願い星のもとで (縞野 いちご)
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1月18日
消えた少女(西木野真姫 Part1)


先月、私はある大会に出場していた。その大会とは、高校生が部活動としてアイドル活動を行うスクールアイドル、その頂点を決める祭典「ラブライブ!」全国大会の最終予選である。

大会当日、私は今までにない緊張を感じていたが、それと同じくらいの不安が渦巻いていた。ただでさえ厳しかった大会当日の私たちのスケジュールが大雪によってさらに酷い状況になっていたからだ。

 

私の所属しているアイドルグループμ'sは、東京千代田区にある国立音ノ木坂学院に在籍している高校生で構成されている。

メンバーは私と同級生の花陽と凛、1つ上の穂乃果と海未とことり、1番上の絵里、希、にこちゃんの9人だ。

 

その2年生の3人が大会前に学校説明会の挨拶に行かなくてはならなかった。

なぜなら生徒会役員としても、今や学校の看板になりつつあるスクールアイドルのメンバーとしても、3人が挨拶のために壇上に上がるのは廃校寸前だった学校には必須だったからだ。

元々、私たちは学院の廃校を阻止するためにスクールアイドルをしていたのだから、2年生の行動に不満を持つメンバーは誰一人としていなかった。

 

 

 

 

でも今となっては後悔していないメンバーは誰もいないはず。あんなことになるとは誰も想定していなかったのだから……。

 

 

 

 

 

 

悲劇はステージの上で起きた。

厳しいスケジュールを何とか乗り越え、吹雪いていた天候も回復したことで険しい峠を越えたのだと私たちは錯覚していた。

パフォーマンスも特に大きなミスはなく順調に滑り出せたことで会場の流れを味方につけることができた。

 

 

でも、最後のサビを迎えて踊りだそうとした瞬間に、私たちは地獄へと叩き落とされることになる。

 

 

何かが崩れ落ちる鈍い音が隣から聞こえ、割れるような高い音がスピーカーから鳴り、演奏が中止された。ダンス中だからハッキリとは見えてはいなかったけど、視界からフッと何かが消えたことはわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

演奏が止まってから改めて顔を横に向けると、ステージの上には左膝を押さえて蹲っていたことりがいた。

 

 

私は畏怖した。

ステージ上でのトラブルはこのときすでに経験している。オープンキャンパスの時にしたライブでも穂乃果が倒れた。

 

だからこそ恐ろしかった。

その事故で私たちはラブライブ出場を辞退することになり、責任を感じた穂乃果が心に深い傷を負ってしまったのだ。

 

今回はどうなってしまうのかと考えただけで震えが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今回、私たちを待っていたのは前回以上の地獄だった。

 

 

前回の事故と合わせて2度もステージ上で問題を起こした私たちは、理事長から今年度の活動を自粛するように伝えられ、当然にラブライブ本戦も棄権することとなった。

周りからの評判も日に日に落ちていき、みんなで行動していると白い目で見られることもしばしばだった。

それだけならまだ良かったけど、前回より予選を勝ち進んでいたことが仇になって、μ'sはネット上で大々的に晒し上げられることになり、地方のテレビ局にまで取り上げられることとなってしまった。その取り上げられ方には悪意があって、私たちのことだけに留まらず、スクールアイドルが不健全だとか、学校側の生徒への管理は間違っているのではないか、などと私たちの周りのことにも飛び火して批判の声が相次いだ。

 

 

想像より問題が大きくなってしまったためか、今回のラブライブの開催は延期され、私たちが守ったはずの学校はもう一度……。

 

 

 

SNSでは「スクールアイドルを貶した」、「ラブライブを壊した」のような容赦ない罵声を浴びせ続けられた。

 

その集中砲火を浴びたのは言うまでもなく転倒したことりだった。

 

 

私たちはできる限りことりのことを支えたくて、必死に事件のことから遠ざけようとしてきた。ただ、体も心もボロボロになっていた彼女には何をしても意味を成すことはなく

 

そして最悪な事件が起きてしまった。

 

 

 

 

『ことりの自傷行為』

 

 

 

 

一命を取り留めたものの、あまりにも衝撃的だったその事件が私たちの心を完全に壊してしまった。

 

 

 

3年生は大学受験に向けて切り替えたのか連絡がつかなくなってしまい、同じく頼りにしていた上級生の海未はことりを助けられなかったことから立ち直れなくなっていた。

 

凛と花陽は深く傷ついたことで笑うことがなくなった。

純粋な2人のことだからこうなることはわかってはいたのだけど、辛そうな顔をしている2人を見るのは相当に堪えるものがあった。

 

かく言う私もその事件からは笑った覚えがないのだから、感情豊かだったあの子たちにはこの地獄で笑顔を貼り付けることなんかできるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

でもそんなバラバラになりかけていた私たちの中でも、諦めていなかった子が1人いた。

 

 

 

 

 

穂乃果はくじけてなかった。

 

みんなに声をかけ続けて、何とかμ'sを繋ぎ止めようと奔走していたのだ。

 

私のところにも「また、一緒に歌おうね。」と説得をしに来た。学校で見かけては話しかけてきて、あの頃と同じような笑顔を私にしてくれた。周りから疎ましい視線を向けられても、冷たい陰口を言われたとしても、私がまた前を向けるようにと大切な場所を守ってくれていた。

 

 

 

 

そのことでどれだけ私の心は救われていただろう。μ'sに入る前の灰色だった世界を色彩豊かに変えてくれた彼女が、暗い世界へと沈もうとしている私を再び照らそうと支えてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな状況は一変した。

それが冬休みが明けてから1週間が過ぎた今日なのである。

自分の目を疑う出来事が目の前で起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

ことりが登校してきた。怪我していたはずの膝には何も処置した形跡がなくて、何よりもあのステージ後からは感じられなかった彼女特有のほんわりした雰囲気が今は感じた。

 

 

ことり「まきちゃん、おはよう。」

 

真姫「こ、とり……。」

 

海未「真姫?どうしたのですか?」

 

 

隣にいる海未も平然としている。困惑している私を不思議そうに見ている2人からはまるで異世界に放り出されたような気持ちになる。

 

 

 

ことり「真姫ちゃん、遅刻しちゃうよ?」

 

 

ことりのニコッとした顔には一切の陰りが感じられなくて逆にそれが恐怖心を煽る。

オロオロしていても仕方がないから自分の教室に向かうと、ニカッとした笑顔で凛が「おはよーっ」と挨拶をしてきた。その後ろにいた花陽も控えめではあるけど笑顔で挨拶をしていた。

 

 

あの時から止まっていた時間の針が動き出したんだ。夢のような、でも確かに目の前にある現実を私は心の底から嬉しく思った。

 

 

廊下には新入生募集要項の張り紙、活気付いている生徒たち、笑顔の凛と花陽。壊れてしまった日常が急に返ってきた。

 

 

 

花陽「真姫ちゃん、大丈夫……?」

 

真姫「えっ?」

 

教室から出てきていた花陽が心配そうに見ていたことに遅れて気がついた。

 

花陽「だって、泣いて……るよね?」

 

花陽に言われるまで気がつかなかった。

確かに頬には濡れた感触があって、喉から熱いものがカァッと上ってくる感覚は涙を流しているのと同義だ。

 

 

(嬉しくて涙が出てたんだ、私。)

 

 

凛「えーっ!?真姫ちゃん、大丈夫!?

どこか痛かったりするの?それとも何か嫌なことでもあった?」

 

花陽の後ろから駆けつけた凛がオロオロと心配していた。

 

 

 

真姫「べ、別に大丈夫よ!」

 

凛「でも真姫ちゃんが泣くなんてよっぽどだよ!」

 

真姫「本当に平気だし、恥ずかしいからこっち見ないで!」

 

花陽「は、はずかしいの……?」

 

 

そうやってしばらく2人と会話しながら返ってきた幸せを噛み締めていると、私にとってさらに衝撃的な光景を目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

にこ「なに騒いでるのよ、あんたたち。」

 

 

今まで顔を見せなかったにこちゃんが学校に来ていた。

 

 

真姫「にこちゃん?どうして学校に…」

 

にこ「どうしてって、部活に決まってるでしょ?」

 

真姫「部活って、だって今は!」

 

にこ「受験期なのにって言いたいわけ?

そんなものよりも私は目の前のラブライブに全力を注いでんの!前にも言ったじゃない。」

 

 

(目の前のラブライブ?前にも言った?)

 

 

何もかも話が合わないことに頭がパンクしかける。どういう状況なのか理解が追いつかない。

 

 

いつのまにか後ろにいた希はあっけらかんとした様子でにこちゃんのあとに続けて言った。

 

 

希「確かに3年生は受験に向けて自宅学習期間やから、ウチらが学校にいるのは違和感あるかもしれないね。」

 

にこ「でも、あんたたちの前で話したじゃない。ラブライブで優勝するために私たちも毎日練習しに行くって。」

 

 

明らかに状況がおかしかった。

夢ではない。でも、現実でもない。

ドッキリにしては悪質すぎるし、何よりも周りの世界が全て激変してしまっている。

 

そしてそのことをみんなが受け入れている。

 

 

 

希「どうにも様子がおかしいけど、平気?」

 

真姫「ラブライブって、私たちはもう敗退してるじゃない…。」

 

 

 

私がそう言うと、にこちゃんと希は顔を合わせてからこちらに向き直って

 

 

 

にこ・希「「なにを言ってるの。」」

 

と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、部室に行くとみんなの姿がそこにはあった。

事件が起こる前のいつもと変わらない景色。

 

 

 

希が私や絵里、にこちゃんをイジって、それに凛が乗っかって、騒ぎ過ぎていたら海未に怒られる。

その様子をことりと花陽がニコニコしながら眺めていて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里「みんな揃ったかしら。」

 

海未「はい、みんな着替え終わっています。」

 

 

(みんなって…。穂乃果は?)

 

 

凛「早く練習に行くにゃーっ!」

 

花陽「あぁ、走ったら危ないよ、凛ちゃん!」

 

 

誰も穂乃果のことを気にしていない様子に唖然とする。

 

 

真姫「ま、待って!」

 

絵里「どうしたの?」

 

真姫「本当にこれで全員いるって言うの?」

 

 

絵里の目が点になっていた。

賑やかにしていた他のメンバーもみんな黙ってこっちを見ている。

 

 

絵里「だ、誰かいなかったかしら…。」

 

凛「えーと……みんな居るよ?」

 

真姫「8人しかいないじゃない!」

 

ことり「8人居るなら、全員…だよね?」

 

真姫「そんなはずないわ!μ'sは全員で9人よ!」

 

にこ「はぁっ!?あんた、朝から今日はどうしたのよ!?」

 

 

誰1人として私と同じ意見の子がいない。こんなこと信じられるはずがない。

 

 

真姫「の、のぞみ……。μ'sって全員で9人よね?」

 

 

 

希「真姫ちゃん…何言ってるの?」

 

 

私は疑念の視線を向けている希の様子を見て確信した。

 

 

 

 

 

希「μ'sは全員で8人や。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果の姿が消えた。

 

 

正確には消えたのではない、元からこの世界にはいない存在になっていた。

そんなこと信じられなかったけど、みんなの話を聞けば聞くほど私の考えが1つの答えにしか辿りつかない。頭の中の警鐘がけたたましく鳴り続けている。

 

 

 

 

穂乃果『また、一緒に歌おうね。』

 

 

 

 

この世界になって1番喜ぶのは間違いなく穂乃果なはず。

それなのに、当の本人はどこを探しても見つからない。

 

 

そんな状況がいつか希が私に話していたことを思い出させた。

 

 

 

 

『オトノキ七不思議』

 

夏頃に心霊話として聞かされたのを覚えている。

 

 

その7つ目の怪談話

 

『満点の星空が広がった日、学校の屋上で自分の思い描いた世界を強く望みながら眠るとその世界に行くことができる。』

 

 

 

ここまでは怪談話とは程遠いロマンチックなお話だけど、その続きが今までのどの話よりも怖かったことを覚えている。

 

 

 

『叶えられる思いの大きさと、その世界にいる時間は自分の差し出した代償の大きさによって変わる。』

 

 

 

そして、その世界にハマってしまえばハマってしまうほど自分の代償を支払い続けて、最後には

 

 

希『自分の命を差し出すらしいんよ。』

 

 

 

 

 

凛『とっても胡散臭い話だにゃ……。』

 

真姫『ばかばかしい話だったわね……。』

 

穂乃果『でも、本当だとしたら、ちょっと興味あるかも……。』

 

希『話しておいてアレやけど、興味本位に探るのは良くないよ。

屋上に向かってから、行方不明になったままの子がいるらしいから。』

 

 

 

 

 

 

信じられる話じゃない。

でも、穂乃果なら……やりかねない。

本当にやったのなら、私が止めないと誰も穂乃果を止めてあげられる状況じゃない。

 

 

 

今までの彼女を見ていればわかってしまう。

このままだと、彼女は自分の命を差し出しかねない。私ですら、この世界がもし夢なのなら醒めないでほしいと願ったのだから。

 

だとしたら、何としても止めないといけない。例えこのまま上手くいったとしても、穂乃果がいないμ'sではどこかで壁にぶつかったときに耐えられない。今回のことで嫌というほどその現実を突きつけられた。

 

 

(穂乃果を探さないと……。)

 

 

 

 

その日は体調不良ということで部活を休ませてもらった。学校や街中を隈なく探したけど、穂乃果の姿が無いどころか実家である穂むらですら有力な手掛かりを掴めなかった。そのまま1日かけて探しても穂乃果は見つけられず、打開案も思い浮かばなかった。

 

 

(放っておいて大丈夫なはずがないわ。明日になったらこのことを説明して、みんなに納得してもらうしかないわね。)

 

 

不安は拭えないままだったけど、グルグルと目まぐるしかった1日に疲れたせいで、私は夜ご飯も食べないままいつの間にか眠ってしまった。

 

 



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犯人(矢澤にこ Part1)

 

 

 

 

 

今朝の真姫の様子は明らかに変だったとしか思えなかった。

 

 

真姫『にこちゃん?どうして学校に…』

 

にこ『どうしてって、部活に決まってるでしょ?』

 

真姫『部活って、だって今は!』

 

 

 

希『どうにも様子がおかしいけど、平気?』

 

真姫『ラブライブって、私たちはもう敗退してるじゃない…。』

 

 

 

 

記憶喪失ではなさそうだけど、明らかに私たちとは意見が合わない。

 

ラブライブ決勝前だというのにどうしてこう次々と厄介ごとが増えてくるのか。

 

 

 

3年間我慢し続けてようやく掴んだ夢舞台への切符を簡単に捨てるわけにはいかない。それにこれがラストチャンスなのだ、これでダメなら本当に終わりだ。

 

 

にこ「にこが気合い入れ直してあげないと。」

 

 

 

 

 

 

選択授業制になって生徒数が減った教室から我先に部室へと向かっていった。

鍵番は部長である私だ。私がいかなきゃ部室が開かない。

 

よって当然、私が一番乗りになる。

 

 

にこ「はあぁ…寒いわね。いつもいつも!」

 

 

エアコンの効いていない部室は冷蔵庫のように寒い。こんなところで1日生活してたら確実に風邪をひく。

 

 

カバンを置いて、私の特等席に座るとあるものが視界に入った。

 

 

 

(何よ…。この封筒。)

 

 

 

机とキーボードの間に挟んである白い封筒を手に取る。こんなもの昨日までは無かったはずなのにしっかりと挟まっているのは、誰かの悪質な悪戯か定かではないものの薄気味悪さを醸し出すのには十分だった。

 

 

にこ「悪趣味ね…。誰よ、こんなことするの。」

 

 

 

希「何しとるん?」

 

にこ「ひゃあっ!?」

 

 

突然希に声をかけられて、私はおかしな声を挙げて飛び退く。

 

 

 

希「何か隠し事でもしてたん?」

 

にこ「そ、そんなわけないでしょ……?」

 

希「なら、その手に握っている封筒は何かなあ?」

 

にこ「うっさいわね!何でもないわよ〜!」

 

 

こんなことで気味が悪いなんて言ってたら、希のことだからどうせバカにしてくるだろうと思って何も話さないでおいた。

 

 

 

希「ちょっと気になっただけやのに。」

 

絵里「希、あんまりにこをいじめないの。」

 

 

遅れて部室に入ってきた絵里が希に注意した。絵里にしては珍しく私よりの意見。

 

 

 

 

希「にこっちは可愛いいからイジリ甲斐があるんよ?」

 

 

(散々言ってくれるじゃないの……。)

 

 

にこ「絵里の言う通りよ。メンバー内のいじめなんて発覚したらとんでもないわよ?」

 

 

まさかだったのか私の一言で希が目をまん丸にさせた。

 

 

希「そんなに嫌やった?」

 

にこ「そうね。」

 

 

私がぶっきらぼうに言うと、希はらしくなくシュンとしてしまった。

 

 

 

絵里「まったく……自業自得よ?」

 

希「えりち……。そんなに言わんでも、ええやん……。」

 

 

 

落ち込んでいる希を見て、流石に悪いことをした気がした。

 

 

 

にこ「ああ、もうっ!そんなに嫌でもなかったから落ち込むんじゃないわよ!」

 

希「本当に?」

 

にこ「本当よ。」

 

希「……にこっちならそう言ってくれると思ってた♪」

 

 

私が怒ってないと分かるや、希はすぐにケロッとしてしまった。

これじゃあ反省もしなさそうね。

 

むしろこうなることがわかって嘘泣きのようなことをしたまである……。

 

 

 

絵里「私も大概だけど、にこも甘いわね。」

 

にこ「何言ってんのよ。あんたは激甘よ?」

 

 

 

満足げな顔で控え室に消えていった希を見ながら、私は小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、全員が部室に集まりガヤガヤとしている中、真姫は相変わらず上の空という様子だった。

 

 

 

絵里「みんな揃ったかしら。」

 

海未「はい、みんな着替えていますね。」

 

凛「早く練習に行くにゃーっ!」

 

花陽「あぁ、走ったら危ないよ、凛ちゃん!」

 

真姫「ま、待って!」

 

 

かと思えば突然、大声をあげた。あまりのことにみんなが真姫に視線を向けている。

 

 

 

 

絵里「どうしたの?」

 

真姫「本当にこれで全員いるって言うの?」

 

絵里「だ、誰かいなかったかしら…。」

 

凛「えーと……みんな居るよ?」

 

 

 

真姫の言っていることは私だけではなくメンバー全員が理解できないと言った様子だった。まあ、当然なのだけれど。

 

 

 

真姫「8人しかいないじゃない!」

 

 

ことり「8人居るなら、全員…だよね?」

 

真姫「そんなはずないわ!μ'sは全員で9人よ!」

 

 

 

これはいよいよおかしい。

 

真姫はこんなことを冗談で言う子じゃない。でも、それなら尚更異変でしかない。

 

 

 

 

にこ「はぁっ!?あんた、朝から今日はどうしたのよ!?」

 

 

思わず感情を抑えられなくて真姫に怒鳴りつけてしまった。

それでも真姫は私を気にすることなく希に向き直して口を開いた。

 

 

 

真姫「の、のぞみ……。μ'sって全員で9人よね?」

 

 

 

 

 

希「真姫ちゃん…何言ってるの?μ'sは8人で全員や。」

 

 

 

 

 

希の一言で真姫の表情が凍りついた。錯乱していた様子から完全に思考停止したのか、何も話さなくなってしまった。

 

 

 

 

海未「真姫、今日は具合が悪いのでは?」

 

凛「真姫ちゃん、今日は練習お休みしたほうがいいにゃ。」

 

花陽「このまま練習するのは、私も心配かな……。」

 

 

 

優しく声をかけるメンバーたちの声で我に返ったのか、真姫はようやく

 

 

 

真姫「そうね……。今日は先に帰らせてもらうわ……。」

 

 

と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真姫抜きでやった練習が終わり、着替えてから部室を出る。

希が部室に残る用事があるらしいから鍵を渡して学校をあとにする。一緒に残っても良かったけど、こころ達のご飯も作らないとならないし、勉強だってやらないといけないと考えると時間を無駄に使うことはできない。

 

 

(さてと、今日の夕飯は……ん?)

 

 

 

スーパーに向かう途中、すれ違った子と目があった。

一瞬すれ違っただけだけど、どこか頭の片隅に引っかかる感触があるのが気持ち悪い。どこにでもいそうな雰囲気なのに、あの子のことはなぜか頭に残った。

 

 

 

 

にこ「ねぇ!」

 

 

振り返って声をかけようとしたが、後ろにはあの子の姿は見当たらなかった。居なくなるには異常なくらい早いから、すれ違ったあとに走ったのだろう。

 

 

 

(あの茶髪……どこかで会ったことがある?)

 

 

 

思い出そうとするとガンガンと頭が痛くなるような感覚があったので、私は深く考えないようにしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

今日もそつなく一通りの家事を終わらせて、お風呂、勉強も終わらせたのでようやく好きなことができる時間になった。

SNSをチェックし終わって次は何をしようか考えていると、カバンに入れていた封筒のことを思い出した。

 

 

 

にこ「見るべき、よね?」

 

 

 

正直見る気が進まないけど、ファンレターだったら読まないとファンの子がかわいそうなので一応目を通すことにした。

封筒の中には手紙が入っているだけで何もなかったので、そのまま手紙に目を移す。

 

 

 

 

 

 

 

 

μ’sのみんなへ

 

 

今は前を向けていますか?

それとも、大変なことが起きていますか?

