SPECIALになるために (Zuiki)
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第1章 始まりは若葉から
第1話 VSオタチ


初めまして。ハーメルンには初投稿です。
個人的にポケモンの中では一番アツいと言っても過言ではないポケスペで二次創作を書いていけたらなと思い、投稿させてもらいました。

先人の方たちには及ばないところばかりだと思いますが、慣れないなりに頑張って改善しながら投稿していきます。
よろしくお願いします。



 ワカバタウン。そこは、始まりを告げる風の吹く町。

 その町は穏やかで、何の騒ぎもなく、人々は平穏そのものな生活を送っている…わけでもない。

 

「おい!そっちへ行ったぞ!」

「回り込むのよ!」

「ダメだ逃げられた!」

 

 町の商店街は喧騒に溢れており、誰がどこでどうなっているのか区別もつかないほどその場は混沌としていた。原因となっているものは人々の間を縫うように走り、縦横無尽に行き交ってる。

 

「早くそいつを捕まえろ!!」

「分かってる!」

 

 だがしかし、それは嘲笑うかの如く捕まえようとした者の手をすり抜けて走り去る。阻めど阻めど躱されるというやり取りを先程からずっと繰り返しているため、人々には疲れの色が見え始めていた。

 

「エーたろう、"ひっかく"だ!」

「マグナ、"かみつく"!」

 

 ところが、どこからともなく聞こえた声と、逃走者の動きが止まったのはほぼ同時のことだった。

 エーたろうと呼ばれたエイパムの放った攻撃が逃走者の行く手を阻むと、マグナと呼ばれたタツベイが行き場を失くした逃走者の尻尾をしっかりと捕まえたのだ。

 

「へへ、捕まえたっと」

「随分やんちゃなオタチだなぁ」

 

 あっという間に逃走者ことオタチを捕まえた少年たちに、大人たちからは拍手と感謝の声が上がり、先程の騒ぎは嘘のように様変わりした。

 少年たちは手柄を立てたポケモンをそれぞれ褒めながら、別々の反応を見せる。

 

「いやいや、こんなのオレにとっちゃ当たり前っすよぉ~」

「ゴールド調子に乗りすぎ。はいこれ、盗まれたきのみです」

「おお、助かる」

 

 エイパムを肩に乗せてドヤ顔している前髪がはねた黒髪の少年と、タツベイを連れた大人しそうな少しだけ青みがかった短髪の少年は、オタチが盗んでいた商品を店員に返却し、会話に興じている。

 

「カズトよぉ、おめェはもう少し自分のしたことに誇り持った方がいいんじゃねぇか? 折角周りも認めてんだしよ」

「いちいち自惚れることでもないでしょ。よ~しよし、お前を傷つける気はないからな。でも、こんなことはもうしちゃいけないぞ」

 

 カズトと呼ばれた少年が友人からの言葉を適当にあしらいつつ、オタチに注意を促すと、了解したとでも言いたげな真剣な顔で頷いたオタチは近くの草むらに飛び込んで姿を消した。

 

「流石カズトだ。あんなに生意気だったオタチが一言で従うなんてな」

「オレの唯一と言ってもいい特技ですから」

「お前がポケモンに嫌われてるの見たことねぇもんな」

「不思議と昔からそうなんだよね。何だろ、ポケモン寄せ?」

 

 賑やかな少年たちの登場で、商店街も普段の様子を取り戻していく。

 そして、そのまま商店街を歩く二人を横から呼び止め、お礼の品が振る舞われるというのは、このような騒動が起こると必ずと言っても良いほどの、所謂「お約束」であった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 自分たちの背丈よりも高く積まれ、前が見えなくなるほどのお礼を抱えた二人は、ポケモンたちの助けを借りてやっとこさ彼らの自宅付近に辿り着いた。

 すると近くから岩が砕ける音が響き、二人の視線は自然と音の発生源へと向く。

 

「あちゃあ、やり過ぎたなこれ」

「ハル兄!」

 

 そこには、粉々になった岩の残骸と一人の少年、そして一匹のポケモンがいた。

 

「おーい、お前ら… また何か騒ぎ起こしたのか」

「いや、違うって!」

「……ハル兄、からかうのは程々にね」

「ははは、分かってるって。 寧ろ騒ぎを治めてきたんだろ? その荷物を見れば分かる」

 

 二人よりも幾らか身長の高い少年は、自然な流れでカズトの荷物を手に取った。

 

「ったく、相変わらずいやらしいぜ、ハルヤはよ」

「一々反応するゴールドもゴールドだと思うよ……」

 

 ハルヤはカズトの二つ上の兄だ。ポケモンバトルを得意としており、近所でもその実力は高いと専ら噂になっている。

 

 そのハルヤのわざとらしいからかいに反応するゴールドへ、カズトは苦笑いを浮かべてツッコミを入れるが、それが本人に届いているかどうかは、今までにこのやり取りが幾度も行われていたことからも明らかだろう。

 

「にしても今日は随分ともらってきたな。すまないアル、手伝ってくれ」

 

 彼の指示を聞き終える前に、アルと呼ばれたキノガッサは荷物を纏め始める。惚れ惚れするほどの手際の速さである。

 

「ありがとう、アル」

「さっすが仕事早ぇな、ポケモンレンジャー様のポケモンは」

「俺は正式なポケモンレンジャーじゃあないけどな。正確には臨時隊員だ」

 

 カズトの兄であるハルヤは弱冠十二歳にしてレンジャーユニオンからその才能を認められており、父親でポケモンレンジャーのサトルと共にジョウト地方で活動する権限を与えられている。

 ただし、あくまでもポケモントレーナーとしての活動であるためポケモンレンジャーのみが所持を認められているキャプチャスタイラーは支給されていない。ハルヤの主な仕事は複数の敵を相手取り、ポケモンレンジャーの仕事をサポートすることである。

 

 話している間に荷物を纏め終えたハルヤとキノガッサは、大量の荷物を軽々と持ち上げる。その一連の動作を見るだけで、ハルヤとポケモンの練度が高いことが分かる。

 

「さて、帰るぞ。カズトは体の調子どうだ?」

「大丈夫。問題ないよ」

「カズトのことはオレが見てるから大丈夫だって!」

「もちろん、頼りにしてるぞ。ゴールド」

 

 カズトは二年ほど前まで、病院での生活を余儀なくされるほど体が弱く、外で遊ぶことなど以ての外だった。

 だが故郷のホウエン地方からジョウト地方へ引っ越して来てからは、今までが嘘のように容態が良くなり、今では町中を駆け回っている。

 これは偏に、お隣さんになったゴールドと彼の家のポケモンたちの影響が大きい。明朗快活な彼らに触れるうちに、カズトの中で何かしらの変化が起こったようだ。

 

「それじゃあオレは、研究所に行ってくる!」

 

 ゴールドの家まで今日の戦利品を届けると、カズトはその場の勢いでワカバタウンの辺境にあるウツギ研究所へ向かって走っていく。

 

「研究所って、あのウサンクセー建物のことか。あいつも物好きだよなぁ」

「胡散臭いってのは失礼だな。ウツギ研究所のウツギ博士といえば、ポケモン研究においてかなりの有名人だぞ」

「えっ、マジ……?」

「マジだ」

 

 どうして毎日のように連れ合っている二人の知識の方向性が全く違った向きに行っているのか、少し不思議に思ったハルヤであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ウツギ研究所は基本的に人手が足りない。どれくらいかと言うと、博士本人も含めて片手で数えられるほどである。

 カズトはそんな研究所に、手伝いを兼ねて時折遊びに来ている。

 

「失礼しまーす!」

「あ、博士ぇー!カズトが来たでやんすよー!」

 

 助手の一人のゴロウが研究所を訪ねたカズトに気づき、奥の部屋に向かって声を張り上げるとすぐに、ガタガタと機材を動かす音が聞こえウツギ博士が顔を出した。

 

「カズトくん! 待っていたよ」

「今日はマグナたちの研究の続きですよね?」

「そうだね。ホウエン地方のポケモンはまだ研究が進んでいなくて謎が多い。こうして直に見せてもらえるのはとても貴重な機会だ」

 

 ウツギ博士はテキパキと必要な道具をかき集め、研究の準備を整えていく。カズトはそれを待っている間にゴロウの仕事の手伝いをして時間を潰すのが密かな楽しみだったりする。資料整理の際にチラッと読む研究資料がこれまた興味深いものが多いのだ。

 どうやらウツギ博士は最近、ポケモンのタマゴについての研究を進めているらしい。母親のアケミがポケモンブリーダーをしているカズトとしては、タマゴについては見慣れたものであり、そちら方面でも時々意見を言ったりしている。これが意外と好評らしく、母親に話を聞いては博士に報告に来ることも少なくない。

 

「よし、準備完了だ。カズトくん!」

「はい! 出てこい、マグナ、シード」

 

 カズトの手元から、先程もオタチの動きを止めたタツベイともう一匹、どんぐりポケモンのタネボーが現れた。

 

「二人とも、ウツギ博士に協力してくれないか?」

 

 カズトの声に、もちろんだと言いたげな顔で二匹はウツギ博士の元へ向かった。

 そしてカズトはと言うと、研究所内の一際目立つ位置にある台座の上にある三つのモンスターボールの方にやって来ていた。

 

「お前たちも、元気してたか?」

 

 声をかけた先のボールの中には、チコリータ・ヒノアラシ・ワニノコの三匹が入っている。

 ウツギ博士に、研究が終わるまではこの三匹と遊んでいてほしいと言われたのは、つい最近のことである。断る理由ももちろんないため、カズトは喜んで承諾したところ、その三匹が予想以上に活発だったことに驚いたのも記憶に新しい。

 

 ボールから三匹を出し、外で離れない程度に自由にさせる。すると三匹は元気よくじゃれ合いに興じ、研究所の周辺を目一杯走り回る。

 そしてしばらく経つと、カズトの側で昼寝をし始めるというのがいつものパターンだ。ポケモンたちの寝顔に釣られ、カズトも眠りに落ちてしまうのも最早お決まりとなっている。

 こうして晴れた空の下、一人と三匹の時間はゆったりと流れていく。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――ト! カズト! 起きるでやんす!」

「んぁ……?」

「チコリータたち、とっくに起きて研究所に戻ったでやんすよ!」

 

 そして毎回ゴロウに起こされるまでがワンセットなのである。

 

「あ~、またやっちゃった? オレ」

「またでやんす」

「ハル兄の昼寝癖移っちゃったのかなぁ」

 

 寝癖を残したまま、研究所へ戻るカズトの後ろをゴロウはついて行く。

 毎度のごとく目覚まし係を担っているゴロウは慣れたもので、カズトに寝癖が残っていることを指摘する。照れたようにその寝癖を直すカズトは、ゴロウに確認をしてもらいながら、やがて研究所の扉をくぐるのだった。

 

 その後ろ姿を影から見ている存在がいることには気づかずに。




主人公の簡単なプロフィールです。書き方についてはポケSPediaを参考にしました。

カズト
性別:男
年齢:10歳(3章)
出身地:ホウエン地方・シダケタウン
現住所:ジョウト地方・ワカバタウン
誕生日:10月8日
星座:てんびん座
血液型:A型
身長:142cm(3章)
体重:31kg(3章)
利き手:左利き(一部右利き)
家族:父(サトル・ポケモンレンジャー・35歳)
母(アケミ・ポケモンブリーダー・34歳)
兄(ハルヤ・12歳)
特技:ポケモンと仲良くなること
趣味:ゲーム
好きな食べ物:甘味全般
好きな色:青系
持ち物:ポケギア
一人称:「オレ」

容姿についてですが、髪型はリメイク版のユウキの前髪とコウキの後髪を少しずつ足したような感じを想像していただければと。
顔つきはTHE・優しい少年という感じですね。ゴールドたちが結構切れ長っぽいのでその逆のフワッとした雰囲気をしています。
他の細かいパーツは皆さんのご想像にお任せします!


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第2話 VSヤミカラス

 ウツギ博士の研究所からの帰り道、カズトは先ほどウツギ博士に言われた言葉を思い出していた。

 

『実は、そろそろチコリータたちを育ててくれるトレーナーを探そうと思ってるんだ』

 

 何でも、旅に出て多くのことを学んでほしいそうで、ポケモンとトレーナーの関係性の研究も兼ねているらしい。

 

「旅、かぁ」

 

 生来、体が弱かったカズトは今まで旅に出たことなどなかった。遠出した経験は一度だけ。ジョウトに来て体調が良くなってからしばらくした時期に、エンジュシティまで家族で旅行に行ったのが最初で最後の遠出だ。

 旅に憧れなんて、ないはずがない。

 

「オレもいつか、旅に出れると思う?」

 

 色々ネガティブに考えてしまう入院時代の悪い癖が出てきたことを悟ったタツベイとタネボーは目を合わせ頷いて、カズトのことを軽くはたいた。

 

「っ、励ましてくれてるのか? ありがとな」

 

ポケモンたちがこんなに前向きに考えているのに、トレーナーである自分がウジウジ考えていても仕様がない。

いつか必ず旅へ出るという期待を胸に、カズトは家路を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 あれから数日後、カズトはゴールドの家に遊びに来ていた。遊びに行くと言っても、ついでにお泊り会をするので今日は家に帰ることはないのだが。

 この時間帯はゴールドの週に一度の楽しみでもある、人気アイドルのクルミがパーソナリティを務めるラジオ番組の放送時間となっている。

 

「お、始まったぜェ、クルミちゃんのラジオ!」

「いいよね、このラジオ。オレはオーキド博士のポケモン講座が好きだな」

「ハァ?あんなジーサンの話とかどうでもいいだろ。それよりもクルミちゃんだ!」

「うーん、結構タメになると思うんだけどなぁ」

 

 そうして他愛もない話をしながらゴールドのビリヤードに付き合っていると突然、ラジオの音がノイズと共に掻き消えた。

 

「ちょっ、オイオイオイオイ! これからが本番だってのによォ!」

 

 うんともすんとも言わなくなったラジオに悪戦苦闘するゴールドだが、おそらく外にあるアンテナが何かの異常をきたして電波の受信が不可能になったのだろう。

 確認するためにカズトが外へ視線をやると、アンテナの周りではなく、庭の木の辺りにだがゴソゴソと動く人影があった。

 

「ゴールド、あれ!」

「アイツが犯人か。とっちめてやらぁ!」

 

 勇ましく窓から飛び出していくゴールドを見送ってから、カズトもその後を追う。万一犯人がゴールドの手を逃れた場合の保険としての控えだ。タツベイたちと共に外に出て、犯人の行く手を阻む位置に陣取る。

 

 ところが、その備えは杞憂に終わった。

 

「あれ? ゴロウじゃん」

「カズト! ちょうど良かったでやんす。この人の誤解を解いてほしいでやんすよ!」

「ん? お前ら知り合いか?」

「まぁね」

 

 庭にいたのはカズトの友人でもあるゴロウであった。

 カズトがゴールドへゴロウがウツギ研究所の助手をしていること、そして自分の友人であるということを紹介したところ、あんなにゴロウのことを疑っていたゴールドは一瞬で掌を返した。

 

「誤解って分かってくれたでやんすか!?」

「……まぁ、よくあることだ。気にすんな」

 

 意地でも謝らないのは流石というところである。

 

「それで、ゴロウはこんな所で何してたの?」

「そうでやんした! 実はこの木の上にオイラの荷物を盗んだヤミカラスがいるんでやんす」

 

 ゴロウの言葉を頼りに頭上を探ってみると確かに、大きめのバッグとアンテナをそばに置いたヤミカラスが羽を休めていた。

 

「あいつか。ゴールドの家のアンテナも持ってるね」

「そうと分かれば話は早ェ。ゴロウ、お前の荷物、重さはどんぐらいだ?」

「5、6㎏でやんすけど……?」

「オーケー」

 

 言うや否やゴールドはビリヤードのキューでモンスターボールを真上に打ち上げた。上空に上がったボールからエイパムが現れ、ヤミカラスに一撃を与える。

 不意打ちを喰らったヤミカラスは状況を把握することができず、バタバタと羽を羽ばたかせて混乱している。

 

「今のうちにアンテナを降ろせ!」

 

 ヤミカラスが意識を離しているうちに、エイパムは事前に持っていたロープでアンテナと、ついでにゴロウの荷物を括りつける。

 

「でも、ヤミカラスはどうするでやんすか? あれだと気付いたときに襲ってくるような……」

「それはゴールドを見てれば分かるよ」

「え?」

 

 ゴロウが振り向くと、ゴールドは上から垂れ下がってきているロープを体に括りつけていた。

 そしてエイパムが荷物を降ろすと同時に、ゴールドの体は宙へ上がっていく。てこの原理を利用して上への推進力を得たゴールドは時折幹を蹴り上げたりエイパムに引っ張り上げてもらったりすることで悠々と樹上へと登り詰めた。

 

「ええぇ!?」

「カズト、オレのアンテナ頼む!」

「了解……っと」

 

 重しとして降ろされた荷物は、すかさずカズトが受け取り縄を解く。こうすることで木の上にいるゴールドが引っ張られて落ちることがなくなる。そうしているうちにゴールドは、ヤミカラスをボールの中に収めていた。

 見事な手際の良さに、ゴロウは開いた口を塞ぐ暇もない。映画俳優もビックリなスタントアクションだったため、無理もないだろう。

 

「ゴールド、こっちは大丈夫!」

「お~う」

 

 間の抜けた返事をしたゴールドは、体から力を抜き、何と樹上からその身を投げた。

 

「危ない!」

 

 次いで起こる惨状を見まいと、ゴロウは本能的に目を閉じるが、いつまで経っても人が落ちるような音はしない。

 不思議に思い、恐る恐る目を開けると、ゴールドは逆さになって宙に浮いていた。否、正確には樹上から吊るされていた。

 

「エイパムのエーたろう。手より尻尾の方が器用なんだ」

「おもしれーだろ?」

 

 本日幾度目かの大胆なアクションにゴロウはついに口を閉めることを忘れ立ち尽くすしかなかった。カズトはもはや見慣れたものだし、最近は自分も似たことをするようになってきたので特に驚きはしないが、やはり初めて見るには刺激が多いのだろう。

 エイパムとじゃれ合うゴールドを見ていると、ゴールドが解決する頃を見計らっていたのか、彼の家のポケモンたちが揃って庭へと飛び出してきた。

 

「おーありがと、ありがと。心配すんな。大丈夫だから」

「うわぁ、これ全部君のポケモンでやんすか?」

「ああ。オレが生まれた時からこんなだ。もう家族みたいなもんよ」

 

 カズトにとっても数年の付き合いになるポケモンたちだ。十年以上一緒に過ごしてきたゴールドにとっては間違いなく、かけがえのない家族だろう。

 ゴールドが楽しそうにポケモンたちといるのを傍目に、カズトはゴロウに取り戻した荷物を返す。

 

「はい、荷物。一応中は確かめておいた方がいいと思うよ」

「そうでやんすね」

 

 ゴロウがバッグのジッパーを開けると、中からはゴールドの家のポケモンたちに勝るとも劣らない数のポケモンがボールに入ってギッシリ並べられていた。

 

「よかった。全員無事でやんす」

「今度の研究の?」

「うん。だから失くすと大変なことになるでやんす」

 

 ポケモンのタマゴについての研究を専門としているウツギ博士だが、彼の研究はそれだけに留まらず多岐にわたる。カズトが知らないだけで、きっと色々な関係性があり、ウツギ博士はそれらの繋がりを探っているのだろう。

 

「おーい、用が済んだら戻ってこいよ。ゴロウも、今日はうちに泊まってけ」

 

 いつの間にか家に戻っていたゴールドは、母親に客が一人増えたことを報せに行ったのだろう。ちゃっかりカズトに加え、ゴロウも泊まらせる気満々である。

 

 だがしかし、彼は大切なことを忘れていた。肝心のラジオ番組は、既に終わりの時間を迎えていたことに。

 

「あ~~~~~!!! クルミちゃんの歌聴き逃しちまった!! おいカズト、ダビングさせてくれ」

 

 類を見ないほど真剣な顔でカズトに言い寄るゴールドだが、ヘビーリスナーのゴールドがしていないことを、ライトリスナーのカズトがしている筈もない。

 

「うん、録音なんてしてる筈ないよね」

「バカな……!」

 

 こうしてゴールドは、泣く泣くクルミの歌を諦めることとなった。そしてこの鬱憤を晴らすことに付き合わされることになるだろうと、カズトは密かに覚悟を決めた。好きなものを逃したゴールドの執念は実に厄介なのだ。

 

 夜はまだ長い。




当作品ではポケスペ連載当時には実装されてなかった設定を独自にアレンジして適度に盛り込んでたりしてます(特性とか性格とか)。
他にもゲームやアニメの描写や設定からもちょいちょい引用していたり。


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第3話 VSヘラクロス

「昨日はありがとうございました」

「いいのよ。一人増えるのも二人増えるのも変わらないわ。またいらっしゃい」

 

 ゴロウがゴールドの母親と話をしているのを横目に、カズトは家に帰る準備をしていた。週に数回ある兄・ハルヤとの特訓があるからだ。

 この特訓はカズトが何度もハルヤに頼み込んで実現にまでこじつけたもので、最初は頑なに拒否されていた。ハルヤが、カズトの体調が悪化することを恐れてのことである。しかし、カズトはそれならばと一人でなかなか無茶な内容の特訓を行い始めた。これを見たハルヤは自分が見た方がまだ安全だと判断し、渋々ながらも一緒に特訓することを許可したのだった。

 ちなみに、ここまで全てカズトの計算のうちだったりする。策士なところは母親に似たのだろうか。

 

「そんじゃ、またなカズト!」

「うん、ゴロウもまたね」

「また研究所にも来るでやんすよー」

 

 商店街の方に行くらしい二人を見送ったカズトは、二人とは逆方向へ歩き始めた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「お、来たか」

「ハル兄おはよう!」

「おはよう。朝飯は食ったか?」

「うん。ゴールドの家で出してもらった」

 

 朝のとりとめのない会話をし、そこから山へ行くのが特訓する日の二人のルーティンである。

 そしてその際、ハルヤはキズぐすりを少し多めに持っていくようにしている。

 

 カズトはどうも、小さい頃の大半を病室で過ごしていたからか、外に出たときの加減がまだ上手くいかないようで、しょっちゅう怪我をして帰ってくる。

 これに関してはハルヤが事前にカズトを止めるべきなのだが、ハルヤもハルヤで熱くなると自らの傷も厭わなくなってしまうので、口煩く注意する資格は実はあまりなかったりする。

 つまり、似たもの兄弟なのだ。

 

「これだけあれば足りるだろ」

「それじゃあ出発だね」

 

 特訓は家の裏にある山で行われる。五分も歩けばたどり着く距離だ。

 

「へえ、そんなに沢山いたのか」

「うん。また忙しくなるでやんすーって言ってた」

 

 カズトが楽しそうに昨日の出来事を話す姿とは逆に、ハルヤは神妙な顔でその話を聴いていた。

 

「ハル兄どうかした?」

「いや、なんでもない」

 

 咄嗟に話を誤魔化したものの、ハルヤはその話が妙に引っかかっていた。というのも最近、この近辺で何かきな臭い動きをしている連中がいるという報告が寄せられていたからだ。その連中がウツギ博士の貴重な研究成果・資材を狙って襲いかかってくる可能性がある。

 幸いゴールドも一緒にいるらしいので、町中で強襲というのは考えにくい。あの少年の周りはいつも賑やかだ。何かに夢中になって荷物を放置したりしない限りは安心だろう。

 

「…今は考えるだけ無駄か」

「ハル兄、早く!」

「お、おう! すぐ行く!」

 

 ハルヤは何か嫌な予感を抱えながら、カズトの元へ走った。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 二人の特訓は基本的に実戦形式だ。ひたすらバトルをして、何か気になることがあればお互いに聞き合う。シンプルだが有効な手段である。

 現在は、カズトがタツベイ、ハルヤはヘラクロスを出して戦っていた。

 

「"ずつき"だ!」

 

 弾丸のような勢いでタツベイがヘラクロスへ迫るが、ハルヤは慌てずにヘラクロスに指示を出す。

 

「そのまま受け流せ!」

 

 何とヘラクロスは、向かってくるタツベイをギリギリまで引き付け、勢いはそのままに宙へ放り投げてしまった。

 空中戦となってしまっては、羽を持つヘラクロスが圧倒的に有利だ。そのことを今までの修行から身をもって理解しているカズトは、即座に次の指示を出す。

 

「"ひのこ"で迎撃するんだ!」

「"メガホーン"で突っ込め!」

 

 ヘラクロスの角にエネルギーが集中し輝いた瞬間、先ほどヘラクロスがいた地面が抉られた。ヘラクロスがその強靱な脚力を発揮し、上空のタツベイに突進をかけたのだ。

 むしタイプのヘラクロスにほのおタイプの"ひのこ"は通常の場合効果抜群だが、ハルヤの鍛えたヘラクロスは簡単には後れを取らない。エネルギーを帯びたヘラクロスの角は"ひのこ"をものともせず打ち消した。

 

「っ!マグナ、"かみつく"!」

 

 すぐに指示を変えるが、タツベイの牙が届くよりも先にヘラクロスの渾身の一撃が決まってしまった。空中で力の抜けたその体は真っ逆さまに地面に落下する。

 カズトは慌てて落下地点に向かうも、そこにはヘラクロスがタツベイを抱えてゆっくりと降りてきた。どうやらタツベイに一撃を入れた後、すぐにUターンしてタツベイが自由落下するのを防いでくれたらしい。

 

「ありがとうデルタ」

 

 デルタと呼ばれたヘラクロスは戦闘中とは打って変わり、気の良い笑顔をカズトに見せた。

 彼を始め、ハルヤの手持ちポケモンは基本的には温厚な性格をしている。だがハルヤや、彼ら兄弟の父親であるサトルと同じ正義感を持ったポケモンたちであり、悪事に対しては一際敏感になっている。

 世の治安が保たれているのは警察の尽力もあるが、彼らポケモンレンジャーによる力も大きい。

 

 閑話休題。

 

 この後も二人は手を変え品を変え、時にはハルヤがハンデをつけながら特訓を重ね、気づけば夕暮れ時に差し掛かっていた。

 お互いに疲れもたまり、このままでは満足な訓練は積めないとハルヤは判断し、今日は家に帰ることになった。その道中で今日のポイントをおさらいするのは毎回忘れずに行われていることである。

 今日のポイントはカズトは複数体に指示を出す際、判断に手間取り隙が生じてしまうこと、そしてその時にタツベイに頼りすぎてしまうことが挙げられた。複数でのバトルは最近練習を始めたばかりで指示出しなど、どうしても不慣れな部分が出てしまうのは仕方ないが、一体のポケモンにかかりきりになってしまうことは癖のようなものになっているため、このままではあまりよくないとハルヤは告げた。

 

「でもポケモンバトルって一対一でしょ? 複数で戦うことってないじゃん」

「確かに普通のバトルではそうだ。だが手段を選ばない相手にはそれは言い訳にしかならない」

 

 俺の仕事もそうだろ?と言うハルヤの言葉にカズトは納得した。

 ハルヤの仕事はポケモンを連れ歩かないポケモンレンジャーたちが一人では対応しきれない時、我を失った野生ポケモンや、大勢のポケモンハンターたちの攻撃を引き付けることが主となっている。それに聞けば、数年前カントー地方ではロケット団なる組織が悪事を働いていたらしい。そうした者たちがもしジョウトにもいたならば、自分たちにとっても対岸の火事ではなくなる。

 流石に考えすぎな気もしなくもないが、複数でバトルをする経験も無駄ではないだろうとカズトは結論を出した。それに何より、できないことが目の前にあるのだ。このまま逃げることもしたくない。真剣に耳を傾け、五分という短いが濃密な時間を兄弟で話し合うのであった。

 

 そしてその夜、サトルからウツギ研究所に泥棒が侵入しワニノコが盗まれたと知らされるのであった。




本格的に3章の内容に関わっていく主人公。転生ものではないので、あくまでも巻き込まれていく人間です。
「何で3章から?」という疑問もあるかと思いますが、これはあくまで僕の感覚なので特に理由はありません。強いて言うなら、時系列の関係ですかね……

まだまだ読みづらい文章が続きますが、ご容赦ください。
7話~8話ぐらいからまともな文章に変わっていると思います(当社比)。


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第4話 VSポッポ

 昨日父からウツギ研究所に泥棒が入ったことを聞かされたカズトはひどく怒っていた。ウツギ博士も怪我をして入院しているというし、その上、少ないながらも共に過ごしたことのあるワニノコも奪われたとなれば、黙っていられない。あまりの怒りに昨日はまともに眠ることができなかった。

 兄とも話したが、どうも最近怪しい連中の目撃情報があったらしい。研究所の件もその連中の仕業ではないかと推測していた。

 

「泥棒とか信じられない……!」

「そうだな。俺と父さんも警察と連携してできる限り情報を集めてみるよ」

 

 だが一晩経って少しは落ち着いたらしいカズトはふと隣人のことが気になり、彼の家のベルを鳴らした。

 

「はいは~い。あら、カズくん!」

「おはようございます。ゴールドいますか?」

 

 礼儀上聞いたが、カズトは当然いるものと考えていた。今は朝の8時前で、普段のゴールドなら間違いなく布団の中だからだ。ところが、彼の母親から返ってきたのはとんでもない回答だった。

 

「それがあの子、昨日は帰ってきてないのよ」

「え?」

 

 何と彼は昨日カズトやゴロウと家を出て以来、帰ってきていないというのだ。ポケギアにかけても音信不通、完全に行方が知れないらしい。

 嫌な想像が頭をよぎる中、カズトは戻るしかなかった。

 

「ゴールドのヤツ、どこ行ったんだよ……」

 

 家族と話しても解決法は見つからず、まさに八方塞がりになってしまった。

 モヤモヤとした気持ちでいても仕方ないとポケモンたちと外を散歩するも、心は晴れない。むしろ何か言い表せない感情が増してくるだけだった。

 

 ぐるぐる渦巻く感情とせめぎあっていると、不意に目の前の茂みから一匹のポケモンが飛び出してきた。

 小柄な体に茶色や白色の羽毛を持つそのポケモンは、別に特段珍しいわけでもない。この近辺では頻繁に見られることのあるポッポである。

 だが、その様子がおかしかった。

 

「ちょ……!」

 

 間一髪で回避はしたものの、今のは間違いなくカズトを狙った"たいあたり"であった。万一直撃でもしていれば、いくら相手がポッポでも怪我に繋がるのは明らかな勢いだった。

 普段は敵に襲われでもしないかぎり大人しく、さらには群れて暮らすはずのポッポが単体でこの興奮状態である。

 何かがおかしい。そうカズトが感じるには十分であった。

 思考している間にもポッポは向きを変え、再びカズトに狙いを定めているようで、明確な敵意を感じ取ることができる。

 

「オレばっかり狙ってる?マグナやシードもいるのに」

 

 そう、このポッポの不可解な点はもう一つあった。カズトのポケモンたちには目もくれず、ひたすらトレーナーであるカズトばかり攻撃してくるのだ。

 まるで人間は敵だとでも言わんばかりに。

 

「このまま町に連れて行くわけにもいかない!マグナ、"ずつき"だ!」

 

 タツベイが勢いよく迫るが、ポッポは最低限の回避行動をしただけでタツベイのことを無視してカズトに向かって突っ込んでくる。あわやクリーンヒットという場面で、ポッポの体は真横に吹き飛ばされ木に打ちつけられた。

 

「あっぶない……まさか昨日の修行が早くも役に立つなんて……」

 

 カズトの足下にはポッポに渾身の"たいあたり"を食らわせたタネボーがいた。

 最初の一匹が囮になって二匹目が本命の攻撃を繰り出すこの布陣は、昨日のハルヤとの修行を経て事前に示し合わせていたコンビネーションだったため、早速役に立ったというわけだ。

 

 人に対して明確な敵意を持っている様子のポッポをそのまま放置するわけにもいかず、カズトは持ち合わせていた空のモンスターボールを、木にぶつかり力尽きているポッポに投げる。ボールは正常に機能し、ポッポは大人しくボールの中に収まった。

 尋常ではない様子を見せていたポッポについて調べるためにも、家族に相談すべきだと判断したカズトは先ほど来た道を急いで戻るのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 結論が出たのは、意外にもカズトが帰宅してものの数分の出来事であった。

 サトルによると、今朝調査のためにウツギ研究所周辺に赴いた際、カズトが出くわしたポッポと同じ様子をしたポケモンと多数接触したらしい。幸いにもサトル一人で対処可能だったようだが、見るからに様子がおかしかったそうだ。様子のおかしいポケモンたちは研究所付近でしか見かけなかったため、盗難の件と関係があるのではないかと推測できたようである。

 サトル独自の調査ルートでは、何か慌てた様子の黒ずくめの男たちがヨシノシティ方面へ逃げていく姿も目撃されているようだった。

 

「とにかく、この件については俺たちも警察もそれぞれ力をいれて調査することになっている。だから安心してくれ」

 

 そう言ってサトルは大雑把ながらも優しい手つきでカズトの頭をなでたが、カズトはその手をゆっくりと払い顔を上げ、家族にある一言を告げるのであった。

 

「父さん、母さん、ハル兄。オレ……旅に出る」

「カズト……!」

 

 思いもよらない発言にハルヤはその場に立ち上がってカズトに言及する。

 

「お前、自分の体のこと分かってるのか!?」

「分かってるよ。でも、じっとしてなんていられない」

 

 本当に犯人が見つかるか、そもそも旅に出たところで事件が何か進展するのか、不確かで無謀な要素の方が遙かに多くを占めるが、それでもカズトは旅に出ると決めたのだ。そこまでカズトの背中を押すものは何か、カズト本人にも分からないが、ここで立ち止まっていては駄目だということだけは何故か感じ取ることができた。

 そしてカズトのその有無を言わさない真剣な目に、説得は無駄だと家族三人は悟るのであった。

 

「――今から出れば日が暮れるまでにはヨシノに着くだろう」

「まったく、しょうがない子ね」

「……ありがとう。父さん、母さん」

 

 旅に出ると決まるや否や、アケミはすぐさまバッグを用意して必要な物資を詰め込み始めた。サトルも何か道具を持ってきてアケミに手渡している。

 自分でやるのにと言っても、二人は譲ってくれなかった。旅に出る直前まで兄弟で話す時間を作ってくれたようだった。

 

「――本当に行くんだな」

「うん」

「本来は、首を突っ込むべきじゃないと言った方がいいんだろうけどな」

「だろうね」

「旅、出たかったんだろ?」

「……気づいてたんだ」

 

 そう、ワニノコのこともゴールドのことももちろん心配だ。でも、心のどこかで旅に対する興奮が抑え切れなかった。

 そして理解してしまった。何故頑なに旅に出ると言ったのか。チャンスだと思ってしまったのだ。

 

「ワニノコもゴールドも見つけ出す。そのためなら手は惜しまない。でも――」

「分かってるさ。お前は優しいからな」

「オレ、悪いヤツだよね」

「悪いもんか。何事にも楽しみは必要だろ?」

 

 ハルヤも理解していた。自分の弟は幼いながらに聡明で正義感が強く、自分が邪な思いを持っていることにも気づいてしまうだろうことを。そしてそんな考えをしてしまう自分を責めてしまうだろうことを。

 だが、一人の人間として善なる心もあれば悪しき心も少なからず存在するのは当たり前だ。ならばハルヤが今ここでするべきことはただ一つ、カズトを認めてやることだろう。認めてやることで、弟は前に進めるはずだ。野暮かもしれないが、それでも弟のために何かしてやりたいというのは兄として間違ってはいないだろう。少しぐらい、でしゃばらせてほしいものだ。

 そんな想いが通じたのか、カズトはふにゃりと笑いハルヤに甘える。

 

「ありがと、ハル兄」

「何かあればすぐに連絡しろよ」

「分かってるよ」

 

 微笑ましく会話する息子たちを見て、両親も口元に緩やかな三日月を作っていたのは、兄弟たちは知る由もなかった。




4話でようやく旅に出ることになった主人公。
3章の内容を書き切るまでに何話かかることやら。

少し小説自体の話になりますが、全体的にまだまだ描写の甘さが目立った書き方ですね……ただ大幅に修正するとコレジャナイ感が出そうなので、ほぼ原文ままで投稿という形に。
6話以降は二日に一本ぐらいのペースで出していこうかと思います。書き方にこだわるととても一日に一本は書けそうにないので。


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第5話 VSホーホー

 旅に出ることを正式に認められたカズトは父の助言通り、日が暮れるより先に隣町のヨシノシティに無事たどり着くことができていた。

 途中で夕立の気配もあったが、本降りになる前に本日の宿泊場所であるポケモンセンターにたどり着いたのだった。

 トレーナーであれば誰でも無料で回復や宿泊ができるため、旅をする上で欠かせない存在であり、体調管理に気をつけなければならないカズトにとっては自ずと重用されるだろう施設である。また、人が多く集まるため情報収集にも向いている場所でもあった。

 

「よし、夕飯ついでに聞き込みでもするかな」

 

 夕食時なこともあり、ポケモンセンター内の食堂にも多くの人で賑わっている。

 カズトはお腹を膨らませた後、手近なトレーナーたちを相手に情報収集を行っていた。

 

「あの~すみません、黒い服を着た複数の男性って見たりしてないですかね?」

「黒い服かぁ…ごめんね、見覚えないや」

「俺も見てないなぁ、お前は?」

「いや、俺も知らねぇ」

 

 予想以上に多くの人から反応をもらったがあまり有力な情報は得られず、結局収穫はないまま。元よりそれほど期待はしていなかったが、全く手がかりがないというのも困ったものである。

 今日は引き上げて明日にしようかと思った時、ロビーの方からざわめきが聞こえてきた。

 

「いらっしゃい、ポケモン捕獲勝負だよ!雨で退屈しちゃってるそこのお兄さん、どうだい?」

 

 どうやらおじさんの側にいるウパーたちを1分以内に全て捕獲することができれば景品をくれるものらしく、急な雨で身動きが取れない人たちが暇つぶしとして参加しているようだ。タイムアップはおじさんの隣にいるホーホーが告げているようで、まだ誰も成功者はいない様子である。

 横目で見ている内にまた新しい挑戦者が現れていた。

 

「おじさん、おれもやらせてよ!」

「オーケー、参加料100円ね」

 

 参加料を払った少年はスタートの合図と共におじさんが逃がすウパーを意気揚々と追いかけ始めた。その早さはなかなかのもので、残るウパーはあと一匹となっていた。

 だがクリアなるかというところでホーホーが時間切れを知らせる鳴き声を上げた。

 

「あーっと時間切れだ。惜しかったな~」

 

 ギャラリーも惜しかったと挑戦していた少年に声をかけていたが、カズトはどこか違和感を感じていた。その間にも次の挑戦者がウパーを追いかけていて、今度は残り二匹というところでホーホーが鳴いた。

 だがカズトは今度は明確にそのおかしさに気付いた。遅すぎるのだ。先ほどホーホーが鳴いた時と比べると、今の挑戦でホーホーが鳴いた時間は体感でも5秒は遅かった。

 ホーホーは体内時計が正確なポケモンだとして知られているが、もしその特徴を悪用して嘘の時間をあたかも正しい時間のように告げていたとしたら。もっと言えば、クリアされそうになった時点で時間切れを告げていたら。

 

「インチキもいいところだな…」

 

 試しに今度の挑戦者のタイムを計ると、残り一匹でホーホーが鳴き、その時間は挑戦が始まって54秒過ぎたところで止まっていた。この誤差では1分だなんてとても言えるはずがなく、ただ挑戦者から金を巻き上げているだけである。

 実際あと6秒もあれば、あの青年はウパーを全て捕獲しきっていただろう。

 

 しかしあのおじさんのインチキが確定したものの、これを馬鹿正直に伝えてもデタラメだなんだと切り捨てられてしまうだろう。やはりカズト自身がインチキを証明する必要があるらしい。落胆の声を上げるギャラリーの隙間を縫っておじさんの正面に行き、油断を誘うためにもできるだけ無垢な子どもを演じる。

 

「おじさん、オレも挑戦する!」

「おお、いいよ。参加料100円だ」

 

 キチンと参加料を支払い、スタートの合図を待つ。

 

「準備はいいか?」

「いいよ!」

「それじゃ、よ~いスタート!」

 

 ウパーたちが四方八方へ勢いよく逃げ出したのを見てカズトはタツベイに指示を出す。

 

「マグナ、まずは一番左から!」

 

 指示を受けたタツベイは次々とウパーたちに攻撃を与え、動きが止まったところをカズトがモンスターボールで捕獲していく。ギャラリーからもその速さに声が上がっていた。

 そしてもうすぐ問題の、あと一匹になろうというタイミングに差し掛かる。

 

(このガキ、やりやがる。ホーホー、少し早いが合図を出すんだ)

 

 そうしておじさんの指示を受けたホーホーは偽の時間を告げ、カズトの挑戦は終了……

 とはならなかった。

 

「よし、これで最後!」

 

 何とカズトはホーホーが鳴くより前に全てのウパーをボールに収めてしまった。

 

「おぉーっ!」

「やりやがった!」

 

 ギャラリーも驚き、今日一番の盛り上がりを見せる。

 これに呆然としているのはインチキおじさんである。当たり前だが彼は万一にもゲームをクリアされることはないと考えていたのだから。

 

「な、なんでだ!? ホーホーが嘘の時間を教えるはず――」

 

 そして冷静さを失った彼は、あまりの事態にうっかり口を滑らせてしまう。

 

「嘘の時間? 詳しく教えてもらえませんか?」

 

 もちろん、これを狙っていたカズトが聞き逃すはずもない。タツベイを前に出し、おじさんの逃げ道を塞ぐ。

 

「いや……これはその……」

「クリアされそうになったら嘘の時間をホーホーに告げさせる――違いますか?」

「あ、いやそれは……」

 

 初めは何を言ってるんだという顔をしていたギャラリーたちも、おじさんの様子がおかしいことに気づき、徐々に疑いの目を向け始めた。

 

「インチキは良くないと思うんですが……」

 

 カズトが少しずつ距離を詰めると、おじさんは耐えきれなくなって逃げだそうとする。

 だが、それを見逃すカズトではない。

 

「シード!」

 

 カズトが声を上げると同時におじさんの足下に"タネマシンガン"が炸裂。

 突然の攻撃に尻餅をついてしまったおじさんは、完全に逃げるタイミングを失ってしまった。

 

「さあ、だまし取ったお金をみんなに返してください」

 

 有無も言わさない圧力を前に逆らえるはずもなく、彼は懐から3000円ほどはあるだろう100円玉ばかりが入った袋を取り出した。

 そして彼はそれを、カズトの方へ思い切り投げつけた。

 

「うわっ!?」

 

 いきなりだったものの、しっかり避けたカズトだったが、視線を前に戻すとそこにおじさんの姿はなかった。慌てて出入り口の方を見ると、今日は店じまいだ!と負け惜しみのような言葉を吐きながら、雨の中に飛び出していくおじさんの姿があった。

 

「しまった……逃げられた」

 

 カズトは悔しそうにおじさんが逃げていった方向を睨みつけていたが、直後に辺りは歓声に包まれた。

 

「やるじゃないか坊主!」

「すごかったぜ!」

「かっこよかった!」

 

 次々とかけられる声に思わず照れてしまうものの、すぐに投げつけられたお金のことを思い出し周囲を見渡すと、彼のタツベイが件の袋をスッと差し出してきた。

 

「ありがとうマグナ。シードもお疲れ様」

 

 二匹を労うと、それはもう誇らしげに二匹とも胸を張るのであった。

 その姿に満足したカズトは手渡されたお金を掲げて、ゲームに挑戦した人たちに返そうとしたのだが、彼らから返さなくてもいいとまさかの反応が返ってきたため困ったことになった。

 それでも何とか食い下がったが、ならば代わりにとインチキを破った方法について教えてほしいと言われる。

 

「…実は、このシードがホーホーを鳴く直前に"おどろかし"たんです」

 

 インチキおじさんがホーホーに指示を出した時、間違いなく彼のホーホーは嘘の時間を告げようとした。だがその直前、こっそり忍び込んだタネボーがホーホーに"おどろかす"攻撃をしたために、ホーホーはひるみ、おじさんの指示に従うことができなかった――というわけである。

 あとはボロが出たおじさんを問い詰めるだけで悪事を暴くことができるだろうという推測だったが、まさにその通りとなったので逆にこちらが驚いたのは秘密だったりする。

 

 ちなみに譲り渡された参加料はみんなの同意を得て全額ポケモンセンターに寄付したのであった。




このインチキおじさん、見覚えある人もいるかと思います。多分その考えで間違いないです。
こんな感じでちょくちょく原作との接点とか出していけたらいいな。

感想や評価なども送ってくださると僕が喜びます。


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第6話 VSイトマル

 旅に出て初日にして詐欺まがいのことをしてたおじさんを懲らしめるというかなり濃いスタートを切ったカズト。その後は何もなく二日目の朝を迎えたのであった。

 

「ん~~~っ」

 

 朝の日差しを目一杯浴び、一日をスタートするこのルーティーンはワカバタウンを出ても止めることはないだろう。何せこれをすると頭が冴えるのだ。相棒のタツベイとタネボーも一緒に光を浴びており、くさタイプであるタネボーは特に喜んでいるみたいだ。

 

「さて、今日は何かしら情報がほしいんだけど…」

 

 とはいえ昨日でポケモンセンターに宿泊していた人たちには粗方聞き終えてしまっているため、もうこの施設ではたいした情報は得られないだろう。

 そこでふと、ある人物に話を聞くのを忘れていたことに気づいた。昨日は旅に出ることでいっぱいいっぱいで考えられていなかったが、ゴールドにはゴロウがついて行っていたはずだ。というか寧ろ、ゴロウのおつかいにゴールドがついて行った形だ。ゴールドが音信不通ということで焦っていたが、ゴロウまで音信不通かどうかは不明だった。

 もしかするとという一縷の望みにかけて、ポケギアに登録されているゴロウの番号にダイヤルする。数回のダイアルの後、元気な少年の声が聞こえてきた。

 

「もしもし、カズトでやんすか? どうしたでやんす?」

「ゴロウ! よかった、無事だったんだ」

 

 ゴロウが無事だったことに安堵し彼から詳しい話を聞いたところ、どうやらウツギ博士に届ける予定だったポケモンたちが入ったバッグだと勘違いされてゴールドの家のポケモンたちが入ったリュックが誰かに盗まれたそうだった。リュックの中にゴールドのポケギアが入っていたため、彼の母親とは連絡をとることができなかったというのが事の次第のようだ。

 

「それで、その感じだとリュックは見つかったんだよね?」

「そうでやんす。リュックを見つけてくれたのはなんとあのオーキド博士だったでやんすよ!」

「オーキド博士ってあのオーキド博士?」

「あのオーキド博士でやんす」

 

 オーキド博士は昨日の雨で危ない状況に陥った二人を助けてくれたらしく、ゴールドにポケモン図鑑という機械を託したそうだ。ゴロウとゴールドはその場で別れ、ゴロウは一晩オーキド博士の研究所でお世話になり、現在ワカバタウンへ戻っている最中らしい。

 さらには、なんとゴールドが研究所襲撃事件の犯人と接触していたというのだ。その時、相手がオーキド博士の下から盗んだポケモン図鑑を持っていたこともゴールドが証言したと聞けた。モンタージュも作成したらしく、今から送ってくれるようだ。

 

「赤い髪に鋭い目、ワニノコを盗んだ上に図鑑まで…」

 

 追うべき相手の手がかりが一気に手に入ったため軽く拍子抜けもしたが、これからが本番で、この赤い髪の少年を追いかけなければいけない。

 

 情報をくれたゴロウにお礼を言い電話を切ったカズトは、引き続きポケギアから別の番号に電話をかける。

 

「……もしもし?」

「お~どしたカズト?」

 

 まるで何もなかったかのようにまぬけな声で電話口に出るその人物に理不尽だとは思うが怒りが湧いてくるのは間違っていないだろう。

 

「こんのバカゴールド!!」

「はぁ?!」

「人様の心配も考えろバーカ!」

 

 たった一日、たった一日だが消息不明になったことなど今までなかったのだ。心配するのは当然のことだろう。文句の一つでも言わないとやっていられない。

 

「ったく、悪かったよ」

「いいよ、分かってくれたら」

「でもよカズト、オレは――」

「戻らないんでしょ? ゴロウに聞いた」

「――あぁ、オレはシルバーのヤローをとっちめる。んで、バクたろうのためにもワニノコを連れて帰る!」

「バクたろう?」

 

 これまた驚くべきことに、ゴールドからワニノコと一緒に研究所にいたヒノアラシと共にいるとカミングアウトされた。何でも、ワニノコを奪われて怒っているから一緒に来た、とのこと。

 

 一周回って感嘆するくらいゴールドもヒノアラシも思い切った行動だ。一応一報は入れたようだが、それでも下手したらワニノコ同様、盗まれたと博士に思われるかもしれない。

 

「確かに、あの子割と直情的なタイプだったっけ……」

 

 研究所で面倒を見ていた時のことを思い起こしながら、ゴールドなら大切に育ててくれるだろうと納得する。何より性格が似ている。

 

「てなわけで、オレしばらくは戻らねぇから」

「うん、そのことなんだけど、オレもそのシルバーってヤツ追いかけることにしたから」

「なにぃ??」

「今はヨシノシティで情報集めてたところ」

 

 流石にこのことはゴールドにも予想できなかったようで、先ほどより数段真面目なトーンでカズトに話しかけてきている。今までの経緯も含めて説明すると彼は納得したようだが、それでも心配するような声は聞こえてくるので、やはりそうした部分で彼の人柄を感じ取れてつい笑顔がこぼれてしまう。

 

「大丈夫、ゴールドみたいな無茶はしないから」

「あ? もっかい言ってみろや」

「ははは」

 

 笑って誤魔化したところで今後の方針について軽く話してみたところ、手分けした方が効率がいいだろうという結論が出たため、しばらくの間の別れを告げポケギアの通話を終了したのだった。

 

「さてと」

 

 先ほどのゴールドとの会話の中で盗人の名前がシルバーだということ、そしてゴールドは今30番道路の辺りにいるらしいことが分かった。

 ヨシノシティから次の町に行くにはどうしても30番道路を通ることになるのは確定となる。カズトはゴールドがその地域周辺は大体調査するだろうことを鑑みて、できるだけ早く先に進むことにした。

 

 30番道路を越えるには少なくとも二日は必要なため、できれば野宿をせず、通りの途中途中にあるポケモンセンターで夜を迎えたい。

 野宿、つまりキャンプもゴールドやハルヤらとワカバタウンの裏山で何度もしたことがあるので心得はあるが、何が起きるか分からない上、元々病弱だった体のこともあるため極力避けた方がいいと判断した。

 あくまで"いのちだいじに"だ。

 

「地図によると、こことここにポケモンセンターがあるから……よし」

 

 もっとも効率よくかつ最短経路を導き出したカズトは必要な道具を確認し、満を持してヨシノシティを出発した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ヨシノシティを出発してから数時間ほど進んだところ。現在カズトは虫取り網を持って木々の隙間を歩いていた。

 

「お兄ちゃん見つけた~?」

「まだだよ~」

 

 カズトが虫取り網を持っているのにはとある理由があった。

 カズトよりも年下の少年が狙っていた、とあるポケモンを結果的にだがカズトが逃がしてしまったのだ。わざとではないとはいえ、自分のせいで少年に悲しい思いをさせてしまったのは申し訳ないということもあり、こうして彼の捕獲に同行しているというわけである。

 

 現在二人が探しているのはイトマルというポケモンで、体が全体的に緑色に近いため見つけるのに難儀していた。

 

「どこに行っちゃったんだろ…」

「ただ歩き回るだけじゃ駄目かもね。作戦を考えよう」

 

 なかなか見つからないということもあり、二人は休憩を兼ねてどうやってイトマルを見つけ出すかを考えることにした。日頃から"むしポケモン図鑑"を読んで勉強しているという少年によると、イトマルは巣に獲物が引っかかったとしても夜になるまでじっと待つ習性があるようだ。

 

 そうした点からカズトはイトマルは夜行性のポケモンであることを予想。昼間は滅多に姿を見せないポケモンで、そのため明るい時間帯は木の陰などにいるのではないかと考えた。

 

 そこで陰になっていてかつ巣の張りやすそうな地形を厳選し、そこを集中的に探索することにした。手持ちのポケモンたちにも手伝ってもらい何カ所か当たっていると、不自然に光が反射する場所があるのを発見する。

