星屑を見上げて (ねむみ。)
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プロローグ

なんでハメにプレセアメインのss無いんですか?(憤怒)
記憶を掘り起こしながら書いていきますのでおかしな点は出てくるでしょうがよろしくお願いします。手元にないねんな……TOS……。漫画とアニメはあるけど………。あと更新は亀が歩くより遅いと思います。
こんなんでもお付き合いいただけたら幸いです。



 

 

 

 テセアラ。シルヴァラントより流れ込む潤沢なマナを使って繁栄した星。その星の内にある、四つ大陸に分かたれた大地の北。四つある大陸の内、したから数えた方が早い大きさの陸地の北東には背の高い木々に隠された小さな村がある。名を、オゼット。わざわざ旅人が立ち入るような場所ではない。何せ森には魔物が居るし、木々以外のものは見当たらない。まるでエルフの隠れ住むヘイムダールのようだ。良く言えば自然豊か、悪く言えば虫や動物の住み処。

 そんなへんぴな村にやって来たのは、腹を空かせて行き倒れた青年だった。

 ボロボロのマントを身に纏い、汚れていて汚ならしい。よく見れば、血痕とおぼしきものもちらほら。ぐうぐうと腹の音を鳴らしているくせに、体はピクリともしない。

 

「……っへへ、死ぬ。これは……死ぬよ、うん……。うえっ、気持ちわるっ」

 

 等とのたまわっているので、この男が命を失うにはもう暫く時間がかかりそうだ。見るからに不審者、或いは汚物、ないし浮浪者が村の入り口に倒れているのに、この村の住民は姿を見せない。何故なら、今は夜だからだ。天を遮らんばかりの枝葉の隙間から、月と星の光が降り注ぐかのような、真夜中である。

 果たしてこの男は朝まで生きていられるのか。腹が減りすぎてピクリとも動けないのであれば、魔物や野獣なんかの餌にされてしまうだろう。現に、彼の周囲には腹を空かせた狼の群れが集結し始めているようだ。

 

 ズルッ……ズルッ……

 

 何か重たい物を土の上で引きずるような音が闇夜の森に響く。その音は、徐々にではあるが確実に男の元へと近付いている。

 

 ズルッ……ズルッ……

 

 遠くより近付いてくる何かに、狼達が意識を向けた。群れの長とおぼしき一頭が、牙を見せて唸り出す。すると、他の狼達も遠くの何かに向かって牙を見せる。

 月と星の光の中で、腹を空かせた狼の群れが目にしたものは、年端も行かぬ少女だった。

 

 ただ、見るからに只者ではない少女である。

 

 背中には身の丈程の大斧。細い腕が、馬鹿デカい丸太をズルズルと引きずっている。先程から聞こえていた音は、どうやら少女が丸太を運んでいる音だったらしい。

 

「…………」

 ズルッ……ズルッ……

 

 行き倒れた男にも狼にも目をくれず、少女はただ黙々と丸太を運ぶ。彼女の視界には、自分の目的以外目に入って居ないようだ。

 

「グワォッッ!!」

 

 狼の長が、一吠えと同時に駆け出した。向かう先は、丸太の少女。細く、それでいて太い四足は力強く大地を蹴り、灰色の獣体を目にも留まらぬ早さで動かす。続いて、他の狼も吠えながら少女へ向かって駆け出した。死にかけの男の肉より、少女の柔肉に食らい付きたいのだろう。或いは、いつでも手に入る獲物より遠くの危険を迎え撃つことに決めたのか。どちらにせよ、可哀想な話だ。

 肉を求める狼達は、今宵この場で惨殺されるのだから。

 

 先頭を走る長が、牙を剥いて大きく跳躍した。標的は眼前に迫った少女。黄色く汚れ、悪臭さえする牙は、容赦なく柔肌を喰い裂くことだろう。しかし。

 狼は、少女の肌に傷を付けることもなく首を落とされて絶命した。

 

「……ふいー、あっぶな。そこのお嬢さん、助けてあげるからご飯ください。空腹で死にそうなんだよ俺ってば」

 

 地に伏していた青年が、上体を起こして地面に座っている。手には木剣。だがただの木剣ではない。刃の周囲に、猛烈な緑の風が渦巻いている。さっきまで彼は行き倒れたフリでもしていたのか。

 何にせよ、長を失った狼達はその半数が男の方へ振り向き、半数が少女へとそのまま向かう。

 

「……ウィンドカッター」

 

 男の一言で、木剣の先から渦巻く風の刃が飛翔する。それらは標的へ向かって直進。避ける間を与えることもなく、直撃した。

 ウィンドカッター。それは、風を操り刃とする術技。つまりは、魔術だ。そんなものの前に、毛皮など無意味である。毛皮どころか、血肉も骨も、命すらも。

 次々と射出される風の刃は、狼達の命を根こそぎ奪った。彼が魔術を行使して、僅か数秒の出来事である。

 

「……よしっ……と。じゃあそこのお嬢さん、助けて貰ったお礼に飯を……」

 

 ……ズルッ……ズルッ……

 

「…………へ?」

 

 青年の、飯を得るための薄汚い策は残念ながら無駄だったようだ。狼の群れがバラバラ死体になるなり、少女は何事も無かったかのように丸太を引きずり出す。まるで、男も狼も意識には無いように。

 

「あの、ちょっと……」

 

 ズルッ……ズルッ……

 

「も、限界なんだけど…………」

 

 魔術を使ったのが止めだったのだろう。青年は仰向けに倒れ、動かなくなってしまった。

 

 ズルッ……ズルッ……

 

 丸太を引きずる音だけが、男の耳に届く。結局飯にありつくことが出来なかった彼は、渇いた笑い声を浮かべながら涙を流す。涙で滲んでいても、空に輝く星は綺麗なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【星屑を見上げて】

 

 

 

 

 

 



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少女と死体

昨日更新するつもりが寝落ちしたので今更新しました。
一話辺りの長さは無理の無い範囲でやってきますのでばらつきがあると思います。




 

 

 

 

「っっはーー!! 生き返った!! ごちそうさんっっ!!!」

 

 行き倒れていた青年は朝日が上ると共にオゼットの住民に保護され、餓えと渇きを大いにはね除けた。なんでもこの男、七日間も水以外は口にしていなかったらしい。唯一口にしていた水も、川や湖の水ではなく雨水やら泥水だったそうだ。良くもまぁ、無事に生きて村人等に保護して貰えたものだ。しかしまぁ、食事中でもマントを脱がないのは如何なものか。フードも深く被ったままで、顔をよく見せようともしない。

 振る舞われた料理(パンとスープとチキンの野菜炒め)を思う存分胃袋に詰め込んだ彼は、長いげっぷをした後にキョロキョロと周囲を見渡した。今更になって、自分が何処にいるのか気になってきたらしい。

 

「……それで、あんたは誰だい?」

 

 ちょっと白い目をして問い掛けるのは、皺だらけのご婦人だ。食べ物を振る舞ったは良いものの、顔は見せんわテーブルに食べかすを散らかすわと好き勝手している男に警戒心を抱くのも無理はない。この男を家に入れるべきではなかっただろう。とは言え、村の前で狼の死骸と共に倒れている人間を放っておくわけにも行かなかった訳で。

 

「追い剥ぎに荷物ぶん獲られた哀れな旅人です。一応、医学と魔法に精通した……まぁ、元研究員かなんかっすね。ヘイムダールから来ました」

「とてもそうは見えないけどねぇ。なんと言うかあんた、胡散臭いよ」

「研究者なんて大抵そんなもんですわ。それで、良ければこの村にいるきこりの女の子について聞きたいんだけども、何か知ってることは?」

「……っ、あの子に何の用だい?」

 

 昨夜、この男を見捨てた少女について彼が質問をすると、老人は顔色を悪くした。なにやらこの村の人にとって、あの少女は触れられたくないモノらしい。もしくは、触れたくないのか。どちらにせよ、きこりの少女が話題に上がっただけでこの老人の様子は一変した。

 

「いや、昨晩見捨てられまして。元気になったらムカついたんでちょっと文句でも言ってやろうかと」

「……関わるのは止めときな。気味が悪い子だよ、あれは」

「気味が悪いとは?」

 

 老人の言葉に、男は首を傾げた。確かに、あの少女は気味が悪いと言って良い。獣の彷徨く真夜中に、馬鹿デカい丸太を引きずって歩いていた。普通に考えれば有り得ない光景だ。大人の男性がやっていたならばまだ分かる。しかしあの少女は、とてもきこりをやっているようには思えないような細い体だった。ましてや子供。どう考えてもおかしい。

 

「……あんた、医者といったね」

「ま、医学に詳しいってだけっすね。研究の過程で医学を齧ったってとこっす」

「……成長が止まるような病気、何てものはあるかい?」

「…………なんて?」

「いや、良いんだ。忘れておくれ。とにかく、あの娘には関わらないでおき。悪いことは言わないから」

 

 成長が止まる病気。自分の質問を馬鹿らしく思った老人は、話を終わらせようとする。しかし青年は顔をしかめ、顎を指で擦る。どうやら今さっきの質問に、思い当たる節があるようだ。

 

「成長が止まったのは、具体的に何年前の話で? あの子はどのくらい、あの姿のまま?」

「……二年前になるかの」

「二年? たまたま背が伸びなかったとか、そういう話じゃ?」

「……いいや。背が伸びてないとかそういう程度の話ではない。プレセアは、全く変わらない。身長は勿論、肌も髪も……何もかも」

 

 何かが原因で身長が伸びないくらいは、よくある話だろう。しかし髪や肌まで変化がないとなると、それはもはや不気味以外の何物でもない。生きている以上、髪は伸びるものだし肌だって変化する。だがプレセアと言う少女は、何もかもが全く変化しないらしい。なるほど確かに、人間の目から見れば恐ろしいだろう。

 だが、ヘイムダールから来た男。つまり、エルフの目から見たらどうだろうか。長い時間を生きる彼等にとって、人間の二年など長くも何ともない。むしろ短すぎるぐらいだ。

 

「単に、あの子がエルフの血を引いているだけでは? ハーフエルフなら、見た目が変わらないぐらい普通でしょう」

「産まれたあの子を取り上げたのはこのワシじゃよ。プレセアは、間違いなく人間だとも」

「……なるほど。であれば、まぁ考えたくはないっすけど」

 

 途中、一度言葉を切った青年は木彫りのマグカップに入った水を口に流し込み、喉を潤す。

 

「……別に、無い訳じゃないっすよ。病気と言うかはさておいて」

「何か知ってるのかい?」

「ええまぁ。その手の病気……のようなものの研究をしてたっすからね」

「なら、診てくれるかい? プレセアを」

「一食の恩があるっすから、喜んで。あぁそれと、暫くあの子には誰も近付けないように。俺が良いって言うまでは」

「……? 分かった。どの道、村の者は誰もプレセアに近付かんとは思うが……」

「んじゃ、決まりっす。あの子は俺が診ます。予想通りなら、完治まで結構かかるでしょうけどね」

 

 餓えと渇きから遠ざかった青年は、フードを捲りながら席を立つ。薄い金色の長髪がサラリと揺れ、長過ぎる前髪の隙間からはガラス玉のような青い瞳と、白濁した瞳が見える。

 

「……ところで、あんた名前は?」

「好きに呼んでくれっす。生憎と、名前は与えられていないもんですから」

 

 名前はない。そう告げてから、男は老人の家を出る。向かう先は、プレセアと言う成長しない少女が居る場所だ。

 木々の隙間を縫うような優しいそよ風が通り抜ける。長い髪が揺れると、隠されていた変な形の耳が露になった。

 

 

「……おーーい、起きてるかー?」

 

