湊君を攻略したい! (Kスケ)
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湊君の可愛さよ伝われ!……の前の原作設定とかオリキャラの設定とか?
雑過ぎてすみません……!

定期的に何か書き忘れたこととか追加してます!すみません!


【世界観】

 

・白鈴女子学園(鈴女):湊達の通っている学園 。お嬢様学校。

・第二寮:湊達の暮らす寮で、七海先生が管理人を務めている

・紅月(あかつき)学園:主人公の通っている学園 。ごく一般的な共学の学校。

・逢生学園:世界観を同じとする『ぼくらの放課後戦争』の舞台となっている学園

・水梅モール:主人公達が良く利用するショッピングモール

 

 

【登場人物】

 

・八坂 悠(やさか ゆう)

白鈴女子学園の近くにある紅月学園に通う男子学生。おちゃらけているが、勇敢で優しい性格をしており、困っている人がいるとその人を優先し、自分のことを後回しにしてしまうことが多い。ひょんなことから湊と仲良くなる。なお、部活には入っていない。

実家が学校から少し遠い上に、本人の希望もあって一人暮らしをしている。

 

・飛鳥 湊

オトメドメインの本編の主人公。この作品ではヒロインとして描いている。何年も前に事故で両親を亡くしており、唯一の身寄りである祖母に引き取られて育てられていた。しかし、本編開始時の直前に祖母が亡くなってしまい、天涯孤独の身であったところを風莉に拾われる。それまで、入院中の祖母の治療費で貯金が底をついており、ほぼ一文無し状態であった。実は性別は男で、白鈴女子学園に入るために女装を強いられている。家事全般が好きな上に得意。ガチな世話好き。冷静。機転が利く。可愛い。天使。まじエンジェル。てぇてぇ。

 

生前、祖母から『お嬢様の力になってほしい』という遺言を残されており、そのため、風莉のために尽くしている。

 

 

・西園寺 風莉

身寄りを亡くした湊の後見人となった大財閥のお嬢様。小さい頃、メイドをしていた湊の祖母に育てられており、湊の祖母から亡くなる前に湊のことを頼まれていて、その理由で湊を引き取ることとなった。学生の身でありながら、実家が経営する女学園の理事長を務めている……が、ポンコツ。好きなものは湊で、嫌いなものは怖い話と知らない人。実は方向音痴。ついでに極度のコミュ障であり、同じ寮に住む柚子やひなたにすら心を開けていない。

 

・貴船 柚子

名家のお嬢様で新聞部部長。家事以外は得意。好きなものはジャンクフードで、嫌いなものは退屈な時間と平凡な日常。とりあえず汚部屋。そしてゲロマズ料理を作り出すとかいうメシマズ系ヒロイン。

 

・大垣 ひなた

湊と同じ寮に住んでいる、一学年下の下級生で図書委員。実家は新興の企業グループを支配する成金一族、しかし嫌味さは一切無い。むしろ中二病が深刻すぎて、家柄とか性格とかそれどころじゃない。自称、東方将軍ツァラトゥストラ。魔王軍四天王の一人らしい。甘いものが好きで、苦いものが嫌い。 そして、高いところが苦手。

 

・皆見 美結

教室で湊とは隣の席になる同級生。陽気で気さく、初対面からフレンドリーな女の子。しっかり者で面倒見もよく、大抵の相手とはすぐに仲良くなってしまう。柚子とは親友同士で、彼女に誘われ同じ新聞部に所属する部活仲間でもある。実家はちょっと無理して学費を出している庶民の家。勉強が苦手で成績は……。実は弟がいる。

 

 

・那波 七海

白鈴女子学園の教師であり、湊たちの住む第二寮の管理人。いつもだるそうにしており、家事全般と風莉の世話を湊に丸投げしている……が、根は優しい人。生徒想いでいい先生なのだが、どうしてこうなった……。

 

 



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からまれ上手の湊くん

※この作品は、処女ラジ内で歩サラさんが言っていた、湊ならどうしようもない状況になれば嫌々ながらも受け入れてくれそう、という発言によって、筆者がどうにかして湊を攻略できないかと試行錯誤しながら書いた作品です。内容としては、『オトメ*ドメイン』本編の共通ルートの途中(誕生会より前)で湊が、八坂 悠(主人公)という男と出会いルートに発展するという話です。
※原作がノベルゲームのため、ゲームのようにセリフの前に人物名を入れておりますので、そこもご了承ください。……見づらかったらごめんなさい!
湊くん可愛いから、からまれても仕方ないよね……。

投稿遅れてしまってすみません!!!!!!!
次は湊君の誕生日(5/22)に投稿します!
ストックあるので大丈夫です!


 

「ここの問題はこの公式を使って……」

 

教室中に、先生の声が響き渡る。

 

「はぁ~……」

 

何も無い、退屈ないつも通りの日常。

毎日毎日同じ事の繰り返し。

この歳になっても彼女がいないことを、周りの友人たちにもバカにされる日々……。

そんな日々の中、俺――八坂悠は日常という“渇き”を感じていた。

 

「じゃあ、ここの問題を……八坂」

「は、はいっ!」

「……寝てたな?」

「いや、寝てないです!」

 

不機嫌そうな教師に突然指され、驚きのあまり変な声が出てしまった。

これ……まずいのでは?

 

「先生、悠のやつ爆睡してました〜」

「この上ないくらいに幸せそうな顔で寝てました」

「ちょっ!?お前らっ!」

「おい悠うるさいぞ!先生困ってんだろ?」

「は???」

 

仲間に裏切られ、声を荒げた瞬間。

更なる裏切りが、俺のことを待ち構えていたのだった。

 

「(……どゆこと?)」

 

あまりに衝撃的な光景に、自分でもこれ以上はないんじゃないかと思うくらいの瞬きを繰り返す。

いや、え……これ、何……?

 

「お前ら……まじ何?どゆこと?」

「八坂くんはちゃんと授業を受けた方がいいと思います!」

「そうだ、そうだー!」

「は?…………は? 」

 

虚偽のチクリがどんどん増えていき、次第に怒りのパラメーターが頂点へと登っていく。

マジでこいつらあとでシバいたろか……?

 

 

「はい八坂は黙れー」

「えっ……!?」

「はぁ……それにしても、お前らほんっと仲良いな」

 

溜息をつきながら呆れ気味にそう言うと、再び黒板に文字を書き始める。

え、いや、今俺何も悪くなくない?……ひどくない!?

てかこれ、サイレント減点のやつじゃん……。

 

「違うんです先生っ……これは!」

「実は俺たち……悠のやつに金で……」

「おいおいおいおいおいおい?」

 

あまりに流れるような裏切りに、思わず壊れた機械のようなツッコミをしてしまう。

なんで俺、こんなこと言われてるの……?

 

「いじめか?お?新手のいじめか?」

「おい悠……もう隠すのはやめちまえよ」

「は?隠す……?」

「お前がこいつらをいじめてることくらい分かってんだよ!」

「いじめられてるの逆じゃね……?」

 

よくわからなすぎる展開なんだけど……これ、何?

 

「お前がそういう人間だってことぐらい、分かってんだよ……なあ、みんな?」

「「「やっぱりか……」」」

「いや、違うよ!?てか、いつからアウェーになったんだよぉぉぉぉぉ!?」

 

友人たちのボケの連鎖に加え、まさかの集団でのボケに、もはやツッコミが追いつかなくなってる。

これ……授業中じゃねぇのかよ……。

そんな精神的疲労を感じてる中、ふと先生が俺に憐れみの目を向けてくる。

 

「八坂お前、成績は良いのに……なんでこんななんだ?」

「いや、そんなの俺が聞きたいですよ!?」

「じゃあとりあえず……5人全員、今日の宿題は2倍な」

「「「まじかっ!?」」」

 

………………。

そんな、いつも通りの日常。

友人には恵まれて、俺としては退屈しないんだが……。

 

「(そろそろ、彼女……欲しいなぁ……)」

 

そういう意味で、俺はこの繰り返される日常に、退屈さ――"渇き"を感じていた。

友人とふざけ合う日常も良いけど、正直やっぱり彼女が欲しい。

自分でも邪な考えだとは分かってるけど、ぶっちゃけこの年齢だからどうしようも無いと思う。

 

「(何か、起こらねぇかなぁ……)」

 

窓の外に広がる一面の青空を、肩肘ついて、無気力なまま眺める。

そうして今日も、退屈しないけど"退屈な"、そんな一日が始まるのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――キーンコーンカーンコーン

 

最終下校時刻を知らせるチャイムが学校中に鳴り響く。

 

「(もうこんな時間か……)」

 

時間の経つ早さを実感しながら、友人と校門へと向かう。

学校を出ると、辺りはすっかり暗くなっており、太陽は既にその姿を隠していた。

友人に別れを告げ、イヤホンを付けていつものプレイリストを聴きながら、一人帰路につく。

今日はクラスの友人の手伝いをしていたせいで、帰りが遅くなってしまった。

 

「(まあ、今日"も"なんだけどな)」

 

誰に説明する訳でもないが、やや自嘲気味に訂正する。

というのも、俺は昔から人の頼みを断れない性格で、人から頼み事をされることが多かった。

まあ、俺自身としても、手伝いをした後の"感謝"や"笑顔"が好きだから、なんだかんだ言って断ることなくやっているのだが……。

そのおかげで、友人や知人は人より多い方だとは思うのだが、その分自分の時間が取られることが多かった。

まあ、これが悪い事ではないというのは、頭ではわかっている。

しかし、実際に自分の時間が削られているのを見ると、なんとも言えない気持ちになるのだ。

 

「(まあ、それでも手伝っちまうんだけどな)」

 

結局、そんなことを考えても、みんなの笑顔を思い出すと自然と体が動いてしまうのだ。

 

「(まったく、人の性ってのはどうしようもないもんなんだな)」

 

そんなことを考えながら、街灯に照らされたいつもの道を1人歩く。

"また今日も何も起きなかったな"と、ため息混じりに吐き捨てる――と、目の前に珍しい姿が見えた。

 

「あれ、あの制服……"鈴女"の子か?」

 

"鈴女"――白鈴女子学園といえば、この地域では有名なお嬢様学校である。

ここら辺には、うちの学校や逢生学園もあるのだが、白鈴女子学園はその中でも知名度がずば抜けているのだ。

俺も何回も水梅モールなどで見かけたが、どの子も気品溢れており、可憐な大和撫子のような感じであった。

――だが、そんな鈴女の子がこんな時間に帰るなんて珍しい。

 

「(買い物帰りか何かかな?)」

 

ふと、興味本位でそんなことを考えてみる。

しかし、よくよく見てみると、その子の周りに3人の男が付きまとうように立っていた。

それに――何か様子がおかしい。

 

「(明らかに、困ってる……よな?)」

 

男3人を前にして、女の子は明らかに嫌がっているように見えた。

………………。

……まあ、この状況で無視して帰れる訳にいかないよな。

 

「(何も、起こらなきゃいいけど――!)」

 

ほぼ無意識に、身体が動き始める。

そうして俺は、その子の元へと向かうのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「はぁ……」

 

すっかりと黒く染まった空を見上げて、僕──飛鳥湊は、1人溜息をつく。

今日は、いつも行く水梅モールではなく、少し遠くの家電量販店にまで買い出しに行っていた。

本当は早めに帰るつもりだったのだけれど……前から気になっていた物を見てたら、思いの外時間が経ってたみたいだ。

 

「安かったからたくさん買っちゃったけど……こんな時間になっちゃったなぁ……」

 

まあ、学園からそんなに遠くないから比較的安全ではあるんだけど……以前ひなたさんと水梅モールで不良に絡まれたこともあったから、ちょっと心配だなぁ……。

 

「(変な人に絡まれなきゃいいけど……)」

 

そう思いながら、第二寮へと足を早めている、と――。

 

「ねぇねぇ君?今暇?」

「俺たちと遊んで行かない?」

「きっと楽しいから、ね?」

 

典型的なチャラ男3人組に、声を掛けられてしまったのだった。

見事にフラグ回収しちゃったよぉ……。

 

「(というか、どうしよう……ボク、男なんだけど……)」

 

まさか、ナンパされることになるとは……。

男だってバレてないから良かったけど、ちょっと複雑な気分だ。

 

「(そ、そんなことより……この人たちを断って帰らないと!)」

 

幸い、料理は出かける前に作っておいたから、多分みなさん食べてくれているはず。

でも、みんなに心配かけちゃってるだろうし、とりあえず早く帰らないと!

 

「あのっ、今急いでるんで……」

「あ?ちょっとくらいいいだろ?な?」

 

もはやテンプレじみた言葉と共に、リーダーと思しき男はギュッと腕を掴んでくる。

 

「ちょ、やっ、やめて下さいって!」

「おーおー、嫌がってる顔も可愛いね~」

「やべぇ、めっちゃそそるんだけど……たまらねぇなぁ」

「…………」

 

なんだろう……正直、ちょっとイラッとしてきた。

 

「(女の子にこんな感じで迫ってくるのはなぁ……あ、いや、ボク男なんだけどさ……)」

 

そう思いながら、前に水梅モールでひなたさんを助けた時みたいに、軽く投げ飛ばそうかと考える。

けれど、今は夜遅くて人通りも少なく、この人も思ったより力が強いから……1対3だと流石にちょっとまずいかもしれない。

 

「(というか……もし、男だってバレたらどうしよう……)」

 

勘違いさせやがって、とか言ってキレてきたら流石に危険かもしれない。

それに、その事を学園にバラされたら……学園にいられなくなるかも……。

 

「(流石に、それはまずいよね……)」

 

「ほらほら、こっちで俺らと遊ぼうぜ」

「へへっ、悪いことはしないからよぉ」

 

僕が何も出来ないのをいいことに、男達はどんどんこちらに詰め寄ってくる。

 

「(ど、どうしよう……)」

 

何か打つ手はないかと思考を巡らせる。

しかし、いくら考えても……この状況を切り抜けるアイデアが浮かばない……。

 

「(そ、そうだ!誰か助けを呼べばいいんだ)」

 

突然の閃きに、我ながら感心する。

まあ、多分女の子ならすぐに浮かぶんだろうけど……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 

「(でも、これならどうにかなるはず……!)」

 

そうして、声を出そうとして大きく口を開いた途端――

 

「(あ、れ……?声が、出ない……?)」

 

いつも出てくるはずの自分の声が――全くと言っていいほど聞こえなかった。

 

「(な、どうして……!?)」

 

どうにか平静を保ちながら、原因を考えてみる。

前に何かの本で、恐怖を感じると体がすくんで声が出なくなったりする、って見たことあったけど……。

 

「(まさか、ボク……怖がってる、の……?)」

 

そんなまさかと思って、再び声を出そうと試みる。

しかし、何度声を出そうとしても……無慈悲にも、微かに息が出てくるだけだった。

 

「ほら、こっちにきていい事しようぜ?」

 

そうしてる間にも、男達はジリジリと僕との距離を詰めてくる。

 

「(ボク……ここで終わっちゃうの……?)」

 

自分の思う限りの最悪の未来が、頭の中でハッキリと形作られていく。

 

「(おばあちゃん……風莉さん……ボク……ボクは……っ)」

 

結局、為す術もないまま……僕はまた1人になってしまうのか。

そうして、もうダメだと思った僕は、咄嗟に目を閉じるしかできなかった。

 

「(……誰か、助けて……っ!)」

 

祈りに似た言葉が、空を切って溢れ出す。

しかし、目が閉じきるその瞬間――

視界の隅から、人影が近づいてくるのが見えたような気がした。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

――気づけば、体が先に動いていた。

 

「(ほんと、人の性ってやつは……)」

 

自分の行動にやれやれと思いながら、女の子の元へと足を早める。

そんなことなら、面倒事に首を突っ込まなければ良いだけだってことは、自分でもわかっている。

けれど、"あの子が困っている"――ただそれだけで、お節介を焼く理由としては十分だった。

 

「(それにしても、後先考えずに来ちまったが……これ大丈夫なのか?)」

 

話してどうにかなる相手なら良いが……もし変に絡んで喧嘩に発展したら、あの子を守りながら3対1で戦わなければならない。

まあ、もしそうなっても、3人なら多少は大丈夫だと思うのだが……。

 

「(てか、そもそも赤の他人である俺が言っても、誰だお前的な状態になるだけなのでは……!?)」

 

今更、そんな重大なことに気づいてしまった。

あれ?……俺、詰んでね?

そうして、自分の考え無しの行動に不甲斐なさを感じていると――

 

「――うぅ……やめてくださいっ!」

 

今にも消え入りそうな声が、微かに聞こえてくる。

女の子の方を見ると、怯えるように目を閉じて……誰かに救いを求めるように、服をぎゅっと握りしめていた。

 

「(……そんなことで悩んでる場合じゃないよな)」

 

人が困っているんだ……何がなんでも助けるのが先だ。

そう思った瞬間、体中から熱いものが込み上げてくる。

兎にも角にも、あの子を助けるんだ。

 

「(よしっ、こうなったら一か八かだ!)」

 

そうして決意を新たにした俺は、彼女にジリジリと詰め寄る男達に声をかけに行くのだった。

 

 

 




というわけで始まりました~
いきなり湊くんナンパされてますけど……まあ、どうなるかは次のお楽しみで!

本当に遅れてすみませんでした……


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(ナンパに)慣れない彼女の助けかた

湊くん誕生日おめでとう!
ということで、本日5/22は飛鳥湊くんの誕生日です!みんな湊くんをすこれ!
…………
誕生日シナリオ書きたかったですが……今回は、話としては前回の続きです~。
本当はもっと長かったのですが、キリが悪いので途中で切りました。
……ぶつ切りになっちゃってるんで、そこは許してください笑
果たして悠は湊を助けられるのか?というか、しっかり者の湊くんが助けられたままでいるのか?
今回も読んでいただけたら嬉しいです!


 

声が――聞こえた。

恐怖に染まった暗闇の中で聞こえた声。

それはとても柔らかくて優しい……それでいて意志のこもった声だった。

 

「(一体、何が……?)」

 

おそるおそる両目を開く。

するとそこには……真剣な目をした1人の男の人が立っていた。

 

「──あの。その子、困ってますよね?」

「あ……」

 

気づけば、声は出るようになっていた。

けれど、今はそんなことよりも……この目の前にいる人に、僕の意識は吸い寄せられていた。

 

「(助けに……来てくれたんだ)」

 

人通りが少ない道で、3人の男に絡まれてる女子学生。

本来なら関わりたくないであろう状況なのに……それでも、この人は僕を助けようとしてくれている。

それが――今の僕には、すごく嬉しかったんだ。

 

「(おばあちゃん……世の中には、こんなに優しい人もいるんだね)」

 

今はもういない大切だった人へと思いを馳せる。

それと同時に、僕の脳裏に……ある女の子の姿が浮かんだ。

――僕を救ってくれた不器用なお嬢様の姿が。

 

「(あぁ……だから、か)」

 

この人からどことなく伝わってくる"温かさ"。

それはまるで、風莉さんに助けてもらった時のような――そんな感覚を。

この時、僕は感じたんだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「あの!その子、困ってますよね?」

「……あ?それがどうしたんだよ?」

 

男達に話しかけると、リーダー格の男が機嫌悪そうに答え、訝(いぶか)しむような目で俺を見てくる。

その喋り方から、事が穏便に進まないことを察しながらも……それでも俺は、話を続けることにした。

 

「困ってるなら、やめてあげなよ」

「あ?何様だテメェ?てか、誰だお前?」

「それは……」

 

予想通りの至極当然の質問をぶつけられて、返答に困る。

 

「(わかってはいたけど……なんて答えればいいんだ、これ!?)」

 

予想以上に頭が回らず、脳内がテンパり始める。

気が付けば、女の子を助けに来たはずなのに、もはや俺の方が助けを求めていた。

 

「(適当に友達だ、とか言ってみるか?)」

 

いや、でも制服が違うし、それに……俺はあの子の名前も知らない。

もし、それで変に勘繰られたらそれこそまずい。

 

「(でも……それしかないよな)」

 

多分、これが今できる最善の選択肢だろう。

そう考え、覚悟を決めると同時に、もしものことがあった時のために、軽く臨戦態勢をとる。

そうして、俺が話し始めようとした瞬間――

怯えるようにしていた女の子が、何か意を決したようにその重たい口を開いた。

 

「あ……お、遅いですよ!一緒に帰るって言ったのに!"彼女"を待たせるなんて、どういうつもりなんですか!」

 

――――。

一瞬、思考が停止した。

 

「(彼女……?……か、彼女!?)」

 

思いもよらない単語に、動揺を隠せなくなる。

 

「(ど、どどどどういうことだ!?)」

 

"彼女"という単語が、頭の中で反芻している。

で、でもそんなこと意味もなく言うはずがないし……って。

 

「(あっ――そういうことかっ!)」

 

少し遅れて、女の子の意図を理解する。

その時にはもう、俺の理性はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 

「(それにしても、この子……頭の回転が凄いな)」

 

さっきまで怯えていたはずなのに、今はもう助かる方法を瞬時に考えている。

きっと、相当周りに気を配るような生活を送ってきたんだろう。

……っと、今はそんなこと考えてる場合じゃないよな。

さて、それじゃあ俺も――

 

「彼女?」

「ああ……ごめんね。辛い思い……させちゃったよね?」

「……いえいえ、大丈夫ですよ。絶対来てくれるって思ってましたから!」

 

そうして、女の子と初対面ながらも、頑張って恋人のふりをする。

正直、思ってた以上に恥ずかし過ぎるから、これのくらいで勘弁して欲しい。

頼むから、これで諦めてくれ……!

 

「おいおい彼氏持ちかよ……」

「つまんねえなぁ」

「…………」

 

俺達の演技が良かったのか、それとも単に運が良かったのか。

中心の1人だけはどこか様子がおかしかったが、残りの2人は諦めムードになっていた。

 

「(よしっ!このままいけば!)」

 

見えないように、片手で小さくガッツポーズを作る。

――しかし、そう思ったのも束の間。

男の1人がぶつぶつ何か呟きながら、女の子の方へ動き出した。

 

「チッ……クソが……!」

 

そう言うと、男は女の子を掴む力を強める。

 

「……ぅ……痛っ……!」

 

女の子が苦悶の声を上げる。

その声を聞いた瞬間――

 

「――――」

 

俺の体は、再び動き出していた。

 

「あーあ、あいつキレちゃったよ」

「お?彼氏君もキレちゃったか?」

 

――取り巻きの奴らから、見え透いた挑発を受けた。

だが、俺はその挑発を無視して、ただ真っ直ぐにあの子を掴む腕目掛けて加速する。

 

「……離せ」

「離せ?そんなこと言われて離すわけ――」

 

男が言い切る前に、腹に拳を入れ、女の子から腕を引き剥がす。

そして、その腕を掴んで、回して締め上げた。

 

「ぐあっ……!」

 

男から苦痛の声が漏れる。

その声聞くと同時に、俺は片手を離す。

そして、相手の襟を掴み――

 

「ふっ……!」

 

地面目がけて思い切り投げ飛ばした。

 

「がっ……くあッ!」

「俺の女に……手ぇ出すなッ……!」

 

足元から、苦しそうな呻き声が聞こえてくる。

男も流石に痛かったようで、その場でのたうち回っていた。

 

「す、凄い……」

 

女の子が、ぼそりと呟く。

しかし、怒りに駆られていたせいか……女の子が何と言ったのか、俺には聞こえなかった。

 

「女の子に手ぇ出すとか、何考えてんだコイツ?」

 

ふと、そんなことを考える。

そんなの、小学生でも知ってるっていうのに……。

地面に叩きつけられた男を見て、少し悲しく思うのだった。

………………。

 

「加減……ミスちまったな」

 

そう言って、他の男達を一瞥する。

 

「だ、だったら最初から言えよクソが」

「こんなやつと関わらねぇ方がいい」

「……クッ……う……」

「とりあえずコイツ連れて戻るぞ……!」

 

そう言い残すと、男達はどこかへ行ってしまった。

……やっぱやり過ぎたかな、これ。

少し反省しながら、男たちの去っていった方へ視線を移す。

 

「――――」

 

男達の逃げた方から、ふと視線を感じる。

 

「(今一瞬、人影が見えたような……)」

 

少し気になって、目を凝らしてみる。

けれど、先程見えた人影は……気が付けば、既に見えなくなってしまっていた。

 

「(何だったんだ……今の?)」

 

元からいたのか、それともさっきのを見て駆けつけたのか。

まあどちらにしろ、あいつらはどこかへ行ったし……たぶんきっと、大丈夫だろう。

 

「ふぅ……どうにかなったな……」

「よ、よかったぁ……」

 

一件落着し、ため息と共に安堵の声を漏らす。

隣を見ると、女の子の方もほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「ところで、君は大丈夫だった?どこか怪我してな――」

 

そう言いながら、女の子の顔を覗き込んだ瞬間。

――時が……止まったような気がした。

紫がかった艶やかな髪。

真紅に染まったつぶらな瞳。

触れたら壊れてしまいそうな華奢な体。

見た目から所作まで“大和撫子”という言葉を彷彿とさせるその姿は、お嬢様学校の生徒と呼ぶにふさわしいものであった。

しかし、見ただけでその上品な雰囲気が伝わってくるのに……それでいて彼女は、同時に可愛らしさのようなものも兼ね備えていた。

 

「(ど……ど……どタイプなんですけど――!!!)」

 

彼女の全てが、思いっきり心にぶっ刺さる。

それはまるで、ストライクゾーンのど真ん中をぶち抜かれたような……そんな感覚だった。

さっきまでは真剣だったし、暗闇だったからよく見えてなかったけど……この子、マジで超絶美少女だ。

 

「ボクは、大丈夫ですけど……その……。あなたこそ、大丈夫でしたか……?」

「あ……だっ、大丈夫!です!」

 

「(ぼ……ぼぼぼボクっ娘……だとっ!?)」

 

更に追加された属性が、俺の心にまたもやぶっ刺さる。

正直、知り合いにボクっ娘がいないから、どんなもんかと思ってたけど……。

やばい……ボクっ娘がこんなに似合う子いるのかよ……。

どうしよう。なんか一気に緊張してきた。

 

「(学校の女子じゃ、ここまで緊張したことないのに……)」

 

ふと、学校の女子たちを思い出す。

まあ、それもそれであいつらには失礼だが……今はそれどころではない。

 

「(もしかして、これが運命の相手……ってやつなのか?)」

 

ついつい、そんな馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう。

しかし、自分でも……今までに無いくらい“異性”に惹かれているのが分かる。

一目惚れなんて、相手のことを知らずに好きになることだから、俺は絶対しないって思ってたのに……。

 

「(マジで俺……この子のことが好きなんだな……)」

 

自分の気持ちを、完璧に自覚する。

しかし、自覚すると……緊張感が更に高まってしまった。

……いやマジで死ぬって。

 

「あの……さっきは、ありがとうございました!」

「いやいや、君が機転利かせてくれたから逆に助かったよ」

「いえいえっ!あなたが助けに来てくれなかったら、これは出来なかったですし……それに、その……」

 

話の途中で、女の子が言い淀む。

 

「(あ、ああ……)」

 

さっきまでのことを思い返す。

この子が苦しんでるのを見たからではあるけど、ついカッとなって手が出てしまった。

お嬢様学校の子に喧嘩とか、やっぱ悪いイメージ持たれちゃった……よなぁ。

それこそもしかしたら……さっきの彼らに対する様に、怖がられてしまったかもしれない。

 

「(これは……俺の恋、終わったなぁ……)」

 

はぁとため息をつきながら、春の夜空を見上げる。

なんとも短い恋物語であった。

 

「見苦しい姿、見せちゃった……よね?」

「そ、そんなことないですっ!その……凄かった、ですし……」

 

女の子は何か言い淀むと、少し考える仕草を見せる。

そして、意気消沈している俺に真剣な眼差しを向けると、ゆっくりと口を開いた。

 

「そ、その……かっこよかった……です」

 

………………。

…………。

……。

あまりに予想外の答えに、言葉が出なくなる。

 

「(か……か、かっこ……いい?)」

 

確かに今、“かっこいい”って言ったよな!?

一瞬、自分の耳が信じられなくなる。

でも、この子も心なしか顔が赤いし……。

……ってことはこれ、ワンチャンあるんじゃね……!?

 

「あ、あの……その……。か、勝手に彼女のふりとかしてしまって、ごめんなさい……!」

「いやいやいやいや!」

 

彼女の口から放たれたまさかの謝罪の言葉に、思わず早口で答える。

 

「てか、俺なんかが彼氏のふりなんてしちゃって、逆に申し訳ない!……って、あっ」

 

話している途中に、つい、さっきの光景が脳裏に浮かぶ。

“俺の女に……手ぇ出すなッ……!”

 

「くっ、ああああああああああああ」

「ど、どうしたんですかっ!?」

 

何が起きたのだと言いたげな彼女の目の前で、大声でのたうち回る。

なんだよそのセリフ……痛すぎてやばいだろ……。

あまりの恥ずかしさに理性が吹っ飛び、顔が次第に熱くなってくる。

誰か……誰か、俺を殺してくれぇぇぇ……。

 

「ご、ごめんっ……!ほんと彼氏の振りするにしてもやり過ぎだったよね……」

「そんなことないですよ……あ」

 

そう言いかけて、彼女は顔を林檎のように紅潮させる。

 

「ほんとにごめんなさいっ!」

「……あなたは……優しい人、なんですね」

「え……?」

 

何を言われたのかわからず、思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 

「普通、他人の事でも自分の事のように怒れませんよ?でも、それが出来るってことは、あなたは相手を思いやることができる人なんですよ」

「…………」

「それって……誇れる事じゃないですか?」

 

――初めて、そんなことを言われた。

 

「(誇れる……か)」

 

本当は、"彼氏の振りにしてもやり過ぎだ"とか、"流石に引いた"とか言われると思っていた。

けれど、この子はそんなことを一切言わなくて……。

逆に、思いやりができるのだから誇っていい、とさえ言ってくれた。

 

「(……優しいんだな)」

 

これは、お嬢様学校特有のものなのか、それともこの子が元々持っているものなのか。

そんなこと、俺には分からない。

……けれど。

この子から感じられた優しさは……相手を包み込んでくれるような、そんな慈愛に満ちたものであった。

 

「……ありがと、な」

「いえいえ、あなたは僕のことを助けてくれたんですから!ボクの方こそ、ありがとうございます」

 

天使のような微笑みで、彼女はそう告げる。

 

「……ところで、その……お名前を聞いても……?」

「あ、ああ!確かに……ずっと"君"って呼ぶのも変だよな」

 

今更そんなことすらしていなかったことに気付かされ、少し反省する。

名前も言わずにこんなに話していたのか……なんか、失礼なことしちゃったな。

 

「俺は、八坂悠っていうんだ!よろしく」

「八坂さん、ですね。ボクは、飛鳥湊です。よろしくお願いします!」

 

そう言うと、彼女は恭しく頭を下げる。

飛鳥湊……なんだろう、名前からしてもう可愛い。

 

「飛鳥さん、ね。あー……そういや呼びにくいだろうし、俺のことは悠でいいよ」

「そう、ですか……?じゃ、じゃあお言葉に甘えて……悠さん」

 

――グサッ!

あまりの衝撃に、魂が抜けそうになる。

 

「(や、やべぇ……こんなに可愛い子から名前呼ばれちゃったよ……)」

 

いつもの癖で、下の名前で呼ばせちゃったけど……俺グッジョブ!

 

「そしたら、ボクのことも湊でいいですよ?」

「え!?あ、それじゃあ……湊、さん」

「はいっ!よろしくお願いしますね」

 

そう言うと、湊さんは満面の笑みを浮かべる。

それはまるで、夜の闇の中で煌めく月のような……そんな美しさがあった。

 

「……あっ!みんなを待たせてるんでした!そろそろ戻らないと……」

「そうだったのか……じゃあ、早く帰らないとだね」

「あの……今日は本当に、ありがとうございました……!」

 

改めてそう言うと、彼女は礼儀正しく深々と頭を下げる。

 

「いいっていいって、困った時はお互い様だろ?」

「あなたが来てくれた瞬間……とても嬉しかったんです」

「そっ、か。君が無事に笑ってくれるなら、それだけで助けてよかったって思えるよ」

 

湊さんは顔をほころばせると、俺の方を向き直す。

そして――

 

「では、またどこかで会えたら……その時は、よろしくお願いしますね

「あ、ああ……」

 

そう言って、彼女は街灯に照らされた夜道の中を歩き出した。

少しずつ、少しずつ……彼女の背中が遠のいていく。

………………。

 

「(……これで、良かったのかな……?)」

 

彼女を見送りながら、不意にそんなことを考える。

心にぽっかりと穴が空いたような、そんな感覚があった。

俺は彼女を助けた。そして、彼女は感謝して帰った。

それで良いじゃないか?

なのに何故……俺は……。

 

「(そっか……これが最後かもしれないのか)」

 

そっと浮かんできた理由に、自然と納得する。

――もしかしたら、もう2度と会えないかもしれない。

根拠はないが、なぜかそんな気がしてならなかった。

………………。

……もし。

もし、俺がこの気持ちを伝えずに終わったら……。

俺はきっと、後悔することになるだろう。

そんなの――

 

「(そんなの……嫌に決まってんだろっ!)」

 

自分の気持ちに気づいた瞬間、溢れる想いが抑えきれなくなる。

そして俺は、一心に彼女の方へと駆け出した――

 

 

 




やはり湊くんは機転が利く子ですね~。可愛い。マジで。
ということで、悠君が一目惚れしてしまいましたが、果たして結果はどうなるのか?笑
ではでは、次も読んでくださったら嬉しいです!


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みなと様は告られたい?

前回の続きです!今回は悠君の告白シーンから入りましたが……これからどうなってしまうのか?
今回も良かったら読んでいただけるとありがたいです!

何年も前のエロゲが原作のSSなのに読んでいただけるなんて本当にありがたいです!
感謝しかないです!
やっぱり湊君への愛は不滅


「――あ、あのっ!」

 

少し先まで歩き出していた彼女を呼び止める。

 

「はい……?どうしました?」

「あ、あの……自分でもこのタイミングでこんなこと言うのはおかしいし、早すぎるって思うんだけど……」

「…………?」

 

緊張でバクバクしてる心臓を、深呼吸でどうにか抑える。

 

「(たとえダメでも……この気持ちさえ伝えられれば……!)」

 

身体中に全ての力を込め、息を大きく吸い込む。

そして――

 

「その、俺……湊さんに、一目惚れ……しちゃったんだ……!」

「――――」

 

――遂に、言ってしまった。

それも、初対面の相手に。

ましてや、学校も違うし、身分だって違う……そんな相手に。

彼女を助けた――それしか接点が無いのに。

俺は彼女に……湊さんに、告白してしまったのだ。

 

「(やべぇ……まだ緊張してる)」

 

既に想いを伝えたというのに、心臓の鼓動は収まることを知らない。

………………。

自分でも……振られるのは分かってる。

こんな初対面のやつに言われたら、普通困惑するだろうし、OKを貰える方がおかしいだろう。

……だけど。

だけどそれでも、"後悔"だけは……俺の心にはなかった。

 

「あ、あの……その……それってつまり……」

「……湊さんのことが、好き……ってことです」

「…………!?」

 

恥ずかしながら俺の想いを説明すると、湊さんは目を大きく開いて瞬きを繰り返し、目を泳がせてあたふたし始める。

そして、その後聞こえてきた返事は――

 

「……ごっ、ごめんなさいっ!」

 

悲しいが、やはり予想通りのものであった。

 

「(やっぱ、そうだよな……)」

 

まあ、会ったばかりの人にこんなこと言われても困るだけだろう。

てか、変なことしてるって自覚はあったけど、よくよく考えたら、これ結構変人だよな……。

……恥ずかしくてまた死にたくなってきた。

 

「……返事くれてありがとう。なんか、変なこと言ってごめんね!じゃあ、また……」

 

あまりの気まずさに耐えられなくなり、そう言って帰ろうとする。

そして、一歩一歩と歩き出した瞬間。

 

「あ、あのっ……!」

 

後ろから湊さんの声が聞こえた直後、体がぎゅっと引っ張られた。

何事かと思い、ふと、後ろを振り返る。

するとそこには……俯きながら俺の服の袖を掴む湊さんの姿があった。

 

「そ、その……お友達、から……」

「……え?」

「お友達じゃ……ダメ、ですか……?」

 

――――。

予想外の状況と彼女の言葉に、思わず自分の耳を疑う。

 

「(え……?あ……えっ!?)」

 

あまりに予想外過ぎて、全く思考が追いつかない。

きっと今の俺は、鳩が豆鉄砲くらったような顔でもしているのだろう。

……けれど。

自分でもそう思うくらい……彼女の言葉は、衝撃的なものだったのだ。

 

「か、彼女にはなれませんけど……その……。と、友達……なら……」

「あ……、いい……のか?」

「はい。あなたには、助けてもらいましたし……それに……」

 

下を向いて服の袖をぎゅっと摘みながら、湊さんは続ける。

 

「ボクも、もう少し話してみたいなって、思ったので……」

 

ゆっくりと顔を上げ、彼女は上目遣いでこちらを見てくる。

その破壊力は、言わずもがな……俺を殺すのには十分なものであった。

 

「どう……ですか……?」

「み、湊さんが……嫌じゃないなら……」

「……!はい!これからも、よろしくお願いします……!」

 

そう言うと彼女は、夜の静寂の中で大輪の花が咲くように……はにかむような笑みを浮かべるのであった。

 

「(ああ、やっぱり――)」

 

この子には笑顔が1番似合う、と。

この子を助けてよかった、と。

彼女の笑顔を見ながら……改めて、そう感じたのだった。

 

「あ、そう言えば、湊さんって鈴女だよね?」

「そうですよ。あ……やっぱり、制服で分かっちゃいますか?」

「まあね。それに、この辺だとだいたい学校が限られてるしね」

 

スカートの裾をつまむという典型的な淑女ポーズをしながら、湊さんはそう答える。

まあ、鈴女の制服はTHEお嬢様学校といった感じの制服なので、ここら辺に住んでいる人ならすぐに気づくだろう。

 

「それで、今日はこんな遅い時間までどうしたの?」

「あー……買いたいものがあって、ちょっと遠くまで買いに行ってたんです。そしたら、こんな時間になっちゃって……」

「なるほど、ね」

 

さっきの湊さんと同じような反応をしてしまい、少し口元が綻ぶ。

 

「悠さんこそ、この時間に制服ってことは、この辺りの学校なんですか?」

「ああ。紅月学園ってとこに通ってるんだ。鈴女とも割と近いよ」

「そうなんですか?そしたらまた、会えますね!」

 

そう言って、どこか嬉しそうに微笑みを浮かべる湊さん。

ああ……マジで可愛い。てか尊い。

振られた相手に対してそんな事を考えてると、湊さんがはっと何かに気づいたように口に手を当てる。

 

「あっ!今度こそ帰らないと」

「ご、ごめんね……引き止めちゃって」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それでは、今日はありがとうございました!また、会いましょうね!」

「ああ。また今度」

 

そう言うと、湊さんは今度こそ去っていってしまった。

 

「(また今度、か)」

 

湊さんの後ろ姿を見ながら、さっきの言葉を思い返す。

――たぶんきっと、また会える。

なぜだか分からないが、そんな気がしていた。

………………。

思えば今日は、実に色々なことが一度に起きた日だった。

それこそ、こんな退屈な繰り返されるような日々を塗り替えるような……。

そんな、1日であった。

 

「よし、俺も帰るか」

 

助ける時に置いた荷物を持って、家への道を歩き出す。

――これから楽しくなりそうだ。

そんな期待を胸に、俺は一人帰路に着くのだった。

…………。

………。

……。

――しかし。

まさかこの後、この出来事がとんでもない事になろうとは……。

この時の俺には、まだ知る由もなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆  

 

 

 

「ふぅ……今日は、いろんなことがあったなぁ……」

 

月明かりに照らされた道を一人歩きながら、今日起きたことを思い返す。

今日という日は、多分ここ一週間の中で、1番印象に残った1日だったかもしれない。

 

「八坂悠さん……か。助けてくれた時、男の僕でもかっこいいって思っちゃったよ」

 

彼のことを思い出して、少し表情が緩む。

八坂悠さん。

――今日、僕を助けてくれた人。

――僕の恩人。

彼に助けられた瞬間、僕は彼から風莉さんに救ってもらった時のような優しさを感じていた。

事実、あんな暗い道で絡まれていた僕を、彼は1人で助けに来てくれた。

僕の名前も知らないのに。自分が危険になるかもしれないのに。

それでも、助けに来てくれたんだ。

そんな人、優しいに決まってる。

 

「それにしても、凄かったなぁ……」

 

男たちの1人が僕の腕を強く掴んだ時、悠さんは流れるような動きで、その男をいとも容易く投げ飛ばしていた。

一応僕も多少は戦えるし、前にひなたさんを助けたこともあったけど……。

あの動きを見れば、彼がどのくらい強いのかはわかる。

それに……。

僕に向けた優しそうな目から一転して、相手へと向けた射殺すような鋭い眼差し。

 

「(……あれは、ボクじゃ絶対無理だよねぇ……)」

 

あの目を見た瞬間、自分には絶対出来ないような男らしさを、直感的に感じてしまった。

それに、自分が助けられたことで、あの時のひなたさんの気持ちがわかったような気がした。

………………。

なんというか、男として負けた気がする……。

 

「なんか複雑な気分だよぉ……」

 

絶対に言えないが、もし悠さんに僕が男だと言ったら、きっと彼は信じてくれないだろう。

それに、現に彼には告白されてしまったし……って。

 

「あれ?そういえば僕……なんで、お友達"から"……って言ったんだろう?」

 

………………。

え!?勘違いされちゃうじゃん!?

ふと我に返ると、自分がとんでもないことを口走っていたことに気がついた。

 

「(いやいやいやいや……嘘、だよね?)」

 

まさか、女子校に通ってるせいで、思考まで毒されてる!?

 

「そ、そんなまさか……ね」

 

自分に焦りを感じながら、思考をフル回転させる。

きっと、優しい人だったからキッパリと冷たく断らないで、友達になりたかったんだ!

そうだ!きっとそうに違いない。

自分にそう言い聞かせ、変な考えを振り払って先を急ごうとすると……気づけば既に玄関の前に着いていた。

 

「(考えてて気づかなかったけど、もう着いてたんだ……

みなさん……流石に部屋に戻ってるよね……?)」

 

そう思いながら、音を立てないようにそっとドアを開ける。

しかし、そこには――

 

「――こんな時間まで、どうしたの?」

 

パジャマ姿の風莉さんが、ムスッとした表情を浮かべながら静かに立っていた。

 

「か、風莉さんっ!?どうしてここに……」

「……?私が遅いときは、いつも湊も待っててくれてるでしょ?」

 

さも当然のようにそう告げる風莉さん。

確かに、彼女の言う通り僕も風莉さんの帰りを待つこともあるけど……まさか僕が逆にしてもらえるとは。

 

「た、確かに……そうですけど……」

「少し、制服が汚れているけど……何かあったの?」

「い、いえっ!何もありませんよ!」

「本当……?」

 

バレないように外で払っておいた服の汚れを指摘され、一瞬声が上擦ってしまった。

 

「ほ、本当ですってば!ちょっと遠くまで買い物をしていただけですっ!」

「……そう。確かにたくさん荷物あるみたいだし。嘘ではないみたいね」

 

そう言いながら、風莉さんは僕の持つ大量の荷物に目を向ける。

しかし、その目はどこか疑心に満ちたものであるかのようであった。

 

「み、みなさん、夜ご飯などは……?」

「湊が作り置きしてくれていたから、それを食べたわ」

「良かったぁ……」

「…………」

 

淡々と事実を述べる湊さんの言葉に対して、安堵でほっと胸を撫で下ろす。

しかし、風莉さんの様子は、依然として何かおかしいままであった。

 

「どうかしたんですか?」

「そんな大したことじゃないわ……。ただ……」

「ただ……?」

 

何かが引っかかるようで、その時の様子を思い出しながら彼女は話し始める。

 

「……貴船さんがすごく急ぎながら、先に部屋に戻ってしまったのだけれど……何かあったのかしら……?」

「柚子さんが?」

「新聞部のことで、皆見さんと話があるからって言ってたけど……大丈夫かしら……?」

 

……なるほど。

きっと、風莉さんは学園を楽しくしたい故に、新聞部に何かあったんじゃないかって心配してるんだろう。

確かに、最近は新聞部の相談コーナーをやったり、勉強会を一緒に計画したりと、色々協力してるから、以前より心配になってるのか。

やっぱり……風莉さんは優しい人なんだなぁ。

 

「まあ、ボクも風莉さんも、新聞部に協力はしてますし……本当に困ってるなら、また相談してくれると思いますよ」

「そう……」

 

彼女を安心させようと、少し自分の考えを伝える。

けれど、それでもその表情は、未だ暗いままであった。

 

「たぶん、新しい記事になりそうなネタが見つかった、とかじゃないですかね?」

「それなら、いいのだけど……。何か、嫌な予感がするの」

「嫌な予感……ですか?」

 

なんだろう……嫌な予感、か。

新聞が無くなることは無いし、記事だって毎回どうにか書けてるし……。

嫌な予感……もし本当だとすれば、それは一体何なんだろう……?

 

「(まあ……あくまで予感だから、考えすぎるのも良くないよね)」

 

そんなことを考えていると、奥から缶ビールを片手に持った七海先生が出てきた。

 

「──お、飛鳥。帰ってたのか」

「あ、七海先生。ただいま帰りました」

「夜も遅いし、さっさと風呂に入って寝な?明日も学校なんだし。はぁ……明日も授業あるとか、だりぃ……」

 

珍しくちゃんと教師らしい態度を取りながらも、ため息と共に軽く愚痴をこぼす。

なんだろう……最後の一言さえなければ大丈夫なのに……。

 

「わかりました。あ、じゃあ、風莉さん。僕はお風呂に入ってきますね」

「わかったわ。おやすみ、湊」

 

そうしてお風呂に入り、明日の準備をした後、どうやら疲れが溜まっていたのか、僕の意識はすぐに夢の中へと落ちてしまった。

――しかし次の日なって、風莉さんの予感がまさかの形で的中することになるとは……。

この時の僕には、予想すらもつかなかった。

 

 

 




というわけで、悠君及第点ですね笑
まあ、フラれてしまいましたが、ここからどうやって湊君が攻略されていくのか?
次は日曜日くらいに投稿します!ではではー


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ご注文はうわさですか?

前回の続きで~す!
前回の最後に風莉様が嫌な予感を感じていましたが、果たしてどうなるのか?
読んでいただけたら幸いです。

いつも読んでいただきありがとうございます。本当に感謝しかありません!
でも、投稿ペースが週一なのは許してください……笑


 

~翌日~

 

「――ご~がい!ご~がい!ご~が~いっ!」

「みなさん、号外ですよ~!」

 

湊たちが登校する30分ほど前。

新聞部である柚子と美結は、いつも作っている校内新聞の号外を配り歩いていた。

 

「号外?」

「珍しいね、号外なんて」

「そうなんだよ!見て見てこれ」

「号外……なんていい響きなんでしょう!新聞部部長としては、とても嬉しいです〜!」

 

久々の特大スクープに感極まっている柚子を横目に、クラスメイトの子たちは美結から配られた新聞に目を移す。

 

「「え、えぇっ!?」」

「ふっふーん、驚いたでしょ?」

 

期待通りのリアクションに、思わず美結はガッツポーズをとる。

 

「え、これ……本当なの?」

「そうなんだよ〜。あたしも最初驚いちゃってさ~」

「そうだったんだ……」

「……あの、何かあったんですか?」

 

騒ぎを聞き付けた下級生の子たちが、美結たちのもとへ集まってくる。

 

「よくぞ聞いてくれました!」

「実はなんと!あの飛鳥さんが――」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……柚子センパイ、どうしちゃったのだ?」

「確かに、どうしちゃったんですかね?」

 

朝の心地よい風と暖かな木漏れ日の中。

そんなことを話しながら、僕たちは街路樹の多い静かな通学路を歩く。

今日は珍しく、風莉さん、ひなたさん、僕の3人での登校であった。

というのも、実は今朝、柚子さんは朝ご飯を食べ終わると、急いで先に学園へ行ってしまったのだ。

 

「新聞部のこと、かしら?」

「たぶん、そうですよね」

「新聞部で何かあったのだ?」

「いえ、そういう話は聞いてないですね」

「だとしたら、本当にどうしたのかしら?」

 

3人でうーんと考えながら、それでも始業のベルには間に合うようにと足を進める。

……と、話しているうちに、僕達は学園に着いた。

けれど……。

 

「……?」

 

学園に着くと、周囲の方々がひそひそと何か話している。

………………。

心なしか、みなさんの視線が僕に向いてるような……?

 

「あれ?壁に何か貼ってあるのだ」

 

そう言うと、ひなたさんは壁に貼ってある新聞に駆け寄る。

 

「なになに……“ごうがい”?……って、はわわっ!」

 

そうして、その記事を読んだ瞬間……彼女は可愛らしい声で驚きながら、こちらをじっと見てくるのだった。

 

「お、お姉様が……!お姉様が、取られたのだ……!?」

「……え?」

「どういう、こと?」

「――ふっふっふ〜驚いてるようだね、ひなたちゃん!」

 

突然、そんな声が聞こえてきたかと思うと、人混みの中から上機嫌な美結さんと満面の笑みを浮かべた柚子さんがこちらに近づいてきた。

 

「ついに!念願の!ゴシップネタです!」

「あのー……柚子さん、どういうことですか?」

「よく分からないのだけど……?」

「まあまあ、飛鳥さんも西園寺さんも、その新聞を見てみて!」

 

美結さんにそう言われて、風莉さんと共に新聞に目を向ける。

するとそこには――

 

「え?……えっ!?ぼ、ボクの……」

「彼氏……?」

 

夜の街で撮影された僕の写真が掲載されていた。

しかも、その隣には……僕の“彼氏”として悠さんの姿も写っていた。

 

「……湊。これは、どういうこと?」

「え!?あ、いや……こ、これは違うんですっ!というか美結さん!どこでこの写真を!?」

「うーんとね、紅月学園ってあるでしょ?」

 

突然、悠さんの学校の名前が出てきて驚いた。

何か、嫌な予感がする……。

 

「確か、うちの近くの学園……でしたよね?」

「そうそう!でさー、そこにも新聞部があってね、そこの新聞部の人から貰ったの」

「そう……」

 

楽しそうに話してくれる2人とは対照的に、隣から冷たい視線を感じる。

 

「で、でも……どうしてこの人が、お姉様の彼氏だと分かったのだ?」

「なんかね、この写真を貰った時に聞いた話によると……その子が見てた時、この男の人がナンパに絡まれてる飛鳥さんを助けて、『俺の女に手を出すな』って感じのこと言ってたらしいんだって〜」

 

「(き、き……聞かれてたぁぁぁぁぁ!!!)」

 

まさかの、悠さんに助けて貰ったところを見られていた。

それも、悠さんに"俺の女"って言われたとこも聞かれてるというおまけ付きで。

 

「(あぁ……どうしよう……)」

 

どうにかして、みんなの誤解を解かなければいけない。

けれど、新聞が校内に貼ってある以上、学校中に噂が知れ渡るのは時間の問題だろう。

……まさかこんなタイミングで、風莉さんの嫌な予感が当たると思わなかった。

 

「しかも、3人の男性に囲まれてた湊さんを助けたらしいんです〜!湊さんの彼氏さん、カッコイイですね……!」

「我輩を助けてくれたお姉様を、助けた男……つまり、お姉様を守る円卓の騎士……。是非とも我が魔王軍に入れたい人材であるな!……でも、お姉様が取られたのだぁ……」

「なるほど……だから、昨日は帰りが遅かったのね」

「こ、これは違うんですって!」

 

思い思いに感想を述べ始めるお嬢様達を前に、どうにか必死に否定する。

風莉さんには誤解された状態で納得されてしまったし、それに柚子さんは、悠さんを僕の“彼氏”として褒められてしまった……。

まあ、友達が褒められるのは嬉しいことなんだけど……なんか、複雑な気分だ。

これは早いうちに誤解を解かないとなぁ……。

胃がキリキリと痛むのを感じながら、思わずため息が漏れる。

……なんで円卓なのか分からないけど、ひなたさんのは触れないでおこう。

 

「ああ、それと……写真を撮った子が飛鳥さんに謝りたがってたよ。あの時近くにいたのに助けられなくてごめんなさい、って」

「まあ、それは仕方のないことですよ。実際、ボクもあの時は動けませんでしたし……」

 

確かに、あの状況では女の子が助けに来るのは無理な話だろう。

時間も時間だったし、僕もあの時は荷物を持ってた上に3人に囲まれてたから、ひなたさんの時みたいに投げ飛ばす事も出来なかったくらいだし。

 

「それでそれで!このお相手の男性とはいつからお付き合いしてるんですか?」

「だから、違いますって!」

「またまたぁ〜、“俺の女”とか言われてるのに否定するのかな?」

「うぅ……それは……」

 

――キーンコーンカーンコーン

最悪のタイミングで、朝のチャイムが鳴る。

 

「あ、皆さんそろそろ教室に戻りませんと」

「そうね。行きましょう、湊」

「うぅ……はい……」

 

別々の反応を示すお嬢様達の後に続き、ゆっくりと教室へ向かう。

まさか、たった一日でこんなことになるとは……。

再び溜息をつきながら、窓の外の景色を眺める。

そうして、誤解が解けないまま……僕の大変な一日が、幕を開けるのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「はぁ……」

 

――放課後。

結局、あの後も噂は広まり、昼休みになる頃には学園中に知れ渡ってしまっていた。

そのため、今日は一日中いろんな人に注目されて大変な目にあった……。

僕としても、何とかして誤解を解こうと頑張ったんだけど……否定しても誰も信じてくれなかった。

 

「(まあ、あの写真に加えて、実際にあの場にいた人がいるんだもんね……)」

 

不運なことに、写真を撮った子は男たちが去っていくタイミングで、その場を離れたらしい。

そのため、その子はあれが演技であったことを知らなかったようだ。

 

「ど、どうしよう……」

 

流石にこのままにするわけにはいかないし、何か作戦を立てないと……。

 

「──あれ、今朝の写真の人じゃない?」

「あ~、飛鳥さんの彼氏の?」

「確かに……写真の人に似てるね」

「校門前で誰かを待ってる……?」

「それ絶対飛鳥さんのこと待ってるんだよ!」

 

ふと、クラスメイトの話し声が聞こえてくる。

 

「(悠さんが、来てる……?)」

 

いやいや、そんなわざわざ僕に会いに女子校まで来るはずない。

たぶん、見間違いか何かだろう。

そんなことを考えていると、少し楽しそうな様子の美結さんが僕の席に近寄ってきた。

 

「彼氏さん、来てるんじゃないかにゃ~?」

「か、からかわないでください……!って、彼氏じゃないですってば!そ、それにっ、たぶん見間違いですって!」

「ほんとかにゃ~?」

「いや、だってそんな昨日の今日で……。しかも、女子校まで来るはず――」

 

――ガラガラッ!

大きな物音を立てながら突然ドアが開くと、ひなたさんが慌てた様子で教室に入ってきた。

 

「お、お姉様!"八坂悠"って人がお姉様を呼んでるのだ!」

「……えっ!?悠さんが……?」

「ふ~ん……"悠さん"ね。さあさあ、後はごゆっくり~!あ、後で話聞かせてね!」

 

そう言うと、美結さんはニヤニヤしながら僕を教室の外まで連れていく。

 

「(うぅ……さらに誤解が……でも、悠さん……どうしたんだろう……?)」

 

美結さんに弱みを握られたのを感じながら、彼女に引っ張られるままに走り出す。

そうして、早いうちにどうにかしなきゃと考えながら、僕は悠さんの元へと向かうのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

「ここまで、来てしまった……」

 

湊さんと出会った翌日。

俺は一人、白鈴女子学園の校門の前で湊さんを待っていた。

幸い、湊さんの知り合いの子に会えたおかげで、湊さんを呼べたから良かったものの、これがもし会えなければ、俺は完全に不審者になっていただろう。

 

「(それにしても、辛いな……)」

 

湊さんを待ちながら、スマホで適当なページを開いていく。

本当は壁にでも寄りかかって曲でも聞いて待っていたいけど、それこそ本当に警察でも呼ばれそうなので、今回は我慢している。

………………。

というか、さっきから門から出てくる子たちにめっちゃチラチラ見られるんだけど……。

 

「(やっぱ、"こっちでも"なのか……)」

 

最悪の可能性が、少しずつ現実味を帯びていく。

 

「悠さ〜ん!」

 

そうして物思いに耽ってると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

声のする方を見ると、湊さんが小走りでこちらに向かっていた。

昨日ぶりに見たけど……やっぱり可愛いな、湊さん。

……って、流石に真面目に考えないと。

 

「湊さん。突然こっちまで来ちゃってごめんね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。でも、昨日の今日で来たってことは、何かあるんですよね……?」

 

何かを察したような彼女の言葉に、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「わかりました。あ、あの……会えたのは嬉しいんですけど、その……ここだと色々まずいので……」

「あ……ごっ、ごめん!それじゃあ……」

 

そう言って、どこに行こうかと考える。

といっても、湊さん鈴女だしなぁ……良い場所あるかな。

 

「うーん…………あっ!湊さん、少し先に行ったところにある喫茶店まで行こうか」

「わかりました!じゃあ、案内お願いしますね」

 

そうして、湊さんと並んで一歩一歩と歩き出す。

これから行くのは、俺自身まだあまり行ったことがない喫茶店だ。

というのも、その店は以前俺がテスト勉強をするために色々な店を探していた際に、偶然見つけた喫茶店なのである。

その喫茶店はどうやら個人経営の店らしく、常連客や俺のように偶然見つけたような人が集まるような、俗に言う"穴場"というものであり、全体的にオシャレな雰囲気が漂う場所であった。

 

「(あそこなら、たぶん湊さんに失礼じゃない……よな?)」

 

そう自分に言い聞かせながら、さっきの葛藤を思い出す。

正直、最初はファミレスに行こうと思っていたが、流石にお嬢様学校の生徒をファミレスに連れて行くわけにはいかないと思い、色んな店を考えた結果、そこに行くことにした。

途中、ス○バとかサ〇マルクとかも浮かんだけれど……それはどうにか踏みとどまった。

……あの喫茶店知ってて良かったと、この時ばかりは過去の自分に感謝するのだった。

………………。

それにしても……。

 

「(やべぇ……なんか緊張するな……!)」

 

次第に強くなってくる緊張感に、心臓の鼓動がバクバクと急速に早まる。

生まれてこの方、こうやって女子と2人で出かけることなんて、ほとんど経験したことがない。

あるとしても、それこそ妹と出かける時くらいなものだ。

早足になるのを必死に抑え、湊さんの歩幅に合わせる。

 

「──あ、あれって飛鳥先輩じゃない?」

「隣にいる人も彼氏さん……だよね?……ってことは、デート!?」

「他校の人との逢瀬……羨ましいね〜」

 

学園の方から、ふとそんな声が聞こえてくる。

 

「(いや、めっちゃ恥ずかしいんだけど!?)」

 

先程からの緊張感に更に恥ずかしさまで加わって、もう何が何だかわからない。

 

「(み、湊さんはどうなんだろ……?)」

 

ちょっと気になって、湊さんの方を見る。

しかし、湊さんは少しも動じておらず、いつも通りの笑顔を浮かべていた。

 

「(やっぱり、1度振られてるしな……)」

 

湊さんにとって、この関係は"ただの友達"でしかないから、焦りはいていても、流石に緊張は無いのだろう。

まあ、それでも友達になれただけ、俺としては嬉しいんだけどね。

そんな幸せを噛み締めながら、1歩ずつ足を進める。

そうして、緊張してることがバレないように前を向きながら、俺たちは喫茶店へと向かうのだった。

 

 

 




というわけで、悠君来ちゃった(笑)という感じでしたが、いかがだったでしょうか?
一応書いてる時はオトメドメインを開きながらやっているので、変なところはないようにしているのですが……もしあったらごめんなさい笑
次の投稿は一週間後の6/7くらいを予定してます!
次回も読んでいただけたら嬉しいです!


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ぼくたちは対策ができない

前回の続きでーす!
前回は噂が流れたり、悠が緊張しまくったりしてましたが、今回はどうなるのか?
今回も読んでいただけたらありがたいです!

良いサブタイトルが浮かばない……
あと、投稿スピードが遅いのは許して……


 

 

悠さんと共に歩くこと10分。

僕達はようやく、学園から少し離れたところにある喫茶店に着いた。

店の外観は少し古びており、草木も生い茂っていたが、どこか良い具合に味のある感じの店であった。

 

「(はぁ……緊張したよぉ……!)」

 

周りの目から解放されて、ほっと胸を撫で下ろす。

ここに来る途中、クラスメイトや下級生の子たちに見られ、色々言われて、恥ずかしさで死にそうになっていた。

 

「(それにしても悠さん……あんなにいろいろ言われても、じっと前だけ見つめてて、凄いなぁ……)」

 

鈴女の子たちに見られても、色々言われても、悠さんはずっと前だけを見ていた。

それに比べて僕なんか、隠すのに必死でちょくちょく下を向いて歩いていた。

しかも、ここに来るまで悠さんは、少し歩きづらそうにしながらも、僕の歩くペースに合わせてくれていた。

 

「(今は女子ってことになってるから仕方ないけど、男として完敗だよぉ……)」

 

なんというか、同じ男として圧倒的な差を見せつけられた気分だった。

そんなことを考えながら、店員さんに案内されて、窓際の席に着く。

 

「ちょっと遠かった、かな?」

「い、いえいえっ!大丈夫ですよ」

「よかった……!」

 

ほっと安堵する彼の様子が微笑ましくて、つい頬が緩んでしまう。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

「あ、すみません。アイスコーヒー1つ」

「あっ、僕も同じのをお願いします!」

「かしこまりました」

 

そう言うと、店員さんはメニュー表を置いてカウンターへと向かった。

 

「……それで、何があったんですか?」

「え、えーと……ごめん、湊さん!!!」

 

店員さんが離れたのを確認してからそう尋ねると、彼は大き過ぎないギリギリの声量で突然謝ってきた。

 

「元はと言えば、俺があんなこと言わなければ、こんなことにはならなかったんだよね……」

「ちょっ、悠さん!どうしたんですか?」

「……湊さんも、写真のことで大変だったでしょ?」

「そ、それは……っ、まあ……」

 

そう言われて、今日のことを思い出す。

今日は朝から誤解され、新聞で広まり、学園中の子から見られて……。

なんだろう……思い出しただけで泣きそうになってきた。

……あれ?ちょっと待って。

 

「ボク"も"ってことは、まさか悠さんも……?」

「ああ……おかげで散々な目に遭ったよ……」

 

そう言うと、悠さんは遠い目をしながら虚空を見つめる。

確かに、あの写真に関しては“悠さんの学園の写真部の人”が撮ったものらしいので、悠さんのところも大変だったのだろう。

……というか、悠さんの身に相当色々な事があったのは、その目を見るだけで十分に分かった。

 

「悠さんも大変だったんですね……」

「まあ、ね。けど、俺がこんなになってるってことは、もしかしたら湊さんも大変な目に遭ってるんじゃないかって心配になってさ」

 

彼の目が、真っ直ぐに僕を捉える。

 

「そしたら、いても立ってもいられなくなって……つい、鈴女まで行っちゃったってわけ」

「……ぁ……」

「ごめんね……俺が行っても逆効果になるのは、考えれば分かる事だってのに……迷惑、かけちゃった……よね?」

 

そう言って申し訳なさそうに、それでいてどこか悲しそうに、悠さんは笑った。

 

「(悠、さん……)」

 

少しやつれた悠さんの顔を見るに、悠さんも相当大変な目に遭ったのだろう。

それでも、悠さんは自分のことより僕のことを心配して、僕のところまで来てくれた。

僕なんか、自分のことで手一杯だったのに……。

 

「(やっぱり、悠さんって人は……)」

 

ナンパ3人に絡まれていたあの夜。

誰もいない暗い夜道の中で。

普通なら放っておくか、誰か他の助けを呼べばいいのに。

それでもこの人は……1人で助けに来た。

その場を切り抜ける考えもなく、手詰まりになる未来がわかっていながらも。

名前も知らない女の子のために。

ただ一心に地を駆ける。

そうして目の前に現れたその姿は……僕に、希望の光をくれたのだ。

この人は――悠さんは、本当におせっかいで、自分のことより他人を第一に考えて、出会った日に告白してくるほど不器用だけど正直で、体が先に動いてしまう人で……。

それでいて……優しい人なんだ。

 

「(ああ、だから――)」

 

だから僕は……この人と、友達になりたいって。

この人ともっと一緒にいたいって。

振ってしまったせいで、寂しそうに一人で帰る背中を見ながらも。

その背中を、引き止めてまで。

僕は……彼に伝えたのか。

………………。

やっと、あの時の自分の気持ちが……なんとなく、分かったような気がした。

 

「悠さんは、優しい人なんですね」

「え、あっ……そ、そうかな?自分では、あんまりそういう自覚はないんだけど……」

「謙遜しないでください。普通はそんな自分より他人を心配するなんて出来ませんよ」

「そう、かな……?」

 

謙虚に振舞う彼に対して、素直に思いを伝える。

 

「少なくとも、僕にとっては悠さんは恩人であり、尊敬できる友達だと思ってますから」

「湊さん……」

「だから、迷惑なんて思わないでください。ボクは、悠さんがまた助けに来てくれたこと……凄く嬉しいって、そう思ってますから」

「そっ……か」

 

そういうと彼は頬を赤らめながら、少し恥ずかしそうに答えた。

 

「あ、あり……がと?」

「ど、どういたしまして?」

「…………」

「…………」

 

二人の間に、静寂が流れる。

 

「(き、気まずくなっちゃったよぉ……)」

 

会話が完全に止まってしまった。

こ、こういう時、どうすればいいんだっけ!?

確か、話題を変えればどうにかなると思うんだけど……。

えーと、えーと……あ!

 

「ぼ、ボク達の噂……どうにか、できませんかね?……写真も言質も取られてますけど……」

「どうにか、か……それに、噂が広まりすぎてるからなぁ」

「確かに……僕の学校でも、もうほとんどの人が知ってましたからね……。学園内を歩く度に、話しかけられましたし……」

「そうだよなぁ……。それに、本当のこと言っても、隠してるって思われるしなぁ」

「悠さんもですか!?ボクも、"ホントのこと言ってよ〜"って今日ずっと言われてました……」

「湊さんも、か……。完全に手詰まりだな……」

 

そう言って、届いたアイスコーヒーを飲む悠さんにつられて、僕もアイスコーヒーを一口飲む。

今の状況は正直、為す術がないとしか言い様がない。

悠さんも同じ境遇に立たされていることが分かっただけでも嬉しいが、それでは何の解決にもなっていない。

 

「(どう、しよう……?)」

 

何か……できることはないのかな。

コーヒーの苦さで覚めた頭で思考を巡らせる。

写真を撮った子や柚子さん、それに美結さんに誤解を解いてもらえれば良いが、流石にこんなに証拠があるんじゃ信じてくれないだろう。

実際、今日何回も誤解を解こうとしたがダメだったし……。

 

「(うーん……この事態をどうにかできそうな人でもいないのかなぁ……)」

 

僕のことを信じてくれて、尚且つ学園全体に影響を与えられる可能性がある人……。

そんな人、そうそういるわけ……。

……あ。

 

「(風莉さんなら、どうにかできるかも……!)」

 

「あの、僕に考えがあります」

「本当?」

「はい。実は、ボクのルームメイトが学園の理事長をしてるんです」

「……え、マジで?今サラッと凄いこと言われた気がするんだけど!?」

「……まあ、そこに関してはボクも最初は驚きましたから、気持ちは分かります……それで、その人は学生の身で理事長をしているんですけど、もし助けてもらえれば……」

「……誤解を解いてくれるかもしれない、と。なるほどな……でも、大丈夫?その人は信じてくれるのかな?」

「大丈夫です、きっと風莉さんなら……あ」

 

ふと、今日の様子を思い出す。

風莉さんの様子はいつも通りだったが、朝の新聞の話が出る度にどこかよそよそしかった。

それに、お昼も一人で理事長室に行ってしまったし……。

…………。

 

「み、湊さん?……大丈夫?」

「だ、大丈夫……です。どうにかしてみせます!」

「いやまあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ……無理だけはしないでくれ。もしダメだったとしても、俺も一生懸命考えるからさ」

 

悠さんの声色が、一瞬で真剣なものへと変わる。

それは本当に心配しているということを僕に伝えているかのようだった。

 

「そういう所ですよ、悠さんの優しさって」

「そう……なのか?」

「そうですよ、もっと誇ってもいいくらいですよ」

「まじか」

「では、帰ったら頼んでみますね。それじゃあ……」

 

会計を済ませようと思って、財布を出そうとバックに手を伸ばす。

 

「――あ、あのっ……み、湊さん!」

「……はい?」

 

突然、悠さんに呼び止められる。

その様子はどこか緊張しているようで、心なしか少し顔が赤くなっているようにも見えた。

 

「その、この後予定あったりする?」

「……?夕飯とお風呂の準備をするだけなので、あと1時間ほど空いてはいますけど……?」

「そしたらさ、もう少し話していかない?もっと、湊さんのこと知りたいんだ……友達として、さ。あ、嫌だったら別にいいんだけど……」

 

段々と、悠さんの声が小さくなっていく。

その様子から、僕に凄く気を遣ってくれているのが分かった。

 

「(そっか……"友達"、か)」

 

"友達"という言葉が頭の中で反芻する。

この学園に来てから、初めてできた同性の友達。

今から帰れば夕飯の支度が早く終わらせられるけど、そんな友達の誘いを断るなんて考えは、最初から僕の中には無かった。

 

「ご、ごめん……流石にもう帰りたいよね?」

「悠さん」

「き、気にしなくていいからさ」

「悠さん。せっかくですし、もう少しここにいましょうか」

「……え?」

「僕もまだ、話し足りないですし……それに、悠さんの事、もっと知りたいですから」

「湊、さん……」

「悠さんの事、ボクに教えてください!」

 

そう言うと、悠さんは嬉しそうにしながらも、少し顔を赤らめた。

………。

……。

…。

数時間後。

僕達は思いの外話し過ぎたようで、気がつけば時計の針は予定の時刻を既に回っており、この後寮まで走って帰ることになるのだった――。

 

 

 




というわけで、風莉さんに助けを求めるとこを決意した湊でしたが、果たしてどうなるのか?

次も来週くらいに投稿する予定なので、ぜひ読んでいただけたら幸いです!
……湊くん、どうやって惚れさせようかな……?


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リジチョウに解決策を求めるのは間違っているだろうか

投稿が遅くなってすみません。前回の続きです!
今回はキリが良いところで切ったので、量がいつもより少ないんですが……許してください

風莉様はどのような解決策をくれるのか?というか良い策はあるのか?
ぜひ読んでいただければ幸いです。


 

 

 

その日の夜。

家事を終え、風呂から出た後、部屋で風莉さんと2人になったタイミングで、僕は風莉さんに相談することにした。

まあ案の定、風莉さんは少し機嫌が悪そうだったけど。

 

「あのー……風莉さん」

「何かしら?」

「相談が、あるのですが」

「…………」

 

やはり、風莉さんは黙りこくっていた。

……こうなったら、沈黙は肯定って考えでいこう。

 

「実は、今朝の新聞のことで……」

「……男にしか興味が無い、ということかしら?」

「だから違いますって!」

「でも、あの写真は本当なんでしょ?」

「それは、そうなんですけど……でも、あれは違うんです!」

「…………?」

 

懐疑的な目を向けてくる風莉さんに対して、本当のことを話し始める。

 

「実は悠さん……あの男の人が助けてくれてた時、ナンパを追い払うために咄嗟にボクが彼女のフリをしちゃって……」

「…………」

「そのタイミングをちょうど撮られてしまったみたいで……」

「…………」

「本当、なんです……」

 

そうして訪れた一瞬の静寂。

そして……。

 

「はぁ……その様子じゃ、本当みたいね」

「信じて……くれるんですか?」

「だって、理事長……だから。生徒を疑う訳には、いかないから」

 

少し頬を赤くしながら、風莉さんはサラッと僕にそう言った。

その言葉には、理事長としての責務を果たす、という風莉さんの強い意志が込められているようだった。

けれど、なんだろう……紅くなった頬を見ると、それ以外にも何かありそうな感じがするんだけど……。

たぶん僕の気の所為だろう。

 

「それで、この噂をどうにかしてほしい、ということかしら?」

「……そうです」

「でも、写真も撮られてるし、私が言っても難しいんじゃないかしら?」

「それでも、風莉さんなら理事長として……」

「そうなると、貴船さんや皆見さんがせっかく作ったものが無駄になってしまうわ」

 

そっか……理事長としての立場だと、どの生徒にも公平でないといけないのか。

確かに、自分の学園の生徒の自由な活動を止めるというのは、上の立場からするとあまりしたくはないし、簡単なことではないのだろう。

そうなると、別の方法を考えないとなぁ……。

 

「……もういっそのこと、縁を切ったらどうなの?そうすれば、噂も消えるだろうし、湊だって――」

「それは……嫌です」

「どうして?」

「悠さんとは、仲良くしていたいんです! 離れたく……ないんです」

 

正直、自分でも何言ってるかわからない。

けれど、風莉さんの口から、"縁を切る"という言葉を聞いた瞬間に、口が先に動いていた。

 

「……その"悠"って人は、どんな人なの?」

「悠さんは……自分のことより他人のことを優先して、おせっかいで、体が先に動いてしまう人で、それでいて……。ボクの尊敬する、優しくて温かい人なんです」

「そう……まるで湊みたいね」

「ボク……ですか?でも、僕としては、出会った時の……身寄りのない僕を拾ってくれた時の風莉さんみたいだな、って。……そう、思いました」

「そう……」

 

風莉さんはそう呟くと、先程入れてきた紅茶をゆっくりと飲み始めた。

……心なしか嬉しそうにしていたのは、たぶん気の所為ではないのだろう。

そんな風莉さんの様子にこちらも嬉しくなっていると、風莉さんは飲みかけのティーカップをソーサーに置いて、腕を組んで考え始めた。

 

「うーん……解決策……

「もう、変なのじゃなければ何でもいいです……」

「……あ」

「何か浮かんだんですか?」

「もういっそのこと、恋人のフリをしたらどうなの?」

 

一瞬、思考が停止した。

 

「え?え?……え!?」

「だって、写真もあるし、言質も取られてるでしょ?」

「それは、そうなんですけど……でも……」

「湊だって、男友達欲しいでしょ?」

「それは……」

「この学園は、女の子だけだから……湊は慣れたかもしれないけど、男性の友達の1人も欲しいでしょ?」

「慣れてませんよっ!?って、うぅ……ま、まあ、そう……ですね」

「けれど、この学園にいる限り、異性の友人を持つことは、お付き合いしていることと同じことになるのよ?そしたら、恋人のフリでもするしかないんじゃないかしら?」

「うぐっ……」

「それに、男友達がいた方が湊が幸せになれるでしょ?」

 

その一言に、僕の心が少し揺れる。

――風莉さんが僕の幸せを考えてくれている。

事が事ではあるけれど、その事実がとても嬉しくて。

気づけば、僕の意思はもうほとんど決まりかけていた。

 

「でも、恋人のフリなんて……そんな難しそうなこと、ボクには無理なんじゃ……」

「……?いつも、女の子のフリしてるでしょ?」

「……あ」

 

そ、そういえばそうだった――!

今完全に、自分が女装しているということを忘れていた。

さっきは慣れてないと言ったけど、実はこの学園もこの姿も、もう既に慣れてしまっているのかもしれない……。

 

「女装して生活できるんだから、恋人のフリするのもできるでしょ?」

「それは……そうかもしれませんけど……」

「やっぱり、それしかないわね……頑張りなさい、湊」

「か、風莉さんっ!?」

「じゃあ、おやすみなさい。湊」

「ちょっ、風莉さん……!?」

 

そう言うと、風莉さんは電気を消して、ベッドに入ってしまった。

 

「(悠さん、なんて言うかなぁ……)」

 

あの時僕が悠さんを振ったのに、今更恋人のフリしろだなんて言われても、悠さんも困るに違いない。

…………。

でも、最初は驚くと思うけど……たぶんきっと、悠さんならそれでも笑って許してくれるのだろう。

……僕としては、逆に悠さんにそうさせてしまうのが、なんというか申し訳ないんだけれど……。

 

「(大丈夫、かなぁ……)」

 

明日の事を心配しながら、部屋の明かりを落とす。

夜の闇に包まれた部屋に、カーテンの隙間からそっと月明かりが射し込む。

その微かな光に照らされながら、僕の意識は夢の中へと吸い込まれていくのだった。

 

 

 




次のやつはいつも通り4000字くらいになります!
自分としてはできるだけストックを用意したいんですが、わりとギリギリで……毎日投稿している人とかすごいなと思うばかりです。

では次は、湊くんが悠に風莉様のアドバイスを伝えに行く話です!
果たして湊は悠にちゃんと話せるのか!?
お楽しみに~!


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ガール?フレンド(偽)

前回の続き!
噂への対策?として風莉様から思わぬ解決策を伝えられた湊。
果たして湊はこの解決策を悠に話すのか?そして、湊達の関係はどうなってしまうのか!?

今回も投稿ペースが遅くてすみません……
いつもいつもこんな拙い文章なのに、読んでくださって本当にありがとうございます!
感謝しかないです!


 

 

 

翌日の夕方。

学校が終わり、みんなが部活動やら何やらで青春を満喫している中。

俺は一人、あの喫茶店へと向かっていた。

というのも、昨日の帰り際に、次の日の4時にまたここで集まろうと湊さんと約束したからなのだが……。

 

「湊さん……大丈夫だったかな?」

 

通い慣れた道を歩きながら、ふと、湊さんのことを考える。

昨日は湊さんに、噂の件を"理事長をしているルームメイトの子"に頼んでもらうこととなった。

そのため、今日はその結果を聞くことになっているのだ。

 

悠「(良い結果が聞ければいいけど……まあ、もしダメでもまた一緒に考えればいいか)」

 

そんなことを考えながら、最後の曲がり角を右に曲がる。

ここさえ曲がれば、もうそろそろ店が見えてくるはずだが……。

 

「(……おかしい)」

 

俺は確かに、5分前に着くように学校を出たはずだ。

それなのに、店の前には既に……キョロキョロと周りを見ながら俺のことを待つ湊さんの姿があった。

 

「……あ、悠さん!」

「ごめんっ!……待たせちゃった、よね?」

「いえいえ、そんなことないですよ。ボクが早く着いてしまっただけですから」

 

逆にすみませんと言いながら、湊さんがにこやかに笑う。

どうやら、湊さんも早く着くように動いていたらしい。

 

「女の子を待たせるとか……反省しないとなぁ」

「そんな、気にしなくていいですよもう友達なんですから!」

「ありがとう、湊さん。けど、これは男としての意地みたいなものなんだ……!」

「確かn……あっ、そ、そうなんですねっ!」

「次は絶対、先に待つようにするから!」

「そうですか……じゃあボクは、もっと早く来るようにします!」

「じゃあ俺はもっともっと早く……ってこれじゃキリないじゃんか!」

 

そんな他愛もない話をしながら、店の中に入る。

でも、俺としては湊さんに「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」なんて、ちょっと言われたかったが……。

 

「(いや、落ち着け俺。そんなこと考えてる場合じゃないだろ)」

 

店員に案内されながら、そんな雑念を頭から追い出す。

席に座り、昨日と同じものを頼むと、俺は単刀直入に尋ねることにした。

 

「それで……相談できた?」

「……はい」

「どう……だった?」

「……すみません……ダメでした」

 

申し訳なさそうに、湊さんがそう告げる。

 

「理事長として、平等に扱わないといけないらしくて……」

「なるほど、な。しっかりしてる良い人なんだね。そしたら、どうしようか……」

 

状況が振り出しに戻り、新たな作戦を考え始める。

まあ、昨日は湊さんに任せる形になっちゃったから、今度は俺が考えないとな。

そう思って、気合いを入れ直す。

そうして考え始めようとした瞬間、湊さんが口を開いた。

 

「あの……その人が考えてくれたんです。……こうすればいいんじゃないかって方法を」

「え……まじ?それは……どんな方法なんだ?」

「それは……」

 

少し緊張しているようで、言葉に詰まる。

湊さんの次の言葉を待ちながら、一体どんな方法が出てくるのかと身構えていると――

 

「……こ、“恋人のフリをする”……です」

 

俺の予想を遥かに超えたような、そんな言葉が飛び出してきた。

………。

……。

…。

 

「(え?どゆこと!?)」

 

一瞬、頭が完全にフリーズした。

 

「(いや、言葉の意味は理解出来る……理解はできるんだ)」

 

しかし全くといっていいほど、思考が追いついてこない。

え?恋人って、あの恋人だよな……?

冗談かと思って、湊さんの方を見る。

しかし、その様子は冗談を言ってるようにも見えない。

 

「困ります……よね?」

「いや、あの……マジで何があったの!?」

「それが……」

 

そうして湊さんは、昨日の夜に理事長の子から言われたことを俺に話してくれた。

 

「なるほど……だんだん分かってきた」

 

湊さんの説明を受け、少しずつ思考が落ち着いてくる。

理事長さんの考えとしては、“証拠も取られているし、女子校だから男友達は難しいから、いっそのこと付き合うフリでもすればいい”といったもので、俺としても割と的を得ているように感じた。

 

「でも、嫌……ですよね」

「え?」

「ボク、一度振ってしまってますし……」

「…………」

「こ、この話は忘れてください!すみません、こんな話してしまって……あはは」

 

そう言って、申し訳なさそうにしながら、湊さんは俺でも分かるような作り笑いを浮かべた。

 

「湊さん」

「……はい」

「俺も最初は驚いたけどさでも、その子の言うことはあながち間違いじゃないのかな、って思ったんだ」

「悠さん……」

「俺は湊さんに振られたこと……気にしてない、って言ったら嘘になるけどさ。でも、俺は言って良かったって思ってるし……それに、湊さんは何も悪くない。悪いのは、あの時告白しちゃった俺の方なんだから」

「そんな、こと……」

 

何か言いたげな表情で、湊さんは俺の顔を見つめてくる。

けれど、俺は俺の気持ちを伝えるために、そのまま話を続ける。

 

「だからさ、1度振ったからって気にしなくていいんだって。湊さんが気に病む必要なんかないんだって。そんなこといったら、湊さんにそんな辛い思いさせてしまった俺が全て悪いんだから、"なんでこんなことしたんだー"って、俺の事怒ってくれても、恨んでくれてもいいんだからさ」

「悠、さん……」

「だからさ、どうするかは湊さんの好きなように決めて欲しい。俺はそれに従うから……いや、俺もそれに賛成するからさ」

 

全て、言いきった。

湊さんが自分を責めないように、湊さんが気を遣わないように。

色々考えて、今言えること全てを湊さんに話した。

 

「(これで、伝わったかな)」

 

そうなっていることを願いながら、湊さんの方を見る。

しかし、湊さんはどこか困ったような顔をしながら、力なく笑っていた。

 

「……やっぱり」

「うん?」

「やっぱり……悠さんは、受け入れてくれるんですよね……」

「え……」

「僕、分かってたんです。悠さんなら、絶対最後は受け入れてくれるんだろうなって」

「…………」

「だからこそ、嫌だったんです。そうやって悠さんに甘えるのが……」

「湊さん……」

「普通、振られた相手と恋人のフリするなんて、辛いに決まってます……!でも……それでも、悠さんは僕のことを優先して、辛くても困っても“いいよ”と言ってくれる……だから僕はっ――」

「湊さん」

 

言葉を断ち切るように、彼女の名を呼ぶ。

俺にはもう……これ以上、こんなに辛そうな湊さんの姿を見ていられなかった。

 

「さっきも言ったようにさ、湊さんは悪くないんだって」

「でもっ……」

「俺は嬉しいよ。湊さんがそうやって俺の事を考えてくれてたなんてさ。考えてみれば、女の子からこんな風に心配されたのって初めてだよ。それだけで、俺も湊さんと出会えて良かったなぁって思えるくらい、すごく嬉しいんだ」

「悠、さん……」

「だから、さ……」

 

早まる鼓動を抑えるために、大きく深呼吸をする。

そして、こちらを見つめる彼女の瞳に、そっと目を合わせる。

数え方によっては2度目と捉えられるこの瞬間。

決して慣れたわけじゃないけれど、それでも俺は――

 

「飛鳥湊さん。俺と恋人のフリ、してくれませんか」

 

抱いた気持ちを全部込めて、彼女にぶつけたのだった。

 

「……いいん、ですか……本当に?辛いんじゃ……ないんですか?」

「ああ、いいんだって。というか、逆に俺の方こそ申し訳ないよ」

「なんで、悠さんが謝るんですか……?」

「だって、さっき言ったこともそうだしさ。それに、理事長さんに頼むからって湊さんに全部任せちゃったし」

「それは……僕が適任だっただけで……」

「でも、それなら他の考えを出すくらい出来たはずだし」

「それは……」

「それに……たとえフリであったとしても、俺なんかが湊さんみたいな可愛らしい人の恋人になるなんて、おこがましいよなぁ……なんて――」

「そんなことありませんっ!悠さんは優しくて、正義感があって、それでいて自分より他人を優先する人で……この人ならいいかなって、そう思えたんです!」

「……っ……」

「だから……悠さん以外ありえません!それくらい、相手が悠さんで良かったって思ってますからっ!」

 

店中に聞こえるくらいの声で、湊さんは力強くそう言ってくれた。

 

「(や、やべぇ……!そういう意味じゃないって分かってるけどさ……!)」

 

一見、告白してるようにすら思えるほどの言葉がどんどん飛んできて、もはや気が気じゃなくなってくる。

ドクドクと心臓の鼓動が次第に早くなっていく。

感情の熱が心臓の鼓動と共に高まり、涼しい店の中なのに手汗が止まらない。

しかし、それにはもう1つ理由があった。

――周囲の目が、完全に俺たちに集まっていた。

 

「……あ」

 

自分の言ったことに気づいたようで、湊さんが少し顔を逸らす。

しかし、逸らそうとしても、今店にいる人たちから注目されちゃっているわけで……。

 

「あ、ああ……あああっ……」

「み、湊さん……落ち着いて、ね?」

「わ、忘れてくださいっ!」

「いや、でも……」

「いいから!お願いしますから!」

「そんなこと言われても……忘れられるわけないって」

「うぅ……」

 

湊さんが項垂れながらショックを受けていると、奥の方から店員さんがそっと近づいてきた。

 

「コーヒーをお持ちしました」

「あ、ありがとうございます」

「あっ、あの……うるさくして、すみません」

「大丈夫ですよ。それにしても……お2人とも、お熱いですね〜」

「「へ?」」

「なんだか、青春って感じがします。末長くお幸せにね!出来立てホヤホヤのカップルさん♪」

 

そう言うと、店員さんは別の客の方へと行ってしまった。

 

「(一体、何だったんだ……?)」

 

とりあえず気分を落ち着かせようと思い、持ってきてもらったコーヒーを一口啜る。

そうしてふと、周りを見回した時に――気づいてしまった。

周りの視線が、好奇心的なものから見守るようなものへと変化していたことに。

 

「あ……み、湊さん?」

「あ、ああ……」

「ちょっ、落ち着いて……!」

「な、なんで……なんで、こうなるんですかぁぁぁぁぁ!?」

 

湊さんの悲痛な叫びが、店中に響き渡る。

こうして、俺と湊さんとの“ちょっと変わった不思議な関係”が始まるのだった。

 

 

 




……ということで、
今回の話でやっと物語が動き出した……という感じになります。
次の話から悠と湊くんのもどかしいような関係が始まりますので、お楽しみに~!

次の投稿も同じくらいのペースになっちゃうかと思います。すみません!
次も読んでいただけたら幸いです!


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あの日見た彼氏の詳細を私達はまだ知らない。

前回の続きです!……って当たり前か
前回遂に湊達は恋人(偽)になったわけですが、これからどうなってしまうのか?
今回も読んでもらえるとありがたいです!

追記
一応言っておきますが、タイトルの「私達」は「クラスメイト」のことです。
悠君にやばそうな裏がある……とかではないので、心配しないでください!


 

 

 

「(はぁ〜……昨日は大変だったなぁ)」

 

喫茶店での事を思い出しながら、学園までの道を4人で歩く。

今日は柚子さんも一緒で、久しぶりにいつもの日常が戻ってきたようであった。

 

「……?どうしたの、湊?」

「あっ、いえ、何でもないですっ!」

「昨日から変よ?」

「だ、大丈夫ですからっ!」

「ごめんなさい湊さん……新聞のことですよね」

「い、いえっ、そのことはもう大丈夫ですよ」

「湊さん……」

 

そう言ってみたものの、柚子さんはどこか申し訳なさそうにしながら俯いてしまった。

というのも昨日、僕が悠さんと別れた後寮に戻ると、柚子さんが玄関で待っており、突然新聞のことについて謝ってきたのだ。

僕としては、確かに色々と大変なことになってしまったけど……柚子さんの気持ちもわからなくなかったし、柚子さんに悪意がないことも分かっているので、とりあえず許すことにした。

……したんだけど……。

 

「(柚子さん、ずっとこの調子なんですよね……)」

 

その後もずっと柚子さんは俯いたままで、結局今日になっても、柚子さんの表情は暗いままであった。

たぶん、新聞が予想以上の反響だったのもあってか、かなり負い目を感じているのだろう。

 

「柚子さん。気にしてないって言ったら嘘になりますけど……ボクはもう大丈夫ですよ

柚子さんの気持ちもわかっていますから」

「でも……」

「その代わり、今度からはこういうことはしないでくださいね?」

「湊さん……。分かりました、次からはちゃんと許可を取ってからにしますね!」

 

いや、許可も何も、そもそもそういう記事はやめて欲しいんだけど……。

まあでも……。

 

「(よかったぁ……少しは元気になってくれたみたいだ)」

 

心なしか、明るさを取り戻したような柚子さんの表情を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

しかし、もう1人の方は……。

 

「お姉様が、取られたぁ……うぅ……取られたのだぁ……」

「ひなたさんも落ち着いてくださいっ!別に僕は誰のものでもないですから」

「でも、お姉様はあの騎士の恋人なのだ……」

「うぐっ」

 

確かに、悠さんの恋人(偽)になった以上、ひなたさんの言うことは間違っていない。

それに、恋人のフリをするって決めた以上、安易に否定する訳にもいかないだろう。

というか、騎士の設定ってまだ続いてたんだ……。

 

「きょ、今日は……寝るまで一緒にいてあげますから、ね?」

「……一緒に寝たいのだ」

「そ、それはダメですっ!」

 

慌ててひなたさんの要求を断る。

 

「(そんなことしたら……ボクの理性が持たないよぉ)」

 

強めに拒否してしまったことを申し訳なく思いながらも、心を落ち着かせようと少し深呼吸する。

この学園に入学してから結構経つので、流石にお嬢様たちとの生活には慣れてきたけど、そういうことにはまだ完全には慣れていない。

まあ、慣れたら慣れたで男としてどうなんだ、って話なんだけど……。

 

「……む、大垣さん。湊には彼氏がいるのだから、それはまずいんじゃないかしら」

「うぅ……確かにそうなのだ……」

 

「(あれ?風莉さん……怒ってる?)」

 

どうしようかと困っていると、風莉さんは助け舟を出してくれた……のだが、その顔はどこか少しむすっとしていた。

 

「彼氏さんに申し訳ないのだ……」

「ま、まあ寝るまで一緒にいることくらいはできますから、ね?」

「分かったのだ。それじゃあお姉様、約束ね!」

 

そんな話をしながら、通い慣れてきた学園へと向かう。

 

「(恋人のフリをすることになったのはいいけど、大丈夫かなぁ……?)」

 

覚悟を決めたはいいものの、どこか少し心配になってくる。

春の心地よい風に吹かれながらも、僕の心はどこか落ち着かなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

そうこう話してるうちに、教室の前に着いた。

 

「(あぁ……なんか緊張するよぉ)」

 

一昨日、昨日と質問攻めに遭ったが、その時は全部否定してきた。

しかし、今は悠さんの恋人(偽)である以上、否定することは出来ない。

……よし。

覚悟を決めて、ドアにそっと手をかける。

 

「お、おはようございま……す」

 

挨拶をした瞬間に、クラスのみんなの視線が一気に僕の方に集まる。

 

「(……け、気圧されちゃダメだ。しっかりしないと!)」

 

「あ、飛鳥さん!おはよう」

「み、美結さん、おはようございます」

「あ、あの……飛鳥さん」

「はい……?」

「……飛鳥さん、ごめんね!」

「み、美結さん……!?」

「浮かれてたのもあるけど、流石にやりすぎだよね……本当にごめんなさい!」

 

予想外の言葉に、開いた口が塞がらなくなる。

 

「(美結さん……)」

 

昨日柚子さんに謝られてから、まさか立て続けに美結さんにも謝られることになるとは思ってなかった。

こういうところを見ると、美結さんの育ちの良さというか、根の優しさみたいなのが伝わってくる。

 

「今度あたしと柚子さんでパフェでも奢るからさ……許して!」

「私もですか?……って、まあ湊さんにはそれくらいして差し上げないとですね」

「そ、そんないいんですよ美結さん、柚子さん。まあ、確かに最初は大変でしたけど…… どちらにしろ、紅月学園では噂になってましたしね」

 

苦笑しながら、2人に向かってそう話す。

実際、柚子さんと美結さんが新聞を作らなくても写真自体は撮られていたんだし、そうすると、紅月学園からこっちに伝わるまでは時間の問題だった。

だからと言って、2人は悪くないと言うつもりはないけど……そんなに恨むほどのことでもないだろう。

 

「だから美結さん。次からは、こういうことはしないでくださいね?」

「飛鳥さんっ……!」

 

そう言うと、美結さんは僕の手を掴んで、ブンブンと上下に振る。

 

「やっぱり飛鳥さんは良い人だぁ〜!私がお嫁に貰いたいくらいだよ」

「わかります〜!理想のお嫁さん、って感じがしますよね」

 

「(お嫁、さん……)」

 

何だろう……褒められてるはずなのに、すごく複雑な気分になる。

やっぱり、悠さんと比べると、僕って男っぽくないからなぁ……。

なんというか、悲しい現実に直面した気がした。

 

「それでさ、また今日も聞いちゃうんだけど……結局、あの人と付き合ってるってことでいいんだよね?」

 

美結さんがその質問をした瞬間、教室中からガタッという音が聞こえてくる。

この質問は昨日も一昨日もされたんだけど……何度否定しても、証拠がある以上信じてもらえなかった。

まあ、でも……曲がりなりにも、今は悠さんの恋人(偽)だ。

これで認めてしまえば、もう質問されることもないだろう。

 

「……はい。そう、ですね。お付き合い……させてもらっています」

 

そう言った瞬間、クラスのみんなが一斉にこっちを向く。

そして案の定、みんな一斉に僕の席へと集まってきた。

 

「やっぱり本当だったんだね!2人はどうやって知り合ったの?」

「助けてもらった時の状況教えて欲しいんだけど!どんな感じだったの?」

「こんな可愛い湊さんと付き合えるなんて、羨ましすぎる!ねぇねぇ、どっちから告白したの?」

「相手はどんな人なの?優しい感じ?」

「ちょっ、みなさん、落ち着いてくださいよぉ〜!?」

 

予想以上の質問攻めに、半ばパニック状態になる。

まさかここまで食いついてくるとは思わなかった。

 

「(悠さん……今頃大丈夫かな?)」

 

今頃同じ思いをしているはずの相手へと、思いを馳せる。

そんなことを考えながら、僕は聞かれた質問に1つずつ答えていくのだった――。

 

 

 




というわけで、湊くんは予想通り質問攻めに遭っちゃいましたね……
まあ、これを見ると実は恋人のフリしない方が良かったのでは?とか思っちゃいますが、毎日否定し続けるよりかはマシなのかな?
次回は悠サイドの話です!お楽しみに~


……ここのところ忙しくて、執筆どころかTwitterすら開けないような毎日なんですが、投稿ペースだけはしっかりと守れるように頑張ります!


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友達が何を言っているかわからない件

前回の続きです~
投稿時間が毎回深夜なのは許してください!

あと、前々から気になっていたので、今回はセリフ改行のところを少し変えてみました。もし読みにくかったら言ってください!
それでは今回も読んでいただけたら幸いです笑


ホームルームが終わり、各々が次の授業の準備をし始める。

そんな中、いつものように悪友共が俺の席に集まってきた。

 

「なあ、悠。また今日も"彼女さん"の所にいくのか?」

「今日は行かねぇよ」

「今日は違うのか……って、え?……お前、ついに認めたのか!?」

「……まあ、な」

 

恥ずかしさを隠すために、素っ気なく返事をする。

 

「それにしても、悠。お前どこであんな可愛い子と知り合ったんだよ。てか、いつ知り合ったんだよマジで」

「まあ、ちょっと前に変な奴に絡まれてるのを見てな。それを助けたら……まあ、こうなった」

「あ〜……なんか、悠らしいな」

「そうか?」

「それにしても、あの子可愛すぎね?お前にはもったいないレベルに可愛いよマジで」

「確かにな〜。みんなはどう思う?」

「「「圧倒的不釣り合い」」」

「おい、いじめか!?」

 

最早恒例となったネタをやられ、なんとも言えない気持ちになる。

いやこれ、傍から見たらいじめだからね?マジで。

 

「まあ、確かに俺も不釣り合いだとは思うけどさ……」

「いやいや、でも悠は性格良いし、優しいじゃねぇか」

「そうだよ、悠なら大丈夫だって」

「いつもなんだかんだ言って助けてくれるしな」

「俺たち、お前が良い奴だって知ってるからな!」

「お前ら……」

 

悪友たちから、突然優しい言葉をかけられる。

まさか、こいつらにこんなに優しくされる日が来るなんて……。

こんなこと言われたら……俺……。

 

「いや、どの口が言ってんだよマジで!!!」

 

やはり今日も、突っ込まざるを得なかった。

 

「(こっちは何とかなったけど……湊さん、大丈夫かな?)」

 

今頃同じような状況に陥っているであろう相手のことが、些か心配になる。

湊さんって機転が利くけど、質問攻めとかされたらあたふたしそうだからなぁ。

 

「(まあ、次会う時に聞けばいいか)」

 

そんなことを考えながら、湊さんとの約束を思い出す。

というのも、実は週末に湊さんと会う約束をしているのだ。

まあ、恋人のフリをしている以上、怪しまれないために出かけようということなのだが……。

それを提案された時、喜びすぎてテンションがおかしなことになってしまったのは、言うまでもないだろう。

「(さて、どこに行こうかなぁ……!)」

 

湊さんと会えることに胸を高鳴らせながら、俺は急いで次の授業の準備をするのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――昼休み。

結局、午前中ずっとみんなから質問攻めされて、大変な目に遭った僕は、柚子さんたちに連れられて新聞部の部室に来ていた。

避難させてくれたのはありがたいけど、気がつけば、風莉さんやひなたさんまで着いてきていた。

 

「つ、疲れましたぁ……」

「お姉様、お疲れなのだ?」

「朝からずっと質問攻めされてましたからね」

「そうなのだ!?」

「すごい人気だったわ」

「まさか、あそこまでたくさん質問されることになるとは……」

 

実際、あの後からずっとクラスメイトの人たちに質問され続け、僕の席は転校してきた時みたいに休み時間ごとに囲まれていた。

まだ、午前中の授業が終わっただけなのに。

なんだろう……思い出しただけでも、どっと疲れが……。

 

「というわけで、責任を持ってうちの部室に避難してきたわけだけど……私も、質問してもいいかな?」

「まあ、そんなに沢山じゃなければ……」

「りょうかい!じゃあ……キスって、もうしたのかな?」

「わわっ!」

「む……」

「ちょっ、美結さん!」

「デリカシーに欠けてる……かな?うーん……でも、気になるところじゃない?」

「確かに、そうですね……私も聞いてみたいです〜!」

「柚子さんまでっ!?」

 

まさか、柚子さんにまで聞かれるとは思ってなかった。

というか、悠さんと僕は男同士なのに……その、キスなんて……。

 

「(そんなの、できるはずないよぉ!)」

 

まあ、悠さんは確かに、優しくてカッコイイ……けど。

流石に男同士でキスは無理があるだろう。

 

「それでそれで?湊さんはキスしたのかな?」

「もうっ!してないですよぉ〜!からかわないでくださいっ!」

「からかってなんかないよ〜それにしても、ふむふむ……まだしてない、と」

「そ、そんなこと出来るわけないじゃないですかっ!」

「そう?カップルなら普通だと思ったんだけどなぁ〜」

「うぐっ」

「確かに、カップルさんってそういうイメージありますよね〜」

 

――そうだった。

僕はみんなの前では女の子だし、今は悠さんと恋人って設定だった……!

 

「(怪しまれちゃった……かな?)」

 

おそるおそる、みんなの顔を見る。

……案の定、みなさん不思議そうな表情を浮かべていた。

風莉さんの案とはいえ、僕から悠さんに提案したのに僕自身が忘れるなんて……これじゃあ悠さんに顔向けできないよぉ。

 

「湊たちは付き合い始めたばかりなのだから、仕方ないんじゃないかしら?」

「風莉さん……」

「確かに……クラスで質問されてた時にも言ってたね。それじゃあ、仕方ないか」

「お姉様の純潔が守られてて良かったのだぁ……」

「いやいや、ひなたちゃん、純潔って」

 

「(……助かったぁ)」

 

風莉さんが助け舟を出してくれたおかげで、なんとか怪しまれずに済んだ。

でも、もうこれ以上このような失敗は許されない。

 

「(次から気をつけないと……!)」

 

「じゃあ、もう1つだけ質問していいかな?次は軽めのやつにするからさ、ね?」

「まあ、それくらいなら……」

「じゃあ質問ね。湊さんたちって、デートとかってもうしたの?」

「でっ、デートですか!?それは……したことないですけど……」

「そうなんだ?カップルって、たくさんお出かけするものだと思ってたんだけど……」

「で、でも今週の日曜日に会う約束をしてて……あ」

 

しまった。

完全に失言だった――!

 

「あ、あのっ、これは……」

「湊さん、今週末に会うんですか〜」

「それってさ、私たちも会えたりできるかな?」

「だ、ダメですよっ!悠さん驚いちゃいますし……」

「お相手さんとも、ものすごく話してみたいんだけどなぁ〜?そう思うよね?ひなたちゃん」

「ククク……我が直接、円卓の騎士からお姉様を取り戻してみせるわ」

「ひなたさん!?」

「私も……湊の相手が、どんな人なのか、気になるわ」

「風莉さんまで!?」

 

ひなたさんどころか、まさか風莉さんまで食い付いてくるとは思わず、かなり驚いてしまった。

…………。

なんだろう……なぜだか、とてもマズい予感がする。

 

「ほらほら、ひなたさんも風莉さんもこう言ってるんだからさ、連れてきてよ〜」

「嫌ですよっ!というか、どこに連れてくるんですか!この学園に連れてきたら問題になりますよ?」

「……?学園長としては許可するけれど……?」

「ダメですってば!?」

 

何かおかしいのかしら、とでも言いたげな風莉さんを必死に止める。

こんなダメに決まってることでも、風莉さんなら本当にやりかねない。

このお嬢様は、良くも悪くもそういう人なのだ。

 

「(……というか、普通ダメだよね?これ!?)」

 

あまりに当たり前のように話しているせいか、もはや自分の方が間違っているようにさえ思えてきた。

 

「確かに……那波先生に聞かないと」

「そういう問題じゃないと思うんですが!?」

「それなら、寮に連れてくるのはどうなんですかね?」

「いやいや、もっとダメですって!」

「我が魔城の館で迎え撃つ、か。ククク……」

「なんでひなたさんは戦おうとしてるんですかぁ〜!?」

 

女子寮に男を連れてくるなんて、流石に学園よりも倫理的にマズいだろう。

……まあ、僕も一応男だから、正直何も言えないけど。

というか、あの設定"城"なのか"館"なのかまだはっきりしてなかったんだ。

 

「……寮に連れてこれるか、那波先生に聞いてみるわ」

「それじゃあ、みんなで頼みに行きましょう!」

「いやいや、無理ですってば」

「じゃあ、先生から許可とれたら寮に連れてくるってことで!あ、その時は私もそっちに行くね」

「もうっ、なんでみなさんそんなに乗り気なんですか〜!」

 

柚子さんたちに半ば強制的に連れられ、那波先生の元へと向かう。

 

「(流石に、先生なら止めてくれるよね……?)」

 

寮の管理もしてるし、たぶん大丈夫だろう。

……大丈夫、だよね?

そう思いながらも、何故か一抹の不安が僕の胸に強く残っていた。

 

 

 




というわけで、今回も読んでいただきありがとうございます!
今回は湊くんがつい口を滑らせて大変なことになってしまいましたが……
果たして、湊くんと悠君の初デートはどうなってしまうのか!?

ストックがついに無くなってしまって、現在地獄絵図になっていますが、どうにか次も同じペースで投稿できたらな~と思います!
ではでは次回も読んでいただけたら嬉しいです~


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彼氏、お借りします

前回の続きです!
お嬢様たちが何か良からぬことを企んでいましたが……
果たして、湊くんと悠の初デートはどうなってしまうのか……?
今回も読んでいただけると幸いです笑

……というか、いつもより投稿時間が遅くなっちゃってすみません!




 

 

真上に上った太陽に照らされながら、通い慣れてない道を一人歩く。

今日は週末。すなわち湊さんと会う日であり、俺は一人集合場所の鈴女の校門へと向かっていた。

 

「(結局、何も決めてないんだよなぁ……)」

 

女子と出かけるなんて滅多にないことなので、数日前からこの日を楽しみにしていたのだが……。

こういう時、どういうところに行けばいいのか分からず、昨日どころか今日の朝まで何しようか色々考えていたのだが……結局何も浮かばなくて、正直焦っている。

デートじゃないっていうのは分かってるけど、傍から見ればデートのようなものだし、流石にエスコートくらいはしないと……と思っていたのだが、いかんせんそういった知識がないため、その結果がこの有様である。

 

「(情けねえなぁ、俺)」

 

自分の不甲斐なさにがっかりしながらも、先へと進む。

ここら辺はお屋敷や洋館が立ち並んでおり、まさしく高級住宅街と言った感じだ。

そのため、庶民の俺には程遠い別世界に来たように感じるのだが……、と。

そうこうしているうちに、校門が見えてきた。

よく見ると校門には、鈴女の学生と思われる女の子が1人立っていた。

私服姿であるため判別しにくいが、きっとここの生徒なのだろう。

 

「(不審に思われるだろうけど……まあ、湊さんが来るまでの辛抱だ)」

 

そう考えながら、女の子から少し距離を置いた場所で立ち止まる――と。

 

「――もしかして、飛鳥さんの彼氏さん?」

 

突然、目の前にいた女の子に話しかけられた。

 

「あ、ああ。そうだけど……?」

「良かったぁ。人違いだったらどうしようかと思ったよ」

「君は一体……?」

「飛鳥さんの友達の皆見美結です!よろしくね!」

「よろ……しく?」

 

あまりに突然の事で、全くと言っていいほど理解が追いつかない。

意味が分からず呆然としていると、女の子は少し申し訳なさそうにしながら話を続けた。

 

「まあ、そういう反応になるよね〜話すと少し長くなるけど、説明聞いてくれるかな?」

「ああ……そうしてもらえると助かる」

 

正直にそう答えると、美結さんは何があったのかを話し始めた。

…………。

………。

……。

 

「……というわけで、八坂さんを連れてくることになったのでした〜!」

「…………」

「そして道案内役として……私、皆見美結が迎えに来たのでした〜!……って、あれ?反応薄くない???」

「あっ、ごめん。ちょっと頭パンクしてた」

「ちょっとちょっとー!」

 

頬を膨らませながら、皆見さんが抗議してくる。

しかしそう言われても、理解が全然追いつかないわけで……。

 

「……ってか、そういう所って普通男が行っちゃ行けないのでは!?」

「そこは、先生から許可貰えたから大丈夫!」

「えぇ……?」

 

「(それ、教師としてどうなんだ……?)」

 

ツッコみたくなる気持ちを必死に抑える。

こんなこと、皆見さんに言っても仕方ないだろう。

…………。

……あれ?待てよ。

美結さんと共に寮に向かうってことは……。

 

「もしかして、湊さんは……」

「寮で待っててもらってまーす!」

「そうだったのか……」

 

案の定、湊さんはここには来ないらしい。

まあ、俺としてはどこに行くかも何も決めてなかったし、正直助かったけど……。

 

「(湊さんと2人じゃないのか……)」

 

内心どこかほっとしながら、別のどこかで落胆している……なんとも複雑な気分だ。

 

「――というわけで、飛鳥さんの待つ場所へ、しゅっぱーつ!」

「え?ちょっ」

「ほらほら、行くよ〜!」

「ちょっ、待てってば!」

 

美結さんに腕を引っ張られながら、一歩ずつ歩き出す。

そうして俺たちは、湊さんたちの住む寮へと向かうのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

美結さんと2人、湊さんたちが住む寮までの道を歩く。

一歩一歩進むに連れて、景色がどんどん見た事もないようなものへと変わっていく。

それは、先程見た屋敷や洋館よりもさらにしっかりとした御屋敷や洋館が立ち並ぶ高級住宅街であった。

しかし、街路樹が並び、道の端に小川が流れるこの静かな街並みは、俺としては嫌いではなく、むしろ心地良かった。

 

「ここら辺のお屋敷とかってすごいでしょ?」

「確かになぁ……凄すぎて、もはや何も言えねぇや」

「でしょでしょ〜?」

「というかさ、皆見さんも鈴女なんだよね?」

「そうだよー」

「じゃあ、皆見さんの家もさ。やっぱり、こういう……豪邸?なの?」

「いやいやいや、全然違うよ!私の家、普通の庶民の家だからさ」

「え……?」

 

予想外の答えに、またもや驚いてしまった。

鈴女の学生なのに……庶民?

 

「(いや、もしかしてお嬢様にとっての"庶民"ってことなんじゃないか?)」

 

そうすると、豪邸とまではいかないでも、普通に良い家なんじゃ……?

 

「あ、今お嬢様基準の"庶民"なのでは?とか考えたでしょ?」

「えっ、そ、そんなこと……」

「ふっふっふ〜この美結ちゃんにはお見通しなんだな〜!」

 

なん……だと……。

予想外の図星で、言葉に詰まる。

まさか、見抜かれてたなんて……!

 

「(でも、なんでだろう……)」

 

皆見さんと話していると、湊さんのような"お嬢様"って感じの人と話すより、うちの学校の女子と話すのに近い感じがする。

……けれど、何かが違う。

皆見さんは、相手のことをよく見ている……というか、周りに気を配ってるという感じがする。

これもきっと、彼女が持つ育ちの良さ……思いやりや優しさゆえのものなのだろう。

 

「はぁ〜……参ったよ。皆見さんには敵わないな」

「ふふ〜ん!でしょでしょ?」

「皆見さんって、優しいんだね」

「えっ、……え!?」

「俺が緊張しないように話しかけてくれてるんだろ?ただでさえ女子寮に行くっていうのに、その上知らない人と一緒に向かうからって」

「え、あっ、その……」

「心配してくれてるんだよね?」

「うっ……」

「気配りというか、気遣いが出来てて、凄いなぁって思うよ」

「……うぅ……」

「そういう人、素直に尊敬出来るよ」

「……っ!」

「だから、ありがとう。皆見さん」

「…………」

「あれ?皆見さん?」

「……そ、そんなことよりっ!うちの学園の紹介動画見て欲しいなぁ〜なんて」

「紹介動画?」

 

なんか話をそらされた気もするが……まぁ、あまり触れないでおこう。

 

「鈴女のいい所を紹介する動画で、ホームページに上げられてるんだけどさ〜そこの4回目の動画で、飛鳥さんの体操服姿見れるよ!」

「なん……だと……っ!?」

「あと、5回目で飛鳥さんが噛んで"にゃっ"って言ってるとこあるからさ。ぜひ見てほしいんだよ〜!そしてどうか、再生回数を……!」

 

湊さんの体操服……湊さんが噛んでるとこ……。

 

「(やべぇ……めっちゃ見たい)」

 

今すぐにでも見たいという欲望が、胸の内から込み上げてくる。

と、とりあえず今月の通信量を確認しよう。

……あ、いけるわ。

 

「おし、今見るわ」

「えっ!?」

「これか……」

「今見るの!?それは恥ずかしいというか……その……」

「あ、美結さん出てきた」

「って、もう見ちゃってるし!あはは……うん。それ、私がリポーターやってるんだよね」

「え?凄いじゃん!」

「そ、そんな褒めることでも……それに私、一応新聞部だし」

「新聞部なの!?だからこんなに動画の進行とかが上手いのか……」

「そ、そうかな?そう言ってくれると嬉しいけど」

「やっぱり皆見さんって凄いね。こんな堂々と紹介するなんて、俺には真似出来ないよ」

「……ぅ……」

「それに、皆見さん喋るの上手いし、その上かなり可愛いからさ。この動画、絶対人気出るよ!」

「か、かわっ……!?そ、そんな……お世辞はいいって!」

「…………?お世辞じゃないよ?割とガチで言ってるんだけど……?」

「あぅ……」

「あっ、ごめん……俺なんかに言われても、嫌だったよね?」

「えっと……あはは……全然嫌じゃないし、私としてはむしろ……嬉しいんだけどさ。その……そういうことは、飛鳥さん以外の女の子には、あんまりしない方がいいと思うんだよね」

「そういうこと……って?」

「自覚なし……か。飛鳥さんも大変だなぁ……」

「ちょっ、えっ?どういうこと!?」

「そんなことより、そろそろ見えてきたよー」

 

皆見さんの視線の先へと目を向ける。

すると、視界の先に洋館らしきものが見えてきた。

たぶんきっと、あれが湊さんたちの住む女子寮なのだろう。

 

「いや、話逸らさないでって!」

「じゃあ、ちょっと入口まで走ろっか!」

「え!?別にいいけど……

  って、完全に逸らされた!?」

……ちょっとドキッとさせられた仕返しなんだから

「え?今なんて言ったの?」

「な、なんでもないよっ!ほら、飛鳥さんが待ってるから急ぐよ〜!」

 

皆見さんに連れられて、寮までの道を走り出す。

俺の手を引きながら走る皆見さんの顔は、どこか赤らんでいるように見えたが……たぶんきっと、気の所為なのだろう。

こうして俺は、禁断の乙女の園へと足を踏み入れることになるのだった。

 

 

 




ということで、悠君がまさかのフラグ立てちゃいましたね……
鈍感で難聴とかエロゲ主人公かよ……!とか思いますが、どうか勘弁してやってください笑
……美結ちゃん可愛いのに、何でルート無いの……?

次は湊くん視点の話です!
那波先生の元へ向かった後、何があったのか?
どうして美結が悠を案内しに来たのか?
次回も読んでいただけると嬉しいです!

追記
感想を書いてくれた方がいたんですけど、嬉しすぎてガチで悶絶してました笑
感想とかめちゃくちゃ嬉しいので、ぜひ気軽に書いていただけたら……笑


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俺がお嬢様学校に「彼氏サンプル」として拉致られた件

続きです!
今回は少し分量が少ないですが、許してください……(笑)
前回では美結さんがちょっとデレてましたが、今回は湊君視点です!
ぜひぜひ読んでみてください~!


 

 

 

「(はぁ……どうしてこうなったんだろう)」

 

深い溜息をつきながら、壁にかかったカレンダーに目を向ける。

今日は悠さんと会う日。

つまり、2人でデート?する日である――はずだった。

 

「(……って、男同士なんだからデートなわけないよぉ)」

 

浮かんできた想像を振り払い、再び溜息をつく。

でもまあ、他の人から見ればデートにしか見えないよね……。

それにしても……。

 

「(まさか、七海先生が許可出すなんて……)」

 

あの後、みんなに連れられて職員室に行ったのだけど、七海先生がいなかったため、そのまま帰ることとなった。

しかし、ほっとしたのも束の間、先生が寮に戻ると柚子さんたちはすぐに許可を取りに向かった。

そして――。

まさかの、先生が監督としているという条件付きで、許可が出てしまった。

先生曰く、"面倒なことがなければいい。あと、面白そうだしな"ということらしい。

 

「(いかにも七海先生らしいとは思うけど……先生としてどうなんだろう……)」

 

自分が言えたことじゃ無いけど、男性を女子寮に連れてくるのは正直どうかと思う。

それに、僕が言うのもなんだし、悠さんはそんなことしないって分かってるけど……もしもの事があるかもしれない。

でもまあ、そもそも理事長が許可してる時点で、こうなることは分かっていたのかもしれないけどね。

 

「(けど流石に、この学園自由すぎるよぉ……)」

 

……ということで、今日は“僕が悠さんをここに連れてくる”ことになっているのだ。

 

「(元々は、悠さんとボクの2人で出かける予定だったんだけどなぁ……)」

 

溜息を吐きながら、出掛ける準備をする。

正直、この学園に来てから初めて男友達と遊ぶので、個人的には今日はすごく楽しみだったのだ。

…………。

 

「(いや、今からお嬢様たちに気づかれないように行けば、もしかしたら……?)」

 

我ながら名案を思いついた気がする。

これならいけるかもしれない。

幸い、今風莉さんは部屋にいないから……やるなら今しかない!

 

「(こうなったら、バレないようにしないと)」

 

扉を開け、廊下に誰もいないか確認する。

見た限り、廊下には誰もいないようだ。

音を立てないように階段を降り、玄関へと向かう。

よし、このまま扉を開ければ……!

 

「――湊」

 

ドアに手が触れた瞬間。

聞き慣れた声が、後ろから聞こえてきた。

 

「か、風莉さん……?」

 

恐る恐る振り向くと、案の定風莉お嬢様の姿がそこにあった。

 

「あ、あの……その……」

「――湊さん、なんでこそこそしてるんですか〜?」

 

また別の方から声が聞こえると、今度は部屋の奥から柚子さんとひなたさんがゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「そ、それは……」

「何してたのかしら?」

「え、えーと……」

「まさか、私たちに内緒で彼氏さんのところに行こうとしてた……とか?」

「あぅ……」

「お姉様可愛いのだ!」

 

どうやら、完全にバレていたようだ。

うぅ……恥ずかしいよぉ。

 

「……実はですね、もう美結さんには向かってもらってるんです」

「……えっ!?」

 

予想外の言葉に、自分の耳を疑う。

 

「(あれ?ボクが連れてくるはずじゃ……?)」

 

今日は僕が悠さんのところに行き、悠さんを連れて戻ってくる予定だったはず。

……まさか、先読みされてた!?

 

「ククク……我が策略にハマったようだな」

「たぶんですけど、そろそろ帰ってくる頃かと……」

 

そう言われて、ドアの方へ振り返ろうとした瞬間。

――ガチャッ。

 

「にゃっ」

「――彼氏さん、連れて来ました〜!」

「お、お邪魔……します……って、湊さん!?」

 

心配そうにしながら、悠さんがそっと手を差し伸べてくる。

というのも、ドアが開いたことに驚いて、尻もちをついてしまったのだ。

 

「(うぅ……恥ずかしいよぉ……)」

 

羞恥心を隠して、どうにか平静を装おうとする。

けれどきっと、今の僕の顔は真っ赤になっているのだろう。

 

「あはは……悠さん、こんにちは」

「大丈夫?怪我はしてない?どこか痛めたりとか……」

「だ、大丈夫です……っ!そ、それより悠さんっ」

「湊さんがそう言うならいいけど……どうしたの?」

「……逃げましょう!」

「え?……えええええっ!?」

 

突然のことに驚いてる悠さんの手を引き、脱兎の勢いでその場から逃げ出す。

 

「あ、ちょっと湊さんっ!」

 

驚く柚子さんたちを横目に、ただただ全力で駆け抜ける。

よしっ!このままなら――

 

「もうっ、美結さん!ひなたさん!」

「えっ……?」

「あいさ、任せてっ」

「お姉様を連れて逃げるでないぞ、円卓の騎士よ!」

 

先回りしていた美結さんが、僕達の目の前に立ちはだかる。

そして、少し遅れてひなたさんも後ろからやってきて、前後で挟まれてしまった。

 

「あはは……ちょっと無理そう、ですね」

「あの……俺、未だに状況理解出来てないんだけど……?」

「確保ーーーっ!!!」

「って、えっ!?うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 

柚子さんがそう言うと同時に、美結さんとひなたさんが悠さん目掛けて飛びつく。

そうして、一瞬のうちに、悠さんは押さえ込まれてしまった。

結果的に、女の子2人に抱きつかれる形となった悠さん。

けれど、その顔はそんなに満更でもなさそうで……。

…………。

悠さん……僕と2人で遊ぶはずだったのに……。

 

「(……はっ!?今の、は……?)」

 

今……僕、何考えてたんだろう?

なんか胸がモヤモヤするというかなんというか……。

……そ、そうだ!きっと、久しぶりの男同士での遊びを邪魔されたから、嫌だったんだろう。

 

「(た、たぶんそう……だよね?)」

 

ざわつく心を必死に鎮めながら、隣で倒れる偽りの恋人の姿を見つめる。

こうして……僕と悠さんの逃走劇は、幕を閉じたのだった。

 

 

 




ということで、悠君拉致られましたね(笑)
うらやまけしからんですw
湊くんめっちゃヤキモチ焼いてましたけど、本人はまだ否定してるんで温かく見守ってください~!

ストックがガチでないし、そろそろヤバイですけど……
来週も頑張って出せるようにしますので、ぜひ読んでいただければ幸いです~!


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(元)中二病でも恋をしたい!

前回の続きです!
拉致られてしまった悠。彼はオトメの園()で一体どうなってしまうのか!?
ぜひ読んでみてください!

毎回、こんな拙い文章ですが、見てくださって本当にありがとうございます!
UAとか感想はめちゃくちゃ励みになってます!感謝の気持ちでいっぱいです~笑



 

 

 

「――もうっ、どうして逃げようとしたんですか?」

 

頬を膨らませた黒髪巨乳美少女に、ジリジリと詰め寄られる。

 

「いや、それは俺が聞きたいんだけど……」

 

あの後、女子たちに拉致された俺は、湊さんと共に玄関まで連れ戻された。

連れてかれている途中、女性特有の膨らみが身体に触れて色々と危なかったが、湊さんの存在があったおかげでどうにか助かった。

流石に、名目上彼女持ちの男が、彼女の目の前で他の女の子を見て鼻の下を伸ばす訳にはいかないしな。

まあ、そんな大変なことがあって、結果的に今に至るのだが――。

 

「ぼ、ボクのせいです……悠さんごめんなさい」

「……湊さん、一体何があったの?」

「それは……

  …………」

「あ〜……湊さんなりの事情があったんでしょ?その顔見ればわかるよ」

「悠さん……」

「別に怒ったりとかしてる訳じゃないからね。どっちかっていうと、突然過ぎて驚いただけだし」

「悠さん……!」

「――おー、こいつが飛鳥の恋人ってやつか」

 

突然声が聞こえたと同時に、奥の部屋から少し大人びた女性が出てくる。

 

「あなたは……?」

「あー自己紹介しないとだよな……めんどくさ」

 

気怠そうにしながらそう話す、先生と思しき女性。

いや、なんでこの人自己紹介も面倒くさがってるの……?

