獪岳くんの鬼退治【新版】 (めりお)
しおりを挟む

鬼殺隊なんかやめちまえ

鴉が嫌いだ。

鳴き声が耳障りだ。

阿呆、阿呆と嗤われているようで腹が立つ。

獪岳は常々、この気に入らない畜生を斬り捨ててやりたいと思っている。

 

 

鎹鴉。

鬼殺隊員に付いて任務を伝える。

人語を解する。

九官鳥のように人間の声真似をするのではない。自分の意思を持ち、流暢に話し、受け答えをする。

尋常な調教や訓練ではこうはなるまい。

阿呆、阿呆と夕暮れに鳴いている鴉がふと、嗄れた声で、何処其処ノ町デ人ガ死ンダと噂話をする。背筋がゾッとする不吉な光景だ。

鬼殺の剣士を鬼と戦う死出の旅へと誘う、道先案内の畜生である。

 

 

雷の呼吸を習い、選別を突破し、鬼殺の剣士になった獪岳は、鎹鴉を付けられ、己の鋼を選んだ。

選別から十日経ち、修行をしていた山に戻って身体を休めていた獪岳の元へ、選んだ鋼が刀となって届いた。

鬼を殺すことができる唯一の武器。

一年中陽の差す陽光山から採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石から打たれた日輪刀。

持ち主の呼吸の適性に応じて刃の色が変わる色変わりの刀である。

獪岳が触れると雷の呼吸を示す黄色に変わった。

雷の呼吸の修行をつけた師範の桑島慈悟郎はただ頷いた。

獪岳は当然だと思った。

少し何かが降り積もり、それより多くがこぼれ落ちる。

 

背中に滅の文字が入った鬼殺の隊服は弱い鬼の爪や牙を通さない。

首には魔除けの勾玉を巻いてある。

泣き虫で弱虫で愚図の弟弟子とは顔を合わせないまま準備を整えた獪岳は発った。

 

歩き出すと肩に鴉が舞い降りてくる。

鎹鴉。鬼殺隊の任務の伝令役。

どんな任務を言い渡されるのだろう。

そう思っていると、いきなり嘴で頭をつつかれた。

何をしやがると声を荒げる獪岳に、鴉は告げる。

「お前は鬼になって死ぬ」

だから、と続く。

「鬼殺隊なんかやめちまえ」

 

鴉は、鬼になった未来の獪岳自身だと語った。

鬼になり、頸を斬られ、地獄に堕ちて、畜生に生まれ変わった。

信じられないような話だが、鴉は獪岳の過去を言い当てる。

 

世話になっていた寺の金を盗み、同じ孤児の仲間に悪事が見つかって追い出され、夜の外で鬼に喰われそうになって、命乞いをした。

鬼の嫌がる藤の香炉を遠ざけて、寺に鬼を招き入れた。

次の日の朝も獪岳は生きていた。

寺の子供たちは殺され、盲目の痩せた男が犯人だと、一人生き残った少女に指を差されたという。

男は子供たちを殺した犯人として牢獄に投じられ、死罪を待つことになった。

鬼の仕業だと知っていた。

知っていて、獪岳は逃げた。

逃げて逃げて、刀と呼吸を使って鬼を狩る鬼殺隊の存在を知って、雷の呼吸を教える育手の隻脚の老人に弟子入りした。

努力をした。選別を突破する力を手に入れた。

修行の厳しさを、獪岳がそれをどうやって乗り越えたのか。チビでみすぼらしくて軟弱な弟弟子がどれほど疎ましいか。そんな弟弟子を、あれだけ兄弟子である己が尽くしたのに、自分と同等に評価する師がどれほど憎たらしいか。

すべて鴉は己のことのように言い当てた。

 

もはや獪岳は鴉が自分の一つの可能性であることを疑っていなかった。

他人ではありえない。獪岳しか知らない、誰にも知られた覚えのないことを把握されている。

本当に、自分は上弦の壱と出会い、鬼になって死んで、地獄に行くのだろう。

それが未来なのだろう。

 

鴉は、獪岳が破滅の運命を避けて賢く頷くのを待っている。

 

「嫌だ」

自分でも驚くほど、するりとその言葉は喉を通った。

「俺はまだ勝ってない」

 

