9-nine- にじいろゆめいろきみのいろ。 (氷桜)
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閑話。
あったかもしれないアフター(1)


以前に時間があったのでちょこっとだけ書いてたモノです。
特に本編とは関係のない駄文ですので暇な人だけ。


 

4月から始まって。

GWを過ぎて。

5月。

 

俺と妹、そしてアーティファクトユーザー達を巻き込んだ妙な事件は唐突に終わりを告げた。

と、言うのも他でもない。

 

 

朝、目覚めたら涙目になった(そら)が抱きついていて。

妙な夢でも見たのかと引き剥がしながら話を聞けば。

 

「別の枝のにぃにが終わらせてくれた」

 

なんて言ってきたのが発端だった。

何を言ってるのか殆どわからないが、まあ取り敢えず宥めて。

それはそれとしてなんで休日のこんな時間にお前がいるのか問い詰めたのはまた別問題。

時計を見れば朝六時。

 

少なくとも昨日泊めた覚えはなく。

 

「……何してんだお前。」

「何って朝から遊びに。」

「こんな時間に?」

「こんな時間だからだけど?」

「何言ってんだお前。」

 

その背中に隠したスマホは何だお前。

本当にそれが全てかお前。

 

「今何隠した。」

「ねー、今日どっか行こうよー。」

「下手なごまかし方してんじゃねえよ……!」

「別になんでもないですよ?ハイ。」

 

ちょっとイラッとした。

 

「なんでも無いっていうんだな?」

「だからそうだって言ってるじゃないですか兄貴ー。」

「だったら見せられるよな?」

「プライバシーの侵害ですぅー!」

「は?」

「いや、だからそういう言葉やめてってば怖いから……」

 

何となく何してたかは予想は付く。

ただ、まだやってたのかこいつ。

 

「また寝顔撮影か?」

「ウッス……」

「人が寝てるのに忍び込むのやめろよ、本当にビビるんだから。」

 

まあ、こうは言っても多分やめることはないんだと思う。

そこまで強く否定できるわけでもないのだし。

 

「んで、今日はなんて言ってきたんだよ。」

 

あのときの行動を思い返すと、否定できない。

 

「兄貴のところに泊まってくるって言ってきたけど?」

 

見れば泊まるための一式。

というか気付けば少しずつ部屋が侵食されつつある。

今更止める気も無いのだが。

 

「お前たまには友達とだな……。」

「えー。」

「えーじゃなくて、だ。」

「でも折角の休みだし。」

 

俺はもうこいつの奥底を知ってるし。

天はもう二人きりなら気持ちを隠そうともしていない。

 

それがいいか悪いか、で言うのなら良くないことだと分かっていても。

何を今更、という状況下に極めて近い。

 

「一緒に過ごしたかったんだけど、駄目なの?」

「……ったく。」

 

時計を見る。

朝六時半。

朝っぱらからの妙な話し合いと襲撃で目が覚めてしまった、というのもあるのだが。

 

「天、朝飯は?」

「当然食べてきてませんぜ?」

「当然じゃねーよ成長しねーぞ」

「そういうにぃにだってちゃんと栄養とってないじゃん。」

 

うるせえ、と呟きながら布団を持ち上げた。

 

「昼はナインボール行くかぁ……それでいいか?」

「いいの?」

「いいも何も嫌って言ったら帰るの?」

「帰るわけ無いじゃん!」

 

だったら聞く意味ないだろうに。

 

「まだ眠いし俺はもう一眠りするが」

「愛しい妹無視して寝るところ本当にクソ兄貴だよね」

「うっせ。 お前は?」

「私も寝るー。」

 

当然のように潜り込むのかお前。

まあ、否定できない俺も俺だけど。

 



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あったかもしれないアフター(2)

お茶濁し。 駄文その2です。
疲労が溜まってて寝てたのでその分を補完。
アフター系列とかその他番外編リクエストは随時募集中です。


 

全てが片付いて。

ただいまと。

おかえりと。

 

言い合ってから暫くした後の話。

 

「よいしょ、と……。」

 

いつだったか。

希亜が言っていた、一人暮らしとかいうのを大真面目に実行することになった。

 

一応、知り合いがいるからとか。

過去のことがあるからとか。

色々と理由はあるのだが。

多分一番大きい理由は…………。

自宅が電車を使わない徒歩圏内にあるとは言っても。

一度彼女が経験してみたい、と言ったことは好意的に受け止められたらしい。

ただ、その代償に。

近いうちに、「近くに住んでいる友人」に挨拶をしたいとかなんとか言われて会う事になってしまったわけだが。

俺と彼女の関係が、アーティファクト絡みで大きく変化した事が切っ掛けだとは思う。

まあ、いつかは挨拶も必要だとは思っていたのだけど。

 

「ありがとう、手伝ってくれて。」

「これからはご近所さんだろ、そんな気にしないで良いぞ。」

「ご近所、になるのかな……。」

 

 

女子の……なんだ、そういう物は流石に運べない。

大きいものを手伝ったりするくらい。

後は天が手伝ったり。

……しかし買い物行くって言ってからおせーな彼奴。

 

「他の荷物は?」

「ううん、後で持ってくるのもあるから。」

 

部屋の隅に綺麗に整頓してあるのは……いつぞやのゲームか。

アレを見ると俺の部屋でのだらけっぷりが浮かぶ。

 

「どうかした?」

 

苦笑を浮かべていたのを見たのか、顔を覗き込むように見上げてきた。

今更だが、結構な身長差あるよな俺たち。

 

「いや、なんでも。」

「そう?」

 

こう、心配されるというのも珍しいというか。

別の枝で言ったら頭を心配されそうではあるけれど。

 

「それで。」

 

いつもの……でいいのだろうか。

黒っぽいフリルの服装を着込んだ希亜は、その格好のまま。

 

「今日は、どうしよう。」

 

何かを訴えかけるように目をじっと見つめて。

俺から目線を外さない。

 

「……引っ越ししたばっかりなんだが。」

「分かってる。」

 

いや、別に嫌ってわけではなく。

寧ろ嬉しいんだが。

 

「大丈夫なのか?」

「うん、パパもママも今日明日は顔出さないみたいだから。」

 

この土日を過ごし、次からまた学校なんだが分かっているんだろうか。

いや、分かった上で言ってるんだろうなぁとは思う。

隠してきた分、誰かに甘えるように。

 

「まあ……俺も、構わないなら嬉しいけど。」

 

だから、まあ。

こう返すことにして。

同じマンションのご近所さんに、行動で告げ。

 

「…………大好き。」

 

彼女は、言葉と。

行動で、俺へと。

 

結局、その土日は片付けを除いて。

禄に何も出来ずに、二人っきりで過ごす以外の選択肢を奪われてしまった。

 



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あったかもしれないアフター(3)

みゃーこ先輩編。
10分で書いたので大分荒いと思います。


 

結局、あれが何だったのかはわからない。

石化事件を経て、三つの遺体を残して事件は幕を閉じた。

ソフィが出てくることもなくなり、6月。

 

「出来たよ~。」

「早いな。」

「ふふ、これくらいはね。」

 

学校での態度は殆ど変わらないまま。

そういう意味合いで言えば、周囲に関係を隠したままということになるのだろうか。

放課後、休みはほぼ常に共に過ごす。

時偶、クラスメイトと遭遇しそうになると見られないように動いたり。

……そうでなくても、一挙一動は見られていたから。

 

「相変わらず美味そうだな……。」

「愛情たっぷりだから。」

「そういう事臆面とせずに言えるの凄いと思う。」

「なんで? 本当のことだよ?」

 

そういうところだよ。

大好き加減というか、惚れてる度合いで言えば負ける気はしないけど。

口に出せる、行動で示せる。

目に見えるように動けるところでは、なんか負けてる気がする。

 

「もっと俺も行動で示したほうがいいかな~。」

「でもね、翔くん。」

「ん?」

「多分自分で気付いてないだけで、色々してくれてるよ?」

「例えば?」

 

都は、指折り数える。

 

「放課後もそうだけど、休みの日もずっと一緒にいてくれてるよね。」

「そりゃまあ当然だろ。 彼氏なんだし。」

「それに、帰りも一緒に帰ってくれてるし。」

「したくてしてることだぞ?」

「気も、使ってくれてるよね?」

「……それくらいでか?」

 

彼女が告げることは、全部当たり前のようなこと。

出来る時は送り迎えだってするし。

ナインボールで働いている都の姿を見ながら、コーラなんかを頼んで待っているのもなんだか楽しいし。

こんな関係になれるなんて、学校が始まった頃には考えられなかったから。

 

「うん。 ふふ。」

「笑うことか……?」

 

はにかむような笑い方。

彼女の笑い方の中では、一番これが好きだった。

だから、それを見てこちらも笑顔になる。

 

「嬉しいんだよ。」

「そっか。」

 

目の前の食事を手に取る。

 

「頂きます……の前に。」

「うん。」

「明日からの休みはどうする?」

「あ~……日曜日の午前中はアルバイトかな。」

「おっけー、じゃあお昼前に迎えに行く。」

「……うん、ありがと。」

「お礼はやめろよ。 したくてしてるんだからさ。」

 

言えば返る言葉。

そんな会話一つ一つであっても、今の俺達にとっては幸福で。

これからもずっと、一緒に過ごしていくのだと。

何があっても、共に歩んでいくのだと。

あの時、あの晩。

誓ったように。

 

「……こちらこそだよ、ありがとうは。」

「じゃあ、お互い様……だね。」

「そうかもな。」

 

今日もまた、共に。



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あったかもしれないアフター(4)

ちょっと今日体調ガチで死んでるのでこれで許して……ユルシテ……
春風アフター(1)。


かちりかちりと音がする。

スマホを弄る独特の音。

パソコンでなくて、携帯機器を弄る時間はもうすぐ天辺(じゅうにじ)

いつだったか、冗談交じりでしたその会話は。

春風がいつものようにぽろりと漏らした頃から、習慣へと移り変わり始めていた。

 

手慣れたように電話帳を開いて、履歴から。

毎日のように話しているから、履歴はほぼ一色が彼女で。

けれど、一向に慣れなかった。

 

繋がるまでの少しの時間。

今頃は彼女も似たように楽しみにしてるのだろうか。

学校がある間の、休日前までの。

春風が自宅に帰った後の、ほんの少しの楽しみの時間。

 

『は、はい、もしもし……。』

「今日はこっちからの電話だったな。」

『昨日は、その。 私からでしたから。』

 

電話に慣れていないような口調で。

でも、その語尾には嬉しさが隠し切れないような声色。

それもそうか、と思い直す。

こんな電話だって、彼女が妄想していた事象のひとつなんだから。

 

「とは言っても、毎日会ってるのに妙な気分だけどな~。」

『私は、嬉しいです……。』

「そりゃ俺だってそうだけどさ。」

 

話したいこと、したいこと。

ずっと考え続けていた彼女の、少しばかり色っぽい方向に偏りすぎた想像の数々。

そんな内容の幾つかを実際に体験したり、体験させたり。

或いはもっと健全に、ゲームを一緒に始めたり。

やはりというか何というか、一人で遊ぶほうが得意な彼女ではあるけれど。

最近やっと、俺と一緒だったら息を合わせて遊べるようにもなってきた。

……何方かと言えば、俺がフォローしてもらってるっていう現状もあるが。

 

『それでは、土曜日は夕方に伺いますね?』

「あ~、来るなら待ってる。」

『ふふ。 ええ、出来得る限り早く。』

 

高校3年生と高校2年生。

大学受験を控える身と、それを上に見つつも余り実感がない身。

そんな一学年違いの俺達だからこそ、出来ることは幾つかあったりなかったり。

 

「それに……ユーザーの情報あんまり拾えなくなっちまったな。」

『精力的に動きましたもの、私達。』

「って言ったってなぁ。」

 

そんな内容の一つ。

勉強に打ち込む彼女の代わりに、動ける俺達が情報を集める。

春風の能力を使えばもう少し捗りはするけれど。

……俺が嫌だったし、彼女も余り使いたがらなかった。

これが独占欲なのかね、と。

自分のことを考えたりする事も無かったとは言えない。

 

『でも。』

「ん?」

『皆で過ごす時間も大事ですが、二人で過ごす時間も……私は、嬉しいですよ?』

「……いや、そりゃこっちの台詞だ。」

 

お互い様ですね、と声がして。

お互い様だ、と声を出す。

 

直接会っていないからこそ、ある程度落ち着いた話ができるような。

星空の下で、俺と春風は。

いつもの時間まで、たった二人で語り続けた。

こんな時間が、ほんの少しでも続くように。



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私ならきっと。

体調不良……。
ちょっと生活リズム崩れつつあるので日曜以降はペース落ちます~


 

もし、貴女が好きな人と結ばれたら?

 

ある人は、夢を叶えたいと言うだろうか。

ある人は、二人で過ごしたいと言うだろうか。

ある人は、自分の装身具(アクセサリー)として見せつけるだろうか。

 

私は――――なんだろう。

そう言われても、浮かぶものは見当たらない。

したいことがあるから。

二人で過ごしたいから。

自分を飾りたいから。

そのどれもがなんだか違って。

 

憧れて、好きになって。

それが、お互いにそう思っていたことに逃げ出して。

その結果が……思いを伝えあった、恋人という結末で。

石化事件が終わりを告げても。

何かが、心に引っ掛かっても。

手の刻印(スティグマ)が、大きくなって。

けれど、ソフィさんがそれに対して動いてくれて。

終わった後の、唯の時間なのに。

彼の姿を見ていると。

何かが、喉に閊えている。

 

 

「最近、どうしたんだ?」

 

翔くんに、そんな声を掛けられたのは。

夏も超えて、秋にも成り始めた頃。

朝に、夜に。

毎日のように来ることにも慣れて、二人でいるのが当然にも思い始めた頃だった。

 

「え、何のこと?」

 

その時、私はシャワーを借りたばかりで。

時期外れの雨に降られて、制服もずぶ濡れになってしまって。

乾くまでは、と好意に頼って服……というより、シャツを羽織っただけのような姿だった。

それ以上を当然のように見せているのに、こうした姿をしていると。

単純な、そういう姿より。恥ずかしくなってしまうのは何でだろう。

 

「自分で気付いてないのか?」

「……だから、何のこと?」

「最近、妙に顔が沈んでるようだったから。」

 

そうかな。

自分の顔に、手を触れる。

毎朝、家を出る時には見ている鏡。

汚れたりした姿で、翔くんには顔を合わせられないから。

 

「……?」

「自分じゃ分かんねえって言うけど、それ本当なんだな。」

「そんな沈んだ顔してる?」

「多分、天も気付くだろうな。 クラスの奴等だと……ちょっと分からん。」

 

天ちゃん。

翔くんの、大事な妹さん。

仲良くさせて貰ってる、私としても可愛い後輩。

でも、何でか。

少しだけ胸がチクリとして。

 

「……そっか。」

 

そんな想いを、心の中に沈めて笑った。

気付かれるかもしれないけれど。

ううん。

多分、私は気付いて欲しい。

自分でもわからない、この気持ちの正体に。

 

「相談なら乗るぞ?」

「大丈夫。 多分、疲れてただけ。」

「……本当か?」

「本当だよ。」

 

そうやって言った言葉で。

私は、笑えただろうか。

私は、自然に振る舞えただろうか。

妙な想いは、膨らむばかりで。

 

その正体を知るのは。

もう少し、後のこと。



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その感情の名前は。

みゃーこ先輩短編続き。
女の子だってにんげんだもの。


「多分それは……アレだろうなぁ。」

 

翌日のこと。

学校で。

翔くん以外の……女の子の友達と、話になった。

彼氏の話。

好きな人の話。

いつからか、私達の関係は皆に知られていて。

けれど、不可侵みたいに。

余りそこに触ってくる事は、無くて。

 

「え、分かるの?」

「そりゃ分かるよ、というか都は気付かないんだ?」

「う、うん。」

「まあどっちかって言えば選ぶ側だもんね~。」

 

へ?と目を丸くした気もする。

気持ちの理由を理解すれば、そんな事も分かるのかな。

再度、教えて欲しいと聞いてみれば。

何かを理解したような顔で、彼女はこう言った。

 

「それはね。 ■■って、■■■って感情だと思うよ?」

 

言葉では、知っていたけれど。

そういうものなのだ、というのは。

初めて、知った気がした。

 

 

からから、からから。

車輪が回る。

放課後、二人で。

今日はアルバイトもなかったから。

その脚で、翔くんの家へと向かう。

いつも通りに、校門前で待ち合わせて。

今日は二人で。

来れる時は、天ちゃんも当たり前のようにいて。

けど、悪いことだと思っているけれど。

 

今日は、それで()()()()()

 

「それで……。」

「うん?」

 

夕暮れ時。

同じように歩く生徒の姿の一つに、私達が紛れていて。

 

「考え事は解決したのか?」

「どう、かな……。」

「相談になら乗るんだが。 ……その、俺だって力になりたいんだし。」

 

違うの。

そうじゃなくて――――頼れるようなことじゃなくて。

私自身が、折り合いをつけなければいけないことなの。

けれど。

それを直接言ってしまうのは、なんだか。

言ってしまえることでも無かった。

 

「……う~ん。」

「なんだ?」

「女の子の秘密、じゃ駄目かな?」

「そうまで言われたら返す言葉はねーけど……。」

 

ごめんね。

そんな風に謝りながら、言葉を紡ぐ。

頭と口。

言うことと考えることが、別のこと。

 

「本当になんでもないんだな?」

「うん。 元気いっぱい。」

「ならいいんだけどさ……無理とかさせて無いか心配になるから。」

 

そんな、心配されることじゃないよ。

()()

()()()

もっと一緒にいたい、とか。

私をもっと見て欲しい、とか。

そんな、浅ましい感情。

 

私が、そんな事を思っていいのかは分からなくて。

でも、言葉には出来なくて。

……翔くんも、同じように思ってくれているのかとか。

 

感情ばかりが、一人でいると。

ぐるぐる、と回っている。

そう思うことが、良いことなのかと言われれば……どうなのかな。

想えている、私には分からない。

思われている、翔くんじゃなければ分からない。

 

……いつか、聞ける日も来るのだろうか。

そう思っても――――。

 

怖くて、中々。



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天、萌ゆる時に。

閑話アンケート(1)→天
内容アンケート(1)→いちゃいちゃ。

本編でもやるし次回募集の際にも宜しくお願いします。

(時系列:33.ハテナキ。途中)


 

「あれ、二人は?」

「にぃに、LING見てないの?」

「悪いが見てねえ。 妙に眠くてな……早く食って少し寝たいと思ってたんだ。」

 

昼休み。

普段なら与一と適当に駄弁りながら食べる食事ではあるけれど。

彼奴は……公園以降、学校以外を含めて。

どこにいるのか不明な状況で。

だから、一人で食べても致し方無いとばかりに。

昼食を、中庭で食べるのが最近のプチブームに成り始めていた。

 

それに反応するように、他のメンバーも来れるようなら来たい、と。

……まあ、それを否定するつもりもない。

なので、こうして外のベンチに出てみればいるのは天だけ。

 

「……んで~、グループの方?」

「そうそう。 なんかみゃーこ先輩は友達に捕まっちゃったって。」

「あぁ……他クラスにも知り合い多いもんなぁ、都。」

 

ベンチへと腰掛けて、ビニール袋を取り出す。

中に入っていた惣菜パンを噛み千切り。

飲み込んでから、問い掛ける。

 

「なら、先輩の方は?」

「ん、こないだまでの朝の逆ハーあったじゃん?」

「ああ……見てて少し引きそうになるアレな。」

「そうそれ。 その関係で、男子に呼ばれたって。」

「は? 男子?」

 

え?それってつまり告白?

信じられないものを見る目で天を見れば、こいつも弁当箱からご飯を一口分。

もぐもぐごくり、と飲み込んで。

 

「あのね、にぃに。 内面と外面をちゃんと見るのって難しいんだよ?」

「お前に言われずとも理解してるわけだが。 後それは一番お前が言われるべきだと思う。」

「え、そこまで剥離してるかなぁ私。」

「知り合いの前と他人の前との差を考えろよ……!」

 

他人の前はなんかこう、物静かな美少女というか。

小動物的な部分も垣間見える筈なのに……!

知り合いの前になるとぶっ飛んだ感じになるのは何だお前!

 

「いやほら、何回でも言うけど誰の前でもこんな感じだったら唯のキチガイでしょ?」

「それを分かった上で演じてるところが一番お前のアレな所だと兄は思うよ?」

「ああ言えばこう言うー。」

「そっくりそのままお前に返すわ。」

 

……あ、パン全部無くなった。

しまったな、もう少し買っとくべきだった。

目に入ったのは、黄色い卵焼き。

 

「……何、その物欲しそうな目。」

「いや、腹減ったなーって。」

「……んー、まあいいか。 はい、あーん。」

「さんきゅ。」

 

……久々に食うな、母さんの飯。

そう思いながら口に入れて、味わって。

何か微妙に違う気がする味に、首を傾げる。

 

「……あれ、こんな味だっけ?」

「あれ、気付くの?」

「何が。」

「これ、作ったの、私。」

「は?」

 

お前が料理? マジで?

 

「何で急に。」

「別に良いじゃん! みゃーこ先輩に教えて貰った味なんだけどさ、どう?」

 

どう、と言われると。

 

「……うん、美味いぞ。」

「ほんとに?」

「こんな事で嘘つくかよ。」

 

……弁当なぁ。

流石に頼むのは気が引けるというか、万が一見られたらお互いが色々終わるんだが。

 

「どうしたの? 遠い目して。」

「弁当、作ってもらおうか一瞬考えてしまった。」

「ヒモになるの? お兄ちゃん。」

「やめろ。 お前マジでやめろその言葉だけは!」

 

そう言われるとそうかも……って思う羽目になるんだから!

 

「まあ、みゃーこ先輩なら喜んで作ると思うよ?」

「そうかぁ?」

「だって愛妻弁当じゃん?」

「誰がだ、誰が。」

「別に私が作っても……あ、やっぱやめた。 めんどくさーい。」

「だから頼まないんだよ。」

 

そんな、兄妹の。

何処にでもある、一幕。



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天BADアフター「限りなく近く、限りなく遠く。」(上)

アンケート結果で末路が決まる類のSSです。


()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()

そんな実感だけを抱いて、叫んでいた。

 

自分でも、何を失ったのかも分かっていないのに。

走り回って、幾度も転んで。

周囲から怪訝な目で見つめられつつも、何かを探し続ける。

それは、日が沈んでも変わらずに。

それは、日が昇っても変わらずに。

 

幾度も、日を繰り返した。

 

 

そんな事を、繰り返し。

 

事情を知っている、先生が心配そうに見に来て。

上手く返せたかは分からない。

ただ、一秒でも遅れれば。

大事なものが砂粒のように流れて消えてしまう感覚だけはずっとあって。

取り繕おうと、学校に形だけ向かうことになっても。

親が、「()()()()()()()()()」と、心配そうに電話を掛けてきても。

脳内にあったのは、焦りだけ。

 

何故なのか。

そんなことすら、理解できないと分かっていても。

 

だから、今日も。

学校が終わり、与一が話しかけてきても。

「悪い」とだけ告げて、学校を飛び出して。

 

 

 

ニア 本当に、良いのか?

 

 

 

――――誰だったか。

聞き覚えのあるような声が、脳裏に刺さったような気がしたけれど。

今は、気にしていられなかった。

 

 

 

今日も、何処か。

自分でも徒労に終わると分かっている筈なのに。

誰かもわからない、誰かを探し続けている。

 

顔も。

名前も。

声も。

その、何もかもが不透明で。

その、何もかもが不確かで。

()()したかもはっきりしない、誰かを。

 

走って、疲れて。

辿り着いたのは、いつしか日課にもなっていた神社への到着。

 

神頼み、なんて俺らしくもないのに。

そうすることが、なにかが変わる切っ掛けになんて。

なるわけがないと思っていても。

それ以外に、頼れるものが浮かばなかったから。

 

 

 

ニア ()()()()()調()()()()

 

 

 

それが、舞い降りたのはいつだったか。

自分でも、分からなくなってしまっていたけれど。

ただ、何を失ってしまったのかだけははっきりした。

()のお陰なのか。

 

大事な、妹。

新海天。

何故、忘れてしまっていたのか。

その理由までも、思い出しながら。

 

けれど、同時にまた流れ始める砂粒のように。

彼女のことを忘れ去る実感を覚え続けながら。

 

天。

……天。

――――天。

 

たった一人で、消える事を選んだ馬鹿な妹。

こんな俺を、ずっと想い続けていたという妹。

消える間際に、と言い残した言葉。

 

俺が選んだ選択は、多分間違いだった。

ただ、謝って済む話でもない。

()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

だったら、と声がした気がした。

どうしたいの、と問われた気がした。

それは、いつか聞いたような誰かの声で。

 

俺は――――。

 



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天BADENDアフター(下)『伊邪那岐命、伊邪那美命』

手を取るルート。


 

結局、俺はその手を取った。

他に頼れるものも見えず。

方向を指し示していたソフィもまた姿を消し。

そんな中で、残ったモノが。

唯一の指針だったからだ。

 

例え、それが悪魔との契約だったとしても。

 

 

『彼女』(と、そう呼んだ。 声色からして女性っぽかったし、判断基準がそれしか無かったから)が示したのは。

一つの特殊な儀式のような、既に天と交わした行為によって得た。

俺自身が気付いていない、契約効果そのものだった。

 

何故、それを教えるのか。

気紛れ、と彼女は()()()()に呟いた。

 

それを教えればどうなるのか。

その先にどんな末路が待っているのか。

それが知りたい、見たいだけなのだから、と。

 

その笑い声は何処か冷たさを感じていたけれど。

俺は、漸く得た手掛かりにだけ気を取られていて。

それより先のことを、考えなかった。

他の、大事な人たちのことを考えなかった。

 

「実験」したのは、自分の部屋で。

存在感の減少。

暴走させたことで、天は自分の存在が薄れ続けていて。

俺毎消えることを望まず、たった一人で消えていった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから、俺は。

脳裏に浮かんだ、幾人かの少女や。

親や、先生や。 大事な友人達を脳裏に描いて。

ごめんな、と。

悪い、許して欲しいなんて言える訳もないけれど。

そう、呟いて。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

存在が消え、世界から否定されて。

同じ所まで落ちれば、或いは。

同一のアーティファクトから齎される結果は、同じなのだから、と。

他の全てを捨てる覚悟はあるの?と。

その嘲い声(わらいごえ)は、問い掛けていたけれど。

 

そんなものに突き動かされなかったとしても。

或いは、いつかは。

こうしていたようにも思える。

 

俺の部屋の、ベッドの上。

少しずつ、見覚えのある姿が見えてきた。

体育座りで、何処か虚ろな目を浮かべた。

何処かに動けばいいのに。

それすらもせずに、嘗ての思い出に浸ったまま動かない少女の姿。

微かに聞こえる吐息も。

手入れすることを忘れてしまったのだろう、ボサボサになった髪も。

そのどれもが、懐かしくて。

そのどれもが、愛おしくて。

 

彼女に、なんて言葉を掛けたのだろうか。

そんな言葉も。

帰ってきた、返答も。

()()()()()()()()()()()

 

 

 

とあるマンションには、都市伝説があるという。

誰も認識できない部屋の中に、男女の霊がいるという。

妙に広いマンションの廊下は、生きたまま塗り込められたからだとか。

誰かが消えてしまった二人を探しているだとか。

学生ならではの噂が、未だに続く世界の狭間。

 

ぱたり、と。

本を閉じるように。

一つの枝が、閉ざされた。

 

 

 



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少しだけ、違う貴女と。(上)

ツイッターで募集してた砂糖でみゃーこが選ばれたので。
……今日はクッッッッッソ眠いからこれで許して……
一応想定はここいろベースに+ヒロイン全員知り合い世界。


 

青い海、白い砂浜。

とまあ、そんな場所は俺の知る限りでは殆どない。

良く二次元(ゲーム)の世界とかなら聞く話で。

そういった舞台、格ゲーでも狩りゲーでも、或いは何でも。

少しのイベントの舞台には利用されるもの。

 

「だからって、なぁ……。」

 

俺達の住む街から、電車で数駅行った先。

町中に温泉が湧いている事でちょっとだけ有名になった場所。

そんな場所に、()()で出向くことになった理由。

それもまた、今待っている相手――――都が、最初の切っ掛けだった。

 

 

「……ねえ、翔くん。」

「ん?」

「明後日……時間ある、かな?」

 

5月も終わり、梅雨の時期もそろそろ終わろうとしている6月末。

諸々の騒動が終わった後。

だが、変化した関係性はそのままになっているとある金曜日。

バイト帰りに俺の家にやってきた都は、週末の予定を尋ねてきた。

 

「そりゃまあ、予定というか……時間なら幾らでもあるが。」

「だよね、良かった。」

 

一体何だ?

なにかあるんだったら、学校帰りにでも教えてくれたと思うんだが。

校門前で待ち合わせ、用事がないならそのまま家へ。

都にアルバイトがあるのなら、ナインボールまで送っていって其処から帰宅。

此処最近の俺の行動。

 

「あの、ね。 御爺様が貰ってきたみたいなんだけど。」

 

手渡されたのは、手のひらより少し大きいくらいの紙が二枚。

何かが印字されていて、それに目を通せば。

 

「温水プールの、オープン前チケット……?」

「ほら、近くの温泉の。」

「え、そんな場所あったか?」

「まあ、小さい場所だから……知らない人は知らない、か。」

 

都が説明するには以下の通り。

温泉、というだけでは中々人……それも若者を集められないと考えたその街は。

地熱を利用した室内温水プール、それもウォーターパークのようにすることを計画した。

ただ、そんな大きい箱物を立てても人が集まらなければどうしようもない。

なので、ある程度の小ささでまず立ててみて。

その反応を見て拡大化する方向に舵を切ったのだとか。

 

「……まあ、其処までは分かる。 要するに都の実家関係で貰ったのか?」

「みたい。 地元活性化には力入れ始めてる……って、聞いたことがあるから。」

「それで……え~っと、これを渡してくるってことは……。」

「え、っと……。 一緒に、行かないかな、って。」

 

プール。

つまりは水着姿。

()()()()()()()()()()()()裸姿にそれを脳内で当て嵌める。

ちょっと妄想して、当人が目の前にいるのだし直ぐに首を振った。

幸い何を考えていたのかは気付かれていないようで、頭の上にハテナマークが見える(気がする)。

 

「……いや、俺は嬉しいし全然いいけど。 都こそ良いのか?」

「へ? 何が?」

「いや……俺なんかと、その。」

「翔くんだから、一緒に行きたいんだよ?」

 

……そうか。

 

「いや、海は一緒に行ってみたかったのは確かだから俺も嬉しいけどさ。」

「あ~……私、逆に海は行かないの。」

「へ、そりゃ何で。」

「ほら……海だと、太陽があるから。」

「肌、弱かったりするのか?」

 

心配そうに問い掛ければ、ううん、と。

そうではない、と言いながら。

 

「でも……赤くなっちゃうと、痛みが中々抜けないから。」

「弱いって言うほどでもないけど……って感じか?」

「うん、そんな感じ。」

「大丈夫なら日焼け止めくらいは塗ってやるけどなぁ。」

 

思い付くように、言葉を挙げれば。

ちょっとだけ混乱したような顔をして、すぐに落ち着いて。

けれど、上目遣いで一言。

 

「……えっち。」

「!? いや、今そんなつもり一切無しだぞ!?」

 

今度はこっちが混乱する番。

心配……9割で言ったのにそんな風に取られると流石に困る。

 

「ふふ。 冗談。」

「冗談にならない冗談はやめてくれよ、流石に。」

「ごめんごめん。 でも、日焼け止めかぁ。 ……必要かな?」

「どうだかな。 ただ、夏になる前に用意しといても良い気はするぞ。」

 

というかその口調だと今まではどうしてたんだ……?

ちょっと怖くて聞けない。

 

「だよ、ね。 ……よし!」

「何だその決意に満ちた顔は。」

「明日、買いに行こうと思って。 ……デート、しない?」

「朝から?」

「夜まで――――で、いい?」

「勿論。」

 

そういうことになった。

……ちょっと幸せで頭がバグってる気がしないでもないが。

まあ、楽しみなものはしょうがない。

今日と明日。 恋人らしく、楽しもう。



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少しだけ、違う貴女と。(中)

隣にいる貴方だから。


 

何処かで待ち合わせ。

そんな、想像していた学生らしい行為も最近は減ってきて。

殆どは彼女が俺の家にやってくるか、俺がナインボールに迎えに行くか。

今日は前者。

 

「おはよう?」

 

渡してある合鍵で、自分の家のように入ってくる都。

半分以上はもう、彼女の家のようなもので。

俺だけの家、という自覚も少しずつ減ってきていた。

 

「おはよう、都。」

「あ、今日は起きてるんだね?」

「早めに寝たからな~。」

「私はちょっと寝不足……。」

 

左手の指で目を擦る姿に、少しだけ笑みを浮かべて。

 

「眠れなかったのか?」

「そういう訳じゃないんだけど……なんでだろ?」

「眠いなら少し寝てからにするか?」

「うぅん……一時間だけ、良い?」

 

勿論、とベッドを指し示して。

 

「ご自由にどうぞお姫様。」

 

そんな言葉を呟けば。

 

「ありがと、王子様。」

 

と。

少しして、小さく寝息が聞こえて。

流していた音楽を消して、寝顔を少しだけ見て。

起こさないように静かに、マウスをクリックした。

 

「おやすみ、都。」

 

そんな言葉を囁いて。

 

 

それから凡そ二時間弱。

少しだけ長く寝かした後で。

デート、という名目もあってか。

久々のモックでの昼食。

 

「……。」

 

けれど。

幸福半分、何とも言えないモヤモヤ半分といった感じの。

言葉にしづらい、入り混じった感情を顔に浮かべている。

 

「……いい加減機嫌直してくれよ。」

「……うん、そうなんだけど、ね。」

「俺が寝かしておいたのが悪いんだからさぁ。」

「文句は絶対に言えないし……ううん、ちょっと時間頂戴。」

 

何でこんな顔をしているかと言えば。

単純に寝過ぎたことで俺との時間が減ってしまったこと。

そして、出かける時間になってしまったことで昼食を外で食べることになった事。

500円の外食が月一での楽しみ、と以前から言うように。

倹約家の外面が特に強く、お金も貯まるだろうなぁ、という感じが俺にはあった訳だが。

()()()()()()()()()、という一点が彼女に取っての凝り(しこり)になっているようで。

 

「でも。」

「……?」

「久しぶりのデートなんだし、笑っていて欲しいって思っちゃ駄目か?」

 

明日も、その先も。

一緒だというのは分かっていても。

一日を大事にしたい、というのはズルい言い訳だろうか。

 

「……むー。」

「ほら、そんな考え事してるから。」

 

頬に赤茶けた色のソースが付いていて。

手を伸ばして、それを拭き取れば。

……あちこちから聞こえる妙な舌打ち。

何だお前等。

 

「……うん、そうだよね。」

「そうだよ、食べたら出よう。」

 

舌打ちが聞こえるし。

視線に関して気を配っていたわけでもないから、何となく独り身が妬んでるんだろうなとか。

そんな感想は浮かんでくるが。

 

「そう……だね。 その代わり。」

 

夜は期待しててね。

その言葉に、()()()()()を感じたのは。

此処最近の、彼女の変わりようを身に沁みて理解していたからかも知れない。

 

「じゃあ、商店街にも行く感じか?」

「付き合わせても、大丈夫?」

「今日は半分俺の要望もあってだろ。」

「そうかなぁ……。」

「そうだよ。」

 

何があっても、責任も喜びも半分割。

そう、決めてるんだから。

 

「だからほら、ポテトも冷める前に食べちゃおうぜ。」

「うん。」

 

都のポテトに手を伸ばし。

口元に向ければ。

それに、ぱくりと。

口を伸ばして、餌付けされる雛のように飲み込んだ。

 

くすりと笑って。

くすりと笑われて。

少しずつ食べ進める姿を、眺めていた。

 

この後は――――都の、新しい水着を買いに行くというのに。

既に、心の中が暖かいもので満たされている感じがしていた。




本番は下だよ!


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少しだけ、違う貴女と。(下)

書けと言われたので書きます(意図的な表現)
実際の行った先での話とかは希望があれば書くのでテキトーに希望ください



想いの先に。


 

「ん~どっちが似合うかなぁ?」

 

着替える個室から、私服姿で外に出てくる。

そんな彼女を出迎えるまでに、抱いていたのは気不味さ。

 

「都の好きな方で良いんじゃないのか?」

「……選べないもん。 翔くんが選んでくれない、かな?」

(おいおい無茶言うなよ。)

 

少しばかり早いか、とも思うような。

けれど時期からすれば、特に服屋からすればこれくらいから売っているのが当然か。

そこまで服装面で気にしたことがないような俺からすれば、場違いにも思ってしまう。

そんな女性用の、それも肌を多く見せる下着売り場の近く。

 

「あー……どっちも、って答えじゃ駄目か?」

「じゃ、聞き方変えちゃうよ?」

 

水着売り場に、二人でやってきているという事実。

食事をしていた時には余り考えてもいなかった、周囲からの()()()()()()()()()に晒されながら。

両手にそれぞれの水着を持った都の問いかけは、至極当然のもののようでもあった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんなはずなのに。

いつもと同じ、けれど照れが混じったような微笑み。

それでも、()()()()()()()()()()()()()に感じた。

それくらいに、『彼女』(みやこ)の姿が特別に思えた。

 

「……あ、ああ。 そうだなぁ。」

 

心臓が跳ねている気がする。

口調がおかしくならない程度に早口でごまかしながら。

都の問い掛けに答えようと、頭を回した。

 

右手に持つのは、フリル……とか言うんだったか。

白のビキニに時々都の服の端で見る、ふわふわした布のような物がついた一式。

左手に持つのは、ビキニという意味では同じだけれど。

腰の辺りに布を付け、下半身を隠すような格好になる薄緑色の水着。

脳内で考えること、数秒。

 

どちらも――――という答えが封じられている以上。

そして、都の問いが俺の好みである以上。

彼女に似合う、という意味でも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()、という意味でも。

指を向けたのは、左側。

 

「こっち?」

「……白も似合うけどさ。 なんか、都って淡いイメージがある。」

 

自分の独占欲は表に出さずに。

汚い部分を見せたくない、と思うのは普通だろうから。

 

「……淡い?」

 

具体的にこう、と言うわけではなく。

なんとなくの、感じ方。

はっきりした色よりも、周囲に溶け込むほうが都らしいと俺は思う。

それでも、彼女は周囲から浮かび上がってしまうのだけれども。

だからこそ、九條都なのだろうと。

 

「俺の感じだとだけどな。」

「そっか。 じゃあこっちにするね。」

 

いつしか、周囲の目線は気にならなくなっていた。

目に映るのは、目に入るのは俺と都の二人だけだと。

そんなおかしな、幻想すら抱いていた。

 

 

帰り道、夕暮れ時を二人で歩く。

 

「…………時々、思うんだ。」

「何を?」

”IF”(もしも)のこと。」

 

都のその言葉に。

俺自身も、同じことを思うのだと吐き出した。

 

もし、彼女と深く関わることがなかったら。

もし、彼女との接し方が違っていたら。

もし、あの時勇気を出さなかったら。

そんな事を考えなかったら、といえば嘘になる。

 

「……考えるだけ無駄だとは、思うんだけどな。」

「考えちゃう、よね。」

 

いつもの商店街。

 

「ただ。」

「うん。」

 

いつもの日常。

 

()()()()()()()――――なんて、考えるよりも。」

「うん。」

 

いつもの世界。

 

()()()()()()()……都に、ちゃんと気持ちを言えたから。 俺は今、幸せなんだ。」

「――――私も。 ありがとう、翔くん。」

 

”前”(いつも)とは、少しだけ変わった――――そんな二人だったから。

その手の反対側に、二人でそれぞれ袋を持ちながら。

夜闇に沈み始める、世界を眺めながら。

同じように、人工的な明かりから遠ざかるように消えていく。

 

 

実際着た姿を俺自身が見なかったのは、単純な話で。

 

「……ちゃんと着てみせるのは、向こうで、ね?」

 

そんな、耳元での囁きに負けたから。

そんな、水着の下までを見せあった時だったから。

そんな、想像している時間が幸福だから。

 

全てが入り混じっていたからこそ――――だと、思うのだ。

 



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全年齢版発売記念SS 「君と二人で」。

タイトルの通り。
ツイッターでリクエストされた話です。凄い短め。
随時募集中。


 

「いらっしゃいませー!」

「翔くん、次三番さん!」

「分かった、取り敢えずこれな!」

 

都に指示されたテーブルに急いでハンバーグを運び、注文表を置いて次へ。

 

(こんな忙しくなるのかよ……そりゃ頼まれるわけだ!)

 

ざわざわといつも騒がしい喫茶店、ナインボール。

そんな場所で、普段とは逆……つまりは客ではなく店員として動き回っていた。

理由は極めて単純。

都から緊急のバイトを頼まれたから。

 

「ありがとうございましたー!」

 

普段はいないバイトだからか、物珍しそうに見られていたが何とか客も捌け。

閉店の時間帯――――はぁ、と深い息を漏らしていた。

 

「お疲れ様。 今日はもう閉めちゃうから表の札だけ変えてきてって。」

「都もお疲れ。 ……普段からこんな感じなのか?」

「ううん……極たまに、かなぁ。 もう少し頭数がいるからいつもなら楽なんだけどね。」

「ああ……風邪だっけ?」

「みたい。」

 

頼まれた理由も単純で。

普段働いている数少ないバイトの半数が風邪でダウン。

とてもじゃないし手が回らないとのことで、と言う訳だ。

まあ普段から暇してるし、都には世話になってるから別に構わないんだが。

バイト、というものに不慣れだから色々迷惑をかけてしまった。

 

「あー……そうだ、先に言っておく。」

「?」

「色々迷惑かけた、悪かった。」

「え、いや十分すぎるくらいに助かった、よ?」

「いや、それでも皿割ったり……。」

「それくらい誰でもやっちゃうことだから。」

 

私も初めた頃はやっちゃってお祖父様に迷惑かけたし、と。

懐かしそうな口調で言っているが……慣れるまでにどれだけ掛かっていたのかは聞かないほうが良いんだろうな。

なんと言うか心が折れるかもしれない。

 

「それでね。」

「うん?」

 

そんな風に考え込んでいれば、まだ何かを告げようとしている都。

……何となく、何が言いたいかは分かるが。

思い込みかもしれないし、念の為に確認を兼ねて先を促す。

 

「翔くんさえ良ければ、これからもどうかなって。」

「……それ都が決めていいの?」

「お祖父様には前もって聞いておいたよ?」

「話が早いなオイ。」

「あの子だったら構わない、って言ってもらえたし。」

「相変わらず良く分からん所で認められてるな俺……。 ちょっと考えさせてくれ。」

 

客がいない時間帯だからこそ出来る、店員同士としての雑談の時間。

確かに、普段の私服ではない特別な彼女と話せるのは貴重かもしれない……とは思う。

 

「取り敢えず表のだけ変えてくる。」

「分かった~。 あ、後そうだ。」

「?」

「……今日、この後行っていい?」

「……俺は、構わんぞ。」

 

それに。

こうしてバイト後もある……と考えるなら。

彼女との将来を考えるなら――――有りなのかもなぁと。

そんなどうでもいいことを、思った。



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「にじいろ」。
1.繰り返し。


初っ端からネタバレしかないです。


 

 

 

ニア 記憶をインストールする。

 

 

 

 

 

頭痛と。

頭痛と。

頭痛と。

頭痛と。

そして、少しばかりの吐き気。

 

脳裏に落とし込まれた知らない記憶。

 

フェスの帰り際に落とし込まれた記憶は、そんな吐き気から始まった。

 

 

4月17日。

地震と、神器の破損と、AF。

けれど、もう魔女は存在しない。

 

そんな筈なのに、何故俺はまたこうして繰り返しているのだろうか。

「相棒」に問い掛けても、返事が返ってくるかは不明。

 

「兄やん、絆創膏持ってきやしたぜー? ……ん、なんか頭抱えてるけどどうしたん?」

「ああ、悪い。」

 

そんな何度も繰り返したような覚えのある会話をしながら。

何よりも。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()に違和感を感じながら。

目の前で困っている都を見。

隣で心配してるんだか良くわからない天を見。

沙月ちゃん――”普通”の彼女を見。

 

そして、未だ知り合わない二人を思い。

 

どういうことなんだ、と心の中でずっと戸惑いを浮かべていた。

 

 

 

まず、何より最初に確認したのは自分の記憶の存在。

 

全ての枝の記憶。

都が死に。

都と結ばれ。

天が消え。

天と……その、なんかなり。

イーリスに騙されて、全員が石化して。

春風と、世界の眼を破壊して。

幾度も記憶をインストールしながら。

希亜と共に撃退し。

けれど、開発されていた同じ手段で与一と何度も敵対し。

幾度も、幾度も彼女たちを失って。

最後に、裏技で魔女を魂ごと消し去って。

眠って、気付けば、この時間。

 

俺が望んだ事を聞き遂げてくれなかったのか?

そう心の中では思ったけれど、多分少し違うのだろう。

 

 

「あ、あの……ごめんなさい。 今は写真撮影はご遠慮していただけると……。」

 

 

視線の先、都――九條 都。 ……ああ、彼女は覚えてないだろうけど。俺は()()()()。――が、コスプレ姿で避難誘導を行っている。

魔眼のイーリス。 輪廻転生のメビウスリング。

その名前を思い出すと、元になった姿が浮かんで苦笑しか浮かばなくなるのだけど。

 

「天、少し待ってろ。」

「え、うん」

 

それだけ声を掛けて、都の元へ向かい。

 

「すみませ~ん。 非常時なので、避難誘導に従ってもらえますか?」

「え、新海くん……?」

「ご協力ありがとうございま~す。」

 

彼女の反応に、少しだけ胸を痛めながら。

幾度も繰り返した覚えがあるその誘導を済ませる。

ここから、彼女との親交が始まった。

ここで、何もしなかったから。

俺は一度、彼女を失った。

 

枝の記憶が、そう告げている。

 

「平気か?」

「え、ええ……。 ありがとう。」

「俺、もう先帰るから。 お先。」

 

カメラマンたちを追い払い。

それだけを告げて、天達の元へ。

 

「おうおう、兄貴。 カッコつけてるじゃないっすかー!」

「うっせ、帰るぞ。」

「へいへい。 沙月ちゃんまたねー。」

「はいはい、また今度。」

 

確か、この次は。

数少ない記憶の中、思い出したのは。

希亜と親しくなった枝の記憶。

 

「? ねえにぃに。」

「どうした?」

「何か考え事?」

「かもな。」

 

そんな、他愛もない会話の中。

話が出来る幸福を、少しだけ実感していた。

 

 

 




※間違い部分を修正


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2.心、揺れる。

 

「でさ、翔の兄貴。 あの助けてたレイヤーさん知り合い?」

「知り合いっつーか、まあクラスメイト。」

「へー、クラスメイト。 で同じアルバイトかぁ。」

 

帰宅途中の話し合い。

 

「まあ、向こうはバイトっつーか家業の手伝いだろうけどな。」

「家業?」

「コロナグループの令嬢だよ、九條。」

「コロナ……」

「コーラのコロナ。」

 

あ、何度か見た表情してやがる。

 

「え、そんな令嬢とクラスメイト!?」

「だな。」

「仲良くなっておこうぜ兄貴!」

「金目当てってクズかお前。」

 

何考えてるかは大体分かる。

 

「世の中金ですよ兄やん。」

「はいはい、帰るぞ。」

「あれ、何処に……?」

「駅前。 帰れ。 ゴーホーム。」

「酷くない!?」

「酷くない。」

 

いや、まあ……こいつの気持ちも分かってる。

分かってるし、それを一度は受け入れた枝もあったんだ。

それはそれとして、今日は帰らせる。

 

ギャーギャー騒ぐ妹を駅から帰らせて。

次に向かうのはナインボール……の前に、彼奴を見つけなければ。

 

結城希亜、魔女討伐のキーパーソンにして厨二。

そして、時間が止まってしまった少女。

――――記憶の中での、最後の彼女。

血塗れで倒れる、頭が欠けた姿。

 

思い出すだけで。

吐き気が、ぶり返しそうになる。

 

確か、この辺りで見かけたはずなんだが。

 

「…………。」

 

いた。

黒い、いつもの姿の少女。

ふらり、と近付きそうになるのを抑えて。

今回もまた、繰り返す。

 

 

後を付けて。

茶トラの猫に逃げられる姿を目撃し。

ナインボールでパフェと、苦手な紅茶を嗜む彼女へと話をした。

 

寂寥が、ぶり返す。

出来ることなら抱き締めて。

ただいまと、もう一度言いたいけれど。

彼女は、彼女達は何も覚えていない。

 

だから、連絡先を告げ。

その場を立ち去った後。

 

何故、ここまで心が揺さぶられているのかに気がつけなかった。

 

 

 

 

その日の晩。

 

いつも通りに、ナインボールで食事を済ませ。

都と、軽く話をして。

助けてくれたことへの礼を受け取り、その場を去った。

 

うまく笑えていたとは思う。

うまく話はできたと思う。

――――多分、恐らく、きっと。

 

夜の散歩、神社。

落ちているぬいぐるみを拾いに向かった。

 

無言で転がる、アーティファクトユーザーにしか見えないぬいぐるみ。

ソフィーティア。 何度も助けられた、魔女と別の枝を歩んだイーリス。

 

拾い上げて。

たった一言。

 

「ぬいぐるみのフリはしないでいいぞ、ソフィーティア……イーリス。」

 

無反応。

 

「……お前のことは知ってるし、分かってる。」

 

無反応。

 

「……十歳の時――――。」

 

びくぅ!? と反応。

小さく、溜息。

 

「少し、話がしたい。 良いか?」

 

良くはなくても、話はするんだが。

 




4つのいろのどれでもなく。
全てが重なり合った、幸せな世界。

にじいろの話をしよう。


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2.5 「ゆきいろ」と「ここいろ」。

 

「彼」と出会ったのは、フェスのあった日。

()()()()ナインボール。

パフェと、余り好きじゃない紅茶を頼み。

本を片手に、のんびりとした時間を過ごしていた時だった。

急に、目の前の席に座り込んで。

 

結城希亜(ゆうきのあ)だな?」

 

そう、急に声を掛けられたときだった。

 

「彼」は私を知っているようで。

けれど、私は「彼」を殆ど知らない。

幾度か、此処で見かけたような気がしないでもないけれど。

ただ、それだけの間柄の相手。

だから、私は警戒していた。

 

「……どこかで会った?」

 

だから、それは実質的な否定のはずで。

 

「いいや、まだだ。」

「まだ?」

 

ああ、と告げる「彼」。

真剣な表情で。

けれど、何故だろう。

少しだけ、悲しそうな顔で。

 

「俺は、ヴァルハラ・ソサイエティの一員だ。」

 

そんなことを。

誰も知らない筈の、その名前を。

私と。 死んだはずの妹しか知らない名前を出した。

 

「貴方は、一体……。」

「別の世界線で知り合った仲だ。」

「別の……。」

「聖遺物は?」

「ぇ。」

 

畳み掛けられるように、次々と。

()()()()()()を、投げ掛けてくる。

けれど、何故だろう。

何かを忘れているような気がするのは。

そんな筈は、決して無いのに。

 

結局、「彼」は。

自分の連絡先と、LINGのIDを書いた紙を置いて立ち去った。

「聖遺物を手に入れたら連絡してくれ」と。

「お前の力が必要だから」と。

 

いつもどおりの日常の中に入り込んだ、ほんの少しのバグのような。

何処かで求めていたような。

或いは、変わる切っ掛けを求めていたような。

そんな私の前に現れた変化の切っ掛けは。

 

同い年くらいの、男の子の姿をしていた。

 

 

 

 

からん、からんと音がする。

いつもの「彼」。

知っていたのは、一方的なようで。

ちゃんと知り合ったのは、学年が上がってから。

 

「よろしくね」と、私が「彼」に告げたあの日から。

 

「ビーフカツレツのセットを、ライスで。」

「はい。 ビーフカツレツのセットを、ライスで。 以上でよろしいですか?」

 

はい、と。

「彼」の注文を受け付ける。

ここまでは、バイトの私。

少しだけ、同級生の私に戻って。

困っている、一つのことについて相談する。

 

「ごめんなさい、新海くん。 少し良いかな?」

「ん? どうした?」

 

そう返す彼の顔は、少しだけ疲れているようで。

多分、フェスの手伝いの疲れがあるんだろうな、と。

私は、そんな風に思いながら。

 

「これ、なんだけど。」

 

気付いたら持っていた、アクセサリー。

私のものではないそれの持ち主についての相談。

彼なら、誰のものかを知っているかもしれないと思って。

 

「……んー、悪い。 分かんねーや。」

「そっか、ごめんね。」

「九條も大変だな、フェスの後にバイトとか。」

「新海くんもお疲れ様。 それと……ありがとう。」

 

へ、と漏らした彼に。

 

「いつも、お店に来てくれて。」

 

にこり、と。

彼に、いつものお礼を告げれば。

少しだけ、赤くなる顔が見えて。

私も、何故か。

同じように、顔が赤くなったような気がした。

 

仲良くなれればいいな、と。

そんなことを、思いながら。

何かが、頭の片隅にあるような気がしながら。

 

セットのおまけに、プリンとコーラを載せた。

 




記憶の混雑。
完全インストールまでは、まだ長い。


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3.枝。

他ルートはともかく天ルートアフターはどうなるのか未知数過ぎて困る。


 

「その場でする話ではない」ということで。

以前と同じように家へ移動して(前回と同じように消えながら付いてきたらしい)。

何故名前を知っているのか。

何故秘密を知っているのか。

何故――――という疑問点を解決し。

……少なくとも、前の枝くらいには仲良くなれたと思いつつ、彼女に問いかける。

 

「もう枝の記憶共有しなきゃいけない理由って余り無いよな?」

「そうね、もうイーリスは倒した……んでしょ?」

「らしいな、俺の主観では間違いなく。」

 

世界の眼。

他の枝の流れを見る事ができるアーティファクト。

それを用いて、確認できるのは俺ではない。

今こうして浮いている、ぬいぐるみのような幻体の中身。

ソフィと、俺の()()

正確に言えば、別物ではあるらしいが。

似たような効果がある以上、今はそういうものとして纏めておく。

 

「まあ、私も今の状況じゃ把握できるわけでもないけど……具体的に、倒したのはいつ?」

 

()()()()

忘れられた死体と、彼女達に別れを告げた最後の日。

 

「5月……17日、だな。」

「なら、まだ確定出来るわけじゃないのね。」

 

未来を見ることはできない。

それが、世界の眼の持つ唯一の欠点。

そして、俺と相棒が持つ唯一のアドバンテージだったもの。

 

「まあ、その上で幾つか相談したいことがあるんだが。」

「あら、相談?」

「以前の枝でも頼んだことなんだが……。」

「ちょっと待って……ああ、これね。 幻体と……攻撃系のアーティファクト?」

「最悪は幻体だけでもなんとかなる……とは思う。 前と同じなら、だが。」

 

学校での放火騒ぎ。

イーリスが介入しなければ、時間軸はそこまで変化しない……筈だ。

 

「まあ……他の枝を見る限り、相当貴方に気を許してるのは事実みたいだし。 幻体だけでもなんとかしてみるわ。」

「頼む。 俺は出来る限り被害を減らす方向で動いてみたい。」

 

明日起こるはずの、石化事件。

犯人は、深沢与一。

魔眼のユーザーであり。

俺の友人であり。

……彼女達を、殺した敵でも有り。

正直に言ってしまえば、今浮かんでいる感情は複雑すぎる相手。

ただ、出来るなら――――。

 

「魂を燃やす炎のユーザー……もなんとかするつもり?」

「暴走まで行かせずに対処したい。 まずは明日の事件を止めるところからだけどな。」

「そ。 だったら手続きは進めておくわ。 また明日ね。」

 

いつもと同じように、謎ワープで彼女は帰り。

小さく呼吸を整え。

自分の感情を落ち着かせていれば。

 

ぶるる、と携帯に着信。

見知らぬ番号――――いや、覚えがある番号。

時間帯は変わっているけれど、希亜のもの。

と、言うことは。

 

「もしもし?」

「もしもし……新海くんの番号ですか?」

 

アクセサリーがあった、その報告。

つまり、彼女がユーザーになったその連絡。

そして――――彼女と親しくなる、その始まりだった。



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4/18(月)
4.4月18日。


翌日。

4月18日。

何も覚えていない時だったら、唯の一日。

全てを覚えている今だったら、大きな分岐の一日。

 

今ならまだ、止められるから。

 

 

「あ、やっと来た!」

 

登校途中の学生の波に逆らって、やってきたのは天。

わざわざこっちに来る必要性はないと思うんだが。

 

「遅いよ、何? コンビニ寄ってたの?」

「ああ、昼飯買ってきた。」

「え~、かっわいそ~。 お兄様はパンですの~?」

 

すっげえ聞き覚えがある台詞。

少しだけ懐かしくも感じる。

 

「そういや母さんの飯全然食ってねーな。」

「帰ってくればいいじゃん、近いんだし。」

「あー、そうだな、気が向いたら。」

 

とぼとぼと、或いはてくてくと。

歩いて行けば、顔を覗き込む天。

 

「ん~……?」

「どうした」

「いや、なんていうか。」

「何だよ」

「雰囲気、微妙に変じゃない?」

「変とかいうお前のほうが変だが」

「傷付くからやめろ。 私意外とナイーブなんだぞナイーブ。」

 

はいはい。

そんな会話をしながらの登校。

別の枝の記憶でも、こいつはこんな事に気付いていたように思える。

妙に鋭いというか、細かいところに気が付くというか。

 

……こいつにも、いつかは話しなきゃいけないんだよな。

そう思うと、憂鬱感が増してくるんだが。

「ごめんね」と。

「さよなら」と。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、あの……その、え、と……すいません、ごめんなさい……。」

 

視線の先、いつものように春風……げほん、香坂先輩とその他大勢。

能力の暴発というか、コントロールが上手く行ってないからというか。

無意識化でのが発動しちゃってるだけと言えばだけなんだが。

 

「凄いね~……お姫様?」

「本人は困ってるっぽいけどな。」

「えー、贅沢じゃない?」

「何処がだよ、お前知らない奴等にああいう風に囲まれたいか?」

「え、絶対嫌。」

「だったらンな事いうなって。」

「兄やんも私をああいう風に扱ってくれればなー。」

「は?」

 

少しずつ、距離は近付いていく。

 

「いや、そんな真顔で言われると私も困る。」

「仕方ねえな……お嬢様、口を閉じて下さりますか?」

「よろしくてよ。 ってふざけんなよ丁寧でも傷付くんだからね!?」

 

前の集団に近付いて。

 

「追い抜くぞ。」

「はいはい。」

 

集団を追い抜いて。

その上で、同じように繰り返す。

 

「あの。」

「ちょ、にぃに。」

 

振り返り。

困った表情を浮かべる先輩へ、声を掛ける。

 

「すみません……その、すみません……。」

 

声には気付かない。

自分に向けられたものだと思っていないから。

特に、先輩の恐怖症もあるから周囲に気を配れていないのも明白なんだろうし。

 

「あの。」

 

だからこそ、もう一度話しかける。

切っ掛けを作る。

もう一度、仲良くなりたいから。

また、話をしたいから。

 

「……え?」

「大丈夫ですか? 困ってるなら、何とかしましょうか?」

「ぇ……ぁ、ぅ……」

 

石化。 というか固まった。

唐突すぎて暴走したのか何なのか。

まあ、今はこれでいいか。

 

「……急に声かけてすいません、それじゃ。」

 

背を向けて、歩き出す。

それを慌てて追いかけてくる天を横目に見ながら。

 

「びっくりした……。 急にどうしたの? 昨日といい今日といい。」

「人助けに唐突に目覚めた。」

「うわ似合わねー。 彼女でも欲しいから全方位いい格好してんの?」

「……。」

 

溜息。

 

「だから冷たい態度やめろってば!」

 

いや、まあ。

……こいつの内心考えれば、切れたくもなるわな。

 




希亜の部分スキップしたのは前の枝の衝撃が未だ抜けきれていないから。
つまりは引きずったままなので話の内容の大部分が抜け落ちてしまった故。

※5/13追記
後々の展開考えたら書いたほうが良さそうなので2話と3話の間に2.5話として書いておきます。
別視点(ヒロイン視点×2)なので読む際はご注意ください。


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5.落とし物。

「おはよ~、おっはよ~!」

 

朝からテンションが高い声がする。

学校到着後、普通についてこようとする(アホ)に一瞥し。

教室、自分の席に付いたところで聞こえた声……与一のものだ。

 

妙な感情を抱く。

怒りのような。

けれど()()何もしていない奴に抱くようなものでもなく。

それらを務めて心に沈めて、表面上は普通に。

可能な限りで、普通に。

 

「おはよ~、翔」

「よう」

 

大丈夫だ。

今は、まだ。

 

「昨日どうだった?」

「昨日っつーと……フェスか?」

「そうそう、色々準備してたみたいだったけど。」

「地震あったろ? それもあって散々だったわ。」

 

あらら、と軽口のように与一は告げる。

 

「アニメも散々だったし、流石にそろそろ厳しい気がするけどなー。」

「それでもまた来年もやりそうじゃない? そしたら手伝うの?」

「分かんねー、ただ手伝う羽目にはなりそうだよなぁ。」

 

雑談。

他愛もない会話。

いつまで続けられるのかも、分からない会話。

出来れば――――と、そう思うのは無理なことなのだろうか。

 

「? 翔?」

「ああ、悪い。」

 

少し上の空だった。

そんな言葉を話しながら、耳に聞こえるチャイムの音。

それとほぼ同時に入ってくる、先生の声。

 

「は~い、席についてー。 ホームルーム始めるわよ~。」

 

少しばかり上の空。

これも、変わらない。

……変化が、無かった。

 

 

放課後。

掃除をしながら、希亜に軽くメールを送信。

「分かった」と返事があったのを見て、閉じて。

 

「掃除サボって何してんの?」

 

後ろから覗き込んできそうになる視線から身を外す。

 

「んー、ちょっと連絡。」

「連絡? 誰とさ。」

「ちょっと用事あってなー。」

「珍し。 翔だったら遅れても気にしなさそうなのに。」

「あのな……。」

 

そんな軽口。

幾度しただろう。

枝の総数、戻った回数。 或いはそれ以前も含めれば。

……不味いな、何か見落としそうだ。

 

「お~い、新海く~ん。」

「あ。」

 

そうだ、前の枝でも忘れてたな。

都の落とし物――アーティファクト――の件か。

 

「うわ、サボってるから目をつけられた。」

「謝ってくるわ、進めてて。」

 

足を運び。

学校では殆ど話をしたこともない、困った顔の彼女(みやこ)に近付いて。

呼び名、口調。 そういったものに気をつけながら。

 

「どうかしたんですか?」

「あーね、何か変わったことあった?」

「何か…………?」

 

視線を都に向ければ、赤くなった顔。

ずっと前に見た気がする、そんな顔。

 

「いやね、九條さんが呪われたとか何とか。」

「呪われた……え、呪いとか信じてるんですか?」

「信じるわけ無いじゃん。 気の所為よ気の所為。」

 

毎度思うが、神社の巫女がそんなこと言って良いのかこの人。

ほら、ぽかんとした表情浮かべてる子だっているんだぞ。

 

「まあそれはそれとして。 新海くん、九條さん送っていってあげなさいよ?」

「ああ、はい分かりました。」

「え?」

 

またその表情しなくて良いんだぞ?