 

「那波七海」

「え?」

「苗字が那波で名前が七海。あ、ツッコミ禁止な」

「あ……はい」

「ここの教師で、この寮の管理人だ。以上」

「あ……よ、よろしくお願いします」

 

どうやら、面倒くさがりというよりも、自己紹介があまり好きではないだけのようだ。

でもまあ、こんな気怠そうにしてても湊さんたちが驚かないということは、普段からこんな感じなのだろう。

 

「あっ、俺も自己紹介してませんでしたね。八坂悠です、よろしくお願いします」

「ん、よろしく」

「――あ、私たちも自己紹介を忘れてましたね〜」

「ほんとだわ、大事なお客様なのに、ごめんなさい」

「あ、いや、そんなかしこまらなくても……」

 

そう言いながら、黒髪の女の子と撫子色の髪をした女の子が頭を下げてくる。

流石はお嬢様学校の生徒とあって、かなり礼儀正しい。

湊さんもそうだったが、やはり所作の一つ一つが丁寧であり、育ちの良さのようなものが伝わってきた。

 

「私は西園寺風莉。この学園の理事長を務めているわ」

「あなたが理事長の……」

 

この人が、前に湊さんの言っていた理事長さんのようだ。

なんというか……俺が思ってたよりもずっと、しっかりしてそうな人だった。

 

「(確かに、この人なら学生でも理事長を務められそうだな)」

 

立ち振る舞いから言葉遣いまですべて完璧であり、まるで雲の上の存在がいるようにすら感じられる。

これは何が何でも、無礼のないようにしないと……!

 

「あなたのことは湊から聞いているわ。湊のこと、助けてくれてありがとう」

「いやいや、そんなお礼を言われるようなことじゃないよ」

「理事長として、感謝するわ」

「そう……かな?まあ、俺みたいなのがお役に立てて良かったよ」

「謙遜なさらなくてもいいんですよ。あなたの活躍は彼女さんから聞いてますからね〜」

「ちょっ、柚子さん!?」

「あなたは……?」

「貴船柚子です。湊さんとは同じクラスで、寮も同じのお友達なんです」

 

凛とした雰囲気を醸し出しながら、どこか親しみやすさを感じさせる。

そんな、大和撫子を彷彿とさせるその姿は、湊さんに負けず劣らずといったほどであった。

 

「(なんか、家事とか得意そうだなぁ)」

 

彼女の持つ家庭的な雰囲気から、エプロンして料理する姿が容易に想像できる。

きっと、この人の料理はかなり美味しいんだろうなぁ。

 

「西園寺さん、貴船さん。よろしくお願いします」

「よろしくお願いするわ」

「よろしくお願いします〜」

 

自己紹介してくれた2人に対して、軽く挨拶をする。

 

「(えーと、湊さんや美結さんは知ってるから、あともう1人は……)」

 

「ククク……」

 

突然、ゲームのラスボスがしそうな笑い声が聞こえてくる。

なんだろう……すごく嫌な予感がする。

 

「――我が名は東方将軍ツァラトゥストラ。魔王軍四天王が一人にして神を殺す者なり」

 

…………ん?

 

「(今、なんて言った……?)」

 

なんというか、お嬢様学校からは考えられないような言葉が聞こえてきた気がしたんだが……。

 

「(俺の聞き間違いじゃなければ、今ツァラトゥストラとか四天王って言ってたような……?)」

 

「お姉さまを返せ!円卓の騎士よ」

「ちょっ、"ひなた"さん!」

「え、円卓……?」

「ほら、悠さん困ってるじゃないですか!」ひなた「いでよ!魔弾ブリューナク!これでお前を始末するのだ!」

「そんな物騒な言葉使わないでくださいよ!」

「…………」

 

……なんとなく、理解した。

 

「(あー、中二病だわこれ)」

 

――中二病。

おおよそ全ての男が経験する一過性の病気であり、大体の人にとっては思い出したくもない黒歴史である。

俺自身、あの時は死ぬほど痛い言動や行動を取っていたから、その辛さは痛いほど分かるのだが……。

しかし、なぜこの子が……?

 

「(もしかして……男が来るからってことで、あえてやってみた……とか?)」

 

もちろん、可能性はゼロではない。

しかし、あの言動の慣れ方と服装からすると、その線は薄いだろう。

となると、まさか本当に……?

 

「(この歳の女の子が、中二病……だと……?)」

 

予想外の事態に、驚きを隠せなくなる。

世の中って広いんだなぁ……。

……って、なんて返せばいいんだこれ!?

返答に困り、即座に考えを巡らせる。

 

「(流石に、普通に返すのは可哀想だよなぁ……)」

 

確かに、もし自分だったら、これを流されたらなかなか辛いものがある。

…………。

 

「(正直、割とガチでキツいけど……

   もういっそのこと、やってみるか)」

 

決意を固め、ゆっくりと深呼吸をする。

……この子のために、少しは頑張らないとな。

そうして俺は、かつて自分の中に封印したパンドラの箱を開けるのだった。

 

「どうしたのだ?降参するのか?」

「……ふっ、そうか。ならばこちらも……やるしかあるまいな」

「……なっ!?」

「え……?」

「ふぅ……ここはキャメロットではないが……まあ、いいだろう――我が剣は、焔を裂き鋼を断ち、有象無象を斬り伏せる」

「…………!」

「――されど、その力は血肉が飛び交う争いの為に非ず――ひとえに、我が祖国の民草を守り抜く為のものなり」

「はわわっ!」

「――しかして、これは我が城、我が国に安寧をもたらす象徴の劔――風を薙ぎ、大地を震わせ、日輪・月輪の相反する力を我に授けよ……今この時だけは、この力――我が“最愛の者”のために捧げよう」

 

羞恥心で死にたくなる気持ちを必死に殺し、最後の言葉を述べる。

こうなったら、やけくそじゃぁぁぁぁぁ!!!

 

「閃光と共に消え失せろッ!エクスッ……カリバァァァァァ!!!」

 

詠唱を唱え終わると同時に、思い切り不可視の剣を振りかざす。

 

「()」

 

己の恥を捨て去り、全力でやりきった。

だから……だから、後悔なんてないんだ!

……たぶん、きっと。

 

「……こんな感じでやってみたけど……大丈夫だったかな?」

「…………」

「ちょっと、雑にやり過ぎちゃった……よね?エクスカリバーとか、流石に有名どころ過ぎるし……」

「…………」

「……ごめんね?」

「……す……」

「……す?」

「す、すごいのだっ!」

 

「――――」

 

…………え?

予想外の言葉に、思考が止まってしまった。

 

「(すご、い……?)」

 

まさか、中二系詠唱を褒められるとは思っておらず、二の句が継げなくなる。

え……まじで?

 

「ぜひとも我が魔王軍に……いや、我が好敵手として認めようなのだ!」

「あ……え?」

 

そう言うと、"ひなた"と呼ばれる女の子は俺の手を握ってくる。

……どうやら俺は、"ツァラトゥストラちゃん"に気に入られてしまったようだ。

 

「(なんだろう……この感じ)」

 

女の子から手を握られるのなんて嬉しいはずなのに、何故か素直に喜べない。

そんな、嬉しいような辛いようなよく分からない複雑な感情が、俺の中に渦巻いていた。

 

「――悠、さん……」

 

突然聞こえた湊さんの声に、ふと我に返る。

あ……ここ玄関だった!?

 

「あっ……ご、ごめんなさいみなさん!見苦しい姿を見せてしまって……」

 

慌てながら皆の方を向き、深々と頭を下げる。

 

「(や、やっちまったぁ……)」

 

自分の置かれた状況を思い出し、後悔の念に駆られるが……流石にもう遅いだろう。

湊さんたち、きっとドン引きしてるんだろうなぁ……。

 

「すごかったです〜!ひなたさんがもう1人いるみたいでした!」

「……え?」

「大垣さんについて行ける人、初めて見たわ」

「お前もそういう感じなのか?」

「ち、違うんですっ!昔の自分もこんな感じだったなって思って……ちょっと思い出しながらやっただけなんです!」

 

先生の言葉を必死に訂正する。

 

「(こ、このままじゃやばいって……)」

 

ここでどうにかしないと、間違いなくそういう人間だと認識される。

ツァラトゥストラちゃんみたいな女子がやるならまだしも、この歳の男で中二病は流石にまずいだろう。

 

「でも、かなり慣れた感じだったよね?」

「中学生の頃を思い出しながらやったんだって!すごーーーーーく恥ずかしかったけど!」

 

少し早口になりながら、美結さんの言葉を必死に訂正する。

流石に、久しぶりにやったんだから、慣れてるわけないだろう。

…………。

ない……よね?

 

「……え、円卓の騎士よっ!」

 

不意に名前を呼ばれ、後ろを振り返る。

 

「あ、あの……も、もっとやりたい……のだ!」

「あ、いや……」

「だめ……かな?」

「うっ……!」

 

そう言いながら、上目遣いで頼み込んでくるひなたちゃん。

 

「(そ、その顔はダメだって……!)」

 

胸に込み上げてくる気持ちを、どうにか必死に抑える。

曲がりなりにも、俺は湊さんと付き合ってることになってるんだ。

ここでデレてることがバレたら、理事長さんに何されるか分からないし、浮気なんて言われたらひとたまりもないだろう。

 

「…………」

 

ふと……真横から、視線を感じる。

気になって振り向くと、湊さんがこちらをじっと見ていた。

 

「(怒ってる……?)」

 

いやいや、流石にあの優しい湊さんに限ってそんなはずはないだろう。

 

「(それこそ、嫉妬くらいだし……って、湊さんがそんなことするはずないよな)」

 

いくらなんでも妄想しすぎだろ!と自分にツッコミを入れる。

やっぱ俺……湊さんのこと、諦めきれてないのかな。

そう思いながらも、なぜか分からないが、胃が少しキリキリしていた。

 

「〜〜っ!もう……!ひなたさんっ、悠さん困ってますから」

「お、お姉様……?」

「ちゃんと自己紹介してくださいっ!」

「わ、わかったのだ!」

 

湊さんに言われ、"ひなた"ちゃんはこちらへと向き直る。

 

「……お、大垣ひなた……です。1年生……です。あの、良かったら……また、遊んで欲しい……のだ」

 

期待と羨望に満ちた表情から一転して、不安げな顔でそう尋ねてくる"大垣さん"。

正直、今も恥ずかしいけど……これは降参だな。

 

「ああ、全然いいよ。また次会った時にでもやろうか」

「いいのだ!?」

「ああ、次までにもうちょっと色々思い出してくるよ」

「やったのだ〜!ありがとうなのだ、円卓の騎士!」

 

そう言って、嬉しそうに跳ね回る大垣さん。

こんなに喜んでくれるなら、中二病も案外悪くないのかも……?

 

「やっぱり本当は満更でもなかったり?」

「いやいや、恥ずかしいからね!?」

 

危ねぇ……流されかけるところだった。

 

「…………」

「ふ〜ん。なんだ飛鳥、嫉妬してんのか?」

「ふぇっ!?い、いや……そんなことは……!」

「嫉妬してる湊さん……可愛いですっ」

「飛鳥さんの嫉妬……これはいい記事になりそう」

「ち、違いますっ!べ、別にそういう訳じゃ……って、記事にしないでくださいっ!」

「湊可愛いわ」

「風莉さんまで……!も、もうっ!悠さん、これは違くてですね……って、悠さん……?」

「あ、いや、ちょっと待って!今絶対見られちゃいけない顔してるから!」

「え……?」

「待って、お願い1回待って!マジで!」

「そ、それは……どういうことなんですかぁー!?」

 

湊さんにツッコまれながら、必死に顔を隠す。

たぶん俺、今相当気持ち悪い顔してると思う。

それも、見なくてもわかるレベルで。

 

「(湊さん可愛すぎかよぉ……)」

 

そうして、この後もお嬢様たちの湊さんイジりは続くのだった。

その最中も、とにかくニヤケ顔を隠すのに必死だったのは言うまでもないだろう。

 

 

 




ひなたの中二病に、まさかの悠が中二病で対抗するというとんでもシーンでしたが、いかがだったでしょうか?
個人的に悠の詠唱は割と雑にやってしまったかなと少し後悔していますが……まあ、元中二病という設定だし大丈夫かな?笑
というか湊くん可愛い(脳死)

ということで、次も第二寮での話です!
一体どんな話になるのか、楽しみにしていてください!

追記
ストック全切れしました。やばい……。
もしいつものペースで出せなかったらごめんなさい!
できる限り頑張ります!


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八坂くんは断れない!(前)

今回もどうにか間に合いました~笑
というわけで、前回の続きです!
お嬢様たちの楽園(笑)に足を踏み入れた(拉致られた)主人様。
前回はひなたに中二ムーブをかました割に、なぜかお嬢様たちに受け入れられていたが……一体どうなってしまうのか!?
今回も読んでいただければ幸いです~!

毎回感想や評価をくださって、本当にありがとうございます!
書いていく上でかなり励みになるので、いつも感謝してます!嬉しいです~!


 

 

 

「――というわけで!彼氏さんに質問してみようのコーナー!」

「え……え?」

 

唐突な掛け声と共に、謎のコーナーが始まった。

 

「(しつ、もん……?)」

 

思考停止した俺を横目に、皆見さんは話を続ける。

 

「色々とたくさん質問させていただきますね?」

「え……ま、まあ、いいですけど……」

「いいんですか!?」

「まあ、余程の質問じゃなければ……ね?」

 

一応、お嬢様たちに念を押しておく。

それこそ、変な質問されたらたまったもんじゃないからな。

 

「それじゃあまずは私から!――どっちから告白したんですか?」

「ちょっ!?げほっごほっ……」

「ゆ、悠さん大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……まさか最初からぶち込んでくるとは……」

「えっへん!」

「いや、褒めてないよ!?」

 

まさか、最初からその質問が来るとは思わずむせてしまった。

確かに俺と湊さんは、偽りではあるが、恋人関係にある。

そのため、この質問が来ること自体は別に変なことでもないのだが……。

さて、どう言おうか……。

 

「(ちゃんと付き合ってるわけじゃないからなぁ……)」

 

別に告白して付き合ったわけではないため、どう説明しようか考える。

まあ、一応湊さんに告白したことあるし……俺、だよな。

 

「あー……うん。俺から、言いました」

「「きゃー!」」

「へぇ〜お前から言ったのか」

「まあ……はい。一応」

「悠さん……」

 

湊さんの方を見ると、どこか少し申し訳なさそうな顔をしていた。

たぶんきっと、俺を振ったことに対して、まだ少し罪悪感を感じているのだろう。

もう気にしなくていいのに……やっぱ湊さんは優しいなぁ。

 

「じゃあ、最初は湊さんのことどう思ったんですか?」

「間髪入れずにきたな!?まあ、最初……か」

 

貴船さんに聞かれて、湊さんと出会った夜のことを思い出す。

これ、正直に言っちゃっていい……かな?

 

「湊さんは上品でお淑やかで、それでいて可愛くて……」

「それでそれで?」

「初めて見た瞬間、運命を感じたんだ」

「……好みだった、ということ?」

「まあ、平たく言えば……超どストライクだった!」

「…………っ!?」

 

俺がそう言った瞬間、湊さんはビクッと体を震わせた。

 

「お姉様、また顔が赤くなってるのだ?」

「ち、違いますっ!これは褒められ慣れてないだけで……本当はちょっと複雑なんです!……あ」

「……ごめん。あんまり言わない方が良かった……よね」

「あ、いやっ!そうじゃなくて……」

 

湊さんに言われ、自分の言動を省みる。

やっぱり複雑……だよなぁ。

一応フラれてるんだし……こういうことを言うと、未練がましいって思われても仕方ないだろう。

 

「(もう、今度から言わないようにしよう……)」

 

「……違うわ、八坂さん」

「……へ?」

「湊は、可愛いと言われるのがあまり好きではないの」

「……え?そうなの?」

「は、はいっ!……でも、悠さんに褒めてもらったことは、凄く嬉しいというかなんというか……あ、ありがとう……ございます」

「湊さん……」

 

湊さんにそう言われ、少し照れながらも2人で向かい合う。

 

「(やべぇ……心臓がバクバクいってるし、湊さんの顔が直視できねぇ!)」

 

「って、こらー!みんなの前でイチャイチャするの禁止!」

「べっ、別にイチャイチャなんて……」

「してませんよ!?」

「息ぴったりです〜」

「なんか夫婦みたいだな」

「夫婦じゃありませんよぉ〜!」

 

湊さんと共に、皆見さんの言葉を必死に否定する。

……一瞬、湊さんとの結婚生活を想像してしまったことは、湊さんには黙っていよう。

 

「気を取り直して、次の質問!」

「じゃ、じゃあ次は我が質問するのだ!」

「ああ、変なのじゃなければいいよ」

「お姉様を助けた時って、どんな感じだったのだ?」

「なるほど、そのことか」

「確かに、本人の口から聞いてみたいですね」

「新聞に載せたくらいのことしか知らないもんね〜」

「私も気になるわ」

 

「(やっぱ、この質問だよな……)」

 

正直、この質問がくることは予想していた。

まあ、学校でも散々同じような質問をされたし、だからといって、何かある訳でもないけどさ。

そんなことを考えながら、先程出された高級そうなティーカップをそっと口に運ぶ。

少し風味の強い、ダージリンのストレートであった。

 

「どんな感じ……と言われても難しいんだけど……まあ、ほとんどみんな知ってることと同じだよ。湊さんが絡まれてて、助けようとしただけ」

「どうやって助けたのだ?」

「あー……うん。最初は言葉で解決しようとしたんだよ」

「それで、喧嘩になって……円卓の力を?」

「円卓じゃないよ!?って、まあ……喧嘩にはなったんだけどさ。実は、その前に言葉が詰まっちゃって……湊さんに助けて貰ったんだよ」

「そうなのだ!?」

 

あの日のことを思い出しながら、自分の行動の恥ずかしさにむず痒くなる。

 

「ほんと情けないなぁって、しみじみ思うよ」

「そ、そんなことありません!悠さんは僕のこと助けてくれたんですから」

「湊さん……」

「はいはいイチャつくの禁止ー!」

「イチャついてないよ!?」

「いや、今のは完全に雰囲気がアウトだった」

「まじか……」

 

皆見さんに注意され、少し反省する。

まあでも、今まで付き合ったことないから、そういう感覚なんて分からないし……。

……仕方ない、よね?

 

「それにしても、どうやって倒したんだ?相手は3人いたんだろ?」

「それはまあ、相手の動きが素人のそれでしたし……それに、湊さんがいる前で、かっこ悪いところ見せられないなって思って」

「湊さんを守るために……素敵です〜!」

「でも、悠さんのあの時の動き……只者じゃありませんでした。悠さんって何か武術とか嗜んでたんですか?」

「いや、まあ……多少は、ね」

「やっぱり……」

「まあ、こんな感じで大丈夫かな?」

「ありがとうなのだ!円卓の騎士!」

「普通の時は名前で呼んでーーー!?」

 

このままじゃ本当に、円卓の騎士として覚えられてしまうかもしれない。

何としてもそれだけは避けたいのだが……どこかそうなってしまうような気がしてくる。

そんな思いに駆られながらも、お嬢様たちからの質問に一つ一つ答えていくのだった。

 

 

 




というわけで、悠君への質問攻めが始まりました~!
今回個人的には、湊君がビクってなってるところがお気に入りですね笑
一応、この話と次の話でお嬢様たちからの質問コーナーをやる予定なので、次も読んでいただけると幸いです!

ストックがないため短めになってしまって本当に申し訳ないです……。
自分としては書きたいのですが、時間が……
次もこれくらいの分量になってしまうかと思いますが、読んでいただければと思います!


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八坂くんは断れない!(後)

今回も間に合った~!前回の続きです!
お嬢様たちからの質問攻めにどうにかボロを出さないように耐える悠君。
果たして、無事残りの質問に耐えられるのか!?
今回もぜひ読んでいただければ幸いです~!

追記
前回の投稿直後に、UAが一気に300くらいになっててめちゃくちゃ驚きました!
そして、先週のUAは初の500を到達していて嬉しすぎて泣きそうです!
こんな拙い話をこんなに読んでくれたのか……って思うと、なんかもう語彙力失いそうなくらい嬉しいです!!!
話を書く上でめっっっちゃくちゃ励みになるので、本当にありがたいです!


 

「じゃあ、次の――」

「次の質問で」

「あ!司会の役取られたー!?」

 

そんこんなで、美結さんと共に軽い茶番を繰り広げる。

どうやら、質問されるうちにお嬢様たちにも慣れてきたようだ。

まあ、一応ここは女子寮だから、厳密には慣れちゃいけないんだけどさ。

 

「次はあたし……か。あたしはパスでいいや」

「いいんですか?」

「まあ、めんどくせぇし、教師が生徒に聞くのもなんか変だからな」

「なるほど……確かに」

 

めんどくさそうにため息をつきながら、七海先生はそう告げる。

めんどくさがりはどうかと思うけど、今回ばかりは助かった……。

 

「そうなると、次は……飛鳥さん!」

「えぇっ!?ボク……ですか?」

「あっ、取り返された!」

「ふっ!まだまだ甘いわー!」

「くっ……!」

「2人とも、そこまでにしておいて」

「「はーい」」

 

西園寺さんに怒られ、皆見さんと共に反省する。

今一瞬、湊さんの方から視線を感じたような気がしたけど……。

多分きっと、気の所為なのだろう。

 

「それにしても、彼女さんの立場からの質問ですかぁ……一体、どんな質問なんでしょうか?」

「お姉様の質問、楽しみなのだ」

 

そう言いながら、お嬢様たちは期待の目で湊さんの方を見る。

まあ、かく言う俺も、どんな質問をされるのか気になってるんだけどさ。

 

「あ、あの……」

「あ、ああ」

「しゅ、趣味は……何ですか?」

「「「えっ!?」」」

「趣味、か……」

「いやいや、ちょっとちょっとちょっと!?なんでサラッと流してるの!?」

「お前ら、お見合いか何かよ!?」

「…………?」

「その質問……恋人がする質問じゃないですよね?」

「あ……確かに……」

「今気づいたのだ!?」

 

正直、貴船さんに言われるまで気づかなかった。

そっか……湊さんと恋人(偽)になってからだいぶ経つもんな。

それほどまで湊さんと一緒にいるのに趣味も知らないってのは、確かに変だよな。

…………。

それにしても、趣味……か。

 

「うーん……ゲームとか音楽聴くのも好きなんだけど……強いて言えば、料理とか家事全般、かな?」

「「「えっ!?」」」

 

趣味を言った瞬間、お嬢様たちが一斉に声を上げた。

え……俺、なんか悪いこと言っちゃったのか……!?

 

「うわっ、お前もか!理解出来ねぇ〜」

「流石に酷くないですか!?……って、お前"も"?」

「お姉様と一緒なのだ!」

 

「(お姉様……?)」

 

大垣さんの言葉を頭の中で反芻する。

"お姉様"ってことは、まさか……。

 

「まさか……湊さんも?」

「ふっふーん!飛鳥さんは凄く料理が上手なんだよ〜」

「いつも私たちの食事を作ってくれるんです」

「それに、掃除から洗濯までなんでもやってくれるからな」

 

まるで自分の事のように、誇らしげに話す女性陣。

その様子から、湊さんがどれほど周りに好かれているのか容易に想像がついた。

 

「(俺、湊さんと同じ趣味だったのか……!)」

 

予想外の事実に、嬉しさが込み上げてくる。

今まで、この趣味が同じ人なんて見たことが無かったため、かつてないほどに喜んでいるのが自分でも分かった。

 

「あの……!料理とかが趣味って……本当、ですか?」

「そうだよ!湊さんも同じ……ってことでいいんだよね?」

「…………!はいっ!ボクも料理とか大好きなんですよ!」

「良かったわね、湊」

「あぁ……!同じ趣味の人、いてくれたぁ……!」

 

そう言いながら、満足そうに顔をほころばせる湊さん。

それはまるで子供のような――曇りのない無邪気な笑顔だった。

 

「湊さんは、料理とかどこで知ったの?」

「僕の場合は、祖母が昔メイドをしていたので、その祖母に仕込まれたんです。そしたら、だんだん楽しくなってきちゃって。それで今は、この寮の家事をやってるんです!」

「へぇ〜、好きだからやってる感じかぁ」

「悠さんは、どうやって?」

「俺は……昔から人に頼まれることが多くてさ。色々な事を手伝ってきたら、いつの間にかできるようになってたんだよね」

「そうだったんですか?」

「ああ。それで、みんなの手伝いをしていくうちに、それ自体が楽しくなってきちゃって。そのまま趣味になった、ってわけ」

「そんなことがあったんですね」

 

うんうんと頷きながら、俺の話を聞いてくれる湊さん。

表情をコロコロと変えながらも、俺の言葉に相槌を打つその様子は、湊さんの聞き上手なところを十二分に表していた。

 

「湊と似ているけれど、少し違うわね」

「確かにそうですね〜」

「好きになったから手伝いをする飛鳥さんと。手伝いをするうちに好きになった彼氏くん……か。なんか、そんな感じで料理対決出来そうじゃない?」

「確かに、めんどいけど少し見てみたい気もするな」

「いやいや!そんな、俺なんか料理の腕なんてまだまだですよ」

「そういう人ほど、実は達人……とかあるのだ!」

「能ある鷹は爪を隠す、と言うものね」

「そんなことないですって!」

「ボクも、人と比べられるほど上手くないから、心配です……」

「飛鳥さんが料理上手いのは私たちは知ってるから、謙遜しなくていいって!」

「け、謙遜なんてしてないですよぉ!」

 

そう言いながら、少し遠慮気味に湊さんはこちらに目を向けてくる。

 

「(湊さん、絶対料理上手いんだろうなぁ……)」

 

1度でいいから、湊さんの手料理食べてみたい。

湊さんと目を合わせながら、そんなことを考えている、と――。

 

「――じゃあ、私も参加していいですか?」

「「「…………」」」

 

――賑やかだった場の空気が、しんと静まり返る。

 

「(あ、あれ?みんなどうしたんだ……?)」

 

あまりに突然の事で、全くと言っていいほど状況が飲み込めない。

今、貴船さんが話し始めた途端、一斉に黙り込んだような気がしたんだけど……?

 

「私が料理の話をすると、皆さんいつもこうなんです〜!」

「え……どゆこと?」

 

「(料理の話をすると、いつも……?)」

 

なぜかわからないが、嫌な予感がする。

これって、もしかしなくても……まさか……?

 

「円卓の騎士よ、気をつけるのだ……」

「あいつの料理は常軌を逸してる……」

「あー……やっぱりそういう感じかぁ……」

 

皆の沈黙の意味を、図らずも察してしまった。

 

「(こんな美少女が、メシマズ……だと……?)」

 

にわかには信じがたいが、皆の顔を見るからに、それが純然たる事実だということは明らかだった。

人は見た目によらないとはよく言うが、どうやら本当のことらしい。

 

「もうっ!みなさん酷いです」

「ゆ、柚子さんは、その……特殊ですから」

「うっぷ……」

「風莉さん!?」

「思い出したら……少し辛くなってきたわ」

「あ、あはは……」

 

どう反応すればいいか分からず、苦笑いを浮かべる。

思い出すだけで戻しそうになるってことは、相当のものなのだろう。

なんというか、お嬢様学校の闇(?)を見てしまったような気がした。

 

「き、気を取り直して次の質問!」

「……じ、じゃあ、次は私ね」

「だ、大丈夫?」

「……大丈夫よ、心配しないで」

 

少しよろめきながらも、そう話す西園寺さん。

どう見ても大丈夫そうには見えないのだが……まあ、本人が言うなら大丈夫なのだろう。

 

「質問なのだけれど、八坂さんは……」

 

じっと、次の言葉を待つ。

西園寺さんは俺たちの関係を知ってるから、流石に変な質問はしてこないだろう。

 

「……湊のこと、どのくらい好きなのかしら?」

「――――」

「これはあたしも気になるー!」

「我も気になるのだ!」

 

西園寺さんの質問に、一瞬自分の耳を疑う。

 

「(西園寺さんって、俺と湊さんの関係知ってるんだよね!?)」

 

正直、西園寺さんが何を考えてるのか、全くと言っていいほど分からない。

一体、どうしてこんな質問を……?

助けを求めて、湊さんの方に視線を向ける。

 

「…………!?」

 

まあ、予想通り……湊さんも突然の事だったようであたふたしていた。

この様子からすると、湊さんもこの質問がくることは知らなかったのだろう。

そうなると本当に……どうして西園寺さんは……?

 

「西園寺、さん……?」

「あなたの本心を教えて欲しいの……おねがい」

 

先程までとは違う真剣な声色で、彼女は俺にそう言った。

その両目には、明確な意思が宿っていた。

…………。

きっと、西園寺さんは、俺が湊さんのことをどれほど大切に思っているのか聞きたいのだろう。

たとえ、本当の恋人じゃないとしても……俺が湊さんにとっての"偽の恋人"として任せられる人物なのか、その目で確かめたいと考えているんだ。

 

「(覚悟を決めろ、俺)」

 

恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。

西園寺さんは、湊さんのことを思って俺にこの質問をしているんだ。

臆することなんてない。気持ちを伝えればいいんだ。

たとえ偽りの恋人であったとしても、湊さんとずっと一緒にいたい。

――そんな気持ちを。

周りに引かれてもいい。湊さんに引かれてもいい。

それでも……その想いを、この人に伝えるんだ。

そう決心し、俺は――

 

「俺は、湊さんのことを……」

「…………」

「愛しています」

 

ありのままの想いを、歯に衣着せず真っ直ぐにぶつけた。

 

「…………!」

「そう……ならいいわ」

 

俺の言葉を聞くと、西園寺さんは驚く湊さんを横目に、こちらへと近づいてくる。

そして――

 

「湊のこと、よろしくお願いするわ」

 

そう言って、俺に手を差し伸べながら、満足そうな笑みを浮かべるのだった。

 

「ごちそうさまでした〜!」

「湊さんも八坂さんも顔を赤くしちゃって、可愛いです!」

「ほんとだ!真っ赤なのだ!」

「これは、キスする流れなのでは?」

「「そんなことないですから!」」

 

一段落つくと、案の定女性陣が食いついてきた。

流石に、この場でキスとか公開処刑だろ!

 

「(……って、そもそもキスしちゃダメじゃん!?)」

 

何を考えてるんだ、と自分にツッコミを入れる。

元々俺は、湊さんに1度振られてるんだ。

仮初の恋人になったとはいえ、湊さんに断られたというその事実は変わらない。

それなのに、キスするなんて……そんなこと出来るはずがない!

 

「まあ、確かに……そういうのって、2人だけの時にするものですよね」

「「……」」

「あれ?反応が……」

「お前ら、キスしたことないのか?」

「あ、あるわけないじゃないですか!」

「恋人同士なのにか?」

「……っ!」

 

その事を出されると、さすがに反論できなくなる。

あれ……これ、ピンチじゃね!?

 

「じゃあ、“デートした時”は何もしないってこと?」

「で、デート……」

「……あれ?彼氏くんもこの反応ってことは……」

「もしかして、湊さんたちって本当に……」

「で、デート……したこと、ないです」

「……ふぇ?」

「まだ、1回もない……です」

 

やむを得ず、湊さんと共に現状を告げる。

もういっその事、"本当の恋人じゃないから無理なんだ"と説明したくなるが……もちろん、そんなこと言えるはずもない。

 

「ほ、ほんとにしたことないのか?」

「そう……ですね」

「へぇ〜湊さんの言ってたこと、本当だったんだぁ……ちょっと驚いちゃったなぁ」

「うぅ……」

「あれ?少し思ったんですけど……まさか、今日が初デートの予定だった……とか?」

「そうなのだ!?」

「それなら流石に、申し訳ないわね……」

 

そう言って、申し訳なさそうに下を向く西園寺さん。

あれ?待って……なんか、変な方向に進んでないかこれ?

 

「あ、いや……今日は一緒に出かけるってだけでしたし、別にデートって訳では……」

「…………」

「なくなかったですっ!めちゃくちゃデートするつもりでした!」

 

流石に……今回は分かった。

今の湊さんの視線……多分、デートじゃないと怪しまれるってことなのだろう。

今回の俺、結構冴えてるんじゃないか……。

 

「それは……申し訳ないことをしたわ」

「……あっ」

 

……前言撤回。

詰んだわ……これ。

 

「ち、違うんです!別にそういう訳では無いんです!」

「申し訳ありません……」

「貴船さんまで!?」

 

次第に、みんなの視線がこちらに集まる。

その表情には、どこか後ろめたさのようなものが見え隠れしており……。

 

「なんというか……すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」

 

あまりの罪悪感に耐えきれず、

俺はただ、謝ることしかできなかった。

窓の外に見えた空は、哀愁を感じさせるような黄昏色に染まっていた。

 

 

 




というわけで、主人公への質問でしたけど……風莉様やっぱ良い人ですね~!
個人的に、悠と美結がふざけて風莉様に怒られてるとこがめちゃくちゃ好きなのですが、やはり風莉様は良き……!
次は、視点を湊さんに戻して話を進めていく予定です~
また次もぜひぜひ読んでいただけたらなと思います!

前書きにも書きましたが、本当にありがとうございます!!!
次も同じペースで投稿できるように頑張ります!


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ああっ風莉さまっ

前回の続きです~!
……すみません!
前回書いた通り、本当は湊君視点の話を書いていたのですが、今回は間に合わなかったので、その前の風莉さんとの話までの投稿になってしまいました(泣)
そのため、湊君視点は次回になってしまいましたが……ぜひ読んでいただければと思います!



 

 

 

茜色に染まった空を見上げながら、自販機で買ってきたペットボトルに口をつける。

 

「ふぅ……」

 

外の空気を吸いに出た俺は、今日一日のことを思い出していた。

今日は湊さんと2人で出かける予定だったのが……なぜか女子寮に連れてかれることになり、個性豊かなお嬢様たちと出会うこととなった。

 

「(まあ、色々あったけど……今日は楽しかったなぁ)」

 

最初は、慣れない場所であるため、緊張しまくって大変だった。

けれど、次第にお嬢様たちにも慣れ、様々な話をしていくうちに打ち解けることができたように思える。

ぶっちゃけ行先も決まってなかったし、ある意味、今回は2人で出かけられなくて良かったのかもな。

そんな、湊さんに知られちゃいけないようなことを考えながら、手に持った緑茶を一口飲む。

 

「――ちょっと、いいかしら?」

 

突然、後ろの方から声が聞こえてくる。

少しドキリとしながらおそるおそる振り返ると、そこにあったのは以外にも西園寺さんの姿であった。

 

「どうかしましたか?」

「あの、さっきの話なのだけれど……」

「…………?」

 

さっきの話……あ。

 

「……あっ!?すみません、あれは違うんですっ!」

「そのことじゃないわ」

「……え?違うの……?」

「それよりもう少し前の話」

「もう少し前……?」

「その時にも言ったのだけれど、湊は可愛いと言われるのが嫌で、誰に言われても複雑そうな顔をするの」

「あ、ああ、その話か……って、そういえばそういうこと言ってましたね」

「そうよ。だから……あなたにもその反応をしていたの」

 

そう話しながら、西園寺さんは俺の隣に腰掛ける。

湊さんの第一印象について話した時、湊さんは少し複雑そうな顔をしていた。

正直あの時は、想いを語り過ぎたせいで気持ち悪がられていたのかと思ったけど。

あの後の西園寺さんの説明がなかったら、完全に凹んでたなぁ……。

 

「――けれど……珍しいの」

「珍しい……?」

「湊が、その事に対して感謝するのは」

「そう……なの!?」

「それこそ、湊がそのことで“嬉しい”と感謝を述べたのは……私の見た限りだと、あなたが初めてよ」

「……えっ!?」

 

驚きのあまり、西園寺さんを二度見する。

 

「(俺、が……?)」

 

予想外の情報に、頭が回らなくなってくる。

湊さんが……俺に、だけ……?

 

「それにあなたは、私に湊への想いを教えてくれた。その言葉から、湊のことを大切に思う気持ちは十分に伝わったわ」

「そんな、俺は……」

「私は……あなたなら、湊を支えられると思っているから」

「…………」

 

先程とは一転して真剣な面持ちになり、改まった声で西園寺さんはそう告げる。

 

「湊は、あなたと出会って変わったわ。あなたが湊を助けてくれた日以来、湊はあなたと会った日には、いつもその話をしてくれるの」

「え……」

「その話をする時の湊は、いつも嬉しそうにしているわ。あなたに出会う前よりも、今の湊は活き活きとしてる」

「そう……だったのか」

「だからね、八坂さん」

 

西園寺さんは改まって、こちらに体を向ける。

 

「好きな相手と"偽の恋人"という関係を維持するのは辛いことだと思うわ。けれど、それでも……湊のために、湊の友達でいてくれないかしら……?」

 

そう言って、彼女はゆっくりと頭を下げた。

……普通、友達のためにここまでできる人なんてそうそういないだろう。

けれど……それをこの人は平気でやっている。

 

「(西園寺さんには、敵わないなぁ……)」

 

西園寺さんの持つ人徳に素直に感心しながら、彼女の方に向き直る。

そして、西園寺さんの思いに応えるためにも、俺は今抱いている自分の本心を打ち明けた。

 

「俺は……湊さんといると、楽しいんです。世界が、色づいて見えるんです」

「…………」

「俺も、湊さんと出会ってから毎日が変わりました。まあ正直、辛いって思う時もありますけどね……」

「……っ……」

「でも俺は、一緒にいられるだけで嬉しいって。ずっと一緒にいたいって、そう思ってますから。だから……心配しないでください」

「……そう。よかった……ありがとう」

 

自分の気持ちを正直に伝えると、西園寺さんは"ありがとう"と俺に感謝を示した。

自分の事じゃないのに、こうも喜ぶとは……。

学生でありながら、一学園の理事長を務める者としての風格を、一瞬で理解させられた。

 

「あの、八坂さん」

「はい?」

「無理に敬語なんて使わなくていいのだけれど……?」

「あー……一応理事長さんだから、使わないとなって思ってたんですけど……」

「私は理事長を務めているけど、同い年であることに変わりはないわ。だから、楽な話し方にしてくれると嬉しいわ」

「……わかった。お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」

 

バレてたのかと思いながら、敬語からタメ口に切り替える。

同い年の人に敬語使うことに少し違和感を感じていたから、正直ありがたい。

 

「西園寺さんって、やっぱすげぇな……」

「どういうこと?」

「湊さんのこと、ここまで親身になって心配してんだもん。並の人間じゃ出来ないよ」

「そう……かしら?」

「ああ!……って、まあ理事長だから、生徒のことを心配するなんて当たり前なのかもしれないけどさ。それでも、それは普通じゃできないって」

「…………」

「それもこれも全部、西園寺さんの優しさがあってこそなんだよ。あー……そう考えると、俺なんかまだまだだなぁ……」

「そ、そんなことないわ。あなただって、湊を助けてくれたのだし」

「俺は、西園寺さんほどじゃないよ。相手のことを思い遣って、相手の幸せを考えて動いてる……そんなことができるのは、真に心の優しい人だけだと思うんだ」

「……っ……」

「だから、西園寺さんのこと、素直に尊敬できるよ……って、なんか上から目線っぽいな!?」

 

素直に思ったことを告げると、西園寺さんは黙り込んでしまった。

……ちょっと言い方間違えちゃったかな?

 

「八坂さんも、優しすぎると思うわ」

「え……?俺?いやいや、そんなことないって」

「あなたも十分優しいわ。今日のあなたを見ていたらわかるもの。だから……その優しさを、湊に向けてあげて」

 

西園寺さんにそう言われ、少しむず痒いような感覚を覚える。

その言葉から、湊さんのことを本当に大事に思っているのが、はっきりと伝わってきた。

 

「ありがとう。西園寺さん

「そちらこそ、ね。いつでも……先生が許可してくれれば、来ていいのよ?」

「いやっ、流石にそんな……ってか、女子寮はまずいでしょ!?」

「それでも、また来た時は歓迎するわ」

 

そう言って、西園寺さんはにこやかに微笑んだ。

今回も含めて、女子寮は色々まずい気がするけど……。

まあでも……お嬢様たちと話すの、楽しかったからな。

 

「じゃあ、もしもまた大丈夫だったら……その時は、西園寺さんたちの話を聞かせてほしいな」

 

俺の返事を聞くと、西園寺さんは"いいわ"と言って、今日1番の笑みを浮かべた。

…………。

………。

……。

その後も少し話をしてから、俺たちは皆の元へ戻った。

水平線に沈む夕日の明かりが、なぜだか今日は温かく感じられた。

 

 

 




というわけで、湊が知らないところでの2人での会話でしたね~
風莉さんからの信頼を無事にゲットした悠君ですが、湊くんとの関係に進展はあるのか!?
次こそは湊視点ですので、お楽しみに~!
ではでは、次回も読んでいただけたら幸いです。

追記
毎回UAが増えるのが嬉しくて、ニヤニヤしながら描いてますw
本当に毎回みんなさん読んでいただいてありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しいです(語彙力)
……サブタイトルの流れ作っちゃったせいで、毎回ネタ切れとの戦い


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この夕空に(デートの)約束をー

どうにか間に合いました!前回の続きです!
今回は予定通り湊くん視点の話になっております。……前回はすみませんでした(;A;)
毎度毎度拙い文章ですが、ぜひぜひ読んでいただけると嬉しいです!

追記
毎週感想や評価ありがとうございます!書く上で励みになっています笑


 

 

 

街を包む朱色の空が、次第に夕闇に溶けていく。

あれから時間はあっという間に過ぎていき、気がつけば、時計の針は7時を回っていた。

悠さんを学園まで送るために、通学路を悠さんと2人で歩く。

街路樹の間から、春の心地良い風が吹いていた。

 

「ごめんな、送ってもらっちゃって……」

「いえいえ!僕がやりたくてやってることですから」

 

少し申し訳なさそうに、悠さんが謝ってくる。

あの後、帰り道がわからないだろうと風莉さんたちに言われて、悠さんを学園まで送っていくことになった。

流石に申し訳ないと悠さんは最後まで拒んでいたけど……僕自身、今日はあまり悠さんと話せなかったからということで、無理言って送らせてもらうことにしたのだ。

 

「それにしても……お嬢様たちって、俺が思ってたイメージと全然違ったわ」

「なんか、すみません!?」

「あっ、いや!そうじゃなくてさ。もっとこう……冷たい感じのイメージだったんだよ、お嬢様学校の人って。まあ、湊さんは違うんだけどさ」

「そう……なんですか?」

「ああ。だから良い意味で驚いちゃったよ」

「それは良かったぁ〜」

 

お嬢様たちに対して良い印象を持ってくれたようで、少しほっとした。

まあ、お嬢様たちの変なところは見られてないし……流石に、ね。

そんなことを考えながら、通い慣れた道を悠さんと2人並んで歩く。

気になったことがあったんだけど……今なら聞いていい、かな?

 

「あの〜……悠さん」

「ん?」

「質問のとき、ボクの第一印象みたいなの言ってくれましたけど、あれって……」

「あっ、あの時は、つい……本音が出ちゃって……」

「本音……ですか?」

「ああ……」

「そう……ですか」

 

悠さんの様子からすると、どうやら本当にお世辞とかではなく、嘘偽りのない本心だったようだ。

 

「("超どストライク"……か)」

 

悠さんの言葉を、頭の中で反芻する。

本当なら同性にこんなこと言われても嬉しくないのに……何故か、悪い気はしなかった。

 

「あ、あと、ずっと気になってたんですけど……ボクと最初にあった時は、下の名前で呼ぼうってなったのに、風莉さんたちにはなんで言わなかったんですか?」

 

話のついでに、今日一日ずっと抱いていた疑問を口にする。

僕が初めて会った時は、呼びにくいから下の名前で……ってなったけど、今日は誰にも言っていなかった。

なにか理由があるのかなと考えていると、悠さんは少しはにかみながら口を開いた。

 

「一応、湊さんと恋人同士ってことになってるからさ。他の子を下の名前で呼ぶのって良くないかなぁ……って。まあ、今回は初対面だし、何回か会ったら変わるかもだけど」

「そうだったんですか……」

「ああ。おかしかった……かな?」

「いえ、そんなことはありませんよ。バレないように徹底してくれて、ありがとうございます!」

 

感謝されるほどじゃないよ、と言いながら、悠さんは少し頬を緩ませる。

自分だけ特別だったのかなと思ったのだけど、どうやら恋人であることを不自然に思われないように悠さんなりに配慮してくれていたようだ。

……勘違いしちゃったことは、悠さんには内緒にしておこう。

 

「あ、あのさ……」

「はい……?」

「…………」

「…………?」

 

会話が途切れ、辺りが沈黙に包まれる。

何か言いかけてたけど……悠さん、どうしたんだろう?

 

「み、湊さん!」

「は、はいっ……!」

「次はさ、2人だけで出かけようか?は、初デートってことで」

「はい……!

……って、ええっ!?」

 

悠さんの言葉に、一瞬自分の耳を疑う。

 

「で、でででデート……ですか!?」

「あ、ああ。さっきも皆見さんに言われたけどさ。やっぱり、この関係がバレないようにするには、ちゃんと恋人らしいことをするしかないと思うんだ」

「そう、ですよね……」

 

確かに、僕は今日のことを勝手にデートだと考えていた。

理由としてはもちろん、悠さんの言っていることと同じだ。

けど、まさか……悠さんの口から、デートという言葉が出てくるとはゆめゆめ思わなかった。

 

「湊さん……?やっぱり、嫌……だったかな?」

「ち、違うんです!ちょっと戸惑ってしまっただけで……悠さんとのデート、楽しみです……!」

「……っ……!!!」

 

僕に背を向け、大きくガッツポーズする悠さん。

悠さんが喜んでくれて、僕としても嬉しいんだけど……。

それにしても……悠さんとデート、か。

 

「(同性の友達と出かけられるのは嬉しいし、自分で考えてる時は良かったんだけど……でも……いざ、"デート"って言われると……ちょっと複雑なんだよなぁ)」

 

悠さんから目を逸らし、自分の足元に視線を落とす。

――そう。僕は悠さんの偽の恋人である前に、悠さんに自身の性別を偽っている。

悠さんに、まだ男だってことを打ち明けられていないのだ。

 

「(ごめんなさい……悠さん)」

 

罪悪感に、胸を締めつけられる。

正直、悠さんなら言いふらしたり脅してきたりすることは無いだろう。

だからこそ、打ち明けてもいいとも思うんだけど……。

 

「(でも……怖いよぉ……)」

 

悠さんに嫌われるかもしれない。軽蔑されてしまうかもれしない。

そんな嫌な妄想が、頭の中を駆け巡る。

そうなったら、もう友達ではいられなくなるかもしれない。

せっかく手に入れたかけがえのない友達を……失ってしまうかもしれない。

そんなことになったら……僕は……ボクはっ――。

 

「――湊さん!」

「……え?」

 

不意に声をかけられ、悠さんの方を見る。

 

「さっきから呼んでたんだけど……どうしたの?」

「あっ、す、すみません!何でも……ないです」

「あ、いや、謝らなくていいんだよ。ただ……」

「ただ……?」

「湊さん、少し悩んでいるように見えたからさ。デート……嫌なら、いいんだよ」

「いや、ちがっ……そういう事じゃないんです」

「そう……なの?」

「はい……嫌では、ないんです」

「じゃあ……悩み事?」

「……はい」

「俺に出来ることなんて、そんなにないけど……言ってくれれば、話くらいは聞くよ」

「あ、いや……」

 

なんと言ったらいいのかわからず、言葉に詰まる。

流石にこんなこと、本人の前では言えないよぉ……。

 

「…………」

「ああ……うん。言いにくいことだったら、無理に言わなくていいからね」

「…………」

「でも、今の湊さん……辛そうだからさ。俺に出来ることなら何でもするから」

「悠さん……」

「相談なら、いつでも乗るからさ。話したい時に話してくれればいいよ」

 

真剣な顔つきで、そっと優しい言葉をかけてくれる悠さん。

 

「(こんなに心配してくれてるのに……申し訳ないよぉ……)」

 

悠さんの言葉に嬉しく思いながらも、後ろめたさのようなものが胸の中に募るばかりであった。

 

「…………」

「…………」

「……よしっ!」

 

突然、悠さんが足を止めた。

 

「湊さん、来週の日曜日って空いてるかな?」

「え?あ、空いてます……けど?」

「じゃあ、その日にデートしようか」

「……ふぇ?」

 

あまりに急な提案に、思考が停止する。

デートするとは言ったけど、なんで急に……?

 

「俺がそのデートで……湊さんを笑顔にするよ」

 

意を決した様な面持ちで、悠さんは僕にそう告げた。

 

「……ぁ……」

 

悠さんに見つめられ、言葉に詰まってしまう。

それほどまでに……僕にとってその言葉は嬉しかったんだ。

 

「ダメ……だったかな?」

「いえっ、そんなことありません!」

「じ、じゃあ、次の日曜日……デート、しようか」

「……はいっ!」

 

幸福感と罪悪感が心の中でせめぎ合いながらも、僕はその誘いを受け入れた。

…………。

このままじゃダメだってことは分かってる。

いつかは話さなきゃいけないんだってことも分かってる。

だけど、今この時だけは……この関係のままでいたかった。

月明かりに照らされた道に、一陣の風が吹き抜ける。

花の香り混じる春の夜風は、なぜだか少し冷たかった。

 

 

 




というわけで、次からは湊くんとの初デートになります!!!
湊くんの可愛い姿たくさん書くぞー!笑
一応、あまりグダグダしないように書こうとは思っているのですが、長くなったらすみません笑
次は主人公視点から始める予定なので、是非読んでいただけたらと思います!

追記
これからも自分の書きたいものを書いていくつもりですが、「ここ改善した方が良い」みたいなのがあったら、気兼ねなく言ってください!逆に喜びます笑
あと本当に感想ありがとうございます!ものすっごく嬉しいです笑


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デート・ア・ミナト

デート回です!!!
今回は悠君視点ですが、湊くんが可愛いのでぜひ見てください!

追記
湊くんキャラ崩壊してるだろー!と思う場合もあると思いますが、その時は温かい目で見てください笑
一応できる限りは寄せようと頑張っているので笑


 

 

 

「――やべぇめっちゃ緊張する……!」

 

校門前で一人、待ち人の姿が現れるのを待つ。

今日は湊さんとの約束の日であり、いつも通り俺は鈴女の前に来ていた。

真上に昇った太陽に目を向ける。

予報通り天気は快晴で、今日は絶好のデート日和であった。

…………

それにしても……。

 

「(周りの視線が刺さる……)」

 

先程から通行人に変な目で見られてるような気が……いや、確実に見られてる。

今日は日曜日なので、平日より人通りが多い分、いつもより視線を感じる。

まあ、そもそも女子校の前に男が1人で立っていたら、みんな不審に思うのは仕方ないとは思うけどさ。

 

「(……いい加減そろそろ集合場所変えないとなぁ)」

 

後で湊さんに聞いてみるか、と思いながら手に持ったスマホに目を落とす。

画面には、今日のデートの行き先一覧が映し出されている。

 

「(今日こそは大丈夫……なはず!)」

 

前回は、そういう知識が無かったために行き先が決まっていなかったところを、図らずもお嬢様たちに助けてもらう形になってしまった。

だから、そのことを反省して今回は事前に行先も決めてきたのだ。

 

「(あれから毎晩、"デートスポット""初めて"で検索しまくったんだ……これでダメだったら泣くぞマジで?)」

 

まあ、これでダメだったら湊さんに素直に謝ろう。うん。

そんなことを考えながら、最初の行き先を再確認する。

最初は、サイトにもオススメとして載っていた映画館に行くつもりだ。

オススメには上映中の恋愛モノの映画一覧が掲載されていたが、本当の恋人ではないから流石にそれはやめておいた。

 

「(まあ、気まずい空気になるのは目に見えてるからなぁ……)」

 

そんなわけで、俺はその代わりに"サメ映画"を見ることにした。

映画全然詳しくないからわかんないけど……昔からサメ映画って有名だし、多分大丈夫だろう。

……なぜか、席がほぼ空席ってくらいかなり空いてたのだが……まあ、大丈夫か。

緊張をほぐすために、もう一度何個かのサイトを開く。

最初は、ネットの情報だからどうかと思ったのだが……思ったよりちゃんとしたことが書いてあった。

実際、初デートだと遊園地とか行くものなのかなぁと思ったら、サイトには"初デートで遊園地は地雷!"と書いてあった。

そのサイトによれば、理由は“単純に話が続かなくなるから”らしい。

……危うく初デートで行くところだった……危ねぇ。

 

「(それにしても……早く来すぎなぁ……)」

 

スマホの右上に映し出された時間を確認する。

12時40分――約束の時間の20分前だ。

我ながらやりすぎだとは思うが……湊さんを待たせて以来、湊さんより早く着いていないと気が済まないのだ。

そのため、今回も"30分くらい前に着けば、流石に湊さんよりは早く着けるはず"と思って家を出たのだ。

……10分は時間潰せたけど、あと20分かぁ。

 

「(待ち合わせ場所もそうだけど……連絡先持ってれば楽なんだけどなぁ)」

 

時計を見ながら、ふと、そんなことを考える。

けれど、前に湊さんに聞いた時、湊さんは携帯を持ってないと言っていた。

何か事情があって買えないらしいけど……何があったんだろ。

……って、まあそういうことは、あまり詮索しない方がいいかもな。

聞かれたくない事だったら申し訳ないし、そのうちいつか聞け――

 

「――遅くなりました〜!」

 

1週間ぶりでありながら聞き慣れた声に、思考が中断される。

声をした方を向くと、遠くから手を振りながらかけてくる湊さんの姿があった。

……俺の(偽の)彼女、可愛すぎないか?マジで。

 

「待たせちゃいました……よね?」

「いや、俺も今来たことだから大丈夫だよ……って、湊さん早くない!?」

「あ、あはは……実は、今日が楽しみで……つい……というか、悠さんも早くないですか!?待ち合わせの時間まであと……20分もありますよっ!?」

 

湊さんは腕時計を見ると、目を丸くして驚いていた。

 

「あーえっと……お、俺も、楽しみでさ」

「そうなんですか!?よかったぁ〜!僕だけ舞い上がってたら、どうしようかと思いましたよ」

 

嬉しそうに話す湊さんの話を聞きながら……俺は、言葉に詰まっていた。

湊さんは――私服を着ていた。それも、異常なくらいに女子力の高い私服を。

襟にレースのついた紫色のブラウスと、袖がヒラヒラしたカーディガン。

派手ではないが、"女の子らしさ"みたいなものが強調されていて、湊さんの良さを存分に引き出していた。

…………。

 

「悠さん?」

「湊さんの私服……初めて見た」

「あれ……?あ、先週会った時は制服……でしたっけ?」

「ああ。午前中学校行ってたのかなぁ……って思ってたけど」

「あれは……つい、癖で」

「癖?」

「はい。悠さんと会う時はいつも制服だったので、それで……」

 

なるほど、と少し納得する。

色々言いたいこともあるけど……まあ、そういうこともあるのだろう。

てか、そんなことより湊さん可愛すぎない……?

さっきからそのせいで頭が上手く回らないんだけど。

 

「それにしても、湊さん……」

「……?」

「生足……やべぇ!(その服……似合ってるよ!)」

「……え?」

 

あ、間違えた。

一瞬にして、空気が凍りつく。

 

「その服……似合ってるよ!」

「……このまま、流せると思ってるんですか?」

 

にっこりとした笑顔を浮かべながら、湊さんはジリジリと詰め寄ってくる。

その笑顔はどことなく不自然であり、不気味さを感じさせた。

目が笑ってないように見えるんですが……!?

 

「あ、あのそのこれは違くてその、ね?ほんとマジであのえーと」

「じー……」

「うっ」

 

湊さんは目を細めながら、こちらをじっと見つめてくる。

いわゆるジト目ってやつだ。

 

「(こんなこと、今思うべきじゃないけど……湊さん、ジト目も可愛すぎだろ……!)」

 

なんか、そういう趣味だと勘違いされそうだけど、別に俺はそういう趣味ではない。

……多分、違う……はず。

 

「悠、さん?」

 

目に見えそうなくらいの黒いオーラを纏いながら、湊さんは首を傾げる。

 

「に、似合ってるって言いたかったんだ!」

「ふーん……?」

「俺の彼女が可愛すぎて、周りに見せつけてやりたいって思ったんだ!……はっ!?」

「……っ!」

「あっ、いや……その、えと……」

「ゆ、悠さんは……ボクのこの姿を、周りに見せびらかせようと……?」

「なんかちょっと語弊があるような気がするんだけど!?」

 

思わずツッコミを入れてしまった。

でも実際、道行く人がみんな湊さんの方を見てるし、湊さんはめちゃくちゃ可愛いと思う。

 

「(そうするとさ、優越感?みたいなのに浸ってみたいって思うじゃん!?そういう経験なかったんだから!)」

 

「そして、悠さんはボクの……な、生足を、じっくり見ようとしてたんですか!?」

「ち、違うんだ!……いやまあ、違わないとこもあるけど……!」

「生足……ですか」

「うぐっ!……はい」

「…………」

「ご、ごめん!嫌だった……よね?」

「…………」

「つい口が滑って、その……本心が、出ちゃったんだ……って、言い訳は見苦しいよね」

「……悠さん」

「はいっ!」

「許してあげてもいいです……けど」

「マジで!?ん……"けど"?」

 

湊さんの言葉が、どこか少し引っかかる。

あ、これなんか要求されるパターンじゃね?

 

「その代わりに……」

「そ、その代わりに……?」

「今日一日、エスコートしてもらいますからね?」

 

心なしか、湊さんはニヤニヤしながら、冗談めかしく俺にそう言った。

 

「(……やばい、あざと可愛いんだが……?)」

 

あまりの破壊力に、危うく昇天しかけてしまった。

こうなったら、俺も……!

 

「……って、流石に冗談で――」

「かしこまりました。お易い御用ですよ、湊さん」

 

そう言って、その場で跪いて湊さんの手を取る。

 

「え?……え!?」

 

まるでドラマや映画の告白シーンにあるような構図を再現する。

……正直、こういうのちょっとやってみたかった。

 

「ゆ、悠さん!?ひ、人前でこういうことするのは……!」

「じゃあ、誰も見てなかったらいいのかな?」

「そ、そういう事じゃなくて……!うぅ……悠さん……意地悪です」

 

そう言いながら、湊さんは頬を膨らませる。

どうやら少しやりすぎてしまったようだ。

 

「ごめんね、湊さん。つい、やりたくなっちゃって」

「反省してください、もうっ!」

 

顔を紅潮させながら、腕をポカポカと叩いてくる湊さん。

……でも、怒ってる湊さんも可愛いなぁ。

 

「……あ、そうだ」

「ん?」

「ボク、風莉さんに携帯買って貰ったんです」

「そうなの?……って、西園寺さんに!?」

 

予想外の名前に、思わず聞き返してしまった。

え、どういうこと?なんで西園寺さんが……?

 

「あー……そういえば、まだ言ってませんでしたね。ボク、風莉さんに"拾われたんです"」

「……え?」

 

「("拾われた"……?)」

 

追加の情報に、さらに頭の中が混乱してくる。

"拾われた"って、一体……?

 

「元々ボク、おばあちゃんと二人暮しだったんですよ」

「うん」

「でも、今年の春に……それで、おばあちゃんが昔務めていた屋敷のお嬢様が風莉さんだったので、拾ってもらってこの学園に来たんです」

「……っ……」

「携帯は、おばあちゃんに負担をかけたくなくて、今まで持たなかったんですけど、風莉さんに、"八坂さんと連絡とる時に必要だから"と言われて……って、すみません!デートの日なのに、こんな話しちゃって……」

 

一通り話し終えると、湊さんは申し訳なさそうにそう言った。

両親は?と気になったが、祖母と二人暮らしだったってことは、多分きっとそういうことなのだろう。

でも、そんなことよりも……。

 

「いや、いいんだ……ただ。なんで、こんな大事な話を俺なんかに……」

「それは…………悠さんにならいいかな、って」

「――――」

 

湊さんは微笑みながらも、その瞳で俺を見据える。

その目から、俺への信頼のようなものが感じられた。

 

「そっか…………よしっ!なら、今日は俺に任せてくれ」

「悠さん……」

「暗い顔なんかできないくらい、俺が湊さんを楽しませるからさ」

「……はいっ!じゃあ、今日はよろしくお願いします!」

 

嬉しそうにする湊さんを見て……やっと、決意が固まった。

湊さんの方に、そっと左手を差し出す。

 

「……?」

「で、デートってのは……手を繋ぐものかと思ってさ。一応俺たち……恋人、なんだし」

「……!はいっ!」

 

そう言って、湊さんは差し出された俺の手をぎゅっと握りしめる。

こうして俺たちの初デートが幕を開けるのだった。

雲一つない晴れ空が、俺たちの眼前に広がっていた。

 

 

 




というわけで、湊くんのジト目はいかがだったでしょうか?
ここを書くにあたって、湊くんが携帯電話を持ってたかどうかがずっとわからなくて、オトメドメインまたやったんですけど、全然そういう描写なくて、ここ1ヶ月くらい悩んでました笑
湊くんが既に携帯を持っていた場合は、パラレルワールドだと考えてください笑
次の話は湊視点です!
どのくらいの量になるかわかりませんが、次も読んでいただけると幸いです。


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僕の心内罪悪感が、学生デートを全力で邪魔している

今回もどうにか間に合いました!
というわけで今回は、湊視点の話です~笑
前回の話からあまり進展はないですが、湊くんの心情とかいろいろ書いたので、ぜひ読んでいただければ幸いです!

追記
不定期に、本編の立ち絵モードで再現したやつのスクショをTwitterで上げるかもです笑
興味があったら見てみてください笑


 

 

 

「――悠さん、もう着いてるかなぁ……」

 

ぼそりとそう呟きながら、学園までの道を歩く。

今日は、悠さんとの約束の日――デートの日だ。

 

「(時間は……よし、大丈夫!)」

 

風莉さんに買ってもらったばかりのスマホで時間を確認する。

時刻は12:30を示していた。

今日の集合時間は13:00だったけれど、いつも悠さんは早く来るから、今日くらいは先に待ってようと30分前に寮を出たのだ。

 

「(もう着いてる……とかないよね?)」

 

もしものことを考えて、少し心配になる。

でもまあ、いつも悠さんは15分くらい待ってるらしいし、このままいけばそれより早く着くはず。

 

「(それにしても……)」

 

手に持ったスマホに視線を落とす。

 

「(まさかこのタイミングで買ってくれるとは……嬉しいけど、やっぱり申し訳ないなぁ……)」

 

スマートフォンを眺めながら、言葉にできないような申し訳なさを感じる。

それは数日前、風莉さんに相談しに行った時のことだった――

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――八坂さんへの、罪悪感?」

「はい。悠さんに僕が本当は男だってことを言えてなくて……」

 

悠さんとデートの約束をした次の日、僕は風莉さんに少し相談をしていた。

理由はもちろん……あの時感じた悠さんへの罪悪感を何とかしたいと思ったからだ。

 

「そう……なら、正直に言ってしまうのはダメなのかしら?」

「そ、そんな……無理ですってば!」

「……?」

「だ、だって……悠さんにどう思われるか分かりませんし……」

「八坂さんなら、大丈夫だと思うわ。あの人は、湊のことをとても大切に思っているもの」

 

そう言うと、風莉さんは口を綻ばせてにっこりと微笑んだ。

どうやら、悠さんが寮に来てから、風莉さんは悠さんのことを信頼してくれているらしい。

悠さんがそういう人だって、僕だって分かってる……でも、でも……!

 

「でも、ボクの正体を知ったら……悠さん、ショック受けますし……もし、拒絶されちゃったら……」

 

――絶対に耐えられない。

そう……断言できる。

 

「(そっか……)」

 

風莉さんと話しながら、ようやく気がついた。

これほどまでに、僕の中での悠さんの存在は大きくなっていたんだ。

この学園に来てから初めてできた同性の友達。

そんな彼を失うことが、今の僕にとって何よりも怖いんだ。

 

「湊……」

「どうしよう……こんな気持ちで、悠さんとデートなんて行けないよぉ……」

「……デート?」

「……あ、いやっ、これは……」

「そう……」

 

そう呟くと、風莉さんは下を向いて、少し考えるような素振りを見せる。

嫌な予感がすると同時に、前回の光景がフラッシュバックする。

前はみんなで集まることになっちゃったけど……次こそは2人だけで行きたいから、申し訳ないけど風莉さんたちには付いて来られたくない。

 

「前は皆で集まることになったから、次は2人だけで出かけようって。デートしようって、言ってくれたんです。だから……」

「大丈夫よ。もう流石に、邪魔なんてしないわ」

「邪魔というわけじゃ……」

「湊」

「…………」

「本当に大切な人を見つけたのね」

「……はい」

 

穏やかな口調とは裏腹に、意志のこもった視線を向けられる。

その両の眼に、何もかも見透かされているかのようだった。

 

「たとえどんなことがあっても……彼ならきっと、受け入れてくれるはずよ」

「でも……それでも、僕は……!」

「なら……話す覚悟ができたら、話せばいいと思うわ」

「……っ……」

 

風莉さんの言葉に、心が大きく揺れ動く。

でも、それじゃデートが……。

 

「でも、こんな気持ちのままじゃ……ボク……」

「それに、なんだかんだ言って、湊も楽しみにしてるじゃない」

「え……?」

 

予想外の言葉に、目を丸くする。

 

「湊の抱えるその気持ちは、私には分からないわ。けれど……湊が心からデートを楽しみにしているのは分かるもの」

「風莉さん……」

「湊の中で、覚悟ができたらでいいの。そうやって考え抜いた末に伝えれば、八坂さんにも伝わるはずよ。もし、それでもダメだったら……その時は、私も一緒に謝るわ」

 

そう言うと、真剣な表情から一転して、まるで子供を見守る母親のような笑顔を浮かべる。

 

「だから今は、楽しんできなさい」

「風莉、さん……」

 

その言葉を聞いた瞬間、心がすーっと晴れ渡っていくような感覚を覚える。

おばあちゃんのおかげで、僕はこんなにいい人に出会えたんだと……改めてそう感じるのだった。

 

「ありがとう……ございます。少し、気が楽になりました」

「そう……私が役に立てたのなら、嬉しいわ」

 

頬を緩ませながら、風莉さんはそう言ってくれた。

……のだが。

 

「それじゃあ、湊――携帯を買うわよ」

「え、今の流れでですか!?」

「だって、違う学校なんだから、連絡をとる手段は必要でしょ?」

「それは……そうですけど……でも僕、お金が……」

「大丈夫よ。私が出すわ」

 

そう言うと、風莉さんは不意に黒いカードを取り出す。

 

「これで契約してきていいわ」

「だから、クレジットカードは他の人に渡しちゃだめなんです!」

「でも、湊のことは信用してるわ?」

「そういう問題じゃないんです……って、前もこの話しましたよね!?」

 

……ふと、少し前のことを思い出す。

確かこの学園に来た頃、私服を1着も持ってなかったから買いに行こうってなったんだっけ。

あの時も風莉さんはカードを渡そうとしてきたけど……今回もかぁ……。

 

「そう……じゃあ、一緒に行きましょう」

「でも、そんな……申し訳ないです」

「大丈夫よ。湊、行きましょう」

「……ん?」

「今行こうって話なのだけれど?」

「え……?今からですか!?」

「湊も、早い方が良いでしょう……?」

「それは……」

「皆見さんたちにも聞いてみようかしら。行くわよ、湊」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ〜!風莉さーん……!」

 

既に小さく見える風莉さんの姿を、足早に追いかける。

そしてこの日、僕は初めてスマートフォンというものを手にしたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……やっぱり、風莉さんの行動力って凄いなぁ……」

 

スマートフォンを買ってもらった時のことを思い出しながら、しみじみとそう感じる。

 

「……"今は、楽しんできなさい"、か」

 

風莉さんの言葉を頭の中で反芻する。

正直、今も少し怖いし……罪悪感だって、消えたわけじゃない。

けれど……やっぱり、楽しみなんだ。

 

「悠さんも……楽しみにしてくれてるかな?」

 

いつも悠さんは僕の気持ちを優先してくれてるけど……本当は少し乗り気じゃなかったらどうしよう。

悠さんから誘ってきたから、それは無いってことはわかってはいるけど……それでも少し心配になる。

 

「(もし、男っぽいことしちゃったら……悠さん、嫌がるよね?)」

 

当惑しながら苦笑いをする悠さんの顔が、頭の中に浮かんでくる。

……やっぱり、女の子っぽくした方がいいのかな?

 

「それに、本当にこの服で……大丈夫かなぁ?」

 

自分の身につけている服に、視線を落とす。

あの後結局、風莉さん経由でデートに行くことがみんなにバレてしまい、デート用の服をチェックしてもらった……のだけど。

みんなに、"この服が似合いすぎるからこの服で行った方がいい"と言われ、僕の唯一持っている私服を着ていくことになったのだ。

前に見せたことがあるか覚えてないけど……もし前に着ていたらちょっと申し訳ないなぁ。

 

「悠さん、喜んでくれるかなぁ……」

 

悠さんの喜ぶ姿を思い浮かべる。

悠さん、喜んでくれたらいいな――

 

「(――って、何考えてるの!?)」

 

ふと我に返り、自分にツッコミを入れる。

まずい、考え方がほんとに男っぽく無くなってきてる。

でも、悠さんが喜んでくれるって考えたら……。

 

「(だめだめ!一応僕は男なんだから!)」

 

すんでのところで踏み止まって、自分に必死に言い聞かせる。

今のは、危なかった……。

危うく、男として超えちゃいけないラインを超えるところだった。

 

「(このままだと僕、どうなっちゃうんだろう……)」

 

今後のことが少し不安になりながらも、立ち止まらずに一歩一歩足を進める。

そうして、いつもの道を歩き続けていると……。

――視界の先に、見知った人の姿が見えた。

その姿が見えた瞬間、僕の心が安心感に包まれていくのを感じた。

そして、気づけば僕は、学園前で1人待つ彼の元へと走り出していた。

 

「遅くなりました〜!」

 

…………。

……僕の中に巣食う不安や悩み、罪悪感は、消えたわけじゃない。

けれど、この時だけは……男っぽいとか考えるのはやめよう。

悩みや罪悪感も、今だけはできる限り忘れられるように努力しよう。

今はただ……悠さんと過ごすこの時間を楽しまないと。

そうして気持ちを新たにした僕は、悠さんの元へと足を早めるのだった。

 

 

 




というわけで、湊くん視点の話(回想付き)でした~!
自分としては、まだ湊くんの好感度は50%くらいかなと思っているんですけど……少しやり過ぎたかもって思ってます笑
次は地雷臭たっぷりの映画の話ですが、果たしてまともなデートになるのか!?
次回もぜひ読んでもらえればと思います!

追記
感想が嬉しくてモチベが上がるのですが、毎回返信が遅くてすみません!
できる限り早く返せるようにします!


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サメの映画は地雷じゃないと思った?

ギリギリでどうにか出せました……
ということで、湊くんのデートの続きです!
前回は何やら不穏なサメ映画を見に行くところでしたが、湊くんたちのデートはどうなってしまうのか!?
サブタイトルで何となく察するとは思いますが、温かい目で見てください笑
今回も読んでいただけたら幸いです~!


 

 

 

湊さんとのデートが始まり、俺たちはまず映画館に行くことにした。

上映までの間、少し時間があったため、飲み物やポップコーンを買ってから座席に座り、周りの迷惑にならないように小声で湊さんと話していた。

いつもと同じような他愛のない話をしていたのだが、何故か今日はいつもより何倍もドキドキしていたし、何より楽しかったんだ。

……今思えば、あのおしゃべりの時間が1番充実していたのかもしれない。

そして映画を見終わり、俺たちは映画館の近くにある喫茶店で休んでいるのだが……。

 

「…………」

「…………」

 

気まずい雰囲気を保ったまま、2人の間に沈黙が流れる。

といっても、映画館を出てからずっとこの調子なのだが……。

 

「ま、まあ、面白かった……です、よね?」

「湊さん……無理、しなくて……いいんだ」

「む、無理なんて……はい……」

「…………」

「…………」

 

四方八方から世間話が聞こえてくる喫茶店の中で、俺たちの席だけが再び静寂に包まれる。

 

「(映画を観ていたはずなのに……どうしてこうなったんだ……)」

 

後悔の念と単純な疑問が、頭の中でぐるぐると回っている。

結論から言うと、俺たちの観た映画は――完全なる外国のB級映画であった。

内容としては、巨大台風に乗ってサメが空から降ってくる、といった話であった。

映画が始まった時点で、湊さんの方を見ると、苦笑いを浮かべており、なんでちゃんと事前に確認しなかったのかひたすら後悔していた。

――けれど、この物語はまだまだこんなものではなかった。

物語の後半に差し掛かった辺りで、イカつい外人が空から降ってくるサメに対してチェーンソーで無双しまくる展開になったのだ。

その時の衝撃は言葉に言い表せないくらいのものであり、いつもなら映画が終わった後に残ってしまうポップコーンを、終盤に差しかかる頃にはもう食べ終わってしまった程であった。

あの時不意に聞こえた“わぁ、ポップコーン美味しいなぁ……”という湊さんの言葉を、俺は一生忘れないだろう。

まあ、色々思うところもあるけど……とりあえず、謝ろう。

 

「湊さん……ごめん」

「ゆ、悠さん……!?そんな、謝らなくても……」

「俺が、しっかり映画のこと調べていれば……っ!」

「し、仕方ないですよ!ぼ、ボクだって流行りの映画とか知らないですし……ね?」

「サメ映画なら大丈夫だろうとか考えた俺が馬鹿だった……というか、なんで大丈夫と思ったんだよ……」

 

映画を調べていた時のことを省みながら、自分のチョイスに落胆する。

これ絶対、深夜テンション入ってただろ……。

 

「げ、元気出してくださいっ!そ、それに……コメディとしては面白かったですよ?」

「……そう?」

「はい!映画観ている時、色んなシーンでツッコミ入れそうになっちゃいましたよ」

「……ほんとに?」

「本当ですって!だから、そんなに落ち込まないでください、ね?」

「湊さん……」

 

そう言いながら、必死に励まそうとしてくれる湊さん。

まあ、想定とは少し異なる楽しみ方だけど……その気持ちは十分に伝わってきた。

 

「ごめん……俺がこの調子じゃダメだね。よしっ!まだ次があるんだ、頑張るぞ!」

「その調子です、悠さん!」

「ありがとう!……って、なんで慰めてもらう形になってるんだろ!?湊さんほんとごめん!」

「大丈夫ですよ。それに僕は……悠さんと一緒に映画を見れただけでも嬉しいんですから」

 

――心臓が止まった。

あまりの破壊力に一瞬過呼吸になりかけ、むせ返りそうになる。

 

「(やべぇ……危うく昇天するところだった……)」

 

その様子を見た湊さんは少し心配そうな目をしながら、何があったのかといわんばかりに首をかしげている。

湊さん……恐るべし……。

 

「……悠、さん?」

「な、ななな何でもないよ???」

 

……誤魔化そうとしたら、変な感じになってしまった。

 

「で、でも次は……こういう映画観るんだったら、思い切ってCMとかでやってる恋愛映画でも見た方がいいのかもな」

「れ、恋愛……映画、ですか……?」

「ああ。実は今日、そういうの観るか迷ってこっちにしたんだよね……まあ、それで失敗しちゃったんだけどさ……って、湊さん?」

「あぅ……うぅ……」

 

俺の話が聞こえているのかは分からないが、湊さんは何やらブツブツと小声で何か言っている。

 

「湊さん?」

……で、でも……こ、こここ心の準備が……!?

「湊さーん!」

「うにゃぁぁぁぁぁ!?」

 

意を決して耳元で名前を呼んだ瞬間、突然叫ばれてしまった。

 

「み、湊さんっ!?どうしたの!?」

「気にしないで下さいっ!」

「いや、滅茶苦茶気になるんだけど!?」

 

目を左右に泳がせながらあたふたする湊さん。

流石に、こんなの気にしない方が無理だろう。

 

「つ、次はどこに行くんですか?」

「いや、相当強引に逸らしたね」

「うぅ……」

 

少し狼狽えながら、湊さんは徐々に顔を紅潮させる。

まあ、湊さんのためにもこれ以上は聞かないでおこう。

 

「次行くところはね……うん。た、たぶん大丈夫……なはず」

「……えっ!?どういうことですか!?」

「よ、よし!次こそは大丈夫だから!」

「フラグにしか感じられないんですが!?」

「うっ……」

「……じゃ、じゃあ……これ飲み終わったら、行きますか?」

「あ、ああ……そうしようか」

 

少し歯切れの悪い返事をしながら、コーヒーを喉の奥に流し込む。

そうして俺たちは、次なる目的地へと向かうのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――悠さん、ここって……」

「すみません調子乗りました。はい」

 

少し戸惑いながら、俺の方へと視線を向ける。

店を出てからそんなにかからずに、俺たちは目的地へと辿り着いた。

そう、この――水梅モールに。

 

「いつもの、水梅モールです……すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」

「そ、そんな謝ることでは……」

「ほんとにごめん湊さん!少しはカッコつけたかったんだ!」

 

変に言い訳せずに、湊さんに本当のことを伝える。

こういう時は、潔く謝ろう。うん。

 

「でも、なんで水梅モールに?」

「デートといえばショッピングかなって思ったんだけど……近くでショッピングできる場所探したら、ここしか無かったんだ……」

「なるほど、そういうことだったんですか」

「ごめんね……俺、全然ダメだなぁ」

 

自分の不甲斐なさに、だんだん嫌気が差してくる。

 

「そんなことないですよ!悠さんが頑張って行き先を考えてくれたこと、僕わかってますから」

「湊さん……」

「僕、嬉しいんです。悠さんがこうやって僕とのデートを楽しみにしてくれてたことが

だから……ありがとうございます!」

 

そう言って、湊さんは屈託のない笑顔を浮かべる。

今の俺には、その言葉が強く胸に響いて……ただただ、嬉しかったんだ。

傾き始めた夕日の灯りが、俺たちの足元にぼんやりとした影を形作る。

 

「あ、そうだ!ボク、水梅モールの中で悠さんと行きたかった場所があるんです」

「そうなの?」

「少し、行ってみませんか?」

「全然いいけど……?どこなんだ?」

「うーん……内緒ですっ!」

「内緒……か、どこなんだろ?」

「じゃあ悠さん、こっちです!」

 

湊さんに手を引かれて、人混みの中を歩き始める。

連なった2つの影は、いつしか1つの大きな影となっていた。

 

 

 




ということで、湊君が何やらどこかに行こうとしていますが……
果たしていったいどこなのか?
デート編はあと2話くらいで終わると思いますので、ぜひ読んでいただければと思います。

追記
今回少し分量が少なめですみません……次は頑張ります!
本当に毎回感想やUAが支えになっていて、滅茶苦茶ありがたいです!
これからも精進しながら書いていきますのでよろしくお願いします!


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たそがれ色に染まる道

ギリギリで終わらせました……
というわけで前回の続きです~笑
今回は湊くん視点です!
ぜひぜひ読んでいただけたらなと思います~!

追記
もうすぐ累計UAが6000に届きそうでかなり嬉しいです!
いつもこのような拙い話を読んでくださり、本当にありがとうございます!感謝しかないです!


 

 

 

悠さんと手を繋ぎながら、水梅モールの中を2人歩く。

空は綺麗な黄昏色に染まっており、建物はその光で小麦色に煌めいていた。

 

「(悠さん、かなり落ち込んでたけど……大丈夫かな?)」

 

繋ぐ手の先にある彼のことが、少し心配になる。

まあ確かに、初デートで失敗みたいな感じになっちゃったら、誰だって落ち込むだろう。

 

「(それにしても、あの映画……)」

 

ふと、映画のことを思い出す。

――悠さんと一緒に観た映画。

――なんか色々と凄かったサメ映画。

それはお世辞にも良いとは言えなかったし、初めてポップコーンを食べきってしまったほどであった。

あまりの衝撃に悠さんの方を向いたら、悠さんは額に手を当てて難しそうな顔をしていた。

……今思えば、きっとあの時から落ち込んでたのだろう。

 

「(まあ、ボクとしてはコメディ映画みたいな面白さがあったから、別に嫌いって訳でもなかったけど)」

 

そんなことを考えながら、悠さんの方へと視線を向ける。

 

「どうかしたの?」

「いえ、なんでもないですよ」

 

でも、今日ずっと悠さんがスマホをちらちらと確認していたのを見て、思ったんだ。

色々と調べてくれてたんだなぁって。

今日のこと楽しみにしてくれてたんだなぁって。

そう考えただけで、僕はとても……嬉しかったんだ。

 

「――あの、湊さん……大丈夫?」

「は、はいっ……!あの、どうかしました?」

「いや、さっきから……その……」

「さっきから……?」

 

突然悠さんに呼ばれ、慌てて返事をする。

“さっきから”って、どういうこと?

 

「……あの子可愛いな」

「すごく綺麗な子ね」

「…………」

 

冷静になって耳を澄ませると、周囲から色んな声が聞こえてきた。

なんだろう……なんか、複雑な気分だ。

 

「おい、あの子めっちゃ可愛くね?」

「どの子だ?……って、あのカップルの?」

「そうそう、あの彼女さんめっちゃやばくないか?」

「お前語彙力死んでんじゃねぇか!……まあ、確かに可愛いなあの子」

 

近くにいる男性たちの会話が聞こえてくる。

なんか、すごくべた褒めされてる気がするんだけど……?

 

「湊さん、大丈夫?」

「あはは……ちょっと複雑な気分です」

「やっぱり、"可愛い"って言われるのはあまり好きじゃないんだ」

「そう……ですね、はい」

 

悠さんに聞かれ、素直にそう答える。

まあ一応男だし、この格好でも可愛いって言われるのは少し複雑だ。

 

「(悠さん、流石に変に思うよね……)」

 

隠していることに申し訳なさを感じ、悠さんの方を見る……と。

悠さんはなぜか、少し難しい顔をしながら下を向いていた。

 

「悠さん?」

「あ、いや……うん。湊さんが褒められてるのって、俺としては嬉しいんだけどさ」

「そ、そう……ですか?」

「けどさ……ちょっと、嫌だなって」

「……え?」

「あっ、別に悪い意味じゃないんだ。ただ……ちょっと、なんかね」

 

悠さんの言葉が気になって聞き返すと、その返事はどこか歯切れが悪いようなものであった。

あれ、それって――

 

「ねぇ、おかーさん。あのおねーちゃんかわいい〜!!!」

 

突然聞こえてきた女の子の声に、思考を中断させられる。

 

「まあ、綺麗な子ね。モデルさんかしら?」

「わたしも、あのおねーちゃんみたいになりたーい!」

「うふふ、なれるといいわね」

 

そんな話をしながら、親子は僕たちの前を通り過ぎていく。

そうして、2人は人混みの中へと消えてしまった。

 

「湊さんみたいになりたい、だってさ」

「そ、そんな僕なんて……」

「モデルみたいとも言われてたなぁ〜」

「ぼ、ボクはそんなに可愛くないですってば……!」

「いやいや、みんな湊さんのこと可愛いって思ってるよ?」

「うぅ……」

「まあ俺も、湊さんのこと世界一可愛いと思ってるけどね」

「もうっ!からかわないでくださいよぉ!」

「ごめんごめん、流石に嫌……だよね?」

「そ、それは……その……」

 

突然、悠さんの口調が、からかうようなものから心配の念が籠ったものへと変わっていく。

そのあまりに真剣な声色に、僕は図らずも驚いてしまっていた。

…………。

気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと呼吸を整える。

……よし。

悠さんには……今の素直な、ありのままの気持ちを話そう。

 

「確かに、少し複雑ですけど……でも、そんなに悪い気もしない、と言いますか……」

 

話しながら、言葉を考える。

実際、自分でもこの心情の変化が分からない。

けれど、それでも……今は、悠さんにこのことを伝えよう。

 

「前と違うというか、なんというか……」

「前よりは嫌じゃない……ってこと?」

「そう……なのかもしれません。もしかしたら……ボクの中で、何か変わったのかも」

 

賑やかな場所の中で、少し真剣な声色で話を続ける。

そんな中でも、悠さんはうんうんと頷きながら僕の話を聞いてくれていた。

…………。

僕の話を一通り聞き終えると、悠さんはそれなら良かったと言って、ゆったりとした優しい笑顔を浮かべた。

 

「……というか、あれ?何で悠さん、ボクがあまり可愛いと言われるのが好きじゃないって、知ってるんですか……?」

「あー……えーっと……」

 

僕が質問した途端、突然悠さんは言葉を詰まらせる。

 

「(言い淀んだってことは……誰かから聞いた、ってことだよね?)」

 

思い当たる人物を頭の中で考える。

でも、このことを知ってるのって、基本的に風莉さんだけな気が……?

ということはやっぱり、風莉さんが言ったってこと、か。

まあ、それしかないと思うけど……一応聞いてみようかな。

 

「それって……風莉さんに聞いたんですか?」

「あ、うん……そう……だけど」

 

少し慎重に尋ねると、思ったよりあっさりと話してくれた。

……ってまあ、悠さんあまり隠し事とか好きじゃなさそうだし、話してくれるのは普通か。

 

「こういうのって本人に言って良いのかな……?」

「ボクは怒ったりとかしてないので、大丈夫ですよ」

「なら、大丈夫か」

「で、それ以外に何か言われました?」

「…………ない、よ?」

「絶対何か言われてますよねっ!?」

 

前言撤回。悠さん、絶対隠し事してるよぉ〜!

 

「いや、別にそんな…………うん。大丈夫」

「それ、大丈夫じゃないですよねっ!?」

 

悠さんにツッコミつつも、何を言われたのか気になって少し考えてみる。

心なしか顔が赤いように見えるから……恥ずかしいこと、なのかな?

 

「(どちらにしろ、気になる……!)」

 

「――あの子たち、カップルかな?」

「あの雰囲気なら、そうかもね」

 

何を言われたのか聞こうとしていると……ふと、どこかから落ち着いた女性の声が聞こえてくる。

気になって周りを見回すと、洋服屋から出てきたスーツ姿の2人の女性がこちらを見ながら話をしていた。

 

「あの女の子、すごく可愛いね」

「わかる〜。男の子の方も別に悪い顔じゃないし、普通にいいよね〜」

「なんかあの2人、初々しいって感じがする」

「わかる〜慣れてない感じがいいわぁ……なんというか、甘酸っぱいって感じ。もしかして、初デート……なのかな?」

「なるほど、それならあの初々しさも納得できるわ〜あの子たち、青春してるね〜」

「うんうん。青春真っ只中って感じの可愛らしいカップルさんだね〜」

「…………」

「…………」

 

あまりの恥ずかしさに、口が開かなくなる。

気になって隣を見ると、悠さんも同じ状況に陥っていた。

色々と言いたいことはあったが、このままこの場にいたらヤバそうなので、とりあえず先を急ごう。

 

「い、行きましょう悠さん!」

「あ、ああ、そうだよな!す、少し急ごうか」

 

そうして、赤くなっているであろう自分の顔を隠すようにしながら、再び手を繋いで歩き出す。

今日は、いつもより周りの視線を多く感じる。

その中で、僕は悠さんと目も合わせられなかったけれど……なぜだか、悪い気はしなかった。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
自分としては、今回は湊くんがツッコミを入れるところが少し気に入っています笑
……というのはここまでにして
すみません。今回は目的地に着いてからの話を書きたかったのですが、終わりませんでした……。
次はこそは頑張ってしっかりと進めたいと思います……!

追記
感想ありがとうございます!
ほんとにめちゃくちゃ励みになるので、いつも嬉しく思いながら読ませていただいています!


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ノークック・ノーライフ(前)

前回の続きです!
今回は、本当は1つだったところを2分割して出すことにしました……すみません!
ということで、いつもより分量は少ないかもしれませんが、ぜひ良かったら読んでいただけると幸いです~!


 

 

 

「――というわけで、着きましたよ悠さん!」

「おお、ここかぁ……って、ここハマダ電機じゃん!?」

 

湊さんに連れられ、俺たちは目的地へと辿り着いた……のはいいのだが。

しかし、その場所はなんと……見慣れた家電量販店であった。

 

「えーと……ここに、俺と一緒に来たかったの?」

「……はい、悠さん料理……というか家事が好きって聞いたので……それに、学校に同じ趣味の人がいなくて……」

 

なるほど、と納得する。

どうやら湊さんは、前に言った趣味のことを覚えてくれていたようだ。

それに、俺としてもこの趣味を共有出来る友達はいなかったから、同じ趣味を持つ湊さんと来れるのは正直ありがたい。

 

「じゃあ、今日は2人で色々見て回ろうか!」

「は、はいっ!

  ……やった!」

 

そう言って、嬉しそうに小さくガッツポーズをとる湊さん。

そんな姿を見たら、こっちまで嬉しくなってくる。

そうして俺たちは、店の中へと入っていくのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――悠さん見てください!この炊飯器、ケーキとかヨーグルトとか作れるって書いてあります!」

 

そう言いながら、先程までとは比べ物にならない程の調子で、目をキラキラさせて家電を見て回る湊さん。

店に入ってからずっとこの調子なのだが……正直、予想以上にテンションが高くて、俺としても少し驚いている。

 

「確かに、最近は炊飯器にも色々便利な機能がついてるものが出てきたからな」

「そうみたいですね!!!あ、これ絶妙な具合のおこげが作れるってありますよ〜!」

「おおー!それ普通にいいやつじゃん!」

「最近の家電……すごい!」

「確か前に見たやつで、スマホで炊き上がりの確認が出来るやつもあった気が……って、あったあった」

「これですか……?えーと……“スマートフォンで炊き上がりをお知らせ!レシピの設定もアプリで簡単に!”……って、こんなことも出来るんですか!?」

「まあ、こういうものの進化ってめちゃくちゃ早いらしいからな」

「そうなんですか……!」

 

湊さんは目を輝かせながら、片っ端から色んな商品を手に取っては、無邪気な笑顔を浮かべている。

その姿はまるで、おもちゃを前にした子供のようであり、非常に愛くるしいものであった。

 

「湊さんは、あんまりこういう店に来ないの?ほら、かなり“新鮮”っていう感じだったから」

「うーん……来ないって訳じゃないんですけど……」

「いつもはもっとオシャレな店に行ってる、とか?」

「いえ、そうではなくてですね……普段は風莉さんたちと一緒に来るんですけど、みんなと一緒だとあまりゆっくりと見れないんですよ」

「そういうことか」

「それに、時間があっても、家事や学校の宿題をやらなきゃいけませんし……」

「なるほど。だから物珍しそうにしてるのか」

「そうなんですよ〜」

 

そう言って、湊さんは少し頬を膨らませる。……可愛い。

確かに、こういう店は女子達が複数人で来る場所って感じではないし、それこそ料理とか家事全般に興味が無いと立ち寄ることも少ないだろう。

それに、あの寮で家事を行いながら学校の宿題もやらなきゃいけないとなると、本当に時間がないということも分かった。

 

「あ、こっちはパンを作る機能付きって書いてある!これがあったら朝食作るの楽になるのかな……!」

 

そんなことを考えていると、湊さんはいつの間にか目を輝かせながらまた商品の方に目を向けていた。

 

「あー……湊さんは、普段どんな料理を作ってるの?」

「えーと……色々、ですかね。みなさんに飽きないように食べてもらうために、様々な料理を作ってるんですよ」

「そっか、寮のみんなに料理を作ってるんだっけ。でもそれって、割と大変じゃない?」

「うーん……まあ、大変だなぁと思うこともありますけど……でも、趣味でやってるんで、楽しいですよ」

 

少し考える素振りを見せた後、湊さんはどこか嬉しそうにそう話してくれた。

 

「(これは、俺なんかには出来そうもないなぁ……)」

 

しみじみと、深くそう感じる。

なんというか、改めて湊さんの凄さみたいなものが分かったような気がした。

 

「あ!こっちは無水調理ができる圧力鍋って書いてありますよー!水要らないんだ……!!!」

 

そう言いながら、湊さんはまた別の商品に手を伸ばす。

 

「(なんか、いつもより活き活きしてるなぁ〜……)」

 

そんなことを考えていると、湊さんが動きを止めてこっちをじっと見つめているのに気がついた。

 

「そういえば……悠さんは、普段どのくらい料理するんですか?」

「あー……俺は基本的に、好きな時に作るって感じだからなぁ……」

 

突然湊さんに聞かれて、咄嗟に言葉が出なくなる。

こういうのって、急に聞かれるとマジで何も浮かばなくなるな……。

 

「じゃあ、いつもは何を作ってるんですか?」

「うーん……色々?……ってこれ、自分で聞かれるときついな」

「“いつも何作ってるのか”と聞かれると、すぐに出てこないですよね……」

「それなのに……さっきはこんな聞き方しちゃってごめん!」

「いえいえっ!別に大丈夫ですよ。ボクも同じ質問しちゃってますから」

 

気にしなくていいですよ、と笑いながら話す湊さん。

そうして、顎に手を当てながら目線を上に向けて、何かを思い浮かべるような素振りを見せると、湊さんはにこやかな表情を浮かべた。

 

「いつか、悠さんと一緒に料理してみたいな〜……なんて」

「あ、じゃあ、次はそうする?」

「え……?いいんですか……!?」

「ああ。次は……俺の家、とかでやるか?」

「ゆ、悠さんの家……」

「嫌だったら別にいいん――」

「嫌なわけないですっ!あの、ボクなんかが行って良いのであれば、ぜひ……!」

 

何故か分からないけど、半ば食い気味にそう話してくる湊さん。

まあでも、行きたいって思ってくれてるなら、俺としては嬉しいかな。

 

「大丈夫。湊さんなら全然平気。というかむしろ大歓迎だよ」

「そうですか?……やったぁ!」

 

そう言うと、湊さんは嬉しそうに目を細める。

 

「(…………)」

 

嬉しそうに笑顔を浮かべる湊さんの姿が、次第に何故か犬に見えてきて……。

つい、撫でたくなる気持ちが――

 

「(……って、いやいやいやいや!落ち着け俺っ!?)」

 

僅かに残った理性で、撫でようとする気持ちを必死に抑える。

ここで撫でたら流石に色々とやばい……というか、本当の恋人じゃないのに頭撫でるのはガチでまずい……!

 

「(落ち着け……落ち着くんだ……ッ!)」

 

「悠さんと何作ろうかなぁ〜安易にカレーかな?それとも肉じゃがかな?」

「…………」

「いや、ここはあえてパエリアみたいな感じでもいいなぁ〜……うーん迷うなぁ……」

 

どんな料理を作ろうかと、1人悩み始める湊さん。

けれど、そんな湊さんを横目に、俺はただただ自分の欲望を押さえ付けるのに必死だった。

…………。

………。

……。

《後編へ》

 

 

 




というわけで、行先はまさかの家電量販店ということでした~!
といってもまあ、2人とも嬉しそうだからいいと思うんですけどね笑
てなわけで、次は後編ということで、次も視点は悠君なんですけど……良かったら次も読んでいただければと思います!

追記
今回投稿が遅くなってしまったことを考えると、やはりもう少しペースを落とすべきなのではないか、と本格的に思い始めました。
後編は同じペースで出すと思いますが、その後からは少し遅くなるかもしれません。
それでも、できる限り頑張りますので、読んでいただけるとありがたいです!
あと感想めちゃくちゃ嬉しかったです!ありがとうございます!!!


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ノークック・ノーライフ(後)

今週は間に合いました!というわけで、後編です!
前回湊くんを撫でたいという願望が出ていた悠君ですが……
今回、少し予想外の結果になりました笑
ということで、今回もぜひ読んでいただければと思います!


 

 

 

「――それで、柚子さんにあげたら……5分もしないうちに食べ終わっちゃったんですよ〜」

「マジで!?その量を!?」

「まあ、いつもお弁当箱として重箱を使ってるくらいなので……」

「それほんとに1人分!?」

 

湊さんと何気ない話をしながら、店内の商品を見て回る。

めぼしい商品を見つけたら立ち止まって見る、というのを店に入ってから繰り返しているのだが、あまりに会話が弾み過ぎて、もはや話すことが目的となっていた。

……まあ、楽しいからそれでいいんだけど。

 

「あ、これいいですね!」

「あー、ステンレス製のマッシャーか。マッシュポテトとかコロッケ作る時に楽だよね」

「いつも使ってるやつは少し小さめなので、このくらい大きい方が時短になるのかなぁ〜」

「まあでも、大きいから割と力入れないと難しいけどね」

「確かに……じゃあ、今のままの方がいいのかもしれませんね」

 

そう言うと、湊さんは手に取った商品を置いて、次のコーナーへと歩き出す。

湊さんの後を追いながら、ふと辺りを見回すと、既に店の半分くらい見て回っていることに気がついた。

 

「ところで……今のところ、ここの商品はどう?」

「うーん、そうですね〜……どれもいい商品ばかりですけど……思ったよりも高い〜……!」

「まあ、結構値段するからね。でも、湊さんなら割と買えるんじゃない?」

「いや……別にそういうことはないんですよね。ボク自身はお金持ちとかじゃないので」

「そっか、"拾われた"って言ってたもんね」

「まあ、この学園には、ほとんど着の身着のまま来たので」

「そっか、金銭面は西園寺さんが……って感じか」

「そうなんです……でも……」

 

湊さんは何か言おうとしていたが、下を向いて言い淀んでしまった。

 

「かといって、変に頼るのもちょっと……とか?」

「え?わかってくれるんですか……!」

「まあ、俺も同じ立場になったら、そう考えるだろうからね」

「やっぱりそうですよね!僕、それが申し訳なくて、できる限り自分のことは自分でやろうとしているんですけど……いつも、風莉さんがお金を出そうとしてくれるんです」

 

そう言うと、湊さんは不満そうに口を尖らせる。

確かに、お金持ちの家に拾われてもちゃんと自立しよう、という考えは凄いと思うし、普通じゃできないことだろう。

けれど、俺としては西園寺さんの考えもわからなくはない。

せっかくだから、少しは楽をしてみるのもいいのではないかと思ってしまう。

 

「(湊さん……真面目なんだな、やっぱり)」

 

自分に甘えず――されど、他人に優しく。

改めて、彼女の良さというものを再確認できたような気がした。

 

「それ自体はありがたいんですけど、ボクとしては申し訳なくて……でも、それで断ろうとすると、"これくらいなら普通に出すわ"と言って強引に持たせようとしてくるので……」

「なるほど……嬉しいことだけど、それは難しいな」

「今日も、デートだからって持たせようとしてくれたんです。“デートってこれくらいで足りるのかしら?”って」

「そうだったの?あー……もし良ければ、いくらか聞いてもいい?」

 

単純に興味が湧いたので、無理を承知で聞いてみる。

金持ちの人の考えってどんな感じなんだろ?

 

「……ひゃくまん、です」

「……え?」

 

驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「(今、100万って言わなかったか?)」

 

予想外の額でつい聞き返してしまったが……いや、そんなわけないはずだ。

いくら金持ちでも、流石にデートでそんな額は出してこないだろう。

ということはやはり、俺の耳がおかしかったのか……?

 

「100万円……です」

「……マジかよ」

 

……どうやら、100万円というのは俺の聞き間違いではなかったらしい。

金持ちの感覚は、どうにも俺の理解の範疇を超えているようだ。

 

「最初は“黒いカード”を持たせようとしてきたんです!」

「それダメなやつじゃないか!?」

「そうですよねっ!やっぱりそうなりますよねっ!」

「普通に規約とかヤバいやつだよね?」

「そうです!それなのに、風莉さんは……“湊のことは信頼してるから、大丈夫よ”とか言ってくるんです!」

「信頼してるってのは、前会った時に伝わってきたけど……これ、そういう話じゃないよな?」

「そうですよねっ!普通そうですよねっ!?」

 

うんうんと強く頷きながら、俺の話に耳を傾ける湊さん。

共感されたことをめちゃくちゃ喜んでるけど……湊さん、何があったんだろう。

てか、黒いカード渡すって……。

 

「金持ちの感覚……分からねぇ……」

「良かったぁ……やっと同じ考えの人に会えた……」

「え?周りにいないの?」

「そう……ですね」

「これ、鈴女の人達みんなこんな感じなの!?」

「まあ……あの寮に住んでる方々は、特にそうですね……」

「マジかぁ……」

 

湊さんに言われ、先日会ったお嬢様達の姿を思い浮かべる。

考え方や価値観の違うお嬢様達と一緒に暮らす……か。

 

「湊さん……色々と大変なんだね」

「うぅ……いつもは楽しいんですけどね。こういう時は辛いです……」

「まあ、俺で良ければそういう話はいつでも聞くからさ。気軽に相談してくれよ」

「でも、そんな申し訳ないです……」

「大丈夫だよ。いつでも頼ってくれ!……って、俺なんかがちゃんと力になれればいいんだけど」

「悠さん」

 

不意に、優しいながらも少し力の籠った声で、名前を呼ばれる。

 

「湊……さん?」

「そうやって自分を卑下するの、良くないですよ」

「あ……ごめん」

「もうっ!既に悠さんは十分力になってくれてますし。そんなに自分を過小評価する必要なんてないですから」

「湊さんごめん……俺――」

 

ぽんぽんっ。

 

「――っ!?」

 

頭のてっぺんから感じる謎の感覚に、思考が中断させられる。

一体、何が……?

 

なでなで。

 

「!?!?」

 

頭を伝う更なる感覚に驚きながらも、どうにか平常心を取り戻そうと目をつぶって深呼吸をする。

そうして、ゆっくりと両の目を開くと――湊さんが体をプルプルとさせながら、背伸びをして俺の頭を撫でていた。

もう一度言う。

湊さんが、俺の頭を、撫でていた。

……へ?

 

「み、湊さんっ……こ、これはっ!?」

「悠さん、落ち着いてください」

「流石に落ち着けないですよっ!?」

「もう……我慢してください」

「我慢なんて、そんな――」

「悠さんは、そのままでいいんですから」

「湊……さん……?」

「悠さんが頑張ってること、ボクはわかってますから」

 

湊さんはゆったりとした口調でそう囁くと、口元をほころばせた。

その優しい声が湊さんの手の温もりと相まって……俺は、全身で温かさを感じていた。

 

「…………湊さん……ありがとう」

「いえいえ、ちょっとやってみたかったので……つい」

「とても……とても……良きでした……」

「悠さん!?大丈夫ですか!?」

「……はっ!?危うく昇天するところだった……」

「そんな、大袈裟ですよ」

「いや、湊さんに頭撫でられたら……男女問わず昇天するね。これは断言出来る」

「そんなに……?」

「当たり前だよ。湊さ……いや。俺の……か、彼女は世界一可愛いからな」

「……っ!?」

 

俺の言葉を聞くと、湊さんは一瞬にして固まってしまった。

自分でも少し恥ずかしく思いながらも全力で褒めてみたけど……流石にこれは、やりすぎたか。

……てか、やっぱ恥ずいわ!

 

「ゆ、悠さん……」

「やべぇ……死ぬほど恥ずかしくなってきた……」

「し、死なないでくださいっ!?」

「だ、大丈夫……」

「そう、ですか……」

「あ、ああ……」

「……さ、さっきは普通に撫でちゃいましたけど……やっぱり……ちょ、ちょっと恥ずかしい……ですね」

「そ、そうか……」

「…………」

「…………」

 

会話が途切れ、互いに言葉が出なくなる。

こういう時、俺にもっと会話力やコミュ力みたいなものがあれば良かったのだが……生憎、俺はそんなものなど持ち合わせてはいなかった。

 

「その……ボクが、世界一……ですか?」

「あ、当たり前だよ!湊さんが1番だって俺は思ってるから」

「そう……ですか」

「そう、だよ」

「…………」

「…………」

 

俺たち2人の間に、再び沈黙が流れる。

西園寺さんには、俺が可愛いと言う分には大丈夫とは言われたけど、今回は流石に少し言い過ぎたような気がする。

正直、これは嫌われたかもなと思ったのだけれど……。

湊さんの顔が予想以上に赤くなっているのを見ると、もはや別の意味で焦りを感じることとなった。

まあでも、この状況を作ったのは俺だし……流石にここは、俺から切り出さないとな。

 

「ま、まだ時間あるし、次は掃除機の売り場にでも行ってみようか」

「そ、そうですね!行ってみましょう!」

「そ、掃除機は確か……」

「あ、あそこにありますよ!」

「あ、ありがとう湊さん!……み、湊さんは、その……普段掃除ってどのくらいかけてやってるの?」

「そ、そうですね……休みの日ではだいたい――」

 

そんな他愛のない話をしながら、肩を並べて歩き出す。

……けれど、こうやって話しながらも、先程感じた湊さんの手の温もりは、いつまでも俺の中に残っていた。

結局、俺達は日が完全に落ちるまで、話しながら商品を見ていたのだった。

 

 

 




ということで、まさかの湊くん“が”撫でるということになりましたけど、いかがだったでしょうか?
自分は、悠君そこ変われよって思いながら書いてました笑
次の話は多分デート編ラストだと思うのですが、私用で2週間ほど忙しい期間に突入してしまうので、次話orその次からは少しペースダウンさせていただきたいと思います。本当にすみません!
できる限り早く出したいとは思っていますので、その時は読んでいただけたら幸いです。

追記
感想ありがとうございます!嬉しいです!!!
まだ決まってないですけど、感想にあったようにEXストーリーとして“湊くんと悠君が結ばれた後の、今より少し先のお話(R18)”を書くことを割と前向きに検討しています!
そういう展開になるのが嫌だという人もいるかもしれないので、自分としては迷っているんですが……もし大丈夫なら書こうかなと考えています。
そういうの嫌だとか逆にありがたいとかあったらご意見をお聞かせください。お願いします!


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俺の彼女がこんなにあざといわけがない

やっぱり日曜日に間に合いませんでした……ということで前回の続きです!
前回は家電量販店でのデートしてましたが、今回はその帰り際の話です!
ぜひぜひ今回も読んでいただけるとありがたいです~!

追記
前回の時に来週出せない的なことを書いた気がしますが、次の投稿が確実に二週間ほど遅くなりそうなので、今回分割して先に投稿することにしました!
というか、こんな時間に投稿してしまってすみません!!!


 

 

「――あれ?もう暗くなってる……」

「ほんとだ、時間経つの早いな」

 

いくつか商品を買って店を出ると、辺りは既に暗くなっていた。

確かに、結構長話した気がするけど、そんなに時間経ってたか……?

 

「えーと時間は……って、もう6時過ぎてるのか!」

「えっ、いつの間にそんな時間に……!?」

「俺たち、結構長い時間この店にいたんだな」

 

現在の時刻を告げると、湊さんはマンガのキャラのように目を見開き、驚きを露わにしていた。

しかしその後、長考するような素振りを見せると、顔を伏せて黙り込んでしまった。

 

「湊さん?」

「あ、あの……悠さん。本当に申し訳ないんですけど……」

「ん?」

「そろそろ夕飯を作らないといけなくて……」

「ああ、なるほど」

 

湊さんの言いたいことは分かった。

俺としてはもう少し一緒にいたかったのだが……寮の家事を行っている以上、残念だけど仕方がないのだろう。

 

「それなら仕方ないよ。西園寺さんたちも待ってるだろうし。あ、よければ寮まで送ってくよ」

「え、流石にそんな……申し訳ないですよ」

「いや、もう辺りも暗くなってるし、湊さん1人で帰らせるなんて危ないよ」

「でも……」

「前の一件もあるし……こういう時は、送らせてほしいな」

 

湊さんと初めて会った時のことを思い出す。

確か、あの時も水梅モール付近だったし、もしアイツらが恨みなんか持ってたりしたら流石に危ないだろう。

というか、湊さんをこれ以上危険な目に遭わせたくない。

 

「え、えーと……じ、じゃあ……お言葉に甘えて」

「よしっ、じゃあ帰ろうか?」

「……はいっ!」

 

2人、手を繋いで歩き出す。

もう、今日一日で何度も手を繋いだのに……未だに俺は慣れずに、つい顔を背けてしまう。

しかし、俺の態度とは裏腹に、その様子を見た彼女は、“どうしたんですか?”と言って少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

夜の闇に似合わぬような店々の灯りが、俺たちの姿を耿々と照らしていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――さっきの圧力鍋良かったよな?」

「わかります!すごく良かったですよね」

 

店を出てからしばらく経ったが、俺たちは歩きながらもまた家電の話をしていた。

 

「でもボクとしては、あの掃除機がいいなぁって思いました」

「確かに、あの掃除機は値段の割に性能良さそうだったよね」

「お金を稼げるようになったら、欲しいなぁ……」

 

淡い希望を呟きながら空を見上げる湊さんにつられて、ゆっくりと視線を上に向ける。

気付けば辺りの街灯の数も少なくなり、煌々と輝く星空が俺たちの頭上に広がっていた。

 

「綺麗ですね……」

「ああ、めちゃくちゃ綺麗だな……」

「…………」

「湊さん?」

「――ま、またっ!」

「ん?」

「ま、また今度も、その……で、デートに行けたらな……と」

 

少し間を置くと、湊さんは消え入りそうな声でそう言った。

 

悠「(“今度も”……“デート”……!?)」

 

「……いい、のか?」

「え?“いいのか”って……それはこっちのセリフですよ……?」

「あ、いや、だって俺……全然エスコート出来なかったし。なんなら色々失敗しちゃったんだよ!?」

 

ふと、今日の出来事を思い出す。

最初に見た映画は酷かったし、喫茶店ではお通夜ムードだったし、挙句の果てには湊さんに行き先を決めてもらう事になってしまった。

最終的には今日のデートは良かったのだが、もうここまで来ると流石に笑えない。

 

「そしたら、湊さんに呆れられても仕方ないのかなって。もしかしたら……退屈だったんじゃないのかな、って」

「そんなわけないじゃないですか!」

 

俺の話を聞き終わると、湊さんは足を止め、先程までとは打って変わって真面目な口調でそう言った。

 

「湊、さん……?」

「確かに、今日は色んなことがありました。なんかすごい映画も見ましたし、最後に来たのもいつもの水梅モールでした」

「ご、ごめん……」

「――でも!ボクは嬉しかったんです。悠さんと一緒にいられて。今日一日、ずっと楽しかったんです」

 

体をこちらに向き直すと、くしゃっとした笑顔を浮かべながらゆっくりと話し始めた。

 

「こうやって、同じ趣味の人と話せたことって、今まで無かったんです」

「…………」

「だから、ボクにとっては……今日は、本当に楽しかったんです。かけがえのない時間だったんです!」

「湊さん……」

「だから、そんな事言わないでくださいよぉ……」

「でも……」

「じゃあ悠さんは、今日ボクと過ごした時間は、つまらなかったんですか……?」

「うっ……!いや、そういう事じゃ……」

 

そう言うと、湊さんは少し泣きそうな目をしながら、上目遣いでこちらを見つめてくる。

状況的にわざとだと言うことは分かってはいるのだが……そのあざとさが逆に色々とやばい。

あ……これ、語彙力死んだわ。

 

「……どうなんですか?」

「そりゃあ……楽しかったに決まってるだろ!」

「…………!」

「俺だって、普段友達と出来ないような料理の話とかできて、すげぇ楽しかったよ!そして何より……湊さんといられたことが一番嬉しかったんだ」

「悠さん……」

「今日のことは、一生思い出に残るくらいだと俺は思ってるから!」

 

胸の内に溜まった思いの丈を、思いっきりぶつけてみる。

少し言い過ぎな気もしなくないが……まあ、あのあざといモードへの仕返しだと思えば大丈夫だろう。

 

「そ、そこまで言ってくださるとは……あ、ありがとうございます……」

「こちらこそありがとう、湊さん」

「あの、その……今更ですけど、ちょっと……恥ずかしい、ですね。自分で言い出しておいてなんですけど……」

「……い、言われてみれば……確かに……」

 

そんなことを話しながら、歩みを再開する。

しかし、そうして歩くこと数分。

気がつけば、俺たちは寮に着いてしまっていたのだった。

 

「……もう、着いちゃいましたね」

「そう、だな」

 

ぼそりと呟いたその言葉に、同じようなトーンで相槌を打つ。

 

「ボク、もう帰らないと……って、あ!忘れてました……!!!」

「ん?」

 

そう言うと、不意に湊さんはバックからスマホを取り出した。

 

「昨日、美結さんにやり方教えてもらったばかりなんですけど……そ、その……悠さんの、LINGの連絡先を……貰ってもいいですか?」

「あ、ああ。そういえば、スマホ買ったって言われたのに交換してなかったね」

 

同じようにスマホを取りだし、見慣れたアイコンをタップしてアプリを開く。

 

「QRでいい?」

「あの、ええと……はい!」

「…………」

 

今、心なしか少し間があったような気がしたんだが……なんか不安だな。

 

「……ど、どうしよう……QRってどこだっけ……?ここかな……って、あれ?変なとこ押しちゃった!?」

 

不安的中。

俺の予想……やっぱあってたわ。

 

「湊さん、ちょっとそれ貸して」

「は、はいっ」

「開いたらここを押して、その後ここを押すんだよ」

「なるほど……ありがとうございます!助かりました〜!」

「どういたしまして」

「ところで、その……なんでわかったんですか?……ボクが、苦戦してるって」

「それは……」

 

分かったも何も、心の声のようなものがダダ漏れだったんだけど……流石にそんなことは言えない。

さて、上手く誤魔化すか……。

 

「俺、湊さんのことなら大体わかるんだよ!」

「……え?」

 

前言撤回。ガチで失敗しました。

 

「(ちょっとこれはまずいんじゃないか……?)」

 

我ながら割とストーカーじみた発言をしてしまったような気がするが……多分間違いじゃないのだろう。

これは……どうにか誤魔化さないといけないやつだな。

 

「いやっあの、そういうことじゃないからね!?単に一緒にいる時間が多かったから雰囲気とかで分かったってだけだからね!?」

「じー……」

「うっ……!」

「ほんとですかー……?」

「本当だって!」

 

信じられないとでも言いたげな目で、じーっとこちらを見てくる湊さん。

なんというか、心なしかこのジト目にデジャブを感じるんだけど……まあ、湊さんのジト目なら、ある意味ご褒美に感じなくもないから別に良い……のか?

 

「……って、流石に冗談ですよ!」

「……え?冗……談?」

「はい!悠さんがそういう人じゃないってことくらい、ボクだって分かってますからっ」

 

そう言いながら、えっへんと言わんばかりに胸を張る湊さん。

 

「(……冗談、だったのか)」

 

少し安心して、ほっと胸を撫で下ろす。

もし勘違いされていたら、完全にストーカーになるところだった。

あ、危ねぇ……。

 

「良かったぁ……」

「こんな真似してすみません」

「いやいや、元はと言えば、俺が変な発言しちゃったのが悪いんだしね。あ、というか……湊さん、時間大丈夫?」

「あれ?ええと……あ、本当だ!?」

 

ふと、時間がないということを思い出して湊さんに聞いてみると、案の定、時間が差し迫っているようだった。

 

「すみません悠さん。そろそろ行かないといけないみたいです」

「じゃあ、ここらへんでお開きだね」

「悠さん、その……後で、LING送ってもいいですか?」

「ああ、全然いいよ」

「やったぁ!」

 

そう言うと、湊さんは小さくガッツポーズをとる。

その仕草があまりに可愛くて……一瞬、昇天しかけてしまった。

……鼻血出てないよな?大丈夫だよな!?

 

「家事が一通り終わったらLING送るので、絶対見てくださいね!」

「あ、ああ!できる限りすぐに返事するよ!」

「ありがとうございます悠さん!では、また後で!」

「おう!また後で!」

 

そう言って手を振ると、湊さんは手を振り返しながら、そのまま駆け足で寮へと向かっていった。

……さて。

 

「俺も、帰るか……」

 

ぼそりとそう呟くと、俺は月明かりに照らされた道を、一人歩き始めた。

――ふと、隣に目を向ける。

しかし、そこにはもう誰もいない。

当たり前だ。湊さんはもう帰ったのだから。

けれど、俺は……湊さんがいないことに何とも言えないような寂しさを感じていた。

不思議なものだ。ほんの数週間前くらいまでこれが当たり前だったのに、いつの間にか湊さんがいないとダメになってる。

 

「……“また後で”、か」

 

LINGを開き、最近追加した欄にある初期アイコンをタップする。

アイコンもホームも何も編集されてない状態で、"飛鳥湊"とだけ打ってあるその画面が、何とも湊さんらしくて、思わず頬が緩んでしまった。

 

「よしっ!次のデートは頑張るぞ」

 

深呼吸をして、気合いを入れ直す。

今日は失敗したせいで変なデートになってしまったけど……俺にとっても、そして湊さんにとっても、かけがえのない時間となった。

だからこそ、次は今日よりももっと楽しい時間を過ごしたい。

 

「そうと決まれば、今日はもっとデートスポットについて調べるか」

 

次のデートに期待を寄せながら、少しずつ足を速める。

暗闇を照らす幾億もの星々の光に包まれながら、俺は帰路に就くのだった。

 

 

 




ということでいかがだったでしょうか?
自分としては、本人たち(特に湊)が自覚無しでイチャイチャとバカップルぶりを発揮していて、書いている時ある意味きつかったです笑
次の話は、デート編の最後である「湊と悠のLINGでの会話のシーン」を湊視点で書きたいと思っています!
次は二週間くらい間が空いてしまうと思うので、本当に申し訳ありません……m(_)m
頑張って書きますので、次の話も読んでいただけると幸いです!

追記
前回はたくさんの感想・意見ありがとうございました!
本当に嬉しくて、毎回感想が来るのを楽しみにしています笑
そこでも一応述べたのですが、現在EXストーリー絶賛構成中です!
男の娘のそういうシーンってむずくね……???みたいになって少々苦戦していますが、いつかは出せると思いますので、その時は読んでいただけると助かります笑


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デート後はスマートフォンとともに。

お久しぶりです!用事が終わってようやく投稿できるようになりました!
……といってもかなり予定より遅れてしまって申し訳ないです……。
お詫びと言っては何ですが、今回はいつもより少し長めなので、許してください笑
というわけで、今回も読んでいただけたら幸いです!

※LINGでの会話は""で表現しています。読みにくかったらすみません!


追記
累計UA1万突破ありがとうございます!
自分なんかの文章をここまで読んでいただけていることに感謝しています!
本当にありがとうございます!!!

あと誤字訂正ありがとうございました!本当に助かりました!


 

「はぁ〜……終わったぁ……」

 

一通り家事を終わらせ、ベッドで一息つく。

思えば今日は……色々なことがあったなぁ……。

ふと、部屋の隅に置いてある時計に視線を移す。

その短針は、既に10の文字を通り過ぎていた。

 

「あ、そうだ!悠さんにLING送らないと……」

 

慣れない手つきでスマホを操作し、悠さんがやっていたようにアプリを開く。

思ったよりもやることが多くて、なかなかLINGを送れず、結局この時間になってしまったが……悠さんは返事をくれるのだろうか?

 

「(もしかして、もう寝ちゃってたり……?)」

 

一瞬、そんな考えが頭を(よぎ)る。

いや、もしそうでも、送るだけ送ってみよう。

 

「"今日はありがとうございました"、と」

 

打ち間違えのないように、ゆっくりと画面をタップする。

……送信ってどこだっけ?

 

「えーと、このボタン……かな?」

 

とりあえず、右端にある紙飛行機のような三角形のボタンを押してみる。

どうやら、運良く送信ボタンを押せたようだった。

……変なボタン押して壊さなくて良かったぁ……。

 

「……悠さんからの返信、来るのかな……?」

 

そんなことを考えながら、スマホを手に握り締めて悠さんからの返事が来るのを待つ。

返事、まだかなぁ……?

…………。

………。

……。

……来ない。

 

「(やっぱり悠さん、寝ちゃってるのかな……?)」

 

そんな不安な思いが、次第に強くなってくる。

悠さんは昨日から……いや、きっとその前から僕とのデートの場所とか探してくれていたのだろう。

そうすると、悠さんはここのところずっと寝ていないのかもしれない。

 

「(だとしたら、寝ていた方がいいのかもしれないけど……でも……)」

 

それでも、良ければLINGして欲しいな……。

そんな自分勝手な考えが、頭の中に浮かんでくる。

……思えば今日は、とても充実した1日だった。

趣味の合う人と出かけて、買い物をしながら共通の話をして……。

普段の買い物とは違う新鮮さに、この上ない喜びを感じていた。

 

「悠さん……」

 

偽りの恋人であり、僕の大好きな友人の名前が、つい口を滑る。

……まさか、こんなに返信が待ち遠しくなるとは思わなかった。

 

「……返事、来ないかなぁ……」

 

そんな願いが、ぼそりと雫のように零れる。

――ピコン

 

「わわっ!?」

 

突然の音に驚いて、体がビクッと震える。

今スマホから聞こえたから、これってもしかして……!

急いでスマホの電源ボタンを押し、通知が来ていないか確認する。

 

「……あ」

 

画面上部に出た通知をタップし、悠さんとのトーク画面を開くと、そこにはこう書かれていた。

"こちらこそありがとう、湊さん"。

"家事は今終わったのかな?本当にお疲れ様です!"

 

「悠さん……!」

 

返信が来たことの嬉しさに、心が躍るようだった。

悠さん、起きててくれてたんだ……!

 

「あ、僕も返さないと……!」

 

キーボードに慣れないながらも、できる限り急いで指を動かす。

 

「えーと……"ありがとうございます、悠さん""帰り際にも言いましたけど、今日はとても楽しかったです!"と、送信!」

 

自分の打った言葉が、画面に表示される。

打つのに時間はかかってしまったが、ちゃんと送れたから良かった。

――ピコン

 

「……え!?」

 

1分もしないうちに、悠さんからの返信が届く。

 

「(……いくらなんでも早過ぎない!?)」

 

半ば驚きながらも、悠さんとの画面を開く。

LING使ってる人って、みんなこれくらい早いのかな……?

"俺も今までにないくらいめっっっちゃ楽しかったよ!"

"早くまた湊さんとデートに行きたいなぁ……"

 

「……ふふっ」

 

嬉しさを抑えきれず、つい口元が緩んでしまう。

今、僕どんな顔してるんだろう……?

 

「"ボクもまたデートに行きたいです!""今度もエスコートお願いします!"と」

 

少し慣れてきたようで、さっきよりも早く言葉を打ち込む。

……LING楽しいかも。

――ピコン

 

「次はなんて書いてあるんだろ……って……ん?写真?」

 

届いた通知には、なぜか写真を送信しましたという文字が映し出されている。

 

「(何の写真だろう……?)」

 

少し疑問に思いながら、悠さんとの画面を開く。

"そう言ってくれてありがとう。今回はダメだったけど、次こそは頑張るよ!"

