Fate/Sirius Garden (watazakana)
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序章:その日少女たちは運命に出会う
幽霊は
聖杯、それは、あらゆる願いを叶える願望機だ。過去の英霊を現代に召喚し、最後の一騎になるまで争う。そしてその勝者は、あらゆる願いを叶える権利が与えられる。あらゆる時代、あらゆる国のサーヴァントがその地に集い、最後の一騎になるまで覇を競い合う殺し合い、それが第5次までの聖杯戦争だ。
魔術協会は世界を滅ぼさんとした汚染された大聖杯、及び神秘の秘匿に重大な危険の起きやすい聖杯戦争そのものに異を唱えた。聖堂教会もこれには賛同した。しかし、第三魔法、根源への到達、魂の物質化、それによる不老不死の手段や神秘まで永遠に失われるのは双方本意ではなく、聖杯戦争と大聖杯をなんとか自分のものにしようと名だたる魔術師やそれを阻止し、神秘を独占したい腕の立つ代行者、果ては御三家の一つであるアインツベルン家が錬金術の家であるつながりでアトラス院も絡み、もはや混沌として形容のしようがない争いが起きた。
これが、トリガーとなった。
これは、ロード・エルメロイ2世が聖杯解体に赴かなかった世界でのお話。剪定された先の、あったかもしれない世界で起きた、些細だけれどもほんの少し大事なお話。
*
第5次聖杯戦争終結から10年後───
冬は、布団から出たくないものである。
天城千歳は目を覚ます。七時、いつもの時間だ。
寒い。布団から出たくない。そんな惰性とはサヨナラバイバイ、諦めてむくりと起きる。
2014年2月。ここ冬木に住む天城千歳は中学生である。定期考査も終えて、まあ叱られない結果であったので、もうすぐで最後の心おきなく遊べる春休みと毎日そわそわしている彼女は、長い黒髪を後ろ一つに結んで居間へと降りた。
「おはよー」
「おはよ。千歳」
「お父さんは?」
「今日は早めに行かないとダメだって、さっき出たよ」
へぇ、と明るい茶の木組み椅子に座り、朝のご飯を口へと運ぶ。
「いただきますは?」
「あっ、忘れてた。いただきます!」
まあ、このような会話が標準の、特に何ということはない普通の家庭。それが天城家である。
一方テレビは普段とは違う報道をしていた。
『冬木大災害から、今日で20年が経ちました。市民体育館が火元となったこの火災は、今も原因が分かっておらず、謎の多い火災事故となっています。また、10年前の2月では原因不明のガス爆発やガス漏れが頻発しており、今年も何かあるのではないかと冬木市の間では話題になっています───』
「ああ、もう20年かぁ」
「お母さん知ってるの?」
「知ってるけど、テレビで見たことしか知らないよ。ここに越してきたのも千歳がお腹にいた頃だし」
ありゃ凄かったよ。とお母さんは語る。ヘリが火事の現場を映してたけど、真夜中に街一つ丸ごと火の海で、500人以上亡くなったのに原因も何もわからないから連日ニュースやワイドショーのネタになったそうだ。生存者もほぼ皆無。千歳たちの住む新都も、1994年に焼け野原になった土地が復興したものらしい。
「ふーん……なんか焼け野原とか復興とか、戦争の話を聞いてるみたい」
「そうだねぇ、ねえ千歳、時間は大丈夫?今七時半だけど」
「げぇっ!40分には出なきゃなのに!」
千歳の今の生活にたいした不満はそうそうないが、そのそうそうない不満の代表格が「家と学校が離れてること」。冬木はそこそこ都市なくせして最も人口の集中する新都に学校がない。だから中央公園近くから深山の山の麓までバスでいかなければならない。交通は通勤ラッシュと重なるので大変辛い。そんなわけで朝食をかきこみ、消防官張りに急いで支度をし、大きな声で「行ってきます」を言ってから、天城千歳の1日が始まる。
*
バス停から地味に離れてるのも腹が立つものである。
「はぁ……はぁ……セーフ!」
「おはよー千歳。今日はまたぎりぎりですな」
教室に入り、席に座り、最初に声をかけてくるのは隣りの席の千代田昌子。黒の癖っ毛で天然ボブができている。活発で、誰とでも話せる子だ。
「いやー、テレビ見てたら遅くなった……」
「ZAP?」
「いや、私ん家IRHだからおはやう冬木」
「国営⁉︎かたっくるしーな、なんでそれで遅くなるのさ」
「冬木大災害についてちょっと気になったの」
「あぁ、新都のね」
千代田は何か言いかけたが、ホームルームのチャイムが鳴り出し、皆が席につくところで、「また後でね」と会話を中断した。
「じゃーホームルームはじめるぞ」
「きりーつ、れい、ちゃくせーき」
また、今日が流れだす。
*
数学ほど、つまらないものはないものである。
「あー、やっと終わった。給食万歳昼休み万歳」
「お腹空いてるときに数学はやばいわ。二分おきに時計見てたもん」
「てことは25回も見たの……」
「いや、後半になるにつれて速くなったから大体53回ほど」
「後半30秒に一回くらい見てるよね?勉強大丈夫?」
千代田さんはいい人だ。テストは良くはないようだけど、コミュ力はある。厄介ごとを頼んでも喜んで引き受けそうだし(実際部活の助っ人に毎日頼まれているし、それを愚痴ることはない)、キラキラしている人だ。
そして───
「ねえ、大災害の話なんだけどね」
「あ、覚えてたんだ」
「そりゃまあ私が後でって言ったんだし」
「妙に義理堅いね」
「照れますなあ。まあそれは置いといて、あの大災害、今年も来るんじゃないかって」
「今年も?」
「そう。20年前と10年前のこの時期、変な事件がいっぱいあったじゃん?20年前は大災害の他にも高層ホテルが倒壊したし」
「そうなの?」
「そうだよ。で、その変な事件が冬木で多く起ってるのは、10年周期。1994年から10年周期だよ。で、今年は2014年。今年も何かあるんだよきっと!って噂!」
無類の噂好きである。
「ガス事故がたくさん起きたって世間じゃ言われてるけど、調べると10年前だけで教会爆発に墓荒らし、ガスの昏倒にトラック事故。ビル屋上で何件もの室外機破損。20年前にはコンテナ損傷にホテル爆破、大量の児童失踪と未遠川のUMA出現に光の柱!ネットじゃみんな冷めた目で見てるけど、これは妖怪と幽霊の仕業かもっていう噂も!」
こういった噂話に人間弱いものだけど、ここまで食いつくのもそうないだろうな。ちょっと嫌な予感がする。
「これは確かめなきゃでしょ。明日土曜日だし、探検しようよ!」
「えぇ……私たちもう中学生だよ?来年受験生なのに小学生みたいなこと……」
悪い予感は見事的中。コミュ力は高いけど彼氏ができない理由はこれだと思うんだ。ちょっと幼い。いや、心は完全に子供だ。その上こうと決めたらもう逃げられない。この手の彼女はたちが悪い。
「何を言いますか!私たちは子供!受験生にもなろうというこの時期が思いっきりふざけられる最後のときなのだ!謳え思春期、天晴れモラトリアムぅううう!」
「こらー千代田。給食時間くらい静かにしろー」
先生の声にごめんなさーいと千代田は答え、そのまま黙々と給食を落ち着き無く食べ始めた。
*
放課後とは心躍るものである。
『土曜日の約束、忘れないでよ!冬木大橋に10時!』
しかしこればかりは、今日ばかりは、めんどくささ20g、気怠さ32g、わくわく15gほどであった。
(冬木大災害の話したのがまずかったな……)
ふと、千歳は外の景色を見る。冬木大橋に入ろうとしていたバスの窓越しに上を見上げた。そして、
「えっ?」
冬木大橋の上に人がいた。冬木大橋には歩道もあるから人がいるのは当たり前ではあるがそうではない。高いアーチの骨組みの上にいるのだ。あんなところに普通の人は行かないし、行けない。
(いやいやいや見間違いでしょ、絶対)
すると、こちらを見た。気がした。
「えっ」
遠くてそう断言はできない。だが顔をこちらに向けたのは確かだった。冬木大橋の途中で角度的にしばらく見えなくなって、また見えるようになったときには、影も形もなくなっていた。
(見間違い…だよね)
千歳はなるべく気にしないようにして残りの帰り道をバスに揺られた。
*
当日も、そこまで気乗りしないものである。
「まずは教会で調べよう!」
「こういうのって図書館とかじゃないの?」
「幽霊がいたなんて図書館に記録があるわけないじゃん」
「そりゃまあ、そうだけど……」
「幽霊妖怪の話なら柳洞寺か教会でしょ?というわけでまずは教会ね」
まあぐいぐい引っ張ってくれるから楽ではあるけど。
*
冬木教会
教会とは、なんとも静かで荘厳なものである。
「───今日は土曜日ですが」
見ない方々ですね。なんの御用でしょう。と、壇上で白髪の綺麗な女性が振り向いた。
「幽霊のこと調べに来ました!」
「幽霊……?」
あ、なんのことって顔してる。絶対ハズレだコレ。
「10年前と20年前の騒動ですよ!あれ幽霊の仕業かもって噂なんですけど、それって本当ですか?」
「………」
女性は少し表情を変えた。しかしそれも一瞬。それもすぐに消え、元の表情に戻ると、「いえ、そういった噂なら知ってはいるのですが、生憎私が知っているようなことは何も。そういった話なら、お寺のほうに行けば何かわかるかもしれません」と、手掛かりを示してくれた。
「あっ、ありがとうございます」
「いえ、ひとつのことに苦労して奔走する人は大変面……美しいですよ。頑張ってくださいね。主の御加護があらんことを」
今不穏なことを言ったような気がした。きっと気のせいだろう。ということで私たちの次の目的地が決まった。次は───
「「柳洞寺!」」
*
「───行ったな」
「そうですか」
「幽霊、か。言い得て妙だな。殺さなくてよかったのか?」
「バーサーカー、少しは考えてものを言いなさい」
「殺すのは手っ取り早いぜ」
「柳洞寺には真相はありません。手掛かりはありますが、数手先で完全に詰みです。聖杯はおろか、サーヴァントすら知られません。そうして真相は有耶無耶になる。神秘は守られます」
*
柳洞寺
お寺は落ち着いているが、匂いは少し変である。
「どうもはじめまして、柳洞一成といいます」
「はじめまして、天城千歳です」
「はじめまして!千代田昌子です!」
「元気があるのはいいことだ」
だが、尋ねるときは事前に言って欲しい。私たち僧侶も、その日の予定というものがあると、優しく注意されてしまった。
「20年前と10年前の事件を調べていて、私としては幽霊かもって説が有力なんですよ!そんな話聞いたことあります⁉︎」
「20年前といえば冬木大災害の話か。深山町ではそういった事件はほとんど無かったからな。10年前は───あぁ、幽霊は関係ないが、事件というか、そういうものならあったな。宗一郎兄が、いや、この寺に居候していた教師が婚約者と一緒に失踪したんだ」
「失踪───」
「その後も手がかりがなくてな、生きていればいいものだ……」
すまん、少し湿っぽくなってしまったな。いやあそれにしても、変な一ヶ月だったのは記憶にある。と続ける。
「その話、もっと詳しくいいですか?」
千代田は食いついた。
「ああ。こんな僧侶の過去話でもよければ」
*
わからないことを探すのは難しいことである。
「で、教会と寺行ってわかったことは?」
「10年前、柳洞寺に居候していた教師が婚約者ごと失踪、同級生がどーたら、寺がガス爆発で半壊……」
「その同級生とは連絡が取れず、その同級生とは別の同級生は取れて、今深山町に帰ってきてるって」
幽霊と関係、あるのかなあ。一成さん曰く、「幽霊とかそういうのは、生憎見たことがないからわからないが、若い人が昔に想いを寄せる姿勢は感心感心。もっと知りたければ遠坂に訊いてみるといいやもしれん。私が知るのは僧侶、いや、学生としての景色から見て知ったことだ。だが遠坂なら、あそこは名士の家系だし、それ以外も知っているだろうて」なのだが、一成さん、幽霊関係から見事に地元調査に乗り換えさせたのでは?
*
遠坂さんの家は、とてもお金持ちの雰囲気がする。
『はい、遠坂です』
「さっきお電話しました、千代田です!」
「天城千歳です」
『まあ、お待ちしておりました。柳洞さんからもお話は聞いております』
遠坂さんはすぐに出てきて、門を開けた。
「紅茶くらいしか持てなせるものはないけれど、ゆっくりしてください」
*
事情を説明するにしても、この説明は少しどうかと思うものである。
「───という感じで、幽霊とか妖怪の仕業説を推しているんです!」
「……そうですねえ」
あ、これ困ってるやつだ。
「なんか、すみません」
「いいですよ。こういう噂はどこからともなく湧いてくるものです。流石にここに尋ねにきたのは貴女たちが初めてですけど。それに、私は妖怪や幽霊、信じてないというと嘘になります」
オカルトウーマンなのか、理知的な見た目からは考えられない。
「じゃあ!」
「ええ、でも、霊や妖怪の類が呪いや超常現象ではなくガス爆発をたくさん起こすだなんて、私はとても考えられませんね」
その口調は穏やかで、やんわりとしている。言葉には少々トゲが見え隠れするが、人当たりの良い人だというのが千歳には容易に想像できた。まあ、猫を何重にも被っているとまでは見抜けなかったが。
「私は幽霊だとか、妖怪だとか、そういったものには幻想を持っていまして、まあ願望なのですが。彼らにはひたすら静かであって欲しいのです。それこそ、爆発だなんてものではなく、呪いや落雷といった、自然とつながっていたり、魔術や呪術に通じていて欲しい」
遠坂さんはオカルト持論をそれと語るような口調とは思えないほど穏やかに話した。まあ教師の失踪についてはわからないですけども、と付け加えて。
「でも爆発する幽霊とかいるかもじゃないですか」
千代田の反論には、遠坂さんはこう返す。
「幽霊は、言い換えると『よくわからないこと』の象徴みたいなものです。私は爆発や昏倒に対するガス事故という答えは納得できますが、これに納得できない、説明がつかないと思う人にこそ、幽霊は出るものだと思います。幽霊や妖怪というのは、貴女たちのどこにでもいて、どこにもいないものですよ。その幽霊を感じるか否かは、自身の心でしか決められませんもの。それに───」
彼らは私たちじゃ手の届かないところにいるから求めてしまうのに、届いてしまえばつまらないでしょう?