 村の外れ。斧の突き刺さった切り株や、横たわる大きな丸太が表に置かれている家の前に男はやって来ていた。人ひとりが住まうには広すぎるであろう住宅の前で、薄汚れたマントの青年は声を上げる。が、中から返答は無し。それどころか人が起きている気配もない。昨夜遅くに重労働をしていたのだから、プレセアなる少女は眠っているのかも。

 青年は腰からぶら下げた木剣を地面に突き刺し、玄関へと向かっていく。

 

「入るぞー」

 

 そして、ノックもせずにドアノブを回す。すると扉は、何の抵抗もなく開いた。どうやら鍵はかかっていなかったらしい。この家の家主は、随分と無用心のようだ。

 勝手に家の中に入るなり、男は片手で鼻を覆った。原因は、室内の奥から流れてきた腐臭だ。決して嗅ぎ心地が良いとは言えない臭いに顔をしかめながら、彼は家の中を歩いていく。目につくものは、テーブルの上に無造作に置いてある研ぎ石。壁には大きな斧が立て掛けてある。他に有るものは生活に必要最低限の物と言えるものばかりで、とても少女が一人暮らししているようには思えない有り様だ。

 家の中に部外者が入ってきてなお、人の気配はしない。青年は顔の前で空気を払うように手を振り、鼻の前から手を下げた。

 

「居ない……って訳じゃ無いか。鍵も掛けずに寝るのはどうなんだ……?」

 

 青年が立ち入ったのは、寝室だ。ベッドが二つ置かれてあり、片方には昨夜丸太を引きずっていた少女が、結った髪を解かぬままに眠っている。ピンク色のツインテールには、手入れが行き届いているようだ。耳を傾ければ、小さな寝息が聞こえてくる。もうひとつのベッドには、大量の蝿が集っている。羽音が喧しい。

 

「……死体と同室で平然と寝る、ね。まぁこの有り様じゃそりゃそうか」

 

 呆れたように溜め息を吐いた後、男は少女が眠るベッドに腰掛ける。仰向けになって寝ている彼女の胸には、赤い宝石のようなものが埋め込まれている。

 

「どこのどいつだ。こんな子供にエクスフィアを装着するなんて」

 

 眉間に皺を寄せながら、エクスフィアと呼ばれる宝石に男は手を伸ばす。侵入者の手がすぐそこまで伸びているのに、それでも少女は目覚めない。

 

「紋は無しで、野放し。この子で輝石でも作るつもりか……?」

 

 細い指先が、エクスフィアに触れる。と、同時に少女の瞼が開いた。急に覚醒した彼女は、寝たままの姿勢で男の手首を掴む。その力は途方もなく強く、骨すら握り潰しそうなぐらいだ。

 

「…………」

「勝手に入ったのは悪かった。何も君に危害を加えようって訳じゃない。ただ、村人に君を診てくれと頼まれただけだ」

「…………」

「……聞いてる? あと痛いから掴むのは止めてくれ」

「…………誰、ですか?」

「医者。…………の、ようなもの」

「……でしたら、父を」

「……分かった。だから手を放してくれ」

 

 何を考えているか読み取らせない虚ろな瞳と、奇妙な瞳が前髪を挟んで見詰め合う。そのまま数秒、二人の間には沈黙が訪れる。が、長くは持たなかった。

 目の前の男を信用することにしたのか、プレセアは掴んでいた手首を自由にする。名無しの青年は掴まれていた手首を擦りながら、腰掛けていたベッドから立ち上がる。

 

「……、まぁ、手は尽くすよ」

「……はい」

 

 死体を前にした青年は、顔をしかめて手を伸ばす。もう亡くなっている存在に、医者が出来ることなど有りはしない。ましてこの男は、医学を齧っているだけであり医者ではない。

 それでも何かしようとするのは、後ろの少女の為か。それとも自分の安全の為か。

 

 

(思考すら停止してる。感情も喪失してるだろう。……さて、どうしたものか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ主の名前決まってない問題がどこまで続くか見物ですね。ハハッ


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触診(セクハラ)

脳死で書きました。


 

 

 

 

「さて、じゃあ君の診断をしていこうか」

「…………」

 

 もう亡くなっているプレセアの父に一通りの処置を施した青年は、居間の机に腰掛けながらそう言った。長過ぎる前髪を両手で上げると、左右で色の違う瞳が露になる。そして今の彼女に彼の言葉は理解できないようで、小さく首を傾げている。

 

「聞いてる?」

「……私は健康です」

「そう思ってるのは君だけだ。こっちにおいで」

「…………」

「ほら、プレセア」

「…………」

 

 自身は健康である。そう認識しているからこそ、男を言葉が信用ならないのだろう。しかし、彼は医学を齧っている研究員。父を診て貰ったからこそ、その点で信用が出来ない訳ではない。渋々、と言った形ではあるがプレセアは青年の側に近寄る。すると彼は、彼女の頭を撫で始めた。

 

「……?」

「触診。ちょっと我慢してくれ」

 

 近付いてくれたプレセアの頭を撫で回し始めた彼は、次に頬を撫で、首筋を擽った。肩を擦り、鎖骨に指を這わせ、最後に胸に手を当て、揉んだ。どこが触診なのだろう。どうみてもセクハラだ。痴漢と言ってもいい。年端の行かぬ少女の体を弄り回す男の顔が至って真剣なのも、質が悪い。

 

「……っ」

 

 両手で胸を揉むこと数秒。プレセアの右手が振り上げられた。開かれた手のひらが、勢い良く青年の頬を張り飛ばし彼は机の上から床へと吹っ飛んだ。パァン、と甲高い音が鳴った気のせいではない。

 

「〜〜〜っっ、まぁ、それが出来るならまだマシっとこだね。少しは加減して欲しかったけど」

 

 張り飛ばされた頬を押さえながら、涙目のセクハラ男は体を起こす。プレセアは無表情をキープしているものの、額に青筋が浮かんでいるように見える。虚ろだった瞳にも、怒りと言う感情の光が宿っているようだ。

 

「……ヘンタイ」

「失礼な。さっきのは簡易的だけども歴とした診断だ。ファーストエイド」

 

 立ち上がりつつ、青年は魔術で首を癒す。張られた頬よりも、首に受けたダメージの方が大きいらしい。

 

「それで、プレセア。そのエクスフィアは誰に付けられた?」

「…………」

「あーこりゃ重症だ。近い内にもっと悪化するね、うん」

 

 セクハラされて怒りを露にしたプレセアだったが、少し時間が経つと無感情な少女に逆戻りしてしまっている。これが、彼女の胸に付けられたエクスフィアによる影響だ。正しい扱いをしなければ、力と引き換えに人体へ悪影響を与える。それがエクスフィア。そんなものを、彼女は身に付けているのだ。

 故に、肉体が成長しない。感情や思考の殆どが失われている。今はまだ、何かのきっかけが有れば感情が戻るようだが、いずれは機械のように無感情で無機質な存在に変わってしまうことだろう。

 

(要の紋がいるな。持ってた抑制鉱石は全部追い剥ぎに持ってかれたし、俺のやつを流用するにはドワーフが居る。で、ドワーフはテセアラには居ないってなると……あーーー……)

 

 ガシガシと頭を掻いては、しゃがみこんだり立ち上がったり。手を顎に当ててうろついては、足を止める。思考の渦に振り回される青年には落ち着きと言うものが無いらしい。

 

(この子にエクスフィアを装着した馬鹿野郎も、わざわざ野放しになんてしておかないだろ。接触してくる筈。或いはもう定期的に接触しているか。ってなると……俺が此処に居るのもマズい。いやいやいやいや、なんで逃げ出した矢先にこうなるんだ。逃げ出してぇけど一食の恩があるし、何よりこんな子供を放っておく訳にはいかないしなーーー。あーーー、もーーーーー)

 

 家の中を歩き回りながら、うだうだと悩み続ける青年。そんな彼を見ているプレセアは、椅子に座って微動だにしない。まるで人形か、置物のようだ。

 あれこれと考えること数分。頭を抱えて床にしゃがんでいた青年はそのまま床に寝そべってピクリともしなくなる。まだ思考の渦の中にいるらしい。

 

(……さて、どうしたもんかね。必要なのは要の紋。最悪抑制鉱石だけでも手に入れないと、どうにもならない。ってもそのどちらも連中が独占してるようなもんで、簡単に手に入るようなものでもない。忍び込むのは……無理だな。となると……探し回るしかない……か? いやいやいやいや、それをやるには骨が折れる。でもなぁ、でもなぁーーー。

 

 ……いや、待てよ?)

 

 何か思い浮かんだのだろうか。それとも思考に耽った際の奇妙な行動のひとつか。寝そべっていた青年は立ち上がり、プレセアを観察し始める。乱れた前髪の向こうにある白い眼が不気味な光を宿している。

 彼がジーーっと見詰め始めたのは、プレセアの胸だ。正確には、プレセアの胸に埋め込まれているエクスフィア。その周囲には、金属製の何かも埋め込まれている。或いは、飾られている。

 

(……要の紋って訳でもないが、それに近いな。原料は抑制鉱石っぽいし何か細工出来れば……、ってそれができるぐらい器用ならこんなに悩んでねぇよ。やっぱりドワーフの力も必要だな)

 

 立ち上がった青年は、またテーブルの上に腰掛けた。マントの中から小さな葉っぱを取り出して、それを口の中に放り込んで咀嚼する。いったい何を食べているのだろうか。

 

「……んぐっ。あーー……考えるの止めっ! 取り敢えず、今どうにもならんことは保留しておくことにして。プレセア」

「……はい」

「暫く此処に住んでも良いか? ほら、お父さんの事もあるし」

「……はい」

「……嫌なら断ってくれても良いぞ。その場合村の人の世話になるから」

「……いえ」

「そっか。じゃあよろしく」

 

 こうして怪しい男はプレセアの家に住まうことになったのだった。触診だとしても年端も行かぬ少女の胸を平然と揉んだりするような人と同居するのは如何なものか。自分の身の危険も感じられないような状態なのが、今の彼女だ。

 

 

 

 コーーン コーーン

 

 斧で薪を叩き割る音が森に響く。名乗りもしない青年がプレセアの家で居候を始めてから、早くも三日が経過した。その間、彼は動かぬ父親の面倒を見ても彼女に何かをした訳ではない。夜な夜な、居間で何かを作っているぐらいだ。その際何やら不気味な音を出しているのだが、家主であるプレセアは特に気にしていない。時折悲鳴が聞こえても、夢の中から現実に帰ってくることは無い。

 長い髪を頭の後ろで結った男は、薪の立った切り株の前で斧を振り上げる小さな女の子を眺めている。ここは村の外れにあるプレセアの家の前だ。彼女を不気味に思っている村人がやって来ることはない。

 

 コーーン コーーン

 

 次々と、薪が割られていく。子供がやるには大変な重労働も、エクスフィアがあれば簡単だ。

 どこからか流れてくる優しいそよ風が流れてくる。枝葉の隙間から射し込む日の光は温かくて、日向ぼっこには最適である。謎の葉っぱを口に咥えた青年は、いつぞやにプレセアが運んでいた丸太の上で多きな欠伸をして涙を流す。

 

「……おーい、プレセア」

「…………」

「おーいってば。聞いてる?」

「…………」

「無視、ね。そうですか……」

 

 ボロボロなマントを羽織っている青年は、丸太の上に寝転んで空を見上げる。殆どが枝葉に遮られていて、オゼットの空はほぼ緑だ。

 ボーーっと空を見上げた男は、ピクリとも動かない。徐々に瞼も下がって来ており、このままだと眠ってしまうだろう。

 

(エクスフィアを外すとダルくて仕方ないな。まぁ、強化されてた肉体が元に戻ったんだから仕方ないか。昼寝して、起きたら研究の再開して、そんで…………)

 

 

 コーーン コーーン

 

 薪を割る音が、一定の間隔で響き続ける。まだプレセアは薪割りに勤しんでいるようで、もう暫くは作業の手を止めないだろう。

 のどかな光景に、温かい日射し。変わらない小気味良いリズム。襲い来る眠気。これだけの条件が揃っていて、意識を保っていられる者はそうはいない。それは、この男だってそうなのだ。

 閉じかけた瞼が完全に閉まってしまうと、赤い暗闇が訪れる。今にも意識が飛びそうなふわふわとした感覚の中で、男は思考を巡らせる。自分に問いかけるかのように。問い質すかのように。

 

 

(……治す。絶対に戻す。君みたいな子をもう見たくないから、俺はあそこから抜け出した)

 

 ーーーー 本当にそうか?

