艦これ英雄伝説 (こーま)
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プロローグ 1-1

コロナで暇だったので初投稿です

艦これと銀英伝のクロスの長編を読みたいのに全然無いので私が書こうと決意しました(蒼き鋼の意思)

艦これと銀英伝の融合を上手くやりたいのですが、上手い着地点が見つからず何度も再投稿・書き直しをしています。

良ろしければ、意見・感想いただけると助かります

この作品は銀河英雄伝説の二次創作であり「らいとすたっふルール2015改訂版」に従って作成されています。


 ・宇宙歴837年/新帝国歴39年 バーラト星系 首都星ハイネセン

 

 かつて自由惑星同盟と呼ばれた国の中枢を擁した惑星ハイネセンは、仰ぐ旗の名をハイネセン共和自治政府と変えど、変わらずに民主共和制の中枢であり続けた。それを成し遂げるために何万Lの血と涙が流れたが、詳細は長くなる故に省こう。一つ言えるのはその流血と涙の海は全く無駄では無かったということだ。

 

 そんな惑星ハイネセンの第二の都市「テルヌーゼン」。この町は自由惑星同盟軍の士官学校の所在地として有名だったが、現在は施設を流用し規模を小さくした士官学校と「ヤン・ウェンリー記念大学」を中心とした大学都市として栄えていた。

 

 青春を謳歌する若者達のエネルギーから距離を取るように、町の中心から少し外れた郊外の一軒家で一人の老人が静かにまどろんでいた。その男の名はアレックス・キャゼルヌ。末期の同盟軍きっての軍官僚で、同盟史上最高の智将であり、民主共和制最大の守護者ヤン・ウェンリー元帥の軍事行動を裏方から支え続け、彼の死後は彼の後継者達を助け続けた一人の英雄だった。

 

 

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 キャゼルヌは深夜、安楽椅子の上で目を覚ました。昔のアルバムを整理しているうちにどうやら寝てしまっていたらしい。最近眠る時間が少しづつ長くなっているのを感じていた。少し前までは眠りが浅くなり、朝早くに目が覚めてしまうのに困っていたが、気が付けばふとした拍子に寝入ってしまうようになっていた。

 

(それもそうだ、もう俺はあのビュコック爺さんよりも年上なのだから)

 

 あの同盟軍には勿体なかった爺様はその死に様で同盟国民の精神を再び覚醒させ、カイザーに民主共和制の価値を初めて認識させた。後の事を後輩達に託し、彼は同盟軍に幕を引いたのだった。

 

(そう思うと、随分長生きしたもんだ。いい奴ほど先に死ぬという言葉はどうやら嘘だったらしい)

 

 運動不足になりやすいデスクワーカーだったキャゼルヌがこの年まで健康体でいれたのは長年連れ添った妻オルスタンスの手料理のおかげだった。そんなオルスタンスも5年前に病で先に逝ってしまった。人員不足でカツカツの自治政府の要職をやっと退職して、ようやく二人の時間が作れると考えていたのに…。娘から誕生日プレゼントにもらってから愛用している老眼鏡をかけてPDAを手に取る。電源を起動してスワイプすれば、かつての懐かしい日々がそこには切り取られていた。

 

 礼服が全く似合っていないヤンと、美しいウェディングドレス姿のヤン婦人の結婚式のビデオ。控室ではオルスタンスが介添え人として緊張する花嫁を励まし、まだ幼い娘達がフラワーガールとして頑張っている。二次会では若々しい自分とアッテンボローとシェーンコップがヤンを揶揄い、ユリアンが呆れながらフォローをいれている。イゼルローン要塞での新年パーティー。ローゼンリッターの面々が女性士官の魔の手にかかり抵抗出来ずに女装させられる。男と知らずナンパしたポプランと、それをコーネフが実に悪い顔で傍観していた。ムライが日系イースタン伝統のライスケーキを用意してくれたので、パトリチェフとマシュンゴがその巨体を生かしてライスをハンマーで捏ねている。フィッシャーとメルカッツが初めて食べるライスケーキを一気に頬張って喉を詰まらせ、シュナイダーが慌てて飲み物を取りに行っている。

 

(あいつらも生きていればどんな爺になってたことやら)

 

 目を閉じれば、鮮明に頭に浮かぶあの日々。銀河の殆どを敵に回し、人も金も物資もカツカツで無茶振りばかりしてくる後輩達の後始末に追われて、本当に大変だった。だが、どんなに厳しい状況でも皮肉と冗談を忘れずに伊達と酔狂で、甲斐性無しな後輩を頭領に立てて戦い抜いたあの日々は間違い無くキャゼルヌにとって黄金の日々だった。

 

 ふと、瞼が重くなってくる。キャゼルヌはその睡魔に逆らわずに老眼鏡を外す。

 

(今日はいい夢が見れそうだ)

 

 キャゼルヌは意識を再び睡魔へとに委ねた。

 

 「キャゼルヌ先輩!」

 

 どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした…。 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、孫を連れて遊びに来た娘夫婦が、祖父が自室の安楽椅子で静かに息を引き取っているのを発見した。

 

 不敗の魔術師の背中を守り、黎明期のハイネセン自治共和政府を裏方から支え続けた偉大なテクラノートの死は国葬で追悼された。その葬列には多くの人が参列したという。

 

 銀河の歴史が、また1ページ。

 

 

 

 

 

 




 艦これは兵站ゲーなので取りあえず、戦記物事務屋としては最強格のキャゼルヌをぶっこんでみました。キャゼルヌがいれば大型建造しまくり、大和型出撃しまくりのロマン経営しても大丈夫だって安心しろよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから(大嘘)

 


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プロローグ 1-2

銀英伝も艦これのキャラも全く出ません

本当に申し訳ないです

次回には出します、多分



山田の士官学校卒業式の心情描写を少し変えました(2021/7/8)


 雨の日の新月の夜の海は己の伸ばした手の指先が見えなくなるほど暗くなるという。逆に完全な暗闇の中では煙草の小さな火が何キロも先から見えるそうだ。

 

 雲間から漏れる僅かな星の明かりは、灯火管制を徹底した小さな船団が東シナ海を北上するのを照らしていた。船団は大型コンテナ船と揚陸艦「あきつ丸」を中心に軍艦が輪形陣を組んで静かに息を殺して進む。輪形陣を構成する軍艦達の旗艦「五十鈴」の艦内指令室で、くたびれた軍服姿の男はここ数日の激務で涅色の髪に白いものを混じらせた頭をドレスハットで仰ぐ。少し冷えた頭で、いくつもの書き込みがされた海図を眺める。部下が慣れない手つきで地図に更新された現在位置を書き込んでいく。奴らの勢力圏では通信機器の機能が制限されるため、アナログな方法で自分達の位置を割り出すしかないのだ。

 

 やっとここまで来たかと男は一人ごちる。問題はこの運が最後まで持つかだが。

 

 男は自分も部下達も打てる手は全て打ったと信じていた。男の心は絶望的な逃避行の中ひどく落ち着いていた。実際彼にこれ以上出来る事は何も無かった。

 

 あとはもう味方の勢力圏内に一刻でも早く無事に逃げ込めるように、知りうる全ての神々に祈るだけだった。

 

 

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・10年前 神奈川県横須賀市 国連統合軍士官学校極東支部(旧防衛大学校)卒業式会場

 

 

「諸君は、これまで日本を守り続けてきた自衛隊が国連軍に統合されてからの初めての士官学校卒業生であります。昨今、深海棲艦の出現により世界の平和と安定は急速に失われています。自衛隊は圧倒的な戦力の深海棲艦との過酷な戦場に躊躇うことなく飛び込んでくれました。彼らは大きな犠牲を払いながら、遂に第一次離島住民疎開計画を成功させました。そして4年前、日米と欧州の共同研究により艦娘戦力の実用化と敵勢技術の解析に一定の成果が表れ、人類全体で深海棲艦に立ち向かうとして極一部の国を除いた世界中の軍隊が国連軍の元に統合されました。これにより…

 

(中略)

 

…諸君の未来には多くの困難と危険が待っているでしょう。ですが深海棲艦との戦いが待つことを知ってなお、自ら軍人としての道を選んでくれた諸君は日本国民の誇りです。卒業生諸君の今後の益々の活躍、そして国連統合軍士官学校極東支部の一層の発展を祈念して、私の訓示といたします。令和26年3月22日、国連統合軍極東方面軍最高指揮官・内閣総理大臣 島耕太」

 

 …士官学校の卒業式には政府のお偉いさんがやってきて訓示を垂れるのが世界的なお約束といっていい。アメリカでは国防長官、日本では何と総理大臣自らやってくる。わざわざお疲れ様ですとは思うが、俺達の事を真に思うなら、さっさと長話は終わらせて欲しいと山田俊二士官候補生は欠伸を噛み殺しながら教官にバレたら張り倒されそうな事を考えていた。

 

 首相の次は防衛大臣…は自衛隊が国連統合軍に名前を変えてから国防大臣に名前を正式に変えていた。そんな名前にこだわる前に、士官学校の教育内容をもっと改善すべきだと思う。自衛隊時代と勉強する内容が殆ど変わっていない。現在主戦力になってきている艦娘に関する単位が少なすぎる。その裏には通常戦力による深海棲艦撃退にこだわる一部の旧自衛隊幹部の暗躍が囁かれている。上層部が無能で教育要綱の改訂が遅れているの可能性と、どうしようもない守旧派が軍の実権を握っている可能性のどちらが深刻だろう。ため息が漏れそうになるのを抑える。