 

「あれ、イトマルの巣だよ!」

 

 どうやらイトマルの張った巣の一部が太陽の移動につれて日向に出てきたようだ。

 

「シード、あの木に"たいあたり"だ!」

 

 イトマルがいると当たりをつけたカズトはタネボーに指示を出し、自身は虫取り網を構える。

 それはもう勢いよく木にぶつかったタネボーにより木は大きく揺れ、葉や枝、きのみなどを落とす。そして予想通り、その影に紛れて一匹のイトマルがボテッと落ちてきた。

 

「そこだ!」

 

 すかさずカズトが網を振り下ろすも、意外にもイトマルは素早く回避し、体にある顔のような模様を見せて威嚇の体制をとってきた。

 イトマルのそのような様子を見たカズトはすぐに逃げられることはないと判断し、タネボーに指示を出す。

 

「"タネマシンガン"!」

 

 無数の種による弾幕が襲うが、イトマルは口から糸を出し向かいの木に絡ませると立体機動でその場を脱出した。あっという間にタネボーの背後を取ったイトマルは続けて"どくばり"での攻撃を放つ。

 

「左へ躱せ!」

 

 辛くも直撃を避けたが、あまり時間をかけすぎれば糸を使う分、地形的に有利なイトマルよりもこちらが早く消耗してしまうとみたカズトは短期に決着をつける方向へシフトする。

 

「一気に距離を詰めるんだ!」

 

 今度はイトマルが回避する隙を与える前に接近に成功。そこから一斉攻撃に入る。

 

「"おどろかせ"て"タネマシンガン"!」

 

 突然の接近にひるんでしまったイトマルは続く"タネマシンガン"を前に何もできなかった。至近距離からその小さい体に全弾クリーンヒットし、そのまま反撃する間もなく力尽き地面に倒れ伏した。

 カズトはすぐさまそのイトマルをボールに収め、ついでに落ちてきたきのみも回収すると唖然としている少年にイトマル入りのボールを差し出した。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう。お兄ちゃんすっごい強いんだね」

「いや、オレなんてまだまだだよ。君も慣れればすぐにこれぐらいできるようになるさ」

 

 褒められて嬉しくないわけはないが、率直に持ち上げられるのは苦手なため、カズトは若干の気まずさを感じて少年から顔をそらす。

 返してもらった網を手に笑顔で去って行く少年に手を振り返して別れに答え、自分も本来の目的地へ赴くべく大通りに戻り、再び歩みを始める。

 

 先ほどはああ答えたものの、自分にも確実に強さは身についてきていると感じているのは確かだ。その感覚を胸にカズトは歩みを続け、目標としていたポケモンセンターの扉をほんの少し自信を持ってくぐるのだった。




今回の話に関しては設定も含め完全にオリジナルですね。
町と町の距離なんかは、現実の近畿地方やゲームのジョウト地方のマップを見比べつつ、徒歩でどれくらいの時間がかかりそうか、軽く縮尺したり誤魔化したりしながら計算しています。

―――――――――――――――
設定

マグナ(タツベイ)Lv.14
性別:♂
性格:やんちゃ
特性:いしあたま
覚えている技:ずつき、かみつく、ひのこ、りゅうのいぶき

シード(タネボー)Lv.12
性別:♂
性格:せっかち
特性:ようりょくそ
覚えている技:かたくなる、たいあたり、おどろかす、すいとる、タネマシンガン

二匹ともカズトがジョウトに来る前からの手持ちポケモン。
アケミがブリーダーとしての仕事の一環で孵したポケモンたちで、二匹が真っ先にカズトに懐いたため、そのままカズトのポケモンとなった。


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第7話 VSワニノコ

 本日は晴天なり。そう口に出してしまいたくなるくらい晴れ晴れとした空だ。しっかり二日間で30番道路を踏破したカズトは上機嫌だった。何事も予定通りに行くと気持ちの良いものである。

 現在30番道路と31番道路の境界付近にいるカズトは今後の道のりをどうするか思索しながら歩を進めている。

 

「このままキキョウシティに向かうか少し手がかりを探すか…」

 

 どちらにしろシルバーを探すという目的には変わりないため、どちらを選ぼうが最終的には同じなのだが、やはり情報はほしい。どちらかを取ることでもう片方に存在していたはずの手がかりが失われるのではないかと考えれば、勢いで決めてしまうことには少し気が引ける。まあ、どちらとも外れの可能性も大いにありうるのだが。

 

「……キキョウシティに行くか」

 

 考えても仕方ないということもあるが、人のいるところに情報は集まると言われることもあって、キキョウシティへ向かうこととする。

 大きな塔が遠目にも見えていたが町が近づくにつれ、その全容が明らかになってきた。コンクリートではなく木で作られているようで、他にも見えてきた建物を見る限り、ワカバタウンやヨシノシティよりも和風な雰囲気が濃くうかがえる。

 

 以前家族で旅行したエンジュシティの風景を思い出し懐かしさを感じていると、不意に視界を赤と黒の何かが横切るのを確認した。見間違いかと思ったがそうでもないようで、その姿はまさしく自分がここ数日探し回っていた人物の特徴と一致していた。

 

 シルバー。彼がウツギ研究所からワニノコを、オーキド博士のところからは図鑑を盗んだ張本人。

 万が一、人間違いだった場合困るためこっそり尾行する形で観察していると、彼がポケットから何かを取り出し操作しているのが見えた。後ろからなのであまりよく見えなかったがあれがポケモン図鑑なのだろう。だがもうすぐ顔が全て見えるというところで木と木の間に入り見えなくなってしまった。

 

「っ、木で見えなく――」

「そこで何をしている?」

 

 まさか一瞬目を離しただけで逆に背後を取られるとは思わなかった。何か鋭いものが首元に突きつけられている。確認はできないがおそらくはポケモンの爪だ。

 よく考えれば、相手は追われる立場なのだから視線や気配に敏感なのは当然のことだろう。見失う前チラッと見えた顔も特徴と一致していたので、彼が正真正銘シルバーで間違いない。

 

「答えろ。何をしていた?」

「いや、別に何も?」

 

 誤魔化そうとしたら爪に力を込められた。どうやら無駄なあがきらしい。仕方ないので、本当のことを話すことにする。

 

「――実は、あなたの姿が最近指名手配された盗人とそっくりだったので、つい気になってしまいまして」

「……そうか」

 

 嘘ではない。実際昨日立ち寄ったポケモンセンターの掲示板にシルバーの特徴とそっくりな人物が指名手配犯として掲載されていた。肝心の顔はゴロウにもらったモンタージュとは似ても似つかない非常に不細工なものだったが。

 

「でも顔は全然違うので、人違いでした。すみません」

 

 すると首に感じていた爪の気配が消えた。どうやら上手く勘違いしてくれたようだ。もしかすると彼も自身のモンタージュを見たのかもしれない。だがこのままでは逃げられてしまうのは分かりきったことなので、その前に一気に振り向きボールを投げる。

 

「"ずつき"だ!」

 

 ボールから飛び出た勢いそのままにタツベイはシルバーとその脇に控えていたポケモン、ニューラへ突っ込む。回避はされたがこの場に足止めすることには成功したようだ。

 

「どういうつもりだ?」

「大人しくワニノコと図鑑を返してくれないかな、シルバー?」

「……何者だ」

「ワカバタウンのカズト。君の盗んだワニノコ、オレとは知らない仲じゃないんだ」

 

 カズトを研究所からの追っ手だと判断したらしいシルバーはニューラを下げ、その件のワニノコをボールから出して攻撃してきた。

 

「"きりさく"!」

「ガードするんだ!」

 

 ワニノコの振り下ろした爪による攻撃はタツベイの鋼鉄のような硬さを持つ頭によって防がれ、二匹は膠着状態に陥る。

 

「図鑑に認識されない……? なんだそのポケモンは」

「素直に教えるとでも?」

「"みずでっぽう"!」

 

 タツベイから一旦距離をとらせたシルバーは続けざまに"みずでっぽう"の指示を出す。どうやらタツベイが図鑑に認識されないことでタイプを判断しかねているみたいだ。

 ウツギ博士がホウエン地方のポケモンは研究が進んでいないと言っていたので、図鑑を作製したオーキド博士もタツベイのことは知り得なかったのだろう。

 

 だが、出し惜しみしていては競り負けてしまう。あのワニノコは研究所の三匹の中で一番冷静沈着で抜け目のない性格だった。こちらが手加減していることが分かればすぐさま叩き潰しに来るだろう。たとえそれが原因でこちらの情報を開示することになっても、手を抜くべきではない。

 

「"りゅうのいぶき"で押し返せ!」

 

 水と竜のエネルギーがぶつかり合う。力はほぼ互角だが、シルバーの表情がまだまだ余裕を感じさせる。まだ様子見の段階というわけだ。

 

「なるほど、ドラゴンタイプか」

「……ご名答」

 

 やはりタツベイがドラゴンタイプであることを見抜かれてしまった。加えてあちらは余力のある状態、状況は少し不利だ。

 相手がその気になれば一気に形勢は揺らぐだろう。その前に勝負をつけなければならない。

 

「マグナ、"かみつく"!」

 

 "りゅうのいぶき"を放つのを止めたタツベイは横へのステップで"みずでっぽう"を躱すと、再び距離を詰めた。遠距離戦が苦手なタツベイのことを考えた采配である。

 だがそれは相手の思う壺だったらしい。

 

「引きつけて"れいとうパンチ"」

「まずいっ、マグナ!」

 

 ギリギリ指示は届いたようだが、タツベイが避けるよりも前にワニノコの冷気を帯びた拳が炸裂する。幸いにも一撃でダウンすることはなかったが、攻撃を食らった部分が徐々に凍りつき始めている。カズトのタツベイは寒さが大の苦手なためこれ以上は満足に戦えないだろう。

 

「弱いな」

「……何だって?」

 

 確かに自己肯定感は低いカズトだが、今までの町でのみんなの反応や兄との特訓を経てそれなりに強さは身につけてきた。少なくともその辺りにいる普通のトレーナーには負けるつもりはない。

 それに相手の挑発に乗ることはできない。トレーナーが冷静さを欠くわけにはいかないと教わったことをカズトはしっかり覚えている。

 

「ドラゴンタイプを使ってこの程度か。お前みたいなヤツのところにいるより、オレといた方がこいつは強くなれる。そのポケモンも弱いトレーナーの下にいるせいで可哀想だな」

 

 しかしその一言で、カズトは完全に冷静さを欠いてしまった。自分がどうこう言われるのはまだ我慢できたが、共に過ごしてきたポケモンのことを悪く言われる筋合いはない。ポケモンたちの幸せを他人に決められてたまるか。

 タツベイをボールに戻し、二匹目のタネボーでワニノコの弱点を突く。

 

「"タネマシンガン"!」

 

 だがそれは完全なる悪手であった。相手にタイプを知られていないことが最大のアドバンテージだったのにもかかわらず、初手でタネボーの得意技を指示してしまった。それはすなわち、自分の優位性を自ら白状しに行ったことと同義である。

 

「ニューラ、"こごえるかぜ"」

「っ、シード!」

 

 種を使った攻撃から、相手がくさタイプだと早々に看破したシルバーはワニノコを戻すと同時にニューラを出し、瞬く間にタネボーを戦闘不能へ追いやった。

 

「やはり弱い。ましてトレーナーが冷静さを失い、戦術も何もない技を指示するなど――論外だ」

 

 シルバーの指摘に返す言葉もない。あの一瞬、カズトは何も考えずにタネボーに指示を出した。その結果タネボーはただの一撃も入れることができずやられてしまった。徒に彼を傷つけてしまったのだ。

 

「はは、お前の言う通りだよ」

 

 ニューラの技とシルバーの言葉によって身も心も冷えたカズトはただ現状を受け入れるしかなかった。兄から受けた教えも考えた瞬間、頭から抜け落ちてしまっていた。これでは、ポケモントレーナー失格だ。

 

 背を向けて去ろうとするシルバーに、カズトは揺れる心を抑えて声をかける。

 

「最後に、ワニノコと会わせてくれないかな。本人の意思を聞きたいんだ」

 

 シルバーが足を止めた。

 ポケモンと話すような旨を言っているカズトに怪訝な表情を見せるが、自分より年下だろう彼の今にも泣きそうな顔を見ると、情けをかけるようにワニノコをボールから出した。

 ワニノコは相も変わらず無表情でカズトをじっと見つめている。

 

「……本当にシルバーと一緒に行くんだね?」

 

 シルバーから見る限りワニノコに表情や動きの変化はなかったが、カズトはそれで納得したらしい。シルバーはバトルの時とは違った雰囲気を感じさせる彼に不思議な何かを感じとった。

 

「ワニノコはお前に付いていくと決めたみたいだ。まだ少しだけどお前にも懐いてるみたいだし、オレからはもう何も言わないよ」

「……あっけないな」

 

 シルバーは率直に疑問に思ったことをぶつけた。先ほどまで絶対に逃がさないとでも言いたげな様子だったのに、その急な変わりように理解ができなかった。

 

「ワニノコが決めたなら文句はないさ。気に入ってるヤツから無理矢理引き剥がしたら、それこそワニノコが可哀想でしょ?」

「オレを気に入ってるだと?」

 

 シルバーの言葉は無視して代わりに、大事にしてほしいと彼は告げその場を後にする。だが振り向きざまに何か言おうとしているみたいだ。「何も言わない」などと言っておいてまだ言うことがあるのかと半ば呆れながらも耳を貸してやることにする。

 

「でも泥棒は泥棒だから、お前を許す気はないよ!」

 

 言外に次に会ったら覚悟しろと告げてきた、そしてポケモンの考えていることが分かっているかのようなそぶりを見せる少年にどこか底知れないものを感じたシルバーは彼を要注意人物として認識したのだった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 シルバーにキキョウシティに駆け込む姿をわざと見せたので、余程無神経で気まずさなど感じない性格でない限りはしばらく町に寄りつかないだろう。

 最初にシルバーを見つけた時、彼はキキョウシティに向かっていたから、この町に用があるのは確実なはずだ。せめてもの負け惜しみである。

 

「弱い、か」

 

 シルバーとの勝負で完敗を喫したカズトは現在、大急ぎでキキョウシティにあるポケモンセンターに駆け込みポケモンたちを預け、先ほど言われたシルバーの言葉を反芻していた。

 

 悔しいが、シルバーに言われたことは紛れもない事実だ。ここ最近物事が上手くいっていたことで調子に乗っていたということもある。己の力量を見誤り、ポケモンたちにも辛い思いをさせてしまった。

 

 タツベイは体の一部が凍りついたとしても、カズトが貶されたのを前に再び立ち上がろうとしていた。タネボーもカズトの気持ちに呼応して今までにない威力の技を出してくれていた。だがそれでも、ポケモンたちの気持ちに応えることができなかったという事実はカズトに重くのしかかっていた。

 

 ひたすらトボトボと歩いていると、理由はおそらく老朽化だろう、突然左側の壁が軋んだ音を立てて倒れてきた。

 あまりに急な出来事に普段ならば大丈夫だっただろうが、心ここにあらずだったカズトは上手く体を動かすことができなかった。

 

(潰される……!)

 

 しかしいくら待っても来るはずの衝撃が来ない。無意識に瞑っていた目を開けると、倒れてくる壁を支えているポケモンがいた。

 

「ネイぴょん、ムーぴょん、"サイコキネシス"!」

 

 軽やかな少女の声を合図にその壁は浮き上がり、元々立っていた位置に収まる。

 何事もなかったかのように元通りとなった道の真ん中に立ち尽くしているカズトは未だ現状が理解できずにいた。

 

「君、大丈夫!? 怪我はない?」

 

 話しかけられたことでようやく自分が助けてもらったということに気づいたカズトはお礼を言うためにも、声の主の方へ顔を向ける。

 青みがかった髪のツインテール、青い瞳、耳には星形のイヤリングが特徴的な真面目そうな少女がカズトの顔をのぞき込んでいた。

 

「怪我はないです。助けてくれてありがとうございました」

「そう? それならよかった。私はクリスタルよ」

「カズトです。よろしくお願いします」

「よろしくね」

 

 どうやらさっき倒れてきた壁は彼女がボランティアとして通っているポケモン塾のものだったそうで、迷惑をかけたお詫びとしてお茶をごちそうになることとなった。

 

「改めて、さっきは本当にありがとうございました」

「どういたしまして。でもそんなかしこまらなくて大丈夫よ。そんなに年も変わらないでしょうし」

 

 聞けば彼女は十一歳らしい。ゴールドと同い年、カズトより一つ上の年齢だった。

 

「じゃあお言葉に甘えて。よろしく、クリスタルちゃん――なんか呼びづらいな」

「知り合いからはクリスって呼ばれてるわ」

「そっか。それじゃあよろしく、クリスちゃん」

 

 それから少し会話を続けるうちに、お互いなんとなく気が合う気配を感じ会話が弾んできた。どうしてこの町にやってきたのか、どうしてここでボランティアをしているのかなど、それぞれ違った分野の特技や好きなことを話したりするようになっていた。

 

「それじゃあ、さっきオレを助けてくれたポケモンたちもクリスちゃんと一緒に特訓してたんだ」

「ええ、みんなわたしが小さいときからの大事なパートナーよ」

 

 クリスの心からの発言にカズトは胸に引っかかりを覚えてしまう。今朝までは自分もそう思っていたはずのことだが、今ではそれに相応しいか自信がない。

 

「どうかしたの?」

「――さっきオレがどうしてこの町に来たか話したでしょ? あれにはまだ続きがあって。オレ、その泥棒に追いついたんだよ。でもあっという間に負けちゃってさ」

 

 話してしまった。シルバーに負けたこと、ポケモンたちを傷つけたこと、強くなりたいこと、それでも何をすればいいか分からないこと。

 自分でも整理がつかないが、今はとにかく誰かにこの悩みを聞いてほしかった。

 

「それならジム戦に挑戦するといいデスね~!」

「っ?!」

「ジョバンニ先生!」

 

 このポケモン塾の塾長らしいジョバンニは勝手に会話を盗み聞きしてしまったことを詫び、その代わりと言ってはなんだが、解決案としてこの地方に八つあるというジム巡りを勧めてきた。なんでもジムを制覇するのはかなり難しく、達成した暁にはそれに見合う実力がついているだろうとのことである。

 クリスから見てもこの提案は魅力的らしく、挑戦してみてはどうかと言われた。

 だがカズトはそれに応えることはなかった。

 

「オレなんかがジム戦なんて無理だよ」

 

 カズトは今、かなりネガティブになっている。入院していた時はよく弱音を吐いていたが、まさに今その状態に陥っており、自分で意識しているよりも深く悪く、物事を考えてしまっている。

 

 昔はずっと、退院しても入院の繰り返しで希望が絶望に変わるばかりで、それが続くうち、いつしか何も信じられなくなっていったことがある。そのときの感覚に似ているなと、暗い感情の中でポツリと感じた。

 

「しっかりしなさい!!」

 

 目の前のクリスがカズトの肩を掴み、必死の形相で訴えかけている。

 先ほどまで見せていた笑顔とは正反対の、まるで別人のようなカズトの無表情に、無視できない何かを感じたのだろう。

 彼は今、ものすごく不安定な状態にある。

 

 出会ってすぐの相手だから、何が彼をそこまで追い詰めているのかは分からない。だが伝えなくてはいけないことがある。これだけは伝えなくてはならない。

 

「あなたが全てを背負う必要はないの!」

 

 "オレなんかが"、"オレは強く"。

 カズトは自分を責めすぎるあまり、途中から大切なパートナーのことを忘れてしまっていた。

 ポケモンたちのことを大切に思っているのは数分言葉を交わしただけで伝わっていた。それなのに、シルバーという相手に負けたことに関してはひたすらなまでに自分のせいだと悔やみ続けている。

 

「あなたとポケモンたちを分けて考える必要なんてない! どんな時も一緒に過ごしてきたんでしょう?」

 

 どんな時も共に過ごしてきたのならば、どんな時も分けて考えてはいけないのだ。自分に何が足りなかったのではなく、自分たちに何が足りなかったのかを考えるべきだろう。

 ポケモントレーナーはポケモンとトレーナーがいて初めて、それたり得るのだから。

 

 そして彼は、そのことをよく知っているはずだ。二人で楽しく話していたとき、「マグナ」や「シード」といった彼の大切なポケモンたちの名前がしょっちゅう出てきていた。それこそ自分のことよりも多いのではないかと感じるくらいだ。

 そんなカズトが、トレーナーとして最も大事なことに気づかないはずがない。

 

「オレだけの問題じゃない、オレとポケモンの……何で忘れてたんだろう、そんなこと」

 

 ボールの中の二匹を見る。

 本当はカズトと同じぐらい悔しかったはずなのに、それを見せないよう自信ありげな表情を浮かべている。一人じゃないのだと伝えるように。

 

 焦り、怒り、悲しみ。他にも一気にいろいろな感情に苛まれて、自分を見失っていた。考えすぎて逆に大切なことを忘れてしまうなど、灯台下暗しもいいところだ。

 

 もしこのまま旅を続けていたらどうなっていたか、想像するだけでも恐ろしい。今ここで目を覚まさせてくれたクリスたちに感謝しなくてはならない。

 

「ありがとうクリスちゃん。出会ったばかりなのに――」

「それくらいあなたが見ていられなかったからよ。でも、もう大丈夫そうね」

 

 クリスの言葉に答える代わりに、カズトは出会って一番の自信に満ちた顔を見せるのだった。




やっと出せる主人公の設定。もっと早めに出しといた方が読みやすかったですかね?
今回からは文字数も増やして書いているので、もっと読み応えある作品になっているかと思われます。よろしくです。

―――――――――――――――
設定

カズト
性別:男
年齢:10歳(3章)
出身地:ホウエン地方・シダケタウン
現住所:ジョウト地方・ワカバタウン
誕生日:10月8日
星座:てんびん座
血液型:A型
身長:142cm(3章)
体重:31kg(3章)
利き手:左利き(一部右利き)
家族:父(サトル・ポケモンレンジャー・35歳)
母(アケミ・ポケモンブリーダー・34歳)
兄(ハルヤ・12歳)
特技:ポケモンと仲良くなること
趣味:ゲーム
好きな食べ物:甘味全般
好きな色:青系
持ち物:ポケギア
一人称:「オレ」

八歳頃まで病弱で、故郷のシダケタウンで療養生活を送っていたが、父の仕事の都合でジョウト地方へ引っ越しすることになる。
初めは父の単身赴任ということになっていたが、カズト本人が無理を言って家族全員で引っ越し。ワカバタウンに移住した。近所にポケモン屋敷で有名な家があり、そこの一人息子のゴールドと遊ぶようになってからは、体調が良好化。二年後には普通の子どものように外ではしゃぎ回れるほどになった。

家がお隣さんということもあり、ゴールドとは兄弟共々超が付くほどの仲良し。カズトよりゴールドの方が年上だが、兄弟に近い関係のためタメ口。彼の影響もあって時々口が悪くなる。ちなみに、ゴールド→ハルヤは基本呼び捨てのタメ口だが、時々敬語になる。

入院していたときは体を動かすことはできなかったが、その分ポケモンに関する本や映像はよく見ていたのでそちらの方面ではかなり博識。考える時間もたっぷり用意されていたので、頭の回転も速い。
だが、入退院の繰り返しで精神が不安定になったこともあり、それが今まで尾を引いて気持ちの浮き沈みがかなり激しいときがある。


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第8話 VSマダツボミ

 紆余曲折あったがワニノコ盗難事件とゴールド失踪事件、両事件ともカズト自身の中で一区切りついてしまったので、カズトが旅に出る理由は五日目にして殆どなくなってしまった。前日のクリスとの出会いにより心機一転、モチベーションは上昇しているので次は今後の目標を明確化していきたいところである。

 個人的にはシルバーへのリベンジが挙げられるが、それは最終目標であり、そこにたどり着くためのいくつかの小さな目標が必要となる。

 

 まず一つ目、ジョウト地方に存在する八つのジムの制覇。これは前日にアドバイスをもらったもので、バッジの取得数=強さの証明となるため自分の実力を判断する指標になるだろうことから目下一番の目標とする。

 このキキョウシティにもジムはあるようだが、リーダー不在でここしばらくは休業状態らしいので後回しだ。ここからルート的に最も効率の良いのはヒワダジムとのことなので、初のジム戦はそこになるだろう。

 

 二つ目の目標はウツギ研究所で目撃された黒服の集団の調査である。勘ではあるが、この怪しい集団とシルバーは別物だ。というのもシルバーと接触したときに思ったことだが、彼は隠密行動に非常に長けていた。そんな彼が慌てて逃げ去る姿など衆目にさらすだろうか、いや、しないだろう。目撃者がゴールドだけだというのもポイントだ。本当にたまたま見られたのだろうと考えた方が自然である。

 おそらくあの日ワカバタウンには二種類の泥棒が存在した。片や潜入になれたプロ並みの泥棒、シルバー。もう片方が目的は不明だが素人で複数人の謎の泥棒たち。

 手がかりが少なすぎて半ば詰み気味だが、今後旅をする中で軽く情報収集くらいはしておいて損はないだろう。シルバーに関する手がかりも手に入るかもしれない。

 

「当面はこの二つが目標かな」

 

 ひとまずこれまでの内容をノートにメモとして記録し、いつでも確認できるようにしておく。初心忘るべからずだ。

 

 そして次に考えるべきなのが今後の道のり。

 次の目的地自体はジムのあるヒワダタウンに決定したのだが、ジムに挑戦する上でもう少し実力を磨いておきたい。

 そんなわけでどこか良い修行場所がないか、絶賛ポケモンセンターの掲示板と睨めっこ中である。

 

「マダツボミの塔……?」

 

 どうやら町に入る前に見えていた大きな塔がそのマダツボミの塔だそうで、中央の柱は全長30メートルの巨大なマダツボミの体だという伝説があるとか。ポケモンバトルの修行もできるらしく、達筆な字で修行者募集と書かれたチラシが貼ってあった。

 他にめぼしい情報もないのでとりあえず様子見としてその塔へ向かうことにする。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 マダツボミの塔はキキョウシティの中心部から離れた奥まった地域に建っていた。周りも森や池に囲まれているため、人々の暮らしから隔絶された厳かな雰囲気を放っている。

 ちょうどいいタイミングで塔から掃除のためだろう、箒を持った坊主の人が出てきたのでカズトはその人にバトルの修行に来た身であることを伝えた。

 

「ほう、修行へ……!」

 

 塔の内部は三階層に分かれており一階は知識を磨くための学堂、二階はバトルの腕を磨く対戦場、そして三階はカラクリ仕掛けの鍛錬場になっているらしく、たくさんの坊主たちが出迎えてくれた。カズトの目的はあくまでバトルのため一階は素通りして二階へと案内され、そこでもまた多数の坊主に歓迎される。なんでもカズトのような一般の参加者は割と珍しく、坊主のみんなとしても研鑽のための良い機会になるようである。

 

 修行の方法としては至ってシンプルで、ひたすらバトルを繰り返すとのこと。休憩はしっかり挟んでくれると言ってくれたので、集中力を切らすことはあまりなさそうだ。

 何やら頭をきよめて名実ともに坊主の仲間入りにさせようとしてきたが、それだけは丁重にお断りしておいた。

 

「では、存分に励もう」

 

 一番手の坊主、モクネンが繰り出したのはマダツボミ。ちなみにこの塔で修行している坊主は皆マダツボミを使用するらしい。

 対するカズトはタネボーのシード。くさタイプのポケモン同士相性は五分、いや、どくタイプを複合しているマダツボミの方が有利だろう。だがタネボーを選んだのはあえてのことだ。相手が苦手なタイプほど修行になる。

 

「いくぞシード、"たいあたり"!」

 

 開幕タネボーは勢いよくマダツボミに攻撃を仕掛けるが、体の細いマダツボミはひらりひらりと舞うようにタネボーの攻撃を躱してしまう。逆にマダツボミの"つるのムチ"による攻撃はその動きの複雑さから回避するのは難しく、着実にだがタネボーの体力を奪っている。

 

「徐々に攻撃の威力も上がってる……"つるぎのまい"か」

「ほう、お目が良い」

 

 どうやら舞っているように見えたマダツボミだが本当に舞っていたようで、"つるぎのまい"によって攻撃力を大幅に上昇させていたようだ。一発当たっただけでタネボーが吹き飛ばされるようになってきた。

 

「一度"すいとる"で回復するんだ!」

 

 相手の体力を吸収する"すいとる"で少し持ち直したが、その回復量は雀の涙ほどしかなく、そう長くは保たないだろう。距離を取ったことで相手の攻撃も当たりにくくはなっているので決定打をもらう前にタイミングを見て押し返したいところだ。

 

「"タネマシンガン"で牽制しながら距離を詰めろ!」

 

 数発おきに移動を繰り返し、マダツボミが対処している隙に距離を詰めることでいい感じに流れが生まれ始めている。

 

「なんの、"つるのムチ"で迎撃です!」

 

 マダツボミの射程内に入ったことで攻撃の精度は上がっているが、リズムは完全にカズトたちが掌握しているため攻撃は当たらない。徐々に盛り返し優勢に転じた。

 

「このままではまずい。"いあいぎり"で決めなさい!」

 

 しびれを切らしたマダツボミが大技の発動に動き、一気に踏み込む。

 

「"かたくなる"でガードだ!」

 

 鉄がぶつかるような音がして、マダツボミの一撃は防がれた。渾身の一撃を放ったマダツボミは体制がひどく崩れている。どうぞ攻撃してくださいとでも言っているかのような状態である。

 

「なんと!」

「"タネマシンガン"!!」

 

 零距離で撃ち出された弾丸は全てマダツボミの顔に命中し、その威力にマダツボミは立ち続けることはできず倒れ伏した。

 カズトたちの勝利だ。

 

「素晴らしい戦いでした」

「こちらこそ」

 

 互いの健闘をたたえ合い、少しの休憩を取る。体力を削られたタネボーも回復してやらなければならない。まだまだ坊主たちは控えているため、気は抜かず万全を期すべきだ。

 

 だが流石に連戦はキツいため二試合目、チンネンとのバトルはタツベイを出すことにする。相手の弱点を突く技を使えるので、それを軸に戦いを組み立てるのが得策だろう。

 

「"ひのこ"!」

「避けつつ進むのです!」

 

 どうやら同じマダツボミでも戦闘スタイルは違うようで、積極的に相手の懐に潜り込む戦い方が得意と見える。攻撃も"つるのムチ"よりも"いあいぎり"を主軸にしたものとなっており、先ほどのバトルよりペースが速い。すぐに切り替えないと手痛い一撃を食らってしまいそうだ。

 

「ジャンプして"りゅうのいぶき"!」

 

 今の状況で後退しても技を放つための距離が上手く取れない。無防備な空中に出るのはある意味賭けだが、そこはカズトの腕の見せ所だろう。

 案の定、相手は"つるのムチ"でタツベイを地面に叩き落とそうとしてきた。

 

「"かみつけ"!」

 

 タツベイを撃墜すべく伸ばされた蔓に噛みつき、そのまま振り回すことで逆にマダツボミの方が空中に投げ出され、無防備な姿をさらすこととなった。

 

「行けマグナっ、"ずつき"だ!」

 

 空中で回避はできない。いくら体の細いマダツボミでも、避けることは困難だろう。岩をも容易に砕くパワーを持つタツベイの"ずつき"が容赦なくマダツボミに迫る。

 

「"リフレクター"!」

 

 なんと、ついさっきカズトが使ったものとほとんど同じ戦法をチンネンがやり返してきた。障壁に攻撃を阻まれた隙を突いたカウンターの"いあいぎり"も見事に炸裂し、タツベイは大きく体力を削がれてしまった。

 流石にこれにはカズトも冷や汗を流す。今のは慢心せず、確実に遠距離攻撃で仕留めにかかる方が良かっただろう。今後の課題として頭に留めておく。

 

 幸い、着地した距離が離れていたため追撃はなかったが、タツベイの消耗も激しいので次で決着をつける必要性が出てきた。

 

「"りゅうのいぶき"!薙ぎ払え!」

 

 今度は線ではなく面の攻撃でマダツボミの行動を制限する。どうやら苦戦しているようなのでこの作戦は当たりだろう。見るからに相手の動きが鈍くなっている。

 さらに時折"ひのこ"も織り交ぜることで、さらに相手の余裕を奪っていく。そしてそこで生まれた致命的な隙をカズトは見逃さなかった。

 

「そこだ、"ずつき"!」

 

 今度は"リフレクター"を張ることもできず、タツベイの攻撃を諸に食らったマダツボミはそのまま戦闘不能となった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 あれからひたすらバトルを続け、ついにカズトは最後の坊主を下した。名誉ある全勝である。だが途中危ない場面は何度もあったので、運が良かったとも言えるだろう。

 とはいえ、坊主たちとの戦いはカズトにとって実りのある戦いとなった。数時間前の自分とは明らかな差を感じる。

 

「まさかここまでとは。あっぱれです」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 最後の坊主、そしてこの塔の長老だというコウセイと握手を交わし、カズトは今日のお礼を述べ帰り支度をしていたのだが、帰ろうとした直前、コウセイに呼び止められた。最後の一戦に付き合ってほしいそうだが、その相手を見たカズトは絶句するしかなかった。

 

 相手は坊主全員。全員のマダツボミがそこにはいた。

 

「これは……なんの冗談でしょうか……?」

「冗談ではございません。正真正銘我々の最高戦力です」

 

 そりゃあいくらマダツボミだとしても二桁を超える量は明らかにオーバーパワーだろうとツッコみたくなったが、話を聞くと、これらのマダツボミたちは今までの修行の結果、卓越した連携をすることを可能としたらしい。坊主たちを全て打ち負かしたカズトに是非、この陣形に挑んでほしいようだ。

 

 これもまた修行と、半ば丸め込まれた気がしなくもないが、今日一日修行に付き合ってくれた坊主たちに対する礼もある。カズトはその申し出を受けることにした。流石に一体ではキツいので、二体の手持ちを総動員する許可はもらった。

 

「にしても、こんな頻繁に複数のポケモンでバトルすることになるとは…」

 

 ワカバタウンにいた頃は複数体のポケモンを使った乱戦には縁はないだろうと思っていたのに、いざ外に出てみれば予想を超えることばかりだ。改めて自分が井の中のニョロトノだったと思う。

 

 タツベイとタネボーを場に出し、迎え撃つべき相手を見つめる。

 先手を打ったのは坊主たちだった。

 

「空中舞踊"つるぎのまい"!!」

 

 これはまぁ、思わず感心してしまうほど滑らかな動きでマダツボミたちが一斉に"つるぎのまい"を踊る。まるで一体のポケモンのような動きにカズトも一瞬、バトルより驚きが勝った。

 

「まだですよ。円形攻撃陣!」

 

 合図と共に隣のマダツボミと手(のような葉)を重ね合せ、グルッと円になるように繋がった。その直後、猛烈な勢いで輪になったマダツボミたちが"いあいぎり"を放ってきたことでカズトもその危険度に顔が引きつる。

 回避できないほどではないが、当たればひとたまりもないだろう。というか、トレーナーである自分まで巻き込むのはやめてほしい。

 

「陣形と陣形の隙を突く!"たいあたり"!」

「三角防御陣!」

 

 思ったより陣形の完成が早く、タネボーの"たいあたり"は"リフレクター"で防御されてしまう。複数体で展開しているため、その堅さは尋常なものではない。後ろからタツベイが"ひのこ"で援護を始めるも、それと同時に散開して回避されてしまった。

 

 直接攻撃は"リフレクター"で防がれ、距離を取ると連携でかき乱してくる。かといって近づけば強力な"いあいぎり"が待っている。これらの技自体は単体で戦った時から変わっていないが、連携して放つそれは実に凶悪なものに成り代わっている。

 どうにかして陣形が組まれていない間に遠距離攻撃をメインとし、各個撃破をしなければ勝ち目はないだろう。だがその作戦を実行する上で一つ、大きな問題があった。

 

(シードの火力が足りない……!)

 

 タネボーが使える技で遠距離攻撃が可能なのは"タネマシンガン"だ。しかし"タネマシンガン"は一発一発の威力が低く、大きなダメージを期待することはできない。加えて言うと、"タネマシンガン"はくさタイプの技。どくタイプには効果は今ひとつ、同じくさタイプにも効果は今ひとつでマダツボミにはこの上なく相性が悪い。

 それでも今日勝てていたのは、至近距離で当てたり、急所を撃ち抜いたりしていたからである。相手が複数体で連携してくるなら、その隙を作ることはほぼ不可能に近い。

 

 本人もそのことは理解しているのだろう。煮え切らない顔で技を出している。

 

「頼むマグナ、シードの分も頑張ってくれ!」

 

 タツベイが"ひのこ"や"りゅうのいぶき"を駆使して何とか戦線を維持していたが、無理が過ぎたせいか技のインターバルに大きな隙を生み出してしまい、それを的確に突かれた一撃を食らってしまう。

 

 今この場で自分が一番無力なことにタネボーは歯噛みする気持ちで立っていた。

 カズトは懸命に策を考え、指示を伝えてくれている。マグナは自分の分まで頑張って、その結果大きなダメージを負ってしまった。自分がどうにかしなくては、このままでは負けてしまう。

 折角カズトが敗北から立ち上がったのだ。自分もこれまで以上に彼の力になると決意したのだ。それを叶えられる力がほしい……!

 

 その一途な願いに応えるように、タネボーの体が光り輝く。

 

「これって――」

 

 今まではまるできのみのようだった体が次々と姿を変え、腕が生まれ、脚が生まれる。

 輝きが収まった時そこにタネボーの姿はなく、代わりに人に近い姿をした一体のポケモンが立っていた。

 だがカズトには分かる。そこにいるのは紛れもない自分のパートナーだ。

 

「シードが、進化した……!」

 

 進化することで新たな姿と新たな力を得たことを感じたコノハナは、目の前の相手に対してその力を振るう。

 自身の周囲に無数の葉を生み出し、物凄い勢いで撃ち出す。空気を裂く音と共に、マダツボミの体に傷が現れた。

 

「"はっぱカッター"? でもこの威力……」

 

 タネボーだった時の他の技の威力とは数段違う。だが考えている場合じゃない。

 自分の力になるため、進化を果たしてくれたコノハナに報いるためにも今自分ができるのは適切な指示を出すことだ。

 

「マグナ、"りゅうのいぶき"! シード、"はっぱカッター"!」

「っ、円形攻撃陣!」

 

 アイコンタクトを交わした二体はお互い全く同時に技を放つ。竜の力を宿したブレスに刃の葉が合わさった瞬間、二つの力が混ざり合って一つの技としてマダツボミたちを襲った。

 "りゅうのいぶき"の力に加え、"はっぱカッター"で速さと威力が底上げされた攻撃はマダツボミたちに陣形を組む暇すら与えず、その体力を削り取る。

 そして技が止む頃にはその場に立っているマダツボミは一体も存在しないのだった。




主人公、修行するの回。

徐々に戦闘描写を濃く書いていけるようになりたいですね。最終的には読んで頂いた方全員がその光景を思い浮かべることができるようになりたい。←強欲


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第9話 VSグライガー

 マダツボミの塔での修行を終えたカズトたちは現在、次なる目的地であるヒワダタウンを目指して32番道路を南下していた。塔での修行を終えた頃にはすっかり疲れ切ってしまっていたため、その日の残り時間は休息に充ててリフレッシュし、日を改めて出発したところだ。

 

 周りの景色は今までとは少し変わり、傾斜の急な山岳地帯が時々見られるようになったからだろう、ふと見上げた時などに山の上にいわタイプやじめんタイプのポケモンたちが活動している姿が見受けられた。

 

 時折何かに追われるように走り去っていくポケモンたちを見かけはしたものの、時を同じくして遠くから強そうな鳥ポケモンの鳴き声が聞こえてきたので、おそらくそのポケモンから逃げているだけで特に問題はないだろうと判断し先に進む。

 いくら修行のためとはいえ、無闇矢鱈に野生ポケモンの縄張りを荒らすようなことは極力あまりしたくない。

 

「触らぬ神に祟りなしとも言うしね」

 

 コンパスや時間、太陽の位置を確認しながらひたすら南へ進んでいると開けた谷間に出た。左右は高い岩壁に囲まれており、とてもではないが登ることはできない。

 

「マグナ、気をつけるんだぞ~」

 

 いつか空を飛ぶことを夢見ているタツベイは本能的に高いところを好む。カズトでは登ることができない断崖絶壁も僅かな突起を足場にしてスイスイと登っていき敢えて危険な道を進む。本格的に強くなるための特訓をし始めたからか、気合い十分なようだ。

 コノハナも進化したことで今まで以上にやる気に満ちており、トレーナーであるカズトとしては嬉しい次第だ。こんなにも心強いことはない。

 

 だが同時に、もっと上を目指すためにはいろいろと足りないものがあるとも思う。

 特に手持ちポケモンに関しては重要で、成長したとはいえ今までの二匹だけでは太刀打ちできなくなるような場面も出てくるだろう。臨機応変に対応できるよう、層を厚くしなければならない。

 旅が賑やかになるのは是非とも歓迎なのでそのうち新たなパートナーとなるポケモンを見つけたいところだ。

 

 景色の変わらない谷間をしばらく歩き続けると、視線の先でようやく岩壁が途切れるのが見えた。遠くにポケモンセンターも見えるので、ちょうど中間地点に来たようだ。

 あと一息だと気を引き締めた瞬間、カズトは何かを感じてその場から飛んで離れる。

 

 一歩遅れて、カズトがいたところを一匹のポケモンが通り過ぎた。そのポケモンは高度を上げ、やがて崖にしがみつく。

 

「グライガーか」

 

 確かグライガーは風に乗って相手に飛びつき尻尾の毒針で攻撃してくるポケモンだったはず、とカズトは頭の中で記憶を思い起こす。

 そうしている間にもグライガーは再び風に乗り今度はコノハナに狙いを定めた。

 

「"はっぱカッター"で迎撃するんだ!」

 

 コノハナの放った無数の葉がグライガーに向かうが、グライガーはそれを両手の鋏で全て切り裂いた。かなりのスピードで攻撃したはずだが、相手は眼が良いらしい。一気に距離を詰めたグライガーはコノハナに斬りかかった。

 

 鋏を素早く正確に振り回す攻撃に対しコノハナは身体を僅かにずらして最小限の動きで回避していくが、進化してから昨日の今日でまだ急速に発達した身体に慣れ切れていないようで、少し危ない場面が見られる。

 おまけに繰り返せば繰り返すほどグライガーの攻撃のスピードと精度が増しており、コノハナに細かい傷が目立ち始めてきた。

 

「"れんぞくぎり"――やっかいだな」

 

 最初の一撃こそこ大したことないが連続して攻撃することで段階的に鋭さが増していく技で、鍛えられたポケモンが使うととてつもない威力を発揮する。

 グライガーの"れんぞくぎり"はカズトでも軌道が見えてはいるため、それほどレベルは高くなくコノハナと同じくらいだと考えられるが、如何せん劣勢になってしまったがために好き勝手されている状況だ。

 

 状況を打開するべくカズトは策を考えるも、そのためにコノハナへの指示が少し疎かになったことで隙が生まれてしまった。それは奇襲を狙って崖から飛び降りてきたタツベイが補ったが決定的な変化にはならない。

 だが二対一になったことで頭数では有利となったため、グライガーも攻めあぐねている様子だ。

 

「一定の距離を保って攻撃!プレッシャーをかけ続けろ!」

 

 "ひのこ"や"タネマシンガン"で相手の行動を制限しながら相手の攻撃が届くギリギリのラインを維持して戦い続ける。ひとまずバトルのペースを落とすことで強引に相手の流れも断ち切る作戦だったが、その効果はあったようで思うように動けなくなったグライガーはイライラしている。

 

 上手く嵌まってくれたようなのでこのまま谷間から出てポケモンセンターに駆け込もうかとも考えていたが、逃げるより先に痺れを切らしたグライガーが地面を尻尾で勢いよく薙ぎ払った。舞い上がった砂がカズトたちの視界を奪うと、グライガーはその姿を消してしまった。

 様子からして逃げたとは考えにくいので、居場所を確認しようとタツベイたちは辺りを見渡すが姿は見えない。だがトレーナーとして一歩引いた視点で場を見ていたカズトはその影を捉えた。

 

「上だっ!」

 

 しかしカズトが声を上げた時にはもう既にグライガーの接近を充分に許してしまっていた。

 上から振り抜かれた尻尾がコノハナに一撃を食らわせる。コノハナも苦し紛れに拳で反撃したのだが、あまり効いたようにはみえない。

 

「接近戦だマグナ!シードは"はっぱカッター"で援護!」

 

 どうにも逃げられそうにはないので、このまま一気にグライガーを倒してしまうことにしたカズトはスローペースから一転、接近して勝負を決めるための指示を出した。

 "はっぱカッター"の多角的な攻撃に対応するため意識を割かれたグライガーは、至近距離まで近づいてきていたタツベイに反応することができない。

 

「そこだ、"ずつき"!」

 

 まるで砲弾のようにも感じる威力を誇る"ずつき"がグライガーに命中するとその体を吹き飛ばし、そびえ立つ岩の壁にめり込ませた。あの威力をまともに食らっては立ち上がることはできないだろう。

 カズトはそこで勝利を確信したが、なんとグライガーは問題なく立ち上がり再び両の鋏で切りつけてきた。さらに、タツベイが交戦しているタイミングで特に攻撃を受けていなかったコノハナが膝をつき苦しそうに顔を歪めていた。尻尾で叩きつけられた時に気づかないよう"どくばり"を刺されていたのだとカズトは察したが、時既に遅く毒はコノハナの体を蝕んでいた。

 

 生憎今は解毒可能なアイテムを持ち合わせていないので、これ以上毒を回さないようカズトはコノハナをボールに戻した。

 谷間の急襲から始まったこの勝負の決着はタツベイでの一対一に委ねられる。

 

「"りゅうのいぶき"!」

 

 タツベイが渾身の力を込めて放つ技をグライガーはその隙間を縫うようにして回避する。この谷間に吹く風に上手く乗ることでその動きは非常にトリッキーなものになってカズトたちを翻弄、狙いを定めさせない。

 しかしやはりさっきの"ずつき"が効いているのだろう、最初の時ほど動きに俊敏さは見られなくなっていた。付け入るならそこだ。

 

「引きつけてから"かみつく"!」

 

 動きが読めないなら、読む必要がなくなるくらい近づければいい。勝負をかけに来たグライガーをギリギリまで引きつけ、攻撃の瞬間、一気に前に出た。

 当たるはずだった攻撃は対象をなくしたことでただの軽率な行動に成り下がる。目測を誤ったグライガーの鋏は空を掻き、大きな隙を生み出した。そのチャンスを逃すカズトたちではない。

 

 グライガーの背後を取ったタツベイは目の前の尻尾に噛みつき、宙に放り投げた。無理矢理空中に投げられたことでグライガーも風を捉えることができず、きりもみしながら飛んでいく。

 昨日のマダツボミの塔での修行でも似たようなケースがあったが、あの時は欲を掻いてカウンターを食らってしまった。今度は油断せず、確実に勝負を決める。

 

「とどめの"りゅうのいぶ――」

 

 だがその指示は別の甲高い鳴き声に遮られる。

 カズトはその鳴き声に覚えがあった。数刻前、何かを恐れて逃げるポケモンたちを見た際に聞いた声と同一のもの。つまり、この近辺で猛威を振るい恐怖の対象となっている強力なポケモンがこちらに来たということである。

 

 銀色に輝く鎧のような体が特徴的な鳥ポケモン。エアームドと呼ばれるそのポケモンをカズトは知らなかったが、その体を見るに最近新しく確認、分類されたはがねタイプの一種だろう。生半可な攻撃では傷一つつかないはずだ。

 

 どうもこちらを狙って向かって来ているので、グライガーとのバトルも中断しなければ危険だ。一か八かだが、逃げに専念するべきだろう。

 

「逃げるぞマグナ!」

 

 幸いグライガーはエアームドの方を向いていたため、見つからずに走り出すことができた。このまま走ってポケモンセンターに逃げ込めば勝ちだ。追いかけてくるエアームドを遠目にカズトとタツベイは全速力で駆ける。

 

 だが、カズトの思惑は外れることとなる。

 カズトの予想していたよりも数倍、エアームドの飛行スピードが早いのだ。このままではポケモンセンターにたどり着くどころか、谷間を抜ける前に追いつかれてしまう。

 

「結局戦うしかないか、くそ!」

 

 逃げるために動かしていた脚を止めて、エアームドを迎え撃つ。正直、グライガーとのバトルで消耗しているタツベイたちで勝てるかは不安だが、やるしかないだろう。

 

 あのスピードで急な方向転換は厳しいと判断し"りゅうのいぶき"で遠距離からの迎撃を試みる。流石に直撃は求めすぎかもしれないが、かすってもそれなりのダメージにはなるはずだ。

 ところが再びエアームドはカズトの予想を裏切る動きを見せた。まさかまさかの回避行動すら取ろうとせず"りゅうのいぶき"めがけて直進してくるではないか。しかも全く意に介していないというぶっ飛び具合である。

 

 慌てて回避しようとするが、エアームドのスピードを考慮するとおそらく間に合わない。

 あのスピードでぶつかられると自分もタツベイもただでは済まない――まさに万事休すかと考えたカズトだったが、ここでまたもや予想を裏切る事態に遭遇する。

 先ほどまでカズトたちと敵対していたグライガーが横からエアームドに突っ込んで来たのだ。

 

 流石にエアームドもこれは想定外だったのだろう。防御する間もなくその身に一撃をもらい地面に墜落した。

 

「お前、オレたちを助けたのか……?」

 

 グライガーはカズトの横に降り立つと、タツベイではなくエアームドの方を向き睨みつける。

 目の前にいるグライガーの体をよくよく見ると、戦っていたときには気づかなかったが今日できたものではない、治りかけの傷が体に点在していた。状況を鑑みるに、おそらくエアームドと戦った際につけられた傷なのだろう。

 

 グライガーとエアームドの両方を同時に相手しなければならないことを想像していたために、これだけは嬉しい誤算だ。グライガーがこちら側についてくれたならどうにかできるかもしれない。

 

「グライガー、あいつに勝つために力を貸してくれないか?」

 

 カズトの問いにグライガーは何も答えなかったが、沈黙はつまり肯定だろう。

 お互いに手負いの身だ、いがみ合っていてもあのポケモンには勝てない。とはいえカズトはグライガーの能力や技を十全には理解できていないので、不用意な指示を出してグライガーのパフォーマンスを損ねてはいけない。

 協力するという話になったが、あくまでグライガーは野生のポケモン。基本的には自由に動いてもらう。そこを後ろでサポートするのがポケモントレーナーとして今のカズトができることだった。

 

 地面に小さいクレーターを作るほどの力で叩き落とされたエアームドは衝撃を感じたからか、少しふらついた様子を見せたが、それでも体に傷はほとんど見られず相変わらずピンピンしている。

 攻撃の邪魔をされたことでグライガーに対して随分お怒りのご様子で、"メタルクロー"で襲いかかる。羽にもかかわらずその鋭さから、もはや斬撃のようになっているエアームドの猛襲をグライガーは右へ飛び左へ飛び翻弄している。

 

 完全にエアームドの意識はカズトたちからグライガーに向いているようで、こちらには見向きもしない。先ほど"りゅうのいぶき"を食らってもほとんど効かなかったことからの余裕の表れだと思うが、その慢心が仇となることを教えてやろう。

 どく状態になっているコノハナにも攻撃に参加してもらうため再びボールから出す。無理をさせることは重々承知だが、勝つためにもコノハナの力が必要だ。

 

「グライガー避けろ!」

 

 カズトの声に反応したグライガーがその体を翻してエアームドから距離を取ると同時に、コノハナの放った"はっぱカッター"がエアームドに着弾する。

 やはりというべきかあまり効いてはいないようだが、視界一面に葉っぱが舞っているためうっとうしそうに翼で払う動きを見せた。攻撃の手が止まったことを確認したカズトは、合図を出す。

 

「マグナ、"ひのこ"!」

 

 エアームドの動きが止まった隙に岩壁を登り、射程距離まで近づいていたタツベイが"はっぱカッター"ごとエアームドを炎で焼き払った。そこで初めてエアームドが苦しそうな表情を見せたことから、カズトは自分の推測が正しいことを確信する。

 鋼は炎に弱い。間違いなくエアームドはほのおタイプの攻撃が弱点だ。

 

