BanG Dream!~青薔薇との物語~ (TRcrant)
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第一部 第1章『受け継がれる音』
再び始まる日常


この度は、本作に興味を持っていただきありがとうございます。

今回の話は『BanG Dream!~隣の天才~』の11話のあたりの話になります。
あらすじに書いてありますように、こちらの作品を知らなくても楽しめるようになっておりますが、お読みいただけるとさらに楽しんでいただけるかと思います。

それでは本篇をどうぞ


「ん……」

 

外から聞こえる鳥のさえずりに、僕……奥寺(おくでら) 一樹(かずき)は目を覚ました。

 

(いつも通りの朝だ)

 

夏休み、僕達は交通事故にあった。

一時は生死のはざまを彷徨っていたらしいけど、今はこうして退院していつも通りの日常を送ることができる。

 

「宝くじでも買ってみようかな」

 

不謹慎だが、医者の言った『君たち一家は非常についている』という言葉を聞いて、無性にやってみたくなった。

まあ、お小遣い的にも無理だし、何より本当にやったら確実に怒られる。

 

「一樹―! ごはんよ!」

「はーい! 今行くっ」

 

何はともあれ、僕はいつも通りに母さんが作ってくれた朝食を食べるべく、自室を後にするのであった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第1章『受け継がれる音』

 

 

 

「一樹、学校は大丈夫?」

「全くだよ、というか早く行きたくてうずうずしてる」

 

何せ、退院して初めて行くのだから。

 

「ふふ。それじゃ、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

そして、僕は学校に向かって新しい一歩を踏み出した。

外は雲一つない快晴……とまではいかないが、とてもいい天気だった。

 

 

 

 

 

 

「おはよう!」

 

家を出て少し歩いた先にあるT字路に待っている四人の姿を見つけた僕は、あいさつの言葉をかける。

 

「おっす」

 

最初に返事をしたのは、きざったらしいポーズをとっている短めの黒髪の少年……佐久間(さくま) 啓介(けいすけ)だ。

 

「おはよう」

 

続いて、挨拶を返してきたのは、腰元まで伸びた長い黒髪の少女……森本(もりもと) 明美(あけみ)だ。

 

「おはよう、一樹君」

 

それに続くように、銀髪の少女……中井(なかい) 裕美(ゆみ)が控えめに笑みを浮かべながら挨拶を返した。

 

「おう」

 

そして、最後にぶっきらぼうに挨拶を返した金髪の少年が田中(たなか) 聡志(さとし)だ。

全員がそれぞれのあいさつで返してくるのも、またいつものこと。

こういうところでも、いつもの日々が返ってきたと実感するところでもあった。

 

「そういえば、一樹、課題はどうするんだ?」

「もう終わらせてるので、ご心配なく」

「さ、さすがだね……」

 

家族旅行に行く前に、すべての課題は済ませておいたのだが、ある意味幸いだった。

なにせ目が覚めた時には、すでに新学期始まってたし。

 

「啓介にも、その心がけをまねてもらいたいところだ」

「どうして俺の話を出しやがりますかっ」

「まーた、夏休みの終わりに写したのか」

「うぐっ!?」

 

田中君の口ぶりから、啓介が宿題をやっていないことを悟った僕が鎌をかけてみると、案の定啓介は視線をそらせた。

おそらく、今の僕はかなりジト目になっているだろう。

啓介が夏休みの宿題を早めに済ませておいたところはあまり見たことがない。

もし、そんなことがあれば、僕は地球滅亡をも覚悟するだろう。

そう思わせるほど、啓介は宿題をなかなかやらないのだ。

……それでも成績がいいのが謎なところではあるのだが。

 

「最初に楽しんで後で頑張るのが正義だっ」

「だからって、やりきれなくて毎年田中君たちに土下座をするのは違うと思う」

 

いつもは何も言わない中井さんまでもが、苦言を呈する始末だ。

ちなみに、中井さんも森本さんも田中君も、大小あれど課題などは自分でやれというスタンスだ。

夏の終わり際の宿題を見せてもらおうと田中君に土下座をして頼み込む光景は、僕たちの間では夏の恒例行事にまでなっている。

というより、それだけのことをする労力を、宿題を自力で早めにやる方に回したほうがかなりマシなのだが……いったところで無駄なので、心の中に留めておくことにした。 

 

「くそぉ、頑固爺め」

 

そんな田中君に、ぼそっと啓介が暴言を放つが、当然聞こえていたようで、啓介の肩に手がトンっと、されとて力強く置かれた。

 

「ほぅ? 俺は頑固爺か」

「あ、あれ? 俺口に出してました?」

 

確かに啓介の暴言は小さくはあったが、十分聞えるほどの大きさで口に出していた。

なんで思っていることがわかるのと言わんばかりの顔をしてる啓介に、僕たちはさぞかし呆れたようなまなざしを向けているだろう。

 

「あ、あのですね……今のは言葉の綾という――「言い訳無用っ」――は、はぃぃ!!」

「幼馴染のよしみだ、多少は加減しよう。何、ほんの数日間眠るだけだ。いい案だろ?」

 

そういう田中君は表情は笑顔だが、目が笑っていない。

田中君は、いつも怖そうな雰囲気ではあるが、ちょっとのことでは怒らない性格だ。

その代わり、怒らせると収拾がつかなくなるタイプなのだ。

前に田中君と啓介が喧嘩をした際に、啓介が一週間ほど左足に包帯を巻きつけて生活する羽目になったくらいだ。

ちなみに理由は、『休みの日は女子との出会いの場を探したい』という啓介の意見に田中君が否定したという、至極しょうもない理由からだけど。

 

「やりたいことは済ませたか? 神様にお祈りは? 道の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はできたか?」

「終わってないので失礼しますっ!」

 

ボキボキと拳から音を立てながら、どこかの執事のような物騒な言葉を口にする田中君から、啓介は全速力で逃げ出す。

 

「待ちやがれっ!」

 

こうして、二人の追いかけっこは始まった。

啓介にしてみれば命がけだろうけど。

 

「うんうん、これもいつも通りだね」

 

そんな光景を微笑ましそうに見ている中井さんも、いろいろな意味ですごいのかもしれない。

結局、啓介は捕まって折檻されることになるのだが、それもまたいつも通りのことだった。

こうして僕達は、学校に向かうのであった。

 

「誰か……俺の安否も……確認して、くれよ……ガク」

 

ちなみに、僕たちが去った後の道に、弱々しく言いながら、取り残された人物がいたとかいないとか。

真相は永遠に闇の中だ。

そんな、いつも通りの朝の一幕であった。

 

(本当に、戻ってこれたんだな……いつもの毎日に)

 

特に意味のないやり取りだけでも、僕は感慨にふけっていた。

……もっとも、明日にはそんな気持ちはなくなるかもしれないけど。




改めまして、この度は本作をお読みいただきありがとうございます。
本作は、完成次第の投稿を予定しております。

また、活動報告のほうで主人公の設定(プロフィール)等を書いておりますので、興味がありましたら、そちらのほうもご確認いただけると幸いです。

本作とは別に『BanG Dream!~隣の天才~』の続編にあたる『BanG Dream!~隣を歩む者~』も投稿する予定です。
それに伴いまして、本作は奇数月の投稿となりますのでご了承のほどお願いいたします。

最後になりますが、色々と至らぬ点があるかと思いますが、よろしくお願いします。
感想など頂けると幸いです。

それでは、次回でお会いしましょう。


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第2話 新たな出会いと

二日連続で失礼します。



電車に揺られること数分、田中君たちが下車する駅に到着した。

 

「それじゃ、俺たちは先に行くぞ。今日の練習は?」

「いつも通りだよ」

 

電車から降りる前に思い出した様子の田中君に、今日の練習の予定を伝えると、”おーけー”と応えて電車から降りた。

僕たちは幼馴染ではあるが、通う学校はバラバラだ。

田中君と啓介、森本さんの三人は『羽丘学園中等部』に、そして僕と中井さんが『花咲川学園中等部』に通っている。

いずれの学校も、中等部までは男女共学でそこから先は女子校となる。

何でも少子高齢化がどうのこうのという理由らしいが、特に興味もないのでよくは覚えていない。

 

「あ、お昼休みでもいいから、ちゃんと花音ちゃんにお礼を言っておいたほうがいいよ」

「そうだね、色々迷惑かけちゃったしね」

 

中井さんからの又聞きではあるが、僕が入院中に松原さんは何度もお見舞いに来てくれようとしていたらしい。

来れたのは、意識が戻ってしばらくした時の一回のみだったが。

 

(まあ、しょうがないよね。松原さんだし)

 

来れなかった理由は『迷子になったから』というものだったのが彼女らしいともいえる。

そんなわけで、僕たちも自分の通う学校の最寄り駅についたので、電車を降りると学校に向かうのであった。

 

 

 

 

 

「おう、退院できてよかったじゃねえか、仲介屋!」

「……どうも」

 

教室に入るなり、クラスメイトの男子が声をかけてくる。

だが、僕自身それが嫌だったりする。

どちらかというと、”仲介屋”のほうが。

”仲介屋”

それは僕に対してのあだ名である。

理由としては、”僕を仲介すれば中井さんや松原さんとお近づきになれるから”という至極どうでもいい理由からだ。

 

(どうせだったら”委員長”とかのほうがましだ)

 

別に委員長ではないけど、名前で呼ばれないのであればそのほうがましにも思える。

そんなことを思いながら、僕はSHRを行うために来るであろう担任の先生を待つのであった、

 

 

 

 

 

「一樹君、こっちだよ」

 

お昼休み、中庭で先に待っているであろう人達を探していると、ちょうどいいタイミングで声をかけられた。

 

「遅くなってごめ……ん」

 

少し遅くなってしまったことを謝りながら自分の場所を知らせるように振っていた手がある場所に駆け寄った僕は、その場にいた人物を見て言葉を詰まらせた。

そこにいたのは、中井さんとここに入学して少しした頃に知り合った松原さんに加えて、金髪の女子生徒がいた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんだか見たことない人がいたから」

 

固まっている僕を不思議に思った松原さんの疑問に、戸惑いながらも応える僕を、その女子生徒は興味津々な様子で見ていた。

正確にはどこかで見たような気がするのだが、おそらく同じ学校に通っているので学内のどこかで見かけたというやつだろう。

 

「あ、この人はね白鷺 千聖ちゃん。私のお友達なんだよ」

「初めまして、白鷺千聖です。よろしくね、奥寺君」

 

微笑みながら自己紹介をする白鷺さんに、僕は自分の名前を言っていないことに気づいた。

 

「あ、はい。よろしくお願いします……あれ、僕名前言ったっけ?」

「ごめんね、私が言っちゃった」

 

僕の疑問に、中井さんはいたずらが成功した時のような笑みを浮かべながら応える。

 

(一体、僕の知らないところで何を言ったんだろう)

 

正直気にならないわけではないが、これ以上まごまごしていると時間的にもかなり慌ただしくなりそうなので、深く追求することもなく、靴を脱いで敷かれているレジャーシートに上がると、何時もの定位置である中井さんの隣……一番端のほうに腰かけた

いつもは大体四角形の形で座っているので、松原さんと中井さんが向き合うのはいつものことだが、今日は僕の向かい側に白鷺さんがいるという違いがある。

 

「あ、そういえばお見舞いありがとうね、松原さん」

「ふぇ!? そ、そんなお礼なんて大丈夫だよ。だ、だってお友達だもん」

 

突然お礼を言われた松原さんは顔を赤くしてあたふたとしながら、首を横に振って応える。

 

「ふふ、花音ちゃん顔真っ赤だよ?」

「っ!? 裕美ちゃんっ!」

 

そんな彼女をからかうように笑みを浮かべながら言う中井さんに、顔を赤くさせたまま抗議の声を上げる松原さん。

それはいつも通りの微笑ましい昼の一時だった。

 

「そういえば、どうして今日は遅くなったの?」

「ちょっと先生といろいろ話してたんだよ」

 

本当は少しだけ事情があるのだが、大まかには違いはないので、中井さんの問いかけに僕は、誤魔化して答える。

 

「………」

 

そんな他愛のない話をしている最中、ずっと白鷺さんから視線を感じていた。

 

「えっと、白鷺さん……どうかした?」

「いいえ、なんでもないわ」

 

その視線が、どこか値踏みをしているみたいで少し居心地が悪く感じた僕の問いかけに、白鷺さんは微笑みながら返すが、僕は彼女に対して何とも言えない恐怖心を抱いた。

 

「中井さん、僕何か彼女に失礼なことした?」

「別にしてないと思うけど」

 

無意識のうちに、何か失礼な言動でもしたのかと思ったのだが、中井さんからは否定の言葉が返ってくる。

そのことがますます混乱を招いた。

 

(こうなったら、白鷺さんに聞くほうがいいかな)

 

そのほうがすべてすっきりしそうだ。

 

「どうやら、信頼できそうね」

 

そう思っていると、白鷺さんが何かを呟くが、その声は周りの喧騒にかき消されてよく聞こえなかった。

 

(……放っておこう)

 

下手につついて地雷を踏むような真似をするのは、避けるべきだろう。

まさに、”触らぬ神に祟りなし”というやつだ。

別にチキンなわけではない。

……たぶん。

 

「そういえば、いつもいなかったのに、どうして今日は白鷺さんはここに?」

 

いつも中庭で一緒に食べているというわけではないが、中庭で食べる際はいつも中井さんと松原さんの三人で昼食をとっていただけに、気になったので聞いてみた。

 

「千聖ちゃん、学校に来れない日があるから、都合が合わなかったんだよ」

「来れない? 家庭の事情とか?」

 

松原さんの返答に、僕は首をかしげながら聞き返す。

 

「えっと、そうじゃなくてね。お仕事の関係だよ」

「仕事?」

 

困惑したように松原さんが答えるが、困惑しているのは僕のほうだ。

 

「……もしかして、彼本当に気付いていないのかしら?」

「みたい」

 

そして何やら話をし始める白鷺さんと中井さん。

 

「ごめんね。一樹君ってドラマや映画のスタッフ紹介を、見ないタイプだから」

 

(確かに、見ないけど……なんで今?)

 

ドラマなどでのオープニングやエンディングに流れるスタッフロールはあまり興味がないので、見ないか流して見ているかのどちらかなのだが、どうしてそのことを今言うのだろうか?

僕の頭の中は、ますます疑問でいっぱいになる。

 

「はぁ……仕方がないわね」

 

一つため息を漏らした白鷺さんは、一つ咳ばらいをすると深呼吸を始める。

 

(な、なに……)

 

それだけのはずなのに、一気に彼女が纏っている雰囲気が変わった。

その雰囲気は、とげとげしくあり、まるで反抗期を迎えた人のような印象を抱かせる。

 

「なんで、お父さんは私に干渉するの!? 信じられないっ」

「へ?」

 

いきなり白鷺さんの口から出てきた謎の言葉に、僕は目を瞬かせる。

 

「もう私のことは放っておいてっ」

 

(ん? 今の言葉、どこかで……)

 

冷たく言い捨てられる言葉、そして彼女の雰囲気やしぐさなどを僕は知っている(・ ・ ・ ・ ・)

 

「あ!?」

「ふぅ、やっと気づいたようね」

 

白鷺さんが呆れたようにため息を漏らした時には、先ほどまで纏っていた雰囲気は元に戻っていた。

 

「”黄昏の家”の娘役の人っ!?」

 

黄昏の家。

その番組は日曜の昼に放送されるドラマで、どこにでもある普通の家庭の様子を描いたドラマだ。

そして、白鷺さんはその反抗期を迎えた娘役だったようだ。

最初に見た時の衝撃は大きく、視聴者からの評判も上々らしい。

夫婦の問題や反抗期を迎えた子供の葛藤などがリアルに描かれているのだが、あまりのリアルさにドキュメント番組であると錯覚する人がいるほどだ。

かくいう僕もその一人で、中井さんに番組のジャンルを聞いたぐらいだ。

 

「一樹君、いつも見てるのに、なんで気づかないの?」

 

だからこそ、中井さんの呆れたような言葉も出てくるのだろう。

 

「あまりにも、ドラマの時と雰囲気が違いすぎて……大変失礼しました」

「ふふ、別にいいわよ。いつも見てくれてありがとうございます♪」

 

(白鷺さん、そんなに怖い人じゃないのかも)

 

軽く頭を下げて謝る僕に、怒るわけでもなくお礼の言葉を口にしてきた彼女に、僕はそう思った。

普通、自分のことを知らなければ、怒ったりするはずなのに、彼女はそのようなそぶりは一切見せていない。

 

(うーん……いつも通りでいいかな)

 

目の前にいるのは有名人だが、なんとなくそのような扱いをされるのを嫌がっているような気がした僕は、先ほどと同じように接することにした。

というか、僕が彼女だったらそうしてほしいと思うし。

 

「でも、そうなると勉強のほうとか大丈夫? 僕が言うのもあれだけど」

「ふふ、心配ありがとう。でも、私はどちらも疎かにしているつもりはないわよ」

 

そう断言する白鷺さんのそれは、ある意味プロ意識のようなものなのかもしれない。

 

「それでね、これからお昼に一緒に食べられる日は千聖ちゃんも一緒でいいかな?」

「いや、それを言うのなら僕のほうなんだけど」

 

僕の今の立ち位置は女子たちの話の場に混ざってきた男という感じだ。伺いを立てるのは僕のほうだと思い、松原さんに聞き返した。

 

「私たちは大丈夫だよ。千聖ちゃんは?」

「ええ、私もかまわないわよ。よろしくね、奥寺君」

「う、うん。よろしく」

 

すっとこちらに手を差し出してくる白鷺さんの手を取って握手をする。

さきほどと同じ”よろしく”という言葉ではあったけど、何かが違っているようにも思えた。

それから、みんなでいろいろと話をしながら昼食を摂ったが、そのころには、白鷺さんに感じていた怖い印象はなくなっていた。

そんな、昼食時だった。




まだ、あらすじの部分にも触れていない状態です(汗)
今現在プロローグ的な状態なので、もう少しだけお付き合いいただけると幸いです。


それでは、また次回お会いしましょう。


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第3話 見つけた物

投稿を始めて3話にしてお気に入りが10件以上していただけて嬉しく思います。
これからも、よろしくお願いします。


「それじゃ、行こっか」

 

放課後、僕の家のリビングにいつものように集まった啓介たちは、僕の問いかけに頷く。

僕はそれを確認して、リビングの隅に置かれた五段ある小さめの本棚の前に歩み寄ると、下から二段目の本を一冊取り出す。

取り出したことで空いた本棚のスペースに手を突っ込むと、当然手が壁に当たる。

それをやや力を込めて押し込むと、何かが動き出すような音とともに、床の一部が動き出した。

すぐにその動きは止まり、現れたのは下に続く無機質な石の階段だった。

その先に、僕たちが”練習スタジオ”と呼んでいる地下室があるのだ。

 

「何度見ても、すごい仕掛けだよな」

 

感慨深げに言う啓介の言葉と、同じことを僕も思っていた。

みんなでバンドを……hyper-Prominenceを始めて間もないころ、父さんに与えられた練習場所がここだったのだ。

その時にここのからくり仕掛けのことを教えてもらったのだ。

教えてもらった時はかなり驚いた記憶がある。

 

「確か、一樹君もどうしてこれがあるのかわからないんだよね?」

「そうだね。最初からあったのか、それとも後付けで付けたのか」

 

父さんに聞けばわかるのかもしれないが、多分教えてはくれないだろうなと思っている。

父さんは基本的に、僕が知らなくていいことは言わないタイプだ。

結果からすれば、聞かなくて正解だったのではと思うところもあるのだが、それでも知りたいと思うのは致し方ないことだったりする。

ちなみに、この練習スタジオだが、防音性に優れており、真夜中でも大音量で練習することができるという、まさに最高の環境が整っていた。

近くに練習ができるスタジオはあることにはあるが、いずれも利用料金が高いのだ。

しかも、スタジオなどへ行くにも時間がかかったりと問題が多くあり、一学生の僕たちが通うのは不可能だった。

そんなわけで、僕たちにとってここは、ある種の救世主のような存在でもあった。

 

「早く行こ」

 

このからくり仕掛け、厄介なことに数分経過すると勝手に閉じ始めるのだ。

もう一度仕掛けを動かせばいいだけだが、さすがに手間がかかるので、早々に中に入るに限る。

僕を先頭に薄暗い石段を下りて行き、少し降りたところで、僕は重い感じの音を鳴り響かせながら、分厚い扉を開ける。

おそらく、これも防音性を高めるのに一役買っているのだろう。

そして明かりを点けると、そこは僕たちのよく知る練習スタジオだった。

コンクリートか何かは分からないが、無機質な感じの一室に、ドラムやキーボードなどが置いてある。

啓介と田中君のドラムは、僕たちのギターやベースと違い、そう簡単に移動できないのでここに置いているのだ。

 

「それじゃ、各自セッティングを」

 

僕の指示に、全員がそれぞれのスペースに移動する。

少しして、それぞれの場所から楽器の音が聞こえ始める。

それを聞きながらも僕は、ギターのチューニングを始める。

 

(この時間が一番いいんだよね)

 

このセッティング中に音を作っている感覚が、僕には何とも言えない至福の時間にも感じられた。

 

「一樹って、本当にチューナーを使わないよね」

「まあ、必要ないし」

 

森本さんの言葉に答えながら、僕は淡々とチューナーを使わずにチューニングを進める。

 

「絶対音感だもんな。うらやましいぞ」

「あはは……」

 

田中君のボヤキに、僕は苦笑するしかなかった。

 

「よし。それじゃ、まずは流しでやるぞ。全員曲は覚えてるな?」

 

練習中の舵取りは、主に田中君の役割だ。

僕達が頷いたのを見て、聡志はスティック同士をぶつけて音を立てる。

 

「それじゃ行くぞ……1,2,3,4ッ」

 

田中君のリズムコールを合図に、曲が始まる。

テンポの速いその曲は、一つの嵐を想像して作った曲だ。

ギターのパートが非常に多く、僕と森本さんとのギターの掛け合いが、この曲の肝であるのだ。

 

(うん。いい感じ)

 

ブランクやら後遺症やらの心配もあったが、それほどの問題にはならなかった。

僕のソロの部分もいい感じのレベルで決まったぐらいだ。

 

「一樹、ギターソロのところだけど、少し間を開けたほうがいいかもな。そのほうがインパクト強そうだし」

「わかった、そういう風に修正しておく」

 

演奏が終われば、みんなからの意見の出しあいが始まる。

それもまたいつものことだ。

演奏して意見を出して修正してまた演奏。

その後は、リビングに戻って休憩をして、お互いの楽器を入れ替えて演奏する。

それが僕たちの練習方法だった。

最後の楽器の入れ替えは、ある種の遊びというよりも気分転換にも近い意味合いが強いが、これのおかげかみんなが自分の担当楽器以外も弾けるようになっているたりする。

それを活かせる場面がないのが、残念だと思うところだ。

 

(まあ、あまり他人に聞かせるようなものでもないか)

 

いくら自分の担当楽器以外の楽器が弾けるようになったとはいえ、それは一を極めた人からすればお遊びレベルのこと。

であるなら、仲間内だけのレクリエーションのようなものでとどめておくべきだろう。

そう思いながらも、今日の練習は終わるのであった。

 

 

 

 

 

夜、食事を終えてお風呂も済ませた僕は、もう寝るだけとなっていたのだが、自室で探し物をしていた。

 

「えっと……確かこの辺に置いたはずなんだけどな」

 

引き出しを開けて中を確認するが、なかなかそれが見つからない。

その探し物は、明日の授業で必要なものだったので、見つからないと色々とまずかったりする代物だ。

夏休みの宿題をやるのに使った後に、いつも収納している場所に片付けたつもりなのだが、なかなか見つからない。

 

「……別の場所を探すか……っとと」

 

探し物をしていた影響なのか、どこかに置いていた物が下に落ちた。

 

「これって……CD? それに楽譜?」

 

落ちたものを手に取ると、それはCDと何かの曲の楽譜と思われる紙だった。

CDには何が入っているのかなどが一切書いていないので、中身が何かがわからない。

もちろん、僕自身にこのようなCDを作成した記憶もない。

 

(……試しにプレーヤーで読み込ませるか)

 

ちょっとした興味だった。

僕は前に買ってもらったCDプレーヤーを机の上に置くと、先ほど見つけたCDをセットして読み込ませた。

 

(何かの曲が入っているのなら、再生されるはずだけど)

 

可能性として啓介のいたずらが考えられる。

その場合だと、中に入っているのはおそらく絶叫した啓介の声だろう。

それを警戒して、僕は音量を低く設定するとイヤホンを装着した。

 

(曲?)

 

キーボードから始まったそれは、紛れもなく曲だった。

 

(ッ! す、すごい……)

 

そして始まった演奏に、僕は息をするのを忘れるほどの衝撃を受ける。

その曲はとにかく熱い魂を感じられる物だった。

 

(そうだ! これは、あの人の曲だっ)

 

そして、僕はこの曲にまつわる出来事を思い出すのであった。



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第4話 受け継がれた音

それは、去年のこと。

父さんに会場の空気を覚えろということで連れて行ってもらった、ステージ会場でのことだ。

 

「えっと……確か父さんが言っていた場所ってここだよね?」

 

父さんから飲み物を買ってくるようにと言われ、教えてもらった自販機に向かっていた。

 

(なんだかえらく会場を一周したような気がする)

 

父さんが壁伝いに行けばあると伝えられていたが、なんだか嘘くさく思えた。

 

「おや、僕。ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」

「え!?」

 

飲み物を買おうとお金を入れて、父さんが言っていた飲み物のボタン押した時、僕の後ろから注意してくる優しい感じの男性の声が聞こえてきた。

その声に慌てて振り返ると、そこに立っていたのは短く切りそろえられた黒髪に、優しいまなざしを浮かべている男性だった。

その人が誰なのかに、僕は心当たりがあった。

 

「ユージさん!?」

「しー」

 

名前を言われた男性……ユージさんは、困ったような表情を浮かべながら自分の口元に人差し指を当てながら、”静かに”とジェスチャーで言ってきたので、僕は慌てて口を覆った。

”ユージ”

それは今大人気のバンドのギターボーカルを担当している人の名前だ。

インディース時代には名曲を何曲も作曲・演奏したバンドとして僕は記憶している。

そんなバンドがプロデビューし、少し先に開かれる『FUTURE WORLD FES』への出場も決めているというまさに絶好調という言葉が似合うような存在だ。

このライブも彼のバンドが出るというのはパンフレットを見て知ってはいたが、まさか本人に会えるとは思ってもいなかった。

 

「はは、どうやら私はファンに待ち伏せされてしまったようだね」

「す、すみません。でも、ユージさんの熱い曲と歌声、とても尊敬してますっ」

 

苦笑するユージさんに申し訳ないという気持ちよりも、会えたことへの喜びのほうが勝っていた。

 

「私ユージさんみたいな、すごいミュージシャンになります。その時は、ぜひ、一緒のステージに立ってください!」

 

今にして思えば、なんてことを言っているんだというくらいのお願いだったが、それでもその当時の僕はそんなことを考えられないほど真剣にお願いしていた。

 

「一緒のステージか……君、名前は?」

「はい、私の名前は奥で――「君、ここで何をしているんですか? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」――あ……」

 

名前を言おうとしたところで、やってきたスタッフの人に見つかった僕は、有無も言わさずにその場から移動させられた。

怒られるかとも思ったのだが最終的には、迷ってしまったことを説明したことで、お咎めなしとなったが、父さんからは呆れられた目で見られることになった。

その後、フェスに出場したユージさんのバンドは……そのまま解散した。

それに対しての世間の反応は非常に冷ややかだった。

 

『あのバンド、解散したんだ』

『最初はいいと思ってたのに、最近は売り目的の曲になってたから残念』

 

僕が聴いただけでも、そんな感じの反応だった。

 

(確かに、最近の曲はあれだったけど……)

 

インディース時代にはどんどんと名曲を生み出していたユージさん達だったが、プロデビューをしてからは曲のテイストが変わったような気がしたのだ。

最初は僕もがっかりしていたが、同時にこれがユージさんの本意ではないというのも薄々は勘付いていた。

 

(あの時、一瞬見せた寂しげな表情って、もしかしてこのことを意味してたのかな?)

 

僕は気のせいだと思っていたが、あの時……僕のお願いを言った瞬間、ユージさんはどこか寂しそうな表情を浮かべていた。

今にして思えば、解散のことを考えていたのかもしれない。

 

(また、良いミュージシャンがいなくなっちゃった)

 

Prominenceに続いて、消えて行ったミュージシャンの存在に、僕はどこか虚しさを覚えていた。

 

 

 

 

 

それからしばらく経ったある日のこと。

 

「一樹、荷物が届いてるわよ」

「僕に? ありがとう」

 

学校から帰ってきた僕に、母さんが封筒を手渡してきた。

それを受け取った僕は自室に戻ると、封筒の差出人を確認した。

差出人の名前はなかったが、僕は封を開けて中に入っていたものを取り出した。

入っていたのは紙が二枚、そしてCDだった。

 

(これって、手紙)

 

そのうち一枚は手紙だった。

 

『いきなりで驚かせてしまってすまない。君と会って話したとき、君には内側からあふれんばかりの熱いものを感じた。それはこの私ですら敵わないほどに』

 

その出だしで始まっていた手紙。

それだけで、これが誰からの物なのかがすぐに特定できた。

 

『君のお願いはとても嬉しく思ったが、君のお願いは聞けそうにはない。私の音楽はその存在意義を失ってしまった』

 

きっとそれは、今この人たちにかけられている、冷ややかな声のことを言っているのだろう。

ミュージシャンにとって、音をすべて否定されるのは精神的にもショックは大きい。

それは僕も少なからず理解しているつもりだ。

多分、ユージさんたちは苦しんで苦しんで、それで解散という道を選んだ。

手紙を読んだ僕は、そこまで感じ取れてしまった。

だが、手紙には続きがあった。

 

『この手紙と一緒に同封したのは音源と楽譜だ。これは私の勝手な頼みだ。君たちの手で、この曲に光を当ててはくれないだろうか? これは私の……ユージと言うミュージシャンのすべてを込めた曲だ。歌詞は君が自由につけてもかまわない。この曲を君たちが受け継いでくれることを、私は信じている』

 

最後に『ユージ』という言葉で、その手紙は締めくくられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(結局、あれからこの曲は聞かなかったんだよね)

 

思い返しているうちに曲は終わっていた。

あの時、僕はそれを聞く勇気がなかった。

聞いてしまえば、僕はその曲をやりたくなる。

それは、ユージさんの音楽を受け継ぐということでもある。

その覚悟が、僕にはなかった。

 

(でも、今だったらできるような気がする)

 

hyper-Prominenceとして『FUTURE WORLD FES.』に出場した僕たちなら、この曲を演奏する資格はもしかしたらあるのかもしれない。

 

「よし」

 

僕は、もう一度曲を聞き直す。

今度は一音一音を、頭に刻みつけるように。

そして、僕はユージさんから譲り受けた曲を完成させるのであった。




名前に関しては、資料がなかったので、付けましたが、もし公式で名前が明らかになっていれば教えていただけると幸いです。


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第5話 そして、その音は受け継がれる

あれからユージさんから受け継いだ曲を、音楽プレーヤーに音源としてデータを移し終えた僕は、今日の練習の時にみんなに聞かせようと机の上に置いておいた。

 

(後は、それを演奏する機会があればいいんだけど)

 

こればかりは、さすがにすぐには見つからない可能性が高いのは覚悟している。

なんせ、今の僕たちは個人で活動しているうえに、自分の素性をすべて隠している状態だ。

そうなると、今の僕たちにできるのは待つことしかないのだ。

 

「一樹! さっきライブの運営委員会から、出場してほしいという連絡があったぞ!」

「えぇ!?」

 

そんな時、僕のもとに父さんから一報が入ってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

「『SWEET MUSIC SHOWER』?」

「うん。そこの運営委員会からから父さんのところに連絡があったらしいんだ。僕たちにぜひ出場してほしいって」

 

放課後、家に集まったみんなをリビングの席につかせると、朝に父さんのところにかかってきた連絡のことを伝えた。

 

「えっと……へー、『FUTURE WORLD FES』に出場したバンドも参加するんだ」

 

イベント名を調べていた森本さんが、プロのバンドも多く出場するほどの大きなイベントであるのを知って、感嘆の声を上げる。

 

「ジュニア部……プロのバンドの前座なのがちょっとあれだけど、でも全員を驚かせるような演奏をしたいな」

 

中井さんも気合十分のようだ。

大きなイベントということもあって、僕たちはより一層全力で演奏する必要がある。

例え、それが前座的な扱いだったとしても、僕たちがなすべきことは変わらないのだ。

 

「それじゃ、このイベントに参加するのに反対だと言う人」

 

一応念のために、参加の是非を聞くが、反対する人は誰もいなかった。

 

「それじゃ、参加するって伝えておくね」

 

こうして僕たちはSWEET MUSIC SHOWER……SMSへの参加が決まった。

 

「問題は、セトリだな」

「時間的な面でも、演奏できるのは2曲が限界だな」

 

僕たちの話し合いの内容は、セトリのほうに移っていた。

僕たちのバンドの曲は、いずれも1曲の長さが長く、持ち時間で演奏できる曲数は、大体2曲が限界なのだ。

 

「じゃあ、こんな感じでどうだ?」

 

そう言って啓介が書き出したのは、既存曲と新曲の2曲だった。

 

「なんか、アップテンポばっかだな。最後の曲は静か目な曲のほうがいいと思うけど」

「そんな曲ないだろ……な?」

 

啓介の言葉を、僕は頷いて答える。

確かにどれもアゲアゲな感じだ。

これはこれでありなのかもしれないが、田中君の出した案も捨てられない。

 

(本来であれば、静かな感じの曲を作るべきなんだろうけど……)

 

僕には、どうしてもやりたい曲があるのだ。

だから、今回はセオリーを無視することにした。

 

「実は、次のライブで演奏したい曲があるんだ」

「何だ? その曲は」

 

田中君の問いに、僕は朝に音源を移した音楽プレーヤーを、みんなの前に置く。

伊達に幼馴染を名乗っているわけではない。

僕の言わんとすることを察した田中君と啓介が、プレーヤーに巻き付けてあるイヤホンを解くとそれをそれぞれ片耳に装着する。

そして、啓介は再生ボタンを押した。

 

「こ、これはっ!?」

「す、すげえ熱だ」

 

音楽プレーヤーに入っている音源は、ユージさんからもらったCDをもとに僕のほうで録音をし直したものだ。

それでも、聞いただけで二人の目は驚きに見光られる。

 

「私にも聞かせてよ」

「私も私も!」

 

そんな二人の様子を見て、聞かせるようにせっつく森本さんたちに二人はイヤホンを手渡す。

その直後、先ほどの二人と同じ反応をする。

 

「アップテンポだけど、この曲を演奏したい」

「俺もすげえやりたいと思うが……一樹、この曲何か訳ありだろ?」

 

田中君は静かにつぶやくと、こちらをじっと見据えてくる。

その目は嘘偽りを許さないという意思がひしひしと伝わってくる。

 

「うん。これは解散したバンドの人から譲り受けた曲を基に仕上げた」

「⋯⋯そうだろうな。この曲の熱の質っていうのか? そういうのが一樹のとは違ってたからな」

「ふへー、俺は違いまでは気づかなかったぜ」

 

啓介は置いとくとして、田中君は曲の性質の違いにまで気づいていた。

それだけでもドラマーとして……ミュージシャンとしての才能がうかがえる。

他のみんなもそうだが、音楽に対する素質は高い。

だからこそ、一気にSMSのイベントに呼ばれるまでになったわけだが。

でも、僕はそれだけではないとも思っている。

確証はないけど、幼馴染としていつも一緒にいたということが、いい方向に活かされているのだと感じている。

長い沈黙がその場を満たす。

いくら僕がやりたいと思っても、メンバーであるみんながNOと言ってしまえば、実現はできないのだ。

 

(でも、僕はこれを闇の中にとどめておくのは嫌なんだ)

 

この曲を僕に託したユージさんの気持ちを考えれば、なおのことそう思う。

これに光を当てたいと。

 

「……私は、別にやってもいいかな」

 

その沈黙を破ったのは、森本さんの賛成の言葉だった。

 

「なんか、聞いてたら挑戦状にも聞こえたのよね。君たちにできるかな? ってさ」

 

”だったら、やらない手はないわよね”

最後にそう締めくくった森本さんの目には、闘志に火が付いているような気がした。

 

「私も、やってみたい」

「……まあ、やってもいいんじゃね?」

 

そして、次々に広がっていく賛同の声。

 

「……別に、俺は反対だというわけじゃねえからな」

 

最後には、田中君がそっぽを向きながら言ったことで、意見が出そろった。

 

「皆、ありがとう!」

「お礼を言うのはまだ早いって」

「そうだぜー、これから練習があるんだからな☆」

「どうでもいいがお前の口調は聞いてて妙に憎たらしいな、おい」

 

啓介をジト目で見る田中君に、森本さん達も笑い出した。

そこには、いつも通りの僕たちの日常があった。

 

「それじゃ、練習を始めようか!」

『おー!』

 

こうして僕たちは、SMSに向けての練習を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、数日後。

 

「hyper-Prominenceさん、こちらで待機をお願いします!」

 

僕たちは、スタッフの誘導の元、SMSのステージ袖に待機していた。

 

「やっぱり、浮いてるな。俺達」

 

小さな声でボソッとつぶやく啓介の言うとおり、僕たちは明らかに周囲から浮いている。

原因は僕たちの格好だ。

顔のほとんどを隠す白装束を、全員が着こんでいるのだから。

傍から見れば、ちょっとやばい組織の集団じゃないかと思われても、致し方がない。

 

「仕方ないわよ」

「うん。今更だよ」

 

このような格好をしているのは、僕たちの素性を隠すためだ。

少なくとも、この格好なら、相手が得られる僕たちについての情報も限られてくる。

……とはいえ、隠ぺいするのはかなり大変だけど。

 

「っと、終わったみたいだな」

 

ステージのほうから聞こえてくる、オーディエンスの歓声に反応した田中君の言葉で、僕は一気に気を引き締めて集中力を高める。

 

「それじゃ、行くか」

 

そして、僕たちはステージに躍り出るのであった。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

SMSのB会場。

そこには大勢の観客が集まっており、次のバンドを今か今かと待ち望んでいた。

 

「あ、『hyper-Prominence』よ!」

「へー、あれが噂のバンドか」

 

HPがステージに現れた瞬間、会場からは歓声が沸き上がる。

コンテストと『FUTURE WORLD FES』というたった二回のライブで、彼らはここまで上り詰めていたのだ。

 

「『hyper-Prominence』です。まずは一曲、聞いてください」

「1,2,3っ」

 

一樹……GKのMCを合図に聡志……DSがリズムコールをすると、曲が始まった。

出だしから、ギターの二人の音色が会場に響き渡る。

 

「うお?!」

 

たったワンフレーズの音を聞いた瞬間、その場にいた観客たちは体を震わせる。

それはごく普通のギターの音だった。

だが、その音は観客たちの心を一瞬で惹きつけたのだ。

最初の曲のボーカルはDSだ。

DSの低めの歌声が、曲にさらなる重みを加えていた。

そして、歌いきる寸前に、明美……VAのギターが観客を魅了する。

そこからは、GKとVAの二人の独壇場だ。

二人がフレーズごとに、まるで競い合うようにギターを弾いていく。

 

「なんて演奏だ。あいつら、人間じゃねえっ」

 

観客の一人が、目の前で演奏しているのを見て、そう思うのも致し方がない。

それほどに、力強い演奏をしていたのだ。

やがてDSが歌いだしたところで、ギターの二人は演奏を止める。

だが、それはこの後に来る波に向けての羽休めにしか過ぎなかった。

DSの歌の箇所が終わると、二人は再びギターを弾き合っていく。

その時その音が、ふっとすべて消えた。

それは比喩ではない。

その理由は、彼らが演奏を止めたからだ。

会場中を静寂が包み込んでいく。

それは観客にしてみれば盛り下がるのに十分な理由だった。

 

「えぇ。これで終わり?」

「私、ちょっと飲み物でも買ってこようかな」

「他のバンドって何があるんだろう」

 

その静寂に、失望した様子で、観客たちがその場を立ち去ろうとしたところで、唐突に鳴り始めたギターの音が足を止めさせた。

それは、GKによるものだ。

最初は簡単なフレーズが、その速度を増し、次第に速弾きとなっていく。

さらに、ギターを縦に構えて目まぐるしく弾いていくそれは、まさに嵐そのものだった。

そんな彼のソロに、立ち去ろうとしていた観客は足を止めると、彼の演奏に併せて手拍子を鳴らしていく。

やがて、嵐は過ぎ、DSの歌が始まった。

そこからは一気に駆け抜けるように曲は終わりを迎えた。

終わった瞬間、凄まじい拍手が、彼に浴びせられる。

 

「次が、私たちの最後の曲です。これは、私が二番目に尊敬するあるミュージシャンから託された曲です。聞いてください『Rocks』」

 

ベースとキーボードから始まったその曲は、出だしで観客たちをざわつかせた。

 

「すごい! こんな熱い演奏見たことない!」

「これはやばいって!」

 

彼らの熱い演奏に合わせて、観客たちは手を振って応える。

まさに会場にいた観客が一体となって、曲にのっていたのだ。

VAの大人びた歌声が、激しい曲調にさらなる熱を吹き込んでいく。

 

(………ありがとう、未来あるミュージシャン達)

 

演奏をしている彼らを見ていた男性の一人は、心の中でお礼の言葉を送った。

その目は、どこか優しく、そして寂しげだった。

 

 

 

 

 

この日、彼らhyper-Prominenceの演奏はまた一つの伝説を生み出した。

それが、彼らにもたらす運命は、まだわからない。

 

 

第1章、完




少々長くなりましたが、今回で本章は完結となりました。

章が完結した際は、こちらにて軽く次章予告をさせていただいております。
ということで、次章予告をば。

―――

SMSを終えた一樹たちに、進路という名の問題が立ちはだかる。
進路を決めていく中、一樹は決断を迫られることになるのだが……。

次回、第2章『進路』お楽しみに


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第2章『進路』
第6話 冬の朝


SMSからしばらく経ち、2月を迎えた。

 

「うぅ、さむっ」

 

季節が冬だということもあり、啓介は寒そうに手のひら同士をこすり続けていた。

 

「いててて」

「あほだ」

 

死に物狂いで両手をこすり続けていれば、摩擦で痛くなってくるのは分かっているはずなのだが、それでもやってしまうのだろう。

 

「俺の心はあの日から凍えてるんだ! 必死にならなければ、俺は凍っちまう!!」

「まだ、引きずってたんだ、14日のあれ」

 

啓介の、どこか狂気をも感じさせる表情で口にした言葉に、僕は呆れながらもその日のことを思い出した。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第2章『進路』

 

 

 

2月14日。

この日が何の日かと聞かれれば、誰もが口をそろえてこう答えるだろう。

 

『バレンタインデー』と。

 

元々は宗教的な物が起源だという話もあるが、それは一応置いておこう。

このイベントの特徴は、異性からもらうチョコだろう。

実際、学校のクラスの男子たちは、かなりそわそわしていたのは記憶に新しい。

現に、僕に自分あてにチョコをもらっていないかを聞かれた回数は両手の指があっても足りないほどだった。

はっきり言えばかなり迷惑だったけど。

この日ほど、白鷺さんが来れなくてよかったと思った日はない。

ちなみに、僕のもらえた個数は幼馴染を含めると3個だったりする。

 

(松原さんへのお返し、ちゃんと用意しておこ)

 

お返しはチョコでいいものだろうかと悩むが、それ以外に渡す物の見当もつかないので、無難にチョコにしようという結論になった。

何せ、初めて幼馴染以外からもらったチョコだ。

少しは悩んだって仕方がないと思う。

 

(そういえば今年も朝来たら下駄箱にチョコがあったけど、あれって誰からだろう?)

 

この三年間、バレンタインデー、もしくはそれに近い日の朝に下駄箱に置いてあるチョコの謎は、解けずじまいだった。

尤も、解こうとすらしていないわけだけど。

とまあ、そんな事情はここまでにして、本題に入ろう。

バレンタインデーで、一番張り切っていたのは啓介だ。

”男の価値が問われる日”等と言っていたのだが、もらえている個数はいつも2個。

中井さんと森本さんの二人からのだ。

だが、今年は違った。

 

『今年のチョコは俺にはいらない。今年は二人にもらわなくても、紙袋いっぱいにチョコをもらえるんだからさ☆(キラン』

 

自分で効果音を口にして、ウインクをする啓介の姿は滑稽を通り越して、不気味そのものだった。

そんなわけで、二人は啓介にチョコを渡さなかったわけだが、彼がもらったチョコの数は……言うまでもないだろうけど一応言っておくと、0だ。

オーではなく、ゼロなのだ。

これまでは幼馴染とはいえ女子からチョコをもらえていたことで、啓介は最低限のプライドは保たれていた。

それが、とうとう過去最低数を記録してしまったのだ。

 

『ふ、ふは……ふはは……笑えよ一樹、聡志』

『いや、これはさすがに……』

『笑えない』

 

練習のために集まった僕の家のリビングで、燃え尽きたように空笑いする啓介の痛々しい姿に、僕たちは笑うことなどできるはずもなかった。

 

『だから、その申し訳なさそうな態度が、余計に傷つくんだよっ!!』

 

そう言いながら涙を流し、そしてやけになって弾いていた悲しみに満ちたピアノの音色は、決して忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

(うん。触れないでおこう)

 

下手に古傷をえぐるのはよくないので、あえてそれ以上は言わないでおいた。

 

「そういえば、みんなは進路決まったんだっけ?」

 

そんな中、森本さんが話題を変えてくれた。

 

「俺は、近くの高校に合格してるから、そこにする」

「……俺も、同じだ。森本さんと中井さんはエスカレータ?」

 

啓介たちはともかく、中井さんと森本さんは希望すればそのまま高等部に進学することができる。

そのことを踏まえて啓介は二人に聞いたのだ。

 

「うん。花女に通うよ」

「私も羽丘ね」

 

そして、二人は頷いて答える。

 

「皆、見事にバラバラだな」

 

田中君が言うとおり、高校は全員バラバラの場所に通うことになっていた。

 

「まあ、高校にもなればそうなるだろって。それに放課後は集まって練習するわけだし」

「そう、だね」

 

中井さんが言葉を濁したのは、知っていたからだろう。

二人の”近くの高校”は電車を使わずに、徒歩で通えることを。

幼馴染とはいえ、家が近いというわけではなく、やはりそこそこの距離はあるのだ。

通学路の途中の道で待ち合わせるのも、実際のところ啓介と田中君は早めに家を出ているからできることだ。

それでも、通っている場所が近かったから一緒に通学できていたが、二人が通う高校は、それを行うと非常に遠回りになってしまう。

だからと言って、登校時間を早めるようなことをすれば、その分皆への負担が増してしまう。

誰も口にはしないが、こうして一緒に通えるのはあと一か月弱しかないのだ。

 

「ところで、一樹はどこに行くんだよ?」

 

そんな思い空気を吹き飛ばすように、啓介は僕に疑問を投げかけてくる。

みんなの視線が僕に向けられる。

 

(そういえばあの事まだ言ってなかったっけ)

 

正直、言っていい物かどうかに悩んだが、僕一人で考えるにも限界があったので、僕は進学についてのことを話すことにした。

 

「実は……」

 

僕は少しだけ声を潜め、みんなにだけ聞えるくらいの大きさで話した。

 

『えぇ!? 女子校へのテスト入学!?』

「ちょっと、声が大きいって!!」

 

僕の話した内容に、かなり衝撃を受けたようで大きな声を上げて復唱する皆に、僕は慌ててそれを止めさせた。

尤も、大声を上げて言いきっている時点で、すでに手遅れだったりするのだが。

 

(周囲からの視線が………)

 

全員の声が聞こえたであろう、乗客たちからの視線が、僕にはかなり居心地が悪く感じられた。

 

「なんだか、無性に穴に入りたい」

 

これが『穴があったら入りたい』という状況なのかもしれない。

 

「待て待て待て、頼むからアニメみたいにここで穴を掘るのはやめてくれよ? シャベルはだめだからな」

「……シャベル持ってないでしょ」

 

そんな僕の心境など知る由もない啓介たちは何やら色々と言い合っていた。

……と言うより啓介よ、君は一体いつのアニメを見ているのだろうか?

 

「……お前ら、少し静かにしろよ」

 

ああでもないこうでもないと、言い合っている啓介たちに向けてかけられる田中君の言葉は、彼らの耳には届くことはなかった。

結局、この問答は啓介たちが降りる駅に到着するまで、永遠と続けられることになるのであった。




本作は大体1話当たりの平均字数を、2500字以上になるようにしております。

バレンタインデーは、リア充でなければある意味拷問なのではと思う、今日この頃です(苦笑)


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第7話 テスト入試

「女子校へのテスト入学ねえ……」

「しかも、二校から声をかけられてるなんてすごいね」

 

昼休み、いつもの場所で昼食を取るべく集まった頃には、すでに白鷺さんや松原さんの知るところとなっていた。

主に、僕の横に何食わぬ顔でいる中井さんによって。

 

「でも、一体どういうわけで、その話が貴方にいったのかしら?」

「それは……」

 

白鷺さんの疑問で、僕は当時のことを振り返りながら、皆に説明を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少子高齢化社会。

その単語は、誰でも一度は耳にしたことがある単語だ。

意味合いとしては、大雑把に言ってしまえば高齢者が増え、若者の数が減っている状態のことを言う。

この少子高齢化は国にとっても色々と問題を生じさせていく要因の一つであり、それを改善することは非常に重要であるのは間違いない。

特に、その影響をダイレクトに受ける物の一つが教育機関だ。

少子高齢化によって廃校となったり、近くの教育機関と合併したりという事例は、数多く報告されている。

このままでは数十年で、現在ある教育機関の大半が、廃校となる予測データまで出されているとかいないとか。

そんな説明を聞いたところで、あまりピンとくるような人は少ないだろう。

少子高齢化はともかく教育機関の減少などは、自分とはあまり関わり合いがないのだ。

無関係なことと感じている人を責めるのは、酷と言う物だろう。

なにせ僕もその一人だったのだから。

そう、あの日までは……。

それは、僕が病院から退院して最初に登校した日の昼休みのこと。

進路指導の先生と、なぜか教頭先生まで一緒になってされた説明が、今のような内容なのだ。

 

「―――ということで、この近隣の学園と協力を行い、共学化に向けた準備を行うために、奥寺君に試験的に女子高に通っていただきたい」

「えっと……」

 

突然のことに、僕は正直困惑していた。

 

「どうして、僕が?」

 

聞かされた内容もそうだが、何よりも一番のウエイトを占めていたのは自分が選ばれた理由だった。

 

「君の過去三年間の学力、および品行には目立った問題もなく、信用に足りうると判断されたからだよ」

 

そんな僕に教頭先生が答えた内容は、ある意味説得力が強く思えた。

確かに学力に関しては、クラス平均の少し上の成績を毎回残しているし、学校内で大きな問題を起こした記憶もない。

それを評価されているのは、とてもうれしいことこの上ない。

 

(とはいえ、さすがに女子校は……)

 

問題なのは、行く場所が女子校であることだけだ。

考えても見てほしい。

数百人いる生徒。

その中に男子は自分だけという状況を。

 

『ハーレムだ、ひゃっほう―!』

 

そんなことを言う人もいるのかもしれないが、僕は到底言うことはできない。

別に、女性嫌いとかではない。

ただ単に、居心地がすごく悪いのが目に見えているのだ。

とはいえ、先生方からの評価があっての提案だ。

これを蹴るのはさすがに覚悟がいる。

 

「もちろん、これは強制ではない。だから、奥寺君が嫌なのであれば断ってもらってもかまわない」

 

教頭先生はそういうが、断った場合に、僕が不利益を被る可能性がないとは言い切れない。

推薦で行くにしろ普通の入試で行くにしろ、先生の心証を悪くしておくのは得策ではない。

 

(でも、女子校は……)

 

そしてまた堂々巡りになってしまう。

 

「君が、今回の提案を受け入れてくれるのであれば、学費は全額免除される。無論、成績や品行等で問題がなければだが」

 

その堂々巡りに終止符を打ったのは、進路指導の先生の一言だった。

 

「学費の免除……」

 

父さんと母さんが一生懸命働いてる状況に、僕は後ろめたさを感じていた。

正直、学費が全額免除されれば、その分父さんたちの負担も減る。

 

「他にも、高校を卒業してからの進路に関しても、かなり優遇される」

 

この時には、僕の中で答えは出ていた。

 

「テスト入学の件、引き受けます」

 

こうして僕は、テスト入学をすることになるのだったが、ここでまた一つの問題が生じる。

 

「奥寺君には、我が校の高等部および、羽丘女子学園の二校からオファーが来ている」

「羽丘女子学園、ですか?」

 

先生が僕の前に出してきたのは、羽丘女子学園の入学パンフレットだった。

女子校なので、当然写っているのは女子のみだが、読み進めて感じたのは”すごい”の一言だった。

 

(食堂もあるし、設備も充実してる)

 

講堂はまるでどこかのコンサート会場なのかと思えるほどの広さを誇っているらしいが、何よりも特筆するのは学力の高さだった。

啓介たちから話を聞いて知ってはいたが、羽丘は有名な進学校。

有名な大学への合格者を毎年何人も出している実績付き。

ここに通えば、自ずと学力がついていくことは疑うべくもない。

自分の学力のレベルが、いったいどのくらいなのかはわからないが、いい成績を残し続けていれば進路の面で色々とメリットがある。

しかも、優遇措置として、進路に関してもかなり優遇されるとあれば、ここを選ぶほかはない。

 

(でも、ここも捨てがたいし……)

 

今通っている花咲川学園の高等部にあたる花咲川女子学園は、羽丘に比べれば偏差値では劣っている。

だが、自由な校風もあるし何より知り合いが多くいることを見れば、ここなら精神的にも負担は少なそうだ。

 

(精神的な負担をとるか、将来をとるか……)

 

僕は、どちらにするのかを決めることができなかった。

 

「まだ時間はある。じっくり考えてみるといい」

 

こうして僕は、どっちの学校に進むのかを悩むことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そういうことだったのね」

 

すべてを話し終えると、白鷺さんが静かに口を開く。

 

「それで、答えは決まったの?」

「それがまだ。どっちも捨てがたいから、中々選べなくて」

 

僕の言葉に、白鷺さんは静かに”そう”と相槌を打つ。

 

「私も、奥寺君と一緒の学校に通えるほうが……その、嬉しい、かな」

「あらあら♪」

 

顔を赤くしながら視線をあちこちに移している松原さんは、明らかに挙動不審だった。

とりあえず、ニタっと笑みを浮かべながらこちらを見てくる中井さんは放っておくことにした。

僕の羽丘を選ぶことができない気持ちを、松原さんは理解してくれていた。

 

「でもね、奥寺君が行きたいって思ったところに通ってもいいんだよ。だって、別々の学校になっても、友達は友達、だよ」

 

優しい表情で静かに語りかけるように言う松原さんの言葉には、どこか力強さを感じていた。

 

「松原さん……」

「ふふ、そうね。貴方の幼馴染と同じ……別々の学校になったから駄目になるような関係だったら、どのみちすぐにダメになるわよ。奥寺君にとって、友人と言うのはその程度の物なのかしら?」

 

優しく語りかける松原さんとは対称的に、白鷺さんはどこか突き放しながら、こちらを挑発するような感じで言ってくるが、僕はそれに対して腹を立てることはない。

なぜなら、彼女の言葉には僕の背中を後押ししようとする、思いやりを感じたから。

そのおかげで、僕は今まで感じていたモヤモヤがすべてクリアになった。

 

「……わかった。僕、ここを卒業したら……」

 

そして、僕は進路を決めるのであった。



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第8話 卒業

季節は春。

春という季節にふさわしく、この日の気候は恵まれることになった。

そんな今日は、僕たちにとって一つの門出ともなる大事な行事、卒業式が行われていた。

国歌斉唱やら、校長先生の言葉やらを聞いていた。

校長先生の話は、例のごとく非常に長かった。

 

(”校長”っていう肩書の人は、みんなこんなに長く話をするのかな?)

 

もしかしたら、永遠と長い時間話し続けるスキルがないと、校長という肩書にはなれないのかもしれないのではと、真剣に考えてしまうほどに、長かった。

 

「以上をもって、私の話は終わります。卒業、おめでとう」

 

長かったが、最後はしっかりとまとめた校長先生に、会場内からあふれんばかりの拍手が沸き起こる。

 

(多分、内容というよりは、終わったことへの解放感だろうね、これ)

 

「続きまして、卒業生への言葉。在校生代表、市ケ谷有咲」

 

そんなくだらないことを考えてながらも、式を進行する先生の声を聞いていたが、一向に指名された人物の姿が見えない。

 

「市ケ谷? 市ケ谷!」

 

その異変に、会場内がざわめき始める。

そんな中、一向に姿を見せない市ケ谷という人物を呼ぶ声が、むなしく卒業式の会場内に響くのであった。

 

 

 

 

 

結局、送辞の言葉は、校長先生が言うことになり、何とか卒業式を終えることができた、

ちなみに、これは後に知ることだが、市ケ谷有咲という人物は2年連続で学年トップの成績を収めている優等生なのだが、学校にあまり行かないことで有名だったらしい。

 

(そんな生徒を代表にするほうもするほうだけど、サボる方もサボる方だよね、これ)

 

卒業式は、何度か出る機会はあるだろうが、だからとはいえ、卒業生としては送辞の言葉があるにもかかわらずにサボるというのは、あまりいい気がしない。

 

(まあ、通うことのない場所だし、あれこれ言うのも変か)

 

そんなわけで、送辞の一件は忘れることにした。

 

「あ、一樹君。千聖ちゃんと花音ちゃんが一緒に写真を撮らないって聞いてるけど、どうする?」

「皆がよければ、ぜひ」

 

三年間一緒に通った友人たちと記念写真を撮るのは悪くはない。

別に、やましい気持ちがあるわけじゃない。

 

「一樹さん」

 

皆が待っている場所に向かおうと、中井さんと一緒に歩きだそうとしたところで、僕は呼び止められた。

 

「紗夜さん?」

 

僕を呼び止めたのは、同じ学校に通っている紗夜さんだった。

名前は氷川紗夜。

僕の家のお隣さんで、よくおかずのおすそ分けをしたりされたりという、家族ぐるみの付き合いのある家の娘だ。

いつも敬語で話してくるのだが、それは彼女のまじめな性格故のこと。

ちなみに、名前呼びは彼女からの頼みでそうしている。

 

「あ、紗夜ちゃんこんにちは。どうしたの?」

 

啓介たちははともかく、中井さんは同じ学校に通っていることもあって面識はあったりする

 

「こんにちは、中井さん。あの、一樹さんに用事がありまして」

「僕に?」

「あー………それじゃ、私は席を外すね。一樹君、校門のところで待ってるね」

 

何かを察したのか、そう言うと足早にその場を立ち去ってしまった。

 

「えっと、それで僕への用事って?」

「それ、は……」

 

急かすのもあれかと思ったが、待ち合わせをしている以上、早くみんなのところに行かなければいけない。

 

「……? もしかして体調とか悪い?」

「い、いえ。そんなことはっ……」

 

なんだか頬を赤くして、視線もあちこちに移していたりと、落ち着かない様子の紗夜さんに、少し不安を抱くが思いっきり否定されてしまった。

 

「あの、私……」

 

やがて、覚悟を決めたように深呼吸をした紗夜さんは、僕を呼び止めた用事を口にし始める。

 

「私、一樹さんのことが――――」

 

彼女の言葉を遮るように、携帯の着信音が鳴り響く。

僕は自分が持っていた携帯を確認すると、どうやら先ほどのは僕の携帯から出た音だったらしい。

 

(啓介たちからおめでとうメールだ)

 

件名しか見ていないけど、卒業式が終わったことの連絡か、ただ単におめでとうの連絡のどちらかだろうう。

 

「ごめん。それで、さっきの話の続きなんだけど」

「そ、それは……卒業おめでとうございます。これからも頑張ってください……と言おうとしただけです」

 

本人はそういうが、どこか取り繕っているような感じしかしなかった。

 

「でも、さっき『僕のこと』とか言ってなかった?」

「あれは、ただの言い間違いです。両親を待たせてるので、失礼します」

 

僕の疑問に、紗夜さんは動揺しながら応えると、そのまま足早に去っていこうとする。

 

「紗夜さん!」

 

そんな彼女を僕は呼び止めた。

 

「な、なんですか?」

「卒業おめでとう!」

 

怪訝そうな表情でこちらを見る彼女に、僕はそれまで言うのを忘れていたお祝いの言葉をかける。

 

「……ッ。あ、ありがとうございます」

 

照れたようにお礼を言った紗夜さんは、今度こそ僕の前から立ち去る。

 

「うーん。悪いことしちゃったかな」

 

僕としては気になったことを聞いただけだが、軽く彼女を追求する格好になってしまったことを申し訳なく感じていた。

 

「それにしても、紗夜さんの用事って一体……」

 

そのことが一番気になって仕方がない

本人に聞けば手っ取り早いのだが、あの様子だと聞くのは困難だろう。

というより、これ以上しつこくすると逆鱗に触れる可能性もある。

 

(卒業式、呼び止めて話をしようとする……これって、)

 

今のシチュエーションであり得るとすれば、一つある。

 

(まるで告白みたい)

 

卒業式に呼び出して好きな異性に告白する。

ドラマなどではよくあるベタな展開だ。

彼女の表情とかからも、可能性はさらに高くなる。

 

(もしかして、紗夜さん僕に告白でもしようと?)

 

そこまで考えた僕は、鼓動が速まるのを感じる。

だが、それとは引き換えに、頭の中は冷静になっていく。

 

(いやいや、ありえない。どんだけ自分に自信があるんだよ、僕って)

 

そうだ。

まだ告白と決まったわけではない。

もし仮に、告白だったとして、そうなるきっかけに僕は見当がつかない。

しかも、本人から話を聞いたわけではないのだ。

それで告白だと決めつけるのは、紗夜さんに対して失礼ではないのだろうか?

 

(まあ、自意識過剰な男は嫌われるっていうし、向こうから話してくれるのを待とう)

 

何事も待っているに限る。

下手に行動して間違っていたら、トラウマクラスのダメージを負いかねない上に、相手にも迷惑をかけることになるし。

 

(って、まるで僕が紗夜さんに好きになってほしいって思ってるみたいじゃん)

 

僕も男だ。

啓介のように彼女がほしいという気持ちがないわけではない。

とはいえ、まだ自分がそうなったときの想像がわかないけど。

 

「……うん。校門に行こう」

 

どんどん自分の思考が変になっていくのを感じた僕は、それを振り払うようにみんなが待つ校門へと向かうのであった。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

「はぁ……」

 

私は、一つため息を漏らす。

 

(せっかくのチャンスだったのにっ)

 

これまで何度も何度も言おうとして言えなかった言葉。

今日がそれを伝える最後のチャンスだった。

だから、勇気を振り絞って一樹さんに私の思いを言おうとした。

でも、結果は失敗。

 

(あそこで、一樹さんの携帯が鳴らなければ)

 

間違いなく言い切れていたのにと、悔やんでも悔やみきれない。

一樹さんも、携帯をマナーモードにしておくべきよ。

 

(って、いけないわね。あの後伝えることはできたはずよね)

 

最終的に、逃げ出したのは私自身。

結局、私は肝心なところでタイミングを逃してしまったのだ。

 

(一樹さんが、羽丘に行ってしまったら……)

 

あそこには、私の妹……日菜が通うことになるのだ。

 

(絶対に一樹さんに興味を持つはず。そうなったら……)

 

考えたくもない可能性が、私に突き付けられる。

一樹さんはとても優しくて魅力的な人。

日菜が彼に興味を持って交友関係になれば、好きになるはず。

そうなれば、日菜の性格上、すぐに告白するのは目に見えている。

だからこそ、自分の気持ちを今伝えようと思っていた。

一樹さんのことが好きだという気持ちを。

 

(……どうすればいいのよ)

 

青空が広がる空模様とは裏肌に、私の心は暗くなるばかりだった。

私が一樹さんに、この気持ちを伝えることは、できるのだろうか?

