コート上の蒼い鷹 (水源+α)
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上原中学校編 プロローグ
——8月14日。
神奈川県三浦市。四方は海に囲まれている三浦半島にある市だ。関東の方では珍しく自然が豊かな環境が多く、畑も多く点在しているのだが、特に三浦大根が沢山収穫されており、特産品として県外からも親しまれている。
港の方に行けばマグロ漁が盛んなこともあり、マグロラーメンを筆頭に、その他のご当地グルメなども魅力的である。
人口は1万人程度で、年々過疎化が進んでしまっている問題があり、実際、同県の横浜市、川崎市などと比べると、その人口の差は歴然だろう。
なのでその影響か、全国的にも市自体の貧しさで有名なのだが、しかし人々は皆温厚で、観光スポット、レジャースポット共に中々の数が点在している。観光地としてもそこそこの知名度があるため、海岸に遊びに来る人も毎年多い。
——そんな関東の中でも微妙な知名度を誇る三浦市内のとある中学校のグラウンドにて、とある二校のサッカーの練習試合が行われていた。
天気は快晴。そのせいか日差しも強く、気温も八月の中旬という真夏真っ只中な日であるため、30°超えと熱中症になりかねない猛暑日である。とは言っても、そのグラウンドには多くの保護者が、我が子の活躍を一目見ようと観戦に来ている為、安全面の方は安心だろう。
しかしそのグラウンドで行われている試合は、三浦市の中でも有名どころではない中堅校同士のマッチアップだったので注目度は低く、ここに選手たちの保護者以外の人間は少ない。例え他に誰か居たとしても、暇を持て余した両チームのOBか、近所のじいさんくらいなものだろう。
前半の30分が終わり、ハーフタイム。ホスト校である『上原中学校サッカー部』と、少し離れた地域に拠点を置く『後声中学校サッカー部』のこの時点での試合スコアは0対2。
『上原中』側からすると、前半に二点を取られて辛い状況。一方で『後声中』側からすると余裕のある状況と言える。普通に考えれば、両チームのベンチの雰囲気は失意の中にいるのか、それとも活気になっているのかのどちらだろう。
——しかし、俺はその時の両チームのベンチを見比べてみると、それらの雰囲気に違和感を覚えたのだ。
さて、挨拶はここまでにしておこう。
何故この試合を見ていたかと言うと、高校の部活の監督業は中々キツイもので、スケジュールも常に埋まっていた状態だった。だがやっとこさ夏休み中に実家に帰る余裕が出来て、その日は帰省していた途中であった。そんな道中にたまたま通りかかった中学校のグラウンドで、何やら試合をしているのが見えたので、長旅の休憩がてらと気晴らしに立ち寄ってみた結果が、ここまでの経緯だ。
試合内容は中堅校同士であった為、流石に両チームともチームとしての完成度は低く、お世辞にも全国大会に行けるものとは言えないくらいだった。何せ殆どの試合展開がトラップミスからのカウンターが主なものだったのだ。正直言ってここまではつまらない前半だった。
——しかしハーフタイム。両チームのベンチをふと見比べてみると、不思議なことにリードしているはずの『後声中』のベンチの方が、相手にリードされていて疲弊しているように、明らかに空気が重く見えた。
一方で、『上原中』の方は、リードされているのにも関わらず、とても落ち着いた様子で、監督を交えながらもチームメイト同士で話し合っている様子で、別に切羽詰まっている状況には見えなかった。
そんな対象的な二チームのベンチの温度差に違和感を覚えながらも、その途中のことだった。遅刻してきたのか、一人の長身な子が校門の方から走ってベンチの方に行き、監督に頭を下げて、すぐに試合の準備を始めたのだ。
ズボラなやつも居たもんだと。遅刻してきたやつを試合にどうせ使わないだろうなとその時は思った。
話は戻して、当時は首を傾げながら、見ていたのだが、その理由は後半になって分かり始める。
『上原中』側のベンチが動く。
前半までトップ下をやっていた8番の子に代わり、なんといつの間にか10番のユニフォームに着替えていた、あの遅刻した子と交代させたのだ。なんて体たらくな部活なんだと当時は思ったのだが。
そこからだ。上原中の監督の采配は見事だと試合後に心の中で称賛するほどに、今年で36になるはずの俺が、その10番の子のプレーに魅了されたのは。
◆ ◆ ◆
「——すみません! 遅れました!」
——今日は公式の中総合という大会前の大事な練習試合の日。しかし、俺こと
「おい嘉川!! お前今ままで何してたんだ!」