「手の届かないからこそ……」
「求めてしまう……?」
「わかりにくかったかしら……まあ要は幽霊なんて見えないし、よくわからないからこそいいっていうことですよ。そういう曖昧さにこそ、幽霊は生きているのですから」
その後、いくつか冬木の街や10年前の話について訊いてみた。どれも魅力的で、面白くて。あっという間に時間が過ぎて。私たちは4時ごろにお暇した。
*
冬木大橋───
冷静になって考えると、幽霊説は皆から遠回しにNOと言われただけじゃないか?と心配になるものである。
「結局、何にもわかんなかったね」
「うん。でも遠坂さん、かっこいいというか、綺麗というか、素敵な人だったなぁ」
「わかるーマン。ああいう人はモテるんだろなー」
じゃあそろそろ。と、別れの挨拶をした直後、後ろから衝撃を感じる。
「うぉわっ⁉︎」
「千歳⁉︎」
誰かに押されたのだろうか。そのままつまづいて倒れ込み、千代田さんを押し倒す形で転んでしまった。
「……っ、すまない!」
「い、いえ」
どうやら誰かとぶつかったようだ。かなり切迫した雰囲気の男の人の声だった。
「逃さないぞセイバー。聖杯の掟に従い、この争い、この理に従うなら閉じよ」
すかさず、別の男の人の声が聞こえてきた。なんというか、かなり反社会的な何かを感じた。瞬間、追う男の人から光が現れる。
「バトルオープン、
光は私たちを飲み込み、もう一度目を開けると、一面の花畑が広がっていた。
「なっ……!」
「替のマスターはすでに確保済みか……しかも子供……なるほど、目立つが護身の考え方からすれば有効な手段だ。マスターは非人道的だがサーヴァントは子供を殺めるのを善しとしないものが多い。肉盾を用意するとは良い感性をしている。子供を使うとはかなり良い感性をしている。倫理を顧みない辺り尚更良い感性をしている」
「いや違う、この子たちは何も知らない!何をしているんだ君達……!」
「違うなら心が痛むな。一般人なら殺さなければ。何も知らない子供とはいえど、魔術世界を知られたからには尚殺さなければ」
「早く逃げなさい!」
「逃げ場はない。ここは隔絶された結界の中。聖杯の中と言っても過言ではない。それに、私から10m以内にいる時点で射程内だ。逃す暇など与えない、コンマ1秒あれば殺せる」
「殺せる」?「殺さなければ」?待ってよ、意味がわからない。ただぶつかっただけで、何かもわからないものに巻き込まれて、挙げ句の果てに殺されるの?
「ちょっと待ってよ、私たちを殺すっていったの⁉︎」
口を開いたのは千代田さんだった。
「ああ。だから質問には出来る限り答えよう。魔術世界の話でもいい。聖杯についてでもいい。時間は豊富だ。そのついでに現在進行形で消えかかってるセイバーには魔力切れで退場してもらった方がより良い」
「嫌だよ……死にたくないよ!何もわからないのに、質問に答えるくせに、こんな理不尽無いよ!私たち何もしてないのに、なんで私たち殺されなきゃいけないの⁉︎」
「この結界に入った者は殺さなければならない。それは魔術師なら尚更。サーヴァントならより尚更。一般人ならもっと尚更」
叫ぶ千代田に機械のように答える男は、近世のフランス軍人のような格好をしていた。片手には単発の歩兵銃を持ち、間違いなく哀れみを以って私たちと対面していた。
「……君達」
ふと、軍人ではなさそうな方の、古代ローマの人のみたいな服を着ている男の人が開口する。
「何⁉︎」
「こうなってしまったこと、本当にすまない。これは超常の戦争だ。人知れず戦争を私たちはやっている。本来ならば何も知らない人間は、子供たちなら尚更無縁なものなんだ。だから、巻き込んだことも申し訳ないと思っている」
「だから何?私たちこれから殺されるんだよ?そんなこと言われても遅いよ!」
「君達は生き残る!」
千代田さんの嘆きに、憤りに、男の人は強く答えた。いつもは人の話を聞かず、勢いで押し切る千代田さんが珍しく押されている。私は、その理由がわかった気がした。
「君たちは生き残る。私に力を貸してくれ。何、若僧に遅れを取るほど私は老いぼれちゃあいない。戦う力を貸してくれれば、私は君達を生かせる!」
圧があるのだ。貫禄があるのだ。それは、信頼できるお父さんやおじいちゃんのような───
「随分と考えなしなことを言う。セイバー、お前は自分の言っていることがわかっているのか?その選択は地獄か辺獄を選べと言うようなものだとわかっているのか?今ここで死んだ方が良いとわかっているはずだ」
「たとえそれが良い選択だったとしても、死ねと言うのはこの老獪にはきついんだ。私は心が老いているからな」
「お前は残酷だ。死よりも残酷だ。およそ人間を人間と見ないくらいに残酷だ」
「人間らしくなんて、どっかの誰かさんが描いた理想に過ぎない。さぁ、私が消えてしまう前に、早く!私の言葉を2人で、同時に繰り返して!」
「弾がもったいないが、ここでお前は死ね。その2人も死ぬべきだ。間違っても子供に悪夢を見せてはいけない」
そんな言葉をそばにいる男の人は無視して、「では唱えよう」と言った。
───告げる
「「告げる」」
汝の身は我の下に、
「「汝の身は我の下に」」
軍人の男の人は銃を構え、引き金を引く。それをいつのまに取り出したのやら、男の人が剣で弾いた。
我が命運は汝の剣に
「「我が命運は汝の剣に」」
軍人の男の人は舌打ちし、軍服の袖から大量の銃を出し、次から次へと撃ち捨てる。それすらも、目にも留まらぬ剣技で捌いていった。
聖杯のよるべに従い
「「聖杯のよるべに従い」」
この意、この理に従うのなら
「「この意、この理に従うのなら」」
そしてふと、言葉が浮かぶ。なぜかはわからない。千代田さんも同じようで、互いに顔を見合わせ、互いにうなずき、目の前で銃弾を捌き続ける男の人に私は左手を、千代田さんは私の左手に繋いだ右手を、繋いだまま差し出し続きを言った。何故かはわからない。ただこの時は確信があった。千代田さんも同じことを言うと。
「「我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」」
そして、私と千代田さんの繋がれた手の甲に赤いタトゥーのようなものが刻まれる。
「契約成立だ、こうなったら、君達のために剣を振るおう!その命、私が預かろう!」
絶望を8割、希望を2割持ってきたこの男の人との出会いは、何かに仕組まれたほど偶然に満ち過ぎて、必然が致命的に足りなかった。でも、たとえ何かに仕組まれていたとしても、それは何だかわからない。だからこの何かは、遠坂さんの言葉を使うなら、幽霊だろう。そう、幽霊の仕業なのだ。もしこの幽霊に名前をつけるなら、私はそれを、『運命』と名付けたい。
8000字とか二度と書かん。つらい。多分次は4000字が限度だと思うのでよろしく
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聖杯について話をしよう
冬木大災害にまつわる噂に強く興味を惹かれた千代田昌子。そんな彼女に振り回される天城千歳。彼女達は冬木を駆け回り、冬木大災害幽霊説を寺や教会、地元の名士の家まで行って確かめまくる。
しかし、収穫はゼロ。帰ろうという頃合いに謎の男たちの戦いに巻き込まれる。片や彼女達を「殺す」と言い、片や彼女達を「生かす」と言う。何が何かもわからずに、ただ死にたくないという一点で、彼女達は「生かす」という方に命を預けた。
「私の名はセイバー!真名こそは言えぬが、この剣を以って君達の命を預かろう!」
人生は、何が起こるかわからないものである。
「さすがは最優のサーヴァント、セイバー!魔術回路の質量ともに劣悪な人間をマスターにしても、この強さ……!」
防戦から一転、セイバーは攻勢に出ていた。軍人の男の人に瞬きする間も無く肉薄し、その刃を心臓に滑り込ませんとする。軍人の男の人はすぐに体をのけぞらしてかわすも、体制を崩し、セイバーの蹴りが入った。
「ぐっ……!」
それでも。セイバーが攻勢に出たとしても。軍人の男の人は度々こちらに視線を遣してくる。きっと私達を虎視眈々と狙っている。それでもそうしないのは、きっとセイバーが守ってくれているからだろう。その細くも恵まれた体格に、私達は守られていた。
「……マスター、邪魔をしないで欲しい。殺させて欲しい。せめてあの子供達だけは、人間としてある内に殺させて欲しい」
突然に、双方の動きが止まった。
「……わかった。
花畑が歪む。歪みきった後に、元の場所に戻った。
「セイバー、その子供達を、くれぐれも人でなしにさせるな。地獄を歩ませるからには、その責任があるということを忘れるな」
そう軍人の男の人は言い捨てると、青い粒子となって姿を消した。
「「はぁああ……助かった……」」
「何あれ……」
「怖かった……」
私達は安心して、地べたに座り込んでしまった。
「君達……いや、
「はい?マスター……?」
「そう。君たちが私のマスターだ。令呪を見せて欲しい」
「令呪……?」
そういえば、セイバーの呪文を唱えたとき、手の甲に赤いのができた。
「これのことですか?」
「そう、それだ」
手の甲を差し出すと、セイバーはまじまじと眺めだす。
私の手の甲には、鍵のような模様とその右下に羽のような模様が描かれていた。うわ何これ、擦っても落ちない!
「うわ、何これ⁉︎」
千代田さんは素っ頓狂な声を上げる。千代田さんのは剣の印象を受けた。共通しているのは、私も、千代田さんも、その図形は二画でできていたことだ。
「それは魔術によって刻まれた刻印、私との契約の証だ。擦っても落ちないよ。しかし困ったな……あぁ、立ち話も何だから、歩いて話そう」
セイバーは私達の手を掴み立ち上がるのを手助けすると、新都の方へ歩きだした。
*
「さて。まずは私たちが行っている戦争は超常のものだと言ったね。その戦争について、聖杯戦争についての話をしよう」
聖杯戦争とは、なんでも願い事を叶えるとされる聖杯を巡って行われる戦争だ。戦争とはいっても、国単位で戦うなんてことはない。魔術師と言われる者たちが七人集い、それぞれがサーヴァントと言われる使い魔を召喚する。サーヴァントは歴史上の超有名人と思っていい。織田信長だとか、坂本龍馬とかを召喚し、殺し合いをするんだ。
「殺し合い⁉︎」
「だから皆殺しの勢いであの人は襲ってきたんだ……」
「ああ。この戦争は七人の魔術師、マスターと呼ばれる者達とと七騎のサーヴァントと呼ばれる英霊で行われる生き残り戦争だ」
「でも、そんなこと日本でできるの⁉︎」
「本来できないさ。だから以前は人目を盗んで夜中にやっていた」
「でも、あの人は襲ってきたよね。夕方だったけど」
「ああ。今回から、聖杯が争うための結界を張ってくれるようになった。結界は世界から全く切り離されたような空間だから、昼間でも一般人の目を盗んで戦う必要がなくなった。巻き込む可能性もね」
「でも、私達は巻き込まれたよね?」
「……何をもって聖杯が魔術師と一般人を見分けてるかについては欠陥があるようだな……」
セイバーはぶつぶつとつぶやく。考え事をしているようだったが、すぐにあきらめた。
「今回、聖杯戦争は姿を変えて聖杯争奪戦となった。今回は個人ではない、組織での戦いだ」
「組織?」
「ああ。魔術を取り扱う組織の間での戦い。まず一つは、魔術を使って神の領域に至ろうとする者たちの集まる組織、魔術協会、時計塔。次いで、神秘、魔術の原動力を独り占めにしようとする聖堂教会。最後は、魔術協会と目的は同じだが錬金術を専門に扱う者が多い兵器の墓標、アトラス院。この三つの組織が互いに魔術師を派遣している形となる」
「えっと、質問!」
千代田さんが手を上げる。
「何だい?」
「組織ってことは、二人以上どの組織もいるってことだよね」
「そうだね」
「私たち、どこにもいないよね」
「そうだね」
「それっていっつも二騎以上と同時に戦わなきゃってことにはならない?」
「「……」」
歩みを止める。あれ?これってひょっとしてひょっとしなくても……
「拙くない?」
「拙いな」
「拙いよね⁉︎」
あわや大パニック。新都に入っていつの間にか普通の人の格好になっているセイバーも流石に失念していたらしい。顔が難しくなっている。
「一応ステータスを見てくれないか、マスター」
「え、ステータス?」
そんなゲームみたいなものあるの?と訊いてみたらあると即答された。目を凝らしてみなさいと言われたので言われた通りにしたらちゃんとステータスっぽいのが表示されている。
「うわ、出た」
「すっご」
「それがステータスだ。ランクがあるだろう」
「えーっと、筋力B、耐久C、敏捷C、魔力B、幸運B、宝具A+……いい方なの?」
千代田さんが読み上げるも、基準が分からないので、逆に混乱する。
「10年前の第五次聖杯戦争のセイバーの前半のステータスを微妙に上回っているのはありがたい。特に宝具のランクが高いというのも」
「宝具って?」
「宝具というのは、必殺技だ。己の真名を解放し、使い方次第では
戦略レベルで逆転ができる。ただし消費する魔力は大きいからそんなに撃てないし、真名解放は弱点をバラすのとほぼ同じだから、使い所を間違えるといいことなしだ。マスターの魔力では宝具を撃つとき、必ず令呪が必要になるだろう。つまり撃てて三回。よく考えて撃つんだよ」
「そんなこと言われても、よく分からないよ。戦ったこともないのに、使い時なんて」
「うーん……じゃあ心の中で、こいつは倒さなければならないと底から思った時に、使い時を訊いてほしい。それでいいかな?」
「……それならまあ、わかった」
なんとまあその声の安心することよ。不思議と懐かしく思えてくる。
「二騎同時に相手するのは流石にセイバークラスとてきつい。本来ならもう一段段くらい各ステータスが上がるんだが、まあ贅沢は言ってられない。その時はその時だ。次の話をしよう」
「次の話?」
「聖杯戦争の参加についてだ。契約したとはいえど、マスターの存在は戦争の監督役が知らねばならない。でなければ戦争運営などできやしない。マスターは中学生だったか、ならば明日に教会へ行こう。日曜は礼拝があるから、その後……一時くらいでどうだろうか」
「いいよ。千歳は?」
「いいよ、大丈夫」
「なら、そういうことで。チトセ、君の家は?」
「あ、もうすぐだよセイバー」
気づけば冬木中央公園の前まで来ていた。結構広いのでまだあと200mほどあるが、近いといえる距離だ。しかしここで、重大な問題が首をもたげる。
「でも、セイバーは大丈夫なの?家とか……」
そうセイバーに訊くと、彼は一瞬キョトンとした顔で、そしてすぐにその顔は苦笑に変わった
「……考えてなかったな……君達は中学生だ、しかも女の子。私の時代とは違い、今では女の子と私のような知らぬ男が一緒にいると事案?になるんだろう?まあ分からなくもないが……私は霊体化してその辺にいよう。サーヴァントには、睡眠も食事も必要ないからな」
まあ歴史のすごい人が来るなら、このギャップは当然ではある。しかし、サーヴァントとはいえど、そんなこと言われてもそうやって寒空の下に放っておくのも気が引ける。何かいい方法はないかと思案した時、千代田さんが口を開いた。
「じゃあウチ来る?」
「「えっ」」
「いやー私の両親忙しいというか何というか、お母さんは帰りが週に一回程度なんだよね。ずっと泊まり込みで仕事しなきゃいけなくて、お父さんに至っては海の人だし年に何日もいないから」
さらっと出ましたすごい事情。
「その……生活はどうしてるの?」
「私と妹でやってる。妹ももう小学6年生だからさ、大体は自分でできちゃうんだよね」
だから私んちにおいでよセイバー、と千代田さんはにかり笑った。その眩しい笑顔に最初は遠慮がちだった流石のセイバーも折れてしまった。
「……わかった。霊体化していればいいだろう」
「やったー!」
*
長かった土曜日の日中も、今思えば短いものである。
「会話は念じればいつでもできる。その気になれば私が2人での念話の中継をしよう。私とマスター、双方向の会話がいつでも可能だ」
「私の家、深山町の方だから。じゃあね千歳」
「うん、じゃあね千代田さん」
千代田さんが何かを言いかけたが、いいやという顔で背を向け、セイバーとともに歩き出した。
嬉しそうだったな、千代田さん。
あの笑顔は、見惚れてしまうというものだ。さて、家の前には晩ご飯の匂いが充満している。今日は魚かな。
「ただいま!」
こうして、聖杯戦争は始まったのであった。
*
「おい修道士サンよぉ」
「何でしょう、バーサーカー」
教会の女性は、声を荒げるバーサーカーにため息をついて答える。バーサーカーの姿は、白い和武装に槍を携えた剛毅な男だった。
「何でしょうもどうでしょうもねえ!あのガキども、マスターになりやがったぞ。詰みに入るっつったのはどいつだぁ⁉︎だから殺しときゃあよかったんだよ!」
「……それは予想外でした」
「予想外も奇想天外もねえっつってんだろ!俺に殺させろ!」
「黙りなさいバーサーカー。確かに事実のようですね。では、マスターになったという事実には死という事実を以て対応します。バーサーカー、貴方は教会の外に。セイバーは教会に行くことを提案しますでしょう。貴方はその壁になってください。教会は中立地帯で、貴方も人と同程度の力しか振るえないのなら、教会の外ででもいいでしょう。良かったですね、その天辺の槍がちゃんと振るえて」
まるでバーサーカーの未練を突くような物言いに、バーサーカーは眉を潜めた。
「なあ、それは俺の名がわかってて言ってんだよなぁ。死んでもいいってことだよなあ!」
「……Eランクとはいえ狂化にかかった獣に言うのもなんですが、貴方が呼びかけに応えた意味がなくなっちゃいますよ?せっかく聖杯に願うことがあるのに」
「ぐ……っ」
バーサーカーは黙り込む。
「宜しく、お願いしますね」
プロフィールを更新しました
サーヴァントステータス
【CLASS】セイバー
【真名】不明
【性別】男性
【身長・体重】180cm・72kg
【属性】秩序・中立
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運B 宝具A+
【クラス別スキル】
対魔力:C
魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。Cランクでは、魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない
騎乗:D
乗り物を乗りこなす能力。騎乗の才能。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。
セイバーであるという名目で付与されたスキルのため、ランクは低い。
道具作成(剣):A+
本来ならば「魔術師」のクラス特性。
魔力を帯びた器具、特に剣を作成可能。 A+ランクとなると、神造兵装すら見たことがあるなら作成可能。
【固有スキル】
始祖のカリスマ:C
詳細不明。
魔力放出:B
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。彼自身の戦闘力は高いため、相手によっては使わない時もある。そうして燃費を良くする。
【宝具】
今はまだ、伏せておくべきだ。
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名士、遠坂
サーヴァント同士の争いに巻き込まれた天城千歳と千代田昌子。彼女らはセイバーと契約を果たし、聖杯争奪戦に参加する。セイバーの能力は2人でやっとへっぽこ魔術師1人分の彼女らの魔力の少なさによって本来と比べ落ちていた。そしてセイバーは基本的に親のいない千代田の家で居候することに。次の日、教会へ行くと約束した天城たちは、それぞれの家路へついた。
翌日
冬の日は、まだまだ寒いものである。
布団から出たくない怠惰な心はサヨナラバイバイ。
「おはよー」
「おはよう千歳」
「あぁ、おはよう」
リビングに降りて、両親におはようの挨拶。
「今日は何するの?」
「課題やった後千代田さんと外に」
「珍しいね、二日連続で千代田さんって」
「そうかな……?」
確かに千代田さんとはあまり話さないし絡まない。彼女が何かしら騒いで、それを少し離れてから見るのがこれまでのスタンスだった。一昨日話しかけられたのだって、誰とでもつるむ千代田さんがたまたま私に話しかけて来ただけ。昨日のお出かけは、冬木大災害という共通の話題の延長線上だ。聖杯戦争は、その延長線上にどこからともなく乗り込んできた秒速1mで動く点Pのようなものだ。冷静になって考えると、聖杯戦争がさも当然のように私たちに降りかかるって理不尽すぎる!話の流れと何の関係もないのに!