そんな不安を抱きながら、私は待っているであろう両親のところに向かうのであった。

 

 

第2章、完




あっという間ですが、これで第2章は終わります。
次回からは1年生編となるわけですが、前作ほどがっつりはやらずに時間を飛ばしながら短めに書いていく予定です。

……30話までに原作の話に入れればいいなと思っている今日この頃です(汗)

それでは、次回予告を。

――

卒業を迎えた一樹は、ついに羽丘女子学園に入学することとなる。
周囲には見知らぬ女子しかいない中で、一樹は洗礼を受けることになる。

次回、第3章『入学』


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第3章『入学』
第9話 初めての場所は迷うもの


4月。

 

出会いと別れの季節という言い方が、4月でもふさわしいのかどうかは分からないが、僕たちも例外ではなく入学式を迎えた。

 

「いってきます」

「気を付けていってらっしゃい」

 

何時ものように家を後にして、道を歩いていくといつものT字路に差し掛かる。

今まではそこには啓介たちの姿があったが、今年からは別々の学校に通うため、ここに集まれるのはこれまでと同じところに通う森本さんと中井さんの二人だけになってしまった。

 

「おはよう、一樹君」

「おはよう、一樹」

「おはよう、二人とも」

 

T字路で待っていた中井さんと森本さんに、僕は挨拶を返す。

 

「一樹君、明美ちゃんと同じ制服だね」

「まあ、同じところだからね」

 

僕の制服姿を見た中井さんの感想に、僕は苦笑しながらも相槌を打つ。

僕の制服は、同じ羽丘女子学園に通う森本さんと同じタイプの制服だ。

違うのはスカートがズボンになっているくらいだ。

 

(ほんと、女子の制服が送られてこなくてよかった)

 

少し前まで、女子用の制服が送られてくるんじゃないかとひやひやしていたのだが、よくよく考えてみれば、中等部までは共学なのだから心配する必要はなかったわけなんだけど。

 

「私的には、借りることができるからラッキーなんだけどね」

「……借りられたら僕は何を着ろって言うの。まさか女装しろって言わないよね?」

「……だめ?」

「するかっ」

 

一瞬でも、スカートをはいた自分の姿を想像した自分を殴り飛ばしたい。

何があってもやらないけど。

そんな僕に、二人はくすくすと笑い声を漏らす。

 

「よかった、安心したよ」

「いつも通りだね、うん」

「………そんな高等なあれはいらないから、もう少しましなのがほしかったよ」

 

二人とも、僕が緊張しているのではないかと心配していたようだ。

とはいえ、それをほぐすためかは知らないけど、女装ネタでいじるのはどうかと思う。

……確かに緊張はほぐれたけど

 

「じゃ、いこっか」

 

ということで、僕たちは駅に向かって歩き出す。

同じ電車に三人で乗るのが、これから三年間のいつもの光景になるのかもしれない。

 

「それじゃ、放課後一樹の家で」

 

僕たちの関係ともなれば、他人の家で勝手に待ち合わせの予定を立てることはいつものことになる。

何せ、みんな僕の家の合いかぎを持っているのだから。

バンドの練習をするようになってから、雨の日などで楽器にダメージを与えないようにするために父さんが渡したからだけど。

最初は自分の家なのに帰ったらみんなの姿があったことに違和感を覚えていたが、最近はそんなものは感じなくなっていた。

慣れというのが、色々と怖いものだということを実感した瞬間でもあった。

 

「うん。またあとでね」

 

今まで森本さんたちが降りていた駅で、僕も降りる。

 

「気を付けないと降り損ねそうだ」

「やめてよ、中学の癖が抜けないで遅刻なんて」

 

やらないよと言いながら駅を後にした僕は、森本さんに先導される形でこれから通うことになる羽丘女子学園に向かう。

もちろん、道を覚えておくことは忘れない。

そして、しばらく歩いた末に、ついにこれから三年間通うであろう場所に到着した。

 

「ここが、羽丘か」

「そう、一樹が三年通うことになる場所」

 

校門には『羽丘女子学園』と書いてあるので、間違いはない。

外観は花咲川の”学校”という感じではなく、”大学”という印象を抱かせる形だった。

そして、女子校なのだから、当然中に入っていくのは女子ばかり。

 

(何だろう、視線を感じる)

 

その視線が、変人を見ているのではなく、ただ単に好奇心のようなものであることを願うしかなかった。

 

「それじゃ、いったんここでお別れだね。同じクラスになれるといいねー」

「……本気でそうなることを願うよ」

 

確実に落ち着かないであろう環境で、知らない人しかいない状態にまでさたら、耐えられる自信が全くない。

森本さんは直接入学式場に、僕は一度職員室に向かわないといけないため、どうしてもここで別れないといけない。

そんなわけで、僕たちは校門前で別れることにしたのだが

 

(そういえば、男の僕が中に入ったら通報とかされないかな?)

 

学園の敷地内に入って初めて、そのことに気づいた僕は敷地内と敷地外の境界線を跨いでいるというおかしな格好で固まった。

 

「あ、男子がここに通うことになるのは、終業式とかで言われてるから大丈夫よ」

「すでに告知済み!?」

 

僕の不安は解消されたのだが、同時に僕のことがどこまで知らされているのかがわからないという名の不安が発生してしまった。

 

「一樹の名前とかは一切出てないわよ」

 

そんな僕の気持ちが伝わったのか、安心させるように森本さんが教えてくれた。

 

「それはよかった……ところで、僕の考えていることを読むのはやめて」

「え? 楽だからいいじゃん」

「確かにそうだけど、この状況でそれは色々疲れるから」

 

これも幼馴染クオリティというやつだろうか?

お互いに口に出さなくても何を言いたいのかがわかることがある。

演奏中とかは、それが顕著で誰かがアドリブをしようとしたときに、その人物がアドリブを入れてくることがなんとなくわかるのだ。

だからこそ、それにすぐに対応できるというメリットがある反面、こういう状況でやられると精神的に疲れるというデメリットに今気づいた、

 

「ごめんごめん、気を付けるわね。じゃ、頑張ってね~」

 

とまあ、そんな感じで森本さんとは校門で別れ、僕は職員室に向かうことにするのであった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第3章『入学』

 

 

 

校内で、僕は一人途方に暮れる。

 

「迷った」

 

職員室の場所ぐらい、すぐにわかると思いタカをくくっていた結果がこれだ。

校内図を見たつもりなのだが、見方が変だったのかもしれない。

 

(これじゃ、松原さんに笑われるな)

 

方向音痴だとは思いたくはないが、このままだと確実にからかわれるネタにされること間違いない。

何せ、森本さんからすべて話が筒抜けになるのだから。

 

(そもそも、初めから森本さんに案内してもらえばよかった)

 

もっとも、こんな簡単なことを今更悔いる時点で、僕の間抜けさは言うまでもないけど。

 

「困ったな……」

 

時間にはそこそこ余裕はある。

だが、このままだと遅刻は確定。

さすがに初登校での遅刻はまずい。

 

(とはいえ、今の自分のいる場所もわからないし)

 

遅刻よりも前に、この学園を出られるのかが心配になってきた。

そんな時だった。

 

「あれ?」

「え?」

 

どうしたものかと困り果てていた僕の耳に、女子の声が聞こえてきたのは。

声のしたほうに振り向くと、そこにいた女子生徒と向かい合う。

 

(ギャルだ)

 

あまり見た目で人を判断するのはよくないと思うが、少し苦手な存在だったりする。

 

「もしかして、キミが今日から通う男子生徒?」

「えっと……はい」

 

事前に男子が通うことになるのを告知されていれば、誰でも僕がここに通うことになった男子であることは分かることなのっで、頷いて答える。

 

「よかった~、怖い人が来たらどうしようってあこ……後輩と話してたから」

「ど、どうも」

 

彼女には警戒心という物がないのだろうか?

そう思うほどにフレンドリーだった。

 

「あ、アタシは今井 リサ。よろしく☆」

 

これが、僕と彼女……今井さんとの出会いだった。



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第10話 挨拶という名の拷問

「あ、アタシは今井 リサ。よろしく☆」

「僕は、奥寺一樹です」

 

彼女……今井さんの自己紹介を受けて自分のも名前を言う。

 

「あはは、同い年なんだし、ため口でいいよ」

「えっと……よろしく」

 

苦笑する今井さんの言葉で、同じ学年であることを知った。

 

「ところで、奥寺君はこんなところで何してるの?」

「あ、えっと……職員室に行こうとしたんだけど、道に迷っちゃって」

 

言うのは簡単だけど、ものすごく恥ずかしい。

この年で迷子など、笑われはしないだろうか?

 

「まあ、始めてくる場所だから仕方ないかもしれないね。そうだ! アタシでよければ案内しようか?」

「え、いいの?」

 

右も左もわからないこの状況下で、案内してもらえるのはとてもありがたい。

とはいえ、さすがにそこまで甘えていいものだろうかと思う自分もいる。

 

「もちろん♪ 困ったときはお互いさまっていうじゃん? ここはおねーさんに任せなさい☆」

「お姉さんって……僕と今井さんは同い――「それは言わないお約束だよ、奥寺君」―――あ、はい」

 

ウインクしながら言う彼女に、僕はそれ以上言うのをやめた。

 

「それじゃ、いこっか」

 

こうして僕は、今井さんに案内してもらう形で、職員室に向かって歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

あの後、今井さんのおかげで職員室にたどり着けた僕のお礼に、今井さんは

 

『お礼はいいって。同じクラスになれるといいね~』

 

と言って職員室前で別れた。

どうも、購買部(僕が立ち止まっていた場所のさらに奥にあるらしい)に用があったとのこと。

 

(今度、何かお礼でもしようかな)

 

本人がいいとは言うが、さすがにそれを鵜呑みにするのもあれだ。

お礼の内容は、森本さんに相談に乗ってもらえば間違いはないだろう。

 

(あ、そういうことか)

 

そこで、僕は一つ分かったことがあった。

僕は、今井さんのことを最初は警戒していたはず。

それでも、いつの間にか僕は警戒を解いていた。

その理由で、思い当たるのがあったのだ。

 

(似てるんだ。森本さんと)

 

森本さんはボーイッシュでサバサバしているが、相談には親身になって乗ってくれるところもある。

おそらくは、今井さんのそれと森本さんの雰囲気が同じだったのが、警戒を解かせるのに一役買っていたのかもしれない。

 

(……どうやら僕は、ここで気を許せる人を一人見つけられたのかもしれない)

 

おそらく、ここにいる間は僕は常に気を引き締めていなければいけない状況に置かれるだろう。

そんな中で、気を許せる人がいるのは、ありがたいことだった。

いわば、心のオアシスのようなものなのだから。

 

「さてと、早く中に入ろうか」

 

何時までも突っ立っているわけにもいかない。

僕は意を決して職員室内に足を踏み入れる。

 

「失礼します。奥寺です」

「君が、テスト入学生ね」

 

中に入ると、女性教師の一人がこちらに歩み寄ってくる。

 

「私は、あなたのクラスの担任の向井(むかい)よ。できる限り、フォローはするからあまり緊張しなくていいわよ」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

緊張しなくていいと言われても、土台無理な話なのだがとりあえずその言葉は心の中にとどめておくことにした。

 

「さて、これからホールのほうに移動するわよ」

「朝礼ですね」

 

これから行われることを言う僕に、”あら、知ってたのね”と反応しながら歩き出す先生と共に、職員室を後にした。

 

「この後、朝礼で君のことを全校生徒に伝えた後に挨拶をする機会があるから、今から何を言うか、考えておいたほうがいいわよ」

「…………え゛!?」

 

さらりと先生がとんでもないことを口にしたような気がした。

 

「あ、あいさつ!?」

「ええ。何せ、本学園の高等部で初めての男子生徒だからね。これは君のためにも必要なことなの」

 

先生の言いたいことは分かる。

全校生徒の前で僕のことを紹介しておけば、起こらなくてもいいトラブルを防ぐことができる。

なにせ、男子が通うことを知らないであろう外部からの入学生がいてもおかしくないのだから。

例えば、僕が不審者に間違われるとか。

啓介たちの情報いわく、中等部と高等部とでは入学式を行う日は別なのだとか。

そして、どういう理屈かは知らないが2年と3年の始業式も兼ねて行うとのこと。

要するに、挨拶するべき相手がうまい具合にそろう入学式で挨拶をしたほうが効率がいい。

 

(とはいえ、全校生徒の前で挨拶なんて……)

 

壇上に上がって挨拶をするであろう自分を想像してみる。

 

(………うん。拷問だ)

 

数百人の視線がこちらに向けられている状況など、一歩間違えればトラウマにもなりそうだ。

 

(覚悟を決めよう)

 

僕は、これから来るであろう未来を覚悟を決めるのであった。

 

 

 

 

 

『本日より、本学園の共学化に向けての最終調整を行うべく、本学園に男子が通うこととなります。男子生徒も皆さん同様に本校の生徒であります。よって生徒諸君におきましては、他の生徒と同じように接していただくよう、お願いします』

 

朝礼(という名の入学式)で、一通りの説明が行われ、僕が今日からここに通うことを、生徒指導の先生から告げられた。

先生の言葉は、僕に対しても言われているのだというつもりで、ステージ袖のほうで静かに聞いていた。

 

『それでは、どうぞ』

 

おそらく、今のが合図なのだろう。

 

(落ち着け。冷静に)

 

僕は自分を落ち着かせながら、ステージ袖からステージに出ると、そのまま教卓の前に立つ。

 

(うわ、視線が……)

 

その場にいる全校生徒からの視線は、僕が想像していたものよりもすさまじい力のようなものを感じた。

それに、思わず一歩後ずさりしたくなるのを僕はなんとか我慢して、挨拶をするべく口を開く。

 

「先ほどご紹介にあずかりました、奥寺一樹です。これから三年間、この学園の名に泥を塗らぬよう、通わせていただきます。右も左もわからずご迷惑等おかけするかと思いますが、よろしくお願いします」

 

(い、言った……言えた)

 

先ほどまでは緊張していたというのに、よくもすらすらと言えたものだと、自分をほめてあげたいぐらいだ。

一礼した僕に、ホールにいた生徒たちからあふれんばかりの拍手が送られる。

 

『それでは、これで入学式及び、始業式を終わります。生徒の皆さんは―――』

 

ステージ袖に戻りながら、僕は説明を聞くのであった。

こうして、僕の最初の試練は何とか無事に乗り越えられるのであった。




間違っても数百人の前でスピーチはしたくないなと思う、今日この頃です。

そう考えると、セミナーなどで講師をしている人はある意味すごい人だなと、思っていたりします。


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第11話 初日

無事に全校生徒の前であいさつをすることができた僕は、次なる試練に直面することとなった。

 

「それじゃ、合図をするからここで待っててね」

「は、はい」

 

向井先生に返事をすると、先生は教室のドアを開けて中に入っていく。

そう、クラス分けだ。

 

『今日から、D組の担任になります、向井です。最初のHRを始めます』

 

どこか教室内がざわついているような気がする。

それもそうだ。

おそらくどのクラスでも、一番の関心事は僕がどのクラスに来るのかだ。

男子生徒という存在を受け入れる入れないはともかくとして、自分たちのクラスなのかどうかは、気になるはずだ。

とはいえ、D組の生徒はすでに察しているのかもしれない。

何せ、空席があるはずなのだから。

 

『はいはい。みんなが気にしていることは分かるわよ。本日より皆さんと同じクラスとなる生徒を紹介します。どうぞ』

 

教室内からこれほどわかりやすいことこの上ない紹介と合図に、僕は一度深呼吸をすると教室のドアを開けた。

この時すでに緊張は限界点を突破していた。

あえて横は見ずに教卓の前まで移動すると、初めてクラスメイトになる人たちのいるほうに体を向ける。

 

「奥寺一樹です。ご迷惑をおかけすると思いますが、今年一年間よろしくお願いします」

 

そう言い切った僕は、彼女たちに頭を下げる。

挨拶は朝礼の時のを少しだけアレンジしたものだ。

無難な挨拶にしたのがよかったのか、教室にいた人たちから拍手が返ってきた。

 

「それでは、奥寺君は空いている席に座ってください」

「はい」

 

先生の案内に、僕は空いている席を探す。

 

(あった)

 

そこは廊下側のやや前側の席だった。

おそらくは五十音順だろう。

 

(座ったら、隣の席の人に挨拶はしておこう)

 

何事も始めが肝心だ。

親密になるか否かは別として、あまり悪い印象を持たれるのはまずい。

 

「これからよろ――――」

 

僕は自分に言い聞かせるようにして、空いている席に腰かけて、隣の席のほうに顔を向けながら挨拶をしようとした僕は、思わず言葉を失った。

 

「うん、よろしくね☆ 奥寺君。同じクラスでよかったね」

 

そこにいたのは、先ほど迷子になっている僕を職員室まで案内してくれた、今井さんだった。

どういうわけかは知らないけど、隣の席になったようだ。

 

「よろしく、今井さん」

 

色々と先が思いやられる中、何とかやっていけそうだと思いながら、向井先生の連絡事項を聞くのであった。

 

 

 

 

 

「一樹ってば、みかけによらず手が早いわねー。もう女の子と仲良くなれちゃうんだもんね」

 

HRも終わり、今日は解散となる中、同じクラスになっていた森本さんが意味ありげなことを言いながらこちらに近づいてきた。

 

「変なこと言わないでもらえる?」

「何何? 二人とも知り合い?」

 

僕と森本さんのやり取りを見て、軽く驚きながらも興味ありげな様子で今井さんが声をかけてきた。

確かに、今井さんと最初に会った時は警戒心MAXに加えての敬語だったにもかかわらず、森本さんには親しそうに話をすれば、興味を持たれて当然だろう。

 

「ええ。彼とは幼馴染なのよ、小さい時からいつも一緒でね」

「へえ、そうだったんだ。アタシにも幼馴染がいるんだけどね。いやー、なんだか親近感を感じるなー」

 

(すご、もう意気投合してる)

 

まだ話をして間もないのに、意気投合している二人に、僕は軽く引いていた。

 

「あ、アタシは今井 リサ。リサでいいよ」

「私は、森本 明美。明美でいいわ。よろしくねリサ」

 

そしてすっかり仲良くなってるし。

 

(この二人怖い。本当に)

 

あまりの展開の速さに、僕は恐怖心を抱くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、今井さんが用があるということで教室を後にしたのをきっかけに、僕たちも自宅に帰ることにした。

 

「ただいまー」

「お邪魔します」

 

勝手知ったるなんとやら。

学校帰りに直行でここに来るのも、珍しいことではない。

 

「おかえり、一樹。それとよく来たわね、明美ちゃん。お茶を出すから二人ともリビングで待ってなさい」

 

故に、母さんの反応も自然だ。

そんなわけで、僕は鞄を自室においてリビングに向かうと、すでに出されていた麦茶を飲んでいる森本さんの姿があった。

 

「それで、初日はどんな感じ?」

「……色々と圧倒されたよ」

 

台所にいた母さんの問いに、僕は苦笑交じりに感想を言う。

朝礼の時は、視線の強さに圧倒され、教室ではまた違う意味での視線に圧倒され。

まさに、圧倒され尽くしの一日と言っても過言ではないだろう。

 

「て言ってるけど、実際のところいい感じに溶け込んでいますよ。すでに仲良くなった人とかいますからねー」

「ちょっ!?」

「まーまー、今度こそ春到来ね~」

 

からかうように笑みを浮かべる森本さんの言葉に、母さんが嬉々として声を上げる。

 

「そんなんじゃないから! ただ、信頼できる人を見つけたってだけの話だから!!」

「顔を真っ赤にして否定しなくてもいいのにね~」

 

もう、何を言ってもからかわれるのは確定しているようだ。

 

「とりあえず、啓介の前ではこの話はだめよ」

「……どういうこと?」

 

いきなり表情を引き締めて真剣な面持ちで忠告する森本さんに、僕もつられて真剣に彼女に聞き返す。

 

「彼女はね、容姿もそうだけど性格とかからも、中等部の時は男子たちにとっては高根の花的な存在だったのよ」

「確かに……わかるかも」

 

僕も困っているところを助けられた経験者だ。

面倒見のいい、……彼女の言葉を借りるのであれば”お姉さんキャラ”のようにも感じられる性格などから、そのような存在になってもおかしくはない。

 

「でも、それと啓介の話と何の関係が?」

「これは噂なんだけど、彼女と話をするにはチケットが必要で高値で売買されていたのよ。他にも”今井リサからチョコをもらう権”のチケットもね」

「なにそれ?」

 

今井さんはどこのアイドルだ?

売る方も売る方だけど、買うほうも買うほうだ。

 

「……まさか」

 

そんな時僕の脳裏に、ある”可能性”が浮上した。

 

「そのまさかよ」

 

できれば外れていてほしかったのだが、僕の想像通りだったようだ。

 

「啓介買ってたのよ。チョコのやつ」

 

うなだれるようにして言う森本さんの様子を見て、何となく森本さんの気持ちがわかるような気がした。

 

(そういえば、あの時お金貸してたっけ)

 

すっかり忘れていたが、お金を貸してほしいと言われていたのを思い出した僕は、このためだったのかと納得していた。

 

「ちなみにだけど、結果は?」

「パチモンよ」

 

なんだか、頭を抱えたくなってしまった。

啓介のバレンタイン当日の自信に満ち溢れた感じや落ち込みっぷりも、ある意味頷ける。

 

「そんなわけだから、彼女の話はタブーよ」

 

森本さんの言うとおり、下手に今井さんの話をすれば啓介は暴徒と化すだろう。

どうなろうとそれほど脅威ではないけど、面倒には違いないので、ここは触れないでおくのが得策だ。

 

「わかった。啓介の前では極力今井さんの話は避けるよ」

「おい、今なんて言った?」

「うお!?」

 

これで話は終わりと思ったが、突如割って入ってきた啓介の言葉に、僕は思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 

「今、”今井さん”って言わなかったか?」

「さ、さあ?」

「き、気のせいじゃない?」

 

啓介は、とぼける僕に合わせて、森本さんもしらを切るほどの、不穏な雰囲気をまとっていた。

 

「いいや、気のせいじゃない。確かに、今井様の名前を言っていた! 彼女と会ったのか? ま、まさかお話までしたのか!? もしくは席が隣になったりとか!?!?!」

「お前はエスパーか!!」

 

今日の羽丘での出来事をピンポイントで的中させる啓介に、僕は思わずツッコミを入れてしまった。

それは、啓介の言葉をすべて肯定しているようなものだった。

 

「や、やっぱり、そうだったのかああああ!!!」

「うるさ!?」

 

案の定、啓介は暴徒と化した。

絶叫する啓介の声に、僕は耳をふさいだ。

 

「おのれ~、俺の全財産が消滅しても、できなかったことが……ぬおおおおおお!!!」

 

これが漫画であれば、啓介の背後には炎が噴き出しているであろうぐらいの覇気を感じる。

 

「裏切り者には死を~。幸せ者には疫病神を~」

「怖いことを口走りながらにじり寄ってこないでっ!!」

 

ぶつぶつと呪文のようにつぶやきながらにじり寄るその姿はホラー映画のお化けのようで、かなり怖かった。

結局、この騒動は遅れてきた田中君の一撃によって啓介が沈められるまで続くことになるのであった。

 

 

第3章、完




最近1章辺りの話数が少ない状態です。
……なぜこうなったolz

ということで、次章予告をば。

―――
時は流れ、9月。
羽丘は文化祭ムードが強まっていた。

次回、第4章『文化祭』


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第4章『文化祭』
第12話 始まる準備


それはある日の某所でのやり取りだった。

そこにいたのはリサと明美の二人だった。

 

「へぇ、奥寺君って意外と頑固なところもあるんだね~」

「ええ。かなりね」

 

話の議題は明美の幼馴染でもあり、リサと同じクラスの一樹のことだった。

 

「しかも、無茶をするから手に負えない。いつか倒れるんじゃないかって心配で仕方がないのよ」

「わかる! アタシもおんなじことを感じてるから」

 

リサの脳裏に浮かびあがったのは、自分の幼馴染のことだった。

 

「今はまだ私がいるからいいけど、来年とかでクラスがバラバラになった時が一番心配よ。無茶する上に抱え込んだりすれば、いずれは限界も来るはずだからね」

「……その時は、二人で奥寺君のことを支えてあげようよ。アタシたち、幼馴染コンビにかかれば、へっちゃらだよ」

「……そうね。貴方の幼馴染に関しては、私には力になれそうにはないけど」

 

”幼馴染コンビ”の歓談は、それからしばらく続くのであった。

それは、ある日の某所での一幕だった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第4章『文化祭』

 

 

 

時間の経過と言うのは早いものだ。

この間まで春だと思っていた季節は、すでに夏も終わる頃合いだ。

 

(思い返すと、色々あったっけ)

 

羽丘には、何とかだけど慣れることはできた。

未だに、好奇のまなざしを向けられてはいるけど、今井さんや森本さんがフォローしてくれるおかげで何とかなっている。

もし、二人が同じクラスでなければ、僕は間違いなく不登校になっていただろう。

冗談抜きで、そう思わざるを得なかった。

 

(期末試験も、予想通りの感じだし。この流れで行けば大丈夫かな)

 

中間試験では、あえて80点以上の高得点を全教科で出した。

それは、クラス平均を知るための策だった。

成績でいい点数を残しておくことが、学費の全額免除の条件に含まれている以上、いい成績を残しておくのは重要だ。

とはいえ、とびぬけていい点数をとると角が立つ。

 

(それで嫌な思いをたくさんしてるからな)

 

今でもあの時のことは覚えている。

小学生の時に、ある教科で満点をたたき出した時に、先生から”カンニングをした”と決めつけられた時のことは。

あの時は、父さん達や啓介たちが怒り狂って猛抗議してくれたおかげで、再テストを行って身の潔白を証明することができた。

その一件以来、僕はクラス平均よりも少しいい成績をとるように調整をするようになった。

誤差などはあるが、一応優等生の枠にギリギリ入るぐらいのレベルを維持できているはずだ。

 

(とはいえ、学年順位で6番なのは驚いたけど)

 

期末試験後に配られる成績表に書いてあった学年順位に、僕は驚きを隠せなかった。

僕としては10番目ぐらいを狙って成績を残していたと思っていたのだが、予想が外れていたようだ。

今のところ学園側から呼び出しなどがないので、特に問題はないようだけど。

 

「それでは、多数決により出し物は『喫茶店』になりました」

 

そんなことを考えている最中に、どうやら話が決まったのか、進行役のクラスメイトの言葉に、教室内に拍手の音が鳴り響く。

今決めているのは文化祭の出し物だ。

案として出たのは、『お化け屋敷』に『縁日』と『執事喫茶』の三つがあった。

最初の二つはともかくとして、問題なのは最後の『執事喫茶』だ。

内容はシンプルで、店員は全員執事の格好をするとのこと。

問題なのは僕も執事の格好をさせられるうえに、僕のみセリフが『おかえりなさいませ、お嬢様』みたいな感じのがあることだった。

こんなのはまだいいが、さらによく聞くとかなり気障なセリフまであることが判明した。

明らかに、狙いが分かるうえに、そのような恥ずかしいことを僕がするわけもなく、『執事喫茶に決まったら僕は、不登校になってでも拒否しますっ』と宣言したのは記憶に新しい。

この宣言が効いたのかは知らないが、最終的には普通の喫茶店の形で収まった。

とはいえ、僕が執事服を着るのは変らないが、恥ずかしいセリフがなくなっただけましだ。

そんな経緯があって決められた出し物……喫茶店を成功させるべく、準備が始められることになった。

 

 

 

 

 

「奥寺君、悪いけど資材を持ってきてもらえる?」

「わ、わかりました!」

 

文化祭の準備も佳境となるこの時期、僕は主に力仕事を担当している。

こういう時にこそ男の真価が問われるというものだ。

それに走り続けていれば、周りの視線やら居心地の悪さなども忘れられるというメリットだってある。

 

「奥寺君、大丈夫? さっきから走り続けてるけど」

「大丈夫! このくらいで倒れるほどやわじゃないから!」

 

心配そうに声をかける今井さんに、僕はそう言いながらも資材を取りに資材置き場に向かって駆けて行く。

文化祭の準備ということもあり、バンドの練習もお休みだったりするので、力が有り余っているのだ。

 

「失礼します」

 

倉庫から、目当ての資材をもらった僕はそれを手に元来た道を戻っていく。

 

(今日は暑いな)

 

僕は足をいったん止めると、これでもかというほどに照り付ける太陽を見上げる。

もうすでに9月も中旬と言うのに、真夏日に近い気温が続いている。

 

(これが地球温暖化というやつか)

 

そんなことを考えながらも、僕は教室に向かって駆けていった。

 

「資材持ってきたよ」

「ありがとう! それ端に置いといて」

「オーケー!」

 

持ってきた資材を邪魔にならない場所によせておく。

 

(そこそこ形になってきたかな)

 

みんなの頑張りのおかげで、教室内の装飾はいい感じに出来上がりつつあった。

そして、クラスの女子との関係もいい感じだ。

お互いに、距離をつかめたのが一番大きな要因だと思うが、半年ほどかかってようやく僕も普通に過ごせるようになりつつあった。

その最たるのが、文化祭の出し物を決める際の騒動でもあったりするわけだけど。

 

(このままずっと同じクラスだったらいいのに)

 

そう思わずにはいられなかった。

 

(今度、レポートに書いてみようかな)

 

テスト入学をしている僕には、月に一度レポートを書いて提出することが義務付けられている。

これはこの学園で過ごすにあたって、感じたことをそのまま書くというもので、改善点や要望なども併せて書いていく。

学園側は、このレポートをもとに共学化しても大丈夫なように、準備を進めていくらしい。

要するに、僕の書いているレポートが今後入学するであろう男子生徒の学園生活がいいものとなるのか否に関わっているのだ。

とはいえ、僕としてはただ単に感じたことをそのまま書くだけなので、それほど大変ではないのだが。

 

「奥寺君、ベニヤ板をもらってきてほしいんだけど」

「わかりました!」

 

(とはいえ、ここまでくるとちょっときついかな)

 

振り返ってみると今日は一日中走り続けていたような気がするんだが……。

 

(まあ、いっか)

 

じっとしていても落ち着かないし、別にいいかということで結論づけた。

 

「奥寺君!」

 

僕が教室を後にして資材置き場に向かって駆け出そうとしたところで、今井さんが慌てた様子で呼び止めてきた。

 

「アタシも行くよ」

「え? でも……」

 

今井さんの申し出はとてもありがたかったが、同時に申し訳なさも感じた。

どちらかと言うと、重労働を女子にもさせることが特に。

 

「良いっていいって、ここはおねーさんに甘えちゃいなよ」

 

そう言ってウインクをする今井さんに、僕は

 

「前にも言ったけど、お姉さんって……そんなに歳離れてないよね?」

 

とツッコミを入れる。

 

「もー、男の子なんだから、細かいことは気にしないの! さ、行こう行こう」

「………わかりました。お願いします」

 

これ以上断っても戻りそうもなさそうだったので、僕は今井さんと一緒に資材置き場に向かうことにするのであった。




書く内容がもうないという状況。
完全にプロットをミスりました。

1年生編はすでに前作ですべて書き尽くしており、もう書く内容がないということに今更気づきました。
流石に、前作の内容を書くわけにもいかないですし……。
とりあえず、時間の流れを一気に早めて、2年生編(つまりは、バンドストーリー1章の話)に行くと思います。

とか言いながらのどんでん返しをするのが私だったりしますので、温かい目で見ていただけると嬉しいです。
そして、お気づきかもしれませんが、ヒロイン候補の名前をタグに追加いたしました。
もしかしたら、これからも増えていくかもです。


それでは、また明日お会いしましょう。


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第13話 助っ人への誘い

「……」

「……」

 

資材置き場に向かう中、僕たちは無言だった。

流されるように彼女と一緒に行くことになったが、このような場合何を話せばいいのかがわからないのだ。

いつもならスムーズに会話ができたはずなのだが。

 

(よくよく思うと、今まではみんなから話を振ってきてたっけ)

 

つまりは、この現状を招いているのは僕自身のコミュニケーション能力が足りないということなのかもしれない。

 

「駄目だよ、奥寺君」

「え?」

 

そんな中、沈黙を破ったのは今井さんだった。

 

「あまり無茶したら駄目だよ」

「いや、無茶なんてしてないから」

 

本当は嘘だ。

少しだけ無茶をしている。

でも、それを表に出すのは僕的には気が引ける。

 

「それ、嘘でしょ? さっき、奥寺君の足取りが変だったのアタシ見逃してないよ」

「………」

 

自分では自覚はなかったが、どうやら本当にやばい状態だったようだ。

今でも自覚はないけど。

 

「奥寺君、一つだけ言っておくね。奥寺君が思っている以上に心配している物なんだよ、幼馴染って。だから……もう少し頼ってもいいんじゃないかな? そのほうがアタシもだけど、明美も喜ぶはずだよ」

「……」

 

今井さんのいつになくまじめな口調で言われた言葉に、僕は何も言えなかった。

今井さんの言葉にはものすごく強い思いのようなものがあり、それを払うだけの言葉が僕には出なかったのだ。

 

「ご、ごめんね。なんかちょっとお説教みたいになっちゃったね」

「いや……今井さんの言うとおりだよ。心配かけてごめん」

 

僕の沈黙を何かと勘違いした今井さんが慌てて取り繕うように口を開いたので、僕は彼女に謝った。

 

「……その言葉は、明美にも言ったほうがいいよ」

「……そうするよ」

 

多分、僕の知らない間にいろいろと心配をかけた場面があるのかもしれない。

自分でも自覚がないだけに複雑な気持ちだが、一度謝っておくほうがよさそうだ。

 

「あ……」

「吹奏楽だねー。今年も文化祭で演奏するんだろうね」

 

どこからともなく聞こえてくる楽器の音色に、僕は今井さんの言葉に相槌も打たず、気づくと足を止めていた。

 

「……」

「奥寺君? 大丈夫?」

「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

 

今井さんの言葉で我に返った僕は、そういうと再び足を進める。

 

「そういえばさ、奥寺君は、どうして部活に入らなかったの?」

「どうしてって……」

 

今井さんの疑問に、僕はどう答えたものかと考える。

 

「あまりピンとくる部活が、なかったからだよ」

「ふーん。せっかくだったらダンス部とかチョーおすすめだったのに」

 

部活動の勧誘が盛んな時期にも、今井さんから勧誘を受けたが、さすがに体育会系の部活は遠慮した。

何せ、男子は僕一人のみ。

そんな状況で体育会系の部活に入れば、色々な人に迷惑をかけかねないのだ。

 

(本当は、決めてたんだけどね)

 

あの頃、僕は吹奏楽か軽音部のどちらかに入部をしようと思っていた。

そこなら、僕の音楽のスキルがさらに磨けるし、何よりほかの部員への迷惑にもなりにくいからだ。

それでも、最終的にはどの部活にも入らなかった。

 

(なんだか、これじゃないなって思ったんだよね……)

 

そう思った理由は、自分にもよくわかっていないが、それでも僕には合わないと思ったのだ。

その後、今井さんの手を借りながら、資材を運んだりして、無事に準備が完了したことで文化祭当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん! 大盛況だね☆」

「盛況すぎるけどねっ」

 

僕たちのクラスの出し物も盛況で、かなりいい感じだ。

 

「奥寺君、交替の時間だよ」

「え、もう?」

 

クラスの女子が交代を告げてくるが、僕としてはまだ少ししか経っていない感覚だったので、行っていいものか悩んだ。

 

「うん、そうだよ。初めての羽丘の文化祭、満喫してきなよ☆」

「……それじゃ、お言葉に甘えて行ってくるよ」

 

今井さんに促されるままに、僕は制服の入ったバックを手に持つと、教室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「色々と出し物があるんだ……」

 

男子トイレで制服に着替えた僕は、文化祭の出し物が記されたパンフレットを手に、校内を歩くがどの出し物も興味を引くため、中々決めることができずにいた。

 

(軽音部の演奏……これにするか)

 

そして決めたのが、朝礼で集まったホールを利用して行われるステージの一つである軽音楽部のライブだった。

田中君たちに知られれば音楽バカと言われそうだが、この学園のライブがどのようなものなのかに興味を持ってしまった以上、行かないという選択肢はない。

そんなわけで、僕はホールに向かって歩いていると、

 

「あ、奥寺君!」

 

いきなり誰かに呼び止められた。

 

「あなたは、実行委員の……」

 

呼び止めたのは、僕のクラスにいる文化祭の実行委員会のメンバーだった。

彼女は走ってきたからか、息を切らしており、とりあえず落ち着くのを待った。

 

「明美ちゃんから聞いたんだけど奥寺君って、楽器を演奏できるのって本当!?」

「……まあ、物にもよるけど」

 

(森本さん……)

 

楽器の演奏ができることは隠すようには言っていないので、彼女は悪くはないが、僕の気持ちは複雑だった。

 

「実は、今日ライブを控えている軽音部の一人が病気で休んじゃったみたいで、このままだと演奏ができないみたいで……」

「……ステージに穴が開くということか」

 

女子生徒の口調から、かなりひっ迫した状況であるのは間違いない。

何よりも、一番気がかりなのは、ライブを見に来た観客たちのことだ。

 

(せっかく来てくれたのに、穴をあけてがっかりさせるのはよくないな)

 

「わかった。案内をお願い」

 

僕は実行委員の人に案内をお願いすると、軽音部の人が待つ場所に向かうのであった。



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第14話 ミュージシャンとして

小説の編集や投稿用として使っているメインPCのモニターが壊れましたolz
液晶が割れて画面が真っ白に……。

とりあえず、執筆用のサブPCは使えるので、こちらを代用しています。
でも、このタイミングで数万の出費は痛いです。


「ありがとう! 君のおかげでライブができるわ!」

「いえ。あまりうまくないかもしれないですけど、よろしくお願いします」

 

実行委員に案内されて向かった場所で、これから演奏するであろうバンドメンバーの人たちからお礼の言葉を言われる。

 

(ベースにキーボードとドラムもいるということは、ギターか)

 

その間にも、どのパートがいないのかを把握することを忘れない。

キーボードとドラムは、楽器を持っているわけではないので、断定は難しいが、さすがにそれが二人もいれば、両パートがそろっているか否かくらいは分かる。

 

「すみません、ギターはありますか?」

「それなら、このギターを使って。部の予備のギターだけどね」

 

女子生徒から手渡されたのは、エレキギターだった。

 

「あと、セトリを教えてもらえますか?」

「あ、そうだったわね。私たちは主にカバー曲しかやらないから、曲名さえ知っていれば大丈夫だと思うけど、どう?」

 

セトリを見せてもらった僕は、それに目を通していく。

 

(見事なまでに、高難易度の曲ばかり)

 

そこに記されていた楽曲は、どれも有名な曲であり、何より難易度も高めだった。

とはいえ、僕であればなんとかできるとは思うけど

 

「何とか弾けそうです」

「軽音部さん、間もなく出番です」

 

僕が答えるのとほぼ同じタイミングで、僕たちの演奏の順番が来たことを女子生徒が知らせに来た。

 

「よーし、じゃあ楽しんで(・ ・ ・ ・)いこう!」

『おー!』

 

(……)

 

何気ない、号令だ。

そのはずなのに、僕にはどこか引っ掛かりを覚えた。

そんな僕の心境など知る由もなく、僕たちはステージに上がるのであった。

 

 

 

 

 

「ありがとー!」

 

演奏が終わり、歓声が上がる。

それを受けて、ボーカルの人が声を上げて感謝の言葉を口にする。

 

(………なんなんだ、これ?)

 

僕としては、曲が進行していくにつれてふつふつと怒りのようなものがこみあげてくるような感覚を覚えた。

 

(ボーカルは音程が取れてないし、ベースやドラムはリズムキープができてない)

 

今一緒に演奏している人たちは、お世辞にもうまいとは言えないレベルの人だった。

カバーと言うのは、普通はカバーする楽曲へのリスペクトを欠かしてはいけないのだ。

それはうまい下手という意味ではない。

どのような曲にも、作曲者が大事にしているものは存在しているはずだ。

それを大事にするのが、リスペクトになるのだと、僕は思っている。

彼女たちの場合は、それが欠けているばかりか、カバー先の楽曲を汚している。

それだけでも同じバンドを組んでいる者としては許せないが、さらに許せないのは

 

(彼女たちは、観客を無視してるっ)

 

観客をないがしろにしていることだ。

現に、このライブで歓声を上げているのは、明らかに仲間内と思われる人だけ。

少し観客席を見れば、暇そうに携帯を操作していたり、寝ている人たちの姿が目に留まるはずだ。

それは、この人たちの演奏が評価されず、ただの雑音としか見られていないことの何よりの証だ。

 

(父さん)

 

思い出すのは、小さいころから父さんに何度も何度も言われていた言葉。

 

『今から、ミュージシャンとして一番大事な心得を教えよう。ライブでの主役はミュージシャンだと思う? うーん、惜しいね。ミュージシャンは確かに主役でもあるが、わき役でもあるんだ。本当の主役は観客なのさ』

 

最初のそれから僕にとっては驚きの連続だった。

それと同時に、父さんの言葉には説得力があった。

 

『ステージの上は常に自分との決闘の場。時には仲間と協力をして自分を打倒し、観客たちを満足させなければならない。だからこそ、常に驕らず侮らず、自分の持てるすべての技術を出し切って演奏する。そして何より―――』

 

(観客の存在を忘れるな。だよね)

 

父さんの教えを、僕は鮮明に覚えており、一つの僕の理想のライブの形にもなっていた。

それと比べると、今のライブはもはやミュージシャンとしての資質を疑うほどにひどい。

演奏もだが、彼女たちの観客を無視した自分たちの自己満足感が思いっきり出ているこのライブが。

 

「それじゃ、聞いてください! 『Rocks』」

 

(その曲は……ッ)

 

それは、セトリにはない曲だった。

おそらくは、僕が加わって行けると高をくくって、この曲にしたのだろう。

だがそれは、セトリの無視……ライブハウスなどでそれをやれば一発出禁もありうる暴挙を、今やったのだ。

それよりも僕が憤ったのは楽曲のほうだ。

 

(その曲は、僕たちが『ユージさんの想いを受け継いで演奏した曲』それを、こんな……)

 

彼女たちは、僕たちはおろか、ユージさんの想いまでもを踏みにじった。

 

(こんな屈辱黙ってられない……こうなったら、居心地が悪くなろうとかまわない。こんなライブ、終わらせてやるッ!)

 

どうやればいいかなどわからないし、この後どうなろうが知ったこっちゃない。

とにかく、このライブを終わらせる。

それしかなかった。

僕は弦を抑える手に力が入っていくのを感じていた。

これまで、啓介たち以外で思いっきり演奏はしたことがない。

今のライブだって、正確に弾くのを優先して、音の個性を出さないようにしていた。

それを、今までのように全力でやればどうなるかは、僕にもわからない。

この時、僕には見えていなかった。

 

「え? 何?!」

「はいはい、君たち交代。俺たちが引き継ぐ」

 

ステージ上で起こっていた騒動が。

 

「え、何?」

 

観客たちのざわめきが。

 

「1,2,3,4!」

「え?」

 

気が付いたのは、カウントの時だった。

驚いてドラムのほうを振り向いた僕が見たのは、片手でサムズアップしている田中君の姿だった。

よく見れば、これまでステージにいた女子たちは、森本さんや中井さんたちに入れ替わっていた。

そんな突然の事態に驚く間もなく、演奏は始まっており、僕は慌てて観客たちのほうを見ると、演奏に集中することにした。

 

(うん。これだよ、これが本当のライブだよっ)

 

演奏がうまいか下手ではなく、純粋に観客たちを楽しませる。

その強い気持ちが僕たちのライブでの一つ理想の形なのだ。

現に、さっきまでは明らかに仲間内での盛り上がりが強かった人たちは、心の底から楽しんでいるようにも感じられるし、休憩所代わりにしていた人達は、僕たちの演奏に集中していた。

先ほどまでのぬるい空気が、一気に引き締まり熱気に満ち溢れる。

こうして、僕は何とか文化祭のライブを成功に導くのであった。

 

 

 

 

 

「どうしてみんなここに?」

「何でも、サプライズみたいよ。教室を出たらいきなり鉢合わせになって驚いたわ」

 

ライブ終了後、ホールの外のほうに移動した僕は、そこで待ち合わせをしていた森本さん達と合流し、啓介たちにこの場にいる理由を聞いてみたところ、どうやらサプライズだったようで、森本さんがどこか呆れた様子で教えてくれた。

 

「いやー、サプライズに来てみたら、明美の奴とばったりと合流できたのはよかったんだが、一樹が休憩で出し物を見に行ったとか言ってたから探してたんだよ」

「一樹君なら、こういうのに顔を出すかと思ってきてみたんだけど、まさか、ライブに出てるとは思わなかったよ」

 

つまりは、ある意味すごいタイミングでここに来たということみたいだ。

とはいえ、そのおかげである意味忘れられない思い出になったのは間違いないけど。

 

「さてと、ライブも終わったことだし一緒に出し物でも見に行くか」

「はいはい! 俺、一樹たちの喫茶店がいい! 今井様の制服姿を一目見るんだっ!」

「……リサには会わせないほうがよさそうね」

 

啓介の願望丸出しの言葉に、森本さんとみんなで頷き合った。

 

「とはいえ、行くのは難しそうだがな」

「あ……」

 

田中君の、どこか察したような言葉に、視線の先を辿った僕は、その言葉に納得がいった。

そこには、こちらに向かって歩いてくる先生方の姿があった。

その表情はどれも険しいものだったことから、あまりいいことではなさそうだ。

 

「あはは、これはお説教コースね」

「俺たちはそのまま退場といったところか」

「ごめん、みんな」

 

元はと言えば、最悪なライブをした彼女たちが悪いのだが、引き受けた以上は僕にも責任がある。

 

「いいってことよ。あれは俺たちの意思でやったことだ」

「そうだよ。それに一樹君、あのままだったら後先考えずにめちゃくちゃにしてたでしょ?」

「う゛……」

 

中井さんの言葉に、僕は何も言えなかった。

それを人は図星をつかれたという。

あの時、僕は中井さんの言うとおり、あとのことを考えずに暴れてライブをつぶしていたと思う。

物理的ではなく、”演奏で”だけど。

 

「ま、今井様に会えなくなったのは残念だけどなっ」

「それで、すべてが台無しね」

 

啓介の励ましなのかわからないその言葉に、僕たちは苦笑しあう。

そんな、怒られる5秒前の一時であった。

ちなみに、森本さんには厳重注意、中井さん達は同じく厳重注意と退場処分となった。

そして、なぜか僕には一切お咎めはなかった。

傍から見れば、森本さん達が乱入してきた格好になるので、当然と言えばそうだが少しだけ複雑な気持ちになるのであった。

 

 

 

第4章、完




今回で文化祭の話は終わります。
そして次の章を経て、バンドストーリー1章に入っていくと思います。

それでは、次章予告を。

―――
季節が変わっていく中、一樹たちはいつも通りの日々を過ごしていた。
そして、季節は再び春へと差し掛かる。

次回、第5章『そして、始まりへ』


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第5章『そして、始まりへ』
第15話 オフ会


文化祭も終え、そろそろ季節も冬になろうとする10月のとある日曜日の朝。

 

「気を付けるのよ」

「大丈夫だって。ちゃんと夕飯までには戻るから」

 

玄関先まで見送りに来ていた母さんに、僕は安心させるように笑顔で返した。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

そして、僕は家を出るのであった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第5章『そして、始まりへ』

 

 

 

電車に乗って、揺られること数十分。

駅を降りて、携帯の地図を頼りに目的の場所を目指した僕は

 

「ここだ……」

 

ついに、目的地であるレストランにたどり着いた。

 

『貸し切り』という看板が出ている中、僕はレストランに入った。

「失礼ですが、パスポートを拝見します」

 

入ってすぐの場所に立っていた、中世の雰囲気を感じさせる服装をした男性に、僕は持っていたパスポートを手渡す。

 

「はい、確認しました。ようこそ、旅の方。どうぞ、お進みください」

「ありがとうございます」

 

完全に役になり切っているであろう男性スタッフに、僕はお礼を言いつつ奥のほうに進んでいく。

そこはやや広い場所で、数十人の人達でにぎわっていた。

カウンター側のテーブルには、色々と個性的な料理が並べられている。

バイキング形式のようで、各々が好きなものを取り分けていた。

どの料理もおいしそうな感じはするので、食べたくなるがとりあえず我慢することにした。

 

(これが、オフ会か)

 

そう、僕が訪れたのはオンラインゲーム『NFO』のオフ会と呼ばれる集まりだった。

僕自身、あまりこういう場所に行くのは苦手だ。

そんな僕がここに来たのはある人からの誘いがあったからだ。

 

(とりあえず、その人を探すか。プロフィールを偽ってなければ女性だったはず)

 

僕は、足を進めてあたりを見渡しながら目的の人物を探す。

 

「きゃ!?」

「っと!」

 

そんなことをしていたからだろうか、来ていた人にぶつかってしまった。

ぶつかったのは、声からして女性だった。

腰元まで伸びる黒髪に、白黒の落ち着いた服装と、まるで大和なでしこを彷彿とさせる人だった。

 

「すみません、ちゃんと見てなくて」

「い、いえ。こちらこそ……すみま、せん」

 

ぶつかってしまった女性に謝るが、女性はどこか落ち着かない様子だった。

そのしぐさは、誰かを探しているようにも見えるし、単純に僕におびえているようにも思える。

 

「えっと……―――あ、りんりん! ごめんね、遅くなっちゃった!―――ん?」

「あこちゃん……ううん、私も今来た…ところだよ」

 

気まずい雰囲気の中、それを一変させたのは、僕の言葉を遮るようにして声を上げた、やや背が小さい紫色のツインテールの髪型をした少女だった。

 

「あれ、この人は?」

「あ、えっと……」

 

”あこちゃん”と呼ばれた少女が、興味津々な様子でこちらをじっと見つめてくる。

そんな中、僕は

 

「あの、もし違ってたらごめんなさい。もしかして、あなたは『RinRin』さんじゃないですか? ウイザードの」

「え!?」

 

黒髪の少女の反応から、どうやら僕の予想は当たっていたらしい。

つまりは、目の前にいる女性が、あのRinRinさんで間違いないみたいだ。

 

「申し遅れました。私は『KAZU』です。同じウイザードの」

 

そう言って、僕はここに入る際に提示したパスポートを二人に見せた。

 

「え!? あなたが、KAZUさんですか?!」

「りんりんと一緒に会えるなんてすごい偶然だね! 妾の名は、深淵の闇より舞い降りし聖堕天使、あこ姫ぞよっ!」

 

そして、紫色の髪の少女がRinRinさんと一緒にパーティーを汲んでいたあこ姫さん(長すぎるので、省略している)だったようだ。

 

「と言うより、そもそもここに誘ったのはあこ姫さんですよ?」

「私もだよ、あこちゃん」

「ごめんね、りんりんをびっくりさせようと思って内緒にしてたんだ」

 

このオフ会はあこ姫さんに誘われたことがきっかけだった。

当初は行く気などなかったのだが、直接会ってみたいなという気持ちが勝ってしまった結果、今に至る。

 

「とりあえず、立ち話もあれですので、向こうの席でどうです?」

 

そこで、僕はようやく立ったまま話していることに気づいたため、近くの空いている席を指し示しながら二人に提案してみた。

 

「あこは賛成です! りんりんは?」

「わ、私も賛成、です」

 

こうして、僕たちは近くの空席で話をすることになった。

 

「先ほどは失礼しました。RinRinさんの印象が思っていたのと違っていたので、全然気づきませんでした」

 

二人と向き合う形で席に着いた僕は、もう一度さっきのことを謝る。

 

「い、いえ……」

 

ゲーム内での彼女は、チャットがものすごく速く、パーティーメンバーである僕へのアドバイスなども的確だったので、はきはきした性格なのかと思っていたが、実際は大人しい(と言うより、どこか小動物のような)感じだったので、全く気づけなかった。

 

「あ、あこはどうですか!?」

「えっと……比較的想像通りでした」

 

興味津々に目を輝かせるあこ姫さんに、僕は申し訳なく思いながらも感じたことをそのまま口にした。

 

「だ、大丈夫だよ、あこちゃん。悪い意味で言ってないから」

「うー、なんだか複雑だよ」

 

がっくりと肩を落とすあこ姫さんの姿に、僕は罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

「そういう、KAZUさんは全然違ってましたよ」

「はい……もっと大人の方だと思って、ました」

 

かくいう僕もまた、人のこと言えないみたいだ。

 

「流石に、ため口はあれだと思ったもので」

 

キャラを作っているのかもしれないが、僕にはそういうのでため口だったりやんちゃな感じにするのはかなり気が引けたのが一番の理由だ。

 

「あの、KAZUさん。敬語じゃなくてもいいですよ。KAZUさんはりんりんとほぼ同じ年齢ですよね?」

「ええ、たぶんですけど……でも、RinRinさんがお嫌では?」

 

あこ姫さんの提案はある意味ありがたかった。

年もそんなに離れていないのであれば、やっているゲームのジャンル的にも、敬語ではなくため口のほうが、チャットも速くなって楽になる。

とは言っても、肝心の彼女が嫌なのであれば、それはするべきではないと思っている。

 

「わ、私は……KAZUさんだったら、大丈夫……です」

 

顔を赤らめてはいるものの、ため口で大丈夫そうだ。

 

「でしたら、私にも敬語ではなく、普通でいいよ。それが筋だし」

「は、はい。これからも……よろしくね、KAZUさん」

「あこも、これからもよろしくね。KAZUさんっ」

 

そんなこんなで、僕たちは親睦を深めていくことになった。

 

 

 

 

 

「KAZUさんって、NFO始めて半年でしたよね?」

「そうだね……来月ぐらいで半年になるかも」

 

僕がNFOを始めたのが、GWの真っただ中だったのでよく覚えている。

 

「半年で、上級クエストが、できるまで行くなんて、すごい……です」

 

僕はどちらかというと効率的にやるタイプだ。

バンドの練習もあるので、週末などしかプレイしないので、こうでもしないと進みようがない。

 

「あこもあこも!」

「あはは……それもこれもRinRinさんのご教授のおかげだよ」

「そ、そんな……私は何もしてない、です」

 

RinRinさんは照れたようにうつむくが、実際のところ本当に彼女のおかげと言っても過言ではない。

半年ほど前、ゲームを始めたきっかけはネットでたまたま目に入った、ゲーム内で実施されているキャンペーン広告だった。

当時、新しい趣味を見つけようと思っていた僕は、そのゲームを始めてみることにしたのだが、操作などがいろいろ分からず完全に詰んでいた。

いわゆるスランプのようなその状況に、NFOは合わないと思い、やめようかとも思っていた時に、『大丈夫ですか?』と声をかけてきたのが彼女だったのだ。

正直、お手上げ状態だった僕は操作方法などを聞いてみることにした。

はっきり言えば、やり方さえ教えてもらえるだけでも僕としては御の字だったのだが、彼女の返信は意外なものだった。

 

『よければ、一緒にやりませんか?』

 

こうして僕は彼女と共にクエストをこなすこととなった。

職業も同じウイザードだったことから、彼女の教えはとても分かりやすく、クエストを終えるころには何とか一通りの操作ができるようになっていた。

こうして、僕のスランプは無事に解決したのだが、終わり際にRinRinさんの『よかったら一緒にまた冒険しませんか?』というメッセージと共にフレンドの申し出をしてきたのは、僕にしてみれば意外だった。

何度も言うが、彼女たちは上級プレイヤー。

そんな人が、超がいくつもついてもおかしくないほどの初心者のプレイヤーに、フレンド申請をするなんて僕には予想もしていなかった。

なので、僕は『こちらこそ』と返して、RinRinさんとフレンドになった。

その後、あこ姫さんともRinRinさんを通じて知り合うことになった。

ちなみに、正しくは聖堕天使あこ姫なのだが、長いので僕は”あこ姫”さんと呼んでいる。

それはともかくとして、僕たちはクエストの情報などをお互いに交換し合った。

交換し合うといえば格好がいいが、実際は教えてもらうばかりだったけど。

 

 

 

 

 

「それじゃ、僕は失礼するよ」

「あ、もうこんな時間だ」

 

話し込んでいて気付かなかったが、もう夕方まで僕たちは話し込んでいたようで、外は徐々に暗くなり始めていた。

 

「ねえねえ、KAZUさん。よかったら連絡先交換しませんか?」

「僕は構わないよ……はい、どうぞ」

 

僕は自分の電話番号を表示した状態で、携帯をあこ姫さんに手渡した。

別にみられて困るようなものはないし、今日話して十分に信頼できる人なのは確信しているので、個人情報を漏らすようなことはしないだろう。。

 

「それじゃ、あこの番号を……りんりんはどうする?」

「え!? ………そ、それじゃ」

 

あこ姫さんの問いかけに、とても驚きながらこちらに問いかけるように視線を向けてきたので、僕は”大丈夫ですよ”という意味を込めて頷いて返すと意を決した様子で携帯にを操作していく。

 

「ど、どうぞ」

「ありがとう。それじゃ、申し訳ないけど、これで」

 

RinRinさんに携帯電話を返してもらった僕は、時間がないこともあり確認もせず二人に一礼してその場を後にした。

こうして、僕の初めてのオフ会はとても実りのある一日となった。

 

「RinRinさんに聖堕天使あこ姫さん……か」

 

帰りの電車で、二人が登録した連絡先を見ながら、今日一日を振り返る。

 

(予想とは色々と違っていたけど、でも二人ともいい人だったな)

 

改めて、今日のオフ会に参加してよかったなと思いながら、僕は連絡先の画面を消す。

 

(まあ、実際に使うことはないとは思うけど)

 

そんな僕の予想は、大きく外れることになるのだが、それがわかるのはもう少し後のことだった。




これが俗にいうご都合主義というやつです(汗)
ということで、これでRoseliaのメンバーは全員登場しました。

いつか時間がある時にオフ会に出てみたいなと思う、今日この頃です。


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第16話 日の光と新たな一歩と

今回はかなり長いです。


寒さも本格的になる11月の日曜日。

 

「うーん……」

 

僕は自室のパソコンの前で腕を組んで唸り声を上げる。

僕には、ある悩みがあった。

 

「この曲も……か」

 

それは作曲についてのものだった。

ここ最近、作曲した曲がどれもお蔵入りになるというのが、続いていた。

とはいえ、別にスランプと言うわけではない。

 

(啓介のポエム集に合うものがない……それに、これは僕たちが演奏するのにはあまりふさわしいともいえないし……)

 

僕たち、hyper-Prominenceは、作曲を僕が担当し、啓介は作詞を担当している。

作曲の方法は歌詞を先に決める所謂『詩先』だ。

歌詞は啓介が書き綴っているポエム集から、僕が曲調に合うものをピックアップし、曲に当てはめていく。

当てはめる際には、どうしても尺が合わないこともあるので曲のほうに微調整を加えていくことで、曲は完成する。

ただ、それはまだ暫定的なものであり、その後にみんなに聞いてもらい、色々な意見を出し合って最終調整をすることで、ようやく練習を始める準備が整う。

それがいつもの僕たちの作曲をめぐるやり取りだ。

だが、たまにではあるものの僕の作曲した曲の雰囲気などが、啓介が書いているどのポエムとも合わないことがある。

そういう場合は、それに合うポエムが完成するまで保留にしている。

僕から言って書いてもらうという手もあるが、そうすると啓介の書いているポエムの魅力がなくなってしまうことがあるのだ。

 

(啓介も傷つくからな……)

 

作らせておいて没にするのは、ある意味非効率的だし、何よりポエムを書いてもらった啓介を傷つけることにもなりかねない。

そういった理由から、僕たちは”保留”にするようにしているのだ。

今はなくても、今後出てくる可能性だって十分に考えられる。

だからこその保留だ。

また、出来上がった曲から歌詞を作るという『曲先』方式だと、これもまた啓介に負荷をかけるばかりか、啓介が書いているポエムの魅力が失われてしまう可能性もあるので、おそらくはこのままの方式で作曲はしていくことになると思う。

そんな保留中の楽曲の中には、僕たちが演奏するのにあまり適さない(というより曲調が合わなそうな)曲もある。

そういった曲は、完全にお蔵入りとなり、永遠に闇の中だ。

これは僕が悪いのだが、ふと思いついたメロディーでそのまま曲を作るため、完成してからお蔵入りだと判断することが多いのだ。

つまり、僕の手元には大量のお蔵入り曲がある状態なのだ。

ちなみに、どのような曲かと言うと、例えばBPMが4桁クラスのパートが存在したり、歌詞がそもそもなかったり、所謂電波系なものだったりと多岐にわたる。

 

(これ、何とかなんないかな)

 

流石にライブで演奏することはないが、だからとはいえこのまま日の目を見られないというのも曲が浮かばれないような気もするし。

とはいえ、ライブで演奏するわけにもいかないという堂々巡りが続いていた。

 

「まあ、いいか」

 

僕にできたのは、いつものごとく保留にすることだった。

そうして保留にした僕は、ネットサーフィンを始める。

 

「へえ……このグループ、MVを動画サイトにあげてるんだ」

 

僕の目にとまったのは、テレビなどでよく出ている有名なアーティストが動画サイトにあげている動画だった。

それは新しい曲のMVのようだった。

ネット社会になりつつある現代、テレビではなく動画サイトでMVを見られるようにするほうが、宣伝としての効率は高い。

これもまた、時代の流れというものだろうか?

 

「ん?」

 

動画サイトを閉じようとした僕は、思わずその手を止めた。

僕の中で、何かがひらめいたのだ。

 

(そうか。その手があったか)

 

「ちょっと、調べてみようかな」

 

そして、僕はネットでいろいろと調べ物を始めるのであった。

 

 

 

 

 

それから数日後の夜のこと。

僕は自室でパソコンを操作していた。

 

「これで、こうして………よし、できた」

 

画面に表示された『完了』のメッセージに、僕は達成感を感じながら両腕を伸ばして体をほぐしていく。

これがまたすごく気持ちいいのだ。

 

(あとは、見てくれる人がいればいいんだけど)

 

僕はマウスを操作して、画面を移動させる。

そこに表示されたのは、先ほど僕が投稿したインターネットの動画サイトにある動画だ。

投稿者名は『chaotic』で、『混沌としている』という意味がある。

僕が投稿したのは、まさにカオスな曲調の音楽だった。

僕が考えたのは、動画サイトにお蔵入りの曲を、アップロードすることだった。

動画サイト上にはいろいろな素晴らしい動画で溢れかえっている。

それは、音楽関係もまた同様で、この動画が有名になる可能性は極めて低い。

何しろお蔵入りとなった曲だ。

それでも、このまま日の光を浴びないよりはましだ。

誰かの目に留まれば、それだけで十分だ。

 

「さてと。そろそろ寝ようかな」

 

数日ほど動画の投稿方法や作成方法などを調べていたが、そこそこ形になった。

これ以上気にしていても仕方がないので、僕はそのままパソコンの電源を切ると眠りに就くことにした。

この経験が活かされることになる出来事が起こることなど、この時の僕は全く予想にもしていなかった。

 

 

 

 

 

それは、日曜日にバンドの練習のためにリビングにみんなが集まった時のことだった。

 

「皆、聞いてくれ!」

 

この日もいつも通りに、スタジオで練習をしようとしていた僕たちを制止したのは啓介だった。

 

「何だよ、啓介」

「皆に提案があるんだ」

「提案? まーたモテモテ作戦でも立てろって言うんじゃないでしょうね?」

 

森本さんが啓介に冷たい視線を向け突き放すように返す。

 

「ちがーう! ていうか俺の扱いひどすぎませんか!?」

「日頃の行いだから仕方がないよ。啓介君」

 

中井さんも、困ったような表情ではあるが、それでも言っている内容は非常に辛辣だった。

 

「一樹、違うよな? 俺、何も悪いことなんてしてないよな!?」

 

もう味方がいないと思ったのか、こちらにすがるように聞いてくるが、はっきり言ってみんなの言うとおりだったりする訳なんだが……。

 

「……で、その提案って?」

「露骨に話題を変えた!? なんてことだ……俺がもう取り返しがつかないほどにフラグが立ちまくっているなんてっ」

 

(そういうところを言ってるんだけどな……)

 

啓介のことだから、ポジティブに考えていそうだが、そうだったほうがむしろ僕たちには驚きだったりする。

 

「そんなことより、早く提案を言えよ。練習ができねえだろうが」

 

そして、このやり取りに耐え切れなくなった田中君は、若干苛立ちをあらわにしながら、不気味な感じに悶えている啓介に促す。

 

「ああ。皆、MV撮ろうぜ!」

「MV?」

 

啓介の口から出た提案は、僕たちの予想以上にまともで検討する価値のあるものだった。

 

「この間、動画でMVを見たんだよ! 俺達もあんなふうにカッコいいMVを撮ればめっちゃくちゃ有名になれるぜ!」

「そういえば、僕たちはプロモーション関係は消極的だったっけ」

 

そもそも僕たちが素性を隠している以上、それを特定されかねない要素を増やすのは得策ではない。

そう言った理由で、知名度を上げるような活動はしてこなかった。

とはいえこのまま消極的に動き続けることができるかと言われれば、間違いなく否だ。

 

「積極的なプロモーションをすれば、知名度は上がる……なんだ、意外にちゃんとした提案じゃない。もう、それならそうと早く言ってよ」

「言わせてくれなかった人が、何を言うんだよ!」

「はいはい。それじゃ、MVを撮ることに反対の人、手を上げて」

 

啓介の反論を遮るように、僕は早々に採決に移る。

それに対して手を上げる者は誰もいなかった。

 

「それじゃ、MVを撮ろうか」

「まずは、曲を決めねえとな」

「曲だったら、今練習中の曲でいいじゃん」

 

MVを撮ることが決まれば、あとは早い。

皆は次々に話し合いを進めていく。

 

「練習中の曲と言うと『In My heart』か……。だとしたら、どんな感じで撮るんだ?」

「探偵物風にしているのはどうかな? 曲調に合ってるし、いいと思うんだ」

 

(確かに、そういうテイストでも成り立つ曲だし、問題はなさそうだ)

 

「それじゃ、あとは服装とかだな。さすがに白装束は合わないからな」

 

田中君の言うとおり、もし探偵ものにするのであれば、白装束はかなり浮いてしまう。

アニメにすれば別だろうけど。

 

「素性がばれるリスクを冒して、曲が成り立つのを優先するか……それとも素性の秘匿を優先するか」

 

啓介が選択肢を呟くように口にするが、それに対しての僕の答えは決まっている。

 

「素性の一つだけを明かして、曲のほうを優先しよう」

 

僕の選択は前者の、曲のほうを優先させることだった。

 

「明かすって、何をだよ?」

「性別……誰が男で女なのか。それ以外は一切秘匿させた状態にする。サングラスをしたりカツラとかで髪の色を変えれば十分可能のはず」

 

性別程度であれば、僕たちの素性はそれほど明かされたことにはならないはずだ。

 

「確か、裕美の家にいろいろな衣装があったよな?」

「うん。お父さんに言えば貸してもらえると思う」

「じゃあ、私は母さんにでもカツラを貸してもらえるかどうか聞いてみるよ」

 

(今更だけど、みんなの両親って何をしてるんだろう?)