 

 元々軍人になるつもりは無かった。だが実家が空襲で焼けて、それでもやりたい勉強をするには在学時も給料が出て、寮生活を送れる士官学校に行くしか無かった。おかげで餓える事無く、家族に少額だが送金も出来た。なら恩返しにある程度軍に籍を置いて、適当なところで退役して一般企業に就職を目指す、これしかない。ちなみに戦時下の今、任官拒否は本当にシャレにならない事になる。

 

 俺には、艦娘を「あちら」から呼び出す「提督」の適正が微弱だが存在した為、危うく提督養成学校で追加のお勉強&最前線確定になりかけたが、席次はそこそこ良かった事と、在学中に書いた組織行動論の論文が一時期学会で話題になったおかげで統合作戦本部での内勤になったから前線に出る事は無いだろう…。

 

 

 

その後に待ち受ける過酷な未来も、まして前世の事など露知らず山田俊二は士官学校を無事卒業した。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作キャラ出さないの楽っすね…

ちなみに山田俊司がOVA版キャゼルヌの声優、キートン山田さんの本名だったりします(ネタバレ)

直接転生させて話にぶち込まないのは、私の力では初っ端から銀英伝組を動かす自信がないからです(開き直り)

あと、前世を思い出す描写とか好きなオタクだからです。

そこらへんは少し様子を見させて下さい、許して

感想お待ちしております



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プロローグ 1-3

コロナが収まりそうで収まらないので初投稿です。

小生は感想がガソリンです


 ランチタイムから少しずれた時間帯、彼は混雑を避けるためにこの時間に昼食を取る事を知っていた。なのに、意気揚々と士官食堂にやってきても探し人はどこにもいなかった。艦娘が士官食堂にいるのが珍しいのか色んな視線を感じるがそんな場合ではない。必死に頭を巡らせれば、一つの可能性が浮かび上がる。

 

「まさか……」

 

 士官食堂を勢いよく飛び出し、同じ階にある一般食堂へ向かう。

 

 ガラガラの広い一般食堂を見渡せば彼は直ぐに見つかった、普通にテーブルで書類の束を読みながら一人で呑気にラーメンを食べている。

 

 安堵に表情が緩みそうになるが、尉官である彼が一般食堂で食べている理由を考えて再び怒りが込み上げてくる。

 

 食券機で速やかにそばを注文し、トレーに載せて彼への下に向かう。話しかける前に落ち着くように深呼吸。そしてにこやかに微笑みながら挨拶する。

 

「こんにちわ中尉、お隣よろしいですか?」

 

 

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「そろそろ飯にするか」

 

 山田は途中まで読んだ書類の写しを持って、上司に断りを入れて部屋を出た。

 

 山田が士官学校を卒業して一年三カ月。配属された統合作戦本部の装備開発研究部での仕事にも随分慣れた。前線に出なくていいならどこでもいいという極めて消極的な理由で選んだ部署だったが、デスクワークが苦にならない彼は、事務作業が中心の地味な仕事にやりがいすら感じ始めていた。想像より酷い職場だったが、問題点を見つけては上司に決裁書を出して、働きやすい環境に変えていく仕事は楽しかった。多少不幸な行き違いとそれに伴うごたごたはあったが、それもある程度落ち着いた今、山田はこの職場に概ね満足していた。

 

 ……新人が上層部に意見を送り、即座に改善されることが日本の官僚組織であり得るだろうか?これに深い訳があった。そもそも彼の事務処理のレベルは配属された時点で部署で最も高かった。それを配属された上司と先輩はどんな風に見ていたかを少し語ろう。

 

 士官学校卒業者は卒業時の席次順にで配属先を選ぶことが出来る。すると成績優秀者は出世の機会が多い前線での勤務か、将来を見据えた統合作戦本部での参謀部などに行きたがり、後方勤務に配属される士官学校卒業者は比較的落ち零れが多くなる。それでも倍率何十倍の選抜を抜け、四年間篩いにかけられ続けた彼らは落ち零れでも優秀なのだが、事務一筋でやって来た現場の叩き上げの事務員達からは舐められていた。配属された士官学校卒業者も行きたい部署に行くまでの腰かけ程度にしか思っていない為、両者の関係は衝突こそしないものの悪かった。

 

 そんな装備開発部に我らが山田少尉がやってきた。彼は初日から先輩達のプライドを一瞬でぶっ壊した。数日仕事を教えただけの新人が自分達より早く正確に仕事をこなしていくのである。熟練の事務員の手際と言っても良かったし、地に足の着いた現実的な改善案を次々に提案してきた。何だこの新人!?と人事部に問い合わせれば、彼は国連統合士官学校全体を3656人中71位・極東支部(日本)では204人中3位の成績で卒業、更に在学中に書いた組織行動論の論文が学会で話題になった英才だった。しかも低度の「提督」適正まであった。花形の統合作戦本部の参謀部作戦科で軍の頭脳になるような人材で、どう考えてもぶっちゃけ窓際な部署にいていい新人ではなかった。

 

 山田の直属の上司と先輩方はこれを聞いて深く考えるのをやめ、彼を触らぬ神として扱うことを決定する。その判断が極めて正しかった事を彼らは半年もしないうちに知ることになった。

 

 話を戻して、山田はランチタイムから少しずらしたおかげで空き始めた食堂でラーメンを啜っていた。軍人になって良かったと彼が思う事の一つは飯の心配をしないで済む事だ。

 

 深海棲艦が表れてシーレーンが遮断された日本は石油や各種資源が枯渇し、政府は蒼褪める事になったのだが、より深刻だったのは食料不足だった。何せ家庭の台所に本当の意味で直接影響が出るのだ。農林水産省は死にもの狂いで食料の安定供給に奔走した。休耕地・耕作放棄地の復活や一次産業従事者に対する破格の補助金、政府による食料の強制買い上げと配給制etc。政府は民主主義の限界に挑戦し強行したこれらの政策は、それでも尚カロリーベースで安定した100%の食糧自給率達成は難しかった。

 

 結局、ある若き天才生物学者が唱えた夢のような「大規模食料生産プラント」の研究が、湯水のように注がれた金と人員、そしてなけなしの資源を投入して完成、運用できたことと、艦娘による大陸との海上交易路の復活によって食料の配給はなんとか安定した。プラントに深海棲艦由来の技術・資材の流用が噂されているが誰も気にしない。飢餓列島にこそならなかったものの、食べる物が保存食・古米・芋しかない食生活は日本国民にとってそれほどトラウマだった。

   

 山田も幼少期随分ひもじい思いをしたものだった。軍は殉職の可能性こそ常にあるが、軍服は支給され、家賃要らずの寮生活が送れ、食堂で食べる分にはタダ飯が腹一杯食える素晴らしい職場であった。

 

 そんな衣食住が保証され人間関係にも恵まれやりがいのある職場だったが、唯一彼が辟易とすることがあった。

 

「こんにちわ提督、お隣よろしいですか?」

 

 それが彼女、軽巡洋艦「夕張」の艦娘がやたらと粘着してくることだった。

 

 夕張は見た目は女子学生が改造制服を着てるようにしか見えないが、技術士官として大尉相当官だったりする。つまり夕張大尉相当官の申し出を山田中尉は断れない。それに彼女の口調は嫌に丁寧だが言葉の端々から怒気を感じる。

 

「失礼しますね」

 

 彼女は山田が許可する前に横の椅子に座る。せめてもの反抗に、腰を浮かせ彼女から少し席を離して再び書類に目を通しながらラーメンを食べる。

 

 横の席からぶちっと何かが切れる音を山田は聞いた気がした。

 

「ねぇ、提督」

 

 不自然な程優しい声で呼ばれている気がするが、山田は敢えて勇気のシカトを選択する。自分は彼女の提督になった記憶は無い、つまり彼女は私以外の人に声をかけている可能性だってあるのだと心の中で言い訳しながら。

 

「こっちを見なさい、山田俊二中尉」

 

 ……観念して彼女へと顔を向ける。

 

 そこにはニコニコと笑った夕張大尉が山田を真っすぐ見ていた。目は全く笑っていなかったが。

 

「提督、なんで今日のお昼は一般食堂で食べてるんですか?」

 

 夕張はまず小手調べにジャブから繰り出す。

 

「たまたま一般食堂で食べたくなっ…」

 

「私を撒く為ですよね?」

 

「……」

 

 様子見と見せかけての食い気味な火の玉ストレートに反応出来ず、大尉の自意識過剰ですよと茶化す事に失敗した山田は言葉に詰まってしまう。

 

「そんなに提督は夕張に会いたくないんですか?」

 

 夕張は両手を胸元で祈るように組んで、目を潤ませて上目遣いで山田を見つめる。日本人には珍しい涅色の髪を丁寧にセットした、軍人というより霞ヶ関にいそうな風貌の中尉に艦娘が食堂でアプローチ?しているのは相当に目立っていて山田は周囲の利用客からの視線が痛かったが、彼女は全く気にしてなさそうだった。

 

 夕張は艦娘である。前世は兵装実験軽巡という前線に出る事より、兵器の実験と後継の新鋭巡洋艦の為のデータ取りを主目的に建造された船だった。結局艦艇不足で前線に出ることを余儀なくされて、米軍の潜水艦に沈められたが。