「ああ、出かけるなら最近物騒なようだから、気を付けろよ」
ふと、お父さんが気になる言葉を吹っかけてきた。
「物騒?」
「深山町の方で行方不明の人が何人か出たらしくて、その上ウチの会社の同僚が一昨日路上で倒れて入院した」
「入院⁉︎」
「とはいっても足の骨が折れたのとひどい風邪くらいで、命に別状はないんだが、本人が言うには『あかいあくまが襲ってきた』だと」
悪魔がってことは、聖杯戦争と関係あるのかな。一般人にバレないようにしてるって言ってたけど、そこそこ目立ってるじゃん……
「今年の冬木は少し危ないから、日が暮れる前には帰ってきなさい」
お父さんはそう言うと、新聞に目を戻した。
*
新都、冬木大橋前
課題とはめんどくさいものである。なんとか時間までに終わらせて、彼女たちと落ち合えられた。
「よっ!」
「チトセ、夕暮れぶりだな。待たせたなら申し訳ない」
「いや、全然。じゃあ行こっか」
私たちは歩き出した。
*
冬木教会前
「私が前に出よう」
突然にセイバーが険しい顔で言い出した。
「貴様!霊体化していようが魔力がだだ漏れだ。姿をあらわせ。闇討ちなぞ趣味ではなかろう、バーサーカー」
しんと静まる教会に続く坂。私たちから少し離れた正面に人が現れた。
「やっぱバレるかァ。流石最優のサーヴァント。一般人マスターとか、正気かぁ?舐めプかよ」
「む、意思疎通ができるとは。ランサーであったか?」
「バーサーカーだよ。今でも必死に抑えてんだ。てめえら全員殺す衝動をよお」
「……私は、この子たちを守ると約束した身でな。バーサーカー、来い。どの道私たちは殺し合いしかできない幽霊だ」
セイバーは槍を虚空から現す。その槍は、美しかった。穂先は美しく、刃元には龍が刻まれている。刀匠の技術がこれでもかと凝らされた、名槍と呼ぶにふさわしいものだった。そして、それはバーサーカーが持つ槍と瓜二つだった。
「オイオイ、オイオイオイ!冗談にもいい冗談悪い冗談あるんだぜ。他人の槍、パクってんじゃねえよッ!」
バーサーカーは怒り、一歩踏み込む。その一歩で舗装を粉砕し、10mはあろう距離を瞬き一つ許さない合間で詰めた。流石のセイバーもこれには防戦するばかり。
「くっ…聖杯の掟に従い……この争い、この理に従うなら閉じよ!」
結界もない日中からこんなことでは神秘の秘匿も何もない。セイバーは呪文を唱え出した。
「バトルオープン……っ!剣を執れ、しからば…「待ちなさい!」⁉︎」
突然どこかで聞いた声がして、双方の動きが止まった。セイバーの首にバーサーカーの切っ先が触れ、バーサーカーの額に穂先が触れていた。
「邪魔すんなよ女ぁ!ぶっ殺すぞッ!」
「そのサーヴァントは再契約の直後。一般人のマスターであれなんであれ、こうなったからには教会で戦争参加の意思を告げなければ交戦できないわ。そのルールを無視すればアンタのマスター、秒で死ぬわよ。何よりも冬木のセカンドオーナーであるこの遠坂が許さないわ。権力と財力と人脈でアンタ達を必ず真っ先に殺すから」
数秒間の沈黙。バーサーカーの殺意と高揚に満ちた目は途端に無気力に還り、威嚇するネコの毛皮の如く膨らませていた魔力を一気に萎ませた。
「チッ……萎えた。じゃあな。次会ったら必ず殺す」
バーサーカーは撤退した。途端に遠坂さんはへたり込む。
「あぁ怖かったぁ……ハッタリなんて英霊相手にするもんじゃないわ全く……!」
「あの……遠坂さん?」
「ん?昨日の中学生達じゃない……危ないわよ、こんなところにいたら。今は見逃してあげるから、すぐに……えっ⁉︎」
遠坂さんの目線が私、千代田さん、セイバーの順に移っていく。そしてセイバーと目が合った瞬間、凍りついた。
「どちら様で?」
「セイバーと契約する前に訪ねてた、遠坂さん。冬木の名士ってお寺の一成さんが言ってた」
「はぁ⁉︎セイバー⁉︎アンタ、セイバー⁉︎ランサーじゃないの⁉︎」
ランサー?と首を傾げる私たちを他所に、遠坂さんはまくし立てる。
「……あぁ、いや、私の真名に深く関わることになるので、そこは訊かないでほしい」
「あらそ。じゃあ訊かないであげる。それよりもアナタ達、その手の甲の模様は……やっぱりマスターね、セイバーのマスターが一般人…はぁあああああ……アイツみたいじゃない!」
*
縁とは奇妙なものである。
冬木教会に至る坂道、遠坂さんから話を聞く。
「貴女たち、聖杯戦争についてはセイバーから聞いてるわね?」
「はい、七人の魔術師が願いを叶えるために七騎の英霊を呼んで戦う、殺し合い、ですよね」
「だいたいそうよ。じゃあクラスについては知ってるかしら」
「クラス?」
「そう。世界の外側にいる英霊たちは、基本的にそっくりそのまま召喚できないの。だから生前得意としていた分野に応じてそこだけ秀でさせる。その分野をクラスと呼ぶのよ」
剣に特化した英霊・セイバー
槍に特化した英霊・ランサー
弓に特化した英霊・アーチャー
乗り物を乗りこなす英霊・ライダー
暗殺に秀でた英霊・アサシン
魔術に才のある英霊・キャスター
狂うまま全てを破壊する英霊・バーサーカー
ちなみに私たちのサーヴァントが剣の英霊、セイバー。第一次から第五次まで最後まで生き残り続けた、汎用性の高い最優のサーヴァントらしい。
「まあ例外はいるけどね、私のアーチャーもそうだったし」
「「えっ」」
この一言は、何故聖杯戦争について知ってるのか、という疑問を解決すると同時に最大級の驚きを持ってきた。
「「ええええええええええ!?」」
遠坂さんが、聖杯戦争の経験者だったなんて!
「あ、そうよ。言っておくけど、私は魔術師。聖杯戦争で生き残った勝者よ!」
崇めなさい♪と言わんばかりのドヤ顔である。待って欲しい。聖杯戦争は勝った人が願いを叶えるために行われて、遠坂さんが勝者になったなら……訊きたいことはただ一つ!