 

「いえ、私自転車ですし……。」

「女の子一人で帰らせるのも心配だしね~。 それで恋話とかになって噂させなさいよ。」

「はいはい……。 勝手に言っててください。」

「え、でも新海くんに迷惑じゃ……。」

 

()()()()()

幾度も聞いたその言葉なのに、妙に心がざわつくのは。

彼女が三人目の犠牲者になった枝と。

恋人になった、その記憶も。

()()()()()()()()()()から、なんだろう。

 

「じゃ、任せたわよ~。」

 

先生が離れたのを、確認し。

 

「落とし物について話したいことがある。」

「!」

 

小声で、彼女にそう告げて。

何かに反応したように、少しばかり動作が見えて。

 

「じゃ、掃除終わったら行くから校門前集合で良いか?」

「あ、うん……お願いします。」

 

結局は、こういう流れに収束する。

……始まりも、そんな感じだった気がする。

気を遣わず。

浮かれて。

彼女を失い。

脳裏に走る反応で、前の枝と違う行動をとって。

彼女と結ばれた。

理解はしていなかったけれど、アレも記憶のインストールに近いのだろう。

或いは、直感を相棒が与えてくれたのか。

 

どうなるかは、分からない。

けれど、決して。

彼女達を、不幸にはしたくない。

 

そんな風に、思った。




2.5話としてヒロイン視点を追記しました。
読んでない人はそっちもどうぞ。(5/11 12:30現在)


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6.下校途中。

「悪い、待たせた。」

 

校門前で自転車と共に待つ都との合流。

与一は女子と何かを話してるようだったので放置。

……どっちにしても、今日の晩。

出会うことになるのだし。

 

「ううん、今日はごめんね。」

「いや、俺もちょうどよかった。 歩きながら話そう。」

「あ、うん。 良かったら鞄、カゴに入れていいからね。」

「それじゃあお言葉に甘えて。」

 

教科書とかくらいしか入っていないとは言え、そこそこ邪魔な物体。

それを運んでもらいながらの、二人での帰宅。 というよりは移動。

可愛いお嬢様と仲良くなれれば、なんて。

そんな下心が最初だった頃とは。

俺自身が、変わってしまったけれど。

 

「で。」

「うん。」

 

からころ、からころ。

車輪が回る。

 

「話についてだが、俺も九條と殆ど変わらない。」

「え?」

「超能力……妙な力が使えるようになった、って話だろ?」

 

何度か見た、ぽかんとした表情。

それが持つ意味は。

急に現実味を帯びてしまった、普通ではない出来事への理解までの空白。

 

「新海くんも……?」

「ああ。 昨日……フェスの後から、だろ?」

「私、急に変になっちゃったのかな……って思って。 こんな事、相談できる相手もいなくて。」

「さっきは悪かった。 先生の前で急にアーティファクトがー、とか言えなくて。」

 

アーティファクト。

そう、彼女の唇から言葉が漏れる。

モデルになった、題材とした作品こそ輪廻転生のメビウスリング。

けれど、そう名付けたのは彼女自身。

 

「びっくりした……そうだよね。 新海くんもフェスにいたし、アニメも知ってるし。

 私と同じように名前をつけても――――。」

「いや、違う。 九條から聞いたんだ。」

「……へ?」

 

私から、と言いたげな。

そんな顔ぶりで。

 

「歩きながら話そう。 言っておきたいこともある。」

「あ、うん。」

 

止めた足を、再び進める。

からころ、からころ。

車輪が巡る。

 

「九條の能力って、他人の持ち物の所有権を奪う――――でいいんだよな?」

「う、うん。 そうだけど……なんで?」

「それが、俺の能力……って言えば良いのかな。」

 

一呼吸、間を置いた。

 

「なんて言えば良いのかな。 ……未来とか、別の可能性の未来とか。 そういうのが、見えるんだ。」

 

()()()()()()()()、と。

そう言っておきたかったのは、何故だろう。

 

「未来……未来の私が、新海くんに教えて?」

「大体そんな感じ。 能力者をユーザーって呼ぶことも、九條から。」

 

むむむ、とばかりに。

考え込むような。

ああ、飲み込めないというのも覚えてる。

 

「少なくとも、そういった意味で九條より詳しくはあると思う。」

「そっか……。」

「やっぱり、急には飲み込めない?」

「え、っと。 ごめんなさい。 私、頭が固いから。」

「飲み込めるほうがちょっとな。」

 

そういった話で、ごまかしながら。

どんどんと、口を滑らせていく。

 

「これから、人と待ち合わせしてるんだ。」

「え? じゃあ、えっとごめんなさい!」

「良いんだ、待ち合わせはナインボールだし。 それに……。」

「それに?」

「出来れば、九條にも同席して欲しい。」

 

そこからは、理由説明。

相手が、同じアーティファクトユーザーであること。

俺が知っている内容を説明すること。

顔合わせと、出来れば疑問点のすり合わせも同じくやりたい、と。

 

「でも、私今日は――――。」

「ああ。」

 

そう言えば、今日はそんな日だった。

 

「バイトならないぞ。 九條の勘違いだ。」

「へ?」

「未来で見た。」

 

何度も、何度も繰り返す。

同じように。

同じように。

 

彼女の勘違いも、繰り返す。




シーン転換込で考えると一話が短くなりがちなのは何とかしたいけど。
まあ仕方なし、書きやすいしこのままで。

※間違い修正


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7.伝えるべきこと。

そして、黙っていること。


 

「い、一応見てくるね。」

「じゃあ先席で待ってる。」

 

とは言っても、流石に口頭だけでは事実かどうか信じられなかったらしい。

一度見てくる、というのでナインボールの前で一度解散。

裏口方面に回るのを見て、正面の扉を開けた。

からん、からんという聞き慣れた物音の中。

店内を見回して……発見。

 

奥の席。

手持ち無沙汰を解消するためか、小説を読みながら待っていた希亜。

その正面の席を引いて、座りながら侘びた。

 

「悪かった、待たせたか?」

「いいえ。 そこまで待っていないから。」

「なら良かった。 ……悪いが、もう一人同席することになった。 いいか?」

 

怪訝そうな表情を浮かべて、問いかけが飛んでくる。

 

「……仲間?」

「そうだ、同じユーザー。」

「だったら……まあ、拒否する理由もないわね。」

「悪いな、急に割り込む感じになって。」

 

良いのよ、と言いながら手元にあった紅茶の残りを飲み干した。

……苦手だろうに、よく飲めるな本当。

そんな軽い雑談をすること少々。

厨房から顔を赤くしながら登場したのが都。

 

「…………新海くんのいう通りでした。」

「いやまあ、気にすることでもないだろ。」

「恥ずかしい……。」

 

そんな俺達の顔を確認するように左右に振って、何かを理解したように頷いたのが希亜。

 

「仲間、って言うから誰かと思えば……彼女だったのね。」

「ああ。」

「あ、すいません。 私――――。」

九條都(くじょうみやこ)さん……で合ってる?」

「え……聞かれたりしたんですか?」

 

いえ、と彼女は呟いて。

 

「当然知ってる。 ナインボールの客なら、皆。」

 

視線を逸らした。

すいません、気付いてない多分唯一の客でした……。

視線を感じる。

多分見られてたんだろう。

がたがた、と都が隣の席に座るような音がして。

 

「……まあいいわ。 私は結城希亜。 玖方女学院の二年で……貴方達と同じ学年ね。」

「宜しくお願いします。 それで、ええと……。 結城さんも、同じとは聞いたんですけど……。」

「……嬉しくはなさそうね。」

「何分、急なことなので……戸惑いのほうが大きいのは、事実です。」

 

初対面の、同性の、同い年のユーザー。

幾つか二人に共通する点はあっても、話が噛み合うかはまた別問題で。

 

「そこからは俺が話す。 二人とも、それでいいか?」

 

一度、全てを説明したほうがいいだろうと。

俺が間に入り、先に説明をすることにした。

小さく頷くのを確認して、言葉を続ける。

 

二人に話しておくべきこと。

アーティファクトのこと。

異世界――――世界の眼を介して繋がった世界のこと。

ソフィのこと。

魔眼のこと。

そして……念の為。 もう滅んだはずの、魔女のこと。

 

質問には答え、分かりにくい点は噛み砕いて。

出来得る限り、丁寧に。

俺の、記憶に関して以外を全て。

 

途中で頼んでいた飲み物が届き、一段落する頃。

それらを自分なりに噛み砕いた希亜から、漏れた言葉は。

 

「魔眼が、魔女に渡れば世界が滅ぶ。 だから、それを止めるのが私達の使命。

 この認識で、間違ってない?」

「ああ。 少なくとも、俺が知る限りでは魔女は滅んでるはずだけどな。

 ただ……。」

「”万が一”を考えれば、警戒しすぎるに越したことはない……わね。」

 

うん、と一度頷いた。

 

(ジ・)の力(オーダー)について、知っていて。 世界を救う一助になれるのなら、手を貸さない理由はない。

 仮に、万が一が外れていたとしても――――散逸した物を集めなければいけないことに変わりはないのだから。」

「ああ。 頼りにしてる。」

 

実際問題、希亜の持つアーティファクトの力は持ち主の意志の力さえあれば相当に優秀なもので間違いない。

当人が、それを扱う精神力さえあるのならば。

 

「それで……九條は大丈夫か? 付いてこれてるか?」

「あ、うん。 何とか。」

「分からないことがあったら言ってくれ。 何でも答えるから。」

「……私で、役に立てるかはわからないけど。 やれるだけは、やりたいと思う。」

 

気合は十分。

実際、この二人の能力は何方も使い方を理解してしまえばかなりの相手に有利なモノなのだから。

当人のやる気は、非常に大事。

 

「そう。 ……なら、ようこそ。 ヴァルハラ・ソサイエティへ。」

「ヴァ……ソサ?」

「あー…………組織名、というかチーム名。」

「なんだか嬉しいわね。 八歳のときに考えた名前が実現するなんて。」

「八歳……って、結城先輩と新海くんって幼馴染?」

 

ああ、この辺の会話もしたな。

そんな記憶が、蘇る。

 

「違う違う。 あー……未来での話でだよ。 後こいつは同級生だから先輩じゃないって。」

「へ……ぁ。 ご、ごめんなさい! なんだか凄い落ち着いてたから……!」

「別に、先輩でもいいけど。」

 

あせあせ、と慌てる都。

何処か楽しげな希亜。

それを眺める俺。

不可思議な状況。

一度は、体験した状況。

 

「それで……魔眼のユーザーについてだ。」

「その……石化させるっていう、アーティファクトの?」

「契約者まで特定できてるの?」

 

ああ、と二人に伝える。

以前は、イーリスがいたから敵対した。

今度は……何があっても、繰り返させない。

 

「俺の友人……九條にはこういったほうがいいか。 与一だよ。」

「与一……深沢くんが?」

「知り合い?」

「はい。 クラスメイトで……。」

 

起こりうる内容を精査する。

石化事件。 これは、今日止めれば「石化事件としては」発生しないはずだ。 イーリスさえいなければ。

学校の火事。 暴走者を止める……いや、アーティファクトを事前に奪ってしまえばそれ以上は起こらないはずだ。 これは明後日。

それ以外なら。 別の次元の狭間に落ちた「誰か」のこと。

思い浮かべようと思って、浮かぶ内容も然程多いわけではない。

けれど。 止めなくちゃいけない。

事前に知っているのはのは、俺と。 俺から話を聞いた、ソフィを含めた三人だけなのだから。

 

「……今日。 十九時、公園で待ち伏せ。 それで、いいか?」

 

ええ、と。

はい、と。

以前と同じように、三人で待ち伏せすることが確定して。

一度解散しよう、と。

そんな話になった矢先。

 

「……最後に、一ついい?」

「どうした? 結城。」

 

いえ、と。

勘違いならいいんだけど、と。

彼女は前置きを挟みながら。

 

「……来た時から、妙に悲しそうな顔をしていたのは。 友人のことがあったから?」

「……あ、それです。 新海くんがなんか変だな、って思ったの。」

 

疲れてるのかと思ってたんだ、と告げた都。

こちらを思いやるような目を、俺に向ける希亜。

 

大丈夫だ、と。

それが原因だよ、と。

そう、言えたのだと。

取り繕えたのだと。

多分、思った。

 



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8.変動。

蝶が飛べば、遠い大陸では嵐が起こる。
遥か昔に別れた枝の片割れが滅べば?


 

ぷるる。

ぷるるるる。

帰宅途中。

一本の電話が、スマホに入った。

相手は天。

少なくとも、今までの枝では覚えはない気はするのだが。

 

「もしもし? 兄やん? 私私。」

「オレオレ詐欺はお断りです。」

「そういう事言うの辞めて。 ねえ、今電話大丈夫?」

「あー……ちょっと待て。」

 

ほいほい、と。

周囲を確認。 人の邪魔にならないだろう場所……適当な裏路地の片隅に背を付けた。

 

「良いぞ、どうした。」

「あ~……うん、えっとね。 相談したいことがあるんだけど、直接会えないかな。」

「は?」

 

いや、何事だ急に。

 

「明日でも良いかな~とも思ったんだけど。 お母さん帰り遅くなるから夕ご飯食べて来て、って言われちゃったのもあって。」

「いや、急だなおい……。」

「それに……。」

「それに?」

 

まだなんかあるのか?

今日、公園行かなきゃいけないんだが……。

 

「ううん。 丁度いいし直接会って相談したいの。 駄目?」

「……ちょっと待て。 その相談したい内容ってなんだ。」

「え~っと……。」

 

まさか、とは思うんだが。

 

「おい、天。 一応聞くぞ。 お前妙なもん拾わなかったか。」

「へ、妙な……って何?」

「アクセサリーみたいな奴。」

「え、何!? にぃにも知ってるの!?」

 

……確か、天が手に入れたとか言ってたのは火事の翌日だったはずだから。

2日程早まってるんだが何があった。

いや、こいつのことだ。 元々あったのに気付かなかった、って推測が正しかったんだろう。

ホンットクソ適当だからなこいつ!

 

「……つまり、魔法使いとかって言いたいわけだな?」

「何!? 妹の気持ちを遂に理解出来るようになったの兄やん!?」

「電話越しに叫ぶな、耳が痛くなる。」

 

スマホから耳を遠ざける。

あの馬鹿、本当にテンション上がるといつもこうだからな……。

 

「……まあいい、だったら一回うちに来い。 そのアクセサリー持ってきてるんだよな?」

「うん。 気付いたら鞄の中に入ってた。」

「分かった、じゃあ今から帰るから早くしろよ。 今日これからクッソ忙しいんだから。」

 

そう言って、電話を切って足早に歩き出す……前に。

LINGで都と希亜にメッセージを送信。

「もう一人増えそうだ」と。

各々からの確認の返答が届くのを見て、今度こそ歩き出す。

 

家にあった、じゃなく鞄に入ってた、か。

よくこいつが気付けたな……と思ってしまうのも致し方無いと思う。

最悪は、うちに泊めることになりそうで嫌なんだがなぁ……。

 

 

 

 

「にぃに、遅いよ!」

「お前はなんで勝手に部屋に入ってんだ?」

 

いつものように部屋に上がり込んでやがる。

まあ、直接寄ったんだろう。 堂々と制服姿で、我が物顔で。

父さんも、こいつには甘いからなぁ……合鍵ホイホイ渡さないでくれませんかね。

 

「来いって言ったじゃん。」

「普通前で待機するとかしませんかね!?」

「そこはほら。 私と翔の兄貴の付き合いってやつでしょお~?」

 

頭に拳骨でも叩き落としてやろうか。

いやいや、今そんな余裕はないか。

 

「割とマジで今日大変だから手短に言うぞ。」

「え、いつになく真面目っぽいようななんか泣きそうな顔してるけどどうしたん。」

「それだけ大変なんだよ……!」

「ほいほい。」

 

絶対重要性分かってねえ。

いやまあ……伝えるのも大変だし疲れるんだが。

 

「端的に言う。 お前変なアクセサリー触ったら魔法が使えるようになったっていうんだろ?」

「そうだけど……なんでそれ分かってるのさにぃに。」

「それが俺の能力だからだ。 未来視ってやつだな。」

「は!?」

 

あー、こんな感じで適当に理解してくれるのは楽でいいわ……。

ただまあ――――希亜も、天も。

ほんの少しの変化を見抜いてくる。 もう少し気をつけないと、か。

 

「ちぇ~……。 折角私だけの能力みたいな感じで魔法少女☆みたいに言えると思ったのにさ~。」

「魔法少女って年かよ。」

「少女はいつだって憧れるもんだよ!」

「ハッ。」

「あっ今鼻で笑いやがったなこの野郎。」

 

まあ、それで……だ。

 

「お前の能力は存在感の操作とか……そんな感じだよな?」

「え、そこまで把握してんの怖……。」

「ついでに言うとそれは俺には効かない。」

「うわ私の能力微妙……?」

「お前以外には一応説明したんだが……使いすぎるなよ、それ。 副作用みたいな、暴走みたいな事になるからな。」

「うわ更に微妙……ってえ? 他にも?」

 

ああ、と小さく頷きながら。

 

「今日クッソ忙しいって言ったろ。 それ絡みでだ。」

「うわ~、マジか~……。」

「ユーザーじゃないなら普通に追い返したんだが……先に説明もしとかないと面倒だからな。 母さん、帰りの時間は?」

「分かんない、なんか急用だって言ってたし……お父さんも残業切り上げて二人でだって。」

 

最悪は、マジでウチで泊める事になりそうだな……。

 

「まあいい。 夕飯軽くだけ食って出るぞ。」

「え、奢り?」

「ぶっ飛ばすぞ。 自分の分は自分で出せ。 絶対出さないからな。」

「え~、ケチ~。」

 

着替えるから、と一度自室から追い出して。

溜息を吐いて。

 

これで、四人。

前のときは俺と都、希亜の三人だったけれど。

天が加わったら、何が変わるのか。

それはもう、未知数の話だった。



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9.始まりの事件の前の。

アンケート引き続き実行中。
とは言っても多分今日のどこかで打ち切りますが。


 

「おなかすいた~」と小五月蝿い天と適当に軽い食事をしながら。

基本的な事柄の再度説明……一日に二回することになるとは思ってなかった。

特に今回はどうなるか分からないのもあって、駅前のモックでの簡単なものに落ち着いた。

まあ、事前に言っていたからか。

或いは後で母さんからせしめる気なのか、余り文句を言わずに自分で出していたのはちょっとした進歩だとは思うが。

 

「で、兄貴。」

「何だよ。」

「何処向かってるの? こんな時間に。」

「用事って言ったろ……あ~、まあある程度は言ってもいいか。」

 

ただ……いつかは直面することとは言え。

出来ればこいつを関わらせたくはなかった、と思いながら。

 

「俺の能力については言ったな。」

「聞いたね。」

「で――――俺達が止めないと、最悪の結果が待ってる。」

「最悪ぅ……?」

 

いまいち、理解しきれていないような。

或いは、()()()()()()()()()()

本質的に臆病だからな……天は。

 

「まあ、動かなけりゃ不味いってことだけは覚えとけ。 ああ、指示には従えよ? マジで。」

「う~わ、にぃにが珍しくガチってる。」

 

それだけ大事なんだよ……!

……と、そうだ。

一応確認しておくことに越したことは無い、か。

 

「なぁ、天。 ちょっと頼みがある。」

「お兄様のお頼みですの~?」

「明日以降、お前のクラスメイトで……こう、十字架のアクセっぽいの持ってる男子生徒がいたら気をつけといてくれ。」

「え、何急に。 あ、分かった。」

「ふざけたこと抜かしたら天罰が下るぞ。」

「美少女の妹が目をつけられてないか心配になったの~?」

 

有言実行。

 

「痛~……ちょっと、デコピンでもやめてよ! 痕残ったらどうしてくれるのよ兄上!」

「いや、真面目な話してるときにふざけるのほんとやめろな? 久々に切れそうになった。」

「あ、はいすいません……って言っても、クラスメイトなんかあんまり気にしてないから分かんないかもよ?」

 

こいつ()が見知らぬ相手には引っ込み思案なのは一番俺が知ってる。

それがクラスメイトにまで及んでいるとは思っていなかった。

……けれど、天の本質。

心でどう思い続けていたか、まで知ってしまっている今なら笑い話でも済まない。

どうするかも、考えておかないとなぁ……。

 

「分かれば、でいい。 ああ、後見つけたからって近付くなよ。」

「なんかヤバいの?」

「超やばい。」

「ふ~ん……近付かないほうがいいの?」

「ああ、割とマジで。」

「ん。 念の為気をつけとく。」

 

何しろ、暴走……火事の切っ掛けになる相手だからな。

何が切っ掛けで最後の線を踏み越えたのかすら、分かっていない状況下。

最終的には都に頼ることにはなるけど……希亜にも念の為話通しておいたほうがいいか?

実際、前の枝では起こったの放課後だったけれど。

今までの枝では、昼休みに起こっていた。

事前に食い止めることが出来れば必要はないが――――。

 

「……そろそろ行くか。」

「あ、水飲んできていい?」

「おう。 じゃあ先外出てる。」

 

ゴミを片付け、天より先に店の外へ。

時間的にも、余裕を持って公園まで行けるくらいの時間帯。

 

「……色々うるさい子ね。」

 

そんな折。

タイミングを見計らったかのように、ソフィが現れる。

 

「まあ、色々口には出すけど内心は、な。」

「私は苦手ね……。 まあいいわ、これ。 頼まれてたものよ。」

 

手元に落とされる、銀のアンプル。

――――頼んでいた、アーティファクト。

 

「悪い、助かる。」

 

そのまま、口を切って服用。

何度行っても変わらない、身体に染み渡る妙な感覚と知識。

 

「躊躇いなく行くわね……少しばかり感心しちゃった。」

「知識だけはあるからな。」

 

念の為、スマホを耳に当てての偽装を実行。

遅い気もするが、念の為というやつだ。

 

「何してるのよ。」

「別の枝でも同じこと言われたな。 偽装だよ偽装。」

「まあいいわ。 攻撃系のアーティファクトは期待薄、くらいに考えておいてもらえる?」

「そこも変わらない、か。 頼んでたもう一つは?」

 

ふよふよ浮くぬいぐるみ。

……見えないからいいが、シュールだよな。

 

「駄目ね、侵食が早すぎる。 何もしなければ暴走は確実……と言ったところかしら。」

「前回の対策がそのまま通用すればいいんだがな。 一応、天にも注意してみておいて貰うようには頼んだが。」

 

こればかりはどうなるかわからない。

成功例が存在しないから。

 

「まあ、改めて言うことでもないけれど。 注意しなさいよ? これから魔眼のユーザーと会うんでしょう?」

「ああ。 対策……というか、魔眼の制限は理解してる。」

 

()()()()()()()()()

視線を合わせるだけで石化が発生する。

ただ。

誰かが、或いは何かが横切るだけで中断される。

そのための保険を兼ねての、複数行動だ。

 

「ならいいけど。 明日の朝でいいのね?」

「ああ。 名前とか教えてもらっとけば動きやすくなるし。」

「はいはい……それじゃあね。」

 

そうして、再び消えていくソフィ。

スマホから耳を外して一息おけば、水を飲んできたのか天が店を出るところ。

 

「あれ、誰かと電話してた? ……ぬいぐるみみたいなのも見えた気が。」

「ちょっとな。 その内紹介もする。」

 

さて。

以前と同じように進むなら――――。

公園には先に二人が揃っているはず。

行くぞ、と声を掛け。

少しだけ足早に、移動を開始した。



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10.三人+一人の。

一人増え、二人増え。


途中、コンビニで飲み物と軽食を購入。

以前と同じ流れなら必要ない可能性もあるけど、最悪は明日の昼飯に回せばいいだけだから。

その後、二人で公園へと向かえば。

まだ待ち合わせる時間には早いだろうに、既に二人の姿。

 

「悪い、待たせちゃったか。」

「問題ない。」

「ううん。 私達が早く着きすぎちゃっただけだから。」

 

二人は、見慣れた――と言って良いのか――私服姿。

希亜は、黒いフリルの付いた服装。

都は、ケープのような物が肩についた白い清楚な服装。

幾度も見た覚えのある、その格好。

 

「それで……メールでは伝えたんだが。」

「もう一人……という話ね。」

「その後ろの……彼女さん?」

 

都。 馬鹿が目を輝かせるからやめてくれ。

しかし、後勘違いされるほど距離が近いのだろうか。

 

「違うよ、そんなのいないし。」

 

胸がずきり、と痛みながら。

 

「妹の天。 こいつもユーザーになってたらしい。」

「妹さん……。」

「妹、ね。」

 

俺の影に隠れるようにして、二人を見ている天。

初対面の相手に対して距離を測りかねているのは、まあいつも通りのことで。

ぽかんとした表情。

何かを考え込むような表情。

 

相反した二人。

一人っ子。

元は姉妹――――今は一人。

 

そんな二人であるからこそ、態度も明らかに違っていた。

 

「……ええと、にぃに。 女の子の知り合いなんて作れたの?」

「馬鹿、お前と俺と同じ仲間……お前風に言うなら魔法使いの仲間だ。」

 

別の枝では()()()けれど。

 

「そっか……。 え~と、初めまして。 お兄ちゃんの妹の、新海天(にいみそら)です。」

「はい、初めまして。 九條都(くじょうみやこ)です。 新海くんのクラスメイトで……仲間、かな?」

結城希亜(ゆうきのあ)。 玖方女学院の二年よ。 宜しく。」

「天でいいですよ、兄貴と同じじゃ呼びづらいでしょうし。」

 

同性は同性同士、仲良くなるのが早いということだろうか。

挨拶もそこそこに、先輩だの後輩だのって言葉が聞こえてくる。

時計を見れば、丁度19時に差し掛かったところで。

 

「そろそろ動くか……あ、これよければ。 コンビニで色々買ってきた。」

「私のは兄やんのと一緒ということで!」

「私も用意してきた。 あんぱんと牛乳の待ち伏せセット。」

 

いや、妙に楽しそうですね希亜さん。

まあ、探偵って言えばその2つみたいなイメージが無いことはないけど。

 

「私……そうなると、重すぎたかも。 お弁当作ってきちゃった。」

「弁当?」

 

これも、変わらないか。

だからこそ軽めに、それこそおやつ程度で済ませておいたんだが。

 

「要らないなら持って帰るから……。」

「あ~いや。 貰う。 ちゃんと夕飯食べた訳じゃないから。」

「なら。 私もいただこうかしら。」

「私……は、少しだけ貰っても良いですか?」

「あ、うん。 私が勝手に作ってきただけだから……。」

 

わいわい、と。

がやがや、と。

気付かれにくい、照明灯の光が木の陰になった場所。

以前と同じ、複数人で。 公園が見回せる場所へと移動した。

 

「ここでいいか?」

「私、レジャーシートも持ってきたから……。」

「あ、手伝いますよ!」

 

一気に懐いたらしい天が都の持ってきたレジャーシートを広げる。

その上に置かれる、鞄やコンビニの袋に弁当。 そして人数分の紙皿や紙コップに割り箸。

 

「……ピクニックみたいね。」

 

希亜の台詞通りの風景が広がっていた。

 

「なんか場違いでごめんね。」

「いや、ずっと緊張したままよりは良いと思うぞ?」

「そうですよ~、どれも美味しそうだし!」

 

お前夕飯食ったばかりだよな?

まだ食えるのか、と目線を飛ばせば。

余裕ですぜ、と笑顔。

……食った分、何処に消えてるんだ彼奴。

 

「……美味しい。」

「うん、俺これなら幾らでも行けそうだ。」

 

各々が自分の好きなものを取っての食事。

何度も味わったはずの手料理。

けれど。 味が何処か滲んでいた気がするのは何故だろう。

 

「……?」

 

心配そうな目を向けられて。

 

「……。」

 

何かを確信するかのように、じっと見つめられ。

 

「……。」

 

()()を見るような目を、俺へ向けて。

 

けれど、それらを気にしないように。

()()()()()()()()()()

努めて、笑顔を作って料理を口に運ぶ。

 

一度ならず、二度、三度。

失われた料理の味に。

それが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()一番大きな切っ掛けになるなんて。

今日の朝までは、想像もしていなかった。

 

また、料理を一口。

動揺していたのか。

或いは、震えていたのか。

 

迷い箸と。

迷い箸。

 

かつん、と。

触れ合った。

 




けれど記憶は持たぬまま――――その筈、だったのに。

(アンケートは本日15時で打ち切ります)
(14:05 誤字修正:報告ありがとうございました)


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11.一人目。

「ここのつ
   のか
   のいろ。

 何も始まらず。何も終わらず。二人は、共に――――。」


 

ごめん、と。

ごめんなさい、と。

共に言い合うように。

 

箸が触れた相手は、都だった。

 

「もう、にぃに。 折角可愛い女の子達と楽しく過ごしてるのに上の空なんて。」

「あ、ああ。 ……お前今自分のこともさり気なく入れなかったか?」

「え~、どう思うの~?」

 

珍しく、でいいのか。

天のフォローもあって、その場の妙な雰囲気は霧散した。

互いに謝って。

作り笑いのような、妙な笑顔を浮かべながら。

少しだけ顔を赤くした都が、唐揚げを一つ食べて。

そこからは、少しだけ変わった。

見た覚えのある光景。

 

ミニトマトを食べて、顔をしかめた希亜と。

吐き出して、と慌てる都と。

それを見ながら、笑っている天と。

共に、見張りという名の平和な時間を過ごす。

 

ぱくり、と。

卵焼きを一つ、()()()()()

 

 

 

 

ニア 記憶をインストールする。

 

 

 

「――――ッ!」

 

それは、ある種唐突に。

結局食べられなかったのか、涙目になりながらお茶で流し込んだ希亜。

分かる分かる、と笑う天。

それを眺めながら、ちらりと都に視線を向けた時だった。

何かに苦しむような表情を彼女が浮かべたのは。

 

「……先輩?」

「九條さん!?」

 

からり、と皿と箸がレジャーマット上に落ちる。

無意識に、だろうか。

左手で頭を抑え、片目を瞑るその姿。

 

()()()()

幾度も、幾度も自分で経験してきた。

どくん、と胸が跳ねる。

心臓が痛いほどに鼓動している。

それを、何処か他人のような視点から理解している俺がいる。

 

「どうしたの!?」

「お兄ちゃん、ぼーっとしてないで!」

「お、おう!」

 

ごくり、と口に含んでいた卵焼きの欠片を飲み込んで。

慌てて近寄ろうにも、既に二人が介抱に近いように抱えている。

もし、こんな状況で与一が来れば。

そういった思考もあって――――動きも取れず。

公園を見回し、彼女を見る。

そんな単純な動作な筈なのに、妙に時間がゆっくり進んでいる気がした。

 

大丈夫だから、と告げる都。

けれどとても大丈夫そうには見えない、と不安そうな二人。

そんな彼女の視線が見るのは、慌てて動き始めた俺の顔。

 

言葉にならない、唇だけが変わっていく。

乾いた、言葉にならない声が読み取れた。

幾度も、幾度も聞いた「新海くん」(よびな)ではなくて。

殆ど聞いた覚えのない。 けれど、懐かしい「翔くん」(モノ)で。

 

自然と目が開いていくのが、自分でも分かった。

その呼び名一つに、どれだけの感情が込められているかを理解出来たから。

何故、どうして。

そんな風に考えても、浮かぶ答えは推測でしか無く。

今、確実に理解できるのは。

彼女が。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。

 

「もう、大丈夫だから。」

「平気……?」

「うん。 ありがとう、結城さん。」

「無理しないでくださいね、先輩……?」

「心配掛けちゃってごめんね。 でも、もう大丈夫だから。」

 

心配そうな二人。

礼を言う一人。

固まり続ける、俺。

 

トイレ行ってくるね、と。

小声で告げ、がさがさと離れていく都。

 

ある程度離れた後で、二人から叱られた。

「もう少し気を使いなさい」と。

「まあ女の子相手だから難しいとは思うけどさ~」と。

 

ああ、分かった、悪かった。

戻ってきたら謝る。

それは間違いなく本心の一端で。

だからこそ、二人も追求を取りやめたのだろうけど。

 

けれど。

――――どういうことなんだ、相棒。

そんな風に心の中で思っても、相手と意思疎通が出来るわけでもない。

だからこそ、悩んだ。

 

最終決戦の日(5月17日)だったら、分かる。

結ばれた日(5月8日)でも……まだ、分かる。

けれど。

()()()()()()()()()()()()()()なんて――――。

 

ぷるる。

ぷるる。

スマホに、簡単な着信。

一度二人に断って、確認してみれば。

LINGを通じた、端的なメッセージ。

 

「久しぶり――――翔くん。」と。

 

それだけで。

それを見てしまっただけで。

今は、考えるのをやめようと。

そんな風に、思ってしまった。

 

時間は、少しずつ進みながら。

与一は、未だ姿を見せない。

 

 




アンケートありがとうございました。
引き続き第二弾を張っておきます。

■一応発動理由の解説■
■興味がない人は無視してください■
■当然ですがネタバレ全開です■

眷属化の条件は原作で示されているように
「■■、或いは■■の摂取」です。
この際のデメリット、不具合に関しても原作で示されているとおりなので割愛します。
で、今回発動した理由。
それは「既に一度別の枝で記憶のインストールを経験した」相手というのが最も大きいです。
また、今回の場合は「微量ではあるが一方的な摂取でなく、双方向での摂取」という形をとっています。
これに寄って(ここのつ都)→(にじいろ翔)→(にじいろ都)という超めんどくさい経由をしてのインストール。
何でそんなことを(ここのつ都が)実行しようと思ったのか?
……愛しい人が苦しんでるのに、助けない彼女達ですか?という返答をしておきます。

当初は眷属化を実行する時、「与える/受け取る」意志を持つことも鍵かなぁ……?と思ってましたがそんな描写は無かったので。
(記憶を送る送らないの判断は当人/「■■■」に委ねられてるっぽいのでそこはいい感じに)
恐らく「取り入れてしまえば」発動してしまう、一種の強制効果的なモノかなぁと思って作者は書いています。
(実際向こうの世界じゃ考えられないけど献■とかしたらどうなるんだ……?)

また、原作内で「どの程度摂取する」旨の記載がなかった事と合わせての実行です。


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12.友人。

或いは、敵。
けれど、大事な友人で。
けれど、大事な人を奪った相手で。


 

暫くして戻ってきた都は、もうその時にはいつものような状態に戻っていた。

心配を続ける二人。

動揺を何処まで隠せるかわからないけれど。

心配なのは事実なのだから、声を掛けた。

 

「大丈夫か? 九條。」

「あ、うん。 なんでも無かったみたい。」

 

互いにどういう状況なのか分かった上での会話。

ただ、一つ気になっているのは。

……此処まで落ち着いていられるような女性だっただろうか、という純粋な疑問。

もっとこう、慌てたりするイメージが有るのだが。

 

「無理はしないようにね。」

「ねえにぃに。 私先輩の様子見てる担当で良い?」

「あ~……。 俺は別に構わん、単独で絶対前に出なければそれでいい。」

「成程。 先輩、どうでしょう?」

 

実際、魔眼持ち……与一の対策は知識の有無で変わってくる。

一人で行かなければいい。

だから、希亜だけでも保険でいてくれれば問題はない……と思う。

最悪は、ソフィから借り受けた幻体のアーティファクトだってあるのだから。

 

「ううん……心配させるのも、悪い気がするんだけどな。」

「新海くん。 確認しておくけど、九條さんは必須だった?」

「どうかな。 前の時は俺だけじゃない、っていうのも彼奴の判断の一つになったと思うし。」

「だったら、私! 私が先輩を隠して最後に姿だけ見せるのはどう?」

 

確かに、最初から姿を見せる必要はないが……。

 

「結城、どう思う?」

「そうね……新海くんから聞いた情報から考えられる範囲だと、大丈夫だとは思うけれど。」

「ただ、何をするかは未知数……ってところか。」

「そうね。 私はその人のことを知らないから、どうしても穿った目で見てしまうのだし。」

 

立ち位置が違う、というのは最初から分かっていたこと。

そして、俺自身も。

彼奴のことを、全て理解出来たとは思えないし――――()()()()()()()

 

「俺は、信じたいとは思ってる。 ただ――――。」

「ええ。 もしもの時には、私が裁く。」

 

希亜が、壁を超えるには。

まだ難しいだろう、と思いながらも。

小さく首肯して、その場の相談の締めとした。

 

 

 

 

「……来たな。」

 

公園のベンチに腰掛ける、希亜の制服と同じ少女。

そして、少しずつ近付いてくる見覚えのある影。

あれが?という声に小さく頷く。

私服姿。

ベンチの少女を見つけたのか、声を上げて近付いていく。

 

ほんの少し(10m)

向こうも知り合いのようで。

楽しげな表情を浮かべているのが照明灯の光で、視界に入っていた。

 

「俺が先に行く。 念の為、距離を取って来てくれるか?」

「分かった。 気をつけて。」

 

端的に、短いやり取りを挟んで一歩ずつ進んでいく。

 

会話は、盛り上がっているようだった。

与一は、立ったまま。

普段どおりの笑みを浮かべて。

少女は、座ったまま。

何処か夢見心地のような表情で。

二人だけを見るならば。

とても楽しそうだったのに。

 

与一が、腰を下ろした。

視線を、合わせようとしていた。

少女は、何も疑うこと無く。

 

「……やめろ、与一。」

 

繰り返しても。

お前は、同じことをするのか。

 

与一が、立ち止まる。

怪訝そうな表情を浮かべたまま。

その顔に、スティグマを輝かせたまま。

俺を、睨みつけようとして。

けれど、そこで立ち止まった。

 

「翔?」

「今ならまだ、戻れるぞ。 ……やめてくれ、与一。」

 

僅かな戸惑いと。

何故気付かれたのか、という顔色を浮かべながら。

それでも、笑顔は消さずに。

 

「……そっか。 もういいよ、帰って。」

「え、は?」

「邪魔だって話。」

 

その場の少女を追い返し。

一度溜息を漏らして。

彼女に向けていた視線を。

こちらに向けた。

()()()()()()()()()()()()()

 

咄嗟に動けたのは、恐らくは何度も味わった経験から。

両目を瞑り。

使うことがなければいい、と思っていた。

この場で呼ぶのは、初めての。

借り受けていた、幻体の。その名を、叫んだ。

 

「――――レナッ!」

「おうよッ!大将!」

 

両目は閉じたまま。

けれど、抑え込むような音が数秒聞こえ。

返事を待った。

 

「もういいぜ、大将。」

 

そんな声が聞こえて。

薄く目を開けば、後ろ手で地面に抑え込まれた与一の姿。

 

「……やっぱ無理か~。」

「与一、何でお前……。」

「もしかしたら、なんて思っちゃったから。 無駄だったみたいだけどね~。」

「お前……ッ!」

 

この状況でも、飄々とした態度を変えることはなく。

 

「運が悪かったのかなぁ。」

「わざわざ、あの子を呼び出して……?」

「そんな事しないよ。 偶然見つけたから声を掛けてみようと思って。

 偶然、誰もいなかったから。 ちょっと使ってみたくて。 それだけ。」

 

どの枝でも、変わらない。

止めなければ、何度でも。

こいつは、人を殺す。

 

「まあ……何でかは知らないけど。全部バレちゃってるみたいだから、もう諦めるけどね。」

「そんな簡単に、信じられると思うか?」

「とは言ってもね~。 証拠が残らないから、と思ってたけど。

 全部知られてるんじゃ、やる理由もないし。」

 

会話は、平行線を辿る。

 

「誓ってもいいよ? 僕は、この能力でこれ以上人に手を出さない。」

「なぁ大将。」

「……ああ。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それだけだよ? 翔。」

 

言ってしまえば、殺人()()

それも立証ができない、オカルト的な行動だ。

だから。 俺が手を出せば、それは。

 

「……ま、信じられないって言うならそれでもいいよ。」

 

俺の後ろから、砂を踏むような音がした。

俺自身は、どうしていいか分からなくて。

手を出して良いのか、悪いのか。

二度と、友人と殺し合うなんてごめんだったから。

そんな迷いに、飲み込まれて。

 

気付けば、レナも。

与一も姿を消していて。

 

その場には、俺達。

四人だけが、佇んでいた。

 



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12.5 「そらいろ」と「ゆきいろ」。

未だ、「新海翔」を知らない二人。
だからこそ、「彼」を気遣う心は本心で。


 

正直に言ってしまえば、にぃにがおかしく感じたのは昨日から。

もうちょっと言うなら、地震の直後くらい。 神器の破片で手を切った後くらいから。

 

それまでは言っちゃえば、()()()()()の。

少しだけ抜けているけど、それでもちゃんと私をかまってくれて。

傍目から見れば、仲がいい()()の兄妹が出来ていたんだと思う。

 

今ではなんか、こう。

人が変わった、とは口が裂けても言えないけれど。

何か重い、人には言えない重荷みたいなのを背負ったように見えていた。

 

それは、私が魔法使いになった。

そんなことを兄やんに伝えた時から見てもそう。

 

「早くなりすぎてる」とか。

「知ってる知ってる」とか。

こう、なんて言えば良いんだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()

知識じゃなくて、自分で何度も味わったような。

そんな口調なのが、ずっと気になっていた。

 

人助けだってそう。

フェスの日。 クラスメイトだっていうレイヤーさんを助けて。

今日の朝。 困っている美人の人に気を使って。

 

……我儘だってのは分かってる。

でも、私だって。

そんな気持ちを押し殺しながら、気付かれないように笑っているつもり。

 

ねえ、お兄ちゃん。

だからさ。 私にも頼ってよ。

ずっと、守られてるのは分かってても。

こんな能力を手に入れたんだから、少しは役に立ちたいの。

 

だから。

そんな風に、黙って座り込まないで。

 

私は。

九條先輩に声を掛けて。

お兄ちゃんに、近付いた。

 

多分。

泣きそうな顔、してるだろうから。

 

 

 

 

昨日、彼から話を受けて。

家に帰って、使い方を理解して。

そして今日。

彼以外の、ヴァルハラ・ソサイエティの仲間だと二人を紹介されて。

 

仲間、という物をちゃんと飲み込めた気がする。

 

学校では、自分を作って行動して。

家でも、自分を作って行動する。

そうなってしまったのは。

初めは、心配させないようにとか。

そんなつもりだったのだけど――――今では、それがそのまま。

 

勉強。

一人で、息抜きのゲーム。

勉強。

時折、ナインボールでのパフェと紅茶。

勉強。

 

「友達」と遊ぶことも無くて。

だから、少しだけ。

今日の待ち伏せをしているのは、楽しかった。

今までの私とは、少しだけ変われているような気もしていた。

 

でも。

目の前で起こっていることには、毅然と対処できなかった。

 

知り合いと、知り合い。

友人同士のユーザーの戦い。

魔眼のユーザー(にいみくんのともだち)

未来を読み、誰かを呼び出すユーザー(にいみくん)

 

一瞬で、その争いは終わった。

負けたはずの彼は全く変わらない。

勝ったはずの新海くんは、打ちひしがれて。

 

押さえつけていた誰かが、無言で消え去ってすぐ。

彼も、何かを言おうとして。

でも、黙ってその場を立ち去って。

後に残されたのが、私達。

 

何も出来なかったとか。

気を遣う、とか。

色々言いたいことは、あったのだけど。

 

その背中が。

幼い子供――――ずっと昔の、妹の背中のように重なって見えて。

言葉が、出なくて。

顔には出さないけど、泣いていた。

心の中で、泣いていた。

 

そして、それを共感していた。



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13.妙な直感。

彼女が持つ「優しさ」と。
彼女が持つ「気遣い」と。
彼女との「コインの裏表」の関係性故に。


 

どれだけ時間が経ったのか。

気付けば、俺の隣に天がいて。

それとは別に2つの視線が、挟み込むようにして俺を見ていた。

 

「……無理、だった。」

 

それだけの言葉を絞り出し。

けれど、他三人は何も言わず。

 

「なんとかなる、と思ってたんだけどな。」

 

だから、淡々と。

 

「やっぱり……。」

 

戻れる起点が、フェスの当日である昨日である以上。

何をどうしたって、与一と知り合い。

仲を深めるような行為は取りようがない。

ただ、それでも。

明確に、この段階で俺を殺そうとしてくるなんて。

今までは、無かったはずなのに。

それが。 凄く。

自分自身が、惨めに感じる。

 

「そんな事無いよ、にぃに。」

 

隣の天の声に、何も返せない。

事件を止めたはずなのに。

被害者を出さなかったはずなのに。

感じたのは、負の感情だけだった。

 

 

 

 

一人にしてはおけない、と。

そう三人に言われるくらいには疲労していたらしい。

或いは、顔色が悪かったのか。

今までの枝では体験したことのない経験をする羽目になった。

 

「あ、お母さん? 私私。 いやオレオレ詐欺じゃないから。

 うん、今お兄の家。 今日泊まっていくことにしたからさ。」

「うん……そう。 ごめんなさい急に。 友達が大分遅くなったからって。」

「……そう。 ごめんなさい、お母さん。」

 

こんな電話が飛び交っているのは、俺の家の前。

三人が三人とも、親に対しての謝罪と報告中。

つまりは、今晩を俺の家で明かすと。

そう聞いた時。

最初に感じたのは、嬉しさであるとか。

或いは戸惑いではなく。

「安堵」というのが、一番近いと思う。

 

一人でない。

誰かと近くにいる。

それだけで、少し。

()()()()()、気がしたんだ。

 

途中のコンビニで買ってきた飲み物を、余っていた紙コップで配り分け。

部屋の、一人暮らしだから若干狭さを感じなくもない炬燵兼用の小さいテーブルを囲む。

置きっぱなしにしていたノートパソコンは、今はベッドの上。

 

「それで、にぃに。」

「何だ?」

 

全員が、恐らく。

今日起こったことには触れようとしない、何処かぎこちない会話。

 

()()()()()()()()

 

――――では、無くなった。

 

「は?」

「いや、ずっとおかしいとは思ってたんだよね。 急になんか人が変わった? みたいに動き出すし。」

「……? 私は良くは知らないけど、そうなの?」

「そうですよ結城先輩。 少なくとも私が知ってる兄上はもっとこうヘタレでしたし。」

 

おい。

ツッコミを入れようとしたけれど、話がどんどん加速していく。

希亜もなんか嬉しそうな表情だし。

……いや、確かに身長もあって年下に見られがちだって()聞いたが。

 

「最初はこう、彼女でも欲しいのかな~って思ってたけどそうじゃないでしょ。」

「ばっ、おま!」

「何、別に女の子二人と妹一人が一緒でも良いじゃん。」

 

お前テンション上がりすぎて変な方向向かってるだろ!?

周りを!見ろ!

希亜も都も顔赤くしてなんか変な事になってるから!

 

「で、どうなの?」

「あ、あ~…………。」

 

何処まで言って良いんだこういう話!?

隠してるっていうよりは黙ってるだけなんだが。

どこまで言っていいかの基準も分かんねえ……!?

 

「……言ってない、話は無いこともないが。」

「ほらやっぱり。」

「隠してたの?」

「隠してたっつ~か……あ~、そうだな。」

 

まあ、()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

それを飲み込めなかった俺のミス、か。

 

「俺は幾つかの枝……未来のことが分かる、って事は言ったろ?」

「聞いたわね。」

「う、うん。」

「細かい内容までは聞いてないけどまあ大体は。」

 

多分、俺を除けば一番詳しいのは都だとは思うけど。

それを隠している以上、俺も深く追求するつもりも今はない。

 

「前の枝では、今の情報以上は知らなかったし出さなかった。

 仮に魔女が生きていた場合、彼奴は過去……というより、別の可能性を認識してくるんだ。」

「つまり……見つかる可能性を出来る限り減らそうとした?」

「別の可能性と近付ければ、自然と可能性は統合するらしいからな。 気付かれたくはなかったんだよ。」

 

ということにする。

こうして話していれば少しずつ落ち着いてきた。

いや、落ち着かざるを得なかった、というべきか。

 

「成程ね。 だからこそ、その情報を黙っていた訳、か。」

「ああ、そこは悪いとは思ってる。」

「え~、本当にそれだけか~?」

 

そうなんだよ黙ってろ。

「天」との可能性(お前との枝)の話なんざ身内の恥になるんだから言えるわけねえだろ……!

後都! 微笑ましそうな顔で見てるのやめろ!

 

「それなら……まあ、理解出来なくもない。 不必要なことを知って未来が変わるのは好ましくないから。」

「そう思ってもらえるなら助かるよ……。」

「ただ。」

「ただ?」

「危なっかしい……とまでは言わないけれど。 見てられないのは事実だから。」

 

そうして、指を一本立てて。

希亜は、全く考えもしなかった話を振った。

 

「確信を持って魔女が倒された、という証明ができるまで。 此処をヴァルハラ・ソサイエティの拠点にしたい。」

「……え~と、つまり。 どういうことです?結城先輩。」

「あ、分かった。」

「え、これだけで理解出来たのか九條。」

 

うん、と彼女は口を開く。

 

「その日まで、集まれる日は此処に集まろう……ってことかな。 希亜ちゃん。」

「そう。 飲み込みが早いのね、都。」

 

…………。

……………………。

…………………………。

 

は!?

 

 




変わるぜ~枝がめっちゃ変わるぜ~


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14.いつか、彼女と話した言葉。

何も知らなかった、あの頃の。
全てを知ったから、もう一度。

※後半推奨BGM:「ここいろ」よりI have you...


 

あれよあれよと進む話。

あの、俺の発言権は一体何処に。

 

「拠点……ふふ。」

 

少し楽しそうですね希亜さん。

趣味欲も満たせるだろうし提案者だし、それはまあ分かる。

 

「なんか楽しそうだし、良いんじゃない?」

 

お前はそれもあるだろうが俺の部屋に入る理由付けが出来るからだろうが。

割合で言うと……4:6か? 3:7か?

どんどん個人スペースが減っていく未来が見えるんだが。

 

「最終的には新海くん次第だと思うけど。」

 

私はアルバイトもあるから、と。

若干苦笑しながらも、その発言自体には拒否しない都。

 

「……それ、マジでか?」

「嫌ならばまあ仕方ないとは思うけれど。」

「なんか理由あるの?」

 

希亜と天。

乗り気な二人に畳み掛けられると、仕方ないような気もしてくるから困りものだ。

 

「そんな拒否しなきゃいけない理由があるわけじゃねえけど……。」

 

こいつらは本当に分かってるのか?

ここ、男の一人暮らしの部屋。

お前等全員女性。

その大前提忘れてないか?

記憶はあっても肉体的には未経験なんだからな!?

いや寧ろそっちのほうがやべ~わ。

 

「……お前等本当にそれでいいの?」

「何が?」

「いや理解してないならそれでいいです……。」

 

わざわざ口に出すのも恥ずかしいし……。

 

「じゃ、決まりで良いね? にぃに。」

「無理な日があることくらいは理解しろよお前。」

「部活もしてないし塾もいってないし、基本即帰るだけじゃん。」

「あの……友人付き合いとかの予定は……?」

「あ、そういえばそっか。」

 

お前にクラスの友人……というか同級生の友人ほぼいないことは知ってるけど。

要するに適当というか、取り繕ってるわけだ。

 

「……迷惑だったら言ってね?」

「そう思わないことを祈りたい。」

 

何しろ、諸々を我慢さえすれば。

以前では考えられなかった、女子との接点だらけになるのだし。

一昨日以前の俺に言ったら、嘘だと鼻で笑われる気がするが。

 

 

 

 

かちゃり、と。

扉を開いて、外へ出た。

 

女子達に、ベッドやその周囲を明け渡して。

一日くらいは、と出入り口付近で身を丸めて寝袋で寝ていたけれど。

どうにも寝付けずに、少し外の空気を吸いたくなった。

 

時計を見れば、午前三時。

まだ太陽は出ずに、外は暗いままで。

スマホを片手に、小さく溜息を漏らしていた。

 

もう少し、どうにか出来たんじゃないか?

他に方法があったんじゃないか?

そんな考えが、寝ていてもぐるぐると回っていたから。

被害者は出なかった。

殺人は、誰も知らないままに食い止めた。

けれど、けれど、と。

 

「考えすぎか……。」

 

小さく溜息を漏らして。

コンビニで買ったは良いけれど、飲みきれなかった缶ジュースを含んで。

まだ眠れるから、と部屋に戻ろうとした時に。

 

きぃ、と。

内側から扉が開いて。

都が、その姿を見せた。

 

()()()()。 翔くん。」

 

あのメールの文面を、繰り返すように。

呟きながら。

 

「都……で、良いのか?」

「うん。 少し、変な感じ。 別の枝の記憶があるのって、こんな感じなんだね。」

 

自然と、隣り合って。

暗闇の世界を、二人で見つめていた。

 

「……何処まで?」

「魔女……イーリスと戦って。 私達が、消えるまでかな。」

 

……つまり。

()()の部分は、誰も知らないと。

そういうことなのだろう。

知られていなくてよかったと。

静かに、思った。

 

「なんで、私までこうしてるんだろう。」

「さあな。 正直なところ、何が原因だったのか分かれば話は早いんだけど。」

「ゴールデンウィーク明けなら、ね。」

 

くすり、と笑う顔。

幾度も見た、大事にしたいと。

守りたいと思った、その笑顔。

 

「……覚えてる?」

「……何を?」

「ソフィが、帰った後。 ベランダで話したこと。」

「――――ああ。」

 

今の俺なら、覚えている。

幾度か。

別の枝、別の仲間と結ばれた世界では覚えてはいなかったけれど。

 

「あの時の、私と。 同じこと、言うね。」

 

うん、と。

囁き声が、届いたのかは分からないけれど。

 

「私は。 翔くんと一緒じゃなきゃ、駄目みたい。」

 

手を、握られた。

反応できずに。

反応せずに。

ただ、闇を見つめていた。

 

「翔くんと一緒だから、私は生きてる。

 一緒だから、これからも生きていける。」

 

一呼吸、間が空いた。

 

「この枝では、何も起こらなくても。

 これから、何が起こるんだとしても。」

 

うん、と。

声にならない声で、呟いた。

 

「他に――――多分、皆も。 近いうちに、思い出す気がするの。」

「でも。」

「それでも。」

「私は。 翔くんのことが、好きなままだから。」

 

その手を、握り返すことは出来なくて。

別の枝。 別の自分。 別の「新海翔」であったとしても。

私は――――と。

 

「…………。」

「だから。」

「…………うん。」

「奇跡みたいな、この状況を。 喜ぼう?」

 

私が好きな人は。

そんな、かっこいい人なんだから。

「九條都」(かのじょ)は、そう囁いて。

 

そっと、頬に顔を近づけた。

 

(よる)が明ける、その時まで。

その場で、じっと待っていた。

 



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4/19(火)
15.闇が明けて。


一人は、記憶を呼び起こし。
一人は、違和感を看破して。
一人は、見知らぬ王子を求め。
一人は、目覚めの時を待つ。


 

朝5時。

俺と天を除けば、現状は私服のまま。

取り敢えずは、とシャワーだけは貸したけれど換えがあるわけでもなく。

一度は自宅に戻って学校に出る準備は必要不可欠だ。

それが結局、始発の時間帯になったというだけで。

 

「拠点にするなら、着替えも持ち込んだほうが良いのかしら。」

「ど、どうかなぁ……?」

「おい、にぃに。 どうしたんだいそんな死んだような顔して。」

「お前それ分かって言ってない?」

 

もう自室が乗っ取られることは仕方ないからこの際諦める。

ただお前、持ち込んだ服とかどうする気なんだ。

お前だお前、首をひねった希亜!

 

「あの……一応男の部屋に置くものなんですけど……?」

「別に私は気にしないから。」

「え、何? お兄興味あるの?」

「ねーよ!」

「だ、だよね。 ()()()、そんな趣味じゃない、よね?」

 

変って言われるのもそれはそれで心に来るんだが。

肉体的未経験舐めんなよ!?

精神だろうが凌駕してきやがるからな!?

 

「……無駄話は良いわ。 朝早くからだと頭痛くなる。」

「んー……? はーい。」

「それで……何か伝えておくことはある?」

「ああ、一つ。 メインは九條になると思うんだが。」

「私? ……もしかして、例の火事のこと?」

 

そうだ、と小さく頷いた。

 

「これは改めて全員に周知していて欲しいんだが、幾つかの枝だと明日の昼休み、一つの枝では今日の放課後。

 うちの学校で火事騒ぎがある。」

「正確には、火事というよりユーザーの暴走……だったかしら。」

「ああ。 だから、その騒ぎが起こる前にアーティファクトを回収したい。」

「そこで、私だね。」

 

やる気全開の都。

精神状態で左右されるモノだから、それ自体は良いんだが。

出来れば多用させたくないのもまた事実。

覚悟を決める。 或いは意を決すれば、彼女はとても強い。

けれど、一番底のところで一人ではとても弱い。

そんな、何処にでもいる女の子だから。

守ってやらないとな――――と。

 

()のアーティファクトなら、存在を認識してれば見えて無くても奪えるのは確認済みだ。」

「じゃあ、基本的には二人に任せていいのね?」

「ああ。 ただ、魔女……イーリスの干渉があった時は火事の被害、というより暴走の度合いが上がってた。

 そうなると結城。 お前のジ・オーダーに頼ることになる。」

「分かった、そのつもりで準備しておく。 放課後でいいのね?」

 

細かい場所まではソフィに聞くしかない以上、集合場所だけを確定させておくくらいで多分大丈夫。

 

「ああ。 天、お前は昨日言った通りだ。 覚えてるよな?」

「十字架のアクセサリーを付けてるクラスメイトがいたら一応確認。 ただ近寄らない……だよね?」

「お前の能力じゃどうしようもないだろうしな~。」

「もう少し攻撃系だったらなぁ。」

 

取り敢えず確認しておくべきことはこのくらいか。

 

「俺からは以上。 何かあればLINGで連絡するけど他になにかあるか?」

「私からは特に。 ただ別の学校だから、合流するまでは時間かかるかもしれない。」

「私も、今日明日は大丈夫のはず。 アルバイトも、お祖父様に相談してみるね。」

「私も特に~。 ああ、でも一つ気になったんだけどさ。」

「あん、何だよ。」

 

なんか大事なことか?

 

「お兄と九條先輩、何で下の名前で呼び合ってるの? 昨日までは名字だったよね?」

「「あ。」」

 

…………完全に気付いてなかった。

 

「何々、なんかあったの? ねえねえ教えてよ教えて~。」

「うっせ。 仲間なんだし下の名前でって話になったんだよ。」

 

お前等が寝てる間にだけどな!

いや、実際には互いに名字同士だと違和感しか無かった、っていうのが大きい理由だが。

他のメンバーもそんな部分があるので、たまに口が滑ってしまいそうになる。

 

「ほんとにぃ~?」

「うわうっざ。」

「あの、急に冷めるのやめてくれます?」

 

向こうでは。

細い目で都を見る希亜と。

名前呼びを照れながらする都の姿があった。

 

……向こうも、仲良くはなれたっぽいな。

 

 

 

 

通い慣れた、朝の通学路。

いつも通りと言って良いのか何なのか。

二人は帰宅し、天は俺と出発するまで適当にゴロゴロし。

途中、コンビニに寄って昼飯を調達。

 

「流石に今日は帰るんだよな?」

「別にお父さんもお母さんも気にしないと思うけどね~。」

「いや一度は帰れよ。」

「まあ……うん。 荷物も持ってこなきゃいけないし。」

「お前マジで家の一角占領するつもりなのか……?」

 

……押入れの一角は整理して全部明け渡すつもりでいたほうが良いかもしれん。

何処か……ゲームとか本の場所でも移動するしかないか。

出来れば一人で。 見られたくないものもあるし。

 

「あれ、拒否しないの?」

「もう今更感あるだろ……?」

「まあ、ね~。 寝袋とか一個で足りるかな?」

「そもそも複数人が泊まるのは想定してないんだが……。」

 

そんな、いつもの雑談をしながら。

歩いていく視界の先。

昨日も見た、春風……香坂先輩が、昨日よりも少しだけ増えた男子生徒に囲まれていた。

 

「変わらんなぁ、あの集団……。」

「ねえ、兄貴。 あの人も……?」

「……だな。」

 

昨日声を掛けた相手。

つまり、何かが鍵になる人物だということだけは、天にも伝えてあった。

 

出来れば、早めに機会を見計らって――――。

そんなことを思いながら。

天に声を掛けて、昨日と同じように追い抜いていく。

 

ただ。

少しだけ、昨日と違っていたのは。

追い抜いて、先に進もうとした俺の袖を誰かが()()()()()こと。

 

大きく息をして。

少なくとも、平常ではない状態で。

慌てながら、真っ赤になった顔を下に向けた。

香坂先輩が、其処にいて。

 

「…………助けて、くれるんです……か?」

 

そんな言葉を、呟いた。

 



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16.二人で、一人の。

一人の中に、二人の彼女。


昼休み。

中庭。

俺の他に、影が三つ。

 

「うわ、九條先輩すっご! これ自作ですか!?」

 

俺と同じくコンビニ飯を片手に目を輝かせている天。

 

「今日は……ほら、あれだったから。 これは前に作ってたのと……冷凍食品に頼っちゃった。」

 

帰宅後によく作れたな、と思わなくもない都。

その手には若干俺からすれば小さくも見える、弁当箱が一つ。

 

「…………ぇと、あの。 それでも、凄い、と。」

 

そして、居場所が無さそうにしている春風。

手に握られていたのは茶色い中身のお弁当。

 

(居場所がねえ……)

 

そんな中心にいるのが俺。

この状況見られたら男子生徒に殺される気がする。

というか出ていく際に視線を感じた。

クラスの中に余り知り合いがいないとは言え、後が怖い。

 

「……で。 昼休みも長くないですし、話を進めましょう。」

「ぁ……は、い。」

 

男性に慣れていない、というのは別の枝でも。

そして、朝方の春風からもかなりの時間を掛けて聞き出していた。

というか、もう少し慌てていたらもう一つの人格が出てきたんじゃないかと思うくらいには慌てていた。

 

「新海……ううん。 翔くん。 ちゃんと説明してもらっても、いいかな。」

「あ~……そうだな。 この人は香坂春風(こうさかはるか)先輩。 同じく、ユーザーだ。」

「……その、ゆーざー……? というのは……この、能力の?」

「はい。 え~っと、アクセサリーみたいなのをアーティファクト。 能力者をユーザーと呼んでいます。」

 

輪廻転生のメビウスリング。

大元になったこの街の伝承もそうだが、名称も。

アニメを見たことがある人なら通じやすい、というのはある種の利点だと思う。

……まあ、出来が良いとは口が裂けても言えないけど。

 

「それで……ええと、俺は未来が見える能力を持っています。 それもあって、先輩が困っているのも分かっています。」

「……出来る、の?」

「はい。 出来る、というよりは俺はその手段を知っている、という方が正しいんですが。」

 

飲み物を一口。

余り宜しくはないけど、移動時間も考えると結構忙しい。

この後移動教室だったし。

 

「それで? にぃに、香坂先輩はなんでこう……逆ハー?みたいになってたの?」

「ぇ…………っと、それ、は……。」

「先輩の能力が強すぎるから――――ってのも一つの理由なんだがな。 コントロールが上手く出来てねえんだよ。」

 

願望の実現。

というよりは、思考の具現化とでも言ったほうが良いだろうか。

思ったことを、可能な範囲で実現する能力。

そう聞けば万能だし、最強とも取られがちだが。

「当人が思えるかどうか」という壁。

そして、「自分にしか使えない」という思い込み。

この二点が存在する限り、有用度は一気に減少する。

言い方は悪いが、玄人好みのアーティファクトだと俺は思ってる。

 

「気を悪くしないで聞いてほしいんですが……。」

「ぇ、ぇっと……はい。」

 

現状、春風との距離は俺だけが意図的に離している。

裏、というかもう一つの人格の方が落ち着いて話せるのは事実なんだが。

春風には、出来れば普通に話してほしいから。

 

「先輩、アーティファクトを手に入れた時になんて思いました?」

「…………乙女ゲーの主人公みたいに、って……あわ、あわわわわ。」

「だ、大丈夫ですよ?」

 

そしてもう一つの、思ったことを口に出してしまう事。

これもなんとかするか、出来れば皆には慣れてほしいんだけどな……。

都のフォローに任せ、話を続ける。

 

「と、まぁ……自分で思っただけで暴発みたいに発動しちゃって、朝のあんな感じなわけだ。」

「はー……大変ですねえ。」

「めっちゃ他人事だなお前。」

「いや~まぁ? 大変だなぁ~とは思うけどさ。 私のより全然強いじゃん。」

 

お前のも実質的に攻撃無効・消去化出来るから極悪なんだが。

お前一人の時には絶対使わせないけど。

……もうあんな状況は懲り懲りだから。

 

「というわけなので……先輩、明日辺りは時間ありますか?」

「ぇ……明日、ですか?」

「はい。 時間があるようでしたら、少し練習してみるというのはどうかな、と。」

「大丈夫……です。 誰も友達もいませんし……。」

 

ああ、また自分で言って自分でダメージを受けている。

時間があるのが確認できたなら、まあ。

 

「でしたら……え~っと、LINGやってますか? 番号交換しておきましょう。」

「は、はははははは……きゅう。」

 

あ、オーバーヒートした。

限界を超えたか……。

 

「……悪い都、先輩頼む。 で、天。 クラスメイトは?」

 

はい、と頷くのを見て任せてしまう。

 

「ええ……ほっとくのにぃに……ドン引きだわぁ……。」

「話が済んだら俺が面倒見るわ。 んで?」

「あ~うん。 いた。 言われた通り距離は取ってるけど……なんていうか、確かに危なさそうだった。」

 

暴走までは至ってない……としても、ギリギリってところか。

ならやっぱり今日だな。

 

「分かった、放課後そいつがどっか行くようなら連絡頼む。」

「は~い。 で、私は?」

「合鍵はどうせ持ってんだろ。 どっか行く事を伝えた後で一旦家帰れ。 その後なら来ることを許可してやる。」

「いつも思うけど上から目線なのどうにかならない?」

「あ?」

 

そんな軽口を叩いて、春風の方を見る。

あの慌てていた表情とは違う、何処か妖艶さを感じる笑み。

間違いなく、もう一つの人格だ。

 

「……まあ、そういう訳で。 仲良くして貰えますか?」

「ええ、勿論。 私の大事な王子様ですから。」

 

……あ、もうそれ認定なんですか。

 

 

 

 

そんな会話を終えて。

教室に、少し余裕を持って戻り。

空白の、与一の席を少しだけ眺めた。

姿を、彼奴は見せなかった。

 




※一文忘れていたので追記
※間違い修正


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17.収束。

可能性は収束する。
良いことであっても。
悪しきことであっても。


 

かつん、かつんと歩みを進める。

ふらり、ふらりと何処か歩みは覚束ない。

 

火事の主原因――――暴走した生徒の後を追う、俺と希亜、都。

そして暴走した生徒は、既に精神の何処かが危ないのか。

歩み自体が不安定。

例えるなら、そう。

膨らみきった風船、だろうか。

 

今までで見た中で一番近いのは……恐らく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

内側に何かを溜め込んだように見えるそれは。

何も見知らぬ人間であれば、体調不良のようにも見え。

知っているからこそ、巻き込まれないように距離を取る。

そんな危なさを内包していた。

 

「……ねえ、新海くん。」

「なんだ?」

「こう言っては何だけど……暴走なんて、そんな簡単に起こるの?」

 

その姿を見て、改めて気になったのか。

出来うる限り小声で、その疑問を問いかけてくる。

 

「……俺や、希亜なら()()大丈夫だけどな。」

 

結局は、アーティファクトを扱うにも才能次第。

仲間内で一番危険だったのが天。

だからこそ、多用は厳禁と強く戒めたのだけど。

 

「ただ、彼奴は……なんていうか、根本的に()()()()()相手なんだ。」

「向き不向き……がある?」

「魂の強さ弱さ、っていう部分と、才能部分。 何方も、なんだろうけど。」

 

同じことは起こさせない、と。

視線を、目の前の彼に向け続ける都をちらりと見れば視線が交差する。

不安に揺れているわけではなく。

浮かんでいるのは、恐らくは決意。

 

(ただ――――。)

 

ソフィに頼んでいた追跡は、今回の枝では上手く出来た。

正確に言うなら。

イーリスが行っていた暴走の加速が無くなっただけ、のようにも思えるのだが。

 

「……危ういな。」

 

そんな言葉が、口から漏れ出した。

 

「そうなの?」

「何というか……こうして接触しようとするのは初めてだからな。」

「流石に、今の状態じゃ取るのは厳しいかな……。」

 

どんなに強い能力であっても、制約は必ず存在する。

相棒の持つオーバーロードであっても、「外部からの認識」がなければ殆ど意味をなさない。

希亜の持つジ・オーダーであれば、対象の罪の認定。 魂の捕捉。 そして、断罪の強度の指定。

都……希亜風に言うならメルクリウスの指であれば2つ。

ある程度の集中が必要になる。

そして、射程は約10m。

この範囲に入らなければ都の能力で奪うことは出来ない。

 

何処かで止まってくれれば良いのだが、と。

そんな事を考えていれば。

 

ぴたり、と。

帰宅路の途中か。

或いは能力を扱う練習でもしていたのか。

街路樹が生い茂る道の片隅。

ほんの少しの石階段の上には、今では殆ど使われていなさそうな、空き地のような場所。

幾つかの木が乱雑に植えられた場所の中心よりやや奥側に、彼は佇んでいた。

 

「……行けそうか?」

「……うん。 もう少し、近付ければ。」

「なら、近付きましょう。」

 

何故そんな場所に立ち竦んでいたのかは分からない。

ただ、今分かるのは。

都の能力を使うのに、絶好の機会だということ。

 

一歩。

一歩。

 

傍から見れば、それは怪しい……ストーカーのようにも見られかねない行為。

だからこそ、少しだけ……30mくらいは距離を取って追跡していた。

幸いにしてか。 人気が特に多くない場所で。

だからこそ、今度は大丈夫だろうと。

楽観視をしていたのは否めない。

 

()()()、と。

彼の首だけが、こちらを向き直ったのは。

()()、と。

周囲の景色が、揺れ始めたのは。

そんな時だった。

 

目が、淀んでいる。

それを見て、瞬間的に察した。

 

元々、イーリスの介入で暴走が早まったのだと思っていた。

まだ、何とか抑えられると思っていた。

ソフィからの話も、奪ってしまえばそれ以上は進行しないという話だけは聞いていた。

 

ただ。

元々、どんな小さな切っ掛けでも起爆するような状況だったのなら?

