サーカス・ア・ライブ (鳩胸な鴨)
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プロローグ
五十嵐 九十九


モンハンが楽しすぎてイエティになりそうでした。
二十話くらい溜め込んでますが、気が向いたらちょいちょい出していこうと思います。


良くある、二択の質問を数回繰り返して、自分のことがわかる…所謂『タイプ別役診断』ってのがあるだろ?

そこで俺、『五十嵐 九十九』からの質問だ。

 

 

目の前に、拘束具で全身縛ったみたいなカッコした女が二人居るとする。

片方の女は傷だらけで、素人目から見ても瀕死も瀕死、処置しねーと死ぬって状態だ。

ンで、もう片方は無傷も無傷。

その女の返り血浴びて真っ赤になりながら、子供みてーに半狂乱になって泣き喚いてる。

そんな女が…。

 

 

 

「懇、願……。放って、おいて…くだ、さい」

「放っておけるわけないじゃん!!

誰か、誰か助けて!!」

 

 

 

こんなやり取りしてたら、どーする?

え?俺はどーしたって?

ヒントをやろうか。驚きすぎて考える暇も無かった。

いや、女の傷に驚いたワケじゃねーんだ。

俺が驚いたのは、傷じゃなくて「その傷をつけた犯人」の方。

 

え?分かんない?

じゃあ特大ヒントをやろう。

俺こと「五十嵐 九十九」は、「仲町サーカス」の「道具方補佐」だ。

え?仲町サーカスってなんだって?

んー……。上手いこと言えないが、「超有名なサーカス」って覚えてくれたら、それでいい。

 

んじゃ、答え合わせといこうか。

その女を傷つけた犯人っつーのは……。

 

 

「……自動、人形?」

 

 

そう。自動人形と書いて「オートマータ」と呼ぶ存在だ。

コイツらの仕組みは隅から隅まで知ってる。

どの歯車を狙えば動けなくなるとか、何処から何が出てくるかまで。

そして、『ここ』に居るはずがないということも。

 

「っとと、ンな場合じゃないか。

そこの嬢ちゃん、傷見せな」

「っ!『ネコ』さん、お願いっ!」

 

泣き噦る女を退かし、横たわる女の傷口に目を向ける。

袈裟斬りで深く腹を切り裂かれており、そこからどくどくと血が流れていく。

このまま運べば、倒れている女は死ぬ。

普段医療に関わることのない素人目から見ても、そのことはすぐに分かった。

 

「傷口は縫ってやる。ケータイはあるか?」

「な、ない……」

「貸してやるから、『15』に連絡入れろ。

『フラ語』はイケるか?」

「えぇっと……」

「分かんねーなら貸せ。呼んでやるから」

「その、夕弦は、助かるの……?」

「嬢ちゃんがゴタゴタ騒いでなけりゃ、な」

 

とんでもないことに巻き込まれたモノだ。

まだ「ネコの着ぐるみ」から着替えてないのに。

 

「よっと」

「ほわっ!?」

 

着ぐるみを上半身だけ脱ぎ、持っていたスーツケースを開く。

そこから糸と針を取り出し、出来る限り素早く傷を縫い合わせた。

 

「ほれ、終わり。嬢ちゃん、救急車来るまでこの嬢ちゃんに呼びかけろ」

「……えっ、あっ、うん!!」

 

俺が着ぐるみを脱いだことがショックだったのか、軽く放心していた女が、再び倒れた女に呼びかける。

……ってか、この双子はなんでフランスに居るんだ?

話してんの、日本語じゃねーか。

コスプレイベントでもやっていたのか?

ンなことを考えながら、俺は救急車を呼んだ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

これは、ほんの序章……。

いや、序章にも過ぎない、『パンフレットの世界観説明』さ。

 

さぁさぁ、ここからが本当の序章。

『才賀 勝』でも、『加藤 鳴海』でも、『しろがね』でも、はたまた『五河 士道』でもない主人公…『五十嵐 九十九』の『サーカス』。

皆さん、楽しんでいらっしゃい。

 

……ん?お前は誰だって?

一言だけ言わせてもらえば、『語り部』。

あたしの正体なんぞお気になさらず、今は存分に、このサーカスをお楽しみくださいな。




からくりサーカスの二次創作が少なかったので、自給自足ってことで作りました。
まぁ、自慰みたいなモンです。
そう考えると凄いですね、僕。世界規模で自慰晒してるみたいなモンじゃないですか。


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九十九マリオネット
第一幕 開幕ベル


あのプロローグだけじゃ物足りなさそうだから、ストックの一つを投下しました。
一刻も早くコロナが収まること、みなさまの時間潰しとして役に立つことを祈って。


手術室の前にあるベンチに腰掛け、女…八舞 耶倶矢とか言ったか。

ソイツの『半身』とやら…まぁ、双子なんだろう…の手術が終わるのを、ただ待つ。

余程心配なんだろう。

祈るように手を合わせる彼女は、格好も相まってか『神に祈りを捧ぐ天使』のように見えた。

 

「ねぇ、まだなの……?」

「手術っつーのは、そう簡単にゃ終わらねーよ。内臓がオシャカになってんだ。

まだかかる」

 

人というのは、簡単に傷ついて死ぬ。

『エンターテインメントとして殺しを行う自動人形』のつけた傷だ。

死ななかっただけ儲けものだろう。

 

「あーあ…。バイト途中で抜けて来ちまったからなァ。

着ぐるみ、どーすりゃ良いんだ…?」

 

バイト途中で着ぐるみオシャカにしたニーチャンは、『クビになった』って言ってたけど、それで済むか……?

ンなことを悶々と考えるも、ふと隣の彼女の顔が映る。

彼女は悪い想像をしてしまったのか、ボロボロと涙を零し、声を殺していた。

 

「La salle d'opération est terminée」

「終わったってよ」

「!!夕弦ぅ!!」

 

半日にも及ぶ手術室は、唐突に終わりを告げられた。

その言葉にいち早く反応した耶倶矢は、目にも留まらぬ素早さで手術室へと向かう。

流石に手の消毒程度しかしていない人間を入れるわけにもいかず、俺は彼女の首飾りを引っ張り、こちらに引き戻した。

 

「離せ、このネコ!!」

「待ちやがれって。

テメーの知らねーウチに着いたバイキンがそのユヅルの嬢ちゃんに着いたらどーすんだ。バイキンってのは、結構そこら辺に漂ってんだぞ?」

「うっ……」

 

他のヤツのことを考えろ、と言っても、周りの見えてないコイツは絶対聞かない。

「夕弦」という名前を出した途端、予想通りというべきか、大人しくなった。

 

「容態聞かねーと。えぇっと……フラ語で言うと……」

「不慣れでしたら、日本語で報告いたしますよ」

「んがっ!?」

 

俺の苦労はなんだったんだ。

五歳児並みのフラ語しか出来ねーことに気づかれたのか、流暢な日本語で話しかけてくる執刀医。

話せるんなら、最初から話してくれ…というのは贅沢か。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

暫くして。回復し、話せるようになったと医者に連れられ、俺たちは病室に入る。

そこには、病衣姿で包帯を確認する夕弦が居た。

 

「夕弦、大丈夫!?」

「肯定。特に問題はありません」

 

その姿を見て感極まったのだろう。

耶倶矢は床を蹴って、夕弦の下へと駆け寄った。

夕弦はなんでもないように、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「……っ、良かったァ」

「謝罪。心配かけてしまって、ごめんなさい」

「ううんっ、だい…じょう……」

 

と、次の瞬間。

張り詰めていた気が緩まったせいか、崩れるように耶倶矢は眠り落ちた。

夕弦は彼女の頭を撫でると、小さく頭を下げる。

 

「感謝。貴方が、夕弦を助けてくれたのですね」

「傷口を縫っただけだ。大半はこのビョーインの医者サマのおかげだよ」

「そうですか」

 

彼女と言葉を交わした、その瞬間。

 

「ぜひ」

 

聞きたくも無かった、聞くはずもなかった、『あの声』が聞こえた。

耳を凝らせば、この部屋の中の患者全員が、小さく「ぜひ」と小刻みに繰り返している。

まさか、そんなはずはない。

そんなはずは無いんだ。

そう思いながら、俺はカーテンの隙間から見える隣の患者を覗く。

 

「……っ!?」

 

忘れもしない、あの顔。

首を押さえ、痛みを訴えるかの如く突き出された舌。

苦しみから逃れるように、宙を彷徨う瞳。

間違えようが無い。この病は。

 

「……?質問。隣に誰か知り合いでも?」

「あ、あぁ、いや。そーゆー訳じゃねーんだ」

 

あの悪夢が、再来しているのだろうか。

いや、最後は自分の過ちを認めた筈だ。

いくら考えようが、何故『ゾナハ病がこの世界にあるのか』という答えは出ない。

その葛藤を隠すように、俺は笑みを浮かべて夕弦に笑みを浮かべる。

 

「まァ、助かって良かったわ。

双子の…妹だから姉だかは分かんねーけど、耶倶矢の嬢ちゃんも心配してたぞ」

「……そう、ですか」

「ンで聞くが、どーしてあんなことになってたんだ?」

 

俺が聴くと、夕弦は暫し考え、口を開いた。

 

「説明。…簡潔に言えば、『急に妙なヤツに襲われた』というところです」

「………ソイツ、『自動人形』だとか、『真夜中のサーカス』だとか言ってなかったか?」

 

その言葉に聞き覚えがあったのだろう。

夕弦は即座に首肯した。

 

「『自動人形』であると、自ら名乗りながら、襲いかかって来ました。

私たちは応戦したのですが……」

「押し負けたと。

ンで、耶倶矢の嬢ちゃんを庇ったと?」

 

当たり。

肩を大きくびくりと震わせ、これでもかと目を見開く。

 

「な、なんで……?」

「俺だったらそーするってだけだ。

 

 

……っと、おいでなすった」

 

 

 

窓に見える存在に視線を向け、俺は持っていたスーツケースの穴に指を突っ込む。

 

 

 

ぱりぃん。

 

 

 

次の瞬間。患者など知ったことかと言わんばかりに、病院の窓が叩き割られた。

 

「『精霊』よ!!

此度こそ、この自動人形…『首切りカマベエ』がその『霊結晶』を頂こう!!」

 

降り注ぐガラスをケースで防ぎ、割れた窓に立つ存在を見る。

全身に草刈鎌をつけ、歪な笑みと動きで他者を畏怖させるその存在。

ヤツの放った言葉は気になるが、今はそんな場合では無い。

 

「ビョーインではお静かに」

 

 

 

どごん。

 

 

 

自動人形の顔に、スーツケースをぶち当てる。

俺を『敵』として認識していなかったのだろう、ソイツは無様に吹っ飛んでいった。

俺はスーツケースに指を突っ込んだ状態で、割れた窓から飛び降りた。

 

「出番だぜ、相棒」

 

穴から指を引き抜き、『糸』を引っ張る。

落下していくスーツケースは、それに連動して開き、『相棒』がその姿を天下に晒した。

 

 

 

四つの腕。二つの顔。

凶暴性と知的さを併せ持ったデザイン。

ソイツの名は、『ジキルトハイド』。

 

 

 

相棒に抱えられた状態で着地すると、顔が凹んだ状態の自動人形が、凄まじい形相で俺を睨みつける。

 

「なんだ、貴様はァ!!たかが人間が、この首切りカマベエの顔に傷を…」

「ぺちゃくちゃうっせーよ、木偶」

 

糸を引き、いつでも技を放てるように『相棒』に構えを取らせる。

 

「『草刈りが考えた最強装備』みてーなダセーカッコしやがって」

「……っ!!」

 

自動人形は怒りに顔を歪ませると、身体中を回転させる。

刃物が付いているため、一発でも貰えば致命傷は免れないだろう。

 

「この、生意気な人間めっ……!

その『人形』諸共、切り裂いてくれる!!」

「ハッ。俺の『ジキルトハイド』は、手抜きデザインのテメーにゃ負けねーっての」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

夕弦は割れた窓に近づき、眼下に広がる光景を目の当たりにする。

飛び降りたはずの少年は、巨大な人形を操り、自分を傷つけた存在と対峙していた。

十人中九人は、少年が負けると言うだろう。

夕弦も勿論、その九人の中に入っていた。

 

「っ、ほざけェ!!」

 

自動人形は地面を蹴り出すと、回転する刃で少年を殺しに来る。

少年は慌てることなく、人形の四つある腕のうち、上二つの腕から『剣』を展開する。

 

「『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』」

 

糸を右手で軽く引くと、人形もそれに連動して動き、相手の鎌を受け止める。

ガラスの割れる音、甲高い金属音、自動人形の大声。

それらに患者、医者両方が気づかないはずもなく、窓の外に見える闘争に、目を奪われていた。

 

「なっ……!?なんだ、その剣はァ!!」

「コイツは固ェ炭素のカタマリを、ちょーっとずつ削って作ったお手製でなァ。

テメェ如きの鎌なんざ、容易く受け止められる」

 

少年は笑みを浮かべながら、左手を引き、切り裂くように右手を振る。

すると、もう二本の腕が自動人形の腕を掴み、盛大投げ飛ばした。

 

「はぁ!!」

 

自動人形は足から『ブースター』を展開し、空で体勢を整える。

普通の攻撃は通じないと思ったのだろう、『カマベエ』という名に喧嘩を売るように、手から特大の針を数本、細かなものを数え切れないほどに発射する。

「驚愕、アレは……!」

 

自分たちの風が束になっても、揺らぎすらしなかった技。

自動人形は勝ちを確信してるのか、にやり、とおぞましい笑みを浮かべる。

 

「……ごめんなァ、相棒」

「どうやら諦めたようだな…!では、惨めに死んでいけェ!!」

 

少年は巻いたバンダナを少し下ろし、顔を隠す。

このとき、病院に居た全員は、少年が「終わったもの」だと思っていた。

が。それは少年が放った言葉で覆る。

 

「デケェのだけ、叩き落としてくれ」

 

小さな杭が、前に出た人形の体にぶすりと刺さっていく。

しかし、大きな杭だけは、ジキルトハイドの腕によって切り裂かれた。

 

「なっ……!?」

「傷がついちまったな。

あとで治してやるからな……」

 

慈しむように言うと、少年は人形の背へと乗り込む。

そして、背中にある穴へと手を突っ込むと、仕込んでいたブースターが姿を現した。

 

「『隠し芸』ってのはな、『ここぞ』って時に披露するんだぜ。

相棒にとっちゃ空飛ぶ程度、『隠し芸』とも言えねェな」

 

同じように空を飛んだ人形に、病院から覗く誰もが目を剥く。

夕弦も眠りこける耶倶矢の隣で、無表情を完全に崩し、あんぐりと口を開けていた。

 

「な、なんだよ……!?

なんなんだよお前はァ!!」

「サーカスの『道具方』さ。

未来の、な」

 

少年は言うと、人形の腕から剣を出した。

黒く煌く刃は、サーカスを照らす、太陽という『照明』を反射する。

終幕に相応しい『芸』が、空という舞台で披露される。

 

「じゃあな、木偶」

 

人形はその痛々しい体を見せつけるように…否、『魅せる』ように舞い踊る。

抵抗しようとした自動人形は、次の瞬間に視界がブレるのを感じ取った。

 

「あぇっ?」

 

自動人形の顔が、ゆっくりとズレていく。

木の骨組みが露呈し、空洞となっていた穴からは、中身だった『銀の体液』が吹き出した。

 

「今度はもうちょい、芸でも覚えてきな」

 

銀の花火が、空に咲く。

少年と人形が地面へと降り立ち、病院に向けて一礼する。

芸を終え、観客への感謝を伝えるサーカス芸人のように。

瞬間。『観客席』から、称賛の声が轟いた。

 

「………感激。すごい、です」

 

夕弦は声を上げなかった。

ただ、あまりの衝撃と感情の起伏に理解が追いつかず、呆然と見ているだけ。

少年…『五十嵐 九十九』は、夕弦に向けてひらひらと手を振り、人形とともに何処かへ去っていく。

その後ろ姿は、カーテンコールの中、舞台の奥へと消える芸人のようであった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あーっ!!

だからああいう『数打ちゃ当たる』っつータイプの自動人形はキライなんだ!!」

 

病院の裏の森にて、何処かへと去ったように見せかけた俺は、半泣きで叫ぶ。

俺の愛しい相棒が、こんなに穴だらけになってしまった。

ここまで派手に傷つくのなんて、一体いつぶりだろうか。

 

「痛かったよなァ。ごめんなァ」

 

わんわんと泣きながら、俺は半狂乱で刺さった杭を抜き、破損した部分を修繕していく。

幸い『中身』に傷はなく、覆っていた布が傷ついた程度であった。

 

「よしっ、これで元どおり!

