だし」

 

 心配顔のソフィアーネに悪戯するように言ってあげた。

 

「シスコンでロリコンでマザコンの男性とは、恋をしないぞって思ってただけだから」

 

 シャアとは絶対に恋仲にならない。

 これは心しておこうと思う。

 

 ソフィアーネは「それはひどい男性ですね」と笑って応えてくれる。

 私も調子に乗って彼の悪口をさらに言う。

 

 食堂へつくまでの間、まだ見ぬ赤い彗星の悪口で盛り上がった。

 

 

 

 




私はシャアさんがとても大好きです。
主人公は出会ってないのでイメージだけで決め付けています。

侍女のソフィアーネさんはオリキャラです。

投稿の仕方が合ってるのか不安(;´ω`)投稿できてるのかな~。



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第2話

 今日の実験を終えて自室で考えを整理する。

 

「まずは私の知識についてよね」

 

 前世で塾の先生にビデオを無理矢理貸しつけられて、ガンダムについて洗脳された。

 その時に見た作品が映画の初代『ガンダム』のI~Ⅲ。

 それで好きになって他の作品を見た。

 見た作品は確か……。

 

 Z。

 ZZ。

 08MS小隊。

 ポケットの中の戦争。

 0083。

 逆襲のシャア。

 ガンダムUC。

 

 初代関連についてはこんな所だろうか。

 これからの一年戦争とユニコーンまでカバーできれば、中々十分な知識だと思う。

 

 ……覚えていれば。

 

「確かにアニメは好きだったけど、設定とかに拘ってたわけじゃないのよね。詳細はサッパリ覚えてないわ……。そもそも前世の時もどれもあやふやだったのに、今の私が細かく覚えてるわけもないわよね……。ガンダム作品多すぎるのよ」

 

 さらに言えば覚えていたとしても問題がある。

 TV版と映画版では内容が違うし、マンガやゲームまで入れれば作品ごとの差異は多岐にわたるはずなのだ。今私が居る世界がどの世界観ベースかもわからないし、下手をすると全く違うことだってあるかもしれない。原作知識があっても歴史的な部分では大まかにしか役に立たない。

 

「と言う事にして自分を慰めましょう。うん、私は悪くない」

 

 私の死因たる強い子ジュドー・アーシタ君。

 彼の出身コロニーとかサッパリ思い出せない。

 普通は前世の知識で原作介入して、上手に死亡フラグを叩き折るはずなのになぁ。

 

「私の前世の知識、微妙……」

 

 髪留めを外す。それで自由になった髪を指ですいて軽く整える。

 

「とりあえず、今日は寝ようっと……」

 

 前世で読んだ転生物の創作に比べ、自分の知識の穴の多さに悲しくなる。

 

 疲れてたし、不貞寝したって悪くないよね?

 

 

 

 

 

 不貞寝した翌日は体調が悪いと嘘を言って自室に篭った。

 

 のんびり寝てる場合じゃなかったのだ。

 私には死亡フラグが待っているのだから。

 今後の明確な方針を決めておかなきゃいけない。

 

「まず生きる為にどうするか? 地球やどこかのコロニーでひっそり過ごせば大丈夫?」

 

 腕を組んで考える。

 悲しいかな、胸が小さいのでしっかり腕が組める。

 大人になっても胸が小さいことを知ってる身としては、これも今のうちからどうにかするべきかな?

 

「って、いけない。思考がずれた」

 

 地球やコロニーに一般人として住んだとして……。

 無事な自分が想像できない。

 何かしら事件に巻き込まれるか、最悪強化人間にされる気がする。そうしてサイコガンダムmkⅡに乗ってジュドー君と……ぶるぶる。

 

 大体、この世界は毒ガス事件やクーデターやコロニー落しやアクシズ落しがあって安心できない。

 うっかり毒ガス入れられるコロニーに居たら死んじゃうし、宇宙からの落し物がきたら地球も危なすぎる。

 

「この時代の指導者層はやりすぎな気がするわ……」

 

 12歳の少女である私が指導者になったほうがマシなんじゃないかしら?

 そう思うほどに酷い気がする。

 

「そうすると原作通り私がアクシズの指導者に……?」

 

 それが一番無難な気がする。

 

 ある程度の流れは分かってるから、危なそうな事はしなければいい。

 具体的に言うとカミーユ・ビダン君やジュドー君に優しくしたりすれば狙われないよね?

 アムロ・レイとは接点があまりなかったはずだから気にしない。

 もし敵になって直接戦闘にでもなったら……怖いから考えない。

 

「よし、頑張って原作よりはましな未来を迎えられるようにしましょう」

 

 地球圏の支配という本来の私が目指す事に比べたら低すぎる志だけど……。

 それを考えるほど私は野心に溢れてない。

 

 さて、目標……というには大雑把過ぎるかな。

 大まかな方針が決まったので具体策を考えなきゃ。

 

「確か……お父様が亡くなられて私がアクシズの代表になるのよね」

 

 平和主義で穏健で娘達を愛しているお父様。

 亡くなると思うと涙が出てくる。

 死因は知らないけど、願わくば死なないで欲しい。

 死なないでアクシズの指導者のままなら、その時は私がお父様を支えよう。

 

「まだ起きて無い事で泣いてる場合じゃなかったわ」

 

 お父様を支えるにも自分が上に立つにも必要な物、それは。

 

「忠実な部下ね。それも有能な。ある程度自己判断が出来て艦隊指揮も出来て、MSの操縦技術も高い人が良いわね」

 

 理想を口に出してみたけれど……そんな人居るだろうか?

 

 ベッドに寝っ転がって考える。

 置いてあったウサギの抱き枕を抱きしめる。

 

 アニメ作品だけじゃなく、ゲームや漫画からも良さげな人物を思い浮かべてみる。

 

「シロー・アマダ少尉。部下思いできっと忠誠心も篤い。正義の人で信頼も出来るし、実行力もある。……けど連邦の人」

 

 ロミオとジュリエット的な恋愛をしてた。あんな恋愛は憧れる。

 相手のアイナさんが羨ましい。

 

「マスター・ピース・レイヤー。隊長だし指揮はできる。MS技術も悪くないはず。でもやっぱり連邦所属で、なんとなくだけど存在しない気がする」

 

 ギレンの野望シリーズに出てたから知っているけど、本来のゲームでの活躍は知らない。

 アクション系が苦手でシミュレーションが得意だったから野望シリーズは少しやったのよね。

 

「って前世の思い出に浸ってる場合じゃなくて! う~ん、ジオンの人で良い人は~。あ、アナベル・ガトー少佐! 忠誠心篤くて真っ直ぐで、カリスマもあるし、MSの操縦だけじゃなく、生身での潜入までする有望株!」

 

 ……なんだけど、確かギレン・ザビの親衛隊所属だっけ?

 その関係でエギーユ・デラーズ大佐とも面識があって、ア・バオア・クーの戦い以降は彼に忠誠を誓ってたっけ。

 0083はニュータイプが活躍しない作品で結構好きだったなぁ。

 必死に頑張ってる男達の戦い!みたいで。

 

「アナベルって名前が可愛くて呼びやすくて、とっても良いんだけどなぁ。あ……」

 

 ギレン親衛隊所属のガトー少佐の確保は無理そうだ。

 だけどそれに関連して良さそうな人物に思い至る。

 

 艦隊指揮にMS技術も高いし、戦術眼も持ってる。

 それだけじゃなく約3年も戦犯として追われながらも艦隊を維持し、色々な所の要人との交渉能力もある。これは素晴らしい事だ。この世界は闘う力も必要だけど、秘密裏の交渉能力はさらに重要だと思う。

 

「うん、良いかもしれない。時期的にまだスレてないだろうし、こう、上手く転がせば……」

 

 スレてない今なら、交渉次第で私に忠誠を尽くしてくれるだろう。

 元々は性格が悪くなかったはずなのだ。どこかのお嬢様だったとか聞いた事もある……ような気もするし。

 

 部下候補その1を決めたとして、どうしましょう。

 私には彼女と会うコネもなければ権力もない。

 将来ならまだしも、現時点では12歳の少女でしかないのだ。

 

「しょうがない、ソフィアーネに相談しましょう」

 

 彼女はお父様が私の護衛兼侍女として配属してくれたのだ。

 相談すれば何とかしてくれるかもしれない。というか、他に相談できる人がいない。

 

 内線電話で彼女の部屋へと繋ぐ。

 

「あ、ソフィアーネ、ちょっと相談したいことがあって――」

 

 

 




昔友人が貸してくれた0083は、今でも大好きです。
初代の世界作品でニュータイプが基本的に関わらないガンダム作品って珍しいですよね。
ハマーン様がワンシーン出ておりましたが(*´ω`)

※ガトー少佐はドズル配下の部隊なので、親衛隊所属ではありません。
作中でそのうち主人公の勘違いを指摘いたします。
感想でのご指摘ありがとうございます。


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第3話

 部屋にやってきたソフィアーネと対面中です。

 

 ちょっと未来の為に部下が欲しいから、ある軍人と会いたい。

 こんな事を突然私が言ってもまともに相手をしてもらえないだろう。

 そもそもよく考えたら侍女である彼女に相談しても無駄な気もする。

 お父様に連絡を取って手を回してもらうべきだったかな。

 

 そうすると彼女に用はないんだけど――ここで少し考える。

 

 お父様に手を回してもらうとしても、その前の練習にいいんじゃないかな?

 私がネオジオンを率いるような人物になるなら、侍女の一人くらい納得させられるはずだ。

 もしソフィアーネに私が軍人の部下を欲している事を納得させられなければ、今後の方針も変える必要があると思うしね。

 

 あの『ハマーン』のようなカリスマがあるか、彼女で自分を試す事にした。

 

「ハマーン様、お呼びになられた用件は一体?」

 

 焦れた様に質問してくるソフィアーネにニヤリと笑いかける。

 内心では不安から、私はハマーン、私はハマーン、と暗示のように自分の名前を連呼していた。

 

「ソフィアーネ、今の一年……ジオンと連邦の戦争をどう思う?」

 

 危ない危ない。

 一年戦争の名称は終戦後につくはずだ。うっかり一年戦争はどう思うかと言うところだった。

 詳細に覚えていない前世の知識は、思わぬ方向で足を引っ張る。

 

「初戦から圧勝しておりますし、地球降下作戦も上手くいっております。MSを有するジオンが圧倒的にイニシアチブを握ってる現状、このまま勝利は揺るがないかと」

「プロパガンダのTV放送を妄信してるわけじゃないのよね?」

「そのような事はございません」

 

 基本的に戦勝の放送しかしないジオン国内のニュースを妄信はしてないと。

 なら私の話にも聞く耳をもってくれるかな。

 

「お嬢様はどのようにお考えなのですか?」

 

 返事をする前に一呼吸置く。

 恋するシャアと対峙した時すら傲慢で自信家だった未来の自分を思い出す――と言うと語弊があるかもしれないけど、頑張って真似てみる。

 

「ジオンは負けるわ」

「何故そう思われるのですか?」

「国力の差が第一ね。さっき貴女はMSを有するからジオン有利と言ったけど、それもすぐ覆るでしょう。ジオンがオデッサ等で資源を得たとしても、連邦は既に採掘済みの資源がある。後は鹵獲したザクでも解析してコピーでもすればいい。同じか同程度の性能のMSを作られた段階で、生産性に劣るジオンの有利はなくなる」

 

 これはギレンの野望のゲームをやった知識から。

 ジムの生産性の良さは素晴らしかったし、地球の拠点の資源補充の多さはずるい。

 

「しかしMSの開発ではジオンが一歩有利だと思います。性能の面で上回っていれば、そうそう負けないのでは?」

「それもどうかしらね……」

 

 V作戦の実験機のガンダムは終戦直前のゲルググでやっとこの性能だった気が……。

 連邦のMS開発技術って、ほぼ最初からジオンを上回ってるんじゃないかなぁ?

 主人公補正か、はたまたテム・レイさんの開発力が凄かったのか。どっちかな?両方かな?

 

 V作戦の事はさすがに話せないので、別路線で話すことにした。

 

「ジオニック社やツィマッド社に競合させてるのはいいけど、そのせいで操縦系統がバラバラになるはず。さらに各派閥で極秘裏に開発させてたりもする。協調出来ていない開発状況ではいつまでも有利でいられないでしょう」

 

 各社や各研究所、ザビ家のそれぞれの派閥や将校の勝手な開発。

 国力で劣るのに横の繋がりが悪い気がする。

 その原因というとやはり。

 

「何より指導者であるザビ家内の不和が問題。ギレンはザビ家の人間すらいざとなれば使い捨てるだろうし、キシリアもギレンを政敵と思ってて仲が悪い。デギン公王も年をめされて今では二人を抑えられない。そして名目上のトップがデギン公王である事にギレンは快く思ってないでしょう」

 

 もっと「~~だ」とか強く言い切りたい。

 でも男っぽい喋り方をしてた記憶の中の私のように強く言えない。

 

 私は今の自分なりに精一杯頑張って話した。

 

 

 

 私の知ってるジオンの問題点を挙げていくとソフィアーネも段々納得してくれた。

 途中から関係ないMSの話になり、NT専用兵器の話しをしたりした。

 彼女はそっちの話のほうが興味があったみたい。

 

 大体話し終わり、ソフィアーネが居住まいを正した。

 

「ハマーンお嬢様、ジオンが負けるとして、その後の為にどうなさるのかのご相談……と受け取っていいのでしょうか?」

「えぇ、その通りよ。終戦後、アクシズには沢山の軍人が逃れてくる。そこで何かあった時の事を考えて手足となる部下を今のうちに欲しい」

 

 私の話を真剣に聞いていた彼女に釣られ言った。

 真面目な顔で私の今の言葉も考えてくれてるけど、ただの侍女の彼女には手に余るわよね。

 そう思っていた私に予想とはまったく別の返事がきた。

 

「分かりました。それでどのような方がお望みで?」

「え? なんとかなるの?」

「英雄的活躍をされた赤い彗星等のエースパイロットは難しいですが、ある程度ならご要望にお応えできるかと」

 

 シャアや黒い三連星を部下に出来たら心強いけど、それはやっぱり難しいわよね。

 というよりも、個人的にシャアを部下にはしたくない。

 

「私が会いたいのはそういう人達じゃなくて、確か海兵隊の――」

 

 ソフィアーネに名を告げると「なんとかする」と返事をくれる。

 お父様がつけてくれた侍女は、思った以上に有能らしい。

 

 

 

 

 

 ~~ある諜報員の独白~~

 

 自室に戻り纏めた報告書を見直す。

 その内容は見る者が見れば衝撃的で危険な内容だ。

 

「ハマーン・カーン……。フラナガン機関に来る前から別のニュータイプ機関で育成されたニュータイプ……」

 

 キシリア機関の諜報員として、アクシズ司令を勤めるマハラジャ・カーンの娘の監視をしていたが……。まさかあのような話が聞けるとは。

 

 ジオン有利な現在、敗戦を考える人間はあまり居ない。

 だと言うのにあの少女は妙に具体的な指摘をして問題点を挙げていった。

 MS開発に運用法、人材の使い方に戦略の問題点。

 

「ダイクン派だった人間を閑職に追いやり、前線に出れば補給を渋る……と。ランバ・ラルに対する現状の扱いに憤りまで表していたな。優秀な人間を派閥問題に拘るあまり、有効に活用出来て居ない……か」

 

 父親であるマハラジャ提督も辺境のアクシズ司令にされている。地位は高いが辺境に追いやられた父親と重ねての事と思えば人として好感は持てる……が。

 

「問題なのは、個人の扱いについての情報を持っている事か」

 

 何故彼女がランバ・ラルについて知っていたのか。

 私が側に居て見ていても、誰かから軍部の情報を得ているとは思えなかった。

 

 さらにはザビ家内の確執。

 家族間の協力がまともに出来ておらず、それが後々問題になると。

 これは姉がドズル・サビ閣下に実質妾として奪われた事から来る私怨とも取れるが。

 

「事実、キシリア閣下はギレン閣下を敵視しておられる」

 

 私怨にしては妙な事にザビ家の人間がガルマ様に甘い事も知ってたし、ドズル閣下がガルマ様を気に入っておられる事も知っていて語っていた。

 まぁ、ガルマ様が軍人として未熟なのに地球方面軍司令官についたのは問題視していたが。

 

 マハラジャ提督が話した……とは思えない。

 実力行使も辞さないザビ家の問題点を娘に話す人物ではないからだ。

 もしそうなら、ダイクン時代の高官の彼はとっくに始末されているだろう。

 

 情報ソースが不明で、かつ間違ってないのが恐ろしい。

 

「あれがニュータイプと言うものなのか……?」

 

 私を呼びつけて話す彼女には、真面目に話を聞かざるをえない何かがあった。眼に見えないプレッシャーのようなものが確かにあったのだ。でなければ、12歳の少女が戦争について語ったのだ。本来は侍女としてまず諌めなければいけなかった。

 

 もしや私が諜報員と知って話したのだろうか?

 考えてみればただの侍女に相談する事柄ではない。正体が諜報員か、或いはそれに近い者だと感づかれていたのだろう。

 だと言うのに相談されたと言うことは、侍女として尽くしていた分の信頼か。

 

 再度報告書を眺める。

 

 もし彼女の言うとおりジオンが敗北すれば……。

 諜報員である私の扱いは決してよい物ではあるまい。

 

「12歳にしてあの迫力と行動しようとする意思。まだまだ甘いところも在るが、今後の成長も加味するべきか」

 

 書き纏めた報告書を修正する。

 彼女が望んだ通りに事が運ぶように。

 

「ニュータイプ専用兵器を開発した上でのニュータイプの実戦投入。特殊な脳波を出すなら、その脳波を使い遠隔操作モジュールでの長距離攻撃の可能性。ミノフスキー粒子下での遠隔操作か。具体案がなかったニュータイプの実戦投入に明らかな現実味が出る。これだけでも十分だろう」

 

 ジオン・ズム・ダイクンのNT論に少なからず傾倒しているキシリア閣下なら喜ぶ事だろう。

 しかし自身がNTだからと言って、専用の兵器案まで思いつくのだろうか。

 

「もし彼女の言うとおりジオンが敗北するなら、侍女の振りではなく、本当に彼女に仕えるのも悪くはないわね」

 

 今日初めて知った、恐るべき才女であるハマーンお嬢様。

 彼女に頼まれていた軍人を呼び寄せることにした。

 多少の情報操作は必要かもしれないが、あまり公然と出来ない任務の提案をすれば問題ないはずだ。フラナガン機関への秘密裏の実験体供給の任務でもさせたら良いだろう。

 

「誘拐に近い任務ですからね。あの部隊にはお似合いでしょう」

 

 自軍ですら嫌う部隊を部下にしたいなどとは。

 ハマーンお嬢様は変わった注文をされることだ。

 

 

 




ドラ○もん役としてソフィアーネさんを配置。
中身真っ黒なサポート役です。

次回こそ部下候補登場。

ハマーン様じゃなくて、はにゃ~ん様が頑張るお話になっている気がする。
ハマーン様に罵られたい人に怒られてしまう(つд`)


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第4話

 目的の人物がサイド6に来たらしい。

 

 話をする為にソフィアーネを連れて港へと向かう。

 

「思ったよりずっと早く会える事になったわね」

「色々と渡りに船でしたので」

 

 私の後ろについて来る彼女は楽しそうに言う。

 

 彼女は件の人物を部下にする為に交渉方法も相談に乗ってくれた。

 まず相手の立場を明確にし、アクシズでの保護を条件に従うように仕向けるのがベストだとして、会話の流れや状況次第で渡す取引材料まで一緒に考えてくれた。

 

 なんとなくだが相談中に彼女から黒い何かを感じた。

 ただの侍女だと思っていたが、そうじゃないのかもしれない。

 私に対する敵意はなく、むしろ逆に優しさすら感じたので味方ではあるのだろう。

 

「それにしてもどうやって呼び寄せたの?」

「サイド6に対する強制臨検の任務と、フラナガン機関への人材の輸送任務を行うようにさせたのですよ」

 

 返事を聞いて彼女がただの侍女ではない確証を得る。

 そして内容になるほどと思うと同時に、悪辣な事をと思った。

 

 臨検をして中立コロニーである事を疑うそぶりをすることで、フラナガン機関の存在をより隠すことが出来る。その上、その部隊がフラナガン機関への人材――NT研究の実験体――を輸送してくるとは思うまい。

 中立コロニーへの嫌がらせと、おそらくだが年端も行かない子供達の輸送。誰もしたがらない任務でしょう。

 

「酷い事をするのね」

「酷い任務でないと回されなかったでしょうから」

 

 平然と言う彼女の言葉が、これから会う人物が率いる部隊の現状を表している。

 戦争とはいえ嫌な事だ。

 

 緊張している私は黙って無重力ブロックを移動する。

 ソフィアーネは身内だったが、これから会う人は違う。

 もうすぐ始まる会談こそ、本当の意味で私の『ハマーン・カーン』としてのデビューなのかもしれない。

 

 頭の中で何度もリハーサルをする私の後ろから、ソフィアーネが呆れた口調で話しかけてきた。

 

「ハマーンお嬢様、下着が見えておいでですよ」

「え? キャァ」

 

 言われてすぐにスカートを抑える。

 無重力ブロックを移動していたからか、スカートが捲り上がっていた。

 

「そんなに短いスカートを穿いて来るからですよ」

「会談の場が無重力ブロックだと分かってたら、スカートを穿いて来なかったわ」

「本当ですか? 私服のほとんどがスカートだったと存じ上げておりますが」

「そうだけど……もうっ」

 

 折角真面目に考えていたのに、緊張とは別の恥ずかしさで頭がいっぱいになってしまった。

 

 少ししてそれが彼女なりに気を使って緊張をほぐしてくれたのだと気づく。

 おかげで思ったより落ち着いた気持ちになれた。

 

「お嬢様、その先の部屋です」

 

 ソフィアーネに言われた部屋の前に立つ。

 特に意識する事無く、自然と指が開閉ボタンを押した。

 

 プシュと開く扉の先、部屋の中に居た人物はヘルメットを外したノーマルスーツを着て腕を組んで立っていた。

 

「アンタかい? あたしに会いたいって言うのは」

 

 皮肉げに眼を細めて私を見る女性。

 部屋に入りながら、彼女の名を口にする。

 

「初めまして、突撃機動軍所属海兵上陸部隊、アサクラ艦隊の代理司令、シーマ・ガラハウ中佐」

 

 

 

 

 

 腕を組んだまま動かないシーマ中佐。

 

 私を一通り見た後に、後のソフィアーネを見ると忌々しそうに舌打ちをした。

 

「指令書の中に秘密裏に要人と会うようにとあったが、それがこんなお嬢ちゃんだとはねぇ」

 

 明らかに見下した物言い。

 それを聞いた背後のソフィアーネが動く気配がしたけど手で制す。

 これは私がやらなければいけないことだから。

 

「シーマ中佐、私に従う気はない?」

「冗談はよしなさんな。なんであたしがアンタのような小娘に従わなきゃいけないのさ」

 

 言葉も口調も馬鹿にして笑ってるけど、眼が笑っていなかった。

 シーマ中佐は先程よりも私をしっかりと捉え値踏みしているかのようだ。

 事実値踏みされているのだろう。私の事を小娘といいつつも、正体がわからないから侮らない所には好感を抱く。やはり優秀な人物だ。

 

「自身の戦後の処遇を考えたことはある?」

「なんだって?」

 

 明らかに不快に顔を歪めた。

 睨まれてちょっと怖い。

 でもここで怯んではいられない。

 

 部屋で一人で何度も練習した事をここで出す。

 シーマ中佐の迫力にも負けない、私のとっておきを。

 

「ジオンが勝利しても敗北しても、汚れ仕事ばかりをした貴様と麾下艦隊は戦犯として追われる事になる」

「確かにあたしらは公に出来ない任務もしたけどねぇ。何もそれはあたしらだけじゃないだろうさ」

「その通りだな。だがブリティッシュ作戦で使用されたコロニーが問題だ」

 

 練習の成果か、Zの時の自分のように威圧を持って話せている気がする。

 私の言葉にシーマ中佐が動揺して組んでいた腕を解いて後ろに一歩下がった。

 手応えを感じ、そのまま話を続ける。

 

「スペースノイドの独立自治を掲げるジオンが、同胞であるコロニー市民を毒ガスで虐さ……」

 

 ここで私は思わず言葉を止めた。

 

 予定ではシーマ艦隊が行ったと言われる毒ガス事件の話しをして、勝利の場合もキシリア辺りが喜んでスケープゴートとして処刑するだろうし、敗北しても同胞のジオン及び他のコロニー群からも見捨てられるだろうと言うはずだった。戦後どっちにしろ行き場のない事を自覚させる為だ。

 そしてアクシズでの保護を餌に部下に――というのがソフィアーネが提案した方法だ。

 

 会話は順調に進んでいた。

 しかし私は続きを言えなかった。

 

「ち、違うっ。知らなかったっ。あたしは知らなかったんだっ! あんなことになるなんてっ!」

 

 落ち着いて余裕を見せていたシーマ中佐が明らかに狼狽していた。

 

