燕シスターズ (しぃ君)
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当たり前の日々
わたしのお姉ちゃん


 西遊記の結芽に四万食われたので書きます。
 吐け!俺が食わせた四万吐けよオラァン!


 今から十三年前の三月三日。

 世間がひな祭りで賑わうその日、奇跡が起きる。

 病院前にある一本の桜の木が、有り得ないことに花開いたのだ。

 そして、一人の少女が産まれた。

 

 

 少女の名前は(つばくろ)結芽(ゆめ)

 可愛くて愛おしい、五歳差のわたしの妹だ。

 

 ◇

 

 わたしにはお姉ちゃんがいる、五個歳の離れた高校三年生のお姉ちゃん。

 名前は燕摘花(つみか)

 お揃いの長い桜色の髪をポニーテールにし、優しく広い大海にも見える碧眼を持っている。

 わたしと同じく、刀使として刀剣類管理局本部に籍を置く、偉くて凄い人。

 

 

 だけど、刀使の実力で言えば、お姉ちゃんはへっぽこだ。

 何せ、迅移は一段階、金剛身も一段階、写シも一度しか張れないんだもん。

 剣術もからっきしで、わたしと同じく天然理心流の使い手だが、公式戦どころか練習試合ですら、勝ったところを見た事がない。

 

 

 お姉ちゃんが刀剣類管理局本部(ここ)に居られるのは、一重に優秀過ぎる指揮能力があるから。

 立てた作戦で出た死者や怪我人は0、作戦成功率は脅威の100%だ。

 無論、へっぽこ刀使なので戦場には出ないが、長年培った知識と経験で、まるでその戦場に居て本当に見てるかのように、的確な指示を飛ばす。

 

 

 現に、今、わたしの目の前で、お姉ちゃんはマイク付きのヘッドホンをしながら、スクリーンに映し出される映像を見て、作戦指揮を執っている。

 指令室に流れる緊張感を、指示出しの声で解しながらも、警戒心までは解かせない。

 

 

『摘花さん、指示を!』

 

「三分後に増援が来るわ、それまで戦線維持! その猪型の荒魂は、一人を狙う習性がある。隊長である貴女が注意を引きつつ、他の隊員には隙を狙って、足を重点的に攻撃するよう言いなさい。時間を稼げれば十分よ! 死者も怪我人も出さない、良いわね?」

 

『了解!』

 

 

 指揮を執っている最中だからか、妹であるわたしですら見惚れる程の、真剣な凛々しい横顔。

 メイクなんて殆どしてないだろうに、ハリと潤いのある肌に、カッコイイとも可愛いとも言える顔立ち。

 キリッとした顔付きは、マイク付きのヘッドホンを取り、わたしの方を向いた瞬間に崩れ落ちる。

 

 

 とろーん、と可愛い効果音が付きそうになるほど、顔を柔らかい笑みに崩したお姉ちゃんがわたしを見つめる。

 

 

「どうしたの、結芽ちゃん? もしかして、お腹減っちゃった? ごめんね、この作戦が終わったら、急いで作るから」

 

「ううん、大丈夫。…ただ、お姉ちゃんが仕事してるの見たかっただけだから」

 

「そっかぁ…照れるなぁそう言うの……」

 

 

 えへへ、と笑うお姉ちゃんは、わたしより幼く感じてしまう。

 実際には歳上だと言うのに、変な所で幼いと言うか…可愛らしい部分が目立つ。

 おっとりしてる天然気質で、プロポーションも抜群。

 芸能界に入れば、キャラクター性と相まって、頂点までスキップで行けそうだ。

 

 

 …だからこそ、お姉ちゃんにお邪魔虫がくっ付くのは許せない。

 男性女性関係なくモテる、真希(まき)おねーさんと同等か、それ以上の人気と人望があるお姉ちゃんは、誰がなんと言おうとわたしのものだ! 

 それを見せ付けるように、わたしはお姉ちゃんに抱き着いた。

 

 

 周りの人の視線が少し気になるが、構わない。

 百七十は優にあるお姉ちゃん、わたしが抱き着くと丁度胸の辺りに顔が埋まる。

 ふかふかで柔らかく、そして花のような甘い匂いが漂う。

 好きだ、この匂いは──この温もりは大好きだ。

 

 

 叶うならずーっと、こうしていたい…けど。

 

 

「ごめんね、結芽ちゃん。お仕事もう少しあるから、ハグはまた後でね?」

 

「うん……わかった」

 

 

 残念そうな表情を、わたしが見せたからだろうか、お姉ちゃんは申し訳なさそうに謝り、わたしと体を離した。

 お仕事の邪魔は……あまりしたくない、わたしは渋々指令室を出て、特別警備隊に宛てがわれた休憩室──もとい作業室に足を運ぶ。

 

 

 中に入ると、わたし以外のメンバーである真希おねーさんと寿々花(すずか)おねーさん、夜見(よみ)おねーさんは、それぞれの机で黙々と朱音様の執務を手伝っていた。

 難しい事は知らんぷりに限る。

 それに、わたしがやっても修正で時間がかかるだけだと、おねーさんたちもわかっているのだろう。

 

 

 特に咎められることはなく、わたしはソファに座り、自身の御刀であるニッカリ青江の手入れを始める。

 大事な相棒だ、手入れに抜かりはない。

 じっくり、じっくり、時間を掛けて手入れをしていると、いつの間にか時刻は七時を回っていた。

 

 

 あれ、さっきお姉ちゃんが居る指令室を出たのが六時前くらいだったから……

 凄い! 

 わたし、一時間も集中して手入れをしてたんだ。

 知る人が知れば驚くであろう事象に、わたしが一番驚いていた。

 

 

 …自分で言うのもなんだが、わたしは戦う事が好きだ──いや、戦って強さを証明することが好きだ。

 強い人との立ち会いはワクワクするし、自然と笑みが零れる。

 逆に、ジーッとしているのが苦手で、嫌いだ。

 

 

 手入れをしていたとは言え、一時間も無言で誰の邪魔もしなかったなんて、史上初の快挙だよ! 

 今すぐにでも、この思いを共有したい!! 

 チラチラとみんなの様子を伺う。

 見た感じ、まだ、おねーさんたちは仕事中。

 

 

 むむむ、このままじゃ、わたしの快挙が埋もれちゃう。

 苦しいくらいに褒めてくれるお姉ちゃんの下へ、わたしが走り出そうとすると、ガシッと肩を掴まれた。

 感じる恐ろしいほどの覇気に、わたしは固唾を呑んで後ろを向く。

 そこには、眩しい程に良い笑顔な寿々花おねーさんが居た。

 

 

 表情からわかる、これは間違いなく怒ってるやつだ。

 出ていくな、そう暗に言っている。

 

 

「結芽、偉いですわ。一時間も静かに落ち着いて過ごすなんて、初めての快挙ではなくて?」

 

「そ、そーなんだよ! さっすがー寿々花おねーさん、わかってる〜!」

 

「そうでしょう? だったら、結芽に快挙の功績がダブルアップする試練を与えますわ」

 

「…わ、わぁ、なにかなぁ〜?」

 

 

 不味い。

 わたしの直感が言っている、これは不味い、早く逃げろと。

 だけど、今の状況にそんな余裕はない。

 真希おねーさんも夜見おねーさんも、助け舟は出せないし、頼みの綱であり目的の人であるお姉ちゃんは、まだ指令室に居る。

 

 

 作り笑顔も限界だ…。

 

 

「あと一時間、大人しく座ってる事ですわっ!」

 

「いーやーだー!!」

 

 

 即座に写シを張り、八幡力でパワーアップした腕力で、寿々花おねーさんがわたしの肩に置いていた手を、出来る限り優しく払い除け、作業室を飛び出した。

 後方から声が聞こえたが無視あるのみ。

 立ち止まったら、遊びに行かないように作業室に軟禁されるに違いない。

 

 

 諺でも逃げるが勝ちと、多分……あった気がする! 

 よぉし、目指すは指令室だー! 

 

 ◇

 

 一度、あの子を亡くしてから、わたしは再認識した。

 自分の中で、あの子が──結芽ちゃんがどれだけを占めていたか。

 真希ちゃんたちが、現世で死した後、隠世に残留した結芽ちゃんを助け出してくれなかったら……今頃わたしは発狂していただろう。

 

 

 調査隊と呼ばれる人達にも感謝している。

 あの人たちが、南無谷駆使景光の写シを貸し出してくれなかったら、結芽ちゃんは助からなかった。

 

 

 結芽ちゃんへの想いは以前より強くなった。

 たった一人の家族の、たった一人の妹。

 もう二度と失いたくない、その為にも、わたしは自分を活かす。

 わたしの長所、作戦指揮と作戦立案を最大限活かす。

 

 

 十二歳、御刀に選ばれ刀使になったあの日から、強くなるために鍛錬を続けた……が芽は出ず、わたしは実働部隊でなく作戦指揮を執る、指揮官として育てられた。

 そこからは地獄のような日々だったことを覚えている。

 結芽ちゃんの病気の発覚に加えて、指揮官として覚える膨大な量の戦術資料の山との格闘。

 

 

 病院と本部を行ったり来たり、寝る間も惜しんで、わたしは働き続けた。

 お陰で、作戦指揮の腕は向上。

 わたしが指揮を執った作戦の成功率は100%で、死傷者数も0と言う功績を維持し続けていた……あの子が一度死ぬまでは。

 

 

 折神紫様に謀反を企てた刀使の確保。

 当時のわたしは、それを任されていた。

 作戦は最終段階、こちらに攻め入ってきた、彼女たちを確保する為、親衛隊を配置、確保の作戦を立てたが……あえなく失敗に終わり、一人の死者を出した。

 

 

 そう、それが──結芽ちゃんだ。

 知っていた、わたしは結芽ちゃんが不治の病と言われた病気を、ギリギリの所で生き長らえた理由を…知っていた。

 ノロを入れて生き長らえる。

 

 

 非人道的な実験だと知りながら、わたしは黙って見守る事しか出来なかった。

 だが、ノロを入れた所で延命にしかならない。

 死という終わりは避けることなど不可能。

 

 

 現実はリトライが可能な世界じゃないし、コンテニューなんて裏技、一回コッキリで終わりだ。

 次はない。

 大荒魂の恐怖は消えたが、わたしの可愛い可愛い妹の命を奪う障害は消えていない。

 

 

 荒魂は、大荒魂、タギツヒメが祓われてから、増えに増えている。

 今日だって、六度は作戦の指揮を執っていた。

 その所為か、お腹はペコペコだ。

 

 

 取り敢えず、難しい事は後回しだ! 

 姉として、結芽ちゃんが喜ぶ美味しい料理を作らなくては! 

 

 

「ふーんふーんふーん!」

 

「あっ! お姉ちゃん!」

 

「あれ? 結芽ちゃん? どうしたの、廊下を走って──」

 

 

 廊下の奥の方から走ってきたのは、笑顔の結芽ちゃん。

 だがしかし、何故走っているのか? 

 わたしは気になって、結芽ちゃんの後方に目をやると……恐ろしい程に笑顔の寿々花ちゃんが居た。

 しかも、御刀を抜いている状態の。

 

 

 ……あぁ、これはあれだ、わたしも巻き込まれて怒られるやつだ。

 諦観モードに入りつつあるわたしは、今日の献立を考えながら、寿々花ちゃんの説教を受けることを決めた。

 




 次回もお楽しみに!

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告白相手はしっかりと選ぼう

 タグでは週一投稿って言ったけど、ネタが思い付いたらポンポン上げるかもしれない。

 今回は燕結芽(お姉ちゃんガチ恋勢の妹)VS燕摘花(度を超えた家族愛が狂気になった姉)の話です。


 姉妹で使っても有り余るくらい広い部屋で、わたしとお姉ちゃんは過ごしている。

 ここは、お姉ちゃんとわたしに宛てがわれた、刀剣類管理局本部の元応接室の一つ。

 元が、応接室と言う事もあって、家具は一通り揃っているし、簡易キッチンまで着いている。

 

 

 右半分がわたし、左半分がお姉ちゃん。

 

 

 初見の人でも見分ける方法がある…それは、部屋の綺麗さ。

 正直、わたしは片付けがあまり得意じゃない。

 お姉ちゃんに手伝ってもらって何とか…と言ったレベル。

 勿論だが、一人で片付けがまともに終わった事はない。

 

 

 片付けをしてる時に懐かしい漫画やアルバム、お気に入りだったオモチャやぬいぐるみを見つけては、遊びまくっているからだ。

 お陰で、わたしが使う右半分はお世辞でも綺麗とは言えない。

 

 

 ベット周りにはいちご大福ネコのグッズが散乱としている。

 反対に、お姉ちゃんが使う左半分は、整然としている。

 頭を使うのは苦手なので分からないが、なんでも効率を重視しているらしく、よく使う物はベットや机の近くに、使わない物は端の方に追いやる事で、上手く整理している…と言っていた。

 

 

 取り敢えず言える事は、わたしのお姉ちゃんは凄い! 

 と言う事だけだ。

 

 

 そんなお姉ちゃんは今、真ん中にあるイスに座り、一通の手紙を読んでいた。

 因みに、お姉ちゃんは左側のイスに座っていて、反対側にもテーブルを挟んで同じイスがある。

 

 

「……ふぅ」

 

「そのお手紙、誰から?」

 

「ん? これの事? お手紙って言うより、ファンレター…かな?」

 

「ファンレター?」

 

 

 わたしがそう聞き返すと、お姉ちゃんはコクリと頷いた。

 ファンレター…か、お姉ちゃんがそれを貰うのは全く可笑しい事じゃない。

 何故なら、お姉ちゃんはいつもいつも頑張っているから。

 誰だって応援したくなるし、好きになる。

 

 

 真剣な表情の時のお姉ちゃんを見て、応援したくならない人や、好きにならない人は、頭が可笑しいとしか言えない。

 

 

 だって、あんなに凛々しくてキリッとした顔付きなのに、人を見る目は優しいんだよ? 

 自分が出来ないことをやってくれる人に、尊敬の念をちゃんと持っている、人格者の中の人格者、善人の中の善人だよ? 

 

 

 そんなお姉ちゃんを、応援したり好きになれない人を、わたしは理解できない。

 だからこそ、わたしはそのファンレターを書いた人に興味が湧いた。

 大好きなお姉ちゃんをしっかりと見てくれている、嬉しい事実。

 お姉ちゃんを奪おうとするなら敵だが、そんな事をしなければ良き同士としてやっていける。

 

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん? わたしにも、そのファンレター見せてよ〜!」

 

「えぇ〜…それはちょっと恥ずかしいかな? …ごめん、結芽ちゃん。お姉ちゃん、この後、真庭本部長に呼ばれてるから指令室に行くね? 結芽ちゃんはどうする?」

 

「今日は任務もないしなぁ〜…。部屋でゴロゴロしてる」

 

「分かった。なるべく早く帰ってくるから、良い子で待っててね」

 

「うん!」

 

 

 優しく頭を撫でた後、お姉ちゃんは手紙──もといファンレターを、余程見られたくなかったのか、小型金庫に入れて出て行った。

 …よく、テレビや漫画で見るけど、「開けるな」とか「見るな」って念押しされると、やりたくなるよね。

 

 

 心理学の番組で言ってた名前は、かり…かり…カリラギュ効果? *1だったっけ? 

 まぁ、そんなのはどうでもいい。

 

 

「ファンレター! ファンレター!」

 

 

 テンション高めに声を上げて、わたしは小型金庫のパスワードを解除する。

 いい加減、なんのパスワードでも、わたしの誕生日を入れるのはやめた方がいい。

 それじゃ、防犯機能の意味ないから。

 

 

 鼻歌交じりに、ファンレターを取り出し、中身を見る。

 書かれていた文章は──

 

 

『貴女のことが好きです』

 

 

 たった一言。

 その、たった一言で、わたしの中にあった熱が急激に冷めていく。

 

 

 奪われる。

 このままだと、お姉ちゃんが奪われる。

 わたしの、わたしだけのお姉ちゃんじゃなくなる。

 

 

 そんなの……許せないっ! 

 許せるわけがないっ! 

 誰にも、奪わせない。

 

 

 お姉ちゃんの隣はわたしの場所だ、わたしだけが許された場所だ!! 

 お姉ちゃんの一番はわたしだ、わたしだけがそこに居て良いんだ!! 

 

 

「…行かなきゃ」

 

 

 さっき外に出たのは、きっとファンレターの皮を被ったラブレターの、返事をするためだ。

 場所なんて分からない。

 分からないけど、お姉ちゃんが何処にいるかなら分かる。

 

 

 本当は、この施設内で刀使の力を使うのは、暗黙の了解で禁止されているがそんなの関係ない。

 御刀を持つ事で研ぎ澄まされる五感を使い、場所を割り出す。

 匂いは…微かに残っている。

 

 

 写シを張り、迅移を使って匂いを追い、そして着いた先に、二人は居た。

 ラブレターを書いた相手は、優しそうな雰囲気が漂うカッコイイ男性。

 イケメンと呼ばれる部類に入る人で、不覚にも一瞬、お姉ちゃんとは美男美女カップルとしてお似合いだと…そう思ってしまった。

 

 

 捨てられる……そんな事はありえないが、付き合い始めて時間が経てば、自然とわたしは一番じゃなくなる。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 

 そんなの……嫌だよ……

 

 

 邪魔なんてしたくなかった、けどわたしは、いつの間にか走り出して、お姉ちゃんの背中を抱き締めた。

 

 

「きゃっ! …ゆ、結芽ちゃん!? どうしてここに……」

 

「つ、燕さんの妹さんですか?」

 

「え、えぇ。ごめんなさい。…結芽ちゃんもごめんね。後で、ちゃんと──」

 

「…お姉ちゃんの一番はわたしだもんっ! だから、お付き合いなんて……しちゃヤダ!」

 

 

 言葉を遮るように、わたしは叫んだ。

 それを聞いたお姉ちゃんは、笑って言った。

「大丈夫」、と。

 

 

 丁寧に、お姉ちゃんは交際を断り、その場を離れた。

 廊下を少し歩くと、ソファと自販機のある休憩スペースでわたしたちは立ち止まる。

 

 

 ……わたしは嘘をついた理由を、聞くことにした。

 

 

「なんで、嘘ついたの?」

 

「…結芽ちゃんが機嫌悪くしちゃうかなぁって思って」

 

「嘘つかれる方がヤダ。……嘘つくお姉ちゃん、嫌い」

 

「えぇ!? ひ、酷いよ〜! お、お願いだから機嫌直して? お姉ちゃん何でもするよ? ハグ、ハグがいい?」

 

 

 そう言って、わたしの機嫌を直そうと、お姉ちゃんは抱き締めてくる。

 柔らかく太っていない筈なのにモチモチな体。

 温かい抱擁に顔が蕩けそうになるが、ここで許してはダメだ。

 わたしがどれだけ不安だったか……それを思い知らせなくちゃ! 

 

 

「……ふーん」

 

「こ、これでもダメなの!? なに、お姉ちゃんは何すればいいの? わたし、結芽ちゃんに嫌われたままだと、お仕事に支障が出るんだけど!!」

 

「へぇ〜、お仕事の為…なんだ」

 

「うぅぅ、ち、違うよ! 結芽ちゃんに嫌われてると、なんにも力が入んなくなっちゃうの! それに、わたし自身、結芽ちゃんに嫌われてるのがやなの!」

 

「…じゃあ、チューしてよ。頬っぺとおデコは禁止ね?」

 

「……わ、分かりました」

 

 

 一瞬、躊躇うように言葉を詰まらせたお姉ちゃんだったが、少し頬を赤くして了承した。

 目を瞑って、お姉ちゃんのチューを待つ。

 少しづつ流れていく時間の中、そっと、柔らかい感触が唇に伝わる。

 

 

 目を開けると、顔を真っ赤にしたお姉ちゃんがそこに居た。

 意地悪したくなったわたしは、揶揄うようにこう言った。

 

 

「次やる時は、あんまり待たせないでね? …待たされ過ぎると、お姉ちゃんの事、好きになれないかも…?」

 

「ぜ、善処させていただきます……」

 

 

 クスクスと笑いながら、わたしはルンルン気分で、スキップで廊下を進む。

 それを追い掛けるように、お姉ちゃんはわたしの隣に並んだ。

 横を見ると、大好きな人が居る、それはとても大切な事。

 

 

 聞きたくない疑問ではあるが、これは聞かなきゃいけない。

 ねぇ、お姉ちゃんはどうするつもりだったの? 

 

 

「もし、あそこで結芽ちゃんが来なかったら?」

 

「うん。わたしが止めて欲しいって駄々…こねなかったら、どう答えてたのかなって」

 

「断ってたよ。わたしには妹が居るからって。……シスコンだからね、わたし」

 

「…そっか…そっかぁ。うん、わたしも、もし告白されたらそう言う!!」

 

「ふふっ。そしたら、わたしたちシスコン姉妹だね」

 

「だねー!」

 

 

 二人で笑って、部屋に戻る。

 揃って笑い合う時間は幸せな一時、これからもずっと、こうしていたいと思った。

 

 ◇

 

 ラブレター事件から数日。

 驚く事に、結芽ちゃんにもラブレターが届いた。

 字体から見るに、男性な事は間違いない。

 

 

 結芽ちゃんを好きになるのは、見る目があると褒めて上げたいが、一言言おう。

『犯罪』だと。

 この刀剣類管理局本部に居る男性の殆どは、成人済みの大人だ。

 若くても二十代前半、下手をすれば三十代から四十代の人も居る。

 

 

 わたしの世界一──いや、宇宙一可愛い妹、結芽ちゃんは十三歳。

 この子を好きになるのはしょうがない。

 なにせ、刀使の才能もあって可愛くて、可愛くて可愛くて可愛いのだ。

 好きにならない人がいるなら、それは精神が壊れた狂人か、女性に興味を持てない方々だろう。

 

 

 だけど、犯罪なものは犯罪だ。

 わたしがしっかりと()()しなければ。

 

 

「わたしが断りに行くから、結芽ちゃんは待ってて。場所は書いてある?」

 

「断りに行くにしても、わたしが行った方がいいじゃない?」

 

「ダメよ。世の中には無理矢理押し倒してくる、怖〜い人だって居るんだから。無闇矢鱈に刀使の力を使うのもあれだし、範囲外(ロリじゃない)のわたしが行った方が良いの。…分かってくれる?」

 

「お姉ちゃんがそう言うなら…」

 

 

 言質を貰うことに成功したわたしは、結芽ちゃんに約束の場所を教えて貰い移動する。

 念の為、腰に御刀──山鳥毛一文字を下げて行く。

 使うつもりも予定もないが、威嚇や牽制にはなるし、刀使として基本は常時身に付けるものだからだ。

 

 

 ……まぁ、わたしはあまり戦場に出ない故に、腰に下げることも偶にしかないが。

 すれ違う人に会釈をしながら、ようやく辿り着いた先には、先日わたしにラブレターを送って来た人と同じ人が居た。

 

 

 交際をしないで良かったと、心の底から思った瞬間である。

 

 

「え? つ、燕さん!? い、妹さんを呼んだつもりなんだけど…」

 

「ごめんなさい。結芽ちゃん、お付き合いとかはまだ、よく分からないって。代わりにわたしが断りを入れに来たの」

 

「そ、そっか。あ、ありがとう」

 

「いいえ、こちらこそ」

 

 

 結芽ちゃんを好いてくれる人に、悪い気分はしない……けど、あの子に手は出させない。

 挙動不審な彼に一歩づつ近付き、壁際まで追い込む。

 そして、逃げ道をなくすように、壁に手を付き耳元で囁くように言った。

 

 

「あの子に手を出したら……許さないから

 

「は、はぃぃぃ!!」

 

「言い返事だわ。それじゃ」

 

 

 完璧な作り笑顔を貼り付け、彼に軽く手を振って、部屋へと戻る。

 長い廊下は退屈だが、結芽ちゃんの下へ帰る為だと思うと全く苦ではない。

 

 

 お帰り、と笑顔で迎える可愛い妹に、ただいまと返すと、わたしは自室(聖域)のドアを閉め、鍵を掛けた。

 

 

 わたしと結芽ちゃんの為だけにある空間に、異性など必要ない。

*1
カリギュラ効果である




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過去の二人と今の二人

 策士系お姉ちゃんは暗躍するのがお好きです。


「結芽ちゃんに会いたいよ〜!」

 

「はいはい、分かりましたから。手早く仕事を終わらせますわよ」

 

「グスッ……寿々花ちゃんが冷たいよぉー」

 

 

 二人しか居ない、特別警備隊の作業室で、わたしと寿々花ちゃんは書類作成に追われていた。

 しょうがないと言えばしょうがない。

 何せ、今日に限って真希ちゃんや夜見ちゃん、結芽ちゃんさえも任務に出ているからだ。

 

 

 本来、書類作成の仕事は、居ない人数分削られる筈だったのに……

 どうしてか削られず、残っている寿々花ちゃんだけじゃ終わらないので、わたしが手伝う事になった。

 元々、作戦の報告書を纏めなきゃいけなかったから、書類作成の仕事に不服はないけど……叶うなら、結芽ちゃんの任務に付いてあげていたかった……

 

 

 心配性過ぎるのだろうか? 