「どんな願いを叶えたんですか⁉︎」
「そうだよ遠坂さん!億万長者?あの屋敷も願いで叶えたの⁉︎」
「アンタ達、結構下世話なのね……」
そりゃお金は欲しいわよ。でも魔術師の願いなんてお金なんて低俗なものじゃないわ。私は勝負に選ばれて、選ばれたからには勝つって思いで挑んだのよと遠坂さんは嫌そうな顔して否定した。
「それに、あの時の聖杯は使えなくなっていたわ」
「使えなく…?」
「そうよ。聖杯は汚染されて、すべての願いが人に危害を加える方向性を持っていたの。お金が欲しいなら殺した人の金が入って、世界平和を願ったら人類絶滅で達成する、そんなドス黒い代物に変わっていたわ」
「世界平和を願ったら人類絶滅って……」
戦争は人間のすることだから人間がいなくなれば戦争はなくなる理論ですか、めっちゃやばいですねそれ。
「そんなものをみんな取り合ってるんですか?」
「いや、今回の戦争が始まる前にその元凶は取り除かれている。アトラス院の稀代の錬金術師によって」
「そうよ。セイバーの言うように、今ではそんな厄ネタはないわ。そして、
「……?どういうことですか?」
「この話は後にしましょう。着いたわよ」
正面を見ると、門の向こうにあるのは荘厳な白い建物。冬木教会だ。
「貴女たち、用心しなさいよ。魔術師は人でなしの集まりだから。あと、セイバーはここに居なさい。教会は中立地帯。サーヴァントは立ち入り禁止よ」
そう言って遠坂さんは門を開け、ずかずかという擬音が聞こえそうな様子で教会の敷地へと入っていった。私たちはさっきの言葉の真意もわからず、後に続いた。
*
「何か御用でしょうか」
いつぞやの綺麗な人は、お祈りの最中だった。
「聖杯戦争……いえ、聖杯争奪戦のマスターを連れてきたわ」
「それは……わざわざご苦労様です。貴女たちは、確か昨日の子達ですね。私はこの聖杯争奪戦の監督役、カレン・オルテンシアです。聖堂教会の者ですが、三組織の協議の末魔術回路もない私が中立派にふさわしいと、このような役になりました。では早速ですが、貴女がたは聖杯戦争をどこまで知っておいでですか?」
遠坂さんといい、カレンさんといい、魔術師でない人には「どこまで知っているか」は気になるようだ。
「私が教えたわ。ある程度はね」
「ありがとうございます、と言うべきですか?それとも余計なことを、と言うべきですか?」
「ホンッとムカつくわねアンタ」
「冗談はさておき、貴女がたは殺し合いをすることと、サーヴァントを使役すること、その令呪は三回までしか使えないですが、奪えばその限りではないということ、そして、他の人にこのことを言えば貴女がたの命は無いことは抑えておいてください」
「「えっ…」」
「言い方がわかりにくかったですか?他の一般人に聖杯戦争のことを話したら即座に殺します」
その目は本気だった。そういうものを経験したことはなかったが、全身が泡立つような感覚で、間違いなく嘘やハッタリではないと本能が告げていた。考えてみたらそうだ。軍人のサーヴァントが私たちを殺しにかかったのも、一般人である私たちが巻き込まれたからで、生かせば聖杯戦争がバレる。それが不都合だったからだ。
「ちょっと、そんな言い方無いでしょう⁉︎」
「皆貴女のようにできていると思うのは傲慢というものですよ。口に戸は立てられませんが、死人には戸を立てる口などありません。それはどんなに着飾った言葉でも誤魔化せない事実でしょう?」
見逃さなかった。私は見逃さなかった。カレンさんは笑ってた。嘲笑ってた。千代田さんも見ていた。千代田さんは私の手を握って、震えていた。いや、震えていたのは私かもしれない。私が先に強く握って、千代田さんはそれに応えただけかもしれない。
「さて、話題を変えますね。貴女がたが行っていた調査、幽霊説、でしたか?あれは当たらずとも遠からずです。先ほどまでの会話で分かったかもしれませんが、冬木大災害、アレは汚染された聖杯が原因です。ビルの倒壊も、第四次のセイバーのマスターがランサーのマスターを殺すためにやったこと。二十年前の子供の連続失踪はキャスター陣営が誘拐し虐殺していた事件です。寺の半壊は第五次のサーヴァントの宝具の影響です。サーヴァントとは人類史に名を刻んだ亡霊ですから、十年周期で起こる不思議な事件は全て、幽霊が絡んでいたと言っても過言ではありません」
「アンタねぇ、私たちも用事があってきたんだから、早くやることやりなさい」
「あらまあ、私としたことが、すみません。この子達がいじらしくて、貴女のことは眼中にもありませんでした」
「アンタが監督役で良かったわ。でなきゃ即座に殺してた」
「まあ!聖職者を殺すなど!主よ、この者の蛮言をお許しください。時計塔とは野蛮な故に居るだけで心が荒むものなのです、この野蛮な彼女の心をどうか救いたまいますよう……なんて冗談はさておき、この勝負から降りるというなら、聖杯争奪戦の期間中命の安全は保障しましょう。一般人に聖杯争奪戦のことを話さない限りですが、少なくとも死の危険は少なくなります。ですが降りないなら、この勝負に乗るなら、此処に誓いなさい」
そう、私たちは被害者なんだ。本当なら私たちは何も知ることなく、あの橋で別れていた。何も知らずに夕飯を食べて、寝て、これから起きる事件に少しの不思議を感じながらなんてことない日曜日を過ごしていたんだ。軍人の英霊に銃を、バーサーカーに殺意を向けられたり、死と隣り合う目なんて遭わなかった。
ただ……
「私たちが降りたら、セイバーはどうなるの?」
ただ、セイバーがどうなるのかは訊きたかった。
「魔力の補給路が絶たれ、消滅します。要するに死にます」
「そんな……」
それじゃあ私たちが、セイバーを殺すみたいだ。でも、遠坂さんやセイバーの言葉を借りるなら、セイバーたちは幽霊。殺しても、私たちが罪に思うことはない。
「セイバーには悪いけど、私は降りることを勧めるわ。サーヴァントは所詮亡霊。今を生きる人間が、今じゃないものに振り回されちゃいけない。魔術師なら話は別だけどね」
遠坂さんだってこう言ってくれる。
なら、言おう。私は……
「私は、降りたいです」/「私は参加する」
私は降りたかった。だって、死んでしまったら怖いから。お父さんやお母さんが悲しむから。いろんな人に迷惑がかかる。ならこの二日間に封をして、ずっと秘密にしていようと、そう決めようとしたのに。
「……何で?」
「千歳……?」
何で、この人は私を引きずっていこうとするの。
「何で⁉︎千代田さん、死ぬのは怖くないの⁉︎」
何で、この人は他人のことが考えられないの。
「何で⁉︎千代田さん、この二日間を誰にも言わなきゃいいのに!それだけなのに!」
何で、この人はできることができないの。
「貴女はあれだけ死にたくないって言ってたのに、何で千代田さんは参加するなんて言うの⁉︎」
千代田さんはすこしうろたえていた。私がここまで言うなんて初めてだったからだろう。でも私は、梯子を外された感じがした。どうしても我慢ならなかったから、ぶつけるしかなかった。
「それは……理由がないから」
「理由がないって……!」
今にも私は理性を投げ捨てようとしていた。殴りたい衝動を抑えて抑えて、それで精一杯だった。
「降りる理由がないから。もちろん死ぬのは怖いよ。でも、セイバーを死なせたくないの。私たちが拾いあった命だもん。遠坂さん、セイバーが亡霊って言いましたよね」
「えぇ。そうよ。魔術世界では最高位の降霊術、英霊召喚。英霊は過去の人間で死んでなきゃ召喚できないわ。だから亡霊と言ったの」
「遠坂さんの言うことは正しいと、そう思います。でも、直感的には違うと思いました。なぜって、遠坂さんは幽霊を『よくわからないもの』と言ったからです。私たちの心でそう感じて、手の届かない場所にいる。それが幽霊だって。でもセイバーには手が届いて、何よりセイバーはセイバーです。よくわからないものでも、幽霊だと感じるものでもない。だから私は、振り回されてもいいと思ってます。セイバーは、紛れもなく今を生きていますから」
遠坂は目を丸くした。カレンはその顔がツボに入ったのか、顔を後ろに向けて笑うのを必死に我慢している。
「言うじゃない……一般人のくせして。アイツとは違うけど、アイツと相手してるような気持ちになるわ。それで?天城さん、千代田さんはこう言ってるけど」
会話の主人公は千歳へと切り替わった。
───恥ずかしい。
千代田さんは堂々と反論した。逃げなかった。でも私はどうだ?やらない理由ばっかり。逃げる口実を作ってた。千代田さんのようにセイバーを殺すことへ異を唱えず、私はセイバーを殺すことを正当化しようとしていた。最低だ。私と彼女との差は、こんな選択の違いできっぱり現れる。
私は、頭を下げた。
「すみません遠坂さん。やっぱりこの勝負、降りたくありません。私はセイバーを殺したくありません。どうしても!セイバーを見殺しにするような人には、なれません!」
「……」
呆れてるだろうか。馬鹿にしてるだろうか。諦めてるだろうか。遠坂さんの顔を見るのが怖くて、下げた頭が上がらない。
「はーもう全く、私の世話するヤツらはなーんでみんなこうなのかしら!」
「それだけ野蛮なところが頼りになるということでは?」
「野蛮じゃないっつーの!なら、私のやるべきことは決まったわ」
その声は、どこか嬉しそうに聞こえた。
「この冬木のセカンドオーナーたる私が監督役たるカレン・オルテンシアに要求します。このふたりに関しては私が保護することを認めていただきたい」
「「───え?」」
「いけません。それは遠坂がセイバー陣営に参加することを意味し、遠坂が中立の立場を貫くという条件に抵触します。監督役として認められません」
「はぁ?じゃあアンタ、中学生が殺されたり行方不明になったりでもしてみなさい。アンタの仕事めちゃくちゃに増えるわよ」
「……」
カレンさんは黙り込んだ。
「別に、聖杯争奪戦での戦いについてとやかくするつもりはないわ。でも、防げる暗殺は防いでおきたいの。それに、サーヴァントは1騎なのに、そのサーヴァントが守る人間が2人というのは不公平よ。せめて負担を分けないと、あまりにも不遇すぎるわ」
「……わかりました。その申し出を特例として認めます。今のセイバー陣営は中立勢力ですし、遠坂は中立として振る舞いなさい」
「ありがとう!話のわかる監督役で良かったわ」
不承不承了解するカレンさんに、屈託のない笑みで返す遠坂さん。
ありがたいけどこれって脅しでは?
「では誓いなさい。正々堂々と、メイガスシップに則って、この聖杯争奪戦で生き残ると」
もうこうなったらやけだ。私と千代田さんは目を合わせ、頷く。
そして、
「「誓います!」」
聖杯争奪戦参加を、ここに宣戦布告した。
*
午後3時過ぎ、教会前
「む、遅かったな。これでようやく聖杯争奪戦が始まるぞ。トオサカ、今回はありがとう」
「んなっ⁉︎」
素直に頭を下げられると、さすがの遠坂さんも戸惑うものである。
「い、いや、そんな大したことしてないわよ。私は冬木のセカンドオーナー。管理者として、当然のことをしたまでです」
「む、そうか。では頭の下げ損だな」
「一言多いわねこのセイバー……!」
十年前はもっと可愛げのあるセイバーだったわとぷんすかして坂を下る。私たちはそれについて行った。そして、遠坂さんは訊いた。
「そういえばセイバー、家はどうしてるのかしら」
「チヨダの方に住まわせてもらっている」
「あらそう、じゃあ私は天城さんの護衛をやるわね。千代田さんを送り届けたら私の家に来なさい。住まわせてあげるわ」
ナチュラルにズカズカとセイバーの寝床を指定する遠坂さん。
「なぜだ。私のマスターはチヨダとアマギだ」
それにブーたれるセイバー。
「アンタだと事案にしかならないっつってんのよ!いつ中学生の乙女を散らせるかもわからないアンタには私の家の物置で寝なさい!念話できるしそれでいいでしょう!」
「なっ⁉︎そんな趣味を私は持ち合わせていない!」
「そうかしら?とにかく、聖杯戦争経験者の私がこう言ってるのよ。大人しく従わないとアンタのマスターどうなっても知らないわよ」
「くっ、マスターを人質に取るとは卑怯な!」
そんな和気藹々とした雰囲気が、帰り路に沸き起こっていた。しかし、その空気はよからぬものも引きつけたようで。
「随分楽しそうにしてるじゃねえか。えぇ?聴いたぜ、お前ら、聖杯争奪戦に参加するってなあ!だったらちょっと混ぜてくれよッ!」
バーサーカーは霊体化を私の目の前で解き、その槍は私の左胸を目掛けて突きを繰り出す予備動作。そして声を出す間も無く破壊された3m先の植木。
(速くて見えなかった……!これが、サーヴァント!)
「また俺の槍かよ……お前みてえなの知り合いにもいねえからよォ、その槍ァ偽物ってことだよなぁ!」
バーサーカーの突きを私から逸らしたのは、セイバーの槍。昼間も見た、あの綺麗な槍!
「それは、どうだろうか?……ッ!」
「俺の槍をパクリやがって……オレァなあ、贋作作ってるヤツとノリの悪いヤツぁ大ッ嫌いなんだよォッ!」
剣戟。セイバーもバーサーカーも、その技術はとうに人間離れしていた。しかし、バーサーカーの圧倒的で暴力的な力をいなしきれないセイバーがだんだん追い詰められていく。
「貴女たち、手を握りなさい!2人で1騎のマスターなら、2人が触れ合ってないと結界の中に入れないわ。呪文を唱えましょう。急いで!」
─── 聖杯の掟に従い、この争い、この理に従うなら閉じよ!
「「バトルオープン、
現実が歪み、聖杯の結界が顕れる。いつ見ても綺麗な花畑だが、セイバーとバーサーカーの剣戟でその花たちは無残に散る。
「まさかここまで一緒とはね、仕方ない。いくわよ2人とも、これが初陣よ!」
「「はい!」」
聖杯争奪戦の初陣が早くも切って落とされた。
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初陣
教会にて聖杯争奪戦の参加の表明をするため、教会に向かったセイバーたちを迎えるのは、バーサーカーだった。バーサーカーは結界を貼ろうともせず襲いかかり、セイバーを押す。そして、両者が致命傷に王手をかけたとき、冬木の管理者、セカンドオーナーである遠坂がやめさせる。そして、教会における問答の末、聖杯争奪戦の参加を表明。教会を出たそばからバーサーカーが現れた。
花は散る。足はその土を踏み荒らす。その踏み込みで地面は砕け、その槍を振り下ろせば土は深々とえぐり取られる。花が舞い散るとはまさにこの状況である。土ごとではあるが。
「セイバーっ!」
戦況は互角、いや、ややバーサーカーが優勢。セイバーはその力に負け、技術でなんとか拮抗している。しかし助力などできない。速すぎて、助力しようとしげも絶対に足手纏いになる。
「まさか、バーサーカー……」
「遠坂さん?」
「……単純なステータスになるけど、バーサーカーの能力の平均値cは聖杯戦争中最強よ。私たちの時のバーサーカーはセイバーを上回り、実質不死身。世界最古の英雄ですら驚くほどの能力だったわ。二十年前の時のバーサーカーは、セイバーを圧倒できる勢いを持った英霊だった」
「それじゃあ、セイバーは……⁉︎」
「いいえ、天城さん。違うわ、逆よ。確かに今回、バーサーカーに全体的なスペックで劣っているのは事実よ。でも……」
今回のセイバーはバーサーカーの攻撃を一人で辛うじて防ぎ切っている。辛うじて?いや、そうではない。慣れていないだけだ。力では負けているが、着実にバーサーカーの動きに順応している。
今回、サーヴァントの格は神話級の化け物揃いな第五次とは違って、ピンからキリだ。魔術協会は良い触媒を持つゆえに一級の英霊を召喚できる。聖堂教会は神秘の独占を目指すだけあって主にまつわるものには困らないだろう。最低限は保証できる。だがアトラス院は?魔術回路の乏しく触媒すら足りない。バーサーカーの狂化のランクが低いのも当然。
───この戦い───!
「勝てるっ!私も援護するわ!セット!10番から8番!セイバー、いったん下がりなさい!」
「!」
遠坂の号令にセイバーは跳び下がる。そのセイバーと入れ替わるように躍り出るのは8つの宝石。
「宝石ぃ?ンなもん出されても俺には効かねえよォ!」
バーサーカーの槍の一振りで砂粒まで砕ける宝石たち。それらは魔力を帯び、重圧へと変わる。遠坂の笑みは、全身を地につけたバーサーカーを前に全開になった。
「ンぐゥっ!?」
「かかった!それはね、Aランク級の魔術を込めた宝石よ。かのギリシャの大英雄すら膝を付け、抵抗できなかった魔術!耐魔力も碌なステータスのないアンタじゃ、もう勝負はついたようなものだわ!」
「セイバー、今がチャンス!」
「了解した!」
セイバーは槍を捨て、新たな槍を虚空から出現させ、手にする。それは見るはずのない槍。朱色の槍。
「嘘……嘘よ!アンタ、何でそんな……!」
遠坂は狼狽る。無理もない。なぜならその槍を遠坂は見たことがある。担い手は赤い瞳に蒼髪の半神半人だ。だが、それを手にする目の前の男は、体格は似れど、青い瞳に茶の髪、人相も違う。
「これは、いつかの時代に使われていた、
「そんな、アンタまさか……!」
あり得ない。心の底からそう言いたい。その槍の担い手の真名は、クー・フーリン。光の神子にして、魔槍ゲイボルクを持つケルトの大英雄。そんな彼を子と言った。無理なのだ。神霊を召喚するなど、無理が過ぎるのだ。そんな話があってたまるか。
「百歩譲ってアンタが現界したとして、そのスキルは、そのクラスはありえないわ!アンタには剣の逸話が少な過ぎる!そしてアンタは、その槍の使い手じゃないわ!」
「遠坂さん、何言って……」
「ここじゃ言えないわ。でも、事実なら、
「……は?」
2人のマスターの目に、遠坂は今までにないほど焦っていたように映った。
「私はそこまで大した存在じゃないよ。では行こう。『その心臓、貰い受ける』」
セイバーはバーサーカーへと歩み寄り、槍を構えた。朱色の槍はますます赤い輝きを持ち、今にも殺すという空気を作っていた。枝のように細い槍だが、その芯はどんな槍よりも強く見える。なんておそろしくて綺麗なんだろうと、天城はその目を離さずにはいられなかった。
「『
その時、魔力が膨れ上がった。バーサーカーにかかっていた遠坂の重力結界は易々と砕かれ、思わずセイバーは引き下がる。
「なにこれ……ちょっと天城さん、バーサーカーのステータス見てご覧なさい」
天城は目を凝らし、むくりと起き上がるバーサーカーに浮かび上がるステータスを読み取った。しかし、妙な点が。
「バーサーカーの狂化?のランクが変わってる」
「どのくらい?」
「今のバーサーカーの狂化ランクはB、A……A+」
「ちょっ……⁉︎A+⁉︎待ちなさいバーサーカー!それ以上はアンタのマスター死ぬわよ!」
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
「まずいわね……既に聞く耳なしか!」
狂化スキル、それはマスターの魔力とサーヴァントの理性を引き換えに圧倒的な暴力をもたらすスキル。故にステータスは高い水準でまとまり、最優なはずのセイバーを毎度苦しめた。4次では全てのものを宝具とする能力で、5次では12回生き返る不死身の豪傑として。今回は、際限のないランクが立ち塞がる。
「どうしよう遠坂さん、筋力と耐久がどんどん上がってるよ!」
千代田の言う通り、今のバーサーカーの筋力のランクは5次のバーサーカーを超え、耐久もAランクを超えた。こうなると最早災害。彼の槍の一振りが、簡易的な対人宝具の代わりになる。リーチはセイバーのそれよりも長く、ゲイボルクも当たらない。
持久戦に行くか?それともあの槍で早く決着をつけるか?遠坂の思考はフルスロットルで回転する。
Why done it?