"あとこれ、今日撮った湊さんの写真です笑"

そして、その言葉の下に貼られていた写真には、調理器具コーナーの前で嬉しそうに笑いながらこちらを見る僕の姿があった。

 

「あー……そう言えば悠さんに撮られてましたね」

 

写真を見ながら、ふと調理器具コーナーを見ていた時のことを思い出す。

あの時、写真撮られてたなぁ……。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

〜家電量販店にて〜

 

「わぁ……いいなぁ」

 

調理器具を見ながら、それを使ったらどんな料理が作れるのか考える。

そんなことをしながら歩いていると、自分の口からついそんな言葉が漏れた。

 

「湊さん、ちょっといいかな?」

「はい!どうしまし――」

 

――パシャ

 

「……え?」

 

突然の音に、思考が中断させられる。

悠さんに呼ばれて振り返ると、そこにはスマホのカメラを構える悠さんの姿があった。

 

「な、何で撮ってるんですかっ!?」

「いやぁ……ね?」

「ね?じゃないですってば!」

 

悠さんの言葉に、すかさずツッコミを入れる。

……これ、どういう状況なの!?

 

「正直なところ、思い出でも残そうかなって思ってさ」

「ま、まぁそれは……」

「今の湊さん、すごく楽しそうだったし」

「うぐっ……確かに楽しかったから、分からなくもないですけど……」

「めっちゃ魅力的だった!」

「うにゃっ!?……」

 

焦ったせいで、咄嗟に変な声が出てしまった。

悠さんの方を見ると、下を向いてプルプルと小刻みに震えている。

間違いない、これはきっと笑っているのだろう。

 

「(もうっ、笑わなくてもいいのに……!)」

 

「だ、だから、大丈夫だよ」

「何が大丈夫なんですかっ!?」

「あ、後で西園寺さんたちにも見せるか」

「なんでですかっ!?」

「うーん……こういうのって、共有しないとじゃん?」

「なんで!?!?!?もうっ!消してくださいよぉ〜〜〜!」

 

僕の叫ぶ声が、店中に響き渡る。

こうして僕は恥ずかしさを味わいながらも、次は絶対に悠さんの写真を撮ってやると決意するのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

"どう?良くない???"

 

「良くないですっ!"もう、消してくださいって言ったのにっ!"」

 

頬を膨らませながら、画面上に指を滑らせる。

すると、すぐに返信がきた。

 

"店の中を見てる途中で、湊さんが商品に夢中になってたから、思わず……笑"

"でも、流石にやりすぎちゃったよね……気分を悪くしたらごめんね"

 

「べ、別にそんなに謝らなくてもいいのに……」

 

気にしてないといえば嘘になるが、別に気分を悪くしたわけじゃない。

けれど悠さんは、予想以上にちゃんと受け止めていた。

……まあ、消す気は無いみたいだけど。

 

「(それにしても、この写真の僕、嬉しそうだなぁ……)」

 

悠さんから送られてきた写真に目を落とす。

――満面の笑みを浮かべながら、調理器具を楽しそうに眺める僕。

けれど、こんなに嬉しそうにしている理由がそれだけではなかったことは、僕自身にも明白だった。

 

「"そんなに気にしないでください!僕も思い出として写真は欲しかったので""でも、写真の撮り方がわからなくて撮れなかったので……撮ってくれただけで嬉しいです!"……みたいな感じかな?」

 

送信ボタンを押して、返事が来るのを待つ。

――ピコン

 

「やっぱり早い……ボクもこれくらい早く打てるようになりたいなぁ……」

 

そして……今よりもっとたくさん、悠さんと会話したい――

……なんて願っても、(ばち)は当たらないよね。

 

"そう言ってくれるとありがたいよ……!"

"でも本当にごめんね……"

 

悠さんからの返信見ると、文面からしょんぼりしてる様子が浮かんできた。

 

「(そんなに気にしなくてもいいのに……あ、そうだ!)」

 

ふと思いついた言葉を、とりあえず打ち込んでみる。

 

「"悠さん、写真上手ですね!""あれ?なんか上から目線みたいになっちゃいました!?どうしよう……"」

 

あたふたしながら画面を見つめる。

しかし、もう送ってしまった以上どうしようもない。

こういうのって、取り消したり出来ないのかな……?

――ピコン

 

"気にしなくていいよ笑"

"俺もそういう時あるからさ"

 

「うぅ……"すみません!"」

 

励まそうとした筈が、逆に励まされてしまい、少しショックを受ける。

うぅ……こんなはずじゃぁ……。

 

"写真を褒めてくれてありがと笑"

"俺はそんなに上手くないよ笑"

"被写体が俺には勿体ないくらい良すぎただけだよ"

 

「っ〜〜!?そ、そんなこと言われるとは……"もう、からかわないでくださいよぉ"」

 

――ピコン

 

"からかってなんかないよ笑"

"でもさ、なんかこの写真……湊さんの魅力をより感じられる気がするんだ"

 

悠さんに言われて、もう一度写真に目を通す。

確かに、魅力……なのかはわからないが、この写真の中の僕はとても活き活きしているように感じた。

"あ、でもいつでも湊さんは魅力的だからね?"

"たとえ偽の恋人とはいえ、俺には勿体ないくらいだよ"

 

「“じー……ほんとですか?”」

 

"ほんとだよ"

"そうじゃなかったら告白なんてしてないって"

 

「――――」

 

…………。

………。

……。

 

「……!?」

 

"……あ"

"送信を取り消しました"

 

「(まってまってまってまって!?!?)」

 

……色々と思い出して、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。

というか、送信した言葉って消せるの!?

 

"それと、あー……"

"今日会ったばっかりだから、こんなこと言うのもなんだけどさ"

 

文字を打つ手を止め、次にくる言葉を待つ。

 

"早く、湊さんに会いたいな"

 

「っ〜〜……!!!」

 

嬉しさのあまり、ベッドに横になったまま、左右にゴロゴロと寝返りを打つ。

……なんかこういうCMあった気がする。○○クリニックみたいな。

 

「――どうしたの、湊?」

「……え?か、風莉さんっ!?」

 

突然聞こえた声に、体がびくっと反応する。

恐る恐る声のした方向に目を向けると、そこには風莉さんの姿があった。

 

「い、いつからそこに……!?」

「……?さっきからずっと居たのだけど」

 

そう言うと、どこか訝しげな目で見つめてくる風莉さん。

これ、間違いなく見られてたよね……?

 

「すごく嬉しそうだけれど、どうしたの湊?」

「な、なんでもないですよ……?」

「それって、八坂さんのことかしら?」

「うっ……」

 

図星を突かれて、一瞬言葉を失う。

 

「八坂さんと連絡をとっているの?」

「まあ、そういう感じ……です」

「湊、本当に嬉しそうね」

 

そう言うと、風莉さんは満足そうに……そして、どこか安心したように微笑みを浮かべた。

……きっと、女子校に一人来た僕を何かと気にかけてくれていたのだろう。

確証は無いけど、そんな気がしてくる。

風莉さん……やっぱり優しいなぁ。

 

「あ、八坂さんに、明日学園に来て欲しい、って伝えられるかしら?」

「それは大丈夫ですけど……何かあったんですか?」

「いいえ、大したことじゃないわ。八坂さんに少し話があるの」

「そう、ですか……?」

 

悠さんに、話……?

何の話なのか気になるが……まあ、とりあえず伝えておこう。

 

「ところで、湊」

「どうしました?」

「音が鳴っていたけれど、返事しなくて大丈夫なの?」

「あ、忘れてました……!」

 

風莉さんに言われ、急いで悠さんからの返信を読む。

 

"こんなこと言われても嫌かもしれないけどさ"

"俺、自分の中で湊さんの存在がかなり大きくなってるってことを自覚したんだ"

"だから……また、会いたいなって"

最後の部分を見た瞬間――咄嗟に布団を深く被る。

 

「……湊!?」

「あ、あの、そのこれは……えっと、はい!」

「その、大丈夫……?」

「だ、だだだ大丈夫ですっ!」

 

風莉さんにバレないように、必死に顔を隠す。

正直、今の顔を誰にも見られたくない。

多分きっと、それほどまでに……今の僕の顔はとんでもないことになっているのだろう。

けれど――なぜ今こんな気持ちになっているのか。

それだけは、僕にもわからなかった。

 

「と、とにかく返さないと……!」

 

そうして布団の中で、胸に抱いたスマホを引き離し、何を打とうか考え始める。

そんな、人生初のLING。

――大切な人とのLING。

――悠さんとのLING。

それは予想以上に充実したもので、まるでデートが今も続いているかのようだった。

……ふと、布団の中からそっと外の様子を覗いてみる。

いつもより煌々とした月明かりが、カーテンの隙間から部屋の中に差し込んでいた。

 

 

 




というわけで、久しぶりの話でしたがいかがだったでしょうか?
自分は、湊くん可愛い(脳死)って状態でした笑
次の話は、まあ風莉さんも言っていましたが、悠が少し呼ばれて鈴女へ行きます。というか風莉さんと話しに行きます!
次回も頑張って書きますので、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです!
※EXも今書いてます!


追記
先々週くらいに、突然週間UAが2000を超えていることを友人から聞いてめちゃくちゃ驚いたのですが、あれって何があったんですかね……?
嬉しいんですけど、少し謎なんですよね~笑
もし何か知ってる人がいたら教えてください!笑


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八坂くんは祝いたい!

本当に毎回こんな時間に投稿する形になってしまってすみません!
前回の続きです!
今回から「湊くんの誕生日編」ということで、自分が一番書きたかった話なので、ぜひ読んでいただければ幸いです!!!

追記
なんか先週のUAもめちゃくちゃ増えてて驚きました。
読んでくださっている方、ありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しいです!


 

 

 

「話って何なんだろう……?」

 

ぼそりとそう呟き、少し赤くなり始めた空を見上げる。

昨日のLINGで西園寺さんに呼び出された俺は、翌日の放課後に湊さんのいる鈴女へと向かった。

そして現在進行形で、鈴女の校門前で誰かが来るのを待っているのだが……。

 

「(誰も来ない……)」

 

湊さんに着いたと連絡したのだが、“少し待っていてください”というメッセージが届いてから一向に何も来ない。

湊さんのことだから何か手伝っているのだろうが……慣れない女子校の前だからか少し気まずい。

正直、早く来て欲しい……!!!

 

「八坂さ〜ん!」

 

聞いたことのある声が、どこからともなく聞こえてくる。

……なんか、デジャブを感じるような……?

 

「八坂さん久しぶり〜!……って、そんなに久しぶりでもないかな?」

 

声のした方向を見ると、そこには皆見さんの姿があった。

あれ?やっぱりなんか、この展開知ってる……?

 

「今回も皆見さんなんだね」

「そうです!今回も私、皆見美結が八坂さんを迎えに来ることになったのでした〜!……って、あれ?どうしたの???」

「……もしかして、なんだけどさ今回も……寮とかいうことってある?」

「八坂さん……!……ファイナルアンサー?」

 

どこかで聞いたことのあるような台詞を言うと、皆見さんは真剣な眼差しで俺の顔を見てくる。

 

「(え、これマジであるのか?ワンモア女子寮あるんか?)」

 

皆見さんの顔を見ながら、もしもの可能性を考える。

そして――

 

「……ファイナルアンサーで」

「…………」

「…………」

 

2人の間に、静寂が流れる。

 

「……正解!」

「oh……マジか」

 

どうやら正解してしまったようだ。

……当たっちゃったかぁ。

 

「これさ、俺また女子寮行くの?マジで?」

「そうだよ〜!今回も第二寮だよ〜!」

「どうして許されるんだよ……」

「なんかね、学園に男の人を連れてくるのは色々とやばいらしいから、前回同様寮になったんだってさ」

「いや、何でだよ……」

 

普通そういうのは寮の方がダメだろ!とツッコみたくなるが、流石に皆見さんに言っても仕方がない。

いや、ほんと何でだよ……?

 

「とりあえず、行こっか?」

「……ああ、行こうか……そのうち俺、寮までの道覚えそうだな……」

「よかったじゃん!そしたら湊さんに毎日会えるよ!」

「いや嬉しいけどダメだからね!?」

 

そんなツッコミをしながら、湊さんたちの住む寮までの道を歩き始める。

既に少し慣れてきた皆見さんとの距離感は、俺にはどこか心地の良いものであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「八坂さん連れてきたよ〜!」

「また連れてこられたよ〜……」

 

軽口を叩きながら、高級感漂うドアを開ける。

……とまあ、口ではこう言っているが、流石に2回目じゃまだ慣れない。

いやまあ、慣れても良くないんだけどさ。

 

「あ、八坂さん!こんにちは〜」

 

鈍い音を立てながら開かれたドアの先には、既に貴船さんの姿があった。

 

「貴船さん。こんにちは」

「あ、円卓の騎士!」

「違うよ!?……って、まあ、俺が悪いんだけどさぁ。とりあえず、こんにちは、大垣さん」

「こんにちは、なのだ!あ、その……話が終わったら、また遊んで欲しいのだ」

「あー……いいよ。話が何かまだ分からないけど。終わったら遊ぼっか」

「やったぁ!」

 

そう言いながら、嬉しそうに飛び跳ねる大垣さん。

前回は中二病のことで驚いたけど、こうして見ると、少し無邪気な普通の女の子って感じがしてくる。

 

「約束なのだ!」

「ああ、約束だ」

 

大垣さんから差し出された小指に自分の小指を合わせ、指切りで約束をする。

なんか、こういうのちょっとドキドキす――

 

「――久しぶりね、八坂さん」

 

突然背後から聞こえた凛とした声に、思わず振り返る。

するとそこには、少し申し訳なさそうな表情を浮かべる西園寺さんの姿があった。

 

「西園寺さん、久しぶりだね」

「今日はごめんなさい。急に呼び出してしまって」

「いいよいいよ、というか逆にここに来る方が申し訳ないし……というか、あれ?湊さんは?」

「湊は後で来るわ」

「そうなの?」

「今日は、湊無しでしたい話があるから。こちらへどうぞ」

 

西園寺さんにリビングまで通され、洋風な椅子に腰を下ろす。

“湊さん無しでしたい話”って、一体何なんだろう……?

 

「先生に、湊に手伝わせるように頼んだから。当分は来ないはずよ」

「そうだったんだね……それでさ、話って何かな?」

「実は……」

 

そうして俺は、西園寺さんたちから説明を受けた。

あと数日で湊さんの誕生日だということ。

湊さんの誕生会を開くつもりだということ。

そして――

誰よりも先に"俺が"湊さんを祝うべきだ、ということを。

 

「パーティーは夜にここでやるつもりだったので。だから本当は、美結さんも誘わない予定だったんですよ」

「えぇ〜ひどいよぉ!!!私も友達でしょ〜!?」

 

軽く文句を言いながら、皆見さんは不満げに頬を膨らませる。

 

「ごめんなさい、皆見さん……でも、特段の要件がない限り、夜間の外出は禁止になっているから……一応今回は、八坂さんもいるから許可することなったのだけれど……」

「ぶーぶー!そこら辺の細かい校則は、西園寺さんがなんとかしてほしいなぁ〜なんて」

「ごめんなさい……」

「そ、そんなに謝らなくても大丈夫だって!?本気で言ってるわけじゃないからね???」

 

予想以上に西園寺さんが重く受け止めているようで、少し戸惑い気味になっている皆見さん。

こういうことでもしっかりと謝っているところを見ると、やはり西園寺さんは律儀な人なのだろう。

だが、しかし――俺は今、そんなことを考えられる状況ではなかった。

 

「少し、聞いてもいいかな?」

「ええ、なにかしら?」

「俺が先に祝うべきって……どうして?」

 

話を聞いてからずっと抱いていた疑問を口にする。

俺だけ先に……といっても、それこそ誕生会でみんなで祝えば良いじゃないか。

どうして、俺だけそんな……。

 

「カ・レ・シ、だからだよ〜!」

「え?」

「やはり大切な日は、1番大切な人に最初に祝ってもらわないと、と思いまして」

 

俺の疑問に対してそう答えると、新聞部2人はニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。

 

「でもっ、俺なんかより皆さんの方が湊さんとも長いし。それこそ、西園寺さんの方が――」

「違うわ」

 

話を断ち切るかのように、西園寺さんはそう告げる。

 

「確かに、嬉しいことに湊は、私たちのことを大切に思ってくれているわ。それに、私がこの学園に連れてきたことについても、少なからず恩義を感じている」

「だったら――」

「でも違うの」

「……っ」

「最初はそうだったかもしれない。けれど――今は違うの。あなたに、出会ったの」

 

そう言うと、西園寺さんは何かを思い起こすかのように遠くを見つめる。

 

「あなたに出会ってから、湊は変わったわ。あなたの話をしてくれる時の湊は、いつもより楽しそうにしているの」

「お姉様、いつも円卓の騎士の話をしてくれるのだ!」

「嬉しそうに話すので、こっちまで嬉しくなるんです!」

「でもっ、俺は、そんな……」

「湊にとって、今一番大切な人はあなた――八坂さんなのよ」

「――――」

 

西園寺さんから告げられた事実に、一瞬言葉に詰まる。

嬉しいような申し訳ないような……そんな複雑な感情が、俺の中に渦巻いていた。

 

「湊の誕生日の日、私たちはここでパーティーの準備をするから。あなたが湊を連れてきて欲しいの」

「円卓の騎士がお姉様にサプライズするのだ!」

「俺、が……」

「よろしくね彼氏さん!」

「お願いします」

 

4人は笑顔を浮かべながら、そして同時にどこか寂しそうにしながら、俺に対してそう頼んできた。

……流石にここまで言われてしまったら、覚悟を決めなきゃだよな。

 

「……わかった。みんな、ありがとう。俺が湊さんを、絶対に喜ばせてくるよ!」

「お?自信たっぷりだねぇ〜」

「流石は円卓の騎士なのだ……」

「だから違うって!?」

 

大垣さんにツッコミを入れながら、誕生日に向けて気合を入れる。

責任重大だし、湊さんに喜んで貰えるように色々頑張らないとな。

 

「よろしくお願いします、八坂さん」

「ああ、任せてくれ。終わったら湊さんを連れてくるから、そこでみんなで盛大に祝おう」

 

そう言うと、皆笑顔を浮かべながら、俺の言葉に頷いてくれた。

今日は帰ったら、湊さんへのプレゼントでも考えるか。

 

「あ、くれぐれも、このことは湊には気づかれないようにね」

「わかった、気をつけるよ」

 

西園寺さんの注意を心に留め、強く頷く。

 

「(確かに、流石にバレると、サプライズの意味が無くなっちゃうからな)」

 

そんなことを考えながら、湊さんの喜んでくれる姿を思い浮かべていると――

――ガチャ

 

「――ただいま戻りましたー!」

 

突然、ドアの開く音と共に、湊さんの声が聞こえてくる。

その声が聞こえたと同時に、皆急いで話題を切り替え……その場は、どうにか事なきを得たのだった。

…………。

………。

……。

――しかし。

まさか湊さんの誕生日があんなことになるとは。

今の俺には、まだ知る由もなかった。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか!
今回は湊のセリフが1つだけというまさかの状態でしたが、次は湊視点になるので、湊くん成分が足りなかった人も多分大丈夫だと思います笑
今回から始まった「湊くんの誕生日編」ですが、実は自分がこの話を書き始めた理由の一つでもあるんですよね~笑
まあ、細かいことは後々あとがきにでも書くので、そこも読んでいただけたら……なんて。
ではでは、また次の話も読んでいただけたらと思います!

追記
今回も色々と感想ありがとうございました!
毎回読むのが楽しみで、ある種自分の原動力になってます笑
誕生日編のせいでEX止まっちゃってるんですが、許してください1


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湊様はお年頃

前回の続きです!
……というか、投稿が遅れてしまってすみません!!!
できるだけ急いだつもりだったのですが、思いの外忙しくて遅れてしまいました。
内容としては、前回の悠の話の湊くん視点です!
今回も頑張って書いたので、ぜひぜひ読んでいただけたらと思います!


※ここから湊くんの誕生日の話になりますが、オトメドメイン本編の該当シーン(誕生日の前の勉強会)を見るとより湊くんの気持ちや状況などがわかると思うので、オススメです!

※一応本編をやらなくてもわかるようには書いたつもりなので、オトメドメイン未プレイでも大丈夫……なはずです!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「はぁ……まさか、書類運びにこんなに時間がかかるとは……」

 

溜息を漏らしながら、寮への道を1人歩く。

今日は悠さんと校門前で待ち合わせをしていたのだが、急に先生に頼み事をされて、代わりに美結さんに悠さんの元へと行ってもらったのだ。

 

「(それにしても、悠さんに用事って何だったんだろう……?)」

 

ずっと疑問に思っていたことを、改めて考えてみる。

僕なしでも話せる内容……うーん……。

しかし、どんなに考えても……ちっとも浮かんでこない。

 

「(……案外、ボクがいないとそんなに話せなかったり……なんて)」

 

冗談半分で、その状態を思い浮かべてみる。

……しかし確かに、会ったことがあるとはいえ、悠さんだって女の子ばかりの部屋の中では萎縮してしまっているかもしれない。

実際僕だって、最初の頃は大変だったし……やはり、その可能性は十分にあるだろう。

それに……。

 

「(風莉さんも、まだみんなと馴染めてないし……やっぱり、僕がいないと……!)」

 

そんなことを考えているうちに、気がつけば寮の前に着いていた。

せっかくだから、ちょっと驚かせてみようかな。

そんな悪戯心を芽生えさせながら、ドアノブに手を載せる。

すると……。

…………。

………。

……。

何を言っているかは分からないが、みんなの話し声が聞こえてくる。

それも、笑い声の混じった、とても楽しそうな感じの声で……。

 

「(あれ……?みんな、楽しそう……)」

 

予想外の状況に、思考が止まりかける。

もっと静かに話しているのかと思っていたけれど、そんなことは無かったらしい。

それにしても……すごく、楽しそうだな……。

僕はいないのに……幸せそうだな……。

 

「(……だめだめ!何考えてるんだ、ボクは!)」

 

頭をぶんぶんと振り、思考を切り替える。

暗い顔をしていちゃダメだ。もう少し笑顔にならないと!

暗くなりつつある心に気合を入れて、どうにか笑顔を作る。

そして……。

 

「ただいま戻りましたー!」

 

勢い良くドアを開け、リビングへと向かうと、悠さんや風莉さん達が楽しそうに談笑していた。

それも、まるで自分がいる時と同じ……もしくは、それ以上にも思えて――。

 

「おかえりなさい、湊」

「お姉様、お疲れ様なのだー」

「お疲れ様です、湊さん」

「あ、ありがとう……ございます……」

 

言葉に……詰まる。

 

「湊さん、おかえり」

「ゆ、悠さん……」

「あー……私もいるよ!」

「美結さんも……」

 

声を出そうとしても、掠れた声しか出なくなる。

 

「(どうして、なんだろう……)」

 

まだぎこちなさはあるけれど、風莉さんは周りに向かって微笑みかけており、悠さんもすっかりと馴染んでいるようだった。

その様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす――が、同時に胸の中がもやもやする。

僕だけしか知らなかった姿を、悠さんも風莉さんもみんなに明かして、受け入れられている。

もちろんそれは、喜ばしいことなのだけど……。

 

「(嫉妬……なのかな……)」

 

自分だけのものだと思っていたものが……僕の手からするりと抜け落ちていく。

そんな感覚さえしてくる。

男のヤキモチなんて、可愛くないし、みっともないだけだと思う。

そう……僕は男だ。この学園にいるのにみんなとは違うし、それをみんなに隠しているんだ。

 

「…………」

 

構って欲しい……なんて、言う権利はない。

みんなと僕との間にある……見えない大きな壁。

改めてそれを感じて……寂しくなってくる。

 

「(これはいいことなんだ……喜ばないと……)」

 

自分に無理矢理言い聞かせて、口元に笑みを作る。

しかし、思うように上手く笑うことが出来ない。

…………。

もう、僕がいなくても、大丈夫なのかもしれないな――。

 

「……湊さん、どうかした?」

「……ふぇ?」

「いや、なんか表情がいつもよりも固いような気がしたから」

「い、いえっ、そんなことないですよ」

 

悠さんに尋ねられ、はっと正気に戻る。

 

「流石、彼氏さんだね〜」

「湊のこと、よく見ているのね」

「いや、まあ……ね?」

 

そう言うと、悠さんは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

これ以上、心配かけないようにしないと……。

 

「無理してない?大丈夫?」

「大丈夫ですよ!全然元気ですから!」

「そっか……それならいいんだけど……」

「考え過ぎですよ。そんなに気にしないでください」

 

そう言って、精一杯自然に、笑顔を作る。

しかし……それでも悠さんは、どこか怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「ん〜〜……!そういえば、ずっと聞きたかったんだけどさ〜」

 

そんな僕達の様子を見てか、美結さんは痺れを切らしたように口を開いた。

でも、なんだろう……なんか嫌な予感がする。

 

「デート、どんな感じだったのかな?」

「「!?!?」」

「確かに、気になりますよね〜」

「円卓の騎士との逢瀬……気になるのだー!」

「いや、それは違うからね!?」

「私も聞きたいわ」

「風莉さんまで……!?」

 

悠さんと共に、みんなからじりじりと詰め寄られる。

まあ、話題を逸らすことが出来たからいいんだけど……そうなっちゃうのかぁ……。

自分の頬が、次第に熱くなっていくのを感じる。

そうして僕達は観念して、デートについて話し始めるのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「なるほど〜。そんな感じだったんだ」

 

一通り話し終えると、美結さんは顔をニヤつかせながらそう言った。

うぅ……恥ずかしかったよぉ……。

 

「まあ、そんな感じで俺が湊さんに迷惑かけまくったというか……」

「いえいえっ!僕自身楽しかったから大丈夫ですよ。気にしないでください」

「湊さん……!」

 

そう言われると同時に、悠さんにぎゅっと肩を掴まれる。

ど、どどどどういうこと!?

 

「ゆ、悠さんっ……!?」

「ありがとう……湊さん……!」

「はい!イチャつくのはそこまでだよ〜」

「い、イチャついてなんか……!」

「そういうのも良いと思うのですが……私たちのいる前だと、少し……」

「柚子さんまで……!?」

 

2人にそう言われ、自分の行動を振り返る。

 

「(そんな、全然イチャついてなんかないのに……!)」

 

というか、僕たち男同士なのに……!

 

「それで、ずっと水梅モールにいたのだ?」

「そうですね。映画を見て、喫茶店に寄った後からずっといましたね」

「どんな店に行ったの?」

「うーん……家電量販店……かな」

「お、お姉様達らしい、のだ……!」

「その店には、どのくらいいたの?」

「帰るまでずっと……ですけど?」

「……え?」

「こ、こういうことを言うのは、少し違うかもしれませんが……」

 

柚子さんは少し言いにくそうにしながらも、ゆっくりと口を開いた。

 

「その……飽きたり、しませんでしたか?」

「いえ、全く飽きませんでしたけど……あ、でも悠さんは……?」

「全然飽きなかったよ!!!というか、湊さんと一緒にいれただけで十分でした!!!」

「あはは……す、すごいね」

 

力強く語る悠さんに対して、軽く引いてる美結さん。

まあ、ここまで言ってくるのは……なんというか、凄いよね……。

でも――。

 

「(ボクといれただけで十分、か……)」

 

悠さんの言葉を、頭の中で反芻する。

少し複雑だけど……やっぱり嬉しいな。

 

「少し思ったんだけどさ。デート中って、周りから視線とか感じなかった?」

「……視線?」

「いやほら、2人とも顔が良いし……それどころか、湊さんに至っては超絶美少女だしさ」

「確かに……俺はともかく、湊さんは世界一可愛いからな」

「もうっ、そんなことありませんよ!」

 

必死になって、悠さんの言葉を否定する。

まあ、でも……。

 

「(世界一、かぁ……)」

 

男なのにこんなこと言われるのは、やっぱりちょっと複雑だ。

けれど、何故か悠さんだと、そこまで嫌じゃない気がしてきて……。

……って、それもダメだから!

 

「うーん……この感じだと、あんまり注目されたりしなかったのかな?」

「「…………」」

「あれ?」

 

聞こえてきた美結さんの呟きに、悠さんと共に黙り込む。

 

「(そういえば、色々あったなぁ……)」

 

ふと、今日のことを思い返す。

水梅モールでは、男女問わず多くの人が僕の話をしていたし……子供とかOLさんでさえも僕の方を見ていた。

あの時は、恥ずかしかったなぁ……。

 

「おやおや〜?もしかして、注目の的になっちゃったパターンかな?かな?」

「ま、まあ……注目はされた……よね?」

「そう……でしたね」

「その話、もっと詳しく聞きせてくれませんか?」

「私も聞いてみたいわ」

「お姉様も円卓の騎士も、詳しく教えて欲しいのだ!」

「あ、あはは……」

 

力なく笑い、窓の外の空を見上げる。

既に傾いた夕日は、空に鮮やかな黄昏色を描いていた。

これはもう全部聞かれるのだなと内心諦めながら、悠さんと共にその時の状況を話し始めるのだった。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
自分としては、半嫉妬気味の湊くん可愛い(脳死)ってなりましたね笑
たぶん次は、湊くんの誕生日当日の話かなと考えていますが、もし違かったらごめんなさい!
それではまた次回も読んでいただければ幸いです。

追記
誕生日のところを書くにあたって、オトメドメイン本編の話を書かなければならないので、次からは少しあらすじ風のやつをつけてみようかなと考えています。
本編未プレイの方とかは、湊くんの風莉様たちに対する葛藤とかわからないと思うので、そこらへんについて詳しく書けたらいいなぁ……って感じです笑


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質問したらぼっちになった件

遅くなってしまってすみません!どうにか書けました笑
ということで、湊くんの誕生日編の続きです!
今回はいつもと違って、本編の内容をあらすじ形式にして最初の方に書きました。
プレイ済みの方は、あそこか……となると思いますが、未プレイの方はよくわからないかと思いますので、このあらすじで察していただければと思います笑
それでは、今回もぜひぜひ読んでいただけたらと思います~!



《あらすじ的なやつ》

※オトメドメイン本編の部分をまるまる引用する訳にはいかないので、あらすじとして少し書かせていただきます。

 

 

 

数日後、学校行事として勉強会を行うことにした風莉お嬢様。

前回開催した時は、元々クラスに馴染めていなかった上に、理事長なのに勉強が苦手だということを知られたくなくて、1人理事長室へと消えてしまっていた。

(同じ寮に住む柚子やひなたにすら距離感があり、苗字で呼んでいるほど)。

しかし、湊に叱責され、そして励まされたことで、皆と勉強会をする決心を固め、今回こそは……と、勉強会に参加する風莉お嬢様。

そして……勉強が苦手だということを皆にカミングアウトし、皆に受け入れられた風莉お嬢様は、無事にクラスの輪に混ざることが出来たのだった

その様子を陰ながら見守っていた湊は、風莉が受け入れられたことにほっと胸を撫で下ろす。

しかし……。

風莉さんを含めたクラスメイトたちの賑やかな様子を見て、湊は自分と彼女たちの間に存在する“性別”という見えない大きな壁を改めて認識する。

そして、それによって一抹の寂しさのようなものを感じた湊だったが、風莉さんのことは喜ばなくちゃと無理矢理自分に言い聞かせて、口元に笑みを形作る。

風莉お嬢様はきっと、もう大丈夫なのだろう。

そう思いながら、今はもう居ない祖母に心の中で語りかける。

 

「(……ねぇ、おばあちゃん……僕は、お嬢様の力になれたのかな?……おばあちゃんの遺言を、果たせたのかな?)」

 

だとしたら、もうこれで……僕のお役目は……。

その考えに至った瞬間、湊の中の何かが終わりを告げる。

そして、悲痛を感じるような面持ちのまま、湊は内から湧き出る複雑な満足感に、ただただ困惑し続けるのだった。

…………。

………。

……。

そして迎えた、湊の誕生日の当日。

この日、湊の運命を変えるような出来事が起ころうとしていた――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――今日はこんな感じでいいのかしら……?」

「たぶん大丈夫なのだ!」

「それなら、美結さんも連れて……」

 

日曜日の正午過ぎ。

昼食のドリアを焼き終えて、そのまま食堂へと運び始めた時のこと。

 

「わわっ、お姉様来ちゃったのだっ」

 

僕が入ってくるのに気が付くと、3人は慌てて口を閉ざした。

風莉さんたち、顔を寄せ合って何か話し込んでいたけど……何があったんだろ。

 

「昼食の準備が出来ましたけど……どうかしましたか?」

「な、なんでもないのだ!お姉様にはこれっぽっちも関係ないのだ!」

「そ、それより……いい匂いね」

「美味しそうです〜」

 

なんのこと分からないが、あからさまに質問をはぐらかされてしまった。

正直気になるけど……皆さんに言うつもりがないのなら、しつこく聞くべきじゃないだろう。

少し首を傾げながら、持ってきたドリアをテーブルの上に並べる。

 

「……それで、どこに行けばいいかしら?」

「うーん……水梅モール、とか?」

 

そして、僕の方を気にしながら、ひそひそと何かの相談を再開する3人。

どうやら、どこかに行くつもりらしいけど……。

 

「そしたら、その……」

「うにゃ?風莉センパイ?」

「どうかしたんですか?」

 

風莉さんが、突然黙り込む。

そして……。

 

「よろしく……柚子……ひなた……」

「え?」

「……ふぇ?」

 

風莉さんが……ついに、柚子さんたちのことを名前で呼んだ。

 

「あの、今……」

「ひなた、って……」

「駄目……かしら?」

「いえいえっ、そんなことありません!嬉しいです!」

「ついに風莉センパイに名前を呼んでもらえたのだー!」

 

その様子を見て安堵すると共に、胸の奥がチクリと痛む。

そして同時に、寂しさのようなものが込み上げてくる。

 

「そういえば、湊。私たち、食事の後に皆見さんと共に出かけるのだけど……お留守番をお願いできるかしら?」

「構いませんけれど、今日はどちらに?」

「買い物だから、水梅モールですね」

「それでしたら、ボクも荷物持ちとして行きましょうか?」

 

少しでもお役に立てないかと思い、尋ねてみる。

けれど――。

 

「い、いえ!今日は私たちだけで大丈夫ですっ!」

「気持ちだけで十分よ……」

 

ざっくりと断られて、困惑してしまう。

やっぱり、僕の力って必要ないのかな……?

 

「それと、今日の夕食は必要ないわ」

「……え?外食していらっしゃるんですか……?」

「それは、内緒なのだ」

「とにかく、そういうことだから。今日はゆっくりして休んでいてちょうだい」

「……わかり、ました」

 

正直、何が何だかさっぱり分からなかった。

けれど……。

 

「(ボク以外でおでかけ……か)」

 

その状況が何だか仲間はずれみたいで……少し、寂しかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

お昼ご飯を食べ終え、3人を見送ると、寮の中で1人きりになってしまった。

なんというか……手持ち無沙汰って感じだ。

 

「でも、風莉さん……頑張ってたなぁ」

 

出かける時の3人の表情を思い出して、小さく微笑む。

風莉さんはぎこちなかったけど……嬉しそうな気持ちが滲み出ていて。

そんな風莉さんの傍にいた2人も、それにつられて笑顔になっていて――。

 

「……もう、ボクがいなくても……大丈夫、ですよね?」

 

初めてここに来た頃は、風莉さんと柚子さんたちの間には、少なからず距離があったように思う。

けれど、今はもう違う。

3人は既に……本当の“友達”になりつつある。

それはとても喜ばしいことだ。

ボクが少しでも皆さんの力になれたのなら……風莉さんの力になれたのなら、良かったかな。

そんなことを考えながら、先程まで皆が座っていた席に目を向ける。

けれど、それなのに……。

 

「じゃあ……ボクは……?」

 

――僕は皆さんと、本当に“友達”なのだろうか?

柚子さんやひなたさん、美結さん……悠さんにだって、性別という決定的な嘘をついていて、ずっと騙し続けている。

それに、風莉さんに関しては、おばあちゃんが死んでから、衣食住どころか学校まで提供してもらっていて……僕はただ、ずっと寄生しているだけに過ぎないんじゃないか?

やっぱりこんな“友達”関係は、間違っているんじゃないか?

 

「どうすれば、いいのかな……」

 

――そんなこと、本当はとっくに分かっている。

ここにいる限り、僕は風莉さんに迷惑をかけてしまう。

そして僕が男である限り……きっといつか、間違いは起きてしまう。

確定ではないけれど、可能性は高いし、リスクがあまりに大きすぎる。

 

「だったら……解決策なんて……」

 

思いつくやり方は……たった1つ。

 

「あ……でも、それなら……」

 

不意に、気づいてしまった。

今日は夜まで1人きりだから……"そのこと"を実行するには、絶好の機会だということを。

 

「……うん。何かが起きてしまう前に、ボクは……」

 

どれだけ考えても、他の結論を出すことは出来なかった。

だから僕は……迷いを振り切って、その決意を固めた。

窓の外に広がる空は、今の僕の心を表すかのように、薄暗い鈍色の雲に包まれていた。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
本編未プレイで読んでくれている方は、あれ?なんか不穏じゃね???と感じたかもしれませんが、一応安心してください!きっと悠君が頑張ってくれます笑
次の話ですが、少し今忙しくて、また投稿が遅れてしまう可能性が高いですが、許してください……。できる限り頑張ります!
では次回もぜひ読んでいただければ幸いです~!

追記
目標にしていた累計UA1万という数字を越え、次の目標にしていた1万5000もこのままだと超えそうってなっていて、自分としてはまだ信じられないです笑
いつも読んでくださっている方々、誠にありがとうございます。めちゃくちゃ感謝しています!!!


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彼(女)がココロをおられたら

お待たせしました!前回の続きです!
今回の話は、オトメドメイン本編のあのシーンを自分なりに色々追加して改変したものになっています。
ですので、何でこんなことになってるの???となっている方は、前回のあらすじ部分を読んでいただければ、一応理解できるようにはなっています!
色々遅れてしまって申し訳ありませんが、今回もぜひ読んでいただければと思います!


 

 

 

「――よし、こんな感じかな」

 

掃除を終わらせ、雑巾を持ちながら一息つく。

たぶんこれで、当分の間は掃除しなくて大丈夫だろう。

じゃあ、片付けた後、このまま支度をして――

 

「――うわ!?めっちゃ綺麗になってる……年末の大掃除ですらここまでやらないぞ?」

「……七海先生、どうしてここに?」

「ああ、少し忘れ物をしてな。取りに戻ってきたんだ」

「なるほど」

「……ってか、どうしたんだ、飛鳥?急にこんなに掃除して。いつもはここまでやってないだろ?」

「それは……」

 

先生に聞かれ、どう答えるか逡巡する。

まあ、あまり悟られないように、ここは適当に答えておこう。

 

「風莉さんたちが出かけてしまったので、手持ち無沙汰で……いつもより気合が入ってしまいました」

「ふーん……でもまあ、お前は働き過ぎだから、日曜くらいだらけてろ」

「だらけてろって……でも、じっとしていると落ち着かないんですよね」

「だったら遊べよ。なんか趣味でもねぇのか?」

 

七海先生にそう言われ、自分の趣味について考えてみる。

趣味……僕の趣味……。

 

「趣味は……料理?掃除?」

「マジか……じゃあ暇なら、彼氏のところにでも行ってくればいいだろ?あいつなら、どうせ空いてるだろうし」

「悠さん……ですか?」

「ああ、あいつなら逆に喜ぶと思うぞ」

「確かに……」

 

偽りの恋人の姿を、頭の中に思い浮かべる。

確かに、僕が誘えばきっと悠さんは喜んで来てくれるに違いない。

こんな、大事なことを隠している僕なんかのために……。

 

「まあ、飛鳥が嫌ならいいけどさ。それより、他の連中はどうしたんだ?」

「皆さん、美結さんを連れて買い物だそうですよ」

「……ああ、例のアレか」

「なにかご存じなんですか?」

「さーなぁ?ただまあ、西園寺がなんか企んでるとだけ言っておく」

「……そう、ですか」

 

にやけ顔を浮かべる七海先生とは対照的に、自分の気持ちが沈んでいくのが分かる。

どうやら、僕は本当に……仲間はずれだったようだ。

……でも、正直それは仕方ないと思う。

風莉さんに何か考えがあるのなら……それはきっと、男である僕よりも女の子同士の方が良いだろう。

少し寂しいとは思うけれど……でも、これでいい。

だって、僕が今からやろうとしていることは――

 

「なあ、飛鳥」

「……は、はいっ」

 

考えている途中で名前を呼ばれ、少し慌てながら返事をする。

 

「なんつーかさ……ありがと、な」

「え?」

 

突然の予想外の言葉に、思考回路が停止する。

 

「どうしたんですか?熱でもあるんですか?」

「ちげーよ!……まあ、ガラじゃないってのは分かってるけどさ」

 

少し文句言うと、顔を赤らめながら僕の方からそっと逸らす。

七海先生が照れてるのなんて初めて見たかもしれない……。

 

「これ、なんのお礼なんですか?」

「なんかこう……色々? 西園寺のこととか、そこらへん」

「風莉さん……ですか?」

「あいつはさ、色々こじらせてただろ?なんというか……コミュ障?だったし」

「ま、まあ……」

 

ストレートに言っちゃったよ、この人。

でもまあ、2人の間柄ならいい、のか……?

 

「そんな奴が、友達と一緒に買い物に行けるくらいにはなったんだ。それも全部……飛鳥、お前のおかげだ」

「ボクは別にそんな……」

 

僕のしたことなんて、そんな大したことでは無い。

結局は風莉さんが自分の力で変わろうとして……頑張って、自分から話しかけられるようになったんだ。

だから僕は……別に褒められるようなことなんて、何もしていない。

 

「そんなこと言っても、あいつが前向きになったのは少なからずお前の影響だ。全部、お前が来てからなんだよ」

「…………」

「とにかく、お前がどう思っていようと、あたしは感謝してるんだよ」

 

そこまで言われるとは思わず、なんて返せばいいのか分からなくなる。

それに、七海先生がこんなに風莉さんについて話してくれることが、僕にとってはすごく珍しかった。

 

「あいつ、お前が来るまでもっと暗かったんだよ。それに、プライドの塊みたいなやつなのに、てんで中身が伴ってなくてさ」

「…………」

「人付き合いってのはさ。余計なプライドなんて捨てて、“自分”を見せることなんだよ」

「――――」

 

七海先生の言葉が、僕の心の内に突き刺さる。

でも、“自分”を見せるなんて……そんなこと、僕に出来るわけがない。

だって、そうしてしまったら……僕は……。

 

「そういう点では、お前も人付き合い下手だよな」

「……え?」

 

急に自分の話になり、一瞬戸惑う。

 

「表面上は無難にこなしてるけど。うーん……なんつーか、上っ面だけなんだよな」

「…………」

「壁、というか……誰に対しても、微妙に距離を置いてるだろ?それも、あの八坂に対してさえ、な」

「それ、は……」

 

核心に触れられ、言葉に詰まる。

どうやら、先生にも薄々気づかれていたようだ。

 

「何か、誰にも知られたくないことを必死に守ってる……って感じがするんだ。まあ、人に知られたくないなら仕方ないけど、さ」

「…………」

「周りの奴らに、もう少し、自分を見せたらどうだ?」

 

七海先生にそう言われ、一瞬心が揺らぐ。

でも、僕は……何があっても隠すしかないんだ……。

だからこそ僕は、この場所を――

 

「何も隠してないですよ、ボクは」

 

精一杯笑顔を作り、先生の言葉を否定する。

しかし、こうして話している間にも……僕の心は、終わることの無い痛みに苛まれ続けていた。

 

「……そう、か。まあ、好きにすればいいけどな。ただ――」

 

言葉を止めると、七海先生は僕の方を見て、軽く微笑みを浮かべる。

 

「あまり無理だけはするなよ。たまには優等生しなくてもいいからな」

 

そう言うと、先生は置いてある書類を持って学園へと行ってしまった。

…………。

 

「もう少し、自分を見せたら……か」

 

――そんなこと、出来るはずがない。

だって僕は……本来この学園にいてはいけない人なんだ。

だから、少しでもこのことを打ち明ける訳にはいかない。

この学園にいる限り、僕は友人にも、クラスメートにも、そして……悠さんにも、偽り続けるしかないのだ。

 

「だから、仕方がないんです……」

 

決意を固め、壁に掛かった時計に目を向ける。

 

「……そろそろ、支度しなくちゃ」

 

片付けをして、部屋に戻ろうと立ち上がる。

もう、このくらい掃除すれば……立つ鳥も跡を濁さない程度にはなっただろう。

 

「……あ、そういえば」

 

ふと、七海先生に言われたことを思い出す。

 

「……行く前に、悠さんに連絡しよう、かな」

 

そう考えると、僕はポケットからスマホを取り出す。

悠さんとは、この学園と悠さんの学園での噂をどうにかするために、"偽りの"恋人関係を築いていた。

ならば……この学園を出ていく僕には、もう悠さんと恋人同士でいる必要は無いのだ。

だからこれは――僕の恩人であり、大好きな悠さんへの……最後の挨拶なんだ。

lINGを開き、1番上にある人とのトーク画面を出す。

 

「会えたらいいけど、もし会えなかったら……」

 

文字を打ち始めていた指を止め、不測の事態を考える。

いつものように、文面だけを送ればいいのかもしれない。

しかし、もしも……断られるのだとしたら。

もう、会えないのだとしたら……。

 

「(……最後くらいは、あの優しい声が聞きたいな)」

 

そして、考えた末に文章を消して……僕は通話ボタンを押すことにした。

………………。

…………。

……。

長い呼出音の末に、その音がプツリと途切れる。

 

「“湊さん、どうしたの?”」

「……悠さん……今から会うことって――」

 

そうして僕は……悠さんと、話し始めた。

おそらくこれが、悠さんとの最後の電話になるだろう、と。

そう……心の中で思いながら――。

紅霞の合間から射す黄昏色の光は、何かの終わりを告げるかのように、耿々と部屋の中を照らし続けていた。

 

 

 




というわけで、お察しの方もいらっしゃると思いますが、次回から完全オリジナルの展開になります!
自分としてはここからの流れが何よりも書きたかったシーンなので、今まで以上に全力で行きたいと思います!笑
次は多分、七海先生視点と悠視点だと思います!
ぜひ次回も読んでいただければ幸いです~!

追記
今回も感想ありがとうございます!めっっっちゃくちゃ嬉しいです!
ほんとに毎回やる気の源になっているので、ありがたいです笑
というか、毎回どの感想に対しても返信の量が多くなってしまってほんとごめんなさい!反省はしています!!!



……男×男の娘のああいうシーンって、割と難しいですね(EXストーリー)


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飛鳥さんは不器用

大変遅れてすみません!!!前回の続きです!!!
今回は七海先生・悠・湊くんの3つの視点での話で、それぞれの想いみたいなのが伝わってくれるかなと思います!
長くなってしまうので、前書きはここまでで――
今回も、ぜひ読んでいただけたら幸いです!


 

 

 

職員室への道を歩きながら、先程の飛鳥の様子を思い出す。

 

「はぁ〜……やっちまったなぁ」

 

つい……後悔の念が、口から零れる。

あの様子だと、飛鳥は決心を固めてしまっているに違いない。

こういう時、あたしが何か言ってやれれば良かったんだが……。

 

「そういうの、苦手なんだよなぁ」

 

そう言って、1人溜息をつく。

…………。

……自分でも、分かっている。

あたしに……そういう甲斐性が無いことくらい。

 

「(寮での仕事、全部飛鳥に押し付けてるしな)」

 

飛鳥と会ってからのことを思い出しながら、少し自嘲気味に笑う。

自分でも思うが、よくこれで教師になれたものだ。

 

「……あとは頼むぞ、八坂」

 

ここにはいない、自分より生徒を救える奴に……祈りに似た願いを込める。

 

「……って、教師のあたしが言うのもどうかと思うけどな」

 

生徒のことを他人に任せるしかないこの状況に……自分の不甲斐なさを感じる。

けれど、もう……飛鳥を止めるためには、あいつじゃなきゃダメなのかもしれない。

 

「……今日は、ケーキでも買って帰るか」

 

ぼそりとそう呟き、学園への道を1人歩く。

今のあたしにできることは……ただ、その成功を祈ることだけであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――湊さんお誕生日おめでとう!……うーん、違うなぁ」

 

湊さんへのプレゼントを手に、渡す時の練習を繰り返す。

自分でも馬鹿らしいとは思うけど……年に一度の事だし、こういうことは全力でやらないと。

 

「というか、プレゼントはこれで良かったのかな……?」

 

疑問に思いながら、紫色のリボンに包まれたプレゼントに目を向ける。

西園寺さんたちに言われてから何を買うかずっと迷ってて、昨日になってようやく買うことが出来たのだが……正直、あまり自信が無い。

化粧品とか服とかバッグとかもあったけど、どれも湊さんとは違う気がして、結局コレにすることにした。

 

「喜んでくれたらいいな」

 

湊さんの喜ぶ姿を思い浮かべ、自然と頬が緩む。

たぶん今、相当キモイ顔してるんだろうな……。

――そんなことを考えていると、不意に着信音が聞こえてくる。

 

「誰からだろ……って、湊さん?」

 

スマホの画面を見ると、そこには"飛鳥湊"の文字が表示されていた。

まさか湊さんの方からかけてくるとは……。

というか、何かあったのかな?

色々と推測しながらも、俺は画面にでてきた通話ボタンを押した。

 

「湊さん、どうしたの?」

「"……悠さん……今から会うことって、できますか?"」

 

いつもとは違う、真剣で――そして悲しそうな声に、一瞬身構えてしまう。

湊さん、何かあったのかな?

 

「ああ、大丈夫だよ。というか、俺もそれ聞こうと思ってたんだよね」

「"……そうだったんですか"」

「……湊さん、どうしたの?どこか具合でも悪いの?」

「"……っ、なんでも、ないです"」

 

いつもと違う様子に疑問を感じ、少し尋ねてみる。

しかし、その返事はなぜか歯切れの悪いものであった。

一体どうしたんだろうと考えるが……とにかく、湊さんが何か隠している事は明白だった。

 

「……わかった。詳しいことは会った時に聞くよ」

「"そんな、別に何も……"」

「じゃあ少ししたら、鈴女の前に集合で」

「"ちょ、ちょっと……!"」

「もうちょっと後にした方がいいか?」

「"それは……"」

「ごめんごめん、流石に急だったよね。だったら――」

「"悠さん、今すぐに会うことって出来ますか?"」

「……え?」

 

予想外の言葉で遮られ、つい聞き返してしまった。

今すぐに……?

 

「別に大丈夫だけど……?」

「"じゃあ、それでお願いできますか?"」

「ああ……いいよ」

「"では僕はこれから出るので、後ほど……"」

「ああ、また後で……」

 

ツーツー、と電話の終わりを告げる音が微かに聞こえてくる。

 

「(湊さん……なんか切羽詰まった感じだったけど、何があったんだろ?)」

 

湊さんに何かあったのではないかと思い、色んな可能性を考える。

辛そうだったし、俺に出来ることなら……助けになれるなら、できる限り力になりたい。

けれど……流石に情報がなさすぎて、分からないからなぁ。

 

「……って、そうだった!"今すぐ"ってことは、俺ももう行かないとか」

 

湊さんの言葉を思い出してから急いで髪型を整え、プレゼントを用意し……出かける準備を終わらせる。

 

「(…………)」

 

湊さんが今どうなってるのかなんて、俺には分からない。

でも、だからこそ俺は……今俺にできることをするだけだ。

 

「よし――絶対喜ばせるぞ!!!」

 

玄関前で気合を入れると、俺は1人鈴女へと歩き始めた。

――大切な人が、並々ならぬ苦悩の末に、1人で重大な決断をしていたとも知らずに……。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

悠さんとの電話を終え、部屋に戻り、キャリーバッグに荷物を詰め始める。

"今すぐに"って言っちゃったし、早めに終わらせないと。

 

「……多分、気づかれちゃったよね」

 

荷物を詰めながら、先程の電話の中での悠さんの対応を思い出す。

悠さんは少し話しただけで、すぐに僕の様子がおかしいことに気がついていた。

正直、心配してくれたことは、心の底から嬉しかったんだけど……。

 

「悠さんに、なんて言おうかなぁ……」

 

申し訳なさと同時に、なんて言い訳しようかという悩みが、頭の中を駆け巡る。

……せっかくだから、悠さんには全て話そうかな……?

 

「(……って、いやいやいや!そんなことできるわけないよぉ!)」

 

首をぶんぶんと横に振り、変な考えを追い出そうとする。

今日の目的は、悠さんに最後の別れを告げることだ。

それ以上のことなんて、言う訳にはいかない。

……でも、隠し事をしても、悠さんにはバレちゃうだろうからなぁ。

 

「うーん……」

 

どうすればいいのか分からず、頭を悩ませる。

やっぱり、正直に話すべきなのかなぁ……、と。

そうこうしているうちに、ものの数分で荷造りは終わってしまった。

まあ、元々私物なんてほとんど持ってきていなかったから、すぐに終わるとは思ってたけど……。

 

「……お世話になりました」

 

誰もいない部屋を見回して、ぺこりと一礼する。

――風莉お嬢様はもう、僕がいなくても大丈夫だろう。

 

「おばあちゃん……約束、果たせたかな?」

 

おばあちゃんの最後の遺言。

きっと僕はそれを果たせたはずだ。

ならばもう……僕がこれ以上、この学園に通い続ける理由はない。

 

「でも、そんな話……できるわけないよね」

 

どう話せばいいかも分からない以上、黙って出て行くしかない。

我ながら、なんともおかしなことをしているように思えるが……僕にはもう、それしか浮かばないんだ。

使い慣れた木製の階段を、キャリーバッグで傷つけないように注意しながら、ゆっくりと降りていく。

……帰ってきたら、お嬢様たちはどう思うのだろう。

きっとみなさん……いや、気になるけれど、想像するのはやめておこう。

だって、都合の良すぎる想像が浮かんでしまったら……。

そうなってしまったら、僕は……。

 

「あはは……寂しいけど、しょうがないよね!」

 

無理矢理自分に言い聞かせ、必死に笑顔を作る。

本音とか……今は考えちゃいけない。

 

「……ペットボトル使うのは、なるべく抑えてくださいね」

 

ここにはいない相手に向かって、最後の言葉を言い残す。

 

「柚子さん、部屋をちゃんと片付けてくださいね。ひなたさん、中二病も程々にしてくださいね」

 

最後の言葉なのに説教じみてるなと思いながら、思い出の詰まった部屋を見回す。

 

「七海先生は……もう少し、面倒くさがるのをやめてくださいね。美結さんは、あまり人をからかわないでくださいね。あと、それから……」

 

――自分の中で、何かが危険を知らせる。

……駄目だ。

これ以上は、動けなくなってしまう。

 

「……ごめんなさい、みなさん」

 

このことは、後で手紙でも書いて謝ろうと思う。

だから、今はとにかく……少しでも、この決心が鈍らないうちに。

この両の眼に溜まったものが、雫となって零れ落ちないうちに。

この思い出の場所に、別れを告げなければならなかった。

 

「本当に、ありがとうございました……っ!」

 

最後に一礼すると、今はすっかり見慣れてしまった扉をそっと開ける。

そうして僕は――みんなと過ごしたこの寮を後にしたのだった。

 

 

 




ということで、いかがだったでしょうか?
自分としては、湊くんと悠のテンションの違いというか明暗というか、そういうのを意識してみました!
まあ、先生のとこに関しては、何で人任せやねん!って思うところもありましたけど笑

次の話が、多分自分の中で最も書きたかった部分になると思います!(予定)
なので、楽しみにしていてくれたらなと思います笑
果たして、悠は湊くんを繋ぎとめることは出来るのか?
湊君は、悠君に堕ちてしまうのか?
ではでは、次回も読んでいただけたらなと思います!


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湊さえいればいい。(前)

遅くなりました!すみません!!!
ということで、ここから怒涛の展開!となる(はずの)ところを書いていたのですが、思ったよりキリが悪かったので、一旦ここまでで投稿してみました。
自分でも分かってはいるのですが、たぶん続きが気になるような終わり方をしているのではないかと思うので、続きも急いで書きます!
というわけで、今回もぜひ読んでいただけたら幸いです~


 

「湊さんは……まだ来てない、か」

 

先に着いたことに安堵しながら、学園前の柵に寄りかかる。

“今すぐに”と言われたから急いで来たけど……流石に早すぎたか?

 

「それにしても、緊張するなぁ……」

 

プレゼントに手を置き、ゆっくりと深呼吸する。

――大丈夫、友達に誕生日プレゼントを渡すだけだ。たったそれだけだ。

そう考えて、緊張で満たされたこの気持ちを、どうにか落ち着かせようとする。

しかし……湊さんに対して抱く気持ちと俺達のこの関係が、先程からその考えを邪魔してくるのだ。

 

「(落ち着け……落ち着け……)」

 

目を瞑り、再びゆっくりと深呼吸をする。

そして、早まる鼓動を抑えて目を開けると……。

――視線の先に、見知った姿を見つけた。

 

「あ、湊さ――」

 

しかし……そう言いかけた途端、俺は言葉を失った。

湊さんの手に握られていたのは――不自然にも、旅行用のキャリーバッグであった。

 

「湊、さん……?」

「……悠、さん」

 

湊さんは静かに口を開くと、何とも消え入りそうな声を漏らした。

そして、その両の瞳は……滂沱の雨に濡れているかのように冷たく潤んでいた。

 

「待たせちゃいましたか……?」

「あ、いや、そんなことは無いんだけど……」

 

そう言いかけて、二の句が継げなくなる。

意識が……自然とキャリーバッグの方へと吸い寄せられる。

 

「(キャリーバッグ……か。今から旅行するって訳でもないよな……)」

 

選択肢を潰しながら、キャリーバッグの理由を考える。

……と言っても、正直もう予想はついているんだけどさ。

悪い方向のことしか思い浮かばない自分を嫌に思いながら、自分に出来ることを考える。

正直な話……湊さんからその理由を聞きたくはない。

だって、俺の推測があっていれば、俺たちの関係は――。

 

「(でも、聞かなかったら……)」

 

聞かなかった場合、絶対に後悔するし、もし俺の予想があっていた場合……。

まだ――止められるかもしれない。

そう決心した瞬間、俺はそっと口を開いた。

 

「湊さん、そのキャリーバッグ……」

「……あっ」

 

湊さんは小さく声を漏らすと、咄嗟に後ろに回して隠そうとする。

その表情からは、今までにはなかった焦りと不安の色が見て取れた。

 

「何か、事情があるんだよね……?」

「……っ」

 

ゴクリと唾を飲む音が聞こえてくる。

 

「あ、えーと、その……」

「…………?」

「あの……ですね」

「ああ」

 

どんなことを言われるのか緊張しながら、次の湊さんの言葉を待つ。

 

「悠さん、少し時間ありますか……?……話したいことが、あるんです」

「……ああ、時間は大丈夫だよ。それなら……あの喫茶店にでも行っ――」

「それじゃダメなんですっ!」

「……っ!」

 

突如響いた湊さんの声に、一瞬身がたじろぐ。

 

「今日だけは……今だけはっ!誰にも邪魔されることなく、誰にも聞かれることなく

2人だけで……話せませんか?」

 

力の籠った真剣な眼差しに、再び気圧される。

いつもとは明らかに違う様子に驚きを隠せなくなるが、同時にそれは、キャリーバッグの理由が俺の推測通りであることを暗に示していた。

そして、その事情が並々ならぬものであることも……。

 

「(湊さん……)」

 

何か言おうとして口を開く。

しかし、そこから出てくるのは……ただただ音のない掠れた空気だけであった。

 

「…………」

「俺としてはいいんだけど……さ」

「……はい」

「2人だけで話せる場所、か」

 

そう口にしながら、思考を巡らせる。

喫茶店……というか、店とかは他の人もいるしダメだよなぁ……。

どこかいい所は……。

 

……悠、さんの……

「……え?」

「ゆ、悠さんの家……というのは……ダメ、でしょうか……?」

「――――」

 

思考が……止まった。

湊さんの口から飛び出してきた言葉は、予想外どころのものではなく……動いていた俺の頭を停止させるには十分であった。

 

「え?ちょ、え!?いや、え?でも……」

 

そう言いかけて、湊さんの顔を見た途端……口が止まってしまった。

 

「…………」

 

少し赤く腫れた湊さんの目が、真っ直ぐに俺の心を貫く。

 

「(はぁ……、そんな顔されたらさ)」

 

脳に直接目薬をさされたかのように、思考が澄み渡っていく。

高まった鼓動が、次第に落ち着きを取り戻していく。

 

「(そんな顔で頼まれたらさ、流石に断れないって)」

 

そう思いながら、ゆっくりと口元を緩める。

正直、女子を部屋に入れたことなんてないから、滅茶苦茶緊張する。

けれど、理由はどうであれ……そんな顔で頼まれたら、断ることなんてできない。

というか、したくない。

それに、普段あまり頼み事をしない大切な彼女からの頼みなんだ。

このくらいのことは、聞いてやるのが男ってもんだろ。

 

「うちでよければ……来るか?」

「え……?」

「2人だけでしたい話があるんでしょ?」

「いいん……ですか……?」

 

そう言うと、湊さんはその潤んだ瞳のまま、上目遣いでこちらを見つめてくる。

自分から聞いたのに遠慮しちゃうのは、湊さんのいい所だと思うし……あ、やばい湊さんが可愛すぎて思考停止しそう。

 

「それに、言ってなかったかもしれないけど。俺、今一人暮らししてるんだよ」

「そ、そうなんですか……?」

「だから、うちなら誰かに聞かれる心配もないよ……って、まあアパートだから、大きな声出したら隣の部屋に聞こえちゃうかもだけどさ」

 

はは、と笑いながら、湊さんの返答を待つ。

 

「ゆ、悠さん、その…………よ、よろしく……お願い、します」

「おう!急いで来たから部屋が少し汚いかもしれないけど。それでもいいなら!」

「……ありがとう、ございます」

 

先程とは違い、心なしか嬉しそうな声を出す湊さん。

けれど、その表情は依然として暗く悲しげなままで……。

その暗く沈んだ瞳の奥には……どこか触れてはいけないような、果てしなく深い闇が潜んでいるかのようであった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?というかすみませんでした……
何でこんな焦らすねん!と思う方もいると思いますが、本当に申し訳ありません!
自分としても思った以上に忙しくて、なかなか書けなくなっていて……というのは言い訳になっちゃうので、ここまでにします。
流れとしては、この後2人で悠の家に行ってから湊がついに……といった感じになる予定です!!
ぜひ次回も読んでいただけたらなと思います~!
……というか、悠君が一人暮らししてるっていう設定、長らく《設定》に書くの忘れてた……笑

追記
感想ありがとうございます!!!ほんとめちゃくちゃ嬉しいです!!!
自分もできる限り全力で、妥協せずに書きたいと思います!


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湊さえいればいい。(中)

遅くなりました!!!前回の続きです!
多分すごく気になる感じで前回終わらせてしまった気がするので、今回は切らずにちょうどいいとこまで書きました。
そのため、いつもよりほんの少しだけ長めになってます笑
とにかく自分が書きたかったことを全力で表現して書いてみたので、ぜひ読んでいただけたら幸いです!



「――ここが、俺の家……です」

「……お、お邪魔します……」

 

悠さんに案内され、僕たちは一棟のアパートに到着した。

そこは、新しくはないが決して古くもない……そんな、暮らしやすそうな建物であった。

 

「(悠さん、ここに1人で住んでるんだ……)」

 

建物を眺めながら、悠さんが暮らしている様子を想像する。

いつもここから、僕を迎えに来てくれてるんだろうなぁ……。

 

「(さっきは、何も言わずにあんなこと言っちゃったけど。普通に本当のこと話した方が良かったかも……)」

 

階段を昇りながら、ふと先程のことを後悔する。

普通、理由も言わずに突然家に行きたいなんて言ったら、大抵の人は嫌がるだろう。

実際、僕がその立場だったら、結構戸惑ってしまうかもしれない。

けれど、そんな事情を察してか否か……それでも悠さんは、文句の一つも言わずに僕を家まで連れてきてくれた。

理由を教えろと迫ってきてもいいくらいなのに……いくらなんでもお人好し過ぎるよ。

 

「(でも……)」

 

また悠さんに、甘えちゃったなぁ……。

そんな罪悪感が、僕の胸を締め付ける。

 

「(……というか、よくよく考えたら緊張してきたんだけど……)」

 

改めて状況を思い出し、心音が煩くなってくる。

友達の家に行くのなんて、何年ぶりかも覚えてない。

できる限り、粗相のないようにしないと……!

 

「(……………………)」

 

これから別れ話を切り出そうとしているのに、果たしてこんな気持ちで大丈夫なのか。

そんな考えが頭を過ぎり、自問自答しながら悠さんの後に着いていくと、2階の右奥の部屋の前に着いた。

中に通され、リビングにあるクッションの上に座るように促されると、悠さんは真剣な顔つきでゆっくりと口を開いた。

 

「――単刀直入に聞くけど、さ」

「……はい」

「……その荷物、これから旅行に行く……って訳でもないよね?」

「……そう、ですね」

「そっ、か……」

 

予想通りの質問に、感情を悟られないように注意しながら答える。

悠さんの方も、特に驚いた様子もないようだったが……どこか深刻そうな面持ちで下を向いていた。

 

「……………………」

「……………………」

 

2人の間に、重たい沈黙が流れる。

……………………。

――果たして、どのくらいの時間が経ったのだろうか。

1分にも満たない、短い時間だったのかもしれない。

しかし、永遠にも似たような長い長い時間が、2人の間に流れていたような気さえしてくる。

だけど……。

いつしか僕は、その沈黙を破るように、そっと口を開いていた。

 

「……そ、そういえば、悠さんもボクに用があったんですよね?」

「……そう、だね」

「ゆ、悠さんの用事って、なんだったんですか……?」

「…………」

「悠、さん……?」

「……俺が先でも、いいのか?」

「……いいです、けど……?」

 

僕の返事を聞くと、悠さんは持ってきた荷物を漁り始める。

 

「…………」

 

そして、悠さんは荷物を取り出すと、少し改まってこちらに体を向けた。

その手に握られていたのは――丁寧に紫色のリボンでラッピングされた小さな小包であった。

 

「……悠さん、それは……?」

「……湊さん」

「はい……」

「湊さん……"誕生日、おめでとう"」

「え……?」

 

あまりに急な出来事に、思考が追いつかなくなる。

 

「え……え……?」

「おめでとう、湊さん」

「え……ど、どういうこと……ですか?」

「ん?どういうことも何も……今日は湊さんの誕生日だろ?」

「へ……?」

「まさか本当に忘れているとは……西園寺さんの言う通りだったな」

 

呆れたような目つきで、にやけながらそう話す悠さん。

……覚束無い手で、スマホの画面を確認する。

そこには5月22日――僕の誕生日の日付が書いてあった。

 

「あ、ああ……っ!」

 

この感じだと、悠さんや風莉さんだけじゃなくて、寮の皆さんも知っているんだろう。

ということは、今朝のあれは……。

 

「プレゼント何がいいか選ぶのが大変でさ。湊さんだと、どんなのがいいかなって……」

「…………」

 

悠さんが何か話してくれているが、もう僕の耳には届かない。

もう何も……考えられない。

お誕生日とか……こんなことを、されてしまったら……。

複雑な感情が絡み合って、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 

「……ぁ……」

 

何か言おうとして、ゆっくりと口を開く。

――けれど。

 

「(あれ、おかしいな……?)」

 

声が……出てこない。

 

「え……み、湊さんっ!?」

 

そう言うと、悠さんは心配そうにしながら、こちらを覗き込んでくる。

"何を、慌てているんですか?"

そんな言葉が、空気となって口から零れ落ちる。

一体、悠さんはどうしてそんなに悲しそうな表情を――

 

「泣いて……いるのか?」

「……ぇ……?」

 

悠さん言われて、ようやく気がついた。

 

「あ……れ……?」

 

視界が滲んで、周りの景色が霞んでいく。

 

「な……んで……どうして、ボク……」

 

溜まった涙が、ゆっくりと流れ落ちていく。

胸の辺りが、次第に苦しくなっていく。

 

「嬉し泣き……じゃないよな……」

「ぅ……ぁ……おか、しい……なぁ……」

 

……どうして僕は、泣いているのだろう。

必死に考えようとするが、全くもって分からない。

というか、もはや考えることすらままならない。

 

「……誕生日、まずかったかな……?」

「……たんじょう、び……ボク、の……」

 

その言葉を言われた瞬間、ドクリと心臓が大きく脈打つ。

そしてその直後――突然、過去の光景が頭の中に蘇った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「“ハッピーバースデー、みーちゃん!”」

「“……おめでとう、湊”」

 

ずっと昔……まだ、お母さんとお父さんが生きていた頃。

2人はそう言って、僕の誕生日を祝ってくれた。

優しく頭を撫でながら、おもちゃのロボットを渡してくれたんだ。

今の、悠さんみたいに――

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「ぁ……ぁ……」

 

……得体の知れない何かが。

心の内に蓋をして、ずっと見ないようにしてきた何かが。

少しずつ……僕の心の中から溢れ始める。

 

「(……お父さん……お母さん……っ!)」

 

――呼吸が出来ない。

――震えが止まらない。

駄目……無理……。

もうこれ以上、隠せない……溢れちゃう……っ!

 

「……っ、ぅ……っ」

「湊……さん……」

「だ……め……あふ……れ、ちゃ……う……っ」

「……っ!」

 

僕がそう言った瞬間、悠さんは驚いた表情を見せる。

しかしその後、何か意を決したように、僕の方へ手を伸ばしてきて……。

 

「……ぇ……?」

 

――頭の上に、何か温かいものが触れる。

……これ、は……。

 

「……“大丈夫だよ、湊さん”」

 

悠さんはそう言うと、その手を僕の頭の上でゆっくりと左右に動かす。

そして、その手は頭から少しずつ下がっていき――涙で濡れた僕の頬に触れた。

 

「――っ!」

 

――刹那

僕の頭の中に再び、過去の光景が走馬灯のように駆け巡った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「“大きくなったねぇ……おめでとう、湊”」

 

1年前のこの日、おばあちゃんは僕にそう言ってくれた。

2人だけで誕生会を開いて、僕の誕生日を祝ってくれた。

手作りのご馳走を、たくさん用意してくれて……。

――本当はもう、体を動かすのも辛いはずなのに。

それでも、僕を祝ってくれた。

両親の居ない僕の為に。

欠けてしまった心の穴を、そっと埋めるように……。

 

「“……大丈夫よ、湊”」

 

そう言って、皺だらけの細い手で、僕の顔に触れてきて――

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「――――」

 

おばあちゃんの手の感触が、はっきりと蘇る。

年老いて皺だらけだったけど、優しくて大好きだった手のぬくもりが――

 

「ぁ……ぅ、ぁ……」

 

……思い出して、しまった。

 

「こ……んな、の……こんな、の……ひどすぎ……ます……っ」

「ご、ごめんっ!軽々しくこんなことしちゃって……」

 

申し訳なさそうにする悠さんに対して、必死に首を横に振る。

悠さんは何も悪くない。悪いのは泣いている僕の方だ。

だけど、それでも……。

 

「おめでとう……なんて……そんな、こと……言わないで……ください……っ」

「…………」

「……えぐ……っ、ボクに……優しく……しないで……っ!」

「え……湊、さん……?」

「だって、嬉しいから……っ、色んなこと……思い出しちゃう、からぁ……っ!」

「……っ!」

 

――在りし日の、幸せな記憶を思い出して。

――そして同時に、それを失ったことまで思い出してしまって。

 

「……ご、ごめ……なさい……ボク……ボク、は……っ……ぁ……あああああああぁぁぁぁぁ……!!!」

 

――必死に我慢していたものが、堰を切って溢れ出す。

止めようとしても、目から溢れ出る熱い液体は、止まることを知らない。

もはや、自分ではどうにもならない程に流れ落ちる涙は、さらに僕の心の蓋をこじ開けていく。

 

「うあああぁぁ……っ、あぁ……あああぁ……っ!!!」

 

考えてみれば、おばあちゃんが死んでから初めてだった。

 

「なんで……っ、今になって……っ!おばあちゃん……!お父さん……おかあさぁん……!」

 

今まで、泣かずに我慢してきたのに。

どんなことがあっても、我慢できていたはずだったのに。

どうして、今になって……っ。

 

「……西園寺さんが、言ってたけど……確か、湊さんって……」

 

――僕は、一人ぼっちだ。

家族なんて、もう誰もいない。

いなくなって……しまったんだ。

だから僕は、1人きりで、強く生きなければならないのに。

 

「ぅぐ……ぁ……ああ……っ、なの、に……どうして……っ!」

 

――目の前に、与えられてしまった。

誕生日おめでとうって、嬉しそうに言ってくれて。

丁寧にラッピングされたプレゼントを渡してくれて。

頭を……頬を……そっと優しく撫でてくれて。

それはまるで、もうどこにもいない僕の家族のようで――

無くしたはずのものを。

僕が諦めていたものを。

僕は……見つけてしまって。

決して、気付いてはいけなかったものなのに……。

 

「こんな、の……あんまり、です……っだめ……なのに……っ!」

 

頬に添えられた手に、縋るように手を重ねる。

 

「誰かぁ……っ、たすけてよぉ……っ!おばあ、ちゃん……っ!!!ひぐっ、あああああああぁぁぁぁぁ……!!!」

 

子供みたいに泣きじゃくって。

誰かに……救いを求めて。

みっともないくらいに声を上げて、泣き叫ぶことしかできなくなる。

 

「……湊、さん……」

「悠……さん……えぐっ……あああぁぁ……!」

 

僕の名を呼ぶ声が聞こえる。

きっと、悠さんは戸惑ってしまっているに違いない。

それはそうだ。誕生日を祝っただけなのに、目の前で泣かれてしまったのだから。

――きっと、悠さんも呆れ果ててしまっているのだろう。

――僕のことを、嫌いになってしまっているのだろう。

そんな辛い想像が、頭の中を駆け巡る。

 

「(もう……ボク、は……っ)」

 

苦しくて苦しくて、辛くて辛くて。

感情がぐちゃぐちゃに掻き乱されて。

それでも、ただ泣くことしか出来なくて……。

そうして、糸が切れた人形のように崩れ落ちそうになった瞬間――

 

「……ぇ……?」

 

――突然、僕の体は“何か”によって包み込まれたのだった。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
……というか、また今回も気になるところで終わらせちゃった気もしますが、すみません!
今回はオトメドメイン本編でもあるシーンで、自分もこのシーンが好きなのですが、どうしても、「もっとこうしたい」と思う私の心が暴走して、結果的に本編の2倍くらいの分量になりました笑
次の話の悠の行動と、今回の“泣いている湊の頭を撫でる”という行為は、自分がオトメドメインをプレイしているときに「お嬢様方誰でもいいからやってくれよ、てか何でやらないの?慰めてあげてよ……」とガチで切実に思ったことでした。
そのため、今回“悠”という本編にいなかったイレギュラーな存在を使ってifの世界を表現できたことがめちゃくちゃ嬉しく、そして楽しかったです!

次の投稿はいつになるかわかりませんが、できる限り早めにできたらなと思います!
それではまた次の話も、ぜひ読んでいただけたらと思います~!

追記
いつも感想&評価ありがとうございます!
ほんとにめちゃくちゃ嬉しいです!!!
皆さんの気持ちに応えられるように、次も全力で頑張ります!


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湊さえいればいい。(後)

本当に遅くなりました!前回の続きです!
2週間ほど開けてしまって申し訳ありませんでした……!!!

ということで後編ですが、とりあえずいつもよりも分量が多くなりました。
ちゃんと気合い入れて書いたので、読んでいただけると幸いです!
では前書きはここまでにして……続きをどうぞ!


 

 

 

――滂沱の涙を流しながら、湊さんは嗚咽混じりの声で、感情のままに泣き叫ぶ。

内に秘めた想いを吐露する彼女のその両の肩は、その傷の深さを表しているかのように小刻みに震えていた。

そんな彼女の姿を見つめながら……俺は一人、考えていた。

 

「慰めようと、思ったんだけどなぁ……」

 

泣いている湊さんを見て、いてもたってもいられず……つい、頭を撫でてしまった。

そして、安心するようにと、その濡れた頬に手を……。

 

「(…………)」

 

しかし、俺の手が湊さんの頬に触れた瞬間、湊さんは余計に泣き出してしまった。

……やはり、偽りの恋人であったとしても、気安く撫でるのはやめた方が良かったか。

そう思ったのだが――厳密には、少し違うのかもしれない。

 

「("優しくしないで"……か)」

 

湊さんの言葉を、頭の中で反芻する。

それは、俺を拒むというよりも……むしろ、己が身を守ろうと必死になっているように感じた。

 

「なんで……っ、今になって……っ!おばあちゃん……!お父さん……おかあさぁん……!」

 

恥も捨てて、家族のことを思い出しながら……湊さんはただ一心に、声を震わせ続ける。

湊さんの家族……か。

 

「……西園寺さんが、言ってたけど……確か、湊さんって……」

 

そう言いながら、数日前の西園寺さんとの会話を思い出す。

それは、湊さんとのデートした次の日の事だった――

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

西園寺さんに呼び出され、湊さんの誕生日をどうするかについての話をした日。

俺は、少し聞きたいことがあったため、話が終わった後に西園寺さんを寮の外へと呼び出していた。

 

「――あの……どうしたの……?私に話、って……?」

「いや……少し、聞きたいことがあってさ」

「何かしら……?」

 

そう言うと、西園寺さんは不思議そうにしなから、こちらを見つめてくる。

――果たして、これは尋ねてしまってもいいものなのか。

そんな罪悪感に似た感情が、胸の中を支配し続ける。

 

「(……でも、俺は決めたんだ)」

 

全てを知った上で、彼女を支えると。

そう……決心したんだ。

深呼吸しながら、腹のあたりにグッと力を込める。

そうして、揺らぐ気持ちを抑えながら、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「正直、こういうこと聞くのは良くないって分かってるんだけどさ……」

「…………?」

「湊さんとのデートの時に……"西園寺さんに拾われた"って話を聞いて……」

「…………」

「ここに来る前は、祖母と二人暮らししてたって聞いたんだけど……湊さんの、両親って……」

「……そうよ」

 

俺が言い終わる前に西園寺さんはそう言うと、静かにゆっくりと……その言葉の続きを紡ぎ始めた。

 

「湊の両親は……何年も前に、湊を1人残して……事故で、亡くなってしまったわ」

「……っ」

 

告げられた事実に、体中の筋肉が強ばるのを感じる。

予想はできていたけど……実際に言われると、中々にきついものがある。

 

「そう、か……」

「……こっちも、少し聞いていいかしら?」

「……ああ」

「あなたはなぜ……このことを、聞こうと思ったの?」

「…………」

「理由が、あるのでしょう?」

 

全てを見透かすような瞳で、彼女はこちらの目をじっと見つめる。

この人の前では隠し事なんて無駄なのだと、身体中の感覚が訴える。

…………。

まあ、隠す理由もないし……ここは素直に言うことにするか。

 

「……もし、さ」

「…………」

「もし、湊さんの過去が、俺の考えてる通りだったら……俺にも、何かできないかなって何か、助けになれないかなって」

「…………」

 

嘘偽りのないありのままの気持ちを、西園寺さんにぶつける。

 

「俺が……湊さんの、心の支えにでもなれれば、って。そう思って――」

「大丈夫よ」

 

優しい声に言葉を遮られ、二の句が継げなくなる。

 

「あなたはもう十分、湊の心の支えになっているわ」

「……え?」

「前にも言ったけれど、あなたに会ってからの湊はかなり変わったのよ」

「…………」

 

そう言うと、彼女は目を細めながら、口元を綻ばせる。

確かに、以前にもその話をされたし、湊さんが変わったってことは俺も既に理解している。

でも、それだけじゃ……。

 

「だって、湊からはそんな雰囲気を感じられたかしら?天涯孤独で、自分にはもう誰もいなくて、ただただ寂しい……って。あなたと会っていた時に、そんな気持ちを抱いているように見えたのかしら?」

「それ、は……」

 

何も言えなくなって、言葉に詰まる。

確かに、俺といる時の湊さんは、俺にそんな姿を見せたことが無い。

それは、俺に秘めた想いを隠すためだったのか。

それとも、俺といる時は……その想いを忘れられていたのか。

本人じゃない以上、本当のことは俺には分からない。

けれど、それでも確かに言えることは……。

俺と一緒にいる時の湊さんは、これ以上ないくらい幸せそうだった、ということだけだ。

 

「だから……大丈夫」

「で、でも……」

「……なら、あなたに頼みがあるの」

 

そう言うと、西園寺さんはこちらに向かって2、3歩歩み寄ってきて――俺の目の前で立ち止まった。

 

「前にも、湊の友達でいて欲しいって頼んだばかりなのだけど……いいかしら?」

「別にいい……けど?」

「じゃあ……八坂さん」

「……ああ」

 

ゴクリ、と喉を鳴らしながら、次の言葉が紡がれるのを待つ。

 

「どんな事があっても、あなたは……"湊のそばにいて欲しい"の」

「……え?」

 

今更のような頼み事に困惑し、つい変な声が出てしまった。

これって、言葉通りの意味、なのか……?

それとも……。

 

「それって、どういう――」

「あなたにも……いつか、分かる時が来るわ」

 

彼女はどこか含みのある言葉を言い放つと、なぜか一瞬、申し訳なさそうに力なく笑った。

 

「だから……その時は、湊のことをよろしく、ね?」

「あ、ああ……」

 

――正直、今の俺には、西園寺さんの意図がまだよく分からない。

けれど、それでも……西園寺さんが、心から俺を頼ってくれているってことだけは伝わってきた。

それに、湊さんのそばにいて欲しいってことは……逆に言えば、これからも一緒にいていいってことだろ?

だったら、その答えなんて――最初から、決まってる。

 

「俺に、任せてください」

 

安心してもらえるように、俺の決意を表す。

 

「俺が湊さんから離れることなんて、絶対にありませんから」

「…………」

「……あ、俺が嫌われちゃったりしたら、話は別ですけどね!?」

「……ふふっ」

 

その言葉を聞くと、西園寺さんは安堵したように笑みを浮かべた。

 

「……あなたになら、安心して湊のことを任せられそうね」

「……え?」

 

意味ありげな言葉を呟くと、彼女はそっと顔を逸らす。

 

「今のは……」

「なんでもないわ。さ、湊たちも待っているだろうし、そろそろ戻りましょう」

「あ、ああ……そうだね」

「八坂さん」

 

寮の入口へと歩き始めた途端、後ろから呼び止められる。

 

「……湊をよろしく、ね」

 

そう言うと、彼女は優しく微笑むのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――正直、あの言葉の真意は、未だによく分かっていない。

多分きっと、文字通りの意味では無いのだろうが……そのくらいのことしか、今の俺には分からない。

 

「(湊さんの、家族は……)」

 

改めて、彼女の置かれている状況の深刻さを理解する。

きっと、1年前のこの日には、彼女の祖母が祝ってくれていたのだろう。

けれど今は……もう、いない。

つまり、彼女にとって今日という日は――最後の家族を失ってからの、最初の誕生日なのだ。

 

「こんな、の……あんまり、です……っ、だめ……なのに……っ!」

 

そう言うと、湊さんの手が……何かを求めるかのように、俺の手の上に重なる。

 

「誰かぁ……っ、たすけてよぉ……っ!おばあ、ちゃん……っ!!!ひぐっ、あああああああぁぁぁぁぁ……!!!」

 

助けを、求めるように。

救いを、求めるように。

彼女は……何かに縋るように、声を上げて泣き叫ぶ。

しかしきっと、助けを求めているのは……その瞳の奥で見据えているのは……俺ではなく、亡くなった家族の姿なのだろう。

 

「……湊、さん……」

「悠……さん……えぐっ……あああぁぁ……!」

 

湊さんの両の瞳が、"俺の姿"を捉える。

"どんな事があっても……あなたは、湊のそばにいて欲しいの"

――突然、西園寺さんの言葉が、頭の中で反響する。

 

「(…………)」

 

――このままで、いいのか?

瞳を閉じ、内なる自分に問いかける。

泣いている友人に……彼女に、戸惑うだけで。

ただ見てることしか、出来ないなんて。

――本当に……そのままで、いいのか?

自分に語り掛ける声が、次第に大きくなっていく。

――こういう時……"やるべきこと"があるんじゃないのか?

――"やれること"があるんじゃないか?

頭の中で、意識が混ざり合っていく。

"友達として"

"恋人として"

"俺には……やるべきことがあるんじゃないか?"

……意識が、急速に覚醒へと向かっていく。

体の奥から何か熱いものが込み上げてきて、迸るように体中を駆け巡る。

 

「(俺は……俺は……っ)」

 

こんなことをしたら、湊さんに嫌われてしまうかもしれない。

いや、湊さんの事だから嫌われることはないだろうが……もしかしたら、引かれてしまうかもしれない。

――けれど、それでも。

 

「(それでも、俺は……っ!)」

 

真っ直ぐに、湊さんの瞳に意識を寄せる。

湊さんは次第に泣き疲れてきたようで、慟哭は霞となって消え入るように、その鳴りを潜めている。

――その焦点が、少しずつ合わなくなっていく。

そして、湊さんの体がふらりと揺れた――瞬間。

気が付けば……俺の体は、考えるよりも先に動いていた。

 

「……ぇ……?」

 

"俺の腕の中で"、湊さんの口から素っ頓狂な声が漏れる。

 

「ゆ……う、さん……?」

 

零さぬように、と。

離れぬように、と。

触れたら壊れてしまいそうなその華奢な体を、俺は強く抱き寄せていた。

 

「大丈夫……大丈夫、だからっ」

「……悠、さん……?」

「……泣かないでくれ、とは言わない」

「…………」

「湊さんの悲しみは……当事者じゃない以上、完全には分からないと思う。けれど、だからこそ……その悲しみや苦しみを、共に分かち合うことはできると思うんだ」

「……ぁ……」

 

再び、彼女の瞳が潤み始める。

呼吸も、次第に荒くなっていく。

 

「だから……だから……っ!」

「…………」

「どんな事があっても、俺が……俺が、湊さんのそばにいるからっ!」

「……っ……」

 

湊さんの体が、小刻みに震え始める。

その震えを少しでも和らげるように、そっと抱く力を強める。

 

「俺が……一緒に、泣いてやるからっ!一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って、一緒に喜ぶからさ」

 

胸に抱く気持ちを、何一つ隠さずにぶつける。

そして、俺の番だと言わんばかりに、一気に畳み掛ける。

 

「だから俺に、頼ってくれよ……っ、俺に、その抱えているものを……一緒に、背負わせてくれよッ……!」

「――――」

 

俺がそう口にした瞬間。

湊さんの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

そんな彼女の頭に片手を添えながら……それでも俺は、言葉を紡ぎ続ける。

 

「……俺じゃあ、湊さんの家族の代わりには、なれないのかもしれない」

「ぁ……ぁぁ……っ」

「でも、俺は……その穴を埋められるように、精一杯頑張るからさ」

「ゆう……さ……ん……」

 

今の彼女に、これ以上何を伝えればいいのだろう。

何を言えば……彼女を、安心させてあげられるのだろう。

高ぶった感情のまま、思考をフル回転させる。

…………。

 

「(……いや、こういう時だ。言葉を選ぶ必要なんてない)」

 

少し告白じみているようにも感じるけど……今は、この言葉を告げるべき時だ。

彼女の肩を優しく掴み、互いの顔が向かい合うように、俺の正面へと動かす。

早まる鼓動を抑えるように深呼吸をし、真剣に湊さんの目を見つめて……。

そして俺は、ゆっくりと口を開いた。

 

「もう二度と、湊さんが悲しまないように……俺が、ずっと一緒にいるよ」

「……ゆ、う……さん……っ!でも……でも……っ!」

「俺は、絶対にいなくならない」

「……っ……」

「湊さんの前からいなくなるなんて、俺にそんなつもりは無いよ……もし、湊さんに嫌われたら……その時は、仕方ないんだけどね」

「そんな……ことっ!」

「だから……」

 

自分の中に抱く気持ちを、精一杯に言語化する。

どうか、届いてくれ――

 

「俺を頼ってくれて、いいんだよ。俺は、湊さんの――"彼氏"なんだからさ」

「えぐっ……ああっ……」

 

大粒の涙を流しながらも、湊さんは崩れそうになるのを必死に堪える。

そんな彼女の肩をもう一度抱き寄せて、俺は安心させるようにそっと囁いた。

 

「今は……泣いていいんだよ。我慢しなくて、いいんだよ」

「ああっ……あああ……」

「俺が全部、受け止めるから」

「ゆぅ……さん……っ」

 

そう言うと、彼女は力を失ったように俺の胸へと倒れ込む。

そして、ゆっくりと2本の腕が、俺の背中へと伸びてきて……。

背中に伸ばされた手が、震えながらも、俺の体を包み込んだ。

 

「あ……ああっ……ああああああああぁぁぁぁぁ……っ!」

 

堰を切ったように、湊さんは感情を溢れされる。

その身で抱えてきたものを。

その身で堪えてきたものを。

全て、吐き出すように。

感情のままに……彼女は叫び続ける。

 

「(湊さん……)」

 

この小さい身体で、彼女はここまで耐え続けてきたんだ。

その精神力は、並大抵のものでは無いだろう。

頼るものが、己が身一つになった状態で。

それでも諦めずに、前を向き続けて。

周りにも、辛い部分を見せないで。

ただひたすら、自分すらも欺き続けて――

俺の胸で泣き続ける彼女を撫でながら、その姿をそっと見つめる。

 

「(…………)」

 

強い芯の通ったその姿が。

脆くて儚いその姿が。

そんな湊さんの姿が……俺にはとても、辛そうに見えて……。

さらに強く、俺は彼女を抱き締めた。

………………。

…………。

……。

――そうして。

湊さんは俺の腕の中で、その身が疲れ果てるまで泣き続けたのだった。

 

 

 




というわけで、個人的に書きたかったシーンがこれで完成しました……!
って、まあこの後もありますし、自分も書くつもりですけど……達成感が笑
さて、今回の悠くんと湊くんはいかがだったでしょうか?
自分は、湊くんがヒロイン化してて可愛いと思う感情と、湊の過去を考えながら辛くなってくる感情がぐちゃぐちゃになって、書きながら発狂してました笑
次は泣き止んだ後の会話から、誕生会する気満々のお嬢様たちのところまでやれ……るかわからないですが、頑張りたいと思います。
次回も読んでいただければ幸いです~!


追記
気になるシーンからだいぶ時間空けちゃったことは反省してます……
正直、現在色々と忙しくて、書きたいのに時間が取れなくてストレスが……ってなっているのですが、うまい具合に時間を見つけて書いていきたいと思います。
更新を待ってくださっている方、本当に申し訳ありません……
それでも、できる限り急いで書くようにしますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。


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テレカクシティアスカーズ

はいまたもや遅くなりました!!!
というわけで、前回の続きです!すみません!
キリの良いところまで……と考えていたら、今回も5000くらいいってました笑
いつものように、諸々のことはあとがきに書くので……
とりあえず、今回も読んでいただければ幸いです!

タイトルはふざけました。すみません笑


 

 

 

「……あぅ……」

 

西へ傾いた陽の光が射し込む部屋の中。

部屋の隅でうずくまって項垂れている彼女の姿を見ながら、俺は1人どうしようかと考えていた。

 

「(不謹慎だけど……やっぱり湊さんは可愛いな)」

 

しみじみとそう思いながら、彼女の可愛さを再認識する。

湊さんのその姿はまるで猫のようで、色々妄想が浮か……いや、やめておこう。

でもまあ、一応そのままそっとしておいたが、流石にこのままってわけにもいかないだろう。

……そろそろ声掛けるか。

 

「み、湊さーん?」

「~~~っ!!!」

 

声をかけた途端、彼女はビクッと身体を震わせる。

しかし……少し経つと、湊さんは先程のように項垂れてしまった。

 

「(また振り出しに戻ったか……)」

 

そんなことを考えながら、事の発端を頭に浮かべる。

湊さんはあれから俺の胸の中で泣き続け、しばらく経つまで泣き止まなかった。

しかし、涙が枯れるまで泣いたおかげで無事に泣き止んだ……のはいいのだが、湊さんは次第に落ち着きを取り戻して、周囲をキョロキョロと見回した後、おそるおそるといったように俺の顔を覗いてきた。

そしてハッと何かに気がつくと、彼女は急いで俺の手から離れてしまって……。

というわけで、今に至るのである。

……これ、どうしようマジで。

 

「おーい、湊さ〜ん」

……悠さんに、あんなに恥ずかしい姿を……

 

名前を呼んでもあまり聞こえていないようで、湊さんは小声で何かブツブツと呟いている。

まあ正直……今回は、湊さんがこうなってる理由がわかる。

他の人の家で家主に抱きつきながら、周囲のことも気にせずに一心に泣き続けたのだ。

そんなの、俺ですら恥ずかしいのだから、湊さんに至っては、今の心境はとんでもない感じになっているのだろう。

…………。

でも、やっぱりこのままって訳にも行かないよな。

流石に俺も気まずいし……。

 

「(こうなったら……実力行使しかねぇな)」

 

そう決心して、背後からゆっくりと湊さんに近づく。

ちょっと良心が痛むけど……背に腹はかえられねぇ!

 

……どうしよう……どんな顔をすれば……うぅ……

「湊さん!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

声でダメなら物理的に……ということで、そっと両手で湊さんの両肩を掴む。

しかしその瞬間、先程以上に湊さんの身体がビクンと跳ねた。

 

「(や、やり過ぎたか……?)」

 

湊さんの反応は思っていた以上に大きくて、逆にこっちがビビってしまった。

なんだろう……罪悪感が……。

俺、ドッキリとか向いてないのかな……?

 

「ゆ、ゆゆゆゆゆ悠さん!?こ、こここれは……!?」

「ご、ごめん……思った以上に驚かせちまった……」

「そ、そんな謝らなくても……!そ、それより……その、肩が!手が!はうぅ……」

「……?」

「あぁ……悠さんはこういう人でした……!」

「……あっ!」

 

意図していることに気がついて、湊さんの肩からばっと手を離す。

 

「ごめん!流石に軽々しがったよね……」

「そうじゃなくて……!うぅ~……」

 

そう言って少し悲しそうな表情を浮かべると、湊さんはまたもや項垂れてしまった。

 

「(え、違う……のか?)」

 

頭の中で、間違えてしまった理由を必死に探す。

そうじゃない……とすると、なんだろう……?

しかし、どれだけ考えても、その答えは今の俺からは浮かぶことはなかった。

 

「……ところで、さ。湊さん……もう大丈夫なの?」

「……はい。おかげさまで、色々と吹っ切れました」

 

俺の質問を聞くと、彼女は顔を上げて、改まってこちらを向いた。

そして、ここに来た時とは打って変わって、清々しい笑顔でそう話すのだった。

 

「突然……あんな感じになってしまって、ごめんなさい」

「ああいや、全然気にしてないから大丈夫だよ。というかむしろ、俺の方こそごめんね。その……過去を思い出させるようなことしちゃって」

「そんなことないです!」

 

謝った瞬間、湊さんは被せるように俺の言葉を否定する。

 

「これは……いつか来ることだったんだと思います。家族のこと……ちゃんとしっかり向き合わなきゃいけない時が」

「……そっか」

「だから、悠さんには感謝しかないです。家族のこと、見つめ直させてくれましたし、それに……ボクの、こと……」

 

そう言うと、それまで憂いの無い笑顔で感謝を述べていたのから一転して、その両頬が仄かに朱に染まる。

しかし、湊さんは首をぶんぶんと振ると、また元の調子で話し始めた。

 

「すごく……安心したんです。ボクはひとりじゃないんだ、って。悠さんがいてくれるんだ、って」

 

そう言いながら、湊さんは胸の前で手を重ねる。

けれども……心なしか、その手は少し震えているように見えた。

そして、どこか遠くを見つめながら、ゆっくりとその続きを話し始めた。

 

「おばあちゃんが死んでから、1人で頑張らなきゃって思うようになってたんです。だから……誰にも言わないように、我慢してたんです。誰にも気づかれないように……自分自身すら気づかなくなるように。ボクは、ボクの心を……隠してたんです」

 

少し懐かしむように、そして同時に噛み締めるように、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「でも、悠さんが……頼っていいんだ、って。一緒に背負うから、って。そう、言ってくれて……」

「湊さん……」

「だから、これからは……その……頼ってしまっても……いい、ですか?」

 

そう言うと、彼女は肩を震わせながら、上目遣いでこちらを見つめる。

その吸い込まれてしまいそうな瞳に、一瞬意識が引き寄せられそうになるが……踏みとどまって、喉をゴクリと鳴らす。

 

「(そんなの……決まってるじゃないか)」

 

深呼吸をして、全身に力を込める。

そして、安心させるように笑って……俺は、その言葉を告げた。

 

「いつでも頼ってくれ!俺に出来ることなら……何でもするからさ」

 

その返事を聞くと、彼女は目にうっすらと涙を浮かべる。

そして、涙を拭いながら、湊さんは満面の笑みで感謝の言葉を述べるのだった。

………………。

…………。

……。

 

「あ、あの……ところで……悠さん」

「うん……?」

「それで、その……"ずっと一緒にいる"、というのは……その、ええと……」

「…………」

 

そう言うと、彼女は左手で涙を拭いながら少し頬を紅潮させて、俺の言葉が返ってくるのを待っている。

………………。

 

「(そういえば言ったな俺!?)」

 

自分の発言を思い出しながら、その時の状況を頭に浮かべる。

確かにあの時は一生懸命だったからあんなこと言ってしまったが……でも実際、ある種のプロポーズみたいになっちゃってるわけで……。

 

「あのっ、それは……」

「…………」

「俺としては、そうなんだけど……ええと……」

 

彼女の宝石のような透明な瞳が、全てを見透かすかのように、俺の心を捉える。

 

「……どう捉えるかは、湊さんに任せます」

 

そして何故か。

テンパった末に、俺はやや卑怯な返しをしてしまった。

 

「(…………)」

 

……いくらなんでも、やらかしたなこれは。

 

「……それは、ズルくないですか?」

「うぐっ……!」

「じー……」

「で、でも俺はっ!今も湊さんのことが好きだから……!」

「……っ……!」

「……あ」

 

言ってから気付いてしまったが……それは時既に遅かった。

湊さんに問い詰められて、咄嗟に出てきたのは……なぜか、彼女への想いであった。

……いや、なんでだよ。

 

「そ、その……ありがとう……ございます」

「あ、ああ……」

「…………」

「…………」

 

2人の間に、気まずい沈黙が流れる。

頭の中で、墓穴を掘ったなと直感がそう告げていたが……俺には、どうすることも出来なかった。

 

「……そ、そうだ!プレゼント!あ、開けてみてもいいですか?」

「あ、ああ!いいよ全然!」

 

俺の返事を聞くと、湊さんは少し慌てながらプレゼントの包装を開け始める。

機転の利いた湊さんの対応に助けられ、なんとか会話が続いたが……なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そんなことを考えているうちに、湊さんはラッピングを取り終わると、箱の蓋に手をかけていた。

そして……。

 

「じゃあ、失礼して……――あ、これは……!」

 

ゆっくりと丁寧に、彼女はプレゼントの入った箱を開ける。

その箱の中に入っていたのは――紫色の宝石のついたネックレスと、淡い桜色のヘアピンであった。

 

「綺麗なネックレス……それに、ヘアピンも……!」

 

そう言いながら、湊さんは嬉しそうに目を煌めかせる。

その笑顔は、おもちゃを買って貰った子供のように、無垢で美しいものであった。

 

「本当は色々迷ってたんだ。女の子だと、洋服とかバッグみたいなのがいいのかなぁ、とか。湊さんだと、電化製品がいいのかなぁ、とか。それとも、無難に花がいいのかなぁ、とか」

「そうだったんですか」

「でも、色々考えてこれにしたんだ。まあ実は……選んでる最中に、一目惚れしちゃったってだけなんだけどね」

 

そう言って、買った時のことを思い出す。

店でショーケースを見ていた時、真っ先にこのネックレスが目に入って、他の商品を見ている時も、気づけば意識がそこに行くようになっていた。

そのため、意を決してそのネックレスを買うことになったのだが……。

 

「(値段は気にしてなかったんだけどなぁ……)」

 

値段自体は元々気にしておらず、どんな値段でも頑張るぞ、と思っていた。

……が、しかし、彼女さんへのプレゼントですか?と店員さんにニヤつかれながら色々聞かれることとなり……終始大変な目に遭ったのだった。

……まあ、店員さんも悪気はなかったようだし、俺もこれを買えたから良かったんだけどさ。

 

「一目惚れ、ですか?」

「ああ。これ、絶対に湊さんに似合うなぁ……って。これを付けてる湊さんを想像したら、もうこれしかない!って思っちゃってさ」

「〜〜〜っ!?」

 

湊さんの顔が、見る見るうちに薄紅色に染まっていく。

 

「つ、付けさせて貰いますねっ!」

 

耳まで赤くなった顔でそう言うと、彼女はネックレスを手に取って、少し慌てながら付け始めた。

 

「どう……ですか?」

 

表情を隠すように俯きながら、湊さんは感想を尋ねる。

 

「(これ、は……!)」

 

――開いた首元に、ゆらりと煌めくアメジスト。

透き通る紫陽花のようなその美しい宝石は、彼女の体をより一層清廉なものへと昇華させていた。

 

「あぁ……めっちゃ似合ってる……!良かったぁ……これにして……」

「ありがとうございます、悠さん!じゃあ、普段使いさせて……あ、でも……」

 

そう言いかけて……彼女は言葉を止める。

先程まで嬉しそうにしていたのが、一転してなぜかその表情を曇らせてしまった。

 

「流石に学園には、付けて行けないですね……」

「あ、そこまで考えてくれたのか……!ありがとう……!でも、学園に持ってくのはきついだろうし、別に無理しなくていいよ」

「そんな、無理なんて……あ!じゃあ、こっちのヘアピンを付けさせていただきますね!これなら、学園でも使えますし!」

「マジか……ありがとぅ……!逆に凄く嬉しい……!」

 

いえいえと嬉しそうに言いながら、湊さんは箱の中からヘアピンを取り出す。

 

「じゃあ、こっちも付けてみますね!ヘアピンだから……ここにこうして……」

 

左目の半ばくらいのところの髪をまとめて、髪の触角の辺りでヘアピンをつける。

 

「ど、どう……ですか……?」

「――――」

「ゆ、悠……さん……?」

 

彼女の姿を見た瞬間。

言葉が――出なくなった。

 

「(これは……やばいって)」

 

――薄紫の髪に、一筋の桜色が美しく映える。

そして、ヘアピンによって分けられた髪の隙間から、白くて美しい柔肌がその姿を現していた。

 

「(天使って……いたんだな……)」

 

初めて見る湊さんの姿に、完全に言葉を失ってしまった。

これ、似合うってレベルじゃねぇ……!

 

「あ、あの……悠、さん?」

「ごっ、ごめん!」

「……っ!や、やっぱり……僕には、似合いませんよね……」

「ち、違うんだ……!そ、その……に、似合いすぎて、言葉が……っ!」

「〜〜〜っ!?そ、そんなこと言っても、何も出ませんよ!」

「いやもう湊さんのその姿を見られただけで十分ですありがとうございました」

「いきなり早口っ!?」

 

頬を紅潮させながら、驚いた表情でツッコミを入れてくる湊さん。

どうやら興奮し過ぎたようで、つい早口になってしまったらしい。

我ながら気持ち悪いとは思うが……これは仕方のないことだろう。

だって、湊さんが可愛すぎるのが悪いんだもん……!

 

「あぁ……買って良かったぁ……」

「あ、ありがとうございます!……でも、2つも貰っちゃっていいんですか?」

「いいんだって!そのために買ってきたんだから」

「悠さん……!では、今日から付けますね」

「ありがとう!気に入ってくれたのなら何よりだよ」

「……はいっ!」

 

そう言って、左手でヘアピンを触りながら、胸のペンダントをぎゅっと握りしめると、彼女はその顔に一輪の花を咲かせた。

薄く開いたカーテンの隙間から、梔子色に染められた陽の光が差し込む――。

淡い光に照らされたその笑顔が、俺には勿体ないくらいに眩しくて……俺はずっと、見惚れてしまっていたんだ。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
自分は、悠君の選んだプレゼントが喜ばれてよかったな~と思いながら、湊くん可愛い(脳死)ってなっていたので、書きながらにやけてました笑
内容に関してはまあ、気づいてる方もいると思いますが、湊の対応というか反応が違いますね笑
めっちゃヒロインしてます笑

次の話では、忘れられた湊の用事(家出)に触れたいと思います!
で、終わったらパーティー……長ぇ……笑
ということで、頑張って書いていきますので、ぜひ次回も読んでいただければと思います!

追記
前回からまた間が空いてしまって、すみません!
今年一年は、自分の中で今までで一番忙しい年になるんじゃないかな……と思っていて、今もそうなんですが、投稿ペースはほんとに遅くなってしまうと思います
でも、マンネリ化してるとかそういうのじゃなくて、書きたいことは山ほどあるのに、単純に書く時間がないという感じなので、時間さえ見つければ、どうにかはなると思います。

毎回感想や評価をありがとうございます。返すの遅れたりしちゃうときもありますが、いつもものすごく感謝しています。ありがとうございます!!!
めちゃくちゃ励みになります!


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【特別編(短編)】 湊くんのバレンタイン

またまた遅くなりました!まさかの特別編です!
続きでもなくさらにバレンタイン1日後なのにもかかわらず投稿することをお許しください!!!
というわけで、湊くんのバレンタインの話なのですが、今回本編よりもかなり時系列飛ばした話になっております。(本編はまだ4~5月なので)
紆余曲折あっても、どうにか結ばれた2人の少し甘めなエピソードをお楽しみください!
短編だから短いのは許してください!
それでは今回も最後まで読んでいただければ幸いです~!


これは、悠と湊がなんやかんやあって結ばれた――今より先のお話。

 

 

 

――2月14日。

それは……男達にとっての宿命の日。

自分が持つものなのか持たざる者なのかがわかる――勝負の刻。

貰えた者は、天にも昇る気分を味わい。

貰えなかった者は、地獄のような苦しみを味わう。

そんな、全てをかけた決戦の日――バレンタイン――。

俺――八坂悠は、毎年苦しみを味わい、人生を過ごしてきた。

――しかし。

遂に俺は、その人生を大きく変える出会いを果たした。

飛鳥湊さん。

彼女……彼と出会い、俺は遂に念願のリア充となった。

だが……湊さんには、1つ大きな問題があった。

それは……彼女が"男"だということだ。

まあ、カミングアウトされた時は色々あったが、今は仲良く恋人生活を送っている……のだが。

俺にとっては、ものすごく大事な問題が残っていた。

そう――バレンタインチョコを貰えるか、だ。

一応、湊さんは俺と付き合うことになった時に、彼女扱いしても良いことになったのだが……性別上は、男だ。

そのため……この一週間は悶え苦しんだのだが……。

“お姉様がたくさんチョコレートを買ってきたのを見たのだ!”と、昨日とある人物から連絡を受けた。

どうやら……俺は既に勝利を掴んでいたらしい。

そして今日。

“本日の夕方、悠さんの家に行ってもいいですか?”と湊さんからLINGで連絡があった。

…………。

……ということで、俺は家で1人湊さんが来るのを待っていた。

 

「そろそろ……来るかな?」

 

壁に掛かった時計に目を向ける。

時刻は3時55分――夕方と言っていたから、そろそろ来るかもしれない。

……と、こんなことを2時からやっているのだが、一向に湊さんの来る気配は無かった。

まあ、流石に2時はやりすぎたと思うけど、4時……ならあるだろ。

そんなことを考えながら、湊さんが来るのを待つ。

 

「はぁ……めっちゃ緊張す――」

 

――ピンポーン

来客を知らせるチャイムが、その音を響かせる。

 

「湊さんかっ!?」

 

急いでインターホンを確認する。

果たして、その画面に映っていたのは……。

 

「“ゆ、悠さんっ!そ、その……遅くなりました”」

「今鍵開けるから直ぐに開けるから待っててくださいまじで」

 

自分でも気持ち悪いと思うくらい早口になりながら、玄関のドアを開ける。

 

「湊さん!」

「あはは……こんにちは、悠さん」

 

そう言って、天使は俺の家に舞い降りたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「遅くなっちゃってごめんなさい……その……色々と迷っていて……」

「そんなことないよ!全然大丈夫!」

 

リビングに通し、紅茶を入れて持ってくると、湊さんは申し訳なさそうに謝り始めた。

迷っていた……ということは、やはりバレンタイン案件で間違いないだろう。

それに、湊さんの後ろからちらりと紙袋が見えるし……。

これは……勝ったな。

 

「ゆ、悠さん……その……今日は……ええと……」

「あ、ああ……」

 

ゴクリ、と喉が鳴る。

緊張で心臓の鼓動がやばい事になっているのが分かる。

 

「……はぁ……ふぅ……ゆ、悠さんっ!

「は、はいっ!」

「あ、あの……これ……!」

 

そう言うと、湊さんは背後から綺麗にラッピングされた紫色の箱を取り出し、俺に差し出してくる。

よく見ると、その両手は……湊さんの心情を表すかのように、細かく震えていた。

 

「こ、これは……っ!」

「そ、その……バレンタインの、チョコ……です。い、一生懸命……作ったので、その……も、もし良かったら……貰ってくださいっ!」

「……あ……あ……ありがとうございます……っ!」

 

気がつけば俺は、湊さんに対して拝むように祈りを捧げていた。

念願のぉ……恋人からのちょこれぇとぉ……っ!!!

 

「あ、開けてもいいですかっ?」

「は、恥ずかしい……ですけど……いい、ですよ……?」

 

湊さんから許可を貰い、丁寧に包装を剥がす。

……この包装も箱も、一生の宝物にしよう。

 

「さてと、中身は――って、これは!?」

「…………」

 

ゆっくりと箱を取って中身を見る……と。

そこには、黒、白、ピンクの3色のハート型のチョコレートが並べられており、その一つ一つに高級チョコレートにあるような細かな模様が施されていた。

……のだが。

 

「(……マジすか)」

 

綺麗に並べてあった。湊さんらしく、きちんと並べてあったんだ。

それも……数え切れない程大量に。

 

「ど、どう……ですか?」

「あぁ……やべぇよぉ……」

「も、もしかして……その……お気に召しませんでしたか?」

 

心配そうに涙目になりながら、これの返答を待つ湊さん。

これは……嬉しすぎてやべぇって……!

 

「その……悠さんへの想いの分だけ、作ってきたんですけど……作りすぎ……ですよね……」

「…………」

「食べきれなかった分は……捨てても、大丈夫ですから……」

「そんなことないよ!だって、この分だけ、俺の事を想ってくれてるんだろ?なら……全部美味しくいただきます!!!」

 

よっしゃぁぁぁぁぁッッッ!!!

湊さんに気づかれないように平静を保ちながら、内心全力でガッツポーズをする。

湊さんからの愛が……ここまでのものだったなんて。

あぁ……生きてて良かったぁ……。

 

「ゆ、悠さんっ!?無理……してないですか?嫌だったら……ほんとに処分しても……」

悠「処分なんてする訳ないよ!?こんなに大事なもの、全部食べ……いや、家宝として飾るか?」

「飾らないでください!?それなら……食べて欲しいです!」

 

即座に、湊さんから的確なツッコミを入れられる。

流石はあの寮の人間だ……レベルが違うな。

 

「もうっ!そんなに拝むほどの物じゃないですよ?」

「あっ、いや……俺、いつも貰えなかったからさ。それで……1番欲しかった人から貰えたから、凄く嬉しくて……!」

「え、そうなんですか!?悠さんみたいな人が……?」

「流石に買い被りすぎだよ……毎年、義理チョコ……のみです……」

「……ぅ……」

 

少し気まずそうな顔を浮かべる湊さん。

流石に感情を込めすぎたか……?

 

「で、でもっ!大丈夫ですよ!今年からは……ボクが悠さんにあげますから」

「湊さん……!」

 

やはり……天使はここにいたようだ。

 

「……でも、その代わり……ボク以外の子から貰うのは――できる限り、やめてくださいね」

「……え?」

 

突然聞こえた言葉に、思わず自分の耳を疑う。

今……なんて?

 

「み、湊さん……?」

「“ボクの”悠さんにチョコを贈るってことは……そういう気持ちがある、ってこと……ですよね?」

「ま、まあ……義理チョコとかじゃなければ……だけど」

 

段々と、不穏な空気が漂ってくる。

なんか……嫌な予感がするんだけど?

 

「そんなこと……絶対に許せません……っ!」

「……っ!?」

「悠さんは……僕だけの彼氏なんですから、他の子に目移りしちゃダメ……ですよ?」

 

そう言いながら、湊さんは上目遣いでこちらを覗いてくる。

……その時、俺は思ったんだ。

俺の恋人……実は小悪魔かもしれない、と。

 

「あ、ああ……大丈夫だよ。俺は湊さん一筋だから!ってか、湊さんガチ勢だから!」

「……っ!?も、もうっ!からかわないでくださいよぉ……!」

 

窓から射し込む夕陽に照らされ、湊さんの両の頬が綺麗に紅く染まる。

しかし、紅くなっている理由がそれだけじゃないことは、もう俺にも分かっていた。

 

「ボクだって……不安になるんですからね?悠さんが他の人と仲良くしてると……その……胸がモヤモヤするというか、なんというか……」

「もしかして……ヤキモチ妬いてくれてるの?」

「……っ!?そ、そうとも……言います……けど……」

 

言葉に詰まり、ごにょごにょと話し始める湊さん。

やべぇ……湊さん可愛すぎるって。

俺……もう限界だ……。

 

「――んんっ!」

 

我慢出来なくなり、湊さんの唇に自分の唇を重ねる。

ふわっと漂ってきた湊さんの甘い匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。

 

「んっ……ちゅ……ん……んむっ……んんっ……」

 

唇の感触が、体温とともに伝わってくる。

柔らかくて、ほんのりと温かい唇。

その唇に触れるだけで、心臓がバクバクと跳ね上がる。

 

「んむっ……ちゅ……ん、んんっ……っ」

 

強引にキスしたはずなのに、湊さんは全く拒否してこない。

それどころか、むしろ積極的に唇を重ねてくる。

 

「んんっ……んっ……ぷぁっ……はぁぁぁ……はぁ……」

 

ゆっくりと、湊さんの唇が離れていく。

漏れた息が、互いの頬をそっと撫でる。

 

「い、いきなり……すぎますよぉ……」

「ごめん……つい、我慢が」

「も、もうっ!

……べ、別に、気持ちよかったから……いいですけど……」

 

そう言うと、湊さんは顔を背けながら、自分の唇にそっと手を当てる。

そんなこと言われたら、また我慢が出来なくなるんだけど……。

 

「あ、そういえば湊さん……時間は大丈夫なの?夕飯の支度とかあるだろうし」

「あ、その……そのこと、なんですけど……」

 

何か言い難そうにしながら、ちらりとこちらの顔色を伺う湊さん。

やっぱり家事もあるだろうし、今日は早めに帰っちゃうのかな?

 

「あ、あの……今日は、もう少し……ここにいてもいいですか……?」

「……え、ああ、全然いいよ!……ってか、俺は最初からそのつもりだったんだけど?」

「そ、そう……ですか、えへへ」

 

そう言いながら、湊さんはまるで子供のような無邪気な笑顔を浮かべると、ゆっくりと俺の傍に擦り寄ってきた。

 

「夕飯は大丈夫なの?」

「一応、風莉さんたちの分は作っておいたので大丈夫です」

「湊さんも、最初からその気だったんだね」

「うぅ……はい」

 

紅くなった頬を更に紅潮させながら、湊さんは照れくさそうに返事をする。

この流れは……まさか……。

 

「あ、あの、その……お、遅くなるかもしれないと伝えておいたので……そ、その……今日は夜まで、大丈夫ですよ……?」

「…………!?」

 

湊さんの口から、衝撃的な言葉が飛び出してくる。

夜まで、ってことは……。

それは……つまり……。

 

「だ、だから……その……き、今日は……よ、よろしく、お願いします……」

「あ、ああ……よろしく」

「……んんっ……っ……」

 

もう一度、互いの唇をそっと重ねる。

――窓の外の景色に、次第に夜の帳が下りてくる。

そうして俺たちは夜になるまで、2人で"ゆっくりと"過ごすのだった。

………………。

…………。

……。

そうして、今年のバレンタインデーは幕を閉じた。

日付が変わる前に、急いで湊さんを寮まで送り届けることになったのは……また、別のお話。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
今回はいつもの話よりも先の話だったので、少し先のステップまで描きましたけど……湊くんあざと可愛いなってなりました笑
多分読んでて「このリア充どもが……」となる方もいらっしゃると思いますが、許してください。
自分もそうなってるんで笑
本編の方に関しましては、8割くらい終わったので、近いうちに出せると思います!
バレンタイン過ぎたのに、唐突にこんな話書いちゃいましたが、皆さんに喜んでいただければ幸いです!
では、次回も読んでいただければと思います!


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僕の彼氏がマジメ過ぎる天然ジゴロな件

バレンタインの特別編からまた更に間が空いてしまいました……すみません!!!
ということで、前々回の続きです!
本当はお嬢様たちのところを書こうとしたのですが、ここはぜひやっておかないとという部分を忘れていたので、今回そっちを書きました笑
悠君の鈍感ゆえの正統派主人公ムーブが今回も炸裂しているので、温かい目で見守っていただければと思います!
今回もぜひ読んでいただければ幸いです~!


 

 

窓から射す夕陽の明かりが、次第にその勢いを失っていく。

気がつけばもう……宵闇がすぐそこまでに迫っていた。

 

悠「――湊さんは……これから、どうするの?」

湊「え……?」

 

キッチンからお代わりのコーヒーを持ってきた悠さんに、突然そんな質問をされる。

いきなりで言葉に詰まっちゃったけど、この質問って……。

 

悠「そのキャリーバッグで旅行じゃない、ってことは……

つまり、そういうことなんでしょ?」

湊「…………」

 

核心を突かれ、返答に困る。

やっぱり、気づかれちゃってたよね……。

 

湊「あ、あはは……

流石に、気づかれちゃってましたよね?」

悠「まあ、ね……

  湊さんの用事も、そのことでしょ?」

湊「そう……ですね」

 

少し歯切れの悪い返事が、口から零れる。

僕って、誤魔化すの下手なのかな……。

 

湊「あ、あの……」

悠「うん?」

湊「深くは……尋ねないんですか?」

悠「…………」

 

追求されないことが気になって、ついこっちから聞いてしまった。

すると、悠さんは少し考えるような素振りを見せた後――

 

悠「まあ……湊さんが言い難いなら、聞かない方がいいかなって」

湊「…………」

 

そう言うと、悠さんは頬を掻きながら……どこか困ったように笑った。

 

湊「優しいんですね……やっぱり」

 

彼に対して抱いた本心を、包み隠さず口にする。

悠さんは、僕にはもったいないくらい優しくて、親切で……。

そんな彼になら……いや、彼にだけは……ちゃんと言わないといけない。

 

湊「今日、実はボク……」

悠「…………」

湊「悠さんに……お別れを、言いに……」

悠「…………」

 

そう言いかけて、言葉に詰まる。

今朝のお嬢様たちの対応は、おそらく僕の誕生日を祝うためのものだったのだろう。

だから……あれは、完全なる僕の早とちりだったんだ。

だとすれば、僕があの寮から出ていく必要はないのだろう。

――けれど。

それでも、僕は……本来あそこにいてはいけない存在なんだ。

女子校に男が混ざるなんて、あってはならない事なんだ。

 

湊「(もし、ボクの存在がバレてしまえば、風莉さんは……)」

 

考えうる限りの、最悪の事態を想像する。

そんなこと……絶対にあってはならない。

 

湊「(だったら、その前に……ボクは……)」

 

悠「どうして、なんだ?」

湊「それ、は……」

 

一瞬言いかけて……言葉が途切れる。

悠さんに、本当のことを言わないと……だけど。

 

湊「(言えない……よね)」

 

偽りだらけの自分の体を一瞥する。

僕は、偽り続けなければいけないんだ。

――学園の皆さんにも。

そして……。

――大好きな、悠さんにも。

 

湊「(でも、そんなの……いつか絶対、耐えられなくなる)」

 

そんな考えが、頭の中をよぎる。

だからやっぱり……僕は、ここで出ていくべきなんだ。

………………。

…………。

……。

――けれど。

いくら……そんなこと考えても。

仕方ないって……自分を納得させても。

それでも……やっぱり。

僕は……悠さんと――

 

悠「湊さん……?」

湊「でも……悠さんと……っ……

離れたく……ない、なぁ……っ」

 

溢れる気持ちを堪えきれず、心の声が漏れ出す。

視界が少しずつ潤んで、悠さんの顔が滲んでいくのが分かる。

 

悠「湊、さん……」

湊「ごめんなさい……悠さん

  困ります、よね……えへへ」

 

感情を押さえつけて、必死に笑顔を形作る。

ここでまた悠さんに、心配をかける訳にはいかない……!

 

湊「……へ、変なこと言って……すみません……

こ、このことは……忘れてください……」

悠「……の、……カ……」

湊「……え?」

悠「湊さんの、バカ!」

湊「……え?

ば、ばか……ですか?」

悠「そうだ馬鹿だ、大馬鹿だ!」

湊「そ、そんなこと……言わなくても……!」

 

必死に悠さんの言葉に反論する。

なにも、そんな酷いこと言わなくても……。

 

悠「湊さんが何か隠し事してるのは……俺にだって、分かってるよ!」

湊「……っ!?」

悠「ちょくちょく湊さんが思い詰めたような顔するから、それくらいは察してるさ

でも……俺には、それが何なのかまでは分からない」

湊「…………」

 

まさかの言葉に、一瞬本気で焦ってしまった。

しかし、どうやら完全に気づいているわけではないらしい。

 

悠「湊さんは、西園寺さんになにか負い目を感じてるんだろ?」

湊「…………」

悠「俺の知ってることから考えると、西園寺さんから衣食住を提供されてるから、負担をかけさせたくない……ってように見える」

湊「…………」

悠「けど、本当は……もっと別の理由があるのかもしれない

俺の知らない……全く別の理由が」

湊「……っ……」

 

推理小説のように、悠さんはゆっくりと、真実に近づいてくる。

 

悠「でも、どちらにせよ……

西園寺さんはそんなこと望んでないはずだ

湊さんが、出ていくことなんて!」

湊「……ゆ、悠さんに……

悠さんに、何がわかるんですかっ!」

悠「――分からねぇ!分からねぇんだよっ!