 わたしが、そんな事を考えながらため息を漏らす。

 すると、面倒臭そうな重苦しい雰囲気を感じ取った寿々花ちゃんが、わたしに話を振った。

 

 

「…そう言えば、聞いたことありませんでしたが、摘花さんと結芽は昔から今ぐらい仲が良かったんですか?」

 

「そうだよ! …って、言いたいんだけどね。昔は、今ほど仲は良くなかったかな? 結芽ちゃんはわたしのこと好きでいてくれたんだけど、わたしは……結芽ちゃんのことあんまり好きじゃなかったよ」

 

「まぁ…。今の様子からは考えられませんわね」

 

「でしょう?」

 

 

 そこから、わたしは思い出すように、昔の事を話し始めた。

 あの頃のわたしは、まだまだ未熟で幼かったから、最初は妹が出来たことを素直に喜んだけど……その後はどうにも上手くいかなかった。

 妹の為に、お姉ちゃんとして我慢する。

 当たり前だと言われたその言葉が、簡単には飲み込めない。

 

 

 全ての事が、妹を──結芽ちゃんを中心に回り始めた。

 愛されていなかった訳じゃない。

 時間や数は少なかったが、わたしが主役の日も当然あった。

 ……だけど、それは結芽ちゃんが愛された時間に到底及ばない。

 

 

「最初は…最初はさ、素直に喜べたんだ。可愛い妹な出来たって。……名前を考えたのもわたしだったし、嫌いになれる訳なかった」

 

「名付け親…だったんですね」

 

「まぁね。…でも、時間が経つにつれ、両親のわたしに求めるものは、姉としての自覚になった。…愛されてなかった訳じゃない…けど、わたしを見てくれる時間は段々と減って行った」

 

 

 割り切れれば、楽だったのかもしれない。

 お姉ちゃんなんだからと、意識や自覚を持てれば耐えられたのかもしれない。

 まぁ、今となっては関係ない話だ。

 

 

 どこに行くにも後ろを着いて回る結芽ちゃんに、わたしは鬱陶しさを感じながらも日々を過ごしていた。

 無垢な笑みと純粋な好意を向ける妹を嫌う。

 その行為は、次第にわたしの心を擦り減らしていった。

 

 

 そして、ある日……

 

 

「結芽ちゃんが行方知れずになっちゃったの。…結局、ただの迷子だったんだけどね。両親は大慌てでさ、わたしにも探して欲しいって頼んだんだ。嫌だった…けどさ、断る訳にもいかなくて、テキトーな場所を探しに行った。そしたら偶然さ、泣いて蹲ってる結芽ちゃんを見つけたんだ。…少しだけ魔が差した」

 

「見なかったふりをしようとした…ですか?」

 

「うん…。それで、知らん振りして戻ろうとした時、あの子が泣いて叫んだんだ。両親じゃなくて、わたしの名前を。凄く、後悔した。その後は、気付いたら結芽ちゃんの下に走って、抱き締めてた。その日からかな、わたしが結芽ちゃんを好きになれたのは」

 

 

 誰でもない、わたしを呼んでくれた。

『お姉ちゃん』と叫んでくれたんだ。

 それが堪らなく嬉しくて、だからこそ後悔した。

 自分の事を一番に想ってくれた妹に、わたしはなんて酷いことをしていたんだろう…と。

 

 

 溢れ出したら止まらなくて、わたしは夢中で結芽ちゃんを抱き締めた。

 今まで出来なかった分を取り戻すように強く、優しく、大切な妹を抱きしめ、泣きじゃくる。

 家までの帰り道、わたしは初めて、あの子の手を握り返せた。

 それが分かったのか、結芽ちゃんはふにゃっとした柔らかい笑顔で、こう言った。

 

 

『やっと、握ってくれたっ!』

 

 

 あの時の笑顔は死ぬまで忘れる事はないだろう。

 天使のよう、いや、まさに天使と言わざるを得ない笑顔。

 人間の枠組みはあの子にとって小さ過ぎる。

 剣の腕もそうだし、そろそろ、妹の属性はそのままに、人間から天使にクラスチェンジした方が良いかもしれない。

 

 

「あなたたちの仲の良さはよーく分かりましたわ」

 

「そっか、それなら良かったよ」

 

 

 呆れたように言う寿々花ちゃんを横目に、わたしは通知の着たスマホを手に取り、内容を確認する。

 …なるほど、やっぱりそうなったか。

 

 

 わたしはさっと、イスから腰を上げ、机の横に立てかけていた御刀を手に取り、腰の器具に固定する。

 その様子を見た寿々花ちゃんも、察したように腰を上げ、御刀を手に取った。

 

 

「何かありましたか?」

 

「ちょっとね…。手伝って貰ってもいい?」

 

「えぇ、勿論ですわ」

 

 

 部屋から飛び出したわたしたちは、結芽ちゃんが補佐に入った、荒魂討伐作戦が行われている現場に急行した。

 

 ◇

 

 目の前に広がる光景は、さながら地獄絵図…だった。

 幾ら小型の蜘蛛荒魂とは言え、集まれば厄介。

 今回の荒魂討伐任務、本当は補佐で加わった筈のわたしが殆どの荒魂を祓っていた。

 

 

 だけど、正直言ってキリがない。

 雑魚ばかりだが、補佐として加わった小隊、その六人のメンバーは殆ど、荒魂との実戦経験のない者で構成されている為、六人の足枷が居ると言っても過言ではない。

 

 

 小隊長の適切な指示のお陰で、未だに怪我人は出ていないが、わたしが居なかったらどうなっていた事か……

 想像するのは、あまり頭が良くないわたしでも、難しくない。

 

 

 祓って、祓って、祓って。

 庇って、庇って、庇って。

 

 

 何体倒したか、その数を数えるのすら億劫になってくる。

 ……お姉ちゃんの妹として、怪我人を出す訳にはいかない。

 もし、軽傷重傷関係なく、怪我人が出ようものなら、お姉ちゃんの顔に泥を塗ることになる。

 

 

 それだけは、ダメだ。

 それだけは、してはいけない。

 

 

 燕摘花の妹、燕結芽として、怪我人だけは出させない。

 揺るがぬ誓いを胸に、荒魂を祓って行くが──世の中、そう都合良くは行かない……そんな事をわたしは忘れていた。

 

 

「スルガ型…」

 

「……………………」

 

 

 どこからともなく、人型個体のスルガ型と呼ばれる、凶悪な荒魂が赤羽刀を片手に現れる。

 小型の蜘蛛荒魂だけならどうにかなった。

 アイツは不味い、アイツは別格だ。

 わたし一人だけなら、倒す事など、どうって事ないが……庇いながらやったらわたしが死ぬ。

 

 

 チラリと後ろを見やる、小隊長の顔色は青を通り越して真っ白になっていた。

 無理もない、わたしが居て、限界ギリギリの所で討伐任務が進んでいるのに、スルガ型が現れるなんて……

 どう足掻いても、わたしが出張るしかない事を、頭の良い彼女は即座に理解した、理解したからこそ絶望している。

 

 

「……燕さん、スルガ型を…お願い、します」

 

「分かってるよ。…でも、どうするの? 言っとくけど、数秒でカタがつくほど、甘くないよ」

 

「………………」

 

 

 言葉は、返ってこなかった。

 一刻も早く、わたしが目の前に居るスルガ型を倒さなければ、誰かが怪我をするのは明白。

 …最悪、死者が出ても可笑しくない。

 

 

 こんな事になるんだったら……

 

 

「お姉ちゃんの部隊指揮訓練、ちゃんと受けるんだった」

 

 

 撤退させたくても撤退できる策が浮かばない。

 もし、ちゃんと受けていたら、そんな事を考えながらスルガ型へと向かっていくと、聞き慣れた優しい声が聞こえた。

 

 

「そっか、じゃあ、帰ったらみっちりお勉強だね?」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「私も居ますわ」

 

「す、寿々花おねーさんまで!? ど、どうしてここに?」

 

 

 御刀を構え、写シを張った状態の二人がわたしの両隣に立つ。

 寿々花おねーさんは自身の御刀の切っ先をスルガ型に向け、わたしの質問に答えないまま行ってしまった。

 代わりと言わんばかりに、お姉ちゃんがここに来た理由を話し始める。

 

 

「今回の荒魂討伐任務の目的は勿論、市民に被害が及ぶ前に荒魂を祓う事だけど……もう二つ裏の目的があったんだ」

 

「二つの裏の目的?」

 

「一つ目は、実戦経験が皆無の子たちに経験を積ませるため。…もし、何かあっても良いように、結芽ちゃんが補佐についたの」

 

「じゃ、じゃあ、二つ目の目的は?」

 

「結芽ちゃんに、部隊指揮訓練の大切さを教えるためだよ。今回の任務、一番強い結芽ちゃんが、部隊指揮もできて撤退行動を取れたら、危険は最小限で済んだ。でしょう?」

 

 

 ……何も言い返せない。

 お姉ちゃんの言う通りだ、わたしが部隊を──この小隊を動かせていたら、危険が及ぶ前に一度撤退して、体制を整えることが出来た。

 その可能性は十分にある。

 

 

 落ち込み、俯くわたしの頭をお姉ちゃんがそっと撫でた。

 言葉こそなかったが、悪くないよと、言われているようだった。

 動かなかったら、何も変わらない。

 今は、できることを全力でやればいいんだ! 

 

 

「お姉ちゃん、わたし!」

 

「うん、行ってらっしゃい。撤退行動はわたしが執るから」

 

 

 優しい微笑みのまま、お姉ちゃんは声を張り上げる。

 

 

「現時点を持って、部隊指揮権はわたし、燕摘花に移った! 燕結芽、此花寿々花の両名以外は迅速に撤退行動に移る! 遅れないこと!」

 

『了解!』

 

 

 世界一頼もしいお姉ちゃんに後を任せ、わたしは視界を覆い尽くす荒魂に向き直る。

 勉強は嫌だが、お姉ちゃんとの時間を取られるのはもっと嫌だ。

 

 

「悪いけど、雑魚に邪魔されるの、嫌いなんだよね!」

 

 

 取り敢えず、手近な荒魂から片っ端に祓って行く事を決めた。

 

 

 ◇

 

 今回の作戦、小隊長として部隊指揮を任されていたのは、わたしの直属の部下であり弟子だった。

 隣に並んで走る彼女は、申し訳なさそうにこちらを見つめていた。

 無理もないだろう、彼女からすれば、師匠の顔に泥を塗ったも同然。

 怪我人こそ出なかったものの、撤退行動さえ取れなかったのだから。

 

 

 そんな弟子に、わたしは諭すように話し掛けた。

 

 

「今回の任務、良く頑張ったね」

 

「全然、良くありません。…私は師匠の弟子失格です」

 

「……本部では、今回の作戦で怪我人が出る所まで、想定の内だったらしいんだ。でもどう? 小隊の中に怪我人はいないでしょう?」

 

「そ、それは師匠の妹さんが頑張ってくれたからであって、私は何も……」

 

「危険だと分かったら、補佐で呼んだ筈の結芽ちゃんを迷わずに主戦力、中心人物として使い、限界ギリギリのラインを保った。その判断力は誇っていいものだよ」

 

「それだって、師匠が教えてくれた事じゃないですか。…ありがとうございます。少しだけ、楽になりました」

 

 

 いえいえ、そう返して、わたしたちは走り去る。

 感謝するのはこっちの方だ。

 悪いとは思っていたけど、彼女たちを結芽ちゃんに意識させる駒として使ってしまった。

 

 

 危うく怪我人が出るところだったのは、わたしの落ち度でありわたしの失態だ。

 …今度からは、もっと効率的で人道に沿った手段を選ぶべきだと、わたしは痛感させられる。

 

 

 取り敢えず、帰ったら結芽ちゃんで癒されよう。

 疲れた心には結芽ちゃんが一番効く。

 

 

 そんな不謹慎な事を考えながら、わたしは撤退行動を終わらせた。

 

 

 翌日、結芽ちゃんの為にやった、部隊指揮訓練初回が壊滅的だった事は、言うまでもないだろう。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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徹夜作業は三日までにしろ

 社畜…それは、会社に飼い殺された人間の末路。
 今回はおまけもあるよ、私的に摘花と薫は社畜コンビとして上手くやっていけそう。


「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫! 明日のお昼頃にはこの仕事も終わるし、そしたらゆっくりできるよ」

 

「もう、三徹もしてるんだよ? そろそろ休まないと」

 

「分かってるよ。…ほら、もう遅いんだから、結芽ちゃんは寝なさい」

 

「……はーい」

 

 

 渋々と言った表情で、結芽ちゃんはベットに帰って行った。

 わたしは、それを見送ったあと、机に向かって残りの作業を終わらせる。

 四作戦同時進行は、流石に疲労感や倦怠感が強い。

 お陰で三日間寝ることが出来なかったし、今日も寝られないだろう。

 

 

 何故なら、作戦終わりに提出された報告書を、わたしが纏めて真庭本部長に提出しなければいけないからだ。

 一つ一つの報告書に目を通しつつ、それを全て纏めるのは正直辛い。

 三徹の所為で、時々視界が霞んだり、記憶が混濁する。

 

 

 今の自分がまともな文章を書けているのか? 

 そんなの全く以て分かりはしない。

 でも、わたしが書かないと、同僚や他の職員に迷惑が掛かる。

 それだけはダメだ。

 戦線に立てない分、わたしは誰よりも頭を使って走り続けると誓ったんだ。

 

 

 限界に近付きつつある体を酷使し、わたしはなんとか、朝日が登る時間までに書類を完成させた。

 あとは、持って行くだけだ。

 

 

 …わたしの職場はブラックだ。

 夜明け前のこの時間でも、働いている同僚や職員はチラホラ居る。

 指令室にも、必ず十人以上は残っているだろう。

 

 

 完成させた書類をファイルに入れて、イスから立ち上がる。

 視界が揺れた。

 立ち眩み…か。

 

 

 倦怠感と疲労感が残る体を引き摺って、わたしは司令室を目指す。

 ……可笑しい、立ち眩みがまだ続いている。

 廊下を真っ直ぐ歩く事が出来ない。

 

 

 段々と足取りも悪くなってきて、膝がカクついてきた。

 あと少し、あと少しで指令室に着くのに、そのあと少しが果てしなく遠く感じる。

 

 

「……あ」

 

 

 間の抜けた声が口から漏れた瞬間、わたしは足がもつれて地面に倒れ込んだ。

 遠くから聞こえる誰かの声。

 返事なんてする事は出来ず、そこで意識がプツリと切れてしまった。

 

 ◇

 

 次に目覚めた時、最初に視界に入ったのは見慣れた天井だった。

 …誰かが運んでくれたのだろうか? 

 体を起こして周りを見ようとすると、誰かに無理矢理押さえつけられた。

 嫌な予感がして、そっと視線を移動させる。

 

 

 わたしの体を無理矢理押さえつけたのは──結芽ちゃんだ。

 うん…まぁ…なんとなく予想はついてたよ? 

 だって、この部屋に居るのって基本、わたしとこの子だけだし。

 誰かを連れてくる時は連絡するし、連絡出来ない時はそもそも連れてこないからね。

 

 

 ……物凄く不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいる。

 正直、苦笑するしか無かった。

 

 

「あ、あはは…。お、おはよう、結芽ちゃん」

 

「おはよう、社畜(お姉)ちゃん。四徹明けで風邪になった気分はどう?」

 

「……最悪かな」

 

「そっか。因みに、起きて一番最初に聞いた話が、お姉ちゃんが倒れたって話だったわたしも最悪の気分だよ」

 

 

 ……ごめんなさい。

 そう、わたしは素直に謝った。

 選択肢がそれしかなかったんだもん、しょうがないじゃないか。

 未だに不機嫌モードな結芽ちゃんは、わたしの一挙一動に目を光らせている。

 

 

 風邪を引いているわたしが、勝手に動かないように見張っているんだろう。

 そんな時に、本当に申し訳ないが……お腹が減ってしまった。

 何時、お腹の虫がぐーぐー鳴り出しても可笑しくない。

 

 

 妹の前で、結芽ちゃんの前で痴態を晒すのは……御免だ。

 もう色々とさらけ出してきたつもりだが、姉の威厳は守り──

 

 

「ぐー…ぐー」

 

 

 ……たかったなぁ。

 大きな音ではなかったが、確実に聞こえた筈だ。

 どうして分かるかって? 

 そんなの、結芽ちゃんが笑うのを必死に我慢している横顔が見えてからですよ!! 

 

 

 恥ずかしぃ…恥ずかしいよぉ…。

 今、この瞬間、姉としての威厳が吹っ飛んだ気がする。

 羞恥心で赤くなった顔のまま、わたしはボソボソと呟くような声でこう言った。

 

 

「…お腹、空いちゃった」

 

「…ふふっ、分かったよ。なんか持ってくる。ヨーグルトとかでいい?」

 

「お願いします」

 

 

 結芽ちゃんは簡易キッチンの方に行き、近くにある冷蔵庫からヨーグルトとバナナ、食器棚から適当な容器を取りだした。

 丁寧にバナナの皮を向き、包丁で一口大の大きさに切っていく。

 …いつの間に、料理なんて出来るようになったのか? 

 

 

 姉として、妹の成長は喜ばしいことだが、その成長の過程を見られなかったのが悔やまれる。

 うんうん、しっかりと猫の手も出来てるし、これなら大丈夫…かな。

 

 

 待つこと一分足らずで、結芽ちゃんはこちらに帰ってきた。

 ヨーグルトとバナナが入った容器と、スプーンを持って。

 

 

「はい、バナナ入りヨーグルトだよー」

 

「ありがとね、結芽ちゃん」

 

「体は起こさないで、わたしが食べさせてあげるから」

 

「えっ? だ、大丈夫だよ、少しご飯食べるくらいなら」

 

「ダメ。今日はお姉ちゃんにゆっくりしてもらうの。…偶には、甘えても良いんだよ?」

 

 

 そう言う結芽ちゃんは、何処か寂しそうで、わたしは断る事なんて出来なかった。

 羞恥心で悶え死にそうだったが、何とか耐えることが出来た、誰か私を褒めて欲しい。

 …秘密の話だが、結芽ちゃん()にあーんで食べさせてもらうのは病みつきになりそう。

 

 

 シスコンの自覚はあったが、新しい扉を開いてしまわないか心配になる、今日この頃だった。

 

 ◇

 

 ベットの脇に座り、眠るお姉ちゃんの頭を優しく撫でる。

 寝顔は……とても幸せそうだ。

 いつもは凛々しい横顔が目立つお姉ちゃんだが、わたしの前だとふにゃっとした柔らかい笑顔が多い。

 

 

 その笑顔が作り物じゃないことを、わたしは知っている……けど、無理をして頑張っているのも知っている。

 四作戦同時進行だったっけ? 