 できれば岩場から飛び降りた勢いで"ずつき"もお見舞いしたかったが、それは"メタルクロー"ではじかれてしまった。しかし空中で体勢を整えたタツベイは軽やかに着地する。

 

「効いてるみたいだ。この調子でやるぞ、マグナ」

 

 再び上空でグライガーとエアームドが切り結んでいるが、どちらも決定的な一撃を相手に与えることができずにいた。このままでは既にカズトたちとの戦いで疲弊しているグライガーが押し負けてしまうだろう。

 

「グライガー! もう一度だ!」

 

 どうやらグライガーもタツベイの炎が効果的であると気づいていたみたいで、素直に策に乗ってエアームドから離れる。再度コノハナの"はっぱカッター"がエアームドの視界を遮ると、タツベイはエアームドに接近し、技を放つ態勢をとった。

 

 しかし技を出す前より早く、エアームドはタツベイを探し出すと、翼をはためかせ刃のような鋭い風でタツベイを攻撃した。"エアカッター"が"ひのこ"をかき消し、タツベイを襲う。

 何とかギリギリでその攻撃自体は回避できたが、ついにコノハナの体力が限界のようでこれ以上は戦闘を継続することはできなくなってしまった。このままでは"ひのこ"を当てることが難しくなり、翼のないタツベイでは現状、自在に空を飛ぶエアームドを倒すのは不可能だ。

 

 そう、タツベイでは(・・・・・・)不可能だ。

 

「グライガー!」

 

 "エアカッター"でタツベイを攻撃することに意識を集中していたエアームドは、完全にグライガーを見失ってしまっており、見当違いの方向を向いていた。

 他にはないこの千載一遇のチャンスを同時に感じ取っていたカズトとグライガー。自然とカズトの口からグライガーへの言葉が出され、グライガーもそれに応える。

 

「"れんぞくぎり"!!」

 

 エアームドを完璧に捉えた斬撃は攻撃を当てるごとに徐々にパワーとスピードを増し、その鎧にひびを入れ、反撃を許さない。そうして数十にも及ぶ斬撃を経て、最後の一撃を入れたとき、ついにエアームドの鎧の一部が砕けて地面に舞い落ちる。

 これにはエアームドもたまったものではなかったのだろう――大急ぎで翼を広げ飛び去っていった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「何とか勝てたか……」

 

 強敵を打ち破ったことで今までの緊張が解けたカズトはもはや無意識にその場に座り込んだ。一瞬だが身の危険も感じたので心臓の鼓動が激しく、息も切れており、すぐに動けそうにない。

 そんなカズトのそばにグライガーが降り立った。カズトをじっと見つめるグライガーにタツベイは警戒の色を示すが、そっと諫める。

 

「あいつに縄張りを荒らされて気が立ってたんだろう? オレに攻撃してきたのも、縄張りを荒らされると思ったから――違うか?」

 

 その問いにグライガーはゆっくりと首を横に振る。

 

「あのポケモンは撃退したから、これからこっちに来ることはないと思う。気を張る必要はなくなるよ」

 

 だが今度もグライガーは首を横に振った。そしてカズトの持つ、コノハナを戻したモンスターボールをじっと見つめる。

 

「――もしかして、オレと一緒に来てくれるのか?」

 

 どうやら正解だったようで、今度こそグライガーはうなずいた。

 カズトが空のボールを取り出すと、グライガーは自ら鋏をボールの開閉スイッチに当て、捕獲機能を起動させる。ボールに吸い込まれて数秒後、捕獲が完了したモンスターボールをカズトは拾い上げ、再び開閉スイッチを押した。

 そしてボールから現れたグライガーにカズトは笑顔で声をかけるのだった。

 

「これからよろしく、ライガ」




新しい手持ちの追加を果たした主人公。打倒シルバーに向けて力をつけていきます。
しかし相変わらずこおりタイプには弱い…。

―――――――――――――――
設定

ライガ(グライガー)Lv.16
性別:♂
性格:さみしがり
特性:かいりきバサミ
覚えている技:どくばり、すなかけ、れんぞくぎり、どくどく

32番道路の谷間を住み処にしていたが、エアームドが現れたことで縄張り争いに発展。決着はつかなかったもののかなりの手傷を負い、縄張りに入ってくるものに対して神経質になる。ちょうどそのタイミングでカズトが通りかかり今回の話に至る。


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第10話 VSリングマ

 走る。とにかく走る。暗闇の中、僅かな灯りを頼りに彼は駆け抜けていた。

 

「はぁ、はぁ……何だよもう!」

 

 ヒワダタウンに向かうため繋がりの洞窟に足を踏み入れたのだが、その途中突如何かからの攻撃を受け、カズトは絶賛その何かからの逃亡劇を繰り広げているところだった。

 初めに攻撃されたときからずっと、妙なオーラや洞窟の岩を飛ばしてきている件の相手はこちらからは姿がてんで見えず、ずっといいようにやられている始末。せめて相手が何者かを確認しようとこちらからも反撃はしたもののまるで手応えがなく、加えて洞窟内にもかかわらず甘い匂いが漂っているため、そのあまりにも非現実的な状況に顔色も悪くなる。

 

 まるで嘲笑うかのようにやりたい放題やってくる正体不明の敵にカズトは軽い気持ちで洞窟に入ったことを後悔していた。

 

 繋がりの洞窟の前に来たとき、既に辺りは夕焼け模様で日が沈むのも時間の問題だった。だが、事前にこの洞窟は1時間もあれば抜けられることと、その洞窟を抜けてすぐにポケモンセンターがあるという情報を得ていたということもあったため、それならばできるだけ進んで落ち着いた場所で休もうと思ったのだが――その結果がこれである。

 

「やっぱり朝に来た方がよかったかなぁ!」

 

 しかし今更後悔しても後の祭り。既にカズトは洞窟の中に足を踏み入れてしまった。今できるのはもうすぐたどり着くであろう出口目掛けて走ることだ。

 

「見えた!」

 

 言うや否や前方に大きな満月と木々が風に揺れている景色が現れた。ひとまず外に出れば、目の前の岩が突然迫ってくるといったトンデモ現象に慌てることもなくなるだろう。

 残りの体力を振り絞って出口までスパートをかけ、時には飛んでくる岩を躱し、何とか洞窟を脱出して新鮮な空気を吸い込む。後ろを見ると、今までひたすら追いかけて来ていた謎の存在が月の光に照らされたことでその姿をあらわにしていた。

 

「うわぁ……」

 

 カズトが辟易するのもおかしくない。そこにいたのはゴース、ゴース、ゴース――自分の目を疑いたくなるくらいの大量のゴースだった。追跡者の正体がポケモンであったことにひとまず安心したが、その量が量なだけにやはり逃げ出したいのは変わらない。

 

 だが散々逃げ回ったおかげですっかり体力は底をついているので、これ以上は走って逃げることもできず、このまま放置していると最悪ゴースたちに取り囲まれて彼らの毒ガスで死に至るかもしれない。

 

 何より散々追いかけ回されたあげく、怖い思いをさせてくれたことに対する鬱憤がたまっている。いくら普段は大人しいやつだと言われていてもイライラはするのだ、好き勝手されて黙っていられるほどカズトは大人ではなかった。

 

「やられたらやりかえさなきゃね――」

 

 その後、ゴースたちがどんな目にあったかは説明するまでもないだろう。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「――ということがありまして……」

「それでこんなに大量のゴースを連れていると?」

「はい……」

 

 とんだ惨事もあったがヒワダタウンに到着していたカズトは、数人の警察官に囲まれて職務質問を受けていた。今まで十年生きていて後ろ暗いことは何もしてしなかっただけに声をかけられたときのショックは大きい。

 

 原因は繋がりの洞窟で蹴散らしたゴースたちで、ヒワダタウンについてからのんびり歩いていたところを追いかけてきた彼らに囲まれてしまった。日をまたいで追いかけられては流石にしつこいとボールをちらつかせると、彼らは大慌てで首を振り、害はないアピールをしカズトの周りをフヨフヨし始めたので、どうやら懐かれてしまったらしい。

 

 一匹だけなら手持ちのポケモンと見られていたのだろうが、大量のゴースとなると怪しさ全開だろう。知らないうちにヒワダタウンの地元住民に通報されており、気づいたときには警官たちに取り囲まれていた。

 

「とりあえず事情は分かったけど、あまり目立つと町の人たちが怖がるからほどほどにね」

「すみません……ご迷惑をおかけしました」

 

 無事に誤解は解けたので注意だけ受けて警察の方にはお帰りいただいたのだが、以前としてこの大量のゴースたちの対処方は見つからず仕舞いである。できるならさっきの警察の人たちに引き取ってほしかったのだが。

 

「悪いけど、オレじゃお前たちの面倒は見れないぞ」

 

 カズトの言葉にゴースたちは衝撃を受けて固まってしまった。どうやら付いてくる気満々だったらしく、あまりに素っ気ないカズトの様子にうろたえている。

 だが駄目なものは駄目だ。十匹のゴースなど、ゴーストタイプが相当好きな人でないと世話しきれない。そもそも手持ちは原則六匹までだとポケモン協会に定められている。例外は勿論あるが、基本的に手持ち全部に愛情を満遍なく注ぐことができるのが調査の結果、六匹だという報告が出ているからだ。

 

 こうした理由もあってカズトに六匹以上のポケモンを所持する気はない。少なくとも旅に出ている間は確定だ。

 

「というわけで、諦めてくれ」

 

 突き放すカズトだが、それでもなおゴースたちは離れず、カズトが歩いた後ろをおそるおそるにはなっているがしっかり付いてきている。

 歩くスピードを早めればゴースたちも早く動き、足を止めるとゴースたちも止まる。ならばと思い全力疾走するが結局それでも振り切れず、最終的には徒労に終わるだけだった。

 

「――もう! 分かった、分かったから! オレの負けだよ!!」

 

 ついに根負けし、半ば自棄になってモンスターボールを頭上に乱雑に投げるとゴースたちは嬉々としてボールに吸い込まれていき、周囲が静寂を取り戻した時にはカズトの足下に無数のボールが転がるのみとなった。

 

「どうしよう……」

 

 とりあえず落ちているボールを拾い、今夜の宿にもなっている、もはやお馴染みポケモンセンターでワカバタウンの家族の下まで転送しようかと考えたのだが。

 

「転送装置が使えない?!」

「装置にシステムトラブルが起きていまして……」

「オレがヨシノシティにいたときも似たような話を聞いたんですが……?」

「はい、もっと言いますと数ヶ月前からずっと……」

 

 聞けばどうやら、原因不明のエラーで数日どころか数ヶ月レベルで転送装置が不調、加えてこのシステムを組み立てた開発者ですら改善の方法に目処が立っていないというなんとも危機的な状況だった。これほど長期の不調になるとトレーナーたちからの不満や落胆の声も大きいはずだ。かくいうカズトもてっきり直ったものだと思い込んでいたので衝撃が大きい。

 

 システム開発者でも解決できないというのならば本格的にお手上げだ。対処法としては自らの足で届けることが挙げられるが、ヒワダタウンからワカバタウンに戻るのはそれなりの日数を要することになり、往復となるとかなりの時間になる。

 

 結局、ゴースたちとは道を共にするしかないのだろう。とんだ大所帯になることを考えたカズトは己の頭が痛むのを感じた。主にこれから増大するであろうご飯代のことで。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 翌朝、カズトはあれから既存の手持ちと新たに捕まえさせられた十匹のゴースたちとを天秤にかけた結果、どちらかには振り切れず全員の面倒を見ることを決意したことで吹っ切れていた。考えるのを止めたとも言うが、好かれてしまった以上ちゃんとその好意に応えるべきだと思ったからというのが大きい。

 十匹以上の世話をするのは異例中の異例だが、ゴールドの実家のポケモンたちと接していたときを思い浮かべながらやれば何とかやれそうな気もする。

 

 今はひとまず手持ち整理の目処が立つまでは旅を共にすることになったので彼らを使った戦闘法も考えた方が良いだろうと特訓のために近くの山に来ているところだ。ついでにジム戦に向けての調整もしておきたい。

 

「基本的には十匹合わせてのコンビネーションが良いかな?」

 

 ゴースたちの中で平等性を出すためにも十匹そろっての行動が望ましく、主に野生のポケモンに襲われた場合などのやむを得ないシチュエーションでの最終手段として活躍させてやりたいところだ。

 

 繋がりの洞窟で自分にちょっかいをかけてきたときのように彼らの特徴を生かすスタイルとしてはやはり隠密系の方が向いている。ゴースは体の95パーセントがガスでできており、暗闇の中だと視認することは格段に難しくなる。奇襲の際にはこの上なく優秀な戦力であり、十匹もいるとなると相手の死角から攻撃することもたやすいだろう。

 

 使える技を確認したところ、先日カズトにも使ったオーラのような攻撃技の"ナイトヘッド"、岩を飛ばすときに使用した"サイコキネシス"の他にも相手の行動を抑制する"くろいまなざし"や"あやしいひかり"といった技も使えることが判明した。

 "くろいまなざし"を使われていた暁にはあの洞窟から出ることすらできなかったことを考えると、あのときはゴースたちの悪戯レベルで済んでいて本当に良かったと思う。

 

 特訓の方法としては、山にいる野生ポケモンたちとの乱戦形式でのバトルが効果的だろう。

 しかし、そもそも十匹のポケモンにそれぞれに合った指示を出すことはカズトの技術では難しく、そのうえもしものことを考えると、実戦でゴースたちの力を借りるときは自分自身がゴースたちには指示を出せない状況にあるかもしれない。

 

 そのため、ゴースたちには事前にフォーメーションの確認だけ打ち合わせしておき、あとは各々で行動してもらうことにした。元々洞窟で一緒に暮らしていたので動きの乱れも少ないだろうと判断したのもあってのことである。

 

 しばらくの間、山のポケモンたちとバトルさせながらタツベイたちの調子を確認していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「――で、そのヒメグマってのはどんなポケモンなんだ?」

「小さくてまるまるしてて……かわいいの!」

 

 やんちゃそうな口調とその声色で姿を見ずとも分かった。

 ゴールドが、この山に来ている。一緒にいるであろう女の子のことはカズトは知らないので、おそらくヒワダの子どもだろう。

 聞こえた話から推測すると、ゴールドはその女の子と共にヒメグマを捕まえに来たようだ。

 

 見知った顔を無視するのもあれなので、カズトは特訓を切り上げてゴールドたちを追うことにした。付き合ってくれた野生ポケモンたちにお礼としていくつかきのみを置いて、その場を後にする。

 

 ほどなくしてゴールドの後ろ姿を捉えると、どうやらヒメグマを見つけたらしく、捕獲に臨もうとしていた。

 

「ゴールド!」

「おお、カズトじゃねぇか! 久しぶりだな!」

 

 彼がヒメグマを捕まえようとしてた理由は"飯のお礼"らしい。ゴールドらしいと思いつつ、最後に話してから一週間ほど経っていただけに変わりない様子でいたことに嬉しくなる。

どうやら少女の祖父のガンテツというボール職人の作った特殊なボール――捕まえたポケモンが懐きやすいフレンドボール――でヒメグマを捕まえたいそうだ。

 

 しかし一つ問題として、ヒメグマの近くにいるとあるポケモンがその存在感を放っていた。

 

「リングマ……ヒメグマの進化系だわ!」

「ったく、あんなヤローがいるなんて聞いてねぇぞ」

 

 観察すれば分かるが、かなりレベルが高い。おそらくタツベイたちと同じくらいのレベルはあるはずだ。カズトが思うに、ここはゴールドと分担してそれぞれの相手をした方が効率的だろう。先手必勝と見てリングマへ単身攻撃を仕掛ける。

 

「おいカズト?!」

「リングマはオレが相手するから、ゴールドはその間にヒメグマを捕まえて!」

 

 要領の良いゴールドのことだから、きっと自分がリングマを引き付けているうちにヒメグマを捕獲してしまうに違いない。今までの信頼からカズトはそう判断し、自分のやるべきことに集中する。

 

「ライガ、"れんぞくぎり"!」

 

 次々と繰り出されるグライガーの連撃にリングマは狙い通り誘き出され、"みだれひっかき"で応戦してきた。これでリングマにはヒメグマの状態は目に入らず、ゴールドが捕獲に集中できる。あとはリングマがゴールドたちの邪魔をしないように適度にこちらに意識を向けさせれば良いだけだ。

 

「さぁ、やろう!」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 カズトがリングマの意識を引き付けてこの場から離れたことで、ゴールドの目の前にはヒメグマ一匹だけが残されていた。

 

「アイツ、一人で無茶しやがって!」

 

 正直に言ってゴールドは、カズトにあのリングマの相手は厳しいと考えていた。ポケモン図鑑でリングマのレベルを計測した結果、ゴールドの手持ちポケモンたちより数段上のレベルだったからだ。いくらカズトがワカバタウンにいたときに彼の兄とバトルの訓練を積んでいたとしても、あのレベルのポケモンだととてもではないが無理がある。

 

「ちっ、やるしかねぇか」

 

 かわいい弟分が自分より危険な場所に飛び込んだのだ。自分がなるべく早くヒメグマを捕まえて応援に向かわなければ、カズトが危ない。

 

「エーたろう!」

 

 エイパムがヒメグマの周りを飛び回りながら、隙を見て"みだれひっかき"で体力を削っていると、今まで大人しかったヒメグマの様子が急変した。

 同じく"みだれひっかき"でエイパムの攻撃を全てはね返すと、ゴールド目掛けてロケットのような勢いの"ずつき"を繰り出してきたのだ。

 

「おわぁ?!」

 

 咄嗟に反応して避けることはできたが、その威力にゴールドは戦慄する。地面は岩で覆われていたのが、ヒメグマの"ずつき"でその形が変化していたのだ。害のなさそうな顔をして案外かなりのやり手だったことに焦りが生じる。幸いにもレベル的にはエイパムで十分相手はできるので、油断なく片付けるしかない。

 

「エーたろう、"いばる"!」

 

 エイパムの相手を挑発するような動作でヒメグマはゴールドの想定通り"こんらん"し始め、動きが散漫になる。

 ボールを投げるには絶好のチャンス、ゴールドはすかさず手に持っていたフレンドボールをヒメグマに狙いをつけ、投げつけた。が、ボールは確かにヒメグマに命中したにもかかわらず、その機能を発揮することはなかった。

 

「おっかしいな……もう一度!」

 

 転がって手元に戻ってきたフレンドボールを拾い再び投げつけるも、先ほどボールを当てたときに混乱が解けたのか、今度は自身の腕でゴールドまで打ち返してきた。

 

「あのジジイ――!! 手ヌキしやがったな?!」

「違うのおにいちゃん! おじいちゃんのボールはただ当てればいいだけじゃないの!」

 

 少女の声にどういうことか聞きなおそうとしたが、それよりも早くヒメグマが"ずつき"を放ってきたことで避けることに専念せざるを得なくなった。おまけに"いばる"の副作用でヒメグマの攻撃力が跳ね上がっており、少女をかばいながらでは反撃の指示が出せない。

 

 さらにヒメグマがどこかに向けて一声鳴くと、カズトが引き付けていたはずのリングマがこちらに向けて突進してきた。カズトの姿が見えないことからまさかの事態を想像してしまうが、今は自分がこの危機をどう切り抜けるか重要だろう。

 ヒメグマの"ずつき"にリングマの"かいりき"攻撃が加わったことで本格的にまずい状況になり、このままでは直に自分も少女もあの二匹の攻撃の餌食になってしまう。

 

 そして悪い事態は重なるのだろう。少女が出っ張っていた岩に躓きバランスを崩してしまい、ゴールドのかばえる範囲から離れてしまった。

 

「きゃあああ!!!」

 

 逃げ遅れた少女にリングマの鋭い爪が迫る。

 

「"こごえるかぜ"!」

「"りゅうのいぶき"!」

 

 間一髪、その爪が少女を切り裂く前にどこからか現れたニューラの冷気によって凍らされ、追い打ちにタツベイによる竜のエネルギーがリングマたちの進行方向を塞いだ。

 

「ニューラ!? こいつ、シルバーの!」

「ゴールド、大丈夫?」

「カズト! こりゃ一体どういうことだ!」

 

 カズトによれば、戦闘の途中で、元々リングマを狙っていたらしいシルバーに乱入されたようだ。その後トレーナー同士は若干仲違いしていたものの、単純に戦力が増えたことからも順調にリングマにダメージを蓄積させていたのだが、いきなり向きを変えものすごい勢いでゴールドたちの方へ戻っていったことで、戦闘は強制中断。

 慌てて追いかけてくれば、二人がまさにリングマに襲われている場面に遭遇したというわけであった。

 

 少女の話では、シルバーはガンテツがその実力を認めてボールを作ったトレーナーだそうで、彼に馬鹿にされたゴールドとしては面白くない事実だった。

 シルバーが手にしているのは重いポケモンほど捕まえやすくなるヘビーボールで、完全にリングマ狙いだったことが見て取れる。

 

「"ほのおのパンチ"で溶かしてきたか」

 

 シルバーの声にリングマを見やると、ニューラに凍らされたはずの腕が炎に包まれ元の姿に戻っていた。

 このままシルバーにしてやられるのも癪なゴールドは、ヒメグマではなくリングマに向かってエイパムに指示を出す。

 

「おい、横取りする気か!?」

「へっ、野生ポケモンの捕獲は早いもん勝ちだぜ!」

「それにさっきオレが戦っていたところを横取りしようとしてきたのは誰かな?」

「チッ……」

 

 各々思い思いにリングマに攻撃を加えていると、好き放題されることに怒りが爆発したのか、手あたり次第に攻撃をし始めた。もちろんヒメグマもいるので、尚更手が付けられない状態だ。

 少しでも負担を軽減するためにも、やはりまずはヒメグマの捕獲を優先すべきだと判断したゴールドは三度、フレンドボールをヒメグマに投げる。だが、やはりというべきかボールはヒメグマに当たるだけで何の効果も見せず戻ってくる。

 

「なんでだよ!」

「ボールを使いこなせないのは、そいつの腕と知識が不足している証拠だ」

 

 どうやらガンテツの作ったボールは使うのにコツがいるため、今のゴールドでは何回がむしゃらにボールを投げても捕獲は無理だそうだ。先ほど詳しく聞きそびれた少女の話からも似たようなニュアンスを感じたので、その言葉は真実だろう。

 

「じゃあシルバーはゴールドと違って、そのコツを知ってるってこと?」

「当然だ。悪いがリングマはオレがいただく」

 

 ところが、シルバーがボールを構えようとした瞬間、リングマに投げ飛ばされたエイパムがシルバーの肩に激突し、そのはずみでヘビーボールは手からすり抜けリングマたちの近くに転がって行ってしまった。

 シルバーがエイパムのおやであるゴールドを睨みつけるが、不可抗力だ。ゴールドは全力で首を振る。

 

「いがみ合ってる場合じゃないでしょ!」

 

 カズトからの注意が飛ぶと同時にリングマの豪腕で飛ばされた岩が四人の進路を塞ぎ、逃げ道がなくなってしまう。前にはリングマたち、後ろには岩。横も崖になっているので進めず、おまけにシルバーのヘビーボールは手元から離れてリングマの真下にある。

 現状唯一の頼みの綱であるフレンドボールはゴールドが持っているが、その機能を十全に発揮する方法を知らず持て余している。

 

「こうなったら、二人には悪いけどオレが手持ちのボールであいつらを捕まえて――」

「――その必要はねぇよ」

 

 ゴーグルを装着し、キューを手に取る。ゴールドには現状を打開する策があった。あと必要なのは、このボールのパフォーマンスを引き出すための知識だけだ。

 

「シルバー、さっき言ってたコツっての……教えろよ。百発百中は保証すっからよ」

 

 正直言ってシルバーに教えを請うのはかなり気が進まないが、少女にはお礼としてヒメグマをフレンドボールで捕まえてプレゼントすると約束したのだ。その約束を反故にはできない。

 

「頼む」

 

 コツさえ分かれば、必ず成功させるから。

 

「腕に関しては、間違いないよ」

「……いいだろう」

 

 そうしてシルバーーから伝えられたコツとは、"投げるタイミング"と"当てどころ"だった。

 中でも"当てどころ"というのが重要で、ポケモンの生体エネルギーが集中しているツボを正確に捉えたとき、ボールは真の力を発揮するそうだ。そして、リングマの当てどころは胴にある真円模様の真ん中、ヒメグマは頭の三日月模様そのものであることも教えてもらった。

 

「それさえわかりゃあ、こっちのもんだぜ」

「ボールは一つだけ。どっちを狙う?」

「決まってんだろ――」

 

 ボールをセッティングし、キューを構える。

 

「――二匹ともだ!」

 

 キューによって打ち出されたボールはリングマたちの周りを岩や木などに幾度にも渡って跳ね返り、その狙いを絞らせない。そうして二匹がボールの行方を完全に見失った瞬間、リングマの足下にあったヘビーボールにフレンドボールがぶつかり、弾かれることでそれぞれ持ち主の下へ戻っていった。

 

「な?!」

「こいつで決まりだ!!」

 

 二人がボールを投げると、ヘビーボールはリングマ、フレンドボールはヒメグマの"当てどころ"に確かに命中し、ゴールドが今までいくら投げても反応しなかったボールも嘘だったかのようにその力を発揮した。

 みるみるうちに吸い込まれていきボールに収まった二匹を見て少女も感嘆の声を上げ、喜びをあらわにする。

 

「相変わらず無茶苦茶だなあ」

 

 自分では到底真似できない破天荒な技にシルバーはもちろん、カズトも思わず驚きを隠しきれない。本人は百発百中の精度を謳っていたが、あのレベルの技をその場で成功させるその技術と胆力にただならぬものを感じる。

 

 リングマの入ったボールを手にしたシルバーは少しだけゴールドの評価を改めた。以前戦ったときは未熟さが目立っていたカズトもあのリングマ相手に一人で余裕を持った戦いを展開していたので、やはり前回感じた底知れないものの気配は間違っていなかったと判断する。

 

「ゴールド、それにカズトといったな。これ以上オレに関わるな」

「なにそれ、忠告のつもり?」

 

 カズトがボールを構えると、落ち着いていた空気が一変する。ワニノコのことは諦めたようだがシルバーのことは"許す気はない"と言っていたので、こうなるのもある意味当然だろう。それに応えるようにシルバーもボールを構えた。

 

 だが彼はふと雰囲気を緩めると、構えを解きボールを仕舞い込んだ。カズトのその行動にシルバーは拍子抜けするも、こちらを油断させる作戦かもしれないと考え、警戒は解かない。

 

「こっちから仕掛けようとしたのは悪いけど、そんなに気張らないでよ。今回は見逃してあげる」

「どういうつもりだ?」

「そりゃあリングマと戦ってたときは絶対に逃がすつもりはなかったよ。でもその女の子、助けてくれたし」

 

 少女を見ると、ヒメグマの入ったボールを大事に抱えてとても嬉しそうにしている。シルバーの動きがなければ、あの笑顔を見られなかったのは確かであった。

 だからカズトは今のシルバーのことを悪いヤツだと見ることはできない。今の彼は紛れもなく、一人の少女の命を救い、リングマを捕獲して危機を遠ざけた立派な立役者だ。

 

「こんな良い人を警察に突き出すほどオレはバカじゃない」

「……いや、お前はバカだ」

 

 そう言うとシルバーは踵を返し、素早い動きで山を下りていった。少し見送れば、その姿は完全に見えなくなる。今から追いつこうと思っても不可能だろう。

 一息ついたカズトの横にゴールドが座り込んだ。

 

「お前ら、知り合いだったのかよ」

「この前ちょっとね。それよりゴールド、勝手にオレの判断で逃がしちゃってごめん」

「ああ、気にすんな。お前の言うことも分かるしな」

 

 確かに今回は逃がしたが、またどこかで追いつくときが来るだろう。決着をつけるのはまた別の機会だ。それに日も暮れてきたので、早く町に戻らないといけない。

 

「とりあえず嬢ちゃんを家まで送り届けてやるとするか」

「そうだね」

 

 そうしてゴールドたちも会話をそこそこに山を後にするのだった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ここが君の家?」

「うん! おじいちゃんただいま~!」

 

 少女が声を上げるも、家の中からは何の反応も返ってこない。どうやら留守にしているようだ。

 ならば待たせてもらおうということで家の中に通してもらったとき、全員がその異変に気づいた。

 

「水が出ない?」

「もしかして、ヤドンの井戸で何かあったのかしら」

 

 町で賄う水の全てがヒワダタウンでは"ヤドンの井戸"と呼ばれる井戸から送られている。そのため、水が出ないということはつまり、源流であるヤドンの井戸で何かトラブルが起きたと考えるのが自然だ。山を下りたばかりで疲労もあるが、井戸の確認に走る。

 

「あ、おじいちゃ~ん!」

 

 どうやらガンテツも井戸に来ていたようで、少女がその姿を見つけた。ヒメグマを連れて彼のところへ駆けていく少女を二人はどことなく微笑ましいものを見る気持ちでいたのだが、雷が落ちたようなガンテツの声が聞こえたので慌てて彼女に駆け寄る。

 

「おい、じいさん! オレが連れ出したんだからその子は悪くねぇだろ!」

「おじいちゃん……ごめんなさい」

 

 ゴールドがかばい、少女も涙ながらに謝ると、ガンテツは怒った顔を引っ込め孫娘の頭をなでて無事を喜んでくれた。元々危険な場所に黙って行ったことを怒っていただけでヒメグマを捕まえたことにはついては文句はないらしい。

 彼は少女に大切なパートナーとなるヒメグマを大事にするよう告げると、今度はゴールドたちの方に向き直った。

 

「見ない顔もあるが、お前さんたちも孫を守ってくれてありがとうな」

「ゴールドの友達のカズトです。本当に無事で良かった」

「オレのこと見直したかよ?」

「ちょっとだけな」

 

 これに噛みつくゴールドの様子に笑いも起きたが、深刻な事態に変わりはなかった。井戸の周りには尻尾を切られたヤドンたちとグルグルに縛られた男たちが気絶していたのだ。

 井戸の様子を見にガンテツが来たときには既にこうなっており、誰がやったかは一切不明。

 

 ただ一つ明確に考えられるのは、ヤドンを襲っていたであろうこの男たちが何者かの妨害を受けて倒されたということだけだ。

 

「全身黒ずくめの男!」

「こいつら、ロケット団!」

 

 その男たちは真っ黒な生地の中央に大きな赤い文字で「R」と書かれた服を身につけており、まさにカズトが追っていた不審な男たちに違いなかった。ゴールドは過去に接触したことがあるらしく、彼らがロケット団と名乗っていたことを鮮明に覚えていた。

 

 昔カントー地方で一度潰されたはずの組織が何故ジョウト地方で復活しているのか、諸々の謎は尽きないが、周辺を調べていたカズトはとある手がかりを見つける。

 

「ゴールド、これ」

 

 カズトが指した先には一つの大きな爪痕があった。痕跡の新しさからしてロケット団と襲撃者が戦ったとき付いたものだと推測できるが、その爪痕に二人は覚えがあった。

 何せ、つい数時間前までこの傷を付けられる爪の持ち主と戦っていたのだから。

 

「リングマの……!」

「ということはシルバーがロケット団を倒したことになる」

 

 やはり以前に立てたシルバーと黒服の男たち――ロケット団――は別の存在だという説は正しかった。むしろシルバーはロケット団を敵として見ているようだ。何故シルバーがこのような行動をしているのかはまだ不明だが、何かあるのは間違いない。

 

「――誰だ!」

 

 突如背後の草むらが揺れたことでいち早くその音に気づいたゴールドが声を上げた。

 捕まえ損ねたロケット団の残党かもしれないとボールを構えると、険悪なムードを察したのか草むらの中にいた人物が両手を挙げて出てきた。

 

「ボクです、ツクシです」

 

 彼はゴールドとアルフの遺跡でロケット団を撃退した人物で、ゴールドと別れてからは遺跡の調査を続行していたが、地元のヒワダタウンでロケット団が動くかもしれないという情報を聞きつけてたった今、大急ぎで帰ってきたそうだ。

 しかし、彼よりも早くシルバーがロケット団の陰謀を阻止していたのでその出番が回ってくることはなかったというわけだ。

 

「でも困ったな。ヤドンは無事だけど、井戸は襲撃の影響でかれてしまった」

 

 このままではヒワダタウンは水不足に陥り、住民やポケモンが生活することが困難な土地になってしまう。ここら一帯が土地として死んでしまえば、その周囲にもさらなる被害が及びただごとでは済まなくなるだろう。

 

「なるほど……」

「そういうことならオレに任せろよ」

 

 するとゴールドはエイパムを繰り出し、手近にいたヤドンにいきなり攻撃を仕掛け始めた。

 

「ゴールド、何してんだよ?!」

 

 カズトが慌てて止めに入るが、ゴールドは手に持った図鑑を見て自信に満ちた顔をしていた。

 カズトは知らなかったが、何でも「ヤドンがあくびをすると地下に眠る水脈がよみがえる」という言い伝えがこの地方にはあるらしく、バトルで疲れさせて"ねむる"を使わせようという企みらしい。

 

 そうこうしているうちにヤドンに疲労がたまるとゴールドの目論見通り、体力を回復させるために眠ろうとあくびをした。

 

 すると途端に地面が震え、井戸からはあふれんばかりの水が湧き出してきた。

 

「おぉ~」

「カズト、オレはシルバーを追うがお前はどうする?」

 

 周囲が思わず拍手するほどの機転だったが、問題を全て解決させたゴールドは一刻も早くシルバーを追いたいのだろう。休む間もなく旅の準備を始めたが、カズトはその誘いに首を振る。

 

「一緒に行きたいけど、オレはこの町でジムに挑戦してから後を追うよ。だからゴールドは気にせず先に行って」

「そうか。んじゃ、オレは先に行くからまた会おうぜ」

「うん!」

 

 少々名残惜しくはあるが、ジム戦は完全にカズトの私用でゴールドに付き合わせるわけにいかない。彼はどうやらカズト以上にシルバーに対してライバル心のようなものを燃やしているようなので、こちらの都合で歩みを止めさせては野暮だろう。

 

 山では周りからは一つ頭の抜けた強さを持つリングマとも戦えたので、なんやかんやあったが、手持ちたちの修行も上手くいった。明日にはジム戦に挑戦してすぐにでもゴールドの後を追いたい。

 

「あの、カズトだっけ?」

「はい、何でしょうかツクシさん」

「ジムに挑戦したいということだけど……」

 

 何か言いよどむような素振りを見せるツクシに、もしかしてここのジムもキキョウシティのところみたいにリーダー不在で休業中なのかという嫌な想像を働かせてしまったカズトはゴールドを先に行かせたことを少し後悔しそうになったのだが――

 

「ボクも帰ってきたばかりだし、挑戦は明日にしてもらってもいいかな?」

「……はい?」

 

 ボク……帰ってきた……挑戦は明日にして……。つまり、ジムリーダーはツクシ?

 

 申し訳なさそうな表情のツクシに、その言葉の意味を理解したカズトは驚きの声を上げるしかできなかった。




最初はゴースを仲間にする予定なんてなかったのに、どうしてこうなった。手持ちは6匹きっかりでいくつもりだったのになぁ……

次回はジム戦になるので、純粋なバトルオンリー回ですね。拙い描写ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


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第11話 VSストライク

 いよいよカズトにとって初のジム戦が始まる。相手はむしタイプを専門とするツクシだ。

 正直に言うとコンディションは今までにないほど良好で、もし昨日のリングマが相手でも万に一つ負ける気はしない。期待と少しの緊張を胸にヒワダジムの扉を開けた。

 

「あ、来たねカズト! 改めて、ボクがヒワダタウンジムリーダーのツクシです」

「ワカバタウンのカズトです。よろしくお願いします」

 

 握手を交わすと早速、バトル用のフィールドに案内されて今回のジム戦のルールについてツクシから説明を受ける。

 今回のレギュレーションは二対二のシングルバトルで、ポケモンの入れ替えは挑戦者のみ認められる。バトル中の道具使用は禁止されており、決着はどちらか一方のポケモンが全て戦闘不能になったとき。

 

 ちなみに挑戦者が敗北したとしても、ジムリーダーがその実力に相応しいと判断した場合バッジが授与されるようだ。

 

「これで全部だけど、何か質問とかはある?」

「いえ、大丈夫です」

「そっか。じゃあ始めようか」

 

 両者がバトルフィールドのトレーナースペースに立つと、照明が点灯し、フィールドの全容が明らかになる。主に四隅の近くにところどころ木々が生えており、その部分は森を匂わせるフィールドとなっているのでツクシのポケモンたちは立ち回りやすいだろう。

 タイプは縛るがこうした場などは整えてあるため、ただ弱点を突けば勝てるという甘い考えは捨てた方がいいとカズトは感じた。

 

 お互い同時にボールを投げ、ポケモンを繰り出す。ツクシはスピアー、カズトはグライガーとタイプ相性ではカズトが有利ではあるが油断はできない。

 

 そして両者の準備が整ったその瞬間、バトルの火蓋が切って落とされる。

 

「ライガ、"でんこうせっか"!」

 

 急加速したグライガーがスピアーに接近し、その体に鋏で殴りかかる。

 普通の野生ポケモンならこの一撃はほぼ確実に決まっているが、流石ジムリーダーの育てているポケモンだ。グライガーの速さを見切り、両手の針で寸分違わぬタイミングで防御した。それにブロックしただけでなく、逆に押し返す勢いのパワーがある。

 

 最初の一撃だけで並大抵の相手ではないことが分かり、カズトも気を引き締める。

 

「速いね。君のグライガー」

「流石に止められるとは思いませんでしたけどね。――"れんぞくぎり"!」

 

 グライガーの連続攻撃にスピアーも"みだれづき"を繰り出すことで対応する。鋏と針がぶつかり合い、室内にはひたすら打ち合う音が響き渡るが、グライガーの攻撃が徐々に鋭さを増し始めると戦況が動いた。グライガーの鋏がスピアーの胴体を捉える回数が増えてきたのだ。

 

「一旦距離を取るんだ!」

「"でんこうせっか"で追撃!」

 

 ツクシの声に反応したスピアーが羽を羽ばたかせ宙へ飛び出すが、それを逃がすわけにはいかない。立て直す時間を与えては思わぬ痛手をもらうかもしれず、"でんこうせっか"ですぐさま距離を詰める。

 

「"こうそくいどう"!」

 

 しかしそう簡単に簡単にいく相手でもなく、今度は"こうそくいどう"と"でんこうせっか"のスピード勝負が展開される。上に下に時には木の間を抜け、めまぐるしい速さでフィールドを飛び回る二匹に自然と握った手に汗が浮かび上がる。

 

 カズトとグライガーは距離が縮まらないことに少し焦りが生じるが、対するスピアーは距離を取ったことで余裕が生まれたのか、"ミサイルばり"による遠距離攻撃を駆使してグライガーの行動を制限してくるようになった。

 その技のタイミングも、木々の隙間に入ってこちらから姿を視認できなくなった瞬間やグライガーが方向転換をするため一瞬スピードを落としたときに使ってくるので非常にやりづらい。

 

 接近戦に長けたグライガーは遠距離からの攻撃技を持っておらず、このままでは無駄に体力を消費していくだけだろう。早急にあの"こうそくいどう"を止めさせなければ防戦一方になるだけだ。

 

 こうなれば効くかどうかは分からないが、今使える技でどうにかスピアーの動きを止められないか試してみるしかない。

 

「"いやなおと"で動きを止めろ!」

 

 トレーナーである自分でさえ耳を塞ぎたくなるほどの耳障りな音がその場に鳴り響く。建物の構造上、屋根や壁でで反響しているのか余計に音が増幅されている気がする。スピアーどころかツクシまで耳を塞いでいるので、思っていたより効果は絶大だったらしい。

 

「今だ、近づけ!」

 

 "いやなおと"でやむを得ず動きが止まったところを見逃さず、一気に近づき攻撃する様子はまさに「蝶のように舞い、蜂のように刺す」かのようだ。今回、実際に蜂なのは相手のほうだが。

 

 二対二の戦いである以上、一匹落ちるだけでかなりの不利になるのは間違いない。交代ができるのも二匹いてこそのアドバンテージで、この状況で一匹倒されれば数的不利になるだけでなく、そのアドバンテージがなくなってしまう。何としてでもここで一匹倒さなくてはならない。

 

「そこだライガ、"きりさく"!!」

「スピアー、"かたくなる"!」

 

 動きが鈍ったスピアーはその強襲に反応しきることはできず、一閃を食らってしまい態勢を大きく崩した。"かたくなる"で防御力自体は上げていたようだが、あの態勢では次の攻撃を"こうそくいどう"を使って回避するのは難しいだろう。

 

「一気に決めろ!」

 

 空中でUターンをしたグライガーが再びスピアーに迫り、右の手の鋏を振りかざす。もう一度あの威力の技を食らえば、いくら防御を固めていたとしても耐えきることはできないはずだ。

 そんな推測の元、カズトは祈るような気持ちでグライガーを見つめる。

 

 指示は出した。トレーナーにあとできるのはポケモンを信じることだけだ。

 

「スピアー!」

 

 ツクシもスピアーを信じているのだろう。咄嗟の状況、長い指示では間に合わない。一言だけでトレーナーの思いを伝える。

 

 グライガーが必殺の斬撃を放ち、それをもろに食らったスピアーは地面に叩きつけられた。起き上がる気配は感じられず、戦闘不能なのは間違いない。

 ツクシはスピアーをボールに戻すと、感嘆の意を込めてカズトに話しかける。

 

「すごいね、まさかスピアーがこんなに簡単に負けるなんて」

「オレもびっくりしました。最後のあの一瞬でカウンターを決められるとは」

 

 グライガーに目線をやると、意図を察した彼は素直にフィールドを離れカズトの下に戻る。近くで観察するとよく分かるが、腕の部分に針で付けられたような傷がハッキリと表れており、少し紫色に変色している。カウンターを入れられただけでなく、毒まで盛られていたらしい。

 

 顔色を見るに本人はあまり気にしていなさそうだが、それは自身の毒のおかげである程度の耐性ができているからだろう。今のところは大丈夫そうでも、時間がたてばおそらくじわじわと体を蝕んでいくはずだ。

 

「戻れライガ」

 

 ここは一旦温存の判断を下し、ボールに戻す。スピアーを倒してくれているので戦功としては充分だ。もう一匹はエースに任せていざという時まで休んでいてもらおう。

 

「いけ、マグナ!」

「ストライク!」

 

 どうやら第二ラウンドはタツベイとストライク、接近戦が得意なポケモン同士の対決のようだ。ただストライクは非常に素早いポケモンなのでタツベイも苦戦するかもしれず、トレーナーであるカズトのサポートが重要な役割を担うだろう。

 

「マグナ、まずは"りゅうのいぶき"で様子見だ」

 

 純然たる竜の力が込められたその息吹はストライクを呑み込もうとするも、彼はかまきりポケモンと呼ばれる所以の二本の鎌を駆使し空気の刃でタツベイの技を切り裂いた。

 "かまいたち"で"りゅうのいぶき"をかき消したストライクは地面を蹴ってあっという間にタツベイに肉薄すると、その鎌を振り上げて斬りかかる。

 

「"きりさく"!!」

「左だ!」

 

 カズトの声に従い左に飛んだ瞬間、それまでタツベイが立っていた地面に一直線の切れ込みが入った。それが今のストライクに攻撃によって引き起こされた現象であることは火を見るよりも明らかで、その切れ味に思わず舌を巻いてしまう。

 

 グライガーのようにエネルギーを鋏に纏わせて繰り出す半ば殴るような"きりさく"とは違い、ストライクの純粋な切れ味のある鎌から放たれる"きりさく"はその威力に雲泥の差をもたらしている。正面からぶつかれば大ダメージを免れないことは目に見えて明らかだ。

 

「"ずつき"で吹き飛ばせ!」

 

 横に避けた勢いでそのまま後ろに回り、無防備になった背中に十八番となっている一撃をお見舞いしようとするが、持ち前のスピードで回避されてしまい上手く攻撃が当たらない。

 

 対して向こうの攻撃は当たれば手痛いものとなり、一気に押し切られてしまうであろうことは想像に難くない。いかに相手の攻撃を受けずに、隙を作り出すのかが勝負の分かれ目だろう。

 

「いくよストライク、"つるぎのまい"!」

「まずいっ、絶対に止めるんだ! "ひのこ"!!」

 

 攻撃力を底上げする"つるぎのまい"を使われると、ただでさえ馬鹿にならない一撃がさらに恐ろしい威力になってしまう。その状態で"きりさく"が命中すれば、おそらくタツベイでは耐えきれない。

 

 舞っている間はそれに集中しなくてはならないため、防御が疎かになるというのはマダツボミの塔での修行で既に経験済みだ。舞が完了する前にストライクに効果抜群の"ひのこ"で牽制を仕掛ければ、強化行動をキャンセルさせられるか、万一舞を優先した場合でも大ダメージに繋がる。

 

 カズトとしてはキャンセルさせて振り出しに戻すローリスク・ローリターンなパターンになる方が好ましかったが、やはり現実は想像通りに動いてくれるものではなく、ツクシは回避の指示を出さなかった。

 ストライクが舞を終了すると同時に炎がその体を飲み込む。流石に堪えるのか苦しそうな表情を見せるも、依然としてその鋭い眼光は失われていない。

 

「もう一度"ひのこ"!」

「"かげぶんしん"」

 

 無数の分身が現れ、タツベイの放った炎はそのうちの一つに命中しダミーを一つ打ち消すだけにとどまる。そのまま他の分身も消そうと周囲にも"ひのこ"を展開するが、分身を消す度に新しい分身が生まれるのでキリがない。

 気づけばタツベイを取り囲むように分身が出現しており、全ての分身を打ち消すことは到底不可能な数になってしまっている。

 

「さあ、どれが本体か見抜けるかな?」

「くっ……」

 

 目をこらして観察するも、カズトの目には全部本物に見えるので、視覚に頼った判断はあまり期待できない。攻撃が来る寸前、ギリギリで回避するくらいしか今は思いつかず、かなりリスクが高い判断しかできないことに歯噛みする。

 

「さぁ、いくよカズト! "きりさく"!!」

「正面のストライクに"ずつき"!」

 

 鎌が振り下ろされる直前に、分身か本体かは分からないがとりあえず目の前に迫っているストライクに対して攻撃するよう指示を出す。

 振り下ろされた鎌がタツベイをすり抜け、"ずつき"を食らった体はその衝撃でかき消える。どうやら本体ではなかったらしい。だがそのおかげでタツベイが斬られることはなく、無傷のままだ。本体はタツベイのちょうど真後ろにいたようで、斬撃の余波で一カ所だけ地面に切れ込みが入っている。

 

「ん?」

 

 ストライクは再びタツベイを取り囲む陣形を取り、構える。当たるまでやるということだろう。ツクシとしてはこの状況を脱する力がカズトにあるか見極める考えもあるのかもしれない。

 

 一方そのカズトだが、先ほど地面に刻み込まれた痕を見てとある考えが頭を過ぎっていた。

 "かげぶんしん"は当然だが本体は一つしかない。他はあくまでも残像で本体の位置を悟らせないためのダミー、攻撃も本体以外のものはすり抜けるだけだ。それなら、この性質を利用して本体を見抜くことができるはずである。

 実際さっきも地面に傷ができたことで、あの瞬間ストライクがどこにいたのか分かった。試す価値はある。

 

「今度は"ずつき"じゃ避けられないよ。"かまいたち"!」

「横に回転しながら"りゅうのいぶき"!」

 

 回りながら放つことで全方位に展開された"りゅうのいぶき"は"かまいたち"とぶつかりお互いすり抜けるが、カズトから見て10時の方向ですり抜けずに"りゅうのいぶき"を打ち消した部分があった。実体を持った攻撃ができるのは本体だけ、つまり――

 

「途切れた技の先にいるのが本体だ!」

 

 他の分身と入れ替わられる前にすぐさま距離を詰め逃がさない。タツベイの技の中で最速を誇る"ずつき"で、動く前に勝負を決める。"ひのこ"でダメージが積もっている以上、そう何度も直撃を耐えられはしまい。

 

 当たれば勝ち――そうカズトが思った刹那、その耳がツクシの発した一言を聞き取った。

 

「"きりさく"」

 

 カズトの目ではほとんど見えなかった。気づけばストライクの鎌が振り抜かれていて、タツベイはバランスを崩していた。"ずつき"の態勢は維持されているが、あと数秒もすれば膝から崩れ落ちそうな状態だ。

 

 予想していた通り、あの一撃を受けたタツベイがバトルを続けるのはかなり厳しい。おそらく、倒れてしまえばそのまま立ち上がることはできないだろう。グライガーも残ってはいるが、戦法が似ている以上、既に能力を強化しているストライクの方がかなり優勢であり、タツベイが倒れてしまえば勝ちに持ちこむのは非常に難しくなる。

 

 つまり、勝つためには今ここで限界を超えなければならない。

 ポケモンを信じ切ることができなくなるのはあの敗北が最後だ。彼らが倒れるまで、カズトは彼らのことを信じる。

 

「負けるなマグナ! "かみつく"!」

 

 カズトの声に応えるべくタツベイも最後の力を振り絞り、地に足を付ける。掠れそうな意識の中、目の前にいる相手に力の限り噛みついた。

 火事場の馬鹿力とでもいうのだろう。かなりの力で噛みつかれたストライクは振りほどくこともできず、痛みにもがく。

 

「ストライク?!」

「そのまま"ひのこ"!!」

 

 追い打ちをかけるべく、噛みついたまま至近距離で弱点技の"ひのこ"を食らわせる。牙が熱を帯び、"ほのおのキバ"となったそれは噛みついた場所を起点とし、ストライクの全身を焼き尽くした。

 

 長いとも短いとも言える時間の中、燃え盛る炎が止んだ後、そこに立っていたのは青のドラゴンポケモンだった。

 

「勝った……?」

 

 ストライクは力なく倒れ伏しており、タツベイが立っている。その光景を見れば、勝者が誰かは明らかだろう。最後の最後で新技を編み出して見事強敵を打ち破ったカズトたちの勝利だ。

 

 倒れたストライクをボールに戻したツクシは清々しい表情でカズトの下に歩いてきた。手には光り輝くバッジを持っている。

 

「すごいよカズト。まさかここまでやってくれるなんて」

 

 ツクシが差し出してきた手を握り返し、カズトも笑顔で先ほどまでの戦いをたたえ合った。

 結果としてグライガーとタツベイの二匹ともが倒れることはせず、いわゆるストレート勝ちに終わったが一歩間違えれば――特に最後は――その後に続く全てがひっくり返されていた可能性も十分すぎるほどあった。

 

「ポケモンたちが諦めないでいてくれたからです。オレはその思いを信じただけですよ」

「でも、それがあったから今回勝負に勝つことができたんじゃないか?」

 

 流石にそれは言い過ぎではと思ったカズトだが、ボールの中にいる二匹がガタガタと揺れている。まるで否定するなとでも言うように。

 

「信じることは当たり前だけどとても大事なことだよ」

 

 そう言ってツクシはカズトの手の中に強さを認めた証であるインセクトバッジを託した。

 

「信じることを、止めないでね」

「……はい」

 

 二人は改めて握手を交わし、そしてカズトは自分がポケモンたちに対して何ができるか、その手がかりのような何かを少し掴めたような気がした。

 

 まだバッジは一つ。今回ツクシに言われた言葉を胸にカズトは前に進み始める。




難産でした。そしてついに書き貯めもなくなったので、これからはスローペースの投稿になります。
リアルも多忙になってきて書く時間も減ってきており、続きを期待してくれている方も気長に待っていただけると幸いです。


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第12話 VSデリバード

 ヒワダジムでの激戦を勝ち抜き、ツクシからインセクトバッジを受け取ったカズトは、早朝にヒワダタウンのポケモンセンターからチェックアウトし、町の外まで歩みを進めていた。

 理由としては、ゴールドに少しでも早く追いつきたいからである。先日は自分の用事につき合わせるわけにはいかないと思い先に行ってもらったが、長年共に過ごしてきた相手と一緒に旅をしたいというのはカズトの本心であった。タイミングこそ違ったものの、同じ旅を始めた身として、行く先々での感動を共有してみたいという思いがある。

 お互いの目的も少しずつ違うので、ずっと一緒というわけにはいかないだろうが、同じ時を過ごすというのもかなり魅力的だ。

 

 きっとゴールドはすでにコガネシティへとたどり着いていることだろう。

 少しの焦燥と期待に胸を震わせ、カズトはウバメの森へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「うーん、まだ日が昇って時間が経ってないとはいえ……暗いなぁ」