今よりも悪い状況になってしまったらごめんなさい。

そうなっていたら、私のせいなのでなんとかします。

 

もし1人でもメンバーの誰かに悲しいことが起きてしまったら助けてあげてください。

ひとりぼっちで抱えている悩みもみんなで助け合えばきっと乗り越えられると思います。

みんなと一緒に最後まで頑張ってください。

 

 

高坂穂乃果

 

 

 

 

 

(こうさか、ほのか……。)

 

 

 

ファンからの手紙とは考えにくい内容だった。

きっと関係者からの手紙なのだろうけど、一体何者だったのかが思い出せない。

 

 

でもこれで真姫のおかしな言動の合点がいった。

今日のことはこの手紙の主である『高坂穂乃果』が起こした事件だったということ。

 

 

 

にこ「見つけたらとっちめてやろうじゃない。」

 

 

 

犯人のことを思い出したら、場所を探し出して真姫を元に戻す。

良かれと思ってそいつは何かをしたのだろうけどいい迷惑だ。

 

 

にこ「そういえば……。」

 

スーパーですれ違ったあの子が妙に心の中でモヤモヤと残っていた。すぐに走り去っていたのもおかしいし、色々と不可解な点が多かった。

 

 

 

 

にこ「まさか……。」

 

 

 

 

 

確証は持てないものの、あれこれ考えても進展しなさそうだし、とりあえずアイツを高坂と仮定しておいて今日は寝ることにした。

 

 

 

 

 



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となりのスキマ(南ことり Part1)

 

 

1月になって一層寒さが増している屋上に絵里ちゃんの声が響きます。

 

 

絵里「ワン、ツー、スリー、フォー!ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 

余計なことを考えてる暇なんてなくてリズムに合わせて踊らないといけない。だけど機械的にならないように表現することも求められてしまう。

そして何より、グループダンスだからみんなと息を合わせることが1番必要になってきます。

 

 

絵里「いいわね、形になってきているわ。」

 

海未「そうですね。最後まで通して踊れましたし、一旦水分補給をしましょう。」

 

 

海未ちゃんの一言でみんなの肩から力が抜ける。一人で踊るのと違って、みんなで踊るのはやっぱり緊張するから一回の練習でもかなり集中力は使うんだよね。

 

 

凛「ふぅ。今回はリズムが難しいにゃ……。」

 

花陽「メロディーが早いから合わせるのが大変だよね。」

 

 

動きにムラっけのあった凛ちゃんはみんなに合わせて踊れるようになっているし、前まではひとつの練習が終わるごとにバテバテだった花陽ちゃんは今では少しの休憩で動けるようになっているから、2人とも成長してるってことだね。

 

 

にこ「これくらいで…音をあげてたら…優勝なんて…そのまた先よ……。」

 

凛「人のこと言えないにゃ。」

 

 

そうは言われてるけどにこちゃんも成長してるいるとわかる。魅せ方を工夫してカバーできるようになってるから、体力のなさもあまり気にならないと思う。

 

 

 

(他のみんなも動きのキレが日に日に増しているし、着実にレベルアップできているよね♪)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことり「うみちゃん、一緒に帰ろっか♪」

 

海未「はい。では希、鍵番をよろしくお願いします。」

 

希「ほいほーい。」

 

 

 

練習が終わっていつもの通り海未ちゃんと一緒に帰る。

小さいときから変わらない日常だけど、この時間がたまらなく愛しく感じてしまう。

 

 

 

海未「また一段と寒くなりましたね。」

 

ことり「マフラーとコートをしていてもちょっと足りなく感じちゃうよね。」

 

海未「これくらい寒いと朝のお稽古もなかなかに堪えてしまいます。」

 

ことり「海未ちゃんはすぐに無理しちゃうから心配かなあ……。」

 

海未「お稽古は日課ですので平気ですよ。それに最近はμ’sの朝練もありますから、それだけでへこたれてはいられません。」

 

ことり「さすがμ’sのリーダーさん♪」

 

 

 

暗くなっている帰り道を二人並んで歩く。その隙間は一人分くらい。

お喋りしながら吐かれる白い息がふわふわと街明かりの中に消えていくのが見える距離。

 

 

 

 

海未「ことり。」

 

海未ちゃんと分かれるいつもの階段の前でふと話しかけられました。

 

 

 

ことり「どうしたの?」

 

海未「私はなぜμ’sのリーダーになったのでしょうか?」

 

 

 

海未ちゃんの唐突な質問にパッと答えが見つからなくてうまく言葉にできない。

 

 

 

ことり「え、えーと……。海未ちゃんって真面目だし、正しい道へ引っ張って行くことができるからじゃないかな?」

 

 

なんとも曖昧で具体性の欠ける答えになってしまった。

 

 

 

海未「そうですか……。」

 

ことり「何か気になることでもあるの?」

 

海未「いえ。特には……。」

 

 

そう言った海未ちゃんの顔には「訳あり」って書いてあるのがすぐわかりました。

 

 

 

ことり「海未ちゃん、私に隠し事は通用しませんよ?」

 

海未「ことり……。」

 

ことり「いつも海未ちゃんを見てきたから、悩んでるってことくらいお見通しです♪」

 

海未「まったく、あなたには本当に敵いませんね。」

 

 

呆れたような、でもホッとしている顔を海未ちゃんがしてくれて私も胸をなでおろしました。

 

 

 

ことり「どんなことか教えてくれる?」

 

海未「今日の真姫の言っていたことを考えていたのです。」

 

 

 

 

そういえば、今日の真姫ちゃんの様子はちょっと違かった。

 

 

 

 

真姫『8人しかいないじゃない!』

 

 

ことり『8人居るなら、全員…だよね?』

 

真姫『そんなはずないわ!μ'sは全員で9人よ!』

 

 

 

確かあのとき、真姫ちゃんは私たちμ’sが9人全員だと主張していた気がするけど……。

 

 

 

 

ことり「今日の真姫ちゃんのことを何か知っているの?」

 

海未「いえ、真姫がなぜあのようなことを口にしたのかはわからないままなのですが……。」

 

 

そこから数秒間、海未ちゃんは次に話す言葉を選んでいるようでした。

 

 

海未「確かに違和感を感じるのです。」

 

ことり「違和感?」

 

海未「こうしてことりと帰っているときにも、何か妙な距離を感じる気がするのです。」

 

 

そう言われて私もハッとした気がしました。

2人で歩くにしては広がりすぎた距離感はちょっと違和感を感じさせます。

 

 

海未「ひょっとすると真姫の言っていた9人目のメンバーは私たちの近くにいたのかもしれませんね。」

 

ことり「どんな子なんだろうね。」

 

海未「わかりません。ですが私とことりの友人であったのなら、きっと素敵な子なのでしょう。」

 

 

そう言った海未ちゃんの瞳にはキラキラとした光がある気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未『ことり、お願いです。もうこれ以上自分を責めないでください。』

 

 

寝てから目を覚ますと部屋の外から海未ちゃんの声がしました。

 

 

海未『誰もあなたのことを責めたりなんてしていません。』

 

 

さっきから海未ちゃんの話していることがわからなくて戸惑ってしまう。

海未ちゃんは部屋の中に入ってこないし、それにとても悲しそうな声で話しかけてきてることが気になる。

 

 

海未「ことりが辛そうにしていことは薄々ですがわかってはいました。ただ、あなたはきっと止めても聞かないのだろうと思って見過ごしてしまった。責められならば私の方なんです!」

 

 

いよいよ本格的にどういうことなのかわからなかったから海未ちゃんに聞いてみようと思ったとき

 

ことり『今さらみんなに合わせる顔なんてないよ!!』

 

自分の意図しない声が部屋の中に響き渡りました。

 

 

(今の声は私だったよね?どうして思ってもいないことを叫んだりなんか……)

 

 

 

海未『……すみません。無理してまで出てきてほしいと言っているつもりはないんです。』

 

ことり『もういいの。海未ちゃんも私といるといじめられちゃうよ。』

 

 

(いじめられちゃう?私がいじめられてる……?)

 

 

海未『ことりをいじめるような輩なんて気になりません。あなたがいてくれ…』

ことり『ひきずりオバケ、ロボットことり……覚えてるでしょ?』

 

 

久しぶりに聞いた気がする。昔、海未ちゃんに会うまではそんな風に男の子から呼ばれてたっけ。

 

 

 

海未『まだ、気にしていたのですね。』

 

ことり『傷跡はもうほとんどないよ?でも今度の手術できっと同じような跡ができる。そうしたら昔みたいにまた……』

 

海未『ことり……。』

 

 

 

 

なんとなく状況がわかってきた気がする。

 

 

私の膝がまた悪くなってしまって、何かトラブルを起こしてしまったんだ。

そのトラブルはきっと私がいじめられてしまうほど酷いようなこと。

 

 

 

海未『これ以上は余計にあなたを苦しめてしまいますね……。

私は帰ることにします。』

 

 

 

 

 

帰ろうとしている海未ちゃんに話しかけようとしたところで目の前にある世界が変わってしまいました。

 

真っ暗な自分の部屋の中には時計の針の音と自分の呼吸だけが聞こえて、さっきは夢を見ていたんだと気がつくのにそれほど時間はいりませんでした。

 

 

 

お部屋はエアコンもつけていないから寒いままなのに、じんわりと汗を感じてしまって嫌な気持ちになる。

 

夢だってわかった後でも、最近感じているトレーニングした後のどんよりした感じが足の怪我が再発しかけているからなのかもしれないと思ってドキドキが収まらないんです。

 

 

それに、さっきの夢は本当に夢だったのか気になってしまいます。

前にあったことのように感じてしまう自分がいました。そんなはずはないのに、どこかで体験したことのような気持ちになっていました。

 

 

 

真姫ちゃんの言っていたこと、海未ちゃんの言っていたこと、さっき見ていた夢、おかしなことだらけだったけど何か大事なことを忘れてしまっている気がして、胸のザワザワが収まらないままだったけど汗を拭き取ってから私はまた眠ることにしました。

 

 



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9人目の女神さん(東條希 Part1)

 真姫ちゃんはどうしたんだろうか。今日の様子は明らかにおかしかった。疲れているから仕方がないということで話は落ち着いたけど、あの話の噛み合わなさは異常さを感じた。それに

 

 真姫『の、のぞみ……。μ'sって全員で9人よね?』

 

 あの言葉が引っかかる。確かにμ'sは9人の歌の女神さんから取ってきた名前。メンバーが8人しかいないのは違和感がある。

 けど、それでも今まで8人でやってきたのだから間違えているはずがない。

 

 希「練習が終わったら、ちょっと調べてみよか。」

 

 練習後、えりちと約束していた勉強会を断って、部室にある自分たちの資料を漁っていた。μ’sとして残してきた資料の量は多くて驚いたけど、一つ一つシラミ潰しに見ていく。

 でも、写真、音声、衣装のどの部分にも特に気になる点は見当たらなかった。あたりも真っ暗になってきたので、真姫ちゃんの言っていたことは何かの間違いと思うことにして部室をあとにした。

 

 

 

 

 帰宅前に夜ご飯の支度のために自宅近くのスーパーに寄ると、スーパーの前でしゃがみ込んでいた1人の女の子を見かけた。普段なら気にかけることもないのだけど、思わず声をかけようと体が動いていた。その子から伝わってくる悲壮感が見るに耐えないほどで居た堪れなかったからかもしれない。

 うちが近づいてくることに気付いてか、その子はその場から立ち去ろうとしていた。

 

 希「ちょ、ちょっと待って?うちは別にそんな怪しい人じゃないやん?」

 

 希(いや、自分から言うなんてよっぽど怪しいやん……。)

 

 なんて後悔をしながらも、声をかけるとその子はピタッと止まった。ゆらゆらと揺れる彼女の瞳は店内のライトに照らされて青く光っていた。

 

 ???「どうかしましたか…?」

 

 至極真っ当な質問が返ってきて思わず苦笑いをする。第一声が「怪しい者じゃない。」は明らかにおかしかったなあと反省をしつつ、次に話す言葉を慎重に選んだ。

 

 希「いやあ。こんな暗くなってるのに女の子が1人でいるから、どうしたんやろ、って気になってな?」

 

 そう言うと目の前の少女は目を泳がせる。

 

 ???「1人になりたいと思って……。」

 

 少女は掠れるような声を出した。悩んだ挙句にそんな答えを絞り出すのが精一杯なところを見ると、彼女には他人には言いたくないような何か後ろめたいことがあるのだろう。こういう時は無理な詮索をするのは野暮ってもんやね。

 

 希「そっか。うちが言えた義理じゃないけど、あんまり暗くなってからは1人でいない方がええよ?」

 

 ???「そうですよね。ありがとうございます。」

 

 希「うん。それなら、早く家に帰ろうか。」

 

 ???「えっ。」

 

 うちの一言で彼女の表情が強張る。あれ、話の流れ的にうちはそんなに間違ったこと言ったかな?

 

 希「そこにいても仕方ないやん?」

 

 ???「そうなんですけど……。」

 

 希「あんまり遅くなると家族の人に心配されるよ?」

 

 キュッと一文字に結んだ口からは一言も返事がこなかった。これにも訳ありってところやね。

 

 希「何かあったん?」

 

 ???「……もう、家には帰れないんです。」

 

 希「……なるほどね。」

 

 彼女はどうやら家出少女さんだったみたいだ。本当は無理にでも家に帰すほうがいいんだけど、見知らぬ人に言われたところですぐには動きそうもない雰囲気やった。

 

 希「それやったらうちの家に泊まってく?」

 

 ???「えっ。」

 

 希「ほら、高校生だけどうちは一人暮らしやし、他の人に迷惑になったりしないからその方がいいやん。」

 

 ???「でも、希ちゃんには迷惑かけちゃいますし……」

 

 希「うちとしてはこのまま放っておく方が気になってしまうんよ。」

 

 ???「えっと……えっと……。」

 

 家出少女さんは迷っている素ぶりをしている。うちとしても一人くらい寝泊まりする子がいたほうが寂しい気持ちが薄れる気がするし、満更でもないんやけど。

 

 希「うちもちょうど話し相手が欲しかったんよね。」

 

 ???「話し相手……。」

 

 希「さっき言ったやろ?うちは一人暮らしやから、家に帰ると話し相手がいないんよ。」

 

 ???「……ひょっとして、寂しがり屋だったりしますか?」

 

 希「えっ!」

 

 うちが必死そうにしていたのか、彼女は少し呆れ気味な声色でそう尋ねた。

 

 希「ち、違うよ?ほら、なんというか、ほっとけないんよ!さっきも言ったやろ?」

 

 言い訳がなんとも稚拙で、まるでえりちや真姫ちゃんのようだと口から出た後に感じた。

 

 ???「くすっ。やっぱり可愛いんだなぁ。」

 

 希「ほ、ほら!風邪引く前にうちの家に帰ろう?」

 

 ???「……ありがとうございます。」

 

 彼女は最終的にうちの押しに負けて、ついてくることになった。押しに負けて困らせてしまった気がしたけど、うちの後ろをついてきている姿からはどこか安心したような雰囲気が出ていたので、ひとまず安心した。

 

 

 

 

 

 

 希「遠慮しないで上がってね。」

 

 ほのか「おじゃまします……。」

 

 家に着くまでに彼女から色々と話を聞こうと試みた。最初は自分のことを話すことに躊躇っていた様子だったけど、色々と角度を変えながら質問していくと、次第に口数が増えていった。

 

 彼女の名前はほのかちゃん。どうやら家はこの辺りから少し距離があるところにあるらしく、その家には両親とおばあちゃん、妹が住んでいるとのことだった。

家出をするなんて、何があったのか聞きたかったけど、家族の話をしているほのかちゃんの表情は辛そうで、それ以上のことを聞き出すのははばかられた。

 学校はこの近くの高校に通っているとのことだったので、音ノ木坂かUTXの生徒なのだろう。

でも、うちらの学校でこの子のことを見かけたことがない。当然、全員の生徒を把握できてるわけがないから、うちの生徒の可能性もまだあるけど、その線は薄いと思う。だって、明るい自分の部屋でほのかちゃんをまじまじと見て確信したのだ。

 

 かわいい。ずば抜けているわけじゃないけど、うちの学校にいたら目に止まりそうなくらいの容姿だった。もしうちの生徒やったら、μ’sに誘い込んでいた気がする。

 

 希「へぇ。ほのかちゃんって、よく見るとかわいいんやね〜。」

 

 ほのか「改めてそう言われると恥ずかしいですよ……。」

 

 希「ほんまに連れて帰ってきてよかったわ。まだ外にいたら、きっと今頃、良からぬ男子に捕まっとったよ?」

 

 ほのか「大丈夫ですよ……。私、剣道やっていたので。」

 

 希「おお〜。武道を習ってるなんてカッコええなあ。」

 

 ほのか「そうかな。」

 

 部活は剣道部ということやろうか。そういえば、昔ににこっちが剣道部の格好をしとったけど、なかなかに滑稽やった記憶が……。

 そして、うちはほのかちゃんの端端の言葉を聞き逃したりはしていない。

 

 ほのか『でも、希ちゃんには迷惑かけちゃいますし……。』『くすっ。やっぱり可愛んだなぁ。』

 

 うちが名前を教える前に、ほのかちゃんはうちのことを『希ちゃん』と言っていた。それに、『やっぱり』という言葉が妙に引っかかる。

 

 真姫『の、のぞみ……。μ'sって全員で9人よね?』

 

 仮に真姫ちゃんの話が本当なんやったら、うちらが忘れてしまっている9人目の子がどこかにいることになる。この仮説通りだとしたら、真姫ちゃん以外の子だって気がつくはず。にも関わらず、うちを含めて誰も反応しなかったのだから、その子自身がオカルト的な超常現象を引き起こして、何かをした可能性が大いにあり得る。

 この手の話は大好物やし、何よりもこの時期に仲間がそんなことをするのには余程の事情があったに違いない。

 

 色々と総合して考えると、容姿、雰囲気、あそこで偶然に出会ってしまったスピリチュアルさのどれをとっても9人目は彼女だと、うちの直感は答えを導き出した。

 

 希「ねえ、ほのかちゃん。」

 

 ほのか「はい?」

 

 希「せっかく仲良くなったんやし、タメ口で話さない?」

 

 ほのか「でも、希さんは年上なので……。」

 

 またうちが教えてないことを知っとる。これはかなり黒や。

 

 希「それは言いっこなしやなかったっけ?うちらは先輩禁止やろ?」

 

 ほのか「えっ。」

 

 一瞬でほのかちゃんの顔が驚嘆したものになった。それはそう、先輩禁止なんて会ったときから今まで話したことがないから当然だ。

 

 ほのか「でもさっき会ったばかりだし、そんな約束なんてしてないですよ。」

 

 希「そうやったっけ?」

 

 ほのか「それに自分で仲良くなったんだからって言ってるじゃないですか。」

 

 希「それもそうやね〜。」

 

 ほのか「希さんって意外と天然なんですね。」

 

 希「そんなこと、他であまり言われたことないんやけけど……。」

 (そんなに甘くはなかったかあ。直感的にこの子だったら押し通せる気がしたんやけど……。)

 

 希「それはええから、敬語はなしな?希さんも堅苦しいから、友達のように呼んでほしいなあ。」

 

 ほのか「本当にいいんですか?」

 

 希「うちが頼んどるんやし、それは気にしないでええよ?」

 

 ほのか「じゃあ、希ちゃん。これからよろしくね。」

 

 希「うん。こちらこそよろしくね。」

 

 なぜか懐かしい気持ちになるあたり、いよいよ不気味さすら感じてくる。

 

 希「そうしたら、早くご飯を食べてお風呂に入ろか。」

 

 ほのか「そうだね。希ちゃんは勉強しないとだもんね。」

 

 希「そうと決まれば、それっ!」

 

 ほのか「ひゃっ!わわわぁっ!」

 

 うちの挨拶がわりのワシワシをほのかちゃんにもしてあげた。この感触からして、意外と着痩せするタイプなんやろうか?

 

 希「……ほのかちゃんはなかなかやね。これならうちが使えなくて取ってあった下着が使えるかな?」

 

 ほのか「だ、大丈夫だよっ!下着は自分で買ってくるから!!」

 

 希「そう?そこまで言うなら任せるけど。」

 

 ほのか「あと、ワシワシはそこらへんでご勘弁をっ!」

 

 

 

 今日のノルマだった分の勉強を終わらせてから、うちとほのかちゃんは同じベッドで寝ることになった。

 

 希「狭くない?」

 

 ほのか「大丈夫だよ。むしろ希ちゃんに狭い思いをさせてごめんね。」

 

 希「冬やし、全然平気だよ。」

 

 ほのか「そう、かな。」

 

 うちらは仰向けになりながら暗くなった部屋で話していた。お互いの顔はよくは見えないけど、なんとなくどんな顔をしているのかはわかる気がした。

 

 ほのか「……えへへ。」

 

 希「どうしたん?」

 

 ほのか「あったかいなあって。」

 

 希「……うふふ。」

 

 うちにも妹ができた気分になる。えりちがアリサちゃんを溺愛している気持ちがわかった気がした。

 

 希「さあ、明日もあるし、もう寝よか。」

 

 ほのか「うん。」

 

 希「おやすみなさい。」

 

 ほのか「おやすみなさい。」

 

 

 

 

 

 

 ふと気がつくと、雪の降るステージが目の前に広がっていた。隣にはえりちとにこっちが緊張した面持ちで立っている。

 

 希「みんな、緊張してる?」

 

 絵里「ええ。でも、いい緊張感よ。」

 

 にこ「こんなところで止まってられないわよ。みんな、ボーっとしてなんかいられないんだからね?」

 

 これは地区予選決勝のときの思い出。うちの気持ちが降り積もったステージで、みんなと一緒に歌うことができたなんて、こんなに幸せなことは、今までなかった。

 

 花陽「大きなステージだから、私の小ちゃい声じゃ……」

 

 凛「大丈夫、こんなに寒いんだから、凛たちの熱の入った声はみんなにも届くにゃ!」

 

 真姫「それに、私たちは1人じゃない。でしょ、希?」

 

 希「そうや。みんながひとつになって初めてμ'sになるんよ。」

 

 ここまで一緒に支え合ってきたみんなとだから、苦しいときがあっても乗り越えてこれた。それは誰か1人欠けてもなし得なかったことだから。

 

 ことり「ふふふ♪笑顔になれる、良いライブにしようね!」

 

 海未「ええ。全力を出しきって、悔いのないようにしましょう。」

 

 

 みんなに『大好き』の気持ちを届ける。

 

 

 ???「私たちの『好き』の気持ちを最高のライブにして、みんなに届けよう!!」

 

 

 

 希(え……。だれ、なの……?)