「あ、えっとその……ッ! 寝坊しました!! すみませんでした!」
「寝坊しましただぁ!? 昨日散々言ったじゃねえか! “明日の練習試合は大事だから早めに寝て、体調を整えるように”と。試合前に一丁前に夜更かししてんじゃねえよバカタレがぁ!!」
「は、はいっ」
うわ。チームメイトのみならず相手ベンチ側からも見られてる。くそ恥ずかしい。
俺がそう思ってるのも露知らず、
「はぁあ……ったく。しかし、真面目なお前が珍しいな? 言い訳してみろ。夜遅くまで何してたんだ」
「あ、えっと。動画を見ていたんっすよ。海外の試合のやつで……」
「勉強ってやつか?」
「え? いや、ただ面白そうなマッチアップなので見てまして、気付いたら3時になってまして……」
そんな俺の体たらくに、監督以外の他の面々も呆れ顔だ。
「……それで試合の日に前半が終わりハーフタイム中にひょっこりと現れたわけか?」
楽しげに語る俺にガン飛ばしながら冷や水をかけてくる監督。
「あ、その…………すみませんでした」
だが謝らなければいけない。これは俺が悪い。眠かったんだ。しかしその眠気という誘惑に勝てなかったのだ。
「……はぁ。次やらかしたら絶対に試合に出さねえからな」
「は、はい……って、え? 俺、出れるんですか!?」
「出れるんですか、だと? なんだ? 舐めてんのか? 出して頂けるんですかだろこの遅刻魔!」
まずった。言い直そう。
「……だ、出して頂けるんですか?」
「ったく。よし。さっさとユニフォームに着替えろ。そして、おい
そこで、ベンチに座って水筒を飲んでいる背番号8番の安藤を旗川監督が呼ぶ。
「——っ! はい」
「後半から、嘉川と交代だ。キャプテンマークも嘉川に渡せ」
「……はい」
「別に結果が優れないからお前を交代するわけじゃない。ただ、集中力が切れている様子だったからな」
「……! で、でも……確かに、なんだか、こう。っ……試合中ボーッとしちゃってたみたいで」
「まあこの暑さだから軽い熱中症なのは確実だな……おい! 佐藤! 安藤に保冷剤と氷を」
「あ、はーい!」
確かに、俺からしてみても安藤は顔色が悪かった。だからそれに気付いた監督は、マネージャーである
流石は監督歴10年以上をやっている人だ。なんだかんだ言って、少年サッカー時代の精神論バカな老害監督よりも、ずっと良いサッカーをさせてもらっているからな。俺たちをよく見てくれてもいるので、良い指導者に恵まれたなと思う。
「——よし。嘉川。一応ここのチームのエースであり主将なんだ。お前が来たことでチームの雰囲気は多少なりともマシになったが、このままだと前半で二失点したことを後半に確実に引きずってしまう。だから、お前にはプレーの面でこいつらのことを引っ張って行って欲しい」
「できる限りのことはしますよ。でも監督。その必要はないかと」
「ん? どうしてだ」
「だって、ほら」
俺が指差した方を見れば、ベンチに座る他のチームメイト達は疲弊してはいるものの、その目はまだ腐っちゃいなかった。闘志に溢れている。特に俺と同じ三年の奴らは、いつも以上に燃えている。なにせ次の公式大会で負ければその時点で引退することが決まっているのだ。当然のことだろう。
「……あいつらはいつも以上にマジです。確かに二点は遠いですが、例え負けたとしても、せめて試合内容は良いものにしようとしているんです。——最後の大会のために」
「——」
監督はそこで、俺から目線を外し、すでにベンチで水分補給しながらも後半のことを話しているメンバーを見渡す。
その内目を瞑り、なるほど。と、不敵に笑った後、俺を見据えた。
「……そうか。いや、そうだったな。こいつらはお前に似てほんと負けず嫌いだからな」
「そこがあいつらの良いところですよ」
「因みに、お前は?」
そこで、監督はこちらに問いてくる。
「……勿論、俺もマジです。と言っても遅刻してしまったんで余りこういうこと言うと悪い気がしてならないんですけど。正直、こんなところで負けてたら、公式大会なんて負けっぱなしです。なので俺も、ここで勝ちに行きたいです。いえ、勝ちます。監督」
目を見据えて俺がそう言うと、監督は満足したように、その厳つい顔を微笑ませた。
「——そうか。なら、勝ちにいくか。そのためにはお前がキーとなるぞ嘉川。今から言うことを、必ずやり遂げてみせろ」
「……はい!」
0対2。順当にリードされてる状態か。どうやら前半までは『上原中学校サッカー部』のサッカーじゃなかったみたいだ。
しかし、俺と言う最後のピースが揃うことで、一気に歯車が噛み合い始めて、そこで初めて俺らのサッカーになるんだ。監督がいれば、俺は勝てるサッカーができるんだ!