暫くゆっくり休んでくれよ……」

 

俺は相棒を寝床のケースへとしまう。

後は、病院に戻るだけだ。

あの二人、フラ語が出来ないから、生活に困り果ててしまうだろうから。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…あれェ?九十九、どこ行ったんだろ?」

 

その頃、『別の世界』では。

犬の着ぐるみを着た少年が、風船片手にぽつりと突っ立っていた。




勝くん。君の出番、もうしばらくないんだわ。


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第二幕 分解

私の推しは生方法安です(どうでもいい)。
放送当時はアニメに出てなくて、憤死しそうでした。

今回、ちょっと詰め込みすぎた気がします。

サブタイトルに『第二幕』って付けるの忘れてました。


翌日。

相棒を治した俺は、病室を移された夕弦の面会へと訪れる。

扉を開けると、やかましい話し声が耳に響く。

耶倶矢は病院で寝泊りしたらしく、元気そうに夕弦と話していた。

 

「来たか、『聖魔の人形遣い』…『ホーリーナイトメア・ウィザード』よ!!」

「なんだ、その耳が腐りそうな名前は」

「なっ!?」

 

子供が考えた『さいきょうっぽいなまえ』ってカンジの言葉の羅列だった。

ギイのニーチャンは詩的だったけど、コレは詩的というより、カッコいい単語を並べただけだ。

ショックを受けてぱくぱくと口を動かす耶倶矢を退かし、夕弦に話しかける。

 

「よ。ケガどーだ?」

「唖然。耶倶矢に向けてああもハッキリと『脳が腐りそうなネーミングセンス』と言ったのは、貴方が初めてです」

「そこまで酷く言ってねーよ」

 

未だに金魚みたいに口を動かす耶倶矢に、夕弦がトドメを指すように追い討ちをかける。

自覚がない分ショックだったのか、膝を抱えて落ち込んでしまった。

 

「うぅ…。ちょっとカッコよく出迎えようと思っただけなのに…」

「あー……。すまねェな。

配慮が足らんかった」

 

女の精一杯の出迎えに、ケチをつけてしまったのか。

そのことに罪悪感を感じた俺は、素直に耶倶矢に頭を下げる。

が。彼女はそれで満足することなく、俺の持つスーツケースを指さした。

 

「見せて」

「は?」

「私、見れなかったもん。見せて」

「……ここで出したら、病室ぶっ壊れるから、外出るぞ」

 

やれやれ。泣き顔を見せられちゃ、サーカス団員としては黙っておけねェな。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「おぉー!!」

「感嘆。コレが、昨日の……」

 

病院の中庭にて。

スーツケースから出した相棒を見上げ、二人がそれぞれ反応する。

耶倶矢は好みのドストライクだったのか、キラキラと目を輝かせながら、相棒に触ろうとする。

 

「あんま触んな。山のように危険物が搭載してるんだから」

「危険物?」

「おう。ほぼなんでも溶かす液体とか、切れ味のある刃とか」

「怖っ!?」

 

流石に危険を感じ取ったのか、素早く手を引く耶倶矢。

彼女に向けて、俺は「冗談だ」と言って糸を引っ張った。

 

「こうやって操作しねーと出ねーよ」

 

ジャキン、と音を立てて『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』を出す。

耶倶矢はあんぐりと口を開けていたが、すぐさまそのデザインを気にいると、恐る恐ると言ったように指で触れた。

 

「おぉ……!これが、伝説の魔剣『バルムンク』か……!!」

「バルムンクじゃなくて、『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』だ」

 

勝手に名前をつけるな。

俺が正式名称を言うと、耶倶矢は不満そうに頬を膨らませた。

 

「カッコ悪い名前」

「カッコ悪いもなにも、コイツのモチーフは『有名な殺人鬼』だ。

名前もソレに沿ったモンにしたってわけ」

 

相棒を作ったのは、『俺』だ。

五年も前に作ったコイツには、ある意味が添えられている。

……まぁ、今やそれも形無しなんだが。

 

「驚愕。そんなに恐ろしいものだったのですか?」

「いンや、モチーフってだけ。

コイツ自体に罪があるわけじゃねェ」

 

ポン、と何度修繕したか分からない腹に触れ、中の歯車を感じる。

良かった。手入れを怠っていないお陰か、調子がよさそうだ。

 

「それにしても綺麗よね。こまめに手入れされてるのが、素人目で見ても分かるわー」

「同調。昨日あれだけ傷がついたというのに、まるでなかったみたいです」

 

手入れのことを褒められるのは、悪い気分じゃ無い。

照れ臭かった俺は顔を逸らした。

 

「道具方にとっちゃ、道具は命なんだよ」

「どーぐがた?」

「サーカスの道具を管理したり、手入れしたりする仕事さ」

 

今や世界は空前絶後のサーカスブーム。

世界を救って五年も経つというのに、サーカスのブームは終わることがない。

そりゃあ当たり前か。

百数年も人類を悩ませた『ゾナハ病』が終わったのだから。

……だというのに、ここまで大きな病院に何人もの『ゾナハ病患者』が居る。

いくらなんでも、おかしいのではないだろうか。

 

「疑問。サーカス?また珍妙な…」

「珍妙なって、爆発的人気じゃねーか」

 

 

 

 

「……?そんな話、聞いたことないけど」

 

 

 

…………………は?

 

 

 

その言葉を聞いた途端、俺の脳裏にある光景が浮かぶ。

ただ普通に、作った人形で遊んでいた小学五年生の春。

いつのまにか知らない場所に迷い込み、自分の知らない『ゾナハ病』という病と出会ったあの日。

 

俺が『才賀 勝のサーカス』に『親友』として付き合っていた、あの日々。

 

「なァ。『仲町サーカス』って、知ってるか?」

「へ?何それ?」

 

脳天がかち割られたような気分だ。

なんてことだ。俺は、望んでいなかった『最悪』に出会したようだ。

 

「なーんでこのタイミングなんだよ……」

 

俺は実に、五、六年ぶりに『この世界に帰ってきた』。

そのことを受け入れるのには、まだまだかかりそうだった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

数日後。俺は大々的にニュースに取り上げられてしまっていた。

新聞、ニュース、ネット、雑誌。

思いつく限りの全てのメディアで、俺の顔が報道されてしまったのだ。

 

 

 

その見出しの大抵は、『三十年前に行方不明になった少年、当時より五歳だけ年をとって帰ってきた!?』というもの。

 

 

 

流石に本当のことを話すわけにもいかず、俺は『気がついたらこうなってた』で押し通すことにした。

その日から、俺に向けられるのは稀有なものを見る、好奇の目だった。

 

サーカスのように、人を笑わせるための注目ではない。

仲町のおっちゃんが受けた、『メディアの被害』。

話に聞いていただけのソレを、俺は身をもって感じていた。

 

「呼声。大丈夫ですか?」

「なんか、顔色悪いよ?」

「……大丈夫だ」

 

『金を出す』ということで、日本の『感動の帰国!』というテーマを扱った番組の誘いに乗り、俺は一旦帰国することにした。

八舞姉妹にそのことを話すと、二人は「じゃあ一緒に行く」と言った。

 

「……勝。今度の約束、無理かも知れねェ」

 

『今度、一緒にサーカスの芸人として出てみようよ!』という、他愛もない約束。

離陸前の飛行機の中、俺は悲しみを吐き出すように、口を動かした。

帰りたく無かった。

ここでの思い出は、ロクなものがない。

俺はあの世界で骨を埋める気だったのに、運命とは残酷なものだ。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

『ねぇ、あれ不気味じゃない?』

『団体客だってのに、全然喋んないよ』

 

ボソボソと飛行機に乗ろうとする客に向け、そんなフランス語の陰口が投げかけられる。

その存在は、なんというべきなのだろうか。

今時の若者ではあるが、何処となく「生気」が無いように感じられた。

 

「ここに、カマベエを壊したヤツが…」

「我らが仇を取るのだ」

 

その胸に宿すは、『上っ面だけの復讐』。

その上っ面に踊らされた人形が牙を向くまで、あと数時間。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

離陸して数時間。

日の光が当たる場所を飛ぶ飛行機の中、その存在は目立っていた。

テレビスタッフに囲まれた、まだ高校二年生程度の子供たち。

皆はソレを奇怪なものを見る目を向け、再び目を逸らす。

 

「……はぁ」

「……提案。耶倶矢。何か話してください。

空気が重いです」

「パス。そんな気分じゃないし」

 

その子供…つまり俺たちは、この重圧に耐えきれずにいた。

ショージキ、今すぐ相棒で逃げ出したい。

でも、一度帰国していろんなことを確認しておきたい。

悩みに悩んだ結果ここに居るのだから、今更どーこう言うつもりはないが、嫌なモンは嫌だ。

 

「大丈夫かい?緊張してるのかな?」

 

やけに若々しい爽やかな印象を受ける男が、前から俺に話しかけてくる。

 

「まァ、そんなとこっす」

「同調。ガチガチです」

 

俺たちが頷くと、その男は笑みを浮かべた。

 

「ただ家に帰るだけなんだろう?

だったら、堂々としておくべきだ」

 

…なんだろう。何故かは知らないが、この男、何処か見たことがある。

いや、気のせいなのかも知れない。

だが、確実に「見たことがある」と言える。

…この淡麗な顔立ちに、この爽やかな印象。

いや、まさか…な。

 

「僕は日本戸籍だけど、生まれはフランスなんだ。

ちょっとした野暮用で帰ってきてね」

「そっすか」

 

生まれがフランス…?

ますます既視感がある。…というより、この状況…。

 

 

 

 

「きゃああああああああっっ!!!!」

 

 

 

 

俺の思考は、耳をつんざくような悲鳴にかき消された。

シートベルトを外して後ろを見ると、武装を展開した自動人形が数体、こちらを睨みつけているではないか。

 

「見つけたぞ」

「ば、バケモノ!!」

「誰か、誰かぁ!!」

 

展開した武装に、まるでBBQの串に肉を刺すかのような感覚で人を刺す自動人形。

飛行機の中は、あっという間に地獄絵図と化した。

 

「ちょっ、九十九!!」

「わーってる!!」

 

思い出した。

確か、鳴海のニーチャンとギイのニーチャンが飛行機の中で戦ったと聞いた。

襲ってきたのは、攻撃すると自爆するタイプのもの。

つまり、今同じ状況下にある俺が相手取るのも、同じ存在である可能性が高い。

 

「お前か。カマベエを壊したのは」

「許さないぞ」

「その割にゃ、声に怒りが篭ってねーなァ、木偶ども」

 

そう挑発して、俺は自動人形どもを引きつける。

が。やはり飛行機の中という狭い空間。

ヤツらが移動するだけで、無惨な死体の出来上がり、というわけだ。

その光景を見てか、耶倶矢が反射的に頭上の荷物入れからスーツケースを取り出した。

 

「九十九、コレ!」

「ここでンなバカでかいモン出せるか!」

 

相棒は『広い空間でしか戦えない』という、中々にデカいデメリットがある。

その点、ギイのニーチャンの『オリンピア』とか、しろがねのネーチャンの『あるるかん』は上手くできていた。

やはり、こういうところで五年前の俺の発想力の限界を感じてしまう。

 

「殺す。お前を殺してから、この乗客全員」

「殺す。お前を殺して、ここにいるヤツらも全員殺す」

「殺す。優先対象の『精霊』もいる。ソイツらも殺す」

「機械の方がまだアタマ良さそうだな」

 

俺は言うと、バンダナから仕込んでいた『工具』を取り出す。

勝に教えて貰った技術と、俺がこの数年で蓄えてきた、人形や機械への知識。

その全てを総動員させ、俺は席の背もたれに飛び乗り、自動人形へと迫る。

 

「これが『エアリアルサーカス』ってか。

笑えねェジョーダンだ」

「それで戦うの!?」

「制止。危険です」

「心配すんな」

 

これは『技』ではない。

本来であれば、道具方の『技術』として用いていたものだ。

ヤツらの展開された武装、そして服の奥にある歯車の構造を、以前出会った自動人形たちと比べる。

……にしても、こうして俺の持つ知識と比べると、『ストーカー』の作った自動人形よりも杜撰な作りだと言うのがよく分かる。

 

「わざわざ殺されに来たか!!」

「攻撃当てたら爆発すンだろ?

なら、『攻撃』はしねェよ」

 

懐に潜り込むと、一体の刃が俺を貫こうと迫る。

が。その刃を支える重要な部分を見抜くと、俺はそこに工具を差し込んだ。

 

「……?なぜ、ワタシの刃が動かない?」

 

その刃は俺の肉を切り裂くことなく、寸前でびたりと止まる。

なんてことはない。関節部分の空洞に工具を詰めて、動きを止めただけだ。

あとは、残った工具をコイツの足に差し込む。

 

 

 

「俺は道具方に命かけててな。細かいトコも整備するため、こんな技術もあるんだわ」

 

ーーーー『分解』っ!!

 

 

 

瞬間。ソイツの足は、銀の体液をばら撒きながら、バラバラになった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

九十九の前に座っていた青年は、これでもかと目を見開き、その光景を見ていた。

飛行機のハイジャックよりも凄惨な光景。

人の死体がごろごろと転がる旅客機の中、その光景を作り出した異形に立ち向かう少年。

青年にとって、この光景は既視感のあるものであった。

 

「テメェら、揃いも揃って粗悪品だなァ。

関節部分の作りが甘々だぞ」

 

あっという間に相手の足を分解した少年は、続けて体さえも解体していく。

数秒も経たないウチに、木と銀の液体の塊となったソレから工具を引き抜くと、もう一体の自動人形に迫る。

 

「すごい……」

「驚嘆。道具方とは、凄いものなのですね」

 

『道具方』。

その言葉を聞いた青年は、少年の顔を見る。

先ほどまでは、席に隠れて見えなかった顔。

聞き覚えのある声だとは思っていた。

あの時から成長こそしているものの、間違えるはずのないあの顔。

 

「……随分と、大きくなったものだ」

 

男は笑みを浮かべ、自動人形を解体する少年を見やる。

その顔は『兄』のようでありながら、『観客』のようでもあった。




主人公の『分解』は『見様見真似』です。
フェイスレスほどの素早さや的確さはないです。
あくまで、普通の技術として『分解』を使ってるだけです。


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第三幕 エアリアルサーカス

顎筋にできたニキビが痛いです。
タオルで拭いたら潰れました(怒)


空の襲撃者は残らず残骸となって、ボロボロになった旅客機の中に散乱する。

バンダナに工具を仕舞った俺は、続けて治療用の糸と針を出した。

 

「耶倶矢、怪我人運んでこい」

「えっ?私?」

「テメェが一番元気だろうが」

 

俺が言うと、耶倶矢は「くくくく…。この颶風の巫女に任せるがいい!!」とやけにテンションを上げて怪我人を運び始めた。

運び込まれる怪我人の傷を次々と縫い、止血を済ませる。

死者も少なくない数居たが、せめてもの手向として、キレーな状態にしておいた。

 

「随分と慣れた手つきだね」

「おう。怪我ばっかする親友が居てな。

医大の扱ってる教科書を格安で買って、縫合だけ学んだ」

 

先ほど言葉を交わした男の声が、背後から聞こえる。

先程は顔の全ては見えなかった。

が。俺はしゃがんで治療をしている状態。

片や男は、俺の背後に立っている状態。

俺は疑問を解消すべく、その男の顔を見る。

 

 

 

「Bonjour。小さな道具方クン」

 

 

 

細身の体。銀色の髪。

目の色だけは違うが、そのつかみどころのない態度。

間違いない。間違えようがない。

もう会えないはずの、『死んだはずの人間』が、俺の目には映っていた。

 

「あ、あんた……」

 

名を呼ぼうとした、その時。

 

 

 

ずどん。

 

 

 

重い衝撃と激しい揺れが、機体を襲う。

寝転ぶ怪我人と死体が宙に浮き、耶倶矢含む乗客たちも身を投げ出される。

その際に窓を覗き、その理由が分かった。

 

「っ、外にも……!!」

 

そこに居たのは、人間とカマキリを足して2で割ったような自動人形。

ソイツの生みつけた卵のようなものから、小型の自動人形が機体を覆い隠しつつある姿だった。

 

「アナウンスがない……?」

耶倶矢!パイロットの様子見てこい!!」

「ど、何処!?」

「お前から見て右側の扉だ!