 到底、普通の人がやれることじゃない。

 

 

 現状を見る限り、お姉ちゃんでもギリギリだったんだろう。

 お姉ちゃんの誰に対しても分け隔てなく接する優しさは、美徳…そう言うべきだろうが、わたしはそうは思わない。

 だって、その優しさの所為で、誰からも頼られる存在になるだけで、頼れる存在は少ないからだ。

 

 

 今は、お姉ちゃんの代わりに、弟子? 部下? の人や真希おねーさんたちが頑張ってくれてる。

 …それくらいしか、居ない。

 お姉ちゃんが頼っても問題ないと、頼っても良いと考えている人はそれぐらいしか居ない。

 

 

 そして、わたしはその中に──入ってないんだ。

 何処まで行っても、わたしはお姉ちゃんからしたら守るべき妹で、自分が守られるべきじゃないと考えている。

 

 

 それが、堪らなく嫌だ。

 わたしだって、守りたい。

 強くなった、強くなれた、二度目のチャンスを貰えた。

 だから、わたしは守る側に立ちたい。

 

 

「泣いて欲しく…ないんだよ」

 

 

 弱いお姉ちゃんを、わたしは知っている。

 弱いお姉ちゃんを、わたしは聞いている。

 

 

 病気で入院して、パパとママが居なくなったあの日、お姉ちゃんはお医者さんに泣きながら怒っていた。

 姉でありながら、母としてわたしを育てると決めた日だど、後に聞いた日だった。

 

 

『医者だったら助けてよ! 無理だなんて言わないでっ!! あの子が…あの子が辛い目に会う必要なんてないじゃない!! …お願い…お願いだから…あの子を助けてください。…わたしのたった一人の妹なんです!』

 

 

 嬉しかった。

 こんなにも思われてるんだと知って嬉しかった。

 それと同時に、強くなろうと決めた。

 病気なんて関係ない、泣いているお姉ちゃんを守ろうと、守れるくらい強くなろうと。

 

 

 …だけど、強くなっても守れなくて、わたしは……死んだ。

 その後のお姉ちゃんは酷いものだったと、真希おねーさんたちから聞いた。

 みんなの前では普段通り振舞っていたが、裏では泣いていて、ご飯も殆ど食べていなかったらしい。

 

 

 日に日に痩せていくお姉ちゃんを見て、気付いたおねーさんたちが無理矢理食べさせたとか。

 …そして、わたしを助け出せる可能性が見えて、その可能性を握っている人達が元は敵だったと分かると、頭を下げに行った。

 

 

『虫が良い事だって、分かっているんです。…だけど、お願いします。お力を貸してください。何でもします、結芽ちゃんが助かったなら、わたしなんだってします。サンドバックにしてくれても構いませんし、なんなら殺して下さって結構です。…妹を助けてください』

 

 

 何度も何度も、必死に頭を下げたらしい。

 わたしの為に、頑張ってくれたお姉ちゃん。

 もう、頑張らなくていいよ。

 一言、そう言えたら、どれだけ良かっただろうか。

 

 

 だけど、言えない。

 言ったとしても、お姉ちゃんは聞いてくれないから。

 

 

 何時か、お姉ちゃんが心から頼れる存在になる為に、わたしは強くなり続ける。

 守られる側から、守る側になる為に。

 

 

 それまで…それまでは、甘えたり甘えられたりする、そんな関係が良い。

 

 

 

 




 お○け「社畜コンビ」

 風邪が治って、仕事に復帰出来たのは、二日が経ってからだった。
 本当は一日で治ったのだが、結芽ちゃんに仕事に行かせて貰えなかったんだ。
 理由は……


「社畜魂が染み付いてるから、落とした方がいい」


 とのこと。
 …正直、自分で言い返すことは不可能だったし、結芽ちゃんがプンプン怒っているのが可愛かったので休ませて貰った。
 仕事の方は可愛い弟子兼部下がやってくれるので問題はないが、心配しない訳じゃない。


 仕事に来て早々、わたしはこなされた仕事のチェックをしつつ、新しい作戦の関連書類に目を通す。
 …出動メンバーの中には、偶に仕事の愚痴を言い合う良き友人、益子(ましこ)(かおる)の名前があった。


 可哀想に、前回の遠征作戦から一日も経ってないのに、また新しい遠征作戦に組み込まれている。
 チェックを手早く終えたわたしが、憐れみの感情を持って続く書類に目を通していると、指令室のドアが開かれる。


「摘花、居るかー?」

「こっちだよ。…おいで」

「ん」

「ねーねー!」


 間の抜けたやる気のない声と、可愛らしい鳴き声が指令室に響く。
 高校生とは思えない低身長な友人、薫とペットのねねちゃんがやって来た。
 ねねちゃんは、わたしを見つけると一目散に胸に飛び込んでくる。


 荒魂なのにも関わらず、可愛らしい生き物だ。
 ペットだと言うのも頷ける。
 わたしの中での可愛いランキングで、二位にランクインしているのがねねちゃんだ。


 一位? 
 結芽ちゃんに決まってるじゃん。


 気怠そうな薫に目を通した書類を渡して行く。
 肝心の、遠征作戦の期間が書かれた紙を渡す前に、ボールペンで日数をチョコチョコっと書き換えて、薫に渡す。
 ペラペラと文章を流し読みしていく薫も、流石に最後の遠征作戦の期間が書かれた紙を見ると、手が止まりゆっくりとこちらを見上げる。


「おい、なんだこれは」

「あぁ、それね。記載ミスがあったの、一週間あげるから頑張って」

「……なるほど、まぁ、お前も忙しいからな。弟子か部下に作戦考えさせたんだろ?」

「うん。良い子だよぉ、教え甲斐が有る」

「了解、一週間で何とかするわ」

「ごゆっくり〜」


 弟子兼部下は優秀だ、作戦は申し分なかったし、日数にも少しの余裕があり完璧だったが……薫の事を考えて、本当は四日だったのを、三日延ばして一週間にした。
 薫もわたしの気遣いに気付いたのか、笑みを堪えきれず、イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべて去って行った。


 良い事をした後は気分が良い。
 …取り敢えず、真庭本部長に頭を下げて行こう。

───────────────────────

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ダメなんかじゃない

 皆さんのお陰で評価バーに色が着きました、UAも1000を超えました!やったぜ!
 遅ればせながら、意外に優秀な球磨さん、椿桜さん、高橋実さん、☆9評価ありがとうございます。

 ぼるてるさんに、ケチャップの伝道師さんも、☆6並びに☆5評価ありがとうございます。

 …今回のお話には人を選ぶ内容があります。(未成年の喫煙描写や飲酒示唆)
 それでも良いと言う方のみ、見て行ってください!



 ふと気が付くと、わたしはある書類を手に持ったまま、重いため息を吐いていた。

 

 

「お姉ちゃん? 顔色悪いけど…もしかして、また無理してる?」

 

「…ううん、大丈夫。気にしないでいいよ」

 

 

 こちらを心配そうに見つめていた結芽ちゃんに大丈夫だと返すと、それ以上は追求して来なかった。

 …どうやら顔色も良くなかったらしい。

 

 

 自然と、また出そうになるため息を抑えて、もう一度書類に目を通す。

『年の瀬の大災厄』から早数ヶ月、荒魂の出現頻度は増えに増え、それに比例するように刀使の出撃や遠征の頻度も増えている。

 刀剣類管理局本部に駐在するような刀使は、優秀な者ばかりなので、出撃や遠征の頻度は伍箇伝に通っている刀使より多い。

 

 

 その分、肉体的にも精神的にも疲労が強く、休暇は出しているものの、完璧にそれが取れることはない。

 先日のわたしが倒れた件も、組織として重く受け止めたらしく、仕事の効率化を進めているが……簡単にはいかないだろう。

 

 

 次は誰が倒れるか分からない。

 もし、わたしを含めた、弟子兼部下の二人以上が倒れた場合……作戦指揮と立案は他の者にも回される可能性がある。

 あの子たちなら、わたしと同じように死傷者を限りなく0に出来るだろうが、もし他の者にも回ったら? 

 

 

 …勿論、信用していない訳じゃないが、確率は上がる。

 戦線に出る者が、安心して戦えるようにするのがわたしの仕事だ。

 それが出来なかったら、わたしの価値は…一体なんだ? 

 

 

 グルグルと頭を回る、ネガティブな考え。

 答えも出ないし、考えが消える事もない。

 どうしようもなくなって、わたしは一度外に出る事にした。

 

 

「結芽ちゃん。わたし、少し中庭に行って、外の空気でも吸ってくるね」

 

「…ん。分かった〜」

 

 

 間の抜けた声を背に受けながら、わたしは部屋を出る。

 小さな箱のような物を持って。

 

 ◇

 

 中庭に出ると、わたしの他に人影は見えなかった。

 今はまだ夕暮れ前、殆どの者が仕事中なのだから、当たり前と言えば当たり前。

 わたしは、持ってきていた模様の入った小さな箱から、一本のタバコとライターを取り出す。

 

 

 少しだけ風が吹いていたので、ライターの火が消えないように手でガードし、口に咥えていたタバコに火を付ける。

 火を付け終えたら、ライターの役目は終了。

 タバコを吸い、煙を少しだけ口に含み、その後は、咥えていたタバコを、昔見た父さんの真似をするように、人差し指と中指で挟み口から離す。

 

 

 口からタバコを離したら、今度は空気を吸って煙を肺に送り込み、間を置いてから、口から垂れ流すように煙を吐き出した。

 …態々、座りながら喫煙出来るように、ベンチの近くに公園で見る大きな灰皿を置いてくれるのは、素直に有り難い。

 

 

 吸い終わった分の灰を灰皿に落とし、また一服。

 最初は苦さや臭さを感じていたが、何時の間にか慣れてしまった。

 …元々、お偉いさんと会う時は、良くタバコを吸われる方が居るので、受動喫煙には慣れがあったがそれとはまだ違う感覚だ。

 

 

 吸い始めてまだ数ヶ月。

 …丁度、『年の瀬の大災厄』が終わってすぐだ。

 あの時も、わたしは精神的に追い詰められていて、逃げ道としてタバコを吸い始めた。

 

 

 何度か注意はされたが、辞める気にはなれない。

 頻繁に吸うわけじゃないし、別に逃げ道に使ったって良いじゃないか…そんな考えさえ持っていた。

 

 

 先程まであったネガティブな思考は何処かに消え去り、わたしは頭を空っぽにして煙と戯れる。

 だけど、そんな時間も長くは続かない。

 何処からともなく現れた寿々花ちゃんが、わたしの持っていた──いや、吸っていたタバコを力任せにひったくり、火を消して灰皿に押し込んだんだ。

 

 

 冷ややかな軽蔑な目を、わたしに向けているのが見なくても分かる。

 自嘲気味に笑いながら、彼女に顔を向けた。

 

 

「酷いなぁ、寿々花ちゃん。まだ、吸ってからそんな経ってないんだよ? 世の中にはタバコ休憩と言うものが──」

 

「そんなの知っていますわ。ですがそれは、未成年の貴女には通用されません。簡単な事ではなくて?」

 

「……本当に、やだなぁ」

 

 

 寿々花ちゃんにバレたのは痛手も痛手。

 ……まぁ、結芽ちゃんにバレた時が一番の痛手で絶望だが、それはそれ。

 結構鋭いからなぁ、寿々花ちゃん。

 

 

 多分、わたしがそこそこ吸ってる人だって、間違いなく気付いてるよね。

 諦める以外の選択肢は──無い。

 正直、本当の事を言った方が、情状酌量の余地を与えてくれるかもしれない。

 

 

 そんな考えに至ったわたしは、結局、全てを話した。

 精神的に参った時の逃げ道として喫煙をしていた事と、今は何があって喫煙していたのか…を。

 話に相槌を打つ彼女は、呆れたような悲しいような、そんな曖昧な苦い表情でわたしを見つめる。

 

 

 …まだ、なにか隠しているんだろ? 

 そう言わんばかりの視線だった。

 

 

「…タバコを始める前は、真庭本部長にアルコール類を勧められたの。適度なアルコールは頭の回転を良くしてくれるし、少し飲みすぎても良い意味でネガティブな思考を忘れさせてくれるから…って」

 

「悪質な詐欺の勧誘ですわ。…もしかして、摘花さん?」

 

「そのもしかしてだよ。わたし、依存しやすいタイプだったのかな? 段々お酒に溺れていって、三日もしない内に飲み過ぎで急性アル中起こして病院に搬送された。……真夜中で良かったよ、結芽ちゃんを起きてたらなんて言われてたか」

 

 

 依存しやすいタイプ。

 …いや、と言うよりは、依存することでしか、自分の存在を確立できない人間なのかもしれない。

 アルコールやニコチンに依存しなくても、わたしは結芽ちゃん()に依存している。

 その証拠が、あの子が死んでからの虚無の期間だ。

 

 

 ヤバイ薬に手を出さないまともな思考が残っていて良かった。

 そんなのにもし、手を出したら……

 考えるだけでゾッとする。

 廃人になって一生戻ってこられなくなるのは確定事項だ。

 

 

 冗談混じりに話すわたしを、寿々花ちゃんは未だに曖昧な表情で見つめている。

 今は、どちらかと言うと、呆れの感情が強い…かな。

 

 

「……結芽ちゃんには──」

 

「言わないで? ですか? どれだけ都合の良い、お花畑な頭をしていらっしゃるのかしら。とても知将とは思えません。…それに、結芽の事を想うなら思い切って全てを話して、受け止めて貰うべきです」

 

「………………」

 

「摘花さんがあの子に、笑って幸せに生きて欲しいなら、貴女は長く生きなければいけません。何故なら、あの子の笑顔には、あの子の幸せには、貴方が笑顔で幸せであることが必要だからです」

 

「…………ありがとね、寿々花ちゃん。これ捨てといて貰っていいかな?」

 

「えぇ、喜んで」

 

 

 お嬢様らしい気品の溢れる笑を零す彼女に、わたしは残ったタバコとライターが入った模様入りの小さな箱を渡す。

 …もう、必要のない物だ。

 

 

 それに依存しなくても、わたしは等身大のあの子に全力で依存すれば良い。

 それだけの、話なのだ。

 姉として失格かもしれない…けど、しょうがないじゃないか。

 

 

 あんな事を言われて、結芽ちゃんに依存しないなんて…わたしには出来ない。

 だって、今の話が本当なら、結芽ちゃんもわたしに依存していると言うことでしょ? 

 

 

 共依存…良くはないが、たった二人の家族で姉妹なんだから、大目に見て欲しい。

 動き出した足を止めないように、わたしは走って部屋に戻った。

 

 ◇

 

 お姉ちゃんが出て行って、二十分ほどが経った。

 外の空気を吸ってくると言った割には随分と遅い。

 …可能性は低いけど、また面倒な仕事を押し付けられたんじゃないかと、わたしが心配していると、突然部屋のドアが開かれ、額に大粒の汗をかいたお姉ちゃんが現れた。

 

 

「ど、どうしたのお姉ちゃん!?」

 

「結芽ちゃん! …わたし…わたしね…言わなきゃいけないことがあるの!」

 

「と、取り敢えず落ち着いて話してよ。ちゃんと聞くから…」

 

「う、うん。ごめんね。…実は──」

 

 

 聞かされた話は、あまり良い話ではなかった。

 飲酒に喫煙をしていた事や、精神的に追い詰められていてそれに走った事。

 全部聞き終えたわたしは、少しだけ悩んで、お姉ちゃんにこう言った。

 

 

「…お姉ちゃん、屈んで」

 

「えっ? …分かった」

 

 

 何かを覚悟したかのように、お姉ちゃんは目を瞑る。

 別に酷いことなんてする訳ないのに……

 わたしは苦笑しながらも、屈んだお姉ちゃんの頭を、自分の胸に当てるように抱きしめた。

 そして、お姉ちゃんの耳元で、『悪くないよ』と『頑張ったね』と言い続ける。

 

 

 いつもそう言ってくれたから、今度はわたしが言う番だ。

 次第に、お姉ちゃんから嗚咽が漏れ始め、涙が溢れ出ていく。

 一頻り泣いたあと、お姉ちゃんは眠ってしまった。

 時刻はまだ夕暮れ時。

 

 

 寝るには早いが、起こすのは可哀想だ。

 常日頃から鍛えていて良かったと、今日ばかりは思った。

 すやすやと眠るお姉ちゃんをお姫様抱っこの要領で持ち上げてベットまで運ぶ。

 

 

 軽い。

 流石に小柄なわたしよりかは重いと思うが、それにしても軽い。

 柔らかい体付きからは想像もできない軽さに少しだけ驚き、悲しくなった。

 

 

 あぁ、いつもこんな弱い体で、誰かの為に戦っているんだと思うと、本当に悲しくなった。

 場所は違う、やる事も違う、けどお姉ちゃんだって誰かの為に戦っている、一番戦いたくない──自分と戦っている。

 

 

「いつもありがとう、お姉ちゃん」

 

 

 きっと、お姉ちゃんは自分をダメな姉だと卑下するだろうが、そんな事ないし、そんな事誰にも言わせない。

 わたしのお姉ちゃんは最高のお姉ちゃんだ。

 世界で一番カッコよくて、世界で一番弱い、わたしの自慢の…お姉ちゃんだ。

 




 主人公簡易プロフィール

名前:燕 摘花
容姿:結芽と同じく桜色の髪を伸ばしポニーテールでまとめている。瞳の色も同じく碧眼であり、カッコイイとも可愛いとも言える顔立ち。モデル体型であり出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
所属:綾小路武芸学舎(籍だけ)
年齢:18歳
誕生日:4月26日
身長:170cmくらい
血液型:B型
好きなもの・こと:結芽・家事全般
御刀:山鳥毛一文字
流派:天然理心流


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Sisters trip(part1)

 体を癒すのに必要な事……それは入浴だ!!
 注意:part1に入浴シーンはありません。


「温泉旅行?」

 

「そう! みんなで行こうよ!」

 

 

 そう言って、満面の笑みでわたしを誘う結芽ちゃん。

 後ろでは、寿々花ちゃんも微笑んでいた。

 …とても嬉しい誘いだが、今はそんな余裕はない。

 一向に出現頻度が減らない荒魂の所為で、わたしたちは日々対応に追われているのだから。

 

 

 宥めるように結芽ちゃんの頭を撫でながら、わたしは苦笑して返す。

 

 

「…ごめんね、結芽ちゃん。今の時期、凄く忙しくて、お休みを取れる余裕が無いんだ」

 

「そんなぁ……」

 

「でも、摘花さん? 確か、真庭本部長にそろそろ有給を使ってくれって言われてませんでした?」

 

「……あぁ、言われてたね。だけど、有給をとっても呼び出されたり、電話が来る事が多いし。ここ最近は、あんまり出かけてないんだ」

 

 

 少し前にとった、結芽ちゃんの非番の日に合わせた有給では、出かけた買い物先で五分に一回は電話が来て、最終的には呼び出されたし。

 挙句、久しぶりの買い物で上機嫌だった結芽ちゃんが、その一件の所為で一日口を聞いてくれなかった……

 

 

 正直、今回の旅行でそんな事が起きれば、一日無視では済まない。

 申し訳ないが、今回は遠慮するしかない。

 

 

 ……嗚呼、結芽ちゃん。

 そんな、懇願するみたいな上目遣いで、わたしを──お姉ちゃんを見ないで。

 瞳に溜まる涙と懇願する表情が、捨てられそうになっている子犬にも似た愛苦しさを感じさせる。

 

 

 不味い、それをされたら、不味い。

 遠慮なんて出来ない、断るなんてしたくなくなってしまう。

 今にも泣きそうな結芽ちゃんも可愛いが、わたしが旅行の件を承諾すれば、さっきまでの満面の笑みを、また魅せてくれる事だろう。

 

 

 結局、折れたのは、わたしだった。

 …今居るのが自室で良かったと、心の底から歓喜したのは秘密である。

 

 

「結芽ちゃんは、どうしても行きたい?」

 

「行きたいよっ! だって、最近はみんな忙しくて全然遊べてないじゃん!!」

 

「そっか…。うん、じゃあ行こっか。その代わり、ちゃんと旅行の準備するんだよ?」

 

「やったー!! やったよ、寿々花おねーさん!」

 

「良かったですわね、結芽。…旅行の細かい話ですが、明日から二泊三日で温泉街に行こうと思っていますわ。一日目は、少し旅館の辺りをブラついて終わり、二日目から本格的に温泉巡りを…と思っています」

 

 

 どこからか持ってきた、目的地である温泉街のチラシを、わたしに見せながら寿々花ちゃんは手短に話し始める。

 鎌倉からの距離はそこまで遠くない、電車で二時間もしないだろう。

 長距離遠征に慣れているわたしたちにとって、そこまで苦ではない。

 …まぁ、わたしはあまり刀剣類管理局本部(ここ)から外に出ないが。

 

 

 泊まる予定の旅館も、温泉街のチラシに書いてあるくらいには有名な所で、スマホでさらっと見た口コミも悪くない。

 ここまで決まっているなら、わたしが口を出すことは…ないかな? 

 

 

「了解。それじゃ、有給申請書取ってくるね?」

 

「…ふふふ、大丈夫ですわ。既にこちらで用意してあります。あとはハンコを押すだけです」

 

 

 なんだろう、明日からってのもそうだし、怖いくらいにどこまでも準備が良い。

 もしかして、寿々花ちゃんはここまでの展開を全部読んでいたのか? 

 疑うような視線を彼女に向けながら、執務用ではない私用のハンコを取り出し、わたしと結芽ちゃんの有給申請書に押す。

 

 

 そして、そこである疑問が頭に浮かんだ。

 特別警備隊の彼女たちが全員出払って大丈夫なのかと。

 

 

「…そう言えばなんだけど、みんなが三日も朱音様の傍から離れちゃっていいの?」

 

「ご心配はご無用です。朱音様から許可は頂いてますし、代役も立てました」

 

「代役? 誰を…?」

 

「特別遊撃隊の方々です。益子さんに話を通したら、『借りを返すいい機会だ』と言って快く引き受けてくれましたわ」

 

「薫を巻き込んだんだ…」

 

 

 今の問答で薄らとだけど、真実が見えた。

 疑いが確信に変わり、寿々花ちゃんが裏で糸を引いているのが分かった。

 …一杯食わされた気がするが、良しとしよう。

 結芽ちゃんが幸せそうに笑っているのだから、それで満足だ。

 

 

 その後、明日と明後日の分の仕事を限界まで終わらせて、結芽ちゃんと一緒に温泉旅行の準備を進めた。

 一番大変だったのは、テンションがハイになった結芽ちゃんを寝付かせることだった……

 

 ◇

 

 翌朝、旅行用のキャリケースを引いて、わたしと結芽ちゃんは集合駅まで歩いていた。

 隣を歩く結芽ちゃんは、黒を基調としたTシャツの上に、いちご大福ネコ柄のバーカーを羽織り、下は白のミニスカに黒タイツを履いている。

 

 

 うん、可愛い。

 この上なく可愛い。

 いちご大福ネコ柄と言う、あまり見ないパーカーも着こなすわたしの妹は、最高に可愛い。

 本当、一生お嫁に行かないでわたしの傍で笑っていてくれたらと常々思う。

 

 

 …それに対して、わたしの服装はシンプルだ。

 紺色のロングスカートに、白を基調とし黒の水玉が入ったロングTシャツ、その上にピンクのサマーカーディガンを羽織っている。

 動きやすさ…と言うよりは、落ち着きやリラックスを重視した服装だ。

 

 

 折角の休みなんだから、リラックスしてなんぼだろう。

 まぁ、こんな服装に似合わぬ(御刀)を腰に付けている訳だが……

 

 

「大丈夫だよね…」

 

「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」

 

「なんでもなーい」

 

 

 こちらを見上げて問い掛ける結芽ちゃんに問題ないことを伝えて、集合駅──もとい集合場所に歩を進める。

 ようやく着いたそこには、まだ、誰も居なかった。

 時間としては集合時刻の十五分前。

 少し早かったのかな? 

 

 

 暇を潰すために話しながら待つこと数分。

 一向に寿々花ちゃんたちがやって来ない。

 …可笑しい。

 みんな真面目な子だし、基本的には模範となる刀使として、時間にルーズだったりはしない筈だけど……

 

 

 連絡が来る気配も、やって来る気配もない。

 刻々と迫る集合時刻(タイムリミット)

 

 

 何かあったのではないか? 