今までの枝。

昼休み。 友人同士の他愛もない会話が切っ掛けだったのかもしれない。

唯一の、希亜の枝。

放課後。 イーリスの介入による範囲が、俺は目視できていたわけではない。

そのタイムラグは、一日。

その、些細な均衡が。

ギリギリのところで保たれていた、均衡が。

崩れ去った。

 

「――――レナァ!」

「あいよっ!」

 

咄嗟に、その名前を叫ぶ。

そして、俺自身は。

後ろを歩いていた二人を咄嗟に抱き抱えて後ろに飛んだ。

それが間に合ったのか。

或いは、()()()()()()()()()()()()()()

 

レナが蹴飛ばした彼。

その辺りから、熱が噴出した。

 

火事は、止まった。

けれど。

暴走は、発生した。

 



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18.対峙。

魂を焼く炎。
幻体を生み出す影。
全てを奪い去る指。
裁く瞳。

それらを見つめる、目と王。


 

砂の感触を顔に浴びる。

そして、身体の中の一部が焼けたような違和感。

どん、と小さく跳ねて其処で止まったけれど。

衝撃を全て吸収できるわけもなく、苦しむような声が両腕の中から2つ。

 

「悪い……大丈夫か!?」

「え、ええ……。」

「翔くん、ありがと……。」

 

手を離し、後ろを向けば。

周囲に炎を撒き散らしながら、頭を抱える男子生徒。

そして炎の衝撃で吹き飛ばされたのか、レナが木の付近に片膝を立てて睨みつけていた。

 

「――――失敗した、ッ!」

 

一度レナを消し、自分の近くに再出現させる。

仮に距離を取らされても、こうして再度出すことが出来るというのは決して見逃せない利点の一つ。

本来なら、幾つかアーティファクトを俺が所有していれば更に有用度は跳ね上がるんだが。

……昨日の夜、念の為レナを三人に紹介しておいて正解だったか。

そうでなければ、妙な疑心を抱かせる元になっただろうから。

 

「どうすんだい、大将!」

「彼奴を取り押さえる、行けるか!」

「ただ抑えても無駄だってのは分かってんだよなァ!?」

 

視線の先の炎は、地面に残ってはいるが燃え広がらない。

木々、壁に張り付いたまま、じりじりと残り続ける。

この炎が燃やすのは、魂だけなのだから。

そして、その炎は中心の彼を守るようにして円状に構築され始めていた。

 

暴走、限界以上に行使すると言葉一つで言ったとしても。

アーティファクト毎に効果が違うように、使用者毎によっても使い方は変化する。

俺が使うなら、何方かと言えば攻撃的な。 罠や、直接的に扱った。

そして彼は、防御的に。

或いは、自分の身を守ることだけを考えているのだろうか。

炎で描いた魔法陣のように、幾つもの壁のように立ち塞がり始めていた。

 

「分かってる――――!」

 

結局、あの炎を止めるには都の能力が必須に近い。

そして、それだけ近付くには俺があの炎を全て消すか。

或いは、希亜の能力で相手を止めてもらうしかないことも。

だから。

 

「二人共、任せていいか?」

 

立ち上がる二人を視界で確認して。

端的に、そう問い掛ける。

 

「少しでいいから、あの炎を近づけないで。 そうすれば、私が止める。」

 

左の瞳に浮かぶ、スティグマ。

 

「……うん。 私が、止める。」

 

左手に浮かぶ、スティグマ。

 

「任せた。 行くぞ、レナ!」

「おおよッ!」

 

同時に、突撃を敢行する。

炎がそれに対応して、身体に……魂を焼こうと、這い回ってくる。

だが。

 

()()()()()()()()()()、こんなもん……!」

「ハッ、効かねえなァ!」

 

全ての枝で、彼は火事騒ぎを起こしていた。

その全ての現場に関わったのは、俺と都。

教室内に取り残されていた天は直接彼の鎮圧に関わってないから除外。

そしてレナは、俺の産み出した幻体。

つまり、俺と記憶を同期している。

俺の知るゲームの技をメインで立ち回っているのが、その証拠。

つまり、何方も気合を持ってすれば突破出来ることは知ってはいるのだ。

 

炎の結界を超える。

一枚、二枚。

後数枚も超えれば彼自身へと手が届く。

恐らく、ソフィも。 そして相棒も常に見ているのだろう。

――――手を掛けさせる程じゃない、と。

そう、証明したい。

 

「邪魔なんだよッ!」

 

右、左。

何度も獣のように跳ねては、距離を詰めるレナ。

全てを無視して。

一直線に突進していく俺。

 

燃えないとは言っても、視界の邪魔になることは変わらない。

けれど。

 

「大将、来るぞ!」

「分かった、貼り付け!」

 

その場で、前方にジャンプ。

腕を伸ばし、未だ暴れ回る彼の身体を抑え込む。

炎が、幾度も脈動するように。

持ち主を守るように俺の身体に纏わり付く。

 

けれど、それ以上に炎を周囲に撒き散らさせない為に。

幻体で作り出す周囲を囲む壁――――結界を張り巡らせる。

 

これで、後は俺と彼の耐久勝負。

そして、希亜と都の速度の戦い。

 

「ジ・オーダー……アクティブ!」

 

幾つかの炎を、意志だけで乗り越えていた希亜が。

自分の定めた発動鍵(トリガー)宣言する(さけぶ)

 

「パニッシュ――――」

 

彼が、暴れる。

自身の限界を超えるように、体を無理矢理に動作させ。

そして、空いた隙間で炎を発動する。

手が、少しだけ浮いた。

足が、少しだけ緩んだ。

たったの、その違い。

けれど。

 

「メント!」

 

希亜の、動作を止めるその叫びに一瞬早く。

緩んでいた身体が、宙を舞う。

 

それに呼応して、彼の動きはその場で留まって。

都が、彼に腕を伸ばす光景が偶然目に入りながら。

 

どん、と。

背中を、なにかに強く打ち付けた感触がして。

息が、肺から漏れ。

 

叫び声が、聞こえて。

 

呼吸が出来ずに。

一瞬、或いはもっと長くか。

意識が――――。

 

 

 

 

ニア 記憶をインストール()()()

 

ニア これは。

 

ニア ()()救う物語だから。

 

 

 

 

気がつけば。

少しだけ、赤くなり始めた空を見上げていた。

地面に……いや、後頭部に、柔らかい感覚。

視線の先、左側。

心配そうにする都の姿を認めた。

 

そして、真上。

きらり、と光る糸が唇を伝う。

少し生暖かいそれが、俺の唇へと繋がっている。

そんな。

先程までと、表情の()()が違う。

希亜が、口を開いた。

 

「……()?」

 

ああ。

「結城希亜」(いつかの、かのじょ)だった。




そして、二人目。


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18.5.雪華。

ゆきいろ、ゆきはな、ゆきのあと。
雪華の果てで。


 

私の能力は、幾つかの条件さえ満たしてしまえば誰も勝てない。

そう思っていたし。

事実、自分で定めた条件を達した上での発動で。

自分が思ったように、相手の動きを止めることが出来た。

 

けれど。

その為に、「彼」が吹き飛ばされた時。

思ったのは。

思い描いていた、悪と正義の戦いだとか。

ゲームやアニメで見ていた、空想とは違った。

 

「犠牲を出してしまった」という。

「また繰り返してしまった」という。

深い、絶望感だった。

 

炎が収束していくのを視界に入れながら。

けれど、他のことを一切考えられないままに混乱して。

未だに燻る熱を無視し、木の下に転がる「彼」を抱き起こす。

 

口元に手を当て。

呼吸をしていないと()()()()()しまった。

恐らくは、背中を強く打った事での停止。

 

その時、私は強く混乱していたと思う。

初めての戦いでの、少しばかりの興奮。

そして、目の前で傷を負った。

交通事故(あのとき)と同じ、転がる姿を目にして。

正しい対処の仕方を行えるほどに、冷静になれずに。

何か、頼れる。

寄りかかれる。

縋れる、本心を抱けずにいたから。

 

背後から、駆け出す音が聞こえた。

もう一つ、知らない女性の声が聞こえていた。

その内容までは、聞き取れなかったけれど。

 

胸ボタンを外し、「彼」の上着を広げる。

耳を当て――――心臓に耳を当てた。

 

どくん、と。

確かに聞こえた。

 

けど。

けれど、私は呼吸をしていないと思ってしまっていた。

だから。

初めてだから、とか。

本来は――――とか。

そんな、どうでもいい事。

少しばかりの乙女心を全て排除して。

一度、大きく息を吸って。

 

()()()()()()()()()()()

 

ふう、と息を強く吹き込んで。

離し。

液体の糸が、唇からつっ、と伸びながら。

 

 

 

 

ニア 記憶をインストールする。

 

 

 

 

強い、頭痛に苛まれた。

 

「――――ッ!」

 

頭に流れ込んでくる、見知らぬ。

けれど、確かに経験した覚えのある。

今までの自分と違う、別の自分。

 

「…………希亜ちゃんも、かな。」

「……なぁに? ひょっとして、相互に眷属化してるの? 無意識下に?」

「オーバーロード……一度、私達は全員()()()()()()()()()()()()。」

 

知らないはずの、この感情。

 

互いに話をして。

気持ちを押し殺して。

友達でいられればいいと思って。

すれ違った気持ちを伝えあって。

結ばれて。

――――殺されて。

「彼」に、重荷を押し付けた記憶が巡る。

 

ああ、と。

言葉が漏れた。

頭を、足の上に運んで。

上から、「彼」を見下ろした。

 

あの「彼」とは違うけれど。

同じ「翔」で。

 

そんな気持ちが、溢れ、戸惑い。

気付かず、もう一度。

 

顔と顔の距離を、ゼロにして。

 

 

「……もう少しすれば目覚めるとは思うけれど。 良いの? ミヤコ。」

「はい。 ……気持ちは、よく分かりますから。」

「難儀ねえ……。 それに、随分と贅沢だわ。」

「多分。 誰か一人でも欠けたら。 私達は、私達じゃなくなっちゃうんです。」

 

 

声が、少し遠く聞こえた。




こんな感じで書いてますが作者は全ヒロイン大好きです。
都の純粋な美少女っぷりとやる時はやってくれる所。
天のギャグっぽさと本心との二面性。
春風のイーリスとの戦い以降の自身の決意。
希亜の過去と、それらを乗り越えた最後の台詞。

皆さんは、誰が好きですか?


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19.少女の夢。

ゆきいろ
  はな
  のあと。

彼女が抱いた夢の果て。 夢は現実に。 理想(ユメ)は、色の果てに。


身体を起こそうとしたが、まだあちこちが痛んで顔を顰める羽目になった。

それを見て、まだ寝ているように言ってきた二人と。

ふよふよと浮いて何かを言っているぬいぐるみ(ソフィーティア)

 

「全く。 カケルったら何してるのよ。」

「いや、俺が悪いのか今回……?」

「じゃあ誰よ。 二人が悪いっていうの?」

「……俺のせいですハイ。」

 

口では、やはり勝てないのか……。

まあ、身体が浮いたっていうのは初めてだったから。

というか学校以外で対峙したのも初めてなんだからある程度は許して欲しい。

 

「それよりも。 貴方一体なんてことしてるのよ。」

「なんてこと……っていうと?」

「眷属化。 彼処までアーティファクトと魂の融合しているとは言え、デメリット知らないわけじゃないんでしょう?」

「いや、俺が能動的にやった覚えないんだが……。」

 

なら余計に呆れた、と呟くソフィ。

……つまり。 都と希亜はそれが原因で。

何処かしらで、発動条件を満たしたからインストールされた?

他の誰でもない、相棒に。

送ることを決意したのは、当人だったとしても。

 

「細かい内容、そう言えば聞いてなかったわね。 イーリスを倒すために貴方、何をしたの?」

「……ああ、まだ認識できないのか? それ。」

「そうね。 未来が見えないっていうのは知ってる通りだけど……。」

「なら、丁度いいし説明だけはしておくか。 ……引くなよ?」

「今更よ。」

 

いや、今のはお前じゃなく都と希亜に対しての台詞。

引くようなことなんだろうかな?という顔をした都。

何となく察しているけど、仕方無さそうな顔もしている希亜。

……いや、倫理的に考えると凄い危険なことではあるんだが。

 

「あんまり言いたくもないんだが……多分、記憶持っちゃってるから言うわ。

 四人が()()()()、確実に()()と相互眷属化が済んでるタイミングを考えて。

 幻体を四人分作って、記憶……というよりは魂だな。 それを全員の幻体に入れて、全員で戦ったんだよ。」

「魂を、別の枝から引っ張った……? ……無茶苦茶ねえ。 オーバーロードでもなければ絶対無理でしょうに。」

「だろうな。 ……思い出させたか?」

 

顔が青くなり始めた二人に声をかければ。

小さく震えながら頷き、腕を掴まれた。

左腕に都、頭上には希亜。 更に距離が縮まって。

……文字通り両手に花ではあるけど、なんかこう。

凄い恥ずかしい事してる気がする……!

 

「あの時。 顔も知らない相手に声を掛けられて。 ……振り向いた以降の記憶がないの。」

「……私も、似た感じ。 深沢くんに呼ばれて。 珍しいな、と思ったら――――。」

「……ただ、彼奴は。 その記憶を持ってない。 もう、顔を合わせるかは分からんが……。」

 

その時のことを、引きずりすぎないでくれ、と。

本来、今までの枝で俺が記憶の一部が欠けていたのは。

そういった恨みであったり。

感情を引き摺って、同じことを繰り返してしまう可能性を避ける為だったのだろうし。

だからこそ、直感のように――――介入されていたのだろう。

 

「成程ね。 まあ、その辺りは英断……というより、よくやってくれた、って褒めてあげる。」

「お前ナチュラル上から目線は変わんねーよなぁ……。」

「まあいいわ。 彼の持ってたアーティファクトは預かったから、諸々が終わったら……そうね。 カケル、一旦貴方に預けるわ。」

「は? 良いのか?」

「良い悪いで言えば当然良くはないわよ。 ただ、ね……今回のを見て、身を守れる手段が無いのはどうかと思ったの。」

 

まあ……幻体だけじゃな……。

何か格闘技でも使えるなら別だが、俺は俺自身が弱点なのは未だに変わっていない。

 

「身を守る……ね。」

「アンブロシアの改良は進めているわ。 回収自体は直ぐにできるのだし、ま。 貸しにしておいてあげる。」

「そうかよ……。」

「ええ。 だから、ミヤコもノアも、貴方が守りなさいよ。」

 

その言葉を残して、ソフィは姿を消した。

空き地の中心には、彼が――――正確には、彼の残骸が転がっているのが何とか見えた。

 

「……で、彼に関しては?」

「……駄目だった。」

「ソフィさんにも聞いたけど。 魂が燃え尽きちゃって……だから、肉体も引っ張られたって。」

 

結局、彼を救うことは出来なかった。

今までの枝でも。

この、枝でも。

空を、見上げる。

静かに起き上がって。

――――悪い、と。

これからずっと、行方不明になるだろう彼に謝った。

 

「家で、天が待ってる。 ……今日はどうする?」

「……少し、行っても良い?」

「だったら、私も。 久しぶりに、ご飯作るから。」

「……ああ。」

 

立ち上がった、二人と共に。

その罪を、分かち合う。

忘れてはいけない罪。

背負っていくべき、傷。

 

「……ところで、気になってたことがあるの。」

「気になった、こと。」

「あの、最後の戦いの時ね。 他の枝の情報が流れ込んだの。」

「うん。」

「……あの場の全員と、付き合った枝があるの?」

 

…………ある。

覚えてる。

ただ。

今、それを言うか?

 

「……だとは、思う。」

「都とも。 春風とも。 ……天とも?」

「…………ノーコメントでお願いします。」

「そ、そういえば……気にしてなかったけど、天ちゃんに、も……?」

 

がやがやと。

ざわざわと。

去っていく後ろで。

 

ふわり、と。

影が、風に撒かれて消えていった。

 




気付いたらランキング日刊乗ってました。
応援ありがとうございます。


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20.思い出すもの達。

天から雪は降り、都を覆い。 春風が溶かす。


とんとんと、普段は使わないキッチンからの音。

がさり、と袋の中を見る音に。

冷蔵庫の開閉音。

 

「……なんつ~か、こういうの懐かしいんだよな。」

「そうなの?」

「希亜は……あんまり経験ないよな。」

 

何度も味わったのは、俺と天だったから。

テーブルの一角に座る希亜は、いつかのような笑みを浮かべていた。

過去を乗り越えて。

結ばれた後の、ベッドの上のように。

 

「うん。 ……でも、いいな。」

「何が?」

「手料理作れる、って凄いことだと思うから。」

「そういや料理作れるのか? お前。」

「少しだけ。 簡単なものなら、自分で作ることもあるから。」

 

そっか~、と部屋に転がる。

パソコンからはアニメ音。

輪廻転生のメビウスリング、全二十五話のうちの第七話がパソコンから流れていた。

 

「それで……天は一人にしておいて大丈夫?」

「唐突に『アイス食べたい!』とか言い出したんだし放っといていいと思うが……。」

 

既に日は暮れ、夕食の時間帯を少し回っていた。

帰り際に幾つかの店を回り、料理費として三人で出し合って。

都が学生らしからぬ腕を振るっている、という訳だ。

天は夕食代を両親に請求して暫く食っていく気でいるらしい。

……いや、バイトとかもあるんだしお前も動けよ。 というかいい機会なんだから習えよ。

 

「そうかなぁ……。」

「というか、出来れば動きたくはない。」

 

普通に動けるとは言っても、痛みがあちこちに残っているのは変わらない。

凝った身体を解そうと軽く伸びをしてみればあちこちに痺れるような痛み。

最悪は、先輩にも謝りのメールをして明日は休みだなこりゃ……。

 

「湿布とか貼っておく?」

「貼った場所が妙に痛みそうだからやめとく。」

「そっか。」

 

出来たよ、という声が聞こえて。

アニメを一時停止。

パソコンをベッドの上へと動かした。

……押入れの一角は、もう既に天が占領し始めていた。

変なもん発掘されてなければ良いんだが。 念の為奥の奥に隠してあるが。

 

「運ぶの手伝ってくるね。」

「悪い、任せた。」

 

立ち上がった希亜の後ろ姿を見送り、スマホを取り出して天に連絡。

何度か着信音がした後、繋がる音がした。

 

「おう天。 こっちはもう飯の用意出来たっぽいがお前今何処だよ。」

『飲み物とかも買って今帰ってる所~。 駅前近くだから後五分くらいで着くよ、にぃに。』

「了解。 冷める前に早めに来いよ。」

『分かってますって。 折角の手料理だもんね、兄貴は早く食べたいでしょぉ?』

「そうだな。 じゃあ切るからな。」

『うわ乗ってくれないとなんか滑ったみたいじゃん。』

「実際滑ってるんだよ。」

 

そう言い残して切る。

あっ、ちょ。

そんな声が聞こえた気がしたが無視無視。

 

「翔くん、天ちゃんなんだって?」

 

人数分の皿なんて用意してあるはずもなく。

都が昨日余らせていた紙皿なんかを利用して。

両手に料理を持った二人が顔を出す。

 

「今駅前くらいだってさ。 後五分位って言ってた。」

「そっか。 それくらいなら待ってる?」

「ま、先に食べ始めると煩いだろうしな。」

「そういうところはお兄ちゃんだよね、翔くん。」

 

そんな俺達の会話に、割り込むように。

 

「まあ、()()()()()()兄妹愛じゃないなら。」

「それに関しては暫く黙ってるって言ったろ……。」

 

天の性癖……とまで言って良いのか。

好みとかを勝手に知られているのも彼奴には大ダメージすぎる。

実際――――あのアルバムを見なければ、もしかしたら。

まだ実家で暮らしていたのかもしれないのだし。

 

「実際翔からはどうなの? 妹とかそういう目線抜きなら、だけど。」

「男子高校生ってことを考えてくれると助かる。 ひじょーに助かる。」

「私女子高生だから分かんない。」

 

そこで別性だから、って言うのは卑怯だぞ希亜。

お前も気にしてるのか都。

優しくされればコロッと行くんだよ!

天の時は大分ぶっ飛んでた覚えがあるが!

 

「まあ……。 仲間達以外で、浮気したら許さないけど。」

「は?」

「? 何かおかしいこと、言った?」

 

その発言全てが。

確かに頷いて。

 

「なら、翔。 全員との枝の記憶持ったままで――――誰か、選べる?」

「そういう話に、なっちゃうもんね……。」

 

選ばれた側も。

選ばれなかった側も。

記憶を有している以上、絶対に酷い光景が見えると二人は力説した。

……確かに、誰かを選ぶのなら。

初めから誰も選ばないか、全員の方が結果的にマシにはなるが。

 

「……倫理的にクソ野郎にならないか? それ。」

「選んだ子も選ばれなかった子も泣くよ?」

「何だその究極の選択……!」

 

そんな雑談……雑談?を繰り広げていれば。

 

「たっだいま~! 全員分アイス買ってきましたぜ~!」

 

やけにテンション高めで帰ってきた怪奇生物(いもうと)

顔を見合わせて、小さく笑った。

 

「おう、お帰り。 冷やしとけよ?」

「あったぼうよ! あ、みゃ~こ先輩と結城先輩は先に選んでくださいね!」

「うん、御飯のあとでね。」

「ありがと、天。」

 

彼奴がいるのと、いないのとでは。

なんというか……確かに、違うのだ。

誰が欠けても、多分それは同じ。

 

ゲームの中で。

漫画の中で、理解していた「仲間」の大事さを。

もう一度、噛み締めた。




実際他三人は天の枝の結末受け入れるのだろうか……?
春風だけは趣味の部分からして普通に受け入れそうではあるがどうなんだろう

※間違い修正


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21.「結城希亜」。

初めは、名も知らず。
助けてくれて。
仲間になって。
仲間にして。
結ばれて。
永劫に、別たれたけれど。
――――こうして、また会えた。


 

食事を済ませ。

全員が今日は帰る、と。

まあ連続して平日に泊まるのも違和感がある話ではある。

足が石化した時とか。 何かしら要因があればまた別ではあるけれど。

 

(やっぱ痛みは抜け切らないか……痛てて。)

 

骨までは折れていないらしいが、それでも予想以上に強く打っていたらしい。

寝て起きて、その後の対処は朝次第だな……と。

シャワーだけを済ませて、一人思う。

 

女子エリア、と定めたエリアから少しずつ物は移動しようと思う。

先程帰る前に何やら楽しそうに話していたのを思い出す。

それを思い出すと。

本来一人暮らしなのだから当然ではあるのだが、少しばかり寂しくも思えてくる。

考えるだけ無駄だ、と首を振った。

 

時計を見れば、もう23時。

そろそろ寝なければな……と、パソコンで最後に見ようと思った動画をクリックしようとして。

スマホが小さく振動していることに気がついた。

LINGからの着信。

相手は、希亜。

特に考えることもなく、手に取った。

 

「……もしもし?」

『もしもし。 ごめん、夜遅くに。』

「いや、まあ俺はいいんだが……。」

 

何か忘れ物でもあったか?

或いは連絡?

そんな幾つかの要素が浮かんでは消える。

 

『寝る前に、声が聞きたくなって。』

「……そうか。」

『うん。 大丈夫?』

「まあ、動画でも見ようかと思ってたくらいだからな。」

 

今季のアニメ。

幾つかあるし、以前の枝で春風や希亜が熱心に会話していたのを覚えている。

後は……それに混じるように話していた高峰か。

 

高峰蓮夜(たかみねれんや)

希亜とある意味で性格が合う相手で、与一の幼馴染。 唯一の味方。

リグ・ヴェータとかいう組織の司令官で――――能力者であり、同時に格闘技も出来る。

正直に言って、相手にしたくない相手というやつだ。

 

『動画?』

 

ほにゃ、としたような。

気が抜けたような、少しばかり甘えるような声が電話口から聞こえる。

 

「動画。 前の枝で希亜と……春風が話してた、今季のアニメでも見るかなーって。」

『アニメ。 何見るの?』

 

好きなものだとやはり押しが強くなるのか……?

少しだけ声色が強くなるのを理解した。

 

「いや、まだ決めてませんでしたけど……。」

『だったら、断然四部。 出来れば原作も読んでほしいけど……。』

「まあ、貸してくれれば読む気ではいるけど……。」

 

読んでる余裕あるのかが疑問。

というか、ほぼ毎日のようにお前等が来るなら読んだりするよりも……と。

もう少し先の、ゴールデンウィーク。

多分、毎日のように泊まったり遊んだりするんだろうなぁ……という考えは外れてはいないと思う。

 

『なら、今度貸すから。』

「ネタバレにならないかそれ。」

『あぁ……でも、出来れば読んでほしいし……。』

「……難しいところだよなぁ。 まあ、そう言うなら読むけど。」

 

何も知らずに見るのもそうだが。

多分希亜の場合は知ってから見て欲しい、というだけではなく。

それについての話をしたい、ということ込みでの発言だと思う。

そう考えると、まあ。

読まない理由は大分薄れてくるのだから我ながら現金だ。

 

『……ふふ。』

「どうかしたか?」

『翔と、こんな話できるなんて……と思って。』

「ああ……ゲームしたりは、したけどな。」

『全力で怠けてる時とかね。』

 

思い出す。

デモハン一緒にやったり。

とにかくダラダラしてみたり。

アレはアレで、俺の動揺を除けば楽しかった。

 

「春風……は一人でゲームするタイプだからなぁ。」

『誘ってみれば買うかも?』

「かもな。 パソコンとかはやり込んでた筈だし。」

 

他愛のない会話。

けれど、時間はどんどん過ぎていく。

楽しい時間だからこそ、余計に。

 

『……ごめん、そろそろ寝る時間。』

「ああ、俺もそろそろだな……。」

 

24時に差し掛かろうとする時計を見て、互いにそう呟いて。

 

『また、こうして電話しても良い?』

「俺はいいが、そっちは大丈夫なのか?」

『うん。 ……私も、少しずつ変わっていかなきゃいけないから。』

「そっか。」

 

苦笑したのが聞こえたのか、どうなのか。

 

『もしかしたら、そっちの近くに引っ越すかもしれないけどね。』

「お前、あの時言ってたことマジでやる気なのか……?」

『多分お母さんなら賛成してくれるから。 お父さんは……ちょっと分かんない。』

 

一人暮らしの練習。

近くに一人暮らしの知り合いがいる。

そんな事を言うのだろうか。

……まあ、心配する気持ちもよく分かるけど。

 

「まあ、もしするなら引っ越しも手伝うよ。」

『うん。 ……じゃあ、そろそろ切るね。』

「おう。」

 

そして、耳を離そうとして。

 

『翔。』

「?」

 

声が、最後に聞こえてきた。

 

()()()()。 ――――大好き。』

「……お帰り。 そんで……これからも宜しくな。」

 

ぷつり。

電話が切れて。

少しばかり熱を持った顔を振って。

寝る前にと、歯を磨きに立ち上がった。

 



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4/20(水)
22.ユメ。


決して忘れてはいけないモノ。
彼女達を失った、ユメと化した枝。


あったかもしれない、枝の夢を見た。

 

都が石化して。

そして、敵を討とうと動き回って何も見つからない。

天が消え去って。

朝から晩まで探し続けたけれど、その面影すらも失った。

春風が覚醒できず。

イーリスに全員が殺され、街が滅んだ。

希亜が殺す覚悟ができずに。

最後の攻撃が届かずに、俺だけが生かされた。

幾度も、移り変わるような悪夢。

 

飛び起きると同時に、昨日よりはマシにはなっているがまだ体を動かすには辛い痛みが走る。

……今日、体育あったはずだしな。

 

時計を見た。

朝の五時。

…………熱が出た、ということにしておこう。

もう少ししたら電話しよう、と。

夢を見ないように、ごろりとスマホを弄り始めた。

 

 

 

 

母親に連絡。

大丈夫なのか?と聞かれたが。

風邪とかじゃなさそうだし、と報告した。

まあ、嘘ではない。

 

その後、仲間内……特に春風には特に詫びておいた。

こちらから持ちかけた話ではあるが、体の調子を戻すのも優先したかったから。

まあ、その後の返事は予想通りといえば良いのか。

或いは、少しだけ想定外と言えば良いのか。

 

スマホに届いた連絡は4つ。

どれも文章は違うけれど。

 

『大丈夫? 学校終わったら、行くからね。』

『なぁに? サボり? まぁいいや、春風先輩と一緒に行くから!』

『お見舞いくらいは、させてくださいね? 白馬のナイト様。』

『分かった。 都とナインボールで合流していくから、大事にしてね。』

 

放課後来る、ということには変わらない。

その中で、春風まで来るのはちょっと考えてなかったが。

 

(つ~か、この文面……もうひとりの方だよな?)

 

文章送る程度で切り替わったのか。

或いは、元からそういう人格に近いものを作っていたのが反映されたのか。

確か、アガスティアの葉……メビウスリングのファンサイトでも固定名で書き込んでいたはずだし。

 

「まあ……来るなら、片付けられるだけ片付けておくか。」

 

()()()()本とかも廃棄して……パソコンに入れておくのもある意味危険な気がする。

こういう時はどうすればいいのか、よく分かってないのだが。

出来ればゴールデンウィークまでには片付けたい。

無理もできる身体じゃない……のだが。

 

「レナ、頼んでいいか?」

「は? やだよ面倒くさい。」

 

俺にはこいつがいる。

幻体、レナ。

()()とはまた違った意味での、俺の戦闘面での相方だ。

 

「オレはそんな面倒くさいことしたくないんだよ。 どうでもいいなら呼び出すなよな……。」

「どうでもよくはね~よ。」

「オレには関係ねえだろ。」

 

にべもないなこいつ。

 

「……ったく。 ならいいや、別件で一つ頼んでいいか?」

「あ? 別件?」

「他の奴等……与一が今日も学校行ってないなら何処にいるのかは把握しときたい。 ソフィにも頼んではいるが。」

「探す……ね。 他には?」

 

ああ、こっちなら聞くのか。

何というか……戦闘狂気味なところは変わらんなこいつ。

元にしたゴーストがアレだったっていうのもあるが。

 

「もう一つ。 お前にも俺の記憶はあると思うが、春風の元クラスメイト。 見かけたら警戒だけは頼んでいいか。」

「ぁ~、そういや彼奴もユーザーだっけか。 分かった、いちおーな。」

 

レナに細かい仕事を頼み。

それ以外でも、放課後には一度消して戻す旨を通達して別れた。

 

時計を見て……まだ、学校は始まってすらいない。

昼飯は……買い置きしてあるカップ麺で済まそう。

そう思って。

早めに片付けておきたいブツの処分を開始した。

 

時折走る鈍い痛みに。

生きてるのだと、妙に嫌な実感を味わいながら。

 



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23.ほんの少しの。

心の底に押し殺したモノ。


 

がちゃり、という音がして。

午睡から目を覚ました。

午前中のうちに押入れの中はある程度整理し終えて。

少しでも身体を休めようと、休日のように過ごしていたわけだが。

 

「やっほ~……ってあれ、にぃに寝てたの?」

「……お前の声で起きたわ。」

 

煩いのが一名。

その他に周囲を異様に気にする人が一名。

合計二人が極当然のように入ってきていた。

 

「俺がいること分かってるんだからチャイムくらい鳴らせよ……。」

「え、だって鍵持ってるんだし良いじゃん。」

「お前の辞書にプライバシーって載ってる?」

「但し家族は除く、って書いてある。」

 

ああ言えばこう言いやがる。

 

「それで……ああ、香坂先輩、どうも。」

「あ……その、ええと……お見舞い、きま、した……。」

 

その言葉を告げるだけで顔が赤い。

なんだかこれも懐かしいような、そうでもないような。

……まあ、仲間というか。

友人が出来上がれば少しずつ解消されていくはずなんだが。

 

「なにもない部屋ですが、ゆっくりしていってください。」

「……は、はい。」

「ね~兄やん。 次の休みでもいつでもいいからさ、食器くらいは買いに行かない?」

「まぁ、都と希亜に聞いてからになるが……それでいいか?」

 

何やら怪しそうな目でまた俺を見る。

別にいいだろ、下の名前で呼んだって。

 

「い~けど。 なんかこう怪しいんだよなぁ……。」

「言ってろ。 んで……ああ、飲み物何かいりますか?」

「あ、にぃに。 それ一口頂戴。」

 

あ、と。

止める間もなく、テーブルの上に置きっぱなしになっていたペットボトルを奪われる。

 

「おい、新品あるからやめろって!」

「え、別にいいじゃん。 私は気にしないし。」

「そういう問題じゃ――――!」

 

飲み込む前にギリギリで確保する。

 

「何……? 思いっきり怪しいんですけど~?」

「人が飲んでる残りに手を出すなって話だよ!」

「別に良いじゃん!」

「良くねー!」

 

そんな言い合い……のような、何か。

ぽかん、とした表情で春風が俺達を見上げていた。

 

「仲、良いんですね……?」

「ああ、まあそう見て貰えるなら助かります……おい天、何買ってきたんだ飲み物。」

「何かあったら私が飲むと思う?」

「思うから聞いてる。」

 

まあ、こう返してくるってことはなにもないって事か。

 

「お茶かコーラしか無いですけど。」

「……でしたら、その。 お茶を。」

「私はコーラ!」

「はいはい……。」

 

飲まれないように、ペットボトルの中身を飲み干して潰しておく。

ぽいっとペットボトル用のゴミ袋に放り込み。

紙コップを3つ……と残り2つあるのを確認した。

 

「なら俺もコーラにしときますかね……っと。」

 

どれくらいで来るかは分からなかったけれど。

来ない理由も考えにくいので確認は必須。

ただ、持ってきてもらうばかりで悪いのも間違いなく。

 

「はいよ、飲み物。」

「さんきゅー!」

「い、頂きます……。」

 

何とも言い難い、不思議空間。

確か、春風と付き合うことになった枝では天も一緒にいた日があったはず。

……そうだ、あれは確かカレーの日(二日目)だ。

アレもある意味才能だよな……。

 

「それで兄上。 身体の方はもう大丈夫なの?」

「ああ、休んでたから大分マシになった。 明日は学校行けそうだわ。」

「分かった、お母さんには伝えとくね。」

 

距離感が上手く掴めてないんだよな、母さんとは……。

天越しくらいが丁度いい。

向こうがどう思っているかは別問題として。

 

「あの、それで……。」

「? あれ、香坂先輩?」

 

がくん、と。

一度頭を下げて。

それを心配したような天の言葉。

 

「いえ、大丈夫です。 それで、力のコントロールという話でしたが。」

「……今は()()()ですか?」

「ええ、まあ。 緊張しすぎても話にならないでしょうし。」

 

そして、起き上がったのはもう一人の春風。

確かにこっちだったら話はしやすいけど。

出来れば本人と話したほうが慣れさせる意味でも、当人のためにもなるんだがなぁ。

 

「えー……そうですね。 結局、自分で何処まで出来るかを認識できてないのが大本だと思うんです。」

「そうですわね。 私もそれには同意いたしますわ。」

「なので……希亜の都合が付けば、別れて実体験の練習でも出来ればな、と思ってたんですが。」

「実体験、ですか?」

 

頷く。

これは幾つかの枝でも実験済みだし。

何より、二人が仲良くなる切っ掛けにもなる。

 

「はい。 ……まあ、何をするかは二人が来てからということでいいですか?」

「分かりましたわ。 ナイト様の仰ることですし。」

 

おい天、吹き出すんじゃない。

 

「ナイト様……?」

「ええ、そうでしょう? 困っているところを、何の見返りもなく助けてくださった方ですし。」

「ねえにぃに。 先輩変わり過ぎじゃない?」

「言ったろ。 もう一人って。」

 

聞こえながらも、ニコリと返してくるこの人。

確かに、対人ではかなり有能……というか、乙女ゲーの主人公とかはこれくらい言う感じはする。

 

「で……ああそうだ天。 お前大人数で出来るゲームとか持ってるか?」

「え、何急に。」

「いやな。 言ってなかったが希亜も香坂先輩もゲーマーだから、持ってるならやれると思ったんだわ。」

 

先輩が持ってるのは単独ゲームがメインのはずだし。

 

「あ~……どうかなぁ。 探してみるね。」

「なければないでいい。 遊ぶことばっか考えても仕方ないしな。」

「うわ真面目~。」

「言ってろ。」

 

紙コップのコーラを一口。

そんな折に、香坂先輩のスマホから振動音。

 

「あら……お母様からです。 少々席を外しますね。」

「あ、でしたらベランダでどうぞ。 俺もちょっとトイレ行ってくるわ。」

「は~い。」

 

そう言って、その場から立ち上がって。

……天の悪巧みしてるような笑みが妙に気になった。

 




ツイッターでアンケート中ですー(後一時間くらい)


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24.ボタンの掛け違い。

蝶の変動。
先になるか後になるか。
結局は、それだけの違い。


 

トイレから戻ってきて。

最初に目に入ってきたのは、何処か()()()()な顔をした天だった。

 

「…………何かしたかお前。」

「え? 別に?」

 

今まで生きてきてこういう顔するときって大概何かあった時なんだが……。

 

「ん~……?」

「あ、さっきみゃーこ先輩達から連絡あったよ。 後30分くらい掛かりそうだって。」

「おっけ。 ……しかし、都の買い物は相変わらず時間掛かるのな。」

「え、何? ()()()()()付き添ったことあるの?」

「未来でちょっと、な。」

 

あの時は確か……主婦並みに何処が安い、とかを把握してるとか何とか聞いた覚えがある。

……俺が付き添ったんだったか、或いは天か誰かが付いていったんだったか。

基本的に節約家。

俺が昼食に菓子パンを3個買うだけで贅沢と言うレベルの庶民的な感覚で、だけどお嬢様。

そんな相手と知り合えただけでも十分幸福だとは思うんだが。

 

「ほーん……。」

「変な目止めてくれます?」

「嫌よ! 私というものが有りながら!」

「お前はどういう立ち位置なんだよ……。」

「え、小姑。」

「自分で言うのか。」

 

軽い会話、というか一種の小話(コント)

手元にあった、一口しか飲んでいない紙コップを手に取り。

飲み込んで。

違和感にやっと気付く。

……()()()()()()()()()()()

 

「……おい、天。」

 

そう言いながら。

やつの方を見れば。

 

「へへー♪」

 

楽しそうに。

嬉しそうに。

紙コップの中身を、飲み干していた。

 

 

 

 

ニア 記憶をインストールする。

 

 

 

「ばっ、お前……!」

「なんで? 昔はよくやってたっていたたたたたたたっ!?」

 

体液の摂取。

紙コップ越しでの間接キス。

その程度で発動するほうが正直驚きだがなんてことしてくれやがった……!?

 

「いや、待て。 ……そういう事か?」

 

少なくとも、今までは此処まで露骨な悪戯はしてこなかった。

精々が口でからかったり、ゲームのデータを消して下さりやがったり。

後は……若干思い出したくもないがスマホの写真のデータとか。

実害を及ぼすような事までは手を出さなかった。

そのハードルが下がるようなこと。

()()()()()()()()

 

「……マジかよ。」

 

少しずつ、落ち着いてくるのが見える。

春風がこちらを見ながら、頭を下げているのも見える。

そして。

()()()()()()()()()()()()()()()天の顔もよーく見える。

 

「さて。 なにか言い残すことはないか愚妹。」

「あの……本気で怒ってらっしゃいますお兄様……?」

「怒らないと思うか?」

 

恐らく、だが。

アーティファクトが、想定以上に早く馴染み始めている。

理由は……まあ、多分予想してる通りだろう。

 

()()()()()()()()使()()()?」

「え、そっちなの?」

「そっちだよ。」

 

但し、向こうは想定外な顔をしている。

怒られる内容を想定していなかったように。

 

「え、っと……。」

「おう。」

「放課後なんだけど。 学校で、男の子に呼び出されてね。 手紙でね。

 それで……嫌な予感がしたから。 見つからないように抜け出してきたの。」

「嫌な予感、ってお前……。」

 

それ、どう考えても……。

 

「ううん、多分お兄ちゃんの考えてるようなことじゃなくて。 もっと……こう、いじめ?の一歩手前みたいな。」

「は?」

 

いや、つまり何だ?

よく男同士の馬鹿話で言い合うような『お前あの子好きなんだろ?行ってこいよ』的なアレか?

 

「お前が狙われたっていうか……まあ、呼ばれたのってそういう事か?」

「うん。 多分下手に私が出ていったら女子も含めて広がるし。」

 

それを避けるために、能力使って存在感を消して春風と合流して帰ってきたと。

……ってことは、帰ってきた時点では空元気だったのか。

気付かなかった。 ……気付いて、やるべきだった。

 

「それで……なんていうか。 我慢できなくて、ちょっと悪戯しちゃったの。」

「悪戯ってレベルじゃ済まないのは分かるだろうに……。」

「でも、我慢できなかったから。」

 

アーティファクトの一定以上の進行。

侵食が進み過ぎれば、感情が明白に表に現れ始める。

その第一歩……というか、開始地点か。

流石に風呂に突撃してくるだとか、隠し切れないようなことではないが。

ただ「悪戯」で済む範疇でしてしまったと。

……まあ、その行動がクリティカルだったと言うだけで。

 

「仮に見られてたらどうする気だったんだよ。」

「入れ替えだし、量もかなり違ったし。 目で見れば気付くと思ってた。」

「ぐ、ぬ……。」

「で、お兄ちゃん。 ちょっと聞きたいんだけど。」

 

そして、何かを言いかけたところで。

がらり、と窓を開けて春風が部屋に戻ってくる。

 

「ごめんなさい、私宛の宅配便が来ていたようで。」

「あ、ああ。 そういうことですか。」

「ええ。 遅くなることを告げたら両親共に喜ぶような有様ですから。」

 

それ、毎度聞くたびに笑えないんですよ本当に。

 

「……凄いですね、先輩の家。」

「友達がいないことは知っていますから。」

 

一応、天と春風は電車内で顔だけは知っている間柄だったはず。

……なにか疑われたら天とレナを前に出せば良いか、うん。

そんな事を思っていたら、スマホに振動音。

ちょっと失礼、と告げて内容を見て。

送り主は二人。

 

一人は都達。

「今入っていくね」と。

 

もう一人は……お前か、天。

「全部、バレてるんだよね?」と。

 

…………。

 

返信。

「ああ。 全部な。」

送信。

 

…………。

 

あ、顔を伏せた。

 




ギリギリで天が平和なルート。
最悪はそらいろ的消失寸前ルートだったからまだマシ。


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24.5.天之歌、「禁忌」。

そらいろ
  うた
  のまい。

想い続けていたこと。 けれど、認められないと分かっていたこと。


子供の頃から。

物心付いた頃から、私が見ていたのはお兄ちゃんだけだった。

 

幼稚園に上がった頃でも。

小学校に入った頃でも。

中学校でも、ずっとそう。

 

仲がいい兄妹だね、と親戚に言われて喜んでいて。

小さい頃は良く泣いていた私を、お兄ちゃんが庇ってくれて。

その気持ちは、日に日に増していくばかりだった。

 

ただ、何となく。

その気持ちを外に出しちゃいけない、と思っていた。

そう明確に思ったのは、何が切っ掛けだったんだろう。

今になっても、思い出すことが出来ない。

 

だから、例えば。

学校で人気のある男子とか。

サッカー部のキャプテンとか。

告白されて、周りから持て囃されて。

けれど、心の中で思っていたのは。

「怖い」という感情だったと思う。

 

女子というものは、残酷で。

同調圧力?とか、言うのかな。

周りに乗らなかったら、浮いていると見られたら。

自然と排除対象へと変わっていく。

 

だから、必死に頭を回して。

告白してきた男子達には、「それらしい」理由を付けて断る方が大変だった。

多分、誰かに相談すれば少しは違ったと思うけど。

そんな相談した内容が、お兄ちゃんの耳に入ってほしくなくて。

 

もし、お兄ちゃんに。

「良いじゃん」なんて言われた、って。

考えるだけで、嫌だったから。

 

契機は、アルバムを出しっ放しにしちゃった時。

そして、お兄ちゃんが一人暮らしを始めた時。

 

その時浮かんだ想いは2つ。

「気付かれたくない、気持ち悪いと思われたくない」。

「離れたくない、一緒にいたい」。

 

同じ高校に通うことは、出来た。

今までと同じように。

小学校、中学校。

一緒に通っていた頃みたいに、朝は。

約束できれば、帰りも。

短いけれど、一緒に通うことは出来た。

 

それで、満足できるのなら。

ここまで、想い続けてはいなかった気はするけれど。

 

ずっと、ずっと。 心の底に、想いを沈めて。

「否定」されたら。 そう思うと、怖くて仕方なかったから。

世間では、認められない事だと分かっていたから。

 

二度目の契機は。

フェスの後。

帰り際、「何か」が変わっちゃったような気がしていて。

アーティファクトと契約して。

お兄ちゃんの周りに、女の子が増え始めて。

そして、クラスメイトに呼び出された。

 

中学校の頃と、多分変わらない流れだと思った。

周りの男子達に応援されて。

それを見て、微笑ましそうに応援する女子達。

勇気を出した、男の子。

 

直接、声を掛けられたなら断れた。

でも、下駄箱に入っていたのは一通の手紙。

顔しか知らない。 殆ど話した覚えもない、誰か。

 

怖かった。

この短い間に移り変わって、「魔法使い」になってしまって。

入学して、まだ一ヶ月しか経っていないのに。

欲しい物には、手が届かなくて。

否定されるのが、ずっと怖くて。

 

だから。

お兄ちゃんに言われていたけれど。

能力を使ってしまった。

気付かれませんように、と。

強く、思いながら。

 

背中のあたりが、すこし熱くなり。

私は。

少しだけ、と。

今までより、我慢が効かなくなっていた。

 




天、滅茶苦茶書きやすいし凄い好きです。
各個人回じゃないけど翔とデートくらいはさせたいですね……


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25.天之詩、「想い」。

私は。
ずっと、一緒だから。

※後半BGM:ここにある空


 

「お邪魔します。」

「失礼する、ね。」

 

そんな声が入口の方から聞こえても。

未だに天は顔を伏せっぱなしだった。

 

「……何する、んでしょう?」

 

気付かないうちに、春風も元の人格に戻っている。

この辺、話してる途中であっても切り替わるから反応に困るんだが。

 

「あ~……少し話しておきますか。 都、希亜。 片付けたらでいいから時間貰えるか?」

「あ、うん。」

「身体の方は大丈夫なの?」

「一日休んだしな。 まあ、色々心配掛けた。」

 

水道を使う音の後。

冷蔵庫を開けるような音。

扉を開ける音。

この2つはほぼ同時に聞こえ。

そして、聞こえた声も重なるようだった。

少しだけ高い声。

少しだけ低い声。

違う声色のはずなのに。

 

「あ……え、っと。 香坂さん、だったかしら。」

「ぁ……はい、そう、です。」

「多分私だけ挨拶してない筈だもの。 結城希亜、宜しく。」

 

挨拶を交わし合う二人。

ただ。

片方は一方的に知っていて、友人であったことも覚えていて。

もう一方は、何も覚えていない真っ更で。

そんな、少しばかりの痛苦を見ることになってしまったけれど。

 

「さて……。 とっとと起きろ、天。」

「ぅー……。」

「子供じゃないんだぞお前。」

「子供だよ! というかなんでそんな堂々としてるのお兄ちゃん!?」

 

一旦そちらから目を離して、頭を抱え続ける(そら)へと声を掛ける。

多分何も言わなかったらずっとそのままの体勢だったと思う。

顔は未だに真っ赤で。

突然の大声に驚いたような二人も、反応はそれぞれに別れた。

つまりは、納得したような顔と。

何事かと、少し警戒するような顔に。

 

「……いや、何というか。」

「何というか何。」

()()()()()()()()()()()()()()()、俺は。」

「…………え?」

 

ぎぎぎ、と軋むような動作。

それは、もし。

「■■■」と言われたら、と。

怯えるような、忌避するような顔で。

 

「……翔。 先に天と話して来たら?」

「……そうだな、少し席外す。」

 

そんな、青いような。

妙な顔をして、竦んだ天の手を掴み。

一度、外へ。

正確には、非常階段の踊り場へと引っ張っていった。

 

途中、目線で告げられる。

 

「頑張って」と。

「年数だけで言えば、一番だから」と。

 

…………実妹っていう大前提を含めて認識できる所。

それを踏まえても、「五人」という人数を崩そうとしない彼女達に。

感謝と――――我ながらどうかと思うが。

惚れ直す。

 

 

 

 

春から、夏に成りかけているような。

既に日が暮れ始めているのに、少しばかり陽気が残っている。

そんな空気の中。

 

手を引いた天と、俺は向かい合っていた。

 

天が消えそうになった(あの)時。

そして、消えてしまった時。

夜の中、震えながら内心を告げたときと同じ顔をしていた。

答えを聞きたい。

けれど、聞きたくない。

そんな、何方にしても変わってしまうことを拒む顔を。

 

「……気を利かせてくれたんだからな、後で謝っとけよ。」

「……ん。」

 

天だけは、他の三人とは立ち位置が違うから。

結ばれた記憶。

それ自体は飛び上がるくらいには嬉しいことだろう。

他の誰かと結ばれた記憶。

天は、自身の感情を押し殺して気付かれないようにしていた。

その感情を抱くこと自体が悪い、と。

自身で吐露したように。 周囲に気を配り過ぎる、妹だから。

 

「で。 ……話、聞く気力はあるか?」

「……無いなら、言わないでくれる?」

「いつかはしなきゃいけない話だけどな。」

 

記憶を取り戻すことがなかったら。

以前と同じように、俺は振る舞えただろうか。

そんな事を考えても、仕方ないけれど。

 

「……聞く。」

 

少しの間、迷うように考えていて。

そして、その言葉を絞り出した。

 

「まず、お前と同じように……別の枝、別の可能性を思い出してるのは春風以外。」

「……え? ってことは、みゃーこ先輩も希亜先輩も?」

「そうだな。 同時じゃないが、記憶が流れ込んできてる。」

 

だから。

 

「俺とお前の関係……というよりは、()()()()()()()()()。 それは多かれ少なかれ察してる。」

「……うん。」

「その上で、俺も。 彼女達も、意見は大体一致してる。」

 

握られた右手を強く、握り返された。

 

()()()()()()()()()()。 お前を遠ざけたり、嫌悪したりするつもりはない。」

「――――え?」

 

良いの?、と。

言葉が漏れていた。

 

「今のメンバーの間なら、って前提は付くけどな。」

「で、でも。」

「……これは言うつもり無かったんだがな。」

 

唇を軽く、舐めた。

からからで。

何で妹に、と。 思わなくもないけれど。

大事な女の子(いもうと)だから、と。 そうも、思うのだ。

 

「嫉妬したりどんどんするって、自分で言ったの覚えてるか。」

「……うん。」

「あの時な。 これから先どうなるかは分からないけど。」

 

口を、滑らす。

 

()()()()()()()()()()()()()、って思ったんだよ。 だから、そんな泣きそうな目すんのやめろ。」

 

頭を一度、掻き回すように撫でた。

いつかの、昔のように。

暫くの間、していなかったことを。

 

「――――お兄ちゃん。」

 

これから先。

どうなるか、枝が変わってしまった以上は分からないけれど。

全員で、立ち向かえたら。

なんとかなるだろう。

そう思いながら。

暫くの間、そうし続けていた。



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26.相互。

違った枝、違った関係。


 

どれくらいの間そうしていたのか。

戻っていく時には、もう顔は元に戻っていて。

早く早く、と引っ張るくらいになっていた。

 

「お前さぁ……移り変わり早すぎない?」

「だって。 もう一回、おにーちゃんと()()出来るんでしょ?」

「お前ほんとそういうとこさぁ。」

 

切り替わりが早いというか。

自分のしたいこと、感情にまっすぐというか。

まあ、それくらいでいてくれる方がこっちとしてはやりやすい。

しおらしいのは、天らしくはない。

……まあ、勿論。

その部分のギャップも込で知っている人数が少ないというのもあるのだけど。

 

「今までは隠してきたけど、表に出すよ?」

「恥ずかしいことだけはやめろ本当に。 後知り合いの前でもやめろよ!?」

「またまた~。」

 

そんな会話をしながら扉を開けた。

途端に漂ってくる空腹に突き刺さるような香り。

 

「あ、おかえりなさい。 話、終わった?」

「何とかな……。 都も悪いな、夕食作ってもらっちゃって。」

「ううん。 好きでしてくることだし、私の分も一緒に作ってるだけだから。」

 

制服姿の上にエプロン。

何度か見たけれど、男の浪漫だよなぁと思う反面。

不思議と違和感がないというか、うまく着こなしているというか。

恐らくは、都の性格的な面と実際に着てきた歴史の両面が理由なんだろう。

 

「ああ、後でで良いからレシート貰えるか? 精算しちゃうから。」

「うん。 でも、今日は皆で分けるから、ね?」

「任せた。」

 

何かが焼けるようないい音と。

白い煙は上がっているけれど、沸騰はしていなさそうな味噌汁。

和食というか、何というか。

 

「みゃーこ先輩、今日何作ったんです?」

「今日はね~。 内緒、かな?」

「え~! 教えて下さいよぅ!」

「もうすぐ出来るから待ってて?」

 

そんな母親と子供みたいな会話を繰り広げている二人。

 

「と、そうだ。」

「どうかした?」

「耳貸してくれるか、都。」

 

まあ、その前に都と希亜には報告しとかないといけないことがあるんだが。

 

「天も記憶取り戻した。 ただ、こいつの場合はお前たちとは少しばかり違うから、あんまり引かないでやってくれ。」

「……ん。 天ちゃんは、天ちゃんだもんね。」

 

こそこそと隠れるような話はあんまり好きではないんだが。

今日の場合はまだ記憶を取り戻せていない春風もいるのだから致し方ない。

 

……どうすれば良いんだ? あの人の場合。

頭の中が大分ピンクだしそういう意味では楽そうに見えなくもないが。

そんな手段は絶対にやりたくない。

 

「はいはーい。 何の話かわからないけど、近いですよーっと。」

「おっと。」

「そ、天ちゃん……。」

 

若干無理に離されて、頭を少し掻いた。

照れくさそうに、都は笑みを浮かべた。

天は……目に見えて膨れているというか。

嫉妬してるな。

 

「じゃあ先に中に戻る。 幾つか共有しておきたいこともあるから、少し遅くなっても大丈夫か?」

「うん。 お祖父様が……その、応援してくれてるから。」

「応援って……。」

 

ナインボール経営者、というか趣味で運営してるコロナグループのトップ。

幾つかの枝で言われたけれど、その人に好かれているらしい俺。

実感は、全くない。

 

「気にしないでいいよ?」

「いや、気にしないってのも無理じゃないか?」

「そう?」

「家族だからそう思えるんだと思うんだけど。」

 

何しろ、生活の何割かを彼処の食事に頼っているような学生だったのだから。

実際今でこそ都が出張して夕食を作ってくれているが、そうでもないならかなりのペースでまた通っていた。

……なのに、彼処でバイトしてることに全く気付かなかったんだよな。

希亜ですら気付いてたってのに。

 

「にぃに、中行こう、中!」

「引っ張るな。 離そうとすんな。」

「私言ったじゃん!」

「はえーんだよ!」

 

というか露骨過ぎるんだよ!

もう少し隠せ!

そんなめんどくせーという感情を隠しもせずに天の行動に全力で抵抗する。

 

「むぎぎぎぎ……。」

 

それなりの力で引っ張られ続ける。

が、まあ。

ほんの少ししか動かない。

 

「男女の筋力差を考えろよお前。」

「だったら譲ってくれたっていいじゃん!」

「後ちょっとしたら行くから無駄なことすんなよ……。」

 

本当に、これから大丈夫なのか。

そう思いを馳せながら。

 

「今日はもう無理だが、近いうちに食器くらいは全員で揃えよう。 それくらいは出させてくれ。」

「え、でも……食器って言っても結構するよ?」

()()()のクレーンゲームよりは安く済むだろ、多分。」

「……まあ、そうかな。 ただ、無駄遣いは駄目だからね? 私の心臓、止まっちゃうから。」

 

分かってるよ。

()()()()、と。

冗談めかして言ったら。

照れる顔と、寂しそうな顔が同じ空間に生まれたので。

片側の頭に手を置いて、部屋の中へと戻っていった。

 




ふっつーに寝過ごしました。


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27.友人。

同性、異性。
成立するという意見。
成立しないという意見。
であるなら。 四人と結び付くこの関係を何と呼ぶ?


 

その日の食事は、久々に食べる家庭の味のようだった。

 

「……ど、どうかな?」

「俺はすげー好き。 弁当の時から思ってたけど、やっぱり才能あるんだと思うぞ。 都には。」

「そうかな……普通にしてるだけなんだけど。」

 

料理もセンスが必要なのは変わらない。

春風の……あの、なんとも形容し難いカレーのような何かを作り上げる逆の意味のセンスはどうかと思うが。

ただ、普通に食材切ったりある程度は出来る分。

付きっきりで誰かが教え込めば普通……のものくらいは作れると思う。

というか信じたい。 アレは二度とゴメンだ。

 

「……ねえ、都。」

「はい? ……じゃなかった、うん。 どうしたの、希亜ちゃん。」

「後で料理、教えてくれない?」

「ぇ。 私で良ければ、別にいいけど……。」

 

以前の枝の中。

こんな会話があった分岐が生まれる可能性もあったのだろうか。

……いや、難しいか。

都が料理を作ってくれて、希亜がこうして本心を示す可能性(せかい)

前者は容易に想像付くが、後者はタイミングがかなり限られるのだから。

 

「そう、ありがとう。」

「でも、急にどうしたの?」

「……分かって欲しいな。」

「…………ああ。 うん、そういうこと?」

「あ、私も教えて! みゃーこ先輩!」

 

わいわいと。

がやがやと。

普段では考えられないような騒々しさ。

華やかさのほうが先立つ気はしないでもないが、今は凄い楽しい。

 

「……さて、食いながらで悪いが聞いてくれ。 明日に関して相談しておきたい。」

「明日……です、か?」

「ええ。 特に香坂先輩には今日ご迷惑を掛けましたから、早めに自身の事を理解して頂きたくて。」

 

かたん、と割り箸を置きながら。

本来なら余り宜しくない使い方をされた、プラスチック製のカップに入った味噌汁を一口。

 

「春風の能力の確認?」

「お前、少し席を外してる間に一気に仲良くなってるな……。」

「趣味も合ったから。」

 

そうだな。知ってる。

 

「先輩には、自身以外を対象にした……何と言えば良いんでしょう、遠隔の練習をしてほしいな、と。」

「遠隔……ですか?」

 

はて、と首を傾げる。

えーと、こういうのは何と言うんだったか。

 

「バッファー、とか言うんでしたっけ? 味方にバフを掛ける役割の人。」

「ああ、支援系……です、か。 それならはい、分かります。」

「それで、俺もそうですが……全員にどれくらい掛けていられるか。

 こう言ってはなんですけど、先輩の能力は相当負担が掛かると思います。 それでも、大丈夫ですか?」

「負担……?」

「スタミナが0になる、って表現したほうが伝わりますかね?」

 

小さく頷いた。

でもこの人の場合、今真面目に考えてても中身は何考えてるか分からんからなぁ……。

二人きりになった時、押し倒されることを考えてたレベルの人だし。

 

「翔。 何で実験するの?」

「いや、そんな身を乗り出すなよ……。」

 

先輩の能力の実験でやったことと言えば。

野良猫大量召喚のアレだ。

……猫かぁ。 飼えれば良いんだけどな。

 

「あはは……。 まあ、分かるけどね。」

「何させる気なの? お兄ちゃん。」

「ん、まあ大体結果は見えてるんだが。 猫に懐かれるようにしてもらおうと思ってな。」

 

若干二名が目を輝かせた。

都は茶トラの野良猫とそこそこ仲がいいからそうでもないのは知っている。

天は……そういやあんまりペットについてとか聞いた覚えないな。

 

「ね、猫ですか。」

「そうです、猫です。」

「……余り、猫に好かれないから私。 好きなのに。」

 

想像して、少し楽しそうにする春風。

逆に今までを思い出して落ち込む希亜。

……普段は似た者同士なのに、こうも性格に差が出るか。

まあ、変な子と認識されているか。

自分を作っているかの違いもあると思うけど。

 

「そういえばにぃに。」

「あん? 何だよ。」

 

食事を取るのか、話すのか。

こいつの場合はその比率が食事に偏っていたようで、気付けばもう皿の上は空っぽ。

 

「此処ってペット可だっけ?」

「あ~……どうだったかなぁ。 利用規約見てみなきゃ分からん、決めたのは父さんだし。」

「飼えたら……って思ったんだけど。」

「俺達が学校行ってる間に面倒見れれば考えるけどなー。」

 

食事に関してとか、そういうのがしっかりと教え込まれたようなペットならまだしも。

野良で急に拾ってくる……というのは難しい。

飼いたい、というのと。 飼える、というのはまた別問題だから。

 

「もし。」

「お、おう。」

「可能であれば飼って欲しい。 私も面倒見るから。」

 

前に出てくるんじゃない。

近い近い。

 

「……だったら希亜の家で飼えば良いんじゃないのか?」

「……お父さんが、駄目なの。」

「あ~……そりゃしょうがない。」

 

出来ればしょんぼりしないで欲しい。

 

「猫カフェとかだってあるんだし。 触れ合える機会は探せばあるだろ、その内行くか?」

「絶対、行く。」

 

だから、前に、出てくるな。

そうして、元の位置に追い返し。

小さな笑い声が聞こえる中。

ある意味初めての、五人の食事は幕を閉じた。

 




※今回もツイッターでアンケート中です


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28.報告。

良いことも悪いことも、分かち合って。


 

その後、少しして春風は帰宅して。

状況を把握している人間だけが残ったところで改めて。

 

「……さて、レナ。 報告頼む。」

 

予想よりも遅くなったが、一度幻体を消してその場に再召喚。

実際使い魔みたいな扱いをしてるが、ソフィ達みたいに扱うのも合わないし。

こうして幾つかの依頼だけして自分の判断で動いてもらうほうが色々と便利だ。

 

「記憶では見た覚えあるけど……こうして見るのは初めてだよね。 というかにぃに、ちょっと怖い。」

「あぁ……お前の場合はそうか、ただゴーストとは違うから慣れてくれ。」

「服の色が違うだけだから……ちょっと、時間掛かるかも。」

 

記憶が残っている弊害。

天の枝で起きた一番大きな消失騒動は、天がアーティファクトを限界以上に使用したから。

その対象がゴースト……与一が扱っていた時の幻体である以上、慣れるまでは厳しそうだ。

あの時は、本当に助かった。

 

「へーへー。 つってもそんな報告する事があるわけでもねえけど。」

「それでも、情報は大事だよ。」

「それを否定する気はねーけどよ。 あー、どっちから行く?大将。」

「そうだな……まずは与一の方から頼んでいいか。」

 

一度、首肯。

 

「何処ほっつき歩いてるのか分からなかったから取り敢えず繁華街とか人混み辺りを見て回ったんだがな。

 どっかに拠点があるのか、女の家に転がり込んでるのか。 今日は顔見なかった。」

「まあ、予想の範囲内か。 引き続き頼む。」

「おう。 夜にだけ動く場合もあるし、オレはそっちを重点的に見りゃいいよな? 戦いなら別だけどよ。」

「戦い、なぁ……。」

 

この街にどれだけのアーティファクトユーザーが存在するのかわからない。

下手をすれば、普段接するクラスメイトの大半がユーザーの可能性すらある。

今までの枝では考えにくかったが、それも視野に入れる必要があるか……?

 

「……いや、そうだな。 可能性に備えなきゃいけないのは事実だ。」

「当たり前だろ。 んで、2つ目……春風の元クラスメイトだったよな?」

「……春風の?」

「あ~……。 多分、これを知ってるのは当人と俺、与一だけなんだよな。」

 

その場で説明する。

全身をスティグマに覆われていた、春風の元クラスメイト。 河本。

ゲームセンターで絡まれたというか、何というか。

その後、夜に襲われた時には春風しか見えていないような有様で。

 

「成程ね。 能力は?」

「分からん。 結局彼奴が殺して……俺達はその場を離れたから。」

 

その言葉を告げるだけで、少しだけ空気が重くなる。

俺達は今、そういう生死を賭けた状況にいる。

その事を改めて再認識したから。

 

「で、そいつだが。 ……まだ分かんねーけど、アーティファクトを持ってない可能性もある。」

「は? どういうことだ?」

「いや、純粋に手に入れたのが遅い場合もあるけどよ。 なんつーか、そういう独特の感覚?が無い気がすんだよな。

 勿論感覚でしかねーからもう少し調べるが。」

「……悪い、任せた。」

 

全身に広がるスティグマ。

……希亜の枝で見た、無差別に発動されたイーリスの介入。

あの時のそれと、関わりがあるのか?

現状は何も言えない。

 

「ああ、大将も出来る限り彼奴に近付けねえようにしてくれよ?」

「って言ったって連絡の取りようがねえだろ。」

「そういやそうか。 何とかしたいがなー。」

 

スマホ二台持ち……とか出来れば便利だろうが。

今は金銭的にも無理。

 

「ま、オレからはそんな感じ。」

「分かった、引き続き頼む。」

「おう。 テキトーに時間見て報告しに来る。」

 

そんな事を言い残し。

また気軽に、夜の世界へ出ていくレナ。

暫くは放置だな、こりゃ……。

 

「で、今の説明を踏まえて幾つか準備しておきたい。」

 

殆ど口を開かずに、俺達の報告や話を聞いていた三人の顔は。

文字通りの真剣さで。

それを見て、少しだけ口角が上がってしまった。

同じ危機感を、共有できていると思って。

 

「まず第一に、ユーザーの有無を知っておきたい。 可能性だけでも良いから。」

「え、っと……。 それは、友達にってこと?」

 

都の問いかけに、ああ、と呟いた。

実際、同じクラスメイトの中だと知ってる限りで三人しかいなかったが……。

 

「それも含めてだ。 各々覚えはあると思うが、火事騒ぎみたいな暴走に繋がる可能性もあるからな。」

 

全員が頷いたのを見て、次。

 

「それと、イーリスが完全に滅んだのを確認できる日まで。 或いは、与一とかが捕捉出来るまでだな。

 一人で動くのは出来る限り避けてくれ。」

「……もしもの場合は、ってことね。」

「じゃあお兄ちゃん。 自由に動ける私達みたいなのが付き添う感じ?」

「レナも入れれば六人。 まあ奇数にはならないしな……。」

 

魔眼に対抗するには、一人ではほぼ無理だ。

掛かった時点で対処手段の大部分が失われる。

故に、一人で動かないことをほぼルール化しておく。

 

「分かった。 なら、それを前提に動きましょう。 ヴァルハラ・ソサイエティとしては止めたいし。」

「……そういえば、高峰くんはどうするの?」

「彼奴なぁ……。 絶対的に与一の味方である以上、潜在的な敵……中立で見たほうが良いだろ。」

 

彼奴と戦う羽目になった場合。

レナを呼び出すくらいしか俺にはどうにかする手段がない。

 

「他に意見は?」

 

横に振られた首を見て。

 

「なら、今日はこれくらいだな……。」

 

それを口切りに、各々が帰宅の準備をし始めて。

 

「それなら……私は、今日は帰るね。 お祖父様に、もう少し相談しておくから。」

「分かった、気をつけてな。」

「なら兄貴。 私はみゃーこ先輩と帰るから、希亜先輩任せていい?」

 

都が立ち上がり。

天が、それに付き添うように立ち上がって。

けれど、希亜は動く気配がなかった。

 

「へ?」

「……泊めて、貰えない?」

「は?」

 

……何があった?