 

普通、そう簡単に何でもそろうことはないはずなのだが……。

こうして、舞台衣装を中井さんが、そしてカツラを森本さんが用意することでこの話し合いは終了となり僕たちは練習を始めるのであった。

 

 

 

 

 

「じゃーん! どうどう?」

「かわいい!!」

「今回はレトロ風な探偵の服があったから借りてきちゃった」

 

数日ほど経った放課後、リビングで中井さんが見せてきたのはチェック柄のいかにもな探偵風の服だった。

帽子までご丁寧にそろっている。

 

「それじゃ、ちょっと試着してみよう。たぶんサイズは合うと思うけど、念のためにね。一樹君、スタジオ借りるね」

「わかった。じゃあ、僕たちはここで着替えるよ」

 

そんなわけで衣装の試着をするために、女子はスタジオに向かい、僕たちはリビングで着替えることになった。

 

「覗くんじゃないわよ? 特に啓介!」

 

最後に階段を降りようとした森本さんが釘を刺してくるが、森本さんが言うように、そんなことをしそうなのは啓介ぐらいしかいない。

 

「ちょ!? 何で俺を名指し!?」

 

啓介の抗議は、すでに階段を下りていた森本さんに届くことはなかった。

 

「少し俺の扱いの改善を要求してやろうかな……」

 

ぶつぶつとつぶやきながら着替え始める啓介に、僕と田中君は顔を見合わせると肩をすくめるのであった。

試着の結果、みんなサイズはぴったりだったようで、まるで本当に探偵ではないかと思わせるほどの雰囲気を醸し出していた。

衣装が整えば、後は撮影だ。

撮影場所は無難に、スタジオを使うことにした。

 

「親父に頼んで、カメラを貰ってきたぜ。もう使わないそうだから俺達で自由に使えだとさ」

 

撮影用の機材は、田中君がおじさんからもらったビデオカメラを使うことになった。

 

「すげっ!? これ、かなりいいカメラだぞ!」

 

啓介が興奮したような口調で言うのも無理はない。

そのカメラはかなりの有名なブランドで、値段にして数十万は下るほどの代物なのだ。

とはいえ、中古なのでそこまでの価値はないが軽く1万は超えるだろう。

少なくとも、一学生が持つにはかなり高価すぎる。

 

「じゃあ、撮影を始めるから、まずは中井さんと森本さんそこに立って。何かを探している場面を撮るよ」

「オーケー!」

 

二人は、三脚で固定されたカメラの前に移動する。

 

「それじゃ、本番まで3秒前……2,1……アクション!」

 

田中君の声と共に、二人は何かを探すような仕草を始める。

 

「カット! 二人ともオーケーだ!」

「ふう。少し緊張するわね、これ」

 

撮影を終え、一息つく森本さんは、しみじみとした様子でつぶやく。

 

「でも、背景はどうするの?」

「それは、グリーンバックを利用するつもり」

 

お蔵入り曲の動画を投稿する際に勉強したものの一つが、このグリーンバックの技術だった。

何に使うかは全然わからなかったが、ここで役に立つことになるとは思ってもいなかった。

そんなわけで、僕たちは撮影を順調に済ませていき、数日ほど経った日曜日の朝に、MVを完成させることができた。

 

 

 

 

 

MVの完成を聞いた、みんなはリビングに集まる。

MVの仕上げは僕が担当することになった。

かなりいい出来だとは思うが、それでも緊張せずにはいられなかった。

 

「それじゃ、流すぞ」

「う、うん……」

 

緊張した様子で、田中君が僕のパソコンにある動画ファイルを再生させる。

最初に写ったのは中世ヨーロッパを彷彿とさせる絵だった。

ちなみにこの絵を描いたのは啓介だったりする。

最初に映ったのは、いつもの僕たちの服装でもある白装束を身に纏っている姿だった。

そこで、僕たちの姿フレームアウトして曲名が表示される。

その曲名が消えて映し出された僕たちの服装は、探偵服を身に纏い、サングラスをしているものだった。

この一連の流れには狙いがあり、白装束の人たち=探偵服を着ている人と言う風に結びつかせる目的がある。

髪の色もカツラによって変えているので、素性がばれる可能性は低い。

まさにいいとこどりの状態だ。

 

「……すげえ。めっちゃくちゃいいぞ!」

「うん。すごく良かったよ」

 

MVを見た皆の反応もかなり良く、

 

「何か改善点とかある?」

 

という僕の問いかけに、声を上げる者はいなかった。

 

「それじゃ、これで動画を投稿するよ」

「うぅ……ドキドキするっ」

 

既に投稿用のアカウントは作っている。

名前も、バンド名である『hyper-Prominence』だ。

今後は、ライブなどのオファーはこのアカウントに記載しているメールを経由してくることになる。

これもまた一つの大きな一歩だ。

これまでは、父さんのもとにかかってきていたオファーだが、いつまでもそれができるわけではない。

今後、オファーを受けるのも自分たちでしなければいけなくなる時は必ずやってくる。

だからこそ、このMVはそれのいい機会だったのかもしれない。

そして、動画は投稿され大勢の人に見ることができる状態となった。

 

「……練習、しよっか」

「だ、だだだな」

 

動画を投稿したことへの不安、そして新しい一歩への希望から挙動不審になりながらも、僕たちは練習をするべくパソコンの電源を切ってスタジオに向かうことにした。

こうして、僕たちは新たな一歩を踏み出すのであった。

 

 

 

……それが、後に僕たちを身の危険にさらすような事件のきっかけになるとも知らずに。




区切ろうとしたのですが、区切れる場所を見つけることができなかったので、この長さになりました。

ここまでの長さは久々だったりします(汗)


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第17話 バレンタインデー

「もう2月か……」

 

期末テストまでもう間もなくという状況のこの時期、いつものように肌寒さを感じずにはいられない。

 

(こういう日って、布団の中は天国なんだよね……)

 

布団……別の名を悪魔のささやきとも呼べるそれは、この季節にはすさまじい効果を発揮してくれる。

悪魔の誘いを断れなければ、遅刻は免れないのだから。

そんな中でも、僕はいつものように身支度を済ませていた。

……いつもより少し遅いが、それも誤差の範囲内。

十分に間に合うはずだ。

 

「それじゃ、今日も行きますか」

 

こうして僕は、この日も羽丘女子学園に向かうのであった。

 

 

 

 

 

「一樹君、はいこれいつものやつ」

「お、ありがとう。いつものように食後のデザートにさせてもらうよ」

 

いつもの待ち合わせ場所で中井さんたちと合流した僕たちが電車で移動している中、思い出したように中井さんからチョコを手渡された僕は、お礼を言いつつカバンにしまう。

これも毎年この時期の恒例行事でもある。

そう、今年も来たのだ。

あの、2月14日……バレンタインデーが。

 

「そういえば、啓介のメール見た?」

「うん、見たけど……」

 

森本さんが言うメールとは、先日の夜に送られてきた一通のメールだった。

どうやら、僕以外にも一斉に送信していたようだ。

タイトルは『決戦の日』だった。

ちなみに、文面だが『ついに来たこの日が! 明日はバレンタインデー……女の子からチョコをもらう日だっ! 一年間の行いのすべての結果が、この日に判明すると言っても過言ではないっ! 男子諸君、男の真価が問われる日だ!! そして、女子よ! この俺、佐久間啓介の真価を見届けよ!!!』だった。

 

「なんとなく、言いたいことは分かるけど、あれは引くわ」

「うん。でも、温かい気持ちにはなれたよ?」

 

確かに寒い日に、熱血……もしくは情熱の塊と言っても過言ではないほどの暑苦しいメールが届けば、ある意味暖房のような感じになるのかもしれない。

今度、寒い日には啓介のあのメールを見て温まることにしよう。

 

(って、啓介のメールはカイロじゃないんだから)

 

自分で決めたことに自分でツッコむのは、ものすごく虚しいことを実感した瞬間だった。

 

「今年は唯一の男子のチョコの数に期待大ですなー」

「いくらなんでも、そうホイホイとチョコなんか貰えるわけないよ」

 

森本さんの小悪魔のような笑みを浮かべながらの言葉に、僕はため息交じりに返した。

アニメとかじゃないのだから、いくら何でも男子が一人しかいない状況でも、チョコをもらうなんてことはそうそうあるはずがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、奥寺君。チョコレート♪」

 

……あった。

 

「とかなんとか言いながら、貰っちゃってますなー」

「ひゅー、モテモテだね~☆ 奥寺君」

「お願いだから、からかいに混ざらないで、今井さん」

 

今の状況にニヤリと笑みを浮かべながらからかってくる森本さんに続く形で言ってくる今井さんに、僕は頭を抱えるしかなかった。

 

「にしても、まだお昼休み前なのに、もう一杯貰ってるね」

「……どうすんの、これ」

 

目の前にあるのは、山盛りに置かれた大量のチョコだ。

学園に来たときは、比較的に平和だった。

これは間違いない。

僕も机の上がチョコで溢れかえるなんて、あるわけがないと笑っていた。

だが、それが一変したのがついさっきのことだった。

示し合わせていたのだろうか、お昼休みの前の最後の休み時間になった途端、一気にチョコを渡しに来る人が出てきたのだ。

その数は、二桁の折り返し地点を過ぎてから数えるのを止めたのでわからない。

明らかにクラスの人ではない女子からももらっている。

 

(なぜ?)

 

「あはは、高等部初の男子だしねー。それに、文化祭の出し物とかも評判良かったし」

 

前にも聞いていた今井さんからの情報。

前はそんなに気にもしてなかったが、今回の一件で改めてそのことに後悔した。

 

(こうなることが知っていたら対策が練れたかもしれないのに……)

 

まあ、できることなど全くないに等しいのだが。

 

「ふふふ、どうやら困っているみたいですなー、奥寺君」

「ん?」

 

そんな僕の様子に、不適の笑みを上げながら森本さんが口を開いた。

 

「お困りの奥寺君に、最強の秘密道具を進呈しよう」

「おぉ!!」

 

やっぱり森本さんだ!

こうなることを予期して、この状況を改善する手段を考えてくれていたのだ。

 

(心の中で悪魔って言ったこと、謝んないと)

 

「じゃじゃーん! 紙袋~!」

 

そんな僕に出されたのは、何の変哲もない紙袋だった。

 

「……これは?」

「そのチョコを入れられるね♪」

「………」

 

前言撤回。

森本さんは悪魔の中の悪魔だった。

結局、紙袋を受け取った僕は、その中にチョコレートを入れておくのであった。

 

「満杯になったんだけど」

「あはは……」

 

今井さんの空笑いが、この時だけはとてもつらく感じられた。

 

 

 

 

 

放課後。

僕にとってはある意味地獄ともなってしまったバレンタインデーも、終わりの時を迎えつつあった。

 

「うわー、これは悲惨だね」

「………もう当分チョコは見たくないかも」

 

僕の前にあるのは机の上に置かれた二つの紙袋の中に入っている、チョコの山だ。

 

(これ、どうやってお返しをすれば……)

 

もらったチョコのお礼をするホワイトデーが、ものすごく恐ろしくて仕方がない。

 

「そんな奥寺君に、はい。クッキー」

 

僕に差し出されたのは、チョコではなく、クッキーだった。

色からしておそらくはチョコ味だろう。

 

「これって、手作り!?」

「うん。みんなに配るために作ってたんだ。おかげで一日がかりになっちゃったよー」

 

そう言って軽快に笑い飛ばしているが、お菓子作りがどれだけ大変なのかは、一度もやったことがない僕でもわかることだ。

それを手作りする今井さんに、僕はある意味尊敬すら感じていた。

 

「色々とお世話になったからさ、そのお礼ってことで♪」

「あはは……ありがたく受け取るよ」

 

今井さんから受け取ったクッキーは紙袋ではなく、カバンの中にしまった。

今井さんの苦労を思うと、チョコ入りの紙袋の中にいれるのはかなり憚られたのだ。

こうして、思わぬ大量収穫となったバレンタインデーは幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

ちなみに、これは余談だが。

その日のバンド練習での出来事。

 

「ねえ、いつまで続くの?」

「知らねえよ」

 

スタジオで練習をしていた僕たちは、困惑しながらある場所を見ていた。

 

「ぬぉぉぉぉ!!! てやあああああ!!」

 

そこには、雄たけびを上げながら凄まじい速度でキーボードを弾く、啓介の姿があった。

その目には血の涙がにじんでいるようにも見えた。

 

「やっぱり?」

「ああ。惨敗だったみたいだ」

 

啓介の様子から、何となく察しはついたが、ここまでくるとかえって悲しくなってしまう。

 

「なぜだ!! なぜ、一樹は山のようにもらえるんだぁぁぁ!!! 主人公補正か? 補正なのか!!」

「………病院に連れて行ったほうがいいかな?」

「このままだといろいろとやばいわね」

 

ものすごく意味不明なことを叫んでいる啓介の様子に、僕たちは違う意味で心配になってきていた。

 

「一樹―、あなた宛てに、ポストに入ってたわよ」

「これって……チョコ?」

 

そんな時、スタジオにやってきた母さんに手渡されたのは、かわいらしい包装紙に包まれた箱のようなものだった。

時期から見て、間違いなくチョコだろう。

母さんは、それを僕に手渡すとそのままスタジオを去って行く。

残されたのは、茫然と箱を見ている僕と、そんな僕を何とも言えない様子で見ている田中君たち。

そして……

 

「ちっくしょおおおお!!! なぜだ! なぜなんだぁぁぁ!!!」

 

絶叫する啓介だけだった。

 

「こうなったら、お前の血肉をかっくらってでも!!」

「ちょっと、目が怖いわよ!」

「怖いから来るなっ!!」

 

スタジオ内が混沌に包まれる、バレンタインデーの一幕だった。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

一樹が、スタジオで混沌とした状況に置かれている中、

 

「チョコ、喜んでくれたからしら」

 

彼の家を、思いをはせるように見つめながらつぶやく一人の少女が立っていた。

彼女の気持ちは本人のみしか知ることはできない。

こうして彼らは、新たな年を迎えるのであった。

 

 

第一部、完。




ということで、今回で、第一部は完結となりました。
次回より、ついに原作の話に入って行きます。
まだ登場していない彼女を含めて楽しみにしていただけると幸いです。

それでは、次回予告をば。

―――
季節は出会いと別れの季節の春。
新学期が始まる中、一樹はクラス訳が貼り出された掲示物を確認する。
それは、すべての物語の始まりを告げるものだった。

次回、第二部 第1章『始まりは唐突に』


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第二部 第1章『始まりは唐突に』
第18話 新しい始まりと


今回より、新しい章となります。


季節は再び春。

出会いと別れの季節になった。

 

(今年も頑張ろう)

 

そんなこの日、僕は心機一転、羽丘女子学園に向かうのであった。

テストも終わり、無事に進級できた僕たちは、羽丘の掲示板の前に森本さんと一緒に立っていた。

 

「クラス分けは、ここに貼りだされるの」

「……なるほど」

 

多くの女子生徒が、クラス分けが記された掲示物を見ようと集まっていた。

 

「一樹には無理だろうから、私が見てきてあげる」

「ありがと」

 

女子しかいないこの中に割って入るのは、さすがにまずいので、ここは森本さんの厚意に甘えることにした。

森本さんは群衆の中に入っていく。

 

(贅沢は言わないから、今井さんか森本さんか知っている人と一緒だといいな)

 

ある意味今年一年の命運を分けることになるのだ。

僕は祈らずにはいられなかった。

 

「お待たせ」

 

それから少しして森本さんが戻ってきた。

 

「それで、どうだった?」

「私は、A組でリサと同じクラスよ」

「すごい偶然だね。……で、僕は?」

 

今井さんと二年連続で同じクラスになるのはものすごく偶然に近い。

後は僕が同じクラスになれば、最高なんだが……

 

「一樹は、C組だったわ」

「………え」

 

森本さんの言葉に、僕は一瞬気が遠くなってしまった。

頭では理解しているのだが、それを現実だと思いたくない自分がいるのだ。

 

「一樹はC組」

「………」

 

そんな僕の状態を理解してか、森本さんは現実を突き付けてくる。

 

「えっと……大丈夫?」

「……たぶん」

 

こうして、僕の羽丘の二年目はハードモードが確定した瞬間だった。

そんな風に思ている僕の視界の端に誰かが通り過ぎていくのが見えた。

 

「ん?」

 

人が大勢いるのだから、横切ったところで不思議ではない。

 

(紗夜さん?)

 

でも、それでも気になったのは、一瞬ではあるけど見えた横顔が、紗夜さんに見えたからだ。

紗夜さんに似た人物が去って行ったほうを見て見るが、そこにはそれらしき人影は見当たらなかった。

 

(本当に、大丈夫なんだろうか?)

 

知っている人がいない現実に、幻覚まで見るようになったのだとすると、もはややばいでは済まない状態なわけなのだが……。

色々な意味で、不安を抱く僕なのであった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第二部 第1章『始まりは唐突に』

 

 

 

「そうか、知ってる奴が誰もいなかったか」

「一樹、大丈夫か?」

「たぶん……」

 

この日は、去年と同じくHRのみだったので、割と早く帰れた。

そんな訳で、早速バンド練習をしようということになったのだが、話題がクラスのことになった途端、心配そうにこちらを見てくる始末だ。

 

「でも、一樹って裕美ほどじゃないが人見知りが激しいだろ。大丈夫なのかよ?」

「さすがに二年生だよ? 倒れるようなことはないって」

 

田中君が心配するのは、おそらくあの時の一件があったからだ。

それは、小学生の時のこと。

それまで一緒のクラスだったみんなと別々のクラスになってしまった。

今にして思えばそれだけのことだったのだが、当時の僕には深刻なことだったようで、少しして倒れたのだ。

原因についてはおぼろげにしか覚えていないが、おそらくは知らない人に囲まれている状況が、当時の僕に耐えきれないほどのストレスとなっていたのかもしれない。

 

(もう高校になったんだし、ストレスを感じても発散する方法くらいは知ってるよ)

 

それが今と昔の違いだ。

 

「……そういえば、例の動画。どうなってんだ?」

 

重苦しい空気を変えるべく田中君が話題を変えて僕に聞いてきた。

 

「ああ、あれか……気にしても仕方がないからって、見ないようにしてたけど、ちょっと気になってきちゃった」

 

それは、去年に僕たちが撮影したMVのことだ。

あれ以降、動画サイトを見てはいない。

森本さんの言うように、再生数とかを気にしていて練習がおろそかになっては本末転倒なので、一定期間見ないでおこうと決めていたのだ。

あれから約半年。

見るのには最適な頃合いだろう。

僕は携帯を取り出すと、動画を投稿したサイトの管理画面を開く。

後は、投稿動画一覧のページを開くだけだ。

 

「それじゃ……出すよ」

 

全員が固唾を飲むなか、僕はそのページを開く。

 

『………』

 

その瞬間、僕たちはそのページの内容に、時間が泊まったような錯覚を覚える。

 

「ひ……百万再生!?」

 

最初に声を上げたのは啓介だった。

それは、動画の再生回数を現す部分だった。

そこには確かに『119万再生』と表示されていた。

 

「ここここ、コメントもたくさん」

 

続いて、反応を示したのは中井さんだ。

動画に書き込まれたコメントも軽く4桁は超えている。

 

『ナニコレ、すげえ』

『最初の、白装束がじわるwww』

『神曲キター』

 

目に見えるだけでもそんなコメントが寄せられていた。

 

「………また、MV撮ろうか」

「お、おう。かかってこいや!」

 

(別に喧嘩をしに行くわけではないんだけど)

 

そんなことを思いながら、僕はまた次のMVの撮影の計画を練っていくのであった。

 

 

 

 

 

練習も終わり、啓介たちが帰ってから少しして来訪者を告げるチャイムの音が鳴り響く。

 

「一樹、悪いけど出てくれる?」

「はーい」

 

ちょうど手が空いていた僕は、玄関に向かう。

 

(この時間だし、あの人だよね)

 

父さんは鍵を持っているので、帰ってくるときにチャイムは鳴らさない。

そして、この夕飯時の時間帯からして、来訪者は一人に絞られた。

 

(やっぱり)

 

念のためのぞき穴から来訪者を確認すると、そこには僕の予想した通りの人物の姿があった。

僕は鍵を開けてドアを開ける。

 

「か、一樹さん」

「こんばんは、紗夜さん」

 

そこに立っていたのは隣の家に住んでいる紗夜さんだった。

その手に持っているのは、おそらくいつものおすそ分けだろう。

 

「母からおかずを作りすぎたのでと、こちらを」

「うん。いつもありがとね」

 

紗夜さんからおかずが入ったお皿を受け取りながらお礼を言う。

基本的に氷川家と奥寺家は家族ぐるみの付き合いだ。

とはいえ、一緒にバーベキューをしたりなどはしておらず、おかずのおすそ分けをしてもらったりしたりしているだけなのだが。

 

「一樹さん。羽丘は慣れましたか?」

 

その問いは、去年の夏にも聞かれた。

 

「うーん、どうだろう。皆悪い人ではないんだけどね……周りが女子っていうのも色々と大変だよ」

 

僕は去年とほとんど同じ内容の答えを返した。

どれだけ通っても、慣れるのは難しい。

 

「そうですか……私は一樹さんを信じていますので、大丈夫だとは思いますけど、くれぐれも風紀を乱すようなことは慎んでください」

「う、うん。信頼を裏切らないようにするよ」

 

注意の仕方がある意味紗夜さんらしいなと思いながら、僕は自分を戒める。

と、そんな時昼間の学園でのことを思い出した。

 

「そういえば……紗夜さん」

「はい?」

「紗夜さんの妹さんって、どこの学校に通ってるの?」

 

それは、学園で見た紗夜さんによく似たような気がする人のこと。

紗夜さんは花女の生徒。

だとすると、あそこにいたのは僕の見間違いや幻覚とかでない限り、他人の空似か紗夜さんの妹さんのどちらかになる。

 

「…………」

「紗夜さん?」

 

だが、僕の問いかけに、紗夜さんは挙動が怪しくなっていくばかりか、顔が青ざめているような気がした。

 

「すみ、ません。私、用があるので」

「あ……」

 

僕が止める間もなく、紗夜さんは逃げるように去って行ってしまった。

 

(悪いことしちゃったかな……)

 

なんとなくではあるが、これから先に何かが起こりそうな……そんな予感を感じずにはいられなかった。




まさか、知り合いが誰もいないクラス。
色々な意味でフラグを折りました。



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第19話 嵐の少女とオアシスと

僕の嫌な予感と言うのは、なんでこうも当たるんだ。

そう愚痴をこぼしたくなる場面はこれまでにも何度かあった。

 

「ねーねー! 一君って、何か部活入ってるの!? もし入ってたら教えて! 絶対にるんっ♪ な奴だと思うんだー!」

 

そう、それがまさに今なのだ。

彼女を一言でいうのであれば、”嵐”そのもの。

 

(なんでこうなったんだろう)

 

僕は、こうなったいきさつを思い出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、今から数十分前のこと。

この日は朝からいつもとは違うことだらけだった。

例えば、いつもより30分も早く起きたことや、いつもより早く学園に行こうと思ったことなどだ。

いつもの僕であれば、そんなことは微塵も考えはしなかっただろう。

でも、この日の僕は”早起きは三文の徳”と言わんばかりに行動を起こしたのだ。

 

「僕が作った『chaotic』のほう、どうなってるだろう」

 

先日の僕たちのMVのこともあり、それより前に投稿していたあのお蔵入りの曲のことが気になった僕は、悪いこととは思いつつも、歩きながら携帯を操作することにした。

ちょうど校内で、しかも早く来たために生徒の数も少ないので、ぶつかることはないだろう。

 

「きゃっ」

「うわ!?」

 

そう思い込んでいたのが悪かった。

曲がり角でちょうど、僕と同じように朝早くに来ていたであろう誰かに、ぶつかってしまったのだ。

 

「すみませんっ。大丈夫で――――」

 

僕は慌てて携帯をポケットにしまい、ぶつかってしまった相手に謝ろうとしたところで、僕は言葉を失った。

 

「あいたた……」

 

ぶつかった相手は、尻餅をついていたのだが、その顔は間違いなく紗夜さんの面影がある。

髪は横に括られているが、それでも紗夜さんに似ている。

 

「紗夜、さん?」

 

もしかしたら、紗夜さんは羽丘に通っており、それが言い出しづらかったのではと思った僕は、彼女の名前を口にした。

 

「え? 君、おねーちゃんのこと知ってるの?!」

 

僕からすれば小声で言ったつもりだったのだが、彼女にははっきりと聞こえたようで、勢い良く立ち上がると、僕に迫ってきたのだ。

 

「あ! もしかして君が奥寺 一樹君でしょ? やっぱり、そうなんだ!! わーい! るるるるんっ♪」

「へ? へ?」

 

突然始まった彼女のマシンガントークに、僕は頭の中真っ白になった。

そして、今に至る。

 

「あ、そうだ! おねーちゃ――「ちょといいかな?」――え? 何何?」

 

あれから長い間質問攻めにあっていた僕は、目の前にいる人物が紗夜さんではないことはすぐにわかっていた。

彼女は、間違いなくここまでのマシンガントークはしない。

そうなると、僕のすることは一つだけだ。

 

「あなたは誰?」

「えー。一君、おねーちゃんの名前を知ってるのに、なんであたしの名前知らないの?」

 

名前を聞くと、目の前の女子生徒はあからさまに不機嫌そうな表情で聞いてくる。

 

「聞いてないから」

「そっか……おねーちゃん、やっぱり(・ ・ ・ ・)言ってないんだ」

 

先ほどまでのはつらつとした感じとは違い、どこかかな地毛でさみしそうな表情を浮かべる。

 

「あたしの名前は、氷川 日菜(ひな)だよ! おねーちゃんとごっちゃになるから名前でいいよ。よろしくね! 一君」

 

これが、僕と彼女……日菜さんとの出会いだった。

 

「知ってると思うけど、奥寺一樹です。よろしく、日菜さん」

 

とりあえず、お互いに自己紹介はできた。

ここまでは問題ない。

あるとすれば、ここから先だ。

 

「ところで、何で僕を”一君”って呼ぶの?」

「え? だって、そのほうがるんってくるから」

 

これまで、一度も呼ばれたことのないあだ名だっただけに、疑問は尽きないが、日菜さんの答えにその疑問は違う意味で増えた。

 

「その”るん”って、どういう意味」

 

もはや日菜さんの代名詞ともなりつつある、”るん”の意味が全く分からない。

 

「るんっはるんっだよ!」

「すみません、全然わかりません」

「えーっ!」

 

疑問に対して全く答えになっていない答えに、僕は聞くことをあきらめた。

 

「じゃあねっ、一君!」

 

タタタと走り去って行く日菜さんの背中を見送る僕は

 

(あれはもはや嵐そのものだな)

 

心の中でそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

「………」

 

学園も新学年となり、少ししてようやく少しだけ落ち着いたようにも見える。

 

「あれ、奥寺君お昼食べないの?」

 

今年は、よくクラスの人が話しかけてくるよになったからだ。

 

「あ、いえ。今から食べに行くところだったんですよ」

「良かったら、一緒に食べない?」

「ごめんなさい、今日はちょっと先約があって」

 

本当は、先約なんてない。

せっかく誘ってくれたのに申し訳ないが、ここは嘘をつかせてもらった。

 

「えー、残念」

 

昼食を知らない人と一緒に食べるのは、ある意味地獄のようなものだ。

自分の所作がおかしくはないのかと、一挙一動を気にしだしたらきりがない。

休む時間のはずなのに、神経を使って精神的に疲れるのは避けたかった。

もし嘘であることがばれても、急用があったみたいでこれなくなったみたいなことを言えば、十分切り抜けられる。

そんな状態ではあるけど、去年とは違い今年は、そこそこうまく馴染めているような気がする。

 

(でも、遠巻きに見られるのって、いまだに慣れないな)

 

去年よりは減ってはいるが、いまだに遠巻きにこちらを見ている人がいるのは、精神的にも悪い。

話しかけてこられたほうがまだましだ。

 

(僕は動物園の見世物じゃないぞー)

 

心の中でツッコむあたり、僕の心はかなりのチキンだなと感じてしまう。

とりあえず、これ以上ここにいても気が滅入るだけなので、食堂に移動することにした。

 

 

 

 

 

「今日の定食も中々おいしかったな」

 

昼食を食べ終えた僕は、食後の散歩をすることにした。

食堂の料理はどれもおいしいが、一つ言うのであればメニューが少ないようにも見える。

もう少しメニューを増やしてもらえるといいのだが……。

 

(これもレポートに書いておこう)

 

取り入れられるかは微妙なところだが、書いておいても損はないだろう。

 

(それにしても、どうしたものか)

 

僕の悩みの種は、学園でのことだけではない。

お蔵入りとなった曲を投稿していたのだが、それもまたかなりの反響があった。

アカウントの概要蘭に載せておいた連絡先になるメールアドレスは、フリーアドレスを使っており、それを確認していなかったのでわからなかったのだが、かなりの量のメールが届いていた。

 

『応援しています』

 

そういった感じのものが多い中で、特に目立っていたのは楽曲提供の依頼だ。

 

”自分たちに楽曲を提供してほしい”

 

そういった類の連絡がいくつも来ていた。

無償での依頼もあれば、代金は支払うと言っている人たちまでいる。

正直、無償提供でもいいのだが、それには何らかのルールを設ける必要がある。

 

(どちらにせよ、前途多難だな。これ)

 

とりあえず、できることを一つずつやって行こう。

 

「ん?」

 

散歩しているうちに、人の少ない場所まで来たようで、昼休みにもかかわらず静かな落ち着いた空気に包まれていたのだが、そんな中で聞えてきた音が僕の足を止めさせる。

 

(これって、ピアノ?)

 

それが僕の聞き間違えでなければ、ピアノの音に聞こえる。

 

(確かこの近くに音楽室があったっけ)

 

授業でよく使用しているので間違いない。

 

「……行ってみるか」

 

その音色が、どこか心地よかった僕は、音楽室に向かって足を進める。

最初はただのピアノの音が、近づくにつれてメロディに変わっていた。

 

(これって、英雄ポロネーズ?)

 

そのメロディはショパンの『英雄ポロネーズ』だった。

難易度的にかなり高いとして有名なその曲は、少しだけ走りがちなテンポだったが、どこかステップを踏みたくなるようなリズムでもあり、僕には意外と好きな感じだ。

 

「……」

 

そして、ついに音楽室前にたどり着いた僕は、ドアの窓部分から中を確認して、誰が弾いているのかを見る。

 

(あれは……)

 

そこには僕の良く知る人物の姿があった。




ということで、まさかの日菜の登場です。
色々と今後の展開で彼女は重要なキーパーソンにもなるので、登場となりました。

今月も残りわずかですが、最後まで突っ走ります。


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第20話 ピアノ

ついに、これまで登場しなかった最後の一人が出てきます。

……キャラ崩壊になってなければいいのですが


「あれ、一樹。どうしたの?」

 

ドアを開けた音で気が付いたのか、演奏を止めた森本さんがこちらを見ながら声をかけてきた。

 

「いや、食後の散歩をしていたら、ピアノの音が聞こえたから来て見たんだけど……毎日弾いてるの?」

「まぁね。気が乗ったらだけど。ここって、超穴場だから、心行くまで引けていいんだよねー」

 

両腕を上にあげて体を伸ばしながら立ち上がった森本さんは、どこかすっきりしたような印象を感じさせるほどに輝いて見えた。

 

「あ、そうだ!」

 

そんな彼女は、何かを思いついたように顔色を変えた。

 

「なんだか、ものすごく嫌な予感がするんだけど?」

「何もしないって~。ただ、ピアノ弾いてほしいなーって」

 

してるじゃんと、僕はため息交じりに返してしまった。

 

「スタジオとかだったらいいのに、どうしてこういうとこはだめなの?」

「ここだからだよ」

 

ここにあるのはグランドピアノ。

スタジオにあるのは普通のシンセサイザーだ。

同じ鍵盤楽器ではあるが、感じは全然違う。

もっと言えば、グランドピアノを弾いたのは、一度か二度。

しかも小さい時の話だ。

それに何より……

 

「……大丈夫だよ。もう啓介だって、ピアノを弾いて目くじらを立てるような、ちっちゃい奴じゃないわよ」

 

僕の心を読んでいると思われるようなタイミングで、森本さんはそう口にした。

その表情は、まるで母親のような、優しく包み込むような感じがした。

 

「……わかったよ。一曲だけ」

「やったー」

 

かに思ったらすぐにまた砕けた感じに戻る。

 

(何を信じればいいのかわからないな、これ)

 

とりあえず、僕はピアノの前に置かれた椅子に、静かに腰かける。

やや控えめに沈み込むこの感触を感じたのは、一体いつ以来だろうか?

 

(ここに座ると、本当に何もかもが違って見える)

 

馬鹿にされるかもしれないが、その席特有の雰囲気、世界観と言うのは確かに存在するのだ。

それの感じ方は人それぞれ。

重苦しく感じる人もいれば、プレッシャーに感じる人だっている。

そんな僕の感じ方は

 

(このピリッとした空気。本当に久しぶりだ)

 

周りの音が一斉に消えていくような感覚だった。

 

「リクエストは?」

「鬼火!」

 

(よりによって、それを言うか)

 

――鬼火。

それは、小さいころに僕が作り出した曲だ。

曲調は早めで、難易度も高めのそれは、僕にとってはある意味思い出深い曲でもあった。

 

「すぅ……」

 

一度僕は深呼吸をする。

ピアノの鍵盤に手を添える。

そして、僕は演奏を始めた。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

何でもない昼休み。

私は、お昼を食べて校舎内を歩いていた。

理由は特にない。

しいて言うのであれば、考え事をしたかった。

 

(早く、バンドメンバーを見つけないと……もうエントリーは済ませたのよ)

 

それは『FUTURE WORLD FES』に出場するためのコンテストのエントリー。

そのイベントは、音楽においてはかなり有名なもので、プロですら予選のコンテストでは落選が当たり前のレベルだ。

 

(私は、そこのステージで父さんの音楽を認めさせて見せる)

 

思い出すのは、父さんの音楽を切り捨てたあのフェスの出来事。

あれから、お父さんはバンドを解散させて、音楽の話をするのをやめてしまった。

だから、やらなければいけない。

『FUTURE WORLD FES』で、父さんの……私の音楽を認めさせてみせる。

 

「ん?」

 

そんな時、私の耳に微かではあるが、音が聞こえてきた。

その音は、誰かが話をしているような声ではなく、どちらかと言うと……

 

「これは……ピアノ?」

 

ピアノの音にも聞こえる。

いつもであれば、気にも留めないその音が、この時の私には、なぜか気になって仕方なかった。

気が付けば、私は音のするほうに足を進めていた。

 

 

 

 

 

聞えてきた音の場所と思われる場所にたどり着いた私は、その一室の名前が記されたプレートを見る。

 

「音楽室……ここね」

 

音楽室であれば、ピアノの音がするのは当然だ。

先ほどまで聞こえていたピアノの音は、今はすっかり聞こえなくなってしまった。

 

(もしかしたら、弾くのを辞めたのかしら?)

 

私は、ふとドアの窓から中を覗き込む。

中には女子生徒と男子生徒、二人の人影が見えた。

ピアノの前に腰かけている男子生徒に、女子生徒が何かを言う。

それを受けて、男子生徒はピアノに手を伸ばす。

 

「ッ!!」

 

その瞬間、私の体中に衝撃が走る。

たった一音だけのはず。

それなのに、ピアノの音が私からすべての音を奪っていく。

私に聞こえるのは、ピアノの音だけ。

その曲は、男子生徒のオリジナルの曲なのか、全く聞いたことがない曲だった。

速いテンポで進んでいくその曲調もだが、一番印象に残るのは弾いている男子生徒だ。

 

(一音一音が情景を浮かび上がらせていく)

 

それはまるで、魔法のようだった。

どこか儚く、それでいて力強さを感じさせるその曲調が、私に映像として映し出していく。

その演奏力、何よりもポテンシャルの高さ。

 

(彼となら、組めるかもしれない。私の理想のバンドを)

 

「ん?」

 

ちょうどいいタイミングで演奏が終わり、彼をスカウトするべくそのドアを開こうとした瞬間、中にいた女子生徒と目が合った。

だけど、それも一瞬のことで女子生徒は、すぐに私から視線をそらした。

 

「――――」

「――――? ―――――」

 

何やら二人で会話をしていると思っていると、男子生徒は椅子から立ち上がって女子生徒の後ろをついていく形で、どこかに消えた。

 

「……?」

 

そのことが不思議だった私は、ドアを開けて中に入るが、音楽室内には、私以外誰もいなかった。

 

「確か、こっちのほうに……あそこは、準備室?」

 

誰もいないことを不審に思った私が、二人が歩いて行ったほうを見ると、ちょうどドアのところからは死角となる場所に、隣の教室(確か準備室)に続くドアがあった。

ドアを開けて隣の教室にも、誰の姿もない。

 

(まさかッ)

 

そこで、ある可能性に気がついた私は、慌てて教室を飛び出す。

 

「やられたわ……ッ!」

 

廊下の端のほうで、あの二人の後ろ姿を見た私は唇を噛む。

あの女子生徒は、私に彼を会わせないようにするために、私を撒いたのだ。

 

(いいわ。こうなったら必ず彼とバンドを組んで見せるわっ)

 

私は、心の中で、強く決意を固めるのであった。




ここで、皆様に重大なお知らせです。

どこかでお知らせしたと思いますが、『隣の天才』の続編にあたる『BanG Dream!~隣を歩む者~』の執筆のため、本作はいったん投稿を休止いたします。

本作の次話の投稿は7月1日の午前0時となります。
また、今後も8,10,12,2,4月とで投稿を休止いたします。
楽しみにしていただいているところ、大変申し訳ありませんが、温かい目で見守っていただけると幸いです。

よろしければ、6月投稿予定でもある続編の『BanG Dream!~隣を歩む者~』もよろしくお願いします。

*アンケートを開始いたしました。
内容は『バンドストーリー2章にあたるNeo-Aspect編を読みたいか否か』です。
プロット的にどちらに転んでもいいのでいっそのことと思いこのアンケートを実施いたしました。

もしかしたら第二弾も行うかもしれませんが、皆様のご回答お待ちしております。
なお、期限は6月末までを予定しております。


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第21話 始まりは唐突に

お待たせしました。
第21話になります。


「それで、一体どういうこと? いきなりあんなこと言って」

 

森本さんにせがまれる形で、ピアノの演奏をした僕だったのだが、終わるや否や森本さんに

 

『一樹、向こうから出ましょ』

 

と提案されたのだ。

 

「え、どういうこと? ……まあ、いいけど」

 

あの時は特に考えもせずに応じたが、やはり気になるものは気になるのだ。

 

「……はぁ。さっき、一樹が演奏しているのを覗き見ている子がいたのよ」

「まあ、学校だしね。でも、ここまでする?」

 

観念した様子で話してくれた理由には驚きはしたが、ここまでするほどのことなのかという疑問は拭えない。

 

「一樹は、こういうことであまり目立ちたくはない。そう思っただけよ。それに……」

「それに?」

 

森本さんは、そこで始めた足を止めるとこちらのほうに振り向く。

 

「あの時の彼女の一樹を見る目。気にくわないわ」

 

その表情は嫌悪感に満ち溢れていた。

これまで一緒にいた僕ですら見たことのないその表情に、僕は何も言うことはできなかった。

結局、この後僕はその話しを蒸し返すことはなかった。

だが、この時の森本さんの言葉の意味を、僕は理解することになる。

 

 

 

 

 

それは、あの昼休みの一件から一週間ほど過ぎた休み時間のこと。

 

「奥寺君。君のお客さんが廊下で待ってるよ」

「……? ありがとう」

 

クラスの人に、来客を知らされた僕は、お礼を言いつつおそらく廊下で待っているであろう人物のもとに向かう。

廊下に出ると、こちらのほうをじっと見ている銀髪の女子生徒の姿があった。

 

(というか、にらまれてない?)

 

僕からすれば、相手のことを何も知らないわけだが、もしかしたら知らないうちに何か恨みを買うことでもしたのではないかと、不安を感じずにはいられない。

 

「貴方が、奥寺一樹ね」

「え、ええ。そうですけど」

 

いきなりの呼び捨て。

これはいよいよ恨みを買った可能性は高まってしまった。

 

「貴方に頼みがあるの」

 

(た、頼みって……土下座? それとも恐喝!?)

 

頭の中に不穏な単語がぐるぐると渦巻き続ける。

 

(うぅ……もうむりっ)

 

ここまでは気合で堪えていたが、さすがに限界だった。

 

「す、すみません、今立て込んでるので失礼しますっ!」

「あ―――――」

 

女子生徒が何かを言うのも聞かずに、僕は教室に逃げた。

冷静に考えれば考えすぎもいいところだが、あのにらみつけるような鋭い視線が、この呼び出しの用件がただ事ではないのを物語っている。

 

(こういうのは下手に首を突っ込むものじゃないよね)

 

首を突っ込むで思い出したのが、おととしの夏ごろに松原さんに因縁をつけていた不良グループである『花咲ヤンキース』なるもの。

あれ以降何の音沙汰もないが、安心していいものだろうか?

去り際の感じからして、報復とかがあると思っていたのだが。

 

(まあ、なるようになるしかないか)

 

結局のところ、そう割り切ってしまう自分もいるわけだが、だとしてもあまりやばいことにしゃしゃり出ては命がいくつあっても足りない。

ということで、それ以上考えることをやめた僕は、ちょうどチャイムが鳴ったこともあり、次の授業の準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

授業とHRも終わり、放課後となった僕はいつものように足早で、家に帰るべく早々に教室を後にした。

昇降口で上履きから靴に履き替えて、いつものように校門に向かって歩いていく。

 

「あ……」

 

その時、校門のそばでこちらに向かって一人で立っている、銀髪の女子生徒の姿を見つけてしまった。

 

(そうだよね。ここを出るにはあそこしかないもんね)

 

ここで待ち構えていれば、間違いなくお目当ての人は通りかかる。

女子生徒のここで待つという選択は、非常に合理的なものだった。

 

(行しかないか……)

 

走って行ったとしても、通せんぼされれば終わりだし、そもそも足を引っかけて転ばせて……なんてことだってできる。

こうなったら腹をくくるしかない。

 

(男を見せろ。一樹!)

 

自分に言い聞かせながら、彼女が立っている場所に向かう心境は、まるで今から処刑されるような生きた心地のしないものだった。

鼓動が嫌でも速まっていく。

 

「………」

 

ついに女子生徒との距離はほぼなくなった。

 

「えっと……」

 

それでも、無言でこちらを見てくるというその不気味さに耐え切れず、僕は思わず声を上げた。

 

「さっきはいきなりごめんなさい」

「あ、いや。こちらこそ。なんだかすみません」

 

いきなり謝られた僕は、しどろもどろになりながらも謝り返す。

 

「なんで、あなたが謝るのよ」

「え、それはあなたに何か不快に感じるようなことをしたからで……だから、さっきも教室にまで来たんですよね?」

 

女子生徒のおかしなものを見るような目に、僕はついに彼女に聞いてしまった。

だが、これで僕が今感じている違和感めいたものの謎は解けるはずだ。

 

「……? 別に文句を言いに来たわけじゃないわ」

「え? それじゃ、一体……」

 

謎の正体は解けた。

どうやら、彼女が怒っていて僕に謝罪を求めるために来たという僕の推測は誤りだった。

だとすると、当然出てくる疑問は彼女がここまで何度も声をかけてきた本当の要件だ。

僕の疑問に、女子生徒はこちらをじっと見据える。

 

「奥寺一樹。貴方、音楽にすべてかける覚悟はあるかしら?」

 

そして、告げられた言葉は、僕を困惑させるのに十分なものだった。

 

(どういうこと?)

 

その問いかけの意図も含めて何もかもが意味不明だった。

その問いに答えてもいいのだろうか?

僕の直感がこれに答えてはいけないと、うるさいくらいに告げている。

もし、その問いに答えれば、かなり面倒なことに巻き込まれるという嫌な予感がしていた。

 

(とはいえ、無視するわけにも逃げるわけにもいかないし)

 

前者ならば相手にとってかなり無礼に当たる行為だ。

後者の場合もまた同様で、それに加えて果たして逃げ切れるかどうかの問題も出てくる。

つまりは、どのみち僕は詰んでいる状態なのだ。

 

「えっと……それ以前に、あなたは誰?」

 

色々こねくり回している中で、ようやく僕は相手が誰なのかを知らないことに気が付いた。

向こうはこっちが誰かを知っているのに、こっちが知らないというのはアンフェアだ。

 

(それに、名前さえ知ることができれば、相手がどういう人かを調べることだってできるはず)

 

「私は、2年の(みなと) 友希那(ゆきな)よ」

 

(うん。全然知らない)

 

音楽の話をしてきたので、そっち方面かと思っていたのだが、僕の記憶には彼女の名前はない。

僕たちの中では、そういう方面で情報ツウなのは田中君か中井さんなので、僕の持っている情報はあてにはできないけど。

 

「貴方に提案があるの。私と、バンドを組んでほしい」

「………え?」

 

湊さんの口から出たその”提案”は、僕に言葉を失わせるのに十分なものだった。

 

(あぁ、予感的中しちゃった)

 

そして、同時にこういうときにだけ的中する予感を、僕は恨めしく思うのであった。

 

 

第1章、完




本日より、投稿を再開します。
そして、再開早々に本章は完結しました。

アンケートですが、もう少しだけたくさんの方のご意見をお伺いしたいので、期限を延長いたします。
新しい期限に関しては決まり次第お知らせいたします。

それでは、次章予告をば。

――――

友希那から突然のスカウトを受ける一樹。
様々な誤解が重なる中、彼は結論を出す。
それは、彼の新しいステージに導くものであった。

次回、第2章『サポートメンバー』


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第2章『サポートメンバー』
第22話 まさか


―――人生には、三つの坂がある。その一つが”まさか”だ。

それは昔、ある政治家が公の場で言ったことで有名な言葉だ。

僕は、その言葉を身をもって体験していた。

 

「貴方に提案があるの。私と、バンドを組んでほしい」

「………え?」

 

誰が、初対面(だと思う)の女子にスカウトを受けると思うだろうか?

漫画とかの世界じゃないのだから、起こるはずがないことだ。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第2章『サポートメンバー』

 

 

 

「何かの冗談?」

 

困惑した僕の口から出たのは、頭の中が真っ白になっていることもあって若干現実逃避しかかったものだった。

 

「冗談じゃないわ。私は本気よ」

 

当然、何を言ってるんだという返事が返ってくる。

 

(どういうこと? もしかして、HPのことがばれて……もしくは文化祭の時のライブを見て?)

 

僕の頭の中はいろいろな考えが渦巻いている。

自然と後ずさって行き彼女から距離を取ろうとする。

 

「それで、返事を――――」

 

このまま強行突破して逃げてしまおうか。

そんなことが脳裏によぎった時だった。

 

「あ、一樹! こんなところにいたんだ」

「え……森本さん?」

 

重苦しい雰囲気が漂うこの場には似つかわしくない、軽快な口調で話しかけてきた森本さんは、駆け足で僕のところに駆け寄ってくると、僕と湊さんの間に割って入ってきた。

 

「何で疑問形?」

「あ、いや……」

 

素で聞かれても僕にも答えようがない。

 

「それより、もうみんな来てるはずよ。早く帰りましょ」

「うん、そうしたいのはやまやまなんだけどね」

「ちょっといいかしら?」

 

僕の言葉を待っていたかのように、湊さんが口を開いた。

 

「何かしら?」

「あなたには用はないわ。用があるのは後ろにいる奥寺君よ」

 

森本さんが背になっていて湊さんの顔が見えないが、口調からして苛立っているようだった。

 

「だったらいいじゃない。私は彼の婚約者よ」

「え?」

「へあ?」

 

森本さんの発言に、湊さんは驚いた様子で声を上げるが、おそらくは僕の声がかなり大きかったと思う。

 

「ち、ちょっと! 僕には――「これから私たちデートなの。そこをどいて」――」

 

僕の反論の声を遮るように森本さんはまくしたてて言うと、僕の腕をつかんで引きずるように歩き出す。

湊さんは何も言わず道を開けてくれたので、学園の外に出ることはできた。

こうして僕は、森本さんに引っ張られる形で、連れていかれるのであった。

 

 

 

 

 

「ここまでくればいいわね」

「………」

 

駅のホームまで移動した森本さんは、それまで掴んでいた腕を離すと、一仕事終えたといわんばかりに汗をぬぐう仕草をする。

 

「そんな顔しないの。ちゃんと話すから」

 

僕の顔を見ただけで、何を思っていたのかを読み取ったのか、宥めるように言うと話し始めた。

 

「この間、音楽室で私たちを見ていた人がいるって言ってたでしょ?」

「うん、言ってたね」

 

一週間ほど前の時の音楽室のことは、今でも記憶に残っている。

 

「その人が彼女よ」

「……」

「驚かないのね?」

「まあ、話しの流れを読めばね」

 

さすがにこれで気づかない人はいないだろうというくらいに、答えには想像ができてしまった。

 

(だとすると……)

 

そこで、考えつく結論は一つ。

 

「あの時の演奏を見てスカウトをしに来たってところ?」

「正解」

 

どうやら、HPでのことがばれたとかそういうことではないようだ。

そのことだけは安心してもいいかもしれない。

でも、残された問題は大きい。

 

「今日は、一樹が困っているような感じだったから、私が間に入ったけれど」

 

確かに少々強引ではあったが、何とかあの場を乗り切ることはできた。

ただ、言うとすれば

 

「勝手に僕の設定を作らないでほしかった」

「それについては謝るわ。ああでも言わないと、あそこを通してもらえそうになかったから」

 

確かに森本さんの言うとおりだが、だからと言って勝手に僕に婚約者の存在を作られると、あと後面倒なことにもなりかねない。

もし、彼女がそのことを話したり、森本さんの言葉を聞いていた第三者がそのことを誰かに話せば、一気にそれは学園中に拡散していくことになる。

そうなれば、たちまち僕と森本さんは時の人となり、僕は確実に不登校コースまっしぐらだ。

 

「でも、嘘じゃないし。あたし、一樹とか啓介とかのこと好きよ?」

 

森本さんのその言葉に、僕は何にも感じなかった。

 

「森本さん、わざと誤解するように言ってるよね、それ」

 

森本さんの言葉は、正確には”友達として”という前提がある。

啓介も田中君もそうだけど、小さいころから一緒にいたせいか、そういう感情は出てこない。

中井さんの言葉を借りれば、兄妹のような間柄だろう。

 

「あ、ばれた?」

 

舌をちょこんと突き出していたずら成功と言わんばかりの表情を浮かべる森本さんはいろいろな意味で怖い人だ。

 

「一つだけ聞かせてくれる? 受けるの?」

 

そこで、森本さんはふざけたような雰囲気を一変させて一瞬で真剣な面持ちで僕に問いかけてくる。

森本さんはあの時確かに『あの時の彼女の一樹を見る目。気にくわないわ』と嫌悪感むき出しで言っていた。

そのうえで、森本さんは僕に意思確認をしてきたのだ。

この答え次第で、今後の未来を大きく左右させる重大な決断を、僕は迫られていた。

 

「私は、彼女のことをあまり快く思ってない。でも、それを一樹に押し付ける気はない。だから、あなたの選択次第で私も力を貸せることがあれば貸すわ。もちろん、啓介に聡志に裕美もね」

 

それは突き放しているようにも聞き取れるが、僕の選択を尊重して、力を貸してくれるということを告げるやさしい言葉だった。

だからこそ、僕もそれに応えなければいけない。

森本さん達の優しさに答えるためにも。

それがたとえ間違った選択だったとしても、答えを出すことに意味があるのだから。

 

「僕は、受けない」

 

そして、僕は答えを出すのであった。



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第23話 残酷な練習のテーゼ

タイトルはかなりふざけていますが、内容は割とまじめです。


「僕は、受けない」

 

僕の出した答えは、彼女に対しての拒絶の言葉だった、

 

「あの人の人となりは知らないけど、僕はギターリスト。確かにそれ以外の楽器は弾けるけど極めている人に比べればお遊びなレベル。だから、僕は受けない」

 

あの時、僕がピアノを弾いているのを見ていたのだとすれば、彼女がスカウトしようとしているパートは『キーボード』である可能性が高い。

確かに、弾けることは弾けるが、それを極めている人と比べれば、明らかに完成度に差ができるし、何よりお遊びでやっていることの延長線上を彼女のバンドでもやるのは、湊さんを馬鹿にしているような気がしたのだ。

 

「つまり、もしギターだったらOKってこと?」

「まあ、その時はね」

 

もし彼女と気が合わなければ、それでも受けないとは思うけど。

 

「ほんと、一樹って時々大物っぽい発言をするわね」

 

でも、森本さんの言葉は少しだけ謎だった。

 

 

 

 

 

あれから僕の家に帰って、既に集まっていたみんなと一緒にスタジオで練習を行い、リビングで休憩をしていた。

 

「さてと、いつもの”アレ”やりますか!」

 

そう言ってどこからともなく啓介が取り出したのは、僕たちにはおなじみの正方形の白い入れ物に入った五本の竹串だった。

それを僕たちは適当に一本ずつ掴んでいく。

 

「それじゃ、いっせー、の!」

 

啓介の声に合わせるようにして、掴んでいた竹串を持ち上げる。

 

「よっし! 今日は俺が主役、DA☆」

「俺はドラムか」

「私はギターだ」

「あたしはベースね。ということは」

 

それぞれが手にした竹串を確認して感想を呟いていく。

そして、森本さんに促されるように視線を竹串のほうに移して確認すると

 

「キーボードだね」

 

と、つぶやいた。

これは、変なゲームとかではない。

毎回、練習の後半はそれぞれの楽器を入れ替えて練習をしているのだ。

理由は、他の楽器に触れておいたほうが、それぞれの音を理解することができるから……というもっともらしいものだけど、その実『俺、ギターをカッコよく引いて彼女をゲットするんだっ!!』という、ある人物の妄言がきっかけだったりする。

とはいえ、ギターを弾いたところで、素性を隠している以上モテることなど土台不可能なわけだけど。

それは置いとくとして、この練習を”シャッフル”と呼び、決まりも設けている。

その決まりは、『担当楽器は竹串で決める』、『抽選結果に文句を言わない』、『楽器を壊さない』の三つだ。

僕の手にある竹串の先端には『キーボード』と書かれていたのだ。

 

「それじゃ、移動するか」

 

田中君の言葉を受けて僕たちは地価の練習スタジオに移動していく。

 

「皆、準備はいい?」

「俺は問題ない」

「こっちも大丈夫さ」

「私もいいよ」

「あたしも」

「僕も」

 

田中君の確認の言葉に、みんなが答えていく。

大体週に二,三回は同じ楽器にあたることがあるのだが、先ほどのこともあり、鍵盤に添えている手に少し力が入る。

 

「あのさ! ちょっと頼みたいことがあるんだが、いいか?」

 

いざ練習開始となった時、唐突に待ったをかけたのは田中君だった。

 

「聡志が頼み事なんて珍しいじゃん」

 

森本さんの言うとおり、田中君はなかなかそういった言葉を口にすることはないので、かなり珍しいことだった。

その分、頼みごとのレベルがかなり高くなるけど。

 

「これから練習する曲、これにしたいんだがいいか?」

 

そう言って僕たちに配っていったのは楽譜だった。

 

「これって、カバー曲?」

「ああ」

 

その楽譜を見た中井さんが田中君のほうを見ながら聞くと、田中君は頷いて答える。

その曲は、昔のロボット物のアニメの主題歌になった曲だ。

題名を『残酷な天使のテーゼ』という。

高い歌唱力を求められるこの曲は、何年経ってもカバーされ続けるほどの名曲なのだ。

 

「実は、最近サポートミュージシャンのバイトを始めたんだが」

『えぇ!?』

 

田中君のカミングアウトに、僕たちは驚きを隠せなかった。

 

「な、なんだよ。そんなに俺がサポートミュージシャンになるのが意外なのかよ?」

『うん』

 

みんなの反応に戸惑いながらも聞く田中君に、僕たちはまた声をそろえて頷いた。

 

「だって、あの暴走ドラマーがサポートだなんて」

 

田中君は、ドラマーの素質としては十分だが、隙があれば音を入れまくってしまう一面を持つ彼が、違うバンドのところにサポートで入っていることが僕には驚きだったのだ。

 

「俺だって、高校に進学したからには新たな一歩を踏み出そうと思ってたんだよ。文句あるか!」

 

最後は逆切れのような形になったけど、それでも田中君からすれば大きな一歩なのかもしれない。

 

「お、大人だ」

「いやー、育てた甲斐はあったなぁ」

「そうだろそうだろ……啓介、てめえ後でしばく」

 

口は禍の元ということわざ通りの展開になった啓介は放っておくことにして、楽譜に視線を向ける。

 

「でも、なんだか違う気がするんだけど、これってアレンジ?」

「そうなんだよ。今回のバンドがアレンジを入れて、根本的にタッチが違う感じになってるんだ」

 

田中君の言うとおり、譜面を見ただけで僕の知っている曲とは根幹は同じでもその周りは似て非なる物にアレンジされている。

例えば、原曲では前奏部分がドラムを前に出しているのに対して、この譜面ではどちらかというとキーボードが前面に出されている印象を受ける。

 

「大丈夫だとは思うんだが、この譜面の曲をしばらくシャッフルでやらせてほしいんだが」

「だってよ、リーダー?」

 

田中君の言葉を受けて森本さんが僕のほうに視線を向ける。

HPのリーダーである僕が決めろということらしい。

僕の答えは最初から決まっていた。

 

「もちろん、いいよ」

「サンキュ、一樹」

 

とまあ、そんなわけで僕たちはこの曲の練習をすることになった。

 

(キーボードは……こんな感じか)

 

「一樹、少し音が硬いぞ」

「ごめん」

 

少々力みすぎたのか、田中君から注意の声が飛んでくる。

それを受けて、僕は演奏のタッチを変えた。

最後の終わりも、ギターの余韻を残しながら、それに乗っかるようにキーボードの音で締めくくる形になっているので、始まりから終わりまで気が抜けない状態だ。

 

「これ、元より難しいだろ」

「だよな……なんだか当日が不安になってきたな」

 

原曲より難しくなっているこの曲に、ドラムに前のめりに寄りかかりながら珍しく田中君が弱音を口にする。

 

「何かあんのか? 聡志がちょっと難しいくらいでそんなこと言わないだろ」

 

そんな彼に、啓介が直球で疑問を投げかける。

 

「まあな。今回のライブはいつもとはわけが違うからな」

 

ドラムから体を起こした田中君は真剣な面持ちで、言葉を続けた。

 

「歌姫が来やがるからな」

 

と。




曲の感じとしてはRoseliaのカバー版となっています。


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第24話 疑問と提案

こちらは、以前投稿していた24話の内容を書き直した物になります。



「それじゃ、今日の授業はここまで」

 

あれから数日が過ぎ、学園生活は相変わらずいつも通りだった。

 

「あ……」

 

教室の前に湊さんが待ち構えていることを除けば。

 

「今日こそ、一緒にバンドを組んでもらうわ」

「何度来ても答えは同じです。僕はバンドを組む気なんてありません」

 

これも何回繰り返したやり取りなのかが分からなくなるほどやり続けている。

すたすたと歩く僕の後を追いかけて、これでもかというほどに食い下がる彼女の執念には、僕も舌を巻いていた。

 

「僕みたいなのを誘うんだったら、もっとうまい人を誘えばいいのでは?」

「いいえ、あなたのピアノはとても繊細で素晴らしかったわ」

 

何を言ってもすべてが無駄で、あきらめてもらうのは至難の業だった。

 

(早くしないとバイトに遅れちゃうんだけど……)

 

皆には内緒で始めたアルバイトの勤務時間に遅れそうなので、本当であれば早くこの場を離れて向かうべきなのだが、

 

(何で、湊さんはここまで必死なんだろう)

 

僕の心の中では、彼女に対して疑問がいくつも出てきていた。

その疑問はやがて興味へと変わっていく。

 

「どうして僕なの? 僕のピアノは遊びのレベル。人に聞かせるような……ましてやライブとかで披露するほどじゃない。それは湊さんだってわかってるはず」

 

だからこそ、僕は彼女に問いかける。

僕の遊びの演奏を聞いて、勧誘してくる湊さんの真意を確かめるために。

 

「……ええ。確かに、あの時のピアノはまだまだだったわ。でも、あなたのピアノの演奏を聞いてたら、その曲の情景が広がっていくような感じがした。それは並大抵のレベルではできない芸当よ。そこで、私はこう結論付けたの」

 

そこで一度言葉を区切ると、こちらの目をまっすぐに見て

 

「あなたはあの時、全力(・ ・)で弾いてはいなかった……と」

「………」

 

正直驚きを隠せなかった。

彼女の容赦ない言葉は置いとくにしても、ちょっとだけした演奏でここまですべてを読み取ってしまうその感性に……そして、彼女の持つ素質の高さに。

 

「どうかしら?」

「……確かに、あの時は少しだけ手を抜いていた」

 

あの時は、森本さんがいたこともあり、多少手を抜いて演奏していた。

僕にとっては気分転換の一種だったのも大きな理由だった。

現に、あれでもリフレッシュできた。

 

「それでも、僕はバンドを組む気はない」

 

疑問は解消した。

そのうえで、僕は再び拒絶する。

 

「……わかったわ」

 

長い沈黙ののちに、湊さんの口から出たのは、意外なものだった。

 

「それじゃ」

 

そう言って、湊さんはすたすたと立ち去って行ってしまった。

 

(……これで、よかったんだよね)

 

明日の放課後からは僕はまた静かな学園生活を送ることができるのだ。

これでよかったに決まっている。

それでも、なんとも言えない気持ちが、胸につっかえている気がしてならなかったのを、僕はなかったことにしつつ、帰路に就くことにするのであった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

「で、話って?」

「奥寺君の事よ」

 

(そうだと思ったわよ)

 

呼び出された時点で、彼女の要件なんて想像がついていた。

今のはちょっとした確認でもあったのだ。

 

「私とバンドを組んでもらえるように説得をして欲しいの」

「いやよ」

 

どうせそんなとこだろうと思っていたから、私は即答で断った。

 

「どうして? 私は真剣なの。奥寺君のあのレベルの演奏が出来る実力があれば、私の理想とするバンドを組むことが出来る」

「理想……ね」

 

たぶん彼女は、一樹の才能に気づいている。

そのうえでスカウトをしている。

そんなことは言われなくてもわかっている。

 

(それに、湊さんは悪い人でもないし)

 

人を見る目に自信があるというわけではないが、少なくとも目の前の彼女は嘘偽りを口にはしていないし、悪い人ではないんは確かだ。

 

「悪いけど、私の答えはノーよ。それに、どんなに説得しても無駄だと思うわよ」

「……わかったわ。それじゃあ、どうすれば彼が私とバンドを組んでくれるのか……それだけでも教えてもらえるかしら」

 

どうやっても諦めるつもりはないようだ。

ここまでくるとある意味感心冴え抱いてしまう。

 

(それに、もしかしたら……)

 

一樹の過去のトラウマを解決するきっかけになるかもしれない。

 

「私が言ったことは絶対に言わない……それが条件」

「……わかったわ。善処する」

 

私の出した条件に、湊さんは過ごしだけ考えこむ仕草をすると頷いて答えた。

自分でも卑怯なお願いだと思う。

でも、一樹のトラウマを知っている以上、それに触れそうなことを言ったことを本人には知られたくなかった。

 

「ここの近くにある『Le petit repos(プチ・ルポ)』というお店に行けば、答えがわかるはずよ」

「『Le petit repos』ね。分かったわ。そこに行ってみるわ。ありがとう」

 

お礼を言って私の前から去って行く湊さん。

 

「どうか……」

 

―――一樹の枷を外して。

 

その言葉を私は飲み込む。

それは私のエゴであり、ただの一方的な願いなのだから。

 

 

 

 

 

「ここが……」

 

明美と別れてからしばらく経ち、友希那の姿は学園からしばらく歩いた場所にある、こじゃれた喫茶店の前にあった。

友希那は躊躇した様子もなく、ドアを開ける。

 

「いらっしゃい」

 

カランカランという心地よい音を立てながら開いたドアから、店内に足を踏み入れた友希那は店員の言葉を聞きながら、興味深げに店内を見渡す。

木目調の落ち着いた雰囲気を醸し出す喫茶店内は、談笑する者はおれど、控えめな声量でされており、落ち着いた雰囲気に溶け込んでいた。

 

(この音楽のせいかしら?)