 そんな嫌な考えが頭の片隅に浮かび始める。

 かぶりを振って考えを否定するが、段々と落ち着きがなくなってくる。

 少しづつ呼吸が荒くなって、大切な妹よりスマホを見る時間の方が長くなってきた。

 

 

 そして、限界に近付きつつあるわたしのスマホに、やっとメッセージが飛んできた。

 

 

『すいません、私達三人は急遽任務が入ってしまいました。二日目からは合流する予定なので、一日目は姉妹水入らずで楽しんで下さい』

 

 

 強ばっていた肩の力が、スっと抜けていった。

 はぁ、とため息を吐いて、わたしは結芽ちゃんの方に向き直る。

 

 

「結芽ちゃん、残念だけど、寿々花ちゃんたち急に任務が入っちゃったらしくて、合流できるのは明日からになるって」

 

「えぇ〜! …でも、しょうがないよね。…うん! 二人っきりになっちゃったけど、楽しもうね?」

 

「うん。来れなかった三人の分まで寛いじゃおー!」

 

「おー!」

 

 

 出していたスマホをポケットにしまい、キャリケースを引く手とは逆の手で、結芽ちゃんの手を繋いで歩き出す。

 まだ、旅行は始まったばかりだ。

 

 ◇

 

 電 電車に揺られること約二時間。

 わたしとお姉ちゃんが駅から出て、一番最初に目にしたのは足湯だった。

 …しかも、一つじゃない。

 視界内に入ってるものだけでも既に三つはあるし、お土産屋さんもコンビニ感覚でポンポンと建っている。

 

 

 ご飯屋さんを探すのが難しいレベルで、旅館や温泉宿、お土産屋さんで土地が埋めつくされていた。

 圧巻の光景だった。

 居ても立ってもいられず、わたしは近くの足湯に浸かりに走る。

 手を繋いでいたお姉ちゃんを引っ張るように。

 

 

 二人で並んで座れるイスに腰掛けて、足湯に浸かるためにタイツを脱ぎ捨てる。

 

 

「ゆ、結芽ちゃんっ!?」

 

「? どうしたの、お姉ちゃん?」

 

「あ、あんまり、往来でタイツは脱いじゃダメだよ?」

 

「えー? 別に、イイじゃん! 足湯に入るためなんだからしょうがないよ! えーっと…こ、コテラレルダメージだよ!」

 

「コラテラル・ダメージね? 意味は間違ってはないけど、使う場面じゃないかな?」

 

 

 そう言うと、お姉ちゃんはわたしにタイツを履き直させて、旅館まで引っ張って行った。

 道中、お土産屋さんで見つけた、ご当地いちご大福ネコストラップを、お姉ちゃんに強請ったのは必然である。

 

 

 旅館に着くと、女将さんらしき人に案内されて部屋に通された。

 元々、五人で泊まるつもりだったので部屋は広い。

 ご飯を食べるための大きなテーブルと五つの和座椅子、薄型テレビにミニ冷蔵庫、貴重品保管のための金庫なんかもある。

 

 

 さっき外で見た外観は、歴史を感じさせる和の雰囲気があったが、室内もそれは変わらない。

 現代的な物も置かれているが、一切として和の雰囲気は崩れていない。

 畳の匂いも優しくて、どこか落ち着ける。

 

 

 もしかしなくても、ここって凄く高い旅館なんじゃない? 

 恐る恐る、スマホで旅館名を調べ、通された部屋の値段を調べると……超えていた。

 最新ゲーム機の値段を悠々と超えていた。

 カセットを二本か三本追加で買っても、お釣りが来るくらいには高い。

 

 

 ……よし、見なかったことにしよう。

 

 

「お姉ちゃん、一緒に温泉行こうよ! さっき調べたけど、ここの温泉、すっごく健康に良いんだって」

 

「そうなんだ? そこら辺は調べてなかったけど…気遣ってくれたのかな…」

 

 

 替えの下着等々を持って廊下を歩く。

 時刻は昼前、ここの温泉はこの時間が一番空いてるらしい。

 ゆっくり出来るかな? 

 ゆっくり出来たらいいなぁ……

 

 

 浮き足立つ気持ちを抑えながらも、わたしとお姉ちゃんは温泉に向かった。




 次回もお楽しみに!

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Sisters trip(part2)

 ちょっぴりエッチ…かも。R17.9くらい。
 百合…に近い姉妹愛みたいな感じを意識しました、楽しんで下さい。



 あぁ、これはただの独り言ですが、買って2ヶ月ちょいのFF7リメイクをようやくクリアしました。
 長かった……どうぶつの森を買わなければもっと早かったけど……


 辿り着いた脱衣所で、わたしは着ていた洋服を脱ぎ捨てるようにカゴに入れ、お姉ちゃんの制止も聞かずに温泉に向かって駆け出していく。

 立ち上る湯気で少し足下が見辛いが、刀剣類管理局本部にある大浴場とは違う、The温泉と言った雰囲気に心が踊る。

 

 

 人影が見えない所を見ると貸切状態らしい。

 やりー! 

 

 

「一番乗りー!!」

 

「こらっ!」

 

 

 バスタオル片手に温泉に飛び込もうとしたわたしを、お姉ちゃんは後ろから捕まえた。

 脇に腕を通されたガッチリとホールドされたわたしは、抜け出す事など出来ず、自動的にシャワーが取り付けられた場所に連行される。

 ……気にしてないのだろうが、今はお互いに裸。

 

 

 お姉ちゃんもバスタオルこそ持っているが体に巻いておらず、首からかけている。

 温泉にタオルを漬けるのがマナー違反だと知っているのだろう。

 ……その所為で、直に背中に当たっている。

 水枕のように柔らかい、お姉ちゃんのスイカ級に実った果実が。

 

 

 自分から意識して触りに行くのは良いのに、不意にやられるとドキドキしてしまう。

 意識しないようにすればするほど、ど壷にはまる。

 

 

「もぉ〜結芽ちゃん! はしゃぐのは良いけど、ちゃんと体は洗わなきゃダメだよ?」

 

「う、うん。分かった…」

 

「よろしい。先に洗ってあげるから、早く座ってね?」

 

「…はーい」

 

 

 言われるがまま風呂椅子に座ると、お姉ちゃんは手馴れた手つきでわたしの髪を洗っていく。

 背中の感触からは解放されたが、ドキドキはまだ残っている。

 何故かって? 

 そんなの、こうやって、お姉ちゃんに触られてる時が、自分がどれだけ大切にされてるか分かるからだ。

 

 

 髪を洗うお姉ちゃんは、手馴れた手つきだけど、まるで割れ物を扱うかのように、丁寧に丁寧に隅々まで洗っていく。

 心地が良い、きっとここまで大切にされているのは自分だけだと、優越感に浸れる。

 

 

「痒い所ない?」

 

「だいじょーぶ!」

 

 

 何時にもなく甘い声を出していた自覚はあった…。

 けど、漏れてしまったのだからしょうがないだろう。

 甘々な時間は何時の間にか過ぎ去り、体まで洗ってもらった所で、ようやく意識が覚醒する。

 

 

「先に温泉入ってても良いよー?」

 

「…ううん、わたしもお姉ちゃんの背中洗う!」

 

「そっか…ふふっ。ありがとね、結芽ちゃん。じゃあ、任せちゃおうかなぁ?」

 

 

 わたしの言葉に、お姉ちゃんは振り返って微笑んだ。

 良く、お姉ちゃんはわたしの事を天使の様だと言うが、それならお姉ちゃんは女神様だと思う。

 慈愛の女神様、そう言っても過言ではないほどに、優しい微笑みを私に向けてくれる。

 

 

 不思議だ。

 メイクも何もしてない筈なのに、今こうやって微笑んでいるお姉ちゃんは、世界一の美女だと断言出来る。

 見蕩れ過ぎないように少し顔を逸らし、背中を洗っていく。

 

 

 徹夜や夜遅くまで作業をしてる人とは思えない程に、綺麗な肌と無駄のない肉付き。

 何をどうしたらそうなるのか、皆目検討がつかない。

 姉としては尊敬してるし大大大好きだが、同じ女性としては正直羨ましい。

 

 

 …そうだ、さっきドキドキさせられた仕返し代わりに、ちょっとイタズラしちゃおうかな〜? 

 慌てふためくお姉ちゃんの顔を想像すると、悪い笑みが零れる。

 くつくつと声が出そうになるのを我慢し、わたしはそっと脇の下から手を伸ばし……先程押し付けられた果実を鷲掴みにした。

 

 

「ひゃっ!? ゆ、ゆゆ、結芽ちゃん!? い、いきなりなに?」

 

「あっ、ごめんなさーい。手が滑っちゃってー」

 

 

 棒読み。

 圧倒的な棒読みだが、触られた事に驚いているお姉ちゃんはそんなことに気付かず、擽ったそうな声を漏らしている。

 あぁ、柔らかい。

 これなら何時間でも触ってられるよ…。

 

 

 無意識の内に揉みしだいていると、わたしの甘い声とは比較にならない声が耳に響いた。

 

 

「ゆめちゃん…。もう…やめてぇ…?」

 

「………………」

 

 

 ここで理性を飛ばさなかったわたしを誰か褒めて欲しい。

 あんな、狂おしいくらいに蕩けた顔と嬌声がセットで来られたら、大抵の人は理性を吹き飛ばされる。

 ……その後は、しっかりと体を洗い、温泉に浸かった。

 

 

 今現在、イタズラの罰として、お姉ちゃんの足の間に挟まれて、抱き枕のように抱かれている。

 ごめん、お姉ちゃん、これは罰と言うよりはご褒美だよ。

 だって、筋肉が多くないお姉ちゃんの体って、どこをとっても柔らかいから、お布団に包まれてるみたいな感じで…幸せになれる。

 

 

 体を動かせない事を、罰にするつもりだったのだろう。

 結局、最後までお姉ちゃんはわたしの気持ちに気付かなかった。

 

 ◇

 

 温泉に浸かり、疲れを癒したあと、わたしたちは昼食を取るために外に出ていた。

 …と言っても、あまりお腹は減っていなかったので、軽めに済ませることになり、適当なカフェに足を運ぶ。

 

 

 旅館で借りた浴衣を着て、持ってきていたサンダルを履いているので随分身軽に……なる筈だったが、御刀とスマホや財布を入れた巾着袋の所為で思ったより重い。

 

 

「ふぅー。ここでお昼にしよっか。…にしても、何だか凄いお店に入っちゃったね」

 

「足湯カフェって…何だか聞いた事ないよね?」

 

 

 入ったお店は、足湯カフェを売りにしている所だった。

 足湯に浸かりながら、ゆったりのんびり出来るらしい。

 少し値は張るが、時間無制限の食べ放題飲み放題もあるらしく、本当にゆったりのんびりできる仕様になっている。

 

 

 店員さんに案内されたテーブルに着くと、お冷とお手拭きと一緒にタオルも渡してくれた。

 これで浸かった後の足を拭けと言う意味だろうか、しっかりしている。

 

 

 わたしも結芽ちゃんも、サンダルを脱いで足湯に浸かる。

 温い訳でもなければ熱過ぎる訳でもなくて、丁度良い温度は心地良い。

 座っているソファは、足を伸ばして座っても余裕そうだから、行儀はあまり良くないが、浸かり過ぎないよう適度に休憩できる設計。

 

 

 作り込まれたお店だと、一人感心していると、対面に座る結芽ちゃんが浴衣の袖を引っ張った。

 

 

「ねぇ〜? お姉ちゃんは何食べる?」

 

「あー。…ちょっと、メニュー貸して?」

 

「うん。わたしは決め終わったから、良いよ」

 

 

 ありがと、そうお礼を言って、メニューが書かれた紙を受け取る。

 飲み物は、紅茶にコーヒーや、ジュースに牛乳、何故かアルコールまである。

 品揃えが豊富だ。

 …足湯に浸かりながらアルコールを呑むのが、OKなのか分からないが。

 

 

 食べ物も、定番のサンドイッチやケーキ、スパッゲッティに加えてピザまである。

 ……ここまで来ると、厨房がどうなってるのか気になってくるところだ。

 

 

 頼むなら……紅茶とチーズケーキかな。

 

 

「決まったよ。店員さん呼んでくれる?」

 

「りょーかい!」

 

 

 可愛らしく敬礼をした結芽ちゃんは、呼び鈴を鳴らして店員さんを呼んだ。

 間もなく、さっきこのテーブルまで案内してくれた店員さんが、やって来た。

 

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「はい。わたしは紅茶とチーズケーキを。あっ、砂糖とミルクもお願いします」

 

「えーっと、わたしはフルーツ牛乳とチョコケーキ!」

 

「かしこまりました。ご注文繰り返させていただきます。こちらのお客様が紅茶とチーズケーキ、別で砂糖とミルク。そして、こちらのお客様がフルーツ牛乳とチョコケーキでよろしいでしょうか?」

 

『はい』

 

「では、少々お待ち下さい」

 

 

 そう言って、店員さんは厨房──キッチンの方へと下がって行く。

 オーダーを届けに行ったのだろう。

 よし、今の内に、真希ちゃんたちにメールを送っておこうっと。

『姉妹で楽しんでます。みんなも早く来てね? 待ってるよー!』、こんな感じていいかな? 

 

 

 花の女子高生とは思えない程に簡素で味気ないメールだが、別に構いはしない。

 だって、こんなの他の誰かが見る訳じゃないしね。

 

 

 そして、メールを送った後は、結芽ちゃんと話しながら、料理が来るのを待った。

 ゆったりしていると、流れる時間が早く感じる。

 あっという間に、ケーキと飲み物が運ばれてきた。

 

 

「美味しそ〜! いっただっきまーす!」

 

「いただきます」

 

 

 紅茶にミルクと砂糖を適量放り込み、ティースプーンで回す。

 礼儀作法的には、音を立てない方が良いらしいが、そんなの今は関係ない。

 混ぜ終えると味を確かめるように、わたしは一口、紅茶を口にした。

 紅茶本来の香りはミルクを入れても健在、味も甘過ぎず苦過ぎずのいい塩梅だ。

 

 

 ケーキと合わせたらもっと良くなることだろう。

 心をウキウキとさせながら、わたしはフォークで、チーズケーキを一口分切り取り、口に運ぶ。

 

 

「…うん、美味しい」

 

「チョコケーキもすっごく美味しいよ!」

 

「そっか、良かったね。…お姉ちゃんも一口食べたいから、交換こしない?」

 

「うんっ!」

 

 

 うん、可愛い。

 わたしの天使()は今日も元気だ。

 出来るなら、今の笑顔を写真にして、額縁に入れて飾りたい。

 

 

 素直にそう思ったが、そんな事したら引かれること待ったナシなので、わたしは手早く一口分に切り取ったチーズケーキを、結芽ちゃんの口に運ぶ。

 カップルや家族間でよくある、食べさせあいっこだ。

 

 

「結芽ちゃん、あーん」

 

「あーん」

 

 

 …可愛い。

 あーんの顔が可愛い。

 食べてる時の美味しそうな顔も可愛い。

 あぁもう! 全部可愛いよ!! 

 

 

 抱き締めたい衝動に駆られながらも、今度は結芽ちゃんからのお返しを貰う為に、少しだけソファから乗り出す。

 髪がコップやケーキに掛からないように耳に掛け流しつつ、チョコケーキを頂いた。

 

 

 チョコの甘さが舌全体に広がるより早く、結芽ちゃんの「どう? 美味しいでしょ? 美味しいでしょ?」と、言わんばかりの表情が脳を溶かす。

 旅行パワー? 旅行パワーなのか? 

 いつも通りの結芽ちゃんな筈なのに、数倍──いや、数十倍可愛く感じる。

 

 

 鼻血を出さないようにするのが、わたしのその時の限界だった。

 会話はうる覚えである。

 

 ◇

 

 お昼ご飯──と言うよりおやつタイムを終えたわたしたちは、少しの間あのカフェでゆったりと時間を過ごし、その後は温泉ツアーに出かけた。

 今日だけで少なくとも三種類の温泉に入り、人生で初のマッサージを受け、感激。

 

 

 温泉で充分癒されたと思っていたが、マッサージでさらに癒され、至福の時を過ごせた。

 今は旅館の部屋。

 夕食も済ませてしまったので、テレビを見ながらまったりと過ごしている。

 

 

 ……手持ち無沙汰になってきたし、そろそろ聞こうかな。

 

 

「ねぇ、結芽ちゃん? お姉ちゃんに隠してること…なぁい?」

 

「へっ? そ、そんなの、ない…よ」

 

 

 あからさまに嘘をついている。

 こっちに顔は向けているけど、目は泳いでるし、少し肩が震えていた。

 …別にそこまで怒ったりしないのに。

 わたしは、優しく結芽ちゃんの頭を撫でながら、もう一度問掛ける。

 

 

「本当に、してない?」

 

「……実はね──」

 

 

 そう言って、結芽ちゃんは話し始めた。

 今回の旅行は全部、わたしと結芽ちゃんの為に計画されていたこと。

 本当は二人、姉妹水入らずになる予定だったが、結芽ちゃんが駄々を捏ねて全員で行く事になって、一日だけ二人の時間を作ったこと。

 …黙っていて、嘘をついていて、ずっと罪悪感に悩まされていたこと。

 

 

 包み隠さず、結芽ちゃんは話してくれた。

 でも、偶には、ちゃんと叱らなきゃね。

 

 

「では、これから結芽ちゃんにお仕置します。目を閉じて」

 

「……はい」

 

 

 ギュッと拳を握って、結芽ちゃんは顔を俯かせた。

 拳骨なんてしないよ、わたしの手の方が痛いもん。

 だから……わたしはこの子を抱き締めたい。

 頭を胸に埋めるようにして、強く…優しく抱き締める。

 

 

 どう? 息苦しいでしょ? 

 擽ったいけど、こっちの方が余っ程お仕置になる。

 ちゃんと反省、するんだよ? 

 

 ◇

 

 お仕置すると言われて目を閉じていたら、抱き締められて胸に埋められていた。

 苦しい、苦しいけど、凄く甘い匂いがする。

 同じボディソープで体を洗って、同じ温泉に入った筈なのに、お姉ちゃんからはわたしと違う匂いがした。

 

 

 多分、それはお姉ちゃんの匂い。

 何をどうやっても消せない、お姉ちゃんの匂い。

 甘くて、優しくて、温かい、そんな匂い。

 息がし辛いけど、罪悪感が襲っていた心に陽が射して、祓われていく。

 

 

 モゾモゾと頭を動かして、脱出し、お姉ちゃんに聞いた。

 何故、隠し事をしていることが分かったのかを。

 そしたら──

 

 

「当たり前だよ。わたし、結芽ちゃんのお姉ちゃんだもん。妹の小さな変化にも気付くのが、姉って言う生き物なの」

 

 

 カラカラと笑うお姉ちゃんを見て、一生勝てない事をわたしは悟る。

 姉より優れた妹は居ない…だったっけ。

 その通りだと思う。

 刀使としてだったら勝てるかもしれない…けど、わたしとお姉ちゃんでは、強さのベクトルの向きが真逆だ。

 

 

 もし、わたしが普通の女の子として産まれていたら、何一つお姉ちゃんには勝てなかっただろう。

 悔しい、そう思わないと言ったら嘘になるけど……それ以上に嬉しい。

 声を大きくして、わたしの自慢の姉だと言いたい。

 

 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 

「お礼なんて良いよ、わたしはお仕置しただけだから。…さっ、寝よ?」

 

 

 出された布団の上まで、私をお姫様抱っこで運ぶ。

 運び終わった後は、わたしの上に丁寧に布団を掛けて、お休みと呟いた。

 お姉ちゃん自身も、直ぐに部屋の電気を消して、布団に入って行く。

 

 

 …どれくらい経っただろうか。

 上手く眠れない。

 何故か目が冴えてしまう。

 体を横に向けて、起きているか眠っているか分からないお姉ちゃんに声をかけた。

 

 

「お姉ちゃん…起きてる?」

 

「起きてるよー」

 

「…眠れないから、一緒に寝ちゃ──だめ?」

 

「…良いよ、ほら、こっちおいで?」

 

 

 態々布団を上げて、わたしに手招きする。

 暗いのに、良く見えないのに、お姉ちゃんが笑っているのは分かった。

 入った布団は温かくて、直ぐに眠気が襲ってくる。

 

 

 ポンポン、と優しくわたしの背中を叩きながら、懐かしい唄を──子守唄を聞かせてくれる。

 ママが良く…唄ってくれて、お姉ちゃんも良く…唄ってくれた子守唄。

 

 

 その日は少しだけ、なんでもない、普通の姉妹に戻れた気がした。

 幸せに満ちていた、どこにでもいる、普通の姉妹に──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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Sisters trip(part3)

 投稿が遅れて申し訳ないです。
 学校が始まってまだ慣れていないので、今回は短めかも。
 


 写真は良い。

 思い出を残すのに、これほど適した物はないだろう。

 わたしも、昔の結芽ちゃんの写真は一枚も捨てずにとっている。

 だけど、

 

 

「これは違くない?」

 

「何も違くありませんわ。とても可愛らしい寝顔が取れてますわよ?」

 

 

 呆気らかんと言い放つ寿々花ちゃんは、反省の色が全く見えない表情のまま、手に持っていた一眼レフカメラを渡してくる。

 ……慰安旅行に持ってくるものじゃなくない? 

 普通のデジカメで良い気がしたが、相手は俗世が大好きなお嬢様。

 

 

 偶にしか来ない、仲間や友人達との旅行に、心が踊っているのかもしれない。

 わたしは、そう考え付けて、盗撮(撮られた)写真を見る。

 

 

 ……可愛い。

 抱き着きながら眠っている結芽ちゃんの寝顔が、可愛い過ぎる!!!! 

 あっ、ヤバイ、ちょっと待って……鼻血出てきそう。

 急いで寿々花ちゃんからポケットティッシュを貰い、適当な大きさにちぎり、丸めて花に突っ込む。

 

 

 女子高生としてあるまじき姿だが気にしない。

 なにもかも、結芽ちゃんが可愛過ぎるのが悪い!! 

 

 

 …いや、それにしても、わたしの妹は天使じゃないか? 

 未だに眠っている筈なのに、結芽ちゃんは甘えるように抱き着いてくる。

 出来るなら、可愛さを点数で付けて上げたいが……無理だ。

 兆や京を超えた、恒河沙や那由多なんて使っても、表しきれない程の可愛さがある。

 

 

「寿々花ちゃん?」

 

「なんですの? 鼻血止めのティッシュ追加ですか?」

 

「いいや、違うよ。…この写真、言い値で買いたいんだ。勿論、プリントする権利ごと」

 

「……はぁ、とんだ姉バカですわね。お金なんか積まれなくても、貴女にあげますわ」

 

 

 さっきとは打って変わって、呆れたように言う寿々花ちゃん。

 なーにが姉バカだ。

 可愛い可愛い、そりゃもう世界一可愛い結芽ちゃんが妹になって、大大大好きにならない人間が居るのか? 

 それと、念の為に言っておくけど、真希ちゃんや寿々花ちゃんたちも、十分姉バカ気質あるからね? 

 

 

 わたしが居ない時、甘やかしてるの知ってるんだからね? 

 

 

「…そう言えば、真希ちゃんたちは? 寿々花ちゃんだけってことはないでしょ?」

 

「えぇ、今は温泉に入っています。私も先に行こうとしたんですが、偶然二人の寝ている姿が目に入ってしまって…」

 

「ふ〜ん。じゃあ、そろそろ結芽ちゃんを起こさなきゃね」

 

「お願いします。…すいませんが、私は温泉で汗を流してきますね。何分、任務が忙しかったものですから」

 

「いってらっしゃーい」

 

 

 起き抜けの変なテンションで気付かなかったが、寿々花ちゃんは特別警備隊の制服のままだったみたい。

 …もしかしたら、本当に任務が入って急いでこっちに来たのかも。

 まぁ、今のが演技だとしたら、女優になってもやっていけると太鼓判を押して上げたいよ。

 

 

 そう、心の中で彼女を褒めながら、結芽ちゃんの体を優しく揺する。

 

 

「結芽ちゃ〜ん? 朝だよ〜?」

 

「ムニャムニャ……まだ、朝早いよぉ〜」

 

「起きないと、イタズラしちゃうよ〜?」

 

 

 ビクリ! と、体が跳ねる。

 今ので、確実に起きた筈なのに、結芽ちゃんは一向に体を起こそうとしない。

 さては……二度寝するだなぁ? 

 

 

 ふっふっふ、お姉ちゃんは騙せないよ!! 

 …最初は、軽くジャブ程度に耳元でフーってしてあげよう。

 それでも起きなかったら耳を甘噛み、最終的にはご褒美で釣る。

 うんうん! 