分かってあげたいけど、その理由を知らないんだよ……っ!」

湊「……っ!?」

悠「背負いたいけど、まだ背負わせてもらってねぇよ……

その背中の荷物を、預けてもらってねぇんだよ……」

 

絞り出すような声で、悠さんは悔しそうに想いを漏らす。

悠、さん……。

想いのこもった言葉で言い返されてしまい、もはや何も言えなくなる。

 

悠「でも、西園寺さんたちは……こんな別れ方、望んでないはずだ

それに……俺も……」

湊「でも……ボクは……

あそこにいては……いけない人間で……」

 

ぽろぽろと、言葉が口から零れていく。

本当は僕だって、みんなと一緒にいたい。

悠さんと……一緒にいたい。

けれど――それじゃダメなんだ。

何か起きてからじゃ……ダメなんだ。

 

悠「じゃあ、西園寺さんたちに聞いてみよう?

俺もそばにいるからさ」

湊「え……?」

悠「直接聞いちゃえばいいんだよ」

湊「でもっ、そんな……つ」

 

そんなこと、聞けるわけが無い。

だって、そんなこと言ったら、風莉さんは……。

 

悠「じゃあ、もしダメだったら……

俺がいるからさ」

湊「…………」

悠「そ、その時は……俺と一緒に住もう」

湊「……え?」

 

一瞬何と言われたのか分からず、素っ頓狂な声が漏れる。

 

湊「(……"一緒に、住む"?)」

 

え、それって――

 

湊「え、えええええええ!?」

 

言葉の意味(そのまんま)を理解し、思わず叫んでしまった。

ゆ、悠さんは……何を考えてるの!?

 

湊「え、あの、そんな……っ

その、ええと……あぅ……」

 

僕が……悠さんと、2人で……。

2人で暮らす未来を、混乱した頭の中で思い浮かべる。

毎日一緒に料理を作ったり、互いに味比べしたり、一緒に買い物に行ったり……。

 

湊「(そ、そんなの……!)」

 

嬉しいに決まっている。

楽しいに決まっている。

けれど、そんな申し訳ないこと――って!

 

湊「(そもそも、風莉さんに聞けるわけないよぉ……!)」

 

目下最大の問題を思い出し、現実に引き戻される。

それに、もう一度みんなのいる第二寮になんて……行けるはずがない。

 

湊「……で、でもっ!

僕はもう……あそこには――っ」

 

そう言いかけた途端――

気がつけば……僕はまた、悠さんに抱き寄せられていた。

 

湊「ひゃあっ!?ゆ、ゆゆゆ悠さん!?」

悠「……勝手に行かないでくれよ」

湊「……っ……」

悠「俺が……湊さんの居場所になるからさ

どこにも行かないで、俺のそばにいてくれ」

 

そう言うと、悠さんの右手が僕の頭に添えられる。

――なでなで

 

湊「うにゃあっ!?」

 

突然のことに、思考回路がショートする。

や、やばい……このままじゃまずい……っ!

 

湊「ま、待ってくださいっ!

こ、ここ心の準備が……っ!?」

悠「いいや、待たない」

湊「……にゃっ!?」

悠「湊さんが、出ていくって考えを変えない限り

俺は……湊さんを離さない」

湊「はうっ!?」

 

心臓が、大きく脈打つ。

なぜだか分からないが、鼓動が激しくなるのを感じる。

 

湊「(この気持ちは……一体……?)」

 

自分でも、今の自分が分からなくなる。

僕はなんで、こんなにも心が……?

自分の内から湧き上がった感情に、説明がつかなくなる。

一体僕は、どうしてしまったのだろう。

 

湊「(…………)」

 

……けれど。

同時に、分かったこともある。

 

湊「(悠さんは……ボクのために……)」

 

僕が出ていくことを、彼は必死に止めようとしてくれている。

触れ合う体を通して、その熱意がひしひしと伝わってくる。

……確かに、悠さんの言う通り、何も言わずに出ていくのは自分でもどうかと思う。

それこそ、受けた恩を仇で返すようなものだ。

 

湊「(やっぱり、ちゃんと別れを告げてからじゃないと……だよね)」

 

自分の決断を、改めて考え直す。

でも、そうなった場合……みんなに止められるのは必然だろう。

………………。

それならもう、いっその事……悠さんの言う通り、聞いてしまうしかないか。

僕の想いを……嘘偽りなく伝えるしか……。

 

湊「だ、大丈夫……ですからっ

  か、考え……変えましたからっ」

悠「ほんとにっ!?」

湊「は、はいっ!

  で、ですから……その……っ!」

 

そう言って、悠さんの腕に目を向ける。

 

湊「(これ以上はもたないよぉ……)」

 

説明のつかない感情が、心の中で膨れ上がる。

このままじゃ……今にも爆発しそうだよ!

 

悠「……あっ!ご、ごめんっ!

  また……やっちゃったな」

湊「いえっ、怒ってるわけでは……!

  うぅ……」

 

否定されて、不思議そうな顔をする悠さん。

そういう事じゃないんだけどなぁ……。

 

悠「でも、考えを変えてくれたって本当か?」

湊「……はい。自分でも……少し、考えていたんです

何も告げずに出ていくのは、どうなのかなって」

悠「そっか……」

湊「……悠さん

ボク……風莉さんたちと、話してみようと思います」

悠「本当に?」

湊「だから……一緒に、ついて来てくれませんか?」

 

そう言って、悠さんの手を握る。

……彼ならきっと、承諾してくれるに違いない。

悠さんの性格上、そうなることは分かっているけど……なぜか自然と、僕の手は細かく震えていた。

 

悠「そ、そんなの、いいに決まってるだろ!

それに……元はと言えば、俺が言い出したことだしな」

湊「悠さん……」

 

その返事が嬉しくて、握る手の力をぎゅっと強める。

すると、悠さんはもう片方の手で頬を掻きながら、僕からそっと目を逸らした。

顔も赤かったし、口調もどこか焦っているようなものだったけど……どうしたんだろう?

 

悠「そ、そうと決まれば……よし、行こうか」

湊「……え?今から……ですか!?」

 

あまりに急な提案に、自分の耳を疑う。

これって、こんなにトントン拍子で進むものなの!?

 

悠「ああ、そろそろ準備も終わるだろうし……

今から行けば、ちょうどいい時間になると思う」

 

そう言いながら、悠さんは壁に掛かった時計に視線を移す。

“準備”……か。

今朝の対応から考えると、僕の誕生会を計画してくれていた……ということなのだろう。

そんな人たちに対して、何も言わずに出ていこうとしていたなんて……僕は……。

 

悠「……湊さん?」

湊「いえ、なんでもありません

……ありがとうございます、悠さん」

悠「おう!それじゃあ……行こうか」

湊「……はいっ!」

 

互いに出かける準備をして――悠さんからのプレゼントを付け直して――玄関の扉をゆっくりと開く。

そして僕達は、そのままお嬢様たちの待つ第二寮へと向かうのだった。

――街灯の奥に佇む宵の空は、黄昏から群青へとその身を緩やかに染め上げていた。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
また撫でてるよこの人……と思うところもありましたが、これで当面の湊くんの懸念は消えましたね!笑
後は悠君に本当の性別を言えるかどうか……ですが、まあ、流石に時間はかかると思います笑
次はやっとパーティーということですけども、目の赤く腫れた湊君を見てお嬢様たちが何を想い何を勘違いするのか……!?
まあ大体予想はつきますが、楽しみにしていただければと思います!
ではでは、また次の話も読んでいただければ幸いです~!

追記
感想書いてくださった方、ありがとうございます!!!
もう嬉しくて嬉しくて、感謝するばかりです笑
バレンタイン過ぎたのにバレンタインの話を投稿するとかいうことをやらかしたのに、読んでくださった上に感想までいただけるなんて……ありがたや~笑
返事は遅いですが、感想とかいつも受け付けてますので、良かったら書いていただけると幸いです~笑
書いて下ったら滅茶苦茶喜びます!笑
というわけで、長くなりましたが、また次回をお楽しみに~!


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Re:イチから始める女子寮生活

お久しぶりです!というか本当に遅くなってしまってすみません!
ようやく最新話が投稿できました!!!
この1か月間Twitterも週1で更新できるかどうか……という状態だったので、色々大変でしたが、とりあえずどうにか書きました笑
今回も読んでいただければ幸いです!


 

 

 

鮮やかな群青の空に、夜の帳が降りてくる。

空にはもう夕暮れの面影はなく、辺り一面を埋める闇と、その中で光る街灯が、夜の訪れを告げていた。

 

湊「あ……着いちゃいましたね」

悠「なんか、あっという間だったな」

 

そんな言葉を交わしながら、目の前の建物を見上げる。

湊さんと話しているうちに、気がつけば俺たちは寮の前に着いていた。

……と言っても、湊さんは話している最中もどこか上の空と言った感じで、少し心配になるほどだったのだが……。

 

湊「……スーツケースを、持って戻るのって

……なんだか、恥ずかしいです」

 

そう言うと、湊さんは顔をこわばらせながら、口角を少し上げる。

その様子といい、来る最中の反応といい、湊さんがこれからのことを案じて緊張しているのは、俺にもわかるほど明確であった。

 

悠「大丈夫?……少し休むか?」

湊「い、いえっ!大丈夫です

ボクなら、全然……」

 

俺の意図を悟ったのか、湊さんは焦ったように笑顔を形作る。

しかし、言葉とは裏腹に、彼女の両肩は小刻みに震えていた。

 

悠「(まあ……そりゃあそうだよな)」

 

湊さんは……1度は、何も言わずに出ていこうとした身だ。

その罪悪感は、並大抵のものでは無いのだろう。

それに、スーツケースを持っているから言い訳なんてできないし、気まずい空気になるのは目に見えている。

そう考えたら、彼女が緊張しているのも、仕方のないことなのかもしれない。

 

悠「……湊さん」

湊「ひゃっ!?ゆ、悠さん?」

 

彼女の両肩に、そっと手を置く。

 

悠「俺がついてるから、安心して

……そばに、いるからさ」

湊「……っ!?」

 

緊張が解れるようにと祈りを込めて、耳元でそっと囁く。

いきなりだったからか、湊さんは少し身体を震わせた後、拗ねたように頬を膨らませていた。

 

湊「もうっ、くすぐったいですよぉ……!」

悠「ごめんごめん!」

湊「でも……ありがとう、ございます

  ……よし、行きます」

 

深呼吸をすると、彼女は意を決したような表情を浮かべる。

 

悠「じゃあ、開けるからね?」

湊「はい」

 

そうして俺は、眼前に重く佇む扉を開いた。

――湊さんなら、大丈夫。

そんな思いを胸に、俺は彼女を決戦の地へと連れて行くのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

悠「――失礼します。湊さん連れてきたよ」

湊「……た、ただいま……帰りました」

 

俺の声に続けて、湊さんは声を震わせながら言葉を紡ぐ。

もうみんな揃ってるかな……?

 

ひなた「円卓の騎士!お姉様!おかえりなさ……

……って、どうしたのだ!?」

湊「……え?」

 

俺達の声に反応し、奥の方から大垣さんが出てきてくれた……が。

何故か湊さんの顔を見た途端……彼女は突然、目を大きく見開いて驚いたような表情を浮かべた。

 

美結「どうかしたの〜?」

 

大垣さんの声につられて、ぞろぞろとみんなが玄関に集まってくる。

 

七海先生「なんか、目の周りが赤く腫れてねぇか……?」

湊「い、いえっ、そんなことは……」

風莉「…………」

美結「もしかして……八坂さんが泣かせた!?」

悠「あ、いや……ち、違うよっ!?」

 

あらぬ誤解を受けそうになり、皆見さんの言葉を必死に否定する。

ま、まあ……正しいっちゃ正しいんだけど、なんだろう……。

とりあえず、色々と語弊があるから、認める訳にはいかないだろう。

 

ひなた「そういえばお姉様、そのピンとネックレスはどうしたのだ?」

湊「あ、これは……悠さんから貰ったもので……」

柚子「綺麗なネックレスですね〜湊さんにお似合いです!」

風莉「そのヘアピンも似合っているわ」

湊「あ、ありがとう……ございます」

 

付けていたプレゼントを褒められ、少し頬を赤らめる湊さん。

やべぇ……俺が褒められてるみたいで、めっちゃ嬉しい。

 

美結「いいなぁ〜私もそういうの欲しいなぁ〜

……って、あれ?

飛鳥さん、その荷物は?」

湊「……っ……」

柚子「スーツケース……ですね」

ひなた「旅行に行ってた……ってわけじゃないよね?」

風莉「……湊?」

 

予想通り、俺の時と同様にスーツケースを指摘され、湊さんは言葉を詰まらせる。

……頑張れ、湊さん。

 

風莉「これは……どういうこと?」

湊「それは……」

 

西園寺さんにジリジリと詰め寄られ、次第にその表情が曇り始める。

……こうなったら、やっぱり俺が……!

 

悠「いや、それには深いワケが――」

湊「大丈夫です、悠さん

  ……ボクが、言いますから」

 

言いかけた言葉が、決意のこもった声に遮られる。

 

悠「湊、さん……」

 

……そうして、彼女は話し始めた。

自分の存在が、皆に迷惑をかけてしまっていることも。

何も言わずに、出ていこうとしていたことも。

俺に……助けられたことも。

そして今日、この場で……別れを告げようとしていることも――

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

湊「――それで、今まで悠さんの家に行っていました」

風莉「そう……」

 

一通り話し終えると、皆さん様々な反応を示していたが、驚きとそれに伴った悲しみの感情は、ただ1人の恋人を除いて全員に共通していることであった。

 

ひなた「つまり、お姉様はみんなに迷惑かけたくないから、ここから出ていこうとしてた……ってことなのだ?」

湊「そう……ですね」

柚子「そんな、湊さん……!」

 

予想していた……恐れていた反応が、次第に返ってくる。

心を強く持ったはずだったのに、心が苦しくなってくる。

 

美結「でも、どうして飛鳥さんは戻って来てくれたの?

だって、そのまま八坂さんと別れて行っちゃうことだって出来たのに」

風莉「…………」

湊「それは……」

 

美結さんに指摘され、二の句が継げなくなる。

"別れを告げずに去っていくのが嫌だったから。"

それが本心であるはずなのに……どうして、僕は……。

 

湊「悠さんと……みなさんと、別れたくなくて……」

ひなた「お姉様……」

柚子「湊さん……」

湊「本当は……ここでお別れを言いに来たんです

今までありがとうございました、って」

七海先生「飛鳥……」

 

瞳が潤み始め、段々と視界がぼやけてくる。

胸の奥底から、何か熱いものが込み上げてくる。

ダメだ……僕、もう……っ!

 

湊「……でも、やっぱり……

まだ、ここにいたいです……っ!」

美結「飛鳥さん……」

悠「…………」

 

本心を告げた瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出す。

悠さんの前で出し切ったはずだったのに……まだこの感情は、とどまることを知らない。

 

風莉「……湊」

湊「風莉、さん……」

風莉「……私、少し怒っているわ」

湊「え……?」

 

予想外の言葉に、自分の耳を疑う。

しかし、風莉さんは口を尖らせ、ムスッとした顔でこちらを見つめていた。

 

風莉「なんで、勝手にいなくなるの?」

湊「そ、それは……」

風莉「……湊の決断が、私たちを思ってのことなのは、"色々と"分かっているわ」

湊「…………」

 

不満そうな顔で、風莉さんは含みのある言葉を口にする。

きっと、その中には女装がバレたらどうしようという僕の心配も含まれているのだろう。

 

風莉「けれど、私は……いえ、私たちは

そんなこと……望んでいないわ」

ひなた「そ、そうなのだ!お姉様がいなくなるなんて嫌なのだ!」

柚子「湊さんがどこかへ行ってしまうなんて……そんなの嫌です……!」

湊「風莉さん……ひなたさん、柚子さん……」

 

そう言って、お嬢様達は僕を引き留めようと必死に説得してくれている。

……良くないってことは、自分でもよく分かっている。

けれど、それでも僕は、そんな状況を――どうしても、嬉しいと思ってしまったんだ。

 

湊「でもボクは……本来、ここにいてはいけない存在で……っ!」

風莉「それでも、湊にはここにいて欲しいの

だって、私たち……あなたのことが大好きだから」

湊「……っ……」

七海先生「あーその、なんだ

お前がいなくなると……この寮のこと、誰がやるんだよ

これは……他の誰にも、代わりができるもんじゃないんだよ」

美結「飛鳥さんがいなくなったら、私だけじゃなくて、学園のみんなも悲しむから!

そのくらい、飛鳥さんの存在って大きいんだからね!」

湊「七海先生……美結さん……っ」

 

七海先生や美結さんまでもが、僕のことを止めようとしてくれている。

その事実が、決心した僕の心を鈍らせてくる。

 

悠「――ほら、湊さん」

 

僕を支えてくれた最愛の人に、そっと背中を押される。

 

悠「怖がらずに、ちゃんと聞いてみな?」

湊「悠、さん……」

 

そんなこと聞いたら、風莉さんたちはきっと了解してくれるだろう。

その想像が容易につくからこそ、聞いてはいけないのだと自分を戒める。

けれど……。

 

悠「たまには、頼ってもいいんじゃないか?」

 

彼はそう言って、笑顔で僕を送り出してくれた。

 

湊「(……まったく、悠さんはお人好しなんですから……)」

 

悠さんの言葉を聞いた瞬間、自然と頬が緩み始めるのが分かる。

この人は、何度僕のことを救えば気が済むのだろう。

そんなことすら、思い浮かんでしまう。

――でも。

今の僕には、悠さんがいるだけで――僕を支えてくれる大切な存在がいるだけで――この上ないくらいに嬉しかったんだ。

 

湊「すぅ……はぁ……風莉さん

ボクは、ここにいても……いいん、ですか……?」

 

……おそるおそる、願いを口にする。

 

風莉「ええ。良いに決まっているわ

それが、ばあやとの……約束だし

それに……湊はもう、家族だもの」

湊「か……ぞく……」

風莉「あなたのこと、頼まれたのだから……

もう、勝手にいなくなるなんて、許さないんだから……っ!」

 

震える手が、そっと優しくて温かいものに包まれる。

その瞬間、留めていたものが堰を切って溢れ出す。

 

湊「うぅ……か、かざり……さん……っ」

風莉「これからも……私たちの側に、いてくれるかしら?」

 

そう言った途端、僕の両手にたくさんの温もりが重なる。

風莉さん、ひなたさん、柚子さん、美結さん、七海先生……悠さん。

みんなの温かい手が――僕の手を包み込むように重なる。

 

ひなた「お姉様、どこにも行かないで……?」

柚子「湊さんは、ここにいていいんですからね?」

七海先生「理事長もそう言ってるんだ、甘えちまえよ」

美結「もう、飛鳥さんは……この学園の一員なんだから!」

湊「み、みな……さん……っ!」

 

一人一人の言葉が嬉しくて、嗚咽混じりの声が出る。

 

湊「は……い……っ

これからも……よろしく、お願いします……っ!」

 

溢れんばかりの感情を抑えながら、振り絞るように言葉を紡ぐ。

みんなの手から伝わってくる温もりを噛み締めながら、僕は風莉さんの問いに答えたのだった。

 

悠「……湊さん」

 

背後から、頭にぽんと手が乗せられる。

 

湊「悠、さん……」

悠「な?俺の言った通り、だろ?」

湊「……はいっ!」

 

絵に書いたような幸せが、ただ純粋に嬉しくて。

微笑みを返したいけど、上手く笑えなくて。

みんなの温もりに触れながら、呼吸を整えて。

けれどまだ、泣き止むのは無理そうで――

 

風莉「パーティー、始めましょう?」

 

そう言って差し出された手に、そっと手を伸ばす。

――家族だと言って貰えた。

――そばにいて欲しいと言って貰えた。

……ねぇ、おばあちゃん。

僕、お嬢様の力になるどころか、新しい家族を与えられちゃったんだ。

もしかして、これが本当の目的だったのかな?

僕が一人ぼっちにならないように……寂しくならないように、家族になってくれる人たちの側にいるようにって……。

 

湊「(そういうこと……なのかな……?)」

 

虚空に向かって、問いかける。

それを確かめる術は――もう、存在しない。

……でも。

おばあちゃん……お母さん、お父さん。

もう僕は……寂しくないよ。

みなさんのいる、大切な場所を見つけたから。

僕を支えてくれる人を見つけたから。

僕のことを第1に思ってくれる、大切な……を見つけたから。

だから――

 

湊「(ありがとう……そして、さよなら)」

 

心の中で、そっと別れを告げる。

そうして僕は、みんなのいる"新たな自分の居場所"へと帰ってきたのだった——

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
今回で湊くんの過去編?がようやく終わりましたね~
これからは湊くんと悠君のイチャラブが見たいです……けどそれを邪魔するものがいるとかいないとか……?
とりあえず次からは平穏な日常が戻ってくると思いますので、ぜひ読んでいただけたらと思います!

追記
本当にすみません。気になる終わり方をしておいてここまで間が空いてしまったことが申し訳ないです……
次の投稿もたぶんまた間が空いてしまう可能性が……すみません……
音沙汰ないからもう投稿しなくなったのではと思われるかもしれませんが、私自身はやる気MAXなので、そこは心配しないでください!
感想ありがとうございました!毎回読むのが楽しみなので、書いてくれたら嬉しいです!
それではまた次回!


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悠さんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!

前回の投稿から2週間経ってしまいました!すみません!
ということで、前回の続きです!
今回は悠が帰った後の湊の話ですが、途中で怪文書らしき湊くんの長台詞があると思います!頑張って読んでみてください笑
次回の内容とかいつもの謝罪とかはあとがきに書きますので、興味あったら見てみてください!
それでは、ぜひ今回も読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

湊「――はぁ〜……今日は色々あったなぁ……」

 

誕生会が終わり、流石にそろそろ帰らないといけないということで、悠さんは一人帰ってしまった。

その後、皆さんに改めて謝罪し、お詫びに今日片付けをしようとしたら、“今日の主役なんだから湊は部屋にいて”と言われてしまい、今に至るというわけなんだけど……。

 

湊「家事をしないとなると……何しようかな……」

 

ベッドに寝転がり、スマートフォンを片手に天井を仰ぐ。

実は、一番風呂をいただいてしまったため、もう寝れる体制になっているのだ。

だからもう、やることがほとんどなくて、このまま寝るしか……。

 

湊「……ボクから家事を取ったら、何も残らないんじゃ……?」

 

ふと、そんなことが頭の中に思い浮かぶ。

毎日学校と家事だけで一日が終わってたから、空き時間なんて考えたこともなかったなぁ……。

そんなことを考えながら、スマホの画面を一瞥する。

“彼”からの通知はない。

まあ、今日は僕のことに1日付き合わせてしまったんだ。

やらなきゃいけないことだって残ってるだろうし、忙しいのだろう。

 

湊「本格的に、家事以外の趣味でも見つけた方がいいのかなぁ……」

 

ため息をつきながら、悠さんからのプレゼントに手を伸ばす。

――紫色の宝石のついたネックレスと淡い桜色のヘアピン。

正直、男の僕がこれを付けるのはどうなのかとは思う。

――けれど。

“彼が僕のために一生懸命選んでくれた。”

その事実がただただ嬉しくて、そんな些細なことは既に頭の中から追い出されていた。

 

湊「……そういえば、こういう宝石って一つ一つ意味があるんだよね」

 

ふと、前に見たパワーストーン特集みたいな番組を思い出し、悠さんから教えてもらった検索機能で調べてみる。

この宝石は……確かアメジストだったような……。

 

湊「“アメジスト 意味”……と

あ、出てきた!」

 

検索結果が出るまでの速さに驚きながら、それっぽいサイトを開いてみる。

 

湊「えーと、宝石言葉は――っ!?」

 

おそるおそる画面を下にスクロールしていくと、そこに記されていたのは……。

“宝石言葉:「真実の愛、誠実」”

 

湊「………〜〜〜ッッ!」

 

一瞬で全身が……特に顔が熱くなっていくのがわかる。

ま、まさか……悠さんはこれの意味を知った上で……?

 

湊「ほ、他には……っ!?」

 

"邪悪なものから身を守ってくれる――愛の守護石"

 

湊「にゃっ、なんでっ!?」

 

あまりに驚きすぎて、思わず噛んでしまった。

だけど、それほどまでにこれは衝撃的過ぎるだろう。

 

湊「(悠さんは……知ってて買ってくれたのかなぁ……?)」

 

意味を一つ一つ調べながらお店で選ぶ悠さんの姿を思い浮かべる。

いや、悠さんのことだ、直感で僕に合うものを買ってくれただけなのかもしれない。

……………………。

――でも。

それでも……もし。

本当に知った上で、買ってくれていたのなら。

 

湊「色々、複雑なんだけど……

もし、そうだったら……嬉しいなぁ」

風莉「――どうしたの、湊?」

湊「か、風莉さんっ!?」

 

突然後ろから声をかけられ、ベッドから飛び降りる。

 

湊「(い、いつの間に……!?)」

 

気配がなかった……いや、僕が集中し過ぎてただけか。

……いや、待って。

もしかして、さっきの一部始終見られてたんじゃ……?

 

風莉「さっきからニヤニヤして、どうしたの?」

湊「やっぱり見てたんですかっ!?」

風莉「……?ベッドに寝転んで足をバタバタさせていたから、つい気になって」

湊「……〜〜っ!?」

 

淡々と状況を説明され、急激に恥ずかしくなってくる。

わ、わざわざ口に出さなくてもいいのに!

 

風莉「何かあったのかしら?

あ、それは八坂さんの……」

湊「あっ、これは……その……」

風莉「それ、とても似合っていたわ

八坂さんって、湊のことよく分かっているのね」

 

悠さんのことを褒められ、心の底から喜びの感情が溢れてくる。

 

湊「そ、そうですか……えへへ

悠さんは、凄い人なんですから……!」

風莉「…………」

湊「……風莉さん?」

風莉「八坂さんのこと、大好きなのね」

湊「……え?」

 

突然放たれた言葉に、思考が停止する。

悠さんのことが……“大好き”……?

 

湊「そ、そんな、大好きなんて……」

風莉「違うの?」

湊「えーと、好きですけど大切って意味の好きであって恋愛の好きとはまだちょっと違うような……いやでもやっぱり恩人ですし今回も隣で支えてくれましたし好きってことなのかも……いやでもそうすると男が好きってことになっちゃうし……でもでも、悠さんは他の男性とは違うといいますか特別といいますかボクの中でかけがえのない存在と言いますかなんというかえーとその悠さんの代わりなんて絶対に居ないといいますか……愛してるというとなんか少し複雑ですけど悠さんのこと考えるだけで胸がギューって締め付けられてなんというか悠さんの事考えてたら1日があっという間に終わっていたというくらいなんですけど悠さんが他の人と仲良くしているところを見るとそれが同性であっても異性であっても凄くムカムカするといいますか心がモヤモヤしてきて他のことが考えられなくなるといいますかなんというかボクの喜怒哀楽全部支配されてるといいますか――」

風莉「み、湊……ストップ……!」

 

風莉さんの声で、思考が中断させられる。

あれ?……話し過ぎちゃった……?

 

湊「……え?あ、すみません!流石に話し過ぎちゃいましたよね……」

風莉「……“話し過ぎ”という言葉では言い表せないのだけれど……

あなたの彼に対する気持ちは、十分にわかったわ」

湊「そ、そうですか……?

まだ結論は出ていなかったのですが……」

風莉「そのくらいにした方がいいわ

それ以上は、頭が疲れてしまうもの」

湊「わ、分かりました……」

 

風莉さんに即答され、渋々考えるのをやめる。

 

湊「(そんなに話し過ぎちゃったのかな……?)」

 

自分ではそんな感覚はなく、あくまで“普通に”話しただけだったんだけどなぁ。

もう少し話したかったなぁ……。

 

風莉「疲れたでしょうから、今日は早めに寝たら?」

湊「うーん……それもいいですけど、まだ寝付けなくて……」

風莉「でも、横になるだけでも違うと思うわ」

湊「そうですか?……では、お言葉に甘えて――」

美結「飛鳥さんっ!!!」

柚子「湊さんっ!!!」

湊「ふにゃっ!?」

 

突然ドアが開き、僕を呼ぶ声と共に美結さんと柚子さんが部屋に入ってくる。

驚きのあまり、横になりかけた状態から飛び起き、変な声を出してしまった。

 

湊「ど、どうしたんですか……?」

柚子「実は、湊さんにモデルになっていただきたくて……」

風莉「湊が……モデル?」

 

頭にはてなマークを浮かべながら、風莉さんはその言葉を聞き返す。

僕が、モデルって……どういうこと?

美結「いや、ほら!うちの新聞で飛鳥さんの話書いてるでしょ?」

風莉「そうね」

湊「そうなんですか!?」

 

あまりに自然に流れていった重大情報に、思わずツッコミを入れてしまった。

僕の話……といっても、悠さんとの最初の頃のバレてしまった時のやつしか知らないし、もしかして新しいやつが掲載されているのかな。

 

柚子「ご存知ないんですか?

湊さんが八坂さんと出会ってからのお話を新聞に掲載してるんですよ〜」

湊「……え?」

美結「端っこに小さく書いて毎週恋愛物語として楽しんでもらおうとしてたんだけど、思った以上に反響が良くてね

やっぱり、“素敵なお嫁さんになれそうな子No.1”は違うね」

湊「それは忘れてくださいよぉ〜!

というか、そんなに人気なんですか!?」

 

まさかの物語形式での掲載である上に人気だということに衝撃を受けながら、膨大な情報を飲み込む。

ちなみに、“素敵なお嫁さんになれそうな子No.1”というのは、以前新聞部で行ったアンケートのことで、男である僕がまさかのダントツで1位に選ばれてしまったのだ。

 

湊「(……って、誰に向けて説明しているんだろ?)」

 

ふと、自分で自分に対して説明していることに疑問を感じる。

あれ、でも僕はこのことを知ってるわけだから……じゃあこの説明は、誰に……?

……………………。

なんか気づいちゃいけないものに気づいてしまいそうだから、これ以上は考えるのをやめよう。

 

柚子「はい!すごく人気なんですよ〜!

毎日、新聞部に続きはまだかと連絡が入るくらいには!」

風莉「確かに、すごく人気のようね

   私も楽しみにしているわ」

湊「風莉さんまでっ!?」

 

そんなにしっかりと読んでいたことに驚きを隠せず、つい大きな声を出してしまった。

な、なんでみんな……僕の話を読みたがっているんだ……?

 

湊「そ、それで、どうしてそれが……ボクの写真に?」

美結「いやぁ〜それがね、“飛鳥さんが恋人からプレゼントを貰った”なんて一大イベントだからさ〜

いつもより大きく扱いたくて!」

柚子「具体的には、文章の隣に写真を載せようかと」

風莉「なるほど……いいわ、私が許可するわ」

湊「ボクの許可はないんですかっ!?

  というか、肖像権がない!?」

 

思わぬ所から出された許可に、驚きながらツッコミを入れる。

まあ、確かに僕は風莉さんに対して返せないほどの恩があるけど、それにしても流石にこれは……。

 

風莉「湊は動画やアンケートで学内外問わず有名人になってしまっているのだから

今更……でしょ?」

湊「うぐっ……そ、それはそうなんですけども……」

柚子「それなら大丈夫ですね!」

湊「そういうのは、そんな簡単に済む話じゃないと思うんですが!?」

美結「お願い!飛鳥さん!

私たちに是非とも力を……!」

 

美結さんの声に続き、2人が頭を下げて懇願してくる。

正直、個人的にはあんまり目立ちたくはないんだけど……今日は2人にも色々やって貰ったし、仕方ないか。

 

湊「うぅ……

……す、少しだけ……ですよ……?」

美結「やったー!」

柚子「やりましたね、美結さん!

それでは、早速撮り始めちゃいましょう!」

 

そう言うと、柚子さんは走りながら自分の部屋に戻り、一眼レフの高級そうなカメラを持ってきた。

 

湊「(た、高そうだなぁ……)」

 

心の中で、そんな声が漏れる。

毎回こういう時に、お嬢様たちが“お嬢様”であることを思い出すんだよなぁ。

いつも残念なお嬢様たちなのに、財力が……。

 

風莉「湊が1番可愛く写るようにお願いするわ」

美結「まっかせといて!

飛鳥さん、ちょっと付き合ってもらうからね〜!」

湊「あ、あはは……」

 

3人の真剣な表情にたじろぎながら、窓の外の夜空を仰ぐ。

――今日はなんだか、良い夢が見られそうだ。

そんなことを思いながらも、結局この日は、納得のいく写真が撮れるまでモデルをし続けるのだった。

 

 

 




ということで、いかがだったでしょうか?
宝石の意味を果たして悠は知っていたのかというところは気になりますが、それよりもあの長文ですよね……
個人的には結構好きなのですが、「こんなの湊くんじゃない!」と思う方もいらっしゃると思います。その場合はすみません!!!
……と今回の話はここまでにしておいて、次の内容についてですが……
Twitterでも少し触れましたが、次はお試しで新キャラを出してみたいと考えています!
※ちなみにヒロイン枠からは外してありますので、ご安心ください!
魅力的で、自分にとってかなり思い入れのある2人組なので、気に入っていただけると嬉しいです笑
では、次回も読んでいただければ幸いです~!


追記
はい、今回も2週間も空いてしまいすみませんでした……
次の話も頑張って早く投稿したいとは思うのですが、まだ3割程度しか書けていないため、どうなるか……
とりあえずできる限り書きたいと思うので、また待たせてしまったらすみません!

前回の話も感想ありがとうございます!
嬉しすぎて自分の返しの文章が多くなっちゃって読みにくいかもしれませんが、ご了承ください!
本当に嬉しくて、やる気の源になってます笑


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なんでここに〇〇が!?

すみません!遅れましたが、前回の続きです!
今回は事前に告知していた通り、新キャラが出てきます!
一応ヒロインから外れてはいますが、思い入れのある子たちなので気に入っていただければ幸いです!
また色々諸々はあとがきに書きますので、
とりあえず今回も読んでいただければと思います!


 

 

窓から差し込む陽の光を浴びながら、部屋の中を隅々まで掃除する。

色々あったあの誕生会から早くも1週間が過ぎ、俺たちの生活はいつものような平穏を取り戻していた。

 

悠「湊さんが来るまであと……30分くらいか」

 

壁に掛けられた時計を見ながら、テンポよく掃除機をかける。

実は今日、湊さんがうちに来ることになっているのだ。

本当は色んな場所へデートにでも行こうかと考えていたのだが、前回うちに来た時の状況が状況だったため、もう一度今度はちゃんとした状態で遊びに行きたいと湊さんが言ってくれたのだ。

まあ、デートに行きたかった気持ちも無くはないのだが、男としては彼女が家に来てくれるだけで嬉しいというか、そっちの方が嬉しかったりもするのだ。

 

悠「さて、掃除はこれくらいにして……と」

 

軽快なステップを踏むように、掃除用具を片付けていく。

湊さんに粗相がないようにという気持ちと、彼女が来てくれるという嬉しい気持ちでテンションがいつもよりおかしくなっている気がするのだが……まあ、いいか。

 

悠「あとは……飲み物とお茶請けの菓子でも――と」

 

――ピンポーン

突然鳴り響くインターホンの音に驚き、時計を見ながら湊さんとのLINGの画面を開く。

約束の時間まであと30分……流石に湊さんじゃない……よな?

最悪の事態を考えながら、呼び出しの音に対応する。

 

悠「はーい、どちら様でしょうか?」

???「……………………」

 

呼びかけても画面には誰も写っておらず、ただ静寂がその場を支配する。

宅配……じゃないだろうし、イタズラか……?

色々と疑問を抱きながら、玄関の扉を開ける。

すると――

 

悠「な、なんで……お前らが――」

 

予想外の招かれざる2人の来客が、そこに佇んでいたのだった。

そして、これが波乱の幕開けになることを――この時の俺にはまだ知る由もなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

新緑に包まれた街路樹を眺めながら、悠さん家への道を1人歩く。

今日は、"次こそは悠さんの家を堪能?したい"という思いで先日お家デート?の約束をした日であり、僕はこの日をずっと楽しみにしていたのだ。

前回は色々と迷惑をかけてしまったから、今回こそは普通に悠さんと遊びたい。

そんな思いでこうして今向かっている訳なんだけど……。

 

湊「(この服……大丈夫かな?)」

 

スカートの裾をつまみながら、美結さんが選んでくれた服に視線を移す。

白を基調としたフリフリのワンピースに、紫と桜色のカーディガン。

それに、悠さんから貰ったネックレスとヘアピンをいつものように付けている。

悠さんが好きそうな服かどうかは分からないけれど、男の僕からしてもなかなか可愛いのではないかと思えてくる。

……が、悠さんがどう思うか分からない以上、正直なんとも言えない。

 

湊「(悠さん、どう思うかな……?)」

 

そんなことを考えながら歩いていると、悠さんの住むアパートの目の前に到着していた。

確か、悠さんの部屋は……。

以前に来た時を思い出しながら、部屋を探す。

 

湊「("八坂 悠"……よし、やっぱりここだ!)」

 

ピンポーン

 

湊「ゆ、悠さん……湊です!」

悠?「……………………」

湊「そ、その……約束の時間、なので……」

 

話を遮るようなインターホンを着る音が聞こえると同時に、家の中からドタバタと激しい物音が聞こえてくる。

返事してくれなかったのは辛いけど……どうしたんだろう?

なんか慌ててるようだし、寝過ごしちゃった……とかなのかな?

 

湊「(でも、悠さんに限ってそんなことは……)」

 

女性の声1「――ちょっ、ちょっと優依ちゃん……!あの人も待ってるんだし!」

女性の声2「真白ちゃんは慌て過ぎだよ〜」

女性の声1「も〜っ!優依ちゃんのバカ〜!」

 

思考が――停止した。

悠さんの部屋から……2人の女性の声……。

 

湊「(え……え……?)」

 

予想外の状況に、頭が回らなくなってくる。

なんで女性の声?なんで2人も?なんで今?

色々な疑問が、頭の中を駆け巡る。

もしかして、これが浮気……って!別に僕と悠さんの関係なら別に浮気とかは無いから僕がどうこう言う権利は無いし……。

でも、もし、そうだったら……。

 

湊「(やっぱり……悠さんは、ボクのことなんて……)」

 

両の瞳から、自然と熱い液体が流れ落ちる。

僕は……僕は……っ!

ガチャ――

 

女性1「――こ、こんにちは……」

湊「……うぅ……っ……」

女性1「泣いてますっ!?優依ちゃん泣いちゃってます!」

女性2「あー、そうなるんだ……」

 

玄関が開くと同時に、1人の綺麗な女性が姿を現す。

一瞬目を奪われそうになるほど透き通った白銀の髪。

全てを見通しているかのように澄んだ青い瞳。

触れればそれだけで壊れてしまうような華奢な体。

まるで雪を彷彿とさせるような彼女の姿は――住む世界が違うようなそんな印象さえ抱かせていた。

 

湊「(こ、こんな綺麗な人が……そ、それに奥にも!)」

 

雪のような彼女の向こう側に――前回自分が居させてもらった場所に――黒髪の大和撫子な女性が佇んでいた。

玄関にいる女性とは対照的に、綺麗に整えられた純黒の髪。

彼女と同様に美しく透き通った青い瞳。

華奢な体なのにも関わらず、どこか力強さを感じさせる風格。

まるで古き良き日本女性を表すようなその姿は、浮世離れしている程の美を体現していた。

こ、こんなの……僕じゃ勝てるわけないよぉ……。

 

女性1「ああっ、そ、そうですよね……いきなり過ぎて困りますよね!すみません……!」

湊「うぅ……そ、そんなに謝らなくても……

  ぼ、ボク……帰りますっ!」

女性1「ま、待ってくださいっ!お願いです!」

湊「でも……ボクには、もう……っ!」

女性2「あれ?やっぱ何か勘違いしてない?」

湊「ゆ、悠さんには、2人がお似合いですっ!

……ぼ、ボクには……悠さんと釣り合う資格なんてなかったんです……っ!」

 

次第に苦しくなる心を抑えながら、そんな言葉を吐き捨てるように言い放つ。

やっぱり、悠さんには僕よりもこの人たちの方が……。

 

女性1「あ、ち、違うんですっ!

こ、これは……っ!」

女性2「真白ちゃんテンパり過ぎ……

あのね、これはあなたの考えてる様な事じゃなくて……」

湊「す、すみません……ボク、もう……っ!」

 

この場にいることが耐えられなくて、踵を返して来た道へ戻ろうと歩き始めた――瞬間。

――ドンッ

 

湊「わわっ!」

悠「――っと、大丈夫か?」

 

誰かにぶつかり倒れかけたところを、その人に抱きとめられる。

聞き覚えのある声のした方に視線を向けると、そこにいたのは買い物袋を手に提げた悠さんであった。

 

湊「ゆ、悠さん……」

悠「ごめん湊さん!遅くなっちゃったね」

湊「も、もういいです……っ!

ゆ、悠さんが……悠さんが!そんなに爛れているとは、思いませんでした……!」

悠「爛れ……えっ!?」

 

そう言って悠さんの手を振りほどき、この場を立ち去ろうとする。

 

湊「ボク、信じてたのに……っ!

その2人と……末永くお幸せに……っ!」

悠「ちょっ、湊さん!?」

女性1「――おかえり、お兄ちゃんっ!」

湊「……え?」

 

予想外の言葉に、自分の耳を疑う。

 

湊「(今あの子、"お兄ちゃん"って……?)」

 

女性2「あ、お兄おかえり〜!」

湊「……え?……ええっ!?」

 

状況が理解出来ず、思考回路がショートし始める。

悠さんの妹……?あの2人が……?え……?

 

湊「あ、えーと……その……」

悠「あー……なんか勘違いしてそうだから説明するよ

2人は俺の妹達で双子なんだ」

湊「悠さんの……?」

女性1「あの、申し遅れました……!

お兄ちゃんの妹の真白っていいます!

あなたは、その……も、もしかしなくても……お兄ちゃんの……?」

湊「え……?」

女性2「真白ちゃん、その人困惑してるよ?

あー……先に名前言っとけばよかったね……ごめんっ!

お兄の妹の優依って言います!

すごく可愛い子だけど、もしかして……お兄の彼女さん?」

 

妹さん達に自己紹介と同時に質問され、混乱する頭が次第に落ち着きを取り戻していく。

 

湊「そ、そうですね……

ゆ、悠さんの彼女をさせていただいてます、飛鳥湊でしゅ……!

……噛んじゃった……」

優依「か、可愛い……っ!!!何この人可愛すぎるんだけど、どゆことお兄!?」

真白「お兄ちゃんの……彼女……はわわっ!?」

悠「おい、真白?大丈夫か!?」

 

しっかり挨拶しようとしたら思い切り噛んでしまい、優依さんという子の方にからかわれてしまった。

というか、僕よりも真白さんの方がテンパってるんだけど……!?

 

真白「お兄ちゃんに彼女……お兄ちゃんに彼女……お兄ちゃんに彼女……」

優依「おーい真白ちゃーん?大丈夫?」

真白「彼女……彼女……彼女……」

優依「あちゃー……ダメだったか

   飛鳥さん、気にしないでね」

湊「え?だ、大丈夫なんですか……?」

優依「うーん……まあ、いつもの事だから安心して

真白ちゃんはお兄のことになるとすぐこうなっちゃうからさ」

 

半ば放心状態の真白さんを横目に、やれやれといった感じで説明してくれる優依さん。

性別も年齢も違うし、自分でもどうしてか分からないけど、真白さんから自分と同じものを感じた。

 

悠「真白、大丈夫か?」

真白「ひゃっ、ひゃい!だだだ大丈夫だよお兄ちゃん!?」

悠「熱でもあるんじゃないか?」

真白「ち、近っ……!あわわ……!」

 

悠さんが自身の額を真白さんの額へとゆっくりと近づけていく。

そして2人の額が触れ合った瞬間、真白さんの顔は蒸発したように真っ赤に染まった。

やっぱり、この子とはどこか気が合うのかもしれない……。

 

真白「………〜〜〜ッッ!」

悠「あれ?お、おい真白?真白ぉーーー!?」

優依「はぁ〜……お兄何やってんの」

悠「なんかいきなり真白が……」

優依「ほんと、そんなんだと彼女なんて出来ないよ

……って、もう出来ちゃったのか……」

 

あまりに鈍感な悠さんに呆れたようにツッコミを入れる優依さん。

けれど、その顔はどこか寂しそうで……なんというか、優依さんの気持ちがひしひしと伝わってきたような気がした。

 

湊「2人とも、悠さんのことが好きなんですね」

真白&優依「「!?!?!?」」

真白「そ、そんなことは……!な、ないと言いますか……その……

お、お兄ちゃんはお兄ちゃんですし……!?!?」

優依「だ、誰がお兄のことなんか……っ!

す、好きなわけ……っ!」

悠「優依……俺のこと、嫌い……なのか?」

優依「なっ!?そ、そんな訳ないじゃな……はっ!

……あーもうっ!お兄のことは……その、大好きだから!もう!

あああ……もうっ!!!」

真白「ゆ、優依ちゃん!?

……わ、私もお兄ちゃんのこと大大大好きですからね……っ!」

悠「おー!2人ともありがとう!」

 

そう言うと、悠さんは2人の頭をわしゃわしゃと撫で始める。

 

真白「ふにゃぁ〜!」

優依「ふ、ふんっ!お兄のくせに……!」

湊「あ、あはは……」

 

なんというか、自分を客観視したらこうなってるんだろうなと思えてきて、自然と乾いた笑いが出てくる。

というか、この2人……実はとんでもないライバルなんじゃ……?

 

悠「あ、流石にここで長話する訳にもいかないし、中に入ろうか

湊さん、改めて……ようこそ!」

湊「お、お邪魔します……!」

 

少し複雑な心境のまま、悠さんたちと共に部屋に入る。

――"八坂さんのこと、大好きなのね"

ふと、風莉さんの言葉が頭の中で反響する。

 

湊「(この気持ちは、何なんだろう……?)」

 

あの日からずっと、考えていた。

僕のこの"好き"という気持ちは、一体どういうものなのか。

友達としては当たり前だが……"それ以外の意味"でもあるのか。

ずっとずっと……考えていた。

だからこそ、この2人に会った今だからこそ……今一度自分に問いかける。

僕は本当に――この2人ほどに……いや、この2人以上に……悠さんのことを好きでいるのか、と。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
新キャラの優依&真白姉妹ですけども……何でヒロインじゃないんだろう?()と思いますね笑
皆さんがどう思ったのか少し気になりますが、受け入れられていなかったらどうしよう……笑
今回は湊くんが翻弄されていましたが、次の話でもあんな感じになってしまいそうなので、楽しみにしていてください!
ということで、次の話も読んでいただけたら幸いです!

追記
前回も感想ありがとうございます!めっちゃ嬉しいです笑
次の話もまた投稿が遅くなってしまうかもしれませんが、気長に待っていただければと思います。
そろそろこの話を書き始めて1年経ってしまうので、もう少し2人の仲を色々と進展させてあげたいのですが筆が進まず……
とりあえず、関係性についてはもう少しペースアップしてみたいと思います笑


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最近(特に今日)、妹達のようすがちょっとおかしいんだが。

湊くんの誕生日過ぎてしまいました……前回の続きです……
今回の話はここから湊と悠の関係が色々変化していくための準備の話なので、次の話からまた一悶着あるかも……という感じです笑
というわけで、今回もぜひ読んでいただければと思います!

追記
遂にEXストーリーを投稿したので、見てみてください!
R18タグの関係上別のシリーズとして投稿しているので、チェックしていただけると幸いです笑


 

 

 

悠「――いやほんと、ごめんね湊さん」

湊「い、いえいえそんな、気にしないでください」

 

飲み物の用意をしながら、悠さんは改めて謝罪の言葉を口にする。

前回と同じところに座り、目の前でくつろぐ姉妹と雑談していた僕は、色々と複雑な思いを抱えているせいか、そんな陳腐な返ししか出来なかった。

 

優依「そうだよお兄、もっと謝らないと」

悠「誰 の せ い だ と ?」

真白「ご、ごめんなさいお兄ちゃん……

私たちのせいで準備が遅くなっちゃったんだもんね……」

悠「そう……そうなんだよ真白……!」

真白「私のせいで……お兄ちゃんに、迷惑を……」

 

にひひと笑いながら、悠さんをからかう優依さんと、それに対して溜息をつきながら怒る悠さん。

その一方で、真白さんは悲しそうな表情を浮かべながら俯いてしまった。

なんというか、この少しのやり取りだけで、悠さんが普段2人とどのように過ごしているのかわかった気がする。

 

悠「ま、真白?」

真白「私、悪い子です……もうお兄ちゃんの隣に立つ資格なんて……」

悠「ま、真白さーん?」

真白「罰なら……どんな事でも受けるから……っ!

何でも……するから……っ!

私の事……捨てないで……っ!」

悠「そこまで言ってないからね!?」

 

もはや行き過ぎた愛に対して、半ば驚きながらツッコミを入れる悠さん。

ま、真白ちゃんってすごいブラコンなんだろうなぁ……。

 

優依「そうだよ真白ちゃん、お兄もそこまで怒ってないって」

悠「いや、お前は反省しろよ」

湊「あはは……」

 

無邪気に笑いながら、変になった空気を変えるように、優依さんは兄を茶化し始める。

きっといつもこうして関係を良好にしてきたのだろうと容易に想像はつくけれど……なんというか、僕には苦笑することしかできなかった。

 

優依「あ、うちの兄が本当にすみません」

悠「お 前 マ ジ で 覚 え と け よ ?」

湊「ほ、本当に仲が良いんですね……」

真白「はいっ!私たちは、特別な絆で結ばれてますから……!」

 

だんだんと見慣れてきたやりとりを見ながら、ぽつりとそんな言葉が出てくる。

しかし、真白さんが嬉しそうにそう言うと、残りの2人はバツが悪そうにしながら同時に右頬をかいていた。

やはり2人とも真白さんに振り回されながらも、その純粋さには逆らえないようであった。

 

湊「あ、もし良かったら、悠さんのこと教えてくれませんか?」

優依「お兄のこと?」

 

ふと、思いついたことを口にする。

実家での悠さん……ちょっと気になる……!

 

湊「はい!ボクの前での悠さんと違うのかなぁ、と」

真白「それはもう!任せてください!

お兄ちゃんのことなら、なんでも知ってますから!」

優依「いや、流石にそれは怖いって」

 

意気揚々と目を輝かせながら話す真白さんに、素のトーンで冷静にツッコミを入れる優依さん。

何故だろう……付いていないはずなのに、真白さんの耳と尻尾がぴょこぴょこ動いているのが見えてきた。

 

優依「でもまあ、そうだなぁ……

お兄は料理……というか家事全般が好きだったね〜!料理美味しかったし」

真白「お兄ちゃんの料理は何よりも美味しかったですからね!」

悠「ちょっ、恥ずかしいからやめろって」

 

白い忠犬と黒い野良猫のような2人に褒められ、満更でもなさそうに照れる悠さん。

僕の前とは違うその照れ方は、今まで見た事のないものであり、僕の目にはとても新鮮に映った。

 

優依「ふ〜ん、恥ずかしいんだぁ?」

悠「な、なんだよ、急に」

 

そう言うと、黒猫妹は目を細めてニヤリと笑みを浮かべる。

明らかになにか企んでるんだろうけど……どうしたんだろう?

 

優依「飛鳥さん、その本棚の3段目から教科書全部出してみて?」

湊「え?」

悠「――はっ!?」

 

突然の指示に戸惑う僕をよそに、目を見張りながら信じられないといった様子で驚く悠さん。

はっと何かに気づいたようだったけど、あの本棚に何かあるのかな……?

少し疑問に思いながら、部屋の隅に置いてある本棚に視線を向ける。

 

真白「だ、ダメだよ優依ちゃん!お兄ちゃん必死に隠してるんだから!」

悠「おいおいおいおい……ガチで?」

 

声を震わせながら、信じられないものを見るような目で妹さんたちを見る悠さん。

 

真白「実家と大体同じところにあるから分かりやすかったけど、言っちゃダメだよ!」

悠「いや、モロやん!?」

真白「はわわっ!ご、ごめんなさい……!」

優依「流石にわかりやすいところに置くお兄が悪いって」

悠「なんでだよォォォ!?」

 

天然気味に暴露していく真白さんとそれを煽る優依さん。

そして、いつもよりテンションが1.5倍くらいになった状態で叫ぶ悠さんを横目に、僕は1人考えていた。

これ、何の話なんだろう……?

 

湊「察しが悪くてすみません……

あの……何の話なんですか?」

真白「それは――」

悠「やめろっ!?」

優依「adultyなbookだよ」

悠「そこまで言うなら変な言い方するなよマイシスタァァァァァ!!!」

 

男子学生の悲痛な叫びが、部屋の中でこだまする。

こんなテンプレみたいな流れ、現実で初めて見た気がする……。

 

優依「でもお兄の本、ジャンルが幅広くて凄いよね」

真白「年上モノも年下モノも……い、妹モノもありましたね……えへへ」

悠「――――」

湊「ゆ、悠さんっ!?」

 

場所どころか内容すらも暴露され、僕の彼氏(仮)は声を失って膝から崩れ落ちる。

確かに、そういう趣味とかを他の人に暴露されるのはきついよねぇ……。

 

優依「ケモ耳のやつもあったし――あ、"男の娘モノ"もあったよね」

湊「えっ!?」

悠「ぐはぁっ!?」

 

黒猫の口から放たれた一言に、悠さんだけでなく、僕も衝撃を受ける。

 

湊「(男の娘……男の娘って、確か……)」

 

"男の娘"という言葉の意味を、衝撃で鈍った頭で必死に考える。

それって……僕も入る……ってこと、だよね?

 

湊「お、男の娘……?」

優依「そうそう!この人見た目が女の子であれば、男でもいけるんだよね

普通に驚いちゃったよ」

真白「確か……『女の子よりボクがいいの?』っていうやつだったと思います!」

悠「あああああぁぁぁぁぁ!!!」

真白「お兄ちゃん!?」

湊「はわわっ!?あばっあばばばばば……っ!?」

優依「え!?ど、どうしたの飛鳥さん?」

 

作品名すら暴露されて半泣きで絶叫する悠さんの隣で、もはや挙動不審な驚き方をしてしまった。

悠さんは男でも……え、僕……え?

女の子より……僕……えええええっ!?

 

優依「あー……やっぱり男の娘はきついかぁ……

お兄、その趣味はやめた方がいいぜ」

悠「そ こ ま で に し と け よ ?」

優依「おっと、流石に怒らせすぎたか……って、痛っ!?」

 

いつものようにニヤけながら冗談を言う優依さんに、全力で脳天に手刀を入れる悠さん。

妹だからきっと加減しているはずだけど……痛そうだなぁ。

 

優依「何すんのよバカお兄ぃぃぃ!!!」

悠「愛の鞭だよ」

優依「やりやがったな!お兄にしかぶたれたことないのに」

悠「いやそれ俺じゃねぇか」

 

喧嘩のようにすら見えるやり取りをしながらも、冗談を言ってふざけ合う八坂兄妹。

やっぱり、仲良いんだなぁ……(棒)。

 

真白「あ、でもこんなにジャンルが幅広いのに、共通してるところもあるんですよ!」

湊「そ、そうなんですか?」

優依「あ、飛鳥さん気になる?気になっちゃう?」

悠「お前復活早いな」

 

頭を抑えたまま、いつもの口調に戻る優依さん。

"男の娘"と共通してることなんてあるのかと思いながら、再び"男の娘"という言葉が頭の中を駆け巡る。

 

湊「き、気になると言われると少し語弊があるというか……なんというか、その……」

優依「あ〜可愛い!!!健気だねお兄の彼女さんは〜うんうん

えーとね、なんかお兄はね、Mな子が好きっぽいよ」

悠「――――――――」

 

今日1番の驚き顔を見せた後、下を向いてプルプルと震え始める。

誰が見てもガチギレしてると分かるような姿を見ながらも、シスターズは話を続ける。

 

真白「そうですね、なんというか……従順?な感じの人ですかね?」

湊「じ、従順……」

 

Mな子……従順……。

2人の言葉が、頭の中をぐるぐると回り続ける。

悠さんは、そういう子が好きなんだ……。

 

優依「まあ普通にお兄がSっぽいからね、仕方な……痛っ!?

2度もぶった!?しかも拳で!?」

悠「抵抗するし、21歳でもないけど……お前マジで許さんからな?」

 

続けようとする優依さんの頭に、悠さんの握り拳が炸裂する。

 

優依「うぅ……真白ちゃんこれ痛いよぉ……」

真白「よしよし、自業自得だよ〜優依ちゃん」

 

涙目を浮かべて抱きつく優依さんの頭をそっと優しく撫でながら、白い髪の少女はきっぱりと言い捨てる。

 

湊「……お兄ちゃんは大丈夫ですか?」

悠「うぅ……湊さぁん……」

湊「へ?あ、悠さん……!?」

 

まるで妹の真似をするように、僕の彼氏は僕の胸に飛び込んでくる。

なんで僕も抱きつかれてるの!?

 

湊「は、はうぅっ……よ、よしよし、辛かったですね〜!」

悠「――っ――!?」

 

以前自分がされた時のことを思い出しながら、悠さんの頭を抱き寄せてそっと優しく撫でてみる。

 

真白「は、はわわっ!?」

優依「お、おう……これは、すごいね」

 

そんな僕たちの傍で、白黒姉妹は顔を赤くしながらこちらをじっと見つめている。

ついやってみたけど、これは流石に恥ずかしい……!

 

悠「やべぇ……なんか目覚めそう」

優依「こうして、お兄の性癖がまた開拓されていくのであった――完」

悠「いや終わるなよ!

……まあ、色々と終わりそうだけどさ!?」

 

何かを終わらせようとする妹さんに対して、紅潮した顔でツッコミを入れる悠さん。

しかし、僕はあまりの恥ずかしさに、その後数分間悠さんと目を合わすことができなかったのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

優依「――そ、それにしてもお兄に彼女ね〜

どんなところが良かったの?こんなダメダメそうな人なのに」

 

悠さんの拳がクリーンヒットした頭を抑えながら、優依さんは毒を含んだ言葉を放つ。

殴られたばかりなのに、復活早くない……?

 

悠「おい、さりげなくディスるなよ」

真白「そうだよ優依ちゃん!お兄ちゃんは私たちの大切な大切なお兄ちゃんなんだから!

彼女だって、いつかはできるものだったんだよ……うぅ……」

悠「そんなに喜んでくれるのか、真白!」

優依「いやお兄、多分それ違うと思う……」

 

きっと特別な感情を抱いていたであろう真白ちゃんの涙に対して、勘違いで嬉しそうにする悠さん。

よくある物語の鈍感主人公って、現実だとこんな感じなのかな……。

 

優依「でも、お兄のどんなとこが好きになったの?」

湊「え、えーと……」

真白「そんなの、全部に決まってますよね!

お兄ちゃんは完璧なお兄ちゃんですから!」

優依「真白、あんたは黙ってなさい」

 

そう言うと、優依さんは少し暴走気味の真白さんの頬をムニっと引っ張る。

 

真白「ほ、ほめんにゃしゃい……ゆいちゃぁん!」

 

口を横に伸ばされながら謝る真白さん。

なんだろう、犬と猫のじゃれ合いを見てるみたいで心が洗われていく……。

優依「それで、どんなところが?」

湊「そう、ですね……」

 

質問されると同時に、"好き"という言葉が頭の中で反芻する。

僕の"好き"というのは、友達としてのものなのか。

それとも……。

 

湊「(とりあえず、好きな所を挙げながら考えようかな……)」

 

湊「そうですね……まずは、優しいところ……ですね」

真白「そうですよね!そうですよね!」

優依「なるほどねぇ〜確かに、お兄は基本優しいからね」

悠「あ、ありがとう……」

 

少し頬を赤く染めながら、こちらから顔を逸らす悠さん。

その照れ顔に不思議と心が揺れ動くのを感じつつ、悠さんの好きな所を挙げながら、この気持ちの真意を確かめる。

 

湊「後は気遣いができるところとか、僕に寄り添ってくれているところとか、辛い時はいつも助けてくれるところとか、誰よりも僕を大切にしてくれているところとか、少し不器用だけど一生懸命なところとか、それから――」

優依「す、ストップストップ!落ち着いて!」

真白「な、なかなかやりますね……飛鳥さん」

 

優依さんに止められ、はっと我に返る。

なんかこれ……デジャブを感じるような……?

 

湊「一応、もっとあるんですけど……?」

悠「………〜〜〜ッッ!」

優依「ほら、この人顔真っ赤だから止めてあげてください!」

真白「こ、このままだと、恥ずか死しちゃいますよぉ!」

 

真剣に心配する双子の言葉を受け、悠さんの方へ顔を向ける。

悠さんは、先程とは比べ物にならないくらい顔を紅潮させながら、目をひたすら泳がせていた。

 

湊「ご、ごめんなさい……悠さん」

悠「いや、そんな謝らなくても……俺としては、その、嬉しいから……さ」

 

照れ隠しで目を合わせずに、素直に想いを伝えてくれる悠さん。

……………………。

悠さんは僕のことを何度も助けてくれて、僕のために尽くしてくれた。

それこそ、僕の心のトラウマである"家族"のことも、彼がいたおかげで僕は乗り越えることが出来たんだ。

それに、僕が寮に戻れたのも悠さんが引き止めてくれたおかげだし……。

……ああ、そっか。

心の中でバラバラになっているピースがカチリとハマり、その形を成していく。

 

湊「(ボクの中で、悠さんの存在は……こんなにも、大きかったんだなぁ……)」

 

改めて、自分の気持ちを再認識する。

悠さんは……僕の中で、誰にも変えがたい存在なんだ。

それほどまでに大切な人なんだ、と。

 

湊「(……………………)」

 

ふと、そこで新たな疑問が頭の中に生じる。

じゃあ僕は――悠さんに、どう思われたいんだろうか。

 

優依「はいイチャイチャ禁止〜!

一応、妹たちが見てるんだからね?」

真白「それで、お兄ちゃんはどうなんですか?」

悠「そ、それは……」

 

姉妹にそう言われ、未だに赤くなった頬の熱が冷めないまま悠さんは口ごもる。

"自分はどう思って欲しいのだろうか?"

その様子を見ながらも、僕の頭の中ではその疑問がぐるぐると回り続ける。

彼は、恩人としても、友人としても、自分の中でかけがえのない存在になっている。

それは確かなことであり、今まで何度も感じてきたことだ。

けれど、やはりそれだけでは無いのかもしれない。

 

湊「(真白さん……優依さん……)」

 

今日この2人と会った時に感じた、このモヤモヤした気持ち。

悠さんとは仮の恋人関係であり、2人も悠さんと兄妹であるから、何も変に思うことは無いはずなのに。

感じて……しまったんだ。

この――ドロドロとした醜い感情を。

 

湊「(あの時感じた、気持ちは……まさ、か……?)」

 

悠「俺は、その……湊さんの全てが、好き……だから」

優依&真白「「だよねぇ」」

悠「これ聞く意味あった!?」

 

3兄妹の会話が、僕の耳からすり抜けていく。

何か大切な話をしているようだったが、もうそれどころじゃない。

 

湊「(そんな……嘘だ……)」

 

自分の気持ちが信じられず、思考が止まり始める。

だって、僕は男で、悠さんも男で……。

でも、僕はこんなこと思ってるし、悠さんも僕のことを好きって言ってくれているし……。

 

悠「み、湊さん?」

湊「ひ、ひゃいっ!?」

悠「大丈夫?具合でも悪いの?」

湊「あ、いえ、そういうわけでは……」

 

突然名前を呼ばれ、驚いて変な声が出てしまった。

 

優依「お兄の愛の告白にドン引きした、とか?」

悠「いや、それだったら流石に泣くからな?

お兄ちゃん、お前の胸で号泣するからな?」

優依「うわ……」

悠「お前が引くなよ!?」

 

軽快な会話が、兄妹間で繰り広げられる。

でもなんだろう……さっきまで平気だったのに、意識してきただけで、心がモヤモヤしてくる。

 

真白「お兄ちゃん!私の胸ならいつでも貸しますからね!

それこそ……泣く以外でも……っ」

優依「真白ちゃんストップストップ!

今この人彼女持ちだから」

真白「あぅ……飛鳥さん。お兄ちゃんのことを、よろしくお願いします……!」

湊「……っ……

あ、あはは……僕なんかで良ければ……」

 

真白さんの言葉に動揺し、一瞬反応が遅れてしまった。

やっぱり、僕は……。

 

悠「湊さん!"僕なんか"とか言わないでくれ!

逆に俺の方が釣り合ってないんだから……」

優依「こいつ情緒不安定かよ……」

 

メンタルが弱った兄に対して、吐き捨てるような言葉と共に冷たい目線を向ける優依さん。そんな他愛のない会話を聞きながらも、僕はずっとこの胸に巣食う感情のことを考えていたんだ。

……………………。

――思えば、この時から気づき始めていたのかもしれない。

この気持ちが……もしかしたら"恋心"なのかもしれない、と。

 

真白「あれ、お兄ちゃん。雨が降ってきそうですよ!」

悠「ほ、ほんとだ……!とりあえず、洗濯物を取り込まないと……」

 

窓の外に広がる空に、暗雲が立ち込める。

この時から、僕達の関係は……少しずつ動き始めたんだ。

そして、この気持ちの変化が、後に自分を苦しめることになるなんて……この時の僕には、知る由もなかった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
個人的には悠君の兄妹間の関係性がすごく好きなのでもっと書きたかったのですが、流石にメインヒロインが黙ってなかったので、できる限り抑えました笑
……という話はここまでにしておいて……前回の投稿から約1ヶ月も経ってしまってすみませんでした!
一応空き時間を見つけて書いてはいたのですが、前よりも筆が進まず……。
ですが、次からは話が大きく動くと思うので、本腰入れてしっかりと書いていきたいと思います!
湊くんと悠君の関係が今後どう変化していくのか、楽しみにしていてください!
次の話やEX1の続きは現在プロット段階で進んでいますので、気長に待っていただければと思います。
というわけで、次回も読んでいただければ幸いです!

追記
今回も感想ありがとうございます!感想を見た瞬間に嬉しくて謎の達成感が得られるので、マジで支えになってます!!!
というわけで次も頑張ります!


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這いよれ!ミナミさん

遅くなりました~最新話です!
本当はEXの続きを先に出したかったんですけど、間に合いませんでした笑 すみません!!
今回の話からとあるキャラがピックアップされていくと思うので楽しみにしていてください!
とりあえず細かいことはあとがきに書くので、今回の話もぜひ読んでいただければ幸いです~!



 

悠「――"学園前で待っていてください"、か……」

 

湊さんとのLINGの画面を開きながら、周りを見渡す。

今日は湊さんと会う予定であり、LINGで学園前集合と言われたのだが……。

 

悠「俺が早すぎたってのもあるけど……それにしても、湊さん遅いなぁ……」

 

学園の校舎に設置された時計に目を向ける。

15時55分……集合時刻の5分前であり、普通に考えればまだ来ないのはわかるが……湊さんはいつも予定よりもかなり早めに来る人だ。

それなのに、5分前に来ないのは少し変だ。

 

悠「何かあったのか、もしくは……」

 

朱が混ざり始めた淡い茜色の空を仰ぎながら、原因について考えてみる。

……まあ、"あの日"だよな。

思ったよりもすぐに原因らしきものが見つかり、はぁと溜息をつく。

あの日――妹達と会った日――以来、湊さんの様子がおかしい。

別に嫌がられているわけじゃないのは分かるけど……なんというか、避けられているような感覚がある。

覚えていないだけで何かやってしまったのか、もしくは妹達が何かしてしまったのか……。

どちらの可能性も考慮したが、妹達に聞いても答えは"分からない"だった。

 

悠「何かあっても直接言ってくれれば直すし……遠慮しなくていいと思うんだけどなぁ……」

 

まだこの場にいない恋人(仮)のことを考えながら、学園前の塀に寄り掛かる。

湊さんのことだ、僕に言うと悲しむと思って言わないでいてくれているんだろう。

まあ、それが湊さんのいい所だとは分かっているんだけど、一応こういう関係だし……言ってくれてもいいのかな、とは思う。

 

悠「まあでも、悪いのは俺だと思うし……どちらにしろ謝らないと」

 

たとえどんな理由であっても、湊さんの機嫌を損ねてしまったことに変わりはない。

だからこそ、ちゃんと誠心誠意謝ってから原因について聞かないと……。

 

悠「……っと、そろそろ時間だけど……あれ?まだ来ない……」

 

気になって、周囲を見渡す。

しかし、探しても探しても……どこにも湊さんの姿はなかった。

ついに自分の時間感覚が狂ってしまったのかと思い、時計を再び見てみるが……その長針は一周し、しっかりと12の文字を指し示していた。

 

悠「おかしいな……こんなこと、今まで1度もなかったのに」

 

初めての事に驚きながら、次第に色々と心配になってくる。

やはり、何かやらかしてしまったせいで、見限られてしまったのでは――

 

美結「――八坂さ〜〜〜ん!」

 

と、考えているうちに、校舎の方から聞き覚えのある声が微かに聞こえてくる。

何事かと思い声の方を振り向くと、そこには見知った女の子の姿があった。

 

悠「皆見さん!どうしたの?」

美結「はぁはぁ……お久しぶりだね、八坂さん!」

 

急いで走ってきたようで、息を整えている皆見さん。

首筋から伝う汗が、そのまま鎖骨を通って少し膨らんだ胸へと――

 

悠「(って、俺変態か!?)」

 

頭をぶんぶんと振って、邪な気持ちを振り払う。

男として当然の反応……なのかもしれないが、一応彼女(仮)がいる今は自粛しなければ……!

 

美結「どうかしたの?」

悠「あ、いや……なんでもないです

……ところで、なんで皆見さんが?」

 

これ以上は危ないと思い、咄嗟に話を逸らす。

 

美結「ああ、そのことね!

実は飛鳥さんが先生から頼み事されちゃってて、遅くなっちゃうから代わりに来たってわけ!」

悠「そうだったのか……なんか、ありがとう」

 

感謝の言葉を口にしながら、軽く一礼する。

湊さんが来れないのはショックだけど、こうやって代わりの人が来てくれるだけでも嬉しいものだ。

 

美結「いえいえ〜!それに、実は聞きたいこともあったしね」

悠「聞きたいこと?」

美結「うん!あ、飛鳥さんには寮まで連れていくって言っといたから、歩きながら聞こうかな〜!」

悠「ああ、変な質問じゃなければ答えるよ」

美結「そこまで変な質問じゃないから、安心してね」

 

そう言って少しニヤリと笑うと、皆見さんは1歩ずつ歩き出す。

そういえば、皆見さんって新聞部だったはずだから、またやばい質問でもされるのかな……?

 

美結「それじゃあ、行こっか!」

悠「おっけ、了解!――ッ!」

 

背後から視線を感じ、咄嗟に振り返る。

しかし――そこには何も無かった。

 

美結「どうしたの?」

悠「ああ、いや……大丈夫」

 

疑念を抱く皆見さんにとりあえず適当なことを言って誤魔化す。

今、嫌な気配を感じたんだが……気のせい、か?

 

美結「……?大丈夫ならいいけど」

悠「あ、じゃあ1つだけ

……何かあったら全力で逃げてくれ」

美結「???ひなたちゃんでもうつった?」

悠「違うよ!?まあでも……とりあえず心に置いておいてくれ」

美結「……?はーい」

 

少し困ったような表情を浮かべながら、再び歩き始める皆見さん。

下校時刻だから生徒も多いし、単純に男の俺を見ていただけなのかもしれないけど……。

何故か分からないが、この時……凄く嫌な予感がしたんだ。

 

???「……………………」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

湊「――はぁ……」

 

溜息をつきながら、放課後の廊下を1人歩く。

今日は悠さんと会って、自分の気持ちの整理をつけよう……と思ってるんだけど。

 

湊「(これ、言えるかなぁ……)」

 

あれから自分と向き合い、少しずつ分かり始めた感情に困惑しながらも、現段階で分かっていることだけでも伝えようと決意した。

……のはいいものの、内容が内容なだけにどうにも伝えにくいのだ。

 

七海先生「――お、飛鳥か。ちょうど良かった」

湊「あ、七海先生。どうしました?」

 

突然後ろから声をかけられ、振り向くと……そこには、忙しそうに書類を運んでいる七海先生の姿があった。

それも、首の高さまでの大量のプリントを抱えた状態で……。

 

湊「せ、先生!?大丈夫ですか……?」

七海先生「ああ、その事なんだが……少し、手伝ってくれないか?

この書類を運んだ後整理しなくちゃいけなくてさ」

 

そう言うと、先生は手に持った大量のプリントを強調するように見せてきた。

確かに、この量を整理するのは流石に骨が折れるだろう。

それこそ、もう1人ぐらい手伝ってくれる人がいないと……。

 

湊「って、これ全部ですか?」

七海先生「ああ、どうにも1人で終わる気がしなくてな。飛鳥って器用だし、手伝ってくれたらありがたいんだが……」

 

重たそうに書類の束を持ちながら、半ば縋るような目で見てくる先生。

僕としても、流石に手伝ってあげたいとは思っているんだけど……。

でも、悠さんとの約束が……。

 

湊「この後、悠さんと会う約束があって……。でも手伝いたい気持ちもあって……」

七海先生「あー……無理そうならいいぞ?どうにかやってみるから」

湊「でも、それじゃあ……」

 

その続きを言いかけて……浮かんだ言葉を胸に留める。

いかにここで言ったところで、結局僕が手伝うことはできない。

それなら、言い訳がましく話すよりも何も言わずに去る方が良いのではないか?

 

湊「(でも、もう職員室だし、このままじゃ先生が……)」

 

他の人……はもういないし、職員室もすぐそこだ。

だからこそ、僕が手伝いたいけど……悠さんが……。

 

美結「――ありゃ?2人ともどうしたの?」

七海先生「お、皆見か」

湊「あ、美結さん!」

 

突然聞こえた声の方へ振り向くと、次のネタ探しに勤しむ美結さんが手帳を片手に歩いていた。

これは……チャンスなのでは?

 

湊「美結さん。実はですね――」

 

興味津々といった様子の美結さんに対して、今の事情を軽く説明する。

……………………。

そして一通り聞き終わり、美結さんは少し考えるような素振りを見せた後、何か思いついたかのような表情でその口を開いた。

 

美結「ふむふむ、なるほど〜。それなら、あたしが八坂さんに伝えておこうか?」

湊「え?いいんですか?」

美結「いやまあ、あたし書類とか苦手だからさ……手伝えるのそれくらいしかないし」

 

そう言うと、頬を掻きながら恥ずかしそうに笑う美結さん。

"それくらいしかない"と言っているけど、こういう時に文句も言わずに手伝おうとしてくれるだけで十二分にありがたい。

やはり、そういう他人を気遣えるところが周りから好かれている理由なのだろう。

 

湊「先生、どれくらいで終わりそうですかね?」

七海先生「ん〜、飛鳥がいるなら1時間くらいで終わるかな」

 

1時間……美結さんに伝言を頼むとはいえ、そんな長時間悠さんを待たせるのは流石に申し訳ないよなぁ……。

 

美結「それなら、寮まで連れて行っちゃおっか?」

湊「え?いいんですか?」

美結「うん!ちょうど新聞部の作業するために、第二寮に行くつもりだったしね」

 

困り果てていると、またもや救いの手を差し伸べてくれる美結さん。

本当にありがたすぎるから、これは後で何かしてあげないと!

 

湊「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

美結「どーんと任せてよ!」

七海先生「男と2人きりでも、変な気を起こすなよ?」

美結「……へ!?あ、そんなことないって!それに、飛鳥さんの彼氏くんだもん!」

 

からかうような七海先生の言葉に顔を赤くしながら、必死に否定する美結さん。

なんだろう……何故か分からないけど、嫌な予感がする。

 

湊「悠さんを誘惑したら、ダメ……ですからね?」

美結「……っ!?し、しないよそんなこと!……というか、飛鳥さん可愛い〜!!!」

 

一瞬の間を置いてその言葉を否定すると、美結さんはからかいながら抱き着いてくる。

その間が少し気になったけど……まあ、美結さんだし大丈夫だろう。

 

湊「(というか、ボク達別に仮の関係だし……誘惑しても問題ないんじゃ……?)」

 

ふと、根本的なことを思い出し、はっと我に返る。

でも、なんで僕……こんな、気持ちに……?

七海先生に言われた瞬間、美結さんと悠さんが仲良くしている姿を想像して、胸が少しチクリと痛んだ。

ということは、やっぱり僕は……。

 

美結「とにかく!皆見美結、任務を遂行してきます!」

七海先生「おう、よろしくな」

湊「お願いしますね、美結さん」

 

足早に悠さんの元へと急ぐ美結さんを2人で見送りながら、職員室へと歩き始める。

とりあえずこれで悠さんは大丈夫だから、早くこれを終わらせないと……!

 

七海先生「それにしても、飛鳥が嫉妬なんて珍しいな」

湊「へ……?」

七海先生「ああいや、飛鳥みたいなやつでもあんなわかりやすい嫉妬するんだなって」

湊「し、嫉妬ですか!?ボク、嫉妬なんて……」

七海先生「いや何言ってんだ?ガッツリ嫉妬してただろ?」

 

やれやれといった感じで、七海先生はそう告げる。

さっき感じたあの気持ちは――嫉妬?

自分の気持ちを自覚した瞬間、全てが腑に落ちたようにすっと体の中に入ってくる。

 

湊「そっか……嫉妬、か……」

七海先生「自覚なしだったのか?

まあ、それにしても嫉妬、か……お前の彼氏喜びそうだな」

湊「え……?」

七海先生「だってあいつ、飛鳥への愛が溢れてるからさ。嫉妬なんて愛みたいなもんだろ?だったら飛鳥からの愛ならあいつ大喜びしそうだな、と」

 

嫉妬が……愛、か。

先生の言葉が、胸に染み込んでくる。

嫉妬なんて醜い感情だと思ってたけど……ある種、愛の裏返しとも言えるのか。

 

湊「そう……ですか。そう、なんだぁ……えへへ」

七海先生「うぇ、気持ち悪」

湊「ひどいっ!?」

 

嬉しくて声が漏れた瞬間、いきなりいつものトーンでディスられた。

確かに気持ち悪かったかもしれないけど、一応この人先生だよね……?

 

七海先生「まあでも……早くこれ終わらせて、彼氏のところに行かなきゃな。……あたしのせいだけど」

湊「いえいえ、手伝うと決めたのはボクですから。早く終わるように頑張らないと!」

 

そう言って両手で握り拳を作り、気合を入れる。

これを早めに終わらせて、悠さんに会いに行って、それから……。

これから控えていることを意識しながら、ゆっくりと深呼吸をする。

嫉妬心……は恥ずかしいから、せめてこの気持ちだけでも伝えよう。

自分の中で心を決めて、先を行く先生の後を追って1歩ずつ歩き出す。

――ふと、鳥のさえずりに意識を取られ、窓の外に目を向ける。

 

湊「空が、暗い……」

 

雨の訪れを告げる鈍色の雲が、空一面に広がっている。

洗濯物大丈夫かなと思うと同時に、僕の心には謎の不安が染みのように広がっていった。

 

湊「大丈夫……だよね」

 

校門前で待つ大切な人の身を案じながら、先生の後について行く。

悠さんに限って変なことは起きないと思うけれど……何故か凄く嫌な予感がしていた。

 

 

 




というわけでいかがだったでしょうか?
何やら不穏な空気が漂っている上に謎の人物が出てきていましたけど、果たして美結は大丈夫なのか?って感じですね笑
一応次の話で物語が大きく動くと思うので、待っていてください!
というかその前にEXの続き頑張ります!!!

それと、いつも感想ありがとうございます~毎回毎回嬉しいので楽しく読ませていただいてます!
ほんとに原動力になるので、助かります!笑

ということで、ぜひ次の話も読んでいただければと思います!できるだけ早めに出せるように頑張るのでよろしくお願いします笑


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俺を憎むのはお前だけかよ

EX書き終わってからだいぶ経ってしまいました!すみません!
ということで、本編の続きです!
忘れている方も多いと思いますが、前回は美結さんに連れられて寮へ向かう最中に何か不審な影を見かけて……という話でした。そのため、今回は満を持してその人物が登場します!
悠君にとって非常に因縁のある相手なので、楽しみにしていてください!
それでは、今回も読んでいただけると幸いです。


 

 

 

美結「――では次の質問です!」

悠「今度は何だ……!?」

 

新たな質問に身構えながら、寮への道を歩く。

今日は湊さんと会う予定だったのだが、先生の手伝いで遅れるらしく、代わりに皆見さんに連れられて寮へ向かっている……のだが。

 

悠「(いつまで続くんだ……これ?)」

 

困り果てた俺とは対照的に、玩具を前にした猫のような、ニヤリとした笑顔を浮かべる皆見さん。

最初の方は普通に話していたのだが、歩き出してから割と経ったあたりで、いきなり満を持したというような感じで新聞部の企画(お嫁さんにしたいランキングNo.1の湊さんの理想の男性とは!?)というもので質問攻めされたのだ。

まあ、企画自体に申したいこともなくはないけど、それにしても急過ぎて驚いてしまった。

 

美結「ずばり!飛鳥さんとの初キスは?」

悠「はっ……!?そ、それはちょいと深掘りし過ぎじゃないか!?」

 

思った以上に攻めた質問に、思わずツッコミを入れる。

確か前にも同じような質問が飛んできたような……てかさっきまで、前に聞かれた馴れ初めや好きなところの細かいverとかそんなだったのに……。

 

美結「これが前に出したやつが好評でさ〜!第2弾ということでもっと攻めようかと……」

悠「何でそうなる!?てか出てたのかよ前のやつ!」

 

企むような悪い顔で笑う皆見さんにツッコミを入れながら、街路樹の木陰を2人歩く。

まあ、確かに湊さんは学園でも有名人らしいし、彼女に関する新聞なら人気になるのだろう。

……正直、恥ずかしいけど。

 

美結「それで、どうなの? 熱く濃厚なものをしてしまったのかにゃ???」

悠「ばっ、そ、そんな訳ないだろ!? そういうのはもう少し距離感が縮まってからで――ッ!」

 

背後から気配を感じ、美結さんの手を引く。

 

美結「ふぇ?や、八坂さん!?は、恥ずかしい……というか、八坂さんには飛鳥さんという人が――」

悠「静かに……前から来る。5人……いや、それ以上か」

美結「ちょっ、ど、どういうこと?一体何が――え?」

 

皆見さんから素っ頓狂な声が漏れる中、前方からなんだかガラの悪そうな集団がこちらへと向かってくる。

これは……どういうことだ?

 

不良A「……あいつか?」

いつかのナンパ男A「そうです!あいつです……っ!」

 

顔がはっきり認識できる程の距離になり、先頭を歩く2人の会話が聞こえてくる。

あいつは確か、湊さんと出会った時の――

 

不良A「おい、お前」

悠「……俺のことか?」

 

周囲を見ても俺たち以外の人が居らず、仕方なく返事をする。

どう見ても目的は俺……か。

 

不良A「こいつのこと、覚えてるか?」

悠「ああ、しつこくナンパしてたやつだろ?覚えてるよ」

不良A「そう、か……」

 

リーダー格と思わしき人物に連れられ、後ろでウォーミングアップをし始める不良5人。

ナンパ男の方は戦意がないらしく、後ろの方に下がってしまったが……これはまずいな。

 

美結「え?え?これどういうこと?どんな状況?」

悠「……走って逃げてくれ」

美結「……え?」

悠「学園まで、走って逃げてくれ」

 

戸惑う皆見さんに真剣な声色で伝え、避難を促す。

流石に、俺とこいつらの問題に、関係ない皆見さんを巻き込む訳にはいかない。

 

美結「え、でも……それだと、八坂さんが!」

悠「俺は大丈夫……だけど、もし良かったら、学園に戻って先生とか警備員の方とかに知らせてくれないかな?」

 

不良達に聞こえないように、そっと小声で伝える。

 

美結「うぅ……それなら、急いで行ってくるから……無茶だけは、しないでね?」

悠「大丈夫大丈夫、ちょっと話し合いをするだけだからさ」

美結「絶対だから……ね?約束だから……ね?」

悠「……ああ」

 

俺の返事に心配しながらも、すぐに連れてくるからと言って皆見さんは学園へと来た道を走り出した。

良かった……これで、最悪の状況だけは免れた。

 

不良A「ヒュー、彼女は逃がすってか、イケメンだねぇ兄ちゃん」

ナンパ男A「さっきの子……あの子じゃねぇ」

不良B「あ、違うのか?もしかして兄ちゃん、二股かけてんのか?」

悠「そんなんじゃねぇよ、あの子は友達だ」

不良C「友達……ね、手繋いでたけど」

悠「それはお前らが来たからだよ」

 

互いに睨み合いながら、湖面に波紋を広げていくように言葉を投げかける。

皆見さん……大丈夫だよ、な。

先に逃がした友人の身を案じながら、目線を男達の方へと向ける。

まあ流石に今回の狙いは俺だし、皆見さんなら大丈夫だろう。

 

悠「(……さて)」

 

眼前に並ぶ6人の不良達とナンパ男を見据え、呼吸を整える。

おそらく……向こうはやる気だ。

そうでなければ、流石にあの人数をこんな道に連れて来ないだろう。

しかし……それにしても、この人数差か。

あのナンパ男は戦意がないから数に入れないとしても――1対6。

 

悠「(アニメの主人公みたいにイキリながら戦えればいいんだけど……流石に現実的じゃねぇよな)」

 

よくある最強系主人公みたいなものを思い出し、自然と笑みがこぼれる。

あんな感じに出来ればいいのだが、超能力も魔法も異能もないこの世界じゃ、それは難しいだろう。

じゃあ今は……俺のできる最善を尽くすだけだな。

 

不良A「俺は別に恨みとかある訳じゃねぇんだが……メンツってのがあってな」

悠「まあ、そういうことだろうな」

不良D「ナンパでミスってボコられるなんて恥でしかねぇが……一応うちの仲間なんでな」

不良E「ま、あいつも教育しておいたから、おあいこってことでな」

悠「それで"おあいこ"とか……小学校からやり直せよ」

不良F「言われてやんのお前〜!口喧嘩では俺らの負けかな?」

 

軽い口喧嘩をしながら――その時を待つ。

まあ、普通に戦っても、良くて引き分けくらいだし……口喧嘩だけでも勝てただけ十分だな。

 

悠「はぁ……ったく、湊さんにも会えてねぇし、ついてねぇなぁ今日は」

 

ボソリとそう呟き、握り拳に力を込める。

そうして俺は、一気に不良集団の中へと駆け出した。

しかし、そんな状況にあっても、俺の心の中は皆見さんの安否への心配で埋まっていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――走る。走る。

これ以上ないくらいに。

体の限界を出し切るくらいに。

一刻も早く、彼の元へと戻るために。

あたしは……ただひたすらに走り続ける。

 

美結「はぁ、はぁ……八坂さん……っ!」

 

息も絶え絶えで今すぐにでも休みたい体に鞭打って、必死に学園への道を駆け抜ける。

今こうしている間にも、八坂さんはあたしの方に追っ手が来ないように必死に頑張ってくれているのだろう。

それなら、彼の努力を無駄にしてはいけない。

 

美結「"話し合い"、とか……絶対嘘だもん……っ!」

 

彼の言葉を思い出しながら、必死に足を動かす。

あの人達、きっと俗に言う"不良"と呼ばれる人達なんだろうけど……それを前にして、まずあたしの身を守るように動けるなんて……。

私じゃ絶対にできない。というか、この学園の子達じゃ絶対にできないだろう。

 

美結「(八坂さん……)」

 

不良達と相対した時の姿が、ふと頭の中をよぎる。

直前まであたしとふざけながら話していたのに……あの人達が来た瞬間、顔とか雰囲気とかが全部変わっていた。

あたし達の前で見せるような"飛鳥さんの恋人"としての優しい八坂さんではなく、"男"としての八坂さん……。

 

美結「(……ちょっと、かっこよかった……かも)」

 

つい自分の気持ちを自覚してしまい、顔が熱くなっていくのを感じる。

 

美結「(……や、やっぱなしなし!飛鳥さんの恋人だもん!こんなこと思っちゃダメ!)」

 

頭をぶんぶんと振って、浮かんでしまった考えを必死に振り払う。

流石に飛鳥さんもいるのに、そんなこと……。

この気持ちを忘れるためにも、必死に街路樹の影を走り続ける。

 

美結「はぁ、はぁ……見えてきた……っ!」

 

視界の端に、見慣れた校舎が見えてくる。

これで、あとは先生と警備員さんを探すだけだ……!

 

美結「はぁ、はぁ、すみません……っ!」

 

警備員さんに声をかけ、事情を説明する。

そして、その足のまま理事長室に駆け込み、その場にいた西園寺さんにも事情を説明した。

 

風莉「八坂さんが、不良と……?」

 

西園寺さんはそう言うと、少し考えるような素振りを見せてから、急いで他の先生方に指示を出してくれた。

これで……きっと大丈夫だろう。

後は、危険なことが起きてしまう前に、間に合えば……っ!

 

風莉「――皆見さん」

 

突然後ろから呼び止められ、西園寺さんの方を振り向く。

 

美結「はぁ……はぁ……どうしたの……?」

風莉「ありがとう。急いで知らせに来てくれて」

美結「はぁ、はぁ……そういうのは、八坂さんに言ってあげて……!私は、ただ逃げることしかできなかったから……」

風莉「それでも……っ!……ありがとう」

美結「は、恥ずかしいな……っと、とりあえず八坂さんのところに行ってきます!」

 

そう言い残し、校門前で私の案内を待つ警備員さんと体育の先生のところに合流する。

 

美結「(お願い……無事でいて……っ!)」

 

もはや祈りに似た願いを胸に抱きながら、1歩ずつ走り出す。

そうしてあたし達は、八坂さんの待つ場所へと急いで向かうのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
なんといつかのナンパ男復活ですけど、まさかの不良を連れてくるというね笑
前の時は悠君にやられてしまったので人数を増やしての再戦ですが、悠君としても前回みたいな初心者ではなく喧嘩慣れしてそうな方々がなんと6人もいるということで、危機感を感じてますね笑
まあ、この人数差でイキリムーブさせるわけにもいかないので、普通にピンチですが、果たして美結は間に合うのか?
そして、湊という存在を知っていながらも、少しずつ心が揺れ始めている美結さんは、この後どうなってしまうのか?
ぜひ次の話も読んでいただければ幸いです~!

追記
美結の一人称「あたし」なの完全にミスしてました……後で直します
いつも感想ありがとうございます!もう嬉しくて毎回楽しみにしているのですが、返信を考えて少し遅れてしまうのが毎回申し訳ないです……
感想とか頂けると有頂天でクソ喜びますので良ければ気軽に……笑
というわけで、次も頑張ります!


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男の娘が絶対に負けないラブコメ

またもや期間が空いてしまいました!すみません!!!
というわけで、前回の続きです!
前回は美結さんが走って悠くんの待つ場所へと向かう話でしたが、今回はついに悠の元へと無事にたどり着いたということで、
一体悠君はどうなってしまったのか?そして美結さんたちどうなってしまうのか?
ぜひ今回も読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

美結「――八坂さん……っ!」

 

次第に見慣れた人影が見えてきた瞬間、気がつけばあたしは叫んでいた。

あたしを守り、逃がしてくれた恩人は……ボロボロになりながらも3人と戦っており、その場には3人の人間が血を流しながら倒れていた。

 

先生「君たち、何をやってるんですか!」

不良A「……ちっ、おいテメェら引くぞ。そいつら連れてけ」

ナンパ男「は、はいっ!わ、わかりましたっ」

 

先生と警備員の方が、怒鳴りながらその喧嘩を仲裁しに八坂さんたちの元へと駆け寄る。

すると、不良達は分が悪いと判断したようで、後ろの方で隠れていたチャラついた男と共に倒れた仲間を連れてどこかへ行ってしまった。

 

美結「(逃げられたけど、どうにかなった……というか、八坂さんは!?)」

 

血で滲んだ道路に佇む彼の方に、急いで目を向ける。

八坂さんの制服は朱く滲んでおり、その手はおびただしいほどの返り血で真紅に染まっていた。

そして頭から絶えず血を流し、朦朧とした目で不良達が逃げた方向をじっと見つめていた。

 

美結「八坂さんっ!」

 

その姿に耐えられなくなり、八坂さんの元へと駆け寄る。

気がつけば、あたしは彼の胸へと飛び込んでいた。

 

悠「み、皆見さん……!?」

 

自分のせいで汚れてしまった彼を、力いっぱい抱き締める。

 

美結「ごめんなさい……ほんとにごめんなさい……っ」

 

突然のことに驚く彼に、ただただ謝り続ける。

あたしのせいで……こんなことに……っ!

 

悠「謝らないでくれ、皆見さん。元はと言えば俺のせいなんだからさ」

美結「でも……それでも……っ」

悠「だけど、無事でよかったぁ……」

美結「……へ?」

悠「ずっと心配だったんだ、皆見さんに何かあったらどうしようって」

 

心底安心したような表情で、彼はそう告げる。

けれど、あたしを安心させようとするその笑顔の裏で、歯を食いしばって痛みに耐えていることに、あたしはもう……気づいていたんだ。

 

美結「そんな、あたしは……」

悠「ほんとに良かった……」

美結「八坂さん……」

 

肩の荷を下ろしたような、そんな安堵の色を浮かべた表情のまま、彼は何度もそう言い続ける。

自分だって、大変な思いをしていたはずなのに……。

どうして、この人は……。

 

悠「ごめんね、皆見さんにここまでさせちゃって」

美結「そ、そんなの八坂さんに比べれば全然……」

悠「皆見さんが助けに来てくれなかったら、正直やばかったよ」

 

嘘偽りのない誠意に満ちた声でそう言うと、彼は乾いた笑みを浮かべる。

そしてその後、こちらに向き直し、再び真剣な表情になると――

 

悠「ダメだな……俺は。皆見さんに助けてもらうなんて」

美結「そんなこと……っ」

悠「情けないよな……。本当に、ごめん……」

 

悔しさや申し訳なさ、後悔や自嘲の混ざり合ったような重たい声で、彼はあたしに……そっと頭を下げた。

 

美結「……あたし、助けられたんだよ……?」

悠「…………」

美結「そんなこと、言わないでよ……バカ」

 

なんで、この人は……こんなにも、自分を責めてしまうのだろう。

恩人のそんな姿を見ていると、自然と目に熱いものが込み上げてくる。

 

美結「(無理、しないでよ……)」

 

いつかこの人は、壊れてしてしまうんじゃないか……?

気がつけば、そんな考えが……頭の中で警鐘を鳴らしていた。

 

悠「ごめんね、皆見さん」

 

そう言うと、彼は戸惑いの表情を浮かべながらも、あたしの頭に手を伸ばす。

そして一瞬躊躇した後、その汚れた手を拭いてから、安心させるようにとそっと頭を撫でてくれた。

 

美結「もう……っ、自分のことも、心配してよ……っ」

 

八坂さんの温もりと優しさを感じながら、そう言って彼の胸に顔をうずめる。

でも良かった……これで、一安心だ。

緊張していたものが解れ、ほっと胸を撫で下ろす。

とりあえず保健室にでも行って、八坂さんの手当てしてあげないと。

 

美結「これでもう、大丈夫だから……手当てするから、保健室に――」

 

ビシャッ。

 

美結「……ぇ……?」

 

顔に何か暖かい液体がかかる。

赤い紅い緋い朱いあかいアカイ――美しく綺麗な液体が。

 

美結「(……どう、いう……こと……?)」

 

思考停止した頭のまま、意味が分からず彼の顔を見つめる。

 

美結「……ぇ……な、なん……で……?」

 

目の前の光景が信じられず、そんな言葉が自然と零れる。

そこには、困ったような顔で口から血を流す八坂さんの姿があった。

 

美結「ぁ……そ、そんな……いや……いやあああぁぁぁあああぁぁぁ」

 

眼前に広がるこの景色を、一生忘れることは無いだろう。

そう思えるほどの深い絶望が、あたしの視界を暗く深く覆っていた。

 

警備員「どうしたんですか!?」

美結「八坂さんがぁ……八坂さんがぁ……っ!」

 

急いで駆けつけた警備員さんに状況を説明しようとするが、上手く言葉にならない。

どうして、こんな時に……っ!

 

先生「……っ、ここじゃ救急車を呼べないか……とりあえず保健室に連れてくぞ。皆見、手伝ってもらえるか?」

 

焦りの色が混じった先生の言葉に、首を大きく振ってうんうんと頷く。

泣いてもいい、叫んでもいい……でも、そんなのは後だ。

今は……八坂さんを助けないと……っ!

 

悠「……ぁ……皆見……さん……」

美結「八坂さん!?話さなくていいから、お願いだから安静にして……っ!」

悠「ごめ……んな……、こんな……頼りなく、て……」

 

これ以上無理しないでと願うあたしに対して、か細い声で彼は謝罪の言葉を口にする。

こんな状況下にあっても、彼は自分のことを顧みずに、あたしのことを考えている。

そんな彼の優しさが……あたしの胸を強く締め付けていた。

 

悠「この、ことは……湊さん、には……言わないで、欲しい……んだ……」

美結「な、なんで……こういう大事なことは、ちゃんと話さなきゃ――」

悠「心配……かけたく、ないんだ……」

美結「……っ……!」

 

強い意志のこもった言葉に、もはや何も言えなくなる。

 

悠「湊さん、は……家族を失ったトラウマを、乗り越えた……ばかり、なんだ……っ」

美結「それは……」

悠「だから……俺が、こんなことになった……なんて、知ったら……」

美結「――――――」

 

彼の抱く飛鳥さんへの想いが、ひしひしと伝わってくる。

確かに、彼女は誕生会の時に八坂さんのおかげで立ち直ることが出来た。

だからこそ、その自分が彼女のトラウマを再び掘り起こさせるようなことをする訳にはいかないのだろう。

 

悠「西園寺さんも……先生から、聞いて……知ってしまうと、思うんだ……っ」

美結「それは……理事長だからね」

悠「だから、さ……西園寺さんにも、"湊さんに言わないでくれ"って……伝えて、ほしいんだ……っ!」

 

鈍色の雲の隙間から、茜色の光が差し込む。

結局、この人は……最後まで飛鳥さんのことを心配しているんだ。

それもそうだろう。だって、彼は飛鳥さんの"彼氏"なんだから。

 

美結「(はぁ……)」

 

至極当たり前のことを再確認し、彼に気づかれないようにため息をつく。

そんなの、自分でも理解しているし……そもそも、最初から分かってたんだよ。

……でも、さ。

 

美結「(ずるいよ……ずるいよ、そんなの……っ)」

 

胸に抱いたこの感情を何と言うのか……今のあたしにはまだ分からない。

けれどきっと、この"想い"は……本来、あたしなんかが抱いてはいけないものだったんだ。

 

悠「ごめん、な……こんな、頼み事なんか……しちゃって……」

美結「そんなことない!あたしは……あなたに、助けられたんだから……っ!」

悠「そっ、か……」

 

申し訳なさそうに謝る八坂さんに対して、必死に気持ちを伝える。

あたしは……あたしは、まだあなたに……。

何も……返せてないんだよ……っ!

 

悠「君が無事で……本当に、良かっ……た……」

美結「……ぁ……」

 

目を細め、少し満足そうにそう告げた瞬間。

彼の体は、糸の切れた人形のように動かなくなり――

膝をついてから、あたしの胸へと力なく飛び込んでくるのだった。

 

美結「――――――」

 

言葉にならない叫びが、際限なく口から溢れ出す。

――正直もうこの瞬間にも、ショックで倒れそうだった。

けれど、そうしてしまったら、八坂さんはどうなってしまうのか。

ぐちゃぐちゃに掻き乱された思考の中で、最後にそう考えたから……あたしはギリギリのところでどうにか踏み止まった。

 

美結「……っぁ、先生ぇ……早く、八坂さんを……っ!」

 

流れ続ける滂沱の涙を振り払いながら、近くにいる大人に助けを求める。

こういう時に、どうすればいいのか分からない。

何をすればこの人は助かるのか……頭がいっぱいいっぱいで分からない。

そんな自分の現状に、あたしは例えようのないほどの無力感を強く感じていた――。

雲間に射す夕日が、その身を再び闇に包み込まれる中。

街路樹の隣で灯り始めた街灯が、そんなあたしを嘲笑うかのように、ゆっくりと不規則に点滅していた。

 

 

 




はい、ということで、いかがだったでしょうか?
まさかの悠君が……という展開になってしまいましたが、同時についに美結さんの気持ちが見えてきましたね笑
きっと悠君の想いを汲んで湊くんに言わない+風莉への口止めをしてくれるとは思いますが、果たしてそれが良い選択となるのか……
次の話は湊君視点になると思うので、楽しみにしていてください!笑
それでは、また次の話も読んでいただければと思います~!

追記
前回も感想ありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しいです!
また、いつも読んでくださっている方々には本当に頭が上がりません笑
ありがとうございます!!!
……次以降の話なのですが、タイトルにもあるように、完全に負けヒロイン確定コースに美結さんを入れるのが辛いです……笑
この後もしかしたら訪れるかもしれない修羅場とかあったら……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
とりあえず、次はきっと平和?な話だと思うので、楽しみにしていてください!!!
頑張ります!!!


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そして彼はいなくなった

はいまた2週間くらい経ってしまいました!すみません!
ということで前回の続きです!
今回は湊視点と風莉の独白なのですが、風莉さんの心の揺れが非常に書いてて面白いところだったので、少し気を遣ってみました笑
帰ったら悠がいないという状況に陥った湊くんも見どころなので、ぜひ今回も読んでいただければ幸いです!


 

 

 

湊「――悠さんに悪いことしちゃったなぁ……」

 

ボソリとそう呟き、彼とのLINGの画面を眺めながら、校門までの道を1人歩く。

本当なら、今頃悠さんと話が出来ていた……どころか、全て伝え終わっていたはずだったのだが……。

七海先生の手伝いが思った以上に難航した上に、次々とやることが増えてしまって、気がつけば予定よりも1時間ほど長くなってしまっていた。

 

湊「もう少し、早めに連絡出来ればよかったんだけど……」

 

トーク画面に表示されている時間に、えも言われぬ程の申し訳なさを感じる。

実は忙しすぎてなかなか連絡できず、結局今頃になって連絡する羽目になってしまったのだ。

 

湊「(七海先生には、悠さんにもちゃんと謝っておくと言われたけど、でもなぁ……)」

 

珍しく真剣に謝り続ける先生の姿を思い出しながら、門の方へと足を早める。

先生も故意にやった訳じゃないからいいけど……悠さん、怒ってるかなぁ……?

 

女子生徒A「――そういえばさ、ここらへんに救急車来たよね?」

女子生徒B「来た来た!なんか喧嘩があったんだって〜」

 

そんなことを考えていると、前を歩く女子生徒たちの声が聞こえてくる。

喧嘩、か……救急車が来るほどのって、相当だよね?

 

湊「(後で風莉さんに聞いてみようかな……)」

 

救急車が来るほどとなると、流石に理事長である風莉さんの耳にも届いているはずだろう。

じゃあ、詳しいことは後で聞くとして……悠さん、怒ってないかなぁ……?

意識を切り替え、再び彼のことを考えながら、いつもの通学路へと足を早める。

そうして寮に着くまでの間、僕はずっと悠さんへの謝罪の仕方について考え続けていたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

湊「――お、遅くなってごめんなさい!悠さん!怒ってます……よね……?」

 

扉を開け、開口一番にそう言いながら、深々と頭を下げる。

悠さん……どうか、怒ってませんようにっ!

 

柚子「あら?湊さん、どうなさったんですか?」

 

予想外の高い女性の声が聞こえ、咄嗟に顔を上げる。

そこには、首を傾げて僕をじっと見つめる柚子さんの姿があった

 

湊「あれ?柚子さん、悠さんは……?」

 

混乱する頭のまま柚子さんに尋ねながら、辺りを見回す。

しかし、どんなに見ても……どこにも、悠さんの姿が見当たらない。

それどころか、柚子さんと作業をしているはずの美結さんの姿すらも……そこにはなかった。

 

柚子「八坂さん、ですか?残念ながら、今日は見ていませんね……」

湊「そう、ですか……」

 

柚子さんの言葉を聞いた瞬間、自分の声がどんどん沈んでいくのが分かる。

悠さん、どこに行っちゃったんだろう……?

 

湊「あ、ちなみに美結さんは……?」

柚子「美結さんなら、家の用事で帰らなきゃ行けなくなってしまったと連絡があって……だから、今日は1人で作業です……」

 

大変です……と口を尖らせて話す柚子さんを慰めながら、トーク画面を開いたままのスマートフォンを握り締める。

 

柚子「まあ、八坂さんのことは私も先程帰ってきたばかりなので……あ、ひなたさんなら知っているんじゃないですか?」

湊「そうなんですか?じゃあ、ひなたさんに聞いて――」

ひなた「あ、おかえりなさいなのだ!お姉様!」

 

勢いよくドアが開く音と共に、元気な声が聞こえてくる。

声のした方を見ると、軽快な足取りでこちらに近づくひなたさんの姿があった。

 

湊「ひなたさん……!」

ひなた「あれ?お姉様、どうかしたのだ?」

 

僕の顔を見ながら心配そうにするひなたさんに、ざっと状況を説明をする。

これで、ひなたさんが知っていればいいんだけど……。

 

ひなた「ごめんなさいなのだ、お姉様……我輩が帰ってからは見てないのだ……」

湊「あ、謝らないでください!ひなたさんは何も悪くないですから!」

 

泣きそうな顔で謝り続けるひなたさんに対して、もう片方の空いた手で頭をそっと撫でる。

すると彼女は、嬉しそうに頭をこちらに向け、猫のように擦り寄ってきたのだった。

 

湊「(悠さん……)」

 

こういうことをすると、否が応でも彼のことを思い出す。

悠さん……やっぱり、先に帰っちゃったのかな……。

 

湊「(流石に長すぎた……よね……)」

 

自分の行動を反省しながら、窓の外に広がる鈍色の空に目を向ける。

先生を手伝ったことを後悔している訳じゃないけど……それでも、僕から誘っておいて大幅に遅刻するのは、やっぱり自分としてもどうかと思う。

なんで僕、こうなっちゃうんだろうなぁ……。

 

柚子「落ち込まないでください!八坂さんだって、美結さんみたいに何か急用が入ってしまったのかも知れませんよ?」

ひなた「そうなのだ!それに、円卓の騎士だってすぐに連絡しないのが悪いのだ!」

 

落ち込む僕を励まそうと、柚子さんとひなたさんが色々とフォローしてくれる。

今はただ、その事実が……かけがえのないほどに嬉しいものであった。

 

湊「(そう、だよね……うん。きっとそうだ……!)」

 

2人の言葉に感化され、心が落ち着きを取り戻し始める。

そうだ。急用が入って帰らなきゃいけなくなって、それで忙しすぎて連絡できないだけなのかもしれない

悠さんが僕に連絡をしてくれない時なんて、そういう時しかありえない……!

 

湊「柚子さん、ひなたさん、ありがとうございます!ボク、悠さんからの連絡待ってみます!」

柚子「そうですよ!一緒に待ちましょう」

ひなた「我輩も待つのだ!」

 

僕の顔をちらりと見ると、2人はパッと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

やっぱり僕は……本当に、良い友人を持ったんだな……。

――ピコン

 

湊「……あ」

 

LINGの通知音が聞こえると同時に、握り締めたスマートフォンが震え出す。

 

ひなた「円卓の騎士なのだ!?」

柚子「どうなんでしょう?そうだったら嬉しいのですが……」

 

2人の話し声が聞こえる中、縋るような気持ちで急いで画面を開く。

どうか……どうか、悠さんでありますように……!

そうして、震える右手で祈るように画面をスクロールしていくと――

 

悠「"ごめん湊さん!用事ができて早く帰らなきゃ行けなくなっちゃったんだ。何も言わずに先に帰っちゃってごめんね"」

 

悠さんらしい謝罪文と共に、猫が必死に泣きながら謝るスタンプが送られてくる。

そっか……僕が嫌になって帰っちゃったわけじゃなかったんだ……。

そっか……そうだよね……っ!

 

柚子「湊さん、嬉しそう……」

ひなた「やっぱり円卓の騎士からだったのだ……?」

 

2人の少し明るくなった声を背に、胸いっぱいに安堵と喜びの気持ちを噛み締める。

――正直、ショックじゃないと言えば……嘘になる。

けれど、それ以上に……悠さんに嫌われたわけじゃないということが分かっただけで……僕は、それだけで嬉しかったんだ。

 

湊「悠さん、ボクのこと嫌いになったわけじゃなかったんだ……!」

柚子「え、嫌い?どういうことですか……?」

ひなた「円卓の騎士がお姉様を嫌いになることなんてありえないのだ!円卓の騎士はそういう人じゃないのだ!」

 

困惑する柚子さんと猛抗議してくるひなたさんに囲まれながら、手に持つスマートフォンを胸に抱き寄せる。

やっぱり、悠さんは――

 

風莉「ぁ、湊……」

 

突然聞こえた声に驚き、声のした方向へと振り向く。

するとそこには、気まずそうにこちらの様子を窺う風莉さんの姿があった。

 

湊「おかえりなさい、風莉さん!」

風莉「ええ……ただいま」

 

満面の笑みで話す僕達に対して、風莉さんはぎこちない笑みで静かにそう言った。

何か、あったのかな……?

 

湊「あ、救急車のことですか?」

風莉「――――ッ!」

 

僕の言葉に対して過剰に反応し、少し焦りの混じった反応を見せる風莉さん。

けれど、僕達3人にも分かってしまうほど……無慈悲にも、その反応は図星だということを告げていた。

 

風莉「ど、どうして……それを……?」

湊「……?下校中に、目の前にいた人達が話していたので……」

 

話終わる前に、風莉さんはほっと胸を撫で下ろすような反応を見せる。

やっぱり、何かあったんじゃ……?

 

柚子「救急車といえば、今日は学園の近くで事件?が起きたらしいですね」

ひなた「我輩が聞いた限りでは、他校同士の喧嘩らしいのだ!」

 

僕の説明に対して、補足説明をしてくれる2人。

下校中の人達が話しているのを見て薄々勘づいていたけど……やっぱり、凄く広まってるんだなぁ……。

 

風莉「そう、ね……そういうことらしいわ」

 

踏ん切りがつかないといった様子で、彼女は静かに口を開く。

理事長だから他人事ではあるんだけど……それにしても、何か様子がおかしい気がする。

 

湊「あれ、風莉さんの方には連絡いってないんですか?」

風莉「まあ、ええ……そうね……」

 

再び歯切れの悪い返事をしながら、彼女は視線をそっと横に逸らす。

淡く光る頭上の灯りが、彼女の顔に影を落とす。

憂いを帯びたその表情は、酷く疲れているようにも見えた。

 

風莉「先生から連絡があって……色々と、事務的なこともしたわ」

 

少し様子がおかしいけど……事務ってことは、その喧嘩の後処理とかを書類で行っていたのだろう。

そしたら……やっぱり、疲れているのかな。

 

湊「そうなんですか……お疲れ様です、風莉さん」

 

僕の言葉に続いて、柚子さんとひなたさんも労いの言葉を投げかける。

学生として生活しながらも、理事長として仕事をこなす……やっぱり、風莉さんは凄いなぁ……。

 

風莉「そ、そんなことより……私、今日は疲れたから、お風呂に入りたいわ」

湊「でしたら、すぐにお風呂を沸かしてきますね!」

 

労いの気持ちを込めて、急いで風呂場へと向かう。

風莉さんの様子が少しいつもと違うように感じたけど……多分きっと、疲れているだけなのだろう。

そんなことより、早くお疲れの自分の主人に、お風呂を提供してあげないと!

 

湊「(それに……)」

 

今日は悠さんとの予定が合わなくて伝えられなかったけど……早く、悠さんにこの気持ちを伝えないと……!

そのためにはやっぱり、ちゃんと伝える練習をしなきゃ。

 

湊「(よしっ!お風呂掃除しながら練習するぞ〜!)」

 

ガッツポーズを作りながら扉を開け、木質感溢れるお風呂を丁寧に洗い始める。

そうして僕は、みんなに声が聞こえてしまわないように、小さな声で本番練習をするのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

風莉「はぁ〜……」

 

お湯がいっぱいに張られた湯船に浸かり、1人ため息をつく。

今日は――本当に、色々なことがあった。

 

風莉「八坂さん……」

 

ぼそり……と彼の名を口にする。

 

風莉「(彼のこと……やっぱり、湊に伝えるべきなのでは――いえ)」

 

ふと、皆見さんから伝えられたことを思い出し、頭をぶんぶんと振って弱気な思考を振り払う。

実は今日、理事長室で書類整理をしている際に、学園の外で救急車が呼ばれるほどの喧嘩が起きて、その1人に八坂さんがいたことを警備員の方と先生から伝えられて知ったのだ。

そして、救急車で運ばれた人が彼だということも――。

 

風莉「なんで、こんなことに……」

 

私は急いでその事実を、職員室で七海先生と作業をしている湊に伝えようとした。

しかし、その行動は……皆見さんによって未然に防がれてしまったのだ。

 

風莉「皆見さん……私も、そうすべきなのかしら……?」

 

理事長室へと必死に止めに来た彼女の姿を思い出す。

疑問を呈する私に対して、皆見さんは彼の意志を守ろうと強く説得してくれた。

――けれど。

そう話す彼女の表情は……罪悪感と後悔で押し潰されそうな、そんな苦しそうなものであった。

 

風莉「でも……でも……っ」

 

私は、見てしまったんだ。

玄関から見えた――湊の顔を。

笑顔の中に一瞬垣間見えた――弱々しいその姿を。

 

風莉「(……私が望むものは……湊の幸せなのよ……?)」

 

鼻の辺りまで湯船に浸かりながら、自分の最終目的を改めて確認する。

けれど、八坂さんの言う通り、このことを湊に話したら……"家族を失うかもしれない"というトラウマが掘り起こされてしまうかもしれない。

もしそうなってしまったら……私はきっと……耐えられない。

 

風莉「(それなら、私は……)」

 

湯船から右手を出し、水面に何重もの波を作りながら、ぎゅっと握り拳を作る。

それに、私は……。

 

風莉「(そこまでしてくれた八坂さんや皆見さんを、裏切る訳にはいかないわ……)」

 

決意を固め、湯船からそっと立ち上がる。

正直、何が正しい選択なのか……私には分からない。

けれど……湊の幸せを共に願い続ける彼が、そうしようと努力しているのだもの。

少なくとも、私がその意志を汲んであげないと……!

そうして私は――揺らぎ、迷いながらも……この現状のまま居続けることを決めたのだった。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
実は今回、「湊の幸せを願うのならどちらが正解なのかと悩む風莉さん」の部分が、量は少ないながらもメインだったりします笑
原作においても風莉さんはこの行動原理で動くので、そこを再現するとどういう行動になるのかなあと考えまくった結果、めっちゃ時間がかかりましたけど、頑張ったのでそこに注目してもらえると……笑
次回は出来たら今回よりも早めに出したいですけど……できるだけ頑張ります!
というわけで、また次の話も読んでいただければと思います!

追記
感想ありがとうございます!毎度毎度嬉しいです!
前々回辺りから美結編に入りましたが、これからが正直書いていて一番辛い時期になってくるので、覚悟して書いていきます。
とりあえず次回の話が嵐の前の静けさみたいな感じになるので、とりあえず安心して待っていてください!笑


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彼女になれないあたしはしぶしぶ傍観を決意しました。

思ってたよりも早めに書き終わりました~!
ということで、前回の続きです!
今回は湊くん視点と美結さん視点なのですが……美結ちゃんに結構ガッツリとした心理描写とその他諸々を施したので、人によってはメンタルにダメージがあるかもしれません笑
正直、自分でダメージを受けつつ結構頑張って書いたので、今回も読んでいただけると幸いです笑


 

 

 

あれから……2週間もの月日が経った。

悠さんと会えずにいたあの日以降、僕は自分の気持ちに整理をつけて、再び悠さんに会おうと思っていた……のだが。

逸る心臓を押さえつけ、必死に想いを込めてかけた電話は……"定期テストの期間になってしまった"ということで、断られてしまったのだ。

まあ、成績のこともあるし、それは確かに仕方ないことなんだけど……。

 

湊「(それでも……やっぱり会いたいよ……)」

 

毎日"会いたい"とLINGで連絡しても、"成績が……"ということで断られてしまう。

そんな日々が、2週間近く続いている。

つまり……もう2週間も、悠さんと会えていないのだ。

正直な話、ここまで断られてしまうと……悠さんに嫌われたのではないかと疑ってしまうことも多々"あった"。

まあ、普通に考えれば、そう思ってしまってもおかしくはないだろう。

けれど――

 

湊「悠さん、どのくらい進みました?」

悠「あー……今回はまずいかも」

 

電話越しに聞こえる声に、自然と笑みが零れる。

テスト期間だから、"会うこと"はできない。

しかし、電話で話すことくらいはできる。

……ということで、あれから数日経ってから……僕達は毎晩のように、日付が変わるまで電話しているのだ。

 

湊「もうっ!ここで落としたら補習になっちゃいますよ!」

悠「"確かに……!補習になったら湊さんに会えなくなっちまうよ……"」

 

"頑張らないと"と笑いながら話す悠さんに対して、電話越しに応援する。

どうやら、悠さんも僕に会いたいと思ってくれているらしく、こうして毎日嫌がらずに電話に応じてくれているのだ。

それが、僕にとっては凄く幸せなのだが……時々、少し心配になったりする。

 

湊「あの……悠さん」

悠「"ん?どうしたの、湊さん?"」

湊「こうやって、毎日ボクと電話してくれてますけど……大丈夫、なんですか?」

 

一瞬、息を呑む音が聞こえると共に、辺りに静寂が訪れる。

 

悠「あ、ああ。大丈夫だよ?」

湊「……本当、ですか?」

悠「ま、まあ……テスト期間ということを除けば……かな?」

湊「それって、ダメじゃないですか!?」

 

画面に向かって思わずツッコミを入れる。

……なんか、さっきの様子はこういうのとは違う感じだったんだけど……なんというか、はぐらかされてる気がする。

 

悠「でも、俺だって湊さんと話したいし……」

湊「それは……っ、ボクも分かりますけど……」

悠「ほら、な?じゃあ大丈夫だろ?」

湊「それは、そうなんですけど……うぅ、上手く言いくるめられた気がします……」

 

あははという悠さんの笑い声につられ、自然と口元が緩む。

僕と話したい、か……えへへ。

 

湊「あ、そう言えば悠さん!」

悠「ん?どしたん?」

湊「テストが終わったら、その……どこかに、遊びに行きませんか?」

 

言おう言おうと思っていたことを思い出し、少し緊張しながらも悠さんに提案してみる。

実は、ここ最近はずっとその事について考えていたのだ。

 

悠「……て、テスト後かぁ……多分大丈夫だと思うんだけど……」

湊「あ、あの……予定とか、入っちゃってるんですか……?」

 

悠さんの反応を聞きながら、自分の声が暗く落ち込んでいくのがわかる。

そっか……悠さん、友達多いもんね。

予定とか……たくさん埋まってるよね。

仕方がないと頭では理解しているものの、気持ちが次第に沈んでいく。

そっか……そう、だよね……。

 

悠「いや、大丈夫だよ。ただ、その……あっ、テスト直後とかはほら、疲れ切っちゃってるわけだし?ね?」

湊「……え?あ、確かに、翌日とかだと辛いですね……」

悠「だ、だから……少し空けてからだと、ありがたいなぁ……なんて」

 

こちらの反応を窺うような話し方と声色で、至極当然のことを提案してくる。

悠さん……予定が埋まっちゃってるわけじゃないんだ……!