 

 現在時刻は午前九時。まだまだ一日はこれからだが、ウバメの森の中は青々と茂る木々によって上空まで覆われており、なかなか日が差し込まず薄暗い。おまけに霧が出ているため、それが視界の利きにくさに拍車をかけている。

 手持ちのポケモンたちも普段ならボールの外に出て一緒に歩くのだが、この霧の中で万一はぐれると探すことができなくなってしまい大変なことになると考え、ボールの中に収まってもらっている。

 

 しかし、今日ウバメの森に霧が出ているという情報はヒワダタウンのポケモンセンターには入っていなかった。確かに霧が出るときもあるにはあるのだが、今日は寧ろ一日中快晴で霧など出ることはなかったはずだ。それだけではない。

 

「にしても寒くないか? ウバメの森にはこおりタイプのポケモンは生息してなかったよな?」

 

 現在ウバメの森は吐き出す息が白く見えるほどの寒さの中にあった。

 旅の最中に何が起こるか分からないから、服は長袖を着ている方が良いという母のアドバイス通りにしていたのが功を奏し、カズト自身が寒さで動けなくなるということはない。

 だが、こおりタイプが苦手なメンバーには多少なりとも影響が出るかもしれない。それほどまでに異様な冷気が森の中を満たしていた。

 先ほどは木々の隙間から確認できた野生ポケモンの姿が見えなくなったことからも、この霧が普通のものではないことが分かる。

 

 カズトが周囲を注意深く確認しながら森の中を歩いていると、ふと視界の端に赤と白の色をした鳥ポケモンがよぎった。

 

「デリバード?」

 

 その姿を確認したことにより、この状況の異質さに納得がいった。

 デリバードはこおりタイプのポケモンであり、温暖な地域ではほとんど確認されたことがない。生息するならこの森の気温くらいがちょうど良いくらいだろう。

 

 デリバードの存在によってこの異様な冷気に対して納得はできたが、それと同時に新たな疑問も浮かび上がる。

 そもそも、デリバードはウバメの森には生息していない。ジョウト地方のもっと北部に生息しているはずだ。このことからも、あのデリバードが野生のポケモンである可能性は低い。

 ならばトレーナーがいるはずだが、だとしてもここで霧まで広げる理由が分からない。何か嫌な予感がしたカズトは、足早に森を進むことにした。

 

 ところが、先を行くために足を踏み出したその時、目の前の地面が一気に凍り付いた。

 

「"ふぶき"?!」

 

 攻撃してきた相手を見ると、そこにはやはりデリバードの姿があった。

 道を塞ぐような様子を見せるデリバードにさらに不信感が湧き上がるも、森を抜けるためにはこの道を通らなければならない。迂回路もないわけではないが、今からとなるとかなり時間をロスすることになる。

 

「どういうことかは分からないけど、やるならこっちも全力でやらせてもらうよ! マグナ!」

 

 直接の相性は悪いが、技で弱点をつけるタツベイなら可能性はある。どうやら近くにトレーナーの姿もないようなので、普段のパフォーマンスを発揮できない今なら活路は見いだせるはずだ。

 

「"ひのこ"!」

 

 タツベイから放たれた炎は勢いよくデリバードに向かう。

 ただの"ひのこ"だとしても、こおりタイプのポケモンからすれば大きな脅威になる。長期戦は寒さでパフォーマンスが落ちてしまうため、できればこの一撃で手早く決めてしまいたいとカズトは考えていたが、物事というのはうまく進まないのがこの世の常だ。

 

 デリバードは避ける素振りなど見せず、向かってくる炎を翼の一振りで冷気を起こしかき消してしまった。さらにはその余波でこちらにまで冷気をまとった風が襲いかかってくる。その風はさながら"こごえるかぜ"のようで、タツベイはあまりの寒さに動きが止まってしまう。

 技を出さずただ冷気を放っただけでタツベイの"ひのこ"を打ち消しただけでなく、さらにはこちらに反撃までしてきた。

 この瞬間、カズトは目の前のデリバードが相当レベルの高いポケモンで、今の実力では到底勝ち目がないことを悟る。

 

「戻れマグナ! 頼んだゴース!」

 

 すぐにタツベイをボールに戻し、ヒワダタウンで仲間になったゴースたちを繰り出す。

 

「"あやしいひかり"!」

 

 十体にも及ぶゴースが放った"あやしいひかり"は、薄暗かった森の中を一瞬だけ真っ白な光の世界に染め上げた。今の光を正面から食らってはしばらくまともに動くことはできないだろうとデリバードの横をすり抜け森の奥まで走る。

 

 これは無数の光による疑似的な閃光弾と、"あやしいひかり"が本来持つ混乱状態の付与効果による二段構えで相手を妨害し、戦闘を強制的に離脱する逃走術だ。散々ゴースたちに追いかけられたことから痛感した逃げる手段の必要性を、それに気づかせてくれた本人らが補ってくれた。

 他にもいくつか、やむを得ない場合に備えたコンビネーションのパターンは練習しているが、正直に言ってそのような事態に何度も遭遇することは避けたい。安全に旅を続けることが大事なのだ。

 

 特訓の成果を感じながらも全力で走り、やがて出口まであと半分を切っただろうかという地点にたどり着いた。すると、不意に開けた場所にポツンと小さな祠が建っているのが目に入った。

 

「祠……?」

 

 この森の神様でも祀っているのだろうか。

 一度家族旅行でエンジュシティを訪れたとき、観光したものの中にスズの塔があった。そこで見た塔について記されていた文に、歴史や縁がある地域にはその威光を讃えるために堂や祠を建てるという記述があったのを思い出す。

 カズトはこうしたその地域に所縁のあるものが好きだ。何より風情があり、その地についてもっとよく知れるような気持ちになる。

 

 ここまでかなりの距離を走ってきたことによる疲労も大きい。息を整えるという意味でも休憩がてら祠を見てみようとカズトは祠の方へ歩みを進める。

 

 しかし、祠まであと数歩というところでカズトの足は踏み出すことをやめてしまう。いや、正確には踏み出すことを禁じられてしまったというべきだろう。

 カズトの右足は地面や周りの植物ごと凍らされていた。

 

「嘘だろ!? もう追いついて――」

 

 カズトが驚きの声を上げるよりも早く、凍てつく暴風が木々を氷漬けにし、周囲を氷で埋め尽くしていく。

 そしてものの数秒で、見渡す限り氷で埋め尽くされた森が完成した。それはカズトの逃げ道を塞ぐように辺りを囲っており、さながら氷の牢獄に見える。

 

 牢獄とその中心に立つデリバードを見て、カズトはようやく自分が判断を間違えたことに気づいた。

 初めてデリバードとエンカウントし"ふぶき"で牽制されたあの時。あれが最初で最後の警告だったのだ。「これ以上進めば命の保証はない」というデリバードからの慈悲だったのだ。

 

 しかし結果カズトは森の奥へ進んでしまった。理由は分からないが、あのデリバードは森への侵入者を排除するよう命令を受けているようである。どれだけ本気なのかは、現在進行形で感じているデリバードからの空気を揺るがすような殺気が如実に説明している。

 こうしている間にも冷気は鋭さを増し、カズトの身体を侵食していく。腕まで凍らされ、もはやポケモンを出して抵抗することすらできない。

 

 カズトの体はひどく震えていた。

 凍えるような寒さのせいだけではない。目の前のデリバードが放つ殺気はカズトに死を予見させるには十分すぎるものだった。

 

 今から、死ぬ。

 

 これが現実であることを突き付けるかのように、氷で覆われた身体がその冷たさに痛みを訴える。震える身体から体温が、感覚が失われていく。

 

「ハァ、ハァ……ク、ソ」

 

 どうにかして氷からの脱出を図るが、抵抗むなしく、デリバードが力を発揮すると同時に一段と鋭い冷気がカズトに襲いかかる。徐々に薄れる視界の中、遂にカズトの意識は完全に途切れた。

 彼が最後に見たのは、デリバードの後ろでわずかに光を放つあの祠だった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「う……ここは? どこだここ?」

 

 状況を確認するために周りを見渡したカズトはそこが先ほどまでいたウバメの森ではないことを認識する。周りは不思議な力で満ちており、目につくのは謎の空間模様のみ。極めつけに、自分はその空間の中で浮いているようで、妙な浮遊感がする。

 

「確かオレは、あのデリバードの"ふぶき"を喰らって――」

 

 異常とも言えるほどの強さを持ったデリバード。彼が放った"ふぶき"は間違いなくカズトを捉えていた。

 全身の感覚がなくなっていくあの恐ろしい感覚は忘れようがない。命の灯が消えていく感覚だ。幻ではなく現実として感じたあの時の恐怖を思い出し、カズトは身震いした。

 

 実はカズトが命の危機を感じたのはこれが初めてではない。

 ホウエン地方にいた頃、まだ病弱だったこともあり様々な病に罹っていたカズトは、あるときひどい高熱にうなされたことがあった。40度を軽く超える熱は幼かった彼の限界を上回り、当時はもうもたないかもしれないとまで言われていたそうだ。実際自分もその時はいま生きているのかすらあやふやだった記憶がある。

 

 とはいえ、過去に死にかけたからといってそれに慣れるということはない。やっとの思いで気持ちを落ち着け、今一度自分が浮いている空間に目をやると、先ほどは何もなかった空間から新たな何かが現れたのを確認した。

 

「ポケモン……?」

 

 現れたのはカズトも見たことのない、黄緑色の身体に蒼い大きな瞳を持った小さいポケモンだった。今はコノハナに進化したが、彼の相棒の一匹がまだタネボーだった頃とサイズはそう変わらない。子どものカズトでも腕で包み込めるくらいのそのポケモンはフワフワとカズトの目の前まで浮かび上がると、静かに目を閉じた。

 

「これッ――」

 

 カズトの前に一つの映像が映し出され、そして彼はそこに映っている人物にひどく憶えがあった。

 

「ゴールド!」

 

 その映像には、傷だらけになりながらもポケモンたちに指示を出し、誰か――仮面の男――と戦っているゴールドの姿が映し出されていた。背景となっている木々や霧から、これがウバメの森での戦いであるとカズトには分かった。

 ゴールドが戦っていたのは、カズトも戦ったデリバードの他にゴースやアリアドス、デルビルといったくさタイプやエスパータイプにめっぽう強いタイプで構成されたポケモンたちだった。

 

「早く助けに行かないと!」

 

 友人が自分を殺そうとした相手と戦っている。

 これだけでもカズトの心を揺さぶるのには十分だった。しかし、焦るカズトの服をつかみ黄緑色のポケモンは首を振る。その反応がカズトをさらに苛立たせた。

 

「オレの友達なんだ! 助けなきゃ!!」

 

 カズトが半ば怒鳴るように気持ちを伝えても、そのポケモンは態度を変えない。代わりに映像が早送りのようになり、そのすぐ後、ゴールドが森を脱出した様子が映し出された。

 急な展開に唖然とするカズトを横目に、新たな映像が流れだす。その映像はカズトをさらに驚かせるのだった。

 

「オレ?! しかもこれ、さっきの……」

 

 驚くのも無理はないだろう。そこに映っていたのは、自分がデリバードの"ふぶき"を喰らっているという、つい先ほどまでウバメの森であった出来事なのだから。しかし、自分が氷漬けにされていく姿を見るのは何とも嫌な気分である。

 

 胸中でモヤモヤとした感情を抱えながら映像を見ていると、変化が現れた。現在目の前にいるポケモンが突然出現し、光を放ったかと思うとカズトごと姿を消したのだ。

 カズトはそこで、このポケモンが自分を助けてくれたのだと理解した。しかし、また新たな疑問が浮かぶ。

 

「君はどうしてオレを助けたんだい?」

 

 確かに死にかけていたとはいえ、それだけではポケモンが見ず知らずの人間を助けるという理由にはならない。一部ではそういう習性があるポケモンもいるが、カズトにはこのポケモンは習性としてそのようなことはしないという謎の確信があった。

 

 その不思議なポケモンは、カズトの問いに答えるかのように三度映像をカズトの前に広げた。

 それは、最初の映像でゴールドが戦っていた仮面の男とカズトが相対している様子だった。仮面の男はどこかの施設を襲撃しているようで、カズトはそれに立ちはだかるように男を睨んでいた。

 もちろん、カズトにこの映像の場面に立ち会った記憶はない。何せあの仮面の男はゴールドが戦っていた映像で見たのが初めてなのだから。

 

 過去でも現在でもない。ならば、残る答えは一つ。未来である。

 そしてこのタイミングで見せられたということは、この未来は可能性としての未来ではないのだろう。

 おそらく、運命。

 

「これは、決まった未来の映像?」

 

 カズトの問いに今度はポケモンも頷きで答えた。

 ようやく話が見えてきた。このポケモンはどういうわけか過去や未来に干渉することができ、未来でカズトが仮面の男と戦わなければならないということを知っていた。そのため、あの森でカズトが命を落とすわけにはいかなかったのだろう。だから助けた。

 

「いや、ここで助けられるところまで全部決まった未来だったのかな?」

 

 ポケモンは意味ありげに微笑みを浮かべると、カズトの前から飛び去って行った。それと同時に、カズトの身体は何かに引っ張られるかのように後ろへと急速に進みだす。

 

「っ――!」

 

 自分では制御できない力に、歪みだす空間。

 声にならない叫びと共に、カズトの意識は再び途切れていくのであった。




1年ぶりの投稿です。いろいろと興味のあることに手を付けていたら、小説書くことができませんでした。
頭の中に設定は出来上がってるので、コツコツと書き進められたらいいな。

拙作ではありますが、これからもよろしくお願いします。


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第13話 VSガルーラ

『そうか、君も仮面の男に……とにかく無事でよかった』

「死にかけましたけどね……」

 

 謎のポケモンに命を救われたカズトが再び目を覚ましたのは、ウバメの森の入り口だった。ポケギアの時計を見ると午前九時前。カズトがウバメの森へ入る前の時間だった。日にちも合っている。

 どうやら、あの黄緑色のポケモンは本当に時間を超える力があるらしい。

 

 森はデリバードが徘徊していた周辺を避けた、回り道を通って抜けた。一度目が合ってしまったのだが、最初に接触した時とは雲泥の差レベルでこちらに気を留めなかった。どうやら、攻撃する相手は特定のルートを通った者に限られるようだ。

 もちろん、デリバードにカズトの記憶はないようだった。ほんの数時間ではあるが、カズトは世にも珍しいタイムスリップを経験した人間になってしまったようだ。

 

 流石にただ事では済まないため、家族やゴールドに連絡を入れた後、ウツギ博士にも連絡を入れて話をしているというのが現在だ。

 ちなみに、家族にはめちゃめちゃ心配された。後日、様子を見に仕事の合間を縫って父が会いに来るらしいので、必ず会うよう無理やり約束させられた。久しぶりに家族と会えるので嬉しいような、キツく言い聞かせられそうで怖いような。

 ちなみにゴールドはいつも通りで、のらりくらりとしていた。彼が言うには、シルバーも仮面の男と接触していたようである。

 

『でも、ゴールドくんの時とは様子が違ったようだね。彼も襲われはしたけど、糸で縛られたり、擦り傷を負ったくらいだったのに』

「何か理由でもあったんでしょうか?」

『考えられるのは、君が見た祠だ。何が何でも祠に近づいてほしくなかったから、デリバードも手段を選ばなかったとは考えられないかな』

「あ、確かに! あの祠光ったんです。その光が何か関係あるかもしれないですね」

『君が出会ったというポケモンも無関係ではないだろう。これから気をつけてくれ。我々も分析の結果が出たら、すぐ君に伝えるよ』

「よろしくお願いします」

 

 ウツギ博士は現在、ゴールドが仮面の男と接触した際に、偶然エーたろうの尻尾に付着した金属粉の解析を行っているそうだ。男の正体を探るための貴重な手がかりらしく、現段階最高レベルの装置で分析されるらしい。

 

 仮面の男――。依然として謎の多い人物ではあるが、危険人物には変わりない。今後は注意して旅をする必要がありそうだ。

 そしてゴールドだけでなく、シルバーも関わりがあるとなると、何かしら運命めいたものを感じる。そういう意味では、あの謎のポケモンが示してくれたことは正しいのだろう。

 

 ウツギ博士との通話を切ったカズトは、テレビ通話のための機器を貸してくれた人物に向き直る。

 

「電話を貸していただき、ありがとうございました。育て屋ご夫婦」

「よいよい。若い子の助けになるのは、年寄りの特権じゃからのう」

「寂しく野宿しようとしとるのをほっとくほど、人間やめとらんわい」

 

 カズトが今いるのは、34番道路にある育て屋夫婦の家である。ウバメの森を大回りで抜けた結果、最寄りのポケモンセンターに入ることを逃し、疲れがマックスの中泣く泣く野宿をしようとしていたカズトの目の前に現れたのが育て屋ばあさんだった。あとはとんとん拍子に話が進み、育て屋兼、彼女らの自宅で休ませてもらっているというわけだ。

 

「さて、用事は済んだじゃろ? 今度はわしらの用事に付き合ってもらうぞ」

「はい、よろこんで!」

 

 育て屋ということもあり、夫婦は大勢のトレーナーからポケモンを預かっているらしい。その中でも大型のポケモンや血気盛んなポケモンの相手をするのには、年による体の衰えを鑑みると厳しいものがあるそうで、カズトにそのポケモンたちの相手を頼みたいということだ。

 ポケモンたちの相手を引き受ける代わりに、この育て屋の施設は好きなだけ利用していいということで、カズトは修行とお礼を兼ねてしばらく二人の家にお世話になることにした。

 

 育て屋ばあさんに案内された裏口の飼育所はなかなか広く、少しぐらい激しいバトルをしても問題なさそうであった。そこにはガルーラ、アーボ、ドンファンにオコリザル、キリンリキやケンタロスと相応にバトル慣れしたポケモンたちが待っていた。

 

「好きなだけ相手してやりな」

「鍛えがいがありそうだ。ありがとうございます!」

 

 ゴースたちはバトル要員ではないので、表の庭で小さいポケモンたちの相手をしてもらっている。元々遊ぶのが大好きなこともあり、頼んだ時も喜んで庭へ飛んで行った。

 どうしても十匹もいるとこうしたときに面倒を見切れないため、言うことを聞いてくれて助かると思う一方、少し我慢させてしまっているなとも思う。カズトのことを好いてついてきてくれたが、やはり一人では厳しい。ゴースたちの意に沿わないことにはなるかもしれないが、できれば一旦自宅へ転送して、家族に面倒を見てもらいたい。隣にはポケモン屋敷ことゴールドの家もあるので、そこのポケモンたちと仲良くなれれば退屈もしないことだろう。

 なんにせよ、少しでも早く転送装置が復旧してくれることを祈るばかりである。

 

「カズト、なにをボサッとしておる」

「あ、すみません。ちょっとゴースたちのことが気になってしまって」

「安心せい。お前さんがこっちにおる間は、わしとじいさんで責任もって面倒見ておいてやるわい」

「お世話をおかけします」

 

 本業の彼女がそう言ってくれるなら、安心してゴースを任せることができる。ゴースたちの性格を軽く伝えると、それだけでどう接するべきかすでに案が浮かんだようだ。気のいい笑顔をして戻っていった。

 

 育て屋ばあさんが戻るのを見送った後、カズトはポケモンたちをボールから出す。

 その様子を見て、預けられていたポケモンたちも態勢を整える。その中から先陣を切るように飛び出してきたのはドンファンだ。勢いよく回転し、家をも吹き飛ばす"ころがる"でこちらに突っ込んでくる。

 

「よし、まずはシードだ! "はっぱカッター"!」

 

 無数の刃がドンファンに向かうが、ほぼ全ての葉っぱが弾かれ、地面に落ちてしまう。タイプ相性で優っているにもかかわらず、その硬い皮膚によって大したダメージにはなっていないようだ。 その防御力の高さから、ある程度の攻撃は無視してゴリ押しするパワータイプだと判断する。

 

「引きつけて躱せ!」

 

 コノハナも同様の考えだったらしく、カズトの理想通りの形で攻撃を回避する。その勢いから、すぐに止まることができないらしいドンファンは、壁に激突することは避けたものの、方向転換のために大きくカーブを描きスピードも落ちている。その絶好の隙をカズトははっきりと捉えていた。

 

「外は硬い。内側から崩すんだ! "メガドレイン"!」

 

 どれだけ防御が固くとも、体内のエネルギーを直接奪うこの攻撃からは逃れられない。急速に力を奪われた影響からか、ドンファンが体勢を崩し、スリップした。横向きになってしまうと自慢の回転もあってないようなものだ。

 

「そこだ! "かわらわり"!!」

 

 背中の甲殻よりも比較的まだ防御が緩い腹側を狙い、鋭い手刀がドンファンに下ろされる。どうやらもろに入ったらしい。今の一撃でドンファンは目を回してそのままダウンしてしまった。

 

「ナイス、シード!」

 

 カズトの喜びの声にコノハナもグッドポーズをして応える。

 

「次はライガだ!」

 

 一度戦ったコノハナを休憩させ、次はグライガーの番だ。基本的には一戦ごとに交代、時々連戦でペースを上げたりダブルバトルをしたりと、満遍なくパーティーメンバーの強化を図るという寸法である。

 

 相手にはケンタロスが買って出てくれるらしい。先ほどのドンファン同様、突進しての接近戦が得意なタイプで、機動戦を得意とするグライガーとしては悪くないタイプだ。ペースを握れば、相手の動きを封じながら攻撃できる。

 

「"でんこうせっか"で相手を翻弄するんだ!」

 

 ケンタロスの突進攻撃もドンファンに勝るとも劣らない。直撃してしまえばひとたまりもないので、突進ルートの上に居座ってしまうのはよくない。あちらこちらへ動いて、狙いをそらすことで機会を伺う。

 狙い通り、ケンタロスはグライガーを捕捉できず苛立ちを募らせているようだ。乱雑に"とっしん"で攻撃するが、当てもなく放たれる攻撃は回避が容易い。そしてまた、その後の隙も大きくなる。

 

「"れんぞくぎり"ッ!」

 

 怒涛の連続攻撃でケンタロスへ傷をつけるも、伊達に戦い慣れしていない。こちらが攻撃するために近づいたタイミングを狙い、強引に"つのでつく"攻撃でカウンターを放ってきた。

 

「ライガッ!?」

 

 被弾上等で攻撃してきたケンタロスにしっかり一撃を喰らわせたグライガーは流石というべきだが、その分防御に手が回らずに相手の攻撃も喰らってしまう。

 しかし何とか衝撃を和らげる動きだけは間に合ったみたいで、カズトが見た印象よりかはダメージを負っていないようだ。

 

「押しきるぞ、"きりさく"!!」

 

 一撃を喰らえど、怯んでいる暇はない。鋏にエネルギーを集めた渾身の攻撃を入れるため、ケンタロスに再接近する。

 どうやらグライガーも体が温まってきたようで、先ほどの"れんぞくぎり"を打ち込んだ際よりもスピードが増している。ケンタロスは完全にグライガーを見失ってしまったらしい。見当違いの方向を見てキョロキョロしている。

 グライガーはそんなケンタロスの背後から音もなく現れ、無防備な体に鋏を叩き込む。一瞬の間が空き、ケンタロスは地面に倒れ伏した。

 

「よし、二体目撃破だ。戻れライガ」

 

 グライガーは嬉しそうにカズトの足元に戻ると、自慢の鋏を掲げる。カズトはそれに自身の拳を当ててグータッチで喜びを分かち合う。

 

「お疲れ、休んでてくれ。いくぞマグナ!」

 

 カズトのエースポケモンであるタツベイの前にはガルーラが立ちはだかる。どうやら預けられているポケモンたちの中で一番強いらしく、他のポケモンたちもガルーラが前に出るのを見ると少し恭しそうに下がった。

 

「相手に不足なし! "ずつき"だ!」

 

 タツベイが勢いよく飛び出し、ガルーラへ突撃する。クリーンヒットするかと思われたが、何とお腹の袋の中に入っていた子ガルーラが受け止めた。ところが、タツベイの頭の固さを知らないがゆえにまともに受け止めてしまったようだ。衝撃で腕が痺れて涙目になっている。

 人間の中でも泣きそうな子どもを見て黙っている母親はいない。ましてや子どもに深い愛情を注いでいるガルーラならなおさらだろう。怒りの表情でタツベイを睨みつける。

 

「"りゅうのいぶき"!」

 

 タツベイの放った技がガルーラに到達する直前、ガルーラはその腕を振りかぶり、一気に突き出した。"メガトンパンチ"が"りゅうのいぶき"のエネルギーを霧散させる。

 さらには"メガトンキック"で地面を蹴り、加速した勢いのまま拳を叩き込みに来た。

 

「受け止めろ!」

 

 対するタツベイはその場から動かず、真正面から相手の攻撃を抑えに行く。小柄なタツベイにガルーラの拳を手を使って受け止めることはできない。では何で受け止めるかというと、鋼鉄にも匹敵する頭だ。

 タツベイは全身が筋肉の塊で、特に首の筋肉が発達している。体は小さくとも、パワーだけで言えば大型のポケモンにも匹敵する上、頭を使ったぶつかり合いではさらに強い力を発揮することができる。並のポケモンに負けることはない。

 

 斯くして頭と拳が激突したのだが、まず聞こえてきたのは山で落石が起きたときのような轟音だ。そのあまりの音に育て屋夫婦が慌てて駆け込んでくるほどである。

 

「なんじゃ、一体何があった!?」

「ちょっとガルーラを怒らせちゃいまして……」

「なんと! すぐに止めなければ、際限なく暴れてしまうぞ!」

「大丈夫です。何とかします」

 

 夫婦が目をやった先には、完全に静止したガルーラとその彼女を止めたであろうタツベイの姿があった。

 

「"ほのおのキバ"!!」

 

 頭でガルーラの拳を弾き飛ばし、ふらついたところを炎をまとった牙で食らいつく。噛みついたところから炎が広がり、ガルーラを包み込む。その熱にガルーラは苦悶の声を上げるが、まだ倒れたわけじゃない。決死のまなざしをして腕を動かす。

 

「まずいぞ、ガルーラはまだ動ける!」

「マグナ、離れるんだ」

「カズト! あんた正気かい!?」

 

 夫婦はカズトの出した指示に驚くも、マグナはカズトの指示に従って炎を収め、ガルーラから距離をとる。ガルーラの腕の中には、子ガルーラが小さく丸まっていた。

 カズトは早急にキズぐすりとやけどなおしをバッグから取り出し、ガルーラの手当てをする。また、先に戦ったドンファンやケンタロスにもオレンの実を渡して回復してもらう。

 

「お前さん、こいつが子どもを守ってたの分かったのかい」

「はい、ガルーラの母親は何が何でも子どもを守ると聞いたことがあるので。一旦落ち着いてもらうために少し手荒くはなっちゃいましたが……」

「確かにガルーラにはそのような習性があるが、あの土壇場でそこまで見とるとはの……」

 

 カズトの手早い処置のおかげで、すぐに元気になったガルーラに子ガルーラがよじ登る。母親は子どもの無事な姿を見て、やさしく微笑んでいる。先ほどの剣幕は微塵も残っておらず、ただ母親としての顔がそこにはあった。

 カズトはそんなガルーラに近づき、体を撫でている。

 

「ごめんね、オレもマグナも悪気があったわけじゃないんだ。でも結果的に子どもに手を出してしまった。怒っても仕方ないよね」

 

 触れられた瞬間、ガルーラは敵意のこもった眼でカズトを見るも、手当てをしてくれたこと、そして何より誠意をもって謝ったことが伝わったのだろう。親子揃ってカズトの手に自分たちのそれを重ね合わせる。

 

「あんなに懐かなかったガルーラがいとも簡単に……」

 

 どうやらあのガルーラはなかなか他人に懐くことはないようだ。育て屋夫婦はあっという間にガルーラを懐かせてしまったカズトに驚きの顔を隠せない。

 

 いつの間にか、カズトの周りにはガルーラだけでなく他のポケモンたちまで集まってきているのだった。




原作との兼ね合いを考えつつ、時系列を崩さないようにするの大変ですね。
今回戦ったポケモンたちは、ゴールドも戦うことになるポケモンたちです。原作だと尺の都合上出番は少なかったですが、こっちではそこそこの強さをもって書かせていただきました。

ちなみにバトルの腕は現在だとシルバー>=カズト>ゴールドくらいです。カズトの方が断然ゴールドよりバトルの腕はいいです。


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第14話 VSミルタンク

 首が痛くなるほど高くそびえたつビル、煌びやかな夜景、止まない人通り。コガネシティの名を持つこの街はその名の通り、夜でも黄金色に輝く賑やかな街である。

 カズトは育て屋夫婦の下で修業と休養のために、数日間お世話になった後、次なる目的地であるコガネシティに足を踏み入れていた。ジョウト地方に八つあるポケモンジム。この街にはその一つが居を構えている。

 

 コガネジムはノーマルタイプのエキスパートがジムリーダーを務めているらしく、コガネでは超有名人。最近はラジオパーソナリティで有名なアイドル・クルミと一緒にラジオにも出ており、ゴールドという名前の少年と名漫才という名の勝負を繰り広げたそうだ。

 どう考えても知り合いが迷惑をかけたとしか思えないので、その話を聞くたび、カズトは耳が痛くなっていた。

 

 さて、情報収集としてそんな話を聞きながら、カズトは件のジムリーダーがいるコガネジムの前まで来ていた。

 

「あの~お邪魔しま~す」

「邪魔するんやったら帰ってや~」

「……え?」

 

 いきなり挨拶もなしにジムに入るのも失礼かと、カズトなりに気を利かせて声をかけたのだが、なんと門前払いをされてしまった。今日は都合が悪いのかと察し、すごすごと出ていこうとしたカズトを声の主が呼び止める。

 

「ちょお何本気で帰ろうとしてんねん!?」

「え、だって帰れって……」

「アホ、これはコガネの伝統的挨拶やで。これ知らんってことはアンタ、田舎出身か?」

「あ、ハイ。ワカバタウンから来ました」

「ワカバ? あのアホゴールドと同郷かいな!」

 

 どうやらゴールドと顔見知りのようである。反応から見るにあまり好意的には思われてないようだが。

 

「あの、ゴールドが何か失礼なことをしましたか?」

「失礼なんてもんちゃうわ! ラジオの邪魔するわ、うちの活躍奪うわ散々やで!」

「ラジオ……ってことはあなたがアカネさん?」

「せやで。うちがコガネジム、ジムリーダーのアカネや!」

 

 なんと出迎えてくれた彼女が、ジムリーダーその人であったらしい。

 右手にギプスをつけているが、これはゴールドとラジオの企画で勝負したときに野生ポケモンの乱入を受けて怪我したことによるものだそうだ。そしてその野生ポケモンを打倒したのがゴールドで、彼女はいつか雪辱を果たすために燃えているのだとか。

 

 怪我はしているがバトルはできるそうなので、挑戦しに来た旨を伝えると、快く承諾してくれた。とはいえ、あまり負担をかけるのも良くないので、お互い使用ポケモンは一体の短期決戦にしようという提案が出された。カズトとしては特にこだわりもないのでこの条件をのむことに異議はない。

 

「ほな、早速やろか。フィールドはこっちや」

 

 案内されたバトルフィールドはヒワダジムのものとは打って変わってシンプルなデザインとなっており、障害物も何もない。純粋にポケモンの地力が試されるステージになっていると感じた。

 

「うちが出すんはこの子や! いけっ、ミルたん!」

 

 ミルたんと名付けられたミルタンクが勢いよくボールから飛び出す。ジムリーダーのポケモンだということもあり、相当に鍛えられているようだ。

 

「ええか、うちは負けてもバッジあげるとかそんな甘っちょろいことせんからな。全力でかかってきぃ!!」

「無論そのつもりです! 頼むぞシード!」

 

 対するカズトが今回選んだのはコノハナだ。ポイントとしては相手の弱点を突くことができる"かわらわり"を習得していることが大きい。とはいえ、相手はジムリーダーだ。ノーマルタイプ唯一の弱点であるかくとうタイプに何も対策をしていないなどありえない。コノハナがかくとう技を使えることはここぞという場面まで隠しておいた方が良いだろう。

 

「先手必勝やミルたんっ! "ころがる"!!」

 

 猛烈な勢いで転がるミルタンクは、先日育て屋で見たドンファンのそれとは迫力が違う。生半可な攻撃では体勢を崩させることも難しいはずだ。だがポケモンやレベルこそ違えど、一度見たことある技ならば対応策は準備できている。

 

「"ねこだまし"!」

 

 ミルタンクがコノハナの身体を捉える刹那、一瞬目と目が合わさるタイミング。コノハナはミルタンクの目の前で両の掌を打ち合わせた。パァンと気持ちのいい音が鳴ると同時に、ミルタンクの"ころがる"は軌道をコノハナから逸らせてしまう。

 

「どこ狙っとんねんミルたん?!」

 

 "ころがる"は長時間使い続けるほどにその回転の勢いを増し、相手に絶大なダメージを与える技だ。育て屋で修業していたときも、上手くドンファンの態勢を崩すことができなかった場合、手痛いダメージを喰らってしまっていた。

 単純に威力が増すだけでなく、速度も増すため避けるタイミングがシビアになっていくというのも特徴だろう。真正面から受け止めることができればこちらのペースに持ち込めるが、生憎とカズトの手持ちは体の小さいポケモンばかりなので、身体でのぶつかり合いとなると分が悪い。

 

 そこで編み出したのがこの"ねこだまし"だ。この技は相手を怯ませる効果があるので、まだ目が追い付きやすい段階でこの技を当てることで強引に隙を生み出すことができる。

 壁側まで事前に誘導し"ねこだまし"を喰らわせれば最後、目をつぶってしまったことで視界の確保ができず、勢いそのままに壁へ激突する。

 

「"はっぱカッター"だ!」

 

 訳も分からず壁に激突し、パニックを起こしている無防備なミルタンクに無数な刃が襲いかかる。

 

「あかん、撃ち落とすんや!」

 

 最初の数発こそきれいに決まったものの、さすがの立て直しの速さだ。瞬時に状況を把握し、強靭な肉体を使って"はっぱカッター"を相殺し始めた。手数で優っている分、まだダメージを与えることはできているが、有効打にはならない。ここは無理に攻めずに、一旦立て直しを図った方が良いだろう。

 

「"ばくれつパンチ"!!」

「躱せ!」

 

 "はっぱカッター"に目が慣れたのだろう。技と技の隙間を縫ってミルタンクが距離を詰める。まだコノハナとの距離があったため躱すことができたが、あのまま攻めに興じていれば厳しいカウンターをもらっていたに違いない。

 

「慎重やな、あのアホゴールドとは大違いや」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「その余裕ぶったカオ崩したるわ。連続で"ばくれつパンチ"!」

「受け流すんだ!」

 

 先ほどより反応を見る限り、アカネは負けず嫌いなのだろう。スタイルとしては真っ向からパワーで押し込むアタッカータイプに近い。どちらかというとカズトの兄であるハルヤに近いタイプだ。

 最初に繰り出した"ばくれつパンチ"よりも威力は下がるだろうが、それでも高威力に違いない技を連発してくるのは大きな脅威である。ただ躱すだけではいずれ動きを読まれてしまうため、

ここは適度に徒手空拳で応戦する。

 これも育て屋でオコリザルやガルーラとのバトルを経験していなければ、動きの激しさについていくことができずにいただろう。本当にいい経験を積ませてもらった。

 

「ジャンプしながら"はっぱカッター"!」

 

 上空から"はっぱカッター"を放つことで、ミルタンクの前だけでなく上や後ろからも攻撃を狙うことができる。四方八方から放たれる刃は一方で防がれても、それ以外の方向から迫る刃が確実に体力を奪う。

 どれだけ耐久力のあるポケモンでも、着実にダメージを重ねれば倒せる。ただし、それはどこか一方向からの攻撃を防いだ場合に限るが。

 

「その場で"ころがる"!」

 

 ミルタンクはアカネの咄嗟の指示にも難なく答える。普段前に進むために使っているエネルギーをその場で回転するためだけに使ったミルタンクの"ころがる"はやがて目にも止まらぬ速さに達する。

もし今、あの回転に巻き込まれてしまえばひとたまりもないだろう。そしてその攻撃力は防御力にも転じる。怒涛の回転に触れた"はっぱカッター"はその悉くを散らせ、ハラハラと舞い落ちる。見事全ての"はっぱカッター"を叩き落とした"ころがる"は正に絶対防御と呼ぶにふさわしい。

 

「なかなかええ技やったけどな。うちには効かんで!」

「やっぱり強い。でも! シード、"かわらわり"!!」

「なんやて?! ミルたん後――」

「遅い!!」

 

 確かにあの"ころがる"は非常に強力だろう。しかし、どんな技にも弱点はある。

 例えば"はっぱカッター"はその鋭利さと手数から「相手の急所を狙いやすい」攻撃ではあるが、元々が葉っぱでできているため耐久力が低く、「撃ち落としやすい」という弱点が存在する。

 そして"ころがる"の弱点は「視界が利かなくなること」だ。本来はその弱点を補うためにトレーナーが指示を出すのだが、今回ミルタンクの周囲は無数の葉で埋め尽くされており、アカネからはコノハナの姿を視認することができなかった。ゆえに、"ころがる"を解いたこの瞬間、ミルタンクに防御をとる余裕と状況把握はないに等しい。

 

 ミルタンクの背後をとったコノハナは気配に気づかれる前にその手を振りぬく。寸分違わずミルタンクの体を捉えた手刀は、育て屋で預けられていたドンファンを一撃で戦闘不能に追い込んだものである。さらには効果抜群ということもあり、大ダメージ間違いなしであろう。

 

「まだやミルたん! "メロメロ"!!」

「なっ!?」

「いくらかくとう技が使えても、動けんかったら怖ないわ!」

 

 だがミルタンクは耐えた。効果抜群の一撃を喰らってもなお、その耐久力を以て耐え抜いていた。

 さらにここにきて"メロメロ"である。ミルタンクはメス、コノハナはオス。技の条件は満たしている。

 

「やぁ~っとその余裕そうなカオ崩しよったな?」

「シードしっかりしろ! "メガドレイン"で反撃する力を奪うんだ!」

 

 しかしカズトの声に応えようとしたコノハナは、目の前の相手を見て一瞬だが攻撃する気力を削がれてしまう。そしてその一瞬が、ジムリーダー相手には命取りとなる。

 

「お返しや。"ばくれつパンチ"!!」

「避けろォ!!」

 

 カズトの必死の叫びもむなしく、コノハナの顔にミルタンクの拳がめり込む。勢いそのままに壁まで吹っ飛んだコノハナは動かない。

 

「どうや、これでうちの勝ちやな」

「――だ」

「ん? もっとおっきな声で言うてみぃ」

「まだだ」

 

 負けは目前というのにカズトは笑っていた。アカネにその理由は理解できなかったが、それを理解しているポケモンはいた。

 

「シード! "かわらわり"!!!」

 

 気が付けば、壁際で倒れていたコノハナがミルタンクのすぐ傍まで突っ込んできていた。いくらコノハナが瀕死直前とはいえ、ミルタンクもダメージが積もっている。もう一度"かわらわり"を喰らえば耐えることはできない。

 

「っ、ミルたん避けるんや!」

 

 耐えることができないのならば、当然回避の指示を出すだろう。だがミルタンクがその場から動くことはなかった。

 

「なんでやミルたん!?」

「忘れましたか? オレの出した指示を」

「まさか――"メガドレイン"か!?」

 

 "ばくれつパンチ"の直撃を喰らったコノハナだったが、直後にカズトから出されていた指示――"メガドレイン"――でミルタンクから体力を奪っていた。このおかげで尽きかけの体力をギリギリ保ち、逆にミルタンクが次に行動するための余力を奪い取ったのだ。

 

 キツイ一撃をもらった衝撃で、"メロメロ"も解けている。相手は動けない。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 コノハナがミルタンクに肉薄する。瞬きほどの静寂の後、ミルタンクの体は地面に崩れ落ちた。

 

「んなアホな……」

「やったぞシード! 勝ったんだ!」

 

 カズトは喜びのままにコノハナのもとまで駆け寄る。コノハナも今の一撃が限界だったのだろう。その場に座り込んで、笑顔で走ってくるカズトを迎える。

 

 土壇場の逆転劇に呆然としていたアカネだったが、喜びを分かち合うカズトたちを見て自分たちの敗北を認める。湧き出る悔しさはそのままに、カズトの前に手を差し出す。

 

「あーもう! 悔しいけど、うちの負けや。おめでとさん」

「ありがとうございます! すごい楽しかったです」

「でも次やるときはうちが勝つからな!!」

 

 カズトも手を出し握手を交わすと、アカネからリベンジの宣言と四角いバッジが渡された。

 

「うちが認めた人に渡すレギュラーバッジや。ええか、うちに勝ったんやから他で負けるとか許さんで!」

「ハハハ……肝に銘じておきます」

 

 斯くして、カズトは二つ目となるジムバッジを手に入れた。目標の八つまではまだまだであるが、少しずつ強くなってきている手応えを胸に、次なる目的地を目指すのであった。

 

「あ、これうちのポケギアの番号な。アンタのも教えや」

「えぇ……」




1VS1の戦いはこれぐらいの密度が限界です……。

流石に全部ただフルパでバトルするだけなのは芸がないので、今回はガチンコシングルバトルで書かせていただきました。
ポケギアの番号交換してましたが、アカネはヒロイン枠とかそういう設定はありません。なんか気が付いたらアカネが勝手に番号押し付けてたんです。俺は悪くねぇ。

ストーリーのどっかでは使えそうなので、いつか活かします。


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第15話 VSヤンヤンマ

「さあ、制限時間は二十分です! みなさん、張り切ってどうぞ!!」

 

 司会者の掛け声とともに参加者たちはアリアドスの子を散らしたかのように、四方八方に飛び散る。大人から子ども、男だけでなく女も交じって自然公園内にいるむしポケモンを探し求める。

 そう、これは虫取り大会。珍しいポケモンや手強いポケモンを捕まえた人がチャンピオンとなる自然公園で人気のイベントだ。

 そしてカズトも、今回開催された虫取り大会に飛び入りで参加していた。理由は単純。面白そうだからである。

 

「さて、とりあえず一匹捕まえたいけど……」

 

 この大会には手持ちのポケモンは一体しか参加させることができず、捕獲手段も運営が支給するボールでしか認められていない。そして支給されたボールは二十個。これを使ってより高得点を狙えるむしポケモンを捕まえて優勝を目指すのだ。

 

 とはいえ、先ほど司会者が言っていたように、この大会には制限時間も存在する。珍しいポケモンを狙いすぎてタイムオーバーになってしまえば元も子もない。というわけでカズトは、前半十分とボール十個を使ってそこそこの得点を狙えそうなポケモンをまず捕まえることにした。

 

「お、バタフリー」

 

 自然公園の中でも木が茂って薄暗いエリアを散策していると、小さな花畑ができている場所に出た。そこだけちょうど木々の隙間を縫って陽光が射す部分なようで、色とりどりの花がひしめき合って咲いている。

 そしてその花の蜜を狙って来たのだろう。どこからともなくバタフリーがヒラヒラと飛んできた。

 

「最終進化形だしポイントは高いはず。いくぞライガ!」

 

 今回カズトが選出したのはタツベイだ。タイプ相性的に最悪なコノハナは最初に候補から外した。タツベイもほのおタイプの技が使え、かつヒワダジムでストライクと戦った実績があることからも可能性としてはありだったが、今回の目的は相手ポケモンの捕獲である。タツベイのレベルほどのほのお技がもろに当たるとダメージを与えすぎてしまうことも考えられたため、細かいダメージ調整がしやすいグライガーに白羽の矢が立った。

 

 カズトの手持ちの中で他の二体と比べ一撃の威力が低めのグライガーは、相手にペースを握られると一気に立ち回りにくくなってしまう。得意の連続攻撃を当てるためには初動で流れを作るしかない。

 

「"でんこうせっか"で先制だ!」

 

 バタフリーに認識される前に"でんこうせっか"で奇襲をかけリズムを作る。突然の攻撃にバタフリーは反応できず、その一撃を躱すことに失敗した。

 しかし黙ってやられるわけにはいかないのは誰でも同じだ。バタフリーも体勢を立て直すとすぐさま"どくのこな"を振りまいて反撃してくる。

 

「もう一度"でんこうせっか"!」

 

 グライガーは再び"でんこうせっか"を放ち、"どくのこな"の正面からの突破を試みる。鱗粉を利用した技であるがゆえに、吸い込みさえしなければ状態異常を喰らうこともないのだ。

 対してバタフリーは"かぜおこし"で予期せぬ気流を起こすとともに、粉の流れを強引に変更。このに強風に煽られたグライガーはバランスを崩し、毒々しい粉を吸い込んでしまった。

 さらに追い打ちとばかりに"サイケこうせん"の猛攻がグライガーに襲いかかる。この怒涛の連続攻撃に並のポケモンであれば、毒の影響を受けてまともに回避することもできないだろう。

 

 しかしグライガーには毒への抗体がある。人や他のポケモンにとっては危険なものでも、ある程度までは全く意に介さないレベルで中和することが可能だ。どうやら、今回のバタフリーはツクシのスピアーほどの毒の強さを持っていないらしい。"どくのこな"を吸い込んでしまったが、顔色に変化は見られず、動きも鈍った様子は見られない。

 寧ろ体が温まってきたのだろう。より動きに鋭さが増している。

 

「"れんぞくぎり" 三連!!」

 

 当たれば当たるほど威力が上がる"れんぞくぎり"は、ヒットさせすぎると相手を倒してしまう恐れがある。捕獲のために弱らせると言っても、弱らせすぎることは良くない。削りすぎることを避けるためにも三回ほど放つまでに留める。

 果たして、バタフリーはグライガーの猛攻に体力をゴッソリ持っていかれたのだろう。かなりふらついた様子を見せている。しかしまだ体力に余裕はあるのだろう。果敢に反撃しようと技を繰り出す。

 

「そこだッ!」

 

 技を出し終えた瞬間を見計らい、カズトは運営から支給されたモンスターボールを投げた。ボールは見事バタフリーに命中し、バタフリーは独特な光と共にボールの中に吸い込まれた。

 

「よし、捕獲完了っと。お疲れ様ライガ」

 

 グライガーはカズトの足元に着地し、まだまだ余裕だと言わんばかりに元気な姿を見せてくれる。

 

「ハハッ、まだまだ時間はあるからな。頼むぞ」

 

 バタフリーの入ったボールを手に、カズトとグライガーは新たな虫ポケモンを探しに出るのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 あれから十分ほど経過したが、カズトたちは目ぼしい虫ポケモンを見つけることはできていなかった。見つけたのはキャタピーやビードルといった所謂一般的な虫ポケモンのみであり、バタフリーを捕獲している以上、新たに彼らを捕まえる理由はない。

 タイムアップが目前に迫っている中、これ以上は探索することはできないと判断し会場へと退き返し始めた瞬間、何かが目の前を猛スピードで通過していった。

 

「今のって……」

 

 薄い翅に六本の足、大きな眼。間違いなく虫ポケモンではあるが、あまりのスピードだった故に何のポケモンかは判別できなかった。しかし、間違いなく大物ではあるだろう。カズトはその虫ポケモンに残り時間の全てを賭けることを決め、狙いを定めた。

 

「ライガ、"すなかけ"」

 

 まずは相手をあぶり出さなければ始まらない。一面に砂を撒き、その砂煙が掻き分けられるところを探す。即席ではあるが、なかなかに有用な探知方法である。

 少し待つと、砂の中を突っ切るターゲットを発見した。発見したらあとは進行方向で待ち伏せをするだけだ。

 

「"きりさく"!」

 

 ターゲットの進行先に狙いを定めて放った攻撃はしかし、手応えがなかった。それもその筈、件の虫ポケモン――ヤンヤンマ――はグライガーの攻撃が直撃する寸前に急ブレーキをかけ、その場に停止していたのだ。

 

 ヤンヤンマは空中戦において、他の虫ポケモンだけでなく、鳥ポケモンなどの多くのひこうタイプとは違った動きが可能なのが特徴である。通常、空中で方向転換をしようと思えば、翼や翅を利用して空気の抵抗を受けないように旋回しなければならない。

 しかしヤンヤンマは、四枚の翅を別々に動かすことで空中での急停止、その場での方向転換を可能にしている。先ほどグライガーの"きりさく"を回避したのも得意の空中制動によるものだろう。これは手強い相手になりそうだと、カズトも気合を入れる。

 

「"でんこうせっか"でかく乱しろ!」

 

 "でんこうせっか"で縦横無尽に飛び回り相手の背後をとって攻撃するも、ヤンヤンマは死角からの攻撃にも反応し難なく避けてしまう。一度目はまぐれかと思ったが、二度三度と攻撃を躱されるとそれがまぐれではないことが分かる。

 

 実はヤンヤンマはその大きな眼で360度の視界を誇っている。そのため背後からの奇襲を察知することもでき、その探知能力と回避能力を以て他のポケモンにはできない機動戦を得意としている。

 

「なら……"れんぞくぎり"で動きを制限するんだ!」

 

 相手が細かく動きを変えてくるならば、こちらもそれに合わせて素早い攻撃を行い、回避の余裕を失くしてしまえば良い。ましてや、"れんぞくぎり"は徐々に攻撃の鋭さが増す攻撃だ。初撃を上手く躱せても、それで気を抜いた相手には次の攻撃を躱すことは難しい。

 ヤンヤンマも一撃、二撃と難なく躱していたが、さらに続く攻撃に大ぶりな動きを強いられるようになっている。

 

「そこだ"でんこうせっか"!」

 

 ヤンヤンマの動きが単調になったところで最速の"でんこうせっか"をお見舞いする。これは流石のヤンヤンマも避けることができなかったようで、良いダメージになったようだ。

 この一撃にヤンヤンマもバトルの火が点いたのだろう。今まで回避ばかりだったが、今度は攻撃に転じる。四枚の翅をはためかせて"ソニックブーム"を放ってきた。衝撃波は周囲の木々の枝や葉を吹き飛ばし、グライガーに迫る。

 

「避けろ!」

 

 衝撃波が直撃するギリギリにグライガーは滑空して軌道から逃れるものの、連続で放たれる攻撃に回避が追い付かず被弾してしまう。さらに追撃として"ちょうおんぱ"を織り交ぜることで、より回避を困難にしている。

 

「"いやなおと"だ! "ちょうおんぱ"を掻き消せ!」

 

 グライガーもタダでやられるわけにはいかない。厄介な"ちょうおんぱ"を自身に到達するよりも前に別の音波で相殺する。完全に打ち消すことはできないかもしれないが、これでいくらか影響を抑えて戦うことができるはずだ。

 ただ、グライガーに遠距離からの攻撃手段はない。それに対してヤンヤンマは"ソニックブーム"で確実に距離をとって攻撃することができる。このままではジリ貧。次第にこちらが不利になっていくだろう。そのためにも一度距離を詰めなければならない。

 

「"でんこうせっか"!」

 

 グライガーの十八番である"でんこうせっか"での接近戦だが、その戦法は一度見られてしまっている。案の定、近づいた瞬間距離をとられ、得意の型に持ち込ませてくれない。

 ならば、新たな手段で攻撃するしかないだろう。

 

「"かげぶんしん"ッ!!」

 

 カズトの指示が出るや否や、グライガーが二体、四体、八体と徐々に数を増していく。あっという間にヤンヤンマを上下左右取り囲んでしまった。

 ヒワダジムでツクシと戦った際、ストライクの"かげぶんしん"を目にしてから密かに練習を積み、先日ようやく完成したばかりの技である。

 

 ヤンヤンマはその360度の絶対的視野を有しているが、その視覚の広さであっても対処できないものは多くある。その一つが圧倒的物量で押し切ることだ。360度の視界があれど、対処するヤンヤンマ自身には限界がある。その対応可能な範囲を超える量の攻撃で一気に勝負を仕掛けることで、能力の差をひっくり返すことができる。

 

「"きりさく"!!」

 

 突然の分身にヤンヤンマは気をとられて攻撃を止めてしまった。そこに生じた隙は一瞬とはいえ大きい。グライガーは一気に距離を詰める。

 しかし、あくまで攻撃ができる本体は一体だけだ。そのため、カズトとグライガーはわざと突撃の軌道をずらして分身があたかも本体であるかのように見せかける。するとヤンヤンマは焦って分身の方に"ソニックブーム"を繰り出してしまった。