 我ながら完璧な作戦だ。

 

 

 立てた作戦を実行に移すため、わたしは体を結芽ちゃんの方に寄せ、口を耳元まで近付ける。

 そして、

 

 

「フー…フー…」

 

「ひゃっ!? ……ふふっ…!」

 

 

 擽ったいのを我慢してるのだろう、笑い声が漏れたが……まだ起きない。

 流石結芽ちゃん、中々に手強い。

 でも、次は耐えられる? 

 

 

「あーん!」

 

「うにゃあ!? …な、何するのお姉ちゃん!?」

 

「やっと起きた。もう、寝たフリなんかしちゃダメだよ? 今度やったら……結芽ちゃんが嫌いな、肉詰めピーマンオンリーの夕ご飯を作ります」

 

「うっ! …そ、それはやだぁ!? こ、今度からしないから、それだけはぁ〜!!」

 

「分かったなら良いよ。…そうそう、真希ちゃんたちも、もう来てるみたいだから、お風呂入って外出る準備しようか?」

 

「真希おねーさんたちもう来てるの!! 分かった! すぐ準備するー!」

 

 

 真希ちゃんたちが来たと聞くと、結芽ちゃんは満開の桜にも劣らない笑顔を咲かせ、布団から出て行った。

 早々に準備を始めてる所を見ると、姉妹旅行だけじゃなくて、みんなとの旅行も楽しみにしていたらしい。

 ……本当に可愛らしいが、少し妬けるなぁ。

 

 

 でも、お姉ちゃんなんだから、我慢我慢。

 わたしは、そう自分に言い聞かせて、結芽ちゃんに続くように準備を始めた。

 

 ◇

 

 準備を終えて、全員揃ったわたしたちは、昨日回った所も回れなかった所も含めて、ブラブラと歩いていた。

 お土産屋が目に入ると、事ある事に入って行く結芽ちゃんをみんなで止めながら……

 

 

「結芽、嬉しいのは分かる少し落ち着いてくれ。迷子になったら困るだろう? 人が少ない訳じゃないんだから」

 

「だいじょーぶだよ! わたし、そんなに子供じゃないもん!」

 

 

 むくれる結芽ちゃんも可愛いが、わたしは少しだけ疲れてしまった。

 慰安旅行兼姉妹旅行の筈なのに、疲れるとは何事か。

 苦笑しつつも、みんなを見守る。

 

 

 何時もより一歩後ろに下がって、並んで歩く姿を眺める。

 性格も容姿も違う筈なのに、まるでみんなが姉妹かのように見えた。

 ……むむむ、そうすると、わたしが長女なのは確定事項として次女から五女まではどうなるんだろう? 

 

 

 真希ちゃんはパワフルで、考えるより行動するタイプに近い。

 感情的な感じもあるし……次女って柄じゃないよねぇ。

 四女や五女でもないし、間に立って色々と取り持つ三女かな。

 寿々花ちゃんは落ち着いてて、色々な視点からみんなを見てくれる。

 仲間思いな所も含めると、次女がピッタリ。

 

 

 ふーむ、ここまで来ると、後は簡単かも。

 結芽ちゃんは五女の末っ子以外有り得ないし、夜見ちゃんもどっちかって言うと、手のかかる妹タイプだから四女。

 

 

 纏めると、長女わたし、次女寿々花ちゃん、三女真希ちゃん、四女夜見ちゃん、五女結芽ちゃん。

 凄い……!? 

 上手く纏まってる、みんながみんな納得出来る例えだよ!! 

 

 

 現にほら、

 

 

「もう、結芽? 顔をこっちにお向けなさい。食べカスが付いてますわ」

 

「えっ? どこどこ?」

 

「拭いてあげますから、ほら」

 

 

 買って貰ったおやつで口を汚した結芽ちゃんを、寿々花ちゃんがお世話してるし。

 夜見ちゃんたちの方は、

 

 

「夜見? 流石に大きくないかい? ハンドボールくらいある気がするんだけど?」

 

「大丈夫です。残しませんので」

 

 

 どこで何時買ったのか爆弾おにぎ──いや、訂正訂正、爆弾おむすびを食べている。

 ごめん、ごめんよ夜見ちゃん。

 謝るから、その冷たい視線をこっちに向けないで。

 おむすび、おむすびだよね? 

 

 

 お姉ちゃん覚えてるから、あんまり睨まないでよ。

 ……と言うか、その爆弾おむすびどこで買ったの? 

 それらしい露店なんかも見当たらなかったし、何時買ったのかも分からないんだけど。

 

 

 情報過多な状況に圧倒されていると、何時の間にか、結芽ちゃん甘やかしタイムが始まっていた。

 食べカスを拭き終わった寿々花ちゃんが、何故か結芽ちゃんを撫でてるし。

 夜見ちゃんは爆弾おむすびをおそそ分けしてるし、真希ちゃんに至っては手を繋ごうとしている。

 

 

 ……なんでだろう、さっきより情報過多になった気がするのに、自然と頭が情報を整理していく。

 今、やるべき事は一つ。

 それは……わたしも混ざることだー!! 

 

 

「結芽ちゃんは…結芽ちゃんはわたしの妹なのー!!」

 

「ちょっ!? お姉ちゃん? なんでいつも突然なの!?」

 

「ふ、二人共、あまり道端で騒ぐのは──」

 

「黙りなさい三女!! 長女のわたしの命令は絶対なの!! 結芽ちゃんを甘やかす権利はわたしだけのもの!」

 

「さ、三女……? ボクが…三女なのかい? 次女じゃなくて?」

 

「…案外妥当な所ではありません?」

 

「私もそう思います」

 

「ほら、次女と四女も、あなたが三女だと言ってるのよ!」

 

 

 ボケ倒してるが、これでいい。

 姉妹として、家族としてやって行くなら、少しバカっぽく居られるのが丁度いいんだ。

 ……だけど、結芽ちゃんを取られたくないのはホントだよ? 

 

 

 ◇

 

 今日も、朝から色々あったが、この旅行で分かったことが一つだけある。

 お姉ちゃんは……エッチだ。

 




 次回もお楽しみに!

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ゲームで分かる怖いもの

 本当はね、百合の日記念で投稿する予定だったんだ……ごめんよ。


 温泉に行った慰安旅行兼姉妹旅行から、もう一週間の時が経った。

 存分に癒されたわたしたちは、普段より一層仕事に励むことが出来たのだが……最悪なことに、忌々しい季節が訪れる。

 

 

 夏だ、夏が来たのだ。

 暑くて、蒸し蒸しして、蚊が鬱陶しい季節。

 なにより…なにより!! 

 結芽ちゃんがわたしに抱き着いてくれなくなる!!! 

 

 

 因みに、これをみんなに愚痴ったら苦笑いされたんだけど……なんで? 

 みんなは、大好きな人に抱き締めて欲しいって思わないの? 

 …とまぁ、面倒臭いメンヘラみたいな思いはさて置き。

 刀剣類管理局本部では今、節電キャンペーンを行っている。

 

 

 なんでも、経費削減の意味もあるらしいが、忍耐力を鍛える訓練だと、云々かんぬん言っていた。

 正直止めて欲しい、ただでさえ結芽ちゃんと触れ合えなくて悲しいのに、エアコンもつけられないなんて地獄でしかない。

 一応、寝る時はつけていいと言っていたが、夜中になったら管理室の方で強制的にエアコンをOFFにするから、一晩中はつけられないし……最悪だ。

 

 

 現に結芽ちゃんもぐでぐでの状態で、扇風機の前にイスを移動させてなんとか凌いでいる。

 さて、あれが長続きすればいいのだが…。

 そう上手くはいかないだろう。

 

 

 わたしはため息を吐きながら、今日の仕事を終わらせる。

 

 

「……これで、お終い!」

 

「お仕事終わったの、お姉ちゃん!? だったらさ、プールでも行こうよ!」

 

「あぁ……プールかぁ。止めた方が良いかもよ? さっき、休憩がてら調べたけど、どこもいっぱいみたいだし」

 

「えぇ…! じゃあ、エアコンつけてよ!! 暑くて死んじゃいそうだよぉ〜!」

 

「そ、それも、難しいかなぁ。私、一応幹部クラスの人間だし……ルールは破れないよ」

 

「そんなぁ……」

 

 

 ごめん、ごめんね結芽ちゃん。

 さっきまであんなに嬉しそうだったのに、しゅんとさせちゃって。

 上目遣いからのお強請りコンボは、結構なダメージだったけど……我慢した。

 

 

 何せ、わたしは刀剣類管理局本部の筆頭指揮官。

 実働部隊の実質的トップなのだ。

 そりゃあ、真庭本部長とかの役職持ちよりかは権力はないけど、それでも幹部クラスの席を貰っている。

 だからこそ、こう言う時にルールを破る訳にはいかない。

 

 

 なにか……涼しくなれるもの。

 キョロキョロと辺りを見回したり、最近買った物を思い出していると……有った。

 丁度良さそうな、夏にピッタリの涼しくなれるもの! 

 

 

「結芽ちゃん! ゲームしよっか?」

 

「ゲーム?」

 

 

 取り付けられている大型テレビの近くに、中央のイスを持っていき、結芽ちゃんが持っているPS4を借りる。

 リモコンとコントローラーを結芽ちゃんに渡し、買っておいたゲーム自分のベット近くから引っ張り出す。

 

 

 本当は息抜き&結芽ちゃんの怖がる顔を見る為に買ったのだが、この際理由などどうでもいい。

 涼しくなる為に、このゲームを遊ぼう! 

 わたしが買ったゲームの名は──

 

 

「じゃじゃーん! 『BIOHAZARD RE:3』だよ!」

 

「バイオハザード…って、ゾンビがいっぱい出てくる怖いやつじゃなかった?」

 

「そうそう。大体はそんな感じ。…怖いゲームをやって涼しくなる! 題して、ホラー納涼法! 大丈夫! 大丈夫! お姉ちゃんが隣で一緒に見ててあげるから? ね?」

 

「うぅぅぅ…。わ、わかった。がんばる…」

 

 

 うん、強がる結芽ちゃんも可愛い。

 この後、怖がりながらわたしに抱き着いてくる未来が、容易に想像出来てしまう。

 ふふっ、結芽ちゃんには悪いけど……

 今日はお姉ちゃん、最近不足していた結芽ちゃん成分を補う為に、鬼になります。

 

 

 悪女のような笑みを浮かべて、わたしは近い未来に期待を寄せていた。

 尤も、あんな展開になるとは予想外過ぎたのだが…。

 

 ◇

 

 ゲームを始めてから三時間以上が経った。

 扇風機はゲーム機本体が熱を持ち過ぎないように、そちらに向けているが、始める前より全然涼しい。

 もっと言えば、少し肌寒いくらいに感じる。

 

 

 だけど、ゲームは楽しい。

 最初は何回もゲームオーバーになったが、慣れてくれば簡単だ。

 銃でゾンビや化け物を倒すのは爽快感がある。

 …偶にある謎解き要素には苦戦させられたが、お姉ちゃんの助言もあり順調に進んで行った。

 

 

 まぁ、勧めた張本人であるお姉ちゃんは、わたしの隣でガクブル震えてる訳だが……

 

 

「ひぃっ!? そ、そこのロッカー! そこのロッカー! 今、ガタンって鳴った!! なんか居る、絶対居る!!」

 

「はいはい、今調べるから。お姉ちゃんはさっきの謎解きの答えでも考えてて〜」

 

 

 悲鳴を上げながら忠告するお姉ちゃん。

 ここまで怯えててもわたしに教えてくれるあたりは、流石お姉ちゃんと言える。

 ……いや、怯えてるから教えてくれるのか? 

 取り敢えず、分からないことは後回しにして、ロッカーを調べる。

 

 

 すると、忠告通り、中からゾンビが出てきた。

 しかも、調べた瞬間に驚かすよう出てくるオマケ付き。

 短い悲鳴が隣で聞こえたが、無視してゾンビの頭をハンドガンで撃ち抜く。

 慣れれば慣れる程、照準を合わせる速度が早くなる。

 

 

 自分の成長を目に見えて感じられるのは、嬉しいものだ。

 相楽学長に剣術を教えて貰っていた時を思い出す。

 あの時は、自分がどんどん強くなっていく感覚に、毎日ワクワクしていた。

 また、あの感覚が感じられるなんて……こう言うゲームも悪くないかも。

 

 

「ふぅ…。お姉ちゃん、少し休憩しよ?」

 

「そ、そうだね。ちょっと待ってて、お茶持ってくるから!」

 

「お願〜い!」

 

 

 少し間延びした声でそう言った後、セーフティエリアに移動し、セーブをしてから、一度画面を止める。

 ……それにしても、わたしが休憩しようと言った途端、即座に簡易キッチンに向かったのを見ると、相当怖がってたみたい。

 お姉ちゃんがあそこまでホラーが苦手だと思わなかった。

 

 

 ちょっとだけ意地悪、しちゃおうかなぁ? 

 くふふっと、悪い笑い声を漏らして、わたしはそっとお姉ちゃんの背中に近付く。

 身長差がある所為で、背伸びしないと首元まで届かないけど──届けば良いのだ。

 

 

 無防備に晒されている首元にわたしは──噛み付いた。

 強くなんて、跡が残るような事はしない。

 あくまで甘噛みだ。

 でも、お姉ちゃんは……

 

 

「わきゃあああああ!?!? ……あっ」

 

「……へっ?」

 

 

 ……やり過ぎたかも。

 驚きのあまり気絶したお姉ちゃんが、わたしに覆い被さるように倒れてくる。

 瞳に映し出される、ゆっくりとした時の流れ。

 凄い、スロー映像を見てるみたいだ! 

 

 

 そんな、呑気な考えを浮かべるが、段々と時の流れは元に戻り、お姉ちゃんがわたしに向かって倒れてくる。

 お姉ちゃんが頭を打たないように抱き締めるが、逆にわたしが頭を打ってしまい、意識が飛ぶ。

 

 

 起きたお姉ちゃんにこっ酷く怒られたのは、仕方のない事だったと思う。

 反省のある一日だった。

 ごめんなさい、お姉ちゃん。

 今度噛むなら耳にします。

 




 シスターズプロフィール①「怖いもの」
 摘花「お化けとかは平気ですけど、怪物系統は苦手です。今回の件で思い知りました。……一番苦手なのはゾンビです」

 結芽「う〜ん、お化けは嫌かなぁ…。だって、斬れないし。怪物とか化け物は斬れるし倒せるから大丈夫!荒魂もそっちに近いしね。でも、一番怖いのは怒った時のお姉ちゃん…かな」

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正反対な姉妹

 ここ好き機能なるものが追加されたので、いっぱいここ好きして欲しい。(欲望丸出し)
 あと、みんながどんな所が好きか知りたい。


 アンケートもよろしくお願いします。


 節電キャンペーンが未だに続く、六月中旬を過ぎた夏のある日。

 わたしたちはいつものメンバーで、刀剣類管理局本部にあるレクリエーション施設の一つである屋内プールに、顔を出していた。

 見渡す限り人が居ないが、設備がショボイ訳じゃない。

 勿論、レクリエーション施設なので、ウォータースライダーに流れるプールはあるし、普通の五十メートルレーンのプールだって設置されている。

 

 

 ただ、ここに駐在している刀使や鎌府の刀使は、基本的に常在戦場を心構えにしなければならないので、訪れる者が居ないだけなのだ。

 職員も同様、元々ブラックな職場でもあるので、休暇が取れないと言う理由もあったりする。

 

 

 ……じゃあ、なんでわたしたちがここに居るのかって? 

 そりゃあ、有給休暇を申請したからだ。

 まぁ、少し裏技を使って、屋内プール(ここ)の利用許可や出撃しなくていいとの文言も貰ったが……特に気にするべきことでもない。

 

 

「それにしても、こんな場所があるなんて知らなかったよ…」

 

「私もですわ。基本、業務に謀殺されてましたから」

 

「一応、私は知っていましたが、来たことはありませんね。……摘花さんはどうやってここを?」

 

「ん? ……あぁ、いや。近場で、お金があんまり掛からなくて、設備が良い屋内プールを調べてたら、ここに当たったんだよ。その後は、ここの利用許可を貰う為に色々と工作を…ね?」

 

「もう! お姉ちゃんもおねーさんたちも、そんなのどうでもいいよ! 早く遊ぼ!!」

 

 

 プールに入りたくてウズウズしている結芽ちゃんの水着は、白を基調とし花柄のついたワンピースタイプ。

 可愛い。

 まるで天使、まさに天使。

 

 

 愛苦しい幼さとワンピースタイプの水着の良さがベストマッチ! 

 この姿を写真に収める為に、防水のスマホケースを買ったと言っても過言じゃないよ!! 

 

 

 スマホカメラで連写するわたしに、結芽ちゃん以外ドン引きしているが問題ない。

 取り敢えず、結芽ちゃんがカメラ目線で笑顔をくれてればわたしはオールオーケー!! 

 

 

 百枚ほど撮った所で結芽ちゃんを解放しプールに直行させ、監視役に夜見ちゃんも派遣する。

 それにしても……ぐへへ、可愛いなぁわたしの結芽ちゃんは。

 他のみんなの水着も可愛いけど、一番は結芽ちゃんだ。

 

 

 正直、夜見ちゃんや真希ちゃんの着ているビキニも、可愛いしグラマラスな感じがして魅力的だけど……届かない。

 寿々花ちゃんの着ているパレオタイプの水着も捨て難いが、やっぱり届かない。

 

 

「水着、最高…!」

 

「完全に変質者だね。ボクらに拘束権があったら捕まえてるよ」

 

「今回の施設利用の件も、色々と回りくどいことをしたみたいですし……。犯罪一歩手前か、普通に犯罪を犯している気がしますわ」

 

「……むむ、やだなぁ。勘違いしないでよ。わたしはただ、真庭本部長と()()をしただけだよ?」

 

「目、笑ってませんわよ?」

 

 

 ありゃりゃ、流石に寿々花ちゃんくらい付き合いが長いとバレちゃうか。

 でも、しょうがないじゃないか。

 偶然、本当に偶然、真庭本部長が職務終了後に指令室で飲酒してる所を見て、写真に撮っちゃったんだから。

 

 

 全く、今時の技術は凄い。

 ちょこちょこっと画像を編集ソフトで弄ったり、データを改竄すれば、あら不思議。

 撮られた時間をズラすことも可能に。

 良い脅しのネタが手に入って嬉しい限りだ。

 少なくとも、あと2、3回はこれで脅そう。

 

 

「……気にしない方が良い事も、わたしはあると思うんだ。それじゃ、一足先に行ってきまーす!!」

 

 

 二人の追求から逃げるように、わたしは結芽ちゃんが入っているプールへと向かう。

 少し早足になってしまったが無問題。

 転ばないように足元に気を付ければ良いのだ。

 

 

 次第に近付く、わたしと結芽ちゃんの距離。

 …そう言えば、今思い出したけど、わたし泳げたっけ? 

 体育の成績は悪い方ではなかったけど、水泳の授業は……どうだったか? 

 頭をフル回転させたお陰か、僅かコンマ数秒の間に思い出される過去の記憶。

 

 

 その中でわたしは──キッチリ溺れていた。

 犬掻きやバタ足すら出来ていなかった。

 まず始めに、浮かぶと言う技能さえ……あれ? 

 これって不味くない? 

 

 

 ……うん、早足になったの──無問題じゃなかったわ。

 滅茶苦茶問題ありだわ。

 止まらない足は、ブールへと向かって行き。

 そして、

 

 

「結芽ちゃん、助けて〜!」

 

「へっ? どうしたの、お姉ちゃ──」

 

 

 わたしは無事に溺れ、結芽ちゃんたちに救助された。

 

 ◇

 

 お姉ちゃんは頭が良い。

 でも、時々頭が悪い。

 物凄く悪い。

 まさか、自分が泳げないのを忘れるとは……思いもしなかった。

 …最初からちょっと可笑しかったんだ。

 

 

 わたしの分の浮き輪は用意しても、自分のは用意しなかったし。

 水着だって、新しいお揃いで色違いのを買ったのに、わたしのばっかり写真に撮ってたし。

 ……いや、いつも通りと言えばいつも通りだけど、流石にハメを外しすぎだ。

 

 

 本気で溺れるとは思ってもいなかったし、心臓が止まるかと思った。

 二度とやらないで欲しい。

 

 

「分かった、お姉ちゃん?」

 

「はい…。以後、気を付けます」

 

 

 ブールサイドで正座するお姉ちゃんに、わたしが説教すること十数分、

 姉妹なら普通逆だが、家では偶に見られる光景。

 心配を掛けられる側がどれだけ苦しいか、こう言う時に良く分かる。

 反省してしょんぼりするお姉ちゃんを見て、わたしも少し反省した。

 

 

 言い過ぎた…かな? 

 優しく諭すなんて出来ないから、酷いこと言っちゃったかな? 

 

 

 お互いにモジモジとして動けなくなっていたその時、ポンっと誰かが背中を押してくれた。

 確認する間もなく、わたしは勢いのままにお姉ちゃんに抱き着いた。

 

 

「…え、えっと…その」

 

「結芽ちゃん? どうしたの? …もしかして、まだお姉ちゃんのこと信用してない?」

 

「ち、違うよ。そうじゃなくて……言い過ぎたかなって。心配かけるのは、いつもわたしなのに。お姉ちゃんは怒んないで、優しくしてくれるから」

 

「…別に、そんなの気にしなくていいよ? わたしが怒りたくないだけなの。怒らなきゃダメだって思ったら、ちゃんと怒るよ?」

 

 

 仲良し姉妹だなんて言われるけど、わたしはお姉ちゃんの全てが分かるわけじゃない。

 お姉ちゃんがわたしの全てを知ろうとしてくれてるから、やっていけてるだけなんだ。

 

 

 でも、お姉ちゃんだって完璧じゃないから、少しだけすれ違う事もあるけど、それでいい。

 欠けてるくらいが丁度いい。

 補い合える、そんな姉妹を目指そう。

 

 

 良し、そうと決まれば、今から泳ぎの練習だ! 

 

 

「お姉ちゃん! 今からみっちり泳ぎの極意を教えてあげるね!」

 

「お、お手柔らかに…」

 

 

 苦笑しながら立ち上がったお姉ちゃんの手を引き、ブールへと向かう。

 あぁ…そう言えば、水着の感想を言ってなかった。

 

 

「水着、似合ってるよお姉ちゃん」

 

「い、今言うの!? …結芽ちゃんも、似合ってるよ。すっごく可愛い」

 

「当たり前だよ〜、だってわたしだもん! だけど…お姉ちゃんは、少しエッチぃね」

 

「えっ? えっ!?」

 

 

 最後の一言に戸惑いを隠せていないお姉ちゃんを他所に、わたしは歩く。

 良く考えれば分かる話だが、お姉ちゃんは大きい。

 色々と大きい。

 ギリギリ収まっているが、いつはみ出るか分からないくらいには大きいのだ。

 

 

 露出が余りないワンピース水着でも、グラビア写真集が出せるくらいには色っぽい。

 今後、外では着させない事を胸に誓った。

 

 




 シスターズプロフィール②「得意教科」
 摘花「特にありませんね…。何か一つ上げなければ行けないなら世界史や日本史等の歴史でしょうか?その時代、その場所に合う戦術が組み立てられた戦争を見るのは、少しワクワクします!」

 結芽「体育…かな?体動かすのは好きだし。あと、美術なんかも好きだったよ!お絵描きって楽しいよね〜!!いちご大福ネコなら、一分で描けるよ!!どう、凄いでしょ!?」

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 次回もお楽しみに!