 自分を抱きしめる様に崩れ落ちていくシーマ中佐。

 私の中に何かが入ってくる。

 

 戸惑い、恐怖、後悔、悲しみ。

 MSのコクピット内で震える中佐。

 彼女の感情が流れ込んできて、まるで自分が体験したかのような錯覚を覚える。

 

 他人の感情を感じ取る感覚。

 自分がNTで在ると言うことを実感させられた。

 

 シーマ中佐の感情を感じ取り動けなくなった私に、ソフィアーネが小声で「後一押しです」と言ってくる。確かに後一押しで恐怖で縛ることはできるかもしれない。だけど彼女の感情を感じた私はそれをしたくなかった。感じた感情は後悔や悲しみ、罪悪感ばかり。覚悟どころか何をするかさえ知らされずに罪科を背負わされた人を、恐怖で縛るなんてしたくない。

 

 流れ込んできた感情から立ち直った私はシーマ中佐に近づいた。

 うわ言の様に何かを呟き震える彼女を優しく抱きしめる。

 

「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまいました。貴女を責める気はないの。あれは貴女が望んでやった事じゃないってわかっています。大丈夫。大丈夫だから」

 

 抱きしめて背中をさすっていると、徐々に震えが収まってきた。

 

 私の目標は自分に出来る範囲でのより良い未来を迎える事だ。

 それは決して誰かを踏みにじったり不幸にする事ではないはずだ。

 もし他人を踏みにじり我を通し続ければ、訪れるのはキュベレイと共に沈む未来だろう。

 

 自分が手段を間違えていた事をはっきりと自覚する。

 

「貴女と貴女の部下達が望んで汚れ仕事をしているわけじゃないのは知っています。ですが、今の私にそれをやめさせる力はありません」

 

 抱きしめる腕の中から失望の気配が伝わってくる。

 悔しいけど今の私には力がない。

 

「だけどせめて、戦後……今の戦争はおそらく今年中に終わります。その時はアクシズに来て下さい。貴女方が上からの命令で強制的にやらされていたとお父様に伝えれば、きっと分かってくれます。身分や名前を変えることにはなるかもしれませんが、見捨てないと誓います」

 

 私の意志をはっきり伝え離れる。するとシーマ中佐は戸惑った眼で私を見つめた。

 

「アンタは一体……」

「あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はハマーン・カーン。アクシズ司令、マハラジャ・カーンの娘です」

 

 にっこり笑いながら自己紹介をした。

 ソフィアーネから預けていた物を受け取り、まだ戸惑っているシーマ中佐に渡す。

 

「私がアクシズに居ればいいのですが、居ない場合はそれをお父様に見せてください。貴女達の事をお願いする動画が入ったディスクと私の直筆の手紙です」

 

 本当はシーマ中佐の態度次第で渡すか決めるはずだった。

 だけど彼女の感情に触れて、無条件にディスクと手紙の両方を渡す事にした。

 

「今の私には戦争に干渉する力がありません。しかし今は無理でも、少しでも良い未来を手に入れる為に動いていこうと思います。シーマ・ガラハウ中佐、貴女にはそれに力を貸して欲しいと思っています」

 

 ディスクと手紙を握り戸惑ったままの彼女を残し部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「来るでしょうか?」

「さぁ? わからないわ」

 

 帰りにソフィアーネが尋ねてきたけど、私にもどうなるかわからない。

 もしかしたら海賊になって地球圏に留まるかもしれないし、トラウマを思い出させてしまったから今日の事が切欠で連邦に亡命するかもしれない。

 

 でもなんとなくだけど――

 

「来てくれるんじゃないかしら。アクシズへ」

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。
感想やお気に入りが増えると嬉しいですね。

何故かシーマ様だとバレバレでしたが、シーマ様登場です。
ソフィアーネさん推薦の脅迫じみた手段で部下にするほうが、Zでのハマーン様っぽいと思うんですが、こうなりました。
このお話のハマーン様は半分くらい優しさで出来ているかもしれません(*´ω`)


ガンダム題材なのにMSが出て無い事に気づきました!
次回、出せるかな……。
その前にスカウトという名の……。


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第5話

「ハマーン様、アクシズへ行く手はずが整いました」

 

 自室に来たソフィアーネがそう言った。

 

「昨日シーマ中佐と会談したばかりなのに唐突ね」

「お嬢様は敗戦後にアクシズでの戦力拡充を考えてらしたので、アクシズへ行くのは早い方がよろしいかと思いまして。フラナガン機関で研究の被験者として扱われるのもお嫌のようでしたので急ぎましたが……問題がありましたか?」

 

 今のところ部下候補としてはシーマ中佐以外には会う事すら出来ていない。

 配下の充足と言う意味ではまったく足りない。

 とは言え正直手詰まりだった。

 

「残念だけど問題はないわ。権力がないと会う事すら難しい現状ではね。それならアクシズで早くから準備をしているほうがいいでしょう」

 

 エース級の人材は各派閥の長のお気に入りで、シーマ中佐の時のように何かの任務に偽装させて会う事は無理だった。優秀ゆえに会えないジレンマ。

 シーマ中佐だけでも会えたのは僥倖かもしれない。

 

 それでも出来る事はしようと思う。

 

「ここを出て行く前に確認だけど、お願いしていた人物とデータは何とかなりそう?」

「フラナガン機関の被験者の事でしたら調べておきました」

「結果は?」

 

 折角フラナガン機関にいるのだ。優秀なNTには会っておきたかったし、あわよくば連れて行きたいと思っていた。

 しかし機関の施設を自由に歩きまわれなかったので、ソフィアーネに秘密裏に調べてもらっていたのだ。

 

「ララァ・スン、及びクスコ・アルに関しては在籍しておりませんでした」

「そう……」

 

 現在は6月。

 シャアがララァ・スンをどこかで見つけてくるのは、まだ先と言うことだろうか。

 色々と思うことはあるが、一度会ってみたかったのだけど……残念だ。

 

 クスコ・アルに関しては名前は知っているが詳細は知らない。

 前世で優秀なNTと聞いた事があるので期待したのだけど……。

 

「上手く行かないものね」

「お嬢様、女性ばかり調べさせてますが……そちらのご趣味で?」

「ち、違うわよ。ちゃんと部下の候補には男性のアナベル・ガトー少佐やシン・マツナガ大尉、ジョニー・ライデン少佐なんかも入ってたわよっ」

 

 胡乱な眼を向けてきたソフィアーネに必死に言い訳をする。

 

 マツナガ大尉はドズルのお気に入りでジオンの名家出身だ。とてもじゃないけど私に忠誠を誓ってくれるとは思えない。

 

 ライデン少佐はキシリア派の人間でキシリアのお気に入りだったと思う。キマイラ隊だったかのキシリアの肝いり部隊に所属するはずなのだ。マツナガ大尉と同じで忠誠を私には向けてくれないだろう。

 

「ドズル閣下麾下のエースパイロット、ガトー大尉にマツナガ中尉ですか。最後の方は存じ上げませんが」

「知らない? 紅い稲妻って言われてるはずだけど」

「赤いのは彗星では?」

「あれ? 真紅の稲妻だったっけ?」

 

 ソフィアーネと話しながら違和感に気づく。

 

 彼女が言う階級だ。

 私の知識ではアナベル・ガトーは少佐だし、シン・マツナガは大尉だ。しかし彼女は前者を大尉、後者を中尉と言った。

 軍部の情報に詳しい彼女が間違えるとは思えない。つまり現状、彼らはまだ私が知ってる階級になっていないのだろう。

 

 それともう一つ。

 ガトー少佐の事をドズル麾下と言った。

 私は前に彼はギレン親衛隊と思って除外したわけだけど……。

 ソロモンの悪夢と後に呼ばれる彼は当然ソロモンに所属する部隊。ソロモンはドズルが拠点としている。とするなら、ガトー少佐がギレン親衛隊であるはずがなく、ソロモン所属の部隊の一員だろう。

 

 ここで前世の知識の危うさを実感する。

 ソフィアーネと話して階級の事に気づけてよかった。前世の知識から階級を決め付けて話すのはどこかで問題になったかもしれない。今後気をつけよう。

 

 そして何よりも……。

 前世の私、ガトー少佐について間違って覚えていたわね。

 理由はなんとなくわかる。前世の私は一年戦争を取り扱ったゲームか何かでデラーズ大佐とガトー少佐が一緒に居るシーンを見て、親衛隊所属と勘違いしたのだ。よく考えれば『ソロモンの悪夢』なのだから、分かった事でしょうに……。

 

 ソフィアーネに彗星ではない赤いカラーのエースの事を説明しつつ反省する。

 でもガトー少佐を部下に出来るかもしれない光明が見えて、気持ちは少し明るくなった。

 

「少しはお気持ちが楽に成りましたか?」

「え? あ……」

 

 ソフィアーネに言われハッとする。

 どうやら私は落ち込んだ顔でもしてたのだろう。

 彼女は気を使って私を励ましてくれたようだ。彼女の気遣いには感謝したい。

 

「ありがとう。ソフィアーネ」

「いえ、報告途中でいちいち落ち込まれると、此方のやる気がなくなりますので」

 

 でも手段といい口といい、優秀な侍女はどこか黒かった。

 

 昨日もスカートの事を言ったり、私を辱めて元気付けるのはやめて欲しい。

 年頃の身としては、そこにこそ気を使ってもらいたい。

 

「それで報告の続きなのですが」

「どうぞ、続けて」

「マリオン・ウェルチは在籍しています」

「本当に?」

「はい。クルスト・モーゼス博士のチームが研究対象としているようですね」

 

 対NT用システムEXAM。

 それを開発する為に犠牲になるはずなのがマリオン・ウェルチだ。

 彼女も優秀なNTのはずなので、是非協力をお願いした上でアクシズへ共に行きたい。

 私への協力を拒否されたとしてもEXAMの犠牲にはなって欲しくない。助けられるなら助けたい。

 

「マリオンをアクシズへ連れて行くことはできる?」

「残念ながら難しいですね。ただの被験者ならまだしも、ニュータイプと認められて研究対象にされているので、正規の手段では……」

 

 近くに居て救えそうな悲劇すら救えない自分の力の無さに脱力してしまう。

 また落ち込みそうだったが、次の良い報告で持ち直す。

 

「人材は無理ですが、ニュータイプの研究データは持ち出せそうです。アクシズでもニュータイプの研究を進めている関係で、こちらは正規の方法である程度はデータを持っていけるかと」

「キシリアがそれを許すと言うこと?」

「マハラジャ司令もニュータイプの研究を行っていた事で、キシリア閣下の裁可がおりたようですね。キシリア閣下としてはニュータイプの有用性を証明したいらしく、意外とマハラジャ司令には好意的なのかもしれません」

 

 お父様がNTの研究を後押しするのは私の為だ。私がNTであるかもしれないとわかってから、未知の対象として迫害等をされないようにと考えたのだろう。少なからずジオン・ズム・ダイクンの影響も受けていると思うけど。

 

「もう一つ、クローン技術の研究についてですが、医療用のクローン研究データの当てが見つかりました。それらの研究データも持って行くのですね?」

「えぇ、それも是非。ニュータイプの研究と同じくらい重要よ」

 

 クローンの研究データまで見つけてくれるとは。

 落ち込みかけていた気持ちが上がるのを実感する。

 

「ダメだった事を考えても仕方ないわよね。少しでも出来る事をしてアクシズへ行きましょう」

 

 と言っても、ザビ家の独裁を認める気はないので一年戦争に介入する気はない。

 実際は権力も戦力も持って居ない今の私では介入できないのが現実ではあるのだけれど。

 

「サイクロプス隊……今はまだないかもしれないけど、将来発足される部隊への命令を一部変更したりの工作は出来る?」

「それはまた雲を掴むようなお話ですね。詳細を御伺いしてみない事にはなんとも」

「そうね。確かハーディ・シュタイナー大尉が隊長になる部隊なんだけど――」

 

 将来、連邦のNT専用機の強奪作戦を行うだろう事を説明する。

 何故分かるのかだとか理由を一切聞かずに、私の話を聞いてくれるソフィアーネ。それどころか自身がキシリア機関の諜報員である事を明かしてくれた。明かしてくれた事で相談はより密になっていく。

 

 どうにか将来のサイクロプス隊への命令書に細工が出来そうで、より私の気分は上向きになれた。

 細工が出来ても彼らが生き残るとは限らないし、部下になってくれるかもわからない。でも可能性は出たと思う。

 

 

 

 

 

 明日サイド6を出発すると言う事なので、今日の残りは荷物整理に使う。

 

 ソフィアーネも準備があると言うので自室へ戻る事になった。

 私の部屋から出る前に彼女は立ち止まり質問をしてくる。

 

「ハマーンお嬢様、ニュータイプの研究データは分かるのですが、クローン関連のデータを求めたのは何故でしょうか? まさかご自分のクローンでもお作りになる気で?」

「まさか、そんなことはしないわ。アクシズに来る兵の中にはきっと負傷兵も多いでしょう? 医療用の技術があれば助かると思ったからよ」

「そうですか」

 

 私の答えに納得したのか、すぐに部屋を出て行った。

 

 彼女に答えた返事は偽りない私の本心だ。

 だけど彼女には言わなかったもう一つの理由がある。

 

「プルツーにマリーダ・クルス、もしかしたらエルピー・プル自身も」

 

 彼女達が生まれるのにはきっと必要な技術なのだ。

 クローン技術に忌避感は多少あるが、そのせいで生まれる事さえ出来なくはしたくない。下地となる研究はしっかりしておこうと思う。

 

 プルシリーズはグレミー・トトの配下。

 私を裏切り敵となるわけだが……。

 

「裏切ると分かっているなら、どうとでもなるわよね」

 

 

 

 




実際、エース達を部下にするのは難しいと思うのです。

アムロにやられる予定のメンバー揃えたら、チート部隊になるのに……。
でもそれを阻止するとジオンが勝利してザビ家というかギレンの独裁に……。
ままならないものですね(*´ω`)

皆様が部下にしたいキャラはどなたでしょうか?
私はバーナード・ワイズマン伍長とコンスコン少将です。
バーニィはザクでアレックスを倒す才能が凄いと思います。
コンスコンはWBを仕留める為に最初から出し惜しみせずリックドムを12機だしたからです。やられましたけど、あれはWBが強すぎただけだと思うんです。

あの人を部下にして~とか考えてる時って楽しいですよね~。

あ、MSがまた出てない(;´ω`)


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第6話

「お、重い……」

 

 両手に持った荷物が私の足を止める。

 サイド6を出る為に港へと向かっているのだが……私の歩みは遅かった。

 

「私服や生活用品は今朝方、先に船に送ったと言うのに……。何故バッグ二つも引きずっておられるのですか」

 

 呆れたように……いや、心底呆れて言うのは前を歩くソフィアーネだ。

 

「仕方ないじゃない。持って行きたい物がまだあったんだから」

「ご参考までに、苦労して持って行きたがってる物をお聞きしたいですね」

「そ、それは……人形とか抱き枕とか……」

「……」

 

 荷物の正体に言葉もなく呆れるソフィアーネ。

 

 呆れるのもわかる。

 今は戦時中。そして私は戦後を見越して、これからアクシズで戦力を蓄えようとしてるのだ。そんな私が人形や抱き枕を苦労してもって行こうとしてれば呆れるだろう。

 

 でも私にも言い分はある。

 ただでさえ悩み多き年頃なのに、前世の記憶のせいでさらに悩む事が増えたのだ。ひっそりと自室で癒しを求めたくなるのも当然の事だろう。

 

 言い分はあっても恥かしいものは恥ずかしいので、意趣返しに彼女の大きな荷物を指摘する。

 

「ソフィアーネだって私の背丈はあるバッグを持ってるじゃない?」

「これはお嬢様専用のノーマルスーツでございます。お人形を大事に運んでおられるハマーンお嬢様の代わりに、必要になるであろうパイロット用ノーマルスーツをご用意したのですが」

「あ、ありがとう。ソフィアーネ」

 

 意趣返しは失敗した。その上、更なる追撃にお礼しか言えなくなる。

 

 私がMSの操縦に興味があることを知っているので用意してくれたのだろう。

 そつが無い彼女には頭が下がる。口の悪さは直して欲しいけれど。

 

 不利を悟り話題を変える。

 

「そう言えば、どんな船で行くのかしら?」

「おや? お教えしてませんでしたか。最新鋭艦リリー・マルレーンでございますよ」

「へぇ、可愛い名前の船ね」

 

 リリー・マルレーンとは可愛らしい名前だ。

 リボンでもついてそうな船を想像してしまう。

 

 ……なんだかどこかで聞いた事があるような気はしたが、思い出せぬまま港へ向かう。

 

 

 

 

 

 リリー・マルレーンに搭乗すると真っ先にブリッジに案内された。

 そして現在、先日別れたばかりのシーマ中佐が目の前に立っている。

 

「お前達っ! 今日からあたしらのボスになるハマーン様だっ! 挨拶しなっ!」

 

 シーマ中佐の檄を受けてブリッジクルーが全員起立し、私に向かって敬礼をした。

 一人一人が真剣な眼差しで私を見つめている。

 

「こ、これは……」

 

 ザンジバル級に乗ってみればブリッジに案内され、シーマ中佐が居たと思ったらブリッジクルーに敬礼された。状況についていけない。

 再会はアクシズでと思ってた相手の船に乗っている事は理解できるんだけど……。

 

 困って視線を彷徨わせると、シーマ中佐と眼が合い説明してくれた。

 

「次の任務が決まりましてねぇ。ある要人をアクシズまで護送する事とアクシズの現状調査、場合によっては現地幹部の粛清任務。裏切りに近い内諜さね」

「それはつまり……」

 

 私をアクシズまで連れて行くこと。

 それとお父様やアクシズの幹部がザビ家に翻意でもある場合、粛清すると言うことだろうか?

 

 秘密裏にしなければ成り立たない内容を私に話すと言う事は……。

 

「ガラハウ中佐は内情ではハマーン様に従う事を確約してくれました。ですので、アクシズにいけるように手配したのです」

「内容は辺境に行って味方を疑い、ザビ家に逆らうならば粛清しろってクソッたれな任務だけどねぇ。まぁ今回は謹んでお受けしたわけさ」

 

 ソフィアーネとシーマ中佐がお互いを見てニヤリと笑う。

 極秘の策略や諜報が得意そうな二人。何か通じ合うものがあるのだろうか。

 

 やっと事態を理解した私は、シーマ中佐に向かって手を出した。

 

「私に協力してくださると言うことですね。よろしくお願いします。シー……ガラハウ中佐」

「嫌われ者のあたしらを部下にしたいって言われるとは想像外だったから驚いたけどねぇ。シーマで構いませんよ。ハマーン様」

 

 私の手を握って離すと大げさに頭を下げてくる。

 よく見ればブリッジクルー全員頭を下げていた。

 

 直接会ったシーマ中佐はまだしも、なんでクルーまで私に敬意を示すのだろうか?

 シーマ中佐に倣ってるだけなのかな。

 内心が顔に出ていたのか、私の疑問に中佐が再び答えてくれた。

 

「昨日例の動画を念の為に確認した後に、うちの艦隊員全員に見せたんですよ。あたし以下、シーマ艦隊全員がハマーン様に忠誠を誓っています」

 

 丁寧な口調で説明され、意味が頭に染みこむにつれて顔が赤くなる。

 

 例の動画って、シーマ中佐の艦隊の事をお父様にお願いした動画よね。

 変な事は言ってないはずだけど……言ってないよね?

 撮る前に身だしなみも整えたはずだけど……はずよね?

 

 緊張しつつ用意した物だけに、見られたと思うと恥かしい。

 

「それと手土産を一つ用意しました。出しなっ」

 

 シーマ中佐がクルーに命令するとブリッジのモニターにどこかの部屋が映る。

 

 部屋の中で静かに佇む少女が一人。

 短髪の青い髪をした10代に見える少女。

 

「マリオン・ウェルチ……」

 

 NTであるマリオンが映っていた。

 それを見てすぐにソフィアーネに視線を向ける。

 

「お嬢様がご用命でしたので、ガラハウ中佐にお願いしたのですよ」

「そんな、連れて行けないって言ったじゃない」

「えぇ、正規の手段では。と、申し上げましたね」

 

 それは不正な手段で連れて来たと言うことだろうか。

 つまりはシーマ中佐達に誘拐させてきた……?

 

 疑惑の眼を向けても否定しないソフィアーネを睨む。

 誘拐をさせるとは、これでは私は現在シーマ艦隊へ汚れ仕事を命じる連中と同じではないか。

 

 憤りを篭めて睨んでいた私に、ソフィアーネは諭すように言ってきた。

 

「ハマーンお嬢様、信頼と言うのは片方が与えるだけでは成り立ちません。そのような歪な関係はどこかで破綻いたします。お嬢様は既にガラハウ中佐へ身柄の保護確約と具体的な証拠となる物を渡しております。ですので、ガラハウ中佐達がお嬢様の為に身を削るのは当然の事なのです」

「でもっ」

 

 納得いかない私を止めたのはシーマ中佐だった。

 

「そっちの女の言う事ももっともさね。それにまぁ、あのお嬢ちゃんも誘拐されたがってたようだしねぇ。抵抗は一切なかったよ。よほど酷い実験でもされてたんじゃないかい? それが分かってたから、連れて来るように言われたのかと思ったんだけどねぇ」

 

 NTに対抗する為に狂気に取り付かれたらしいモーゼス博士。

 実態は知らないけど、彼の実験がマリオンを気遣って行われてたという事はないだろう。

 

「同じ汚れ仕事と言っても根っこが違えば別物さ。あたしらの事を分かってくれて見捨てないハマーン様の為なら、多少の汚れ仕事くらいするさ。脅してあたしらを使うキシリアよりやる気だって出るってもんだよ」

 

 シーマ中佐から逆に励まされるような事を言われてしまった。

 ソフィアーネとシーマ中佐は納得済みらしく、まるで私が駄々を捏ねているようだ。

 自分が甘い事は自覚しているけど、二人の様子に納得が行かない。

 

「ソフィアーネ、次からは私に相談して欲しいわ」

「承りました」

 

 余計な事を言わず恭しく頭を下げるソフィアーネ。

 彼女が私に向ける忠誠は疑わないけど、今以上に手綱を握る必要を感じる。

 

 一度息を吐き、気持ちを改める。

 

「それでは、アクシズまでよろしくお願いします。シーマ中佐」

「ハッ!」

 

 敬礼で応えてくるシーマ中佐。

 中佐からは忠誠――というより感謝の気持ちを感じる。

 感じる気持ちから、今までがよほど辛かったのだと察してしまう。

 

 私とシーマ中佐が生んだブリッジの静寂をソフィアーネの声が破る。

 

「補給と試作機の受領、それとハマーンお嬢様にはマハラジャ様の名代としてのお仕事がございますので、まずはグラナダへ向かってもらいます」

「お父様の名代?」

 

 試作機も気になったが、お父様の名代の方に反応した。

 

 アクシズ司令の代わりにする仕事。

 まさか艦隊指揮やどこかの拠点攻略でもやらされるのだろうか?