 

湊「そうですね!それなら、少し経ってから遊びましょうか!」

悠「おう!そうと決まれば、どこに行くか決めないと……!ショッピングか?それとも遊園地か?シンプルに公園もいいな〜」

 

先程までの僕以上に声を弾ませながら、悠さんは行き先を考えてくれている。

まあ、いつもこういう時になると、悠さんが場所を決めてくれているのだけど……。

僕が……ずっと、考えていたのは……。

 

湊「あの、悠さん」

悠「ん?……あ、公園は嫌だった?」

湊「いえっ、そういうわけじゃないんですけど……その……」

 

盛り上がっているところで申し訳ないと思い、少し言葉を詰まらせながらも、その言葉の続きを述べる。

 

湊「今回は、その……2人で、決めませんか?」

悠「え?あ、いいけど――って、まさかっ!?俺の案じゃ、湊さんを満足させられなかったということか……!?」

湊「違います!もうっ!」

 

ふざけてるのか本気なのか分からないような口調で、悠さんは電話越しに驚くような様子を見せる。

まあ、多分この人の事だから本気なんだろうけど……。

 

湊「その……一緒にどこに行くのか話し合ったら、楽しそうだなって……」

 

自分で言っておきながら段々と恥ずかしくなってきて、最後の方は最早聞こえたのかどうか分からないほどの声量になっていた。

 

悠「ご、ごめん……!そんなことも、分からないで……」

湊「そ、そんなに謝らなくても……!」

悠「よしっ!決めよう!毎日話し合おう!こうなったら1日5時間くらい話そう!」

湊「それは多すぎですっ!もうっ、悠さんってば……!」

 

そんな他愛のない話をしながら、互いに電話越しに笑い合う。

 

湊「(今は会えなくて辛いけど……こういうのもたまにはいいかも)」

 

心に空いた穴が確かに埋まっていくのを感じながら、行き先決めの話を続ける。

そうして、勉強することも、今週テストだということも忘れ……刻々と夜は更けていくのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

下校のチャイムと共に急いで学校から飛び出し、次第に通い慣れてきた道を通って"目的地"へと向かう。

道の途中にあるスーパーで"彼"が好きそうな飲み物や食べ物を買って、そのまま"彼の家"へと走り出す。

――ここまで来れば、もうすぐだ。

新しくはないが決して古くもない……そんな暮らしやすそうなアパートの階段を駆け上り、2階の端の部屋の鍵を開ける――

 

美結「ただいま、"悠さん"」

悠「おかえり〜……って、"美結さん"!ここ俺の部屋だけどね!?」

 

あはは、と笑いながら買ってきたものを冷蔵庫に入れ、飲み物を持って彼が座るベッドへと向かう。

 

美結「はい、口開けて〜」

悠「だ、大丈夫だからっ!もう左手は動くようになったから!」

 

嫌がる彼に構わず口元にペットボトルを運び、ゆっくりとスポーツドリンクを飲ませる。

そう、これがあたし――皆見美結の毎日の仕事であり日課であり……彼へのせめてもの罪滅ぼしであった。

 

美結「え〜最初の頃は、あたしが飲ませてたのに〜!あんなに可愛かったのにー!」

悠「可愛くはないよ!?まあ、あの時は助かったけどさ……」

 

そう言いながら、悠さんは口を尖らせ、あたしと反対の方向を向きながら感謝の言葉を述べる。

こういう素直に話してくれる所が、彼の取り柄なのだろう。

こうして、もう何日も通っていると……自然とそういう所が見えてくる。

 

美結「(やっぱり、慣れてきたんだなぁ……あたしも)」

 

今はこうしてふざけ合うことも出来るが、最初の頃は――本当に酷い状態であった。

あの後救急車に運ばれた彼は、一瞬目を覚まして最後の力を振り絞って誰かにLINGを送っていたが、その後電池の切れたロボットのように動かなくなり、そのまま数日間入院していた。

病院まで付き添ったあたしは、その状態を医者から聞くことが出来たのだけど……全身にかけて打撲が多く、右腕や肋骨に関してはヒビが入っているが命に別状はない……という喜んでいいのかどうか分からないものであった。

そうして、罪悪感と感謝と後悔の気持ちがぐちゃぐちゃになって、病室で泣きじゃくるあたしを慰めてくれたのは……痛みを堪えながら、必死に笑顔を作ろうとする悠さんであった。

その姿を見て、あたしは彼の体が元に戻るまで身の回りの世話をしようと決意し、病院でもアパートに戻ってからも、こうやって世話をしているのだ。

 

悠「それにしても、"身の回りの世話は任せて!"って言われた時は驚いたな」

美結「最初とか、反対してたもんね〜」

 

一命は取り留めたものの、包帯を余儀なくされる生活の彼を放っておけず、家に戻っても手伝わせてと言ったのだが……最初の頃は断られてしまった。

 

美結「(……まあ、結局1人じゃ何も出来なかったから、あたしが世話することになったんだけど)」

 

その時のことを思い出しながら、自然と頬が緩む。

そうして迎えた2人での生活は……初めてのことばかりで大変だったけど、とても有意義なものであった。

料理を作るために味の好みを知るところから始まり、悠さんの趣味や普段行っていること、普段見ている番組、毎日のスケジュール、好きな本や漫画……そんな、彼に関する色々なことを知った。

そして、その都度出てくるあたしとの共通点に驚き、そして喜びながら2人の……2人だけの時間を過ごしたのだった。

 

美結「"悠さん"さ〜、1人で大丈夫って言ったそばからダメだったもんね」

悠「ぐぬぬ……まあ、"美結さん"の言う通りなんだけどさ……悔しい!」

 

そんな、あたしたちの過ごした日々の……最たる証がこの名前呼びだと思う。

これは、"ずっといてくれているのに、苗字呼びのままじゃなんか嫌だ"という悠さんの提案によるもので、その日以降互いに名前で呼び合うようになったのだ。

 

悠「からかってくるのはなんか嫌だけど……うん。本当にありがとう……美結さん」

美結「へっ?あ、いや、その……あ、あたしってば弟とかいるし!せ、世話とか得意だからね、あはは……」

 

ニヤけて赤くなってくる頬を隠すように、悠さんから視線を逸らす。

もう……自分でもわかっている。

こんなに一緒に過ごすと、嫌でもわかっちゃうんだ。

 

悠「美結さん?大丈夫?」

美結「あ、だ、大丈夫だよ!そ、それより!今日は何が食べたい?簡単なもので良ければ作るよ」

 

バレバレなくらい強引に話題を逸らし、その隙に緩んだ表情を引き締める。

 

悠「まあ、平気ならいいけどさ……。そうだなぁ……ハンバーグとか食べたいな〜なんて」

美結「ハンバーグね〜、おっけ〜!任せて!」

 

あたしの機嫌がいい時は、たまにこうやってあたしが料理を作っている。

流石に普段から料理を作っている悠さんには及ばないが、あたしだって全く出来ないわけじゃない。

それに、ハンバーグなら弟に作ったこともあるし、食材も揃ってるから……今日は大丈夫だろう。

 

美結「じゃあ、すぐに作るから、ちょっと待っててね〜!」

悠「あ、ゆっくりでいいからね?俺のことは気にしないで」

 

そんないつも通りの会話をしながら――少し重たい足取りで台所へと向かう。

あたしは今、こうして幸せに日々を過ごしている。

しかしそれは……本来"彼女"が得るべきものを奪い取った上で成り立っている。

 

美結「(ほんっと、最低だな……あたし)」

 

彼女への罪悪感から来る胸の痛みを必死に堪え、自分の決心を曲げないようにと最後の最後で踏み止まる。

――最初は、彼女のためだった。

悠さんの言う通り、あたしも伝えるべきじゃないと思った。

だからこそ、こうしてあたしがここにいるのだ。

――けれど。

ある時……気付いてしまったんだ。

あたしの胸に抱くこの気持ちが――"恋"だということに。

 

美結「(許されるはず……ないよね)」

 

思えば……最初から気付いていたのかもしれない。

けれど……いや、だからこそ……この気持ちを抑えて、胸の奥にしまい込もうとしていたのだろう。

……だけど。そんなこと、不可能だったんだ。

"恋心"って、そんなに簡単なものじゃなかったんだよ。

 

美結「(ごめんね、飛鳥さん……でもね。……あたしの、初恋なの)」

 

ここにはいない……本来、あたしの代わりを務めるはずの人に向けて、心の中で誠心誠意謝罪の言葉を述べる。

――あたしがどんなに諦めようとしても。

――この心を、消し去ろうとしても。

それでも……彼の笑顔を見るだけで、あたしは……。

 

美結「(だから……だからせめて、今だけは……)」

 

絞り出すように、胸に秘めた願いを告げる。

 

美結「(……このままで、いさせて)」

 

そうして零れ落ちた願いが、誰の元へと届くことも無く、泡沫のように消えていく。

この気持ちが抑えられないのなら……せめて誰にも言わずに、自分だけの秘密にしておこう。

あたしが……"悠さんのことが好き"だってことは。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
自分的には、湊と悠がすれ違いながらも、今まで築いてきた信頼関係を見せつけてくるこの感じが書いていて楽しかったです笑
……とまあ、ふざけるのもここまでにしておいて……。
美結ちゃんの独白……皆さんは耐えられましたか?
書いた本人が言うのもなんですが、この“叶わない恋”という感じと、それを理解しつつもそれでも諦めきれず、“自身の秘めたる想い”を忘れることができない美結ちゃんが辛かったです……。
とまあ、今回は思いっきり重たい話になっていますが、次以降も……というか美結編は軒並み重たいので、楽しみにしていてください笑

追記
感想ありがとうございます!もうめちゃくちゃ嬉しいです笑
やはりこうして感想をいただけると励みになります!
さて、次の話についてですが、ついに悠君視点の話になります!
投稿時期に関しては自分の頑張り次第なので、できる限り早く仕上げたいと思います!
長くなり過ぎたので、今回はここまで!
また次の話も読んでいただければと思います笑


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友達の彼だけど愛さえあれば関係ないよねっ

今回も思ったよりも早く出せました~!前回の続きです!
前回は美結ちゃんの切ない願いで今後の展開に少し嫌な予感がして終わるという感じでしたが、今回は悠君視点です!
美結ちゃんとの生活を悠自身はどう考えているのか?
そして、その気持ちに気づいているのか?
そのあたりを注目しながら、今週も読んでいただけると幸いです!


※悠くんと湊くんはまだ偽りの恋人関係であり、湊くんの心が悠くんにだんだん向いてきていることに悠くんは気づいていないことを忘れないように!(作者は半分忘れてた笑)


悠「――あー……飽きたぁ……」

 

誰もいない1人だけの部屋で、ため息と共にボソリとそう呟く。

しかし、そんな俺の声も……無駄に広く感じる空間の中で霞のように消えていった。

やはり、何も出来ないとなると……非常に退屈だ。

いや、実際には美結さんのおかげで身体もだいぶ調子を取り戻してきたし、打撲に関しては順調に回復してきたのだが……。

如何せん、利き腕である右腕と肋骨はまだヒビが入ったままであり、日常生活に支障が出まくっているのだ。

そのため、動画サイトで1日中適当に動画を見ているのだが……こんなに見ていると、流石に飽きてくる。

 

悠「美結さん……まだかなぁ……」

 

つい、いつものように美結さんの名を口にする。

というのも、彼女には学校が終わった後や休日に世話をしてもらっているのだが、同時に良き話し相手にもなってもらっているのだ。

だから、彼女がいる間は退屈することは無いのだが……。

 

悠「まあ、今日は学校だし……仕方ないよな」

 

再びため息をつきながら、ベッドの上で横になる。

しかし、散々こう言ってきたが、本当は自分としては湊さんと話したい……というか、もうずっと会いたいと思っている。

けれど、もし会ってしまうと、この姿が湊さんにバレてしまう可能性がある。

だからこそ、電話だけで済ませているのだが……それでも、電話をし過ぎると湊さんにも迷惑だから、あまり積極的にかけるわけにはいかないのだ。

 

悠「仕方ない。合鍵は預けてあるし、寝て待つか……」

 

スマホをベッドの脇に置き、ゆっくりと目を閉じる。

そうして、意識を深い闇の中へと委ねようとしている――と。

ガチャリ、と急ぐようにして鍵を開ける音が聞こえる。

 

美結「――ごめんなさい!色々あって遅くなっちゃった!!!」

 

太陽のように明るく元気な声と共に、彼女は持ち前の無邪気な笑顔で入ってきた。

救世主が……来た……!

 

悠「おかえり〜、美結さ〜ん!」

美結「悠さんただいま〜!退屈だった?」

悠「ば、バレてる……!?」

美結「あはは……まあ、顔を見ればわかるって!」

 

軽い口調でそう言うと、彼女はいつものように満面の笑みでこちらを見てくる。

俺、そんな退屈そうな顔してたのか……。

せっかく来てくれたのに、そんな顔で出迎えてしまって申し訳ないな。

 

美結「やっぱり、悠さんには可愛い可愛い美結ちゃんが必要なのかな〜???」

悠「うぐっ……まあ、否定はしないけど」

美結「か、可愛いは否定してもいいんだよ!?」

悠「……ん?何で?」

 

自分で言い出したはずなのに、俺でも分かるくらいに顔を真っ赤にして慌て始める美結さん。

まあ、こういう所が可愛いんだけど……流石にこれ以上は言わないでおこう。

 

美結「いや、ほら……調子に乗るなーとか、可愛くないだろーとか、言っていいんだよって……」

悠「あー……まあ、調子に乗るなよとは思わなくもないけど……そういう場を盛り上げようとするのは美結さんの良い所だし……」

 

あははと苦笑いしながら謙遜する彼女に対し、俺の抱く率直な気持ちを伝える。

 

悠「それに、美結さんが可愛いのは本当のことだからな?」

美結「………〜〜〜ッッ!」

 

そうして伝えたかったことを話した瞬間、彼女はプルプルと震えながらそっぽを向いてしまった。

何か怒らせるようなことでも言っちゃったかな……?

 

美結「そ、そういう所だよ……悠さん!」

悠「え、何が!?俺はただ、事実を述べただけ――」

美結「ほらまたそう言うんだからぁ〜〜〜っ!!」

 

俺の言葉を遮るようにそう叫ぶと、美結さんは再び震えながら両手で顔を隠してしまった。

うちの妹達や湊さんで耐性がついていたはずなのに……女心って、難しいんだなぁ……。

 

美結「……でも……嬉しいな……」

悠「……ん?ごめん、一瞬聞き取れなかったんだけど、もう1回言ってもらっていい?」

美結「いーやーでーすー!」

悠「何でさ!?」

 

頬を膨らませながら、わざとらしく拒絶してくる美結さん。

その姿もまた可愛いと思いながらも、これ以上はダメだと思い口に出すことは自重した。

 

美結「……そ、それでさ!悠さん今日は何してたの?」

 

いきなりすぎる話題転換に驚きながらも、彼女の気持ちを思いやって喉まで出かかった言葉をそのまま飲み込む。

いや、誤魔化し方下手くそか!?

 

悠「あー……動画見てた、かな」

美結「ん〜?エッチなやつとか?」

悠「っ、んなわけ……!」

 

突然の奇襲に驚き、少し言葉に詰まる。

 

悠「(さっきの仕返しか……!!!)」

 

直感的にそう思い、彼女の顔に目を向ける。

しかし――

俺の姿を見てニヤついているはずの彼女は……ニヤけた顔が不自然になり、次第に絵具を垂らしたように赤くなっていった。

 

美結「あ、その……た、溜まってる……ってことだよね」

悠「…………」

美結「そう、だよね……。確かに、 彼氏持ちの友達も"男は3日も我慢したら爆発する"って言ってたし……」

悠「……いや、物騒すぎない!?」

 

一瞬停止していた思考を動かし、ワンテンポ遅れてツッコミを入れる。

まあ、辛いなぁとは思うけど……爆発はしないよ!?

というか、このしおらしい女性は誰だ……!?

 

美結「その身体じゃ、その……できない……もんね」

悠「そ、それは……」

 

顔を下に向けてそう言いながら、彼女はそっと身を乗り出す。

なんか話が変な方向に向かっている気がするんだが……?

 

美結「それなら、あたしが……」

悠「……え?」

 

――瞬間

彼女はプルプルと震えながら、ゆっくりと顔を上げ……熱を帯びた瞳でこちらを覗いてきた。

 

悠「(……っ!)」

 

目の前に、耳の付け根まで真っ赤にした彼女の姿が映る。

一瞬信じられないような言葉が聞こえた気がして、思わず聞き返してしまった。

 

美結「〜〜〜っ!?な、何でもない何でもないよ!」

 

俺の声が聞こえた瞬間、彼女は目をグルグルさせながらさらに顔を紅潮させる。

どう見ても……テンパってるよな……?

 

美結「あたし……なんてことを……」

 

悶絶という言葉が似合う程に、美結さんは俺の隣で頭を抱えながらのたうち回る。

 

悠「あー……何かわかんないけど、俺の事を思って言ってくれたんだよね、ありがとう」

美結「……っ……」

 

彼女を安心させるように、分かっていない"フリ"をする。

本当は……彼女が何をしようとしていたのか、分かっているんだ。

けれど、それを彼女の口から聞いてしまったら……俺達のこの関係は崩れてしまい、元のままという訳にはいかなくなる。

彼女もそれがわかっているから、最後まで言わずに思いとどまったのだろう。

 

美結「そんな……ことは……」

悠「そういやほんと、考えれば美結さんに助けられてばっかだな」

 

話を逸らすついでに……改めて、今の状況を再確認する。

思えば……あの日以来、俺は美結さんに支えられて生きている。

 

悠「毎日こうして来てくれて、世話してくれて、話し相手にもなってくれて……」

美結「…………」

悠「自分の用事だってあるはずなのに、俺のことを優先してくれて……」

 

……そうだ。彼女だって、自分の都合もあるだろう。

それなのに、美結さんは自分のことも顧みずに、俺の事ばかり優先していて。

 

悠「美結さんが、罪悪感から手伝ってくれてるのはわかってるさ。でも、だからこそ……感謝してもしきれないよ」

美結「悠さん……」

 

その理由は、偏に俺への感謝や罪悪感から来るものなのだろう。

確かに、状況だけ見れば、彼女が俺にそういう気持ちを抱くことも間違ってはいないのかもしれない。

けれど、元はと言えば……俺が悪いのだ。

俺が彼女を巻き込まなければ……こんなことにはならなかっただろう。

だけど彼女は、それを承知した上で、俺を支えようとしてくれている。

自分を助けてくれた恩人……として。

 

悠「(そんな大層なもんじゃないんだけどな)」

 

そう思いながらも、俺はこうして、その厚意に甘えてしまっている。

でも、だからこそ……俺は彼女に対して感謝し続けたいのだ。

 

美結「そう言ってくれると、あたしも嬉しいな」

悠「美結さん……」

美結「――でも、ね」

 

そう言うと、彼女はふわっと笑い、そっと顔の前で人差し指を立てる。

 

美結「1つだけ、間違えてるよ」

悠「……え?」

美結「あたしが悠さんとこうして過ごしているのは……確かに、最初は罪悪感から来たものだったんだと思う」

 

そう話しながら、美結さんはどこか懐かしむように、ここではないどこかを見つめる。

 

美結「……でもね。今は、悠さんと過ごすこの生活が楽しくて……"自分の意思で"ここにいるの」

 

そう言うと同時に、彼女は正面からこちらを向き、俺の目をしっかりと見据える。

 

美結「だから……ね。あたしこそ、感謝すべきなの」

悠「そんな、こと……」

美結「悠さん。あたしなんかと一緒にいてくれて、ありがとう……!」

 

感謝の言葉を述べると共に、美結さんは深々と頭を下げる。

どうやら、日頃の感謝を伝えるつもりが、逆に感謝されることになってしまったらしい。

……まったく。

 

悠「まさか、感謝の気持ちをそのまま返されるとはな」

美結「まあ、互いにそういう気持ちを抱いてたからね〜」

 

互いに顔を見合わせて、2人揃って心の底から笑い合う。

なんというか……こういうのも、悪くないな。

 

美結「よし!今日はパーティーでもやろっか!」

悠「いきなり!?」

美結「うん!……2人の気持ちが、通じ合った記念に」

 

何かを噛み締めるように目を閉じながらそう言うと、彼女は腕まくりをして力一杯にガッわツポーズをする。

なんか語弊があるように思えるが……あながち間違ってないからいいのか?

 

美結「よし!夕飯頑張っちゃうぞ〜!」

悠「俺も何か手伝えることがあれば……」

美結「悠さんはいいの!しっかり休んで治して!」

 

今日も懲りずに手伝おうとするも、やはりいつものように止められてしまった。

もうこのやり取りも数え切れないほどやった気がするが……それでも俺は、何もしない訳には……!

 

悠「でも、俺だって……!」

美結「……じゃあ、さ。代わりと言ってはなんだけど……あたしの頼み、聞いてくれない?」

 

そう言うと彼女は、期待半分不安半分といった表情でこちらを見てくる。

 

悠「……まあ、美結さんがそう言うなら……」

美結「よしっ!じゃ、じゃあさ……ゆ、悠さんが元気になったら……その……あ、あたしとっ!……い、一緒に、お出かけしてくれない……?」

悠「あ、そんなのでいいの?全然大丈夫だけど……」

 

緊張がこちらにも伝わってくる程のオーラで真剣に尋ねてくる彼女に対して、対極的なくらいに軽い気持ちで返してしまった。

なんだろう……思ったよりもハードルの低い代替案に、肩透かしをくらったような気分になってしまった、というやつかもしれない。

……というかこれくらい、こういう時に頼まなくても、いつでも俺が――

 

美結「あの、その……ふ、2人きり……で」

悠「…………え?」

 

自分でも分かるくらい、素っ頓狂な声を出してしまったかもしれない。

でも、それほどまでに、彼女が勇気を持って絞り出した言葉は……俺の思考を止めるのに十分なものであった。

 

美結「……あ、や、やっぱなしっ!いきなりそんなこと言われても嫌だよね?」

悠「…………」

美結「あはは……あたし何言ってるんだろ?じゃあ、他に何か――」

悠「いいよ」

美結「……え?」

 

悟られないようにと必死に笑って誤魔化そうとする彼女に対して、たった3文字の……されど、とても大きな意味を持つ言葉をそっと述べる。

 

悠「これが治ったら、2人で出かけようか」

美結「悠、さん……」

 

信じられないといったような表情で、こちらを見つめる美結さん。

すると、彼女の悲しみを隠す仮面の笑顔は、次第に崩れ始め――

 

美結「いい、の……?」

悠「ああ、他でもない恩人の頼みだ。それくらい、大丈夫だよ」

美結「そっか……そっかぁ……えへへ」

 

そうして理由を伝えると同時に、彼女はいつものような……いや、いつも以上の無邪気な笑みを浮かべた。

――これは、湊さんへの裏切りだ。

――やっては、いけないことなんだ。

そんな気持ちが、自分の中でせめぎ合っている。

しかし、それで断ってしまったら……美結さんは、きっと悲しむだろう。

 

悠「(でも、俺は……恩人を悲しませることだけは、したくないっ)」

 

これは――先延ばしだ。

俺の気持ちは、湊さんに向いている。

それは、どんなことがあっても……覆されることはない。

だから俺は……その日に、彼女を悲しませることになる。

 

悠「(結局、先延ばしにしたって……意味なんてないのにな……)」

 

――きっといつか、バチが当たると思う。

けれど……色々思うこともあるけど、やっぱり美結さんは笑顔じゃなきゃな。

だから俺は……これでいいんだ。

 

美結「うん……!じゃあ、お願いします!」

悠「……ああ。治ったら行こうな」

美結「……よし!今日はもっと頑張っちゃおうかな!」

悠「おっ!楽しみ……だけど、無理しないでね」

美結「うん!皆見美結、精一杯頑張ります!」

 

そう言うと、彼女は目じりに溜まった涙を拭いつつ、ガッツポーズで気合いを入れる。

そうしてエプロン姿の美少女は、ぱたぱたと台所へと駆けていくのであった。

……この日、俺が軽く引くほど豪勢な食事となったのは、この期に及んでは言うまでもないだろう。

 

 

 




【補足】
今回の悠君の件ですが……"恩人である美結さんを悲しませないように"という善意から動いているので、異常にタチが悪いです!
いっそのこと"美結さんを好きになった"とかなら良かったんですけどねぇ〜(良くない)
これで湊LOVE状態のままと言うのがヤバい……


さて、いかがだったでしょうか?
自分としては、このシーン書きながらすごくメンタルえぐれてました笑
美結ちゃん辛いし悠君お前……笑
ということでまあ、言わずもがな、やばいであろうシーンは湊くん視点なのですが、次……はギリギリそこに入らないかもしれないです。
多分次に妹達が見舞いに来るシーンを入れてから湊くんに行くと思うので楽しみにしていてください(血涙)

追記
感想ありがとうございます!超絶嬉しいですね笑
まあそんな中で次の次にメンタルブレイク回をしようとしているのは自分でもどうかと思うのですが笑
自分の作品を毎週ここまで多くの方が見てくださることに感謝しかありません!ありがとうございます!!!
次も頑張りますので、次回も読んでいただければと思います~!


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兄よ聞いてくれ

遅くなりました!前回の続きです!!!
前回は悠が美結さんからの誘いを承諾するというところで終わり、悠君と湊くんがどんどん離れていく感じになっちゃっていましたが……
今回は、久しぶりの妹回です!!
兄ラブの妹たちが今の悠の怪我を見てどう反応するのか?
そして美結さんとのことについてどういう言葉をかけてくれるのか?
今回も読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

真白「――お兄ちゃぁぁぁぁぁん!死なないでぇぇぇぇぇ!」

優依「お兄が怪我……どうしよう……!?」

 

いつもと変わらない安息の地である部屋の中で、一際大きな2人の泣き声が響き渡る。

というのも、可愛い妹達が、包帯を巻いた体に泣きながらぎゅうっと抱きついているのだ。

 

悠「(嬉しいけど……耳が、痛い……)」

 

2人の思いが伝わってきて、凄く嬉しく思いながらも……両手でそっと耳を塞ぎ、事の発端を思い浮かべる。

……………………。

いつものように朝起きて、今日も退屈な人を過ごすのかと思った矢先――妹達から連絡が入った。

……というのも、俺が退院してこうして生活していると聞いた2人が、心配して俺の元へと来ようとしていたのだ。

まあ、前々からその話は聞いていたのだが……妹達はちょうどテスト期間で、成績を落とすわけにもいかないということで、俺の家に来るのを止められてしまっていた。

そんなわけで、テスト最終日の今日、放課後になった瞬間に2人で急いで俺の家にやって来て……今に至る、というわけなんだが……。

 

真白「お兄ちゃぁぁぁん!」

優依「お兄……っ!」

悠「はいはい、お兄ちゃんは元気だからね〜?死ぬつもりはないからね〜?」

 

軽口を叩きながら、傷口の痛みを我慢する。

真白がこうなるのは分かってたけど……まさか、あの優依までこうなるとは……。

 

美結「悠さんの妹さん達、なんというか……すごいね」

悠「凄いだろ?……そろそろ助けて」

 

少し引き気味の美結さんに対して同意しながら、そっと助けを求める。

ちょっと、そろそろ……全身が痛くなってきた気が……。

 

真白「ご、ごめんなさいっ、お兄ちゃん……私、なんてことを……うぅ……」

悠「ちょっ、真白さん?大丈夫だから、大丈夫だから、ね?……ああ、優依!ちょっと助け――」

優依「…………」

 

我が家の甘えん坊をあやしながら、クール担当に助けを求めた……のだが。

頼みの綱であった優依は……じっと黙って、俺の胸に顔をうずめている。

しかも、小刻みに震えながら、啜り泣く声付きで。

 

悠「ゆ、優依……?」

優依「……嫌だもん、離れないもん……」

悠「……"もん"……!?」

 

思いもよらぬ言葉に思考が中断され、全身に衝撃が走る。

あまりに信じられないその姿は、隣で泣く真白ですら驚く程のものであった。

 

真白「ゆ、優依ちゃん?」

優依「お兄は……渡さないもん……っ!」

悠&真白「「!?!?!?」」

 

追い討ちをかけるように俺の体にしがみつく優依に、俺の思考が停止し始める。

あまりの光景に、うちの本来の甘えん坊の方は口をパクパクと開閉させて優依の方をじっと見つめていた。

 

悠「(なんだろう、優依も昔はこうだったなぁ……って、そういう場合じゃねぇ!)」

 

半ば逃避しかけていた脳をリセットし、目の前の妹達に意識を寄せる。

とりあえず、キャラ崩壊したうちのクール担当をどうにかしなければ。

 

美結「優依さんって、悠さんのことが好きなんだね」

悠「いや、違うんだ美結さん!これはいつもの優依じゃないんだよ」

美結「……へ?」

 

初対面ゆえに勘違いした美結さんの誤解を解きながら、へばりついた妹を引き剥がそうと痛む肩に力を込める。

しかし、分かっていたことだが……この体じゃ全然力が入らない。

これ、どうしよう……?

 

真白「わ、私も……負けませんからっ!」

悠「ちょっ、真白さん!?」

 

そうして、もう1人の相方に助けを求めようとした瞬間。

無慈悲にも、そいつは困る俺を裏切って抱きついてきたのだった。

 

悠「……これ、どうしよう……?」

美結「――悠さん」

 

為す術なくテンパる俺に、目の前から落ち着いた声が掛けられる。

 

美結「こういう時は、さ。お兄ちゃんとして、向き合ってあげて」

悠「……え?」

美結「2人とも、悠さんのことをずっと心配してたんだと思うよ。あたしだって、弟が怪我したら心配になるもん」

 

美結さんにそう言われながら、2人の姿をじっと見つめる。

2人とも口では甘えん坊のように振る舞っているが、その表情は共に今にも泣き出してしまいそうで――

目が赤く腫れた状態で、もう二度と俺の体を話さないようにとぎゅっと強く抱き締めている。

それは……そこにいたのは……いつもの変わらないような、俺が守るべき愛する妹達の姿であった。

 

美結「だから……ちゃんとお兄ちゃんしてあげて、悠さん」

悠「……ああ、ありがとう」

 

美結さんに感謝を述べながら、愛する妹達の頭をそっと優しく撫でる。

すると、妹達はくすぐったそうに笑いながら、俺の体にその細く柔らかい身を寄せてきた。

やけに眩しい黄昏色の光が、窓から燦々と差し込む。

その光に照らされながら、そうして俺は2人が満足するまでその頭を撫で続けていたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

真白「お兄ちゃ〜ん!すりすり〜」

優依「お兄の膝……落ち着く……」

 

猫のように丸くなって俺の膝で寝転ぶ2人を、痛みの残る腕を持ち上げて優しくそっと撫でる。

少し痛みは残っているが……まあ、これくらい妹達のためなら大丈夫だ。

 

美結「ほんとに仲が良いんだね、悠さんの家は」

 

そう言ってにひひと笑いながら、にやけ顔で台所から覗いてくる美結さん。

そしてその手には、使い慣れた小皿と味見用のスプーンが握られていた。

 

悠「でも、美結さん家も兄弟で仲良いんでしょ?」

美結「まあね〜!……ん〜でも、悠さん達はちょっと"特別"って感じだよね」

悠「そうか?」

 

美結さんの言う感覚がわからず、素直に聞き返してしまう。

特別……か。まあ、他の家よりは確かに兄妹仲は良い方だと思うけど……。

 

美結「そうだよ!なんか、一言では言い表せないような……そんな感じ!」

悠「うーん……分からねぇ……」

 

結局よく分からないまま、甘える2人を撫で回す。

まあ、確かに周りからシスコンだと言われることもあるし、2人もブラコンだと呼ばれることもあるらしいから、他の家庭の兄弟姉妹とは違うのかもしれない。

でも、"特別"……か。

 

美結「あ、とりあえず、今日は早めに1品作ってみたよ」

悠「いつもいつもありがとな」

美結「いえいえ〜!あ、じゃあさ……これ、味見してくれる?」

悠「ああ、わかった」

 

そう言って、彼女は熱々のチャーハンをスプーンですくいつつ、妹達と一緒にベッドで休む俺の元へと歩いてくる。

 

悠「じゃあ、いただきます……って、うまっ!」

美結「そう?やった!……頑張った甲斐あったなぁ〜!」

 

美結さんからスプーンを受け取り、口に放り込んだ瞬間……あまりの美味しさに頬が溶け落ちそうになった。

これ、めっちゃ俺好みの味付けじゃんか。

 

悠「あ〜めっちゃ美味い!」

美結「うんうん!それは良かった……って、悠さん口のとこ!」

悠「ん?」

 

そう言うと、彼女は俺の口元へとその細く美しい手を伸ばし、口元に付いてしまったご飯粒を人差し指でそっと拭う。

そして――彼女は何も気にしていないかのように、そのご飯粒を自らの口へと持っていき、パクリと食べてしまったのだ。

 

美結「ご飯粒、付いてたよ?」

悠「……あ、ああ……ありがとう」

美結「じゃあ、あたし次の料理作ってくるから〜!」

 

そう言って台所へと駆けていく彼女を横目に、バクバクと心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。

今の……今のって……!?

 

悠「(落ち着け……落ち着くんだ、八坂悠!俺には湊さんという想い人がいるはずだろ!?)」

 

自問自答して高鳴る鼓動を抑えつけながら、さっきのことを思い出す。

手を伸ばしてから口に入れるまでの所作が完璧すぎて、ついよくある恋愛ドラマやアニメなどを思い出してしまった。

やばかった……めっちゃドキドキした……。

 

優依&真白「「……じー……」」

 

ふと、膝の辺りから視線を感じ、目線をそっと下に落とす。

するとそこには、かつてないほどのジト目でゴミを見るようにこちらを見つめてくる妹達の姿があった。

 

真白「お兄ちゃん。なんで、デレデレしてるんですか?」

悠「……っ、こ、これは……その……」

優依「お兄には、飛鳥さんがいるでしょ?」

悠「そ、そうなんだけど……」

 

2人の連携プレーに圧倒されて言葉に詰まりながらも、上手い言い訳を考える。

…………あ、やっぱ無理だ。

 

真白「もしかして……浮気、ですか?」

悠「違うよ!?」

優依「ふーん……なんか怪しい」

 

2人の目がますます冷たくなり、胃がキリキリと痛み始める。

まあ、一応俺と湊さんは"仮の恋人"だし、それに俺は1度湊さんに振られているからある意味大丈夫……と言いたいが、そんなことは何があっても言えない。

振られた相手と恋人ごっこするとか普通に考えておかしいし、なんでそんなことしてるのと言われたら、もう何も言い返せない。

そして何より、これは湊さんの周りでの混乱を避けるためなんだ。だから、このことは俺と湊さんだけの秘密にしないと。

 

真白「優依ちゃんやばいよ!ライバル増えちゃったよどうしよう!?」

優依「飛鳥さんだけでも強いのに……こんな強敵まで現れるなんて……」

真白「どうすればいいの……?」

優依「"どうすれば"って言われても……というか、飛鳥さんという彼女がいる時点で、私達負けじゃない?」

真白「……はっ!?うぅ……確かに……」

 

俺がそうこう考えているうちに、2人は何やら小声でブツブツと話しているが……俺に聞こえないようにしているためか、この距離でも聞き取れない。

いや、いくら考え事してたとしてもこの距離で聞こえないのは流石に難聴なんじゃ……?

……少し嫌な想像をしてしまったが、これ以上は傷つくだけだからやめよう。

 

真白「うーん……お兄ちゃん!」

悠「ん?どうした?」

真白「とりあえず、飛鳥さんのこと悲しませたら、たとえお兄ちゃんであっても容赦しませんからね!」

優依「お兄に関してはないと思うけど……浮気とか、絶対ダメだからね?」

悠「大丈夫だ。俺は湊さん一筋だから」

 

2人の言葉に間髪入れずにキッパリと言い放ち、グッと親指を立てる。

確かに、美結さんにドキリとすることもあるし、さっきもしてしまったのだが……それは、湊さんに対して抱いているものとは違う。

やはり、美結さんには申し訳ないが、俺はどこまで行っても湊さん一筋らしい。

 

真白「……それにしては、お兄ちゃん無防備過ぎるというか、隙だらけというか、彼女持ちとは言えないというか……」

優依「なんか、八方美人過ぎるよね」

悠「うぐっ……」

 

嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになりながら、ぐうの音も出せずに2人の言葉に耳を傾ける。

誰に対しても同じような態度で接するように心がけてるだけなんだけどなぁ……逆にダメだったのか……。

 

真白「浮気なんて絶対に」

優依「ダメなんだからね?」

 

膝の上からこちらを見上げる妹達に、改めて念を押される。

自分は絶対ないと思うけど……いや、妹達からの大事な忠告だ。とりあえず心に置いておこう。

 

美結「――あ、悠さん!」

 

台所から聞こえた声に、3人同時にビクッと身体を震わせる。

 

悠「ど、どうしたの?美結さん」

美結「いやぁ〜実は醤油が切れちゃっててさ、急いで買ってきてもいいかな?」

悠「いや、でももう暗くなってきたし、明日でもいいんじゃ……」

美結「ううん。今作ってるのに必要だからさ……それに、お店はすぐそこだし……ね?」

 

そう言うと彼女はエプロンを外し、外出準備を整え始める。

夜も遅くなってきたから今じゃなくてもいいんじゃないか、と思えてくるが……まあ、うちから近くの店まで歩いて5分もかからないし、それに自転車でも貸してあげればすぐだから大丈夫だろう。

 

悠「わかった。気をつけてね」

美結「うん!すぐに帰ってくるから!」

 

そう言って、彼女は俺から預けられた鍵を手に、宵闇の世界へと歩いていった。

顔には出していなかったが……多分きっと、俺達兄妹だけの時間を過して欲しいということで気を使ってくれたのだろう。

まあそこまでされたのなら、こっちも断るわけにもいかないしな。

 

真白「……ねえ、お兄ちゃん」

悠「ん、どうした?」

優依「少し、話があるんだけど……」

 

美結さんが出ていったタイミングで、2人はそっと俺の膝から起き上がる。

そして、ここぞとばかりというようにこちらに身を寄せながら、憂いを帯びた表情で俺の方をじっと見つめてきた。

 

悠「(何か……あったんだろうな)」

 

2人に許可を出し、俺の座っているところの両サイドをポンポンと叩きながら、座るように促す。

そうして兄妹3人で横並びになりながら、大事な大事な話し合いを始めるのであった――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

優依「――お兄、どうするの?」

 

美結さんが買い物に行ってしまい、3人だけになった部屋で。

俺は……妹達にそう尋ねられていた。

 

悠「どうする、って……」

真白「あの人、お兄ちゃんのこと……好きですよ、絶対」

 

少し話すのを躊躇いながらも、真剣な表情で真白はそう告げる。

分かってはいたけど……やっぱり、この話……か。

 

悠「……分かってるよ」

真白「……え?」

優依「分かってた上で……2人だけで出掛けようとしてるの……?」

 

核心を突くような優依からの質問に、俺はただ沈黙で答える。

先程、妹達から美結さんのことを根掘り葉掘り聞かれ、観念した俺は遂にそのことを2人に言ってしまったのだ。

 

優依「……なら、どうしてっ!?お兄、彼女持ちなんだよ……?」

悠「それは……美結さんを、悲しませたくなくて……」

真白&優依「………………」

 

そうして俺は……語り始めた。

彼女を助けたこと。彼女が俺に恩返しをしたがっていること。俺自身も彼女に恩があること。彼女が俺に対して特別な感情を抱いてしまっている可能性があること。彼女が自分の感情を抑えられなくなってしまっていること……など。

できるだけ手短に……俺たちの全てを目の前の2人に話したんだ。

 

優依「――お兄のバカっ!」

悠「ゆ、優依……?」

優依「人を傷つけないことだけが……いい事だなんて思い込まないでよっ!」

 

俺の話を聞き終えると同時に、優依はその想いをぶつけてくる。

 

優依「誰かに優しくすることが……その人を傷つける時だってあるんだよ……っ!」

悠「……っ……!」

 

俺の根幹を揺るがすような言葉に、目眩がするほどの衝撃が走る。

今のは……結構きたな。

 

真白「でも……お兄ちゃんの気持ちも、分からなくないですよ」

 

優依の言葉に続けて、下を向いていた顔をゆっくりとこちらに向けながら、真白はそっとその重たい口を開く。

 

真白「たとえ皆見さんの気持ちに応えられなくても……せめて恩人の願いくらいは、叶えてあげたかったんですよね?」

悠「ああ……」

真白「それで、"2人で出かけるくらいなら大丈夫"……そう思ったんですよね?」

 

俺の心を読んだかのような言い回しに、ドキリと鼓動が一瞬止まる。

 

真白「それでも……女の子は、期待しちゃうんです」

悠「…………」

真白「叶わないとわかっている恋でも……夢を見ちゃうんです」

 

含みのある口調でそう言いながら、真白は困ったような表情を浮かべ、窓の外に広がる街を見下ろす。

 

真白「お兄ちゃんの優しさは……時には人を傷つけるってことを、覚えておいて欲しいです」

悠「真白……」

真白「私も……凄くわかりますから」

悠「……え?それって、どういう……?」

 

物悲しげに微笑む彼女が、あまりにも儚くて。

その言葉の意味を尋ねようとして……開きかけた口をそっと閉じた。

これ以上は……聞いてはいけない。

そこから先は……踏み込んではいけない、真白の中の最奥の扉なのだろう。

だから俺は目を閉じてゆっくりと考え、2人から差し伸べられた手を掴むように、妹達の言葉を胸に刻みつけていた。

 

悠「優依、真白……俺は……」

 

いくら俺と湊さんの関係が偽りのものだったとしても……傍から見れば、俺達は普通の恋人同士だ。

それに俺は、1度振られていても……やはり湊さんのことが好きなんだ。

……確かに、湊さんが俺の事をどう思っているのかは分からない。

やはり、友達として仲良くすると言った以上、俺の事をただの仲の良い友達としか思っていないのかもしれない。

いや、元々振られてから始まっている訳だし、そうである確率の方が高いと思う。

……けれど。

それでも……そんな俺が、自分に好意を抱く他の子と2人きりで出かけるなんて、湊さんへの……そして、自分自身への裏切りに等しい。

彼女を振り向かせようと頑張っていた俺が、ここでその気持ちに反することをしてしまうなんて……。

そうして……自分でも何が正しかったのか分からなくなり、頭の中の歯車が一つ一つ止まり始める。

俺は……選択を間違えてしまったのか……。

目の前が暗くなっていき、思考が急激に冴えてくる。

俺は……俺は……。

 

優依「お兄はさ、皆見さんと出かけて、もし告白されたら……断ろうとしてたんでしょ?」

悠「……ああ」

優依「だったら……そのままでいいと思う」

悠「え……」

 

今までの流れから予想できないようなその言葉に、思わず聞き返してしまった。

 

優依「だって、変に今から無しにする方が可哀想だし、その方が余計皆見さんを傷つけるでしょ?」

悠「優依……」

 

確かに、優依の言う通りだ。もうしてしまったことを、今から無しにする方が間違っている。

だからせめて……自分の行動に責任を持たないと。

 

真白「それに、私としては……最後にそういう機会をくれた方が、後悔しなくて済むと思います」

悠「真白……」

真白「だから……あの人の気持ちには、ちゃんと向き合ってあげてください」

優依「それが、お兄の通すべき礼儀だと思うから」

 

真面目な面持ちで。

真剣な声色で。

俺の妹達は……強い想いを込めて、その言葉をぶつけてくる。

ああ……俺はなんて――

 

悠「優依、真白……こんな兄でごめんな」

 

良い妹達に、恵まれたんだろうか。

自分が情けなくなって。

申し訳ない気持ちになって。

そうして乾いた笑いと共に出てきた言葉が……そんな陳腐でありきたりな謝罪であった。

 

優依「いいって、別に」

真白「だって、私たち……」

優依&真白「「3人だけの兄妹だもん」」

 

仕方ないなと言いたげな表情で、妹達はいつものように顔をほころばせる。

――いつも面倒を見て、俺が守ってきた大切な妹達。

そんな、庇護対象にあったはずの存在が……今の俺には、縋るほどにありがたかったんだ。

 

真白「だから、何かあったら……私たちに相談してください!」

優依「誰に何と言われようと……私達だけは、最後まで絶対にお兄の味方だから!」

 

そう言って2人は再び俺の方へと体を寄せ、安心させるようにと俺の体をぎゅっと抱きしめてくる。

こんな姿、美結さんに見られたらまた勘違いされちゃうな……。

ふと、そんな考えが頭の中をよぎる。

まあ、でも……。

 

悠「(今はこのままで……いいかな)」

 

――ずっと、変わらないでいてくれるもの。

――ずっと、そばに居てくれたもの。

そんな何気ない日常の幸せと、妹達の温もりを噛み締めながら、窓の外に広がる街の夜景を眺める。

そうして、美結さんが帰ってくるまで……俺達はこのまま抱き合って過ごしていたのだった。

 

 

 




というわけでいかがだったでしょうか?
作者的には妹達が良い子過ぎて悠君がうらやましい……って感じでした笑
前回のことも含めてですが、悠君の「自分のためより人のため」という他人優先の考え方に対して、妹達が「それでもダメな時だってある」と言ってくれるとこは結構こだわりました笑
人の為なら平気で何でもしちゃうような悠君の危うい性格はよく物語の主人公とかにありがちなものですが、それがいかに特異であり、それが通用しないことだってあるんだというところが、実は伝えたい部分だったりします笑
ということで、次はやっと湊くん視点の自分が書きたくてうずうずしていた場面なので、気を引き締めてやっていきたいと思います!
ではまた、次の話も読んでいただければ幸いです~!

追記
感想ありがとうございます!!!前回もめちゃくちゃ嬉しかったです笑
前回は自分で見返してみて、なんかもうちょっと悠くんの心情増やした方が良かったなと反省できたので、ありがたいです笑
何気に結構長くこの話を書かせてもらっているので自分も忘れることもしばしばあるのですが、悠君視点だと「湊くんが悠君を振った後、”友達として”は仲良くなれた」という感じなので、実はまだ悠君は変化していった湊くんの気持ちに気づけていないという状態なんですよね笑
なので、今一度そういうところを思い出してから見るとちょっと変わって見えたりします(実体験)
とまあ、長くなりすぎてしまったので、今回はここまでです!
次は……修羅場です。


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俺と彼女(偽)とお世話役が修羅場すぎる

お久しぶりです!!!遅れてしまいましたが前回の続きです笑
やっとここから少し……な展開が始まります!本当にお待たせしました!
今回からついに湊さん視点ということで、はい。辛いです。
この話は書きながら胃がキリキリしていたので、読んでいる方々にもこのダメージが届けばと思います()
ということで、前置きはここまでにして、ぜひ今回の話も読んでいただければ幸いです!


 

 

 

最近――美結さんの様子がおかしい。

隣の席で一緒に授業を受ける彼女を横目でそっと見つめながら、ふとそんな疑念を抱く。

いきなりな話だと思うけど……実は最近、そう思えるようなことが次々起きているのだ。

例えば、今までであれば、休み時間ごとに僕に話しかけてきてくれたはずなのに……最近はその頻度が低下している。

それに、何よりも……授業が終わると美結さんは部活にも行かずに、1人急いで帰ってしまうのだ。

まあ、それについては柚子さんも不思議に思っていて、話を聞く限り、どうやら"やむを得ない事情"があるらしい……が。

それにしても、やっぱり何かおかしい。

 

湊「(何か、あったのかな……?)」

 

首を傾げつつ先生の板書を必死に写す彼女を見つめながら、少し心配になってくる。

 

彼女は僕がクラスに馴染めていない時に、積極的に話に来てくれた……言わば、恩人のような存在だ。

だからこそ、僕に何か出来ることがあれば、積極的に手伝ってあげたいのだけど……。

 

湊「(なんで、何も言ってくれないんだろう……)」

 

前に、あまりに心配になって1度聞いてみたのだけど、美結さんには「大丈夫だから心配しないで!」と言われてしまった。

まあ、こういう言い方をするってことは、何かあるはずなんだけど……。

けれど、彼女を見ていても、何が原因なのか、全くもって分からない。

だからこそ、本人に聞くのが1番だったんだけど……その作戦も失敗してしまっている。

 

湊「(やっぱり、ボクが信頼されていないから……なのかな?)」

 

段々と不安になり、ふとそんなことを考えてしまう。

いや、美結さんに限ってそれは無いはずだ。

やっぱり、何か別の要因があるに違いない。

 

湊「(本当に、何があったのかな……?)」

 

再び彼女の方へと視線を向け、訝しむようにその様子を観察する。

――静寂に包まれた世界で、チョークの音だけが反響する。

そうして、また今日も彼女のことを考えながら、刻々と時間だけが過ぎていくのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

ホームルームが終わり、みんなが帰る準備をしたり部活に行く準備をしたりしている中で……誰よりも速く、彼女は荷物を持って教室を出ていく。

 

湊「今日も……か」

 

そんな姿を目で追いながら、ぽつりとそう呟く。

考え過ぎならいいけど……やっぱり、美結さんに何かあったんじゃ……?

 

柚子「――行きますよ、湊さん!」

 

後ろから元気な声が聞こえてきた瞬間、いきなり両肩に手が置かれると同時に後頭部に柔らかいモノがぶつけられ、何事かと思って後ろを振り返る。

すると、その塊はゆっくりと僕の頭を離れていき……その場所には、既に帰る準備を整えた柚子さんの姿があった。

 

湊「ゆ、柚子さん!?こ、これは……って!」

 

先程の柔らかい感触を思い出し、彼女の胸へと視線を向ける。

じゃあ、さっきのは……柚子さんの……お、おっぱい……!?

その正体が分かると同時に顔がかぁっと熱くなり、段々と頭が回らなくなってくる。

 

湊「(あれ?ボク……照れてる?)」

 

自分の頬を触りながら、その熱の原因を確かめる。

きっとこれは、"照れ"だと思うから……ということはやっぱり、僕は普通に女の子が好きなんだ。

思わぬ所で自身の悩みが解決し、胸の内に不思議な感情が芽生える。

じゃあ、悠さんへの……この、気持ちは……。

"普通で良かった"という思いと同時に、胸の内にモヤモヤとした感情が渦巻いている。

 

湊「(なんだろう……胸が苦しい……)」

 

胸に手を置き、ゆっくりと深呼吸をする。

残念に……そして悲しく思う気持ちが、胸の蓋から溢れそうになる。

悠さんへの気持ちが恋じゃないってわかったのに、一体どうして……。

考えれば考えるほど呼吸が苦しくなり、思考がぼやけてくる。

僕は……僕は……っ!

 

柚子「湊さん?大丈夫ですか?」

湊「……っ!?だ、大丈夫、です……!」

 

無理やり表情筋を動かし、不自然にならないように笑顔を浮かべる。

変になっちゃった気がするけど、大丈夫……だよね?

 

柚子「そう、ですか……あ!急がないと、美結さん行っちゃいますよ!」

湊「……え?」

 

そう言うと、柚子さんにいきなり右手を引っ張られ、反射的にもう片方の手で机に置いてあるカバンを掴む。

 

湊「え、どういうことですか……?」

柚子「それはですね……」

 

柚子さんに連れられて廊下を走りながら、当然の疑問を口にする。

これって、もしかして……。

 

柚子「美結さんの……尾行です!」

 

清々しい程に元気良くそう言って、彼女は強引に僕の腕を引っ張っていく。

そんな楽しそうな彼女に溜息をつきながらも、僕自身美結さんのことを心配していたのもあり、自らの足で柚さんと共に走り出す。

そうして、先生方の"廊下は走るな"という注意を背に、僕達は美結さんの跡を追いかけていくのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

美結「〜〜〜♪」

 

鼻歌交じりに道を歩く上機嫌な美結さんの遥か後方で、2つの影がその跡を追いかける。

普通に考えれば、周りの方から通報されてもおかしくないような状況なのだが……幸いにも、2人ともその前を歩く少女と同じ制服を着ていたおかげで、どうにか事なきを得ていた。

 

柚子「ホシは、どこへ行くんでしょうかね?」

湊「いや、何かの犯人じゃないんですから……」

 

曲がり角で身を隠しながらノリノリで警察ごっこを始めた柚子さんにツッコミを入れつつ、美結さんの後ろ姿をじっと見つめる。

美結さん、どこに行くんだろ……?

 

湊「それで……どうして、こんなことを?」

柚子「それはですね〜。ご存知の通り、美結さんが最近部活にも顔を出さずに帰ってしまうので、その跡をつけてみようかな〜と」

 

そう言うと、柚子さんはいつの間にか用意していたあんぱんを開けながら、美結さんの通った道をバレないように歩き出す。

まあ、こうしてるとふざけてるように見えるけど……やはり柚子さんも心配なのだ。

 

湊「(これで、何か分かればいいんだけど……)」

 

柚子さんの後ろを追いながら、次の曲がり角で彼女と共にひょっこりと頭を出す。

美結さんの行き先さえ分かれば、もしかしたら……。

 

柚子「あ!動きましたよ!」

湊「あ、ちょっと待ってくださいよぉ〜」

 

興奮気味に追跡捜査の真似事を続ける彼女につられ、あまり音を立てないように足を早める。

 

柚子「こういうの、なんか楽しいですね!」

湊「ま、まあ……分からなくもない、ですけど……」

 

嬉しそうに笑う彼女の興奮が伝播したのか、心なしか僕自身も段々と楽しくなってくる。

たまには、こういうのも悪くないかも。

そうして、少し頬を緩ませながら美結さんを追いかけていく中で――ふと、ある1つの疑惑が生じる。

 

湊「(そういえばこの道、すごく見覚えが……)」

 

柚子「あ、あの角で曲がりましたよ!行きましょう!」

湊「……あ、は、はいっ!」

 

じわじわと込み上げてくる既視感に、心がざわついてくる。

直感的に感じた嫌な予感が全身に危険信号を出し始め、少しずつ足取りがゆっくりとしたものになってくる。

そうして、僕達が美結さんの曲がった角に差し掛かった瞬間――

その予想は――的中した。

 

湊「こ、ここって……」

柚子「ん?湊さん、何か知ってるんですか?」

湊「悠さんの……家……」

柚子「……え」

 

僕の視線の数十メートル先に。

美結さんが歩いていく道の先に。

僕の見慣れた、思い出のアパートが……重くその存在感を示すかのように佇んでいた。

 

柚子「ぐ、偶然かもしれませんし!それにほら、美結さんが八坂さんの家に行く理由がないですし!」

 

そう言って、柚子は僕の気を紛らわそうと頑張ってくれているが……もう、遅い。

疑惑は……既に確信へと変わってしまったんだ。

 

湊「柚子さん……あれ……」

 

信じられない光景を前にして、柚子さんにも分かるようにその方向を指さす。

そこには……とても楽しそうに悠さんのアパートの階段を昇る美結さんの姿があった。

 

柚子「湊、さん……」

湊「……………………」

 

柚子さんの声を背に、ふらついた足取りで悠さんのアパートへと歩き出す。

どう見たって、これは否定できない事実なのだと、直感がそう告げている。

けれど、それでも――心のどこかで、まだ彼女を……いや、彼を信じたいという思いがあったんだと思う。

 

湊「そんな……嘘だ……」

 

あの悠さんが……あの悠さんが、僕に会わずに内緒で……美結さんと会っているなんて。

 

湊「嘘だ……何かの間違いに決まってます……」

 

首をぶんぶんと振った後、目と鼻の先にある建物に目を凝らす。

そうだ!もしかしたら、あのアパートは僕の記憶違いかもしれない。

そうだ。そうに違いない。

……いや、そうであってください……。

淀み始めた意識の中で、後ろから柚子さんの声が聞こえてくるが、もう何と言っているのかも分からない。

 

湊「悠さん……悠さん……」

 

まるで亡霊のように、彼の名前を呼び続ける。

心が折れかけても、それでもなお……歩みを止めずに、重くなる足を絶えず動かす。

そうして、一歩一歩踏みしめるように歩いていくうちに……美結さんは、悠さんの部屋の前にたどり着いてしまった。

 

柚子「ここが、八坂さんの……」

湊「あの部屋……悠さんの……」

 

階段下で隠れるようにして美結さんの様子を伺いながら、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた意識の中で、柚子さんにそう伝える。

そうして、複雑な感情に振り回されてる中で――彼女は無慈悲にも、彼の部屋へと入っていくのであった。

 

美結「あ〜今日も疲れたぁ〜」

 

美結さんの話し声と共に、荷物を置く音が聞こえてくる。

そうして鍵をかける音が聞こえた後、僕達も玄関の前へと歩きだす。

 

湊「(悠さん……)」

 

最後まで彼のことを信じようと決意し、扉にそっと耳を当てる。

大丈夫。悠さんなら、すぐに追い出して――

 

美結「ただいま、"悠さん"」

 

その言葉が聞こえた瞬間――心にヒビが入っていくのを感じる。

 

湊「(……っ、ぁ……っく……)」

 

呼吸が苦しくなり、動悸がおさまらない。

でも……でも、悠さんなら――

 

悠「おかえり……"美結さん"」

湊「……ぇ……」

 

トドメを刺すかのように、言葉が放たれる。

――嘘だ。

慣れた人にしか話すことの無い、信頼の証としての……言葉が。

――嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。

その口調から、2人の距離感も伝わってくる。

――もう、やめてよ……これ以上僕を……。

2人だけの……温かくて、幸せな関係が。

――1人に……しないでよ……っ。

そうして、何も言えずに、何も出来ずに……ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なくなる。

最後の最後まで彼を信じていた僕の心は――"その一言"で、音を立てて完全に崩れ落ちてしまったのだった。

 

湊「……ぁ……ぁ、ぁぁ…………」

 

悠さんとの思い出が、走馬灯のように甦る。

そして同時に、その全ての記憶が……黒く黒く塗り潰されていく。

 

柚子「湊さんっ!?」

 

カバンが手から離れ、音を立てて地面に叩きつけられる。

そして僕自身も……何も考えられずに、鈍い音と共に膝から崩れ落ちる。

もう……全身に力が入らない。

いや……何もしたくない。

 

湊「(何で……ボク……)」

 

深く沈んだ頭のまま、胸に残る違和感に対して思考を巡らせる。

僕と悠さんは恋人同士と言っても、その関係は偽りのものだ。

それに……僕は1度、彼からの告白を断ってしまっている。

まあ、だからといって、"友達として"彼が僕より美結さんを優先していることに対して怒るのは、別に何も不思議なことではないのだが……。

この胸に抱く気持ちは、明らかにそれとは違う。

"友達として"ではなく、なにかもっと特別な――

 

湊「……ゆ……う、さん……っ……」

 

悠さんが、女である美結さんとこんなに仲良くしていたって、別に悪いことじゃないのに。

"ただの友達"である僕には、何も関係がないはずなのに。

なんなんだろう……この胸の痛みは……。

 

湊「(――あぁ……やっぱり)」

 

苦しくて張り裂けそうな胸の痛みに耐える中で。

このどうしようもない感覚に……ある1つの答えを見つけてしまった。

結局、僕は……"彼のことが好き"……だったんだ。

 

柚子「湊さん……」

 

柚子さんにハンカチを差し出され、その時にやっと気がついた。

両目から、今までにないほどに、とめどなく涙が溢れていることに。

 

湊「柚子さん……ボク……」

柚子「湊さん……」

湊「ボク……壊れちゃいました」

 

今僕は、どんな顔をしているのだろうか。

くしゃくしゃになって、泣いているのか。

心が壊れ、笑っているのか。

それとも、また違う表情なのか。

全くもって……分からない。

……けれど。

けれど、それでも1つ言えることは――

もう、自分の感情すらも……分からなくなっている、ということだけだ。

 

美結「……ん?なんか玄関から物音しない?」

悠「いや?あんまわかんないけど……」

 

そんな会話が聞こえてくると共に、部屋の方から足音が近づいてくる。

あぁ……ここで会ってしまったら、僕はどうなってしまうのだろうか。

そんな考えが、ふと脳裏に浮かぶ。

 

湊「(でも、もう……いいかな……)」

 

もう……どうなってもいいや。

だって、僕にはもう……悠さんが……。

 

柚子「……っ!湊さん、少し失礼します!」

湊「……うぅ……ぅ、ぁ……あぁ……」

 

自分の体が浮き上がり、同時に柚子さんに肩を担がれていることに気がつく。

 

湊「(柚子、さん……)」

 

そうして彼女は、鉛のように動かなくなった僕を支えながら階段を降りていく。

 

湊「ごめん……なさい……っ」

柚子「湊さんが謝る必要はありません!辛い時は、誰しもそうなってしまいますから」

 

優しい言葉を掛けられ、絶望のあまり枯れ果てたはずの涙が再び溢れ出す。

……正直、ここから先のことはあまり覚えていない。

思えば、この時既に……僕の心は、完全に崩れ去ってしまっていたのだろう。

 

湊「……ぁ、雨だ……」

 

そうして、柚子さんに連れられて第二寮へと歩き始めた途端、ぽつりぽつりと予想外の雨が降り始める。

確か今日は、雨が降る予報なんて出てなかったはずなのに……。

 

柚子「ほんとですね……湊さん、急ぎましょう」

湊「……はい……」

 

重く冷たい雨が、僕達の体を濡らしていく。

想いと共に溢れ出した涙が……無慈悲にも、雨によって流されていく。

そうして、大切なものが零れ落ちていくのを深く感じながら。

僕達は……再び彼のいない世界へと、重い足取りのまま帰っていくのであった――。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
最初に湊くんが柚子の胸に触れて思春期男子的なムーブかまして、悠への気持ちが分からなくなってからの急転直下でしたが、みなさんはどうでしたか?
自分は湊くんが悠君のことを”友達”としてではなく”恋愛対象”として見てしまったところがすごく好きだったのですが、その直後の絶望しているところで胃がボロボロになりました……笑
もう湊くんが辛いです……!
次回はこの話の美結ちゃん視点とそのあとの話になるので、楽しみにしていてください!笑
それでは、また次の話も読んでいただければ幸いです~!

追記
感想ありがとうございます!本当に嬉しくていつも幸せです!
ほんとに毎週こんなに多くの方が見てくださるとは……ありがたい限りです!感謝しかありません笑
今回は前々から言っていたシリアスパートというかドロドロパートというかそんな感じのところですが、思ったよりもちゃんと書きたいものが書けた気がします笑
今回で湊くんも言っていた通り、2人ともまだ偽の恋人同士なので、これを乗り越えた後にどうなっていくのか……楽しみにしていてください!
というわけで、次も頑張りますので、ぜひ読んでいただければと思います!!!


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健気な美結ちゃんは人任せができない

お久しぶりです!最新話です!
前回は湊くんが現場を見てしまうという修羅場の入り口でしたが、今回はその話の美結さん視点&翌日の学校となっています!
とりあえず大きく動くのは次の話になるのかな?というところですけど、今回の話も書いていて辛かったので、是非読んでいただければと思います!笑


 

 

 

雨が降ってきそうなほど、重く鈍色に染まった空の下。

あたしはいつものように彼の部屋の鍵を開け、軽い挨拶と同時に持ってきた荷物を床に置く。

 

悠「おかえり……美結さん」

 

少しして聞こえてきた彼の声に心を弾ませながら、リビングのドアを開けて荷物を運び入れる。

こうして……また今日も、皆見美結の仕事?が始まる。

そうして、いつものように荷物を整理していた時に――ふと、玄関から物音が聞こえた。

 

美結「……ん?なんか玄関から物音しない?」

悠「いや?あんまわかんないけど……」

 

気の所為じゃない?と言ってベッドに座る彼を背に、軽い足取りで玄関へと向かう。

 

美結「何かあったのかな?」

 

ドアノブを回し、ゆっくりと玄関を開ける。

しかし、確かに物音は聞こえたはずだったのに、ドアの前には誰もおらず、何も無かった。

 

美結「あれ?おっかしいな……。結構大きい音がしたはずだったんだけ――え?」

 

ドアを全開にし、辺りを見回した瞬間。

見てはいけなかったものが。

今1番見たくなかった存在が。

急いで階段を駆け下りる飛鳥さんと柚子さんの姿が。

あたしの視界に……映り込んでしまった。

 

美結「嘘……そんな……」

 

震える喉からそんな声が漏れた瞬間、糸の切れた人形のように足からその場に崩れ落ちる。

 

美結「バレ……ちゃった……」

 

考えられる限り最悪のことが、最も危惧していたことが……現実に、起きてしまった。

どうしよう……どうしようどうしようどうしよう。

 

美結「(なんで……なんで、飛鳥さん達がここに……?)」

 

力を失い鉛のように動かない足とは対照的に、全力で考えを巡らせる。

悠さんは……いや、彼はまだ飛鳥さんに怪我のことを伝えていないはずだ。

じゃあ、妹さん達が……と言っても、あの2人は悠さんのことを第一に考える子達だ。

流石に飛鳥さん達と交流のあるとしても、悠さんに内緒で教えたとは考えづらい。

じゃあ誰が……。

 

美結「(……待って。これ、まさか――)」

 

悠「美結さん大丈夫?何かあったの?」

 

あたしの立てた物音に気づいた悠さんが、心配そうにして松葉杖を片手にこちらにゆっくりと向かってくる。

お願い……。彼には……彼にだけは、この光景を見せたくない。

 

美結「(だからどうか……どうか、あの後ろ姿だけは見ないで――)」

 

震える両手を握りしめ……精一杯祈りを込める。

しかし――

 

悠「――――――」

 

……あたしの願いも虚しく。

自体は最悪の方向へと進んでしまった。

 

美結「(悠さん……)」

 

彼の歩みが止まると同時に――その瞳から色彩が消えた。

その視線の遥か先には……柚子さんに連れられて歩く、飛鳥さんの姿が。

 

美結「(もうやめて……やめてよ、これ以上は……)」

 

まるで彼女の心を表しているかのような重く冷たい雨の中で、2人は傘もささずに歩みを進める。

以前飛鳥さんが嬉しそうに教えてくれた――悠さんから貰った"淡い桜色の髪飾り"が、雨に濡れながらその歩みに合わせて揺れ動く。

その大切なプレゼントが見えたと同時に、彼の弱くて脆い悲痛な叫びがあたしの胸へと突き刺さる。

 

美結「(もう……見てられないよ……っ)」

 

ボロボロになった彼の姿を見て、胸の奥が握り潰されるかのようにぎゅうっと苦しくなる。

 

美結「(あたしが……欲を出してしまったからなの……?これは……あたしへの罰、なの……?)」

 

彼の悲しむ姿を見て、自分の醜さがじわじわと浮かび上がってくる。

悠さんは、飛鳥さんが心配だっただけなのに……ただそれだけなのに……。

それなのに、あたしは……。

幸せな毎日に甘えて、この想いを――

 

悠「――――――」

美結「………………」

 

悠さんとの間に、重く苦しい沈黙が流れる。

結局、彼女達のその悲しい後ろ姿を……あたし達は、ただ眺めることしか出来なかったんだ。

……………………。

そうして部屋に戻った後のことは、もう何も覚えていない。

悠さんに何と声をかけたのか。

悠さんと何を話したのか。

悠さんに……何ができたのか。

もう、頭がいっぱいいっぱいで……ほとんど何も思い出せない。

……けれど。

それでも唯一、覚えているのは――

絶望という名の海の底に沈められた……見たことの無い彼の姿であった。

……………………。

そうして、この日。

多くの者が心に傷を負った、最悪の日。

あたしは、悠さんとろくに会話もできずに……ただ、そっとしておくことしかできずに……。

宵闇に包まれたいつもの道を、1人帰ることしかできなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

クラスメイトA「おはよう、美結さん!」

クラスメイトB「美結おはよー!」

美結「あ……お、おはよう!」

 

仲の良いクラスメイト達に話しかけられ、咄嗟に考えを切り替える。

あの事件の日から、1日。

重く沈んだ気分のまま迎えた、翌日の学校。

2人に合わせる顔がないと思いながらも、あたしはどうしても現状を変えたくて……自分の気持ちに鞭打ちながら、遂にここまで来てしまっていた。

 

クラスメイトB「あれ?美結どうしたの?」

美結「……え?」

クラスメイトA「なんかすごく元気ないけど、何かあった?」

美結「あー……」

 

いつもと違う様子なのを不審がられ、つい言葉が出なくなる。

あたし、そんなに顔に出てたのかな……?

 

美結「だ、大丈夫だから、気にしないで!ほらっ、いつも通りあたしは元気だから!」

クラスメイトA「美結さんがそう言うならいいけど……」

クラスメイトB「うーん……ほんとに何かあったら言ってね?」

 

心配する2人にありがとうと返し、1時間目の授業の準備を始める。

また……嘘をついてしまった。

昨日はそれで大変なことになってしまったのに……こうも簡単に嘘がつけるとは。

 

美結「(嘘……か)」

 

荷物のない、簡素な隣の席に目を向ける。

あたしは……飛鳥さんに嘘をついてしまっている。

確かにそれは、彼女のためであって、善意でやってしまったことなんだ。

けれど、その善意から生まれた嘘によって……昨日はあんなことになってしまった。

だから、正直……今のあたしには、飛鳥さんに合わせる顔が無い。

――でも、それでも……彼女に会いたい。

彼女に会って、本当のことを伝えたい。

悠さんとあたしがこういう関係になった"あの事件"について……。

例え、彼に止められていても……今度こそ、しっかりと話したいんだ。

 

???「――湊さんは、来ないと思います」

 

突然、反対側から声をかけられ、咄嗟に声のした方向に振り向く。

するとそこには……思い詰めた表情のままこちらを見つめる柚子さんの姿があった。

 

柚子「昨日、寮に帰ってから……湊さんは、部屋から1歩も出ていません」

美結「そ、それって……」

 

重く閉ざされた口から告げられる事実に、頭の中が掻き乱される。

 

柚子「唯一、同じ部屋に住む風莉さんだけが、湊さんと話すことができたのですが……」

美結「…………」

柚子「風莉さんが部屋から出てくるまで……ずっと。嗚咽混じりの悲痛な泣き声が……部屋の外にいる私達にまで、聞こえていました」

美結「……っ……」

柚子「昨日……私達が来たこと、知ってるんですよね?」

 

半ば確信めいたものを胸に、彼女は一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。

 

柚子「あの時、湊さんに気付かれないように後ろを振り返ったら……美結さんの姿が見えたんです」

美結「………………」

柚子「見てたってことは……もう、わかってるんですよね」

 

疑問ではなく確認の意味を込めて放たれた言葉に、沈黙で肯定を示す。

すると、柚子さんに"こちらについて来てください"と言われ、素直にその後ろをついて行く。

そうして案内されたのは……新聞部の部室であった。

 

美結「柚子さん……」

柚子「美結さん。聞きたいことがあります」

 

部屋に入るやいなや、彼女はそう言って部室の鍵を閉める。

いつも優しそうな笑顔を振りまいている彼女が、ここまで困惑と……"怒り"の感情を露わにするのは、長い付き合いのあたしからしても初めてのことかもしれない。

 

柚子「あれは……どういうことなんですか」

 

様々な感情が入り交じった声で、単刀直入にそう尋ねられる。

 

美結「それ、は……」

柚子「なんで……なんで湊さんが悲しまなくちゃいけないんですかっ!」

美結「……っ……!」

 

真っ直ぐに友達を思いやる正義の意思が、鋭いナイフのようにあたしの胸へと深く突き刺さる。

これは……ちょっときついなぁ……。

 

柚子「でも……」

美結「……え?」

柚子「わかってるんです!美結さんが何の理由も無く、こんなことをするはずがないって……!」

美結「柚子、さん……」

柚子「だから教えてください……!あなた達に、何があったんですか……?」

 

真実を求める純粋な瞳が、あたしの心を貫く。

まさか、ここまで信じてもらえてるなんて……。

 

美結「(あたしも……恵まれてるなぁ……)」

 

そうして……あたしは話し始めたんだ。

――悠さんと帰ったあの日、あたし達に何が起きたのか。

――何故あたしが、悠さんと一緒にいるのか。

彼から……飛鳥さんのために言わないようにと頼まれていたことを、全て。

悠さんへの罪悪感と、少しの後悔の気持ちを胸に募らせながら。

あたしは……何もかも、話してしまったんだ。

 

柚子「八坂さんに、そんなことが……」

美結「だから、このことは……言いたくなかったんだ」

柚子「確かに、八坂さんの言う通り……この話をあの時の湊さんが聞いていたら……」

美結「…………」

 

彼女は……壊れていたのかもしれない。

だからこそ、あたしは悠さんの言うことに従った。

その考えに従うことが、最善策だと思っていたから……。

 

柚子「でも、それでも……っ。2人がすれ違ってしまうなんて……おかしいですっ!」

美結「それは……」

柚子「やっぱり、八坂さんが直接湊さんに全て話すべきですよ!」

 

彼女さんはありったけの思いを込めて、あたしに対してそう言い放つ。

あたしも……同じ気持ちだ。

できることなら、悠さんに全てを話してもらって、全ての誤解を解いてもらって……2人の仲を元に戻して欲しい。

ただ……それだけなんだ……。

けれど……。

 

柚子「でも……湊さんは、部屋から出てくれませんよね……」

美結「仮に悠さんが第二寮まで行ったとしても、飛鳥さんが出てきてくれるかどうかは分からないもんね」

柚子「うーん……難しい、ですね……」

 

結局、飛鳥さんがその話し合いに応じなければ、どうにもならないのだ。

そうしなければ、2人はすれ違ったままなんだ……。

――だから、あたしが……。

 

美結「やっぱり、そう……だよね」

柚子「……?美結さん?」

美結「あたし……飛鳥さんの所へ行ってくるよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、彼女は素っ頓狂な声をあげる。

まあ……無理もないよね。

 

柚子「ですが、それでは……」

美結「まあ、あたしが行った所で……出てきてくれるとは限らないけど、さ」

柚子「…………」

美結「でも、あたしも……当事者の1人だから、ね。飛鳥さんだって……あたしに言いたい事とかもあると思うんだ」

 

普通、自分の恋人が他の人と仲良く一緒にいたら、どんな人でも嫌に決まっている。

しかもそれが自分と会ってくれない時であれば、尚更のことだ。

だから……最初から、飛鳥さんがあたしを許してくれるとは思っていない。

文句を言われたり、罵倒されたりすることも、もしかしたらあるかもしれない。

だけど、あたし…………覚悟は、できてるよ。

 

美結「それこそ、あたしに対して……"恨み"とかもあるだろうしね」

柚子「美結さん……」

美結「それなら、話くらいは……できるかと思うんだ。だからそこで……悠さんと会ってくれるように頼んでみるよ」

柚子「美結さん……」

 

あたしの言葉を聞きながら、柚子さんは心配そうにこちらを見つめる。

まあでも、自分で蒔いた種でもあるし……あたしが動かなきゃね。

 

柚子「そう……ですね!やれそうなことから始めませんとね」

美結「……うん。それに……」

 

悠さんだけじゃなくて、あたしも謝りたいから……ね。

 

柚子「それに……?」

美結「ううん。なんでもない!」

 

そう言って、適当に誤魔化す。

これは……あたしの戦いだ。

だからこそ……頑張らないと。

 

美結「じゃあ、放課後になったら……あたし、行ってくるよ」

柚子「ケジメ……つけてきてください」

美結「うん」

柚子「大丈夫です。湊さんだって、わかってくれますから」

美結「……柚子さんは、優しいね」

 

柚子さんの言葉を噛み締めながら、素直な感想を述べる。

どんな事情があったにせよ、あたしが飛鳥さんを傷つけたのは事実だ。

けれど、それでも……あたしのことを心配してそういう言葉をかけてくれるのは、彼女の人柄ゆえのものなのだろう。

 

柚子「だって……」

美結「……?」

柚子「これでも、新聞部の部長ですから!」

 

彼女は胸を張ってそう言うと、まるで子供のように……少しあどけなく笑った。

……そうして、その日の放課後。

悠さんに、"今日は用事があるので、終わったら行きます"と連絡し、あたしは1人で飛鳥さんの元へと向かうのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
はい……プレゼント良くないですねほんと。
あそこで見えるの流石に反則だろ……って感じです笑
というわけで、だいたいお察ししている方も多いと思いますが、次はついに“湊くん×美結さん”です!
超修羅場の予感がしますが、自分自身今から書くのが怖くなってるので、楽しみにしていてください笑
では、また次の話も読んでいただければ幸いです~!

追記
前回も感想ありがとうございました!
もう本当に嬉しいのでもうありがたすぎます笑
最近オトメ*ドメイン公式のQ&Aコーナーの湊くんの声を聴くのに再びハマり始めて、毎日聞く生活に戻ってしまったのですが……あれやばいですね笑
聞いたことのない方はぜひ聞いてみてください!私は“可愛がってくださいね”というボイスがぶっ刺さり過ぎて昇天したので、そこがおすすめです!!!
まあ、今回の追記はなぜかこういう話になってしまいましたが、次回の話もぜひ楽しみにしていてください!頑張ります笑


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悲愴少女?は傷つかない()

はい、遅くなってすみません!!!
ということで前回の続きです!
前回は修羅場の予感を残しての終わり方でしたが、今回はまさかの湊くん視点ということで、一体どうなってしまうのか!?
まあ、互いに悪意があったわけではなく単純なすれ違いによるものなので……長く引きずらないことを長いながら、今回も読んでいただければ幸いです笑


 

 

もう、何も考えたくない。

もう、何もしたくない。

そんな思いが、頭の中でぐるぐると回っている。

 

湊「(学校、休んじゃったなぁ……)」

 

壁に掛けられた時計に、精気の無い虚ろな目を向ける。

その長針は既に頂点を経過しており、短針は4の表示から少しずれていた。

 

湊「(あぁ……もうこんな時間か)」

 

この時間だと、流石に風莉さんたちも帰ってきてしまうだろう。

いくら誰にも会いたくないからといっても、それまでにせめて夕食の準備くらいはしておかないと。

 

湊「(…………)」

 

昨日の夜――。

寮に帰った僕は、あまりにも酷く惨い事実に耐えられず、皆に何も言わずに部屋に閉じこもってしまった。

もちろん、部屋が同じである以上、風莉さんとは顔を合わせなければならない。

けれど、僕は極力彼女の顔すらも見たくなくて……。

布団を被って、ずっと――スマートフォンに映し出された"彼との写真"を見つめ、1人暗闇の中で泣いていた。

……自分でも、身勝手だとは思う。

家事もせず、学校にも行かず……ただ昨日からこうしてずっと、布団の中で全てを拒絶する。

そんな生活は……拾ってもらった身である以上、僕には許されないことなんだ。

だから……辛くても苦しくても、もう何もかも嫌になっても……最低限の家事くらいはしないと。

 

湊「(はぁ……家事がこんなに憂鬱なのは、初めてかもなぁ……)」

 

布団から顔を出し、夕陽で赤く染まりつつある外の景色を見やる。

こうして、彼のことを考えずに過ごせたら良かったのに……結局僕は、ついつい悠さんのことを考えてしまうのだ。

あーあ……ここまでくると、もう末期なんだろうなぁ……。

そんなことを考えながら、不器用な自分に乾いた笑いしか出なくなる。

 

湊「(これから……どうしよう)」

 

そうして、自分でもよくわからかくなって、とりあえず夕食でも作ろうと立ち上がった瞬間――

 

美結「――飛鳥さん。話があるの」

 

いつものおどけたような声ではなく、真剣で……それでいて迷いのない声で、彼女はそう告げる。

そう……僕が2番目に会いたくなかった人が――僕の世界へと踏み込んできたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

湊「――美結さんとは、話したくありません」

 

僕の様子を伺いに来たのであろう彼女に冷たくそう言って、再び布団を被ってベッドに戻る。

まさか、昨日の今日で顔を合わせそうになるなんて……我ながら災難な事だ。

 

美結「お願い。飛鳥さんに、伝えなきゃいけないことがあるの」

湊「そう……ですか。今まであんな事しておいて、よくもここまで来れましたね」

美結「……っ……」

 

感情を抑えて声のトーンを維持したまま、言葉に明確な敵意を乗せる。

あんなことがあったとしても、美結さんは編入当初から仲良くしてくれた友人の1人だ。

だから……あまりこれ以上、剥き出しの醜い感情を向けたくない。

 

美結「そ、それは……」

湊「……美結さんに、ボクの気持ちが分かりますか……? 信じてた人に騙されていたボクの気持ちが……!友達だと思っていた人に裏切られたボクの気持ちが……っ!」

 

少しヒートアップしてしまった所でハッと気づき、深呼吸をして段々と落ち着きを取り戻す。

こんなに気持ちを前に出すなんて……やっぱり僕、疲れてるんだろうな……。

 

美結「飛鳥さん……」

湊「だから……今は、誰とも話したくないんです。お願いですから……帰ってください……っ」

 

グツグツと煮えたぎる感情を堪えつつ、できるだけ平静を保ちながら美結さんにそう告げる。

ドア越しに聞こえる彼女の声には、段々と焦りの色が混ざり始めていた。

 

美結「悠さんのこと……本当のことが、知りたいんでしょ」

湊「――っ!そ、それは……」

 

核心を突かれ、冷静になろうと律していた心が大きく揺らぐ。

落ち着け、飛鳥湊。大丈夫……絶対大丈夫だから。

そんな言葉をかけられても、僕の決心は揺らいだりしないぞ……!

 

美結「だから……話を聞いて欲しいの」

湊「そ、そんなこと言ったって……悠さんはボクを裏切ったんです!ボクには会えないって言ってたのに……」

美結「…………」

湊「それなのに、美結さんとはあんな仲良さそうに会って話してて……ボクのことは忘れちゃったみたいに……っ」

 

先程までの決意も虚しく、胸の奥に押さえつけていた感情が、堰を切って溢れ出す。

 

湊「(悠さんの……ばか……っ!なんで……なんで……っ!)」

 

右手に握り締めた"アメジストのネックレス"を投げつけようとして……その手をゆっくりと下ろす。

会えないって言ってたのに……なんで……美結さんだけ……っ。

そうして、力を失ったように膝から崩れ落ちる。

 

湊「……やっぱり、ボクのこと嫌いになっちゃったんですよ……っ。ボクに……愛想尽かしちゃったんですよ……」

美結「…………」

 

今までの浮かれていた自分を嘲り笑うかのように、乾き切った声でボソリとそう呟く。

もう……ダメだ。

僕はもう……戻れない所まで、来てしまっていたのかもしれない。

 

湊「だから、悠さんは――」

美結「違うよ、飛鳥さん」

湊「……え」

美結「悠さんは、そんなこと思ってないよ」

 

彼女から放たれた否定の言葉に、思考が停止させられる。

"違う"……って、どういう……こと……?

 

湊「そんなの、信じられませんよっ!」

美結「悠さんはね……怪我、してるんだ」

湊「……え?」

 

いきなり告げられた予想外の情報に、思考が再び掻き乱される。

 

湊「(悠さんが……怪我……?)」

 

あまりに突然のことで信じられず、同じ言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。

怪我……なんで、悠さんが……?どういう……こと……?

 

湊「そ、そんな……わけ……」

美結「全身にかけて、骨折とか打撲が酷いような……大怪我を、ね」

湊「……ぇ……」

 

更なる衝撃の告白に、次第に頭が痛くなってくる。

そんな大怪我……おかしいよ……っ。

なんで……なんで美結さんは、そんなこと言うの……?

 

湊「そ、そんなの、信じられませんっ!……っ!そうだ、2人ともまたボクを騙そうとしてるんですよね……?」

美結「飛鳥さん……」

湊「そ、それに……なんでボクに言わないんですかっ!それも……こ、"恋人"であるボクに……!」

 

感情が高まり、思わず1番言いたかったことをつい口走ってしまった。

まあでも……やっぱり、もしこれが本当のことだとしたら、僕に言わないのはおかしい。

彼のことを一番に考え、誰よりも想っている僕に言わないなんて……今までの悠さんであればなかったことだ。

それなのに、どうして……。

 

湊「だって、あれほど毎日電話してたのに……!やっぱり、悠さんは僕のことなんて――」

美結「心配……だったから」

湊「え……?」

美結「悠さんはね……飛鳥さんに心配をかけたくないから、全て黙ってたんだ」

湊「……え?なんで……心配なんて……」

 

またもや予想外の言葉に、素っ頓狂な声が漏れる。

心配かけたくないというのは少しわかる。いつもの彼なら、確かにそう言いかねないだろう。

でも……それでも、彼は伝えてくれるはずだ。

だって、僕達の仲は……そんなものじゃ……。

 

美結「悠さんはね、"家族のことを乗り越えたばかりなのにこの事実を伝えたら、また心を閉ざしちゃうかもしれない"と考えてたんだよ」

湊「え…………」

 

彼の、僕を大切にしようとする想いがひしひしと伝わってきて、もはや何も言えなくなる。

確かに、僕の誕生日からそんなに経ってないから……悠さんが大怪我したとなれば、また大切な人がいなくなってしまうと絶望していたかもしれない。

あくまでこれは予想だけど……その可能性は、十分にあったかもしれない。

 

湊「た、確かにそうだったかもしれない……ですけど……でも、なんでそんなことになるんですかっ!そもそも、悠さんがそんな怪我をするはずが……!」

美結「……っ……!」

 

ようやく浮上した根本的な疑問を胸に、美結さんに問い質す。

すると、彼女は下を向いて唇を噛み締め、両手を強く握りしめていた。

 

湊「そもそも、怪我だって嘘かもしれないんですし……2人がボクに嘘をついて騙そうとしている可能性だって――」

美結「そんなこと言わないでっ!」

 

そもそもの話を覆すようなことを口にした瞬間――彼女は、今まで見たことの無いような明確な"怒り"を露わにして、僕に強くそう言い放った。

 

湊「美結……さん……?」

美結「彼は……何も悪くないんだから……。元はと言えば、あたしが悪いんだから……っ!」

湊「……え?」

 

突然自分の罪を告白する彼女に驚きながら、回らない頭でその理由を探す。

 

湊「それって、どういう……」

美結「あの日――飛鳥さんが来れない代わりに、あたしが悠さんと第二寮で待つことになったあの日――あたし達は、不良達に絡まれたの」

湊「……っ!?」

 

"不良"という単語に驚きを隠せず、思わず息を呑む。

なんで2人が、そんな……。

 

美結「それで、悠さんはあたしを助けるために1人で……。だから、これはあたしのせいなの……っ!」

湊「美結、さん……」

美結「だから、救急車を呼んで病院に行って……それで、介護が必要になったから、あたしが志願したの」

 

美結さんがいた理由がようやく分かり、少し胸を撫で下ろすと同時に……事の深刻さを改めて認識する。

骨折する程の大怪我をするなんて……余程の事じゃないとありえない。

しかも、それが不良達によるものだとすると、相当激しい喧嘩になっていたのだろう。

まさか……悠さんが、そんなことに巻き込まれていたなんて……。

 

湊「わかり……ました。美結さんが、嘘をついているとは思えません……。その……辛そう、ですから……」

美結「…………」

湊「でもなんで、不良なんかに……」

 

少し落ち着いたところで、当然の疑問を口にする。

だって、いきなり2人が巻き込まれるなんておかしいに決まっている。

そんな、余程の恨みとかがない限りは――

 

美結「それが、あたしにもよく分からなくてさ……。なんか、"ナンパ男のこと覚えてるか"みたいなことを不良達に言われてたから、前に悠さんに何かあったのかもしれないけど……」

湊「――――っ!」

 

聞き覚えのある言葉に、ドキリと胸が痛む。

 

湊「(ナンパ……男……)」

 

最悪のタイミングで思考が正常化し、いつか遭遇した男たちの姿が頭に浮かび始める。

まさか……それって……。

 

湊「そ、れ……は……」

美結「確かに不思議だよね……あの悠さんがあの人達と関わりあるなんて思えないし。何かの勘違いだと思うんだけど……」

湊「……っ……」

 

悠さんと出会った日のことが、脳裏に鮮明に映し出される。

僕が見ている限り、悠さんがそういう人からの恨みを買うことはそうそう無いはずだ。

そうすると……やっぱり、"あの時"……だよね。

 

湊「ボクの……せいだ……っ」

美結「え、なんで!?だ、だって飛鳥さんは今回被害者なんだよ!?どうしてそんな……」

 

突然のことに驚く美結さんを置いて、1人布団を被って自己嫌悪に陥る。

だって……これは……これは……っ。

 

湊「どうしよう……どうしよう、ボク……」

美結「…………」

湊「悠さんに怒りたい気持ちと、謝りたい気持ちがぐちゃぐちゃになって……もう、わかんないよぉ……」

 

目尻から流れ落ちる雫を拭い、彼の姿を頭に思い浮かべる。

確かに、悠さんが悪いところだってある。

形式上"彼女"である僕に何も言わないのは、それが僕のことを心配しているとはいえ、流石に簡単には許すことは出来ない。

それに、そんな中で美結さんと会っているなんて……そして、その上仲良くなっているなんて、僕には到底認められないことだと思う。

……けれど。

 

美結「……飛鳥さん」

湊「……ぅ……」

美結「行こう?悠さんのところへ」

 

彼がこういう状態になってしまったことの……その責任の一端は、紛れも無く僕自身にあるのだ。

結局、あの時僕を助けていなければ……悠さんは、こんなことには……っ。

 

美結「このままじゃ……ダメな気がするんだ」

湊「…………」

美結「2人が……すれ違ったままじゃ、ダメなんだよ……!」

 

ドアを強く叩く音と共に、強い想いの籠った美結さんの声が聞こえてくる。

……よし。やるぞ。

 

美結「だから……行こう、飛鳥さん!」

湊「……わかり、ました」

 

ゆっくりとドアを開け、空いた隙間からおそるおそる顔を出す。

すると、眩しいほどの夕日の光が、窓から僕の方へと差し込んできた。

 

美結「飛鳥さん……!」

湊「まだ、心の整理がついた訳じゃないですけど……ボク、やっぱり悠さんと話したいです。だから……」

 

決意を込めたその言葉の続きは、残念ながら彼女の泣き声によって遮られてしまった。

けれど、まあ……これもいいだろう。

だって、この気持ちは――彼にこそ、伝えるべきものなのだから。

……………………。

そうして、美結さんが泣き止んだ後。

僕達は、まだ少しぎこちない距離感のまま……彼の元へと歩みを進めるのであった。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
案の定湊くん×美結さんがバチバチになりそうでしたけど……やはり湊くんの察しの良さは良いですね~笑
まあ、このまま次の話で悠君と和解してくれれば良いのですが、なんかこのままだと湊くんが別の意味で大変なことになりそうですね……。
とりあえず次回は、遂に“湊くん×悠君”なので、楽しみにしていてください!
それでは、次回の話も読んでいただければ幸いです~!


追記
感想ありがとうございます!!!もう幸せすぎて泣きそうです笑
今回の追記では、少し前のところのこだわり?について書かせてもらえればと思います。(興味ない人はスルー推奨です!)
前々回の湊くんが柚子さんと泣きながら帰るシーンですが、あそこはよくある「キャラの感情を天気が表す」シーンでもあるのですが……
実は、「どうしようもない現実が想いを踏みつぶしていく」ということを表していて、途中にあった「思い出が黒く塗りつぶされていく」的なところとかぶせるようにしていました。
”雨”という人の手にはどうすることのできないものが、人から溢れ出た感情の塊である”涙”をその勢いで流して奪い去っていく……
個人的には、書いていて最も心が折れかけた表現でした笑

……はい。「もう知ってました」、とか「見ればわかるだろ」と思っている方、すみません!!!
一応この部分は頑張ったので、気づかない人がいたらここを見た後に読み返してほしいなと思い、書かせていただきました!
ということで、次回も多分きっと1週間は過ぎてしまう可能性はありますが、できるだけ早く投稿できるように頑張ります!


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みなとさん@たえられない(前)

ギリギリ間に合った……ということで、前回の続きです!
今回の話は、前回のあとがきに書いたように、湊くん×悠くんの話の前編となっています!
大方予想通りだとは思いますが、悠君が大ダメージを食らうので楽しみにしていてください笑
細かい話とかはあとがきの方で書くので、とりあえず今週の話もぜひ読んでいただけると幸いです~!


 

 

 

――終わった。

俺は……取り返しのつかない事をしてしまったんだ。

 

悠「(湊……さん……)」

 

雨の中で走り去る湊さんを、ただ後ろから見ることしか出来なかった日の夜。

俺は……代わり映えのない天井を、ただ呆然と眺めていた。

 

悠「2度と……会えないかもな」

 

ボソリとそう呟き、彼女との思い出の詰まったスマホを手に取る。

――あの時、気づかなければ良かったのかもしれない。

そんな考えが、ふと頭をよぎる。

……いや、結局見つかるのは時間の問題だったはずだ。

彼女は察しが良いから、いつかはバレてしまうものだったのだと思う。

 

悠「(そんなことも考えずに、俺は……)」

 

何度目かも分からない後悔の念が、再び頭の中を埋め尽くしていく。

――"湊さんのことを、1番に考える。"

その信念に従って行動していたはずが、結局は彼女を苦しめることになっていた。

 

悠「(…………)」

 

この選択をした時、俺は100%その信念に沿って行動できたという自信があった。

……湊さんにとって一番のトラウマである――"家族を失う"という出来事。

これを2度と経験させてはいけない、と。

俺の腕の中で、家族を思い出して泣いていたあの日……俺はこの胸に誓ったんだ。

だからこそ、この傷だらけ姿を見せたら彼女のトラウマが蘇ると思い、俺はこの事実を隠そうとした。

けれど……それでは、ダメだったんだ。

 

悠「何が、正解だったんだよ……」

 

気力のない……重く沈んだ声が、ため息と共に口から零れ落ちる。

――やはり、彼女に伝えるべきだったのか?

脳裏に浮かんだ考えを、頭を横に振って否定する。

いや、そんなことをしてしまったら、彼女はせっかく乗り越えたはずのトラウマを甦らせてしまうだろう。

……それに。

俺たちを襲ったあの不良は、湊さんと出会った日にいた奴の仲間だ。

もしも、それをどこかで知ってしまったら……彼女は絶対に自分に負い目を感じてしまうはずだ。

 

悠「(やっぱり、妹達に世話を頼むべきだったか……?)」

 

会えないと言いながら美結さんといた事に対して、彼女は怒っているに違いない。

だからこそ、妹達世話してもらえればよかったはず……なんだけど。

自分のせいだと己を責め、無我夢中で償いをしようと必死になる美結さんを……俺は、止めることが出来なかった。

 

悠「(……いや、これじゃ美結さんに罪を擦り付けるみたいだな)」

 

浮かんでしまった考えを、ため息と共に否定する。

俺自身も、美結さんとの毎日を楽しんでいたんだ。

彼女と過ごす毎日に……居心地の良さを感じていたんだ。

だから結局――全て、俺のせいだ。

 

悠「はぁ……」

 

静寂に包まれた闇の中。

窓から射す月明かりだけが、俺の部屋を仄かに照らす。

それはまるで、僕だけが世界から取り残されたような――

そんな感覚さえしてくる。

 

悠「湊さん……」

 

涙を拭って走る彼女の後ろ姿が、脳裏に鮮明に浮かんでは、途端に靄がかかって消えていく。

……この期に及んで、言い訳をする気はない。

いや、そもそも二度と会う事すら出来ないのかもしれないのだが……。

でもまあ、だからこそ……この独白は、俺の心の中にしまっておこう。

"八坂悠は、彼女の想いを踏み躙った"――それだけで、いいんだ。

それだけで、いいから……。

湊さんに、謝りたいんだ……。

 

悠「湊さん……会いたいよ……」

 

弱々しく放たれた言葉が、霞となって消えていく。

罪の意識が、深く重く俺の胸に刻まれていく。

そうして、夜の闇と静寂に包まれた部屋の中で……。

時間だけが、刻々と過ぎていくのであった――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

翌日、俺は学校を休んだ。

理由は、熱とか腹痛とか適当に言ったが……本当は、もう誰とも会いたくなかっただけだ。

 

悠「…………」

 

何をするでも無く、ただひたすらにベッドの上で目を閉じる。

眠ることさえ出来れば、何も考えないでいられる。

……けれど、そういう時ほど目が冴えてしまうものだ。

そして、運良く眠れても……その夢には、必ず彼女の姿が映るのだ。

 

悠「これが罰……か……」

 

そう呟きながら瞼を上げ、壁に掛かった時計に目を向ける。

5時……か、学生とかはもうとっくに帰ってるんだろうな。

湊さんも……ちゃんと家に帰れたかな。

 

悠「(まあ、今の俺にそういう心配されても、迷惑だろうけどな……)」

 

そう考えた瞬間、乾いた笑いが思わず出てくる。

俺は……湊さんに支えられてたんだな……。

大切なことに今更気づいた途端、一気に喪失感と虚無感が襲ってくる。

やっぱり……会いてぇよ……。

 

――ピンポーン

目元が潤んできたタイミングで、玄関のチャイムが鳴り響く。

宅配は頼んでないし……この時間だと、美結さんか?

立て掛けてある松葉杖を手に取り、ゆっくり玄関へと歩き出す。

 

悠「(美結さんにも、謝らないとな……)」

 

呆然と立ち尽くす俺を、何も言わずにそっとしておいてくれた。

そんな彼女の気遣いが……昨日はとてもありがたかった。

美結さんだって辛いはずなのに……俺は何もしてあげられなかった。

だから……感謝と共に、彼女に謝らないと。

深呼吸をし、無理やり気持ちをリセットして玄関のドアを開ける。

すると――

 

湊「――悠、さん……」

 

そこには……下を向いて、消えそうな声でそう呟く湊さんの姿があった――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

とりあえず2人を部屋に案内し、美結さんに飲み物を準備してもらう。

状況としては、2人がテーブルの横に座っているのに対し、俺は1人ベッドに腰かける形となっている。

まあ、怪我で仕方ないとはいえ、こういう時に動けないのはきついな……って、今はそんな場合じゃないよな。

 

湊「………………」

悠「………………」

 

湊さんとの間に、重く深い沈黙が流れる。

 

悠「(……超、気まずい)」

 

先程から互いに目を合わせようとはするのだが、合った瞬間に逸らしてしまうということが続いている。

まあ、"会いたい"と"謝りたい"と願っていた矢先のことだから、俺としては嬉しいはずなのだが……如何せんいきなり過ぎて、心の準備が出来ていないのだ。

それに、まさか今日来るとは思わなかったし、なんなら美結さんと一緒に来るなんて想像すらも出来なかったから……正直、展開が早すぎて頭が痛い。

 

美結「あ、あはは……2人で押しかけてごめんね」

悠「……あ、いや、それは大丈夫なんだけど……」

美結「……ごめんっ」

悠「いや、気にしなくていいんだよ?」

美結「……違うの、悠さん」

悠「……え?」

 

思いもよらない言葉が飛んできて、思わず変な声が漏れる。

違う……?違うって、どういうことだ……?

 

美結「あたし……飛鳥さんに、言っちゃったんだ」

悠「言った、って……」

美結「ごめんなさい……っ!」

 

意味が分からずそのまま聞き返した途端、更に丁寧に謝られてしまった。

 

悠「(これは……そういう、こと……だよな……)」

 

頭を回転させ、美結さんの意図を考える。

美結さんの様子からすると、たぶん……。

この怪我のこと……だよな……。

 

悠「湊、さん……」

湊「……美結さんから……全部聞きました」

 

俺の言葉に反応し、彼女はゆっくりとその重たい口を開く。

 

湊「不良達と争ったことも、美結さんを守って怪我したことも……それをボクのために言わないでいてくれたことも……全部全部、聞きました」

悠「……っ……!」

 

予想以上に多くのことを知られていて、頭が一瞬で真っ白になる。

そんな……そんな、嘘だ……。

じゃあ、何のために……俺は……っ!

 

湊「だから……悠さんがどう思っていたのかも、今なら分かります」

悠「…………」

湊「……でも……っ」

 

力強く自分の言葉を否定し、息を大きく吸い込む。

 

湊「ボクにも……ボクにも、心配させてくださいよ……っ」

悠「……っ、それ、は……」

 

至極真っ当な想いを告げられ、返す言葉が出てこなくなる。

でも……それでも、俺は……。

湊さんの……ために……っ!

 

湊「……ボクたち、恋人同士じゃないんですか……っ」

悠「…………っ!」

 

ハンマーで殴られたような衝撃が、頭の中を駆け巡る。

確かに、俺たちは恋人同士ではある……けれど、それは仮のものであり、本当は"ただの友人関係"に過ぎない。

"ただの友人関係"に過ぎない……のに……。

それを出すのは……ずるいって……っ。

 

悠「……だって、それは……っ」

湊「……美結さんは、いいんですか……?」

 

一番弱いところにナイフを突きつけられ、呼吸すらも一瞬止まってしまった。

 

悠「それ、は……」

悠「美結さんには、手伝ってもらってるのに……」

悠「……っ……」

湊「毎日、お世話してもらってるのに……っ!」

 

畳み掛けるようにして、湊さんの攻撃が続く。

本当にその通りなんだよ……本当に……。

だから……苦しいんだよ……。

 

湊「ボクは……ダメなんですか……?」

悠「そんな、ことは……」

 

締め付けられるような心の痛みを堪え、必死に言葉を紡ぎ出す。

湊さんが……ダメなわけ、ないじゃないか……。

俺にとって、君以上の人間が……いるわけ、ないじゃないか……っ!

でも……それでも……俺は……っ!

 

湊「ボクじゃ、ダメだったんですか……?」

悠「……ごめん」

 

喉まで出かかった思いを必死に押さえ込み、一言謝罪を述べる。

だって、こんなこと……湊さんに、言えるわけ……。

 

湊「そんな謝罪なんて……ボクは……欲しくありませんっ!」

悠「…………っ!」

湊「そんなの……いらないです……っ!」

 

キッパリとそう言い放ち、立ち上がって俺の目の前にやってくる。

だって、これは……君の、ために……。

 

湊「だから、教えてください……!」

悠「教えて、って……」

湊「ボクの事……嫌いになっちゃったんですか……っ」

悠「――――――――」

 

俺の想いと真逆の問いを投げかけると同時に、彼女はいつかのように泣き出してしまった。

 

悠「(あぁ……俺は――)」

 

――湊さんの心を、ここまで追い詰めてしまっていたのか。

自分の罪をはっきりと自覚し、胸の奥が強く締め付けられる。

……ずっと、怒っているとばかり思っていた。

……俺の事を、憎んでいるとさえ思っていた。

 

悠「(でも、違ったんだ……)」

 

湊さんは、本当はそんなことを考えてた訳じゃなくて……。

それよりもっと、ありきたりで……。

それは、俺が一番先に思い浮かばなきゃいけなかったことで……。

そして……最も、大切なことだったんだ。

 

悠「(ごめん……湊さん……)」

 

心が耐えられなくなり、唇を強く噛み締める。

――そう。

彼女は――湊さんは……。

大切な人が、他の人に奪われてしまうという不安に。

大切な人が、離れていってしまうという不安に。

ただただ……赤子のように怯えていたのだ。

 

 

 




はい、というわけでいかがだったでしょうか?
前編は悠君の独白と湊くん襲来でしたが……まさかのもう会えないと覚悟した矢先に再開ですからね。もう悠君の感情ぐっちゃぐちゃですよ笑
個人的には、湊くんの最後のセリフラッシュが結構気に入ってます!
悠への気持ちに気づいてしまったせいで、いつもより言葉が攻めてる感じになっているのがもう可愛いです笑
さて、次回の話ですが、湊くん×悠君の続きになります。このまま次で終わってくれれば安心するんですけど、2人の仲が無事に元に戻るのか?
というかその場合、イチャイチャしまくるバカップルになりそうですけど、果たしてそうなってしまうのか?
来週も楽しみにしていてください笑

追記
感想ありがとうございます!!!本当にもうありがたいとしか言えません笑
もうね、一言でもいいんですよ!それだけで嬉しいんですよ笑
ありがたや~~笑
実は先週、この作品の実質的な1話目にあたる最初の話を大幅に変えました笑
まあ展開には一切関係ないですけど、個人的にずっと変えたかったところではあるのでこれで一安心です笑
ここまで見てくださっている皆さんだと、今更ここ替えても意味無くね?と思うかもしれませんが……大目に見てください!
長くなりすぎてしまったので、今回はこのあたりで。
今回はいつもより本文の分量が少なくなってしまいましたが、次は気っと長くなると思うので安心してください!
ということで、また次回も読んでいただければ幸いです~!


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みなとさん@たえられない(後)

1週間じゃ間に合いませんでした!!!すみません!!!
ということで、前回の続きです!
多分細かいこと書こうとするとネタバレになるので、あとがきの方で書きます笑
今回も、ぜひ読んでいただければ幸いです~!笑



 

 

 

湊「――ボクの事……嫌いになっちゃったんですか……っ」

 

湊さんの言葉が、頭の中を駆け巡る。

罪悪感が心臓を中心として、波のように全身に広がっていく。

正直もう既に、俺の心は度重なる後悔と悔恨の念によって押し潰されそうになっていた。

……けれど。

 

悠「(……"ごめん"だけじゃ、済まないよな)」

 

湊さんが望んでいるのは、そんな言葉では無い。

彼女が真に求めているのは……"安心"なのだ。

そのためには、俺の口からしっかりと説明しないといけない。

だからこそ、俺は……。

 

悠「(全て……全て、伝えるんだ……っ!)」

 

目を瞑り、暗闇の中で無心で呼吸を整える。

そうして、覚悟を決めた瞬間。

一際大きく息を吸い込み、そっと口を開いた。

 

悠「そんなわけ、ないじゃないか……っ!」

湊「……っ……」

 

彼女を安心させるようにと、力強く問いに答える。

 

悠「俺はただ、湊さんに辛い思いをして欲しくなくて……。だから、こんな姿を見せる訳には――」

湊「……っ!でも、ボクだって……悠さんの、ためなら……っ!」

 

純粋な気持ちを伝えようとして、その言葉が遮られる。

彼女はきっと、俺のためなら耐えられると言いたいのだろう。

そのくらい、これだけ一緒にいればわかる。

けれど……そんな考えは……。

 

悠「それじゃあ……それじゃあ、ダメなんだっ!」

湊「なんで、そんな――」

悠「もう湊さんは……十分に、頑張ったんだよっ!」

湊「――っ!」

 

今度はこちらが遮るようにして、言葉を紡いでいく。

俺のこの気持ち……湊さんに、届いてくれ――

 

悠「ある日突然、家族を失って……それでも、残った唯一の家族と毎日を必死に生き抜いて……」

湊「…………」

悠「でも、その唯一の家族すらも、失ってしまって……」

湊「…………」

 

下を向いて無言で震える彼女を前に、今すぐ抱き締めたいという気持ちを押さえ付けて、その続きを述べていく。

 

悠「そんな、簡単には想像できないような幾多の苦しみ、悲しみを……最近やっと、乗り越えたっていうのに……」

湊「……っ……」

悠「その手伝いを、俺がこの手でしたっていうのに……っ!」

湊「……悠、さん……」

 

放たれた言葉に、気持ちが強く入り始める。

それと同時に、罪悪感と後悔がより一層心の中に充ちていく。

 

悠「家族の代わりに、俺がそばにいてやるって……言ったのに……っ!」

湊「……っ……」

悠「そんな俺が、大怪我をしたなんて知ったら……っ」

 

彼女は――再びその深い闇の中へと戻ってしまうかもしれない。

それどころか、これが追い打ちとなって……その心が壊れてしまうかもしれない。

それが……あの時直感的に想像できてしまった、最悪のシナリオだったんだ。

 

悠「だから……そんな湊さんに、また同じ思いをさせたくなかったんだ……っ!」

湊「悠、さん……」

 

しっかりと俺の口から動機を告げ、次の言葉を練りながら彼女の様子を伺う。

きっと、この話も……もう既に美結さんから教えられているのだろう。

そうとは分かっているのだが……どうしても、彼女の反応は予想よりも大きく……そしてその動揺も大きいように見えてしまったのだった。

 

悠「それで、俺は湊さんに全てを隠して……忙しくて会えないって、嘘をつくことにしたんだ」

湊「……………………」

 

心が苦しくなっていくのを感じながらも、絶えず次の言葉を続けていく。

 

悠「だから……湊さんにだけは、知られたくなかったんだ」

湊「悠、さん……」

 

ある程度話し終わり、湊さんの方をそっと見つめる。

依然として、彼女は下を向いていたが……俺の名を呼ぶ声は、どこか震えているように感じた。

 

悠「俺の事を、どう思ってくれても構わない」

湊「…………」

悠「嘘つきだの、クズだのと思ってくれても構わない」

 

真剣な眼差しで彼女を見つめながら、立て続けに思いをぶちまけていく。

 

悠「"ごめん"、なんて言葉じゃ足りないのは分かってるさ……。でも、それでも――」

湊「わかってます……っ!」

悠「……っ!」

 

そう言いかけた途端、大きな叫び声によってその言葉は遮られた。

 

湊「自分でも……分かってますよ……っ!」

悠「湊、さん……」

 

彼女の潤んだ瞳が、俺の心を鷲掴みにする。

そうして、湊さんは涙を拭いながら……静かに語り始めた。

 

湊「家族を失うのは……正直、今も怖いです……」

悠「…………」

湊「トラウマだって、悠さんがいたから克服できたわけですし……。もしも、その悠さんが……いなくなったりなんか、したら……」

 

そう言いかけて、彼女は両の瞳に大粒の涙を浮かべる。

"悠さんがいたから"、と言ってくれるのは……正直、助けた身からしたら凄く嬉しい。

……けれど、やっぱりそう考えると……隠したままの方が、良かったんじゃ……。

 

湊「だから……悠さんの判断は、正しいのかも知れません……」

悠「湊、さん……」

湊「――でもっ!」

悠「……っ!」

湊「ボクは……ボクはっ!悠さんに……いや、"家族"に……信じて貰えない方が、辛いんですよ……っ!」

 

深い想いが込められた彼女の叫びが、一瞬で俺の思考を停止させる。

 

悠「(家族……家族……?)」

 

普段あまり自分の意思を出さない湊さんだからこそ、これには流石に滅茶苦茶驚いてしまった。

というか、今……俺の事、"家族"って言った気がするんだけど……。

 

悠「湊、さん……それって――」

湊「悠さんは!悠さんは、もう……ボクの、"家族"……なんですっ!」

悠「…………っ!」

美結「…………!」

 

湊さんからの思わぬ告白に、心臓の鼓動が速くなっていく。

 

悠「(俺、が……家族……)」

 

心の中で何度も呟き、その言葉の意味を理解する。

その言葉は、友人としても……そして、彼女の"偽りの恋人"としても、とても嬉しいものであり……俺の心は思わず舞い上がっていた。

 

悠「湊、さん……」

湊「悠さんだけじゃない。風莉さんも、柚子さんも、ひなたさんも……美結さんも、七海先生も……!」

美結「――――」

湊「みんなみんな、もうボクの家族なんです……っ!」

 

目を瞑り、彼女は身の回りの人達に思いを馳せながら、その続きを紡いでいく。

俺だけじゃ、ない……か。そ、そりゃあそうだよな!湊さんにはたくさんの人がついてるんだし!

心の中で必死に言い訳をして、どうにか平静を保つ。

どうやら、俺は少し……というか、結構な勘違いをしていたらしい。

まあ、そもそも振られてるし……そうだよなぁ……。

 

湊「だから……っ!その"家族"に信じてもらえないのは……辛いんですよ……っ」

悠「……っ……」

 

絞り出すようなか細い声が、浮ついた俺の心を現実へと呼び戻す。

そっか……俺のことを家族のように思ってくれているのなら、今回のことは"家族から信頼されてないが故のこと"とも捉えられるからな。

 

湊「と、特に……悠さんは、その――ボクの恋人、なんですから……っ!」

悠「……っ!ご、ごめん……っ」

 

突然の爆弾発言に俺の心は再び掻き乱され……思わず、反射的に謝ってしまった。

まさか湊さんから、またしてもその言葉を聞くことになるとは……。

きっと、彼女にはその気がないのだろうけど……流石にこういうのは、勘違いしちゃうって。

 

湊「謝罪なんて……そんなの、いりませんっ!」

 

首をぶんぶんと大きく横に振り、湊さんは俺の顔へと近づいてくる。

あまりの恥ずかしさに視線が合わせられなくなるが……今はそれどころじゃない。

 

湊「だから……だから……っ!」

 

そう言って、彼女は涙を溢れさせながら、俺の胸へと抱きついてくる。

完治してないから全身が痛いはずなのに……何故かこの時は、少しの痛みすらも感じなかったんだ。

そして――

 

湊「ボクにも……頼ってくださいよ……っ!」

悠「…………」

湊「守られるだけが……ボクの……いや、"恋人"の仕事じゃないんですよ……っ!」

 

彼女の小さくか細い両手が、背中へと回される。

体を締め付ける力が、彼女の涙に比例するように少しずつ強くなっていく。

 

湊「それとも……ボクにはまだ、悠さんの隣に立つ資格はないんですか……?」

悠「そんな、こと――」

 

その続きを遮るようにと、より一層強く抱き締められる。

 

悠「(湊、さん……)」

 

不安による震えが、彼女の小さな両手から伝わってくる。

胸の辺りから……啜り泣く声も聞こえてくる。

――これは……全部、俺のせいだ。

彼女を思うあまり……かえって、不安にさせてしまったんだ。

だから……ちゃんと、言わないと。

彼女の気持ちを理解した上での……俺の気持ちを。

 

悠「"資格がない"、なんて……そんなわけないに決まってんだろ……っ!」

 

俺の胸で泣き続ける女の子を、そっと優しく両手で包み込む。

 

悠「ずっと一緒にいるって言ったろ……?だから、どんな時でも俺の隣にいていいんだよ……っ」

湊「うぅ……ぁ……」

悠「だって……湊さんは、俺の"彼女"なんだから」

 

胸に抱いた想いをぶちまけて、彼女を強く抱き寄せる。

俺の方こそ、湊さんの隣に立つ資格なんてないと思ってたのに……まさか湊さんに言われてしまうとは思ってもみなかった。

それほど、俺のことを意識してくれてるのかな。

それだったら……嬉しいんだけどさ。

……それにしても。

 

悠「(……やっぱり、振られた傷がまだ癒えてないんだろうなぁ……)」

 

比較的傷の少ない左手で優しく頭を撫でながら――それでも、"伝えられなかった想い"に目を向ける。

今日は、チキって言えなかったけど……さ。

俺はもう……湊さんしか、考えられないんだよ。

 

湊「うぅ……悠さん……」

悠「ごめん……ほんとにごめん、湊さん……っ。俺、全然気づけなくて……」

湊「もうっ……!悠さんのバカぁ……っ!謝らなくていいのに……!」

悠「……あ、また忘れてた……」

 

つい、彼女から言われたことも忘れ、いつものように謝ってしまった。

このまま"謝ったら罰金"とかにしたら、家賃よりも高くなりそうだな。

 

悠「俺さ、湊さんに言えなかったことが……ずっと、辛かったんだ」

湊「……はい」

 

2人で抱き合いながら、ポツリとそう話し始める。

 

悠「毎日、湊さんに会いたくてさ……。でも、会ったら湊さんにバレちゃうから……絶対に会うことが出来なくて……」

湊「……うん」

悠「必死に我慢しようとして、それでも耐えられなくて……。電話で我慢しようとしても、それも耐えられそうになくて……」

 

辛い日々の記憶が、昨日のように思い出される。

あれだけ湊さんと一緒にいたのに、ある日突然会えなくなるなんて……あれほど辛いことは、今まであったのかな。

 

悠「それで、俺のその様子を察したのか、美結さんが話し相手になってくれて……」

湊「…………」

悠「でも、それもなんというか……美結さんに、申し訳なくて……」

美結「悠、さん……」

 

彼女を離さないまま、視線を美結さんの方へと向ける。

美結さんとの生活は楽しかったんだけど……なんというか、"湊さんの代わり"になってしまうのが嫌で……。

だからこそ、言葉じゃ言い表せない程に……本当に、美結さんには迷惑をかけすぎたと思う。

 

悠「だから結局、毎日のように電話することにしたんだ」

湊「そう、だったんですか……」

悠「だって……湊さんに、心配をかけることだけはしたくなかったし……」

 

思えば、ここまで心配させてしまった上に、不安にさせてしまった時点でダメだったんだけど……さ。

それでも……。

 

悠「湊さんにだけは……せめて、笑顔でいて欲しかったんだ」

湊「――――――」

 

最後に残った想いを込めて、誠心誠意湊さんに伝える。

なんかキザなセリフっぽくなっちゃったけど……まあ、いいか。

 

湊「………〜〜〜ッッ!も、もうっ!ゆ、悠さんのバカ……っ!」

悠「ご、ごめん……」

湊「もう、二度と……絶対に、こんなことしないでくださいね……っ」

 

大粒の涙を流しながらも、それでも花のような笑顔で彼女はそう尋ねてくる。

 

悠「ああ……二度としないって誓うよ」

湊「約束……ですから、ね?」

 

そう言って、どこか清々しい表情を浮かべた後、湊さんは再び俺の胸に顔をうずめる。

触れ合った部分を通じて、彼女の温もりが全身に伝わってくる。

 

悠「(ようやく……ようやく湊さんと、またこうして……会うことが出来たんだ)」

 

もう二度と、会えないと思っていた。

もう二度と、あの笑顔を見れないと思っていた。

それも全て……彼女を心配するあまり、彼女を信じられなかった俺のせいだった。

――けれど、奇跡が起きた。

こうして再び出会い、互いの想いを理解し……そして乗り越えられたんだ。

 

悠「(だから……)」

 

傷だらけの腕で、より強く彼女を抱き締める。

今度こそ絶対に……俺はこの手を離さない。

もう二度と……俺は間違えない。

湊さんが許す限り……俺は、そばに居続けるよ。

新たな決意を胸に、胸元で啜り泣く彼女をそっと撫でる。

そうして、俺たちは抱き合ったまま……気が済むまで、互いの想いを確かめ合ったのだった。

 

 

 




はい、いかがだったでしょうか?
遂に2人がまたこうして仲良くできるのは書いていて嬉しいですけど……2人とも、変わりましたね笑
多分次辺りから日常に戻りますが、何でこの2人付き合ってないの???ってなると思います。
まあもう湊くんが完全に自覚しちゃったせいなんですけど……仕方ないですね笑
ということで、これで2人に残された問題があと1つになりましたけど……最後にして最大の問題が残っています……。
まだ少し先のことではありますが、どうなってしまうのか楽しみにしていてください笑
ではまた次回も読んでいただければ幸いです笑

追記
感想ありがとうございます!!!ほんと嬉しいです~~~!!!
それに先週はPVも増えててほんとありがたい限りです笑
さて、次の話のことですが、実は今月中旬に少し用事があって、投稿ペースが落ちてしまうと思います。
まあ、だからこそそれまでにここの部分を完結させようと1回の文量を増やしていたのですが……どうにか間に合いました笑
楽しみにしてくださっている方々には申し訳ないのですが、できる限り執筆の方も頑張りますので、気長に待っていただければと思います。


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やはりあたしの青春ラブコメはまちがっていた。

本当に長い間お待たせしてしまってすみません!!!
ということで、前回の続きです!
今回の話は美結ちゃん視点なんですが……何というか辛い内容になっているので、楽しみにしていてください笑
また、例によってあとがきに色々書きますので、前書きはこの辺で……
今回の話も読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

――自分が醜いと感じたのは、これで何回目だろうか。

この2人を見ていると、どうしてもそんな気持ちが芽生えてしまう。

まあ、彼女持ちの人にこんな感情を抱くなんて、正直自分でもどうかと思うんだけど……。

 

美結「(こんなの、思ってしまう方がおかしいのにね)」

 

はぁ、とため息をつきながら、窓の外に目を向ける。

道路沿いに連なる街灯の明かりが、少し弱々しく点滅している。

そんな景色を見ながら、あたしは自分の醜さと向き合うしかないのかと思うと、今から少し憂鬱になる。

 

美結「(あたし……最低だよね……)」

 

再び深いため息をつき、先程の2人の様子を思い出す。

すれ違ったままだった2人は、互いの想いをぶつけ合うことで、どうにか和解することができた。

これはまさにその通りだし、それ以上それ以下でもないはずだ。

……それで、いいじゃないか。

 

美結「(それなのに、あたし……)」

 

そんな、誰もが願うようなハッピーエンドの結末に。

あたしは……"悠さんとのこの生活も、もう終わりなのか"、と。

"このままの日々が続けばいいのに"、と。

飛鳥さんが、喜びの涙を流す中で……醜くも、そんな穢れきったこと考えてしまったのだった。

 

美結「(なんで、こんなことになっちゃうのかなぁ……)」

 

そんな、どうしようもないような……やるせない気持ちに駆られながらも、再び彼女達の方に視線を向ける。

彼女たちの幸せを素直に喜べないような……そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。

だから、先程から考えれば考える程自分に嫌気が差してくるんだ。

 

美結「(胸が……苦しいよ……)」

 

それもこれも、全てあたしがこんな気持ちを抱いてしまったからだと思うと……正直、なんとも言えない気持ちになる。

だって、この気持ちのせいでこんなに辛い思いをしているはずなのに……。

"この気持ちがなければ、彼の全てをこんなに愛おしく思うことなんてなかった"、と。

そう考えるだけで、全て許せてしまうのだ。

 

美結「(ダメだなぁ……あたし)」

 

混沌とした感情の渦に振り回されながら、乾いた笑いしか出てこなくなる。

ほんとに、何やってるんだろうな……あたしは。

幸せを噛み締めながら、互いの想いを伝え合う2人見て――そっと視線を外に逸らす。

これで耐えられないとなると……これから大丈夫なのかな。

そう思いながら、先程よりも強く光る街灯の明かりに視線を向ける。

 

美結「(あたしも……あの光みたいに、強くなれたらなぁ……)」

 

月明かりに負けないようにと、健気に光るその灯りを……ただひたすらにじっと眺める。

そうして、2人の声が次第に遠のいていく中で……あたしは、自分の想いを押し殺すことしか出来なかった。

……恋って、難しいんだね。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

悠「――……美結さん、ありがとね」

美結「あ、うん。こっちこそ、いきなり来ちゃってごめんね?」

 

彼から零れたその純粋な気持ちに、チクリと胸が痛む。

あれから数分後、泣いていた飛鳥さんも段々と調子を取り戻していったのだが……気づけば悠さんの膝で寝てしまった。

まあ、これまでずっと思い詰めていた分、その反動が一気に来てしまったのだろう。

やっと悠さんに会えたんだ……流石にこうなっちゃうのも仕方ないよね。

 

悠「……いや、美結さんのおかげだよ」

美結「……え?」

悠「美結さんが言ってくれなかったら……美結さんが連れてきてくれなかったら……今頃俺達は、まだすれ違ったままだったかもしれない」

 

膝の上で眠る彼女をそっと撫でながら、悠さんは噛み締めるようにそう呟く。

あたしのおかげなんて……そんなわけ……。

 

美結「そ、そんなことないよ!元はと言えば、あたしのせいでもあるんだし……」

悠「そんなことあるんだって。というか、美結さんのせいじゃないからね?」

 

つい口走ってしまったことにツッコミを入れられ、そっと口を噤む。

まあ、飛鳥さんもそんな感じのことを言ってたけど……でも、あたしにとっては"悠さんに助けて貰ったせいで、悠さんが怪我をしてしまった"ということが純然たる事実なんだよ……。

 

悠「……ごめんね」

美結「……え?」

悠「俺が本来やるべきことなのに……美結さんにやって貰っちゃって」

 

悠さんの視線が下に向いたことで、少し遅れて言葉の意味を理解する。

 

悠「美結さんだって、辛かったと思うんだ。それこそ、俺よりも湊さんとは長いんだし」

美結「あはは……まあ、それを言っちゃうと、そうなんだけどね」

 

また、チクリ――と胸が痛む。

確かに、今回のことはあたしにとっても辛かったけど……それよりも、彼へのダメージが大きかったことは、誰の目にも明らかだった。

それに……あたしの辛さは、悠さんが抱いているようなそんな綺麗なものじゃないんだよ……。

 

悠「ごめんね。俺のせいで、こんなことに巻き込んじまって」

美結「いや、そんな悠さんのせいじゃ……」

悠「こうなることなら、最初から隠さずに湊さんに言えばよかったのにね」

美結「でも……それは……」

 

彼の軽い後悔の想いに、思わず否定の言葉が漏れ出す。

だって、そうしたら……あたしとの生活は……。

あたしとの、あの日々は……悠さんにとって、何でもなかったの……?

 

悠「大丈夫だよ。後悔はしてないから」

美結「……っ!?そ、そっか……よかった」

 

あたしの気持ちを読まれたのかと思うくらいに、タイミングよく悠さんはそう告げる。

でも……喜んでなんか、いられないよね。

だって、あたしが……悠さんにとって、"飛鳥さんの代わり"でしかないことには変わりがないんだから……。

 

美結「……でも、ごめんね?あたしなんかが手伝い役になっちゃって。……あ、飛鳥さんと一緒の方が、良かったのにね……」

 

段々自分が嫌になってきて、ついそんなことを口に出してしまった。

こんなこと、悠さんに言っても困られるだけなのに……。

結局あたしは、飛鳥さんの代わりすらも務められなか――

 

悠「――違うよ、美結さん」

美結「……え?」

 

俯いて反省している最中にそんな否定の言葉が飛んできて、思わず顔を上げて彼の顔を見つめる。

え……え?どういう……こと……?