 

(そうだ。だから逃げたんだ、クルシスから)

 

 ーーーー 償えると思っているのか?

 

(そう思わなきゃ、逃げてない)

 

 ーーーー なら、何故他の犠牲者も連れ出さなかった。出来ただろう。お前なら。

 

(決まってる。自分が可愛いからだ。自分しか考えてないから、他の誰かを見捨てて逃げた)

 

 ーーーー 呆れるな。結局お前がやろうとしてることは、偽善に過ぎない。

 

(そうだ。偽善だ。だけど、それでも、間違いは正せるだろ。プレセアを助けたいのは、その、最初の…………)

 

 ーーーー 助ける術など、無いくせに。

 

(…………。………………、分かってる。だけど、助けるんだ)

 

 

 

(絶対に、助ける。これまで沢山の命を踏みにじったからこそ、絶対に…………)

 

 

 自問自答は、ここで終わる。温かい日射しの下、青年は深い眠りに落ちる。

 

 目の前の現実から、逃げるように。

 

 

 

 

 

 

 



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筋☆肉☆痛

評価ありがとうございました。ライブ感でやっていきますがよろしければ今後ともお付き合いくださいませ。

あ、それとpixivにもアリシア救済IFが無かったのには殺意が芽生えましたね。


 

 

 

 

 

「だぁあーーーっっ!!!」

 

 夜。オゼットの外れで青年が大声を上げ、大の字に倒れた。彼の前には、薪の立った切り株。手には斧が握られている。ちなみにプレセアはそんな男の側で膝を抱えて座っている。無表情だから何を考えているか分からないが、呆れているように見えるような、見えないような。

 男は、居候と言うこともあり家事を買って出た。が、料理はてんでダメ、掃除は微妙、洗濯も出来ない。最後に残ったのが肉体労働だったわけで、薪割りにチャレンジしてみた訳なのだがこれが全く上手く行かない。まず、斧を真っ直ぐに振り下ろせない。上手い具合に振り下ろせたと思ったら、薪が割れない。そもそも斧を持ち上げることすら一苦労だ。

 子供のプレセアに出来て、大人の自分には出来ない現実が男のプライドを粉砕した。が、彼はめげなかった。虚ろな瞳で見詰められながらも、何度も何度も薪割りに挑む。しかし成果は全く出ないのである。なんと情けない事か。

 半ばヤケになりつつ薪割りに挑戦すること、数時間。綺麗に割れた回数はプレセアに手伝って貰った一回のみ。それ以外は斧を外すか、当てても割れないかのどちらかだ。

 

「……へた」

「ぐぉお……っ」

 

 少女の一言が、青年の胸を抉った。薪が割れない現実よりも彼女の一言が重かったのか、彼は丸くなって地面を転げる。とてつもなく滑稽だ。

 だが薪割りが出来ないのは、仕方がない事かもしれない。彼は元々研究員だ。頭脳労働はともかく、肉体労働は向いていない。その上、身体能力を高めてくれるエクスフィアを装着していない。別にエクスフィアなど無くとも薪割りは出来るが、この男の場合は装着していた方が良いだろう。

 馬鹿な男の相手に疲れたのか、プレセアは軽々と斧を持ち上げて家の中へと戻っていく。表に放置されてしまった青年は、額からダラダラと流れる汗をそのままに夜空を見上げている。起き上がれるぐらい体力が回復するまで、このままだろう。

 

「あ゛ーー、しんっっど。こんな事良くやってられるな……? 魔法使った方が早いって絶対」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、男は地面から起き上がる。まだ体力は回復しきっていないようで、フラフラだ。

 彼は腰掛けている木剣を引き抜き、その刃先を切り株の上の薪に向ける。眉間に皺を寄せ、意識を集中。そして。

 

「……ウィンドカッターっ」

 

 魔術を行使。すると木剣の先から緑の風が噴出し、それはくるくると縦回転しながら薪に直撃。そして薪を大きく弾き飛ばした。

 

「……っげ、切れねぇ。エクスフィア外してるから魔法も弱くなってるけど、これはちょっと……」

 

 ウィンドウカッター。それは風の刃を飛ばす初級魔術だ。エルフであるなら子供でも扱えるような代物だ。威力は、鉱物だろうと人体だろうと容易く引き裂けるぐらいのもの。この男の魔法も、狼の群れを容赦なく切り裂く威力が有った筈だ。

 だと言うのに、今は薪を吹き飛ばすぐらいが精々で切断は出来ない。エクスフィアがなければ、十分な威力を発揮できない。それが、この男の本当の実力のようだ。

 

「……、ウィンドカッターっ!」

 

 もう一度、同じ魔術を行使する青年。木剣から放たれた風の刃は渦巻きながら遠くの薪に当たるが、やはり切断は出来ていない。ただ吹き飛ばすだけだ。

 

「……ファイアボールっ」

 

 次に放ったのは、拳大の火の玉だ。しかしそれは、遠くの薪に当たることなく空中でバラバラに霧散した。

 

「アクアエッジ!」

 

 まるでじょうろから出る水のような勢いで、木剣から水が出た。花壇への水やりぐらいしか役に立たなそうな威力である。

 

「ストーンエッジ!!」

 

 薪の上に小石がひとつ落ちた。

 

「……このやろ。悠久の時を廻る優しき風よ、我が前に集いて裂刃と成せ。サイクロン!」

 

 今度は、別の風魔術だ。わざわざ詠唱までして威力を高めている。放たれたのは、緑の竜巻。風の刃を纏ったそれは、鎮座している薪を切り裂きながら空高く巻き上げた。……が、薪は切れていない。表面に幾つもの大きな傷が出来た程度で、粉々になったりはしていない。

 完全に、出力不足だ。エクスフィアを外した影響は、とてつもなく大きいようだ。この調子では、自分の身を守ることも難しいだろう。

 

「かーーっ! ま、仕方ないな。こっちは地道な鍛練でどうにかしよう。後回し後回し」

 

 木剣を腰に納めつつ立ち上がった青年は、体についた土を叩き落としながら家へと戻った。既に夕飯が作られ始めているようで、鼻を擽る香ばしい匂いがキッチンから玄関まで流れ出ている。

 

「今日の晩飯は何?」

「……スープ」

「良いね。じゃあ俺は出来るまでお父さんの様子見てるから」

「……はい」

 

 短い会話を交わして、青年は寝室へと足を運ぶ。初めてこの家に来たときのような悪臭はもうしないし、蠅の羽音も聞こえない。ベッドの上に安置された成人男性の死体は、まるで生きているかのように綺麗なものだ。肌が青白い事を除けば、眠っているようにしか見えないぐらいに。

 これは、彼がこの家に住まい始めてから出した最初の成果だ。何をどうやったのかは分からないが、どうにかして死体の状態を清潔なところまで引き戻した。今から行われる何らかの処置は、更に遺体の状況を良くしていくのだろう。

 

(……取り敢えず、現状維持が出来れば良いな。エクスフィアの無い今じゃ、ちょっとサボれば直ぐに腐乱死体に逆戻りするだろうし。さっさと埋めてやりたいところだけど、今のプレセアじゃ反対するだろうしな)

 

 はーーーっ。と大きく溜め息を吐き散らかして、青年は遺体の処置に入る。夕飯が出来上がる頃には、作業は終わっていそうな感じだ。

 

 

「……さて、プレセア。触診しようか」

 

 風呂上がり。だぼだぼのシャツに袖を通した青年は、今で木彫りをしていたプレセアに向かってそう言った。彼女は彼女で、とっくに入浴済みだ。今はパジャマ姿で、ノミを片手に芸術に勤しんでいる。

 何でも、プレセアが彫った彫刻は土産物として人気らしい。そして、趣味のようでもある。普段から仕事ばかりしている彼女にとって、木を彫って何かを作る時間は癒しの一時なのだろう。

 

「……、嫌です」

「そう言えるなら触診は無し。今日は何彫ってんの?」

「……くま」

「……またか。好きだな熊。たまには別のものでも彫ったらどうだ? 鳥とか」

「…………」

「はいはい。邪魔してごめん。俺も作業するから、放っておいてくれ」

 

 少女の対面の椅子に腰かけた青年は、机の上に放置されていた紋様入りのアクセサリを手に取った。これは、要の紋。エクスフィアの毒性を緩和し、便利に扱う為に必要なものだ。これがなければ、エクスフィアの装着者はプレセアのようになってしまう。

 この要の紋をどうにか細工して、目の前の少女をエクスフィアから救うのが当面の彼の目標だ。無論、直ぐにどうにかなるような事ではない。要の紋の細工は、ドワーフでなければ出来ないからだ。それを自称エルフが知識もないままにやろうと言うのだ。どれだけ時間が掛かるのか分からない。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 二人は無言のまま、それぞれの作業を進めていく。プレセアの木彫りはすんなり進んでいくのに対して、青年の細工弄りはこれっぽっちも進まない。

 沈黙が続くこと、一時間。男の集中力は消えてしまったようで、彼はどこからか取り出した葉っぱを口に放り込んで咀嚼を繰り返す。すると、強い爽やかな香りが居間に充満し始めた。

 

「…………」

「…………」

「…………ん? 何?」

「…………」

「あぁ、これ。気付け。ほんとは気絶した人を覚醒させるための薬草なんだけど、俺は眠気覚ましに使ってる。まぁ……ミントみたいなものかな」

 

 気絶している者を覚醒させるような代物を常用している辺り、この男の睡眠不足は随分と深刻なもののようだ。長い前髪に隠れて分からないが、よく見れば目の下の隈が酷い。生きている者とは思えないぐらいの色をしている。もしこの薬草を噛まなかったら、彼は何十時間も眠っていることだろう。不健全な話である。

 

「近い内に仕入れないとな。そろそろ無くなる。同じもの、どこかに売ってたり生えてたりしてない?」

「…………」

 

 彼の質問に、プレセアは首を横に振った。残念ながら、この薬草の補充も一筋縄では行かないらしい。少女からの回答を得た青年は、口を閉じて自分の作業に戻る。とは言え、手は一向に進まない訳なのだが。

 

(やっぱ、俺じゃ要の紋の細工は出来ないな。ドワーフ探しもしなきゃいけない訳だが、俺地上に詳しく無いしな……。さて、どーしたもんか)

 

 天井を見上げて、思考に耽る。手は相変わらず止まったまま。今の彼に出来るのは、出来そうにないことに挑戦することと、これからの事を考えておくことぐらいだ。

 そうしてあれこれと考えていると、プレセアは作業を止めて寝室へと引っ込んでいく。居間に一人取り残された青年は、朝日が登るまで思考の渦から抜け出せなかった。

 

 

 翌日、青年は筋肉痛で地獄を見た。そんな彼を見たプレセアは「……軟弱」と、毒を吐いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪意の影

 

 

 

 

 

 どこの馬の骨とも分からない、自称エルフの青年がプレセアの家に居候することになって四日目。筋肉痛で死にそうになっている彼はプレセアに連れられて村にやって来ていた。

 その理由は単純。食材や生活用品が尽きてしまったからだ。穀潰しが増えたのだから、当然プレセアの家の備蓄は普段の倍以上の速度で無くなってしまう。しかも青年は無一文と来たものだ。家の事はある程度手伝っているとはいえ、出来ることは少ない。荷物持ちとして買い物に付いてきた訳だが、家主が一人で出掛けた方が捗るだろう。