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へっぽこ刀使は筆頭指揮官

 今回伝えたいのは、一つ。
 お姉ちゃんは強いと言うこと。

 それと、アンケートの票が割れないので、皆さん投票お願いします。


 六月も終わり、本格的に夏が始まったことで、刀剣類管理局本部の節電キャンペーンも幕を閉じだ。

 そのお陰で、わたしたちは今、冷房の行き届いた部屋で過ごしている。

 

 

 尤も、両隣に居るおねーさんたちは快適に過ごしているとは言い難いが。

 

 

「……結芽ちゃーん? 手番回ってるよ?」

 

「あ、うん。えーっと…ここ!」

 

「むむぅ。そこに置くかぁ……中々やるねぇ」

 

 

 わたしの対面に座るお姉ちゃんは、顎に手を当てて考えるような素振りを見せながらも、表情は柔らかい。

 初見の人には分かり辛いが、態々、大きいソファを引っ張り出して、六人でボードゲームをやっているのが今の状況だ。

 

 

 偶に、お姉ちゃんが頭の体操だと言って手伝わされるが、わたしも正直良く分からない。

 良く分からないが、言われるがままオセロをしていた。

 

 

 左を見ると、寿々花おねーさんがチェス盤と、ミルヤおねーさんが将棋盤と睨めっこしている。

 そして、振り向くように右を見ると、舞衣おねーさんと早苗おねーさんが、これまた将棋盤と睨めっこをしていた。

 

 

 今現在、わたし&おねーさんたちVSお姉ちゃんと言う、五対一の構図で戦っているが、余裕の雰囲気がお姉ちゃんから無くなることはない。

 天才、その一括りで纏めようが無い程の圧倒的な強さが、両隣の真剣さから伺える。

 

 

 筆頭指揮官……だったっけ? 

 その名前は伊達じゃない。

 刀使としてへっぽこなお姉ちゃんが、ここに居られる唯一の理由でもある。

 

 

 きっと、余裕の雰囲気を保っている間にも、頭の中では果てしない数の処理を同時並行で行っている事だろう。

 面と向かって言う事はあまりないが、凛として何かを考えている時のお姉ちゃんはカッコ良くて好きだ。

 

 

 いつもの女神みたいな温かい微笑みじゃなくて、真摯に何かに取り組んでいる姿は凄く綺麗だから。

 …今度、つぐみおねーさんに頼んで、無音且つフラッシュなしで撮れるカメラ、見繕ってもらおうかな。

 

 

 そうやって、わたしが悩んでいる間にゲームは進んでいき。

 やがて、終わりを迎えた。

 

 ◇

 

 はぁ〜〜〜〜〜〜〜!!! 

 わたしの妹、可愛過ぎか? 

 いや、可愛いな、可愛過ぎてヤバイな。

 

 

 そんな自問自答をしながら、わたしは次の手を考える。

 結芽ちゃんとのオセロは二枚差で勝つのが先程決まったが、他の四人には油断出来ない。

 とは言っても、相手が詰んで負けることに変わりはないのだが……それはそれだ。

 油断していい理由にはならない。

 

 

 相手の実力と火事場の振れ幅を予測し、それでも絶対に逆転を許さない一手を打ち続ける。

 詰みまでは、早苗ちゃんがあと七手、舞衣ちゃんはあと六手、寿々花ちゃんはあと九手、ミルちゃんはあと十一手…って所かな。

 

 

 ここまで来ると、みんな自分の詰みには気付き始めるから、そろそろ……

 

 

「す、すいません、負けました」

 

「……私も、負けました」

 

「舞衣ちゃんと早苗ちゃんは降参ね。……二人は?」

 

「貴女がそう言う時は、大抵どうやっても勝てない時ですからね、私も降参します」

 

「私も、降参ですわ。時間を無駄にしたくはないので。ありがとうございます。勉強になる、良い試合でした」

 

 

 先に舞衣ちゃんが声を上げ、続いて早苗ちゃん。

 案外負けず嫌いなミルちゃんに寿々花ちゃんも降参した。

 ……少し拗ねちゃったかな? 

 悔しかったのか、落ち着かない様子の寿々花ちゃんは、さっさとチェス盤と駒を片付けて、出ていってしまった。

 

 

 ミルちゃんは少しため息を吐きながらもまだ残っている所を見ると、わたしのちょっとした批評を聞きたいんだろう。

 まだ、結芽ちゃんとのオセロは残っているが……少し待ってもらおう。

 

 

「ごめんね、結芽ちゃん。少し待っててもらってもいい? ちょっとお話したいんだ」

 

「…分かった。終わったら呼んで、ベットでゴロゴロしてるから〜」

 

 

 何となく察してくれたのか、結芽ちゃんは腰を上げて足早にベットに向かった。

 …さて、そろそろお話に移ろう。

 

 

「じゃあ、先ずは舞衣ちゃんからだね。正直な話、今回は結構良い所まで行ってたよ。降参する四手前かな? あそこでもう少しだけ違う一手が打ててれば、王様は長生きできたかもね」

 

「……あぁ! 分かりました。ありがとうございます!」

 

「次に早苗ちゃんね? 早苗ちゃんは今回、少し読みが浅かったかなぁ。何かを気落ちする事でもあった? ……もしあったなら、しっかり解決して。分かり辛いかもしれないけど、気分って思ってるより影響が大きいから。いつもなら出来ることも出来なくなっちゃう。だから、わたしが掛けた罠に、簡単に引っかかっちゃったの」

 

「……すいません、ありがとうございます」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 

 残るはミルちゃんかぁ。

 少しだけ表情を崩しながら、彼女を見る。

 面倒臭かった、非常に面倒臭かった。

 久しぶりの四面打ちだったけど、まさかここまで引き伸ばされるとは思わなかったよ。

 

 

 攻め方が非常に陰湿で論理的。

 わたしを良く分かってるからこそ、あんな厭らしい手を打てる。

 やっぱり、実際に現場に出て指揮を執る経験の多い彼女は、一味違う。

 舞衣ちゃんも早苗ちゃんも、指揮は執っているが経験の差がある。

 たかが数年、されど数年。

 

 

 数年の重みが一手一手から伝わってきた。

 一言言う事があるなら……

 

 

「攻め方が厭らしい、変えて」

 

「…分かりました。燕摘花はあのやり口が苦手なのですね、今後の参考にします」

 

「二度とやらないで!!」

 

 

 不敵な笑みでこちらを見つめるミルちゃん。

 相変わらず、変な所で性格が悪い。

 綾小路に居た頃からの仲だが、何故今まで友人としてやって来れたのか謎だ。

 悪い子じゃないし、綺麗で可愛い子なんだけどなぁ。

 

 

 あ、勿論、結芽ちゃんの方が可愛いよ? 

 浮気じゃないからね? 

 勘違いしないでね? 

 

 

 誰に対するか分からない言い訳を心の中でした後、みんなを部屋から解放する。

 態々付き合って貰って悪いが、ここからはわたしたち姉妹の時間。

 何人も邪魔することは許さない。

 

 

「結芽ちゃーん──って、寝てる」

 

「……むにゃむにゃ……お姉ちゃん」

 

「そんな時間、経ってない筈なんだけどなぁ」

 

 

 そう言えば、さっきのオセロ、置く場所があと一つ横にズレてたら、わたしの負けだったかもしれないんだよね……

 まさか、とは思うけど。

 ……頑張って考えてたのかな。

 

 

 ふふっ、流石はわたしの妹。

 百点満点のご褒美を上げたいくらいだ。

 

 

「ふぁ〜。…でも、少し眠い」

 

 

 余裕はあったけど頭使ったし、結構疲れてるのかも。

 少しだけ……少しだけだから。

 起きたら…ちゃんと……料理──

 

 ◇

 

 ……柔らかい。

 モチモチして、フワフワで、弾力がある。

 こんな感触の枕、持ってたっけ? 

 

 

 寝起き故のぼやけた視界で触っている枕を見ると……

 

 

「!?!? お、お姉ちゃ──むぐっ!」

 

「えへへ〜、結芽ちゃんが……いっぱーい」

 

 

 正直夢の中で増えている自分も気になるが、今はそれ所じゃない。

 いっぱいのわたしと戯れてるお姉ちゃんのおっぱいに、私が殺される。

 ……シャレじゃない、本気だ。

 甘くていい匂いがするが、呑気に嗅いでいる場合ではない。

 

 

 じたばたしてお姉ちゃんを起こさない程度に体を動かし、ようやく少し離れることができた。

 本気で危なかった、窒息の理由で誰かを笑い殺せるレベルで危なかったよ。

 

 

 今日、初めて知ったが、胸は凶器だ。

 誰もを魅了する存在でありながら凶器でもあるとは……恐ろしい。

 だけど、それ以上に恐ろしいのはわたしかもしれない。

 少しだけ、お姉ちゃんの胸の中で、溺れてみたいと思ってしまった。

 

 

「よし。……二度寝しよ」

 

 

 幸い、まだ午後五時前。

 二度寝しても、七時過ぎ頃には起きられるだろう。

 

 

 最後に一言残すなら──お姉ちゃん枕は最高に気持ち良かった、と言う事だ。

 




 シスターズプロフィール③「一番の親友」
 摘花「うーん、付き合いの長さだけなら、ミルちゃんや寿々花ちゃんですけど……仲の良さなら薫ですかね。本音で、本気でぶつかり合ったのは彼女が初めてだった気がします」

 結芽「沙耶香ちゃん…かな。同年代だし、良い遊び相手になってくれるから大好きだよ!おねーさんたちは友達って言うより……仲間みたいな感覚が強いしね。そうだ、沙耶香ちゃんとのツーショットあるんだよ?見る見る?」

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摘花の夢と結芽の恋

 真面目にラブコメをやろうとした結果。
 ゆるふわ系ラブコメ…とは?


 七月も、気付けば中旬のある日の事。

 イスに座りながら書類と睨めっこするわたしに、ベットでゴロゴロと横になっている結芽ちゃんが声を掛けた。

 いつもと特に変わりはないが、少し暇そうな声音で。

 

 

「お姉ちゃんって、夢とかある?」

 

「夢かぁ…。どうだろうね? あるかもしれないしないかもしれない」

 

「え〜! なにそれ! 教えてよ〜!」

 

 

 いきなりの質問に、わたしは曖昧な答えしか返せなかった。

 暇を潰すための質問が曖昧なものになってしまった結芽ちゃんは、ベットから起きてまで答えを求めに来る。

 もしかしたら、単純に興味があっただけかもしれないが、わたしが夢について答える事なんてない。

 

 

 正直、夢なんて大層なものを持てる人生ではなかった。

 幼かった頃ならいざ知らず、結芽ちゃんが病気にかかってからは地獄のような日々が続いた。

 優しかった、大好きだった両親は、結芽ちゃんの命が長くないと知ると、当時刀使として多少貰っていたわたしの給料と、自分たちの貯金を銀行から下ろし蒸発。

 

 

 なんて無責任な両親だと怒り狂った事もあったが、怒り狂っていられる暇ななかった。

 流れる時間を無駄にしない為、走り続け、足掻き続け、そしてようやくここに居る。

 一時期は合理的且つ利己的な考えをする余り、周囲と良好な関係が築けない時もあったが、結芽ちゃんの為にそれも改善した。

 

 

 全てが、わたしの中にある全てが、結芽ちゃんを中心に回っていた。

 最後に、結芽ちゃんが笑っていれば、わたしはそれで構わなかったから。

 ……でも、違ったんだ。

 打算で作った友達は、いつの間にか本当の友達になっていて。

 駒として育てた弟子は、いつの間にか頼りになる愛弟子になっていた。

 

 

 あの子が一度居なくなった事で、わたしは知ったんだ──わたしは知れたんだ。

 目には見えない程に薄い存在なのに、確かにそこにある縁や絆と言ったものを。

 

 

 だからもし、もし夢を持つなら。

 わたしは……

 

 

「結芽ちゃんの姉で在り続けたい。それが、わたしの夢」

 

「なにそれ? お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ? 変わる事なんてあるの?」

 

「う〜ん、少し難しかったかな?」

 

 

 揶揄うようにそう言って、わたしはまた書類に目を落とす。

 後ろから、「教えて教えて〜!」と結芽ちゃんが言っている声が聞こえたが、わたしはクスクスと笑って聞き流した。

 

 

 嗚呼、神様。

 わたし、他には何も望みませんから……だからどうか、この温かくてなんでもない日々を、終わらせないでください。

 

 ◇

 

 お姉ちゃんの夢はわたしのお姉ちゃんで在り続けることらしい。

 良く分からないが、そう言う事らしい。

 

 

 本当に、お姉ちゃんは時々、わたしには分からない難しい事を言う。

 大抵そう言う時のお姉ちゃんは、少し遠い目でどこかを眺めて、わたしに気付くと、いつもの温かい笑顔を向けてくれる。

 嬉しい……嬉しい筈なのに、昔とは逆の立場になった気分になってしまう。

 

 

 だって、その時のお姉ちゃんはフワフワしていて、わたしが掴んでなかったら、どこか遠くに行ってしまいそうだから。

 怖い、怖い、怖い。

 わたしの夢が叶えられなくなるのが怖い。

 そうやって、身勝手な怖さに震えてしまう。

 

 

 何故なら、わたしの夢は……

 

 

「そう言えば、結芽ちゃんの夢ってなんなの?」

 

「へっ? …わ、わたしの夢? ……そ、そんなのもっともっと強くなる事だよ!! あったり前じゃん!」

 

「ふふっ、結芽ちゃんらしいね」

 

 

 鈍感で助かった……いや助かってはないか、照れ隠しだって気付いていないのは、良かったけど。

 でも、お姉ちゃんにとって「もっともっと強くなる」、ってのを夢として思うのは、わたしらしい…のか。

 

 

 なんだろう、理解されてないようで理解されてるのが、少しだけ嬉しいけど、同時に悲しくも感じる。

 あくまで、強くなるのは夢じゃない、目標だ。

 

 

 声を大にして本当の夢を言えたら、どれだけ良かっただろう。

 それに、もし言えたとしても世間や周りは認めてくれない。

 実の姉に恋をしていて付き合いたいなんて、誰も認めてくれる訳がない。

 

 

 だけど、お姉ちゃんが誰かの大切な人になって欲しくない、わたしだけのお姉ちゃんで居て欲しいんだ。

 ……呆れるしかない、そう言う意味で、わたしはお姉ちゃんの妹で在り続けたいと思っている。

 

 

 きっと、この好きと言う想いに蓋をして、ずっと抑え続けていれば幸せに暮らせるし、お姉ちゃんは笑っていてくれる。

 わたしに笑顔を向けて、家族として愛してくれる。

 

 

 それで良いじゃないか? 

 それで満足じゃないか? 

 何度自分に問いかけても、返ってくる答えは『嫌だ』、と言う簡素で簡潔なものだけ。

 

 

 頭では分かってても心は違う。

 多分、好きを抑え込んで得た幸せは、チクチクしてずっと痛いままだ。

 笑顔はもどかしくて、愛はムズムズする。

 

 

 年相応に笑うお姉ちゃんをわたしは見たい。

 対等な恋人として付き合って、家族のままだったら見られない表情を見せて欲しい。

 何時からか芽生えた、家族に向けるべきではない、実の姉に向けるべきではない好きが、時間を掛けて問題を乗り越えて、際限なく膨れ上がってしまった。

 

 

 最初に振ったのはわたしなのに、自分勝手で嫌な奴だ……本当に。

 自嘲気味な笑みが零れないようにわざと咳払いし、書類を読むお姉ちゃんに後ろから抱き着いた。

 

 

 こんなわたしの気持ちを、お姉ちゃんが知ったらどう思うんだろう。

 どうせ、最初は勘違いして、その後に驚いて……それで──

 

 

「結芽ちゃん?」

 

「……なんでもなーい」

 

「? そっか…もう少し待っててね。すぐに仕事終わらせるから」

 

 

 まさに今してるような、困った笑顔をわたしに見せるんだろう。

 素直には喜んでくれない。

 悲しんでもくれない。

 でも、わたしの事は傷付けない。

 

 

 結局はお試しで付き合おうってなって、その後、わたしが真実を知って……はいお終い、だ。

 終わりが見えてる恋。

 バットエンドが分かりきっている恋。

 だと言うのにわたしは、未だ胸に秘められた甘くて温かい恋の炎を、消したくないと──そう思っている。




 シスターズプロフィール④「親衛隊(特別警備隊)について」
 摘花「寿々花ちゃん以外は知らない人ばかりでしたけど、みんなと居るのは楽しかったですよ。……一番の思い出は、花見ですかね。あの時撮った写真は宝物です」

 結芽「家族…みたいな感じかな。わたしが年下だからっておねーさんたちは、お姉ちゃんっぽく振る舞うし。…でも、みんな大好きだよ!花見に行った時はすっごく楽しかったなぁ。…あの時は最後になると思ってたから」

 ──────────────────────

 次回もお楽しみに!

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夏祭りと花火

 投稿が遅れてしまい、本っ当に申し訳ございませんでした。
 理由は後書きに書いておきます。

 ゆっくりとお楽しみ下さい。


 七月も終わりに差し掛かった頃、夏休みに入ったと言うのに全く休みがない日々に辟易していると、ある一つの任務が舞い込んできた。

 

 

「夏祭りの巡回任務?」

 

「あぁ。お前達には十分に休みをやれてないからな。花火もやるみたいだし、気晴らしにもなるだろ? 巡回自体をしっかりやってれば、出店で遊んだり、食べたりするのも問題ないさ」

 

「……本当に良いんですか?」

 

「任務だと忘れず、遊び過ぎなければな」

 

 

 真庭本部長は、そう言って任務の依頼書を渡すと、さっさと自分の仕事に戻ってしまった。

 自室に戻る道すがら、貰った依頼書に目を通すが、書かれていたメンバーは良く見る面子ばかり。

 薫たちも居れば、ミルちゃんたちも居る。

 

 

 そこそこの大所帯になるだろう。

 巡回範囲もそこまで広くないし、二人一組が丁度良い。

 ……ふふっ。そうと決まれば!! 

 結芽ちゃんに似合う浴衣と、結芽ちゃんが喜んでくれそうな出店の場所をピックアップして……あとは花火が良く見える穴場スポットも探さなくちゃ!! 

 

 

 忙しくなるぞー! 

 

 

「待っててねー! 結芽ちゃーん!!」

 

 ◇

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん! 浴衣似合ってる? 可愛い!?」

 

「可愛いよ〜! 最っ高に可愛いよ〜!! いっぱい写真撮りたいから、ちょーっと動かないでね!」

 

「はーい!」

 

 

 天使の羽根が幻覚として見えるくらいには可愛い結芽ちゃんを、精一杯写真に収める。

 桜色を基調とした浴衣には彼岸花が描かれており、可愛らしさと綺麗さ、その両方を併せ持っている。

 紅色の帯も、色合いが良く、とても似合っている。

 買っておいた桜の髪飾りも、悪くない。

 

 

 そして、最後に注目すべきなのは、髪型!! 

 いつものサイドテールじゃなくて、わたしと同じポニーテールにしてくれている! 

 総合的な評価? 

 

 

 誰がどう見ても、百点満点中百兆点に決まってるでしょ!! 

 今の結芽ちゃんを見てこの回答をしない人が居たら、目に消毒液をかけたくなるよ。

 

 

「──良し! もう大丈夫だよ〜。そろそろ巡回任務始めようか?」

 

「そう言えば、他の人たちは?」

 

「予定まで少し早いけど、みんな先に来て巡回任務始めてると思うよ。早く来たら早く来た分だけ働く事になるけど、遊んだりする時間も増えるからね」

 

「じゃあじゃあ! わたしたちも早く始めよ!」

 

「ちょっ!? 結芽ちゃん!! 引き摺らないでー!」

 

 

 わたしの手を握った結芽ちゃんは、引き摺るように巡回任務を開始した。

 堅苦しく任務と言ってるが、基本的には難しい事なんてない。

 範囲内を見回って荒魂が現れたらそれを祓うだけ。

 

 

 勿論、暴動なんかが起きてたらそれも止める。

 刀使と言う名が組織の内外共に一般的だが、正式名称は特別祭祀機動隊。

 列記とした国家公務員の端くれなのだ。

 警察がすぐに来れない場合や、揉め事程度なら、収められる。

 もっとも、拘束権がある訳じゃないが。

 

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん! りんご飴に綿あめ、チョコバナナもあるよ!! 買ってきて良い?」

 

「良いよ。でも、ちゃんとあげたお小遣いの中でやりくりするんだからね?」

 

「だいじょーぶたよ!」

 

 

 ……まぁ、余計な事を考えるのはよそう。

 なんたって、今日はお祭りなんだから。

 取り敢えず、はしゃぐ結芽ちゃんの写真を、撮れるだけ撮っておこう。

 

 

 綿あめの大きさに驚き、瞳を輝かせる結芽ちゃん。

 可愛い、天使! 

 りんご飴をチロチロ舐める結芽ちゃん。

 超可愛い、大天使!! 

 チョコバナナを美味しそうに頬張る結芽ちゃん。

 超絶可愛い、天使の中の大天使!!! 

 

 

 ふぅ……五百枚は撮れた。

 結芽ちゃんが任務で居ない日、心を癒す為のティータイムでスライドショーにして見よう。

 きっと、これを見れば、数時間──いや、数日は頑張れる! 

 

 

 そうやって、一人勝手に盛り上がっていると、クイクイと袖を引っ張られた。

 結芽ちゃんだろう。

 何か──

 

 

「結芽ちゃ──んぐっ!?」

 

「どう! 甘くて美味しいでしょ?」

 

「…お、美味しいよ」

 

 

 ごめん、結芽ちゃん。

 正直、味とか分からなかった。

 突然のあーんと、間接キスで脳が軽くバグって、美味しいしか返せなかったよ。

 でも、まぁ、

 

 

「えへへ、良かった! すっごく美味しかったからさ、お姉ちゃんにも食べて欲しかったんだ〜!」

 

 

 笑顔だから良いか。

 わたしはそう納得して、もう一度、結芽ちゃんと手を繋ぎ直した。

 

 ◇

 

 お姉ちゃんが、「花火が良く見える穴場スポット、案内してあげるね!」と意気込んで歩き続けてはや数分。

 段々獣道を歩いて行ってるような気がするのはわたしだけだろうか? 

 

 

 それにしても、浴衣着たお姉ちゃん、綺麗だなぁ。

 ぼーっと、ただそれだけを考えて歩き続ける。

 藍色を基調とした浴衣には、舞い散る桜の花びらと三日月が描かれていて、とても幻想的で、似合うだろうなぁって思ったからこれを選んだ。

 

 

 最初は遠慮していたお姉ちゃんも、わたしの褒め殺し&おねだり攻撃に乗せられて、渋々着付けに入ったが……正直想像以上に似合っていた。

 本気でメイクなんかした暁には、ナンパで人波が形成されそうだ。

 

 

 本当に、それぐらいに綺麗なんだ。

 少しでも、大好きなお姉ちゃんに近付きたくて髪型もポニーテールにしたもらったけど、気付いてくれてるのかな? 