 




ツイッターアンケート有難う御座いました。
原作と大分剥離してますがこれからも宜しくお願いします。


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29.枝分かれ。

小さなことでも枝が別れる要因になる。
それは、外部から観測されているから?
或いは、当人の意識が――――。


 

何処か所載なさげにしている希亜に、まずは溜息一つ。

別にこちらとしては泊まっていってもいいんだが、色々と()()なのも事実。

下手に一対一より、複数のほうが落ち着くくらいだったりする。

 

「……で、今日はどうしたんだ?」

「……皆が楽しそうにしてたから、言えなかったんだけど。」

 

いつかも見たような、硬い殻の中から見える何処か幼い雰囲気の彼女。

身長差……もあるのだと思うのだが。

けれど、妹というよりは護るべき女の子の印象は拭い去れない。

 

「両親と……喧嘩して。」

「喧嘩?」

 

初めて聞いたな、そんな事。

普段は仲良かったはずだが。

……それを吐き出した彼女の顔は、沈んでいて。

隠していたとは言え、気付いてやるべきだった――――と、俺は自分を叱責した。

 

「うん……正確に言えば、私とっていうか。 私とお父さんは意見は一致してるけど。」

「母親が、か?」

「翔は……私の事情、覚えてるよね?」

 

当たり前だろ、と呟いた。

妹を、目の前で事故で亡くした。

それ以降、「正義」に縛られ続けた少女。

自分自身でも、元の自分が分からなくなる程に。

「自分」を作り続けた、少女。

 

「私は、今のままじゃ良くない……って、気付けた。 皆のお陰だし……翔のお陰で。」

「元々思ってたことだろ。 あんまり買いかぶらないでくれ。」

「ううん。 多分、ずっと殻の中にいたと思うから。」

 

そう言われると……正直に言って照れ臭い。

話を強引に元に戻した。

 

「それで?」

「なんて言えばいいかな……。 今、家の中。 ずっと、昔から変わらないままだから。」

「それもあって引っ越すとか引っ越さない、って話になったんだよな。 前の枝では。」

「今日の朝、二人に言ってみたの。」

 

……随分早いな、というのが正直な感想だった。

 

昨日の夜、寝る前まで電話してきて。

そして今日の朝。

以前とは百八十度違う、柔らかい雰囲気にはなっているけれど。

根本的な部分では、やはり希亜は希亜のまま。

()()()()()()()()()()()()()()()

これも、ある意味アーティファクトの同調が進んだ結果だろうか。

 

「……元々、お父さんは少しでも変えようとしてくれてた。」

「けど、希亜は自分を作ってて……まあ少しは違うとは言え、勉強したりの真面目っぽい感じだったんだよな?」

「うん。 お母さんは、妹が死んじゃってから……なんて言えばいいのかな。 変わるのを、嫌がってた。」

 

変化を嫌がる。

以前の枝では、細かくは聞いていなかったけれど。

また、誰かがいなくなることを怖がっている。

それは、誰もが思う事柄で。

でも。 その度合がかなり違っている。 ()()()()()()()のだと、彼女は漏らした。

 

「絶対に駄目、大学も家から通える範囲で……って。 怒り狂うみたいに。」

「そりゃ……流石に、急な変化過ぎないか?」

「うん。 ……私の覚えてる限りじゃ、此処まで強く言われたこともないし。」

「それで喧嘩……なぁ。」

「お父さんが何とか抑えてくれて……それで、今日は帰ってこないほうが良いって。

 学校から出た辺りで、電話があったの。」

 

確かに、違和感が強い。

急過ぎる変化。

絶対に駄目だ、と言い続ける母親。

 

「……確認してみるか。」

「え?」

「ソフィ、いるか?」

 

少しの間が空き。

空間を裂いて、ぬいぐるみが現出する。

 

「何か用かしら、カケル。」

「ああ、ちょっと確認したいことがあってな。」

「あら珍しい。 魂を焼く炎のアーティファクトはもう少し時間掛かるわよ。」

 

そっちは、取り敢えずはまだいい。

 

「例えば、って話になるんだが…………。 ()()()()()()()()アーティファクトとかって、あるのか?」

「感情……ええ、まああるわね。 他人に危害を及ぼす類とは違って、使い方次第ってレベルだからある程度だけど。」

「なら、その可能性もあるのかね……。」

 

これで「無い」、と言い切ってくれたほうが良かった。

無いのなら、純粋に希亜を心配しての言葉だと断定できたから。

 

他者に干渉する能力。

微かに、記憶に引っ掛かった。

他人を味方につける、というか。

そういった、悪用出来る能力のものだ。

 

「ま。 何か情報が入ったらまた教えなさい。 名前とか程度でよければ調べてきてあげる。」

「分かった、助かる。」

「良いのよ。 貴方達には苦労掛けてるのだからね。」

 

それじゃあね~、と少し軽い口調で帰っていったソフィ。

それを見送った上で。

 

「……ってわけで、ユーザーに干渉されてる可能性もある。」

「……なんで、お母さんを?」

「さてな、其処までは分からんが……お前が相談した事以外は変化は無いんだろ?」

「うん。」

「となれば、お前を家から出したくない誰かってことだよな。」

 

何故父親は変わらないのか。

その理由まで探すのは、一苦労だと思うが。

 

「……まあ、ちょっと考えてみるか。 折角二人でいるんだしな。」

「そう、だね。 ……お風呂、借りても良い?」

「お好きに。」

 

悪戯口調で答えれば。

 

「……もしアレだったら、覗いてもいいよ?」

「やめろお前、本気にするから。」

「冗談……半分は、だけど。」

 

軽口と、本気とが半分ずつの答えを返される。

……頭の中に、白い身体が浮かぶのを首を振ってかき消すのに。

結構な苦労をする羽目になった。



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29.5.都に映る天。

空を見上げる。
移り変わる景色は、それぞれで。
抱く想いは。


 

春の風は、もう暖かくなり始めていた。

自転車を押しながら、隣の天ちゃんを横目で眺める。

 

「~♪」

「楽しそう、だね。」

「そう見えます?」

「うん、とっても。」

 

前の籠には、天ちゃんの荷物が載せられている。

もしこれが、翔くんだったら、なんて。

他愛もないことを考えてしまうくらいには、平和で。

 

「……これ、内緒なんですけど。」

「うん。」

「今日で、全部終わっちゃうと思ってました。」

「……全部?」

「はい。」

 

駅前までの短い時間。

けれど、話すのを楽しむように。

少しずつ、少しずつ。

こつん、と。

目の前の小石を蹴飛ばすのを、目で追った。

 

「色々、気付かれたくないこととか。」

「うん。」

「隠してたこととか、全部バレちゃって。」

 

記憶が戻ることは、良いことだけじゃない。

多分、それは皆同じなんだと思う。

 

私だって。

与一くんに、石にされた時。

自分を、ずっと叱って。

最期に思ったのは。

ごめんなさい、って言葉だったから。

 

自分には釣り合わない、って。

だから、一緒にいられるくらいには、って。

一人で動いて、最期は。

……悲しませてしまったんだから。

 

「多分。 お兄ちゃんに、拒絶されてたら。」

「……しないとは、思うけどね。」

「……どうだったかな。 もしかしたら、自分を消してたかもしれません。」

 

極めて平坦に。

彼女は、私にそう告げた。

 

「みゃーこ先輩は?」

「え、私?」

 

聞き手に、受け手に回っていた私への質問。

駅前まで、少しだけの遠回り。

誰かと、こんな話をするとは思ってなかった。

そんな、唯のお話。

 

「見てれば、何となく分かりますよ?」

「そ、そう?」

「はい!」

 

互いに、何の話かは口に出さない。

それは、出してはいけない事なんだろうって。

周囲に、認められるか分からないことなんだから。

 

「多分、そうだなぁ。」

 

思い返せば。

いつから、なんて決まっている。

 

「天ちゃんを、助けに行ったときかな。」

「え、私の時ですか?」

「うん、そう。」

 

中にいて、外の様子を一切知らなかった天ちゃん。

火事であっても。

自分が焼け死ぬ、なんて気にも止めずに。

私を護ってくれて。

天ちゃんを、護り抜いて。

 

「私が、一方的に知っててね。」

「……ナインボールで働いてたこと、知らなかったんでしたっけ?」

「みたいだね。 初めて知った時は、ちょっと驚いた感じだったかな。」

 

それから、いろんな事があった。

初めは、結ばれて。

ずっと先までを誓いあったけど。

スティグマについては、何も知らなかった。

 

それを知っている「私」は、彼と結ばれる事はなくて。

ただ、心に秘めたまま。

ずっと、目で追いかけているだけで。

 

「だから。」

「……はい。」

「私を、選んでほしい気持ちはあるけどね。」

 

うん、素直に認める。

独り占めにしたいし。

一緒に、いろんな事をしたい。

だけど。

 

「それは、皆同じだもんね。」

 

私、今。

上手く笑えてるかな。

 

「……みゃーこ先輩。」

「? どうかした?」

「私、やっぱりみゃーこ先輩大好きです!」

 

――――希亜ちゃん。 ……今日だけは、翔くん独り占めにさせてあげる。

 

たった二人の、秘密の話。

誰にも聞かれたくない、私達だけの内緒話。

 



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30.希う。

希う(こいねがう)望み。
独りじゃないからこそ、君は。


 

久々にギリギリな感覚を味わい続けている。

 

「……あの、希亜?」

「何?」

「その格好久々に見るけど、もう少し別の服は……。」

 

今希亜が着ている服は俺のもの。

前回とは違い、流石に家に戻る時間がないので洗濯機を回転中。

まあ、俺のと一緒に洗っているのは本人がいいなら良いとして。

 

「やっぱり大きいよね、翔の服。」

「何でお前Tシャツじゃなくそっちにした……?」

 

春風の枝(いつかのどこか)で見たような。

けど()()()が限りなく違う、ワイシャツスタイル。

せめてスカートとか履いてくれれば別なんだが。

 

「え、特に理由はないよ?」

「だったら前のボタン閉めろよ……!」

 

閉められないとかならまだ分かるけどよぉ!

唯でさえ洗濯中なんだからもう少し、もう少し!

ちらちら見えそうになるから!

 

「…………ねえ、翔。」

「なんですかね現在格好痴女。」

「女の子って、視線には敏感って知ってる?」

 

それ以上言うのはやめろ。

本気で不味いからやめろ。

 

「まあ、翔がえっちなのは知ってるけど。」

「俺だけじゃなくて大概の男子高校生ならそうだからな!?」

 

俺だけ、みたいな言い方はやめろ!

声に出すに出せない。

実際言われても仕方ないとは思っているから。

 

「……ふふ。」

「……で、どうした?」

「ううん。 周りに、皆がいても。 私も見てくれるんだな、って。」

 

小さな笑顔。

正座、というよりは体育座りで。

ベッドの淵に背中を任せ、一言。

 

「あのなぁ。 俺がそんな情もないように見えるか?」

「見えないし、思ってないよ。 でも、嬉しくて。」

「ストレートに言うのホントやめて恥ずかしい……。」

 

言われるこっちが恥ずかしくて、目線を逸らせば。

くすくす、と声に出して小さい笑いが聞こえてきた。

むず痒くて、首の辺りを指で掻きながら。

 

「ああ、寝る時はベッド使ってくれ。 俺は寝袋でいい。」

「え?」

「え?」

 

何で其処できょとんとした顔ができるのお前。

 

「ベッドで一緒でいいよ?」

「洒落にならないからやめような!?」

「気にしない、っていうか……今更じゃない?」

「うっ……。」

 

いや、確かに同じベッドで寝たことあるけど!

それ別の、お前と付き合い始めた後だったよな!

そう口で言っても。

似たようなモノだから、と流される。

 

「……それとも。 一緒に寝たくない?」

「それ言うの卑怯だって分かってる?」

「分かってるよ。 ずるいんだから、私だって。」

 

微笑みながら、そういう言葉を呟くワイシャツ姿の希亜(びしょうじょ)

パソコンの中の隠しフォルダに幾つか入れてあるような、そんな考えにくい光景を目の当たりにして。

頭がくらくらするくらいには、動揺させられた。

 

「あー、あー! 知らないからな!?」

「別に、翔にだったら良いけど。」

「そういう事言うのやめろ!」

 

多分このまま話していてもずっとアドバンテージを取られ続ける。

強引に話を変えようと、パソコンの電源を入れた。

希亜にも見えやすいように、隣り合って。

 

「なにかするの?」

「ゲームでもするか……と思ってたんだが、流石にデモハン持ってきてないよな。」

「学校帰りだもん、流石に。」

 

だよなぁ、と思ってブラウザを起動。

アニメの視聴サービスにアクセスすれば、明らかに目の輝きが変わり始めた。

 

「アニメ?」

「お前も春風も、今期アニメとかどうとか言ってたし。」

「あ、昨日の電話の。」

「そうそう。 結局見ないで寝ちゃったからさ。」

「だったら――――。」

 

マウスを動かす手に、重ねられるようにして操作され始める。

苦笑しながらも、されるがままに。

結局ボタンを留めることもなく、羽織った服の隙間から覗きそうになるのを横目で眺めながら。

 

「一話から、一緒に見よう?」

「まあ、前みたいにホラーは時間的にも厳しいもんな。」

「見たくないから、やめて……。」

 

明確な弱点……というか、苦手なもの。

かなり分かりやすい、軽いホラーモノでも極端に反応するし大きな声を上げる。

でも、見るのをやめようとはしない。

妙なところで頑固と言うか。

 

「無理して見るものでもないもんな。」

「それに……。」

「ん?」

「あの時は……目的が、違ったから。」

 

ああ、と少し納得した。

見ようと思ったそもそもの目的が「楽しむ」ことでなかった以上。

今は見る候補には入るはずもない、という訳だ。

 

「ふと思ったんだけどさ、希亜。」

「?」

「そういう……ホラー系の番組でもアニメでも映画でもあるじゃん。

 見なきゃいけないような場合ってどう対処する気だったんだ?」

「そもそも絶対見ないから。」

 

断言された。

……まあ、こいつもこいつで学校で浮いてる部分はあるだろうし。

そういった鑑賞会に誘われるなんて経験も無いか。

いや、俺も経験ないけど。

 

「……もう。」

 

ぽふり、と肩に頭を倒された。

重ねた手は、少しばかり熱くて。

右手が、動画の再生ボタンを押下する。

 

「はじまるよ。」

 

そうだな、と言葉にならない声で呟いた。

肩に掛かる、軽いけど確かな存在(いのち)

マウスから手を離して。

右手を、希亜の方へと回し。

彼女も、それを拒まずに。

パソコンから発する、音と声に耳を傾けていた。

 




明日から自宅待機が明けて仕事始まるので更新ペース落ちます。
平日だと多分1~3話くらい……?
休日なら何もないなら今までと同じくらいになると思います。

嘘みたいだろ、まだ原作だと火事発生当日なんだぜ……?


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4/21(木)
31.磨り減って。


感想で突っ込まれてたので一応言及しときます。
Q:他の枝で得たAFを同調して使えるからソフィからわざわざ「幻体」を借りる必要は無いんじゃない?
A:当初は「ゆきいろ」沿いで進める予定だった翔くんの名残です。

Q2:他の枝で得たAFを同調して使える=契約したAF全部使えるんじゃない?
A2:使えるか使えないかで言えば「使えます」。
但し「全て」の得た記憶があるので一部を除き使うと精神的に死にます。
なので基本的にこの枝で得たAF以外使いたがりません。


 

石の塊が、呟いた。

誰もいない場所で、声がした。

四方八方から、囁かれ。

首のない胴体が、絡み付き。

 

それら全てが、異口同音に共鳴した。

 

『何で?』

 

 

 

 

冷や汗と共に、跳ね起きた。

咄嗟に周囲を見たのは、殆ど反射的に。

記憶を確かめ、今の場所を確かめて。

一度、強く息を漏らした。

 

「…………ん?」

 

布団が捲られた衝撃で、起こしてしまったのか。

腕の中にいた……というか、潜り込んでいた希亜が、薄く目を開いたようだった。

 

「……悪い、起こしたか?」

「……どうしたの?」

 

今の時間――――朝の三時。

此処暫く、見る夢といえば悪夢ばかり。

それも、二度と見たいとも思わない。

()()()()()()()()()()()、悪夢だ。

 

「夢見が、悪くてな。」

「……夢?」

 

そうだ、夢だ。

その未来へ繋がる枝は、相棒の手で消されたはずだ。

そう、強く思い込む。

見てしまったものを、奥底に封じ込めるように。

 

「……ねえ、翔。」

「……ああ。」

「泣いて、たりする?」

 

そんな訳ない、と呟いた。

 

「……私も、嫌な夢見た。」

「どんな?」

「私が――――殺される、夢。」

 

それは、どの話を指しているのか。

石とされ。

傷だらけにされて。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

俺が戻る度に、殺された記憶のどれを指しているのか。

 

「……そう、か。」

 

俺には、そう言い返すしか無かった。

自分が死ぬのなら、まだいい。

其処で自意識が途切れ。

少しだけ戻った過去で、それをやり直せる手段を有して()()()()のだから。

だからこそ。

俺は、彼女達が殺され続けることに。

一度は、膝を付きそうになったのだから。

 

「……ね。」

「……ん。」

()()()、みたいに……抱き締めて。」

 

それで、何となく察した。

薄く開いた目は、何処か胡乱なような。

揺蕩うような、ふらふらとしたもので。

不安で、恐怖で。

染まってしまった、鏡映しの自分を見るような目で。

 

「こうで、いいのか?」

「……そう、だね。 あの時は。 何も感じなかった、けど。」

「笑えないからやめような……?」

 

自分が震えているのか。

希亜が震えているのか。

何方が何方なのかも、分からないまま。

羽織っていた服のボタンが、一つ外れ。

 

「……どうするんだ?」

「……私に、聞いちゃっていいの?」

「じゃあ誰に聞くんだよ?」

 

少しだけ、距離が近づいた。

 

「ねえ、翔。 一つ、約束してくれる?」

「約束?」

「そう。 ……もう。 私達を、()()()()()()()()。」

 

それは、今までに超えてきた枝の視点変換。

 

自分が死ぬ度。

観測できなくなって、消えたのと同じであったとしても。

同じ数だけ、誰かが悲しんだ。

それは、俺も。

彼女達も、誰もが同じ事。

 

距離が、少しずつ縮まって。

凍りついたように、動けないまま。

距離が近付く度に、互いの震えは治まって。

 

「私にも……翔にも、都にも、天にも、春風にも。

 こんな力は――――こんな記憶は、重すぎるよ。」

 

そうだな、と言えればよかった。

当事者と。

第三者と。

その視点の違いを、俺は理解していなかった。

いや、()()()()()()()()()()のかもしれない。

 

人は、忘れるから生きていけるのだと何かで読んだ事を思い出した。

引きずり続け、背負い続けた人間は。

いつしか、黙って消えてしまう。

けれど。

()()()()()を得てしまった。

消えた筈の、存在するはずの。

同じだけの、統合された痛苦(きおく)を味わった身だから言えること。

 

「勿論――――また、イーリスと戦うことになったとして。」

「……ああ。」

「もし。 負けるとしても。 皆、()()だから。」

 

繰り返さないで。

其処で、終わらせよう。

――――だから。

この枝で、私達は生きていこう、と。

 

約束(のろい)の言葉を囁いて。

裁く力を担わされた、少女は。

熱を、俺へと触れさせた。

 

ぴりり、と少しだけ痺れたまま。

その痺れが、溶けても。

互いの距離は離れることはなく。

 

目と目が触れ合う距離で、小さく頷くのを見た。

小さく、頷き返した。

 

はらり、と風を舞う音がして。

ぎしり、とベットが音を立てた。

 



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32.その先に。

削ったからこそ先に見えるもの。
失ったからこそ得た大切なもの。
それら全てが、君を彩る。


 

「それじゃ……また放課後にね。」

「ああ。 ……早めに希亜のも解決しねーとな。」

「そうね。 こうしてるのも、悪くはないと思うけど。」

 

少しだけ、一緒に歩く。

駅前までの短い距離。

多少不自然に歩く希亜の手を引くように、ほんの少しだけ。

駅前まで来れば、何方ともなく手を離し。

「またね」と、各々の学校へと別れていく。

 

太陽が妙に眩しく感じるような。

身体の疲労を引き摺りながら、コンビニへ。

今日の昼飯を抜いたら、多分倒れる。

そんな直感があった。

 

「あ。 何してたの? 買い物?」

 

コンビニから出た所。

こんなところにいるとは思えない顔を見かけた。

天と春風。

学校への通学路から少しだけ外れたそんな場所に、二人。

 

「いや、こっちの台詞だぞそれ。 何してるんだお前。」

「今日暑くなるって言うから飲み物多く買っておこうと思ったの。」

「あー……暑くなるの? マジかよ。」

 

普通では買わない栄養ドリンクとエナジードリンクが入った袋が音を鳴らす。

その場で口を切り、栄養ドリンクを流し込んで即ゴミ箱。

そんな行動を、天は怪しさ半分、羨ましさ半分の目で。

春風は、朝から少し頬が赤く染まっていた。

 

「わ、私は……その、付き添い?みたいな感じ、です。」

「あぁ……あの取り巻き対策もあってですか?」

「は、はい。」

 

言ってしまえば、あの集まってくるのは無意識での理想のイメージ。

自分でコントロールできるようになれば、そんな事もなくなるはずなんだが。

……まあ、天と一緒なら取り敢えずは安心できるか。

何方も電車通学だから、比較的すぐに合流できる二人だし。

 

「それで、にぃに?」

「何だ妹。」

「朝からナニカお疲れみたいですけど、希亜先輩は?」

「彼奴女子高だろ。 途中で別れたわ。」

 

明らかにイントネーションというか。

露骨に何かを言ってくるのを受け流す。

……こいつも、私不機嫌です!ってのを隠さねえなぁ。

 

「ふ~~~~~~ん。」

「露骨だなお前……。」

「別に良いけど。 誰か一人ばっかりと一緒はやめてよ?」

「何の話かは分からんが分かったことにしておく。」

 

買いに行かなくて良いのか、というのを目線で向ければ。

ちょっと待ってて、と込む前に駆け出していく。

店前で残された俺と春風は、何方ともなく苦笑を浮かべていた。

 

「妹の面倒見させてるようで、すいません。 ご迷惑はお掛けしませんでしたか?」

「い、いえ。 寧ろ、私が色々と……。」

「そうですか?」

「は、はい。 新海さんの事を色々聞いたり……い、いえ何でもないです!」

 

……余計な口を聞いてしまうというか。

色々漏らしてしまう、以前と変わらない彼女を見て苦笑いで返す。

 

「……恥ずかしいこと聞いてないといいですが。」

「そんな事ないです! む、寧ろ……ってなんでも!」

「落ち着いて下さい……って言っても難しいですかね。」

 

何か色々と、言語にならない言葉を漏らしている様子。

この人の、俺への評価の高さだけは未だに納得できないんだよな。

当たり前のことを当たり前にしたり、色々気を遣うくらいだってのに。

 

「お待たせ~。」

「おう、待ったぞ。」

「いや、兄貴に言う権利ないでしょ。 先輩ならともかく。」

 

そんな会話を繰り広げていれば、やや大きめの袋に入った飲み物。

……お前それ本当に飲み切れるの?

 

「なぁ天、何でそんな大きいの買った?」

「え、お昼に皆で飲まない?」

「それかー……。 お前に気を遣う精神が残っているとは。」

「おう其処に直れにぃに。」

 

ぎゃーぎゃー、わーわーと。

朝から騒がしい天を構っていれば。

少しずつ、春風も落ち着いてきた。

 

「ま、そろそろいい時間だし行きますか。」

「いい時間……ってあれ、今日出てくるの早かったの?」

「そりゃ早く出るだろ……。」

 

一人なら多分惰眠貪ってた気もするが。

 

「寧ろお前がこの時間にいる事に驚いたんだぞ、こっちは。」

「先輩と少しお喋りしたくてぇ~。」

「うわうっざ。」

「あの、ストレートに言わないで。」

 

お前が変な声出すのが悪い。

普通にしてろ。

俺としては、それが一番好きなんだから。

 

「香坂先輩、行きましょうか?」

 

冗談交じりで左手を伸ばせば。

 

「は、はい! ふ、不束者ですが……!」

 

思いっきり手を握られて。

 

「あ、ずるい! じゃあ私はこっち!」

 

もう片方を天に奪われる。

 

「くっそ歩きにくいんだが!?」

「いや、明らかに今のは自分のミスでしょ。」

「…………。」

 

あの、春風?

そこで黙られると正直困るっていうか。

 

「つーか学校行く途中だって分かってるか?」

「でも目立つのにぃにだけじゃない?」

「いいから離せや!」

 

そんな。

苛つくくらいに暑い、4月の半ば。

一日休んだ後に行く学校は、少しばかり面倒で。

でも、少しだけ楽しみで。

――――けれど。

 

「え~、最近行方不明事件が起こってるみたいだから皆気をつけてね。 朝のホームルーム終わり~。」

 

与一の姿は、その日にもなかった。

 



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33.ハテナキ。

始まりの少女。
彼女の願いは、些細なもので。


午前中の授業、昼休み、午後。

眠気に幾度も負けそうになったが、欠伸を噛み殺して眠らないことに全力を尽くした。

授業に対しての態度ではないけれど。

……同じ授業を受けた記憶が、残り過ぎているのもあった。

 

「ふぁ……。」

 

そして帰り際。

荷物を纏めて、帰る用意をしていれば。

 

「随分眠そうだったね?」

「ん……ああ、そう、だな。」

 

心配そうな顔の都に声を掛けられる。

余り学校、それもクラスでは話をしない事もあってか。

或いは、彼女を狙っている男子が多いせいもあってか。

少しだけ、空気が張り詰める。

 

「夜更しでもしちゃった?」

「いや、昼からずっと寝てたんだけど。 夜になって何か眠れなくてなぁ。」

「でも、ちゃんと寝なきゃ駄目だよ?」

 

この場で、昨日何があったか把握してるのは互いだけ。

だから、薄っぺらい上辺を貼り付けての会話。

……まあ、此処まで親しげに話しかけられる男子もそうそうはいないから。

憎しみのような目で見られることは受け入れる。

 

実際、何も知らなければ。

「九條都」(かのじょ)を知った上で、誰かと親しげだったら。

俺も少しだけ、そんな風になっていたのかもしれない。

そこまで周囲に興味がなかったのが、良かったのか悪かったのか。

 

「心配してくれるのか?」

「当たり前。 それじゃあね。」

 

今週は俺は掃除当番。

だからこそ、その場では彼女と別れて掃除を始める。

少しして、ポケットからの振動音。

校門前か、或いはナインボールか。

確認せずとも、自ずと何方か、という連絡はありそうだから。

早めに終わらせようと、箒をもう一度手にした。

 

 

「悪い、待たせた。」

「ううん、そんなに待ってないから。」

 

スマホから目を離し、自転車のスタンドを倒した彼女(みやこ)が呟き。

からり、からりと車輪が回る。

 

「天とか先輩は?」

「希亜ちゃんと話したいって、先にナインボール行くって。」

「成程なぁ……仲良くしてるのは嬉しいが、なんか疎外感あるな。」

「ふふ。 ……私じゃ嫌?」

「そんなこと言ったらぶっ殺されるって。」

 

まだ、数日しか経っていないはずなのに。

相当の日数を、こうして一緒に過ごしている気がする。

 

「昨日ね、帰った後でこっそり聞いてみたの。」

「……何を?」

「お祖父様に、バイトの調整とか色々と。」

「色々と、ってところが一番引っ掛かるんだが……。」

「プライバシーです。 って言うのは置いといて。」

 

少しずつ、日の暮れる時間は伸び始めていて。

一日一日と、夜の時間は減っていく。

体に残った疲労からか、少しばかり大きな欠伸を手で隠し。

今日の予定を頭で巡らす。

 

「……色々と、応援してくれることになったっていう報告。」

「は?」

「あんまり、良くはないんだけどね。」

 

出来る範囲での口添えとか、時間作成の手伝いとか。

後は余り物を貰えたりとか。

そういった、細かい部分で、と。

 

「良いのかなぁ。」

「昔を思い出す、って言ってたよ。 お祖父様。」

「昔……っていうと?」

「お祖母様との出会いとか……だと思うけど。」

 

詳しくは聞いてない、と。

まあ、家族関係の馴れ初めとか恥ずかしくて聞いてられないのもあるが。

……俺の場合は、どうなるんだろうな。

 

「なら暫くはどういう予定?」

「日曜日の午前中はアルバイト。 それ以降は……特にはない、かな?」

 

いつも愛用している、少しばかり厚みがあるスケジュール帳。

足を止め、俺が自転車を抑えている間。

ぺらりぺらりと確認、チェックと言った具合で。

 

「でもなぁ、都だからな……。」

「な、何でそういう事言うの?」

「お前、自分でバイトの日を間違えて覚えてたこと忘れるなよ。」

「忘れてないよ! ……もう、意地悪なんだから。」

 

はは、と小さく笑って。

ふふ、と小さく笑う。

ナインボールまでは後少し、と言った具合で。

 

「実際、ゴールデンウィークも、土日も。 何するか決めてないんだよなぁ。」

「皆で何処か遊びに行く、とか?」

「それもいいが、出来ればあんまり遠く行きたくないし……お金掛かるぞ?」

「あ、そっか。 そうだよね……。」

 

そういう悲しい顔をされると、俺も対処に困る。

とはいってもな……。

 

「……都が、了解してくれるならだが。」

「へ?」

「ゲームセンターも考えたんだけどさ。」

「……クレーンはやらない?」

「それ引っ張るのか?」

 

中々取れずに、浪費してしまったぬいぐるみ。

けれど、都に渡した最初の贈り物。

 

「……嬉しかったけど、使いすぎるのは駄目だもん。」

「何かしらプレゼントはしたいんだけどなー……。」

「皆に?」

「皆に。」

 

笑顔の表情の中に、少しばかり暗い顔が入り混じった。

 

「私だけ……なんて、言えないけど。 そういうのも、欲しいとも思っちゃうよね。」

 

そうだなぁ、と考えて。

 

「全員に、それぞれ――――か。」

 

え?と漏らした都の声に。

答えを、返さず。

一つの問いを投げ掛けた。

 

「なあ、都。」

「なあに?」

「ナインボールってさ……バイト、募集してたりするのか?」

 

……簡単なものでもいいが、心のこもった何かしらを贈ろう。

そんな思い付きをするのに。

ナインボールに到着するまでの時間を、支払った。




アンケート更新。


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34.空想。

「もしも」。
そう思うことが、実現されてしまうとしたら。


 

公園。

 

本来であれば石化事件の事件現場で。

何度か行われた、ユーザー同士の争いの場。

けれど、今は。

 

にゃーご。

なーう。

にゃー、にゃー。

 

「ね、猫……!」

「わぁ……!」

「いっぱいだねー……。」

 

妙に興奮した女性陣三人。

それを眺める俺と天。

そして周囲に大量に集まる野良猫で構成されていた。

 

「ふわふわ……あはは、舐めちゃ駄目だって。」

「あ、ほら。 希亜ちゃん、この子も撫でて欲しいって。」

「君は……茶トラの!」

 

勿論猫も可愛いが。その周囲の三人の方に目が行く。

こうして見てるこっちの気力が回復していく気がする。

……しかし、何でこの街野良猫多いんだろうな。

 

「ねえにぃに。」

「どうした妹よ。」

「写真撮っても良いと思う?」

「後でLINGに上げれば大丈夫だと思うぞ。 多分。」

「フラッシュは切っておこう……。」

 

そんな。

猫と遊んでるんだか実験してるのだか分からない光景から暫く。

 

「はふぅ……。」

 

以前と同じように倒れる――――とまでは行かなくても。

色々と摩耗したように、深い息を漏らす春風の姿が一つ。

 

「ある程度で区切って貰いましたけど、それでもやっぱり負担は大きいですか?」

「……そう、ですね。 普段なら、そうでも……ないの、ですが。」

「落ち着いてでいいですよ。」

 

目線を彼女に合わせ、しゃがみ込んで話しかける。

色々な枝を渡る中で、イーリスやソフィさえ超える才能を得ていたのが春風。

完全に自分の心の色にスティグマを染め上げ、一時的にとは言え圧倒さえ出来る。

……というより、いなければ倒すのは不可能だったと断言しても良い。

だからこそ、万が一に備えておいて欲しいのだけど。

 

「希亜ちゃん、大丈夫……?」

「……たのしかった。」

「我を忘れる、ってこういう事言うんですねー。」

 

そんな事を言いながらグループに写真をアップしまくる天。

去っていく猫たちを寂しそうな目で見ている希亜。

はしゃぎすぎた子供の面倒を見るように色々と動き回る都。

まあ、前の時は希亜と春風だけだったからなぁ……。

 

「まあ、先輩には自分で感覚掴んでもらうしか無いです。 こればっかりは申し訳ないんですが。」

「そう、ですか……。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ただ、それを同じように扱えるかはまた別問題だし。

――――恐らく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺が、春風のアーティファクトと契約してしまったのは最後の時で。

否が応でも、あの感覚が吹き出してしまうから。

同じように、魔眼も殆ど使えないだろう。

石化させる……石化した、遺体を何度も見てきたから。

 

実際。

俺が扱えるのは炎と幻体(レナ)、そして転移くらいだろうか。

 

「俺、飲み物買ってきます。 先輩は何飲みますか?」

「え、でも……。」

「良いんです。 知って貰うためとは言え、無理させたんですから。」

「そ、それでしたら……お茶、を。」

 

はい、と呟いて立ち上がる。

三人の方を見れば、写真を見てまた楽しそうにしている少女たちがいて。

取り敢えずは、向こうは向こうで任せよう。

そんな事を考えつつ、近くの自販機へと移動した。

 

 

(――――ん?)

 

その違和感というか。

呼ばれているような感覚に気付いたのは、少し離れて。

自販機のある、中央の公衆トイレ辺りに移動してからだった。

 

『でよー。』

『マジで?』

『そうそう! めっちゃ俺好みでさ!』

 

自販機の前辺りで騒ぐ、見慣れない制服姿の男子高校生が二人。

ただ、片方は何処かで見た――――。

 

(……あの、襲いかかってきたクラスメイト?)

 

春風と結ばれた世界で。

全身をスティグマに覆われた。

そして、ゲームセンターで絡んできた。あのクラスメイト。

 

慌てて周囲を見回せば、木の陰で手を招いているレナの姿を発見。

慌ててそちらに近づけば、開口一番罵倒が飛んだ。

 

「バッカ、お前が頼んだことなのに呼ばねえで何してたんだよ。」

「それは悪かった……彼奴等、こんなとこにいたのか?」

「みたいだぜ。 流石にこの格好じゃ学校の中までは入れねえが。」

 

レナの話を纏めれば。

与一の存在を探して、一日中歩き回って。

やはり見つからない状況に舌打ちしながら、一度合流しようと俺の家へと向かっていたらしい。

その途中、駅前辺りから見た覚えのある顔を発見。

何か変化がないか追跡して調べていた、と。

 

「まあ、見る感じあっちのバカはアーティファクト持ってるかすら分からなかったけどな。」

「あっちっつーと……。」

「絡んできた方だよ。 オレが問題視してんのはどっちかっつーともう片方だ。」

「彼奴が?」

 

遠巻きに見る限り、眼鏡を掛けた少しばかり小太り気味の男。

年齢までは分からないが、あの話の砕けぶりからすると恐らく一つ上……か?

 

「あっちは多分()()()()ぜ。」

「……理由は?」

「彼奴等に絡んでたチンピラがいたんだがな。」

 

曰く。

駅前から公園までの移動途中、裏道でチンピラが絡んできた。

ただ、それに怯えるどころか一人だけ余裕の表情で。

警察の名前を叫んだと思えば、チンピラが()()()()()を見せて逃走した、と。

 

「ケーサツ?呼ばれたところで、そこまでビビり散らかすのもおかしな話だからよ。」

「そうか……。」

 

警察。

怯え。

 

……まだ、繋がりは見えないけれど。

その場から、離れることが難しくなってしまった。

出来れば――――少しでも、何かを得るために。



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35.妄想。

自分の中だけならば、誰も気に留めず。
自分の外に出せば、嫌悪を以て迎えられる。
空想と妄想、その差異。



 

『でもよー。』

『あん?』

『昨日も帰ってこなかったみてーだし遊んでるんじゃねーの?』

『ばっ、そんな事言うんじゃねーよ!』

 

他人に聞かれることを殆ど気にせずに。

大声、とまで行かないけれどよく聞こえる声での会話。

その内容、そして声色から考えると。

推定ユーザーの方が、絡んできた方に何かを話している様子。

 

「何の話してるんだ……?」

「さてな、細かくは知らねーけど。 大体予想付くんじゃね?」

「遊ぶ、とかだからな。」

 

誰か……異性に対する恋愛話辺りか?

引き続き、話に夢中のそれを眺めつつ。

周囲に気取られた際、違和感がないように。

レナと話か。

或いは、()()をしているように、距離を詰めた。

 

「おい。」

「悪いな。」

 

無論此奴は苛立ちを隠さないような言葉を呟くが。

大元の俺が俺だ。

その程度の言葉を幾度か呟きつつ、耳を二人に向けた。

 

『いや、だってそうじゃね?』

『いやいや、あの子が遊んでたら泣くっつーの!』

『元々ロリコン気味だもんな~。』

『女子校の生徒なんだから幻想抱いたっていいだろ!』

『まさかの女同士とか?』

 

……多分、女子に聞かれたら幻滅されるぞ。

するなら自分の家でやれ、という感じの会話。

 

ただ――――そうだな。

あの二人の会話も少し、違和感がある。

なんと言えば良いのか。

時間的な意味合いで、殆ど話をしていないからはっきりとは言えないのがもどかしい。

 

「……なんだろうな、この違和感。」

「あん? 違和感?」

「そうだ。 完全に初対面なら多分気にもしなかったと思うんだが。」

「ふーむ……。」

 

少しばかり考え込む俺とレナ。

戦闘的――――と言うよりは、直感的、感覚的か。

そういった意味では、俺よりも此奴のほうが上だと思う。

だからこそ、意見を聞いてみたかった。

 

『ただ、なぁ?』

『……今度は何だよ。』

()()()()()()()()()()なんだろ?』

『……そうだよ。 何か悪いか?』

『いや普通に話しにいけよ。 遠巻きに見てるだけでチャンス狙ってるとか気持ち悪くね?』

『一応互いに顔は知ってるから良いんだよ!』

 

ゲラゲラと笑う、春風の同級生。

それに憤怒したような、少し……こう言っては何だが、嫌悪感が出てしまうような笑みを浮かべる推定ユーザー。

 

俺も無愛想とか、顰めっ面とかは散々言われてきたが。

そういうのとは、何かが少し違う気がして。

 

「……あぁ、分かった。 多分そういうことか?」

「分かったのか?」

「勘だけどな。」

 

会話を聞いて、ちょっとだけ考えたと思えば脳内で検証するように。

幾度か頷き、自身の妥当性を確認するように見えるレナ。

問い掛ければ、確証はあるわけねーがと前置きし。

 

「多分、あっちのユーザー……もう片方、春風の元同学だっけか? ()()()()()()使()()()()()()()

「は? 知り合いに能力使ってるってことか?」

「聞こえる声がなんつーか、仰々しく聞こえんだよ。 ダチと話すのにあんな態度わざわざ作るか?」

 

そう言われ、その部分に今度は注目してみる。

 

『まあ、もし上手く行ったら何でも奢ってやっからよ!』

『最初から失敗するみてーな口調やめろ!』

『え? 何? 上手くいくと思ってん?』

 

飲み干した缶……だろうか。

ゴミ箱に荒々しく叩き込みながら、応援しているんだか応援してないんだか分からない言葉。

確かに、言われてみればそんな気がしないでもないが――――。

 

「……言われてみりゃそんな感じもするな。」

「だろ?」

 

ただ、そうなると問題が一つ。

 

「……恒常的に能力使うやつが増えてるってことか?」

「あ~……。 こう、言いたくはねーんだけどな?」

「何だ。」

「石化事件――――アレが、()()()()()()()()()()()()はどうよ?」

 

言われて、思考が一旦固まった。

人死にが、抑止に?

 

「まぁ、オレの考え方でしかねーからよ。 仲間内で考えたら?」

「……待て、どういう。」

「動くぜ、大将。」

 

そう言われてしまって。

無意識に、目線を二人組へ向けて。

何かを口論するように言い合いながら、歩いていく姿が見えた。

しかも、その方向は。

 

「…………皆のいる方、だよな。」

「だな。 とっとと用件済ませて戻ってやれば? 王子様。」

「一応、別れて彼奴等追い掛けといてくれ。」

「あいよ。」

 

それを皮切りに、慌てて自販機の方へ走り出す。

財布を出すのも少しだけもどかしく。

人数分、同じ物を買ってから持とうとして腕から零してしまう。

 

慌てて拾って。

小走り気味で、皆の元へ戻る途中。

 

『あれ? 香坂じゃん!』

 

そんな声と。

 

『…………ひ、久しぶり。』

「……()?」

 

吃るような、先程まで話していた推定ユーザー。

そして、小さく響く、希亜の声が。

耳に届いた。

 

地面を再度、強く踏み付けて。

前へ前へ、と駆け出した。

 



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35.5.「はるいろ」。

助けて欲しい、と彼女は願い。
自分のものにしたい、と彼は願う。
叶った願いは、一つだけ。
消えた願いも、一つだけ。


 

――――私が、こうなってしまったのは。

一体、いつだったでしょうか。

 

小学校、中学校。

男子から、ずっと虐められ。

周囲からはそれで当然と見られて。

友達なんてものも、当然のようにいなくて。

 

けれど、それでも。

高校生に上がる際、遠く離れた場所に逃げられなかったのも。

多分、私が弱かったからなんだと思います。

 

高校に入ってからも、それは引き続き。

虐めという言葉、行為からは縁遠くなりました。

それでも。

余計なことを言ってしまうこと。

気分が高揚すれば、話をするのにも苦労を掛けてしまいます。

吃り、掠れ。 スムーズに話そうとすれば、考えていることを口に出して。

 

いつしか「そう」、周囲には思われて。

そんな立ち位置を手に入れて、二年。

 

時折、こうも思っていました。

誰かに助けて貰いたい。

こんな私から、変わりたい、と。

 

ゲームの中でも。

漫画の中でも。

アニメの中でも。

誰かに助けられて。

誰かを、助けて。

 

けれど、けれどと。

切っ掛けを求めても、何も変わらずに。

 

だからこそ、その力を手に入れた時。

私が思ったことは――――「こうなりたい」と、自分の理想を浮かべる事で。

「私」は、変わりました。

 

周りに、男の子が集まって。

その数は、自分が思うよりも遥かに増えていって。

そして。 その人達を従え、侍らせる「私」。

心の何処かで願っていた、ゲームの主人公のような「私」。

誰とも、普通に。 周りを動かすことが出来る「私」。

 

でも。

()に手を差し伸べてくれたのは。

少しだけ、目付きが鋭い。 年下の、男の子でした。

 

助けられることを、願っていた私には。

自分から抜け出せない、と。

信じ込んでいた私には。

彼は、ずっと待っていた白馬の王子様に見えて。

 

多分、その時から。

()は、彼を好きになっていたのだと思います。

 

そこからは、少しの時間しか経っていないはずなのに。

とても、とても。 濃厚な、時間でした。

 

ユーザー。 アーティファクト。

輪廻転生のメビウスリングから飛び出してきたような。

私がずっと願っていたような。

考えていたような、少しだけ変わった能力の仲間達(ともだち)

 

一つ年下なのに、私よりもしっかりしていて。

礼儀正しい、お嬢様と言った具合の九條さん。

二つ年下で、彼の妹で。

ムードメーカーのような、新海さん。

趣味も合って、性格面でも噛み合って。

他の誰よりも、親しくなれた希亜さん。

 

そして、そんな彼女達を。

何処か遠い目で、悲しそうに見ていた「王子様」。

なんで、そんな目で私を見るのか。

それを問い掛けることは――――どうしても、出来ず仕舞いでした。

 

 

その日は。

私の能力を、自覚させるためにと。

皆で、公園にやってきた日でした。

 

猫を集める。

そう強く願えば、私の望みの通りに集まって。

そして、疲れからへたり込んでしまって。

何事もなく、一日が終わると思いこんでいたのです。

楽しいままに、終わると思っていたのです。

 

「あれ? 香坂じゃん!」

 

そんな声が飛んでくるまでは。

 

跳ねるように、顔を上げてしまって。

そこに見えた、出来れば二度と見たくない顔を見て。

身体が、固まってしまったのは。

昔の、悪影響だったのでしょうか。

 

河本(こうもと)くん。

私を率先して、虐めていた張本人。

 

「何してんだよ、こんなところで!」

 

馴れ馴れしくて。

嫌だ、と言っても構ってきて。

何をしても、逃げ出せなかった相手。

 

「何黙ってんの?」

 

少しずつ、少しずつ近付いてくる彼の姿。

ぁ、と口から言葉が漏れて。

少しだけ、少しずつ。

後ろに下がろうとして、ベンチの背もたれ沿いに横にずれ。

 

「おいってば!」

 

身動きが、取れなくなってしまって。

楽しかったはずの一日が。

目の前の彼で、塗り潰されていくような幻覚に襲われて。

 

助けて、と願ってしまった。

王子様、と思ってしまった。

願ってしまえば、本物ではないのだと。

心の何処かで理解していても。

 

――――だから。

 

目の前に、「彼」の。

翔さんの、背中が急に現れて。

立ち塞がって。

私を護ろうとしてくれた、その事に。

嬉しがってはいけないのに。

黙って、見ていてはいけないのに。

私が、否定しなければいけないのに。

目の前で、言い争いが広がっていく。

 

私を見て。

私を求めて。

 

何処か()()()ような、嘗ての「幼馴染」(こうもとくん)

それに立ち向かう、白馬の王子様(かけるくん)

 

怯えているだけでは、駄目と。

心の中の「私」が叫ぶ。

知らない筈の、誰かの声が叫ぶ。

 

――――「彼」の背中を、見ているだけでいいの?

 

だから、私は思ってしまった。

自分を、変えるためにと。

過去を、乗り越えるためにと。

 

少しだけ、力を貸して、と。

()()()()()()()()()()()()、と。

手が、淡く光り出し。

 

やっと、視界に入れられた。

何とか動こうとしてくれる、九條さんと新海さんの顔が変わるのが見えた。

 

「なぁ、香坂! 此奴、お前の何なの? ウゼーんだけど?」

 

だから、何が起こったのかは必然的に。

(わたし)は、悪役(かれ)に告げる。

貴方の姫は、私ではないと。

私の、王子様は。

少しだけ目付きの怖い、彼なんだから、と。

一方的な想いで、あったとしても。

 

「翔さん。」

 

声が、出せた。

 

「こちらを、向いて下さい。」

 

動くことが、出来た。

簡単に、妄想してしまう私だからこそ。

その動きは、何度も思ったような動き方だった。

 

後ろを向いた、()の唇を奪う。

見せるように。

見せつけるように。

 

少しだけ、考えていた初めてとは違ったけれど。

最後の動きは。

私の考えを読んだように、王子様からのモノだった。

 

 

 

 

ニア 記憶をインストールする。

 

 

 

 

――――そして、私は。

全てを、思い出した。




少しだけ踏み出せた、最後の一人。

彼女の感情を、何も気にしなかったからこそ。
彼の末路は、残酷だったと作者は思います。


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36.戸惑い。

人の心の中は、当人以外誰もが理解出来ず。
その行いから、その思いを推し量る。


 

半ば無理な動き方をして、肉体的にも精神的にも疲労を溜め込みながら。

四人の場所に戻ってきた際、目の前に映ったのは大きく分けて二つ。

 

春風の前に立つ、大声を上げて威嚇するような元同じ学校の、春風の……なんだ、ストーカー?

そして、希亜から少し離れた場所で吃りながらも話しかける、推定ユーザー。

 

距離的には、希亜の方が手前側に位置していて。

けれど、話の重大さを鑑みれば春風の方が緊急性は上だった。

 

「何してんだよ、こんなところで!」

 

そんな、問い詰めるような声が耳に響く。

――――何方に向かうべきだ?

一瞬だけ迷いはしたものの。

 

泣きそうな、誰かを求める顔を浮かべた春風と。

俺を見て、一度確かに頷いた希亜と。

両方の行動を見。

 

次の瞬間には。

缶を手元から落としながら、滑り込むように春風の前へと立っていた。

 

「おいってば!」

「そんな、大声出す必要あります?」

 

何とか、距離がそれ以上縮まる前に割り込めた。

 

「あ? 何だよお前。」

「香坂先輩の……何でしょうね、()()()()()とやらですよ。」

 

目線だけを都と天へ向け、動かないように。

或いは、天のアーティファクトを使ってくれるように。

つまりは此奴の目の届かないようにしていて欲しい、と強く睨みつけた。

 

果たして、それが通じたのか。

或いは妙に鋭い時がある二人だからか。

天の近くへと都が移動して、小さく頷いた。

 

「は? 此奴に? 友達?」

「そうですよ?」

 

どの程度深い友達なのか。

聞かれたら、口元だけを歪めてやるつもりだった。

以前、此奴が全身をスティグマに染めて襲いかかってきた際。

俺が全力で押さえつけても、向かっていたのは春風に対してだった。

つまり、それだけ思い入れが。

或いは、執着があった相手ということだ。

 

……確か、レナが言ってたな。

知り合いに聞いた話だが、周囲が彼女だらけになって焦って、この辺りを探していたとか。

小中同じ学校で、春風を自称「面倒見て」いた張本人。

その行為が、どれだけの恐怖を抱かせていたのかに気付かなかった張本人。

だから、少しでも。

その考えを、俺に向けるために挑発し続ける。

 

――――良いことだとは、到底思えない。

けれど。

彼女へ危害が向くのなら。

狙われるのは、俺でいい。

 

「小中と面倒見てやらなきゃ引きこもってた此奴に、男の友達ィ?」

「そうですよ。 色々と面倒見て頂いてましてね。」

「ハッ、どうだか! 騎士様気取りとかそんなとこじゃねえのかね!」

 

少しずつ、会話の度合いがヒートアップしている。

抑えろ。

()()()()()()()()()()()()のはこの段階に至れば誰だって分かる。

暴走の方向性を、怒りの噴出度を抑えるように発言しろ。

 

「誰……って酷いな。 ぼ、僕だよ。」

「いえ……その、すいません。 何方、でしょう?」

 

困惑の色を多分に含ませ。

恐怖で染めたような、誰とも知らぬ相手への希亜の返答も聞こえている。

出来れば、こちらか向こうか。

何方かを片付けてしまいたいのだが。

 

「なぁ、香坂! 此奴、お前の何なの? ウゼーんだけど?」

 

そんな風に、思考を向けてしまったのが悪かったのか。

俺ではなく、春風に話を持っていく。

恐らくは、話せないのを理解していて。

その顔が、歪んで見えて。

 

()()()()

 

だからこそ、その声色に驚いた。

何処かで聞いた、彼女の強い口調。

そう、確か。

初めて、イーリスを撃退したあの時の。

 

「こちらを、向いて下さい。」

 

その言葉に、逆らえずに。

或いは逆らわずに、後ろを向く。

目の前の男の目が、見開いていくのが妙に遅く見えていた。

 

そちらを見れば、一歩を踏み出した彼女の姿。

両腕を頭に。

何かを信じたように、目を見つめていて。

だからこそ、なのか。

或いは、彼女の能力での理想の実現なのか。

 

いつかの俺の部屋での。

「襲われたい」とかいう、あの妄想じみた時のように。

ただ、答えは明白に。

 

彼女からでなく。

俺は、俺の意志で。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――は?」

 

乾いた声が、背後から聞こえる。

呆然としたような声色が、俺の背中を突き刺す。

 

実際触れ合っていたのは、多分数秒にも満たない時間で。

けれど、互いの口内には自分のものでない液体が残っていて。

だからこそ、確実に。

互いに、線が繋がったと理解して。

 

「……こういう事らしい、ですね?」

 

もし。

この場にいたのが、あの時に抑えてくれた彼の友人ならば。

慰めながら、暴れようとするのを止めてくれただろうか。

 

ただ、此処にいたのは。

それを加速させるような、ユーザーの存在で。

 

「ふ、っ――――。」

 

憤怒までの、一瞬で春風を。

()()、とその場から突き放した。

 

「ふざけんなアアアアアアア!」

 

口の端から、泡のような物を吐き散らしながら。

目の前の存在を打倒しようとする、男が一人。

 

咄嗟に身を屈め、胴に手を回して。

一方的に殴られるのを抑えながら、地面へと伏せさせようと力を入れても。

相手は、自身の身体が壊れるのも厭わないように暴れ続ける。

()()()()()()()()()()()()()()()()で。

 

「アアアアアアア! 殺す!」

 

声を出せずに、抑え続け。

ふっ、と重みが消えたのはどれくらいしてからか。

 

「……なぁおい、大将。 無理しねえって言ったのはお前だろーが。」

 

疲労と、痛みが脳裏を麻痺させる中。

暴れていた彼の、腕を極めながら。

溜め息を吐く、レナの姿が視界に映った。

だから。

 

「悪い――――少し、任せる。」

「あいよ。 カッコつけて来いよ。」

 

其処で、倒れるわけにも行かずに。

怯えを、仮面の中に隠した。

希亜の方へと、重い足を向けた。

 

騒動は未だ、終わらない。

 



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37.妄執。

何故、執拗に彼女に迫ったか。
そんな事も、既に呑まれて。


 

「……僕のこと、知らない?」

「何度も言ってます――――いえ、言ってるけれど。 知らないわ。」

 

希亜と対峙している、若干小太りの推定ユーザー。

まだ4月だというのに、汗が額に輝いていて。

妙に荒い呼吸を繰り返しながら、ずっと彼女と話をしていた。

 

「……希亜、どうだ。」

「翔。 ……春風の方は?」

「レナが抑えてくれてる……それで。」

 

目の前、20mくらいに近付いた辺りだろうか。

空気が少しだけ、重くなったような気がして。

頭に鈍い痛みが走り始めた。

 

「あは、ははは…………!」

「……こいつ、知り合いか?」

「いえ。 私は、覚えもないのだけど。」

 

とは言うものの、此処まで執着……いや、それよりも粘っこい、何だ?

妙な笑いを上げて、壊れるように感情を強めているのが分かる。

 

「君が知らなくても! 僕は! ずっと見てきた!」

 

呟く一言一言が、重く。

 

いつだったか。

ゴーストが、天に消された時のような。

異常な感情の悪化、暴走。

――――アーティファクトの過剰な進行か。

 

「らしいが。」

「何度も言わせないでよ。 それとも、私が知らないだけでそういう趣味があったりする?」

「あるわけねえだろ……。」

 

相手の行動、言動から考えると。

感情の増大化、それとある程度の方向性の指定ができるアーティファクト……だろうか。

しかし、希亜の事を見てたとか言われるとイラッとくるのは一旦置いておくとして。

一つ、気になることを問い掛けなければ気がすまない。

 

「おい、あんた。 一つ答えろ。」

「……お前、結城さんの何だよ!? む、向こうのも見てたぞ!?」

「何……と言われるとな。」

 

何と答えるのが良いんだ。

都の場合は事件解決までのパートナー。

天の場合は護ってやれる兄貴で、且つ……あー、何か変な関係?

春風からしてみれば王子様らしいし。

ただ、希亜の場合…………一言でいうと……。

 

「答えてあげれば? 翔。」

「そりゃ答えるが、いい機会とか思ってないよな?」

「思う余裕もないわ。」

 

それもそうか。

 

「相棒、DEAR MY WAKER(ともにあるくもの)()()()()()()()。 どれが良い?」

「……別に、どれでも良いけど。」

 

いや、お前には今は聞いてねえ希亜。

冗談めかしてはいるが、かなり危険な状態だってのは互いに承知。

けれど命まで……と思っていない理由は唯一つ。

 

「で。 お前、()()()()()()()()()()()()

 

直接的に被害を及ぼすアーティファクトでなく。

間接的に被害を出す、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アーティファクトであること。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

今朝方の、触れ合い。

少し前の、記憶のインストール。

それら全てが、互いの眷属化を発揮する理由になる。

 

だからこそ、俺達には殆ど効果を発揮しない、出来ない。

俺達の中で言えば最も近いのは天のモノ。

実際、存在の希薄化は。 俺やゴースト……レナには効果を発揮しない。

その類でなければ今頃、俺や希亜には何か変化が起こっていたはずだ。

それも、目の前のやつに望ましい方向に。

 

「な、何って……何を?」

「知らねえよ。 こっちが聞いてるんだからな。」

 

一歩踏み込む。

相手は……多分、年上だろう。

だが、今大事なのは年齢でなく。

精神力で、相手を上回ること。 その事実。

その情報を――――相手は、()()()()

 

「な、何もしてねえよ! ただ……!」

「ただ?」

「俺は、心配だっただけなんだよ!」

 

朝、通学途中で偶然出会った希亜の母親に。

そんな事を伝えただけだ、と。

心配じゃないですか?と。

けれど。

けれど、だ。

 

「……知らない相手にそんな事言われるの、怖くねえか?」

「……そうね、お母さんも怖かったと思うわ。」

「――――!」

 

仮に相手は、希亜のことを知っていたと仮定して。

一学年上の異性、それも今では女子校通いの相手。

小中も勉強に専念し、自身を壁で覆っていた彼女に取って。

人間付き合い……それも、先輩後輩、男女関係。

そんなものに気を取る時間がどれだけあったのか。

 

「だから。」

 

希亜は、左目のスティグマを解放した。

 

「私が、裁くわ。 お母さんの分まで。」

 

 

「……それで、この有様というわけね。」

 

それから少ししての、公園の隅。

暴走していた元いじめっ子は、感情を誘導していたアーティファクトが消失したことで気絶し。

希亜の事を(一方的に)知っていたユーザーは、ジ・オーダーの効果で一時的に気を失っていた。

 

「なぁソフィ。 このアーティファクト、何のために使われるんだ? そっちの世界では、だが。」

 

だから、アーティファクトを都に奪取して貰い。

それをソフィに渡して破壊、能力解除……という火事騒ぎの時に想定していたコンボで片付け終え。

状況を、目の前のぬいぐるみに報告しつつの疑問。

女子四人は、色々とありすぎて。

先に買い物をして貰いつつ、俺の部屋に先に帰した。

……春風の熱暴走っぷりと、それをジト目で見ている都と天から逃げたともいう。

 

「そうねえ。 簡単に言えば、見習いが戦闘に向けて使う精神向上かしら。」

「精神?」

「先に好戦的であったり、感情を上向きにしておくのよ。 そうすれば精神力の戦いだもの、少しでも優位に立てるでしょう?」

「……でも、それ欠点大きくねえ?」

「あら、カケルでも気付くのね。 そうよ?」

 

毎度一言余計なんだよお前。

 

「一度でも怯んだり、悪い方向に考えたら一気に転落する。 だからこその見習い向けなのよ。」

「……あー、精神を調整できない見習いだからこそ、ね。」

「ま、それは貴方には関係ないことよね。 ……あの子達のためなら、()()()()()でしょうから。」

 

何でも()()、の間違いだけどな。

…………救急車だけ呼んで、帰るとしよう。

 

昨日今日と……身体を痛めつけ過ぎた。

 



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38.疲れて、果てて。

疲労困憊のその先に。
戦いの、苦労の後で受けるモノ。


 

「ぁー…………。」

 

ついつい、独り言が漏れてしまう。

制服が多少汚れたのはまあいい、家で母さんに見られれば文句の一つも出るだろうが。

一人暮らしな以上、そんな部分で怒られる道理もない。

……というか、一人じゃなかったら今朝の……その、()()も無理だっただろうし。

 

『ありがとうございましたー!』

 

駅前のドラッグストアで買いたくもなかった傷薬と湿布を購入。

将来的に使えなくもない……と信じたい。

スマホで時間を見れば、先に帰らせてから一時間ほど遅れての帰宅になりそうで。

少しばかり憂鬱と、疲労と、怠さを抱えての帰宅。

 

(社会人ってこんな気持ちになるんだろうなぁ……ネットで見る限りだが。)

 

がちゃり、と自身の部屋の扉を開けて。

漂ってきたのは、何時ぞや嗅いだことのある、咄嗟に身構えてしまう匂い。

……カレーか。

 

「悪い、遅くなった……。」

 

そう、明かりがついている部屋に声を掛ければ立ち上がる音と駆けてくる音。

そんな走るほど広い部屋でもないんだけれど。

それでも、自分のことを気にかけてくれる相手がいるのは思いの外嬉しいもので。

 

「大丈夫だった!?」

「もー、にぃにカッコつけ過ぎだってば。」

 

顔を見せたのは、まあある程度予想はしていた都と天。

アルバイトがないとは言え、うちにずっといるような状況は……最初の時以来だろうか。

色々と迷惑かけてるな、とは自分でも思う。

 

「自分じゃ見えないところに痣とか出来てるかもなー……まあ、大怪我とかはしてない。」

「じゃあすぐ消毒しなきゃ……天ちゃん、お風呂ってどうなってる?」

「んー、何かあった事考えて誰も入ってはないはずです! 乾いてるかは見てくるっす!」

「そもそも普通に誰かが入ってる状況が何かおかしいからな?」

 

まあ、それを受け入れつつあるのも現状ではあるのだけど。

実際問題、ほぼ全員が一度は入っているはずだし。

……全員が全員、一緒に入った記憶もあるとかいう状況下では何を言っても然程変動はないと思うが。

 

「もし怪我とかしてて傷口から細菌入ったら大変だよ!」

「そういう血、とかは無さそうなんだけどな……。」

「それでも!」

「悪い、そうだな。 心配掛けたのは俺だもんな……それで、春風と希亜は?」

 

両手を上げて降伏表示。

先に好きになった者故の頭の上がらなさ。

それに加え、色々と迷惑かけっぱなしだし……家事までやってもらってる。

これで何か言ったら流石に駄目すぎるだろ、俺。

 

「希亜ちゃんはお父さんに上で電話掛けてるみたい。 お母さんの件で、春風先輩と一緒に。」

「ああ……どうなりそうだ?」

「多分大丈夫そう……だけど、入院騒ぎにまでなるかもって。」

「そりゃあ……。」

 

命に別状がなかったとは言っても、かなりの負担を掛けていた。

感情の変動が激しすぎれば、擬似的な躁鬱病に近い状況。

入院して少し休む……というのも頷ける。

 

「……そうなるとどうなるんだ?」

「分からない……のが正確かな。 多分お父さんが面倒見ることになるとは聞いたけど。」

「家にいてやった方がいい気はするんだが……まあ、家庭事情か。 特に理由が理由だもんな。」

「だから、少しだけ嘘ついちゃった。」

 

……何をした?

というか、嘘ってなんだ都。

そんな舌を少しだけ出してごまかしても駄目です。

そんな風に、目で疑っていれば。

 

「春風先輩の家に泊まっている事にしたの。」

「……先輩の?」

「私の家だと……ほら、流石にバレちゃいそうじゃない? 家も、ある意味近いし。」

「とは言っても……学校からわざわざ電車で遠ざかってるのは……って、だから一人暮らしか?」

 

今の年代、高校二年から三年に掛けて。

大学に進学することを念頭に置いているのなら、まず間違いなく一番大事な時期。

今までの経歴を考えても、確かに希亜の両親なら娘のことを第一に考える。

だから、勉強を考えられる環境……で、一人暮らしか?

 

「多分、そうなると思う。 もしもの場合は、私とお祖父様もいるし。 ナインボールっていう手もあるから。」

「いや、勿論俺も協力するが……予想より大事になってきたな、今日の彼奴。」

「だよね……多分、一方的に知られてて。 ずっと見られてた、ってこと……かな。」

「どうだかな。」

 

え?ってぽかんとするんじゃない。

アーティファクトの特徴を考えろ。

 

「基本的に自分に使わない……というか、使えないアーティファクトなんてのは別のものに使うよな。

 都とか、ちょっと例外だが希亜とか。」

「そう……だね、私も家で練習しちゃったし。」

「もうすんなよ。 で、彼奴のアーティファクトは感情操作で確定だ。 ソフィに聞いた。

 それが、今まで勇気が出せなかった自分に使えるとなったらどうなると思う?」

「あ……自分の感情を弄って、前向き……とか、隠してたことを出す?」

「昔は好きだったけど特に告白もできず。 アーティファクトが手に入っちゃったから……ってな。」

 

まあ、これも推測に過ぎない。

本来なら何事もなかったかもしれない。

少なくとも今までの枝では発生しなかったのは確かなんだ。

それは、ひょっとすれば――――イーリスが介入することで、あの()()()()が発生したから。

その生贄に選ばれていたからかも……と。

 

「……翔くん?」

「ん、ああ何だ悪い。」

「怖い顔、してたよ?」

 

……無意識に、そっちに引っ張られてたか。

気をつけないとな、俺も。

 



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39.喪失、取得。

失って、得て。
その均等が取れないからこその、人生なのだと。
歳を重ねた彼は言う。


 

「どうなるんだかなぁ……。」

「こーら、にぃに。 また溜息なんて吐いてる!」

「吐きたくもなるだろ。 ついでに今の状況鑑みてくれると俺は嬉しい。」

「可愛い可愛い妹が風呂場でチェックしてあげてる所?」

「それをどうしたら納得しろっつーんだよお前!」

 

二人が戻るまではする話も、食事もする気になれず。

普段だったら色々と済ましている時間にも関わらず。

上だけ脱いで、取り敢えず背中周りの確認中。

お~、とか言いながら普通に触るんじゃないお前。

 

「やっぱり擦り傷とかそこそこあるねえ……。」

「そうか? 特に痛みとかは感じないんだが。」

「変に慣れちゃってるだけじゃない? もしかしたら麻痺してるかもだけど。」

 

傷口の消毒、と言いながらシャワーで湯を背中に掛けられれば。

少しだけぴりり、とした熱を感じる。

普通にしていれば特に感じない辺り、本当に薄皮一枚と言ったところだろうか。

 

「で、どうだ?」

「んー……やっぱり痣があるかなぁ。 大丈夫?これ。」

「触んな!」

 

痣、内出血。

恐らくはレナに手助けして貰う迄に付いたものだろう。

栄誉の傷、といえばかっこよく感じるが。

喧嘩で付いたモノ、といえばいかにも子供っぽい。

 

「はいはい、じゃあこのままお風呂入っちゃう?」

「……入るって言ったら何する気だお前。」

「そりゃ~……頭くらいは洗ってあげようかなーって。」

「出てけ!」

 

石化してたときじゃねえんだよ!

今は平常なんだから何するんでも一人で出来るわ!