 未だ実戦を経験した事のない我が身に緊張が走る。

 

 ソフィアーネは一度瞬きしてから、はっきりと私に告げた。

 

「グラナダで行われるパーティーに参加していただきます」

 

 

 




感想で皆様のガンダム作品とキャラクターへの愛を感じます。
皆様の好きなキャラクターを全部だせない未熟さが恨めしいです。


感想で上げられたキャラや作品を調べたり見直したりしているんですが~。
中でも未視聴だったMS IGLOO、面白いですね。渋くて。


さて……貴重な実戦レベルのNTを奪ってやりました。
EXAMどうなるのかなぁ……。

気のせいか、理解者を得たからかシーマ様がとっても大人の良識人になってしまいました。
女王様系の方のはずですが……「ぶつよ」の台詞を言って欲しいものです。

グラナダでの試作機、或いは実験機になるのかな。
何を持って帰るか決めてはいますが、つい予定と違う物を持ち帰るのを想像してしまいます。
ビグザムとか持っていけたら最高なんですけどね~。拠点防衛的には。
(*´ω`)あんなデカブツ、私ならガンダムに乗ってても倒せる気がしません。


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第7話

 グラナダに来て与えられた屋敷で今日も過ごす。

 

 私は思わずため息をついてしまう。

 グラナダには一時的に寄るだけだと思っていたのだが……。

 

「お嬢様、紅茶でございます」

 

 ソフィアーネが淹れてくれた紅茶を口にする。

 良い香りがしてとても美味しい。

 溜息からホッとした安堵の吐息にかわるが――現実は変わらない。

 

「ソフィアーネ、私達がグラナダへ来てどのくらいになるかしら?」

「……一ヶ月と数日と言うところでしょうか」

 

 いつも頼りになるソフィアーネらしくなく、力なく返事をしてくる。

 私も彼女もあえて避けていたのだけれど……そろそろ現状を口に出して言うべきだろう。

 

「どう考えても私達、というか私は軟禁されてるわよね。屋敷の入り口をジオン兵が守衛として立ってるし……」

「そうですね……」

 

 気づけば再び私は溜息を吐いていた。

 それに反応するようにソフィアーネが声を上げた。

 

「申し訳ありません。お嬢様。NT用兵器の具体案とMSの護衛をつけての長距離攻撃の運用法をマハラジャ様からの物として提出し、替わりにお嬢様がアクシズへ行けるように仕向けたのですが……。どうやら失敗したようです」

 

 グラナダへ来てお父様の名代で何度かパーティーへは参加した。

 予定通りだったのはそれだけで他が違ったのだ。

 

「お嬢様をグラナダで引き止めているのは、開発プランだけではなく、それ以上の物をよこせというキシリアからのマハラジャ様へのアピールでしょう。長距離移動の為のガラハウ中佐麾下艦隊のブースターの増設も既に終わっておりますし、おそらくではありますが……試作機受領もメッセージである可能性があります」

 

 ソフィアーネが本当に悔しそうに言う。

 

 私が話したNT兵器、エルメスの草案を身柄引き換えに提出。

 風評で危険なシーマ艦隊に私の護送任務を与える。

 そしてグラナダでいつまでも足止めをする。

 護送のついでに試作機をシーマ艦隊に受領させる予定。

 

 これらを纏めてみると……。

 娘を返して欲しかったら、草案以上の物、例えばNT兵器の試作機データでも出せ。

 そう言うことなのだろう。

 

 元々が人質扱いだったのだ。その私が簡単にアクシズにいける事に違和感は感じていたが……。

 

「あの紫……」

「謀略で負けるとは……屈辱です」

 

 さすが、あのギレンすら暗殺するはずのキシリアと言うべきだろうか。上手く行ってたことも掌の上で踊らされていた感じだ。

 

「でも良い事もあったわよね。マリオンの治療は順調なんでしょう?」

「はい。マリオン・ウェルチですが、薬物投与などの後遺症からかなり回復したようです」

 

 マリオンはシーマ中佐のツテで入院中だ。

 使い捨てにする為か、シーマ中佐の部下には戸籍や軍籍がない人も居るらしい。それを逆手にとってマリオンを別人として入院させたのだ。シーマ中佐のそういった手引きには感心する。

 

「グラナダでしっかり治療ができた事はよかったわよね。近くマリオンに会いに行きましょう」

「ガラハウ中佐が戻った時に会いに行くのがよろしいかと」

「そうね」

 

 シーマ中佐はグラナダの反対にある月面都市フォン・ブラウンへ工作任務に行っている。

 私の護送任務の合間でも暇があれば裏工作に使うとは。

 キシリアの合理性と容赦のなさには頭が下がる。もちろん、皮肉だけれど。

 

 他によい事といえば、時間が沢山あった事だろうか。

 前世の知識を思い出してから私は焦っていたのだろう。

 暇な時間が出来たおかげで色々考える事ができた。

 

 考えて実行した事の結果をソフィアーネに尋ねる。

 

「カイ・シデンへの手紙は上手く行きそう?」

「あぁ、アレですか。『ベルファスト基地に木馬が到着したらカイ・シデン宛で届くようにする』でしたか。木馬が何かわかりませんが、信用できる友人に頼みました」

「ありがとう。あと、ジンネマン大尉のご家族をアクシズへ連れてくる事は出来そう?」

「スベロア・ジンネマン大尉のご家族ですね。お嬢様が見込まれる終戦時に、ガラハウ中佐の部隊の中で残る方々に頼んでおります」

 

 シーマ中佐の部隊はリリー・マルレーンの他にムサイ級が5艦も所属していた。

 私の護送はリリー・マルレーンとムサイ級2艦で行うので3艦残ることになる。

 その残る艦の人員に頼んだのだろう。

 

 ジンネマン大尉の名前は覚えていなかったが顔写真を見せてもらったので、あのジンネマン大尉に間違いないはずだ。一年戦争終戦後に彼の奥さんと小さなお子さんが悲劇にあうはず。詳細な時期が分からないので、それを回避する為に終戦時に誘拐となってしまうが……。

 

 カイ・シデンへの手紙もジンネマン大尉の家族の事も原作を知っている私のエゴだろう。前世で知っている人物だから助けたい。そんな思いからくる偽善なのだから。

 

「でも軍属でもない民間人の被害者だもの。助けたい……」

 

 新しくソフィアーネが注いでくれた紅茶を口にする。

 

 願わくば、彼女らが助かる未来が訪れん事を。

 

 

 

 

 

 シーマ中佐が戻ったのでマリオンに会いに行く事になった。

 

 そして中佐に案内され、マリオンの病室前にやって来た。

 

「マリオンとは私が二人で話してみます」

「一応あたしも一緒に入ったほうが良いんじゃないかい?」

 

 心配そうな顔をする中佐に笑いかける。

 

「大丈夫。マリオンは優しい人よ」

「ならいいけどねぇ。念の為、部屋の前で待ってるから何かあればすぐに呼ぶんだよ?」

 

 過保護な中佐の言葉につい笑ってしまう。

 まるで母親のようだ。と言うのは中佐に失礼か。

 

 中佐を残し、ノックをして一人で病室に入る。

 部屋に入るとベッドの上で上半身を起こした少女が私に眼を向けていた。

 

「初めまして、マリオン。体調はどうかしら?」

「あなたは?」

「私の名前はハマーン・カーンと言います。今日は貴女にお話があって来ました」

 

 名を告げるとマリオンは少し驚いた顔をした。

 

「私を助けてくれた方ですね。ありがとうございます」

 

 ソフィアーネ辺りから聞いていたのだろうか。

 私に対してお礼を言ってくれるけど……。

 

「貴女をフラナガン機関から連れ出したのは、打算があっての事よ。ニュータイプである貴女に協力をお願いしたかったから」

 

 EXAMの悲劇から助けたい気持ちは確かにあった。

 でもそれだけじゃなく、NTとしての彼女の力を期待していたのだ。

 自己利益の為に行動している自分に、内心で自嘲してしまう。

 

 言葉を止めた私にマリオンがゆっくり話しかけてきた。

 

「迷い、苦悩、不安……。優しいんですね」

 

 一瞬、彼女に心を触れられたような感覚。

 それは不快なものではなく、お互いが繋がっている安心感を感じた。

 

 これがNT同士の感性というものだろうか。

 微笑む彼女のおかげで続く言葉を言うことが出来た。

 

「ジオンと連邦の戦争。今の戦争が終わっても形を変えて戦乱は続く。まだ私には具体的な方策はないけど、未来を少しでも良いものにしたいと思っているわ。その為にマリオン、貴女を戦場に連れて行く事もあるだろうし、フラナガン機関と同じ様なニュータイプの研究にも協力してもらいたいと思っています」

 

 私の言葉を聴いてマリオンは眼を閉じた。

 拒否するのではなく、真剣に考えてくれているようだ。

 

 少しの間を置いて、マリオンの眼が開いていく。

 

「私の力が誰かの為になるのなら。あなたの未来を良いものにしたいという言葉を信じます」

 

 私を見つめる瞳には力強い意思が宿っていた。

 

「ありがとう。マリオン。これからよろしくね」

 

 右手を出して彼女と握手をした。

 触れ合っている温かな彼女の手は、私を優しい気持ちにさせてくれる。

 

 彼女の期待に応えられるかはわからない。

 だけど思う。

 

 マリオンの瞳に宿る期待と希望を裏切らないようにしよう――と。

 

 

 

 

 

 ざわざわとした喧騒で満ちる空間。

 

 煌びやかなドレスを着た婦人やタキシード姿の男性、それと軍服を着た人達がいる会場。

 シーマ中佐を連れて、私は公務とも言えるパーティーに出席している。

 

「お父様の名代とはいえ、挨拶は疲れるわ……」

 

 特務大尉の女性と技術中尉の男性の二人組みとの会話を終え、休憩の為に壁際へ向かった。

 その時、慣れないドレスだから足を取られて躓いてしまう。

 

 倒れかけた私だったが、横から誰かが手を出し支えてくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

「ふっ、このような無粋な輩が集まるパーティーに咲く一輪の華。可憐な姫君がいれば、助けるのは騎士として当然の行いというもの」

 

 助けてくれた男性は、中世の騎士の様に礼をしてすぐに背を向け離れていく。

 私はその男性を見て驚いていた。彼がここに居るとは思わなかったからだ。

 

 彼の背に向かい声をかけようとして――シーマ中佐に肩を掴まれとめられた。

 

「ハマーン様、あいつは止めときな。優秀ではあるが危なすぎる。上官殺しのジオンの騎士、ニムバス・シュターゼンはね」

 

 シーマ中佐に小声で忠告されてドキリとした。

 

 ゲームのギレンの野望でくらいしか彼の事を知らない。その中で彼は優秀な能力で、連邦に奪われたEXAMを奪還しようとしてたのでマリオンとも相性がよいのかと思ったのだけど……。

 

 シーマ中佐が本気で警戒しているので危険な人物なのだろう。

 まさか上官殺しとは……。

 あやふやな自分の知識の危険さを再認識させられた。

 

 予想外の事実を知り、どっと疲労感に襲われる。

 このまま壁の花にでも――と思っていたら、ドレスの女性と男性の軍人を連れた将校の方が近寄ってきた。

 

「今日はサハリン家主催のパーティーにおいでいただき感謝いたします」

「こちらこそご招待いただきありがとうございます。父であるマハラジャに代わり、お礼申し上げますわ」

「そのように畏まらずとも、気軽にしていただいて構いませんよ。ハマーン様」

 

 私に挨拶をしてきたのは、今日のパーティーの主催者であるギニアス・サハリン少将だ。

 後に居るのは妹のアイナ・サハリンとノリス・パッカード大佐だろう。

 

「お父上のNT用兵器案、見せていただきました。遠く離れたアクシズにいてもジオンの為に動いているカーン提督には尊敬の念を禁じえません。私とはアプローチは違いますが、技術的な面からの戦況を変えようとする考えは私と同じ――――」

 

 エルメスの草案でも見たのだろうか、お父様を凄く持ち上げてくれる。

 技術将校だからか、段々と話は技術面の話になっていく。

 好意的に接せられてるのはわかるのだが……正直ちょっと困ってしまう。

 

「お兄様、他の方にもご挨拶をしなければいけません。残念ですが、ハマーン様へのお話はそろそろ」

「む、そうか……。そうだな。申し訳ありませんが、私は他の方への挨拶もありますので。アイナ、ハマーン様のお相手はお前に任せる。ノリス、アイナを頼む」

 

 困ってた私を助けてくれたのは、妹君のアイナ様だった。

 ギニアス少将は主催者だからか挨拶回りで忙しいようだ。言ってすぐに離れていく。

 名家サハリン家の当主は大変そうだ。

 

「ハマーン様、ごめんなさい。お兄様はカーン提督のMA案を見て感激していたものですから」

「アイナ様、お気になさらないで下さい」

 

 既にMA案として出回っているのね……。

 ブラウ・ブロを通り越してシャリア・ブル大尉がエルメスに乗るかもしれない未来を幻視してしまう。

 

 アイナ様と会話をしている横で、ノリス大佐が私の背後を見ていた。

 それでシーマ中佐を紹介してないことに気づく。

 

「紹介が遅れましたね。こちらはシーマ・ガラハウ中佐。色々と私に良くしてくれています」

 

 シーマ中佐の名前を聞くとノリス大佐の眼が細められた。

 サハリン家に仕える者として警戒したのだろう。

 なんとなくその態度が嫌だったので、余計と知りつつも言葉が出てしまう。

 

「シーマ中佐に関しては色々とお聞きしているかもしれませんが、私に対しては親身に尽くしてくれています。噂は噂だとご理解していただけると幸いです」

「む。これは失礼を致しました。ハマーン様、ガラハウ中佐、私の無礼を許していただきたい」

「ノリスに何か問題があったようですね。私からも謝罪いたします」

 

 仕えるノリス大佐の無礼を自ら謝るアイナ様。その姿が眩しく見える。

 彼女のような事を私も自然と出来るようになりたいものだ。

 

 アイナ様の態度に憧憬のような思いがわいてくる。

 だからか彼女の為になるか分からないが、『彼』の事が口から出てしまう。

 

「アイナ様、今の戦争は悲しいですよね。連邦にもスペースノイドがいるのに争ってしまっている」

「そうですね。ジオンの独立には必要な事ですが、出来れば争わずに分かり合いたいものですね」

「アイナ様は優しいですね。きっと連邦もジオンも関係なく、アイナ様の事を分かってくれる方が居ると思います。もしそのような方に出会えたら全力で応援しますわ」

「ハマーン様はそのような恋愛に憧れるのですか? でも、もしそのような方に出会ったとしても、ジオンにも連邦にも居られませんよ?」

「その時はアクシズに行けば大丈夫ですわ。お父様なら理解してくれます」

 

『彼』とより早く打ち解けられるようにと思ったのだけど、逆に私の恋愛相談のようになってしまった。そして途中から無粋な事をしていると気づいてしまう。

 

 アイナ様の役に立つか分からないけど、せめてものお詫びに……。

 

「話はかわりますが……。もし不安定な実験機か試作機などをテストする場合、外部からのスイッチ等で起動を止められたら安全だと思いませんか? パイロットの安全を確保できると思うのですが」

「外部からの起動停止装置ですか?」

「コクピットの機器とは別系統のパイロットが操作できる停止機構があれば、テストパイロットの安全性が高まると思うのです」

 

 私の不自然な話題変更にも丁寧に対応してくれる。

 

 それから多少の雑談をしてアイナ様と別れた。

 最後にノリス大佐がシーマ中佐に再び謝罪をしたのが印象に残る。

 

「軍人とは言え、見目麗しいご婦人に不躾な視線を向けたことをお許しください。戦場でのご武運を祈っております。では」

 

 ノリス大佐の気骨ある態度は素晴らしかった。

 サハリン家への忠義の塊で、部下に誘う事すら失礼なのが残念ではあったけど。

 

 それはさておき。

 

「見目麗しいって言われてよかったわね。シーマ中佐」

「くっ」

 

 いつも着飾らなくて、今も軍服のシーマ中佐。

 パーティーに出るのだからと、私とソフィアーネでドレスを勧めても無駄だった。

 だから妥協をしたのだ。

 

 サイドの髪は編みこんで、お化粧は若々しさを出すように大人しめだけど可愛らしく。

 

「本当は後ろ髪を纏めるのにリボンをつけたかったんだけどね」

「いい加減にしないと……ぶつよ」

 

 アイナ様のおかげか、今日のパーティーは楽しかった。

 

 

 

 

 

 ~~ある主従の会話~~

 

「まだ少女だと言うのに、中々に面白い人物でしたな」

「ノリスもそう思いましたか」

 

 資金集めと傘下に入る技術者を探す為のパーティーが終わり一息つく。

 サハリン家再興の為とはいえ疲れてしまう。

 

「連邦の人間とも分かりあえると言うのは、多少問題発言ではありましたが」

「ですが、素晴らしい考えだと思います」

「どことなく雰囲気がアイナ様とも似ておりましたな」

 

 カーン提督のご息女、ハマーン様。

 一見、敵味方にわかれる物語のような恋愛に憧れるただの少女のようだった。

 しかしどこか年の割りに落ち着いたモノを感じた。夢を見ているようで、逆に現実を私よりも見ているような。

 

「そういえば連れていた綺麗な軍人の女性の事ですが」

「シーマ・ガラハウ中佐ですな」

「どのような人物なのですか?」

「私も噂程度しか知らないのですが……噂は所詮噂なのでしょう。私が見る限りハマーン様に忠誠を誓っているようでした」

「どうしてそう思ったのですか?」

 

 ノリスがこうもはっきり言うからには根拠が在るはずだ。

 

「立ち位置がいつでもハマーン様を庇えるようにしておりましたので。常に周りに眼を配り、私の事も警戒していたようですし」

「よく気づきましたね」

「私も同じように動いていたので」

 

 返事を聞いて、ノリスも同じ様に私を守っていてくれたと知って嬉しく思う。

 彼のサハリン家への忠義はいつも感謝している。

 だけど次の一言は聞き逃せなかった。

 

「もしギニアス様の夢が果たせず、私に何かあった場合、ハマーン様を頼るのも悪くないかもしれません」

「ノリス、その様な事は言ってはいけません。お兄様はきっと夢を叶えられます。私とあなたは、お兄様を支えそれを実現させる。そうでしょう?」

「……そうですな。ふっ、アイナ様に叱られてしまうとは、私も年を取りましたかな?」

 

 ノリスの冗談に二人で笑いあう。

 

「ノリス、これからも頼みます」

「ハッ!」

 

 サハリン家再興の為。

 お兄様の夢の為。

 

 アプサラス完成を実現させなければ。

 

 

 

 




紫ババァ……失礼しました。改めて……妖怪ババァのせいでMSだせませんでした。
不思議いっぱいなガンダム作品ですが、あの人が20代前半と言うのは、その中でも特に納得が行きません。
シーマ様より若いんですよね。
(*´ω`)……信じられません。

次回はグラナダ脱出したいものです。

Zとか見直してるだけで時間がかかって困りものです。
前半で男性キャラのサービスシーンが結構あるんですが……なんでですかね。

以下はあとがきなので、ちょっとしたお遊びです。
本編とは一切関係ありません。

~林さんだった場合~

ハマーン 以下ハ「ねぇマリオン。言って欲しい台詞があるんだけど」
マリオン 以下マ「台詞ですか?」
ハ「うん。青い髪で包帯……はしてないけど病院だし」
マ「何を言えば良いんですか?」
ハ「『あなたは死なないわ。私が守るもの』とか『私が死んでも代わりがいるもの』とか」
マ「(あれ? 私、盾にされて殺される!?)」


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第8話

 NT論や軍事論の著作を読んで勉強していると、部屋にシーマ中佐とソフィアーネが揃ってやってきた。

 

 いつも他人行儀な二人が一緒とは珍しい。

 パーティーの時に色々あったので仲良くなったのだろうか。

 温かな気持ちで迎えたが、二人の話を聞いて複雑な気持ちになる。

 

「グラナダを出てアクシズに行く為には有効な手段だとは思うけど……」

「お嬢様にとって行いがたいかもしれません。ですが、現状ザビ家の権力に対抗できるのは、やはりザビ家の人間なのです」

 

 姉の事や自分自身の事もあって、ザビ家には良い印象がない。

 しかし前世の知識で彼の人の事は多少見直している。指揮官自らが殿を務め部下を逃す行為は、人として好印象だ。

 でもやはり家族を奪われたのは許し難い。

 

 気持ちの整理が出来ず、二人の提案をどうするか決めかねる。

 

「まぁ無理にすることもないさ。あたしらがハマーン様を誘拐して連れて行くって事にしても良いんだからねぇ」

 

 悩む私を見かねたのかシーマ中佐がそう言ってくれた。

 中佐の言うとおりの方法で行くと、最悪キシリアから中佐の処刑命令でも出そうだ。

 私の我侭で中佐を失うわけにも行かない。

 

「分かったわ。二人の提案に乗りましょう」

 

 複雑な気持ちを抑え、覚悟を決めた。

 

 ドズル・ザビ中将との会談をする事を。

 

 

 

 

 

 通信での会談らしく、シーマ中佐と共にリリー・マルレーンの通信室へとやってきた。

 

 シーマ中佐の事は信頼しているが不安な事がある。

 

「ここからの通信で傍受とかされないんですか?」

「フォン・ブラウンを中継しての極秘回線でね。そうそうキシリアにばれる事もないはずさ」

 

 先日の工作任務の時に手回ししてきたのだろうか。

 中佐かソフィアーネが考えたのかな?

 どちらかわからないが、さすがだなと思う。

 

「さて、そろそろ時間さね」

 

 中佐の言葉の直後にモニターがブゥンと鳴り強面の男性が現れた。

 覚悟はしてきたけれど、それを見てドキリとしてしまう。

 

 強面の男性、ドズル・ザビは画面越しに私を見て挨拶をしてきた。

 

「久しいな。ハマーン」

「お久しぶりです。ドズル様」

 

 今回の会談の目的はこうだ。

 人情家であるドズルに対して姉の事を出し、アクシズへ行けるように融通して貰う。

 

 有効な手段だとは思う。

 だけど人の善意につけ込む行為だ。好んでやりたくはない。

 その為にソフィアーネも提案するのを控えていたが、他に決定的な手段がなかったらしい。

 

 ア・バオア・クーの敗戦までグラナダに居る事も考えたけど……。

 敗戦後に身柄を拘束され、シーマ中佐や私が連邦との交渉材料にされかねない。

 それに戦力を整える時間はたくさん欲しい。

 結論としてアクシズへ行くなら今のうちが良いだろう。

 

 とは言え、姉の事を利用するのは躊躇われる。

 覚悟したつもりだったが言葉が出ない。

 何故かドズル中将も黙ったままでいた。

 

 お互いが言葉を発しない沈黙を破ったのはドズル中将だった。

 

「ハマーン、すまなかった。俺はマレーネに惹かれるあまり、周りの事を考えていなかった。マハラジャの立場では断る事が出来ないと言うのにな。それに気づいたのは大分後になってからだったが……」

 

 画面の向こうで頭を下げ、悲しそうな顔で謝ってくる。

 その言葉と態度は本気で謝罪をしているよう見えた。

 

「俺は姉を奪った憎き男だろう。そんな俺にお前から会談をしたいと連絡を受けたときは驚いた。だが丁度良い機会だとも思った。許してくれとは言わん。しかし……」

 

 顔を苦渋に歪める中将。

 NTの感性など関係なく、後悔と自責の念が伝わってくる。

 

 許す気にはなれない……けれど。

 

「ドズル様のお気持ちはわかりました。それについてはもう過ぎたことです。私からは何も言う事はありません。ですがもし後悔の気持ちがあるのでしたら、それは未来へ向けてください」

 

 まさか謝罪されるとは思わず、私の内心はより複雑になっていた。

 小声で「感謝する」と聞こえ、再び沈黙が訪れた。

 

 姉や私達家族に対してのドズル中将の態度にさらに悩んでしまう。

 情け無い事だけどシーマ中佐に助けて貰おうと中佐を探す。

 中佐は部屋の隅で壁によりかかり横を向いていた。その為に私の視線に気づかない。

 

「……マレーネの事以外でもお前に謝らなければならん事がある」

 

 中将の声が聞こえたので中佐から視線をモニターに戻す。

 モニターの中の中将は先程と違い、不快な表情をしていた。

 

「極秘裏に俺に会談を申し込んできたのでな。何かあると思って、ハマーン、お前の事を調べた。……キシリアに人質として軟禁状態にされていたとはな。気づくのが遅れてすまなかった。すぐにアクシズのマハラジャの所へ行けるようにしよう」

 

 中将の言葉に驚いた。

 会談を申し込んだだけで不信に思い私の現状を調べていたとは。

 

「ありがとうございます。今回の会談はそれをお願いしようと思っていたのですが、まさかドズル様から言っていただけるとは」

「子供を人質にとるようなキシリアのやり方は気にいらん。表向きの護送の任務にシーマ艦隊を使おうとしてた事もな。俺の部下の信用できる者を護衛につけよう」

 

 シーマ艦隊の話になり疑問を浮かべる。

 そもそも今私はシーマ艦隊の旗艦リリー・マルレーンから通信しているのに、何故ドズル中将はそんな事を言うのだろう?