 分からない……分からないけど、気付いてくれてると良いな。

 

 

「良かった〜! 間に合った! 結芽ちゃん見て、着いたよ!!」

 

「ここが…穴場スポット?」

 

「そうそう! ほらほら、ちゃーんとベンチもあるんだよ!」

 

 

 獣道を越えた先にあったのは開けた空間で、ポツンとベンチが一つ置いてあった。

 左を見ると、明らかに人の手が入った舗装された道が見えたが、あれはわたしの目の錯覚だろうか? 

 

 

 まぁ、良いや。

 お姉ちゃんも笑顔だし、それで納得しておこう。

 一応、右も見て見ると、屋台の方を見下ろせる、きっと、丘のような場所なんだろう。

 見晴らしも良いし、ここなら花火も綺麗に見れる。

 

 

「良くこんな場所見つけたね?」

 

「ふっふっふ〜、どうやって見つけたか知りたいでしょ? それはね──」

 

 

 良くぞ聞いてくれました、そう言わんばかりのドヤ顔で話を続けようとしたお姉ちゃんを遮るように、光の花が空に散った。

 ドーン、と大きな音を立てて。

 間が悪い、そんな事も気にならなくなるくらい綺麗だった。

 

 

 多分、下に居る人たちも、わたしたちと同じように空を見上げている。

 目が離せない、離したくない、だけど、誰かと思いを共有したい。

 どこか矛盾する感情の中、隣に立つお姉ちゃんを見やると。

 

 

「……綺麗」

 

 

 そこに、お姉ちゃんは居なかった。

 燕摘花は──お姉ちゃんはそこに居なくて、ただの摘花という少女が、空散る光の花に、思いを馳せている。

 

 

 綺麗だった。

 掴もうとしたら消えてしまう、霞のような儚さを持つ、綺麗さだった。

 壊したくなかった。

 だから、何も言わず、そっと手を握り直す。

 

 

 いつも、可愛いと言ってくれる。

 いつも、大好きだと言ってくれる。

 いつも、正直に言葉にしてくれる。

 

 

 けど、こんな感情が籠った言葉、過去に掛けられた事があるか? 

 もしあったとしても、片手で数えられる程度だろう。

 バカみたいだ、わたし。

 

 

 まるで、自分の昔に嫉妬してるみたい。

 花火のように儚く、刹那に消える運命だった、昔の自分に。

 惨めだ、惨めだけど、生きているのだから、わたしの方が幸せだ。

 だって、わたしがここから頑張れば、チャンスなんで幾らでもあるから。

 

 

「お姉ちゃんの方がもっとずっと……綺麗だよ」

 

 

 世界中の誰よりも、世界中のなによりも、わたしのお姉ちゃんは綺麗だ。




 シスターズプロフィール⑦「夏休みの宿題は?」
 摘花「パッパと終わらせますかね。あとに残しておくと、色々と面倒ですし、任務もありますので。」

 結芽「えーっと……さ、最初の方に頑張って終わらせるかな〜。だ、だって、あとに取っておいても苦しいだけだしね!(本当は最終日に姉に手伝って貰って終わらせています)」

 ──────────────────────

 ここからは言い訳タイムです。
 投稿が遅れた理由の半分は課題ですね。ちょっと自分で色々と見誤ってました。
 そして、次の理由が、大賞に応募する作品を書いてた事です。
 正直、そこまで影響でないだろって鷹を括ってましたがやられました。
 応募作品はプロットまで行っても本編詰まって書けないし、しまいにはスランプ気味になって二次も上手くいかなくなるし。


 始めて、自分の話でボツ出しましたよ。
 今回の話もスランプ気味で無理矢理書いた感もあるんで、違和感を感じたらご指摘の方お願いします。

 それでは、次回もお楽しみにお待ち下さい。(何週間かかるかは言ってない)


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姉妹の絆

 サボりにサボりを重ねた、わたしです、しぃです。
 皆様、お待たせしました。
 最近は学校の方が忙しくて、中々二次創作が出来てないんですよね。
 今日はなんとか捻り出しましたが……来週もかけるかは微妙です。
 
 できるなら、皆様良いお年を。


 大晦日。

 それは年終わりの日。

 だけどわたしは、仕事納め等どこへやら、と言った様子で、机に向かってひたすら書類作成に励んでいた。

 刀使は国家公務員であり、警察組織と大差ない部類の組織に属している。

 ブラックを通り越して深淵が見えそうなダーク企業だ。

 唯一の救いは、わたしの結芽ちゃんが笑って過ごしている事だろう。

 

 

 結芽ちゃんは実働部隊の隊員、わたしは後方支援の筆頭指揮官。

 この時期になれば、結芽ちゃんは荒魂が現れない限り仕事がない。

 実働部隊も、夜見ちゃん以上のレベルになると書類仕事を回されるし、暇なら後方の仕事を手伝ってもらう事もあるが、流石に結芽ちゃんには頼めない。

 強いて言うなら、結芽ちゃんはわたしを元気づける仕事を全うしている。

 

 

 さっきなんて、わたしを気遣ってコーヒーとクッキーを出してくれた。

 優しい、優しいなぁ! 

 配分を間違え過ぎて、コーヒーが真っ白で、クッキーは昨日わたしが作ったやつだけど、嬉しいよ結芽ちゃん!! 

 

 

「……そう言えば、結芽ちゃんはどこかお出かけしないの? 沙耶香ちゃんも、今日はお休みじゃなかったっけ?」

 

「あー、えーっと……お姉ちゃんが頑張ってるのに、わたしだけ遊びに行ったら寂しいかなぁ、って」

 

「結芽ちゃん……! うぅ……本当に、結芽ちゃんは良い子だね!! 任せて! こんな仕事さっさと終わらせて! 美味しい年越しそば作るからね!!」

 

「そ、そんなに頑張らなくていいよ!?」

 

 

 あぁ、結芽ちゃんは天使だ。

 本当に、優しい子に育ってくれて良かった。

 普通ならグレて、ひねくれた子になってもおかしくないのに、ちゃんと誰かの痛みが分かる子に育ってくれて良かったと、心の底から思っている。

 

 

 わたしにとって姉であるのは当たり前だった。

 だけど、わたしは母にもなろうとした。

 いなくなってしまった、あの人の代わりに。

 もう戻れないあの日を、結芽ちゃんに見せてあげたかったから。

 でも……今ならわかる。

 

 

 母である必要なんて、なかった。

 結芽ちゃんは姉としてのわたしを求めていた。

 姉でいてくれればよかったんだ。

 今更になってしまったが、気付けて良かった。

 

 

「お姉ちゃん? 何かいい事でもあったの?」

 

「……別に、何でもないよ」

 

「え〜! 本当に〜??」

 

「本当だよ。本当になんでもないの。わたしにとって、それは当たり前のことだから」

 

「……ならいいや」

 

 

 そう言って、結芽ちゃんはまたスマホをいじり始めた。

 偶にチラチラとこちらの様子を見ているが、それぐらいだ。

 結芽ちゃん、本当なんだよ? 

 わたしにとって、結芽ちゃんのことを考えるのは、わたしにとって当たり前の事なの。

 だって、わたしは──結芽ちゃんのお姉ちゃんだから。

 

 ◇

 

 お姉ちゃんは偶に、お姉ちゃんじゃない顔する。

 勿論、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 わたしが大好きな、お姉ちゃん。

 この事実は変わらない……けど、お姉ちゃんは偶に、ママみたいな顔をしてわたしを見てる。

 

 

 その顔はお姉ちゃんよりも、もっと柔らかくて、優しくて、暖かくて。

 わたしが大好きだった顔。

 今でも変わらず、大好きな顔。

 何でお姉ちゃんがその顔をするのか、昔は全然分からなかったけど、大きくなった今なら分かる。

 

 

 お姉ちゃんは、パパとママが開けた穴を──わたしの心の穴を、塞いでくれようとしたんだ。

 代替品(ママ)になる事で、塞いでくれようとしたんだ。

 自分だって辛いのに。

 自分だって苦しかったのに。

 

 

 突然居なくなったパパとママの代わりとして、お姉ちゃんはわたしを守ろうとした──家族を守ろうとした。

 優しいお姉ちゃん。

 世界一優しいお姉ちゃん。

 

 

 わたしの心を救ってくれたお姉ちゃんを、今度はわたしが守るんだ。

 力はある、今度こそ、守る。

 心も、体も、絶対に守ってみせる。

 だから……今だけは、その日が来るまでは、隣で寄り添っていたい。

 寄りかかっていたい。

 

 

 わたしはお姉ちゃんの、妹だから。

 

 

「どうしたの、結芽ちゃん? もう眠くなちゃった?」

 

「……ううん、眠くないよ。ただ、お姉ちゃんの近くにいたいから」

 

「ん? そっか、なら遠慮なく寄りかかってね。わたしは大丈夫!」

 

「ありがと、わたしのお姉ちゃん」

 

 

 燕結芽として生まれて良かった。

 燕摘花の妹で良かった。

 

 

 パパとママ(あの二人)が居なくなってくれて良かった。

 お陰で、わたしたちは、本当に絶えない絆で結ばれる姉妹になれた。

 来年もよろしくね、お姉ちゃん? 

 わたしだけの、お姉ちゃん。




 シスターズプロフィール⑨「趣味はなんですか?」
 摘花「読書……ですかね。雑食なので決まったジャンルが好きとかはありませんが、最近は恋愛小説なんかを結構読みますよ」

 結芽「んん〜ゲーム、かな? あとは、立ち会いとか? 最近はお姉ちゃんが居ない時にこっそり怖いゲームやるのが楽しみなんだぁ〜!! 本当はやっちゃダメって言われてるんだけど、どうしてもやりたくてさーー(以下姉による口封じにより、記載は禁止されました)」

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 次回もお楽しみに!

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姉と自称姉の茶会

 今回は摘花視点のみとなっております。ご容赦ください。


 姉会議。

 それは時折、わたしと結芽ちゃんの自室で行われる。

 姉の、姉による、妹べた褒めお喋り会である。

 今日は運悪く智恵ちゃんしか来られなかったが、お茶とお菓子を片手に、妹の話に花を咲かせるのは気持ちがいい。

 

 

 わたしが結芽ちゃんの可愛いところを一つ話すと、智恵ちゃんは美炎ちゃんたち調査隊メンバーの可愛いかった話を二つする。

 わたしが結芽ちゃんの可愛いところを二つ話すと、智恵ちゃんは美炎ちゃんたち調査隊メンバーの可愛いかった話を四つする。

 倍々に話す内容は増えていき、それと同時に話すテンションも上がっていく。

 本当に心地良い時間だ。

 

 

「でねでね! 結芽ちゃんったら、トイレまで少し歩けばいいだけなのに、怖いから付いてきて〜って上目遣いでお願いしてくるんだよ!!! 最っ高に可愛いよね! 天使だよ天使! あんなに可愛い子、この世に二人といないんだって!」

 

「そうかしら? うちの美炎ちゃんだって、宿題が終わらない時は決まって私の部屋を訪ねてきて教えて〜って言うのよ? 全然負けてないわ。美炎ちゃんも間違いなく天使よ!」

 

「いいや、うちの結芽ちゃんが唯一の天使だよ!」

 

「そんなことないわ、うちの清香ちゃんや呼吹ちゃん、由衣ちゅんやミルヤだって可愛いわ!!」

 

「ミルちゃんが可愛いのはわたしも同感!!」

 

「流石摘花!」

 

 

 明らかに深夜テンションに突入したわたしたちは、熱い握手と抱擁を交わし、紅茶を一服。

 満たされた、とても満たされた有意義な時間を過ごした気分だ。

 よし、このまま恒例の写真&動画視聴タイムに移行しよう! 

 お互いのスマホにある写真データを、クラウドに移してからパソコンに落とし、あとはテレビに繋げるだけであら不思議、簡単にスライドショーのかんせ──

 

 

「お姉ちゃーん! たっだいまー!」

 

「瀬戸内智恵、遅くなってすみません。買い出しの件で相談が……何をしてるんですか、二人とも?」

 

「や、やだなぁー!? ただのお喋りだよ!」

 

「パソコンとテレビを繋げて、ですか?」

 

「そ、そうなの、実は摘花が任務先で撮った、綺麗な風景写真があるらしくて、それを大画面で見ようと思ったの」

 

 

 ナイスフォロー智恵ちゃん! 

 これで結芽ちゃんとミルちやんにはバレずに済む。

 一安心、ひとあんし──

 

 

「えー! それ、わたしも見たーい! ねぇねぇ、お姉ちゃん良いでしょー??」

 

「べ、別に大丈夫だよ! 待っててね、すぐに映すか──あっ」

 

 

 抜けた声が、口から盛れた。

 わたしとしたことが、失念していたのだ。

 幸いなことに日別にファイル分けはされていて、中身は見えないが、その中にあるほとんどは結芽ちゃんの写真。

 風景の写真なんて、ほんのひと握り。

 

 

 それを、今から見つける? 

 否。

 そんなことできるわけはないし、それに……わたしは既にスライドショーの設定で写真の一枚を、開いてしまっていた。

 テレビの画面に、デカデカと水着姿の笑顔な結芽ちゃんが映る。

 

 

 はい、可愛い。

 天使も天使、流石は結芽ちゃん。

 もう可愛さを語り出したら一日が終わるくらいには可愛い。

 

 

 そんな結芽ちゃんが、なんとも微妙な顔でわたしを見ていた。

 あぁ、どんな顔でも結芽ちゃんは可愛いねぇ。

 

 

「……お姉ちゃん、これなに?」

 

「こ、これは、その……えっと、結芽ちゃんの写真、です」

 

「何枚、あるの?」

 

「る、累計で、216487枚撮りました」

 

「そっかぁー、そっかそっかー」

 

「ゆ、結芽ちゃん?」

 

「お姉ちゃん、いっぱいわたしのこと撮ってくれて嬉しいなぁ……お返しに、わたしもいっぱい撮ってあげるね!」

 

「わ、わたしは撮る専だから! 撮ってくれなくても全然大丈夫──」

 

「丑年だから、牛柄ビキニ着たいよね? ね??」

 

 

 どこから出したかも分からない牛柄ビキニが、結芽ちゃんからわたしの胸に押し付けられる。

 恥ずかしい。

 だ、だって、ここにはミルちゃんや智恵ちゃんがいる。

 見られることは確実だ。

 

 

 でも……強気な結芽ちゃんも、良い。

 最っ高に良い。

 ちょっと見下したような瞳が、絶対に自分に逆らえないと分かってるからこその勝気な表情が、胸にキュンキュンくる!! 

 

 

 本当に、結芽ちゃんはわたしの天使だ。

 

 

「き、着ましゅー!!」

 

「ちょっ! 摘花ちゃん!?」

 

「はぁ……本当に、姉バカですね」

 

 

 その後、揉み合った末に、小一時間ミルちゃんに説教されました。




 シスターズプロフィール⑩「嫌いな人はいますか?」
 摘花「特にはいませんね。わたし自身、好き嫌いが激しいタイプでもないので。……強いて言えば、結芽ちゃんの可愛さを理解できない人、ですかね?」

 結芽「ん〜。真面目過ぎる人は嫌いかなぁ……固いっていうか頑固な人?あぁ、あとは、お姉ちゃんを虐める人は、嫌い」

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 次回もお楽しみに!

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わたしたちの想い

 日常百合は大好きだけど、愛情表現多めの百合大好き民だから、今回は百合要素強めです。


 夢を見た。

 何度も見た、夢を見た。

 不安になる夢。

 お姉ちゃんが幸せそうな笑顔で、わたしの前から去っていく。

 綺麗な純白の衣装を着て、右手の薬指に指輪をはめて、バラのブーケを持って、歩いて行く。

 

 

 その先には、一人の人がいて、男の人か女の人かも分からないけど、自分じゃないことはわかる。

 だから、必死に叫んだ。

 行かないで、って。

 一人にしないで、って。

 でも、全然届かなくて、お姉ちゃんは振り返らず、わたしに手だけを振って行ってしまった。

 

 

 あぁ……きっと、これは──いつか来る未来なんだろうな。

 

 ◇

 

「お姉ちゃん……!」

 

「結芽ちゃん!? すっごく魘されてたけど……大丈夫??」

 

「ぅぁ……な、なんでもないよ! 全然、大丈夫!」

 

 

 心配させないように、いつも通りの笑顔を張り付けてそう言うと、お姉ちゃんは安心したように微笑んで、わたしのベッドから離れていく。

 一瞬、その光景が、さっきまで見えていた夢にダブって、手を伸ばしそうになった。

 胸が苦しくて、抱き締めて欲しくて、お姉ちゃんの温もりがないのが怖くて、弱い自分がまた少しだけ嫌になる。

 

 

 あれは、未来だから。

 変えようのない、未来だから。

 いつか、お姉ちゃんの一番はわたしじゃなくなる。

 自然と他にできた大切な人に、移っていく。

 その内、わたしは二番にも居られなくなって、お姉ちゃんの中から少しずつ消えていくんだ。

 

 

 もし、胸に点るこの想いを伝えたら、ずっと一緒に居てくれるのかな? 

 姉に向けるべきじゃない、こんな想い(恋心)を伝えたら。

 好きだ、大好きだ。

 この世界で誰よりも、お姉ちゃんのことが好きだ。

 

 

 後悔するくらいなら、引き摺るくらいなら、いっそ切って捨ててくれた方が苦しくない。

 女の人の恋愛は上書き保存らしいから、きっと新しい恋をすれば、お姉ちゃんのことを忘れられる──そんなわけない!! 

 無理だ、絶対に無理だ。

 どんなに頑張っても、どんなに苦しんでも、わたしはこの恋を忘れられない。

 

 

 切って捨てられても、どうせ後悔する、どうせ引き摺る。

 最悪だ。

 こんな恋しなければ良かった(お姉ちゃんに恋をして良かった)

 勝ち目のない、恋なんて……

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

「どうしたの、結芽ちゃん? やっぱり、なにか──」

 

「わたしが、好きって言ったら、どうする?」

 

「ん? 嬉しいよ? だって、わたしも──」

 

「違う」

 

「……え?」

 

 

 驚くお姉ちゃんは固まったまま、動こうとしない。

 何が違うのか、必死に考えているんだろう。

 本当に、優しいお姉ちゃんだ。

 そんなお姉ちゃんだから、わたしは──好きになったんだ。

 

 

 気持ちを整える意味も兼ねて、ゆっくりベッドから出る。

 一歩、また一歩、お姉ちゃんの方に歩み寄り、正面に立つ。

 身長差がもどかしい、けど構わない。

 

 

「ごめんね、お姉ちゃん」

 

 

 爪先立ちで背伸びをし、足りない分を埋めるように首裏に手を引っ掛けて、お姉ちゃんの顔を、唇を引き寄せる。

 隙だらけなお姉ちゃん。

 いつもは綺麗だけど、わたしの前でだけは、幼くなる時がある。

 今がそうだ。

 

 

 キュッと目を瞑って、わたしの唇を避けようとしない。

 可愛いなぁ、わたしのお姉ちゃん。

 初めてがわたしで、本当にごめんね。

 

 

「ん……ちゅっ……」

 

 

 甘い。

 蕩けるような甘さだ。

 ただ唇を重ねただけなのに、重ねた時に伝わる温度が温かくて、気持ちいい。

 知らなかった。

 知っちゃダメだった。

 

 

 あぁ、もう、止まれないよ。

 もっとしたい。

 わたしの想いを、もっと……!! 

 

 ◇

 

 結芽ちゃんのたどたどしい、ついばむような口付けは、甘い蜜だ。

 とろとろと、わたしの中に流れ込んでくる。

 好きが、大好きが、心に染み渡る。

 愛おしい妹から向けられる、剥き出しの恋心は、砂糖菓子のように甘くて、硝子のように繊細だ。

 

 

 拒絶したら、壊れてしまう。

 壊してしまう。

 壊したくない、離したくない。

 この想いは、家族だから生まれるの? 

 それとも──相手が結芽ちゃんだから、生まれるの? 

 

 

 わからない、わからない、わからない。

 けど、受け止めて上げたい。

 逃げたくない。

 長い、長い口付けの中で、わたしはそう思った。

 

 

「お姉ちゃん、わたしの、わたしの好きはね。こういう好き、なんだ。気持ち悪いかな? 気持ち悪いよね? わたしたち姉妹なのに、こんなこと……」

 

「……結芽ちゃん、わたしの目を見て、ちゃんと聞いてね?」

 

「う、うん」

 

「最初に言っておくけど、わたしは結芽ちゃんのこの想いを、気持ち悪いなんて思わない。勇気を振り絞って伝えてくれた恋心を、気持ち悪いなんて絶対に思わない。確かに驚いてるけど、わたしは結芽ちゃんの想いと、しっかり向き合いたいって考えてる。だって、結芽ちゃんはこの世界でたった一人の妹なんだから」

 

 

 今は、この言葉で繋ぎ止めよう。

 わたしが変われるように、結芽ちゃんに寄り添えるように。

 

 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 

 

 絆の糸を、絶たない為に。

 小さな嘘を一つ、ついた。

 わたしは結芽ちゃんの為に寄り添いたいんじゃない、自分が離したくないから、繋ぎ止めたんだ。

 

 

 最低だな、わたし。

 ごめんね、結芽ちゃん。

 でも、絶対に離したりしないから。

 手を離したり、しないから。




 シスターズプロフィール⑪「一年の目標」
 摘花「そうですね。今年も、死傷者0を目指して、頑張っていきたいと思っています。あとは……結芽ちゃん貯金始めようかと思ってますね」

 結芽「もっともっと強くなる、かな。誰にも負けないくらい、強くなってお姉ちゃん、いっぱいいっぱい頼ってもらうんだ!!」

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過去の日々
あの日のわたし


 今回から過去編(中学一年の秋頃)です。
 基本摘花視点ですが、後半パートは他の誰かの視点で進みます。
 そこら辺は御容赦ください。

 日曜日に投稿が出来なくてすいませんでした。



「はぁ……はぁ……。もう、一本。お願い…しますっ!」

 

「……いや、今日はもう終わりだ。時間も時間だしな。お前だって──」

 

「大丈夫です!! だから、お願いしますっ!」

 

 

 時間的に夜七時を回った頃。

 綾小路武芸学舎の剣道場にて、わたしと相楽学長は木刀を持って向かい合っていた。

 稽古を始めてから三時間半が経ち、集中は切れかけ、呼吸だって落ち着かないが、わたしは稽古を止めようとは思わない。

 

 

 何故なら、わたしは弱いから、凡才ですらないから、誰よりも努力するべき人間だからだ。

 けど、剣の師である相楽学長は、わたしの姿勢をあまり好んでいないらしい。

 今も、わたしの願いを聞いて、嫌を通り越し、呆れた顔をしている事から、それが分かる。

 

 

「…何度言ったら理解するんだ? 無理な努力は、良い結果には繋がらない。自分の限界をしっかりと分かれ。私も仕事がある、今日はここまでだ。いいな?」

 

「……はい。ありがとうございました」

 

「はぁ…。頼むから、最初からそれぐらい物分り良くなってくれ」

 

 

 そう言い残すと、相楽学長は剣道場から去って行く。

 足早と去って行く所を見ると、仕事が溜まっていたのかもしれない……悪い事しちゃったな。

 ……それにしても、無理な努力に、自分の限界…か。

 

 

 言われた言葉を頭の中で反芻させながら、剣道場の片付けをし、練習用に着ていたジャージから制服に着替える。

 ふと、窓から空を見上げると、綺麗な満月が顔を出していた。

 

 

「強くなれる方法が、あなたみたいに、見える所に転がっててくれればいいのにね」

 

 

 物言わぬ月に冗談を言って、わたしは剣道場を出た。

 

 ◇

 

 週末は実家、平日は寮で暮らすわたしには、優しくてちょっと変な良き同級生兼同居人が居る。

 名前はミルヤ、木寅(きとら)ミルヤ、わたしはミルちゃんと呼んでいる。

 絹のように綺麗な銀髪は腰まであり、引き込まれるような琥珀色の瞳を知的な眼鏡で隠している。

 

 

 ハーフと言うこともあり、日本人離れしたお人形さんみたいな容姿をしているので、初見の人は興味本位で声を掛けるが、返しが真面目過ぎる為、根気よく行かないと友達にはなれない。

 色々と勿体ないが、真面目で優しくて、可愛い子だ。

 無論、わたしの中での一番は結芽ちゃんから動かないけどね!! 