師であるロード・エルメロイ2世の推理の根幹はここだ。「なぜやったか」、この場合は「なぜこんな過剰とも言える火力を持たせたのか?」だろう。確かに5次のバーサーカーすら抑え込めたあの結界はそうそう破れるものじゃない。だが固有結界の中とはいえ令呪を使えば脱出くらいわけないのだ。命と令呪、どちらが惜しいか。それで令呪を選ぶのは阿呆だ。しかし、このような選択がなかったら?命も令呪も温存できるなら?
「バーサーカーのマスターが魔力切れを起こす時間は考えないほうがいいわね、セイバー!決着つけなさい!」
「マスター、いいな⁉︎」
「うん、やっちゃって!」「お願いセイバー!」
「了解した!」
セイバーは遠坂の妨害もあり辛くも距離を取る。必殺の槍は使えない。ならば、とセイバーは助走をつけ、踏み込み、上半身を引き絞った弓の如くねじる。
「真名、限定解放───
バーサーカーは本能で察したようで、槍を後ろに構え、受け流す体制を取った。
これは、必殺というには心許ないが、『当たる』という結果を先に作り、投げ放つという必中の槍。投擲技に関しては本来一枚とて破らせない盾を6枚割り、使用者の腕を潰した、神の権能にあと一歩で届く魔槍。
「───
放たれた朱槍は、考えられ得る軌道全てを通っていた。どこに行こうと、どこへ避けようと、必ず当たる経路が、そこにはある。
対して、バーサーカーも声を上げた。
「唸れ、唸れ唸れ唸レ唸れ唸レ唸れ我ガ槍一の槍!!!こレは、人の造リし究極ナリ!『
放たれた槍を迎え撃つ槍は、白く輝く。バーサーカーの膂力を持って振り抜かれた槍は、朱槍を間違いなく弾いた。しかし、それでも軌道をわずかに逸らすだけが精一杯で、爆発だけは免れられなかった。
「……まさか、極東にこれほどの勇士がいたとはな。驚きだ。賤ヶ岳の七本槍が一本、三名槍の一本の担い手」
ゲイボルクの投擲も本来使うべき魔力の半分もつかっていないとはいえ、真正面から受けてたち、見事生き残った。それは目を見張るものだ。バーサーカーは仰向けに倒れて、すこし叫ぶ。
「あ゛ァ、クソ、痛えったらありゃしねえ!」
「あれ、狂化のランクがいつのまにかEまで下がってる……」
「もう腕が使い物になりゃしねえ。マスター、撤退させろぉ。ムカつくが、こりゃあ向かっても無駄死にだ。真名もばれたしなァ」
そう言った後、バーサーカーは消えた。
「はぁ……
遠坂もなんとかやり過ごせた安堵もあって、マッコウクジラくらいの大きさのため息をつく。視界は一旦歪み、元の坂道へと戻っていた。
三人に疲れがどっと出た。
「なんとか切り抜けられた……」
「ありがとう遠坂さん……」
「いいえ、私は私が助かる可能性が高い方法を取っただけよ……おかげで数百万ドブに捨てちゃったけどね……」
「すうひゃくっ……⁉︎宝石ってそんなにかかるんですか……⁉︎」
「当たり前よ……それに、さっき使った宝石は三百年モノの曰く付き…ああもう!これだから遠坂家は年中金欠なのよ!」
そんな宝石を躊躇わず粉砕できる遠坂も肝が座っているというか、覚悟が決まっている。
「……帰ろ、遠坂さん」
午後4時、夕焼けになりつつある空だった。
*
そういえばと、気になったことである。
「そういえばセイバーって槍の英霊じゃないんだよね?」
「ああ、剣の英霊だが……」
「どうして剣を使わないの?」
「それ、私も気になった」
セイバーは剣士というくらいだから、てっきり剣しか使わないものだと思ってたけれど、今日は槍しか使うところを見ていない。
「単に間合いの問題だ」
「間合い?」
「私は剣の英霊だが、戦闘は苦手でね。かの騎士王ほどの腕ならば剣でも槍と渡り合えたかもしれないが、基本的に槍は近接の武器では最強の部類だ。並の腕前では剣の間合いに入り込む前に霊核を貫かれておしまいさ」
「騎士王って、アーサー王のこと?」
騎士王、誰もが聞いたことのある御伽話の王子様。アーサー王物語の主人公。いろいろな物語の主人公の名前の元になっている人だ。
「ああ。セイバーの中でも最強の部類にある英霊さ」
「ところでアンタ、さっきまで聞かないでおいたけど、今、ここで事情聴取するわよ」
「む、唐突だな」
「唐突も何も、これくらいの唐突、アンタの情報量よりは全然マシよ!ねぇアンタ、本当に何者?」
冬木大橋はどんな場面でも画になる。容姿端麗な女性、遠坂さんに謎めいた渋くも若い男の人、セイバー。顔の半分が夕日の影だ。尚更画になるものだ。照らされた瞳の中で光が反射し、宝石のように輝いた。
「かの神について触れないあたり、よほど用心深い。なるほどどれだけお人好しでも魔術師のようだ」
「はぐらかさないで」
「私は神霊ほど立派なモノではない。今はそれだけしか言えない」
「純粋な人間、そういうことね」
「ああ」
「じゃあアンタの槍は?ゲイボルクに日本号。アレはもう偽物じゃない、本物のそれよ。でも本物は、原典を除けばオリジナル以外一つとして存在しないわ。その原典も、英雄王ギルガメッシュの所有物。手にできるわけがない」
セイバーは厄介だなって顔をして、「じゃあヒントを与えよう」と困り顔で指を立てた。
「「ヒント?」」
「そうだマスター。これはヒントだ。自分で察せたら、それでいい。私が真名を晒せば、皆私への対策を立てやすくなる。それを避けるためにも、皆がわかるヒントは与えないし、まして真名なぞ口には出さない。わかったね?」
「う、うん」
「わかった」
遠坂さんも不承不承了承してくれた。この人の言うことには、安心と緊張があるなあ。こんな感覚は初めてじゃないけど、私どこで感じたんだろう。
「そうだね、まずトオサカが言っていた『どれも本物』。それは当たらずとも遠からずだ。厳密な意味で言えば本物ではないし、では偽物かと言われればそうでもない」
次に沈黙。みんな次の発言を待っていた。セイバーは不思議だと首を傾げる。
「なんて神妙な顔してるんだ。む、続きが欲しいのか?」
「当たり前よ」
「終わりだったんだが」
「……だろうとは思った……」
マンガならズコーってなっていただろう。
「『ホワイダニット』……ここから進めるしかなさそうね。セイバー、天城さんと千代田さんを送ったら私の家へ来なさいよ、いい?少なくとも、アンタがもし見つかったら大変なことになるし、霊体化は魔力を要するわ。はい!今日はもう解散!早めに寝て、学校に備えなさい。最優先は学校なのよ」
「先生みたいなこと言うなあ」
「あら、聖杯戦争でも人生でも先輩の私に異論でも?」
「い、いえ!ありません!」
千代田のブーイングに向けられた笑顔は怖かった。
「ではアマギ、いくぞ」
「じゃあね、千歳」
「うん、また明日」
別れの挨拶を交わしたら、セイバーに突然抱き抱えられた。しかもお姫様抱っこで。
「うぇっ⁉︎」
「口は閉じなさい。舌を噛んでしまう」
それだけ言ってから、冬木大橋の鉄骨アーチの上を走り出した。しかもこれ……!
(セイバー速っ⁉︎)
車とほぼ同じ速さで走っている!お姫様抱っこの形でめちゃくちゃ恥ずかしいけど、そうも言ってはいられない。風が吹き付けて目もあまり開けられない。ただそんな中でも、冬木大橋の上で見る夕日は、何にも代え難く感じるくらいに美しかった。
「跳ぶぞ」
「えっ⁉︎」
ふわり。鉄骨が軋む音がしたが、そんなことはお構いなしにビルの上へと跳び移った。屋上伝いに冬木中央公園へ一直線。屋上から飛び降りた先に公園の植木。何か防壁を張っているのか、枝からセイバーを避けていく。
そして、1分も経たないうちに家の前まで着いてしまった。
「チヨダの送りもあるから私はこれでお暇しよう。ちゃんと寝て学校に行きなさい」
セイバーはそれだけ言って消えてしまった。
「すっご……」
これがサーヴァント。これが英霊。なんて力強くて、なんて凄まじいものなんだろう。普通に生きていれば、こんな世界も、こんな経験も無かった。私、聖杯争奪戦を降りなくて良かったかもしれない。
振り返ると、そこには見慣れた玄関口。ドアを開けて、帰還の宣言を。
「ただいま!」
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断章外典
番外・聖杯争奪戦
「来たか、ジークフリート」
冬木教会前、神父のような初老の男は、修道士のような服装をした青年に声をかけた。
「……やられた……のですね、師匠……」
「あぁ。
「なっ……!あり得るのですか⁉︎魔術の素養もない一般人が、マスターなどと……!」
原罪者がどうこうというものは既にどうでもいい。聖杯争奪戦といえどもそれは公にチーム戦になっただけの聖杯戦争だ。それよりも聖堂教会が忌むべきは「神秘の漏洩」。魔術やサーヴァントなど、そんなモノは俗世に出してはならないのだ。だから聖杯の魔力を利用した固有結界の起動術式まで組み込んだ。だというのにこの始末。あの代行者にセイバーの触媒を与えるべきではなかった。纏う神秘で言うなら今戦最高クラスのサーヴァントを、みすみす得体の知れない「一般人」に渡してしまったのだ。不特定多数に知られるきっかけは、何が何でも潰さなくてはならない。それは聖堂教会の役割であった。
「そのマスターは二人。そして子供だ。こんな条件では、今すぐに一般人の陣営を仕留めるしかあるまい。一般人ならばどのようなクラスが来ても殺せる。私のランサーが駄目でも、お前のキャスターが十日かけて殺すだろう。私たちは代行者として、
「はい、師匠。このジークフリート、師たるヴァーレンハイトの名に恥じぬ貢献と共に主への献身を」
かくして聖堂教会代行者陣営、セルデル・フォン・ヴァーレンハイト及びその弟子ジークフリート・ハルトマンは、セイバー陣営、天城千歳及び千代田昌子に標的を絞る。
「『神秘の秘匿の危機を防ぐため、セイバーのマスターを殺した者には追加の令呪を与える』、そうカレンを通して伝えておけ。三陣営に囲まれさえすれば、セイバー陣営も確実に仕留められる」
「はっ」
*
「まぁこんなモノでしょう。二流のバーサーカーにしては、よく頑張りました」
「黙れぶっ殺すぞ」
「どうせ私を殺せないくせに口も態度も図体も大きいのですね」
過去の武将に対してこの言い草。世が世なら即切り捨てられていただろう。というか実際切り捨てられた。カレンの胴体は日本号で両断され、即座に教会の壇上に倒れ伏し血溜まりを作る。
「やめてください。面倒なんですよ。死臭とか血の臭いとか死体の処理とか、そういうの大変なんですから。願いが叶わなくなってもいいんですか?」
しかし途切れぬ声。カレンは生前と変わらぬ姿でバーサーカーの背後に立つ。
「あぁ……ホンっとイライラするぜェ!」
殺してもキリがない。その不死性のカラクリに見当がつかないのも腹が立つ。バーサーカー、福島正則とマスターとの相性は最悪であった。
ふと、電話のベルが一昔前の目覚まし時計のような金属音の連打を響かせた。
「あ、電話が鳴ってますね。私とってきます」
そして、聖堂教会陣営の提案を呑み、ここに『セイバー陣営殲滅令』が出されることとなった。
*
ウィリアム・ベルはご自慢の金髪をかきむしった。
「ああクソ!せっかくガス欠気味っつー最高のチャンスをよくもフイにしてくれたなアーチャー!」
彼は心底腹を立てているようだ。
「セイバーだぞ、セイバー!よりにもよって最優のセイバーを倒す絶好の機会を……!」
「……それはすまない。こちらとしても仕留めるつもりだったが、セイバーはその状態でも強かった。それに、子供など……!」
アーチャーも頭を抱えている。魔術のド素人とはいえ、マスターになってしまうと厄介なことは目に見えている。しかし無条件に子供を殺してしまうわけにもいかなかった。思えば、せめてものと思って与えた時間は失敗だった。
「何だよ、子供の一人や二人、殺したって誰も殺人たぁ気づきゃしねえよ!聖杯の結界に置き去りにすれば単なる誘拐事件で済んだんだ!」
「世間はな。しかしどこからともなく真実は漏れ出すものだ。魔術世界だって、この時代じゃあ俗世と近い距離にある。下手な行動でマスターと神秘を危険に晒すわけにはいかない」
ベルの眉間がわずかに動く。
「……っ!俺が一番じゃねぇのかよ……!」
「そうじゃないマスター、私は……」
だが、もう終わったこと。怒鳴っていても仕方がない。第一、怒鳴るのは三流の人間だと自分に言い聞かせる。一番になれなくても、絶対に「負け」たくない。そのために成すべきを為さなければ、時計塔のような場所では生きていけないのだ。
「……もうやめだ、こんな生産性のない叱責、俺が今することじゃない。すまないなアーチャー……さて、作戦立案だ。セイバーにマスターのいる今、聖堂教会は全力でガキ共の令呪を奪いに行くだろう。アトラス院はザコ触媒しかないだろうな。狙い目ならアトラス院のサーヴァントか、セイバーとやり合った後の聖堂教会だな。それかセイバーのマスター」
「マスター、魔術協会陣営のもう一人はどうなんだ?チーム戦において二騎対一騎では私も苦しいのだが」
「バルトラ先生とは戦闘面では協力しない。俺の魔術と噛み合わないんだよ、先生は。連携なんてせず、各個撃破が合理的だ。だが、各個撃破に持ち込むまでは協力する。敵の情報を出し合い、誰を狙うかを予告し合い、魔術協会を勝利に導く。順調にいけばアーチャーの宝具も使わない。使う時は多対一の状況においてのみ。アンタの宝具は完全な
そうだ。アーチャーの宝具は下手すると自分たちの首を締める結果になる。使いづらいので、宝具の無闇な使用は絶対に避けなければならない。
「俺は情報提供と情報収集、サーヴァントへの魔力供給と安全の確保が仕事。アンタの仕事は戦闘と作戦に従うことだ」
全く分業とは素晴らしい。
「そういえば、監督役からセイバー陣営殲滅令を出された。勝者には令呪一画を与えるらしい。こんなチャンスはそうそうない。最初はセイバーのマスターを狙うぞ。セイバーを相手するのは教会どもの役目だ」
*
「ライダーさん、ライダーさん、この戦略ゲームをやりましょう!」
「何だマスター藪から棒に」
黒髪の可愛げなキャリアウーマンっぽい格好をしている女性、マリナ・ハイト・ヘルベスタが持っているのは「指揮官の決断」という太平洋戦争をモデルとした据え置き型のゲームだった。
このマスター、全くと言っていいほど緊張感がない!