 

 

 頭が割れそうに痛んで、思わず目を覚ました。何か開けてはいけないパンドラの箱に触れてしまったような気になる。隣の穂乃果ちゃんに視線を移すと、起こしてしまった様子はなく、ひとまず胸を撫で下ろした。

 

 希「……君は本当に9人目の女神さんなの?」

 

 明日、ほのかちゃんをみんなのところへ連れて行こう。それではっきりすることもあるだろうし。

 結局、その後も頭痛が引くまで起きていたけど、そのまま治らなかったから、浅い睡眠を繰り返しながら朝を待つことになった。

 

 うちは何か大きなミスをした予感が、この時にすでにしていた。でも時間は過ぎていく。無情にも……。

 

 



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終わりのはじまり(高坂穂乃果 Part1)

 

 穂乃果「μ’sは私が守らなきゃ。」

 

 雲が一つもない、満点の星空の下を私は走っていた。向かう先は私の大切で大好きな学校、音ノ木坂学院。時間は夜の十一時ちょっと過ぎ。高校生の私が外をウロウロしてちゃいけない時間だ。そんな時間に学校に向かっているのは、今の私の最悪な状況をなんとかできるチャンスがきたから。

 

 遡ると、私が所属しているスクールアイドルグループ「μ’s」は、ラブライブ最終予選のあの日以来、たくさんの辛い思いをしてきた。

 特に親友のことりちゃんは、メンバーの誰よりも辛い思いをしたことで、自分自身を傷つけてしまった。ことりちゃんは、ほんわりと優しい顔と声をしていて、いつも私の側にいてくれる最高の友だち。だから、ずっと会えない日が続いたのは、とてもショックだった。友達になったときから今までで、五日も合わなかった日なんてなかったはずなのに、今回の事件がきっかけで会えなくなってから二週間以上は経ってしまった。

 もちろん、無理にでも会おうとしたけど、部屋の中にいたことりちゃんは泣き叫んで私を拒んだ。とっても辛かった。

 

 私には幼なじみがもう一人いて、名前は海未ちゃんって言う。ちょっと厳しいけど、お母さんみたいに優しくて、お父さんみたいにカッコいい、剣道も弓道も日舞も作詞だってできちゃう最強の友だち。

 でも、そんな海未ちゃんにも弱点があって、そのうちの一つがことりちゃんが絡んだ事件になると我を忘れるってこと。だから、今回の件で、私と同じようにことりちゃんに拒絶されたのが、相当に堪えてしまったみたい。ついには、ことりちゃんだけじゃなくて、海未ちゃんもまともに話してくれなくなった。

 

 他のメンバーも笑っている姿を見かけなくなった。凛ちゃんも、花陽ちゃんも、真姫ちゃんも、絵里ちゃんも、希ちゃんも、にこちゃんも。みんないつも笑っていたのに、今までの日常が私の見ていた夢だったんじゃないかって思う日もあった。

 そのうちに、受験を控えた三年生は学校に来なくなって、学校に残されたのは私と一年生の三人だけになってしまった。一年生のみんなも、私が話しかけに行くと哀しそうな顔をするだけで、お喋りしたり、笑ってくれたりはしなかった。それでも、いつかは笑える日が来るって、私は信じてた。だから、たとえラブライブに出られなくても、三年生が卒業するまでは、みんなとμ’sでいたいって思ってた。

 

 そんな辛い状況に追い打ちをかけるように、大好きな学校にも問題が起こってしまった。私たちの問題が学校側の不祥事だとみなされ、今年の生徒募集を見送ることになってしまったらしい。一度廃校から救ったはずの音ノ木を、自分たちがまた廃校に追いやってしまった。音中(音ノ木坂中学校:穂乃果たちが通っていた中学校)が統廃合したって聞いたときも泣いたけど、今回は自分たちのせいだから泣いて済まされる話じゃない。

 それに、スクールアイドルの大会、ラブライブは、私たちの問題が大きく取り上げられたことで、第二回大会は中止にせざるを得なかったらしい。その話は、街中ですれ違ったA-RISEのツバサさんに教えてもらった。その時には「あなたたちの責任ではない。」と慰めてもらったけど、きっとツバサさんがそのことを知った瞬間は、私たちのことを恨んだに違いないんだ。

 落ち込む私を見てか、学校でも家でも、私の周りの人はできるだけ笑顔でいようとしてくれていた。それは嬉しかったし、あったかい気持ちになったけど、それよりも、ごめんなさいって気持ちが強くなって、一度だけ耐えきれなくて学校の屋上でひとりきりになって泣いた。

 

 

 そのときだった。希ちゃんの教えてくれた都市伝説を思い出したのは。

 

 『オトノキ七不思議』の7つ目の怪談話。満点の星空が広がった日、学校の屋上で自分の思い描いた世界を強く望みながら眠るとその世界に行くことができる。叶えられる思いの大きさと、その世界にいる時間は、自分の差し出した『代償の大きさ』によって変わる。

 今のどうにもならない状況をひっくり返すにはこれしかない。そう思った。

 希ちゃんには興味本位でやったらいけないと言われていたけど、こんなチャンスを試さないなんて私らしくない。

 

 そして今に至る。私は、その怪奇現象を起こしに学校に行くんだ。

 学校に着くと、私は屋上を目指す前に部室に向かった。理由は、これから起きる怪奇現象のせいで、何か起きたときにみんなを心配させないために手紙を置いていきたいから。暗闇の中、にこちゃんから譲ってもらった部室の鍵を使ってドアを開けた。真っ暗な部室は、まるで今の私たちの様子を表しているようで、なんだか虚しい気持ちになってしまう。

 

 穂乃果「ここにしよう。」

 

 キーボードの下に手紙を置いておくことにした。ここなら誰かがわざと置いたってことが伝わるし、それに

 

 穂乃果「ここにあったら、最初に見るのはきっとにこちゃんだよね。」

 

 この手紙は、にこちゃんに見つけてもらいたかった。なんとなくだけど、にこちゃんならみんなを守ってくれる気がするから。

 

 部室を後にした私は、階段を上って屋上に向かった。大切な私たちの練習場所。

 階段を上りきってたどり着くと、そこは冷たく澄んだ空気によってキラキラと光り輝くステージになっていた。月明かり、星明かり、街明かり、音ノ木坂のキラキラを全て閉じ込めた場所、私には神聖にすら感じた。

 

 穂乃果「始めるよ。」

 

 希ちゃんの教えてくれた通り、屋上の真ん中で祈るようにして手を握る。寒くてかじかんでいる手だったから、うまく力が込められないけど、心の中にあった想いは生きてきた中で一番強かった。

 

 穂乃果「お願い。あの事件を、私たちを壊してしまったあの事件を、なかったことにしてください。」

 

 百パーセント図々しいお願い。こんなこと、すっごく優しいことりちゃんにだって頼めたことじゃない。だから、私が払う代償が大きくなることは覚悟できていた。

 

 穂乃果「なんでも、私のものならなんでも差し出します。だから、みんなが笑って過ごせる学校生活を返してください。」

 女性「何でも、って言った?」

 穂乃果「ん?ううぇえ!?」

 

 ぎゅっと目を瞑っていたせいで、目の前に人がいたことに気づかなかった。

 

 女性「そんなに驚かなくても……。」

 穂乃果「い、いやっ、だって!」

 女性「あ、私はこの学校の関係者だから安心しなさい。」

 穂乃果「なぁんだ。」

 女性「そうそう、不審者の類ではないのよ。」

 穂乃果「安心しました!」

 (そっか、そっか。なら、驚く必要もないよねぇ……。)

 

 穂乃果「じゃ、ないですよ!」

 女性「えぇ……。」

 穂乃果「こんな時間に、なんでここにいるんですか!?」

 女性「あなたには言われたくないわよ。」

 穂乃果(た、確かに……。)

 女性「強いて言えば、あなたの願いを叶えに来た、かな。」

 

 そう言った彼女の瞳は、街の明かりに反射して怪しく紫水晶のように光った。その瞳は、とてもとても澄んでいた。私のモヤモヤした心も見透かしてしまいそうなくらい。

 

 穂乃果「ということは……あの話は本当に!」

 女性「喜ぶのはちょっと早いわよ。」

 穂乃果「え?」

 女性「夢の分の代償、払わなければならないのは覚えてる?」

 穂乃果(なんだ、そんなことかあ。)

 

 穂乃果「覚悟はできていますよ。」

 女性「軽く二つ返事してるけど…」

 

 女性の眼差しが鋭くなって、どきりとした。

 

 女性「過去の出来事と全ての人の記憶を変えるのだから、あなたが差し出すものは、あなたの世界の記憶になるのよ。」

 穂乃果「記憶?」

 女性「そう。でも、正確にはあなた自身の記憶ではないの。」

 

 女性が何を言っているのかわからなかった私は、頭の上にはてなマークを出した。

 

 女性「端的に言うと、これから生まれる世界では、みんなの記憶の中に『高坂穂乃果』がいないってことになるのよ。」

 穂乃果「え……?」

 

 世界の時間が一瞬止まった気がした。これじゃあ、「代償」を差し出すのは、私じゃなくてみんなの方だ。そのことに少なからずショックを受けた。

 

 穂乃果「私には、何も起こらないの?」

 女性「起きてるじゃない。」

 穂乃果「私にじゃなくて、みんなにだと思う。」

 女性「……考えが甘いと思うけど。」

 

 いつの間にか、女性の口調が厳しくなっていた。それがとても怖かった。

 

 女性「みんなから忘れられるってことは、あなたの存在が死んだも同然なのよ。」

 穂乃果「そ、そんな!」

 女性「人が死ぬ瞬間っていうのはね、魂が消えたときじゃない。みんなから思い出されもしなくなったときなんだから。」

 

 よく考えて想像をすると寒気がした。誰が私のことを見ても、初めて会ったような視線をしてくる世界。お母さんも、お父さんも、ユッキーも、μ’sのみんなも、誰も声なんてかけてくれない。私がいらない世界。

 

 穂乃果「や、やだ……。」

 女性「やっとわかった?なら、諦めて帰ったほうがいいわよ。」

 

 忘れられたくない。でも、この状況で何もできないほうがもっと嫌だと思う。

 

 穂乃果「でも、もういやだよ。このままなんて。」

 女性「……後戻りはできないのよ?わかっていて言ってるの?」

 穂乃果「私は前に進むって決めたの!」

 

 覚悟を決めた私の顔を見て、目の前の女性が諦めた顔をしたのがわかった。

 

 女性「なら、ひとつだけ、あなたを助けてあげる。」

 穂乃果「え?」

 女性「もし、これから行く世界がどうしても辛かったら、ここに戻って祈りなさい。今の世界に戻してあげるから。」

 

 後戻りできないと覚悟していたのに、棚からぼた餅のようなお話に面食らった。今の世界へ帰ってこれる。つまりリセットができるってことなんだ。

 

 穂乃果「ありがとう。」

 

 改めて女性の目を見て私が明るく言うと、逆に女性は目をそらして唇を噛んだ。

 

 女性「ねえ、最後にお願い。」

 穂乃果「なんですか。」

 女性「これから何があっても、自分だけを責めないで。」

 

 その一言が、誰かの姿とダブったように見えた。ただ、それが誰との姿なのかハッキリとしなくて、返答を考えるためにも、その記憶を探るのを一旦やめた。

 

 

 穂乃果「私は大丈夫ですから。」

 

 その言葉を聞いて、女性は憂に満ちた顔をした。最後に感謝の言葉を伝えたかったけど、モニターの電源が落ちるように視界が真っ暗になったので、私は声をかけるのを諦めて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 穂乃果(眩しい。もうお昼か……。)

 

 どうやら、無事に私は違う世界に飛べたみたいで、一瞬にして明るい世界の下にいた。さっきまで暗い夜空の下にいたから、久しぶりの晴れ空は私にとっては眩しすぎるくらいだった。見渡すと、お昼休みによく来ていたベンチに寝転がっていたみたいで、誰にも起こされなかったのが不思議な感じがする。

 ずっと寝ていても、私服でいる以上は怒られちゃうから、一度家に帰ろうと思って校門に向かって歩き出した。すると、清掃のおばさんがお仕事をしていたので、いつものように挨拶をした。いつもならここで少しお喋りが始まったりするのだけど、今日はただ返事をされて会話が続かなかった。何だか余所余所しく扱われた感じ。

 

 穂乃果「あ。」

 

 違う。この世界は誰も私のことを覚えていない。だから、あのおばさんが余所余所しいんじゃなくて、私が馴れ馴れしいってことになる。そして、知っている人と会うたびに、こんなモヤモヤした気分になることも察した。だとしたら、お母さんや、お父さん、ユッキー、μ’sのみんなに冷たくされたときはモヤモヤした気分だけでは済まない気がした。

 それでも、みんなが、ことりちゃんが元通りになっているかを見届ける責任が私にはある。勝手に書き換えた世界が、みんなにとって不幸なものであってはいけないから。

 善は急げとも言うし、早速私たちの部室へ向かうことにした。制服を着ていなかったから、途中で警備員さんに止められかけたけど、学校見学だと嘘をついたら通してもらえた。案外、私って子どもっぽく見えるのかもしれない。なんか、ショックだよ……。そして、部室に着くと、案の定鍵がかかっていて、私が来た世界とは何も変わっている様子がなかった。

 

 穂乃果「どうして……。」

 ヒデコ「アイドル研究部に何かご用事?」

 穂乃果「えっ。」

 

 ドアの前で考えこんでいた私にヒデコが声をかけて来てくれた。さすがヒデコ、やっぱり持つべきは友達だよね。

 

 穂乃果「今日も、みんなは集まって来てないのかなって。」

 ヒデコ「みんなって、μ’sのことですか?」

 穂乃果「……はい。」

 

 いけない。やけに他人行儀な受け答えをされていると思ったら、ヒデコだって当然に私を覚えているはずがないじゃない。ヒデコに忘れらているのは、さっきのおばさんのときよりも応えるものがあった。

 

 ヒデコ「多分、海未ちゃんたちなら屋上で練習しているんじゃないかな?」

 穂乃果「練習?」

 ヒデコ「ラブライブに向けて、みんなで練習しているところだと思うよ。」

 

 ラブライブに向けて、みんなでってことは、過去の出来事が変わったってことになる。それなら、ことりちゃんも怪我をしないで済んだってことなんだ。つまり、またみんなで楽しいステージを作れるんだ!

 

 穂乃果「ありがとう、ヒデコ!!」

 ヒデコ「えっ、何でわ」

 

 舞い上がっていた私はヒデコの質問を聞き終わる前に屋上へと走った。これでまたみんなと一緒にμ’sとしていつものように過ごせるという高揚感が、まるで背中に翼を与えてくれたかのように感じた。一段一段の上りもいつもの半分くらいの力で越えていって、ついに屋上に続くドアの前までやって来た。少しドアを開けて様子を見ると、そこには

 

 

 絵里「うん。形になってきているわ。」

 海未「そうですね。最後まで通して踊れましたし、一旦水分補給をしましょう。」

 凛「ふぅ。今回はリズムが難しいにゃ……。」

 花陽「メロディーが早いから合わせるのが大変だよぉ。」

 にこ「これくらいで…音をあげてたら…優勝なんて…そのまた先よ……。」

 凛「人のこと言えないにゃ。」

 

 

 久しぶりにみんなの笑顔が咲いていた。心の底から溢れ出てきている笑顔がずっと見たかったんだ。私が見たかったみんなの笑顔だった。

 

 穂乃果「みんな……。」

 

 頰にあったかい何かが伝った感触がする。これは、今までの哀しくて流れたモノとは違う。

 

 穂乃果「もどって、きた、んだよ、ね……?」

 

 その幸せな空間に喜びを感じてすぐに会いに行こうかと思ったけど、私の足は先に進むことをやめた。この世界は私がいない世界なんだ。私はみんなと関わっちゃいけないはずだ。となれば、私が取るべき行動はみんなからそっと身を引くことだと直感的に感じた。

 

 穂乃果「……みんな、頑張ってね。」

 

 私は慣れ親しんだ屋上のドアをそっと閉めてみんなのもとを離れた。このようなご都合主義な展開には落とし穴があるのが定石で、自分が色々と関わってしまえばしまうほど悪い状況に進んでいくんだ。今回は私を忘れてもらってこの世界が成り立っているのだから、万が一にもみんなが私を思い出すようなことがあれば、この世界はなくなっちゃうかもしれない。そう考えたら、私はみんなと顔を合わせちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 学校を出てから、帰る家もない私は彷徨うように歩いた。騒がしい秋葉原の街並みが、より一層孤独を感じさせている。この世界には私の居場所がない。名前を名乗っても誰も思い出してはくれないし、見ず知らずの子を助けてくれるほど世の中は優しくないと思う。それに、今はみんなが思い出してしまうようなことがあっちゃいけない。

 

 穂乃果(どうしようかな……。)

 

 大好きな学校の廃校も取り消せて、μ’sもバラバラにならず、そればかりか念願のラブライブに出場できる。あの事件から描き続けてきた夢物語が、叶っているのだから心の底から嬉しいはずなんだ。

 それなのに、そこに私の居場所がないってだけで、こんなにも寂しく感じてしまうとは思ってなかった。

 

 穂乃果(あったかいし、明るいからお店の中にいよう……。)

 

 お金も持ってないし、本当はやっちゃいけないことだってわかってはいたけど、このまま薄着で寒くなった外を歩き続けることもできないと思ったから目の前にあるスーパーの中に入った。

 店内にはお惣菜や私の好きなパンの売れ残り商品が置かれていて、思わず手を伸ばしたくなったけど、お金を持っていなければ何も出来ないことはわかっていたから見るだけにした。私はお店の中をカゴも持たずにグルグルと歩き続けるだけしかできなかった。

 そうしてお店を5周か6周したときだった。

 

 穂乃果(あ、これってまだ私たちの曲がないときに練習したアイドルの歌だ……。)

 

 有線で流れていた歌が、自分たちの曲がなかったときに練習で使っていたものに変わって、思わず足を止めて聴いてしまう。

 あのときのダンスは今でも覚えている。まだまだダンスの基礎ができていないから身体の軸がブレブレで不恰好だったけど、それでも必死になって練習を続けていた。私もことりちゃんも海未ちゃんも、試行錯誤してお互いを励ましあいながら頑張っていたんだ。

 

 穂乃果(その記憶も、この世界で覚えているのは私だけなんだよね。)

 

 苦しさで胸がいっぱいになって、私は勢いよくお店の外に出てきてしまった。自分で決めたことなんだから、これでよかったんだ。

 

 穂乃果「辛くなんて、ないよね……。」

 

 違う場所を探しに行こうと顔をあげた時、誰かがこちらを見ていることに気づいた。

 

 穂乃果(どうして!)