扉が開かなかったら、ぶっ壊してでも中に入れ!!」

 

耶倶矢に指示を飛ばすと、俺はスーツケースを持って旅客機の外へ出るべく前を目指す。

アナウンスがないと言うことは、事態は『最悪』を辿っている。

 

「んしょっと!!……えっ?」

 

耶倶矢が腕力で扉を壊すと、短く悲鳴を上げた。

俺がそちらの方へ向かうと、そこには。

 

 

子供のカマキリ自動人形に首をちょん切られ、体を貪り食われているパイロットの無惨な姿があった。

 

 

 

「下がれ、耶倶矢!

くそっ、分解するにしても多すぎる!!」

「任せたまえ、ツクモ」

 

瞬間。群れが一つ残らず壊される。

美しい衣装をあしらった、聖母のような人形の腕が、自動人形を壊したのだ。

 

「っとと。壊してしまったら外に投げ出されるな。でも、君なら大丈夫だろう?」

「……そーゆーヤツだったな、アンタは」

 

俺はスーツケースに指を突っ込んだ状態で、割れた窓から飛び出す。

気圧に流されそうになるが、相棒を展開し、体を固定させた。

ブースターで屋根に飛び移ると、今なお卵を産み続けるカマキリの自動人形がそこに居た。

 

「けけけけ!これで精霊は殺せたも同然!!

後はゆぅっくり『霊結晶』を探せば…」

「『ジキルトハイド』ォ!!」

 

『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』を展開し、カマキリに斬撃を放つ。

しかし、ソイツは両手のカマでソレを受け止め、俺たちを弾き飛ばした。

 

「邪魔するなよ、人間。

俺は『霊結晶』を手に入れるんだから」

「ワケわかんねー動機垂れてんじゃねェよ。

そのぽんぽこ産んでるの、今すぐやめてもらおうか」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

飛行機の屋根で戦いが勃発すると同時に、窓が破られ、大量の自動人形が乗客を襲う。

そんな中、応戦するのは青年と耶倶矢。

夕弦含む負傷者は、彼らに挟まれるように守られていた。

 

「くっ……。我が《颶風騎士》…《穿つ者》でも捌き切れないとは……!

有象無象とはいえ侮れぬ…と言うことか」

「1匹も撃ち漏らさないでおくれよ。

ボクも前だけで手一杯なんだ」

 

耶倶矢が己の持つ最高の矛…《颶風騎士》を振るうと、群がっていた人形の一部が消し飛ぶ。

彼女の正体を考えればおかしな事はない。

当然の結果なのだが、彼らはそんな彼女を殺すために現れた刺客。

耶倶矢の攻撃など意味がないかのように、群れはすぐに元どおりになった。

 

「狼狽。そんな……!」

「やっぱり、元を断つしか……!」

「かなりの数を搭載していたみたいだな。

…となると、本体は大した事はない」

 

男は言うと腕を引き、人形を動かす。

その人形は細い腕で群れをなぎ払い、切り裂いた。

 

「なんでそう言えるの?」

 

耶倶矢が聴くと、男はなんでもないように答えた。

 

 

 

「なぁに。

無から有は生まれない…ってことさ」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

自動人形と少年の戦いは、苛烈を極めた。

本来であれば、数秒もあれば破壊できる程度の自動人形。

しかし、突風吹き荒れる飛行機の上という状況が、この戦いを厳しいものにしていたのだ。

 

「戦い辛ェ場所選びやがって……!」

「けけけけっ!人間如きが、この『キリスケ』様に勝てるわけがないだろう?」

「卵産むクセしてオスかよ…!

設定もブレブレじゃねーか……!」

 

ブースターで飛びながら人形を操る…という経験は少なくない。

しかし、こうも風が吹き荒れる状況というのは初めてで、正確な操作が出来ずにいた。

相手は足に生えた鎌を地面に突き刺し、動けないというデメリットを含めても、少年の攻撃にうまく対応していた。

 

「くけけけっ、後ウン万匹は作れるぜぇ?」

「ちっ。この風じゃ無理か」

 

人形の持つもう一つの武装は、ここでは使えない。

そのことを悟ると、少年は人形を動かし、自動人形に肉薄する。

 

「無駄だってのがまァだ分かんないの!?

人間って本当にバカだなァ!!」

 

がきぃん。

 

人形の刃と自動人形の鎌がぶつかり合い、金属音が響く。

追撃を嫌ってか、少年は人形を操作し、自動人形との距離を取る。

このままではジリ貧だ。

何か打開策は無いか、と考えていると、自動人形の鎌が目に入った。

 

「テメェら程じゃねーよ」

「あ?」

 

少年は小馬鹿にするように、自動人形に笑みを浮かべた。

 

「確かに人間はバカさ。

でもな。バカだから、過去の間違いや数少ない正解を必死に記録する」

 

思い出すのは、五年前。

少年はただ手先な少し器用なだけの、なんでも無いただの小学生だった。

特別なものなんて何も持っていない。

 

「相棒も、この飛行機も、俺の着てる服も、お前が我が物顔で振る舞う体も。

そうやって、人間が積み上げてきた『歴史』が生み出した産物だ」

 

彼の親友も同じようなものだった。

少しお金持ちなだけの、泣き虫な子供。

彼らは、強くならざるを得なかった。

だからこそ、彼らは『人間の力』に頼ったのだ。

その力の象徴と言わんばかりに、人形の刃が自動人形の鎌とぶつかり合う。

 

「俺ァたくさん間違えた。

相棒の『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』は、俺が掘り当てた炭素のカタマリを削って作ったモンだ。

元はデッケェカタマリだった。

でも、度重なる俺の間違いで、展開してる分しか残ってねー」

 

再び距離を取った少年は、もう一度同じ軌道で刃を振るう。

自動人形は先ほどと同じようにソレを受け止めた。

 

「俺が勝のジーチャンを守る力があったら、勝のジーチャンは死ななかった。

俺がコロンビーヌを直せてたら、勝が泣くことは無かった。

俺がアルレッキーノを直せてたら、リョーコがわんわん泣くこたァ無かった。

俺がパンタローネを直せてたら、法安のジッチャンはもうちょい生きれたかも知れねェ。

俺があの列車に居たら、ヴィルマのネーチャンが死ぬこたァ無かったかも知れねェ。

俺がアシハナのニーチャンに付き添ってたら、へーまが時々寂しそーにするこたァ無かったかも知れねェ」

 

吐き出すのは、過ち。

自分にはどうしようもなかったことくらい分かっているのに、諦めきれない過ち。

ソレを吐き出すたび、鎌と刃がぶつかり、火花が飛び散る。

 

「お前、『間違えた』って思ったことねーだろ」

「ソレがどうした!この俺様がやってることは、世界のためなのだ!

精霊を殺すということがどれだけ…」

 

自らの私利私欲を正当化するように、ベラベラと口を開く自動人形。

彼は気付くべきだったのだ。己の鎌がどうなっているか。

 

 

 

「だから気づかねェ」

 

 

 

ぱきぃん。

 

何度目かも分からない人形の一撃。

それにより、自動人形の両腕の刃は折れ、風に飛ばされる。

 

「テメェ、中身はその小せェヤツで埋まってたんだろ?

飛ばされねェよーに、足の鎌をヒコーキに突き刺してるから、そっから動けねー。

だから、俺の攻撃を受け止めるしか無い。

ンで、テメェらの活動するための燃料は、『人間の血』だ。

テメェの刃、人間の切りすぎで刃こぼれが酷かったぜ?」

 

少年が嫌味ったらしく笑みを浮かべると、自動人形は屈辱に染まった顔を彼に向ける。

 

「き……さま……!!」

「道具方の目ェ、ナメんな」

 

自動人形の足を切り裂くと、少年は手からあるものを自動人形に投げつける。

ソレは旅客機の中に居た人形たちに搭載された、衝撃を受けると爆発する爆弾だった。

 

 

 

「盛大に彩ってもらおうか。

このエアリアル・サーカスのシメは、テメェの花火だ」

 

 

 

瞬間。空に花が咲いた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「か、片付いた……」

「相手がバカで助かった。こっちに全戦力を注ぎ込んでくれた」

 

肩で息をする耶倶矢は、辺りを見渡す。

客席の瓦礫と見たくも無い肉片が散らばる旅客機に、軽く吐き気を覚えた。

 

 

 

「さて、と。パイロットも居なくなったし、どうしようか」

 

 

 

青年が言うや否や、旅客機を凄まじい衝撃が襲い掛かる。

ふわり、と体が浮き上がるのを感じ取った耶倶矢は、何が起こったのか理解できなかった。

 

「なっ、なになに?なんなの?」

「墜落してるのさ。このまま行くと、僕らまとめてあの世行き」

「墜落って、落ちてるの!?」

 

まずい。このままでは自分はとにかく、怪我で動けない夕弦が死んでしまう。

そのことを理解した耶倶矢は、駆け足で運転席の窓から飛び出す。

彼女は生まれ持った力で空中に浮かぶと、旅客機の上へと向かった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「九十九!」

 

『花火』が爆ぜた直後、聞こえるはずのない声が鼓膜を揺らす。

背後を向くとそこには、会った時と同じ格好をした耶倶矢が居た。

 

「耶倶矢!?どーやってんだソレ!?」

「後で話すから!!

このヒコーキ、墜落してるの!!

どうしたらいい!?」

 

ここで俺に振ってくるか。

俺だってこんな状況、初めてなんだ。

相棒で下に回ってブースターで対処しようが、この馬鹿みたいに重いヒコーキなんざ、持ち上がるわけがない。

 

「うまく着地させたら、なんとかなるが…。

操縦は出来ねーし、相棒もこいつを下から支えて着陸させるなんてマネは出来ねーぞ」

「下から支えればいいの!?分かった!!」

「あっ、ちょっ、おい!!」

 

そう聴くや否や、耶倶矢はヒコーキの下へと飛び立った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

耶倶矢は飛行機の下へ回ると、自らの力で風を発生させる。

飛行機の落下を和らげるほどの、凄まじい突風。

無差別に嵐を起こす体質を細かくコントロールするのは、耶倶矢にとって初めての経験であった。

 

「陸地はない…。なら、下すのはすぐ下!」

 

眼下には、何処までも広大な『海』の景色が広がる。

耶倶矢の脳裏には、飛行機のことを九十九にあれこれ聞いていた時の光景が残る。

 

 

 

『かような脆弱なモノ、地に落ちることは無いのか?』

『たまーに落ちるな。

でも、海のど真ん中に着水しても、乗客全員乗せれるボートとか、すぐに出るための滑り台とか仕込んでるらしーぞ』

 

 

 

「くくくく…。こ、光栄に…思え…!

我が人の子を救うのは、稀であるぞ…!」

 

風を巻き起こし、ゆっくり、ゆっくりと飛行機は海へ降りていく。

 

世界を殺すはずの災厄が、人を救った瞬間であった。




藤田和日郎先生…代表作『うしおととら』、『からくりサーカス』、『月光条例』…の漫画にあるシチュを書いてみたくて書きました。
『うしおととら』の「とら」みたいに、耶倶矢に飛行機担がせて走らそうと思いましたが、なんかシュールだったんでやめときました。


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第四幕 再会

最近、グラタン作りにハマってます。
やっぱり、チーズは少し焦げたくらいが丁度いいですね(ニッコリ)


救助隊が来たのは、機体が着水してから数時間経った後だった。

すっかり日付も変わり、乗客はほぼ全員、最も近かった日本の東京湾あたりに運ばれた。

テレビスタッフ含む乗客の大半は死亡し、残された乗客が墜落の理由を語るも、誰も相手にされない。

…自動人形というのは、ここではあまり認知されていないのだろうか。

 

「なんにせよ、これにて一件落着ってわけでもねーか」

 

ゾナハ病に自動人形。

コレらの問題がある限り、この件が終わったなどとは到底思えない。

ホテルのベッドで眠りこける耶倶矢たちを尻目に、俺は相棒の整備を始めた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

数時間後、整備を終える頃には、俺の体は汗だくになっていた。

流石にこのままベッドにダイブする気にはなれず、シャワーを浴びようと立ち上がる。

と、その時。こんこん、と扉を叩く音が聞こえた。

 

「はいはい」

 

ホテルの部屋の扉を開けるとそこには、俺のよく知る『あの男』が居た。

 

「やぁ。久しぶり」

「……久しぶり」

 

もう会えないはずの男に、回顧と困惑を込めて挨拶を返す。

五年前の、人類が滅ぶかどうかの瀬戸際に立たされた、あの日。

自動人形を道連れに、瓦礫の中で『母』に抱かれて死んだ筈の、『しろがね』。

 

 

 

 

「ギイのニーチャン」

 

 

 

 

その名は『ギイ・クリストフ・レッシュ』。

たった一人で200体の自動人形を破壊し、俺たちに真実を知らせるキッカケとなった人物。

 

「って、クサイな。

磯臭い汗臭い油臭いその他諸々合わせて、5で掛けたような臭いだ」

「そこまでか?」

 

自分の匂いというものは、自分では分からないものだ。

しかし、ギイのニーチャンが言うように、なんとなく『臭い』ということは分かった。

 

「で、何のようだ?

まさか『クサイ』ってだけ言いにきたわけじゃねーよな?」

「まさか。君も知りたがってた話さ」

 

 

 

ーーーー『自動人形』と、『ゾナハ病』。

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の脳から懐旧の念が消え去っていく。

この再会は、『運命』ってヤツなのかもしれない。

 

運命という名の『からくり』が、ゆっくりと、その歯車を回し始めた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「結論から言おう。

アレは『白金』…いや、『フェイスレス』が作ったものでは無い」

 

部屋にて告げられたのは、俺にとっては旧知の事実だった。

あのストーカーが作ったのは、ショージキ滅茶苦茶悔しいが、良い出来だと褒めざるを得なかった。

だと言うのに、この世界の自動人形は、出来が杜撰すぎる。

 

「わーってるって。

あんなパチモンを更に劣化させたよーな出来で、気づくなって方が難しいわ」

「道具方の目と言うのは、変態じみているんだな」

「誰が変態だコラ」

 

普段からよく似たものを整備していると、嫌でも杜撰さが目に入るだけだ。

…まァ、似たようなモンが襲って来ないとも限らなかったため、勝から基礎知識を学んだだけなのだか。

 

「ンで、なんでソレをアンタが知ってんだ?

アンタは『自動人形』の区別なんてつかねーだろ」

「たまたま、ちょっとした『出会い』があってね」

 

出会い?

俺がその単語の意味を問いかける直前、ギイのニーチャンの指が、俺の口を止めた。

 

「ここから先は、自らの手で知るといい。

僕から真実を伝えるのは、少し早すぎる」

 

ギイのニーチャンは言うと、部屋を去っていく。

結局のところ、分かったことはただ一つ。

ここの『自動人形』と『ゾナハ病』は、あのストーカーとは無関係だということ。

ギイのニーチャンと再会した時、真っ先に頭に浮かんだ説が完全に否定された。

それだけでも大きな一歩だ。

 

 

 

 

「……『フェイスレス』じゃねーとなると、犯人は『こっち』の人間か。

ったく。アクシュミなヤツも居たモンだ」

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

四月になったばかりのある日。

桜の花が舞い散る中、向かい合う人影が二つ存在した。

一つは筋肉質ながらも細身な、中年期に入ったばかりの男性。

もう一つは、標準的な体型ながらも、鍛え上げられているというのが分かる、高校生ほどの少年。

 

「ふっ!!」

 

少年が男性との間合いを詰め、その手で拳を放つ。

撃ち込まれるのは、『気』。

かつて繁栄し、この世界ではある理由で衰退してしまった『中国』に伝わる技術。

男性はこれを軽く受け流し、少年の腹部に掌底を打ち込んだ。

 

「が、はっ……!?」

「シィーアォ。君の目は素直すぎる。

とは言え、多少はマシになった。

妹を守るのであれば、もう少し『殺気』の込め方を変えたまえ」

 

崩れ落ちる少年に対し、男性は続けて掌底を打ち込む。

 

「っ!?」

「どうだ?『本気で当たる』と勘違いしただろう?」

 

否。ソレは少年のガラ空きになった顎の前で止まり、打ち抜くことは無かった。

男性が構えを解くと、少年はへなへなと地面にへたり込む。

 

「し、師匠……。お昼全部出ますよ、コレ」

「シィーアォ。私は君の捌けるほどの攻撃しかしていないつもりだが?」

「うっ……」

 

手加減されてコレか、と少年は天を仰ぎ見る。

その空は、何かの暗示のように、黒い雲で覆い尽くされていた。

 

「……俺、なれますかね。

その、師匠の弟子だったっていう、『ミンハイ』って人みたいに」

「なれないな」

 

ズバリ。

こうもハッキリと言われると思っていなかったのか、少年はがっくりと項垂れた。

 

「師匠ぉ〜……」

「当たり前だろう。

君はミンハイにはなれない。君は、君の…シィーアォの人生を生きるべきだ」

 

男性は言うと、少年に手を差し伸べた。

 

 

 

「『本物の人生』を生きなさい。『五河 士道』」

「度々、ちょっと不安になること言いますよね。師匠って」

「人はいつ死ぬか、分からないものだよ」

 

 

 

男性の名は『梁 剣峰』、少年の名は『五河 士道』。

この二人もまた、『サーカス』に巻き込まれていく人物であった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

これにて、『九十九マリオネット』はお仕舞い。

ですが、まだまだ『五十嵐 九十九』のサーカスは終わりませんよう。

お次の舞台は、『デート・ア・ライブ』を知ってる皆様ならご存知のあの場所。

演目の名をつけるとするなら……。

 

 

 

ーーーー『五十嵐サーカス』…とでも言いましょうか。

 

 

 

 




これにて第一部が終わりました。
ギイさんは勝よりは早く出ますけど、暫く出番ありません


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五十嵐サーカス
第五幕 精霊


フルーチェはそこまで好きじゃありません。
アニメには無かったけど、ビッグサクセスがツボでした。

アニメには無かったけど……(血涙)

比良吹ィ!!俺はお前のこと、結構好きだったぞォ!!