 見当違いの方向に技を出してしまったときにはもう遅い。いくら見えていても、反応できなければ意味がなく、ヤンヤンマが回避行動をとるより早くグライガーの一撃が突き刺さった。

 

「よしっ!」

 

 グライガーの攻撃をまともに喰らったヤンヤンマはバランスを崩し、地面に落下する。カズトはその絶好のチャンスに、手にしたモンスターボールを力いっぱい投げた。ボールは先ほどのバタフリーと同様に作動し、ヤンヤンマの体をその中に収める。

 そして捕獲完了のタイミングと同時に公園内のスピーカーから制限時間が終了した旨を告げるアナウンスが流れるのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「さて、結果発表と行きましょう!」

 

 自然公園の中央広場には今回の参加者たちが勢ぞろいして結果の発表を待っている。上位三位に入った人が入賞となり、大会運営から景品が贈られる。入賞を逃した人も「きれいなぬけがら」を参加賞としてもらえるらしい。虫取り大会に抜け殻をという如何にもな景品となっているが、それはそれでらしいと言えるだろう。

 

 さて結果の方はと言えば、順調に発表が行われており、三位にはスピアーを捕まえた虫取り少年がランクインしたようだ。景品のきのみを受け取っている。傍に控えていたグライガーが美味しそうにそのきのみを見つめていたが、バッグから出したオレンの実で我慢してもらう。

 

「では、第二位の発表です! 第二位は……ヤンヤンマを捕まえたカズトさん!!」

 

 どうやらカズトは二位にランクインしたようだ。時間制限ギリギリまで狙って大物を狙いに行った甲斐があったようである。ちなみに二位にはかわらずの石が景品として贈られる。

 正直言えば、カズトはポケモンの進化は大歓迎派の人間なのでこの石のお世話になることはないだろう。だが、育て屋を営む人などには何か需要があるかもしれない。母や以前世話になった育て屋老夫婦に贈るのはアリだと思う。

 

 頭の中でいろいろと考えているうちに第一位の発表に移っていたらしい。一位にもなると、どのような人物が獲ったのかみんな気になるようだ。先ほどよりも少し会場がざわついている。かくいうカズトも、自分よりすごいとされた虫ポケモンを捕まえた人が誰なのかは興味があった。

 

「第一位! 第一位はカイロスを捕まえた……ツクシさん!!!」

「ぅえ?!」

 

 聞き覚えのある名前にカズトが驚いていると、表彰台にその優勝者の姿が見えた。そこにいたのは正にカズトが想像していた通りの人物だった。

 

「流石むしタイプのエキスパートというべきでしょう! 文句なしの一等賞です!」

 

 運営からも絶賛の嵐である。とはいえ文句を言う人はいなかった。実際にツクシが捕まえたカイロスを見れば分かる。太く立派なツノに、がっしりとした体。かなりレベルの高いカイロスである。

 会場からは拍手が巻き起こっている。カズトもあのカイロスには脱帽だ。素直にツクシに拍手を送る。

 かくして、カズトの初めての虫取り大会は幕を閉じたのである。




バトル描写は書くのが大変だけど、それと同じくらい考えるのは楽しいですね。もっと充実したバトルを書きたいと思う今日この頃。
虫取り大会後のツクシとのやり取りは次回に持ち越しさせていただきます。ちょっと場面の入れ替えが多くなりすぎちゃうので……


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第16話 VSイノムー

「やあカズト! まさかキミも参加してたなんてね」

「オレもビックリしましたよ」

 

 虫取り大会が閉会し、参加者たちが帰宅し始めた頃。ツクシがカズトの元へやってきた。傍には今回の大会で捕まえたカイロスを連れている。

 

「やっぱり強そうだなぁ」

「そうだね、捕まえるときもかなり苦戦したよ。カズトが捕まえたのはヤンヤンマだったよね。ちょっと見せてもらってもいいかな?」

「もちろんです!」

 

 ツクシのお願いにカズトは快くボールからヤンヤンマを出した。ヤンヤンマは飛び出すと同時にカズトの頭の上に止まる。

 

「おい……」

「あはは、どうやらカズトの頭が気に入ったようだね。旅には連れていくの?」

 

 ツクシの質問にカズトは顎に手を当てて唸る。というのも、これからの旅を進めるうえで手持ちの充実度は重要な要素になってくる。しかし、現状で連れ歩いているポケモンが多すぎることから、これ以上手持ちポケモンを増やすことに抵抗があることも確かだ。

 

 ちなみにバタフリーは大会の集計をとった際に運営に預けたままである。ヤンヤンマはバタフリーよりも得点が高いポケモンと判断され、本エントリーするポケモンとしてカズトに返却された。本エントリーに選出されなかったポケモンたちは、運営が責任を持って後日野生に還してくれるそうだ。

 

「ボクの個人的意見としては、ぜひ連れて行ってあげてほしい」

 

 ツクシが言うには、ヤンヤンマはあまり野生で見られない珍しいポケモンらしく、大量発生といった例外を除き目撃数は非常に少ないとのこと。また、その珍しさから密猟の危険性も他のポケモンより高く、ポケモン協会、特にむしタイプのエキスパートであるツクシからは正しい心を持ったトレーナーにゲットされてほしいという事情もあるみたいだ。

 

「それに今のキミのパーティー状況を鑑みても、ヤンヤンマは大きな助けになってくれると思うよ。それにほら、本人も……」

 

 ふと頭上を見てみると、ヤンヤンマがそれはもう居心地よさそうにカズトの頭に止まっているではないか。それにツクシからの後押しもあっては、今更ヤンヤンマを逃がすことはできないだろう。何より本人が付いて来るというのなら、断るのはカズトとしても心が痛む。

 

「それじゃ、これからよろしくな。えーと……リベル!」

 

 リベルと名付けられたヤンヤンマはカズトの頭上で翅をはためかせた。

 

「ありがとう、連れていくのを決めてくれて。ボクからはこれ、リーフの石さ」

 

 ツクシの掌には今回の虫取り大会の優勝賞品だったリーフの石が乗っている。しかし、それは優勝したツクシのものであって、カズトのものではない。カズトにはそれを受け取ることができなかった。

 

「いや、気にせず受け取ってくれよ。むしタイプのポケモンってあんまり進化の石を必要としてないんだよね。このままじゃ宝の持ち腐れになっちゃうし……カズトの方がうまく活用してくれると思うから、これはボクからの餞別さ」

「まぁ、そういうことなら……」

 

 そこまで言われては受け取らないのは逆に失礼に当たるだろう。おずおずとカズトはその石を受け取った。

 

「これからも頑張ってね、カズト」

「ありがとうございます」

 

 そして挨拶を交わし、二人はそれぞれ進む道に向かって歩き出す――。

 

「おい待てって、エーたろう!!」

「……エーたろう?」

 

 が、歩みを始めたカズトの耳に聞き覚えのある声が届く。それと同時にどこからともなくエイパムがカズトの目の前に飛び込んできた。

 

「うおっ?! お前、エーたろうか?」

 

 カズトの問いかけにエイパムは嬉しそうに返事をする。すると、ようやく追いついたのだろう。エイパムのトレーナーが姿を現した。

 

「エーたろう、お前急に走るなって……お?」

「よ、ゴールド」

「おま、カズト! こんなとこで何してんだ?」

「ちょっと虫取り大会にね」

「虫取り大会ぃ?」

 

 そう言ってカズトは頭に乗っているヤンヤンマを指さす。

 

「こいつを新しく仲間にしたんだ。名前はリベル」

「へぇ、よろしくな。リベル!」

 

 ヤンヤンマはゴールドの声に応える代わりにカズトの頭からゴールドの頭へと居場所を変える。しかし気に食わなかったのだろう。すぐさまカズトの元へと退き返した。

 

「そんなにオレの頭が気に入ったのか?」

「あ~、まあお前乗りやすそうな頭してっからな」

「なんだよそれ」

「オレみてぇにイケてる髪じゃねえってことだ」

「はは……そだね」

 

 ゴールドが自身の髪に特別強いこだわりを持っているのはカズトも知っている。無闇につついて藪からアーボを出すわけにはいかないので、大人しくしているべきだろう。

 カズトはそれよりも、ゴールドがなぜまだコガネシティ周辺にいるのかという疑問の方が気になっていた。しばらく育て屋でお世話になっていたうえにジム戦までしていたカズトと違って、コガネシティに特に用事が存在しなかったはずのゴールドはとっくにエンジュシティまで移動していると思っていたのだ。

 

「実はオレも育て屋ばあさんらのとこで世話になってよ。お前の話も聞いたぜ」

 

 どうやらゴールドは一度コガネシティまで行った後、ウツギ博士のおつかいとして育て屋老夫婦の店までUターンしていたらしい。というのも、育て屋で見つかったタマゴをゴールドが孵したため、その報告に行く必要があったからだとか。ついでにカズトがやったものと同じ特訓をゴールドも受けてきたようだ。成果もあったようで、ヒノアラシもマグマラシに進化している。

 

 そして今は、エンジュシティで起きた地盤沈下に巻き込まれたかもしれないミカンという名前の少女を探してほしいという依頼を育て屋の二人から受けているそうだ。

 そんな話を聞いて呑気に「頑張ってください」と言えるほどカズトは情を失っていない。思わぬ出会いではあったが、ゴールドを手伝うことにした。それに、ゴールド一人に任せて人探しが無事終了する未来が見えなかったというのもある。

 

「それじゃ、一丁よろしく頼むぜ。カズト」

「こちらこそよろしく、ゴールド」

 

 こうして二人はエンジュシティへの道を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここがエンジュシティだなんて……とてもじゃないけど、信じられないな……」

「ああ、こりゃひでぇ。早いとこミカンって子を見つけようぜ」

 

 エンジュシティの街並みは一変していた。カズトの記憶の中には、紅葉並木がきれいで伝統的な建物が多く残るとても美しい街が残っている。しかし現在は周りを見れば瓦礫ばかり。美しい街並みの面影はどこにも残っていなかった。

 

「避難所にはいなかったから、もしかしたらどこかで救助が来るのを待ってるかも」

「そうだな。問題は、どうやって探すかだが……」

 

 この荒れ具合から見ても、逃げ遅れた人間が生存している可能性は正直絶望的だ。さらに瓦礫の山から一人の人間を探すとなると、かなりの重労働になるだろう。時間的にも厳しい状況である。

 二人が頭を捻らせて考えていると、遠くの方に昼間にもかかわらず明かりが点滅しているのが見えた。かなり傾いてしまっているが、あれは間違いなくエンジュの名所の一つであるスズの塔だ。そのスズの塔の最上階からまるで灯台のように光がチカチカと漏れ出ている。

 

「なあカズトよ……この辺りって停電してたよな?」

「こんなボロボロなのに電気通ってたら奇跡だよ」

「ならあの光、その奇跡ってやつじゃねぇか?」

「そうだね、行ってみよう!」

 

 そしてスズの塔に近づいた二人であったが、突如地面が大きく揺れ始める。

 

「また余震か!?」

「さっきのより大きくて、立ってるのも……!」

 

 現在エンジュシティでは頻繁に余震が発生しており、いつ二次災害が発生するかも分からない危険な状態である。目の前のスズの塔も今の揺れで再び沈下し、下の方の階層が地中に埋まっていってしまった。

 

「こんなデカい塔がオモチャみてぇに!」

「マズいな。急ごう!!」

 

 沈みかけているスズの塔だが、幸いにも窓の建てつけは無事だったようで二人は窓を潜り抜けて塔内への進入を果たす。そのまま最上階の光を目指して一直線に駆け上がると、そこには気を牛建ってはいたが、探していた少女の姿があった。――赤髪の少年と共に。

 

「シルバー!? どうしてお前がここに!」

「ちっ、またお前らか……」

「その子をどうするつもりだ!」

「ゴールド落ち着いて」

 

 赤髪の少年がシルバーだと分かるや、ゴールドは彼に向かって突っかかりに行くが、カズトは冷静にゴールドを諫める。

 状況から推察すると、塔の外に光を放っていたのはシルバーとミカンの傍にいるデンリュウだろう。おそらくミカンのポケモンだ。そのデンリュウがシルバーの存在を許しているということは、シルバーは気を失っていたミカンを助けたのだと考えられる。そしてそのタイミングでゴールドに見つかったという流れだろうか。

 

「とりあえず、ミカンさんの安全を確保するのが優先だ。早くここから出よう」

 

 既に保護はできているならば、早く脱出するに越したことはない。現在進行形でこの塔も沈みつつある。ただでさえ、子どもだけで気を失った人間を連れ出すのは手に余る。迅速に協力体制をとるべきだろう。

 

「というわけで協力してくれるかな、シルバー?」

「……理にはかなっている。お前らが捜してたなら、お前らがこの子を看ておけ」

「うわっ。お前なあ、カズトに免じてやるけどいきなりは止めろ!」

 

 ゴールドが文句を言うが、シルバーはどこ吹く風で広間の奥にあるポケモンの彫像を調べ始める。彫像には「ホウオウ」と記されているが、カズトやゴールドの知るポケモンではなかった。

 

「いけね。今は像のことよりもとっととここを脱出しねぇと」

「シルバーはシルバーで動くだろうし、オレたちもやることをやろう」

 

 だが二人が出口に出るよりも早く、塔が揺れ始める。大量の土砂が圧力に耐えきれなかった壁を突き破って室内に雪崩れこんできたのだ。近くの崩れかけた壁は、咄嗟にシルバーの出したリングマが崩壊を食い止める。しかし安心はできない、通路の先に見えていた出口が今にも塞がりかけている。

 

「何をしている! その子だけでも外に出せ!!」

 

 シルバーの声に反応したゴールドはデンリュウにミカンを預け突破を図る。全速力で走ったデンリュウは無事、塔の外へと脱出を果たした。

 

「やった!」

「ゴールド、リングマが限界だ! 壁から離れて!」

「うわっ!!」

 

 喜んだのも束の間、リングマが支えていた壁が限界を迎えてしまい出口だけでなく、そこへの通路までもが土砂で塞がれてしまった。ギリギリ退避は間に合ったが、どうやら塔の中に閉じ込められてしまったらしい。早く新たな出口を探さなければ三人とも外に出られなくなってしまうだろう。

 密室となったことで明かりもなくなり、気温も下がりつつある。ゴールドがマグマラシに火をつけてもらうよう頼んでいたが、シルバーに酸素が尽きてしまうと止められていた。シルバーが止めなかったらカズトが止めていたので、ここは素直に感謝である。二人は言い合いに発展していたが。

 

 しかしその言い合いも周囲の木が悲鳴をあげる音にかき消される。先ほどよりも派手に壁が吹き飛び、土石流となった土砂が三人に襲いかかる。

 

「逃げろ! じきに潰されるぞ!」

「くそっ、バクたろう! 天井を破れ!」

 

 ゴールドが機転を利かせて上の階への退避を試みるが、伊達にこの地盤沈下を耐えていない。生半可な技では天井を突き破ることができず、押し寄せる土砂に体が埋まっていく。

 

「何とかなんねぇのかよ!!」

「ゴールド、みずタイプのポケモンを出すんだ!! シルバーも!」

「もう準備できている! アリゲイツ!」

「何か手があんのか? 頼むぜニョたろう!」

 

 カズトは流れてくる土砂の中に霜柱が混ざっているのを見た。霜柱は地中に含まれた水分が冷気によって凍らされ地表に現れる現象だ。なぜ霜柱ができるほどの冷気がこの地下深くで発生しているのかは分からないが、霜柱ができるということはつまり、この辺りに地下水脈が潜んでいる可能性が高いことを指している。そしてその水脈をポケモンの力で呼び起こすことができれば、脱出することも夢ではない。

 シルバーもそれに気づいたのだろう。カズトが指示を出すより前にアリゲイツをボールから出していた。

 

 しかしシルバーのアリゲイツはともかく、ゴールドのニョロモでは水脈を呼び起こすには少々パワー不足だ。ついでに策を出しておいて何だが、そもそもカズトにはみずタイプの手持ちがおらず、今回の脱出作戦の力になることができない。残念だが、他の手を考えるしかないだろう。

 

「でも他にどうやって……ん?」

 

 ふとカズトがゴールドのほうを見やると、ニョロモがブルブルと震えているではないか。間違いなく進化の兆しである。この土壇場でニョロゾに進化するのは大きい。進化したニョロゾを見ると、さっきは気づかなかったが「おうじゃのしるし」を頭の上に載せている。

 

「ゴールド! そいつをボールに納めて図鑑をかざせ! 通信するんだよ!!」

 

 ニョロゾに進化する様子を見ていたシルバーは、王者のしるしをみて声を荒げた。どうやら何か考えがあるようで、ポケモン図鑑の通信機能を利用するみたいだ。

 

「お前と通信なんかしたくねぇが……しょうがねぇ!!」

 

 迫りくる土砂に流石のゴールドも背に腹は代えられない。大人しくシルバーの命令に従い、通信機能を起動させた。

 同時に土砂の勢いが増して、顔にまで土砂が迫ってくるが――。

 

「"うずしお"!!」

 

 見事地下の水脈を引き出すことに成功し、塔が沈み切るギリギリで三人は脱出に成功した。

 ニョロゾはニョロトノに進化しており、ゴールドはニョロボンでないことに驚きを隠せていない。

 

「ニョロゾの最終形は二つある。石と通信……今みたいに水の力を生かすならニョロトノだ」

「なにィ!?」

「驚いたな。ポケモンセンターに行かなくても交換できちゃうのか」

 

 一秒を争う状況だったため突っ込みはしなかったが、ポケモン図鑑の通信機能という存在がカズトは気になっていた。どうやらその場でのポケモン交換を可能とするものらしく、交換するためにわざわざポケモンセンターに行く必要がなくなるようだ。痒い所に手が届く、良い機能である。

 

「脱出はできた。もうお前たちの相手をしてる暇はない。オレに関わるな」

「な……」

 

 シルバーとしては協力体制は脱出を果たした時点で終了ということだろう。次の行動について考えているようだが、カズトは忘れていない。ニョロトノが今はシルバーの手持ちになっていることを。

 

「なら早くゴールドにニョたろう返してやってよ。交換したまんまだよね?」

「あ! そうだニョたろう返せよ!」

「……チッ」

「なんで舌打ち!?」

 

 反応は最悪なものの、ちゃんとニョロトノはゴールドの元へ返してくれた。ただ単にゴールドの絡み方が気に食わないだけだと思われる。あるいは返すのを忘れていたことをカズトに突かれた苛立ちからだろうか。シルバーの年相応な反応に一瞬だけカズトはほっこりとした気持ちになる。

 

 そしてこのまま避難所に戻りミカンの様子を見に行こうかと思った矢先、どこからか嫌な気配を感じカズトは身構える。

 

「街全員が避難したと思っていたが……まだ小僧が三人、スズの塔に残っていたか」

「ロケット団?!」

 

 いつの間にか周囲には軽く三十人はいるだろうロケット団が集まっていた。中央にはリーダーらしき男と女の姿もある。

 

「おや、我々を知っているとはな!」

「それに見られたからには、タダで帰すわけにはいかないわね」

 

 彼らの言葉を聞いているうちになんとなくだが目的は理解できた。エンジュシティを壊滅させたのはロケット団、今はスズの塔を沈めて最後の後始末でもしていたのだろう。そこにカズトたちが巻き込まれ、発見されてしまった。偶然とは言え、犯人の姿を見てしまったことから証拠隠滅として三人の口を封じようとしているわけだ。

 シルバーがゴールドに今回の地盤沈下が人災であることを説明した際に男の反応が変わったことが全てを物語っている。

 

「油断ならんガキだ。この場で片づけてくれる!」

 

 察しの良いことと、加えてワカバタウンやヒワダタウンでロケット団の邪魔をしたことが影響しているのだろう。ロケット団はシルバーに狙いを定めて襲いかかる。

 

「バクたろう、"ひのこ"!」

「"はっぱカッター"!」

 

 しかしそれを黙って見ているカズトとゴールドではない。シルバーに集中して無防備なところを狙い撃ちにする。

 

「ワカバタウンでオレとシルバーの戦いに割って入ったヤツ、あれはお前らだったのか!」

「それにヒワダや今回の事件についても許せない!」

「カズトの言うとおりだ。助太刀するぜ、シルバー!」

「邪魔だ、大人しく見てろ」

 

 下手をすれば人やポケモンの命が失われていたかもしれないことを平然とした顔で行うロケット団は当然許せるものではない。シルバーは邪魔だから手を出すなというが、勝手にやらせてもらうこととする。

 

「見てるだけなんてできるわけないでしょ! "りゅうのいぶき"ッ!」

 

 タツベイも繰り出し、正面に飛びかかってきた相手をまとめて吹き飛ばす。だが相手の層はまだまだ厚い。それでも後ろからわんさか現れ襲いかかってくる相手を三人で迎撃していると、なかなか押しきれないことに痺れを切らしたのか、リーダー格の男が何かの合図を出した。

 

「余裕も見せていられるのも今のうちだ! 我らの切り札にまともに対抗できるかな?」

 

 すると再び地面が揺れだし、周囲の地盤が崩れていくではないか。今まで感じた中でも最大級の揺れに、カズトとシルバーは地震を引き起こしている犯人が近くにいることを察する。

 そしてより一層揺れが激しくなり、カズトたちが立っている地面も崩れ始めたそのとき、ついにエンジュを壊滅に追いやったポケモンが姿を現した。

 

「で……でけぇ!?」

「巨大イノムー! そのガキどもを一気に踏みつぶしてしまえ!」

 

 ゴールドが驚くのも無理はない。地面を突き破って現れたのは本来の大きさの倍以上もあるイノムーだったのだから。そのあまりの巨大さに全貌を見ようとすれば軽く見上げなければならない。確かに、このイノムーならばエンジュシティ全域に及ぶ範囲で地震を引き起こすこともできるだろう。それほどまでの圧倒的スケールがある。

 

「こいつが震災を起こした正体だってのか!?」

「そうだ。じめんとこおりの二つのタイプを持つイノムー。この力、予想はしていたがそれ以上だ!」

「こおり……それで地下に霜柱ができてたのか!」

 

 イノムーは周りに転がる大岩などものともせず三人の立つ場所へ突っ込んで来る。早急に何とかしなければ、幹部の男の言う通り踏みつぶされてしまう。しかも周りにはロケット団員がまだ十分な戦力を有して待ち構えている。まさに四面楚歌な状況だ。

 

「さて、どうやって倒すかな……」

「そいつらは任せる!」

 

 思案を巡らせるカズトを横目にシルバーが一人イノムーの前に飛び出る。おそらくイノムーが相手の切り札であるからして、あのポケモンをどうにかしてしまえば相手は引かざるを得なくなるはずだ。そしてシルバーは無策で突っ込むようなことはしないだろう。何か手があるはずだ。

 

「ゴールド、こっちはお願いしていい? マグナたちは置いていくからさ」

「あ? こんなヤツら、オレたちだけで十分だ!」

「OK、任せたっ!」

 

 カズトはヤンヤンマに肩を掴んでもらい、すぐさまシルバーの後を追う。スピードではヤンヤンマの方が上であるため、幸いにもすぐ追いついた。

 

「手伝うよシルバー!」

「……あいつを置いて来ていいのか?」

「ゴールドなら大丈夫。作戦があるんでしょ? サポートするよ」

 

 イノムーを抑えれば勝ちなのはシルバーも気づいている。だからこそこうして他のフォローが入らないように釣り出したのだから。相手はイノムーのスペックに慢心しているため、隙だらけ。ここぞのタイミングで技を出せばかなりの高確率でこの作戦は成功する。

 本当はニョロトノがいればさらにやりやすかったのだが、既にゴールドの下に戻ってしまった。カズトのサポートがあるというのなら、遠慮せず利用させてもらうとしよう。

 

「一瞬で良い、あいつの動きを止めてくれ。あとはオレがやる」

「了解。行くよゴース!」

 

 普通一体のポケモンに対して十体のゴースは過剰戦力かもしれないが、今回は例外だ。全力で挑ませてもらう。

 

「"サイコキネシス"!!」

 

 強力な思念がイノムーを包み込み、徐々に足の動きを遅くする。そこから数秒もすれば完全に勢いを失い、その場から一歩も動けなくしてしまった。

 

「キングドラ!」

 

 度重なる地震によって脆くなった地盤と、イノムー自身が放つ冷気によって生み出された水分、そしてキングドラが操る地下水脈。この三つの要素が合わさったことで大規模な渦が発生し、イノムーがその場から動くことを許さない。さらに地盤が崩れていることで液状化現象も起こり、進もうと藻掻けば藻搔くほどに逆に地面に飲み込まれる。

 

 イノムーが完全に無力化されたことについては流石に想定外らしい。男の表情に初めて焦りの色が見えた。慌てて部下たちに指示を出そうとするも、こちらはゴールドの手によって多くの戦力が封殺されてしまっている。

 

「さあ、次は誰が相手だ!?」

「うぬぅ……。ガキどもめ、勝ったつもりか」

 

 追い込まれたために残りの戦力を全投入しようとした男だったが、同じく幹部であろう女がそれを阻止した。

 

「既にスズの塔は攻撃した。ホウオウの本能……、我々の仮説が正しければ既に目的は果たされたも同然」

「……総員退避!!」

 

 ホウオウという聞きなれない単語を残してロケット団は立ち去った。ゴールドは追おうとしたが、消耗した状態で一人突っ込むのは流石にできなかったみたく、まんまと逃げられてしまう結果になった。とはいえ、今回の目的はロケット団の捕縛ではない。突然の襲撃をやり過ごすことさえできれば良かったため、今回はカズトたちの勝利で間違いないだろう。

 

「ふぅ……二人ともお疲れ」

「……少しは力をつけたようだな」

「へへへ、見たかオレの実力。育て屋の特訓は伊達じゃないぜ!」

 

 この戦いの一番の功労者はゴールドだ。相手の戦力を大幅に削ってくれたおかげで、撤退にまで追い込むことができた。彼が育て屋で得たものはかなり大きかったのだと分かる。兄弟のように育ってきたからこそ、カズトもゴールドの活躍に鼻が高い。

 

 そして脅威が去った今、カズトは先に塔の中から避難させたミカンがどうなったのか確認に行くべきだと思い、避難所へ向かおうとしていた。

 

「なぁシルバー」

 

だが、その足はゴールドがシルバーにかけた言葉によって止まることとなる。

 

「おめえ……一体何者なんだ?」




また期間が空いての投稿になってしまった……。
定期投稿って難しいですよね。

最近原作ポケスペを電子版で全巻揃えてモチベーションは上がっているので、これからもボチボチ投稿していきたいと思っています。
とりあえず今年中に3章を締めくくることを目標に頑張ります。


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第17話 VSデンリュウ

「おめぇ……一体何者なんだ?」

「……」

 

 ロケット団が立ち去り静寂が戻ったエンジュシティの空の下。ゴールドの問いかけにシルバーはだんまりを決め込む。

 

「スズの塔で見つけたポケモンの像に書いてあった名前、そしてロケット団の女も口にしてた『ホウオウ』。オレは見逃さなかったぜ。その名前に反応してたお前のことをな!」

「お前らには――」

「――関係ないって? またそれか」

 

 折角ゴールドが切り出したので、カズトも少し援護射撃をする。まずはシルバーをこの場に押しとどめなければならない。

 

「お前はいつも『目的』『目的』って、そんな風に『任務』みたいに戦ってばっかでよ。今まで本当に楽しんでポケモンバトルしたことあんのかよ?」

「なに?」

 

 ゴールドの言葉に、シルバーは今日初めて感情的な返しを見せた。脈ありのようだ。

 

「そこでだ。お互いポケモン図鑑とウツギ博士のポケモンを持つ者同士……。フェアに近い条件だ。一度本気で手合わせしてみてえと思わねえか? どうだ、シルバー!!」

「挑戦状か……。面白い!」

 

 シルバーが何者かという点については答えがもらえなかったが、ポケモンバトルという語りの場に引き出すことはできた。図鑑所有者というこのアプローチの仕方はゴールドにしかできなかったので、正直言ってカズトにはシルバーから答えをもらえるビジョンは見えていなかった。どうせ話を打ち切られて逃げられるのが関の山だと思っていたのである。

 時折突拍子もないことをするが、ゴールドは意外と頭が切れる。カズトが思いもしないところから解決策を生み出すこともある彼なら、シルバーが有する壁を砕くことができるかもしれない。

 

 カズトもゴールドと共にシルバーについて追求したいところではあるが、ここに来た本来の目的を忘れてはいけない。スズの塔で満身創痍の状態でいたミカン。塔が崩れてしまうというアクシデントの中で咄嗟に彼女のデンリュウに避難を託したが、無事に避難所まで辿り着けているかを確認しなければ育て屋老夫婦への報告もできないだろう。

 

「よーしカズト、審判は頼むぜ!」

「そうしたいのは山々だけど、オレは先に避難所の様子を見てくるよ。ミカンさんが心配だ」

「おっと、そうだったな。じゃあそっちはお前に任せるわ」

「ゴールドも、シルバーのことは任せたよ」

 

 コガネからエンジュまでの短い間ではあったが、ゴールドと一緒に旅をすることができて満足だ。続きはこのドタバタが落ち着いた頃に仕切り直してしたいものだ。街の中でも開けた場所を探しに移動すると言うゴールドたちに別れを告げ、カズトはエンジュシティ郊外の避難所へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「う……。ここは……?」

「あ、目が覚めましたか?」

 

 カズトがいるのはエンジュシティに複数存在する臨時避難所の一つだ。スズの塔から最も近い距離にあるこの避難所にミカンが運び込まれたのでないかと判断したが、予想通りだったようだ。避難所に入ったカズトをいち早く見つけたデンリュウがミカンの元まで案内してくれたのだ。

 医師によると、脚の捻挫や腕の擦り傷など小さな怪我は多かったものの、命にかかわるような重症は見られなかったらしい。詳しいことは後程病院で専門の検査を受けなければならないが、現状は安定しているとのことだ。

 

「育て屋老夫婦からお話を聞きました。無事でよかったです」

「そう……。心配をかけてしまったわね、助けてくれてありがとう」

「そのデンリュウのおかげですよ。あの明かりがなかったらあなたの存在に気づけなかった」

「アカリちゃん……ありがとう」

 

 ミカンのデンリュウはアカリちゃんという名前みたいだ。心配そうにミカンの顔を覗き込んでいる。

 カズトはミカンを助けた際の軽い経緯を伝えた後、この街を襲った地震が人の手によるものであることを告げた。これにはミカンを含め、街の人々の表情を驚きで満たすには十分だったようだ。犯人はロケット団という組織であることも伝えると、その瞬間、ミカンが今まで以上の反応を見せた。

 

「ロケット団……! ポケモン協会から最近活発になっている組織についての通達があったけど、確か同じ名前だったはず」

「ポケモン協会からですか?」

「あ、私アサギシティでジムリーダーをしているの。この前アルフの遺跡やヒワダタウンで続けて活動報告が上がったから、ジムリーダーとして注意するようにってね」

 

 今度はカズトが驚く番だった。まさか探していた少女がジムリーダーだったとは。おそらくゴールドもこのことは知らないだろう。大事な情報は伝えておいてほしいと、少しだけ育て屋の二人を呪った。

 

「それじゃあ早くアサギに戻らないと……」

「ええ。でも、この街の傷ついた人々やポケモンたちを見捨てるわけにはいかないわ。急いでこの街のジムリーダーのマツバさんに連絡を取らなくちゃ……」

 

 ミカンが街の人たちにマツバの行方を聞こうとするも、人々から帰ってきた答えはどれも「マツバがはどこにいるのか分からない」だった。

 どうやらマツバは特殊な千里眼という能力を持っているようで、今回は外部からの依頼があったため、数日前からジムを留守にしているようだ。

 街の中心であるジムリーダーが不在とあっては、住民たちも不安なはずだ。カズトも、そのような状況下にいる人やポケモンたちを放っておくことは出来ない。

 

「なら、私が代わりにジムリーダーとしてこの街を守ります」

「オレも手伝います!」

 

 カズトとミカンがしばらくエンジュシティに残ると宣言したその時、ポケギアから着信を告げる音が避難所の中に響き渡った。その音はカズトの腕にあるポケギアからから聞こえてきており、画面には「ゴールド」の文字が出ている。周りの邪魔にならないよう、カズトは外に出て通話のボタンを押した。

 

「もしもし」

『よおカズト! あの子は無事だったか?』

「無事だよ。ゴールドこそ、シルバーとのバトルはどうだった?」

『あー、そんなことよりだな。聞き出せたぜ、シルバーの目的!』

 

 ゴールドの反応からして、おそらく負けたのだろう。だが同時に満足そうでもあるので健闘はしたようだ。それにシルバーについても話を引き出してくれていたようで、彼の声からは喜びの色がにじみ出ている。

 ゴールドが言うには、シルバーはロケット団を潰すことを目的としているようで、さらにはホウオウを追うという使命を抱えているらしい。その使命を果たすためならば、手段も選ばないとも言っていたようだ。

 

『オレはシルバーと一緒にあいつらと戦う。カズトはどうする?』

「オレも手伝いたいけど、困ってるエンジュの人たちを助けたい。しばらくはここに残るよ」

『そっか、ならまた別行動だな』

「うん、また追いつくよ。気をつけてね」

『ああ! 任せとけ!』

 

 ゴールドとの通話を切り避難所の中に戻ると、ミカンが街の人たちに指示を出していた。

 今はまだ夜であるために大掛かりな準備はできないが、明日の早朝すぐに街の中の捜索を行うとのことである。とはいえ、ロケット団の狙いが人気のないスズの塔であったことが幸いし、住人たちはその多くが無事に避難することができていたみたいだ。ミカンのように巻き込まれた人がいないわけではないが、その人たちもポケモンたちの協力の元、日中の段階で救助済み。あとは助けを呼べずに取り残されている人やポケモンがいないかを確認するのが主な作業になると説明された。

 

「人を探すとなると、エスパータイプのポケモンがいたほうが良い気がしますね」

「確かにそうね。エスパータイプのポケモンを持っている人がいたら教えてください! 捜索に協力をお願いします!」

 

 カズトの進言もあり、順調に捜索隊も編成されていく。僅か数十分で粗方の準備を整えてしまった手腕は彼女が優れたジムリーダーであることの何よりの証拠であろう。

 

「できれば私も現場に出たいけれど、明日はお医者さんに言われて他に怪我がないか検査を受けなければいけない。カズトくん、ロケット団を撃退したというあなたの実力を見込んで、捜索隊に加わってもらえないかしら?」

「分かりました!」

 

 どうやら明日はミカンの体調に異変が生じていないかを最速で確認するそうだ。確かに地盤の崩落に巻き込まれ意識を失ってしまっていたとなると、何が起こってもおかしくはない。真っ先に確認するのは正しい判断だろう。

 こうして避難所では慌ただしい様子を醸しながらも、次第に夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 早朝六時。

 徐々に日も昇り始めたこの時間に捜索隊は避難所を出発した。昨日ミカンが中心に編成した捜索隊は瓦礫を動かすことができる力自慢のかくとうタイプのポケモンと、サイコパワーで人やポケモンの捜索を効率よく進めることができるエスパータイプのポケモンを有する有志のトレーナーたちで構成されている。

 これに加え、万が一ロケット団が襲撃に現れた際の対処役として彼らとの接敵経験のあるカズトとジムリーダーとしてミカンが鍛え上げたデンリュウが編成されている。即席のチームにしてはかなりベストに近いメンバーを集めることができたと言っていいだろう。

 

「今のところ、何も感知されずか……」

 

 ヤンヤンマに掴んでもらい空から地上を探索しているカズトだが、こちらも何も目につくものは見当たらない。生き埋めになっていたり、怪我をして移動できない人がいたりしないことが幸いではあるが、見落としてしまうのが最悪のパターンだ。ヤンヤンマの優れた視覚もフル活用してもらい、一寸の動きも見逃さないように注視する。

 

「おい、なんだアレ!?」

 

 空を飛び先行していたカズトの後ろから、捜索隊のメンバーが慌てた声を上げる。

 振り返ると森の方角から何かが土煙を上げてこちらに走ってきているのが見えた。土煙の範囲からして、一体やそこらの数ではないだろう。

 目を凝らして見つめていると、心なしか周囲が歪んで見え始めてきていた。捜索隊の人たちも同じような錯覚に陥っているらしく、ざわつきが大きくなる。

 

「マグナ、シード!」

 

 タツベイとコノハナを繰り出し、"りゅうのいぶき"と"はっぱカッター"のコンビネーションで遠距離から集団に牽制を入れるも、思っていたより手ごたえが感じられない。

 やはり、皆が感じているあの空間の歪みは気のせいなどではなく、本当に視界が狂ってしまうらしい。ピンポイントで狙ったはずだが、目の前の相手にはあまり命中しなかったのだろう、勢いが弱まる気配を見せない。

 

「目に頼れないなら……ライガ、"いやなおと"!」

 

 "いやなおと"ならば、相手を直接狙わずとも聞こえる範囲にいさえすれば命中させることができる。カズトの思惑通り、"いやなおと"によって集団の勢いが衰えその全貌が明らかになった。

 

「オドシシの群れ……周囲が歪んで見えたのはあの角が原因か!」

 

 オドシシの角は絶妙な角度でカーブしており、そのまま見つめ続けてしまうと認知能力が一時的に大きく低下してしまうという特徴がある。

 また、攻撃がうまく決まらなかったのはオドシシの角が周りの空気の流れにも影響を与えて不思議な空間を生み出すという性質も持っているためだろう。カズトたちは角が生み出した蜃気楼に向かって攻撃をしていたのだ。

 

「きっと地盤沈下の影響で気が立っているんだ。手荒にはなるけど、大人しくさせないと!」

 

 オドシシの群れはざっと数えて十体前後の数からなっており、捜索隊の方が層も厚いため対処に苦労もしないはず――そう考えていた矢先、捜索隊のポケモンたちが次々と地面に倒れ伏していってしまう。

 

「おいどうした!?」

「こっちもダメだ! 眠っちまってる!」

 

 どうやら強制的に眠らされたことで意識を失ってしまったようだ。かくとうタイプのポケモンたちがほとんど眠らされてしまっている。

 

「"さいみんじゅつ"! 自分たちが苦手なかくとうタイプを封じに来たのか!」

 

 幸いにも、別の場所から攻撃していたカズトのポケモンたちには命中していなかった。数の有利はなくなってしまったが、まだまだやりようはある。

 

「接近戦だマグナ、シード! 角を見ないように気をつけろ!」

 

 遠距離からの攻撃ではどうしてもオドシシたちの角が目に入ってしまい狙いを逸らされる。ならば角を比較的見ずに済むよう接近戦に持ち込むしかない。

 目が良いヤンヤンマやグライガーは今回下がっていてもらった方が良いだろう。一体ならばともかく、群れで角の効力を発揮されるとこちらの攻撃はたちまちに無力化されてしまう。それほどまでにあの角には秘められた力があるのだ。

 

「群れのリーダーを狙うんだマグナ! "ずつき"!」

 

 タツベイ得意の"ずつき"が、群れの中でも一際立派な角を持つリーダーのオドシシへ向かう。しかしオドシシは目の前に"リフレクター"を張りその攻撃を受け止めた。かなりの強度のようで、一度ではタツベイでも壁を貫くことは出来ないみたいだ。

 そしてリーダーを狙われたことにより、他のオドシシのヘイトを買ってしまったようだ。数多の"とっしん"がタツベイを襲う。

 

「シード、"はっぱカッター"で援護だ!」

 

 コノハナが葉っぱの弾幕で何体かの気を逸らすが、これも"リフレクター"に阻まれ満足なダメージを与えることができない。

 

「っ?! マグナ!」

 

 さらに畳みかけるようにオドシシの角が"あやしいひかり"を放ち、至近距離でこれを見てしまったタツベイは混乱状態に陥ってしまった。

 

「大丈夫かマグナ! "かみくだく"!!」

 

 カズトの指示は届くものの、やはりタツベイの動きは鈍い。十分な力を発揮しきれず、またしても"リフレクター"に攻撃を受け止められてしまう。

 対するオドシシは今度は"リフレクター"を前方に張りながら"とっしん"を繰り出す合わせ技を披露してきた。混乱状態のタツベイでは上手く避けることができず、もろに喰らってしまう。

 

「戻れマグナ!」

 

 流石にこれは分が悪いと判断したカズトは一度タツベイをボールの中に戻す。

 タツベイほどではないが、接近戦が得意なグライガーを出さざるを得ないと思いボールを構えた次の瞬間、目の前を眩い閃光が包み込み、遅れて轟音が鳴り響く。そのあまりの眩しさに目を閉じてしまうも、再び目を開けた時にはオドシシたちの半数近くがなんと戦闘不能になっていた。

 

「これって……まさかアカリちゃんが?」

 

 後ろを振り返ると、デンリュウが電気を纏っているのが目に入った。どうやら"かみなり"を撃ったみたいで、デンリュウの周りにだけ小さな黒雲が漂っている。

 

 角の力で狙いを逸らされてしまうなら、その周囲まで丸ごと黒焦げにしてしまおうということだろう。これならば角の錯覚など関係なしに攻撃を命中させることができる。ただし、広い範囲をまとめて攻撃するだけの膨大なエネルギーが必要になるわけであるが。流石ジムリーダーのポケモンだ。

 直接攻撃ではない"かみなり"ならば、"リフレクター"による防御も効かない。この状況下で最も理に適った攻撃でもある。

 

「"かわらわり"」

 

 さらにコノハナの"かわらわり"によって"リフレクター"を破壊してしまえば、オドシシたちを守るものはもう何もない。そのままコノハナが近距離戦に持ち込み、一体ずつ倒していけばオドシシたちはすっかり大人しくなった。

 

「森の中にも地盤沈下の影響が出てるのかな。ひとまずオドシシたちを回復してあげましょう!」

 

 カズトが戦っている間に捜索隊のポケモンたちも目を覚ましたらしい。救急用に持ってきていたキズぐすりや木の実をオドシシに与えてくれている。

 真っ先に意識を取り戻したのはリーダーのオドシシだった。戦闘中に見せていたなりふり構わない様子は鳴りを潜めており、完全に落ち着いたようだ。

 

「森を壊されて気が立っていたんだね。大丈夫、オレたちも森を直すために頑張る。だから、ね?」

 

 カズトの言葉にオドシシも理解を示したのか、頷く素振りを見せる。徐々に目を覚まし始めた仲間のオドシシたちを連れ、森の奥へと退き返して行くのだった。

 

 そして後日、復興が本格的に開始されたエンジュシティには時々ではあるがオドシシの群れが顔を覗かせるのであった。




BDSP、LEGENDSの新情報きましたね!
オドシシの進化形が遂に登場ということで、すごいタイミングでこの話を書いていたな、とちょっとだけビックリしました。

何とか5000字超えで1話書けているので、このままの文字量で続きも書いていきたいですね。


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第18話 VSバタフリー

 エンジュシティの復興が始まり数日が経過した。見渡す限り瓦礫ばっかりだった街並みも、少しずつだが片づけられており、街も活気を取り戻しつつある。

 この街のジムリーダーであるマツバとも連絡がついており、彼の指示によりカズトたちは現在、スズの塔の修復を優先しつつ、復興作業を進めている。

 

「さあ、スズの塔の修復を急ぎましょう!」

 

 ミカンの指揮の元、街の建築業者の協力を得て崩れてしまったスズの塔を再建する。崩れたと言えども大黒柱は無事だったため、壁や屋根などを修復し、ずれてしまった地盤を固め直してやれば何とか数日で元の姿に戻すことができるみたいである。

 

 専門的な知識や経験は持っていないため、カズトはスズの塔が直されていくところを見ながら瓦礫を撤去する作業をしていた。

 

「マグナ"ずつき"! リベルは"ソニックブーム"!」

 

 今は邪魔なものを破壊して、建築業者のかくとうポケモンが運びやすいように小分けにする手伝いをしている。ワンリキーやゴーリキーがあっちに行ったりこっちに行ったりするのを見ていると、復興作業が進んでいることを感じ、モチベーションも上がるものだ。

 

「お、オドシシたち来てるな」

 

 ふと森の方角を見やると、震災の翌日に出くわしたオドシシの群れが今日も街の様子を見にやって来ていた。彼らの住む森も地盤沈下の影響が出ていたが、街の復興が進むと同時に森の調査も行われ、くさタイプやじめんタイプのポケモンの力も借りることで壊れてしまった森を元に戻すために尽力した結果、彼らの信用を得ることができたのだ。

 それ以降、街の様子を見に頻繁に森から顔を出してくれるので、街の人たちは密かに彼らが姿を見せてくれることを楽しみにしている。

 

 オドシシを見ていると、近くの空にバタフリーが何かを抱えて飛んでいるのが見えた。しかも二匹。

 

「人……?」

 

 バタフリーが抱えているものに手足があるように見えたカズトは、スズの塔に向かっている二匹のバタフリーを追いかけていく。

 やがて見えてきたのは、バタフリーが掴んでいたであろうトレーナーたちとミカンが話している姿だった。どうやらバタフリーのトレーナーたちはカントー地方から来たらしく、ジョウトには何かの調査で来たのだとか。

 

「あ、この子はカズトくん。復興を手伝ってくれているの」

「カズトです。よろしくお願いします」

「イエローです。よろしくお願いします!」

 

 イエローと名乗った人物が差し出してきた手を握り、お互い挨拶をする。ちなみにイエローの隣にいる男性はイエローの叔父らしい。

 挨拶を済ませると、ミカンが事件が起きた当日のことを二人に話し始めた。どうやらイエローたちは調査の一環でエンジュシティの地盤沈下事件について調べていたようだ。

 実際に被災し、スズの塔に閉じ込められていたミカンはもちろん、現況であるロケット団とも対峙したカズトが話をすれば二人も事件についてかなり理解を深めることができるだろう。そう考えカズトもできる限りの情報を話したのだが、二人から返ってきた反応は納得というよりも驚きが大きかった。

 

「本当にロケット団なんですか!?」

「うん、そうだけど……」

「できれば、もう少し詳しく――」

「大変だー!!!」

 

 イエローのあまりの剣幕に少したじろぎながらもカズトが出会ったロケット団について話そうとしたところ突然、スズの塔を修復していたはずの建築業者の男が血相を変えてミカンに駆け寄ってきた。

 

「『焼けた塔』からまた火が上がったぞ!!」

「また!?」

 

 エンジュシティにはスズの塔の他にもう一つ、塔が存在している。それが通称、焼けた塔。以前はカネの塔という名でスズの塔と瓜二つの姿で並んで建っていたのだが、大火事が発生した際、二階より上が焼失してしまった――というのがカズトがここ数日間エンジュシティで復興作業の手伝いをして知ったことである。他にもいろいろと街の人から聞いたことがあるのだが、今回は置いておくとする。

 

 何より問題なのが、この焼けた塔、大火事があったのは150年前にも関わらず、最近になって原因不明の出火が頻繁に発生するようになっているのだ。あまりの不気味さに、街の人たちからもいわくつきの場所として認識されてしまっているほどである。実際、カズトがここに滞在している間に見る出火は今日が初めてではない。

 

「みずタイプのポケモンがあまりいないから、いつもバケツリレーで消火してるんだけど……」

 

 カズトが言いよどむのも無理はない。今回焼けた塔から上がっている炎は、今までに見たどれよりも格段に勢いが違う。とても人間がバケツに入った水をぶっかけ続けて消せる規模ではない。

 

「やるしかないわ。あなたたちも消火を手伝って!!」

「そんなんじゃ間に合いません! 上から一気に消します!!」

 

 ミカンやカズトもバケツを抱えてリレーに参加しようとするが、それよりも早くイエローがバタフリーと共に空に舞い上がる。焼けた塔の上空に躍り出たイエローは釣り竿にモンスターボールをつけ、勢いよく振り下ろした。

 

「オムすけ、"ハイドロポンプ"!!」

 

 オムすけと名付けられたオムスターが放つ"ハイドロポンプ"はゴールドのニョロトノやシルバーのアリゲイツと同等、いやそれ以上の実力を窺わせるのに十分な威力を誇っていた。そしてそのオムスターが的確に炎を狙えるよう、釣り竿を操るイエローもまた、凄腕のトレーナーだということが分かる。ゴールドがビリヤードをバトルに流用するのと同じように、釣りの技術をバトルに持ち込むスタイルなのだろう。

 瞬く間に火が小さくなっていく様子にジムリーダーであるミカンも感心を抑えることなく見入っていた。

 ちなみにだが、釣りの腕はイエローの叔父が仕込んだものらしい。彼もまた、バトルに釣りの技を用いるのだろうか。

 

「あ、もう大丈夫そうですね」

 

 イエローの活躍により、火はあっという間にその勢いを失っていた。イエローも大丈夫だと判断したのか、オムスターを回収しようとしている。

 そしてイエローがオムスターを手元に戻し、カズトが焼けた塔の内部に足を踏み入れたその時、イエローの様子が急変した。

 

「うわああ!!」

「どうした、イエロー!?」

「何かが竿を引っ張っているんです!」

 

 カズトがイエローを見やるとなるほど、釣り竿から垂れている糸が焼けた塔の中にいる何かから引っ張られているようだ。あの炎の中に何かがいたとはあまり考えられないが、事実そうなっているのだから仕方ない。イエローを救出すべく、カズトはポケモンに指示を出す。

 

「"きりさく"だ、ライガ!!」

 

 ボールから出た勢いそのままにグライガーは見事、イエローの持つ釣り竿から糸を切断した。

 あとはイエローが自力で体勢を整えるだろうと思い空を確認したカズトだが、その予想は大きく裏切られる。糸を切断したにもかかわらず、まるで"ねんりき"で動かされているかのようにイエローは変わらず地面に向かって直進していたのだ。

 

「嘘だろ?!」

「危ないカズトさん!!」

 

 そして運の悪いことに、イエローが向かう先にはカズトが立っていた。このままでは地面より先にカズトに激突してしまう。

 

「っ……!」

 

 最早目を閉じるしかできなかった二人だが、思っていたような衝撃は感じない。おそるおそる目を開けると、自分たちが謎の空間にいることが分かる。そしてその空間にカズトは見覚えがあった。

 

「これ……あのときと同じ……!」

「あのとき……?」

 

 カズトの脳裏に浮かんでいたのは、ウバメの森で謎のポケモンに助けられたときの光景だ。何もかもが初めての経験だったため、今でも鮮明に記憶に残っている。現在カズトとイエローが立っている場所は、あのときの空間とほぼ相違ない。

 何かいないか二人で謎の空間の中を見渡していると、とある一角に三枚の板のようなものが浮かんでいるのを発見した。

 

「なんだろう? カズトさん分かりますか?」

「いや、オレも分からないな……」

 

 二人が近づいたその時、三枚の板に変化が起きる。みるみるうちに板にヒビが広がり、砕けたかと思うとそこに三体のポケモンが現れたのだ。

 一体は雷雲のような、一体は火山のような、そしてもう一体は水晶のような印象を感じさせるポケモンたち。その身から発されるプレッシャーにカズトの足は竦む。

 

「キミたちポケモン? 見たことないけどなんて名前? キミがここへボクたちを引きずり込んだの?」

 

 三体が放つプレッシャーを気にかけることなく、イエローは矢継ぎ早に三体に対し質問を投げかける。

 すると水晶のようなポケモンの頭部が光を帯び始め、それと同時にイエローに衝撃が走る。

 

「『お前のおかげで呪縛から逃れ、現実世界への出口も開かれた』?」

「え?」

 

 どうやらカズトには聞こえないが、イエローには彼らの声が聞こえているようだ。イエローがつぶやく言葉からして、この空間に捕らわれていたが、イエローがここにやってきたことで解放されたのだと考えられる。

 どうして捕らわれていたのか、なぜイエローが来たことで解放されたのか、謎は多いがただものではない気配とこの空間との関係から、カズトが戦うことになる人物とかかわりがあるのかもしれない。

 

 そして三体のポケモンたちは頭上を見やると、肉眼で追うのは困難な勢いで飛び出した。ひとまず彼らが飛び出た出口からカズトとイエローも現実世界に戻る。外ではミカンとイエローの叔父が三体が飛んで行った空を見上げていた。

 

「イエロー!! 無事だったか!!」

「カズトくんも大丈夫!?」

「はい。ただ……」

 

 カズトがちらりと後ろにいるイエローを振り返ると、そこにはぼんやりとした表情のイエローがバタフリーに支えられてフワフワと宙に浮いていた。

 

「キレイなポケモンたちだったなぁ……」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「本当にここから違う空間に行ったのか?」