 

「ぶ~。 兄貴ひどーい。」

「……何でこうなっちゃったかなぁ、本当に。」

「いやだから、落差。 落差考えてくれませんこと?」

「教育が悪かったんかな……どう思う?天。」

「私に聞く所なのぉ!?」

 

いいから出てけ、と追い払い。

簡単に汗を流すだけにして、そそくさと着替えを着込む。

背中を丸めると、今まで意識はしていなかったけれど。

引っ張られるような感覚と、じくじくとした痛みを味わえた。

この辺りに痣があるんだろうなぁ、と。

嫌な想像をしながら。

 

「外誰もいないよな?」

 

念の為に、外へ声を掛ける。

 

「う、うん。」

「外にいたら怒るでしょ、どうせ!」

 

聞こえる、扉越しのくぐもった声。

……普通ならこんな事気にしなくてもいいんだけどな。

パパっと着替えて……ドライヤーは今日はいいか。

乾燥するのに任せて、軽く髪を拭うだけに留めておいた。

 

がちゃり、と自身の部屋……というよりはリビングに当たるのか。

台所とそこを塞ぐ扉のノブを開けば。

テーブルに座り込み、恐らくは今日出された宿題を片付けているのが見える都。

俺のベッドに勝手に座り込み、スマホで何かを検索している天。

 

「悪いな、俺だけこんな感じで。 ……二人はまだか?」

「みたい。 そろそろ、見に行ったほうがいいかな?」

「もう……30分にもなるもんな。」

 

時計を見れば、それくらいの時間は進んでいる。

それだけ長く話す内容があったのか。

或いは、二人で何か話しているのか……と、そうだ。

 

「……帰り際、話したか?」

「うん。 先輩も、やっぱり記憶取り戻したって。」

「ただねー、ちょっと厄介な事になるかもしれないよ? お兄。」

「厄介?」

 

適当にパソコン前に座って、電源を入れる。

無音……ではないけれど、人の立てる物音だけの状況に少し戸惑いがあったから。

一人ならそうでもないけれど、吐息とか衣擦れとかな。

 

「アガスティアの葉のオフ会、覚えてるよね?」

「高峰が計画して……お前の時もあったそうだが、先輩の時は潜り込んだやつか?」

「それそれ。 今度の……日曜日だっけ? そこでやるみたいなの。」

「……参加者二名で?」

「あ、やっぱりそこ気になる?」

 

前の時はゴースト……というか与一がいて三人。

その三人でリグ・ヴェータ……だっけか、アレが結成されてた覚えがある。

インドがどーたらこーたら言ってたが、希亜のアレと似た発祥なんだろうなぁ。

 

「まあ、オフ会自体よりは高峰は気になるところだが。」

「ユーザーなんでしょ? あの人も。」

「隠し玉とか何とか言ってたが……一応その筈だ。」

 

問題は、能力がよく分かってないところなんだが。

基本的に、というより。

ほぼ常に敵に回ることが確定している、中立的な相手。

一番対処に困る。

 

「ならさー、やっぱり互いに顔だけは知っておいたほうがいいと思うの。」

「となると……日曜に、春風経由で行くことを連絡する感じか?」

「かなぁ。 私はそうするべきだと思う。」

 

まあ、土日予定が決まってなかったのは事実。

時間があるなら遊びにも行きたかったが、然程長い時間を要する訳でもないはず。

それにまあ。

土曜でもいいわけだし、ゴールデンウィークもあるし。

 

「……二人が戻ったら相談事項追加だなー。」

「え、何? にぃににもあるの?」

「少しな。 レナに言われて腑に落ちる部分と……嫌な気分になる部分があることだが。」

「うぇ、嫌な予感がする。」

 

その通りだよ。

 

「翔くん。」

「あ、悪い。 邪魔になったか?」

 

パソコンのブラウザを開いて、適当な作業用の音楽を流し始める。

何処かで聞いたような、クラシック……か? これ。

その音から少しして、都が顔を上げた。

 

「ううん。 一緒にやらない? と思って。」

「……ああ、やらなきゃだもんな。」

 

片付くのが先か。

二人が戻るのが先か。

少し、腹が減る音がした気がした。

 



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40.枝分かれ。

一人が一人と結ばれて。
一人が四人と結ばれて。


 

「お待たせ。」

「……すいません、時間がかかってしまって。」

 

結局二人が戻ってきたのは、それから更に30分後。

何度も同じことをやってきた宿題だ、答えは大体覚えてる。

……いや、宜しくないことは分かってるが。

 

「いや、全然大丈夫だ。 それより……簡単に都から聞いたが、大丈夫なのか?」

「うん……と言えれば、良かったんだけど。」

 

全員が自然と固定席のようになりつつある、自分の場所に座り込む。

俺はベッドを背中にした方向。

五人、と座りが悪いのもあって希亜と都の二人はだいたい隣り合っている。

身長的な意味合いで、小柄な二人が並ぶしか無いからだが。

……少し大きめのテーブル買ったとしても、置ける場所の問題もあるしな。

 

「まずは、ごめんなさい。 色々と心配掛けて。」

「良いんですよ、結城先輩!」

「そうだよ、希亜ちゃん。 ……こういう時は頼ってもらって良いからね?」

「はい……私が出来ることは少ないと思いますが、出来ることなら。」

 

希亜の謝罪に、順に返して行く全員。

ある程度の信頼関係が結ばれたからか。

各々と初めて出会った時の、不穏な雰囲気は欠片も見当たらなかった。

 

「先に結論だけ言うなら、暫くは一人暮らしになりそう。」

「……そうなったか。」

「お母さん、やっぱり少し不安定みたいで。 私が近くにいると……妹のことがあるから。」

「父親が面倒……じゃないが、暫く世話をする感じになるのか?」

 

小さく頷いた。

母親がそうなっている以上、希亜が母親に関わるのも中々難しい問題になってしまっている。

そうなると、父親の判断次第――――結果的に、一人暮らしか。

 

「……そうか、そうなったか。」

「とは言っても、多分翔の部屋で殆ど過ごす気がするけど。」

「おい、女子。」

「まだ不安だから。 それで……このアパート、確か空きあったよね?」

「……まあ、学生街っつーか、就職には少し不向きだからな。 白巳津川市(このまち)。」

 

必然的に、春の辺りは人の入れ替えが激しい。

2月3月辺りは特に入れ替えが多かったが、時期が少しだけズレた今。

ぽつりぽつりと、空きが見え始める時期でもあった。

 

「多分、来週くらいかな。 もしそうなったら、宜しくね。」

「なんつーか。 色々有りすぎて頭がごちゃごちゃになりそうだ。」

「そう、ですね。 アーティファクトに操られていたとは言っても……。」

「春風は……大丈夫なのか?」

「はい、私はそこまで。 色々と思い出せて、少しばかりホッとしてるくらいですから。」

 

一人なら、自罰的に何処までも沈んでいたかもしれない。

無論俺もフォローはするが、出来ればそういった意味では友達。

春風や都辺りに任せたいところではあった。

……天に任せると、何処まで飛んでいくか分からないから取り敢えず除外だな。

 

「さて……と、だ。 俺からも一つ相談がある。」

「あ、さっき言い掛けてたやつ?」

「そうだ。 ただ……あんまり気分のいい話じゃない。 だから後回しでもいいが、どうだ?」

 

周囲を見回せば。

早く話せ、と言いたげな表情が4つ。

……精神的に脆い二人が少し心配だ。

後でフォローは必須だな。

 

「分かった。 ただ、これはレナのやつが言ってたことで確証がある訳じゃないってことを先に言っておく。」

 

そう前置きして、可能性のある話。

つまり、イーリス。 そして、石化事件がある種の抑止になっていたのではないか、という話を全員にする。

そもそも、どれだけの数のアーティファクトが流出したのかも分かっていない現状。

ソフィ達、セフィロトの管理外のモノ……直接的に危害を与えるものすら流出しているのだから。

彼奴が巻き起こした、全身をスティグマで覆われた人々の暴走。

偶然、殆どいなかっただけかもしれない。

その内のどれだけがユーザーで、彼奴に奪われたのかも分かっていないのだ。

 

「つまり、纏めると。 他にも、私達が知らないユーザーは潜んでるかもしれない……ということね?」

「そうだ。 実際、悪用して動いているやつがいるのは間違いないからな。」

 

悪用、をどの程度まで指すかは人次第だが。

俺達には、間違えたとしても止めてくれる仲間がいる。

それだけでも、良かったと思う。

 

「どうするの? その人達。」

「私達で、何とか出来るのかな?」

 

天や都の疑問も最もだが。

 

「ソフィに協力してアーティファクト回収をする、って目的は変える気はない。 何より、それなら。」

 

ちらり、とベッドの上辺り。

耳のようなものだけを覗かせている、ぬいぐるみを見る。

 

「お前も手伝ってくれるんだろ? ソフィ。」

「手伝う……というよりは、貴方達が私に協力する、が正しいのだけれど。」

「変わんねーだろ……。」

「どちらが主体かは大事な違いよ、カケル。 それに皆も……改めて、宜しくお願いするわ。」

 

ええ、と。

ああ、と。

各々が肯定の意志を示し。

 

こうして。

イーリスだけでなく、本来の目的に。

俺達は立ち返った。

 

そして。

彼女達に、俺がどうしてやれるのか。

少しだけ、覚悟を決め直した。

 




アンケート更新します。
アクセが出てくるのは大分後な気がしますが……。


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41.摂氏。

人肌で、ほんの少しの温もりを。

今回少し短めです。


 

ぐぅ、と誰かのお腹が鳴って。

苦笑いを誰ともなく浮かべて。

 

「……もうこんな時間だもんね。 カレー作ってあるから、食べよう?」

「あ、手伝うねみゃーこ先輩!」

 

二人が立ち上がるのを、座ったままの目で追いかけていた。

 

「……。」

「大丈夫だから、希亜ちゃん。」

「そうね、そう……だよね。 ありがとう、春風。」

 

文字通り、()()と被害を被った二人が心配だったからだ。

……そちらを優先させてくれた、二人にもその内返さないとな。

 

「あー……希亜、さっきもああ言ったが、何かあれば全力で手伝うからな?」

「うん。 そこは、心配してないから。」

 

何と言ったら良いのか。

猫に逃げられた時のように目に見えて落ち込んでいるわけではない。

ただ、言葉の一つ一つに力がない。

心配の度合いを一段階上げた。

特に、同じ学校でないのだから気を使えるタイミングも少ないし。

 

「翔さん、ちょっと。」

「……ああ。」

 

目を向けていれば、少し手を招かれて。

ベランダの方での簡単な話。

以前のように吃りが消えただけで大分話しやすくはなったけれど。

趣味の分野とかに踏み込むと圧が加速するのは変わってないはずだ。

気をつけよう。

 

「希亜ちゃんは、私の方でも見ておきます。」

「いや、正直全員が見てくれるとは思うんだが……。」

「お二人の方にも何か影響があるかもしれません。 そちらも注視してあげて下さい。」

「まあな。 ただ、誰も大事なのは事実なんだ。 俺が出来る全力で動くぞ?」

「はい。 それでこそ、ですから。」

 

どうにも調子が狂うやり取り。

強気での方が好き、とか。

春風自身の好みもあるんだろうが、キャラを作らなきゃいけない感じもあって。

少しだけ、今日相手するには気が重かったりする。

 

「暫くは希亜ちゃんは自宅で荷物整理になるとか。

 私は日曜に用事がありますので……それが済んだら、お手伝いに行こうかなと。」

「ああ……高峰とオフ会だっけか。」

「天ちゃんから聞きましたか?」

「そうだ。 与一のやつから接触が難しい以上、春風の方から行くしか無いと思ってたしな。」

 

そうですか、と彼女は呟いた。

実際、直接会いに行ったら唯の痛いやつ。

それを回避するには少しだけ遠回りする必要があった。

 

「でしたら――――。」

「……ああ、オフ会には同席させて貰いたい。 構わないか?」

「はい、それはもう。 ですが、その後の荷物整理は少々……。」

「だよなぁ……。」

 

休みの日、という事情もある。

いつかは挨拶する必要性が出てくるとは思ってるが、父親がいるであろう家に俺が行くのはどうなんだ?

そんな思いがどうにもこびりついて離れない。

 

「結局は希亜の希望次第っつーか、考え次第になるんだろうがなぁ。」

「でしょうねぇ……。 私は、まあ。 友人としても挨拶しておきますから。」

「俺もうちの両親には誰か会わせておいたほうが良いんかな~……。」

 

なにかがあった時、という言い方になってしまうが。

泊まっている相手先、という名目での同性の紹介自体は悪くないと思ってる。

希亜には春風、春風にも希亜と……俺もか?

天はまあ特に必要性無い気もするが。

都はナインボールでお爺さんに世話になってるし……ってそうだ。

 

「後で都にも確認しねーとなー。」

「?」

「ああいや、こっちの話だ。」

 

日雇いでバイト出来る場所があるなら別なんだが。

無いだろうしな~……高校生じゃ大分場所も限られるし。

コンビニか知り合いのところに頼むくらいしか思いつかない。

()()()したいこともあるし……やっぱり一度直接会いに行って相談させて貰おう。

 

「あ、出来たみたいですよ。」

 

春風の声に反応して、窓のカーテン越しに部屋の中を覗けば。

やはり紙の皿と割り箸で運ばれてくる、米と大きめの具材が見えるカレー。

そして、俺達の方を見て手招きする作成者(みやこ)

 

「なんかカレーも思い出すなぁ……。」

「えっと、その……。 あ、愛情を込めていたので!」

「まあ、俺も余り言えないけどさぁ。」

 

もう少し何とかしたいな、お互いに。

 

空を見上げ。

何時ぞやと似た、月が睥睨するこの晩に。

何事もなく――――このまま、全員で過ごせる事を強く祈った。




これで(閑話含め)合計50話、そろそろ累計十万文字。
色々と有難うございます。


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42.戸惑い。

ふと気付いてしまった事象。
実際のところ、それは。


 

食事を済ませれば、後に残るのは全員にとっての休息時間(じゆうじかん)

とは言っても、此処暫く……ユーザーになって以降は文字通り色々と悩ましい事が続いている状況で。

記憶を呼び起こした今でも。

いや、思い出したからこそ疑問に思うことが幾つも存在する。

 

例えば、そう。

友達(のあ)を自分の家に紹介しに行く、という名目……名目か?で先に帰らせ。

「暫く泊まってっても良い?」とかいう天を払い除け、明日なら良いということで送り届けた後のこと。

 

「~♪」

「あれ、まだ残ってたのか?」

「うん。 洗い物とか、早く作っておいて冷やしておきたいのとかあったから。」

 

部屋に戻ってきてみれば、未だに制服の上にエプロン姿でキッチンに立つ都の姿。

この姿を見るだけで、少しホッとするのは記憶が理由なのか。

それとも、どんなに謙遜して考えても学年一の美少女が俺の部屋にいることが要因なのか。

多分頭を振り絞っても思いつかないのだと思うが。

 

「最近は毎日悪いな、本来ならバイトとかもあっただろうし。」

「ううん。 忙しいのは今月来月くらいだって分かってるから。」

「ああ、それについても話……今日の帰りに簡単には言ったと思うんだけど。」

 

うん、と確かに頷いて。

 

「普通なら、募集もしてないっていうか。 家族経営……趣味みたいな部分が大きいんだけどね。」

「だろうなぁ……見かけた覚えもあまり無いし。」

「多分、私の紹介なら翔くんは大丈夫。 それに、顔見知りだもんね。」

 

出来れば顔見知りのところで働いてみたい、という気持ちを図ってくれたのか。

返ってきた返事は、俺が望んでいたものの大半を占めていた。

 

「助かる。 まあ、そこまで入れるわけじゃないだろうが……。」

「基本的に入れる時に……って感じだもんね。」

 

出来れば……そうだな、6月くらいからが理想か。

5月までは色々と忙しいのも分かってるし。

 

「働いてみる経験は大事だ、って口酸っぱく言ってることだし。」

「お嬢様、というか大企業の経営者一族らしい言葉だよな。 それ。」

「もう。 私は私でしかない……でしょ?」

 

洗い物を終えたのか。

水道で手を流し、いつのまにか用意されていたキッチンペーパーで手を拭う。

……少しずつ、侵食されてるなぁ。

 

「確かに。」

「……それで、翔くん。 さっき、ちょっと気になったことがあるんだけどね。」

「どうした?」

 

ううん、と頭を悩ますように目を瞑り。

はっきりとはしないんだけど、と一度前置きをしてから。

 

「ほら、私達も他の枝の記憶を持ってきたでしょ?」

「そうだな。 その感覚は俺には慣れちまった、って感じなんだが。」

「それで……思ったんだけど。」

「おう。」

 

ちょっと悪い、とコップに水を汲んで一口。

ジュースとか飲もうとするとお母さん(みやこ)が口を尖らせるので。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。」

「……どういう意味だ? それ。」

「イーリスとの戦いの時に、翔くんの記憶を貰った……って言うのはみんな同じでしょ?」

「その筈……だな。 条件を満たしてて、俺が頼りにしてた四人を呼んだ。」

 

えへへ、と笑う顔を抱き締めたくなるのを抑える。

こんなところで自分の物表示して何の意味があるんだ俺。

 

「だとすると、ちょっと不思議だなって。」

「不思議………………あ、待てよ。」

「気付いた?」

 

他の枝の、俺と結ばれた時点での四人。

その時の記憶は持っていて当然だ。

そして、()()()()()四人との記憶。

これも、共有していておかしくはない。

ただ、その間の――――()()()()()()、四人のそれぞれの記憶。

これを持っている理由が、分からないということ。

 

「……多分だけど、でいいか?」

「うん。 ちょっと気になっちゃって。」

「俺の相棒……『ナイン』の事も分かってるよな。 都たちは。」

「え~っと……アレを持ってる人、だっけ?」

 

常に俺を見ている、与一にとってのイーリス。

()()()()()()()()、という言い方が一番しっくり来る相棒。

彼、或いは彼女が出来ることは。

ソフィが常に行っている世界の眼の上位互換……過去から未来までの枝への介入そのものだ。

そして俺は知っている。

ソフィが擬似的にあちこちに存在できて、過去の情報であれば任意に取得できる立ち位置にいること。

そこから考えるなら。

 

「多分、都達を見てた相棒の記憶を一緒に投射してる。 第三者的な目線だけど、それを自分の中で理解してるんだと思う。」

「それだと……翔くんも、私達の記憶とか覚えてることにならない?」

「どうかな。 少なくとも今は思い出せないし、思い出そうともしないから。」

 

見られたくない記憶だってあるだろうし。

それは、俺にしても皆にしても同じことだから。

 

「そっか。」

「……安心したか?」

「安心っていうか……ほら。」

 

何だよ。

くすりと笑って部屋の方へ向かう都を追い掛けて。

 

「想ってる事を悟られちゃうより。 口に出したいから。」

「……都が言うから重い台詞だな、それ。」

「もう! その事は言わないでよ。」

 

反転して、細い目をした彼女を。

悪い悪い、と抱き留めた。




閑話・端数回はこんな感じで”あったかもしれない”枝、
そして相互眷属化による記憶インストールでの無意識下の投射です。

気付いてないだけで夢で見てたり。


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43.瞠目。

互いに互いを認め合い。
互いが互いを求め合う二人。


 

調子に乗って抱き留めたのは良いけれど。

その後、どう動いていいかは全く考えてなかったりする。

そういう行き当りばったりな行動をとったツケというのが、今のこの状況下。

互いに動けず、その場で硬直。

 

「……ね、ねえ翔くん。」

「お、おう?」

 

丁度肩甲骨の下辺りを、腕を回して抱き締めている感じ。

今日所々に怪我をしたというのに、そんな事を弁えずに動けば当然あちこちがじくじく痛む。

当然、それを見逃す都でもなくて。

 

「……身体、大丈夫?」

「大怪我ってわけじゃないんだから……。」

「それでも、心配だもの。」

「無理はしてない。 それは……信じてもらうしか無いが。」

 

少しばかり、俺より暖かい体温を感じる。

腕の中に感じるやや早いとくん、とくんという心音。

身長差から、彼女を見下ろすような形で。

いつかの。

ゲームセンターの帰り際を、否が応でも思い出すように。

 

「…………。」

「…………。」

 

こういう時こそ、何か別の。

動ける切っ掛けが欲しいのに。

そんなものもなく。

そのまま、動かず、動けずに。

五分、十分。

かち、こちと時間が進む。

 

「あ、あの。」

「な、なあ。」

 

互いに口を開こうとすれば。

運がいいのか悪いのか。

或いは相性がいいのか悪いのか。

話し始めるタイミングすら被って、互いに譲り合う。

何でこんなに緊張してるんだろう、と。

自分で自分のことがわからないように。

 

距離が、少しだけ縮まる。

潤む目が見える。

碧く、少しだけ輝いて見える色。

唇が、少しだけ変わって。

言葉にならない言葉を囁く。

 

『――――良いよ?』

 

けれど、浮かぶのは朝方の事で。

また流されるのか、と思ってしまうけれど。

高校生時分の身体は、妙にそういった意味合いでは抑えが効かなくて。

後、数センチまで近付いて。

 

じりり、と。

 

俺の電話が鳴り、それを切っ掛けに互いに離れてしまう。

顔が真っ赤に染まっているのが分かる。

熱くて、脳が茹だっているのが実感できてしまう。

 

慌てて画面を覗こうとすれば、手が滑って床にスマホが転がる。

その衝撃で画面が点灯。

送ってきたのは春風。

無事に着いた旨。こちらは大丈夫だ、と。

連絡してくれたのは嬉しいが、少し苛立ってしまうのは多分自己中過ぎる。

 

「な、なんだって!?」

「お、おう! 無事に二人は着いたってよ!」

「そ、そっか!」

 

互いに妙なテンションで。

顔を背けつつ、ちらちら覗き合ってるような感じ。

……なんだこれ。

 

「よし、都。 一旦リセットしよう!」

「リセット!?」

「無理なら無理でいいぞ!?」

 

何にしろ、今の状態だと話もまともに出来ないだろうし。

一旦大きく深呼吸して。

数回繰り返せば、妙なテンションも落ち着いてくる。

混乱していた脳も、ある程度平穏を取り戻して。

改めて。

目の前の、一番最初の少女(くじょうみやこ)に向き直る。

 

「正直さ。 俺、大分混乱してるけど。」

「……うん。」

「都さえ、良ければ……とも思っちまった。」

 

少しだけ、無言の時間があって。

くすり、と笑みの表情になって。

少しずつ、その笑みは顔全体に広がっていった。

 

「正直者だよね、翔くん。」

「悪いかよ。」

「ごめんね、笑うつもりじゃなかったの。」

 

ムッとした表情を見えるように出せば。

口元を変な形に歪めながらの、謝罪。

 

「なんて言えば良いのかな~。」

「……何が?」

「私だって、()()したいんだよ?」

 

それはさっきの言葉で分かったが。

 

「……酔ってない?」

「なんで?」

「いや、なんていうか。 普段の都と違くないか?」

「それは、そうだよ?」

 

ちょっとだけ、こちらに近付いてきて。

少しだけ、距離を取った。

先程までと同じような、潤んだ目のはずなのに。

少しだけ、怖くなったから。

 

「皆が、羨ましくて。 ずるい、って。」

「お、おい……?」

「そう思っちゃうのだって、私なんだから。」

「近い近い近い近い!」

 

前々から思っていたことではあるが。

何というか、一度思い切ったら誰よりも突っ走る所がある都。

例を出すなら、一人で石化事件の犯人――――与一を、能力を使って見つけ出した時。

あの時、学校中を調べるのに要した時間を考えるなら。

決意してから、動き出してから。

集中した度合いはちょっと考えたくもない。

 

「ねえ、翔、くん。」

「ひゃ、ひゃい!」

 

声が裏返った。

少し……こう、怖い。

 

「……駄目、かな?」

「…………。」

 

溜息一つ。

 

「知らんぞ?」

「……うん。」

「大分クズみたいだからな? 俺。」

「それを強要したのは、私だから。」

「……此処でやめる気は?」

「あったら、こんな事してない。」

 

……見れば。

少しだけ、彼女も震えていた。

 

「……お願い。」

 

嫌われるのが嫌だ、ということなのか。

或いは別の事情があるのかもしれないが。

以前の枝を考えれば。

互いに、時間さえあれば貪り合っていたのもまた事実。

 

「……なら。」

「……うん。」

「せめて、汗は流してからにしないか?」

「……私は、どっちでも。」

 

電気を、消して。

けれど。

音が消えたのは、それからずっと後のこと。




都→多分一番物好き、そして普段は弱いけど覚悟を決めると一番怖い(ここいろEDまでの描写、BAD時の暴走っぷりから)
天→ED以降積極的に嫉妬するとかなので倫理を無視すれば大分穏当
春風→本質が本質ではあるがどちらかと言うと受け手、妄想を実現されるのが好き?
希亜→甘え好き

こんな原作イメージ。


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44.理想。

ただ、普通に暮らしたかっただけなのに。
そんな小さな夢でさえ。


 

微睡む彼女の顔を見ていると。

何をしているんだろうか、という単純な言葉と。

幸せだな、と思う半々の心が浮かび上がってくる。

 

時計を見れば、もう23時過ぎ。

本来であれば、帰っていないと心配されるような時間帯。

というか、お嬢様である以上。

間違いなく心配されると思うのだがその辺りはどうなのだろうか。

 

(前も、バイト上がりならこれくらいの時間になってたっけかな……。)

 

バイト前か、或いは後か。

休日は例外として置いておくとしても、ほぼ毎日のようにやってきては共に過ごしていた。

初めての彼女で、何処か熱狂していたのかもしれないし。

或いは、互いが互いを求めた関係だったからこその相乗効果だったのかもしれない。

今覚えているのは。

そんな、いつかの記憶のことで。

 

(とは言っても……このままにしとくのも、不味いよな。)

 

汗ばんだ姿から目を離し。

そっと肩に、首元に、頬に。

少しずつ上へと触れていく。

壊してしまいそうな、大事なものを扱うように丁寧に。

 

ん、と声がしたのはそれからほんの少しして。

薄っすらと目を開け始めた彼女に、起床の声を投げかける。

 

「おはよう。 疲れてたか?」

「ん…………あれ、寝ちゃって、た?」

「そこまでぐっすりじゃなかったけどな。」

 

何か飲むか?

そう聞けば。

……お水貰える?

そんな返事が帰ってきて。

薄い布団を彼女に被せ、そっとベッドから起き上がる。

 

時計を見て、小声で呟く声がする。

悪い子になっちゃった、かな。

そんな、自分を罰するかのような声。

どう返すのが正解なのか。

今の俺には分からずに、聞こえなかった振りをして。

コップをとん、とテーブルに置いた。

 

「時間は……大丈夫か?」

「そう……だね。 どうしよっかな、って思ってたところ。」

「時間とか考えるとなぁ……。」

 

帰すにしても、途中までは送っていきたい。

一応は男で、相手は女の子。

そういう目で見るのも失礼だとは思うけど。

こればっかりは、ある意味意地で。

 

「都次第で、どっちでもいいぞ。」

「……眠ったりしなければ、帰れたと思うんだけどね。」

「特に……今はな。」

 

石化事件の犯人……与一の行方が知れないのが一番怖い。

一対一であれば、同じ魔眼を持つもの以外はほぼ勝てないのがあれの怖いところだ。

そして、敗北は文字通りの死を意味する。

意味した、筈だった。

今は、違うと信じたいけれど。

 

「泊まっていって、また明日の朝帰るか?」

「……今週二度目、だね。 翔くんは大丈夫?」

「俺はまあ。 寧ろ都が外出禁止とかにならないかが心配かな。」

 

お嬢様ってそういうイメージあるし。

両親からも大事にされていそうだし。

 

「ぁ~……うん、何も言ってなかったらお小言は貰っちゃったかも。」

「やっぱりその辺厳しいのか?」

「そこまででもない……けどね。 やっぱり、女の子だからって。」

「その辺りは予想通りなんだな。」

 

ただ、と続けて。

 

「ある程度は自由にさせてもらってる、っていうのは事実だから。」

「そうでもなきゃ……まあな、俺と都が出会えてたかもわからないし。」

「そうかもね。 応援してもらってる、っていうのは感じてる。」

 

小さく微笑む姿が、闇夜の中に見えて。

薄明かりだからこそ、映えるものもあるんだ……と、改めて思った。

 

「……もう少ししたら、でいいから。」

「……ああ。」

「お風呂、借りてもいいかな。」

「好きに使ってくれていいぞ。」

 

ぽつり、ぽつりと話し続ける。

砂粒のように落ちる、今この時が。

限りある時間と知っていても。

 

「そうだ。」

「どうかしたの?」

「いや……明日さ、いい加減食器とかだけでも揃えに行かないか、と思って。」

「ずっと割り箸と紙のお皿だったもんね。」

「自分の好きなの買ったりさ。」

 

いつだったか。

こんなことを、誰かとした気もする。

 

「前みたいに?」

「そうだな。」

 

会話と会話の間に空いた、少しだけの無言の間。

はっきりとは見えないけれど。

どちらともなく、顔を見合っているのが分かった。

 

「……ね、翔くん。」

「ん?」

「ずっと……こうしてたいね。」

「ああ。 希望じゃなくて、実際にするんだけどな。」

 

何というか。

()()()()()、とでも言えば良いのか。

こうなってしまった以上、全てを終わらせるまで。

学校生活の裏の、この騒動は終わらない。

イーリスを倒すのは、飽く迄その途中経過で。

正しい意味での終わりは、全てのアーティファクトを回収した時。

 

「……。」

「どうした?」

「さっきと言ってること、違うな……って。」

「都が寝てる間に考えたんだよ。」

「そう?」

「そう。」

 

子供時分。

幼少期の頃に、男女関係なく遊んでいたように。

言葉遊びを繰り返し。

 

「明日も学校だし……もう、寝ないとな。」

「うん……じゃあ、お風呂借りるね。」

「はいはい。」

「入りたくなったら、良いからね?」

 

お前も、似たようなこと言うんだな。

女は強いと言うけれど。

何かが違う気もする、そんな夜だった。



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4/22(金)
45.平日の終わり。


日曜日から始まって。
一週間足らずで、彼等は再び結びつき。


 

結局、その後侵入したり。

()()()()()()の中で色々とあったけれど。

一晩明けて、都を送り出して。

ふああ、と欠伸をしながらのLINGの確認。

もし何かしらが変わるなら、グループに連絡を貰えるように全員に通達してあったからだ。

 

「んー……。」

 

ずずり、と紙パックの野菜ジュースを啜りながら下へ下へと動かしていけば。

暇だったのか、天が書き込んだものに春風が返信。

所々に希亜も書き込みがしてあるのが見えて、少しだけ安心した。

ただ、俺達が反応してないことについて言及するのはやめろ彼奴。

 

(たまには……というか最近嫌でも早起きになってきてるんだよなぁ……。)

 

俺にしては珍しく、ちゃんとした朝飯。

昨日都が用意していってくれたものの残りとかを多少貰って、食べている程度だが。

だからこそ、なんだか特別感が出て朝から幸福的。

 

そんなこんなを済ませて、少し震えたLINGの連絡を見る。

連絡は三人から。

駅で別れ、希亜はもう学校に出たと。

昼休みにでも電話なりメールなりで色々と聞いとかないとな。

今から出る、と打ち込んで。

少しだけ足早に、自宅の扉を開けた。

 

 

「新海く~ん。」

「あれ、先生?」

 

学校。

惰性的に授業を受け、ノートを取り。

ついでに朝の天と春風との通学。

それに都の朝の挨拶等などから以前のように二股かけてるとか噂され始めたらしい。

流石に当人がいる前ではしないけれど、所々から漏れてくる言葉がそれを指していて。

何が問題かと言えば、今回は誤解じゃなく全力で事実だってことか……。

だからこそ、昼以外はしても精々LINGくらい。

そんな、妙に気疲れする一日を終えて。

希亜が自宅に戻る前に軽く食器店だけ行こうと出ていこうとした時。

背中から先生の声。

 

「どうかしました?」

「ん~……いや、知ってたら教えて欲しいんだけど~。」

「はぁ。」

「深沢くん、何か知ってたりする?」

「……へ、与一ですか?」

 

此処暫く……というか火曜以降だが、顔も見ていない。

何処で何をしてるんだろうか、とは思って調べて貰ってはいるが。

 

「そう。 あれから会ったりした?」

「え~……特には。」

 

月曜の夜のことは、黙っておく。

それを話せば、必然的に深堀りされそうだったから。

 

「そう……面倒くさいなぁ。」

「面倒くさいて。 ……何かあったんです?」

「ううん。 何か知ってるかな~って。 仲良かったじゃない?」

「ああ……まあ、確かに。」

 

それだけですか?という目を向ければ。

周囲をきょろきょろとした上で。

 

「なんかね、昨日神社(うち)の周りで見かけた子がいるんだって。」

「……はい? あのなにもない神社で?」

「何もなくて悪かったですね~。 まあ事実だけどねえ。」

 

なら言うなや。

ただ……あんなところで何を?

 

「あの、先生?」

「はいはい?」

「一応聞いてもいいですか? その…………妙な声とか、夜聞いてたりします?」

「妙な声。 え、なにそれお化け?」

 

オカルト信じてない巫女系教師が何いってんだ。

 

「いや何でも良いですけど。」

「まあお化けなんているわけないもんね~。 どうかな、お父さんにも聞いとく?」

「いや、知らないなら良いっす……。」

 

相手すると正直言って疲れるし。

まあ、声……と言っても特に反応しないから可能性は薄いが。

ソフィを向かわせて一応確認しておいてもらったほうがいいか?

……ただ、魔女が同調し始めた時期が時期だからな。

微妙なところではあるんだが。

 

「そう? まあそれはいいや、分かったらうちでもいいから教えて~。」

「あ、まだなんかあるんですか?」

「こっちは個人的興味なんだけどね?」

 

あ、嫌な予感がする。

 

「二股掛けてるとか三股掛けてるとか聞いたけど本命誰なの?」

「ほんっと下世話っすね!?」

「いやほら~、ネタになるし?」

「教師が言っていい台詞じゃない……!」

「でも、三股って一人は妹さんでしょ? 多分。」

「あの、話聞いてくれません?」

 

噂したやつ誰だ。

天まで混ぜて語ってるやつは誰だ。

散々シスコンだのブラコンだの言われてるがガチで危険な台詞なんだから永久に口閉じててくれ。

 

「まあなんでもいいけど。 ちゃんと子供のこととか考えなよ?」

「生々しすぎるっていうか相手妹混じってるって自分で言いませんでした!?」

「やだな~冗談冗談。」

 

……この話、天のとこにまで行ってそうで嫌だ。

絶対二人きりになったら上機嫌になってクソウザくなってるぞ……。

 

「で、いいの? 誰か待たせたりしてない?」

「っと、そうだ……あざっす。 それはそうと妙なこと口走るのやめてくださいね!」

「ネタにならないなら言わないから安心して~。」

 

安心できる要素が欠片もない!

全員満更でも無さそうな顔浮かべるのはいいがそれを見た周囲の目線がヤバくなるやつだぞ……!

そんな事を考えつつの、金曜日。

土日を前にした、最後の平日の終わりなのに。

全く以て、どっと疲れたスタートを切らされる羽目になった。



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46.好み。

あれが欲しい、これが欲しい。
結局待つのはいつも。


 

からんからんと乾いた音の中。

深い深い溜息を吐いた希亜が入ってくるのを、席で見ていた俺達四人。

 

「よう、おつかれ。」

「……本当に。」

 

目に見えるレベルで疲労しているので、メニューをそっちに回しつつ。

少し出るのは遅くなりそうだな、と思った。

 

「結城先輩、今日は遅かったですね?」

「色々と……そうね、本当に色々とあってね。」

 

もう一度溜息。

俺と天は、目を見合わせた。

少なくとも此処までになった姿は見たことがなかったから。

 

「ぁ~……聞いて大丈夫か?」

「ええ。 出来れば聞いて欲しい気分。 だって。」

 

ジトッとした目。

え、俺?

 

「貴方にも関係あるから、翔。」

「俺にぃ?」

「何やったのにぃに。 今なら減刑して極刑で許してあげるけど。」

「下がってねえし何もしてねえよ!」

 

二人っきりは別だけどな!

言わずとも分かってて言ってんだろ天。 その湿り気のある目はやめろ。

 

「ほら、昨日の夜の公園。」

「……アレがどうした?」

「なんだか、何処からかはわからないけど見られてたみたいでね。」

 

うわぁ。

 

「それに加えて、朝のもまた別の……後輩かな? が見てたみたいで。」

 

うわぁ。

 

「冗談抜きで言ってるよな?」

「こんなことで冗談言うと思う?」

「悪い。 だよなぁ……見られてたって何処で見てたんだよって話なんだが。」

「それで、お昼から帰りに掛けて色々ね。」

 

また溜息。

パフェクイーンとして一部で名声(?)を誇っていた頃とは思えない。

まあ、確かに女子校だと余計に大変だろうなぁという予想は付く。

実際、色々想造されているような花園……というような場所とは程遠いとかいうのはネットで見かけるし。

 

「え、何々。 つまりそれってそういうこと?」

「春風。 近い。 顔が近い。」

「うわぁ……先輩の目が輝いてる……。」

「あ、あはは…………いいなぁ。

「……何か言った? 都。」

 

姦しいと言うべきか。

或いは騒がしいと言ってしまうべきか。

先程まではまあ、まだ静かな部類だったと思うのだが。

急に火種が投下されたかのようにやや高い、女性の声が飛び交って。

超絶居心地が悪い……!

 

「どこでも似たようなことになってんだな……。」

「どこでも、というと?」

 

それで、ついうっかり口を漏らせば。

自分から話の主点をズラそうと、容赦なく希亜が突っ込んでくる。

そっちで引き受けててくれ。

さっきから微妙に視線を感じるんだから。

 

「ほらほら、早く吐いたほうが身の為ですぜ兄ィ~?」

「もはやお前の立ち位置が分かんねえよ。」

「え、問い詰める人!」

「大雑把過ぎないか!?」

「じゃあ何ていうのよ私知らないもーん!」

「逆ギレすんなし。」

 

まあ……ごまかしても仕方ないか。

ただ此奴が絶対笑顔になるのが見えるのが嫌だ。

 

「帰り際に先生に呼び止められたんだよ。」

「先生ってーと……沙月ちゃん?」

「そう。」

「呼ばれてたって……先生に?」

 

そう言えば詳しく言ってなかったな。

ちょっと用があった、とだけは伝えたけど。

 

「呼ばれた……って程でもなかったんだけどな~。」

「それでそれで?」

「妙な噂になってるって聞かされてグロッキーです。」

「……何を聞かされたんですか? ()()。」

「春風、人格変わってるわよ。」

 

頼んでいたコーラを一口。

ついでに希亜が頼んだパフェが届いて、それにパクついているのを横目で見つつ。

今日の夕飯此処でいいかなぁ……都が駄目っていいそうだけど……。

ちらりと横目で見たら、ムッとした顔。

駄目ですか。

 

「……なんかな、うちの学校でも噂になってるんだってよ。」

「噂? ……って、まさかとは思うけど。」

 

パフェに伸ばしていた手が一度止まり。

白い、希亜の顔が少し赤く染まった。

少しだけ違う、と訂正するのも野暮だったので。

そのまま話を進めることにする。

 

「なんか三股掛けてるとかどっかの誰かが噂してるらしくてな……。」

「……三?」

「そう、三。」

 

誰、とは明示しない。

 

「え、三って誰?」

「さあな……。」

「私以外じゃないの? にぃに。」

「知るかよ、お前と俺の関係知らない奴かもしれねーだろ。」

「もしそうなら()()()()()見られてることになるけど。」

 

そうだな。

周囲の圧が加速するから少し黙れ。

 

「翔は誰だと思うの?」

「お前その禁句を持ち出すか?」

「持ち出すわよ、そりゃ。」

「ノーコメントということにしておいてくれ。」

 

誰が選ばれなくても遺恨っつーかしこりが残るだろうし。

例え天でも。 そう、例え天でも。

 

「ふぅん……。」

「そ、それで。 希亜ちゃんはこの後は?」

 

ナイスインターセプト。

春風は……ああ、目が輝いたまま戻ってきてないのか。

 

「早めに帰って荷物整理ね。 幸いにも、日曜日くらいには片付きそうだから。」

「荷物が少ない、って意味でか?」

「そうよ。 お父さんも賛成してくれたから。」

「なら……少しは時間あるんだよな?」

「何か?」

 

そうだな、と小さく頷いて。

 

「パフェ食い終わったら、食器買いに行こうって話してたんだ。」

「ああ……家での、ね。」

「それくらいは俺が出す、行けそうか?」

「勿論。 ……少し、楽しみ。」

 

そうだな。

すましている方が普通にも思えるが。

お前は、そうやって笑っている方が柔らかくて好きだ。

そんな笑みを浮かべる、希亜を見て。

全員が、揃って笑いあった。

 



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47.それぞれの。

好みが違う、人が違う。
けれど、私達が好きになるのは。


 

実際のところ。

食器専門店なんて洒落たものが近くにあるわけでもなかったりする。

以前買ったときと同じく、幾つかそういった食器やらが纏めて売っている店に行く、と言うだけの話。

にも関わらず、誰もが少し浮かれているようにも見えた。

 

「ふんふふ~ん。」

「……いや、お前なんでそんな上機嫌なの?」

「そりゃ上機嫌にもなるってもんですよ兄ィ。」

「いやだから理由を聞いてるんだが。」

 

例えば天に聞いてもこの通り。

浮かれていることだけは分かるが、その理由が完全にさっぱりで。

そこまで楽しげにするようなことあったか?というのが先に出る。

勿論、全員での買い物(デート)という側面は俺自身が良く分かってる。

ただ、何というか。

それだけじゃないようにしか思えない。

 

「ふふ。」

「……え、都何でだか分かるのか?」

「まあ、何となくだけどね。」

「ええ……何でだよ……?」

「多分、天ちゃんだからこそだと思うけど。」

 

その後の言葉を続けようとして、あ、と。

言葉を漏らして、少し駆け出していく。

向かった場所を見れば八百屋。

 

「おじさん、今日これこんな安いの?」

「おお、ちょっと安く手に入ってな~!」

 

それを眺める俺達、と言っても一瞬だ。

いつものことだ、とばかりに近くまで行って。

 

「都。 ……帰り際にしよう、な?」

「……じゃ、じゃあ何本かだけ買って行かせて!」

 

多分その言葉に本気を感じ取ったのだと思う。

後ろ髪を引かれるように、精一杯の抵抗。

 

「……そんなに安いの?」

「えっと……普通の半額。」

「それはそれは。」

 

……いやまあ、はい。

希亜や春風もそこに介入してくるわけで。

今まででは見たことがない光景だというのは、料理に興味が湧いたからなのだろうか。

もしそうなら、その理由の一端に携われたと言うだけで少しだけ嬉しくもなるが。

 

「細かく値段とかまで調べてなかったなぁ……。」

「兄貴、一人暮らしなんだからそこは注意しとこうよ。」

「それならお前は女の子なんだから料理くらい作ってくれよ。」

「こないだお弁当分けたじゃん! それにそういうこというのはアレだよアレ!」

「アレ、ねえ。」

「そう、差別だ!」

 

遠巻きに見てる俺達兄妹はこのままで良いのかちょっと孤立感。

その辺り、少しは気にしたほうが良いのか。

 

「ところで天よ。」

「なんですかいお兄ちゃん。」

「お前まだ多めに金銭要求してたりする?」

「しないと思うでか。」

「いや躊躇しろよ。」

 

袋に詰められた幾つかかの野菜を持ってホクホク顔の都と、それを見て何かを学んでる二人。

美少女たちに一時的に囲まれて嬉しそうにしてた親父。

そしてそれを見ていた俺達二人。

何だこの空間。

 

「お待たせ。」

 

ぼーっと見ていること少し。

此方に戻ってきた都から袋を半分無理に受け取る。

少なくとも荷物になるし、持たせて歩きたくはないし。

 

「いや、別に待ってないからいい……というか俺が毎日のように世話になってる側だからなぁ。」

「好きでしてることだから、ね?」

「だったら俺だって。」

 

互いに礼を言い合うのがいい関係かと言われれば難しいが。

何も言わないような関係よりは、余程正常的だと思う。

……仮に、誰かと結婚することになったとしても。

これは忘れずに生きていきたい。

 

「うわ、なんか浮かれた顔してる此奴……。」

「何でそんなドン引きしたみたいな顔してるんだお前は。」

「そりゃするでしょ。 普段の写真見る?」

「やめとく。 お前の撮ってる普段の写真を知ってるからな。」

 

スマホの写真いっぱいに何が入ってるかは知ってる。

だから下手するとこいつは親より誰より、下手すれば()()()()()()()()()()()

少しの変化で妙に気付いてくるのはそれが理由だと俺は睨んでいるが……。

 

「まあ、んなことはいい。」

「……そんなことで流せる? これ。」

「流すんだよ。」

 

軽口を叩き合いながらの、時間的には夜の買い物。

帰宅時間という名のリミットはあるものの、それまでは自由気ままの時間帯だ。

特に天は今日泊まっていく気満々というのもあるから、実際には無制限(ノーリミット)

……いい年した妹が一人暮らしの兄の家に泊まるの普通ならどうなんだろうな。

いやまあ男の家に泊まるって言ったら多分相手を突き止めるくらいはするが。

 

「相変わらずね、あの二人は。」

「仲がいい兄妹で、羨ましいと思いますけど。」

「どうかしらね。 アレは……仲がいい、と一言で言えるのか怪しいと思うわよ。」

「そうでしょうかねえ……。」

 

後ろの方から聞こえる、希亜と春風の声。

聞こえないふりをして、歩みを進める。

兄弟姉妹、特に妹関係は……希亜にとっては過去の辛い出来事を思い出すことと等しい。

話題に出さないか。

出すとしても細心の注意を払う以外、俺は取れる行動が思いつけずに。

 

行くぞ、と。

全員を引っ張っていくことしか出来なかった。



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48.少しばかりの。

常に共にいるという事象の、学生故の難しさ。


 

がさり、と食器を入れた袋の中身が揺れた。

各々が、自分の物を選び。

それを新聞紙で包んだり、或いは傷がつかないように個別に包装し。

持つ俺の、背中のリュックは今いっぱいだ。

 

「予想以上に種類あったな……。」

「まあ、食器も趣味が出る部分だからね~。」

 

思い返すは、並んでいた数と種類。

正直俺は割れにくくて丈夫なもの、みたいな基準で選ぶものだと思ってたが。

そこはまあ、各々個人の趣味が反映されていた。

特にで言えば、飲み物を飲むコップだろうか。

 

「にぃにってだいたい雑じゃん?」

「お前……実の兄に向かって凄い言いぐさだな。」

「いやだってさぁ、家事っていうかご飯作るのだって面倒くさくてしなくなったでしょ。」

「毎日やること考えると結構辛いんだぞ……?」

 

都はやや小柄な、白い陶器にワンポイントの花が描かれた物。

天なら青く染められた、色々と使えそうなやや大きめのもの。

春風と希亜はお揃いなのか、或いは似ているもので自分たちで選んだのか。

それぞれ猫の色が違う、マグカップに似た形の物。

使う場所はほぼ固定で俺の家……になるのだろうそれらは。

普段は置く場所まで管理されることになりそうで、侵食具合に少しばかり閉息する。

 

「慣れれば……っていうか、コツを掴めば楽……だよ?」

「九條さん……その、私にも教えて貰えませんか?」

「それ自体は全然構いませんけど……。」

 

手慣れた、主婦のような台詞の都。

正直この年齢のお嬢様がやることにしては少しだけズレている気がしないでもない。

そしてそれから学ぼうとしている春風。

その物事に関しては凄まじく同意する、と言いたい。

 

「どの程度できるんですか?」

「…………隠し味が、隠れてないくらいかな。」

「はっ……!」

 

いやアレはカレーに色々混ぜ込みすぎたのが理由だとは思うけど。

味見してれば防げた事態でもあるので、多分そこを抑えてくれてレシピをきちんと守れば良いタイプだとは思う。

良く創作で見る、何故か普通に作ってるのに変に吹っ飛ぶ系統の料理人ではないと信じてる。

 

「意外ね。」

「? 何がだ?」

「春風って……こう、一人でやれることは得意だと思ってたけど。」

「実際一人なら出来るんだとは思うけどな……。」

 

大元は「誰かに美味しいものを食べさせたい」という気持ちからの色々投入だから否定できるはずもなく。

多分自分が食べるだけなら、それほど間違ったものは作らないと思う。 思いたい。

 

「そう。」

「希亜は……?」

「私は調理実習でやったくらい。 でも、一人暮らし始めるわけだし。」

「挑戦はしてみよう……と?」

 

小さく首肯。

確かに、少し食べてみたい気はする。

 

「そうね。 この前、都の手際を見せてもらったけど……彼処まで行けるのにどれだけ必要かは考えたくないわね。」

「そりゃ例外だろ。」

「けれど、どうせだったらやれるところまでやってみたいから。」

「そりゃまあ分からんでもないが。」

 

完璧主義……とまでは言わないけれど。

昔からの経験上。

()()()()、力を抜くことは覚えたとしても実際やるとなれば常に全力。

そういったところも、彼女の魅力のひとつなんだとは思っているが。

 

「一応経験上、力入れすぎると面倒になるぞ。」

「そうでしょうね。 翔見てるとそう思うわ。」

「何だとこの野郎。」

「野郎じゃないでしょう?」

 

くすくす笑う、冗談を言い合う。

以前では考えられないような、気安い関係で。

 

「ああ……もうこの辺り。」

 

気付けば、駅前。

俺の家までは残り五分足らずと言ったところか。

 

「荷物だけ置いたら今日はすぐに帰るわ。 荷物は少ないとは言っても、初めての一人暮らしだし。」

「家近いんだし、取りに帰ることも考えても良い気はするけどな。」

「余り、そうも言ってられないじゃない。」

「……まあ、な。」

 

もし帰った時に、母親と出会い。

そしてそれが原因で更に……となった場合。

彼女がどれだけ傷付くかは予想したくもないレベルだ。

 

「私も、微力ではありますがお手伝い致しますので。 ……ええと、日曜日の午後に向かわせて頂きますね。」

「分かった。 皆はどんな感じ?」

「私は日曜日……午前中はナインボールかな。」

「俺は午前中、春風の付き添い。 天はどうする?」

「そうだなぁ……結城先輩、午前中から行っても大丈夫です?」

 

各々が予定のすり合わせをしながらの帰宅。

特に今週末は希亜の引っ越し関連と、高峰との出会いもあるから大忙し。

そんな中で、ポツリと呟いた。

 

「ゴールデンウィーク、旅行でもしたいよなぁ……。」

 

それが、妙な波紋を呼ぶとは。

言った当人である俺も、予想してなかった。



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49.彼女はきっと。

隠した感情、押し殺した気持ち。
それぞれの枝で、それぞれの選択。


 

「ねー、にぃにー。」

「何だよ。」

「候補何処があるのー?」

「何で全員が全員乗り気なんだよ……。」

 

帰り際に口に出した言葉。

正直に言えば、ただの思い付きだ。

春風と一緒に行った、実家とは逆方向に少し行ったところにある温泉施設。

あの時だって、彼女の思い付きで。

日帰り施設だったからこそ、泊まりもいいな……と言った感じだっただけ。

 

「いや、だって皆でお出かけとか学生らしいじゃん?」

「学生らしいかぁ?」

「そりゃそうでしょ、友達同士だよ?」

「男女比考えろよ……。」

 

いや、俺は嬉しいし凄い楽しみだぞ?

それは自信を持って言えることだし、妙な勘違いはしてほしくはない。

だが、女子のほうが楽しそうなのはどういうことだ。

 

「まあ、あんまり遠くはいけないと思うけどね~。」

「金銭的にも、今のこの街から離れすぎるのもどっちも怖いからな……。」

 

今、俺の部屋に残っているのは天ただ一人。

都を夕食を終えてすぐに。

希亜と春風は荷物を置いて、すぐに帰宅した。

ただ、最後に。

「詳しい話はLINGで」と言い残していくのは忘れなかったが。

お陰で、さっきからずっと着信音が鳴り響いてる。

 

「で、どうすんの?」

「俺に振られても困るんだが……何しろ温泉施設なんて言われて知ったような男だぞ?」

「センサーが死んでたのかな?」

「男なんてそんなもんなんだよ! ついでに言えばその頃中3だぞ!?」

「あ~、そっか高校受験真っ盛り。」

 

何でお前は去年苦労したことを忘れられるんだ。

そう聞こうと思ったが、聞くだけ無駄かと思い返した。

多分当時此奴が考えてたのは俺と同じ学校の事くらいだろうし。

後は……()()を隠すことに精一杯だったという可能性もあるが。

 

「ねえ兄貴?」

「なんだ。」

「何で生暖かい目で私見てくるの? 正直言ってキモいんだけど。」

「大変だったな……って。」

「うわなんか知らないけど妄想してる。」

「せめて想像と言え想像と。」

 

妄想だと明らかになんかアッチの方が浮かぶじゃねーか。

考えすぎか……?

 

「はいはい。」

「聞いてるんだか聞いてないんだか分からん台詞を……。」

「逆に聞くけどさぁ。」

「おう。」

 

ひたすらにダラダラする時間帯。

他に誰かがいればまた別なんだろうが、互いに今更な関係性。

距離を取るとかそういう次元を通り越して。

適当にパソコンで動画を漁る中、風呂上がりの此奴がべったり張り付いてきている。

いい加減暑いんだが。 離れろ。

 

「誰も妄想しないの?」

「それを妹に話す兄がいると思います?」

「言いそうじゃん。」

「冤罪というか言いがかりやめろや。」

 

俺はどういう目で見られてたんだよ。

 

「にぃに、女の子からの助言欲しい?」

「一応聞いてやろう。 後いい加減離れろ暑苦しい。」

「え、やだ。 多分気付いてないけど視線胸元行ってるからね? 時々。」

「何でだよ……。 しかしマジか、前に言われて気をつけてはいたんだが。」

「その目を私に向けない理由を聞きたい。」

「ハッ。」

 

嘲笑。

何いってんだ此奴。

 

「鼻で笑ったでしょ今!?」

「笑うに決まってんだろ紙袋。」

「それを言ったら戦争だぞ? お?」

「だから更に体重掛けてくんなっつーの!」

 

いい加減鬱陶しい。

引き剥がして、手元に置いていたスマホの画面を見る。

喧々囂々、色々な意見が浮かんでは消えているが。

 

「これ見てると温泉の意見強くねえか?」

「あ~かもね、丁度近くにあるんだしさ。」

「でも態々電車でちょっとの所に泊まるのってどーよ。」

「それは私も思っちゃうからな~。」

 

まあ、引き剥がしてもすぐに元に戻るのが此奴だが。

それが分かってて、やや過剰とも言えるスキンシップに興じてる部分はある。

肉体的接触をそこまで否定しなくなった、というのもあるかもしれない。

 

「なので行くなら……せめて電車で1~2時間の所にしたい。」

「こっからで観光できる穴場ある?」

「温泉くらいはあるだろ多分。」

 

何しろ、そのくらいの距離なら何かあっても半日あれば戻ってこれる。

ソフィに頼んで、緊急事態になったら声を掛けてもらっても良い。

……それで手遅れになるほど、ヤバい事態も早々ないだろう。

イーリスを除いて。

 

「たださ、お金どうするの?」

「俺は貯めてたお年玉っていう切り札があるが。 後は親に頼る。」

「うわ堂々と言った。」

「って言ったって、お前もどうせそうだろ?」

「まあね~。 少しはあるけどさ、お父さんなら出してくれそうだし。」

 

此奴の猫被りにいい加減気付け、と祈るだけ祈ってみる。

多分無駄だが。

 

「で、明後日は色々予定あるとして……明日はどうすんの? お前。」

「特にないけど。」

「なら……予定決めも含めて、午前中調べ物して昼はナインボール行くか?」

「え。 奢り?」

「自分で出せ。」

 

日曜は春風とで予定潰れるから明日を取ってやったんだ、とは言わない。

言うと絶対調子乗るから。

……いや、乗ってたくらいのほうが可愛げがあるか。

少しだけ、悩ましかった。

 

「またなんか考えてる……。」

「考えちゃ悪いか……?」

 




GWの旅行先何処が良いですかね……
本編だと遠出した描写って温泉くらいだからなぁ、何処か生やすか


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50.昔から。

変わらない、変われない。
想いはそう簡単に。


 

ぱしゃり、という音が聞こえた気がした。

片目だけを細く開き、小さく欠伸をしながら身体を起こす。

視界に入ったのは、大方予想通りの光景。

 

「……ん。」

 

寝袋の俺に覆い被さるようにする、()()()()()()()()()()()()()()()()()

家から持参してきたパジャマ姿でスマホを片手にする天の姿。

 

「……。」

 

此方が起きたことに気付いているのかいないのか。

抜き足差し足で人のベッドに戻ろうとする後ろ姿に声を投げる。

 

「オイコラ。」

「…………。」

「聞こえてないふりして逃げんのやめろな?」

「……ぅー。」

 

文句なんて本来は言いたくもない。

此処最近、寝ているはずなのに妙に神経が高ぶっている気がする。

きちんと休めていない証拠でもあるので、あまり良くはないと思ってはいるんだが。

 

「起こされたことに文句くらいは言っていいと思うんだが。」

「……でも、普段なら起きなかったはずなのに。」

「そりゃ運がなかったな、とでも言っておくか。」

 

ふぁぁ、と大きな欠伸。

暗闇の中、手を伸ばしたスマホで見た時間は夜中の二時。

確か、寝ようと思って電気を消したのが12時を少し回ったくらいだから……。

 

「ほとんど眠れてねえな……。」

「や、起こしたのは悪いと思ってるよ?」

「そこは疑わねえよ、安心しろ。」

「でもなんか、魘されてた感じはする。」

「俺がか?」

「うん。」

 

一昨日、昨日と悪夢を見てた実感はある。

ただ、今日は特に何も見なかったと思うんだが。

 

「どんな感じだった?」

「ん~……どんな、かぁ。」

「お前、態々撮るために寝るの待ってたんじゃないのか?」

「違うよ~。 なんか寝付けなくて。」

「まあ、そこまではしないよな。 お前でも。」

「一回やったことはあるけどね!」

 

ぽふん、と空気を叩くようにベッドに横になる天。

一応今日出る前にシーツだけは洗濯機叩き込んで乾燥まで回してたが。

()()()()()()()()かは心配だったからな。 匂いとか。

 

「それを堂々と言える神経は信じらんねえ。」

「あ、やっぱり?」

「分かってていったのか此奴。」

 

少しずつ、眠気も覚めては来る。

多分どっかで揺り戻しが来そうだが。

 

「いやね、さっきも言ったけどさ。 何の夢見てたの?」

「それが全く覚えてねえんだよなぁ……。」

「なのに魘されてる、ね。」

 

そこまで深刻そうにする話か?

また珍しいが、いつもマイペース気味な此奴が。

 

「いやいや、そんな俺関係ありませんー、みたいな顔してちゃ駄目でしょにぃに。」

「自分で見た夢が思い出せないくらいだぞ? 深刻そうにされるのはちょっと反応に困る。」

「あのね、魘されてたって言ってるじゃん。」

 

布団を抱えるように、見下ろすように。

丁度ベッドと寝袋の高さの差もあって、視線を逸らすことも難しく。

頬の辺りを軽く掻くことで、ごまかしながら。

 

「なら……なんだよ。」

「いや、これ私の想像なんだけどさ。」

「おう。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

夢は記憶を整理する際に見るもの、という話。

それが事実なんだかは知らんが、まあ聞いた事自体はあるな。

正夢とかいうのも実際は過去の経験からの想像とか勘違いとか言うし。

 

「そう言われればその可能性もある。」

「うわ、なんだこいつ堂々としてる。 折角可愛い可愛い妹が心配してあげてるのにさー!」

「そっすね。」

 

いや、だから何だよ。

そんな目で見れば。

 

「だーかーらー。」

「おう。」

「こっちで一緒に寝ない?」

「お前ずっとその話に持ってこうとしてなかった?」

「何のことやらですよ。」

 

ぐっふっふ、じゃねえよ隠しきれてねえよ。

 

「え、嫌って言ったら?」

「私がそっちに潜り込む。」

「やめろよ狭い。」

「普通に返されても困るんだけど~……。」

 

まあ、その内実家から布団持ってこなきゃなぁ、とは思うが。

ただ実家に戻るつもりはない。

天が来ることを止める理由もなくなったし、別に同じ部屋でも問題はないが。

 

「前々から……というか記憶を戻してから? 思ってたんだが。」

「うん。」

「お前の最終目標が全く見えん。」

「え、目標?」

 

何言ってるの?と言われましても。

何かしら動く目標があっての行動じゃないのか? これ。

 

「目標も何もなぁ。 いや、ほら。 私受け入れられるとは思ってなかったし。」

「おう。」

「でも今は……なんか違う気もするけど、一緒にいられるわけじゃない?」

「そうだな。」

「だから、嫉妬とか全面的に押し出してるつもりだけど。」

「……要するに、今のままを維持したいってことでいいのか?」

「そうともいう。」

 

そうともじゃなくてそうとしか言ってねえんだよ。

 

「……全く。」

 

立ち上がって。

 

「あれ、どうしたの?」

「お前が言ったんだろ。 狭いからもっと奥行け。」

「え。 何。 熱でもある?」

「嫌なら良いが。」

「いや嬉しいけどさ。」

 

可愛いかどうかは横に置いといて。

妹であることは間違いないし。

同時に、なんとも言いづらい感情を抱いているのもまた事実。

それをはっきりと口に出せる日が来るのかは、分からないが。

 

「小さい頃みたいに、とはいかないけどな。」

 

ベッドに並んで、二人で眠る。

何となく、そんな気分になって。

 

「……ありがと、お兄ちゃん。」

 

何となく、いい気持ちになって。

並んだまま、小さくお休みと囁いて。

……眠気は、すぐにやってきた。



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50.5.見る目。

彼女が見つめる目。
そこに溢れるモノ。


 

何度も見たはずの寝顔を、今日も私は見る。

こう言っては何だけど。

私はにぃに――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()誰にも負ける気はない。

 

(無理……してるって自覚もないんだろうなぁ。)

 

普段からずっと見続けてきたからこそ、違いには早く気付いた。

何処か思いつめているような、それでいて疲れているような。

それがはっきりして、私自身も記憶を呼び起こして。

 

それを齎したのが、兄貴の言うところの「相棒」って話も聞いて。

最初は少し疑ったけど、そんなところで嘘を付く必要もないし。

そういうものなんだ、と受け入れて。

 

夜泊まる度に、寝顔を見ていれば。

声を上げるか上げないか。

そんな差はあったけど、大体が辛そうな。

何か、痛みに耐えているような表情を浮かべることが常になりつつあった。

 

それがはっきりしたのは、多分。

今週の頭……4月18日。

私と、みゃーこ先輩と。 後は結城先輩が。

兄やんの友達と、対峙したあの日に。

泊まった時だと思う。

 

あの時、もうみゃーこ先輩は別の世界のこと――兄上は都の枝とか言ってたっけ――と。

そして、私も思い出した屋上での戦いのことの二つを思い出していた、と。

後でこっそりLINGで聞いた。

 

そして、結城先輩、私、香坂先輩。

そんな順番で、記憶を呼び起こして。

私が聞いたのは結城先輩までで。

後は想像でしかないけど、多分皆が思い出してるのは。

()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、誰かが見ていた一部の記憶。

 

だからこそ、誰もにぃにの辛さを理解出来ない。

 

何でかは分からないけれど。

私達は、全員が全員()()()()()()()()()()を実感している。

 

みゃーこ先輩は、自分が石化したときのことを覚えていた。

まだ、キスだってしてなかったけれどと。 恥ずかしそうに言っていたので弄っておいた。

 

結城先輩は……少し例外な気もするけど。

それでも、自分が終わってしまった記憶は持っていた。

 

そして、私。

私も、()()()()()()()()()()()()()()()()()

誰かに聞いたりしたわけじゃないのに。

その事に気付いて……混乱して、戸惑って。

「相棒」ってのを思い出して。

それだ、と腑に落ちた。

 

結局、私達が経験してきたのは自分のことばかりで。

後は、誰かが見ていたような。

()()()()()()ような、にぃにを失った後のほんの一瞬の記憶。

 

だから。

何度も、何度も、何度も。

私達を失ってきた記憶全てを持っているお兄ちゃんは、こうして夢の中で苦しんでいるんだと思う。

 

普段は、そんなつもりもないだろうけど。

顰めっ面に見えるけど、色々と気を配ってくれて。

私達の誰かを見て、目線が胸とかに引っ張られてるようなにぃにでも。

誰もいない、一人の場所では。

ずっと、彷徨い続けている。

 

(皆、心配してるんだからね?)

 

LINGで、一人だけハブって話してる女子会みたいな部屋。

自分の思い出とか、これからどうしたいかとか。

それぞれに個性が出てて、見ているだけでも結構面白い場所。

そんな場所で、上がっていたやりたいこと。

 

(……起こさないように、しなきゃ。)

 

腕にこっそりと抱きつきながら。

今までだったら恥ずかしくて。

もしかしたら、鼓動で気付かれるんじゃないかって心配だったけど。

するとしても、二人きりで。

冗談交じりでもなければ、絶対出来ないことだったけど。

 

(……大好きだよ、お兄ちゃん。)

 

頬に、そっと口付けを。

見ていたのは、カーテンの隙間から少しだけ射す月光だけ。

 




生放送でボロッボロ情報出てましたねえ……。
暫くは直接ツイッターでの更新報告じゃなくこっそり流します。

※しかしソフィ&沙月ちゃんルートと天BAD救済アフターだとどっちが人気あるんだろう……


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4/23(土)
51.ふたりで。


近くて遠い、遠くて近い。
たった二人のきょうだいで。
たった二人の男と女で。


 

熟睡した。

熟睡しすぎた、と言い換えても良い。

目を覚ましたら妙にご機嫌な天の顔が目の前にあって。

それを無視して時計を見ればもう10時を回っている。

 

「おはよ。」

「……普通だったら寝坊ってレベルじゃねえ寝坊だな。」

「別にいいと思うよ、休みだし。」

「ゴールデンウィークとかがこえーよな……。」

 

スマホに手を伸ばしつつ、明らかな違和感。

身体を起こそうとすれば妙な違和感。

腕が完全にロックされてる、というかもう片腕に纏わり付かれてた。

 

「暑いとか以前に邪魔なんだが?」

「え、折角サービスしてるのに?」

「サービス。」

「そうだよ? にぃににしかしてあげないことー!」

「せめてもう少しおとんに優しくしてやれよ娘……。」

 

にへへ、じゃないよ妙な笑い方すんな。

はぁ、と溜息を吐いてされるがままにしておいた。

どうせその内飽きるかなんかで離れるだろうし、起きたばっかでそんなに動きたくないし。

 

「で、お昼はナインボールだっけ?」

「そうだな、ちょっとだけお昼からズラしていくけど。」

「へ、なんで?」

「あの辺客は早々いないけど、学生が遊べる場所なら別だろ。」

「ああ、ゲーセンとか。」

 

なので少し遅めに動いたほうが都合上良かったりする。

たまーに混んでて迷惑掛けることあるし。

本当に珍しいけど。

 

「え、ならどうすんの?」

「十秒で食える飯を流し込むか少し耐える。」

「……私は我慢でいいかなぁ。」

 

そうか。

まあ俺も然程減ってないから耐えるつもりだったが。

 

「そういや明日の予定は聞いてたけど、春風とか都は何してるか知ってるか?」

「ん~、私が聞いてる限りだと……なんだったかなぁ。」

 

両腕を離して、開放された腕がちょっと痺れた。

殆ど動けないくらいに抱きつかれてたってことになるんだがいつからしてた此奴。

ぽちぽちとスマホを弄ること少々。

 

「あ、あったあった。 春風先輩は宿題片付けた後で結城先輩の手伝いに今日も行くみたいだね~。」

「あの二人、一気に仲良くなったな……。」

 

ゲームの趣味……というか好き嫌いは微妙に噛み合わないが。

まあ希亜が誘えばなんだかんだで遊ぶし、二人プレイで暴れてる姿は見える気がする。

その内猫カフェでも行くのかね……ああそうだ、ペット飼っていいかは確認しとかないと。

 

「でー、みゃーこ先輩は……お家のなんかがあるみたい。」

「流石ご令嬢。 パーティーとかありそう。 で、同年代の男子が妙に参加しそう。」

「確かに参加しそうだし狙われてそうだけどさぁ……。」

 

じっ、と見るな。

湿気を帯びた目、流行ってんの? お前等の中で。

 

「それ本人の前で言ったら泣くからね? 分かってる?」

「言うと思うか?」

「思わないけど一応ね~。」

 

逆玉の輿っつーか、なんというか。

奇跡的に出会えた相手をそんな粗雑にする馬鹿は知らんわ。

 

「まあ、それなら何にしても合流は無理か。」

「というか用事があるのにナインボールはやってんの?」

「やってるらしい。 まあ流石に夜は用事で閉めるみたいだが。」

 

昨日の朝、都当人から聞いたことだ。

まあ閉まってたらモックでも行けばいいし。

 

「ふーん。 じゃあ基本的に予定通り?」

「だな。 ゴールデンウィークの予定でも立てるかね、予定通り。」

「なんか変な言い回し~。」

「うっせ。」

 

よいしょ、とベッドから体を起こして。

なんだか妙に乾いた喉を水で潤しに台所に向かう。

それに付き従ってくる天も、大体似た用事だろう。

 

「兄貴ー、私にもー。」

「ん。」

「同じコップでいいよ?」

「昨日買ってきたばっかなんだから自分の使え!」

 

既に四人分のセットの定位置は決まっているらしい。

自分の預かり知らないところで……とまでは到底言えないが。

ただ段々都が使いやすいように色々位置を動かされていたりする。

メインで使ってるのはもう彼女で、半分以上通い妻みたいな感じだから良いのだが。

 

「良いのかなぁ……。」

「何が?」

「いや、なんかどーしても良心が咎め続けててな。」

「あったんだ、良心!」

「よしそこに直れ。 愛の鉄拳制裁をくれてやろう。」

「愛ってつければ何でも良いわけじゃないってばー!」

 

ぎゃいぎゃい、きゃいきゃい。

これが兄妹のスキンシップと言われれば首を傾げるが。

どっちかと言えばこれ兄弟のほうだろ。

知り合いには一人もいないけど。

 

「の、脳細胞は守りきったよ……!」

「誰に言ってるんだよ。 ほれ、どうせお前も座るんだろ?」

「あ、うん。 ありがと。」

 

天に隣を譲り、座布団を差し出して普通に此奴も座り。

……人数分の座布団くらいは買ったほうが良いのか?

安いのなら俺でも手が届くよな? 多分。

この辺り、親に買ってもらった物だからよく分からん。

 

「と言うか、さ。」

「おう。」

「折角スペースあるんだしもう少しちゃんとしたテーブル買わない?」

「金があればな!」

 

結局そこに行き着くのだが。

かちり、とマウスをクリックした。




ぐおお、背景CG見返してきたらパソコン用のテーブル的なアレなんか取り違えて覚えてた……!
丁度いい、ネタにする……!


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52.手と。

片手は既に誰かの腕を。
その人数が、多いだけで。


 

「でよ、兄やん。」

「おう。」

「ナインボール行った後どうすんの?」

「あ~、それか。 お前時間はあるんだよな?」

「無かったらいないってば。」

 

それもそうか。

いや、兄としては同学年の友人は?と聞きたくなるが。

俺も与一を除けばブーメラン返ってくるから黙っておく。

 

「丁度思い付いた買い物と~。」

「と?」

「ちょっと、先生のとこ行ってみようと思う。」

「へ? 沙月ちゃんに粉かけるの?」

「違うわ。」

 

美人だと思うしとっつきやすいとは思うぞ?