れんげちゃんのパンツ、アニメで観たかったぞォォォォォォ!!!

……はい。では、今回から始まる『五十嵐サーカス』をどうぞ。

過去捏造注意です。
こうでもしないと後の展開辛いなって思ったので。
ただ一つだけ。原作設定はなるべく壊さないように、細心の注意を払っては居ます(壊してたらすみません)。


「なにやってんの?」

「こんがん、みせてほしいです」

 

目の前に広がるのは、見覚えのない景色。

古い遊具が並ぶ狭い公園に、なにかをいじくり回す少年。

なぜか放って置けず、『彼女ら』はとてとてと駆け寄り、手に持ったものを覗く。

少年の手に有るのは、今時は見ることもない『からくり人形』であった。

 

「からくりをつくってるんだよ。

おじいちゃんがおしえてくれたんだ」

 

言って、少年はからくり人形のネジを回し、茶を入れた碗をその手に持たせる。

ソレを地面に置くと、人形はカタカタと動き出し、彼女らに2杯の茶を運んだ。

 

「わぁぁ……!すごいすごーい!!

どーなってんの、それ!!」

「こうふん、とてもきになります」

「えっと、ね。ここが、こうくるくるまわると、こっちもまわってて…」

 

少年は彼女らに詰め寄られ、所々詰まりながらも仕組みを教える。

普通であれば、2、3分ほど聞けば飽きてしまう話題。

それなのにも関わらず、彼女らは食い入るようにからくり人形を見つめた。

 

「わたしもほしい!」

「どうちょう、わたしもほしいです」

「ごめん、これひとつしかなくて……」

 

少年が言うと、彼女らはおもむろにほお膨らませ、彼を睨み付けた。

その視線に負けた少年は、観念したように口を開く。

 

「その、こんどつくってあげるから、それでいい?」

「ほんとう!?」

「りょうしょう。いいですよ」

 

彼女らは集まると、少年が約束を破らぬよう、小指と小指を絡ませる。

 

「「「ゆーびきーりげーんまーん♪

うーそついたらはりせんぼんのーますっ♪

ゆびきった♪」」」

 

 

 

彼女らの約束は、少年の引越しにより果たされることは無かった。

 

 

 

「げ、げんきでね…。ひっく…」

「うぇぇぇ……。いっちゃやです……!」

「ごめん。……あっ、そうだ。コレ」

 

彼女らがかわりに受け取ったのは、『木でできた歯車』。

そこには、彼女ら二人の名が刻まれていた。

 

「またあえるよ。きっと」

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「……んぇっ?」

「んぅ…、起床ぉ……。……んぁ?」

 

四月一日、正午。

飛行機事故からほぼ半日ほど経った時間に、彼女らは目を覚ました。

懐かしい夢を見たような気もするが、二人して寝起きで、そこまで脳が回らない。

とりあえず顔を洗うか、と二人して洗面所へと向かう。

 

と。ここでホテルの洗面所について、軽く説明しておこう。

このホテルは、メジャーな『ユニットバス方式』のホテルである。

一度でも修学旅行でホテルに泊まったことのある人間なら分かると思うが、ユニットバスは『更衣室として使われることも多い』。

 

 

 

 

 

つまり、なにが言いたいかと言うと。

彼女らが扉を開けた先には、全裸の九十九が居たということだ。

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

あまりに急なことで、三人が一瞬だけ肩を震わせ、その身を強張らせる。

ゆっくりと状況を理解していくにつれ、九十九の顔が青く、耶倶矢と夕弦の顔が真っ赤に染まっていく。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああっっ!?!?」

「いやぁぁぁぁぁぁああああっっ!?!?」

「狼狽、きゃぁぁぁあああっっ!?!?」

 

九十九の頬に、二つの紅葉が張り付いた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「お前ら、加減しろよ!」

「く、くくくく…。その魔羅の邪悪さに、颶風の巫女である我の勘が『殴れ』と…」

「反論。あんなとこで着替えている九十九も悪いです」

「あそこ以外の何処で着替えられんだよ!

ってか、テメェらも昨日あそこで寝巻きに着替えてたろうが!」

 

両頬に紅葉を咲かせた俺は、激しく二人に向けて怒鳴り散らす。

そりゃあそうだ。

いくら少女相手とはいえ、ただ着替えていた所に突入され、挙句ビンタされて怒らない人間がいるだろうか。

 

「まァ、それはもう良いとして。

起きたんなら都合がいい。ちょっと聞きたいことがある」

 

 

 

ーーーー『精霊』っつーのはなんだ?

 

 

 

その言葉を聞くや否や、二人の表情が明らかに変わった。

何かを思い出したような、はたまた何かを失ったかのような、少し悲しげな表情。

彼女らは顔を見合わせ、押し黙った。

 

「お前らが、その『精霊』ってのは分かる。

自動人形共はお前らを『精霊』っつって、追いかけ回してたからな。

だが、その『精霊』って存在の『定義』はなんだ?」

 

『しろがね』であれば、『生命の水』を飲み、自動人形へ恨みを持つ者の総称。

『自動人形』であれば、『銀の擬似体液』で動く人形の総称。

ならば、『精霊』は『何がそうさせているのか』。

 

「それは…」

「返答。そう言われても、私たち自身も自分がなんなのか、深く理解していません」

 

理解していない?

そのことに疑問を抱いた俺は、続けて問うた。

 

「『霊結晶』ってのは?」

「さぁ……?

私たちも自動人形に会った時に初めて言われたから、そんなもの持ってるのかどうか…」

 

本人ですら、持っていることを自覚していない。

となれば、『柔らかい石』のように、体内に保存されている物なのかも知れない。

 

 

 

「説明。そもそも、私たちも『精霊』として正しいか、非常に曖昧な状態にあるのです」

「はァ?」

 

 

 

聴くと、二人は『元々一つの存在』であり、『一人の精霊』であったらしい。

『らしい』というのは、本人たちですら『一人だった』という記憶がなく、『自分たちは一つだった』という感覚がしたのだという。

 

彼女らは自分がなんなのかを知るため、再び一つに戻ろうとした。

と、その時に気づいたらしい。

 

 

 

『戻れば、どちらか一人は完全に、この世界から消えてしまう』と。

 

 

 

それ以来、二人は生き残るため、大規模な喧嘩からジャンケンまで、幾度となく争っていたのだとか。

数えること八十戦目、滅多にない規模の大喧嘩の時に、自動人形が乱入したのだとか。

 

「で、夕弦が大怪我して、ネコの着ぐるみ着た九十九と出会ったってわけ」

「成る程……」

 

まさか、そんな紆余曲折があったとは。

……ん?ちょっと待てよ。

 

「じゃあ、なんで耶倶矢は夕弦が死にかけた時に、一人になろうとしなかったんだ?」

 

 

 

「そんなこと、出来るわけないでしょ!!」

 

 

 

俺が問うと、耶倶矢は声を荒げた。

その目は鋭く、まるで親の仇でも見るかのような目で俺を睨んでいた。

 

「質問。耶倶矢、どうしてなのですか?」

 

夕弦が問うと、耶倶矢の顔が困惑に染まる。

しばらく俺たちに見つめられ、彼女は観念したように話し始めた。

 

「……その、わかんなくなっちゃって。

夕弦を殺してまで、『一人』になろうとする理由が。

なんで、『一人にならなきゃ』って思ったんだろう…って」

 

うーむ。根底を覆す疑問に至ったワケか。

それで悩んでいるということは、耶倶矢は『逃げずに問題に立ち向かっている』のだろう。

夕弦はそれを聞き、神妙な顔で物思いにふけり始めた。

 

「……まァ、それは別にして。

今、俺たちにゃ差し迫った問題がある」

「えっ?」

「問題…ですか?」

 

俺の言う『問題』に、二人して首を傾げる。

これは今すぐ解決しなければならない、それこそ二人の問題よりも遥かに大きな問題だ。

 

 

 

 

 

「金がない」

「「は?」」

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

ホテル代を払ったせいで、金がない。

そのホテルの代金も、ギイのニーチャンが気を利かせて払ったものだ。

つまり、俺たちは…。

 

「無一文ってワケだ」

「憤慨。無一文ってワケだ、じゃないです」

「お腹すいたし…」

 

荷物をまとめ、ホテルを出た俺たちは、途方に暮れながら街を彷徨っていた。

もう13時だが、金がないため何も買えない。

俺の通帳類は全て『あちら』のものであり、この世界において、俺の持つ口座は無い。

夕弦の治療代は、自動人形の襲撃を退けた礼として免除されたため、そのことに気づくまで時間がかかった。

 

元々死んでるはず、または行方不明のまま死亡扱いされた人間。

そんな存在が生きられるほど、この世界は甘く無い。

俺は勿論の事、耶倶矢たちにも『二十五年前に死亡した同姓同名の人物の戸籍』があった。

戸籍があるだけマシ、とでも言うべきなのだろう。

……金がなければ生きていけないが。

 

「はぁぁぁ……。貧乏時代に逆戻り、か」

 

思い出すのは、五年前。

『仲町サーカス』として旅をした、楽しくもあり、辛くもあったひと時。

前と違うのは、人数が少ないということくらいだ。

 

「ってか、付いてくるんだな」

「そりゃあ、九十九が気になるし」

「そりゃあ、九十九が気になりますから」

「……そーですか」

 

興味だけで貧乏に付き合ってくれんのか。

器がデカいのか、はたまた状況をよく理解してないのか…。

 

「そういえば、アテは無いの?」

「無い。俺の親もジッチャンも、とっくに死んでる。

ギイのニーチャンは、連絡先も教えずにさっさと帰りやがった。

親戚は俺を疎ましく思ってやがるから、ぜってー手を貸さねェ」

 

見事なまでに詰んでる。

どーしろってんだ、こんなの。

道端で芸をやるにも、自治体とか諸々の許可が要るし。

そんなことを考えていた、その時だった。

 

 

 

 

街中に轟く、サイレンの音が響いたのは。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「《ベルセルク》が、飛行機に?」

「は、はい…。なんの意図があってかは、分かりませんが……」

 

時は少し遡る。

九十九たちの居る街から少し離れた、天宮市にある陸軍基地にて。

『精霊』と呼ばれる存在を秘密裏に処理する特殊部隊、『AST』の隊長である女性が、部下の言葉に首を傾げる。

 

「で、それがどうしたの?」

「その、《ベルセルク》が、《日本国籍》を有していたそうで…」

「はぁっ!?」

 

その異常性を瞬時に理解した彼女は、素っ頓狂な声を上げて立ち上がる。

通称『精霊』というのは、『自然災害と同一視される存在』である。

 

分かりやすく言おう。

 

 

『地震』という災害が、『日本国籍を持っている』と聞いたら、どう思うだろうか。

答えは簡単。『有り得ない』だ。

 

 

「ソレ、本当なの?」

「はい。これがその情報になります」

 

渡されたのは、二枚の資料。

そこに刻まれた名は『八舞 耶倶矢』、『八舞 夕弦』。

彼女らの学歴や住所に至るまで、あらゆる情報が記載されていた。

 

「……ってコレ、二十五年も前に死んだ人間じゃない。人違いか、似ているかのどっちかじゃないの?」

「その、それが……」

 

続けて、女性に資料が渡される。

目を通すと、『遺伝子検査結果』という文字が飛び込んできた。

 

「フランスで《ベルセルク》の片割れが『たまたま患者として手術を受けて』…。

もう片方が血を提供して、二人の血が保管されてたんです」

 

 

 

 

結果欄には、『本人』とあった。

 

 

 

 

「……コレ、何処からの情報?」

「検査した病院で私の義父が来訪していて、検査をしたのも…。

伝言で、『出来るだけ信用できる者にだけ話せ。決して上には知られるな』と……」

 

部下の義父。

普通ならば信用するに値しないが、目の前の彼女だけは話が別だった。

その人物は、医療界隈では知らぬ者の居ない名医。

信用するな、という方が無理だった。

 

「……コレ、他に誰かに話したの?」

「いえ。その、おとうさ…義父の伝言を守らなければ、『死ぬよりも辛いことになる』って言われて……」

「だからって、なんで私なのよ……」

「だって、一番頼りになるのがもう、隊長しか思い浮かばなくって……」

 

 

 

その時。聴きなれたサイレンの音が響いた。

 

 

 




お待たせしました。ラッキースケベです(違う)。
士道くん主人公主義の方はすみません。彼が主人公するのは、まだまだ先なのです。


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第六幕 AST

最近スーパーに行くと、小麦粉が売り切れてます。
やっぱりまだ家にいる人が多いから、皆買ってくんですね。
お好み焼きの素とかホットケーキの素とか全滅してました。
何故か天ぷら粉だけが無事でした。何故だ。エリンギの天ぷらとか美味しいのに。


三十年前…俺からすれば五、六年前…には無かったサイレンの音。

その意味がわからない俺たちは、逃げ惑う人々の中、首を傾げる。

なにやらアナウンスも聞こえたが、逃げ惑う人々の声で全く聞こえなかった。

 

「なんだ、このサイレン?」

「疑問。何故、皆こうも必死に逃げるのですか?」

「私だって分かんないし……」

 

三人寄れば文殊の知恵。

ただし、場合によっては、その文殊は無知である。

あれこれ三人で考えるも、一向に答えは出ない。

結局、皆について行こうという結論になったものの、ついて行こうとした時にはもう、周りに人間は居なかった。

 

「あっ……。ったく、こーゆーハクジョーなトコは、何処の人間も一緒なのな」

 

『あっち』でも『こっち』でも、人間の悪い部分というのは変わらないようだ。

立ち往生している少年少女を構ってられるほど、余裕がないのだろうか。

それ程に切羽詰まった状況を、皆に知らせる警報なのか?

 

俺が思考の沼へと引き摺り込まれていた、その時。

 

 

 

「《ベルセルク》、発見!」

 

 

 

空からの来訪者が、俺たちを囲んだ。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「その、隊長…。本当に、出るんですか?」

「……仕事、だから」

 

遡ること、数分前。

警報が鳴り、『隊長』と呼ばれた女性は、自らの装備に袖を通す。

いつもならば、「面倒だ」と思っていたが、今は違う。

 

「相手って、《ベルセルク》…ですよね?