 

 そこで部屋の隅に居た中佐の行動に納得がいった。

 ドズル中将との交渉が上手く行くようにモニターに自分が映らないようにしていたのだ。

 きっと中佐の手引きで通信している事も秘密にしているのだろう。

 

 このままでは私だけがアクシズへ行く事になってしまう。なんとかしなければ。

 

「ドズル様、私の護送はシーマ艦隊のままでお願いします」

「そういうわけにはいかん。お前は知らんかもしれんが、シーマ艦隊はキシリア配下で――」

「シーマ中佐!」

 

 真剣な顔の中将を見て、さらにまずいと思い壁際の中佐を呼んだ。

 当然ドズル中将は驚いた顔をしている。

 壁際に居た中佐は私の意図を察して、やれやれと言った感じでだけど私の側にきてくれた。

 

「むぅ……」

 

 モニターにシーマ中佐が見えたのだろう。

 ドズル中将は眉をひそめた。

 

「キシリア様の部下ですが、シーマ中佐は私に忠誠を誓ってくれています。今回のドズル様との会談を用意してくれたのも中佐なのです。ですから――」

「クックッ、ハッハッハッ」

 

 先程とは逆に私の言葉を遮り中将が大笑いをした。

 

「まさかその年でシーマ艦隊を抱き込んだと言うのか。ガラハウ中佐、ハマーンの先程の言葉、偽りではないな?」

「ハッ! 我がシーマ艦隊は全員ハマーン様に忠誠を誓っております!」

 

 楽しそうなドズル中将と敬礼をしたままのシーマ中佐。

 数秒、二人はお互い眼を逸らさずにいた。

 

 楽しそうな顔をさらに緩めてドズル中将が言葉を発した。

 

「ガラハウ中佐、ハマーンを頼む。数日中にはグラナダを出れるようにしよう」

 

 続けて何かを言おうとした中将だったが、あちらのモニターにも新たな人物が映り状況が変わる。

 

「ぬ、ラコックか、どうした? なに? シャアからか」

 

 何やら耳打ちして中将に報告をしている。

 それを聞く中将の顔は厳しい軍人のものに戻っていた。

 

「すまん、緊急の要件が入った。アクシズへの件はしっかりやっておこう」

「はい。ありがとうございます」

 

 立ち上がり通信を終わろうとする中将。

 私は咄嗟に声をかける。

 

「ドズル様、私の身を心配して下さり、ありがとうございます。同じ様にご自分の身も……」

 

 全てを言う前に通信が切れた。

 

 何も映さなくなったモニターを見る。

 私は最後に何を言いたかったのだろう。

 

 感謝か忠告か、或いは別の何かだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 ドズル中将との会談から数日後、無事にグラナダを出る事になった。

 

 護送艦隊はシーマ中佐の艦隊だ。

 ドズル中将に感謝して、リリー・マルレーンへと向かう。

 

「お嬢様、今回の件は申し訳ありませんでした」

「気にしなくて良いわ」

 

 アクシズへ行けるのに暗いソフィアーネ。

 グラナダでの軟禁生活は彼女のせいではないでしょうに。

 

 珍しく私が彼女を慰めていた。

 

「そう言って頂けて感謝します。せめてものお詫びに、ハマーンお嬢様のお好きなヌイグルミを大量に購入しておきました」

「あ、ありがとう」

 

 大量にという言葉に引っかかりを覚えた。

 ウサギやクマの人形が部屋いっぱいに浮遊する光景が頭に浮かぶ。

 人形の中で埋もれる私……。

 

 自分の部屋を確認したい一心で道を急ぐ。

 

 急いでリリー・マルレーンがある港に行くと、思わぬ人物に出会う。

 彼女は私を確認すると真っ直ぐに飛んで抱きついてきた。

 

「お姉ちゃん!」

「セラーナ、貴方、お父様と一緒じゃなかったの?」

「お姉ちゃんこそ、お父様と一緒だと思ってた」

 

 お父様と一緒に居ると思ってた妹のセラーナが居た。

 セラーナも私がお父様と一緒だと思ってたらしい。

 どうやらお互い知らずに、人質としてグラナダに居たようだ。

 

 セラーナが飛んできたほうから白い軍服の男性が歩いてくる。

 

「お姉ちゃん、この人が私をここまで連れて来てくれたの」

「自分はシン・マツナガ中尉と申します」

 

 敬礼する髭を蓄えた軍人。彼には見覚えがある。

 白をパーソナルカラーとした白狼の名をもつエースパイロット。

 

「妹を護衛してくれたのですね。ありがとうございます。マツナガ中尉」

「ドズル閣下より、セラーナ様をアクシズへ向かうハマーン様と合流させるようにと言われております。任務でしたのでお気遣い無用です」

 

 私だけなくセラーナの事も調べて気を使ってくれたのだろう。

 改めてドズル中将には感謝したい。

 

「しかし貴方の様なエースパイロットをわざわざ護衛につけて下さるとは」

「あの人の個人的な事情も含んでいたので、自分以外には頼みにくかったのでしょう」

 

 あの人とはドズル中将の事だと思うけど、随分と親しい感じで話している。

 マツナガ家の嫡子とエースパイロットと言うイメージしかないが、私の知識以上に親しい関係なのだろう。

 

「ハマーン様、お待ちしてましたよ」

 

 マリオンと熊の様な大きな男性を連れたシーマ中佐が近づいてくる。

 男性は確か中佐の副官の……。

 

「MSの搬入が終わったら出発する予定さね。うちの艦隊で残るムサイ3隻はコッセルに任せるつもりなんだが、何か言っておく事はあるかい?」

 

 後の熊のような男性、コッセル大尉が敬礼する。

 

「必ず、また生きて会いましょう」

 

 大尉は私の言葉を聴いて敬礼をし直す。

 その後はシーマ中佐と何か話してから、彼はどこかへと去って行った。

 

「ねぇ、お姉ちゃん、この人達は?」

「あ、紹介がまだだったわね」

 

 シーマ中佐とマリオンをセラーナに紹介する。

 紹介中にふとリリー・マルレーンに搬入される黒いMSが眼に入った。

 

「あれはドズル閣下より、ハマーン様に渡すようにと言われたMSです。地上用のMSなんですが、宇宙用に換装された新型機ですよ。地上でもまだ珍しい物で、あれは宇宙用の先行試作機と言うところでしょうか」

「中々良さそうなMSだったねぇ。まさか新型を3機もまわしてくれるとは思わなかったよ」

 

 黒いMSを見ていた私にマツナガ中尉が説明してくれた。

 中佐の言葉が真実なら3機もリリー・マルレーンに配属されたのだろう。

 

「確か名前は……リック・ドムだったかねぇ」

 

 新型のドムが3機。

 3機なのは偶然かな。

 それとも行くべき所に行くはずのドムがここに在るのだろうか。

 

「MS搬入も終わったようですし自分は戻ります。貴君らの航行の無事を祈っております」

 

 シーマ中佐に敬礼して背を向けるマツナガ中尉。

 

 エースである彼にも声をかけたかった。

 しかし声はかけられなかった。彼からは話し方などからドズル中将に対する深い信頼を感じたから。アイナ様とノリス大佐とは違い、主従と言うよりも兄弟のようなものを。

 

 マツナガ中尉に声をかけられなかったのは残念だ。

 だけどこれでやっとアクシズへいける。

 

「中佐、マリオン、ソフィアーネ。行きましょう、アクシズへ」

 

 セラーナと手と繋ぎながらリリー・マルレーンへと乗り込む。

 

 Zまでの7年間、アクシズで何が起こるか私は知らない。

 前世の知識がない未知の場所だ。

 

 私は不安と期待を抱き向かう。

 

 火星の向こうにある、アクシズへ。

 

 

 

 

 

 




権力って大事ですね。
新型としてリックドム3機。
でも本当はNT系のザクが欲しかった!

ハマーン様主役なので本命はZ~なのですが、C.D.Aは半分ハマーン様主役ですよね。
作中のハマーン様はC.D.Aの知識がありません。
どうなることやら。

大筋は決めてますが……エンツォ大佐どうするかなぁ。
あまり好きじゃないけど、良い所もあるし、でも暗躍しすぎでエロなのが。
(*´ω`)グラサンも登場します。

次回は外伝的に宇宙の蜻蛉風味をと思います。
そのあとはC.D.A編かな。


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外伝 宇宙の蜻蛉

「まだ試作段階のMSらしいからね。あまり無茶するんじゃぁないよ」

 

 リック・ドムのコクピット内に響くシーマ中佐の声。

 音声だけなのに、心配する中佐の顔が容易に想像できる。

 

 アクシズまでの道中もやれる事をしておきたかった。

 自分にNTの力とMSのパイロットとしての素質があると知っている。だから鍛える為にリック・ドム1機を私用にしてもらったのだ。

 

 シミュレーターで十分に練習したが、いざ実機となると緊張する。

 気をつけながらリック・ドムをカタパルトへと進ませる。

 進ませてカタパルトに足を固定させ、各部の状況を通信で受け答えして確認していく。

 

 全ての確認が終わり――発進させる。

 

「ハマーン・カーン、リック・ドム、出ます」

 

 グンッと背後に引っ張られるようなGを感じ、リリー・マルレーンから飛び出す。

 

 飛び出した勢いそのままに宇宙を流れる。

 MSに乗って初めての宇宙は静かだった。

 静かな中、不思議な感覚が広がっていく。まるでMSに乗っていないで自分の体だけで漂っているような感じだ。

 

 MSの装甲を超えて直接周りが見えるような感覚。

 余りにも周りが感じられすぎて恐怖を感じた。

 しかし私はこれが何かを知識で知っている。

 

 これがきっとNTが感じる世界なんだろう。

 知らなければ足が竦み恐怖してしまうでしょうけど……私は知っているのだ。この感覚を将来自分は問題なく使えるようになることを。

 

「だったら、恐れず受け入れましょう」

 

 広がっていく感覚を受け入れながらリック・ドムを操縦する。

 レーダーに頼る事無く漂うデブリを回避していき、段々と楽しくなる。

 

 余裕が出てきた頃に私に向けられる意思を感じた。リリー・マルレーンから私を見守る強くて優しい思念。なんとなくそれはシーマ中佐なのだろうと思う。

 

 本来の歴史通りなら中佐は私と共に居ないはずだ。

 知識上の史実と違って部下として私を支えてくれる中佐。

 

 私と共に来てくれる中佐は、今どのような気持ちなのだろうか。

 

 

 

 

 

 ◇外伝 宇宙の蜻蛉

 

 

 

 

 

『シーマ中佐らは公国、そしてスペースノイドの為に汚れ役を担っていただけなのです。それも自らが望んだ事ではなく、国を、民を思えばこそ命令に従っただけなのです。彼女らを見捨てる事はジオンの闇から眼を背ける自己保身に等しい行為です。私は眼を背けたくありません。それに本来であれば真に責任を取るのは命令を下した上官であるアサクラ大佐、さらにその上のキシリア・ザビこそが――――』

 

 流れる動画の中の少女は必死に弁護をしていた。

 必死すぎるからか感情を優先している節はあるが、思いは伝わってくる。

 渡された動画を共に確認する為に呼んだコッセルも黙って見ていた。

 

 ツインテールの未だに少女の域を出ない娘が、私達シーマ艦隊を守ろうとする――か。

 

 動画が終わり、コッセルが静かに問いかけてきた。

 

「……シーマ様、これは本気ですか?」

「……どうやらあちらさんは本気のようだねぇ」

 

 アクシズ司令のマハラジャ・カーンの娘だったか。

 最初はトラウマの事もあったからか黒い影すら見えるほどの圧力を感じた。

 だと言うのに、気づけば抱きしめられて優しい言葉をかけられていた。

 

「……ふふふ、ははは、あははははは」

 

 勝手に口からは笑いがこみ上げてくる。

 可笑しいのか嬉しいのか、それとも辛かったのか、笑ってる自分でも分からない。

 だけど笑い終わると気持ちはスッキリしていた。

 

「コッセル、この動画を艦隊員全員が見れるように全艦に流すよ」

「へい、了解しました」

「流す前に全艦同時にとアナウンスをするとしようか。実際は時間をずらして流すけどねぇ」

「なるほど。不審な動きをする者が居ないかチェックしときます」

「頼んだよ」

 

 コッセルは部屋を急いで出て行った。

 信頼できる人員を集めに行ったのだろう。

 

 あたしらを部下に欲しいと言うくらいのお人よし。

 ならせめて。

 

「綺麗な状態にしとかないとねぇ」

 

 シーマ艦隊は全員が同郷で同じ罪科を背負わされた仲間だ。

 だから裏切り者が居ないと思いたいが……。

 

「全員があのお嬢ちゃんに救いを見出して欲しいものさね」

 

 

 

 

 

 フォン・ブラウンでの任務を終えてグラナダに戻ると、笑顔の二人が待ち構えていた。

 

 何やらパーティーに参加するらしく、あたしに共をして欲しいらしい。

 そこまでは良い。

 だがハマーン様の侍女が手に持っている物が問題だった。

 

「しょ、正気かい!?」

「至って真面目でございます。このドレスはハマーンお嬢様がガラハウ中佐の為にご用意したドレスです」

 

 見るからに派手なドレス。

 肩は出ているし背中は丸見えだし……色が白というのも作為を感じる。

 

「シーマ中佐はいつも軍服を着てますし、パーティーの時くらいは違う服を着ても良いんじゃないかなって思って」

 

 ハマーン様は純粋な笑顔で微笑みかけてくる。

 本当に善意で用意してくれたようだ。

 

「お嬢様のご要望に答え、私が選んだドレスです。さぁガラハウ中佐」

 

 ハマーン様とはまったく別の笑顔でソフィアーネの奴は愉しそうに嗤っていた。

 なるほど、ドレスを選んだのはこいつか。

 

「シーマ中佐?」

 

 侍女の悪意に気づかず、不思議そうに首を傾げるハマーン様。

 

 パーティーへ行く用意を終えた彼女は綺麗だった。

 いつものツインテールを編んで頭の左右に巻いた髪型。

 ドレスは右肩を出して、左胸にはバラの意匠がある赤い物を着ていた。

 

 少女の可愛さと大人の美しさを合わせたような、不思議な気品と魅力があった。

 

「折角だけど遠慮しようかね。あたしのような軍人がドレスを着ていったら、主役のお偉方に睨まれちまうさ」

「そうですか……」

 

 気を使ってくれたのを断るのは悪いと思った。

 だが実際、共するあたしが目立って要らぬ腹を探られても面倒だ。

 

 ハマーン様の後ろで舌打ちした侍女とは後で話をつけるかね。

 

 気落ちしたハマーン様だったが、急にパッと笑顔に戻る。

 

「ではせめて、髪型くらいはオシャレにしましょう」

「それは良いご提案でございますね。ドレスは残念でしたが、髪型ならばガラハウ中佐も許して下さるでしょう」

 

 有無を言わせずにソフィアーネが追従した。

 先にドレスを断っているので断りにくい。

 

「仕方ないね。まぁ髪型くらいなら」

「やった。ソフィアーネ、どんな髪型にしましょうか」

「そうですね。普段のお嬢様のようにツインテールにするのはどうでしょうか」

「ツ、ツインテールは勘弁しておくれっ」

 

 和気藹々と盛り上がる主従に口を挟む。

 さすがにツインテールは許容できない。

 シュンと落ち込むハマーン様を可哀想に思っても、これは譲れなかった。

 

 あれやこれやと3人で話し合う。

 ハマーン様が笑顔で楽しそうにしたり、ソフィアーネがニヤニヤとあたしにだけ見えるように笑ってきたりした。

 

 結局、サイドの髪を編みこむ事に決まった。

 ハマーン様もソフィアーネももっと派手にしたかったようだが妥協させた。

 さすがにハマーン様より派手な髪型はまずいと言うと、ソフィアーネも渋々納得したのだ。

 

 髪を編んでもらっていると微笑んでいる自分に気づいた。

 まさかあたしが髪型一つでこんな気持ちになるとは。

 

 編み終わり離れたハマーン様を感謝を篭めて見つめた。

 見つめていると、突然ハッとした顔をなさる。

 何か起きたのかと焦ったのだが……。

 

「ドレスはダメでもリボンはどうかな? 可愛くて良いと思うの」

 

 名案だとはしゃぐハマーン様。

 聞いたあたしは肩の力が抜ける。

 

 主と決めた少女は、どこまでもお人よしそうだった。

 

 

 

 

 

「シーマ様ぁぁあ!」

 

 コクピットに僚機からの通信が響いた。

 それはやられる前の悲鳴。

 

「なにやってんだい! 相手はたった2機だってのに!」

「シーマ様、相手は予想より動きが、しまっ!?」

「ちぃ! たった2機になんてざまだい!」

 

 最後の仲間も落とされたようだ。

 あたしと違い新型のMSではないとは言え、ザク3機をこうもたやすく落すとは。

 3機居た筈の仲間は全員やられ、4対2のつもりが気づけば1対2とはシャレにならない。

 

 リック・ドムを動かし、敵が居ると思われる地点まで移動した。

 すると思ったとおりに相手が姿を現す。

 

 あたしと同じリック・ドムが2機。

 白と蒼の2機のリック・ドムは入れ替わるようにジクザグに動き迫ってくる。

 

 威嚇射撃にザク用のマシンガンを撃つ。

 撃った瞬間2機は綺麗に回避して左右にバラける。

 

「ちっ。確かに早いね。だけどねぇ。甘いんだよっ!」

 

 近づき攻撃しようとしていた蒼い方に射撃する。

 攻撃動作に入れば一瞬のためができる。その隙を狙い撃ったのだ。

 此方の攻撃は当たったが仕留めたかは分からない。

 

 下手に攻撃し続けると相討ちになりかねない。

 素早く機体をデブリの影へと移動させる。

 

 影に移動させると、もう1体の白いリック・ドムが向かってくる。

 蒼い方と戦っていてあたしが油断してるとでも思ったのか、真っ直ぐ突っ込んでくる。

 だが油断してるのは自分だと教える為にトリガーを引いた。

 

 射線は間違いなく白いリック・ドムに向かったのだが――。

 

「なっ! デブリを蹴って方向を変えたっ!?」

 

 回避行動に移ったとしても、避けた方向に撃つつもりだった。

 しかし白いリック・ドムはデブリを蹴る事で加速つきで方向を変えたのだ。

 おかげで追撃できずに逃げられる。

 

「蹴って加速するだなんて、赤い彗星だとでも言うつもりかい!」

 

 回避した白いのと入れ替わるように蒼いのが現れる。

 まるで熟練のコンビのように動く2機。

 部下達がやられたのも納得する。

 

 だけど――。

 

「ハッ。やっぱりかい! 順番に交互に出てくるなんて素直すぎるのさ! 捉えたよ!」

 

 蒼いのが引いて現れた白い方へ向かって、再びトリガーを引いた。

 

 

 

「さぁて、反省会だ」

 

 MS同士の模擬戦が終わり、参加者全員をブリーフィングルームへ集めた。

 

「まずはあんたら、おたついて各個撃破されてるんじゃないよ」

 

 参加した部下達は情けない事に全員やられた。

 相手側だったハマーン様とマリオンが予想以上に強かったってのはあるが、それにしたって情けない。

 

「あんたら全員、反省文でも書いてもらおうかね」

 

 年下の少女二人にやられたのだ。訓練は言わずともするだろう。

 油断しただのといい訳しないのは、自分達でわかってる証拠だろうしね。

 

 それにしても恐ろしいのはハマーン様とマリオンだ。

 シミュレーションの結果が良かったので、新型のうち2機を二人用にし訓練を許可していたが……。初の模擬戦で数に勝る相手を圧倒するとは信じられない。

 

 予定では部下であるあたしらの力を見せつけるはずだったのにねぇ。

 逆に主の力を思い知らされたのは嬉しい誤算と言うところか。

 

 だけどまだ甘いところも在る。

 

「マリオンはシミュレーションと同様に回避は模擬戦でも凄かったけどねぇ。攻撃と回避のスイッチが上手くできてなかったね。回避行動から攻撃に移るときに止まるのを注意しな。それじゃあ下手すると相討ちになっちまうよ」

「はい」

 

 あたしの言葉に頷くマリオン。

 連れて来た当時に比べて元気になったものさね。

 アドバイスを素直に聞く彼女はさらに伸びるだろう。

 

 一通りマリオンと話して、次の人物へと視線を向けた。

 視線を感じたのか、ピンクと白のノーマルスーツを着たハマーン様はビクリと体を震わせた。

 

「ハマーン様は――」

「ごめんなさいっ」

 

 あたしの言葉を遮り謝ってくるハマーン様。

 本人は反省しているようだけど、今後の為にもしっかり言っておこうかね。

 

「ハマーン様は、回避に射撃命中とどっちも高かったね。機動もデブリを蹴るなんて言う曲芸紛いの事をして速かった。噂に聞く赤い彗星かと思ったよ」

 

 良かった点は評価する。

 実際、ハマーン様の動きはうちの艦隊のパイロット以上だった。

 マリオンもそうだが、これがNTと言うものだろうか。

 

 とは言え欠点がなかったわけじゃない。

 

「射撃の命中が高いのはいいんだけど、威嚇や追い込みをするような射撃がなさすぎだったねぇ。無駄撃ちとは違う射撃を覚えたほうが良いね」

 

 完璧主義なのか、無駄撃ちが全くと言って良いほどなかった。

 直接当てずとも相手の動きを縛るような射撃は今度必須だろう。

 理想としてはハマーン様が出撃すること事態やめてほしいけどね。

 

 最後に最も問題だった点を上げる。

 

「一番問題だったのは、やっぱり途中で機体を壊した事かねぇ」

「ごめんなさい……」

「試作機でまだ完成品じゃない機体だというのを忘れ、デブリを蹴るなんて動作をするから脚部が壊れたわけだ。機体状況を把握して、それに見合った動きをするべきだったねぇ」

 

 動きは驚嘆したが機体に無理をさせすぎた。

 限界まで機体性能を引き出そうとしたと言えば聞こえが良いが、それはつまり無理をさせていると言うことだ。もし実戦だったら致命的なミスだろう。

 

「実戦では思わぬ長期戦闘もあるからね。機体に無理をさせない見極めを意識するようにするんだね」

「は~い……」

 

 MSを壊して相当凹んでいるようだ。

 どうせならこのままMSの訓練もやめてほしいが、彼女の性格からして無理だろう。

 他人に戦いを任せて後で見ていられるようなタイプじゃないからね。

 

 本当はもう少し反省してて欲しかったが、反省会が終わっても落ち込んでるハマーン様を見てついつい言ってしまう。

 

「壊れた機体は心配するんじゃないよ。アクシズに行く途中の中継基地で直すからね。マリオンとあたしのも含めて、正式採用されたリック・ドムと同じに改修するそうさ」

「本当ですか? よかったぁ」

 

 暗かった顔がようやく明るくなる。

 やはりあの娘は、ハマーン様は明るい顔のほうが良いね。

 

 ハマーン様にマリオン。

 二人のNTの動きは凄かった。

 今でもあれほどの強さなら、将来MSで出撃する時が必ず来るだろう。

 

 その時に少しでも助けになるように、自分より年若い彼女達を守れるように。

 

「私もシミュレーターでもするかねぇ」

 

 訓練をする為にMSデッキへと向かう。

 

 

 

 前向きな気持ちで歩ける喜びに包まれながら。

 

 

 

 




Zの映画を見直すだけで凄い時間がかかります。
TV版のほうをみると、ハヤト・コバヤシさんのあまりの良識に驚きました。
作中の誰よりも良い大人な気がします。
あとカラバがキリマンジェロ基地攻め落としてて驚いたー。エゥーゴより勢力あるんじゃ……。
(*´ω`)


ハマーン様って素でZ、ZZ通しても最強クラスなんですよね~。
原作でチート気味の超性能。
NT能力を扱える前提で訓練してるので、原作C.D.AよりもZよりに能力を設定しましたが~。
上手く行かず悶えるはにゃ~ん様もよかったかな~とも思います。


シーマ様のお話でしたが、どうでしたでしょうか。
気のせいかシーマ様って人気があるきがします。
上手くかけてたらいいんですが~。


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第9話

 グラナダを出発してから約半年。

 

 とうとうこの日がやってきた。

 一日千秋の思いで待っていた今日という日。

 

「お姉ちゃん、もうすぐアクシズかな?」

「そうね。1時間以内には着くんじゃないかしら」

「お父様に会うのも久しぶりだね」

 

 楽しそうに笑う妹の頭を撫でる。

 撫でられて嬉しそうにする顔を見ると温かな気持ちになる。

 

 お父様に会えるのは妹と同じで私も嬉しい。

 しかし私は喜んでばかりはいられない。アクシズに着いてからやりたい事、やらなければいけない事は少なくないのだから。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 心配そうに私を窺うセラーナ。

 今後への不安が顔に出てしまったようだ。

 

「ちょっと考え事をしてただけよ。アクシズに着いたらお父様と3人でお祝いでもしようかなって」

「それは良い考えね」

 

 セラーナは私の言葉を受けて、お祝いをどのようにするか話し出す。

 

 目の前の妹の為にも頑張らなきゃいけない。

 航海中にソフィアーネに軍事や経済について教わり、シーマ中佐に戦術やMSの操縦などを教わった。同じNTであるマリオンと一緒にMSで模擬戦をしたりする中で、共鳴するようにNTとしての力も上がったと思う。

 

 まだ未熟だという自覚はあるけど、私は動かなければならない。

 

 未来を手に入れる為に。

 

 

 

 

 

「お父様っ!」

 

 アクシズに着くと、妹が出迎えてくれたお父様に向かって真っ直ぐに飛んで抱きついた。

 それを見た私は姉として注意する。

 

「セラーナ、無重力ブロックだからって飛んで行ったら危ないわよ」

 

 抱きついたままの妹に注意はしたが、気持ちが分かるので軽い口調で済ませた。と言うよりも、妹が飛んでいかなかったら私が同じ事をした気がして怒る気になれなかった。

 

「ハマーン、セラーナ。二人共よく来てくれた」

 

 お父様は私達を優しい笑顔で迎えてくれる。

 笑顔を向けられてつい涙が出そうになる。

 けれど妹や他の人も居て恥かしかったし、やる事があったので我慢した。

 

 抱きついたセラーナを撫でているお父様に声をかけた。

 

「お父様、お話したい事があります」

「うむ。私も二人と話したい事は山ほどある。しかしまずはお前達を連れて来てくれたシーマ中佐達の受け入れが終わってからだ。すまないが少し待って欲しいな」

「あ、はい。そうですよね……」

 

 お父様の返答はアクシズの司令官としての返答だった。

 私事として娘と話すより、シーマ艦隊の受け入れをするのがお父様の立場としては当然の事だろう。

 

 妹よりは落ち着いていると思ってたけど、私もお父様に会えて浮かれていたようだ。当たり前の事を言われるまで気づいていなかった。

 

「ハマーンお嬢様、マハラジャ様と話すより先に荷物を艦から移しましょう。それが終わってからマハラジャ様をお訪ねになるのがよろしいかと」

「ふむ、そうだな。アクシズ内を案内する者を用意するので、ソフィアーネ、悪いが二人を頼めるかね」

 