 

店内に流れる落ち着いた曲調のクラシック音楽がその一因になっていることに気づいた友希那は、その音楽の発生源をすぐに見つけ出した。

喫茶店内の一番奥……壇上に置かれた一台の大きなグランドピアノ。

そこが音の発生源であった。

ゆったりとした店内の雰囲気を作っているそのピアノの音色を奏でていたのは、彼女が探していた一樹だった。

無表情だが、真剣な表情でピアノを弾いている一樹の姿は、喫茶店の雰囲気になじんでいた。

 

「……」

 

一樹の姿を見つけた友希那は、無言でピアノを演奏する一樹のもとに歩み寄っていく。

 

「ちょっといいかしら?」

「………」

 

一樹のそばまで歩み寄った友希那の呼びかけに、一樹は応えることなくピアノを弾き続けている。

 

「ちょっと――」

「お嬢ちゃん。ちょっといいかね?」

 

反応を示さない一樹にしびれを切らした彼女に声を掛けたのは、一人の中年の男性だった。

 

「嬢ちゃん、ここに来るのは初めてかい?」

「え、ええ」

 

男性の問いかけに、友希那は困惑しながらも応える。

 

「なるほど……お嬢ちゃん。ここでは演奏中の奏者には話しかけてはいけない決まりなんだよ。演奏してほしい曲があったらあそこに置いてある用紙に書いてあそこの店員に提出すれば弾いてもらえるよ」

「……ありがとうございます」

 

遠まわしに止めるように諭された友希那は、ある意味当然のマナーを破っていた恥ずかしさから中年の男性に頭を下げると、リクエストをするべく用紙を取りにカウンターへと向かっていく。

 

(リクエストは一曲までなのね)

 

カウンターに置かれたリクエスト用の紙を一枚手にした友希那は、紙に書かれている注意事項に目を通すと、カバンの中から自身の筆記用具を取り出すと、リクエスト曲を書き込む項目に曲名を書いていく。

 

「すみません、抹茶ミルクをお願いします。後これも」

「はい、承りました」

 

友希那はカウンターにいた店員に、メニューにあった抹茶ミルクを注文すると、同時にリクエスト用紙を手渡す。

そして友希那はカウンター席に腰かけると、ほどなくして出された抹茶ミルクに舌鼓を打ちながら一樹の演奏するピアノの音色に耳を傾けていた。

 

(静かで抑揚のある演奏……やはり、演奏技術は高いわね)

 

そんな中でも聞こえてくる一樹の奏でるピアノの音色に、友希那はそう評価をしながら聴いていた。

やがて、曲も終わり次の曲が始まろうとした時、友希那の注文を受けた店員が、ピアノの前に腰かける一樹のほうに近寄る。

 

「さっきリクエストされたんだが、どうする?」

「………」

 

店員の問いかけと共に手渡されたのは友希那が記したリクエスト用紙だった。

そこには『学校で弾いていた曲』と記されていた。

 

(湊さんだよね。………はぁ、しょうがない)

 

「構いません。承ります」

 

リクエストをしたであろう人物に、心の中でため息をつきながらも店員に応えた一樹は再びピアノの鍵盤に指を添える。

ピアノの演奏がない店内は静まり返り、どこかライブが始まる前の緊張感に似た空気が流れている中、一樹の演奏が始まった。

曲名は、一樹が幼少期に作曲したオリジナルの楽曲『鬼火』

速いテンポで最初から叩きつけるように奏でられるピアノの音色が喫茶店内に嵐を起こしていた。

前の演奏とは180度違うその曲調に、店内にいた客たちは最初こそ驚いた様子で一樹のほうを見ていたが、すぐに視線を外した。

ここ『Le petit repos』は、客のリクエストは基本的にすべて受けるのが特徴のお店であることを知っているからでもあった。

簡単に言うと、クラシックをリクエストする者もいれば、悪乗りでヘヴィーメタルやデスメタルをリクエストする者までいるのだ。

なので、テンポの速い曲を演奏したところで、大きな騒ぎになることはないのだ。

尤も、

 

「びっくりしたぁ、ここクラシックだけかと思ってた」

 

何も知らずに訪れた客にとってはその限りでもないが。

そんな一樹の奏でるその音色を、全員が静かに耳を傾けるようになっていた。

ほどなくして演奏が終わり、喫茶店内に静寂が流れる。

だが、それもまたほんのわずかな間で、誰かがリクエストしたであろう曲の演奏が始まると、喫茶店内はいつもの雰囲気に戻っていくのであった。

 

(やっぱり……)

 

そんな中友希那は一人、確信を得た様子でいまだに残っている抹茶ミルクに口をつけるのであった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

「それじゃ、お先に失礼します」

「ああ、お疲れ」

 

バイト先である喫茶店のマスターに挨拶をした僕は、そのままお店を後にする。

 

「……」

「あら、意外に早いのね」

 

外に出ると、待っていたのだろうか、湊さんの姿があった。

 

「さっきのあれ、どういうつもり?」

 

ちょうどいい機会なので、僕は疑問をぶつけてみることにした。

 

「さっきの?」

「とぼけないで。リクエストのこと」

 

僕の答えに、言わんとすることが分かったのか、”あれね”といった表情を浮かべる。

 

「一度あなたの演奏を聞いてみたかったのよ。奥寺君のピアノの実力が。そしてあなたの気持ちがね」

「………」

「あなたのこと、少しだけ調べたわ。大きなコンクールで金賞を取ってるわね」

 

一応聞いてみようと無言で促す僕に、湊さんはどうやって調べたのか、僕のコンクールの受賞歴を口にした。

僕はそれに無言で頷いて肯定する。

 

「さっきの奥寺君の演奏は、ピアノを弾きたくない人がする物ではないわ。本当に好きでなければ、あそこまでの演奏はできない」

「………」

 

(これは、侮ってたかな)

 

湊さんのことを甘く見ていたわけではないが、たった一曲だけで、ここまで僕の核心にまで迫ってこれる彼女のことが、少しだけ恐ろしく思えた。

 

「降参。僕は確かに、ピアノは嫌いではない。まあ、愛着を持っているほどではないけど、弾くのは好きだよ」

 

今の僕の答えを、ピアノを演奏することが本気で好きな人が聞けば、鼻で笑いそうな気もするけど、それが僕の正直な感情だ。

 

「一ついいかしら? それならあなたはどうしてバンドを組むのを拒むの? 奥寺君なら、キーボードとして十分にやって行けるはずよ」

「理由は二つ。一つは、僕はすでに幼馴染とバンドを組んでいるから。だから組めない。ダブルブッキングになった時、色々な人に迷惑をかける可能性がある以上、そんな無責任なことはしたくない」

 

僕がバンドをすでに組んでいることが意外だったのか、湊さんは驚いていて、それでいてどこか残念そうな表情を浮かべる。

本当は言いたくなかったけど、これを言わないのは彼女にとって失礼だと思ったので、僕は事実を告げることにしたのだ。

 

「そして、もう一つの理由は………優れた才能は、時に誰かの大事なものを壊してしまうことに気づいたから」

「……? それって、どういう――「いいよ」――え?」

 

僕の意味ありげな言葉に首を傾げる彼女に、僕は承諾の言葉を告げる。

 

「色々と付き合わせちゃったみたいだから、一回だけ湊さんと一緒のステージに立つ。もちろんキーボードとして、ね」

 

その提案は、いわば僕にとっての罪滅ぼしだ。

最初僕に勧誘しに来た時にきっぱりと言っておけば、湊さんは無駄な時間を費やさずに済んだはず。

これは、そのことへの贖罪だった。

 

「………つまり、バンドを組むことはできないけど、一度限りではあるけど一緒にステージには立つ……ということね?」

 

僕は確認するように言ってくる湊さんに、肯定するように無言で頷く。

 

「いいわ。それなら、明日の夕方にライブハウスで歌う予定だからそこで演奏をお願いするわ。これがその曲の楽譜よ」

「わかった……って、明日!?」

「期待してるわ。奥寺君」

 

何とも急な日程に驚く僕をよそに、湊さんはそれだけ言うとすたすたと去って行ってしまった。

 

(やれやれ……これは余計なこと言っちゃったかな)

 

そんなことを言いつつも、どこか心の中ではワクワクしていた。

何せ、久しぶりに大勢の観客の前で演奏するのだ。

ワクワクしないほうがおかしい。

 

『僕の居場所を、奪わないでっ!!!!』

 

未だに耳にこびりついたように残っている悲痛な声。

僕はその声を振り払うように軽く頭を振ると、家に帰るべく歩き出すのであった。




色々と思う所があったため、これまで書いていた本作の一部を修正(書き直し)しております。
修正にはかなりの時間を要しますが、今しばらくお待ちいただけると幸いです。



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第25話 改めて知る事実

修正2話目になります。


「えっと、この辺で待ってればいいかな」

 

翌日、湊さんが指定したライブハウスのライブ会場にあるドリンクカウンター付近で、先ほど注文した烏龍茶を飲みながら、目的の人物が来るのを待っていた。

 

(今日はHRが早く終わったから来たけど……)

 

ライブハウスには、観客の姿が多かった。

今現在、演奏中のバンドは、まあまあなレベルだろうか?

下手ではないが、群を抜いて上手いというわけでもない。

簡単に言ってしまえばつまらないバンドだ。

故に、僕もバンド名を覚えていないんだけど。

 

(楽譜はしっかり頭に叩き込んだし、一応大丈夫のはず……)

 

湊さんから手渡された楽曲『雨上がりの夢』を演奏できるようにするべく、家に帰って夕食とお風呂に入った後の時間は練習スタジオにこもってひたすら練習に費やしていた。

その甲斐もあって、何とか人様に聞かせられる程度には仕上げられたと思う。

もっとも、コンクールでやるのであれば、未完全な状態ではあるけど。

 

「ねえ聞いた? 今日、あの孤高の歌姫(ディーヴァ)が出るらしいわよ」

「ん?」

 

そんな時、どこからともなく聞こえてきた誰かの声の言葉が、僕の耳に聞こえてきた。

 

(孤高の歌姫?)

 

観客の一人と思われるその声の中で、僕の耳に残ったのは『孤高の歌姫』という部分だった。

それは田中君から聞いた話だ。

凄まじいくらいに歌が上手い少女のことを差す呼び名らしい。

数多の事務所などがスカウトをしても、門前払いという状況から、この名前が付けられたとのことだが。

 

「奥寺君。来てたのね」

「あ、湊さん」

 

そんなことを考えていると、待ち合わせの相手でもある湊さんが声を掛けてきた。

 

「曲のほうはどうかしら?」

「一夜漬けではあるけど、一応人様に聞かせられる程度には仕上げてきたつもり」

 

ここで嘘をついても仕方がないので本当のことを伝える。

 

「そう。今日はよろしくね」

「……もちろん」

 

でも、僕の返事に対して目立った反応もない。

おそらくは、しっかりと仕上げてきたということを信じて疑ってないのだと思う。

 

(嬉しいと思うべきか、買いかぶりすぎだと思うべきか)

 

複雑な気持ちに僕は苦笑するしかなかった。

 

「私たちの番までまだあるからそれまでは聞いてましょうか」

「……そうだね」

 

思えばライブハウスに、しかも他のバンドのライブを見に行くために行くことなんて片手で数えるほどしかなかったのだから、これはこれでいい機会なのかもしれない。

人様の演奏を見て、得るものがあればそれは僕たちにとってはこれ以上ないほどのプラスなことなのだ。

 

(このバンド、ギター以外は全然話にならない。下手というよりも、それ以前の問題だな)

 

そう思ってしばらくの間はライブを見ていたのだが、出てくるのはダメ出しばかり。

それほど、どのバンドも僕たちのバンドほどのレベルにも達してすらいなかった状態だ。

特に今のバンドはひどい。

遠くて演奏している人の顔とかは見えないけど、ギター以外は派手な服装にしたり、激しめにジャンプしたりと、パフォーマンスだけしか評価のしようがない。

しかも、激しくジャンプしたりしているせいでボーカルも音程がめちゃめちゃになってるというオチ付きだ。

 

(ほんと、最悪)

 

やっている本人たちはいいのかもしれないが、このような演奏を聞かされている観客……僕の身にもなってほしい。

まさしく、”自分たちが楽しければそれでいい”という名の自己中極まりない。

ギター以外の彼女たちは、まさしくミュージシャン失格と言っても過言ではないバンドだろう。

 

「奥寺君、どこに行くの?」

「ちょっと外の空気吸ってくるだけ」

 

これ以上はさすがに聞いていられなかった僕は、湊さんにそう言って会場を後にすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に出て少しの間ライブハウス内を歩いていた僕は、気が付くとスタジオスペースのところまで来ていた。

 

(そろそろ戻ろうかな)

 

かなり時間が経っていたこともあり、そろそろ会場にいるであろう湊さんと合流するべく、元来た道を戻ろうとした時だった。

 

「一樹?」

「え?」

 

僕を呼び止めるように掛けてきた声に聞き覚えがあった僕は、まさかと思いながらも声のほうに振り返る。

 

「田中君? どうしてここに」

「いや、それは俺のセリフなんだが」

 

そこに当たり前のように立っていた田中君に疑問の声を掛けると、真顔で言い返されてしまった。

 

「俺は今日サポートの日だから来ているだけだ」

「あー、そう言えばそんなこと言ってたっけ」

 

数日前のことのはずなのに、なぜか遠い過去のように感じてしまいながら、僕は相槌を打つ。

 

「で、一樹はどうしてここにいるんだ?」

「えっと、話すと長くなるんだけど……」

 

田中君の疑問に、僕はここ数日ほどの出来事をかいつまんで話した。

昼休みにピアノを弾いているのを見られた湊さんに、バンドに入らないかとスカウトを受けていること。

そして、バンドには入らないが一回だけライブで演奏することになったこと。

その話を聞いた田中君が最初に口にしたのは

 

「それは……色々と不運だったな」

 

という、同情の言葉だった。

 

「にしても、孤高の歌姫に目を付けられるとは、ついてるんだかついてないんだか」

「歌姫って……もしかして」

「ああ。想像の通り、湊 友希那のことだ」

 

話の流れからして、歌姫が指しているのは湊さんしかいないだろうと思っていたら、案の定だった。

 

「同じ中学に通ってたから、面識はあったんだ。まあ特に話をしたわけでもなし、向こうはこっちのことなぞ、背景の一つぐらいにしか思ってないかもしれねえけどな」

 

予想はついてはいたが、本当にそうだと知るとなると、背筋に冷たい物が流れるような感覚がした。

孤高の歌姫として有名な人物と同じステージに立つことに対して、さらにプレッシャーが高まっていく。

自分たちのことは完全に棚の上にあげてるけど。

 

「偶然なのかどうかは知らないが、どうやら同じステージに立つみたいだし、まあいつも通りよろしく頼むよ」

「……もちろん」

 

ある意味、この偶然は幸運ではないかと思いながら、お互いに拳を合わせる。

バンドメンバーが一人でもいるということは、それほどに大きいのだ。

僕は湊さんと合流するべく、田中君と分かれて会場のほうに向かうのであった。




基本的には、修正前のと話は変わらないです。


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第26話 意外な出会い

会場に戻ろうとしていた僕は、少し先のスタジオスペースでよく見た服装の女子が立っているのが目に入った。

 

「あ、いた」

 

長い付き合いではないが、彼女の持つ独特の雰囲気と同じものをまとっている銀髪の女子など、そうそういないので湊さんで間違いないだろう。

そう思って、彼女のもとに駆け寄ると

 

『ひどいよ! みんな仲間でしょ!』

 

うと、スタジオ内から女性の叫び声が聞こえてきた。

 

「奥寺君。今まで何をしてたの?」

「いや、ちょっとね」

『馴れ合いがしたいのであれば、楽器もスタジオもいらない。どこかのカラオケで騒いでいればいいでしょ』

 

聞えてきた叫び声が気になって、言葉に詰まっている僕の耳に、先ほどとは別の女性の声が聞こえてきた。

 

(あれ、この声って……)

 

中から聞こえてきた冷たい言葉の声の主に、これまた僕は心当たりがあった。

僕は悪いと思いつつもスタジオの出入り口の窓部分から、中の様子をうかがう。

 

(あ……)

 

そこにいたのは、僕の予想通りの人物だった。

 

(何で、紗夜さんがここに……)

 

まさか、隣に住んでいる紗夜さんの姿を、このような場所で見ることになるのは、僕にとっては驚きでしかなかった。

今まで楽器をやっている素振りなど、全く見せなかったのだからそれはなおさらだ。

 

(あ、それは僕もか)

 

思えば、僕もそんなそぶりを、知らない人……ましてや隣人にすら見せたことはなかったことを思い出した。

 

『ッ! もういい、こんなバンドは解散よ!!」

 

そんなことを考えているうちに、メンバーの一人が解散を口にするが

 

『落ち着きなって。この中で、考えが違うのは一人だけ………そうよね、紗夜?』

『そうね。私が抜けるから、あなた達で続けたほうが、お互いのためになるわね。今までありがとう』

 

ドラマーと思われる人物の言葉により、紗夜が抜ける事で解決ということになったようだ。

 

(って、こっち来るっ)

 

僕は慌てて湊さんの後ろのほうに移動した。

どのみち見つかるにしても、覗き見ていたことがバレるか否かでは、とても大きな違いだと思う。

そして、紗夜さんがスタジオから出てきた。

 

「はぁ……」

 

険しい表情でした深いため息は、いつもの紗夜さんとは別人にも見えた。

そんな時、彼女の背中にある楽器を入れるケースが、湊さんにぶつかった。

 

「すみません。人がいたことに気が付きま――――」

 

慌てて謝罪の言葉を口にする紗夜さんは、湊さん……というよりは、後ろにいる僕を見て言葉を詰まらせた。

紗夜さんも僕と同様、このような場所に僕が来るなど想像すらしていなかったのかもしれない。

僕は必死に首を横に振って、何も言わないでとお願いをする。

……通じているかはわからないけど。

 

「あなた達の演奏見たわ。あなたのギター、とても素晴らしかった」

「……いえ、最後のアウトロの部分で油断してしまい、コードチェンジが少し遅れてしまいました。つたない演奏をお聴かせしてすみません」

 

そんな僕の様子など知る由もない湊さんからの賞賛に、紗夜さんはこちらから視線を外すと、浮かない表情で答えて湊さんに謝った。

その演奏を聞いていないので、僕には何も言えないが、自分のミスを把握できているという点からしても、紗夜さんの音楽に対する理想はかなり高いことが伺えた。

 

「紗夜といったわね。あなたに提案があるの。私と一緒にバンドを組んでほしい」

「あなたと……ですか? すみません、実力が分からない人とは―――」

 

さりげなくだが、ここで”達”と言わなかったあたり、僕の言ったことを湊さんはちゃんと汲んでいるようだった。

 

「FUTURE World Fesに出るためのメンバーを探しているわ」

 

(あれか)

 

『FUTURE WORLD FES』

湊さんの口から出たそのイベントの名前。

そこは僕たちが中学生の時、最初に出たコンテストで見事出場ができるようになったステージだ。

出場する為のコンテストも、プロですら落選が当たり前という難易度の高さを誇っているそのステージに出られることの本当の凄さを、当時の僕はあまりピンと来ていなかった。

ただ、かなり大きなステージであるのは理解はしていたが、どのようなステージでも僕たちのすることは変わらないし、僕たちの目標の通り道にも過ぎなかったからだ。

とはいえ、そんなことを誰かに言えば間違いなく快くは思われないので、言うことはないけど。

 

「私はこれまで、それに出場するためにいろいろなバンドと組んできましたが、実力が足らずに諦めていました。もうこれ以上時間を無駄にはしたくないんです」

 

紗夜さんの言葉には、どこか焦りのようなものを感じていた。

それが何なのかはわからないけど。

 

「私と組めば行ける。私たちの番は次の次……聞けばわかるわ」

「ちょっと待ってください!」

 

そう言い切って紗夜さんに背を向ける湊さんを、紗夜さんが呼び止めた。

 

「例え実力があったとしても、あなたがどれほど音楽に対して本気なのかは――――」

「それは、私が才能だけで、努力をしていない人に見えるということ?」

 

紗夜さんの言葉に、湊さんの声色が変わった。

 

「私は音楽に対する気持ちは貴方に負けているとは思っていないわ。音楽のためならすべてを捨てて見せる」

 

その声は、とても冷たく、そして本心であることはこれでもというほどに伝わってくる。

そんな彼女の気迫に圧されて、僕は思わず一歩後ろに下がってしまった。

 

「……わかりました。でも、一度聴くだけですよ」

「それでいいわ」

 

(なんだか、知らないうちにすごいことになってきてるよね、これ)

 

僕からすれば普通のライブのはずが、メンバー獲得のチャンスという意味合いを持ったライブになってしまった。

僕としては、観客を満足させられればそれで充分なのだが、紗夜さんも十分に観客の一人ということにもなるうえに、プレッシャーとしては十分なものだった。

結局、僕は厄介なことに巻き込まれる運命なのだろう。

 

(まあ、なるようになれだ)

 

たとえどのような結果になったとしても、僕には関係のないことだが、できれば最高の結果で締めくくりたい。

 

「待って!」

 

改めて自分に気合を入れながら、ステージ袖に向かおうとしたとき、紗夜さんに呼び止められた。

 

「色々と積もる話もあると思うけど、帰りまで待ってほしいけど、いい?」

「……ええ」

 

紗夜さんが何を言いたいかはわからないが、あまり長くなると湊さんに何を言われるのかがわからないので、僕は先延ばしにしてもらった。

そして、僕は今度こそステージ袖に向かうのであった。



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第27話 初めてのサポートと

「まさか奥寺君とライブに出られるなんて、思ってもなかったわ」

「別に、湊さんのためじゃない。友人が困ってたら手を差し伸べる……それが筋ってやつだし」

 

もしも自分のためにライブに出ることを決意したと思っているのであれば、それは間違いだ。

僕は感慨深げに口を開く湊さんに言い放った。

そこまでしないと、どんどん彼女のいいように話を進められてしまう。

悪人ではないことは分かり切っているが、信用はできない。

僕はまだ、湊さんのことをあまり知っていないのだから当然だ。

だからこそ、こちらにある程度の主導権を手にしておく必要がある。

愚策だとしても自分の逃げ道の確保くらいはしておかないと安心できないのだ。

 

「それに、このライブに出てるほぼすべてのバンド……あまりにもひどすぎだから」

「……? それってどういう―――」

「こちらへどうぞ」

 

僕の言葉に疑問を抱いた湊さんの言葉を遮るように、ライブハウスのスタッフと思わっる人から声がかけられる。

ライブ前のごたごたで少々時間が押してはいるが、何とかライブができるようになったのは幸いだろう。

 

「奥寺君、あなたの力見せてもらうわ」

 

湊さんは、そう告げるとすたすたとステージに向かって歩いていく。

それに続いて僕たちもステージの上に上がる。

 

(シンセサイザーは……よかった啓介が使ってるのと同機種だ)

 

『機材は任せとけっ!』

 

OKが出た時の田中君の言葉は、このことを指していたのだろう。

おかげでこれなら戸惑うことなく演奏ができる。

シンセサイザーは一つの楽器で様々な音色を奏でられるのが特徴だ。

当然だが、機種ごとにいろいろとボタンの配置などが異なる。

演奏開始前に、それを確かめるには実際に弾いてみるしかない。

それはライブをやるにあたって必要なことなのであれだが、そういうのを行わないで演奏を開始できるのが理想的であることには変わらない。

なので、自分が使っているのと同じ型の機種というのは非常にありがたかった。

今回はツインキーボードのようで、シンセサイザーが二台用意されているが両方とも同型だったのは少しだけ驚いた。

一通り演奏の準備を整えた僕のほうに振り向いた湊さんは、何かを言いたげに無言でこちらを見つめていた。

 

(湊さんから、合図だ)

 

それが僕にはいつでも演奏を始めてもいいという合図だと踏んだ僕は、ドラムの田中君のほうに顔を向ける。

そして、僕たちは目が合うと、頷き合った。

それが僕たちの合図だ。

田中君がスティック同士を打ち鳴らしてカウントをとる。

会場は、どういうわけか騒々しかったが、カウントの音ははっきりと僕の耳に聞こえてくる。

 

(まずは出だし。キーボードとボーカルのタイミングを合わせないと)

 

この曲はボーカルと同時にキーボードも音を奏でる。

要するに、僕と湊さんのタイミングがズレれば、出鼻をくじかれる格好になる。

幸先のいいスタートを切るためにも、出だしのタイミングは非常に重要ともいえる。

 

「すぅ……」

 

カウントが進んでいく中、僕は一度深呼吸をする。

それだけで、一気に集中力が高まったような気がした。

それまで聞こえていた騒音も、ものすごく遠のいて聞えている。

そして、ついに演奏が始まった。

 

(よし、タイミングはぴったり)

 

最初の関門は見事に突破した。

ドラムやベースなどのリズム隊がいないため、自分のリズムキープがカギだ。

出だしはうまくいき、前奏に入る。

僕は二台のシンセサイザーを駆使して音を奏でていく。

 

(湊さんすごいっ。油断してるとこの圧に打ち負かされるっ)

 

ライブをして初めて、湊さんの『歌姫』という呼び名が伊達ではないことを思い知った。

湊さんの発する言葉の一つ一つが、情景を浮かび上がらせていくだけの力があった。

何より、迫力もすごい。

このままでは僕たちの演奏が、彼女にかき消されてしまうという気すら感じさせる。

 

(こうなったら、僕もやるしかない)

 

それに対抗するために、僕はセーブしていた力を緩めた。

全開ではやらない。

みんないわく、僕が全力で演奏すると耐えられる人はいなくなるのだそうだが、実際はよくわからない。

 

(耐えてくれよ、湊さん)

 

僕は、彼女の歌声に対抗するように少しだけパワーを上げて演奏を続ける、

一瞬湊さんの歌声に歪みは出たが、それも一瞬で無くなったので、ほぼ問題ないといっても過言ではない。

 

(何だろう、この胸が弾む感じ)

 

ただ普通に演奏をしているだけなのに、まるできれいなお花畑の中をスキップでもしているかのような高揚感にも似た何かを感じていた。

それでも、演奏に集中している僕にそれの正体を考える暇などなく、僕はそのまま最後まで弾ききった。

ギターとキーボードの音の余韻が会場内を包み込む中、観客たちの反応は全くなかった。

 

(もしかして、失敗?)

 

自分の何かが原因で、観客に受け入れられなかったのではと不安になる。

 

「あ……」

 

だが、それも少しして聞えてきた小さな拍手の音から徐々に広がるようにして大きくなった拍手の音が、吹き飛ばしてくれた。

 

「友希那―! 最高!」

 

(良かった……)

 

パッと見た感じでは、観客たちを満足させることができたようだ。

それはこのライブが成功したということの何よりの証だ。

そして、僕たちはステージから観客たちに一礼をすると、ステージを後にするのであった。

 

 

 

 

 

「一樹、マジで助かったぞ」

「ううん。僕もいい経験ができたよ」

 

ライブが終わり、ステージ袖に移動した僕は、田中君から改めてお礼の言葉をもらっていた。

とはいえ、このステージに立たなければこの先得ることがないであろう物をたくさん得ることができたのも事実。

そう思うのであれば、むしろ僕がお礼を言うべきなのではと思うほどだ。

 

「この後俺は上がりだから、お前も一緒に帰るか?」

「あー、湊さんに呼ばれてるから」

 

田中君の申し出はありがたいが、この後湊さんにスタジオに来るようにとステージ袖に入った時に言われているので、断った。

湊さんの用件がどのくらいかかるかもわからないうえに、このまま逃げ出すと後が怖いので従っておくことに越したことはない。

……なんだか完全に意気地なしになっているような気がするが、考えないことにした。

そんなわけで、田中君と別れ、湊さんが指定したスタジオに向かう。

 

「あ、紗夜さん」

「一樹さん」

 

指定されたスタジオには、すでに来ていた湊さんと紗夜さんの姿があった。

 

「さっきから気になってたのだけれど、二人は知り合いかしら?」

「ええ」

「家が隣同士なので、色々とお世話になってるんです」

 

今のやり取りで、疑問を抱いた湊さんに、頷いて答える紗夜さんの言葉を引き継ぐ形で、僕は答えた。

 

「そう。それはともかく、私たちの演奏はどうだったかしら?」

 

答えを知って興味を亡くしたのか、こちらから視線を外すと、紗夜さんに問いかける。

 

(関係ないはずなのに、ものすごく緊張する)

 

あのライブから先のことなど、僕には全くの無関係のはずなのに、胸に手を当てて顔をやや下に俯かせた紗夜さんの答えが出るのを、固唾をのんで待っている自分がいた。

 

「……何も言うことはないわ。今まで私が聞いてきたどの歌や演奏よりも、あなた達の演奏は素晴らしかった」

 

それは、紗夜さんからの賞賛の言葉だった。

紗夜さんは顔を上げると

 

「あなたと組ませてほしいっ。そして、FUTURE WORLD FESに出たい。あなた達となら、私の理想……頂点を目指すことができる!」

 

目を輝かせた紗夜さんからバンドを組むことにOKの返事が出された。

 

「……ええ!」

 

それを湊さんは口角を上げながら頷いて返す。

こうして、湊さんのバンドに一人……ギターリストでもある紗夜さんが加わることになるのであった。




次回で本章は完結となります。


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第28話 そして一日は終わる

関係者しか通ることができない通路を僕たち三人は歩いていた。

 

「次のスタジオの予約を入れてもいいかしら? 私、時間を無駄にはしたくないの」

「同感ね。他にメンバーは?」

「いいえ、まだ誰も」

 

紗夜さんと湊さんの二人はすっかり意気投合したのか、とんとん拍子に話を進めていた。

 

「ベースとドラムのリズム隊が見つかってないわ」

「後二人……だったら急ぎましょ。向上心と実力のあるメンバーを見つけて」

「「最高の状態でコンテストに挑まなくちゃ」」

 

(うわ……ここまで意気投合していると逆に怖くなってくるな)

 

おそらく、考えていることが同じであるとは思うけど、それにしても声をそろえてとなると、また違った意味で恐ろしさを感じずにはいられない。

 

(さて、そろそろいいかな)

 

ここまで、空気を呼んで二人の会話に一切口を挟まないでいた自分をほめてあげたい。

 

「意気投合してるところ申し訳ないけど、ちょっといい?」

「何かしら?」

「何ですか?」

 

突然声を上げた僕に、二人は立ち止まると二人の後ろを歩いていた僕のほうに振り返って、首を傾げて聞いてくる。

 

「もしかして僕もメンバーに含まれてる?」

「そうだけど、何か問題でもあるかしら?」

 

僕の疑問に、二人は何を言ってるんだといわんばかりの表情を浮かべ、湊さんに至っては普通に口に出して聞き返してきた。

 

「あの僕の話を聞いてました? 僕はメンバーにはならないって――――」

 

これまで僕は何度も湊さんにはノーと言い続けていた。

それを彼女だって理解していないはずがない。

 

「ええ。だけど、あの演奏で奥寺君の実力は分かったわ。それに、あなたの演奏は嫌々でやっているものではなかった。だから、バンドを組む話にも前向きに考えていると思ったのだけど、違ったかしら?」

「いや、あれはそういう意味じゃないから」

 

確かに、演奏中は楽しんでやっていた。

でもそれは、純粋に演奏を楽しんでいたというだけであり、バンドを組む誘いを受けるという意味の物ではない。

 

「なら、逆に聞くけど、私たちのバンドに参加できない理由はあるかしら?」

「そ、それは……」

 

湊さんからの問いに、僕は口ごもる。

理由など、いくらでもある。

だが、下手なウソを言っても紗夜さんがいる時点ですぐにばれることは明白だ。

本当のことを言おうにも、バンド名を言わされる展開になるのは目に見えている。

 

『hyper-Prominence』は、素性を隠しているバンドだ。

それを売りにしているわけではないが、バレたらバレたで色々と面倒ごとになるのは想像に難くない。

それらを回避するには、彼女たちのバンドに黙って入るしかない。

もはや、僕は完全に詰んでいた。

 

(僕がキーボードじゃなくてギターが弾けるって言えば……)

 

一瞬その案が脳裏をよぎったが、それを言ったところで僕がピアノを弾けて、あのライブを成功させた事実が覆ることはない。

 

「決まりね。メロディーは―――」

 

こうして、僕は湊さんたちのバンドへの参加が確定されてしまった。

 

(どうしよう。相談するにも……)

 

普通の方法ではこの事態を何とかするのは無理だ。

それに、みんなに迷惑をかけたくないのもある。

どうしたものか考えを巡らせていたからか、二人からかなり距離が開いてしまったので、僕は二人に追いつくべく駆けだそうとした時だった。

 

「あのっ!!」

 

その大きな声を聴いたのは。

 

(今の声って……)

 

その声に、僕は聞き覚えがあった。

そこで僕は声のした方向である紗夜さんと湊さんが向かっていた方角に目を凝らす。

立ち止まっている二人の間からなので、顔とかは見えないが紫色の髪であることと、ツインテールであるのは分かった。

とりあえず、二人のもとに駆け寄った僕が見たのは予想通りの人物の姿だった。

 

(やっぱりあこ姫さんだ)

 

前に、オフ会で連絡先を交換しあったあこ姫さんだった。

そして、物陰になっている場所にかすかに見えた黒髪の女性は、おそらくRinRinさんだろう。

 

「あこ、世界で二番目にうまいドラマーです! だから、あこもバンドに入れてください!」

 

(……この子、馬鹿だ)

 

あこ姫さんの自己PRを聞いた僕は、心の中で切り捨てた。

どこの世界に、二番だと胸を張って言う人物の話を聞こうとする者がいるのだろうか?

 

「遊びはよそでやって。私は、二番であることを自慢するような人とは組まないわ」

 

当然、湊さんは冷たく言い捨てると、あこ姫さんの横を通ってそのまま去って行ってしまった。

それに紗夜さんも続いていく。

僕は自然に流れに乗って、その場を後にしようとした。

何せ、この状況はものすごくきつい。

どうフォローしても逆効果になりそうだし、そもそもどう声をかけていいのかがわからない。

 

「って、KAZUさん!?」

 

どうやら、今日はとことん運がないようで、あこ姫さんと目があってしまい、立ち去れない状況になってしまった。

 

「どうしてKAZUさんが、友希那さんと一緒にいるんですか!? もしかして、KAZUさんもバンドのメンバーですか?!」

「えーっと……話すと色々と長くて複雑になるんだけど―――「一樹さん! いつまでそこにいるんですか! 置いていきますよ!」――ごめん、話しはまたいつか」

 

一体、こうなった理由をどう説明すればいいのかと悩んでいた僕に、紗夜さんから早く来るようにと急かされてしまったため、僕は彼女に頭を下げつつ、逃げるようにその場を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

湊さんと別れた僕は、紗夜さんと一緒に自宅に向かって歩いていた。

 

「それにしても、一樹さんがキーボードができるなんて驚きです」

 

紗夜さんのその言葉は、嫌味でも何でもなく、純粋に驚いている感じだった。

 

「まあ、言ってなかったからね。それを言うなら紗夜さんもギターができるなんて思ってもいなかったよ」

「まあ、言ってませんでしたからね」

 

僕の言葉に、紗夜さんは僕と同じ切り返しをしてきた。

 

「あ、真似された」

「ふふ、すみません」

 

僕が軽く頬を膨らませると、紗夜さんはくすくすと笑いながら謝る。

 

「一樹さんは、いつからやっていたんですか?」

「キーボード自体は4,5年前からたまにだけどね」

 

バンドを組んだのが小学生の高学年であるのは覚えているが、一体いつからなのかは覚えていない。

そのくらのころに、色々あってシャッフルが誕生してからは、色々な楽器を演奏できるようになっていったという経緯がある。

そこで、ふと疑問が出てきた。

 

「でも、紗夜さんはどうしてギターを?」

 

ギターをやろうと思うのは、誰だって考えることだ。

前に出て演奏するその姿はとても格好いいし、何より輝いてさえ見える。

現に僕がそうであったように。

それでも、ギターは弦が多いため大変だ。

憧れなどで初めても、すぐに挫折するのもまた事実なのだ。

それも、あきらめずに練習をすること何とかできるけど。

だからこそ、紗夜さんに聞いてみたかった。

一体どのような理由が彼女を一人のギターリストにさせたのかを。

 

「………それしかないから」

「え? それって、どういう意味?」

 

だが、紗夜さんから返ってきたのは僕の想像をはるかに超えた謎の物だった。

 

「い、いえ。別に何でもないです。それよりも、明日からよろしくお願いしますね」

「う、うん」

 

僕の疑問に話をそらした紗夜さんに、僕はそれ以上深く聞くことはできなかった。

 

(どういうことなんだろう?)

 

この目まぐるしい展開を見せた一日は、最大の謎を残して幕を閉じるのであった。

 

 

第2章、完。




これにて、本章は完結となります。
30話近くやって、バンドストーリーの始まりの部分というこの状況……
頑張ります。

それでは、次章予告をば。

―――

友希那率いるバンドにキーボードとして参加することになった一樹。
バンドを抜けるべく画策する中、友希那たちは残りの二人のメンバーを探していくのだが……

次回、第3章『リズム隊』


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第3章『リズム隊』
第29話 苦肉の策


「むー……」

 

翌日の休み時間。

僕は、携帯の画面と睨めっこをしていた。

別に僕の頭がおかしくなったというわけではない。

 

「これなら、何とかなるかな」

 

僕が見ていたのは、乗換案内のサイトだ。

調べているのは、これから湊さんたちと練習で使用することになるスタジオから自宅までの行き方だ。

啓介たちとの練習は、学校のあるなし問わず、放課後に僕の家の地下にあるスタジオに集まって練習を行う。

その開始時刻は16時30分から約2時間行う。

土曜日など午前中で終わる場合は、午後2時から4~5時間ほど。

日曜祝日は12時30分から6時間ほどの練習を行うのが僕たちのスケジュールだ。

練習メニューなども多岐にわたり、それぞれの課題や弱点を克服するべく、毎日みんな頑張っているのだ。

そんな中、僕が湊さんたちのバンドに加わるというまさかの事態に発展してしまったわけだが、さすがにすぐに抜けるというのは現実的ではないためしばらくは大人しくバンドのメンバーとして練習を行いつつ、抜けることができるように策を練ることにしたわけだが、問題は僕たちの練習と湊さん達とのバンドの練習を両立させることだ。

 

(これは中抜けでもしない限り難しいかも)

 

果たして湊さんがそれを許すかどうかはわからないが、やるしかない。

 

(それじゃ、今日は実験ということでやってみるか)

 

ルートも調べ終え、僕はこの日、自宅までの所要時間を調べることにするのであった。

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第3章「リズム隊」

 

 

放課後、ついに湊さん率いる新バンドの最初の練習が始まった。

 

「それじゃ、最初から行くわよ」

 

湊さんの言葉を受け、僕たちはこの日彼女から渡された譜面を見ながら演奏をしていく。

ドラムやベースなどのリズム隊が欠けている状態のため、何とも抽象的な状態ではあるが、それでも譜面通りに弾くくらいであればさしたる問題はない。

ドラムやベースのメンバーを探すと言っていたが、果たして当てがあるのだろうかと、若干不安にもなってしまう。

 

(そろそろかな)

 

そんな中、スタジオ内の時計に目をやった僕は、休み時間に立てた計画を実行に移すことにした。

 

「湊さん」

「何かしら?」

 

練習を強引に止めたことで、湊さんの声色がいつもよりもかなり低くなっていた。

 

「今日ちょっと用があるから、先に帰ってもいいかな?」

「………」

「一樹さん本気ですか? まだ始まって30分も経ってないんですよ?」

 

僕の予想通り、湊さんが鋭い視線でこちらを睨みつけ、紗夜さんからは非難の声が上がる。

僕としては、半ば強引にバンドに入れさせられたことのほうが、よっぽどありえないと思うが、そのようなことを言えることなどできるはずもなく

 

「家の都合なんです。帰らないと、練習が……」

 

僕は言い訳で一番万能なものであろう”家の都合”を使った。

こう言ってしまえば、そうそう相手も拒否することなどできるはずがない。

ちなみに最後のほうだが、別に嘘は言ってない。

帰らなければ家で(・ ・)練習ができないという意味で言っているのだ。

それを湊さんが、このバンドでの練習ができなくなると捉えたとしても、それは彼女たちとの認識の違いでもあるのだ。

問題となれば紗夜さんだ。

 

「でしたら、私が一樹さんのご両親に説明を――「いいわ」――湊さん!?」

 

案の定、家に電話をして説得をしようとする紗夜さんの言葉を遮って、湊さんは中抜けを認めた。

 

「その代わり、明日の練習までに、この曲を一通り弾けるようにしておいて」

「わかった。ありがとう」

 

湊さんから譜面を受け取った僕は、形だけのお礼の言葉を言って、スタジオを後にした。

走ること数分、ようやく駅にたどり着いた僕は、息を整えながら電光掲示板で電車の運行状況を確認する。

 

(よしっ。まだ数分くらい余裕がある)

 

湊さんとのやり取りで、少し時間をロスしたが、何とか良い感じに間に合わせることができた。

とりあえず、改札を通って駅のホームに向かった僕は、電車が来るのを待つことにした。

 

(それにしても、この感じだとそう長くはもたないかな)

 

今日はなんとか行けたが、このようなことを何週間も繰り返していれば、さすがに湊さんも黙ってはいないだろう。

 

(こうなったら、HPの練習日を減らすしか……)

 

正直、これだけはやりたくはなかったが、苦肉の策である。

問題は、いつの練習を休みにするかだが、土日祝日のロングで練習ができる日は除外だ。

僕にとって最優先すべきはHPでの練習であり、彼女たちのバンドの練習ではないのだ。

 

「とりあえず、みんなと相談して決めないと」

 

僕一人で考えたところでどうしようもない。

あまり気は進まないが、みんなに相談することに決めつつ、僕は駅に到着した電車に乗り込んで、自宅に向かうのであった。

 

 

 

 

 

「ただいま!」

「遅かったわね。もうみんな来てるよ」

 

家に着いた時には、練習開始時刻ギリギリだった。

とはいえ、間に合ったことは間に合った。

リビングに向かうと、母さんの言った通りみんなの姿があった。

 

「遅いじゃねえか、一樹」

「いつもは来たらいるのに、珍しいな」

 

田中君は、腰かけていたソファーから立ち上がると、脇腹に片手を置いて声をかけてきて、啓介は僕が一番最後に来たことを不思議がっていた。

中井さんは、少し心配げに僕のことを見ているが、その横で立っていた森本さんだけは表情が険しかった。

 

「一樹、まさかだけど」

「うん。そのまさか」

 

森本さんが何を差しているのかを読み取った僕は、それに頷いて答える。

すると、森本さんは”やっぱり”と、ため息交じりにつぶやいた。

 

「なんだ? 何かあったのか?」

「うん。実は―――」

 

ただならぬものを感じ取ったのか、みんなの表情に険しさが増す中、皆を代表して田中君が聞いてきたので、僕はすべてをみんなに話していく。

中井さんや啓介は、一切事情を話していなかったので、驚いていた様子だったが、前に僕から花時を聞いていた森本さんと田中君は、僕の話に特にこれといった反応は示さなかった。

 

「つまり、要約すると一樹君はその湊さんのバンドに、キーボードとして入ることになったって言うこと?」

「うん。そんなところかな」

 

話を聞いて要約した中井さんに、僕は肯定する。

 

「にしても、断ってるのに入れるなんて、ちょっと強引だな」

「俺たちのバンドのことを考えれば、抜けたほうがいい。だけど、抜けるにも理由がな……」

 

田中君が複雑そうな表情でつぶやく。

そうだ。

僕があのバンドを抜けるには、それ相応の理由が必要だ。

下手な理由で抜ければ遺恨を残すことになる。

僕からすれば知ったこっちゃないのだが、それがどう影響を及ぼすかわからない以上、慎重に動かざるを得ない。

バンドをやっているからという理由が、最も適している理由ではあるけど、そうなると今度はHPに関連した問題になっていく。

 

「とりあえず、一樹の意思を聞きたい、どうしたいんだ?」

「抜けたい。可能な限り、波風立てずに自然に」

 

啓介の問いに、僕は即答で答える。

 

「よし! なら、平日の練習を一日休みにして、しばらくの間続けて行こう」

「……うん、練習が少なくなるのはあれだけど、そうするしかないね」

 

啓介が打ち出した今後の方針は、僕が打ち出した案そのものだった。

 

「俺たちのほうで、いい案考えておくから、一樹はそれまで両立させろよ」

「ああ、大船に乗ったつもりで待っていたまえ!」

「啓介のは泥船だけどなー」

「なにをー!」

 

うすら笑いを浮かべた田中君の言葉に、両手を上げて抗議の声を上げる

そんな啓介の様子に、僕たちは笑いあうと、それに啓介も加わっていく。

これが、僕たちのいつものことだ。

最後にケンカをしたのは一体いつだろうかと思うほど、喧嘩をしたことはない。

それがいい悪いとは言わないが、それでもみんなといる時のほうが一番落ち着くのだ。

 

(早く、抜けられるように頑張ろう!)

 

だからこそ、湊さんのバンドからは申し訳ないが、抜けさせてもらうことにしようと、僕は心の中で改めて決意を固めるのであった。



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第30話 二番目のドラマー

お待たせしました。
第30話です。

今回は少しだけ長めです。


湊さんのバンドで練習を行うようになって数日、僕はHPのバンドの練習と両立を辛うじてではあるがさせていた。

だが、それは本当にギリギリの状態で、皆には色々と迷惑をかけていると思うと、申し訳なさでいっぱいだ。

 

(とはいえ、僕にできることは少ないけど)

 

僕以上にふさわしい人材であるキーボードが見つかれば、湊さんのバンドを抜けるのもそう難しくはないだろう。

だが、そもそも湊さんはキーボードを探しているわけではない。

また、そう都合よく僕より適している人物など、いるのだろうか?

可能性が低すぎて、宝くじで一等を当てるようなレベルだなと、苦笑したのは記憶に新しい。

そして、もう一つの懸念が……

 

「いい加減諦めてください」

「はぐぅ!?」

 

ここ最近毎日加入を申し込みに来ては、紗夜さんに門前払いを受けているあこ姫さんだ。

何度断られても、彼女はあきらめずに毎日来ている。

その執念はすごいと思うが、それも報われなければ意味がない。

そんなある日のこと。

 

「一ついい?」

 

いつものように、門前払いされた彼女に、僕は疑問を投げかけて見ることにした。

 

「どうして、あの時”二番目”なんて言ったの?」

「え?」

「普通、二番目と宣言するような人の話は聞こうとは思わない。ああいう場面では、嘘でも一番だと言って、相手に興味を持ってもらうのが筋だと思うんだけど」

 

余計なお世話だとは思ったが、それでも気にならずにはいられなかった。

そんな僕の疑問に、目を瞬かせてこちらを見ていたあこ姫さんは

 

「あこ、おねーちゃんにあこがれてドラムを始めたんだ。だから、おねーちゃんのドラムが世界で一番かっこいいんだよ!」

「あこ姫さんのお姉さんも、ドラマー?」

「うん! ”afterglow” って言うんだけどね! そのバンドでドラムをやってるんだ! ほら、こんな感じにカッコいいんだよ!」

 

そう言ってあこ姫さんが僕に見せてきたスマホの画面には、どこかのライブ映像なのか、一人の女性がドラムをたたいている姿が写し出されていた。

 

(うーん……)

 

「どうどう? カッコいいでしょ!」

「映像越しだから、上手い下手はあれだけど、中々熱いドラマーだなとは思うよ……つまり、かっこいいという意味だよ」

「ほんとですか!」

 

僕の感想に、あこ姫さんは嬉しそうに目を輝かせながら、僕と距離を詰めて聞いてきたので、僕は後ろに軽くのけぞりながら、無言で頷いて答えた。

 

「あこ、友希那さんがカッコよくて、ずっとファンだったんです。その友希那さんがバンドをやるって聞いたから、あこもそこに入ればもっともっとカッコよくなれると思ったんですけど……」

 

そこで、先ほどまでの元気な姿とは一転して、どんどん声が弱々しくなっていく。

 

「でも、どうすれば友希那さんのバンドに入れるのか、あこ分からなくなって……」

 

そう言って肩を落とすあこ姫さんの姿に、同情を禁じえなかった。

 

(しょうがない。僕も一肌脱ぐか)

 

「あなたがバンドをやりたいという気持ちが本当であるなら、言葉ではなく音でそれをわからせるしかない」

 

僕はそう言いながら、鞄から数枚のスコアを取り出すと、それを彼女に差し出す。

 

「え? あの、これは?」

 

あこ姫さんは、それと僕の顔を交互に見続けていた。

 

「湊さんがこれまで歌っていた楽曲のスコア。これをすべて叩けるようになったら、もう一度声をかけて。そうすれば、あなたの演奏を聞くように、湊さんに掛け合うから」

「本当ですか! ありがとうございます!!」

 

嬉しそうにお礼を言ってくるが、彼女は分かってるのだろうか?

僕が手を貸すのは、あくまでも入り口を作るだけであるということを。

 

「あ、そう言えば名前言ってなかったですね。私は宇田川あこって言います! おねーちゃんと同じで紛らわしいので、あこでいいですよ!」

「……奥寺一樹。僕も呼び方は好きにしてもいいよ。ドラム応援してるね」

 

そうして、あこ姫……あこさんにお互いの本名を伝えたのであった。

 

(しかし、Afterglowか……後で田中君にでも聞いておくか)

 

僕としては、全く知らないバンドだが、もしかしたら田中君なら知っているかもしれない。

そんなわけで、僕はあとで田中君に聞いてみようと頭の片隅に置いておくことにした。

 

(可能だったら、ライブにも行ってみようかな)

 

いい加減、僕自身もアンテナを伸ばしたほうがいいとは思うのだが、僕の場合は興味のあるなしで振り分けてしまう癖があるので、取りこぼしが多いのだ。

気を付けるようにはしているが、なかなか直りそうもない。

気が付けば、あこさんとかなり話し込んでいたようで、練習の開始時間から1分ほどオーバーしていた。

 

「さてと……練習に行きますか」

 

まず間違いなく、怒られるだろうなと覚悟を決めつつ、僕はスタジオに向かうのであった。

ちなみに、この後

 

「1分30秒の遅刻よ」

「早く準備してください。時間のロスを取り戻さないと。一樹さんは1時間しか練習ができないんですから」

 

という二人からのお怒りの言葉をもらうことになったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、奥寺君」

「……湊さん」

 

あこさんと会ってから数日ほどが経ったこの日。

今日も今日とて湊さんのバンドの練習に向かうべく学園を後にしようと昇降口に向かうと、ばったりと湊さんと鉢合わせになった。

 

「ちょうどいいわ、一緒に行きましょ」

「……そうだね」

 

別に湊さんが悪い人ではないのだが、なんだか監視されているような気がして、少しだけ落ち着かないのだ。

そんな湊さんのバンドでの練習メニューは、中々にすごいものだった。

それぞれの苦手分野を克服するものだが、これがまた的確に当たっているのだ。

僕で言うと、鍵盤のタッチが少し強いので、力まないようにする感じのメニューが組まれている。

これに関しては、僕の苦手な分野であり、ついギターを弾いている時の癖で強く鍵盤をたたいてしまう時があるのだ

普通はそうそう問題にもならないが、速弾きなどになってくると、それが顕著になってしまう。

僕としては、この癖を完全になくそうと思っていたので、湊さんが出した僕の練習メニューはかなりありがたかった。

尤も、この癖があるからと言って、演奏に大きな問題があるというわけではなく、本当に細かい部分での問題でもあったりするけど。

 

(練習が嫌なわけじゃないんだけどね)

 

そんな練習だが、最近はどうもパッとしない。

通しでの演奏の練習も、リズム隊がいないため物足りなさが否めないし、なにより練習中の空気が重く息がつまりそうな感じなのだ。

 

(なんか、似てるんだよね。これ)

 

その空気の重さを、僕は知っていた。

 

「待ってよ、友希那……ってあれ、奥寺君じゃん。え、何なに? 友希那と知り合いだったの?」

 

そんな時、少し遅れて湊さんの名前を呼びながら駆け寄ってきたのは今井さんだった。

 

「ええ。そういうリサも、知り合いなの?」

「あ、うん。去年一緒のクラスだったんだよね」

 

そこまで説明した今井さんは、驚いた表情から一転して、笑みを浮かべだした。

 

「……それよりも、二人とももしかしてあたしが知らないうちにそういう仲になっちゃったの?」

「そういう? ……ッ!? いやいや、違うから、違いますから!!」

 

今井さんの言わんとすることを理解した僕は、慌ててそれを否定した。

間違いを正しておかないと、あとで絶対にからかいのネタにしかねない。

主に、森本さんとか。

 

(まあ、暴徒と化すやつが出るよりはいいけどねっ)

 

「あははっ! そんなに必死にならなくても、冗談だってば☆」

「今井さんの場合、冗談でも怖いです」

 

彼女の場合、冗談と言っておきながら本気でそう思っていたりすることがありそうで、本当に怖い。

とはいえ、なんだか負けているような気分にもなるが、どうやったって今井さんに勝つのは無理なので、張り合う気はない。

……なんだか、自分でも悲しくなるけど。

 

「……? どういうことかわからないけど、ちょうどいい機会だから伝えておくわ。私、彼と紗夜の三人でバンドを組んだわ」

 

湊さんは靴に履き替えると、校門に向かって歩き出す。

とりあえず僕たちも、靴に履き替えると速足で湊さんのもとに向かう。

無知は色々な意味で最強なんだなと、思い知らされた瞬間だった。

そんな僕の心境はともかくとして、湊さんの宣言を聞いた今井さんは動きをピタッと止め、

 

「え、今の話マジ!?」

 

と驚きの声を上げた

 

「本当よ。まだベースとドラムが見つかっていないけど、次のコンテストに向けて新しい曲も出来上がっているわ」

 

それに対して、湊さんは表情を変えることなく認めた。

 

「奥寺君と友希那が知り合いだったから、もしかしたらって思ったんだけど……そっかぁ」

 

それを聞いた今井さんは、色々な感情を抑えるように相槌を打っていた。

 

(今のはどういう意味なんだろう?)

 

どうして僕と湊さんが知り合い=バンドということになるのだろうか?

今井さんには、音楽の経験者であることは一言も話していないはずだ。

 

(もしかしたら、去年の文化祭のことを、噂で聞いたのかも)

 

とりあえず、そう言うことで疑問のほうはけりをつけた。

 

「友希那、誰ともつるまないから心配してたんだけど……ついにバンドが始動か……」

 

しみじみとした様子でつぶやく今井さんの表情は、嬉しそうというよりも、どこか寂し気で悲しんでいるようにも見えた。

一体二人の間に何があったのか……それを聞くことはできなかった。

知りたいという気持ちがないわけではない。

ただ、二人の間にある”それ”が僕にその疑問を投げかけさせるのを阻んでいた。

”それ”は、僕のような他人が踏み入れてはいけない領域だと察したからなのかもしれない。

 

「私は本気よ。紗夜も奥寺君もフェスに出るという目的は一緒よ」

 

(いやいや、僕出たいなんて言ってないんですけど……)

 

いつの間にか、僕の発言までもが作り上げられていたようだ。

 

「リサは反対しないの?」

「私が止めたら、友希那はバンドを辞める?」

「リサ……」

 

いたずらっぽく言う今井さんに、湊さんはいつもより、柔らかい表情で彼女の名前を呼んだ時だった。

 

「友希那さん!!」

 

その大きな声が聞こえてきたのは。



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第31話 ぶつかり合い

「友希那さん!!」

 

ちょうど校門前まで来たところで、滑り込むようにして姿を現したのは、何度もバンドに入りたいと言っていたあこさんだった。

 

「あなた、学校にまで……ってその制服」

「はい! 実は、同じ学園の中等部に通っていました、宇田川あこです!」

 

あこさんが来ている制服は、確かに前に森本さんが来ているのと同じだった。

 

「って、あこじゃん。どうしたの?」

 

さらに、あこさんの姿を見た今井さんが、親しげに話しだした。

 

(二人って知り合いなのかな?)

 

「リサ、知り合いなの?」

「うん、ダンス部の後輩で――「お願いします! 良いドラム叩きますからバンドに入れてください!!」――って、ちょっとちょっと話が見えないんだけど」

 

湊さんの疑問に答えようとする今井さんの言葉を遮るような形で、あこさんは必死に湊さんにバンドに入りたいとお願いしはじめる。

そんな彼女の言動に、さすがの今井さんでも混乱したようであこさんを一度落ち着かせるようとしていた。

 

「えっと、もしかして友希那のバンドに入りたいの?」

「うん。でも、何度もお願いしても駄目だったから……あこ、友希那さんが今まで歌った曲を全部叩けるように練習してきました」

 

そう言ってあこさんがカバンから取り出したのは、この間僕が渡したスコアだった。

 

「だから……お願いです! 一回だけ、一緒に演奏させてください! それでだめだったら、あこ諦めます」

 

そう言って深々と頭を下げるあこさん。

 

(なるほど……どのくらい本気なのかはわかった)

 

僕はそんな彼女ではなく、別のところを見て彼女の本気を確認していた。

それはあこさんの手にあるスコア。

そのスコアは使い込まれているのが分かるくらいボロボロになっていた。

それだけでも受分彼女の本気さを伝えるのに十分なものだった。

 

(ならば、僕も約束は守らないとね)

 

「………前にも言ったけど、遊びはよそでやって」

「バンドリーダーは湊さんだから、別に口を出すつもりはないけど、演奏を聞くくらいならいいんじゃない?」

 

だからこそ、僕も約束を守るべく口を開いた。

 

「口を出すつもりはないって言いながらしっかりと出してるわよ。それに奥寺君も聞いてたでしょ? 自分で二番だと自慢していたのよ」

「だから何? 僕は別にバンドに入れろとは言っていない。ただ、彼女がバンドに入りたいのが本気かどうかを彼女の音で確かめる。これはいわばオーディションだ。それの何が問題?」

「練習時間を割いてまでするほどではないと言ってるの」

 

湊さんは一歩も譲ろうとはしない。

だが、そんな彼女の物言いに、僕は少しだけカチンときた。

 

「音も聞かずに切り捨てるのであれば、湊友希那。君はミュージシャン失格だ。バンドを解散して、二度とステージに上がるな」

 

僕は無意識のうちに声色を低くして、湊さんに言い放った。

 

「何ですって?」

 

そんな僕の言葉に、湊さんの目が鋭くなる。

 

「僕、湊さんのように勝手に決めつけて判断するようなミュージシャンの存在が気にくわないんだよ。しかもそれが目の前でうろうろされると尚更」

 

蘇るのは、僕たちを笑いものにするためだけに書類審査を通され、ライブハウスで笑いものにされた時の光景だ。

あの時の屈辱は、きっと死んでも忘れないだろう。

 

「はいはいはい。二人とも落ち着いて」

 

そんな一触即発の僕たちの間に、今井さんが割って入って仲裁してきた。

 

「友希那も……ほらこれを見てよ。こんなにボロボロになるまで練習してきたんだよ。一回だけでも聞いてあげてもいいんじゃない?」

「リサ……」

 

あこさんの手からスコアをとると、それを湊さんに見せて説得に加わってくれた。

 

「それに、あこはいつもやる時はやる子だよ」

 

あこさんの頭をやさしい表情で撫でながらそう付け加えた今井さんに、湊さんは一つため息を漏らすと、

 

「……いいわ。でも、一度だけよ」

「っ! ありがとうございます!! 一樹さん! リサ姉、ありがとう!」

「よかったねっ☆」

 

(セッションができるだけなのに、そんなに嬉しいんだ)

 

今井さんと一緒になって喜んでいるあこさんを見て、僕もどこか微笑ましい気持ちになっていた。

 

「ねえ、アタシも見学していい?」

 

ひとしきり喜び合ったところで、今井さんは手を控えめに上げて湊さんにそう聞いた。

 

「別にいいけど……スタジオには寄り付きもしなかったのにどうして?」

「い、いやーライブハウス以外で歌っている友希那を見て見たいなーって思って。それに、その紗夜って子にもあいさつしたいし」

 

(もしかして、今井さんも音楽をやってた?)

 

さすがに、考えすぎではあると思うが、もしそうだとすると今井さんがメンバーになっていない理由が少しだけ引っ掛かる。

 

「……好きにしたら」

「やったー」

 

それはともかくとして、素っ気なくはあるが湊さんのOKも出たことで急きょオーディションという名のセッションが行われることになった。

 

 

 

 

 

「今井さん」

「ん? 何かな奥寺君」

 

スタジオへの移動中、僕はどうしても今井さんに言っておかなければいけないことがあるので、彼女に声をかけた。

 

「さっきはフォローありがとう。おかげで助かったよ」

 

さっきは話の流れで言う暇がなかったが、お礼を言うのは人として大切なことなので、僕は今井さんにお礼の言葉を言ったのだ。

 

「いーのいーの、可愛い後輩のためだからね☆ でも、奥寺君は少し言い過ぎだよ。アタシはそう言うのはよくわからないけど、あれじゃ聞いてくれるものも聞いてくれなくなるよ。それに、友希那ってものすごく頑固だから」

「……反省してます」

 

湊さんの頑固な一面は、何度も狭間見たので知っているが、今井さんの言うとおりだ。

あのまま行ってれば、交渉決裂だってあり得たかもしれない。

 

(僕もまだまだ未熟だな)

 

改めて、僕はそれを思い知ることになった一幕だった。



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第32話 オーディション

いつもの練習スタジオには、既に紗夜さんの姿もあり、いつもであれば練習開始となっていたのだが。

 

「わぁ、スタジオ独特の空気って懐かしいなぁ~」

「……湊さん、一樹さん。この人たちは一体」

 

スタジオの中を懐かしそうに見渡している今井さんと、緊張からか忙しなくあたりをきょろきょろしているあこさんの姿に、紗夜さんは困惑を隠せない様子だった。

 

「あ、挨拶遅れてごめん。アタシは今井リサって言って、友希那のバンドの練習を見学しに来たんだ!」

 

困惑する紗夜さんの手を取った今井さんはぶんぶんと上下に振りながら自己紹介をする。

その凄まじいコミュニケーション能力の高さに、僕は舌を巻いていた。

 

「宇田川あこです! 今日はドラムのオーディションを受けに来ました!」

「オーディション? 湊さん、一樹さん。どういうことですか?」

 

あこさんの口にした『オーディション』という単語に、こちらに問いかけてくる紗夜さんに、どう説明したものかと考えていると、湊さんが先に口を開いた。

 

「それは、リサと奥寺君が……あ、いいえ。私が彼女のテストを許したの」

「……ということは、実力のある方なんですか?」

「努力はしているそうよ」

 

ドラムのほうに移動してスタンバイを始めているあこさんをしり目に、紗夜さんは不安そうな様子で湊さんに確認をとっている。

 

「貴重な練習時間を使って、ごめんなさい。でも、五分で終わらせるわ」

 

(僕も準備を始めるか)

 

湊さんが準備を始めたのを見て、僕もキーボードの前に移動する。

電源を入れて、いつでも演奏可能な状態にさせたところで、スタンバイは完了だ。

 

「リサ姉! 一樹さん! あこ、絶対に合格するように頑張るから!」

「うん、あこファイトっ」

「僕も、応援するよ」

 

ウインクしながらあこさんにエールをを繰る今井さんに続いて、僕も応援の言葉を投げかける。

 

「……同じリズム隊のベースがいれば総合的な評価ができるのですが」

 

そんな中、紗夜さんが口にした意見は、当然のものだった。

ドラムと同じくリズムを刻むベースがいれば、大方の評価は出すことができる。

 

「そうね……でも、さすがに仕方ないし、このまま――」

 

(僕がやるか? いや、でも……)

 

複数の楽器を弾けるというカードを切るのは、かなりのリスクを伴う。

田中君から何も案が来ていない以上、下手なことはするべきではないだろう。

 

「あ、あのさっ」

 

僕がそう結論を出した時、手を上げた人物がいた。

 

「アタシじゃダメかな?」

 

それは、今井さんだった。

 

「リサ?」

「え!? リサ姉ッてベーシストだったの!?」

「昔ちょっとやってたんだよね。借りてくるからちょっと待ってて」

 

今井さんの言葉に、驚きを隠せない湊さんとあこさんの二人にそう言いながら、今井さんはスタジオを出て行った。

 

(まさか今井さんがベーシストだとは……世の中、意外なものって存在するもんなんだね)

 

最初に会った時は、音楽をやっている印象が全然なかっただけに、僕ですら驚いたくらいだ。

とはいえ、湊さんの驚きかたは、どこかみんなのとは性質が違うような気がする。

 

(そうとなると、前に一緒に演奏とかしてた? でも、どうして今はしてないんだろう)

 

踏み込んではいけないとは思いつつも、僕は疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「おっまたせー! 準備できたよっ!」

 

数分してベースを借りてきた今井さんはピースをしながらスタジオに戻ると、手早く準備を済ませていた。

 

「……湊さん、彼女は本当に弾けるんですか?」

 

紗夜さんの不安な気持ちもわからなくもない。

そんな紗夜さんに、湊さんは表情を変えることなく静かに口を開く。

 

「譜面を見ながらなら一通りに弾ける……と思う」

「一通り……ね」

 

湊さんの答えを聞いた紗夜さんが、今井さんの手をじっと見つめる。

 

「あ、ネイル? 大丈夫、アタシ指弾きはしないから」

「スタジオの備品なんですから、変な弾き方をして楽器を傷つけないでくださいね」

 

紗夜さんの注意に、今井さんは”はーい!”と軽い感じで返事をした。

ベースは指で弾くものだと思う人もいるかもしれないが、ギターと同じようにピックを使って弾く人もいる。

ピックと指弾きとでは音の感じも違うのが、ベースの面白いところでもあるのだ。

 

「ごほんっ! まあ、私は宇田川さんのテストなら問題ありません」

 

今井さんのそれにペースを乱されたのか、紗夜さんは軽く咳ばらいをしながら最終的には今井さんがヘルプに入るのを認めた。

 

「それじゃ、行くわよ」

 

湊さんのその言葉と同時に、宇田川さんがドラムのロータムを叩いた瞬間だった。

 

「ッ!!」

 

突然感じた”それ”に、僕は息をのむ。

僕が感じた”それ”の正体に、僕は察しがついていた。

 

(この引きこまれていくような感じ……まさか、”共鳴”!?)