 

美結「違う、って……」

 

予想外の返しに頭が回らず、呟くようにその意味を聞き返す。

すると、彼は聞き届けると同時に撫でる手を止め、あたしの方へと体を向き直す。

そして、大きく深呼吸をした後……ゆっくりと、その口を開いた。

 

悠「……最初は、さ」

美結「ん……?」

悠「最初は……手伝って貰っちゃって申し訳ないな、って感じだったんだ」

 

告げられた言葉に既視感を感じて、彼の目を見つめた時……思い出した。

これは……あの日の話の続きなのかもしれない。

 

美結「あー……確かに、最初の頃は悠さん畏まってたもんね〜!自分の家なのに」

悠「うぐっ……マジかよ」

美結「なんか、飛鳥さんと一緒にいるところしか見たこと無かったから、割と新鮮だったよ〜」

悠「ぐぬぬ……何も言い返せねぇ……」

 

悔しそうにする彼の姿を見て、思わず笑みが零れる。

しかし、その気持ちも……一瞬のうちに打ち消され、再び笑顔が貼り付けられていく。

 

悠「でも……さ。途中から、自分の中で何かが変わり始めたんだよね」

美結「ふむふむ、というと〜?」

 

自分らしく、わざとらしく……いつもの姿を再現しながら、胸の内にある感情に蓋をしていく。

しかし――

 

悠「……美結さんとの生活が、思った以上に楽しくて……さ」

美結「――――――」

 

彼の放ったその言葉が、あたしの心に入り込む。

閉じかけた蓋が……次第にこじ開けられていく。

 

悠「一刻も早くこの体を治して、美結さんに恩返ししないと!……って思ってたんだけどさ」

美結「……………………」

悠「何日も何日も一緒に過ごしていくうちに……段々、楽しくなってきちゃってさ」

 

追い討ちのように告げられていく彼の想いに、心が御しきれなくなってくる。

例えようのない嬉しさと最後に残った理性の欠片が……秘めた想いの狭間でせめぎ合って、胸が苦しくなってくる。

 

悠「気がつけば、今日は何話そうかな?とか、今日は何時に来るのかな?とか、考えるようになってさ……」

美結「……っ……」

悠「美結さんが……いるのが当たり前の存在、というか……生活の一部に、なってたんだ」

 

次々と述べられていく言葉に比例して、喜びの感情が膨れ上がっていく。

そして同時に、醜い感情があたしの心を喰い荒らしていくのだ。

 

悠「だから……湊さんに見られてしまったあの日」

美結「……っ……」

悠「"ああ、ついにバチがあたったんだな"って、直感的にそう感じたんだよね」

 

淡々と彼の口から放たれた事実に、思わず動揺が隠せなくなる。

まさか、悠さんもあたしと同じことを考えていたなんて……。

 

美結「そんな、こと……」

悠「いや、まあ……本当にそうだったのかはわかんないけどさ。もう湊さんに二度と会えなくても……俺のせいだから仕方ないって、思ってたんだよね」

美結「………………」

悠「だから……美結さんが湊さんを連れてきてくれた時、正直すごく驚いたけど……同時に、すごく嬉しかったんだ」

美結「悠、さん……」

 

彼の言葉からその想いが伝わってきて、1人の友人として嬉しくなってくると同時に……もう1つの感情がじわじわとあたしの心を蝕んでいく。

お願い……あと少しくらい耐えてよ……っ!

 

悠「ありがとう……美結さん。俺なんかと一緒にいてくれて……俺なんかの世話をしてくれて……」

美結「……っ……」

悠「そして……湊さんと、仲直りさせてくれて」

 

喜びの感情が高まるに連れて、"女"としての気持ちが増幅していく。

もう……ダメだ。

これ以上は……あたしの心がもたないよ……。

 

悠「本当に……ありがとう、美結さん。美結さんのおかげだよ……!」

美結「悠、さん……」

悠「だから……っ!“あたしなんか”なんて言うのはやめてくれよ……。俺は、美結さんと一緒に居られてよかったって、ずっと思ってるんだよっ!」

 

悠さんからの感謝の想いに、胸の奥がキュウっと苦しくなる。

諦めたいのに……彼のことは、もう忘れたいのに……っ。

どうして……どうして、こんな……。

 

美結「……そ、そんな大したことしてないよ〜!まあ、だって、あたしだって楽しかったし?」

悠「……うん」

美結「この生活が、いつまでも続けばいいな〜って思ってた程だからね〜!……でも、うん……わかった。もうそんなことは言わないよ」

悠「美結さん……」

 

この気持ちを隠さないとと思い、必死にいつもの様子を取り繕う。

心が……痛いんだよ……。

もう、ボロボロなんだよ……誰か、助けてよぉ……っ!

 

美結「ま、まあ、飛鳥さんとも仲直り出来たことだし!存分にイチャイチャしてね〜!」

悠「っ!い、イチャイチャなんて……」

美結「いや、さっきのアレでイチャイチャじゃないって言ったら、世の中のカップルなんてどうなっちゃうのさ!?」

悠「いや、世の中のカップルも大概だけどね!?」

 

少しふざけたことで多少は落ち着いたけど……それでも、今も心は悲鳴を上げ続けている。

正直、できることなら……今すぐここから出て行きたい。

一刻も早く、この気持ちを吐露したい。

早く……楽になりたいよぉ……。

 

美結「とりあえず、今後とも末永くお幸せに〜!まあ、あたし達の取材付きだけど」

悠「それは嬉しくないんですが……!?」

湊「……ん、んん……」

悠「あ、湊さん」

 

……と、話しているうちに、気づけば飛鳥さんが目覚めそうになっていた。

運が良いのか悪いのか……飛鳥さんも、このタイミングで起きてくるなんて。

……というかまさか、自分でもここまで追い詰められるとは思わなかった。

今度はもう少し、心を強く持つ練習でもしないとな……。

 

湊「ん……ここは……確か……」

美結「あ〜、まだ寝ぼけちゃってるね」

悠「そっとしておいてもいいけど……そろそろ起こすか」

 

そう言って飛鳥さんの体を揺すり始める彼の目の前に……中身のないコップが2つ置いてある。

 

美結「(……もしかしたら、これで……)」

 

咄嗟にある事に気が付き、あたしの目の前に置いてある3つ目のコップに注がれたお茶を急いで飲み干す。

そうしてあたしは、彼に対してとある提案をするのだった。

 

美結「――あっ、飲み物なくなってきたからあたし買ってくるよ」

悠「え、あ、俺が……」

美結「……いや、その体じゃ無理でしょって」

悠「……確かに。ごめん美結さん」

 

適当に理由を付けて、どうにか逃げる手段を確保していく。

よし、これなら……っ!

 

美結「外暗いし、すぐそこの自販機で買ってくるよ〜」

悠「毎回毎回ごめんね……本当にありがとう!」

美結「いいっていいって!それじゃあ、行ってくるね〜」

 

そう言って、あたしは足早に玄関の扉を開け、財布を片手に階段を駆け下りていく。

もう……無理だ。耐えられる気がしない。

 

美結「(悠さんのことは忘れようと頑張ったのに……未練が……っ)」

 

ブンブンと頭を振り払っても。

別のことを考えようとしても。

一段一段進んでいく度に……彼との思い出が、脳裏に鮮明に蘇ってくる。

ああ……こんなことになるなら……。

――恋なんて、しなきゃ良かったんだ。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
今回は美結ちゃんの心情を書きましたが、本当に辛いのは次から始まる悠×湊くんのイチャイチャなんですよね……
でもまあ、この美結ちゃんの失恋の行きつく先は結構大事な部分になっていくと思うので、美結×悠の関係性も見ておくと面白いかと思います笑
次回は完全なる悠×湊くんのイチャイチャです!
正直書きながら胸焼けしててある意味地獄みたいになっていますが、皆さんも楽しみにしていてください笑
ということで、次回も読んでいただければと思います!

追記
いつもいつも感想ありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しいです笑
今後の投稿についてですが、とりあえず用事がどうにかなったので、次からは以前までのペースで出せると思います!
物語も佳境に入ってきて、2人の関係性も加速していくと思うので楽しみにしていてください笑
……本当は昨日出したかったんですけど、遅れてしまいました……すみません!!!


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オトコ(ノコ)に恋は難しい

はい今回もどうにか書けました~!ということで、前回の続きです!
今回と次の話は皆さんお待ちかね?のイチャイチャ回です笑
久々に平和な話書いたせいでなんか感覚がなまっていましたが、まあ許してください!
最後の方に最終章に向けた会話みたいなのも書いたので、イチャイチャ100%とはいきませんでしたが、キャラ崩壊するレベルには書けたと思います笑
湊くんが自分の抱く恋心に気づいてしまった後な上に久しぶりの再会から時間が経っていないので湊くんのテンションが高いと思いますが、そこは温かい目で見てください!
ということで、今回も最後まで読んでいただけると幸いです~!


 

 

 

あの運命の再開――そして和解の日から1週間後。

みんなのおかげである程度動けるようになった俺は、久々に一人で家事をやり……たかったのだが、医者にはまだ安静にしていろと言われてしまい、今日も手伝いに来てくれている彼女"達"に甲斐甲斐しく世話をしてもらっていた。

 

湊「――悠さん、口開けてください」

悠「あ、いや……頑張れば、自分で食べられるから……」

 

湊さんからの魅力的な提案に心揺られながらも、最後の理性でどうにかそれを拒む。

 

悠「(……いや、まあ、嬉しいんだけど……普通じゃダメなのか……!?)」

 

自分でも顔が赤くなっていくのを感じながら、必死にそれを隠そうと下を向く。

そりゃあ仮でも彼女からそんなことされたら、嬉しいに決まってるんだけど……恥ずかしいに決まってるじゃねぇか……っ!?

 

湊「もうっ!痩せ我慢はやめてください。まだ少し痛いんですよね?」

悠「そ、それは……」

 

よくできた彼女(仮)に痛いところを突かれ、咄嗟に二の句が継げなくなる。

こ、これは……まずいんじゃねぇか……?

心拍数が急激に跳ね上がり、心臓の鼓動が自分でも聞こえるくらい大きくなっていく。

で、でも、ここでそんなことすると、もう1人のお世話係が――

 

美結「あ、悠さん照れてる〜!」

 

……あ、バレた。

 

悠「ばっ……!だ、だって……恥ずかしいじゃんか」

湊「そ、そうですか……照れてますか……えへへ」

 

必死に言い訳をする俺の隣で、湊さんは嬉しそうに顔を赤らめていく。

そういう表情をされると、流石に勘違いしそうになるのだが……いや、一旦落ち着こう。

 

湊「ほ、ほらっ……大人しく口を開けて下さい!」

悠「いや、でも……」

 

俺の制止も虚しく、無慈悲にもスプーンは眼前へと迫ってくる。

……仕方ねぇ。……ここまできたら、やるしかねぇっ!

 

悠「あ、あーん……」

 

差し出されたスプーンを、そのままパクリと頬張る。

こ、これは……なかなか、恥ず――

 

湊「よく食べれましたね、えらいえらい」

悠「……〜〜ッッ!!!」

 

間髪入れずにもう片方の手で頭を撫でられ、恥ずかしさの上限が更新されていく。

……もう、人目なんて気にしねぇ。

ここまできたらやけくそだ!

 

湊「そ、それで……悠さん。そ、その……味の方は、どうですか?」

悠「上手いに決まってるじゃんか……!」

湊「えへへ……ありがとうございます!」

 

そう言って嬉しさで飛び跳ねる彼女から、2口3口とスプーンが運ばれてくる。

あぁ……生きててよかったぁ……。

まさしく"両手に花"という言葉が一番似合うような状況の中で、これ以上無いくらいに幸せを噛み締める。

……けれど。

確かに2人の美少女に囲まれて幸せ……ではあるのだが、俺には湊さんという心に決めた人(1度振られた)がいるのだ。

だから、いくら仮の関係だとしても、そこらへんはハッキリしないとなぁ……。

 

美結「――はい、悠さんお茶だよ〜。そろそろ飲みたい頃でしょ?」

悠「ありがとう美結さん……!でも、よくわかったね?」

美結「まあね~!伊達に悠さんの世話なんかしてないからね〜!」

湊「…………」

 

そんなことを考えている中、完璧なタイミングで美結さんからお茶を渡された。

……いや、すげぇなおい。

 

美結「まあ、そういう意味で言えば、あたしはもう"悠さんの介護"のプロなんだから!」

悠「いやぁ……ありがてぇ……!」

美結「悠さんのことなら任せてよ〜!」

 

えっへんと言わんばかりに胸を張って、美結さんは嬉しそうにそう話す。

やっぱり、これまで何回も助けて貰ってるし……頼もしい限りだな。

 

湊「――じ〜……」

 

露骨に不機嫌そうな声が聞こえてくると共に、後ろの方から鋭い視線を感じる。

な、なんか視線が痛い……というか、胃がキリキリしてきたんだけど。

 

湊「で、でもボクの方が……悠さんのこと、知ってますけどねっ!」

悠「湊さん……?」

湊「はい、悠さんこっち向いてくださいっ!あーん」

悠「――っ!?あ、あーん……」

 

物凄い威圧感を纏って差し出されたスプーンを、何も言わずに受け入れる。

これは……ダメだ。

なんだろう……いつも優しくて天使のような彼女の後ろに、この時だけはドス黒いオーラを感じた。

やばい……逆らったら……殺られる。

 

湊「〜〜〜!(ドヤァ)」

美結「あ、あはは……」

 

心臓が止まるかと思うくらいのプレッシャーの中で、口に含んだ食べ物をどうにか必死に飲み込んでいく。

そうして、謎の達成感にある種の感動を得ていると……俺の隣で、湊さんが美結さんの方を向いて何かを伝えようとしていた。

 

悠「(どうしたんだろ……?)」

 

なんか、美結さん少し引いてるような気がするけど……まあ、2人だけの内輪ネタみたいなものでもやってるのかな?

もしそうなら、仲間外れにされるのは少し寂しいけど……まあ、いいか。

 

悠「それにしても、まさか2人で俺の世話をしてくれるとは……」

湊「そうなんですよね……ボク一応"彼女"ですし、ボクが全部やろうとしていたんですけど……」

悠「あ、いや、そういう訳じゃ――」

美結「この部屋の収納の場所とか介護の仕方とか色々諸々知ってるのは"あたしだけ"だし……それに、その都度悠さんが説明するのも大変だろうから、あたしが来てるってわけ!」

 

予想外の湊さんの反応に戸惑う中で、美結さんが事の次第を説明してくれた。

……なんか、心なしか2人とも言葉の中に少量の毒が混ざってたような……。

 

湊「…………」

美結「だから、気にしないでね〜!」

悠「そ、そういうことだったんだね……2人とも、本当にありがとう」

 

とりあえず気づかなかったことにして、2人に感謝の気持ちを伝える。

すると、美結さんは頬を掻きながら嬉しそうにしていたが……対照的に、湊さんは俯いてプルプルと震えていた。

あれ……待って、これ……もしかして……。

 

湊「ゆ、悠さんっ!な、なにかして欲しいこととかありますか?」

悠「あ、いや……もうこうしてもらっているだけで、十分過ぎるんだけ、ど……」

 

そう言いかけて、ふと彼女の様子を伺う。

すると、案の定彼女は今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。

あぁ……罪悪感がやばい……。

 

悠「じ、じゃあ……肩揉んでもらってもいいかな?あんまり動かせないから肩がこっちゃって……」

湊「……!はいっ、任せてくださいっ!」

 

そう言った途端、湊さんはぱぁっと顔を明るくして、鼻歌を歌いながら肩を揉み始めた。

間違いない、この反応は……。

 

美結「あー……そろそろ夕飯の準備でもしようかな〜」

悠「……あ、もうそんな時間か」

湊「……はっ!?ぼ、ボクが作ります!ボクに作らせてくださいっ!」

 

"予想通り"の湊さんの反応に確信を抱きながら、窓の外の景色を眺める。

オレンジの絵の具で染めたような混ざり合った空と、それを反射する木々の揺れが、なんとも美しい景色を作り出していた。

 

美結「でも材料ないし、あたしが買い出しに行くついでにそのまま作っちゃうよ」

湊「で、ですが……」

美結「だって飛鳥さん、肩揉んでるし……今のうちにあたしが行くよ!」

湊「……っ!?そ、それは……」

 

俺の肩を揉んでいたことが仇となり、湊さんは黙り込んでしまった。

 

美結「じゃあ、色々買ってくるから、後はよろしくね〜!」

悠「ありがとう!お願いします」

 

そうして、美結さんは俺の言葉を聞くと、財布を手に持って足早にスーパーへと向かっていった。

……さて。

 

湊「むぅ……」

悠「み、湊さん……?」

湊「ボクが作りたかったのに……」

 

背後から聞こえる可愛い声に振り返ると、湊さんは口を膨れさせながら、俺の肩をつんつんと指先で叩いていた。

やっぱりこれって……"嫉妬"、だよな。

自分の中の疑念が確信へと変化し、気持ちが高まってくる。

湊さん可愛すぎるだろ……っ!!!

……って。

 

悠「いだっいだだだだだっ!?」

湊「ご、ごめんなさいっ!つい……」

 

思いっ切り肩を強く揉まれ、肩と喉が悲鳴を上げる。

こ、これも……彼女の嫉妬と考えれば……いだっ!

 

悠「ま、まあ、でも……嬉しいよ」

湊「……え゛っ!?ゆ、悠さん実はMだったんですか……?」

悠「違うよ!?誤解だからね!?」

 

思わぬ誤解を招いてしまい、必死に訂正する。

いや俺、言葉のチョイス間違えたか……?

 

悠「み、湊さん、今日はなんか積極的に手伝ってくれてるよね」

湊「そ、そう……ですね」

 

失敗したことが余程ショックだったのか、湊さんは俯いたまま俺の質問に答える。

 

湊「本当は……美結さんと、一緒に色々やろうとは思ってるんですけど」

悠「ああ」

湊「美結さんと悠さんが仲良くしたり近づいたりしてると……胸がムカムカしてきて……」

 

そうして、彼女は自分の胸に手を置いて、内に秘めた想いを吐露し始める。

そんな"好きな人に嫉妬される"という最高の状況に、思わず俺は舞い上がっていた。

 

湊「それで、"悠さんを取られたくない"って、どうしても我慢できなくなっちゃって――」

 

そして、彼女がそう言いかけた途端――

気がつけば俺は……痛みの残る手で、彼女を抱き寄せていた。

 

湊「ゆ、ゆゆゆ悠さんっ!?にゃ、にゃにしてるんですか……!?」

悠「爆発しそうだから発散してる」

湊「どういうことでふかっ!?」

 

噛んだ。

めちゃくちゃ噛んだ。

もう可愛さが滲み出てるくらいに噛んだ。

 

悠「(こんなの……我慢できねぇよ……)」

 

明らかに嫉妬されてるのが嬉しくて、痛みも忘れて彼女を抱きしめる。

これ俺もう幸せ過ぎて爆発するんじゃないか……?

 

湊「ゆ、ゆゆゆ悠さんっ!?」

悠「こうしないと、我慢できないんだよ」

湊「にゃんでっ!?」

悠「ああ、でも……嫌だったら、やめるよ。湊さんに、嫌われたくないし……」

 

そう言って、彼女の体にまわした腕の力を緩める。

この間は久々の再開に嬉しくなってこうしてしまったけど、湊さんだって毎回抱き締められるのは嫌かもしれない。

もし、そのせいで嫌われてしまうのなら、絶対に我慢しないと……っ!

 

湊「そ、それは……」

悠「…………」

湊「嫌、じゃ……ない、ですけど……」

 

彼女から零れたその言葉に、安堵の心が芽生える。

そうして、俺は腕の力を緩めたまま――

 

湊「む、むしろ……嬉しい、ですけど……」

悠「……へ?」

湊「も、もうっ……!」

 

理解ができずに困惑する頭のまま、そっとシャツの胸元を掴まれる。

そうして、俺の胸にすっぽりと収まった彼女は、顔を朱に染め、上目遣いでこう言い放ったのだった。

 

湊「もっと……強くしてもいい、ってことです……」

悠「……っ……!」

 

その時――俺の脳はバグった。

幸福度が許容量を超えてしまったせいで、暴走も発狂もすることなく……ただひたすらに思考停止したのだった。

 

悠「じ、じゃあ……」

湊「は、はい……」

 

お互い不自然な感じで会話しながら、俺は彼女を抱く手の力を強めていく。

 

悠「ど、どう……かな……?」

湊「す、凄くいい……です……」

悠「…………」

湊「…………」

 

もう何も考えられず、二人の間に沈黙が流れる。

やばい……このままじゃやばいって……!

 

悠「み、湊さ――」

湊「ゆ、悠さん……っ」

 

そうして、沈黙を振り払おうとした俺の声は……湊さんの言葉によってかき消された。

 

悠「湊、さん……?」

湊「あ、あの……その……伝えなきゃ、いけないことが……」

悠「…………?」

湊「で、でもっ……まだ……話せる自信が、無くて……その……」

 

そう言って、彼女は必死に何かを伝えようとするが……言葉に詰まり、その続きを話せないでいた。

この様子だと、きっと大切なことなんだろうけど……今は言えない、ってことか。

 

悠「(湊さん……)」

 

湊さんの辛そうな表情を見て、止まった思考が動き始める。

……よし。

 

湊「だから、その……うぅ……」

悠「……湊さん」

 

今にも泣き出しそうな顔で俺を見る彼女の頭を、ダメージの少ない左手を使ってそっと優しく撫でる。

 

悠「大丈夫だよ。ちゃんと話せるようになるまで、待ってるから」

湊「……悠、さん……」

 

そう言って、彼女は潤んだ瞳をこちらに向け、俺の手に自分の手を重ねる。

 

湊「いつか、絶対……話します。だから……」

 

苦しそうな表情のまま、彼女は何か意を決したかのように力強く答える。

 

湊「その時まで……待っていてください」

 

藍と橙のキャンバスから、薄明かりが差し込む中で。

部活帰りの学生達の、賑やかな笑い声が聞こえる中で。

そうして、そのか細い体から絞り出された言葉は……何か不吉な予感を感じさせるものであった。

………………。

…………。

……。

今思えば、俺はこの時気づくべきだったのだろう。

彼女が抱えていた、ある"重大な秘密"を――。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
嫉妬する湊さんとそれに気づき始める悠君、という感じでしたが……爆発しろってレベルでしたね笑
今までのちょっとシリアスな感じからのこれなので、“やっとか……”と感じる人もいると思いますが、まあそこは許してください!
そして、最後の2人の会話についてですが……まあ、ついに一番大事なシーンが近づいてきたってことですね。
この幸せな話の先に“あの事実の告白”が待っているので、楽しみにしていてください!
ということで、また次回も読んでいただければ幸いです~!

追記
感想ありがとうございます!!!本当にありがたいです!!!
気がつけば、通算UAも3万超えたどころか3万4千超えるみたいなところまで来てて正直めちゃくちゃ驚いてます笑
ここまで読んでいただけると感慨深いというか、ありがたいというか嬉しい気持ちでいっぱいです!
目指せ3万5千!という感じだけど……いけたらいいな~笑
では、今回はこのあたりで!
……美結さんに救いが欲しい……


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八畳間(1K)の侵略者!?

少し遅くなりました。すみません!!!
ということで、前回の続きです!
今回の話は、悠君がお嬢様たちと久々に会う話です。
……まあ、タイトル見るとすぐにわかってしまうと思いますが、普通に会うわけではないです笑
そんな感じで悠君と湊くんがいちゃつくところも多々あるので、楽しみにしていてください!
というわけで、今回も最後まで読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

悠「――湊さん、今日もありがとな」

湊「大丈夫ですよ、ボクがやりたくてやってるんですから!」

 

いつものような話をしながら、ゆっくりと過ごす休日の昼間。

窓から差し込む穏やかな陽の光が、俺たち"2人"を包み込んでいた。

俺の容態としては、完治……とまではいかないが、もう包帯は取れており、ある程度自分で生活できるようになっていた。

ここまで来れたのも美結さんと湊さんのおかげだし、本当にありがたいという気持ちでいっぱいだ。

 

悠「それにしても……"ちょっと用事を思い出した"って言って美結さん行っちゃったけど、何かあったのかな?」

湊「えっ、だ、大丈夫だと思いますよ……」

悠「……そう?」

 

予想外のぎこちない返事に疑問を感じながら、彼女の方に視線を向ける。

 

悠「もしかして……湊さん、何か知ってたりする?」

湊「い、いえっ、そんなことは……」

 

非常に怪しい彼女の態度が気になり、その顔をじっと見つめる。

やっぱり、湊さんは何か知ってるんじゃ……。

 

湊「あ、あの……っ、そんなに、見つめられると……」

悠「あ、ご、ごめんっ!つい……って、流石に嫌だよね……」

 

湊さんの言葉でハッと気が付き、慌てて距離をあける。

超至近距離で顔を見つめられるなんて、湊さんもいい迷惑だったのだろう。

なんか、流石に申し訳ないなぁ……。

 

湊「いえっ、そんなことはないですよ!なんというか、その……は、恥ずかしくて……悠さんの顔が見れなくなっちゃうと言いますか、その……」

悠「は、恥ずかしい……か……。そっか……恥ずかしい、か……」

 

彼女の言葉があまりにも嬉しすぎて、徐々に顔が熱くなっていくのを感じる。

ここまでハッキリ言われると、その……心臓バックバクになるんだけど……!

 

悠「と、ところでっ!今日は良い天気だな!」

湊「そ、そうですね!日差しも気持ちいいですし、過ごしやすい感じですよねっ!」

悠「…………」

湊「…………」

 

段々と羞恥心が働き始め、互いの間にいつものように沈黙が訪れる。

もう何回もこういうの経験したはずなのに……どうしても慣れねぇなぁ……。

 

悠「そ、それでさ――」

 

そうして、先程の美結さんの話をしようとした瞬間。

 

???「……が、……なのね」

 

突然、部屋の外から女性の声が聞こえてきた。

 

悠「あれ?なんか声聞こえない?」

湊「そ、そうですか?ボクにはあんまり聞こえないですけど」

 

そう言って、彼女は両手で分からないというジェスチャーをした後、空いたコップを片手に冷蔵庫へと向かう。

確かに、外から聞こえてくるのは当たり前なのだが……部屋が2階にある以上、この声の大きさだと、大声で話しているか余程近くにいるかのどちらかということになる。

となると、大声で話している可能性が高くなるのだが……。

 

???「……からね!まあ、……さんも……けど」

 

そう考えているうちに、今度は別の話し声が聞こえてきた。

やっぱり、主婦の方々の井戸端会議とかなのかな……?

 

悠「なんか外で集まってるのかな?」

湊「そ、そうなんじゃないですかね?あはは……」

 

様子のおかしい湊さんはさておき、気になり過ぎて窓をそっと開けて外の様子を眺める。

……誰も、いない。

と、いうことは――。

 

???「八坂さん、元気かしら……。この人数で行くのも申し訳ないわ」

 

瞬間、玄関の方から聞き馴染んだ声がハッキリと聞こえてきた。

……てか、名前呼ばれちゃってるんだけど……。

 

悠「あのー、湊さん……?」

湊「ど、どうかしましたか?」

悠「本当に、何も知らないの?」

湊「し、知りませんよぉ……!き、聞き間違いじゃないですか?」

 

これは流石に何か知っているのだろうと思い、彼女に尋ねてみる。

しかし、その果てに返ってきたものは……挙動不審な様子から読み取れる露骨な動揺と焦りであった。

……というか、それにしてもこの2人?の声、どこかで聞いたことがあるような……。

 

???「――ほう、ここが円卓の騎士の城……すなわちキャメロットか」

 

……嘘、だろ。

 

悠「湊さん!?」

湊「…………」

悠「いやいやいやいや、大垣さんだよね?これ」

湊「……………………」

悠「ちょっ、湊さん?」

湊「ひゅー(口笛?を吹く音)」

悠「いや、誤魔化すにもちゃんと吹けてからにしようよ……」

 

悪い予感が一瞬で確信へと変わり、逆に全身の力が抜けていく。

まじかよ……というか、誤魔化して口笛吹くなら、もう少し上手くしようよ……。

 

悠「てかなんで?なんでいるの?」

湊「そ、それは……」

 

と、湊さんが言いかけた途端。

インターホンの音が、部屋中に響き渡る。

 

悠「ほんとに来ちゃったじゃん……どうしよ、湊さ――」

湊「あ、みなさん入って大丈夫ですよ〜!悠さんも歓迎していると思うので」

悠「み、湊さん!?!?!?」

 

助けを求めようと湊さんに話しかけた瞬間……時既に彼女は玄関の扉を開け、お嬢様達を部屋の中へと案内していた。

 

風莉「お久しぶりね、八坂さん。身体は大丈夫かしら?」

悠「あ、はい、大丈夫……え?あ、え?」

 

西園寺さんから労いの言葉をかけられるが、状況が上手く飲み込めず、動揺が言葉に表れてしまう。

しかし、それも今は無理もない話なのかもしれない。

なぜならそこには、西園寺さん、貴船さん、大垣さんだけでなく……用事で出かけてしまったはずの美結さんの姿もあったのだ。

 

柚子「実は、湊さんと美結さんから容態を聞いていたので、八坂さんが大丈夫な時にでもみんなでお見舞いに行こうって話になっていまして」

ひなた「ククク……我が直々に見舞いに来てやったのだ!ひれ伏すが良いぞ!」

悠「そ、そうだったんだ……皆さんありがとう。……東方将軍ちゃんはいつも通りなんだね」

 

美結さんのことは一旦置いておいて、とりあえず皆に感謝の気持ちを伝える。

大垣さん、寮の外でもこの感じなんだ……やっぱりメンタル強いな……。

 

美結「と言いつつ、ひなたちゃん本当はすごく心配してたんだけどね」

ひなた「な、何言ってるのだっ!?え、円卓の騎士よ、聞かないで欲しいのだぁ!」

悠「そうだったんだ……ありがとう、大垣さん」

 

美結さんから告げられた事実に喜びを覚えつつ、その感謝を示すようにそっと頭を撫でる。

本来なら、気軽にこういうことをしてはいけないのだが……。

……なんだろう、この無性に撫でたくなる感覚は。

………………。

…………

……。

――あ、ペットだこれ。

 

湊「むぅ〜……!」

 

不機嫌そうな声が聞こえてくると共に、背後から鋭い視線を感じる。

や、やべぇ……湊さんがいるのにこんな事しちまった……。

 

悠「……って、そうだ!結局のところ、湊さんも美結さんもグルだったってことだよね?」

湊「うっ、は、はい……」

美結「あはは……ごめんごめん」

 

反省中に大事なことを思い出し、そのまま2人に尋ねてみると……案の定2人ともグルでこの計画に参加していたことが分かった。

やっぱり、俺だけが知らされてない感じだったのか……。

俺一応家主なんだけどな……新手のいじめかな???

 

風莉「もしかして……お邪魔だった、かしら?」

悠「あ、いや、そんなことないよ!いきなりだから驚いたってだけだよ」

風莉「そう……よかったわ」

 

心配そうに覗き込んできた西園寺さんにドキドキしながら、素直に本心を伝える。

西園寺さんって美しい顔立ちだし、めっちゃ可愛いよなぁ……って、何考えてんだ俺!?

 

悠「(湊さんが振り向いてくれるまで頑張る、って決めたじゃないか!)」

 

自分に喝を入れて、頭に巣食う煩悩を振り払う。

……でも、それにしても――。

 

悠「(いきなり、この人数か……)」

 

改めて状況を確認して……次第に頭が痛くなってくる。

そうして俺は、どうしようかと頭を悩ませながら、皆が座るようにとクッションを敷き始めるのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

最初の戸惑いも徐々に消え始めた頃。

俺は"動ける範囲で"世話係2人の手伝いをしながら、お嬢様達に紅茶と菓子を準備していく。

話を聞く限り、どうやら彼女達は本当に俺のお見舞いに来てくれたらしく、先生にも後で伝えてくれるそうだ。

まあ、それに関しては非常にありがたいことではあるのだが、せめて何かしら言ってくれても良かったのではないか?と思わなくもない。というかめっちゃ思ってる。

けれど、彼女達から"驚かせたかった"という純粋な気持ちを伝えられてしまった以上、その考えは置いておくしかないのだ。

……いやまあ、嬉しいからいいんだけどさ。

 

風莉「――それにしても……部屋のいたるところから、湊の香りがするわ……」

湊「ちょっ、え、どういうことですか!?」

悠「分かってくれるのか!西園寺さん!」

湊「え゛!?ゆ、悠さん!?」

 

思わぬところで西園寺さんと意気投合し、がっしりと熱い握手を交わす。

まさかこの感覚が通じるなんて……さすがは理事長だ。

 

悠「ふっ、西園寺さんもこの部屋のミナトニウムを感知するなんて、なかなかやるね」

風莉「八坂さんこそ、余程のミナトニストらしいわね」

湊「も、もうっ!馬鹿なことは言わないでくださいよぉ……!というか、それ何なんですかっ!?」

 

俺達の高度な会話に、あたふたしながらツッコミを入れる湊さん。

今度、西園寺さんと熱い議論でも交わそうかな。

 

柚子「それにしても……すごく整理整頓されてるんですね!」

真実を知る者達「…………(真顔)」

悠「そ、そうか?そんなに気にしたことは無かったんだけど……」

 

そう言って辺りを見回して、部屋の状態を確認する。

別段綺麗に整頓されてるわけではないのだが……いつも2人が掃除してくれているおかげで、だいぶ綺麗にはなっている。

……というか、貴船さん以外顔が固まってたけど……どういうことなんだ……?

 

ひなた「キャメロットの内部なのに、聖剣がないのだ?」

悠「あるわけないよ!?」

ひなた「そ、そんな……円卓の騎士なら持ってると思ってたのに……」

 

いきなりぶち込まれたネタに、反射的にツッコミを入れる。

しかし、本人にとってはネタではなかったようで、上目遣いで俺の顔を見ながら泣きそうになっていた。

え、これ……俺が悪いのか……?

 

悠「あ、後で久々に決闘でもしようか?」

ひなた「え、いいの……?」

悠「あーうん……いいよ、まかせてくれ」

ひなた「……!わーいわーい!やったのだー!」

湊「……むぅ……」

 

まるで幼子のように嬉しそうに飛び跳ねる東方将軍ちゃんを見て、心が癒されていく。

これで一先ず大丈夫……だよな?

 

美結「それにしても……こんなにハーレム状態になると、なんか胸にくるものがあるんじゃないの〜?」

悠「は、ハーレ、む……っ!」

湊「……っ……」

 

ニヤニヤと笑いながら放たれた言葉に、一瞬心臓が停止しかけた。

 

悠「そ、そんなことは……」

柚子「確かに、女の子に囲まれてますもんね!今どんな気持ちなんですか?」

悠「ど、どんな気持ち……って……」

湊「…………」

ひなた「血が滾っているのではないか?」

美結「そ、それはないと思うよ……あはは」

 

他のお嬢様達からの援護射撃に、どんどんと追い込まれていく。

てか、さっきよりも湊さんからドス黒い殺気みたいなのが伝わってくるんだけど……大丈夫なのか、これ……?

 

風莉「湊……?どうしたの?」

湊「……ゆ」

風莉「ゆ?」

湊「ゆ、悠さんはっ、ボクの……こ、恋人なんですっ!だ、だから……ハーレムなんて、ダメなんですっ!」

 

左腕にギュッと抱きつきながら、湊さんは一生懸命にそう言い放つ。

その瞳は潤んでいながらも、彼女の強い意志を感じさせるものであった。

こ、これは……。

 

悠「湊、さん……」

柚子「愛されてますね〜」

ひなた「愛されてるのだ」

湊「あ、あいっ……!?」

 

今度は湊さんが2人から追撃を食らい、漫画のように目をグルグルとさせながらあたふたし始める。

 

風莉「湊、幸せそうね。……ごめんなさい、湊の大切な人を取ろうとしてしまって」

湊「取っ……!?ち、違いま……あ、違くなくて、その……〜〜〜っ!!!」

 

さらに西園寺さんからも追い討ちをかけられ、これ以上ないくらいにテンパってショートする湊さん。

俺はそんなに彼女を見て、言葉では言い表せない程の幸せを噛み締めていた。

 

美結「2人とも熱いね〜」

悠「あ、まあ……」

湊「そ、それは……」

 

美結さんから生温かい目を向けられ、2人揃って口を噤む。

なんか、色々と複雑だ……。

 

柚子「あ、では最近の2人のお話でも聞かせて貰えませんか?湊さん、通い妻してるんですもんね?」

湊「か、かよっ……!?ち、違いますってば!」

風莉「え……?でも、いつも楽しそうにしながら準備して、毎日のように八坂さんのところで生活しているでしょ?」

湊「そ、それは……」

 

貴船さんと西園寺さんにからかわれ、顔を赤くして黙り込む湊さん。

というか、楽しそうに準備してくれてるとか初めて知ったけど……流石に嬉しすぎるんだが……???

 

ひなた「あ、あと我は、敵勢力に襲われた時の話も聞きたいのだ!」

柚子「"敵勢力"では無いと思いますが……私もその時の話を聞かせてもらいたいですね」

悠「あー……うん。いいよ、それに関しては全部話すよ」

 

ある程度予想はしていたが、やはり"例の事件"について聞かれ、少し複雑な気持ちになる。

まあ、流血とか骨折とか色々あったけど……喧嘩のところを軽く端折りながら説明すれば大丈夫だろう。

……大垣さん以外は。

 

美結「あ、じゃああたしお菓子用意してくるね!」

ひなた「我も手伝うのだー!」

風莉「八坂さん、湊。よろしくお願いするわ」

悠「り、了解……」

湊「わ、わかりました……」

 

そうして、美結さん達がお菓子を持ってきたことを確認した後、俺たちは話し始めた。

あの日起きたこと、怪我の具合、看病のこと……。

そして、湊さんとのすれ違いや、和解してからの日々のことも――。

彼女達が満足して帰宅するまで、事細かく説明するのであった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
今回悠君はボケもツッコミもやっているという大変な立ち回りでしたが……いちゃついてる分このくらい苦労してもいいですね笑
途中の風莉との会話が新出語彙ばかりで困惑している方も多いと思いますが、許してください。

彼らはあれが正常です()

……さて次回ですが、次はもう一組(2人)悠君の回復を待っている方々がいるので、その話になると思います。
多分そこでも悠君たちは見せつけていくんだと思いますけど、温かい目で見ていてください笑
というわけで、次回の話も読んでいただければ幸いです~!

追記
感想ありがとうございます!&UA34000突破ありがとうございます!
もうめちゃくちゃ嬉しいですね笑
最近久々にオトメドメインを開いたのですが、各ヒロイン(特に風莉さん)があんなに良い感じの話&キャラなのに、自分が悠×湊の話を書いてヒロインを裏切っていることを自覚してめちゃくちゃ申し訳ない気持ちになりました()
特に風莉さん、すみませんでした!!!
……ということで、次回は“彼女たち”メインの話ですが、それと同時かその次の回で美結ちゃん視点の独白入れます。
美結ちゃんの決着もそろそろなので楽しみにしていてください!
それでは!


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美人妹たちが実家から来るそうですよ?

お久しぶりです!少し遅れましたが前回の続きです!
今回の話は妹ちゃんたちが来る話で、湊くんの心情的にも少し進展があるのですが……いつもより長くなってしまいました笑
……というかUAが一気に増えてめちゃくちゃ驚いてるけど何があったんだ……!?
まあ、色々とあとがきに書きますので、とりあえず前書きはここまで!
というわけで、今回の話も読んでいただければ幸いです~!


 

 

お嬢様達のサプライズから1週間後。

悠さんの怪我もすっかりと無くなり、完治したと言っても過言ではない状態にまで戻っていた。

本人曰く、ボクと美結さんのおかげらしいけど……ボクも美結さんも、毎日何時間か看病していただけで、そんなに大層なことをした覚えがない。

だからやっぱり、最後は自分の力で治したんだと思っている。

 

湊「(……でもまあ、そう言ってくれるだけでボクは嬉しいんだけど)」

 

ということで、今日は報告も兼ねて妹さん達が来ることになっている。

両親には電話で伝えていたけど、妹さん達があまりにも会いたがっていたかららしい。

まあ、あの2人らしいと言えばそうなんだけど。

 

湊「悠さん、体調はどうですか?」

悠「ああ、2人のおかげですっかり元気になったし、大丈夫だよ!」

 

そう言って彼は腕をぶんぶんと回し、過剰気味に元気なことをアピールする。

確かに元気なのはわかるけど……正直ボクとしては、もう少し安静にしていて欲しい。

これで悪化なんかされたら、それこそこっちの心臓がもたないよ。

 

美結「それにしても、悠さんの妹かぁ……久しぶりだなぁ」

湊「凄く綺麗で兄想いな人達ですよね」

 

話しながらふと、"会ったことあるんですか?"と思い美結さんの方をじっと見る。

まあ、ボクも悠さんと長らく会えてなかったから、その時に会っていたのだろう。

 

悠「もうそろそろかな……」

湊「そうですね、連絡からだいぶ経ちましたし、もう来るんじゃないですか?」

 

ピンポーン

一瞬の静寂と共に、インターホンの音が響き渡る。

 

湊「お待ちしてました。真白さん、優依さん」

悠「2人とも、来てくれてありがとう」

真白「お久しぶりです、飛鳥さん。お兄ちゃん!」

優依「飛鳥さん、お兄、久しぶりだねー」

 

玄関のドアを開け、悠さんと共に白黒姉妹を部屋の中へと案内する。

やっぱり……2人とも綺麗な人だなぁ……。

 

美結「あ、悠さんの妹さん達!久しぶりだねー!」

真白&優依「「――――――」」

 

リビングのドアを開けようとして……勝手にドアが音を立てて開く。

そして、そこから美結さんが飛び出してきた瞬間――2人は寸分の狂いもなく、同時に固まってしまった。

 

優依「え、皆見さん……?」

真白「お、お兄ちゃんの家に、女の人が2人も……!?」

 

冷静に疑問を抱く優依さんとは対照的に、真白さんは目をぐるぐるさせて慌て始める。

そうして、ぎこちない雰囲気のまま……八坂兄妹再会の時は訪れたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

悠「――ということで、あれからもずっと美結さんにも色々手伝ってもらったんだ」

美結「そういうことなの!前にも会ったけど、改めて妹ちゃん達よろしくね!」

 

2人を座布団に座らせ、程よい加減のほうじ茶を提供してからおよそ5分後。

このままではまずいと思ったボク達は、一通りの事情を説明していた。

これで通じればいいけど、この状況って他人から見たらたぶん意味不明だし……まあ無理だよね。

 

真白「優依ちゃんやばいよ……公認で二股だよぉ……。お兄ちゃんがどんどん大人の階段上っちゃってるよぉ……!」

優依「お兄……なんでこれで刺されてないの……?」

 

小声で慌てふためく2人を見て、心の中で同情する。

まあ、ボクだったら絶対同じ反応になるだろうし……2人とも耐えて……!

 

優依「でも、お兄彼女さんいるのに他の女の人も連れ込んでるなんて、中々えげつないよね……」

悠「うぐっ!?」

真白「お、お兄ちゃんが……どんどん変わっちゃってます……うぅ……」

悠「ち、違うんだこれはっ!?」

 

当然の反応をダイレクトに受け、メンタルがボロボロになる悠さん。

自業自得ですから、これを機に反省してください……もうっ!

 

真白「飛鳥さん……大変ですね……」

湊「そ、それは……まぁ……」

優依「愚痴ならいくらでも聞くから、いつでも頼ってね」

 

憐れむような目で2人に肩を叩かれ、嬉しいような悲しいような変な気持ちになる。

なんだろう……純粋な優しさが心に染み込みすぎる……。

 

美結「それにしても、やっぱり悠さん達も兄妹仲良いよね」

悠「ああ、それに関しては自信がある」

優依「えぇ……私半分ぐらいドン引きしてるけど……」

悠「え゛!?」

真白「わ、私はどんなお兄ちゃんでも大好きですからねっ?」

悠「ありがとう真白ぉ〜……!」

 

優依さんに冷たくされ、悠さんはいつものように兄Loveな真白さんを抱きしめる。

案の定、彼女は顔を真っ赤にしてあたふたしていたけど……とりあえず誰が見ても幸せそうな顔で昇天していた。

 

優依「わ、私だって……お兄のことは嫌いじゃないから……」

真白「ほら、優依ちゃんも素直に!大好きですよね……?」

優依「うっ……それは……」

悠「あーもう2人とも可愛いなぁ〜!」

 

そう言って、両手を広げて2人を力いっぱいに抱きしめる悠さん。

そのまま頭をわしゃわしゃと撫で回され、2人とも満足そうに顔をふにゃふにゃさせていた。

 

湊「(2人ともいいなぁ……ボクも、悠さんに……)」

 

――って、何考えてるんだろボク!?

思わず浮かんだ欲望を、頭をぶんぶんと振って思考から追い出す。

あ、危なかった……。

 

美結「わかるー!下の子って可愛いよね〜!あたしも弟いるんだけど、可愛くて可愛くて……」

悠「そっか、美結さんも兄弟いるんだっけ。弟っていいなぁ〜一緒に遊ぶの楽しそうだし」

真白&優依「…………」

 

地雷を思いっ切り踏み抜き、物の見事に爆散する悠さん。

悠さん、なんでこんなに鈍感なんだろ……?

 

優依「ふ、ふーん……お兄そういうこと言っちゃうんだ?」

悠「へ?あ、いや、これは違くて……」

真白「お、お兄ちゃん……妹は、嫌だったんですか……?」

悠「そ、そんなわけっ!」

 

胸の中で拗ね始めた2人の妹たちに、悠さんは慌てて誤解を解こうと必死になる。

なんか、悠さんってこういう時だけ不器用な気がする。

いつもはしっかりしてるのに、なんでこういう時だけ抜けてるんだろ……?

 

湊「悠さん、それじゃあ2人が可哀想ですよ?」

悠「湊さん……うん、そうだよね。2人ともごめんね」

 

テンパってる悠さんが見ていられなくなり、とりあえず助け舟を出す。

すると、ボクの声で正気に戻ったようで、悠さんは目を瞑って深呼吸をすると2人にちゃんと謝り始めた。

 

真白「もうっ……謝る気があるなら、頭撫でてください……」

優依「あ、あたしは別に、そんな……」

真白「ほら、優依ちゃんも……!」

優依「う、うん……お兄、撫でて……?」

 

少し口を尖らせていた2人だったが、ボクの顔をちらりと見ると、やれやれといった様子で悠さんに甘え始めた。

 

湊「(ボクの前だから喧嘩せずに許してくれた……ってのは、考え過ぎかな?)」

 

ふとそんな都合の良いことを考え、彼女達の方に目を向ける。

まあ、どちらにしろ、こんなに幸せそうな顔で撫でられているんだし……とりあえず良かったって思っておこう。

 

湊「あ、2人とも今日の夜食べていきませんか?」

真白「え、いいんですか……?」

優依「そんな、申し訳ないですって」

 

彼の腕の中で遠慮する妹さん達に、気にしないでと優しく語りかけながら、冷蔵庫の中身を確認しに台所へと向かう。

 

湊「いえいえ、久々に会えたんですから、ぜひ食べていってください!腕によりをかけて作りますので!」

真白「お兄ちゃんの彼女さんの手料理……」

優依「ど、どんなものか見てみたい……」

 

次第に遠慮よりも興味が勝ってきたことを確認し、そのまま畳み掛けるように言葉を続ける。

……あれ?冷蔵庫の中、あんまり食材がないかも……。

 

湊「じゃあ決まりですね!……あ、悠さん、買い出しに行ってきてもいいですか?」

悠「あ、いや、俺が行くよ」

湊「もうっ!悠さんはまだ病み上がりなんですから、休んでてくださいっ!」

悠「ふぁ、ふぁふぁっふぁひょ」

 

無理しようとする元病人にムッときて、その左右の頬を少しつねる。

いつかの仕返しということでやってみたけど、案外これ楽しいかも……?

 

美結「い、イチャイチャしてるー……」

真白「お兄ちゃん……うぅ……」

優依「ほ、ほらっ、真白ちゃん?私達はもう諦めたでしょ?ね?」

 

3人がヒソヒソと何か話しているが、ボクも悠さんもよく聞こえず、2人で頭に"?"を浮かべて首を傾げる。

この3人かぁ……何話してるんだろ……?

 

真白「あ、あの……」

湊「ん?どうかしましたか?」

真白「そ、その……私達も、その……着いて行っちゃ、ダメですか……?」

湊「……え?」

 

と、色々と考えているうちに、真白さんから思わぬ提案をされてしまった。

いや、これは流石に断らないと……。

 

湊「でもお客様ですし、悠さんとせっかく会ったんですから……」

優依「――私からもお願いします」

湊「優依さん……?」

優依「料理出してもらうなら、それくらいは手伝いたいですし……それに、私も真白ちゃんも少し話したいこともありますから」

 

そう言うと、彼女達は真剣な瞳でこちらを見据える。

話……か、この様子だとなにか大切なことなのだろう。

 

湊「(でも、お客様だし、悠さんと久々に会えたわけで……うーん……)」

 

湊「ゆ、悠さん……ど、どうしましょうか……?」

悠「あー……」

 

どうして良いか分からず、今度はこちらから助け舟を求める。

すると、悠さんはボクの顔を見た後に2人の顔を一瞥し、腕を組んで悩むような素振りを見せると――

 

悠「真白、優依。俺の代わりに湊さんを手伝ってもらえるか?」

優依「お兄……!」

真白「お兄ちゃん……っ!」

 

そう言って、渋々といった様子でジャッジを下すのであった。

 

真白「えへへ〜任せてお兄ちゃんっ!」

優依「まあ、お兄よりは力になると思うけどね〜!」

悠「は?俺の方が力になるからな?舐めんなよマイシスター」

真白「もうっ!優依ちゃんもお兄ちゃんも喧嘩しないでください……!」

悠「ご、ごめんよ真白……まあ、2人とも湊さんに迷惑かけないようにな」

 

はーいという掛け声とともに、2人がボクの背後をペットのようについてくる。

なんかやっぱり、2人とも猫みたいな人だなぁ……。

 

美結「…………」

 

そんなことを考えながら、玄関を出ようとしたボクたちの後ろで。

美結さんは、何かを決心するかのような面持ちで……膝の上で握り拳を作っていた。

――それが何を意味しているのかは、今のボクには分からない。

けれど、憂いを帯びたその姿がどこか儚く見えて……ボクの心には、妙な胸騒ぎがしていたんだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

傾き始めた陽の光が、いつもの通い慣れた道を黄金色に染め上げていく。

そんな幻想的であり、当たり前のような景色を眺めながら、ボクたちは夕飯の買い出しへと向かっていた。

 

優依「飛鳥さんは、さ」

湊「はい?」

優依「今の状況……どう思ってるの?」

 

歩き始めてから5分くらい経過した頃。

あまりの眩しさに手で日除けを作っていると、ふと優依さんからそんなことを尋ねられた。

 

湊「どう、って……」

真白「お兄ちゃん、他の女の人とも一緒にいるでしょ?」

湊「そ、それは……」

 

胸に抱く悩みの1つを指摘され、思わず二の句が継げなくなる。

……多分これが、彼女達の"話したいこと"なのだろう。

それならボクも、嘘偽りのない本心で話さないと……。

 

湊「自分でも、変なんです……」

優依「変……?」

湊「胸の中がモヤモヤしてムカムカして……でも、悠さんの嬉しそうな笑顔を見ると、そんな気持ちもすぐに消えちゃって……」

真白「そ、それって……」

 

自分でもおおよそ察している想いを説明し、次第に顔が熱くなってくる。

というか、まさかこの2人の前で話す時が来るなんて思わなかった……。

 

優依「飛鳥さん、それは"やばい"よ」

湊「え?こ、これって"やばい"んですか……?」

真白「お、お兄ちゃんに……手玉に取られちゃってますよぉ……」

湊「て、手玉っ!?」

 

2人の思わぬ反応に、そのままオウム返しをしてしまった。

手玉なんて……そんな……。

 

優依「まあ、真白ちゃんも大概だけどね」

真白「そ、それは……まあ、お兄ちゃんになら何されても大丈夫な私ですから……」

優依「それもそれでダメだと思うけどね!?」

 

楽しそうな2人の会話が、耳からすり抜けていく。

そんなこと……ないんだ……っ。

悠さんがボクを手玉に取るなんて……そんなこと……っ。

 

湊「ゆ、悠さんは……」

優依&真白「「……?」」

湊「悠さんは、そんな人じゃありません……っ!」

優依&真白「「……っ!?」」

 

彼を信じたいという一心で、つい大声を出してしまった。

ど、どうしよう……2人とも目を丸くして驚いてるよ……。

 

優依「これ真白ちゃんと同じやつじゃん……」

真白「優依ちゃん!?」

優依「あのね、飛鳥さん。そうやって甘やかすと、すぐ男は調子に乗るんだよ?」

湊「そ、そんなことありません……っ!」

優依「ほんとに、そう言えるの?」

湊「うぅ……それは……」

 

美結さんとの一連のくだりを思い出し、それ以上言い返せなくなる。

でも……それでも、ボクは……っ!

 

湊「確かにボクは、悠さんのこと全然知らないのかも知れません」

真白「…………」

湊「……けど、悠さんはボクを救ってくれた恩人でもあり、ボクの1番大切な人なんです……っ!」

 

たとえ悠さんの妹さん達であっても、悠さんのことを悪く言われるのは……どうしても許せない。

だからボクは……ボクの想いをそのままぶつける。

 

湊「だからボクは……ボクの信じる悠さんを信じます……っ!」

優依&真白「…………」

 

思い切り胸に抱く想いを出し切り、2人の様子を窺う。

しかし――

 

優依「そっか……そこまで想ってくれてたんだ、お兄のこと」

湊「優依さん……?」

真白「それなら大丈夫そうだね、優依ちゃん」

湊「真白さん……?」

 

2人の反応は予想していたものとは大きく異なり、どこか嬉しそうでありながらも少し寂しそうな表情でそう呟くのであった。

 

優依「はぁ〜……緊張したぁ!やっぱり、こういうの苦手なんだよね」

真白「お疲れ様、優依ちゃん。私もちょっと疲れちゃいました」

湊「え?え?……ど、どういうことですか!?」

 

2人の言葉の意味がわからず、1人だけ置いてかれている状態になる。

え、これ……なに?え?え?

 

真白「飛鳥さん、試すような真似してごめんなさい!」

湊「試す……え?それって……」

優依「お兄のこと、嫌いになってなくてよかったよ」

 

そう言って、身体をくるりと回してこちらを向くと、彼女達はほっと安堵したような表情を浮かべる。

"試す"って、まさか……。

 

湊「演技、だったんですか……?」

優依「まあ、半分くらいは本音ですけどね〜」

湊「ど、どうして……」

真白「お兄ちゃんと飛鳥さんの幸せが、私たちの幸せだから……ですよ」

 

真白さんは微笑みながらも真剣な眼差しでそう言うと、優依さんと共にボクの手を握ってくる。

 

湊「優依さん、真白さん……」

真白「安心しましたぁ……飛鳥さん、ありがとうございます」

優依「まあ、前はイチャイチャしてたし、私は大丈夫だとは思ったけどね!」

湊「い、イチャイチャ……っ!?」

以前会った時のことを直接的に言われ、あまりの恥ずかしさに顔が火照っていくのがわかる。

多分今、"ぷしゅ〜"って音が聞こえるレベルには赤くなっているんだろうけど……あーもう頭回んないよぉ!

 

優依「お兄あれでも超一途だからさ。……あー、傍から見ても一途か」

湊「そう……ですね、凄く嬉しいです」

優依「……ここで重いって言わない時点で、お兄との相性最高だと思う……」

 

悠さんの一途さに対しての素直な気持ちを伝えると、優依さんから憐れむような目を向けられてしまった。

え、あれって……重いの……?

 

真白「私たちと同じ人が、ここにもいたなんて……」

優依「私"たち"って何!?真白ちゃんだけでしょ!?」

真白「あー……優依ちゃんはお兄ちゃん"だから"好きって感じだもんね!……まあ、私もなんだけど……」

優依「うぐぅ……っ!もうっ!真白ちゃんのバカー!!!」

 

真白さんから総攻撃を受け、顔を真っ赤にして怒り始める優依さん。

やっぱり、2人とも仲が良いんだなぁと素直に感心するが、こういう賑やかな所も悠さんに似ているなと思うと、何故かボクまで嬉しくなってくる。

……うん。

やっぱりそろそろ、覚悟を決めないと。

 

湊「優依さん、真白さん。ありがとうございます……!」

優依「いえいえ、そんな大層なことはしてないですよ」

真白「それこそ、お節介だったかもしれないですしね?」

 

両手を振って謙遜する2人に、改めて深々と頭を下げる。

ボクの気持ちを確かめるために、そして悠さんが幸せになれるようにと、彼女達はわざわざボクの真意を確認しに来てくれたのだ。

しかもその口ぶりからして、ボクの"彼への想い"を信じてくれていたのだろう。

 

湊「(感謝しても、しきれないよ……)」

 

彼女達の様子からして、悠さんのことが色々な意味で大好きなのだろう。

けれど、それでも彼女達はボクの応援をしに来てくれたのだ。

そんなの……嬉しいに決まってるじゃないですか。

 

優依「でもまあ、結局のところ私たちは……」

真白「お兄ちゃんと飛鳥さんが幸せになることを……心から願ってますから、ね?」

 

照れくさそうにそう言うと、白と黒の猫のような姉妹は、その手でぎゅうっとボクの手を包み込む。

その小さくて綺麗な掌から伝わる想いは……彼のことで不安になっているボクの心を、優しく温めてくれたんだ。

 

優依「あ、そうだ!買い物しないと!そこのスーパーでいいよね?」

湊「はい……っ!腕によりをかけて作らせていただきます!」

真白「やったぁ!すごく楽しみです……!」

 

青、黄、白が混ざり合う空に、微かな朱の光が溶け込んでいく。

そんな、美しい景色に包まれながら……ボクたちは互いに笑い合い、他愛のない話をしながら、歩みを進めていくのであった。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
今回長いわりに日常回だからいつもと比べたら物足りないと感じる方もいると思うんですけど……その場合はすみません笑
けどまあ、妹達&湊くんの可愛さで許してください……笑
………………
てか、本当にあのUAのいきなりの伸びは何!?
もうめちゃくちゃ嬉しいですけどそれ以上に驚いてしまって、思考が溶けてました笑
感想もありがたいですしもうなんか今幸せです!!!ありがとうございます!!!
誰か原因分かる方いるかな……?(いたら教えてほしいです!)
とまあテンションがイカれてるのは伝わったと思いますが、ちゃんと次の話も書けます!多分!笑
次の話ですけども、ついに美結さんの話に入ります。というか、その話から最終章?に入ります笑
ということは湊くんの告白もついに……と予想できると思いますが、頑張らせていただきます笑
皆さんここまで読んでいただき本当にありがとうございます!
拙い文章で皆さんに申し訳ないと感じることも多々ありますが、これからも頑張っていきます。
ということであとがきはここまで!
ぜひ次の話も読んでいただければ幸いです~!


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幕間閑話――SIDE:皆見美結――




美結編――エピローグ――

     &

最終章[暴露編]――プロローグ――





 

 

 

――妹さん達が来てからも、ずっと飛鳥さんから視線を感じていた。

その視線に嫉妬の想いが混じっているのはすぐに分かったし、あの日以来、日に日にその想いが強くなっているのもわかっている。

それに、飛鳥さんはあたしが彼に対して想いを抱いていることくらい、既に分かっているのだろう。

だから……勝てるなんて、最初から思っちゃいない。

そんなこと……誰もが分かりきったことなんだ。

──けれど。

 

美結「(あたしだって……これが、初恋なんだよ……っ)」

 

初めて会った時に見せた、あの無邪気な笑顔。

あたしを守るために見せた、あの凛々しく強い怒り顔。

飛鳥さんに迷惑かけないようにと、あたしの前だけで見せてくれた弱々しい泣き顔。

隠し事を貫いて心が潰れそうなのに、それでもあたしの前で取り繕おうとして溢れ出てしまった憂い顔。

感謝の気持ちを伝えようと、少し顔を赤くしながら見せてくれた照れ顔。

そして、不意に笑った彼の横顔が――

その、2週間の全ての思い出が――

――あたしの頭から、離れてくれないんだ。

 

美結「(だから……諦めようとも、したんだよ……)」

 

飛鳥さんと再会してから、"幸せ者だな"と"羨ましいな"と陰ながら2人をそう見ていた。

――けれど。

どんなに距離を置いても、どんなに消そうとしても……。

どうしても……この気持ちを塞いでおくことは出来なかった。

……だから、あたしは思ったんだ。

あたしはただ、彼の記憶の中にあたしのことを少しでも残せれば……それだけで、御の字なんだって。

だから……やるしか、ないんだ――

 

美結「行っちゃった、ね」

悠「ああ、まさか俺の見舞いに来てくれたはずなのに、俺と残らなかったのにはショックしかないけどな……」

 

不意に訪れた、悠さんと2人きりになったタイミング。

飛鳥さん達が買い物に行ってしまい、2人きりで残された部屋の中で……。

あたしは、動き出した。

 

美結「あの、さ……悠さん」

悠「ん?どしたの?」

 

喉乾いたのか?と言ってお茶と取りに行こうとする悠さんを、真剣なトーンで制止する。

こういう気配りをしてくるのが彼らしいけど、あたしはこれからそれに仇で返すのだ。

……ほんと、自分でも嫌だと思っちゃうな。

 

美結「"約束"……覚えてるかな?」

 

その単語を聞いた途端、悠さんは少し目を見開いた後、"覚えてる"と呟いて首を縦に振った。

……予想通り、彼の顔が微かに曇った。

それを見て、あたしは心臓を握り潰されるような痛みを感じるけど……そんなの、最初からわかりきっていたことなんだよ。

だから、言うんだ。皆見美結。

この想いを……全てを、終わらせるために。

 

美結「……悠さん。日曜日……お出かけ、しよっか?」

 

そう、これは皆見美結の――

最後の、悪あがきだ。

 

 

 




というわけで、少し前書きをふざけてみました!
……批判されたらいつものやつにします笑
はい、今回の話はいつもに比べてあり得ないほどに短いですけども、この部分はどうしてもこれ単体で投稿したいという思いがあったので、今回やらせていただきました。
あ、次からはいつも通りの分量で行くので安心してください笑
次はもちろん美結ちゃんと悠君の回です。
まあ、美結ちゃんの最後の未練を晴らすためのデートですけども、結構現時点で辛いですね……笑
ということで、次回も頑張りますので、ぜひ読んでいただければ幸いです~!

追記
感想ありがとうございます!&UA37000突破ありがとうございます~!
前に34000行きたい的なこと言った気がするのですが、まさかのさらに増えてるというね……ありがてえ笑
前回言おうとして言い忘れたらさらに増えたという驚きがありましたけど……このまま38000目指して頑張ります!
内容についてですが、まあこのまま行っても悠君の心は変わらないってのは皆さん察していると思いますが……その分美結ちゃんがやばいくらいに見てられないです()
それを象徴するセリフを次の次の話で多分書くので楽しみにしていてください!
まあでも、湊君もそろそろあの事を言うつもりらしいので、最終章は波乱の展開が待っているとだけ言っておきます。
……お楽しみに。


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これはデートですか?(前)

お久しぶりです!前回の続きです!
前回からついに最終章が始まりましたが、まあ美結ちゃんの話からして不穏ですね笑
今回に関しては、遂に約束の美結ちゃんとのデート回ですが、結構辛いです()
一応ここで書いておきますが、実は裏話として、「湊と悠がデートすることを見越して、7月6日をデートの日にした」というのがあります。
だから、それを考えながら今回と次の話を読むと、辛さが増すと思います笑
というわけで、デート用本気美結ちゃんをお楽しみください!
最後まで読んでいただけると幸いです~!


 

 

 

梅雨明けの眩しい日差しが、街路樹の合間から差し込む朝。

鳥のさえずりと街行く人々の活気のある声が、辺りの景色を七色に彩る。

そんな七夕前日という日に、俺は1人学園の前である人を待っていた。

――時刻は、朝の9時45分。

親子連れの方々が楽しそうに談笑しつつ街の中を歩いている姿を眺めながら、俺は神妙な面持ちのままスマホの画面に視線を落とした。

 

悠「今日、か……」

 

美結さんから指定された時間は朝の10時。

何しろ今日は彼女からの頼みでもある2人でのお出かけ――いわゆる"デート"であるから、この時間になるのは仕方ないことだろう。

そうして、少し眠気の取れない頭をブンブンと振りながらも……ふと、昨日の会話を思い出す。

 

"それって……どういうことですか……っ?"

 

それが、俺の偽りの彼女である湊さんから放たれた、最初の言葉だ。

そう……俺は、美結さんとの1連の出来事を、嘘偽りなく湊さんに話したのだ。

――確かに、自分でもこれを告げるのはどうかと思った。

ある種の湊さんや美結さんへの裏切りなのではないかと、何度も考え続けた。

けれど……。

美結さんからの"飛鳥さんに話してもいいよ"という言葉と、前回の湊さんに隠し事をしたことによる仲違いのことを考えた結果、俺の中でこれが最良の選択だと思ったのだ。

 

悠「(2度とあんな思いはさせたくない……って感じたもんな)」

 

あの時俺は、湊さんに大事なことを伝えなかったせいで、彼女との間に大きな溝を作ってしまった。

そしてその溝は後に大きな傷となり、完全に修復するのにはかなりの時間を要した。

だからこそ、俺は……今度こそは、と湊さんに全てを話してきた。

そして、その上で……ちゃんと美結さんに思いを伝えて、"決着をつけてくる"と言ってきたのだ。

……しかし。

ただ1つ、心残りがあるとするならば……あの時湊さんが、俺に何かを言おうとしていたことだ。

あの日、湊さんも何かを伝えようとしていたが、どこかその様子がおかしかった。

一応不思議に思って俺の話が終わった後に聞いてみたんだが、結局その日は何も言ってくれなかった。

その後も今日に至るまで何回か尋ねてみたのだが、その全てにおいて話を逸らされてしまった。

まあ、いつか話してくれる……とは思っているのだけど、確証は無いため今もこうして少し悩んでいるのだ。

 

悠「てか、美結さんとの日なのに……何考えてるんだろうな、俺……」

 

……と。

自分に嫌気が差して空を見上げた途端、遠くの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

美結「悠さん。お待たせしましたー!」

悠「ああ、美結さん。久しぶ……り、だね……」

 

美結さんの声に返事をしながら、声の方に視線を向ける。

美結さんに誘われたあの日以来、何故か彼女が家に来なかったこともあり、久しぶりという言葉が出てきたのだが……今はそんなことどうでも良い。

 

悠「美結、さん……」

 

ふわりと風になびく白のワンピース。

揺らめきによって、裾から僅かに見える白のストラップサンダル。

そして、その白のキャンバスに添えられた麦わら帽子とかごバッグ。

そう、その姿はまさしく……その身一つで夏の到来を体現するかのような、清楚で美しいものであった。

 

美結「……どう、かな?に、似合ってる……かな?」

悠「あ、ああ……凄く、似合ってると思うよ」

美結「そっかぁ……えへへ。あ、ありがとね……悠さん」

 

彼女のはにかんだ表情に、胸がドキリと音を立てて鳴る。

……いつもの休日だと、彼女は活発な性格通りの動きやすそうな私服を着て家に来る。

ましてや平日は学校帰りに直接来るため、学園の制服のままだ。

そう、だからこそ……このお淑やかで上品な姿には、思わず息を飲んだ。

 

美結「……あれ?もしかして、照れてる?」

悠「ばっ……!ち、違うって!」

美結「ふーん……違うのかぁ……そっかぁ……」

 

わざとらしい口調でそう言いながらも、彼女は悲しそうな表情を浮かべる。

わ、分かってはいるけど、罪悪感が……。

 

悠「いや、まあ……可愛い、けどさ……」

美結「…………!そ、そっかぁ〜そうだよね!悠さんもついにあたしの可愛さに気づいてしまったかぁ〜!」

 

先程までの表情が嘘であったかのように、ぱあっと満面の笑みを浮かべると、彼女は調子に乗って肘で脇腹の辺りを小突いてくる。

やっぱり、美結さんは美結さんな――

 

美結「……本当に、嬉しいんだから……ね?」

 

刹那。

その言葉と共に見せた妖艶な表情に、胸がドキリと高鳴る。

 

美結「さて、それじゃあ行こっか」

悠「あ、ああ……行こう」

 

あまりに咄嗟の出来事に、正直理解が追いつかない。

何だよ、今の……。

いつもとは明らかに異なる彼女の姿に、心臓の鼓動がペースアップしていく。

これは、どうにかして隠さないとな……。

そうして、美結さんにドギマギさせられながら、彼女の"最初で最後のお願い"が幕を開けるのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

美結「(良かったぁ……悠さんに褒めて貰えた……!)」

 

彼の隣を歩きながら、あたしはバレないように小さくガッツポーズをとる。

正直、普段あまりオシャレとかする人間じゃないから、毎日必死に調べまくってたんだけど……とりあえず正解だったらしい。

やっぱり、気合を入れてオシャレして良かった……!

 

美結「(それに、悠さんに会わずにいたのもいい作戦だったかも……!)」

 

ここ最近のことを思い出しながら、彼の顔を一瞥する。

あの事件以来、ほぼ毎日のように悠さんの家で過ごしていたから、悠さんもあたしという存在に慣れきってしまっている。

だからこそ、あたしはあえて悠さんと距離を置き、異性として意識してもらおうと画策したのだ。

 

美結「(……でもなぁ)」

 

とりあえず、今のところ作戦は順調……なんだけど。

胸の奥に残るわだかまりが、どうしても消えてくれないのだ。

――彼は今、どんな気持ちでここにいるのだろう。

そんな当たり前の疑問が、心の中に巣食っている。

そりゃあ、彼女である湊さんを差し置いて、ただの友達であるあたしとデートしているんだし、あまり乗り気じゃないだろうけど……。

 

美結「(悠さんにも、楽しんでもらいたいな……)」

 

自分からこんな条件で誘っておいて、そう願うのは身勝手過ぎる。

そんなこと、頭では分かってるんだ。

けれど、それでも……。

このデートは、あたしにとって唯一の……そして、最後の機会なんだ。

だからせめて、今日だけは――

そんな、縋るような願いが……あたしの心を染め上げていく。

そうして、少し不安になりながらも……あたしは精一杯楽しもうと、彼との距離を1歩ずつ縮めていくのであった。

………………。

…………。

……。

 

美結「――告白シーンからの流れ、予想以上に面白かったね!」

 

忙しなく動き回る店員の音と席の前後左右から聞こえてくる楽しそうな会話が、微かに流れるBGMを絶えず塗り替えていく……そんな、お昼時のレストランの中で。

コップに入った氷をストローでカラカラと動かしながら、あたしはそう言って悠さんの反応を伺う。

……あの後あたし達は、あたしの希望で映画を見に行き、最近流行りの"恋愛映画"を見てきたのだ。

まあタイトルを見た瞬間、最初は飛鳥さんのことがあって彼は複雑そうな顔をしていたんだけど……物語が進むに連れてその表情は徐々に変化していき、最後には満足そうにあたしと感想を語れるようになった。

そこで、時刻が12時を回っていたこともあり、とりあえず移動しようということで近くのファミレスに来ているのだけど……。

 

悠「わかる!あそこ普通に面白くて、結構見入っちゃったよ」

美結「だよねだよね!良かったよね〜」

 

映画のシーンを一つ一つ思い出しながら、彼の言葉にうんうんと頷く。

そう、実は料理を食べ終わってからも、こうしてずっと映画の感想を言い合っているのだ。

正直、入店してからどれくらい経ったのか把握してないんだけど……結構経ってそうで怖い。

だから、そろそろ行かないと!って思ってるんだけど……思った以上に話が止まらないのだ。

……まあ、楽しいから良いんだけどね。

 

美結「……あ、そういえば家だと全然見てないけど……悠さんって、映画とか見るの?」

悠「あー、それなりには?」

 

ふと、彼がどのくらい映画を見ているのか気になり、そのまま尋ねてみる。

すると、帰ってきた答えは、予想以上に漠然としたものであった。

 

美結「そうだったの?」

悠「あー、でも基本は家で見ちゃうな〜。まあ、最後に映画館で見たのは"湊さん"と一緒に見に来た時なんだけど……その時は、変なサメの映画だったなぁ……」

 

あたしに軽く説明した後、苦笑いを浮かべながら何かを思い出したかのように飛鳥さんとの思い出を話し始める悠さん。

その顔は、あたしに見せるものよりも生き生きとしていて、第三者から見ても幸せそうに感じる程のものだったんだけど……。

――その瞬間、あたしの中の醜い部分が、咄嗟にその姿を現す。

 

美結「一緒にいる時くらい……他の子の話は、やめてほしい……かな……」

悠「あ、ああ……ごめん……」

 

自分でも予想だにしてなかった言葉が口から漏れ、思わず両手で口を塞ぐ。

何であたしこんなこと……っ!?こんなこと、彼女持ちの男の人に言っても仕方ないのに……。

次第に自分が嫌になっていき、視界が僅かに潤み始める。

何やってんだろあたし……悠さんを楽しませようって思ってたはずなのに……。

これじゃまるで、逆効果じゃないか……。

 

美結「ち、違うのっ!こ、これは……」

悠「…………」

美結「ご、ごめんなさい、悠さん……。あたし……あたし……っ!」

悠「ごめんね、美結さん。今は……美結さんとの時間だもんね」

美結「――っ――」

 

言い訳する前に先にそう言われ、一瞬何も言えなくなる。

そう告げる彼の様子はどこか納得しているようであり、逆に彼の方が申し訳なさそうな顔をしていた。

 

美結「ご、ごめんなさい……あたし、つい……」

悠「大丈夫。大丈夫だよ、美結さん。今日は美結さんの好きなようににしていいんだからね」

美結「……っ……!」

 

彼から放たれた予想外の言葉が、急速にあたしの理性を溶かしていく。

そんなこと言われたら、歯止めが聞かなくなっちゃうじゃん……っ。

……………………。

 

美結「じ、じゃあ……あたしから1つ、お願いがあるんだ」

悠「いいよ、言ってみて」

美結「そ、その……ね?ゆ、悠さんにも、楽しんでもらいたいの……っ!だから、今日だけは……今だけはっ、飛鳥さんのこと、忘れて欲しいの……っ!」

 

都合の良すぎる醜い願いが、彼の元へと届けられる。

こんなの、普通に考えたらおかしいに決まってる。

けれど、それでも……あたしは、彼と最後の思い出を作りたいのだ。

だからこそ、彼に笑顔でいてもらうために、今だけは飛鳥さんのことを……。

 

悠「……わかった、できる限り努力するよ。だから……」

 

少し苦笑いを浮かべながら、彼は"困ったな"と言って右の人差し指で小さく頬をかく。

 

悠「泣かないで、美結さん」

美結「え……?」

 

――彼に言われて、初めて気がついた。

あたし……なんで、泣いて……。

 

美結「悠、さん……」

悠「今日一日は、美結さんのために過ごすから、さ」

 

彼は少し複雑そうな表情のままそう言うと、そっと優しくあたしの頭を撫でる。

 

悠「いつもみたいに笑ってよ、美結さん」

美結「悠、さん……っ!」

 

そう言われた瞬間、あたしの中で何かが弾ける音がした。

あぁ、やっぱり……抑えるなんて、できないや。

堪えていたはずの彼への想いが、とめどなく堰を切って溢れ出す。

そうしてあたしは、続けざまに放たれた"好きなようにしていい"という彼の言葉に、そのまま身を委ねてしまうのであった。

 

 

 




美結ちゃんのギャップ萌えに悠君が苦しむという展開から始まりましたが、いかがだったでしょうか?
自分としては恋愛映画に誘う美結ちゃんのメンタルがすごすぎて感服しましたね笑
……まあ、皆さんそんなことよりも美結ちゃんの本心が一瞬出てくるところが気になり過ぎてると思いますが、あそこはきついですね……
でも同時に、美結ちゃんの覚悟を読み取って「今日だけは彼女の為にいよう」と決心した悠君が個人的には好きですね笑
湊くんをもう二度と裏切りたくないと心に決めた悠君がこの決断をするのは容易じゃないと思うので、あそこは伝わってほしいですね~!
ということで、次はデートの続きなので、楽しみにしていてください!

追記
感想書いてくださった方々、ありがとうございます!
そして読んでくださった方々、ありがとうございます!
気が付けばUAがもう38000超えそうで幸せです笑
前回の話をあんなに短めに出してしまったのに、こんなに読んでいただけるとは……感謝しかありません!
とりあえず次からの2話は物凄く物語が進展するので、楽しみにしていてください!
ということで今回はここまで!また次回も読んでいただければと思います!


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これはデートですか?(中)

お久しぶりです!というか遅れてしまってすみません!!!
前回の続きです!
今回は美結ちゃんとのデートの続きですが、遂にあのイベントが発生です!
ボロボロになったメンタルでそれでも伝えようと必死に頑張った美結ちゃんを見てあげてください……笑
とりあえず前書きはここまで!
今回もぜひ読んでいただければ幸いです~笑


 

 

 

――それからのデートは、楽しいことの連続だった。

水梅モールでショッピングしたり、食べ歩きをしたり。

近くの公園でのんびりしたり、2人で夕日を見たり……と。

あたしがデートで行きたいと夢見ていたところに、ほぼ全て行くことが出来たのだ。

……だけど。

 

美結「あっ……ご、ごめん」

悠「こ、こっちこそ、ごめん」

 

歩いている途中で、2人の手が触れ合う。

けれど、それ以上先には進めない。

 

美結「つ、次はどこに行こうかな〜!」

 

手を繋ぎたいけど……どうしても繋げない。

そんな、もどかしいような絶妙な距離。

――あと少しで彼の手を握ることが出来る。

でも……彼はもう飛鳥さんのものなんだ。

 

美結「(だから……ダメなんだよ、あたし)」

 

最後に残った理性が、その1歩を踏み出させまいと必死に恋心を押さえつける。

彼に"好きなようにしていい"と言われていても、絶対にそれだけはしてはいけないと頭の中で警鐘が鳴り響く。

だから、彼の手元へと伸ばされた右手を――バレないように、そっと元の位置へと戻した。

けれど……そんな距離感すらも、今のあたしには心地よいのだ。

 

美結「(もう少し、このまま……)」

 

あと、少しだけ。

あたしが事を起こしてしまうまでの、ほんの僅かな間だけ。

この幸せに満ち溢れた世界に浸っていたいと、歩く速度を落としていく。

すると、彼は何も言わずに、何も聞かずに……ただ、歩調を合わせてくれた。

そうして、あたしには勿体ないほど濃厚で色鮮やかな時間が、緩やかに流れていくのであった。

………………。

…………。

……。

そして。

すっかり日も暮れて、焼けるような紅い空が深い闇に包まれていく宵闇の刻。

セミの鳴き声が絶えず五月蝿いくらいに響き渡り、皆に"終わり"の時間を告げるような、そんな夏の余韻が感じられる時間に。

あたしは"最後に寄りたい場所がある"と言って、あの日彼が不良から守ってくれたあの場所に、彼と共に訪れていた。

 

悠「ここ、は……」

美結「あはは……悠さんには辛い思い出の残る場所、だよね」

悠「……まあ、ね」

 

そう言うと、彼の顔に少し影が落ちる。

……やっぱり、飛鳥さんの傷は完全には癒えてないのだろう。

わかってはいたけど、その上でここに連れてくるのは……こっちとしても、流石にきついものがある。

……だけど。

 

美結「――でもね、悠さん」

悠「…………」

美結「あたしにとっては、さ……。ここが、始まり……なんだ」

 

辛そうな彼の表情に臆することなく、胸に秘めた想いを解放していく。

行くぞ、あたし……っ。

 

美結「今思えばだけど……この気持ちが芽生えたのって、この場所で悠さんに助けられてからだと思う」

 

彼との想い出を辿るように、あたしは語り始める。

 

美結「そこから、悠さんに何か恩返ししないとって思って、身の回りのお世話をし始めて……」

悠「…………」

美結「段々部屋のことにも慣れてきて、悠さんにも慣れてきて……お互いに、下の名前で呼び合うようになって……」

 

当時のことを鮮明に思い出しながら、それを慈しむかのように話していく。

……まさかあたしが、男子と下の名前で呼び合うようになるとはね……。

 

美結「その距離感が心地よくて……でも、それは飛鳥さんから奪っただけの、偽りのものでしかなくて……」

悠「そんな、ことは……」

美結「……ううん。それが正しいんだよ。あたしは……彼女から悠さんを一時的に奪い取っただけなんだから」

 

抗議しようと眉をひそめる彼を制止し、淡々と事実を告げていく。

……そうだ。あたしは、飛鳥さんから彼を奪おうとした罪人だ。

彼女と付き合っていると知っていたのに、それでも彼と共に過ごすことを選んだ極悪人なんだ。

 

悠「んなわけあるかよっ……俺は美結さんに感謝してるし、美結さんがいてくれたからここまで治すことができたって思ってる」

 

優しさ故にあたしを傷つけまいと、必死に弁解しようとしてくれる悠さん。

その思いは嬉しいし、だからこそ彼を好きになれてよかったと思える。

……けれど。

 

悠「それに、そもそも湊さんに黙っておこうと決めたのは俺だ。だから、美結さんがそんなこと考える必要は――」

美結「違うの……っ!」

悠「……っ!?」

 

今日1番の大声で彼の弁明を止め……そしてゆっくりと、あたしの本当の罪を話し始める。

 

美結「それだけなら……良かったんだよ。恩返しとして、悠さんの手伝いをしているだけだったら……」

悠「美結、さん……」

美結「でもね……あたし、気づいちゃったんだよ。この……気持ちに」

 

胸に手を当てて自分の気持ちを解き放ちながら、ゆっくりと深呼吸をする。

胸が膨らむほどに吸い込んだ空気は、吐き出す時には少し震えていた。

 

美結「最初は……嬉しかった。あたしも他の子と同じようになれたんだって、やっと"女の子"になれたんだって……」

悠「…………」

美結「……でもね、すぐに気づいたんだ。これは……抱いてはいけない感情だったんだって」

 

言葉を一つ一つ零していく度に、彼との想い出が淡い光のように浮かんでは消えていく。

これが死ぬ前だったのなら、このようなものを馬灯と呼ぶのだろう。

……こんな状況でも、少し冷静でいられることが、今のあたしにとっては唯一の救いだった。

 

美結「他の人なら良かったのにって、何度も何度も考えたの……っ!けど、どうしても悠さん以外考えられなかったんだ……っ!」

 

封をしていた行き場のない恨みや後悔が、残った理性を駆逐していく。

彼を求めてしまう女としての心が、前面に押し出されていく。

 

美結「何であなたなのって、何度も自分を恨み続けた……でも、それでもっ!この気持ちは消えなかったんだよ……っ」

悠「美結さん……」

美結「よりにもよって、友達のなんて……しかもそれが、初めて抱いた想いだなんて……っ」

 

これが悠さん以外の人であったのなら、どんなに幸せだったことか。

そうすれば、あたしだってこんな思いしなくて済んだのに。

あたしの初恋が、こんなに傷つくことはなかったのに。

……けれど、それを恨んだところでどうしようもない。

だって、あたしが好きになってしまったのは、そういう相手なのだから。

 

美結「何から何まで間違ってる……だから、そんなあたしが嫌だったんだ……っ!」

悠「…………」

 

誰にも言えなかった自己嫌悪の気持ちが、初めて言葉となって現れる。

……もう、話してしまおう。

あたしの、"中身"を。

 

美結「……悠さんが飛鳥さんと再開できた日、あたし凄く嬉しかったの。やっと2人が、元に戻れたんだって」

悠「…………」

美結「……でも、ね。心の中では……違ったの……っ」

悠「え……」

美結「もっと黒くて醜い感情が……あなたを奪い返されたくないという穢い欲望が、ぐるぐると這いずり回ってたんだよ……」

 

彼の戸惑う表情を見て、胸が締め付けられるように苦しくなってくる。

あたし自身ですらこの感情に嫌悪感を抱いているのだから、彼は幻滅してしまっているのかもしれない。

……けれど。

あなたには……あたしの全てを、見て欲しいんだ。

 

美結「おかしいよね、こんなの……っ?大好きな人と大好きな人が、やっと幸せを掴めたのに……それを、恨めしく思ってしまうなんて……っ!」

悠「――っ――」

美結「……だからあたし、封印しようとしたんだ。もう2度とこの感情を出さないように、って」

悠「…………」

美結「……でも、ダメだった。人の心って……簡単にどうにかなるものじゃなかったんだよ……っ」

 

溢れ出る感情によって、声が震え始める。

2人が仲良く過ごしているのを1番近くで見ていて、毎日毎日胸が張り裂けそうな思いだった。

けれど、それでも耐えられる……いや、耐えなきゃいけないって、ずっと頑張っていた。

……だけど。

頑張って隠そうとしても……その姿を見てしまうだけで、気持ちが溢れてしまうのだ。

彼の笑顔を自分だけに見せて欲しいという思いが、蓋をした心から滲み出てしまうのだ。

悠さんも飛鳥さんも大好きなのに、こんな気持ちを抱いてしまうなんて……あたしはなんて最低な女なのだろう。

こんなの、友達失格だ。

 

美結「だから、考えて考えて考えて考えて……考え抜いて、辿り着いたんだ。……前に約束したこの2人きりのお出かけで、この気持ちを抱くのは最後にする……って」

悠「美結さん……」

美結「どんなに辛くても、自分を責め続けても……結局この気持ちは変わらなかった。だからこそ、この気持ちを振り切らせて、逆に諦めさせよう……って」

 

必死に自分を押さえつけた日々が、走馬灯のように蘇る。

結局、想いというのは思いつきでどうにか出来るものではなかったのだ。

だから、あたしは……。

 

美結「……だから、さ。悠さん。」

悠「……ああ」

美結「あたしの秘め続けたこの想い……聞いてくれますか?」

 

呼吸を整え、溢れ出す気持ちを言語化しながら、あたしは彼にそう尋ねる。

 

悠「大丈夫だよ。……覚悟は、できてる」

美結「そっ、か……。優しいんだね、悠さんは」

悠「そんなことはないよ。……結局、1人の女の子を泣かせてしまってるんだから」

 

――彼の言葉を聞き終わる前に、熱い雫が頬を伝う。

あ、れ……なん……で……?

 

美結「あ、あはは……ごめんね、悠さん。変な空気になっちゃって」

悠「そんなことは……」

美結「……あたし、さ」

悠「…………」

美結「言う時くらいは、いつもみたいに笑っていたいんだ」

 

笑顔とはかけ離れた表情のまま、彼に対して願いに似た思いを伝える。

 

美結「だから……さ」

悠「大丈夫。大丈夫だから……」

 

そう言って伸ばされた彼の手が、あたしには届かずにそのまま宙を彷徨う。

――慰めようとしたけど、ここで優しくするのはかえってあたしを傷つけるかもしれない。

悠さんのことだし、きっとそう考えているのだろうけど……まあなんとも悠さんの考えそうなことだ。

これだけ一緒に過ごしていれば……そんな彼の優しさくらい、言わなくても分かるってば。

 

悠「美結さんの想いは、ちゃんと受け止めるから」

美結「……ありがと、悠さん。……うん、もう大丈夫」

 

彼の優しさに対してバレバレの嘘をつきながらも、ゆっくりと覚悟を決める。

正直、こうしている今も、これ以上堪えることができない程に心が掻き乱されているのだ。

 

美結「……悠、さん」

悠「……ああ」

 

恐怖と緊張で唇が震え、絞り出された空気が辛うじて音を作り出す。

彼の名を呼ぶことすらままならないような、そんな極限状態に陥ってもなお。

あたしは、言葉を紡ぎ出す。

 

美結「……あたし、は――」

 

この先を言ったら、この関係が終わってしまう。

――叶わない恋という現実が。

――目を逸らしていた現実が。

あたしの心を、粉々に砕いてしまうのだろう。

……けれど。

 

美結「あたし、皆見美結は――」

 

それでもあたしは、嗚咽混じりの声を彼の元へと届け続ける。

 

美結「八坂悠さん。あなたのことが……」

 

昂る感情が理性を破壊し、とめどなく涙が溢れては消えていく。

あたしの中で美しく色づいている鮮やかな記憶――彼と過ごした日々のその全てが、あたしを突き動かしていく。

抑えられない。抑えたくない。

あたしの恋を、最後まで……。

だから、どうか。

この想いよ、どうか……彼の元へと届いて――

 

美結「初めて会ったあの日から……ずっとずっと、好きでした」

 

なんの捻りもない、在り来りで平凡なセリフ。

……けれど。

今のあたしを彼にぶつけるには、そんな陳腐な言葉だけでいいんだ。

いや、その単純な言葉こそが、あたしという人間を表しているのだ。

だから……これでいいんだ。

最後の1歩踏み出せた、小さな勇気。

その勇気を胸に抱き、あたしはおそるおそる彼の様子を伺う。

――夕日がその姿を地平線に吸い込まれ、辺り一面が夜の闇に包まれていく。

そんな中で、人に光を与えようと必死に足掻く街灯の光が、彼の複雑な表情を仄かに照らしていく。

あたしは、自分の都合で彼を困らせてしまった。

大好きな彼に、迷惑をかけてしまったのだ。

……………………。

……そんなことは、わかってる。

わかってる、はずなのに……。

そんなあたしの気持ちとは裏腹に。

心が、軽くなったような……そんな気がしたんだ。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
もうね、書いてる側としても美結ちゃんのこの恋が辛すぎて胃がキリキリしてました笑
次は悠君視点で返事を……というところですけど、最終章はとりあえず全部きついっす笑
表現的な話をすると、今回「街灯」の描写ありましたけど、あの表現の歪さから美結ちゃんの心情を読み解いていただければと思います!
「心が軽くなった」とか言ってるのにこの表現になっているのは察してください笑
まあとりあえず全体として美結ちゃんの心情と表現を頑張ってみたので、気づいてくれたら嬉しいですね~!
また、前回の話もたくさん読んでいただきありがとうございます!
もうUA増えるたびに嬉しくてやばいです笑
と、まああとがきもこれくらいで。
次の話も……というか最終章の話全部いつも以上に真剣に書いているため遅くなってしまうかもですが、気長に待っていただけたらと思います!精一杯頑張ります!
というわけで、また次の話も読んでいただければと思います!


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これはデートですか?(後)

お久しぶりです!前回の続きです!
年末で色々と忙しくて書くのが遅くなってしまいましたが、美結ちゃんとのデート回はこれでラストです!
文字数がいつもよりも少ないので物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、許してください笑
一応この後の湊視点の話まで含めて出そうかと思ったのですが、思った以上に長くなってしまいそうだったので次に回してしまいました笑
ですが!内容的には結構頑張って書いたので、今回も読んでいただけると幸いです~!


 

 

 

――その時、一陣の風が吹いた。

それは、彼女の思いの丈を表すかのように、強くどこか儚いような――夏色の風だった。

 

悠「(美結、さん……)」

 

正直、彼女の気持ちには薄々気がついていた。

でも、それでも俺に出来ることなんて、何も無かったんだ。

 

悠「(……いや、これは言い訳だな)」

 

結局のところ、俺は甘えていただけなんだ。

自分のことを好きでいてくれていると知った上で、彼女の居心地の良さに甘えていたんだ。

だから、これは俺の責任だ。

彼女の想いから逃げ、現実から目を逸らしてきた事への……"罰"なんだ。

だからこそ俺は、彼女に告げなければならない。

俺の……答えを。

 

悠「(…………)」

 

結論から言えば、俺は彼女の想いに応えられない。

湊さんを、心の底から愛しているからだ。

けれど……。

それを伝えてしまえば、彼女はどうなる?

現実に耐えられなくなり、泣いてしまうかもしれない。

この関係が崩れてしまって、喪失感と後悔の念に苛まれてしまうかもしれない。

いや、それどころか、俺に想いを寄せてしまった自分を責めてしまうかもしれない。

――でも。

それを全て承知の上で、彼女は俺に告白してくれたのだろう。

 

美結「…………」

 

肩を震わせ、祈るように目を瞑った彼女の姿が、俺の心に深く突き刺さる。

……そもそも、俺と湊さんは付き合ってることになっている。

実際には付き合っている"ふり"ではあるのだが、それは周知の事実となりつつあるし、美結さんも知っている。

だから……これは、全てを投げ捨てても良いという彼女の覚悟の現れなのだろう。

そこまでして、彼女は――

 

悠「(美結さん、君は……)」

 

……それほどまでに、1人で苦しんでいたのか。

誰にも言えることの無い想いを、ずっと自分の胸の中に閉じ込めて。

笑顔の仮面を貼り付けて、みんなの前で明るく振る舞って。

俺の前でも常に気を張って、バレないように話を逸らして。

……だけど、心の中ではずっと、孤独な想いと対峙し続けて。

それでも、俺が湊さんとすれ違ってしまった時も、俺を支えてくれて。

俺達が再開して元に戻れた時も、自分の気持ちを押し殺して、俺達のために喜んでくれて。

そんな、人のために自分を犠牲にしてきた彼女は……結局、報われないままその想いを散らせることになる。

それが、彼女――皆見美結の恋なのだ。

 

悠「(こんなの……こんなのって……)」

 

やりきれない思いが、胸の中を満たしていく。

けれど、仕方がないのだ。

なぜなら、それが彼女の選んだ道であり……俺が、決断すべき選択なのだから。

……………………。

責任の重さが、今になって襲いかかってくる。

これが、誰かを選ぶということなのだ。

これが、他の誰かを選ばないということなのだ。

これが……俺が背負うべき"罪"なのだ。

 

悠「(…………)」

 

ゆっくりと深呼吸をし、1人怯える彼女の姿を見つめる。

正直、美結さんを助けたいと思うし、今すぐに彼女を抱き締めてあげたい。

彼女を、1人じゃないんだと安心させたい。

……けれど。

それは……それだけは、できない。

それだけは、してはいけない。

だって、俺は……。

飛鳥湊という、1人の女の子のことが――

 

悠「……ありがとう、美結さん」

 

覚悟を決め、彼女から目を逸らさずに、感謝の言葉を紡いでいく。

 

悠「俺のことをそこまで想ってくれていたなんて……凄く嬉しいよ」

 

美結さんとの思い出を頭に浮かべながら、素直な気持ちをそのまま述べていく。

正直、彼女の気持ちが俺に向いていることには、薄々気がついていた。

まあ、最初は自惚れているように感じてあまり意識しないようにしていたのだが……一緒に過ごす時間が増えていくに連れて、その自惚れは次第に確信へと近づいていったのだ。

……けれど。

まさかここまで俺の事を想ってくれているなんて、想像すらもできなかった。

ぶっちゃけた話、友達の延長線上くらいだと思っていたのだ。

だけど……彼女は泣きながら告白する程に、俺のことを好きでいてくれたのだ。

……だからこそ、彼女にその感謝を伝えなければならない。

そして、彼女の想いに答えを出さなければならないのだ。

 

悠「……だけど、ね。……俺は……」

 

これが終わったら、俺たちの関係も消えてしまうかもしれない。

そんな嫌な想像が俺の思考を蝕み、言いかけた言葉を詰まらせる。

……でも。

ここで退くわけには……いかねぇんだよ……っ。

 

悠「……俺は、湊さんのことを……愛しているんだ」

 

途中で深呼吸をして心を落ち着かせながら、理由を先に伝える。

……ごめん、美結さん。

俺は、これから……。

君を、振るよ。

 

悠「だから……美結さんの、気持ちには――」

美結「待って……っ」

 

突然その一言によって俺の返事は遮られ、思わず変な声が漏れる。

今、"待って"って言ったよな……?

どういう……ことだ……?

 

悠「美結、さん……?」

美結「それは……少しだけ待って……っ」

 

彼女は俯いたまま叫ぶようにそう告げると、より一層大きく全身を震わせる。

そうして、彼女の言う通りに少し待つと、次第に声を殺して啜り泣く音が聞こえてきた。

 

美結「ごめんね、悠さん……笑いながらって言ったのに……っ」

 

声を震わせながらそう言って、彼女はゆっくりと顔を上げる。

すると――取り繕った笑顔を貼り付けたまま、滂沱の涙を流す女の子姿が……そこにあったんだ。

 

美結「……でも、ね。情けない話なんだけど……」

悠「…………」

美結「今のあたしには……耐えられる自信が、無いんだ」

 

吹けば消えてしまう蝋燭の火のような声で、彼女は自分の想いを吐露する。

――俺は、いつからか彼女のことを誤解していたらしい。

"いつも笑顔でみんなを笑わせてくれるような、天真爛漫なムードメーカー"。

それが、俺が彼女に抱いていた印象だった。

――けれど、それは……。

……ただの、押し付けられたイメージに過ぎなかったんだ。

 

美結「……おかしいよね。自分で告白しておきながら……待って欲しい、なんて」

 

必死に堪えようとする彼女の気持ちとは裏腹に、無慈悲にも……その涙は絶えず零れ続ける。

本当の彼女は、並以上に社交性に優れた――"特別な"人間ではなかったのだ。

誰よりも繊細で優しく、自分を押し殺して他人を尊重するような……そんな、人よりも気を遣える――"普通の"女の子だったんだ。

それなのに、俺は……。

 

美結「あたし……みんなが思ってるよりも……自分が思っているよりも、ずっとずっと弱い人間だったみたい」

 

自分を卑下して殻に閉じこもろうとする彼女に、俺は――何も言えなくなる。

 

美結「だから……悠さん」

 

もう限界だと言わんばかりに苦悶の表情を浮かべながら、彼女は縋るように言葉を紡ぐ。

 

美結「もう少しだけ……時間を、ください……っ」

 

彼女の……悲痛に満ちた表情が。

嗚咽混じりの、震える声が。

今にも消えてしまいそうな、儚げな姿が。

俺の心を、じわじわと締め付けていく――。

 

美結「やっぱり、あと少しだけ……。ほんの少しだけで、いいから……」

 

そうして、彼女の口から零れ落ちた、最後の願いは――

 

美結「あなたに……恋する女の子で、いさせて……っ!」

悠「――っ――」

 

1人の少女の、美しく純粋なエゴだった。

 

美結「ごめんね……ほんとに、ごめん……っ」

悠「そんな、ことは……」

 

人目も気にせず泣きながら謝る彼女に、俺は何も言えずにただ立ち尽くすことしか出来なくなる。

――今すぐにでも、彼女を慰めてあげたい。

――"大丈夫だよ"って、彼女を安心させてあげたい。

けれど……そんなことをしたら、2人への裏切りになってしまう。

だから、今はこうすることしか出来ないんだ……。

 

美結「悠さん、ごめんね……っ!」

 

そうして、何も言えずただ立ち尽くすだけの俺を、恋情と悲痛の混じり合った瞳で見つめながら……彼女は、去ってしまった。

 

悠「……はぁ」

 

ただ一人残された世界で、後悔と寂寥感に駆られながら……俺は、彼女のいた場所を見つめる。

 

悠「これで……良かったんだよな……」

 

心の中に渦巻く感情に翻弄されながら、自分の行動を見つめ直す。

今回は今までとは違い、思わせぶりなこともしなかったし、優柔不断な態度で惑わせることもしなかった。

というか、自分の気持ちを……今の思いを、ちゃんと伝えようとしたんだ。

……けれど。

美結さんに待って欲しいと言われ、その思いは最後まで言葉になることは無かった。

……だから、これは仕方ないことなのかもしれない。

俺に出来ることは、全てやりきったんだと思う。

……そうである、はずなんだ。

はず、なのに……。

 

悠「どうして、俺は……」

 

絶えず続く胸の苦しみが、心にこびりついて消えてくれない。

そうして、何度も何度も取り除こうと頑張っても……。

どうしても、やるせない気持ちが拭えなかった――

………………。

…………。

……。

――ぽつりぽつり、と闇夜の空から落ちてくる。

そうして、雨は音を立てて俺の体を包み込み、世界を一変させていく。

冷たく降りしきる天の涙は、先程見せた彼女の涙のように……とめどなく降り続けるのであった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
美結ちゃんの恋の行方は思わぬ結末を迎えてしまいましたが、悠君に大きな爪痕を残せましたね笑
まあ、この結論を後回しにする動きが後で少し成果を残すことに繋がるのですが……これはまだ少し先のお話ですね~
さて、次からは湊くん×悠君の話が始まりますが……その前に、湊くんと風莉さんのお話が少し(?)入ります!
一応その話までが前哨戦となっているので、クライマックスまでの準備期間を愉しんでいただければ幸いです~!

追記
皆さんいつもこの作品を読んでいただきありがとうございます!
気づいたらUAが39000超えていて感動しました!
ここまで読んでいただけるとは思っていなかったので、本当に毎回毎回感謝しかありません。ありがとうございます。
あ、感想とか書いていただけると喜びまくってモチベに繋がるので、書いていただけたら嬉しいな?なんて笑
……さて、今回の話ですが、悠君の成長と美結ちゃんの女の部分がメインになっていて、めちゃくちゃ書いてて楽しかったのですが、同時に辛かったです笑
人に気を遣いすぎて逆に相手に迷惑かけていた悠君がここまで成長するとは……と保護者のような目線で今回見ていたのですが、今回はどうしようもなかったなあと思いましたね。
あそこで泣かれて自分の決断を先延ばしにされてしまって頭が混乱している悠君が、あそこまで頑張れるとは……
というか、妹たちの「優しさが時には人を傷つける」的なアドバイスがここまで効いてくるとは……真白も優依も少しは報われましたね笑
というわけで、今回はここまで!
長くなってしまいましたが、また次回も読んでいただければ幸いです!


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最終試験かざり

皆さんお久しぶりです!前回の続きです!
今回は湊くんの決意の話なんですけど、同時に風莉の初恋に関する話でもあります。
本編のネタバレをガッツリ含んでいますが、そこは許してください笑
というか、前回の投稿から結構経ってしまいました……すみません。
ということで、まえがきはここまで!
今回の話もぜひ読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

これは、美結と悠がデートしている時に起きた――ある2人の決意の話。

 

湊「――風莉さん」

 

理事長としての仕事を終わらせてゆっくりと部屋でくつろぐ彼女に対して、少し居住まいを正して話しかける。

今日は、七夕前日……つまり、悠さんが美結さんとデートをしている日だ。

正直、悠さんからその話を聞いた時はかなり複雑だったけど……美結さんのことも考えると、これで良かったのかもしれない。

だって、想いを伝えられないまま諦めるなんて……そんなの……っ。

 

風莉「……どうしたの、湊?」

 

不思議そうに首を傾げながら、こちらの様子を伺うお嬢様。

危ない危ない、今は"僕たち"のことを考えないと……。

 

湊「そ、その……悠さんの、事で……相談したいことが、あるんです……っ」

 

深呼吸した上で言葉を詰まらせつつも、風莉さんに要件を伝える。

そうして僕は、表情を強ばらせながら続きを待つ彼女に対して、今抱えている悩みを打ち明けるのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

風莉「――そう」

 

湊の話を聞き終わり、傍に置いてあった紅茶を1口飲む。

そして同時に――私の恋心は、完全に崩れ落ちたのだった。

 

風莉「つまり、あの一件で……彼のことが好きだと自覚してしまったのね?」

湊「……はい」

 

頬を赤く染めながらも、少し複雑な表情で――初恋の彼は頷く。

祝福したいという気持ちが膨らんでいくと同時に……ナイフで刺されたような痛みが、胸の中に拡がっていく。

あの時……諦めたはずなのに……。

 

湊「……でも、ボクは"男"なんです」

風莉「…………」

湊「ボクは悠さんのことが好きです。この気持ちは……もう、どうしようも出来ません。ですが、ボクは……」

 

今にも泣き出してしまいそうなか細い声で、彼は自分の罪を告白する。

 

湊「……悠さんに、隠し事をしてるんです。……本当は、"男"だってことを」

 

ずっと我慢してきたであろう罪悪感が、彼の中から溢れていくのがわかる。

責任の一端は私にあるというのに……彼は、全て自分で背負ってしまったのだろう。

その思いを必死に隠して、彼と会っていたなんて……。

 

湊「本当は、今すぐこの気持ちを伝えたいんです……っ。それに、もしかしたら……悠さんも、ボクの気持ちを受け取ってくれるかもしれません……」

風莉「…………」

湊「……ですが、それはボクの秘密を知らないから言えるんです……っ」

 

自身の取るべき選択に葛藤する思いが、一つ一つの言葉から痛いほどに伝わってくる。

 

湊「悠さんが、このことを知ったら……」

風莉「湊……」

湊「悠さんは……ボクの、こと……っ」

 

最悪の結末を想像してしまい、怯えるような表情で彼は泣き出してしまった。

――八坂さんに想いを伝えたい。

けれど、彼に告白するには……本当の事――男であることを打ち明けなければならないのだ。

 

湊「ボクの……こと……っ」

 

……逃げようとすれば、その事実を伝えずに、彼に告白することだってできるはず。

だけど……そんなの八坂さんが可哀想だし、何より正義感の強い湊には不可能なことだ。

――八坂さんは、湊のことを愛している。

それは、最初の頃に告白してきたことからも……今までの態度からしても、間違いないと言える。

だからこそ、湊が彼のことを好きになった今――本来なら、祝福しているはずなのに……。

事態は、私たちの想像以上に複雑なものとなってしまった。

……湊の告白を受け入れるのか拒絶するのかは、彼にしかわからない。

けれど、最悪の場合……湊は、振られてしまうだけじゃなくて。

今まで騙していたことや、その在り方によって……拒絶されてしまうこともあるかもしれないのだ。

だからこそ、湊は……彼に軽蔑され、せっかく元に戻れたこの関係すらも消えてしまうのが怖くて、幼子のように怯えているのだろう。

 

風莉「……そう、ね」

 

湊の悩みが分かり、一旦頭の中を整理する。

そうして、少し考えた末に自分の中の"答え"に辿り着くと……私は頬の力を弛めた。

 

風莉「……確かに、本当のことを言ったら、八坂さんは驚くと思うわ。……それに、騙されていたことにも、ショックを受けると思うわ」

湊「――っ、やっぱり……」

風莉「でも!」

 

今にも不安に押し潰されてしまいそうな彼の言葉を遮り、私はゆっくりとその続きを述べていく。

 

風莉「彼は、あなたを非難したりしないし、あなたのその在り方を認めてくれると思うわ」

湊「――っ――」

 

風莉「それに……」

 

目を大きく開き、"信じられない"と言わんばかりの表情を浮かべる彼に、安心させるように優しく微笑みかける。

 

風莉「断言はできない……けれど」

湊「…………」

風莉「私が見ていた限り、彼は……それくらいで湊を諦めるほど、簡単な人じゃないと思うわ」

 

彼と何度も会って感じてきたことを、そのまま湊に伝えていく。

だって、彼は……それくらい、湊のことが――。

 

湊「……なんで」

風莉「……え?」

湊「なんで、そう言えるんですか……っ」

 

疑心暗鬼に陥ったままの泣いてる男の子に対して、優しい口調でその理由を告げる。

 

風莉「だって、それは……」

湊「…………」

風莉「私が見ている中で、彼ほど湊のことを大切に……一番に思っている人は、いないから……かしら」

 

話し終わると同時に、湊の顔がほんの少し赤くなる。

その表情は、未だ不安で怯えていたが……どこか少し嬉しそうな、そんな穏やかなものであった。

 

湊「で、でも……っ。悠さんが、本当にそう思ってくれているか分からないですし、その……」

風莉「湊……」

 

それでも、一瞬のうちにその表情は再び暗くなり、彼の心を不安が巣食い始める。

確かに、不安になる気持ちは分かる。

けれど、このままじゃ……湊が幸せになれない。

だから……私は……。

 

風莉「告白……したいんでしょう?自分の気持ち……伝えたいんでしょう?」

湊「それ、は……」

風莉「……なら、逃げてはいけないと思うの」

 

目の前にいる恋する男の娘に、アドバイスするように自分の気持ちを告げる。

 

風莉「想いが伝わっても、伝わらなくても……言葉にしなきゃ、ダメだと思うの」

湊「風莉、さん……?」

風莉「想いを伝えずに後悔することだって、あるんだから……」

 

困惑する湊に対して、私自身が経験した想いをそのまま伝える。

私は……タイミングを失って、何も伝えられなかった。

だから、湊には……そんな思いして欲しくない。

 

風莉「でも……最後は、湊が決めなきゃいけないわ」

湊「…………」

風莉「正直、八坂さんがどういう反応をするかは分からないわ。それこそ、私が言った通りにならない可能性だって……無くはないのだと思う」

湊「……やっぱり……」

風莉「――けれど」

 

私の言葉で、再び失意の底に沈んでいく湊。

でも、これだけは……これだけは、伝えなきゃいけないのだ。

 

風莉「このまま本当の事を言わずに苦しみ続けるのは、湊だって辛いだろうし……私にも、耐えられない」

湊「風莉さん……」

風莉「だって、私は……ただ、湊が幸せになって欲しいだけだから」

 

今までの感謝と己の信条を胸に、胸に秘めた願いを言い放つ。

このまま耐えるだけじゃ、湊の精神がすり減っていく一方なのだ。

だからこそ、あなたには……。

 

風莉「だから……あなたが一番幸せになれる方向へ進んで欲しいの」

湊「……っ……」

風莉「他の誰でもない……あなたの、ために……!」

 

そうして、私の話を聞き終わると……湊は深く頭を下げて、私に一言感謝の気持ちを述べた。

 

湊「……ありがとう、ございます……っ」

 

その言葉は、短くてありきたりであったけれど……深い思いの籠った、彼からの精一杯のお礼であった。

……………………。

……子供のように泣きじゃくる初恋の人の頭を、泣き止むようにと落ち着くようにとそっと撫でる。

そうして、私は彼が決断を下せるまで、彼の部屋で相談相手になるのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

風莉「――そう言えば、八坂さんとはどうなのかしら……?」

 

その日の夜。

2人きりの部屋の中、電気を消して眠りにつこうという時に、私は単刀直入にそう尋ねる。

……あの後、湊は少し落ち着いたようで、目元を赤くしながらも普段通りに家事を行ってくれた。

だからこそ、彼の中で決心がついたのだと思うのだけど……。

それはそれとして、少し彼について聞いておきたいのだ。

 

湊「そ、それは……お嬢様たちが来た時に話したじゃないですか……っ!」

 

窓の外の月明かりだけが照らす、仄暗い部屋の中。

その中でも、表情が思い浮かぶ程の慌てた声で彼はそう叫ぶ。

 

風莉「あの時、全て話した訳では無いのでしょう?有耶無耶にしていることもあったし」

湊「うぐっ……そ、それは、そうですけど……」

 

どうやら図星だったようで、狼狽えながらどんどん声が小さくなっていく。

 

風莉「教えて、湊」

湊「なんでですかっ!」

風莉「じゃあ、お風呂のことでいいから」

湊「お、お風呂……ですか……っ!?」

 

予想外の質問に驚きを隠せないというのが、その強ばった声から伝わってくる。

光の加減でちょうど彼の顔が見れないのだけど……正直ちょっと見てみたい。

 

風莉「だって、八坂さん1人で入れるような状態ではなかったのでしょう?だから、どうしていたのか気になって……」

湊「うぅ……す、少しだけ……ですよ?」

 

そう言うと、彼は恥ずかしそうに言葉を詰まらせながらも、ゆっくりと事の次第を包み隠さず話し始めた。

………………。

…………。

……。

 

風莉「……2人とも、大胆……ね」

湊「だから言いたくなかったんですよぉ……っ!」

 

話を聞き終わり、最初に出てきた感想が……何よりもまずそれだった。

特に身体を洗う時の会話……あれは完全に恋人同士のもののような気がしたのだけど……。

これ……もう付き合ってるのよね……?

 

風莉「で、でも……そうやって介護されて、彼も嬉しかったと思うわ」

湊「そう……なら、いいんですけど……」

 

私の言葉を聞いて、どこか少し嬉しそうに声を弾ませる湊。

"恋する乙女"って、こういうのを言うのかしら……。

 

湊「……まあ、こういう"人をお風呂に入れる"ってことをするのは2回目でしたし、前は女の子相手でしたけど……割と大変でしたね……」

風莉「……ぇ……」

 

湊から放たれた突然の言葉に、全思考が停止する。

今、湊の口から何か大きな情報が出てきた気がするのだけど……?

 

湊「あ、ええと……昔あんな感じで、女の子にシャンプーをしてあげたなぁ……、と悠さんのお世話しながら思い出したんです」

風莉「え……?ちょっと待って、湊」

湊「……?」

 

普段と違う私の反応に、慌ててその理由を付け足してくれたのだけど……今はもうそれどころじゃない。

もしかして、湊……。

 

風莉「その話、って……」

湊「随分前の話ですけど……あの時は、女の子がおしっこを漏らしてて……とりあえず、家のお風呂に入れてあげたんです」

 

私の言葉をトリガーに、彼は懐かしそうに過去の思い出を語り始めた。

 

湊「そしたら、1人で洗えないらしくて、お風呂場でシャワーも浴びないでじっとしてたんですよ」

風莉「…………」

湊「それで、ぼーっとしてたから、結局手伝うことになってしまって……は、恥ずかしかったんですけど……っ」

 

今の私を構成する最も大切な記憶が……"彼の口から"語られていく。

やっぱり、湊……あの時のこと、覚えて……っ。

 

湊「今思うと、懐かしいなぁ……」

 

遠い過去に思いを馳せるように、彼はボソリとそう呟く。

 

湊「あの子……元気にしてるのかな?」

風莉「――っ!」

 

その言葉が聞こえた瞬間。

2人のために蓋をしていた想いが……壊れた蛇口のように一気に溢れ出した。

 

風莉「(そう……覚えてたのね……)」

 

言葉では言い表せないくらいの喜びを噛み締めると同時に、胸がぎゅっと締め付けられる。

今すぐ……湊に伝えたい。

あの時の少女は、ここで幸せに暮らしてるんだって。

あの時の少女は、あなたに感謝しているんだって。

あの時の少女は、あなたに……恋をしてしまったんだって。

……けれど。

これを告げてしまったら……決心したはずの湊の気持ちが、鈍ってしまうかもしれない――

 

風莉「(……いえ、そんな都合のいい話はないわ)」

 

隣で話す彼を一瞥し、自分の理想を否定する。

湊は、八坂さんのことを本気で好きになっている。

だから、この事実を告げたところで……彼の気持ちは変わらないだろう。

結局……私は振られてしまうのだ。

……………………。

けれど、彼の気持ちを掻き乱すことには変わりない。

だって、私に告白されたら……彼は困ってしまうだろう。

困って、悩んで、考えて……その上で私の告白を断って。

私の辛さを慮って……振ってしまった自分を責め続ける。

今まで一緒に暮らしてきたからこそ、その姿は容易に想像できるのだ。

……ならば。

こんな大切な時に……大好きな彼の邪魔をしたくない。

それだけは、してはいけないんだ。

だから、彼が湊を幸せにできるなら……私は……っ。

 

風莉「そう……だったのね」

湊「そうなんですよ……って、風莉さんなんで泣いてるんですか!?」

 

突然湊に言われ、自分の頬を熱い液体が流れ落ちているのに気がつく。

自分で"言わなきゃ後悔する"って言っておきながら……結局、自分は言えないのね。

 

風莉「……いい話ね」

湊「そういう話じゃありませんでしたよね!?」

風莉「でも……」

 

薄いレースのカーテンから、青白い月の光が射し込む。

その淡い光に照らされた彼を見つめながら、私は最後の最後に想いを伝えることにした。

 

風莉「その子もきっと……あなたに感謝していると思うわ」

湊「風莉さん……」

 

その言葉を聞いて、湊は少し驚くような表情を浮かべると……。

 

湊「もし、そうだったら……嬉しい、ですね」

 

そう言って、ふにゃりと顔をほころばせて笑った。

 

湊「……眠れないようですし、飲み物でも取ってきましょうか?」

風莉「ええ……お願いするわ」

 

私に気を遣って起き上がった湊に対して、感謝の言葉を述べる。

そうして、"少し待っていてください"と言って、彼はゆっくりとドアを開けた。

……彼の姿が、次第に遠のいていく。

その背中は、遠く……そして、二度と届かない場所に行ってしまったことを物語っていた。

これで……良かったんだと思う。

未練はあるけど、それで湊が幸せになれるのなら……私は、これでいいの。

だから、この想いにも……別れを告げないと。

ありがとう。あの日からずっと、彼を好きでいさせてくれて。

さよなら、私の初恋。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
書いてるのに自分でも風莉のとこがきつくて辛かったので、皆さんもダメージを受けているのかな?とは思いますが……きつい笑
これで次からいよいよ湊くんが一歩先へと足を進めてしまうのですが……果たしてうまくいくのか……?
皆さんそのあたり楽しみにしていてください!
ということで、今回はここまで!
みなさんいつも読んでいただきありがとうございます!
また次の話も読んでいただければ幸いです!

………………。
…………。
……。
本当は、クリスマス湊くんが書きたかった……
イチャイチャさせたかった……


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可愛ければ男の娘でも好きになってくれますか?(前)

お久しぶりです!というかめちゃくちゃ間が空いてしまってすみません!!!
やっと湊くんの告白デートの話になりました笑
と言っても今回は前編ということで、次で告白になります!
なので今回は、純粋なデートなのですが……とりあえず最後のイチャイチャを楽しんでください!
拙い文章ですが、今回も最後まで読んでいただけると幸いです!


 

 

 

悠「――すぅ……はぁ……うん。よしっ」

 

ゆっくりと深呼吸をして、眼前に広がる美しい景色を目に焼き付ける。

――街を埋め尽くす数多の提灯が、色鮮やかにその身を輝かせながら風に揺れている。

――周囲から聞こえてくるカラフルな人の声が、世界を彩っていく。

――屋台から流れてくる"夏の香り"が、祭りに飢えた人々の鼻腔をくすぐる。

いつも暮らしている街の日常が、非日常に染められていく――

そんな、七夕祭り当日の夜。

俺は1人……これから来るはずの"待ち人"の姿が現れるのを待っていた。

 

悠「なんか、懐かしいなぁ……こういうの」

 

ボソリとそう呟きながら、彼女と出会ってからの日々を振り返る。

 

悠「確か、初デートの時もこんな感じだったな」

 

そう言って、背後に建てられた校門を眺めながら、あの日のことを思い起こす。

あの日も――今日と同じように、この鈴女の校門前で待っていた。

前を歩く人達に注目されるのを、とにかく必死に堪えて。

連日夜更かしして決めたデートコースを、忘れぬようにと確認して。

それで、早く着きすぎたのではと思い始めた時に彼女が現れて……。

 

悠「(……いや、それだけじゃない)」

 

それでいて、確かあの時……。

俺は、初めて見る彼女の私服姿に感動して――

 

湊「――悠さん」

 

突如聞こえた美しい声に惹かれ、思い出から現実に引き戻される。

今の、声は……。

 

湊「待たせちゃいましたか……?」

悠「い、いや……俺も来たばかりだから、大丈夫……だ、よ……」

 

声をした方を振り返り、その言葉に返事を返す。

しかし……。

自然と紡いだ俺の言葉は……最後まで聞こえることなく、周囲の音に吸い込まれていった。

 

悠「……っ……」

 

薄紫の朝顔の花が描かれた、真っ白な美しい浴衣。

裾から除く彼女の白く細い足を彩る、紫の鼻緒。

そして……。

 

悠「湊、さん……」

 

彼女の艶やかな髪に添えられた、桜色の髪飾り。

それらが合わさり、彼女の元々の綺麗な容姿も相まって……彼女の美しさを際立たせていた。

……そう。

まるで、世界から隔絶されたような……そんな孤高の美しさを、彼女の姿に覚えたんだ。

 

湊「……悠さん」

 

彼女の不安に満ちた瞳が、俺1人に向けられる。

こんな贅沢があっていいのか。

俺だけがこんな思いをしていいのか。

 

悠「(……いや、いいんだ)」

 

自分を安心させるように、そっと深呼吸をする。

だって、俺は……湊さんの……。

 

湊「……似合って、ますかね……?」

 

彼女の口から零れた問いに対して、俺の中の全ての語彙力を総動員させて、返事を考える。

…………。

………。

……。

……けれど。

俺の口から放たれた言葉は……。

 

悠「ああ……とても、似合っているよ」

湊「……えへへ」

 

そんな、すぐに思い浮かぶほど単純で。

聞き飽きてしまうほど陳腐で。

面白みのない平凡な台詞。

……だけど。

最も――気持ちの伝わる言葉を。

俺は、彼女に伝えたのだった。

 

悠「そ、それじゃあ……」

 

左手で頬を掻きながら、右手をそっと差し出す。

……少し、大胆すぎたかな。

 

湊「悠さん……」

悠「……ほ、ほらっ、七夕祭りじゃみんないるだろうし、俺達が恋人っぽいことしてないと、怪しまれちゃうかも……って」

湊「……そ、そうですよねっ!……怪しまれちゃいますよね」

 

俺の苦し紛れの言い訳を聞き、彼女はそっと顔を下に向ける。

その様子を見て、俺は自分の失敗を反省しようとした……けれど。

 

湊「……えへへ。悠さんの手、大きいですね」

 

そっと俺の手を握る彼女の顔は……心なしか、赤らんでいるように見えた。

 

湊「……じゃあ、行きましょうか」

悠「あ、ああ……行こうか」

 

バクバクと高鳴る心臓を抑えながら、できるだけクールに返事をする。

――なぜ彼女は、緊張せずにこういうことが出来るのだろうか。

――なぜ彼女は、平常心を保っていられるのだろうか。

そんな問いが、頭の中に浮かんでくる。

……けれど。

そんな不安に満ちた疑問は――すぐに間違いだったと気がついた。

 

悠「(湊さん……)」

 

歩き出そうとして、重ねられた小さな手をそっと握り返す。

そうして、握り返した彼女の華奢な左手は……。

彼女の明るい表情とは裏腹に――小さく、震えていたんだ。

 

悠「…………」

湊「悠さん……?」

悠「あ、ああ……ごめん。……行こうか」

 

緊張で押し潰されそうになりながらも、彼女は表情一つ変えずに俺の手を引いていく。

やっぱり、湊さんは強いな……。

そう思いながらも、その弱くか細い手を、安心させるようにと強く握り締める。

いくら強いからといっても、彼女は常に強く在るわけではない。

だから、俺が……湊さんを支えないと。

緊張感を気合いで吹き飛ばし、彼女と2人で夜の街を往く。

そうして俺たちは、提灯と星空に彩られた幻想的な世界へと消えていくのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――それから俺たちは、色んな屋台を見て回った。

射的や輪投げを楽しんだり、チョコバナナに焼きそばを食べたり……など。

一つ一つ、楽しい思い出を作り上げていったのだ。

……けれど。

 

湊「……悠、さん」

悠「ん?どうしたの?」

 

彼女は突然足を止めると、少し俯いたまま何かを告げようと口を動かす。

 

湊「その……ですね」

悠「…………?」

湊「昨日、美結さんから……"告白"されましたか?」

悠「――っ――」

 

あまりに唐突な質問に、一瞬頭が真っ白になる。

……けれど。

 

悠「(……やっぱり、な)」

 

正直な話、美結さんと出掛けると告げた日から予想はしていた。

俺自身は"決着をつけてくる"と言ったけど……それはつまり、美結さんから告白される可能性があったということだ。

……まあそもそも、2人で出掛けようと言われた時点でその可能性しかないのだが。

いずれにせよ、あの時湊さんは"俺が美結さんに告白される"という状況を想定していたはずだ。

だからこの質問は、当然のものではあるのだけど……。

 

悠「そ、それは……」

湊「……その反応を見れば、わかりますよ」

悠「うぐっ……」

湊「もうっ……どれだけ一緒にいたと思ってるんですか?」

 

物の見事に見透かされ、湊さんに頬を膨らませながら抗議される。

けれど、その口調は優しく……ってか、とんでもなく恥ずかしい発言をぶち込んできた気がするんだけど……?