 

 その特徴は艦娘として生まれ変わっても引き継がれてしまった。つまり高火力?・紙装甲・高燃費による低速という非常にピーキーな能力な艦娘だった。結局、夕張は数度の出撃を経て艦隊行動が難しいと判断した上層部と、本人の希望が重なり、統合作戦本部の装備開発研究部に配属されることになった。

 

 戦傷も無く仲間を置いて後方に送られること自体は申し訳なく思ったが、自分のせいで仲間の足を引っ張っていたことを自覚していた夕張は、寧ろ趣味の機械いじりを仕事に出来る事に喜び、仲間達が心配するほど落ち込んではいなかった。

 

 だが、送られた先の環境は彼女が想像していた場所よりずっと酷いところだった。

 

 当時装備開発によって何が製造させられるかは妖精さんの気分次第、胸先三寸で決まると考えられていた。つまり、艦載機が欲しいと思って資材を「工廠妖精さん」に渡しても何が出てくるのかは運次第で、魚雷発射装置や単装砲が出てくる可能性だって普通にあったし、全くのゴミが出来ることもあった。そこで、こちら側の希望の開発を狙って成功させる為の研究や、現代兵器を妖精さん達の開発レパートリーに追加できないかを試すのが装備開発研究部だった。

 

 現在、極東方面軍は二つの派閥が存在している。艦娘を主力とした新しい軍編成での深海棲艦撃退を目指す「艦娘派」と戦争初期に壊滅した自衛隊艦隊を復活させて深海棲艦撃退を目指す「艦隊派」だ。

 

 現在、前線に出て戦場を駆ける「艦娘」を指揮する「提督」は当然「艦娘派」がほとんどだ。そして、旧自衛隊高級士官の「艦娘派」は、開戦初期の激戦で生き残った数少ない人々の内、「艦娘」に思うところがなくもないが、ギリギリのところで保たれている戦線を支える為なら、オカルト染みた存在にでも縋ってやると開き直れた人々だった。彼らは軍務経験が比較的短い「提督」達を支え、数に限りあるが強力な通常兵器と主力の艦娘戦力の効果的な連携に欠かせない存在だった。実際に戦場に出る軍人達は「艦娘派」でまとまっていると言っていい。前線の過酷な現実は身内でのいざこざを許さなかった。

 

 一方、戦場の後方では全く違う光景が見えた。後方で軍を裏から支える旧自衛隊軍官僚は前線組のように開戦初期の激戦で損耗することはほぼ無かった。よって開戦から数年が経過した今でも後方勤務本部の中枢は戦前とあまり変わらない体制・人員で動いていた。後方勤務には「提督」適正が必要になることが少ないことも手伝って、「艦隊派」が大きな割合を占めていた。開戦以来急激に拡張された正面戦力と同等に肥大化した後方勤務本部は艦娘を活用した戦力計画を嫌った。艦娘は通常兵器と比較して各鎮守府での独立性の高い展開・開発・整備が可能だったから、巨大な組織である後方勤務本部の縮小化が余儀なくされることは明らかだったからだ。

 

 だから、彼らは「工廠妖精さん」の装備開発の不安定さを「艦娘」戦力の大きな欠点として槍玉にあげる事が大好きだった。同時に「工廠妖精さん」の装備開発を研究する装備開発研究部が何かの間違いで成果を上げて、装備開発を安定させることを非常に恐れていた。結果、「装備開発研究部」に回される予算・物資・人員はお寒いものになった。そうあれかしと旧自衛隊軍官僚の上層部が全力で暗躍した結果だった。

 

 さて、そんな事情を知らずに装備開発研究部に配属された夕張はとんでもないところに来てしまったと早々に気が付いたが、過酷な前線に残る仲間達にこれ以上心配をかけるような相談は出来なかった。だから、夕張は配給される数少ない資材と人員をこれ以上減らされないように、なんとか「艦隊派」に付け込む隙を与えないことで精一杯だった。

 

 そんな夕張のストレスフルな日々の終わりは意外と早くやってきた。春の風物詩として上司と共に挨拶周りにやって来た新米少尉は一年と少しの間に大小様々な事件を起こして、一躍時の人になった。最終的に彼はどんな手段を使ったのか階級が3つ上の部署の責任者を更迭させ、「艦隊派」の有形無形の妨害を粉砕して職場の環境を劇的に改善させたのだ。

 

 実は装備開発研究部は統合作戦本部直下の組織だが、その性格から後方勤務本部の影響下にある複雑な立ち位置の部署だったので山田の活躍(笑)は本人の想像以上に軍全体から注目された。山田の行動は結果的に「艦隊派」を弱体化させ、「艦娘派」に大きく利する事になったため、彼は「艦娘派」の頭領たる内海中将の懐刀で「艦隊派」をぶっ殺すべく後方に送られた刺客という噂がまことしやかに軍内に広がっている。「艦隊派」は遂に「艦娘派」が我らの聖域に手を出してきたと戦々恐々としていたし、「艦娘派」はひたすら困惑していた。

 

 実際のところ、職場の環境が非効率すぎたので改善案を上に出したら、向こうが予想外の激烈な反応をしたから仕方なく正当防衛と最低限の反撃をしたら、相手が驚くほど隙だらけだったので結果的にオーバーキルしてしまったというのが真実だったりする。当然、山田と「艦娘派」には何の繋がりもない。

 

 ともあれ、夕張が散々苦労した数々の問題をあっさりと目の前で解決した山田中尉に彼女が興味を持つのは自然な流れだった。前線に出るつもりが無い山田は終始塩対応で彼女に答えたが、「提督」適正を持っているとばれて以来そのアプローチはますます前のめりになっていった。

 

 

------

 

 

「……そもそも小官は提督ではありませんので。それと夕張大尉の方が階級が上なんですから砕けた口調で結構ですよ」

 

「山田中尉は私の「提督」になる人ですから大丈夫です!」

 

 大丈夫な要素が全く見つからないんだがと山田は思う。わざわざ一般食堂を利用したささやかな抵抗も全く意味が無かったらしい。

 

「夕張大尉、何度も話したように私は今の仕事に満足してますし、「提督」にそこまで興味を感じないんです。それにはっきり言いますが私は前線で命を懸けて戦場に立つことが怖いのです。」

  

 連日の勧誘スパムで若干やけくそになった山田のかなりぶっちゃけた発言に流石の夕張も驚いたように見えた。徴兵された一般兵ならともかく士官が発言するとなると結構際どい発言だったからだ。山田としてはここまで言えば彼女も失望して自分の前から消えるだろうという暗い計算があったし、本心からの言葉でもあった。だが、女の情というものは常に男の計算の上をいく。

 

 山田のカミングアウトを受けた夕張は暫く考えこんだ後に、顔を上げる。

 

「…つまり、前線に出なければ提督になっていただけるんですね?」

 

「え」

 

「わかりました!男に二言はありませんからね!」

 

 夕張はそう言うといつの間にか食べ終えたそばの容器とトレーを持って、食堂の出口へ消えていった。

 

 残された山田はいつもより早めに解放された事を喜びつつ、彼女の不気味な捨て台詞に嫌な予感が止まらなかった。

 

 そして後日、その予感が正しかったことが判明することになる。

 

 

 

【山田俊二中尉

 

 大尉に昇進の上 

 

 国連統合軍士官学校極東支部勤務を命ずる(国連軍統合士官学校事務局次長)】

 

   

 

 

 




投稿遅くなって大変申し訳ございません

キャゼルヌが軍内の派閥抗争・組織体制と戦う半沢直樹みたいなやつを一万五千程書いたんですが艦これ・銀英伝要素が全く無かったので全てカットしました。

なんだか不自然に展開が早いですがこのままいくと、ヤン艦隊が結成されるのがコロナウイルスのワクチンが完成される頃になりそうなので勘弁してください。

また俺なんかやっちゃいました?を軍の組織でやっちゃう山田少尉マジ半端ないッス

今回は世界観解説回です。近未来ですが、艦娘・深海棲艦由来のテクノロジーでそこらへんの技術レベルはSFチックになっています。

というか、そうでもしないと何年も日本が戦争出来る理由が作れませんでした。

資源輸入国の辛いところっすね。米帝様がおかしいだけともいいますが




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プロローグ 1-4

久しぶりに艦これ開いたら別物だったので初投稿です。

「パナマ船員」様誤字報告ありがとうございます!

初誤字報告めでたいなぁ?