「ハイ!」

「間違いなく現実の空間ではないです。オレが以前体験したときは過去や未来の映像を見せられました」

「過去や未来ねぇ……。まあしかし、他にこの塔にそんな空間はなさそうだし、信じるしかねぇか」

 

 ミカンたちに先ほど目撃したことを話すも、反応としては半信半疑だ。仕方ないと思うと同時に、カズトは間違いなくあの空間が実在するものだと確信している。

 目にした事実をカズトなりに整理するが、そのうち街の人から聞いたエンジュシティの伝説を思い出した。

 

「待てよ、焼けた塔……三体のポケモン……これって……」

「カズトさん? もしかして、何か分かったんですか!?」

「うん。オレの想像ではあるけど、あの三体はエンジュシティの伝説と関係があるかもしれない」

「聞かせてもらってもいいか? その伝説とやらを」

 

 エンジュシティでは150年前、過去に例を見ない規模の大火事が発生した。これはこの街のみならず、ジョウト地方全体で見ても稀な恐ろしいほどの災害だったという。そしてその火事で、炎に巻き込まれて命を落としてしまった名もないポケモンが三匹いたらしい。

 

 ここまでではよくある悲劇的な昔話の一節で済んでしまうだろう。しかし、エンジュの伝説はここからが本題となっている。

 なんと、そのポケモンたちが死んでしまった時、突如空から虹色のポケモンが姿を現し、見る者を圧倒する聖なる炎を放ったのだ。その炎に包まれた三匹の亡骸は姿を変え、新たなポケモンとして生まれ変わったという。そしてそのポケモンたちはそれぞれ、雷・炎・水を司る力を有しているともされており、二人が出会った雷雲・火山・水晶を想起させるポケモンたちとも特徴が一致している。

 

「まさか!!」

「じゃあ、俺たちの前を駆けていったのがその蘇った三匹だっていうのか!?」

「あくまで想像ですけどね。ミカンさんはどう思いますか?」

「私もその可能性が高いと思うわ。ジムリーダーの私も見たことのないポケモンだったし、一瞬感じた気配も普通の野生のポケモンとは全くの別物だったもの」

 

 そしてミカンは考えこむ様子を見せた後、意を決して言葉を放った。

 

「私もアサギに戻るわ。マツバさんはまだ戻らないけど、復興の土台はできたから私がいなくても大丈夫でしょう」

「ああ……だが急にどうしたってんだ?」

「捕らわれていた伝説の三体が復活しどこかへ向かったということは、このジョウト地方で何か良くないことが起こっているということ。このことをポケモン協会に報告して私も自分が守る街に戻らないといけないわ」

 

 ジムリーダーとは街の象徴であると同時に、街に仇なす者たちから住民やポケモンを守るという使命を帯びている。ロケット団が活発になっているということや伝説のポケモンが行動を開始したことを鑑みると、かつてないほどの巨悪がジョウト地方に根を張っている可能性は高い。ジムリーダーとしてそれを見過ごすわけにはいかない。

 エンジュを離れるにあたり、引き継ぎや準備もあるために出発は明日以降になるようだが、一刻でも早く自身の街に戻ろうとミカンは動き出す。

 

「アサギシティってどんな街なんですか?」

 

 ミカンが動く後ろで、イエローがカズトにアサギシティについて尋ねる。

 

「ジョウト地方最大の港町らしいよ。オレも行ったことないから詳しくは知らないけど、人もたくさん集まるみたいだね」

「人が集まる……カズトさん、ボクもアサギシティに行ってみたいです!」

 

 というのも、イエローたちはカントー地方からジョウト地方に飛び立ったとされる巨大な鳥ポケモンを求めてこちらに来たという。そのため、まずは伝承が多く残るエンジュシティを訪ねたわけである。この街での調査ももう少し行うつもりらしいが、すぐに次の街に出て新たな情報を探さなければならない。こうした理由もあり、人が多く集まり、情報が豊富にある街を探しているのだ。

 

「うーん、じゃあミカンさんに一緒にアサギシティまで行けないか相談しようか」

「ハイ!」

 

 カズトとしても、ジムリーダーであるミカンがアサギシティに戻るのであれば、業務の合間を縫ってジム戦を申し込むことができるかもしれないという思いがある。なにせ、マツバはまだしばらくエンジュシティには戻らないとのことであるし、ミカンと共にアサギシティに向かった方がジム戦の機会には恵まれることだろう。

 

 そして翌日。

 ミカンと相談もした結果、皆でアサギシティに向かうということで話が一致した。かつてない人数での旅に新たな発見や出会いがあることを予感しながら、カズトはエンジュシティを旅立つのであった。




原作主人公たちと行動を共にさせちゃうと、小説も原作まんまになっちゃうというね。
こうしてちょくちょく細かいアレンジや改変を入れているんですけど、最終局面でどこまでバタフライエフェクトが広がっているか、書いている側としても楽しみです。

ポケスペというほんの少しだけマニアックなシリーズを原作にしているこの作品ですが、それでもたくさんの人に見てもらえて感謝の気持ちでいっぱいです。お気に入りももう少しで50に。
皆さんの楽しみの一つになっていたら嬉しいですね。


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第19話 VSエレブー

 伝説の三体がエンジュシティを飛び出して早数日が経過した。世間では彼らが復活した翌日からニュースで話題に取り上げられ、大いに注目されている。また、彼らの種族名もエンジュに伝わる伝説を基にライコウ・エンテイ・スイクンと正式に発表された。これからは各界のポケモン研究者たちも調査に乗り出し、真相を究明していくともされている。

 

 そしてカズトたちはアサギシティに帰還するミカンに付いてエンジュシティを旅立ち、無事何ごともなくアサギシティに到着していた。

 着いて間もなくしてイエローとその叔父は情報収集のために街へ繰り出すと言って既にカズトたちと別れており、現在カズトはジムに戻るミカンと共にアサギシティの街を観光している。

 

「噂には聞いてましたけど、すごいですね」

「他の地方からの船も来るから、色んな人やものが集まるのよ」

「あの大きな建物は……」

 

 カズトの視線の先には建設途中の巨大なタワーがそびえ立っていた。その名の通りポケモンバトルを主軸とした施設になるようで、いくつかのレベルに分けられることで下位のレベルはバトルの立ち回りを勉強したり、上位のレベルはタイムアタック要素を含んだバトルをしたりと多くのトレーナーたちがポケモンバトルを楽しむことができるようになるという。ちなみに建設中と言ってもほぼ完成には近づいており、あと一カ月もすれば一般にも開放されるのだとか。

 

「ミカンさん! おかえりなさい」

 

 声をかけてきたのはミカンが副業として働いているアサギの灯台守の同僚だった。長期間留守にしていたミカンの分も灯台守を務めてくれていたのだそうだ。

 

「ただいま戻りました。私が不在の間、街に変わりはありませんでしたか?」

「ええ、何ごともありませんでした。いや、そういえば先日はちょっとした事故がありましたね」

「事故?」

 

 ミカンがアサギに戻ると連絡を入れたその翌日、バトルタワーの工事で出た廃水を溜めておくタンクがその重量に耐えきれず破裂した。建設作業に当たっていた人やポケモンに被害は出なかったが、溢れた廃水が海の方へ流れ出てしまい、野生ポケモンたちに被害が出てしまったらしい。

 怒った野生ポケモンが人々に攻撃してしまう事態に発展したが、それも通りすがりのポケモントレーナーが全て捕獲して事なきを得たとのことである。

 

「排水の除去……時間がかかるわね」

「それについてですが、溢れた廃水は突如現れた水晶のような姿のポケモンが光を放つと同時にきれいさっぱりなくなってしまったんです。水質の調査もされましたが、普段通りの水に戻っていたと専門家も言っていました」

「水晶のような!? まさかそれって……」

「ええ、おそらくスイクンのことね」

 

 なんとエンジュシティを飛び立ったスイクンが翌日にはアサギシティにて目撃されていたのだ。汚れた水を綺麗にするという力も、伝説のポケモンならば不可能ではないだろう。

 現在はアサギから姿を消しており、行方も分からなくなってしまったみたいだ。

 

 灯台守と別れ、再びジムへ歩みを進めるカズトとミカンだが、その会話はスイクンのことで持ち切りであった。

 

「スイクンたちはジョウト地方の各地を飛び回っているみたいですね」

「やはり何かが起きているのは間違いないみたいわ。それが何か分かればいいんだけど……」

「ロケット団はホウオウを狙ってエンジュを攻撃したみたいなので、三体はそれを阻止しようとしているのかも」

「それでもジョウト中を飛び回るのはなぜかしら? ホウオウを守るというのならば、エンジュシティに留まっていた方が確実なのに……」

「確かに……」

 

 謎が謎を呼ぶとはこのことだろう。彼らについてはまだまだ分からないことが多すぎる。おそらくロケット団とは敵対関係にあるとは考えられるので、上手くいけば共闘という形にも持ち込めるとは思うが、そのためにはもっと彼らのことを深く知らなければならない。

 

「あら、もうジムに着いてしまったわ。ありがとうカズトくん、ここまで一緒に来てくれて」

「いえ、オレがそうしたかっただけです」

「待って!」

 

 ミカンと別れようとするカズトだが、その背中をミカンが呼び止める。少し待つよう言い残してジムの中に入るミカン。カズトは頭にハテナを浮かべながらも、時間つぶしにポケモンたちをボールから出してコンディションを見ながら待つ。

 やがて奥から小さな何かを手に持ったミカンが戻ってきた。

 

「これをあなたに渡しておくわ。スチールバッジよ」

「でもこれって……」

「受け取って。あなたには十分な実力があるわ」

 

 カズトが驚くのも無理はない。ミカンが差し出してきたのはジムバッジであり、通常ならジム戦を挑み、そこで実力を示さなければ手に入れることのできないものだ。

 ミカン曰く、エンジュシティでロケット団を追い返したことや復興作業中で起きたトラブルを解決したことなどの実績を見込んでバッジを渡すにふさわしいと判断したらしい。

 アサギまでの道中でチラッと話しただけのジム戦巡りの話を覚えてくれていたことにも驚きだが、このようなバッジの渡し方があるのにも驚きだ。ポケモン協会にはジムリーダーが与えるにふさわしいと認めたトレーナーにバッジを授与することを定められているだけで、その手段については言及されていないので、まあ納得と言えば納得ではある。

 

「いつか機会があればバトルしましょう」

「もちろんです。こちらこそありがとうございました」

 

 しっかりと握手をし、カズトはジムを後にする。

 今からイエローの調査に協力するのもありではあるが、折角来たアサギシティを観光しないのも勿体ない。ポケモンたちと街中を散策するのもまた一興だ。カズトは港に見える巨大な船を目指して再び歩き出す。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「でっかいなこれ」

 

 目の前の船はカズトが今まで見た船の中で文句なしの最大サイズを誇っていた。数百人が乗ることができるだろうその船は、白を基調としたシンプルなデザインで周囲の海ともマッチしている。

 船は「アクア号」という名前らしく、船員らしき人に見学してもいいかどうか尋ねたところ、今日は一日停泊しているのでゆっくり見ていってくれて構わないという風に快諾してくれた。

 

「中も広いなぁ。はぐれないように気をつけるんだぞ、お前たち」

 

 船内は廊下でポケモンを出しても問題ないほど広々としたスペースがあり、その広さにカズトのポケモンたちも興味津々の様子だ。

 客室内は絨毯が敷かれているので、まるで船の中にいるとは感じられず、地下には大きな食堂もあるので田舎出身のカズトは見ていて目が眩みそうな景色が広がっている。トレーナーの様子とは裏腹に、ポケモンたちは広い船内に目を輝かせ走り回っているのだが。

 

「SHIT?! なんだこいつらは!!」

「えぁ!? ごめんなさいうちのポケモンです!」

 

 カズトがあまりの豪華さに呆けていてほんの一瞬ポケモンたちから目を離したその時、大人の男の声が船内に響き渡る。声の方に目をやると、迷彩柄の服を着た金髪のガタイの良い男がカズトのポケモンたちを見下ろしていた。

 

「あん? なんでガキがこの船に乗ってんだ? ここは遊び場じゃねぇよ。帰った帰った」

 

 男の圧がものすごく、思わず冷や汗が噴き出す。まるで刃を向けられているような感覚だ。子どもにそんな殺気のようなものを発するなとは思うが、相手からすればこちらは侵入者も良いところなのだから仕方はないのかもしれない。

 

「あの、今は見学させていただいてます」

「見学だぁ? 誰に許可もらってんだ?」

「えっと、背の低い、男の船員さん……です。オレよりちょっと高いぐらいの」

 

 ジロリと睨まれるが、何とか気を振り絞って答えを返す。これで「そんな船員なんて知らねぇよ」なんて答えが返ってきたら絶望モノだ。その時は一体どこに連れていかれることになるのだろうか。逃げる準備もしていた方が良いかもしれない。

 

「背の低い……アイツか。ったく余計なことしてくれるぜ」

 

 返ってきた答えにホッと胸をなでおろす。どうやら船の外で会った人物はこの船の船員で間違いないみたいだ。騙されて入ってはいけない場所に入ってしまった、なんてことはなかったことに安心した。

 それでも目の前の問題は解決してはいないのだが。

 

「その、出ていった方が良いですかね? お仕事の邪魔になるとかなら悪いですし……」

「あー、まあ怖がらせちまったか。悪ぃな。気にせず見て回ってくれや」

「ありがとうございます! 実は今日、というかこれからのアサギでの予定がなくなっちゃったんで、どうしようか悩んでまして……この船って何時までに出なきゃいけないとかあるんですか?」

 

 あまりにもこちらが委縮してしまっていたのもあり、男は若干気まずそうに船にいることを許可してくれた。元々船から叩き出すつもりもなかったようである。時間も気にしないで良いと言ってくれた。ポケモンたちが楽しそうにしてくれているので、ここで今日は時間を潰したかったカズトとしては僥倖だ。

 ここでふと、カズトのポケモンたちを見た男からカズトに質問が投げられる。

 

「お前、ここにはジム戦に来たのか?」

「え……」

 

 突然の質問にカズトは動揺を隠しもせず、男の方を振り返る。何せ、アサギには予定があったとしか言っていないのだ。まるで探偵のように言い当てられ、思わず背筋が寒くなる。

 

「そう、ですけど……。なんで分かったんですか?」

「お前のポケモン、それなりに鍛えてるだろ。見れば分かる」

「一目見ただけですごい……! まるでジムリーダーみたいですね!」

 

 カズトの言葉に今度は男が驚きの表情を見せる。少々考える仕草をするも、堪忍したかのように、けれどぶっきらぼうに答えを返した。

 

「まあ隠すほどでもないんだがな……俺もジムリーダーやってんだよ。カントーのクチバシティってとこだ」

「ジムリーダー!? しかもカントーの!? なんでこんな船の中に!?」

「ああもう、うるせえ! これは仕事なんだよ!」

 

 男――名をマチスと言うらしい――はカントー地方有数の港町、クチバシティでジムリーダーをしている人物であり、以前サント・アンヌ号という船の船員をしていた経験から、このアクア号の船長を任されるようになったらしい。いわゆる副業と言うやつだ。

 

「話を戻すが、ジム戦の用事がなくなったってことはあれか。ジムリーダーが不在だったか?」

「いえ、ジムリーダーのミカンさんとはエンジュシティで偶然一緒になってここまで来たんですが、バトルをする前にバッジを渡されてしまって……」

「はぁ? バトルをせずにバッジをだ?」

「その、ロケット団を追い返したりだとか、エンジュシティでのトラブルを解決したとかで……」

「っ!? ロケット団だと!?」

 

 カズトがロケット団の名を口にした途端、マチスはミカン以上のリアクションでその単語に反応した。ジムリーダーだからポケモン協会から連絡が来ているのかと思ったが、どうやらそれ以上に何か思うところがあるようだ。

 

 話を聞くと、ロケット団とは数年前にカントー地方を拠点として活動していた組織であり、マチス自身もかなりの因縁があったことから、聞き逃すことはできないものになっているのだとか。

 「因縁があった」と言った部分が妙に胡散臭かったのはカズトの気のせいだろう。

 元々カントーで活動していた組織が、知らないうちにジョウトで活動を再開したとなれば、驚くのも無理はない。

 

「首領がいねぇところでロケット団が復活だ? どうなってやがる……」

「何か言いましたか?」

「なんでもねぇよ。それより、もっとその話について聞かせろ」

 

 カントーのジムリーダーであるマチスにはジョウトで活動しているロケット団についての情報はあまり来ていないらしく、詳しい情報を話すよう迫られた。相手がジムリーダーということもあり、カズトも快くそれに応える。

 カズトがこれまでの旅の中で経験したロケット団関連の事件を伝え終わると、マチスは少し苛立った様子を見せながらも礼を述べた。

 

「まさかジョウトでそんなことになっていたとはな。情報提供、感謝するぜ」

「いえ、お役に立ててよかったです。じゃあオレはこれで……」

「待てよ」

 

 あまり時間をとらせるのも悪いと思い、マチスと別れて再び船内の散策に戻ろうとしたカズトをマチスが呼び止めた。同時にボールから一体のポケモンを出してカズトに攻撃を仕掛ける。

 カズトに向けられた電撃は間にグライガーが立ち塞がることで防御されたが、突然攻撃されたことにカズトは驚きを隠せない。

 

「なっ……に、するんですか?!」

「俺がタダで情報もらって、その対価に何も渡さずにいるような恥知らずだとは思われたくねぇ」

「だからってなんで攻撃なんか!」

「そんな大した電流じゃねぇよ」

 

 マチスは電撃を放ったポケモン、エレブーをボールに収めるとカズトを米俵のように担ぎ上げ、そのまま船の奥に向かって歩き出した。

 

「ちょ、やめて――」

「あんまり喋ると舌噛むぞ」

 

 マチスの言葉に思わず黙ったカズトを良いことに、ズンズンと船の奥に進むマチス。やがて開けた場所に出ると、そこにカズトを放り投げる。

 たたらを踏みながらも着地したカズトはしかし、未だに何の説明もないマチスに不信感を隠さずに問いを投げる。

 

「どういうことですか。こんなバトルフィールドなんかに連れてきて」

「お前、ジム戦に来たんだったよな。代わりと言っちゃなんだが、情報提供の礼に一戦だけ付き合ってやるよ。時間も潰せるしバトルの練習にもなる。悪い話じゃないだろ」

 

 確かに悪い話ではない。プライベートでジムリーダーと一戦交えるなど、早々ある機会ではない。ましてや他所の地方のジムリーダーだ。これはジョウト民であるカズトにとってまたとないチャンスである。

 

「それなら先に言ってくれたらいいのに……」

「なんか言ったか!?」

「いえ! お言葉に甘えさせてもらいます!」

 

 トレーナースペースに立ち、再びエレブーを出すマチスを見たカズトは、マチスがでんきタイプをエキスパートとするジムリーダーだと判断した。相手がでんきタイプならば、その相性から出すポケモンは決まっている。

 

「ライガ!」

 

 じめんタイプを有するグライガーなら、先ほどエレブーからの電撃を防いだように、でんき技を無力化して圧倒的に有利に立ち回ることができるはずだ。

 

「"きりさく"だ!」

「"かみなり"ィ!」

 

 素早く接近し一撃を喰らわせるグライガーだが、まともに攻撃が当たったにも関わらず、エレブーは余裕の表情を見せる。そしてなんと、グライガーには効果がないはずの"かみなり"で攻撃してきたではないか。しかもさらに驚くことに、でんき技を無効化できるはずのグライガーが苦しそうに地面に足をつけている。

 

「言っておくが、こいつはジム戦用のポケモンじゃない。そこらへんのでんきポケモンと同じだとは思うなよ」

 

 マチスの言うことから鑑みるに、ジムリーダーという実力者として本気で育てたポケモンはそのレベルに差があるポケモンにならば、効果がない技でも十分なダメージを与えることが可能だということだろう。

 現にグライガーは"かみなり"しか喰らっていないのにそれなりのダメージを受けてしまっているのだから、これは真実だと理解するしかない。「事実は小説より奇なり」とはこのことだ。

 

「なら、"かげぶんしん"!!」

「ほお、面白え」

 

 何体にも分身したグライガーがエレブーの周囲360度を取り囲む。この中から本体を見抜くのは至難の業だ。

 

「"かみなり"で撃ち落とせ!」

「"でんこうせっか"」

 

 分身したグライガーが今度は"でんこうせっか"で上下左右、あちらこちらに飛び回る。エレブーの放った電撃はグライガーに掠ることなく地面に落ち、ようやく当たったとしても分身の一体を掻き消すだけに留まる。

 当たれば絶大な威力を発揮する"かみなり"だが、もちろん弱点もある。それは強力な攻撃ゆえの「使用可能数の少なさ」と「命中精度の低さ」だ。止まっている相手や至近距離にいる相手ならば、熟練のポケモンならば百発百中で当てることもできるだろうが、今みたいに分身を交えて回避率が上がった状態に加えて、素早い速度で移動されては命中させることも困難に違いない。そこでムキになって闇雲に技を放ってしまえば、即座にガス欠になってしまうというわけである。

 

「止まれ!」

 

 流石にマチスも分が悪いと判断し、"かみなり"を撃つことを止めさせた。全弾撃ち尽くすまではいかなかったが、かなりの数を消費させたことに変わりはない。相手のカードを一枚封じたと言っても良いだろう。

 そして攻撃が止んだこの瞬間、カズトたちにとっては絶好の攻撃チャンスとなる。

 

「"きりさく"!」

 

 今度こそ良い位置にヒットしたのだろう。今まで余裕そうな表情を見せていたエレブーが初めて表情を曇らせた。

 

「ハッ、やるじゃねぇか」

「それほどでも!」

 

 その後も何度か手を変え品を変えてエレブーにダメージを重ねていくも、元のレベルに差がありすぎるからか、グライガーの方が先に体力が尽きてしまったことでバトルは終了した。

 マチスからは「頭も回るし、バトルのセンスも悪くないが、迫力がない」というコメントをもらった。攻撃の手段を豊富に用意しようとするあまり、決めきる際にトレーナー自身が勝負にあまりのめり込めておらず、ポケモンにもその影響が出てしまっているとのことだ。

 「ここだ」と思ったタイミングで全身全霊を注ぎ込むことでポケモンもトレーナーも真価を発揮することができるとマチスは言う。

 

「確かに。感情が高ぶったとき、今まで以上の力を出すことができたような気が……」

 

 ヒワダジムでの一戦が良い例だろう。相手の必殺の一撃を受けてもなお、タツベイはカズトの想いに応え、ツクシのストライクを打ち破って見せた。ポケモンとトレーナーが一つになった瞬間である。

 

「ま、あとは自分で考えな。礼とはいえ、俺もらしくねぇことしたもんだぜ」

「ありがとうございました!」

「借りを返しただけだ。おら、そろそろ宿に帰りな」

「ホントだ、いつのまにかこんな時間になってる」

 

 マチスも船の外に出るということで、二人で港に戻る。辺りはいつの間にかすっかり暗くなっており、灯台の明かりが良く目立つようになっていた。

 宿であるポケモンセンターに行くため、マチスと別れようとしたカズト。ところが、彼の足元に突然、小さいモコモコしたものがすり寄ってきた。

 

「うわっ?!」

「こいつぁメリープじゃねぇか」

 

 モコモコに覆われているのでパッと見では何か分からなかったが、よく見ると青い体や黄色い電球のような尻尾があることが分かる。

 メリープの顔を見るために邪魔な綿毛をどかそうとするカズトだが、その手をマチスが掴み取った。

 

「イタタタタ!!」

「迂闊に触んな。感電するぞ」

「分かりましたから放してください! 痛い痛い痛い!」

 

 メリープはその特性上、綿毛に静電気をため込んでいるらしく、何気なく触ってしまうと感電してしまうみたいである。

 触ってしまう前に止めてくれたのは助かったが、大人の握力でか弱い子どもの腕を本気で掴み上げるとはどういうことだろうか。あまりに痛みに掴まれた場所がジンジンしている。これなら感電していた方がマシだったかもしれない。

 

「でも、なんでここにメリープが……。群れからはぐれたんでしょうかね」

「反応を見る限り、その可能性が高いな。まあちょうどいい、こいつ旅に連れてけ」

「そうですね……って、えええぇ?!」

 

 あまりにも自然に話されたためについ頷いてしまったが、そんな気軽に連れ出して良いのだろうか。群れの個体ならば、そこに帰してやるのが一番良いと思うのだが。

 

「見るからにお前に懐いてる。群れを探すなりするのは勝手だが、このまま放置するわけにもいかねぇだろ」

「確かに……。でもじゃあマチスさんが捕獲すれば――」

「これ、お前のモンスターボールだな? おらよッ!」

「ちょっと!?」

 

 勝手にカズトのカバンの中から空のモンスターボールを取り出し、メリープに投げるマチス。そんな彼を止めることなど叶わず、大した抵抗もなくメリープもボールの中に収まってしまった。

 リズムを乱されたまま、あれよあれよと言う間にメリープをゲットすることになってしまったカズトは思わず頭を抱える。

 

「この人、ゴールド以上に無茶苦茶な人かも……」




イエローとミカンとの旅道中は全カットです。ネタが思いつかなかったんじゃ。
そしてマチスとの邂逅ですが、思ってたより面倒見が良い人になってしまった気がします。でも部下に慕われるくらいだし、しっかり面倒見る人かなと思うので、これもありかな? 今回の相手、10歳のガキンチョですしね。

UA7000突破、ありがとうございます!!


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第20話 VSメリープ

「なるほど、そんなことが……」

 

 カズトは現在、ミカンと共にアサギシティにあるカフェに来ている。甘めのカフェラテとチョコレートケーキをつまみながら、昨日出会ったマチスとの出来事を話していたところだ。内容としては、主に半ば無理やり連れていくことになったメリープについてである。

 はぐれてしまった野生のポケモンを保護するという形で仲間になったので、今までのポケモンたちとは勝手が違う。可能ならば経験者からの助言を含め、多くの情報を集めてから大切に育ててやりたい。

 

「それで、デンリュウを持っているミカンさんに何かアドバイスをもらえないかと思って……」

「そうね……。これはマチスさんからも聞いたかもしれないけど、うっかり素手で綿毛に触らないこと。感電してしまうから気をつけるのよ」

「はい、それについては聞きました。他にもお聞きしていいですか?」

「もちろんよ!」

 

 その後もミカンからはメリープを育てる上で必要なことをたくさん教わった。

 性格は温厚、群れでの生活を好み、争いを避ける。だが、きちんと育てればバトルにも参加することはできるようだ。事実、ミカンのデンリュウは一度見ただけではあるが、かなりの実力を持っていた。バトルしても良いという本人の意思があれば、カズトのメリープも戦えるようにちゃんと鍛えてやりたい。

 

 何より興味深かった情報が、「メリープにはドラゴンの遺伝子が含まれているかもしれない」というものだ。これはミカンも噂程度でしか聞いたことがなかったようで、確証はない情報だという。しかし、ドラゴンタイプのポケモンを所持するカズトとしては是非とも確かめたい情報である。

 あまりにも目を輝かせて話を聞くカズトを見て、ミカンはドラゴンタイプについて知りたければフスベシティを訪れてみてはどうかと提案した。フスベシティにはドラゴンタイプを扱う一族が昔より居を構えており、フスベジムリーダーのイブキも優れたドラゴンタイプの使い手とのことだ。調査だけでなく、修行の一環として訪れるのも良いだろう。

 

 話が落ち着くころにはテーブルに置かれていたカフェラテがすっかりぬるくなってしまっていた。二人は一旦話を終了し、目の前にあるケーキとコーヒーに集中する。

 

「うん、美味しいです」

「気に入ってくれてよかったわ。このお店、アサギでも人気なところなの」

「人気の理由も納得ですね」

 

 甘さと苦さのバランスがちょうど良い。飽きることがないので、何度も来たくなってしまう味だ。気づけば、皿の上にあったケーキは姿を消してしまっていた。

 

「じゃあ、今日はこの辺りでお開きにしましょうか」

「突然お邪魔しちゃったのに、ありがとうございました」

「良いのよ。力になれてよかったわ」

 

 ケーキもなくなったということで、二人は席を立つ。

 ミカンからのアドバイスもあり、カズトは次の目的地をフスベシティへと定めたのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そして現在、アサギシティを出発したカズトは39番道路にてメリープと共に歩いていた。

 

「なぁメリープ……って種族名で呼ぶのもあれか。じゃあ、シャーフはどうだ?」

 

 シャーフという名前が気に入ったのか、メリープは嬉しそうにカズトにすり寄る。やはりそのポケモンだけの名前を付けるということは、愛着も沸いて来るし、唯一無二の大切なものにもなると思う。

 ちなみにではあるが、ゴースたちにも一匹ずつ名前を付けていたりする。皆同じ姿に見えるが、よく見ると違うので見間違えることもない。時々、そのことを逆手に取った悪戯をされたりはするが。

 

「シャーフ、オレは今、強くなるためにジョウト地方にあるポケモンジムを回ってる。だから当然バトルもするんだけど、お前はどうだ?」

 

 ポケモンたちが皆、バトルが得意だというわけではない。苦手なポケモンも勿論存在する。特に、メリープのように穏やかな性格のポケモンは不得手とする個体も多い。苦手なものを無理強いしてまで鍛えることはしたくないものだ。

 だがカズトの誘いにメリープは一瞬だけ面食らった表情を見せるも、すぐに尻尾の先を光らせて戦えるという意思を見せた。どうやら彼は熱いものを内に秘めているようだ。

 

「ありがとう。じゃあお前が使える技を見せてくれるか? ライガ、手伝ってくれ!」

 

 でんき技が通らないグライガーを相手に見立てて、メリープは技を繰り出す。

 まずは体を発光させ、電流による攻撃を浴びせた。グライガーは避けることなくその電撃を受け止め、霧散させる。

 グライガーに自身の技が通用しないのはメリープも理解しているのだろう。少し悔しそうな眼をしながらも、二発目の電撃を放つ。今度はグライガーの周りを取り囲むように電気が宙に浮遊する。

 

「今のは"でんじは"かな? そして前のが"でんきショック"。電気の種類を使い分けられるのか」

 

 カズトの観察もそこそこに、メリープは残る技を繰り出す。勢いよく助走をつけグライガーに突撃する見事な"たいあたり"だ。

 

「ガードだ!」

 

 カズトの指示に従い、両手の鋏を交差させてメリープの特攻を正面から防ぐ。だが、かなりの勢いがあったようで、地面に線を残しながら後ずさりをさせた。グライガーもこれには驚いたようで、慌てて尻尾を使って体を支えるという行動に出た。地面に残った後から見るに、軽く5メートルは吹き飛ばされており、その身体に秘められるパワーが窺える。

 

 そして次の技だろう、メリープはグライガーと接触した状態のまま体中の綿毛を物凄い速度で雲のように膨らませ、綿の中にグライガーを閉じ込めてしまった。

 ジタバタと暴れるグライガーを抑え込むほどの大きさになったメリープの綿毛。近づくとパチパチと音がしていることから静電気も顕在していると分かる。でんき技を無効化することができるグライガーだからこそ綿の中でも動けているが、並のポケモンでは綿に残る静電気でマヒして動くこともままならないだろう。見た目とは裏腹に強力な技である。

 

「これが"わたほうし"? ミカンさんに聞いてないと分からなかったな」

 

 本来はワタッコのようなくさタイプのポケモンが多く覚える技だが、モフモフしたポケモンでも習得することができるらしい。くさタイプとの違う点は、植物の力ではなく自分の体毛を使うためにリーチが短くなるという部分だろう。だが当てさえすれば、でんき技が活用できる有利な状況に持っていくことができるので一長一短だ。

 

 とはいえ、格上の相手にも怯むことなく立ち向かう精神と、技の使い方については他のメリープを凌ぐほどの力を有しており、レベル以上の逸材ではないかと思う。

 

「よし、この辺りでオッケーだ。二人ともお疲れ様」

 

 カズトの声にメリープも綿毛を縮める。ようやく拘束から解放されたグライガーはホッとした顔をしており、思っていた以上に"わたほうし"の効果は大きかったようだ。

 

「ありがとうライガ。ゆっくり休んで――ッ!?」

 

 グライガーをボールに戻そうとしたカズトだったが、翳したボールにいきなり野生のポケモンが飛びつき、持ち去ってしまった。

 白い身体と額に輝く金色の小判。ばけねこポケモンと名高いニャースだ。丸くて光るものが好きということで、モンスターボールをコレクションの対象と認識してしまったのだろう。

 

 あまりの早業に反応が遅れてしまったが、あれはグライガーとの結びつけがされている唯一無二のボールだ。決して取られるわけにはいかない。なくしてしまうとなかなかに手続きが大変だったりするのだ。

 

「待てーっ! ライガ追いかけるんだ! リベルも頼む!!」

 

 グライガーとヤンヤンマが逃げ出したニャースを追いかけるも、群れで生活していたのだろう。道端から次々と別のニャースが飛び出してきて攻撃してくるので、思うように追跡ができない。

 

「"でんこうせっか"!」

 

 だが距離を詰めても不意をついた"ねこだまし"や周囲に転がっているものを爪で引っ掻いて発される"いやなおと"で妨害されてしまい、モンスターボールを持ち去ったニャースとはどんどん距離が離される始末だ。

 

「そういえばシャーフは……?」

 

 ふと気になり、自分と並んで走っていたメリープの姿を探すも、その姿は見えない。

 

「もしかしてはぐれた?! おーい! シャーフ!」

 

 すると、自分たちの前を走って逃げていたニャースのものであろう素っ頓狂な声が聞こえてきた。声のする方へ向かったカズトはその光景に唖然とせざるを得なかった。

 

 そこにはいつの間に追いついたのだろうか、ニャースに電撃を浴びせるメリープの姿があった。"でんじは"で動きを鈍らせた後、クルッと宙を一回転して尻尾を上から叩きつけるという、それはそれは大胆な攻撃方法でニャースに一撃を喰らわせる。

 

「ははっ……嘘だろ?」

 

 大人しいメリープからは想像することができない果敢な攻め方に開いた口が塞がらない。あまりの攻撃の激しさにニャースも盗ったモンスターボールを手から離してしまうくらいである。

 

 しかしニャースも黙ってやられるわけにはいかないとメリープが接近したタイミングでカウンターの"ネコにこばん"をお見舞いする。一体どこから現れたのか、光り輝く小判が辺りに散乱する。そしてその中の一枚がメリープの顔面にクリティカルヒットした。

 

「大丈夫かシャーフ!?」

 

 流石に痛いだろうとメリープを気遣うカズト。当の本人はピクリとも動かず、数秒の間を置いてフルフルと震え始めた。あまりの痛みに悶えているのかと思った束の間、メリープの姿が一瞬にして見えなくなり、気が付いた時にはニャースの後ろに立っていた。そして遠目でも分かるほど、綿毛に纏った静電気を活性化させてとびきりの"でんきショック"を放ったのだ。

 その攻撃にたまらず戦闘不能になるニャース。メリープは鬱憤を晴らせて満足したのか、トコトコ歩いてカズトの元に帰ってくる。そして近くに落ちていたグライガーのモンスターボールを足で操作してカズトの足元に転がした。

 

「あ、ありがとう」

 

 先ほど見せたメリープの動きにカズトは驚きを隠すことなどしないまま、感謝の言葉を告げる。得意げに鼻を鳴らすメリープに思わず笑みがこぼれる。

 

「というかさっきのシャーフの動き……"こうそくいどう"か?」

 

 おっとりしたメリープは、グライガーやヤンヤンマらが得意とする"でんこうせっか"や"こうそくいどう"といった技は基本的に覚えないはずだ。そう、基本的には。

 ポケモンブリーダーの母を持つカズトは知っている。ポケモンがタマゴから生まれた時、普通は覚えないはずの技を覚えていることがあるということを。

 

 そして今のメリープの戦いを見てカズトの頭の中にはとある推測が浮かび上がっていた。

 

「お前もしかして迷子になったんじゃなくて、自分から群れを離れたのか?」

 

 カズトの問いに肯定と答えるかのように尻尾の先端をチカチカと点滅させるメリープ。その反応を見て合点がいった。

 昨日初めてメリープと出会った時、彼は群れからはぐれたにもかかわらず、まるで寂しがる様子を見せていなかったのだ。通常ならば、思いがけないトラブルにより心細い気持ちになってそれが態度に現れるものだが、そのような素振りは微塵もなく、カズトのボールに収まった後も元気いっぱいで落ち着かせるのに苦労したものだ。

 

 きっと、他とは違う自分の性格や能力が群れのポケモンたちと合わなかったのだろう。そこで群れを抜けて自分の考え方で生きていくように決めたのだと考えられる。

 

 ファーストコンタクトの際、カズトの足に擦り寄ってきたのは自分の実力を生かしてくれるトレーナーであることを感じ取ったからかもしれない。隣にはでんきタイプのエキスパートであるマチスもいた中で自身を選んでくれたというのならば、その期待に応える責任がカズトにもある。

 

「オレを選んでくれたこと、後悔させないように頑張るからな」

 

 カズトの宣言に再びメリープは尻尾の先を点滅させた。

 

「よろし――っ、危ない!!」

 

 咄嗟の声に反応したメリープはその場から飛び退くが、飛んできた星形の攻撃は軌道を変えながらメリープの元へ着弾する。

 

「シャーフ!! くそ、"スピードスター"か」

 

 足音を立てずにその場に現れたのはニャースの進化形であるペルシアンだ。おそらく群れのボスなのだろう。手下のニャースがしくじったことで重い腰を上げてカズトたちの前に現れたらしい。所々に見え隠れする鋭い爪が、その強さを証明している。

 

「ここはマグナで――」

 

 カズトが新たにタツベイを繰り出そうとすると、それを遮るかのようにメリープがカズトの前に立ち、ペルシアンに対してバチバチと電気を鳴らして威嚇する。

 自分が戦うんだという強い意志にカズトも掲げていたボールを下ろし、メリープを見る。

 

「分かった。やろうシャーフ! ライガとリベルはニャースたちが乱入しないようにかく乱しておいてくれ!」

 

 カズトの指示に応えるべく、二匹はペルシアンを取り巻いていたニャースたちに向かって攻撃を仕掛ける。持ち前のスピードを生かしたヒットアンドアウェイの動きに翻弄されるニャースたち。あの様子ではボスの援護をする余裕などないだろう。

 

「さあやるぞ、シャーフ! "たいあたり"だ!!」

 

 勢いよく突撃するメリープをペルシアンは"スピードスター"で迎え撃つ。

 次々と放たれる星の弾はメリープが少し横にずれるだけでは回避することができない追尾性能を持っており、まっすぐ正面から突っ込むだけでは良い的になってしまうだろう。

 

「"でんきショック"で撃ち落とせ!」

 

 これをメリープは得意のでんき技で相殺し、相手の一方的な攻撃になるのを阻止する。

 すると今度はペルシアンから"みだれひっかき"による接近戦を仕掛けてきた。息もつかない速度で繰り出される怒涛の連続攻撃。迂闊に間合いに入ってしまうと一気にペースを持っていかれてしまう。

 

 だがカズトとメリープは退くことを選ばず、真っ向から勝負に出る。幾度も繰り出される爪撃を右へ左へ躱していくメリープ。

 だがついにペルシアンの爪がメリープの綿毛を捉える。切り離された綿毛がヒラヒラと宙を舞い辺りに散っていく。

 

 メリープの綿毛は構造上、衝撃を吸収することで物理攻撃のダメージを軽くすることができる。

だが例外として、斬撃を有した攻撃は緩衝材となる毛を切断してしまうために上手くダメージを吸収しきれず、メリープとは相性が悪い。

 しかし相性が悪いと言えど、その中に打開策もちゃんと存在する。接近されるということは、メリープがグライガーにして見せたあのコンボの発動機会になるからだ。

 

「"わたほうし"で捕まえてやれ!」

 

 みるみる伸びる綿毛に驚愕の表情を浮かべるペルシアン。回避する間もなく、前脚から綿毛に呑み込まれて動かすことが困難となっていく。そして綿毛に含まれる"せいでんき"が徐々にペルシアンの動きをマヒさせていく――はずだが、一向にペルシアンが動きを止める素振りを見せない。どうやらマヒが利いていないようだ。

 

「"じゅうなん"の特性か。でもこれはどうだ、"でんきショック"!!」

 

 モコモコの綿毛を導線として、強烈な電撃がペルシアンを襲う。

 強力な攻撃の代わりに一瞬ではあるが拘束が緩んだことで、その隙を逃さず脱出するところは流石、群れを率いるボスといったところだろう。

 

 それでも、いくらマヒを無効化する"じゅうなん"とはいえ、でんきタイプ渾身の電撃をその身に受けてタダで済むとは考えにくい。事実、ペルシアンは今の攻撃を受けてかなりふらついた動きを見せており、かなりのダメージになったようだ。

 

「"たいあたり"!」

 

 相手が弱ったというかつてないチャンスを無駄にするわけにはいかない。追撃となる"たいあたり"の指示を出してさらに畳みかける。

 しかしペルシアンもそのまま黙ってやられるほどやわではない。残された力を振り絞ってメリープを"きりさく"攻撃を放とうと構える。

 

「"こうそくいどう"」

 

 さて、今まさに倒れそうという場面でまっすぐ突っ込んで来る相手を見ると、通常はどのように考えるだろうか。まず「何としても止めなければならない」という意識が働くはずだ。「奇襲を受ける」という考えは、頭の中から消え去ってしまっている。

 果たして、今のペルシアンがメリープの移動速度に反応できるだろうか。答えは明白である。

 

 瞬時に相手の死角に回り込んだメリープは、"こうそくいどう"の速度そのままに最大威力の"たいあたり"を放つ。唐突に目の前から姿を消したメリープをペルシアンは捉えることができない。彗星のような"たいあたり"をその身に受けたペルシアンは勢いよく近くの木に激突し、目を回して倒れこんだ。

 ボスがやられたことでニャースたちも戦闘を継続することを放棄し、散り散りになって逃げていく。カズトたちの完全勝利だ。

 

「ふぅ~何とかなったぁ」

 

 その場に座り込むカズトにグライガーとヤンヤンマもようやくとばかりに羽を休める。

 

「二人ともお疲れ様。ニャースたちを止めてくれて助かったよ」

 

 お礼とご褒美を兼ねたきのみを前に置くと、二匹とも喜び勇んできのみに齧り付いた。

 嬉しそうにきのみを食べるポケモンたちを見るカズト。その視線の先には先の戦いで大活躍したメリープがいる。

 

「シャーフもありがとう。いっぱい食べてくれよ」

 

 たくさんのきのみを並べると、メリープもすぐに好みのきのみを選んで食べ始めた。美味しそうに食べてくれているので気に入ってくれたようだ。

 

 そうして様子を観察していると、ふとメリープの綿毛が少し薄くなっている部分があることに気づいた。おそらくペルシアンの"みだれひっかき"を受けた時に刈り取られてしまったところだろう。あとでブラッシングしてやらないとな、と思いながらその毛並みを撫でるカズト。

 

 そう、撫でてしまった。勿論、素手で。

 

「~~~~~ッッ!!!」

 

 この後、痺れと痛みでしばらく指先の感覚がなくなったことは言うまでもない。




可愛い枠として仲間になったメリープのシャーフ……しかし蓋を開けてみればカズトの手持ちでも1、2を争う武闘派でした。最初は大人しい性格のはずだったんですが、いつの間にかこんな感じに。

ちなみに今更の説明になりますが、当シリーズはポケモンの使用可能な技に4つという制限は設けていません。
ド〇クエの呪文や特技のような形式になります(一度覚えたら忘れない)。

―――――――――――――――
設定

リベル(ヤンヤンマ)Lv.24
性別:♂
性格:ようき
特性:かそく
覚えている技:でんこうせっか、かげぶんしん、ソニックブーム、ちょうおんぱ、さいみんじゅつ

虫取り大会でカズトに捕獲された。素早さを生かしたスピード勝負が得意。
派手なバトルシーンが描けていないので、現状は新入りのシャーフより影が薄いかもしれない。しかしカズトのパーティーの中では飛行要員という確固たる役目がある。活躍の場面は必ず用意します。

シャーフ(メリープ)Lv.19
性別:♂
性格:れいせい
特性:せいでんき
覚えている技:たいあたり、でんじは、でんきショック、わたほうし、こうそくいどう

可愛い顔してしっかり男の子。元々は群れで暮らしていたが、バトル好きな自分の性格により仲間たちとの反りが合わず、独りで群れを離れた。
タマゴ技である"こうそくいどう"を生かして他のメリープにはない機動戦をすることができる。勿論でんき技も強力。レベル以上のポテンシャルを秘めている。


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第21話 VSヨルノズク

私事ではありますが、先日剣盾のIDくじにてマスターボールが人生で初めて当たりまして……。
まさか実在するものだったとは思いませんでした。
まあモンボ縛りしてるから使う予定はないんですけどね。
その運をガチャで発揮したかった……。

さて、20話を超えてきた当シリーズ。
一応折り返しには差し掛かっているのかな?