 

――共鳴

それは僕が勝手につけた名前であり、正しい名称ではない。

父さんが昔、僕に教えてくれた『機材や演奏場所などの環境とベストメンバーという条件』すべてをクリアした時に発生する現象だ。

この現象が起こると、僕たち頭では理解できない、もっと根幹部分の何かによって、凄まじく最高の演奏ができるようになるのだ。

 

(まさか、ここでも(・ ・)この現象が起こるなんて)

 

僕や啓介といったHPのメンバーで演奏した時に起こった現象のそれは、火事場の馬鹿力のようなものなのかもしれないが、同時に今演奏しているメンバーはまさにベストメンバーであるという証明にもなるのだ。

 

(とはいえ、少しだけ弱い)

 

それでも、前にその現象が起こった時と比べると、かなり弱く感じられる。

それは、条件が完全に一致していないことの表れだ。

 

(やっぱり、僕……だよね)

 

僕という存在が、彼女たちのバンドにとってベストなメンバーではないことを、僕はあらためて証明したのだ。

元々抜けるつもりだったけど、これはこれでなんだか悔しい気持ちになる。

そんな僕の気持ちなどどこ吹く風と言わんばかりに、演奏は終わり、重苦しい沈黙がスタジオ内を包み込む

 

「あ、あの……みんな黙ったままだけど、あこバンドに入れないの?」

 

その重苦しい沈黙を破ったのは、おどおどした様子で声を上げたあこさんだった。

 

「……え、ええ。ごめんなさい。合格よ。紗夜に奥寺君はどう?」

「私も、異論はありません」

「右に同じく」

「……ッ! いやったぁー!」

 

正気に戻った湊さんと彼女に意見を求められた紗夜さんと僕の言葉を受けて、あこさんは飛び跳ねんばかりに両手を広げて喜びをあらわにした。

 

「なんだか、ドラムをたたいた瞬間、いつもよりも叩けるようになったんです! 初めて一緒に演奏したのに、体が勝手に」

 

どうやら僕が感じた現象は、僕以外でも感じていたようで、あこさんは興奮のあまり言葉がめちゃくちゃになっていたが、僕が感じていたのと同じような感覚だったことが伝わってきた。

それとは対称的に湊さんと紗夜さんも信じられないといった表情を浮かべていた。

 

「湊さん、これって……」

「ええ。雑誌で読んだことがある技術やコンディションだけではない、場所や機材といったその場でしかそろいえない条件下でのみ奏でられる『音』……誰もが感じることができない『感覚』だと書いてあったけど……」

「それって、奇跡みたいですね!」

 

(なるほど、確かに一理ある)

 

この現象の名前にまた一つの名称が誕生した。

どちらも、この現象の特徴を十二分に表していると思う。

 

「そうね……その通りかもしれないわ」

「宇田川さん、これからもよろしくお願いしますね」

 

とまあ、こうして無事にドラムのメンバーは見つかった。

 

(後はベースだけど……一人しかいないかな)

 

「湊さん」

「……何?」

 

先ほどの一件もあってか、湊さんの僕に対する視線はやや鋭い。

でも、僕はそれを気にすることなく、提案を口にした。

 

「ベースのメンバーとして、僕は今井さんを推薦したいんだけど、どう?」

「えぇ!?」

 

僕の提案に一番驚いたのは、推薦された今井さんだった。

 

「で、でもあたしはあくまでヘルプで弾いただけだから」

「確かに、宇田川さんのオーディションのヘルプで弾いただけ……ですよね?」

 

たぶん知り合ってから初めて見るであろう今井さんの慌てた様子の言葉に、紗夜さんも加わり、湊さんのほうに視線を向ける。

おそらくそれは、湊さんの決断にゆだねるという意味なのだと思う。

 

「……技術的に見て、メンバーだと認めることはでいない」

 

湊さんの口から出たのは、否定的なものだった。

 

「ッ……そ、そうだよね。あはは」

 

湊さんの言葉に、一瞬ショックを受けたような表情を浮かべたものの、すぐに笑みを浮かべて笑い飛ばした。

それは、心配をかけないように気丈に振舞っているようにも思えた。

 

(彼女がこのバンドにふさわしいというのは、音で証明されている……こうなったら僕のほうから)

 

湊さんの言う通りなのかもしれない。

それでも、湊さんの答えが誤りであることは先ほどの演奏での”音”が証明している。

 

「ただ」

 

今井さんのためなのか、自分のためなのかはわからないけど、僕が認めさせようと口を開こうとした時、湊さんが言葉を付け足した。

 

「今のセッションはとても素晴らしかった。そうでしょ? 紗夜」

「ま、まあ……今の曲に限れば、ですが」

 

それが決定打だった。

 

「それじゃ、この五人でバンド組もうよ!」

 

あこさんのその言葉に、異論を唱える人は誰もいなかった。

 

 

 

こうして、ついにギターにボーカル、ドラムにベース、そしてキーボードのメンバーが全員そろったのであった。

僕という名の、不適合者を含めた状態で。

 

 

第3章、完




今回で、本章は完結です。
次章辺りで、Roselia結成編になりそうです。

では、次章予告をば。

――

バンドメンバーが五人そろい、本格的に活動を始めようとする友希那。
だが、そんな中で一樹はバンドを抜けようとしていた。

次回、第4章『バンド、爆誕』


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第4章『バンド、爆誕』
第33話 名前と微笑みと


ついに、バンドとしての形が成立してしまった。

いや、これは喜ぶべき事のはずだ。

なのに、僕はそれを心の底から喜べずにいた。

その理由は、自分でもわかっている。

自分でも、どうかと思うほど自分本位な理由だ。

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第4章「バンド、爆誕」

 

 

「はぁ……」

昼休み。

僕は深いため息を漏らしながら一人、音楽室を訪れていた。

目的はここに置いてあるグランドピアノを弾くこと。

気を紛らわすためにも、重要なことだったのだ。

この前と同じように、ピアノ前に置いてある椅子に腰かけて、深呼吸をする。

それだけで頭の中がクリアになる。

ピアノの鍵盤にそっと手を添える。

弾く曲は決まってない。

ただ、頭の中にメロディーが浮かんでいる。

曲名のないそのメロディーを奏でようと指先に神経を集中しようとした時だった。

少しだけ開いているドアの隙間から、こちらを伺う女子生徒の姿が目に入ったのは。

 

「………何してるの、今井さん」

「あちゃー、ばれちゃったか。ごめんねー、別にやましいことはしてないよ」

 

(こっそり覗き見ている時点で、やましいことをしてるようなものなんだけど)

 

軽い感じで笑っている彼女に言っても無駄だというのは、何となく想像がついたので、何も言い返さなかった。

 

「で、何を弾くの?」

「わからない。今思いついたメロディーを弾くだけ」

「すごっ!? もしかして、作曲とかできちゃったりするんじゃないの?」

 

僕の返事に、興味を持ったのか、今井さんが食いついてきた。

 

「さあ、どうだろうね」

 

僕は答えをはぐらかした。

本当は作曲ができるのだが、それを言うといろいろと面倒なことになるような気がしたのだ。

 

「あのさ、もしよかったらあたしここで聞いててもいい?」

「……どうして?」

「いやー、奥寺君がどんな演奏するんだろうって興味があるんだよねー……駄目?」

 

今井さんは最初とは打って変わって、目を潤ませたうえで上目遣いというダブル攻撃を仕掛けてきた。

 

(ひ、卑怯すぎる)

 

卑怯だとは思っても、それを言う度胸など僕にあるはずもなく、僕は頷いて認めるしかなかった。

 

「やった!」

「はぁ……それじゃ」

 

喜んでいる今井さんをため息交じりに見ながら、僕はピアノのほうに視線を移した。

そして、再度深呼吸をして、再び集中する。

 

(せめて、今だけは何もかも忘れて弾こう)

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

音楽室に来たのは偶然ではなかった。

友希那のバンドに入ることができたのは、奥寺君が声を上げてくれたから。

もしかしたら、彼がいなくてもそういう流れになっていたのかもしれないけど、それでも推薦してくれたことには変らない。

だから、そのお礼を言おうと思って、奥寺君の教室に向かったまではよかったんだけど

 

「奥寺君? さっき教室を出て行きましたけど」

「え、マジ?」

 

奥寺君のクラスの人の言葉に、あたしは思わずそう言ってしまった。

 

「えっと、どこに行ったのかとかわかるかな?」

「うーん……ごめんなさい、心当たりはないです」

 

クラスの子が申し訳なさそうに言うので、アタシは気にしないでと言ってからお礼を言ってそこを離れた。

 

「あれ、リサじゃない」

「お、明美じゃん」

 

どうしたものかと考えていたあたしの前に現れたのが、奥寺君の幼馴染でもある明美だった。

 

(もしかしたら、幼馴染の明美だったらどこにいるのかわかってそう)

 

あたしが友希那が今どこにいるのかの見当がついているように、明美ももしかしたら奥寺君がどこにいるのかの見当がついているかもしれない。

 

「ちょっと聞きたいんだけどさ、奥寺君が行きそうなところに心当たりってない?」

「一樹の? 一樹だったらもしかしたら音楽室にいるんじゃない?」

 

そんなあたしの予想通り、明美は奥寺君がいそうな場所をピンポイントで言ってくれた。

でも、そこで一つの疑問が浮かんだ。

 

「音楽室? どうしてそんなところに」

 

アタシの記憶が間違ってなければ、音楽室は昼休みには誰も寄り付かない場所だったはずだけど。

 

「人気のないところで、思いっきりやりたいことって……誰にもあるものよ」

 

儚げにつぶやいた明美は、窓の外の景色をぼんやりと見つめている。

その表情に、アタシは一瞬心配になって明美に声をかけようかと迷った。

 

「で、一樹に会ってどうするの? もしかして告白?」

「告白……ッ」

 

そんな時、こちらのほうを見てさっきまでとは打って変わって、目を輝かせて聞いてきた明美の言葉の意味を理解したアタシは、思いっきり動揺してしまう。

 

「ち、違うよ、違うから! ただ、この前のお礼を言おうと思って……」

「なぁんだ。一樹にも春が来たんじゃないかって思ったんだけど、残念」

 

両腕を頭の後ろに組んだ明美は、本気で残念がっているように見えた。

 

「そ、それじゃアタシは行くね」

 

とりあえず、これ以上から買われるのもあれなので、アタシは早々にその場を離れた。

 

(奥寺君の気持ち、少しわかるかも)

 

からかわれて初めて、奥寺君の気持ちがわかったような気がする。

確かにこれは、恥ずかしすぎる。

そんなこんなで音楽室いきたアタシは、ドアをそっと開けて中の様子をうかがう。

 

(ほんとにいたよ)

 

そこにはピアノの前の椅子に座っている奥寺君の姿があった。

だが、奥寺君の雰囲気がアタシに中に入らせるのを躊躇させた。

 

「………何してるの、今井さん」

「あちゃー、ばれちゃったか。ごめんねー、別にやましいことはしてないよ」

 

そんなことをしていたら、奥寺君に見つかっていたようで、アタシはあえて軽く謝りながら中に入った。

 

(どうしよう、めっちゃ警戒してんじゃん)

 

覗き見をしていたアタシが悪いけど、奥寺君はすっかりアタシのことを警戒してしまっている。

これじゃ、お礼を言うのは無理そうだ。

 

「で、何を弾くの?」

 

そう思ったアタシは、逆効果になるかもしれないけど、ピアノの話をしてみることにした。

 

「わからない。今思いついたメロディーを弾くだけ」

「すごっ!? もしかして、作曲とかできちゃったりするんじゃないの?」

 

それは本心だ。

セッションした時や、友希那とのライブで見た時も思ったけど、奥寺君はただものじゃない。

少なくとも、音楽に関してはかなりのレベルだというのは理解していた。

だからこそ、アタシは聞いてみたのだ。

 

「さあ、どうだろうね」

 

奥寺君は、答えをはぐらかすけど、間違いない。

確実に作曲ができる。

 

「あのさ、もしよかったらあたしここで聞いててもいい?」

 

だから、アタシは一度奥寺君の演奏を聞いてみたくなったのだ。

 

「……どうして?」

「いやー、奥寺君がどんな演奏するんだろうって興味があるんだよねー……駄目?」

 

ちょっとだけズルいと思いながらも、アタシは自分の持つ武器を駆使して奥寺君に頷かせる。

 

「やった!」

「はぁ……それじゃ」

 

深いため息をついて、ピアノのほうに向きなおった奥寺君の演奏を、アタシは一番前の席に腰かけて聞くことにした。

そして奥寺君の演奏が始まった。

 

「ッ!?」

 

その激しい曲調で始まったそれは、一瞬でアタシの頭の中を真っ白にさせる。

そして、そこから始まる速弾きはピアノのことをよく知らないアタシですらすごいと思えるほどの物だった。

すると、一瞬演奏が止まる。

その直後に、一気にテンポを上げて再びピアノの音を奏で始める。

 

(すごい……まるで困難に立ち向かう英雄のいる世界みたい)

 

また音が静かになり、そして一気にそれは膨れ上がる。

奥寺君の演奏は、まるで魔法のようにその曲の世界をアタシの脳裏に描いていく。

 

(これに、友希那の歌が加わったらどうなるんだろう?)

 

アタシは想像せずにはいられなかった。

でも、その結論は出ない。

アタシが想像するには、この曲はすごすぎた。

 

「ふぅ……どう?」

 

演奏が終わって、静かに息を吐きだす奥寺君の姿は、アタシには輝いて見えた。

だから

 

「すっごく良かったよ。奥寺君」

 

アタシは奥寺君に思ったことをそのまま伝えた。

 

「そ、そう? ありがとう」

 

頬を掻きながらお礼を言う奥寺君は、どこかうれしそうに見えた。

 

「もしよかったら、この曲の名前。今井さんがつけて見ない?」

「えぇ!?」

 

そんなアタシへの奥寺君の提案は、まさしく驚かせるのに十分すぎるものだった。

 

「偶然か否かはさておいて、こうやってこの曲を聞いたのも何かの縁ってやつだし、それに今井さんがこの曲にどんな名前を付けるのかに興味ある」

「これは責任重大だね……」

 

自分でも言ってるけど、本当に責任重大だと思う。

下手な名前を付けたら、目も当てられないことになる。

 

(って言っても……そうだっ)

 

どうしようと考えこもうとしたときに、アタシの脳裏によみがえったのは、演奏中に頭の中に浮かんできた光景だった。

それを言葉にするのであれば、決戦に赴く人……戦乙女のようなものだろうか?

 

「決めた。この曲の名前は『preserved valkyria』で、どう?」

「守られた戦乙女? なるほど……ありがとう、中々に斬新なアイデアだったよ。この曲は『preserved valkyria』で決まりだね」

 

そう言って奥寺君は、スマホを操作し始める。

きっと、今の曲の名前をメモしているんだと思う。

 

「本当に良かったの? アタシが言うのもなんだけどさ」

「こういうのって、曲を聞いた第三者の感じたままの言葉で名前を付けるのが大事だと思うんだよね。だから、あの演奏を聞いた今井さんがこの名前にしたのであれば、この曲にはそれが正解なんだと思う」

 

奥寺君の行っていることの意味は、アタシにはあまりよくわからなかった。

それでも、奥寺君の優しい表情を初めて見たことは、アタシはたぶん忘れないかもしれない。




今回の話に出てきた『preserved valkyria』はぺのれりさん作曲の実在する曲です。
気になる人は調べてみてください。


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第34話 打つ手なし

お待たせしました。
第34話です。


(まさか曲名を他人につけてもらうなんて……僕もヤキが回ったかな)

 

放課後、一人で練習スタジオに向かいながら、僕は心の中でつぶやく。

いつもであれば、幼馴染である田中君やみんな以外の赤の他人に曲名をつけさせるなんてことは考えもしなかったはずなのに、この日はどういうわけかたまたまその曲を聞いた今井さんに曲名を考えてもらったのだ。

それも、おそらくは今朝田中君から言われた言葉が原因だと思う。

 

『今日からしばらく、HPの練習は中止だ』

 

田中君は湊さんのバンドとこっちの練習を両立するのは難しく、何とかするための準備のために時間が欲しいからと言っていたが、僕にはなんとなく本当の理由がわかったような気がした。

 

(きっと、いつまで経っても行動を起こさない僕に呆れたんだ)

 

やはり、僕も田中君たちに頼らないで、動くべきだったんだ。

抜けたい抜けたいと言っておきながら、バンドメンバーを集める手助けまでして、バンドを完成させた僕に、みんなはあきれ果てたのかもしれない。

 

(でも、後悔はしてないんだよね)

 

その時点で、僕は救いようもないバカなんだと思い知らされる。

あこさんが加わって、今井さんもまた加わって、一つのバンドの形になったことを、僕は純粋に喜ばしいことだと思っている。

 

(もうどうにでもなれ、だ)

 

僕はこの時この瞬間、バンドを抜けるというのをあきらめたのであった。

 

 

 

「あこ、今テンポがズレた」

「はいっ!」

「今井さん、もっと宇田川さんの音を意識して!」

「りょーかい!」

「奥寺君、もっときめ細やかく」

「わかった!」

 

メンバーが全員そろってからというものの、僕たちの練習内容は変わり、さらに激しさを増していた。

それは、一曲を通しで演奏するというものだが、湊さんや紗夜さんから矢継ぎ早にダメ出しや指導が入ってくる。

その指摘を受けて、修正しながら何度も何度も演奏をし続ける。

そうやって、スキルを身に付けて行くのが今の練習内容だと思う。

それは実に理にかなった練習法であり、効率的であるともいえる練習方法になる。

とはいえ

 

(これは、中々にハードだな)

 

ノンストップでの練習は、思った以上にハードであり、凄まじい勢いで体力や精神力を消耗していく。

流石に休憩はあるものの、消耗が激しいことには変わりがなかった。

 

「はぁ~~~~~疲れたぁぁ」

「あこさん、お疲れ……」

 

練習の終了時刻になった頃には、あこさんはドラムのほうにぐったりと体を倒していた。

 

(ここまでの練習も久しぶりだな)

 

HPを結成したての頃は今よりもかなりタイトな練習をしていたが、最近は加減をしているのでへとへとになるまで練習をしたことがなかったりもするので、久々にやるといい刺激になる。

 

「皆さん、少しいいですか?」

 

そんな僕たちに構うことなく、紗夜さんはカバンから紙を取り出した。

 

「オリジナル曲もまとまってきたので、こんな感じで課題曲を増やしたいのですが」

「ちょいと失礼」

 

そう言って湊さんに渡した紙を、僕も横から覗き見た。

 

「……レベルの底上げに適したリストだと思うわ。奥寺君はどう?」

「うーん……湊さんと同じ意見かな」

 

本当のことを言おうとも思ったが、僕はそれを言うこともできず、湊さんの意見に合わせた。

 

「そう。それじゃ、来週までに全員弾けるように練習してくること」

「わーお」

 

湊さんの課題に、僕は思わず芝居じみた声を上げてしまった。

何せ、今日が週末の土曜であるということを考えると、猶予は約二日しかない計算になる。

 

(いくら難易度が低いとは言っても、さすがに厳しいぞ……)

 

「く、くれーぷ……」

 

なんだかあこさんの口元から魂が抜けて行っているような気がするのは、気のせいだろうか。

 

(今度クレープでも差し入れようかな)

 

もっとも、そんなことをすれば湊さんから何か言われるような気がするが。

 

(そもそも、クレープ屋なんて知らないし)

 

そんなわけで、僕の案は誰にも知られることなく没になるのであった。

 

 

 

 

 

「一樹さん、最近はバンドの練習に最後までいるようですが、家の用事は良いのですか?」

「あー……」

 

帰り道、僕の隣を無言で歩いていた紗夜さんの問いかけに、僕は少しだけ気の抜けた返事をしてしまった。

当初は両立させるべく都合のいい言い訳で使っていたのだ。

もちろん半分嘘で半分本当なため、気にもしなかったのだが、紗夜さんはそうではなかったみたいだ。

 

「何ですか、その返事は。これでも心配してるんですよ」

「そうなんだ。心配かけてごめんね」

「べ、別に一樹さんが練習に来れなくなったらバンドの皆さんに迷惑をかけてしまうからという理由で、一樹さんのことを心配したわけではないです」

 

(うわ、完全にツンデレのテンプレだ)

 

”デレ”はないが、今の紗夜さんのセリフは啓介が教えてくれたツンデレのテンプレートそのものだった。

「ごめんごめん。家の用事は大丈夫……たぶん」

 

HPがどうなるのかがわからないため、中途半端な答えになってしまった。

 

「……本当に大丈夫なんですか? あまり、早退とかを繰り返すと一樹さんでも抜けてもらう可能性だってあるんですよ」

「いっそのこと、そうしてほしい」

「今何か言いましたか?」

「う、ううんッ! 何も言ってないよ」

 

思わず口をついて出てしまった本音をごまかすように、僕は必死に誤魔化した。

そんな僕に、紗夜さんは首を傾げながらも「そうですか」とだけ言って、それ以上追及することはなかった。

 

(気を付けよう)

 

本心だとしても、あまり波風立てるのは好ましくない。

きっとどこかのタイミングで抜けることができる時が来るはず。

僕はそれが来るのを待ちつつも、心のどこかで諦めかけていた。

もはや、HPは解散の危機にまで陥っていた。

 

(方向性の違いとか、喧嘩とかで解散するかと思っていたけど、蓋を開けてみればなんとやら……か)

 

この日の夜空は、僕の心境とは裏肌に、星が見ることができるほどの天候だった。




色々と不定期な投稿頻度ですが、大体週に3~5話ぐらいの投稿で落ち着きそうです。


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第35話 一つの転機

数日後。

この日も、ハードな湊さんのバンドの練習も終わり、解散となった。

 

「今日もつかれたぁ~」

 

目の前には、よぼよぼと歩いているいつものように魂が抜けかかっているあこさんと、今井さんの姿があった。

 

(さすがにハードすぎだし、少しばかり練習メニューを再考も視野に入れたほうがいいかも……まあ、湊さんに却下されるだろうけど)

 

こう毎日ハードな練習をするというのは、体調面においてもあまり好ましいとは言えない。

そればかりか、モチベーションの低下も引き起こす可能性だって捨てきれない。

厳しくすればいいというほど単純なものでもなく、練習量とモチベーションなどをいかに維持させるかが、重要なのだ。

とはいえ、湊さんの練習メニューは僕から見ても最適なものであることには違いないので、あまり意見の出しようがないのも事実なのだが。

 

「宇田川さん、今井さん、ここは通り道なんですからだらだら歩かないでください」

 

そんなことを考えていると、紗夜さんから二人に檄が飛ぶ。

そんなこんなで、ロビーまで移動した僕たちは、湊さんが次の練習で使用するスタジオの予約を取るのを待っていた。

 

(そう言えば、啓介たち最近なんだか怪しいな)

 

ここ最近家に来ないこともそうだけど、何か僕に隠れてやっているような気がするのだ。

 

(まさか、僕を抜いた新バンドでも作ろうとしてる?)

 

なんとなくその可能性がものすごく濃厚なような気がする。

 

「来月のこの日はどうかな?」

 

(ん?)

 

物思いにふけっていると、受付の人と湊さんが話している声が聞こえてきた。

僕はその話の内容が気になり、話のほうを集中して聞くようにすると

 

「急遽イベントに穴が開いて、頼めそうな人がいなくて、もしよかったら代わりに出てもらえないかな?」

 

ライブへの出演依頼をされるのであった。

 

 

 

 

 

「すごいっ! 早速ライブの出演が決まった!!」

 

先ほどまでのグロッキーな状態はどこへやら、あこさんはライブの出演が決まったことを目を輝かせて喜んでいた。

 

「しかも、メジャーデビューができるかもしれないって噂の……もしかしてあこたちもスカウトされるかもしれないですね!」

 

受付の人がいらしてきたライブは、事務所のスカウトの人たちも来るほどの大きなイベントらしい。

実際に、このイベントでメジャーデビューとなったバンドも多く存在するらしい。

 

「確か、この地区での登竜門的なイベントだったっけ?」

「ええ。そのようですね」

 

僕の疑問に、紗夜さんが答える。

 

(そういうのもあるんだ)

 

メジャーなどにはあまり興味はないのでアレだが、出て見る価値はありそうだ。

尤も、今はそれ以前の問題だけど。

 

「メジャーは音楽の頂点ではないわ。そう思えない人はこのバンドには必要ない」

「え? でも、メジャーデビューってなんだかカッコよくありませんか?」

 

(すごいなあこさん。明らかに地雷だとわかるものを踏みに行ってるよ)

 

「カッコいい? ……あそこは『音楽を売るための場所』よ。音楽のことなんてわかってもいないわ」

 

(どういうことだろう……そもそもどうして湊さん、そこまでメジャーを敵視してるんだろう)

 

なんだか、湊さんの言葉から憎悪にも似た怒りを感じ取れる。

 

「それに宇田川さん。あなたよくお姉さんの話をするけど、お姉さんのようになりたいから音楽をやっているのであれば、ここでを抜けたほうがいいわ」

「あ、あこはここがいいですっ! あこも、おねーちゃんみたいにカッコよくなりたくて……」

 

冷たく切り捨てる紗夜さんの言葉に、必死に答えるあこさんの言葉を聞いた紗夜さんの表情が、一瞬曇ったような気がした。

 

「……宇田川さん、私は貴方の技術は認めています。でも、あなたのそれはただの真似だわ!」

 

だがそれも一瞬のことで、紗夜さんはあこさんにそう言い放った。

 

「ち、違うもん! あこは――「違わない!」――ぁぅ」

 

あこさんの必死の反論を、紗夜さんは大きな声で遮るとさらに言葉を続ける。

 

「だったら、答えてみて。あなたにとっての『カッコいい』っていったい何?」

 

(どうしたんだ? なんだかものすごくムキになってない?)

 

「わかったでしょ? あなたのその考えは、バンドのレベルを高めるために変えてもらわないと―――」

 

さすがに、これ以上放っておくのはまずい。

そんな時、今井さんと目が合う。

 

(一緒に止めようって言ってるのかな?)

 

今井さんのアイコンタクトの意味がなんとなく理解できた僕は、同じくアイコンタクトで返すと、すぐさま行動に出る。

 

「ま、まあまあ、紗夜もその辺で、ね?」

「紗夜さん落ち着いて。いつもの紗夜さんらしくないよ」

 

今井さんが紗夜さんとあこさんの間に割って入り、さらにそこに僕も加わって仲裁した。

 

「別に、私は……」

「紗夜さんの意見は僕は全く同意できないけど、ただ一つ言うのであれば、この機会にあこさんは『自分にとってのかっこいい』を見つけていたほうがいいと思う。そうすれば、『世界で二番目』っていうキャッチフレーズも変わるはずだし」

「大丈夫だよ。あこはこう見えてやる時はやるしっかりした子だから」

 

軽く紗夜さんの意見を否定しつつも、自分にとってのかっこいいを見つけることをあこさんに勧めておいた。

そうすれば、彼女なりの軸がしっかりと形成することはできるはずだ。

それまでは、あこさんのお姉さんを目指すのも悪いことではない。

 

「なら構いませんが……そういう今井さんはどうなんですか? ブランクのせいでかなり無茶しているようにも見えますけど」

「あ、この指だったら大丈夫だよ」

 

(指? ……あ、そう言えば最初に会った時と違う)

 

気が付かないのはどうかと思うが、異性の指先をじっくりと見る癖は、僕にはない。

おそらくは、ネイル(?)のようなものを剥がしたのだろう。

 

「それよりも、来月のこのライブに向けて、次から練習を本格的にするから、課題はちゃんとやっておいて」

 

流石バンドリーダーなだけあって締めるところはちゃんと締める。

 

(でも、僕の今やったことって、本来は貴女がやるべきことなんだけどね)

 

なんとなくだが、湊さんのリーダーの質に問題があるのではないかと、感じさせる一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行くわよ」

 

そして、ついに来月に開催されるライブに向けての本格的な練習が開始された。

 

(このライブに出れば、僕はこのバンドメンバーであるということが本当に確定することになる)

 

今までだったら、まだ内輪でのことだったが、ライブに一度でも出れば僕がこのバンドのメンバーであるというのが周知されてしまう。

そうなれば、抜けるという選択の難易度はかなり増すことにもなるのだ。

本当にこのままでいいのだろうか?

そんな不安を抱きながらも、僕は演奏を続けていた。

そんな時だった。

 

「たのも―!」

 

その場違いなセリフと共に、啓介が現れたのは。



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第36話 新バンド

「うわ!? びっくりした」

「え? な、なに?」

 

スタジオのドアをノックもせずにけり破るのに近い形で開け放ったため、当然みんなは驚いた様子だった。

 

「……一体何の用かしら?」

「そうです。そもそも、ノックもせずにドアを蹴り破るように開けるなんて、非常識じゃないかしら?」

「しかも、それって道場破りのセリフだし」

「冷たい視線で俺は凍えそうに……って、一樹、お前もか!」

 

凍えそうになっているのはむしろこっちの方だ。

今日も啓介は啓介だった。

そして、啓介の言葉に、湊さんがこちらに振り向く。

 

「彼はあなたの知り合い?」

 

その目はものすごく冷たかった。

気持ちはわかる。

僕だったら間違いなく引くか関わり合うのを辞めるだろう。

 

「僕としては、遺憾だけど幼馴染です」

「遺憾……なのね」

 

僕の言葉のニュアンスを感じてか、今度は同情の目で見られた。

 

「『たのもー』ってなんだかカッコいい! あこ、次からは――「宇田川さん、絶対に真似をしないでくださいね」――はい」

 

啓介のせいで、後輩がとんでもないことを真似しようとしたのを紗夜さんが止めてくれた。

 

「おいおい、大親友に―――――――ピッ」

「ん?」

 

突然啓介が気勢を上げて硬直しだした。

その視線の先にいたのは、今井さんの姿があった。

 

「リサ様が、生リサ様が――――――」

 

なんだか変なことを口走りながら、啓介は完全に硬直してしまった。

 

(そう言えば、啓介って今井さんと話すために大金騙されてたっけ)

 

それはそれであほな話だと思うが、重要なのは、啓介にとって今井さんはそれだけすごい存在でもあるということなのだ。

 

「えっと……アタシ、何かまずいことした?」

「いや、気にしないであげて」

 

硬直した啓介を見て、困惑している今井さんに、僕はそれしか言うことができなかった。

 

(とりあえず、これは端のほうにでも移動させておこう)

 

「邪魔するぞ」

 

置物化した啓介を引きずるようにしてスタジオの端に移動させると、田中君が中に入ってきた。

今度は普通にだけど。

 

「私たち、練習中なのだけど」

「そう固いこと言わずに。こっちも用事さえ終わればすぐに退散する」

 

一瞬固まっている啓介のほうに視線を向けた田中君は、不満そうな声を上げる湊さんに言い返した。

 

「俺たちの用事は、一樹を返してもらうことだからな」

「ええ!?」

「何ですって?」

 

あこさんの驚きの声を遮るように、驚きと疑問に満ちた湊さんの声が上がる。

 

「一樹は俺たちのバンドのメンバーなんだよ」

「ッ!? どういうことですか、一樹さん!」

「あ、いや……それは」

 

田中君のカミングアウトに紗夜さんが驚きを隠せずに、僕を問いただしてきた。

当然みんなの視線は僕に集まってくるわけで、その圧に圧されて言葉が出てこない。

 

(まさか、本当にhyper-Prominenceのことを!?)

 

田中君たちの結論は、僕たちがhyper-Prominenceであることを告げてバンドを抜けられるようにしようというものなのかもしれない。

確かに、それならば抜けられるかもしれないけど、変なことに巻き込まれる危険だってあるし、色々と面倒なことにもなるから、それだけはやりたくなかった。

 

「一樹が言えないのなら、俺から言おう」

 

そしていつまでも何も言わない僕に業を煮やしたのか、田中君はそう言うと話し始めた。

 

「俺たちは『Moonlight Glory』というバンドを結成している」

「へ?」

 

僕は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

田中君の口から出たバンド名は、僕も知らない名前だった。

 

「ムーンライト……」

「グローリー?」

「わー! かっこいい名前ですね! 一樹さん」

 

素っ頓狂な声を上げる僕をしり目に、目を細める湊さんと紗夜さんとは対照的に感想を口にしているあこさんとバラバラな反応が返ってきた。

 

「ちょっと待って。私たちは一度もそのことを聞いてないわ」

「それは……きっと言い出しずらかったんじゃねえのか?」

 

田中君が僕に目配せをしてくるので、僕は彼に合わせて頷いて答える。

 

「色々あってつい最近結成にこぎつけたんだが、一樹がこんなかんじだから全然次のステップに進めなくて困ってたんだよ。だから、こいつをあなた方のバンドから抜けさせてやってほしい」

 

(そうか……そう言うことだったんだ)

 

田中君の準備というのは、新しいバンドを結成することを意味していたんだ。

でも、そうなると一つだけツッコまれてしまうことだってある。

 

「ちょっと待ってください。話は分かりましたが、最近できたということはこちらへのバンドに入った後ということで間違いないですよね?」

「ああ。それが何か?」

「でしたら、強引過ぎではありませんか? 本人の意思を尊重するべきです。第一、本当にバンドを結成されたんですか?」

 

それは、田中君のやり方が、少々強引な形になってしまうということだ。

いや、それも元々はバンドを抜けることができなかった僕が原因なのだから僕が悪いことになるのだが。

 

「それは、バンドを結成したと嘘をついているとでも?」

 

田中君の声色がいつもより低くなる。

 

「えっと、二人とも落ち着いて、ね?」

「そうよ。聡志、少しトーンダウン」

 

険悪なムードになるのを、今井さんと森本さんが回避させる。

それを僕は、ただ見ていることしかできない。

ここで僕が何か言うと、さらに状況が悪くなりそうな気がしたのだ。

 

「すみません。少し言い過ぎました」

「俺も売り言葉に買い言葉だった」

 

紗夜さんと田中君がお互いに謝り合うことで、何とか話は落ち着いた。

 

「……ならこういうのはどうだ? 来月にこの地区では登竜門と言われたライブに俺たちのバンドが出る。その演奏を聞いて、判断してほしい。俺絵たちの本気度を」

 

(ん? それってもしかして……)

 

「それって、あこたちが出るライブですよね?」

 

僕の予想が正しかったようで、偶然にも湊さんたちが出ようとしていたのと同じライブに出演することになっていた。

 

「ええ……わかったわ、そう言うことなら、あなた達の実力、見させてもらうわ」

 

こうして、僕がバンドを抜けるのを賭けた(?)ライブが確定するのであった。




『たのもー』=道場破りの印象が強いのですが、ほかにも使う場面てある物なのかと考えている今日この頃です。


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第37話 新たな一歩

駅のホームで電車が来るのを待っていた僕達は、先ほどの一幕について話していた。

 

「それにしても、まさかバンドを新しく作るなんて……しかもライブまで」

「そうでもしねえと、お前を抜けさせるのは不可能だったからな。ライブのほうは保険でやっておいたのが功を奏した」

 

田中君のおかげで、来月のライブに向けての準備をしたいという理由で、一時的にスタジオ通いをなしにしてもらうことができた。

もちろん、当日のライブの出来次第で、この後の方向性は変わってくることになる。

 

「でも、ちょっと強引すぎだよ」

「仕方ねえだろ。一応言っておくが、こうなったのは一樹……お前にも要因があるんだぞ。お前、あいつにバンドを組みたくないって言ったか?」

「言ったよ。『バンドを組む気はない』ってはっきりと何度も」

 

真剣な表情の田中君に圧されながらも、僕は正直に答える。

あのライブの前まで、湊さんからしつこく勧誘を受けるたびに、僕は何度も組む気はないと言っていた。

そんな僕の答えを聞いた田中君が”やっぱりか”とため息交じりにつぶやく。

 

「あのな、『バンドを組む気はない』っていうのは、『状況が変わればバンドを組む気になる』ととらえられるんだぞ」

「………あ」

 

田中君に指摘されてようやく、僕はそれに気づいた。

だとするならば、湊さんが何度もアプローチをし続けていたのも納得がいく。

 

「それに、バンドに入った後だって、ちゃんときっぱりと言ってれば、ここまでのことにはなってなかったと思うぞ」

「でも、それだと波風が……」

「どうやっても波風立つわよ。今だって十分にね」

 

それまで黙っていた森本さんが、諭すように口を開く。

 

「ほんと、一樹って肝心なところで抜けてるよなー」

「……その通りだけど、啓介に言われるとちょっとイラっとするのは何で?」

 

完全に逆切れだけど。

でも啓介の言う通り、いつも肝心なところで凡ミスをすることが多々ある。

これもまた僕の悪い癖なのかもしれない。

 

「とまあ、そんなわけで俺たちは表向きはMoonlight Glory……長いからムングロでいっか。まあ、それで活動していることにして、HPとしての活動も続けるということで行く」

「それはいいけど、楽曲はどうするの? まさかコピーバンドとかにはしないよね?」

 

別にコピーバンドがだめだとは言わない。

でも、それだとなんだか違うような気がしてならないのだ。

そんな僕の気持ちがわかるのか、田中君は安心させるように柔らかい表情を浮かべると

 

「安心しろ。演奏するのはどれもオリジナルの曲だ」

 

と言ってくれた。

 

「でも、誰が作曲を?」

「もちろんお前だ、一樹。それとも『chaotic』と呼んだほうがいいか?」

 

意地の悪い笑みを浮かべて言い切った田中君に、僕は驚きを隠せなかった。

 

「どうしてわかった……って言いたそうだな」

「……誰にも話してないのに」

「たりめえだろ。何年お前とバンド活動してると思うんだよ。お前が作る曲が分からないわけねえだろ」

 

どういう経緯で田中君がchaoticのことを知ることになったのかは知らないけど、それでも僕であることがすぐにわかってくれるのはうれしいものだ。

 

「大方、HPには向かないと思った曲をアップしてんだろうけど、どうせだったらそれをムングロ用にしちまおうぜ! 一樹、用意できるか?」

「……もちろんだよ。初陣にうってつけの曲、完成させる」

 

こうして今後の方向性は決まった。

まずは僕が曲を完成させないことには始まらない。

その後は練習だ。

色々と不安はあるが、それでも僕たちは突っ走っていくだけだ。

こうして、僕の初陣に向けての準備が幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

翌日の放課後、久々に僕の家のリビングに集まった僕たちは作曲した曲をみんなに聞かせることになった。

 

「では、一樹大先生の楽曲披露を始める!」

「ヒューヒュー!」

「イエーイ! ほら、裕美も一緒に」

「え? い、いえーい」

 

……のだが、田中君のいつもよりハイテンションな言葉に続いて、みんなも吹っ切れたように大騒ぎし始めるのには困った。

 

(きっと嬉しいんだね)

 

僕だって、思いっきりはしゃぎたいほどなんだ。

久しぶりにこうして集まることができたことが、とても嬉しいのだ。

とはいえ、いつもまでもはしゃいでいるわけにはいかない。

 

「とりあえず、二曲ほど用意してきたから、聞いて」

 

そう言って僕はノートパソコンを操作する。

そして、流れ出したのはDTMで作った音源だ。

 

「HPにも通用しそうな曲調だね」

「題名は『命のユースティティア』か。良いと思うぜ。まずはこれで決まりだな」

「それじゃ、歌詞の方は……啓介できる?」

「ああ、任せてくれ! 良い詩が浮かんだぜ☆」

 

各々が感想を口にする中、田中君のゴーサインを聞いた僕は、啓介に歌詞を作ってもらうようにお願いする。

この流れは、HPの時と同じだ。

 

「あ、今のところもう少しベースの音を目立たせたほうがいいかも」

「じゃあ、ドラムのほうを少しだけ抜くか」

 

中井さんの意見を聞いて、曲に細かな修正を加えていく。

そうやってできた曲が、僕たちにとっての最高の楽曲となるのだ。

 

「で、二曲目がこれ」

「……おぉ、これは新しい曲調だ」

「1番と2番でリズムが違うのか」

「しかも、間奏の部分でテンポが上がったり下がったりしてる……難易度高いわね」

 

二曲目の曲に、みんなが感想を口にする。

曲名は『エンヴィキャットウォーク』だ。

ミステリアスな曲調のこの曲の一番の難所は、森本さんが言うように、感想の部分にある店舗アップのところだ。

ここでのスムーズな切り替えが、この曲の成功のカギを握るのだ、

 

「あと一曲はどうするんだ?」

「まだ完成してないからもう少しだけ待ってほしい」

 

コンセプトは決まっているのだが、まだ曲としての完成度には程遠い。

持ち時間的に考えても、あと一曲演奏は可能だ。

だがその一曲が完成できずにいた。

 

「だったら、これなんてどうだ? 俺たちの思い出の曲」

 

そんな時に、田中君が僕のパソコンに保存されてあった何かの曲を示しながら提案してきたので、僕たちはその曲名を確認する。

 

「え……」

「あー、これね」

「確かに、思い出だね」

 

それを見た瞬間、何かを察した様子で声を上げる。

全員苦笑を浮かべている時点で、いい思い出でないのは明らかだ。

曲名は『バンブーソード・ガール』

僕たちがバンドを結成するきっかけにもなった曲で、一番最初に演奏した楽曲だ。

この曲の特徴は、とにかくテンポを示すBPMが208という速さだ。

ハイスピードのままですべてのパートは演奏を続けていくため、パワー配分に気を付けなければ最後のほうで音に迫力がなくなるという、難易度の高い楽曲に仕上がっている。

しかもテンポが速いのでギターも速弾きがデフォみたいになっていたりもするこの楽曲を、僕たちは小学生高学年で演奏したのだ。

 

「今聞いても思うけど、これ初心者がやる奴じゃねえだろ」

「この曲を作る時点で、一樹がどれだけ鬼なのか説明できそうだ」

 

当時のことを思い出したのか、みんなが白い目で僕を見てくる。

 

「だ、だからそのことはあの時に謝ったじゃない。……反省してます」

「まあ、あの時のことがあったから、今があるわけだけどな」

 

この楽曲は、僕たちが初めてみんなで合わせて演奏をした時の喜びと、そして気合だけが先行することの恐ろしさを思い知らされたりと、様々なストーリーがある。

それだけ思い入れのある曲だが、あの時からずっと演奏することはなかった。

特に理由はないが、僕たちの中でこの曲に触れるのはタブーみたいな扱いになっていたからかもしれない。

 

「一応聞くけど、本当にやるの?」

「俺はやりたい。今だったら、あの時よりもうまく演奏できる自信がある」

「同意見。私もよ。あの時は歌が下手だったけど、今ならあの時以上の歌声を出せるわ」

「わ、私も。自信ないけど、頑張るっ!」

 

僕の最終確認に、みんなの表情はやる気に満ち溢れていた。

 

「それじゃ、練習プランは最初はいつも通りHPとしての。休憩の後はシャッフルの代わりにムングロとしての練習をする……みたいなのでどうだ?」

『異議なし!』

 

みんなの返事から、僕の出した練習プランで確定となった。

 

「よぉし、それじゃ頑張っていくぜ!」

『おー!!』

 

田中君の激に応じて僕たちも拳を振り上げて声を上げ気合を入れる。

こうして、一歩ずつではあるが僕たちのバンドは再び動き出すのであった。




今回の話に出てきた三曲は、個人的に気に入っている曲だったりします。
ちなみに、今回の作中では彼らの作曲となっていますが、これは作中のみの設定です。

正しい、作曲者(敬称略)は下記の通りになります。


・『命のユースティティア』:Neru

・『エンヴィキャットウォーク』:トーマ

・『バンブーソード・ガール』:cosMo@暴走P


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第38話 予想外の出会い

湊さんのバンドを抜けるためにみんなが、作ったバンド『Moonlight Glory』としての練習は、順調に進んでいる。

HPとしての活動の延長線上でもあるので、そう驚くことでもないが演奏面においては概ね問題はない。

 

(後は当日次第かな)

 

ライブのステージは、何が起こるかわからない摩訶不思議な場所でもある。

その”何か”が起こったとしても、動じないことこそが僕たちに求められているのかもしれない。

そんな状況の中迎えた日曜。

この日も練習のはずだった僕は、一人商店街を訪れていた。

遊ぶためではない。

 

「まさか、こんな日に限って弦の替えがなくなるなんて……」

 

ギターの弦のストックがなくなったので、それを買うためだ。

ギターの弦というのは、非常に繊細で演奏すればするほど劣化が進んでいくのだ。

劣化が進めば当然、いい音が出せなくなるばかりか弦が切れるなんてことだって起こりうるのだ。

それがもし、ライブ中だったりしたら目も当てられない。

それを防ぐために、定期的な弦の張替えが必要なのだ。

この日も、弦を張り替えようとしたところ、替えの弦がないということに気づき、弦を購入するために出かけて今に至るという経緯だ。

商店街に、楽器やなんてあるのかと聞かれれば、僕は『ある』と自信満々に答えるだろう。

 

「ここだ」

 

僕がたどり着いたのは『江戸川楽器店』というお店だ。

ここには楽譜からアンプにエフェクターと様々なものがそろっている。

学割も効くし、この一店舗だけで機材一式がそろうのは大変魅力的だ。

僕のギターの弦も、ここで購入している。

そんな楽器店に、僕は足を踏み入れる。

 

(えっと、確か弦はこっちだったよね)

 

売り場の変更さえしていなければ、弦の販売しているスペースは分かっているので、僕は迷うことなく弦が売っているコーナーに足を勧めた。

その時、弦が売られているコーナーに先客がいるのに気づいた。

 

「ん? あれは……日菜さん?」

 

緑色の髪から、一瞬紗夜さんかと思ったが、髪の長さが短めであるのに気づいた僕は、その人物の正体が紗夜さんの妹である日菜さんであることがわかった。

 

「ふぇ? あ、一君だ! 一君も、ギター弾けるの!?」

 

(うわー、凄まじい勢いで来たな)

 

僕の声に気づいた日菜さんは、目を輝かせて興味津々といった様子で質問を投げかけてくる。

それは、彼女と初めて話した時と全く変わらない光景だった。

 

「そうなんだけど、日菜さんもギター弾けるんだ」

「え……あ」

 

とりあえず、答えながらも日菜さんに確認を含めて聞くと、先ほどまでの勢いと打って変わって表情を曇らせると、歯切れの悪い声が返ってくる。

 

「……もし何か悩みがあったら聞くけど」

「……ほんと?」

 

その様子を見て、かなり重大な悩みを抱えていると思った僕の言葉に、日菜さんはどこか縋りつくような感じで聞いてきたので、僕は頷いて答える。

 

「……とりあえず、向こうの待合スペースで話そう」

 

通路の真ん中で立って話すというのは、お店にとっても迷惑だと思った僕は、楽器のメンテナンスなどを待つスペースで日菜さんの悩みを聞くことにした。

 

 

 

 

 

「実はあたしのおねーちゃんも、ギターをやっているんだけど」

 

待合スペースでお互いに向き合う形で椅子に腰かけた僕は、日菜さんの悩みに耳を傾ける。

 

「それは知ってるよ。演奏しているとこも見た。とてもいいギターリストだったよ」

「ありがと」

 

僕の言葉に、ぎこちなくではあるけど微笑む日菜さんは、紗夜さんのことを姉として慕っているんだなと、僕は感じ取ることができた。

 

「おねーちゃんみたいになりたくて、アタシもギターを始めたんだけど……おねーちゃん、あたしが同じことをしようとするといつも怒るんだ」

「……」

 

まるで懺悔をするかのように尻すぼみになりながら話してくれた日菜さんの言葉に、僕は何も言えなかった。

 

「もし、あたしがギターを始めたことを知ったら、今度こそ嫌われちゃう……」

「そんなこと……」

 

ない”、と言おうとした僕の脳裏に、紗夜さんがお姉さんみたいになりたいと話していた宇田川さんに言った『あなたのそれはただの真似だわ!』という言葉がよみがえった。

あの時の紗夜さんの様子を見ても、日菜さんの言葉を否定するのは無理がある。

 

「だったら、ギター辞める?」

「え……?」

 

僕のその問いに、全く予想していなかったのか、日菜さんは驚いた表情を浮かべる。

 

「姉妹が同じことをしてはいけないなんて決まりはない。”憧れてもいけない”なんていう決まりはない。重要なのは、日菜さんの”やりたい”という気持ちだけだよ」

「それはそうだけど。でも……」

「だったら、こうしよう!」

 

まだ踏ん切りがつかない様子の日菜さんの背中を押すべく、僕はある提案をする。

 

「もし、ギターを始めたことがばれて紗夜さんから辛くあたられたら、僕の家に避難すればいい。特にできることもないけど、避難場所ぐらいは提供できるよ」

「……ほんと?」

「本当だよ」

「あたし、何度言っちゃうかもしれないよ?」

「それでもかまわないよ」

 

僕の提案に、何度も確認するように聞いてくる日菜さんに、僕は何度も頷き返す。

 

「………うん。あたし、ギターこのままやってみる」

 

僕の提案で、日菜さんの心配が少しでも軽減されればいいのだが……

 

「一君、ありがとう!」

 

それでも、日菜さんの満面の笑みでのお礼の言葉に、僕はどこか晴れやかな気持ちになることができた。

 

(それにしても、紗夜さんにそんな一面があったなんて……)

 

一度紗夜さんと話をしてみたほうがいいのではないかとも思うが、日菜さんが懸念していることがある以上、迂闊に動くことはできない。

結局のところ僕にできるのは、日菜さんの逃げる場所を用意することだけなのだ。

 

(お隣さんの妹のためとはいえ、えらいことに首を突っ込んでしまったような……)

 

これが、小説や漫画のように恋愛感情があってとかならまだしも、家族ぐるみの付き合いがあるという理由だけでやることではないレベルだ。

でも、僕はあの提案のことを後悔してはいない。

 

(僕も、呆れるほどの大馬鹿野郎だな)

 

そう苦笑しつつも、ここに来た本来の目的である弦の替えを買おうとした時、今度は持ってきていた携帯が鳴り始めた。

 

「誰だろう……って、RinRinさん?」

 

ポケットから携帯を取り出した僕は、相手を確認するとその相手はあこさんと一緒にパーティーを組んでいるRinRinさんだった。

何だろうと思いつつ、電話に出る。

 

「はい、奥……KAZUです」

 

いつもの癖で名前を口にした僕は、慌ててプレイヤーネームに言い換えた。

 

「あの、相談したいことが……あるのですが、お時間大丈夫、ですか?」

 

どうやら、今日の僕は相談屋のようだ。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

そんなどうでもいいことを考えながら、僕はRinRinさんに答えるのであった。



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第39話 ピアノ

誤字報告ありがとうございます。

気を付けているつもりですが、時々出たりすることがありますので、見つけた際はお手数ですが、間奏か誤字報告よりお知らせいただけると幸いです。


「えっと……確かこの辺のはずなんだけど」

 

RinRinさんの相談事に乗ることとなった僕は、彼女に指定された場所であるカフェテリアに向かっていた。

彼女から教えてもらった住所を頼りに向かったのだが、そこはカフェテリアではなくライブハウスだった。

場所は『CiRCLE』

前に湊さんと一緒にライブに立った場所だ。

 

(これでも、カフェテリアって言うんだ)

 

ライブハウスとしては珍しいタイプだったが、僕はとりあえずそのことを置いとくことにしえ、目的の人物を探すことにした。

 

(あ、いた)

 

その人物を見つけるのは意外にも早かった。

白と黒のゴスロリ(?)風の服装をしているRinRinさんの姿を見つけた僕は、席について落ち着きのない様子の彼女のもとに歩み寄る。

 

「お待たせしてすみません」

「い、いえ。こちらこそ……いきなり呼んだりしてすみません」

 

彼女に声をかけた僕は、一言断ってから彼女の向かい側の席に腰かける。

 

(本当は何か頼むべきなんだけど、今回は勘弁してもらおう)

 

「それで、相談というのは」

「はい。わたし、その……あこちゃんから、皆さんが演奏している動画を……見せてもらって……それで一緒に演奏を」

 

(うーん。要領を得ないな)

 

僕が相手だからか彼女の性格だからかは知らないが、どうにも話が見えてこない。

このままでは、彼女の言いたいことが伝わりづらい。

 

「RinRinさん、別に私は急いでいるわけではないので、落ち着いてゆっくりと順番に話してください」

「あ……すみません」

 

なので、僕は一度RinRinさんを落ち着かせることにしたのだ。

 

「私、昔ピアノを弾いていたことがあるんです。ただ……今はやってなくて」

「なるほど……」

 

どうしてピアノを弾くのを辞めたのか。

疑問は感じたが、今の話とは関係なさそうなうえに、あまり深く聞くのも気が引けた僕は、一度その疑問を忘れることにした。

 

「少し前に、あこちゃんから……皆さんが練習している光景の動画を、見せてもらって……一緒にピアノを弾いたら……楽しくて」

 

(楽しい……もしかして)

 

まだ断定はできない。

だが、彼女の話を聞く限りだと、共鳴現象が起こった可能性は高い。

 

「でも、あこちゃんや友希那さんたちのバンドには……奥寺君が……」

「何で僕の名前を……あぁ、あこさんから聞いたんだね」

 

名前を言われてびっくりしたが、考えてみれば動画を送っているくらいだから僕の名前を言っていたとしても不思議ではない。

僕も誰にも言うなとも言ってないし。

 

「それだけど、僕は彼女たちのバンドから抜けましたよ」

「え!?」

 

僕のその言葉に、RinRinさんは驚いたように目を見開かせる。

 

「元々組もうと思っていたバンドがあってそっちに入るために。だから、キーボードは今フリー。だからあなたがバンドに入りたいといえば、入ることだってできると思いますよ」

「そ、そんな……私は奥寺君みたいに、うまく弾けないです」

 

あこさんが送った動画というのがどの動画なのかはわからないが、さすがに彼女よりうまいというのはない。

 

「あはは。そんな謙遜を。動画と合わせて一緒に演奏して楽しいと感じることができたことが何よりの証拠じゃないですか。それに、私はたぶんあなたよりピアノは下手ですよ。ブランクありまくりですし」

「それは……奥寺君だって、コンクールで賞を取ったこと、ありますよね?」

「まあ、かなり前にだけど。あれこそただのまぐれだよ」

 

(あの時のコンクールのことを知ってる……調べたのかな)

 

あのコンクールはかなり大きなものだったので、調べればわかっても不思議ではない。

 

「そんなことないです。奥寺君は私の……」

「僕は……RinRinさんの何ですか?」

 

途中まで言いかけて俯く彼女に、僕はたまらず続きを聞くが、何も言おうとはしない。

 

「あの、覚えて……ないですか?」

「……大変申し訳ないけどさっきからあなたが何を言いたいのかがよくわからないんですけど」

「そう、ですよね」

 

悲しそうに目を伏せる彼女に、罪悪感を感じずにはいられなかったが、全く覚えていない以上何も言えることがない。

何より、あのコンクールは当時天狗になっていた啓介を叩きのめすために出た物なので、あまり覚えてもいないだけだけど。

 

「ただ、貴女が湊さんのバンドで一緒に演奏をしたいということは分かりました。僕でよければ今からでも湊さんに繋ぎをとりますけど、どうしますか?」

「それは……友希那さんのバンドの方達は、とても真剣に音楽をやってる中に、部屋で弾いているだけの私が入るのは………」

 

(なるほど、一歩を踏み出す勇気が出ない。ということか)

 

そうなると、こちらとしても詰みになる。

いくら強引に連れて行っても、当の本人がやる気がないとなると湊さんが加入を認めることはありえない。

 

「本当に、やりたいのであれば、時には思い切って……それこそ崖の上から飛び降りるくらいの勢いで、一歩を踏み出すべきです。もし、その勇気ができた時は、私に連絡してください。湊さんたちにあなたの演奏を聞いてもらえるように話を通しますから」

「ありがとう、ございます」

「いえ。RinRinさんのお役に立てずに、申し訳ないです」

 

僕のしたことなんて、彼女だったらとっくに結論を導き出しているはずだ。

だから、僕のしたことは何もないのだ。

 

「あの!」

 

話しも終わり、練習があるために”では”と、断りを入れて席を立とうとした僕に、RinRinさんは先ほどよりもはっきりとした声で、呼び止めてきた。

 

「わ、私の名前は……白金燐子って言います。その……同い年なので、敬語じゃなくても大丈夫、です」

「……僕の名前は、奥寺一樹。僕にも敬語は不要だよ」

 

こうして僕はRinRinさん……白金さんと名前を交換し合った。

その後、僕の携帯の電話帳の名前をプレイヤー名から、彼女の名前に変えるのであった。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

(今日、話せてよかった)

 

奥寺君が帰っていくのを見ながら、私は今日、彼と話をすることができたことを喜んだ。

 

(奥寺君やっぱり、私のこと覚えてないよね)

 

奥寺君の様子から見て、多分あの時のことを覚えていない。

私がピアノコンクールにでなくなったきっかけになった、あのコンクールで彼が言ってくれた言葉のことを。

 

(いつか、思い出してくれると、いいな)

 

思い出してくれた時、奥寺君が何を言うのかも、そして私がどうなるのかもわからないけど。

でも、思い出してくれると嬉しい。

だから、私は待つことにした。

奥寺君が、あの時のことを思い出すその時を。



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第40話 踏み出した一歩

あれから一週間が経過した。

僕たちのライブの準備も順調に進み、今は最終調整に入っている。

この分なら、十分にいい演奏ができるだろう。

とはいえ、油断は大敵だ。

何が起こるのかがわからないのが、ライブというものなのだから。

 

(そう言えば、湊さんたちはどうしてるんだろう?)

 

少しだけ心に余裕ができると、湊さんたちのことが気になった。

白金さんからは連絡がない。

でも、何かの拍子で、あこさん経由でバンドに加わるというのも考えられる。

 

(彼女はバンドに入ることができたのだろうか?)

 

気になりだすと、どうにも落ち着かない。

 

「一樹、帰るわよ」

 

校門のところで、いつものように森本さんと合流する。

 

「ごめん、ちょっと寄りたいところがあるから先に行っててくれる?」

 

なので、僕は湊さんたちのところに行くことにした。

僕の記憶が間違ってなければ、今日もいつものスタジオで練習をしている日だったはずだ。

 

「もしかして、寄りたいところって彼女たちの?」

「うん。僕も一時期は一緒にやっていたし、それに僕にも一因があることだから」

「全く。一樹って、変なところで責任感が強いのよね」

 

ため息交じりに言われると、なんだか傷つく。

 

「駄目かな?」

「別に。ただ、心配になるだけ。悪い連中って、そういうのを利用してくるから」

 

(僕って、もしかして詐欺にあいやすかったりするのかな?)

 

そんなことないと思いたいのはやまやまなのだが、心当たりがありすぎて胸を張って言えない。

 

「ま、いいわ。私は先に行ってるから、なるべく早く来なさいよ。うちのドラマーがうるさいから」

「あはは……気を付けるよ」

 

この前も、弦を買いに出かけて長い間戻ってこなかったことで怒られたのだから、立て続けに怒られるのは勘弁だ。

ちなみにその理由は日菜さんの相談や白金さんの相談に乗っていたことだけど、それを言うのはなんだか彼女たちのせいにしているみたいに感じたので、理由は話していない。

そんなわけで、僕は湊さんたちが練習しているスタジオに向かうのであった。

 

 

 

 

 

「失礼します」

「あ、一樹さん!!」

「あれ、奥寺君じゃん」

 

受付の人に湊さんたちが利用しているスタジオの場所を聞いて、向かうとあこさんはいつも通りのテンションでこっちに駆け寄ってきた。

それに続いて今井さんと紗夜さん達がこっちに来る。

 

(それにしても、もう顔パスになってるのね、僕って)

 

まさか、受付にいた人に声をかけただけで、何も言っていないのに湊さんたちが使っているスタジオを教えてもらえるとは思わなかった。

 

「何の用? 遊びに来たわけじゃないでしょ?」

 

半分自業自得だけど、湊さんの言葉はものすごく棘があった。

 

「いや、バンドのほうはどうなってるのかと気になって様子を見に来たんだけど……その様子だとまだ見つかっていないようだね」

「そうね。誰かさんのせいでね」

「湊さん、過ぎたことなので言っても仕方がないですよ。今、ちょうどそのことで話し合っていたんです」

 

(なるほど、白金さんはあこさんにも話していないようだね)

 

とりあえず現状は分かった。

だが、湊さんの棘のある言い方が、僕に罪悪感を感じさせて仕方がない。

今思えば僕の自業自得なわけだけど、それでも湊さんたちは貴重な時間を無駄にしているわけなのだから、嫌味の一つでも言って当然だ。

 

(どうするか……無理やり連れてきても逆効果だとは思うけど……)

 

僕は少しだけ躊躇して、一つの決断を下した。

 

「そんなみんなにお詫びのしるしとして朗報を持ってきたんだけど」

「え? 何々? もったいぶらずに教えてよ」

「キーボードのメンバー候補を見つけてきた。ピアニストだけど、実力は十分ある人物だよ。下手すれば僕と同等か……もしくはそれ以上に」

 

それは、彼女を半ば強引に連れていくことだった。

 

「本当ですか!?」

「それで、その人はどこにいるの? 一度演奏を聞きたいのだけど」

 

驚いた様子で声を上げる紗夜さんとは打って変わって、冷静ではあるが、こっちに詰め寄って聞いてくる湊さんを落ち着かせる。

 

「今から呼ぶところだから待ってて」

 

僕はそう言うと、携帯で白金さんの番号に電話をかける。

 

『も、ももももしもしっ』

 

(なんだか慌ててるけど、大丈夫かな?)