【居酒屋 鳳翔】と書かれた暖簾をくぐり、引き戸を開ける。冷房で冷やされた空気を浴びて汗で蒸れた体が一気に冷えていく。

 

「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

 

「あー、連れが先に来ているはずなんですが……」

 

 冷気をこれ以上逃さないように後ろ手で引き戸を閉めれば、紺鼠色の髪をポニーテールにして割烹着を着たお姉さんが迎えてくれる。居酒屋の女将しては随分若く見えるが、不思議と様になっている。

 

 店内を見渡せば、お店は外から見た通りそんなに大きくはなかった。カウンター席が6席に四人掛けのテーブル席が3つ程、奥に襖で仕切られた座敷席が2つ見える。予備の椅子を出しても30人も入れば手狭に感じてしまうだろう。今は席が8割程埋まっていて、それなりに賑やかだった。

 

「おい、山田こっちだ」

 

 独特の渋い低音で呼ばれて、視線を飛ばせばカウンタ―席で既に始めている知った顔がいた。

 

「久しぶりだな、チャン」

 

 チャン・ジーファン中尉。冴えない風貌・無駄にいい声・そして同期の中で最も参謀職に高い適正を持つ切れ者。彼の国籍は台湾で、日本・韓国・台湾の士官候補生が集められる国連統合軍士官学校極東支部一期を次席で卒業した。高い【提督】適正があった為、そのまま提督養成学校に入学して新しい時代の戦術研究に励むエリートの卵で、山田の今日の相談相手だった。

 

 

「さて、改めて久しぶり山田。一年ぶりぐらいか、君の活躍は風の噂に聞いているぞ。一年半も経たずに大尉とは出世レースの先頭集団に躍り出たな」

 

「まさに、その事を相談に来たんだよ。…ちょっと待て、なんでお前がそれを知っている?」

 

 ビールと適当なつまみを見繕ってもらい、席についた山田は違和感を覚えずにはいられなかった。自分の多少過激な仕事内容が漏れて噂として広まるのはともかく、大尉昇進の辞令を受けたのは3日程前だ。

 

「ん?君が私に奢ってまで相談に来る理由はそんなところだろうと思ったんだが違ったかい?」

 

「……」

 

 チャンの分析能力の高さ・勘の鋭さは士官学校時代に何度も目にしたが、久しぶりに見るとそのキレは鋭さを増している気がする。

 

「まぁ、その通りだよ。…ところでお前こんな店良く知っていたな」

 

「え?……あぁいい店だろ?飯も旨いし酒も種類が豊富で、何より女将さんが美人だ。」

 

「ふーん、酒は質より量っていうのがお前のイメージだったんだが、天下の【提督】候補生ともなると変わるものなのかねぇ」

 

「教官に教えてもらったんだよ。普段は中々来れないけど、一期生の出世頭が奢ってくれるんなら何も問題ないだろ?」

 

「【提督】になったら佐官スタートのくせによく言うよ。…俺としてはもう少し静かに飲める店が良かったんだがな」

 

「それに関しては問題ないよ、ここには軍の関係者しか基本的にはいないから」

 

「基地の敷地内にあるんだからそりゃそうだろうが、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだなぁ…」

 

 山田が暗に他の人に聞かれたくないと伝えても、店を変える気はないらしい。同期はもとより先輩や教官すら振り回した彼のマイペースぶりも健在だった。

 

 説得を諦めて、女将に手渡されたビールジョッキを持ち上げる。チャンも合わせるようにジョッキを手に持つ。

 

「久しぶりの再会に」

 

「友人の活躍に」

 

「「乾杯」」

 

 ジョッキをぶつける。長い夜が始まった。

 

 

------

 

 

 山田とチャンがカウンター席で旧交を温めていた頃、彼らの死角になるテーブル席でその身に宿るスペックを悪用して二人の会話を盗み聞く不埒な艦娘がいた。

 

 当然、夕張である。特徴的な髪色をウィッグで誤魔化し、伊達メガネといつもの改造セーラーではなく大人しめの私服を着て変装をしていた。

 

「それで、彼があなたの【提督】なのですか?」

 

「……」

 

「夕張?」

 

「……」

 

「もしもし?」

 

「うわっ!ごめん何て?」

 

 盗み聞きに集中しすぎて話しかけられていることに気が付かなかった夕張は、対面の席で心底呆れたと目で語っている重巡洋艦「高雄」の艦娘に謝る。

 

「…彼があなたの提督か聞いただけですわ」

 

「そうよ!かっこいいでしょ!」

 

「…そうですわね」

 

 自分の投げやりな返事を聞いて、「やっぱり高雄もそう思うわよね!」と一人テンションを永遠に上げ続ける夕張を見て高雄はこれは中々疲れますわと内心ため息をつく。 

 

 半年程前に横須賀の提督養成学校の教官として、夕張を追いかけるように横須賀に赴任した高雄は元同僚の夕張に連絡を取ろうとしたが仕事が忙しいと再会を断られ続けていた。そんな夕張から会いたいと連絡を受けたのが2週間程前。漸く会ってみれば、技官として横須賀に赴任してからのダイジェスト・自分の【提督】を見つけたという報告・その山田中尉とやらが【提督】になってくれないという相談を早口で捲し立てられ高雄は圧倒された。

 

 なんとか話を頭の中で整理して落ち着いた高雄は、まず最初に心配をかけないのようにと仲間に相談をしなかったバカに割と本気の説教をした。暫くして夕張に十分反省の色が見えたと判断した高雄は【提督】になる意思が無い人の意見を変えさせるという問題について頭を捻る。

 

「…ちょっと難しいのでは?」

 

「えーーーーー」

 

 高雄はきめ細やかな気遣い・穏やかな性格・落ち着いた見た目・上品な言葉遣い等、艦装を外せば良家の令嬢と言っても違和感がない艦娘で仲間から相談を受ける事もままあったが、今回の相談事はお手上げだった。彼女は癖のある性格が多い艦娘の中でトップクラスの常識人?というか良識派だった。よって無理矢理策に嵌めて山田を提督にするような案は最初から頭の中から排除していた。夕張もそれを望まないから自分に相談してきたという事を理解していたからというのもあってそうしたのだが、そうなると打てる手は殆ど無かった。

 

「とりあえず、何か思いついたら連絡しますわ」

 

「ホントにお願いね、もう高雄だけが頼りなの」

 

 半泣きで縋り付いてくる夕張からなんとか逃れた高雄は、その後律義に夕張から相談内容について考え続けた。並行して山田中尉について少し調べてみれば、驚く程簡単に情報は集まった。

 

 曰く士官学校を三位で卒業した英才・学会で論文が話題になる程の組織工学のスペシャリスト・配属一年目で部署の実権を握り、職場の環境を劇的に改善・内海中将の懐刀で【艦隊派】への刺客として裏帳簿をすっぱ抜き自身の上司の上司を更迭等。輝かしいものから黒いものまで色とりどりな山田の情報を手にした高雄は頭を抱えた。彼の経歴は明らかに後方事務の卓越した軍官僚のそれであり、【提督】適正が多少ある程度では世界トップレベルで提督適正保持者を持つ日本で、彼を【提督】にする理由にはならなかった。それに内海中将の懐刀という噂が本当であれば、それは【艦娘派】の上層部は後方勤務本部の改革を彼に期待しているのであって【提督】として前線に出る事は望んでいないという事だろう。つまり彼を【提督】にすることは自分達の擁護者に弓引く事になりかない。

 

 詰みであった。

 

「夕張…今回は縁がなかったということで…」

 

「えーーーーー」

 

「他にも良い【提督】はいますわ…」

 

 この時点で高雄は半ば諦めモードだった。所謂相手が悪かったというやつである。高雄の思考は如何に夕張を傷つけない様に山田の事を忘れさせるかにシフトしていた。苦肉の策として高雄が出した「夕張個人の魅力で山田中尉の意思を翻意させる」作戦も、電話での惚気混じりの報告を聞く限り望み薄だ。それでも全く諦める様子が無い夕張が、焦れて自作の危ない催眠薬を山田中尉に飲ませようとする等の暴挙を食い止めながら、高雄は早く夕張が諦めて山田を忘れる事を願っていた。

 

 事態が動いたのは3日前だった。毎日の定期連絡となった夕張からの電話を取った高雄は衝撃の報告を受ける。

 

「私、士官学校の教官と山田中尉の秘書官を兼任する事になったわ!」

 

「は?」

 

 その後、詳しい話を夕張から聞いた高雄は夕張の本気度を見誤っていた事を思い知ることになる。彼女は統合作戦本部ビルの最奥の執務室にいる内海中将に山田中尉を自身の提督にしてもらうよう直訴したのだ。それを聞いた高雄の脳裏には娘さんを僕に下さいと彼女の親の家に行って土下座する男の姿が浮かんだ。やっている事は裏工作に近い事なのだが余りにも行動が男らしすぎた。

 

 実際夕張は土下座まで考えていたそうだが、山田と夕張を他の部署に異動させる事はすんなりと通ったそうだ。その場に同席していた【艦娘派】の佐官曰く、元々色々とやらかした彼はほとぼりが冷めるまでどこかに異動させることが決まっていたらしい。夕張も装備開発研究部での待遇に対する謝罪も込めて希望の部署に異動するように手を回してもらえることになった。

 

 だが、肝心の夕張を山田中尉の秘書官にする事、ひいては夕張を山田中尉の指揮下に置くことに関しては交渉は難航した。彼女達の予想通り【艦娘派】上層部は山田が提督として前線に出て戦死することを恐れたからだ。【艦娘派】は前線に出て実際に深海棲艦と殴り合う将校については綺羅星の如き品揃えを誇っていたが、後方で数字と格闘する軍官僚についてはお寒い限りだった。彼らにとって山田は救世主になる予定の男だった(面倒な書類仕事の押し付け先・ややこしい民間団体との渉外係・足りなくなった物資のゆすり先とも言う)。

 

 そこで夕張は賭けに出た。

 

「あの、そもそも山田中尉は【艦娘派】ではありませんよね?」

 

「……」

 

 執務室の空気が凍った。

 