 お父様の指示を受けた軍人の女性が案内してくれる事になった。

 軍属ではないマリオンも加え、4人で案内してもらう事にした。

 案内して貰ったアクシズ内は思ったよりも狭く、居住区画は特に不十分に感じた。

 到着初日という事もあり、全てを見れたわけではなかったけど……。

 

 やるべき事は多そうだった。

 

 

 

 

 

 アクシズ到着の翌日。

 仮宿に妹とマリオンを残し、ソフィアーネを連れてお父様に会いに向かう。

 

「お嬢様、今日くらいはのんびりお休みになられても良いのでは?」

「いつも軍略とか教えてくれる時は厳しいのに、随分と優しいのね」

「急いては事を仕損ずると申しますよ」

 

 自分でも焦っているのは分かっている。

 だけど出来る事があるのにのんびりしてはいられない。

 

 お父様の執務室前にやってきて端末を操作する。

 ザーという音の後にお父様の声が聞こえた。

 

「誰かね?」

「お父様、お話があって参りました」

「……ハマーンか。入りなさい」

 

 許可を得ると扉が自動で開いた。

 開いた扉を通り部屋に入るとシーマ中佐が居た。

 中佐は一瞬私に視線を向けて、すぐにお父様に視線を戻す。

 

「ではマハラジャ提督、着任の件は問題ないって事で?」

「ええ。休戦前の命令書とは言え正式な物ですからな。シーマ中佐の監察権は承認しましょう」

「それは助かったね。まぁ今更必要ないかもしれないけどねぇ」

 

 中佐はお父様から書類を受け取ると部屋を出て行った。

 出て行く前に肩に手を置かれ、小声で「がんばんな」と言われる。

 

 中佐やマリオン、ソフィアーネには事前に私がアクシズでの戦力の拡充を望んでいる事を話している。なのでこれからお父様に話す内容を察して応援してくれたのかな。

 本当なら中佐も一緒に居て欲しかったけど、艦隊指揮官は忙しいのだろう。

 

「それで、話というのは何かな? 家族水入らずの話と思っていたが、そういう訳でもなさそうだが」

 

 ソフィアーネを連れている事で、私が家族としての話をしに来たのでは無い事に気づいたのか。さすがお父様だ。

 

 私は慎重に言葉を選びながら用件を伝える。

 

「先日、航海中にジオン敗戦の報を聞きました」

「私も聞いた時は驚いた。残念な事だ。これでスペースノイドの自治独立は遠ざかってしまった」

 

 顔に手を当て心底残念そうなお父様。

 ザビ家の独裁に懸念があり、敗戦を知っていた私はそれほどショックを受けなかったけれど……。普通のジオン国民であればお父様くらいショックを受けるのだろうか。

 

 お父様の態度に自分の歪さを感じてしまう。

 

「お父様、敗戦は残念ですが落ち込んでばかりもいられません。敗戦を知ってアクシズに逃れてくる兵や国民が多数いると思います。その人達の受け入れの為に、今以上に居住区の開拓をするべきだと思います」

「ほぅ……」

 

 お父様が軽く眼を見開き私を見つめた。

 

 元々アクシズは木星ヘリウム輸送船団の中間基地等として利用されていたと聞いた。近年軍事要塞として改修されたようだけど、アクシズへ逃れてくる将兵とその家族を受け入れるには、昨日の案内で見た感じでは居住区は全く足りないように見えた。逃れてくると分かっているのだから居住区の拡張は必須事項だろう。

 

「既に住居施設用の小惑星モウサを開発中ではあるが、あわせて軍の施設も今以上に必要か。ハマーンの言うとおり、軍民共に施設を拡張する必要があるとハインツ少佐も言っていたな。改めて拡張計画を見直すとしよう」

「ありがとうございます」

 

 お父様の返事を聞くと私が言うまでもなく見直す気だったと感じた。

 いくら心配だったとは言え、アクシズの運営自体に口を出した事は問題だったかもしれない。

 

 アクシズ全体の事はお父様に任せるべきね。

 だとしたら私がするべき事は。

 

「お父様、先の件とは別にお願いがあります。ニュータイプ用のMS開発推進と、私と出来れば友人のマリオン・ウェルチ共々MSのパイロットをやらせて欲しいのです」

「先程の居住区の話は分かるが……。それはどういう事かね?」

「ジオンが負け、休戦が決まったとは言え連邦軍はジオン残党を野放しにはしないと思います。もしかしたらアクシズにまで軍を向けてくるかもしれません。その時に戦う事が最善とは限りませんが、選択肢として選べる準備は必要かと思います」

 

 本命はZの時代、87年頃に地球圏へ戻った時の為の戦力を増やすのが目的だ。

 しかしそれまでにアクシズが無事である保証はない。防衛戦力の強化はしておくに越した事はないはずだ。

 

 悩むお父様に対し、ソフィアーネがデータディスクを渡す。

 

「マハラジャ様、航海中にとったお嬢様とマリオンのMS操縦データでございます。ご参考になさるとよろしいかと」

「ふむ、見せてもらおうか」

 

 ディスクを受け取りご自分の机の端末でデータを確認し始めた。

 真剣な表情で確認しているお父様に対し、後押しする為にさらに言葉をかける。

 

「シャア大佐が率いたニュータイプ部隊は、少数ながら素晴らしい成果をあげたと聞いています。ニュータイプの研究と専用の兵器開発が、数に勝る連邦に対する手段足りうると思うのです」

「赤い彗星……か。ソロモン宙域でのMAエルメスの戦果は私も知っている。エルメスの設計データもあるにはあるが……」

 

 目頭を押さえ考え込むお父様。

 私がNT用の兵器の開発とMSパイロットを望んだ事で私の身を案じているのだろう。自分の娘が兵器の開発に関わらせて欲しいと言っているのだから。

 

 娘達を愛するお父様だから却下されるかと思ったけど、意外な事に顔を上げたお父様の表情は優しいものだった。

 

「ニュータイプ用の兵器の有用性は証明されている。ニュータイプであるお前が自ら提案するなら、私はそれを支援しようと思う。ハマーン、お前が国や人の為を思って行動する子だと知ってはいたが、改めて思い知らされたな。キシリア閣下の勧めでニュータイプ研究所に預けた時は心配だったが、良い子に育ってくれたな」

「お父様……」

 

 優しい微笑で見つめられて思わず涙が出てくる。

 嬉しくて椅子に座るお父様に抱きついた。

 

「それにシーマ中佐に言われていてな。ハマーンの希望を出来る限り叶えて欲しいと」

「そうなんですか!?」

 

 忙しいだろうに、きっちり私の事もフォローしていてくれるとは。

 シーマ中佐の気配りに感謝したい。

 

「お前を軍人にする気はないが、MS開発となると軍の施設に入る事になる。ソフィアーネも軍人ではないからな。それらの事とアクシズでの生活のサポートに一人軍人をつけよう。それとアクシズで軍事を担当している者を紹介しよう」

「ありがとうございます。お父様」

 

 お父様は私を膝の上に乗せたまま頭を撫でてくる。

 少し恥かしかったけど大人しく撫でられ続ける。

 

 数年ぶりに触れ合う愛情に、私は身を任せた。

 

 

 

 

 ソフィアーネをお父様の所に残し、私はMSデッキを歩いていた。

 

「ふふふ、感心しますな。マハラジャ提督のご息女がMSの開発に興味がおありとは」

 

 前を歩く男性は楽しそうな声色で話す。

 

 彼はアクシズの軍事のトップである兵力総括顧問のエンツォ・ベルニーニ大佐だ。

 お父様は文官肌の人なので、軍事方面担当として本国から赴任してきたらしい。

 

 今は現場を見ておくと良いとの事なので、MSデッキを案内してもらっている。

 

「エンツォ大佐、私のパイロットの件は大丈夫なのですか?」

「もちろんです。ニュータイプであるハマーンお嬢様には是非テストパイロットをして欲しいですからな。私もシャア大佐が隊長を務めたニュータイプ部隊の活躍は聞いております。ですがニュータイプの人員がおらず困っていたのですよ。お嬢様のご提案は、私としても渡りに船と言ったところでしょうか」

 

 エンツォ大佐はNT兵器の開発を勧めたり、MSパイロットになりたい私に好意的だった。私のMS操縦データを見てからは、お父様に対して積極的に後押しをしてくれたほどだ。

 

「ハマーンお嬢様のような方が居ればジオンの未来は明るい。ナタリー中尉、サポートをしっかりと頼むぞ」

「ハッ! 了解です。エンツォ大佐」

 

 立ち止まって振り返ったエンツォ大佐に敬礼する女性士官。

 隣に居るこの女性が、私のサポートをしてくれるナタリー・ビアンキ中尉だ。

 13歳になった私より少し年上にしか見えないのに中尉という階級なのだから、よほど優秀なのだろう。

 

 MSデッキを再び歩きながら、ナタリー中尉が話しかけてくる。

 

「ハマーン様はアクシズに着て間もないのですよね? 私に出来る限りサポートさせていただきます」

 

 人懐こそうな笑顔で私に話しかけてくれる。

 軍人ではあるけど、彼女の人柄か同じ女性で年も近そうなので親しみが持てる。

 

「ナタリー中尉、上官でもない年下の私に敬語を使わなくてもいいですよ。出来れば様というのも」

「そうですか? でしたらハマーンも私にも敬語を使わずに気軽に話してください。呼び方もナタリーでいいですよ」

「わかりました。ナタリー」

「敬語になってますよ?」

「あ……」

 

 名前で呼んでも話し方は硬くなってしまう。あまり気を使わせないようにと思って敬語を使わないように言ったのに、私がつい使ってしまう。

 それはナタリー中尉も同じだったようで、お互いの顔を見て笑いあう。

 シーマ中佐やソフィアーネは私に対しては部下としての姿勢を崩さないし、マリオンは恩人として見てくるので、こういった感じは新鮮だった。

 

「早速親交を深めているようで結構ですな」

 

 笑いあってる私達にエンツォ大佐が話しかけてきた。

 案内してる後ろで笑っていたので申し訳ない気持ちになる。

 

「申し訳ありません。折角案内をしてくださっているのに」

「気にしなくて構いません。それよりどうですかな? MSデッキを見ての感想は」

「そうですね……。意外でした。まさかアクシズにザクだけではなく、リック・ドムやゲルググまであるなんて」

 

 一年戦争末期の新鋭機であるゲルググが、見てきた範囲だけでも何機かあるのだ。アクシズにゲルググが配備されてるとは思いもしなかった。

 

「本国の機体データは長距離通信で届いているのです。辺境のアクシズとは言え、最新のMSも作っているのですよ」

 

 エンツォ大佐の言葉と態度からは自信があふれ出ていた。

 ミノフスキー粒子の影響がなければ長距離の通信も出来るのだから、データが在るのはわかる。

 でも実際にゲルググを建造してるのは驚きだ。

 

 現場を眼で見ると思いもよらぬ発見があるものね。

 

 そのままエンツォ大佐の案内でMSデッキを進む。

 ナタリー中尉が具体的な機体性能の説明をしてくれる。

 

 そうして見学を続けていくと、とても大きなMAが眼に入った。

 私はそれを見て名前を呟いた。

 

「……ノイエ・ジール」

「これに眼を止めるとはお目が高い。これはドズル閣下が拠点防衛用に開発していたMA、ゼロ・ジ・アールです」

 

 エンツォ大佐に言われ名前が違う事に気づく。

 良く見れば私の知ってる流線型の美しいMAではなく、ゴツゴツとした無骨な見た目をしていた。

 

「本来はシャア大佐用のMAとしてソロモンで開発していたのですが、事情がありアクシズで開発することになったのです」

 

 事情と言うのはガルマ・ザビ大佐暗殺の件だろう。

 世間的にはただの戦死となっているのだろうけど。

 

「これはもう完成しているんですか?」

「いえ……残念ながらシャア大佐並のエース用の機体として開発されているので、性能テストを出来る人材がいなくてですな……」

 

 自信に溢れていたエンツォ大佐に初めて影がさす。

 

 彼の話を聞いて私の中で湧き上がるモノがあった。

 このゼロ・ジ・アールは間違いなく、ガトー少佐の手に渡るノイエ・ジールの原型だろう。0083で起こる星の屑に対して腹案があったけど、もしかしたら思ってた以上の事が出来るかもしれない。この機体を私の知ってる史実以上の物にすれば……。

 

「エンツォ大佐、もしゼロ・ジ・アールのテストパイロットが居ないのなら、私にやらせてもらえませんか?」

「ハマーン、本気? この機体は動かすのも大変らしいのよ」

「大丈夫です。私の操縦データは見てくださったのでしょう?」

 

 心配してくれるナタリー中尉。

 しかし私には自信があるのだ。

 

 戦術に関してはシーマ中佐には敵わなかった。

 だけどMSの操縦に関しては負けない自信がある。MS戦ではエースパイロット達にはまだ勝てないかもしれないけど、MSを動かす事に関しては負けないと思っている。

 

 エンツォ大佐は驚いた顔をしたが、すぐに楽しそうに笑った。

 

「なるほど。確かに素晴らしい結果でしたな。ではこのゼロ・ジ・アールはハマーン様に任せるとしましょう。ナタリー中尉もそれでよいかな?」

「は、はいっ」

 

 アクシズに来るまで不安だった。

 でも実際来てみれば、思った以上に順調に行きそうだ。

 

 当面はゼロ・ジ・アールをテストしてノイエ・ジールの完成を目指そう。

 マリオンというNTの協力者もいるのだ。幻のNT用MAであるノイエ・ジールⅡを目指すのも良いかもしれない。

 

 ノイエ・ジールⅡの事を考えたせいだろうか。

 胸の内にある人の事が浮かぶ。

 

 

 

 今は遠くに居るはずの赤い光を微かに感じた。

 

 

 

 




妹ナデナデ。
自分もナデナデ。
ナタリー中尉とニコニコ。

このお話のハマーン様って、もしかして男性が苦手だったりするんでしょうか。
男性はマハラジャさんにしか心開いてないような……。
(*'-')

しばらくは80年~87年の間を補完するシャア主役の作品「若き彗星の肖像」が舞台となります。
その知識がないハマーン様は、エンツォ大佐と仲良しに見えますが……!

次回は~グラサンになったあの人~の前にまた女性士官との絡みを予定していますが……。


まったく作品と関係ないのですが、夜中天井から水漏れがありまして~。
更新がガッツリ遅れました。
まさかマンションの中ほどの階で水が降ってくるとは……トホホ。
(;´д`)


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第10話

 ゼロ・ジ・アールのコクピットから気配を探る。

 

「そこ!」

 

 モニターに映った蒼い機影に向かいメガ粒子砲を放つ。

 しかし複数のビームは機影を捉えることなく、蒼い残滓を掠めただけだった。

 

 通信機越しに、少し焦ったようなナタリー中尉の声が聞こえる。

 

「ハマーン、回避行動を」

「分かってる!」

 

 相手を探しつつ、攻撃を喰らわないように機体を動かす。

 自分では素早い機動をしているつもりだけど、ゼロ・ジ・アールの巨体は思うように動いてくれない。

 

「機体が重い!」

「ハマーン! 下よ!」

「しまっ、キャァ!?」

 

 ナタリー中尉の忠告を受けて気づいた時には、下方に居た蒼いリック・ドムから直撃を食らう。そしてコクピット内に警告音と撃破判定の赤い文字がモニターに浮かんだ。

 

 一方的にやられた私に、最後通知が届く。

 

「今の撃墜判定で、ゼロ・ジ・アールの機動試験を終了します」

 

 

 

 

 

 テストが終わり、MSデッキにゼロ・ジ・アールを格納する。

 巨体なのでデッキへの出入りは気を使う。

 

 無事に機体を格納し、コクピットから出て待っていたマリオンとナタリーに合流した。

 

「またマリオンにやられたわ。大きい分小回りが利き難くて、機動力があるMSに近づかれると回避に難があるわね。AMBACシステムにもまだまだ問題がありそう」

「完成すればIフィールドで防御面は今よりましになるわよ」

「実弾や至近距離からのサーベルには無力じゃない。細かい姿勢制御は今以上に必要だわ」

 

 テストして問題に感じた点をナタリーと話し合う。

 彼女を通じて開発部に情報がフィードバックされるので真剣だ。

 

「攻撃に関しても、未だに本物のビーム兵器が未完成なのは何故なの? テストは仮想ビームで出来るからいいけど」

「Iフィールドジェネレーターの出力が安定しないのと、それに伴って高威力でのメガ粒子砲の収束が上手く行かないみたいなのよ。だから暫くは機動テスト中心になるわね」

 

 思ってた以上に問題は山積みだった。

 ゼロ・ジ・アールは、MSを上回る高火力とIフィールドによる防御で編成艦隊並の戦力を持たせるとのことだが……。

 

 実際に艦隊を圧倒したノイエ・ジールを知っている身としては、現状ではあまりにも遠い目標に思えてしまう。

 

「それよりも驚いたわ。ハマーンもマリオンも年の割には凄いんだもの」

「そうね……。マリオンは凄いわよね。私は毎回撃墜されてるし」

「ハマーンも凄いわよ。データを見ると分かるんだけど、殆どの面で正規パイロットの平均を上回ってるもの」

「でも命中率は酷いんじゃないかしら?」

「それはハマーンの問題じゃなくて、マリオンを誉めるべきね。相手の攻撃に対して回避行動に入るのが早いのよ。さすがニュータイプね」

 

 ナタリーは慰めてくれる。

 彼女の言うとおりにマリオンの回避が凄いのだろう。

 でも私も同じNTなのに、何故こうもマリオンに回避されてしまうのだろうか。

 

 疑問に思ったことを察したのか、マリオンが静かな声で回答をくれた。

 

「ハマーン様は攻撃が素直すぎるから。攻撃しようとする意識が真っ直ぐで避けやすいんです」

「それはハマーンが直情的って事?」

「そうではなくて、例えばシーマ中佐のように避けさせる事が目的の攻撃などがないんです」

「監察官のシーマ中佐ね。あなた達と中佐って仲がいいわよね。中佐はちょくちょくテストを見に来てるし」

 

 そう言えば前にシーマ中佐が私に対してマリオンと同じ様な事を言っていた。

 改善してるつもりだけど、性格的な物なのか直っていない様だ。今後は上手く追い込むような攻撃の練習もしようと思う。

 

 だけど私だけの問題だろうか?

 模擬戦で私の攻撃をあそこまで完璧に避ける人はマリオン以外には居ない。シーマ中佐でさえ被弾させた事があるのだから、やはりマリオンが凄いだけな気もする。

 

 NT同士の戦いで勝つにはどうするべきか考えて居ると、ナタリーから朗報がもたらされた。

 

「ニュータイプと言えば、もうすぐ専用機が出来るらしいわよ」

「それは本当なの?」

「もちろん。エルメスのサイコミュシステムを小型化した物を作ったらしいわ。ハマーンのリック・ドムはそれの実験機にするって聞いてるわよ」

 

 アクシズのNT研究所に協力しているかいがあった。

 

 ゼロ・ジ・アールの開発が難航しているので、その分はNT専用MSの開発を急ぎたい。

 NTは私だけではなくマリオンも居る。自分以外のNTである彼女が居る事で助かる事は多い。気持ちの面でも、実務の面でも。

 

「ゼロ・ジ・アールの開発と平行してNT専用機の方もテストしたいわ」

「ハマーンが頑張らなくてもマリオンが居るわよ?」

「ニュータイプ二人でテストしたほうが、違うデータが取れて開発が進むんじゃないかしら?」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 姉妹のように私に接してくれるナタリーの事だから、無理をしてるのではないかと心配なのだろう。でも確実に次の戦いが在ることを知っている私は、なんとしても戦力が欲しいのだ。

 

「大丈夫。無理はしないわ。出来る事をするだけよ」

「ハマーンって可愛い顔して意外と頑固よね」

「ナタリーって美人なのに意地悪ね」

「「……む~」」

「ナタリー中尉、実験機の名称は決まっているんですか?」

 

 軽くにらみ合っていた私とナタリーに割り込むようにマリオンが質問した。

 本気でにらみ合っていた訳ではないので、ナタリーは明るくマリオンに応えた。

 

「えぇ、シュネー・ヴァイスって言うらしいわ」

 

 

 

 

 

 機動性が改善されたというゼロ・ジ・アールのテストの為に、MSデッキにナタリーとマリオンの二人と共に来ると、士官服を着た女性がゼロ・ジ・アールの前に立っていた。

 

 顔の右側を髪で隠した女性士官は、私を見て軽く笑った。

 

「こいつのテストを、あんたの様な子供がしてるとはね。ジオンも落ちた物だねぇ」

「モニカ大尉、お言葉ですがハマーンがテストパイロットをするのは、マハラジャ提督やエンツォ大佐が認めています」

 

 ナタリーは知り合いらしく、明らかに私を馬鹿にする女性士官に対して弁護してくれた。

 しかし相手はそれに満足しなかったようだ。

 

「上がどう考えてるか知らないけどね。私はパイロットとして心配してるのさ。敵と戦ってる時にそこの小娘に後から撃たれちゃたまらないからね」

 

 テストパイロットをするようになってから、MSデッキで私を見て絡む人は少なくなかった。中には目の前の女性士官のように私やマリオンを馬鹿にする人も少なくない。

 

 だから対処には慣れていた。

 

「モニカ大尉、よろしいですか?」

「うん?」

「大尉が私の腕に不安を感じるというのなら、模擬戦でもいかがでしょうか? 是非とも大尉に指導していただきたいのですが」

「ハッ! 言うじゃないか。いいだろう」

「モニカ大尉! ダメですよ! ハマーンも!」

 

 私も最初はナタリーのように言葉で対処しようとしていた。

 でも上手く行かずにソフィアーネに相談したのだ。彼女に相談した結果は『実力を見せて納得させるのが一番だ』と言う事だった。それ以来、模擬戦をすることで相手を納得させてきた。私に負けてまで文句を言う人はいなかったのだ。

 

 シーマ中佐達やマリオンと嫌というほど模擬戦をして、自分の腕にある程度自信が持てたから出来る対処法だけどね。

 

「大尉との模擬戦なんてさせられません!」

 

 いつもは渋々許可をだすナタリーが憤っていた。

 テストで出る時は大抵マリオンと一緒に出て模擬戦のような事をしているので、絡まれた時はそのついでとばかりに許可してくれたのだけど。

 

 相手が自分の知り合いだから止めたいのだろうか?優しいナタリーらしいと思う。

 それとも過去の場合で止めなかったのは、相手が男性だったからだろうか。軍人社会での男性相手にナタリーも思うところがあったのかもしれない。

 

 硬直した状態を、よく知った声が動かした。

 

「構わないさ。許可なら私が出そうじゃないか」

「シーマ中佐!?」

 

 シーマ中佐が現れ、ナタリーとモニカ大尉が敬礼した。

 中佐はモニカ大尉を試すように見て、その次に私を見て微かに笑う。

 

「前線に出るパイロットとしては味方の実力を知りたいってのは尤もな事さね。上には私が許可を取っておくから、ナタリー中尉はモニカ大尉のサポートを。ハマーン様のサポートはマリオンがやんな」

「ハッ! ナタリー・ビアンキ中尉、了解しました!」

「マハラジャ提督のご息女だからね。念の為にうちの艦隊員のMSを数機出して監視させてもらう。モニカ大尉、それでいいかい?」

「ハッ! 中佐のお心遣い感謝します!」

 

 場を一瞬で纏めて仕切った中佐は、マントを翻して去っていった。

 

 模擬戦は試験予定のゼロ・ジ・アールを使わずに、マリオンのリック・ドムを借りて行う事になった。自分用ではない機体だけど……。私を信頼して場を作ってくれた中佐やリック・ドムを貸してくれたマリオンの為にも、全力を持ってモニカ大尉と戦おうと思う。

 

 

 

 

 

 モニカ大尉との模擬戦が終わった。

 

 結果は私の勝利だ。

 大尉の腕は良かったが、シーマ中佐やマリオンと模擬戦を何度もしていたおかげで勝利する事ができた。しかし途中幾度か危機感を抱かされたのは、さすが実戦経験者というべきか。

 

 リック・ドムから出ると、ヘルメットをとったモニカ大尉が握手を求めてきた。

 

「手こずるどころか、まさか私が負けるとはね」

「いえ、たまたまです」

「そう言う事にしとこうか」

 

 デッキに迎えに来てくれたナタリーとマリオンの所へ二人並んで向かう。

 その時にフワっとモニカ大尉の前髪が浮かび、顔の右側が眼に入った。髪で隠していた場所は火傷のような跡が……。

 

「モニカ大尉、火傷ですか?」

「あぁ、これか。昔任務中にちょっとね」

 

 驚いて反射的に口に出してしまった。

 女性の顔にある怪我の跡なのだから、もっと慎重になるべきだったのに。

 

 申し訳ないと思い後でソフィアーネにフォローの仕方を相談しようと考えて――ある事を思い出した。こういう時の為に、アクシズへ持って来た技術があるではないか。

 