彼女に言われたら嬉しい言葉ランキングTOP10(八坂悠調べ)に入るくらいじゃないかこれ……?

 

湊「それで……どうだったんですか?」

 

そんな別の意味で心臓バクバクになる俺にはお構い無しに、彼女は事の顛末を知りたいと前のめりに尋ねてくる。

なんというか、言い難い……けど。

隠し事はなしって決めた以上、腹を決めるしかねぇか。

 

悠「俺は……さ」

 

ゆっくりと息を吸って、その続きを述べていく。

 

悠「"好きな人がいるから"って言って……断ろうとしたんだ」

湊「……ぁ……」

悠「けど……さ」

 

湊さんに話しながら、昨日のことが鮮明に"思い出される"。

……いや、違う。

"思い出してしまうんだ"。

――それはまるで、消せない傷跡のように。

――深く強く、奥底に刻まれた記憶が。

 

悠「(俺、は……)」

 

……そうだ。

俺は結局――伝えられなかったんだ。

 

悠「俺が言おう言おうと覚悟を決めてる最中に……怖くなっちゃったらしくて、さ」

湊「……ぇ……」

悠「俺は何も言えずに……美結さんの後ろ姿を見ることしか出来なかったんだ」

 

湊さんは目を見開いて驚いているが……それでも、俺は言葉を紡ぐ。

……本当は、彼女を引き留めたかった。

気持ちを伝え、たとえ彼女の決死の想いに応えられなくても、せめてケジメをつけるという形で報いたかった。

だけど……。

――あの時見送った彼女の背中が、瞼の裏に焼き付いて離れない。

これこそが、俺が背負ってくべきものなのだろう。

 

悠「ほんと、そういうのは早く決断してあげた方がいいってのは分かってたのにな……」

 

あの時から絶えず浮かび続ける後悔が、ぽつりと零れ落ちる。

 

悠「……感じちまったんだ。これが……誰かを選ぶことの"重さ"なんだ、って」

 

言葉にできない思いが、仮の形を得てそっと放たれる。

だから、俺は……。

 

湊「そう……だったんですね」

悠「……ああ。だから、返事は言えずじまいって感じなんだ」

 

複雑な面持ちの彼女に対して、安心させるようにと笑顔を作る。

あーあ……こういうのが上手ければ良かったんだけどな。

 

湊「……悠さんは、悪くありません……っ」

悠「でも、結局突き詰めてしまえば俺の責任だし……」

湊「――それでもっ!」

 

俺の言葉を遮るように、彼女は力強く訴える。

 

湊「悠さんは、やれる事をやったんですよ。逃げもせずに、自分の気持ちを伝えようとしたんですよ」

悠「…………」

湊「だったら……少しは自分を許しても、いいんじゃないですか?」

 

彼女の言葉が、俺の胸の奥底へと……深く深く突き刺さる。

……正直なところ、今もずっと自分を許せないままでいる。

あの時、もう少し早く結論を出せれば。

あの時、美結さんとの関係が崩れることを少しでも恐れなければ。

彼女に、あんな思いをさせなくて済んだのに……と。

……けれど。

 

悠「(……そっ、か)」

 

湊さんは、それでも"自分を許してもいい"と言ってくれた。

後悔で押し潰されそうな俺を、どうにか救おうとしてくれているのだ。

ならば……俺は……。

少しは……自分を許してもいい、のかな。

 

悠「……湊さん、ありがとう」

湊「いえいえ……まあ、いつも悠さんはそういうところで自分を責めようとしますからね」

悠「……うぐっ……!」

湊「……でも」

 

祭りの熱を冷ますかのような夜風が、連なった提灯を揺らす。

 

湊「美結さんの判断は……正解だったのかもしれませんね」

悠「……え?」

 

その言葉の意味がわからず、思わず間の抜けた声で聞き返してしまった。

今、なんて……?

 

湊「あ、あれやりたいですっ!」

 

そう言うと、彼女はヨーヨー釣りの屋台を指差して、俺の服をぎゅっと引っ張る。

 

悠「え、あ、今の……」

湊「行きましょう、悠さんっ!」

 

俺の言葉を聞いてか否か。

彼女は俺の手を引くと、屋台に向かって駆け出すのだった。

……ということで、結局話を逸らされてしまったわけなのだが。

まさか、この言葉の真意をこの後すぐに知ることになるなんて。

この時の俺には、まだ知る由もなかったんだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

屋台のおじさん「お、初々しいカップルじゃねぇか」

湊&悠「「……っ……」」

 

そうして、俺たち2人は彼女の手に引かれるままに屋台に着いたわけなのだが……。

慣れたはずの今更ながらのからかいに、2人揃って顔を真っ赤にして緊張してしまうのだった。

 

悠「ふ、2人分で……」

屋台のおじさん「あいよっ!兄ちゃんも嬢ちゃんも、好きなの取ってってくんな!」

 

おじさんから"こより"――紙でできた釣竿みたいなもの――を2つ渡され、目の前の子供用のビニールプールの前に座り込む。

赤、青、黄、緑、紫、橙……数え切れないほどのカラフルな水風船が、小さな世界の水面に揺らめいている。

そのどれもが提灯の薄明かりを反射して仄かに煌めいており、その幻想的な景色に思わず声が漏れた。

 

湊「頑張りましょう、悠さん!」

悠「おし!ちゃんと取るぞー!」

 

隣で気合いを入れる彼女と並んで、ギュッと拳に力を込める。

恥ずかしいとこだけは見られないようにしないと……!

 

湊「どれにしようかな……」

 

空いているもう片方の手で色々なヨーヨーを指差しながら、彼女はゆっくりと標的を選んでいく。

 

湊「そうですね……ボクはあれにします!」

悠「じゃあ……俺はあれかな」

 

湊さんらしい紫色のやつを横目に、俺は透明なやつに狙いを定める。

 

湊「うーん……難しいですね……」

悠「あ、取れた」

湊「早っ!?」

 

……と、失敗しないようにと緊張していた割にはすんなりと取れてしまい、自分でも拍子抜けしてしまった。

 

屋台のおじさん「お!あとは嬢ちゃんだけか」

湊「うぅ……ボクもぉ……!」

 

俺に先を越されたのがショックだったのか、彼女は小さく握り拳を作ると、思い切って紫色のヨーヨーに"こより"を近づけていく。

そして――

 

湊「……あ、取れました!悠さん取れましたよ!」

 

紫色のヨーヨーを釣り上げ、彼女は嬉しそうにガッツポーズをとる。

そうして、あまりの嬉しさに立ち上がろうとした瞬間――

 

湊「わわっ……!」

 

湊さんは、後ろを歩いていた人とぶつかってしまい……そのまま俺の胸元へと飛び込んでくるのだった。

 

悠「湊、さん……?」

 

一瞬感じた少しの痛みを堪えながら、俺の胸に顔をうずめる彼女に声をかける。

あまりに一瞬の出来事で、俺はしゃがんだままだったけれど……運良くどうにか受け止めることができた。

……のだが。

 

悠「(これ、は……)」

 

目の前にある彼女の顔から、そっと視線を逸らす。

……そう。

"受け止めることができた"、それ自体は良かったのだ……が。

――外れかけた理性を、どうにかして抑え込む。

その結果として……俺は、湊さんに押し倒される形となってしまったのだ。

 

湊「うぅ……ごめんなさい、悠さん……」

 

覗き込むような上目遣いで、彼女は申し訳なさそうに謝ってくる。

けれど、無慈悲にも……それは"逆効果"となってしまっているのだ。

 

悠「(俺の心臓がもたねぇ……っ!)」

 

なにしろ、今の彼女は……俺の右足に跨って胸に飛び込んでくるような姿勢だ。

つまり、何が言いたいかと言うと――尋常じゃないくらいに顔が近いのだ。

あと少ししたら、互いの口がぶつかってしまうくらい近いのだ。

……俺の理性、保つかな……?

 

悠「……あれ、なんか……?」

 

そんな現実逃避をしている最中、右の太ももに何か硬いものが当たったのを感じる。

そうして、その異物が気になって右足を少し動かす……と。

――もにゅっ。

 

湊「んんっ……ぁ……っ!」

悠「――え?」

 

突然聞こえた謎の声に、頭の中がパニック状態に陥る。

今の声は、一体……?

そうして、困惑する頭をフル動員させると……ある一つの答えにたどり着いた。

 

悠「(今の……喘ぎ声、だよな……?)」

 

あまりに扇情的な声に俺の思考は撹乱されてしまい、先程まで考えていた"硬いもの"のことが、次第に頭の片隅に追いやられていく。

……いや、それよりも今の声だ。

今のは、一体……?

 

悠「み、湊さん?今の、って……」

湊「んっ……ふぅ、ふぅ……っ、す、すみませんっ!今退きますから!」

 

そう言うと、彼女は目をぐるぐると回しながらも、俺の体から一瞬で離れてしまった。

正直、もう少し堪能したかった気もするが……起き上がってしまった俺の息子を隠すのには、今がちょうど良かったのかもしれない。

 

悠「湊さん……?」

湊「す、すみません……っ!お恥ずかしいところを……」

 

離れてからも謝り続ける湊さんに対して、安心させるようにと言葉を述べていく。

 

悠「あ、いや、それは大丈夫なんだけど……」

 

その次の言葉を言おうとして……そっと口を閉じる。

これは……素直に言っていいのか?

言うかどうかという躊躇いが、頭の中で回り続ける。

……けれど。

 

悠「(……いや、ここで止まっていても仕方ないか)」

 

永遠のような一瞬の逡巡を乗り越え、覚悟を決めて踏み込んでいく。

背に腹はかえられないが、ここは素直に聞くしか――

 

悠「今の、"声"って……」

湊「………〜〜〜ッッ!き、気にしにゃいでください……っ!」

 

思いっきり噛みながら、顔を赤くしてテンパりまくる湊さん。

先程聞こえた艶やかな声とは違って、それはとても可愛らしい幼い声なのだが……うん。これもいいな。

……これ以上、考えるのはやめよう。

てか、これ以上言うのもやめておこう。

このままじゃ湊さんがやばくなりそうだし。

ぶっちゃけ……俺も、やばい。

 

悠「つ、次の屋台……行こっか?」

湊「は、はい……お願い、します……」

 

強引に話を逸らした後、転ばないように注意しながら、彼女の手を握って立ち上がる。

 

悠「おじさん、ありがとうございました」

屋台のおじさん「おうよ!」

湊「あ、ありがとうございました……!」

 

お互いに取れたヨーヨーを指に付けながら、おじさんに礼を言って祭りの喧騒の中へと歩き出す。

 

屋台のおじさん「あ、ところで兄ちゃん」

 

……と、歩き出した途端、湊さんに聞こえないほどの声でおじさんから声を掛けられた。

 

悠「どうしたんですか?」

屋台のおじさん「いや、どうってこたァねぇんだが……今日はちゃんと、"満足"させてやれよ?」

悠「――っ、そ、それは!?」

屋台のおじさん「まあ若ぇし、大丈夫か!嬢ちゃんのこと幸せにしてやれよ!」

 

おじさんからの言葉で恥ずかしくなり、思わず言い返そうとした瞬間……ドンと背中を叩かれ湊さんの所へと押し出される。

そうして気持ちの整理がつかないまま、俺はありがとうと述べて、少し先で不思議そうな顔をして待つ彼女の所へと戻るのだった。

 

湊「悠さん、どうかしたんですか?」

悠「ああ、いや……」

 

さっきとは打って変わって平気そうな顔で、彼女は俺の顔を下から覗き込んでくる。

そういう動きの一つ一つが俺にとって致命傷なんだが……まあ、いいか。

とりあえず、今の話聞かれてなくてよかった……。

 

悠「んー……内緒、かな」

湊「え、なんでですか!?もう……っ!」

 

そう言って叩いてくる湊さんを軽くあしらいながら、お祭りデートを再開する。

……と、口では軽く言っているが、この時既に俺の心臓は破裂寸前なくらいにバクバクと高鳴っていた。

――だからこそ。

彼女の示した最後のヒント――右の腿に当たった"硬いもの"――のことは、俺の記憶から完全に抜け落ちてしまっていたんだ。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
湊くんが色々と可愛くて尊死していたのですが、皆さんもそうなっていたらありがたいですね笑
ということで次の話が告白になるわけですが……正直ここで色々と言うとネタバレになってしまうから黙っておきます笑
まあそれでも一つ言えるのは、「湊くんは頑張った」ということだけですね……。
と、それは置いといて……
累計UAが4万超えました!!!
めちゃくちゃ驚いていますが、本当にありがとうございます。
まさかここまで来るとは思わず、嬉しさで装填しそうですが……昇天するのは完結したらにしておきます笑
自分なんかのこんな拙い上に業の深い話がまさかここまで読んでもらえるとは……最初のころには考えられなかったですね。
もう感謝しかありません!

……ということで、あとがきはここまで!
また次回も読んでいただければと思います。


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可愛ければ男の娘でも好きになってくれますか?(中)

すみません!所用があって前回から間があいてしまいましたが、ようやく続きです!!!
……今回の話につきましては、もう何も言うことはありません。
今回の話で、湊くんは動きます。
なので、湊くんの告白を見届けていただければと思います。
ぜひ最後まで読んでいってください!


 

 

 

――カラン、カラン……と。

甲高い下駄の音が、静かな夜の世界に響き渡る。

その音に合わせるようにと、彼は僕の隣で歩幅を合わせて歩いてくれている。

なんともまあ、歩きにくいはずなのに。

その大きい足じゃ、もう少し早く歩けるのに。

それでも彼は、文句の一つも言わずに、僕の隣にいてくれる。

カラン。カラン。

先程よりも小さい足音が、一定のリズムで聞こえてくる。

そうして、何度目か分からないが……また僕は、空を見上げた――。

 

湊「(……やっぱり、綺麗だなぁ)」

 

天に流れる無数の星の大河が、頭上の世界を埋め尽くす。

街灯が点々と立ち並んでいるのに、それでもなおその光は衰えることなく、僕達の瞳にその景色を映し出している。

七夕――織姫と彦星が年に一度再会出来る唯一の日。

大切で貴重な――運命の日。

2人にとっては、この日が終わってしまったらまた逢えなくなってしまうという"悲劇の日"でもあるのだけど。

……なんでだろうか。

こんな美しい世界の中で再会できるのなら、なんと幸せなことなのだろう――と。

この純粋無垢な天空の姿を前にして、僕はそう思ってしまうのだ。

………………。

…………。

……。

絶妙な距離感のまま、2人並んで線路沿いをゆっくりと歩く。

遠くの方では、まだ祭りの喧騒が聞こえてくる。

賑やかで、華やかな――人々の求める非日常。

けれど、僕達はそんな幸せな世界から――1歩ずつ、遠ざかっていく。

ゆっくりと。着実に。

――ここを曲がれば、いつもの道だ。

――ここを曲がれば、今日という日が終わる。終わってしまう。

また、代わり映えのない日常に戻ってしまう。

12時の鐘が鳴り響いた後の、夢から覚めた現実へと――。

 

湊「(……もう、戻れないよ……)」

 

踏み出した足に力を込めて、停滞している日常に別れを告げる。

……だから、僕は。

それに、抗うことにしたんだ。

現実を、再び夢のようなものにするために。

彼との関係を、1歩先へと進めるために。

大好きな彼に、告白するために――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

季節にそぐわぬ涼しい風が、木々の合間を抜けて僕達の横を通り過ぎていく。

夜の温度を感じさせる少し冷めた空気に、悠さんはちょうど良いと言って涼んでいたが……僕の頬は、まだ少し火照っていた。

 

湊「……ゆ、悠さん」

 

熱で赤くなっているであろう唇から、目の前の想い人の名が零れ落ちる。

そんないつもと違う僕の様子にも、彼は"どうしたの"と言ってあえて触れないでいてくれている。

 

湊「と、とりあえず……そこのベンチに座りませんか?」

悠「……ああ」

 

……あと少しのところで逃げてしまい、そのまま2人でベンチに腰かける。

いや、今のは雰囲気を作ろうとして座ることを選んだだけですから、逃げてなんかいません!……多分。

そうして、自分を無理やり納得させながら、辺りの景色を見渡す。

遠くで輝く祭り光のとは対照的に、ここは暗くて人がいない。

あるのはそう――街灯に照らされたこのベンチと、使い古された遊具の数々だけであった。

 

湊「(緊張してきた……っ)」

 

哀愁を漂わせるブランコを横目に、ギュッと自分の手を握りしめる。

……ここは、いつもの帰り道から少し過ぎたところにある――線路沿いの公園。

あの後、一通り祭りを楽しんだ僕達は、人混みに飲まれる前に帰ろうということで、少し早めに帰路についた――はずだった。

そう……暗い夜道を歩く中、ボクは"2人きりで話がしたい"と言って、この場所に寄ってもらったのだ。

理由は至極単純。

僕は……ここで悠さんに告白するつもりだ。

 

悠「それで……話って、何かな?」

湊「……っ……悠さん」

 

雰囲気から何かを察しながらも、悠さんはあえて触れずに僕の出方を待つ。

ここで逃げちゃダメだ……ボクは、頑張るって決めたんだから。

 

湊「……これからする話は、あなたを……傷つけてしまうかも知れません。……いや、傷つけるに決まっています」

悠「……え?」

湊「それでも、あなたは……最後まで、聞いてくれますか?」

 

逸る心臓を押さえつけて、彼に最初で最後の忠告を促す。

悠さんからすれば、いきなりこんなこと言われても意味分からないと思うし、何事かと思うだろう。

……けれど。

 

悠「その様子だと、冗談じゃないみたいだね」

湊「……ボクは、本気です」

悠「……わかった。最後まで聞くって約束するよ」

 

そう言うと、彼はいつものような笑顔を抑え、真剣な瞳で僕を見つめる。

……そうだ。

こういう時に、何も言わずに信じてくれるのが……僕が好きになった人なんだ。

だから、僕も……。

覚悟を決めろ、飛鳥湊。

 

湊「……美結さんは」

悠「……え?」

湊「美結さんは、ボクと悠さんの表の関係を知っていながらも……悠さんに告白しました」

 

いきなり出されたもう1人のライバルの名に驚きながらも、悠さんはそのまま言葉の続きを促す。

 

湊「美結さんは、勇気を出して……自分の想いを伝えたんです」

悠「……ああ、そうだね」

湊「なら、ボクも――」

 

無理だと知りながらも挑んでいったライバルの顔が、そう言いかけた僕の脳裏にちらつく。

ああ、美結さん……ごめんなさい。

 

湊「正々堂々、ちゃんと言わなきゃいけないことがあるんです」

 

美結さんが勇気を出して言ったのに……僕だけ隠し事をしているなんて、フェアじゃないですよね。

でも……本当のことを知ったら、悠さんは……美結さんの方へ行ってしまうのかな……?

 

湊「……悠、さん。ボクは――あなたに、隠していたことがあります」

悠「……え……?」

 

突然放たれた"隠し事"という事実に、流石の彼も動揺を隠せず口を開いたまま愕然としている。

だけど……それでも、ボクはもう止まれないんだ。

 

湊「……これから言う事は、嘘ではなく全て本当のことです」

悠「…………」

湊「……信じて、ください」

 

何かを言いかけて……それでも、僕の目を見てうなずく。

それが……彼の示す誠意なのだろう。

だから、僕も……その優しさに、応えなければならない。

でも……どうしても、震えが止まらないんだ。

 

湊「……悠、さん……ボクは……」

悠「……うん」

 

呼吸が荒くなり、心臓が痛いほどに締め付けられる。

彼を失うかもしれないという未来が、正常な思考を破壊して喉元にナイフを突きつけてくる。

 

湊「……ボク、は……本当、は……っ」

 

彼に拒絶されるという恐怖が、真っ暗な視界を揺らめていく。

幸せな日常が崩れていく光景が、僕を殺す勢いで責め立てていく。

けれど……それでも。

 

湊「(ボクは……この気持ちを、彼に伝えたいんだ……っ)」

 

……そう。

だからこそ、その想いの丈を吐き出す前に。

この事実を、伝えないと……。

震える両手を押さえつけ、ゆっくりと深呼吸をする。

悠さん――ごめんなさい。

ボク、は――

 

湊「……男、なんです……っ」

 

震える唇から漏れ出すように、隠していた事実が放たれる。

 

悠「……え、いや、え……ど、どういう……え?」

湊「…………」

悠「――――」

 

どういうこと?と言いたげな表情で僕の方を見つめると――一瞬でその顔を引き締める。

きっと、僕の真剣な眼差しを見て、冗談では無いことを察したのだろう。

……胸が、痛い。

 

悠「……湊、さん……?」

湊「……はい」

悠「君は……本当に……」

湊「……そう、です。……今まで、隠していてごめんなさい……っ」

 

事実を確認しようとする悠さんに対し、謝りながら事実を肯定する。

怖いよ……誰か…ぁ…。

 

悠「な、なんで……そんな……」

湊「……ご、ごめんなさい……っ」

 

数秒の困惑の後、目に見えて動揺し始めた悠さんに、ただ謝ることしか出来なくなる。

 

悠「まさ、か……」

 

――刹那。

悠さんはボソリとそう呟くと……次第にその混乱した表情が青ざめていく。

――"騙していたのか"、と。

――"俺を弄んで、楽しんでいたのか"、と。

そう言いたげな歪んだ瞳が、ボクの心臓を無惨にも貫いていき、心の奥底へと到達する。

 

湊「ち、違うんです……っ、ボク……は――」

 

そう言いかけて――ギュッと口を噤む。

ああ……間違えてしまった。

彼の絶望しきった表情が、僕の心を内側から破壊していく。

僕を支えていたはずの彼との思い出が、一斉に牙を剥く。

痛い。怖い。苦しい。嫌だ。助けて。お願い。

誰か。だれか。ダレカ。ダレカダレカダレカダレカダレカダレカ。

――不安で押し潰されかけていた心が、再びその扉を閉じようとしている。

なんで言ってしまったのだろう。

なんで我慢できなかったのだろう。

先に立たない後悔が、頭の中で渦を巻いて思考を蹂躙していく。

……けれど。

そう考えたところで……もう、わかっているのだ。

これ以上は……この想いを抑えることなどできなかった、と。

 

湊「……ぁ……」

悠「湊さん……君は――」

 

ここまでしてしまったら……もう、止められない。

たとえ、痛くても、辛くても、苦しくても……。

 

湊「……悠、さん……っ」

 

彼に想いを伝えると、決めてしまったのだから。

 

湊「実は……もう1つ、話したいことが……あるんです……」

悠「……っ……」

 

まだあるのか、と言いたげな憔悴しきった顔で、彼は困惑の眼差しをこちらに向けてくる。まあ、普通に考えたら……そういう反応になるだろう。

 

湊「……立て続けに言われても、困っちゃいますよね……」

悠「…………」

湊「……でも」

 

もう、この震えを抑えてくれる人もいないのだと感覚的に理解しながら、そのまま僕は続ける。

 

湊「もう、抑えておくことなんて……できないんです……っ」

悠「…………」

湊「気持ちが……溢れちゃうんです……っ!」

 

その言葉と同時に、僕の両の瞳から雫が零れ落ちる。

 

湊「……最初に、言っておきます」

 

あんなことを言われてもなお、心配そうにしてくれる彼を前に、僕はある宣言を言い放つ。

 

湊「……悠さんが、ボクを、選ばなくても……ボクは……後悔、しません」

悠「……え……」

湊「……その、覚悟は……してきました、から」

 

それはある意味、これから言う内容がバレてしまうような……そんな孤独な誓いだったけれど。

 

湊「だから……聞いてください……っ」

悠「……あ、ああ」

 

僕の覚悟を決めるのに、そして彼に……その覚悟を知ってもらうのには、十分過ぎる程であった。

 

湊「最初、は……」

 

そうして僕は――ある少年の、儚い恋を語り始めた。

 

湊「最初は……仲良くなれればいいかな、くらいに思ってました……」

悠「…………」

湊「悠さんに、告白されても……そもそもボクは男ですから、付き合うとかはありえない……って、そう思ってたんです……」

 

彼と出会った時のことを思い出しながら、懐かしむように当時のことを暴露する。

彼との出会いは、衝撃的で……僕にとって、忘れられないものなのだ。

 

湊「……でも、悠さんと何度も会って、話していくうちに……ボク、は……」

悠「湊、さん……?」

 

次第に歯切れの悪くなっていく様子とその言葉の意味を理解したのか、悠さんは不思議そうに僕を見つめると、次第にその瞳を見開いていく。

 

湊「……今でも、"男の人が好き"っていうのは、ないんです。……男の人に"可愛い"って言われても……嫌、なんです」

悠「……だったら……なんで……」

湊「――でもっ」

 

彼の当然の疑問を遮り、全身に力を込めて、"彼との終わりに"怯える体を無理矢理にでも黙らせる。

 

湊「悠さんだけは……違うんです……っ」

悠「……え……」

 

……その反応は、当然だと思う。

だって、これは……。

 

湊「"悠さん"に可愛いって言われるから、嬉しいんです……っ」

悠「なん……え……?」

湊「男の人じゃなくて……"悠さん"だから、好きなんです……っ!」

 

自然と出てきた胸の内を、畳み掛けるように言い放ち、彼にこの告白の意味を理解させる。

 

湊「悠さんは、ボクのことを助けてくれて、共通の話題で盛り上がれて、家族のトラウマも克服させてくれて、ずっと一緒にいるって言ってくれて……」

 

身体中に封印していたありったけの気持ちを、言葉に乗せて彼に届ける。

でも、まだこんなものじゃないんだ。

もっともっと、語り尽くせないくらい……僕は、悠さんのことを……。

 

湊「ボクのことを第一に考えてくれて、ボクが悲しまないように気を遣ってくれて、ボクのことを……信じて、くれて」

 

そう言って、明るさを取り戻しつつある彼の瞳に、想いのままに視線を送る。

悠さんは、今だってこうしてボクの話を聞いてくれている。

男だと言っても、それを嘘だと言わずに……僕の言葉を信じてくれている。

普通に考えて、ここまで長い間騙されていたと知ったら……怒って信用しなくなってしまうものだろう。

けれども、彼は……こんな僕を、信じてくれているのだ。

 

湊「あなたは……ボクを救ってくれた恩人であり、1番大切な人なんです」

 

だから僕は、ありのままを彼に伝えたいのだ。

上手く言葉にまとまらなくてもいい。

美しい表現を使えなくてもいい。

ただ……僕の、言葉で。

僕だけの……僕にしか分からない、この大切な気持ちを。

今の僕にできる全力で……想いのままにぶつけたいんだ。

 

湊「……ずっと、この気持ちがなんなのか……考えてきました」

 

ずっと悩み続けていた……この感情の本当の意味。

 

湊「悠さんのことを考えると、胸がギューって締め付けられて、それ以外のことが考えられなくなるような……そんな、気持ち」

 

それはあまりにも単純で、平凡で、ありきたりなものだったけれど。

 

湊「……だ、抱き締められると……顔が熱くなって、熱が出たみたいにクラクラしてきて……心臓が爆発しそうになるような……そんな、気持ち」

 

僕にとっては、かけがえのないものであり……彼と出会わなければ、一生分からなかった気持ちだったのかもしれない。

 

湊「久々にできた同性の友達だからだと……ずっと、自分に言い聞かせてきました」

 

自分を抑え込み、一人で悩んできた日々の記憶を……今も、鮮明に覚えている。

 

湊「……けれど、違ったんです」

悠「え……」

 

……そう。

僕と悠さんが引き裂かれてしまった――運命の日。

 

湊「……あの日、悠さんが美結さんと一緒にいると知った時……気づいちゃったんです」

 

あの時感じた、張り裂けそうな胸の痛みが……今もまだ忘れられない。

けれど、それが……皮肉にも、僕のこの感情を知るきっかけとなった。

つまり、あの一件は……僕の背中を後押しする、最後の一手となったのだ。

 

湊「……この気持ちが……恋、だったんだって……っ」

悠「――っ――!」

 

僕が気づいてしまった感情の意味を知り、目の前で混乱する彼から息を呑む音が聞こえる。

 

湊「……最初に、言ったように」

 

だけど、そんな思考を掻き乱された彼に休む暇も与えず、僕は再び告げる。

 

湊「悠さんが……ボクを、選ばなくても……ボクは、大丈夫です」

悠「……っ……」

湊「……後悔、しないように……覚悟、してきました、から……」

 

抑えきれていた涙が熱を持って瞳から零れ落ち、止まることなく溢れ続ける。

覚悟を決めて塞いだはずの後悔の念が、弱った心を握り潰そうと身体中を蝕んでいく。

 

湊「……だけど。……これだけは、言わせてください……っ」

 

けれど……もう遅い。

今更止めることなんて、もう出来ない。

だから、僕は……。

――もう二度と、こうして話せなくなったとしても。

――もう二度と、笑い合えなくなったとしても。

彼に……"告白"するんだ。

 

湊「……ボク、飛鳥湊は……」

 

小刻みに揺れる唇をゆっくりと開き、震えた声を絞り出す。

 

湊「八坂悠さん、あなたの……ことが……っ」

 

走馬灯のように駆け巡る想い出を胸に、思いっきり息を吸い込む。

僕の恋心よ……願わくば、あなたに届きますように。

 

湊「……あなたのことが……好き、なんです……っ!」

 

………………。

…………。

……。

そうして放たれた……ありきたりな告白の言葉。

けれどもそれは、八坂悠という"偽の恋人"に向けられた……様々な想いの結晶であった。

――だけど。

彼が、この想いを受け取ってくれたとしても。

彼が、この想いを拒んでしまったとしても。

僕達の関係は……二度と、元には戻れなくなってしまったのだった。

 

 

 




……いかがだったでしょうか?
といっても、皆さん同じような気持ちだと思います。
湊くん……頑張ったなあって思います。まじで。はい。
まあそんなわけで、ここでは少し悠君の話を。
今回悠君は湊くんに対して困惑して憔悴してしまいましたが、実は脳死で受け入れてゴールインするというプランも考えていました笑
で、実は途中までそれで書いていたので、こんなに時間がかかってしまったのですが……悠君であれば湊の男の娘という事実と告白なら受け止められそうと思っていました。
ですが、思えば、悠君からすると、長らく一緒にいた友人に3~4ヶ月もの間騙されていたということなってしまうため、そう考えた場合に、そんな簡単に割り切れることはないな……と思い、今回の話のような路線へと変更しました。
……まあ、こっちもこっちで中々いい感じにキャラ同士が揺れ動いてくれると思うので、今は後悔してないですね笑
……と、終わる前に少し。
謎のUA数急増によって累計UA43000突破しました!
本当に本当にありがとうございます!!!
感想もいただけて嬉しいです笑
その為、いつもよりテンションが高いですが、すみません笑
というわけで、次回は悠君視点での子の告白シーンの続きを書きたいと思います。
湊くんが別れ際に“アレ”をするかも……?
とりあえず、あとがきはここまで!
ガチで大事なシーンの為時間がかかっていますが、稲賀に待っていただければ&また次回も読んでいただければ幸いです!


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可愛ければ男の娘でも好きになってくれますか?(後)

前回の続きです!というか、やっと後編です!
湊くんと悠君の関係が全開で大きく動きましたが、今回も色々と起こります笑
というか何より前回のあとがきで言ってたあのシーンを書いたので、楽しみにしていてください!
直接的な表現を避けて避けて最後に答え合わせみたいに明示しているんで分かりにくいかもしれませんが、その文章めちゃくちゃ頑張ったので、今回は地の文に注目していただけると幸いです~!
というわけで、今回の話も最後まで読んでいただければと思います!笑


 

 

――薄々、こうなるんじゃないかとは思っていた。

なんというか、そんな予感がしていたんだ。

と言っても、別に自惚れている訳では無い。

では、なぜなのか?

それは……これからも"男"だということを隠しておけばよかったのに、今更湊さんがその事実を告げたからだ。

 

悠「(もう、わかんねぇよ……)」

 

情報過多で痺れた脳を無理やり動かし、自分の頭を整理する。

普通に考えれば、その事実を伏せたままでいたところで、いつも通り問題なかったはずだ。

罪悪感……に関しては当事者ではないから分からないが、それさえ我慢すればそのままの関係を続けていられただろう。

けれど……湊さんはそうしなかった。

俺との関係に、正面から向き合おうとしたのだ。

……だからこそ、俺はそこで悟ってしまったのだ。

そして――

 

湊「……あなたのことが……好き、なんです……っ!」

 

案の定、俺は……もう1つの隠し事について、"彼"の口から告白されたのだった。

 

悠「湊さん、それって……」

湊「悠さんじゃなきゃ、ダメなんです……っ!」

 

衝撃のセリフラッシュに、またしても思考が停止する。

ここまで言われると、いつもの俺であれば理性が暴走しそうではあるけど……今は脳が麻痺しているせいで、その心配はなくなっていた。

 

湊「……悠、さん……ボクだけを、見て……っ」

 

続けて放たれた確殺の一言に、思わず感情を掻き乱される。

普通、好きな人からそんなこと言われたら大変なことになるが……正直、状況が状況だから、別の意味で大変なことになっている。

"複雑"ってレベルじゃねぇんだけど……っ。

 

湊「……ご、ごめんなさいっ!ボク、つい……」

 

そう言うと、湊さんは下を向いて狼狽えながら、ハッとしたように口元を手で隠す。

状況から察するに、湊さんは自分でも予想外のことを口走ってしまい、動揺を隠せなくなっているのだろう。

そうして、ものの数秒も経たないうちに、彼は……気づけば、完全に泣き出しそうになっていた。

 

悠「(……………………)」

 

……正直な話、湊さんが男だということは、一応理解した。

それに、この様子だと……きっと、俺を騙そうとか弄んで楽しもうとかそういう目的で偽っていた訳では無いのだろう。

だったら……と、もしこの場に他の人がいれば、そう思うかもしれない。

 

湊「ゆ、悠、さん……?」

 

……けれど。

そんな思い切りの良い判断は……今の俺じゃできない。

男から告白されたことなんてないし、どう返せばいいのかなんて分からない。

もしもこれを承諾してしまったら、俺はどうなるんだ……?

 

悠「(あー……ダメだな、完全に)」

 

いつも以上にテンパっているという実感が湧き、心の中で頭を抱える。

そう……こう考えてしまっている時点で、俺は世間や家族……周囲の目を気にしてしまっているのだろう。

情けねぇよ……最悪じゃねぇか、俺。

眼前に迫る現実に気圧された自分が、吐き気を催すほど嫌になる。

けれどもう、どの判断が正しいのか……今の俺には分からない。

 

悠「(なんでだよ……なんで……っ!)」

 

内に向けた怒りの炎が、自らを燃やし殺していく。

というか、そもそも冷静さを欠けているのが問題なのだ。

今より少しでも落ち着いて考えることが出来ていれば、俺は……。

そんなIfの可能性を夢想し……頭を振ってその幻想を振り払う。

だけど、言い訳にしかならないが、男だと打ち明けられただけで脳がバグってるのに、その上に告白までされてしまったのだ。

しかも、今その返事をしないといけないということもあり、頭がぐちゃぐちゃで訳が分からない。

 

悠「俺は……」

 

またしても、そんな弱音しか吐けない自分が嫌になり、湊さんの顔が見れなくなる。

こんな俺を、好きだと言ってくれたのに……。

それなのに、俺は……。

 

悠「俺、は……っ」

 

――と。

そう言いかけた途端、ベンチに置いた震える手の上に、湊さんの手が重ねられる。

 

湊「……どう、足掻いても」

悠「……え?」

 

いきなりのことに思考が停止し、わけも分からず彼の方に視線を向ける。

これは、一体……。

 

湊「これで、ボク達の関係は……元には、戻れません」

 

そうして放たれた言葉の重みに、心が押し潰されそうになる。

けれど、湊さんもきっと、同じ苦しみを味わっているのだろう。

 

湊「そんなこと、分かってるんです……分かってたんです……っ」

悠「湊、さん……」

 

続けて零れ落ちた後悔の言葉が、胸に深く鋭く突き刺さっていく。

湊さんは、この思いを背負ってまで、俺に告白してくれたのだ。

そんなの……想像しただけでも、胸が痛いほどに苦しくなってくる。

 

湊「でも……でも……っ」

悠「――っ――」

 

偽りの恋人として、共に時を過ごした友として……彼/彼女を慰めてあげたい。

いつものように抱き寄せて、頭を撫でて安心させてあげたい。

けれど……いくらそう考えても、今の俺に湊さんに何かしてあげる資格は……ないんだ。

 

湊「ごめんなさい、悠さん……」

 

自分の無力感に絶望し、再び彼から視線を逸らす。

返事が出せないからこうなっているのに……そうだとわかっているのに……それでも、様々なしがらみが俺の決断を邪魔する。

 

湊「こんなこと、言われても……悠さんを苦しめるだけ、ですよね……」

悠「そんな、ことは……」

 

言いかけた言葉を……そっと胸の奥へと飲み込んでいく。

ここでどんなことを言おうとも……彼に返事を出さない限り、互いに苦しむだけなのだ。

湊さん……君の好きな男は、そんな決断すら下せない男なんだよ。

なのに、なんで……君は……。

 

湊「だから……"最後"に……」

悠「……え……」

 

突然放たれた"最後"という言葉に、全身が強ばっていくのを感じる。

そうして頭に疑問符を浮かべたまま、次の言葉に備えて身構える。

湊「これ以上、ないくらいの……忘れられないような、思い出を……っ」

 

湊さんの言葉に連れて、周囲の音が次第に小さくなっていく。

それはまるで、嵐の前の静けさのような……そんな、不思議な現象であった。

 

湊「思い出を、くださいっ――」

 

そう言うと、湊さんは身を乗り出して――

 

湊「――――」

 

その時――世界が、停止した。

最初に音が消え、感覚が消え、そして……全ては白く包まれた。

薄らと見える視界の先に、電車が通っているのが見える。

けれども……そこに音はなく。

ただ電車がそこにあるという情報だけが、頭の中に刻まれた。

――そうして、何分経ったのだろうか。

何十分か何時間か、もしくはそれ以上か。

はたまた、ほんの数秒なのか。

そんな、須臾と永劫の相反する時の流れを、この身に感じる。

……けれど。

その刻は、長くは続かなかった。

次の瞬間、五月蠅いくらいの電車の音が、耳の中で暴れ回る。

意識をかき消すほどの勢いで鳴り響くそれは、別の意味で周囲の音でかき消すほどの……猛々しいものであった。

……………………。

再び訪れた……1、2秒の静寂。

けれども、その一瞬だけでは……自分の身に何が起きたのか、理解することは出来なかった。

……そうして。

次第に離れていく湊さんの姿を捉えたまま、2、3度瞬きをする。

すると……遠くの方から、再び祭りの音が聞こえてくるのだった。

 

湊「――ご、ごめんなさい……っ」

悠「…………」

 

"感触"の残る唇に、そっと手を伸ばす。

初めて感じた……生暖かい感触。

それは、この世のものとは思えないほど柔らかく、触れれば消えてしまいそうな……そんな儚い感触であった。

 

湊「か、勝手に……こんなこと、して……」

 

周囲にはまだ、甘い匂いが漂っている。

男を誘惑する……甘くて、妖艶な蜜の香りが。

 

湊「迷惑、でしたよね……」

悠「あ、いや……」

 

脳内にかかった靄が消え始め、次第に理解が追いついていく。

俺は……湊さんに……。

 

湊「……返事は……また、今度でいいですから」

 

そう言っていきなり立ち去ろうとする湊さんに、咄嗟に声をかける。

 

悠「……ぁ……み、湊さん……1人じゃ、危ない……」

湊「そこの大通りを通ったら、すぐ……ですから」

 

動き始めたばかりの頭を使い、決死の思いで言葉を紡ぐ。

そんな、文にすらならないような拙い言葉の羅列は……果たして、彼女を引き止めるためのものだったのか。

それは……俺自身であろうと、分からない。

……けれども。

湊さんを心配して放たれた言葉は……俯いたままの湊さんに、苦しそうな声で軽くあしらわれてしまったのだった。

 

湊「だから……だから……ぁ……っ」

 

ポタリ、ポタリ――と。

夜の闇で見えにくい足元の地面の上に、確かな水の跡ができていく。

 

悠「湊、さん……?」

 

そうしてできた大きな影は……今の彼の表情を理解させるには、十分過ぎるものであった。

 

湊「ご、ごめんなさいッ……!」

 

俺が様子を察したのを知ってか知らずか、湊さんはそう言うと下駄を履いたまま走り出す。

 

悠「……っ、湊さん……!」

 

咄嗟に伸ばされた手が――何も得られず虚空を切る。

掴もうとした細い腕が――俺の元から離れていく。

そうして、湊さんは……夜の静寂の先にある――大通りの人混みの中へと消えていくのであった。

 

悠「…………」

 

彼の去っていった方を眺めながら、一人感傷に浸る。

――止められなかった。

――止めることができなかった。

それは、物理的な問題ではなく……精神的な問題によるもの。

あと少しで届くはずなのに……俺はその手を伸ばせなかった。

そう、それはあまりに単純で……あまりに陳腐な問題。

引き止めたところで何を言うのか……悩んでしまったのだ。

 

悠「(あぁ……)」

 

本当は、こういう時にビシッと決断できる方が良いのだろう。

そうすれば、湊さんにあんな思いをさせないで済んだのかもしれない。

けれど……俺はそんなに頭の回転がいいほうじゃない。

だからこそ、躊躇ってしまったのだ。

そして同時に、考えてしまったのだ。

決意もなくただ引き止めるだけでは……かえって湊さんを傷つけてしまうのではないか、と。

 

悠「また、だ……」

 

この脳内のやり取りに既視感を感じ、はぁとため息をつく。

結局、同じじゃないか……美結さんの、時と。

俺が……先延ばしにしてしまったんだ……。

 

悠「湊、さん……」

 

去っていく後ろ姿を思い出しながら、熱の冷めた口元をそっと手で押さえる。

――湊さんの温もりは、もう既に無くなった。

――湊さんの香りは、もう既に消え去った。

けれども、その感触だけは……俺を縛り付けるかのように、今もまだ残り続けていた。

初めてのキスは――涙混じりで、少ししょっぱかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

歩く。

歩く、歩く。

静寂に包まれた夜の街を、呆然としたまま歩き続ける。

気がつけば、周囲の家の明かりも消えており、あれほど賑やかだった祭りの喧騒も嘘のように消えていた。

あれから一体どれほどの時間、こうして歩いてるのだろう。

ふと疑問に思い、力の抜けた手を辛うじて動かし、スマホの画面をちらりと見る。

 

悠「(時刻は――そう、か)」

 

電子画面に表示された針……ではなく、その隣の日付が全てを伝えてくれた。

7月8日……つまり、気がつけば"今日"は"明日"になっていた。

ならば、当たり前だが……さっきのことも、"昨日のこと"になってしまうのか。

時の流れの無情さが、傷心の身に深く染み渡る。

いや、それよりもあれだ。

俺は、2時間……いや、3時間以上歩いていたのか。

 

悠「ほん、と……」

 

自分でも自分が馬鹿らしくなり、不意に現れた黒猫に視線を向ける。

闇に溶け込んでいながらも甲高い声でニャーと鳴くそれは、さながら夜の番人と呼ぶべき風格を纏っていた。

と、再び動き出した黒猫を追いかけて、屋根の上を見上げる。

 

悠「(あぁ……)」

 

あまりの美しさに、思わず声が漏れそうになる。

辺り一面に広がる――星々の楽園。

……そう。

まるで、プラネタリウムのような光の海が……頭上の世界に広がっていた。

それは、あまり近くに街灯の光がないせいなのか。

その景色は、いつも見るようなものとは異なり……とても幻想的な空間を創り上げていた。

 

悠「何やってんだろうなぁ……俺」

 

そんな幻想的な世界に包まれながら、自分の醜さが際立っていくのを感じる。

もう、ダメだ。

帰ろう。帰ってしまおう。

帰って……帰って……。

……………………。

帰っても、彼女――彼はもう来ないのだろう。

それは、LINGという文明の利器が……最後の手段になり得てしまうからだ。

まさか、心待ちにしていた湊さんとのトーク画面が……これ程までに、複雑なものになるとは。

ため息をついて、一際輝く3つの星のうち、2つの星に目を向ける。

星空に浮かぶその夫婦の星は……夜空を流れる光の大河によって、再び引き裂かれてしまっていたのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
はい、キスシーンでしたということだったんですけれども、この文章に結構な時間取られました……笑
他にも、悠君の心情とか結構頑張ったんですけど、特に一番最後のところはこだわりました。
もう七夕でやるなら絶対この描写入れるって決めていた織姫と彦星の話ですが、湊くんたちは一度離れ離れになっていて再び再開(和解)してからのこの七夕祭りとなっているわけで、いってしまえば元の伝承を思いっきりプロットに入れたままこの話書いてます笑
まあ、なのでやりたかったことの一つを達成できたので、今幸せです笑
ということで、今回も長々とあとがきを書いてしまいましたが……すみません笑
前回も見てくださった方、感想くださった方、評価してくださった方、ありがとうございます!!!
毎回次の話を書くための原動力になるので、本当に嬉しいです!!!笑
次回予告?かもしれませんが、次は逃げた湊くん視点やります!!!
そのままいけたらお嬢様たちの視点まで行きたいですが、ダメだったら次にします笑
ということで、また次回も読んでいただければ幸いです~!


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彼が助けに来ないのはどう考えても僕が悪い!

すみません!!!遅くなったうえに全然進んでいませんが許してください……
ということで、前回の続きです。
今回は湊くん視点でキス後の話なので、湊くんの悶える姿が……?
と、これ以上言うとネタバレなので、まえがきはここまで。
今回の話も最後まで読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

――僕は、間違えてしまったのだろうか。

――やはり、伝えるべきではなかったのだろうか。

零れ落ちる涙をそのままに、星降る夜を僕は一人走り続ける。

慣れない下駄で走っているせいで、鼻緒が擦れて足が痛い。

手をぎゅっと握っていたせいで、爪が食い込んで手が痛い。

彼に告白したせいで……胸が締め付けられて心が痛い。

……けれど。

 

湊「(ボクは……やっと、言えたんだ)」

 

その痛みと同時に、何故か達成感や安堵感みたいなものを感じていた。

彼にあんな表情をさせてしまったのに、なんで喜んでいるんだろう……と、自分が嫌になってくる。

だけど、それでも……彼に想いを告げられたことが嬉しくて、その喜びを噛み締めてしまうのだ。

本当に、どうしちゃったんだろうか。

こんなに、舞い上がっ……て……。

 

湊「(…………)」

 

その理由を考えた途端――頭の中に、先程の光景が蘇る。

……というか。

 

湊「やっちゃった……」

 

足を止め、まだ少し温かさの残る唇に手を伸ばす。

遂に……やってしまった。

 

湊「ぼ、ボク……悠さんに……」

 

少し冷えた夏空の中でも熱を放つ頬を触りながら、さっきの出来事を思い出す。

 

湊「キス……しちゃったんだ……」

 

言葉にした途端、徐々に実感が湧いてきて、恥ずかしさで死にそうになる。

な、なんで僕、あんなこと……。

頬を抓って夢じゃないことを確認しながら、無意味にも、頭の中で理由を探す。

"もう二度と会えないかも"、って思ったら……身体が勝手に動いてしまったのだ。

……いや、何やってるんだ僕!?

 

湊「………〜〜〜ッッ!!」

 

思い出せば思い出すほど恥ずかしさは増していき、顔がやかんのように赤く沸騰する。

絶対今の顔はまずい……他の人に見せられない……っ!

顔の熱を冷ますように手で扇ぎながら、一旦落ち着こうと深呼吸をする。

しかし、そう思ったところで……既に茹で上がってしまった顔の熱は、今更抑えきれないのだ。

とりあえず、冷静にならないと……。

 

湊「(……でも)」

 

ふと、その先に待ち構えていた現実を思い出してしまい、急速に熱が冷めていくのを感じる。

これで僕は……。

悠さんと、会えなくなっちゃうのかな……。

 

湊「(やっぱり、嫌だよぉ……)」

 

自分で言っておきながら、こんなに後悔するなんて……僕は何をやってるんだろう。

決意したはずの想いが揺らいできて、心が苦しくなってくる。

というか、ここまで気分の浮き沈みが激しいとなると……実は情緒不安定なのかもしれない。

 

湊「(あぁ……)」

 

星の大海に負けじと光を放つ月を、流れる雲が隠していく。

こんな暗い夜だと……1人じゃ、危ないのかもしれない。

それこそ、犯罪や暴力沙汰だけではなく、ナンパも……。

はぁ、と溜息をついて、その美しくも不穏な空を眺める。

確か、彼と出会った日も……こんな夜だったなぁ……。

 

チャラそうな男「――ねぇねぇ、お姉さん」

 

――不意に、後ろから声をかけられる。

一縷の望みを持って周囲を見回すが……悲しいことに、他には誰もいない。

つまり、この声の主は……僕に話しかけているということになる。

そんな冷静な状況分析に自分でも驚きながら、おそるおそる声のした方向へと振り向く。

すると、そこには……チャラそうな男性が、ニヤけた表情で立っていた。

 

湊「(……また、だ)」

 

あの日も、こんな感じでナンパされた。

買い物帰りの暗い夜道、それは突然訪れた。

……だけど。

 

湊「(あの時は……悠さんが、助けに来てくれたんだ)」

 

助けに来てくれたのに困ってて、逆に僕が助け舟を出すことになったけど。

それでも……その気持ちが、その行動が、あの時の僕にとっては嬉しくて。

そしてそこから、僕達の関係は始まったのだ。

 

湊「(……でも)」

 

けれど、彼はもう……ここには来ない。

ボクが……その関係を、壊してしまったのだから。

 

チャラそうな男「お姉さん可愛いね〜!一目で好きになっちゃったよ」

湊「…………」

チャラそうな男「それでさ、これから一緒にどうかな?」

 

典型的なセリフを言われ、表情が強ばっていくのを感じる。

この人に可愛いと言われても、全く何も思わない。

この人に好きって言われても、全く何も思わない。

やっぱり……悠さんがいい。

彼じゃなきゃ、嫌なんだ。

僕は……悠さんしか……。

こんな時に彼への想いが溢れてきて、思わず涙が零れそうになる。

怖い……怖いよぉ……。

 

チャラそうな男「ほらほらいいじゃんさぁ〜、な?」

湊「い、いや……っ」

 

1歩ずつ後退り、段々と近づいてくる男から距離をとる。

そこで――気づいてしまった。

 

湊「(なんで、ボク……)」

 

彼と出会うまでは、こういうのは全然平気だったはずだ。

それこそ、水梅モールでひなたさんに絡んでいた不良を投げ飛ばしたこともあったのに。

どうして、僕は……。

こんなにも、心細くなっているのだろうか。

 

湊「(悠、さん……)」

 

ここにはいない彼の名を心の中で呟きながら、浴衣の裾をギュッと摘む。

彼と出会ったことで、僕はどうしてしまったのだろう。

今までは、女子校にいても心だけは男らしくあろうと思っていたのに。

ついに、心まで……女の子みたいに気弱になってしまったのだろうか――。

 

湊「か、彼氏が……いるので……」

 

勇気を振り絞って、か細い声でそう呟く。

確かに、この状況は今の僕にとって少し怖い。

……だけど。

もう、"これを言うことも無くなってしまうのだろう"という事実の方が……今の僕にとっては、怖くて辛いことなのだ。

 

チャラそうな男「あー、そういう感じだったかぁ〜……仕方ない」

 

――と。

ナンパしてきた男はそう言うと、軽く手を振って明後日の方向を向いて……。

 

チャラそうな男「ごめんね、彼氏さんと仲良くね〜」

 

そう言って、残念そうな顔をしながら去っていってしまった。

 

湊「(……助かった……?)」

 

すぐに解放されるという予想外の展開に、数秒の間頭が回らず、ただ呆然とその後ろ姿を見つめる。

けれど、僕は……。

 

湊「……また、悠さんに……」

 

この時……不覚にも、思ってしまったのだ。

 

湊「悠さんに……助けてもらいたかったな……」

 

懺悔にも似た後悔の一言が、何も無い夜道に反響する。

だけどもう、彼はいない。

だから僕は……その想いを胸に隠しこみ、1歩ずつ歩き出す。

――街灯の明かりに薄められた、満天の星空の下。

その夜の寂しさに身を震わせながら、僕は一人帰路についた。

………………。

…………。

……。

そうして、僕の恋は。

誰にも知られることなく、静かに終わりを告げるのだった。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
いつもより短いので、時間たってるくせにこれしかないのか……と思う方も多いと思いますが……すみません!!!
5話くらいまで少し書き直ししてたら思ったよりも時間消えてて焦りましたが、とりあえずキリの良いところで止めました。
本当はお嬢様たちの視点書きたかったんですけど……次で書きます!!!
なんか最終章のところに入ってから丁寧に書きたくて、書くペースがめちゃくちゃ落ちてしまっているのですが、気長に待っていただけたら幸いです。
UA、感想、今回もありがとうございます!
もうあと少しで2人の関係がゴールへと到達してしまいますが、最後の瞬間まで読んでいただけると幸いです!
ではまた次回の話も、読んでいただけたらと思います~!


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真剣で私に相談しなさい!!

おひさしぶりです!前回の続きです!
前回は湊くんの未練の話でしたが、今回は周りの人たちの話です~
風莉お嬢様や美結ちゃんの心境が分かるような話となっていますので、いつもと少し違った感じになっていると思います(多分)
とりあえず、まえがきはここまで!
今週もぜひ最後まで読んでいただければ幸いです!


 

 

 

柚子「――湊さん、どうしたんでしょうね……?」

 

七夕祭りの日から数日後。

最近感じた湊の異変が、確信へと変わりつつあったその日の朝。

私たち3人は、1人欠けた状態で朝食をとっていた。

 

ひなた「なんか、七夕祭りの日から元気ないのだ」

柚子「そうですね……何かあったとすれば、その日でしょうけど……」

 

向かいの席でそう話す2人と共に、ぽっかりと空いた空席に視線を移す。

あの日以降、湊は朝ご飯を作って皆を起こすと、1人で学園へ向かってしまうのだ。

もちろん、仲が悪くなった訳では無い。

だけど、学園では話すことはできるけど……常に、貼り付けたようなぎこちない笑みを浮かべているのだ。

 

ひなた「お姉様……心配なのだ……」

 

箸を止め、心配そうに空席を見つめる彼女の気持ちが、痛いくらいに伝わってくる。

正直、湊の異変には……みんな薄々気づいていた。

これは私達だけではなく、皆見さんや七海先生、クラスや学園の大半の人が気づいていたことだ。

だからこそ、早く元に戻って欲しい。

元の元気でみんなを気遣ってくれる、幸せそうな湊に――

 

柚子「抱え込んでいるなら、迷わず相談して欲しいんですけどね……」

 

ふと放たれた柚子の一言が、私の心に深く突き刺さる。

……そうなのだ。

湊は、同じ部屋で過ごしているはずなのに……私にすら、言ってくれないのだ。

 

風莉「(どうしてなの、湊……)」

 

だからそれが、私の心にずっと引っかかっている。

どうして……どうして……。

 

ひなた「風莉センパイは、何か知ってるのだ?」

 

彼女の純粋な瞳が、毒となって私を襲う。

 

風莉「……いえ、何も教えてもらえてないわ」

柚子「同じ部屋の風莉さんですら知らないとなると……流石に心配ですね」

 

同情に似た視線が、2人から向けられる。

けれど、それ以上踏み込もうとしない2人の気遣いが……今の私には、嬉しかった。

 

ひなた「もしかして……デートで、何かあったのだ?」

風莉「それは……」

柚子「確かに、ちょうど湊さんがデートに行った日から、様子が変ですもんね」

 

やはり、そうなのだ。

結局、"私が背中を押してしまった"あのデート以降、湊はこうなってしまったのだ。

 

ひなた「……でも、円卓の騎士が何かするとは思えないのだ」

柚子「そうですね……八坂さん自体優しい人ですし、2人とも仲直りしてから凄く幸せそうでしたから……」

 

多分きっと、八坂さんは何もしていないと思う。

……けれど。

"何もしていない"からこそ……このようなことになってしまったのだろう。

 

ひなた「もしかして……また、喧嘩しちゃったのだ……?」

柚子「そ、そんな……!2人ともまだ仲直りしたばかりですし、そんなことは……」

風莉「――あるかも、しれないわ」

 

2人にそんなこと言えるはずもなく、近しい理由に賛同する。

今回のことは、喧嘩では無いのだろうけど……きっと、それに近い雰囲気を纏っているのだろう。

 

ひなた「な、なんで……そんな……はっ!?もしかして……"浮気"、とかなのだ!?」

柚子「そ、それは有り得ません!湊さんはあんなにも八坂さんのことを嬉しそうに話してくれるのに、他の人……なんて……」

ひなた「え、円卓の騎士だって有り得ないのだ!あんなにお姉様のことを考えて、我輩たちにも分かるくらいにお姉様を大切にしているのに……」

 

互いを擁護する声がぶつかり合い、訪れた静寂と共に考えが再び振り出しに戻る。

 

風莉「少なくとも……浮気ではないと思うわ」

 

そんな静寂を終わらせる一言に、2人がこちらに顔を向ける。

 

風莉「2人の言う通り、あの2人が他の人に浮気するなんて有り得ないわ」

ひなた「じゃあ、なんで……?」

風莉「それ、は……」

 

そう言いかけて、はっと口を噤む。

きっと、性別のことを話した際に何かあったのだろう。

正直、考えられることとすれば、それしかないのだ。

……けれど。

そんなこと、2人に言えるはずがない。

言ってしまったら、湊は学園に居られなくなってしまう。

だから……どうにか、隠さなきゃ行けないのだけど。

……なんて、言おうかしら……。

 

風莉「……また、すれ違ってしまったのだと思うわ」

柚子「すれ違い、ですか?」

風莉「ええ……本当に、些細なことだと思うの」

 

2人にわからないようオブラートに包みながら話を進める。

湊の告白に対して、八坂さんが悪い方に捉えてしまったのかもしれない。

確かに、捉え方によっては騙されていたと考えることもできるから、その可能性も十分にあるだろう。

 

風莉「――けれど」

ひなた「…………?」

風莉「もし……それでもないと、するならば……」

 

……そう。

もし八坂さんが、ただ"湊のことを受け入れられない"のであれば――

 

風莉「……彼にも、心の準備が必要だったのかもしれないわね」

 

はぁとため息をつきながら、窓の外の曇り空を見上げる。

彼は今……大丈夫なのだろうか。

 

柚子「心の準備……はっ!もしかして、湊さんが何かお誘いしてしまった……とか!」

ひなた「確かに、円卓の騎士の嫌なものとか苦手なものとかだったら、こんな感じになってもおかしくないのだ……!」

 

予想外の方向に進んだ2人を見て少しクスッと笑いながら、湊の恩人に思いを馳せる。

 

風莉「(八坂さん、あなたは――)」

 

必ず、湊を救ってくれると……信じているから。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

美結「――飛鳥さん、おっはよー!」

湊「……おはようございます、美結さん」

 

後ろめたい気持ちを隠しながら、隣の席に座る恋敵にいつものように声をかける。

そう、あの日――悠さんとデートした日から数日が経った。

あれ以来、悠さんから連絡はないけど、彼は今どうしているのだろうか。

というか、飛鳥さんからその話を避けられてるような気がするけど……果たして、飛鳥さんは私のデートのことをどう思っているのだろうか。

……やっぱり、気になってきた。

 

美結「……ねぇ、飛鳥さん」

 

ドクンドクンと鳴り響く心臓を押さえつけ、興味本位で彼女に尋ねようと口を開く。

 

美結「"悠さん"のことなんだけどさ〜」

 

――けれど。

 

湊「――っ!」

 

……え?

予想外の反応に、頭の処理が追いつかなくなる。

今のは……一体……?

理由は全く分からないが、彼女の様子は……明らかに、いつもの様子とは異なっていた。

 

美結「飛鳥、さん……?」

湊「……?どうしましたか?」

 

何事も無かったかのように振る舞う彼女に対して、いくつかの疑問が一気に浮かび上がる。

これは……何か、"ある"。

 

美結「……何か、あったんでしょ?」

湊「っ!そ、それは……」

 

直接的な質問に言葉を詰まらせると、彼女はそのまま俯いてしまう。

……飛鳥さんは、素直で正直で、裏表がないからこそ……色んな人に好かれている。

けれど、今はその彼女の性格ゆえのわかりやすい反応が、その答えを示していた。

 

湊「気にしないでください。大したことはありませんから」

美結「でも、飛鳥さん……」

 

明らかに無理していることが分かるほどの取り繕った笑みを浮かべながら、彼女はそれでもあたしの目をじっと見つめる。

でもここで、食い下がる訳には――

 

湊「大丈夫ですからっ!」

美結「……っ……」

 

久々に見る彼女の心の叫びが、周囲の空気を一変させる。

その叫びは、他を拒絶するという意志のこもった……冷たくも悲痛な心の声であった。

 

湊「あっ……す、すみません……。授業の準備、しますね……」

美結「…………」

 

申し訳なさそうに謝る彼女から、分厚い透明な壁のようなものが展開されていく。

だからこそ、あたしは……それ以上、何も言うことが出来なかったんだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――今日一日、飛鳥さんのことを見ていた。

いつも通り……とは言えないけど、ある程度は普段に近い様子。

だけど、それは……彼女の周りにいる人間からすれば、ただの子供だましに過ぎなかった。

それこそ、クラスのみんなが揃って彼女の異変に気づいてしまっているほどだ。

……だけど。

その中でも、一部の人のみが気づいたこともある。

それは――彼女が明らかに、"悠さん"の名を避けていることだ。

 

美結「……飛鳥さん」

湊「どうしたんですか、美結さん?」

 

放課後。

表情一つ変えぬまま一人帰ろうとする彼女に、そっと後ろから声をかける。

 

美結「彼と……悠さんと、何があったの?」

湊「――っ、か、考えすぎですよ〜!」

 

予想通りはぐらかそうとする彼女に、今の想いを伝える。

……あたしは、あなたの彼氏とデートをしてしまったけれど。

それでも、飛鳥さんは……あたしの、かけがえのない友達だから。

 

美結「隠さなくて……いいんだよ?」

湊「…………」

美結「気づいてるんだよ……飛鳥さんが、いつもと違うってこと」

 

信じられないという目を向けてくる飛鳥さんを見つめながら、ゆっくりと彼女に語りかける。

 

美結「悠さんと何かあったんでしょ?何か、辛いことがあったんでしょ?」

湊「そ、それは……」

美結「だったら……あたしたちに頼っても、いいんだよ?相談してくれていいんだよ……?」

 

彼女は俯いたまま前髪に手を伸ばすと……ハッとなにかに気づいたように、その手を引っ込める。

――今日の彼女は、悠さんから貰った髪飾りを着けていない。

だから、今の行動は……無意識に彼に助けを求めていることを暗に示しているのだろう。

 

美結「あたしだけじゃない。西園寺さんだって、柚子さんだって、ひなたちゃんだって!」

湊「……っ……」

美結「飛鳥さんの力になりたいって思ってるんだよ……?」

 

だからこそ、それが放っておけなくて……。

たとえ少しでもいいから、今の彼女を助けたいのだ。

 

湊「でも、ボクは……」

美結「飛鳥さんを助けたいと思っているのは、悠さんだけじゃないんだよっ」

 

それでも強情なままの飛鳥さんに対し、畳み掛けるように想いをぶつける。

 

美結「あたしたちだって……"友達"、なんだからっ!」

湊「――――」

 

ようやく……伝えられた気がする。

彼女が家出した際に、言えなかった言葉を。

……悠さんであれば、こんなの苦労せずに言えていたのだろう。

いや、言えたからこそ、彼が飛鳥さんを支えているのだ。

誰よりも、彼女のために寄り添おうとした彼だから……。

……けれど。

あたしだって……あたしたちだって、同じ気持ちだ。

それだけは変わらないと、胸を張って言える。

でも、それでも……あたしは、随分と……時間がかかってしまった。

 

湊「……うぅ……」

 

――と、考えているうちに、目の前の少女から啜り泣く声が聞こえてくる。

 

美結「あ、飛鳥さん……!?」

湊「ありがとう……ございます……」

 

震える声からも嬉しさを滲ませる彼女は、両手で涙を拭って真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 

湊「……ですが」

 

けれど、その瞳には。

抱え込んだ孤独と絶望の闇が、彼女の心を蝕むように宿っていた。

 

湊「これは……ボクと、悠さんの問題なんです」

美結「飛鳥さん……」

湊「だか、ら……」

 

滴る雨から流れる滝のように変わりゆく涙をそのままに、彼女は嗚咽混じりの声で一歩一歩と後退る。

 

湊「……ごめんなさいっ」

 

そして、悲しげにそう言い放つと、袖で涙を拭いながら教室の外へと駆け出してしまった。

 

美結「……行っちゃった」

 

哀愁漂う彼女の後ろ姿を眺めながら、ポツリとそう呟く。

やはり、飛鳥さんがここまで情緒不安定になるなんておかしい。

……ならば。

 

美結「(もう1人に……聞けばいいんだ)」

 

決意を固め、机に置いてある荷物を手に教室の外へと飛び出す。

……きっとこれは、彼女への贖罪なのかもしれない。

けれど……許されなくてもいいんだ。

だってあたしは……それくらいのことをしてしまったのだから。

 

美結「(……だけど、それでも……)」

 

それでも、あたしは。

飛鳥湊という少女の、一人の友達として。

彼女の涙を……そっと拭ってあげたいんだ。

校門を抜けて、真っ直ぐに通い慣れた彼の家へと歩みを進める。

そうして、あたしは。

――何があったのかを知るために。

――大切な友達を助けるために。

全てを知る彼の元へと、一人向かうのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
まあ今回も結局美結ちゃん回になってしまったわけですが、湊くんへの罪悪感みたいなものが見え隠れしているかと思います。
まあ、ここと次の話が美結ちゃんの最大の見せ場なので、次の話とか楽しみにしてほしいですね笑
ということで、次は悠君と美結ちゃんの話です!
もう書いてるこっちが美結ちゃんに同情してしまい辛いのですが、美結ちゃんの最後の頑張りを最後まで見ていただけると幸いです!

追記
累計UA45000突破ということで非常に嬉しいんですまじでありがとうございます!!!!!!
実は同時に累計文字数を300000文字に到達できるように目指しているので、ここ最近は非常にドキドキです笑
もうあと少しで2人の関係の行きつく先へと到達してしまいますが、最後まで頑張って真剣に書いていきますので、皆さんも最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
描写とか展開とか考えすぎて停滞していますが、気長に待っていただけると幸いです!


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もしもあたしが彼女ならば

お待たせしました!!!
ということで、前回の続きです~!
今回は美結ちゃんの話ということで、物語の1つの区切りの部分になります。
ここは妥協しちゃいけないという覚悟で書いたので長くなってしまいましたが、めちゃくちゃ頑張ったので、最後まで読んでいただけると幸いです!


 

 

 

――自分でも、何故ああなってしまったのか分からない。

普段なら、それでも彼女……いや、彼の全てを受け入れて、その涙を拭ってあげることくらいはできたはずなのに。

何故かあの時は、その判断ができなかった。

……いや、そんな分からない振りをしたところで、結局心の中では分かっているのだ。

俺は……湊さんを、信じることができなかったんだ。

 

悠「(……はぁ……)」

 

言い訳ではないが、湊さんが俺を騙していないことは分かっていた。

俺を陥れようと考えている人が、あんな涙を流すわけが無いし、それに……。

 

悠「(あんな、こと……するわけない……)」

 

唇を手を押さえ、あの時の状況を思い出す。

初めてされた好意の口付け。

それは、俺を本気で好きでいるという……何よりの証拠であった。

……………………。

……ここまで考えたら、普通疑問に思うだろう。

なぜ、信じられなかったというのか。

何が、信じられなかったというのか。

その答えは、至極単純明快でいて……自分でも馬鹿らしく、俺の最も嫌うモノであった。

つまりは――怖かったのだ。

自分の判断が、俺にとって正しいのか。

彼女の人生において、正しい判断なのか。

世間からの目が、歪んでしまうのではないか。

大切な妹達に、迷惑がかかってしまうのではないか。

両親に、ちゃんと説明できるのか。

彼女/彼を――これからも、支えていけるのか。

その不安が一気に押し寄せ、怖気付いてしまったのだ。

躊躇って……しまったのだ。

 

悠「(…………)」

 

だから……後悔しているのだろう。

湊さんのことを信じられなかった、自分自身の心の弱さに。

その涙を拭えなかった、自分の行動力のなさに。

引き止めることの出来なかった、あの日の"選択"に。

 

悠「(湊さん……)」

 

――悔しい。

悔しい。悔しい。悔しい。

――憎い。

憎い。憎い。憎い。

その怨嗟の呪いが、心を蝕んでいく。

だけど……それくらいでいいのだ。

彼女/彼を2度泣かせてしまった俺には――

 

悠「これから……どうしよう」

 

制服を着たままベッドに腰掛け、ため息をつきながら天井を仰ぐ。

本当は、今すぐに湊さんの元へ行って、この気持ちを伝えたい。

あの日の決断を……やり直したい。

……けれど。

俺は……彼女/彼に合わせる顔がない。

だから……。

 

悠「(…………)」

 

後悔の念を抱いたまま、ばたりとベッドに倒れ込む。

そうして、もう何度目か分からない懺悔の時が……今日もまた、終わりを告げる。

……けれど。

今日もまたダメだったのかと、力無く頭を抱える中。

救いの手を差し伸べるかのように――インターホンの音が鳴り響いた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――最初は、別人かと思った。

生気を失った瞳にやつれた頬、そして絶えず震える身体。

それほどまでに、彼は……変わり果てていたのだ。

 

美結「悠、さん……」

 

リビングにあがり、いつもの定位置に座る。

けれど、今は……いつもの部屋じゃないみたいに感じる。

これは……まずい。

正直な話、デート以来の再開だから、気まずくなってしまうのではないかと思っていた。

だけど、これは……もうそういう話じゃない。

彼のためにも、一刻も早くなんとかしてあげないと……。

 

美結「あの、さ……」

 

彼の様子を伺いながら、おそるおそる声をかける。

 

美結「飛鳥さんと……何があったの?」

 

とりあえず早くしないとと思い、単刀直入に尋ねてみる。

 

悠「それ、は……」

 

少し表情を苦痛に歪めると、口をパクパクとさせて言い淀む。

けれど、あたしの目を見て少し頷くと……ゆっくりと、事の顛末を話してくれた。

………………。

…………。

……。

 

美結「……そっ、か」

 

彼の話が終わると同時に、そう呟いて頭の中を整理する。

飛鳥さんとデートしたこと。

飛鳥さんから告白されたこと。

そして……。

あたしには言えない"事情"があって、返事を言えなかったこと。

そのせいで、泣かせてしまったこと……。

以上が、彼から教えてもらったことだ。

しかし……。

"事情"については、結局教えてくれなかったけど……きっと言えないような何かがあるのだろう。

なのでまあ、それを置いた上で思ったことだけど……。

 

美結「(悠さん……何で……?)」

 

最初は……正直、何言ってるんだろうと思った。

それくらいのことなら、悠さんなら迷わず答えを出すし、なんならすぐに喜んで良い返事をするに決まっている。

なのに、何故……と。

 

美結「(でも……)」

 

けれど……違ったのだ。

彼の疲弊しきった姿を見て、ようやくその理由を理解する。

その"事情"というのは……彼にとって、それほど重く辛いことだったのだろう。

 

悠「ごめんな……美結さん」

美結「……え?」

 

思考中に突然謝られ、慌てて顔を上げて彼の方を見る。

なんで……あたしに……?

 

悠「君に、答えを出せてないのに……こんな……」

美結「……っ……」

 

その言葉の意味を理解し、はっと息を飲む。

あたしも……彼を追い詰めていたのだ。

彼ともう少しこの関係を続けたいという、あたしのエゴで。

彼を――苦しめてしまっていたのだ。

 

美結「…………」

 

あたしが……救わなきゃ。

あたしが……助けてあげなくちゃ。

たとえ、彼に選ばれなくても――

あたしの大好きな人は……あたしが、救うんだ。

 

美結「……悠さん」

 

彼に伝える言葉を整理しながら、ゆっくりと口を開く。

 

美結「あなたは……悪くない」

悠「――っ――」

美結「悠さんは、何も悪くないんだよ……っ」

 

ブンブンと首を振って必死に否定する彼に、全力で想いをぶつける。

 

悠「そんなこと……ない。俺は……彼女を傷つけてしまったんだ」

 

狼狽しながら後悔の念を滲ませ、虚ろな瞳であたしを見つめる。

 

悠「そんな俺が……許されるわけ……」

美結「……大丈夫」

 

今にも崩れ落ちそうな彼に、安心させるようにそっと優しい声で囁く。

 

美結「あなたは……飛鳥さんに向き合おうとしたんでしょ」

悠「…………」

美結「じゃなかったら、そんなに辛そうなくらい……悩むわけないよっ」

 

そうなのだ。

彼は……それでも必死に、飛鳥さんに贖おうとしているのだ。

自分を苦しめてまで……ずっと……。

 

美結「あたしには、その"事情"っていうのはわからない」

悠「…………」

美結「でも、それがあなたを悩ませるほどに大きくて、1人で抱えきれないほど重い事だったってことは……悠さんを見てればわかるよ」

 

改めて彼の疲弊しきった姿を見て、しみじみと思う。

普通に考えたら、悠さんがここまで追い詰められることなんてないはずだ。

だからこそ……"やり直したい"と後悔する彼の気持ちは、痛いほどに伝わってくる。

でも……それでも、あたしは……っ。

 

美結「でもね……悠さんの判断は、正しかったんだとあたしは思う」

悠「え……」

美結「だって、あんなに人のこと考えてくれる悠さんの判断だもん。間違ってるわけないよ!」

 

素っ頓狂な声で驚く悠さんに対して、続け様にあたしの考えを伝える。

その"事情"というのが何かはわからないけど、それで悠さんが結論を出せなかったとしても……それは間違っていないと思う。

だって、それこそが……本当に、相手のことを考えているが故の行動だと思うから。

 

悠「でも、俺……湊さんを傷つけたんだよ?」

美結「それは、悠さんも傷ついてたからだよ」

悠「彼女を、泣かせてしまったんだよ?」

美結「それは、悠さんも泣くほど辛かったんだし、仕方ないよ」

悠「湊さんを……苦しめてしまったんだよ?」

美結「それは、悠さんも十分苦しんだんだし……おあいこだよ」

 

救いの手を振り払おうと、彼は必死に自分を責め続ける。

けれど……そんなこと、あたしが絶対許さない。

あなたは……あたしが助けるんだから。

 

悠「でも……でも、俺……」

美結「……悠さん」

 

もうどうしていいか分からず狼狽える彼に、そっと優しく声をかける。

 

美結「人は、誰だって"選択"するの。それも1回や2回じゃない。何十回も何百回も、何千回も何万回も……選択して、間違えて……それでも前を向いて生きていくの」

 

そうしてあたしは……語り始めた。

彼に伝えたい……あたしの考えを。

 

美結「間違いと言ったって、その失敗は取り返しのつかないものかもしれないし、まだやり直せるものかもしれない」

 

彼の瞳が揺れるのを見て、大きく息を吸い込む。

 

美結「それなのに……さ。まだそのどっちかも分からないのに……諦めて、どうするの?」

悠「――――」

 

彼の瞳が一段と大きく開く。

 

美結「これまでもこれからも、たくさんある失敗のうちの……たった1つ。これは、そんな誤った選択の1つに過ぎないんだよ」

 

……そう。

選択というのは、人生において幾度となく降り掛かってくる試練だ。

けれどそれは、どちらを選ぶかという試練ではない。

 

美結「それなのに、その1回の失敗を……取り返しのつかないものと決めつけて、勝手に諦めて悩み続けて」

悠「…………」

美結「それで……本当に良いの?」

 

試練とは――正解でも間違いでも……それでも絶えず前を向いて、次の選択に臨まなければならないということなのだ。

 

美結「……確かに、そういう時間も必要かもしれない。そうやって悩んだからこそ、得られるものだってあると思う」

 

顔を歪ませて俯く彼に、それでも話を続ける。

事実、選択し続けなければならないと言っても、それはすぐに切り替えなければならないものじゃない。

反省し、次に備えなければ……また間違えてしまうからだ。

 

美結「でも他の人は?その選択で影響を受ける人は?」

 

しかし、他の人はどうか。

それこそ、"選択を先延ばしにする"という選択をした場合。

待たされている人は……どういう気持ちで待たされているのか。

……だからこそ。

時に悩むことは大事だけど、悩み続けていいわけじゃない。

また、次の選択を……しなければならないのだ。

けれど……それでも。

前の選択を、後悔するというのなら。

 

美結「まだやれることがあるんじゃないかって考えなよ」

悠「……っ……」

美結「……そういう風に悩みなよ」

 

下を向いていた顔が、勢いよくこちらに向けられる。

せめて前向きに……考えるべきだよ、悠さん。

 

悠「でも、俺……どうすれば……」

 

少しずつ……光を取り戻しつつある瞳のまま、それでも彼は躊躇いの色を見せる。

 

美結「……そんなの」

 

彼の言葉に対して、ほぼ反射的に言葉が零れる。

戻ってきて……悠さんっ。

 

美結「あたしが好きだった"八坂悠"という人間なら……そんなことは言わないっ」

 

今日1番の大声で、あたしの想いを解き放つ。

 

美結「あたしの知ってる八坂悠は――相手のことを考えないで、ズカズカ人の心に入り込んで……それで、その人を救ってしまうような」

悠「…………」

美結「そんなことができる、究極のお節介だから」

 

だから……飛鳥さんは、救われたのだ。

だから……周りの人は、あなたと共にいるのだ。

だから……あたしは……。

 

美結「彼なら……迷わず、飛鳥さんのところに行くはずなのっ!」

悠「――――」

 

全力を以て奮い立たせ、目の前にいる男の人を"八坂悠"へと作り変えていく。

 

美結「飛鳥さんだって……待ってるはずだから」

悠「美結、さん……」

美結「だから……心のままに行動すればいいんだよ、悠さん」

 

泣きながら彼を待ち続ける飛鳥さんの姿が、脳裏に鮮明に浮かび上がる。

彼女は、あなたを責めていない。

ただ……あなたを待っているだけなんだ。

 

美結「(だから……戻ってきて……悠さんっ)」

 

想いの全てを彼にぶつけ、悠さんの目覚めを待ち続ける。

……そうして。

どのくらいの時間が経過したのだろうか。

永劫のようで刹那に等しいその時が流れた果てに――彼は、ゆっくりと口を開いた。

 

悠「……ありがとう、美結さん」

美結「いいってことよ!だって飛鳥さんはあたしの友達だし、あなたは……あたしの初恋の人なんだから」

 

瞳に光が灯り、彼が帰ってきたことを確認する。

そうして、ほっとしてしまったのか……あたしは、つい自分のことを漏らしてしまった。

 

悠「ほんと……情けねぇなぁ……俺」

美結「悠さん、自分の事になると、相手にすごい気を遣っちゃう所あるからね」

 

申し訳なさそうに謝る彼に対して、気にしないようにと声をかける。

 

美結「……でも、あたしはそういうところが好きになったの」

悠「……っ……」

 

素直な気持ちをもって、真っ直ぐ想いを口にする。

……でも、それだけだ。

もう彼への想いは、あの時伝えたから。

彼への恋心を、全て。

言の葉に乗せ、彼の元へと届けたから――。

 

美結「だから……あなたはあなたの信じる道を、突き進んで行けばいいと思うよ」

 

背中を押すようにと、"最後"の言葉を伝える。

 

美結「(最後、か……)」

 

これが終われば、彼はきっと飛鳥さんの所へと行ってしまうのだろう。

それは決して悪いことではなく、それどころか今の2人にとっては良い事なんだけど……。

それは同時に――あたしの初恋の終わりを示しているのだ。

あたしが引き伸ばしてしまった、恋の終わりを――。

 

悠「……告白の返事も出来てないのに、ここまで言ってくれるなんてな」

美結「あー、いや……それに関しては、あたしが悪いというか……その……」

悠「違うよ。俺がもう少し早く決断できてればよかった話だし……美結さんは気にしないで」

 

あくまで自分のせいだと言い張る悠さんを見て、心がずきりと痛み始める。

だって、あの時は……悠さんは答えを言おうとしてくれたのに、あたしが待てなかったのだ。

ううん、待てなかったわけじゃない。

その言葉の先を……聞きたくなかったのだ。

……けれど。

そんなあたしにすら、彼は救いの手を差し伸べてくれる。

 

美結「(そう……だよね)」

 

やっぱり、と思いながら、彼の姿を見つめる。

彼は……狂っているのだろう。

自分のせいじゃないことも、全て自分が悪いとして罪を背負って。

他人の幸せを願っているくせに、自分の事は一切考えなくて。

自分が苦しんでいるはずなのに、そこから目を逸らして平静を保とうとして。

それでも、常に自分"だけ"を責め続けて……。

そんなの……普通の人間のすることじゃない。

その視点はもう、神や聖母といった類のものと同列だ。

だから。あたしは……彼を"等身大の人間"にしたくて……。

自分の幸せも考えられるような……ただの1人の人間になってほしくて……。

それで……それ、で……。

 

悠「だから……改めて、美結さん」

美結「…………」

 

名前を呼ばれ、彼の瞳をじっと見つめると……周囲の空気が変わっていくのを感じる。

 

悠「俺は……君の気持ちには、答えられない」

 

そうして、彼の口から放たれた言葉は。

”彼自身の幸せ"のための、冷たくも優しい……心のこもった言葉であった。

 

美結「そう、だよね。うん、大丈夫!覚悟はもう出来てたから」

悠「でも、美結さんは――」

美結「いいの」

 

その続きを遮り、必死に笑顔を作り上げる。

 

美結「ほら、いいから早く……飛鳥さんに伝えてあげな?飛鳥さんだって今も苦しんでるんだし、早く助けてあげなきゃ」

悠「…………」

 

燻る恋心を殺し……いや、殺しきれなかったからこそ、強引に話を逸らす。

そんなあたしの姿を見て、悠さんも何か言いかけていたけど……真意を理解してくれたようで、それ以上は何も言わなかった。

 

悠「……わかったよ、美結さん」

美結「うんうん、彼氏としてここは頑張らないとね!あ、家事少しやっておくから、あたしも少ししたら帰るね」

悠「そんな……」

美結「いいのいいの!あたしからの祝福!……って、流石に雑すぎるか」

 

あははと笑いながら、彼に荷物を渡して玄関へと背中を押して連れていく。

あたしは……ここまでだ。

だから、飛鳥さん……あなたは、幸せに――

 

悠「……美結さん」

美結「うん?」

 

彼は靴を履いて立ち上がると、そう言ってこちらを振り向く。

 

悠「ありがとう、美結さん。家事手伝ってくれたり、相談乗ってくれたり……色々やってくれたこと全てに、俺は感謝してる」

美結「…………」

 

そうして告げられたのは、純粋な感謝であった。

 

悠「美結さんとは、最初に会った時からは考えられないくらい仲良くなって、毎日助けられることばっかりだったよ」

美結「確かに……なんか、懐かしいね」

悠「……でも、ね」

 

最早懐かしいと感じてしまうほどの時間を、あたしは彼と過したのだ。

だから、それで十分だと思った瞬間……彼はそう言って、大きく深呼吸をする。

 

悠「なによりも……俺は、楽しかったんだ」

 

ゆっくりと放たれた"楽しかった"という言葉に、心の中がじんわりと温かくなっていくのを感じる。

良かった……あたしだけじゃ、なかったんだ。

 

悠「美結さんと一緒に話すことが、美結さんと一緒にテレビ見ることが、美結さんと一緒に料理考えることが、美結さんと一緒に遊ぶことが……」

美結「…………」

悠「美結さんと過ごす……2人きりの生活が」

 

彼の一言一言で、共に過した時間が脳裏に蘇っていく。

 

悠「俺には……かけがえのないものだったんだ」

美結「……っ……」

悠「だから、美結さん……」

 

溢れそうになる涙を必死に堪えながら、その言葉の続きを待つ。

 

悠「キミとの思い出は……一生忘れない。俺は、美結さんと過ごす全ての時間が――好きだったよ」

 

……ほん、と。

なんなんだよ……この人は、もう……っ。

感情を塞いでいた蓋が、ひび割れて溢れ出していく。

諦めて切り替えたはずの恋心が、再び燃え上がっていく。

彼の為にと必死に堪えていた涙が――両の瞳から流れ落ちていく。

 

悠「ありがとう……俺を好きになってくれて」

美結「もう……馬鹿ぁ……」

 

彼の前では我慢しようとしていたのに、全て台無しにされた。

笑顔で送り出して、自分の初恋に別れを告げようとしていたのに。

ただの友人として、彼の背中を押そうとしていたのに。

2人のことを1番近くで見ていた仲間として……応援しようとしていたのに。

全部全部……この言葉に邪魔されたんだ。

 

美結「(そんなの、嬉しくなっちゃうじゃん……悔しく、なっちゃうじゃん……)」

 

あたしが、先に出会っていれば。

あたしが、飛鳥さんだったならば。

そんな叶わない願いが、後悔の念となってまとわりついてくる。

……でも、そんなこと考えても無駄なんだ。

あたしには……この事実を受け入れるしか、ないのだから。

 

美結「(それなら、あたしは……)」

 

だから今は、精一杯喜ぼう。

彼にそう言って貰えた全てのことを……胸に抱いて……。

 

悠「だから……行ってきます」

美結「ガツンと行って救ってこい……悠さんっ!」

 

最後に聞こえた"ありがとう"という言葉と共に、目の前の扉が閉まる。

 

美結「う、うぅ……ぁ……」

 

漏れていようとそれでも堪えていた涙が、堰を切って溢れ出す。

 

美結「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

一気に全身の力が抜け、玄関に座り込む。

そうしてあたしは、遠くに行ってしまった悠さんの影を追いながら、幼子のようにわんわんと泣き続ける。

……けれど。

――願わくば……"彼と飛鳥さんが、無事に結ばれますように"、と。

それでもあたしは、2人の幸せを祈り続ける。

……今となっては、これが飛鳥さんへの贖罪だったのか、それとも友人としての心配だったのか。

その真意は、自分でも分からない。

……けれど。

2人の幸せを願うこの心だけは、本物なんだと……そう、願いたかった。

――こうして。

長かった私の初恋は……呆気なく、静かに終わりを告げるのだった。

 

 

 




ということで、いかがだったでしょうか?
これで美結ちゃんの恋が終わるという美結にとっては悲しい結末でしたが、湊くんの幸せのために……という感じで美結ちゃんが大きく成長できた話なんじゃないかなと思っています。
ほんと健気でいい子なので、幸せになってほしいです……。
と、書き終わったばかりなのでしみじみとしていますが、本当のクライマックスはここからですね!
次から湊くんと悠君の恋の決着のシーンに入ります!!!
ここから一切気を抜けない展開になると思うので、楽しみにしていてください!
できるだけ早く書き終われるように頑張ります。
さて、前回の話もたくさん読んでいただきありがとうございました!
感想までいただけて非常に嬉しいので、マジでやる気に繋がってます笑
ということで、今回はここまで。
また次の話も読んでいただければ幸いです~!


余談
今回のタイトル「もしもあたしが彼女ならば」ですが、これは「もしも明日が晴れならば」をもじったものであり、この作品は「オトメドメイン」のライターであるNYAON先生の作品だったりします!
泣きゲーで面白いので、興味があるならオススメします!!!笑


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たとえばラストシーン前の所の少年が序盤の思い出を巡るような物語

すみません遅くなりました……
本当はもう少し早く投稿したかったのですが、色々あって遅れてしまいました。すみません!!!
というわけで、前回の続きです!
今回は湊くん視点での話で、まさかのサブタイトルがそのまんま内容を表しているとかいう状態ですが、ちゃんと書いたので安心してください笑
と、ここを長く書いても仕方ないので、前書きはここまで!
ぜひ今回の話も最後まで読んでいただけると幸いです~!



 

 

 

下校のチャイムが鳴り、人の波が校門から行き渡る最中。

寮から反対の方向を歩きながら、僕は一人鉛色の空を見上げる。

"これは……ボクと、悠さんの問題なんです"

自然と零れてしまった、その心無い一言。

それは、つい口から出てしまったものだったけど……同時に、嫌という程に僕の本心を表していた。

だから……後で謝らなければ。

僕は、美結さんに酷いことをしてしまったのだから。

帰り際のことを反省しながら……ふと、お嬢様達の姿が脳裏に浮かぶ。

 

湊「(ボク、は……)」

 

このことを、皆に相談できたのだろうか。

ここ数日考え続けていた悩みが、今日もまた僕を蝕んでいく。

正直な話、僕は……誰かに打ち明けたかった。

誰かに相談して、この抱えている気持ちを聞いてもらいたかった。

けれど……僕には、他のみんなに言えない"性別"という秘密があるのだ。

確かに、今のお嬢様方であれば……そんな僕でも受け入れてくれるのかもしれない。

でも、それでも……あの悠さんですら、こうなってしまったのだ。

1番信頼していた……悠さんですら……。

 

湊「…………」

 

あの日の彼の顔が頭に浮かんで、胸がぎゅうっと苦しくなる。

そうなってしまったら、僕はこの学園に居られなくなってしまう。

せっかく再び手に入れたはずの居場所を……また、無くしてしまうかもしれないのだ。

……と、ここまで考えると、1人だけその例外がいることが分かる

そう……風莉さんになら、言えるかもしれないのだ。

僕の性別のことを知る、理事長の彼女なら……。

 

湊「(……でも)」

 

ならば、風莉さんに相談すれば良いだけの話なのだけど。

それは……僕には、できなかったんだ。

彼との仲を応援してもらった彼女には……。

耐えられずに逃げたと、知られたくなかったから……。

 

湊「……あれ?ここ、は……」

 

そう考えているうちに、視界端の看板が目に留まり、ゆっくりとその場所に向かう。

そうだ……ここは、悠さんと一緒に行った喫茶店。

言わば、作戦会議をした思い出の場所だ。

確かここで僕達は、広まった噂をどうしようかと話して……。

 

湊「(……ああ、なんで……ボクは……)」

 

――まるで溢れ出す洪水のように、思い出が蘇ってくる。

自分でも、どうしてここに来たのか分からない。

けれど、気がついたら来てしまったのだ。

……いや、訂正しよう。

彼のことを考えていたら……ここに辿り着いてしまったのだ。

 

湊「……はぁ」

 

溜息をつきながら、辺りの景色を見渡す。

学生達の雑踏の中に、彼の存在が薄らと見える。

……けれど、もちろんのように彼の姿はない。

そんな上手い話は、世の中存在しないものなのだ。

……といっても、今彼とあっても気まずいだけだし。

振られて辛くなるなら……とりあえず今は会わないでおきたいんだけど。

……………………。

……それにしても。

 

湊「未練ありすぎだよなぁ……ボク」

 

自分の踏ん切りの悪さに嫌気が差しながらも、ゆっくりとその場をあとにする。

――けれどそれは、皆の待つ寮に向かうためではなく。

僕はそのままの足取りで……またフラフラと"次の場所"へと向かった。

………………。

…………。

……。

 

湊「――そういえば……すごい映画だったなぁ」

 

映画館の前を通りながら、彼と観た映画を思い出す。

初デートで映画館という定番中の定番コースのはずなのに、まさかのB級映画という思わぬ落とし穴に引っかかったあの日。

確かサメの映画を見たんだけど……それもすごいB級映画で、終わった後2人で話したなぁ……。

 

湊「感想言い合ったのって、ここだったよね……」

 

少し歩いて、綺麗な看板に視線を向ける。

昼ごはんを食べたカフェは、今日も学生たちで賑わっている。

あの時は、ここで2人で感想を言い合って、悠さんに何度も謝られたんだけど……。

 

湊「……ふふっ」

 

泣きそうなくらいに頭をペコペコと下げる彼を思い出して、思わずクスッと笑ってしまう。

確かに、あの時は微妙だったかもしれないけど、今となってはいい思い出だ。

これも……僕の忘れられない記憶の1ページに刻まれていくのだろう。

そうして感傷に浸りながらも、1歩ずつ歩き出す。

 

湊「それで……次は……」

 

思い出を辿るようにして、想いのままに足を進める。

確か、この後は……。

 

湊「――結局、ここに来たんだよね」

 

あの時と同じ道を辿り、広いショッピングセンターの前で足を止める。

そう……ここは水梅モール。

この街に住む人にとっては、非常に馴染み深い場所だ。

あの時悠さんは映画館でのことを挽回しようと意気込んでいたから、どこに行くのかと思ったけど……結局、通い慣れたここに来たのだ。

……でも思えば、ショッピングというのはデートの行き先としては良かった。

やっぱり、よくある漫画やドラマでもそういうのはあるし、世間的にも割とテンプレなのかもしれない。

 

湊「……あ」

 

そんなことを考えながら水梅モールの中を歩いていると――突然、強い既視感に襲われる。

確か、ここは……。

パズルのピースが揃うように、記憶が復元されていく。

……そうだ。

ここで僕達は……なぜか、色んな人に注目されたのだ。

それこそ、カップルやら子供やらOLさんにまで見られて……褒められて……。

思い出すだけで恥ずかしくなり、顔が熱くなっていくのがわかる。

 

湊「(……でも)」

 

ふと、気になることがある。

あの時僕は、色んな人から"可愛い"と言われ続けていた。

けれど、誰に言われてもあまり嬉しいとは思えなかった。

けれど、悠さんに言われた時、僕は……。

 

湊「……………………」

 

思えば……あの時から、"好き"だったのかな……?

あの時の気持ちを思い出そうとするが、当時の心までは読み取れない。

 

湊「……わかんない、けど……」

 

それでもきっと……この時から、彼のことが気になっていたのだろう。

なんというか、そんな気がしてくるのだ。

……というか、OLさんっぽい人達に"カップル"と言われた時、めっちゃ意識しちゃったから……やっぱり、これは……。

再び頬が急激に熱を帯びていくのを感じ、パタパタと右手で扇ぐ。

そうして僕は、赤くなる頬を冷ますように、駆け足で次の場所へと向かった。

………………。

…………。

……。

 

湊「楽しかったなぁ……」

 

思い出の家電量販店の前に立ち、そっと記憶を遡る。

あの日、悠さんは水梅モール内のどこかに行こうと考えてくれていたのだろう。

けれど僕は、ここに2人で来れるんじゃないかってウキウキしてしまって……。

彼に頼んで、ここに一緒に来てしまったのだ。

 

湊「(あの時は、嬉しかったなぁ……)」

 

……悲しいことに、学園内には同じ趣味を持つ人が居ない。

だからこそ、やっと会えた"共通の趣味を持つ人"という存在が嬉しくて、僕はつい張り切ってしまったのだ。

 

湊「初デートが家電量販店……か」

 

半分以上僕のせいだけど、僕達らしいなと笑いながら店内を見ていく。

……そういえば、あの日はここに寄った後帰ったんだっけ。

ということは、ここで数時間も話し続けたことになるから……。

思っていた以上の事実に驚きながら、我ながらすごいものだと感心する。

そうして、僕はあの時から一新されてしまった商品の列を眺めつつ、店を後にするのだった。

………………。

…………。

……。

 

湊「――来て……しまった」

 

水梅モールから通い慣れた道を通り、見慣れた建物の前でぱたりと立ち止まる。

そう……ここは、悠さんの家の前。

僕と悠さんにとって、どう頑張っても忘れられないような……語りきれないくらい色々あった、思い出の場所だ。

そんな未練すらの残る場所で、僕は少し背伸びして窓の方に目を向ける。

 

湊「悠さん……いるのかな……」

 

思いが溢れ出してしまい、思わず声が漏れる。

けれど、そんなことは許されない。

というか、勝手に逃げ出しておいて、今更合わせる顔なんてないのだ。

 

湊「……行こう」

 

今までの場所とは違い、すぐに後ずさりながらその場をあとにする。

だって、これ以上……耐えられるわけない。

逃げた僕にとっては……この場所は、思い出の場所であると共に、地獄に等しいのだから――

………………。

…………。

……。

 

湊「……ボクは……あの時……」

 

お祭りデートの時に寄った神社の前を通りながら、あの時の振る舞いを確かめる。

……確かに、告白に関しては自分でも賛否両論あったけど、基本的には良かったのだろう。

……というか、そう思いたい。

 

湊「……まあでも、もう遅いんですけどね」

 

夕日に照らされた公園のベンチが、もう後戻りは出来ないのだという非情な事実を突きつける。

だから今は……彼に逃げたことを謝って、彼からの返事を待つことしかできないのだ。

そうして僕は――再び歩き出す。

この公園は、彼と会った最後の場所。

だからこれ以降……僕は彼と会っていない。

そのため、これ以上行くところなんてないはずなのだけど……。

……けれど。

自分の本能のままに、ただひたすらに足を動かす。

これから行こうとしている場所は、きっと"あの場所"なのだろう。

残った理性を動かして、客観的に自分を見つめる。

 

湊「(だって、"あの場所"は……)」

 

暗みがかった夕焼けの道を一人歩きながら、彼との思い出を胸の奥にしまっていく。

そうして、歩き出した僕の行く道は――寮の場所からは正反対の方向であった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
……はい。湊くんの心情でしたけども、まあつらいですよね……。
どうなるか分からない不安感とどうせダメなんだろうなという諦めが混ざって、いつもより少し大人びているように感じたのですが、どうですかね……?笑
……と、その話はここまでにしておいて。
次はいよいよ悠君視点ですね!
決意を固めて飛び出したはいいものの、湊くんがこの状態でいるわけですから、果たして出会えるのか……?
そこがメインになると思うので、楽しみにしていてください!
というわけで今回はここまで!
前回もたくさん見てくださりありがとうございます。
もう物語的にはラストなので、これからも気を引き締めて頑張ります!
拙い文章で読みにくいかもしれませんが、次の話も最後まで読んでいただければ幸いです!


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湊をたずねて三千里

遅くなってしまってすみません!!!
前回の続きです!
今回は悠君視点ということで、湊くんに覚悟を伝えられるかどうか……の前に、ふらふらしてる湊くんを見つけられるかどうかって感じです笑
というわけで、悠君は無事に湊くんと再会することができるのか?
ぜひ最後まで読んでいただければ幸いです~!


 

 

 

傾きかけた西日の空が、暖かく街を包み込む。

そんな下校中の学生で溢れた街を、俺は隙間を縫うように駆け抜ける。

早く……この気持ちを伝えたい。

早く……彼女/彼を安心させてあげたい。

そんな想いを胸に、俺は走り続ける。

 

悠「(美結さん……)」

 

外に出て間もなく聞こえてきた、啜り泣くような声。

それが彼女の……ぎこちない笑顔の下に隠された、真の想いなのだろう。

だけど、彼女は……そこまでして俺を勇気づけてくれた。

自分のことを顧みずに、俺達のことを応援してくれたんだ。

それがどんなに辛いことか、それは想像を絶するものなのだろう。

だからこそ、俺は……彼女の想いも受け取って、湊さんにぶつけに行かなければならない。

 

悠「ここを曲がったら……っ」

 

最後の角を曲がり、寮への道を突き抜ける。

美結さんが言うには、湊さんは直ぐに帰ってしまったらしい。

だとすると、湊さんは寮で家事をしている可能性が高い。

だからこそ俺は、こうして寮へと足を早めているのだ。

 

悠「つい、た……っ!」

 

息も絶え絶えなまま呼び鈴を鳴らし、湊さんが出てくるのを待つ。

今のうちに呼吸を整えて……よし。

胸に手を当て、もうひとつの意味でも呼吸を整え、ドアが開くのを待つ――と。

 

風莉「……八坂さん?」

 

ゆっくりと開く扉の隙間から出てきたのは……湊さんではなく、西園寺さんであった。

 

悠「お久しぶりです、西園寺さん。……あの、湊さんは……?」

風莉「……?まだ、帰っていないわ?」

悠「……え?」

 

予想外の答えに、思わず間抜けな声が漏れる。

確か美結さんは、湊さんは先に帰ったって……。

 

風莉「……何か、あったの……?」

悠「それは……」

 

意を決して、西園寺さんに事情を話す。

そうして話を聞き終わると、西園寺さんはどこか納得したような表情を浮かべ、そのまま何かを考え始めた。

 

風莉「湊……どこに行ったのかしら……?」

 

どこだろうと真剣に悩む西園寺さんに、縋るように知恵を求める。

 

風莉「……ここじゃないなら、街の方……かしら?」

悠「街の方……か」

 

街の方と言われ、幾つか候補を挙げる。

映画館か水梅モール……神社もあっちの方だな。

 

風莉「そういえば……今日は柚子が喫茶店に行くとか言っていたから、聞いてみたら……?」

悠「喫茶店……」

風莉「湊が、前に八坂さんと行ったと言っていた喫茶店なのだけれど……?」

 

西園寺さんに言われ、自分の記憶を辿る。

あ、あそこか……!

 

悠「ありがとう、西園寺さん!恩に着るよ」

風莉「大丈夫よ……あ」

 

思わぬ手掛かりに感謝すると、西園寺さんはそう言って、こちらに体を向き直す。

 

風莉「私も、湊のこと探してみるわ」

悠「え?いいのか……?」

 

更に手が差し伸べられ、遠慮せずに聞き返してしまう。

そりゃあ、この広い町の中を1人で探すのはきついから……正直ありがたいけど……。

 

風莉「今日は学園の仕事はないし、それに……」

悠「それに?」

風莉「これは、私の問題でもあるから」

 

含みを持った言い方に、何か裏があるのを察する。

確かに、俺たちの事情の全容を知るのは西園寺さんだけだから……この件に関しても、湊さんと何かあったのだろう。

……と、予想はできるけど……直接は聞かないでおこう。

 

悠「……ありがとう、西園寺さん」

風莉「ええ、できる限りの事はするわ。……ところで、八坂さん」

 

突然真剣な顔で尋ねてくる西園寺さんに驚き、一瞬遅れて返事をする。

 

風莉「……覚悟は、できたのね?」

悠「……っ。……ああ、俺は湊さんを――」

 

そう言いかけた途端、そっと口に柔らかな指が添えられる。

 

風莉「その先は、湊に伝えてあげて」

悠「……わかった」

 

人差し指で口に封をされ、心臓の鼓動が早まっていく。

西園寺さんみたいな綺麗な人にこういう事されると……健全な男子学生としては、ヤバいってば……!

俺の心を見透かすような笑みを向けられ、さらに心がドキッとする。

……というか、この人は全部知ってるんじゃないか?

なんというか、そんな気さえしてくるんだけど……。

……いや、落ち着こう。今は、湊さんを探すことを優先しないと。

 

悠「……じ、じゃあ、貴船さんに聞いてきます」

風莉「行ってらっしゃい、八坂さん」

 

強い想いの込められたその言葉を背に、足早にその場を立ち去る。

そうしてここから、湊さん探しの旅が始まるのだった――

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

西園寺さんと別れ、来た道を戻りながら全力で喫茶店へと向かう。

依然として学生の大軍はその勢いを緩めなかったが、それでも先程よりは数は減っているようで、15分ほど経つと目的地に到着した。

 

悠「貴船さんは……」

 

不審に思われないように、店の外から黒髪お嬢様の姿を探す。

貴船さんはスタイルいいし目立つから、わかりやすいと思うんだけど……。

 

???「――八坂、さん?」

 

突然後ろから声をかけられ、ビクっと体を震わせてから後ろを振り返る。

するとそこには、不思議そうな目でこちらを見る貴船さんの姿があった。

 

柚子「どうしたんですか、こんなところで?」

悠「えーと、それは……」

 

そう言いかけて、今の状況を思い出す。

喫茶店の窓から中を覗いてる、って……ガチで不審者じゃん!?

そうして、このままだとまずいと思った俺は、できる範囲で事情を説明することにした。

 

柚子「そうだったんですか……。湊さんなら、さっき見ましたよ」

悠「本当ですか!?」

柚子「確か、あっちの方向に向かってました」

 

そう言って、貴船さんは湊さんが行ったとされる方向を指さす。

ここから進むと……映画館のあたりか?

 

悠「……映画館?」

柚子「そうですね……こっちはそれくらいしかないですからね」

 

映画でも見に行ったんですかね?と不思議そうにしながら彼女はそう告げる。

映画を見ていたら会えないかもしれないけど……とりあえず、行くだけ行ってみよう。

 

悠「……よし、ありがとう貴船さん!助かったよ」

柚子「いえいえ、大丈夫ですよ〜」

 

彼女に感謝を伝え、映画館の方へと歩き出す。

 

柚子「あ、八坂さん!」

悠「ん?」

柚子「最近、湊さんの様子がおかしくて……凄く、辛そうなんです」

悠「…………」

 

呼び止められて振り返ると、彼女はそう言って湊さんのことを話し始めた。

 

柚子「だから、八坂さん」

悠「…………」

柚子「湊さんのこと……お願いします。あなたなら……湊さんを助けられると信じてますから!」

 

熱を帯びた強い想いに、思わず圧倒される。

湊さんが辛そうなのは……俺のせいなのに。

 

悠「(……いや、それでも……)」

 

言えないからこそ……俺がちゃんとしないと。

 

悠「……ああ、任せてくれ」

 

深呼吸をして、誠意を持って自分の意思を伝える。

すると、貴船さんは満足そうな笑顔を浮かべた後、大きくガッツポーズを作った。

 

柚子「新聞部の取材があって、手伝えないですけど……。私も、応援していますから!」

悠「貴船さん……」

柚子「だから……行ってらっしゃい、八坂さん!」

 

彼女の想いも背負い込んで、行ってきますと言ってその場を走り去る。

目指すは、映画館。

待っててくれよ、湊さん――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

程なくして映画館に到着し、ウロウロと湊さんの姿を探す。

けれど、どれほど探しても彼女の姿はなく……半ば諦めながら、逆にあの頃の思い出を懐かしむように周辺を歩いていた。

 

悠「(確かあの時も、ここに来て……)」

 

まさかのB級映画を見て、そのままカフェに行ったんだよな。

懐かしさと同時に、申し訳なさが募っていく。

なんで俺、内容よく見ずに映画選んじゃったんだろうか……。

 

???「――あれ?円卓の騎士なのだ!?」

 

背後から聞こえた幼げな声に既視感を感じ、思わず振り向く。

すると……。

 

悠「大垣さん?どうしてここに……?」

ひなた「我は、魔導具の調達に来たのだ……!」

 

そこには、買い物袋を提げた東方将軍の姿があった。

 

悠「あー、ここら辺確かコスプレ系の店あったな」

ひなた「コスプレじゃないのだ!」

 

頬を膨らませて可愛らしく怒るツァラトゥストラさん(自称)。

てか……ここまでこの服で来るって、逆にすげぇな……。

 

悠「ごめんごめん、冗談だよ?」

ひなた「うぅ……いじわるなのだ……。そ、それで円卓の騎士はここに何の用なのだ……?」

悠「それは――」

 

先程と同じように、要点をかいつまんで説明する。

ここで湊さんのこと見かけてたら、滅茶苦茶ありがたいんだけど……。

 

ひなた「お姉様……そういえばさっき、見かけたのだ!」

悠「本当か!?」

ひなた「でも、直ぐに行っちゃったのだ」

 

そう言って、彼女は大通りの方を指さす。

この感じだと、湊さんはどうやら映画を見に来た訳では無いらしい。

少し意外だったけど、まあそういうこともあるだろう。

というか、あっちの方だと……水梅モールか?

 

ひなた「お姉様……少し楽しそうだったのだ」

悠「楽しそう……?」

 

"楽しそう"という言葉が引っかかり、思わず聞き返す。

西園寺さんも貴船さんも辛そうと言ってたから、正直その話は驚きしかない。

 

ひなた「でも、最近ずっと辛そうだったから、嬉しかったのだ……!」

悠「…………」

 

……前言撤回。

やはり、湊さんを傷つけてしまっていたことに変わりはない。

けれど、どうして……今日に限って、湊さんは……。

 

ひなた「――円卓の騎士」

 

付けられたあだ名を呼ばれ、思考を一旦中断する。

 

ひなた「お姉様のこと、ずっと笑わせてあげて欲しいのだ」

悠「大垣さん……?」

ひなた「それは、我にはできない事だから……」

 

彼女は俯いてそう呟くと、少し悔しそうな色を滲ませる。

 

ひなた「だから……お姉様を、お願い」

 

そうして放たれた、純粋な願いは。

力無き故に託した……彼女の思いやりであった。

 

悠「……わかった。俺が……湊さんを笑顔にするよ」

 

そうしてまた1人、思いを汲み取って胸にしまい込む。

湊さんは……俺が……。

 

悠「じゃあ、行ってくるね」

ひなた「我輩も、我が軍の総力を挙げて手伝うのだ!」

悠「ありがとう、心強いよ!」

ひなた「そ、そうなのだ!?そ、そっかぁ……!」

 

嬉しそうにする大垣さんに別れを告げ、水梅モールへと走り出す。

湊さん……一体君は、どこへ向かってるんだ……?

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

――水梅モールの人混みの中を、縦横無尽に探し回る。

 

悠「(ここにもいない……)」

 

1店舗ずつ隅々まで探しているのに、中々彼女の姿は見つからない。

……それどころか、もはや懐かしい思い出が蘇ってきて、感情がジェットコースターのように振り回されていた。

 

悠「(ここは……)」

 

何の変哲もないただのベンチの前を通り、ふと思い出す。

ここは確か、色んな人にめちゃくちゃ注目されまくって、2人して気まずくなった場所だったな。

当時の淡い光景が、瞼の裏に映し出されていく。

……あの頃は、湊さんに振り向いてもらおうと必死だった。

1度振られているからこそ、相当な努力が必要だと……毎日全力だった。

だから、今。

まさか、こんなことになるなんて……思ってもみなかったよ。

 

悠「……どこにいるんだ……湊さん」

 

見慣れた愛おしい姿を浮かべながら、人混みをかき分けていく――と。

 

???「――あれ?確か飛鳥の……?」

 

本日何度目か分からない程のチャンスに心を弾ませながら、声のした方へと振り返る。

するとそこには、買い物袋を提げた七海先生の姿があった。

 

悠「先生!」

七海先生「別にお前の先生じゃないんだが……まあ、いいか」

 

先生は気だるそうにそう呟くと、髪をかきあげてため息を零した。

 

七海先生「それで、どうしたんだ?なにか探し物か?」

悠「探し物といえば探し物なんですけど……」

 

チャンスだと思い、本日何度目かの説明をする。

先生なら、この人混みの中でも自分の生徒……特に同居人なら判別出来るかもしれない。

 

七海先生「飛鳥が見つからない……か」

悠「そうなんです!先生は何か知りませんか?」

 

大きな期待を胸に、先生に尋ねてみる。

 

七海先生「それならさっき、電気屋から出ていくのを見たぞ」

悠「本当ですか!?その後どこに行ったか分かりますか?」

 

予想通り湊さんの形跡を掴めて、思わずガッツポーズをする。

あとはその後の動向さえ知れれば、滅茶苦茶助かるんだけど……。

 

七海先生「神社の方に歩いていったな、確か」

悠「神社……」

 

"神社"という言葉が、頭の中で反響する。

今日は別にお祭りとかでもないし、訪れる理由はあまりない。

普通に参拝している可能性もあるけど……でも、そういう話は聞かないし、何か違うような気がする。

なにか……引っかかるような……。

 

七海先生「――八坂」

悠「……は、はいっ!」

 

突然名前を呼ばれ、少し声が裏返る。

どうやら少し考え過ぎて、反応が遅れてしまったようだ。

 

七海先生「他のやつも気づいてるだろうが……最近飛鳥の様子がおかしい」

悠「…………」

七海先生「まあ多分、お前と何かあったんだろうが……いや、違うな」

 

そう言って少し咳き込むと、先生は改まった様子でこちらに目を向ける。

 

七海先生「あたしは……教師として、何も出来なかった。あいつが出ていくと言った時も、今こうして悩んでる時も」

悠「そんなことは……」

七海先生「だから、情けない話なんだが……飛鳥のこと、お前に頼みたい」

 

そうして先生は、ゆっくりと頭を下げる。

その握り締めた両の拳は……自分の無力さを恨むかのように、静かに震えていた。

 

七海先生「あいつが求めてるものは教師じゃねぇ……家族だ」

悠「…………」

七海先生「だからといって、お前に頼るのもおかしいけど……それでも、あいつはお前をこの世で1番に思ってる」

 

顔を下にしたまま、先生は続ける。

 

七海先生「だから……飛鳥のこと、大切にしてやってくれ」

悠「先生……」

 

言葉に込められた熱い思いが、胸の奥へと伝わってくる。

普段面倒くさそうにしている人だからこそ、こういうことを言うと強く響くのだろう。

 

悠「任せてください……!」

七海先生「ありがとな」

悠「……でも、先生」

 

肩の荷が下りたかのように笑顔を浮かべる先生に対して、1歩前に出て自分の考えを伝える。

 

悠「先生は、ちゃんと先生してるじゃないですか」

七海先生「…………」

悠「湊さんは……先生に感謝していますよ」

 

……そうなのだ。

結局、そんなことを言っておきながらも、生徒のことを考えてくれている時点で……先生は立派な先生なのだと思う。

だから、この人は……自分を卑下しないで欲しい。

 

悠「じゃあ俺、行ってきます!」

七海先生「ああ……頼むぞ」

 

最後に聞こえた"ありがとう"という声を背に、俺は神社の方へと走り出す。

正直、湊さんの行動に何か引っかかりを覚えたが……それでも俺は先に進むしか無かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

先生の言葉のとおりに、広い境内を必死に探す。

ここに来るのは、湊さんとのデート以来。

そう……彼/彼女を苦しめることになってしまった"あの日"以来だ。

案の定、ここでも湊さんの姿は見つからないのだが……なんというか、次第に湊さんの考えがわかって来た気がした。

 

風莉「――八坂さん」

悠「西園寺さん!……そっちは、どうだった?」

 

遠くから手を振る西園寺さんと再会し、息を整えながらそう尋ねてみる。

 

風莉「……こっちに来て」

悠「……え?」

風莉「そこで、話すから……」

 

けれど、彼女から放たれた言葉は予想外のもので……俺は手を引かれるままに彼女のあとをついていくのであった。

 

悠「ここって……」

 

手を繋いだまま歩くこと数分。

そうして連れて行かれた先は……あの時湊さんと別れた公園であった。

 

風莉「ここで湊を見たわ」

悠「ほんとか!?」

 

どうしてここなのかと尋ねる前に、有力な情報がもたらされる。

けれど、周囲に湊さんの姿はなく……既に立ち去ってしまったのだということは、勘の鈍い俺でもすぐに分かった。

 

風莉「……最初は、引き止めようと思ったの」

悠「なら、なんで……」

 

至極当然の疑問が、ポツリと口から零れる。

事情を知っているのなら、湊さんを引き止めてくれてもいいんじゃ……。

 

風莉「湊の真意が……わかったから」

悠「え……」

 

突然告げられた言葉に、一瞬頭が真っ白になる。

湊さんの……真意……?

 

風莉「私は、湊から毎回八坂さんとのデートの話を聞いていたから……やっと気づけたの」

悠「それって……」

風莉「八坂さんも……もう気づいてるんでしょ?」

 

西園寺さんに指摘され、もう一度頭の中を整理する。

今日、湊さんを探すために訪れた場所。

喫茶店、映画館、水梅モール、神社、公園……。

……やはり、そういうことなのか。

 

風莉「だから……あなたが、見つけてあげないと」

 

傾いた夕日を背に、彼女は真剣な目でそう告げる。

 

風莉「私は……湊がどこに行ったのかは、分からないわ」

悠「…………」

風莉「だって、それは……あなたと湊だけが、知っている場所だから」

 

俯いて少し顔を曇らせながらも、彼女はゆっくりとそう話す。

だとしたら、次の場所は――

 

風莉「湊は……そこで待っているのだと思う。いつ来るか分からない、あなたの助けを……」

悠「西園寺さん……」

風莉「"あの時"と、同じように……」

 

西園寺さんに言われ、"あの時"のことを思い出す。

……よし。覚悟はできた。

 

悠「……ありがとう、西園寺さん」

風莉「あまり助けになれなくて、申し訳ないわ……」

悠「いやいや、そんなことないって!」

 

謙遜する西園寺さんに対して、感謝の気持ちを伝える。

 

悠「やっぱり、西園寺さんは……湊さんのことが、好きなんだね」

風莉「――っ――」

悠「湊さんのことをそこまで把握してるなんて……やっぱり、すごいよ」

 

素直な尊敬の気持ちが、言葉となって流れていく。

やはり、西園寺さんは……湊さんのことが……。

 

風莉「私は……湊が幸せに暮らしてくれることが、私の願い……だから……」

悠「……優しいね、西園寺さんは」

 

それでも湊さんの意志を尊重して、彼女は自分を殺して俺を応援してくれている。

きっとそれは、想像を絶する程に辛いことなのだろう。

あの時の美結さんの涙を見れば、その辛さは痛いほどに分かるのだ。

だから、俺も……。

 

悠「湊さんのことは……俺に任せて」

風莉「…………」

悠「今度はもう、迷わない。俺が……湊さんを幸せにするから」

 

深く頭を下げ、彼女に誠実な思いを伝える。

 

悠「(……あれ?)」

 

ふと、頭の中で何かが噛み合っていく。

……よく考えたら、湊さんの保護者は西園寺さんだから……。

これって、実質親への挨拶なのか……!?

まさかの事実に気づき、全身から冷や汗が出てくる。

……でも、そんなこと関係ないか。

これは……俺と湊さんの問題なんだから。

 

風莉「それなら、安心だわ……。悠さん……湊のこと、お願い」

悠「……ああ!」

 

彼女の応援で灯された熱をそのままに、全力で彼/彼女の元へと駆け出す。

目指す場所は、ただ1つ。

それは、俺たちの始まりの地であり……運命の場所。

俺たち2人しか知らない、2人だけの思い出の場所。

……そう、それは。

俺と、湊さんの――

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ついに湊くんまであと少し、というところまで来ましたが、最後の場所は“あの場所”となっています笑
ここまで読んでくださっている方なら、この2人で始まりと言えばあそこだろと分かる方もいらっしょると思いますが……次の答え合わせを楽しみにしていてください笑
今回も前回同様丁寧に描こうとしたら時間が地獄絵図になっていて遅れてしまいましたが……次こそは頑張ります(フラグ)
そういえば、累計UA46000突破しました!
皆さんがここまで長く読んでくださったおかげです!本当にありがとうございます!!!
あと少しで悠君と湊くんの話も終わりになるので、最後まで楽しみにしていてください!
ということでこんかいはここまで!
また次回も最後まで読んでいただければ幸いです~!


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想に寄りそう乙女?の作法

短編です!
ということで前回の続きです!
本当は次に出す予定のクライマックス回と一緒に出したかったのですが、量が多い&4月は仕事がやばくて当分の間書く時間が消えるということで、先にここだけ出すことにしました。
来る……来るぞっ!って感じの話になっているので、今回も最後まで読んでいただければ幸いです~!



 

 

 

湊「……あ」

 

日もすっかり落ち、街灯の明かりがぽつりぽつりとつき始めた頃。

半ば無意識に歩き続けること十数分……ついに僕は、"あの場所"へと辿り着いてしまった。

 

湊「…………」

 

ここは、学園からもそう遠くない普通の場所だ。

それこそ、僕と……悠さん以外の人からしたら、何の変哲もないただの通り道に過ぎないのだろう。

……けれど。

僕たち2人にとっては……ここは、違うのだ。

深い深い思い出の詰まった……大切な場所なのだ。

 

湊「久々に来たな……ここ」

 

今も脳裏に浮かぶあの光景が、実感をもって蘇る。

ナンパしてきた男の人達に絡まれて、凄く大変だったあの日。

颯爽と現れた彼が、自分の身を顧みずに助けてくれて。

僕のことを、守ってくれて。

 

湊「(……でも)」

 

何故かそこで、一目惚れされて。

初めて会ったばかりなのに、そのまま告白されて。

意味がわかんなくて、頭が真っ白になって。

けれど、よくよく考えたら、それってあのナンパ男達と変わらなくて。

だから内心、彼を疑ってしまったけれど。

それでも……彼は真剣な目で、想いを伝えてくれて。

結局、戸惑った僕は……彼の気持ちを断ってしまったけど。

男なのに男に告白されて、嫌だなと思ったけれど。

それでも……心のどこかで、"嬉しい"って気持ちがあって。

だからこそ……"お友達から"、なんて言っちゃって。

……今思えば、あの時から彼のことを気になっていたのかもしれない。

僕を救ってくれた、世界一おせっかいな彼を――

 

悠「……懐かしいなぁ」

 

彼の幻覚がちらりと見え、思わず声が漏れる。

……そう。

僕が、最後に行き着いた先は――

彼と初めて会った……あの場所であった。

 

湊「ほんとに……やっぱり、未練タラタラじゃないですか……」

 

結局来てしまった場所を見て、少し溜息をつく。

彼に振られるからって、最後に思い出を辿るなんて。

正直、自分でもどうかと思う。

けれど……それでも、我慢できなかった。

この足を止めることなんて……出来なかったのだ。

 

湊「……帰ろう」

 

自分の気持ちにケリをつけ、帰ろうとして後ろを振り返る。

……けれど。

 

湊「なん、で……」

 

遠くの方から、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。

優しくて力強い……そんな、聞き慣れた安心する声。

そして、その声は次第に大きくなり……やがてその声の主の姿が、視界の先に現れる。

疲れることを承知の上で、それでも全力で駆ける姿が。

逢いたくて逢いたくない……"彼"の姿が――

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

目の前に迫りつつある光景に、どことなく既視感を感じる。

あの日も俺は……こうして走っていた。

それは、何かを求めていたのでは無く。

それは、誰かを求めていたのでは無く。

ただ、困っている彼女(彼)が放っておけないから……と。

そのありきたりな一心だけで、こうして彼女(彼)を助けるために走ったのだ。

 

悠「(…………)」

 

息が上がり、身体が思うように動かない。

足が痺れて、下半身が鉛のように重たい。

……けれど、それでも。

心臓の鼓動が早くなっていくのに呼応して、全身が熱く燃え上がっていく。

緊張感なんて捨てろ。

何を言うかなんて考えるな。

俺の心の内を……そのままさらけ出せばいいんだ。

湊さんが、そうしてくれたように――

 

悠「――湊さんッ!」

 

だから今こそ、俺の全てを出し切れ。

俺の大好きな人を……湊さんを。

再び、笑顔にするために――

 

 

 




次が気になるやんけ!と思えるように書いてみたんですが、いかがだったでしょうか?
クライマックスを前にしての2人視点両方という個人的に好きな流れでやってみましたが……刺さる人にさされ!笑
とまあ、内容についてはそもそも短くてふざけてるだろと思われるかもしれないですが、そこは許してください……
前書きで少し書きましたが、当分の間お休みさせていただきます!すみません!
できる限り時間を見つけて書こうとは思うのですが、ペースが今までより圧倒的に遅くなってしまうので、そこは大目に見ていただければと思います。

話は変わりますが、累計UA47000突破しました、ありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しくて感謝しかありません!ありがたや~笑
ということで、間は空いてしまいますが、また次の話も読んでいただければ幸いです。


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湊君を攻略したい!(前)

皆さんお久しぶりです!
本当に遅くなってしまって申し訳ありません!前回の続きです!
実は前回の話の後に異動が決まり、引っ越しやら何やらで書く時間が消えてしまってこんなに期間が空いてしまいました……
でも、一応どうにか書くことができたので、楽しみにしてくださっていた皆さん、お待たせしました!!!
ということで、今回も最後まで読んでいただければ幸いです~!