 

 そこには、希ちゃんが立っていた。待ち合わせもなにもしていない。だって向こうは私を覚えてないはずなんだから。色々と頭の中でグルグルと考えたけど、希ちゃんと接触しないためにもひとまずこの場を立ち去ろうとすると

 

 希「ちょ、ちょっと待って?うちは別にそんな怪しい人じゃないやん?」

 

 希ちゃんに話しかけられてしまった。最初から私に声をかけるつもりだったのかもしれない口ぶりだった。

 

 穂乃果「どうかしましたか…?」

 

 私の精一杯の返答。これ以上のいい言葉が私の中には思い浮かばなかった。

 

 希「いやあ。こんな暗くなってるのに女の子が1人でいるから、どうしたんやろ、って気になってな?」

 穂乃果「1人になりたいと思って……。」

 

 これまた苦し紛れの返し言葉。

 

 希「そっか。」

 

 難しそうな顔を希ちゃんがしているけど、話している感じはやっぱり私を覚えていないみたいで、改めて少し傷つく。いつもの希ちゃんなら、もう一言くらい何か言ってくれる。

 

 希「うちが言えた義理じゃないけど、あんまり暗くなってからは1人でいない方がええよ?」

 穂乃果「そうですよね。ありがとうございます。」

 希「うん。それなら、早く家に帰ろうか。」

 穂乃果「えっ。」

 

 意味がわからなかった。というより、その思考にたどり着かなかった。帰る、この状況で?さすがに厳しいよね……。

 

 希「そこにいても仕方ないやん?」

 穂乃果「そうなんですけど……。」

 希「あんまり遅くなると家族の人に心配されるよ?それとも、何かあったん?」

 

 言い逃れはできそうもないし、ぼかしてこの状況を伝えたよう。

 

 穂乃果「……もう、家には帰れないんです。」

 希「……なるほどね。」

 

 希ちゃんなのに、あっさりと受け入れてくれたことに驚く。

 

 希「それやったらうちの家に泊まってく?」

 穂乃果「えっ。」

 

 予想の斜め上の選択肢。希ちゃんの家に居候。これは、どうなんだろう。希ちゃんが私を思い出すことはないのかな。

 

 希「ほら、高校生だけどうちは一人暮らしやし、他の人に迷惑になったりしないからその方がいいやん。」

 穂乃果「でも、希ちゃんには迷惑かけちゃいますし……」

 希「うちとしてはあなたをこのまま放っておく方が気になってしまうんよ。」

 穂乃果「えっと……えっと……。」

 希「うちもちょうど話し相手が欲しかったんよね。」

 穂乃果「話し相手……。」

 希「さっき言ったやろ?うちは一人暮らしやから、家に帰ると話し相手がいないんよ。」

 穂乃果(なんか、様子がおかしいなあって思ったら、希ちゃん、まさか……)

 

 穂乃果「……ひょっとして、寂しがり屋だったりしますか?」

 希「えっ!」

 穂乃果(あぁ。これは、アタリだね。)

 希「ち、違うよ?ほら、なんというか、ほっとけないんよ!さっきも言ったやろ?」

 穂乃果「くすっ。思ってたよりも可愛いんだなぁ。」

 希「ほ、ほら!風邪引く前にうちの家に帰ろう?」

 

 いつもの希ちゃんらしくなくてちょっと面白かった。でも、運が良かったのかもしれない。神様、希ちゃん、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 希「遠慮しないで上がってね。」

 穂乃果「おじゃまします……。」

 

 2回目の希ちゃんの部屋への訪問。みんながいない分、前よりも少し広く感じた。

 

 希「へぇ。ほのかちゃんって、よく見るとかわいいんやね〜。」

 穂乃果「改めてそう言われると恥ずかしいですよ……。」

 希「ほんまに連れて帰ってきてよかったわ。まだ外にいたら、きっと今頃、良からぬ男子に捕まっとったよ?」

 穂乃果「大丈夫ですよ。私、剣道やっていたので。」

 希「おお〜。武道を習ってるなんてカッコええなあ。」

 穂乃果「そうかな?」(ワシワシのときの希ちゃんには敵わないから、何とも言えないんだけどね……。)

 希「ねえ、ほのかちゃん。」

 穂乃果「はい?」

 希「せっかく仲良くなったんやし、タメ口で話さない?」

 

 これは、どうしよう。その方が自然に話せるけど、その勢いで余計なことまで話しちゃいそうだし……。

 

 穂乃果「でも、希さんは年上なので……。」

 希「それは言いっこなしやなかったっけ?……うちらは先輩禁止やろ?」

 穂乃果「えっ。」(うそ?希ちゃん、まさか、覚えてるの?)

 

 淡い期待が浮かんだけど、すぐに冷静になれた。相手が凛ちゃんやにこちゃんだったら信じたけど、目の前にいるのは希ちゃんだ。私のことを試そうとしているってすぐにわかった。

 

 穂乃果「でもさっき会ったばかりだし、そんな約束なんてしてないですよ。」

 希「そうやったっけ?」

 穂乃果「それに自分で仲良くなったんだからって言ってるじゃないですか。」(やっぱり、覚えていなそう?試された、っぽい。)

 希「それもそうやね〜。」

 穂乃果「希さんって意外と天然なんですね。」

 希「そんなこと、他ではあまり言われたことないんやけけど……。それはええから、敬語はなしな?希さんも堅苦しいから、友達のように呼んでほしいなあ。」

 穂乃果「本当にいいんですか?」

 希「うちが頼んどるんやし、それは気にしないでええよ?」

 

 ここは勢いに乗った方が良さそうだと思った。

 

 穂乃果「じゃあ、希ちゃん。これからよろしくね。」

 希「うん。こちらこそよろしくね。」

 

 希ちゃんの柔らかい笑顔に心が落ち着いていく。安心できる場所があるだけで、こんなにも明るい気持ちになれるとは思わなかった。 

 

 希「そうしたら、早くご飯を食べてお風呂に入ろか。」

 穂乃果「そうだね。希ちゃんは勉強しないとだもんね。」

 希「そうと決まれば、それっ!」

 穂乃果「ひゃっ!わわわぁっ!」

 

 早速、希ちゃんの神速のワシワシ攻撃。当然、避けきることはできません。

 

 希「……ほのかちゃんはなかなかやね。これならうちが使えなくて取ってあった下着が使えるかな?」

 穂乃果「だ、大丈夫だよっ!下着は自分で買ってくるから!!」

 希「そう?そこまで言うなら任せるけど。」

 穂乃果「あと、ワシワシはそこらへんでご勘弁をっ!」

 

 

 

 お風呂も済ませて、ご飯を食べた後、希ちゃんの勉強を邪魔しないように一人でいると、どうしても拭えない不安と孤独感が私を襲って、真っ黒な気持ちが心の中を埋め尽くしていった。そして、寝る時間になり、床で眠ろうとしていた姿を見ていた希ちゃんが、風邪をひくからとベッドの中に入れてくれた。

 

 希「狭くない?」

 穂乃果「大丈夫だよ。むしろ希ちゃんに狭い思いをさせてごめんね。」

 希「冬やし、全然平気だよ。」

 穂乃果「そう、かな。」

 

 希ちゃんのあったかさがお布団の中で伝わってくる。そのあったかさは心もぽかぽかにして、嫌な気持ちも全て飛ばしてくれた。

 

 穂乃果「……えへへ。」

 希「どうしたん?」

 穂乃果「あったかいなあって。」

 希「……うふふ。」

 

 希ちゃんの優しい声は、さっきの黒いモヤモヤを拭い取ってくれる気がした。

 

 希「さあ、明日もあるし、もう寝よか。」

 穂乃果「うん。」

 希「おやすみなさい。」

 穂乃果「おやすみなさい。」

 

 希ちゃんには悪いけど、このまま希ちゃんとの生活が続いてもあまり嫌じゃないかもしれない。そんな風に考えてしまうのは、きっと図々しいことなんだ。でも、屋上に咲いていたみんなの笑顔は、今いる世界じゃないと見られないものだと思うと、私の気持ちもきっと間違っていないはずなんだ。

 

 だから、だからせめて今だけは、確かに感じられるこの温かさは消さないでください。

 

 

 



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1月19日
敵(絢瀬絵里 Part1)


 

 真姫の様子がおかしかったのには理由があると思ってずっと気になっていたけど、次の日になって希の顔色もおかしなことに気づいた。ただ、当の希自身はそのことに気づいていなそうで、ご機嫌そうに部活のことについてお喋りしていた。

 

 絵里「希、大丈夫なの?」

 希「うん?急にどうしたん?」

 絵里「今日は顔色があまり良くないわ。」

 

 希はペタペタと自分の顔を確かめるように触った。それだけじゃ、わかるはずないじゃない。

 

 希「えりちにはそう見えるんや。確かに、昨日はあまり寝付けられなかったんよ。」

 絵里「今は大会前だし入試前でもあるから、あまり無理しないでね。」

 希「えりちは心配性やね。睡眠不足で調子悪くなるほどうちは弱くないんよ。」

 絵里「ふふっ。丈夫なら何よりよ。」

 

 単なる寝不足とは考えにくいけど、誤魔化すってことは言いにくいことなのでしょうから、無理に詮索するのはやめることにした。

 

 希「そういえば。」

 絵里「どうかしたの?」

 

 希がわざとらしく人差し指を立てて、話題を変えてきた。

 

 希「昨日、可愛い妹が来たんよ。」

 絵里「え、希にも妹なんていたの?」

 希「ううんううん。妹のような友達ができたって感じかな。」

 

 今まで知らなかった新事実を話されるのかと思って焦った。本当にいたずら好きよね、希って。

 

 絵里「びっくりさせないでよ、もう。」

 希「でね、その子が可愛くて、えりちの気持ちが少しわかった気がするんよ。」

 絵里「私の気持ち?」

 希「そう。アリサちゃんと一緒にいるときのえりちの気持ちが。」

 

 希の顔がフニャッと柔らかくなる。今まで悟ったことはなかったけど、亜里沙の話をしているときの私もきっとこんな顔をしているのだろうと思って、心の中で少し笑ってしまった。

 

 絵里「ああ、そういうことね。そうね、確かに亜里沙のことはとても大事だし、自慢の妹だと思ってるわ。」

 希「それでね、ウチが眠れなかったのは、急にそんな子ができてドキドキしてたからかもしれないなって。」

 

 しかし、よく考えるとその新しくできた妹さんは、妹なんて言うくらいだし、希の家にいるということになるのかもしれない。本当にそれって大丈夫なのかしら。

 

 絵里「ちょっと待って、希。つまり、その子は希の家にいるの?」

 希「昨日から一緒に住んでるよ。」

 絵里「……大丈夫なの?」

 希「何が?」

 絵里「何がって、希の負担になっていないか心配してるのよ。」

 希「ほのかちゃんは良い子やし、何よりも一人じゃないから安心するかな。」

 

 「ほのか」は妹さんの名前のようだけど、どこか懐かしい響きだと感じてしまう。前にも聞いたことがある。そんな気がした。

 

 絵里「そう、希は優しいのね。」

 希「優しいというか、お節介焼き?」

 絵里「確かに、そうかもしれないわね。」

 希「そこは否定してほしかったなあ。」

 絵里「それで、その子としては希の家にいて大丈夫なの?」

 希「ううーん。なんか家出してるっぽいから、気が済むまではいさせてあげようかなって。」

 絵里「あまり良くないとは思うから、なるべく早く帰してあげないとよ?」

 希「わかってる。けど、可愛いから離したくないなあ。」

 絵里「のぞみ。」

 希「大丈夫やって。そこの節操はしっかりしてるつもりだから。」

 絵里「まったく、もう……。」

 

 この子は本気で言っているのか、冗談で言っているのかわからないことがよくある。その家出しているほのかちゃんの親御さんにも心配をかけさせないためにも、希には早く妹離れしてもらわないといけなそうね。

 

 にこ「『希ったら。』で済ますあたり、絵里も甘いのよ。」

 

 不意に後ろに立っていたにこに毒づかれた。

 

 絵里「い、いつの間にいたのかしら?」

 にこ「希の『否定してほしかったなあ。』からよ。」

 希「えりちの優しいところがたっぷり見れたね。」

 にこ「優しいのは希にだけよ。」

 

 ジトッとした目でにこが見つめてくる。どうして二人に冷やかしの目線を向けられているのか全くわからない。

 

 絵里「二人して私をからかっているのかしら?」

 希「いやいや、まさか。」

 にこ「その言い方じゃ説得力ないわよ!」

 絵里「もう、いいわよ。」

 

 このまま話していても希のペースに持っていかれちゃうし、話を終わらせることにした。

 

 にこ「ほら、拗ねちゃったわよ?」

 希「ごめんてえりち。今度何か奢るから。」

 にこ「やり方が古いわね。」

 絵里「……チーズタピオカ。それで許すわ。」

 希「また、意外なところを……。」

 にこ「一本食わされたわね。あそこ、人気だから並ぶの大変よ?」

 希「ムムム……。」

 絵里「うふふ♪」

 

 この勝負、私の勝ちね。なんて、いっぱい食わせてあげた希を見ながら満足していると、続けて希が口を開いた。

 

 希「まあ、いいや。それでね、その子を今日の練習に呼んだんだ。」

 にこ「急すぎるわよ。」

 絵里「学校の許可は?」

 希「学校見学ってことにして♪」

 にこ「やりたい放題ね……。」

 

 希の強引さには呆れるくらいだけど、臆病者な私にはこれくらいの方がいいのかもしれない。そう、μ’sに入った時みたいに……。

 

 絵里「なら、今日の練習は張り切らないとかしら。」

 希「そうやね!」

 にこ「まったく。しょうがないから、にこの虜にしてあげちゃうにこ。」

 希「うーん、にこっちはブレないね。」

 にこ「冷めた目で見ないで!」

 

 にこの叫び声が廊下に反響している中、明るい茶髪をした少女がこちらに駆け寄ってきた。

 

 希「きた、きた!」

 ほのか「遅かったかな?」

 希「平気だよ。」

 

 希と自然な会話をしているあたり、どうやら彼女がほのかさんらしかった。

 

 絵里「その子が?」

 希「そうだよ。」

 ほのか「初めまして、ほのかって言います。」

 にこ「えっ。」

 希「にこっち?」

 にこ「な、なんでもないわよ。」

 

 にこの意味深な反応が気になるものの、ほのかちゃんがどんな子か見ることができて安心した。見た目は、悪い子じゃなさそうだし、何よりも希が一緒にいて楽しそうにしているのが見れたから何も文句はなかった。

 

 絵里「初めまして。私は絢瀬絵里。高校三年生で希の友達よ。それと、この前までこの学校の生徒会長をしていたわ。よろしくね。」

 ほのか「よろしくお願いします。」

 

 ほのかさんの挨拶が終わって、にこの様子を気にした希が顔を曇らせた。

 

 希「にこっち?」

 

 にこ「あなた、本当に初めまして?」

 ほのか「え?」

 

 にこの質問でドロッとした嫌な空気が流れ込んだ。にこに悪意はない、でも、この雰囲気はとても重苦しくて嫌なものだった。

 

 にこ「……ごめん、気にしないで。私は矢澤にこ。希たちと同じ三年生で、アイドル研究部の部長をしているわ。」

 ほのか「よろしくお願いします。」

 

 にこはそう言ったけど相変わらず怪訝そうな目をして、ほのかさんを見ている。何があってにこに懐疑心を抱かせているのかは、皆目見当がつかないけれど、きっとほのかさんには何かがあるのだとやんわりとだけ感じた。

 

 希「そうしたら挨拶も済んだから、部室に行こっか。」

 ほのか「うん。」

 

 

 

 

 ほのか「今日はみなさんの練習の様子を見学させてもらいます、こうさかほのかです。よろしくお願いします!」

 

 ほのかさんの挨拶はまるで新入部員のような感じで、こんな時期には不思議な感じだったけど、みんなも私と同じような反応をするだけで、邪険な態度をしている子はいなそうだった。にこ以外は。

 

 凛「この時期に部活見学なんて珍しいにゃ。」

 花陽「希ちゃんの友達なんだよね?」

 ほのか「よろしくね。」

 凛「でも寒い中なのに見学に来るなんて、希ちゃんと大の仲良しさんだにゃ。」

 希「そうやね。」

 海未「よろしくお願いします、高坂さん。」

 ことり「よろしくね、高坂さん♪」

 

 ほのか「高坂さん……。」

 

 少し顔を曇らせたほのかさんを気にして海未が近づいていった。察するのが本当に早いわね、海未って。

 

 海未「高坂さん?」

 ほのか「ほのかって、呼んでくれないかな?」

 ことり「え?」

 ほのか「他のみんなも、私のことは『ほのか』って呼んで欲しいなって。」

 

 驚きの提案に面食らった私たちは、思わず顔を見合わせる。

 

 海未「下の名前で?」

 希「ほのかちゃん♪こんな風に気軽に呼んでほしいんやって。」

 

 希の助け舟もあって、みんなの中にその呼び方をすることを受け入れる心ができた。

 

 凛「わかったよ、ほのかちゃん!」

 ことり「えへへ、じゃあ私も。改めてよろしくね、ほのかちゃん。」

 花陽「ほのかちゃん、今日はよろしくお願いします。」

 

 私と違って、すぐに距離を縮められるのは妬いちゃうくらいに羨ましいわね。

 

 絵里「ハラショー♪溶け込むのが早いわね。」

 ほのか「みんな、ありがとう。」

 海未「私はあまり、ちゃん付けで呼ぶのに慣れていないので……。」

 ほのか「海未ちゃんは『ほのか』でいいよ。」

 海未「え?わ、わかりました。」

 

 海未の様子を察してか、呼び捨てを提案するあたり何かのエスパーの域に感じてしまう。 

 

 花陽「本当は真姫ちゃんって子がいるんだけど、今日はお休みで……。」

 凛「昨日から調子が悪そうだから心配だにゃ。」

 ほのか「真姫ちゃんは怪我していたりするの?」

 海未「いえ、そのようなことはないはずですよ。」

 ほのか「そうなんだね。」

 ことり「ほのかちゃんは真姫ちゃんのことを知ってるの?」

 ほのか「ううんううん。少し気になっただけだよ。」

 

 この馴染むスピードの異常さには、少し違和感を感じるけど、仲良くなってもらう分には悪くないわよね。

 

 にこ「さあ、ラブライブまで時間ないんだから、早く練習を始めるわよ!」

 

 にこの声でゾロゾロと部室を後にする私たち。そんな中、希とにこがやりとりしているところを私は見逃さなかった。

 

 

 

 海未「ここで一旦休憩にしましょうか。」

 絵里「希?本当に大丈夫?」

 希「おかしいなあ。ちょっと動いただけでこんなに頭痛くなるなんて、今までなかったんやけど……。」

 凛「希ちゃん、具合が悪いの?」

 希「昨日寝つけられなかっただけだから、平気。」

 にこ「睡眠不足はアイドルの敵よ?」

 凛「アイドルじゃなくても良くないと思うにゃ。」

 にこ「特によ、とくに!」

 

 練習が始まっても希の体調は良くならないままで、むしろ顔色はどんどん悪くなっているようにも感じた。

 

 ことり「とりあえず、調子が良くないようだし休んでる?」

 希「ううんううん。時間もないことやし、このまま進めよ?」

 絵里「あまり無理だけはしないでね。」

 

 希は首を縦に振るだけで、何も言わずに水を飲みにいってしまった。嫌な感じがするけど、今は希を信じるしかないと思ってしまった。

 練習も進み、フォーメーション練習に取り掛かっているところで、明らかに希の調子がおかしくなっていた。足元はおぼつかない感じがするし、ポジションもズレていて、あまりにもいつもの様子とかけ離れている。一旦練習を止めようと思ったその直後だった。

 

 希「っい。」

 にこ「希!」

 ことり「希ちゃん!?」

 希「頭がっ、割れそうにぃ……!」

 絵里「希!」

 ほのか「希ちゃん!!」

 

 希が頭を押さえながらしゃがみこんでしまった。急なことに動揺しているメンバーもいれば、希のために動こうとしているメンバーもいたから救われる。屋上の入り口のところで見ていたほのかちゃんも走り寄ってきていた。

 

 海未「できるだけゆっくり深呼吸して、頭を自分で押さないで!」

 ことり「誰か保健室の先生を呼んできて!それと、水をお願いっ!」

 凛「り、凛が呼んでくる!」

 花陽「水は持ってきたよ!」

 希「はぁ、はぁ……。」

 

 そのまま、私に寄りかかる形で希は倒れこみ、養護の先生と一緒に希を保健室に連れていったところで、今日の部活はおしまいということになった。練習をもうしないことをほのかさんに伝え、希の部屋の鍵を希の荷物から拝借して渡して、先に帰るようにした。とても心配そうな顔をしていたのだけど、とりあえず帰ってもらうことになった。

 

 

 絵里「希……。」

 海未「あまり思い詰めないでください。」

 にこ「そうよ、絵里だけの責任ではないわ。」

 絵里「でも、私は朝から希と一緒にいて、体調が悪そうなことも知っていたから、悔やまれるわ。」

 にこ「あんたらしくないわね。切り替えてシャキッとしなさいよ。」

 凛「にこちゃんの言う通りだと思うよ?先生も寝たら大丈夫って言ってたにゃ。」

 

 落ち込む私の様子を見てみんなが励ましてくれる。優しさは嬉しかったけど、今は希のことが気が気ではなかった。

 

 花陽「でも、大事じゃなくてよかったね。」

 ことり「それは、そうだね。」

 凛「しっかり寝ることが大事だって改めて思ったよ。」

 にこ「当たり前よ。」

 

 海未「ことりは寝る時間が少なくなりがちですから気をつけてください。」

 ことり「海未ちゃんもだよ?」

 花陽「希ちゃんは受験勉強だったのかな?」

 

 希の頭痛の原因は何となく察していた。今までの違和感からして、多分……。

 

 絵里「いえ、違うわ。」

 凛「原因はわかってるの?」

 にこ「はっきりしてるわ。」

 ことり「そうなの?」

 

 にこの自信ありげな語気に少し驚くけど、ずっと訝しむような目を向けていたところからすると、私の推測ときっと同じ意見なのだろうということは瞬時に理解できた。

 

 絵里「にこも知ってたのね。」

 にこ「あんた達の会話は聞こえてたし、それに……。」

 

 にこはカバンから紙切れを取り出して、私たちの前にそれを突き出した。

 

 凛「これは?」

 花陽「何かの手紙、みたいだけど……。」

 にこ「これが今回の希の頭痛の原因よ。」

 

 にこの持っていた手紙にみんなの集中が注がれる。一見、何の変哲も無い手紙ではあるのだけど……。

 

 海未「手紙にはなんて?」

 にこ「何かおかしなことが起きるっていう予言よ。」

 ことり「これって、どこにあったの?」

 にこ「部室にあったわね。」

 凛「名前にほのかって書いてあるけど、これって、まさか?」

 にこ「あの子でしょうね。」

 

 そこまで知っていたからこそ、会ってからずっと睨むような視線を彼女に浴びせていたのね。

 

 花陽「ほ、本当なの?」

 絵里「希の家に泊まっていたみたいだし、間違いないわ。」

 凛「えっ。」

 海未「では、彼女が希の睡眠を妨害したかもしれないと。」

 

 私の一言で急に現実味を帯びたようで、みんなの顔に焦りの色が見えるようになった。

 

 にこ「わからないわね。希が仲良くしている以上、その線は考えにくいけど。」 

 花陽「でも、それだと体調が悪くなる理由が……。」

 にこ「変なことが起きたら、それは自分のせいだって手紙に書き残していたのよ。」

 凛「じゃあ、やっぱり……。」

 