本当に、戦うんですか?」

 

《ベルセルク》。

その名を聞くだけで、女性の顔つきが険しくなる。

自分が対処に行くのは、「災害」。

頭ではそう繰り返すも、渡された資料が示す答えに、体が戦うことを拒否していた。

 

「……嫌に、決まってるわ」

「じゃあ……!」

「でも、生きていくなら、嫌なこともしなきゃダメなのよ」

 

自分に対して、「これからやることは仕方のないこと」と言い聞かせる。

だからこそ彼女は、絶対に反論されることのない正論を放つ。

 

「私だって、こんな血生臭い現場に向かうような職を志望したわけじゃないわ。

でも、今はこんな職場で働いてる。

私の意見なんて、他の人たちには関係ないのよ」

 

そうだ。自分はもっと、人を助ける実感が持てる仕事をしたかったんだ。

こんな、誰にも言えない仕事をして、感謝もされない…それどころか文句を言われる立場に立つためじゃない。

自分を正当化する言葉を放つ度、自分が追い込まれていくのがわかった。

 

「隊長!総員、準備できました!」

「……じゃあ、行ってくるわね」

「あっ……」

 

女性は少女から背を背け、戦場へと向かっていった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

俺たちを囲んだ集団は、ハッキリ言ってしまえば『人間』だった。

ただ、その人間たちはコレでもかと武装し、手に持った物騒なモンの先を、俺たちに向けていた。

 

「……っ、撃てーーーッ!!」

 

集団の中で最も年長者らしい女が、躊躇いがちに号令を出す。

それを聞いた女たちは、武装に搭載されていたミサイルを放った。

あのストーカーならば、この程度は『分解』してやり過ごしただろう。

しかし、俺にそんな技術があるかと問われれば、否だ。

 

「おいっ、逃げるぞ!!」

「いや、あの程度だったら…わっ!?」

「疑問。逃げる必要が…きゃっ!?」

 

俺は耶倶矢たちの手を取ると、素早く相棒を展開し、ブースターでミサイルの雨を避ける。

いくら百戦錬磨の相棒だろうが、ミサイルが直撃すれば…やめよう。考えたくない。

幸い、ミサイルは誘導機能が搭載されていたものの、そこまで精度は良くないようだった。

ギリギリだが、なんとか避けられる。

 

「隊長!第二波、行けます!」

「……撃てーーーッ!!」

 

が。そんな甘い考えを粉砕するかの如く、女の声が響く。

『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』。

一発当たれば、簡単に人を殺せる兵器が、俺たち三人に雨霰と降り注ぐ。

自動人形並のためらいの無さ、『ぶっ殺し組』どもを思い出す。

 

「だぁーもぉーっ!一体なんだってんだ!」

 

俺は言うと、背中に差し込んだ右中指と左薬指を少し下ろす。

瞬間。白衣をモチーフにした装飾が施された腕が開き、穴があらわになった。

 

 

 

「『グレアム・ヤングの劇薬』」

 

 

 

手から放たれた液体は、『腐食液』と言うヤツだ。

勿論、ホームセンターで販売してるような、生温いモンじゃない。

 

『硫酸』だ。

 

使える状況こそ限られるが、たいていの敵に有効な武装だ。

腐食したミサイルが機能を失い、あらぬ方向へと飛んでいく。

人が居ない状況が幸いし、被害は物損だけで済んでいた。

 

「驚嘆。今、何を…?」

「『グレアム・ヤングの劇薬』は、数パターンの毒薬の総称だ。

どれも対人戦には不向きだが、自動人形を封殺するモンが搭載されてる」

 

懐事情やらで数は使えないが、死ぬよりかはマシだ。

…こうして考えると、かなりピーキーな性能をしている。

広い場所じゃないと戦えない、環境が整わないと使えない装備…。

勝もへーまも、呆れてたっけなァ。

 

俺が思い出に浸っていると、全てのミサイルを撃ち切ったのか、ヤケクソとばかりにマシンガンを構える女たち。

ミサイルの爆音が止んだ今なら、対話が可能かもしれない。

 

「なァ、アンタら!

なんで攻撃してくるんだ!?」

「隊長、指示を!」

 

……そーですか。対話は無理ですか。

ものの見事にスルーされた。

一人の女が『隊長』と呼んだのは、向けた銃口がブレまくってる女性。

彼女は追い詰められたような顔をしながら、必死に銃口を俺たちに向けようとしている。

 

「隊長!!」

「っ、撃てーーーッ!!」

 

慟哭するような、女性の号令が響く。

マシンガンの弾が俺たちに襲いかかる。

ブースターで逃げるも、行く先々で逃げ道を塞がれ、何度も弾が相棒を掠めた。

 

「くくくく…。ここはやはり、我の力を見せる時…」

「賛同。九十九、私たちが応戦します」

「テメェらは大人しくしとけ。

人間ってのはな、行動次第で分かり合えるんだぜ?」

 

他は無理でも、あの隊長って女になら、俺の声が届くかもしれない。

ハッキリ言って無駄かも知れないが、延々と殺し合うよりかはマシだ。

それに、コイツらは、喧嘩だけで嵐を起こすような力を持ってる。

もし下手したら、相手がお陀仏だ。

俺に付き合ってくれるコイツらに、殺人者の汚名は背負わせない。

覚悟を決めると、俺は二人を相棒の下へと隠す。

 

「九十九!」

「制止。九十九!」

「大丈夫だ。マシンガンの雨なんざ、銀の煙よりかはマシだ」

 

マシンガンを『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』で弾く。

処理が追いつかず、何発かもらうが、痛みを堪えて相棒を動かす。

…アシハナのニーチャンは、これを耐えて勝を守ったのか。

なら、アイツの親友の俺だって耐えてやる。

 

「精霊を守る精霊…!?でも、攻撃は効いてますよ!!」

「このまま押し切る」

 

精霊……?ということは、コイツらも自動人形のようなモンか?

そんな考え事すら許さないとばかりに、更にマシンガンの雨がキツくなる。

『しろがね』でもない俺は、確実に蜂の巣になって死ぬだろう。

 

「九十九……、やっぱり……!」

「九十九……!」

「ンな顔すんな。アイツらに再会するまで死なねーよ」

 

弾速が速いせいか、当たった弾は俺の体を貫通していく。

足をやられたせいで、この場からはもう動けない。

でも、だからこそ。

 

 

 

「……そうだよなァ、勝」

 

 

 

思い出すのは、勝の顔。

アイツは苦しい時はいつだって、この顔をしてたんだ。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

女性…日下部 燎子は、狼狽していた。

夥しいミサイルを潜り抜け、マシンガンを耐え切り、地面に立つ存在を目の当たりにして。

ぼたぼたと流れる血液。

満身創痍という言葉が似合う、まさに『瀕死』とでも言うべき人間。

 

「な、んで……」

 

 

 

だと言うのに。その少年は、『笑った』。

 

 

 

笑顔と言うにはあまりに歪で、見たものを全てを慄かせるような顔。

だと言うのに、一種の希望にも満ちたような、満面の笑みにも見える。

血に濡れた体で、少年は口を動かす。

 

「コイツらはな、ただ喧嘩するだけで、嵐二つ起こすよーなバカどもだ。人なんざ簡単に殺せる」

「……隊長、指示を」

「聞きやがれェ!!」

 

自分を慕う部下の一人…少し問題はあるが…の声を遮り、少年は叫んだ。

 

「確かに、コイツらは人を殺せる力を持ってる。でも、それは人間の俺も同じだ。

テメェらだって、手に持ってるソレで人のドタマブチ抜いたら、簡単に人を殺せる」

 

その言葉に、燎子は手に持った物を見る。

これはなんだ?精霊に対処するための武装。

そうだ。精霊を殺すための武装なんだ。

 

 

 

……あれ?でも、精霊って……。

 

 

 

言われて、脳裏にあの紙が示す答えが、脳裏に浮かぶ。

瞬間。手に持ったソレが、蛆虫の塊のように思えた。

 

「ひっ……!?」

「人間と精霊、何が違う?

答えは『何も違わない』、だ。

『心』を持つヤツは、みぃんな対等なのさ」

 

少年が吐くのは、妄言と吐き捨てるべき言葉。

しかし、燎子は部下の言葉を無視し、その言葉に聞き入っていた。

 

「コロンビーヌは、ブリキの体で夢を持って、それを叶えて死んだ。

パンタローネは、ブリキの体で『笑い』を追求して、最後に答えに気付いて心の底から笑って死んだ。

アルレッキーノは、ブリキの体で待ち望んだ笑顔を見て、心の底から満足して死んだ」

 

物語の登場人物なのだろうか。

燎子にはその程度しか分からないが、その言葉は確実に、燎子の胸を締め付ける。

 

「コイツらは、人を殺すための武器をたくさん持ってた。実際、沢山の人間を殺した。

でも、最後は皆、人間を守って死んだんだ」

 

どんな危険な存在だろうが、どんなに人間と相容れなかろうが。

そんなこと、少年にとっては関係なかった。

 

 

 

「『心』ってのが有れば、誰だって分かり合えるんだ」

 

 

 

少年は、再び笑みを浮かべた。

 

「耶倶矢は見栄っ張りで向こう見ずで、かなり危なっかしい女だ。

夕弦は毒舌で思ったことをズバズバ言うヤツで、どっかで恨みを買ってそーな女だ」

「危なっかしいって何だし!!」

「憤慨。恨みなんか買ってません。…多分」

 

背後から文句が飛ぶが、少年は吠えるように「でも」と続けた。

 

「でもなァ!

コイツらは、『気になるから』っつーだけで、何処にも居場所もねー俺について来てくれた!」

 

少年には、居場所がない。

三十年前に死んだ筈の人間なのだから。

そんな人間の、お先真っ暗なこの先について来た二人。

その存在は、少年にとっては大きくなりつつっあった。

 

「コイツらとお前だって、きっと……」

 

分かり合えずに死んだ人間を知っているからこそ、少年は言葉を連ねる。

燎子の胸には、確かに届いていた。

しかし。届かなかった者も勿論居るようで。

 

「時間の無駄」

 

一人の少女が、レーザーブレードを構えて人形へと肉薄する。

その瞬間だった。

 

 

 

「……作戦、中止」

 

 

 

燎子が指示を出したのは。




主人公はアルレッキーノたちの戦いと最期を看取ってます。
法安の後継や勝の親友ということで、法安や涼子程ではないですが、それなりには仲が良かったです。

次回から戦闘描写は暫くないです。


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第七幕 遭遇

久々に噛む噛むレモンを食べました。
ああいう、ガムみたいなチューイングキャンデーが大好物です。
一口目の硬い歯応えが特に。

エルフ萌えって、からくりサーカス連載当時からあったんですねぇ。
厨二病拗らせて、勝にゲームのラスボスのコスプレさせたシーンは、結構印象強かったです。

へーまァ!!なんでお前、兄ちゃんとアニメ出てねーんだよォ!!
終盤における勝の良き友人キャラしてたじゃねーかよォ!!!
へーまァ!!俺はお前の捻くれた性格、結構共感できて好きだったんだぞォォォッッッ!!!!

では、第七幕どうぞ。


「どういうことだね!!」

 

恰幅の良い男の怒鳴り声と共に、簡易机に拳が振り下ろされる。

彼の目の前には、伏せ目がちの燎子が居た。

結局あの後、強制的に作戦を切り上げた彼女らは、本拠地に帰ったのだ。

勿論、今までのことは全て記録されているため、作戦を切り上げたことは即バレる。

 

「日下部君、何故作戦を切り上げた!!」

「……申し訳ございません」

 

ぺこり、と頭を下げ、燎子は蚊の鳴くような声で言う。

ソレが気に食わなかったのか、男は追い討ちとばかりに湯呑みを彼女の頭にぶつけた。

 

「折角《ベルセルク》を討伐する機会だったと言うのに!!

君は自分が何をしたか、本当に理解しているのか!?

ったく、これだから無能な現場職は!!」

 

男の罵詈雑言と共に、彼女の体にアザが増えていく。

立場ある大人だからこそ、反抗は出来ない。

そのことを理解している男の暴力は、止まることを知らなかった。

 

「君の、せいでっ!私のっ、昇進もっ!

無かったことにっ!なったんだぞっ!」

「……」

 

燎子はただ、その暴力を甘んじて受け入れていた。

 

 

 

「ったく!一般人のガキなぞ、諸共殺して置けばよかったのだ!!」

「っ、なんですって!!」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間。燎子は男の鼻っ柱を文字通りへし折った。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

人生転落とは、このことか。

 

そんなことを考えながら、私は纏めた荷物を転がして街を歩く。

あの少年は後で調べると、人間だったことが判明したと聞かされた。

マシンガンで撃たれた傷に対し、医療機関を頼ったのだとか。

 

幸い、部下の…いや、元部下の、か…。

とにかく、彼女の義父が今日、偶々その病院に訪れていたため、緊急で手術が行われたのだとか。

あの元上司のクッサい息がかかってない人で良かった。

…まぁ、医療界のトップだし、ありえない話だが。

 

「……別に、一緒に辞めなくても良かったのよ。理依奈」

「いや、辞めますよ!あんな真実に気付いて、辞めずに居られるとでも!?」

 

隣に居るのは、ちょっとフクザツな家庭事情を持ってる『理依奈・ロッケンフィールド・吉川』。

彼女もAST専用の住まいだったから、辞めたせいで私共々出ていくことになったわけで。

 

で。二人揃って現在、転職活動中。

 

三十路少し前の女を雇ってくれる場所なんて、なかなかに少ない。

あっても、生活費を稼ぐには厳しいものばかり。

 

「理依奈は高校、中退したのよね?」

「はい……。ASTの口添えで通ってた学校も、辞めたせいで退学にって……」

「あんのハゲジジイ……。トコトン追い詰めるつもりなのね……」

 

ああ、私の人生お先真っ暗。

しかもただ真っ暗なんじゃなくて、そこら中に落とし穴…底に針があるタイプ…が掘られてる。

ここまでくると、もう乾いた笑いしか出てこなくなる。

 

 

 

「……お金、どうやって稼ぎましょう?」

「……金、どーやって稼げばいいかなァ?」

 

 

 

ピタリ。

 

私の足と、すれ違う少年の足が止まる。

 

そちらを見ると、そこには。

 

 

 

「「「「「あっ」」」」」

 

 

 

《ベルセルク》と、あの少年が居た。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

遡ること、少し前。

包帯は巻くことになったが、なんとか回復した俺は、治療費を稼ぐために出かけていた。

 

「……軒並み全部ダメだったな」

「フン。見る目のないヤツらめ」

「反論。耶倶矢の場合、その態度で落ちているのだから、見る目はあると思います」

「面接すらしてないじゃん!」

 

まさか、全部面接せずに落とされるとは、これっぽっちも思ってなかった。

何か、大きな力が動いてるような気がしないでもない。

…まぁ、経歴が曖昧な人間が採用されること自体、無いものか。

 

「治療費って、いくらだったんですか?」

「銃創の治療だから、結構な額だ。

バイト掛け持ちでも払い切れるかどーかだっつーのに、そのバイトすら見つからねェ」

 

俺たちに、この世界の学歴はないに等しい。

そんな人間を雇うところなぞ無いわけで。

俺たちは途方に暮れながら、不採用通知の山を抱えていた。

 

「……やっぱ、路上サーカスか?」

「我に見世物になれと申すか?」

「いや、テメェら芸なんざ出来ねーだろ」

 

この二人よりは、知識のある…とは言っても体で出来るわけではない…俺の方が、幾分かはマシだろう。

安い道具で作れる物、何かなかっただろうか…。

 

ナイフ…は危険すぎる。

ヴィルマのネーチャンは扱いに長けてたから、手足のように使ってたけど。

トランポリンやら7丁椅子も面白いが、俺にはヒロのアニキやノリのアニキほどの体幹はない。そもそもトランポリンどころか、椅子を買う金もない。

猛獣使い?論外だ。

維持費が半端じゃねーし、リーゼのネーチャンじゃねーと、動物は言うことを聞かないとさえ思う。

 

「だーめだ。やろうにしても道具がねェ」

「提案。人形を使えば…」

「ワンパターンだろうが。

サーカスってのは、飽きさせねーよーに工夫を凝らすモンだ」

 

相棒は…正直、芸に向いた出来栄えとは言い難い。

黒賀村に居た時は、自動人形に備えることばかりで、芸に使うなんざ考えてなかったモンなァ……。

 

 

 

「……金、どーやって稼げばいいかなァ?」

「……お金、どうやって稼ぎましょう?」

 

 

 

ふと、聞き覚えのある声が、俺の声に被さる。

俺が立ち止まってそちらを見ると。

 

 

 

「「「「「あ」」」」」

 

 

 

昨日、マシンガンやらミサイルやらぶっ放していた女性と、俺らと同い年くらいの女の子が居た。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「……成る程。ンで、日下部のアネサンはクビになって、それに続くように、吉川の嬢ちゃんも辞めた、と」

 

立ち話もなんだから、と女性…日下部のアネサンに誘われ、俺たちはファミレスに来ていた。

今は互いの情報交換が終わり、どのような状況下に置かれているかを話し合っている最中である。

…まァ、多少はボカしたが。

 

「……成る程。そっちは、精霊のことを知らない状態で、二人と行動してたのね」

「軽いことしか分からん。

『空間震』っつーのも、コイツらはなんでかしてねーが、『消失』っつーのも初耳」

 

聞かされた話は、普段なら「頭大丈夫か、お前?」と聞き返した内容だった。

しかし、実際に精霊は居るし、『空間震』っつーのがユーラシア大陸に大穴開けたって聞くし、間違いではないんだろう。

こんなこと話していいのか、と聞くと、「ヤケよヤケ」と投げやりに返された。

ヤケで機密事項話してんのか、この人。

 