 

「あ、ごめん。今大丈夫?」

『は、はい。大丈夫、です』

 

とりあえず、白金さんに確認をとった僕は、本題を切り出す。

 

「この間の件だけど、どう踏み出す勇気はでた?」

『そ、それは……』

 

言葉を詰まらせる白金さんの様子に、僕はまだ勇気が出てないと把握する。

 

「嫌な言い方になるかもしれないけど、多分これを逃したらもう二度とチャンスは来ないと思うよ」

『………』

「人に気を遣うのも結構、考えるのも結構。でもね、最終的に重要なのは、やりたいかどうかだけなんだ。どうなの? やりたくないの? それともやりたいの?」

 

僕は白金さんがその一歩を踏み出せないのは、『自分には合わない』と思い込んで遠慮をしているだけだと考えたのだ。

 

『私……弾きたい、です』

 

しばらくの沈黙ののちに、絞り出すように電話先から聞こえてきた白金さんの言葉は、僕には想像がつかないほどの大きな決断だったと思う。

 

『私、あこちゃんたちと一緒に、弾いてみたいですっ』

「……わかった。それじゃ今から言う場所に来てもらえる? 場所は――――」

 

僕は今いる場所の住所を白金さんに伝えて電話を切る。

 

「今からここに来るそうだよ」

「それは聞いてるわ。私たちが聴きたいのは誰なのかよ」

 

散々待たされたからか、若干いらだった様子の湊さんに、僕は早々に名前を告げることにした。

 

「名前は白金燐子。彼女に関してはあこさんのほうが詳しいと思うけど」

「えぇ!? りんりん、ピアノ弾けるんですか!?」

 

(あ、知らなかったんだ)

 

白金さんのことだから、あこさんに話しているのかと思ったが、そうでもなかったらしい。

きっと彼女には彼女なりの想いがあって言えなかったのだろうと、心の中で思いながらあこさんに頷いて相槌を打つ。

 

「その方なら知ってます。私と同じクラスなので。ただ、お話したことはありませんが」

「調べればわかることだけど、有名なピアノのコンクールで受賞履歴もあるから実力は折り紙付き」

 

この間、彼女の名前で検索をかけてみたところ、色々なコンクールの受賞者欄に彼女の名前を見つけることができた。

ただ、そのどれもが昔の物ではあるが、その中にも有名なコンクールの物もあった。

 

「そう……教えてくれてありがとう」

「まあ、これもお詫びということで。……待つんだったら外で待っていてあげたほうが迷わないで済むと思うけど」

「え? 奥寺君も一緒に待たないの?」

 

後を彼女たちに任せようという意味を込めた僕の言葉の意図に気づいた今井さんが、慌てた様子で聞いてくる。

 

「うん。皆を待たせてるからこっちもこっちで練習をしないと。変に足を引っ張るのも嫌だからね」

「えーっ。一樹さんにもあこたちの演奏見てもらおうと思ったのに……」

「それはライブの時の楽しみにしておくよ」

 

不満げに頬を膨らませるあこさんに、僕は宥めるようにそう言うと、スタジオを後にしようとしたところで、ふと思いだしたことを近くにいた湊さんに伝えることにした。

 

「この後のオーディションの、評価ポイントの一つにあこさんの時と同じことを感じるかどうかも含めてもらえる?」

「……? 別に構わないけど」

 

僕の言葉の意味することが分からないのか、首を傾げつつも頷く湊さんの反応を見て、僕はもう一度みんなに”それじゃまた”と告げてスタジオを後にした。

 

 

 

 

 

自宅への帰り道、僕は一人で考え事をしていた。

 

(少しだけ強引だったけど、大丈夫かな)

 

あの時、白金さんが中々一歩を踏み出せないのは、『自分には合わない』という思い込みだと僕は推測を立てた。

その場合は、強引にでも引っ張り出して演奏をさせて見て自分のその思い込みに対する答えを出させるのが一番なのだ。

だが、もしそれが誤りで『過去のトラウマ』によって、できないのであれば、僕のしたことは白金さんを傷つけることにもなりかねない。

 

(白金さん、うまくいけばいいんだけど)

 

もう今更悔やんだところで手遅れだ。

僕にできることは彼女がちゃんと演奏ができることを祈ることしかない。

そして、そのすべての責任を僕がとるのだ。

バンドに入った入らないに関係なく。

 

「っと、駅に着いたんだ」

 

いつの間にか駅の前まで来ていた僕は、駅の中に足を踏み入れるのであった。

 

 

 

その後、あこさんからメッセージで白金さんがオーディションに合格したということを知るのであった。




多分後二話ほどでこの章は終わります。
次章は……シリアスです。



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第41話 名前

白金さんが湊さんのバンドに加わり、あちらも一つのバンドの形として完成した。

そうなれば、後は練習あるのみだ。

そんな中、一つだけ気になることがあった。

 

 

 

ある日の昼休み、たまたま廊下で鉢合わせになった今井さんと湊さんに、僕はその疑問をぶつけたのだ。

 

「え、バンド名?」

「うん。ずっと名前を付けずにやっていたから、どうなったんだろうと思って」

 

それはバンドの名前だ。

僕が抜けるまで、バンド名は確定してはいなかった。

いや、そもそも練習に集中して、そう言ったことを考えてすらいなかったといったほうが正しいかもしれない。

そんなバンド名が、決まったのかどうかが今更ながら気になったのだ。

 

「それなんだけど……」

「まだ、思いつかないわ」

 

バツが悪そうに湊さんのほうを見て言葉を濁す今井さんの言葉に続いて、湊さんはきっぱりと言い切った。

 

「……大丈夫?」

「色々と考えてはいるのだけど、これだというものが浮かばないのよ」

「うーん。僕が力になれればいいんだけど……」

 

僕は、どうしたものかと考え込む。

『Moonlight Glory』は、完全に田中君たちが名付けているので、あれだが『hyper-Prominence』に関しては僕が名前を付けている。

その由来は、僕たちが目指す頂点である『Prominence』を超えて行こうという意味を込めての先頭にhyperをくっつけただけの、いたってシンプルなものだ。

 

「……意外と、そういう自分のバンドの方向性とかでこれだと思う単語とかがいいと思うって、田中君が言ってたよ

 

変にぼろが出るのもあれなので、田中君が言ったことにした。

 

「なるほど……貴重な意見ありがとう」

 

僕に柔らかい笑みを浮かべてお礼を言う湊さんに、僕は目を丸くさせる。

 

(湊さんって、そういう表情もできるんだ)

 

本人の耳に入れば怒ること間違いなしの内容を、僕は心の中で思っていた。

それは仕方のないことだ。

何せ、湊さんが笑ったり微笑んだりしているのを見たことが、僕の記憶の中では一切ないのだから。

 

「おやおや~、奥寺君友希那に一目ぼれ~?」

「ちがいます」

「そんなにきっぱりと言われると、なんだか友希那がかわいそうに思えるんだけど」

 

苦笑しながら言う今井さんだが、そうでもしないと変な噂を広められかねない。

 

「リサ、私は先に行くわよ」

「あ、ちょっと友希那ってば! ごめんね奥寺君、また今度っ」

 

そして、僕たちのやり取りに興味を失ったのか、湊さんはすたすたと歩きだすのを、今井さんが慌てて追いかける。

 

(大丈夫かな……本当に)

 

なんだか不安を感じずにはいられない。

そんな彼女たちとは対照的に、僕たちのバンドのほうは順調だったのも皮肉なものだ。

今行っている練習は、本番に近い練習であり、最後の仕上げだ。

この調子なら、本番は文句なしの大成功は確定となるだろうが、それでも僕たちの中で慢心している人は誰もいない。

こうして、ついに僕たちはライブの日を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブ当日。

ライブハウスの壁に貼られたポスターには、今日のライブに出演するバンドの名前が書きだされていた。

 

(演奏順となると、僕たちは……)

 

「トリ、だな……」

 

一緒にポスターを見ていた田中君が、僕の心を読んでいるかのようなタイミングで言葉を漏らす。

 

「インパクトは強い分」

「プレッシャーも大きい……ね」

 

トリというのは、尤も観客に対してのインパクトを強めるメリットがあるのと同時に、それまでに演奏してきたバンドを上回る演奏をしなければいけないというデメリットもある。

 

「でも、俺たちのすることはいつもと変わらないだろ。ステージの上は常に決闘の場」

 

田中君が突然口にし始めたその言葉

 

「決して驕らず侮らず」

 

田中君に続くように啓介も口を開く。

 

「自分が持つすべての技術を駆使してライブに挑む。そしてなにより」

『オーディエンスを忘れるな』

 

最後の言葉は僕たち全員がそろった。

その言葉は、僕が小さいころから父さんに何度も何度も言われていた、ライブをやるうえでの心得だった。

姿かたちが変われど、僕たちが必ず守らなければいけないものとして、僕たちの心の中に刻まれている。

 

「これこそ、俺たちがやるべきライブ……だろ?」

「うん……そうだね。ちょっと不安だけど、頑張るっ」

「僕も、いつも通り最善を尽くすよ」

 

こうしてみると、やはり田中君がリーダーとして適しているなと常々感じさせる。

僕は一度大きな過ちを犯している故に、どうしてもそう思わずにはいられない。

 

「どうしたんだよ、一樹。皆とっくに中に入っちまったぞ」

「あ、ごめん。もう少しだけこれ見てくよ」

 

気が付けば、僕と啓介以外の姿が見当たらなかったが、僕は気持ちの整理も込めてその場に残ると告げると、啓介は納得したのか、ライブハウス内に入って行った。

 

(いろんなバンドが出るんだな……でも、湊さんのバンドが見当たらない)

 

先ほどから探しているのだが、中々見つけることができない。

もっとも、彼女達のバンド名が分からない時点で、探しても無駄なような気がするが。

 

「あれ、一樹さん!」

「ん? あこさんに今井さんに白金さん」

 

聞きなれた声のほうに顔を向けると、そこにはあこさん率いる白金さんと今井さんの姿があった。

 

「やっほー。こんなところで何してるのかな?」

「あなた達のバンドの名前を探してたんだけど……」

「えっと……奥寺君。名前、知ってたっけ?」

 

言いづらそうに聞いてくる今井さんに、僕は首を横に振って応えた。

 

「それじゃあ、わからないと思うんだけど」

「そのことにさっき気づいた……名前、教えてもらえる?」

「ふっふっふ……闇の力が……ばーんっとせし時に……現れし、我らの名は、”Roselia(ろぜりあ)”なり!」

 

僕の疑問に、セリフめいた口調で答えるあこさんだが、あまり意味が分からなかった。

しかも、途中で白金さんが耳打ちしているし。

 

(ああいうのって中二病って言うんだっけ? 昔も啓介がよくやってたっけ)

 

啓介いわく格好いいからと言っていたけど、僕はいまだにそれが理解できていない。

きっとあこさんのもそういうのだろうと思いつつも、ようやく知ることができた湊さんのバンドの名前をもとに、もう一度ポスターに視線を戻す。

 

「あ、一樹さん達のバンドはあこたちの次何ですね」

 

僕達の名前の上に記されていた。

あこさんは”楽しみです”とプレッシャーに近い言葉を投げかけてくる。

 

「私も……楽しみ、です」

 

しかも白金さんもそれに続いてきた。

 

「二人してプレッシャーかけるのやめてほしいんだけど」

「奥寺君でも緊張することってあるんだね」

「今井さんは僕を一体何だと……僕だって人並みに緊張はするよ」

 

そう、緊張しなかったことは一度もない。

でもその緊張を一緒に感じて支え合ってくれる仲間がいるからこそ、僕はそれを乗り越えることができているのだ。

 

「よーし! Roseliaと、むーん……えっと―「わからないんなら、ムングロでいいよ」―ムングロの初ライブ頑張ろうっ! おーっ」

 

景気づけに、声を上げるあこさんが僕たちのバンド名で言葉を詰まらせたので、略称を教えると、すかさずそれを使ったあこさんに苦笑しながら位、僕は同じく”おー”と言いながら片手を上げることでそれに応える。

 

「「……お、おー!」」

 

そして、それに送れて白金さんと今井さんも続くが、二人が緊張しているのがビシビシと感じられた。

今井さんの言葉を借りるのであれば、彼女が緊張してるところが想像できなかっただけに、意外だった。

 

「あれ? りんりんだけじゃなくて、リサ姉も緊張してる?」

「ッ!? し、してない。してないよ……ダンスの大会でも一緒にステージに出てるじゃん。あはは……」

 

そう言っている今井さんだが、明らかにごまかしているのは見え見えだった。

 

「今井さん、一つだけアドバイス」

「え?! な、なにかな」

 

気が動転しているからか、声がうわづっている今井さんに、僕は言葉を続ける。

 

「ステージの上に立ったら、初心者だろうがプロだろうが関係なく、一人のミュージシャンになる。だから、もし不安とかあるんなら、死ぬ気で演奏して」

「……奥寺君」

「それじゃ、僕は行くから……頑張って」

 

それは、僕が小さいころに父さんに言われた言葉だった。

僕はあの時、意味も分からずに無我夢中で演奏をしていたが、それが正しいのかどうかは分からなかった。

でも今ならそれが正解だったと理解できる。

とはいえ、僕の言葉が今井さんに、どのように伝わったかは知らない。

もっとわかりやすく言うこともできたような気がするが、僕にとってはこの言葉のほうがしっくりとくるのだ。

 

(さあ。僕も気合を入れますかっ)

 

僕はこの後来るであろうライブに向けて、もう一度気合を入れつつ皆の待つ場所に向かうのであった。



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第42話 初陣

ついに始まったライブ。

僕たちは他のバンドの人たちがいる待合室に備え付けられている大型のモニターで、ステージの様子を見ていた。

会場で見るのよりは劣るが、雰囲気はなんとなくわかるので、そんなに悪い物でもない。

参加しているどのバンドもレベルは高く、純粋に楽しめるバンドばかりだった。

 

(これはやりがいがあるな)

 

そんなことを思いながら僕はモニターを見ていた。

そして、今演奏しているのは、湊さん率いるバンド『Roselia』だ。

 

『ラスト、聴いてください。”BLACK SHOUT”』

「すげーな」

「……うん」

 

待合室のモニターから流れる、彼女たちの演奏に、僕たちは言葉も出なかった。

僕たちが想像しているよりもかなりレベルが高い。

楽曲もまた良い。

会場が彼女たちの色に染まっているということは、モニター越しでもわかるほどに。

 

(技術は高い……でも)

 

圧倒される演奏技術。

今回が初ライブでもある今井さん達も、初めてとは思えないほどに堂々として素晴らしい演奏をしている。

所々で、ミスやテンポの乱れなどが見受けられるが、それすらを吹き飛ばしてしまうほどに強烈な湊さんと紗夜さんの演奏は、圧巻だ。

でも、そんな彼女たちの演奏はあまりいいものでもない。

 

「なんだか、堅苦しいな」

 

その僕の気持ちを代弁するように、田中君が感想を漏らす。

 

「なんだか、演奏のレベルほど、あんまり波が来ないわね」

 

それに森本さんも続く。

Roseliaの演奏は確かにすごい。

だが、それは技術力だけを見ればだ。

 

「Moonlight Gloryさん。お願いします」

『はいっ』

 

そんな時、待合室に来たスタッフの人の言葉に返事をした僕たちは、ステージに向かうべく待合室を後にした。

僕と田中君が先頭を歩く中、少し先のほうに湊さんたちの姿が見えた。

 

「あ……」

「あなた達が最後ね」

 

近くまで歩み寄った湊さんは、足を止めるとそう僕たちに声をかけてきた。

 

「あなた達の演奏、見せてもらうわ」

 

それだけ言って、湊さんは僕たちの横を通り抜けていく。

それに続いて紗夜さん達も足を進める。

 

「み、皆さん……頑張って、くださいっ」

「奥寺君、明美ファイト☆」

「一樹さん、頑張ってくださいね!」

 

白金さんや今井さんたちの応援を受けながら、僕は彼女たちの背中を見送った。

 

「………」

「言いたい奴には言わせとけ。行くよ」

 

隣に立っている田中君の表情が険しくなっているのに気づいた僕は、そう告げるとステージに向かって歩みだす。

それに続くように、みんなも歩き出した。

 

(余裕でいられるのも今のうち。僕たちの実力を見るといい)

 

湊さんの余裕そうな表情に、僕は少し不快感を抱いていたのだ。

だからこそ、僕は改めてこのライブを成功させるんだと決意を新たにステージに向かうのであった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

「うわぁ、やっぱり会場はRoselia一色だな」

「ええ。やられたって感じね」

 

ステージ袖に立った一樹たちは、会場内の空気を感じ取って感想を口にする。

だが、彼らの表情に焦りの色などもなく、言うなれば

 

「ま、それもいつものことだけどね」

 

”いつものこと”の一つなのだ。

 

「私たちは自分の演奏をするだけ。でしょ?」

「が、頑張るね!」

「よしっ。いっちょ暴れるか!」

 

全員の士気が高まったところで、聡志がそう告げてステージに上った。

それに続くように一樹たちもステージに上がる。

どのような演奏が始まるのか。

観客たちの期待に満ちたざわめきの中、各々の楽器のセッティングを素早く済ませていく。

 

『皆さん初めまして。私たちは―――』

『Moonlight Gloryです!』

 

明美のMCに合わせるように、啓介たちはバンド名を口にした。

 

『まずはメンバー紹介します! 私はボーカル&ギターの森本明美です』

『わ、私は……ベースの中井裕美です』

『このイカした俺は、佐久間啓介。キーボードだZEI☆』

『俺は、ドラムの田中聡志だ』

『私は、ギターの奥寺一樹です』

 

各々が自己紹介をする中拍手が起こるが、啓介の時だけは空気が凍り付いたのは、もはや恒例行事なのかもしれない。

 

『それでは。まず一曲、聴いてください。”バンブーソード・ガール”』

 

そして、彼らの演奏が始まった。

 

 

 

ところ変わって、待合室。

演奏が終わった解放感からか、幾分か余裕が出てきた彼女たちは一樹たちの演奏を見るべくモニターを集中してみていた。

 

「キーボードの子、完全に引かれてたね」

「当然よ」

 

リサの言葉に、友希那は冷たく切り捨てる。

 

(何で……)

 

そんな中、紗夜はショックを受けていた。

 

(何で、一樹さんが……私と同じギターを)

 

紗夜の中では、一樹はキーボードしかできないということになていたため、それとは別の楽器……しかも自分のと同じギターであることに驚きを隠せなかったのだ。

そんな中、演奏が始まった。

 

『っ!?』

 

突然始まったその演奏に、友希那たちだけでなく待合室にいた者たちも息をのむ。

始まりから凄まじいテンポの曲調もさることながら、彼らの演奏の勢いがそうさせたのだ。

 

(な、なんなの……映像越しなのに押さえつけられるこの感覚はっ)

(すごいすごい! みんなカッコいい!)

(すごい……私なんかより……ッ)

(あのベースの子、アタシより……すごい)

 

友希那たちは、彼らの演奏に圧倒され、モニターから目が離せないでいた。

それは会場もまた同じで、演奏を始めてから観客たちはどよめいていた。

 

「友希那も最高だけど、この子たちもすごいわ!」

「何者なの!?」

 

そのどよめきはやがて、熱へと変わり会場内を一気に温めていく。

 

(観客たちの反応は上々。この調子で行こう)

 

それを感じ取った一樹は、心の中でそう呟きながらも演奏を続けていく。

2曲目の『エンヴィキャットウォーク』では、独特な曲調と、テンポアップで観客たちを盛り上げていく。

そして、2曲目が終わるころには、観客たちは彼らに夢中になっていた。

 

『名残惜しいですが、次が今日のラストです』

 

MCを務める明美のその言葉に会場からは惜しむ声が沸き上がる。

 

(一発目のライブでこの反応……うんうん、とっても嬉しいわね)

 

『今日はこれで終わりですけど私たちはこれからもライブをやるので、また見に来てくださいね! では、聴いてください……”命のユースティティア”』

 

観客たちの反応に、明美は心の中で微笑みながらも曲名を口にする。

聡志のカウントによって、演奏は始まった。

最初に明美が歌い出し、それが終わるのと同時に一樹はスライドで音に刺激を加えた。

その直後のドラムに、会場にいた観客たちは全員が仰け反る。

まるで、見えない何かに押されるようにして。

こうして、このライブで観客たちにMoonlight Gloryの名は鮮明に記憶されることになるのであった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

「いやー、いつにもなく最高のライブだったな!」

「ああ……こんなの初めてだ」

 

ライブも無事に終わり、外に出た僕たちは先ほどのライブの余韻に浸っていた。

 

「不思議だよね。私たちもっと大きなところにも立ったのに」

 

中井さんが不思議そうに首を傾げて言葉を漏らす。

 

「そうだよな。なんか今日のほうがめっちゃくちゃ最高な気分何だけど……いったい何が違うんだ?」

 

それに頷いて啓介も首を傾げる。

確かに、ステージの規模はこれまで立ってきた場所よりも小さい。

なのに、僕たちは今回のステージのほうが一番よかったと思っているのだ。

 

(そう言えば、この感じ前にも……)

 

それは、湊さんと一緒にステージに立ったあの時のことだ。

あの時も、今のような高揚感を感じていたような気がする。

 

(あの時と今回の共通点って……あ)

 

少しだけ考えて、すぐにわかった。

 

「もしかしてだけど、顔を出して演奏しているからじゃない?」

『……ああ!』

 

僕の推測に、全員がそれだ!と言わんばかりに声を上げる。

これまで、僕たちがhyper-Prominenceとしてステージに立つときは素性を隠すために白装束を身に纏っていた。

観客たちの熱や反応は分かるけども、それは壁のようなもので緩和されていたのかもしれない。

でも、今回はそれをダイレクトに受けている。

観客たちがノッているのを感じて、自分たちもさらにノッてくる。

それが、あの高揚感の正体なのかもしれない。

とはいえ、このままhyper-Prominenceでいる限り、一生それを感じるのは不可能に近い。

素性がわかることによる弊害は大きい。

面倒ごとに巻き込まれる可能性だってあるのだ。

 

「なあ、一つ提案だけどさ」

 

そんな中、控えめな様子で啓介が声を上げる。

全員が啓介のほうを無言で見て先を促す。

でも、僕にはなんとなく啓介が言い出しそうなことがわかったような気がした。

 

「これからもたまにでいいから、Moonlight Gloryとしてライブしないか? いや色々と大変なのは分かるけど、でも――「落ち着け啓介」――え?」

「誰も反対と入ってねえだろ。なあ?」

 

後半になるにつれて慌てて説き伏せるように話しだす啓介に、田中君はそう声をかけながら僕たちのほうに振ってきたので、僕たちは頷いて答えた。

 

「頻度は少ないけど、これからも気分転換にやってみるのもいいわね」

「うん。修行みたいだね」

「僕も、色々と試したいテクとかあるし」

 

なんだかんだ言って、僕たちはあのステージですっかりダイレクトに感じる観客たちの熱という刺激に酔いしれてしまったのかもしれない。

 

「それじゃ」

 

それでもかまわない。

 

「Moonlight Gloryの活動もがんばるぞー!」

 

これが僕たちの新しい一歩なんだから。

さしずめ、今日この日がその始まりなんだ。

 

『おー!』

 

僕たちの声はすっかり暗くなった夜空に吸い込まれていく。

 

 

 

だが、この時の僕は知らなかった。

このライブによって、凄まじい悪意ある魔の手が僕たちに迫っているということに。

 

 

第4章、完




ということで、今回で本章は完結となりました。
最後になんだか思わせぶりな感じになっていますが、つまり……そう言うことです(汗)

それでは、次章予告をば。

――

ライブを成功させた一樹たちは、いつも通りの日常が戻りつつあった。
そんな彼のもとに友希那が訪ねてきて……

次回、第5章『忍び寄るもの』


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第5章『悪意』
第43話 デビュー


大変お待たせしました。
今月もよろしくお願いします。


あのライブも終わり、いつも通りの日常が戻った。

なんだかんだで忘れていたが、湊さん達にも僕たちのバンドの本気度が伝わったと思う。

 

(これで、また静かな毎日が―――)

 

「ねえねえ、ちょっといい?」

「な、なんですか?」

 

戻ってくると思った矢先、クラスメイトである二人の女子がそわそわしながら声をかけてきた。

 

「ここに載ってるのって、奥寺君?」

「え? ………ゲッ!?」

 

女子生徒が僕に見せるように開いた何かの雑誌のページを見た僕は、思わず引きつった声を上げてしまった。

そこに写っているのは、楽器をもってステージに立つ僕たちの写真だったのだ。

そのページの見出しには『すい星のごとく現れし新生バンド、Moonlight Glory爆誕!』というタイトルまでつけられていた。

 

――X月X日に開催されたライブイベントにて、さらに期待のバンドが爆誕した。

その名も『Moonlight Glory』。

その演奏はプロ顔負けであり、ダイナミックなドラムや寸分たがわぬ音を奏でるキーボード、ほかの音に埋もれぬように存在感を高めるベース、そして壮絶なテクで会場を魅了するギターが特徴だ。

楽曲は、変わり種が多いが、そのどれもが活き活きとしている。

今後のライブの予定は不明のようだが、彼らのバンドが動向に注目したい。

 

その雑誌に書かれていた記事の内容を要約すると、そんな感じだった。

 

「ねえねえ、今度いつライブするの?」

「次は私も誘ってよ!」

「あー、清美ズルい!」

 

(さようなら、僕の穏やかな日々)

 

なんだかどんどん集まってくる女子たちのやり取りを呆然と眺めていた僕は、心の中で儚くつぶやくのであった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第5章『悪意』

 

 

 

「困ったわね」

「困ったな……」

 

昼休み、森本さんと音楽室で落ち合った僕たちは、お互いに頭を抱えていた。

もちろん理由は一つしかない。

 

「イベントの内容は理解してたつもりだけど、まさかこうも大事になるとは思ってもいなかったわ」

 

僕たちのことが記事に載ったことだ。

 

「流石に去年出なれたけど、だからと言ってちやほやされるのは、少し落ち着かない」

 

今日の休み時間だけで、何十人の女子たちから声をかけられたり、遠巻きに見られたりと居心地が悪くてしょうがなかった。

まだ声をかけてくる方がマシだ。

とはいえ、向こうも悪意があってやっていることじゃないだけに、拒絶するわけにもいかず。

そんな状況に森本さんも陥っていたのか、昼休みになって耐え切れなくなり、音楽室に向かうとちょうど同じタイミングで音楽室前で出くわして今に至るのだ。

 

「とにかく、帰ってから皆で話し合って対策を決めましょう」

「そうだね………まあ、結論は何となく想像つくけど」

 

とりあえず、考えなければいけないことは一応蹴りはついた。

そんな時、ノックの音が聞こえてきた。

 

「あなたは……」

「湊さん、それに今井さんまで」

 

ノック音がした出入り口には、湊さんと今井さんの姿があった。

湊さんは無表情で、今井さんは申し訳なさそうに苦笑していた。

 

「奥寺君、あなたに用があってきたの」

「用って……僕にはないんだけど」

 

今までのこともあるので、軽快して彼女の動きを待つ。

 

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。別に無理やり勧誘するつもりはないわ」

「……用件は?」

「あなた達の演奏。とてもよかったわ。どのパートも高い実力で素晴らしい演奏だった」

「うんうん、アタシなんて、思わず仰け反っちゃたよ☆」

 

警戒を緩めることのない僕に、湊さんが口にしたのは意外にもこの間のライブの感想だった。

今井さんも照れ笑いを浮かべながら続くが、そのどれもが好意的なものだった。

 

「それじゃ、一樹の件はあきらめてくれるわよね? あなた達の演奏も十分素晴らしいものだというのは変わりないのだから」

「ええ。奥寺君がバンドを抜ける件()、約束通り認めるわ」

 

森本さんの挑発めいた口調の言葉に、湊さんは頷くが、その言葉のニュアンスに僕は引っ掛かった。

 

「”は”って……それって、どういう意味?」

「奥寺君。改めて、あなたに私たちのバンドのコーチをお願いするわ」

 

湊さんから出されたそれは、とても合理的なものだった。

約束したのはあくまでも”バンドを抜けること”だ。

関わりを持たないことを約束したわけではない。

 

「ちょっと湊さん。さすがにそれは都合が良すぎないかしら?」

「悪いけど、今は私と奥寺君とで話をしているの。いくらあなたが彼女でも、それに割って入るのはどうかと思うわ」

 

湊さんと森本さんの間で火花が飛び散っているような気がするほど、二人は無言でにらみ合う。

 

「森本さん」

「……わかったわよ」

 

流石は幼馴染といったところだろうか。

名前を呼んだだけで、僕の言おうとしていることを察した森本さんは、ため息を漏らしながらも一歩後ろに下がり、見ているだけの姿勢をとる。

 

「湊さん。条件さえ呑んでくれるのであれば、喜んでコーチの件引き受けたい」

「……その条件は?」

「僕たちのバンドの活動と湊さんのバンド……Roseliaとの練習やライブなどの活動がかぶった時は、こちらを優先させてくれること」

 

あの時、一番支障をきたす原因になったのは、僕が二つのバンドを両立できなかったこと。

だからこそ、あえて自分たちのバンドに優先させるようにしておくことで、問題になりそうな因子を取り除こうと考えての条件だった。

対する湊さんは、視線を下に落として少しだけ険しい表情で考えこんでいたが、再びこちらに視線を戻すと

 

「いいわ。その代わり私たちのバンドにすべてを賭ける覚悟でやって頂戴」

「もちろん」

 

コーチということは、彼女たちの練習の一つの指針にもなりうる存在。

手を抜くなんて選択肢は、僕の中にはなかった。

こうして、僕は湊さんのバンド……Roseliaのコーチという形に収まるのであった。

 

 

 

 

 

「ということで、一つ練習の日程を調整したいんだけど」

 

放課後、いつものように僕の家のリビングに集まった啓介たちに、昼休みにあった出来事を説明して協力をお願いしたところ

 

「甘いな」

「甘いぜ」

「甘いよ」

「甘々だね」

 

みんなから一斉にブーイングをもらってしまった。

 

「って、森本さんあの時いたじゃん!!」

「いや、いたけどあえて口を挟まないで上げたの」

 

片目を開けてこちらを見るその表情は、いたずらが成功した小悪魔のようなものになっていた。

 

「……そんなに僕って甘い?」

「ああ。お人よしもいいとこだ」

「別に、ただ甘くしてるわけじゃないよ。ちゃんと僕にも考えてることがある」

 

僕の言葉に、田中君は”ほほう”と声を漏らすと両腕をくんでこちらを見つめる。

その目は、”話してみろ”と言っているようなものだった

 

「湊さんのあの目、気にくわないほどに似てるんだよ」

「誰にだ?」

「僕が一番嫌っている奴」

 

僕は一度そこで言葉を区切ると、こう続けた。

 

「ミュージシャンという名の人殺しにね」

『……っ』

 

僕が誰のことを言っているのかが分かったみんなは、全員息をのんだ。

 

「湊さんは、確かに才能もあるし実力もある。何より、音楽に対する意識……理想が高い。だからこそ、だ」

 

僕は一度そこで言葉を区切る。

 

「だからこそ、彼女は知るべきだ。その理想が鋭い刃となり、凶器となりバンドメンバーを傷つけていくことを。でも、湊さんは高すぎる理想が、時にして人を殺める凶器になることをわかっていない。本当は関わるべきじゃないとは思うけど、でも彼女たちの才能を無駄にするのを僕は防ぎたいんだ」

「一樹……本気、なんだな?」

 

僕は無言で、田中君から目をそらすことなく頷く。

高すぎる理想は、時にして人を傷つける凶器にもなる。

それを知っているからこそ、同じ思いをさせたくはない。

でも、それは湊さんというわけではなく、紗夜さんたちにという意味だけど。

 

「わかった。一樹がそこまで考えて決めたことだ。俺たちも最大限できる限りで応戦させてもらうぜっ」

「皆……ありがとう!」

 

サムズアップをしながら快く協力してくれるみんなに、僕は深々と頭を下げてお礼を言う。

本当に、僕は言い幼馴染を持ったと思う。

 

「して、一樹よ」

「何、啓介?」

 

そんな中、真剣な面持ちで僕に話しかけてきた啓介はこちらに歩み寄ると

 

「Roseliaのリサ様と話をする機会をプリーズ」

 

と言ってきた。

 

『………』

 

そして啓介に浴びせられる冷たい視線。

 

「さて、練習日程を考えるか」

「「「異議なし!」」」

 

怒るのも面倒と感じたのか、啓介を無視して話を勧めようとする田中君を止める者は誰もいなかった。

 

「いや、異議ありまくりだから!! 一樹のハーレム王国を防ぐという重大な話しが――――」

 

啓介の異論の声を放っておいて、僕たちは話合いを続けていくのであった。




あらすじのほうに記載しておりますので、ご存じだとは思いますが今月より、投稿を毎週日曜日の午前0時とさせていただきます。

これまで、完成したら投稿というか形をとっておりましたが、こういった形式が自分にはあまり合わないため、急遽変更させていただくことになりました。

読者の皆様には混乱を招いてしまい大変申し訳ありませんが、ご容赦いただけると幸いです。


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第44話 予兆

だんだんとシリアスっぽくなっていきます


あれから数日が経過したある日の朝。

僕たちはいつものように学園に向かっていた。

 

「そう言えば、今日が初めての練習日だったよね」

「うん。湊さんから伝えられたスケジュールが間違って無ければだけど」

 

途中、中井さんが切り出した話題に答える。

湊さんからどういった流れかは知らないが、森本さんを介してきた連絡では、今日の放課後の練習が僕のコーチのデビュー日ということになる。

 

(色々心配だけど、でもやるっきゃない)

 

「一樹、聡志から伝言。『入り込むな』だって」

「……わかってる」

 

田中君の言わんとすることが分かった僕は、そう返した。

 

(大丈夫……大丈夫)

 

ふいに心の中に芽生えだした不安に、何度も自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやくとそれは少しだけ和らいだ。

 

「あ、そう言えばこの間雑誌で新しいバンドがデビューするって言ってったよ」

「へぇ、どんなバンド?」

 

重い雰囲気になりかけているのを察した中井さんが、空気を換えようと話題を変えた中井さんに、森本さんが相槌を打つ。

 

「なんだかね、アイドルバンドらしいよ」

「……なんか、変なものが頭にくっついてない?」

 

僕のツッコミに、中井さんも苦笑するしかなかった。

でも、思わずツッコまずにはいられないほど、”アイドルバンド”というのは、聞きなれない単語だったのだ。

 

「何でもね”演奏して踊るアイドル”という意味合いで名付けてるらしいよ」

「アイドルと言えば、ダンスとか振り付けだけでも大変そうなのに、演奏までするなんてね……着眼点がいいというかなんというか」

 

森本さんの何か言いたげなその言葉は、呆れているのかそれとも感心しているのか。

どちらなのかをくみ取ることはできなかった。

 

「でも、”生演奏”って言ってるぐらいだから、かなりの実力だと思う。千聖ちゃんがいたのは意外だったけど、でも私も同じベーシストとして負けられないなって思ったんだ」

 

(白鷺さんも? 確かに意外だな)

 

白鷺さんと音楽というのはなかなか想像できなかっただけに、意外だった。

もちろん、幼いころからベースをやっていたという可能性もあるけど。

 

「……やる気もほどほどにね。中井さんものめりこむとやばいタイプだから」

「もぅ、一樹君は一言余計っ」

「ふふ……ところで、そのバンドの名前って?」

 

頬を膨らませる中井さんにクスクスと笑いながらも疑問を投げかけた森本さんに、中井さんは

 

「Pastel*Palettesって言うんだよ」

 

と応えるのであった。

 

「でもすごいよね~。二週間前に結成して、今週末にデビューライブをやるんだから」

 

(アイドルバンドか。啓介が知ったらまた雄たけびを上げてライブに行くんだろうな)

 

新しいバンドの偵察という大義名分で行きそうだ。

ただ、一つだけ気になる点が。

 

(結成して二週間でデビューライブ……大丈夫なのか?)

 

僕が言うのもなんだが、結成して二週間でライブができるとなると、相当の才能や実力を求められる。

完全に僕たちには関係のないことではあるが、若干不安になる。

とはいえ、本当に関係のないことなので、特にそれ以上考えることはなかった。

 

 

 

 

 

放課後、制服のまま訪れたのは、いつもRoseliaが練習で使っているスタジオ。

 

「えっと……ここだよね」

 

顔なじみになっているのは相変わらずで、入った途端受付の人から彼女った位が使っているスタジオの場所を伝えられたのだが、これはもはやご愛敬というものだろうか?

それはっともかくとして、スタジオのドアの前まで来た僕は、ドアの取っ手をつかむ手に自然と力を込めていた。

それも無理はない。

これまではプレイヤー……奏者として、ここを訪れていた。

でも、今日からはコーチとしてここを訪れることになる。

皆には啖呵を切ったが、果たして僕はどこまで力になれるのか……それが不安だった。

 

(まあ、なるようになるしかないか)

 

結局は行き当たりばったりになるが、それでも手の力は少し抜けていた。

 

「おはようございます」

「あ、一樹さん!」

「おー、久しぶりだねー」

 

中に入った僕を出迎えたのは、いつものように明るく元気なあこさんに、フレンドリーに接してくる今井さん、そしてその後ろでやや緊張気味に会釈をする白銀さんの三人と

 

「一樹さん、そんなにこっそりと入らないで堂々と来てください」

「奥寺君、45秒の遅刻よ」

 

小言を口にする紗夜さんと湊さんの二人だった。

 

(秒単位って……どんだけ細かいんだろう)

 

確かに、遅刻だけど。

 

「あなたは、コーチではあるけど立派な私たちRoseliaの一員よ。次からは遅れずに来て」

「……ごめん」

 

どんな理由があれ、遅刻をしたのは事実なので僕は素直に謝る。

でも、それと同時に彼女が僕を湊さんのバンドRoseliaの一員と認めてくれたことが、ちょっとだけ嬉しくもあった。

少し前までに抜けようとしていたのに、なぜか嬉しく思えたのだ。

つくづく僕は、いい加減な人間なんだなと思い知る。

 

「知ってると思うけど、今日から私たちのコーチになる奥寺君よ」

「奥寺一樹です。呼び方はお任せで。どうぞよろしく」

 

既にお互い名前を知っているので、自己紹介も簡潔なものとした。

 

「さあ、練習を始めるわよ」

 

(椅子に座ろうかな)

 

ずっと立っているのもいいが、座っていたほうが落ち着くので、僕はスタジオの脇に置かれた備品のパイプ椅子を持ってくるとそれを壁際に置き、壁を背にするように腰かけた。

真正面にはみんなの姿があるので、彼女たちの演奏を見るのに絶好のスポットともいえる。

 

「それじゃ、始めるわよ」

「はい。カウント行きます!」

 

あこさんのカウントと同時に始まった演奏。

非常に完成度が高く、色々と改善すべき点はあるものの彼女たちの技術はかなり高めだった。

僕は彼女たちの演奏を一秒たりとも聞き逃すまいと、神経を集中させて聴く。

途中で湊さんや紗夜さんから注意の声が上がるものの、演奏自体を聞き洩らすことはなかった。

やがて、通しでの演奏は終わった。

 

「どうかしら?」

「………基本的には途中で湊さんと紗夜さんが指摘した所くらいしか言えないけど」

 

目立つ個所はすべて二人が指摘して修正をかけているので、僕が言える部分はあまりないのだ。

 

「一樹さん。まじめにやってください」

「これは遊びじゃないの。真剣にやって」

「と言っても、あまり言いすぎてやる気をそぐのは、良い手とは思えない」

 

あまりなくても、指摘したい点は山のようにあるのだ。

だけど、それを全部言うと今度は士気にも影響が出てくる。

それに、彼女たちの集中力がどこまで持つのかがわからない以上、あまり細かく言うのは避けるべき。

それが、僕が出したコーチとしての結論だった。

 

「言って」

 

それなのに、湊さんは言うように促してくる。

 

「……僕が言ったこと聞いてた? あまりやりすぎても雰囲気を悪くするだけだって言ったんだけど」

「あなたこそ、私の言葉を聞いてたのかしら? ここは慣れ合う場所じゃないの。私たちにそういうのは入らない」

「「……」」

 

僕と湊さんは、そのまま無言で見つめ合い(睨み合うともいうけど)続けている。

 

「はいはいはい。二人とも落ち着いて」

 

そんな中、割って入るように今井さんが声を上げたことで、スタジオ内の空気が軽くなった。

それでも、湊さんは納得がいかないという様子だった。

 

「………どうなっても責任は取らないから」

 

それを見た僕は、一つため息を漏らすとそう宣言した。

その瞬間、スタジオ内は再び静寂に包まれた。

 

「みんなの演奏を聞いて、深刻な問題点があった。それは技術というよりも、さらに根幹部分の物」

「根幹?」

「技術的な問題を抱える者が二名。音楽に対する向き合い方を改めるべき者が二名で、重複しているのが一名。これらの要因によって、演奏のレベルは落ちている。特に問題なのは後者のほう。このバンドにとってあまり好ましくないから」

 

Roseliaは言い方を変えれば、いつ空中分解してもおかしくない状況だ。

そのことを僕は彼女たちに告げたのだ。

当然スタジオ内はお重苦しい雰囲気に包まれる。

 

「……誰のことを指すのか、教えて」

「その必要はない。どれが自分に当てはまるのか……それは自分自身がよくわかっているはずだから

 

自分で気づいて修正する分には問題ない。

何せ、今はそこまで深刻なトラブルに発展していないのだ。

ここで直してくれればそれだけで十分だ。

 

(とはいえ、そうはうまくいかないんだけどね)

 

それは予感ではなく、もはや確信だった。

こうして重苦しい雰囲気の中、再び始められた演奏を、僕はまた静かに耳を傾けるのであった。




現在実施中のアンケートですが、期限を12日の23:59:59秒までとさせていただきます。


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第45話 友人とギターリスト

お待たせしました。
第45話になります。


あれからしばらくして練習を一時中断して、休憩となった。

 

「そう言えば、奥寺君と二人ってどこで知り合ったの?」

「それはね! ゲームで一緒にプレイした時なんだ」

「プレイを始めたはいい物の、何をすればいいのかに戸惑っていた時に、二人が助けてくれたんだよ」

 

今井さんの疑問に、あこさんに続くように僕も答える。

そう言う意味では、ある意味二人には頭が上がらない。

今でもプレイはしているが、彼女たちのようなレベルになるまでどのくらいかかることやら。

 

「奥寺君ってそういうのやらなそうなイメージがあったから、ちょっと意外かも」

「それ、どう反応していいのか困るんだけど」

 

今井さんに僕がどのように見えているのか、一度じっくりと話を聞く必要がありそうだ。

そんなことを考えながら、僕は三人の話を聞いていた。

 

「おねーちゃんのドラムはね、ドーンッ、バーンッてカッコいいんだよ!」

「あはは、あこってばいつも『ドーンバーン』だね」

 

話しは自然とあこさんのお姉さんの話に移っていた。

姉妹仲がいいのは、とても好ましいことだ。

とはいえ、

 

「えぇ!? 普通、お風呂に一緒に入るよね!?」

「さ、さすがに中学生で一緒は……」

 

僕は無言で白金さんの言葉に頷く。

白金さんの言う通りお風呂に一緒に入るというのは、普通ではない。

 

「三人とも、おねーちゃんがいないからそうなんだよ!」

 

普通じゃないと僕たちに言われたあこさんは、ムキになって言うが、いたとしても一緒に入ることはない。

 

「おねーちゃんはね、カッコよくてあこの憧れなの!」

「っ!」

 

(ん?)

 

あこさんの言葉に反応するように、後ろのほうから息をのむ声が聞こえてくる。

それが、少しばかり不穏な空気を感じさせてならない。

 

「ちょっとちょっと~、友希那カッコいいはどこへ行ったの?」

「友希那さんは超超超カッコいいけど、一番かっこいいのはおねーち――「いい加減にしてッ」―――え?」

 

あこさんの言葉を遮るようにして響き渡った悲鳴にも近い怒鳴り声に、スタジオ内は一瞬にして凍り付いたように静まり返った。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃんって何なのよ! 憧れられるほうがどれだけ苦痛なのかわかってないくせに!!」

 

それは、僕ですら初めて聞いた紗夜さんの怒鳴り声だった。

 

「何でも真似して、自分の意思はないの!? だったら自分なんて必要ないじゃない!!」

 

その言葉はとても痛々しく感じるほどに、悲痛なものだった。

 

「紗夜……それってヒナのこと?」

「ッ!? わ、私」

 

今井さんの言葉で落ち着きを取り戻したのか、それとも言いたいことをすべて吐き出して少しだけ心に余裕ができたのか、紗夜さんははっとした様子で口に手を当てる。

ヒナというのは、紗夜さんの双子の妹のことだ。

どういういきさつかは知らないが、今井さんとも知り合いのようだ。

……もしくは名前だけ知っているだけか。

 

「ご、ごめんなさい。あこ……また」

「紗夜、Roselia(ここ)に私情を持ち込まないで。それに、今日の貴女は演奏に集中ができていなかった。悪いけど帰って頂戴」

 

今にも泣きそうな表情で謝るあこさんの言葉を吹き飛ばすように、湊さんは非情にもそう言い放った。

 

「……返す言葉もありません。お先に、失礼します。……迷惑をかけて、ごめんなさい」

 

紗夜さんは、楽器を片付けると、おぼつかない足取りで、スタジオを去って行った。

 

(これは、追いかけるべきか……それともここに残るべきか)

 

紗夜さんの後姿を見ていた僕の中に、迷いが生まれる。

正直、追いかけたところで僕にできることなんて皆無に等しい。

それでも、友人として放っておくことはできない。

それに、避けられぬことでもあるのだ。

だが、ここに残って後の四人の練習に付き合うことも、長い目を見れば重要なことだ。

迫られる二つの選択肢。

 

「悪い、紗夜さんを送ってく!」

 

僕が選んだのは、紗夜さんを追いかけることだった。

 

「ちょっと、ま―――――」

 

荷物をまとめてスタジオを飛び出した僕に、湊さんが声をかけてくるが、それはスタジオのドアによって遮られた。

 

(これは、明日は嫌味言われるかな)

 

とはいえ、紗夜さんを放っておくことはできなかった僕は、後悔していない。

僕は急いで、紗夜さんの後を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

「紗夜さん!」

 

スタジオを後にして少し走ったところで、紗夜さんの背中が見えた僕は、彼女の名前を口にした。

紗夜さんは足を止めてこちらに振り返った頃には、彼女の近くまで追いついていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「一樹さん……どうして」

「そんなの……紗夜さんが心配だからに、決まってるじゃない」

 

何とか息を整えながら、僕は紗夜さんに答えた。

 

「……ッ! へ、変なこと言わないでください」

「……送ってくよ」

 

友人として心配だから言ったのだが、紗夜さんに怒られてしまった。

無言で頷く紗夜さんの顔は、夕陽に照らされてか赤く見えた。

そうして一緒に歩き続けた僕たちだったが

 

「「……」」

 

お互いに見事に無言状態で、ものすごく気まずい。

 

「一体何があったの?」

 

なので、僕から話題を切り出してみることにした。

 

「別に……」

 

そう言って言葉を濁す紗夜さんだが、僕にはもう見当がついていた。

 

「もしかして……妹の日菜さんが、ギターを始めたことに気づいた?」

「ッ!?」

 

僕の予想通り、紗夜さんは息をのみながら肩を震わせた。

 

「どう、して」

「本人に相談されたから」

 

紗夜さんの質問の意図を、”日菜さんがギターを始めたことを知っている理由を聞きたいと読み取った僕は、簡潔に答えた。

 

「そう……ですか。それで、一樹さんは」

「当然、”やりたいんだったらやるべき”とアドバイスした」

 

僕の言葉に、紗夜さんは息をのんだ。

それが僕には悲鳴のようにも聞こえてならない。

 

「どう、して……」

「日菜さんに才能があるから」

 

まるで一問一答だなと思いながらも、僕はショックを受けた様子の紗夜さんに答える。

 

「まだ本人の演奏を聞いてないからはっきりとは言えないけど、多分うまく磨き上げればいいところまで行けると思う。そんな才能があるかもしれないギターリストが目の前にいれば、そう言うのは当然だと思うけど?」

 

才能の無駄遣いは大罪だというのが僕の考えだ。

いい意味での無駄遣いならともかく、せっかくその分野の才能があるのだからそれを活かしていく。

それが才ある者の義務だというのが僕の持論だ。

 

「私が真似をされてどんな気持ちだったのか知らないくせに、勝手なことしないでっ!!」

「はい? 優秀なギターリスト誕生に、どうして紗夜さんの気持ちのことが出てくるの?」

「いつもいつもそうよ! 私が何かをするたびに『おねーちゃん、おねーちゃん』って真似をして、すぐに私よりもうまくなって……褒められるのはいつも日菜ばかり。そんな私の気持ち、あなたにはわからないのよ!!」

 

それが、彼女の本心だったのかもしれない。

そう思うと、自分自身に熱が入ってくるのが分かった。

 

「……ちっちゃいな」

 

それは、彼女に対しての軽蔑の意味を込めた物。

 

「そんなんだから、あなたのギターはダメダメなんだよ」

「どういう意味よ……」

 

紗夜さんの言葉の怒気が僕に向けられる。

紗夜さんの視線もまた、怒りに満ちたものになるが、それでも僕は止まらなかった。

 

「そのままの意味だ。あんたのギターは聞くに堪えない。面白味も何も感じないロボットのようなそれが、僕にはつまらない。正直、同じギターリストとして―――」

 

そこから先を言うことはできなかった。

それは、僕が冷静になったからではない。

いや、結果からすれば冷静になったのだから、正しいのかもしれない。

僕の左頬に感じた熱と痛みによって、僕は冷静になったのだ。

 

「一樹さんの馬鹿ッ!!!」

 

それが、目の前の紗夜さんの平手によってもたらされたことを理解した時には、紗夜さんは走り去った後だった。

 

「………」

 

小さくなっていく紗夜さんの背中を追いかけることは、僕にはできなかった。

ふと空を見上げる。

 

「何やってんだろ。僕」

 

自然に口から出てきた言葉は、後悔の念だった。

 

(こうなることなんてわかりきってたはずなのに)

 

妹の日菜さんの存在が、紗夜さんにとってコンプレックスのようなものとなっていることは、日菜さんに相談されたときにわかっていたはずだ。

紗夜さんだって馬鹿じゃない。

順序立てて話をしていれば、彼女の抱えるコンプレックスを和らげることだってできたはずだ。

少なくとも、今は話を聞いてあげるべきだった。

ここまで後悔の念に駆られるのは、走り去る時に見た紗夜さんの目元から零れ落ちたものを見たからかもしれない。

 

「最低だ。僕」

 

僕のその言葉は、夕焼け色に染まる空に虚しく吸い込まれていくのであった。




前回のアンケートは予告通り、回答を閉め切らせていただきました。
皆様の貴重なご意見、ありがとうございます。

続いてで申し訳ありませんが、もう一度アンケートにご協力をお願いします。
今回のアンケートはメインヒロインを決めるものになります。

票数が最も多かったキャラがメインヒロインとなりその人物のルートの話を書くことになります。

・本アンケートはメインヒロインを決める目的の物ですので、票数が少ないからと言って、そのヒロインの話を書かないとは限りません。
・このアンケートの票数がそのキャラの優劣を決めるものではなく、またそう言った意図は一切ございません。


期日は10月31日までを予定しております。
皆様の貴重なご意見をお聞かせください。


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第46話 仲直り?

「はぁ……」

 

家に帰った僕は気持ちを落ち着けるべく、夕飯ができるまでリビングでテレビを見て過ごすことにしたのだが、出てくるのはため息ばかりだった。

 

「一樹、また喧嘩したの?」

「……またって言わないで。……その通りだけど」

「あんた前からいつも喧嘩ばかりしてるじゃない」

 

キッチンで食事の支度をしながら言ってくる母さんの言葉は、どれもが正論で反論の余地もなかった。

 

「……今日のはたぶん僕も悪いと思う」

「今日の”も”、ね。一樹は誰に似たのか頑固だから、自分がこうだと思ったことは貫くのよね。それはいい面もあれば悪い面もある。もう少し大人になりなさい」

 

母さんの言葉は、今の僕にはとても耳がいたくなるようなものだった。

言いたいことを我慢するのではなく、それを言う前に言っていいことかどうかを吟味する。

母さんは、僕にそれができるように諭しているのだ。

いつもやろうとは思っている物の、結果はご覧の通りだ。

 

(謝らないといけないんだろうけど……会いづらい)

 

ちょっと前にケンカをした相手に、今すぐ会いに行って謝るというのは中々に勇気がいる。

 

(でも、そんなことも言ってられないよね)

 

そう思って紗夜さんのところに謝りに行こうと立ち上がった時、チャイムの音が鳴り響いた。

 

「一樹、悪いけど出てくれる?」

「う、うん」

 

完全に出ばなをくじかれたような感じになってしまったが、僕は玄関まで向かうとドアスコープで来訪者を確認する。

 

(うそ……)

 

その来訪者の姿に驚きながらも、はやる気持ちを抑えてドアを開ける。

 

「あ……」

「……紗夜、さん」

 

そこに立っていたのは、先ほど喧嘩をしてしまった紗夜さんだった。

紗夜さんは僕の姿を見ると気まずそうに視線をそらした。

その手には、いつものようにおすそ分けのおかずが置かれたお皿があった。

どうやら、いつものようにおすそ分けをするために訪れてきたようだ。

 

「「……」」

 

せっかくの謝る絶好のチャンスなのだが、謝ろうとした相手の突然の来訪に、上手く言葉にすることができない。

居心地の悪い沈黙が続く中、僕は勇気を振り絞って紗夜さんに謝ろうとするが、

 

「「ごめんなさい!」」

 

このありさまだ。

僕たちは、まるでコントのように同じタイミングで謝罪の言葉を口にしてしまった。

 

「……言ってはいけないことを言ってごめん」

「わ、私もかっとなって暴力を……ごめんなさい」

 

気を取り直して、僕たちはお互いに謝り合う。

それが喧嘩した時の仲直りの仕方だ。

 

「「………」」

 

そして、今度は別の意味で気まずい空気になる。

主に羞恥心という名の。

 

「こ、これ母からのおすそ分けです」

「う、うん。ありがとう」

 

頬を赤く染めながらお皿を渡してくる紗夜さんから僕はそれを受け取りながらお礼を言う。

 

「……ふふ」

「あはは」

 

なんだかその一連の行動がおかしく思ってしまい、僕と紗夜さんは思わず笑ってしまった。

 

「一樹~、一体いつまで……おやおや、お邪魔だったかしら」

 

そんな僕たちのところに、いつまで経っても戻ってこない僕を心配したのかやってきた母さんは僕と紗夜さんを交互に見ると含み笑いを浮かべだした。

 

「べ、別に邪魔じゃないから!」

「もー、そんなこと言っちゃって♪ で、結婚式はいつにするの? お母さん、ハワイの教会に行ってみたかったのよね~」

「け、結婚!?」

 

なんだか話がすさまじい勢いで飛んで行ってしまっている母さんの言葉に、紗夜さんは目を丸くする。

 

「今夜はお赤飯をたかなければね♪ 一樹、ここは男として責任取るのよ」

「一体何の話をしてるの!?」

「ッ!?!?!? わ、私帰りますっ!!」

 

紗夜さんの判断は実に正しいものだった。

これ以上一緒にいれば、母さんの暴走は収まることはない。

紗夜さんがいなくなったことで閉まったドアを一目見た僕は、暴走している母さんを落ち着かせることにした。

 

「結婚式には、皆をお呼びしないとね~♪ あと、子供の名前は―――」

「いい加減落ち着いて!!!」

 

結局、母さんが落ち着きを取り戻したのは3時間後のことだった。

 

 

 

 

 

「あははっ! ものすごく面白い!!」

「災難だったね、奥寺君」

「……笑い事じゃないよ」

 

翌日の昼休み、どういうわけかやってきた森本さんと今井さんに事の顛末を離したところ、思いっきり爆笑する森本さんと、爆笑こそはしていない物の笑いを必死にこらえている今井さんの反応に、僕は力なく抗議した。

 

「でも、奥寺君のお母さんって、いつもそんな感じなの?」

「……いつもはしっかりしてるんだよ」

「でも、変なスイッチが入るととことん暴走しちゃうのよ。この間なんて、自分の終活まで話してたし」

 

進路の話をしているのに、いきなり自分の老後のことを話しだしたときには正直精神力を消耗した。

何が悲しくて母親の死ぬ日のことを考えなければいけないのだろうか。

もちろん、いつかは考えていかなければいけないことではあるが、少なくとも今はその時ではないはずだ。

 

「アタシ、一度会ってみたいかも。奥寺君の友達です♪って」

「頼むから勘弁して」

 

今井さんの感じからして、普通に自己紹介する気がないのが嫌でも伝わってきた僕は、力なく止めさせる。

 

「でも、仲直りできてよかったじゃない」

「……まあね」

 

森本さんに相槌を打った僕は複雑な心境だった。

確かに、表面上は解決した。

だが、根本的な部分ではまだ問題は解決すらしていないのだ。

 

(願わくば、騒動にならなければいいんだけど)

 

僕はどこか嫌な予感めいたものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

その日のRoseliaの練習の時のこと。

ちょうど区切りがいいので、湊さんの号令で休憩となった。

各々が雑談をしたり復習をしたりなどして過ごしている中、椅子に腰かけていた僕のもとに紗夜さんが歩み寄ってくる。

 

「一樹さん、お願いがあります」

「……なんとなく想像はつくけど言ってくれる?」

「私にギターを教えてほしいんです」

 

僕の予想通り、紗夜さんのお願いはギターを教えることだった。

しかも、紗夜さんが求めているのは、普通に教えるのではない。

付きっきりで教えるマンツーマンレッスンのようなものだ。

僕もギターリストの端くれ。

教えることができないわけではない。

 

「お断りします」

 

でも、僕の答えはノーだった。

 

「ッ! なぜですか!」

「それは、あなたに教えても意味がないから。……もっと言うと教えれるレベルにも到達してない」

「そんなことはないです! 私だって、毎日練習してきてるのよ。それでもなの!?」

 

気が付けば、スタジオにいるみんなは、何事かと言わんばかりに話を止めてこちらの様子をうかがっていた。

はっきり言って、同じギターリストとして彼女の演奏は”上手い”かと言われれば”上手い”だろう。

でも、それは技術のみを見ればの話。

ギターリストに求められるのは、技術力だけではないのだ。

 

「現実を知ったほうがいいか。………そこまで言うんだったら、確かめてみる? あなた自身のレベルがいかに低いかを」

 

僕の言葉に、紗夜さんは怒ったような表情で頷く。

言葉で言ったところでまたこの間の二の舞になるのは目に見えている。

ならばわかりやすく形にして証明するまでだ。

 

「皆、申し訳ないけどちょっと付き合ってもらっていい?」

 

それを確認した僕は、椅子から立ち上がると遠巻きにこちらの様子をうかがっていた今井さんたちに声をかける。

 

「い、いいけど何に?」

 

不穏な空気を感じ取っているのか、恐る恐るという形で疑問を投げかけてきた今井さんに、僕は簡潔に

 

「セッション」

 

と、返した。

やるのはただのセッション。

でも、それは紗夜さんにしてみれば残酷な現実を突きつけられるセッションでもあった。

僕の返事に安堵したのか、今井さんたちは快くOKを出してくれると、演奏の準備を始めるのであった。



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第47話 突き付けられた現実

「曲は『BLACK SHOUT』でいい?」

『はい(いいよ)』

 

全員が準備を済ませたところで、僕は問いかけるとOKの返事が返ってきた。

 

「紗夜さん。ギターだけど、これを使って」

「これは……一樹さんの」

 

僕が差し出したのは僕がいつも使っているギターだった。

こうなるだろうと踏んでいた僕は、ギターを学園に持ち込んでいたのだ。

 

(弾いて弾いてとせがまれたときはちょっと困ったけどね)

 

これは見世物でもないので、あまり弾きたくなかったのだが、運良く学園で弾かずに済んだ。

紗夜さんはギターを受け取りはしたが、その表情は困惑していた。

 

「まさかとは思うけど『自分のギターじゃなければ弾けない』なんて、言わないよね?」

「当たり前じゃないですかっ」

 

紗夜さんの負けず嫌いな性格を利用して軽く挑発をしてみると、上手くそれに乗っかってくれた。

紗夜さんは、自分のギターをスタジオの端にそっと置くと、僕のギターとアンプを接続させる。

 

「……??」

 

チューナーを用いてのチューニングを行うが、その表情は困惑に満ちていた。

おそらくは、このギターの特異性に気づいたのかもしれない。

 

「一応言っておくけど、そのギターはかなりのじゃじゃ馬だよ。踏ん張らないと吹き飛ばされるよ」

「は、はい」

 

なので、僕はだめ押しで紗夜さんにアドバイスを送る。

こうして、チューニングを済ませた紗夜さんは湊さんの左隣の定位置にスタンバイした。

 

「あこさん、カウントを」

「はい!1,2,3,4」

 

あこさんのカウントに続くように、白金さんが演奏を始めた。

そして歌が始まり一気に全パートが産声を上げる。

 

「紗夜。音が違うわよ」

「す、すみません。もう一回」

 

湊さんからの激に、紗夜さんは謝りながらもすぐに立て直した。

そして再び始まった演奏。

 

「す、すみません」

 

それでも紗夜さんは同じ弾き始めの場所で音を間違えた。

 

「ど、どうしてッ!」

 

何十回も間違えてはやり直しを続けた紗夜さんは、とうとう悔しげに声を荒げる。

 

「……ここまでかな」

 

その様子を見た僕は、これ以上やっても意味がないと判断してストップをかけた。

 

「どうして……確かに、抑えてる場所はあってるはずなのに」

「うん。紗夜さんが抑えている場所は確かに『Edim』のコードだったよ」

 

紗夜さんが躓いていたコードは『Edim』で、いつもの紗夜さんだったらすんなりとできていた場所だった。

僕は紗夜さんにギターを返してもらい、ストラップを肩にかけて引ける状態にした。

 

「このギターで『Edim』のコードの音を鳴らすには、こう」

「そんなやり方はないはずです。そもそも、それでできるはずが―――」

 

ないと言おうとした紗夜さんの言葉を否定するように僕は右手で弦をはじいて音を鳴らした。

 

「出来てるわね」

 

それは紛れもなく弾き始めの音である『Edim』のコードの音だ。

 

「このギターは、”教科書通りの運指をすると、変な音が鳴る”ギターなんだよ」

「それでは、なにも弾けないじゃ――「これでもそう言える?」―――っぐ」

 

紗夜さんの反論を僕は『BLACK SHOUT』のワンフレーズを弾くことでつぶしたのだ。

 

「このギターは、教科書通りではなく、どうすればその音が鳴るようになるのかを把握することで、力を発揮するギターなんだ。だから、最初はできなくて当然だし、時間をかけて行けば今みたいに演奏することだってできる」

 

紗夜さんに言いながら、僕はこのギターを始めて手にした時のことを思い出す。

最初はうまく弾くことができずに癇癪を起していたのは我ながら恥ずかしい過去だ。

それでも、今の僕があるのはこのギターのおかげだと、僕は今でも信じて疑っていない。

 

「……一樹さんは一体何が言いたいんですか?」

「今の紗夜さんには、それをすることは到底無理だということ」

 

それこそが、紗夜さんの”現実”だったのだ。

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

 

練習を終え、自宅に戻った僕はリビングに入るや否やソファーにダイブして深いため息を吐く。

 

「やってしまった」

 

出てきたのは後悔の言葉だった。

それは他でもなく、練習の時の紗夜さんとの一幕だ。

紗夜さんが、まだ僕が教えられるレベルではないことを証明するために、僕の愛用するギターを弾かせたことだ。

少しばかりきつすぎはしなかっただろうかと、不安になる。

あのギターはじゃじゃ馬な一面があり、走者を振り回してしまうことがある。

何となく感じてはいたが、僕のギターは少しだけ引けるようになった走者に対して自信を無くさせるという効果もあったようだ

 

(とは言っても、弾けないわけじゃないしな)

 

僕だって、時間はかかったが今では弦を抑えているところを見ない、所謂ブラインドタッチができるようにまでなっているのだ。

なので、紗夜さんも時間をかければ僕のギターをマスターできる可能性はある。

でも、今のままではそれはできないのだ。

 

(今日のあれで、そのことに気づいてくれればいいんだけどね)

 

紗夜さんの負けず嫌いなところが、変に作用しないかどうかが不安だけど、こればかりは彼女を信じるしかない。

 

(技術だけではダメなんだ。上に行こうとするには、技術だけじゃなくてもう一つのプラスαを磨かないと)

 

そのことに気づく時を、僕はただただ静かに待つことにした。

それでも、自分のあの振る舞いは正しいものと言えるのだろうか?