「モニカ大尉、私の知り合いに医療用のクローン技術に関するデータを持っている人がいます。もしかしたらお顔の傷跡を治せるかもしれません」

「え?」

 

 常に強張ってたモニカ大尉の表情から毒気が抜けた。

 それを見て率直に言わせてもらえば、可愛らしいと思ってしまった。

 

「同じ女性として、アクシズの仲間として、お顔の傷跡を治したいと思うのですがダメでしょうか?」

「い、いや、出来るなら頼みたいけど……」

「では一緒に私の知り合いの所へ」

 

 今度は私の方から手を前に出して握手を求めた。

 戸惑いながらも大尉は私の手をとってくれる。

 

 後は持ってきた技術が使えるようになっているかなんだけど、その点は心配していない。ソフィアーネの事だ。使える物は使えるようにしているはずだ。

 

 後日、試験中に髪を上げたモニカ大尉が挨拶しに来てくれた。

 

 

 

 

 

 ゼロ・ジ・アールとシュネー・ヴァイスのテストを行う日々が続く。

 

 ゼロ・ジ・アールは機動性が大幅に上がり、巨体でありながらも高機動を実現した。その分パイロットの負担が大きくなり、複数在るメガ粒子砲の制御と合わせると操作が複雑になってしまった。以降の開発方向としては、回避行動のオート化か各操作の可能な限りの簡易化に進むらしい。

 テストパイロットの意見として簡易化の方を推しておいた。ミノフスキー粒子下ではレーダー類が乱される為に有視界戦闘になるのだから、機器に頼るオート回避の信頼性は低いと思ったからだ。

 

 NT専用機シュネー・ヴァイスの開発テストはマリオンと交代で行った。マリオンは新型機としてケンプファーも動かしていたので、交代で行うのが丁度良かった。

 シュネー・ヴァイスはリック・ドムの背中に小型化されたサイコミュユニットを取り付けた機体だ。小型化と言ってもエルメスの3分の1程度なので、MSにしては大きすぎた。その上にビットが内蔵できず、専用の運搬ユニットという外部オプションが必要だ。テストは主にパイロットとサイコミュとビットの親和性を試験しているが、不具合がでて中々上手くいっていない。完成にはまだ時間がかかりそうだった。

 

 忙しい日々の中、嬉しい情報が飛び込んできた。

 

 停戦が決まり、連邦の支配を良しとしない人々や軍艦がアクシズに来るようになっていた。

 そうした一団の中のひとつに、知人が居たのだ。

 

 

 

 ――80年12月。

 

 私の誕生日の前の月にその艦はやってきた。

 

「ソフィアーネ、アイナ様がやってくるって本当?」

「はい。シーマ中佐にも確認して頂きました。ザンジバル級機動巡洋艦ケルゲレンを旗艦として、同艦と共に複数艦来たそうですが、その中の責任者の一人にアイナ・サハリン様のお名前がありました」

 

 ザンジバル級のケルゲレン。

 08MS小隊ではジム・スナイパーに撃沈された病院艦だったと記憶している。

 

 まさかケルゲレンがアクシズに来るとは思わなかった。

 私の知る史実と違う何があったのかという疑問と、同時に無事なアイナ様に会える嬉しさを持って宇宙港へ向かう。

 

 ケルゲレンが収容された宇宙港に着くと、士官数人を連れた短髪の女性がお父様やエンツォ大佐と挨拶をしていた。

 

「本来の責任者であるギニアス・サハリン少将に代わり、代理を勤めていたアイナ・サハリンと申します」

「兄上のギニアス少将の事は残念でした」

「いえ、兄もジオン将兵を宇宙へ逃がし、連邦の部隊を道連れにしたのですから本望だったと思います」

 

 アイナ様の言葉の後に短い黙祷があった。

 

 お父様達の後ろに立って聞いていた私は驚愕していた。

 アイナ様には失礼かもしれないが、妹すら手にかけたあのギニアス少将が味方を逃す為に行動したように聞こえたからだ。アイナ様の優しさから来る名誉の為の嘘ではなく、真実身を挺したのだと伝わる感情から分かって余計に混乱してしまう。

 

「このエンツォ・ベルニーニ、ギニアス少将の我が身を省みぬ行動には感服します」

「共に来た方々の受け入れは早急にしましょう。エンツォ大佐」

「お任せを。士官の方やご家族から順次移って頂きます。サハリン家のアイナ様には特によいご自宅を提供しましょう」

 

 私が混乱する中でどんどん話は進んでいた。

 受け入れの話が終わると、アイナ様の後ろに立っていた軍人達の紹介に移る。

 

 そして一人の軍人が前に出た。

 

 アジア系の黒髪の若い士官。

 アイナ様が居るからもしかしたらと思ったが、まさか一緒に来て居るとは。ジオンの士官服を着ている為に気づかなかったが、彼は……!

 

「彼は追手の連邦軍との戦いを指揮してくれた方です」

「聴いていますぞ。到着前に戦闘データを見せてもらいましたが、見事な指揮でしたな。自らもMSで出て何機か撃墜したらしいではないですか。シロー・アマダ少佐」

 

 エンツォ大佐が彼をべた褒めしていた。

 

 それを聞いてホっと安堵の息を吐く。連邦兵だった彼の正体を心配したが大丈夫なようだ。ジオン所属のケルゲレンに乗ってきたのだ。アイナ様か誰かがジオン用の身分を作ったのだろう。

 そう安心したが、私は彼の性格を失念していた。不器用に真っ直ぐな彼ならば言うかもしれない事を。

 

 一度目を瞑り、覚悟を決めたように敬礼した彼が口を開いた。

 

「自分は、元連邦軍東アジア方面軍機械混成大隊第08MS小隊所属、シロー・アマダ少尉であります!」

 

 事前に知っていれば言わせないように動いたかもしれない一言。

 

 歓迎ムードだった港は、騒然となった。

 

 

 

 




ここで重要なお知らせです。

わたくし、ハマーン様の年齢を間違えておりました!
ごめんなさい!すいません!
87年に20歳になるハマーン様。
誕生日が1月なので、作中79年では12歳ですよね。
1歳年を取らせていました!
すいません、ごめんなさい。修正しておきました!
m(__;)m


さて、Zのアニメをやっと見終わり更新再開。
ご飯中や寝る前に見続けてようやっとです。
映画1~3とTV版50話は長かった……。

見直した感想。
色々ありますが~、結局シロッコは何がしたかったのでしょう?
パプテマスさんのキャラがただの詐欺師にしか思えず、とっても困ります。
女性の敵だと言うのは分かるんですが。大物なんですよね?
(;'-')


あとがきが長くなるのですが、C.D.Aを読んでない方のために軽く説明。

シュネー・ヴァイス。
背中に大きなサイコミュユニット、肩に補助用ショルダーブロックをつけた白いリックドム。
ビットは運搬用キャリアーで別途運ぶし、ビット以外録に攻撃手段がないしと、まさに試作機。

モニカ・バルトロメオ大尉。
エンツォ大佐の側近の一人。
MS部隊隊長で気が強く、操縦の腕に自信を持っている人。

C.D.A補足以上。


女性ばかり活躍するこのお話ですが、やっと待望の男性登場!
性格的にジオンの為には積極的に戦わないだろうシロー少尉ですが……。

次回はギニアス少将の話を挟むか悩みます。


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外伝 震える山

「物資の搬入急げ~!」

「MSなんて後で動かせばいいだろ! 怪我人を運ぶのを手伝ってくれ!」

「連邦が迫ってきてるんだ! 時間がない! 動ける奴は手伝え!」

 

 ラサ基地の地下は慌しかった。

 もうすぐ連邦の愚か者共がやってくる。その前に脱出準備を整えようとしているようだが、おそらく間に合わないだろう。

 

 喧騒を他人事として見ていると、秘書官を連れた男が近づいてきた。

 

「ギニアス、ラサ基地への受け入れ感謝する」

「これはこれは、ユーリ・ケラーネ少将閣下。気にする事はありませんよ。貴君らを受け入れて、ラサ基地のおおよその位置を連邦に特定され、基地が危機に陥っているとしてもね」

「それについては悪いと思っている。だが宇宙に逃がさねばならん奴らが居てな。俺としても貴様を頼るしかなかったのだ」

 

 盛大な皮肉を言い訳もせずに受け止められる。

 あまりにも堂々とするユーリの様子に腹がたち、思わず本音が漏れる。

 

「アプサラスが完成していなければ、貴様を受け入れなどしなかったさ」

「アプサラスの開発は中止させたはずだが?」

「あの時点で9割方完成していた。残りを私の権限で完成させた。他所からの資金や資源の提供を受けずにな」

「……そうか」

 

 ユーリが中止命令を出さなければ、完成はもっと早まっただろうが……今となってはどうでも良い事だ。既に十分な調整も行い、あとは出撃して成層圏まで上昇し、高空からのジャブロー襲撃を成すのみだ。

 先程の言葉は皮肉ではなく、もし仮に今もって未完成だったとしたらユーリ達を見捨てた可能性は大きかったはずだ。

 

「もはや不要になったラサ基地など、どうでもいい。お前達の脱出に合わせて私がアプサラスで出撃するまで持てばいい」

「何? ギニアス、お前自ら出撃するのか?」

「当然だ。私のアプサラスを他人に任せられるわけがない! ゴホッゴホッ」

「ギニアス!?」

 

 体を蝕む病魔は、確実に症状を進行しているようだ。

 吐血した私を見てユーリは同情のような視線を向ける。

 それが堪らなく不快だった。

 

「貴様はケルゲレンで宇宙にいくのだろう? ここで油を売ってないで逃げ支度を指揮したらどうだ?」

「……そうさせてもらおう」

 

 ユーリはそう告げて去っていった。

 

 呼吸すら億劫な状態になった私の眼に、兵達に注射を打っている白衣を着た男が写る。

 私はそこに向かった。

 

「これはギニアス閣下、どうなされました?」

「体が言う事をきかなくてな。私にもそれを打ってもらいたい」

「ギニアス様!? しかしこれは……」

 

 白衣――と言っても医者のそれではなく、アプサラス開発チームの白い制服。その制服を着た男は言葉を濁す。

 

 反応から見て、兵達に打っていたのは予想通り劇物か。打たれた兵は怪我をしていても動いて働いていた。詳細は知らないが、動けないはずの怪我人すら動かす薬は今の私には必要だった。たとえどんな悪影響があったとしてもだ。

 

「あと一日体が持てばいい。アプサラスでジャブローを落すまで持てばな」

「まさかお体がそこまで……。わかりました」

 

 男はゆっくりと私の腕に薬を注入していく。

 注射器から液体がなくなり、それから少しすると胸の苦しさは消えていた。

 

 久しぶりにふらつく事無く体が動く。

 体の調子を確かめていた私の元へ、女性士官が報告にやってきた。

 

「ギニアス様、哨戒に出ていたノリス大佐がお戻りになられました」

「そうか」

「連邦の索敵と思われるMS部隊と交戦、基地とは別の場所に誘導の後に中破させたそうです。その際に一人捕虜を連れ帰ったと」

「捕虜だと? ノリスめ、今更捕虜などどうする気だ」

「それが、アイナ様のお知り合いらしく……」

 

 紺の髪の女性士官は言葉を止めた。

 

 どう言って良いかわからないのだろうな。

 連邦の軍人にアイナの知り合いが居るという情報は、安易に口に出せるものでもあるまい。ノリスからそう言われたとしても、信じきるのは難しいか。

 

 だが私にはその捕虜が何者か当たりがついていた。

 

「ノリスと話す事がある。私の執務室に来るように伝えてくれ」

「ハッ!」

「それとアイナに、私の代わりにケルゲレンの指揮を執るように伝えろ。代理の権限を渡すとな」

「ケルゲレンの指揮はギニアス様がおとりにならないのですか?」

「共に乗り込むユーリ・ケラーネ少将に勝手をされては敵わんからな。貴官もそのつもりでアイナに伝えてくれ」

「は、はいっ! オペレーターとして留意しておきます!」

 

 伝令兵だと思ってた女性士官は走って行った。

 

 彼女の質問を無視して違う答えを返した時に睨み付けたせいか、相手の返事がおかしな事になっていた。オペレーターらしいが、その立場でどのように留意するのだろうかと言った疑問が頭をよぎる。

 

「薬の影響か、どうでも良い事まで考えてしまうな」

 

 それだけ体の調子が良いという事にしておくか。

 ノリスが来る前に準備があるので、早足で執務室に向かった。

 

 

 

 

 

「捕虜というのは、やはりアイナが言っていた男なのか?」

「はい。戦闘中に会話をしましたが、間違いないかと」

 

 端末でデータ操作をしながらノリスの話に耳を傾ける。

 

「地上に降りる前にアイナが言っていた、分かり合えた連邦士官……か」

 

 生き残る為に連邦兵と協力して分かり合ったと最初に聞いた時は耳を疑った。いや、今も信じられない。地上に降りてからも、アプサラスのテスト中に偶然その男と会ったらしいが……。

 

「アイナの世迷言と思っていたがな。相手の男はどのような人物だ?」

「冷静な判断を下すかと思えば、激しい激情に任せたMS機動を見せられました。まさか自機の片腕をもぎ取って武器にしてくるとは思いませんでしたな。脅威を感じました」

「ほう」

 

 ノリスにここまで言わせるとは。

 正直大して興味もなかったが、少しは興味が湧いて来た。

 

「パイロットとしての技量ではなく、他の面はどうなんだ?」

「私もアイナ様からの話と戦闘中の会話のみなので、正しく把握しているかわかりませんが、アイナ様とは相思相愛なのではないかと」

「なぜそう言える?」

「……」

 

 いつも冷静で素早い行動を心がけるノリスが言葉を詰まらせた。まるで言うべきか躊躇しているようだ。ノリスらしくない様子に多少驚く。

 こちらから聞いた手前、中途半端にしておくわけにもいかず、仕方なくノリスの背中を後押しする。

 

「ノリス、アイナの兄として聞いている」

「ハッ! 戦闘中に奴めはこう言っておりました。『俺は絶対にアイナと添い遂げる』と」

「ク、クク、ハハハハハハハ」

 

 連邦と分かり合えるなどと言うアイナを愚か者と思ったが、相手の男も負けずに愚かだったか。抑えようとしたが抑えきれずに笑いがこみ上げる。

 

「それで、乗り越えるべき父親役のお前に打ちのめされた愚か者は今どうしている?」

「怪我をしていますが命に別状はなく、気を失ったままケルゲレンへ収容しました」

 

 理想を語り妹を奪おうとする相手だ。ノリスの返事を聞いて良い気味だと思ったとしても悪くはあるまい。

 

 ノリスと会話をしながら行っていた作業が終わる。

 データ上だけで事足りるか分からないので、書類作成へと移行する。

 

「奴をこのままケルゲレンに乗せても連邦兵だ。無事では済むまい。そこで私の部下として諜報の為に連邦に潜り込んでいた事にした。疑われないように命令書も用意する。あとはジオン側としての身分だが、低すぎてもまずかろう。少佐階級に任命しようと思うが、お前の意見を聞きたい」

 

 私の言葉を聴いてノリスは驚愕していた。

 驚きを隠さずそのままに質問を投げかけてくる。

 

「何故ギニアス様はそこまでなされるのですか?」

「手向けだよ。アプサラスの開発に協力してくれたアイナへの」

 

 戦争相手と分かり合うなどと、理解できない事を言うアイナを嫌悪する気持ちは在る。だがアイナはアプサラスの為に尽くしている事もまた事実だ。

 

 自らテストパイロットに志願し、危険な目にも幾度となくあっている。

 複座式にして不安定なテスト機の操作の保険を提案したのもアイナだ。

 

 飛行能力の強化にジオンの他のMSやMAの設計を取り入れる事も、アイナが言わなければ行わなかっただろう。これには別の事情もあったが。

 衰退しているサハリン家の家長である自分と、アクシズに飛ばされたカーン提督の事を重ねていたのだろう。提督が発案したというMAエルメスの事が気になっていた。だからこそ他所の設計を調べる気になったのだ。

 

 おかげでアッザムのミノフスキークラフト等を参考にし、アプサラスの飛行能力は安定した。この結果だけでもアイナには感謝したい。

 

「ギニアス様がアイナ様の事をそこまで思っていたとは。このノリス、見誤っておりました」

「お前は見誤っていないさ。戯言を言うアイナには思う所もある」

 

 MAエルメスの設計書を見た時に思い出した少女。グラナダのパーティーに父親の名代として参加していた12歳の彼女。ハマーン・カーンという少女を思い出すと、同時に小さい頃のアイナを思い出した。そして妹を守りたいと当然のように思っていた、幼き日の兄としての自分も。

 

「兄として妹へ贈る餞別にすぎんさ」

 

 

 

 

 

 コクピットから見える景色に体が震える。

 目の前の大きな山は、アプサラスのメガ粒子砲によって山頂付近のほとんどを削り取られていた。

 

「フフフ、ハハハハ! 見たか連邦軍! 私のアプサラスの力を!」

「ギニアス様、連邦は一時的な停戦に応じるようです」

 

 グフに乗るノリスからの通信を聞いて、当然だと言う思いしか湧いて来ない。

 このアプサラスの力を見せたのだ。連邦兵は恐怖に竦みあがっていることだろう。

 

 ケルゲレン脱出の為に停戦を呼びかけて欲しいという、アイナの愚策を採用したが……。今私の体を震わせる興奮を味わえたと思えば、結果的には良かったか。

 

 しかし無粋な通信が邪魔をする。

 

「ギニアス、お前が作った玩具は予想以上の威力だな」

「ユーリ、貴様何をしている?」

「なに、アプサラスで出撃するお前を見送る為にな」

 

 通信は基地の打ち上げ口近くを飛行するグフ・フライトタイプから発信されていた。

 

「貴様はケルゲレンに乗って逃げるんじゃなかったのか?」

「出てきたら引っ付いていくさ。しかし俺達を逃がす為に出るお前に、何もせず行く訳もいかないんでな」

 

 軍人としての矜持というやつだろうか。全く理解できなかった。

 私がアプサラスに乗っているのはジャブローを壊滅させる為だ。ケルゲレンを逃す為ではない。一時停戦の状況を作り出す為に示威射撃に留めたのも、ここに居る連邦兵などどうでも良いと思うからだ。

 

 折角の興奮を台無しにされ不快な私に、さらに通信が入る。

 

「ギニアス! 森の中にジムだ! おそらく狙撃タイプ!」

「なんだと! ノリス!」

「向かっていますが距離が!」

 

 ケルゲレンはまもなく出てくる。

 速度の遅い発進直後を狙い撃ちされれば、苦もなく落とされるだろう。

 

 遠距離射撃が出来るMSモドキは事前にノリスが潰していたが、こそこそと狙撃タイプのMSを用意していたとは!

 

「聞こえるかアイナ! 脱出を遅らせろ!」

「無理です! 既に火がついてしまっています!」

 

 忠告をしたが無駄に終わり、ケルゲレンは基地から姿を現す。

 ノリスのグフは全力で移動していたが、いかんせん間に合いそうにない。

 アプサラスのメガ粒子砲もチャージが間に合うとは思えなかった。

 

 ジムは射撃体勢に入っていた。

 

「奴らをやらせるわけにはいかんっ!」

 

 ユーリのグフが射線上に入る。

 だがグフ程度の装甲では時間稼ぎにすらならないだろう。それこそアプサラス並の装甲でなければ。

 

「ふざけるなよ! 連邦風情が!」

 

 停戦に応じた上で騙まし討ちを行おうとする連邦。

 忠告をきかないで出航したケルゲレン。

 フライトタイプのグフでジムの射線に向かうユーリ。

 間に合わないノリス。

 

 その全てに対する憤りのままにアプサラスを動かす。

 

 ケルゲレンの発する轟音を背に、ジムからのビームの光が目に入った。

 

 

 

 

 

「くっ、私は気を失っていたのか……ゴホッ」

 

 口から血が溢れてくる。

 しかし今更見慣れた赤い液体には関心がでるわけもなく、無視してアプラサスの状況チェックを始める。

 

 簡易チェックが終わるとノリスの声が聞こえた。

 

「ギニアス様、ご無事ですか!」

「……ノリスか。ケルゲレンはどうなった?」

「無事に上昇中です。狙っていたジムは仕留めました。しかしながら、ケルゲレンを庇ったユーリ少将のグフは撃破されてしまい、アプサラスも被弾しております。私が殿を務めます。ギニアス様は脱出を」

「そうか、アイナは行ったか」

 

 アイナが無事に行ったならば……もはや兄の仮面を被る必要もないか。

 

「フフフフフフフフ、ハハハハハハハハハ」

「ギニアス様?」

「ノリス、今までの忠義ご苦労だった。ここからは私だけで行く」

 

 右部の飛行機能は致命的な状態。

 これではジャブローを強襲する事は出来ないだろう。

 

 サハリン家の再興を。

 アプサラスの力を示す機会を。

 私の夢を。

 

「よくも台無しにしてくれたな! 連邦の愚か者共が!」

 

 アプサラスを空中へと浮かせる。

 

「生きて帰れる等とは思うなよ」

 

 エネルギーをチャージしメガ粒子砲を放つ。

 放たれた光は射線上に居たMSを塵に返す。

 しかし本来の狙いはMSではなく、指揮官が乗っているはずの陸上戦艦だった。

 

「70%程度の出力でも、姿勢制御できないか。ならば……」

 

 再びエネルギーをチャージさせる。

 同時にふらふらと安定しない機体を陸上戦艦に向かわせる。

 

 陸上戦艦の砲身がこちらを向いた。

 

 

 

「私のアプサラスの力、その目に焼き付けて逝くがいい!」

 

 

 




史実よりも早く複座式に。
エルメスが気になって、よそ様の設計を見ちゃって取り入れる。
12歳の頑張るハマーン様に出会って、兄としての普通の気持ちを思い出す。
早めにⅢ開発したので、微調整までたっぷり。
余裕が出たのでユーリ少将を暗殺しない。

一方、宇宙の段階で史実より積極的なアイナと分かり合っちゃったシロー少尉。
よりスパイ容疑が濃厚で、ラサ基地探しにほとんど囮扱いで突出した索敵に出される。
結果、ノリスにやられて捕虜にされる。
拉致同然にケルゲレンで宇宙へ。


作中初の男性視点でしたが、どうでしょうか?
本編の進みが遅くなるから外伝はあまり好きじゃないのですが、長くなったので1話ギニアス少将になりました。

自分で書いててなんですが、ギニアス少将とユーリ少将の気持ちがよくわかりません。
一年戦争でのジオンの偉い人の死亡率って高いんですよね。
普通、戦後の責任とかをとる立場なのに……。
(*'-')勇敢な方々ばかりです。


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第11話

 シロー・アマダが拘束されて数日が過ぎた。

 

 アイナ様とパーティーの時に話した約束――口約束とも言えないものだったが――を果たす為に、お話しを聞く事にした。シーマ中佐とソフィアーネの3人で、直接アイナ様から事情を聴いた。

 

 聴いた内容は信じられない事に、ギニアス少将が身を挺してケルゲレンを庇ったらしい。それだけではなく傘下の開発者達も無事で、さらにはシロー少尉の為に偽の身分を作っていたという事だ。話すアイナ様からは敬愛と微かな後悔を感じた。

 

「宇宙へ上がってから何度か連邦軍に追われましたが、シローが指揮を執り何とか無事に中立であるサイド6まで行く事が出来たのです」

 

 怪我人や技術者を除けは、将校や佐官すら居なかったケルゲレン。

 アイナ様は庇ってくれた兄の為、兄と同じ様に犠牲になったユーリ少将の為、兄と共に残り脱出を援護していたノリス大佐の為にも必死に指揮をして連邦軍と戦ったらしい。

 しかし元々軍人ではないアイナ様では上手くいかず、危うく撃沈されるかもしれないという時にシロー少尉が助けてくれたそうだ。偽りのジオン軍少佐の立場と、連邦軍と戦う事に対する苦悩を抱えた彼だったが、アイナ様に対する思いで乗り越えたそうだ。

 

 平然と話されるアイナ様からは、シロー少尉に対する深い信頼と愛情が溢れていた。

 

「シーマ中佐、ソフィアーネ。シロー……少佐の人柄はアイナ様の話で分かったと思うけど、どうかしら?」

「そうさね。裏表がない不器用な人間だってのは分かったよ」

「馬鹿正直で腹芸の出来ない人間なのでしょうね」

 

 返事をする二人はやる気と言うか元気がなかった。話を聞く前の真剣さが無くなっていた。

 二人の気持ちはなんとなく察せられる。アイナ様には申し訳ないけれど、深い愛情を隠さないアイナ様の話はほとんどシロー少尉に対するノロケ話のように聞こえたからだろう。ロマンス溢れる話に私も羨ましさを感じているし。

 

「監察官の立場でシロー・アマダ本人から事情は聴いたんだけどねぇ。何故あんな事を言ったか聴いた返事が『後から言って疑われるより、最初から連邦に居た事を言うべきだと考えたからだ』そうだよ」

「もっとやりようがありましたでしょうに……」

「そうかもしれません。ですが、ここに来るまでに色々あったものですから、私もシローの行動を止めませんでした」

 

 いつも真面目で格好良いシーマ中佐が、アイナ様の言葉を聴いて溜息をついていた。

 ソフィアーネに至っては明らかに不機嫌な表情をしている。

 

 普段は見られない二人の様子に思わず苦笑してしまう。

 

「アイナ様の為にシロー少佐の拘束を解きたいのですが、どうにかできますか?」

「ハマーン様が助けたいって言うなら何とかするけどねぇ。しかし命令書や任官書は問題ないのだし、何もせずとも大丈夫じゃないかい?」

「そうなんですか?」

「今回の件で騒いでるのは、エンツォ大佐くらいさね。スパイの可能性が在るってね」

「愚かしい。本当のスパイはあんな事は絶対に言いませんけどね」

 

 ソフィアーネの言葉に棘がある。

 確かに本物のスパイはシロー少尉みたいな事は言わないと思う。私に色々良くしてくれているエンツォ大佐だけど、シロー少尉を即拘束したのは軽率過ぎたのかな。でも彼の軍事統括顧問という立場を考えたら仕方がないのかもしれない。

 

「まぁそう心配しなさんな。実際に何もしてないんだから実刑になることはないさね。それにねぇ、サハリン家縁の軍人じゃない、ユーリ少将の部下だったボーン・アブスト大尉や秘書官のシンシア大尉からも冤罪を訴える嘆願書が出てるからねぇ。いつまでも拘束してたら、エンツォ大佐が余計な恨みを買うだけだろうね」

 

 さすがシロー・アマダと言うべきだろうか?