 山田中尉が、目の前の内海中将の懐刀だという噂は軍内では半ば事実として認識されている。だが、夕張はその事を疑っていた。山田中尉との一年弱の付き合いで彼に派閥闘争や過剰な出世競争を鼻で笑うような部分があることを夕張は感じていたからだ。だからこその、山田と「艦娘派」の間に繋がりは無いと踏んでのカマかけであった。

 

 そして夕張の発言への反応を見て、夕張は賭けに勝ったことを確信した。やはり山田と【艦娘派】には何の関係も無かったのだ。夕張の表情が緩んだのを見た彼らは言い訳のような反論を始める。

 

「…確かに彼は自身の旗色を表明したことは無いが、その行動は我々に近い考えを持っているという事を表してはいないかね?それに彼は【艦隊派】から今回の騒動で相当に恨みを買っている。彼はまだ若い、これからの長い軍生活を考えれば我々の派閥に入る事は自明の理ではないか?」

 

「そうでしょうか?今回の騒動で【艦隊派】の皆様は中尉の怖さをその身で味わいました。ならば今頃、中尉を自分達の派閥に取り込もうと色々頑張っているんじゃないですかね?それでなくても今の中尉の立場は苦しいものです。今の中尉の思想は【艦娘派】寄りですが、ちょっとしたことがきっかけで転んでもおかしくないとは思いませんか?あ、それと彼は10年程で軍を退役するらしいですよ?」

 

 舌戦の趨勢は既に見えていた。内海中将というか【艦娘派】はあまりにも希望的観測で動いており、夕張はその事を淡々と指摘するだけで彼らは蒼褪めた。自分達のエースになると思っていた駒が敵に渡る可能性が濃厚だと言われれば誰でもそうなる。そしてやっと夕張の提案を聴く姿勢を見せる。夕張は潮目が変わった事を敏感に感じ、ここが勝負所と一度大きく息を吸ってからプレゼンを始めた。

 

「…例えそうだとして、彼の【提督】にする事と何の関係があるのかね?」

 

「山田中尉が【艦隊派】からアプローチを受けるのは彼が旗色を表明しないからです。そこで私を彼の秘書官に任官にすれば、彼が【艦娘派】であると【艦隊派】に勘違いさせることが期待できます。そして勘違いで稼いだ時間で彼を本当に【提督】に仕立てるのです。【提督】である以上【艦娘派】である事はほとんど不可分ですから、めでたく中尉は【艦娘派】に属することになるでしょう」

 

 「おぉ!」というどよめきが部屋の中の高級士官達から飛び出す。夕張は自身の腹案の反応の良さに安堵するが、同時に素直すぎる彼らが心配になった。自信満々に言っているが、実際に彼を【提督】にする方法は何も思いついてない。完全にブラフである。彼らが毎度【艦隊派】にいい様に踊らされている理由が分かった気がする。

 

「それだと彼の秘書官にあてる艦娘が君である必要は無いのではないかね?司令部直属のまだ【提督】の指揮下に入っていない艦娘を秘書官として配属すればいい」

 

 それでも派閥の首領である内海は冷静だった。冷静に話の穴を突き、保険と監視の意味を込めて山田の首に鈴を着けようと企てる。

 

「自薦をする理由ですが、私は兵装実験軽巡で、現在技官として後方にいます。司令部直属の精鋭を後方で腐らせるには勿体ないですし、風当たりも強くなりましょう。その点指揮下にある艦娘が私なら後方にいても説明がつきます。そうすれば山田中尉を最低限の期間前線に出せば、その後は今までと変わらずに軍官僚として腕を振るうことも可能になるのは無いでしょうか?」

 

「……」

 

 内海は大きく溜息を吐いて……静かに頷いた。

 

 夕張は一世一代の賭けに勝った。こうして山田は自身のあずかり知らぬ所でその運命が決まったのだった。

 

 話を聞き終えた高雄はもう笑うしかなかった。軍のトップ陣を前にブラフとカマかけを用いた交渉を行い、自分の意見を認めさせる。普段の呑気で軽いノリからは連想出来ないタフネゴシエーターぶりである。そして内心で外堀を着々と埋められていく山田に合掌する。 

 

「士官学校じゃ高雄も一緒だし、フォロー期待してるからね!」

 

 そして抜け目なく、協力の継続を要請してきた夕張に高雄が出来たのは「お手柔らかに」と力なく答える事だけだった。

 

 

------

 

 

「高雄も早いとこ【提督】が見つかると良いわねぇ~」

 

 盗み聞きに飽きたのか、それなりに飲んで顔を赤くした夕張がだらしなく机に体を預けながら高雄に絡み始める。あまりよろしくない飲み方だが、知り合いの軽空母連中との飲み会でこれより遥かに酷い酔っ払い共の扱いに慣れた高雄は酒とつまみの皿を夕張から避難させながらも答える。

 

「【提督】なら私にもいるわよ?」

 

「へー、高雄も【提督】いるんだぁ」

 

「そうよ」

 

「そっか、高雄にも【提督】が…」

 

「えぇ」

 

「……」

 

「……」

 

「マジ?」

 

「マジですわ」

 

「なんで教えてくれなかったの!?」

 

「誰かさんが自分の提督の事で頭が一杯で、私の事を聞かれる事が無かったから」

 

 高雄がチクリと刺せば、立ち上がりかけた夕張は萎んだ風船のように席に戻った。

 

 夕張は半年前に横須賀で高雄と再会して以来の自分の高雄への態度を思い返し、急激に酔いが冷めていくのを感じていた。

 

「その…本当にごめんなさい高雄」

 

「自分の【提督】を見つけた艦娘は皆そうなるから気にしてないわ」

 

「うぅ、大変ご迷惑お掛けしました」

 

 実際そんなに怒っている訳ではないのだが、居心地悪そうに縮こまる夕張を見た高雄は妥協案を出す。

 

「なら、今日の分は夕張が持ってね」

 

「そんなことで良いの?」

 

「あら、私結構飲むの知っているでしょう?」

 

「だ、大丈夫!任せて!」

 

 夕張は胸を叩いて、甲斐性をアピールする。それを見た高雄はそれじゃあ遠慮無くと、海上輸送が途切れがちになり高級品となったワインのボトルを注文する。高雄の割と容赦ない注文に顔を引き攣らせながら、夕張は来月の給金まで間宮を諦める。それでも自分がやった事を考えれば寛大な恩赦だ。

 

「それで高雄の【提督】ってどんな人なの?」

 

 落ち着いた和風居酒屋に似合わぬ、そして滅多に注文されないワインを上機嫌で味わいながら飲み干していく高雄に夕張は気を取り直して尋問を始める。

 

「彼よ」

 

「彼?」

 

「今カウンターで、あなたの【提督】の相談に乗っている彼よ」

 

「…もしかしてチャン中尉?」

 

「えぇ」

 

「マジ?」

 

「マジですわ」

 

「…世間って狭いね」 

 

「本当ね」

 

 二人は顔を見合わせて小さく笑う。

 

「もう【ロック】はもらったの?】

 

「これよ」

 

 高雄はシャツの胸元からゆっくりとネックレスを取り出す。その仕草が同性の夕張から見ても色っぽかったが、今大切なのはチェーンの先のドックタグと呼ばれるステンレスで出来た認識票と、小さなピンク色の錠前の方だった。

 

 【提督】の指揮下に入る事で艦娘が受ける恩恵は多々あるが、その中で最も強力な恩恵が【ロック】だろう。【提督】は自分の指揮下にある艦娘には繋がりが生まる、そして生まれた繋がりを繋ぎ止めるのがこのちゃちな錠前の装備だ。効果は「どんな攻撃を喰らっても、一定以上の耐久値があれば一撃で轟沈しなくなる」という破格のものだ。ハードウェア専門の夕張には原理はよくわからないが、この錠前には限界以上の損傷を負った艦娘を【提督】との結びつきを利用して轟沈を防ぐプログラミングが施されているらしい。胡散臭い事限りないが、数多のコンバット・プルーフを経て、その実用性を認められた【ロック】は重要装備となっており、特に一撃で轟沈する可能性の高い駆逐艦娘は【ロック】持ちではないと海上護衛以外の任務を認められない程のものとなっている。(尤も、そんな余裕が生まれたのは最近らしいが)そんな訳あって、この小さな錠前のアクセサリーは【提督】との絆の証として、艦娘のあこがれなのだ。

 

 事実、夕張は食い入るように高雄の【ロック】を見つめている。

 

「いいなぁ…」

 

「ふふ、夕張も山田中尉の指揮下に入れると良いわね」

 

「もちろん!」

 

 

------

 

 

 久しぶりの再会を果たした山田とチャンは互いの近況報告を経て、士官学校時代の共通の友人の話題を肴に酒を飲んでいた。ある程度腹が落ち着き、多少酔いが回ったところで山田は本題に入ろうとしていた。あまり酔っぱらって出来る話では無い、山田もそれなりに強い方ではあったがチャンはザルだった。現にチャンは顔色一つ変えずに始めた時と変わらない一定のペースで杯を開けている。

 

「そろそろ、今日呼んだ理由を話していいか?」

 

「全然切り出さないから、私と飲むための理由作りかと思ったよ」

 

「男に奢る趣味は無い」

 

 そりゃ残念、と言ってチャンは山田に差し出されたおしぼりで子供のように汚した口元を拭う。チャンは参謀としては一流だが、人間としては大分残念な人だった。

 