でも残念だし……って本人の前で言ってもなんか普通に受け入れそう。

あの人もあの人で色々とキャラが濃いとでも言えば良いのか。

 

「ソフィが行けたかどうかと、世界の眼の確認だ。」

「ああ……なんだっけ? 5月の頭には無くなってたとかだっけ?」

「そうそう。 大分流れが変わってるはずだからどうなるか分からんしな。」

 

ソフィが問題なく行けるなら、イーリスの干渉はないと思っていい筈。

基本的にあの二人が同時に、先生に対して影響を与えたケースは俺の記憶ではない。

まあ、100パーとは言えねーけど。

 

「でも、それならもっと早く動いてよかったんじゃないの?」

 

鋭いところを付くな此奴。

 

「一応理由は幾つかあるが、言い訳っぽくなるんだよなぁ。」

「ふぅん。 まあいいや、一応なら聞かせて。」

 

一旦ブラウザを最小化して、メモ帳を起動。

時系列を簡単に打ち出した。

 

「まず最初に、ソフィとイーリスの関係性はもう言わなくていいな?」

「まあ……うん。 何度か聞いてるし。」

「よし。 で、俺が知る限りだが彼奴等が同調できる人間は制限がある。 まあ()()()無理をすれば別だが。」

 

そこは大前提、というか知っていて欲しいところ。

何度か全員でいる時に話している内容もあれば、引き継いだ知識もある。

理解していることを示すように大きく頷いている。

 

「だから、無理しなきゃいけないように……っていうか、万が一用に沙月ちゃんに、って話だったよね。」

「普通なら考えたくもねーんだけどなぁ。」

「それでそれで?」

「世界の眼の修復が終わった時点でこっちの勝ち……の筈なんだが。」

 

結局アーティファクトを全部何とかしない限りこっちの混乱は続く。

とは言え、アレが壊れたまま。

つまりは異世界が繋がったまま、というのも洒落にならん。

自己修復し続けてる筈なのでどれくらいの時間で直り切るかははっきりしないんだが。

 

「まあ、あるかどうかだけでも先生に聞けばいいだろ。」

「教えてくれるかなぁ……。」

「無くなってるかどうかだけだろ? 壊れた現場にいたわけだし、聞くくらいなら大丈夫だとは思うが。」

「そうかなぁ……。」

 

それと、夜くらいに神社に向かう理由はもう一つ。

時間、日にちは大分ズレてしまっているから、どうなるかは分からないが……。

 

「後は……あの時は希亜と動いてた時か。 夜に暴走したアーティファクトユーザーと出会ってる。」

「え。」

「何と言えば良いのかね。 」

 

これは、告げて良いのか。

それとも、と感じながら。

天の肩に手を当て、大丈夫だ、と言い聞かせながら。

 

()()()()()()()()タイプだった。」

「――――ッ。」

 

小さく震えるのを間違いなく感じた。

だから、落ち着かせた。

受け入れられる人間と受け入れられない人間。

こう言っちゃ何だが……後者は、出来れば。

関わらずにと、思ってしまうエゴもある。

 

「安心しろ。 お前はそうはならないしさせねーよ。」

 

扱う適正。

そんな意味だけで言うなら、俺は天の能力も完全に使用できる。

たとえ、それを使えば。

()()()()()()()()()()()()()()()()()になっても。

誰かが危険だと思うなら、そうしなければ助けられないなら。

俺は、多分使うだろう。 自分で、自分をそう思う。

 

「だが、今のこの街には暴走まで行かないにしろ所有者がかなりいる。」

「そう……だよね、フェスの参加者だけを見ても間違いないと思うし。」

「してなくても……かも知れねーが、そこは確証を持って言えないことだしな。」

「……うん。」

「だから、兆候だけでも掴んでおきたくてな。

 家で実験できない能力なら、人目が付かないところでやるんじゃねーかっていう予想もある。」

 

震えも段々治まってきて。

だから手を離して、頭を数回ぽんと叩いて。

マウスへ手を伸ばしてメモ帳を消し。

時計を見て……まだ十一時半を回ったくらいか。

 

「気分転換に何か見るか。 お前、何見たい?」

「……お兄、気を遣うの下手すぎない?」

「うっせ、沈んだ相手に何していいかなんか分かるかっての。」

「いい人ばっかりなんだし、捨てられないようにしなよ~?」

「お前そういうこと言っちゃう?」

 

立ち直りが早いのは、まあ利点……と信じたい。

落ち込んでれば、やっぱり戸惑うもんだし。

 

「うん、まあ私は絶対離れないけどね?」

「うわ貧乏大王みてえ……。」

「おうなんつった兄貴。」

 

ころころと変わる表情。

まあ、お前は笑ってろ。



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53.黄昏。

斜陽の時間。
日は、いつかは沈むものだから。


――――ありがとうございました。

 

「ご馳走様でした。」

「でしたー。」

 

そんな声を背中に受けながら、店を出る。

時折、都が店にいない時に見ていた店員さん。

まあ、都がクラスメイトだってことに気付いてなかった俺でも。

大体どんな人がいるか、くらいは目に止めていたと言うだけの話。

 

入れ替わりが多少あったけど、大体俺が見知っている人が4-5人位か。

常にいるわけではなく、やはりバイトのシフト次第っていうのはあるけれど。

それでも、都が店にいるときとそうでないときでは客の入り具合も違って見えた。

 

「で、この後どーするの?」

「軽く家具店でも見てこようとは思ってる。」

「家具?」

「お前等用の座布団とかの値段。」

「え、何。 買ってくれる気なの?」

 

何でそこで疑う目ができるんだお前。

 

「じゃあお前の分だけ無しでいい?」

「いいわけないでしょー!?」

 

なら初めから突っかかるなっつーの。

まあそれでも。

 

「そこまで良いやつ買えるわけじゃねえけどな。」

「ん~……。 頼る?」

「何を、誰に。」

「お父さん、言いくるめて。」

 

それはお前しか出来ねえわ。

首を小さく振ろうとして……いややっぱ駄目だ。

 

「まあ、自由になる金はそこそこあるからなんとかなるだろ多分。」

「え、意外。 貯めてるの?」

「生活費って言っても結構多めに入れてくれてるからな、おかん。」

 

電話越しでしか話さねえけど。

まあ直接会うと妙な感じになるから仕方ない……とは言え。

今度一度帰らないとなぁ。

 

「へ~……あれ、そう考えるとうちって金持ち?」

「そう思うんだったらもう少し父親に優しくしてやれ。」

「はーい。 まああんまり会う時間ないんだけどさ。」

「そりゃまたなんで。」

 

そういや俺も最近会った覚えがない。

というか、声を聞いた覚えがない。

 

「いや、私がこっちに泊まってるっていうのもあるんだけどね?」

「おう。」

「最近なんだか仕事が忙しくて、とか言ってた。」

「……そんな話聞いた覚えない……な、多分。」

 

こんな微細な変動も俺の影響なんだろうか。

もしそうなら父さんには素直に謝ろう。

まあ直接言うわけにも行かないから今祈るだけだが。

 

「もしタイミング合ったら優しくしてやれよ?」

「まあ、うん。 色々おねだりしてるし。」

「なんでこうなっちゃったかねえ……。」

 

あからさまに吐く溜息。

わざとしてる、というのに気付いているのかいないのか。

その態度はいつもと変わらず。

 

「娘の特権だし!」

「お前それ他所で言ったらぶん殴られるからな?」

「言うわけないじゃ~ん。」

 

てくてく。

とぼとぼ。

家具店へと向かう道のりは、駅前……というより、俺達の学校がある側を超えた反対側。

大きい施設だとか、ショッピングモールだとか。

商店街の敵、みたいな施設は大体駅前を中心に広がっている。

コロナ本社があるとは言え、余り騒がしくないのは功罪共に……と言った感じだろうか。

 

「あ、そうだ。」

 

そんな事を考えていたら、すっかり忘れていたことを思い出す。

さっき金払った時に気付けよ、俺。

 

「え、何?」

「一回銀行行かせてくれ。 金おろしてくる。」

「あ~……まあ4個も買うならそうなっちゃうよね。」

「悪いな、」

 

まあそこまで高級なのを買っても浮くだけだし。

値段を知ったら多分都が凍りついてしまう。

そう考えると……あれ、でも確か五千円も出したら……みたいな話をした気がする。

……迂闊に値段に関しては言及しないほうが良さそうだな。

 

「どうしたの? 急に下向いちゃって。」

「いや、値段に関して伝えないほうがいい相手いたなぁ……と思ってな。」

「あ~みゃーこ先輩?」

「そうそう。」

 

これで通じるのも仲間内だけだろうなぁ。

しかし都も今日は大変だろうに、今頃は準備でもしてるんだろうか。

 

「でも私が思うにさ。」

「ああ。」

「黙ってたほうが悲しむと思うよ?」

「うっ……。」

 

泣き顔、というか悲しむ顔をさせたくないのが本音。

でも迂闊に言えば……。

……ま、まあ喜んでくれるといい方向に考えておこう。

 

「あ~あ、泣かせちゃうんだにぇ~?」

「此奴、こういう時には調子に乗りやがって……!」

「乗れる時には乗るのが私です!」

「自慢できることか!」

 

わいわい、と歩いていれば目線の先に見えてきたのが銀行。

気付けばもうこの辺まで来てたか。

 

「じゃ、俺金降ろしてくる。」

「はーい、早くね?」

「おう。」

 

そんな感じで声を掛け、中にはいってカードを挿入。

口座の中の金額を見て、金額を指定。

別の口座には旅行と……後、ちょっと考えてるモノに使う金くらいは入ってる。

生活には影響を与えないのを再確認して、戻ってきたカードを財布に入れて。

待たせるのも悪い、と出たところで。

 

「あの、新海さん。」

「……え、その……ごめんなさい……誰?」

 

少し離れた、路地裏の入口あたりで。

同い年くらいの、少年に絡まれてる天を見た。

……此処最近で妙に見るようになった、騒動の種の気がして。

そちらに、足を向けた。

 



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54.誰そ彼時。

私は、貴方と共に。
決して、彼と共にではなく。


 

「ああそうか、お前みたいにお高く留まってる奴は名前すら覚えてないってか。」

「いや……あの……。」

 

かちん、という言葉が聞こえてくるかのように。

静かに激高しているように見える少年。

ジーパン姿に、季節柄長袖のシャツを着た若そうな姿で。

天は、おろおろとどうしていいのか分からないでいるようだった。

当然、少年の怒りの声に周囲は近寄ろうともせずに。

関係ない、とでも言うように横目で見ながら遠巻きに見ているような状況下。

 

「チッ……良いから来いよ、話があるんだから!」

「嫌っ!」

 

無理に腕を掴もうとする彼と。

掴まれまいと身体を翻して距離を取る天。

声色は、どんどんと大きくなっていく。

 

……何をしたんだ?

訝しみながら、その声の間へと飛び込む。

 

「何が――」

「はい、一旦そこまでだ。 ……天、大丈夫か?」

「…………うん。」

 

激高の度合いが加速したのか。

無理に掴み掛かろうとする腕を何とか捉え、抑えつける。

今のうちに、と。

天を避難させようとすれば、俺の後ろで服の裾を掴むような形に。

丁度、俺を挟んで二人が対峙する状況になったわけだ。

 

「……あんたに用はねえ。 そこの子に話があるだけなんだからどっか行ってろよ、関係ねえだろ。」

「悪いが、まんま関係者でな。 ……それとも何だ? 用件すら女にしか言えねえのか?」

「関係者ァ?」

「兄だよ、此奴のな。 それで、お前は?」

 

こういう時は、普段の顔が役に立つ……んだが。

与一みたいに上手く立ち回れるわけじゃない。

どうしても、敵と味方を作ってしまうというか……人付き合いが苦手なのは、ずっと変わっていなかった。

その悪影響が今の状況。 煽るような言い方をしてしまって、少しばかり後悔した。

 

「…………。」

 

親の仇を見るような、殺意というか負の感情が綯い交ぜになった目を俺たちに向けている。

 

……実際殺されかけた以上、ある程度そういったものに嫌でも慣れてしまっていたが。

天は何方かと言えば距離を取っていた側だ。

あの、高峰にアンブロシアを撃ち込んだ時と。

最後の時を除けば。

だからこそ、怯えの表情が隠し切れずに浮かんでいて。

俺の服の裾を握る力が、更に強くなるのを感じ取った。

 

「……で?」

「……大した事じゃねえけどよ。」

 

繰り返すように言えば、しかたなく漏らすように言葉を発した。

嘲るように。

それは、俺達をか。 或いは自分をか。

何方も、が正解かもしれないが。

 

「そこの……あんたの妹が、今週呼び出されたってのは知ってるか?」

 

あれは、確か…………。

 

「放課後に……ってやつか?」

「知ってんなら話は早い。 それ絡みで色々とダメージ受けてるやつがいてな、せめて謝って欲しいだけだ。」

「……天、お前翌日に謝らなかったのか?」

「謝ったよ! ……直接は無理だったから、手紙でだけど。」

「らしいが。」

 

俺が知る限り、天がこういった事で後に残すようなことはしない。

直接謝れなかったにしても、元々手紙経由で呼ばれたとかだった筈。

だったら、此方も同じようにしても無礼とは言い切れないラインだと思う。

 

「は? 彼奴が勇気振り絞ってのを無視した上で、直接もなしにか?」

「……そりゃ違うと思うがね。」

「何がだよ!」

 

……余り言い過ぎるのも、どうかと思うが。

何というかこいつ、自分で言ってる矛盾に気付いてないのか?

 

「手紙で呼ばれたから、手紙で返す。 それでチャラだろ。」

「は!? なら無視したって部分はどうなるんだよ!?」

「いや……朝に急に呼び出し掛けといてそれは自分勝手すぎんだろ……。」

 

要するに、()()()()()()()()()()()()()()()類。

もう少し言い直すなら、正義だから何をしても良い、と思ってるタイプ。

……俺も、危うくそうなりかけたから。

偉そうなことは言えないが。

 

「せめて、謝るくらいはさせろよ!」

「お前にか? ……それとも、呼び出した当人にか?」

「五月蝿え!」

 

こうして話していると、何となく思い出してきた。

下手すると虐め一歩手前とかって話で、それ以降天から聞かなかったから。

解決したんだろう、とある程度楽観視をしていた話。

……妙な形で膨れ上がったな、と溜息を吐いた。

 

「……天。」

「うん。」

「走れるか。」

「……頑張る。」

 

相手をするだけ――――とまでは言わないが。

恐らく、今こうして話していても何も進まないし妙に怒り狂うだけ。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 

そこに、引っ掛かりを感じ。

けれど、今は急ぐことではないと思考の隅に片付けて。

 

「とっとと! 謝れば! 良いんだよ!!!」

 

相手の少年が、周囲の物に当たり始めた時に。

 

「行くぞ!」

「う、うん!」

 

その腕を掴み、駆け出した。

進むのは、結局俺の家。

用事を済ませることも出来ず。

唯絡まれて。

物事を先延ばしにしながら。

 

けれど、最近の明らかな異常の理由の一つに見当がつきそうになっていた。

イーリスの、街の人々を暴走させたあの現象。

そして、その魔女と唯一眷属化を行った張本人。

 

――――まさか、お前なのか? 与一。

 

どうやってか。

何故か。

そんな事には、意識が向かわずに。

ただ、走りながら。

妹の天(だいじなおんなのこ)を護ろうと、それだけに意識が向いていた。




少しずつ話を加速させたい(願望


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55.心層。

隣りにいるからこそ隠したいこと。
遠くにいるからこそ公に出来ること。


 

家に辿り着き。

普段と違い、ペースを守らないような無理な走り方で限度一杯まで走ったからか。

或いは、天を引っ張るために無理をしたからなのか。

咳き込むような荒い息を何度も繰り返す羽目になった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。」

「も……無理ぃ……。」

 

そして、それは天も同じ。

途中でなんとか振り切れたようで、後を追ってくることはなかったが。

その分、学校なんかが少し不安といえば不安だが。

今日のような現場で相手するよりは遥かにマシだろうと思う。

天の知り合いというか、友人というか。

そういった人間が極少数でもいるなら、だが。

 

「……無理なダッシュは、流石に、な……。」

「私運動部じゃないし……。」

「運動得意なやつとか俺らの周り誰だよ……。」

「……ごめん、浮かばない。」

 

性別差の一点だけで俺がまだマシって状態だぞ。

普通の男子高校生くらいには動ける自信はあるが、それ以上は無い。

何か格闘技でも学んでたんだったら別だが。 高峰みたいに。

 

「まあ、夜まで少し休んでようぜ……。」

「うん、そうする……。」

 

少しずつ息は整ってくるが。

肉体面への負荷と、精神的な負荷はまた別物。

特に天の方は人見知りな部分もある。

一方的な物言いに、表面上は怯えてるだけだったが。

内心どれくらい酷いことになってるかは予想もできん。

普段よりも、意識をそちらに向けた。

 

「しかしなんだかなぁ。」

「何が?」

「正義に酔いしれてんだかなんだかは分からんけど。」

 

反応を見つつ。

 

「あんな町中で叫ぶことか?」

 

一番気になってることを聞く。

俺より気が回る……というより、周囲の顔色を見て、判断する能力は上。

物事を隠し通せるって意味合いでの胆力も上。

だから、俺がフォローできるところをそうしてやればいい。

 

「あ~……うん、私も上手く動ければよかったんだけどさぁ。」

「お前に出来るとは思えんのだが。」

「ちょっとー、バカにしてる?」

「今までの経験からだっつーの。」

 

そんな軽口の後、唇に指を当てながらなんか考え始める。

誰の真似だ、見たこと無いスタイルだが。

 

「いや、割と本気であの……彼? の顔見たことなかったんだよね。」

「まあ、同学年ってだけだとな~。」

「お兄の気が抜けてるんだかよくわかんないスタイルとは違いますぅー。」

「そんで?」

「うわ乗ってくれないつまんない。 ……あ~、だからね? ()()()()()()()()()()()()()()って話。」

 

それはまあ、想定通り。

だがどういう考えからそう思ったのかも聞いてみる。

 

「何も言わないで頷くだけとかやめてよ反応に困るし。」

「お前が役に立つならなんかお前の好きなことをしてやろう。」

「うわめっちゃやる気出た。」

「現金っすね。 ナインボールの飯代出す感じでいいか?」

「ちょっと悩むけどまた別で宜しく。」

 

やる気を出させるための釣る台詞に乗ってくるのは見てて小気味いいけども。

まあ何をしてくるのかは若干怖い。

 

「私もそういう……陽キャ?じゃないから詳しくは分かんないけどさ~。」

「そうだな。」

「そこで頷かれるのちょっと悲しくなるからやめい。 でね。」

 

ちょくちょく入るコントじみた会話にもまあ慣れたもので。

 

「私の考える範囲だけど、ああいうのってなんていうか~……部長とか、皆のリーダーとか、そういう子がやることだと思うわけっすよ。」

「まあ同意する。 誰かを庇ったりするならまだ分かるけどなぁ。」

「自分の考えだけで突っ走ってくる、知らない子……ってちょっとやばいと思うんですが。」

「そうだな。 結構を通り越してかなりヤバいと思うぞ俺は。」

「他人事!?」

「んなわけあるか。」

 

まあ、何かあったら嫌だから先生には話通しておこう。

……うわ、頭の中ですげー嫌な顔したぞあの人。

まず反応が間違ってない自信があるから嫌だ。

 

「一応、俺の考え……と言っても何の理由もない思い付きも言っておく。」

「え、兄貴の思い付き? 勘ってこと?」

「そうだな、多分勘が一番近い。」

「結構な確率で当たりそうで嫌です。」

「正直者だからって許されると思ったら大間違いだからな?」

 

ちょっとイラッとしたので天の頬を両手で横に引っ張る。

意外とモチモチしてて良い肌感覚。

 

「いひゃいいひゃい!」

「で、話の続きだが……。」

「その前に離してよ!」

 

そして両手で剥がされて。

目の前で睨まれても小動物レベルだぞ。

 

「多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「へ?」

「……経験してるのは希亜と俺か。 少しだけ春風も関わってるはずだが。」

 

簡単に話す。

イーリスによる暴走の誘発、それに付随する大事件。

事件、と一言で言うのも出来れば言いたくもない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で。

それがなければ――――多分、俺は終わっていただろうから。

 

「……え、それって。」

「顔だけは見てるよな。 あの時の敵……与一。」

「どうやって?」

「それが分かれば困らねえって。 ……ただ。」

「?」

「もしそうなら…………流石に、きっつい。」

 

どの枝でも、彼奴とは敵対して。

幾つかの枝では、殺し殺された。

そんな言葉を漏らす俺の顔は多分。

沈んでいたようにも、思う。

 

「……お兄ちゃん。」

「悪い、お前の事考える時にな。」

「大丈夫。 ……辛いなら、頼ってね?」

 

ああ、と言えたのかは分からなかった。

もし、そうだったら。

俺は、どうする気なのかが。

自分で自分が分からなかったから。



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56.夜天。

春風の残る中、天の下。
嘗ての都で、君を希む。


 

その後、時間を無駄に使ってしまったような感じはあった。

五分、十分。

少しずつ進んでいく時計の針をちらりと眺めては、言語にならない言葉を漏らす。

それを天が睨んでは、同じように返し。

そしてそれをまた繰り返す。

 

そんな事を三十分も過ごした後。

 

「あ゛ー! に゛ゃー!」

 

弄っていたスマホをベッドに投げ付けて、急に猫のように叫び始めた。

 

「うるせーよ!」

「考えすぎるのにいやんらしくないって!」

 

叫び返せば叫び返してくる。

そして、それを言われると何とも言えない表情になってしまう。

 

「ぁ~、だからその顔だよ、その顔!」

「いや、結構ダメージ受けてるんだが?」

「それは分かるけど、考えすぎるのはお兄らしくないって話!」

「そりゃまた一方的な物言い……って、お前には言えねえな。」

「分かるなら宜しい、って言ってあげましょう!」

 

ドヤ顔すんな。

ただ、今のほんの少しの会話で気持ちが上向きになったのも間違いない。

感謝してやろう。 で、今のうちに聞いておくことにする。

 

「で、天。」

「なぁに?」

「さっき言ってた事だが何か候補はあるか、全力で聞き流してやるが。」

「やめてよ上がったモチベーションが落ちるじゃん!」

 

物事によっては俺のモチベーションが死ぬんだが。

まあ口に出してしまった以上はあまりに変なことじゃなきゃ受け入れる所存だが。

 

「え~どうしよっかにゃ~。」

「後五秒で言わなきゃ無かったことにする。」

「横暴! 横暴過ぎるよ!」

「ごー、よーん……。」

 

まあ、然程ふざけたこと言うとは――――。

 

「え、じゃあ。 今日も、一緒に寝ていい?」

 

極めて普通の顔で呟いたというか、問い掛けてきた。

……まあ、まだ普通か。

高校生同士がすることかどうかって言われたら激しく首を横に振るが。

 

「……まあいいが。」

「よっしゃ。」

「いや今の一言で背筋ゾワッとしたんだが!?」

 

何だその仕込みが成功したみたいなボソッと呟いた台詞は。

致命的な物事を踏んでしまったような。

或いはそれを踏み台にして何かを仕込んでくる時みたいな巧妙な言葉。

 

「え~?」

「……怒らないから言ってみ?」

「言わなかったら?」

「無視して寝袋で寝る。」

「私の特典何処いったの!?」

「宇宙の彼方にでも飛んでいったんじゃないか?」

 

こういう会話一つ一つが、何となく感じる此奴の気遣いなんだろう。

少なくとも落ち込むことだけは無くなるから……口には出さないが、感謝はしてる。

 

「……引かない?」

「内容次第ではめっちゃドン引く。」

「え、それで言わせるお兄どんだけ外道って話になるけど……。」

「ほれ良いから言ってみろ。」

 

時計を見て、神社までの時間を考える。

……七時過ぎたくらいで出ればいいか。

そう考えれば、途中で夕飯食っていく事を考えると時間は微妙にある。

用事が済ませられなかったのは痛手だが……ひょっとすれば、明日の高峰との会話で何かが掴めるかもしれん。

そんな、予感もある中で。

 

「……絶対他の人には言わない?」

「言わない……と言っても他の三人にはバレバレじゃないのか? その前置きだと。」

 

妙な前置きに、嫌な予感が加速。

 

「お兄ちゃんから言ってほしくないの!」

「何だその拘り……。」

 

正直に言おう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

と言っても、そう思ってしまったのは、多分。

此奴と結ばれた枝の記憶が残っているから。

多分、一度でも再び結ばれれば――――。

そんな予感があるから、俺は距離を取ろうと思っていた。

その、筈だった。

 

「ん~……。 やっぱり今は言わない。 神社行くんでしょ?」

「まあ、そのつもりだが。」

「帰ってきたら、言うから。」

 

上目遣いの。

()()()見たような。

過去の記憶と今の姿がブレて、重なって見える。

 

「覚悟はしてなさいよ~?」

「うわマジでこええ……。」

「それとね、兄貴。」

「ん?」

 

一瞬視界から消えたと思ったら、頬になんだか温かい感触。

……いや、お前、この感覚。

 

「私、負けないからね?」

「いや、お前……。」

「想ってた年数じゃ、誰にも負けないんだから。」

 

いや、そういう問題でもなくてだな。

色んな思考が頭の中を駆け巡る。

何を言っても、何かが違うような不都合というか。

或いは……そうだ、()()()に近いような。

 

「だって。」

 

近くに、それこそ触れ合うくらいに近くにいた天が呟いた言葉は。

いい加減に、俺に覚悟を決めさせる言葉に違いなかった。

 

「一人でいたら、多分…………自分を責めて、いなくなっちゃうもん。」

「誰が?」

「お兄ちゃん。」

「俺が?」

「自分で気付いてないのが一番駄目だと思うんだよなぁ、妹としては。」

 

友人とずっと敵対し続けてきたからか?

アーティファクト騒動が終わって目的が無くなるからか?

理由は、自分で突き詰めても分からずに。

 

「え、理由分かんない?」

「おう、分からん。」

「いや其処で自信満々にされても……仕方ない、自称兄貴マニアの天ちゃんが教えてあげましょう!」

「別にどっちでもいいぞマニア。」

 

スルーして、天が言った言葉が最後になって。

俺達は、気付いたら大分暗くなり始めていた外へと飛び出すことにした。

 

「誰かと一緒にいるのが、当たり前になってるんだよ。 お兄ちゃんは。」

 

そんな、言葉を胸に抱きながら。

夜天の下へ。




ふっきれ天&ふっきれフラグ乱立翔。
全ヒロインとちゃんと関わってから覚醒予定。


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57.進行。

少しずつ、変わった世界が動き出す。


 

じゃり、じゃりと。

幾度も通ったような、砂利道を天と歩く。

既に時間は八時を廻り。

気をつけて帰ってね~と、私服姿でなく。

巫女服姿の先生に見送られての帰り道。

 

「……やっぱなんか引っ掛かるんだよな。」

「考えすぎ……って言い切れないからなぁ。」

「お前もそう思うのか?」

「そうでしょ、流石にあの内容だと。」

 

歩きスマホはやめろ、と言いたいが。

状況報告、それに次ぐLING内での会議に集中してる妹。

仕方無しに、足を止めて手を繋ぎ。

動き出さないようにその場に縫い止め、周囲を見ている。

そして、気付けば俺も振動音が気になって手に取っていた。

目に映った会話は、各々の考えが大体の線で一致している状況。

 

『ほぼ確定でいいよね、これ。』

『だと思います。』

「やっぱりそう思うか? ……っと。」

 

都だけはこの場にいないわけだが。

後でLINGのログを見てどう反応するのか、ちょっと楽しみになるのは不謹慎。

彼女の考え方は色々と考える内容の基礎にしやすい。

優等生というのもあって纏めが上手いので、無意識に頼ってしまっているのは。

こうして姿がないと、余計に感じてしまうものだな、と。

スマホを弄りながら感じてしまう。

 

「にいやん、聞いた内容は全部送っといたよ。」

「おう。 じゃあ細かくは帰ってからでいいか。」

 

一旦帰宅するから反応出来ない、と打ち込んでスマホを閉じる。

行こう、と手を引っ張る天に逆らわずに。

引っ張られるままに動き始める。

 

先生に聞いた内容は、幾つかあった。

夜、深夜とも言える時間帯に学生らしき影を何度か見かけた事。

声を掛けても逃げていったので、詳しいことは何もわからない事。

それに関しては何も知らない、と伝えたので。

何か分かったら教える、ということで意見を一致させた。

 

まあ、目の前にいるのは先生ではあるけどオフだったし。

そんな感じで適度にオン・オフ入れ替えるのは良いところでも有り、悪いところでも有り。

 

そして、もう一つ。

何方かと言えば、大事だと感じたのは此方側。

ソフィを呼んで、彼女に頼んで接続できるかを頼んでみた。

結果は――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

何かを考え込むソフィ。

え、なにこれと。 なんか慌てているような、普段とは違うような先生。

その結果を見て、俺達は二人で頷きあっていたのがさっきまでの光景だ。

 

つまり。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼奴がオーバーロードを手に入れるまで、全ての枝で行ってきていたことで。

そして、彼奴自身が気付いていたのかは分からないが。

それこそが、彼奴が滅びる要因の一つだったのだと。

「相棒」の記憶から、俺は理解している。

 

そこから考えられる可能性は、二つ。

 

「天、お前はどっちだと思う?」

「……難しいかなぁ。」

「確定できるわけじゃないからな……。」

 

イーリスは意図的に、或いはもう要らないと。 先生への干渉をやめたのか。

或いはあの時の希亜の一撃で、イーリスは確実に滅んだのか。

 

家宝である世界の眼の有無に関してだけは、どうしても確認してほしかったので。

無理を言って見てきて貰ったが、特に異常もなし。

5月に入ってから消失しないかどうかだけは見ていて欲しい、と頼み込んだけれど。

多分ソフィがいなかったら一笑に付されていた気がする。

 

「余り考えすぎるのも良くないわよ? カケル。」

「……お、ソフィ。」

「あ、出た。」

「出ちゃ悪いのかしら。」

 

そんな話をしながらの道すがら。

いつものように……慣れちゃいけないんだろうが。

空中から現れる人形っぽい幻体、ソフィーティア。

 

「ただな~、考えすぎて困ることも早々ないだろ?」

「バカの考え……って言葉はこっちの世界で聞いたのよね。 今の貴方はそんな感じよ?」

「は?」

「前情報が不足してるのに、考えたって答えが狂うってのは何度も経験してるのよ。 私もね。」

 

……つまり、情報をもっと手に入れてから考えろってことか?

夜だからか、人影は見えないが。

それでも見られれば人形と話す変なやつだ。

出来得る限り声を抑えて、話を紡ぐ。

 

「って言ったって、情報の入手先……明日くらいしか思いつかねーぞ。」

「私の方も色々と別の枝とかで調べてるところ。 この枝ほどスムーズには行ってないけどね?」

「ああ……頼む。」

「それに、カケルは何方かと言えば実戦向けだもの。 直感に頼るのも悪くはないと思うわよ。」

 

視界の隅で大きく頷いている天。

……いや、お前も話しかけろよ。

ああ、でもソフィが苦手とか言ってたっけ、天。

それを覚えてのだんまりなら後で褒めてやる。

 

「……明日の夜なら、全員集まれたよな。」

「……多分? 結城先輩はちょっと分かんないけど、私から声掛ければいけるとは思う。」

「短時間で良いから言っておいてくれ。」

「直接会ったほうが良いの?」

 

正直難しいところだが……。

希亜と会える時間帯は、今の状況だと他の三人よりも少ない。

それなら、短時間でも良いから直接会っておきたい。

 

「……だな。 念の為に直接話しておきたい。」

「ん~、分かった。」

「ま、頑張りなさい。 私も出来る限り協力するから。」

 

夜の道での会話は。

そんなソフィの消える前の、言い残した言葉を以て。

一旦、打ち切られた。

 



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58.「きょうだい」。

引っ掻き回して、気持ちを混ぜ込めて。
出来上がった混沌味。


 

自宅に戻るまでほんの僅か。

(そら)を見上げれば、薄雲に隠れた月が見えた。

はっきり見えても――――なんて、感傷に浸るような理由も思い浮かばないが。

なんでこんな事を思ったのか。

他の考えに、引きずられたのか。

その答えは、多分。

 

 

「たっだいまー!」

「お前の家じゃねえし夜なんだから騒ぐのやめろ。」

 

かちり、と部屋の電気を付けながら。

それを待たずして。

何処からか取り出した合鍵で、勝手に人の部屋を開けて殴り込む。

いい加減に慣れてしまった、ある種の光景。

妹じゃなかったらとっくに蹴り出してるところだ。

 

「え、じゃあお邪魔します? 他人行儀じゃない?」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってる?」

「私の辞書からは数秒前に消えた!」

「今すぐ書き直せ。 ナポレオンもびっくりだわ。」

 

何だ数秒前にはあったって。

何だ消えたって。

そう簡単に消せるもんなの? お前の辞書。

 

「ああ、なんだっけ? 『余の辞書から今すぐ消してみせろ!』 だっけ?」

「それ一休さん混じってねえ?」

「あれ?」

「ボケ倒してるんだと思ってたらまさかのマジだと……。」

 

世界史の授業大丈夫か此奴。

いやそこまでやってるか分からんし当人が言ったか知らんけど。

俺ですら知ってる言葉だぞ?

 

「はいはいやめやめ!」

「自分が不利になったら逃げるのやめろよ? 今はまあ見逃してやるが。」

「妹のそんな事も受け入れてくれないお兄ちゃんはどうかと思うわ。」

「なんでお前がツッコミ側になってんの?」

 

はぁ、と小さく溜息を吐いて見せて。

LINGのチャット欄を覗いて幾つか反応を返す。

目の前で纏わり付く妹を片手で引き剥がしながら。

 

『翔、これを見たら反応お願い。』

『私達の意見は、やっぱり干渉しない理由が思い当たらないからおかしい……で一致してる。』

『逆に言えば、干渉しない理由が思い付くのならば別。 何か情報はある?』

『概ね、あの枝で倒しているということで間違いはないと思うけれど。 聖遺物に関しては、貴方の方が詳しいから。』

 

顎に手を当て、打ち込む文字を考えながら。

ギャーギャー煩い妹の頭を鷲掴みにしつつさっさと打ち込む。

 

「兄やん痛い痛いってば!」

「あーあー聞こえなーい。」

「それが妹にする態度でいいの!?」

「それを言うならお前の態度って兄にすることか?」

 

はいはい、無視無視。

 

『さっきソフィとも話した。 情報が出揃うまでは仮定で済ませろ、俺は直感に頼っても良い……だと。』

 

すぐに返る返答。

……準備中でもないのか?

まあ、夜だからもう終わりにしている可能性もあるが。

 

『妖精が。 ……ってことは、思い付くこともない?』

『いや、可能性程度だが。』

『聞かせて。』

 

指が止まりそうになったが、意志で動かして。

 

『与一達……飽く迄俺の思い付きに過ぎないが、えーっと……りぐ……なんだっけ、アレ。』

『リグ・ヴェータ。 サンスクリット語の古語で書かれた、古代インドの聖典の一つ。』

『あ、其処までで良いです。』

 

踏み込んだら飲み込まれそうな沼だからな。

あの二人(高峰と希亜)を見てると余計にそう思う。

 

『……そう。』

 

手から頭を抜き出した天が自分のスマホでそれを見て、一言。

 

「ねえにぃに。」

「言うな、俺も感じてる。」

 

今滅茶苦茶落ち込んでそう……!

 

『話を戻すぞ。 彼奴等が裏で動いてるかも……とは思ってる。』

『高峰くん達が……ですか。』

 

春風もいたのか、所々で反応が返り始める。

 

『だから、明日行くときは互いに注意していこう。 まあ、詳しくは先に天が合流するだろうからその時に聞いてくれるか。』

『分かった。』

『分かりました。 明日改めて連絡しますね、翔さん。』

『ああ。』

 

俺も手伝いに行ければよかったんだが。

流石に無理筋だろ、実家に挨拶っぽくなっちゃうし。

……空いた時間に実家から物持ち出してくるかな。

 

「明日母さん達いるか知ってる?」

「え、何急に。 帰らないとかあれだけ言ってたのに。」

「俺だけ明日の午後空くだろ?」

「えーっと……あ、そうだね。 一人だけサボりだね。」

 

ほぼ同時にスマホから目を離した天に声を掛ければ。

まるで天変地異にでもあったみたいな変な顔。

……其処までの事か?

ついでに言えば休みに用事がないからってサボり呼ばわりされる義理はねえ。

 

「サボりって何だよ……。」

「ま、面白いものがあったらこの天ちゃんの華麗な写真テクで!」

「下手なもん送ってきたらお前のスマホ叩き折るからな。」

「うわ目がマジだ。 はーい、気をつけまーす。」

 

気を抜けばすぐにこう。

いい加減突っ込みにも飽きた。

 

「……風呂入れるか。 お前先に入る?」

「あ、それなんだけどぉ。」

 

くねくねすんな。

 

「一緒に入っていい?」

「それ許されると思ってる?」

「え? うん。」

「真顔で頷きやがった……!」

「逆にさ、なんでにぃには駄目って言い張るの?」

 

()()()()()()()()()()()()

 

気恥ずかしそうだが、正直に。

疑問としてぶつけられた言葉に返す言葉が咄嗟に浮かばず。

 

「じゃあオッケーってことで!」

 

満面の笑みの妹を見て。

先に入らせて絶対入らねえようにしよう、と固く決意した。

 

……もし此奴が幼馴染とかだったら。

色々とやばかっただろうなぁ。

絶対言ってやらないが。



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59.夢現。

いつからか、想っていたこの願い。
それが叶った今だから。


 

「あ゛あ゛…………。」

「ふふーん!」

「おっま、馬鹿かよ!?」

「私だって策略は考えるんですぜい?」

 

頭を抱える俺。

ドヤ顔になりながら()()姿でいる天。

何方も妙に疲労している理由は割と明白で。

ついでに言えば大分アホらしい。

 

「もう一回入りに来るとか何考えてんのお前!?」

「そうじゃなきゃ逃げそうだったしぃー。」

「しぃーじゃねえよ紙袋!」

「今回は紙袋じゃないですぅー!」

 

風呂場の戸を開けての割と大声での会話。

俺は風呂掃除しながら。

彼奴はぐったりしながら人のベッドで寝転がってる。

 

「本気で何が良くて襲いかかったんだお前……。」

「じゃあ逆に聞くけどね。 私がその辺のテキトーな男で済ませようとしたらどう?」

「相手次第で多分お前をぶん殴る。」

「愛されてるなぁ……いや愛してるって思ってもらっていいんだよねこれ!?」

「自分の受け取り方次第じゃないか?」

 

よし、掃除終わり。

風呂場に湯を張るのも早々多いわけでもないから、掃除回数は何方かと言えば適当。

カビとかが生えてこないかはチェックしてるから、その辺りはまだ大丈夫なんだろうが。

今日風呂張ろうと思ったのは……何でだったか。 たまにはゆっくりしたかったからか。

欠片も出来なくなったが。 どっかのバカの乱入のせいで。

 

「夜になってやるもんじゃねえよな……。」

「お母さんだいたい夜にやってない?」

「今になってちょっとだけ尊敬の念が出てきた……。」

「現金だねえ。」

 

お前に言われたくねーわ。

ベッドの方に向かえば、転がってスペースを開ける。

アザラシかお前は。

 

「呑まなきゃやってらんねえ……。」

「そう言われると流石に傷付くんだけど。」

「此処暫く全部引っくるめてだよ!」

 

押入れの中に隠した、以前に買い溜めてしまった炭酸(コーラ)を一本……いや二本。

抜き取って、天の方に一本放り投げる。

 

「ほらよ。」

「投げてから言わないで?」

「取れただろ。」

 

そう思いつつも、隣に腰掛けてプルタブを起こして一気に流し込んだ。

冷やしていない時特有の生温い感じと、喉に突き刺さる炭酸。

 

「いやもう済んだことだから特に言わないけどな?」

「え、何急に。」

「いいから聞け。 お前マジでアレで良かったの?」

「そりゃまあシチュは妄想したけどさ。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()って。

そんな事を呟きながら。

昔見た、親父が酒を呑んだ時を思い出すような飲みっぷりで飲みやがった此奴を見て。

()()()()()()()()()()()()

……多分もう何言ってもブーメランというか。

最後に踏み込んだのは俺なわけだし。

 

「……あれ、都の返信来てる。」

「え、ほんとに?」

 

ギャーギャーやってる間に気付けば11時近くになっていて。

そろそろ寝るかな、と思いながらスマホを覗けば、一つの返信。

アイコンと名前が、都を指していた。

 

『遅くなってごめんなさい。』

 

そんな文章から始まる、そこそこ長い彼女なりの推測。

覚悟を決めた後、或いはこうする、と決めた後。

そうなった後の彼女は、何があってもやり遂げる意志に溢れている。

それは、血縁から学んだものかも知れないが――――()()()()()()()()()()()()()

 

「うっわ、みゃーこ先輩本気出しすぎでは?」

「元々こう……というより凝り性な位だからなぁ。」

「うわ彼氏気取りでなんか言ってやがる。」

「悪いか?」

「今日だけは駄目ー!」

 

飛びつくな、邪魔くさい。

 

「……成程ねえ。」

 

気付けば、そんな言葉を漏らしていた。

今ある情報から、彼女が得ている知識から。

考え方自体はさっきまで俺達が話していた内容に酷似している。

ただ、一つだけ重要視せざるを得ない内容が最後に付随していた。

 

『今日の帰り際なんだけど。 車だったから確実とは言えないんだけど、深沢くんみたいな姿を見たの。』

『場所は……学校の近くかな。 明日会った時に大体の場所は教えるね。』

 

それを見て。

少しして読み終えた天も、俺の方を見て視線が重なった。

 

「ね、にぃに。」

「お前もなんか思うか?」

「いや、流石にこれは思うでしょ……。」

 

多分、俺達の脳裏に浮かんでいるのは同じような考え。

()()()()()

この一週間姿を消していた相手が、学校周辺で見つかる?

……見られることを前提で、或いは見つかりたくて動いていた気がしないでもない。

その理由は?

 

「此処にいますよ~、っていう挑発とか。」

「挑発……までは分かんねーけど、存在を示そうとしたような気はするんだよな。」

「何の目的で。」

「そこまで分かれば苦労しねーわ。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

つまり、この街にいたまま何かの目的で動いていた。

見間違いの可能性もあるが――――。

 

「レナに、警戒段階上げるように言わねーとな……。」

「その辺全部合わせて明日集まった時にやる?」

「だな。 つーわけで、明日希亜達が動けるように頑張ってこい肉体労働。」

「藪蛇だったか……。 あ、だったらやる気頂戴。」

 

これ以上何を要求するというのか。

 

「そんな警戒しないでも。 ほら、一緒に寝るでしょ?」

「お前の要望というか欲望の結果だがな。」

「その時さ、昔みたいにしてくれればいいよ?」

「昔、ねえ……。」

 

一体何を求めているのか分からんが。

歯を磨き。

電気を消して。

ワクワクした顔をしている此奴の頬に、顔を寄せた。

慌てだした妹を無視して、そっちに背を向けて目を瞑った。

 

不思議と、夢は見なかった。




in不思議空間。



「お盛んねえ。 そうは思わない? ナイン。」

『……貴女は?』

「もう千年も生きてるのだし。 ちょっとは羨ましいとは思うけど、枯れちゃってるのよ。」

『……。』



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4/24(日)
60.休暇。


休めているのか休めていないのか。
少なくとも肉体的には色々と頑張ってはいるようで。


 

4月24日。

メビウスフェスから丁度一週間が過ぎた日曜日。

俺達の変動から変わった、そんな節目の日。

 

「いい加減起きろ!」

「むー……後五分……。」

「普通逆じゃねえかこの立場!?」

「え~……男女差別~。」

 

朝、俺の部屋で繰り広げられていたのは超絶グダグダした感じの時間だった。

ベッドから起きようとしない愚妹。

というか俺のほうが先に起きるって相当なんだが、と思わなくもないが。

 

「そろそろ起きねーと飯抜きで肉体労働だぞ!?」

「私はね、疲れてるんですよぉ……?」

「それは俺も同じだわこのアホ!」

「チッ。」

 

つーかこいつ、絶対どっかで起きてただろ。

寝たいとかそういうんじゃなく、単純にこういう話をしてたいだけとか。

いやいやまさか。

 

「まさかだよな?」

「私に分かるように言ってくれますぅ?」

「お前、俺で遊ぶためにこうしてたりしねーだろうな?」

 

おい無言で首を壁側に向けるな。

こっちを向け。

 

「あだだだだだだ!? 首、首に負担が!?」

「質問に答えろ、な?」

「暴力反対!」

「お前普段おかんからどうやって起こされてるんだよ……。」

 

いい加減マジで叩き起こそうかと思ったら、漸くもそもそと動き出す。

 

「にぃにが優しくない……。」

「お前俺がお前をダダ甘やかしてるだけの姿を想像してみ?」

「あ、はい。 吐きそう。」

「本人を前にしていい度胸だなお前。」

 

対応するのもいい加減疲れてきた。

一人分を用意するのも二人分をするのもほぼ一緒。

久々に台所にでも立つかと思ってみればこれだからな……。

 

「で、そんな起こそうとした理由なんかあるの? 結城先輩の手伝い以外でなんかあるんでしょどーせ。」

「そういうところだけ妙に勘が鋭いのは血は争えない、っていうんかね。」

「まぁまぁ。 それで~?」

「久々に飯でも作ろうと思ったんだ。 結局お前が起きないからギリギリになりそうだが。」

「え、兄やんの手料理!?」

 

何だその急なテンションの上がり方。

いや実家だと料理なんかしねえから珍しいのは確かだが。

 

「だったら早く言ってくれればいいのに!」

「つまり狸寝入りを認めるってことだな?」

「そうとは言ってないよ? ……あ~、でも。」

「何だよ。」

「台所一緒に並んでみたかったなーって。」

 

……いや、急にしおらしくされても困る。

 

「え、どういう顔すればいいんだこれ。」

「少しは喜んでよ!」

「都とは経験あるしなぁ。」

「みゃーこ先輩でも今名前出さないでー!」

 

ぎゃいぎゃいと、騒ぎつつ。

若干焦げた目玉焼きと少し分量が足りない米を胃に納め。

 

「さて、っと。」

 

玄関口で、外に出る服装を整えて二人で並ぶ。

とは言っても、着ていく服装がそうあるわけでもないし。

いつもの格好の俺に、いつもの格好……着てきた服のままの天。

 

「忘れ物は?」

「多分大丈夫。」

「ホントかよ。」

「少しは信用してほしいな~とか思ったりして。」

「だったらそれに値するような振る舞いしてほしいがね。」

 

ほれ、と手を差し伸べて。

ん、とそれに捕まって立ち上がり。

 

「んじゃ、後でまたLINGにメールするわ。」

「分かった、今日中に何とか結城先輩の家探索しつくしておく!」

「迷惑かけんなって言ったよな!?」

 

そんな言葉を最後にして。

少しだけ目的地が違う俺達は、マンション前で別れ。

目的地――――と言うよりは。

合流予定地点である、駅前まで少し足早に移動する。

 

(まだ予定まで時間はあるが……。)

 

こういう時、絶対に春風は早く来てる。

賭けてもいい。

もう一人……女王の人格の時なら多分そんなことはないだろうが。

普段のままの、あの残念系オタク先輩だったら早く来てる。

もうすぐ、待ち合わせの駅から出たところだが……。

 

「……やっぱりもういる。」

 

そんな言葉がうっかり口から漏れた。

 

少し不安そうにしつつ、日陰になるような場所でスマホを見ながら待っている。

普段の格好、見慣れた服装とは少し違い。

白を基調とした……フリル、というんだったか。

そんな感じの薄着に、肩に何かを掛けた服装。

何方かと言えば都が着ている方が自然な、お嬢様然とした衣装。

少し気後れしつつも。

 

「悪い、待たせたか?」

「……いえいえ、此方が早く着きすぎただけですので。 ()()。」

 

……何でこっちの先輩になってるんだ?

 

「あの。 来る途中で何か有りました?」

「何か、というほど特段な事は。 精々ナンパされたくらいでしょうか。」

「ああ……それでテンパったんですね……。」

「私も、もう少し断る努力は積むべきなのでしょうけどね。」

「俺もそう思います。」

 

何だこの会話。

二重人格者を相手に平然と喋ってる感じ。

 

「そ、そそそそそそんな無茶な!?」

「いやいや、春風一回断ってるだろうが。」

「あの時は色々と決意もあったんです……!」

「そっすか。」

「突き放すのやめて下さい……!」

 

いかんいかん、まだ漫才してる気分が抜けない。

ここからは――――これから会う相手は、下手をすれば与一よりも危険な相手。

一見すればそうでもないのが怖いところなんだが。

 

「と、巫山戯るのは此処までにして。」

「私は巫山戯てませんけども?」

「行くか、春風。」

「……はい。 お供致します。」

 

目的の――――ファミレスへ。



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61.誘い、誘われ。

彼女に声を掛けた相手。
妙に気になるのは何故だろうか。

彼女が、幸せならそれで――――。


 

「ところで少し話戻していいか?」

「戻す……ですか?」

「ああ――――いや、ちょっとモヤモヤしてて。」

 

隣り合って、春の道を行く。

オフ会、という名の話し合いの会場までは駅前から歩いて十分ちょっと。

幾つか話を聞くには。うってつけだった。

 

「はぁ。」

「あー……その、何だ。 さっきもう一人に聞いたことに関してなんだが。」

「先程…………ひょ、ひょっとして。」

「多分思い当たってるそれ。」

 

自分で自分が謎。

当然春風は(外見上)美人だし、今までの行動からして周りに男を引き寄せるようなこともしていた。

それに今の俺のしていることは明らかに不義理で、それなのに。

()()()()()()()()()()

 

見放されて当然なのに。

寧ろ、俺の周りから離れていかれても仕方がないのに。

……自分勝手だ。

 

「そ、その……本当に、大した事ではないんです、よ?」

「ほうほう、つまり?」

「え、ええっと……す、少し恥ずかしいんですが~!?」

「いや、言いたくないならいいが。 俺もその、言える立場じゃないし。」

「か、考えを纏める時間を下さい!」

「待ってたら先にファミレス到着するぞ……?」

 

意外と遠いが、意外と近い。

そんな中途半端な店。

幾つかあるファミレスの中で、其処を選んだ理由はわからないが。

記憶が正しければ、人数は少ない店だったように思える。

まあ、利用したことはないんだが。

 

「え、ええっとですね……!」

「お、おう。」

「駅前で、電話を見ながら待っていたときです。」

「……どれだけ早く着いてたんだ?」

「ほんの十五分ほどですよ?」

 

いや、俺も待ち合わせ時間の五分前には着いたけど。

十五分……いや、長いのか分からん。

電車は普通に後一本遅らせても間に合う筈なんだが。

 

「大学生くらい……でしょうか。 カラオケに行かないか、と。」

「……大学生に見られた、ってことかね?」

「どうでしょうか。 かなりしつこかったもので。」

「あー……悪い、俺が待たせたからだよな。」

「違います! 私が早く着きすぎたからです!」

 

堂々巡り。

責任を自分に押し付けようとする俺と春風。

何故これで言い合えるのかは、よく分からんが。

 

「……お互い様、ということにしよう。」

「ですが……。」

「俺にだって……その。」

 

少しだけ言うのを迷ったけれど。

 

「張りたい見栄くらいあるんだっつーの。」

 

誰のせい、となって。

女の子のせい、とは決して言いたくなかった。

多分、それだけだ。 それだけ。

 

「……ふふ。」

「なんだよ。」

「変わらないな、と。 ……その方が、私は嬉しいですよ。 ()()()。」

 

王子様、と呼称して。

良くわからない恋情を告げる女王様。

翔さん、と呼称して。

色々と残念なところもある、一つ上の先輩。

 

でも、何方も香坂春風(かのじょ)を表す表と裏。

否定は出来ないし。

出来れば、否定はしたくない。

逃げ続けるのだけでなく。

立ち向かうための仮面としての、人格(ペルソナ)なのだとすれば――――だが。

 

「……そうかよ。」

「はい。 それで、その。」

 

今度は一体何だ?

そんな意味合いを込めた視線を向ければ。

 

「手、を。」

「……いや、まあ良いけど。」

 

気恥ずかしさと、ほんの少しの嬉しさと。

そんな感情を綯い交ぜにする事になって、手を伸ばして自分に蓋をした。

 

「こうするのも……なんだか、久しぶりですから。」

「確かに。 いつぶりだ?」

「助けられる()を考えると……ちょっと、思い出せませんね。」

 

時間軸を考えても。

体感日数だけを考えても、何かがおかしくなってしまう。

いつからか、というのを数えるのも難しいので。

細かく考えるのをやめて。

 

「行くか。」

「はい。」

 

左手と右手。

片腕ずつを預けて、また一歩と。

足を進めた。

ファミレスまでは、まだ遠く。

 

「……何時の約束だったっけ?」

「ええと……十時ですね。」

「まあ、余裕で到着できそうではあるか。」

 

スマホで時間を確認すれば、今九時四十分。

多少の遅れを見込んだ待ち合わせだったから、ファミレスで待つ可能性も当然にある。

あるの、だが。

 

「なあ春風。」

「はい?」

「高峰、どうしてると思う?」

 

一応クラスメイト同士。

ネット上でしか繋がりがなかったけれど、アーティファクトを介して妙な縁ができた相手。

……友達無しの中二病と、不思議ちゃん。

まあ仲良くなれる理由は揃っている……気もする。

 

「……私と同じじゃないでしょうか。」

「だよな、俺もそう思う。」

 

で、多分少し早めに着いて絶対ドヤ顔しながら迎え入れると思う。

何だったか……”司令官”だっけ?

そんな役割(ロール)をしながら。

 

「与一繋がりで会えなかったからな……。」

「……そういえば。 昨日、見かけたとか九條さんが言っていましたが。」

「あの発言な……もし当人でも、間違いでも。 警戒せざるを得ないから難しい。」

 

高峰の幼馴染。

それを考えれば……。

 

「なにか聞ければいいけどな。」

「そう、ですね。」

 

曲がり角を曲がれば。

目的地の、看板が見えてきた。



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62.会談。

話し合い、知り合いとの楽しい休日。
――――そんなものになるとは、誰が信じたのか。


 

ファミレスの奥の席。

奥から数えて二番目のテーブル席。

 

「やあ。 香坂くんに……もう一人。」

 

手を上げて、自分の居場所を示すように。

いつものように、何かを演技するように。

高峰蓮夜――――自称”司令官”は、いつものような笑みを浮かべていた。

 

「……そちらも、知っていらっしゃったのですか?」

「それはお互い様だろう? ……まあ。」

「……何ですか?」

 

今日、集まったメインである『エデンの女王』ではなく。

俺の方を見て、何かを理解するように頷く光景に不信感を抱いて。

若干強く、問い掛けてしまう。

こういう所が良く無いのは分かっていても、だ。

 

「いや、何。」

 

けれど。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――と思ってね。」

「…………な。」

 

それに続いた言葉に、息が止まった。

与一と高峰。

幼馴染ではあったが、殆ど接点もない二人。

異常者であると自覚する男。

彼の唯一の味方であると宣言する男。

そんな、二人に……既に、繋がりがある?

希亜の枝での彼等の出会いというか再会は。

俺が与一に話を通してくれるように頼んだから、だった筈。

 

「与一、から?」

「……ふむ? 少し想定と違う反応だが……まあ、致し方ないことか。」

 

先に来て頼んでいたらしい、ドリンクバーの飲み物を呷る姿。

其処に、戸惑いは見受けられても。

違和感や、何かを隠そうとする姿は見られない。

 

「……ええと。 どういうことでしょうか、高峰くん。」

「司令官……と呼んで欲しいところだがね。 まあ、関係ない者が一人いるのだ、無理は言うまい。」

 

俺の代わりに、春風が問い掛ければ。

致し方無いとばかりに、肩を竦めて。

まるで何か舞台の上にでもいるように、話を続ける。

 

「まあ、今更私と与一の関係は説明するまでもないだろう?」

「幼馴染……でしたっけ。」

「ああ、香坂君も彼から聞いていたかな?」

「……そうですね、簡単には。」

 

枝について。

高峰が知っているのかはわからないから。

言葉を選んで、春風は呟く。

 

「まず、私の立ち位置を明確にしておく。」

 

その会話すらも楽しむように、高峰は言葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()()()()()()()()。 ――――だが、今此処で君達と争うつもりもない。」

「それは、どういう……?」

「文字通りの意味だよ。 私は与一から一通りの話を聞いている……というだけのな。」

 

君達は何か頼まないのか?

そんな至極当然な言葉を言われて。

……どう対応していいか分からず、二人共ドリンクバーを頼む。

小休止、という言い訳を兼ねた飲み物を二人で入れに出て。

その場で極短時間の相談。

 

「……どういうことだと思う?」

「今の話から考えるなら……深沢さんも、記憶を持っているということになりますが。」

「でも……あの時の彼奴の反応は、そんなことはなかった――――ようにも思う。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、あの反応。

演技をしていたのだとしても……いや。

もしそうだとしたら……そちらのほうがよっぽど。

 

「……直接見たわけではないので、推測にはなりますが。」

「?」

「希亜ちゃん達から話は聞いています。 ……深沢くんは、演技をしている様子はなかったと。」

「ああ、だが……。」

「ですから、彼が……枝の記憶を持っていると仮定して。 其処から浮かぶことは二つです。」

 

二本の指を立てる春風……と、視界に入っている高峰。

彼奴を待たせている形にはなるが、向こうも此方を見て薄く笑っている様子。

余り客もいないようなファミレスだからか。

少し隅に移動すれば、店員も余り此方に目を向けることも無くなった。

 

()()()()()()()()()()()()。 ()()()()()()()()()()。 大事なのは……この辺り、ですよね?」

「……得たとか得てない、で混乱してる場合じゃないってことか。」

「……ごめんなさい、友人なのに。」

「いや……俺一人じゃ多分混乱したままだったと思う。 助かった。」

 

これも、さっきも。

ずっと流されっぱなしだったのは否めない。

俺は、得た知識を生かして動くことは出来ても。

積極的かどうかは……悩ましいところ。

 

「この際、得た記憶の量は一旦置いておきます。 別の可能性の有無を知っているだけでも違うでしょうから。」

「……最大でも、イーリスが滅ぶ直前まで……だよな?」

「滅んでいなかった場合は違うでしょうけれど……。」

「それなら、相棒が何かしら教えてくれてると思う。 ……頼りっきりにするのも不味いとは思うが。」

 

大きく深呼吸をして、可能性を羅列する。

時間は、そうあるわけでもない。

 

「どうやって……に関してはまず間違いなくイーリス絡みだと思う。 彼奴が介入したかどうかまでははっきりしないが。」

「オーバーロード、ですね。」

「ああ。 だからこっちに関しては後で皆で話し合おう。」

「はい。 そしていつ……ですが。」

「まず間違いなくなかった、って言えるのはフェス前までだからな……。」

 

俺と同条件。

彼奴が得られる可能性も。

俺が得られる可能性も。

適正の有無なんかを除けば、条件はイーブン。

 

「……これも、話すだけ無駄かもしれませんね。」

「それなら、どうする?」

「決まっています。」

 

少しだけ、顔が強張って。

けれど、目の前の少女は何かが変わった。

 

「……私が、聞いてみます。 翔様は、フォローを。」

 

……ああ、と答えて。

無意識に、手を握りしめた。



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63.立場。

誰の味方で誰の敵。
そう言い切れるのは、きっと物語だからこそ。


 

二人で並んで席へと戻れば。

入れ替わるようにして、高峰がドリンクバーへと立ち上がる。

飲み物が無くなったのだから当然のこと。

けれど、その行動が此方との齟齬を産み出していて。

 

(……元々、少し苦手な相手ではあったが。)

 

その背中を見ながら、手に力を込めて握り締める。

目の前に、情報があるのに届かない。

()()()()味わったような――――妙な、感覚。

 

「何か、前よりも……。」

 

気付けば、口から漏れていた言葉。

心配そうに向けられる視線にも反応出来ず。

ジリジリとした時間を過ごし。

 

「やあ、悪いね。 私も君達と一緒に向かえば良かったかな?」

「どうでしょうね?」

「ふん。 まあ、相談は出来たようで何よりだが。」

 

多分何かと何かが混じったような奇怪な色をした飲み物を一口。

 

「私達としては、君達に然程用があるわけでもないのだよ。 まあ、今回はオフ会だがね。」

「用が……?」

「もう少し言い換えよう。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

そちらから来るのなら迎え撃つまでだがね、と。

目の前の、正体が理解できているとは言い難いアーティファクトユーザーは。

口元だけを歪めた、独特の笑みを浮かべた。

 

「……関わるつもりがない、ですか?」

「信じられないかね?」

「いえ、その是非は今は。 ……何故、ですか?」

 

ふむ、と顎に手を当てて。

至極当然のように。

 

「これは与一の受け売りだがね。 君達……特に、翔。」

「……俺?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だそうだ。」

「不安要素…………?」

 

一体何を、と。

身を乗り出して問い掛けようとして、裾を掴んだ春風の存在に頭を冷やす。

 

「おや。 別に私は構わないのだがね。」

「お戯れを。 ……分かっていて、煽りましたね?」

「ヒーローがどの程度なのか、この目で見ておきたかったのでね。」

 

失礼、と言いながら頭を下げるが。

その顔色は、面白いものを見た時の笑みそのもの。

それを見て――――大きく溜息を吐いて。

遊ばれていたのか、と朧気ながらに理解する。

 

「反応を見たかった、と?」

「事実を告げたつもりでもいるのだがね。 我がリグ・ヴェーダの副リーダーの言葉なのだから。」

「……そうかよ。」

「ああ、そうだ。」

 

口調、声色、反応の仕方。

それら全てで演技を交えた喜色を浮かべ。

けれど、その言葉は嘘を付いているような様子は欠片もなく。

だからこそ、与一が言ったというその言葉は事実なのだと実感させられる。

 

「……では、翔さんが貴方に遊ばれたというのなら。」

「む?」

「私からも、反撃しても宜しいですか?」

「ほう。 香坂……いや、失礼。 エデンの女王に護られた騎士という訳だ。」

 

ええ、と浮かべた笑みの裏は。

多分、混乱と怯えがあるだろうに。

初めてイーリスを撃退した、あの時のように。

彼女は、静かに立ち向かっている。

あの時の光景を。

俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「女王が騎士を護ってなにか問題でも?」

「いいや、無いさ。 それで?」

「そうですね……まずは。」

 

その光景を、幻視してしまう。

 

「貴方方の目的は、なんですか?」

「黙秘させてもらう……と言ったら?」

「……そうですわね。 目的不明のまま、止めようとし続けるでしょうね。」

「それはそれは。 厄介極まりない……が、まあ。 当面の目的程度が限界かな。」

「それでも構いませんよ。 本当の目的は、調べるうちに分かるものでしょう?」

 

ほぼ同時に笑う二人。

少しだけ、空気が置換したと言うか。

こういう、演技を交えた会話を楽しんでいる……のか?

希亜ならまだ分かるんだが。

何方かと言えば遊ぶ方、見る方専門だったはずの春風の。

少しだけ違う側面を見ている気がする。

 

()()()()だよ。 簡単な話だろう?」

「そのモノにも依りますけれど、ね。」

「かも知れないがね。 既に君達には迷惑を掛けているようだし。」

「迷惑…………いえ、まさか。」

「おっと、口が滑った。 聞かなかったことにして貰えると有り難いね。」

 

絶対に意図的だと。

それを分かっていて、告げた理由。

 

「……つまり、後始末を押し付けたいと?」

「何のことだか分からないが……目的が叶うまでは、続けざるを得まい?」

 

ただ、その目的に関しては今は言うつもりはないと。

……今の言葉で、確定した。

つまり、暴走したユーザー……どうやっているかは分からないが。

何らかの手段で、彼等に関わっているのは高峰たちだ。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さ、まだ話はあるのかな? 私としても、こういう機会だ。 中立で話し合える時に話しておきたいからね。」

 

その笑みは、更に深く。




切りどころに悩んで此処まで~。
味方が強化されてる? 敵もするよね。


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64.不明。

疑問が一つ片付いて。
疑問が二つ浮かび上がり。
そんな謎に、覆い潰され。


 

()()()()()()()()()()()()、と。

高峰は演技を崩すこと無く、ファミレスを立ち去った。

それから遅れること十分程。

互いに理由は少し違うけれど、顔を青くした俺達は。

その場を立ち去り、駅前へ。

 

「……。」

 

春風は、普段とは少し違って話し疲れて。

 

「…………。」

 

俺は、高峰から得た情報を考え過ぎて。

肉体と精神、何方にしても。

疲労してしまったことに変わりはなく。

 

「……とりあえず、昼飯食って解散でいいか?」

「あ――――はい、そう、ですね。」

 

反応が鈍い。

吃るとかそういうのではなく、純粋に処理速度が落ちている。

それはまあ、俺も同じで。

互いの会話に、ほんの少しの遅延(ラグ)が発生しながらも。

別の店――――駅前のモックへと足を運んだ。

 

「なんというか……。」

「……予想通り、でしたか?」

「半分以上予想外だよ……。」

 

正確に言えば、信じたくなかったことが真実だったと言っても良い。

今の、学生内で起こっている騒動には関わっておらずに。

なにか別の理由があって……まあ、そんなものは儚い幻想に過ぎなかったわけだが。

だが、それが事実だということで。 俺達も動く方向性がある程度固まった。

 

「半分、でしょうか?」

「想定じゃ……ああいや、これも俺の想定が甘かったんだけどな。」

「お聞かせ下さい。」

 

照り焼きセットと、チーズバーガーセットを持って二階の席の端へ。

休みだけあって、私服の学生らしき姿がチラホラ見受けられたが。

食ってすぐに遊びに行こう、という意識が見えて。

此方に興味を向けてこない事に、少しだけ安堵しつつ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「……? え、それでも、以前のリグ・ヴェーダでは。」

「彼奴等はまあ、悪役を自認してるけどな……。 そういうんじゃなく、何と言えば良いんだ。」

 

ポテトを一つ齧って。

塩分を感じることを、確かに理解する。

緊張や混乱で五感がどうかしてるってことは無さそうだ。

それに。

これ以上恥ずかしいところは見せたくもない。

 

「前は何処かお遊び感覚があった……のは間違いないと思うんだが、どうだ?」

「……それは今もそうだと思いますが。」

「被害の幅が冗談じゃ済まないレベルになってるのは事実だろ。」

 

夜に生きる者たち、みたいな。

そういう、ある種の()()()を踏まえた活動方向だった……と俺は思ってる。

自分達みたいな、ユーザー同士の。

組織間の争いみたいなのを本当に心底楽しんでいた印象があったのに。

 

「今日の高峰はなんか違った。」

「……確かに、ネットの時とは違うように思いましたが。」

「多分、与一の行動を全力でフォローしてるんだろうな。」

「……あの、高峰くんが。」

「ちょっと自由にさせれば何をするか分からない怖さ……にセーフティが掛かったとも言えるけどな。」

 

利点であり、欠点であるとも言える。

一人であれば、文字通りに()()()()()()()()()()()()奴だというのは。

――――希亜の枝の時に、散々理解させられた。

それに高峰が純粋に手伝う形、と見ればどうしようもない感覚も覚えるが。

()()常識を持つのが彼奴だ。

……まあ、これも願望混じりだが。

 

「まあ何にしても、皆に報告はしねーとな。」

「ですね。 その前に食べちゃいましょうか。」

「……行儀は悪いが、食いながら先に打ち込んどく。 後で適時フォロー頼んでいいか?」

「私は構いませんが……翔さん、何か急ぐようなことでも?」

 

そういうわけでもないが、と前置きして。

 

「今昼食時なら皆も見てるかもしれないだろ、反応するかは分からんけど。」

「ああ。 ……九條さんとかが見れば怒りそうですけども。」

「真摯に頭下げるよ、都に頭上がらないのは間違いないんだし。」

 

苦笑いを浮かべれば。

ですよね、と合わせるように小さく笑った。

一番世話になっているのは間違いなく俺だとしても。

多かれ少なかれの部分では、全員世話になっているのだから。

まあ、全員が協力するからこそのヴァルハラ・ソサイエティな気もするけど。

 

「だが、一応警戒だけはしといてくれ。」

「警戒……彼等に対してですか?」

「多分俺等に構うつもりがないのは間違いないとは思う。」

 

食事を進めつつ、定期的に文章を打ち込み。

その合間を見ての春風との話……忙しい。

もう少しゆっくりする時間があれば、話をしていたいのだが。

希亜の移動を先に終わらせて、拠点みたいなのを二つ作りたいというのもある。

 

「彼奴が何処までの記憶があるかは分からんが……多分、俺と同じくらいにはあるっぽいしな。」

「構うだけ無駄、というのがそういう意味合いだと?」

「一回体験しておいて繰り返すようなやつじゃないからなぁ。 後は、彼奴が探してるアーティファクトを持ってないのもあるのかもな。」

 

何を探しているのか。

それが分かれば、先回りできそうな気もするが……。

 

「何にしても、間接的に皆が被害に合う事も考えられる。 一人じゃ絶対に動かないでくれ。」

「あら。 ……なら、私はどうしましょう?」

「都と一緒に行けばどうだ? 午前中バイトだったって話だし……ほれ。」

 

丁度LINGに帰ってきた、都の返信を向けて。

了承の意味を、目で追い掛けた春風は。

 

「騎士様に送って欲しかったですけどね。」

「悪いがまた今度な。 ナインボールまでは送っていく。」

「……それで我慢するとしましょう。」

 

そんな、笑みを浮かべた。



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65.一人。

狙わないよ。
僕達は、ね。


 

「生き残ってたのか……。」

 

つい、そんな言葉が漏れた。

目の前にあるのは、俺が昔作ったプラモデルの一体。

 

つまり、今は俺の家。

おかんも親父も今日は外に出かけているらしい。

休出じゃなくて喜ぶべきなのか、どうなのか。

 

昼飯後、ナインボールまで春風を送っていった後。

いるか分からなかったから、一応親にメールしたところ。

天がいないこの間を見計らって、両親二人でお出かけ……というか、デートと言うか。

鍵は持っているんだし、荷物移動ってことだけ伝えたら好きにしろとのこと。

 

使ってない布団やらを適当に貰ってきたダンボールに詰めて、発送準備をしていれば。

ふと気になった元俺の部屋の荷物。

……どっかの枝だとミニマリストに目覚めたとかで容赦なく廃棄した、とか聞いて不安が過ぎったが。

恐る恐る確認すれば、まだ生き残りがいた。

そんな、現状。

 

(とは言っても、持っていけるの一個くらいだよなぁ……。)

 

徐々に徐々に侵食されてる俺の部屋を思う。

希亜が引っ越してくれば流石に女性物は移動してもらえるように頼めるとは思うけれど。

……天辺りは絶対拒否するだろうし、それ以外でも細々としたものは結局俺の部屋だろうし。

少しは空いてもまたすぐに埋まるのは明白と言えば明白。

仕方なく、飾っておけそうな一体を選んで荷物に詰め込んだ。

 

(んで……。)

 

LINGのグループを覗き込めば、引っ越し作業も一段落したのか。

俺に見せびらかすように何枚かの写真が貼られていたりする。

例えば、全員で食べてるケーキの写真だとか。

例えば、天が勝手に撮ったのであろう何らかの写真だとか。

…………後でもう少し強く言っておいたほうが良いよな、これ。

希亜が暴走したような書き込みしてるし。

 

『……うちの愚妹がすまん。』

 

そんな風に書き込めば、少しして帰ってくる返事。

 

『翔は悪くないから! でも見なかったことにして!』

『え~、別に良くないです~?』

『お前其処までにしとけよ……?』

 

希亜の部屋の中を初めて見た、というのはまあ良い。

大体予想してた通り、こざっぱりし過ぎてる程に学校のものばかり。

小さくてちゃんと見えるわけではないが、隅にゲーム機が積んであって。

多分押入れの中……普段私服としてみているフリルっぽい服とか、その、布とか。

後は漫画が多少。

……いや、小説サイズっぽいか。

 

『別に今更見たからと言って何にも思わんと言うか、初めて見たなぁ……ってだけなんだが。』

『自分で見せるのと見られるのとじゃ違うの。』

『……翔くん? 女の子だから、恥ずかしいことだってあるんだよ?』

『……そうか。』

 

見なかったことにしておこう。

どうせ見ることにはなるのだけど。

リビングにある、以前は俺の固定席だった椅子に座り込み。

宅配便を呼んで、やってくるまでの少しの時間を待ち侘びる。

 

『それで、そっちの準備はどうなんだ?』

『……今日中に終わるのは間違いない。』

『そうか、何とかなったなら良かったんだが……。』

『引っ越し、というか部屋自体はもう借りてあるって。 時間見つけてでいいから色々手伝ってね。』

『了解。 で、引っ越しの日は?』

『来週の土曜日。』

 

ということは……30日、ゴールデンウィーク手前か。

男が手伝える範囲でいいなら無論手伝うつもりだが。

 

『あ、そうだ!』

『?』

 

そんな折。

何かを思い出すと言うか、発表するような都の発言。

少し時間が経ってから、1枚の写真がアップされた。

向こうは現場で見てるはずだからか、もう知ってるからか。

大きな反応は見られずに。

 

『……温泉の割引券?』

『少しだけ時期が違うし、余り有名な場所じゃないんだけど……うちの会社の、保養所みたいにしてる場所があってね。』

『それ以上は良い、大体わかった。 ……いや、大丈夫なのか?』

『…………不人気だから。』

 

ああ、そうだよな。

その地名には見覚えがあった。

確か俺達の最寄りの路線の終点付近の、山しかないあたり。

そんな場所に温泉があったとしても、近いし保養所があっても利用しないよなぁ……。

地元を盛り上げようとしてるのは素直に尊敬できるんだが。

 

『ゴールデンウィーク、時間があるようだったら皆でここにしない?』

『……俺だけ男だけど良いのか?』

『高峰先輩とかも、とは思ってたんだけど……。』

 

その書き込み速度に若干の鈍り。

ということは、春風から話の内容を聞いたということだろうか。

そう聞けば、大体の部分は読んだし当人からも聞いたと。

……危機感の共有自体は問題なく出来たらしい。

 

『俺も用事終わったらそっち行く。 希亜、住所張っておいてくれるか。』

『大体は知ってるだろうけどちゃんとした場所は知らないものね、分かったわ。』

 

同じような記憶を継承してる以上、打てば響く会話が出来るのは助かる。

続けて、文章を打とうとすればチャイム音が聞こえた。

 

『っと、じゃあ俺も今から駅向かう。 また後でな。』

 

そんな文章を打って、玄関口に出て。

宅配便の人に荷物と代金を支払って――――。

 

外に出て、駅に向かって数分。

 

「――――。」

 

目の前に立っていたのは。

昨日の、天の同級生だという。

走って逃げ出した相手が立っていた。

俺がいるのを、知っていたかのように。



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66.記憶。

自身の認識。
上書きされた、本来の記憶。


 

「――――え?」

 

俺から漏れた声は、そんな情けないもの。

何故こんな場所に?