 その上、プレセアと二人で出歩くのだからどうしても人目が集まってしまう。無感情に無表情で、しかも成長しない少女と余所者が並んで歩いているのだから村人達が好奇の目を向けてもおかしくない。

 

「……へえ、品揃えは悪くないんだな。こんな森奥だってのに」

「それは悪口かい、あんちゃん」

「あ、いや。感心してただけっす。そんなつもりは全くないですよハハハハ」

 

 棚に陳列している食材やグミ類を見た男の言葉に、店主であろうおじさんが鋭い視線を飛ばす。失礼な事を口走った青年は慌てて言葉を足したが、どこか白々しいような気がする。プレセアはと言うと、買い物かごに次々と食材をぶちこんでいる。買い出しは、一度で済ませておきたいのだろう。

 

「あんたか? あの()の家の居候エルフってのは」

「あー、そうっすね。こう見えて医者……みたいなもんなんで彼女の父親を治療してます」

「医者? あんたが?」

 

 店主が怪しむのも無理は無かった。今、青年が身に付けているのはボロボロのマントでわざわざフードまで被っている。前髪は顔が隠れるぐらい長いし、とても医者には見えない風貌だ。

 実際、この男は医者ではない。医学を齧っている程度の、どこかの研究員なのだから。

 

「まぁ……、一応?」

「じゃあちょっとこれ診てくれねえか? ちょっと痛めちゃってよ」

「……じゃ、今日の買い物はちょっと割引しといて欲しいっす。どれどれ……」

 

 カウンター越しに店主が見せたのは、左手だった。どこかにぶつけたのか、それとも捻ったのか。幾重にも巻かれた包帯が痛々しく見える。

 青年は差し出された左手をよく見ると、自分の右手を重ねる。左手はマントの中で、腰の木剣の柄の上だ。

 

「……ファーストエイド」

 

 青年の手から発せられる緑色の優しい光。それは傷を癒す魔法だ。

 

「……魔術か?」

「エルフっすからね。効き目の程は、保証出来ないっすけど」

 

 今の彼は、魔術を使ったところで大した事は出来ない。そして、エクスフィアを付けていない者への回復魔法は効果が薄い。この治療に効果が有るかは分からないし、有ったとしても微弱なものだろう。

 

「……ふぅ。どっすか?」

「……あー……、痛みが引いた感じがするよ。ありがとな」

「また痛み出すようなら家まで来てください」

「…………」

「お、プレセア。買う物決まったのか?」

 

 店主と青年が話していると、プレセアが大量の商品をカウンターの上に置いた。肉類に野菜類、果物なんかが山盛りである。動かぬ父親の分を含めるにしても、量が多い。これをまとめて持ち帰る気なのだから恐ろしい。もっとも、丸太を引きずって歩ける彼女からすればこの程度では荷物にもならないのだろうが。

 

「ところでおじさん、ここってこれ売ってない?」

「……なんだそりゃ? 薬草か?」

「あー……。やっぱ自分で栽培するしかないっすかぁ……」

 

 彼が常用している強烈な気付けミントは、残念ながら店では手に入らないようだ。

 

 

 買い物を終えた後、プレセアは家に荷物を置くなり直ぐに出掛けてしまった。今日も森のどこかで樹木を切り倒すのだろう。家に残った青年は、雑貨屋の店主に譲って貰った大きな横長の植木鉢で柔らかい土に肥料を混ぜ込んでいる。これから人の家の前でガーデニングでも始めるつもりだろうか。

 黙々と、淡々と作業は進んでいく。その内、種でも埋め始めそうだ。

 今日も、天気は快晴。空を遮る枝葉がなければ、優しげな陽光を全身で浴びることが出来ただろう。

 

「まぁ、こんなもんで良いだろ。念のため植える種は少しにしておこう。失敗したらヤだし、植物に詳しくないし」

 

 独り言をぶつぶつ言いながら、彼は植木鉢に種を植える。上手く行けば、いずれ薬草が育つ。そうなれば、手持ちの気付けミントを切らすような事態は起こらなくなる筈だ。不注意で枯らしたりしない限りは。

 一通りやれることをやった青年は、土まみれの手でズボンのポケットから気付けミントを取り出し、口に放り込む。若干土も口の中に入ってしまったのか、歯が土を噛み潰してジャリジャリと音を立てる。

 

「……さってと。プレセアはどっか行ったし、今日は何をしようかね……」

 

 居候の身分。おいそれと遊んでいる訳にもいかない。だからと言って特別やれることが有る訳でもない。やらなければならない事がひとつ有るのだが、それは現段階では殆ど進められない。正直な所、プレセアを元に戻す為の研究は全くの手詰まりなのである。

 何か研究機材でもあれば話は変わってくるのだが、そんなものがきこりの家に有る筈が無い。追い剥ぎに襲われていなければ、まだやりようは有ったのでは無いだろうか。

 となると、残った選択肢は二つ。昼寝をかますか、弱くなってしまった魔術の練習である。

 

「……っし。やってみるか」

 

 やる気を出した青年は家の脇にある薪置き場からひとつ薪を手に取る。それを片手で放り投げると、腰から木剣を引き抜いた。が、手からすっぽ抜けた木剣はくるくると宙を舞ってしまう。

 弱くなったのは、魔術だけではない。身体能力だって低下している。もうこの男は、自分の武器すら満足に震えないのだ。

 

「はーー……。んじゃ、無しでやるか」

 

 地面に横たわった武器を回収することもなく、彼は落下しきった薪に左手の指先を向ける。そして。

 

「ウィンドカッター!」

 

 ピンと伸ばされた五指から、爪先程に小さい風の刃が五つ飛び出した。それらは素早く回転しながら、地の上の薪に向かう。昨夜は、まるでダメだった風魔法。今日はと言うと……。

 

「……昨日よりマシ……か?」

 

 薪の表面に浅く傷が付いている。昨晩と比べたら、風の刃らしい成果だろう。とは言っても、この魔法が何かの役に立つとは思えない。精々威嚇が出来るか出来ないか程度の代物だ。意表でもつかなければ、戦闘には使えないだろう。

 

(……地道にやってくしかないな。少ないマナで効率的に、かつ最大限の威力を出せるぐらいにしておかないと。これから先何があるかも分からんし)

 

 そして男は、独りで魔術の鍛練を続けていく。

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 プレセアは斧を背負って村の外に出ていた。もう数キロ程は歩いているようで、周囲にあるのは荒れた野道とそこを通る人を隠すかのように覆い茂っている木々のみ。

 誰の気配も感じられない森の中、うっかりしていれば迷ってしまいそうな道を散歩でもするかのように少女は歩く。

 道なき道を進むこと、数分。プレセアは目的の場所に辿り着いたらしい。そこは、森の中だと言うのに木々が生えていない。空から見下ろしたら、その部分だけはぽっかりと穴が開いているように見えるだろう。

 

「調子は悪くないようじゃな」

「……はい。問題有りません」

 

 やって来たプレセアに後ろから話し掛けたのは、眼鏡の老人。薄緑のマントが似合わぬ、紫頭のじいさんだ。こんな老人が森の中で、いったい何の用が有ると言うのか。

 

「体調やエクスフィアに異変は?」

「……有りません」

「ひとまずは順調のようじゃな。身の回りに変化は?」

「……居候が、来ました」

「居候?」

「……エルフのようです」

「……ほう。エルフ」

 

 親密なのか、そうではないのか。向かい合う事もせずに老人と少女は会話を続ける。この男は、プレセアの心配をしているようでしていない。まるで、実験体を観察するかのような瞳をしていて気味が悪い。

 

「……最近クルシスから逃げ出した知恵の回らぬ研究員がおったな。もしやとは思うが……。プレセア、その居候は見張っておくんじゃ」

「……はい。分かりました」

 

 彼の知らぬところで、彼の背後に忍び寄ろうとしている悪意が生まれる。これを止めれる者は居ない。プレセアはあの男とただ同居しているだけであり、まして今の彼女は普通ではないのだから。

 

 

 




ロディルの口調がまるで思い出せないのでアニメとか見て後で修正します☆


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アルタミラへ

 

 

 

 

「うーーん……。薬、作るだけ作ってみたけどなぁ」

 

 彼が居候となって一週間。機材もろくに無い状況で夜な夜な研究を続け、作り上げたのは粉薬だ。原材料は、要の紋を削って粉末にしたものと彼がしょっちゅう口にしている気付けミント。およそ薬と呼べるような代物には思えないが青年曰く薬らしい。

 これは、彼がプレセアの為に作った物である。であるならば、彼女に投与すべきなのだろう。しかし、新薬を試験も無しに使うのは危険が付きまとう。効果が出るかも分からないし、何よりどのような副作用が出てくるかも分からない。だからと言って、エクスフィアに侵食されて被験体を簡単に用意出来る訳でもない。つまるところ、ぶっつけ本番でやるしかないのだ。だが、それは元・研究員としてのプライドが許さないだろう。ましてこの男は、悪人ではないのだから。

 テーブルの上に置かれた粉薬を眺めながら、青年は足を伸ばしてズルズルと椅子に沈んでいく。この研究成果をプレセアに投与する決心は、暫く付きそうにない。かと言って悠長に過ごしている時間も無いだろう。プレセアのエクスフィアは、現在進行形で彼女を蝕んでいるのだ。

 

「……せめて要の紋の製造に詳しく知っておくべきだったか。いやぁ、まいったまいった……」

「…………」

「ああ、おはようプレセア。今日は随分と早起きだな」

 

 現在時刻、朝の四時。そんな時間に、十二歳の少女が寝室から姿を現した。勿論、青年の方は寝ていない。目の下の隈は相変わらずだ。寝起きの少女は男を一瞥すると、キッチンへと向かっていく。これから朝食でも作るのだろう。

 

「そう言えばプレセア。やたらと手紙が来てるけど読まないのか?」

「…………」

「……おーい、何も答えないなら触診するぞー?」

「……嫌です」

「そこは反応するのね……」

 

 プレセアは本当に、口数が少ない。子供とは思えない程に喋らない。その理由は分かりきっている事だが、割りとお喋りな彼からすると困ったものだろう。

 それはさておき、テーブルの上には粉薬とは別に大量の手紙が重ねられている。これは家のポストに溢れそうなぐらいに詰め込まれていたものだ。真っ白な封筒は綺麗な物で、裏にある蝋印は銀に光って派手である。差出人は全て同じ。少し丸っこい綺麗な文字で、アリシア・コンバティールと書いてある。そんなお手紙を、男は許可なく開いた。

 

「……なになに? 元気にしていますか? 奉公に出て二年は経ちましたが、私は元気です。ここでのお仕事は大変ですがブライアン様はとても良くしてくれて……。へぇ、奉公に出てるのか。プレセア、アリシアって子は誰?」

「…………妹、です」

「妹? …………ははーん」

 

 何が「ははーん」なのだろう。悪い笑みを浮かべた青年は椅子から立ち上がり、背もたれに掛けてあったボロマントを羽織る。実は悪人だったと言われても信じてしまいそうな悪どい笑みをした彼は、開いた手紙をテーブルに放り投げてから玄関へと向かう。

 

「んじゃ、今からこの子に会ってくるから。暫く帰らんと思うけど、お父さんの調子は良いからそのまま安静にさせといてくれ」

「…………」

 

 表情も、返事も無いがプレセアは振り返り、じっと男の顔を見詰める。何か言いたい事でも有るのだろうか。それとも、やっと居候が居なくなると喜んでいるのだろうか。どっちにしたって、今の彼女はその両方を顔に出すことは無い。

 

「……行きます」

「ん?」

「……私も、行きます」

「そりゃ歓迎だ。俺、森の抜け方知らないし。あと、アルタミラってどう行けば?」

 