「…今回の辞令で大尉に昇進の上、士官学校に事務局の事務次長として配属だそうだ。」

 

「うん、改めておめでとう。と言っても君は出世で泣いて喜ぶタイプじゃないか」

 

「タダで貰えるものは貰う主義だ。それに事務次長って事は部署の実質トップだ。下っ端だった今の部署より大分息がしやすいだろうさ」

 

「…今回の人事に納得していないのかい?」

 

「あれだけの事をしたんだ、どっかの辺境の警備府に飛ばされると思っていた。その理由がほとぼりが冷めるまでの処置か、二度と帰らない懲罰人事なのかは分からないが次の異動時期が来れば横須賀にはいないと思っていた」

 

「言っちゃぁ何だけど、君が意外と事態の重大さを理解して反省している事に驚いてる」

 

「まぁ、同僚にも随分迷惑をかけてしまったし…それに…」

 

「それに?」

 

 山田はさり気なく辺りを見回してから、声を潜めて話す。

 

「こいつはオフレコで頼むんだが、俺が更迭した上官のお仲間から勧誘されたんだ。我々の仲間になれば世界の半分をくれてやろうみたいな事を言われてな、流石に意識せざるを得ないだろ。」

 

「…その魔王様の顔か名前は分かるかい?」

 

「いや、ありゃただの連絡員だ。捕まえても蜥蜴の尻尾切りで終わりだな」

 

「そうかい…」

 

 チャンはうんざりした顔で故郷の酒である高梁酒に近い味がする日本では珍しいトウモロコシの焼酎を一気に飲み干す。話はそう簡単ではないからわざわざ奢ってまで相談しているのだ。

 

「同期が高く評価されて嬉しいよ、私もあやかりたいもんだ」

 

「譲れるものなら直ぐにでも譲るぜ、こんな立場」

 

「遠慮しとこう」

 

 話が横道にそれた、山田は咳払いをして話を戻す。

 

「とにかく、俺はどっかの田舎の警備府で悠々自適のスローライフを送る予定だったんだ」

 

「隠遁生活をするには若過ぎないかい?」

 

「辞令には逆らえないのが軍人の辛いところだな」

 

「…そうだね」

 

 チャンはジト目でこちらを見てくるが、山田は無視する

 

「それなのに蓋を開けてみれば、この中途半端な時期に大尉に昇進・郊外とはいえ横須賀に残留・挙句の果てに艦娘で先任の夕張大尉が秘書官に付くだとさ。臭すぎるね、厄介事の匂いがプンプンする。」

 

 山田はやけくそ気味に冷酒を煽る。今は酒の力が必要だった。

 

「アンタッチャブルな所に手を突っ込んだとはいえ、内部調査で不正の証拠を掴む事は昇進に足る立派な手柄だろう?そこを上が評価しただけでは?」

 

「憲兵でも内部監査部でも無い新人少尉が、職場の上司達が行っていた組織ぐるみの不正を告発。常識的に考えて、風聞が悪すぎるだろ。メディアにこの話が流れれば、一般市民はブチ切れるを通り越して呆れ返るぞ。軍法会議じゃなくて更迭で済ませたあたり、軍内で揉み消したいんだろ。昇進はその為の口止め料だろうな。」

 

「……」

 

 チャンは山田の辞令のあまりに夢の無い、ダーティな話に閉口しっぱなしだった。さっきから酒の味が不味い。というか絶対に知らない方がいい情報を現在進行形で伝えられている気がする。

 

「まぁドブよりも真っ黒な辞令なわけだが、士官学校への任官と夕張大尉が秘書官になる事に関してはさっぱり分からなくてな。それがお前を呼んだんだ理由な訳だ」

 

「なるほどねぇ、あまり自信は無いけど奢って貰った分は考えてみよう。何個か質問するがいいかい?」

 

「あぁ」

 

「まず最初の質問なんだが、君はその夕張大尉とは知り合いなのかい?」

 

「装備開発研究部の俺は事務で、彼女は工廠って具合に職場は違ったんだが偶々知り合った。色々あって【提督】になって欲しいって付き纏われるようになった」

 

「……」

 

 山田の答えを聞いたチャンは、「あっ」と何かを察したような顔をする。そして暫く考え込んだ後に顔を上げる。

 

「なるほど、そういう事か」

 

「…おい、何か分かったのか?分かったなら教えてくれ」

 

「取り合えず、夕張大尉と士官学校への異動は君の悪いようにはならないと思う」

 

「その心は?」

 

「うーん、君にその理由を教えると上手くいかなくなる気がするんだよね」

 

「…俺は知らない方がいいって事か?」

 

「端的に言うとそうなるね」

 

「わかった」

 

 チャンが問題ないと言うなら問題ないのだろう。士官学校で初めて会ってたときから初対面とは思えないほど気が合った。信頼出来る男だと知っている。

 

「少しぐらい疑ってもいいと思うけどね」

 

「必要の無い事はしない」

 

「はいはい」

 

 チャンは山田の信頼が偶に重かったが、生まれた国が違う自分への無条件の信頼が嬉しかった。

 

「よし、憂いは晴れた。今夜は朝まで飲むぞ」

 

 長くストレスになっていた心配事が問題ないと太鼓判を押された事で、久々の開放感を山田は感じていた。

 

「いや、私は明日も学校が朝からあるんだが」

 

「士官学校では随分負け越したからな、今日こそお前に勝ってみせる」

 

「聞いてないし…。負け越すどころか、飲み比べで私に勝てた事なんてなかっただろうに…」

 

「女将、瓶ビールを一ダースくれ」

 

「正気か山田!?この店はそういう店じゃないぞ!」

 

 チャンの必死の制止も空しく、山田の頭の悪い注文は無事女将に届き、結果カウンターテーブルに瓶ビールがずらりと並ぶ。その異様な光景に周りの客は盛り上がり、二人を囃し立て、指を指して笑う。

 

「どうなっても知らないよ、私は…」

 

 横須賀の夏の夜は賑やかに更けていった。 

 

 




 一週間投稿は無理でした。本当にすいません(二度目)艦娘と艦娘の会話部分が難しすぎて時間がかかりました、そのせいでおっさん同士の方が雑になった気がします。

 チャン中尉は皆さん大好きなパン屋の二代目の転生体です。年齢を調べたら、キャゼルヌと近かったので本作では同期になりました。本編での絡みは皆無ですが、性格的に結構気は合ったのではないでしょうか。

 割とキャラがぶっ壊れていますが、私の筆力では彼らの再現度が残念な事になったので、ほぼオリキャラとしてこういう形になりました。まぁ、本作だと彼ら20代前半なんでまだあんまり擦れてない感じの先輩達を上手い事表現したいんですが中々難しいですね。

 飲み屋で盛り上がるヤン艦隊の司令部とか見たいですね。平時のヤン艦隊の面々の描写とか大好きでもっと見たいけど、どこにもないから自分で書かねば(自給自足)
 
 夕張の行動力は好きな男と同じ大学に行くために偏差値を20上げて、同じ大学・同じゼミ・同じサークルに入った実在の女友達をモデルにしています。いやぁ、女って怖いなぁ。とづまりスト4。


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プロローグ 1-5

原稿が電子の海に消えたので初投稿です。


国連統合軍士官学校極東支部は旧自衛隊防衛大学の施設を流用している。三浦半島東南端の小原台に位置し、西に富士の霊峰を仰ぎ、東に房総の山々を望み、眼下には東京湾を見下ろす景勝の地だ。施設を流用する事で予算を低減出来ると財務省には説明していたが、施設の老朽化のための改装・単純な収容能力不足による増築・艦娘関連の新施設の新築の必要性と極東支部の士官学校を誘致した軍上層部の意地が融合し、結局一期生の入学式直前に突貫で学校全体をオーバーホールした。「現代の墨俣城」とも呼ばれ、妖精さんの威力をこれ以上なく証明したが、一人?でも多くの妖精さんを欲している前線からはしょうもないことで妖精さんを酷使するのはやめろと当然の抗議が殺到したという愉快なエピソードがあったりする。

 

 そんなフル改装から10年も経っていないピカピカの士官学校の門の前に黒塗りの公用車が止まり、中から軍服姿の若い男と改造セーラーを軽く着崩した少女を吐き出す。 

 

「まさか、またここに帰ってくる羽目になるとはなぁ…」

 

 山田は大きく溜息を吐く。逃げるように卒業した士官学校への配属が嫌だった。この心理的ダメージを見越した人事異動だとすれば、「艦隊派」には噂通りハラスメントの達人が揃っているのだろう。

 

「まぁまぁ、スピード出世で事務次長として帰ってきたんですから錦を着て昼行くってやつですよ」

 

 そして、当然のように自分の横にいて無責任な事をのたまう夕張が余計頭痛を悪化させた。夕張は技官として大尉相当官だったが、今回士官学校の教官と山田の秘書官になるに当たって一般兵科の中尉になった。元々中尉として戦場にいたが、後方に下がる際に前線の上司が手を回して階級を一つ上げてくれたらしい。それでいいのか人事部とも思うが、彼女の装備開発研究部での苦労を考えると必要な小細工だったのは認めざるを得ない。

 

 それはともかく、山田が彼女に対して階級が逆転しても変わらずに敬語で話していたが敬語を使わないでほしいと言ってきたので、人前で山田の事を【提督】呼びをしない事と引き換えに崩した口調で話すことになった。着々と退路を塞がれている気がするが努めて考えない様にしている。