「——よぉし! お前らぁ! ……ここからが本番だぞ!」
ユニフォームに着替え、安藤から手渡されたキャプテンマークをしっかりと巻き付け、ベンチ側にそう呼びかけると
「遅刻してる奴が一丁前に鼓舞してんじゃねーよ……でもまあ、そろそろ本気出すとするか」
「おうよ。見せてやろうぜ! 上原のサッカーってのを!」
「後声の野郎なんか目じゃないくらいに圧倒してやるぞ!」
「ここで逆転勝利したらかっこ良すぎるよなぁ!」
続々と、スタメン、ベンチメンバー達も自らを鼓舞し始める。俺はそれを一通り見た後、口火を切る。その温度差に苦笑しながらも話を続ける。
「ま、まあ。その、今日は大遅刻した。すまなかった。だから、その分は俺に走らせてくれ。監督からの作戦だ。システムを4-2-3-1から3-1-3-3に変える。3バックに変わるから、特に山中、清水、加藤の守備の負担は多くなるかもしれないけど、俺はボランチに入るから、中盤の支配は任せてくれ」
ミニホワイトボードにシステムの旨を書くと、それを見ていた一人が「うーん」と微妙な反応を見せる。
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上原中学校 後半システム 3-1-3-3
田代 真山 神保
(LWF) (CF) (RWF)
勝村 安城 片山
(LMF) (CAM)(RMF)
嘉川
(DMF)
山中 清水 加藤
(LDF) (CDF) (RDF)
奈良田
(GK)
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「いや、でもこのシステムのボランチって……嘉川くん。これじゃあ嘉川くんの負担が大きくないか?」
そう言ってきたのはトップ下に入った安城だ。安城が言いたいことはわかる。この場合、右と左のMFの後ろのスペースがガラ空きになってしまう。しかし勿論、その問題については監督が考えてある。
「それについては大丈夫だ。監督が言うには、相手にはそれほどのパサーがいないとのことだ。空いてるスペースに正確に蹴り込まれる心配は少ない、そして幸いにも相手はロングボール主体じゃなく、バルサとかがやってるようなパスワークを中心としたサッカーをしてくる。スルーパスさえ気をつければ大丈夫らしい。それに、オフェンスの枚数が前半より多めになってるから、前の6人が相手にプレスを掛けていけば、必ず相手がミスをする時が来るはずだともアドバイスされた。その相手がやらかしたミスを確実に摘み取って、カウンターで一気に仕留めろとも命令されてる。あとはその展開までにどう持っていくか。それは自分達で考えろ、だそうだ。……ということはだ。——」
「——俺と、田代と神保のスリートップのプレスが重要だということか?」
そこで、
「ああ。そういうことだ。あと、特に真山。これは監督から言われてないことで……俺からの個人的な意見なんだが」
「なんだ?」
「お前が両サイドの田代と神保を上手くコントロールしろ。プレスしろといっても、闇雲にするようなら意味がない。三人とも一定の距離感を保ちながら、相手DFの中盤へのパスコースを塞ぐような立ち回りをした方がいい。そっちの方がパスワーク主体の相手チームには有効だと思うし、何よりパスコースを塞ぐだけだから体力的に余裕が出来るだろうし、良いこと尽くめだ」
と、咄嗟に直感的に思ったことを話すと
「……お前にはやっぱ敵わねえな。頭がキレる奴が居ると頼もしく思えてくる」
「……」
俺は頭がキレる。そう褒めてくれた。まあ普段からサッカーのことばかり考えてるからな。勉学とかの成績の方はお察しだ。
「分かった。お前のアドバイスを参考にしてプレーするわ」
「ああ」
そこで安城が「ということは——」と、何か察したみたいだ。
「……僕達は前線のプレスが有効に働いた場合、パスコースを失った敵が前線へロングボールを供給してくる可能性が高くなるから」
「そう。そういうことだ」
流石、安城だ。地頭が良いからすぐ理解してくれる。トップ下が本業の安城とボランチである俺ととの考え方は、なにかと合致することが多い。
「そのロングフィードを危なげなく回収し、安城がボールを持った瞬間、前線のスリートップは走りだせ。後はカウンターで俺と安城で大体は組み立てる」
「分かった。頼むぜ安城」
「ああ。真山くんこそ、点を取ってきてね」
さて、ここからだ。
後半が始まると、俺たちはすぐに監督から伝えられたチーム戦術を実行した。
先ず、前線のスリートップが猛烈なプレスによるチーム戦術の一つを行った。そこで、ボールを持った相手の
「……チッ!」
(くそ! ここは前に出すしか無い!)