 

 

 

湊「──悠、さん……?」

 

信じられないものを見るかのような瞳が、震える声と共にこちらに向けられる。

 

悠「もう、移動しすぎだよ……湊さん」

湊「え……だって、え……?」

 

まるで予想外だったと言わんとばかりに、湊さんは段々と動揺し始める。

まあ、俺も最初は湊さんがここにいるとは思わなかったし、まさかここに俺が来るとは思わないよな。

 

湊「なんで……ここに……?」

悠「あー、みんなが──お嬢様達が、手伝ってくれてさ。必死に探して見つけた……って感じかな」

 

道中で助けてくれたみんなの姿が、ぽつりぽつりと頭の中に浮かんでくる。

結局のところ、気づけば俺は美結さんだけじゃなく、お嬢様達や先生にまで手伝ってもらってしまった。

だから、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……それでも、そのおかげで俺はまた湊さんと出逢えたのだ。

 

悠「帰ったって聞いたのに、寮に行ってもいなかったからさ……驚いちゃったよ」

湊「そ、それは……」

 

今日のことを思い出して言い淀む湊さんに対して、そのまま続きを述べていく。

 

悠「……わかってるよ」

湊「……え?」

悠「思い出……辿ってたんでしょ?」

 

"どうしてそれを"と言って驚く彼女/彼に対して、素直に理由を告げる。

 

悠「そんなの、後を追い続ければわかるって」

湊「なん、で……」

悠「まあ、湊さんが喫茶店に行ったあたりから、ずっと追いかけてたからね」

湊「え……」

 

そう口にしながら、ほんの一瞬だけ嬉しそうな顔を見せると、湊さんは俯いて辛そうな表情を浮かべる。

……よし。

ここから……俺の番だ。

 

悠「……ありがとう」

湊「な、なんで……悠さんが……?」

悠「俺との思い出を、大切にしてくれて。……俺を、好きでいてくれて」

 

どうやら感謝されると思っていなかったようで、湊さんは俺の言葉を聞くと、目を見開いてこちらに視線を向けた。

 

湊「だって、それは……」

悠「──だからこそっ!」

 

その思いから逃げようとする彼女/彼に対して、有無を言わさず言葉を紡いでいく。

 

悠「だからこそ……言わせてくれっ」

湊「悠、さん……?」

 

バクバクと緊張で高鳴る心臓を抑えるように、ゆっくりと深呼吸をする。

ちゃんと、伝えなければ。

俺の……俺自身の、言葉で。

 

悠「……俺が、間違ってたよ」

湊「う……ぇ……?」

 

まるで信じられない言葉を聞いたかのような反応を示すと、潤んだ瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 

湊「……な……、んで……っ?」

悠「……こんなに泣いてくれる人が、俺を騙そうとしてたわけないよな」

湊「……悠、さん……?」

 

彼女/彼の頬に手を伸ばし、そっとその流れる雫を拭う。

"あの時出来なかった"この行為が、俺の覚悟をより強いものへと変えていく──

 

湊「あ、れ……?なんで、ボク……っ?」

 

どうやら湊さんは自分でも気づいていなかったようで、慌ててハンカチを取り出すと、急いで溢れる雫を拭いていく。

 

悠「……ずっと俺に、隠し事をしていた……」

湊「……っ!」

悠「でも、それには……何か、理由があったんだろ?」

湊「それ、は……」

 

戸惑った表情で言い淀む彼女/彼の態度から、その持ち前の人の良さが見えてくる。

やっぱり……湊さんがそういうことするはずないんだよ。

 

悠「騙そうとか、からかってやろうとか……そんなことを考えてたわけじゃないんだろ?」

湊「──っ、はい!……信じて……ください……っ」

悠「……だったら……さ」

 

"せめてこれだけは信じて欲しい"というように、彼女/彼は縋り付くように言葉を零す。

──だからこそ、思うのだ。

湊さんは、こんなにも誠実であったというのに。

それなのに……俺は……。

 

悠「俺が怒る理由なんて……俺が拒む理由なんて……」

湊「……っ……」

悠「……そんなの、ないに決まってたんだ……っ!」

 

あの日から溜まり続けた後悔の念が、堰を切って溢れ出す。

俺の心に渦巻いていた罪悪感が、一斉に解き放たれていく。

 

悠「それなのに……それなのに……っ」

湊「……悠、さん……」

 

言い訳なんて、言いたくない。

けれど、それでも……彼女/彼に伝えなきゃいけない気がするんだ。

 

悠「色んなことを一気に言われて、頭がぐちゃぐちゃになって……何が正しいのか、分からなくなって……」

 

あの日のことを思い出しながら、自然と言葉が口から出ていく。

 

悠「"男同士で付き合う"ってのが……俺には、わかんなくなっちまって……」

湊「……っ……」

 

話を聞きながら一瞬顔を強ばらせるも、湊さんはそれでも揺れた瞳で俺を見つめる。

 

悠「俺と湊さんの話なのに、妹達や両親、それに今まで出会ってきた色々な人達の姿が浮かんできて……」

湊「……ぅ……」

悠「周囲の目なんて、気にしちゃいけないのに……それで、頭がさらにぐちゃぐちゃになって……」

 

──気にしたことなんてなかったはずの"世間の目"が、背後からその姿を現したあの日。

あの瞬間の恐怖と、そんな自分への怒りは……今も、この胸に残っている。

 

悠「泣いてる君を……助けなきゃって、その涙を拭ってあげなきゃって……。そう、思っていたのに……」

湊「…………」

悠「身体が……動かなくて……っ」

 

これまで何度も、湊さんを助けようとしてきた。

本能のままに、彼女/彼へと手を差し伸べてきた。

……けれど。

この時初めて……この身が、竦んでしまったのだ。

 

悠「だから……こんなことしてる時点で、俺にはその資格がないんだって……」

湊「そんな、こと……っ」

 

否定しようとしてくれる湊さんに構わず……俺は俺を断罪する。

 

悠「湊さんだって、辛いはずなのに……俺は、こんなことでうじうじして……」

湊「……違う……っ」

悠「湊さんは、こんなやつのことを好きになってくれたのに……っ!」

湊「……悠さんは、そんな人じゃ……っ!」

 

想いが強くなっていくに連れて、互いの声も次第に大きくなっていく。

 

悠「君の好きな男は、こんな程度のやつなんだって……そう、思うのに……っ」

湊「違う……っ!」

悠「君は、それでも……っ!俺を、好きでいてくれて……っ!」

 

告白してくれた時の彼女/彼氏の表情が、今も頭から離れない。

──公園の街頭に照らされた、薄く赤らんだ頬。

──覗きこまれた時に見えた、じわりと潤んだ瞳。

そして、あの時感じた──唇の感触。

その全てが……今も、瞼を閉じれば感じられるのだ。

 

悠「だから……自分が情けなくて、ずっと後悔して……」

湊「……ぅ……」

悠「あの時、なにか出来たんじゃないかって……ずっと、苦しくて……辛くて……」

 

今も消えない罪の意識が、絶えず心を痛め続ける。

だからこそ、俺は悩み続けたのだ。

そんな俺を、好きだと言ってくれた人に……俺は、なんてことをしてしまったのだ、と。

 

悠「でも、そんな俺よりも……湊さんの方が辛いに決まってるのに……っ」

湊「……っ……」

悠「隠していたことを打ち明けるのにも、尋常じゃないくらいの勇気が必要なのに……それでも、好きだって気持ちを伝えてくれて……っ!」

 

あの時の彼女/彼は、今までにないくらい青ざめた顔で震えていた。

それは、不良に絡まれた時よりも、家出を決意した時よりも……それよりも、ずっと……。

 

悠「だから俺は、あの日の自分が憎くて……あの日の決断を、やり直したいって後悔して……」

 

けれど。それでも俺は……動けなかった。

……動けなかったんだ。

 

悠「ずっとずっと、悩んでたんだ」

湊「……悠、さん……」

 

心配そうに見つめる湊さんの視線が、心の奥に突き刺さる。

あの日から俺は──抜け殻になった。

自分の想いに蓋をして、外のことばかり気にして。

それで後悔しても、どうすることもできなくて。

ぽっかりと心に大きな穴を開けたまま、毎日を耐え続けて……。

 

悠「……でも、さ」

 

そこで終わるかと思っていた俺の世界に、ある日──"彼女"は現れた。

 

悠「それでも踏み切れなくて、悩んでいた俺を……美結さんが、背中を押してくれたんだ」

湊「……っ!?」

 

どうしてと呟いて驚く湊さんをよそに、俺はその続きを述べていく。

 

悠「あたしの知ってるあなたなら、こんなことしないって」

湊「…………」

悠「それこそ、迷わず湊さんのところに行くって」

 

あの時彼女から放たれた言葉は、至極単純明快であり……ひどく、ありきたりなものだった。

……けれど。

 

悠「そう、言ってくれたから……それで、俺は立ち直れたんだ」

 

その、熱のこもった彼女の想いの欠片は──あの時の俺が、何よりも1番に求めていたものであった。

 

悠「だから今、俺はここにいる」

湊「悠さん……」

悠「君に……謝るために」

 

そう告げると同時に、改まって湊さんの方向へと向き直す。

 

悠「だから……ごめん」

湊「……ゆ、悠さんが……謝る必要、なんて……」

悠「……いや」

 

それでも俺は引き下がらずに、ゆっくりと頭を下げる。

 

悠「これは、俺が謝らないといけないんだ」

湊「なん、で……」

悠「俺のことを信じて、正直に話してくれた君を……俺は、不安にさせてしまったんだから」

 

体を直角に曲げ、素直な想いのまま、この胸の罪悪感を伝えていく。

──けれど。

 

湊「でもボクだって……ボクだって、悠さんを傷つけてしまったんですよっ!」

 

まるで仕返しかのように、湊さんの口から後悔の言葉が零れていく。

 

湊「あなたは、"女"としてのボクを好きになってくれたんですよ……?それなのに、ボクはそれが嬉しくて……いつまで経っても、本当のことが言えなくて……」

 

当時のことを思い返しながら、後悔に満ちた言葉だけが紡がれていく。

そうして、俺がまずいと思った時には……。

 

湊「だから……悠さんが悩むのだって、仕方ないことなんです……。だって、それは……ボクのせい、なんですから」

 

俺の思い描いていたものとは真逆の道を辿るような……そんな彼女/彼の後悔の念が、静かに力強く語られていた。

 

湊「……ボクも、悠さんに辛い思いをさせてしまったことを後悔してました」

悠「湊さん……」

湊「だから……謝るのは、ボクの方なんですっ。大好きな人をここまで騙してきて、その上でこんなに苦しめたんですから……っ!」

 

溢れる涙をそのままに、湊さんは想いを紡ぎ続ける。

だからこそ、俺も……。

 

悠「そんなことない……っ!隠し事は辛かったけど、本当のことを言ってもらって嬉しかったんだよ?」

湊「でもそれは、今落ち着いてるからで……っ!」

悠「それだったら俺も、湊さんに酷いことをしちゃったんだよ?大切な時に何も出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来なかったんだよ……?」

 

湊さんに負けじと、俺も自らの罪を告白していく。

謝るべきなのは、俺の方なんだ。

だから……湊さんに、そんな顔させるわけにはいかないんだ……っ!

 

湊「そんなことない……っ!悠さんは、こんな酷いやつのことなんか忘れて……"美結さん"と、幸せになってください……っ!」

悠「なっ……!」

 

突如出された恩人の名に、思わず動揺が隠せなくなる。

 

湊「ボクのことなんて振って、忘れて……自分のために生きてください……っ!」

悠「そんなこと──」

湊「美結さんと一緒にいた方が……あなたは、幸せになれるんです……っ!」

 

今日1番の悲痛な叫びが、夜の街に響き渡る。

やはり俺は……最悪な男だ。

彼女/彼がここまで、思い詰めていたというのに。

それでも、湊さんの気持ちに気づかずに……俺は……。

 

湊「悔しいですけど……悠さんと美結さんは、すごくお似合いでした」

悠「……え……」

湊「"ボクの方が先に出会ってたのに"って、思うくらい……2人は、幸せそうだったんです……っ」

 

美しくも醜い想いが、言葉に乗って俺の元へと届く。

……そっ、か。

湊さんは、これを……抱えていたのか。

 

湊「だからこそ……今も、悔しいです。すごく、すごく……」

悠「だ、だったら──」

湊「……でも、ダメなんですっ」

 

言いかけたその言葉を遮られ、思わず口を噤む。

 

湊「ボクは……男、ですから……っ!」

悠「────」

湊「女である美結さんといた方が……悠さんは、傷つかなくて済むんです……っ!」

 

両手に作られた握り拳を思い切り振り下ろし、彼女/彼は想いのままに叫び続ける。

──なぜ、彼女はこう思うようになってしまったのか。

その原因の一端は……俺にある。

それは、男だと言われて動揺して……思わずあんな顔を見せてしまったからであり。

そして──湊さんに隠れて、美結さんと共に過ごしていたからであろう。

 

湊「あなたは、他人を第一に考えて……自分を、勘定に入れない人です」

悠「そんな、ことは……」

湊「他人にはお節介なくせに、自分のことは後回し……でも、それが当たり前みたいに振舞って……」

 

溜まっていたのであろう鬱憤が、褒め言葉として怒り口調で飛んでくる。

 

湊「時には自分を傷つけてまで、他人を助けようとして……。そんなの……そんなの、ダメなんです……っ!」

悠「でも、俺は──」

湊「あなたはっ!」

 

言い返そうとした言葉が、声にならずに胸の内へ戻っていく。

 

湊「あなたは、もう……自分を大切にして、いいんですよ……?」

悠「だから……っ!」

湊「お願いします……っ!もうこれ以上……あなたの苦しむ姿を、見せないで……っ」

 

更なる滂沱の涙と共に溢れ出した彼の悲痛な願い。

それは、非力な拳と共に……俺の胸へと叩き込まれた。

 

悠「それでも、俺は……君を──」

湊「だから……だからぁ……っ!」

 

そんな"彼"の一撃に耐えたが、それでも想いが俺の心を握り潰していく。

────────。

 

湊「ボクに……優しく、しないで……っ!」

悠「──うるせぇっ!!!」

 

彼の言葉を遮って、なりふり構わずその体を抱き寄せる。

もう……後悔なんてしたくないんだ。

 

湊「……ふぇ……ぇ?」

悠「俺はもう……俺のために生きるって決めたんだ」

湊「悠……さん……?」

 

意味もわからず俺の腕の中で震える湊さんを、安心させるようにと力強く抱きしめる。

放出し続けるアドレナリンが、俺の思考をクリアにしていく。

自分でも……わかってる。

俺が昔から──自分のことよりも他人を優先してしまうことなんて。

そんなこと……ずっと昔から、わかってたんだ。

……だけど。

だからこそ、俺は……決めたんだ。

もう、変わろうって。

自分のことを大事にしようって。

それは、誰かに言われたわけでもなく。

誰かのためでもなく。

正真正銘、自分のために。

誰でもない、自分自身のために───

 

湊「だ、だったら……」

悠「だから、俺は……!」

 

彼の頭の後ろに手を回し、そっと髪を優しく撫でる。

 

湊「ボクのことなんて、放っといて──」

悠「俺はッ!!!」

 

──さあ、今こそ伝えるんだ。

 

悠「飛鳥湊さん、君のことが──」

 

目の前にいる彼に───俺の、本当の気持ちを。

 

悠「君の全てが───好きなんだっ!」

 

 

 




ということで、いかがだったでしょうか?
悠君がついに動くという大事な話でしたが、個人的には湊くんの「美結さんと一緒にいた方が……あなたは、幸せになれるんです……っ!」というセリフが死ぬほど好きです笑
……と、今までの話を見てくださった皆さんならもう薄々お察しだと思うのですが、次は湊くん視点です。
今まで散々上げては落として湊くんを苦しめてきましたが、もう次で悠君に湊くんを幸せにしてもらいます。
皆さん、お待たせしました。
湊くんを───完全攻略します。

追記
長い間空いてしまいましたが、皆さんその間も読んでいただきありがとうございます!!!
まさか累計UA48000突破していると思わず、めちゃくちゃ驚いてますし、感謝しかありません!!!
次回もまた時間がかかってしまうと思いますが、温かい目で見守っていただければと思います。
というわけで、今回はここまで!
また次の話も、最後まで読んでいただければと思います~!


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湊君を攻略したい!(後)

お久しぶりです!だいぶ遅れてしまいましたが、後編です!!!
今回は湊くん視点で告白の返事の話ですが、前回からだいぶ空いているので忘れてしまっている人も多いと思います……すみません!
ですがその分頑張って書いて、湊くんと悠君の今までの集大成にしっかりとなったので、楽しみにしていてください!

とりあえず前書きはここまで。
今回……に関しては最後まで読んでいただきたいです!お願いします!!!


 

 

 

──信じられない、言葉を聞いた。

ありえないはずの、答えを聞いた。

それは、最も早く可能性から除外したものであり。

同時に──最もボクが、望んでいた言葉であった。

 

湊「嘘、だ……」

 

ポツリ……と、声が漏れる。

"そんな訳ない"と、脳が拒絶する。

既に思考が停止した頭は、辛うじて彼の言葉を噛み砕こうと、その瞬間をリピートする。

……けれど、何かがおかしくなっているのだろうか。

何度確かめようとしても……全て、"好き"という言葉が聞こえてくるのだ。

──こんなの、聞き間違いに決まってる。

彼が、そんなこと言うはずがないんだ。

僕が傷つけてしまった……彼が……。

正常な思考を取り戻りつつある脳が、"勘違い"という結論に至った──

 

悠「嘘じゃない」

 

──はずだったのに。

追い討ちをかけるように投げられた彼の言葉が、その結論を覆していく。

 

湊「なん……で……?」

 

気づけばもう、考えることすら出来ず。

僕はただひたすらに……彼に、理由を求めていた。

 

悠「俺は、誰でもない俺自身のために……君を迎えに来たんだ」

湊「そんな、こと……」

 

そんなこと、あるはずない……と。

こんなのが、彼のためになるはずがない……と。

都合のいい妄想のような現実を、脳がひたすらに拒んでいく。

 

悠「湊さんが可哀想だったからとか、気まずい雰囲気になったからとか……そういうのじゃ、ないんだよ」

湊「…………」

 

問いただそうとした逃げ道が、先回りされて潰されていく。

けれど、それでも……。

 

湊「でも……でもっ」

悠「湊さんの言葉で言うと、"俺が苦しまないようにするため"の決断が……これなんだよ」

湊「……つ!」

 

"こんな幸せなことなんてあるはずがない"と拒もうとして……再び目の前の道が閉ざされる。

 

湊「でも、悠さんには美結さんが──」

悠「美結さんにはっ!」

 

最後に残った逃げ道に足を踏み入れようとして、その意識が彼の声によって掻き消される。

 

悠「"君の気持ちには応えられない"って……素直に、そう伝えたよ」

湊「……ぇ……」

 

言ってる意味がわからず、"どうして"と声にならない言葉が零れ落ちる。

 

悠「俺には、好きな人がいたからね」

湊「そん、な……」

 

あれほど、お似合いだったのに。

僕が羨むほど、素敵な関係だったのに。

彼にとって、最も幸せに近い選択肢だったのに──

 

湊「なん……で……?」

悠「なんで、もなにも……」

 

震えの止まらない僕の声を聞くや否や、彼はため息をついて──

 

悠「俺にとって、一番の願いが……"君と一緒にいること"なんだよ、湊さん」

湊「……ぁ……」

 

頬を掻きながら、ゆっくりとそう告げるのであった。

 

悠「だから……さ」

 

彼の満面の笑みと共に、僕の心に救いの手が差し伸べられる。

 

湊「一緒にいよう、湊さん。これからも……ずっと」

 

そうして放たれた、必殺の一言は。

僕の心に再び希望の光を灯すのには、あまりにも十分過ぎるほどであった。

……………………。

 

湊「……ぃんですか?」

悠「ん?」

 

……だけど。

 

湊「いいんですか?悠さんっ」

 

簡単に幸せになれるなんて……思っちゃいない。

僕だって、自分の罪を……忘れたわけじゃないんだっ。

 

湊「ボクは、あなたを騙したんですよ……?」

悠「騙す気がなかったんだから、ノーカウントだろ」

湊「ボクは、あなたを苦しめたんですよ?」

悠「それは湊さんだって苦しんでいたんだし、おあいこだろ」

湊「ボクといても、幸せになれないですよ……?」

悠「俺は湊さんといると幸せだから、大丈夫だよ」

湊「皆から、変な目で見られるかもしれないんですよ?……」

悠「上等だ。俺には湊さんさえいればそれでいいからな」

湊「み、美結さんみたいに、面白い話できませんよ……?」

悠「湊さんと話すと楽しいし、湊さんといるだけで充実した日々が過ごせるぞ」

湊「み、美結さんみたいに、可愛くありませんよ……?」

悠「美結さんだって可愛いけど、湊さんは俺のタイプど真ん中なんだぞ」

湊「ほ、他に女の子だって、たくさんいるんですよ……?」

悠「湊さん以外考えられない。最初からそう思ってるんだよ」

湊「ボク細かいですし、口うるさいですよ……?」

悠「湊さんの言うことはだいたい正しいし、逆にありがたいかもな」

湊「家事のことばかり考えてて、2人でいても面白くないですよ……?」

悠「家庭的で最高じゃないか。俺には勿体ないくらいだよ」

湊「色々はっきり言ってしまうから、可愛げなんてないですよ……?」

悠「ちゃんと言ってくれる方が好感持てるし、湊さんは何しても可愛いよ」

湊「ゆ、悠さんを……"独り占めしたい"って、思っちゃってるんですよ……?」

悠「それ逆に最高じゃねぇか。"愛されてるんだ"って実感湧くし」

湊「か、家族も親戚もいないから……色々と大変かもしれませんよ……?」

悠「そんなの関係ない。というか、俺が湊さんの家族になるって言っただろ」

湊「………〜〜〜ッッ!ぼ、ボク……ボク、は……っ!」

 

嬉しさのあまり、胸の中で荒ぶる感情を押さえつけながらも。

それでも……最初にして最後の"障害"を口にする。

 

湊「お、"男"……なんですよ……?」

 

ぎゅっと握った拳を震わせながら、それでも彼の瞳を見つめる。

彼は僕を好きだと言ってくれたし、僕だって彼のことは大好きだ。

けれど……それだけじゃ、ダメなのだ。

その"壁"は、あらゆるものを阻害し……全てを台無しにしてしまう。

結局のところ、それが一番の問題なのだ。

 

湊「ゆ、悠さんのことは好きですけど、まだ心の中は"男"……のはずなんですよ……?」

悠「……ああ」

湊「普通のカップルがやってること……できないかもしれないんですよ……?」

悠「……わかってるさ」

湊「"男"だから、こ……子供だって──」

悠「俺はッ!」

 

溢れてしまった"早すぎた妄想"が、彼の決意の叫びによって遮られる。

 

悠「たとえ君が、"男"であっても構わない」

湊「……ぇ……」

悠「それこそ、男であっても女であっても……どちらでも、構わない」

 

芯に響く彼の声が、優しく僕を包み込んでいく。

……まさか、本当に……。

 

湊「どう……して……?」

悠「だって、俺は──」

 

そう言って彼はまた頬を掻くと、少し恥ずかしそうにくしゃっとした笑みを浮かべ──

 

悠「"飛鳥湊"という1人の人間を───好きになったんだから」

 

そうして、再び告白のセリフを言い放つのであった。

 

湊「────」

 

嬉しすぎる彼の一言が、頭の中で反響する。

必死に彼を遠ざけようとするこの気持ちが、次第に崩れ始める。

 

湊「ぁ……ぁ……」

 

本当は、今すぐにだって彼にこの想いを伝えたい。

僕をずっと抱き締めてくれている彼を、今度はこっちから思いっきり抱き締めたい。

だけど……いや、違う。

これ以上は……ただの言い訳だ。

 

悠「じゃあ、逆に聞くけど……」

 

優しいながらも真剣な眼差しが、僕の方へと注がれる。

 

悠「俺じゃダメな理由は……?」

湊「……そんな、の……」

 

言葉に詰まり、彼の瞳から視線を逸らす。

……結局、これは言い訳なのだ。

否定する理由なんて……拒む理由なんて……もう、ないんだ。

これはただ……僕が、幸せを恐れているだけなんだ。

それなのに、僕は……。

 

湊「……悠さんのことが、好きって言ったのに」

悠「…………」

 

我慢して再び蓋をした想いが、堰を切って溢れ出す。

……結局のところ、これは単純な話なのだ。

男であることや性格のこと、世間体的なものだって、一応考えてないわけじゃない。

けれど、それは……表面的な理由に過ぎないのだ。

──全てを失ったあの日以来。

僕は、ただ……恐れているのだ。

僕の前に現れた、八坂悠という存在を。

僕を救ってくれた、恩人のような存在を。

僕を助けてくれる、家族のような存在を。

僕を想ってくれている、恋人のような存在を。

"1度手にしてしまった幸せ"を──再び失うことが……ただ、怖いだけなんだ。

 

湊「ダメなとこなんて……あるはずないじゃないですか……っ!

悠「じゃあ……いいってことじゃないのか?」

湊「それはっ……そう、ですけど……」

 

いきなり核心を突かれ、それ以上の言葉が紡げなくなる。

 

湊「でもっ、それでも……」

 

いつか彼に、嫌がられてしまうのではないか。

いつか彼に、飽きられてしまうのではないか。

いつか彼に、裏切られてしまうのではないか。

いつか彼に──捨てられてしまうのではないか。

そんな心配が心を蝕み、僕の決心を鈍らせる。

彼のことは、よく知っているはずなのに。

それでも……僕は、怖いのだ。

 

悠「"君と付き合う"ためには……あと何をすればいいんだ?」

湊「……っ!それは……」

 

あまりに直接的な表現に、思わずむせかえりそうになる。

でも、もう……やめよう。

 

湊「……ほ、本当に……」

悠「…………」

湊「本当に……ボクで、いいんですか?」

 

ここまで、真剣になってくれる彼を。

僕と付き合うために、こんなに全力な彼を。

悠さんを……少しずつでいいから、信じてみようかな。

 

悠「まあ、逆に湊さん以外考えられないからね」

湊「………〜〜〜っっ!」

 

その言葉があまりに嬉しすぎて、思わず転げ回りそうになる。

ということは……これで、僕達は……。

 

湊「じ、じゃあ……ボク達……」

悠「正真正銘、"恋人同士"ってことになるな」

湊「こ……っ!?」

 

自分で言い出しておきながら、あまりの恥ずかしさに彼の胸へと顔を埋める。

 

湊「な、なんで悠さんは……そんなに、平気そうなんですか……っ!」

悠「平気そう……って」

 

そうして少し顔を上げ、見上げるようにして彼に少し尋ねてみる。

僕だけがドキドキして恥ずかしくなるなんて……悔しい……!

 

悠「これが……"平気そう"に見える?」

 

そう言うと彼は涼し気な表情のまま、微妙に引き攣った笑みを浮かべる。

そうして差し出された彼の手は……尋常じゃないほどに細かく震えていた。

 

湊「悠、さん……!?」

悠「あーいや、もう……隠すのはやめるわ」

湊「え……?」

 

"はぁぁ"と大きくため息をつくと同時に、徐々に紅潮していく顔がこちらに向けられる。

こんなに顔が赤くなるなんて、そんなの……。

 

悠「……俺だって」

 

必死に何かを堪えるようにしながら、震える声が口元から零れ落ちる。

じ、じゃあ……悠さんは……。

 

悠「俺だって、"好きな人"に告白してんだ……!緊張しないわけないだろっ!?」

湊「……ふぇっ!?」

 

突如放たれた全身全霊の叫びに、ビクッと体が反応する。

 

湊「で、でも……悠さんは、2回目ですし……」

悠「そ、そりゃあ……出会った頃にも告白したけどさ……今じゃ、状況も立場も違うんだよ……っ!」

 

先程までとは打って変わって余裕のなくなった"恋人"の姿に、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。

そして同時に、彼もちゃんと緊張してくれてたんだな、と思うと胸の鼓動が次第に早くなっていく。

 

湊「悠さん……」

悠「なんか文句あんのかっ!ちくしょう!」

湊「……ふふっ」

 

そんな僕の恋人の姿が、あまりにも愛おしくて……つい、顔がほころんでしまった。

まさか冷静そうにしてた悠さんが、ここまで取り乱してくれるとは……。

 

湊「悠さん、可愛いです」

悠「ぐぬぬ……」

 

悔しそうにしながらも、どこか満更でもなさそうな彼を見て、ようやくいつもの日常が帰ってきたような気がした。

 

湊「……でも、よかった」

悠「……ん?」

湊「悠さんだけ余裕そうだったから……ボクだけが慌ててるのかと思いましたよ」

悠「はっ、そんなわけないだろ?……まあ色々あったけど、片想いしてた人から告白されて、その返事というか逆に"告白返し"したんだぞ?"湊さんより"緊張してるに決まってるだろ?」

 

……と、安心するのも束の間。

全てが終わり、平穏に包まれた会話の中で。

そんな中、突如として放たれた──挑発の一言。

それは、再び元に戻れたはずの僕達を、新たな波乱へと導いていく──

 

湊「むっ……!ぼ、ボクの方が緊張してますよ……!」

悠「じゃあ、聞かせてやるよ……俺の心臓の高鳴りをなぁ!」

湊「それ、そんな自慢げに言うことじゃ──ひゃっ!?」

 

頭の後ろに回された手から力が加わり、再び彼の胸に引き寄せられる。

ドクンドクンドクンドクン──

少し筋肉の付いた健康的な胸板から、想像以上に早い鼓動が聞こえてくる。

……………………。

本来なら、彼の緊張具合を笑うことも出来ただろう。

いや、できな……うん、できたはずだ!

けれど、この状況は……ボクの方がやばいんですよぉっ!

 

湊「も、もう……っ!悠さんはもう少し、自覚を持ってください……っ」

悠「……?よくわかんないけど、善処するよ……!」

湊「わからないなら、善処も何もないじゃないですかっ!」

 

力一杯に彼の胸を両手で叩くが、全然効いている気配がない。

こんな無自覚で鈍感な最愛の人に一方的にドキドキさせられるなんて……悔しい……!

 

湊「もう……悠さんは強引ですっ」

悠「ごめんごめん、悪気はなかったんだ」

 

そう言いながらも優しく頭を撫でられ、気持ち良すぎて声が我慢できなくなる。

やっぱり、そういうところに自覚を持って欲しいんだけど……。

でも、まあ……いっか。

だって、これが──ボク達2人の"日常"なのだから。

 

悠「……ところで、今日は髪飾りしてないけど……」

湊「それは……」

 

思わぬ所を指摘されてしまい、ポケットからそっと桜色に輝くものを取り出す。

まさか、悠さんの方から言われるとは……。

 

悠「持ってきてたのか……」

湊「あはは……本当は、置いていこうと……あなたの事を忘れようと……していたんですけどね」

 

そう言って髪飾りを握り締めながら、俯いて素直な想いを吐露する。

 

湊「やっぱり……無理でした」

悠「湊さん……」

 

彼のことをどんなに忘れようとしても──積み重ねてきた思い出が邪魔をする。

僕を支えてきてくれたはずのこの贈り物が──傷をえぐろうと牙を剥く。

だからこそ僕は、置いていこうと思っていたのに。

手を離した瞬間に……涙が、止まらなくなるのだ。

必死に彼を忘れようとする僕を───僕自身が許さないのだ。

 

悠「……ちょっと貸して」

湊「……?いいです、けど……」

 

色々と思い出してしまって再び目が潤んできたところで、悠さんの手がこちらに伸びてくる。

 

湊「……ぁ……」

悠「これで……よし、と。うん、バッチリだな」

 

……と。

ここまでくれば、予想出来たはずなのに。

これだけ一緒にいれば、分かるはずなのに。

なんで……ボクは……。

 

湊「悠、さん……」

悠「買った俺が言うのもなんだけど……やっぱり似合ってるよ、湊さん」

 

後ろに回された腕が再び僕の背中で止まり、そのまま頭から彼の胸へと吸い込まれていく。やっぱり……ボクは、あなたのことが……。

 

湊「えへへ……ありがとう、ございます……っ」

 

あるべき所へと戻った桜色の髪飾りを触りながら、僕は"あの時"のように今まで隠してきた感情をさらけ出していく。

想いが通じ合った以上、もう我慢する必要なんてないんだ。

だから、もう……。

 

悠「改めて……飛鳥湊さん」

湊「……はい」

 

残った涙を拭い、初々しい様子で互いに顔を見合わせる。

 

悠「これからよろ……いや、これから"も"よろしくな、湊さん!」

湊「はいっ!今度は"友達"や"家族"としてではなく……"恋人"として、よろしくお願いします……!」

 

そうして、晴れて恋人になれた僕達は。

どちらからともなく……口付けを交わした。

──それは、今まで抑えてきたものを全て解き放つような。

──それは、相手への想いを全力でぶつけていくような。

蕩けるように熱くて甘い──濃厚な口付け。

 

湊「……んっ……ぁ……」

 

官能的な香りが鼻腔をくすぐり、頭が真っ白に染められていく。

気持ちよすぎるキスの感覚が、僕の意識を溶かしていく。

……けれど。

もう二度と、離れないように。

もう二度と、離さないように。

彼の背中に手を回し、ギュッと強く抱きしめる。

 

悠「……湊、さ……んっ……」

湊「んぅ……離しません、から……っ」

 

もうこれ以上、失いたくない。

だからこそ僕は、必死に……そして貪欲に、彼の全てを求めて──

 

悠「……大丈夫だよ」

湊「……ぁ……」

 

……そっと。

温かくて優しい手が、頭の上に置かれる。

 

湊「悠、さん……」

悠「大丈夫だよ。だって──」

 

そう言うと彼は、はにかむように笑って──

 

悠「これからは……ずっと、一緒なんだから」

 

あの日から少しずつ進み出した純粋な想いを、噛み締めるように口にしてくれるのだった。

──思えば、あの日から色々なことがあった。

2人の関係がバレないように、日々を過ごして。

逃げていたはずの家族というものを、彼と共に乗り越えて。

時にはすれ違い、仲違いもしたけど。

美結さんという存在もあり、紆余曲折あったけど。

それでも、その度に互いの存在の大きさを痛感して。

最後には必ず、仲直りして。

互いが互いに、秘めたる想いを深めていって。

そうして……僕達は毎日を過ごしてきたのだ。

 

湊「(……だけど)」

 

彼の言う通り、これらはほんのわずかな時間でしかない。

この長い人生で言えば、1%の期間にも満たないのだ。

だから……。

だから今は、時間を惜しむ必要は無いのだ。

彼を失うことに怯える必要は無いのだ。

だって、ボクにはもう……彼がいる。

八坂悠さんという、友達であり家族であり──恋人である、彼が。

この世で最も大切で、この世で最も愛している……大好きな彼が───

 

悠「じゃあ……帰ろっか」

湊「はい……っ!」

 

……そうして、僕達は。

手を繋いで、ゆっくりと歩き出した。

大きい足が先に進み、小さい足が追うようにしてついてくる。

けれども同時に、大きい足はその小さい足に合わせるようにして、そのペースを落としていく……。

そんな、もどかしくも愛おしい……2人の姿が。

不慣れ故に初々しさの残る……カップルの姿が。

街灯に照らされた夜道に──溶けるように消えていくのであった。

………………。

…………。

……。

木々の隙間から覗く月を見上げ、ようやく得た幸せを噛み締めながら……繋がれた彼の手を離さぬようにと、ぎゅっと強く握り締める。

──ボクと悠さんの、新しい関係。

"本物の恋人同士"としてのボク達の生活は……ここから始まっていくのだった。

 

 

 

──湊くん、攻略完了──

 




ということでいかがだったでしょうか?
遂に……遂に湊くんが結ばれました!!!笑
ここまで来るのに2年かかりましたけど、その分色々考えながら描けたので、個人的には満足しています笑
皆さんがどういう感想を抱いていただいたのかは分かりませんが、とりあえず二人の関係をここまで見てくださったことには感謝しかありません。
ありがとうございました。
まだ厳密には終わりではないですけど、とりあえずこの物語の最初のゴールには到達できました。
なので、この後どうやってエピローグやらイチャコラやら書くか決めていませんが、頑張ります笑
結構期間空いてしまいましたが、ここまで待っていただきありがとうございました!
悠君と湊くんの2人はこれから幸せになっていくはずなので、祝福していただけると幸いです。
長くなってしまいましたが、今回はここまで!
次はエピローグか短編イチャイチャになるかわかりませんが、ゆっくりと待っていただけたらと思います。

では、最後に一言。
歩サラさんのオトメドメイン実況マジで死ぬかと思いました。


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エピローグ~エロゲ―みたいな寮に住んでる男の娘はどうすりゃいいですか?~(前)

お久しぶりです!
オトメドメイン6周年ネタと見せかけて本編エピローグです笑
もうこの二人の関係を書くのも少なくなってしまうのかと思うと、寂しさでどうしても筆が進まず、ここまで期間が空いてしまいました。
完結まであと少しで寂しいですが、最後まで描き続けます!
ということで、晴れて恋人になった二人のイチャラブ……?をお楽しみください!
今回も最後まで読んでいただけると幸いです~!


 

 

 

湊さんと正式に付き合い始めたあの日から数日後。

俺達の生活は、ようやく平穏を取り戻していた…………はずだった。

 

湊「なんで……なんで、こうなるんですかぁ……っ!」

 

不満の爆発する恋人の声が、第二寮に響き渡る。

まあ仕方ないよな……"あんなこと"になったんだから。

 

風莉「落ち着いて……湊」

ひなた「落ち着くのだ……お姉様!」

湊「これが落ち着けるわけないじゃないですか……!」

 

そう言うと、湊さんは机の上に置かれた新聞のようなポスターを思い切り叩いて、そのまま膝から崩れ落ちる。

『学園一のお嫁さん候補──飛鳥湊さんが、"運命の人"とお泊まりデート!?』

そう書かれた見出しと共に、新聞には俺たち二人が手を繋いで家に帰っていく姿が掲載されていた。

……そう。

つまりは……前と同じなのだ。

 

湊「なんでまた、こんなことに……」

 

前回は湊さんを助けた時のこと(間違ってない)がばら撒かれたわけなのだが……。

今回は、2人で同じ家に帰ったという決定的な瞬間を撮られてしまったのだ。

 

湊「うぅ……」

 

項垂れる湊さんの頭をそっと撫でながら、大丈夫だよと声をかける。

湊さんのために一応言っておくと、"一線"は越えていない。

理由としては、あの日男であることを受け入れたけど、互いに"そういうこと"に関して中々言い出せないから……というのがあるのだが。

しかしそう言いつつも、翌日湊さんを家に送るまでずっとキスしてイチャイチャしながら一夜を共にしたため、四捨五入すればほとんど事実なことに変わりはないのだ。

……いや、何やってるんだろうマジで。

 

悠「湊さん……」

ひなた「お姉様、今日は大変だったのだ……」

 

湊さんを励ましながら、大垣さんが子犬のようにこちらに駆け寄ってくる。

 

悠「大垣さん、大体予想はつくんだけど……今日何があったのか教えてくれない?」

ひなた「ふふふ、我に任せるのだ!」

 

いつものように不敵に笑うと、彼女は湊さんに聞こえないように声を潜めながら、これまでの経緯を語り始めた。

 

ひなた「今日は、確か───」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

ひなた「──お姉様!これ!」

湊「どうしました?」

 

いつもと何も変わらない、お姉様との登校中。

そんな日常の中で、我はその新聞を見つけてしまったのだ。

 

同級生A「飛鳥さん……男と"寝た"って本当なの?」

湊「……へ?」

 

お姉様のクラスの先輩が、新聞を持って駆け寄ってくる。

すると、それにつられて他の人たちも集まってきたのだ。

 

下級生A「飛鳥先輩、これ本当なんですか……?」

下級生B「そんな……信じてたのに……」

湊「ど、どういうことですか……!?」

 

そう言うとお姉様は、その人たちの手にある新聞に目を向けてしまった。

 

湊「な、何ですかこれ……!?」

同級生B「飛鳥さんの貞操が……男に……」

湊「ち、違いますからっ!」

 

そう言うと、お姉様は一生懸命首を振って否定する。

……が、既に広まってしまった噂は、もうどうしようもないのだ。

 

湊「皆さん聞いてください。これは誤解なんですっ!普通に悠さんの家に遊びに行っただけで、何かあったわけじゃないんです……!」

 

それでも必死に誤解を解こうと、お姉様は周囲に向かって弁明する。

……けれど。

 

下級生C「あ、飛鳥先輩……首のとこ……っ!」

湊「……ぇ……?」

下級生D「き、キスマークだ……!?」

 

周囲の視線が、お姉様の首元に寄せられる。

するとそこには……蚊に刺されたような赤い腫れと、不自然な絆創膏がいくつも存在していた。

 

ひなた「お、お姉様……?」

 

我も動揺してしまい、思わず声が漏れる。

でも、必死に首元を隠そうとするお姉様を見て……色々と察してしまったのだ。

 

湊「こ、これは……違うんですっ!!!」

同級生C「ま、まさか……昨日も、お楽しみだったの……?」

湊「ち、違っ……昨日は、デートしただけで……その……」

 

首と両手をぶんぶんと振って必死に否定するけど……それももう、無意味なものとなっていた。

お姉様……これ以上は、危ないのだ……。

 

湊「別に、泊まったわけじゃないというか……その……」

 

力無くその両手が垂れ下がり、項垂れるようにしてお姉様はぶつぶつと何か話し始める。

 

湊「うぅ……だから、"痕が残る"から嫌だって言ったのに……」

取り囲んでいた人達「「「…………!!!」」」

 

その瞬間。

我を含む多くの者達の意識が……一瞬で飛んだのだ。

 

ひなた「お、お姉様……」

 

そう。

それほどまでの……凄まじい衝撃。

それは、お姉様を取り囲む多くの者達に、様々な影響を与えた。

 

同級生D「そ、そんな……飛鳥さんが……」

同級生E「か、可愛い!!!」

下級生E「飛鳥先輩の乱れた顔……気になる……!」

湊「ちょっ、待ってくださいって!」

 

多種多様な感想の渦が、お姉様を混乱に巻き込んでいく。

そして同時に、数多くのカメラのフラッシュがお姉様の体を包み込んでいくのだった。

わ、我は複雑だけど……円卓の騎士なら、許せるのだ。うん。

 

風莉「可愛いわ、湊……!」

湊「いや、風莉さんは止めてくださいよぉ……!」

 

と、学園についてから一切黙っていた風莉先輩が、いきなり興奮した様子で口を開いた。

お姉様……どんまいなのだ。

 

湊「もうっ!知りませんからぁ……!」

ひなた「あっ、お姉様!」

 

そう叫ぶと同時に、お姉様は顔を真っ赤にして勢い良く校舎の方へと走り去ってしまった。

 

ひなた「(これは……大変なことになったのだ)」

 

そうして、残された場所に残ったのは。

噂好きの人間達の──数多の黄色い声のみであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

ひなた「───という感じだったのだ」

 

予想以上に地獄絵図だったであろう現場を聞き、思わず声が出なくなる。

まあ、"アレ"については完全に俺のせいだったんだけど……それにしても、結構大変だったんだな……。

それでもこうして俺といてくれる恋人の姿に感謝しながら、その存在の大切さを噛み締める。

というか、それよりも──

 

悠「西園寺さん、何やってんの!?」

 

思いっ切り他の人達に混ざっていた当事者の1人に、思わずツッコミを入れる。

 

風莉「……この時のために、一眼レフカメラを持ってきて良かったわ」

悠「いや凄いな!?…………後でそのデータください」

湊「悠さんっ!?」

 

すごい反応速度でツッコミながら胸に飛び込んできた湊さんに、そのまま胸をポカポカと叩かれる。

こういう素であざといことをしてくる所とか、それに自分で気づいてない所が可愛いんだよなぁ。

……やべぇ、我慢できなくなってきた。

 

ひなた「でも、円卓の騎士も相当悪いのだ」

悠「うぐっ……」

 

と、テンションが高まってきたところで、大垣さんから予想通りの指摘を受ける。

まあ、正論だからどうしようもないけど……湊さんが可愛過ぎるのも問題だと思うんだよなぁ。

 

風莉「首筋にくっきりとしたキスマーク付けて、そのまま学校に行かせるなんて……」

悠「ぐふっ……」

ひなた「かなりの数があったのだ……」

悠「そ、それは……」

風莉「あなたが湊のことを好きでいてくれるのは嬉しいけれど、あれはやりすぎだと思うわ……」

悠「ご、ごめんなさい……」

 

お嬢様達2人の予想以上の猛攻に、ふざけることすら出来ずに謝り続ける。

まあ、確かに節度はもった方が良かったよな……。

 

悠「み、湊さん……ごめんね?」

湊「……ゆ、悠さんの……」

 

素直に謝りながら、胸の中でプルプル震える恋人の顔をそっと覗き込む。

あれ、湊さん……?

 

湊「悠さんの馬鹿ぁ〜!!!」

 

胸元で響く叫び声と共に、湊さんの叩く力が更に強くなっていく。

それでもやっぱり小動物が戯れてるようにしか見えないんだけど……いや、そろそろ本気で痛いわ。

 

柚子「──ただいま戻りました〜」

美結「おじゃましま〜す!」

 

──と。

今回も犯人であろう者の声が、突然玄関の方から聞こえてくる。

だからこそ、今度はとっちめてやろうと意気込んで玄関の方に目を向けた……のだが。

しかし──予想外なことが1つ。

 

真白「お、お邪魔します……!」

優依「お兄もいるのかなー?」

 

聞き覚えしかない声が、耳元を通り抜けていく。

え、何で……?

 

悠「ゆ、優依……真白……?」

真白「お兄ちゃん……!」

優依「久しぶり、お兄」

 

重く厚い扉の先には、新聞部の面々と共に最愛の妹達の姿があるのだった。

 

悠「な、なんで2人が……?」

美結「ふっふっふ〜それはあたしが呼んだからだよ!」

 

訳が分からず混乱している脳内に、美結さんの声が反響する。

でも、どうして真白と優依が……?

 

悠「なんで、美結さんがうちの妹達と……?」

美結「それはね〜あたしが2人を──」

優依「お兄に振られて落ち込んでたから、慰めてたんだよ」

美結「ちょっ!?」

真白「同じ気持ちを持った仲間でしたからね、それで仲良くなったんです……!」

美結「真白ちゃん!?」

 

にひひと笑いながら飄々と話す美結さんを遮るようにして、妹達が思いっきり裏切っていく。

でも……そっか。

あの後、美結さんは……。

 

悠「美結さん、その節は……ごめん」

美結「ゆ、悠さんが謝る必要ないというか……その……」

 

2人に裏切られて少しテンパりながらも、美結さんは"はぁ……"とため息をついて──

 

美結「あーもうっ!とりあえずいいの!あたしは2人に立ち直らせてもらったから、今はもう平気なの!」

 

そう言って、いつものように無邪気に笑うのだった。

 

悠「わかったよ。美結さん」

美結「うん!それでいいんだから」

湊「──で、美結さん?」

美結「ひゃいっ!?」

 

美結さんとの間に残っていたわだかまりが消え、互いに1歩進めそうだと思った瞬間。

美結さんの背後から、いつの間にか離れていた"もう1人の当事者"の声が、辺り一面に冷たく響き渡るのだった。

 

美結「ご、ごめんなさいっ!悠さんのことはすごく反省してます!」

湊「それは別にいいですけど……それよりも」

 

話の流れ的にそのまま美結さんは頭を下げたのだが……違う、そうじゃない。

美結さん、湊さんが言いたいのは、きっと──

 

湊「あの新聞……美結さん、ですよね?」

美結「……あ」

 

ようやく怒っている理由が分かり、美結さんは何か思い出したかのようにポンっと手を打つと──

 

美結「……てへっ?」

湊「"てへっ?"じゃないですよ!もうっ!」

 

可愛らしくそう言って、 更に湊さんにキレられるのであった。

 

美結「……まあ、はい。犯人はあたしです」

湊「やっぱり……!」

 

あっさりと自白し、いつものように説教される美結さん。

結局こうなるんだから、そんな大規模なことはしない方がいいのに……。

 

湊「もうっ!悠さんも何か言ってくださいよ!」

悠「へ……?」

湊「悠さんも被害者なわけですから、はっきり言っていいんですよ……?」

 

思わぬタイミングでいきなり話を振られ、大量の冷や汗が額から流れ落ちる。

やばい……そういや"これ"、言ってなかったんだよな……。

 

悠「あー……言いにくいんだけど、さ……」

 

言葉を詰まらせながら、おそるおそる恋人の様子を見る。

……あぁ、これは終わったな。

 

悠「うちの学園……"その新聞"、無かったんだよね」

湊「……え゛?」

 

あまりの驚きに濁りまくった戸惑いの声が、ポンっと湊さんの口から漏れる。

 

湊「な、なんでっ!?」

美結「ん〜、今回に関しては完全にあたし一人でやったからさ。だから、そっちの学校にはないんだよ〜」

湊「そんな……」

 

美結さんの方からその身を翻し、あたかも裏切られたかのような視線をこちらに向ける湊さん。

その目は流石に反則だし、罪悪感がヤバいからやめて欲しいんだけど……。

 

湊「悠さんも、仲間だと思ってたのに……」

悠「う゛っ……」

 

失望と絶望の入り交じった声が、鼓膜の内側に直撃する。

 

悠「そ、それにしても……なんで美結さんはこの新聞作ったんだよ!湊さん可哀想だろ?」

湊「じー……」

悠「か、可哀想だろ……!」

 

この空気に耐えられなくなり、胃がキリキリするのを抑えながら、美結さんに矛先を向ける。

元はと言えば美結さんのせいなんだから、俺は悪くない……!

……というのは、流石に無理があるか。

 

湊「でも、どうしてこんなことしたんですか……?ボクへのあてつけですか……?」

美結「いや、そうじゃないんだけど……。なんというか、これはまぁ……あたしがやりたかっただけで……」

悠「……ん?」

 

美結さんにしては珍しく、口に出すか迷う素振りを見せてそのまま口ごもる。

 

美結「なんというか、さ……振られたから、今度は2人の幸せな姿をみんなに広めてやる!って思ってさ〜」

湊「なんで!?」

 

少し真剣になった雰囲気とは裏腹に、彼女はろくでもないことを言い出した。

だから思わずツッコミを入れてしまったのだが、どうしてその結論に至ったのか……。

 

優依「しかも大スクープだったしね。あの日、湊さん帰ったの"朝"だったし」

真白「朝帰り……羨ましいです……」

 

予想外のところから飛んできた妹達の容赦ない援護射撃で、更に胃がキリキリと痛み始める。

家に入ったところを撮られたなら分かるけど、これは誰にも言ってないし、痕跡は残してないはず……え、なんで……?

 

悠「な、なんで知ってるの……?」

真白「ふふ〜ん!それはですね……」

優依「朝お兄のところに行ったら、湊さんと一緒に家から出てきたからね」

真白「優依ちゃん……!私が言おうとしたのに……うぅ……」

 

……俺、終わったわ。

あまりの猛攻に、頭を抱えながら天井を見上げる。

"どうしてこうなってしまったのか"、その後悔だけが頭の中をグルグルと循環している。

──けれど、湊さんはそんな中でも変わらずに、律儀にお茶を入れている。

……まぁ、腕がプルプル震えてるのは流石に黙っておこう。

 

湊「色々言いたいことはありますけど……それよりも!悠さんです……!悠さんはずるいです!なんでボクだけこうなるんですかっ!

悠「ま、まぁ……湊さん、落ち着いて……ね?」

 

再び俺の方へと矛先が向き、冷や汗が滝の様に流れ落ちる。

やばい。なんかもう色々と……やばい。

 

湊「なんで悠さんはそんなに落ち着いていられるんですか……!というか、そっちにないなら先に言ってくださいよぉ……!」

悠「ご、ごめん……」

湊「もうっ!悠さんは反省してください!……ふんっ!」

 

そう言うと、湊さんは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。

 

悠「(あー……これは、ダメだわ)」

 

ドクンドクンと早鐘を打つ心臓を抑えながら、自分の終わりを察する。

まったくもう、ただでさえ口を尖らせてるだけで可愛すぎるのに。

さらに頬を膨らませて不貞腐れてるから、もはや"可愛い"という言葉で言い表せる次元じゃない。

 

美結「ありゃ〜?そんなこと言ってると、あたしが悠さん取っちゃおうかなぁ〜?」

湊「美結さん……!?」

 

……と、1人恋人の愛おしい姿に悶えていると、突如悪戯な笑みを浮かべた美結さんが獲物に向けるような目を俺に向けてくる。

 

湊「だ、大丈夫ですっ!悠さんは……ぼ、ボクにメロメロ、ですから……!」

悠「……!!!」

 

そのまま拗ね続けるかと思いきや、思いっきり特大級の爆弾を落とされ、思わず声が出なくなる。

まあ実際メロメロだから、間違いではないんだけど……。

というか、湊さんの全部が好きだし、俺は──

 

美結「ふふふ〜!じゃあ、失礼して……」

悠「なっ……!」

湊「……へ?」

 

そんな恋人の反撃を意に介さず、美結さんはじわりじわりと近寄ってくる。

近い……いやマジで近くね!?

 

美結「ほれほれ〜可愛い可愛い美結ちゃんが、誘惑してるんだぞ〜?」

悠「ちょっ、美結さん……!」

 

そう言うと、美結さんは両腕を伸ばしてゆっくりと近づいてくる。

正直、いい匂いするし理性がやばい。……マジでやばい。

このままじゃ抱きつかれるというか、もう体が触れそうだし……。

……と、考えているうちに、湊さんには無い"程よい胸の膨らみ"が当たって──

 

湊「だ、ダメですっ!」

 

叫び声とともに、俺たちの間に華奢な腕が割り込んでくる。

そうして、お茶を入れる手を止めた湊さんが、勢い良く俺の胸へと飛び込んできた。

 

湊「"ボクの"悠さん……取らないで……っ」

悠「ん゛ん゛っ──」

風莉「っっっ!!!!!」

 

あまりの破壊力に悶えかけた途端、真隣から勢い良く机に拳を打ちつける音が聞こえてくる。

その激しい音に驚いて口を噤んでしまったが、よく見たら西園寺さんが同じように悶絶してピクピクと痙攣していた。

 

風莉「あなた……幸せ、ね」

悠「あ、ああ……!今、幸せすぎて死にそうだよ……!」

 

共に散った戦友に手を伸ばし、力強く握手を交わす。

俺の恋人……流石に可愛すぎて、もはやテロだろこれ……。

 

湊「……悠さん?」

悠「いや、湊さ──」

湊「──なんで、風莉さんと話してるんですか……?」

悠「……へ?」

 

脳髄にまで響く冷めきった声が、背筋から全身を凍らせていく。

 

湊「もう、浮気……ですか?」

悠「ちょっ……!?」

 

細く華奢な恋人の手が首の後ろに回され、妖しく光る艶やかな瞳が触れてしまいそうな距離まで近づいてくる。

 

湊「悠さんが、ボクをこんな風にしたんですよ……?」

悠「湊、さん……?」

湊「責任、取って下さいね……?」

悠「せ、責任って───んっ!?」

 

そのあまりの魅惑的な姿に、思わず周りの視線すらも忘れて見蕩れてしまう。

そうして気がつくと、グイッと顔を引き寄せられ、一瞬のうちに唇を奪われてしまっていたのだった。

 

湊「ボク"だけ"を、見てください……ね?」

悠「は、はい……っ!」

 

独占欲の強いヤンデレのようなセリフを告げられ、続け様にキスを迫られる。

周囲の視線が痛いくらいに突き刺さるのだが……これはもう、後で湊さんと一緒に謝ろう。

……でも、正直今はそれどころじゃない。

先程のキスの瞬間、"引き寄せるだけでは身長差が埋められず、背伸びしてキスをしていた"という事実に気づいてしまい、感情が限界突破しそうなのだ。

 

湊「ふふふ……じゃあ許します……!」

 

そんな俺の葛藤も露知らず、すりすりと俺の胸に顔をうずめる恋人(真)。

一見、これだけ見れば小動物に見えるけど、実はとんでもない小悪魔を生み出してしまったのかもしれない。

 

湊「悠さ〜ん……えへへ〜」

 

そう思うと、なんだか気が重くなりそうなのだが……。

それよりも、今は昂り続けるこの興奮を抑える方が大変なのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
いつものドタバタな日々と思いきや、まさかのバカップルぶりを発揮する二人でしたね笑
今回に関しては美結ちゃんに同情しかない私ですが、皆さんはどうでしたか?
ちなみに、この物語には先に未来編ということでR18もありますが、まあこの感じであれに至るというわけです笑
もうキャラ崩壊とかいうレベルじゃないですが、そこは許してください笑
ということで、次はエピローグの続きです!
果たしてあと1話で終わるのか?それとも2話になってしまうのか?
それとも「エピローグ2」というとんでもない形になってしまうのか?
今はどうなるか自分にもわかりませんが、また次回も楽しみにしていてください!
頑張ります!

追記
久々のタイトルですけど、まあ何とは言いませんが、湊くんの話でこれってことはつまり親かt(ry
……歩サラさんのオトメドメイン実況が尊すぎて死ぬので是非皆さん聞いてみてください!
処女ラジとは違いますけど、あれも神ですよ……?笑


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エピローグ~エロゲ―みたいな寮に住んでる男の娘はどうすりゃいいですか?~(中)

おひさしぶりです!
本編も終わり、遂にエピローグという状態でまさかの停滞になってしまいましたが、とりあえず続きです!!!
本当はここで終わりにする予定だったんですけど、思った以上にまだまだ書きたいことがあり過ぎて、色々精査するのが大変なことになっていました笑
2人のイチャイチャを書くと宣言していざ書いてみたら、思った以上に止まらなくなりそうです……。
まあとにかく、今回も最後まで読んでいただければと思います。
……と。その前に、これだけは注意してください。
湊くんのキャラ崩壊が、ガチでえぐいです。


 

 

 

風莉「──それで……湊は、大丈夫なのかしら……?」

 

ヤンデレに愛されまくる思いをしてから数分後。

胸の中で頬を擦り寄せてくる恋人の頭を撫でながら、西園寺さんの問いに答える。

 

悠「だ、大丈夫だけど……。なんというか……付き合う前と後で、全然違うんだよね……」

柚子「……確かに、別人みたいですね?」

悠「そ、そろそろ色々と心臓に悪いから、さ……?てか、みんなの目もあるし……ね?」

湊「でも、2人きりの時はあんなに──」

悠「お願いします……やめてください……!!!」

 

まさかの暴露に思わず早口で頼み込みながら、思い切り頭を下げる。

いやいやいや……これもうキャラ変とかいう次元じゃねぇだろ……。

 

優依「でも、確かに前にあった時より凄い、というか……」

真白「欲望に正直……ですね……」

 

軽く引き気味の妹たちの言葉を受けつつも、湊さんは"よく分からない"というような表情を浮かべながら、俺の胸に頬を擦り寄せる。

 

湊「……?そうですか?」

ひなた「そうなのだ!以前のお姉様はもっと違ったのだ!え、円卓の騎士に洗脳されてしまったのだ!」

湊「でも、悠さんは"ボクのもの"ですよ?」

一同「「「────」」」

 

思わぬカウンターに全員が息を飲む中、湊さんは何食わぬ顔で俺の背に回した手に力を込める。

これが、色々と吹っ切れた湊さんの実力……なのか……。

 

湊「"ベッドの上"でそう言ってくれましたから……ね?」

悠「……………………」

 

顔を赤らめてモジモジと呟く恋人とは対照的に、冷や汗ダラダラで皆から視線を逸らす。

これ、もう……ダメだわ。

 

柚子「だ、大胆……ですね?」

湊「そうですか?事実を言っただけですけど……」

 

そう言いながら、湊さんはハッと何かに気づいたようにポンっと相槌を打つ。

 

湊「あ、でも──」

 

そして、リボンを解いてボタンを外し、その透き通った美しい首筋を見せると──

 

湊「ボクも、"悠さんのもの"ですから……!」

風莉「────」

悠「ん゛ん゛ん゛っ!?」

 

そう言って、またもや2名ほど尊死させるのであった。

 

美結「ど、どうしちゃったの飛鳥さん!?流石にここまで来ると心配だよ!?」

湊「ふふふ……もうネタにされるなら、いっそのこと自慢しちゃおうかなって思いまして……」

 

心配そうな美結さんからの質問に、乾いた笑いを浮かべつつも話し始める湊さん。

その顔は、明らかな疲れの色を含むものであったが、同時にどこか色々と吹っ切れたような清々しささえも感じられたのだった。

 

優依「お兄の恋人……強すぎない……?」

真白「は、鋼のメンタルですね……」

美結「ぐぬぬ……」

 

そんな湊さんの謎の適応力に感心する妹達を他所に、美結さんは悔しそうに湊さんをじっと見つめる。

 

美結「このままじゃ飛鳥さんからかっても、虚しいだけじゃん!」

湊「いや、そもそもからかわないでくださいよぉ!」

 

至極当然な返しに皆納得しながら、視線を美結さんの方へと向ける。

 

柚子「ほら、美結さん。もう諦めて──」

美結「こうなったら……!」

 

もう勘弁して欲しいという儚い願いを抱きながら、貴船さんの言葉に耳を傾けていた……のだが。

……なにか、嫌な予感がする。

 

美結「もっとやばいやつだしてやる……!」

風莉「もっと……?」

悠「やばいやつ……って?」

 

"やばい"という言葉がどの程度を指しているかは分からないが、美結さんのことだから相当危険なものなのだろう。

……いや、まずくねこれ?

 

湊「ちょっ、美結さん!?」

柚子「なんか、気になりますね〜」

ひなた「我も、お姉様と円卓の騎士の事聞きたいのだ!」

 

俺と同じようにテンパり始める湊さんを他所に、お嬢様達は興味津々といった感じで美結さんの周りに集まり始める。

西園寺さんなんて"早く聞きたいわ"と言って催促してるもんだから、これはもうどうしようもないだろう。

……やばい、泣けてきた。

 

優依「お兄……頑張れ」

真白「2人とも……どんまいです」

悠「そんな……」

 

本来味方側にいることの多い妹達にも裏切られ……遂にその時が訪れる。

 

美結「じゃあ……いくよ」

 

そう言うと彼女は躊躇なくカメラを取りだし、周りの人達がその小さな画面を食い入るように集まって見始めたのを確認してから、勢い良く再生ボタンを押した───

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

『もう……っ、撫でて……ください』

湊「に゛ゃぁぁぁぁぁぁ」

 

開始早々爆弾を投下され、羞恥で叫び始める湊さん。

そんな姿も可愛いのだが……この流れだと、俺もそんなこと言ってられない気が……。

 

『ふぁ〜……なんか、落ち着きますね』

『そうか?じゃあこっちも……』

『にゃぁ〜……』

風莉「ん゛ん゛っ!」

 

あまりの湊さんの可愛さに、当然のように悶える西園寺さん。

……でもごめん。

俺もいつもならそうしたいんだけど……"この先"を思い出しちまったんだ……。

 

『可愛すぎないか……?』

『か、可愛くなんかないですっ!』

『──ッッッ!!!』

 

小さな画面の中でいつものように悶絶する俺。

……やばいやばいやばいやばいやばい。

 

『……悠、さん?』

『……湊さんが、悪いんだからな』

悠「待って……待って、マジで待って。お願いしますマジで待って──」

 

そんな俺の言葉も、彼女の元へは届かずに。

無慈悲にも、その先の映像を流されてしまうのだった。

 

『んっ……ふぅ……んぁ……っ』

『へ、変態ですよ……?』

柚子「湊さん……」

『……変態で結構。てか、そんな変態を好きになった"変態"は誰かなぁ……?』

『んっ……い、いじわるしないでぇ……』

優依「お兄……キモすぎない?」

真白「お兄ちゃん……うぅ……ずるい……」

 

グサグサと突き刺さる妹達の言葉を耐え……られるわけねぇだろこんなの!?

キャパを軽々と超えたあまりの衝撃に、思わず膝から崩れ落ちる。

同様に、大ダメージを負って崩れ落ちる俺の隣で、より大きな被害を受けた俺の恋人は……虚ろな目をして力無くへたり込んでいた。

 

『我慢……しなくていいからな?』

『ゆ、悠さ……んんっ、んぁっ……』

ひなた「ふ、2人とも……マズイのだ」

 

それでも垂れ流されていく映像に、もう何も言う気力が無くなってくる。

大垣さん……色々と、ごめんね。

 

『そろそろ苦しいから、現場からは以上です……』

 

──と、ようやく映像が終わり、俺たちの元へと遂に平穏が訪れる。

けれども、その平穏を手にする代償として……俺は、大変なものを差し出してしまったのかもしれない……。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

湊「うぅ……もう、ボク……」

悠「湊さん……俺も、無理だわ」

 

一段落ついた後、俺達は2人で支え合いながら慰め合う。

けれども、それでも周りから向けられた視線は、非常になんとも言えないものであった。

 

柚子「す、凄いものを隠し持っていたんですね」

美結「まあね〜」

 

悪びれることもなく答える美結さんに対して湊さんと2人で抗議するも、謎のドヤ顔で返されていく。

……く、悔しい……っ!

 

風莉「……後で、売ってくれるかしら?」

ひなた「風莉センパイ、それはお姉様のためにやめた方がいいと思うのだ……」

 

多少は気持ちがわからなくもないけど悪魔のような質問をする西園寺さんに対して、良心を持って止めてくれる大垣さん。

ありがとう……また厨二ごっこから付き合うから……!!!

 

真白「で、でも!お兄ちゃん達これでもう大丈夫ですよ!」

優依「そ、そうだよ!これを乗り越えたらもう安心だよ!」

悠「優依、真白……!」

美結「あー……非常に言い難いんだけど、さ」

 

続けて心配そうに声をかけてくれる愛すべき妹達に泣きそうになりながら、2人の頭を全力で撫で回す。

けれども、そんな俺たちを嘲笑うかのように、悪魔美結さんは何か呟いて──

 

美結「実は……これだけじゃないよ?」

悠&湊「「まだあるんですか!?」」

美結「うん……全部で、3つあるから」

湊「く、狂ってる……!」

 

嘘だろ……と思う俺達を他所に、またもやお嬢様達はうずうずと興味を示し始める。

……まじで?

 

風莉「……早く見せて欲しいわ」

悠「西園寺さん!?」

美結「了解〜!」

湊「美結さん!?」

 

もう勘弁して欲しいという俺達の願いも虚しく、再び彼女の手が新たな再生ボタンへと伸ばされる。

そうして──

 

美結「くらえ〜!」

 

そう言って、もはや悪役のような笑みを浮かべる美結さんによって、また新たな地獄の扉が開かれてしまうのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

『……悠さん、さっきお店にいた女の人見てましたよね?』

『……え?あー……どうだったかなぁ……』

 

愛しい恋人のジト目に頬を緩ませた俺の姿が映し出され、初手から胃が痛くなってくる。

後ろの景色から見て、水梅モールだろうけど……なんか、この日もやばかったような……。

 

『胸の大きい女性でしたけど、悠さん鼻を伸ばしてましたよね……?』

『……ご、ごめんなさい』

優依「お兄、サイテー」

ひなた「見損なったのだ……」

悠「ぐふっ……!?」

 

普通に恋人としてやらかしている所を指摘され、胃がキリキリと痛んでいく。

 

『もうっ!知りませんから……っ!』

『ご、ごめんよ湊さん……!つ、つい目が……』

『ふーん』

『湊さんのジト目可愛すぎだろ───ごめんなさい調子乗りました」』

風莉「分かるわ……湊のジト目は可愛いもの」

悠「そうなんだよ!マジで可愛すぎて──」

湊「いい加減にしてくださいっ!」

 

やはり激しく同意してくれた西園寺さんと握手を交わしながら、湊さんに頭を思い切り叩かれる。

こ、これもご褒b……いや、これ以上はやめよう。ガチで戻れなくなる。

 

『……じゃあ、好きだって証拠見せてください』

『し、証拠……?』

『……じゃないと、許しませんから……!』

湊「い゛に゛ゃぁぁぁぁぁ!?」

柚子「これは……大胆、ですね?」

真白「あ、あざと過ぎる……羨ましいなぁ……」

 

上目遣いで俺を覗き込む湊さんの姿を見て、女性陣から黄色い声が聞こえてくる。

そうして顔を真っ赤にして叫び始める湊さんを……なぜか、真白がどこか羨ましそうに見つめていた。

 

『……もうっ!知りませんからっ』

 

そう言って歩き出してしまった湊さんを追いかけ───後ろからそっとその体を抱き寄せる。

そうして肩から覆い被さるように恋人を抱き寄せた"彼"は、どこか少しキザに笑って───

 

『ふぇ……っ!?!?!?』

『これが、"証拠"……だから』

 

そう言うと"男"の方へと首だけ振り向いた湊さんに、すかさず深い口付けをするのであった。

 

『もう……っ、ずるい、です……んっ……ぅ』

悠&湊「「…………」」

 

半径3メートル以内に、気まずい空気が流れる。

 

『砂糖水吐き出しそうなので、ここで退散します……』

 

そうして苦しそうな顔で取材を終えた彼女の顔が映ると、その映像はピタリと動きを止めるのであった。

 

柚子「これは……す、凄い、ですね」

ひなた「お姉様も円卓の騎士も、大胆……なのだ」

湊「や、やめてぇ……!」

 

友人達のオブラートに包んだ感想に、思わず恥ずかしそうに声を漏らす湊さん。

まじでさ、これは……あかんでしょ……。

 

美結「じゃあこのまま3つ目も……」

悠&湊「「鬼か!?」」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

そうしてまたもや映像が始まると、下校中の風景が流し出された。

校門前で一人俺が待ち人を待ってるのを、周りの学生達がヒソヒソ話しながら避けていく。

そんな、いつも通りの日常の1シーンなのだが……。

……確か、この日って……。

 

『お疲れ様、湊さん』

『……悠さんこそ、お疲れ様です』

 

合流して歩き出そうとする俺の服を、恋人は後ろからクイっと引っ張る。

 

『……湊さん?』

 

そうして彼の動きを止めると、その恋人は少し恥ずかしそうに口を開いて───

 

『……ご褒美、ください』

『"ご褒美"……って──』

 

そうして戸惑う彼に何も言わず、恋人はそのまま背中に顔を寄せる。

 

『み、湊さん……っ!?』

『……悠さんに会えなくて、寂しかったんです』

柚子「まぁ……!」

風莉「湊……可愛すぎるわ……」

湊「も、もう……やめてぇ……」

 

もはや叫ぶことすら出来ずに、縋るように祈りを捧げる湊さん。

けれど、周りはそんなこと気にせず、ひたすらそんな恥ずかしい姿をまじまじと見つめるのであった。

 

『……もう、我慢しねぇからな?』

『……ふぇ?きゃぁっ!?』

 

あまりの嬉しさに"その男"は"愛しの恋人"を抱き上げ──通称"お姫様抱っこ"をして──そっとその顔を近づけ……。

 

『……んっ……"今日は帰れない"って、皆に伝えといてくれ』

『〜〜〜っっっ!!!』

 

いつものようにキスをして、頬を赤く染めながらそう言うのであった。

 

『た、たくさん……たくさん愛して、ください……っ』

『──っっ!!!ほんとにもう……っ!なんなんだよちくしょう!』

ひなた「お姉様、反撃してるのだ……」

風莉「一撃一撃が重すぎるわ……」

 

思わぬ湊さんからの反撃に、お嬢様達が騒然とする。

確かに、これは俺も予想外だったからなぁ……たまに湊さんえげつないことするよなぁ……。

 

『今夜は……覚悟しとけよ?』

『……!……はいっ……えへへ』

風莉「──ッッッ!?!?」

 

2人して顔を真っ赤に染めながら、家への道を走り出す。

こうして見ると、よくあの日お姫様抱っこしながら走れたなぁと思うけど……やっぱり、愛の力というのは予想以上に恐ろしいものらしい。

というか、これもう西園寺さん死んじゃうんじゃ……って、鼻血が!?

 

『悠さん足速いし、そもそももう追いかけたくないんで……現場からは以上です』

悠「西園寺さん血溜まりできてるよ!?」

風莉「大丈夫よ、まだ致命傷だわ……」

優依「それってダメなんじゃないんですか!?」

 

珍しく優依がツッコミを入れたところで、長かった映像がようやく終わる。

拷問のような時間だったけど……まあ、もう、いいや……。

 

ひなた「す、凄まじいのだ……」

真白「お兄ちゃんがぁ……幸せそうでぇ……うぅ……」

優依「……真白、大丈夫?」

 

最早画面から後退りする大垣さんの隣で、最愛の妹は何故か泣き出してしまった。

 

真白「お、お兄ちゃんは……どんな姿になっても、お兄ちゃん……ですから……うぅ……」

悠「……ごめんなさい」

 

まさか、ここまで俺のことを心配してくれていたのか……。

"お兄ちゃんと結婚する"と言ってくれた最愛の妹は、今もこうして俺の事を──

 

優依「お兄、多分想像してるのと違うと思うよ?確実に真白ちゃん現実逃避しようとしてるからね?お兄への想い、揺らいでるからね?」

 

呆れ気味に告げられた驚愕の事実に、心が軽く……というかガチで折れかける。

色々と……終わったな……。

 

悠「湊さん……俺、無理だわ」

湊「あはは……奇遇ですね、ボクもです」

 

隣で同じように魂の抜けた恋人と、乾ききった声で笑い合う。

なんで、こんなことに……。

 

美結「……じゃあこれから、第1回"このバカップル流石にやりすぎなのでは?会議"を始めたいと思います!」

悠&湊「「始めません!!!」」

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
あの後の美結ちゃんの話とバカップルの動向についての話でしたが、まあ、はい。
キャラ崩壊は勘弁してください……!!!
まさかここまで湊君がぶっ壊れるとは思ってなくて……すみません!
この愛らしくなりすぎてしまった湊くんですが、皆さんが受け入れてくれることを願っています……!

皆さんいつも見てくださっていただいて、誠にありがとうございます!
気づいたらUAが52000突破していて自分ですごく驚いているのですが、本当にありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しいです!!!
一応次で終わらせる予定なのですが、本当に終わるのか、そしていつ出せるのか?
もはや自分ですらわからない現状ですが、気長に待っていただければ幸いです。
それではまた次の話も読んでいただければ幸いです~!


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エピローグ~エロゲ―みたいな寮に住んでる男の娘はどうすりゃいいですか?~(後)

皆さんお久しぶりです!
というか、前回の投稿からかなりの時間が経ってしまってすみませんでした!
というわけで、『湊君を攻略したい!』ついに最終回です!
仕事の都合で色々あってなかなか進まなかったのですが、この度無事に完成させることができました。
最終回っぽい流れを一度やってからのエピローグなので、半分ぐらい消化試合感はありますが、今回本当に終わるんだなあという感じになっています。
正直自分が一番名残惜しい感じになっていますが、皆さんにもその気持ちが伝わればと思います。
最終回特有のまとめ感がありますが、湊くんと悠君の関係を見ていただければと思います。

前書きなのに長くなってしまいましたので、このあたりで締めさせていただきます。
後はあとがきに色々書くので、気になったら見てみてください!
では2人の行き着いた幸福な日常を。
どうぞ、お楽しみください~


 

 

 

リビングの方から、お嬢様達と彼の妹さん達の笑い声が絶えず飛び交うのが聞こえてくる。

本人達もいないのに、ボク達についての謎の会議で盛り上がってるようだけど……一体何が楽しいのか。

 

湊「なんでこうなるかなぁ……」

 

はぁと溜息をつき、隣に座る恋人へと視線を向ける。

ボク達2人だけが置いてけぼり状態だけど……まあ、いいか。

 

悠「……ごめんな、俺が色々とやっちゃったせいで」

湊「何を言ってるんですか!それを言ったら、ボクも相当やらかしてましたよ……?」

 

先程の映像を思い出しながら、悠さんと共にひたすら反省する。

ボクだって、恥ずかしいことばかりしてたんだ。

だから……これは、悠さんが謝ることではないんですよ。

 

湊「でも、これに限らず……色々、ありましたね」

悠「……ああ、かなり濃い思い出ばかりだよな」

 

1つ1つが印象深い、思い出の数々。

その全てを、ただの1度も忘れたことなんてない。

 

湊「悠さん、覚えてます?」

悠「ん?」

湊「最初にボクが、ナンパに絡まれた時のこと」

悠「……めちゃくちゃ鮮明に覚えてるわ」

 

彼のその言葉を嬉しく思いながら、今も脳裏に浮かぶあの景色をボクはそっと語り始めた。

 

湊「あの時、悠さんが助けてくれて……そのまま、告白されましたね」

悠「あの時は……うん。はい。反省してます……」

湊「すごくびっくりしたんですから、反省してくださいよ……?」

 

当時は驚きすぎて困惑した出来事を、今となってはこうして笑って話せるのだから。

人生、何が起こるかわからないんですね。

 

湊「でもその時のことが、新聞になっちゃって」

悠「彼氏扱いになって困ってたら……"偽物"の彼氏になったね」

湊「……思い返すと、凄いですね……」

 

盗撮されてからの、各学校にばら撒かれてからの、風莉さんの"迷"案──もういっそ付き合ってしまおう作戦。

なんというか……当事者だけど、情報量多いな……。

 

湊「でも、ここからボク達の関係は進んでいったわけですからね」

悠「いやでも、まさかこうなるとは思わなかったよな……」

 

確かに、悠さんの言う通り、あの"偽物"の恋人同士になった頃からすると、今のこの関係は考えられない。

ボク達の関係は、それほど深くなったんだなぁ……。

 

悠「……でも、忘れられないのはこの後だよ」

湊「この後って……」

悠「湊さんとデートするはずが、まさかの女子寮に連れてかれたという」

湊「あー……その節はすみませんでしたっ!」

 

みんなが悠さんのこと気になりすぎて、美結さんが連れてきてしまったというあの事件。

大体ボクが週末にデートするなんて言わなければ、そうはならなかったんだけど……まさか本当に連れてくることになるなんて……。

 

悠「まあ、鈴女の紹介動画で可愛い湊さんをたくさん見れたから良しとするけど」

湊「〜〜〜!!!そうでしたね!忘れてましたぁぁぁぁぁ!!!」

 

いつか学園で撮った鈴女の紹介動画を、まさか悠さんに見られるなんて思ってもみなかったから、それを聞いた時はかなり恥ずかしかったんだよなぁ……。

……というか、あの時"悠さんに口説かれた"って後に美結さんから聞いたけど……。

……浮気防止のために、後で問い詰めてみようかな。

 

悠「てか、あの日逃げようとしたらお嬢様達に捕まったね……」

湊「……確かに」

 

悠さんの手を引いて、咄嗟に逃げ出したあの日。

でも、満更でもない顔でひなたさん達に捕まってたけど……いや、今の悠さんなら大丈夫……なはず。……だよね?

 

悠「からの質問攻めからのお嬢様達の本性見せつけられて、とんでもない1日だったよ……」

湊「そ、それは……いやもうほんと、はい。お嬢様達がすみませんでした……」

 

いきなり連れてこられて、捕まって、そのうえ東方将軍されたのだから、相当大変だったのだろう。

ボクもお嬢様たちの残念な姿を見た時大変だったから、きっと同じような状態だったはずだ。

 

湊「で、でも!リベンジデートできたじゃないですか!」

悠「……サメ映画」

湊「あ」

 

……と、どうにかいい方向へ持っていこうとした瞬間の──地雷。

いや、まあ……ギャグとしては面白かったんですけどね……?

 

湊「で、でも悠さんがエスコートしてくれて……」

悠「場所水梅モールだよ?」

湊「……すみませんでした」

 

結局何もフォローできず、素直に頭を下げる。

そういえばあの時の悠さん、相当落ち込んでたなぁ……。

 

悠「まあでも、湊さんに撫でられたからあの日は幸せでした」

湊「あれ?あの日そんなことしましたっけ……?」

悠「ひ、酷くない……?」

湊「ご、ごめんなさい悠さん……!」

悠「電気屋だよ……思い出して……?」

湊「……あー……今になって恥ずかしくなってきました」

 

悠さんに言われてからその"忘れようとしていた"記憶を思い出し、急激に顔が熱くなってくる。

というか、あの時点で"俺の彼女は世界一可愛い"とか言ってたの凄すぎるでしょ……。

 

悠「まあでも俺も、あの日帰った後のLINGで死ぬほど恥ずかしかったから……ね?」

湊「にゃぁぁぁぁぁっ!?!?」

悠「湊さん!?」

湊「オ、オボエテナイヨ」

悠「いや、覚えてるじゃねぇか」

 

悠さんにツッコまれながら、ブンブンと頭を振ってあの日の記憶を消そうとする。

正直LINGの内容よりも、その後に風莉さんに見られた方がやばかったんだよなぁ……。

 

悠「でも、そのちょっと後くらいだよ?」

湊「ん?何がですか……?」

悠「誕生日」

湊「────」

 

"誕生日"という言葉を聞いて、色々な思いが駆け巡る。

確かに家出とか色々あったけど……今思えば、かなり恥ずかしいな……!

 

湊「わ、忘れてください……!あれは……色々やりすぎちゃいましたし……」

悠「絶対忘れない。だってあれ以降、湊さんと更に仲良くなったんだから」

湊「それは……そう、ですが……」

 

悠さんからの正論を聞いて、思わず何も言い返せなくなる。

悠さんの言う通り、あの日を境にボク達の距離は縮まったわけですから、ある意味大切な思い出でもあるんですけど……!そうなんですけど……!

 

悠「……まあ、でも思い返すと凄かったなぁ……。最初はお嬢様達に呼ばれて、湊さんの誕生日を"先に祝え"って言われただけなのに」

湊「……え?そう……なんですか?」

悠「うん。本当は誕生日パーティーで一気に祝うつもりだったらしいけど、"湊さんの彼氏"ってことで気をつかってくれてさ」

湊「そう……だったんですね」

悠「ちなみに、あの"デートのことを根掘り葉掘り聞かれた日"な」

湊「それは言わなくていいです!……もうっ!」

 

頬を少し膨らませ、彼に向かって抗議する。

というか、なんでボク達はあんなに恥ずかしいことをさせられてたんだろう……。

 

悠「……で、家出してうちに来たと」

湊「そ、そうなんですけど……あー……」

悠「今から会いたい的なこと言われて、OKしたらキャリーバッグで来るんだもん。流石にビビったわ!」

湊「そ、その節は……ご迷惑をおかけしました……」

 

次々と浮かんでくる当時の光景を思い出しながら、赤くなった顔を伏せるようにと頭を下げる。

こ、このまま上目遣いをすれば、流石にこれ以上掘り返されなくて済むはず……!

 

悠「からの、プレゼント渡したら号泣されちゃってさ」

湊「あー!あー!聞こえない聞こえない!」

悠「俺だって色々恥ずかしかったんだからな!?」

 

両手で耳を塞ぎ、声を出して彼の声を遮断する。

思い出すだけで、思わず顔が火傷しそうになる……けど。

 

湊「……で、でも……凄く、嬉しかったです」

悠「……ありがとう」

 

それほどまでに……あなたに、愛されてるってわかったから。

ボクは……本当に嬉しかったんですよ。

 

湊「……あ!そう言えばあの時"ずっと一緒にいる"って言ってくれたのに、意味を聞いたらはぐらかしましたよね!?」

悠「いや、なんで覚えてるんだよ!?」

 

と、話をしているうちに大事なことを思い出し、顔を上げて彼の眼前へと迫る。

 

湊「あれって……結局どういう意味だったんですか?"解釈は任せる"的な感じでしたけど」

悠「あー……うん。あれは、さ……」

 

そう言うと、彼は静かに息を飲み、ゆっくりと口を開いた。

 

悠「言葉通りではあるんだけど、さ……まあ、"プロポーズ"……も、あります」

湊「…………!!!」

悠「……勘弁して下さい……」

 

もはや死にかけのような掠れ声を漏らし、彼は顔を徐々に赤らめていく。

 

湊「えへへ……ありがとうございますっ!」

悠「ちょっ、このタイミングで抱き着くのは反則だろ!?」

湊「悠さ〜ん……!」

悠「……っ!?」

 

あまりの嬉しさに彼の胸へ飛び込むと、彼は恥ずかしそうに頬をかいて顔を逸らしてしまった。

しかし、それでも抱き締め返してくれるんだから……だから、好きになっちゃうんですよ。

 

湊「そう言えば、あの日ですよ?悠さんがプレゼントしてくれたの」

悠「忘れもしないよ。……選ぶ時の店員さんのニヤつきも含めて」

湊「そ、そうだったんですか……。でも、ボクのために選んでくれたんですもんね……ありがとうございます、悠さん!」

 

髪飾りとネックレスにそっと触れながら、お礼の言葉を告げる。

ボクのためにここまでしてくれる人は、家族以外初めてだったから……凄く、嬉しかったんですよね。

 

湊「その後の悠さんからのプロポーズみたいなものも含めて、ボクはあの日を凄く覚えてますね」

悠「あれは……あー……あれもプロポーズ、だな。うん」

湊「"一緒に住もう"って言ってくれましたもんね?」

悠「……間違いじゃないのがやばいな、これ……あの時の俺やべぇな……」

 

当時の自分の発言を思い出し、顔を朱に染めて目を泳がせる悠さん。

確かに、出会って1ヶ月くらいでそんなこと言われると思ってなかったから、ボクとしてもかなり驚いたし恥ずかしかったのを覚えている。

 

湊「でも、その説得のおかげで、ボクは家出しないで済んだんですから」

悠「ほんと、すれ違ったままにならなくて良かったよ」

湊「本当に、ありがとうございました……!」

 

不意に彼の頬にキスをして、思わずイタズラな笑みがこぼれる。

 

悠「……ちょっ」

湊「ボクからの気持ち、です……っ!」

悠「はぁぁぁ〜〜〜!可愛すぎるだろもう……!マジで今日も寝かさないよ???」

湊「……えへへ」

悠「ん゛ん゛ん゛っ!!!」

 

"寝かさない"という言葉に心臓がドキドキするのを感じながら、必死に平静を保とうと深呼吸をする。

まあ、その最中に悠さんから変な声が漏れていたけど……これなら、不意打ち成功ですかね?

 

湊「……あ!そう言えば!今度見せて欲しいんですけど……」

悠「……ん?何を?」

湊「妹さん達に会った時に言ってた、お、男の娘モノの……ほ、本……です」

悠「───」

 

以前からずっと気になっていた"本"のことを口にした瞬間、彼の顔がみるみるうちに青ざめていく。

 

悠「……忘れてくれ」

湊「なんでですか?」

悠「それだけは……本当に、やめて?ね?ね?」

湊「……分かりました」

 

あまりに真剣な顔で、ひたすら懇願する悠さん。

彼がここまで言うのなら……流石に仕方ない。

 

湊「じゃあ、妹さん達に借りますね」

悠「やめてぇ!?」

 

最早泣きそうな顔で謝ってくる悠さんに、少しの優越感を感じる。

いつもやられっぱなしだったから……たまには、こういうのもいいかもですね。

 

湊「じゃあ、冗談はここまでにして」

悠「悪い冗談はもう止してくれよ……」

湊「……あれから少し経ってから起きたこと、覚えてます?」

悠「少し経ってから……?」

湊「美結さん、不良、帰り道、音信不通──」

悠「ごめんね、湊さん。ずっと黙ってて」

 

キーワードを羅列した瞬間、彼は直ぐに察してそのまま頭を下げた。

別に、謝って欲しい訳じゃないんですけど……。

 

湊「最初から"あの日ナンパしてた人達に絡まれた"って、言ってくれれば良かったのに……」

悠「……ほんとに、その通りなんだけどね」

湊「ボクのためを思うなら、"信じて欲しかったなぁ"」

悠「ぐふっ!?」

 

冗談交じりに、悠さんの急所に重い一撃を入れる。

……少し、やりすぎちゃったかな。

 

悠「で、でも……!」

湊「……わかってますよ、悠さん」

 

彼の頭を胸元へと抱き寄せ、そっと耳元で囁く。

 

湊「ボクのため、なんですもんね」

悠「あ、ああ……」

 

すると彼はぐったりとその重心をボクの方へと傾け、俯いたままボクの胸に顔を埋めた。

……こうしてみると、あの悠さんですら幼い子供のように感じる。

 

湊「(悠さん……可愛いです)」

 

段々謎の母性みたいなものを刺激され、心が大変なことになる……けど。

 

湊「まあでも──」

悠「……?」

湊「美結さんとの件は、許しませんけどね?」

悠「───ッ!」

 

と、不意に鋭い一撃を入れられ、冷や汗ダラダラで目を逸らす悠さん。

今までボクも悠さんもその話を避けてたから、まさかこのタイミングで来るとは思わなかったのだろう。

 

悠「ジト目湊さん……可愛い……!」

湊「怒ってますからねっ!」

悠「はいっ!ごめんなさい!」

 

こういう話の時までこんなこと言ってくるんだから……まったくもう。

……まあ、嬉しい……ですけど。

 

悠「で、でも……湊さんも隠し事してたわけだし……」

湊「むぐっ……」

 

と、油断した途端。

思わぬカウンターが急所に飛んできた。

 

湊「ま、まぁ……それは……申し訳ない、と言いますか……」

悠「あの時の俺の頭の中やばかったからね?思考バグってたからね?」

湊「ぐむむ……」

 

た、確かに、"好きな人"であり"偽の恋人を演じてた人"の性別が実は違った、なんてこと普通じゃ理解できないだろう。

というか、理解したくても思考が追いつかないだろう。

これは……流石にちょっとまずいですね……。

 

悠「まあでも、最初から俺は湊さんにメロメロだったわけだし……答えは決まってたようなもんだよ」

湊「……でも、返事まで結構長かったですけどね……?」

悠「それは……って、湊さんも逃げたじゃん!」

湊「そ、それは……そう……ですけど……!」

 

互いに急所に向かってジャブを撃ち合い、ダメージを受け合う。

なんかこれ……だんだん恥ずかしくなってきた……。

 

湊「むぅ……あんなに"情熱的な告白"……してくれたのに」

悠「それはズルだろ!?湊さんだって、あの日以降凄く"求めて"来るくせに」

湊「ち、ちがっ、それはキスの話ですから!語弊しかないじゃないですかーっ!」

 

互いにクリティカルヒットが出てしまい、思わず恥ずかしさを通り越して笑いが込み上げてくる。

 

悠「……でも、想像出来るか?」

湊「……ん?何がですか?」

悠「俺たちが出会ったあの日──まさかこういう関係になるなんて」

湊「まあ……無理、ですね。昔は確実に考えられなかったのになぁ……」

 

遠い目をして彼方を眺める彼の問いに、ボクは迷わずそう答える。

 

悠「普通に振られたけど、やっぱり"男同士は……"って感じだったの?」

湊「そうですね……そこが一番大きかったですね」

 

正直今もそうだけど、ボクは男なのだから……"男を好きになる"なんてありえない。

だから、あの時は悠さんからの告白を断ったのだ。

だけど──"悠さんだから"、好きになってしまったのだ。

 

悠「後悔、してるか……?」

湊「……悠さんは、どうなんですか?」

 

今更過ぎる問いに答えず、そのまま彼へ聞き返す。

 

悠「いやいやいや、俺は一目惚れで告白した側なんだし、後悔なんてしてないって!」

湊「ふふっ……じゃあ、"一緒"ですね」

 

予想通りの答えに思わず顔をほころばせると、用意していた答えを述べる。

顔を背けて恥ずかしそうにする悠さんが可愛くて、正直その顔をじっくりと見たいけど……今はこうさせただけ満足しよう。

ふふふ……いつも恥ずかしい思いをさせられてばかりだし、こういう時こそ反撃を──

 

湊「──んむっ!?」

 

唇に柔らかいものが当たり、思わず呼吸が止まる。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。

けれど、全てを理解する頃には……塞がれたボクの唇は、既に解放されていたのだった。

 

湊「な、何するんですか……!」

悠「いやぁ……仕返し、かな?」

湊「………〜〜〜ッッ!」

 

恥ずかしさで身体を震わせながら、彼の胸を両手でポカポカと殴る。

お嬢様達もいるのに、こんなの誰かが見てたらどうするんですか!

 

ひなた「──お姉様ー!どこなのだー?」

柚子「八坂さんも、どこにいらっしゃるんですかー?」

湊「っ!?」

 

突然ボクたちを呼ぶ声が聞こえ、思わず体がビクりと震える。

 

悠「……呼ばれちゃったね」

湊「"呼ばれちゃった"じゃないですよ、もう!……どうするつもりだったんですか……!」

悠「まあ、その時はその時だよ。……"続き"はまた今度だな」

湊「つ、続きって……!」

 

いきなりその気にさせられたのに、そのままお預けを食らってしまい、胸の当たりがきゅっと締め付けられる。

 

湊「今日の夜でも……いいです、けど……」

悠「───。決めた、絶対今夜湊さんを独り占めする」

湊「ひ、独り占めって……お、お願いします……ね?」

悠「湊さ──」

 

と、物凄い剣幕の彼に両肩をガシッと掴まれた瞬間。

ドアの向こうから、お嬢様達の催促の声が響き渡った。

 

湊「ど、どどどうやらここまでみたいですね……っ」

悠「後で……たっぷり……」

湊「お、落ち着いてくださいっ!」

 

飢えた獣のような目を向けてくる彼に、思わず脳天にチョップする。

へ、変態だぁーーーーー!!!

 

悠「……と、ごめんごめん」

湊「もぅ……変態ですよ……?」

悠「まあ、変態だからな」

湊「開き直らないでください!」

 

変態な恋人を見て、やれやれとため息がこぼれる。

まったく……この人には、ボクがついていないとダメですね……!

 

悠「それじゃ──行こうか、湊さん!」

湊「はいっ、悠さん……!」

 

伸ばされた手をぎゅっと握り締めて、ボク達は2人歩き出す。

世間から見れば、ボク達の関係は歪なものなのかもしれない。

それこそ受け入れ難いものであるために、後ろ指さされることだってあるだろう。

けれど──もう、大丈夫。

この人が──ボクの大切な"新しい家族"がいれば。

愛しい恋人である、悠さんさえいれば。

ボクは……この世界で、生きていけるのだから。

 

湊「(だから……ね)」

 

──窓の外に広がる青い空に、そっと微笑みを向ける。

お母さん。お父さん。……おばあちゃん。

全てを失ったあの日から……ボクは、ここまで来れたよ。

──眩しく照らす温かな陽の光が一層強くなるのを感じ、それに応えるようにとありったけの思いを空へ解き放つ。

ボクを、産んでくれてありがとう。

ボクを、育ててくれてありがとう。

ボクを……見守ってくれて、ありがとう。

これからは、皆と……悠さんと、生きていくから。

だから、心配しないで。

安心して、ゆっくり休んでね。

──そんなボクの思いに応えるように。

窓の外から降り注ぐ陽の光が、一際輝いてその存在感を表す。

いつか……悠さんを連れて、挨拶に行くから。

その時は……よろしくね。

──長いような一瞬の時が流れ、ボクは彼の方へと視線を移す。

そうしてボクは青空を振り返らずに、彼と共に歩いていくのだった。

 

悠「湊さん、どうかした?」

湊「なんでもないですっ!さ、皆さんの元へ急ぎましょうか!」

 

目の眩みそうな真夏の光が差し込む、午後一時の第二寮。

こうして1つの季節を乗り越えたボク達は、ニヤつきながら見守るお嬢様たちの元へと戻っていくのだった──。

めでたし。めでたし。

 

 

 

悠「──そういえばさ、夏休みが終わる前に、海かプールにでも行かない?」

湊「……え゛!?み、水着……どうしましょう……」

悠「た、確かに……!び、ビキニ……?」

湊「ぼ、ボクは男ですよっ!?そんなの、着れるわけ……」

悠「じ、じゃあ……海パン、のみ……!?ぐぁッ!?」

湊「ゆ、悠さんっ!?悠さ~ん!!!」

 

──完。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

これが、正しい形なのか。

それは、俺にも分からない。

これが、正しい選択なのか。

それは、ボクにも分からない。

もしかしたら、もっと別の未来があったのかもしれない。

もしかしたら、出会わない未来もあったのかもしれない。

けれど、それでも──

俺はこの選択に、後悔なんてしない。

ボクはこの形に、後悔なんてしない。

だから、これまでも。これからも。

2人で、生きていくと決めたんだ。

たとえその先に、何があろうとも。

これからも、歩き続ける。

だって、俺達の関係は。

ボク達の人生は。

始まったばかりなのだから───。

 

 

 




……いかがだったでしょうか?
もう言葉で語る必要はないと思いますが、これにて完結です。
書き手として、寂しいという気持ちでいっぱいで結構つらいですが、皆さんはいかがでしょうか?
散々色々あってつかず離れずを繰り返し、両想いになったかと思いきや色々な事情ですれ違い。
そして、ようやく掴んだ2人の幸せです。
2人のこれからの未来がより良いものになることを願っていただければ幸いです。

……とまあしみじみとしましたが、正直心残りがあります。
最後にやった水着回書きたいですし、クリスマスも書きたい。
そして何より大学に進んだところやその後の2人の関係を書きたい!という欲望が自分の中でぐるぐるしています笑
……あとR18の方書きたいです笑
と、書き手が一番未練タラタラです笑
なので、この物語は完結しましたが、一応終わりにはしません。
2人がこれから歩んでいく世界は、これからも続いていきます。
ですが、その一部を抜き取ってお出しするかも……?
という可能性がまだあるので、もしそうなったら読んでいただけると幸いです!

話は変わりますが、久しぶりにオトメドメインをやったら、湊への印象がバグってました笑
明らかに自分のせいなのですが、湊のとった選択と周囲の環境が違い過ぎて、もはや別人に感じます笑
まあでも、本編の幸せとは別の、「あり得たかもしれないIFの物語」
その果てに、この2人の幸せを見れただけで個人的には満足です!

というわけで、ここで一旦2人の物語は締めさせていただきます。
ここまで長い間読んでいただき、誠にありがとうございました。
感想や評価をいただけて、とても嬉しかったです!!!
なかなか投稿できなかった期間も読んでくださって、本当にありがたいです!
UA54000とか3度見くらいしちゃいました笑
本当にありがとうございました!
それではまた次の話がありましたら、その時も読んでいただけると幸いです!

……次は、オリジナルのバトルものでも書こうかな……笑


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短編:告って湊は俺のもの!思考停止と嫉妬狂な彼女

皆さん、お久しぶりです!
多分大半の方が忘れているだろうと思いますが、湊くん好きの変態です!
悠君と湊君二人の恋が結末を迎え、幸せな日常が始まってこの物語を書き終わりましたが……。
正直、もう少しでもいいから二人のイチャイチャが見たいなと思ってしまい、この度久々に書いてしまいました笑
今回は、あのラストにあたっての功労者であるお嬢様たちに、悠君が御礼をしたいということだったのですが、その行動が思わぬ事態に発展してしまい……?
という話となっております!
今までとは違い、完全に付き合い始めてからの二人の関係性が見られるので、少し新鮮かもしれません。
とにかく、湊君がはっちゃけておりますので、そこに注目してご覧になっていただけますと幸いです!


 

 

 

これは、湊さんと正式に付き合い始めてから……少し、落ち着いた頃のお話。

 

「──と、いうわけで、何かお礼をさせて欲しいんだ!」

 

鬱陶しいセミの鳴き声が響きながらも、汗水1つすら垂れない冷房の効いた部屋の中。

眼前に並ぶ第二寮のお嬢様達(湊さんを除く)に向かい、俺は深々と頭を下げる。

 

「そ、そんな……我は何もしてないのだ!」

「そうね……私も逆に湊のことを任せてしまったから、お礼してもらわなくても良いのだけれど……」

 

遠慮するお嬢様達の声を聞きながらも、それでもと頭を下げる。

 

「まぁ、八坂さんもこう言ってくださってるわけですし、ご厚意に甘えましょうよ」

「……そうね。八坂さんがそこまで言うのであれば……」

 

旧家のお嬢様らしい黒髪の少女に手助けしてもらい、当面の目的を達成する。

そう。湊さんと正式に付き合い始めたあの日。

思い返せば、湊さんを見つけるまでの道中で、俺はお嬢様達に湊さん探しを助けて貰ったのだ。

だからこそ、何かお礼がしたいと思い、こうして休日の朝に第二寮を訪れているのだ。

……まあ、正直早く彼女に会いたいという名目もあるのだが……どうやら、湊さんは今買い出しに出かけているらしい。

買い物デートしたかった。うん。まじで。

 

「ありがとう……!それで、正直皆さんが好きなものが分からないから、せっかくだし一緒に買いに行きたいんだけど……」

「……いいわ。それなら買いに行きましょう」

「八坂さんは、いつがよろしいんですか?」

 

お嬢様達の同意を得ると同時に、スマホのスケジュールアプリを開く。

 

「ちなみに……今日明日とかって、空いてる?」

「あ……今日は、お父様と学園の方針で話し合う予定があるから……来週がいいわ」

「私は、新聞部の課外活動で美結さんと出かけるので、明日がいいですね」

「わ、我は今日なら空いてるのだ……!」

 

三者三様の予定を確認し、頭を整理するために顎に手を当てる。

まあ、なかなか予定は合わないよな……。

 

「一緒に行くとなると……なかなか難しいな」

「なら、1人ずつ行けばいいんじゃないかしら……?」

 

さも名案を思いついたかのように、西園寺さんはそう言ってのける。

でも……それは……。

 

「え、それって……」

「で、デートになってしまうのだ!?」

 

……そうなのだ。

女の子と1対1で出かける……これは、捉えようによってはデートになってしまう可能性がある。

というか、美結さんの件があった時点で、もし湊さんに知られてしまったら確実にデートということになってしまうだろう。

 

「うーん……大丈夫なのかな……」

「え、円卓の騎士は、その……大丈夫なのだ……?」

 

心配そうに見つめる東方将軍ちゃんをなだめながら、俺は西園寺さんの方に視線を向ける。

 

「でも、先生と1度出かけたのでしょう?」

「西園寺さん何で知ってるの!?……って、まあ、確かに那波先生と1度出かけてるしなぁ……」

「先生と、ですか……?」

「ああ、あの時先生にもお世話になったからな。水梅モールにお酒を買いに行ったんだよ」

 

お嬢様達の質問に答えながら、先日のことを思い出す。

あの日は、"先生と出かけるだけ"という意識があったため、特に何も考えてなかったが……よく考えたら、先生と出かけたこともデート扱いになってしまうのか。

でもまあ、そういう意味では、前例がある時点で今回は割と安心なのかもしれない。

 

「確かに、それなら大丈夫そうですが……」

「嫌な予感はするけど……円卓の騎士が良いならいいのだ」

 

彼女の言う嫌な予感を同様に感じながらも、スマホのスケジュールアプリに再度視線を向ける。

でも、ここで行けないと、どんどん予定が伸びるしなぁ……。

 

「じゃあ、今日は大垣さん、明日は貴船さん、来週が西園寺さんで大丈夫かな?」

 

うなずくお嬢様達を見てから、アプリに予定を入れ込んでいく。

それにしても、2人きりになるとさすがに緊張するんだろうなぁ。

 

「でも、そんなに私たちと出かけてしまうと、湊さんとの時間が無くなってしまうんじゃないですか……?」

「確かに、そこは思うところもあるけど……でも、皆さん知ってる通りほぼ毎日湊さんうちに来てるからね」

「あー……確かに、最近お姉様円卓の騎士の所に泊まることも多いのだ」

 

残り2人の「あー」という声を声を聞きながら、ここにはいない最愛の彼女の姿を思い浮かべる。

そういえば、昨日つけまくったキスマーク……大丈夫だったかな……?

 

「まあ、自分でも引くぐらい愛してるから大丈夫だよ」

「自覚……あるのね」

 

一瞬冷静になってしまった思考を振り払い、お嬢様たちへと意識を向ける。

とりあえず、御礼を買いに行くだけだし……まあ、大丈夫だろ。

 

「じゃあ、とりあえず大垣さん、行こっか!」

「ククク……円卓の騎士と共に魔王軍の進行なのだ!」

 

子犬のように後ろをくっついてくる軍服の後輩と共に、水梅モールへと歩き出す。

 

悠「(……これが軍服じゃなかったら、割とドキドキするんだけどなぁ……)」

 

そうして違う意味で緊張しながら、少しヤバそうな店で大垣さんの買い物(謎の紋様が印された眼帯)をするのだった──。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ありえません……ありえませんありえませんありえません」

 

隣の席で悶え苦しむ元恋敵を眺めながら、いつものように昼のお悩み相談会を開催する。

 

「飛鳥さん、どうしちゃったのさ……!?」

「……裏切られました」

「どういうこと!?」

 

思った以上に抽象的でとんでもない発言に、思わず被せ気味に問いかける。

…………。

………。

……。

 

「──なるほど。休みにデートしようとしたら悠さんは予定があって、暇で水梅モールに行ったら……遭遇しちゃった、と」

「……はい。それもひなたさんとだけじゃなくて、翌日には柚子さんと!しかも昨日は風莉さんともですよ!?」

 

思った以上に情報量が多く、少し頭を抱える。

いやまあ、悠さんのことだし、絶対何か理由があると思うんだけど……。

 

「一気に3人と浮気なんて……どういうことですか……!」

「いやぁ……流石にそういうのじゃないと思うけどなぁ……」

 

彼を擁護するように、彼女にそっと語りかける。

大丈夫。私の知っている悠さんは、そんな人ではないはずだ。

 

「ぼ、ボクだってそう思いたいですよ!でも、皆さん嬉しそうにしてましたし……悠さんも皆さんの胸ばかり見てましたし……!」

 

そ、そんな人ではないはず……!

胸……いや、まだ勘違いだって可能性も──

 

「なにより!ひなたさんの頭を撫でて、猫みたいに可愛がってたんですよ!?……ボクだけの特権なのに……!」

 

……どうやってフォローしよう、これ。

というか、何気にとんでもないことしてるなぁ……あの人。

 

「あ、あはは……でも、悠さんにも何か事情があるのかもしれないし……」

「──でも、美結さんとはしっかりと浮気してたじゃないですか……?」

「あぅ……ごめん飛鳥さん、それを言われたらあたし何も言えなくなります……」

 

ぐうの音も出ない正論を振りかざされ、思わず口を噤む。

それは……ダメでしょ……。

 

「……あ、美結さんのことを責めてる訳じゃないですよ!?流石にもう許してますからね……?」

「割と目が本気だったよ……!?結構怖かったよ……!?」

「やだなぁ美結さん、今回"は"許してますから大丈夫ですって」

「……に、二度としません!ごめんなさい!」

 

言葉とは裏腹にとんでもない闇のオーラを放つ湊さんに、何度も頭を下げる。

こ、怖かったぁ……!

 

「……って、冗談ですよ美結さん。結局何もかも悠さんが悪いんですから……!もうっ!」

「あ、あはは……あたし、心臓がもたないよ……」

 

可愛らしく口を尖らせ、恋する乙女のように不貞腐れる"天敵"

これは当分……というかこれからずっとネタにされるんだろうなぁ……。

 

「でも、どうしましょう……お嬢様と出かけてたこと、問い詰めた方がいいですよね?」

「いや、まあ何となくは予想つくけど……気になるならそうするべきだと思うよ」

「うーん……」

 

いつも以上に悩む彼女を見て、思わず声をかける。

 

「湊さん?どうしたのさ?」

「いえ……これがもし本当だったら、自分の感情を抑えられる気がしなくて……」

「怖いよっ!?」

 

その表情からは想像がつかないような予想以上の答えに、ノータイムでツッコミを入れる。

 

「まあでも、悠さんだし……流石に大丈夫だと思うよ」

「そうですか……?うーん……」

 

そうして、彼女は少し考える素振りを見せ──

 

「……ちょっと、問いただしてきますね?」

 

怖いくらいに目の笑っていない笑みを浮かべ、ゆっくりとそう告げるのであった。

………………。

…………。

……。

 

「……ちなみになんだけどさ、その首筋の何個かの絆創膏って……」

「……?悠さんからですよ?」

 

少し話題を逸らそうと、ぱっと目に映った絆創膏について聞いてみる……が。

やっぱり、そうだよねぇ……。

 

「……なんか、最近毎日つけてるというか……日に日に多くなってる気がするんだけど……?」

「もうっ……だから"首はやめて"って言ったのに……」

 

"愛されまくってるじゃねぇか"と思わずツッコミを入れたくなる気持ちを抑え、窓の外を見上げる。

──ジリジリと日差しが照り付ける炎天下。

ただ、それよりも……隣にいる彼女の方が、異常なほど暑さを放っているのは言うまでもないだろう。

 

「(……こっちまで暑くなりそうだよ……)」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ただいま戻りましたー!」

「お、湊さんおかえりー」

 

玄関から聞こえる恋人の声に、思わず胸を躍らせる。

今日はそのままうちにくると連絡があったから、今日もいっぱいイチャイチャできるな……!

──あの日以降、こうして湊さんは定期的に(2日に1回)家に来るようになっている。

 

「(……まあ、うちに来ない日は、ほとんど第二寮に会いに行ってるんだけど)」

 

今日も笑顔が素敵で可愛すぎるけど……なんか、笑顔が怖いような……。

 

「み、湊さん……?」

「なんです?どうしました?やましいこととかありました?」

 

可愛いを通り越して不気味になりかけている彼女から、何故か嫌なオーラが漂ってくる。

 

「いやいや、何言ってるのさ。やましいことなんて──」

 

そう言いかけている最中に、床にバッグを置いた湊さんが無言でニコニコしながら迫ってきた。

え?ちょっ、どゆこと……?

 

「ちょっ、湊さん……?」

「ん……?なんです?どうしました?」

 

目を線にして口角を不自然に釣りあげ、じわりじわりと詰め寄ってくる湊さん。

絶対これ怒ってるやつだけど、そんな中でも興奮してしまう自分が嫌だ──!

 

「ち、近いって……うわっ!?」

 

背後のベッドに気づかず躓いてしまい、そのままベッドの中へと倒れ込む。

すると、湊さんは女豹のように覆いかぶさってきて──

 

「──隠し事……してないですか?」

 

妖艶な笑みを浮かべながら、そう問いかけるのであった。

 

「し、してるわけないだろ!そんなこと!」

「ふーん……そうなんですかぁ……」

 

ジト目で俺の反論を流した後、イタズラな笑みを浮かべて俺の胸板の辺りをまさぐり始める。

ヤバい……絶対ダメだけど、めちゃくちゃ興奮する……っ!

 

「じゃあ──お嬢様達と水梅モールにいたのは?」

「──っ!?」

 

彼女の華奢で愛おしい手が首筋に触れると共に、核心的な質問を投げかけられる。

 

「そ、それは違っ……」

「違くないですよね?隠してましたよね?」

 

そのまま畳み掛けるようにしながら、顔も至近距離まで迫ってくる。

 

「また、ボクを裏切る気ですか……?」

「そんな……これは違うんだ!湊さん!」

 

一転して悲しそうな声色で問いかける彼女に、思わず呼吸が止まる。

また……不安にさせてしまったのか。

 

「結局悠さんも、普通の女の子が好きなんですよね?」

「そういう事じゃ──」

「ボクじゃ……ダメなんですかっ!」

「……っ!?」

 

一際大きい声で泣き叫ぶ彼女に、つい何も言えなくなる。

 

「あんなにボクを求めてくれたのに……嘘だったんですか……っ!」

「違うっ!俺は湊さんが──」

「そうですか……悠さんは、おっぱいに惹き付けられたんですね?」

「は、はぁ!?」

 

意味不明な超理論で話が変な方向に逸れ、理解が追いつかなくなる。

おっぱ……え?なんで???

 

「お嬢様達の巨乳にやられたんですね……!」

「なぜそうなる!?」

 

目をぐるぐるとさせながら半ばヤケクソに迫る彼女に、思わずツッコミを入れる。

いきなりどうした湊さん!?

 

「許せない……許せない……」

「湊さん!?怖いよっ!?」

「──あ、そうです!その手がありました!」

 

なにか閃いたようにそう告げると、彼女は俺の手を取ってその愛おしい胸に近づけ……。

 

「悠さんを、ボクに釘付けにすればいいんですね……?」

「いや、それは元からなんだけど……」

「悠さんは、胸が無い方がいいですよね……?」

「いや、湊さんの胸ならなんでも好き」

「お嬢様達の華奢な体より、ボクの──」

「湊さんの綺麗で繊細な体が好き」

「え……?」

「いや、言い方が変だな……湊さんの全てが好き。まじで好き。愛してる。一日でも会えないときつい。いやもう一緒に住んで欲しい。これからもずっと一緒にいよう。それから──」

「す、ストップストップ!ま、ままま待ってください……っ!」

 

ヤンデレ気味に詰め寄るつもりだったのだろうが……完全に形勢逆転してしまった。

まあ、湊さんへの愛なら誰にも負ける気ないからな。

 

「そ、それ以上言われると……心臓に……はっ!?危うく騙されるところでした!」

 

頭をぶんぶんと振り、余計な考えを捨てようとする湊さん。

可愛い……まじで俺の彼女可愛い。やばい。

 

「そんなこと言って、ボクを誑かすつもりなんですね!」

「だから違うんだって……」

「だったら、なんでお嬢様達と……?」

「あー……だからそれは──」

 

顔を紅一色にしながら、理由を求める彼女。

最初から話すつもりだったんだけど……まあ、いいか。

そうして、少し内容をかいつまみながら、事の発端から正直に話すのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「──つ、つまり……ボクの、勘違い……ですか」

「いや、まあ……俺も、勘違いさせちゃうようなことしてごめんね」

 

事の真相を教えてもらい、一気に思考がクリアになっていく。

もしかして僕、勘違いでとんでもなく失礼なことをしてしまったのでは……?

 

「そ、そんな……」

「でも、湊さん一筋の俺が、そんなことでブレるわけないだろ!」

「うぐぅ……むぅ……」

 

悠さんから正論を言われ、思わず言い返せなくなる。

た、たしかに僕一筋でこんなに愛してくれる悠さんが、今更浮気なんてするはずないよね……。

 

「それこそ……その、湊さんが今乗っかっているところを……その、確かめてみてほしいんだけど……」

「え……?今乗っ──っ!?!?!?」

 

瞬間。

僕のおしりの辺りに──なにか固いものが当たっていることに気がついた。

 

「(え?これ……え?悠さんの……アレ?)」

 

というかなんで僕、悠さんの上に跨ってるの……!?

しかもこれ、いわゆる"騎乗位"とかいうものなのでは……!?

 

「ひゃぁっ!?ゆ、ゆゆゆ悠さん!?い、いつから……!?」

「ごめん……迫ってくる湊さんがエロ過ぎて……」

「さ、最初から……!?」

 

再び頭の中がぐるぐると混乱し始め、正常な思考が出来なくなる。

ゆ、悠さん……こんな酷いことしちゃったのに……興奮、してくれてたんだ……。

 

「まあでも……お礼とはいえ、湊さんに辛い思いをさせちゃったよな……ごめん」

「そ、そんな……謝るのはボクの方で……」

 

こんなに迷惑をかけられているのに、それでも自分が悪いと謝ってくる悠さん。

こんなの、勘違いした僕が悪いのに……。

 

「じゃあ今日は、お互いに仲直りってことで……おいで?」

「……〜〜っ!?ま、まだ夕方ですよ……?」

「湊さんと愛し合うのに、時間なんて関係なくないか?」

「そ、それはそうですけど……〜〜っ!!!」

 

いつものように強引に納得させてくる彼に、思わず何も言えなくなる。

え、このまましちゃう……の?

ま、まあ……僕が襲ってるような体勢だし……そっか……えへへ。

 

「西園寺さんたちに、今日は泊まるって伝えといて?」

「よ、夜まで!?ゆ、悠さん……ボク、身体がもたないですよぉ」

「大丈夫だって、ほら……」

「……ぁ、やめっ……ふぁ……」

 

彼の上に乗ったまま上半身を抱き寄せられ、首筋にマーキングされる。

そのまま欲望をぶつけるように、何回も彼の唇が僕の体に触れる。

 

「く、首はやめてください……」

「なんで……?」

「だって……また、跡が残っちゃいますから……」

 

首筋に手を添えながら、口を尖らせてそう告げる。

クラスでも……というか学校でもかなり言われるので、恥ずかしいんですけど……!

 

「──よし、今日は首を重点的にやるわ」

「なんでっ!?」

「だって……湊さんが俺のものだってことを、世間に知らしめなきゃ」

「そんなぁ……んぅ……やぁ……んんっ……」

 

今度は耳を甘噛みされた後、そのまま思うがままに舐め回される。

へ、変態だぁ──!?

 

「こ、こうなったら……悠さんもボクのものだって、マーキングしますからね!」

「くっ……湊さん、俺今日やばいわ……」

「いつもやばいって言ってるじゃないですか……もうっ!」

 

いつものようにヤバいと連呼する彼に、そっと唇を近づける。

 

「湊さん……」

「ゆう、しゃん……んっ……」

 

お互いの唇が触れ合い、蕩けるように体を重ね合う。

そうして結局。

朝日が昇ってくるまで、僕達はお互いの体を貪り合うのであった──。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……ということで、無事に仲直りしたみたいだよ〜!」

「「「…………」」」

「いや、なんで知ってるんですか!?」

 

数日後。

苦虫どころか劇薬を飲まされた様なお嬢様達を前にして、思わず僕は一人ツッコミを入れていた。

 

「甘すぎて……ちょっと、引くわ」

「こんなお姉様も円卓の騎士も……知りたくなかったのだ……」

 

友人たちのかなり引き攣った表情が、重たく心に突き刺さる。

いや、まあ……皆さんの立場だったら、凄く分からなくもないですけど……。

 

「でも本当に、何で美結さんは知っていたんですか?」

「ふっふっふ〜、それはね……悠さんに聞いたからです!」

「「「あー……」」」

 

でしょうね、というお嬢様sの納得の声とは裏腹に、僕は一人元ライバルへと問いかける。

 

「でもどうして、悠さんが……」

「いやぁ〜飛鳥さんとこの間話した後、"絶対これ何かあるだろうな"って思ったわけですよ!それで、悠さんに聞いてみたら案の定……って感じ!」

 

腕を組み、自慢気に話す浮気相手(未遂)……は、いつもの事だとして。

ボクの恋人……口、軽すぎませんか……?

 

「悠さん……」

「まあ、悠さんも悠さんなりの思惑があったみたいだよ?」

 

大戦犯の彼を庇うようにして、美結さんはフォローの言葉を告げる。

思惑……?

悠さん、何を考えて……。

 

「八坂さんの思惑……ですか?」

「んーとね、飛鳥さんとのイチャイチャエピソードが広まれば、誰も飛鳥さんを狙わなくなるから……って言ってたよ〜」

「彼氏アピール……ですね!」

「……〜〜っ!!!」

 

──正直。

大したことないだろうと勝手に考えていたから……反動がかなりやばい。

ゆ、悠さん……まさか、そんなことを考えてたなんて……っ。

 

「お姉様、円卓の騎士からそう言われてるけど、実際どうなのだ?」

「もぅ……そんな事しなくても、ボクは悠さんだけのものなのに……」

「「「……」」」

 

心の声が漏れてしまったようで、皆の驚愕の視線が集まってくる。

そんなアピールなんかしなくても、僕は悠さん一筋なのに……もうっ。

 

「なんか……湊も最近大胆になってきたわね」

「え……えっ?」

「八坂さんとのことを隠さなくなってきてますね」

「え……そんな、え?」

 

お嬢様達に指摘され、今までの自分を振り返る。

大胆……僕が、大胆……!?

 

「お姉様、前よりもどんどん可愛くなってるのだ!」

「なんでっ!?」

 

妹ポジションの東方将軍様に笑顔で褒められ、顔が熱くなっていくのを感じる。

別に何もしていないはずなのに……!

 

「(ど、どうして……!?)」

 

正直、男としての意識はあるので……今も、可愛いと言われることに慣れてはいない。

だからこそ、悠さんに嫌われないように……悠さんのために、可愛くならないと……と思っていたのに……。

 

「湊……八坂さんの色に、染まってきているわね」

「恋するお姉様、可愛いのだ!」

「湊さん……可愛いです!」

「……もぅ!悠さんの馬鹿ぁ〜!!!」

 

恥ずかしさで限界を迎え、クーラーの効いた部屋でブランケットに包まる。

自分でも気づかないうちに、僕は……悠さんのせいでこんなに変わってしまったなんて。

……これは、責任を取ってもらわないと……!

 

「愛されてるねぇ〜飛鳥さん」

「うぅ……からかわないでくださいよぉ!」

 

被ったブランケットからひょっこりと頭だけ出して、美結さんに軽く文句を言う。

次会った時、絶っっっ対!悠さんにも恥ずかしい思いさせますからね……!

 

 

~fin~




……さて、いかがだったでしょうか?
お嬢様たちに同情するくらい爆発してほしい2人でしたが、個人的にはこの嫉妬する湊くんが好きです()
本編も各ルートごとに性格が多少左右されているので、嫉妬しやすい方に少し流してしまいました……笑
キャラ崩壊は許してください!

さて、ここまで読んでくださった方、毎回毎回ありがとうございました!
久々に見たらUA58000を超えていたので、めちゃくちゃ驚いています。
ありがとうございます!
……と、前書き・あとがきの書き方を忘れて迷走していますが、ご容赦いただけますと幸いです。
また続きを書くかどうか迷っていますが、また何か浮かんだら二人の物語を書きたいと思います。
それこそ、学園を卒業した後の話とか気になるので、書くかもしれません笑


最近、ambitious missionのつばめ君が可愛すぎて悶絶していたのですが、湊君と同じ男の娘属性で美結ちゃんと同じ声というのがもう限界です。
単純に好きです。公式から追加もらえて感極まって即日クリア&グッズ購入してしまいました。そのレベルに好きです。はい。

……という、湊君以外のキャラを好きになってしまいましたが、湊くんへの愛を忘れないように頑張ります。

……男の娘×男の娘……“あり”ですね……笑


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