 サハリン家に従う人達だけではなく、ユーリ少将の部下の人達からも信頼を得ているとは。きっとアクシズに来るまでの間に、アイナ様が言うように色々あったのだろう。

 

「『本当に連邦の人間だった』事は私らの胸の内に仕舞っておくとして、出来るだけ早く釈放されるように動く事にするさ」

「ハマーン様、シーマ中佐、ソフィアーネさん。シローの為にありがとうございます」

 

 シーマ中佐の言葉を聴いてお礼を言ってくるアイナ様。

 受ける中佐とソフィアーネの表情は微妙だった。

 

 私は知識として知っていたから気にならないけど、アイナ様は殆ど初対面の二人にもシロー少尉が本当に連邦軍人だった事を話したのだ。力になりたいと訪ねた私達を信用して。そんなアイナ様に、たぶん呆れと羨ましさを感じて微妙な表情になってしまったのだろう。

 

 話が終わったと思ったら、最後にアイナ様からある物を託された。

 

 シロー少尉の釈放の為に役立てて欲しいと、アプサラスの開発データとギニアス少将が率いていた開発チームを。

 

 

 

 

 

 14歳の誕生日も過ぎ、1月も終わりに近づいた日。

 

 ナタリーと一緒にゼロ・ジ・アールのテストに向かっている最中の会話で、驚くべき事実を知った。

 

「ゼロ・ジ・アールが完成した!?」

「えぇ、そうよ。だから今日のテストは全体の操作系のバランスを見るのが――」

「ちょっと待ってナタリー! ゼロ・ジ・アールは前にテストした時、色々問題があったはずよね?」

「あ、そうだったわよね。凄いわよね。ハマーン専属の開発チームの人達って。MS開発担当のユルゲン少佐が驚いていたわ」

 

 アイナ様から託されたアプサラス開発チームは、現在私のテストしているゼロ・ジ・アールの開発を担当する事になった。何故か周りから私の専属開発チームという認識になっている。おそらくだが、アイナ様が彼らに『ハマーン様に従うように』と言ったからだろう。

 

 彼らがゼロ・ジ・アールを担当する事に決まってから今日まで、シュネー・ヴァイスのテストばかりしていたのだが、まさか1ヶ月しか経ってないのに完成した?

 

「Iフィールドジェネレーターの出力の問題や、メガ粒子砲の収束の問題、機体制御の問題とかあったはずよ。それらをまさか1ヶ月足らずで改善したって言うの?」

「完成したって言うからそうなんじゃない? ユルゲン少佐が言うには、彼らの問題点の炙り出し、修正案の立案実装、無人状態でのテスト。その間隔が早いんですって」

 

 ナタリーは笑顔で平然と言うが、私はポカンとして聞いていた。

 元々居たアクシズの開発者達だって頑張っていたはずなのに、半年以上完成していなかったのだ。私が驚くのも当然だと思う。

 

 しかしよく考えてみると、彼らは08小隊の作中でアプサラスを完成させた開発チームだ。正確な期間は知らないが、地上に降りてから長くない月日でアプサラス、アプサラスⅡ、アプサラスⅢと作っていたはず。ジオンが押され補給も不足する中で、だ。

 

 最前線で開発をしていた彼らは、アクシズの技術者に比べ開発ペースが速いのも納得する。

 

「難しい顔をしてどうしたの? ハマーン」

「え? あ、ちょっと考え事をしてたの」

「調子が悪いなら、今日のテストは無しにしてもらう?」

「大丈夫よ。むしろ完成したゼロ・ジ・アールのテストなら楽しみだわ」

 

 私の事を自然と心配してくれるナタリーの優しさが嬉しい。本当の姉妹のように接してくれる彼女の前では、飾らない自分で居られる気がした。

 

「ナタリーと出会えてよかった」

「急にどうしたの?」

「ふふ、なんでもないわ」

「何か隠し事? 白状しなさい。今なら許してあげるから」

「そんなんじゃないってばぁ」

 

 ナタリーとじゃれ合いながらMSデッキへ向けて進んでいく。

 

 後日、じゃれ合う姿をシーマ中佐やモニカ大尉、マリオンに見られていた事を知る事となる。シーマ中佐とモニカ大尉からは遠回しに注意をされ、マリオンからは微笑みと共に仲良しですねと言われ恥かしい思いをする事となった。

 

 テストをしたゼロ・ジ・アールは完成したと言うだけあって、目玉であるIフィールドの安定性も操作性も機動力もビーム兵器の威力も申し分なかった。特に頭部メガ粒子砲は、チャージすれば射程と威力が大幅にあがる物だった。アプサラスのデータを応用した物だろうその威力は、アクシズの開発者達を驚かせていた。

 

 私はNTや優秀なMSパイロットだけを自分の下へ集めようとしていた。私の知っている原作で活躍するのは、そういった者達だからだ。

 しかしゼロ・ジ・アールの完成を見て優秀な技術者の重要性を実感する。そして今後は技術者も気にかけるべきだと心に留め置く。どんなに優秀なパイロットでも、MSがなければ戦えないのだから。

 

 

 

 

 

 シロー少尉改め、シロー少佐が釈放された。

 

 サハリン家麾下の開発チームがゼロ・ジ・アールを完成させた成果の影響も在るのだろう。ケルゲレンに乗っていたギニアス少将及びユーリ・ケラーネ少将の部下だった者達は、アイナ・サハリン代理少将の麾下部隊として再編された。実質はシロー少佐が指揮するのだろう。

 

 アイナ様もシロー少佐も軍から身を引くつもりだったらしいが、ボーン大尉やシンシア大尉から請われたらしい。ケルゲレンに乗っていた軍人達からの二人の信望は高いのだろう。請われたからには、見捨てずに引き受ける二人だからこそか。

 

 アプサラス開発チームに関してはアイナ様が私の専属としたままなので、今はシュネー・ヴァイスの開発を行っていた。サイコミュとビットの親和性の問題は特殊らしく、彼らでも中々改善できずにいた。NT用の兵器は既存兵器とは別物と言うことだろう。上手くいかないものだ。

 

 

 

 

 

 2月に入り、ジオン軍の先遣艦隊がやってきた。

 

 その中にコッセル大尉が率いるシーマ艦隊の分隊が居たのは嬉しい知らせだろう。彼らは頼んでいた通りに、ジンネマン大尉と彼の部下の家族達を連れて来てくれた。捕虜となった軍人の家族と言う事で危険があると聞かされた家族の方達は、自らアクシズへ来てくれたらしい。疲労の色は隠せてなかったが、コッセル大尉らが丁寧に対応をしてくれたらしく、マリィと呼ばれた小さな子供も笑顔だった。

 

 それだけではなく、コッセル大尉達は最新鋭機であるゲルググ・マリーネも多数持って来ていた。なんでも敗戦後に連邦に接収されるなら、出来るだけアクシズへ持っていくようにとジオンの誰かが手配した結果だそうだ。これによりシーマ中佐の乗機がドムからゲルググに変わる。胴が紫で四肢がカーキ色の、私が知っているゲルググだった。

 

 コッセル大尉らは先遣艦隊、つまりもうすぐ本隊が来る。

 

 グワジン級を旗艦として、ザビ家の遺児であるミネバ・ラオ・ザビとその母であるゼナ様をアクシズまで保護して来た。ア・バオア・クーの戦場から脱出し、ジオンの英雄が指揮する艦隊。

 

 ジオンの英雄、赤い彗星がやってくる。

 

 

 

 

 

 シュネー・ヴァイスで戦艦の誘導をし終わり、コクピットから出てナタリーと合流する。

 

「ハマーン! またノーマルスーツを着てないのね!」

「ナタリー。だってアレはソフィアーネが一年以上前に用意した物よ。きつくて入らないんだもの」

「もう! だったら新しいのを申請しなきゃ駄目じゃない」

 

 怒っているナタリーの居る場所に向かってジャンプする。

 浮遊中に眼下でお父様とエンツォ大佐に出迎えられている人が目に入った。

 

 その人を見た瞬間、胸が締め付けられる。

 悲しみ、喪失感、無力感。本当なら自信に溢れているはずのその人からは、深い悲しみで自信を失い、自らを貶める虚無感を感じた。彼もNTなのにマリオンのように心が通う感覚はなく、私が一方的に感じているようだった。きっと彼は心を閉ざしている。

 

「ハマーン、どうしたの? 誰かを見ているようだけど」

「なんでもないわ。行きましょう。ナタリー」

 

 通路に入る前に振り返る。

 その時、彼と目が合った気がした。距離もあったし、サングラス越しだったので彼の目が見えるわけがない。なのに私は、悲しそうに私を見た視線を感じたのだ。

 

 ジオンの未来を握る人。

 私が最も近づいてはならない人間。

 

 だと言うのに私は――――シャア・アズナブルの悲しそうな視線を忘れる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~若き彗星の肖像~~

 

「シャア大佐、アクシズでの生活は少しは慣れて頂けたかな?」

「提督のおかけでゆっくり出来、旅の疲れも癒されています」

「それは結構」

 

 目の前の男、アクシズを支配するマハラジャ提督。

 彼とたわいない会話をする。しかし実際は一言一言に気を使い返事をしていた。

 

 これが現在も反連邦活動をする者達の映像を見せられた後でなければ、もう少し気を抜けたのだがな。私を呼び出した目的がわからない内は、慎重になる必要があるか。

 

「貴官がアクシズへ着て約一ヶ月か。大佐の目から見て、アクシズはどうかね?」

 

 アクシズの現状を語らせる事で私を試す気か。

 

 マハラジャ提督の真意は測りかねるが……。素直な感想を言う事にした。相手が何を求めて居るか分からぬ以上、真意を知る為にはこちらからある程度踏み込むのも必要だろう。

 

「そうですね。思った以上に活気がある気がします。人の受け入れもスムーズですし、アクシズの軍人達は敗戦したというのに活動的です。正直、活気があり過ぎる気がします」

「ふむ、なるほど」

 

 私の答えを熟考しているのか、目を閉じる提督。

 再び目を開けた時、提督の表情は柔和な物から真剣な顔つきへと変わった。

 

「率直に聞こう。先程見せた反連邦活動を行っている彼らをどう思うかね?」

 

 マハラジャ提督の質問に対し、私は素直な自分の思いを吐露した。彼の眼があまりにも真剣であったし、もしかしたら誰かに聞いて貰いたいと思っていたのかもしれない。

 

 戦中当初は局面毎の勝利しか考えていなかった事。

 しかし次第に私の意識は、人類の革新へ意識が向いていった事。

 そしてジオンが敗戦した今、連邦の軍事的抵抗をするのは被害拡大にしかならず否定的な事。

 

 話が終わると提督は笑顔で私を見た。

 

「一パイロット以上の影響力があるジオンの英雄、シャア・アズナブルが戦争継続を願っていなくて安心した。私も大佐と同意見だ。むろん、ジオン独立、ひいてはスペースノイドの自治確立を望みはするが、それは武力に寄らない方法でと考えている。しかし――」

「残念ながら、現在アクシズでは停戦を望む穏健派より、戦争継続を望む強硬派が強いのです」

 

 提督の言葉を引き継ぐように、部屋に居るもう一人の男が口を開く。

 

「紹介しよう。彼はハインツ少佐。私の補佐をしてもらっている」

「ハインツ・ヴェーベルンです。赤い彗星にお会いできて光栄です」

「先ほど大佐が、人の受け入れがスムーズだと言ったが、それは彼のおかげでもある。彼ともう一人が私に戦後の人の流入に対する施設拡張を訴えてきたからこそ、スムーズに受け入れられているのだよ」

「なるほど。優秀な方のようですね」

 

 ハインツ少佐と握手をした。

 

「さて、挨拶も終わり本題だが、大佐には強硬派を抑えて欲しいと思っている。現状はアクシズ司令である私が穏健派となって抑えてはいるのだが、徐々に強硬派が力を増していきている。このままではアクシズが戦端を開くことになりかねん」

 

 愚かな話だ。

 敗戦直後のこの時期、アクシズが反連邦として動いた所で他のスペースノイドが付いて来ないだろう。学徒まで動員した終戦直前のジオン軍の状況を知っていれば、考えられない事だ。

 ならば強硬派のトップと言うのは、ジオン有利の時期にアクシズへ来て、さらには地位の高い人物……。

 

「エンツォ大佐の抑えを私にしろと言う事ですか?」

「!?」

 

 驚きを露にするマハラジャ提督とハインツ少佐。

 アクシズに来て早々に私に粉をかけてきて、軍備の充実振りを説明したエンツォ大佐が強硬派を主導しているのではないかと思ったのだが、どうやら当たりだった――と考えるのは早計か。二人の表情が私の言葉に驚きはしても肯定はしていなかった。

 

「半年ほど前は、確かに強硬派の最大派閥はエンツォ大佐の一派だったのだが……」

 

 マハラジャ提督が言い淀む。

 提督を見てハインツ少佐が頷き代わりに説明した。

 

「現在、強硬派の最大派閥はマハラジャ提督のご息女であるハマーン様を中心とした派閥なのです」

「バカな。確か提督のご息女は14になったばかりでは?」

「そうです。ハマーン様は先の1月に14歳になったばかりなのですが……。海兵隊を率い、アクシズでの監察権を持つシーマ中佐を従え、その上サハリン家のアイナ代理少将とも懇意にし、麾下開発チームを専属としています。シーマ艦隊とアイナ代理少将麾下艦隊は、ハマーン様に従っているようなのです」

 

 信じられん。

 14の少女がキシリア配下だったシーマ艦隊を手なずけたというのか。それだけではなく、ジオンの名家サハリン家まで取り込こんでいるなど。

 

「大佐が信じられないのも分かります。ですがハマーン様はアクシズへ来てから、MAの開発を熱心に行い、テストパイロットも自ら務めています。MSでの模擬戦闘も積極的に行い、実力はエースパイロット並です。パイロットの一部にはその実力から彼女を慕う者もいるくらいです。ニュータイプの兵器の開発にも力を入れていて、フラナガン機関に居たというマリオン・ウェルチというニュータイプの少女を使いニュータイプ専用兵器の開発も行っています」

 

 マリオン・ウェルチ。

 ララァを預ける事になったフラナガン機関のNTリストに確か名前があった。行方不明となっていた気がしたが、まさかアクシズに居るとは。

 

「一時期心を閉ざしていた娘が、未来のジオンの為にと言うので行動を許していたが、このような事になるとは」

「提督から言って、彼女の行動をやめさせる事は出来ないのですか?」

「何度か言ってみたことはあるが、ハマーンは戦力の拡充の必要性を疑っておらん。それにハマーンの行動をエンツォ大佐やシーマ中佐が認めている。私の権限でやめさせる事は難しい」

 

 マハラジャ提督の顔には苦悩が見て取れた。

 娘を思う父親としてか、またはアクシズの司令としてなのかは分からないが。

 

「エンツォ大佐が彼女を利用しているという事は?」

「当初は私もそう思ったのですが、そうではないようです。逆にエンツォ大佐の側近であるモニカ大尉が、ハマーン様の派閥に取り込まれかけているようで」

 

 エンツォ大佐は利用していたはずが、利用されていたという事か。

 

「娘が、ハマーンが悪意を持って戦力を蓄えているとは思わない。だがこのままでは、アクシズでは近い内に連邦と事を構える事に成りかねない。同じニュータイプである大佐の事を、ハマーンは尊敬しているようなのだ。何度か大佐の事を話したのだが、大佐の優秀さを楽しそうに語っていた」

 

 その時の会話を思い出したのか、微かに笑顔を見せる。

 

「同じニュータイプであり、尊敬している大佐の言う事なら聞くのではないかと思う。娘を、ハマーンを真にジオンの為、スペースノイドの為に行動できるようにお願いできないだろうか、シャア・アズナブル大佐」

 

 提督に頭を下げられ頼まれたが、私は直ぐに返事が出来なかった。

 14歳にして一大派閥を築く存在を、今の私がどうにかできるか疑問だからだ。

 

 何よりもNTの少女と言う事に引っ掛かりを覚えた。

 大切な存在を守れず失った自分が、NTであるハマーンという少女を導けるとは思えなかったのだ。

 

「提督、私には」

 

 断りの言葉を口に出そうとすると――――大佐―――と私を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。

 君を守れなかった無力な私に何を求めているというのだ。

 

 目を閉じ過去を反芻する。

 自分の過去の過ちを、力の無さを、敵であった少年の事を。

 在りし日の光景で、私は彼女にノーマルスーツを着るように言われた事を思い出す。

 

 そうだったな、ララァ。

 君が言うのなら、私は。

 

「提督、そのお話ですが――」

 

 

 

 提督との会談の後日、私は一人の少女と出会う。

 

 ハマーン・カーンという名のニュータイプの少女と。

 

 

 




ノリス大佐がカレン達を見逃したのも、シロー少尉が少佐やる気になった理由かもしれません。作中では書いてませんが。

そしてシャア登場!
原作以上に訓練やMA&MS開発に積極的、おまけに海兵隊やNT少女まで従えて、勝手に専属開発チームまで設置して戦力アップに動いている!
どう考えても周囲からは強硬派にしか見えません。

ララァさんの登場予定はなかったのですが、時の狭間から出てきました。
何故かハマーン様とシャアがお近づきになりそうです。
誰かグラサンを止めて!

ハマーン様ですが、もうすぐ進化予定ですが……。
ツインテール少女のナタリーとイチャイチャ状態の現状も捨てがたい。
どうしよう(゜д゜)



さてと……更新が遅れて申し訳ありません!
参考にとガンダム系ゲームをちょっと……ね?
ガンダム量産してソロモン攻めたら、ビグザム数体とララァinジオングに壊滅されて意地に……! ビグザム量産されたら、ソロモン落せないょ(;つдT)


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第12話

 ブゥゥンと低い起動音が鳴ると、コクピット内の画面に光が灯る。

 

「敵機前方正面、距離200」

 

 ナタリーの戦闘ナビゲーションに従い機影を補足。距離を詰めビームで撃ち抜く。

 

「次、左後方に2機。左下方に1機」

 

 殺気や存在感のないシミュレーター上の敵機。NTの感応力は使えないが、操縦技術だけで問題なく打ち落としていく。いつもより多少力を入れていると、5分もしないうちにCOMPLETEと表示されプログラムが終了した。

 

 戦闘シミュレーションプログラムが終了し、コクピットルームから出て隣の部屋へ移動する。部屋ではナタリーともう一人が私の戦闘データを見ていた。

 

 普段は居ないもう一人の男性に声をかける。

 

「シャア大佐、私の操縦はどうでしたか?」

「素晴らしかった。予想以上にな……」

「被弾数0、撃墜MS30、命中率95%、所要時間4分49秒。凄いじゃないハマーン。ベスト記録よ」

 

 シャア大佐とナタリーの言葉を聞いて笑顔になる。

 

 お父様の計らいで、シャア大佐が私にMSの操縦を教えてくれる事になったのだ。

 最初は拒否しようと思ったけれど、すぐに考え直した。あのシャア・アズナブル直々にMSの操縦について教わる事が出来る。これは力を求める私にとっては願っても無い事だ。

 

 それに少し気になっていた。

 宇宙港で私に向けた寂しそうな視線。誰もが認める実力がありながら、私の眼には今の彼は寂しそうな子供のように見えてしまう。儚さとでも言うのだろうか。誰かが掴んでいなければ、どこかへ行ってしまいそうな気がする。

 

 シャア大佐を見ていた私に、ナタリーが楽しそうに声をかけてきた。

 

「ハマーンったら、そんなに優しそうな笑顔をするなんて。さては大佐が居たからいつもより頑張ったのね?」

「ち、違うわよっ!」

「本当かしら?」

「そうよっ! 別に大佐の事なんてなんとも思ってないわっ!」

「これは随分と嫌われたものだな」

「大佐っ!? 違います! 今のは言葉のあやで大佐の事を嫌いなわけじゃありませんっ!」

「じゃあやっぱり大佐が居たから頑張ったのね」

「ナタリーっ!」

 

 シャア大佐の気分を害さないように焦って弁解するのだが上手くいかない。ナタリーは大佐のファンだから、大佐が私の教師役になった事を嫉妬してるのかな?とも思ったのだけど……。ふと見れば、大佐とナタリーが笑っていた。

 

 二人にからかわれた事にようやく気づく。

 ムキになって弁明していたのが恥かしくなり、別の話題はないかと言葉を発する。

 

「大佐、このシミュレーターはサイコミュのシステムやデータは反映されてないんです。もし反映されていれば、今よりももっと上手に出来るはず」

「ハマーン。実戦では何が起こるか分からん。いくら優秀だからと言って、その過信と機体に頼った考えは危険だ」

「は、はい」

 

 急に真剣な雰囲気になった大佐に驚く。

 忠告は私に言ってくれたはずだが、大佐は私を通して別の何かを見ていると思った。大佐の苦渋に歪んだ表情から察してしまう。私を通してララァ・スンの事を思い出しているのだと。

 

 サイコミュという言葉から、彼女の事を思い出すのは自然な事かもしれない。納得は出来る。しかし微かに私の胸の内にあるこの感情はなんだろう。

 

 胸の内に浮き出た感情のままに、皮肉とも取れる事を言ってしまう。

 

「性能の違いが、戦力の決定的差にはなりませんか。覚えておきます」

「む……。何故それを……」

「ハマーン?」

 

 私と大佐を見てナタリーが疑問の声を上げる。

 でも私はナタリーの声を無視して部屋を出た。なんとなくシャア大佐と一緒に居たくなかったから。叱られて文句を言って逃げるなんて、子供じみた態度だと思うけど……。

 

 自分の中から沸き起こる感情を抑えられなかった。

 

 

 

 

 

 民間居住区である小惑星モウサ。

 軍人の家族やジオン本国より逃れてきた民間人の為に作られた場所だ。

 

 私は今、モウサ内のカフェにシャア大佐と居た。

 

「大佐の要望でモウサ内を案内しましたが、どうでしたか?」

 

 アクシズ市民の生活の様子を見てみたいと言うので、今日はモウサを案内していた。

 

 先日教練に来てくださった時の私の態度は思い返すと酷いものだった。赤い彗星に誉められて調子に乗って、注意されたらいじけて逃げるとは……。子供そのものの自分の行動に溜息が出てしまう。あの時のお詫びも兼ねて、今日は一生懸命モウサを案内していた。

 

 私と同じチョコパフェを前に置いて、大佐が今日の感想を言ってきた。

 

「モウサには来た事がなかったが、施設の充実ぶりはまるで本国とかわらないな」

「お父様が民間用の施設建設計画を立てた成果ですね」

「マハラジャ提督が先を見越してモウサの開発をしたのは聞いていたが……。娯楽施設までも充実しているとは思わなかった」

「あ、それは私が提案したんです」

「ほう、君が?」

 

 ジオン敗戦という結果は少なからず人々の心に影を落している。さらに辺境で自分達の他に頼る者が側に居ないアクシズ。地球圏のコロニー群とは違って、自分達以外の人口の光が無い宇宙空間は不安を感じる。だからアクシズ市民の癒しに娯楽施設が必要だと思ったのだ。

 

 大佐にそう説明すると驚かれた。

 

「なるほど。そこまで考えての事か」

 

 腕を組み妙に真剣な雰囲気の大佐。

 その姿はサングラスと相まって独特の存在感が在る。考え事をしている大佐は儚げな印象などはなく、しっかりとした強さを感じる。

 

 今日は大佐を元気づける為に娯楽施設を中心に回ったのが功を奏したかな。

 

 私にとってシャア・アズナブルは危険かもしれない人物だ。教練は受ける事にしたが、本当は必要最低限の接触で済ませるはずだった。

 けれど覇気がない彼を見て思ってしまった。表面は取り繕っていても、心の底では空虚になっている彼を元気付けたいと。

 