 道も分からないくせに、何でこの青年は出掛けると言い出したのか。意味不明である。

 

「それと、父親はどうする?」

「……村の人に」

「それは俺が頼んでおくよ。戻ってくるまでに準備しといてくれ」

 

 そんなこんなで、二人はアルタミラへ向かうことに。しかしこの男、いったい何の悪巧みをしているのだろうか。

 

 

 青年が目指すアルタミラは、オゼットから南西の島に存在している。つまり、航路を取らなければならない。ということは船が必要だ。しかしオゼットは森の中にある村で、船なんて物は存在していない。なので二人は、まず船を手配するところから始めなければならない訳だ。その説明を受けた男は「飛んでいけば良いじゃん。あ、でも今は無理か……」などと訳の分からない事を言い出したのだが、プレセアはノーリアクションで陸地を進み始めた。なので、当然彼は少女の後ろを付いて行くことになる。

 獣の住まう森を難なく抜けた二人は、現在視界を遮るような物はない平原を歩いている。

 

「あの……ちょっ、待って……?」

「…………」

 

 森を抜けてから十数分も歩くと、青年がへばった。エクスフィアを付けていないとはいえ、随分と体力が無い。しかも寝不足だ。こんな調子で遠出しようとする辺り、何も考えていない事が丸わかりである。こんなんだから、年端も行かぬ少女に軟弱だと罵られるのだろう。

 先を進んでいたプレセアが足を止めて振り返った。すると背中に背負っていた斧を地面に突き刺し、それを背もたれとしてしゃがんだ。どうやら休憩を取るようだ。

 

「ふいーー。久々の運動は堪えるね……」

「……根性なし」

「んぐっっ」

 

 プレセアは、時折毒舌だ。そして青年は律儀に傷付く。それは二人の、数少ないコミュニケーションのひとつでもある。

 

「はーーっ。それで、あとどのくらいで着きそう? 三分ぐらい?」

「……二日」

「え、マジ?」

「…………」

 

 多分、プレセア一人なら目的地まで一日もかからないだろう。けど今は、体力なしの居候と行動を共にしているのだ。彼のへたれっぷりを見るに、あとどれだけの時間がかかるかは分からない。二日と言うのも、ただでさえ遅いこのペースが維持出来れば、という前提からだろう。

 結局のところ、この男が頑張らないと時間はかかっていく一方なのである。

 

「……はーーーーっ。おいそれと出掛けるなんて言うものじゃないな、うん」

 

 足を広げて座っていた青年は、いつもの気付けミントを口に放り込むと鈍い動きで立ち上がる。両腕を高く上げて体を伸ばすと、被っていたフードが脱げた。

 

「んじゃ、頑張って進もう。急げば一日ぐらいで行けるだろ?」

「……はい。急げばお昼には」

「そんなに早く付くの? じゃあ頑張るかーー」

 

 大きな欠伸をしてから、男は歩き始める。そんな彼を追うように、プレセアもまた立ち上がり斧を背負って歩き出す。すると、二人の後方から地面を抉るような音が聞こえてきた。何事かと思い振り返ると、数メートル程後ろにいつの間にか大きな猪が立っていた。森から抜け出して来たのだろうか、それとも森から追いかけて来たのだろうか。

 どちらにせよこの大猪は口から白い煙を出し、何度も前足で地面を擦っている。これから思いっきり走り出すと言わんばかりだ。

 

「……なんか怒ってない?」

「…………」

「お、背中に踏み跡。誰か踏んづけたのか?」

 

 巨体の背中に、何故か人の足で踏んづけられた後がある。プレセアが指差してくれなければ、男はそれに気付かなかっただろう。

 

「…………」

「え、俺あんなの踏んだっけ??」

 

 遡ること少し前、この青年は少し大きな段差を飛び降りる時に、この大猪を踏んでいたりする。まぁ、つまり。この猪は男に猛烈な怒りぶつけようとここまでやって来たのだ。

 

「え、いやっ、ちょっ……まっっ!!?」

 

 当然、猪に人の言葉が通じる筈もなく。怒り狂った獣はとてつもない勢いで駆け出し、真っ直ぐ青年の方へと向かう。

 一秒後、彼は宙を舞い背中から地面に激突するのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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リーガル・ブライアン

 

 

 

 

 青年はアルタミラに向かう為に、プレセアの案内の元、何もない平原を歩いている。空は暗くなり始め、そろそろ星が輝きそうだ。

 オゼットを出て、半日。まだ二人は目的地どころか船着き場にすら辿り着いていない。理由は、男が軟弱者だからである。三十分も歩けば休憩を要求し、その度に三十分以上は足が止まる。あまりにも体力が無さすぎて、直ぐに息を切らしてしまうのだ。もうこんな男は放っておいてプレセア一人で歩いた方がよっぽど早く進めるだろう。しかし、彼女はそうしない。男が止まれば、律儀に足を止めて待っていてくれる。何より、今のプレセアにはやるべき事がひとつある。

 

 それは、このだらしない軟弱者の監視だ。

 

「ぜーーっ、はーーーっ、あ゛ーーーっっ」

 

 監視対象の男は、平原に倒れて空を見上げている。呼吸は乱れているし、額には汗が滲んでいる。時折どこからか流れてきてくれるそよ風がなければ、とっくに熱中症にでもなっていただろう。それにしてもこの男、体力が無さすぎる。エクスフィアを外して身体能力が低下しているからと言って、こうもバテ易いものなのだろうか。

 なんにせよ、こんな調子だと船着き場に辿り着くのは夜遅くになってしまうだろう。

 

「……うぇっ、よくっ、疲れ、ないな……っ?」

「…………」

「無視、しないで、くれ……。寂しくなっ、てくる……だろ」

「…………」

「はい、じゃー、も、黙ってます……」

 

 軟弱者に呆れて喋る気にもならないのか、プレセアは(だんま)りを決め込んでいる。結局相手をして貰えなかった青年は、乱れた息を正しながら星も見えない空を見上げた。左右で色の違う瞳で、何かを探しているようだ。

 そよ風とは言えないような一際強い風が吹くと、草原がざぁーーっと鳴く。すると少女は髪を押さえ、男は瞼を閉じた。

 

「…………、船着き場まで後どのくらい?」

「…………」

「……はいはい。じゃあ船が出なくなる前に着いておきますか」

 

 大の字になって倒れていた青年が、鈍い動きで立ち上がる。マントに付着した土を払うこともせず、彼はゆっくりと歩き出す。体力の限界が近いのか、ふらふらとしていて危なっかしい。

 そんな男の後ろを、プレセアは黙って付いて行く。何も映さない虚ろな眼が、彼の背中だけを凝視しているのは気のせいではないだろう。

 

 それから二時間かけて、二人は船着き場に到着した。

 

 

 海に接した船着き場は、波と風の音で騒々しい。空はとっくに暗くなり、星や月が輝いている。夜の潮風の中でプレセアはぴんぴんとしているが、青年はズタボロだ。目の前に船があるのに、しゃがみ込んで動こうとしない。指先ひとつ動かすことも出来ないらしい。

 そんな二人の隣を、執事服の老人が通り過ぎていく。彼が向かうのは、停泊している大きくて豪勢な船である。きっとこの船が、アルタミラまで向かうのだろう。ならば、二人はこの船に乗るべきである。しかし青年がピクリともしない以上、動き出す船を見送ることになってしまう。旅路を急ぐのであれば、今すぐ動くべきである。

 

「……ちょっ、そこの、ひど……っ!」

「……何でございましょう。随分とみすぼらしいお方」

「……げほっ、うぇっ……。そのぶね、のせ、のぜて……」

「あれは客船ではありません。ブライアン家が保有する、プライベートな船でして」

「ぞ、ぞういわずに……。死゛ぬから、このこがっ……」

「それは貴方では?」

「い、い゛やっ、そんなことは……」

 

 誰がどう見ても、死にそうなのは青年であり少女の方は元気そのものだ。そんな二人を見た老執事は眉間に皺を寄せ、疑うようかの目付きで男を睨む。

 

「……失礼ですが、そちらのお嬢様と貴方はどういった関係で?」

「……居候」

「なるほど、このような方が貴女の家に居候をしていると?」

 

 執事の質問に、プレセアは頷いた。取り敢えずではあるが、彼女のお陰で青年が有らぬ疑いをかけられる事態は回避出来たと言って良い。

 とは言え、まだ信用された訳ではない。執事は相変わらず疑いの目を向けてくるし、男は息も絶え絶えでまともな会話は出来ないだろう。

 

「居候なのは分かりました。それで、こんな時間にアルタミラに何の用が?」

「……アリシアって子に、会いに……。あと、公爵と取引がしたい」

 

 いい加減息も整ってきたようで、青年の口調はいつものようになった。呼吸は未だに荒いままだが、コミュニケーションは取れる。体はピクリとも動いていないが。

 

「取引?」

「そ、取引。公爵が雇った使用人を助けたいっす。その報酬に抑制鉱石がふたつ欲しいんですけど」

「……話になりませんな。そのような戯言(たわごと)は止した方がよろしいかと」

「これは戯言でも何でもない。プレセアと、その妹のアリシアが危険で、助けたいから、力を貸せって言ってんすよ」

 

 その言葉は嘘か、真か。どうやらこの男は、アリシアを助けたいからアルタミラに行こうとしているようだ。

 

「…………」

「あっ、ちょちょっ、待って……! 話はおわってないんすよ!?」

 

 これ以上浮浪者の話を聞くつもりはどこにも無いようで、執事は会話を止めて船へと向かう。どうやらこの執事はブライアン公爵と何かの繋がりがあるらしい。恐らくは公爵に仕えている筈だ。そんな人物との繋がりは、簡単に切る訳にも切られる訳にもいかない。ここで突っぱねられてしまっては、アリシアに会うことも助ける事も出来なくなってしまう可能性が高いからだ。

 

「これ以上喚くなら兵を呼びます。騒ぎにしたくないなら引き下がりなさい」

「いやいやいや、だからこのままだとアリシアが危ないんですよ。分かってるんすかそこんとこ」

「貴方こそ、自分が何を言っているかお分かりですか? レザレノカンパニーの警備は厳重です。命の危機など訪れませんよ」

「そんなもん、あいつ等ならどうにでもなるっすね。マジで悪い話じゃないから、ちゃんと聞いて欲しいんですけど?」

 

 話は平行線となり、全く進まない。執事も青年もどちらも頑固であり、相手の話を聞くつもりが無いようだ。この調子だと、船に乗ることは出来ないだろう。ちなみにプレセアは黙り込んだままで、話に割って入ろうとはしない。

 

「……ジョルジュ。何を騒いでいる?」

 

 執事のものでもなく、青年のものでもない声がどこからか聞こえてきた。ジョルジュと呼ばれた執事はその誰かの声が聞こえるなり船の方へ向き、頭を下げる。どうやらこの声の主が、彼の仕える主人のようだ。

 

「リーガル様。……いえ、何でもありません。ただの浮浪者の物乞いです」

 

 船の甲板から身を乗り出して居るのは、青い長髪の青年だ。まだ二十歳にもなっていないようだが、身に纏う服や佇まいから身分の高さが窺える。流石は公爵と言ったところか。

 

「……そうか。もう船が出る。置いていかれる前に乗船しておけ」

「はい。リーガル様」

「ちょい待って欲しいっす。あんたがブライアン? ええっと、リーガルとか言ってたけど」

「……そうだ。私がリーガル・ブライアンだ」

「なら聞いてくれっす。近い内、アリシアが狙われる」

「……何? アリシアが……?」

 

 ジョルジュとは違い、リーガルは青年の言葉に興味を示す。どうやら彼は、使用人の一人にご執着のようだ。ならば、まだ交渉の余地は有るだろう。こうして耳を傾けてくれたのだから、取り入ることが出来る筈。