何故俺の家に?

それは、致命的な時間の消耗。

 

「…………。」

 

目が、昨日よりも淀んでいた。

その後ろ手に、鈍く光るものを認めて。

()()()()()()()()()()()()()()()()という現実を理解して。

 

次の瞬間。

前傾姿勢に成りながら、()()()()()()()()()()

目の前の少年が、姿を消して。

背中に、唐突な気配と。

虫の知らせとでも言うか、自分の危機感が全力で逃げることを知らせて――――。

 

 

 

ニア 記憶をインストールする。

 

 

 

「――――ッッツ!?」

 

無理矢理に、身体を真横に飛ばせる。

 

脳裏に落ちてくる他の枝の記憶。

後ろを向いたら、腹部を刺されて。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺は悪くない。

お前が悪いんだ、と。

ただ只管に誰かに責任を押し付けながら。

つまり、俺は一度死んだ――――それを、「相棒」が無かったことにしてくれた。

もう何度目になるかわからない、感謝を脳裏に浮かべながら。

飛び跳ねた眼の前を、銀色の閃光が走り抜ける。

 

「――――ん、な……!?」

 

視線の端に映るのは、驚愕と言えば良いのか。

或いは確実に潰せる、と確信していた行動を覆された驚き。

その中でも、目だけが明らかに狂っている。

それ自体が、自分に。

相手にどんな影響を与えるのか理解していないような。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ぎしり、と歯を食いしばった。

ああ、確かにお前等は動かないよな。

唯――――間接的に影響を与えて、それを多量にバラ撒いた尻拭いをさせると彼奴は示唆した。

我々は悪で。

君達は正義なんだろう、と。

……その時に、俺の心に浮かんだ感情は。

恐らく、怒りそのもの。

 

――――レナァ!

 

今の体勢では、下手に動けば再度襲われる。

だから、今の俺が取れる一手。

幻体の、もう一人の相棒にも似た分身。

()()()()()

 

「おおよッ!」

「!?」

 

目の前に唐突に飛んできた少女に、危険を感じたのか。

大きく振り被った腕が、既に突き出していた刃物よりも先に当たるのを直感的に認識していたのか。

目の前から消え、後方に再度現れる少年。

その額に見えるのは、紛れもなく冷や汗か。

 

「……で、どうなってんだよ大将。」

「俺が何だって理解できてると思うなよ……大体は分かってんだろ。」

「あァ、まあな……。 あの動き方、()()()()()()。」

 

与一が、イーリスが使用していたアーティファクト。

俺達が殺し、けれど奪われたアーティファクト。

()()()()()()()()()()()

 

こんな昼間に、こんな住宅街の裏路地で。

刃物を振り回す奴に遭遇するなんて、想像もしていなかった。

或いは――――駅前から、ずっと付けられていたのかもしれない。

昨日出会った場所も、駅付近で。

それからずっと待っていた、という可能性は否定しようがないのだから。

 

「だったら、対処法も分かってるよな?」

「自由にしていいっつーんだったら、オレ一人でも何とでもなるぜ?」

「……取り押さえる、じゃ止まらねえか? アレは。」

「甘ったれてんなよ。 分かってていってんだろ?」

 

……あの目、あの動き。

アーティファクトを駆使することを除いて言えば。

イーリスが暴走させた、あの時の群衆とほぼ同じ。

つまりは――――止まらない、止めようがない。

 

「大将が嫌なら俺がやるが……つーか、オレは別に怪我らしい怪我しねーんだから任せとけよ。」

「…………後ろで、援護でいいか?」

「あぁ。 ……転移の能力、借りるぞ。」

 

周囲を見ても、奇妙なほどに人がおらず。

下手に俺が動けば、それこそ少年は追い掛け続けてくると確信していた。

だから、ここで止めるしかないと思った。

 

誰かを、殺せるのか?

いつだったか、自分に問い掛けたその疑問が蘇る。

けれど、そんなことはもう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

他の誰かに、危害を及ぼすのなら。

操っているわけではない、()()()()()()()()()()()

アーティファクトユーザーである以上、暴走まで行き着くにはそう時間を必要としないだろう。

精神面でのストッパーが存在しないのだから。

片手で、後ろ手で。

無理を言っていると理解しながら。

都に緊急の連絡を飛ばし。

 

「出来る限り殺すなよ、アーティファクトだけはソフィに頼めば何とかなる。」

「わぁってるよ!」

「!」

 

ほぼ同時に()()二人。

自身の目の前に火炎を放ち。

恐らくは俺しか見ていないのだろう、少年が出現した瞬間に飛び退る。

一瞬でいい。 視界を潰せれば。

そうすれば――――。

 

「オレの事忘れてんじゃねえぞッ!」

 

直接契約しているわけではないが、俺を介している以上。

実質的にアーティファクトを保持しているのと変わらない。

ゲームなんかの、格闘知識を実現できる幻体(レナ)が。

背後から、少年に襲いかかった。

 

それから。

目を逸らすことは……俺には、出来ずに。




一回目の、枝分かれ。


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67.決意。

それが正しいものでも。
間違ったものでも。
その行為にこそ、意味があると。


 

それから10分少々。

少年を取り押さえようとする俺達と、暴れ続ける少年の戦いは続いていた。

焼こうとしても、レナが腹部を狙っても。

途中で刃物は落とせたものの、暴れる素振りは収まるどころか酷くなる一方で。

結局、俺が取り押さえている間にレナが首筋に一撃。

下手をすれば首の骨にまで影響する可能性がある攻撃で昏倒させ。

道の端に避けて運び、その場所を監視できる程度の距離で暫く。

 

「お待たせ。」

「……随分待たされたよ。」

「私だって常に見てられればよかったけどね。 其処まで動けるほど器用じゃないのよ。」

 

先に姿を表したのはソフィ。

あれだけ呼んでいたのに、結局現れたのは暫く後。

文句、皮肉の一つも言葉に出せば。

帰ってきた言葉は、普段聞かないような返しの声。

 

「……正直に聞くぞ。 何かあったのか?」

「……ま、()()付き合いだものね。 カケルなら気付くのも当然かしら。」

「相変わらずその姿での溜息って違和感バリバリだな……それで?」

「まあ、細かい事は置いとくわよ。 かなり面倒になったわ。」

 

そんな前置きを置いて、ソフィが漏らした言葉。

それは、気絶した少年を見張っていたレナも目を細める内容で。

俺自身も、何だそれは――――と思わざるを得ないこと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「隠すんじゃなくて、か!?」

「ええ。 何と言えば良いのかしらね……そう、()()()()使われてるような感じが近い。」

「彼奴等……いや、多分与一だな。」

 

普通に考えれば、アーティファクトは秘匿する。

だからこそ漏れる反応からその当人が特定できるわけだが。

逆に、街中に溢れるのなら。

木を隠すなら森の中。 文字通り、その通りのことが起きる。

 

「飽く迄、私の推測なのだけど。」

「ああ。」

「イーリスが滅んでいたとしても――――()()()()()()()()を、ヨイチは握っていると見ていいわ。」

「何らか?」

「流石に、同じ千年を生きてきたわけじゃないから。 多分に推測が混じってるのよ、これでも。」

 

例えば、ソフィの枝で作られるアンブロシア。

改良することも不可能ではなく、現代人にも合うように出来る物体。

それが、イーリスの枝でも未だに残っているのか。

春風の枝()の時、俺達が受け取ったのはアンブロシアに見せかけた毒薬。

見た目が同じである以上、注入したりする物質が残っているのは間違いないとしても。

『魔女』として君臨し続けていた以上、そんな人体に影響のない発展の仕方をするものだろうか。

文字通り、発展は()()()()()()()()のだから。

 

「つまりは……。」

「私が出来るのは遠距離から、或いは姿を見せない監視くらいね。」

「反応だらけでセンサーが死んでる、か……。」

「というより、良いの? 隠して使うユーザーがどれだけ減るか分からないけれど。」

「俺達のアーティファクトじゃ動きようがないだろ。 ……いや、一応オーバーロードを使えば止められなくもないだろうが。」

 

仮にそうだとしても、どのタイミングに何処にいるのかが分からなければ何の意味もない。

事前に仕掛けておいて起爆出来るのなら、やはりそれでも意味がない。

つまり、結局。

一度後手に回ってしまえば、常に後手に回らされるように動かされている。

 

「オレからすりゃ、彼奴等は強いユーザーっていうより上手いユーザー、って感じだがな。」

 

電柱の影に少年を安置し、レナが此方に近付いてくる。

 

「……彼奴は?」

「完全に落ちてる。 都か大将が奪うなり、殺すなり好きにしろって感じだな。」

「カケル。 早ければ早いほど良いわ――――貴方が、対処しなさい。」

「…………ああ。」

 

少しだけ、都が来ることを祈ってしまった。

どうしても、メルクリウスの指を使う事を躊躇ってしまう。

アーティファクトと契約することになった、あの部屋の一幕を引きずり続けているから。

 

それはともかく、と。

レナは話を続ける。

 

「確かに大将が使えるオーバーロードは最強のアーティファクトだろうさ。 無限にやり直しを行使出来る。」

「心が折れなければ……な。」

「あの四人がいる限り折れねえよ、オレもいるしな。 ……話を戻すぞ。」

 

柄でもねえことを言った、と顔を背けて。

 

「だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「いや……事実、俺も何度もやり直してる。」

「さっきだって危なかっただろうしな。」

 

つまり、レナが言いたいのはこういうことだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

結果的に勝った、勝てたという未来以外を潰したからこそ。

今の俺が残っている――――その通り。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。 今の状況はそういうことだろ。」

「彼等は一切手を出さない。 結果的に対処させるだけで。」

「彼奴等は俺にこれ以後近付かない、だからこそ対処する手段が取れない……か。」

 

――――いや、一つだけ可能性は残っている。

あの公園での騒動で、与一を捕らえられれば。

ただ……仮にそうしたとして。

変えられるかは、完全にわからない。

 

「……ま、私は引き続き二人を追うわ。」

 

ソフィが呟いた一言で、その妙な雰囲気は霧散して。

無言で指し示したレナに、無言で頷いて。

重い、重い。

足を踏み出して。

 

あの時の、精神外傷(トラウマ)を抉り出しながら。

手を、向けて。

 

自分の手に、違和感が発生した時。

ふらり、と身体が揺れて。

頭を抱えて。

胃の中の全てを吐き出す感覚を、久々に憶えた。




砂糖……どこ……?


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68.精神外傷。

消そうと思って消せれば。
培ってきた、絆も消える。
そうすれば、残るのは。


 

一度家に戻り、口を濯ぎ。

その後レナに半分支えられるようにして駅へ向かう。

肉体的なダメージなら、まだ良かった。

精神的なダメージは……こう言っては何だけれど。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幸福な記憶が多ければ多いだけ。

あの時の記憶を思い返す度に、過激なほどに反動が返ってくる。

……当人たちの誰かしらが、いるなら少しはマシなのだろうけれど。

 

「……ったく。 忘れそうになるが大将も学生だもんな。」

「其処を忘れられても困るんだが……。」

「今までの経験を考え直してみろっつーの。」

 

そんな事を言われても俺が困る。

妙に濃縮された4月から5月をあちこちで行ってきて。

その経験の()()を引き継いだのが、初めてのこの枝というだけなのだが。

 

「お。 お姫様のお出迎えだぞ?」

「は?」

 

そのまま駅まで歩いて十数分。

通学には利用しない以上、余り使った記憶のない地元の駅の構内。

若干息を切らした、先程救援を頼み込んだ。

都の姿が其処には見えた。

 

「……ああ、確かにお姫様かもな。」

「そうなりゃ他の奴等はなんだよ、大将?」

 

言われて少し考える。

春風は……まあ、当人の印象も有るし女王辺りか?

希亜は姫とか言うよりも女騎士とかそっち寄り。

天…………彼奴は、なんだ? 妹印象と、メイドとかそっち系統?

各人それぞれ印象は違えど。

舞台が違えば立場も大きく違うだろうな、とは思うが。

ソフィの世界だったらどうなってたんだろうな、本当に。

まあ、とにかく。

 

「それ全員の前で言うなよ?」

「言うわけねーだろ。 ほら、とっとと行ってやれよ。」

 

押し出されるようにして、少し小走りで都の元へ。

電車から降りてから急ぎ足になったのか、少しだけ暖かくなってきた今日にしては珍しく。

汗が額で輝いて見えているような状況だった。

 

「大丈夫、だった?」

「あ~……一応、な。」

「一応なの?」

「詳細は座って話そう。 態々悪い。」

 

顔色の悪さを咎めたのか。

それとも、緊急の連絡に心配したのか。

何方もだろうな、とは思いつつ。

何もなしで話すような気分にもなれずに、自動販売機で飲み物を二本購入する。

その買い物に余りいい顔をしない都だが、今は特殊な事態だと分かっているのか。

何かを言うようなこともなく、渡した飲み物を受け取る。

次の電車が来るまで、十分程の空き時間。

午後の半ば、という中途半端な時間帯というのもあって。

休日にしては少ない人の中、電車を待つ席に二人で並んで座った。

レナは……結局座らずに、席の後ろに立って周囲を見ていた。

 

「それで、連絡を送った経緯なんだが。」

「……うん。」

 

何方も飲み物に手を付けず。

冷えた飲み物を両手で抱えながらの話し方。

もし、現状に耳を傾ける人がいるのなら。

レナが気付くし、内容の異常さに作り話だと思うことだろう。

それくらいに、あの短時間で起こったことは異常さが際立っていた。

 

「……と、まあ。 そんな感じなわけだが。」

「刃物……って。」

「嘘でもなければ冗談でもないからな。」

「そんな嘘つくような人じゃないのは、私がよく知ってるから。 でも……。」

 

今までの争いで、武器を振り回してきた相手は恐らくほぼいない。

高峰は格闘技を学んでいた、という前提があっただけで。

レナも、ゴーストも。 肉体を活かすという意味での格闘技での争い。

それらは純粋に「用意する必要がない」という状況と。

「誰かに疑われても存在しない」「そもそも用意する必要がない」と、そんな幾つもの理由があった。

 

基本的に、ユーザー同士の争いは精神を折る戦い。

肉体に危害を直接与えられるアーティファクトの存在は、俺は闇鴉しか知らない。

それ以外であれば、イーリスが使った()()

つまり、元々学生であった俺達はそういうものだと思い行動していた部分がある。

そんな中で現れた選択肢。

無意識に選択肢から外していた、武器とアーティファクトを併用する争い。

……文字通り、ゲームや漫画である異能力者系統の世界に踏み込んでしまったと言っていい。

 

「……どうするの?」

「今から何か動く手段身に付けても付け焼き刃だからなぁ……。」

「でも、私達の目的は……。」

 

結局其処に話は戻る。

現状の状況にまで持ち込まれた以上。

対策手段を受け手だけでなく、実行犯達……つまりはあの二人にも考えてもらう必要性が有る。

それも、出来る限り早急に。

 

「目的は――――多分そのままでいいと思う。」

「目的……って、言うと。」

「イーリスの有無。 もしいないなら……与一と高峰の確保。」

 

つまりは、やるべきことは変わらない。

ソフィにも全力で動いてもらう必要性があるし、俺達も相応に動く危険性は有るが。

あちこちに現れた、アーティファクトの反応を一つずつ潰していけば。

或いは、その途中で手掛かりを見つけられれば。

この状況を引っ繰り返す鍵になるかもしれないから。

そんな意味では……希亜が近くに引っ越せるのはラッキーだったのかもしれない。

都の家は近いし、送り迎えも出来る。

天は最悪俺の家でもいいし、春風と共に行動でも何とかなる。

出来れば都か、希亜と行動して欲しいところでは有るが。

周囲に手を出さない、けれど被害は出る。

そんな矛盾した状態を堪えるには。

 

「……手を貸してくれるか?」

「勿論。」

 

そんな、妄想めいた話の中に。

当然だ、という後ろの幻体も。

同じように、声を上げた。



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69.伝達。

伝え、理解し。
共有して、誓い合う。


 

電車の中では互いに無言で。

けれど、スマホに目を落とすこともなく。

互いの距離感を少し詰め。

彼女と二人で乗るのなんて、初めての。

電車の中での時間を、どう過ごしていいか悩んでいた。

 

白巳津川市までは、それほど時間がかかるような距離でもないから。

とは言え。起こったことを飲み込んでもらうにもまた、時間が掛かる。

この短い時間で、都なりに理解して貰えれば……と思っていた矢先。

ブルル、と消音にしていたスマホが震える。

顔を上げれば、視界の隅で同じようにスマホを持っている都の姿。

であるなら……恐らくはLINGでの連絡だろうか。

ロックを解除し、内容に目を通してみれば。

 

『二人共大丈夫?』

『此方は……少し厄介なことになるかもしれません。』

『私の方はもう大丈夫。 ただ、今日から向かうことになっちゃったけど。』

 

送り主を示すアイコンは天。

それに続いて春風、希亜と発言が続いていく。

……どういうことだ?

隣にいる都に小声で尋ねても、分からないと小さく首を振った。

 

『何かあったのか?』

『私達は……翔くんが少し、体調悪くしたくらい。』

『え、にぃに何かあったの!?』

『後で会った時に説明する。 あぁ……後、お前今日は帰るな。』

『え、そりゃ良いけど……何があったの?』

 

もう一度、直接会った時にと書き込めば其処で押し黙った。

今日得た、今日感じた情報は学校が始まる前に共有しておきたい。

LINGで連絡すれば済む話では有るが……文章として書き込んで、余計な不安を憶えさせたくなかった。

 

『それで、一体何があったんだ?』

『あ、それそれ。 香坂先輩、お願いしまーっす!』

『は、はぁ。』

『……春風、無理しないでもいいよ?』

『天……お前がなんか言ったから滅茶苦茶混乱してないか?』

 

一気に流れるLINGのログ。

追いかけるのに苦労しつつも、時系列を理解していく。

 

都が俺に呼ばれ、立ち去ってから十数分。

時間から考えると、恐らくソフィが現れるかもう少し前くらいか。

希亜の家で準備を続けていた彼女達の、窓越しに見える遠目の家。

その家が、()()()()()()()()のだという。

当然、周囲の家からも救助の声やらが飛び交い始めたが。

その誰しもが、明らかな違和感に気付いて消防車と救急車を待つだけになったのだという。

 

その違和感。

以前、学校で起こった騒動と同じだと気付いたのは。

他の誰でもない、巻き込まれた天当人。

 

『なんて言えば良いのかなぁ。 この枝では起きてないんだけど、見覚えがある感じ。』

 

つまりは、()()()()()()()()

今は俺が契約している、炎のアーティファクト。

同一のものが出回っていない、というわけでもない以上可能性はあったが……。

ソフィの世界からなのか、イーリスの世界からなのかははっきりしない。

恐らくは俺のものはソフィの世界からで間違いないと思うんだが。

 

『……やっぱりお前が言うべきだったじゃねーか、初めから。』

『でもさ、私は中から見てただけだから。』

『外からだと……私と翔くん、それと……希亜ちゃんも、かな?』

『そうね。 あの時は私が来れる状況だったし。』

 

放課後だった、という状況も相まって。

学校で起こった騒動に希亜が関わり、だからこそあの時はイーリスによる暴走の誘発を止められた。

リグ・ヴェーダ関係を除くと……一番関わってないのが春風になるのだろうか。

やっぱりそう考えると春風に説明させるの酷じゃねえか天よ。

 

『結局その家はどうなった?』

『消防車が来て……十分くらいしてでしたっけ?』

『そうね。 それくらいで自然に鎮火。』

『其処から先はちゃんと見ていたわけじゃないんですが……。』

『その家に学生は?』

『……どうだったかな、ちょっと分からない。』

 

暴走した結果の自爆ならまだ良い。

いや、良くはないが別の結果よりは遥かにマシだ。

つまり、学生も何もいない場合。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

自然鎮火、つまりは発動者当人が焼けた末の結果ならば飲み込める。

多かれ少なかれ、俺達はそういった暴走の危険を超えてこうして今にいるのだから。

そうでなければ……。

 

『何にしろ、不味いことだけは伝わった。』

『それで……何ていうのかな、予定を早めて引っ越ししろって言われちゃって。』

『もう借りてあるから、か。』

『最低限の荷物と布団関係はこれから運んでもらうんだけどね。』

『なら、天と春風は?』

『邪魔になるだろうし、徒歩で移動予定。 お兄ちゃん、家行ってもいいでしょ?』

『まあ……元々何処かしらで会う予定だったもんな。 好きにしろ。』

 

そこまで打ち終わった段階で、次の駅が最寄り駅だと知らせるアナウンスが響いて。

スマホを閉じて、立ち上がろうとして。

電車の窓越しに。

いつか、希亜の枝で起こった騒動の時の一人の顔を認めて。

目を逸らしてしまい。

同時に立ち上がっていた、都の首を傾げる姿に。

自分の滑稽さを感じた気がした。



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70.唐突。

新たに増えた隣人に。
よく見知った隣人に。


 

彼女達と合流したのは、マンション前。

何方かと言えば学生マンションじみた俺の住む場所に、車が出入りしているのも余り見る光景ではない。

勿論大学生ともなれば、持っているような人物もそれなりにはいるようなのだが。

駐車場は空いているのが常だった場所に、見知らぬ車が一台。

その車の近くに佇んでいたのが、天と春風だった。

 

「他に問題なかったか?」

「心配くらいしてもいいのに~。」

「寧ろ俺を心配してほしいくらいなんだが?」

「え、いつでもどんな時でも心配してるよ?」

 

冗談を真顔で返すな。

照れ臭くなって困るから。

 

「で……これ、希亜の家の?」

「です、ね。 お父様が他の用事を全て切り上げたようで。」

「まあ、妙な事件に母親がのことも重なればそうもなるか……。」

「ねえ、私が言うのもおかしな気はするけど……翔くんのお家、入らない?」

 

それもそうだ、と全員で部屋へと向かう。

一人だけこの場にいないわけだが、後で親が帰った後で向かえばいいか。

部屋番号を尋ねる連絡だけは先にしておいて、三人を部屋へと招き入れる。

 

「今日一日で変わりすぎだろ本当に……。」

 

全員が座り込み、落ち着いたのを確認して。

今の状況、この枝に関しての文句をついつい口に出してしまう。

次から次へと起こる内容。

介入できたものはほんの一部で、それらを除けば流される一方。

これが続けばマシな結果にはならない……というのは、今までの経験上で学んだ一つだった。

 

「誰が動いてるのかが分かるだけ、どんな感じで動くのか分かるだけ良いんじゃない?」

「気楽だなぁお前は……。」

「これでも慌ててるっていうか混乱中なのは事実なんですけど~?」

「まあ、お前がそこまでしおらしくしてると俺もなんか違う感じするしなぁ。」

「お? 兄貴喧嘩売ってる? なら買うけど?」

 

近い近い、唯でさえ最近暑苦しくなってきてんだから来るな。

手で頬の辺りに支えをすれば、それ以上は進めずに変な顔で待機する事になる。

ぬぐぉ~、と妙な声を上げながら手をジタバタする天に、溜息を吐いた。

 

「こういう時でも変わらんな、お前は……。」

「変わる必要もないし! てゆーかいい加減離してよっとっとぉ!?」

「お望み通り外してやったぞ。」

「一声掛けるくらいしてもいいじゃん!」

 

望み通りに手を外してやれば、此方に向かおうとしていた反動で倒れ込んでくる。

下手に頭をぶつけたりするのも危険なので、その場で受け止めてやれば出てくるのは文句。

なんか最近口悪くなったか? 天。

 

「……でも、そんな天ちゃんだからこそって気はするな。」

「そうですわね。 変わらないから、というのは。」

「……褒められてます? それ。」

「半分はね。」

「どうせなら全部褒めてくださいよぅ!」

 

緊張か、それとも怯えか。

何にしろ後ろ向き、マイナス方面への意識が見えていた二人だったけれど。

緊張が抜けたのか、やっと普段どおりの柔らかい笑みを浮かべ始めていた。

それを知っていてわざと動いたのか。

真正面から聞いたところで、どうせ妙な答えしか返って来ないから聞くことはないが。

 

「で、だ。 色々予定が変わっちゃった以上確認しておきたいんだが。」

「へ?」

「今日のこの後とかその辺。」

「ああ……。 本来は希亜ちゃんの家でお別れでしたものね。」

 

そういうことだ、と頷いた。

夕食の予定だって有るだろうし、その後の予定だって有る。

相談だけ済ませて帰るというのなら当然送っていくつもりだし。

それぞれの都合を順に聞いていけば。

 

「そうだね、今日は……お父様とお母様に話しておきたいこともあるから。」

「私は言われた通りかな~? おとんとおかん、早く帰ってくるかわかんないし。」

「私は……そうですわね。 少々、用件を済ませておきたいので。」

 

その結果は天だけが残る、という結果に。

と、なれば……。

 

「頼めるか、レナ。」

「相変わらずこういう時はオレ頼りなのな、大将。」

「お前が一番安心できるのも確かだしな。」

「ハッ、ご機嫌取りなんか必要ねーっつーの。 ん。」

「えーっと……これで足りるよな。 余ったら春風に預けといてくれ。」

 

呼び出したレナに、春風の護衛を依頼する。

都は俺と天で送りつつ、帰り際に何かしら食料を買ってくる感じだろうか。

ついでに希亜の分も用意する……そんな感じか。

 

「基本的に明日以降は一人で動くのは厳禁、ただどうしようもない時はLINGで常に連絡で頼む。」

「少し大変そう……だけど、仕方ないかな?」

「まあ万能サポーターなにぃにがいることですしぃ。」

「お前それ酷使する気満々じゃねえか……まあ、するけど。」

 

誰であろうと、失わせるつもりはない。

それだけは、心の中に決めている。

 

「学校の中でもそうだが……何か見かけたら直ぐに対応してくれ。 与一の影響が何処まで広まってるか分からん。」

「出来れば、動ける人と補助の人は分けたほうが宜しいですよね?」

「となると……私は香坂先輩とは分かれたほうが良いのかな?」

「そこまで考える必要はまだないとは思うが……二手に分かれる、とかになったら意識したほうが良いかもな。」

 

喧々諤々。

暫く、情報共有と話し合いはそのまま続いた。

恐怖を、隠すように。




段々本筋から大きく分岐し始めてますがオユルシヲ……


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70.5.裏側。

一方的な視点でなく。


 

夕闇の中を、手を繋げるような距離で歩く。

商店街の中、何度か付き合ったことのある店から声がする。

そんな中の一つの惣菜屋に立ち寄って、買い物をする姿を少しだけ離れて見ていた。

 

(……やっぱり、お兄ちゃんは凄いよ。)

 

そんな想いを抱きながら。

がさり、と音を鳴らすビニール袋を抱えて戻ってくるのを認めて。

 

「で、何にしたの?」

「人に出させといてその質問が最初に来るのか……。」

「え、だって最終的にはおとんとおかんじゃん。」

「そういうことでもなくてだな……。」

 

そんな、いつもどおりの会話に見せかけて。

私は一人。

ううん。

()()()()は、多分。

今日の話で、今日起こったことで。

表には出していない部分で、恐怖を感じてると思うから。

 

「それで~?」

「ウザいなこの妹……。」

「あの、せめて聞こえない場所で言って貰えます? 傷付くんですけど?」

「聞こえるように言ってるからな。」

 

話す内容は、出来る限り普段通りに。

でも多分。

一人でいたら、震えが止まらなくなっちゃうとは思う。

それでも、みゃーこ先輩と。

香坂先輩(春風でいい、と当人は言ってたけど。 なんかまだ慣れなくて。)は、用事を優先した。

私も、多分両親がいたら帰らされたんだろうか。

 

……酷いけれど。

いなくて、少しだけ安心してしまった。

何も知らない二人じゃなくて。

出来事を共有できる、誰かと一緒にいたかったから。

 

「ま、揚げ物だよ。 出来合いの物ってのもたまにはな。」

「最近贅沢憶えてない?」

「贅沢ってなんだよ贅沢って。」

「いやいやそうでしょ、今まで食べてたもの思い出してみれば?」

 

指折り数えながら。

軽口を叩きながら。

普段と変わらない、というのを自分に言い聞かせる。

昨日から、一歩だけ進んだ関係を踏まえて。

それ以上はに進もうとするのは……私には、出来なくて。

贅沢言ってるなぁ、と思いながらも。

空いたお兄ちゃんの腕を、絡め取るように近付いていく。

 

「ほらやっぱり、自分じゃ何にも作ってないじゃん。」

「それをお前に言われるのはすげー納得いかないんだが……。」

「だって私実家暮らしですしぃー!」

「あのな。 俺がこういう生活し始めた切っ掛けは忘れてねえからな?」

「え~。 忘れてくれていいよ?」

「忘れられるかよ。」

 

傍から見て、どう見られているだろうか。

仲がいい兄妹、という範囲で収まっているだろうか。

昨日、私を問い詰めてきた彼は。

今日、お兄ちゃんを()()()()()と聞いている。

それに対して、私は何かを言えるような権利を持たない。

そもそも、私が逃げ出したから。

 

あの日、多分逃げ出していなかったら。

少し間違えれば、隠していた秘密の一端が暴かれるような恐怖があった。

多分、その勘自体は間違ってないと思う。

私は、クラスの中では一応人気者って扱いだけど。

少し目線を変えれば、何かがあったら一気に晒し上げにされるような立場でもあったから。

そういった、晒し上げることこそを楽しむような女子は一人か二人は多分いたから。

 

「……ね~、お兄様。」

「うわ何だ急に猫撫声なんか出して。」

「酷くない?」

「んで?」

「いや、結城先輩どうするのかなぁ、って。」

「ああ……米はあるから今日はうちで食おうと思ってるんだが。」

「妙に世話焼くよね、にぃに。」

 

そうか?

そんな首を捻りながら答えられるとちょっと困る。

自分で気付いてないのか、それともそれが当然のように思っているのか。

今までだったら、ずっと私がお兄ちゃんを見ていられると思っていたけど。

 

……なんて言えば良いんだろう。

同じ経験をしてきて、仲間なんだから、って。

お兄ちゃんが幸せになれるんだったら、()()()()()()()()()()って。

多分、どの枝でも私は気持ちを押し殺してそう思ったんだろう。

だから。

 

「なのでー、妹ももう少し面倒見てほしいかなぁ~って。」

「これ以上見ろと?」

「引きながら言うのやめて。」

「いや引くわ。」

 

気持ちを隠す必要がなくて。

少しは受け入れてもらえながらも。

皆でこうしていられる場所が大事だっていうのが分かるからこそ。

 

(私に出来ることをしなくちゃ。)

 

そんな事を思いながら、手に力を込めた。

握っていた、お兄ちゃんが握り返してきて。

何も言わずに。

そのまま、夜の街を歩いていた。

 

にゃぁ、と。

何処かで、猫の声が聞こえた気がした。



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71.同居人。

人…………人?


 

なぁーご。

 

「…………なぁ、希亜?」

「……何?」

「お前何した?」

 

食事、というよりは惣菜を買ってきて。

自室に戻って米を炊き。

妙に空いた時間の後で、希亜の部屋の番号が届いた。

天に見に行くか?と声を掛け。

二人で扉を叩き、妙に中で慌てた音がして。

顔を見合わせながら待つこと少々。

 

いつかのTシャツ姿で現れた希亜は、妙に気が抜けているようで。

だからこそ、その裾についた黒い毛について問い掛けたら。

中から聞こえたのは、妙にあちこちの枝で聞く獣の鳴き声。

若干強引に中に入ると。

 

みゃーん、なぁーご、ごろごろ……。

 

そんな鳴き声を発する、籠の中に入った毛玉が一匹。

希亜の特徴……というか、体質というか。

猫に逃げられ続けるのを知ってる俺からすれば、当然のように聞きたくなるのも同義なんだが。

 

「……貰ってきた。」

「は?」

「前、言ったっけ。 私の家じゃ猫飼えないって。」

「ああ、まあ聞いたが……。」

 

話す俺達を他所に。

物珍しそうに、その全身が真っ黒に染まった子猫を構う天と。

見知らぬ相手にも関わらず、興味深そうに肉球で構っている猫。

何だこの光景。

 

「私が駄目じゃない、ってのも言ったよね。」

「……まあ。 でも……希亜、逃げられてたよな?」

「あの時のことは思い出させないで……ちょっとつらい。」

「お、おう。」

「それで……急に引っ越すことになったわけだけど、前々から飼いたいって話だけはずっとしてたの。」

「まあ、我儘……ってところか。」

 

学業に打ち込んで、「いい」子に成り続けようとしてたことは知っている。

正義にこだわり続けるのも、希亜の妹の出来事を背負い続けているからこそ。

 

「私は良くは知らなかったんだけど……お父さんの同僚が猫飼ってたみたいでね。 増えすぎて困ってたみたいで。」

「それで貰ってきた、と。 希亜に懐いてるように見えるが。」

「ううん……良くは分かんないんだけど。 匂い、とか?」

「匂い?」

「私の家の匂いが薄くなったから……とか。 分かんないよね。」

「まあ、飼えるならそれでいいとは思うが飯とかは?」

 

うん、と立ち上がって押し入れを開ける。

猫用品、猫の餌、後お菓子その他諸々。

いつの間に用意したんだそんなもん。

 

「えぇ……。」

「引き取ってくれるから、って。 この子が好きな一式貰ってきたんだって。」

 

なーう。

 

「お~……にぃに、可愛いねこの子。」

「まあ子犬でも子猫でもこの年代ならそうだとは思うが。」

「猫のほうが可愛い。」

「急に真顔になっても無駄だと思うんだが……まあその辺は好き好きってことで。」

 

俺も嫌いではないしな。

まあ、問題は幾つかあるんだが。

 

「なら希亜がここから出ていく時はどうするんだ?」

「いつ出ていくか……がはっきりしてないけど、大学までだったらこのまま連れて行く。」

「それより前だったら?」

「なんとか説き伏せて残る。」

「実質一択じゃねえか!」

 

なんでこんなポンコツになってるんだ……。

まあ文字通りの意味で猫可愛がりするんだろうなぁ、というのは予想に難くないが。

 

「そもそも飼ってよかったのか? ここ。」

「柱とかに傷つけすぎないなら。 実質的にケージに入れてるって前提だったら良いみたい。」

「へえ……。 で、傷つけないって部分は?」

「爪とぎはちゃんとさせるから大丈夫。」

「物凄い燃えてらっしゃることで。」

「だって、翔。 猫だよ?」

「それでゴリ押ししてくんな! というかその姿であんまり近寄らないでくれ!」

 

()()見えそうになるって前言わなかったか!?

というかなんで急にそんなだらけてんだよ!?

 

「む~。」

「ねえお兄様。 痴話喧嘩はそこまでにしてくださる?」

「誰と誰が痴話喧嘩してるっつーんだよ。」

「え、お二人さん。」

「絶対これは痴話喧嘩って言わねえ……。」

「痴話……つまり、そういう仲だって認めてるってこと?」

「自分に都合がいいことだけ聞こえてるな!?」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎつつ、着替えるのを待って。

猫の入ったケージ毎、俺の部屋へ。

黒子猫の食事は専用……というかそれこそ食事を取り始めてからずっとそれを使っているという皿で。

固形食を美味しそうに食っている。

 

「そういや此奴何歳なんだ?」

「……四ヶ月くらい、って言ってたかな。 躾とかしてたみたいだから。」

「そうなると微妙に子猫って分類で良いのか悩むな……。」

 

優しい目線で、その猫を見つめている希亜を見ている俺達。

こういう場面だけを見れば、凄く子供っぽい。

 

「よーしよーし、一杯食べてねシュバルツ。」

「……シュ?」

「シュバルツ。 この子の名前。」

 

ただ、そういうセンスだけは理解出来ずに。

 

「……変わってるよね、結城先輩。」

「聞こえるから黙ってろ。 まだこれくらいなら可愛い方だろ。」

「うわ、あばたもえくばだ。」

「えくぼだろ。」

 

それを見ている俺達は、名前を覚えるのでちょっと苦労した。




にゃーん。


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72.夜闇。

誰の味方だ、なんて言葉もあるけれど。


 

食事後。

とは言っても適当な野菜を乗せたサラダと買ってきた揚げ物。

それと家から持ってきた米を炊いたお手軽セット。

これでもまぁ中の上辺りの筈なのに、何処か物足りなさを感じるのは。

随分と舌が肥えたと言うべきか、色々と胃を掴まれていると言うべきか。

 

「さてご馳走様。」

「ご馳走様。」

「ご馳走様でしたぁ~。」

なーお。

 

まあ、今までの生活に戻っただけでもあるし。

寧ろナインボールでの食事回数が減った分、彼処の味が少し恋しくなったりもする。

まあ都の料理のあちこちにそんな成分が見えるから。

余計に胃を持っていかれてるのだろうけど。

 

「しかしこの子猫、妙に大人しいな……。」

 

誰が飼い主なのか分かっているのか。

それとも単純にそういう性格なのか。

現状は希亜の膝の上で丸まっているその毛玉を突付いてみれば。

特に動くこともなく、指先にふわりとした毛の感覚。

あ、ちょっと面白いと言うか……良いなぁ、何かこう言うの。

 

「あれ、兄やんが楽しそうだ。 そんなに動物好きだっけ?」

「あ~……いや、元はそうでもなかったんだが……。」

「だよね、気が変わった?」

「こうして身近に感じるとな~。」

 

まあ、俺の場合はそんな伝手があるわけでもないからペットショップとかか。

飼う以上、ちゃんと注射やら……その、去……とか、ちゃんとしてからじゃないと。

そんなくらいの知識しかないが。

 

「翔も飼いたいの?」

「俺の場合は両親の許可いるだろうけどな。 そういう部分で掛かる費用も考えないといけなくなるし。」

「でもなんか似合わない……。」

「オイコラ何か言ったか!?」

「なんでも無いですゥー!」

 

うるせえよ俺に似合わないのは俺自身が一番分かってるわ!

ただ興味憶えただけでそこまで言われる覚えねえぞ天……!

 

「まあまあ……。」

「まさかにぃにがここまでマジで切れるとは……。」

「お前微妙にチキンレースしてねえ? 怒っていいか?」

「ステイステイ。」

「まだなんか舐められてる気がする……。」

 

天の方を見ながら、猫の方へ手を伸ばせば。

先程までいた辺りで感じたのは柔らかい感覚は感覚でも、毛のものでなく。

もう少し硬質というか、人肌の感覚で。

 

「んっ……。」

 

目線を向ければ、

妙に艶めかしい声を出す希亜の姿。

その手が触れていたのは太腿の辺り。

子猫は移動していたのか、床辺りを肉球で突付いていた。

 

「……悪い。」

「……別に、良いけど。」

「お二人さーん。 私を置いといて世界作るのやめてくれますー?」

「あ、いたんだ。」

「最初からいたっしょぉ!?」

 

冗談なんだから分かって受け止めろよ。

いやまあ、最近スキンシップが過剰になってる気はしてるが。

俺からだけじゃなく天からも、双方向に。

 

「……なんていうか。」

「ん?」

「二人って普通の兄妹……って言って良いのかな?」

「え、どうしたんですか急に。」

「距離感が良く分からないの。 ゲームとかだと二人くらいの感じはよく見るんだけど。」

 

自然と天を見た。

まあ、距離感が独特だという希亜の言い分もよく分かるからこそ口籠った、というのはある。

何方から話すか少しの間譲り合いがあって。

結局、話し始めたのは天からだった。

 

「え、っと……。 まあ、まず私達は()()()()()()とは思います、よ?」

「自覚はしてるんだ。」

 

なーおう。

猫の鳴き声が間に入り、緊張感なんて言葉は初めから無かったように。

自然と話が続いていた。

明らかに内容は、インモラルな事なのに。

 

「結城先輩の事情は……貴女から直接聞いたわけじゃないから置いとくとして。」

「うん。 直接言ったのは、翔と……あれ、他に誰か教えたっけ?」

「俺に聞くなよ……。」

「まあいいです。 私の事は多分何となーく理解してるでしょーし。」

「あの時に召喚された全員の共通点が同じだとしたら……まあ。」

 

俺を睨むな。

どの枝の記憶も主体験としてあるのは俺だけなんだから、どの枝の選択も理解してるし。

それに多分、禁断の関係性がなければ此奴もっと積極的に襲ってきてた気がするぞ。

 

「物心付いたくらいから、見てた視点が違うので。

 多分質問には答えられない……というのが正しいんでしょうけど。」

「そっか。」

「結城先輩が知りたいのって、そんな答えでいいですか?」

「ええ。 私と妹は同性だったから……って。 ちょっと思っただけだから。」

 

そういう台詞一つ一つが、彼女にどんな影響を与えているかは。

外部から見ている俺には理解しきれるものではなかったけれど。

 

「……だったら、ですけど。」

「?」

「今日、話聞かせてもらってもいいですか? その……女子会? みたいな。」

「おい、そんな急な。」

「……良いよ。」

「!?」

 

意識の通じる部分でもあったか!?

二人は何かを理解したような顔で頷きあっているわけだが。

……俺にはよく分からん。

 

「希亜、良いのか?」

「ええ。 ちゃんと話は、してみたかったし。」

「そう言えばあんまり話したことなかったですもんね~。」

 

まあ、当人がそう言ってるならそれでいいが。

……部屋には戻れよ?

俺の部屋に居座るなよ? 折角引っ越してきたんだし。



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4/25(月)
73.夜明け。


夜が終わり、朝が来る。


 

結局俺の部屋で話し始めようとした二人を追い出して一安心。

その際になんだか言いたげで、それでも言えないような希亜と。

明らかに文句を連呼してきてる天が相対的だなぁとは思った。

 

「久々にのんびり出来る……!」

 

いや、こんな事してて良いのかという感覚はあるが。

ほぼ毎日を共に過ごしてる関係上。

折角の一人の時間のはずだった、今日の午後がああなってしまった以上。

天と希亜が女子会とやらを開いている今の時間が引き続きの時間と相成ったわけで。

随分と広いような感じがする部屋で、一人横になる。

気付けば、うつらうつらとし始めて。

目を閉じたのは――――自分でも理解出来ないうちにだった。

 

夢のようなものも見ずに。

今週で大きく変わった、変わりすぎた日常に。

四人の、知り合うことになった少女達に。

失うことになった、一人の友人に。

そんな思いに、呑まれるように。

 

 

ぴん、ぽーん。

 

「……ん?」

 

次に目を覚ましたのは、玄関口からのインターホンの音だった。

薄目を開けながら時計を見れば、現在時刻は朝の五時。

学校だからとは言え、明らかに起きるには早すぎる時間帯。

そんな時間帯に?

 

少しだけ背筋に冷たいものが走り、LINGの連絡を覗く。

何度か連絡はされていたようだが、時間帯としては昨日の深夜。

だが、個人枠としてつい先程から希亜から幾度かの連絡が来ていた。

生唾を飲み込みながら、通話のボタンをタッチした。

電話に出るまでのコールは、普段よりも長く感じた。

 

『……もしもし?』

「ああ、悪い俺だ。 何度か連絡してくれてたみたいだが。」

『そう。 ……扉開けられる?』

「別にいいが……こんな朝早くからか?」

『うん。』

 

……うん、と来たか。

何をする気なのかは分からないが、チェーンを掛けたままで扉を少しだけ開く。

少しだけラフな、制服の上着を脱いだだけの格好をした希亜がそこにいた。

チェーンを外し、中に招き入れる。

 

「……おはよう。」

「ちょっと遅いけどな。 ……んでどうした?」

「朝ごはんどうするかな……って。」

「それならメッセージで良かったんじゃねえか……?」

「折角近くにいるんだから、顔見たくて。」

 

真正面からそういう事を言われると。

少しだけ目線を逸らして、一度軽く咳をして自分の感覚を落ち着かせた。

 

「なら……あー、天は?」

「まだ寝てる。 シュバルツも丸まってたから。」

「人んちだっつーのに……。」

「大分遅くまで話ししてたから、ね。」

 

何時までしてたのかをふと聞いてみれば。

彼女自身も細かい時間を覚えているわけではないけれど、二十四時は確実に回っていたとか。

……それだけ話すことがあったのか?

こう言っては悪いが、一対一だと余り話が弾まない相手だと思ってたんだが。

 

「仲良くなれたのか?」

 

そんな事を、聞いてみれば。

 

「うん。 ……皆の後輩だし、妹みたいなものだもんね。」

 

その妹の頭には義理の、が入るのだろうか。

まああのウザさも聞かないでいれば少しばかり耳が寂しく感じなくもない。

仲が悪いよりは、良いほうが良いに決まってる。

そんな意味合いで、薄く頬を緩めた。

 

「ねえ翔。」

「ん?」

「その顔、見慣れてないと怖いと思うよ?」

「朝からストレートな言葉をどうも……!」

「……冗談。」

「冗談に聞こえねえよ!?」

 

朝方からそんな言葉を叫べば。

彼女特有の、凛とした態度から崩れたようなふにゃっとした笑顔を浮かべている。

それを言わせたいがために……というのは流石に考えすぎだと思うけれど。

 

「まあ良いや……話戻すぞ。 朝飯だっけ?」

「そう。 翔は?」

「俺普段はこう、ゼリーで済ませてるんだが……。」

「それで持つの?」

 

キョトンとした顔。

いやまあ、実家にいた時はある程度まともにというか。

用意されたものを残す気にもならずにちゃんと食べてたが。

 

「持つっつーか、まあ朝用意するのも面倒でな~。」

「ふぅん。 食べるなら用意しようと思ったんだけど。」

「用意……って、希亜がか?」

「意外?」

「正直に言って。」

「失礼……だけど、まあ私も分かるよ。」

 

自分でいうのかよ。

 

「……まあ、作ってくれるなら食べるが。」

 

そんな言葉を絞り出すのに、少しばかりの時間を要した。

話が途切れて、妙な感覚に包まれた雰囲気を壊すのに掛かった時間だ。

それはまるで、この枝で初めて希亜と結ばれた時の雰囲気のようで。

自分がそれ程までに猿なのかと、自己嫌悪するのに必要だった時間でもあった。

 

「いいの?」

「それは此方が言うべき台詞じゃないか?」

「そうかな。」

「そういうもんだよ。 ご馳走に預からせて貰う。」

 

だったら、と彼女は改めた様子で。

 

「招待させて貰うね。 私の、新しい家に。」

「一度行ってるけどな。 ……ま、かなり早いがお呼ばれされるとするよ。」

 

何しろ、普段ならまだ寝ている時間帯だし。

戻る時に天も引き取ってこないといけないし。

それに、何かこう言うのは憧れる。

作りに来てもらうんじゃなく、呼ばれるというのは。

……あれ?

そういや、女の子の部屋行くのって希亜が初めてか?



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74.少しだけ。

約二ヶ月ぶりデース。
暫くは別作品とかもあるので超絶不定期デース


 

入って最初に感じたのは幾つかの違い。

部屋の中は片付いている、というよりも物が少ない。

それは当然だ、引っ越してきたばかりというのもあって奥に幾つかの段ボールがあるのが見える。

周囲に漂う匂い、というか香りは俺の部屋とは明らかに違って。

生活臭……とでも言うのだろうか。 確かに「女の子」らしい雰囲気を感じて少しだけ赤面する。

押し入れが空いていて、中身の幾つかが見える……というのは一旦無視するとして。

隅の方で丸くなっている、ブランケットらしきものを被った天を冷めた目で見つつ。

蹴飛ばしてでも起こすことを固く決意する。

……シュバルツって言ったか、あの子猫が天の上に乗ってるのは何だあれ。

 

「幾ら知り合いとは言えいつまで寝たままなんだこいつ……?」

「……普段起きる時間どうなの?」

「電車があるとは言っても学校までの距離が距離だからなぁ、春風と同じ電車なんだし……まあ普段なら未だ寝てる時間ではあるか。」

 

具体的には後十分程でおかんに叩き起こされる時間である。

まあ我が家の恥に成りかねない事は一旦黙っておくことにする。

朝に強い弱いで言えば、俺はまあ普通で天は弱い側だし。

 

「だったら、もう少し寝かしてあげる?」

「いや、もう叩き起こしていいだろ……家主が起きてるんだし。」

「うん。 ……だったら、準備してるね。」

 

キッチン、というには狭い場所へと向かう彼女の背中を視線で追った後。

一度溜息を漏らして全然違うもう一人を眺める。

俺だけだったら下手すれば寝かしていたかもしれんが。

此処は飽く迄希亜の家。

なら起こさない理由のほうが無い。

 

「つー訳で……起きろ!」

「わひゃあ!?」

 

まず子猫を被害が及ばない場所へ移動して。

物理的に丸くなっていた駄妹のブランケットを引き剥がす。

借り物だろうから破れないようには注意するのは当然だが。

ある程度強引でもなければ多分後何分、とか言い出して二度寝モードに入るだろうから。

完全に、完璧に目が覚めるように無理にでも動いたほうが良い。

 

「え、何!? 何事!?」

「何事じゃねーよいつまで寝てんだよ!」

「え、いつまでって……まだこんな時間じゃん!」

「まだじゃねーよ今何処だと思う!?」

 

へ、と言葉を漏らした。

……俺の部屋にいる時ならまず間違いなく深夜帯にも起きるだろうし俺より早く起きる癖に。

他人の部屋、というよりは()()()()()()()()()だからか?

実家みたいな状態になりやがって。

 

「あれ……此処、結城先輩の部屋?」

「そうだ。」

「にぃにの部屋で寝てたと思ったんだけどなー。」

「仮に俺の部屋だとして、何で寝てて良いことになる……?」

「いやだって兄やん、普段この時間なら寝てるじゃん。」

 

……?

…………?

良し、落ち着いて天語を解読しよう。

つまり、俺が普段なら寝てるからもう少ししたら起きれば良いと。

間違ってはない、間違ってはないんだろうが。

 

「何にしろデコピン一回でいいか?」

「やだよ痛いじゃん!」

「だったらとっとと顔洗ってこい!」

「うー……はーい。」

 

……全く、でいいのか何なのか。

それらの被害を受けて、黙って見ていたらしい黒い毛玉は。

なーう、と小さく鳴いて何かを催促していた。

 

……これで良いのか?



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75.何かを。

求める心と与える心。
逆なようで、大元は同じで。


 

妙に構ってくる黒い毛玉(シュバルツ)の相手をしながら待つこと少し。

扉越しではあるけれど、俺の鼻にも美味しそうな匂いが漂ってくる。

朝は正直に言えば軽い……それこそゼリー飲料で済ますことが殆どだったが食べられないわけではないのだし。

少しだけ、離れたと言っても電車で直ぐの実家のことを思い出した。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

それは、多分――――。

 

「ごっはんー、ごっはんー♪」

「何でそんなにテンション高いのかは知らんが……何だその謎の唄は。」

「作詞作曲編曲私!」

「素直に即興とか言わねえ?」

 

朝から妙にテンションが高いのが横にいるからだとは思う。

いや少しは手伝おうとか思わないのだろうか、と。

俺は自分を自分で棚上げしながら思うのだが。

 

「へ、何その『座ってるだけで良いのか』みたいな目。」

 

その考えを読んでくれるほど気が利く妹だったら良かったのになぁ。

 

「大体理解してるのならその通りにしてくれても兄としては良いと思うんだが。」

「にぃにが手伝いに行っても私は良いと思うんですよ。 出来る妹としては。」

「俺とお前の間だと出来るの言葉の意味合いが違うようにしか思えんのだが。」

「えー……ないわー…………。」

「俺が罵倒される理由あったか!? 今の台詞で!?」

 

空気読めよ、みたいな目で見られる理由が全く以て浮かばない。

俺からすればその目を向けられるのはお前なんだが。

幾ら()()()()とは言え。

他校の先輩相手の家に泊まって堂々と寝過ごし続けていた辺りとか。

 

「いやいや、普通に考えてみようよ兄やん。」

「何をどう普通に考えれば良いのか分からんが一応聞いてやろう。」

「うわナチュラル上から目線だこいつ……。」

「良いから言えって。 で?」

「あのさ。 朝から美少女が家に誘ってきて朝食作るっていう現状があるわけだよ?」

「……客観的に言われると大分狂ってるのを実感するがそうだな。」

 

これを当たり前とか思ってたら一ヶ月くらい前の自分にぶん殴られるとは思う。

……まあ、現状が一時休止というか。

情報がないから動けない、そんな状況だからこそ発生してる時間帯なんだが。

ソフィに聞いても……呆れられるで済むだろうか。

いや正直分からん。

 

「そこでただ座って待ってていいの?」

「準備してくる、って言った家主にそんな事言えると思うか?」

「少しくらいは手伝えるじゃん!」

「そっくりそのままお前に返したいんだが。 ブーメランって知ってるか?」

「昔よく遊んだよねー。」

 

目を逸らすな目を。

というかお前とブーメラン投げあった記憶なんて欠片もねえぞ。

いや口喧嘩ならあったかも知れんが。

 

「で、話を戻すが。 お前は良いのか性別女子。」

「性別差別はどうかと思うよ兄やん。」

「将来を考えると凄まじく頭が痛いんだが……。」

「むぅ。 ……やっぱり手料理とか憧れたりするものなの?」

「…………そう、だな。 うん、凄い憧れた()()()()()。」

 

脳裏に浮かんだのは都との枝の出来事。

何事にも気付けずに、何事も理解しなかった時の二人の記憶。

あの時は……学年一。

或いは学校一だと思っていた美少女の手料理に憧れたのも間違いない。

ただ――――。

 

(今思い返すのは凄い罪悪感を感じる……。)

 

相手が違うのだから。

作って貰っている相手が違うのだから。

そんな考えは。

突然押し黙った俺を心配そうに見る天と。

扉が開いて、匂いが直接的になった幾つかの料理を持った希亜と。

俺を前足の肉球で叩いていた子猫がそちらに駆け出していくのを以て。

脳裏の片隅へと押し固めることで、一旦脇へと寄せることにした。

 




ちょい短めー。
仕事が落ち着いて安定し始めたら&過労が落ち着いたら定期で更新したい。

……しかし全年齢版か、まあいつかは出るとは思ってたけど。
表名義と裏名義大丈夫? ってところで爆笑してしまった俺が言えることではない。


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76.理想の狭間。

うまぴょいしてたり別の書いたりしてたら半年経ってました(小声



 

学校への通り道。

周囲を囲むのは、以前であれば夢にも思わなかっただろう接点のない二人と張り付く一人。

既に希亜とはマンション前で別れ、それぞれの行き先へと登校しながらも。

たった一週間のはずなのに。

繰り返し続けた事で、()()()()()()()()が崩れるような錯覚を覚えながら。

 

「…………ねむ。」

「もう、月曜日だからとはいえちゃんとしなきゃ駄目だよ?」

「……みゃーこ先輩は元気だねえ、兄ィ。」

「お前もお前で妙に疲れ切ってるよな……さっきまで元気一杯だったってのに。」

「学校ってさー、何かこう……妙な感じにならない?」

 

答えにくい答えを返すんじゃない、とばかりに溜め息を吐けば。

ふぁ、と誰かからの声が聞こえる。

そちらを見れば、言った当人の都自身も欠伸を漏らしていて。

 

「…………///」

 

咄嗟に顔を反らしたものの、赤くなった顔は当然のように見えていた。

後耳あたりも普段より赤くなっていて。

 

「ねえにいに、見た?」

「見て、聞いたな。」

「それ以上言わないで……。」

「まあまあ……誰でもそういうことはありますから。」

 

話を聞いているだけだった春風が、俺達の間に入るように声を振るものの。

 

「地味に止め刺してるって気付いてるか?」

「へ?」

 

流してあげればそれで済む話だったのに。

漫画的な表現をするなら、頭から煙が浮かんで見えそうだなぁなんてくだらないことを思って。

 

(……こういうのが、当たり前になるには。 少しばかり短すぎる気がするんだけどな。)

 

……まあ、そういうところも流しながらの通学。

段々と、生徒の数も増えていき。

ちらちらと俺(正確には周囲の少女三人)を見る目も増えてきた。

直接声を掛けてくるような相手はいないけれど、所々で漏れ聞こえてくる声は……まあ、いい言葉とも思えない。

赤信号で立ち止まり、LINGのいつもの部屋に書き込むことで直接の言葉を一旦打ち切る。

 

『で、今日はどうする?』

 

そんな、曖昧な答えを投げ掛けて。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ぴろんという音を周囲に撒き散らす。

慌てるようなフリをして、再度マナーモードに設定し直せば。

気遣いと言うか、そういうところに鋭い三人は。

赤信号から青信号に変わるまでの本当に短い間だけで、幾分かの会話を成り立たせた。

 

『お昼? 放課後?』

『まずはお昼で良いんじゃないかなぁ。』

『いつも通り中庭……で宜しいでしょうか?』

 

学校での変化をそれぞれで確認する。

クラスメイトにいるかも知れないユーザーの情報を追う。

それらを、中庭での昼食を交えながら報告する。

そんな、あっという間に決まった。

今日の大雑把な予定の最後に付いた一つのスタンプと一つの言葉。

 

『…………良いな、みんな。』

 

送り主が、誰とは言わない。

……なんと言うか。

身内に近いからこそ、甘えたがりな一部分が見え始めていることに。

不謹慎ではあるけれど、ちょっとばかり苦笑いと。

不可思議な感情が、心の底に湧き出した。

 

周囲も多分、同じ感情を抱いたのだろう。

四人で顔を見合わせて、同じような顔色を浮かべながら。

異口同音に、同じ台詞を吐き出した。

 

『これはずるい』と。



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77.そんな。

全年齢版OP公開されましたね。
歌詞聞く限り全編を語ってるようにしか思えないけどどうオチ付けるんだろ……戻った場所次第でも被害者は出るんだが…………。



思うは心。
想うは先。
懐うは過去。


 

身体が痛い。

精神が痛い。

何かを掘り起こし、傷付けるように。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

何がなんだか分からない。

一体何なのか、それすらも理解できない。

けれど、確かに。

自分の外と、自分の内側が焼け付いていく。

 

その感じは、どこかで味わったことがある。

身体的な痛苦として。

精神的な、大事なものを失った代償として。

俺には二度と手に入らない、たった二人だけの■■を手放した痛苦として。

 

何か、大事なものが脳裏に過ぎっていく気がする。

()()()()()、それを思い出してしまえば動けなくなるかもしれない。

そんな無意識の直感が、それから目を背け。

反らした先で、何かを無理に見させるように脳裏に瞬く。

 

『――――!』

 

それが視界に入るか入らないか。

そんな折に、誰かの声が聞こえる気がする。

男か女かも分からない、誰かの声。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

何も見るな。

上へ向かえ。

 

言ってしまえば、たったその2つの行動だけ。

身体の痛苦が、周囲を見るように囁きかけ。

精神の代償が、下へ下へと誘い掛け。

どこかも分からない、ここへと縛り付けようとしていて。

 

――――だからこそ。

何が起きているかを知るために、俺は上へと浮上を繰り返した。

 

甘い、誘いを振り切るように。

 

 

「――――ん、ぁ?」

 

意識が、少し飛んでいた……のか?

そこまで満腹になった覚えもないし、普段と変わらないはずなのに。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()記憶を辿る。

 

そう、今は授業中、午後初めの――――筈。

昼休み、いつも通りに全員(マイナス一人。 スマホからの遠距離参加。)で話しながらの食事を済ませ。

談笑しながらの、春から夏になり初めの「暖かい」から「暑い」へと移り変わろうとするような気温の中。

中庭での談笑の中、何かを見たような。

妙に淀む記憶の中では、それが何なのかは思い出せずに。

 

(授業くらいは、真面目に…………。)

 

自分の中の記憶に埋没したからこそ。

()()()、おかしいことに気付くのが遅れた。

()()()、明らかにおかしいことに気付けた。

 

音が、何もしない。

 

教師が黒板に授業の内容を記す音も。

それをノートに記す音も。

クラスメイトが交わす、私語でさえ。

目に映る全員が同じように、机に、床に伏せている。

 

「…………――――!?」

 

それに気付いてしまえば、目は見開くはずだ。

けれど、重い瞼は変動するどころか更に重力を増したように張り付いた。

 

(何だ……アーティファクト……ユーザーか……!?)

 

必死で、糸目のように薄く外界を見ようとすれば。

同じように、けれど俺よりも動きが明らかに鈍い都が周囲を見ているのが目に入る。

咄嗟に、筆記用具からボールペンを取り出し。

くらり、と揺れる頭を必死で留めながら。

机の上の手の甲へと、()()()()()()()

 

「……()……()!」

 

振り下ろしたわけではない。

けれど、インクが強く刻まれ痕になる程に押し当てた結果。

ヒリヒリ、をかなり強くしたような痛覚は確かに俺の意識を取り戻す切っ掛けの一つとなった。

授業中、という状況を忘れてでも大きな音を立てながら立ち上がり。

意識を朦朧とさせる彼女へと近付く。

 

「――――。」

 

声にならない声を漏らし。

口元を微かに変動させている。

何かを口にしようとしているのに、言葉が浮かばないというようで。

けれど、その目は何かを確かに謳うようで。

 

そんな中、俺が取った行動は。

俺が、取れた行動は。

俺自身にしたことと、()()()()だけだった。

 



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78.行動。

己の為か。
誰の為か。


 

「……意識して、瞼を開こう。」

「そう……だ、ね。」

 

腕――――というよりは手の甲を抑える都。

其処に付いていたのは肌に目立つ、赤い痕。

俺自身が刻みつけた、現状に対する咄嗟の応急処置で傷そのもの。

俺は左手、都は右手。

互いに、同じように付いたそれが命綱だと()()()()()()()()

 

周囲は死んだように沈み込み。

互いを見つめながら、授業という前提を放棄して教室の外へと扉を開けた。

普段ならばどこからか聞こえてくる雑音すらも、今は無く。

――――けれど。

 

…………ぺたり。

…………だぁん。

 

誰かの歩く音と。

何かがぶつかる音が、遠く聞こえる。

 

「……聞こえた、か?」

「う、ん……。」

 

そんな信じ込みが効いたのか、或いは別の要因か。

妙な、明らかに異常な眠気は少しずつ遠ざかっていくように感じた。

だが、隣の都は未だにどこかとろんとした寝ぼけ眼で。

……この差は、何だ?