やっぱり気に入らない。

鴉の誘いは負け犬の泣き言だ。

生きていたって、鬼になったって、勝てなかったんだろ。

本当に地獄があるのなら、元から地獄行きの身だ。

だったら今度は死んでも勝ちたい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

負け犬・生き恥・面汚し

未来を知る鴉を使って、獪岳はあちこちを飛び回る。

鴉は獪岳の事情だけでなく、鬼の事情まで知っていた。

地獄にいた亡者たちから話を聞いたのだと語る。

鴉が知っている鬼であれば、人間だった頃の過去をついて隙を作って斬り殺せる。

 

かつての自分よりも現場に早く駆けつけて、多くの鬼を斬り、実戦を経験して強くなる。

隊士からの評判は良いとは言えない。どいつもこいつも死んで地獄行きになる自分よりはマシな人間だというのが、どんなに弱くても愚鈍でもそうであるのが、獪岳を酷く苛立たせて、周囲に対するあたりを強くしたからだ。

 

物言いたげな弟弟子を無視して、有象無象の雑音に耳を塞いで、ひたすら鬼を斬り続けた。

運命に追いつかれる夜まで。

 

 

おどろおどろしい赤い月が浮かぶ夜。

刀を佩いた侍のような男と遭遇した。

顔には六つの眼が並んでいる。

目に刻まれた数字は、上弦の壱。

 

「お前が黒死牟か」

 

獪岳は六眼の男を前に、日輪刀を鞘から引き抜いて、電光石火の速さで飛び込んだ。

研鑽を積み、並の鬼ならば一撃で頸を飛ばすことができるまで研ぎ澄ました剣技を、しかし黒死牟はあっさりと避ける。

 

参ノ型 聚蚊成雷

 

弐ノ型 稲魂

 

陸ノ型 電轟雷轟

 

いくら技を繰り出しても、黒死牟はかすり傷すら負わない。

 

「敵わないと……わかっているだろう……なぜ……」

 

なぜ?

 

自問する。

 

他人なんか知ったことか。

復讐なんて下らない。

義憤なんぞ反吐が出る。

 

命が惜しいなら鬼殺隊に入らなければいい。

鬼が怖いなら剣士ではなく隠になればいい。

何故鬼殺の剣士になることを選んだのか。

鬼と斬り合っていつ死ぬかもわからない道に進んだのか。

どうしてここにしがみつく?

 

鬼を斬る。

人を守る。

始まりがどうあれ、そういう生き方を選んだ。

未来を知らなければ、土下座してでも鬼になってでも生き延びようとした。

生きてさえいればいつかは勝てると。

しかし、鬼殺隊が勝って鬼が負けると未来が決まっているのなら。

鬼になるのは負けと同じだ。

だから、鬼を斬って人を守ったという結果を全てにするために、鬼殺隊として死ぬ。

それだけが獪岳に残されたたった一つのやり方だった。

 

黒死牟の刀の一振りで、あっけなく救援を呼ぼうとした鎹鴉は絶命する。

ここまで獪岳を導いた鴉は死んだ。

人と縁を結ばなかったから、救援は来ない。

努力はしたけれど、壱ノ型は使えない。

上弦の鬼には、柱でもない獪岳では勝てない。

雷の呼吸は通じない。

 

どうするか。

決まっている。

 

刀を構えた。

 

上弦の壱が何だ。

鴉も言ってたじゃねえか。

あいつこそ、負け犬、生き恥、面汚し。

勝ちたい相手に死に逃げされて。

鬼になった意味すら失って。

妻子を捨てて鬼殺隊を捨てて、遂には子孫まで斬り捨てる。

最期は袋叩きにされて救いのないまま地獄行き。

ああはなりたくないもんだ。

毒づいて己を奮い立たせる。

なあ、そうだろ。

ああは、ならない。

 

疲労に引き攣って動けなくなりそうな身体を無理矢理呼吸で動かす。

一分一秒がとてつもなく長く感じる。

 

闇を切り裂いて飛んでくる光を見た。

咄嗟に飛び退いて、着地に失敗する。

左脚がない。

体勢を崩して倒れこむ。

次の攻撃を避けられない。

 

ここで死ぬのか。

 

 

死に瀕して走馬灯を見る。

 

人に与えない者はいずれ人から何も貰えなくなる。

欲しがるばかりの奴は結局何も持ってないのと同じ。

自分では何も生み出せないから。

独りで死ぬのは惨めだな。

 

誰かが最後に言い捨てた。

獪岳にはこんな走馬灯、覚えがない。

獪岳には知る由もないが、同じ魂を持つ、鬼の記憶の混線だ。

もっと早くに想起することができていれば、悔い改めて、違う生き方をしたかもしれない。

箱に入ったひびを埋めて、穴を塞いで、幸せで箱を満たせたのかもしれない。

 