 

「どうしたんだ? 一樹」

「……父さん」

 

そんな僕に声をかけてきたのは、珍しく速く帰ってきていた父さんだった。

父さんと母さんは共働きで、父さんはサラリーマンで、母さんはパートだと聞いている。

でも二人の働いている会社名とかを僕は知らない。

業種もだけど。

それはともかくとして僕は起き上がると、話しかけてきた父さんに僕は事のあらましを話した。

 

「なるほど……人にものを教えるというのは、自分がやる以上に苦労する」

「うん。それを相手にどういう風に言えばいいのかは分かるんだ。でも、加減がわからない」

 

そう。

教えること自体はできる。

元々啓介たちとバンドを組んでいた時だって、僕も教えていたのだから。

ただ、その加減がわからないのだ。

ガンガンに飛ばしていけば、教えられるほうがついてこれなくなるし、だからと言って控えめにすれば、練習の意味がなくなる。

いつもなら、加減はなんとなくわかるけど、Roseliaの場合は、それが把握しずらい。

 

「父さんが言えるのはただ一つだけ。”失敗を恐れるな”……なぜだかわかるか?」

 

僕は父さんの疑問に、首を横に振る。

 

「失敗というのは成功するための正攻法にして一番の近道だからだ。誰だって失敗はする。重要なのは、それを恐れて及び腰にならないこと。自分が正しいと思ったことを信じて、貫くんだ」

 

真剣な面持ちの父さんの言葉は、いつも僕の心に響いてくる力を感じる。

 

「だから、もし今の話のそれを失敗だとするのであれば、直せばいい。逆に悩んでいるなら、思い切って見ればいい」

「………」

 

父さんは言外で、”お前の好きなようにしてみろ”とアドバイスを送っていることは、僕にもわかった。

 

「ただし」

 

父さんは、そこで一度言葉を区切る。

 

「ミュージシャンとしての心得だけは、しっかりと教えろ」

「うん。”ステージの上は常に決闘の場”」

 

父さんの目が”覚えているよな?”と言っているように見えた僕は、ミュージシャンの心得を口にする。

 

「”決して驕らず侮らず、自分の持てるすべての技術を駆使してライブに挑め”」

 

さらにそれに続くように父さんが心得を口にする。

 

「”そしてなにより、オーディエンスを忘れるな”。だよね?」

「そうだ。流石は我が息子だ」

 

父さんは満足そうに笑みを浮かべると、僕の頭を乱暴に撫でまわす。

それを僕はされるがままにされていた。

”ミュージシャンの心得”

それは、小さい時から父さんに嫌というほど教え込まれた格言だ。

 

『どんなに腕が悪いミュージシャンでも、それさえ守っていれば、いっぱしのミュージシャンだ』

 

それが、父さんの持論だった。

その父さんのそれは、今では完璧とは言えないけど、僕に引き継がれている。

 

「さ、部屋に戻って休みなさい。ご飯ができたら呼ぶから」

「うん」

 

僕は父さんに促されるまま、立ち上がると自室に向かって歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

「……そう言えば、動画のほうどうなってるんだろう」

 

自室で一息ついていた僕は、ふとHPのアカウントを作って動画を投稿していたことを思い出し、今の状況を確認するべくパソコンを起動させると動画サイトを表示させた。

 

(嘘っ!? 1万人いってる)

 

チャンネル登録者数が1万の大台を突破していることに、僕は驚きを隠せなかった。

確かに、フェスやらなんやらで、観客の反応は悪くないのは感じていた。

でも、まさか早々に1万人もの人たちに登録してもらえるとは、想像できていなかったのだ。

僕の動画に寄せられたコメントを見て見ると

 

『格好はあれだけど、曲がめちゃくちゃいい!』

『せめて、男女の人数だけでもっ』

『最初は一発屋かと思ったけど、めちゃめちゃいいじゃん』

 

概ね好感触のコメントが目立っていた。

 

『早く新しいMVを見たい』

 

中でも、そのコメントの数が多く、どれだけ心待ちにされているのかが伝わってくる。

 

(そろそろ次の曲のMVでも投稿しないとね)

 

コメントを見ていたらますます僕の中に、やる気がみなぎってくるようだった。

最初は、消極的ではあるものの始めた動画投稿だったが、今では積極的になりつつある自分に、僕は思わず口元が緩んだ。

 

(明日はHPの練習だし、皆に教えてあげようっと)

 

皆の喜ぶ顔が目に浮かんできて、それだけでも伝えることがとても楽しみだった。

僕は、動画の視聴ページからアカウントの管理画面にページを戻した。

 

「ん? 何かメッセージが来てる」

 

ふと、管理画面に目をやると、何やらメッセージが届いていることに気が付いた。

それは、個人的にメッセージのやり取りをすることができる動画サイトの機能の一つであり、ここでやり取りした文面は他の人に見られる心配がないことから、問い合わせに使われることが多いらしい。

もちろん、どちらかがそのメッセージの文面を公にしない限りではあるけど。

そんなメッセージ機能だが、未読メッセージとして表示されていたメッセージを開封する。

 

「こ、これは………どういうこと……なんだ?」

 

そのメッセージの文面に、僕は言葉を失った。

そこにはこう記されていたのだ。

 

『大変素晴らしいMVでした。つきましては、ぜひ一度お会いしませんか? hyper-Prominenceさん……いや、奥寺一樹さん?』

 

このメッセージが僕にとって最悪な事件の幕開けになることを、この時の僕は想像すらしていなかった。




私の手違いで、アンケートが1日ほど回答で気に状態となっておりました。
現在は修正して回答が可能となっております。

このことを受けまして、アンケートの締め切りを11月1日まで延長させていただきたいと思います。

ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。


それでは、また次回お会いしましょう。


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第48話 悩み

今回から久々のシリアスです。


あれから数日が過ぎたある日の放課後。

 

「―――――一樹!!!」

「な、何!?」

 

突然大きな声で呼ばれた僕は、慌てて立ち上がった。

僕がいるのはリビングだったようで、僕は座っていたらしい。

自分でも信じられないが、学園を出てから先の記憶がない。

 

「どうしたんだよ? お前最近変だぞ」

「うん。なんだか気もそぞろみたいな感じだし……何か悩みでもあるの?」

 

森本さんの”悩み”に、無意識に息を呑んでしまった。

 

「………それは、私たちに言えないこと?」

「………ごめん」

 

どう取り繕っても隠し通すことはできないと悟った僕は、謝罪の言葉を口にした。

 

「………」

「もし、話す気になったら啓介とかでもいいからいつでも相談しなよ」

「うん。ありがとう」

「おぉい! とかなんて言うなよ!!」

 

話しがひと段落着いたと思ったのか、思い空気を換えようと啓介が抗議の声を上げるが、僕の心は晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、僕はそれからも誰にも相談をすることができなかった。

 

(相談なんかできるはずないよ)

 

特に啓介たちには。

親にも、あまり心配させたくはないという理由で話すのを躊躇っている状況で、僕はまだ自らが置かれた状況を誰にも話せずにいた。

 

「………」

 

そんな僕のもとに、携帯が鳴り出した。

それは、メールを受信したことを知らせるものだった。

僕は、携帯を取り出すと、まるでロボットのように無意識的に新着メールを開く。

 

『あと4日』

 

文面は、それだけだった。

 

「………」

 

でも、そのメールを見た僕はなんだか音が遠のいていくような気がした。

 

「奥寺君っ!!!」

「ッ!?」

 

僕を呼ぶ誰かの声を最後に、僕の意識は完全にブラックアウトするのであった。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

同時刻、羽丘女子学園の廊下で、明美は窓際に移動するとスマホを耳にあてる。

 

「もしもし」

『俺だ。用件は分かってるよな?』

 

(ったく、せっかちね)

 

有無も言わせないで用件を切り出す聡志に、明美は心の中でそう呟くと、”ええ”と相槌を返す。

 

『一樹の様子の異変に、心当たりは?』

「あったら相談してるわよ。そもそも、あたしだって気づいたらああなってたのよ」

 

それは一樹のことだった。

 

『あいつは明らかに思い詰めている。それは分かるんだ。だが、なんで思い詰めてるのかがわからねえ』

「本人が相談してくるまで……と思ったけど、一樹のことだから抱え込むでしょうね」

 

それは、仮定ではなく確定しているといわんばかりに明美は断言した。

幼馴染だからこそ、彼女たちは確信しているのだ。

 

『万が一のことが起こったら大変だ。いいか、一樹と長時間傍にいれるのは、もう明美だけなんだ。ちゃんとあいつを見守ってやってくれ。それと、何かあったらすぐに知らせろ』

「言われなくてもわかってるわよ。じゃ、切るわよ」

 

聡志の強い口調の物言いに、明美は電話を切ると一つため息を漏らす。

 

「ほんと、幼馴染って大変よ。リサ」

 

それは、同じ幼馴染がいるという似た境遇のリサに向けられたものだった。

 

(あたしは、一樹のように何でもできるわけないのに)

 

心の中で、そう弱みをはいた瞬間だった。

 

「ん? なんだか、向こうのほうが騒がしいわね」

 

廊下の反対側……階段のほうがやけに騒がしいことが気になった明美は、様子を見に階段のほうへと足を進める。

 

「………ぇ」

 

そして、その先の光景を見た瞬間、明美は自分の目を疑った。

 

「奥寺君、しっかりして! 誰か、先生を!」

 

必死になって先生を呼ぶように言いながら、呼びかけているリサの姿。

そして……踊り場に倒れている一樹の姿に。

 

「一樹っ!!!」

 

明美は無我夢中で集まってきていた女子生徒の間を縫うように階段を駆け下りると、一樹を呼びかけるリサの横に移動してしゃがみこんだ。

 

「リサ、一体何が」

「奥寺君が、階段から落ちたのっ!」

 

リサの言葉に、明美は息をのむ。

 

「ずっと話しかけてても返事がなくて……そのままっ」

「……ぁぁ」

 

明美は恨んだ。

一樹が階段から落ちるのを、防げなかったリサにではない。

幼馴染の異変に気付いていながら、何もできずに最悪の事態を招いてしまった自分自身に。

 

(私は……なんてことを)

 

その後悔の念は、リサの呼びかけに応じた女子生徒が連れてきた保険医が的確な指示を出している光景を呆然と見させるほど、強いものだった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

「ぅ……」

 

目が覚めた僕が最初に感じたのは、頭の痛みだった

そして、続くように体中にその痛みが広がっていく。

 

「ここは……」

「一樹っ」

 

ぼんやりとした視界の中で聞えた声は、僕の視界をクリアにしていく。

 

「母さん」

「良かったぁ……ちょっと待っててね、今お医者さん呼んでくるからっ」

 

そう言ってかけて行く母さんを横目で見た僕は

 

「そっか……僕、倒れたんだ」

 

現実を理解するのであった。

 

 

 

 

 

あの後、母さんが呼んできた医者の診察を受けた僕は

 

『軽い打撲で、命に支障はありませんね。脳波のほうも正常ですのでおそらくは峠は越えたと思います。ただ、大事をとって今日はこちらで様子を見たほうがいいでしょう』

 

という説明を受けた。

とにかく、後遺症のようなものはないらしいので、それだけは安心だ。

もし腕がだめになったらギターリストとしても支障をきたすことになる。

それだけは回避できたことに、喜べないはずがない。

 

(とはいえ、根本的な問題はまだ解決してないけど)

 

こうなるに至った元凶は、未だに存在し続けているのだ。

医者は僕たちに一礼すると、看護師と共に病室を後にした。

 

「一樹、一体何があったの?」

「ちょっとした不注意で階段から落ちたみたい」

 

最初こそは記憶が混乱していたが、時間が経って徐々に意識を失う前のことを思い出した僕は、何があったのかを母さんに心配かけまいと明るく振舞って説明した。

 

「それは明美ちゃんから聞いて知ってるわ。お母さんが聞きたいのは、どうしてそうなったのってことよっ」

 

母さんの語気が強まる。

それだけ僕のことを心配してくれている。

そのことがとても僕には嬉しくて、そして苦しかった。

 

「ちょっとした恋の悩み、だよ」

 

だから僕は嘘を吐いた。

本当はそんなことで悩んでいるわけじゃないのに。

 

「そう……わかったわ」

 

母さんは、そう言ったきりそれ以上深く聞いてくることはなかった。

本当のことを言ってしまえば、楽になれる。

でも、それで母さんに迷惑をかけたくない。

そのことだけが、僕を嘘に走らせていたのだ。

 

(ほんと、僕って弱虫だな)

 

そんな自分に、僕は思わずため息を心の中でつくのであった。

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

「失礼します」

 

夕方、軽い口調で病室に入ってくる田中君と、やや畏まって入ってくる中井さんに続いて啓介たちが僕の病室を訪れてきた。

 

「皆、ごめんね心配かけて」

 

僕は上半身を起こしながら心配かけたことを謝ると”気にするな”という返事が返ってきた。

 

「容体のほうはおばさんから聞いた……俺の言いたいこと、わかるだろ」

 

単刀直入に問いただしてくる田中君に、僕は頷いて答える。

 

「俺の記憶が正しければ、この間までは普通だった。だが、今週に入って心ここにあらずといった感じになっていた」

 

それは事実だ。

 

「確か、様子がおかしくなる直前、一樹遅れて帰ってきたよな? あの時は、寄り道したって言ってたが……何があった?」

 

もはや、疑問ではなく確認だった。

田中君は……みんなはもうわかってるんだ。

あの日、僕のみに”何か”が起きたことを。

わかっていて何も言わないのは、僕が放すのを待っていたのか、それとも”何か”が分からなかったからか。

いずれにせよ、もう逃げ場はない。

誤魔化すのも不可能だ。

嘘を伝えても、皆は母さんみたいに素直に引き下がらないだろう。

 

「……わかった。全部話すよ」

 

だからこそ、僕も覚悟を決める。

この場にいるみんなを、ごたごたに巻き込むことを。

そして、僕は背筋をただすと、あの日について口を開くのであった。




ということで、次回から真相が明らかになります。


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第49話 真実

それは、数日前のこと。

すべては、僕のもとに届いた一通のメッセージから始まった。

 

「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「あ、その……待ち合わせで」

 

なんだか高級そうな上品な雰囲気の喫茶店に入った僕を出迎えたウエイターの人に、事情を話すとウエイターは一礼をして僕から離れて行った。

 

(相手は誰だろう……)

 

相手のことを何も知らない僕は店内を見回していると、一人のスーツを着た男性が僕のもとに近寄ってくる。

 

「君が、奥寺一樹君かね?」

「は、はい」

 

警戒しながら返事をすると、男性は笑みを浮かべながら

 

「そんなに身構えなくても、私は君に害を与えるつもりはない。まずはあそこの席について一息つくとしよう」

 

余裕そうな態度でそう促すと、店内に向かって歩き出す。

僕は鞄の中にある者を確認して、男性についていく。

そこは、喫茶店の一番奥側で、人目が気になりにくいところだった。

極秘情報をやり取りするのに、ある種最適なところだろう。

 

「さて、自己紹介といこう。私は、『Purely Promotion』という芸能事務所でプロデューサーを務める新田(にった)と申します」

「はぁ……」

 

男性が差し出した名刺には確かに『Purely Promotion プロデューサー 新田』と記されていた。

 

「実は君を呼んだのは他でもない。君たち、”hyper-Prominence”を我がプロダクションでプロデュースしてもらわないかというものだ」

「すみません。私はどこの事務所にも所属するつもりはございません」

 

予想はできていたが、芸能事務所へのスカウトだとわかった僕は、丁重に断りの言葉を口にする。

 

「そんなことを仰らないでください。でないと、あなたのことを調べた結果が書かれたこの資料を、ついうっかり落としてしまうかもしれません」

 

わざとらしい口ぶりで僕に見えるように掲げたのは黒いファイルだった。

表紙と思われるそれには、『奥寺一樹に関する調査結果』と書かれていた。

おそらくは僕のことを探偵か何かを雇って調べあげたのだろう。

 

「……脅すつもりですか?」

「そのようなことは。ただ、提案しているだけですよ。この私の指示に従えばお前たちは億万長者になれる。地位も名声も欲しいままだ」

 

男はそこで言葉を区切って、さらに続けた。

 

「でも、逆らえばお前のことをネットにばらしてやる。きっと大騒動になるだろうなぁ!」

 

きっと今のがこの男の本性だろう。

人を小馬鹿にしたように言い切る新田に、僕は何も言い返すことはできなかった。

それは、この男の言う通りだからだ。

現在、どの音楽雑誌もhyper-Prominenceの正体に迫ろうと血眼になって情報を探している状態だ。

それでも平穏な日常を送れているのは、ただの偶然でしかない。

所詮は、子供の考えることだ。

バレないようにしているとはいえ、それも完ぺきではないのだ。

現実に今のように、正体を突き止められたのだから。

 

「もしそうなれば、君の大事な人やご家族が、大変なことになるんじゃないか?」

「ッ!」

 

新田の、うすら笑いを浮かべながら告げられたその言葉に、僕は動揺を隠せなかった。

僕の正体がばれれば、それは啓介たちにも波及していく。

両親にだって迷惑をかけるばかりではなく、色々な人を傷つけることになる。

それがどれだけの人に対してなのかが、全く予想がつかない。

 

「……考えさせてください」

 

だからこそ、僕にできたのは引き延ばすことだけだった。

 

「……いいでしょう。では一週間待ちましょう。それまでに、ちゃんと決めてくださいね。君が利口な人間であることを願ってますよ」

 

新田は、勝ち誇ったようにそう言い切ると、その場を立ち去って行った。

その新田の背中を僕は、ただただ無言で見ているだけだった。

それからというものの、毎日新田から期限を知らせるメールが届くようになったのだ。

文面は決まって『あと○○日』というシンプルなもの。

そのメールが来るたびに、僕は焦りと恐怖を募らせていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということがあったんだ」

『………』

 

僕の話を聞き終えた皆は、しばらく何も言うことができなかった。

それもそうだ。

皆が予想していたことよりも、遥かにこれはやばい内容なのだ。

 

「一樹、俺はすっげえ怒ってんだ。なんでかわかるか?」

「それは………」

 

田中君の怒りのこもったその表情に、僕は思わず顔をそむけてしまった。

田中君が本気でキレたらどうあるのかを知っている僕に、彼の顔を真正面から見る覚悟はなかったのだ。

そんな僕のもとに歩み寄ってきた田中君は、僕の肩に手を置く。

 

「どうして相談してくれなかった。俺たちだって、hyper-Prominenceの一員だ」

「でも、皆に迷惑をかけるわけには」

「そうだな。確かに面倒なことだな」

「聡志ッ」

 

僕の言葉を肯定する田中君を責めるように、森本さんが口を開く。

 

「だがな、隠されている方が俺にとってはよっぽど迷惑なことなんだよ。少しは俺たちを頼れよ、話しぐらいは聞いてやれっからさ。だろ? お前ら」

「田中君……みんな」

 

田中君の言うことを肯定するように、みんなが静かに頷くのを見て、僕は改めて自分が一人ではないということを実感できた。

 

「ありがとう」

 

だから僕は、みんなにできるだけいい笑顔でお礼の言葉を口にするのであった。

 

 

 

 

 

「とは言ったものの、さてどうしたものか」

 

僕たちがお互いの絆を確かめ合ってからすぐに、対策会議となった。

 

「期限は残り約3日。それまでにけりをつけなければいけないか」

 

今日を含めれば4日だが、それでも少ないことに変わりはない。

 

「にしても、なんだか不自然だよな。何でいまなんだろ」

「確かに……スカウトするんなら、『FUTURE WORLD Fes』とかの直後が一番メリットはあるはずだ」

 

啓介の口にした疑問に、田中君も相槌を打つ。

あの時は今よりも僕たちに対する注目度は高かったはずだ。

 

「調べるのに時間がかかった……だとしても、中途半端なタイミングだ」

 

フェスに出たのは約二年ほど前のこと。

そのころから調査を始めたのであるとすると、少々かかり過ぎ感が否めない。

その時、中井さんが控えめに口を開いた。

 

「もしかして、イベントで演奏したから?」

「あー、あの時の。確かに雑誌に取り上げられてたしね。そこがきっかけになったかもしれないわね」

 

それは、僕がはっきりと断らないために湊さんのバンドRoseliaを抜けられない僕を救うために計画されたものだった。

 

「あの時使った楽器はHPの時のと同じだったから、そこからかもしれないわね」

「……本当にごめん」

「良いわよ。計画を立てたのはあたし達なんだから。皆同罪さ」

 

森本さんは安心させるように言ってくれるが、それでも僕の犯した罪は大きい。

結局は僕が発端だったのだから。

 

「ちょっとだけ、調べてみよっか」

「そうだな。こっちも向こうについて調べておいてもいいだろ。そこに形勢逆転のヒントがあるかもしれねえしな」

 

続いて僕たちは、相手のことについて調べ上げることにした。

向こうがこちらを知っているのだから、こちらも向こうのことを知っておくべきだという合理的な理由によるものだけど。

 

「俺はこの新田っていうやつのことを調べるから、啓介は奴のいる事務所を調べろ」

「調べるって、どうやって?」

 

的確に指示を飛ばしていく中投げかけられた中井さんの疑問に、田中君はスマホを取り出すと

 

「情報の海を使って、さ」

 

と返すのであった。




これにて、今月の投稿は終了となります。

今月も本作をお読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月の日曜日を予定しております。


それでは、これにて失礼します。


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第50話 明らかになる事実

お待たせしました!

第50話です。


それから二人によって調査は始まったのだが……

 

「駄目だ。めぼしい情報もないな」

「僕も。全然出てこない」

 

新田の名前で検索をかけていたのだが、それらしき情報は出てこず、完全に暗礁に乗り上げてしまった。

 

「あ、千聖ちゃんだ」

「千聖って、あの元子役の?」

 

そんな中、新田の所属する事務所を調べていた中井さんが、白鷺さんの名前を口にし出した。

 

「おいおい。今は元子役なんて関係ないだろ」

「え……でもこの人の事務所と同じところに所属してるよ?」

「なに!?」

 

一見何の関係もなさそうなことだったが、同じ事務所に所属しているという”事実”に、僕たちは慌てて事務所名で検索をかけた。

 

(えっと……、Purely Promotion。そして白鷺千聖……検索っと)

 

そして、検索をかけたところ、検索結果の上部に出てきたのは彼女が所属する事務所が掲載しているプロフィールのようなものだった。

 

(本当に有名人なんだ)

 

知ってはいたが、こうして目の当たりにするとなんだか遠い存在に思えてしまう。

 

「やっぱり千聖ちゃんはすごいなぁ」

 

それは中井さんも同じだったようで、気の抜けたような感想を漏らしていた。

 

(他には何かないか……ん?)

 

検索結果に戻って下のほうにページを送ると、ある見出しが目に留まる。

 

「『パスパレ、大失敗! 口パク&アテフリがバレる』……?」

 

(パスパレ……何かの略称?)

 

省略されているので、どうしてそれが出てきたのかはよくわからない。

 

「おい、ちょっともったいぶらないで続きを教えろよ」

「あ、うん。ちょっと待ってて」

 

田中君の催促に、とりあえず読んでみようと思い、僕はその見出しをタップした。

少しして、そのページが表示される。

それは、ネットニュースのサイトだった。

 

『パスパレ、大失敗! 口パク&アテフリがバレる』

 

―――○○日に開催されたライブで、登場したPastel*Palettesは、デビューライブで口パク&アテフリであることが判明した。

Purely Promotionが今月初めに結成したグループ『Pastel*Palettes』は、生演奏生歌を特徴としていたアイドルバンドグループである。

お披露目会を兼ねたデビューライブでライブ中に機械トラブルによって演奏が中断された。

ライブにはトラブルがつきものだが、専門家の話によれば、アンプ関連のトラブルではないとのことで、彼女たちが口パク&アテフリを行っていた可能性は高い。

メンバーは、研究生から抜擢された丸山彩がボーカル。

続いてギターは、事務所のオーディションで選ばれた氷川日菜。

ベースには、『孤独の街』などの子役を務めた現役の女優の、白鷺千聖

キーボードはモデルを務めている若宮イヴ。

ドラムは、同事務所でスタジオに所属して活動していた大和麻弥の五名だ。

 

どういう経緯で口パク&アテフリにしたのか、疑問は尽きない。

事務所側は当社の取材に対して無言を貫いており、明確な答えは出されていない。

当日ライブを見に来ていた客からは「生演奏だと歌っていたから来たのに、嘘だったなんて信じられない。チケット代を返してほしい」とコメントしている。

ネット上では”詐欺師”犯罪者などとメンバーへの批判が殺到し、女優の白鷺千聖は決まっていたドラマへの出演がキャンセルになるなど、多方面に深い影響を与えている。

現在、同グループは活動停止状態ではあるが、芸能関係者に取材したところ『この状況でPastel*Palettesが復帰するのはまず不可能。グループを解散させるのが濃厚だ』とコメントしている。

 

いずれにせよ、Pastel*Palettesはある意味で芸能界に名を遺したといっても過言ではないだろう。

 

 

―――

 

 

『……』

 

ニュースの内容を読み終えた僕たちは、無言だった。

重苦しい雰囲気が病室内を包み込んでいく。

何も言えないのだ。

あまりにも重く、それでいてどこか現実味のないそのニュースに。

 

「どういうことだ?」

 

最初に口を開いたのは、田中君だった

 

「……俺に聞かれても」

「千聖ちゃん」

 

困惑した様子で白鷺さんの名前を口にしたのは中井さんだ。

友人として、白鷺さんの身を案じているのは僕も同じだ。

 

「なんとなく読めたよ。今回の一件」

 

でも、僕の中ですべての点が線になってつながっていく。

 

「本当かよ」

「ああ。仮説の域を出ない話だけど」

 

だが、僕の中では有力な説だと思っている。

 

「何だよ、一樹。もったいぶらずに話してくれ」

 

田中君に促らされるまま、僕はその仮説をみんなに話す。

 

「僕たちを、この事務所に引きこもうとしたのは、たぶん話題作りのため」

「話題作り?」

「今、雑誌とかでは僕たちの……HPのことが取り上げられているでしょ?」

「ああ、確かに話題になってるな」

 

フェスに参加した時から、HPのことは雑誌で取り上げられていたのは事実だ。

 

「そんな僕たちが、この事務所に所属することになったどうなると思う?」

「……なるほど、そう言うことか」

 

ちょっとしたやり取りだけで、僕の言わんとすることを察した田中君はそう呟いた後、ため息を吐く。

そのため息には、どこか怒りのようなものを感じた。

 

「え? どういうこと」

「つまり、悪いニュースをいいニュースでかき消そうとしたってことだよ」

 

未だに飲み込めない様子の仲居さんに、田中君は簡潔に言い切る。

事務所にとって、アテフリがバレたことは最悪なニュースのはずだ。

そんな時期に、話題になっている謎のバンドグループをスカウトできれば、それがニュースとなって広まる。

そうすれば、悪いニュースはなかったことにできるし何より、スカウトできた功績やらその後の活動によって事務所側が得る名声は大きい。

 

「しかも、事務所のサイトにPastel*Palettesのパの字も出ていない……決まりね」

「つまりは、俺たちはそのグループの尻ぬぐいのためにこんな目に合ってるってことか………」

 

理解が進んでいくと同時に、みんなから怒りのオーラが出始める。

大小はあれど、気持ちは同じだ

 

「俺達のhyper-Prominenceの誇りを外道な連中に土足で踏みにじられるのは……不愉快だな」

 

田中君の言葉にすべてが現れている。

 

「で、どうすんだよ」

「まずは、期待はできないけど事務所の自浄力を頼りにする」

 

田中君の疑問に、僕は簡潔に答えると

 

「中井さん。明日の放課後、白鷺さんにアポ取れる?」

「うん、任せて」

 

僕は中井さんに指示を飛ばした。

 

「なぜに白鷺さん?」

「Pastel*Palettesのメンバーで、もっとも有名な人物だから。元子役とついているくらいだから、かなり発言力はあるはず。その彼女に動いてもらえば」

「スムーズに事は運ばれる……そう言うわけね」

 

僕の言葉を引き継ぐように、森本さんが口を開く。

日菜さんの名前があったことには驚いたが、彼女なら気軽に話すこともできるが、発言力が皆無だ。

他の人に関しては全然知らない人なので論外。

であるならば、消去法で発言力の高い白鷺さんにお願いしたほうが手っ取り早いのだ。

 

「だけどよ、白鷺さんも事務所の人間……動いてくれる保証はあるのか?」

 

ただ、啓介の指摘した通り。彼女が素直に動いてくれるかどうかは不明だ。

彼女も事務所側の人間……事務所を守るために僕の訴えを握りつぶすか、カウンター攻撃をしてくる可能性だって十分考えられる。

 

「それを見越して、同時に外側からも働きかける。これは愚直に、親に相談することだけだけどね」

 

僕の言葉に、みんなは苦笑いを浮かべる。

 

「それじゃ、さっそく反撃開始と行こうか」

 

こうして、僕たちの反撃が始まった。



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第51話 反撃開始

まさかの連続投稿です。


「そろそろだよね」

「ああ。中井さん、少し落ち着いて」

 

翌日の放課後、僕と中井さんとで商店街にある羽沢珈琲店で、白鷺さんと待ち合わせをしていた。

本来であれば、多忙なはずなのだが、重要な話があるという中井さんの言葉に、短い時間ではあるが時間を確保してくれたらしい。

 

「あ、来たよ」

 

そんな時、ドアベルが鳴るのと同時に入り口を見た中井さんが僕に伝えてくる。

 

「待たせてしまってごめんなさい」

「ううん。こっちも忙しいのに無理言ってごめんね」

 

私服姿の白鷺さんが遅れたことを謝りながら、僕たちの向かい側に腰かける。

 

「それで、用件を聞かせてもらえるかしら? 仕事のほうがあるからあまり時間に余裕がないの」

「聞いてほしいものがあるんだ」

 

僕は単刀直入にそう言うと、携帯電話を取り出してアプリを起動させる。

それは、会議の内容を録音するボイスレコーダーのアプリだ。

元々携帯に入っていたアプリで、あまり使うことはないと思っていたのだが、それが今回は活躍してくれた。

実はあの時、僕は彼とのやり取りを録音していたのだ。

万が一の時の証拠になるために。

そして、僕はその音声データを白鷺さんにも聞こえるように設定して再生させる。

 

『さて、自己紹介といこう。私は、『Purely Promotion』という芸能事務所でプロデューサーを務める新田(にった)と申します』

「えっと、これっていったい――「とりあえず最後まで聞いて」――……」

 

流れ出した新田の声に、白鷺さんは困惑した様子だが、僕に促されると、真剣な面持ちで音声に耳を傾ける。

話が進むにつれて、白鷺さんの表情が険しいものになってくる。

やがて、音声データの再生が終了した。

 

「白鷺さんの事務所に、新田という人は実在するの?」

「……ええ。とても敏腕なプロデューサーよ」

 

どうやら、偽名を名乗っていたわけでも、他人の名前をかたっているわけでもなさそうだ。

 

「一樹君はね、この人の脅迫のせいで倒れたんだよ」

「ッ!! ごめんなさい」

 

中井さんの言葉に息をのんだ白鷺さんは、申し訳ない表情で謝罪の言葉を口にする。

 

「僕は白鷺さんの謝罪が欲しいわけじゃない。願うのはただ一つ。この人には相応の報いを受けさせてほしい」

「………保証はできないけど、事務所の人に相談してみるわ」 

 

神妙な面持ちで、白鷺さんは僕にそう告げる。

 

「よろしく頼みます」

「後で、さっきの音声のやつを私の携帯に送って貰ってもいいかしら?」

「中井さんのほうから送ってもらう」

 

僕の答えを聞いて、白鷺さんは本当に忙しかったようで、僕たちに一礼すると、テーブルに置かれていた伝票を手にして会計を済ませると、足早に去って行った。

 

「……行っちゃったね」

「うん。さて、これでどう転ぶか……」

 

白鷺さんが去って行ったのを見ながら、僕は静かにつぶやく。

 

「だ、大丈夫だよ。千聖ちゃんだったらちゃんとやってくれるよ」

「だと、良いんだけどね」

 

場を和まそうとしているのか、それとも本当に白鷺さんのことを信用しているのか。

どちらかは分からないが、僕の気持ちは晴れることはない。

 

「もしかして、信用してないの?」

 

僕の言い方に、中井さんは非難を込めた声色で僕に問いかけてくる。

 

「そう言うことじゃない。中井さんの知り合いの白鷺千聖という人物に対して、僕は信用に値しないとは思っていないよ。そういう人と友人になるほど、僕の知る中井裕美という人物は愚かではないのを知ってるからね」

 

中井さんは、意識的か無意識かは知らないが、信用のできない人物とは関わり合いを持つことはそうそうない。

仮に、向こうから話しかけてきても早々に逃げるか、会話にすらならない。

なので、中井さんの友人ということだけでも、信用に足る十分な根拠だ。

 

「……ッ! ありがとう」

 

僕の言葉に、はにかみながらお礼を言う中井さんに、僕は”ただ”と言葉を続ける。

 

「それは、白鷺千聖”個人”であり、”女優”の白鷺千聖としては別」

「どういうこと?」

 

僕の言い回しに、興味を抱いたのか、真剣な表情で聞いてくる中井さんに僕は携帯を操作してあるサイトを表示させると、それを中井さんに見えるようにテーブルに置いた。

 

「これは、白鷺さんの経歴だよ」

「うわぁ……時代劇の子役とかもやってたんだ」

 

僕が表示した白鷺さんのこれまでの経歴が記されたサイトの内容に、中井さんは興味津々といった様子で見ていた。

 

「注目してほしいのが、出演している作品名。そのどれもが名作として評価されている作品なんだ」

「え? あ、本当だ。これなんて、今でもすごいって言われてるし、こっちのドラマは今、名作何とかっていう名前の番組で再放送してる」

 

僕に言われて白鷺さんの出演作品を確認する中井さんが、次々に番組名を指し示しながら驚いた様子で口にしている通り、白鷺さんが出演している作品のほとんどが現在名作、又はそれに等しいほどの評価をなされているのだ。

 

「やっぱり、千聖ちゃんってすごいんだね」

「そうだね。でも、こういう見方もできない? ”自分自身が有名になるために効率的な作品を選んでいる”って」

「それはちょっと、言い過ぎだよ」

 

僕の口にした見方に、中井さんが反論してくるが、僕にはそうとも見えるのだ。

 

「確かに、言い過ぎかもしれないけど、でも女優の白鷺千聖は『自分が上り詰める……成功するためならば、例えそれが悪事だとしてもその手段をとる可能性のある人物』だって、僕は思ってる」

「………」

 

中井さんの沈黙は、反論することができないものなのか、はたまた僕に呆れているのか……きっと後者だろう。

我ながら、何とひねくれたことを考えてるんだと思ってるくらいだ。

 

「まあ、後は向こうの出方……というよりはもうこっちのほうでも動いてはいるわけだけど、様子をみるとしよう。僕の偏見に満ちた白鷺さんでないことを祈りながらね」

「……そう、だね」

 

結局重い空気のまま、僕たちはお店を後にするとそれぞれ帰路に就くのであった。

 

(白鷺さん、中井さんの信頼を裏切ったら、絶対に許さないから)

 

心の中で白鷺さんにそう言いながら。

 

 

 

 

 

「父さん。ちょっといい?」

 

その日の夜、珍しく早く帰ってきた父さんと一緒に家族全員そろって夕食を食べ終えると、リビングでソファーに座ってくつろいでいる父さんに声をかけた。

 

「何だ、一樹」

「実は……」

 

僕は父さんの隣に座ると、僕はこれまでの経緯をすべて父さんに説明した。

 

「そうか……気づいてあげれなくて済まないな」

「あ……」

 

父さんは申し訳なさげな表情で僕の頭を抱き寄せると、優しく頭を撫でてくる。

小さいころ以来、そのようなことをされていなかっただけに、少しだけ恥ずかしくはあるが、どこか懐かしくもあった。

 

(いつまで経っても、親にはかなわないな……)

 

そう言う意味では親のすごさというのを感じるのであった。

……ただ

 

「うん! やっぱり、一樹はかわいいわね~!」

「……何してるの? 母さん」

 

先ほどからパシャパシャというシャッター音が、僕を正気に戻させる。

 

「一樹のかわいい写真を撮ってるのよっ! 家族の思い出としてね!」

「お願いだからやめて! さすがに恥ずかしいしッ! というか、それ、ただの趣味じゃん!!」

 

母さんにパシャパシャと撮られ続ける僕の醜態。

昔は一眼レフだったけど、今は携帯のカメラも進歩してきて、便利になったものだというのは母さんの言葉だ。

とはいえ、完全に母さんの趣味だけど。

 

「趣味とは失礼ね。いい? 自撮りは常に戦いなの。特にキラプリは戦争よ? 立ち位置一つ間違えれば、可愛く写らないの。さりげなく後ろに立ったり、ポーズをとって輪郭を隠して小顔に見えるようにしたり――――」

 

(あーあ、始まっちゃった)

 

間違いなく僕がキラプリを撮ることはないのだが、どういうわけか、母さんは時々自撮り……写真撮影の鬼になる

 

(可愛く撮るためって言っても……男の僕をかわいくって言うのも……ねえ)

 

アイドルじゃないんだからと心の中でツッコみを入れつつ、父さんと顔を見合わせると、苦笑を浮かべながら母さんの写真道の話を聞くのであった。

……小一時間ほどかかったけど。




次回あたりで、本章は完結しそうです。

この章で、一応パスパレ関連の話は終わると思います。


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第52話 解決、そして……

お待たせしました。
第52話です。
今回はかなり短いですが、どうぞ。


そこは、とある場所のとある部屋。

アンティーク調の家具が置かれたその部屋の奥側には大きな机が置かれており、誰が見ても一番偉い人が腰かけると思われる席に腰かける中年の男性は、突然鳴り響いた電話に背筋をただす。

 

「はい。岡田です」

『おう。久しぶりだな、岡田君』

 

緊張の面持ちで電話に出た岡田と名乗る男は、電話口の男性に、緊張を隠せなかった。

 

「は、はいっ! ご無沙汰してます、社長!」

『おいおい。今は君がそこの社長だろ。いつまでも隠居している私を社長というのはいかがかと思うぞ?』

 

岡田の言葉に、社長と呼ばれた電話先の男は、やや呆れた口調で岡田を咎める。

 

「も、申し訳ありません。ですが、私の中では社長は、荻原さんしかいないと、思っております」

『かかっ。お世辞もそこまで行けば立派なものだ』

 

荻原と名乗る電話先の男に、岡田はお世辞ではないのですがと、一言つぶやくと一つ咳ばらいをする。

 

「荻原さん。連絡をしてきた用件は復帰……ではないですよね?」

『ああ、当然だ。まだ復帰は時期尚早だからな』

 

荻原の答えを聞いた岡田は、無意識のうちにのどを鳴らす。

 

『どうやら、お前の無能な部下が、俺の娘どもにちょっかいを出しているようだ。至急調査し、しかるべき処置を取れ。詳しい話は、事務長と経理課長から聞け』

「はっ! すぐに調査します」

 

岡田はそう告げると、電話を切り別のところに電話をかけ始めるのであった。

それはある日の、一幕であった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

あれから二日が経過した。

あれから、新田の脅しのメールは届いてはいたが、みんなに……父さん達に話して心が軽くなった僕は、さほど気にもならなかった。

 

「ただいま」

「おかえり、一樹」

 

今日も今日とて、学校からまっすぐ帰った僕を出迎えたのは、母さんだった。

 

「そう言えば、あなた宛てに手紙が届いてるわよ」

「僕宛て? なんだろう」

 

母さんの言葉に、僕は首を傾げつつもリビングに向かうと、テーブルの上に置かれた僕宛の手紙を手に取る。

それは一通の封筒で、差出人は『Purely Promotion』となっていた。

 

(『Purely Promotion』って、あの新田とかいうやつの事務所ッ)

 

事務所の名前を見て、僕は警戒を強める。

もしかしたら、向こうは権力を盾に反撃に打ってきた……そういう可能性だって捨てきれない。

 

(ええい! ここは、覚悟を決めろッ)

 

僕は、思い切って封筒の封を開けると、中に入っていたものを取り出した。

中に入っていたのは一通の文章が綴られた紙だった。

『お詫び』と銘打たれたそれに、僕は目を通していく。

 

 

『この度、本プロダクションのスタッフが、貴殿に多大なるご迷惑をおかけしましたことを、心からお詫び申し上げます。

厳正なる調査の結果、本事案が事実であるという結論に達しました。

問題の行動を起こしたスタッフは本手紙をお送りした――月――日付けで、懲戒解雇の処分を取らせていただきました。

また、さらなる調査の結果、貴殿に関する個人情報はそのすべてが、漏洩されていないことを確認済みであります。

最後になりますが、このたび本プロダクションスタッフの不適切な行動により、貴殿にご迷惑をおかけしましたことを、重ねてお詫び申し上げます。

Purely Promotion社長 岡田』

 

 

(うわぁ……)

 

その一文に目を通した僕は、言葉も出なかった。

心の中で望んでいたこととはいえ、いざその通りになると少しだけ驚いている自分がいる。

 

「あの事務所の人から。僕を脅した人、クビになったって」

 

僕の隣で読み終えるのを待っていた母さんに、僕はこの手紙に書かれていることを話した。

 

「そう……良かったわね、一樹」

「う、うん。良かったよ」

 

母さんの雰囲気が、いつもと違うような気がした僕は、どもりながらも頷く。

こうして、僕たちが巻き込まれた一件は、解決を迎えることになった。

 

 

 

 

 

「そう。それじゃ、今日からは来れるのね?」

「うん。色々迷惑かけてごめん」

 

翌日、僕は廊下でばったりと会った湊さんに、問題が解決したことを伝えた。

今回の一件が、Roseliaのほうにまで影響が及ぶのを危惧して、練習に行くのを見合わせていたのだ。

事情は詳しくは話してはいなかったが、それでもよほどの事態であることは伝わったのか、練習に行けないことに関して、理解を得ることができたのは幸いだ。

 

「別に構わないわ。その代わり、来れなかった分真面目にやってもらうだけよ」

「あはは……頑張ります」

 

何とも湊さんらしい返し方だった。

湊さんは話すことは終わったと言わんばかりに僕に背を向けて去って行く。

それもまた、彼女らしいといえる。

 

(ああいうのも、かっこいい……なのかな?)

 

素っ気ない彼女の背中がどういうわけか、僕には少しだけ頼もしくも見えてしまう。

 

(きっと、あいつと重なるんだろうな……)

 

湊さんの後姿……というよりは、彼女の纏っている雰囲気的なものが、僕たちが影のリーダーと呼んでいるドラマーの姿を思い浮かべるのだ。

 

「森本さん。一応、警戒のほうをしておいてもらえる?」

「それはいいけど……一樹も気を付けなよ」

 

湊さんの話が終わり、別れるのを見計らうようにして姿を現した森本さんに声をかけると、逆に心配される。

 

「わかってるよ。そんなドジは踏まないよ」

 

決着がついたとはいえ、まだ予断は許されない。

報復される可能性だってゼロではないのだ。

それを警戒してのことなのだが、僕とて簡単に報復されるほど間抜けではない。

 

「それならいいけど」

 

腑に落ちない様子の森本さんだったが、予冷が鳴ったことで話は終了となり、僕たちはそれぞれの教室に戻っていく。

こうして僕は、いつもの日常を取り戻すのであったが……

 

(ああ、そうだった)

 

その途中で、僕はようやく思い出したのだ。

僕にとっての大きな課題が、いまだに残り続けているということに。

それはRoseliaという名の問題だ。

 

(僕も、本格的に腹をくくるべきかな)

 

教室に戻る中、僕は心の中でRoseliaのコーチとして、一つの覚悟を決めるのであった。

 

 

第5章、完。




ということで、第5章はこれにて完結となりました。
シリアスな本章でしたが、次章もまたそうなりそうです。

ということで、次章予告を。

――

強引なスカウトの事件を無事に解決した一樹は、コーチとしての一歩を踏み出すべく本腰を入れていく。
すべては順調に進んでいく……はずだった。

次回、第6章『崩壊』


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第6章『崩壊』
第53話 コーチとして


事務所関連のごたごたを解決して数日ほど経ったある日の昼休み。

 

「うーん……こんなふうでいいのかな」

 

僕は、誰もいない音楽室で、音楽室でおにぎりを片手に唸りながら、ノートを見つめていた。

音楽室にいる理由は、騒がしい場所だと集中してできないからという理由で、ここで昼食をとっているのは効率的だからだ。

決して、孤独という意味ではない。

……たぶん。

 

「何がいいの?」

「それは、このノートの……」

 

そんな中、僕に話しかけてくる声に、自然に相槌を打つ僕だったが、すぐに違和感に気が付いて声のほうを見る。

 

「へぇ、色々書いてるんだねー」

 

そこには、いつの間に来たのか僕の隣の席に腰かけて、興味津々といった様子でノートを覗き見ている今井さんの姿があった。

 

「うわぁ!!」

「うわぁ!? な、何、何?! どうしたの?」

 

そんな彼女に、僕は思わず大きな声で叫びながら横に移動すると、それにつられて今井さんも驚いた様子で声を上げてあたりを見回し始める。

 

「い、何時からそこに!?」

「少し前だよ。たまたま通りかかったら、唸っている奥寺君がいたから、何してんのかなーって思って」

 

(き、気づかなかった)

 

それほど集中していたとも言えるのだが、さすがに隣に座られても気づかないのはどうかと思う。

 

「それって、練習の時に書いてるやつだよね?」

「まあ……そうだけど」

 

僕は最近、練習中によくノートを取るようにしている。

それはもちろん、彼女たちの演奏に関することを書き込んで、後々のアドバイスに役立てるためでもあった。

 

「ちょっと、見てもいい?」

「駄目」

 

そんな、今井さんのお願いを、僕は一言で切り捨てた。

 

「そんなこと言わないで、ちょこっとでいいから」

「ダメったら、ダメ」

 

なおも食い下がってくる今井さんに、僕は頑なに断る。

 

「奥寺君のケチ~」

「ケチとかケチじゃないとかじゃなくて、ここには個人情報並みのことを書いてるから、それをおいそれと人に見せることはできないって言ってるの」

 

頬を膨らませながら抗議してくる今井さんに、僕は分かるようにはっきりと説明して断る。

 

「それじゃ、アタシのだったらいいでしょ?」

「はぁ……わかったわかった。分かりましたっ」

 

どうしてそんなに見たいのかという疑問を抱きながらも、僕は今井さんのことについて書いてあるページを開くと、それを彼女に見えるように手渡した。

 

「ありがと。……へぇ、すごくたくさん書いてるんだ」

「……感じたことをすべて羅列してるだけだからね」

 

食い入るように見ながらつぶやく今井さんに、僕は相槌を打つ。

 

「この横の”〇”とか”△”って何?」

 

読んでいてわからなかったのか、疑問を投げかけてくる今井さんに、僕は簡潔に答えるべく口を開く。

 

「言うべきこととそんなに言うべきじゃないことを表してる奴だよ」

「こうしてみると、バツがいっぱいだよね~。えーっと、ベースの構え方を直すべき……これってどういうこと?」

 

わざわざ言う必要がないとしている物を選ぶ辺り、今井さんらしいなと思ってしまう。

 

「今井さんのベースの持ち方が、少し演奏を難しくしそうな感じにも見えたんだよ」

「へぇ……」

「構え方は大きく分けると二種類。効率重視の構え方と、魅せる重視の構え方があるんだ」

 

真剣な表情でこっちを見てくる今井さんに、僕はついつい口が乗ってしまう。

 

「前者は、演奏をする際に、ラグを生じさせないよう、演奏しやすい構え方に重きを置いているタイプ。基本的にはこれが一般的な構え方になってるんだけど、それとは別にライブを見ている観客を盛り上げることに、重きを置いてるタイプが、後者の構え方になるんだ」

「どっちが良いんだろ?」

「それは人それぞれ。今井さんがどういうスタイルで行きたいかによるから。だからこそ、これは言う必要がないって思ったんだよ。下手に言って変な風になるのもあれかなって思ったから」

 

基本的に、”×”にしているのはそんな感じのものだ。

感じたことをそのまま羅列していることの弊害のようなものかもしれない

 

「………」

「な、何?」

 

そんなことを思っていると、今井さんが僕のことをじーっと見つめていることに気づき、僕は若干彼女から距離を取りながら声をかける。

 

「なんだか、奥寺君が真剣にやってるのが意外だなって思って。あ、別に悪い意味で言ってるんじゃないよ。ただ、奥寺君って教えることに消極的な感じがしたから」

 

なんとなく言いたいことは分かる。

コーチになって最初の時のことを指しているのだろう。

 

「あの時は、今だから言うけどあまり乗り気ではなかった。それは、嫌だからというよりは……そう、”怖い”から」

「怖い? 友希那が?」

 

僕の言葉に、今井さんは人のことだと思ったのか、湊さんの名前を出してきたので、僕は首を横に振ってそれを否定する。

 

「知ってると思うけど、僕は幼馴染の森本さん達と一緒にバンドをやってるんだよ」

「あー、ムーンライト何とかってやつだよね。とっても良かったよ」

 

やはり、ちゃんと名前を憶えられてないんだなと思いつつ、僕は感想を言ってくれた今井さんにお礼を言うと話を続けた。

 

「昔、僕は練習が原因で、メンバーを病院送りにしたことがあるんだ」

「えっ……」

 

僕の告白に、信じられないという表情で、今井さんは僕の顔を見る。

 

「あの時は、加減が分からなかったから、僕は自分の求める演奏ができるまで、みんなを徹底的に締め上げ続けた。その結果、ノイローゼになって入院することになったんだ」

「……」

 

それは僕の犯した罪だ。

 

「それでも、軟弱者としか思ってなかったから、僕は退院した日に練習に引きずって行って、同じ練習をし続けたんだ」

「そ、それで……どうなったの」

「また病院送りにさせようとしたときに、ドラムの人が怒ってバラバラになっちゃった」

 

真剣な面持ちで、先を促す今井さんに、僕は軽い口調で言う。

 

『お前はミュージシャンじゃねえ。ただの人殺しだっ』

 

あの時、田中君に言われた言葉は、僕の心の中に今でも残り続けている。

 

「まあ、色々あって仲直りして今に至るわけだけど。僕は今でもあの練習方法を間違いだとは思っていない。加減を間違えたけど、それを除けば効率的な練習方法だと信じている。まあ、あの一件以来封印してるけど」

「……」

「正直、今井さんたちがどこまで耐えられて、どこからが無理なのかがわからない……それにみんな真剣だから、僕もつられちゃうんだよね。そして、入り込んで封印を解いてしまう……だから、怖いんだ」

 

僕はまだ、彼女たちのことを知っていない。

どこまでの要求や指摘に、耐えられるかの加減もわからないのだ。

あの時は、止めてくれる人がいた。

今もそれは変わらない。

だからこそ僕は安心して練習の時に指摘をすることができる。

でも、Roseliaにはそれがない。

万が一のことが起こることだって、ありうるかもしれないのだ。

それは、彼女たちの練習に立ち会ってさらに強まっていた。

 

「友希那もあこたちも、応えられると思うよ」

「……それは、今後ゆっくりと様子を見ながら探っていくつもり。皆の力になれるように、ね」

「うん……奥寺君、ファイト♪」

 

最終的には練習を見る相手にエールを送られてしまったが、これはこれでいいのかもしれない。

 

「あ、最後に一つだけ」

「え、何?」

 

ちょうどいい機会だと思った僕は、今井さんに一つだけ釘をさしておくことにした。

 

「僕の邪推だったら謝るけど、今井さんってもしかして、演奏が下手なのをブランクがあるから仕方がない……的な言い訳にはしてないよね?」

「あはは……言い訳にしてるつもりはないんだけどな~」

 

僕の問いかけに、今井さんは苦笑しながらどっちとも取れる答えを返してくる。

 

「もし、そうだとしたらすぐに改めて。ステージの上に立った瞬間、初心者もプロも関係なく、同じ奏者になる。観客だって、今井さんの身の上話を聞きに来ているわけじゃない。今井さんが奏でる演奏を聴きに来ているんだ。それに応えるためにも、いつだって全力で演っていかなければいけない。言い訳なんて、もってのほかだよ」

「うん。………そう、だよね。ありがと、奥寺君。アタシ、頑張ってみるよ」

 

言ってしまってよかったのかとも思ったけど、それでも今井さんの前向きな言葉は、僕の不安を吹き飛ばしてくれるのに十分だった。

でも、この時の僕はまだ気づいていなかった。

Roseliaの崩壊のカウントダウンが、始まっていたということを。

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第6章『崩壊』




これより、第6章の始まりです。
どのくらいの長さになるかは不明ですが、たぶん2~4話程度かなと思っております。


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第54話 疑問

「ん?」

 

ある日の休み時間。

時間つぶしと銘打って、今日羽丘に来る前に買った音楽関係の雑誌を読んでいた僕は、あるページの内容が目に留まった。

 

(Roseliaだ)

 

それは見開き二ページにもわたってRoseliaが取り上げられている記事だった。

 

『孤高の歌姫・友希那がついにバンドを結成! ガールズバンド、Roselia始動』

 

という見出しから始まるそれは、湊さんにフォーカスを当てながら、それ以外のメンバーの演奏などにも触れられた内容だった。

写真に写っている湊さんたちの表情は、自身に満ち溢れ凛々しくあった。

 

(これでみんなも時の人かな……あれ? あこさんからメールだ)

 

その時僕の携帯に、あこさんからメールが送られてきた。

僕は、そのメールを確認してみることにした。

 

「えっと……今日ファミレスで記念お茶会やります……なんだかなぁ」

 

いきなりのお茶会の誘いの連絡に戸惑いながらも、特に予定がなかったので僕はとりあえず『OK』とだけ返しておいた。

 

 

 

 

 

放課後、僕はあこさんが指定したファミレスに向かうと、すでに来ていた湊さんと紗夜さんを除いた三人と合流してボックス席に腰かける。

席順としては僕と今井さんが隣り合わせで、向かい側に白金さんとあこさんが腰かけてる。

 

「はぁ……友希那さんと紗夜さんやっぱり来ないなぁ」

「……二人にも連絡したんだ」

 

(ち、チャレンジャーだ)

 

あの二人がまず行くと言うわけがない……というより、下手すればお小言が待っている。

 

「はい! だって、雑誌掲載を記念してのお茶会ですからッ」

 

そう言うあこさんの手には、僕が袈裟買った音楽系雑誌が握られていた。

どうやら、あこさんも買っていたようだ。

 

「あこって、時々メンタルが強くなるよね」

「それが、あこちゃんの良いところ……ですから」

 

柔らかい表情を浮かべながら言う白金さんの言葉に、僕は怖いもの知らずという言葉が口から出てくるのを必死にこらえる。

 

「二人とも、『そんな暇はない』って」

「まあ、そう言うだろうね」

 

ある意味、それで済んでよかったとも思う。

 

「そう言えば雑誌を読んでみんなどう思った?」

「ん? 別に普通に当たり障りのない言い記事だと思うけど」

 

不安そうに聞く今井さんに、僕は首を傾げながらも、僕は感想を口にする。

 

「そ、そうじゃなくて……その、写真のほうなんだけど」

「写真?」

「あ……」

 

言いづらそうにしている今井さんの指摘した箇所に、僕はさらに首を傾げながら雑誌に掲載されているみんなの写真を見て見る。

別に、不自然なものは見当たらない。

 

「そ、そうだ! 孤高の歌姫って、なんだかカッコいいですよね!」

 

わからない僕とは対照的に、あこさんと白金さんは分かったのか、露骨に話題をそらし始める。

 

「お、お願い。そんな風に話題をそらされると余計に傷つくから、本当のことを言って」

 

そんな二人の様子に、今井さんは複雑そうな表情を浮かべながらあこさんたちに促した。

 

「じ、じゃあ……リサ姉だけギャルっぽくて浮いてる」

 

お互い顔を見合わせたあこさんは、申し訳なさそうにそう告げた。

 

(あ、そっちか)

 

あこさんに言われるまで気づかなかったが、確かに衣装のほうを見て見ると、若干今井さんだけが浮いているようにも見える。

 

「あぅぅッ。やっぱり友達に言われた通りかぁっ」

「で、でも紗夜さん達服装が地味ですからっ」

 

どうやら、同じことを雑誌を見たであろう人に言われたらしく、落ち込んだ様子の今井さんにあこさんがあたふたとしながらフォローの声をかける。

 

「でも、そんなに気にしなくても良いんじゃない? 可愛く写ってるんだから」

「ッ!? そ、そう……かな。いや、でも~」

 

何気なく漏らした感想に、今井さんはどういうわけか息をのむと、格闘するようにぼそぼそとつぶやき始める。

 

「良いな……今井さん」

「一樹さんって、時々たらしですよね」

 

なんだか小さな声で今井さんを見ながらつぶやく白金さんと、そんな二人を見ていて苦笑しながら言ってくるあこさんという混沌と化した状況に、僕は首を傾げるしかなかった。

 

「まあ、浮いてるのが嫌だったら、ステージ衣装でも用意すればどう?」

「ステージ衣装……それだっ!」

 

とりあえず、それを無視して提案すると、ドンピシャだったようで、あこさんが賛同の声を上げる。

 

「あことりんりんと友希那さんって服の趣味が似てそうだし!」

「確かに、言われてみれば……でも、あこはさすがに」

 

あこさんの言うとおり、確かに白金さんと湊さんは服のテイストが似ている。

紗夜さんもおそらくは似合うだろう。

だが、それにあこさんが似合うかどうかまでは分からない。

 

「でも、あこの服はりんりんに作ってもらったものなんだよ」

「へー……って、嘘っ!? それってすごいじゃんッ」

 

あこさんの言葉を、最初は聞き流していたが、次第にその言葉の意味するものを理解した僕は、慌てて声を上げた。

 

「そ、そんなこと、ないですよ……」

「いや、そんなことあるって。手作りなんてわからないくらいにすごいよっ」

「わたし……いつも家にいて……時間が、あったので」

 

僕と今井さんの立て続けの称賛の声に、白金さんは顔を赤くしながら照れていた。

 

「それじゃ、Roseliaの衣装作ろう!」

 

そのあこさんの言葉で、Roseliaの衣装づくりという一大プロジェクトが発足した。

……のはいいが

 

「一応、二人には聞いておいたほうがいいと思うよ。湊さんはともかく、紗夜さんはファッションとかにそんなに興味はなかったはずだから」

 

僕の知る彼女は、無頓着というわけではないが、おしゃれに気を使ったり楽しんだりするタイプではなかった。

 

「それじゃ、アタシから二人に聞いてみるよ」

「後は、どんな感じにしようかな……」

 

こうして、僕たちはRoseliaの衣装のコンセプトを練っていくのであった。

 

 

 

 

 

衣装のコンセプトを一通り練って解散となり、家に帰った僕は夕食を終えるとリビングでくつろいでいた。

 

「ん?」

 

その時、来訪者を告げるチャイムが突然鳴った。

 

「一樹、ちょっと出てくれる?」

「はーい」

「出来れば急いでねー」

 

先ほどからピンポンダッシュならぬ、ピンポンラッシュのごとくけたたましく鳴り響き続けるチャイムの音に、どこか母さんの声に棘があった。

 

(誰だろう、こんな時間に)

 

失礼とまでは言わないが、そこそこいい時間だ。

しかもチャイムを連打となると、かなり正気を疑うレベルだ。

ここに訪ねてくるような者で、このようなことをする人に心当たりはないので、かなり警戒している。

僕はとりあえずいまだになり響き続けているチャイムの音をBGMに、玄関のドアのドアスコープで外の様子をうかがう。

 

(あー、そう言えばそうだったよね)

 

ドアスコープから確認できた、来訪者と思われる人物の姿に、僕は内心納得してしまった。

”彼女ならやりかねない”、と。

 

「はい」

「あ……ッ!」

 

ドアを開けて僕と目が合った瞬間、その来訪者は目を見開かせると、一気に表情を曇らせた。

 

「うわっ!?」

「ううぅぅっ! 一君ッ、一君ッ!」

 

突然の来訪者……日菜さんは、僕に抱き着いてくると泣きじゃくり出した。

 

「ち、ちょっと……」

「ごめんなざいっ! ごめんなざいっ」

 

困惑する僕に、日菜さんは泣きじゃくりながら謝ってくるだけなので、僕の困惑は収まることはなかった。




ものすごくあれな終わり方ですが、次回も楽しみにしていただけると幸いです。


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第55話 感じる気持ち

「一樹、何をやって……あら、あなたは、日菜ちゃんじゃない」

 

どうしたらいいのか困惑している僕のもとに、いつまで経っても戻ってこないことを不審に思った母さんが様子を見に来ると、僕の体にしがみついて泣きじゃくっている日菜さんを見つけて意外だと言わんばかりに声を上げた。

 

(あ、やっぱり紗夜さんに妹がいることを知らないのは、僕だけだったんだ)

 

それはそれでどうかと思うが、そんな関係のない感想を心の中でつぶやけるほどには、冷静になることができた。

 

「ひっく、ひっく……ごめんなさい、おばさん」

「大丈夫よ。一樹、いつまでもそこに立たせてないで、中に上がってもらいなさい。あと、私のことはお姉さんって呼んでね、日菜ちゃん」

 

母さんに言われて、僕は日菜さんに上がってもらうことにした。

 

(やっぱり、こだわってるんだね。それ)

 

前に紗夜さんにも同じことを言っていた母さんの言葉に、僕は内心でそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

リビングに案内して適当な席に座ってもらったまではいいものの、お互いに無言という気まずい雰囲気になっていた。

母さんは日菜さんと僕に飲み物を出すと、すぐに台所に引っ込んでしまった。

こういうことは僕が何とかしろ、ということだろう。

そうは言われても、ここに来た理由を口にしようともせずに押し黙っている日菜さんを相手に、どうしろというのだろうか?

 

(いや……ここに来た理由なんて一つくらいしかないじゃないか)

 

前に、僕が日菜さんに言った『紗夜さんと何かあったら来てもいい』という言葉を受けてだろう。

なら、何が起こったかなんて想像に難くない。

それでも、僕にはそれを聞くことはできなかった。

これは家族の問題。

それに他人の僕が踏み込んでもいいのか。

そんな不安な気持ちが僕を押しとどめていた。

 

「……練習、する?」

「え?」

 

色々と考えた結果、出てきたのはそんな言葉だった。

 

「悩んでいるばかりだと、気が滅入るでしょ。だったら、練習でもしていれば気がまぎれると思うんだけど」

 

そこまで言って、自分は地雷を踏みに行っていることに気づいた。

日菜さんが入っているバンド(いや、厳密には違うんだけど)の、Pastel*Palettesは現在、活動休止中だ。

理由が理由なだけに、あまり触れていい部分ではないのは明らかだ。

とはいえ、もう言ってしまったことは取り消せない。

僕は、日菜さんの反応を伺う。

 

「……そう、だね。うん、練習するっ」

 

どうやら、ぎりぎりセーフだったようだ。

もしくは、アウトだったのを日菜さんがセーフにしてくれているかのどちらかか。

いずれにせよ、日菜さんもやる気のようなので、それに乗ることにした。

 

「あ、でもあたしギター持ってきてないよ」

「それなら、僕のでよければ貸すけど」

 

日菜さんの言葉に、僕はそう提案をする。

思い付きの提案なので、こういうところでぼろが出るのだ。

 

「いいの?」

「日菜さんが良ければ」

「じゃあ、借りるっ」

 

とりあえず、日菜さんのほうは大丈夫そうなので、このまま強引に行くことにした。

 

(ギターが練習スタジオにあるのは、ある意味ラッキーかな)

 

この状況で自室にギターを取りに行くのは、僕的にはあまりありえないと思っていたので、そういう意味ではある意味幸運だった。

 

「でも、どこで練習するの?」

「ちょっと待ってて」

 

自ずと行き着く疑問に、僕はそう返すと本棚のほうに歩み寄って、仕掛けを動かした。

 

「うわぁ! すごいすごいっ! まるでからくり屋敷みたいで、るんっ♪ってする!」

 

(やっぱりそういう反応になるよね)

 

普通一軒家に、このようなからくり仕掛けがあるなんても想像できないのだから、こういう反応をされるのは、ある意味当然のことでもあった。

 

「ついてきて」

 

このままだと床が閉じてしまうため、僕は目を輝かせる日菜さんに声をかけると、階段を下りていく。

そして重厚感のあるドアを開けて、明かりをつければ、そこにはいつも見慣れた練習スタジオがあった。

 

「うわぁ……」

「はい。もうアンプにつなげてるから、すぐに弾けるよ」

「ありがとー」

 

目を輝かせてスタジオを見渡す日菜さんに、僕は自分のギターを手渡す。

ギターを受け取った日菜さんはストラップを肩に通して演奏の準備を整える。

 

「それじゃ、軽くこの曲を弾いてみてくれる?」

 

僕はTAB譜を日菜さんに見える位置に置きながらそう告げる。

それは、今練習中の曲で難易度としてはそんなに難しくない楽曲だ。

 

「うん、わかった」

 

僕の言葉に頷いた日菜さんが、演奏を始めようとピックをストロークさせる。

だが、出てきた音は日菜さんが想像していたのとは全く違うものだった。

 

「あれ?」

 

首を傾げながらも、もう一度ギターを弾くが、出てくるのは先ほどと同じ音色だった。

 

「あれれ?」

 

(やっぱりそうなるか)

 

もしかしたら、このギターを扱える人は僕ぐらいなのかもしれない。

 

「むぅ……」

 

そんなことを思っている僕をしり目に、日菜さんは真剣な面持ちで何度も何度も弦を弾き続けていた。

そんな彼女の姿に、僕は声をかけずに見守っておくことにした。

 

 

 

 

 

それから、数十分程の時間が経った時だった。

 

「っ! できたぁっ!」

 

日菜さんは出だしの音で正しい音色を奏でることができたのだ。

最初はまぐれかと思ったが、その後に続けて奏でるその音は、とても正確だった。

若干テンポが遅いというのはあるが、それも克服するのは時間の問題であった。

 

(うそ……)

 

だが、それは僕に少なからず衝撃を与えるのに十分だった。

 

(僕ですら、そこまで行くのに数か月かかったのに)

 

慢心していたわけでも、侮っていたわけでもない。

僕よりも上はいるというのも理解していたつもりだ。

だが、実際に目の前でそれを見せられた時の驚きは、凄まじいものだった。

その驚きは、一瞬ではあるものの僕の中に負の感情を抱かせる。

 

「……? 一君どうしたの?」

「あ、いや。何でもない。それよりも、今のところだけど―――」

 

首を傾げて聞いてくる日菜さんに、平静を取り繕うように答えた僕は、先ほどの演奏で気になったところを日菜さんに指摘していく。

さっき感じた負の感情。

それに名前を付けるのであれば、それは”嫉妬”だろうか。

僕は、日菜さんに嫉妬したのだ。

 

(なんとなく、紗夜さんの気持ちわかるような気がするよ)

 

何か月もかけて進んだ道のりをわずか数十分で進まれた時の、何とも言えない脱力感。

確かに紗夜さんが、あのような感じになってしまうのも無理はない。

でも……

 

(僕は貴女じゃない)

 

僕は紗夜さんのようにコンプレックスを抱くことはない。

嫉妬にも呑まれない。

なぜなら、僕にはこれまで歩んだ時間の経験値と、そして自信があるから。

だから僕は、一瞬嫉妬はしたけれど、それをばねに頑張って行こうという気持ちを抱いていけるのかもしれない。

この日の練習で、僕は自分と同じレベルのギターリストと出会うことができた。

その出会いは、これからの自分の励みになるものだった。

そんなことを感じたある日の夜の出来事であった。



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第56話 不穏な噂

お待たせしました。
第56話です。


「一樹、ちょっといいか?」

「え、なに?」

 

放課後、家の練習スタジオでの練習の休憩時間、田中君が真剣な面持ちで僕に声をかけてくると、離れた場所に行くように促してくる。

話しかけてくるのは珍しいというわけでもないのだが、真剣な面持ちで話しかけてくるのはかなり珍しいことでもある。

 

「それで、用件は?」

 

とりあえず僕は田中君に指示された場所に移動すると、少しだけ身構えながら用件を尋ねる。

 

「この間、サポートの仕事をしているときに、ちょっとばかり嫌な話を小耳にはさんだもんでね」

「嫌な話?」

 

田中君のもったいぶった口調に、じれったさを感じた僕は、先を促す。

 

「湊友希那が、音楽事務所からスカウトを受けているらしい」

「あー……まあ、あのクラスになればスカウトの一つや二つ、あってもおかしくないと思うけど」

 

真剣な面持ちで口を開く田中君に、僕はどこか間の抜けたような返事をした。

湊さんは”孤高の歌姫”と呼ばれているほどの実力を持っている。

ならば、スカウトが来たとしてもそれは何も不思議ではない。

むしろ、こないほうが不思議なくらいだ。

バンドを結成したからと言って、スカウトが来ないというわけではない。

僕たちが巻き込まれた芸能事務所の脅迫事件も、大雑把に言ってしまえばスカウトの一つでもあったりするのがそれだ。

はっきり言うと、あれはあれで迷惑の極みではあるし、思い出したくないので特に話題にもしないけど。

笑い話で済むことと、すまないこともあるという典型例と言っても過言ではないであろう。

まあ、一般的に考えても、入院騒動にまで発展した一件を笑い話にするのはかなり無理があったりするわけだけど。

それは置いとくとして、引き抜きという形で招き入れようと考えている者もいるにはいるのだ。

実際に、それでバンドを抜けて別のバンドに移籍したという話はよく聞くし、何らおかしいことでも珍しいことでもないのだ。

 

「ああ、確かにこれまでは彼女はスカウトは門前払いだったそうだが……」

「……もしかして、受け入れた?」

 

言葉を濁す田中君の様子に、僕はもしやと思いそう尋ねる。

 

「いや。それはないみたいだ。だが、どうも今回は感度はいいという話しだ」

「………そのスカウトをした人たちの誇張という可能性は?」

 

考えられる可能性は、ほかのスカウトをする人への牽制目的に嘘の情報をあえて流すということ。

特にメリットもないが、他のスカアウトをする人たちに声を掛けさせ辛くさせる可能性は十分考えられる。

 

「いや。それは低いな。根拠は特にねえからあれだが」

「だとすると……そう言うことになるのか」

 

今思いつく限りで、噂の否定をできる材料はない。

ない以上は確定と見るしかないのだ。

 

「どうする? これはさすがにやばいだろ」

「そうだね。バンドリーダー……しかも発起人が鞍替えはかなりまずい」

 

バンドを抜けて別のバンドに移籍するのは珍しくもおかしくもない。

それは確かだ。

だが、それをバンドリーダー……ましてやそのバンドの発起人がやるのはかなり意味合いは違う。

はっきり言って、印象は最悪を通り越している。

自分で作ったグループを抜けてよそのグループに入ろうとしているのだから。

 

「どうする?」

「こっちで動くか、それとも放置するか……か」

 

田中君の問いかけは、僕の今後の動きを聞くものだ。

 

「俺は、動くべきだと思う。一樹がRoseliaのコーチを続けたいと思うのであれば、なおさら」

 

田中君の言うことは分かる。

うわさを否定できる才良がない今、最悪の場合に備えてこちら側でもできる限りの手を打つというのは、バンドのメンバー……コーチとしては取るべき行動だ。

だが……

 

「下手に動けばこちら側にも火の粉が飛ぶ……」

 

干渉するということはそれによって起こる問題への対処も、当然こちら側は行う義務が生じる。

それはそれで少しばかりリスクが高い。

 

(ここは様子見をしたほうが最善なんだけど、だからといって放置というのも……)

 

今、僕は重大な選択を迫られていた。

 

「それとなく動いて、あとは様子見……それしかないか」

「………もし力になれることがあれば言ってくれ。できる限り動いてみる」

 

僕のつぶやきを聞いた田中君の提案に、僕は”ありがとう”と返すのであった。

 

 

 

 

 

翌日の休み時間。

僕は廊下を歩いてある場所に向かっていた。

そこは『2年A組の教室』だ。

今井さんたちのクラスでもある。

 

「あれ、奥寺君じゃん」

「今井さん」

 

教室まであと少しというところで、後ろから声を掛けてきたのは今井さんだった。

 

「どうしたの? アタシのクラスに用?」

 

目的の人物が自ら話しかけてくるのはかなりこちらからすれば好都合だ。

 

「うん。ちょっと今井さんに確認したいことがあって」

「え、アタシ!?」

 

まさか自分に用があったとは思っていなかったのか、驚いた様子で声を上げる意味さんに、僕は無言で頷く。

「湊さんのことなんだけど」

「もしかして、友希那ともっと親密になりたいー……みたいなこと?」

「違う」

 

なんだか”親密”の部分をやけに強調して興味津々に聞いてくる今井さんに、僕はバッサリと否定した。

思いっきりはっきりと言っておかないと後々面倒ごとになりかねないのは、森本さん達で嫌というほど学んでいる。

 

「それはそれで、幼馴染としてちょっと複雑なんだけど……じゃあ、一体何?」

 

何とも言えない複雑そうな表情でつぶやいた今井さんは、僕に用件を尋ねてくる。

 

「あ、うん。湊さんに、最近変わった様子とか……あったりする?」

「っ!?」

 

僕の問いかけに、一瞬今井さんの表情が変わったのを、僕は見逃さなかった。

 

「べ、別にないけど……何かあったの?」

「いや。ちょっとばかり変な話を小耳にはさんだだけだから気にしないで」

 

何かをごまかすように答えて聞き返してくる今井さんに、僕は肝心の話をしないで答えた。

これを言うと、完全にこちらに火の粉が飛ぶことにもなる。

下手に関われば、それの責任も生じる。

 

「そう? だったら、良いんだけど……ねえ、ちなみにそれって――」

 

お互いに牽制をし合っているような空気の中、今井さんが口を開くのと同時に、授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「ごめん。授業があるから、また」

 

それ幸いといわんばかりに、僕は足早にその場を後にした。

今井さんも、チャイムが鳴ったことで呼び止めることはしなかった。

 

(これで、よかったのだろうか?)