 

「プレセアを知ってるっすか?」

「……アリシアの、姉と聞いている」

「この子がそのプレセアっす」

「冗談なら聞かんぞ。どう見ても姉には見えん」

 

 その通り。プレセアの見た目は姉と言うには幼い。妹と言った方がまだ受け入れられただろう。しかしそれでも、プレセアはアリシアの姉だ。

 

「まぁそうっすね。見ての通り肉体は十二歳程度で止まってるっすから」

「……? つまりその子は、成長していないと?」

「話が早い。そう、この子はちょっとした病気でね。それを治すのに抑制鉱石が要る。あと、それを加工できるドワーフっすね。アリシアに迫る危険を教えるから、その情報と交換で抑制鉱石をくれっす。公爵なら、持ってんだろ?」

「……話に信憑性が無いな。ジョルジュ、行くぞ」

「そーーっすか。じゃーー、しょうがないっすね。この子もアリシアも助からない。その選択を、後悔するなよ」

 

 ふらつく体で立ち上がり、青年はプレセアの手を引いて船着き場を後にする。もうブライアンに用が無いと言わんばかりだ。

 

「…………待って、ください」

 

 船着き場を出ると、プレセアが立ち止まる。虚ろな瞳に光が宿っているのは、気のせいではないだろう。

 

「…………、どうした?」

「…………妹を……」

 

 まだ、彼女の心は止まりきってはいないようだ。残された僅かな感情が男の触診を嫌がった時のように、プレセアの心は確かに揺らいでいる。妹に迫るであろう危機を、恐れている。

 

「ああ、任せろ。絶対に助けるから」

 

 夜空を見上げて、青年は笑う。直接交渉だけでは飽きたらず、まだ何かをしでかすつもりらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 




この物語は
プレセア14歳
アリシア12歳
リーガル19歳
でお送りしています。やっぱロリコンだと思うんですよリーガルさん。



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潜入レザレノカンパニー


ようやくアリシアの出番でございます。

感想評価ありがとうございます。


 

 

 

 

 

「うーーーん。髪降ろした方が可愛くない?」

「……邪魔」

「そう? 折角だし降ろしてみようか」

「…………」

 

 リーガル・ブライアンとその執事のジョルジュに突っぱねられてしまった青年とプレセアは、翌朝アルタミラ行きへの船に乗り込んだ。そして現在、レザレノカンパニーの更衣室に潜入している。理由はひとつ。社内を自由に動き回るために変装がしたいからだ。途中、二人を不審に思った社員二名は不幸にも気絶させられてロッカーの中に押し込まれてしまった。

 そんなこんなで、現在プレセアは更衣室に置いてあった小さなサイズのメイド服を着ている。何故メイド服なのかと言うと、他に選択肢が無かったからだ。因みに青年は、誰かのスーツと白衣を着て長過ぎる髪を頭の後ろでひとつに纏めている。妙に尖った耳が丸見えだ。白濁した左目も、色の薄い青い右目も今はハッキリと見える。普段は長過ぎる前髪で隠れているが、顔立ちは悪くない。

 

「……返してください」

 

 虚ろな瞳が、青年を睨む。彼の手には、普段プレセアが使っている髪紐が握られている。いつの間にか、彼女の髪紐を解いたらしい。

 

「えー、良いじゃんか。折角長いんだし、降ろしてた方が」

「…………」

「分かった。分かったからそのナイフしまってくれる? 怖いから」

 ナイフを突き付けられた彼は、素直に髪紐を返した。今のプレセアは斧を背負ってはいない。それは潜入する前に、宿屋に置いてきた。ここには戦いに来た訳でも、きこりをしに来た訳でもない。故に、斧は不要なのである。当然、彼も木剣は置いてきている。

 

「じゃ、まずアリシアを探して事情を話そう。納得して貰えなかったら強引に連れ帰る事も視野に入れて……、それまでは目立たないように。分かった?」

「……はい」

「よし。行こう」

 

 これからの作戦を決めた二人は、幾つものロッカーが並んでいる更衣室を後にする。廊下に出た男は周囲をキョロキョロと見回しながら歩いており、何だか怪しい。プレセアは普通に歩いているから、部外者から見ればただのメイドにしか見えないだろう。もし通りすがりの社員に不審におもわれたら、間違いなく彼のせいだ。

 長い廊下を歩くこと数分。二人は先程出た更衣室の前に戻ってきた。どうやらこの廊下は円を描いていて、行き止まりは無いらしい。

 

「……うん。迷った」

「…………」

 

 否である。別に二人は迷っていない。ただ丸い廊下を端から端まで移動しただけである。この男、あまり頭の回りがよろしくない。こんな調子でよく研究員をやっていられたものだ。

 

「あの〜〜」

 

 白衣姿の青年に、メイド服なプレセア。そんな二人に後ろから話しかけたのは、メイド服を着た少女だった。年の頃は十二歳ぐらいだろうか。背丈なんかはプレセアよりも高い。切り揃えられたピンク色の髪は綺麗なもので、プレセアにそっくりだ。まるで、姉妹のように。

 

「ん? 君は?」

「えっと、ここで奉公させて貰ってるアリシア・コンバティールです。お二人は、今日からレザレノカンパニーで働く新入社員の方ですよね?」

 

 どんな偶然だろうか。二人が探していた人物が、誰かと間違えて二人に話しかけてきた。何はともあれ、これで目的は達したようなものである。変装をしてまで、社内をうろつく必要はもう無くなった。後はこの少女を、騒ぎを起こさずに連れ出せば良い。その為には、しっかりと事情を説明する必要があるだろう。

 

「あーー、えーーっと。そうなんすよ。今日が初めてだから道に迷っちゃって。リーガ……ブライアン様に是非とも挨拶しておきたいんだけど、居場所分かるっすか?」

 

 何のつもりだろうか。もう目的は達成しているようなのに、男はリーガルとの接触を図っている。既に顔が割れている二人が彼と出会ってしまったら、騒ぎになることは必至だ。そんな事も分からないほど頭が回っていない訳では無いだろう。何かしらの理由がある筈だが、その理由は今のところ彼にしか分からない。

 

「……アリシア」

「はい。何で、すか…………。ぇ?」

「アリシア」

「お、お姉ちゃん……!?」

 

 プレセアは、アリシアを抱き締めた。久しぶりに妹に会えたからだろう。感情の殆どを喪失してしまっていても、家族に対する愛情はまだ消え失せてはいないようだ。しかしアリシアの方は、混乱しているようだ。それもそうだろう。なにせプレセアは、全く成長していない。下手をすると、最後にアリシアが見た姿と何も変わっていない筈。

 これっぽっちも変わっていない姉が、メイドの格好で自分を抱き締めている現実にアリシアの脳は追い付いていない。

 

「えっ、な……何で? どうして、あの時のまま……!?」

「…………」

「うっ、くっ、苦しいよお姉ちゃんっ。ちょっと緩めて……!?」

「…………」

「痛っ!? いたたたっっ!!?」

 

 姉に思いっきり抱き締められている妹は悲鳴を上げるが、体に回された両腕は力を緩めたりしない。今のプレセアの腕力は、身の丈程の斧を軽軽と振り回せるぐらいに強化されているのだ。そんな力で思いっきり抱き締められたら、苦しいのは当然である。

 

「プレセア、感動の再会はそこまでにしよう。それは後になっても出来るから」

「……はい」

「っっぶはっ!? せ、背骨折れちゃうかと思った……っ」

 

 力強いハグから解放されたアリシアは、涙目だ。余程痛かったのだろう。ひとまず自由の身になった彼女は胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、平静になろうとしている。

 

「……ほ、本当にお姉ちゃん……? だって、あの頃と何も……」

「それについては詳しく話すよ。でもその前に、どこか人目の付かない所に案内してくれると助かる」

「……え、えっと……それでしたら……」

 

 何故か幼い姿のままの姉。その隣には人間とは思えぬ見知らぬ青年。普通なら警戒してしまいそうなものだが、アリシアはすんなりと男の言う事を聞き入れる。とても信じがたい事態を目の当たりにした彼女だが、どうやら姿形が変わらずともプレセアが自分の姉だと認識出来ているらしい。だからこそ、この異常事態を詳しく知りたいのだ。見知らぬ男と変わらぬ姉と、三人きりになったとしても。

 

 

「い、今お茶を淹れますね……?」

「あ、お構い無く。用件を伝えたらここを出るし」

「…………」

 

 アリシアに案内された二人は現在、アリシアの個室にやって来た。最低限の家具だけが置かれた部屋だが、広さは中々だ。奉公に出てきた子供が過ごすには、十分すぎるぐらいに。そんな部屋で、青年だけは勝手にくつろいでいる。プレセアはと言うと、アリシアの隣を離れようとしない。部屋主の許可も得ずにベッドに座っている彼は、これまでの疲れを実感したのか大きな溜め息を吐いて仰向けに倒れた。

 

「そ、それで……どうしてお姉ちゃんはこんな感じに……?」

「ん、まずその事についてなんだけど」

 

 柔らかいベッドから体を起こした青年は、ひとつ前置きを置いて深々と頭を下げる。するとアリシアは、目を丸くして固まった。

 

「すまない。君のお姉さんがそうなったのは、俺のせいだ」

「……それは、どういうことですか?」

「ある組織が、人体実験をしていてね。彼女はその被験者になった。んで俺は、その組織の研究員だった」

「…………っ、それは……」

「それで、組織から逃げ出した矢先に君のお姉さんに出会ってね。俺は彼女を元に戻すって決めた。半分はその為に、ここに忍び込んだ」

 

 これまで何が有ったか。そして何が目的か。青年は頭を下げたまま、アリシアに包み隠さず全てを吐露していく。

 

「……残りの半分は……?」

「君を助けるためだ。ここに居たら危険だ。俺達と逃げてくれ」

「それは……出来ません」

「どうして?」

「私はここで奉公しています。お父さんと、お姉ちゃんの為に……。だから」

「だとしても、俺達と逃げてくれ」

「……でも……」

 

 一緒に逃げてくれと迫られて、はいと頷ける筈が無い。目の前の青年を信用することだって出来ない。これから自分の身にどのような危険が訪れるかも分からないし、そもそも彼の言う事が本当かどうかすら分からないからだ。この場に置いて唯一信用出来るのは姉のプレセアだが、その姉も様子がおかしいと来た。

 

「その男の言う事を聞く必要は無い」

 

 部屋の扉が開く。現れたのは、警備兵を連れたリーガルだった。

 

 

 

 

 

 

 



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真っ直ぐ行って右ストレートでぶっ飛ばす

一次創作に集中するので更新速度が低下します。気長にお待ちいただけたら幸いです。

感想評価などありがとうございます。


 

 

 

 

 監視カメラと言うものがある。それは社内を隅々まで見渡すものであり、つまり青年とプレセアの潜入は初めからバレバレだった訳だ。だと言うのにアリシアと接触なんてしたものだから、兵の派遣は待ったなし。アリシアの部屋に兵を引き連れたリーガルによって、青年はめでたくお縄となった。

 

「えっ、カツ丼無いんすか? ほんとに??」

 

 両手に枷を嵌められた青年は、硬い椅子の上でボケた。正面に居るリーガルは眉間に皺を寄せた。二人が居るのはレザレノカンパニーにある倉庫で、周囲には書類が収納された戸棚ばかりだ。

 それにしてもこの青年、先程からふざけてばかりだ。自分の立場をまるで理解していないかのようか振る舞いだ。こんな男からあれこれ聞き出そうとするには、随分と骨が折れることだろう。

 

「真面目に答えろ。何の為にアリシアに近付いた」

「それは昨晩答えたっよー。聞くなら他の事を聞いて欲しいんすけど」

「……なら、どのような危険が彼女に迫っているんだ」

「最初っからそー聞けば答えたっすよ。ま、ちと話は長くなりますけどね」

「構わん。話せ」

「……そーーっすね。じゃ、どこから話したもんかねぇ」

 