「うるせえっ」

 

耳障りだった。

 

鬼を斬っただろうが。

喰われるはずの人間をいくら救ってやったと思ってるんだ。

俺なりに必死にやってんだよ。

 

朦朧としつつも言い返した。

鬼になった獪岳ではできないが、この獪岳ならばそれができる。

人であることを、鬼殺隊であることを貫けるのならば。

 

 

激痛に飛んでいた意識を取り戻した獪岳は、まだ死んでいなかった。

土下座をした。

命だけはと懇願する。

鬼になるなら、と黒死牟が与える血を、獪岳は手のひらで杯を作って受け取った。

鬼になれば失った手足も生えてくる。

獪岳は手に受けた鬼の血を啜った。

飲み下せば不老不死になれる霊液だ。

 

口をすぼめて、ぶっと血の毒霧を吹く。

狙い過たず黒死牟の顔面に命中した。

口の中に残った血を唾と一緒に吐き出して言い捨てる。

 

「お前なんか、ずうっと生きてろ」

 

黒死牟の刀が揺らぐ。

 

獪岳の首がころりと落ちた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六道輪廻・堕地獄

天地が逆さまだ。

俺は負けたのか。

 

よりにもよってカスに頸を斬られたなんて、信じられない、信じたくない。生首だけでも飛んでいってあいつの首を噛みちぎってやりたい。

知らない技、やっぱりあの糞爺、あいつばかり特別扱いしやがって。

はあ? 自分で生み出した?

それって、お前が特別だってことかよ。

ふざけんな。

てめえなんか死んじまえ。

俺の血鬼術で道連れになってしまえ。

 

いくら呪詛を吐いても、頸を斬られた鬼の身体が塵になるのは止まらない。

いきなり出てきた知らない男に煽られる。

誰だお前は。お前も鬼だな。なんでだよ。

最後に出てきてごちゃごちゃうるせえ。

言うだけ言って、男は消える。

弟弟子を助けに行く。

獪岳のそばには誰もいない。

 

最後の言葉くらい、誰か聞いてくれよ。

 

今更そう思っても遅い。

自ら切り捨ててきたのだから。

 

おいカス、お前寝ていても他人の話が聞こえるんだろ、なあ。

 

調子良く、都合良く、みっともなく弟弟子に縋る。

 

ははっ、鬼の言葉なんて耳に入れないか。

 

俺の話なんか聞く気なかったもんな。

 

どうせ捻じ曲がった逆恨み、妬み嫉み僻みだろって?

 

その通りだよなんて、俺だけは言うもんか。

 

何も見えなくなった。

 

夜みたいで、嫌いだ。

 

鬼の獪岳の今際の記憶である。

 

 

六道輪廻。

人間は生前の行いに応じた場所に死後生まれ変わる。

地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天の六道の輪廻転生からは逃れられない。

地獄へ行くのはそのように生きたからだ。

 

 

子は鎹と言う。

鎹になれなかった子供が獪岳だ。

 

獪岳は孤児だった。

同じように親のいない子供たちを拾い集めて養うおかしな男のもとで、それでも毎日ひもじい思いをしていた。

金を盗んだのは、いいものを食いたかったからだ。

他のやつらは当たり前に得ている幸福を自分も得ようとして何が悪い。

それを咎めた子供たちが獪岳を鬼のいる夜に追い出した。

獪岳を死に追いやった。

この結果を招いたのはあいつらだ。

自業自得なんだ。

 

黒雲が立ち込める。

雷が間近に落ちる。

驚いてわっと開いた口に、稲妻が飛び込んだ幻を見た。

それから、ごろごろと。

雷が出ていかない。

 

雷の呼吸の育手の下で鬼殺の技を学んだ。

育手は隻脚の元鳴柱だった。

柱に稽古をつけてもらえることは滅多にない。

それなのに壱ノ型ができない。

足捌き、呼吸、剣の振り方をいくらやっても獪岳には身につかなかった。

死ぬほど修行しても、どんなに努力しても。

壱ノ型は雷の呼吸の基本。

弐ノ型やその他ができようと何だろうと、これができなければ雷の呼吸の使い手として評価されない。

 

だから、俺を後継として認めないんだろ。

何が弟弟子と二人で一つだよ。

俺だけじゃあ不足だってのを、お綺麗に言い換えるんじゃねえ。

 