 

 

 ……あぁ、でも一つ欠点──と言うか変な所を上げるなら、刀剣オタクの度合いが常人の認識を遥かに凌駕してるところかな。

 一回、わたしの御刀である『山鳥毛一文字』について聞いたら、軽く二時間はぶっ通しで喋ってたよ。

 

 

 途中までは頑張ったんだけど眠りそうになっちゃって……その度に可愛らしく「面白いのはここからなんです!」、って言われて起こされるから、眠るに眠れなくて滅茶苦茶辛かった。

 

 

 そしてもう一人、わたしとミルちゃんの寮部屋に入り浸るお嬢様が居る。

 名前は寿々花、此花寿々花、わたしは寿々花ちゃんと呼んでいる。

 柔らかくてさらさらな赤毛をポニーテールに纏め、星屑が散りばめられたような薄蒼色の瞳をしている。

 

 

 同級生とは思えない程に上品で、淑女の雰囲気があり、顔付きも幼さがあるのに可愛いより綺麗と言いたくなる子だ。

 本人も可愛いと言われるより綺麗と言われた方が嬉しいと言っていた。

 偶に可愛いと言うと耳を赤くして反応してくれる……素直に可愛い。

 でもやっぱり、結芽ちゃんが一番可愛い!! 

 

 

 最高で最強なのはやっぱり結芽ちゃんだよね!! 

 一本一本が国宝級の輝きを放っても可笑しくない桜色の髪に、ゴミ一つない海を落とし込んだような碧色の瞳。

 モチモチフワフワとした、小さく柔らかい体。

 可愛さが詰まりすぎて爆発寸前な顔立ち。

 全てのパーツが神様に愛されてるとしか思えない! 

 

 

「アイラブマイシスター!!!」

 

「煩いですわ、摘花さん。…と言うより、帰りが遅すぎませんこと?」

 

「そうですね。此花寿々花の言う通りです。大浴場の時間も、食堂の時間もあと一時間ありませんよ?」

 

「大丈夫、大丈夫。わたしはそんなに長風呂じゃないし……それに、それを言ったら寿々花ちゃんこそなんでまだ部屋に居るの? チラッと見たけど、お迎えの車、校門前に止まってたよ?」

 

「……稽古終わりで疲れてる摘花さんにお茶でも差し上げようと思っていたんです。まぁ、あまりにも遅過ぎた所為で、既に保温の水筒に移してしまいましたが」

 

 

 今日は良く呆れた顔をされる日だ。

 そう思いつつも、わたしは寿々花ちゃんにお礼を言う。

 すると、お礼を受け取ってすぐに、彼女は帰って行った。

 本当に、ただお茶を飲んで欲しかっただけらしい。

 

 

 彼女の事だから紅茶だろう。

 お茶菓子代わりのクッキーも冷蔵庫に入ってた筈だし……夜は控え目にして、寝る前にティーパーティーと洒落込むのも悪くない。

 

 

「ミルちゃんは夜ご飯食べた?」

 

「いいえ。汗を流す為にお風呂は済ませましたが、食事は一緒にと思って待ってました。良い勉強時間にもなりましたしね」

 

 

 小さく微笑む彼女をよく見ると、ネグリジェと呼ばれる、外国発祥の白いワンピース型の寝巻き姿だった。

 寝間着で食堂に行くのは、ミルちゃん的にはセーフらしい。

 公私の仕分けがしっかりできてる、彼女らしい基準なんだろう。

 

 

 最も異性が居る学校で寮生活だったら、そんな事絶対にしないだろうが。

 よし、ミルちゃんをこれ以上待たせるのは悪いし、ちゃっちゃっとお風呂に入ってこよー! 

 善は急げ。

 わたしは、タンスから下着と寝間着、タオルを持って風呂への準備を済ませていく。

 

 

 そして、部屋を出る前に一言。

 

 

「今日の夜はティーパーティーしたいから、ご飯は控え目だよ?」

 

「あなたならそう言うと思ってました。…分かりましたから、速く行ってきてください。汗臭いですよ」

 

 

 シッシと手を振り、わたしを部屋の外へと追い出す。

 クスクスと笑っていたから冗談だと思うが……わたしそんなに汗臭くないよね? 

 確認しようと思ったが……結局、怖くて出来なかった。

 

 

 だって、汗臭かったら嫌じゃない? 

 一応、思春期真っ盛りな年頃の女の子だよ? 

 自分にそう言い聞かせ、そそくさと足を大浴場に向かわせた。

 

 

 誰ともすれ違わなくて良かったと、心の底から思った夜だった。

 

 ◇

 

 初対面の時、私が燕摘花に対して抱いた印象は、生き辛そうな人と、言うものだった。

 そして、誰に対しても笑顔で接する彼女を一言で表すなら、聖女や女神。

 きっと、殆どの人が、彼女の笑顔以外の表情を見た事がない。

 

 

 何事もなければ、私もその『殆どの人』に分類される筈だった。

 けど違った、違ったのだ。

 彼女は、クラスで浮き、一人で行動することが多い私に構い続け、終いには寮の相部屋を申し出るに至った。

 

 

 行動原理は分からない。

 憐憫か、はたまた……度の過ぎたお人好しによるお節介だったのか。

 分からないが、一つ良い事があった。

 それは、燕摘花の色々な表情を見る事ができ、話も聞けたから。

 少しだけ、本当に少しだけだが、誰かに自慢したくなった。

 

 

 本物の桜にも劣らない綺麗な桜色の髪に、海を鏡で撮したような美しい碧色の瞳、誰もを魅了する、笑顔や微笑みの似合う顔立ち。

 コミニケーション能力もあり。

 私とは生きる世界が違うような存在……なのに、今は私の目の前でダラダラと寛いでいる。

 

 

 私だけが知っている彼女の姿。

 …やっぱり、少しだけ自慢したくなる。

 でも、しない。

 独り占めにしたいから、私だけが知っている、秘密にしたいから。

 

 

「ミルちゃん? 何か面白いことでもあった?」

 

「…私、笑っていましたか?」

 

「うん。すっごく嬉しそうに見えた」

 

「気にしないで下さい。あなたのグータラ具合が面白くて笑っていただけですから」

 

「き、聞き捨てならないよ! ミルちゃん! 頑張ってる分の報酬はあって然るべきだよ!!」

 

「はいはい。いーですから。カーペットの下にカスを落とさないでください。洗うのは私なんですから」

 

「じゃあ、私が洗う!!」

 

 

 こうやって下らない会話が出来るのも、きっと私だけだ。

 …だから、この関係を無くしたくないと、そう心から思う。




 シスターズプロフィール⑤「休日の過ごし方(一人の場合)」
 摘花「読書ですかね…。あとは、日用品や食料品の買い出しに。動画配信サービスで映画を見たり、というのもあるかもしれません」

 結芽「一人〜?うーん、つまんないから、外に遊びに行くかな?最近は、いちご大福ネコ限定のショップができたらしいから、行ってみようかなって考えてるんだよね〜!!」

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向き不向きは誰にでもある

 前話から時間はそんなに経ってない……筈。


「い、今、なんと?」

 

「…二度も言わせるな。摘花、お前は刀剣類管理局本部の駐在刀使に選ばれたんだ。指揮官候補生として」

 

「……あ、有り得ません!! 何かの誤報では!?」

 

 

 相楽学長の言葉に混乱していたわたしは、叫ぶようにそう返した。

 だって、わたしより強い同級生や上級生は、探せば幾らでも出てくる。

 そんな人たちを差し置いて、凡才すらないわたしが選ばれるなんて有り得ない。

 

 

 もし有り得たとしたら、選ばれなかった人からどんな反応されるか、想像に容易いはず。

 目の前にいる聡明な彼女が、それを分かっていない訳がない。

 ……なら、本当に冗談や誤報ではないと言うのか? 

 

 

 頭の中をぐるぐると疑問が巡り、一周回って冷静になった思考回路か「取り敢えず話を聞こう」、という答えを出した。

 

 

「取り乱してすいません。……私が選ばれた理由を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

「理由は、今お前が証明した」

 

「はい???」

 

「知識はまだまだ足りてないが…。お前には良く回る頭と、人を惹きつけるカリスマ性がある」

 

「良く回る頭と、カリスマ性…ですか?」

 

 

 オウム返しをするわたしに、相楽学長は「そうだ」と、頷いた。

 真剣な雰囲気が彼女から出ている事から、冗談やお世辞ではないと分かる。

 良く回る頭にカリスマ性、自分にそんなものがあるとは思えないが、彼女があると言ったらあるんだろう。

 勘だけど、相楽学長はそう言うのを見分ける目を持ってる人だから、きっとそうなんだ。

 

 

「先日、稽古の前に課題としてテストをやらせたのを覚えているか?」

 

「へっ? …ああ、なんだか良く分からない感じの問題でしたけど、一応全部解けたと思います」

 

「あれは知能指数を測るための、所謂IQテストだ。そして、その結果がここにある」

 

 

 机の上に一枚の紙を置いた相楽学長は、わたしに目で見るように促す。

 見ろと言われて見ないと言う選択が、わたしに取れる訳はなく、恐る恐る紙に書かれている内容を見た。

 そこには、ただ一言『測定不能(Error)』と、書かれている。

 

 

 先程より、より混乱してしまい、どうしていいか分からず、視線を相楽学長の方に戻す。

 すると、彼女は可笑しそうに笑っていた。

 何が可笑しいのか、わたしには分からない。

 

 

 バカにして笑ってる…訳では無いだろう。

 彼女はそんな人じゃない。

 なら、なんでだ? 

 なんで、相楽学長は笑っているんだ? 

 

 

「そ、相楽学長? 何が可笑しいんでしょうか…?」

 

「…ふふっ、悪かった。説明するよ。お前は知らないかもしれないが、基本的に、IQが測れないなんてことはない……例外を除けばな」

 

「わたしが、その例外…ですか?」

 

「そういう事だ。…そして、知能指数が高過ぎて測れない時に出るのが測定不能。知能指数が低過ぎて測れない時に出るのが測定不可だ。お前のはどうだ?」

 

「測定不能…ですね」

 

 

 ……いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!?!? 

 可笑しい、可笑しいよ絶対!! 

 すっごく分かりやすく言えば、「君の頭良過ぎて!! 俺たち測定できなかったぜ!!」、って事でしょ? 

 有り得ない有り得ない有り得ない。

 

 

 そんなのないって、機械の故障かなにかでしょ? 

 そんなんだよね? 

 そうだって言って!? 

 極限状態のわたしは、ダラダラと脂汗を流し、歪な笑顔を浮かべながらな、相楽学長に問い掛けた。

 

 

「機械の故障…とかでは?」

 

「ないな。知り合いの学者に頼んで、最高に精確な算出をしてもらった。間違いはない」

 

「あははっ! ……そうですか」

 

 

 うん、知ってたよ。

 だって、どっかの偉い人が『有り得ないなんて有り得ない』、って言ってたからね。

 何となくこうなる気はしてたけどさぁ……。

 

 

 師匠である相楽学長から言われるのは辛いよ。

 出来るだけ明るい言葉で送り出そうとしてくれてるんだろうけど、本当は全く成長しない弟子のわたしに愛想が尽きたのかもしれない。

 そうやって、わたしが一人勝手に落ち込んでいると、不意に髪をくしゃくしゃっと撫でられた。

 

 

 場所は学長室、ここに居るのはわたしと相楽学長だけ。

 撫でた犯人とも言うべき人は一人しか居ない。

 

 

「…相楽学長?」

 

「言っておくが、お前に愛想が尽きたんじゃない。人には向き不向きがあるから、お前に──摘花に向いてる選択肢を用意しただけだ。少し手間は掛かったがな。……存外説得が難航してな」

 

「ありがとうございます……師匠」

 

「一応、週末の休日は帰省が許されている。偶には、顔を見せに来てくれ。あと、あっちに着いてからは、作戦立案や指揮の勉強で忙しくなるからな。これまで以上に、体調管理に気を使え。私からは以上だ。部屋に帰って支度をしろ。二日後には出向だ」

 

「はいっ!! 燕摘花! 綾小路武芸学舎の生徒として、相楽学長の弟子として、最高の指揮官になる為に精進します!!」

 

 

 嬉しくて弾む心を抑えられず、強く大きい声でわたしは礼をして、部屋を出た。

 スキップしそうになるのはギリギリ我慢できたが、結芽ちゃんには嬉し過ぎて電話しちゃった! 

 お姉ちゃん、これからいっぱい頑張るからね! 

 いつか、刀使として、戦場に出るかもしれない結芽ちゃんの為に。

 

 ◇

 

 摘花を本部に出向させて数日が経った日。

 丁度その日は、来年度に入学、もしくは編入を控えた生徒のプロフィールに、私は目を通していた。

 そして、偶然にも見知った名前を見つけたのだ。

 

 

「燕結芽か。刀使として目覚めたのは最近だな」

 

 

 姉である摘花の事もあってか、自然と興味を惹かれ、文字を目で追っていく。

 書かれている内容は、一般的な身長や体重、視力や聴力。

 加えて好き嫌いや性格、そして──彼女の溢れる才能。

 体験に行った剣術道場では、偶然そこで稽古をしていた綾小路高等部の生徒を、ほぼ我流の剣術で圧倒したと書かれている。

 恐らく、刀使としての能力もすぐに開花していくことだろう。

 

 

 そして最後に、こう書かれていた。

 既に御刀に選ばれている…と。

 

 

「この歳で、御刀に選ばれたのか。…まさに神童だな」

 

 

 御刀の名前は『ニッカリ青江』、小柄な少女でも使えない事はない大脇差。

 刃長は1尺9寸9分、約60.3cmだったな。

 

 

 驚きのある情報が多くあったが、一番驚いたのは……

 

 

「似ているな、姉妹揃ってそっくりだ」

 

 

 雰囲気は正反対も良い所だが、それ以外は似ていない所を探す方が難しい。

 強いてあげるなら、摘花が歳の割に落ち着いていて、顔付きが大人に見えなくもない、という所だ。

 

 

「静かになってしまったからな、少し騒がしい奴がいてもいいだろう」

 

 

 クスリと、私は一人笑い、他のプロフィールに目を通し始める。

 静けさで満ちる学長室は、少し物足りなく感じた。




 シスターズプロフィール⑥「姉妹の好きな所と苦手な所」
 摘花「結芽ちゃんの好きな所?勿論全部ですよ!!全てが可愛いですから!!可愛いは正義なんですっ!分かりますか!?……えっ?苦手な所?………………ノーコメントで」

 結芽「お姉ちゃんの好きな所、いっぱいあるよ!!まず、優しい所でしょ?あとはカッコイイ所と、可愛い所と、おっぱい──(多過ぎるため以下省略。…えっ?苦手な所、全然ないよ?お姉ちゃんがやってくれてる事に迷惑だなんて思わないよ!!」

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国家公務員はブラック

 遅れてごめんなさい。
 言い訳は特にありません。
 ……何卒、これからも、よろしくお願いします!


 刀剣類管理局本部、局長室のドア前に、わたしは立っていた。

 ノックするでもなく、深呼吸をしてリラックスするでもなく、ただ立っていた。

 何も出来ない、このドアの前に立つだけで息が苦しい。

 言い表すことの出来ない威圧感が、ドアの中から漏れ出している。

 まるで、中と外で世界が違うかのような錯覚を覚えた。

 

 

 自分がこんな所に居ていいのか、改めて疑問に思う。

 でも……ずっと立ち止まってる訳にはいかない。

 相楽学長の顔に、泥は塗れないから。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 溜まっていた息を吐き出し、大袈裟に深呼吸をする。

 早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、わたしは少し強めにノックをした。

 コンコンコンと音が響く。

 

 

「入れ」

 

「……失礼します」

 

 

 一拍開けてからそう言って、わたしはドアを開けて局長室に入って行く。

 中は、自分が勝手に想像していたより少し手狭で、本棚が大部分を締めている。

 あとは、身分狭そうに冷蔵庫や小さな食器棚があるくらい。

 執務室でもあるから、当然と言えば当然、なのだろう。

 

 

 キョロキョロと物珍しそうに部屋中を見渡すわたしを注意するように、御当主様──折神紫様がわざとらしく咳き込んだ。

 

 

「話が先でも、構わないか?」

 

「す、すいません!? 入った事なんてなかったものですから、その……気になってしまって」

 

「別にいいさ。──それより、お前が燕摘花だな?」

 

「は、はい! 綾小路武芸学舎中等部一年の、燕摘花です! ここには、駐在刀使兼指揮官候補生としてやって参りました」

 

「あまり、固くならなくていい。ある程度の事は、相楽学長から聞いている。そこのソファにでも座れ」

 

「し、失礼します」

 

 

 言われた通り、ソファに腰を下ろし、荷物を横に置く。

 先に案内された応接室に、小物や服の入ったキャリーケースは置いてきたので、背負っていた小さいバックと御刀を静かに置いた。

 実家や寮では感じた事のないフワフワと柔らかいソファに、座り辛さ感じつつ、わたしは紫様に向き直る。

 

 

 英雄にして今尚最強の刀使として名高い彼女は凛としていて、どこか神々しい。

 別格──いや、別次元の存在なんじゃないかと疑うくらいには、紫様は独特の存在感がある。

 ……初対面で悪いが、わたしは彼女に尊敬からくる畏怖ではなく、根本的な生存本能からくる恐怖を感じていた。

 

 

「まだ、肩に力が入っているな」

 

「そ、そうでしょうか? これでも、出来る限り抜いているつもりなんですが……」

 

「……まぁ、しょうがないか。まず先に、お前のここでの活動スケジュールだが、基本的には単独行動、荒魂討伐には出なくていい。朝八時から、少なくとも五時間は資料室に篭って、作戦立案や作戦指揮に必要な、戦術や戦略を学んでもらう。午後は一度昼休憩を挟んでから、研究棟の面々と一緒に荒魂の性質理解向上の為の座学。時には訓練として荒魂と戦うこともあるだろう。そして、夕食を終え風呂に入った後、就寝時間の一時間前まで、ここで私と将棋。以上だ」

 

 

 ご、五時間の自主学習に、続けて座学、最後には将棋? 

 普通の勉強はどうしろと? 

 まさか、それが終わってから……なんてないですよね? 

 朝八時が割と良心的に感じたけど、それって罠なんじゃ。

 

 

「紫様? ……一般科目の勉強はどうしたら良いでしょうか?」

 

「空いている時間に──と言いたいが、私もそこまで鬼ではない。したかったら資料室でやっても構わん。土日は休みだし、そこでやっても良い、好きにしろ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 思ったんだけど、刀使って思ったよりブラックだよね。

 いや、国家公務員は大抵ブラックか…。

 自由な時間が殆どないスケジュールに悲しみを覚えながら、わたしは言われた事を思い出しメモしていく。

 それを見た紫様、思い出したかのように、わたしに尋ねてきた。

 

 

「摘花、将棋のルールは知っているか?」

 

「はい。一通りは知っています。……友人が良く誘ってきたので」

 

 

 苦笑いを浮かべてそう返すと、紫様は「そうか、分かった」、と言って頷く。

 まぁ、その友人って言うのがミルちゃんの事なのだが、紫様はそんなの知らないだろうし、わたしがルールを知っている事さえ分かれば良かったのだろう。

 

 

 なんとなく、わたし一人だったらそんなの知りませんでした、と言いたかっただけだ。

 凡才ですらないわたしは、一人じゃ何も出来ない。

 いつも、誰かに助けて貰って今日を生きている。

 

 ◇

 

 彼女が──相楽学長が推薦してきた燕摘花と言う少女は、実に面白い。

 緊張や恐怖と言う感情を抱く割には、中に入って来て早々私ではなく部屋を見ていたし、スケジュールに不安や不満を言うかと思ったら「一般科目の勉強はどうしたらいいか?」、なんて聞いてくる。

 興味が引かれる子だった。

 

 

 そして、それ以上に──

 

 

「よもや、私の正体に気付きかけるとは」

 

 

 たった一度の邂逅で、少女は私の深淵を覗いた。

 そして、その所為で畏怖ではなく本能的な恐怖を感じたんだろう。

 畏怖と恐怖は別物だ、よく観察すれば分かる。

 摘花は間違いなく、私に恐怖していた。

 

 

「時間が経てば、お前といずれこちら側に来る」

 

 

 予言するように、私はそう呟いた。

 今日見つけたのはダイヤの原石、磨けば磨く程輝く存在。

 紛れもない天然物の天才。

 人間では届かない領域に足を踏み込める程の才を、少女は持っている。

 今は磨こう、いつか……私を貫く矛になると信じて。

 

 ◇

 

「お姉ちゃんに、会いたいなぁ……」

 

 

 月の光だけが差す物悲しい寝室に居るのは、わたしだけ。

 前まであったものが少しずつ消えていき、前までなかったものが少しずつ増えていく。

 お姉ちゃんが持ってきて、お姉ちゃんが持っていく。

 パパやママは、お姉ちゃんは凄いんだと褒めているけど、わたしはただ、寂しかった。

 

 

 今までずっと隣に居たお姉ちゃんの温もりが、離れていくような感覚。

 それが、寂しくて、怖くて、少しだけ泣きそうになってしまう。

 でも、それももう少しでお終いだ。

 

 

 わたしは、刀使になれる! 

 お姉ちゃんと同じ、刀使になれる! 

 

 

「がんばろうね! ニッカリ青江」

 

 

 きっとお姉ちゃんは反対すると思う。

 危険だから、怖い仕事だからって、遠ざけると思う。

 けど、わたしが強かったら問題なんてない。

 だから、絶対に強くなる。

 いつまでも、いつまでも、わたしがお姉ちゃんの隣に居られるように。




 シスターズプロフィール⑧「部活するなら?」
 摘花「人並み以上には運動できますが、文化部系に入りたいですね。文芸部、とか。本は好きですし、自分に合ってる気がします。」

 結芽「わたしのすっごい所見せられるなら、どこでも良いよ!あぁ、でも、体動かす方が好きだから、運動部がいいなぁ……。色々とかけ持ちしたい!」

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