 

「…士官学校には顔を会わせるのが気まずい人が何人かいるんだよ」

 

「何やらかしたんですか?」

 

「おい、なんで俺がやらかした事が前提何だ?」

 

「実際装備開発研究部でやらかしたから、ここに飛ばされたんじゃないですか」

 

「……」

 

 切れ味抜群の言葉のナイフで心臓を一突きされた山田は、押し黙るしかなかった。

 

「あー、言い過ぎました。こんな美少女連れての凱旋なんだから機嫌直して下さいよ」

 

「ふん!」

 

 山田は強引に会話を切り上げて、さっさとセキュリティゲートに向かった。

 

 

------

 

 

 職場である事務局は士官学校の本部庁舎の一階にある。が、その前に士官学校の校長に顔を見せなければいけない。どんな人だったかと頭を捻るが、1年と少しの月日は山田の記憶から母校の校長の顔と名前を綺麗に削除させていた。興味の無い事については極めて憶えの悪い次期士官学校事務局長であった。

 

 まぁ、これから顔を合わるんだからその時に確認すればいいかと思考放棄した山田は校長室へと足を向ける。勝手知ったる懐かしの母校だ。というか、本部庁舎は正門の目の前にあるのだから迷いようがない。敷地の外周を教官にどやされながら行進訓練をする若々しい一年生を尻目に敷地をずんずん歩いていく。夕張は置いてかないでよぉ!とぷりぷり怒りながら小走りで後ろからついてくる。彼女には悪いがなるべく人に会わずに校長室まで真っ直ぐに行きたい。今日からここで毎日働くのだから、全く無駄な努力かもしれないがそんな正論聞きたくもなかった。

 

 防衛大学の本部庁舎は左右シンメトリーの正面玄関と二階分の階高のコロネードを連続して配置させることで力強さや威厳、緊張感を相対した者に与える。つまり、典型的な古臭い軍事的建造物で山田は嫌いだった。政府は歴史的・芸術的な価値を考えて本部庁舎は多少の改修で済ませたそうだが、これこそ建て直すべきだったと山田は思う。建造されて100年程度では歴史的価値は小さい、それにそもそも戦時下に芸術的価値を軍事施設に求めるとか正気か?と当時の責任者に一日問い詰めたかった。機能性全振りで良いだろと敏腕な若き軍官僚は考える次第である。

 

 受付で校長との面会を求めると直ぐに校長室に通された。山田は校長室の扉の前でふと背後の存在を思い出しノックしようとした動きを止める。振り返れば夕張中尉がきょとんとした顔で何故ノックしないのかと不思議そうな顔をしている。

 

「おいおい、着任の挨拶にも着いてくる気か?」

 

「え?だって私もここに着任するんですから一緒に挨拶しちゃえば一度で済むじゃないですか」

 

 何か問題ありますか?と言わんばかりの夕張の態度に山田は色々諦めて扉を叩いた。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 校長は如何にも海の男といった浅黒い肌を持つ初老の男だった。筋骨隆々とした体格の持ち主で椅子に座っているから確かではないが、立ち上がれば2m近くあるだろう。自身の直属の上司となる人は校長先生より特別海兵隊のベテランの方が似合いそうな御仁であったから山田は混乱した。流石にこんな個性の塊の様な人が校長だったら多少記憶に残っているはずである。どういう事だ?と思いながらも敬礼と挨拶を済ませるべく軍隊生活に慣れた体は勝手に動く。

 

「本日、士官学校事務局に着任しました山田俊二大尉であります」

 

 校長は答礼を返してから、視線を山田から夕張に移す。

 

「「「……」」」

 

 いつまでも夕張が挨拶をしないので不自然な沈黙が部屋に流れる。今度は何だ?と山田は視線だけを彼女に向けるとあんぐりと口を開けてフリーズした夕張中尉がいた。山田は再び頭痛を感じながらも、軽く咳払いをして覚醒を促す。

 

「ッ!失礼しました、同じく夕張中尉であります」

 

「うむ、私がこの士官学校の校長の内海賢一中将だ。よろしく」

 

 山田は夕張のおかげでまだ互いに名乗っただけなのに、疲労感を感じていた。それにしても夕張のあの反応、彼女と内海中将は面識があるのだろうか?

 

「と言っても私もここに赴任したばかりで、あまり詳しい事は言えないのだがね」

 

 内海はニヤリといたずらが成功した子供の様に笑ってみせる。どうやら多少は話せるお人らしいと山田はホッとする。前回の職場で上司に苦労した彼からすると大変ありがたかった。それに内海も異動直後らしい、なるほど通りで記憶に無いわけだと。

 

「山田大尉は前の職場では随分と活躍したそうじゃないか、ここでも活躍の予定はあるのかね?」

 

 前言撤回、初対面で腹芸を仕掛けてくる面倒な狸爺だ。

 

「あれは偶々ですな。…偶々で無いと困ります」

 

「その通りだ、あんな事頻繁に起こってもらっては困る。」

 

 校長は深々と溜息をつきながら答える。この爺様も例の事件の後始末に駆けずり回った一人なのかもしれない。ざまぁみやがれと顔にはおくびにも出さずに山田は心の中で悪態をつく。おそれにしても、さっきから校長の視線が頻繁に夕張へと向かうのだが、やはり顔見知りなのだろうか?

 

「ここで何かする時は、私に何か一言言ってからするように」

 

「はぁ…」

 

 なんともアバウトな内海の指示に山田の返事はどうしても力の抜けたものになる。そもそも、どいつもこいつも自分が何かやらかす前提で話すのが不愉快で、不本意の極みだった。

 

「夕張中尉は教官と山田大尉の秘書官を兼任するようにとの辞令だが、基本的には教官がメインになると考えて欲しい。後方にいる艦娘は貴重だからな、ここのカリキュラムを確認したが艦娘関係の単位が全く足りてないように見えた。卒業後に戸惑う様な事が無いように生徒達の指導を頼む」

 

 内海の言葉に夕張は今にも飛び掛かりそうな顔で彼を睨んでいるが、校長は中々喰えない御人らしく、涼しい顔で無視している。山田はストーカー予備軍から多少解放されると知って校長の評価を上方修正していた。手のひらぐるんぐるんである。

 

「中途半端な時期の異動だからな、なるべく早く仕事の引継ぎを前任者から済ませて業務を再開出来るよう努めてくれ。私からは以上だ。」

 

「「ハッ」」

 

 こうして校長先生との顔合わせは無事終了した。

 

 

------

 

 

「とりあえず、前の職場の上司よりはまともそうな人で助かった」

 

「……そうですね」

 

 夕張は憂鬱だった。そもそも監視が付く事は予想していた。が、派閥のトップ本人が直々に来る事は流石に予想外だった。今日は様子見という体だったが、そのうちなんらか行動を見せるだろう。【艦娘派】に取り込もうとそれだけ必死なのだろうが、【艦隊派】に渡さない為の監視も兼ねていることは間違いない。

 

 陸海軍あい争い、余力を以って米英と戦う。かつて夕張が所属した大日本帝国陸海軍の関係性を皮肉ったものだ。帝国陸海軍が解体され、新しい時代の軍隊となり遂に一丸となれたと思えば、今度は海軍の中での派閥争いは収まる事を知らない。夕張はこれからの新生活が期待したものとは違うものになる事を感じていた。

 

 一方、山田は校長室を出てからというものの急に静かになった夕張を不審に思いながらも、校長との挨拶で気になった点を質問する。

 

「それにしても、内海校長とは知り合…」

 

「初対面です」

 

「いや、でも驚い…」

 

「初対面です」

 

「…そうかい」

 

 どうやら内海校長とは知り合いで、何かあったらしいが教える気はないらしい。そう察して厄介事の匂いを感じ取った山田は質問をやめる。

 

「そんな事よりお昼ご飯行きましょうよ、お腹減っちゃいました」

 

「後は職場に顔出すだけだから構わんが、士官学校の食堂の飯は統合作戦本部の士官食堂程美味くはないぞ」

 

 山田は学生食堂の定食の味を思い出して、思わず顔を顰める。士官学校時代は腹一杯食えればそれで割と良かったし、味もそこまで気にならなかったが今思うと大分舌が鈍化していた気がする。士官学校の学生食堂で出てくる定食は空腹を満たし、栄養を補給出来れば良いという思想に支配されている為、味に期待してはいけないというのが一般的な士官学校卒業生の意見である。

 

「それが大尉が卒業した後に給糧艦の艦娘が食堂に入ったらしくてすっごく美味しくなったらしいんですよ」

 

「ほう、そいつはお前さんから聞いた話の中で一番興味を惹かれる話だ」

 

「普通に酷くないですか!?」

 

「俺は嘘を付けない正直な男なんだ」

 

「もう嘘ついてますよ」

 

 しょうもない言い争いをしながら二人は噂の食堂に足を向けた。

 

 

------

 

 

「あの、大尉ってここの卒業生ですよね?」

 

 お上りさんよろしくキョロキョロと教員用食堂を見渡す山田を見かねた夕張が声をかける。

 

「こっちの食堂は学生時代には縁が無くてな」

 

「あぁ、なるほど」

 