「軍師だったでしょ?アナタ」
「そうだが……見るからに近代の艦隊戦じゃないか。私の専門じゃないぞ」
「そんなこと言われたらイタリア中探し回った私と触媒とローマが泣くぞ」
「マスターはともかくあと二つはなんなんだ!ローマは偉大だから泣かないぞ」
「とか言って西洋史の本読んだら『ヒンッ!死゛ぬ゛な゛ロ゛ー゛マ゛帝゛国゛!』ってめちゃくちゃ泣いてたじゃん。西ローマ帝国滅亡した時とかめちゃくちゃ凹んで口きいてくれなかったじゃん」
「私はローマじゃない!私は栄えあるローマ市民だからな、故郷が滅んだなどと知れば泣きもする」
「えっやだかっこいい……!おじさんのくせに!おじさんのくせに!」
こんな下らないやりとりがここのところ毎日だ。チェンジと言いたい。転職したい。マスターのリコールできないかな。まだ8日も経ってないし。
と、そんな折、魔術で編まれた手紙が借宿の壁に刺さる。
「うわ、刺さってる。やめてよぉ壁薄いんだから!大家さんになんていうのさ!」
「まあマスター、この手紙は……聖堂教会?というものではないのかね?」
「え゛っ⁉︎」
あからさまにマズいという顔をした。
「おいマスター」
「えっ?ななな何?ライダーさん、わ、私なんかやっちゃいましたぁ?私、なな、な、なーんにもやってないですよおぉぉ……?」
「目を逸らすな敬語になるな声を裏返して変なイントネーションつけるな気持ち悪い。で?何を?やらかしたんだ?」
このタイプはなんでもないやらかしに見えて実はとんでもないことをやらかした奴だったりする。もうやだ。胃が痛い。痛くないけどそんな気がする。マスターってこんなのが普通なの?
「いや、ね?私とライダーで教会に挨拶に行ったじゃん?」
「ああ、私は外にいたけどな」
「あのときさ、監督役がめちゃくちゃ腹立つ人だったから……」
「……まさか」
「そのまさかです……錬金術で死体とか血とかそういう痕跡は速攻で岩と砂に変えて庭に埋めたからバレないかと思ってたけど……」
「……刺殺?」
「銃殺です……
思ったよりも入念だった……貴女マフィアか何かですか?
「マスター……アンタ本当に魔術師か?」
「仕方ないでしょ⁉︎私戦闘向きなものって言ったら動物の死体から弾丸を作るくらいしかできないの!魔術回路なんて二十本しか無いし、聖杯争奪戦で戦うには銃火器しか無いの!」
「そういうことじゃねーよ!なんで監督役を殺すんだよ腹が立ったとしてもさァ!」
おお神よ、サーヴァントはマスターを選べないのはわかりますが、これはあんまりじゃないですか?既に心が折れそうです。
「聖堂教会から来た手紙とかナイナイ、絶対呪術かなんか掛かってるよ……!」
「じゃあ私が開けよう。読み上げもするし、それでいいだろ!」
「あ、読むのは私がやる。聖堂教会というか、西洋の魔術は言語的に音が起動条件だから読み上げるのはマズいよ。ライダーさんは開くだけにしといて」
「お、おう。そうか……」
妙なところでしっかりしているのな。このマスター。
なにかと感心しているうちに、マスターは顔を綻ばせた。
「よっし!私がやらかしたってことはバレてなーい!」
「え、違う内容だったのか?」
「うん。内容はセイバー陣営殲滅命令。監督役が主導で一般人の子供マスターを殺すの」
「なっ……子供……⁉︎子供まで参加しているのか⁉︎この戦争は!」
「ライダーさんが驚くのも無理はないよね。でも可能だよ。魔術師は跡継ぎを潰す気にはならないから珍しいけど、第五次ではあの遠坂、間桐、アインツベルンが17歳と10歳のマスターを記録上は擁立してる。今回は14歳が最低年齢かぁ。うーん、趣味じゃないんだよなあ。無益な殺生はしたくないし」
「今すごいブーメランが……」
「いやいや、イライラも解消されないなら無益だよ!先代の監督役の件はイライラ解消になったから有益」
やはり魔術師は命が軽いものだ。私たちと同類で、異質なもの。しかしこの思考は魔術師でも珍しいのでは?とも思う。
「集団リンチは萎えるし濡れないんだよねえ。でも、マスターを殺せば令呪が一画貰えるって言われた以上、やるしかないっしょ」
「まぁ……そうだな」
ローマでもそうだ。負けたら女子供関係なく略奪される。男は皆殺しにした時もあった。それが当たり前だったな。戦いにしか目を向けなかったから、忘れかけていたよ。自らの手が女子供を殺すことは、別段普通のことだった。
「あれ、ライダーさんそんなに嬉しくなさげ?嫌だなあ、私がやりたいのはそんな唆らないことじゃないよ。私たちがやるのは、正義のヒーローだよ」
そう、覚悟を決めたつもりが、彼女はちっともそんなことを考えてないようで。
「正義のヒーロー?」
「そ。お子様マスターを守るの。私たちは一応この手紙に偽のギアスで応える。錬金術ならお茶の子さいさいよ〜。そしてその後どうするかはライダーさんにお任せ。一攫千金のチャンスじゃーん?戦略は考えるから戦術と戦闘はそっちでヨロシク!」
はぁ……
無意識にため息をついてしまった。
「ん?どしたのライダーさん?これも嬉しくなさげ?」
「いや、これは嘆息だ。確かにマスターの人格はクソだが、私とは気が合いそうだなと思っただけだ」
「世界で三本の指に入るか入らないかの軍師がそんなこと言ってくれるとは……!ありがとぉ、褒められた気が全然しないけどそこはそれだよぉ〜!」
「HAHAHAそれはお互い様だ!じゃあこれから作戦立案と行こうかクソ錬金術師!」
彼女らの夜は楽しげに続く。
*
「……そうか、ならば私は聖堂教会を牽制しつつセイバーを狙う。ああ、わかった。では、期待しているよ」
受話器を置いた。
「アサシン」
黒く体型がわかりやすいぴっちりな服を着た白仮面の女が姿を現す。
通常、聖杯戦争のアサシンはこの白仮面───暗殺教団の長、「ハサン・サッバーハ」が召喚される。今までに確認できたハサンは、多重人格者という精神障害を武器に百人の暗殺者に分裂する者と、魔神の腕を自らに宿し心臓を潰すことで暗殺を成す者。今回は、己のありとあらゆる身体を毒に変えた者である。
その吐息までもが毒であり、解毒結界をマスター自身にかけてもなお5分保つか保たないかというほどである。故にアサシンは常に霊体化しており、指示がある時以外は霊体化を解かなかった。
「セイバー陣営殲滅のお触れが出た。セイバー陣営殲滅を為した者には令呪一画が授けられるらしい。だが、授けられるのは一人のみ。競争の形になる。魔術協会陣営は必ず勝たなければならない。アサシン、君が歓迎してあげなさい。魔術用の鉱石は渡しておこう。君の戦闘スタイルに合った術式をこめている。使い方を見誤らず、適切に使いなさい」
バルトラ・シェフィールド・ファインドピースは魔力の篭った鉱石をアサシンへと渡す。
「えっ……⁉︎あっ、ダメですよマスター……毒が……」
「何、大丈夫だよアサシン。私は自分の体の状態がわからないほど愚か者ではない。ダメな時はダメだと言うさ」
バルトラは安心してと言わんばかりの穏やかな笑顔でアサシンを宥めた。陰謀渦巻く時計塔に勤めている以上、毒対策をいつもしているが、このひと触れでさえ確実に体を蝕んでいた。そのことはその毒となっているアサシンにも手に取るように伝わる。少し触れるだけでも怯えた顔をし、申し訳ないように目を逸らしてしまった。
その顔は、アサシンの心をさらに疲弊させた。
*
かくして2戦目が動き出す。次なる戦の舞台は放課後の穂群原学園中等部。次回より、「探偵編」、開始。
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一章:穂群原カイ談
穂群原事変(1)
ある日、聖杯戦争に巻き込まれてしまった天城と千代田。彼女らは紆余曲折の末、セイバーのマスターになり、聖杯争奪戦を生き抜くことを誓った。
そして、それに合わせてセイバー陣営殲滅令が各陣営にもたらされる。初手から大ピンチが、彼女らに忍び寄ることになる……
穂群原学園中等部、2-C教室
「ハーイ皆さんオッハヨー!今日はアナタ達の担任がお休みで急遽私が担任代理を務めます藤村大河だぜぇ……ヨロシクぅ!」
やけにハイテンションな高校の英語の先生が担任代理として来た。
「タイガーせんせー、黒田先生どうしたんですかー?」
「タイガーじゃねえ虎でもねえ、藤村先生だ覚えとけ!黒田先生……あ、ここの担任ね。黒田先生はねぇ入院中よ。なんか重度な貧血らしくって。あ、これ大事なお知らせ。ニュースで知ってるかもしれないけど、この前の土曜日に冬木教会で発砲事件があったから、当分5時完全下校ね。部活動も休みになるからよろしく」
教室がざわめく。発砲事件のことで騒ぎ出す人、部活動が休みになって嬉しがる人や、逆にブーイングを展開する人、帰宅部だから関係ないと言わんばかりに窓の外を眺める人、色々な反応が教室を満杯にした。
「千代田さん、どう思う?」
「うーん……あのセイバーが最初に戦ってたあのサーヴァントかなって思う」
「やっぱり?」
「でも私たちを殺そうとしたのは神秘を守るためでしょ?」
あれほど神秘が漏れることを嫌っていた風だったのに、そんなに簡単に世間に広まることするかな?と千代田さん。
「確かに、サーヴァントは霊体化できるしね」
銃を持った軍人の英霊、多分アーチャーだろう。けど、千代田さんの言う通り彼のこととは考えづらい。推理するにも手掛かりの足りない私たちは、ドツボに嵌りかける。そんなとき、授業開始のチャイムが鳴った。ありがとう授業、貴方のおかげで一旦中断できる。
「この話は後にしよ。授業あるし」
「そうだね、昼休みにセイバーも呼んで話そうか」
こうして、学校の1日が始まった。
*
昼休み、校舎裏
「藤村先生理不尽すぎない???」
「理不尽というか何と言うか、まあ分からなくもないんだけどね……」
1時間目はのっけから藤村先生の授業だった。倒れてしまった黒田先生が英語の授業を担当していたので、藤村先生が担任代理のついでに英語もやることになったそうだ。で、最初に行われたのが英語の小テスト。成績に絡むとか言い出して、みんな必死にやっていたわけで。
『みんなの実力を把握できてないと、ちゃんとした授業はできないのよ〜?提出物一つチャラにするから、さー皆の者、頑張って解くのダァ!』とは言うものの、提出物で何とか成績を取ってる人からしたら地獄では?黒田先生が帰って来ると大変なことになりそう……
「で、朝の話なんだけど……」
「うん、あのサーヴァントかな」
「いや、それはアーチャーではない」
「ぅひっ⁉︎」
突然男の人の声がして、私たちの心臓が跳ね上がった。そんな私たちの顔を見た男の人は、金の髪の頭を掻き、バツが悪そうに立っていた。
「あ、セイバー……」
「驚いたぁぁ……」
「あぁ、やはり驚いてしまったか。すまない」
「いつからそこに?」
「霊体化してずっといたぞ。トオサカからの命令でな」
なぜかは分からないが、トオサカには頭が上がらないとぼやくセイバーは、私たちの推理に新たな情報を積み上げた。
「発砲事件の話だが、それはアーチャーではない。事件が起きたのは冬木教会だ。サーヴァントが立ち入れない領域での話だからな」
「じゃあ魔術師?」
「魔術師って音を消す魔術とか使えないの?」
「そこは分からん。できるだろうが、何しろ魔術は専門外だからな」
「でも、サーヴァントじゃない。そこは分かったから丸儲けじゃない?」
「そうだね。でも、遠坂さんはこれ放置するの?」
再び沈黙。冬木市を荒らそうとする人は許さない的なこと言ってたし、セカンドオーナー?とか言ってたし、放置する様には考えられないんだけども。
「放置よ、放置。私が関与するのは魔術がらみの話。今回は銃撃ったってだけだから問題の把握に留めるわ。魔術に触れそうになったら伸して警察に突き出すけどね」
「わ、遠坂さんまで」
フェンス越しに声をかける遠坂さん。周りに人が居ないからいいけど側から見たら不審者でしかない。
「聖杯争奪戦関連ならともかく、ただの犯罪者なら私が出るわけにもいかないわ。魔術が社会に漏れる原因にもなるし、何より犯罪者対処は警察の仕事よ。私人がやることじゃないわ」
「私もトオサカと同じ意見だ。魔術に近づく者が現れれば俗世へ追い返すだけに留めたほうがいい。発砲事件は教会も調べているが魔術がらみという証拠はまだ出ていないということだ」
そう言われればおしまいだ。しかし、一つの疑問が残る。
「そういえば、第四次のときに高層ホテルが倒壊したのは聖杯戦争が原因だってカレンさんが言ってました。それはどんな魔術を……?」
「冬木ハイアットホテルの話ね。残念だけど、第四次の記録はほとんど無いわ。知っているとしたら、第四次の生存者……エルメロイ先生かしら」