雷に打たれても死なないのは特別の証だった。

こいつは天に愛されている。

だから師は弟弟子を選んだ。

俺は選ばれなかった。認められなかった。勝てなかった。

兄弟子を弟弟子と平等に扱って、呼吸の共同の継承者にするとはそういうことだ。

今までかたわを世話してやったのは誰だと思ってるんだ糞爺。

恩義など感じない。

与えたのに返されなかった。

弟弟子と揃いの羽織など誰が纏うか。

 

ああ。

ごろごろと。

雷が鳴る。

壱ノ型、あいつの霹靂一閃の轟く音が、耳に残って離れない。

 

 

黒死牟に遭遇し、命乞いをして自ら鬼に堕ち、上弦の陸まで昇りつめたはいいものの、無限城で弟弟子に負けた。

世話になっていた寺に鬼を招き入れて子供を殺し、養い親に恩を仇で返し、育てた師に腹を切らせ、弟弟子に兄弟子の頸を斬らせた。

 

罪を重ねて死んだ人喰い鬼は地獄を巡る。

 

岩にすり潰されて粉々になる。

肉を串刺しにされ、切り刻まれ、叩き潰され、業火に焼かれる。

死んで終わりではなく、何度も蘇る。

蘇った亡者たちは飽きることなく殺し合いを続けている。

獪岳もそうした。

自分だって亡者に殺された。殺し返すことの何が悪い。

よく見るとあちこちに鬼だったやつがいた。

新しくやってくるのもいた。

自分を鬼にした、やたらめったら強い六眼の男も来たので、驚いた。

ごうごうと自分から噴き出して尽きない炎に焼かれ続けている。

地獄に太陽はないのに、光を求めるように、天に手を伸ばしている。

幻覚でも見えるのか、時折譫言を呟くので、幾らかの事情を知った。

 

どれほどかわからない時間を地獄で過ごした。

鬼になった人間のために、祈ってくれる者はいない。

死んだあとは塵になり、墓に入れる骨すらない。

獪岳が生きた証は残らず、誰も繋いでくれない。

いつまで経っても次に行けないままの獪岳は、地獄に堕ち続けている。

 

 

何百年何千年経っただろう。

見覚えのある鬼がいた。

獪岳が鬼というものに初めて出会った、藤の香炉を蹴倒した、幸せを自ら壊した、あの夜の。

案外、覚えているものなんだな。

自分でも顔なんか忘れたと思っていた。

そう、どこかで冷静に思いながら、獪岳はそいつに殴りかかっていた。

向こうも殴り返してくる。拳で、足で、爪で、牙で、殴り、蹴り、切り裂き、噛みつき、延々と痛めつけあって殺しあって、死んで生き返ってまた不毛な争いを繰り返す。

獪岳は一つの思いに突き動かされていた。

 

俺だって、俺だって、お前さえいなければ。

あの夜に、鬼さえ来なければ。

 

獪岳の姿は鬼から人へ、悲鳴嶼のところにいた頃の歳の子供へ戻っていた。

血鬼術も刀も呼吸も使えない。

地獄に太陽はない。

それでも。

それでも殺してやりたい。

俺が、こいつを、俺に、鬼を、やっつけるだけの、負けない力があったら。

 

頬をつたう生暖かい液体は、血と思っていたのに涙だった。

悔やんでいたのか、俺は。

惨めだから、封じ込めて、思い出さないようにしていた。

そうでなければ進めなかった。

もし、もう一度、やり直せたら。

今度があれば。

 

 

生まれ変わった先は鎹鴉だった。

鬼に堕ちて地獄に堕ちて、今度は畜生と来たか。

善因善果、悪因悪果。因果の巡る先は畜生道。

慈悲のない者は畜生に堕ちる。

 

 

やめちまおうか。

今がいつか、ここがどこか、この自分が何者なのかを把握して、そう思った。

知っていることはたくさんある。

けれども、悲鳴嶼のことはこの時点では過ぎた過去だ。間に合わない。これからも、自分は最後まで、鬼になっても、壱ノ型を使えない。師は弟弟子より自分を評価しなかったし、弟弟子は自分の知らない型まで生み出していた。

この先、自分では決して敵わない上弦の鬼と遭遇する。鬼になればその場は凌げる。無限城での決戦も、知識のある今なら弟弟子は殺せるかもしれない。

だが、その先がない。黒死牟すら鬼殺隊に倒され、鬼の首魁たる鬼舞辻無惨も打ち倒された。眷属である鬼は無惨の道連れに死ぬ。生き残って勝ちを狙うことすらできない。行き詰まりだ。

 