 ようやく真面目に答えるつもりになったのか、彼は天井を見上げて溜め息をひとつ。それから数秒の沈黙。どこから説明しようか考えているように見える。今回の一件、事は単純なのだがそれを納得させるには様々な事を先に語っておかなければならない。説明を怠ったから、昨夜は港で突っぱねられてしまったのだ。

 

「プレセアがエクスフィアを装着してるのは、分かってるっすね?」

「……そうだな」

「要の紋の無いエクスフィア。それが人体に悪影響を与える件については、詳しいっすか?」

「知っている。レザレノカンパニーは、エクスフィアで富を得たからな」

「うーーわ……。引くわそれ……。え、こわっ、人身売買でもしたんすか」

「そのような汚い仕事はしていない」

「そーですか。んで、エクスフィアは要の紋無しに装着すると人体に悪影響を与えるっす。具体的には五感の消失や感情の喪失。肉体が成長しなくなる、なんて事もあるっすね」

 

 だからこそ、プレセアは成長していない。彼女がアリシアの姉であることをリーガルが信じられなかったのは、その為だ。

 

「と言うことは、あの少女は……」

「正真正銘アリシアの姉っすよ。まぁ、アリシア自身もプレセアの姿に驚いてたっすけどね」

「エクスフィアにそのような副作用が………。彼女には、他にも何か悪影響が?」

「感情を失いかけてる。あと、認識や思考能力にも影響が出てる。このまま行くと、プレセアは機械や人形と変わらなくなるな」

「…………だから抑制鉱石に、ドワーフか」

「そっす。分かってくれて助かる」

 

 昨晩は青年の言い分を突っぱねて話を聞こうとしなかったリーガルだが、今は話に耳を傾けてくれている。捕らえた侵入者の言葉をすんなり受け入れようとしている辺り、彼はお人好しの分類だろう。だが、何でもかんでも受け入れようとしていないのもまた事実。青年を見る目付きは依然として険しいままで、そこには油断も優しさもない。

 

「それで、何故アリシアが危険だと? 私の目から見れば、お前達こそアリシアの危険だが」

「……実験のサンプルは多いに越したことはないんすよ。プレセアはエクスフィアに適合した。となれば、血縁者のアリシアも適合する可能性がある。後は、分かるだろ?」

「……お前が居た組織の者が、アリシアにエクスフィアを付けると? 要の紋も無しに?」

「彼女を誘拐した上でな」

「……お前の居た組織とは、何だ?」

 

 青年が属していた組織が何なのか。それを知りたく思うのも無理はない。人体実験をするような組織がアリシアを狙っていると言われたのだから、気にならない筈がない。ましてリーガルは公爵であり、財力も権力も持っている。組織について調べあげ、叩き潰そうと思えばそう出来るだけの力があるのだろう。

 

「言わない。言ってもどうにもならない。知ったら狙われる。それで、プレセアは今どこに?」

「……彼女達なら、アリシアの部屋だ。兵に見張らせてる」

「アリシアは?」

「私の部屋に」

「一人で?」

「そうだ。今は掃除を……」

「あんた馬鹿かっ!!?」

 

 手枷が机に叩き付けられて、大きな音を立てた。さっきまでは余裕綽々だった青年の表情が、焦りに染まる。彼の豹変ぶりに、リーガルは目を丸くした。

 

「一人にするか普通!? 危険だって言っただろ!!」

「ここは安全だ。部屋の外には年のために兵を置いた。危険などどこにも……」

「ああもう!! 大事にしたいなら手元に置いとけってんだ馬鹿野郎!!!」

 

 罵声を浴びせるだけ浴びせるだけ浴びせ、青年は椅子から立ち上がる。そして手枷をそのままに、部屋を飛び出した。廊下に出ると扉の側で待機していた兵士達が何事かと驚いた。彼等からすれば、青年が逃げ出そうとしているようにしか見えないだろう。

 

「サイクロン!!!」

 

 兵を見るなり、青年は躊躇なく魔術を使う。突如として発生した翡翠の風は渦巻き、兵を吹き飛ばす。悲鳴や鈍い音、何かが折れる音も気にせず、青年は駆け出した。目的は当然、リーガルの部屋。そこで一人になっているアリシアだ。

 

「待てっ!!」

「待たないっす!!! それよりあんたの部屋どこっっ!!?」

「知らずに飛び出すな! 上の階だ!!」

「そこ素直に教えるんすか!? さてはあんたお人好しっすね!!?」

 

 

「アリシア!!」

「アリシア!!!」

 

 リーガルの部屋の扉を、血相を変えた男二人が押し開ける。青年の予想が正しかったのなら、アリシアには危険が迫っている筈。しかし、実際のところは……。

 

「へ?」

「…………」

 

 公爵の部屋は、あまり綺麗とは言えなかった。床には何かの紙が散らばっているし、テーブルには山ほどの書類が積んである。そんな室内にアリシアは居た。プレセアも一緒だ。しかし、二人の格好がおかしかった。

 姉妹は、半裸だった。何故、公爵の部屋で半裸なのだろう。二人の足元には服が散らばっている。どうやら、着替えている最中だったらしい。そんな場面に、慌てた男が二人。プレセアはともかくとして、アリシアは思春期の真っ只中。男性に肌を見られて、平然としていられる訳がないのである。

 

「っっっ!!? きゃああああっっっ!!?」

 

 悲鳴が上がる。と、同時に着替え最中のプレセアが駆け出した。脱げかけのメイド服をそのままに、肌を隠すこともせず彼女は大きく右手を振り上げる。そして、青年の頬を思いっきりぶん殴った。まさかのグーパンである。

 

「ぶべっっ!!?」

 

 斧で大木を斬り倒す腕力に、足腰の強さ。更にエクスフィアの強化に、助走の勢い。四つの要素がガッチリと噛み合ったアッパーのような右ストレートは的確に青年の顎下を捉えた。これには兵士だろうと耐えられないだろう。まして、軟弱者の彼では尚更絶対に耐えられない。

 下からの強烈な突き上げにより青年は吹き飛び、そして後ろに居たリーガルに激突。

 

「ぐおっ!?」

 

 吹き飛んだ青年に体を押され、リーガルは部屋の外へ。勿論青年の体も、扉の向こうだ。二人の男が部屋から出たことを確認すると、プレセアは勢い良く扉を閉じた。

 

「…………、どこが危険なんだ?」

「きゅう〜〜〜………」

「……仕方あるまい。何なのだ、この男は……」

 

 プレセアの右ストレートで気絶した男を、リーガルは抱え上げる。彼の右手首の内側には、エクスフィア。人ひとりを持ち上げることぐらい、造作もないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 



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下顎骨骨折

お久しぶりです。


 

 

 

(ぬぅおおおおおおおおおっっっっ!!!!!)

 

 青年は悶えていた。何せエクスフィアで身体能力を極限まで引き出している少女に、助走付きの右ストレートでブッ飛ばされ気絶したからだ。その結果、彼の顎の骨はヘシ折れた。いや、砕けたと言うべきか。

 本来なら牢屋にぶち込まれてもおかしくない事をしでかしたのだ。不法侵入、傷害、猥褻行為。犯罪スリーペアである。しかし現在、彼はレザレノカンパニーの客室のソファで寝ている。年端も行かぬ少女に顎を砕かれたことを哀れに思ったリーガルの計らいだ。結局彼は、アリシアの為に奔走する彼を咎めることが出来なかったようだ。

 

(……痛い、マジで痛い。死ぬ、これ死ぬ、ぐぅおおおおおおっっ!!!)

 

 激痛に襲われ、涙目だ。何とも情けない姿である。とは言え、顎の骨がイッてしまっているのだから仕方無いだろう。だから激痛に悶えているのは情けなくもない。真に情けないのは……。

 

「…………」

 

 ソファの側でしゃがんでいる何故かゴスロリなプレセアに、頭を撫でて貰っていることだ。年端の行かぬ子供によしよしされてなお、涙目を止められない姿はとてつもなく情けない。

 流石の無感情なプレセアでも、少しだけ申し訳無く思ったのだろう。彼がこの部屋で悶え始めてから、ずっと彼の頭を撫でている。ちなみに現在夜の七時。青年が顎を叩き砕かれ七時間が経過している。

 

「あ、あのーー。調子はどうですか……?」

「その様子では、良くはなさそうだな」

 

 客室にやって来たのは、メイドのアリシアと公爵のリーガルだ。彼女が押している給仕台の上には香ばしい匂いを醸し出す様々な料理が乗っている。それと何故か、謎の緑の液体が入った注射器がひとつ。

 二人がやってくると、プレセアの手が止まる。青年は震える右手で親指を立てアピールしているが、全く説得力が無い。

 

「ところで、君の名前は何と言う?」

「………………………………………」

「済まない。喋れないのだったな。要望通り渡されたミントを液状になるまで磨り潰して、注射器に入れたがこれをどうするつもりだ?」

「…………!!! ………っっっっ!!!!」

 

 リーガルの一言に青年は飛び起き、そして蹲った。顎の激痛はそう簡単に引いたりしない。どう見ても医者に診て貰うべきなのだが、男は診断を拒否。治療すらも拒絶している。結果、この始末な訳なのだが。

 そんな馬鹿な男は放っておいて、プレセアはアリシアと一緒になって数々の料理をテーブルに運んでいく。表情を喪失した彼女だが、妹を大切に想う気持ちはまだ失っていない。

 

「……あの、この注射器は……」

「だそうだが、必要か?」

「…………っっ、っっっ!!!」

「必要のようだ。アリシア」

「はい、分かりました」

 

 呆れたリーガルの手に、注射器が渡る。中に入っているのは、普段青年が常用しているミントを磨り潰したもの。こんなものを血中に直接ブチ込んで大丈夫なのだろうか。気付け薬としての効果が強いのは分かるが、骨折にも有効なのかは分からない。このミントの正しい効能を知っているのは、彼だけなのだから。

 

「それで、これをどこに打てば良い? 腕か?」

「……っっ、っ、っっ!」

 

 痛みに悶え続ける青年が指差したのは、首だった。訳も分からん注射を首に入れろと言われたリーガルは、顔をしかめる。如何に公爵と言えど、治療行為に経験が有る訳ではない。まして首の血管に針を刺すなど、はいそうですかと言ってやれることでもない。

 躊躇うこと数秒。彼は少しずつ注射器を近付けていく。やがて針が皮膚に触れる。そして。

 

「おい、何をっ……!?」

 

 針が皮膚に触れると同時、青年の手が注射器を強く押した。細い針は皮膚を貫き血管を突き破り、緑の液体を体内へとぶち撒ける。

 

「っっっ、ぐぅううううううっっ!!!!」

 

 乱暴な注射で、青年は大きく呻く。どころではない。全身が激しく痙攣し始めた。明らかに普通ではない。尋常ではない変貌ぶりに、アリシアは驚き、プレセアは妹を庇うように前に立つ。リーガルは、青年の肩を力強く掴む。

 

「おいっ、大丈夫か!?」

「ぐっ、ごっ、おぁっ、ぎぎぎぎっっ」

「くそっ。アリシア、ジョルジュを呼んできてくれ」

「は、はいっ」

「……ん、いや、もう大丈夫だ」

 

 リーガルとアリシアが慌て始まるなり、青年はむくりとソファから起き上がる。さっきまでの悶えぶりはどこに行ったのか。今の彼は、ケロッとしていてる。

 

「は?」

「ふえ?」

「あ゛ーー、死ぬかと思った。プレセア、お願いだから殴るの止めてね? 当たり所が悪かったら俺死ぬからね?」

「……、アリシアに近付かないでください」

「あーはい、りょーかいっす。リーガル、アリシア、助かったよありがとう」

 