「隊長ぉ…。店員さん、すごい目でこっち見てますよ……?」

「……流石に、ドリンクバーだけで腹を埋めにかかる作戦がバレたのかしら?」

「いや、バレるだろ。入って1時間経つのに、料理の皿ないんだから」

 

ひもじい食卓、久しぶり。

仲町サーカスに居た頃を思い出した。

飯は豪華なもので『ししゃも』がおかず、貧相なものだと、米すら満足に食えない。

炊き出しに並んだ記憶もある。

成長期の子供にゃ、中々にキツい環境だったなァ。

 

「でも、お金がないのも事実なのよね……」

「貧困は経験あるが、ここまで詰んでは無かったぞ……」

 

前は、芸に特化した芸人たちと、そのまとめ役が居たからなんとかなったようなモンだ。

今回、そのどれもが揃ってない。

俺は本来、道具方だが、その道具がなければ活躍も出来ない。

だからと言って他の方法を案じようにも、それが軒並み潰されてるのだ。

結局、「サーカスやろうかな」と思い至るに戻る。

 

「なァ、お前ら…」

「疑問。この黒く、しゅわしゅわした飲み物はなんですか?」

「我の見立てでは、それは地獄から湧き出た溶岩が…」

「ああ、コーラですよ。炭酸って言って、刺激的なのが特徴なんです」

「………呑気ね」

「………呑気だな」

 

他の三人に意見を求めようとしたが、やめておいた。

楽しげに話す女子高生を邪魔するのは、なんとなく気が引けてしまったのだ。

 

と、その時だった。

 

「どれ、一口…。っぷ!?」

 

慣れない炭酸の刺激に驚いたのか、思いっきりコーラの入ったガラスを投げる耶倶矢。

天高く舞い上がるそのガラスを無視し、耶倶矢は椅子の上で蹲った。

 

 

 

「夕弦、ごめん。キャッチ」

「了解。てりゃー」

 

 

 

たんっ。

 

 

 

耶倶矢を踏み台にし、夕弦が飛び上がり、コップを手に取る。

彼女は数回転しながら着地すると、新体操さながらのポーズを決めた。

コップの中身は、一滴も溢れていなかった。

 

「………さ、採用っ!」

 

俺は思わず、元団長のように叫んでいた。




理依奈はオリキャラです。
戦闘とかもう暫くないんです。すみません。


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第八幕 仲町サーカス

肉の専門店で高めの肉を買って、時期的には遅めのすき焼きを家族に振る舞いました。
やっぱり、高い物って美味しいですね(満面の笑み)。

カピタンの最期はやっぱり漫画ですね。吹き出しまでも切り裂かれるという演出が最高でした。

第八幕、どうぞ。


ファミレスを後にした俺たちは、誰も立ち寄らないという空き地に居た。

理由は簡単。『芸の確認』だ。

耶倶矢はしなやかさこそ無いものの、力強いアクロバットを披露し。

夕弦はインパクトこそないものの、繊細なアクロバットを披露する。

…二人でアクロバットの対決をした際、数ヶ月間練習したらしい。

元々才能があったのだろう。

サーカス学校を卒業した芸人には劣るものの、素人にしては素晴らしい出来だ。

 

「凄いわね……。アレ、精霊としての力、一切使ってないんでしょ?」

「アレより凄いのは何度か見たことある。

でも、素人が独学で…しかも数ヶ月でこのレベルは、見たことねェ」

 

体の魅せ方、息もつかせぬ連携、対極でありながら、同じ美しさを持つアクロバット。

あの兄弟ですら、こんなコンビネーションは、身に付けていなかったというのに。

…こりゃあ、元団長がここに居たら、大興奮のあまり泡吹いて失神してたな。

 

「このアクロバットだけで、3週間くらいの食費と銭湯代は稼げるな」

「……献立は?」

「やっすいモンのオンパレード。

食えるだけありがたいぜ?」

 

まぁ、最初は入場料金なんざ取らない。

あくまで路上でやって、小銭を貰うだけだ。

それでも数日は、なんとか凌げる…と思う。

 

「あくまで食費、銭湯代だぜ?

ホテルに泊まる金なんざ使ってたら、あっという間に無くなる。

日下部のアネサンが持ってた金を少し切り崩して、安いキャンプ用テントを買うぞ」

「……聞きたく無かったです」

 

テントもない野宿なんざ、嫌だろう。

本当ならば少し大きめの車で寝泊りしたいのだが、生憎とそんな車はない。

以前が恵まれていた環境だつたことを実感しながら、アクロバットのトリを目守る。

彼女らが着地し、ポーズを決めた。

 

「お疲れ。いい芸だった」

「そうであろう、そうであろう!もっと褒め称えても良いのだぞ?」

「疲弊。少し疲れました。傷に気を遣って行ったので、少々雑になってしまいました」

「別にいい。夕弦の命あってこその芸だ」

 

こうしてみると、普通の人間なんだよなぁ。

…あの二人の話によれば、「二人は人間だったのかも知れない」ということだが。

 

「うしっ。芸人二人確保、と。

後で採寸して衣装作ってやる」

「じゃあ、デザイン考えてもいい?」

「あんまりごちゃごちゃしたのは却下だぞ。

シンプルに仕上げられるモンにしてくれ」

 

コイツのことだから、余計な装飾品とか付けたデザインを考えてそうだ。

その考えは見事に的中したのか、耶倶矢は不満げに頰を膨らませた。

 

「金がねーんだって。金さえ稼げりゃ、好きなモン作ってやるから」

「ホント?約束だからね!」

 

そう言うと、耶倶矢はビシッと俺に向けて指差す。

……あれ?こんな約束、昔にしたな。

確か最初は、双子の友達にからくり人形を作ってやる…だったっけ。

結局、その子たちが引っ越してしまったせいで完成しなかったっけなァ。

今度は、ちゃんと作ってやらないと。

 

「ねぇ。聞き間違いじゃなければ、『採寸する』って聞こえたけど……」

「おう。言ったぞ。けど、直でやるのは…そうだな。アネサンに頼むわ」

 

流石に女の採寸は直でやらん。

ヴィルマのネーチャンの衣装作る時、ナオタのニーチャンが慣れもしない採寸をしようとして、ボッコボコにされてたからな。

アレの二の舞だけは勘弁だ。

 

「採寸なんかしたことないし、そう言うのは理依奈の方が向いてるわ。

…たまーに、結構大きい失敗するけど」

「は、はひっ!が、頑張りますっ」

「……なんか心配だが、なるべく正確な数値出してくれよ?」

 

しろがねのネーチャンも、肝心なトコでポカやらかすような人だったなァ。

…あの人はサーカス芸人として完璧な代わりに、その他がおざなりすぎただけなんだが。

吉川の嬢ちゃんは…リーゼのネーチャンの自信のなさと、しろがねのネーチャンの失敗癖を混ぜたような印象がある。

 

 

 

 

「大丈夫ですよ!採寸くらいなら、私でも出来ますから!」

「アナタ、コーヒー淹れるだけで亀甲縛りになってたじゃない」

「何をどうしたらそうなるの?」

 

 

 

 

コーヒーを淹れるのに、亀甲縛り。

ものすごく不安になってきた。

 

 

 

 

「その、採寸だったらリョーコに…」

「大丈夫!この服も、自作ですからっ!」

「5回くらい失敗して、謎の生命体作ってから…ね」

「うん。やっぱり日下部のアネサンがやってくれない?」

 

 

 

 

採寸どころか、歩くことすらマトモに出来なさそうだな、この子。

日下部のアネサンが言うには、「度を超えたドジっ子だが、頭が追いついてないだけでかなり器用」らしい。

前半部分さえ目を瞑れば、かなり有能な人材なんだとか。

 

「疑問。採寸は何処でやるのですか?」

「テントの中。安いの二つ買って、その内の片方を使う。

布と針は、相棒の整備用があるから、それで衣装を作る」

 

まずは生活用品であるテントやら、ガスコンロやらを買わなければ。

日下部のアネサンの貯金は、さすが公務員と言うべきか、かなりあった。

そこから俺の治療費を払ってくれたので、残りは日用品を買うのが精一杯だ。

 

「まずはホームセンターに行って、生活用品を購入して、自治体に路上サーカスの許可を取りに行こうか」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

結果から言おう。二日後ならということで、許可は取れた。

ただし、通る人の少ない田舎駅の前で。

 

「アンタの元上司とやら、ここらへん仕切ってんの?」

「古い家柄だから逆らうなって、寿退社した先輩に散々言われたわ」

 

そんなヤツの顔面殴ったのか、この人。

見た感じ温厚そうだけど、相当ストレス溜まってたんだなァ。

聞けば、周りは自分より若い人間ばかりで、弱音を吐くことも出来なかったらしいし。

 

「日下部のアネサンは、相当粘ってくれた。

あとはお前らにかかってるぜ?」

 

役人相手に三時間も粘ったんだ。

アネサンと俺の役目は終わってしまった。

なら、あとは二人に託すしかない。

 

「緊張。そう言われると、なんだか胸がざわついて来ます」

「わ、我の体も、武者震いしておるわ…!」

「あんまり気負いするなよ。失敗したらしたで、また次にやり直せばいい」

 

今は衣装のチェック中。

木や植え込みで死角になっている場所にテントを立て、出来上がった衣装を二人に着用してもらっている。

アネサンの採寸は…あまり褒められた精度では無かったため、結局、吉川の嬢ちゃんがやることになった。

前情報でかなり心配していたが、何事もなくうまく行った時は胸を撫で下ろしたものだ。

 

「どーだ?素材が肌に合わんとかは?」

「返答。問題ありません」

「背中が寒い……。概ねデザイン通りだけど、コレは考えてなかった……」

「我慢しろ。出来るだけ要望を叶えんだぞ?

解読するの大変だったんだからな?」

 

あまりに難解すぎて、国語の問題でも解いてるのかと思った。

なんだよ、『闇に染め上げられし堕天使《ルシフェル》の装衣』って。

要望書にこれしか書いてなくて、思わず二度見したわ。

 

「大丈夫ですか!?私が縫ったところが謎の文様を描いたりしてませんか!?」

「今見てるが、ンなトコ見当たらねーよ。

安心しな」

 

縫ったところが文様を描くってなんだ。

縫った段階で気づくだろうと思いながら、二人の衣装を隅々まで確認する。

…特に目立ったミスはないな。

 

「よし。じゃあ、暫くはそれで練習してみてくれ。ほつれたり、動きにくいとかあったら直すから」

「わかった」

「了解。気をつけておきます」

 

二人は準備運動を始め、体をほぐす。

特に問題はないと思っていた、その矢先。

 

 

 

ばっつん。

 

「「「「「へっ?」」」」」

 

 

 

簡単に彼女らの衣装の胸元が解けた。

 

 

 

後でわかったことだが、分かりやすいように先に説明しておこう。

ミシンなんて高級品は、今の俺たちには購入できない。

だから、耶倶矢たちの衣装は全て『手縫い』で出来ている。

最初は俺だけでやろうと思っていたのだが、採寸がうまく行ったことで自信のついた吉川の嬢ちゃんが、一部分だけを手伝ってくれたのだ。

 

 

 

が。ここで吉川の嬢ちゃんは、とんでもないミスを犯していた。

『縫留め』を完全に忘れてたのだ。

 

 

 

「イヤァァァァァっっっ!!」

「狼狽、キャァァァァァっっっ!!」

「ぶべぇっ!?」

 

 

 

不可抗力とはいえ、神秘の果実を見てしまった俺に、二発の拳がめり込んだ。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

四月四日、午後2時。

とうとう本番が近づいてきたその時に、ふと耶倶矢が切り出した。

 

 

 

「サーカスの名前、どうする?」

「「「「あっ」」」」

 

 

 

そう。肝心なことを忘れていたのだ。

本番まで後1時間。

だと言うのに、俺たちが結成したサーカス団には、まだ名前が無かったことに気付いてしまった。

 

「なんで忘れてたのかしら……」

「そ、そうですよ!

後1時間で本番が始まるのに、名前が無いって洒落になりませんよ!」

「わーってるって!」

 

聞けば、耶倶矢はずーっと「名前はどうするんだろう」と考えていたらしい。

だが、内容が内容のため、すぐに考えるだろうと思い、今の今まで口を出さなかったのだとか。

……その結果が、現在の状況である。

 

「えーっと、こう言うのって確か、団長の名前から取るのが殆どなのよね?」

「だ、団長……。誰にしましょう?」

 

沈黙が辺りを覆い尽くす。

阿呆鳥が俺たちの頭上を通るのを皮切りに、視線が一人に向かう。

その中心にいたのは…まァ、俺なんだが。

 

「……あの、俺は道具方で、サーカスの顔って器じゃねーぞ」

「反論。一番詳しいのは九十九です」

「詳しいだけだっての。そもそも俺は…」

 

「仲町サーカスの道具方」と言おうとした、まさにその時。

俺の頭に電流が走った。

 

 

 

「……サーカスの名前もあるし、団長ももうとっくに居るぞ」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

午後3時30分。

 

「やけに人が多いな……」

 

五河 士道は夕食の材料を買うため、少し古い商店街へと向かっていた。

家から道なりに行けば、そこそこ距離はあるものの、今日は時間が惜しい。

そのため、近道である田舎駅の前を通ろうとしていた。

 

「ここら辺、人通りも少ないはずだけど…」

 

ここが近道である理由は、人通りが少ないためである。

だと言うのに、今日に限って大勢の人が集まっているではないか。

奥から歓声が聞こえるが、なにか見せ物でもしているのだろうか。

だとしても、こんな田舎駅でやる必要はないだろう。

そう思いながら、士道は人混みを掻き分け、商店街へと急ぐ。

 

 

 

その時。

 

「……っ!」

 

 

 

士道は息を呑んだ。

体のラインを出した衣装を身に纏った少女二人が、天高く舞い上がる。

美しく、力強く、繊細な動き。

空中で「自分自身」という芸術作品を、皆に披露するかのようだ。

 

「『仲町サーカス』かぁ。聞いたことのないサーカスだな」

「なんでもいいけど、あの子たち凄く綺麗に舞うよなぁ。

おっ!視線がこっちに向いた!」

 

サーカス。

ここらに縁のない存在を初めて見た士道は、心の底から思った。

 

 

 

なんて、なんて。

なんて楽しそうに演じるのだろう、と。

 

 

 

辺り一面に咲き誇る笑顔。

それは、演者とて例外ではない。

演じ終わった彼女らは手を繋ぎ、ぺこり、と軽い礼を送る。

沸き起こった衝動のまま、観客たちから拍手喝采の嵐が巻き起こる。

 

 

 

五河 士道は、この光景をきっと、一生忘れないだろう。

 

 

 

彼らはまだ知らない。

自分たちが、同じからくりの歯車の一つだと。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「『五十嵐 九十九』……。

こんな子供が、本当に『人形操り』で自動人形を下したと?」

 

とある会議室にて。

嗄れていながらも、重みのある声が響く。

その声に対し、一人の青年が頷く。

 

「ええ。その現場に、僕も居ました」

 

青年がそう答えると、女性は「そうかい」と返した。

 

「で。こんなことを報告しに、態々呼び出したわけじゃないだろうね?」

「はい。ここからが本題なのです」

 

ーーーー彼は『元々こちらに居て、一時期あちらの世界で過ごしていました』。

 

その言葉に、女性含めるほとんど全員が目を見開く。

が。困惑をそのまま吐露することは無く、あくまで淡々と意見を出した。

 

「その根拠は?」

「僕と彼は、師弟関係にあります。

その際に聞きました。

『ゾナハ病という病気なぞ、今の今まで聞いたこともなかった』と」

 

『ゾナハ病』。

あちらの世界では世界中に蔓延しており、癌と同等の知名度を誇る不治の病。

『あちら』に元々居たのならば、知らないはずのない存在である。

 

「それじゃ根拠が弱いよ。他は?」

「『あちら』では、才賀 勝を頼ることで戸籍を取得していました。

『こちら』には、『30年前に死亡した人間』として、戸籍が残されていました」

 

渡されたのは、一つの資料。

それに目を通し、青年の言うことが真実だと認めた女性は、彼を一瞥する。

 

「で。なんで連れて来なかったんだい?」

「『精霊』と共に行動していました。

下手をすれば、『ラタトスク』と衝突する可能性があります」

 

精霊。

その単語を聞いた瞬間、彼女の目が、鋭利な刃物の如く鋭くなった。

 

「確かに、アレにバレるのは危ないね。

……一つ頼まれてくれないかい?」

「なんなりと」

 

 

 

ーーーーあたしを五十嵐 九十九に会わせておくれ。

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歯車は回っていく。

巨大なからくりが、動き出そうとしていた。




ラッキースケベ「すまない、皆!待たせたな!!」
モブ「おせーんだよ、ラッキースケベェ!!」

……なーに書いてんだろ、私。


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第九幕 憧れ

古いゲームって、偶に触るとすごく面白いですよね。
結構古いマリパを久々に家族とやると、盛り上がって3時間くらい遊んでました。

第九幕、どうぞ。


「お、おぉぉ……。AST所属時の雀の涙程の給料が、嘘みたいです……!」

「ここっ、こんな大金、アレだけで稼げるものなの……?」

「いや、2週間の食費にもならねーじゃねーか。どんだけブラックだったの?」

 

無事に公演が終わり、「施し」の金額を確認したアネサンたちが、震えた声を出す。

結論から言うと、あまり潤沢とは言えないものの、かーなーり節制して、ギリッギリ2週間は過ごせる金額だった。

……だと言うのに、この二人は「高額」と判断したようで、軽く震えている。

 

「うぅ……。税金やらなんやらで引かれて、更にはクソハゲに中抜きされて、もやし生活強いられてた時よりも稼げるなんて……」

 

そーだった。

この人、上司へのストレスが最高潮に達した勢いで鼻へし折って、それでクビにされたんだった。

 

「にしても、知り合いにこんなことを頼む羽目になるとはね。

クビにされたこと、馬鹿にされたし」

「さ、さーせんっす」

 

一通りの少ない場所だったのにもかかわらず、人が大勢集まったのには訳がある。

アネサンたちが必死になって、友人関係を当たってくれたのだ。

流石に、元職場には伝えていないらしいが。

人脈もクソも無かった俺たちにとっては、非常にありがたかった。

 

「耶倶矢たちは?」

「もう寝てます。かなり緊張したみたいで、ぐっすりですよ」

 

耶倶矢たちはというと、流石に裏方の仕事までこなしてもらう訳にはいかないということで、ゆっくりと休んでもらっている。

初めての公演と言うこともあり、最初こそ緊張していたが、最後には完全に演技を楽しんでいた。

 

 

 

「それにしても、『仲町サーカス』ってどこのサーカスですか?