獪岳の鎹鴉になって、行き先を変える。

今度は間違えない。鬼にならない。鬼殺隊もやめる。

そうすれば死なずに、地獄に堕ちずに済む。

俺がお前を救済してやる。

蜘蛛の糸を垂らしてやる。

「お前は鬼になって死ぬ」

だから、と続けた。

「鬼殺隊なんかやめちまえ」

そうだ、それがいいと、柄にもなく諭すような気持ちになった。

それなのに。

 

「嫌だ」

 

獪岳は否定する。

 

「俺はまだ勝ってない」

 

何を馬鹿な、と言えなかった。

 

人間の自分の答えに、鳥頭になって忘れていたことを思い出す。

俺は勝ちたかったんだ。

何をしてでも、鬼になっても。

「死んでも勝ちたいか」

「死んでも勝ちたい」

応えを聞いて、心を決める。

俺は負けたが、こいつはまだ負けてない。

だから今度は、勝たせてやりたい。

勝たせてやるんだ。

 

鬼殺隊における父である産屋敷家当主と、その子供としての剣士の仲立ちをする鎹。

右も左もわからぬ鬼殺の剣士を、鬼と殺し合う修羅の道に連れて行く案内役の鳥畜生。

鬼に堕ちた獪岳は、鬼になる前の獪岳の鎹鴉として二度目の生を歩むことになる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桑島慈悟郎の墓参り・我妻善逸の仇討ち

遠くで目を覚ました鶏が鳴く。

不朽不滅の太陽が登る。

 

どこかの場所で。

早起きした少年が顔を洗いに駆け出した。

母親が朝食の準備で野菜を水洗いしている。

父親は新聞の朝刊を取りに行った。

腰の曲がった老人が乳母車を押して散歩をしている。

恋人たちは布団の中でまだ微睡んでいた。

襲われたところを助けられた子供が鬼殺隊に入ろうかと考えている。

どちらが早起きできるか競い合っていたきょうだいが、自分が先だったと言い争って、どちらともなく笑い出した。

今日も明日がやってきた。

獪岳が鬼から守った人々が、今日という日を生きている。

 

 

 

どこかの街の通りには、頭と身体が泣き別れになった黒髪の少年の死体と、折れた刀と、真っ二つになった鴉の死骸が転がっている。

 

 

墓の前には、隻脚の老人が杖をついて立っている。

桑島慈悟郎は鬼殺隊の人間が葬られる墓地を訪れていた。

墓石には、獪岳と名前が彫られている。

 

金髪の少年は、柱稽古の最中に届いた手紙に目を通している。

我妻善逸はその場に倒れるようにしゃがみ込んだ。

兄弟子の死亡を伝える文面は何度読み返しても変わらない。

 

獪岳を殺したのは、刀を持って髪をくくった侍のような鬼だという。

鬼でありながら呼吸を使う、上弦の壱。

二つに裂けた鎹鴉の腹の中から、特徴を記した紙が出てきた。

咄嗟に記録して呑み込ませたのだろうと推測されている。

まるで急いで書き殴られたように見えるわざとらしいまでに乱雑な文字は、一字一句が万金に値する。

上弦の、それも壱の情報。鬼殺隊への大きな貢献だった。

 

二人の顔がくしゃりと歪んだ。

 

「獪岳」

 

「兄貴」

 

「お前は儂の誇りじゃ」

 

「アンタの仇は俺が討つ」

 

 

 

 

獪岳と鎹鴉は出発する。

 

仇を討たれるような人生か。

孤児の俺も成り上がったもんだ。

そうは思わないか?

おい、黙ってないで、何か話せよ。

 

肩にとまる鴉は、こんなときに限って何も言わない。

 

後悔してんのか。

上弦の鬼、それも壱相手に、退かずに戦ったのは、すごいだろ。

お前とは違う。

 

鴉は阿呆、と一声鳴いて、獪岳の頭をつついた。

痛い。

 

誰もいない峠を越えて谷を越えて。

真っ暗な空を円い月が冴え冴えと照らしている。

親不孝の子供の、地蔵和讃の歌声が響く三途の川をざぶざぶ越えて。

遠くに見える死出の山を目指して前に進む。

地獄への道は一人で行くもの。

しかし、鴉は人でないので、一人と一羽で共に行く。

 

生まれ変わったら、もしかしたら、今度は平和な世界で、普通に暮らす人間かもしれない。




なんかすっきりしないので消すかもしれない
そういう風に書いておいてなんだけど逆恨みがきつい


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。