「市民の心象にまで気が向くとは、ハマーンは優秀だな。マハラジャ提督が気にかけるわけだ」

 

 パフェを食べる私を力強く見てくる。

 大佐の発言は独り言のようだったので返事はしない。こっそり優秀だと言われた事を、内心で喜ぶだけにしておく。

 

「大佐、パフェ溶けちゃいますよ? 食べないんですか? もしかしてチョコパフェ嫌いだったりします?」

「嫌いと言う訳ではないが、こういった物を食べた事がなくてな」

「ダメですよ。アクシズは今物資に余裕はないんです。注文したんですから食べなきゃ」

「ハマーンの言うとおりか。では頂くとしよう」

 

 大佐の雰囲気が一転して柔らかくなる。

 パフェを食べる大佐は少し困ったような顔だった。パフェを食べるのが恥かしいのかもしれない。恥かしがる程度には元気になってくれたみたいだ。元気付ける為に頑張ってよかったと思う。

 

 その後も大佐とモウサを回ったが特別な事は無かった。

 

 ただ、たまに私に向ける大佐の探る様な視線が気にはなったが……。

 

 

 

 

 

「さぁ、お嬢様、覚悟なさいませ」

「ハマーン、大人しくして」

「ソフィアーネ、ナタリー、離してっ!」

 

 ソフィアーネとナタリーが私を取り押さえてくる。言葉での話し合いが決裂した結果、2人は実力行使に出た。

 

「ナタリー中尉、お嬢様の両手をお願いします」

「わかりました」

「ナタリー! 裏切り者のソフィアーネの言う事をきかないで!」

 

 ナタリーを説得しようと頑張るが、苦笑を返されるだけで無駄に終わる。

 抵抗空しく、徐々にソフィアーネの魔の手が私に迫る。

 

 足を動かして尚も抵抗する私に、ソフィアーネが楽しそうに言い放つ。

 

「新しいノーマルスーツの試着をするだけですのに、何が嫌なのですか?」

「分かって言ってるでしょ!」

「はぁ、お嬢様に似合うように特別にピンク色にしたと言うのに……」

 

 私の為に新しいノーマルスーツを持って来てくれたのは嬉しい。

 だけどそれが綺麗なピンクカラーなのはいただけない。

 

「もう子供じゃないんだから、ピンクは嫌なのよ」

「ハマーンには似合うと思うわよ? シャア大佐もきっと喜ぶわよ」

「じゃあナタリーの士官服もピンクにしましょうか」

 

 顔をしっかり逸らすナタリー。

 自分もピンクが嫌なのに私に着させようとするとは。

 

「お嬢様、これも経費が掛かってますからね。子供じゃないなら我がまま言わないで下さいな」

「うぅ……」

 

 容赦なく着せてくる笑顔のソフィアーネ。

 私に忠誠を誓ってくれたはずだが、気のせいだったかもしれない。

 

 諦めてノーマルスーツを着させられて、鏡で自分の姿を確認してみた。

 

「ピンクと白の色合いが逆ならいいのに……」

 

 パイロットというより、これではまるでアイドルだ。

 個人的には可愛いので悪くはない。けれどこれで人前に出るのはどうかと思う。私はもう14歳なのだし、そろそろ子供的可愛さからは卒業したい。

 

「サイズは丁度いいから、別カラーのを用意して」

「あら、もったいない。お嬢様、お似合いですのに。ねぇ、ナタリー中尉?」

「本当、可愛らしいわよ」

「ソフィアーネ、ナタリーにもピンク色のノーマルスーツを用意してあげて」

 

 そう言うと黙るナタリー。

 着るまでもなく、コレで人前に出る恥かしさがわかる癖に。

 

 恥かしいので脱ごうとした時、部屋のドアが開いた。

 

「ハマーン様、シュネー・ヴァイスのテストの時間です」

「マ、マリオン!?」

 

 ドアの前に私を呼びにきたマリオンが立っている。

 彼女には部屋のロックナンバーは教えてるし、気軽に部屋に入ってきていいとは伝えているが……。礼儀正しい彼女ならノックかドアホンで入室の許可を取るはずなのに……。今日に限ってノックに気づかなかったのだろうか……。

 

 マリオンは私を見てにっこり笑う。

 

「可愛いですね」

 

 心からの賛辞に赤面する私だった。

 

 

 

 

 

 静かな病室。

 

 VIP用の個室で横たわる女性。

 ザビ家の遺児であるミネバ・ラオ・ザビの母であるゼナ様の病室に来ていた。

 

 姉の事がありザビ家に対しては良い感情を持っていないが、ゼナ様には思うところは無かった。ゼナ様は私に優しくしてくれたし、姉マレーネとも仲が良かったから。

 そのゼナ様がアクシズへ来てからずっと体調を崩しているとのことで、お見舞いにやってきたのだが……。

 

「ゼナ様、お見舞いに来るのが遅くなって申し訳ありません」

「いえ、こうして貴女に会えて嬉しいわ」

 

 横たわるゼナ様は微笑んでいる。

 しかしその顔は力無く、声にも活力がなかった。夫であるドズル・ザビを失った悲愴感もあるのだろうが、生命力そのものが希薄に感じる。

 

 ベッドの隣に腰掛ける私に、ゼナ様がゆっくりと語りかけてくる。

 

「ハマーン、貴女には色々迷惑をかけてしまった。夫も気にしていたわ。ごめんなさい」

「そんな事ありません。ドズル様には助けていただき感謝してるくらいです」

 

 ゼナ様の具合が心配で少しでも安心出来る様に笑顔で話した。

 私達家族へのザビ家の行いにゼナ様は関与していないだろうし、ドズル中将にしても謝罪は既に貰っている。病状のゼナ様にこれ以上気を使わせたくなかった。

 

 ゼナ様は瞬きを何度かして私をしっかり見つめると、意外な事を口にした。

 

「夫が自分にもしもの時は貴女を頼れと言っていました」

「私をですか?」

「最初聞いた時は暗にマハラジャの事を言っているのかと思いましたが、あの人は裏がない人、少なくとも私には隠し事が出来ない人だった。別れ際の言葉は貴女自身の事を指していたのでしょう」

 

 ドズル中将が親族ではなく私を名指しで言ったのだろうか。詳しく聞いてみたいが、ゼナ様に無理をさせたくないので辞めておいた。

 

 ゆっくりと手を私に向かって伸ばしてくる。

 何かを託すようなその手を迷わず握った。

 

「ハマーン、貴女からは安心感を感じます。同時に人を惹きつける何かを」

 

 私を見るゼナ様の目には迷いが見て取れた。

 言うべきか悩んでいるようだったが、一瞬手に力が入り目から迷いが消える。

 

「ミネバの事をお願いします。あの子を守ってあげて、ハマーン」

 

 それはザビ家の一員であるゼナ・ザビとしての願いではなく、一人の母親としての願い。

 もしかしたらそんな事を言うゼナ様を元気付けるべきだったかもしれない。でも私は言えなかった。ゼナ様が望むのは自分を思う言葉ではなかったのだから。

 

 ゼナ様の手をしっかり握りながら応えた。

 

「ミネバ様の事は、私が必ず」

「ありがとう。ハマーン」

 

 ミネバ・ラオ・ザビをハマーン・カーンである私が託される。

 その意味を噛み締め病室を後にした。

 

 

 

 二日後にゼナ様が亡くなられた。

 

 その日、ドズル中将がゼナ様を迎えに来る夢を見たのは偶然だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 テストを終えてMSデッキを歩いて居ると声が聞こえた。

 

「公王継承式がもうすぐか」

 

 男性パイロット達の雑談の内容に顔を顰める。

 

 81年12月。

 ゼナ様が亡くなられて数ヶ月後に、ミネバ様のジオン公国公王位継承が決まった。

 残ったザビ家の人間がミネバ様だけであり、ゼナ様が亡くなった事でより士気が落ちた今、ミネバ様を奉りアクシズを纏めようと言う考えは分かる。

 

 しかし2歳の幼子を御輿に掲げる手段に理解は出来ても納得が出来ない。

 

 お父様やシーマ中佐にシャア大佐は反対したらしいのだが、エンツォ大佐が強硬に主張したらしい。私に色々と便宜を図ってくれるエンツォ大佐だが、彼を支持する気にはなれない。

 

 とは言え、私は一介のテストパイロットに過ぎず、それも特例であり、実質地位も権力もないので異議を言う事すら出来ない。権力に魅力は感じていなかったが、権力がない無力感を感じるのでは欲するべきなのかもしれない。

 

 やや苛立ちつつMSデッキを歩いて居るとモニカ大尉が近寄ってきた。

 

「どうした? 珍しいね。そんなに不機嫌そうにして」

「何でもありません。えっと、それよりモニカ大尉こそ何かあったんですか?」

 

 見るからに不機嫌そうだったのかと分かって反省する。

 

 モニカ大尉はキョロキョロと周りを見て、上を向いて「ん~」と唸っていた。イラついた気持ちも忘れ見入ってしまう。見るからに不機嫌だった私が言うのもなんだが、モニカ大尉は見るからに挙動不審だ。

 

「あの、モニカ大尉?」

「ん? あぁ、熱心にテストするのはいいんだけどね。暫くはSフィールド付近でやるのは止めときな。あっちに設置されたセンサーの調子が悪いらしいからさ」

「そうなんですか。わざわざありがとうございます」

 

 Sフィールドはデブリ帯になっている宙域だ。あまりテストで行く事はないが、知らせてくれたモニカ大尉の善意に感謝したい。

 

 お礼を言った私を、モニカ大尉はジっと見ていた。

 まだ何か在るのかなと思って口を開こうとしたら、先にモニカ大尉が口を開いた。

 

「私も詳しくは知らないんだけどね。ミネバ様の継承式まではテストで出るのはやめときな」

 

 何故?と聞く前に去っていく。

 いつもはっきりと物事を言うモニカ大尉にしてはどこか中途半端だった。

 

 

 

 

 

 公王継承式典。

 

 アクシズ司令の息女として私も参列していた。

 公式用の服として新たに仕立てられた服を着ている。ジオンの紋章も入っており、肩当のような部分もある正装だ。色は紫で大人っぽいのだがタイトスカートになっている。きっとこれは用意したソフィアーネの趣味だろう。

 

 継承式には民間のTV局員も来ている。

 エンツォ大佐曰く、アクシズの市民にもこの朗報を送り届けジオン安泰を示さねばならない、だとか。言うことは分かるのだが、2歳の子を見世物にすると言う手段は好きになれない。

 

 私の気持ちとは別に式典は粛々と進んでいく。

 

「故ドズル・ザビ閣下のご息女ミネバ・ラオ・ザビを――――」

 

 お父様の宣誓が終わり掛けた時、それは起こった。

 

 ゴゴゴゴと重低音と振動がアクシズに響いたのだ。

 そしてすぐに兵士が駆け込んできた。

 

「緊急事態です! Sフィールド方面に連邦の艦隊を確認! 急接近してくるもようです!」

 

 一報を受けて式典の広間が騒がしくなる。

 騒がしくなっていく中でお父様が指示をだした。

 

「すぐに現状を確認し対応を決める。シャア大佐、エンツォ大佐、別室にて協議を。ミネバ様は念の為安全な場所へ」

 

 シャア大佐とエンツォ大佐を連れてお父様が退室した。

 

 ミネバ様とお父様、シャア大佐、エンツォ大佐といった首脳陣が退出した瞬間、広間は騒然となった。所々で人の声が聞こえ、中には騒ぎ出す人までいる。そういった人は時間が経過する毎に増えていった。

 

 騒ぎを見ていると憤りを覚えた。

 

 ここにいる軍人は少なくとも士官なのだ。一兵卒は誰一人居ない。一人一人が事態を考え動く責任を持っている。上官の命令がないとはいえ、現在アクシズは攻撃を受けている可能性が在る。だと言うのに混乱し騒ぐだけの士官達。これがアクシズの現状だと言うのか。

 

 憤りから我慢が出来ず壇上に立った。

 そして思いの丈を叫ぶ。

 

「何故じっとしている! ジオンが敗戦し、連邦の支配から逃れた私達の拠り所であるアクシズが攻撃されている! なのに何故誰一人動こうとしない!」

 

 私が叫ぶと場が静まる。

 

「暗き火星の裏側まで逃れた私達を、尚も追い詰めようとする連邦に対して、何故誰も戦わない!」

 

 大勢の人間の視線を感じる。

 

「家族を、友人を守る為に戦わないのか!」

 

 問うように一人一人を見渡す。

 

「たとえ誰も戦わずとも私は戦う! アクシズを守る為に!」

 

 激情のままに壇上を降りて歩くと、人の群れが左右に割れていく。

 

 割れた人波を進み広間から出る。

 

 広間を出ると背中が押されたかと思うほどの歓声が上がる。

 

「ハマーン様に続け!」

「パイロットは急いでMSデッキへ!」

「指示があり次第市民の避難誘導をできるように!」

 

 熱意在る声が次々に聞こえる。

 その声を背に受けMSデッキへと急ぎ向かう。

 

 

 

 アクシズを守る為の初めての実戦へと。

 

 

 




前半ちょっとコメディよりの日常のお話。
後半ハマーン様、それは扇動です。なお話。

とりあえず原作と違い半裸でシャアにお姫様抱っこは無かった!
ゼナ様に託されるくらい包容力があったから!
その割に結構直情的ですが。
(; ̄▽ ̄)

感想や一言メッセージで応援ありがとうございます。
出来るだけ早く更新しようと頑張ってるのですが、遅くてすいません。

次回から本気を出すハマーン様かな。


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第13話

 MAゼロ・ジ・アール。拠点防衛用として開発された機体。攻撃面では高火力のメガ粒子砲を複数搭載し、防御面ではIフィールドを備え、巨体だと言うのに機動力も高い。単体で見れば間違いなく現在のアクシズ最高戦力だろう。

 

 自らが開発に携わった機体のコクピットシートに座り、幾度となく行った手順で急いで起動作業をする。慣れた手順であるはずが感じてしまう焦りと緊張の中、見知った相手から通信が入る。

 

「ゼロ・ジ・ア-ルが起動していると思ったら、やっぱり貴女だったのね」

「ナタリー……」

 

 通信をしてきた相手であるナタリーは、怒っているような困っているような複雑な表情をしていた。

 

「ハマーン、まさかゼロ・ジ・アールで出る気なの?」

「えぇ」

 

 画面上のナタリーをあえて見ないように作業を続ける。

 

「式典会場での貴女の事は聞いたわ。でも貴女が戦場に出る必要はないじゃない」

「それじゃあダメなの!」

 

 反射的に声を荒げてしまい、ハッとして画面上のナタリーを見ると驚いた顔をしていた。心配してくれているナタリーに怒鳴ってしまった気まずさで一瞬だけ目を伏せるが、すぐに顔を上げナタリーを見た。そして私の想いを告げる。

 

「私の言葉で動いた人達が居る。アクシズを守る為にその身を戦場へと向けた人達が。なのに自分一人でも戦うと言った私が、安全な場所に居るなんて出来ないわ」

「ハマーン……。でも……」

 

 私の言葉を聴いて理解はしてくれたみたいだけど、納得は出来ないみたいだ。きっと私の事を心配するが故に納得出来ないのだろう。そんなナタリーの優しさはとても嬉しく思う。

 

 しかし私は今みたいな事態の為にパイロットとして自分を鍛えてきた。戦場に出る覚悟もしていたつもりだ。ナタリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど、それを振り払うように再び手を動かそうとした丁度その時、第三者の声が聞こえてきた。

 

「構わんのではないかね。ゼロ・ジ・アールならば余程の事がない限り落とされる心配もあるまい」

 

 画面上のナタリーの横にエンツォ大佐が現れ、ナタリーに落ち着いた口調で話しかけていた。

 

「ですが大佐、ハマーンは正規の軍人では……」

「確かにそうだが、ゼロ・ジ・アールの開発は実質彼女主導で行っていたのだ。正規の軍人の誰よりも上手く動かせるのではないかね? それに敵兵力が不明な今、戦力は1機でも多いほうがよかろう。それが防衛用に開発されたゼロ・ジ・アールなら尚の事だ」

「……」

 

 上官に対して二度の異議申し立ては出来なかったのか、ナタリーが口を閉ざす。

 

「ハマーンお嬢様の腕前は私も聞いている。初の実戦とは言え、連邦如きに遅れをとるとは思えん」

「……わかりました」

 

 私のMS操縦技術はテストでオペレーターをしていたナタリーも認めるところなので、渋々ではあるが納得してくれたようだ。

 

 それにしてもエンツォ大佐の態度には少し驚いた。私とナタリーの関係を知っているからか、上官だと言うのに命令する事無く、あくまでもナタリーを立てて説得してくれるとは。MSパイロットになろうとした時にも後押しをしてくださったし、色々と感謝してもしきれない。

 

「ありがとうございます。エンツォ大佐」

 

 お礼を言うとエンツォ大佐は軽く笑い画面から居なくなる。

 

「ハマーン、出撃するにしてもゼロ・ジ・アールはすぐには出せないわ。今は他のモビルスーツが出撃の為に並んでいるから……」

 

 ナタリーの悲しそうな表情に胸が痛くなる。

 

「上部デッキが空いたら連絡するから、待ってる間にちゃんとノーマルスーツを着ておいて……」

「わかったわ」

 

 返事をすると通信が切れモニターからナタリーが居なくなる。

 

 自分の行動は間違っていない。そう思っていても、姉のように思い慕っているナタリーの辛そうな表情は忘れられそうになかった。

 

 

 

 

 

 ノーマルスーツに着替え、ゼロ・ジ・アールのコクピットでナタリーからの通信をジッと待つ。

 

 コクピット内は静かだったけれど、激しいアクシズの外での戦闘の気配はしっかりと感じていた。幾人もの願いや慟哭が飛び交う戦場。私の名を叫び散り逝く誰かの存在。

 

 彼等の感情が私の中に入って来る度に動悸が激しくなり、自身の無力感や身勝手さに悩まされる。私は式典会場で何故あんな事を言ったのだろうかと。

 

 私の言葉を聴いて、私に付いて行くと決めて戦場へ出た者達。その命を賭けるに値する何かを私は持っていない。私が示したのは一時の感情とただ守りたいと思った気持ちだけだ。

 

 知らずに胸を押さえ耐えている自分に気づくと、思わず自嘲の笑みが零れる。お父様のように確固たる平和への理想もなく、ギレン・ザビのような明確な野心もない。指導者として人を導く理想も野心もない自分が、よくも人前で語ったものだと。

 

 暗い感情に沈み込みかけていた私の耳に、通信を知らせる機械音が届いた。音を聴いてモニターを見ると確かに通信の知らせが届いていたが、何故か秘匿回線での通信許可を求める文字が表示されている。

 

 今この時に届く秘匿回線の通信に不審を抱いたが、放っておく訳にも行かないので許可を出した。すると警戒した気持ちとは裏腹に、通信相手は私の信頼する相手だった。

 

「シーマ中佐!」

 

 モニターに現れた人物を見て笑顔になった私と反対に、中佐は厳しい表情のまま無言だった。中佐もナタリーと同じく私の行動を快く思っていないのかと思ったのだけど、そうではなかった。

 

「この通信を誰かに聞かれたりは?」

「コクピットには私一人ですし、他に通信を行ったりしてないので、大丈夫だと思います」

 

 秘匿回線を使い、さらに誰かに聞かれていないか質問してきた中佐に疑問が浮かぶ。敵の傍受を疑うと言うより、これではまるで……。

 

 私の返事を聞いてもシーマ中佐の表情は緩むことなく厳しいままだ。中佐の出す重苦しい雰囲気に私からは言葉が出せず、中佐の言葉を静かに待った。

 

「……ナタリーから聞いた。あんたが出る事にあたしは反対しない。けどね、絶対に死ぬんじゃないよ」

「中佐……」

 

 今まで厳しく指導してくれた中佐が認めてくれたようで嬉しかった。当然のように私の身を心配してくれたのはそれ以上に嬉しい。

 

 けれど言い終わり、より表情を険しくした中佐を見て通信をしてきた本題は別にあると悟る。私も笑顔を引っ込め気持ちを切り替えた。

 

「今回の敵の襲撃だけどね。どうにもキナ臭い」

「キナ臭い?」

「敵の襲撃自体は、まぁいいさね。ジオン側ですら一部の人間しか詳細な位置を知らせていないアクシズに、連邦の艦隊が攻めてくる。『そんな事』もあるんだろうさ」

 

 いいと言いつつ、中佐の発言は明らかに不信感を匂わせている。

 

「しかしそれが偶々公王継承式典の当日、なんて偶然があるんだろうかねぇ。しかも民間のメディアが入って居て、TV中継が行われてる現場で市民に隠し通せない丁度その時に、なんてね」

 

 そこまで言われ漸く分かった。中佐が何を心配しているかが。予想もしなかった中佐の危惧を知って、その言葉が自然と口から出る。

 

「敵を引き込んだ背任者が居る……?」

 

 返事の代わりに口の前に人差し指を立てるシーマ中佐。その動作は肯定と同時に味方を警戒しろと私に伝えているようだ。

 

「一つ当てとして思いつくのは、元連邦の仕官でジオンの名家に取り入り、現在艦隊指揮権を任されている奴が居る。率先してモウサの警備担当に付いたし、連邦を引き込んで軍事的警備の薄いモウサを人質に取る。なんて事を簡単に出来る立場に居るわけだ」

「シーマ中佐、彼なら、シロー・アマダ少佐ならそれはないと断言します」

 

 中佐がシロー少佐の事を言っているとわかり、すぐにそれを否定した。真っ直ぐ過ぎる彼がスパイや背任行為をするとは思えない。モウサの警備を買って出たのも、いざと言う時に民間人の犠牲を出さない為だろう。今のような事態になれば、彼ならばおそらくは。

 

「背任行為とは逆に、シロー少佐なら自分の命を引き換えにしてでもモウサを守り抜くと思います」

「だろうねぇ。あの坊やに謀略紛いの事はできないだろうさ」

 

 私の言葉に即賛同してくれた。元々中佐もシロー少佐を疑ってはいない様だ。

 

「でもね、疑わしい経歴と立場に居るのは確かだと覚えときな。こんな事をしでかすには、それなりの立場にいなきゃ出来ないからね」

 

 中佐の忠告に頷く。私がアイナ様とシロー少佐の事を気にかけていると知っての忠告だろうから。きっとその為にわざわざシロー少佐を疑う発言をしたのだろう。

 

 独り言だろうけど、中佐が「式典に参加するべきだったかね」と小声で言ったのが聞こえる。もし参加していれば『それなりの立場に居る』者達の動向を見れたからか。ザビ家に良い感情を持っていない中佐は式典には参加していなかった。

 

 中佐は今回の襲撃が『アクシズ内の誰か』によって起こされた物だと確信しているようだった。その考えは間違っていなかったと、次の中佐の提案でよくわかった。

 

「今の混然とした状況は誰かの望み通りかもしれない。けど同時に内部を調べるチャンスでもある。けれども生憎とあたしは前線で指揮を執らなきゃいけない。調査はコッセル達にさせるつもりだが正直不安でね。ソフィアーネの奴を借りてもいいかい?」

 

 コッセル大尉を始めとしたシーマ中佐の部下の人達は、見た目は粗野だが根は素直な人が多い。だから裏を調べるのに向いているかと言えば向いていない。

 

 でも元諜報員で裏を取る事に向いているとは言え、ソフィアーネを借りたいという中佐の言葉は少々意外だった。理由は不明だけど、中佐とソフィアーネはあまり仲が良くない。そのソフィアーネの力を当てにすると言う事実が、中佐の本気の度合いを表している。

 

「わかりました。ソフィアーネには」

「こっちから連絡しとくよ」

 

 やはり本気でアクシズ内部を警戒しているのだろう。中佐は私が動いてそこから背任者に調査が露見するのを恐れたようだ。

 

「……無理はするんじゃないよ」

 

 用件が終わったのか、最後にそう言い残して通信が切れた。

 

 シーマ中佐は調査にソフィアーネを借りるのが目的だったのだろうけど、それだけじゃなく私を心配し忠告までしてくれた。

 

 未だに感じる戦場に行く恐怖と、胸を締め付ける声なき声。不安が全てなくなったわけではない。けれど立ち直った実感がある。私が守るべきものを思い出せた。守りたい家族や友人。その中に中佐も入っているのは失礼なのかもしれないけど。

 

 

 

 少しするとナタリーから通信が入り、上部デッキが空いて出撃可能になったと伝えられる。

 

 戦場では何が待ち受けているかはわからない。私一人で戦況が変えられると思うほど自惚れてもいない。それでも引く事は出来ない。自分が守りたいものの為に、数多の命の火が灯る宇宙へと。

 

「ハマーン・カーン、ゼロ・ジ・アール、出るっ!」

 

 

 




ハーメルンよ!私は帰って来た!

13話は戦場で無双すると思っていた方々、お許し下さい。
リハビリだと思って大目に見てくだされ('-';)

次回こそ、戦場でハマーン様本気出す!

早く外伝で0083書きたいなぁ(*ノノ)


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