 みんながほのかさんのことを訝しむようになっている中で、ことりだけは私たちとは違った悩ましいといった表情をしていた。

 

 ことり「……そう、かな。」

 海未「ことり?」 

 ことり「うまく言えないんだけど、ほのかちゃんは悪い子には見えなかったんだ。むしろ懐かしい気がするなあ、なんて思ったりもしてて。」

 花陽「ことりちゃんも?実は、私もで……。」

 

 二人が白か黒か決めるのが苦手なタイプだということは知っていたし、そういう判断をすること自体には驚きもしなかったけど、ことりが話しの流れを切るように話してきたことにはびっくりした。

 

 にこ「真姫が昨日言ってたこと覚えてる?」

 凛「μ’sが全員で九人だって言ってたこと?」

 絵里「にこ、それは……。」 

 

 にこが次に言うことがわかったからこそ、それを聞くのはあまりいい気がしなかった。

 

 にこ「私はアイツがそうなんじゃないかと思ってるわ。」

 花陽「ええっ!?」

 海未「そんなこと、ありえるのでしょうか?」

 凛「凛、ほのかちゃんのことは覚えてないにゃ……。」

 にこ「そう、もし私の考えた通りなら、真姫以外はみんな忘れてるってことになるわ。」

 ことり「なんでそんなことを……。」

 絵里「私たちに隠したい事情が、何かあるんでしょうね。」

 

 一つだけの理由とは限らないけど、彼女から打ち明けてこない以上は疚しいことがあるからだと思う。

 

 にこ「とりあえず、真姫は私の方から説得しておくから、絵里は希の家にいるアイツをつまみだしてきて。」

 花陽「つまみ出すなんて……。」

 にこ「当然でしょ。メンバーが二人もおかしくなってんのよ。チームの危機よ、危機!」

 

 にこにしては言葉に明らかな熱を帯びているから真剣なのは伝わってくるし、何よりもこの時期にこれ以上の問題を起こされるわけにはいかない。なら、歳上としてまず動き出してあげるのが筋よね。

 

 絵里「普通は賛成できないけど、こうなっている以上は見過ごせないわ。」

 海未「絵里、いいのですか?」

 絵里「状況が状況なの。私はみんなのことが大事だし、彼女にも何か事情があるのかもしれないけど、希の家からは出ていってもらうわ。」

 ことり「うみちゃん……。」

 海未「ことり、ここはにこ達に従いましょう。確かにこのままでは良くないですから。」

 ことり「そう、だけど。」

 

 否定気味な二人の意見は押し切る形にはなるけど、きっと悪い方向に話が進むことはないはず。

 

 にこ「決まりね。とりあえず、今後はコウサカホノカが変なことをしてきたら、私か絵里に相談しなさいよ。」

 凛「わかったにゃ。」

 花陽「うん。」

 海未「それでは今日の部活はこれで。」

 

 早急に手を打たないといけないと思った私は、希を連れて家に帰った後にに希の家に立ち寄ることにした。早々にあの子には出て行ってもらわないといけないのだから、モタモタしている時間なんてなかったから半ば強行的だけどしょうがない。

 

 希の家に着くと、部屋の明かりが点いているのが分かった。家主がいないのにおかしな話だと改めて思う。呼び鈴でほのかさんを呼び出して、玄関までくるように伝えた。

 

 ほのか「えり、さん。どうしましたか?」

 絵里「少し、いいかしら?」

 ほのか「希ちゃんがいないから、勝手に上げていいかわから」

 絵里「話す場所はここでいいわ。」

 ほのか「い、いや!お話しするのなら中で落ち着いてから」

 

 どうもお茶を濁すような態度が気になって、はっきりと伝えたほうが良いと感じた。

 

 絵里「単刀直入に言うわ。明日までにここから出て行きなさい。」

 ほのか「え?」

 絵里「今すぐに出て行けなんて言わない。でもね、あなたがずっとここに居ると希が困るの。」

 

 呆気にとられた様子だったけど、なんとか絞り出して希のことを聞いてきた。

 

 ほのか「希ちゃんは、今どこにいるの?」

 絵里「今は私の家にいるわ。」

 ほのか「具合は?」

 絵里「大丈夫よ。でも、このままだと良くない状況だからここに来ているの。」

 ほのか「……どういうことですか。」

 

 状況が理解できていないみたいだったから、隠し通すことはやめにした。

 

 絵里「あの頭痛の原因は、あなたかもしれないって話になっているの。」

 ほのか「わたし、ですか!?」

 絵里「詳しい事情は話せないけど、私たちの中ではそういう話になっているの。」

 ほのか「そんな……。」

 

 ショックを受けた様子が見られたけど、あまりに大きな反応だっただけにワザとらしさもどこかで感じてしまう。

 

 絵里「ねえ、あなたって何者なの?」

 

 純粋な質問。話してくれて正体がわかれば解決するかもしれない、そう思ったのだけど。

 

 ほのか「わ、わたしは……。」

 

 そのまま黙り込んでしまった。

 

 絵里「話せない以上は、疑ってかからせてもらうわよ。とにかく、希のことを思うなら、明日の朝までにここから出て行きなさい。」

 

 私はそう伝えてその場から去った。去り際に昔何処かで感じたようなイライラした気持ちがあったけど、それは今日の出来事のせいだと自分を誤魔化して違和感を拭い去った。帰ったら希がいるのだから、しっかりと看病しないとならないし、何よりも大会までの残り少ない期間を惜しみなく過ごさなければならないと自分を鼓舞してほのかさんのことは一旦忘れることにした。

 

 



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揺れないココロ(星空凛 Part1)

 

 

 今まで隠してきたものがあった。可愛くなりたい、女の子っぽくなりたいという思い。小学生のときに男の子にからかわれて以来、自分には縁のない世界なんだと心に蓋をしてきた。家に帰ると、凛にとって自慢のお母さんとお姉ちゃん、学校にいるときには世界で一番可愛いかよちんが一緒にいてくれたから、自分が女の子っぽくする理由もあまりなかった。オトノキに入ってからも状況は同じだった。周りは女の子ばっかりで、凛にとっては少し眩しいくらいの世界だったし、今までと同じようにただ明るく元気にしていれば良いとそう思ってた。

 そんな状況を変えられたのは、スクールアイドルを始めて、μ’sのみんながいてくれたからだった。かよちんが勇気を振り絞ってスクールアイドル部に入部を決めた日、その場にいた真姫ちゃんと一緒に、海未ちゃんとことりちゃんの手を取った。ダンスが面白そう、歌うのが楽しそう、そして何よりもかよちんが一生懸命になっている姿を同じ目線で見ていたいと思ったのが入るきっかけだった。

 そんななんとなくで入ることにしただけに、凛はあまり自分には自信が持てなかった。特に可愛らしい振り付けや曲を歌うときは、なんとかそれっぽくしようとしたけど限界はやって来た。それがはっきりしたのは、秋に行われたファッションショーでのライブだった。修学旅行で二年生がいなかったから、代わりに凛がリーダーの代役になることになって、ライブでもセンターを務めることになりそうだったところを必死に断った。センターの子だけウェディングドレスのような衣装を着ることになっていて、自分には似合うはずがないってそう思ったから。本当は着てみたいし、とっても可愛い衣装だとは思ったけど、かよちんが適任だって決まったことで踏ん切りがつけたとそう思ってた。

 

 凛「かよちん、おはよう!」

 花陽「おはよう、凛ちゃん。」

 凛「今日も練習頑張ろうね〜。」

 花陽「うん!」

 

 でも、かよちんが凛の背中を押してくれた。ウジウジしていちゃダメだって、その時に気づいた。今はスカートを履くことも怖くないし、もっと可愛くなりたいって心から思えるようになってる。

 

 凛「真姫ちゃん、今日は練習くるかな。」

 花陽「元気になってるといいね。」

 

 凛には高校生になってからできた大切な友達、真姫ちゃんがいる。かよちんとは違った可愛さがあって、そして凛の背中を押してくれたもう一人の恩人。だから、この二人は特に大切だと思ってるし、二人が悲しくなっているときは守ってあげられるようになりたい。でも、昨日から真姫ちゃんの様子がおかしくて、部活の雰囲気も少しおかしくなっていた。次の日になったらいつもみたいになってると信じていたのに、学校に行ってみると真姫ちゃんは登校すらしていなかった。

 

 凛「かよちん、真姫ちゃんって風邪だったのかにゃ。」

 花陽「ううーん。様子がおかしいかもって感じたけど、風邪を引いてるようには見えなかったよ?」

 凛「真姫ちゃん、ずる休みだ!」

 花陽「真姫ちゃんに限ってそれはない、と思うけど。」

 

 最近は良いことづくしだったから忘れかけていたけど、真姫ちゃん一人が居なくなるだけでこんなに不安に感じるってことは、今までみんなと一緒にいられたことが奇跡なんだと改めて感じた。

 そんな不安な中その日の部活に参加すると、希ちゃんの友達さんが部活に来ていた。

 

 ほのか「今日はみなさんの練習の様子を見学させてもらいます、こうさかほのかです。よろしくお願いします!」

 凛「この時期に部活見学なんて珍しいにゃ。」

 花陽「希ちゃんの友達なんだよね?」

 ほのか「よろしくね。」

 

 高坂さんは自然と親しみやすい気がして、意外と人見知り屋さんな凛でも気軽に話しかけやすいと思った。

 

 凛「でも寒い中なのに見学に来るなんて、希ちゃんと大の仲良しさんだにゃ。」

 希「そうやね。」

 

 希ちゃんが嬉しそうに微笑んでる、でも、その笑顔には少し影がかかっているように見えた気がした。

 

 海未「よろしくお願いします、高坂さん。」

 ことり「よろしくね、高坂さん♪」

 ほのか「高坂さん……。」

 

 高坂さんは悩んだような表情を見せていた。名前を呼ばれて嫌がるなんて珍しいから、もっと違う理由で困っているんだとすぐに察せた。

 

 海未「高坂さん?」

 ほのか「ほのかって、呼んでくれないかな?」

 ことり「え?」

 ほのか「他のみんなも、私のことは『ほのか』って呼んで欲しいなって。」

 

 そのことで嫌な顔をしていたことに少し驚いた。それは、凛だってなかの良い友達には下の名前で呼んでもらった方が嬉しいけど、そこまでこだわるようなことだとは思いもしていなかった。

 

 海未「下の名前で?」

 希「ほのかちゃん♪こんな風に気軽に呼んでほしいんやって。」

 

 希ちゃんの聖母のような微笑みには勝てない。

 

 凛「わかったよ、ほのかちゃん!」

 ことり「えへへ、じゃあ私も。改めてよろしくね、ほのかちゃん。」

 花陽「ほのかちゃん、今日はよろしくお願いします。」

 絵里「ハラショー♪溶け込むのが早いわね。」

 ほのか「みんな、ありがとう。」

 

 ほのかちゃんの満足そうで、喜びに満ちている顔が凛にはとても眩しく感じる。 

 

 花陽「本当は真姫ちゃんって子がいるんだけど、今日はお休みで……。」

 凛「昨日から調子が悪そうだから心配だにゃ。」

 

 かよちんの説明で真姫ちゃんのことを思い出して、少しブルーな気分になる。

 

 ほのか「真姫ちゃんは怪我していたりするの?」

 海未「いえ、そのようなことはないはずですよ。」

 ほのか「そうなんだね。」

 ことり「ほのかちゃんは真姫ちゃんのことを知ってるの?」

 ほのか「ううんううん。少し気になっただけだよ。」

 にこ「さあ、ラブライブまで時間ないんだから、早く練習を始めるわよ!」

 

 にこちゃんの声でみんなが屋上へと向かっていく。そのままいつも通り練習に入っていったんだけど、いつもと違うことが練習中にも起きてしまった。

 希ちゃんが練習中に倒れた。みんな動揺してパニックになりながらも対応して、大事にはならなかったけど、真姫ちゃんのことも気になったからみんなで話し合うことになった。その結果として、ほのかちゃんが一連の事件に関わっているということで落ち着いた。

 

 にこ「とりあえず、今後はコウサカホノカが変なことをしてきたら、私か絵里に相談しなさいよ。」

 凛「わかったにゃ。」

 花陽「うん。」

 

 信じたくはなかったけど、にこちゃんや絵里ちゃんの言ってることは間違ってはなかったし、何よりもかよちんが希ちゃんのように苦しむ姿を見たくなかった。きっとかよちんも同じように考えて返事してくれたんだと思う。

 真姫ちゃんはにこちゃんが、絵里ちゃんがほのかちゃんの対応をしてくれることになって、部活はおしまいになったけど、不安な気持ちが収まらなかった凛は少し部室に残ることにした。部室に残っているのは、凛とかよちんとことりちゃんの三人だけで、いつもよりも静かな時間が過ぎていってる。

 

 花陽「あの……?」

 凛「にゃ?」

 花陽「ことりちゃん?」

 ことり「あ、うん。どうしたの?」

 花陽「さっきの話し合いで、ほのかちゃんのことを悪い子じゃないって言ってたのが気になっちゃって。」

 

 それは凛も気になっていた。どうしてことりちゃんがそんなことを言い出したのかがわからなかった。

 

 ことり「なんで、かな……。」

 花陽「理由はなかったの?」

 ことり「えーと、あるんだけど、信じてもらえないだろうから……。」

 凛「それでも教えてほしいにゃ。」

 

 凛がそうせがむと、ことりちゃんは目を伏せながら話してくれた。

 

 ことり「今回の件は、私が関係している気がするから、かな。」

 凛「え?」

 

 急に話の針の向きが変わってしまって目眩がした。ことりちゃんが関係している?何か悪いことをしたってこと?

 

 花陽「ど、どういうことなの?」

 ことり「昨日の夜、夢を見たんだ。私が怪我をしてみんなに迷惑をかけちゃう夢。」

 凛「え?」

 花陽「ゆ、ゆめ?」

 

 降って湧いて来たような話に目を丸くさせながらも、凛とかよちんはことりちゃんの話に耳を傾けることにした。

 

 ことり「私が部屋の中に閉じこもって外に出ていかないの。海未ちゃんから説得されているんだけど、全然話を聞かなくて、きっとみんなにも心配をかけさせているんだろうなって思ったよ。」

 花陽「そんな夢を……。」

 凛「でも、それがなんで今回の事件と関係してるって。」

 

 ことりちゃんの目は凛の目をしっかりと見つめて言った。

 

 ことり「多分、ほのかちゃんは私の友達だから。」

 

 ことりちゃんの声は真剣なものだった。いつものフワフワした可愛い声じゃなくて、確信のある力強い声だった。部室の中の空気はしんと静まり返って、いっときの無音な空間に胸が詰まりそうになって凛は空笑いをした。

 

 凛「ことりちゃんは優しいんだにゃ。だって、覚えてなかったんだよね?」

 ことり「うん。」

 凛「でも大事な友達だって思ったの?」

 ことり「うん。」

 凛「それはさすがに変だと思うにゃ……。」

 ことり「うん。」

 

 ことりちゃんの目に迷いはなくって、質問をしている凛の方が逆に心が揺らぎそうになる。でも、こんなのっておかしい。だって、大事な友達なら顔を忘れてたとしてもすぐに思い出すはずだし、そもそもことりちゃんは頭が良いからそんなに簡単に友達のことを忘れたりなんかしないはず。

 そのはずなのに、胸騒ぎが止まらない。ことりちゃんの言ってることが正しいなら、にこちゃん達が言っていたことは一体?

 

 花陽「とりあえず、ほのかちゃんのことについてはみんなで話し合った通りにしよう?私たちだけで勝手に動いたら、もしかしたらみんなの迷惑になっちゃうかもしれないし。」

 凛「そ、そうだね。」

 ことり「うん。」

 

 

 

 部室を後にした凛たちは、いつもの通学路を歩いて帰る。真姫ちゃんのいない帰り道だ。

 

 凛「こうして二人だけで帰るのは久しぶりだにゃ。」

 花陽「言われてみたらそうだね。三人の誰かが遅くなったら、その子が帰れるまでずっと待ってたもんね。」

 凛「真姫ちゃん、心配だよ。」

 花陽「明日こそ、会えるといいね。」

 

 真姫ちゃんがいたら、きっと心配しすぎと小突かれそうってわかってはいるけど、昨日の様子を考えると心配せざるを得ない。

 

 凛「ほのかちゃんって子、凛たちに何か嫌なことでもされたのかな。」

 花陽「え?」

 凛「だって、そうじゃなきゃこんなに困ったことなんてしないよ、普通なら……。」

 花陽「うん、そうかもね。」

 

 かよちんも優しい。ことりちゃんとは違って、反対することで誰かを傷つけるようなことはしたくないって思ってる。その優しさに凛は助けられて来たし、そんななんでも受け止めてくれるかよちんのことが凛は大好き。でも、それが本当に心配になる。かよちんは嫌なことはもっと強く嫌だと言わなきゃいけないと思う。このままだと、きっとかよちんは、ほのかちゃんのことで傷つくことになるのが目に見えてる。だから、かよちんのことは何があっても守らないといけない。

 

 花陽「でもね、ちょっと信じてみたいって思ってる自分もいるんだ。」

 凛「え。」

 花陽「ほのかちゃんは私たちの大切な仲間だったって。何か事情があってこんなことになってるんじゃないかって、そう思ってるよ。」

 

 凛の考え方は間違っているのかもしれないと何度も心が揺れる。本当は凛もほのかちゃんのことを信じてみたい。凛が話しかけやすいって思ったんだから、本当は悪い子じゃないんだってわかる。でも、にこちゃんの話を信じるなら、ほのかちゃんには関わっちゃ絶対にダメなんだよ。

 

 凛「さっきかよちんが言ってたよね?にこちゃんたちの話通りにしようって。」

 花陽「うん、だから私からは何もできないかな。」

 凛「なら!」

 花陽「でも、真姫ちゃんから何か話を聞ければ、何か思い出すかも。」

 凛「かよちん……。」

 花陽「で、でも、凛ちゃんには迷惑をかけないようにするねっ。」

 

 かよちんの信念は固かった。これは凛が何を言っても、かよちんの意思が揺らぐことはなさそう。凛はこれ以上突っ込んだ話をするのはやめにした。かよちんはμ’sに入ってから大きく変わったなあと、しみじみと感じてしまった。その変わり方はこの季節の夕方の空と同じくらい急なもので、凛にとっては少しさみしいと思っちゃうくらいなもので……。

 

 花陽「じゃあ、また明日ね。」

 凛「あ、うん!またね〜。」

 

 こうしていつもの道で分かれる時も、その先がどんどんと離れてしまっている感覚になって少し怖くなる。かよちんの力になりたいと思って一緒にいたのに、今ではすっかり立場が逆になっちゃったかも。

 

 凛「だから、今回の件は……。」

 

 かよちんに何かあったら、凛が必ず守る。

 それに、凛には守りたい大切な友だちがたくさんできた。だから、揺らぎそうな気持ちは捨てて、かよちんを見習うことにした。

 

 凛は『みんな』のことを守るよ。絶対に。

 



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先輩(西木野真姫 Part2)

 

 

 今日は学校に行かないで穂乃果を探すことにした。まず穂乃果がいないと説明のしようがないと思った私は、みんなに会うよりも先に穂乃果を見つけ出さないといけないと考えを変えた。このことがパパにバレるのはまずいから制服にだけ着替えて、学校には向かわずに秋葉原や神田の周りを歩きながら一日を過ごした。穂乃果のいそうなところ、UTXの液晶前、アイドルショップ、パン屋さん、ゲームセンターもくまなく見てあるいた。当然、穂乃果の家も見に行ったけど、想定通り、お家の人はみんな穂乃果のことを覚えている様子はなかった。その現実があまりにも辛く感じて、思わず飛び出して来てしまうほどだったくらい。

 そのまま無情にも時間だけが経過していって、辺りはすっかり電灯がつくような明るさになってしまった。穂乃果はどこで何をしているんだろう。まさか、もう……。考えるのはやめましょ。もしそうなっていたらニュースくらいにはなっているはずだから。

 手元のスマホからは、みんなから心配されている様子が伝わってくる。申し訳ない気持ちにはなるけど、それよりも穂乃果のことを心配してあげてほしいと心の底から叫びたくなる。今の私たちがあるのは穂乃果のお陰なんだと、みんなに訴えたい。でも、そんな思いとは裏腹に、SNSのトークチャット経由でにこちゃんから衝撃的な文面が送られてきた。

 

 にこ『マキが言ってた子ってほのかって名前でしょ』

 

 最初の一行は、私にとっての救いの糸だと感じた。でも、次の文章からその期待は地に叩きつけられた。

 

 にこ『あの子とは関わらないようにして』

 にこ『みんなと話し合って決めたことだから、マキも約束を守ってよ』

 

 言っている意味がわからなかった。にこちゃんは穂乃果のことを思い出したのか。でも、そうだとしたらこんな文章を送りつけてくる了見がわからない。なら、なぜ穂乃果の名前が急に挙がることになったのか。刹那、私の中に激しい後悔が生まれた。

 

 真姫「今日、学校に来てたってこと?」

 

 まさに灯台元暗し。探し歩く必要なんてなかった。私は穂乃果が帰ってくるのを待っていれば良かった。

 

 真姫「なにしてるのよ、私。」

 

 しかし、まだわからないことはある。どうして、こんな文章を送るほどに、にこちゃんは穂乃果のことを警戒しているのか。何かあったのだろうけど、想像がつかなくてため息をついた。こうなったら、電話で直接聞くしかない。

 

 

 