 謎の注射の効き目は抜群だ。顎の骨が砕けて喋れない筈なのに、今は平然と喋っている。どうやら、怪我そのものも治っているらしい。

 首に突き刺さった注射器を引っこ抜くと、青年はそれを握り砕いた。非力な彼らしくない。

 

「どういう事だ? 顎が割れていたのだろう?」

「内緒っす。アリシアの下着姿と引き換えに話しても……あだだだだっっ!? 冗談! 冗談だから髪引っ張るのは無しっっ!!」

 

 どうやら素直に話すつもりはないらしい。そうならそうと言えばリーガルも引き下がってくれたかもしれないのに、余計な事を言ってプレセアに制裁されている。これについては完全なる自業自得だ。阿呆としか言いようがない。

 

「……何だかよく分からないが、怪我が治ったならそろそろ話して貰おう。アリシアを狙っているのは、どこの組織だ?」

「懲りないっすねあんたも。それについては話さない。だけどプレセアもアリシアも俺が護るし、ついでにあんたも護るからここに置かせてはくれないか?」

「…………」

 

 リーガルからすれば、青年の言う事を簡単には受け入れられない。この建物の警備は万全であり、何があっても即座に対処出来る。取り敢えずアリシアに何かしらの危険が迫っていることについては、これまでの男の様子を見ていればまだ納得出来る。とても信じ難く思えるが、ああも必死な姿を見せられたら無下に扱うことは難しい。

 だからこそ、情報共有は必要だ。一人で動こうとするよりは、二人三人で動いた方が良いに決まっている。その為にはどのような組織がアリシアを狙っているのか具体的に知っておきたいのだが、この男と来たら話をはぐらかしてばかりだ。これでは協力のしようもない。

 

「……やはり信じられんな。戯言にしか思えん」

「だから戯言じゃないんすよ。アリシアは本当に危ない。だから」

「…………」

「ん、どうした?」

 

 話の最中、プレセアが男の髪を引っ張った。結果話を中断するしかなくなった訳なのだが、青年は彼女の方を向いて明るく笑う。

 

「……、アリシアを」

「わーーかってるって。大丈夫、俺が死んだって護るから。命を棄ててでも、必ず」

 

 こと体力や腕力において何一つプレセアに敵わない。魔術だってろくに扱えない。護衛として、彼は非常に頼りない。それでも、青年は誓いを立てる。目の前の少女を、その家族を必ず護ると。絶対に助けると。

 

「……アリシア。君はどう思う?」

「わ、私ですか……?」

「この男が護衛に付くことに、異論はあるか? 正直に話してくれ」

「…………よく、分かりません。でもその、悪い人……ではないと思いますし、だからその……」

「……分かった。取り敢えず、お前は部屋に閉じ込めておく」

「えっ」

「当然だ。まだ信用は置けん。ただ、悪人とも言い切り難い。だからひとまず、私の監視下において後々判断していく」

 

 結局、青年は信用を勝ち取れないようだ。しかし、問答無用で牢にぶち込まれないたり、少しは信じて貰えているのかもしれない。もしくは、この公爵が余程甘い人間なのだろう。

 

「……つまり、保留ね」

「そういうことだ」

「ま、追い出されるよりは良いっすね……。取り敢えずは、そんな感じで頼むっすよ」

 

 状況が良くなっているとは言えないが、悪くなっている訳でもない。取り敢えず、青年の扱いは保留と言う形で宙ぶらりん。これから公爵の信用を勝ち取れれば良いのだが、果たしてどうなってしまうのやら。

 

「何にせよ、よろしくっす。リーガル、アリシア」

「はい、よろしくお願いします!」

「……アリシアに妙な真似はするな。その時は牢屋行きだ」

「うへぇ。手厳しいっすね公爵様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鍛練っす!

お久しぶりです^q^


 

 

 

 

「ごっ、あっっ……!?」

 

 悲鳴と同時に花びらが舞う。それは今まさに拳でぶっ飛ばされた青年が色鮮やかな花壇の上に背中から落下したからだ。レザレノ・カンパニーの屋上庭園にて、軟弱エルフが顎を押さえながら転げ回っている。奇妙な色合いの瞳からは涙が溢れ、表情は苦悶に満ちてとても苦しそうだ。それでも手にはしっかり木刀を持っていて、対面には涼しい顔をした余裕綽々のリーガルが立っている。

 この二人、現在運動と称した組み手の真っ最中。事の発端は、部屋に軟禁されていた青年が体を鍛えたいと駄々を捏ねたからだ。

 リーガルからすればこの男はどうにも信用ならない節がある。が、決して悪人ではない。そうと分かってはいるものの、立場や警戒心からそう簡単に野放しにしたくないのも確か。

 なので、仕方なく鍛練の相手を買って出た。デスクワークばかりの毎日を送ってばかりだから、たまには体を動かす機会が欲しいと思っていたのもまた事実だが。

 軟弱エルフとプレセアがレザレノ・カンパニーに潜入してから、既に一週間が経過していたりする。

 

「ぐぉお……っ! ちったあ手加減とかしないんすかっ? こちとらエクスフィア無しなんすけど……っ!!」

 

 木刀を支えにふらつきながらも立ち上がり、花壇に向かって血を吐き捨てながら彼はそう言った。この軟弱エルフの戦力は、仕事ばかりで勘が鈍ったリーガルの足元にも及ばない。先程からボコボコにぶっ飛ばされてばかりで、何とも情けない姿を晒し続けている。

 ただ、それでも根性だけは一人前だ。どんなに殴られようが、投げ飛ばされようが、参ったとは絶対に口にしない。その点だけは、唯一評価出来るところだ。

 

「お前はエルフなのだろう? なら、魔術は使わないのか?」

「使わねーっす。マナを無駄遣いはするもんじゃねえんすから」

「……テセアラのマナは潤沢だ。何を気にする必要がある?」

 

 魔術を使うということは、マナを消費すると言うこと。人間に魔術を扱うことは出来ないけれど、それでも魔術がどのような代物か知っている者は知っている。ましてリーガルは大企業の会長で貴族なのだから、持っている知識量は一般人より遥かに多い。だから、軟弱エルフの言葉に首を傾げるのだ。

 テセアラのマナは潤沢であり、魔術を使ったところで何の問題も無い。なのにどうして、彼は魔術を使おうとしないのか。

 

「……あんたに怪我させたら、プレセアに殺されるんすよ。よくもアリシアに心配かけさせたなって」

「そのような事は、流石に無いと思うが……」

「いーや有るっすね。今のプレセアは、アリシアの心身の安全が行動基準っすから。ああ怖い怖い」

 

 魔術を使わない理由。それは酷く単純だった。顎を擦る彼は、もうプレセアに殴られたくないのだ。うっかりアリシアの着替えを覗いてしまった時、顎の骨をカチ割られたことが少しトラウマになっているらしい。

 

「さーてリーガル。次こそは一発お見舞いしてやるかんな!」

 

 そう言って、彼は木刀を構える。まだまだ鍛練を続けるつもりの青年を前に、リーガルは無言で拳を構える。何だかんだで最後まで付き合うつもりなのだろう。ただ二人の実力差は天と地ほどもあるのだから、万に一つも貧弱エルフが勝つことは無いのだが。

 二秒後、またもぶっ飛ばされた青年は完全に気絶した。

 

 

「あ゛ーーっ、口んなかいってえ。あの野郎バカスカ殴りやがって……」

 

 青痣が出来た顎を指で擦りつつ文句を言いつつ、白衣を着た彼は様々な実験器具の前に立っている。右には薬品棚、左にも薬品棚、足元には散乱した大量のレポート用紙。そして、目の前には実験台。ここは彼がリーガルに無理を言って作って貰った開発室であり、研究室。何の為にわざわざこんな部屋を作ってもらったのか。その理由は明白だ。彼はエクスフィアに蝕まれているプレセアを、どうにかして救いたい。抑制鉱石にドワーフさえ居れば手っ取り早く済ませられるのだが、そのどちらも手元には無い。リーガルが探してくれているようだが、抑制鉱石はともかくドワーフ探しの方が難航している。

 だからと言って、ドワーフが見つかるまでプレセアを放置しておくことは青年には出来ない。彼は元・研究者。持ち得る知恵を活用し、どうにかプレセアの症状の進行を阻止、或いは改善出来ないかと試行錯誤しているのだ。結果は、芳しくないのだが。

 

「作り直しては見たけどなぁ。どんな作用が出るかも分からんってのが。いやのんびりしてる暇は無いんだけど、失敗は許されないわけで。エクスフィアで強化された肉体を信じるか?

 ……いや、拒絶反応が出たり症状を進行させてしまったらそれこそヤバい。かといってこれ以上放っておくのも避けたいんだが……」

 

 ブツブツと独り言を繰り返しながら、彼は研究室の中をぐるぐると歩き回る。実験台の上には既に幾つかの薬品が出来ており、それらはプレセアの為に彼が準備してきたものだ。しかしまだ、投薬をする決心は付いていないらしい。研究者として、科学者として、リスクは避けておきたいようだ。

 

「石炭使って出来る薬だって世の中にはあるんだ。なら抑制鉱石使ったって問題はないだろ。いやでもさぁ、鉱石の摂取はどう考えても毒だろ。いっそ解毒剤も作っておくか? どんな副作用が出てくるかも分からないのに?

 そもそも、副作用が症状進行に作用したら詰みだろ。手頃なモルモットでも居りゃ助かるが……ああそうか。俺が自分で試してみれば良いか。な、訳ねぇだろ。この体で紋無しにエクスフィアを装着したら直ぐ死ぬって」

「あのー……」

「いっそリーガルに協力して貰うか? いやいやそれはアリシアにも殺されるだろ。ああそうだ、向こうの神子で試すってのはどうだ? はっ、馬鹿言え。どんだけ長い間マナの逆転が起きてないと思ってんだ。つーかそもそも、世界再生するような神子は漏れなく連中の手に堕ちる。

 あー、困った。どうすっかなマジで……」

「あのっ!」

「おおぅっ!? なんすかアリシアっ」

 

 思考に耽過ぎて、彼は周囲がまるで見えていない。こうしてアリシアに何度も声をかけられないと、誰かが近寄ってきたことに気づけない程だ。それだけ目の前の物事に集中出来るのか、それともそれ程までにプレセアを助けたいのか。

 足を置くような場所も無いような部屋を見て、ちょっとアリシアは呆れているようだ。

 

「少し休憩しませんか? こんな夜遅くまで、何も食べないでいるのは体にも悪いですし。それに……こんなに散らかして……っ!」

「……ん? そんな時間経ってたっすか? あーでも大丈夫っすよ、別に腹減ってないし」

「良 い か ら 休 ん で く だ さ い」

「えぇ……? いやでも」

「……お姉ちゃんに言いますよ?」

「あ、それは勘弁して欲しいっす。ごめんて」

 

 知り合って一週間。アリシアもそろそろこの男をどう扱えば良いのか分かってきたらしい。今の彼はプレセアへの告げ口をチラつかせると素直に言うことを聞く。

 こうしてプレセアの名前を出された以上、軟弱エルフとしてはアリシアの言葉に従わざるを得ない。

 

「お部屋、掃除しておきますね。だからその間に、晩御飯を食べてくださいっ! ブライアン様みたいな不摂生は駄目ですからね!」

「ぅ、うっす。じゃあちょっと飯食ってくるっすけど、その辺の薬品には触ったら駄目っすからね? 普通に死ねるから。ほんと、触っちゃ駄目っすからね!?」

 

 こうして彼は研究室から追い出され、夕飯を食べに別室へと向かうことになる。今日の飯はなんすかねー、なんて呟きながら。

 

 一時間後、とっ散らかった研究室はアリシアの手によって綺麗さっぱり整頓されていた。もっとも、翌朝にはまた盛大に散らかってしまったのだが。

 

 



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