そんなこんなで今回はあの人物との対戦です。



 フスベシティまでの道のりを進むカズトは、エンジュシティを抜け、キキョウシティへとやって来ていた。チョウジタウンから抜ける道もあったが、キキョウシティを抜けた方が近いという情報を得たため、こうして二度目の来訪を決めたのだ。

 

 思えば、旅に出てから一カ月ほど月日が経っていた。たった一カ月、されど一カ月。旅に出る前と出た後ではカズトは全く違う人間になっている。それも偏に旅の先々で出会った人やポケモンからたくさんの刺激を受け取ったからだ。このキキョウシティでもクリスタルという少女に出会ったことが今の自分を形作っている。

 

「クリスちゃん元気かな?」

 

 折角キキョウシティに戻ってきたのだから、クリスタルに顔を見せようとポケモン塾へ足を運ぶカズト。

 見えてきたのは真っ白でピカピカ、新築同然の塀に囲まれたポケモン塾だった。

 

「え!? なんか塀が綺麗になってる!」

 

 カズトが驚くのも無理はない。以前ここにお邪魔したときは塀はボロボロでもはや崩壊寸前だったのだ。現にカズトは押しつぶされかけたという事実もある。その塀が、木製からコンクリート製になり、生まれ変わっているのだ。

 

「お~や、そこにいるのはカズトくんじゃないですか~!」

「ジョバンニ先生! 覚えていてくれたんですか!」

「子どもの顔を忘れるとあれば、教師失格でアルね~」

 

 ちょうど校舎から出てきたジョバンニが、カズトへ声をかける。

 一度しか見たことがない子どもの顔を寸分違わず覚えていたということや、身寄りのない子どもやポケモンを引き取って育てていることからも善良で優秀な教育者だと分かる。

 

「いつの間にリフォームしたんですか?」

「いや~、それが分からないのでアルよ~」

「分からない?」

 

 なんと、塾長のジョバンニが壁工事の手配をしたわけではなく、外部の誰かがジョバンニのあずかり知らぬところで業者に依頼をしていたというのだ。しかも、代金全額前払いという破格の待遇である。

 

「あ、そうだ! クリスちゃんは今日いますか? 折角来たのであの子にも挨拶しておこうと思って」

「クリスくんですか……。残念ながら彼女は『しばらく来れない』と言ってここ一カ月は顔も見れてないのでア~ル」

「あ……、そうだったんですね。恩人だったから挨拶くらいはしておこうと思ったんだけどな」

 

 ジョバンニの話では、カズトと会って数日後に塾に野生のマグマッグが現れ、子どもたちに襲いかかったそうだ。そのマグマッグはクリスタルが全て捕獲して対応したのだが、その日を最後にボランティアの仕事を休むと言ってポケモン塾には来なくなってしまった、ということらしい。

 

「何か変なことに巻き込まれてるんじゃ……」

「それはないと思いマース。あとで電話したら、何でも有名な博士からのお仕事の依頼を受けているだとかで、旅に出てると言ってたでアルよ」

 

 なるほど、本人からの連絡があるのなら、ある程度は安心できる。クリスタルは捕獲が得意だとも言っていたし、おそらく依頼もポケモンゲット関連だろう。

 

「ポケモン……全て捕獲……アサギでも似た話を聞いたような……。まさかね」

 

 実はそのまさかであることは、この時のカズトが知らないのも無理はないだろう。

 

「そういえば、ジム巡りの方は順調でアルか?」

「はい! 今はバッジ三つです。ジムリーダーが不在の街もあったんですけどね」

「オーー! 素晴らしいアルね!! そんなカズトくんに嬉しい知らせがありマスよ! なんと、リーダーが長らく不在だったキキョウジムに、遂に新しいジムリーダーが着任したのデス!」

「本当ですか!?」

 

 それならば予定変更だ。今日はもうキキョウシティを出てフスベシティまでの道を進もうと思っていたが、ジムリーダーがいるとなれば話は別だ。

 以前来た時にはジムリーダーが不在だったため、ジムに挑戦することができなかった。新たなジムリーダーが就き、ジムの運営が再開されたというのならば、挑戦しないわけにはいかない。

 

 こうしてジョバンニに礼を言って別れ、カズトはキキョウジムに急ぐのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここも綺麗だなぁ」

 

 キキョウジムの前に到着したカズトは、これまたピカピカに掃除された外装に目を奪われていた。新ジムリーダーの就任に合わせてこちらも一新したらしい。

 新しいジムリーダーが誰か、そして何タイプのエキスパートかはカズトもまだ知らないため、中に入ってからのお楽しみだ。

 

「すいませ~ん」

 

 ジムの正面玄関を潜り抜け、中に声をかける。すると奥から一人の人物が姿を現した。

 青い髪に、これまた青を基調とした動きやすい和装の青年だ。

 

「いらっしゃい。ジムへの挑戦かな」

「はい。お願いします!」

「こちらこそよろしく。キキョウシティジムリーダーのハヤトだ」

「カズトです」

 

 ジム挑戦において定番の握手を交わし、ハヤトからジム戦の形式についての説明を受けながら、室内奥にあるバトルフィールドへと歩みを進める。

 

 見えてきたフィールドは縦に大きく開けた構造になっており、空中を飛ぶことができるポケモンでも自由に飛び回れるほどのスペースがある。しかし今までのジムで見たフィールドから鑑みるに、この構造もジムリーダーのポケモンが有利に行動することができるように作られているだろう。

 このことから推測すると、彼のエキスパートタイプはおそらく「ひこう」だ。

 

「ルールは、『先に相手のポケモンを一体でも倒せた方が勝ち』とさせてもらう」

「なるほど……。使用ポケモンの数に制限はありますか?」

「上限は二体だ。交代は自由にしてもらって構わない」

 

 今までとは一風変わった形のルールだ。今までの相手のポケモンを倒しきった方が勝ちではなく、一体でも倒したら勝ち。勝負をかけるタイミングだけでなく、自身のポケモンの体力管理もしっかりしないと勝利は難しい。

 勝つ方法としては主に二つ挙げられる。スピード勝負で相手に交代する隙を与えずに一気に倒しきる方法と、守りを固めて相手の消耗を待ち、隙が現れた瞬間を突く方法だ。他にもまだまだ戦い方は存在するが、トレーナーとしてのスタイルが現れる面白いルールだとカズトは感じた。

 

「分かりました!」

「よし、行くぞ!!」

 

 ハヤトが繰り出したのはヨルノズク。ノーマル・ひこうタイプではあるものの、コガネシティジムリーダーのアカネが既にノーマルタイプのエキスパートとしている以上、ひこうタイプで確定と見ていい。カズトの予想は当たっていたわけだ。

 とはいえ、それに対する策がなければ、いくら予想が当たっても意味はない。相手が空中戦で有利を得てくるのならば、こちらも空を飛べば良いだけだ。

 

「リベル!」

 

 カズトはヤンヤンマを繰り出し、スピード勝負に出る。だがむしタイプである以上、相手のエキスパートタイプに弱いということもあるので、致命的な一撃を受ける前に押し切りたい。

 

「オレに飛行勝負を挑むか。面白い! ヨルノズク、"とっしん"!」

「迎え撃つ! "でんこうせっか"!」

 

 両者が正面からぶつかり合うも、力は互角。さらに二撃、三撃と打ち合うも、力の差は変わらない。

 

「なら、これにはどう対応する? "ねんりき"だ!」

 

 ヨルノズクの眼が怪しく光ったその瞬間、ヤンヤンマの周囲が歪み始める。おそらく、ヤンヤンマを捕まえて地上に叩き落すつもりだろう。

 

「捕まるな、スピードを上げろ!」

 

 しかしそう易々と相手の思い通りにさせるわけにもいかない。ヤンヤンマの持ち味であるスピードを活かして、ヨルノズクが技の狙いを定めるよりも早く、空を飛び回り翻弄する。

 ヨルノズクは焦点を合わせることに苦悩しているのか、なかなか技が命中しない。ところが、徐々に"ねんりき"の波動がヤンヤンマを捉え始めてきている。一瞬ではあるものの、ヤンヤンマの動きが少し鈍るタイミングが生まれてきたのだ。

 

「ヨルノズクの動体視力を甘く見るなよ!」

「対応が早い……! でも、もっと行けるよな? リベル!!」

「なんだと?!」

 

 既に十分なスピードで飛び回っていたヤンヤンマだが、さらに速度を増してヨルノズクの周りを止まることなく飛行する。最早カズトの目には残像としてヤンヤンマの姿が見えるくらいだ。これには優れた目を有したヨルノズクであっても、捉えるのは至難の業だろう。

 

 元々ヤンヤンマが有していたポテンシャルもあるが、一番大きいのはヤンヤンマが発揮する特性だ。"かそく"の特性は動き回れば回るほど、そのポケモンのスピードが増すというもので、回避のために飛び回っていたおかげで、十分な時間を稼ぐことができた。

 

 敢えて時間をかけることで、ポケモンの能力を最大限に引き出す。これがこの形式の試合を勝つための第三の戦い方だ。

 

「"ちょうおんぱ"!」

 

 遂にヨルノズクの目がヤンヤンマの動きに付いてこれなくなり、完全に背後を取った。ここでヤンヤンマが動きを止め、その姿を露わにする。

 そして翅を細かく羽ばたかせると、ヨルノズクに向かって音波による攻撃を放った。

 

「ヨルノズク!」

 

 ハヤトが声をかけるも既に遅い。音による攻撃は放ってしまえば最後、対応する間もなく相手に効果を発揮する。ヤンヤンマが発した音を聞いてしまったヨルノズクは混乱し、あちらこちらに行き場なく飛び、ヤンヤンマはおろか、自分が今どちらを向いているのかすら分からなくなってしまっているようだ。

 

「ここだ。"ソニックブーム"!!」

「まずい!」

 

 先ほどとは羽ばたきのリズムを変え、今度は衝撃波として攻撃するためにヤンヤンマは力強く、その翅を動かし始めた。ジム内にあるポケモンの攻撃も耐える強化ガラスの窓がガタガタと震えだし、その衝撃波の強さを物語る。

 そのような予兆もほんの一瞬のこと。すぐさま撃ち出された凄まじい"ソニックブーム"は、寸分狂わずにヨルノズクの元へと飛んでいく。

 

「戻れヨルノズク!」

 

 堪らずハヤトはヨルノズクをボールに戻し、二体目のポケモンをその場に出す。

 混乱したポケモンは上手くトレーナーの声を聞き取ることができないだけでなく、普段の自分が当たり前にこなしている簡単な動きをすることすら困難になる。最も手っ取り早い対処法は、別のポケモンと交代させることだが、これにもリスクはあり、交代の直後はどうしても相手の繰り出した技を避けきることができず、たいていの場合において直撃を免れない。

 

 これはたとえジムリーダーのポケモンであっても逃れることは出来ない。たった今交代したハヤトの二体目のポケモンは"ソニックブーム"をもろに喰らい、フィールド上にはその余波が響き渡る。

 

「どうだ?」

「"はがねのつばさ"!!」

「ッ! 躱せ!」

 

 だがしかし、ハヤトのポケモンは被弾も何のそのといった様子でヤンヤンマの元に突っ込んできた。そして驚くことに、ヤンヤンマに匹敵する速さで飛行しておりその全貌を認識することが難しい。辛うじて回避することはできたが、追撃に放たれた二度目の"はがねのつばさ"が襲いかかる。

 

「"みきる"んだ!」

 

 ヤンヤンマの優れた視力で向かってくる相手の動きを完璧に認識し、最低限の動きで回避をする。

 これにより、僅かな時間ではあるが相手の背後を取ることに成功した。絶好のカウンターチャンスだ。

 

「"ソニックブーム"!」

 

 再び"ソニックブーム"が直撃し、ハヤトのポケモンも動きを止める。そこで初めて、カズトはハヤトの二体目の姿を目にすることができた。

 

「このポケモンって……!」

「大丈夫かエアームド!」

 

 そう、カズトも見覚えがあるその鋼のような身体を持つ鳥ポケモンは、かつてグライガーと初めて出会ったときに戦ったポケモン、エアームドだった。

 ボールの中にいるグライガーがカタカタとボールを揺らしその興奮を伝えてくることからも、目の前のエアームドがあのときと同一個体であると分かる。まさか、ハヤトにゲットされていたとは。

 

「前より速くなってるな……」

 

 あのときは距離の関係もあったが、カズトの目でもはっきり姿を捉えることができていた。ところが、先ほどの"はがねのつばさ"を繰り出した際、カズトにはどこを飛んでいたのか完全に把握することができなかった。

 つまり、ハヤトと特訓することによってエアームドがさらなる真価を発揮することができるようになったということだ。以前戦ったときよりもさらに手強くなっているに違いない。

 

「ん? こいつとは顔見知りか?」

「はい。その子が野生のポケモンだった頃に一戦交えました」

「なるほど、それでこいつもえらく気が立っていたわけだ。この反応を見るに、君が勝ったようだが」

 

 ハヤトの言葉に反応したエアームドが、止めろと言わんばかりにハヤトへ向かって鳴き声を上げる。自分が負けたと知られたくなかったようだ。

 

「そう怒るな。今度は勝つんだろ?」

「……今度も負けません!」

 

 まさに因縁の対決だ。そしてトレーナーであるカズトたちもこれには熱が上がるというもの。勝たなければならない理由が一つ増えた。

 

「"エアカッター"!!」

「"ソニックブーム"!!」

 

 同時に放たれた技が空中でぶつかり合い、打ち消し合う。威力は互角だ。

 

「"ちょうおんぱ"だ!」

「させるか。"はがねのつばさ"!」

 

 ヨルノズクを戦闘継続が困難な状態にまで追いやった"ちょうおんぱ"。これが命中すれば、いくら強力なエアームドであってもピンチに陥るのは必至だ。混乱状態が解けるのを待つか、ヨルノズクに交代するしかない。

 最も交代の手を切ってしまうと、その後に控えた技を喰らわなければならず、耐久面で大きく差をつけられることになる。これはできるならば避けたい事態である。

 とはいえ、混乱が自然に解けるのも運次第であり、下手すればさらに大ダメージを受ける可能性すらある。どっちに転んでも痛い状況になってしまうだろう。

 

 そこでハヤトは、絶え間なく技を仕掛けることでヤンヤンマに"ちょうおんぱ"を使わせないという作戦に出た。シンプルかつ効果的な対策方法だ。

 

「最大スピードで飛び回って撹乱するんだ!」

「"こうそくいどう"!」

 

 "かそく"で十分にスピードアップしたヤンヤンマは、そのスピードでエアームドの攻撃を振り切ろうとするが、これに対してエアームドは自身もスピードを上げることによってその動きに付いていく。

 

「"スピードスター"で撃ち落とせ!」

「しまったっ、リベル!」

 

 先日見たペルシアンのものより数段速い"スピードスター"が、ヤンヤンマを撃ち抜いた。戦闘不能は避けたが、どうやら翅に一撃をもらってしまったようで、戦闘を継続することは難しいだろう。恐るべき正確性だ。

 しかしこのまま大人しくやられるわけにはいかない。交代前の置き土産をして、次につなげる。

 

「"さいみんじゅつ"」

 

 強力なエアームドも眠りには勝てない。上手く命中すれば、一気に戦況をひっくり返すことができる。

 

「行け、ヨルノズク!」

 

 エアームドの代わりに登場したヨルノズクに"さいみんじゅつ"が命中する。

 これはもらったとカズトは確信したが、相手はジムリーダー。無策で交代などするわけがなかった。

 

「ヨルノズク、"とっしん"!」

「眠ってない?!」

 

 完全に不意を突かれ、避ける間もなくヨルノズクの"とっしん"はヤンヤンマを吹き飛ばした。これ以上は本格的に危険だ。あと一度でもまともに攻撃を喰らってしまえば、ヤンヤンマは耐えることができない。

 

 ただ、どうしてヨルノズクには"さいみんじゅつ"が利かなかったのだろうか。何かタネがあることは確かなのだが、それが何か、カズトは咄嗟に思いつくことができなかった。

 

「オレのヨルノズクは相手に無理やり眠らされる技を無効化することができる。そう易々と思い通りにはさせないぞ」

 

 ヨルノズクの特性"ふみん"だ。特性を利用して交代時のデメリットを逆にメリットへと変換させた。

 自身のポケモンが持つ力をはっきりと理解していないと、交代しても上手く状況を変える一手にはならない。このことから考えても、一度目のエアームドへの交代を含め、絶妙なタイミングで交代の手を切ってくるのはジムリーダーの実力がなせる業だ。

 

「もう一度"とっしん"だ!」

「くそ、戻れリベル!」

「逃がすな!」

 

 ヨルノズクの追撃がヤンヤンマを襲うも、間一髪でボールに戻すことに成功した。ただし、次に出てくるカズトのポケモンはヨルノズクの"とっしん"を正面から受け止めなければならない。

 正面からジムリーダーのポケモンの攻撃を受け止めることができるパワーのあるポケモンは、カズトの手持ちの中では一体しかいない。

 

「マグナ!」

 

 ボールから飛び出してきたタツベイは、その勢いそのままにヨルノズクとぶつかり合う。相手の方がスピードも乗っていたので押される形にはなったが、空中でも体勢をしっかりと整えて互角の勝負をする。

 

「"りゅうのいぶき"!」

 

 "ねんりき"を発動されてしまえば、タツベイでは成す術がないままやられてしまう。そのためにもヨルノズクをここで倒すか、倒しきれないにせよ、交代してもらわなければならない。

 

 宙を穿つ"りゅうのいぶき"がヨルノズクを包み込み、その攻撃が命中したことを告げる。

 威力は十分だった。しかしそれでも、ヨルノズクが戦闘不能に至ることはなかった。ヤンヤンマとの戦闘で蓄積したダメージを踏まえても、恐ろしい耐久力だ。

 

「よく耐えたヨルノズク! "ねんりき"でトドメだ!!」

 

 流れを掴んでいるハヤトは勝負を決める指示を出した。

 ところが、ヨルノズクは技を発動させる気配を見せない。むしろ、満足に羽ばたくことすらできず徐々に高度を低下させているではないか。

 

「どうしたんだヨルノズク!?」

「マヒ状態だ。よくやったぞマグナ!」

 

 "りゅうのいぶき"の中に含まれるエネルギーがヨルノズクの動きを封じ、このバトルの中で最大の隙を作り出した。これではヨルノズクはボールに戻さざるを得ないだろう。

 しかも混乱状態と違い、マヒ状態はそれ専用の道具や技を使って治癒しなければ基本的に治ることはない。

 つまり、ヨルノズクを実質戦闘不可な状態にまで追い込んだということだ。

 

「やるなカズトくん。まさかジムリーダーに就任して初めてのバトルがこんなに熱いものになるとは……思ってもみなかったよ」

「恐縮です!」

 

 つい先日就任したばかりであるとはジョバンニから聞いていたが、まさかこれが初のジムリーダーとしてのバトルだったとは。最初でこの実力ならば、数カ月もすれば指折りの実力者になっているはずだ。

 相手の持つ才能を前にカズトも気を引き締め直す。

 

「だが負けるわけにはいかない! 行け、エアームド!」

 

 再び登場したエアームドは、ハヤトの闘志の高まりに呼応し、力強く鳴き声を上げる。

 カズトとタツベイにとっても二度目のバトルであり、気合は十分だ。前回はグライガーがいたことで勝利することができたが、今はタツベイのみ。純粋に今までで培ってきた力を最大限発揮しなければ、勝つことはできないだろう。

 

「オレたちも負けるわけにはいかない。行くぞマグナ! "ひのこ"!」

「"エアカッター"で吹き飛ばせ!」

 

 前回戦った時は容易く風の刃に掻き消されてしまった"ひのこ"だが、今回は互いに打ち消し合い、タツベイにまで攻撃を届かせない。

 カズトは自分たちは間違いなく成長していると確信する。

 

「今度はこっちの番だ。"スピードスター"!」

「"りゅうのいぶき"で防御だ!」

 

 続いて相手から放たれた弾幕も的確に撃ち抜き、決定打とはさせない。そしてこのことから、お互いに遠距離技では相手を削りきることができないことが分かった。カギとなるのは近距離戦だ。

 近距離戦になるのであれば、カズトたちにも勝機がある。空中を自在に飛び、優れた機動力を持つエアームドであっても、タツベイに接近するときは地表近くに降りてこなければならない。この瞬間にカウンターを決めることができれば、カズトたちの勝ちが大きく近づく。

 

「これは止められるか? "はがねのつばさ"!」

「来た。"ほのおのキバ"だ!」

 

 ハヤトも遠距離攻撃では埒が明かないと踏んだのだろう。勝負を決めるため、得意の"はがねのつばさ"で一気に距離を詰める。

 対するカズトはこの攻撃を見切り、カウンターを叩き込むために全神経を集中させる。タツベイも同様に、エアームドから視線を離さない。

 

「今だ、"こうそくいどう"!」

 

 エアームドの動きを注視していたカズトの視界から、その姿が消える。まるで瞬間移動したかのように別の場所に現れたエアームドは、死角からタツベイを強襲した。

 

「マグナ!!」

 

 虚を突いた一撃はタツベイを捉え、その鋭い爪のような銀翼が小さき竜の体を切り裂いた。

 一撃でやられることはなかったが、そう何度も耐えることのできるものではない。相手のペースになればそこでおしまいだ。

 

「このまま決めるぞ。連続で"はがねのつばさ"!」

 

 "こうそくいどう"を織り交ぜた超スピードの"はがねのつばさ"が再度襲いかかる。一度目よりも速いその攻撃は、回避することをカズトの頭の中の選択肢から無意識に削除させる。

 ただ、ここで黙ってやられるほど、カズトたちは弱くない。それは今までの経験と知識が証明している。

 

「その場に"ひのこ"ォ!!」

 

 これでもかという火力で地面に放射された火炎は、地面を焦がしながらタツベイの周囲を広く覆い、即席の炎のバリアを作り出す。その熱気は、さながらほのおタイプのポケモンが放ったかのような熱さで、熱が苦手なエアームドにとっては危険だとハヤトに思わせるには十分なものだった。

 

「止まれエアームド!」

 

 すぐさま回避の指示を出すが、"こうそくいどう"によるスピードが上乗せされている分、回避にはかなりの時間を費やさなければならない。急停止を試みるエアームドの体が炎に晒される。

 

「エアームド!!」

 

 炎の海にダイブしてしまったエアームドは、かなりのダメージを負ったと言えるだろう。その証拠に綺麗に磨かれ、先ほどまでキラキラと光を反射していた羽が、炎と煙によって煤けた色になっている。エアームドもかなり消耗した表情をしている。

 

「チャンスだ、突っ込めマグナ!」

 

 牙に炎を纏い一直線に突っ込むタツベイ。この一撃が決まれば、間違いなくカズトたちの勝利だ。

 

「"スピードスター"!!」

 

 一体どこにそれだけの力を残していたのだろうか。この状況になって初めて、ノーモーションで放たれた"スピードスター"は認識する間もなくタツベイに命中し、その体を吹き飛ばした。

 

「マグナ!」

「決める! "はがねのつばさ"ッ!!」

 

 正真正銘、最後の力を振り絞ったエアームドの技がタツベイに狙いを定められる。

 羽ばたくエアームド、地面を転がりながらもどうにか立ち上がるタツベイ。カズトの目にはこの光景がスローモーションのように流れ、まるで永遠かのように感じられた。

 

「マグナァァアア!!!」

 

 両者がぶつかるその直前、タツベイの体が青白い光を発し始める。少しずつ、だが確実にその姿を変化させていくタツベイ。

 カズトは一度、この光を目にしたことがある。

 

「進化……」

 

 やがて光がその輝きを失った時、タツベイの姿は一回り大きくなり、全身を分厚い殻で覆った姿に変化していた。コモルーへと進化した竜は、エアームドの会心の一撃をその身でガッチリと受け止めていた。

 

「エアームドが、完全に止められた……」

「"ドラゴンクロー"!!」

 

 全身のドラゴンエネルギーを一点に集めて繰り出す最大の一撃。

 力をすべて使い果たし、回避することもできなくなっていたエアームドはその攻撃を正面から受け止め、地面へとたたきつけられた。

 

 静けさに包まれるフィールド。

 

 ハヤトは何も言葉を発することなく、エアームドをボールへと戻す。

 そして一度深く呼吸を整え、すっきりとした顔でカズトへと声をかけるのだった。

 

「オレたちの負けだよ。おめでとう、カズトくん」

 

 キキョウジムに新たなジムリーダーが誕生して初めて行われたバトルは、チャレンジャーであるカズトの勝利で幕を閉じたのであった。

 

 

 




ハヤトって原作漫画でもなかなかの好待遇受けてたと思うんですよね。
ジョウトジムリの中でも唯一三犬全員にバトル挑まれてるし、副職警察官と扱いやすい職業就いてるし。
何より透明なブーメランを使いこなすことに男のロマンを感じます。
僕は好きです。



これでバッジを四つ手に入れたことになるカズトですが、次に目指すのはフスベシティ。
五つ目のジム攻略へと突き進みます。


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第22話 VSシードラ

2021年内に完結させたいって言ってたのどこのどいつだ??


 キキョウジムでの戦いに決着がつき、ハヤトはカズトの立つ方へと歩みを進める。

 

「改めておめでとう。負けたのにとても清々しい気分だ」

「ありがとうございます!」

 

 勝負後の握手と共に、ハヤトから実力を認めた証としてウイングバッジが手渡された。

 これでカズトが手に入れたバッジは四つ。全部で八つあるジョウト地方のジムバッジの半分が揃ったことになる。遂に半分を手に入れ、しかしまだまだ半分が残っている。そして少なくとも、この残りのバッジの数だけ、カズトは成長することができる。

 

「それにしても、このポケモン……見たことないポケモンだ」

 

 ハヤトが視線を向ける先には、エアームドを撃破し、カズトを勝利へ導いたコモルーがいる。

 カズトの手持ちポケモンの中でも古参の彼が進化したことが、今は純粋に嬉しい。酸いも甘いも知っている相棒の成長はまだまだ止まることはないだろう。

 

「マグナ……は、オレがつけたニックネームなんですが、こいつはホウエン地方にいるドラゴンタイプのポケモンで、進化前がタツベイ、進化した今は確か……コモルーって名前だったかな? こっちに来る前からのオレのパートナーです」

「なるほど、君はホウエン地方出身だったのか。良い経験ができたよ。俺もまだまだ修行を積まないとな」

 

 そう言ってハヤトは胸元から一枚の紙を取り出してカズトに差し出した。

 

「実は、オレは警官の仕事にも就いていてね。これはオレの個人番号だ。何かあったら連絡してくれ。できる限り力になるよ」

「そんな……いいんですか?」

「ああ。今回のバトルのお礼さ。残りのジムも頑張れよ」

 

 カズトの肩を叩き快く送り出してくれたハヤトに、振り返りながら手を振ってお礼を言う。

 

「ありがとうございましたー!」

「気をつけるんだよー!」

 

 次なる目的地はフスベシティ。新たな街へ旅立つ前の準備として、まずはポケモンセンターでバトルを頑張ってくれた二体を回復させなければならない。

 カズトは軽やかな足取りで、ポケモンセンターまでの道を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてポケモンたちを回復させ、一晩ぐっすり休んだカズトが向かった先は、キキョウシティを西に進んだ暗闇のほらあな。名前の通り、中には照明などが設置されておらず、自然の光も届かない真っ暗闇だ。

 メリープに明かりを灯してもらい、急な高低差はヤンヤンマに運んでもらうことで洞窟内の障害を乗り越えていく。

 

 ポケモンたちの力を借りることさえできれば、特別複雑な地形でもなかったため、僅か一時間足らずで出口へと辿り着いた。フスベシティまでは目と鼻の先なので、どうやら日が落ちてしまう前に目的地に到着することができたみたいである。

 

「ふう、ここがフスベシティか。いかにも山奥の里って感じで落ち着くなぁ」

 

 辺りには茅葺き屋根の住宅もちらほら見られ、和のテイストが強いキキョウシティやエンジュシティとも、近代化が進んだコガネシティやアサギシティともまた違った雰囲気を醸し出している。

 そして町の奥に見える、道場のような建物がきっとフスベジムだろう。建物の場所といい大きさといい、ドラゴン使いの聖地とも言われるこの町の中でかなりの立ち位置にあると窺える。

 

「さて、ジムに挑戦するか、ドラゴンポケモンについて教えてもらうか……どうしようかな?」

 

 どちらにせよ、フスベジムの門戸を叩くことには変わりない。カズトは町の通りをいつもより気持ち少しだけ駆け足で進み、ジムの前に立つ。

 

「む、そこの少年。ここを我々ドラゴンポケモン使いの一族が治める地であると知っての来訪か?」

 

 門前で中の様子をチラチラと伺っていると、外で修業をしていたトレーナーの男がカズトの存在に気づき、声をかけてきた。彼の傍には共に修行していたシードラが浮いており、カズトのことを興味深そうに観察している。

 

「はい。ドラゴンタイプのポケモンについてお聞きしたいことがあって……」

「おお、まさか入門者だったとは! ここで話すのもなんだ。奥へ案内しよう」

「入門……? いやあの、オレはそういうんじゃ……」

「まあまあ。こっちだ。付いてこい」

 

 カズトはあくまでドラゴンポケモンの情報について尋ねたかっただけなのだが、男はそれを修行のことだと勘違いしたらしい。逃げる間もなく、男に腕を掴まれて奥の建物へと強引に連れていかれてしまった。

 

「長! 入門志願者をお連れしました!」

「だからオレは違うって……」

 

 カズトの言葉は、男の耳には聞こえないらしい。どうにもすれ違いが酷くなっていくばかりだ。

 途方に暮れて突っ立っていると、道場の中からとても背が小さく、それでいて立派な鎧兜を身に着けた、いかにも長老ですと言わんばかりの老人が現れた。後ろにはお付きだろう若い男が立っている。

 

「フガフガ」

「……え?」

「よくぞ来た、少年や、と仰っています」

「…………え??」

 

 長老が何か話したようだが、カズトにはフガフガとしか聞き取ることができなかった。だが、お付きの男の口からは長老の言葉だろう文章がスラスラと発されるではないか。「仰る」ということは、長老の言葉を彼が翻訳しているのだろう。

 呆然とするカズトをそのままに、長老はさらに言葉を続ける。

 

「フガフガフフガ」

「勢いのまま連れてこられて困惑するのも無理はない。彼に悪気はないのじゃ、と仰っています」

「あ、はい。それは分かります」

 

 勘違いしてしまっているだけで、快く案内してくれたのだ。悪い人ではないというのは分かる。

 

「フフガフガフフ」

「して、そなたは何用があって我々を訪ねてきたのじゃ、と仰っています」

「あ、違うって言ったの聞こえてたんですね」

 

 どうやら喋りに難があるだけで、長老はちゃんと話を聞いてくれていたようだ。一安心である。

 

「えぇと……オレはメリープを連れているんですけど、メリープがドラゴンタイプの遺伝子を持っているという噂を聞きまして。何かこちらで詳しいお話を聞くことができないかなと思って訪ねさせていただきました」

「なに!? 入門志望ではなかったのか?!」

「最初からそう言ってたじゃないですか!!」

 

 わざとかと思うほどオーバーなリアクションを取る男に、つい大声で反応してしまった。

 とはいえ、長老のところまで案内してくれたのも彼だ。カズトの力になろうと行動してくれたことは確かなので、怒りを向けるのはお門違いだろう。

 

「あと、オレ自身ドラゴンタイプのポケモンを持っているので、ジム戦を通じて成長したいなと思っています」

「なんと、イブキ様への挑戦者だったとは……!」

「フガフガフガ」

「残念じゃが、イブキは竜の穴に行っておる。しばらくは戻ってこないじゃろう、と仰っています」

 

 竜の穴とは、古来より一族の修練場となっている場所で、多くの強力な野生のドラゴンポケモンが住まう聖域だという。イブキはバトルの腕が鈍らないよう、頻繁にこの洞窟に足を運んでいるらしい。

 

「フガフガ」

「書物については、うちの者が迷惑をかけたお詫びにある程度は自由に見ても良いそうです」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「フガフガフ」

「ただ、ワシもそなたの実力を見てみたい。一戦だけ、そこにいるリュウと戦って見せてくれんか、と仰っています」

 

 なんと、長老直々にカズトのバトルを見てくれるというのだ。交換条件のように思えるが、ドラゴンポケモンに造詣が深い人物が興味を示し、アプローチをしてくれるというのは、カズトにとってはむしろプラスでしかない。断る理由はないだろう。

 

「喜んで挑ませていただきます!」

 

 そうと決まれば早く、全員でジムが所有するフィールドへと移動する。

 まさに道場といった造りになっているため、より一層、修行という意識が強くなって身が引き締まる。

 

「フフガフガ」

「ルールは一対一のシングルバトル、相手を倒した方の勝利じゃ、と仰っています」

「分かりました」

 

 カズトの向かい側には、長老の元まで連れて行ってくれた男、もといリュウが立っている。

 使用してくるのはおそらく、先ほども隣にいたシードラだろう。シードラ自体はみずタイプだが、ドラゴンの力を秘めていることから、フスベシティでも手持ちポケモンとする人は多いと考えられる。

 それはつまり、育て方に関しては先人の叡智が残されており、強力なポケモンに育てられている可能性が非常に高いことを示唆している。油断は微塵も許されない。

 

「我が一族の力、しかと見るがいい! 行け、シードラ!」

「マグナ!」

 

 みずタイプにはメリープが相性的に有利だが、折角のドラゴン使い一族に見てもらえる機会だ。こちらもドラゴンポケモンで行くのがセオリーとなるに違いない。

 

「そのポケモンは?」

「ホウエン地方のドラゴンポケモンです。こいつの戦いを見てもらいたいと思って」

「良いだろう。さあ、かかってこい!」

 

 どうやら先手を譲ってくれるみたいだ。

 タツベイからコモルーに進化してまだ日も浅いので、慣れないところもあるが、しっかり対応してこの戦いを勝利で終わらせたい。

 

「行くぞ、"ずつき"だ!」

 

 タツベイの頃からの得意技でシードラに向かって突撃するが、体が重くなった分、如何せん前よりもスピードが落ちてしまっているようだ。これに関しては他のポケモンでも同様の例が出てくるため、コモルーだけの悩みではない。

 とはいえ、新たな戦い方を模索することで乗り越えなければならない問題ではある。それぞれのポケモンに合った戦い方ができて初めて、一流のトレーナーになれるというものだ。

 

「躱して"みずでっぽう"!」

「"まもる"!」

 

 案の定、素早いシードラには動きを見切られ回避されてしまった。

 やはり、コモルー最大の特徴である硬い外殻を活かした戦法をとる方向にシフトしなければならないかもしれない。だが一方で、硬いということはそれが防御だけでなく攻撃にも転じることができることを指しているので、完全に攻めを捨てることは悪手になる。加減を考えるのが難しいところだ。

 

「"ひのこ"!」

「"みずでっぽう"!」

 

 撃ち出された炎は、シードラの"みずでっぽう"とぶつかり、辺りには水蒸気が満ちて視界が白む。

 相手はみずタイプということもあり、やはりほのお技は利きが悪い。

 

「みずタイプのシードラに、ほのお技など効かん!」

 

 水蒸気で相手の姿が見えない中、リュウの声だけがカズトの耳に聞こえてくる。今のところ、近距離攻撃も遠距離攻撃も対処できていることからか、随分と余裕を感じさせる声色だ。

 しかし、もう布石は打ってある。その余裕を失わせるため、カズトはここで勝負に出る。

 

「"ずつき"!」

「その技はさっきも見たぞ。シードラ、避け――」

 

 リュウの指示がシードラに届くより早く、コモルーの攻撃がシードラの胴体を捉える。

 "ずつき"のクリーンヒットを受けたシードラは勢いよく道場の壁まで吹き飛ばされた。

 

「バカな?! まさか一度目は手を抜いていたのか!」

「いえ、二回ともマグナは本気でしたよ」

 

 スピードに違いはない。ならば何が違うのかというと、それは「コモルーとシードラの距離」だ。

 一度目はバトルが始まったばかりで、お互いかなり距離を取った状態だった。コモルーの動きは見てからでも十分に対応可能なものだっただろう。変わって二度目、フィールドは"ひのこ"と"みずでっぽう"によって発生した水蒸気により相手の姿はおぼろげにしか見えなかった。この状況を利用して、コモルーは一度目より数歩手前から技を繰り出した。

 

 余裕を持っていたとはいえ、当たるか当たらないかはギリギリのラインだった。ならばこっそりタイミングをずらしてやれば、相手はそれに気づかず同じ感覚で避けようとし、気づいた時にはコモルーが目の前まで迫ってしまっているというわけである。

 

「く……不覚を取ったか。だがまだ終わりではない! "たつまき"! そして"えんまく"!!」

 

 シードラは"たつまき"を放った直後、その周囲を覆うように"えんまく"を纏わせた。局所的ではあるが、カズトがたった今行った戦法とかなり近い。

 "えんまく"で相手の視界と距離感を鈍らせ、対処に手間取られている間に本命の"たつまき"が襲いかかってくるコンビネーション技だ。

 

 系統の違う二つの技を同時に対処しなければならないので、別個に対応していれば後手後手になって相手にペースを持っていかれてしまう。ならば、一気に突破するしかない。そして、それが得意なのがドラゴンポケモンだ。

 

「"りゅうのいぶき"で吹き飛ばせ!!」

 

 進化したことで今までより増大した竜のエネルギーを技に乗せて解き放つ。

 シードラの"えんまく"のさらに外側を包み込むように放たれた"りゅうのいぶき"が黒煙で覆われた視界を切り裂くように吹き抜けた。それはなおも勢いを増し、"たつまき"をも呑み込み、シードラへと向かう。

 

「ぐわああああ!」

 

 あまりの強さに、シードラの傍にいたリュウにまで攻撃の余波が襲いかかってしまった。もちろん、直撃を受けたシードラは戦闘不能。カズトの勝ちである。

 

「バ、バカな……。この威力、イブキ様のハクリューに匹敵する……?」

「フガフガ」

「そこまで、と仰っています」

 

 リュウが言うには、今の"りゅうのいぶき"はジムリーダーのイブキと手合わせした際に感じた圧と同等のものを感じたという。

 ただの一人のトレーナーであるカズトとしては、そのことを一概に信じることはできなかったが、進化したことで強大なパワーを身に着けたコモルーならばあり得るのではないかとも考えられる。ドラゴンポケモンというのは、それほどまでに大きなポテンシャルを秘めているのだ。

 

「フガフガ」

「よく鍛えられたポケモンじゃ、お主の実力は本物じゃろう、と仰っています」

「ありがとうございます!」

「フガ……フガフガガ」

「じゃが……それ故に壁にぶつかることもあるだろう、頑張るのじゃ、と仰っています」

 

 長老からは壁について詳しくは語られなかったので、ここについては自分たちで探していかなければならないのだろう。とはいえ、今は目の前の勝利を喜ぼう。今回戦ったリュウも、ジムリーダーの修練の相手を務めるほどの実力者だ。誰でも勝利することはできない相手である。

 

 さて、ジムリーダーが戻るまでの時間潰しということで行ったバトルだが、イブキは未だジムを空けているため、カズトは先に道場からフスベの長老が管理する書庫へと案内を通された。

 

「これが全部……」

 

 カズトの驚きも無理はない。見渡す限りの書物の山。ここには代々蓄積されてきた知識や伝統がこの部屋に本という形で残されている。一つの一族で集めたにしてもかなりの数であり、小さな図書館ならば開くことができるのではないだろうか。「フスベの歴史」、「ドラゴンの心得」、「聖なるドラゴンタイプ」などなど、ありきたりなタイトルから興味深いタイトルの本まで勢ぞろいである。

 

「こちらにある書物はご自由に読んでいただいて結構と長より仰せつかっております」

「全部ですか!?」

「はい、全部です」

 

 嬉しいような、悲しいような、これだけの資料に目を通すとなると年単位での作業になってしまうことは間違いない。フスベシティに長く留まる予定は立てていないので、調べたいことをピックアップし、それに対応していそうな書物を手に取ることにする。

 

「まずは……デンリュウについての情報がないか調べてみよう」

 

 ジョウト地方に多く生息しているとはいえ、本来でんきタイプであるデンリュウについての資料はここには少ない。予め長老からデンリュウについての資料の場所を聞いていたカズトは、目当てのものを早々に見つけた。

 

「かなり古いな。色もくすんでる」

 

 奥付と呼ばれる本の発行された年月などを記したページを開いてみると、そこに記されていたのは今から数十年は昔のものであった。最近のものがないことから、デンリュウからドラゴンタイプの力が失われ、人々に認知されなくなってから久しいことが分かる。

 

「っ、この絵! 出てこいシャーフ!」

 

 ボールから姿を現したメリープはいつもと同じくフワフワモコモコとした体毛に包まれている。メリープと絵を交互に見たカズトは、一つの確信を得た。

 

「やっぱり、この絵に描かれてるデンリュウはメリープの頃に生えていた毛がそのまま残ってる……!」

 

 カズトが凝視しているその絵にはデンリュウが描かれていた。しかし、それは以前見たことあるデンリュウの姿ではなく、頭部から背部にかけて真っ白な体毛に覆われた姿をしているものだったのだ。メリープの進化後であるモココよりもさらにモフモフとした姿である。実際のメリープの体毛と見比べると毛の癖がよく似ていることから、進化してもなお、毛をそのまま保持しているのだと分かる。

 

「これがデンリュウ(電竜)……」

 

 資料には当時のことも記されており、強力な電力を蓄えた体毛を活かし他のドラゴンポケモンにも引けを取らない強さを有していたという。でんき技だけに留まらず、ドラゴンタイプの技も扱っていたようだが、人との共存生活が本格化すると同時にその力を振るう個体は数を減らし、この資料が書かれた当時ではもう数えるほどしかこの姿のデンリュウは残っていなかったそうだ。そうした経緯もあり、今では竜の力を持つ個体がいなくなってしまったことで、フスベでデンリュウをパートナーとするトレーナーの数も同様に減っていったのだろうと推測できる。

 

 カズトが思うに、メリープの頃から体毛に非常に強力な電気を纏っているデンリュウが、何らかのアクシデントなどで毛に触れてしまった人間に危害を加えないため、進化する過程で段々と体毛を少なくしていったのではないだろうか。強さを失う代わりに、人と共に生きることを選んだポケモンとの絆を感じて止まない。

 

「なんて、考えすぎかなぁ?」

 

 メリープの顔を撫でながら、今では見ることのできないライトポケモンの容姿に思いをはせる。

 

「お前はこの姿になりたいと思うか? シャーフ」

 

 メリープの前に過去のデンリュウの絵を見せると、少し興味を示したものの、また何事もなかったかのように顔を背けた。カズトにはその光景が、まるで自分を選んでくれたかのように感じられて少し嬉しかった。

 

「さて、他のドラゴンポケモンについても調べてみるk――」

 

 元の場所にデンリュウについて記された書物を戻し、新たな本を手に取ろうとしたカズトだが、その独り言を掻き消す音が資料室の中に響いた。音が入り口の方より鳴ったことから、カズトの視線も自然とそちらへ向かう。そこには特徴的なボディースーツを身につけた女性が仁王立ちしていた。先ほどカズトが聞いたのはドアを勢いよく開いた音だったのだろう。

 

「貴様か。リュウを倒し、長に認められたドラゴン使いとは」

「あ、はい。そうですがあなたは……?」

「名乗るのが遅れたな。私はイブキ。このフスベジムのリーダーを務めている」

「ジムリーダー……。あ、オレはカズトです。よろしくお願いします」

 

 どうやら竜の穴から戻ったイブキが、カズトの元に足を運んでくれたようだ。堂々とした立ち振る舞いは修行の後とは思えない余裕を感じさせ、同時にその強さを醸し出している。

 

「私への挑戦ということだが、間違いないか」

「はい! ですが、今日は待ってもらっても良いですか? 折角貴重な資料を読む機会をいただいたので……」

 

 まだデンリュウについての資料しか目を通せていない。これでは気になっているものが多すぎてこれからジム戦に集中する気にはなれないのだ。

 

「構わん。私も今日はポケモンたちを休ませたい。試合は明日にするとしよう」

「ありがとうございます」

「詳しいことはリュウに伝えておく。ここでの気が済んだら奴に話を聞け」

「分かりました。明日はよろしくお願いします!」

「ああ」

 

 話を済ませたイブキは素早く身を翻して資料室を後にする。ドアを閉める音を最後に、部屋には再び静けさが戻った。

 

「さてと、じゃあこれとこれを読んで……夜はみんなのコンディションを確認しないとな」

 

 明日への意気込みを胸に、今はひとまず、目の前にあるこれまたドラゴンポケモンの絵が印象的な本を読み進めるのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「カズト……」

 

 イブキは道場に繋がる廊下を一人歩きながら呟いた。イブキが勝ちを譲っていないとはいえ、リュウもフスベシティに住むドラゴン使いの中ではかなりの実力を持つトレーナーである。そのリュウが敗北したという事実はイブキが少年を警戒するには十分な要素であった。

 

「先日のスイクンといい、やはり世界は広い。まさかあのような少年がドラゴンポケモンを扱えるとはな」

 

 本来ドラゴンタイプのポケモンというのはプライドの高い種族である。イブキや彼女の従兄であるワタルからしてみればその力を十全に活かすことも造作ないことであるが、それには相応の修練が伴う。だからドラゴン使いはその数が少ないのだ。それをまだ年端も行かない少年が成すこと。少年の持つ才能の片鱗をヒシヒシと感じる。

 

「おっと、いかんな。柄にもなく楽しみに感じてしまう」

 

 リュウも単純なパワーで考えると自身のハクリューとも良い勝負をすると言っていた。久しぶりの好敵手となり得る存在にイブキは無意識に上がった口角を抑え込む。明日のジム戦で自分にとっても何かのきっかけが見つかるかもしれないとイブキは予感していた。




投稿が大変遅くなり申し訳ありません。
この話は前回の投稿後すぐに書きあがっていたのですが、今後のプロットを考えたり、他の方の小説の描写の仕方を研究したり、積みゲー消化してたりして投稿がこんなに遅くなってしまいました。

少なくともジョウト編完結までに失踪だけはしないので、気長に待っていただけると幸いです。
ホウエン編の構成もちゃんと考えてるけど、そこまで書けるかはプライベート次第かなぁ。
細々と頑張ります。

メガデンリュウはヒスイの新ポケモンみたいに時代の変化と共に形態を変化させたという設定にしています。メガシンカはそれを後天的に再現する方法として利用されているという感じで。
まぁまだメガシンカ自体この地方ではあまり認知されていないので、触れるのもしばらく先になりそうですが。

次回はフスベジム戦。戦闘描写頑張らなきゃ。


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第23話 VSハクリュー

フスベジム戦、開幕。
ちょっとくどくなりそうだったので、前編後編での分割掲載をすることにしました。

九割バトル描写の戦闘回は今までもやっていましたが、このフスベジム戦はその中でもかなりの密度になっていると思います。
僕の想像したバトルの光景が皆にも伝わってると嬉しいな。

では、お楽しみください。


 朝早い時間、まだうっすらと霧が漂うこの時間。

 清らかな蒼の身体を有する竜に乗り、水面を進む人影があった。

 

「兄者……」

 

 その人影からポツリと発せられた「兄者」という言葉。彼女の頭の中に浮かぶのは一年前に急に消息を絶ってしまった兄弟子でもあり、従兄でもある男の背中。

 今まで何事もなかったかのように連絡をくれていた人物が、ある日を境に姿を消してしまったことの喪失感は計り知れない。

 

「あれ、イブキさん?」

「ッ!」

 

 物思いにふける彼女――イブキ――の背中から声をかけてきた者のそれは、まだ幼い。昨日ジムに訪れた人物と声色が一致したことから、姿を見ずともその人物の正体に見当がついた。

 

「カズトか。貴様、こんなところで何をしている? ここは我が一族の敷地内だ」

 

 茂みの向こうから姿を現した少年ことカズトは、傍らに見慣れないポケモンを連れていた。おそらくは話に聞いていたホウエン地方のドラゴンポケモンだろう。

 

「ドラゴンタイプのポケモンがリラックスできる効果があると聞いたので、散歩に。リュウさんからこの辺りは自由に出歩いていいと許可はもらいました」

「あの馬鹿者が……」

 

 竜の穴へと続くこの道は、これまで一族が守ってきた道でもあり、ドラゴン使いの一族以外の人間がここへ入ることはほとんどない。それを昨日フスベに来たばかりの少年に案内するなど、考え難いことだ。

 

 そこまで思考したイブキだが、すぐに、それだけリュウがこの少年の実力を認めているのだと至った。幼くしてドラゴンポケモンと対等な関係にあるこの少年が、ドラゴン使いであると認めないのは逆に敬意に欠けるだろう。

 

「カズト。今日の勝負だが、本気で行かせてもらう。私を楽しませてくれ」

 

 返事が来るよりも早く、イブキは地に足をつけ霧の中へと歩みを進める。返事など聴かずとも、チャレンジャーたる彼が手を抜いて挑んでくるはずがない。

 再び濃くなる霧の中にイブキの影が、溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そして太陽が南の空に昇り切った時、カズトとイブキは道場のバトルフィールドに向かい合って立っていた。朝に言葉を交わした際の落ち着いた雰囲気は鳴りを潜め、ピリピリとひりついた空気が周囲を占めている。

 

「来たな。レギュレーションは三対三。相手のポケモンをすべて倒した方が勝利だ。交代は挑戦者のみに認められる。何か質問はあるか?」

「いえ、大丈夫です」

「今朝も話したが、私は本気で行く。ポケモンのレベルだけは合わせるが、それ以外は手加減などしない」

 

 正直、手加減なしのジムリーダーの実力は計り知れない。実際にアサギシティでマチスとプライベートなバトルをしたことで、よりそれが実感できている。どんなとんでも技や戦法が出てくるのか。考えたとしても結局はその想像をはるかに超えるものが待ち受けているのだろう。

 

「……お願いします」

「よし、では始めよう。行け、ミニリュウ!」

 

 イブキの一体目はミニリュウだ。主力と思われるハクリューの進化前のポケモンではあるが、れっきとしたドラゴンタイプであり、その能力は高い。

 

「シャーフ!」

 

 対するカズトが繰り出すのはメリープ。今回がジム戦デビューではあるが、優れた戦闘センスを持ったカズトの頼れる一体だ。

 ボールから出たメリープも全身に溜まった電気をバチバチと鳴らし、気合十分な様子が見られる。

 

「始め!」

 

 審判を務めるリュウの声により、勝負の火ぶたが切って落とされた瞬間、二匹は真っ向からぶつかり合う。

 まずは力比べからといったところだろう。ジリジリと鎬を削るメリープとミニリュウだが、フィールドが陸地であること、そしてミニリュウの体が水中で真価を発揮できる造りになっていることから、次第にメリープが優勢になりつつある。

 

「吹き飛ばせ!」

「むッ!」

 

 カズトの声と同時に、メリープが一気に力を込めてミニリュウを突き上げた。

 宙へと投げ出されたミニリュウにメリープの攻撃を避ける術はない。カズトはさらに追撃を試みる。

 

「"でんきショック"!」

「"ドラゴンテール"!」

 

 空中にいる相手を撃ち落とすべく放たれた強烈な電流を、ミニリュウは尻尾を勢いよく振り回すことでその流れを断ち切った。

 元々でんき技はあまり効かないドラゴンタイプだ。通常ならば感電してしまうような接触攻撃でも、タイプの相性を活かし、完全に感電してしまう前に尾に纏わせた技のエネルギーで相殺したのだろう。

 

「着地の瞬間を狙うんだ! "たいあたり"!!」

 

 だがカズトとしても、そのようなことは百も承知である。今までジムリーダーたちは自分たちの放った攻撃をあの手この手で対応してきたのだ。必中だったはずの技を防がれたとて、今更驚きはしない。

 それよりも、対応されるというならば、その対処力を上回るまで攻撃を積み重ねなければならない。一撃入れるその都度に一喜一憂していては、ジムリーダーに勝つことはできやしない。

 

 宙に投げ出されたミニリュウに攻撃を弾く余裕があるとはいえ、その隙は未だ残っている。

 "たいあたり"が着地後の態勢を整える前にクリーンヒットした。フィールドの端まで弾き飛ばされたミニリュウだが、今の一撃をものともしない顔で再び立ち上がった。

 

「やるな。ならばこれはどうだ? "ハイドロポンプ"!」

「"ハイドロポンプ"!?」

 

 本当に進化前のポケモンか疑いたくなるほどの"ハイドロポンプ"が、メリープ目掛けて発射された。

 

 でんきタイプは本来、みず技を苦手としていることはない。しかしメリープは全身をフワフワの毛に覆われているので、水に濡れてしまうと毛がその水気を吸い込んでしまい動きに多大な支障が生まれてしまう。

 ある種、メリープだけの弱点というわけだ。

 

 激流が目の前に迫る中、しかしカズトには驚きの表情こそあるが、焦りの表情は見られない。

 

「"こうそくいどう"」

 

 メリープの姿が掻き消え、"ハイドロポンプ"の射線には一瞬だけメリープの残像が残るだけである。そしてミニリュウの真横に姿を現したメリープは地を蹴り宙に躍り出た。

 

「"アイアンテール"!」

「くっ、"ドラゴンテール"で向かい撃て!」

 

 空中からの自重を込めた尻尾による振り抜き攻撃がミニリュウを捉える。

 ミニリュウも"ドラゴンテール"で最低限の防御には成功したものの、大技である"ハイドロポンプ"を使った直後に意識外の方向から攻撃を仕掛けられたことから、十分な威力は発揮しきれていない。加えてメリープの尻尾は硬化されているため、生半可な衝撃では攻撃の軌道を逸らすことはできず、押し切られてしまった。

 

「ミカンさんの教えのおかげだな」

 

 メリープが好戦的な性格であると判明したその日に、カズトは再びミカンにアポを取り、これからの育成方針についてさらに詳しい相談を受けてもらっていた。その話の中で、メリープの得意攻撃の中に尻尾での一撃があると言ったところ、ミカンのデンリュウから直々に"アイアンテール"という技を教えてもらったのだ。

 

 ミカンは近年に分類が確認されたばかりであるはがねタイプをエキスパートタイプとしているトレーナーである。現在のジョウト地方の中で、はがねタイプについて最も詳しいトレーナーであると言っても過言ではない。

 その彼女から教わった"アイアンテール"は、カズトのメリープととても相性が良く、すぐに使いこなすことができるようになっただけでなく、今では接近戦の際のメインウェポンにまで昇華している。

 

「連続で"アイアンテール"!」

 

 右へ左へ、自在に尾を操り怒涛の連続攻撃を叩き込むメリープ。これには先ほど優れた耐久を見せたミニリュウも成す術なく攻撃を受けるに甘んじるしかなかった。

 

「焦るなミニリュウ! "まきつく"攻撃!」

 

 一気に劣勢に立たされたとしても、イブキは怯まない。ミニリュウがメリープの攻撃を一度回避したその時、カウンターとなる技の指示を出した。

 

 ミニリュウは空振りしたメリープの尻尾を自身の尻尾で的確に掴む。メリープがどれだけ振り回そうが、その拘束は解けることなく逆に体力を奪うだけだ。

 

「シャーフ、"でんきショック"だ!」

「させるか。"たたきつける"!!」

 

 メリープが攻撃のための電力を溜めきる前に、ミニリュウは尻尾を素早くかつ正確に操り地面へと叩きつけた。

 いくら体毛で衝撃を吸収できるとはいえ、ダメージはゼロにはならない。ぶつかった衝撃でメリープの動きに明確な隙ができた。

 

「"ハイドロポンプ"!!」

「躱せぇ!」

 

 何とか回避を試みるも、今度はメリープも避けきることができず、毛の全体の半分ほどが水で浸されてしまった。

 あちこちから滴る水にメリープは煩わしそうな顔をする。体にへばりついた毛によって、既に普段の動きができないことに不便さを感じているのだろう。やはり少し重そうだ。

 

「毛が縮んで、随分とスッキリした体になったんじゃないか?」

「いえ、頭もスッキリしたんでこれからですよ」

「ハッ、その余裕もいつまで保つだろうな」

 

 カズトとしてはまさに冷や水を浴びた気分で、一旦落ち着くことになった。だが、メリープはそうもいかないだろう。自慢の毛をビショビショにされた上、イブキの挑発も相まって苛立っているに違いない。

 

「シャーフ、落ち着けよ。まだここからだ」

 

 予想通り、今にも怒りに任せて飛びかかろうとしていたメリープは、カズトの言葉を受け咄嗟に冷静さを取り戻した。全身にパチパチと電気を帯び、自身の状態を確かめている。そしてまだやれると判断したのだろう。カズトの方を向き尾の先をチカチカとさせる。

 メリープの肯定のサインを見たカズトも、今後の作戦を脳裏に浮かべる。

 

「よし――」

「作戦会議は終わったか? 今度はこちらから行くぞ!」

 

 イブキの掛け声と共にミニリュウが一気に距離を詰める。動きの鈍ったメリープを見て、接近戦からのスピード勝負へと持ち込もうとしているのだろう。

 

「"たたきつける"!」

「シャーフ、"たいあたり"だ!」

 

 メリープは動きにくそうにしながらも、ミニリュウが振り下ろす尻尾に的確に体をぶつけ、勢いを抑える。水分を多量に吸い込んだ体がぶつかったことで、ミニリュウの方にもその水しぶきが飛び散る。

 

「"こうそくいどう"!」

「やはり動きが鈍くなっているぞ。見えさえすれば対処も容易い! "ハイドロポンプ"!!」

 

 一度目の"こうそくいどう"を見たイブキからすれば、今のメリープはあまりにも遅い。

 上空高くジャンプしたメリープは、死角から"アイアンテール"の一撃で勝負を決めるつもりだったのだろうが、それは甘い。移動先がバレバレである。

 

 もちろんミニリュウもメリープの行先は把握していた。イブキの指示に従い、大技の"ハイドロポンプ"を構える。

 

「真下に"でんきショック"!!」

「真下だと? っ、ミニリュウ――」

「行けぇぇぇ!」

 

 イブキが見た地面には"ハイドロポンプ"の残滓として多くの水が飛び散っていた。そしてミニリュウにも、直前にメリープと接触したことによる水分が体表に残っている。

 

 そこから導き出されることは――

 

「ミニリュウ!!」

 

 残った水が導線となり、ミニリュウへと必中の電撃が襲いかかるということである。

 

 完全に不意を突かれたミニリュウは体勢を大きく崩し、技も中断されてしまった。

 本来ならば、でんき技でここまでのダメージは負わないが、今は体表の水分を通して通電しやすい状態になっていた。これにより、従来よりも大きな威力となって電撃が命中してしまったのだ。

 

「"アイアンテール"!!」

 

 先ほどより高さも重さも増した鋼の尾による攻撃がミニリュウを打ち抜き、その身体を地面へと叩きつけた。

 

「ミニリュウ、戦闘不能!!」

 

 流石のミニリュウもこの一撃には耐えることができず、地に体を預けることとなった。リュウの判定も妥当なものだ。

 

(上空へ飛んだのは、ギリギリまで私たちの目を下へ向けさせないため……。おそらくスピードが鈍っていたことすら作戦のうちだったのだろうな……)

 

 まさか自身の悪条件を作戦へ活かすとは。かつて腕を磨き、競い合った従兄を彷彿とさせる戦い方をする少年に、本格的に彼の面影を感じ始めたイブキは次のポケモンを繰り出した。

 

 その顔に笑みを浮かべて。

 

「やはり私の見立ては間違っていなかったようだ。カズトよ、貴様は我がイブキの名において必ず倒す! ハクリュー!」

 

 イブキが出した二体目のポケモンはハクリュー。たった今、戦っていたミニリュウの進化形である。

 

「シャーフ、戻れ。シード!」

 

 カズトもメリープを戻し、二体目のポケモンを繰り出す。

 しかし、シードと呼ばれたそのポケモンは以前までのコノハナの姿ではなかった。長い鼻の特徴はそのままに、身体は一回り大きくなり、両手は葉のような団扇に変化している。

 