調べても出て来ないし……」

 

 

 

吉川の嬢ちゃんの質問に、俺は肩を震わす。

まさか携帯に、パソコンのよーな機能が追加されてるとは。

あんな薄い板が携帯だとは、最初は全くもって思わなかった。

 

「……明日でいいか?俺もちょっと、説明しにくいんだわ」

「説明しにくい?どう言うこと?」

「フクザツ過ぎて、話を整理しなきゃなんねーんだよ」

 

俺は言うと、そのまま自分の寝袋があるテントへ入る。

ショージキ、あっちの世界のことを語っても、信用されるとは思わない。

が。同じサーカスとして活動する限りは、知ってもらわないと困る。

 

「……大丈夫。アイツらなら、きっと分かってくれるだろ」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「……で、なんでかこっちに…しかも三十年も経った後に帰ってきた訳だ」

 

翌日の午後4時に、俺は漸く自らのことを話し終える。

小学五年生までは、普通…とまでは行かなくても、この世界で過ごしたこと。

ある日突然、『あっち』に迷い込んでしまったこと。

『あっち』であった、死闘の数々。

全てを話し終える頃には、実に6時間が経過していた。

最初こそは皆疑っていたが、俺の戸籍の話をすると信じてくれた。

 

「じゃ、じゃあ、九十九さんは11歳の時からずーっと、死んでもおかしくない戦いを経験してたわけですか?」

「何も最初から戦ってた訳じゃねーよ」

 

俺が戦ったのは、黒賀村にいた時、モン・サン・ミッシェルの総力戦、シャトルの防衛だけだ。

守ったものは多かった。でも、守れなかったものは、多過ぎた。

……いけない。昔を思い出すと、後悔ばかり湧いてくる。

 

「俺がコイツらを守ろうって思ったのも、アネサンたちに蜂の巣にされかけて、こうしてフツーに接してられるのも、親友に憧れたからだ」

 

俺は、特別なにかを成し遂げては居ない。

精々、相棒を作って、自動人形たちを微々たる数倒しただけに過ぎない。

どんどん逞しくなっていく勝に、劣等感を覚えたことだってある。

 

「親友…勝は、凄いんだぜ?

勝てねーって分かってんのに、傷だらけの体で立ち上がるんだ。

どんな嫌なことがあっても、アイツは笑ってんだよ。

……本当に、俺よりも、ずっと凄いんだ」

 

俺なんかよりも、大変な役回りを演じて。

俺と相棒よりも、もっとずっと強いヤツを相手にして倒しちまったり。

挙げ句の果てには、宇宙まで行って諸悪の根源を説得しやがった。

 

「俺は、アイツみたいになりたくて、こーしてるのかもな」

 

 

 

俺はきっと、『才賀 勝』のような、強い人間になりたいんだ。

 

 

 

「この話はここまでにしようか。

仲町サーカス云々は分かったろ?」

 

俺が言うと、皆はこくりと頷く。

大事なのはこの話ではない。

次に話す話題の方が、ここから先に響く、大きな問題なのだから。

 

「じゃあ、次の話題に行くぞ。

さっきの話よりも凄い重要だから、ちゃんと聞いとけ」

「疑問。なんですか?」

 

 

 

ーーーー次の公演、どーする?

 

 

 

瞬間。皆がずっこけた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「えー!?サーカスなんてやってたの!?」

「ああ。話じゃ小さいサーカスの路上公演だったらしいけど、本当に凄かった」

「ずーるーいー!!私も見ーたーいー!!」

 

ふと、先日のことを語った士道に、髪を二つ結びにした少女が襲い掛かる。

襲う、とは言っても、ただ戯れてるだけなのだが。

見たいとせびられても、あの光景を撮影するという発想自体、あの時の士道には存在しなかった。

精々動画サイトに上げられた…それも画質も音質も悪い…ものを見せるしかないわけで。

結果。少女は不貞腐れてしまった。

 

「むぅ……。ちょっとしか見えない!」

「仕方ないだろ。かなり混んでたんだから」

 

精々見えるのは、飛び上がった時の二人の芸人くらいだ。

他の映像を探せど、最前列で撮影している人間は居なかったのか、しっかりと映ったものは動画サイトに上がっていなかった。

 

「どんな芸人さんたちだったの?」

「双子の完璧なコンビネーションって売り文句で、客を惹いてたな。

二人ともすごく綺麗でさ。俺と同い年くらいの子たちだった」

 

士道がそう語ると、少女は揶揄うような笑みを浮かべ、彼の頬を突いた。

 

「へぇ〜。熱っぽく語るね〜」

「いや、そういう訳じゃなくて…。

サーカスって、やってて楽しそうだなって思ったんだよ」

 

思い出すのは、皆の笑顔。

あの笑顔を思い出すたび、士道は思うのだ。

『自分もあんな風に、誰かを笑顔にしてみたい』、と。

 

「中国拳法よりも?」

「それはそれだ」

 

士道はそう返すと、夕食の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜひ」

 

 

 

 

 

 




主人公にとって勝は、「勝から見た加藤鳴海」なのです。
つまりは「憧れ」であり、「生き方の基本」ってやつです。


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第十幕 ゾナハ病

コロナとゾナハ病が似てるって言うのを、Twitter(私はやってません)でちらほら見ます。
世界に与える影響としては、どちらもとんでもないですよね。

記念すべき第十幕、どうぞ。


『絶望』というのは、ひたり、ひたり、とゆっくり近づいてくるモンだ。

フツーの日常、フツーの毎日。

ソレら全てを、あっさりとぶち壊すために。

 

 

 

成功を収めた俺たちも、『ソレ』の接近に気づくには遅すぎた。

 

 

 

「ぜひっ……!ぜひっ……!」

「隊長!?どうしたんですか、隊長ぉ!!」

 

首を抑え、必死に苦痛を耐えるアネサン。

この世界に来てからすぐに目の当たりにしたはずなのに、俺はすっかり忘れていた。

『こっち』にも、『ゾナハ病』が存在する事を。

 

「ぜひっ……、大丈夫、だから……!」

「大丈夫な訳ないでしょ、燎子!

アンタ、息が……!」

「困、惑……っ。燎子……っ!」

 

明朝の5時のことだった。

金や倫理観の問題で、狭苦しい女子達のテントから、叫び声が聞こえたのだ。

慌てて俺が飛び出し、テントの中に入った時に聞こえたのは、あの呼吸。

呼吸の主は、日下部のアネサンだった。

 

「九十九、燎子がぁ!!」

「応急処置するから、少し退け」

 

今から俺がやるのは、あまり…いや、決して褒められた行為ではない。

だが、この病気に関しては別だ。

 

 

 

「ははははははははっ!!

ンな状態なら、前にクビになってなくても、今頃クビだったろーな!」

 

 

 

俺の凶行に、皆が唖然とするのがわかる。

一息置いて、日下部のアネサンが俺の胸ぐらを掴もうとして、気づいた。

 

「あれっ?マシになった……?」

「ゾナハ病。例の『他人を笑わせねーと死ぬ』っつービョーキだ」

 

『他人を笑わせないと、死ぬ』。

ソレは運のいいヤツだけで、運の悪いヤツはもっと酷いことになる。

だが、今はこれだけ話せば充分だろう。

 

「アネサンが『俺を笑わせた』って認識したから、症状が軽くなっただけだ。

ゆっくりと進行するぜ。この病気はな」

 

そう。どれだけ症状を緩和させようが、元を絶たないと『最悪の事態』になる。

本当ならば治す手段はそれなりにはあるのだが、厄介なのは……。

 

「でも、ゾナハ病は治るんですよね?

だったら……」

「こっちじゃ無理だ。単純に、治すのに必要なモンがこっちにない」

 

 

こっちに『治すために必要なもの全てが存在しないこと』だ。

 

 

こっちには『ハリー』も無ければ、しろがねのネーチャンも居ない。

そもそもの話、ゾナハ病を引き起こす『アポリオン』という自動人形を、しろがねのネーチャンの歌声で制御できるかどうかすら怪しい。

 

「な、なんでそんな病気が……!?」

「アネサン、『銀の煙』を吸ったか?」

「いいえ。そんなもの、すぐに分かるだろうし……」

 

『銀の煙』とは、『アポリオンの集合体が煙のように見える』からつけられた名称だ。

ソレにしても、この世界で『アポリオン』を作った理由はなんだ?

全世界に盛大にばらまいて、「精霊がゾナハ病で死ねばラッキー!」と短絡的な考えで作ったのだろうか。

 

「と、取り敢えず病院に……」

「吉川の嬢ちゃん。病院に連れてく前に、ゾナハ病について調べてくれ。

場合によっちゃ、病院行きはナシだ」

 

俺は言うと、発作が静まり楽になったアネサンに飲み水を渡す。

ペットボトルに汲んだ公園の水道水だが、無いよりかはマシだろう。

指示の意味が分からなかったのだろう。

吉川の嬢ちゃんは、こてんと首を傾げた。

 

「えっ?なんでですか?」

「この世界にどんだけ知られてるか、全くもってわからんからな」

 

ゾナハ病が発見された当初は、一部地域では感染症扱いされ、患者が隔離されていたという。

となれば、笑わせるべき人間が居なくなり、症状が悪化していくだろう。

 

「ごめんなさいね。1番年上なのに……」

 

苦笑を浮かべるアネサン。

「人を笑わせる」という技術を、彼女は持ち合わせていないだろう。

俺たちは苦しんでる人間相手に何度も無理に笑えるほど、心が強くない。

 

「……アネサン。提案がある」

「なに?」

 

 

 

 

ーーーー裏方じゃなくて、表舞台で芸人として出てくれないか?

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

調べた結果、「ゾナハ病」の知名度はかなり高く、余程重症で無ければ、入院するということにはならないらしい。

発見者は吉川の嬢ちゃんの養父とのこと。

少ない金から診察費をなんとか絞り出した俺たちは、元の場所へと戻った。

 

「1週間の食費は残ったわね。ごめん、皆」

「安堵。深刻な段階でなくて良かったです」

「ほんと、心配したんだから」

 

残った金額は、なんとか1週間は生きれそうなくらいだ。

早急に次の公園の日程やらを決めなければ、貧困生活待ったナシである。

 

「次の公演はなんにするの?

またアクロバット?」

「いや、今回は『劇』をやろうと思う」

 

劇。

これならば、芸の経験が無かろうが、それなりに練習すればなんとかなる。

勝たちとやった劇では、他のサーカスの邪魔が入ったが、なんやかんやでウケていた。

 

「アネサン、元軍人だから心配はしねーが、器械体操はどんだけ出来た?」

「学生時代は、上から10番目くらいだったわ」

「……何人中?」

「150人くらいだったかしら?」

 

アネサンは、なんとかメインキャストとして出れるくらいだろうか。

というか、アネサンは無理にでも出てもらわなければならない。

金を稼ぐと同時に、今回は症状を抑えるためというのもあるのだから。

 

「キャストはどうするんですか?」

「八舞姉妹とアネサンは確定だ。

吉川の嬢ちゃん、器械体操は出来るか?」

「えっと……。体育館の用具室に突っ込んで、バレーのネットに絡まって以来、別の種目に変えられて……」

「……じゃあ、場面の切り替えとか頼むわ」

 

吉川の嬢ちゃんにキャストをやらせたら、カバーが大変そうだ。

生憎と俺の持っている台本は、吉川の嬢ちゃんの大ミスをカバーできるような展開に持ってくのが難しい。

 

「五十嵐さんはどうするんですか?」

「相棒で出る」

 

俺は言うと、ケースから台本を取り出す。

勝と居た時、アイツが「いつかやりたいね」と言って、二人で作っていたものだ。

……いつか、これを返しに行かないとな。

 

 

 

「タイトルは、『家族と悪魔』」

 

 

 




今回、ちょっと短かったですね。
おやつカルパスくらい短いです。


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第十一幕 練習

ロングスリーパーとでも言うんでしょうか。少し前の日のことですが、夜10時に寝たはずなのに、昼の2時に起きました。不思議。


役所の人間と話し合った所、次は三日後に、商店街前でやってもいいと許可を貰った。

となると、本番は四月九日。

それまでに台本全てを頭に叩き込み、動きを確認しなければ。

かなりのハードスケジュールだが、時間ならば充分にある。

 

「台本は離せるようになったな。

……もうちょい時間かかると思ったが」

「くくくく…。我らは颶風の巫女であるぞ?

この程度、造作もない」

「3人で頑張って反復練習したものね」

「隊長の役、結構ハマってて笑っちゃいましたよね」

「同調。あれは抱腹絶倒ものです」

 

こうして見ると、かなり奇妙な光景だ。

互いに敵とも呼べる立場だったのに、今や戯れ合いをする程度に深い仲になっている。

同じテントで寝泊りしているからだろうか。

 

「おーし、衣装できたぞ。

警官役…アネサンの衣装はコレで、村娘役…夕弦のはコレ、耶倶矢のはコレな」

「警官役…っていう割には派手ね」

「こっちも。村娘って言うからには、もうちょい地味かと思った」

 

今回の劇で出てくるのは、真面目で優しい警官に、ヒロインの村娘が二人。

主人公には、『悪魔』と避けられる化け物。

流石にバケモノの衣装はコストがかかるので、元ある相棒で補うことにした。

見た目からすれば、かなりベストマッチな配役なのではないだろうか。

 

「あれっ?悪役の衣装は?」

「この台本の悪役は『民衆』だ。

舞台裏から俺と吉川の嬢ちゃんが声出せば、それっぽく聞こえるだろ」

 

舞台裏と言っても、黒のカーテン一枚隔てただけなのだが。

骨組みだって、組み立て式の物が中古で安く売られていたから、それを修繕しただけだ。

……思えば、仲町のオッチャンもこんな苦労をしてたんだろう。

こんな苦労を隠しながら、疲れの一つも見せずに俺たちに笑顔を振りまいてたんだ。

 

「今度はほどけないと思うから、試着してみてくれ。

キツイとか無かったら、衣装での練習だ」

 

3人は頷くと、それぞれの衣装を持ってテントへと向かう。

彼女らの姿が視界から消えたのを確認すると、吉川の嬢ちゃんが俺に声をかけた。

 

「……その、聞いてもいいですか?」

「どーした?」

「ずっと気になってたんですけど…」

 

 

 

ーーーーなんで帰ってきてすぐに、両親とか、保護者に頼らなかったんですか?