 にこ『……で、何してたのよ?』

 真姫「ちょっとした用事よ。」

 にこ『ちょっとしたことで学校をお休みできるなんて、さすがマッキー、ってところ?』

 真姫「喧嘩を売ってるの?」

 にこ『冗談よ……。』

 

 あんな文章を送ってきたにしては、いつもと同じくらいの声色をしていた。

 

 にこ『電話してくるなんて珍しいけど、何かあったの?』

 真姫「穂乃果のことを聞きたくて。」

 

 穂乃果の名前を聞いて、電話越しでにこちゃんの空気が変わったのを感じた。

 

 にこ『聞くも何も、あのままの通りよ。それ以上何も言うことはないわ。』

 真姫「それじゃあ納得しないわ!」

 にこ『納得できなくても、μ’sのためには守ってもらうわよ。』

 真姫「こんな一方的なこと受け止めるわけないでしょ。」

 にこ『真姫のためでもあるのよ。』

 真姫「イミワカンナイ。」

 

 にこ『ほのかと一緒にいた希が練習中に倒れたのよ。』

 

 

 希が倒れたと言う事実が私の胸に突き刺さる。穂乃果と直接関係があるかどうかは別として、私がいない間にそんなことが起きてしまっていたことに愕然とする。情報量の多さに軽く目眩をさせながらも、情報を整理させて少しずつ状況を呑み込んでいった。

 

 真姫「なるほどね。にこちゃんらしいやり方だわ。」

 にこ『言っておくけど、今回はちゃんと聞いてもらうわよ。』

 真姫「断ったら?」

 

 電話越しににこちゃんが息を呑んだのが聞こえた。そんな反抗的な答えが返ってくると予想していなかったのだろう。私の想像の中では、にこちゃんの顔が赤くなっているであろうと考えていた。

 

 にこ『そのときは、ソイツと勝手に仲良くしてなさいよ。その代わり、私たちには二度と関わるんじゃないわよ。』

 

 素っ気ない声に拍子抜けした。いや違う。これは度肝を抜かれた方が正しい。

 端的に言えば、私には思い入れがないと言われたようなものだった。

 悔しい。悲しい。色々な感情が渦巻く中、自分でも嫌になるくらいのプライドの高さが、最後の亀裂を生み出してしまった。

 

 真姫「そう。なら、バイバイ。にこちゃん。」

 にこ『ちょっ』

 

 私は通話を切った。一方的に、きっと静止しようとしていたにこちゃんの声を無視してまで……。

 

 真姫「最低よ。私も、にこちゃんも。そして……。」

 

 穂乃果、見つけたらすぐにお説教よ、本当に。

 

 

 

 

 

 その後、暗くなった街中を彷徨うように歩き続けて、穂乃果の行方を探し続けた。今となっては、メンバーとしてではなく、一人の友だちとして探している。にこちゃんの非情な選択肢のせいで、私の中で決心がついた。そんな決心を尻目に、時間は刻々と過ぎていく。その現実が冷たい空気も相まって、虚しさを訴えかけてきている。

 学校の付近も歩き終わって、スマートフォンの液晶に映った二十時の文字に心が折れかけていたその時だった。

 秋葉原の少し外れにある小さな公園に見慣れた背中があったのが見えた。それは私が切望していた探し人、そのものだった。

 

 真姫「穂乃果。」

 穂乃果「……まき、ちゃん?」

 

 ちょこんと座っている穂乃果は、まるで幽霊が見えてしまったかのような反応をして私を見ていた。

 

 真姫「ようやっと、見つけたわ。」

 穂乃果「わかるの?私のこと。」

 真姫「その言葉からして、こんなことになっているのはやっぱり穂乃果のせいなのね。」

 穂乃果「えっ。」

 

 ドキッとした表情が答えを自白している。穂乃果は嘘をつけないってことくらいわかる。そんなまっすぐな彼女に、私は心を動かされてきたんだから。

 

 真姫「誤魔化したって、バレバレよ。」

 穂乃果「きゅ、急に、そんな……。」

 真姫「穂乃果、もう平気よ。」

 穂乃果「な、何が?」

 真姫「もう、ひとりじゃないわ。」

 

 私の一言で、彼女の造られたよそよそしさは消えた。そして、そこに残ったのは、あまりにも痛ましい悲痛の表情だった。痩せた頰、くすみがかった瞳とその下瞼にできている隈、何もかもがあの元気印だった少女とかけ離れているものだった。

 

 真姫「無理、しすぎよ。」

 穂乃果「だって、だってえ……。うあぁぁ。」

 真姫「まったく……。」

 

 私が頭を撫でてあげると、穂乃果は嗚咽を漏らして泣き始めた。そこそこの大通りに面している公園だったこともあって、通りすがりの人にはギョッとされているのは感じたけど、今は穂乃果のことしか頭に入ってこなかった。

 

 真姫「今までどこにいたのよ。」

 穂乃果「希ちゃんの家……。」

 真姫「希の家って、まさか。」

 穂乃果「それがね、希ちゃんは、私のことを思い出したわけではないみたい。」

 真姫「なるほど……。」

 

 それでにこちゃんは、希の体調不良を穂乃果のせいにしているわけね。合点が行ったけど、あまりにも理不尽な話。確証があるならまだしも、にこちゃんの言うことはきっと思いつきの域を脱してはいないことだ。

 

 真姫「それで、どうしてこんな所にいるのよ。もう出歩くような時間じゃないし。」

 

 一瞬迷うような素振りを見せた後に、気まずそうに穂乃果は口を開けた。

 

 穂乃果「出てきたの。」

 真姫「え?」

 穂乃果「絵里ちゃんに、希ちゃんを傷つけたのは私かもしれないって言われて、本当にそうだとしたら、すぐにここから出なきゃって思って。」

 

 そして、思い立ったらすぐに行動、が悪い方向に進んだ最たる例になってしまったワケね。まったく。

 

 真姫「どうしてこんなことになっているのか、話してくれる?」

 穂乃果「それは、七不思議だった学校の屋上の……」

 真姫「……何となくわかったわ。」

 

 そこまでの穂乃果の話だけで、想像通りの事態だから理解できた。前言撤回。最たる例はこっちの方ね。

 

 真姫「穂乃果。」

 穂乃果「うん。」

 真姫「何でも一人で考えすぎない。」

 穂乃果「でも、私はみんなに笑っていて欲しくて、こんなやり方しか思いつかなくて。って、いったぁい……。」

 

 話している穂乃果のおでこに軽くチョップを入れる。何でも背負いすぎる。ことりの留学騒動のときに痛い目にあったんじゃなかったの、と思わずツッコミたくなるような話に心半ば呆れた。

 

 真姫「私は笑ってない、むしろ怒ってる。」

 穂乃果「え、あぁっと……、ごめんなさい。」

 

 萎れるようにシュンとなっている穂乃果を見て、ハアッとため息をつきながらも私はハッキリと目を見て伝えた。

 

 真姫「諦めないで進む勇気、穂乃果から貰ったものよ。」

 穂乃果「諦めない勇気……。」

 真姫「こんなことになっているけど、みんなが穂乃果のことを思い出す方法もあるはず。だから全部投げ出したらダメでしょ?」

 穂乃果「そ、そっか、思い出す可能性もあるんだよね。」

 

 私の一言で、穂乃果の顔色はみるみると元どおりになっていった。穂乃果の顔は夏の天気のようで、本当にコロコロと変わる。

 

 穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん。」

 真姫「べ、別に、感謝されることなんてしてないわよ。」

 穂乃果「ううん、ううん。私、真姫ちゃんが覚えてくれていなかったら、途方に暮れていたと思うんだ。だから、ありがとう。」

 

 満面の笑みでそう話す彼女の顔は、昨日のみんなの笑顔とは違った温もりを感じた。あの辛い状況を乗り越えた先にある共有がある笑顔だからに違いない。久しぶりに穂乃果の笑顔を見れて、ようやく肩の荷が下りた気がした。ただ、あまりにも眩しすぎて恥ずかしいと感じてしまった私は、顔を逸らして話し続けた。

 

 真姫「しばらくは私の家にいて。」

 穂乃果「いいの?」

 真姫「だって家にも帰れないんじゃ、このままここで野宿することになるわよ。」

 穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん大好き!」

 真姫「ちょっ、すぐに抱きつかないでっ!」

 

 寒い中ずっと話しているのも体力的に限界だったから自分の家に来るように提案した。しばらくは私の部屋にいてもらえば、パパとママに見つかって問題になったりもしないはず。そうすれば、穂乃果が他のメンバーに傷つけられることもないし、こちらから動きやすくもなる。

 

 真姫「それじゃ、行きましょ。」

 穂乃果「うん。」

 

 穂乃果の後ろからニコニコしながら歩いている姿からは先輩としての尊厳が皆無に等しいけど、それでも私にとっては大切な先輩で、誇らしい仲間。だからこそ、彼女を守らなくてはならない。今まで感じなかった脆くて繊細な今の彼女を触れることは、産まれたばかりの赤ちゃんに触れることより難しいものだと感じた。

 

 

 ママやパパに見つからないように穂乃果を家に招き入れ、タイミングをずらしてお風呂や夕食を済まさせることが出来た。一々家の作りに驚いていたから、ボロが出ないか不安だったけど、以外と何とかなって安心している。

 

 穂乃果「色々とありがとう。」

 真姫「お礼より、今後どうしていくかを話し合いましょう。」

 穂乃果「どうしていくか、かあ。」

 真姫「一刻も早くみんなに思い出してもらわないとよね。」

 穂乃果「それはそうなんだけど……。」

 

 穂乃果の顔が曇ってしまった。きっと希のことを気にしているんだろう。でも、ここでグズグズしていたら、みんなの穂乃果への決心が固くなってしまう。そうなる前に、少しでも早く多くのメンバーに思い出してもらって、こちらの仲間につけるしかない。

 

 真姫「心配なのはわかるけど、こうなった以上は開き直るしかないわよ。」

 穂乃果「でもそれでみんなに迷惑かけちゃうようじゃ……。」

 真姫「今更よ。そんなのみんな慣れてるわ。」

 

 穂乃果の顔が剝れる。こうして表情をコロコロと変えるのがここまで瞬時だと、微笑ましさを通り越して気の毒にまで感じる。このレベルだと嘘なんて絶対につけないわ。

 

 真姫「そうね、穂乃果が動き回ると大変なことになりかねないから、明日はここで待ってて。」

 穂乃果「他意はあったりする?」

 真姫「ないわよ。確実に進めたほうが利口でしょ?」

 穂乃果「それは、そうだね。」

 

 穂乃果は腑に落ちないような様子だけど、こうも嘘をつけないのでは、当然ボロを出し続ける。そうなると、余計に面倒なことになりそうだし、穂乃果には我慢してもらうしかない。となると、私が積極的に動くしかない。明日、学校に行って誰かを連れてきて会話させてみれば、何かわかることもあるはず。

 

 真姫「急に思い出させるような特効薬もないし、私たちができることとすれば直接的にみんなを穂乃果と接触させるしか方法がないと思うわ。」

 穂乃果「うん。」

 真姫「明日になったら誰かを連れてくるから、その心算はしておいて。」

 穂乃果「わかった。」

 

 ベッドに入った後も思考が頭の中をグルグルと駆け回っていた。不安は挙げればいくらでもあるからだ。まず、にこちゃんにあんな態度を取ってしまった建前、部に参加することは難しい。となると、みんなと接触するのがまず難しい。凛と花陽は同じ教室だし、性格的にも穂乃果のことを無下にするとは思えない。ただ、その先の上級生組をどう説得して連れて来ればいいのだろう。それに、にこちゃんの息がかかっている可能性だってある。穂乃果との記憶がない以上、ここは私との信頼とにこちゃんへの信頼との勝負になってくるだろう。正直、これだけのことを私だけでやれる気がしない。でも、たった数日であそこまで弱り切ってしまった穂乃果を、これ以上放っておくわけにはいかない。

 

 

 穂乃果『だって、だってえ……。うあぁぁ。』

 

 

 

 一人ぼっちの先にある穂乃果の末路を想像してやめた。震えが止まらない。心を落ち着かせるために、隣でスヤスヤと眠る穂乃果の髪を撫でる。

 彼女と私の純な願い、みんなとまた一緒に歌を歌うこと。それを叶えるためには、ここは頑張らないと、よね。

 明日、必ず凛か花陽を連れてくるということを心に誓って、目を閉じることにした。

 

 



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1月20日
譲らないヒトミ(小泉花陽 Part1)


 

 

 

 私は物心ついたときからアイドルが大好きで、アイドルだったお母さんの真似をよくしていました。キラキラしたステージで笑顔を見せてくれる彼女たちは、内気な私のことをずっと応援してくれていて、いつか自分もそんな勇気を分けてあげられるようになりたいと心の底から思っていたんです。

 そう思い続けて10年以上が経ってしまい、高校生になった私はアイドルになるどころか、内気な性格のまま変わろうとしていませんでした。アイドルになるためにはそのための努力をしなければならないことはわかっていたけど、いつまでも勇気が出なかったせいでアイドルの世界とは無縁になってしまっていました。でも、変に期待をして夢を追いかけるよりも、学校で友達と一緒に過ごして、好きなものは影から応援しているほうが私には向いているのだと諦めはついていたんです。その矢先でした。

 

 『μ’s 初ライブのお知らせ』

 

 自分の通っている学校にもスクールアイドルがいたことに驚いたのと、この目で見て見たいという欲求に駆られてしまった私は、友達の凛ちゃんとの約束を断ってライブを見に行くと、海未ちゃんとことりちゃんに約束してしまいました。でも、この一歩があったから今の自分につながっていると考えると、勇気を出すことの大切さ、自分を信じてあげることで道が開けるということを学びました。そんなキッカケを作ってくれた二人の先輩には感謝しているし、最後に背中を押してくれた凛ちゃんと真姫ちゃんは大切なお友達だと思っています。そして、ダメダメな私がここまで成長できたのは三年生の3人がいたからです。三人が優しく、時に厳しく私に色々と教えてくれていたから、少しはアイドルっぽくなれていると思うんです。

 でも、何か足りない。もう一つ大事なキラキラとしたピースが足りないと予感がしているんです。身近にいた憧れの煌めき、吸い寄せられるような……そんな光。その可能性が、ほのかちゃんからは感じられました。いつも冷静な真姫ちゃんが私たちに必死に訴えかけていた、それくらいだから、きっと私たちに欠かせない存在だったに違いないんだと、そう思ってる。

 

 真姫「おはよう。」

 花陽「あ、真姫ちゃん!?」

 

 昨日、お休みしていた真姫ちゃんが、いつもの待ち合わせ場所にいつものように待っていました。

 

 真姫「昨日は休んでごめん。」

 花陽「それは大丈夫だよ。もう、良くなったの?」

 真姫「まあ……。」

 

 歯切れの悪い返答に少し不安になりました。

 

 花陽「困っていることがあるなら、私にも相談してほしいな。」

 

 真姫ちゃんは頑張り屋さんだから、なんでも一人でやろうとします。でも、私でも支えてあげられることがあるのなら、頼って欲しいという気持ちはこんな私にもあるんです。

 

 真姫「そう、ね。私の味方になってくれるって、約束してくれる?」

 

 少し間を使ってから、真姫ちゃんらしからぬお願いをされました。急な約束に驚きましたが、どこかに感じる真姫ちゃんの孤独さを伝えてきて、これは「ほのかちゃん」についてのことなんだとわかりました。

 

 花陽「それは……。」

 真姫「やっぱり、にこちゃんの味方なの?」

 

 真姫ちゃんは昨日のコトを知っていたようで、その上で私に質問していたみたいでした。

 

 凛「あっ、真姫ちゃん!」

 真姫「っ!」

 凛「よかったにゃ!今日はもう大丈夫なんだね!」

 真姫「あ、朝からうるさいわよ。」

 凛「元気なのが凛の取り柄だからね。」

 真姫「何で誇らしげなのよ……。」

 

 凛ちゃんの登場で話が打ち切られて、そのまま学校に向かって歩くことになりました。真姫ちゃんには申し訳ないけど、凛ちゃんが来てくれたタイミングが絶妙で、内心はホッとしました。ただ、登校中にふと見せた真姫ちゃんの悔しそうな顔がとても心に刺さって、午前中は授業の内容が頭に入りませんでした。

 

 その日のお昼休みのことです。

 

 真姫「花陽、ちょっといい?」

 花陽「うん。凛ちゃんに断ってくるね。」

 真姫「大丈夫よ。すぐ終わる話だから。」

 

 そのまま話に流されるように真姫ちゃんに廊下へ連れ出されました。

 

 花陽「朝の話の続き?」

 真姫「それも含めて、練習が終わったら話したいことがあるから私の家に来て。」

 花陽「ここでは話せないことなんだね?」

 

 私の質問に首を縦に振る真姫ちゃん。何だか怖い取引をしているみたいだったけど、ほのかちゃんの謎に迫れるチャンスだと考えると、一歩前に踏み出そうと思えました。

 

 花陽「うん。一緒に真姫ちゃんの家に行けばいいんだよね?」

 真姫「私は、今日も練習をお休みするから、練習が終わり次第家に来て。」

 

 にこちゃんと会いたくないからか、練習は今日もお休みするつもりのようです。

 

 花陽「みんな、心配してるよ?」

 真姫「作曲のために籠ってるって、他のみんなには伝えて。」

 花陽「まきちゃん……。」

 

 用件が終わったと言わんばかりに真姫ちゃんは教室に戻ってしまいました。ここまで真姫ちゃんが固執してしまう「ほのかちゃん」の影響力に若干戸惑いましたが、初めて見たときに感じた魅力は確かに忘れられないものがありました。それがあの子の魅力なだけではなくて、大切な絆があったからなのだとしたら、それはきっと見て見ぬ振りをするべきじゃないと思います。

 

 凛「かよちん?どうかした?」

 花陽「ぴゃぁ!?」

 凛「久しぶりにそんな声を聞いたにゃ。」

 花陽「考え事をしてたから、びっくりしちゃった。」

 

 とりあえず、話をしてみようと思いました。何か前進することがあれば、それは悪いことじゃないはずだから。

 

 凛「……。」

 

 

 

 宣言通り、真姫ちゃんは今日も部活には来なくて、希ちゃんも昨日のことがあったので大事をとってお休みしました。二人がいなくなるだけで少し空気が重く感じてしまいます。何処と無くにこちゃんと絵里ちゃんの機嫌が悪いことも影響している気がするけど……。

 練習後、凛ちゃんには用事があることを伝えてまきちゃんの家に向かうことにしました。凛ちゃんがなにも言って来なかったから、真姫ちゃんは私とだけ合わせるつもりみたい。誰かと仲良くさせることが目的なら凛ちゃんの方が適役な気がしたけど、今の部の雰囲気を感じ取って私を選んだのかも。

 

 真姫「来てくれたのね。」

 花陽「うん。」

 真姫「……上がって。」

 

 真姫ちゃんは周りをキョロキョロと見渡してから、私を家の中に招いてくれました。そこまでするほど、にこちゃん達との確執は深まっていることを考えると、凛ちゃんにも少し罪悪感を覚えます。でも、真姫ちゃんも大切な友達だし、もしかしたらほのかちゃんもそうかもしれない。それなら、その絆も無下にはしたくない。

 改めて、何度来ても立派さに圧倒されてしまう真姫ちゃんのお家ですが、今日は真姫ちゃんのお部屋に行くまでがさらに長く感じました。特に言葉を交わさずに部屋の前まで来ると、真姫ちゃんがこちらに振り向いてから「花陽のこと、信じてるから。」と一言だけ言って、ドアを開けました。

 

 ほのか「花陽ちゃん。」

 

 中にはやはりと言うか、想像通りで逆に驚いてしまうけど、ほのかちゃんが座って待っていました。

 

 真姫「お茶、淹れて来るわ。」

 

 私が部屋の中に入ると、真姫ちゃんはそう言って外に出てしまいました。口下手な私からは到底話しかけられるはずもなく、ほのかちゃんも私の顔を見つめながら、少し切なげな表情を見せるだけでした。しばらくしてお茶を持って帰ってきた真姫ちゃんが、まるで電車の中のようになっている無言な空間に驚いたのか目を丸くさせました。

 

 真姫「ほのか、一言も話しかけてないの?」

 ほのか「う、うん。」

 

 ハァと短い溜息をこぼした真姫ちゃんは、私の背中を押しながら「花陽は思い出してくれる。」と話しました。ほのかちゃんは困ったようにしていましたが、顔を叩いてから私に話しかけてくれました。

 

 ほのか「覚えてるかな?一緒のユニットを組んで歌ってたこと?」

 花陽「ユニットってprintempsのことですか?」

 真姫「そうよ。」

 花陽「でも確か、ことりちゃんとのデュオユニットだよ?」

 真姫「あなたたちだけ二人なんておかしいでしょ。普通に考えれば二人組を四つ作るわよ。」

 花陽「それは……。」

 真姫「他にも、この世界にはいくつも矛盾があるはずよ。」

 花陽「ええと、ええと……。」

 

 自分の頭の隅まで探しても、矛盾と言えるほどのものはなくて、こちらを見ているほのかちゃんの視線に耐えられませんでした。

 

 花陽「ごめんなさい。」

 真姫「そう。」

 ほのか「大丈夫だよ、覚えていないのはしょうがないから。」

 

 今の言葉には違和感を感じました。しょうがないってことは、ほのかちゃんはこの状況が生まれた理由を知っていることになります。

 

 花陽「しょうがない、って?」

 ほのか「え?」

 花陽「私がほのかちゃんのことを覚えていないのに、怒らないどころか、しょうがないって言ってたから。それに、希ちゃんと来た時は初めて来たかのように話していましたよね?」