 

そんな疑問が脳裏をよぎる。

結局、僕は放置を選択したのだ。

 

(でも、意味はあったと思う)

 

今井さんも、湊さんの違和感に気づいている様子が見受けられた。

その違和感が、どうしてなのかをわかっているのかどうかはわからないが、それでも気づいているのといないのとでは大きく違う。

これは、幼馴染であるということの強みが出ている表れでもあるのだ。

 

(このままあの二人の間で話がまとまってくれればいいんだけど)

 

幼馴染であれば、問題の解決の糸口を見いだせる可能性は高い。

僕の時がそうであったように、彼女たちもそうだろう。

もしうまくいけば、それでいい。

僕はそう思いながら教室に戻るのであった。

この時の僕の選択が、取り返しのつかない事態に発展するとも知らずに。




一番笑ったのは、サブタイトルの誤字で『不穏な噂』を『不穏なうわあ』にしていたということだったりします(苦笑)


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第57話 崩壊

大変お待たせしました。
第57話です


それは、数日後の休日のこと。

この日は、HPの練習がある日だったのだが、田中君達の急な用事が重なったことでお休みとなり、僕は暇を持て余していた。

 

「……どうせだし、Roseliaの練習のほうに顔を出そうかな」

 

湊さんから教えてもらった練習スケジュールでは、今日も練習があるのは確認済みだ。

日曜祝日は、こっちのバンドの練習を優先するという約束だったが、こっちのほうが中止になったのだから、その時間は彼女たちのほうに割くべきだろう。

 

「とりあえず、湊さんに確認しておくか」

 

僕は確認を取るため、湊さんの携帯に電話をかける。

 

「……出ないな」

 

呼び出し音は鳴るのだが、一向に出る気配がないため、いったん電話を切って、別の人物に電話をすることにした。

 

『は、はい! なんですか、一樹さん?』

「ごめんね。実は――――」

 

掛けた相手は紗夜さんだった。

なんだか慌てた様子なのが気になるが、とりあえず僕は事情を説明する。

 

『そう言うことでしたら、かまいません。ですが、意外ですね』

「え、何が?」

 

紗夜さんから二つ返事でOKが出たのはよかったのだが、紗夜さんの言葉に引っかかりを覚えた僕は、詳しく聞いてみることにした。

 

『一樹さんが、湊さんではなく私に確認することが、です。あなたならこういう確認は湊さんにすると思っていたので』

「あー、それはさっき電話を掛けたんだけど出なかったからだよ」

 

なんだか言い訳がましいなと思いながらも、僕は事情を話した。

 

『そうですか。それよりも、もしよかったら……その……』

「一緒に行かない? 同じ場所に行くんだし、そのほうがいいと思うんだけど」

 

紗夜さんが何かを言いかけてはいたが、声の感じからして少し長くなりそうだったので、先に僕のほうから提案させてもらうことにした。

 

『ッ! し、仕方ありませんね。では、今から30分後に家の前で待ち合わせましょう』

「あ、うん。それじゃ……」

 

待ち合わせの時間を決めて、僕は電話を切った。

 

「……今日の紗夜さんは、なんだか変だな」

 

なんだか声が弾んでいるような気がしたが、一体何がそんなに嬉しいのだろうか?

 

(まるでデートをするような感じだったけど。僕に限ってそれはないよね)

 

自惚れるのもたいがいにしろという物だろう。

 

「さてと。準備しますか」

 

僕は手早く自分の楽器やノートなどを持つと、自室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「すみません。お待たせしました」

「ううん。全然待ってないよ。……それじゃ、行こうか」

 

紗夜さんの家の前で待っていた僕は、玄関から姿を現した紗夜さんと言葉を交わしながら、スタジオに向けて足を進める。

 

「「……」」

 

その道中、僕たちに会話はなかった。

 

(うー、気まずい)

 

よくよく考えればこれまで僕の隣は大体森本さんか中井さん達で、それ以外の人物といつもの道を歩いたことはあまりなかった。

 

(とはいえ、何か話したほうがいいよな)

 

「「あのっ!」」

 

雰囲気を変えようと口を開いたのだが、どういう偶然か紗夜さんのと重なってしまった。

 

「ごめん、紗夜さんからどうぞ」

「いえ。私よりも一樹さんがお先に」

 

そして始まる用件を話す権利の譲り合い。

 

「いやいや、僕の話なんてくだらないから、紗夜さんからでいいよ」

 

本当は話す内容が決まっていないのだが、それは言わないでおこう。

 

「それでしたら、私の話もかなりどうでもいいので、一樹さんからどうぞ」

 

お互いに中々引こうとしない。

そんな駆け引きを続けていると、

 

「「っぷ」」

 

どちらからともなく思わず吹き出してしまった。

 

「ふふ。私たち、一体何をしてるのかしらね」

「あはは。なんだか、これ自体がくだらないね」

 

思いも揺らぬ形ではあったが、気まずい雰囲気はなくなったんだから、結果オーライということだろう。

そうして、余裕ができた僕は、あることに気づいた。

 

「紗夜さん? なんか香水つけてる?」

 

紗夜さんのほうからほのかに漂う香りに、僕は気になったので聞いてみた。

 

「え? ええ。そうだけど……何か?」

「あ、いや。ただ練習に行くだけなのに、香水つけるなんていつもの紗夜さんらしくないなって思って」

 

いつもの彼女なら、練習だけで香水とかをつけるようなことはしないので、気になったのだ。

 

「そ、それは………一樹さん―――ら」

「え? 僕が何?」

「ッ! な、何でもありませんっ! 早く行きますよっ!」

 

僕の名前が出てきたので、聞いたのだが、紗夜さんは顔を赤くしながら言うと、歩く速度を上げだしたので、僕はそれに追いつくように歩く速度を上げる。

 

(僕、何かしたのかな?)

 

自覚はないのだが、もしかしたら彼女に対して何かをしてしまった可能性もある。

 

(とはいえ、わからないことを謝っても……ねえ)

 

謝るからには、悪い点を理解しておきたいのが本音だ。

こうして、僕たちは練習スタジオへと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

「おはよー☆ 紗夜。って、あれ、奥寺君も一緒なんだ」

「うん。ちょっとスケジュールに穴が開いたからね」

 

意外と言わんばかりにこっちを見ながら言ってくる今井さんに、僕は予定がなくなったことを伝えた。

 

「そうなんだ……って、紗夜。香水つけてどっかに行ってきたの?」

「べ、別にどこにも行ってないです。これは……身だしなみですっ」

 

さっきの僕と同じ問いかけをする今井さんに、紗夜さんは顔を赤くしながら答えた。

 

「えー、なんだか怪しいな~。もしかして二人でデートとかだったり?」

「違うよ。一緒に来ただけだから」

「そ、そうですよ」

 

どうして香水一つでデートになるのかはわからないけど、僕は間違いを訂正しておいた。

……そうでないと紗夜さんにも迷惑だろうし。

だが、そこでふと気になることがあった。

 

「今井さんだけ?」

 

スタジオにいたのは今井さんだけだったことだ。

 

「うん、そうなんだよね。いやー、アタシが一番乗りって珍しいことがあるもんだよね~」

「はぁ……珍しいことで済まさずにこれからもそうなるようにしてください」

 

軽い口調で答える今井さんに、ため息交じりで言う紗夜さんに今井さんは”はーい☆”と、これまた軽い感じに返事をする今井さんに、紗夜さんはギターケースをスタジオの端に置いてギターを取り出すと、セッティングを始めた。

 

(本当に珍しいこともあるもんだ)

 

いつもであれば、一番乗りは自主練に来ている湊さんのはずなのに。

違和感は感じたが、とりあえず僕はいつもの壁際のほうを陣取って、来ていない三人が来るのを待った。

 

「遅いですね……」

 

練習開始の時間からすでに5分ほど過ぎているが、いまだに誰も来ていない。

 

「うん、もう時間だけど……ちょっと三人にメールしてみるね」

 

(何か事件にでも巻き込まれた? もしくはただの偶然か……)

 

色々な可能性が頭の中を駆け巡る中、僕たちは三人が来るのを唯々待つことにした。

 

「ごめんなさい、遅れたわ」

「湊さんが遅れるなんて、珍しいですね」

 

湊さんがスタジオにやってきたのは15分ほど過ぎた頃だった。

やや急いだ様子で入ってくる湊さんに、紗夜さんはいつも通りの口調で声を掛けた。

 

「ごめんなさい。……燐子とあこは?」

 

こちらにちらっと視線を向けた湊さんは、興味をなくしたのかいまだに来ていない二人のことに疑問を投げかけた。

 

「二人も遅れてるみたい。さっきこっちに向かってるって返信が来たから、遅れてるだけ見たい」

「そう……」

 

湊さんの疑問に答える今井さんの言葉に、湊さんは静かに返すと、彼女もまたセッティングを始める。

そして、それからさらに15分後。

 

「「ごめんなさいっ」」

 

あこさんと白金さんの二人が、慌てた様子でスタジオに駆け込んできた。

 

「30分の遅刻よ。あなた達やる気あるの?」

 

そんな二人に、湊さんからきつい言葉が飛んでくる。

 

「ご、ごめんなさいっ」

「あはは、そう言う友希那も15分遅れてきてたけどね」

 

”いやー、珍しいことがあるもんだねー”と二人のフォローを兼ねて軽い口調で言う中、

 

「いいですから、早く準備をしてください。このロスを取り戻さないと」

 

少々いらだった様子の紗夜さんの一喝が飛ぶ。

……だが、二人の様子がどうにもおかしい。

まるで何か後ろめたいことがあるような感じで、表情に影を落としていた。

 

「なーに、辛気臭い顔してんの? 紗夜先生が怒るのなんていつものことじゃん☆」

「ちょっ―――今井さんっ!!」

 

今井さんの言葉に、紗夜さんが顔を赤くして声を上げるが、怒った様子はなかった。

紗夜さんが変わってきたのかそれとも、何を言っても無駄だと諦めたからかは知らないけど。

 

「真面目にやってください。コンテストの日まで、刻一刻と迫ってきてるんですから」

 

(おかしい。何かがおかしい)

 

いつにもまして、スタジオの雰囲気は重いのだ。

三人の遅刻程度で考えすぎだとは思うのだが、それでも不安を感じずにはいられなかった。

湊さんも、どこか様子がおかしいし、あこさんたちは顔を見合わせているし。

 

「……二人とも、どうしたの?」

 

今井さんも、二人の様子にただならぬ何かを感じたのか、心配そうな表情を浮かべながら二人に声を掛ける。

 

「やる気がないなら、か――――」

「あこ、見ちゃったんですっ」

 

紗夜さんの一喝を遮るようにして、あこさんが声を上げた。

 

「何をですか?」

「ゆ、友希那さんがスーツを着た女の人と、ホテルで話していて……」

 

詳しく聞こうと続きを促す紗夜さんの言葉に応えるあこさんの言葉に、湊さんの体が一瞬震えたように見えた。

 

(スーツの女性…ホテル……)

 

あこさんの口から出た単語に、僕の脳裏にこの間の田中君とのやり取りを思い出させる。

 

「だから、なんですか? 湊さんにだってプライベートはあるでしょう?」

「あ、あこちゃん」

 

紗夜さんの言うとおり誰だってプライベートはある。

その時に誰と会おうが彼女の自由だ。

だが、必死に止めようとする白金さんの様子や、あこさんの思いつめた様子が、ただ事ではないことを告げていた。

 

「そ、そうですけど……でも、あこ『自分だけのカッコいいもの』のために頑張ってきて……コンテストに出られないなんて絶対嫌だもんっ!!」

「……どういうことですか?」

 

あこのその叫びに、紗夜さんの表情が変わった。

 

「実は、さっき―――」

 

紗夜さんの問いかけに、あこさんがぽつりぽつりと何があったのかを話し始める。

あこさんの話によると、湊さんと女性がホテルで話をしていたとのこと。

その内容はスカウトの話だった。

そこまでは田中君から仕入れていた情報通りだった。

だがその際に、女性が『フェスに一緒に出ないか』という言葉を口にしたらしい。

しかも、Roselliaで生真面目にフェスに出る必要もないという言葉つきで。

 

(だから、感度がよかったのか)

 

理由は分からないが、湊さんにとってFUTURE WORLD FESに出場することは絶対の目標でもあり、大きな意味を持つ。

それを餌にスカウトすれば、食いついてもおかしくない。

 

「……宇田川さんの話は分かりました。湊さん、今の話に相違はありますか?」

 

話を聞き終え、重苦しい雰囲気に包まれる中、静かに口を開いたのは紗夜さんだった。

 

「……」

 

紗夜さんの言葉に、湊さんは俯いたまま何も答えようとはしない。

 

「……自分一人、フェスのステージに立てれば良い……そう言うことですか?」

「……ッ」

 

何かをこらえるように言う紗夜さんの言葉にも、湊さんは何も答えようとはしなかった。

 

「否定、しないんですね。だったら―――」

「ち、ちょっと待ってよ。友希那にだって何かわけが……ねえ、友希那」

 

紗夜さんの言葉を遮るようにして湊さんに事情を聴こうとする今井さんの言葉にも、湊さんは無言を貫いていた。

……いや、口を開かずとも、十分なほどすべてを物語っていた。

 

「『私たちなら頂点を目指せる』なんて言って私たちを持ち上げて……フェスに出ることができれば、誰だってよかったってことじゃないですかっ」

 

これまで堪えていたであろう怒りが爆発したかのように怒りをにじませた紗夜さんの言葉は、徐々に周囲にも影響を与えていく。

 

「そんな……じゃ、あこたちを認めてくれたのも……フェスに出るための嘘……だったの?」

「あ、あこちゃんそうだとは―――」

「ひどいよ、友希那さんっ!」

 

紗夜さんの言葉に涙ぐんで口を開くあこさんに、白金さんが必死になだめようとするが、あこさんはそう言い放ってスタジオを飛び出してしまった。

 

(これで、終わりか……あっけないもんだな)

 

もはや、Roselliaは空中分解。

どうすることもできない状態だ。

こうなることなど分かり切ってはいたが、だとしても実際に起こるとあっけないほど

あっさりだった。

 

「湊さん。私はあなたの信念をとても尊敬していました。だからこそ私も………とても失望したわ」

 

静かにつぶやかれたその言葉は、やけにスタジオ内に響き渡ったような感覚を覚えるほど、印象的なものだった。

 

「ま、待って紗夜―――」

 

今井さんの呼び止めにも応じずに、そのまま紗夜さんはスタジオを去って行った。

残されたのは、僕と湊さんと今井さんの三人だけ。

 

「友希那! ねえ、今の話は本当なの!?」

「……だったら何?」

 

今井さんの問いかけに返ってきたのは、ある種の開き直りとも取れる言葉だった。

 

「……帰る」

「ち、ちょっと待ってよ。友希那にも事情があるから、それを聞いても―――」

 

これ以上ここにいても時間の無駄だ。

何より、これ以上この場にいたくない。

そう思ってギターケースを背負ってスタジオを出ようとする僕を、今井さんが必死に引き留めてきた。

 

「あのさ。別に僕は湊さんがどう決断しようがどうでもいいんだよ。移るなら移るでさようなら。断ったなら断ったで、これまで通りにするだけだし。なのに、湊さんは無言を決め込んで、挙句の果てに開き直る……そんな誠意のかけらもない対応をするような人の何を聞けばいいの?」

「それは……」

 

僕の言葉に押し黙る今井さんに、僕は彼女たちに背を向ける。

 

「サポートで一緒に演ったステージの時、湊さんの背中はとても凛々しくて格好良かった。今だから言うけど、この人だったら、僕がどんな音をぶつけても大丈夫だって思ったぐらいにすごいって思ったよ」

「………」

 

僕はそこでいったん言葉を区切る。

その時も湊さんは、何も言おうとはしなかった。

 

「でも、今の湊さん……ものすごく無様で、カッコ悪いよ……正直、がっかりだ」

 

僕は、それだけ告げるとそのままスタジオを後にした。

 

 

 

 

 

外に出た僕は、静かに空を仰ぎ見る。

清々しいほどに青い空とは裏腹に、僕の気分はあまりよくない。

 

「はぁ……」

 

思わず深いため息が漏れてしまう。

こうして、Roselliaは空中分解という最悪の結果で、終わりを迎えるのであった。

 

 

第6章、完。




話しの落としどころがつかめず、少々長くなってしまいました。


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第7章『リスタート』
第58話 選択


大変長らくお待たせしました。
第58話になります。

あとがきのほうで、大事なお知らせがありますので、ご一読いただけると幸いです。


それでは、本篇をどうぞ。


湊友希那の一件から数日が経過した、ある日の放課後。

この日はHPの練習の日であり、いつものようにバンドの練習をしていたのだが……。

 

「……はぁ」

 

今は休憩時間。

僕はリビングのソファーに腰かけて、一人深いため息をつきながら、水分補給をしていた。

ここ数日、僕の気分はあまりよくはなかった。

体調が悪いということではなく、ただ単に気が重いだけだ。

 

「どうした一樹」

「……田中君か」

 

そんな僕に声を掛けてきたのは、田中君だった。

 

「えらい言い草だな。心配して声かけたっていうのに」

「……」

 

僕の口調に、やれやれと言わんばかりにつぶやきながら、僕の隣に腰かけた。

 

「で、どうしたんだよ?」

「………隠しても無駄か」

「そうだな」

 

幼馴染ともなると、お互いに隠し事ができなくなるのは考え物だ。

 

「Roselliaの件か?」

「……実は」

 

しかも、原因まで見当がついているようで、僕は事の経緯をすべて田中君に説明した。

田中君からもらった情報が正しかったこと。

そして、それがきっかけとなって空中分解に至ったこと。

そのすべてを、田中君は口をはさむことなく静かに聞いていた。

 

「………なるほど」

 

やがて、すべてを話し終えると、田中君は絞り出すようにそう呟いた。

 

「まあ、そう長くはもたないとは思ったが、こうもあっさりだと逆に恐ろしいな」

 

Roselliaはそう長くはない。

いずれ空中分解して終わりを迎える。

それは僕も田中君もわかり切っていたことだ。

僕も、過剰な練習をメンバーに強いて、空中分解を起こすのではないかと予想していたのだが、スカウト関連になるとは思ってもいなかった。

とはいえ、終わりは終わりだ。

 

(あそこまでこじれると、立て直すのはかなり難しい)

 

もちろん、軌道修正をすることは可能だ。

可能なのだが、それができるのはこの世界で、ただ一人しかいないのだ。

 

「で、お前は何を悩んでるんだ? いくら知り合いがいるバンドだからって、そこまで思い悩むようなタイプじゃないだろ」

「……失礼な。僕だって、少しは思い悩むことはあるよ」

 

最後に、行動には移さないけど、と付け加えると田中君は苦笑しながら

 

「俺が言ったのと同じじゃん」

 

と相槌を打ってくる。

 

「あの時……スカウトの件を田中君から聞いた時の僕の判断は、正しかったのかなって……」

「……」

「僕はあの時、様子見を選択した。それは本当に正しい判断だったのかって、思っちゃうんだよね」

 

下手に手を出せば、こちら側にもとばっちりが来る。

正直、Roselliaにはそのリスクを被ってまで手を出すメリットは感じられない。

だからこそ、僕は様子見を選んだのだ。

自分たちのバンドを守るために。

でも、もしうまく動けていたなら、彼女たちの未来は回避できたのではないかと、つい考えてしまう。

 

「バンドリーダーとしては正しい判断だと俺は思うぜ。俺たちはボランティアグループでもないんだ。よそのバンドのことに首を突っ込んで、こっちのほうにまでそれが波及するのは、避けなければいけないからな」

 

”ただ”と田中君は前置きをしたうえで、言葉を続ける。

 

「人としては誤った判断だろうな。様子見といえば語呂はいいが、やっていることは見殺しにしてるようなもんだし」

「……だよね」

 

自覚はしていたが、言葉にして言われるとやはりダメージはそれ相応にある。

 

「しかし、それをわかったうえで、様子見を選んだ……一樹のことだ、バンドを守るという理由以外にも、訳があるんじゃねえのか?」

「……」

 

(本当に、何も隠せないな)

 

僕が、様子見を選んだもう一つの理由。

それが存在していることに気づいていることに、改めて隠し事ができないことを思い知る。

 

「まあ、深くは聞くつもりなねえが、俺からのアドバイスは”自分のしたいようにしろ”だな。うん」

 

そう言って、田中君は立ち上がるとすたすたと僕の前から去って行った。

 

(ほんと、僕は良い幼馴染をもったよ)

 

あえて何も言わずにアドバイスだけをして去って行く田中君の後姿を見ながら、僕は自分の恵まれた環境に、あらためて感謝するのであった。

 

(それじゃ、僕のしたいようにしようかな)

 

そして僕もまた、ある一つの選択をするのであった。

 

 

 

BanG Dream!~青薔薇との物語~   第7章『リスタート』

 

 

 

翌日の昼休み。

 

(とはいえ、どうするべきか……)

 

僕は音楽室で一人悩んでいた。

方針は決まった。

だが、最初の一手をどうするかという問題にぶち当たったのだ。

 

(湊さんか紗夜さんか、白金さんかあこさんか……)

 

要するに誰に話をしに行くかという選択をする問題だ。

 

(これは、中々に難しい問題だ)

 

もしくは、考えすぎなような気もするけど。

 

「あ、奥寺君」

「ん?」

 

そんなことで悩んでいる僕にかけられた声に、僕はいったん考えるのを辞めると、声がした方向へと顔を向けた。

 

「やっぱりここにいたんだ」

「……今井さん」

 

そこにいたのは、今井さんだった。

口調こそはいつも通りだが、その表情はいつになく真剣なもので、思わず僕も立ち上がってしまった。

 

「何か用?」

「うん。あの、ね……友希那のことなんだけど」

 

言いづらそうに切り出された話題は、やはり湊さんに関することだった。

 

「友希那にもいろいろと事情が――「だから?」――え?」

「事情があったからと言って、僕が同情するとでも? もはや事情云々とかの次元ではないよ。これ」

 

もしかしたら、状況は変わるかもしれないが、この状況で事情を話されたとしても、さしたる効果はない。

 

「こんな政治家の秘書のようなことをするぐらいだったら、もっと他にするべきことがあるんじゃないの?」

「それは……」

 

僕の言葉に、今井さんは言葉を詰まらせる。

そこを僕はさらに言葉を投げかける。

 

「……この間、湊さんの様子のことを聞いた時、今井さんは微かにでも湊さんの異変に気付いていたんじゃない?」

「………」

 

僕の問いかけに、今井さんは何も答えずに僕から視線を逸らすが、それがすべてを物語っていた。

 

「別に言わなかったことについてとやかく言うつもりはないよ。おいそれと口外できるような内容ではないかもしれないからね。ただ……」

 

僕はそこで一度言葉を区切る。

僕が言いたいのは言ってくれなかったことじゃない。

 

「今井さんは、何かしたの?」

「……え?」

 

僕の言葉に、今井さんが声を上げる。

 

「違和感に気づいた今井さんは、何かしようとした?」

「……話を聞こうとしたけど……」

 

今井さんはそれ以上何も言わなかったが、おそらくは湊さんは何も答えようとはしなかったのだろう。

 

(何もしていないわけではないけど……)

 

おそらく、僕の推測が正しければ、今井さんは深く追求していない可能性がある。

 

「僕にも幼馴染がいるのは知ってるよね」

「え? うん、知ってるけど」

 

それが何なのかと言わんばかりの様子で頷く今井さんをしり目に、僕は言葉を続けた。

 

「ちょっと前に、トラブルに巻き込まれたことがあってね、自分一人でどうにかしようとしてたんだよ。まあ、その結果今井さんたちに迷惑を掛けちゃったわけだけど」

 

僕のその言葉で、どのことを差しているのかが分かったのかはっとした表情を浮かべる今井さんをしり目に、すべて自分で抱え込もうとしていた自分の判断を悔やんだ。

 

「その時に、啓介……幼馴染が半ば尋問に近い形で僕から事情を聴きだして、それでいろいろと解決に向けて手伝ってくれたんだ。まあ、トラブルの解決に役立ったのかと言われればあれだけどね」

「えっと……ごめん。奥寺君は何を言いたいのかな?」

 

僕の遠回しな言い方に苛立ったのか若干いらだっている様子で促してくる今井さんに、僕は簡潔に伝えることにした。

 

「話を聞いてくれただけでも、僕はとても嬉しかったし、心強かった。自分は一人じゃないって思えたし、それにみんなが僕を心配してくれている気持ちもはっきりと伝わってきたから……今井さんは本当に、湊さんと向き合ったの?」

「それ、は……」

 

あからさまに視線を逸らす今井さんの態度がすべての答えだった。

 

「……いい加減目を覚ましな。本気で相手の気持ちにぶつかって行こうとしないやつに誰がぶつかり合おうとするんだ?」

「ッ!」

 

僕の言葉に息をのむ今井さんに、僕は彼女から視線をそらさずにさらに言葉を続ける。

 

「まあ、僕も人のことは言えないんだけどね」

 

そう言って僕は自虐の意味を込めて苦笑する。

幼馴染……の定義に入るかどうかはわからないが、紗夜さんに対しても、もう少し何かできたはずだ。

 

(でも、今更……何だよね)

 

過去のことを悔いたところで何も変わらない。

ならば、前に進むだけだ。

 

「あはは……アタシって、無意識のうちに逃げてたのかもしれないね。友希那から」

「……」

 

自虐的な笑みを浮かべる彼女に僕は何も声を掛けなかった。

……いや、かける言葉が見つからなかったというべきかもしれない。

 

「やっぱりアタシ、友希那の幼馴染しっか――「それはない」――……え?」

 

突然言葉を遮るように否定する僕に、驚いたような表情を浮かべる今井さんだが、それは自分でも同じことだった。

言うつもりがなかったのに、気が付けば口が勝手に動いていた。

 

「逃げたから失格なんじゃない。幼馴染失格って言うのは、”見捨てた時”だと僕は思う。今井さんは湊さんのことを見捨ててはいない。だから、そうやって自分を蔑んじゃダメ」

「奥寺、君」

 

その言葉は、今井さんに言っているようで、もしかしたら自分に言っているのかもしれない。

 

「もう一度言うよ。今井さんにはほかにするべきこと……あるよね?」

「………うん。友希那とちゃんと話をしてみる」

 

僕のさっきと同じ問いかけに、今井さんは自分に問いかけるように目を閉じて深呼吸をすると、再び目を開いて応えた。

その目には先ほどまでの迷いはなく、強い意志が感じ取れる。

僕とて、人に偉そうに言える立場ではない。

それでも、誰かの背中を押せるのであれば……。

それだけでも十分意味があることだと思う。

 

「うん、それでいい。紗夜さんのほうはこっちに任せて」

「奥寺君……」

「あまり期待はしないで。僕にできるのは湊さんが釈明をする場に連れて行くことだけだから」

 

変に期待させてがっかりさせてもあれなので、僕はあらかじめ伝えておいた。

僕がどう立ち回っても、湊さんの釈明の場に連れて行くようにするのが限界なのだ。

 

「ありがと、奥寺君」

「お礼を言うの、少し早すぎだと思うけど」

「アハハ、そう言われればそうだね」

 

苦笑交じりに相槌を打ったところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 

「……昼休み終わっちゃったね」

「……だね」

 

僕たちはお互いに肩をすくめ合わせると、教室に向かうのであった。




色々な作品を読んだり、自分の作品を読みなおしたりして、少しだけ腑に落ちない部分があったので、一部の話を書き直します。

予定では24話~42話までです。
加筆修正や1から書き直し、1話丸ごと削除など、大掛かりな書き直し作業を行う予定ですので、しばらくお時間を頂きたいと思います。
書き直した話数にはサブタイトルに”(改)”と明記いたします。
ちなみに、大まかな話の流れは変わりませんので、ご安心ください。
修正作業は、細かい要素(例えば、一樹がRoselliaに無理やり入れられたりなど)の修正とそれに伴って生じる矛盾を解消するための修正作業です。


書き直しも含めて次回も楽しみにしていただけると幸いです。


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第59話 大切だから

お待たせしました。
第59話になります。


「うーん……これは困ったな」

 

今井さんと話をして数日。

僕は一人で頭を抱えていた。

 

(これは、本格的に避けられてるかな……)

 

紗夜さんと話をしよう。

そう思ってから彼女の姿を探したのだが、中々捕まらない。

通学路の途中で待っているのだが、どういうわけか彼女の姿が見えないのだ。

そしてこの日、HRが終わってすぐに紗夜さんの通う花咲川女子学園に向かった僕は、校門前で紗夜さんが来るのを待つことにしたのだ。

紗夜さんがまだ校内にいるという中井さんからの情報で、今も校内にいるはずなのだが、一向に彼女の姿が見当たらない。

 

(これ以上はさすがに無理っぽいか)

 

先ほどから目の前を通っていく女子たちの視線が気になって仕方がない。

不審者扱いされる前に離れたほうがよさそうだと結論付けた僕は、再び体制を取り直すべく校門に背を向けて離れようとした時だった

 

「あ……」

「え?」

 

校門のほうから聞こえてきた声に、僕はふと校門のほうに振り向く。

そこにいたのは、僕がずっと待ち続けていた人物の姿だった。

 

「一樹……君」

「紗夜さん」

 

僕の姿を見た紗夜さんは、どこか居心地が悪そうに視線を逸らす。

それが少しだけショックだった。

 

「ッ!」

 

そんなことを考えている僕の隙をつく形で、紗夜さんは僕の立っている場所とは反対のほうに走り去って行った。

 

「あ、待ってッ」

 

突然のことだったので、反応が遅れた僕は慌てて紗夜さんの後を追いかけるが、その距離はなかなか縮まらない。

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ、はぁッ」

 

(紗夜さん、足早っ)

 

息を弾ませながら走る僕は、本気で走っている。

なのに、紗夜さんとの距離はなかなか縮まらない。

左右へと僕を撒くように曲がっていくのも一因かもしれない。

彼女の後姿を見失わないようにするので精いっぱいだったのだ。

 

(絶対に、見失わないっ)

 

これが最後のチャンスなのかもしれないと思うと、なおさら後には引けない。

そうしてしばらくの間続いた追いかけっこだが、疲れが出てきたのか走る速さが落ち始めてきたことで、その差を縮め始める。

 

(体力だったらこっちだって)

 

田中君のところで護身術を学ぶために武道を嗜んでいるのだ。

体力には自信がある。

現に、僕と紗夜さんの距離はさらに縮まっていく。

 

「紗夜さんっ!」

 

そして、辺りがオレンジ色の光に照らし出される中、公園内に入ったところで、僕は紗夜さんに追いつくことができた。

 

「離してっ!」

「紗夜さん、落ち着いてっ! 僕の話を聞いてッ!!」

 

大きな声で叫びながら、僕がつかんだ手を振りほどこうとする中、僕は振りほどかれないようにしながら紗夜さんを落ち着かせようとするが、僕の声が届かないのか振りほどく力はさらに激しさを増していく。

 

「いや!」

「うわ!? いつッ」

 

油断していたというわけではないが、僕の想像をはるかに超えた力に耐え切れなかった僕は、後ろのほうによろめきそのままポールに頭を打ち付けてしまった。

 

「ッ! ご、ごめんなさいっ。私、そんなつもりじゃ―――」

「だ、大丈夫。ちょっと痛いけど……でも、やっと話せたね」

 

紗夜さんも故意にやったわけではなく、先ほどまで逃げようとしていたのも忘れて慌てた様子で僕に駆け寄ってくる彼女に、僕は安心させるように笑みを浮かべながら答えた。

……本当はものすごく痛いけど

 

「………」

 

逃げるのを諦めたのか、僕の言葉に紗夜さんはばつが悪そうに口をつぐんでいるだけだった。

 

「この間、ちょっとしたきっかけで、日菜さんが僕のギターを弾くことがあったんだ」

 

そんな長い沈黙を破ったのは、僕の言葉だった。

 

「それで……どうなったの?」

「最初は紗夜さんのように苦戦していたけど……数十分ほどで弾けるようになってたよ」

 

一瞬本当のことを言うのを躊躇ったが、隠したりすれば帰って彼女を傷つけることになると思い、僕は正直に話した。

 

「そう……」

 

それに返ってきた言葉は、とても重苦しくつらそうな口調だった。

 

「なんとなく紗夜さんの気持ちがわかったような気がするよ」

「……」

 

僕の言葉に、紗夜さんの表情は曇ったままだった。

だけど、僕は言葉を続けた。

 

「半年」

「……え?」

 

僕のその言葉が意外だったのか、紗夜さんは首を傾げながらも僕の言葉を待っていた。

 

「ギターを手にしてから、ちゃんと弾けるようになるのにかかった時間。家の手伝いとかをして一年くらいかけて欲しかったギターを手にした時はとてもうれしくて、最初はギターを触るのも躊躇しちゃったなあ」

「……なんとなく、その光景が頭の中に浮かんでくるわね」

 

昔を振り返る僕の言葉に、初めて紗夜さんの表情に笑みが浮かんだ。

 

「喜んで教科書通りに弾こうとしたけど、これがなかなかできなくて……押さえている場所は正しいんだけど、音が全然違ったんだ。そのことに癇癪を起こしたりして、何とか弾こうと練習を続けて……で、ギターの特性に気づいて弾けるようになるまで、半年かかったんだ」

 

弾けたときの喜びは、もしかしたらギターを始めて手にした時よりも大きかったかもしれない。

 

「弾けるようになってからは、とんとん拍子だったよ。幼馴染とバンドを組んで、色々あって今に至るわけだけど、それを、彼女は数十分でこなして見せた。正直に言うと、ちょっとショックは受けたかな」

 

それもまた、正直な感想だ。

 

「でも、同時に嬉しかった」

「……どうして?」

「自分でもわからないけど……もしかしたら、”初めて、張り合いのあるギターリストと出会えた”からかなって思うんだ」

 

まだ、自分でも自信はないけど、そうであったらいいなと思うことを僕は紗夜さんに言った。

 

「みんなギターは弾けるし上手いけど、でも僕の腕と比べると劣るんだよね。それは、僕もまた同じこと。僕がドラムをやったところで、やはり劣ってしまう。だから、僕と張り合えるかもしれないギターリストが現れてくれたのが、うれしいんだ」

「……」

 

無意識なのか、表情を歪ませてつらそうな表情を浮かべる紗夜さんに、僕はいったん言葉を区切る。

 

「でも、僕はだから紗夜さんが日菜さんより劣っているとは思ってない」

「え?」

 

僕のその言葉が意外だったのか、紗夜さんは驚いた様子で僕のことを見てくる。

 

「確かに今の紗夜さんのレベルは日菜さんに劣っているのかもしれない。でも、日菜さんには日菜さんの……紗夜さんには紗夜さんの”強み”っていうのがあるはずだよ」

「私の……強み?」

 

考え込む紗夜さんに、僕はさらに言葉を続ける。

 

「それは、練習に裏打ちされた技術力。どんな場面にも通用することで、誰しもがそう簡単にはできないことだよ。日菜さんが天才であるのなら、僕は紗夜さんは”秀才”だと思う」

「……っ!」

 

僕の言葉に、紗夜さんの表情が驚きに染まる。

きっと誰にも、日菜さんと”比較”をしたうえで、言われたことがなかったのかもしれない。

 

「確かに日菜さんは天才だし、伸びしろは十分だけど、紗夜さんだってそれは言える。……これは僕の勘だからあまりあてにはならないけど、もしかしたら紗夜さんならなれるんじゃないかって思うんだ……僕の隣でためをはれるほどのギターリストに、ね」

「そんなこと……でも、そうなると嬉しいわね」

 

紗夜さんはありえないと言わんばかりに相槌を打つけど、僕にはなんとなくそう感じてならない。

氷川紗夜というギターリストは、それほどの可能性を秘めた人物なんだという予感が。

 

「でも、今の紗夜さんにはそれは不可能。紗夜さんには大事なことが一つだけ欠けているから。だから、今は無理」

「……その欠けている物、教えて」

「答えは前と同じ、ノーだ。それは自分で見つけなければいけない……いや、自分で見つけるものだから」

 

僕は紗夜さんから目をそらすことなくそう答えた。

 

「きっと、それが分かる時が来る。だから、僕は待ってるよ。紗夜さんが”欠けている物を見つけられる時”が来るのを」

「……ねえ、もう一つだけ来てもいいかしら?」

 

何かを思い立った様子で、真剣な面持ちで声を上げる紗夜さんに、僕は”答えられる範囲だったら”と返した。

 

「どうして、一樹君はそこまで私にしてくれるの?」

「それは……」

 

思いもよらない紗夜さんの問いかけに、僕は目を閉じて考える。

 

(どうして、なんだろう?)

 

色々な感情が渦巻いて自分でも理由がわからない。

でも、一つだけ言えることがあった。

 

「紗夜さんが大切な人だから……かな」

「ッ!?」

 

僕の言葉に、紗夜さんは驚いた様子で息をのんだ。

 

「か、一樹君、今のは……本当、なんですよね?」

「こんな状況で嘘はつかないよ」

 

念を押すように聞いてくる紗夜さんに、僕は何当たり前のことを聞くんだろうと思いながら返した。

 

(そんなに信じられないかな? 幼馴染として、友人として大切だって言う僕の気持ち)

 

「一樹君が、告白するなんてッ。そ、そんな……私、なんて答えれば――――」

「えっと、紗夜さん?」

 

紗夜さんがぼそぼそと独り言を口にしている姿を見て怖くなってきた僕は、思わず彼女の名前を口にした。

 

「ッ!? な、なにも言ってなんかないわよっ」

「……いや、僕何も――「言ってなんか、ないわ」――……そうだね、何も言ってないね」

 

紗夜さんの鬼気迫る表情に、僕はそれ以上言うのを止める。

 

「そ、そういえばこの公園懐かしいね。覚えてる?」

「え、ええ。あなたと初めて会った場所よ。忘れることはないわ」

 

話を変えるべく、どうしようかと今いる場所を見渡した時、そこが僕たちにとって思い入れのある場所であることに気づいた僕は、紗夜さんに聞いてみると即答で返してくれた。

 

「一樹君が遊んでいるのを一人で見ていることしかできなかった私に、遊ぼうって誘ってくれたわね」

「あれは、一人で遊ぶのが寂しいなと思っていた時にたまたま紗夜さんがいたからだよ」

 

昔を懐かしむように僕たちの出会いを語る紗夜さんに、僕はどこか居心地が悪い感じがした。

だから、少しだけ嘘を吐いた。

それは、とても小さな嘘だけど、僕たちにとっては大きな嘘だ。

 

「でも、とても嬉しかった……だから、私は……」

「紗夜……さん?」

 

紗夜さんの声色が変わったことに、僕は違和感を抱きながら彼女の名前を呼ぶ。

 

「一樹君。私、あなたのことが―――」

 

紗夜さんがそこまで言いかけた時、突然着信を告げる音が鳴り響きだして紗夜の言葉を遮る。

 

「……ごめんなさい、マナーモードにするのを忘れてました」

「それはいいけど、出たほうがいいんじゃ」

 

どうやらそれは紗夜さんの携帯だったらしく、僕の言葉に申し訳なさそうな表情で謝りながら電話に出ると、何やら話をし始める。

小声なので内容は聞き取れないが、漏れぎ超えてくる単語からおそらくは親からの電話だと思われる。

 

「はい、それじゃ」

 

意外にも電話はすぐに終わり、電話の相手にそう言うと電話を耳から話してカバンの中にしまう。

 

「話の途中なのに、ごめんなさい」

「ううん。気にしないで。それよりも、そろそろ帰ったほうがよくない? もう薄暗くなってきたし」

 

申し訳なさそうな表情で再び謝ってくる紗夜さんに、僕はそう提案した。

長いこと話し込んでいたようで、先ほどまでオレンジ色の夕焼けに染まっていた周囲は、徐々に薄暗くなり始めていた。

 

「そ、そうね……そうしましょう」

「それじゃ、行こうか」

 

紗夜さんも、僕の言葉に乗っかってきたので、僕たちは一緒に家の方向に向かって歩き始める。

 

(そういえば、紗夜さん何を言おうとしてたんだろう?)

 

そこでふと疑問に思ったのが、紗夜さんが先ほど口に出しかけていた言葉だった。

同じことが前にも一度あったが、まさか本当に告白なのだろうか?

 

(……いや、やめておこう)

 

本人に直接確認するのが一番だったが、それをしたら僕たちの何かが変わってしまいそうな気がした僕は、それをあきらめた。

 

(今は、Roselliaのことに集中しよう)

 

そして僕は自分にそう言い聞かせながら歩き続けた。

――それが醜い言い訳であることを自覚しながら。




もしかしたら今月最後の投稿になるかもしれないです。


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第60話 解決への道

大変お待たせしました。
第60話になります。


あれから数日後の放課後、僕は一人で自宅に帰っていた。

 

(ここまでは、何とかなったけど)

 

紗夜さんと話が出来はしたが、まだ問題は残っている。

 

(問題は白金さんとあこさんだな……)

 

二人とはあまり面識もないうえに、バンドに入った理由が理由なだけに説得するのが少しだけ気が引けたのが一番の要因であった。

 

(もし、このままRoselliaを解散するという結論に達した時、僕は二人をその場に連れてきたことの責任をどうとればいいんだろう……)

 

バンドに入るのも、そして湊さんが全員を集めて話をする場に集まるのも、最終的には二人の意思なので、責任も何もないのだが、さすがに夢見が悪い。

紗夜さんは、もともとほかのバンドでギターをやっていたので大丈夫なのかもしれないが、二人はそれとはわけが違う。

そんな理由もあって、僕は二人に連絡を取れずにいた。

 

(でも、さすがにそろそろ猶予がないか)

 

『Future World FES』への出場をかけたコンテストまで、あまり日がない。

 

練習のことを考慮すると、あと数日で決着をつけないと危なくなってくる。

その事実に、焦りを感じるが、それでもなお思い切った行動は避け続ける。

焦りから行動を間違えるということを、僕は以前にも行ったことがあるからこその判断だった。

 

(ん? なんだろう)

 

それでも、このままでいいのだろうかと思っていたところに、連絡を告げるように携帯が震えだしたので、僕は足を止めると携帯を取り出した。

 

(メール……白金さんからだ)

 

それは白金さんからの連絡だった。

 

『今から、お話しできますか?』

 

要約すると白金さんの要件はそれだった。

 

「えっと……『大丈夫です』っと、送信」

 

我ながらもっと気の利いた返事でもできないのかと思うが、シンプルイズベストだ。

 

「あ、来た」

『それじゃ、この間行ったファミレスでいいですか? あこちゃんと一緒に待ってます』

 

(あこさんも一緒……)

 

ある意味願ったりかなったりな状況ではないか?

そうは思うのだが、このタイミングだといろいろと複雑な心境ではあった。

 

(ええいッ、もう腹をくくるしかないッ)

 

僕は覚悟を決めて、白金さんにこれから向かう旨の返信をすると、やや速足で二人の待つファミレスへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

「待たせてごめん」

 

ファミレスに到着した僕は、すぐに二人の姿を見つけたのでウエイトレスの人に待ち合わせであることを伝えると二人のいる席に向かうと、遅れたことを謝る。

 

「い、いえ……私も、急に呼び出して、ごめんなさい」

 

二人の服装が制服であることから、もしかしたら白金さんも突然思い立ったことなのかもしれない。

とはいえ、今僕が何とかしなければいけない問題の前では、そのようなことはどうでもいいものだった。

 

「? 座らないんですか?」

「いや、座るんだけど……ね」

 

二人が腰かける席の横で立ち続ける僕に、不思議そうにきょとんとした仕草をしながら聞いてくるあこさんに言葉を濁して応える。

あこさんと白金さんの二人は向かい合うように腰かけているのだ。

つまりは……そう言うことだ。

 

「ぁ……あの、それでしたら……こちらに座って、ください」

 

そんな僕の反応を見て、動かない理由が分かったのか、白金さんが軽く横に移動しながら隣に腰かけるようにと促してきた。

 

「え?! でも、白金さんが嫌なんじゃ」

 

最初に会った頃の白金さんの反応から、中井さんや松原さんと同じ雰囲気を感じ取っていた僕は、白金さんの提案に躊躇する。

 

「か、一樹さんだったら、嫌じゃない……です」

「そ、それじゃ……お言葉に甘えて」

「は、はいッ」

 

横に座るだけなのに、何を緊張しているんだと思うかもしれないが、出会って間もない女子の隣に座ることに抵抗がないわけではないのだ。

 

「二人とも、どうして顔真っ赤にしてるんですか?」

「な、何でもないよ、あこちゃん」

「う、うん。何でもないよ。あはは」

 

一方、それを見ていたあこさんは別の意味できょとんとした様子で聞いてくるので、僕は冷や汗をかきながらごまかすように答えた。

 

「まあいいや。それにしても、りんりんからオフ会に誘ってくるなんて珍しいね」

「う、うん。いきなり呼び出してごめんね」

 

あこさんが話題を変えてくれたことにほっとした様子で謝る白金さんの言葉で、それまで和やかだった雰囲気は重苦しいものに変わる。

 

「……ねえ。あこ、もしかして余計なことしちゃったのかな?」

「……どうしてそう思う?」

 

そんな雰囲気の中口を開いたあこさんの言葉に、僕は疑問を投げかける。

あこさんのあの時の言動に、”余計”というべきものが分からなかったからだ。

 

「だって、あこがあんなこと言っちゃったからみんながバラバラになっちゃったから――「「それはちがう(よ)」」――りんりん? 一樹さん?」

 

今回のこれはあこさんのせいではない。

そう思って声を上げたが、白金さんもまた同じだったようで、妙なタイミングで声が重なってしまった。

 

「今回のはどう考えても悪いのは湊さんだ。だからあこさんは何も悪くはない」

「うん。それに、きっといつかわかってたと思う……だから、あこちゃんのせいじゃ、ないよ」

「一樹さん……りんりん……ありがとう」

 

僕に続けて口を開いた白金さんの言葉が、どう伝わったかはわからないが、彼女の中にある罪悪感のようなものが少しでも和らいだのであれば、それだけで十分だ。

 

「私、あの時思わず飛び出しちゃったけど……またみんなで集まってこんなふうに演奏したいッ」

「それって、練習の時の動画……撮ってたんだ」

 

あこさんがテーブルの上に置いたスマホの画面をのぞき込むと、そこには全員で演奏の練習をしている光景が動画で写し出されていた。

 

(一体いつの間に)

 

おそらく、休憩中に僕がいないときに設置したのであろうその動画に写し出されているみんなの表情は

 

「……楽しそう」

 

楽しそうに笑っているように見えた。

 

(不思議だな。いつも見ているはずなのに)

 

自分でも気づかなかったそれも、動画という客観的なものを介すると、こうも違って見えるのか、それとも単に練習に夢中で表情云々を気にする余裕がなかったのかはわからない。

 

「……あこさんは、どうしたい?」

 

だからこそ、僕は聞かずにはいられなかった。

あこさんの本心……意思を。

 

「あこ……あの時は飛び出しちゃいましたけど、またみんなと一緒に演奏したいですっ」

「あこちゃん……私も、自分を変えてくれた……この人たちと……もっと一緒に音楽がしたいっ」

 

(なるほど……)

 

あこさんに続いて白金さんのその言葉が本心であることは表情を見ていればわかる。

 

「とはいえ問題なのは、現状で集まってもいいのかどうか、か」

 

問題が問題だ。

全員が集まれば、この間のような事態になることも考えられる。

そうなれば今度こそ万事休すだ。

 

(さて……どうしたものか……)

 

湊さんは知らないが、紗夜さんはもしかしたら落ち着いて話をすることができるようになっているかもしれない。

それでも、かなり部の悪い賭けだ。

 

「あの……言葉だけじゃ伝わらなくても、音でなら伝わるって、前にりんりんが言ってたんです」

「音……なるほど……」

 

そのあこさんの言葉で、僕は一つの策を思いついた。

 

「あこさん、その動画を湊さんたち全員に送信してもらってもいい?」

「え?」

「あ、そうか……音で伝えれば……」

 

僕のお願いに、白金さんも狙いに気づいたのか、はっとしたような表情を浮かべる。

 

「この動画で、あこさんが感じたことをみんなにも見てもらうんだ。それでどうなるかはわからないけどね」

「……はいっ! やります」

 

はっきり言って、自信はない。

もしかしたら逆効果にもなりうる。

とはいえ、何もせずにはいられなかったからこそ、僕はこの一手にすべてを賭けることにしたのだ。

 

(うまくいってくれればいいんだけど)

 

あこさんが全員に動画を送っているのを見ながらそう願わずにはいられなかった。

動画自体はそう時間もかからずに送信が終わった。

後は、全員の反応を待つだけなのだが……

 

「お待たせしました。スペシャルパフェです」

「え、二人とも頼んでたの?」

「え、えっと……」

 

終わった頃を見計らったようなタイミングで運ばれてきた料理に、僕は二人のほうをいながら尋ねると、白金さんがあこさんのほうを見ながら頷くので誰が頼んだのかはすぐにわかった。

 

「うわー、やっぱりでかくてカッコいいねっ」

「……あこさん、それ一人で食べるつもり?」

「はいっ!」

 

テーブルに置かれたパフェに、目を輝かせるあこさんに聞くと、なんとも元気な声が返ってきた。

 

「一応聞くけど、それ食べきれる?」

 

そのパフェは、どうも期間限定らしく、大きさは普通のパフェのおよそ二倍くらいあった。

 

「もちろんですっ! 闇に染まりしあこ姫の……えっと、闇の力で……ドーンって食べちゃいますよ!」

 

どう考えても無理だと思えるのだが、あこさんのあまりにも自信に満ちたその言葉に、僕は返す言葉を失う。

 

「「……」」

 

あこさんが巨大パフェに挑む中、お互いに顔を見合わせると苦笑し合う。

 

「ちょっとスプーンをもらってくるよ」

「あ……私も、食べます」

 

今後の展開が想像つく僕は、二つほどスプーンをもらいに席を離れた。

 

 

 

ちなみに、この結末だが。

 

「うー……りんりん、一樹さん」

 

食べ始めて数分が経過した頃、最初はあった勢いは完全に失われ、その表情は少しだけきつそうにも見えた。

 

「何? あこちゃん」

「一緒にパフェ食べて~~ッ」

 

想像通り、あこさんは泣きそうな表情で僕たちにお願いしてきた。

 

「まあ、そうなると思ったよ。白金さん、食べちゃおっか」

「は、はい」

 

こうなることが分かり切っていただけに、僕たちは即答に近い状態でスプーンを手にすると三人で巨大なパフェの攻略にかかった。

 

「食べても食べても全然減らないよ~~ッ!」

 

食べる前からわかりそうなことを口にするあこさんと共に、手を付けて行く中その攻略にはかなり苦戦したが何とか平らげることができた。

………巨大なパフェの7割くらいが僕のお腹の中に納まる形で。




次回で、たぶんこの章は終わると思います。
バンドストーリー1章が終わったらあとのことは、もう少しだけ考えを詰めたいと思いますので、今しばらくお待ちください。


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第61話 答え、そしてリスタート

大変お待たせしました。
第61話です。
今回の話で、一番の山場は終わると思います。

それでは、本篇をどうぞ


「いよいよか……」

 

数日後の放課後、僕はいつにもまして緊張していた。

 

(まさか、こんなにも早くにアクションを起こしてくるとは……)

 

その理由は、あこさんが送信した練習風景を撮影した動画を送った日の夜に湊さんから送られてきたメールだった。

内容は、大事な話をしたいという簡潔なもので、集まる日時と場所が書き記されていたものだった。

湊さんからのメールは、練習をすべてキャンセルする旨の連絡以来、初めてのものだったが予想よりも早いその反応に、僕は困惑を隠せずにいた。

 

(湊さんももう行ってるだろうし、こっちも行くか)

 

言い出しっぺが時間に遅れるようなことはまずない……特に、湊さんの性格であればなおさらだ。

なので、僕も時間に遅れないよう、指定された場所であるスタジオに向かうことにした。

 

(さて、湊さんの答え、聞かせてもらうよ)

 

湊さんが出すであろう”答え”を聞くために。

 

 

 

 

 

僕がスタジオに入ると、そこにはすでにみんなの姿があった。

 

「みんな揃ったわね」

 

僕が一番最後だったのか、中に入るのを確認した湊さんは、静かに口を開く。

 

「まずは、この間は悪かったわ。1バンドメンバーとして、不適切な態度だった」

 

口にしたその謝罪は、当たり障りのないものだった。

 

「……それは、どういった意味での謝罪ですか?」

「自分の気持ちを整理していなかったこと、あなた達との関係性を考えていなかったことに対しての謝罪よ」

 

紗夜さんからの指摘に、湊さんは顔色を変えることなく、淡々と答える。

 

「……スカウトは断ったわ」

「……」

 

湊さんのその一言に、全員が息をのんだ。

だが、それに対して僕は反応せずに、湊さんの口から出る言葉に集中していた。

僕にとっては、スカウトを断ったことはそれほど重要なことではないのだ。

少なくとも、僕にとっては。

 

「ですが、私たちをバンドメンバーとしてではなく、コンテストに出るためのメンバーとして集めたという事実は変わらないわ」

「紗夜、いくらなんでもそれは――「良いの、リサ」―――友希那……」

 

紗夜の言葉に反論しようとするリサさんの言葉を遮るように、湊さんは再び口を開く。

 

「紗夜の言うとおり、私はフェスに出るためだけに音楽をやっていたわ」

「……ねえ、一つだけ聞いていい?」

 

湊さんのその言葉を聞いてふと脳裏をよぎった疑問を、僕は湊さんにぶつけてみることにした。

 

「湊さんはフェスに出て何をしたいわけ? メジャーデビューをしたい……というわけではないよね?」

 

少し前に、メジャーを『音楽を売る世界』と嫌悪した様子で言っていたので、そこを目指しているというのではないのは確かだ。

だとすると、彼女は……Roseliaは何を目指しているのかということになる。

 

「それは……」

 

そんな僕の問いかけに、湊さんは口を閉ざして何も答える気配がない。

 

「答えられないということは、フェスに出た後の目的がないということになるし、『フェス』に出たら、僕たちは用済みとばかりに使い捨てにされる……そう思われても仕方がないよ」

「そんなっ!!」

 

僕の冷たく言い放った言葉に、あこさんたちが目を見開かせて信じられないと言った様子で声を上げる。

 

「それは違うわッ!」

「……何が違うのですか?」

 

そんな僕の言葉を否定した湊さんに、今度は紗夜が静かに尋ねる。

 

「最初は……メンバーを集めていた時は確かにそうだった……でも」

 

一度言葉を区切る湊さんの口から出る言葉に、僕たちは静かに待つ。

 

「紗夜たちを見つけて、私は……いつの間にかお父さんのことよりも……」

 

そこまで言って再び言葉を詰まらせる湊さんだったが、その言葉の中に気になる単語があった。

 

「お父さん?」

「友希那……」

 

おそらくは、本人も無意識に口にした名前なのだろう、はっとした様子の湊さんに、今井さんは複雑そうな表情で見ていた。

 

「……本当の私は、ただ私情で音楽をやっていたの。ちょっと長い話になるわ……」

 

そう言っていったん話を区切ると、ゆっくりと話を始める。

 

 

 

 

 

「インディース時代の楽曲はどれも名盤だと、前に雑誌で読んだことがあるわ……湊さんのお父さんがそうだったなんて……」

 

湊さんの口から語られたバンドマンとしての父親の話に、スタジオ内は重苦しい沈黙に包まれていた。

メジャーデビュー、そして売れる音楽を強要され、最終的には”音”そのものをも否定され、周りから後ろ指をさされながら引退していった湊さんの父親の話を聞いて、平気な者は誰一人もいないだろう。

特に、この場にいるみんなの中には。

 

(まさか、湊さんがユージさんの娘だったなんて)

 

前に偶然会って、そして自身の渾身の一曲を僕に託してきたその人の家族が、目の前にいることのほうが、僕には驚きだった。

 

「私は、お父さんの音楽を認めさせる……その私情のためにRoseliaを立ち上げて、みんなを騙してきた……前は言葉にできなかったけど、私には責任がある」

 

湊さんは、そこで一度言葉を止めた。

僕も託された曲を演奏し続けて、世界にユージさんのバンドのすばらしさを……熱を伝えようと思っていただけに、それを責めることはできない。

同じことを考えているのに、どうしてこんなことになってしまったのか、それを考えても仕方のないことだろう。

 

「私は、Roseliaを抜けるべきだと思う」

 

その湊さんの一言に、スタジオ内に激震が走る。

”抜けるべき”

つまり、湊さんは自身がこのバンドから身を引くことで責任を取ると言ったようなものなのだ。

 

「友希那、それはッ――「ああ、そうだね。君は辞めるべきだ」――ッ、ちょっと、なにを言ってるの?!」

 

引き留めようと声を上げる今井さんの言葉を遮って、僕は湊さんのその責任の取り方を肯定すると、声を荒げながらこっちを見てくる。

その目は、軽い失望のようなものが感じ取れる。

 

「そ、そうですよっ! さすがに辞めるのは厳しすぎますよッ」

 

続いて声を上げたあこさんと、言葉にはしない物の無言でその言葉を肯定する白金さんの二人。

そして、僕の言葉に驚いている様子の紗夜さんの視線がこちらに向く中、僕は静かに口を開く。

 

「厳しすぎというけど、妥当だと思うよ。確かに、音楽の世界では、メンバーの引き抜きはよくあることだ。それに関しては別にいい。でも、今回のこれはどうだ? 湊さんはバンドを発足させた、いわば”旗振り役”だ。その人が違うバンドに入る……それは、やってはいけないことなんだよ。どんな事情があっても、ね」

『……』

 

僕だってバンドマン……音楽の世界で生きようとしている身だ。

だから、引き抜き自体を否定する気はない。

でも、バンドを発足させた張本人がバンドを乗り換えようとするのは、僕からしてみればメンバーに対する最大の裏切り行為だと言える。

彼女と同じバンドリーダーで、発起人だからこそ、なおさら彼女のしたことは許せないのだ。

スカートの橋をぎゅっと握りしめて俯く湊さんに、僕はさらに言葉を投げかける。

 

「だから、抜けるのなら抜ければいい。僕はその判断を尊重する。だが一つだけ忘れるな。湊さんのことを気にくわないやつは、湊さんが何をしても批判するだろう。どの選択をしたところで、湊さんは叩かれる」

 

バンドを辞めれば”責任放棄”、”逃げた”、”無責任”。

辞めなければ、”開き直り”、”悪いと思ってない”、”性悪”

何をしたところで、湊さんを批判したい者はするのだ。

それが世の常なのだ。

 

(なら、僕が彼女にかける言葉は……)

 

「だから、そう言う雑音は無視して、湊さんにとっての”責任の取り方”をすればいい」

 

彼女自身に選ばせることだった。

 

「それに、僕はまだ肝心のことを聞いてない」

「え……」

 

さらに言葉をつづける僕に、湊さんはその顔を上げる。

 

「湊さんの心の声を僕たちは聞いてない。どうしてこうなったとか、どう責任を取るとか……そんなのどうだっていい。ここにみんなが集まったのは、湊さんの心の声を聞くためなんだよ」

 

そう言って僕は、今井さんたちのほうに視線を向けると、みんなは僕の言葉を肯定するように無言で静かに頷いた。

 

「だから、聞かせて。湊さんの心の声を……湊さんがしたいことを」

「……っ!」

 

静かに諭すように言うと、湊さんは静かに息をのんだ。

 

「私はっ……私はみんなと……音楽がしたいっ! あなた達とじゃないと、嫌なのっ」

『っ!?』

 

必死な様子で口にしたその言葉に、みんなは息をのんだ。

 

「でも、あなた達の意見は分からない……それに、都合がいいことだっていうのもわかってる」

「”音楽に私情を持ち込まない”……そう言ったのは貴女ですよ」

 

再び包まれた重い沈黙を破ったのは紗夜さんだった。

 

「でも、あなたの気持ちもとてもよくわかるわ。でも、音楽を始める動機はともかく、続ける理由は、どれも私情だと私は思います」

「あこもっ! おねーちゃんみたいなカッコいいドラマーになりたかったんだもんっ」

「私も……どこかで、こんな自分を……変えたいって」

 

(僕も、あの伝説のバンドにあこがれて始めたんだもんな……)

 

紗夜さんの言葉にみんなが肯定する中、僕もまたバンドを始めたきっかけを思い出していた。

 

「手放せない思いがあるのなら、それを抱えたまま進むしかない……そうじゃない」

 

静かな口調で湊さんに投げかける紗夜は、”それに”と言葉を続ける。

 

「私も、この『六人』と音楽をしたい」

 

それは、この場にいるみんなが出した”答え”だった。

 

「これって、Roselia再結成フラグ!?」

「「解散してない(わ)……あ」」

 

あこさんの言葉に、ほぼ同時に反論した二人が、バツが悪そうに顔を背ける姿に、その場にクスリと笑い声に包まれる。

こうして、今回の騒動は何とか丸く収まり、湊さんたちはRoseliaとしての再スタートを切るのであった。




ということで、次回か次々回で本章は完結となります。
その後は、イベントストーリーをいくつか書いたのちに、バンドストーリー2章に入っていくと思います。

……個別ルートはおそらく2章の後になると思います。


それでは、また次回お会いしましょう


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第62話 コンテスト

大変長らくお待たせいたしました。
数か月ぶりの投稿となります。


あれから数日間、彼女達は練習に練習を重ねていた。

衣装もでき、コンテストへの音源もでき、それを提出した彼女たちに書類審査の合格通知が来ることは、もはや疑う余地がないだろう。

 

「じゃあ、僕はここまでだね」

 

コンテスト当日、僕は湊さん達と一緒にコンテスト会場を訪れていた。

本来であれば、僕は別行動で行くべきなのだが、『六人目』のメンバーとして、彼女たちを見送りたい。

そう思った僕は、彼女たちと一緒に会場に向かうことにした。

とはいえ、演奏をしない僕が一緒に行けるのは出入り口まで。

そこから先は彼女たち五人で進む必要がある。

 

「みんな」

 

別れ間際に何かを言おうと、僕は彼女たちに声を掛ける。

何て言えばいいのか……それは考えるまでもなかった。

 

「頑張って」

 

ただそれだけで十分なのだから。

 

「……ええ、もちろんよ」

「一樹君に応援されるのは初めてのはずなのに、懐かしさを感じますね」

「は、はいッ」

「あこたちのカッコいい姿、見ててくださいねっ」

「ありがとー☆ アタシ達頑張るね」

 

僕の応援の言葉に応える湊さんに紗夜さん、白金さんにあこさん、今井さんの表情は僕の心配など必要がないと思うほどの笑顔だった。

だからこそ、僕は何も言わずに彼女たちと別れて会場に観客として足を踏み入れる。

 

(あれから、みんなは変わった)

 

湊さんのあの一件を経て、彼女たちRoseliaは大きく変わった。

目に見えた変化はないものの、練習中の彼女たちの雰囲気は、それまであったピリピリとしたものから心地よい緊張感へと変わっていた。

息がつまるような感じではなく、だからと言ってだらけたような雰囲気ではない、適度な緊張感に。

だからといって、合格できるほどこのコンテストは、甘くはないのも事実だ。

 

(だったら、ちゃんと彼女たちを見届けよう)

 

それが、六人目のメンバーとしての責務だろう。

そんなことを思いながら席に腰かけた僕は、これから始まるライブへの期待に満ちた観客たちの声を聴きながらその時を待つ。

 

『お待たせしました。これよりコンテストを開始します。まずは、エントリーNo.1番』

 

そして、ついにコンテストが幕を開ける。

MCが番号を読み上げると、そのバンドのメンバーが姿を現し、演奏をし始める。

 

(なるほど……悪くない)

 

何組かのバンドの演奏を聞いて感じたのは、演奏技術の高さだった。

さすが、フェスを目指しているだけあってどのバンドもその完成度は非常に高い。

上手い演奏ができて当たり前、フェスに出るためにはそれ以上のものを求められる。

 

(やっぱり、立つ場所が違うだけで、こうも見える景色は違うんだな)

 

去年、自分たちがあの場に立ち、そしてフェスへの切符を手にしたということがどれほどに異様だったのかを、僕は今更ではあるが痛感していた。

 

『続いてエントリーNo.――Roselia』

 

そんなこんなで、次々に進んでいく中ついに僕が一番見たいと思っていたバンドの名前が読み上げられる。

その瞬間、観客たちがざわめきだす。

それもそのはずだ。

彼女たちは初めてのライブで音楽雑誌に取り上げられたことがあるのだ。

それだけ注目度は高まってもおかしくはない。

そんな中、ステージ衣装に身を包んだ湊さんたちが、ステージに足を踏み入れる。

ゴスロリ風なその衣装も相まって、僕の知っている人物とは別人なのではないかという錯覚を抱かせるほどに、いつもと違う雰囲気をまとっていた。

 

『Roseliaです。聞いてください。Re:birth,day』

 

湊さんのその言葉と共に、始まった演奏。

力強い音色とそれに合わさるようにして響く湊さんの凛々しい歌声が、会場中を覆い彼女たちにしか出せない独特の世界観を作りあげていく。

それまで演奏に合わせて盛り上がっていた周りにいる観客たちも、その世界観に飲み込まれているのかステージに立つ彼女たちの演奏を唯々静かに、聞き逃さない落ちわんばかりに聞いているようだった。

 

(やっぱりRoseliaはすごい)

 

改めて彼女たちのレベルの高さを思い知らされる。

ふたを開けてみればあっという間で、彼女たちは演奏を終えていた。

そして送られる割れんばかりの拍手に、みんなの表情が少しだけ緩んだような気がした。

 

「Roselia、やばくない?」

「これはコンテスト受賞で間違いないだろ」

 

そして聞えてきた周りにいた観客の誰かの彼女たちの演奏に対する評価の声は、張本人ではないはずの僕でもうれしく思えるほどの物だった。

 

(でも、惜しいな)

 

それでも、僕はこの時このコンテストの結果を悟っていた。

 

 

 

 

 

『それでは、結果発表を始めます』

 

すべてのバンドの演奏が終わり、観客たちがあれやこれやと出場バンドの演奏について感想を言っている中、ステージに上がったコンテストの運営と思われるMCと出場バンドのメンバーたちによってそれはまるで水を打ったようになる。

その中にはもちろんRoseliaのみんなの姿もあり、それぞれ緊張した感じの表情だった。

 

『まずは、審査員賞です。エントリーNo―――』

 

そんな緊張感に包まれた会場に、MCの声が響き渡る。

次々に読み上げられる出場バンドに拍手が鳴り響く中、Roseliaの名前は読み上げられていない。

 

(次はいよいよ優勝バンドか)

 

『それでは発表します。優勝バンドは……』

 

ここで名前が呼ばれれば、彼女たちは『Future World Fes.』への出場権を手にすることになる。

今まで以上の緊張感が会場中を包み込む中、

 

『エントリーNo.15―――』

 

読み上げられたのは、違うバンドの名前だった。

それは、彼女たちが落選したことを意味していた。

こうして、彼女たちのコンテストは、『不合格』という結果を残して幕を閉じるのであった。




ということで4か月ほど更新が止まっておりましたが、ようやく投稿にこぎつけました。
現在、本作でちょっとだけ腑に落ちない箇所の修正作業をしていたりします。
めどは立っておりませんが、完成し次第差し替える予定ですので、今しばらくお待ちください。

次回でこの章も終わりになります。
できるだけ早めに投稿できるようにしますので、楽しみにしていただけると幸いです。


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