と、後ろからプレスに走ってくる田代のことを気にして、無闇にGKへバックパスするのもリスクが高いと踏んだのか、次には慌てた様子で相手DFは前線へ、逃げ球として闇雲にロングボールで供給し始めた。——と、そのような一連の流れから分かる通りに、相手からするとボールを持っているのは自分達な筈なのに、自分達のパスサッカーを封じられてしまっている状態が、この先も続いていく。いつ奪われてカウンターされてもおかしくない状況に陥り続けているような最悪な状況になっているのだ。
と、ここまで10分。ボール支配率は相手の方が高いが、実質的に『試合』自体を支配してるのは俺たちだった。
後ろからの正確さもないロングパスを前線へ供給し続ける相手チーム。当然、正確性もないロングパスは相手FWの足元に収まることはなく、その内隙を見せ始めていた時——
「……!」
(そこだ!)
「ぐっ!?」
そこで相手の集中力の途切れた時の意表を突き、俺は後ろから供給されてくるロングパスをトラップした直後の相手FWから、スライディングしてボールを奪取した。奪ったところは自陣のセンターサークル付近。充分速攻も間に合う、相手からしたら危険な位置でボールを奪った。
「——させるか!」「——くっ!」
(前から二人来る!)
「……っ!」
そこで焦ったのか、奪いにきた二人の相手MFをシンプルに且つ素早く、ダブルタッチして抜き去り、落ち着いて安城へボールをパスした——
「安城! 今だ!」
「っ! 神保くん!」
(流石だよ嘉川くん……!)
そこで、俺がドリブルで引きつけた二人分のスペースが前に出来た安城は、落ち着いて狙いを澄まし、相手ディフェンスラインの裏をつく、右サイドへの得意なサイドチェンジを兼ねた高速なスルーパスで、自チームが今まで攻め立てられてたはずの形勢が、一挙に逆転した。
安城からのスルーパスを走り出したスピードに乗る勢いをそのままに、右FWの神保はトラップせずに大きめに前へボールを蹴り出し、一気に加速する。
「っ!!——」
神保の足はこのチームじゃ一番だ。相手ディフェンダーは安城による虚を突かれたスルーパスの影響なのか、今まで攻め立てていた影響もあり、全体的に前かがり気味だったポジショニングの影響もあり、体勢を上手く立て直せなかった。神保はその間にもセンターサークルを置き去りにぐんぐんと加速していく。結果的に、最終ラインも簡単に抜かれてしまった。
そこで、相手CDF(センターディフェンダー)の一人が横から猛スピード迫ってくる。かなりの俊足だ。
(くっ! しまった。ボールを蹴り出しすぎた)
しかしそこで焦ってしまったのか、神保のドリブルが少し長くなってしまった。その間にも、後ろから相手はカウンターを防ごうと、どんどんと距離を縮めてくる。このままでは神保を中心としたカウンターが失敗してしまう。
「——神保!」
「……!」
(真山か! フォロー助かったぜ!)
そこで、CF真山がギリギリで追いつき、神保から見て左斜め後ろに配置につく。
「っ! おらぁああ!!」
(受け取れ真山!)