 

 私の質問で、ほのかちゃんが急に焦り始めました。真姫ちゃんの方を見て「どうしよお!」って言っているような気がします。その様子を真姫ちゃんも察したのか、少し考えた後に、今までのことをちゃんと話すべきだとほのかちゃんを諭しました。

 

 

 花陽「……本当なんですか?」

 

 ほのかちゃんの話は私の想像していたようなこととは遥かに違っていました。現実的ではないし、嘘の可能性だってあります。でも、もし本当だったとしたら、これはとても悲しい出来事です。

 

 真姫「私が証人よ。前の世界の記憶が残っているのは、ほのかと私だけのようね。」

 花陽「そんな……。」

 

 辛い。悲しい。その二つの言葉が、埋め尽くされていたような話でした。私がほのかちゃんの立場だったら、きっと目を逸らして逃げてしまっていた。

 

 ほのか「でも、そんな世界も変えられた。またラブライブに向けて頑張れる世界になったんだよ。」

 

 ほのかちゃんの言葉の後に真姫ちゃんと目が合う。これは、お互いにほのかちゃんの言葉について、あまりにも痛痛しいと感じているといったアイコンタクトだったと思います。

 

 真姫「それで、あなたはどうなるの?」

 ほのか「わからない。」

 花陽「わからないの!?」

 ほのか「でもね、この世界が辛いなって思ったらリセットできるんだ。」

 真姫「え?」

 

 真姫ちゃんも初耳な話だったのか、とても驚いていました。

 

 ほのか「この世界に来る前にある女の人が言ってたんだ。助けてあげるって。」

 

 ほのかちゃんの懐かしむような目線の先には、きっとその女性が映っているんだと思います。名前を話さないってことは秘密なんだろうけど……。

 

 花陽「その人って今はどこにいるの?」

 真姫「そうよ。早く探し出して、このへんてこな世界を変えるべきね。」

 ほのか「でも、ミューズはこの世界では本線に進める。全国大会に出られるんだよ。それにことりちゃんだって怪我をしてない。なら!」

 

 真姫ちゃんが勢いよく立ってほのかちゃんの肩を押さえました。

 

 真姫「自分が幸せになるために世界を捻じ曲げたのなら私は何も言わない。でも、他人の幸せを偽るために自分を犠牲にして世界を変えるなんて間違った話だわ。」

 

 真姫ちゃんの顔は本気でした。私は何も言えません。言う権利すらないんです。なぜなら、ほのかちゃんのことを覚えていないから。もし少しでも覚えていたのなら、私も真姫ちゃんと一緒になってほのかちゃんのために動いていたのかな……。

 

 ほのか「ねえ、花陽ちゃん。」

 花陽「ひゃい。」

 

 急に話しかけられたせいで、驚いて変な声が出ちゃいました。

 

 ほのか「今、幸せ?」

 

 優しい笑顔でそう問いかけてきたほのかちゃんには、太陽のような暖かさがありました。

 

 花陽「うん。」

 

 私の答えに満足したのか、ほのかちゃんは満面の笑みで「だって。」と、真姫ちゃんに言いました。

 

 真姫「それは……私だって、あの世界よりは幸せって感じた。だけど」

 ほのか「だから、もう少し頑張るよ。頑張って、みんなに思い出してもらって、それで私もラブライブに出る!花陽ちゃんの返事を聞いたら、そう思えた。」

 

 憧れを語っているほのかちゃんの瞳からは、譲らないぞって気持ちが伝わってきました。そんなキラキラとした笑顔には、私だけじゃなくて真姫ちゃんも否定する気持ちが起きませんでした。そしてこの一連の流れの中で、ほのかちゃんのその笑顔を昔に何度も見たような気がしてきました。

 

 真姫「相変わらず強引だけど、自分で決めたのならしょうがないわね。」

 ほのか「ごめんね。」

 真姫「まったく、面倒だってことは忘れないでよ?」

 ほのか「はーい。」

 

 さっきの辛い話から流れていたさみしい空気が嘘みたいに明るくなった瞬間でした。段々と気が遠くなっていく感覚が急に襲ってきて、急に目を開けられなくなりました。貧血に近いけど、頭に熱を持っていて視界が段々狭まってきている感じがします。

 

 ほのか「花陽ちゃん!?」

 真姫「花陽!?」

 

 二人の声が聞こえたのを境に、私は気を失ってしまいました。最後に狭まって行く視線の中、なぜか部屋の中に入ってきていた凛ちゃん、にこちゃん、絵里ちゃんの姿が見えた気がしました。

 

 

 

 



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それぞれのセナカ(絢瀬絵里 Part2)

 

 

 ほのかさんに希の家から出て行くように話した次の日の朝、希から借りたカギを使って希の家にもう一度立寄ると、ほのかさんはもうすでに出て行った後だった。正直、素直に言うことを聞いてくれるとは思っていなかったら、拍子抜けしたような、でも安心した気持ちになる。結局、真相はわからないままだけど、このまま穏便に済めばいいと思っていた。

 

 絵里「おはよう、にこ。」

 にこ「ん。」

 

 登校してから朝学活の前に廊下でにことすれ違って、ほのかさんのことを話した。

 

 にこ「そう。」

 絵里「これで、よかったかしら?」

 にこ「……。」

 

 にこは何かを考えたこんだ後に「今のところは、そうね。」とだけ言って教室に入ってしまった。ここ数日のにこは何を考えているのか読めない時がある。今の沈黙と返答からも、彼女の意図は掴めなかった。

 その日の部活の前、真姫が学校には来たけど部活は休むと言っていたとの連絡を受けた。その話を花陽から聞いたにこは、花陽の前では淡々と返答していたけど、会話が終わると明らかに不機嫌な様子を見せた。

 

 凛「ねえ、絵里ちゃん。」

 絵里「どうしたの?」

 

 凛が私を廊下に呼び出したので二人きりになる。

 

 凛「真姫ちゃん、多分何かを隠してるにゃ。」

 絵里「ほのかさんのこと?」

 凛「それはそうだけど、もっと先の話。」

 絵里「先の話?」

 

 凛の声のトーンが一段と低くなる。

 

 凛「きっと、ほのかちゃんのことを匿ってる。」

 

 想像の斜め上の話に思わず眉が動く。

 

 絵里「かくまってるって、じゃあ、ほのかさんは真姫のところにいるの?」

 凛「多分。」

 絵里「どうして思ったの?」

 凛「かよちんと真姫ちゃんの話を盗み聞きしちゃって、そうしたら……。」

 絵里「ほのかさんの話が出てきたのね。」

 

 凛が首を縦にふる。困った話だ。希の家から出ても、真姫の家に居たんじゃ何も状況が変わらない。実際、真姫は今日も部活に来なかった。このままではラブライブ本戦に向けての練習がままならなくなる。

 

 絵里「ありがとう、凛。にこと二人でなんとかするわ。」

 凛「待って!」

 

 凛に腕を掴まれて驚く。

 

 凛「練習が終わったら、かよちんが真姫ちゃんの家に行くみたい。」

 絵里「花陽が?」

 凛「きっと、ほのかちゃんに会うんだと思うにゃ。」

 

 その話を聞いて嫌な予感がした。希の二の舞になるんじゃないか、と。

 

 凛「だから凛も連れて行って。かよちんを助けたい!」

 

 凛からの必死のお願いを無下にはできなかった。そもそもこの情報を知っていたのは凛なのだから。

 

 絵里「わかったわ。そうしたら、にこも合わせて三人で行きましょうか。」

 凛「ありがとう。」

 

 練習が終わった後、にこにも事情を話すとすぐに真姫の家に向かうことになった。ほのかさんに対する敵意がむき出しな様子に危険を感じたけど、希がいない以上は何かあったときに頼りになりそうなのは意外とにこだと思っている。だから、今回も信用して任せる。手早く着替えを済まして部室から出て行った花陽に先を越され、何十分か遅れて真姫の家に到着した。呼び鈴で真姫のお母さんと挨拶をして、玄関に上がらせてもらい、私たち三人はそのまま真姫の部屋まで進んでいった。

 

 

 

 真姫『花陽!?』

 

 

 

 

 真姫の部屋の前に来た途端、真姫の大きな声が聞こえて三人の中に緊張が走る。そのまま私たちが部屋に入ると、恐れていたことが起きてしまった後の状態だった。花陽がグッタリとしていて、そこに真姫と、ほのかさんがいた。

 

 凛「かよちん!しっかりしてかよちん!!」

 真姫「な、なんで!?」

 にこ「やってくれたわね!!」

 

 私の後ろにいた二人が思い思いの行動に出る。凛は気を失っている花陽の肩をゆすり、にこはほのかさんの胸ぐらを掴んでいた。

 

 ほのか「んぐっ!?」

 真姫「にこちゃん、やめて!」

 にこ「離しなさいよっ!!」

 

 花陽の介抱が先だと思った私は、凛を落ち着かせてから花陽を横にさせた。その間ににこと真姫とで言い合いが起きている。

 

 にこ「あんた、自分がしたことがどんなことかわかってんの!?」

 真姫「こうなるなんて、思ってなかったわよ。」

 にこ「その頭はなんのためにあるのよ。よく考えなさいよ!!」

 真姫「な、なによっ!?」

 にこ「すぐ頭にきちゃうあたりがお子さまじゃない。」

 真姫「どっちがよ!!」

 

 正直この言い争いは見るに耐えなかったけど、錯乱しかけてる凛をなだめながら花陽を看るので手一杯だった。花陽の寝息が聞こえて、見たところただ気を失っているだけだとわかり、一息ついたところで凛に話しかける。

 

 絵里「花陽は大丈夫そうね。凛、おぶって家まで送れそう?」

 凛「……セナイ。」

 絵里「え?」

 凛「ユルセナイ。ユルセナイ!!」

 

 凛のフラストレーションが急上昇して爆発する。花陽の無事が確認できた時点で、不安な気持ちから怒りの気持ちへと急旋回したのだろう。

 

 凛「信じてた!ほのかちゃんは本当は悪い子じゃないって信じてた!でも、もう信じられない。かよちんをこんな目に合わせた以上、凛はほのかちゃんを許せない!!」

 

 凛の叫び声に圧倒されて部屋が静まり返る。さっきまで罵り合っていた二人は口を閉ざし、私も静止することができなかった。ほのかさんはというと、俯いたまま微動だにしないで黙っている。

 

 にこ「絵里、コイツを真姫の家からつまみ出して。」

 真姫「え?」

 

 そこで真姫のお母さんが部屋に入ってきて、ただでさえ惨状とも呼べるような空間だったにもかかわらず、さらに悪化して地獄へと変わった。

 

 真姫母「凛ちゃん、泣いているじゃない、大丈夫?それにあなたは……。」

 

 真姫のお母さんの視線がほのかさんに移った瞬間だった。

 

 ほのか「っ。」

 にこ「ちょっ!」

 

 目の前にいたにこを押しのけるように部屋の外へと飛び出していった。

 

 真姫「ほのか!!」

 にこ「凛、すぐ追いかけるわよ!!」

 

 にこと凛はほのかさんの後を追うようにすぐに部屋を飛び出し、真姫もそれに続こうとしたけど、お母さんに止められてしまっていた。

 

 真姫母「真姫ちゃん、少し話を聞いてもいいかしら?」

 真姫「っ。」

 

 「お騒がせしてすみませんでした。」と真姫のお母さんに一礼してから、花陽をおぶって凛とにこの後を追うために外に出た。すると、歩いて数秒の場所で凛に羽交い締めされてるほのかさんと腕を組んで睨んでいるにこの姿が見えた。ほのかさんが靴すらも履いていないところを見る限り、本当に呆気ない逃走劇だったのだろう。

 

 にこ「何か言いたいことはある?」

 ほのか「……。」

 凛「黙って済むつもり!?」

 にこ「凛、落ち着きなさい。別に何もないならいいわ。」

 

 凛の怒りが爆発したことで逆に冷静さを取り戻したのか、にこの口調は淡々としていた。

 

 にこ「凛に任せるとやばそうだし、絵里、私と一緒に学校へ連れて行くわよ。」

 絵里「学校?」

 にこ「街を徘徊されてもメンバーの誰かと遭遇するし、学校に閉じ込めて管理してる方がまだ安全よ。」

 

 冷酷。その一言に尽きる。ただ、それでこの一件が収まるのなら致し方ない。それに、グズグズしてると凛がほのかさんに手を出しかねないような勢いだった。

 

 絵里「わかったわ。凛、花陽をお願い。」

 凛「……もう一言だけ。」

 

 少し間を空けた後に凛はそう呟いた。花陽をおぶりながら、凛はほのかさんに向かって刺すように「これ以上、誰も傷つけないで。」とハッキリとそう伝えて、その場から去っていった。誰もほのかさんを押さえつけていなかったけど、足が石になったかのように動かない様子だった。

 

 にこ「絵里。」

 絵里「ええ。」

 

 にこの合図でほのかさんを学校に連れて行く。ほのかさんは、にこに手を引かれるようにしてようやく動くことができるといった状況。私はその後ろを歩く。フラフラと歩く背中を見ていると魂のないマリオネットを見ているようで、彼女が一人の人間だとはとても見えなかった。

 思わず、同情してしまう。実際の現場を見たわけではないから、彼女が希や花陽に何をしたのかわからない。もしかしたら何もしていないのに責められているのかもしれない。そんな可能性すら考えてしまうほどに気の毒だった。

 

 にこ「とりあえず、生徒会室でいいわよね。」

 絵里「そうね。忘れ物を取りに来た口実にもなるわね。」

 にこ「じゃあ、校舎の中には絵里が連れて行ってくれる?」

 絵里「わかったわ。」

 

 そんなやり取りを聞いていたのか、私たちの会話が終わるとほのかは自分で歩くようになった。逃げる様子もないし、潔く生徒会室に来てくれるらしい。そのまま歩いて学校に辿り着き、職員室で先生に断ってから校舎内に入り、生徒会室の前までほのかさんと二人で歩いて来た。本来なら誰かを閉じ込めておくなんてできるような場所ではないけど、一日くらいなら大丈夫なはず。

 

 絵里「私たちの話、聞いていたんでしょう?」

 ほのか「はい。」

 

 ほのかさんはボソッとした声で答えた。

 

 絵里「逃げないの?」

 ほのか「どうして、ですか。」

 絵里「これから、この部屋に監禁されるようなものなのよ。逃げたくならないの?」

 

 すると、ほのかさんは声を震わせながら「いいんです。」とだけ言って、ドアを開けて生徒会室の中に自分から入っていった。

 

 絵里「電気をつけると目立つから、このまま暗くしたままで我慢してね。」

 

 ドアを閉める前にほのかさんと目が逢う。

 

 ほのか「えり……さん。」

 

 苦しい気持ちに潰されて居た堪れなくなった私は生徒会室のドアをすぐに閉めた。これは悪魔の囁きだ。蜘蛛の糸を待つ人と同じような命乞いの行為なんだ。だから私は悪くない。そうよ、しょうがないじゃない。私はみんなを守るために……。

 

 絵里「こうしてまた私は自分を正当化するのね。」

 

 こんな風に考えてしまう自分がキライで、みんなと過ごしてからは少し変わったと思ってたのに、土壇場になるとやっぱりこうなるのは滑稽だわ。

 

 

 

 

 にこ「アイツ、言うことは聞いた?」

 

 にこは校門の外で待っていた。にこの存在は、今の苦しい気持ちと心細さを埋めてくれているような気がした。

 

 絵里「ええ、奇妙なほどね。」

 にこ「そう。じゃあ、帰りましょう。」

 絵里「そうね。」

 

 にこはクルッと振り向いて先に歩き出した。学校から見ると私たちの家は同じ方向だから一緒に歩いて帰れる。

 

 にこ「……なんか、悪かったわね。」

 

 こちらに振り向かないままそう言われた。

 

 絵里「何かされたかしら?」

 にこ「損な役回りばかり押し付けてると思ったのよ。」

 絵里「気にしてないわ。」

 にこ「嘘ね。絵里はこういうこと、傷つきやすいじゃない。」

 

 図星だったのと、にこに諭されたのが少し癪で無言になってしまった。

 

 にこ「実際、アイツのことはどう思ってるの?」

 

 今度は振り向いて訊かれる。咄嗟のことでドキッとした。

 

 絵里「危険な存在には違いないわ。」

 

 にこの気持ちも汲んで、気の毒という気持ちよりも彼女のことを敵視している意図を伝えようとした。すると、私の答えを受けたにこの顔が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ沈痛な表情を浮かべた。

 

 にこ「そう。」

 

 それだけ返事してまた歩き出してしまった。どういう意図か聞き出したいところだったけど、すぐにこの家の前についてしまった。

 

 にこ「仮によ。」

 絵里「ええ。」

 にこ「仮に、アイツのことを思い出す時が来たら、絵里はどっちを味方するかだけ教えて。」

 

 にこの赤い瞳が炎のように揺らめく。それに吸い込まれる感覚がした。

 

 絵里「心配しないで。私はにこの味方よ。」

 にこ「……堅物すぎなのよ。」

 絵里「ちょっと、そんな言い方はひどいじゃない。」

 にこ「わ、悪かったわよ。」

 

 そうして小さく「ありがとう」と言って、にこはアパートの中に消えた。私が堅物なら、にこはツンデレさんね。

 にこはみんなの不安を一身に背負ってる。自分の正義を貫こうと必死になってもがいているのが今の言葉からも伝わった。きっと一年生のときの苦い記憶も相まってのことだろう。なら、私は彼女の小さな背中を押してあげよう。小さな、でも私よりも芯の通っている強い背中を。挫けそうなときに支えてあげられるように助けてあげよう。

 ふと、目の前にあるいつもの通学路に人影が映った気がして顔を上げる。そこには、懐かしくて温かさを感じる背中があった。

 

 ほのか『また明日ね。』

 

 振り向いて笑顔で話しかけてきた彼女は、私が学校に置いてきたはずの少女だった。手を振った彼女は、分かれ道で神田駅の方へと走り抜けていってしまった。その後ろ姿は、いつもの日常だったはずなのにどこか切なくて、どこか遠い過去に置いてきてしまったモノのように感じた。

 

 絵里「穂乃果……。」

 

 

 

 

 この気持ちは忘れよう。にこのためにも、希のためにも、ミューズのためにも。

 

 

 



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幼き日の水たまり(園田海未 Part1)

 

 

 今日はずっと重い空気が流れていた気がしました。原因はハッキリとしています。高坂さんのせいでしょう。部活での練習の雰囲気、部室での会話もチグハグしたもので、とても一年近く仲間として一緒にいたとは思えないような状況です。みんなの中で高坂さんへの気持ちが揺れ動いているのでしょう。もう一人いたはずの仲間が彼女だったとして、なぜ私たちは彼女のことを思い出せないのか。そして、なぜ彼女からは何もそのことについて話してこなかったのか。どうして立て続けに問題が起こっているのか、何もわからずじまいで今に至っています。練習が終わった後、ここまで誰一人として話し声を出さず、花陽を筆頭にことり以外のメンバー全員が早々に部室を去って行きました。真姫と希が来ないだけでこんなグルーミーな雰囲気にはなり得ません。やはり、この状況は高坂さんの問題が解決するまでは続くのでしょう。困り果てました。

 

 ことり「今日はみんな何だか暗かったね。」

 

 ことりが話しかけてくれたおかげで、気鬱さが少し和らぐ気がします。よくない雰囲気だと感じているのが共有できただけでも心は軽くなります。

 

 海未「やはり、ことりもそう思いますよね。」

 ことり「うん。ちょっと怖いくらい。」

 

 ことりの眉がハの字になっていました。

 

 海未「明日になったら希も来てくれるかもしれませんし、たまたま今日は機嫌が悪かっただけかもしれないですから、あまり考えすぎないようにしましょう。」

 ことり「そうだね。」

 

 正直、先行きは不透明です。事態が悪化しないとは言い切れないですし、でも今日のことが嘘だったようにいつも通り過ごせるかもしれません。とりあえず、ことりの表情から安堵が伝わってきたので良しとしましょう。

 

 ことり「海未ちゃん、今日は一緒に帰れるの?」

 海未「すみません。今日も一度弓道部に顔だけ出して行きます。」

 ことり「そっか。じゃあ、また明日かな。」

 海未「そうですね。」

 ことり「うん。またね。」

 

 ことりの寂しそうな表情に申し訳なさを感じつつも、私は部室を後にしました。弓道部にまだ在籍している私は、挨拶だけには参加するようにしています。兼部している身としては当然の責務ですね。挨拶をしに顔を出すと、弓道部の部員も私が暗い雰囲気だったことを察して心配をしてくれました。申し訳ない気持ちになりましたが、兼部というわがままを許してくれて、さらに気にかけてくれる仲間がいてくれることに感謝したいと思います。

 学校からの帰り道の途中、持っていた携帯にことりから一件のメッセージが入っていました。

 

 「私の家まで来てほしいの。」

 

 急に来てほしいと頼むときはSOSのサインですね。やはり、今の状況を何とかしないといけないと感じているのですね。あなたがそんな責任を感じなくても良いのに……。

 

 海未「とにかく向かいましょう。」

 

 

 

 メッセージに返信を入れてから数分程度でことりの家に着くことができました。家の中に招き入れられると、ことりのお母さんはまだ仕事中だったようで、洋風の広い家には私とことりの二人だけでした。

 

 ことり「ごめんね、急に来てもらって。」

 海未「今更水くさいですよ。何年間の付き合いだと思っているんですか?」

 ことり「海未ちゃん、本当に心強いなぁ。」

 

 ことりに促されるようにベッドに腰掛けると、突然、驚くべきことを話しました。

 

 ことり「私ね、最近足に違和感があるんだ。」

 海未「え。」

 

 衝撃が走りました。相談の内容は高坂さんのことだろうと考えていたので、その想定よりも斜め上の内容に動揺を隠せませんでした。

 

 海未「それって、まさか。」

 ことり「多分、手術したところかな。」

 

 ここに来てあまりにも難しい選択を迫られてしまいました。普通に考えればことりのことを考えて休ませるべきでしょう。しかし、本戦までのアピールや本戦に向けての練習ができなくなってしまうのは、優勝から遠ざかってしまうことを意味しています。

 ただ、私はチームの一員としてではなく、親友として、ことりには無理をしてほしくないという気持ちが先行しました。

 

 海未「しばらく、休みましょう。」

 ことり「やっぱり、休むべきかな……。」

 海未「本番までは時間ありますし、何よりもことりの身体が心配です。」

 ことり「でも、みんなのことを考えると……。」

 海未「みんなのためにも、ですよ。初めからわかっていればみんなで支え合うこともできるはずです。」

 ことり「そう、だね。ありがとう。」

 

 ことりは悩みを抱え込みやすい性格ですから、私がしっかり注意していないといけないのだと改めて認識できました。

 

 海未「今まで一人で悩んでいたんでしょう。もっと早く相談してくれてよかったんですよ?留学の件のときにも話したはずです。」

 

 話したはずです。話したはずです?どのように話して私はことりを説得したんでしたっけ?