 山田の良く知る士官学校の学生食堂は1000人程度収容可能な広さだけが特徴の一般的な食堂で、学生達は小学校の給食の様に全員で一斉に同じ物を食べる。自衛隊が国連軍に統合されてから国際色が強くなった為、出身国毎に食事を選ぶ形式も案としては出たが戦時下の状況では贅沢が過ぎると却下された。結局東アジア圏の郷土料理を満遍なく取り入れた献立が誕生すろ事になり、入学当初は皆慣れない味に苦労するのがお約束となる。こういった事情も士官学校の食堂の評判を下げる一助になっていたのは間違いない。余談だが毎食の配膳・片付け・そして何故か毎食の献立を完璧に覚えて上級生に報告する義務が最下級生には存在する。彼らは最も遅く食べ始め最も早く食べ終わる事を要求される。古今東西軍学校の最下級生の扱いとはそういうもんである。

 

 話を戻して、現在二人がいるのは学生用食堂から少し離れた所に併設された教官・関係者用の小さな食堂だった。ここは現金で食券を購入する形式の食堂で、山田はその存在は知っていたが訪れたことは初めてであった。、

 

「よく考えてみれば、給糧艦がどうしてこんな所にいるんだ?」

 

「…多分【提督】を探しているんじゃないですかね」

 

「何処かで聞いた話だな」

 

「【提督】の指揮下にある給糧艦は本当に強くなりますからね」

 

「多少、輸送計画を遅らせてでも小康状態の今のうちに強化を済ませたい訳だ」

 

 艦娘は第二次世界大戦に活躍した艦艇を前世に持つ。そうなると国毎の艦娘戦力は当時の海軍の特色に強い影響を受ける事になる。日本の特色は国力に対して異様な程の正面戦力の充実だ。それは後方支援戦力が貧弱である事と同義だった。おかげで100年後の日本は慢性的な給糧艦艦の艦娘不足で喘いでいる。給糧艦「間宮」「伊良湖」「大瀬」「野崎」「鞍崎」「杵崎」「早崎」「白崎」「新崎」は日本で最も忙しい艦娘達だった。

 

「ま、旨い飯が食えるなら何でもいいんだが」

 

「大尉って経歴からは信じられないぐらい雑に生きてますよね」

 

「出来る男はオンオフをキッチリ分けるって事さね」

 

「そーですか…」

 

 夕張が呆れたような顔で見てくる。あんまり細かい事気にすると老けるぞという言葉を飲み込む。艦娘は不老だと士官学校で教えられた、少なくとも外見に限れば成長したり老

けたりした例は未だ確認されていない。

 

「それより折角の噂の給糧艦の飯なのに天ぷらそばでいいのか?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「そばなんて何処で食っても一緒じゃないか?」

 

「【提督】と言えどちょっと今のは聞き逃せないですね。いいですか、一概にそばと言っても二八そ…」

 

 夕張のありがたい説教を聞き流しながら山田は改めて周囲を見回す。校長室から出た開放感のままに教員用食堂に来てしまったが、ここは古い知り合いにバッタリ再会する確率が最も高い場所だ。さっさと食ってここを出ようと決意して食券機に並ぶ。

 

「山田先輩?そこにいるのは山田先輩ではありませんか?」

 

 オペラ歌手の様な張りのある低音の声と近寄ってくるだけで食堂の床が鳴る重量感。振り返らずとも分かる、大丈夫こいつは素直に「再会を喜べる」知り合いだ。

 

「タカミヤマ、久しぶりだな。相変わらず元気そうで何よりだ」

 

「お久しぶりです山田先輩。いや、今は山田大尉ですか。話は聞いてます、昇進おめでとうございます」

 

「ありがとう。気持ちは嬉しいんだが、もう少し声を抑えてくれ」

 

 この男は縦にも横にも大きい巨体からそれに見合った声量で喋る。お陰で食堂の職員・利用客から何事かとこちらを見ている。

 

「これは失礼しました大尉」

 

 キャッチャーグローブのような手で照れたように頭を掻いて、言われたそばから腹に響く声で笑う。そういうところだぞと思わず溜息ををつく。

 

 ジェシー・パトリック・タカミヤマ中尉。幅と厚みのある巨漢。陽気で豪放な性格。人好きのする容貌・落ち着いた深みのあるバスの声・誰からも認められる誠実さ・地に足の着いた骨太な見識と機転を持ち、組織調整に天性の才を持つ。日系ハワイ人の生まれで山田の一個下の後輩。現在、提督養成学校一回生。

 

「俺の話はチャンから聞いたのか?」

 

「そうです、ちなみに先日山田先輩に付き合って朝帰りしたチャン先輩の為に寮監を誤魔化したのは私です」

 

「正直すまんかった」

 

 チャンは士官学校を卒業したとは言え、まだ提督養成学校の学生で門限付きの寮住みだった。あの日は飲みすぎてどうやって帰ったか覚えていないが、後輩に面倒をかけていたらしい。

 

「いえいえ、お世話になった先輩の後始末も後輩の仕事ですからな。ただ、どうしてもお礼がしたいというなら近く私を鳳翔に連れていくというのは如何でしょうか」

 

「…仕方ない、ほどほどで頼むぞ。」

 

「流石は山田先輩、楽しみに待ってます。…それでそちらのお嬢さんはどちら様でしょうか?」

 

 タカミヤマに促されて夕張の存在を思い出し、彼女の姿を探す。

 

「…何をしているんだ中尉?」

 

 夕張は山田の陰に身を竦めて隠れていた。

 

「中尉!?…とすると彼女は艦娘ですか。これは失礼しました小官はジェシー・パトリック・タカミヤマ中尉と申します。山田先輩には士官学校でお世話になりました」

 

 夕張が艦娘である事に気が付いたタカミヤマが敬礼して自己紹介をする。恰幅が良いからか敬礼する姿が様になっている、貫禄があると言っても良い。

 

「…兵装実験軽巡の夕張中尉です。山田大尉の秘書官、本校の教官としてこちらに赴任しました」

 

 恐る恐る山田の背から出てきた身長160㎝程の夕張は見上げるようにして2メートル近いタカミヤマに敬礼する。まるで子供と大人だ。

 

「タカミヤマ、夕張中尉が怖がっているぞ?少しは痩せた方がいいんじゃないか?」

 

「先輩、昔から何度も言っていますがこれは贅肉ではなく筋肉ですって。酷いですよ」 

 

「荒天時の基礎水中訓練でゴムボードがお前の重さで何度も転覆しかけて死にかけたからな。いい機会だ、少しはダイエットしろ」

 

「そんな事もありましたなぁ…、でもあの後の丸太運びでは結構活躍したと自負しておりますが」

 

「あれは……、ん?」

 

 懐かしい昔話に話を弾ませていると、服が後ろに引っ張られるのを感じて振り返れば、ふくれっ面の夕張がいた。

 

「夕張どうかしたか?」

 

「別になんでもないですっ!」

 

「…?何かあったから引っ張ったんだろ?」

 

「……」

 

 夕張はふくれっ面のまま答えない。ぷいっと明後日の方を向いて私怒っていますアピール。何とも言えない空気が三人の間を流れる。その場の空気を素早く正確に読む事に定評のあるタカミヤマは事情を何となく察して退散を決める。

 

「…ちょっと急用を思い出しました。折角なので先輩方とお昼をご一緒しようかと思ったんですがまたの機会という事で」

 

「そ、そうか。今日からここが俺の勤務地だ。飯の機会なんざいくらでもあるさ」

 

「すいませんね、夜に時間の取れる日程は後でメールで送ります。では」

 

 そういうとタカミヤマはさっさと食堂を去っていった。結果、山田は食堂に夕張と残された。窮地にある先輩を見捨ててあっさりと消えるとは、なかなか泣かせる後輩じゃないか。この恨み絶対に忘れんぞと心の中で誓いを立てるもそれが今の事態を解決させるわけもなく、夕張の機嫌は傾いたままである。

 

「……」

 

「……」

 

「取り合えず飯食わないか?」

 

「…そうですね」

 

 夕張は不貞腐れたように答える。山田は食堂のそばが夕張の機嫌を治してくれる事を祈った。

 

 




投稿遅れて申し訳ありません(いつもの)

コロナで暇になったので始めた本投稿でしたが、コロナが落ち着いたことで私生活が慌ただしくなり、定期投稿がどう考えても不可能になりました。2週間に一度ほどの頻度で投稿出来るように頑張りますがご了承ください。

…実際ハーメルンの投稿ページを開いている時が息抜きタイムなんですが、教授とひりつくレスバトルに忙しく時間が取れず泣いております。

ジェシー中尉は皆さんお分かりの通りパトリチェフですね、本編だと微妙に扱いが酷いですが、ヤン艦隊に欠かせないタイプの参謀だと思います。

パトリチェフは名前からロシア人の末裔だと思うのですが、諸事情によりハワイ人になりました

銀英伝の面々を現代に当てはめるとどんな感じになるかを妄想するのはこの小説書いてて一番楽しい時間です

逆に一番辛いのは艦娘の会話・心情を書く時です。私の周りには擦れた女しかいないので純真で可愛いい女の子を想像して書くのは本当に難しいです。公式の艦娘ってギャルゲーのキャラクターなんで当たり前なんですが、ちょっと綺麗すぎるというか現実味が薄いんですよね。何人もの艦娘一人一人を自然に書き分けて、細やかに描写出来るSS作者さんホントに憧れます。







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