 

「……ソフィ、いるか?」

 

少し待ったが、無反応。

ということは現状を俯瞰しているわけではない、ということになる。

確認する手立てが一つなくなったことに心のなかで舌打ちを重ねる。

 

そうこうしている間にも、動きは変わる。

足音の方に行くべきか、それとも物音の方に――――。

そんなことを考えていた時だった。

かつん、という足音が階段を降りる音へ変わったのは。

咄嗟に警戒をするが、やはり自覚できる程度には動きが鈍い。

 

だからこそ、自分が階段側に。

都を自分の背で庇うように位置を変えた時に。

 

「……()()?」

 

聞き慣れた、けれどそんな呼び方をするのは()()()()()

当然のように、何の影響も受けないように。

かつんかつんと歩みを進めてきたのは。

 

「春風……いや、女王、か?」

「……ええ。 お久しぶり、と言って良いのか迷いますわね。」

 

アーティファクトの能力で生み出された、もう一人の春風。

つまり、当人が寝ていようと動くことが出来る。

そんな存在が、彼女自身の身体に何かを纏うようにして立っていた。

 

「……ああ、少々お待ち下さいましね。」

 

彼女の、身体に纏うもの……恐らくはアーティファクトが一度強く光る。

気付けば、俺達の身体を同じものが包んでいた。

同時に、先程まで感じていた眠気が完全にどこかに消える。

手の痛みが残ってしまっているが、これくらいなら耐えられる……というか不本意ながら慣れた。

 

「一応確認させてくれ。 何をした?」

「周囲に、無差別に撒かれている悪影響を避けるようにしただけですわ。」

「あ……本当だ、眠気が消えた。」

 

そんな対話を重ねていれば、当然隣りにいる都も影響を理解して普通に戻る。

 

「大丈夫か? 悪い、肌に傷をつけることになって。」

「ううん、これくらいなら残らないだろうし……それに残っても、ね。」

 

気にしないで、と呟くからこそ余計に気になるんだが……今は、それどころではなく。

 

「これ、やっぱりユーザーの仕業か?」

「でしょうね。 (わたくし)自身はもう一人の私、本体が眠ったことで切り替わった感じですので。」

「春風が眠った、ってのは怖いな……。 ソフィも応じてくれなかったしな。」

 

抵抗力だけなら俺の知る限りで最上位の春風が眠らされた、というのは驚きを通り越して冷や汗が出てくる。

恐らくは”対象を絞らない”からこそ無差別に、全てに強い力を発揮してると思うんだが……。

 

「ええと、それで。 ……これからどうするの?」

「決まってる。 ユーザーを止めないとどうしようもないだろ……いや、止めてももうどうしようもないかもしれないが。」

 

学校中が全員謎の理由で意識を失った。

それだけで大惨事という言葉を通り越して、影響を考えるだけで震えが出てくる。

……休み潰れたりしねーと良いんだが。

 

「なら……下?」

 

未だに、何かにぶつかる音が響く。

上から降りてきた春風がいる以上、そいつは下なんだろうけど。

 

「……一応、警戒しておいてくれ。」

 

当たり前の言葉を出すのが、精一杯だった。

影響が強すぎる相手、見知らぬユーザー。

……何が起こるかも、分からないのだから。




サトウ……ドコ…………?


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79.打音。

何かを戒めるかのように。
何かを悔いるかのように。


 

階段を降りれば、響いていた音は段々と大きくなってきた。

同時に、周囲の異常に目が向き始めたのは――――恐らくは、春風の保護があってこそなのだろう。

 

「……なぁ、都、春風。」

 

女王であっても、肉体は同一。

故に呼び名を変える事はなく――と言うよりは気にする余裕がなく――声を投げ掛ける。

 

「どうか、した?」

「何か気付きましたか?」

 

二人は気付いていないのか、或いは周囲が当然のように見えているのか。

同調はし続けている筈だが……その辺りの影響力に関してまでは分からないし、知る時間もなかった。

分かっているのは、互いのアーティファクトを利用できる。

そして、それらを利用してのほぼリアルタイムでの強化・同調反復。

……()()()()にも手を出すべきなのかは、踏ん切りがついていなかったが。

今はそんな事を考えている余裕はないのだと、改めて気を引き締める。

 

「俺だけかもしれないんだが……なんだか、周辺の廊下の()()()()()()か?」

 

なんと言えば良いのか。

この学校だって出来たばかりとは到底言えないから、所々壁がくすんで見える場所だってある。

隅の方だったり、或いは物陰だったり。

そういった場所を含めて――――なんだか、明るいと言うか。

言ってしまえば、()()()()()()()()()()に見える。

 

「色……?」

「私は……申し訳有りません翔様。 とてもそうは見えないのですが。」

「さっきまでは俺も気付かなかったんだけどな。」

 

二人の反応からして、見えているのは俺だけ。

となれば、相棒由来か……或いは、体内に取り込んでいる破片の影響の強度差か。

何にしろ、今はあって困るものじゃない。

 

「向こう……体育館のほうが少し濃くなってる気がする。 少しの差にしか見えない気もするんだが。」

 

何かにぶつかるような音は、そちらから響いてくる。

つまりは、この妙な状況を引き起こしているユーザーも向こうにいると考えて良い筈。

 

「何にしても……。」

「そちらに行くのは必須、という事ですわね。」

 

二人は音を頼りに。

俺は音と、色の濃さを頼りに。

体育館へと、足を向けた。

 

()()()、とした明らかな異常が身体に張り付いては来るが――――其処は、春風の持つアーティファクトの効果。

『眠らない』と定義付けた自身と俺達、そしてその能力を「保てるように」実現化する俺。

何方かだけであれば途中で効果が薄れていた危険性もあったが……前の枝で、経験していることだから。

 

がつん。

がつん。

がつん。

 

体育館へと通じる、鉄製の……言ってしまえば安全扉のようになっている少し重い扉。

その前で頭をぶつけ続けながら、何かを呟いているユーザーの前にたどり着くことは難しくはなかった。

 

『眠れない眠れない夢を見たいのに夢くらい見ていたいのに彼女と彼奴と彼奴等と過ごす夢くらい…………。』

 

ぶつぶつと、意味を持たない言語を垂れ流すだけのそれは。

一年生と思われる――――体操服姿の男子生徒だった。

 

がつん。

 

『俺だって僕だってやりたいことだって願いたいことくらい自由だろでもなんでなんでなんで……。』

 

がつん。

 

俺達でさえ、言葉が出ない……口を出すに出せない、その状況。

 

ぶつけることで、鉄製の扉に振動が伝わる。

少しずつ、変形とともに額が割れた血液が飛び散っている。

同時に揺れる、耳元の装飾品。

――――その血が見る見る間に蒸発し。

俺の見る、桃色の何かに変動する様。

 

幾度もぶつけたことで、体操服の上着が捲れ。

その腹部に、大きく広がるスティグマが侵食を示し。

彼の放つ体液全てが、今のこの学校を侵食し始めている。

 

「…………。」

「ぇ……。」

「…………。」

 

呼吸を飲む、都。

口を抑える、春風。

そして、腕を伸ばさざるを得ない俺。

 

今のこの状況を止める手段は、俺の取れる範囲でたった1つ。

都の持つ、簒奪、盗賊――――奪取のアーティファクトを行使すること。

問題は、契約しているアーティファクトの位置そのモノなのだが……今は、気にしなくても良かった。

 

「……都、力を借りる。」

 

そんなことを囁いて。

彼女の返事を待たずに、手の中に引き寄せるように。

狙うは、耳元の装飾品。

服装に似付かわしくない、明らかに異物のそれ。

それを奪うために、力を集中する。

 

すぐ近くに、契約者がいるのに。

眷属に過ぎない、同調しているに過ぎない俺が使おうとする理由は。

今のこの状況を止めたい。

彼女に、手を汚してほしくない。

そんな、俺の我儘故に。

 

 

――――ちりん、と。

 

金属の音が、廊下に響くのと。

彼が、倒れるのは――――同時だった。

 

…………そんな光景を見続けていた。

都が倒れるのも、また同時だった。




ねむい


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80.余波。

影響。
それを避けるには、彼等には。


 

全員が意識を失い、気付いたら一時間も経過していた騒動。

ほぼ全ての生徒・教員まで倒れ込んでいた騒ぎがそう簡単に片付くわけもなく。

何が理由なのか、全員の体調面に異常がないか。

そんな至極当たり前のことを調べる為――――全員が一度、急遽病院へ向かうこととなり休校。

同時に施設内の調査の為に明日一杯も立ち入り禁止・休校と相成った。

 

『しっかし何だったんだろうな。』

『ガス漏れだったとかって聞こえてきたけど……。』

『もしそうなら匂いで気付くんじゃね? 水に何か混じってたとか……。』

「お馬鹿ね。 全員が倒れる理由にはならないでしょう?」

 

出る結果は異常なし。

だからこそ。

何も知らない、知らなくて良いことを知らない生徒たちは。

思い思いに自分の考えを並べ続けていた。

 

そして、理由を知る俺達は。

そんな生徒たちと別れた後に希亜に連絡。 事情はLINGでも連絡して、合流待ち。

倒れたことを強く心配する俺達と、大丈夫と言い張る都とで何とか折り合いをつけ。

もし少しでも()()が起こった場合を想定し――――。

 

「……流石にこんな流れは見た覚えないな。」

「というか、完全に同じ流れなんて経験したことあるの? 翔君。」

「……無いです。」

 

いや、正確に言えばあるんだぞ?

ただ、それは()()が同じ枝から少し前の時間軸で派生させることで起こっている事象。

()()()()()ならそれを理解できるが、完全に同時に……なんてのは俺には無理だ。

 

「まぁまぁ、折角こうしているわけですし。」

 

ずず、とコップから音を立てながら天が呟いた。

 

……今は、ここ。

喫茶《ナインボール》にて、閉店の時間帯まで片隅を借りて暫くの間過ごす事となった。

本来なら両親がいる家に戻れれば良いのだが……家業が家業だけに、両親共に暫くは忙しいらしい。

それでもたった一人の娘が心配で、祖父に依頼し……という流れになったのだとか。

つまりはそれ相応に信用されていると思って良い……んだと思う。

前、この店の経営者(みやこのそふ)からの印象を語られた覚えもあるし。

俺個人としては、家で寝ていてくれたほうが安心できるんだが。

そんな目線に気付いたからなのか、少しだけ口元を歪めつつ。

 

「……今は、一人にならないほうが良いって言ったのは誰だっけ?」

 

当人にそう言われると、二律背反となって口を閉ざさざるを得ない。

 

「やーっぱにぃにはみゃーこ先輩には弱いよねえ。」

「多分都と並んで被害受けたのお前なんだが……。」

 

俺も実際眠ってはいるが、倒れるまでは行かなかった。

都の場合は……春風の能力の少しの差が故に倒れたんだとは思う。

精神的に脆い、という部分も加味したとして。

春風→俺→都、という繋がりがある以上。

ほんの少しでも差が出てしまうのは仕方がない範囲なのだから。

 

「え、何? 心配してくれてんの?」

「そりゃするさ。 しないとでも思ったのか?」

「してくれたらいいなーとは思った。」

 

倒れたにしては元気な妹。

まあ、特に気付かずに寝てただけなら然程被害は酷くなかったのだろう。

最も不味いのが、あのまま眠り続けて衰弱死――――ということで。

その次に不味いのが、精神的な負荷による病なのだろうから。

……しかし。

 

「ソフィのやつ何処行ったんだ……?」

「……戻ってきませんね。」

「愛想尽かしたとか?」

「俺が彼奴とそういう関係に見えるのか天……。」

「いやほら、ダメダメだし?」

 

笑顔で拳を握る。

笑顔で椅子から遠ざかる。

そんな俺達を見て笑う、春風と都。

 

「でも、確かにそうだよね。 普段なら……特にこんなことがあったら。」

「なにか……思い当たることはないんですか? 翔さん。」

「強いて言えばレナの方くらいだよ。 後は……与一を探してるか、それくらいか。」

 

こんな騒動が起こった要因は、まず彼奴だろう。

何処で何をしているのか、そんな手がかりすら掴めない現状。

影だけが見える状況に事後的に対処するしか無い今は、不気味さを余計に増していた。

 

「どうしたもんだろうな。」

 

そんな呟き。

同時に、俺の腹から小さく音が鳴った。

……頬に熱が集まるのを感じ、目線を逸らしながら。

 

「……何か頼むかね。」

「そう、だね。 待ってるだけって言うよりは。」

「あ、にぃに。 私今日も泊まってくから。」

「いやもうお前は好きにしろよ諦めたよ。」

 

今は、少しばかりの休息を。



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81.夜露。

夜に落ちる一滴。
嬉しさ故か、悲しさ故か。


 

一人ひとりと客が減る。

場所を借りている関係で、幾つか頼んでは全員で消費して。

希亜が来るまで待つこと凡そで30分。

午後の授業が授業でなくなったとはいえ、病院なんかで時間が掛かることに変わりはなく。

気付けば夕暮れ、夜闇の中。

喫茶《ナインボール》の閉まる時間。

 

「…………今日ばっかりはタクシーとか使ったほうが良いんじゃないか?」

「ううん、少し歩きたいの。」

「自分のことは自分が一番わかるとは言うけど。」

 

かつりかつりと音が鳴る。

こつんこつんと音が鳴る。

 

たった二人。

夕暮れを超えた時間帯に、隣り合って歩き続ける。

 

隣に立つは、自転車ではなく徒歩の都で。

他には――――今は、誰もいなかった。

 

「それより、翔君はいいの?」

「何が?」

「皆と別れちゃって良いのかな、って。」

 

ああ、と呟いたが。

返す言葉は、当然のように決まっていた。

一人で帰すつもりもなく。

歩いて帰るというのなら……付き添うのが、当然の義務だと思っていた。

 

「あのな、一番心配してる相手を放置するような俺だと思ってるなら流石に怒るぞ?」

「だよね。」

 

返ってくる言葉も直ぐに。

街灯の所々がじじ、と寿命を示す街路。

立ち止まることもなく。

会話を投げ掛け、受け取っていく。

 

「……分かってて?」

「……うん。」

 

何故、と問い掛けるのは妙にむず痒くて。

当人から言葉が返ってくるのを、ただ待った。

 

「今ね。 皆には悪いんだけど……ちょっとだけ、嬉しいの。」

「……嬉しい、か。」

()()()()()()()()()()()()()()。」

 

……確かに、他の誰かがいるところでは口に出すのは難しいことだろう。

お互いがお互いを認めて、許容し合うからこそ成り立っている今のこの関係。

その状況を一番保とうとしている都自身がそんな事を言ってしまえば。

どうなるのかは、想像すら恐ろしい。

 

「絶対に、皆には言わないけどね。」

「……それいい出したら、全員がどっかでそう思ってそうじゃないか?」

「かも。」

 

言わないことを口にする。

言ってはいけないことを、口にする。

そんなことをしてしまう原因に、思い当たることがあったとすれば。

 

「なあ、都。」

「なぁに?」

「……()で何か見たのか?」

 

浮かぶことといえば――――昼間の、あの騒動。

俺が見たものが、幾つもの悪夢だったとすれば。

都にとっての劇薬と言って、思い浮かぶのは。

 

「やっぱり、気付いちゃう?」

「流石に変すぎるしな……聞いて良いのか?」

「そうだね……()()()()のときのこと、思い出しちゃっただけだから。」

 

最初。

全ての始まりとなった、()()()()()()()()()

後悔してもし切れない――――変わってしまった、彼女と迎えた最後の時。

 

「時々、思い返しちゃう程度で……今の私には関係ないって分かってるのにね。」

「関係ない、ってことは無いだろ。」

 

ばちばち。

羽虫が街灯に張り付いて、焼けていく。

季節外れの、周囲の光景。

 

「今も、あの時も……都は、都だろ。」

「そう言ってくれる、翔君も翔君だよね。」

 

目が、何処か虚ろで。

先程までの彼女とは違って見えて。

零す言葉が、顔には出ない涙のように聞こえた。

 

心が折れて。

君の前だからこそ、漏らせる内心があるのだと囁くように。

このままで良いのかと、自分でない自分が指摘するように。

 

「ね――――翔君。」

 

(なみだ)が溢れる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

夜露(おもい)が、闇に沈む。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

正義感(りそう)に寄り添えない私でも。

 

都の言葉にならない言葉が、心に響いてくるようだった。

彼女の眷属である、俺自身が。

俺の眷属である、彼女自身が。

何かを伝えるように。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

気付けば。

彼女にしていたのは、たった3つの行動。

 

言葉にできない言葉を、抱き締めることで伝えて。

行動で示せない感情を、目から滴る水滴で感じさせて。

伝わるかは分からないこの恋情を――――唇を重ねる事で、熱を伝えて。

 

どれだけかの間。

俺達は、そうして立ち尽くしていた。

 

俺は、そうするしか思い浮かばなかった。

 

――――彼女も、また。

ぽたりぽたりと、頬を介し。

(ねがい)を、世界に放っていた。




「睡眠」のアーティファクト:
体液を媒介に空間に作用するアーティファクト。
その空間で眠るものは使用者が思い浮かべる方向性の夢を見る。
本来は睡眠障害や戦場での安楽などの治療用に使用される。
スティグマは腹部。
暴走したことでアトランダムな――今回の場合は「当人のトラウマ」、「当人の理想」を混ぜた――夢を見せ続ける戦術兵器と化していた。
尚当人が眠れなかったのはアーティファクトが非適合過ぎて当人を殺そうとしたことが主因。
眠るのでなく、眠らせないことで発狂させようとしていたクソみたいな物質。


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82.寄り添う。

誰かに頼れないときだからこそ。
私はあなたと共に歩む。


 

重力が数倍になったような重さを感じていた。

引きずるわけではないが、持ち上げるのにも一苦労。

そんな、行きとは違う明らかに変わった帰り道。

駅前を介した、俺の家への通り道。

 

「……お疲れ様。」

 

そんな場所の、コンビニ前。

片手にカップのような物を持ち、()()を待っていたような希亜の姿。

 

「……希亜? 何してんだ。」

「見て分からない?」

 

片手に袋、片手にコーヒー。

最初に浮かぶのはまず。

 

「買い食いでもしてたのか、位は思いつくんだが。」

「……全く。 貴方を待ってたの、言わせないでよ。」

「俺を?」

 

他に誰を待つのよ、と呆れ口での回答。

確かに、そう言われてしまえば……いや、思いつくといえば思いつくが。

 

「天とか春風は?」

「口ではなんとでも言ってたけど、疲れてそうだったから先に戻らせたわ。」

 

一旦は希亜の部屋に案内し、俺が戻り次第俺の部屋で全員合流する予定だったと。

……まだ引っ越して2日しか経ってないのに、そんな扱いで良いのかと思ったけれど。

多分口に出したら面倒な事になるのだろうと珍しく直感が仕事した気がする。

 

「勿論、貴方も――――()()()もね。」

 

何故か、名前でなく。

どことなく別人を呼ぶような口調に違和感を覚えたものの。

頭の底にへばりつくような……疲労が、それを問い掛けることを拒んでしまう。

 

「何か買っていく?」

「……飲み物だけ買っていく。」

 

そのまま連れ立って、コンビニで紙パックの飲み物を幾つか購入。

自分以外に三人が来る予定だと、買っておいて損はないと思ったから。

ありがとうございましたー、という挨拶を背に受けて。

家までの短い距離を、希亜とともに歩んでいく。

……先程までの、都と同じように。

 

「ナインボールで聞いた以外にも、二人にも話を聞いたわ。」

「……そうか。」

「なんだか無理してるように見えてたけど、気のせいじゃなかったみたいね。」

 

かつん、ざらり。

ビニール袋がズボンに擦れる。

 

「ねえ、翔。」

「……何だよ。」

「私になにか出来ることは?」

 

なにもない、と咄嗟に吐き捨てそうになった。

それ程までに、蝕まれているのか――――先程起こった出来事に。

自分で自分を嫌悪する。

 

「……そう、だな。」

「うん。」

「少し、話を聞いてくれるか。」

「私で良ければ。」

 

さっきの都のことは、()()()()()()

ただ、今日起こったことを自分視点で語っただけだ。

ナインボールで伝えた、三人称と言うか……複数人で語った内容ではなく。

自分で思った事柄を。 自分で行った事柄を。

都自身を、傷つけてしまったその行動を。

(だれか)に、懺悔するように。

 

そう、とだけ希亜は呟いた。

その言葉に、どれだけの意味があったのか。

俺には到底理解出来なかったけれど。

 

語る度に、歩みが鈍くなり。

呟く度に、歩みが重くなり。

零す度に、歩みは止まった。

家までの、ほんの少しの距離を。

たった一人で歩くことを拒むように。

 

「そう。」

 

繰り返すように、彼女は呟いた。

先程よりも、その意味は強く感じて。

無意識に、救われたような気がしてしまって――――。

 

()()()()()()()()()()()()

 

その言葉で、凍りつく。

折れる?

誰が?

…………俺が?

 

「そんな、つもりは……。」

「そうよね。 自分で気付いてない分、余計に酷いもの。」

 

顔色、気付いてないでしょう?

そんな、夜に溶けそうな小さい囁き。

それが何よりも、心に刺さる気がした。

 

「誰よりも背負ってきてるのは、()()は分かってる。 だから、寄り添うことは出来るけど。」

「…………。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺にとっての、希亜。

希亜にとっての、俺。

――――隣に立って、ずっと歩くと決めた相手。

 

「だから、私は手を引くよりも……発破を掛けるという感じになってしまうけれど。」

 

一呼吸。

 

「一緒に終わらせるんでしょう? 私達全員で。」

 

だから、自分の過去は背負っていって。

無理な分は、全員で分け合うのだから。

引き継いで、一週間と少ししか経っていないのだから無理を言っているのは分かるけど。

そんな、言葉を幾つも重ね。

 

「そんな姿だからこそ――――私が、好きになった翔だから。」

 

…………その後。

どうやって、自分の家に帰ったのかも覚えていない。

気付いたら、家にいて。

心配そうに見つめる三人の顔を見て、()()()()

 

――――都は、大丈夫だろうか。

 

安心した次の瞬間に。

自分のことなんかよりも、そう思ってしまった程に。

入れ込んでいるのだと気付けたことに、安心した。

 

思いが変貌する前に、皆に止められたのだと。

()()()()()だったのだと、今更ながらに気付けたのだから、と。




*過去を背負ってるからこそ精神的に不安定になっている主人公の図。
ダメージが薄い順に希亜=春風>天>翔=都な感じなのが趣味出てる気がする。


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82.5.君と、彼と。

理想を胸に掲げた者は。
理想を抱く誰かへと。

*本日二話目です。


 

LINGに届いた、幾つかの文面。

送り先がグループではなく、私個人だったことに最初に首を傾げた。

 

『ごめん、手を貸して。』

 

送り主は、都から。

翔が送り出していって大分経ち。

何かあったのか、とそろそろ心配になり始めた時間だった。

 

『襲撃!?』

『……違う。 それでも……多分、希亜ちゃんが一番適任だから。』

 

そんなやり取りは極短時間に。

最初に浮かんだ言葉は、幾つかの疑問とともに浮かんだものだったけれど。

都のすぐの反応で消えはしたものの……更に、疑問が浮かび上がった。

私服、少しだけラフな(楽な)格好はしていたけれど――――外に出るための服装に手を伸ばす。

その間にも、都からの返答は続いていた。

説明……ううん、彼女からの()()のように。

 

『私と同じ……それ以上に、翔君は傷ついてると思う。』

『私と同じ顔をしてた。』

『私と同じ、動き方をしてた。』

『……一番、苦しんできたのは翔君だから。』

 

今日何が起こったのか。

それは、天や春風からある程度は聞いていた。

けれど、翔と都は――――二人以上に、傷ついていた?

 

思い出せ、結城希亜。

 

彼と最初に出会った……()()()()()()()()()()のこと。

あの時の私は、何処か他人を見る視線だった。

幾つもの枝を超えて、ちゃんと「仲間」として皆に迎えられた時。

そして、今。

それを考えれば――――間違いなく、苦しんでいるのは彼。

 

『貴女は大丈夫なの、都。』

『私は……うん、少しなら大丈夫だと思う。』

 

眠れるかはわからないけど。

そんな、冗談にもならない言葉を追記して。

馬鹿、と返したらすぐに謝ってきたけど……多分、これも事実なんだと思う。

眠れば思い出してしまうだろうから。

そんな心を救えるのも……同じ経験をした、()()だけだとしても。

その当人が沈んでいるのでは、何の理由にも救いにもならないから。

 

『だから……ごめんね、任せちゃっていい?』

『全く……一個、()()ね。』

『え?』

 

そこでLINGを止め。

にゃぁお、と鳴くシュバルツの頭を一撫でして。

少しずつ暖かくなり始めている外へと出た。

 

借り。

彼女に対しての借り。

物語のヒロインみたいに、誰かを救う機会を貰えるんだから。

本当なら、一番向いているのは彼女だって何となく感じてるけど。

 

「文字通りのお嬢様で、無意識にでも護って貰えるような相手で……私は精々、何かの戦士とかかなぁ。」

 

そんな愚痴にも似た言葉を独り言として呟く。

羨ましい、という感情がないわけではない。

私は私、という立場をずっと抱えていく。

過去があるから、別の枝の積み重ねがあるから。

今の私という立場が、選択肢がある。

 

「さて。」

 

護られる立場ではないから。

共に歩く相手だからこそ。

背中を押すのではなく、腕を引いて共に進める。

それを出来るのは、私しかいないんだから。

 

(コンビニで待ってれば来るかな……あのコースからなら、その筈。)

 

この先を考えて。

この後を考えて。

眠れなくなるのを分かっていて――――珈琲でも飲もう、と。

静かに、待ち人を待ち始めた。

それくらいのほうが、きっと。

 

『みんな』の為に、『私』の為になると感じていたから。

 




*希亜がコンビニ前で待っていた理由。


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4/26(火)
83.知り得る先で。


暗転。
その先。


 

――――目が覚めれば、カーテン越しに光が目に刺さった。

 

「ん、ぁ…………?」

 

ベッドではなく、床に寝転ぶような姿で寝ていたのは何故か。

よくよく見れば服装も制服のままで。

少しずつ目覚めていく頭の中に、覚えている限りの記憶を想起した。

 

(確か……家に戻ってきて、三人の顔を見て……?)

 

そうだ、確かその時点で気が抜けたように朦朧とし始めて。

少しだけ横になる、と告げてその場で休み始めたんだったか。

三人には心配も掛けただろうが……不思議と安心して、熟睡してしまったらしい。

 

時計を見ればもう八時半。

通常であればとっくに遅刻の時間帯だが、今日ばかりはセーフ……と言って良いのか。

天は……まあ、妙に調子がいいし可愛がられてるし、誤魔化したんだろうな多分。

元々うちに泊まっていく、と言っていたが……2日連続で希亜の部屋にでも泊まった形なのだろうか。

 

自分のこと、現状を何となくでも理解して。

起き上がろうとした際に。

部屋の中に、なにか違和感を覚えた。

……何か、と言うよりもすぐに気付いたんだが。

 

ベッドの上に誰かが横たわる姿。

テーブルの上、パソコンが降ろされた上にはラップが掛けられた幾つかの料理。

紙のような……メモが、端に置いてある。

そんな状況。

 

(……何で、と言ったほうが良いのか?)

 

それが誰なのか、一瞬で分かった。

昨日も、その前も何度も見かけた少女……都が、目を閉じ眠っていた。

すぅ、と浅い呼吸がする度に豊かな胸が上下していて。

じっと見ているのも妙な気分になって、静かにメモを確認した。

 

『みゃーこ先輩特製だZO☆』

 

うっかり破りそうになった。

誰が書いたのかは一発で分かるから後で拳を振るうことも辞さないとして。

その続きに書いてある内容に目を通す。

 

『ステイステイ、絶対兄やんなら怒るだろうから先に謝っとくよ。』

 

なら書くな、と言いたいんだが。

 

『朝一でみゃーこ先輩が兄ィ訪ねてきてたから上げたよ、鍵は私が預かってる。

 何でも眠れなかったみたいでね、顔色も悪そうだったからベッド勧めた。

 ただ何もしないのは申し訳ないから、とか言って御飯作ってました。 美味しかったです。

 今は結城先輩の部屋にいるから、色々済んだら連絡ちょーだい。 by可愛い可愛い妹様』

 

お前も食ったのか。 図々しいやつだな、と言ってしまいたくもなるが……。

それが許されるのが彼奴の愛嬌だというのを踏まえていると、何も言えなくなるのが困る。

 

「しかし、眠れなかった……ね。」

 

その理由は――――昨晩のことから察していた。

思い出してしまう、寝たはずでも飛び起きてしまうのなら眠っていないのと変わらない。

それどころか余計に疲労が積み重なってしまう。

事情を親家族にも話せない都合上、抱えることしか出来ない都にしてみれば負担は……。

 

そこまで思い。

ベッドの上の彼女を見つめた。

見る限り熟睡……安心して眠れる状態なんだろうと、そんな風に思える今なら。

彼女が、こうして落ち着いていられるのだったら。

 

(起こすのも悪いし……かと言って、食ってたら起こすかもしれないよな。)

 

携帯を手に取る。

LING経由で、天に連絡を取った。

 

『都が寝たままだから、もう少しゆっくりさせてやりたいし昼くらいに合流でいいか?』

 

返答が帰ってくるまでに掛かった時間は僅か。

 

『寝てるからって変なコトしちゃだめだよ?』

『するか馬鹿! つーか変な事ってなんだよ!?』

『兄やんなら多分パソコンに溜め込んでそうな――――。』

『後でグーだ。 拒否権はない。』

 

何言ってやがるんだ彼奴。

というか何処でそんな知識を……ってネットか。

はぁ、と溜め息を一つ強く吐き。

何をするでもなく。

 

ベッドの縁を背凭れに、頭を傾け天井を見上げた。

直ぐ側に、彼女がいる。

幾度も、幾度でも。

こんな風に、ずっと時間を過ごしていたいと。

 

妙にのんびりした、遅緩した時間の中で。

ただ、微睡んでいた。

 

――――誰かに、そっと頬を撫でられたような。

そんな、気がした。



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84.料理。

思い出すのは。
ハンバーグ? カレー?

*総合評価1000Pt&お気に入り500件到達しました。
ありがとうございますー


 

結局、目覚めたのは昼間際。

それほどまでに疲れていたのか、若干寝すぎた頭痛を覚えながら動き出し。

その数分後には都も目を覚まし。

 

「……おはよう?」

「おはよう。 時間的にはこんにちわ、な気もするが。」

「そうかもね。」

 

そんななんとも言えない、時間に見合わない挨拶を交わした。

もう、彼女がいても違和感がないと言うか――――。

誰かがいることに安心するのは、少しの違いで失ってしまうことを嫌でも理解したからだろうか。

 

「どうかした?」

「ああ、いや……。」

「ふふ、変なの。 ……あ、天ちゃんと先輩は?」

「希亜の部屋……らしいな。 これから連絡取るところ。」

 

ふと視線を向けたテーブルの食事。 俺一人分。

……食事は時間的に中途半端になるから、冷蔵庫行き。

明日にでも食べよう。

そのためにはちょっと早起きする必要性があるが。

メールで送るか電話するかで悩んだが、一応LINGでメッセージを送る。

 

「そっか。」

「都は……いや、俺が寝てたのが悪いんだが、今日大丈夫なのか?」

「あ、うん。 一応体温とかも測ってきたから。」

「なら良いが……無理だけはするなよ?」

 

どことなく、ぎこちない会話。

昨日の夜の、少しだけ見えた暗い顔。

あの光景があるせいか、互いに少しだけ距離感を覚える。

そんな風に思っているのは俺だけなのか、それとも。

 

「うん、大丈夫。 …………()()()()()()()()()()()()。」

 

その言葉に、少しだけ()()()としたものと。

大多数の「当たり前だ」と思う感情が入り混じり、苦笑した。

ぴこん、とLINGから返信が帰ってきたのはそんな時。

 

『ゆっくりしてたね~。』

『本当に今さっき起きた、そっちは?』

『アニメ見てた。』

 

……ああ、それもそうか。

あの二人……希亜も入れるなら三人。

アニメの趣味とかの方向性はともかく、サブカル系での大まかな趣味は一致してるんだしそうなるか。

黒猫(シュバルツ)がどうなってるかちょっと気になるが、春風が撫でまくってるんだろうか。

いつだったかの光景を思い出しつつ。

 

『ならそっちで合流したほうが良いのか?』

『あ~、にぃにたちの方でいい? もうお昼だしその相談もしたい。』

『確かに、腹減ったな。』

 

そんな会話を横から覗き込もうとする都。

画面をそちらに傾ければ、肩側からふわりと匂いを感じた。

何度も経験しているはずなのに、不思議とどきりとして視線を逸らし一度咳。

 

「ご飯、かぁ……。」

「なにか案でもあるのか?」

「案、って程じゃないけど。 外で食べるのは勿体無いなぁって。」

 

まあ、言うとは思ったが。

 

「じゃあ……材料費出して皆で作るか?」

「皆で?」

 

ぱちくり、とする目。

自分が当然作るんだ、みたいな気持ちでいた気がするんだが。

いつもいつも任せきりというのも……というのが一つ。

後はこれは俺の事情というか願いだが。

 

「……こう、無理じゃなければ良いんだがな?」

「うん。」

「あの二人に料理とか教えられないか?」

 

思い出す某カレー。

アレは二度と御免なんだ。

あの味を()()()()()()()()()のも記憶を引き継いだデメリットの一つなんじゃないだろうか。

そんなことを本気で思うくらいには、辛いんだ。

 

「え、っと。 大丈夫? 顔色悪くなったけど。」

「大丈夫だ。」

 

顔にまで出たのか。

 

「そ、そう?」

「で、どうだ?」

「私は良いけど……人に教えられるかは、なんともかなぁ。」

 

十分すぎると思うんだが、これでもまだなのか。

基準が高すぎる気がしないでもないが。

 

「二人次第、ってことでいいのか?」

「そう、だね。 それに皆で食べるなら、何作るかも聞かなきゃ。」

「分かった、彼奴等呼ぶか。」

 

いつしか。

微妙な距離感は、霧散していた。

 



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85.各々の。

やれば出来る。
やっても出来ない。
そんな、日常の筈なのに。


 

とんとんとん。

じゅーじゅー。

ことことこと。

 

三種三様の音がしていて。

楽しみ半分と恐怖半分だった。

 

『え、えっと……春風先輩? それは?』

『隠し味ですけど……?』

『隠し味はお玉一杯も入れるものじゃないですよ……?』

 

今聞こえた声で恐怖側に傾いた。

ついさっき台所から追い出された俺からすれば何をしてるのかわからないのは恐ろしいの一択。

…………買ってきた食材的にカレーのはずなんだが。

お玉一杯って何入れる気なんだ。 と言うかまた同じことを繰り返すのか。

 

「大丈夫かよ本当に……。」

 

溜息を漏らしながら、テーブルの上に広げられた幾つかのモノへ目を向けた。

今回は時間があったわけでもないから紙の使い捨てな食器類と割り箸。

GW辺りには全員揃って……って言いたいが。

前の、天と二人での出来事を考えると口に出すのも少し怖い。

それに、以前は希亜も含めて……なんてことを思ってたはずなのに、今は同じアパートに住むことになっているわけだし。

もう少し様子を見てから相談してもいいか、と気分転換(しこうほうき)から立ち直る。

 

『みゃーこ先輩ー、これくらいでいいのかな?』

『好みかなぁ、天ちゃんはどれくらいが好き?』

『私はみゃーこ先輩のが一番好みでっす!』

『そんなこと言ってもなんにも出来ないよ?』

 

ただ、それとは反対(?)に天は比較的に真面目に……まともに作っているようだった。

まあ彼奴は真面目に作れば料理が出来ることは弁当で知ってはいたけど。

ただ4人で一番誰が上手い、というか手慣れているかと言われればやはり都。

()()()()()()に舌が肥えてしまっていると言うか、手料理に慣れてしまっている。

通い妻ってこういう事を言うんだろうか、とかどうでもいいことを思って頭から振り払った。

 

(しっかし……。)

 

スマホを見れば昼を回って一時を少し超えたくらい。

 

「今日は流石に戻ってくると思いたいが。」

 

ソフィも、レナも戻ってこない。

その大きな要因はあちこちで発生しているユーザー絡みなのだと分かっていても。

スリープ状態にしながら、小さく呟いてしまうのは仕方ないことなのだと。

自分を自分で納得させる。

 

『ん? にぃに何か言った?』

「あー、独り言ー。」

『何? 寂しいならそっち行くけど!』

「そっち集中してろ!」

 

唯でさえ火やら刃物を扱ってるんだ。

下手に此方に気を向けさせるのも不安になる。

()()()()()()()()でも酷い結果を招くものなのだから。

――――それに、火と刃物には最近酷い目に合わされたばかりだし。

過剰なくらいに警戒する俺のほうが正しい筈だ、うん。

 

『あ、翔くん。 そろそろ出来るから準備お願いできる?』

「おう、了解。」

 

そんな雑談をしていれば、間を割くように都の声が飛んできた。

……若干疲れてるような気もする。

あわわする春風の声も聞こえてくるから多分相当止めてくれたんだろう……そこには感謝するしか無い。

さて、と一息吐いて立ち上がろうとした際に。

 

どん、と揺れた気がした。

地震のようにではなく、何か――――。

そう、何かが爆発でもしたような。

 

『きゃっ!』

『おおっとぉ! 危ないですぜみゃーこ先輩!』

「大丈夫か!」

 

台所の方で聞こえる姦しい声に心配する声を投げ掛けながら。

ベランダ側から、何かが見えないかを確認してみた。

……直ぐ側で、黒い煙が見える。

確か、あの辺りは……。

 

「事故……か?」

 

大通りの、それも比較的交通事故が多発する辺りのはず。

それにしては衝撃が此方まで響いてくるというのはどういうことなのか。

不可思議と言うよりも、不安が先立つ。

特に今のこの現状。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

背筋に、冷たいものを覚えた。



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86.昼食。

アーティファクトユーザー。
契約者の条件。
でもそれより前に、彼等は学生。


 

外の煙が落ち着き始め。

あちこちから聞こえていたサイレンの音が遠ざかって少し。

俺達が落ち着くまでは、そんな程度の時間を要した。

そして、目の前のカレーを一口。

うん。

 

「…………凄い普通の味だ。」

 

なんだかジーンとした。

 

「ねえ兄やん、凄い感慨深そうなとこ悪いんだけどそんなに感動するとこか?」

「うう……。」

 

そりゃお前には分からんだろうな。

というか分かるのは俺と春風だけだ。

向こうは針の筵みたいに縮こまってるから実質俺だけみたいなものだが。

 

「もう少し工夫したかったなぁ。」

「……カレーに工夫?」

「上になにか載せたりとか。」

 

今日の昼のメニューはカレーに(多分天が作った)サラダにインスタントのスープ。

十分豪華だと思うし、これ以上は贅沢なラインに乗る気がする。

 

「え、いや十分すぎるくらいじゃないです?」

「ううん、でもバランス考えると。」

「バランス。」

 

確かに具材は大分少ない、何方かといえばスープカレーのような感じではある。

突発的な休みだったのも有り、昼飯に掛けられる金銭が通常の昼飯と同じくらいだったからだが。

 

「ううん……これだと……。」

「……都?」

「あ、うん。 どうかした? 翔くん。」

 

いや、スプーンも止めて何を考えていたのか聞きたかっただけなんだが。

なんと言うか……()()()()、か?

そんな直感にも似た言葉が口から飛び出しそうになり、慌てて別の言葉で塗り潰した。

 

「昼飯食ってるところで悪いんだが、夜……と言うよりはこの後か。 どうするか考えてるか?」

「どうする……?」

 

首を少し傾けた後、スプーンで一口。

口を数度動かして飲み込んだ後で。

そういう礼儀の部分はきちんとしてるのを見て、お嬢様だよなぁと再認識する。

 

「午後ってことでいいの?」

「ああ、急に学校も休みになったが……その分自習って扱いになってたろ。」

「そう、だね。」

 

実際、これから後は時間が空いている。

その分、外に出るという選択肢もあるが……希亜のことを考えると、少しだけ躊躇ってしまう。

だからこその提案。 丁度上から下まで(はるかからそらまで)いるんだし。

それに――――。

 

「あの、お兄たま? 勉強しようってお話ですかい?」

 

それ以外の何に聞こえた、という目線を向けたら目を背けた。

おい此方を見ろ。

そんな意味を込めて無理やり此方を向けようとすれば抵抗し続ける。

 

「ちょ痛い痛い痛いってば!」

「……いや、大真面目にな? 俺は大事な大事な妹のことを考えて勉強って言ってるんだぞ?」

「じゃあこの行動は何!?」

「愛の鞭。」

 

高校入って初めての中間テストも控えてるんだし。

ここで躓くと色々面倒になる。 周囲を見ていると何となくそれを理解できる。

いやまあ、言わなくても分かってるとは思ってるがそれは口にしない。

 

「あ、あの……私、教えられる程頭がいいわけではないのですが……。」

「多分自信を持って誰かに教えられるのは都くらいだと思う。」

「……私も自信無いよ?」

 

それでも俺よりは信用できる。

 

「何も全部が全部って訳じゃない、分からない所を教えられるってのが大事なんだろ。 後集中できる。」

「あ~……。」

 

春風とか天は追い込まれればやるが自主的に、とか一人になると遊んでしまう感じだろ。

都……は何とも言い切れないが、希亜は自主学習……というか、家では勉強ばっかりしてた筈だし。

帰ってきた後で聞けばある程度は答えてくれると思う。

 

「という訳で勉強の時間です。」

「折角の休みなのに!」

 

……仕方ない。

言いたくはなかったが口にしよう。

 

「……というかだな、勉強今のうちにしとかないと怖いんだよ。」

「怖い?」

()()()()()()()()()()()()、だ。」

 

イーリスが消滅したから全てが片付く、という状態を超えてしまっている。

……というより、首謀者が意図的にそうしたんだが。

だからこそ、やれる時にちょこちょことでも勉強しておかないと後に引きずる。

そんな気がする。

 

「…………おぉ。」

「何だその目は。」

「ちゃんと考えてるんだね。」

 

………………。

 

「真顔で此方来るの怖いって!?」

「仲がいい、で良いんでしょうか……?」

「……ま、まあ兄妹だし?」

 

逃げるな駄妹。 そこに直れ。

結局。

勉強を始めるよりも。

食事を終わらせるまでに相当時間を掛けてしまったのは反省する他ない。



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87.一般的な。

「学校」。
関わらざるを得ない場所。

*二人称勘違いして覚えてたので修正


かりかりと進む筆の音。

うぐぐと響く()()の声。

大丈夫か、と向けられる視線。

……どうだろう、としか返せない。

 

「…………なあ天。 お前普段何してたんだ?」

「いや違うよ!? ずっとサボってたとかじゃないからね!?」

 

ならなんだよ。

 

「特に問題にならないように勉強とかだって普通にしてますぅー!」

「なら何でそんな考え込んでるんだ……?」

 

首を傾げる俺に、何か思い当たる節でもあるのか心配そうな二人。

……俺だけが気付いてないってなんだ?

 

「なんて言えばいいかなぁ……にぃにみたいに単純なら気にしないかもしれないんだけどね?」

「サラッと侮辱を噛ませる余裕はあると思っていいんだな?」

「冗談くらいいいじゃん。 でねー……ううん、本当になんとも言えないんだけどさ。」

 

そんな前置きを挟みながら、頭を抑えながら。

私だけならいいんだけど、と何度も言葉を挟みながら……というのに違和感を覚え。

 

「な」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……って言えばいいのかなぁ。」

 

口を出そうとしたところで、言葉が被った。

そして、そこで口籠る。

記憶が……混ざらない?

 

「……どういうことだ、聞いてねーぞ。」

「いや、どういうことって言うか……昨日からなんだよね。」

「昨日から?」

「そ。 みゃーこ先輩とか春風先輩はどうです?」

 

昨日の騒動から。

あの眠りから目覚めてから。

俺も確かに、何かが狂ったような――――()()()()()()()()()()()何かは抱いたが。

今日ついさっき以降、具体的には少し寝てからは沈静化したようにおかしさは感じない。

 

「私は…………なんて言えばいいかなぁ、ふわふわした感じはあるかも。」

「私は特に無いですが……大丈夫ですか、お二人とも。」

「都と天だけが……ってことか?」

「私は多分天ちゃんとは違いそうだけど、ね。」

 

勉強なんてのは止まっていた。

現状に関して考えるのに忙しい。

全員がそれに集中してしまったからだ。

起きている変化が全員違う、というのは……何でだ?

 

「一応整理するぞ。 ()()()はそんな事なかった、と思っていいんだな?」

「今まで、っていうのは思い出してから、でいいんだよね? うん。」

「仮におかしいことがあったら相談はしますものね。」

「だね。 私が最初に思い出したと思うけど……ちょっと混乱はあっても、変な感じはなかったから。」

 

そうなると、だ。

丁度開いていたノートを一枚破り、そこに意見や考えを記入していく。

頭を突き合わせて、各々の考えを……と言っても、大体の部分で合致しているわけだが。

 

「やっぱり、昨日の眠りが影響してそうか……。」

「後は……なんだっけ、適合? だっけ?」

「ああ、抵抗率のことですね。 私も良く自覚はしてないのですが。」

「それでどれだけ防げたか、の差ってところか。」

 

結局落ち着くのは、昨日の彼奴の暴走が原因だろうということ。

特に俺達は通常のユーザーとは少しだけ違う。

互いが互いの眷属であるという状態で、記憶の継承を混ぜている時点で()()()自分たちとは違うはずだ。

その辺りが悪影響を及ぼしたのだろう、と思うしか無い。

ソフィに確認できれば信用性はもう少し上がるんだが……。

 

「結局落ち着くのかは私達じゃわかんないのかぁ~。」

「何か急に溶けたみたいになったな……。」

「だって~。」

 

口には出さんが服が捲れて臍が見えてるぞ。

自宅じゃねえんだから少しは気にしろよ。

 

「まあ、天ちゃんの気持ちもわかるけどね。 少し休憩しよっか。」

 

そんな言葉と共に立ち上がった都が冷蔵庫の方に向かう。

確かに話し合いに根を入れすぎて喉が渇いてきていたところだった。

悪い、と声を掛ければ良いの、と。

そんな言葉と、戸を開ける音が同時に聞こえ。

 

「……ん?」

 

携帯が数度振動していた。

俺だけでなく、机の上に置きっぱなしになっていた都のものも同時に。

となれば、複数の送り先に送信されたということか。

内容を見れば……。

 

「……あれ、成瀬先生からか。」

「え、先生から?」

 

内容は…………。

 

「は?」

 

学校の休みの期間が伸びて、実質的にGWが二週間に伸びるということだった。

……いや、どういうことだ?

 




沙月ちゃんルートも書きたいですねー
年上幼馴染の担任ルート。


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88.唐突。

「何故こうなったのか」。
それを追い求めれば、たどり着くのは。

*修正。


内容を下へ下へと確認する。

 

「どーしたのにぃに。」

「あの……変なお顔してますよ?」

「あー……多分二人にもそのうち連絡回る筈だが……。」

 

一番下までを確認して、もう一度上へと戻し。

目を通しながら言葉を発する。

 

「明日からも休み、要するにGWが二週間に伸びた。」

「へ?」

「何かな……昨日のあの騒動の後全部校舎チェックしたらしいんだが……。」

 

送られてきた連絡はこうだ。

あの時執拗に頭を打っていた扉が大きく変形してしまった……というのを始め。

所々で()()()()が見つかったり、生徒たちも昨日は然程問題なかったにも関わらず頭痛などを訴える生徒が続出。

このままでは授業が真っ当に実行するのも難しいと判断したらしく、夏休みの一週間を此方に移動した、と。

……夏休みが短くなったのはちょっと辛いが、今自由に動けるようになるのは有り難いと思っていいと思う。

 

「はー……夏休み短くなるってマジっすか。」

「そりゃ授業日数確保できねーしな。」

「うっわ辛……マッジで辛い……。」

「ならお前一人だけで今授業受けるか?」

「冗談はやめてよ、絶対イヤだし。」

 

ならそんな事言ってるんじゃない、と思いつつ。

飲み物をテーブルの上に置いた後にスマホを春風と覗き込むように確認している二人へ目線を向けた。

見終わったであろうタイミングを見計らって声を掛ける。

 

「で、だ。」

「あ、はい……?」

「三人は大丈夫……いやこの言い方だと分かんねーな。 ()()()()()()()()()()

 

今までは学校があったから、というのがある程度前提に立つ。

実家待機で自習、というのはあくまで名目上で実際には長い休み。

当然その分学生も動き始めることになる。

ユーザーのような暴走する相手が裏で蠢き始める可能性も十二分に考えられる。

何より、一人だけ別の学校の希亜とも行動が区切られるのが痛い。

 

「どう……まあ私は基本自由に動けると思うよ? にぃにに張り付いてるって言えば大体は何とかなるし。」

「私も……そうですね、自宅にいるよりは歓迎されるかと。」

 

頷くに頷き難い理由な二人を細い目で見る。

もう一人暮らしが名目上ですらなくなりつつある天と、仮にも男の家に来てるのにそれでも喜ばれる春風。

割とそれもどうなんだ、と思いつつ――――目下のところ一番不安な都へと視線を向ける。

 

「都は?」

「私は………………そうだなぁ。 翔君。」

「ん?」

「お祖父様への説得、協力してくれる?」

「……何する気だよ。」

 

何となく予想はつくんだが。

凄い怖い。

 

「……分かるでしょ?」

「まあ、協力しろって言うならするが。」

 

要するに味方につけるための工作。

何をする気なのかまでは細かく聞くのが凄い怖いので後でにする。

 

「となると、後は希亜だが……。」

「希亜ちゃんは……どうするんでしょうね。」

「常に夜は連絡取れるが、それはそれとしてもな。」

 

玖方女学院という場所の都合上、俺が出向くのも中々難しい。

ジ・オーダーというアーティファクト自体も有能なのは間違いないが、万能とは言い難く。

……そういった意味合いで言えば、どれも『万能』には程遠いのがアーティファクトであり、ユーザーなのだが。

 

「ふと気になったんだけどさ~。」

「ん、どうした。」

「玖方じゃユーザー騒動って起きてないのかな?」

 

そんな思いつきのような天の発言。

……確かに、白泉学園(うち)での騒動が目立つだけに他で起きてないのも考えにくい。

行方不明者が多い、ってのを成瀬先生が言ってたが。

それはユーザーが実験したと同義で考えていいだろう――――あの、石化事件と同様に。

 

「ストーカー被害、はまた別だろうし……確かに目立つの無いよな。」

「希亜ちゃんもそこは不思議がってました。 上手く誰かが隠してるかも、とか。」

「与一のやつも何処に潜伏してるか分からないしな……。」

 

シルバーのアクセサリーと言う条件がある以上隠し通せるものでもないはずなんだが。

その辺は女子校ならでは、なんだろうか。

本質を知ってしまえばちょっと抱いていた夢が崩れそうだから聞けないんだが。

 

「希亜をどっかで拾って、帰って来て一度作戦会議とするか?」

「それが一番無難……かな。 夕ご飯の準備も遅くなっていいならするよ。」

「じゃあ頼む。 今のうちに情報を彼奴に送っておく。」

 

LINGを開き。

内容を送信。

暫しして、休み時間なんだろうか。

了承の返答が返り……商店街へ四人で出向いた時。

その先で――――想定していない物を、見る羽目になった。

 



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89.先。

9-nine-全年齢版(新章)完走しました。
…………あの、イーリスさん?
絶対やると思ってたけどマジで同じことするのやめませんか?

後改めて沙月ちゃんルート……とナイン×ソフィルート楽しそうだなーって。

*公式で改めて明言された「世界の目を介した共有・同調ルール」に関しては基本想定で問題なさそう(翔の心境的に~)なのでそのまま適応。


 

商店街は想定以上に混み合っていた。

学生のための街であり、コロナ関係者が多い白巳津川市では。

夕方の時間帯はどうしても混むもんだが――――それを考慮しても多い。

というよりも、密集してると言い換えていいレベル。

 

「……何が、あったんだろ。」

「さっきの爆発音次第……ってとこな気もするが。」

 

人の流れはどうやら駅前へ流れていくようで、吐き出されるように一方通行。

若干走る姿でさえ見受けられる。

と考えるなら……向こう側で何かがあったって感じっぽいが。

 

「都、買い物とか任せていいか?」

「あ、うん。 それはいいけど……翔君は?」

「少し様子見てくる。 細かい合流場所はLINGで連絡してくれ。」

「え、大丈夫それ? 何かあったら一人じゃ対応できなくない?」

「ただ複数で行って全員巻き込まれても最悪だろ。 場合によっちゃレナ無理矢理呼ぶし。」

 

今何処で何してるか分からんが、出す/消す主体があるのは俺だ。

後で文句でも言ってきそうだが……そこはまあ許容範囲として受け止めることにする。

 

「だったら……その、レナちゃんを向かわせる、というのは?」

「同時共有できればそれでも良いんだろうけどな。」

 

万が一のタイムラグがあれば……と。

そんな少しの遅れで()()()()()()の事まで思い返してしまうと、それはどうにも選べなかった。

その辺りの情報を一方的に共有すること自体は出来るが、同時となると正直そこまで練度を高められるかは分からない。

出しっぱなしにしている部分が多いから、レナとの連携に関しては春風や希亜(ほか)の枝と同じくらいには出来るんだが……。

()()()使()()()であるイーリスやソフィのように、遠隔での瞬時的な情報把握までは何とも言えない。

 

「そこは今後考える。 三人は念の為警戒しながらにしてくれ。」

 

不満が当然のように見えるが、不承不承頷いている。

……出来れば一緒に行動したいんだがな。

ソフィとの連絡が途絶えている以上、警戒しすぎてしまうのは悪癖かもしれない。

「全て」の記憶を持つ弊害――――と、そんなところか。

 

幻体を一度解除し、自分の隣……人混みの中に埋もれるように出現させる。

防壁は上手く出来ないというのに、こういった小技ばかりは出来るのは何でだろうな。

 

「…………おい。」

「悪いな……まあ、現状は分かってるんだろ。」

「そりゃまあ……だが、急に呼ぶのはやめろ。 こっちもこっちで考えて動いてんだからよ、大将。」

「ならもう少し情報寄越せよ……結局戻ってこねえし。」

()()()()()疲れてそうだったから行かないでやったオレへの当て付けか?」

 

その言葉に、ちらりと視線だけを向けた。

 

「……目に見えて?」

「そりゃ大将の荒れ具合は分かるっつーの。 オレは魂の力が大本だぞ?」

「ああ……いや、そういう意味か。」

 

俺にはよく分からないというのは……やはり練度不足ということで間違いなさそうだ。

後でレナを含め相談しよう。

 

「で、結局何が起こってんだ……?」

「んー…………アレか? 見えっか?」

 

流れに逆らいつつ動くこと暫く。

レナが何かを見つけたように指を指した場所にあったのは、商店街の入り口の信号を挟んだ反対側。

ビルに突っ込んだ一台のトラックらしき残骸と、無残に折れた信号機。

警察が多数おり、その場で色々調査をしているようだったが……。

 

「事故、か?」

()()じゃないかもしんねーけどな。」

 

……トラック自体に作用すれば、確かに簡単に事故なら発生させられる。

それはこの一週間と少しで起こった、幾つもの騒動で理解してはいた。

だが――――。

 

「起こす理由なんて、あるのか?」

「あん?」

「ああ、いや……前にも少し話したが、ここまで大きい問題を起こす理由なんて浮かぶか?」

「あー……。 推測入ってていいなら言うけど。」

「浮かぶのか?」

 

その場で佇み、変化を確認しながら。

一見物人としての立ち位置を崩さないように、少しだけ話を続けた。

 

「前にも言ったよな、周囲に隠す為に問題を起こしてるって。」

「ああ、それ自体は俺も同意してるが。」

「ただ、少し目線を変えれば――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みてーになるわけだ。」

「アーティファクト、ユーザー……でもないなら?」

「アーティファクトを奪った後の痕跡を隠す為、ってのが今の行方不明を含んだオレの考え。」

 

……アンブロシアを使用しない形でのアーティファクトの奪取。

つまり、ユーザーを殺した上での強制的な契約。

死体を隠すための、大事故。

 

「いや……。」

「ありえない、とは言い切れねえだろ。」

「そうだな、ありえないとは言えない。」

 

イーリスの起こした、人体への変化を含んだ大騒動。

その考えを引き継いでいるとしたら、彼奴なら。

――――いや。 ()()()()()()()のではなく?

 

「お。」

 

そんな思考に飲まれていたら。

レナの珍しい声が聞こえ、視線を上に上げた。

視線の先にいたのは希亜。

 

「このルートで来たのか?」

「だろうな……だが。」

 

なんか、顔沈んでねーか?

レナの言葉のとおりに――――妙に沈んだ、彼女の姿があった。



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90.欠ける。

心を折る戦い。
なら、何をするべきなのか。


 

声を掛けるか、少しだけ迷った。

それくらいには落ち込んでいると言うか、暗い表情を浮かべていたから。

 

「? 大将、行かないのか?」

「そりゃ行く。 行くけど。」

 

歩いている速度は変わらない。

ただ、あの顔色は……希亜に起こった、家の事件の時に酷似している。

 

「レナ、三人の方頼めるか?」

「え、別にいいけど。 今何処にいるんだ?」

「魚屋の前だってさ。」

 

LINGに記された、天からの情報をレナに見せて。

希亜を拾ったこと、何かあったらしいから話を聞いてから向かう事を伝言として依頼する。

まあ俺の考えをベースとしている幻体だ、言わなくても分かってくれただろうけど。

幻体と言うよりも――――『人』として捉えている部分がある俺からすれば、この方がやりやすかった。

 

「分かったが、あんま遅くなるなよ? 気にするだろーし。」

「分かってるよ。」

 

レナに任せ、唯歩いてくる希亜に近付く。

流石にこの距離までくれば、彼女も此方に気付いたようだった。

 

「……翔?」

「何かあったのか、希亜。」

「……何か、で済めば良かった。」

 

普段希亜を纏っているモノすら見えない。

近いのは、昨日の俺や都。

極度の疲労……まるで、()()()()()()()()()()使()()()()のような姿。

それがどういう意味を持つのか。

それを知るのは、俺達が一番だった。

 

「だったら……すぐに合流しないほうが良いかもな、 どうする?」

「……そう、ね。 少し、時間を置きたいの。」

 

話、聞いてくれる?

そんな呟きに、黙って肩を支えた。

 

向かった先は、少し話すだけと割り切ってモック。

互いに飲み物だけを頼み、二階の向かい合った席へ腰掛ける。

数分の間、時間が経つだけの状態を過ごした後。

ぽつり、ぽつりと呟き始めた。

 

「学校で、ユーザーが暴走した。」

「……今日、それを全員で懸念してたとこだ。」

「なんて、言えば良いのかな。 ()()()()()()()()()()()()()だった。」

「顔見知りだったのか?」

「違う。 ……けれど、私と似たような子だったから一方的に知ってた。」

 

希亜に近い子。

話す相手も余りおらず、独立しがちな子……という意味合いで捉えた。

希亜は自分の内面に芯を作り、またそういう『仮面』を纏うことで自分を保つ精神性を持っている。

けれど、そんなものも持たない相手がユーザーとなったなら。

 

「……能力は?」

「多分……幻体、ううん違う。 春風の物に近い……()()()()()()()()()()()()()アーティファクト、かな。」

「…………?」

 

少し、顎に手を当て考える。

そんな事をして何の役に立つのか。

最初に浮かんだのは、春風のように自身に出来ないことをさせるための人格。

ただ、見方を変えれば……可能か不可能かは分からないが、試すことは出来る。

つまり。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のアーティファクト。

ただ、今では無理に契約する手段が知られているって話だから……それより以前のものか、或いはイーリスが作り出したものか。

 

「暴走して……周りの子に、危害を加えて。 他に、止められなかった。」

「……そうか。」

「でも……って、考えちゃうの。 明らかにおかしくなってる、その子を止められなかったのか、って。」

 

対象の「罪」を認定して裁くアーティファクト。

一方的に、そういうものだと見定める能力。

悪と善、それらを決定づけるのは全て希亜の主観でしか無い。

だからこそ、他のアーティファクトに比べれば――――言い方は妙だが、()()が極めて強いモノ。

 

「他になかった……とは思う。 その子は?」

「急に飛んできたソフィに任せた……。」

 

彼奴、俺が呼んでも無視してたのに希亜には反応したのか。

まあ、起こった騒動的にうちの火災と同程度だと思えばそれも仕方ないのだが。

 

「なら……明日からは問題ないのか? 学校の方は。」

「白泉の……あの騒動があって、うちも一日遅れるけど調査はするみたい。」

「玖方もか……。」

 

それだけ影響が大きかった、ということなのだろうけれど。

それを引き起こした主因の、イーリス……与一の行方も目的も未だに不明。

俺達に悪影響を直接は与えない、と。

それ以外の理由とすると――――。

いい加減に、動かないと不味い予感だけがする。

ただ。

 

「……まあ、落ち着くまではこうしてるから。」

 

今は、今だけは。

昨日の礼ではないけれど――――希亜が、落ち着くまでは。

こうしていたい。



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91.落ち着き。

少しでも。


 

希亜が落ち着くまでには、その後15分ほどを要した。

ただ、飽くまで表面上は落ち着いていると言うだけで。

実際にアーティファクトを行使しないといけない、という状況へは近付きたくない。

 

(んで……。)

 

三人は買い物を終わらせる直前、と言った状況らしい。

しきりに飛んできていたLINGでの連絡を見るに、出来れば何処かで合流してそのまま帰宅したいと。

……俺は別にそれでもいいんだけど、都は一体どんな理由を付けて来てるんだろうな。

いやまあ、その理由付けをちゃんと説明する為に今度駆り出されるんだろうけど。

 

「翔?」

「ん、ああ何でも無い。それより希亜、もう大丈夫なのか?」

「多分?」

「お前が曖昧なのも珍しいな……。」

 

『罪人』だと言い切れる相手に行使したのとは違う。

彼女自身がそう判断し、それに見合う罰を与えた。

希亜自身の意思が介入したことで、普段とは違った意味で負担がかかったんだろうと思うけど。

ゲームか何かのように、そういった負担を分かち合う手段でもあれば良いんだがな。

考えるだけ無駄だから、頭から追い払った。

 

「……それで。さっきからずっと反応してると思ったら、皆から?」

「だよ。心配してたんだし戻ったら謝っておけよ?」

「分かってる。心配して貰えるって、嬉しいものね。」

「それが分かってるならせめてだなぁ……。」

「出来る時と出来ない時がある。()()()()分かってるでしょ。」

 

店を出て、商店街の通りを戻っていく。

普段一人では絶対に立ち寄らないと言い切れる精肉店付近で合流することになってるんだが。

……料理作ってくれると言ってたけど、何作る気なんだ。

何となくハンバーグとかその辺想像してたけど。

 

「そりゃまあそうだけど。」

「でしょ?」

 

軽口のような、付き合いの長い幼馴染との雑談のような。

何本もの枝の記憶から来る既視感は互いに持つ。

……希亜との深い付き合い自体は、記憶の中でも多いわけではないんだが。

まあそれを言い出せば天以外との付き合いも長くて一ヶ月くらいなんだよな。

 

「変な感じ。」

「何が?」

 

思わず口に出ていた思考に問い掛けの声。

何と答えて良いものか、少しだけ悩んだが。

 

()()()()()()()って何と呼んで良いものかと思ってなー。」

「短いと言えば短い…………けど、濃い?」

「濃すぎるって呼んでもまだ足りない気がするんだが……。」

「それはそう。」

 

他人に言っても馬鹿にされると言うか絶対に信じて貰えない。

というかあの浮くぬいぐるみっぽい幻体……ソフィを見たら(そもそもユーザーじゃなければ見えないんだが)どうなるんだろうな。

 

「あ、やっと来た。」

「希亜ちゃん、大丈夫でしたか!?」

「遅かったね。」

 

そんな会話をしながら、人の流れに流され、逆らい。

やっと付いた精肉店前。

既に三人は幾つかのビニール袋を手にしている。

飛び出して見える黄緑……野菜だよなあれ。

 

「ええ、何とか。一人だったら……いえ、一人でも大丈夫だったと思うけど。」

「私達の間で意地張っても仕方ないと思うんですけどにぇ、結城先輩。」

「お前は目上に対する態度取り繕えよ……。」

「それ言い出したら戦争だぜ……?」

「無駄に腰の入った素振りすんのやめろ。」

 

溜息を吐きながら頭を抑えて遠ざける。

むがー!とか叫びながら腕を伸ばしてきてるが、此処外だからな?

周囲からすれば微笑ましい兄妹とかに見えてるかもしれんが限度もあるからな?

 

ぷっ、と誰かが吹き出して。

 

「……じゃ、お肉買ったら戻ろっか。」

「ああ……帰ったらレシートくれ。払うから。」

「うん。」

 

五人で、一塊で。

仲のいい集団に見えていたのかは分からないが……。

進路を俺の家に。

もう少し正しく言うなら、その途中のコンビニ目掛けて歩き出した。

…………天はずっとむがむが言ってたが。

 



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92.反動。

大晦日ですので一話短めに。
来年以降もぼちぼちやっていくのでよろしくおねがいします。


 

「~♪」

 

キッチンに立つ都は、普段に比べて何処か楽しそうな表情を浮かべている。

元々の性に合っているからなのか、それとも……あー、口にはしたくないけどそういう何かか。

お嬢様、と言うには(俺の勝手なイメージで)庶民属性が強い気がするけれど。

ナインボールでのあの姿が目に焼き付いてしまっているのも大きいのかもしれない。

 

「ねえ、都。 次は……?」

「えーっと……。 しっかり練った後は。」

 

いや、正確に言えばキッチンに立つのは都だけではなく。

おっかなびっくりではあるが希亜も同じ場所にいた。

彼女曰く。

 

『今は、少しでもなにかしていたいの。』

 

とだけ口にしていた。

無論それだけでは無さそうで。

俺を含めた5人(いつものメンバー)の中で料理の腕が随一なのは都だから、教わるという理由も当然あるらしい。

 

「ねー、兄やん。」

「あん?」

 

そんな光景を横目で見ながらも、パソコンを打鍵。

スマートフォンで何かを見ている春風は時々顔色が良くなったり悪くなったり。

ただ、「普通にしていれば」お嬢様に見えなくもないよなぁと思いつつも。

隣でダラケている駄妹に返事を返す。

 

「すっっごい今更な事聞いていい?」

「内容次第では無視するぞ。」

「最初から圧迫するのやめてよー。 全く。」

「いいから言ってみろ。」

 

何で自分が被害者みたいな顔してるのかが分からん。

内容次第では勿論やるぞ。

場合によっては実力行使も辞さねえぞ。

 

「って言っても純粋な疑問? に近いんだけどさ。」

「おう。」

「お兄様視点だと()()()()ってどう思ってるの?」

 

今の?

目をパチクリと開いてしまったが、言われて考える。

 

……例えば、希亜の枝の時。

与一のやつの最初の犯行を止めたことで全ての流れを切り替えられた。

そういった意味で、根本的な対策を取れないかってことか?

 

「後手後手に回ってるとは思ってるが、元々俺達は対処する方向でしか――――。」

「あ、違う違う。 そういう真面目な話じゃなくて。 いや此方も真面目なんだけども。」

「は?」

 

何抜かしてんだ此奴。

折角俺が前置きしてやった上で。

 

()()()()()()とか当然初めてなわけじゃん?」

 

そう言われて少しだけ鎮火。

天の視線が向いているのはキッチンと、向かい側の春風。

…………まあ、確かに。

全員の記憶が、どころか()()()()()()()()なんて状況普通じゃ考えられないしな。

 

あの一回で終わらせるための最終手段として取った行動。

けれどこうして再び騒動が発生している。

だからこそ、有耶無耶になっている部分は絶対あるんだが。

 

「ぁー…………。 勿論、責任は取るぞ。」

 

どういう形式になるにしても。

これ以上悲しませたり、離別するようなことは絶対に起こさない。

相棒の力頼りになってしまう部分はあるが、それだけは俺の中の誓いだ。

 

「はー。」

「何だよ。」

「いや、戸惑いとかなしでいきなりそう言えるわけだしー。」

「だからなんだよ。」

「ヘタレだったにぃには何処行ったんだろうなーって。」

「置いてきた。 後その発言は流石に見過ごせんぞ我が妹。」

 

ヘタレなのは分かっててもお前に言われたくねーんだよ!

 

「ぼうりょくはんたーい!」

 

騒ぐ。

春風も気付けば此方へ目線を向けて薄く笑い。

キッチンの二人も何だ何だと顔を見せる中。

夕飯前の時間帯は、ゆっくりと過ぎていった。



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