 

 海未「……。」

ことり「海未ちゃん?」

 海未「あっ。すみません。」

 ことり「海未ちゃんも何か困ってたりする?」

 海未「いえ、困っているわけではいんですけど。」

 ことり「ほのかちゃんのこと?」

 

 私がことりのことをわかっているように、ことりも私のことをわかっているようです。隠し事は無意味ですね。

 

 海未「はい。」

 ことり「みんなの様子がおかしいのも、きっとほのかちゃんが原因だよね。」

 海未「おそらく。」

 

 二人の中で次の言葉を探っているような間が空きました。何と話せばいいのか。お互いに彼女に対してどう思っているのかを伺っているような気もします。

 

 ことり「私ね、ほのかちゃんは友達だったって思ってるんだ。」

 海未「そういえば、高坂さんについて悪い子ではないと話していましたね。何か覚えていることがあるんですか?」

 ことり「ううんううん。何となくそう思うってだけだよ。」

 海未「そうですか。」

 ことり「それにね、ただの友達ってわけじゃなくて、私たちとずっと仲良しだったんじゃないかなって。」

 

 ことりの顔が緩む。ことりの記憶には楽しかった過去があったのだろうと思わせる表情でした。一昨日の話でも、もう一人のメンバーがいるとすれば、その子は私たちと仲が良かっただろうと話をしたくらいでしたね。

 高坂さんが本当にメンバーなら、この問題を解決するために動かなければならなかったのは私だったのかもしれません。にこに任せっきりにしていては進展が無いということでしょうか。

 

 海未「ですが、ならなぜ私たちは高坂さんのことを思い出せずにいるのでしょうか。」

 

 私の質問にことりは萎縮してしまいました。

 

 ことり「夢でね、引きこもってたの。」

 海未「引きこもっていた?」

 ことり「うん。それもケガのせいで。」

 

 夢はよくその人の心を映し出すと言われています。つまり、ことりはケガのせいで皆に迷惑をかけるかもしれないと恐れていたんですね。

 

 海未「大丈夫ですよ。今日相談してくれたわけですし、もうそのようにはなりません。」

 ことり「うん、ありがとう。でも、私の見た夢はね……。」

 海未「はい。」

 

 次の一言が出る直前、ことりの顔がとても切ないものに変わりました。

 

 ことり「きっと、昔にあったことだと思うの。」

 

 ことりの話を理解するのに時間がかかりました。それは、果たして夢なのですか?

 

 ことり「そしてきっとその事故にはほのかちゃんが関係してると思うの。」

 

 そこで高坂さんが出てくるのですね。ことりの怪我に関わる問題を彼女が引き起こしたのなら、にこが敵視するのも、その事故が起きていないこの世界も、何もかも辻褄が合います。ただ、やはりいくつかの疑問は残っています。

 

 海未「ですが、真姫だけが覚えているは釈然としません。それに、この世界は様子がおかしい気がしませんか。」

 

 ことりが首を縦に振る。

 

 海未「明日、真姫に会いに行きましょう。あれから何か進展もあったでしょう。」

 ことり「そうだね。」

 海未「それと、ひとまず明日からは激しい練習は控えましょう。いいですか?」

 ことり「うん、ありがとう。」

 

 明日のこともあるので、ことりの家を早々に離れることとしました。最近はメンバー内でもバタバタしているせいか、疲れを濃く感じます。帰宅路では、いけないとはわかっているものの、今感じている責任を放棄したくなる気持ちに少しなりました。

 なぜ私はスクールアイドルになったのでしょう。そして、なぜ私はリーダーになんかに……。今までのことを考えると明らかにおかしいです。そんなふうに考えれば考えるほど、高坂さんの姿が脳裏にちらつきます。

 

 

 家に帰ると、いつものように過ごし、作詞用のノートにいくつかの言葉を溜めてから寝ることにしました。私の場合、勉強や歌詞作りを寝る前にするため、大抵疲れ果ててしまってからの睡眠になります。なので目が醒めるまでに夢を見ることは滅多になく、例えあったとしても記憶に残るような鮮明な夢を見たことはありません。

 しかし、今日は違ったのです。寝床に着いてから目を瞑ると、先ほどまでの部屋の景色から、小さい頃によく遊んだ懐かしい公園の景色へと周りが変わっていて、しっかりと立っているはずなのに目線が明らかに低い。違和感を感じた私は近くの建物に歩み寄り、窓に映り込む自分の姿を確認しようと思いました。

 そこに映っていたのは、小さな頃の私。今の私とは違って、おどおどとした表情を浮かべている大人しい少女でした。

 

 「たぁーっ!!」

 

 突然、大きな声が公園に響き渡る。何があったのかと振り向くと、公園の真ん中にできた水たまりに向かって一人の少女が走っていました。彼女はそのまま勢いよく水たまりを飛び越えようとしましたが、大きい音を立てながら水たまりに落ちてしまったのでした。

 

 「くぅ〜。くやしいぃ!」

 

 悔しさを爆発させる彼女の髪型を見て確信しました。あれは、小さい頃の高坂さんのようです。

 

 ほのか「なんで!なんでーっ!!」

 ことり「もうやめようよ〜っ!」

 ほのか「もういっかい!!」

 

 視線を移すとずぶ濡れになった高坂さんに向かって、これまた小さな姿になっていることりが話しかけています。どこか懐かしいと感じる情景が目の前にありました。

 

 ことり「ほのかちゃん、もうビショビショだし……。」

 ほのか「もうぬれてるなら、かんけいないもん!!」

 

 高坂さんがまたスタート位置まで歩いていく。そして、威勢よく飛び出していって、また水たまりに着水してしまいました。なんの工夫もせずに、ただ愚直に大きな水たまりに向かっていました。小さな私たちにとっては、本当に大きな水たまりです。その水たまりに諦めずに挑み続ける高坂さんは、向こう見ずではありましたがその瞳にはキラキラと光る輝きがあり、それがカッコよく見えてしまったのでした。

 高坂さん、と声をかけようとすると目の前がグニャリと歪んで暗闇の世界へと変わってしまいました。結局、高坂さんに話しかけることなく夢が終わり、なぜあのような夢を見たのかわからずじまいなまま朝を迎えてしまいました。ただ、嫌な気持ちはあまりしません。

 

 海未「……ほのか。」

 

 私が相手の名前を苗字ではなく、名前で呼ぶのは限られた人だけです。でも、この響きはいつも通りのように感じて、私はますます彼女のことを知りたいと思ってしまいました。グループのリーダーとして、みんなを守っていかなければならない身として、私は彼女と接点を持ってはいけないのでしょう。それでも、私は彼女を知りたいと心の底から思ってしまう。また、友達になれるでしょうか。思い出せるなら早く思い出したいと、今日までは思っていたんです。

 

 そう。あんな事件が起こるまでは……。

 



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1月21日
別れ(東條希 Part2)


 

 希「二日分寝込むなんて、うちもまだまだやね。」

 

 気を失ってしまった日から丸一日以上経ってしまった。しばらくえりちの家で休ませてもらったから体調が回復したけど、いつまでもえりちに迷惑をかけるわけにもいかないし、自分の家に戻ることにした。それに、家ではほのかちゃんがひとりぼっちで待ってるやろうし、早く帰らないと心配させるやん。

 

 希「一人で大丈夫やったのかな。」

 

 一抹の不安がよぎる。初めて会ったときのほのかちゃんの瞳、それには深い海の底のような暗さがあった。うちにはほのかちゃんの抱えている問題がわからない。直接助けられるかはわからないし、そこまでしてあげる必要があるかどうかなんて知る由もない。それでも、何かしてあげたい。うちが守ってあげなければいけない、という母性本能のような何かをほのかちゃんにはずっと感じてしまう。

 

 家に着いてドアを開けると、そこにはもぬけの殻となった部屋があった。ほのかちゃんの姿がない。ベランダやトイレを探してもいない。残っていたのは机の上に置いてある紙切れだけだった。置き手紙、かな。それは寝食を共にしたにしては味気ないというか、悲壮感が漂っている紙切れ。そして、うちは中身を読んで、その悲壮感の正体がハッキリとわかった。

 

 『希ちゃんへ

  今までありがとう。急にはなるけど、ここからは出て行くね。

  私のせいでこんなことになってごめんなさい。早く元気になってね。

  穂乃果より』

 

 これはお別れの手紙だった。書いてある通り、秋風のように急な冷たい知らせ。気にやむ必要はないのかもしれないけど、心の中にポッカリと穴が空いてしまった感覚だった。何もやる気が起こらないけど、明日から登校するためにも準備を済ませてしまおう。そう思ってもう一度だけ手紙を見直して気づいた。

 

 希「私のせいで?」

 

 どうして?確かにほのかちゃんが来てから体調を崩したけど、何も思い当たる節がなければそんなマイナスな風に考えてしまうことはないはず。なら、ほのかちゃんが何かをしたってことなんやろか。それとも、誰かに責められたりしたとか。でも、あの中にそんな酷いことをする子なんていない。そう信じたい。

 

 希「明日、えりちに聞こう。」

 

 一番冷たく接するならえりち、それか反応が薄かったにこっち。どちらにせよ、うちが聞けばきっと話してくれる。このまま、またあんな風にほのかちゃんをひとりぼっちにさせてはいけないと、うちの心は見えない使命感の糸によって動かされていった。

 

 

 

 次の日、登校すると、浮かない顔をしたえりちが教室にいた。

 

 希「おはよう、えりち。」

 絵里「希、良くなったのね。」

 希「すっかりね。」

 

 えりちの表情が少し緩む。緊張をしてたんやろか?うちの体調なら昨日の時点で知ってるはずやのに。色々と気になることもあるし、早速訊いてみようか。

 

 希「なあ、えりち。」

 絵里「どうしたの?」

 希「うちの家に行ってくれたんよね?」

 絵里「そうだけど、いきなりどうしたのよ?」

 

 えりちの目が泳ぐ。これは何か隠し事のあるときのサインやね。

 

 希「家に戻ったら、ほのかちゃんが居ないんや。」

 絵里「……それで?」

 

 半ば開き直ったような声色で聞き返してくる。なら、言わせてもらおう。

 

 希「それじゃあ単刀直入に。ほのかちゃんをどうしたん?」

 絵里「……私は知らないわ。」

 希「とぼけたって無駄や。うちにはわかる。えりちが何かしたんやろ?」

 絵里「私は何もしてない。」

 希「じゃあ、これ、なんやと思う?」

 

 えりちの顔が険しくなる。見たことのない紙切れを出されて訝しんでいるのだろう。

 

 絵里「それは?」

 希「そうやね、一般的に考えればお別れの手紙って言ったところや。」

 絵里「なら、やっぱり」

 希「一般的に、って言ったやん。」

 

 そう、今回のこのメッセージは何か違う。きっと、ほのかちゃんは出たくて出たんやない。出ざるを得なかったんや。

 

 絵里「私があの子に何かしたとして、それがどうだって話なの?」

 希「仮にもそんな風に聞くってことは、やっぱりえりちのせいなんやね。」

 絵里「カマをかけたのね。ひどいわ。」

 希「酷いのはどっちや。こんな真冬に家もない子をよく追い出せたもんやね。」

 絵里「家がないなんてワガママだわ。彼女には家族がいるはずよ。だから早くその家に帰るべきだった、そうじゃない?」

 希「それはえりちの主観や。」

 

 えりちの険しい表情がさらに強張った。ただ、先程の苛立ちとは違って少し戸惑いも感じさせるような変化だった。

 

 絵里「そうね。私の主観よ。あなたを守るためのね。」

 希「うちを守るため?」

 絵里「あなたが体調を崩したのは彼女のせいだわ。」

 希「根拠はあるん?」

 絵里「にこが言ってたのよ。原因は高坂さんだって。」

 

 さらにガッカリしてしまった。ここでにこっちの名前が出てきてしまうんやね。

 

 希「えりちは、にこっちの言ってることを鵜呑みにするん?」

 絵里「私たちにとって今は大事な時期だし、少しでも悪影響がありそうなものは取り除きたいってだけ。」

 希「凝り固まった考えをして行動するのはえりちの悪い癖や。」

 絵里「凝り固まってなんかいないわ。これは私だけの意見ではないのよ。」

 希「みんなの意見だったら正しいと決めつけてるところから違うんやない?」

 

 うちの一言でやり取りが止まる。えりちの表情からは先ほどまでの険しさが消えて、とても悲しそうなものへと変わっていた。

 

 絵里「希、あなたはμ'sのことが好きなんでしょ?違うの?」

 希「もちろん大好きに決まってる。だからこそ、あの子は助けないといけないんや。ほのかちゃんは仲間だったかもしれない。真姫ちゃんだってそう言ってたやん。」

 絵里「でも、高坂さんはメンバーではないとあなたも認識していたじゃない。」

 

 真姫ちゃんの確認に対して、確かにうちはミューズが全員で八人だと話してしまった。でも、違和感がビンビンとする。何かがおかしいってうちの第六感がそう叫んでいる気がしてしまう。

 

 希「忘れさせられたんや、ほのかちゃんに。」

 絵里「忘れさせられた?」

 希「それなら説明がつくんよ。最近ずっと感じてた妙な違和感も、それならわかる気がする。」

 

 呆気にとられた様子のえりちは、首を横に素早く振ってから続けて話した。

 

 絵里「そんなの都市伝説レベルの話よ。」

 希「でも、そうじゃなきゃこの状況は説明できないんよ。」

 絵里「説明する必要なんてないわ。被害はもう出てるの。ノンビリなんてしていられないわ。」

 希「被害なんて言い過ぎや。」

 絵里「昨日ね、花陽も気を失っているの。それに、目の前には高坂さんがいた。これは動かない事実よ。」

 

 背中に冷や水をかけられた気分だった。うち以外にも影響が出てしまったのか。

 

 絵里「わかったでしょ。これ以上は彼女と関わるべきではないわ。」

 

 えりちはそう言ってうちの隣を通り過ぎて廊下に出て行く。そして去り際に「例え、友達だったとしてもね。」と言った。

 

 

 

 お昼休み、どこかに行ってしまったえりちとにこっちを探しながら外に出ると、中庭にはことりちゃんがいた。

 

 ことり「もう大丈夫になったんだね。」

 希「心配かけてごめんな。」

 ことり「気にしないで。とにかくよかったよ。」

 

 ことりちゃんの柔らかい笑顔がうちの荒んでいる心を少し癒してくれた気がした。でも、この笑顔は作り物やね。悩み事を悟られないようにするためのカモフラージュや。

 

 希「うちに何か相談でもあるん?」

 ことり「え?」

 希「顔にそう書いてあるよ。」

 

 動揺することりちゃん。隠せてないよ。うちもことりちゃんの腰掛けているベンチに座ると、ことりちゃんは観念したように話し始めた。

 

 ことり「ほのかちゃんのこと、希ちゃんはどう思ってるか、教えてほしいな。」

 希「急やね。」

 ことり「ほのかちゃんのことが気になって、夢にまで出て来ちゃったから。」

 

 ことりちゃんの声色は少しくらい。きっといい夢ではなかったのだろう。

 

 希「スピリチュアル少女のんたんが、その夢を占ってあげよう。」

 

 なるべく明るめな声を作ってそう話すと、ことりちゃんが夢の内容を話してくれた。その話を要約すると、ライブ中にステージから落ちそうになったことりちゃんを助けたほのかちゃんが代わりに落ちてしまった、というものだった。夢でよかったと、うちは思った。

 

 希「具体的な夢だってことと、登場した子が身近で本当にいる子だったのを考えると、これは近い未来の話やと思う。」

 

 ことりちゃんの目が大きく開いていくのが見えた。

 

 ことり「じゃあ、ほのかちゃんは私のせいで!」

 希「逆。夢占いは、行動の向きが逆になるんよ。」

 ことり「えっ。じゃ、じゃあ?」

 希「そうや。」

 

 実際にステージで起こることかはさておき、近い将来にほのかちゃんを庇ったことで、ことりちゃんは事故に巻き込まれてしまうって暗示になってしまう。

 

 ことり「私が、落ちちゃうんだ……。」

 希「安心して。占いはあくまでその人がどう歩んで行くべきかを指す道しるべにしかすぎない。これからどうするかをよく考えて未来を変えていけばいい。」

 

 ことりちゃんは「ありがとう。」と言ってから、立ち上がった。そのまま手を振って校舎の方へと戻って行く。その後ろ姿からは、先ほどの悩みは見えなくて、どこか吹っ切れたようなそんな姿に見えた。

 

 

 

 

 そして放課後、教室の掃除が終わって部室に行こうと思って廊下を歩いているときやった。まだ遠くにいるはずなのに、屋上に行くための階段から話し声がした。かなり大きな声で話しているらしい。先に海未ちゃん、凛ちゃん、真姫ちゃん、にこっちの姿があるのが見える。声の主は一体誰なんやろうと思って早足で近づくと、その途中で「もう、やめてよ!!」と誰かが叫んでいる声がした。

 そして、その数秒後にうちもギャラリーの中に着いてその先を見上げると

 

 

 踊り場から倒れるように落ちてくるえりちと、その踊り場から呆然と立ち尽くして様子を眺めているほのかちゃんの姿があった。

 

 

 一番下の段まで転げ落ちたえりちは苦悶の表情を浮かべながら腕を押さえていた。これは骨が折れてしまったかもしれない。そう考えると頭が真っ白になって、一気にえりちのことしか見えなくなってしまった。

 

 希「えりち!大丈夫?えりち!!」

 絵里「痛い、痛い、痛いぃ。」

 

 悶えるえりちの姿が痛々しくて、思わず泣きそうになる。戸惑ううちや凛ちゃんと違って、えりちの介抱をしている真姫ちゃんは冷静だった。冷静と言うか、ここまでくると感情が消えてしまっていると思いたくなるほど。真姫ちゃんはえりちの腕を庇いながらなんとか立たせて、そのまま保健室に連れて行こうとしていた。その最中、誰かが階段を駆け上っていったのが見えた。刹那、弾けるような痛烈な音が階段中に響き渡った。平手打ちをしたであろう海未ちゃんと、されたであろうほのかちゃんが踊り場にいる。この状況を見て、えりちが落ちたのはほのかちゃんのせいだということがわかった。

 

 海未「あなたを友達だと、信じたかった。」

 

 海未ちゃんの声が震えている。あまりの怒りにか声にその震えが現れてしまっていた。正直、えりちを傷つけた以上は、うちも同じ気持ちだ。

 

 海未「早く、消えなさい。この場からすぐに!!」

 

 海未ちゃんの指示通りに階段をフラフラと下りるほのかちゃん。うちはそのほのかちゃんにどんな顔をしていたかわからない。でもきっと、睨んでしまっただろう。みんなのほのかちゃんに向ける視線にも敵意しかなかった。

 

 凛「許さない!!!!」

 

 ようやく驚きが収まって、今度は怒りに感情が変化した凛ちゃんは、階段を降りて行くほのかちゃんに掴みかかろうとした。既のところでうちが押さえ込んだけど、凛ちゃんの気持ちは言葉にしてほのかちゃんを攻撃し続けた。

 

 凛「もう誰も傷つけないでって言ったのに!どうしてこんなことするの!?凛たちは何もしてないじゃん!」

 希「凛ちゃん!」

 凛「こんなのってないよ!ねえ、聞いてるの!?」

 希「落ち着いて。」

 凛「とにかく、もう二度とこないで!早くどこか行ってよ!早くっ!!!」

 

 凛ちゃんの叫び声を聞いて先生たちが集まってくる。その場にいたみんなは先生から事情聴取される。すでにその場からいなくなったえりちや真姫ちゃんのところにもあとで先生が行くだろう。その場にいないことを考えると、ほのかちゃんはそのまま逃げたのだろうか。

 終始沈黙を貫いたにこっちの表情は、怒りよりもどこか悲しげな雰囲気だった。こんな時は誰よりも先に怒りをぶつけるにこっちなだけに、今の態度は明らかにおかしくて不気味にすら感じてしまった。

 

 希「にこっち。」

 

 グチャグチャになってしまったうちらは、えりちの無事を祈ることしかできなかった。そんな惨状を覆い隠してくれようとしているのか、外には雪がちらつき始めていた。

 



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