咄嗟に、神保はスライディングした。一杯に伸ばした右足を振り抜き、強引に中へ蹴り込んだのだ。
「何!?」
まさか神保があの体勢からボールに足が届くとは思わなかったのか、相手ディフェンダーは思わず驚嘆する。
蹴り込んだボールの行方は、スピードに乗った真山の足元へ。
——フリーである。相手キーパーとの一対一だ。
——勝負だ! 真山!
俺が思わず心の中でそう叫ぶと、CF真山は一気に加速して、ペナルティエリア内に侵入する。
ゴールの右隅か、又は左隅か。それともループシュートか。相手キーパーはさまざまなシュートパターンを予想しながら、一心不乱に真山へ走る。
俺なら。もしも、俺が真山で、キーパーと一対一のあの状況だったら。ストライカーらしく、正面から!
(——股下だっ!)
——股下だ。
「うおおおおおおおおおお!!」
その時、真山が蹴り込んだボールは綺麗にキーパーの股下を通り、やがてゴールネットへ突き刺さった。
上原中学校1-2後声中学校
後半12分 真山 前半7分 楢崎
前半18分 馬嶋
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上原中学校編 光るもの
「っ!!」
——よぉおおおおおおおおおおおおおし!!
と、ゴールを決めた真山が叫んだのを皮切りに、コート上に居るメンバーとベンチからも大きな歓声が上がった。
「ナイスゴールだ真山!」
「キーパーの股下狙ってチャリンとか洒落たシュート打ちやがってコノヤロウっ!!」
「流石我がチームのストライカーだぜ! 決めて欲しい時に決めてくれるなぁ!」
「お前のゴールのお蔭で疲れなんて一気に吹き飛んだぜ! まだまだキツいプレス頑張れるわ! ありがとな真山!」
——そんなチームメイトからの称賛を一身に受ける真山は「なっ! や、やめろ! 近づくな汗臭いっ!」と満更でもない反応だ。
だがそこで、安藤が「真山くんナイスゴール。だけど皆。まだ試合は終わってないよ。むしろこれからだ」と、興奮してる皆を諫めるように呼びかける。そう。確かに嬉しいが、俺らはまだリードされてる状態だ。こうして喜んでる間にも、時間が過ぎて行っている。アディショナルタイムも追加されるが、長期戦なればなるほど、ハイプレスの戦法を取って体力を消耗している俺らのチームの方が不利になってしまうのだ。安藤もそのことを理解してるからこそ、あの場で諫めたのだ。
「ああ。こうしてる間にも時間は過ぎてるし、しかも相手に休ませる時間と、考える時間を与えてしまってるのも事実だからな。特に自チームのスリートップである真山、田代、神保の負担が相当だと思うし、だから早いとこリスタートしようぜ皆。……それに、試合後には真山にからあげくんを皆で奢るのは決定してるし、喜ぶのは今じゃなくて良いだろ?」
そう皆に問いかけると、「「「……よし! 行くぞ」」」と、一目散に自陣のコートへ戻っていく。それを確認した後、俺は未だに相手ゴールで転がっているボールを走って取りに行き、不敵に笑いながら、真山に手渡した。
「……? 嘉川?」
手渡されたボールに疑問符を浮かべながら、センターサークルに置きに行くために俺と並走する真山。俺はその顔を見ながら、次にはこう言った。
「……次も股下と相手GKのプライドをぶち抜いてやれ」
と、いきなりそんなことを言われた当の本人はそれに笑みを浮かべながら
「任せろ」
短く、そう答えたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
上原中が一点取り返したか。
と、そこまでの試合をフェンスの向こう側から立ち見していた当時の俺は、思案に入った。
前半は両チーム共、支配率は五分五分と言ったところだった。しかし、後声中が上手く相手のミスを摘み取って、ゴールに結びつけて二点取った。点を取り出したところから明らかに後声中の空気に押されていた上原中だったが……
「……やっぱり、あの10番が入ってから空気が変わったな。上原中は」
試合に遅刻して、到着したのが前半終わってハーフタイム中の今さっきだった第一印象最悪な奴だったのだが、プレーに注視して見るとまるで違う印象を受ける子である。常に冷静で、首を振り、周りを良く見ている。それはまるでコート全体の敵味方関係無く、今その場にいるポジションを頭に叩き込むように、それくらいの頻度で首を振って見ているのだ。それに足元のスキルもピカイチだなあれは。それに身体の使い方、手の使い方。ボールを置く位置。誰を取っても高レベルだ。恐らくDF以外はなんでもそつ無くこなせるほどの実力を持つ