「公の記録では『ガス管の爆発による基礎破壊』……トオサカ、これは調べたほうが良いかもしれん。魔術にせよ別の手段にせよ、この事件が聖杯戦争がらみだとしたら相当な魔術か、もしくは用意周到さだ。なにかの参考にはなるだろう」
「その辺は私も調べておくわ。第四次は私も思い入れがあるし」
遠坂さんは腕時計を確認する。
「もう少しで昼休みが終わるんじゃないかしら?」
「あっ」
運動場を見れば皆ボールを返しに行っている。ボールの貸し出し時間は昼休みの終わる5分前だから、そろそろ帰らなくてならない。
「遠坂さん、第四次のことお願いします」
「ええ、頼まれたわ」
千代田さんと一緒に校舎へ入ろうとすると、遠坂さんから「最後に一つだけ」と呼び止められた。
「私もできることはするから、放課後は何がなんでも生き延びなさい」
「?……わかりました、ありがとうございます!」
「ありがとう遠坂さん!」
そうして私たちは午後の授業へ向かった。
*
放課後
「清掃委員の人ー?」
私のことだ。藤村先生の声に反応した。
「はい、なんでしょう?」
「ごめんねー、ちょっと手伝って欲しいことがあって。ちょっと来てくれない?」
「わかりました」
千代田さんに「ごめん、待ってて」と伝え、藤村先生について行った。
*
藤村先生は気のいいお姉さんのような先生だ。穂群原学園でも古参になりつつある先生は面倒見が良く、学校内でも姉貴分になりつつあるようだ。
だからだろうか。
「ねえ、天城さん」
普通に、今まで通りに生活してたのに。
「あなた、マスターですってね」
実習棟の誰もいない教室で放たれた一言で頭が白けた。視界は抽象的な絵画のようで、心臓の鼓動は跳ね回る。肩が一瞬上がって、言い訳なんて浮かぶはずもなかったし、とぼけるにも驚きが態度に出過ぎていた。
「……正解か」
「どう、して」
藤村先生の口調は豹変した。
「人間よ、我ら神秘を穢さんとする冒涜の子よ、我らは貴様を生かしておけぬ」
「藤村……先生……?」
藤村先生は、ゆらゆらとこちらに近づいて、手を私の首の方へ伸ばした。
「い、嫌っ……!」
後ずさる。詰められる。後ずさる。詰められる。背中は窓のサッシに触れる。
「女。諦めよ。ここからは出られぬ」
「だ、誰か!来て!助けて…!」
「誰も来ぬ。皆眠っている」
催眠系の魔術……!確かに静かだと思ってたけど、魔術だったなんて……!いや、そもそも学校の中で魔術師が殺しに来るなんて考えてなかった。教会にも学校にいる間は狙わないようにって言っていたはずなのに。
私の首に手が触れる。払い除けようとしたけど、女性のものとは思えない力で気道を塞いできた。
「ぐ……ぅッ!あっ……!」
息ができない。もがけばもがくほど苦しい。頭が痛い。視界が暗くなっていく。
「セ……い……バ……ぁ」
あぁ、もうダメだ。もがく手の力が入らない。セイバー、来てよ……。
「あーちょい遅かったかな?それは困る。わざわざ学校とかいう警備厳しいとこに潜って成果なしじゃあ冗談キツいよ」
突然、別の女の人の声がした。
「ちょっと?もしもーし、そこな綺麗なお姉さん?聞こえてます?」
女の人の動きはわからないけど、藤村先生の手を引き剥がしてくれたのは、それまで圧迫されていた気道に空気が通い始めてから分かった。
激しく咳き込むところに、女の人に背負われる。
「ごめんね、お嬢ちゃん。訳わかんないでしょうけどそこは後で。今はあの憑かれてるお姉さんの目を醒まさなきゃだから」
「……?」
「貴様、その人の子を生かすことがどういうことか、わからぬわけでもあるまい。聖杯争奪戦の参加者ならば、神秘の重要さはわかっているだろう」
「へ?知らんスよ、そんなの。神秘がなくなったって別に私は困りませんが」
「……穴蔵の引き篭もりか」
「やだ、引き篭もりだなんて人聞きの悪い!現に私、今学校にいるから!不法侵入だけど。それより、アナタのそれ。アニミズム?シャーマニズム?まあなんでもいいけど、憑依系魔術としてかなり洗練されてらっしゃる。悪霊使いは趣味が悪いけど、ここまで来たらむしろ感嘆ものだね。何代目?どこ住み?」
「黙れ。貴様も我ら神秘を脅かすものならば、まとめて死に晒せ!」
視界が開けてきて、最初に目に映ったのは、襲いかかる藤村先生の眉間に女の人が拳銃の銃口を突きつけているシーンだった。
「……!」
「いいのかな?この人死ねば、神秘が漏れるかもだよ?そしてアナタも死ぬよ?」
「待って……!藤村……先生はぁ…!」
「わかってるよ。この人は巻き込まれただけだ。だから、妖精は追い出さないと……ねッ!」
女の人は銃床で藤村先生の頭を殴りつけ、怯んだ隙にお札を貼り付けた。
「これぞアトラス院の至上礼装!生体と霊体を仕分け、邪念を持つ霊体のみ変換する錬金術の触媒!『ロゴスリアクト・ゴーストハック』!お前らみたいな悪い妖精を、ただの水に変えてやる!」
「何ッ⁉︎そんなものを……!いかん、脱出しなければ!」
藤村先生から何かが抜け出た。藤村先生は倒れ伏し、幽霊のようなものが顕れる。女の人はにまりと笑った。
「なーんちゃって!アトラス院が世界を7度滅ぼせると言っても、さすがにそんな器用なマネはできません!嘘でーす!」
「貴様……ッ!我ら神秘を愚弄するなど……!」
「本体顕したね。確かに生き物に憑いた霊体を変換するのはリスクが高すぎるから無理だよ。でも、
彼女はライフルを新しく取り出す。
「なんだ……それは…!我でもわかる、そんなものがあったら、聖杯争奪戦は成り立たない!サーヴァントなんて塵芥だ!聖杯も手に入らないぞ!」
「やっぱり、天敵だと解っちゃうか。大丈夫だよ。これはサーヴァントには使わない。英霊には、そんなことしたくない。ただ、魔術師なんて外道どもの手下には使う。そう決めてるんだ」
彼女はライフルの安全装置を外し、銃床を肩に当て、照準を合わせる。
「存在規模・実数値化完了。逆説→真説。Δ完了。弾丸設定。1970年、5.56x45mm NATO弾、存在否定背理法焼き付け完了」
「やめろ……!貴様の魔術回路もただでは済まないぞ!」
「これ、私が作ったんだから。さよなら。悪い妖精さん」
かくして引き金は引かれ、銃弾は撃ち出された。いや、銃弾は見ていない。私には、一瞬反転した色彩と、大きく抉れた霊体しか見えなかったから。
「よし、討伐完了。えっと、セイバーのマスターだね」
「助けてくれて、ありがとうございます……」
「うん、さっきまで命が危なかったのに、えらいね。藤村先生だっけ?あの先生は大丈夫。多分頭にたんこぶできてるだけだし」
女の人はさっきまでのことをなかったかのように接してくる。いや、それよりも───
「えっと、あの、貴方は……?」
と尋ねたら、「あっそっか、自己紹介まだだったね」と慌てて少し姿勢を正した。
「おっほん、私はマリナ・ソラリス・ヘルベスタ。アトラス院から来たライダーのマスターにして、君のヒーローさ!」
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穂群原事変(2)
千歳が藤村先生に連行された直後のことだ。突然、みんなが糸を切られた操り人形のように倒れ込んだ。
「何⁉︎」
クラスメートを揺すってみるも、全く返事はない。呼吸はしているから生きているだろうけど、これはどういう……?
「魂喰いだな」
「わ、セイバー」
良かった……って、そうじゃない。みんなが倒れてるんだ。
「セイバー、これは……?」
「魂喰い。人間から精気を奪ってサーヴァントを強化する大規模な魔術だ。規模が大きければ、肉体を溶かして魂丸ごと、ということもあり得る。私の時代にはそういうことをする獣がいた」
「それまずいじゃん!」
「ああ。陣地を早急に見つけて潰し、マスターを仕留める!」
「おっと、その必要はないぜ。陣地なんてチャチなモン使わねーよ」
「!!!」
声の方を見れば、金髪のいかにもという雰囲気の外国人が、したり顔で教室のドアにたたずんでいた。この金髪は先生じゃないじゃないことは明らか。じゃあやってやる。
「セイバー!」
「応!」
飛びかかろうとするセイバーを、金髪は静止した。
「おっとぉ、やめときな。アーチャーはいつでもお前を撃ち抜ける。もちろんこの倒れ伏したガキ共もだ」
「なっ……⁉︎」
「人質⁉︎嫌なやつ!」
「魔術師はみんな汚いし嫌なやつだぜお嬢ちゃん」
どんなことをしてでも勝つ。そんな執念を見た気がした。
「……セイバー、もしかして千歳は……」
「……分断されたな。まずいぞ、これは……トオサカは何をしていた⁉︎」
「トオサカ…?あぁ、
「サーヴァントがいるというのに、見上げた根性だ。そんなことを許すと思うか?」
セイバーは虚空から剣を出し、険しい顔で魔術師に向ける。対する魔術師は目を細め、したり顔は崩さない。
「ああ思うね。あとその武器をしまいな。立場ってもんがわかっちゃいない。ナンセンスだ」
魔術師が口を閉じた瞬間、近くで倒れていた生徒の三寸先が抉り取られた。直後、銃声が響く。そして更に銃声。今度はセイバーの脚を穿った。
「ッ!!?」
「セイバー、脚が!」
慌てて私は倒れかかるセイバーの身体を支える。
「もう一度言う。『俺は無駄な争いなんて御免だ、穏便に終わらせたい』、『そこのガキはこっちに来い』。どうせ片方のガキも詰んでる」
「千歳に何をするの⁉︎」
「おっと、いやだな、俺は何もしねえよ。ただ、
「……降霊か……!」
「惜しいな、違うね。ま、教えないけど」
セイバーは動けない。私じゃあの魔術師に勝てない。
「セイバー、どうするの……⁉︎」
「……無理だ。この距離ではアーチャーは潰せない。たとえあのマスターを斃したところでアーチャーは数日間現界し続ける。そのまま狙撃に徹するだけだ」
「……詰みじゃん」
なんだそれ。魔術に関わるヤツが、こんな大胆になるとか聞いてないよ。
「……セイバー、私たちは二人で一騎分のマスターだよね」
「あぁ」
「私が死んだら、セイバーはどうなるの」
「……消えるまではいかないが、まともな戦闘はできないだろう」
おそらく、今ならできて当然な剣を出現させることも……と、セイバーは苦々しく語る。
じゃあだめじゃん。私が死んでも誰も助からない。今の私の命に取引ができるような価値はないのだ。私は、なす術なく殺されるしかないのか。
そう悟った瞬間、身体がふわりとした感覚に襲われた。
「あれ……?どうして……?」
まるで、私の
「なんで……」
「入ったな、諦めのいいガキでよかったよかった。さあ、こっちに来い」
やだ。いきたくない。いったらころされちゃう。なのに、どうしてわたしのからだはそっちへいくの。
「いや、だ、や、めて、まだ、しね、ない、しにたく、ない……!」
「心の底じゃあ諦めてるくせに、いじらしいな。セイバーがいるからか?あの千歳とかいうガキがいるからか?いや、ガキは違うな。だって死ぬんだから。じゃあセイバーか。残念だよなぁ……なまじ一般人のくせして最優のサーヴァントのマスターになったってんだから、救いがねえ。ま、魔術師ってのはそういうもんだ。対処できない奴から死ぬんだよ。一等以外は皆んな死ぬんだ。アーチャー。令呪のある右手、潰せ」
「──────ッ!!!」
「マスターっ!」
みぎてをあついものがつらぬいた。じゅうせいがひびく。まじゅつしがないふをとりだした。ちからのいれかたがわからない。
いたい、いたい、いたい、いやだ、いたいいたいいたいいやだいたいいやだいやだいやだいやだいやだ……
けんお、げきつう、それときょひがわたしのこころをせんりょうする。めのまえはまっくろになって、それで、それで……
「せい、ばぁ……!」
せいばーをよんだ。むがむちゅうで、わらにもすがるおもいで。そうだ。まだしねない。ちとせだって、あれだけいきたがってた。わたしだけあきらめるわけにはいかないんだ。でも、わたしにどうこうするちからはない。せいばーにたよらなきゃいけないむりょくをしのんで、いきぎたなくてもいいと、さいごまでいきぬかなきゃと、そうこころのそこからおもった。
すると、あたまのなかでなにかがつきぬけた気がした。
「……ん?魔力?……なんでお前が令呪使えてんだよ……!アーチャー、ガキの右手!」
「れい、呪…を…使い……せい、ばぁに、願う!」
ちにぬれているしたからあかく光る右手を、更に赤い血が塗りつぶす。また銃声。アーチャーのものだ。私の右手を穿って、再び教室出口に赤い液体をぶちまけた。
───それでも
「宝具、を!使って……!」
ひとかけらでも令呪が残っているなら。わたしはセイバーに全力で頼る!わたしの聖杯争奪戦は、「みんなで生きる戦い」だから!