「さあ、進化した力を見せてやれ!」

 

 そう、コノハナだったシードはダーテングに進化していたのである。これは全くの偶然であるのだが、カズトのカバンから零れ落ちていたとあるものをしまおうとそれに触れた際、突然進化をしたのだ。

 

 その触れたものとはリーフの石――虫取り大会にてツクシから譲り受けた賞品――だ。

 

 カズトは知識としてコノハナにさらなる進化先があることを知っていたが、条件などは把握しきっておらず、いつどのようにして進化するかは分かっていなかった。ダーテングに進化したときの状況を見て、ようやくその条件を理解したのであった。

 

「相手は強力なドラゴンポケモン。不足なし!」

「ハクリュー、"でんじは"!」

「"じんつうりき"!」

 

 相手をまひさせるだけにはとどまらないだろう威力の"でんじは"だが、ダーテングが手を振りかざすとハクリューは怯み、それにより"でんじは"の軌道がダーテングから逸れ、何もない地面を焼くだけに留まった。

 

「でんき技か。まだフィールドに水は残ってるし……。なら、"にほんばれ"だ!」

 

 "にほんばれ"の指示を受けたダーテングは、両手にエネルギーを溜め、道場の天井へと打ち上げた。

 すると室内にもかかわらず、まるで真夏のような明るさが周囲を照らし、フィールドの水分を涸らしていく。しかしそれだけではなく、ダーテングの体に降り注いだ光はそのままダーテングへと吸収されていくではないか。見るからにダーテングの調子が上がってきているのが分かる。

 

「なるほど、"ようりょくそ"か」

「よし、次は風だ!」

 

 "にほんばれ"を終えたダーテングが次にとった行動は、両手の団扇で何もない空間をあおぐことだった。

 何もなかった空間にどこからともなく風が吹き込み、漂い始める。

 

「神力を有し、天候を変え、風を操る。ハクリューも天気を操ることはできるが……。どこかの言い伝えにでも登場しそうなポケモンだな」

「まだまだですよ。"はっぱカッター"!!」

 

 そう、これはまだダーテングの力を引き出すための準備段階に過ぎない。これから始まる攻撃こそが、ダーテングの本領なのだ。

 ダーテングが撃ち出した"はっぱカッター"はコノハナだった頃よりもさらに鋭さを増し、ハクリューへと迫る。

 

「"りゅうのいぶき"!!」

 

 大きく息を吸い込んだハクリュー。一瞬だけ呼吸を止めた後、吸い込んだ空気に竜の力を纏わせ、強力なブレスとして吐き出した。

 確かにリュウの言っていた通り、コモルーのそれと威力はかなり近いだろう。しかし、技の出し方からより広くをカバーすることができるようになっているのが違いだ。

 

「上だ!」

 

 面を薙ぎ払う"りゅうのいぶき"だが、あくまで横に広いだけだ。上はカバーしきれていない。

 一陣の風が吹き荒ぶと同時に、激流に呑み込まれるはずだった葉の一群がその弾道を急速に変化させた。一度上空へと昇った"はっぱカッター"は、猛烈な勢いで雨となってハクリューへと降り注ぐ。

 

「厄介な……!」

「もう一回だ!」

「"しんぴのまもり"から"りゅうのいぶき"!」

 

 だが、一度目は刺さった奇襲も、二度目以降はジムリーダーには通用しない。

 状態異常を防ぐための"しんぴのまもり"を、元々の役割とは別のクッションとして利用し、葉の勢いが鈍くなった瞬間に"りゅうのいぶき"で撃ち落とされた。

 

「そのまま薙ぎ払え!」

 

 上から降る弾幕を撃ち落とすために放ったブレスが、威力はそのままにダーテングの立つところまで猛威を振るう。

 今度は"じんつうりき"で狙いを逸らす時間もなく、ダーテングへ直撃してしまった。

 

「シード!」

「まだだ。連続で"りゅうのいぶき"!」

 

 間隔を空けてから連続して放つことで、面と点の両方に対応した広範囲高威力の攻撃だ。技を使うハクリューにある程度の負担がかかってしまうが、並大抵の相手では避けきることはできない。

 一つの技で多彩な戦法をとることができる器用さはカズトのコモルーより技量が高いだろう。

 

「躱せ!」

 

 勝負の決め手になる技とも言える"りゅうのいぶき"ではあった。直前の隙も相まって、躱すのは至難の業だっただろう。

 だが今回の相手は他の並大抵な相手ではない。これまでバトルの腕を磨き、急成長を遂げている期待のルーキーとその彼のポケモンだ。

 

 "ようりょくそ"にて倍増したスピードと、未だフィールドを揺蕩う風を最大限活用することで、通常では潜り抜けるのが困難な隙間を縫うようにして移動するダーテング。

 その姿はまるで、いつどこに攻撃が来るのか全て把握しているかのような動きぶりである。

 

「馬鹿な!」

「いいぞシード! でも、これ以上はまだ負担が大きいか……」

 

 いや、比喩などなく実際にダーテングはその全てを把握していた。自身が持つ相手の考えを読み取る能力を活用し、ハクリューが狙う場所を事前に察知していたのだ。相手の狙いが分かれば、どう避けるべきか判断するのは容易である。

 

 ところが、この強い力は同時に高い集中力と体力を使う。流石に一度の戦闘で読み取ることができる思考の数は限界がある。代償なく一方的に相手の考えを読み続けることはできないのだ。

 

「遠距離からでは埒が明かない。接近戦だハクリュー!」

 

 "でんじは"や"りゅうのいぶき"をことごとく回避しきったダーテングに、これ以上の自由を許すわけにはいかないイブキは近距離戦へと狙いを変更する。

 しなやかな動きで瞬く間に距離を詰めるハクリュー。尾による鋭い一撃がダーテングを狙う。

 

「ガードだ!」

 

 対するダーテングは両手を使い、ハクリューの攻撃を受け止めた。コノハナの頃から格闘戦には力を入れて特訓していたため、後れを取ることはない。尻尾の連撃にこちらも拳と蹴りの体術で応戦する。

 だがリーチは相手の方が有利だ。今回に関してはあまり接近戦を長引かせるのはよくないだろう。有効な攻撃の機会が限られてしまうと、一方的に相手のペースに持っていかれる可能性も高くなる。

 

「"はっぱカッター"で近づけさせるな!」

「甘い! "でんじは"!!」

 

 風で操作され、自身を包むように出された"はっぱカッター"には目もくれず、ハクリューは角から"でんじは"を放つ。

 ダーテング目掛けて飛ぶと思われた電流はしかし、前ではなく後方へと効果を発揮する。その場に長時間滞留するように設置された"でんじは"が四方八方から襲い来る"はっぱカッター"を次々に防いでいるのだ。即席の電磁バリアといったところだろうか。

 

「そこだ、回り込め!」

 

 風の操作に気を取られたほんの一瞬。その隙を見逃さなかったイブキの指示がハクリューを動かす。

 長い胴体をダーテングの背後へと伸ばし、立ち位置を入れ替えると、"でんじは"によるバリアとハクリューによる間接的な挟み撃ちが実現する。

 

「行け!!」

 

 今までで一番重い尻尾の一撃がダーテングを、トラップと化した"でんじは"ゾーンへと弾き飛ばす。

 

「しまった……!」

 

 イブキの目論見通り、即効性の強い"でんじは"は触れた瞬間にダーテングの体から自由を奪い取り、その場に縫いつける。かつてないほどの明確な隙である。

 

 この絶好のチャンスに、最大の技で勝負を決める。

 

 全身から角の一点へと集約されたドラゴンエネルギーをさらに圧縮。高密度のエネルギーの塊となったそれを一気に放出する。

 

「"げきりん"!!」

 

 ドラゴンタイプの技の中でも最大級の威力を持つ、文字通りの必殺技がその牙を剥く。フィールドまでも焼き尽くすのではないかというエネルギーの奔流が止んだとき、そこには倒れ伏したダーテングの姿が――

 

「なんだと!?」

 

 イブキが驚くのも無理はない。なんと、フィールドのどこにもダーテングの姿がないのだ。

 

 急いでダーテングを探すイブキの頭上に一つの影が差す。

 そこには宙に浮かび、幾枚もの葉を展開したダーテングがいた。

 

 ダーテングが風を操り、ものを自在に動かすことができるのは、既にバトルの中で見せていたことからもイブキは知っていたことだろう。カズトもそこは織り込み済みだ。

 しかし、ダーテングが風で動かすことのできるものは何も葉だけではない。自分が風に乗ることで、普段以上のスピードで移動することができるのだ。むしろ、こちらの方が元来ダーテングが有する力であり、"はっぱカッター"との合わせ技はその力の応用である。

 

 たとえ、まひ状態であったとしても、"ようりょくそ"がもたらす活性効果と風乗りの術を合わせれば、回避するには十分な速さを引き出すことができる。

 

「"はっぱカッター"!」

 

 既に展開し終えていた葉の刃を一斉に射出する。

 刃の雨がハクリューに飛びかかるも、強者たるイブキは動じない。

 

「もうその技は見切った! ハクリュー、"げきりん"!!」

 

 "げきりん"で"はっぱカッター"ごと押し返そうということだろう。現に"げきりん"に触れた葉が燃え尽き、その数を減らしている。このままではダーテングの元までその威力を届かせるに違いない。

 

 反撃の一撃に、しかしカズトもこれに動じていなかった。

 

「"ぼうふう"!!」

 

 このバトルの中で常に周囲を漂っていた風が、ついにその真価を発揮する。

 今までそよ風のようだったそれが、突如風量を増し、フィールドの中心部に大きな竜巻を形成した。その引力は凄まじいもので、近くにいたハクリューはみるみるうちにその内側へと引きずり込まれていく。"げきりん"を維持することもできず、完全に巻き上げられてしまった。

 

「くっ、なんという威力……! ハクリュー、無理に抗うな! 風の流れに身を委ねるのだ!」

「させない! シード!!」

 

 カズトの声に、ダーテングはさらなる数の"はっぱカッター"を撃ち出すことで応える。

 竜巻の中に葉の刃が加わったことで、強力な切れ味を持つ嵐となり、ハクリューを覆い隠す。やがて嵐が止んだとき、中にいたハクリューはその美しい身体を切り傷でいっぱいにしながら倒れこんでいた。

 

「ハクリュー、戦闘不能!!」

 

 "にほんばれ"の効果も切れ、明るさも元に戻った道場内で響き渡るのはリュウの判定の声。

 ハクリューをボールに戻したイブキは、試合前の余裕の表情をとうに消し去っていた。

 

「……私が一体も倒せずに、最後のポケモンを出すことになるとはな。正真正銘、私の切り札だ。しかとその目に焼き付けろ!」

 

 イブキの最後のポケモンはキングドラ。昨日戦ったリュウのシードラが進化すると、この姿になる。エンジュシティで共闘したシルバーも、ゴールドとの通信進化を経て手に入れていた。みず・ドラゴンタイプの弱点の少なさが優秀なポケモンだ。

 

 決着の時は刻一刻と近づいている。 




前半戦、VSハクリューでした。
今回の戦闘描写についてはアニポケの方からもかなりインスピレーションを受けました。
アニメ的戦闘にゲーム的なシステムを組み込むハイブリッド形式は書いててすごく楽しいですね。ここはどう落とし込もうかと、考えさせられます。

次回はイブキの最後のポケモン、キングドラとの戦い。
切り札のポケモン相手に、カズトはどう戦うのか。
次回もお楽しみに。

あ、UA9000突破、ありがとうございます!


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第24話 VSキングドラ

別ゲーとリアルの合間を縫い、コツコツと書き進めております。

フスベジム戦後編、切り札キングドラとの戦いをお楽しみください。


 ついに始まった、ジョウトジムリーダー最強格の一人、イブキとの決戦。ここまでミニリュウ、ハクリューと強力なドラゴンポケモンたちが相手だったが、カズトはこれらを相次いで撃破。イブキを最後の一体まで追い詰めた。

 

 イブキの最後のポケモンであるキングドラは、普段は深海に住む珍しい種族だ。進化するためにも特殊な道具が必要になっているため、野生の個体だけでなく、それを有するトレーナーの数も少ない。

 ドラゴンタイプにふさわしい能力の持ち主でもあり、欠伸や身動きを一つするだけで船を飲み込んでしまう規模の激しい渦潮を発生させることができるという、海に生息するポケモンの中でも上位の強さを誇っている。

 

 そんなキングドラがイブキの切り札である。手強くない理由がない。

 

「勝利は譲らん。"あまごい"!」

 

 天気を晴れにする"にほんばれ"とは対称に位置する"あまごい"は、天気を雨へと変化させる。道場内に雲が現れ、ポツポツと雨粒を降らし始めた。

 

 ハクリューの天候を操作する能力は、あくまでも自然に働きかけて行うものであるため、先ほどダーテングが使った"にほんばれ"にはあまり干渉することができなかった。

 だが、イブキの手持ちポケモンで天気を変えることができるのはハクリューだけではない。キングドラもその身に宿す能力を最大限活かすために必要な要素として"あまごい"で雨を降らせることができる。

 

「キングドラの力、思い知れ! "りゅうのはどう"!」

 

 キングドラの口から衝撃波となって撃ち出された竜のエネルギーがダーテングに命中する。威力もさることながら、カズトが驚かされたのはその速さだ。

 

「"すいすい"……! 全く見えなかった……」

 

 "ようりょくそ"が晴れのとき、ポケモンの素早さを上げるものならば、"すいすい"は雨のときにポケモンの素早さを上げる特性だ。

 ダーテングが発揮したものと効果としてはほぼ同じものではあるが、練度が違いすぎる。雨を体に取り込み糧とする際の効率の良さがダーテングのそれとは大違いだ。

 

 今のキングドラはフィールドを縦横無尽に飛び回り、相手を撃ち抜く優れた狙撃手と言ってもいいだろう。それほどまでに捕捉が難しく、また一撃が重い。

 

「"みずのはどう"!」

「防御だ! "はっぱカッター"!」

 

 "りゅうのはどう"よりはスピードが遅く、迎撃も可能な"みずのはどう"に渾身の"はっぱカッター"を向かわせる。

 葉の刃は激しい水しぶきを散らしその勢いを削ぎ落としていくが、いつまで経ってもその勢いは衰えることなく、ダーテングへと近づいて来るではないか。

 

「ダメだ躱せ!」

 

 咄嗟の指示がなければ、あのままクリーンヒットし、さらなる追撃に晒されることだっただろう。

 

 "りゅうのはどう"が矛となり、"みずのはどう"が盾となる。

 

 これがイブキのキングドラが駆使する二つの波動。元々の技の地力もさることながら、特性の"すいすい"も加えれば、攻防一体にさらに速さが上乗せされるというわけだ。鬼に金棒とはこのことである。

 

「まだいけるよな? シード!」

 

 しかしカズトもただ相手の技を喰らうだけではない。技として次々と明かされる相手の手札を分析し、付け入る隙を見つけ出す。相手も一体のポケモンである以上、できる範囲には限りがある。そこを見抜き、一気に畳みかけるのがベストとなる。

 幸いにも、こちらはダメージを負っているとはいえ、三体ともまだバトルが継続できる。しかもカズトの切り札であるコモルーは、今回一度も戦っていないので体力は万全の状態。三体の連携を噛み合わせることでキングドラという強敵にも競り勝つことができるはずだ。

 

 ダーテングもカズトの問いかけに間髪入れずに頷く。

 幼い頃からのパートナーに信頼されている。その繋がりがあれば、ポケモンの力は極限まで引き出されていく。

 

「"ぼうふう"!!」

 

 ハクリューをも飲み込んだ一度目よりも、さらに一際巨大な竜巻が雨雲を裂いて出現した。雨という悪天候が影響を与えているため、どれだけ素早くとも、暴風雨となったこの技を避けることはできない。

 

「"はっぱ――」

「"りゅうのはどう"!!」

 

 だが"はっぱカッター"とのコンボ攻撃が発動するよりも早く、キングドラの"りゅうのはどう"が竜巻の中で放たれる。

 すると、何ということだろうか。"ぼうふう"により生まれた風の流れにキングドラの技が乗ることで、逆に竜巻の中にいるキングドラを守る防壁へと変化したのだ。

 波動のエネルギーが渦を巻くことで、"はっぱカッター"を弾き返している。

 

「あの風を利用するなんて……」

「キングドラは渦潮を生み出すことができる。たとえ風になろうと、渦の中で戦う上でキングドラの右に出るものはいない!」

 

 やがて"ぼうふう"の効果時間も切れ、風が止み、雨が残るのみとなった。このままでは相手のペースに持ち込まれてしまうと判断したカズトは、キングドラの足を止めるべく、要因となっている雨を打ち消すことを試みる。

 

「シード、"にほんばれ"だ!」

「させると思うか? "みずのはどう"!」

 

 ダーテングが打ち上げたエネルギーの塊が効果を発揮するかと思われた刹那。飛来した波動がエネルギーのバランスを掻き乱し、消失させてしまった。

 

「んな無茶苦茶な……!?」

「"みずのはどう"に向かって"りゅうのはどう"!!」

 

 "にほんばれ"を無効化してなお、宙に残存する"みずのはどう"に"りゅうのはどう"がぶつかった瞬間、波動が波動を増幅し、とてつもない威力をもってダーテングへと襲いかかった。

 ダーテングの使える技では、威力が際立った今の"りゅうのはどう"を止めることはできない。成す術もなく直撃し、着弾後の煙が晴れた場所には倒れこんだダーテングの姿があった。

 

「ダーテング、戦闘不能!」

「戻れシード。お疲れ様。シャーフ!」

 

 ダーテングを倒されたカズトが次に繰り出すのはメリープだ。しかし、先ほどのミニリュウとの戦闘や現在のフィールドの状態が尾を引き、メリープにとって良いとは言えない状況である。利点もないわけではないが、かなり厳しいことに変わりはない。

 

「やるしかない……! シャーフ、"でんきショック"!」

 

 メリープのでんき技がキングドラに向けて放たれるも、未だ雨が降り続く中ではなかなか狙いを定めることができない。

 

「雲に撃て!」

 

 直接当てることが困難であると判断したカズトはキングドラではなく、"あまごい"によって作り出された雲を狙うことにした。

 イブキもその狙いが何であるか理解したのだろう。それを阻止するべく攻撃を苛烈化させる。

 

「撃たせるな!」

「行けぇえええ!!」

 

 ミニリュウとの戦いで消耗したメリープではキングドラに勝ち切ることは難しい。これは事実として捉えるべきであろう。ならばメリープがこのタイミングで一矢報いるためには、最初から全力を振り絞った最大の技を仕掛けるしかない。

 

 キングドラの攻撃がメリープに命中すると同時に、その頭上から雷が降り注ぐ。

 雷は光だ。音よりも先に対象の元へと到達する。見てからの回避は通常間に合うことはない。

 

「メリープ、戦闘不能!」

 

 メリープの戦闘不能を告げる声がカズトの窮地を示している。だが、強烈な電撃に身体を少し焦がしたキングドラの様子を見たカズトには勝利のビジョンが浮かび上がっていた。

 それに今の落雷でエネルギーを使い切ったのか、上空の雲が消え、室内に響いていた雨音が鳴り止んだ。

 間違いなく、この勝負の中で一番の勝機である。

 

「おのれ……やってくれるな」

「オレは勝ちます! マグナ!!」

 

 カズトが繰り出す切り札を見て、イブキもその強さに気づいたのだろう。今まで以上に覇気を漲らせ、カズトとコモルーを睨みつける。

 

「やってみろ!! "りゅうのはどう"!」

「"りゅうのいぶき"!」

 

 ほぼ同時に両者から放たれた二つの技は上空で激しくぶつかり合い、爆発する。

 威力は互角だと見る人は言うかもしれない。しかし、間近でその威力を感じているカズトは気づいていた。このまま遠距離での撃ち合いを続けると負ける、と。

 

 タツベイだった頃から、コモルーが得意とするのは近距離での戦闘だった。"ひのこ"や"りゅうのいぶき"は長く愛用しているものの、これらはあくまで戦いの主導権を握るための布石や、仲間とのコンビネーションの際に使用されることが多い。実際に今までジムリーダーを打ち倒してきた最後の技も零距離での一撃ばかりだった。

 中途半端な遠距離技でジムリーダーに勝利することはおそらく難しい。可能ならば接近戦に持ち込み、得意な型で勝負を決めに行きたいというのがカズトの考えだ。

 

 幸いにもまだイブキにはこちらのスタイルを把握されているわけではない。隙を見つけて懐に潜り込めば勝ちを掴むことができると思ったカズトが戦略を練っていると、不意にイブキが声をかけてきた。

 

「接近戦ならば勝機がある――。そう考えていそうだな?」

「ッ!?」

「フフ、随分と分かりやすい反応をする。私が未知とはいえ、ドラゴンポケモンを見て何も気づかないとでも?」

 

 完全に迂闊だった。相手はドラゴンタイプのエキスパート。例え今まで見たことがなくとも、コモルーが有する特徴から逆算し、得意な戦い方を既に推測していることは想像できたはず。

 カズトは改めて自分の考えが甘かったことを自覚した。

 

「万に一つもあり得ない。徹底的に叩き潰すまで! "りゅうのはどう"!」

 

 再びコモルーに向けて放たれる大技。直撃してしまえば大ダメージは免れない。

 

「"ドラゴンクロー"!!」

 

 コモルーの爪にオーラが宿ると、迫りくる波動を文字通り切り裂いた。

 当たるとマズいのであれば、当たる前に打ち消してしまえば良い。攻撃こそ最大の防御という言葉があるが、よく言ったものである。

 これにはイブキも予想外だったようで、僅かな間ながらも呆然としている様子があった。だが流石ジムリーダー、その隙も一瞬で終わり、すぐに第二波となる技の指示を出す。

 

「くっ、まだだ。"みずのはどう"から"りゅうのはどう"!!」

 

 ダーテングが手も足も出ずに敗北した二種類の波動を組み合わせた合体技だ。これを喰らってしまうとコモルーでも危険であると感じ取れるほどの圧倒的な威力だったが、カズトはこれを見てもなお、その表情を崩さずに立ち向かう。

 

「突っ込めマグナ!」

「な……何を考えている!?」

 

 どうやらこの指示は完全にイブキの想定を超えていたようだ。動揺も隠しきれておらず、驚愕の表情を晒している。

 もちろん、カズトもやけくそで指示を出したわけではない。すべては次にコモルーが出す技へと繋がっている。

 

 膨大な力の奔流にぶつかる直前、コモルーの周囲に障壁のようなものが現れ、キングドラが放った波動を完全に受け流した。

 攻撃こそ最大の防御という言葉にはもちろん、対になるものもある。防御もまた、最大の攻撃と言えるのである。どれだけ正確かつ、強力な攻撃でも当たらなければどうということはない。それを体現することができる技が一つ存在する。

 

「"まもる"か……!」

「やっぱり気付かれた。でももう遅い! "ドラゴンクロー"!!」

 

 歴戦のトレーナーだけあって、コモルーが何の技を使って攻撃を弾いたかは瞬時に見切られてしまったが、どれだけ早く気付かれたとしても、この一撃だけは避けることができないはずだ。

 

 コモルーのオーラにより研磨された鋭い一撃が寸分違わぬ正確性でキングドラを穿つ。効果抜群のこの技にキングドラも軽くないダメージを負ったはずであるが、驚異の耐久力をもって未だ倒れることはない。

 今までダメージとして蓄積させてきたダーテングとメリープの攻撃も、過去のバトルと比較した上で最高レベルの威力を誇っていた。それにも関わらず、三体分の攻撃を受けてもなお倒れないキングドラのタフネスに、カズトは底知れないものを感じ身震いする。

 

「今までの挑戦者の中にもこの技を防御することができた者はいたが……。まさかカウンターまでとはな。つくづくお前には驚かされる」

 

 イブキの雰囲気がさらに研ぎ澄まされていき、空気が震えるような威圧感をも放つようになり、カズトは無意識に頬を伝ってくる汗を拭っていた。

 

「その強さに敬意を表し、この技で決着をつけるとしよう」

 

 伝う雫は一滴、また一滴と増えていく。勝負の熱により流れていた汗は冷や汗へと変化していた。

 

「"りゅうせいぐん"!!!」

 

 "りゅうせいぐん"。漢字にすると流星群だろう。一般的には宇宙を漂う複数の星が地球の大気圏に突入することで化学反応を起こし、次々と発光する現象のことを指すが、それをこのバトルフィールド上で起こそうというのか。

 

 あまりの規模の大きさにカズトは言い知れぬ疑念のようなものを感じていたが、それはすぐに解消されることとなる。

 キングドラが宙に放ったエネルギー体が光を放った瞬間、まさにカズトが想像した通り、無数の隕石とも言える何かがフィールドに降り注ぎ始めたのだ。

 

「"まもれ"ッ!!」

 

 それは理性による命令ではなかった。考える間もなく本能が、あの技は危険であると判断したのである。

 

「マグナ!」

 

 宙にあった隕石が全て地上に落ち、土煙が晴れたそこは筆舌し難い光景が広がっていた。コモルーの周りは隕石が落ちたことにより穴ぼこだらけとなっており、"まもる"による防御がなかったら間違いなく耐えることはできなかったことが容易に想像できた。それほどまでに他の追随を許さない圧倒的な力を感じる。

 

「これが、ドラゴンタイプを極めた者が修めることができる技――"りゅうせいぐん"だ」

「"りゅうせいぐん"……」

「二度は耐えられまい。キングドラ!!」

 

 キングドラが再び空へと、隕石の核となる力を凝縮させた高密度のエネルギー体を放出する。

 あの威力の技がもう一度来るとなると、防ぎきることは不可能だ。"まもる"も絶対防御と言えるものではない。強力なバリアを張るため、連続で発動すると反動により精度が著しく低下する。結果、相手の攻撃を防ぎきれなかったり、そもそもバリア自体を張ることすらできなかったりするのだ。

 つまり、直前に"まもる"を使って技を防いだコモルーは、今回の"りゅうせいぐん"を同じように防ぐことはかなり難しいという訳である。カズトの顔には、絶望の色すら浮かび上がっていた。

 

(どうする? あんな強力な技を連続で――)

 

 強力な技を、連続で……?

 

 カズトは自身の心を落ち着かせ、集中してキングドラを観察する。すると先ほどは気付かなかったが、キングドラの放ったエネルギー体の大きさが一度目のものより小さく見えた。それに輝きも心なしか淡く見える。

 

 カズトの頭の中では一つの推測が確証を得ようとしていた。そして同時に、希望の一手を見出すきっかけにもなっていた。

 

「散れ!! "りゅうせいぐん"ッ!!!」

「"りゅうのまい"」

 

 力強く吠えるイブキとは対称に、カズトは技名を小さく呟くだけであった。しかしその声ははっきりとコモルーへと届き、コモルーの体には竜の力が溢れ出す。

 

 昨日、フスベジムの資料室で初めて見て数度練習しただけの技。ぶっつけ本番ではあるが、カズトはコモルーならばその技の真価を引き出すことができると確信していた。

 

 何故ならば、コモルーがタツベイだった時、偶然にも同じ動きをよくしていたからである。思えば、あの動きをした後だけは異様に調子が良かった。きっと、本人も知らないうちに"りゅうのまい"を使っていたのだろう。理由は分からないが、その動きをすれば調子が良くなるといったあやふやな状態だったため、カズトもタツベイもそれが技の一つであることに気付くことがなかったのだ。

 しかし、技として明確なビジョンを得た現在ならば、以前の頃よりもさらに洗練された力を発揮することができる。

 

「"ドラゴンクロー"ッッ!!!」

 

 飛来する隕石がコモルーにもその牙を剥くが、カズトの推測通り、一度目で見た絶望感すら感じさせるあの威力は鳴りを潜めていた。この威力ならば、コモルーは数発程度耐えられる。にんたいポケモンの名は伊達ではない。

 

 "りゅうのまい"を使った際に生じた隙でいくらかの被弾はしたものの、やはり今のコモルーを止める決定打にはならない。カズトもコモルーの動きを見て、間違いなく過去最高のコンディションであることを感じ取っていた。

 

 次々と降り注ぐ隕石を躱しながら、まるでタツベイの頃のようなスピードで一気に距離を詰めるコモルー。連続した大技の使用により、キングドラは一瞬反応が遅れてしまう。

 刹那、竜爪がキングドラの体に命中し、纏っていた竜のオーラが爆発を伴い轟音を響かせる。地面に叩きつけられたキングドラは、その身をもう一度宙へ持ち上げようとするも、叶わず全身を大地に預けた。

 

「キ……キングドラ、戦闘不能!! よって勝者、挑戦者カズト!」

「ハァ……ハァ……勝った……」

 

 今まで保っていた集中が途切れたことで足の踏ん張りも効かなくなったカズトは、ペタリとへたり込む。そんなカズトの前に、しなやかな指をした手が差し出される。

 

「これでは、どっちが勝ったか分からないな」

「ハハハ……」

 

 カズトが、自身の差し出した手をしっかり掴んだことを確認したイブキは、軽々と少年の体を引き上げた。

 

「イブキ様……」

「リュウ、審判ご苦労だった。こやつと少し話がしたい。先にバッジの用意を済ませておいてくれるか」

「はい!」

 

 イブキを気にする様子を見せながらも、リュウは道場から席を外す。

 未だ放心状態でぼんやりと、立ち去るリュウの背中を眺めていたカズトは、突如顔――正確には頬――を掴んで来るイブキの手を避けることができなかった。

 

「うぶっ」

「このような小僧に私が負けるとはな。最後の"りゅうせいぐん"、気づいていたのか?」

「むぐ……答えるので放してもらっていいですか」

「ハハハ! すまない、からかってしまった!」

 

 不服の表情を浮かべるカズトを見て、イブキは心底面白そうに笑い声を上げる。清々しいまでの笑顔にカズトは苦笑いするしかない。

 

「あの状況……"まもる"が連続して使えない中、どうすればいいか考えていたときに気付いたんです。"りゅうせいぐん"も強力な技である以上、連発には何かデメリットがあるんじゃないかって」

「そうだな……。確かに"りゅうせいぐん"は一度撃つだけでかなりの力を消耗する。連発でもすれば、瞬く間に威力も下がっていくことだろう。だが、あの状況でそれを見抜くとは大した観察眼だ」

「正直賭けでしたけどね。読みが外れていれば、負けていたのはオレたちでしたから」

 

 そう言って笑うカズトだったが、イブキは感じていた。

 

 あれは、カズトたちが勝つべくして勝ったのだと。

 

 間違いなくイブキは本気で戦っていた。ドラゴン使いにとっては奥義である"りゅうせいぐん"も出したのだ。キングドラはダーテングやメリープも含めた三体分の大技を喰らっていたなどという要素を差し引いても負けることはないと思っていた。

 だが、最後の"りゅうのまい"だけは完全に違った。コモルーがその技を習得していたことが予想外だったわけではない。当たれば負けるという絶体絶命の状況で変化技など、今日戦った中でも戦法として全く使っていなかったカズトが、あの最終局面で"りゅうのまい"を指示したことこそがイレギュラーだったのだ。

 

 避けることを前提とした"こうそくいどう"や雨を打ち消すための"にほんばれ"などはバトル内でも見られたものの、あくまでそれは不利な状況を脱するための策だ。今回の"りゅうのまい"は寧ろ危機を増長する選択肢であった。結果だけ見れば、それこそが最善の手であったものの、あれはカズトの普段のバトルスタイルとかけ離れたものであったことはイブキにも分かった。

 

 そしてそのスタイルを捨てたスタイルこそがイブキの読みを完全に上回り、勝利をもたらしたことも。

 

「いや、その選択こそが私たちを打ち負かす唯一の策だった。"りゅうせいぐん"を回避し、キングドラに近づくためには"りゅうのまい"しかなかったからな」

「いやぁ、実は"りゅうのまい"ってまだ完成してなかったんで使う気はなかったんですよね。あの時は藁にも縋る思いでした」

「な……」

 

 カズトのその言葉に、イブキは今度こそ声を張り上げて大笑いをした。

 

「ハハハハハ! 通りで読めなかったわけだ! しかしあそこで技をものにし、勝利を手繰り寄せたのはお前と相棒の力だ。誇るが良い」

 

 そうしてイブキはいつの間にか用意を済ませ戻って来ていたリュウから受け取ったものをカズトへと手渡した。

 

「受け取れ。ライジングバッジだ」

「ありがとうございます」

「久々に楽しい勝負ができた礼だ。これも持っていくと良い」

「これは……」

「"りゅうのキバ"だ。ドラゴンタイプの力をさらに引き出すことができる。相棒に持たせてやれ」

 

 その力は本物のようで、ボールにいるコモルーが引き寄せられるようにそのキバに興味を示している。

 

「良いんですか? こんなに良いものを貰ってしまって……」

「構わん。それに、お前とはまた会う気がするからな。その時も心震える戦いができるよう、先行投資の意味も兼ねている」

「それなら、オレももっと強くならないとダメですね」

「フフフ……」

 

 かくして、カズトは強力無比なドラゴンポケモンを操るジムリーダー・イブキとの勝負に勝ち、五つ目のバッジを手に入れた。フスベで学んだことはカズトにとって非常に大きなものとなる。得たものを自身の力とし、前に進むためにもカズトはさらなる挑戦へ望むのであった。




VSキングドラ、いかがでしたでしょうか。
気付かれている方もおられるかもしれませんが、当作品では覚える技数に制限はかけていないものの、一度のバトルで使う技は原作通り四種までしか出しておりません。
理由としては、制限を設けないと技のデパートになって演出が大変なことになるからですね。

今回のジム戦で使われた技もまとめておきます。


カズトのポケモン

シャーフ(メリープ) Lv.21
使った技:たいあたり、でんきショック、アイアンテール、こうそくいどう

シード(ダーテング) Lv.37
使った技:にほんばれ、はっぱカッター、じんつうりき、ぼうふう

マグナ(コモルー) Lv.40
使った技:まもる、りゅうのいぶき、ドラゴンクロー、りゅうのまい


イブキのポケモン

ミニリュウ Lv.27
使った技:まきつく、たたきつける、ドラゴンテール、ハイドロポンプ

ハクリュー Lv.35
使った技:でんじは、しんぴのまもり、りゅうのいぶき、げきりん

キングドラ Lv.55
使った技:あまごい、みずのはどう、りゅうのはどう、りゅうせいぐん

ちなみにハクリューについては原作ポケスペに登場した技構成のままになっています。あとは完全オリジナル。


次回は原作のストーリーに再び絡んでいく予定ですので、お楽しみに。
UAも10000超えて皆さんに見てもらえていることをヒシヒシと感じています。
ありがとうございます!


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第25話 VSギャラドス

この章も後半戦。物語が一気に動き始めます。

実は第1話から順番に少しずつではありますが文章の付け加えを行っています。
一度読んでいただいていた方も、初めての方もよろしければ見ていってくださいな!


「……勝ててしまった」

 

 フスベジムでの激闘を制したカズトは数日の旅路を経てチョウジタウンに到着。そこで六つ目のジムバッジを賭けてチョウジジムリーダーのヤナギとバトルをしていた。

 "永久氷壁"という二つ名を持ち、ジョウトジムリーダーの中でも最長の就任経験を誇るヤナギはカズトにとってジム制覇を成し遂げるためには最も強大な壁であると言っても過言ではなかった。

 

 そう、"過言ではなかった"はずなのだ。

 

 カズトの手持ちにとってこおりタイプは天敵中の天敵。ドラゴンタイプのコモルーに始まり、くさタイプのダーテング、じめん・ひこうタイプのグライガーとこおりタイプに弱い面子が勢ぞろいしている。ヤンヤンマもひこうタイプを有していることから、まともに対抗することができるのは、"アイアンテール"を扱うことのできるメリープぐらいなのである。

 

 当然、こおりタイプのエキスパートであるヤナギには苦戦を強いられると考えたカズトは、万全を重ねた対策と、それに伴う戦術を練りに練ってジム戦に挑んだ。

 

 ところが、蓋を開けてみればなんとあっけないことか。大した苦戦もせず、初戦でバッジを入手することができてしまったのだ。途中危うい場面はあったものの、何故かこちらにとって有利に試合は進み、結果カズトが勝利した。

 

 しかし、カズトからしてみればどうにも腑に落ちない要素がある。

 

「まるで何か別の用があるから、早々にバトルを終わらせたがっていたような……」

 

 そう、ヤナギ本人からは焦りの雰囲気など感じはしなかったが、試合の動き方から考えると不自然に流れが変化した場面があったのだ。

 明らかに、ヤナギが不利になるであろう流れが急に生じた。その急激な流れに逆らうことができず、あとは乗せられるまま、カズトはバトルを終えてしまっていた。

 

「なんかスッキリはしないけど、ラッキーだったと思うべきかな……?」

 

 その後、バッジを授与された後に特に話をすることもなく、チョウジジムを出た。

 拭えない違和感はあるも、考えすぎかと判断し、気持ちを切り替えて忍者の里としてスポットを浴びているチョウジタウンを観光することにした。忍者が嫌いな男子はいないのだ。

 

「まずは名物のいかりまんじゅうでも買おうか――」

 

 意気揚々と観光を満喫しようとしていたカズトだったが、その気分はとある音のせいで粉々に打ち砕かれることとなった。

 

 周囲に響き渡る爆音。

 

 まるでいくつもの爆弾が爆発したかのような強烈な音が鼓膜を揺さぶる。そしてその音はちょうどカズトが行こうとしていた土産物屋の方角から聞こえていた。

 

「何だろう……。とにかく行ってみよう!」

 

 何事かと急いで現場に向かうも、爆心地であろう地域周辺に特に何かが破壊された跡はない。カズトと同じく、音を聞きつけた地元住民たちも何が起こったのかは把握できていないみたいだ。

 

「リベル、何か変なものがないか空中から探してくれ!」

 

 目の良いヤンヤンマに空から捜索を頼む間、カズトも現状をできる限り確認することにした。

 

「何があったんですか?」

「それが俺たちもさっぱりでさ。この辺りから爆発音がしたのは間違いないんだが……」

「今は警察に連絡して、他に爆弾とかないか調べてもらうのを待っているところよ」

「そうですか……。ありがとうございます」

 

 どうも目撃者はいないようで、ますます怪しく、そしてきな臭い。カズトの脳裏には一つの可能性が浮かび上がっていた。

 

 ロケット団――。

 

 ここ最近の活発さから見ても、奴らの仕業であることも十分考えられる。目的ははっきりしないが、人々やポケモンに危害が及ぶのは間違いないため、用心しておくべきであろう。

 

「ん、何か見つけたのか?」

 

 カズトが考え込んでいるうちに、ヤンヤンマが手掛かりを発見したらしい。定位置であるカズトの頭の上に停まり、知らせてくれた。

 ヤンヤンマの案内によると、土産物屋に何か気になるものがあったようだ。

 

「これって、血!?」

 

 土産物屋の裏手に微かではあるが、赤い液体が付着している部分がある。それはポツポツと少量ずつではあるが、チョウジ有数の観光スポットである"いかりの湖"の方向へと伸びている。往来を避けるように森の中へと続いているので、もしかすると爆破を起こした犯人のものかもしれない。

 

「少年、どうかしたか?」

「湖の方に行ってきます!」

「あ、おい!?」

 

 もしこの血痕の先にいるのがロケット団だとしたら、間違いなく戦闘になるだろう。ヤンヤンマを先頭に、さらにはコモルーが入ったボールも手にしながら、カズトはまっすぐ血液を辿っていく。

 

 やがて視界が開け、その先は一面に湖が広がっていた。ジョウト最大級の湖を前に、普段であればその景色の綺麗さに心を遣っていただろうが、今は緊急事態だ。油断せずに周囲を見回す。

 

 さらに血痕を追い、湖の近くに広がる草むらに足を踏み入れたその時。鋭利な何かがカズトの首を目掛けて一直線に突き立てられる。

 

「ポケモンの尻尾……!?」

「そこから動くな」

「リベル!」

 

 だが、このような状況に陥ることは想定済みだ。

 相手の尻尾が動くよりも早く、ヤンヤンマの放った"ソニックブーム"が草むらの中にいる何者かを狙い撃つ。

 

「SHIT!」

 

 "ソニックブーム"が何かの障壁によって防がれた音と同時に聞こえた、トレーナーであろう人物の言葉。防がれたという驚きよりも、その言葉についての驚きの方が勝った。

 その声色と、咄嗟のとき異国の単語が口に出るその癖に、カズトは覚えがあったのだ。

 

「マチスさん?」

「あ? ってお前、カズトじゃねぇか」

 

 以前アサギシティでメリープをゲットすることになった経緯を作った人物でもある彼。カントー地方・クチバシティのジムリーダーであり、高速船アクア号の船員でもあるその人物は、カズトも世話になったあのマチスであった。

 カズトに尾を突き付けていたのはライチュウ、"ソニックブーム"をガードしたのはレアコイル。いずれもマチスの主力メンバーだろう。相当なレベルであると見える。

 

 しかし、再会を喜んでいる暇はなかった。マチスの体はボロボロであり、所々から血も流れていたからだ。カズトが追ってきた血痕を作った人物はマチスで間違いない。

 

「待っててください、手当てを!」

「く……。情けねぇとこ見せちまったな」

「この怪我、やっぱり爆発に巻き込まれて……」

 

 マチスの体には擦り傷や切り傷もあったが、中でも目立つのが火傷のような怪我だ。全身に熱風を浴びたかのような症状はまさしく、爆発によって生じる爆傷に当てはまるだろう。

 

「マルマインの"じばく"だ。本物の爆弾ならこれで済んじゃいねぇ」

「一体、何があったんですか?!」

 

 マルマインならば、でんきタイプであることからも、おそらくマチスの手持ちポケモンだろう。そのマルマインの"じばく"を自身で受けるなど、どう考えても普通の状況ではない。

 

「ちと、ヤベぇ奴とやり合ってな。お前には関係ねぇよ」

「ロケット団、ですよね?」

「……! ハッ、そういえばお前も無関係じゃなかったな」

 

 どうやらカズトの予想は当たっていたようだ。手当てを受けながらも、意識ははっきりしているマチスはゆっくりと事の顛末をカズトに告げる。

 

「三週間ほど前、ここでギャラドスの大量発生があったことは知ってるか?」

「はい。確か、コイキングの進化のタイミングが重なったとかで――」

「そいつを引き起こしたのがロケット団だ」

「え!?」

 

 当時エンジュシティで復興作業の真っ只中にいたカズトは、ラジオで流れてくる程度でしか事件の概要について、聞くことはなかった。大量発生という現象があまり起こらないことから、印象深いものとして記憶していたものの、それだけだ。強制的に引き起こされたものであると見当もつかないのは当たり前だろう。

 

 メディアには取り上げられていなかったが、ギャラドスは謎の怪電波により無理やり進化させられていたことがマチスの調べにより分かったらしい。同時にチョウジタウンに怪しい動きをしていた人物が複数人出入りいたことも地元住民の声から確認済みとのこと。

 

「そして調査の結果、オレはとある土産物屋が怪しいことを突き止めた。一見普通だが、そこには隠された地下があったのさ。手掛かりを求めて潜入したが奴らのボスに見つかり、逃げ出すために博打を仕掛けてこのザマよ」

「ボス……! それじゃあまだあの土産物屋には!」

「止めておけ。お前じゃ勝てねぇ」

「でも!」

「オレさまでもここまでやられたんだ! お前が行っても死ぬだけだ!」

 

 声を荒げたことで傷に障ったのだろう。痛みに顔を歪めるマチスを見てカズトは冷静さを取り戻した。ジムリーダーであるマチスがここまでやられたのだ。確かに、今の自分が行っても結果は目に見えている。

 

「奴の殺気は本物だった。あの仮面野郎は、殺しも厭わねぇ」

「仮面って……。まさか」

 

 仮面の人物について、カズトには一つ心当たりがある。

 ウバメの森で謎のポケモンに見せてもらった映像の中に、自分と仮面の男が対峙しているものがあった。あのポケモンを信じるならば、仮面の男はカズトにとっての最大の敵になる。殺しを躊躇わないという共通点もあることから、マチスの語る人物とカズトが思い浮かべる人物は同一の存在なのかもしれない。

 

「その仮面の男、長髪に黒いマントでしたか?」

「……何で知ってやがる?」

「以前見たことがあります。そして、奴のポケモンにオレは殺されかけたことがある」

「WHAT!? どういうことだ!?」

「ウバメの森を通った時、祠を見つけたんです。そこに近づこうとして、氷漬けに。幸い、不思議なポケモンに助けてもらって生き延びたんですけどね」

 

 できるならば二度と思い出したくもない光景だったが、悲しいことに死にかけるという、自分の生き死にが懸かった出来事は記憶には鮮明に刻み込まれるものだ。嫌でも忘れることはできない。

 

 しかし、手掛かりは掴めた。仮面の男がロケット団のボスとして活動しているということは、一連の事件は全て仮面の男の目的に通じる。そこにある共通点を見出すことができれば、仮面の男の目的を解明することもできるかもしれない。

 

「一回情報を整理したいな……」

「もう巻き込まれてるってんなら止めはしねぇ。だが、奴に勝つにはもっと強いパワーが必要だな」

「パワーか……。ん?」

 

 やがてマチスの手当ても済み、今後どう動くべきか思案するカズト。だが、その目は湖のとある一点を捉えていた。

 

「マチスさん、あれ」

「湖から気泡が……。奴の仕掛けた罠か?」

「どうします?」

 

 二人の視線の先にはゴボゴボと湖の中から吹き上がる気泡があった。何かが湖の中にいる。

 現状から推察すると、マチスを追ってきた仮面の男が差し向けた刺客という可能性が高い。しかし、それ以外にも考えられる例はある。逆に手掛かりになる可能性も十分あるのだ。

 

「考えるまでもねぇ!」

「オレも行きます!」

「ハッ、好きにしろ!」

 

 マチスは岸に隠していた小型の潜水艇に乗り込みエンジンをかける。カズトを置いていくという選択肢もあったが、乗り掛かった舟だ。彼が付いて来ると言うのなら、それを拒否することはしない。

 

 二人を乗せた船はみるみるうちに深度を下げ、湖の底へと到達する。

 普通ならば、深く潜るにつれて太陽の明かりは段々と届かなくなり暗闇の世界が広がり始めるはずなのだが、二人の目の前は逆に明るさを増しているようだった。どうやら、湖の底に光る何かが沈んでいるようだ。

 

「気泡はあの光の方から出てますね」

「よし、近づくぞ」

 

 マチスの操作の元、潜水艇は何事もなく目標へと距離を詰めていく。そして見えた光景に二人は息を呑んだ。

 

「赤いギャラドス!?」

「OH MY GOD!! 色違いのポケモンはその身に輝きを纏うというが……。オレも初めて見たぜ! しかも氷漬けとは……!」

 

 なんと、湖の底にいたのは氷漬けになった色違いのギャラドスだった。通常の青い体躯とは対称の赤い色を全身に帯びた姿は美しいと同時に、まるでコイキングの色がそのままに無理やり進化したかのような歪な雰囲気も醸し出している。

 その身に宿る輝きが氷を通して屈折、反射し、湖底でも十分な光を放っているみたいだ。

 

 そして二人が注目したのは色違いの部分だけではない。こおりには比較的強いはずのギャラドスが、成す術もなく凍っているという点も不可解だ。

 

「もしポケモンの技で凍らせたのなら、相当な使い手だぜ……」

「まさか、仮面の男……!?」

「可能性としちゃ十分だ。どうやら気泡の正体はこいつだったみたいだな」

 

 よく見ると、氷にはほんの少しヒビが入っており、その隙間からギャラドスの吐息が気泡となって漏れ出している。カズトたちが地上で見たのはこのギャラドスから出ていたもので間違いない。

 

「呼吸をしてるってことは、死んではいねえようだが」

 

 ギャラドスの周囲を回るように船を操作するマチス。しかしその船体が顔へと近づいた瞬間、今まで眠ったように大人しかったギャラドスはその目を見開き、氷を突き破り巨体を躍らせる。

 突如として覚醒したギャラドスに流石のマチスも驚き、慌てて舵を取りその場から離脱する。途中、砕けた氷が船体にぶつかりバランスが崩れるも、巧みな操舵で難を逃れた。

 

 しかし、依然ギャラドスという脅威は過ぎ去っていない。

 

「くそっ! これほどの奴と水中戦ができるポケモンは、オレの手持ちにはいねぇ! おいカズト!!」

「残念ですけど、オレもみずタイプのポケモンは持ってません!」

「チッ、とんだ貧乏くじだぜ! かくなるうえは……ライチュウ!!」

「ライチュウって……。一体何を?」

 

 ボールから飛び出たライチュウは船内後部にある特殊な装置を手に取り、電気を溜め始める。

 

「こいつの電気エネルギーを電気光線に変換する。この水中レーザーなら、奴と渡り合えるはずだ!!」

 

 どうやらただの潜水艇じゃなかったらしい。でんきタイプのエキスパートであるマチスが水中でもある程度ではあるが、その力を活かせるよう、船にはでんきポケモンのアシストを受けて各設備の効果を増すことができる仕掛けが施されているようだ。

 

 ライチュウの充電がなされていくにつれ、船内の計器類が唸りを上げる。水中レーザーの照射もまもなく可能になるのだろう。

 

「くらいな!!」

 

 そしてマチスが照射のスイッチを押そうとしたその時、ギャラドスは急速に向きを転換し、あらぬ方向へ泳ぎ出してしまった。

 

「WHAT!?」

 

 潜水艇を無視して泳ぎ進んだギャラドスは、その先にある何かに向かって己の体をぶつけ始める。かなり硬そうな音を出すそれを見てみると、正体はギャラドスが閉じ込められていたのと似た氷の塊であった。

 

「何であの氷に体当たりなんてするんだろう……?」

「いや、氷の中に何かがある! それを取り出そうとしているのか!?」

 

 カズトはマチスの肩に隠れて見えなかったが、マチスは氷の中に確かに何かがあるのを目にした。ギャラドスがこの氷を砕こうとしているのは、中にある何かがそれだけ大事なものだということが考えられる。

 

 だがやはり、長期間氷漬けにされていたことが祟ったのか、数度体をぶつけた後、ギャラドスは力尽きて倒れこんでしまった。

 

「こんな怪我で……。自分が倒れてでも取り出したいものがあるってことですかね?」

「かもな。……待てよ? あの仮面野郎、ガキを湖に沈めたって言ってやがった。まさか……!!」

 

 マチスはふと、土産物屋の地下で仮面の男が言っていたことを思い出していた。

 

『私を嗅ぎ回るものは皆同じ目に遭う。三週間前もガキを二人ほど、いかりの湖に沈めてやったばかり』

 

 もし目の前にいる赤いギャラドスがその子どもたちどちらかの手持ちだったとしたら。氷で閉ざされた塊の中に、トレーナーにまつわるものがあったとしたら。それならば、今の不可解な行動にも全て納得がいく。

 

「よし!!」

「どうするんですか」

「あの氷をぶっ壊す! 何か手掛かりになるかもしれねぇからな!」

 

 ギャラドスに撃つはずだった水中レーザーの照準を氷の塊へとシフトする。操縦桿の先にある発射スイッチを、マチスはためらいなく押した。

 

「すごい威力……」

 

 分厚い氷の塊をものともせず、瞬く間に溶かしていく火力。カズトはそのエネルギーを生み出したライチュウと、潜水艇の能力の高さにただただ驚くばかりだ。

 見惚れているカズトを横目に、氷が完全に溶けきってしまうと中のものも四方へ散らばるかもしれないと判断したマチスは照射を中断し、船に搭載されているマニピュレーターで氷を掴み、浮上すべく動力を稼働させた。

 

 やがて水上へと姿を現した潜水艇はハッチを開き、引き上げたものを座席の後部へと回収する。大体の氷は持ち上げている間に溶けていたらしく、船内にはびしょ濡れの持ち物が姿を露わにしていた。

 子どもたちのものであろう持ち物を物色しようとしていたマチスだったが、それよりも早く、カズトが悲痛な声を上げる。

 

「嘘、だろ……」

 

 カズトの目線はマチスが手に取ったリュックサックに向いている。

 

「ゴールド……?」

 

 それは、カズトにとって兄弟同然の大切な人物が日頃より背負っていたものだった。




マチスとの再開、そしてゴールドの失踪を知るカズトでした。
いかりの湖事件、原作ポケスペに三週間前という明確な記述があるんですよね~。
時系列の辻褄合わせが大変でした。

次回はマチスと共にゴールドの捜索へ繰り出します。
原作とも徐々に交わってくるので、そこもお楽しみに!


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