(なるほど。そりゃ10番を付けて、キャプテンもしてる訳だ)
これほどまでに誰を取っても甲乙付けがたい能力を秘めている選手は稀だ。このタイプは世界的に言えば、fantasistaと呼ばれる類の選手なんだろう。俺ももしこんな選手が同じコートに立っていたとした、リードされてるにも関わらずに気持ち的楽になる。選手の士気も高まることだろうな。だからあの時の上原中ベンチに、目が死んでたやつがいなかったのか。
チームメイトからのプレーに関しての信頼と、それ以外のことについての信頼もあるからこそやれる芸当だ。そうか、あの10番はキャプテンシーという能力もあるのか。
「あとあれだな」
関心するが、しかしだ。こりゃ驚いたな。
——上原中は後半にシステム自体も大きく変えてきた。見たところ3-1-3-3という攻撃に6枚も振っているような超攻撃的なシステムに変更してきたのだ。二点ビハインドの状態で後半から巻き返すようなら攻撃的なシステムに切り替えることはそう珍しくはないが、前半までの上原中は4-2-3-1というダイヤモンド型のとても堅実的なシステムを使用していたので、そのような堅実的な監督がスリートップを擁する超攻撃的で大胆なシステムに変えて来たのに驚いたのだ。この場合、そのシステムの要になるのは守備と攻撃どちらにも参加しないといけないボランチのポジションなのだが、そこにあの10番が入ってるのか。なるほど。確かにそう考えれば堅実的なシステムと言える。
それを如実に表してるのが、後半の上原中の得点の一部始終だ。あの得点の起点は、あと10番と14番のトップ下の子の二人だった
14番のトップ下の子も中々に優秀な選手だな。それに、あの10番と昔からプレーしてきているのか、息が合ってるので、得点までスムーズに中盤のコントロールと支配が出来ていたように感じた。だから上原中のスリートップも、中盤にあれほどの安定感をもたらせる二人がいる事によって、存分にプレスに行けたんだろう。それらが噛み合ってその結果、10番は相手からボールを奪い、更に態とトップ下の子と場所を入れ替わるようにしながら、斜めにボールを持ち運び、自分にマークに付いてる相手と、トップ下の子にマークに付いてた相手を引き付けてドリブルで簡単に交わしてパス。そこから前にスペースが出来た14番が余裕を持って前線へ正確なスルーパスを蹴り出し、見事得点に結び付いたというわけだ。
「……いや素晴らしいな」
と、つい感嘆してしまう。
特に俺は、相手から奪い取った時のボール奪取の能力や相手を抜き去るドリブルテクニックなども魅力的だが、それよりもあの10番が持つ
「——」
——あの時。咄嗟の機転で敵のマークという特性を利用して敢えて斜めにボールを持ち運ぶことにより、相手のゾーンディフェンスを逆手に取り、撹乱させた挙句に、味方の14番の前にスペースを作り出す動き。このたったワンプレーから、俺はそこにある
(——これは、見つけたかもしれない!!)
もし俺が思う通りの能力を秘めているのだとしたらと。思わず歳柄でもなく高揚してしまう。自分のチームに求めていたものが。最後のピースが、見つかったことに。
まだ荒削りだが、順当に育てれば将来的には必ずトップで輝き続けるだろう
俺はそこで、無意識にある人に電話をかける。
【——もしもし。葉山監督ですか?】
「ああ、浅見さんお疲れ様。そっちは上手くやってるか?」
そんな突拍子のない質問に怪訝そうな声色だが、彼女は応えてくれる。
【え、えと……はい。いつも通りの全体メニューも終わらせて、今紅白戦に差し掛かったところです。監督の方はどうでしょうか? 確か実家がある神奈川の三浦に帰省中でしたよね? なにか今日の練習での事務連絡でもあったんですか?】
と、通話先から聞こえてくる女声に、俺は「いや、そうじゃない」と返答する。
【……? えっと、それでは何の用件ですか?】
恐らく、通話を隔てた向こう側で困惑してるだろう副顧問の
「——練習後、少し話したいことがある。明日は丁度オフだし、最寄駅近くの居酒屋でゆっくりと飲み食いしながらでもしようと思うんだが、予定空いてるか? あと川名コーチと阿部コーチも一緒に交えて——」
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