「……!了解した」
───今、神をも超える偉業を示そう。
「くそっ、アーチャー!今すぐセイバーを撃ち抜け!」
魔術師はアーチャーに命じるも、銃声も、破壊もなかった。
───それは鍛治。それは神と袂を分かつ我が業なり。
「……はぁ⁉︎ライダー⁉︎バルトラ先生んとこのアサシンは何してんだよッ!!!」
どうやら同士討ちか、別の派閥と争いを始めたようだ。
───我は鍛治の父。星に『鍛造』を教えた、原罪を継ぐ神の模倣
「───ならば、
「……は?今、なんて……?」
魔術師が顔を豹変させた。焦りや怒りで好調した頬が、一瞬で青白くなっていく。
「解析記録引用、構築開始。『
瞬間、彼の手には光り輝く剣が編まれていった。金と青の装飾、それはとても綺麗だった。わたしのズタボロな右手の痛みが、綺麗さっぱり忘れられるくらいには。
「構築完了。真名、開放。『
教室を守るように、結界が張られた。なんとなくわかる。その結界は、世界を断絶するくらい強固なものだと。そして、それは瞬く間にセイバーを癒した。
「さぁ、形勢逆転だな」
「……くそ、こんなことでッ!来い、アーチャー!」
魔術師の左手が赤く輝き、一画が弾けて消えた。アーチャーは顕れる。
「……マスター、ライダー陣営はセイバーに付くようだ。旗色は悪い。一度撤退すべきだ。生きて明日も戦う、それはアメリカの魂ならば」
「全部言うのは無粋ってやつだぜ。あぁ、あぁわかってるさ。全く、
魔術師は奥歯を噛みしめ、今にも達成できるはずだったことを運によって為せなかった歯痒さを苦悶の表情として出力した。
「いくぞ、アーチャー」
「逃すと思うな!」
「やめておけ、令呪による魔力ブーストがあっても魔力の足りないお前では、私に敵うことはない。少なくとも今では。たとえ神造兵装を作れたとしても」
アーチャーに向けられる銃は、「それ以上進めば殺す」という宣言であった。
「それよりも、この学校、
アーチャーはそう言い残して、教室を去った。
「待て!」
セイバーが教室を飛び出した後には、倒れた生徒や教師だけが転がっていた。
*
「……トバルカイン、旧約聖書における七代目の人類の一人。鍛治の祖であり、これを以て消費文明が始まったとされる、神代と袂を分かった最初の人類……」
もう一人の魔術師は遠坂さんと戦闘していたが、撤退するアーチャー達を見て撤退したらしい。
セイバー曰く、「千歳とのパスは失ってはいない。健在だ」だそうだ。とにかく、今はアーチャーの魔術師が学校で放置したままになっているゴーストや下級の妖精を駆除しつつ、千歳を探しているところだ。
「神造兵装を造れるその権能に限りなく近い宝具、アンタ達、とんでもないサーヴァントを引いたわね……!」
魔術をかけてゴーストを可視化すると、早速退治する魔術を使って霧のように霧散させる。お茶の子さいさいのように見えて、これは並の魔術師なら割とめんどくさい作業になることをセイバーが教えてくれる。
「星の聖剣にその鞘ですって……⁉︎ったく、冗談じゃないわよ!なんで第五次のセイバーの宝具をアンタが造れるわけ⁉︎あんなの、神霊でも造れはしないわよ!」
「だが私は造れる『だけ』だ。神造兵装の真の担い手にはなれない。現にこれらはあと数時間で消滅するし、『全て遠き理想郷』も三度の再生治癒の能力と一度だけの結界構築だけだ」
「そんなこと言ってるわけじゃないわよ……」
まったく、こんなチートが本来のマスターの下で動いてたんだったら聖杯争奪戦は話にならなかったわ。と、かなりおかんむりの様子。だいぶ怖いです、この人。第五次のアーチャーは苦労しただろうなぁと、勝手に想像し同情する。
「……これは私のくだらない
これがアキレウスだったら、かかとを執拗に狙われるところだったし、オリオンならサソリ地獄が待っていたらしい。
それにしても、だ。
「……令呪、一画使っちゃった……」
三度しかない絶対命令権。そんな貴重なものを、使うしかなかったとはいえ、使ってしまった。
ボロボロだったはずが跡形もなく完治している右手がどうもむずかゆい。それは原型を留めなかった右手が『全て遠き理想郷』で元どおりになった違和感、決してそれだけではなかった。
「……何か気に病んでいるようだけれど、貴女の一連の行動は別に間違いではなかったわ」
「……でも」
「いい?生き残ることはこの戦いにおいて最も重要な要素よ。生きて、戦う。そして、そのために生き残る最も可能性のある手段をとる。これが出来る人が勝てるの。貴女は、その決断をした。それは責められないし、むしろ素人が魔術師を撃退できたっていう大手柄だわ」
誇っていいのよ、と遠坂さんは言ってくれた。
「うん……ありがとう、遠坂さん……」
それでも、心のどこかに罪悪感は残る。息を吸うにも、重石が肺に乗せられた感覚は、完全には取れなかった。
そして、上の階からどたどたと大きな足音が聞こえてきた。
「っ、今度は何⁉︎」
遠坂さんは臨戦態勢に入り、宝石を5、6個取り出しては階段を降りていく足音の方向を睨む。
「………ぁ………ぁあ………」
徐々に鼓膜が声を捉え始める。ん?待って、この声なんか聞いたことが……
「ぃぃぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
「悲鳴?」
「この中学校、気を失ってないのは貴女だけよね?」
「セイバーと契約してる千歳もたぶん失ってないんじゃないかな」
あ、わかった。この悲鳴……
「やめて!やめてください!私もう走れますから!下ろしてください!それかせめて!せめて抱っこからおんぶに変えてください!恥ずかしいし貴女の背後めちゃくちゃ怖いんです!!!!!!」
「はっはっは!!!!!あれだけ威勢よく登場してもーしわけない!!!!!何度も言ってるけど貴女みたいな可愛い女の子を走らせるわけにもいかないし今体勢変えると冗談抜きで私たち死ぬから却下!!!!!!!」
階段を降りてきた人影は、予想外をふたつ持ってきた。
一つは、走ってきた人影が不審者で千歳を抱っこしながら猛スピードで走ってくること。
もう一つは、ゴーストをこれでもかというほど引き寄せてきたこと。
聖杯争奪戦って、なんなんだろう。
穂群原会談へ続く
プロフィールを更新しました
サーヴァントステータス
【CLASS】セイバー
【真名】トバルカイン
【性別】男性
【身長・体重】180cm・72kg
【属性】秩序・中立
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運B 宝具A+
【クラス別スキル】
対魔力:C
魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。Cランクでは、魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない
騎乗:D
乗り物を乗りこなす能力。騎乗の才能。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。
セイバーであるという名目で付与されたスキルのため、ランクは低い。
【固有スキル】
始祖のカリスマ:C
詳細不明。
魔力放出:B
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。
???:D
詳細不明??????
【宝具】
『神に告げし鍛治なる原罪』
分類:対人宝具
ランク:EX
最大捕捉:1人
レンジ:0
クェット・マクォリ・トバルカイン。鍛治の始祖であるトバルカインは、バビロニアを除くアフリカ・中東において神代を完全に終わらせた人類の一人である。当時、神の持つ武装は権能の変化であり、神造兵装という概念すらなかった。そこに「造」という概念を作ったトバルカインは、その後に造られることとなるオリュンポス艦隊が製造したもの以外の神造兵装のモデルとなった。それは約束された勝利の剣も例外ではない。彼はサーヴァントとして刻まれた記録から神造兵装の情報を引っ張り、複製する。しかし、それは作るだけであり、本物の担い手にはなり得ない。よって彼の作った神造兵装は寿命が極端に短い。
第二宝具
???????
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穂群原会談
「良かった!本当によかった、千歳が無事で……」
ゴーストが一通り駆逐されて、不審者(マリナさん)から下ろしてもらった私を待っていたのは、千代田さんの抱擁だった。
「うぇあ、っちょっと、千代田さん⁉︎」
「あなたのこと、えらく心配してたのよ。千代田さんは」
あぁ、うん。まあ、そうだよね。私は藤村先生に憑いた妖精に殺されかけたんだ。おまけにこんな異常事態。
「ありがとう、千代田さん。ごめんね、心配かけて……」
そして、ふと気になった。
「そういえば、セイバーは何してたんだろ」
「セイバーは教室のみんなを守ってくれたの。そのために宝具も使わなきゃいけなかったんだけど……そこは、ごめん」
「そっか……」
少し胸に違和感を覚えたが、気にしないことにした。セイバーは間違いなく正しいのだから、私は咎めるつもりはなかった。だというのに、セイバーは頭を下げる。
「助けに行けなかったのは、単に私の力不足だ。即座にマスターを殺し、アーチャーを仕留める実力があったなら……その力を持つ英霊だったなら……」
「え、いや、そんなことないよ!みんなの安全を想っての行動だっただろうし、ないものをねだったって何にもならないよ」
それに、ね?それは私たちの魔力が足りないせいだし……
喉まで出かかった言葉を理性で必死に押さえ込みつつ、口ではそう言ってのけた。その言葉はなんだったのかはわからなかったが、言ってしまえば確実に私は悪者になってしまう。そんな気がした。
「それはそうと、この女誰よ」
遠坂さんは親指をクイっと縛られているマリナさんに向けて指した。
「指差すんじゃない!アンタ日本人のいいとこのお嬢ちゃんのくせに、マナーもなってないの⁉︎」
「あら、いいとこのお嬢様なんて、私なんてそこまでじゃないですよ」
「褒めてないしー!言いたいこと前半なのわからない?記憶領域みすぼらしすぎない?追加の記憶領域いる?あっごめん今フロッピーディスクきらしててHDDしかないんだわー」
酷い物理的な衝撃音が響いた。
「で、何よコレ」
「えーっと……」
マリナさん……名前だけじゃダメだよね。ライダーのマスター……は言ったら遠坂さん何するか分からないし、通りすがり……は無理があるか……なら……
「私の命の恩人です」
「ないすぅ……ちとせちゃん……あとでたくさんお礼しちゃうからねぇ……ヴッ」
「何かの間違いじゃないの?」
「いえ、ホントに助けてくれて……」
「そうそう、ほんとだよ⁉私がいなかったら千歳ちゃんの首は今頃五時を指してたよ」
割と冗談抜きでそうなっていたかもだし思い出したくないから言わないでほしいけど……
「……」
遠坂さんの疑惑の目はいまだ変わらない。まじまじと私を見つめ、「催眠術や洗脳魔術を使った形跡なし」と確認して、やっとしぶしぶ認める方向になるだけだった。そんな遠坂さんを放って、マリナさんは自己紹介を勝手に始めた。
「私はマリナ・ソラリス・ヘルベスタ。アトラス院生にしてライダーのマスター。使える魔術は有機物を無機物に変える錬金術くらい。武装はさすがに秘密。ただ魔術由来のものはお任せしてもいいよ」
「え、言うんだ⁉私言わないようにしてたんだけど!」
「え、そうなの⁉ごめんね考えなしで!」
遠坂さん達の方を見ると……あ、だめだ。みんな呆然としてる。
「敵だよね?え?味方?敵?」
「トオサカ、これはやはり殺した方がいいのでは」
「アンタねえ、子供の前でなんでそんなことが言えるのかしら」
「あ、令呪見る?」
「見ないわよ!」
「おいマスター、あれだけ啖呵切っておいてその有様はなんなんだ……しっかりしてくれ……」
「「「!!?」」」
双方ぐだぐだし始めた雰囲気の中、いきなりイタリアな男の人が姿を現した。
遠坂さんは半世紀モノの宝石を取り出し構え、セイバーは適当に剣を顕して男の人の首に当てる。
「……マスターちょっといい?」
「なに?」
「この方々思いっきり私を殺そうとしてるのだが」
「うん」
「予想はできてたけど何か余計なこと言ったか?」
「別に?」
ライダーのサーヴァントだろうか。それにしてはかなりフランクな物言いだ。
「『別に?』な訳ないだろ!説得が成功してればこうはならないぞ!!?大抵は!!」
「ホントだよぉライダー!信じてよぉおお!私チトセちゃん助けてチトセちゃん抱えてゴーストから逃げてきたとこを縛り上げられたんだよぉ!あのポンコツ感出てる赤いのは聞く耳持たないし、味方がチトセちゃんしかいないんだよぉおお」
瞬間、遠坂さんの手から発された黒い弾丸がマリナさんの耳をかすめて壁をえぐった。泣きそうなマリナさんに対して遠坂さんは微笑んでいる。とても綺麗だけどめちゃくちゃ怖い。
「あら、誰がポンコツでしょうか?どうやら私たちには相互理解が足りていないようですし、ちょうど良い機会です。お互いに理解を深め合いましょうか」
「ごめん待って聡明な赤い麗人!話せばわかる!だかrあっやめてっホントガンドだけはぎゃあああああ!!」
「……見ての通り、マスターはこんなのだ。セイバー、我々はセイバー陣営と敵対する意思はない。その剣を置いてくれ」
「嘘ではない証拠は?」
「マスターの令呪だ」
セイバーの目がマリナさんに向く。
「ぜぇ、ぜぇ、だから『令呪見る?』って言ったのに……トオサカ、拘束といて。令呪見せられないでしょ」
遠坂さんの目は懐疑のそれだ。しかし、ここまで味方すると言うその態度には嘘を感じないようで、遠坂さんはガンドの構えをマリナさんに向けたまま手首の拘束を解いた。
「……妙な動きしたら殺すから」
「わかってますって」
そう軽口を言って左手の甲をみんなに見せた。手綱のような令呪は、一画だけかすれている。
「これから実演するね。令呪をもって命ずる。ライダー、現界している間は、私の殺生にかかわる命令に対する一切の反逆を禁じます」
マリナさんの令呪はもう一画弾けて消えた。
「ライダー、セイバーを殺しなさ」
「ッ!!やっぱり!!」
「ぐぇっ」
最大出力のガンドをマリナさんに打ち込む遠坂さん。対するセイバーはライダーの喉に当てていた剣をそのまま切り裂くわけではなかった。ライダーの異変に、彼はいち早く気付いていたからだ。
「ライダー、貴様……!」
「ガフっ……」
ライダーの口からはありえない量の血が溢れてやまない。
「ライダー⁉︎」
「えっ、ウソ、どういうこと⁉︎」
「ぐっ……ガンドきもちわる……まぁみたでしょ…?
「そうか!魔法級の魔力が霊基に直接干渉する。それが真逆の方向でぶつかり合うと、
「マ゛スタァ゛……そろそろ゛……ゴはッ」
「うん、先の命令は取り消す……ごめんライダー……」
とめどなく流れていた血はマリナさんが口を閉じて3秒ほどで止まった。マリナさんは申し訳なさそうにライダーをちらりと見ては顔を落とした。ライダーはひどい顔色でも「気にするな」と言いたげな目でマリナさんを見ていた。
みんなが絶句していた。2画の令呪を私たちのために使って、さらにライダーの霊基を壊した。遠坂さんも、千代田さんも、セイバーも、目を剥いていた。
……そんな二人を見て、私の中に疑問が生まれた。
「……マリナさん、どうしてそこまでして私を助けたんですか?セイバーたちと一緒に戦おうなんて思ったんですか?」
マリナさんは苦しげに笑う。
「えへへ……ごめんね、完全に君たちのためってわけじゃない。私の計画に君たちが手頃だったから利用するに過ぎない。ただ、『理不尽に巻き込まれた、まだ好きに生きてない君たちは生き残るべきだ』っていう思いは本当だよ」
「まだ好きに生きてない……?」
「そう。理不尽な死は、本来好きに生きた人が受けるもの。じゃなきゃ満足できないでしょう?未練残して幽霊になるとかみてられないし、何より好きに生きることを知らないまま死ぬなんて可哀想じゃん?」
「……つまり、アンタはこのマスター達に死んで欲しくない目的があって、感情的にも目的と一致してるから助けるってこと?」
「……そういうこtウップ……ちょっと吐きそ……」
ガンドの影響で吐きそうになっているマリナさんをよそに、遠坂さんは顎に手を添えて考え込む。損と得を勘定しているのだろうか。
「アンタ達、このライダーのマスターを信じられる?」
私は信じると伝えた。
「そ。千代田さんは?」
「私も信じるよ。あそこまでされちゃ、信じない理由もないし」
「……はぁー……」
一体何回聞いただろうと思える遠坂さんの大きなため息は、一種の踏ん切りのようにも聞こえた。遠坂さんはマリナさんに向き直る。
「ライダーのマスター。今のところはあなたを信用します。ただし、危害を加えるような素振りを見せれば即刻殺すから」
「……了解。何はともあれ同盟は成立。今日のところはめでたしめでたしだね。ライダー、帰るよ」
「了解した」
短く答えたライダーは青い粒子になって見えなくなった。
「霊体化……」
「さっきのであらかたゴーストは片付いたし、私たちも撤退よ。警察も来る」
「わかりました。セイバー、行こ」
「了解した」
*
かくして、穂群原学園中等部で起きた第一の事件は幕を閉じた。
戦闘結果は、次の通りである。
聖堂教会陣営:ランサーがアサシンの攻撃を受ける。明確な被害は両者ともに無かったが、穂群原学園中等部への奇襲に乗り込めず、今回はアサシン戦として引き分けに終わった。
アトラス院陣営:ライダーがセイバー陣営と同盟を組む。これには全ての陣営が目を剥いた。
魔術協会:アーチャーとそのマスターがセイバー陣営を奇襲するが、宝具を発動され、失敗に終わった。置き土産として大量の霊をばら撒くも、あらかたがライダーのマスターとセイバー陣営を顧問として保護している遠坂の手により浄化された。アサシンのマスターも加勢するつもりだったが、遠坂と戦闘に入っていたため不可能だった。
セイバー陣営:先述の通りの結果。ライダーと組んだことにより、四面楚歌の状態から抜け出せたと見られる。
次回のシリウスガーデン
あの後、学校の七不思議が13不思議くらいにまで増えていた!ってか今ドキ七不思議とかそうそうないんですが!いや待てしかし被害者も出ている状況ではあのゴーストの生き残りかもしれない、そんな疑問という名の確信を抱えて私たちは学校の奥地へと向かった!
次回、Fate/Sirius Garden
「穂群原怪談:第一理科室の海」
聖杯争奪戦、ろくなもんじゃないよ!
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