 

 

 

両親、か。

その単語を聴くと、思い出したくもない光景がフラッシュバックした。

 

「死んだよ。俺が五つの時だった。

爺ちゃんが引き取ってくれたけど、『あっち』に行く前、寿命でな」

「あっ……」

 

コレだけ教えりゃ充分だろう。

 

 

俺の過去なんて、聞いても気持ちのいいものなんかじゃないんだ。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「おにーちゃん、コレ!」

「見れない」

 

五河 士道が仰向けに倒れていた所、少女が顔にへばりつけるように紙を突きつける。

少女から紙を受け取ると、その姿勢のまま紙を張り、内容を確認する。

 

「『仲町サーカス』…商店街前で公演?

四月九日……?」

「今度は劇だって!アクロバットとか、大きい人形を使ったものなんだって!」

 

仲町サーカスに、アクロバット。

その単語であの日の衝撃が鮮明に蘇ったのか、士道は疲弊したことすら忘れ、飛び上がるように起きる。

少女はソレを慌てて避け、士道に文句を言い始めた。

 

「もー!急に起きないでよ!」

 

少年は文句を無視し、マジマジとプリントを見つめる。

商店街の人が作ったのか、プリントの出来は安っぽかったが、あのサーカスの演技は確かに凄かった。

 

「おにーちゃん!今度は連れてってよ!」

「前回は見れなくて、落ち込んでたもんな。

この日は梁先生がウチに来る日だし、3人で行こう」

 

家庭の事情で両親が海外赴任するため、その間の保護者として、両親の友人が訪れる日。

その日とサーカスの公演日が重なったため、士道は丁度いいと考えていた。

 

「帰りに商店街で買い物すれば、一石二鳥だしな」

「えー!?もしかして、荷物持ちさせるために…!?」

「こんな時じゃないと、中々荷物持ちしてくれないじゃないか」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

『家族と悪魔』。

勝と考えた当初は、主人公も普通の人間で、ヒロインも一人。

最後には結婚するという、ベタ中のベタという感じだった。

だが、流石に普通の物語じゃインパクトがないと思った。

 

そこで、俺が「ヒロインを双子にして、最終的な関係を恋人とかお嫁さんとかじゃなくて、家族にしたらどーだ?」と提案。

勝は「そっちの方が面白そう」と承諾。

結果として、『家族』をテーマにしたサーカス劇が出来上がったわけだ。

 

ここでの最後の見せ場は、バケモノが村娘二人を連れて飛び立つシーン。

途中でアクロバットは挟むものの、ソレは前座。

最後はインパクトがあればある程強く残るため、最も派手に見せなければならない。

 

「鈍重な動きしか出来ないと思ってましたが、軽やかに舞台裏へと入りますね」

「まーな。コイツらに求められるスペックは、大体が『速さ』だからな」

 

相棒は図体はデカいが、中身をかなり削って、俊敏な動きが出来る様にしている。

被弾イコール即死が当たり前なため、遅ければ遅いほどリスクは高くなる。

ゴイエレメスのようなパワー型も、使い手によっては俊敏に動くことが可能だ。

 

「至福。ふわふわです」

「あぁ……。私、コレ枕にして寝たい……」

「離れろ。次、もう一回通すぞ」

 

練習の度、相棒の腕が心地いいのか、中々離れない二人。

布部分は痛むのが早く、定期的に交換、洗浄している。

そのため、二人を抱く腕の部分がふわふわしているのだ。

 

「私の改善点はあるかしら?」

「も少し臨場感が欲しい。

ちょっと動きが派手になるが、いいか?」

「ええ。大丈夫」

 

アネサンの動きはなんというか…体幹は確かに素晴らしいが、安定策に走りがちだ。

芸なんざ縁のない人だったのだから、仕方のない話ではあるが。

この人はアクロバットやトランポリンよりも、7丁椅子のような芸が得意そうだ。

 

「吉川の嬢ちゃん、『つまらん』って思ったトコはないか?」

「えぇっと、このバケモノさんが私たちに罵倒されるシーンですね。

人形の動きが少し、分かりにくかったというか、感情が伝わりづらかったです」

 

むぅ……。

怯えられるシーンは、見せ場というわけでもないが、今後に響く大事な部分だ。

バケモノが明らかに落ち込んでいるように見せなければなるまい。

 

「わかった。なんとか改善するわ」

 

本当ならばメモできればいいのだが、生憎とペンを買う余裕すらないのだ。

俺は改善点を頭に叩き込むと、次の通し練習へと移った。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「ここに、《ベルセルク》が」

 

本番を控えた四月九日。

人が賑わう商店街の中、一人の女性が呟く。

 

「待っていなさい、《霊結晶》。

この私のモノにしてあげるわ」

 

彼女は顔を歪め、醜い笑みを浮かべた。




お待たせしました。次回は戦闘回ですよ。


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第十二幕 家族と悪魔

久々にホットケーキでも作ろうかなと思い立ってスーパーに行ったところ、ホットケーキの素が売り切れてました。
フルーチェのイチゴ味だけがやばいくらいありました。
私、イチゴ味そんなに好きじゃないんだけど……。
ってか、そもそもフルーチェがそんなに好きじゃないんだけど……。


四月九日。

商店街前はかなりの人が混み合い、今か今かとその時を待つ。

俺たちはセットの裏からその様子を覗き、生唾を飲み込んだ。

 

「前回と比べて結構人が居るな。

…サーカスって、こっちじゃそんなに廃れてんのか?」

「まぁ、世界的に人気とまでは…」

 

『あっち』では五年前の事件がキッカケとなり、空前絶後のブームだというのに。

これがジェネレーションギャップ…もといワールドギャップか。

こんなことで怖気付く程、舞台に慣れてないというわけではないが、やはり少し緊張してしまう。

 

「耶倶矢。再三言うが、あくまでフツーの、フッツーの村娘を演じろよ。

テメーの訳わからんアドリブを庇える程、この台本は自由度高くねーんだ」

「分かっているとも。我を誰と心得る?」

「指摘。最初は耶倶矢のアドリブだらけで、物語がめちゃくちゃになってました」

「うっ……」

 

本当に、最初の頃は酷かった。

三日でなんとか見せられるレベルに持って行こうと思っていたが、下手なサーカス学校の生徒よりも上手い程度に収まるとは思わなかった。

本番まで、あと数分。

吉川の嬢ちゃんが、商店街から借りたマイクを手に、深呼吸する。

 

「語り部、しっかりな」

「はいっ!この日のため、必死に練習して、失敗しないようにしました!」

「途中でコードに絡まって喋れなくなるとか、勘弁しなさいよ?」

「隊長も、発作に気をつけて」

 

アネサンは発作のたび、機転をきかせてコメディシーンを挟んだっけ。

耶倶矢のような、脈絡も設定も無視したものではなく、無理のないアドリブ。

少ないインクのペンと紙を使い、自分だけじゃなく、全員分の改善点も纏めてくれた。

吉川の嬢ちゃんは大失敗を抑えるため、最低限の動き、ミスへの対処も出来る様にしたっけ。

 

「結局、全員が衣装になっちゃったわね」

「嬢ちゃんのミスで、裏方が暴露される可能性が証明されたからな。

世界観に溶け込めるよう、昨日夜遅くまで、裏のセットも作ったんだぜ?」

 

セットの移動は、消去法で残った吉川の嬢ちゃんに任せきりだ。

もしもセットが盛大に壊れても、客に演出として見せれば、いいスパイスになるだろう。

 

「うしっ。仲町サーカス、二度目の公演だ。

派手に行こうぜ!」

 

後はもう、全力で臨むだけだ。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

四月九日、午後1時。

時計がその時刻を指すと同時に、カーテン奥から人形が現れる。

その人形は二つの顔、四つの腕と不気味な姿をしているが、とても精巧な出来であることは見て取れた。

 

『この街には、バケモノが居ます。

彼はいつも、皆を笑顔にしようと頑張っていました』

 

少女の声が響くと、人形が動き出し、何処からか投げ込まれた鞠とナイフを手に取る。

間髪入れず、人形は四つの腕を巧みに使い、鞠とナイフを器用にジャグリングした。

おぉー、と歓声が響く中、袖から投げ込まれた石…に見せかけた布の塊…が当たり、人形がバランスを崩して派手にすっ転ぶ。

 

「ピエロのつもりか、バケモノ!」

「出て行けー!」

 

少年の少女の罵声が聞こえる度、石が投げ込まれる。

それが人形の体に雨霰と降り注ぎ、人形は苦しそうな動きを見せた。

 

『バケモノは見ての通り、とても恐ろしい見た目です。ただそれだけ。

それだけで、皆から嫌われていました』

 

淡々と語るナレーションに反応するように、人形がゆっくり立ち上がる。

人形であるのに、まるで感情があるかのように、小さく震えながらナイフと鞠を拾う。

そして、何事もなかったことにするように、弱い心を誤魔化して強がるように、再びジャグリングを始めた。

 

『バケモノの芸を笑う人は居ません。

バケモノは一人きりのサーカスを、どうしても楽しめずに居ました』

 

道化のように、失敗しておどけようが、袖から次々と石が投げ込まれる。

何度も罵倒されようが、嫌われることに慣れきった人間のように、人形の表情が変わることはない。

 

『バケモノは歩きます。

世界の何処かに、自分のサーカスを求めている人がいることを信じて』

 

人形が歩きながら、次々と芸を披露する。

その度にカーテンの柄が変わり、罵声と石が投げられた。

二人の少女はまじまじと芸を見て、自分もと主張するように、アクロバットを披露した。

 

『バケモノは、二人の村娘と出会いました。

彼女らはサーカスに憧れていました。

「村のために」と、好きなことを我慢させられていた彼女らは、それを解き放つように、芸を披露します』

 

人形が、少女たちが、惹かれ合うように。

舞踏会で巡り合った男女が踊るように、ゲイは苛烈さを増す。

観客席からは歓声が響く。

だと言うのに、袖から飛ぶのは、石と罵声だけだった。

 

『それでも。バケモノのサーカスは、誰も見てくれません。

村娘二人は、サーカスに入ったことにより、村から追い出されてしまいました』

 

今度は倒れることもなく、飛び交う罵声と石の中で人形と少女たちは舞った。

例え否定されようと、人形と少女は、サーカスを止めようとはしなかった。

 

『でも、バケモノたちはサーカスを止めませんでした。誰かが必要としてる、という理由ではありません。

やりたいからやっているのです』

 

そんな中、警官の女性が現れ、人形に怯えるようにたじろぐ。

人形と少女たちは女性に向けて芸を披露すると、彼女は観客のように、その芸に魅入り、やがて自らも飛び入り参加した。

 

『おっと。一人の警官が、舞台に飛び込みました。

それも無理はありません。

だって、彼女は笑顔を知らなかったのです。

バケモノのサーカスに出会うまでは』

 

警官が鞠のジャグリングを披露するも、拙いソレは失敗し、ものの見事に鞠が8連続で脳天に落ちる。

当たった鞠を人形は器用に拾い、警官に差し出す。

 

 

 

 

その時だった。

 

「《霊結晶》、みーっけ」

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

その声が聞こえた瞬間、俺はセットを思いっきり蹴飛ばした。

最悪だ。こんなタイミングでやってくるなんて。

刃によってズタズタにされたセットを投げ捨て、その存在が笑みを浮かべる。

 

「人形操りを使ってる『しろがね』でも居るのかと思ったけど……。

なぁんだ。ただのガキじゃないの」

 

間違いない。コイツは『自動人形』だ。

もうここまで追ってきたのか、はたまた別の狙いがあって、たまたま立ち寄ったのか。

言動から考えるに、コイツの場合は前者になるのだろうか。

 

『な、何ということでしょう!

バケモノが認められることが癪だったのか、別のバケモノが襲いにきたではありませんか!!』

 

吉川の嬢ちゃんが慌てて、自動人形の乱入というハプニングをカバーする。

自動人形はなにがなにやら理解してないようで、訝しげに眉を潜めた。

 

「彼女らのサーカスを邪魔するなんて!」

「なんたる愚行!

例え天が許しても、颶風のみ…っとと。

この私が許さない!」

「憤慨。サーカスに武器を持ち込むなんて、ナンセンスです」

 

若干耶倶矢が怪しかったものの、コレで観客はただの演出だと思うはず。

後は犠牲なく、コイツを破壊するだけだ。

幸い、馬鹿の一つ覚えのように付けまくった刀の刃が武器らしい。

前に戦ったカマ…なんだっけ…?

名前は覚えていないが、フランスの病院で戦ったのと似てる。

 

『バケモノは、ようやくわかりました。

なぜ自分がバケモノなのか。それは…』

 

 

 

ーーーー誰かを守るため。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

ナレーションの言葉に答えるように、人形の腕から刃が飛び出す。

自動人形はそれを見ると、嘲笑った。

 

「なにそれ?初心者用の『あるるかん』とやらのパクリじゃない。

そんな装備で、この『刀狩り』を倒せ…」

 

その言葉を遮るように、人形の腕が自動人形に襲いかかる。

自動人形は刀の一つでそれを受け流し、勢いのまま少年へと刀を振りかぶる。

人形を操っているのだ。この斬撃を避けられるはずがない。

自動人形は笑みを浮かべ、刀を振り下ろした。

 

「ふっ!」

 

少年がバンダナから工具を落とし、それを蹴り飛ばす。

ソレは自動人形の目をかすめ、斬撃はあらぬ方向に放たれた。

 

「コレはどうだ!」

 

自動人形が叫ぶと、刀の一部がロケット花火のように飛び立ち、観客席や少年へと向かう。

確実に死人が出る攻撃だ。

広範囲に渡っているため、少年でも対処のしようがないだろう。

自動人形のその思惑は、外れることとなる。

 

 

 

「真正面から左二つ、下の全部、右の四つを撃ち落とすことを優先しなさい!」

「楽勝!」

「余裕。天使を使うまでもありません」

 

 

 

二人が言うと、突風が巻き起こり、観客席へと向かっていた刀が空へと打ち上げられる。

更に、彼女らは落ちてくる刀を一つ残らず摘みとり、客に見せた。

あまりの早技と奇跡に驚いてか、観客席から大きな拍手が巻き起こる。

 

「っ、ちぃっ!」

「観客席に投げ込むのは、花と紙吹雪くらいにしときな!!」

 

少年の叫び声が聞こえると、自動人形の顔に、人形の腕が突き刺さる。

吹き飛ばされた自動人形は、そのままセットに突っ込んだ。

 

『心優しいバケモノは怒ります!

見てくれる人たちにまで襲いかかるような、非道なバケモノに!

笑顔を壊そうとするバケモノを倒すために、バケモノは拳を振るうのです!!』

 

自動人形がセットの隙間から、少年たちに向けて飛ばされた刀の行方を見て慄く。

へし折られた刀の残骸。

どう見ても、自分が放ったものと一致している。

自動人形は少女たちの方に目が行っていたから気づかなかったが、人形が一つ残らず叩き折ったのだ。

 

「鈍で良かったぜ。

お陰で簡単に壊せた」

「……っ、な、めるなァァァ……!!

『しろがね』でもない小僧がァ……!!」

 

怨嗟を口にしながら、自動人形はまとわりついた布を切り裂く。

擬似体液なのか、銀の液体が体から吹き出し、刀の姿へと変貌した。

 

「擬似体液を凝結させて作ったモンだったか。寿命削ってんだろ、ソレ」

「構わないわ。精霊を殺して、《霊結晶》さえ手に入れば…」

 

歪んだ笑みを浮かべる自動人形。

が。その口角が上がり切る前に、人形の拳が突き刺さる。

ぴしり。

あまりの威力に自動人形の顔がひび割れ、破片が辺りに散らばった。

 

 

 

「舞台で死人が出るなんざ、笑えねーよ」

 

 

 

自動人形は、そのブリキの目で見た。

鬼かと見まごうほどの気迫を発する、少年と人形を。

展開した刃が、自動人形の刀と衝突するたび、ソレらをへし折っていく。

 

 

 

「舞台は、人を笑わせるための場所なんだよ」

 

 

 

人形の手が、守るものの居ない自動人形へと迫る。

 

自動人形は、舞台の糧となった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

『非道なバケモノとはいえ、手にかけてしまった事実は変わりません。

バケモノは警官の女性に、自分を逮捕してくれと懇願しました』

 

壊れた残骸を捨て置き、人形は懇願するように女性の前に傅く。

ソレに続くように、少女二人も同じように手を差し出した。

 

『少女たちは、バケモノが捕まってしまうなら、私たちも捕まえてくれと頼みます。

少女たちにとって、バケモノは家族のような存在になっていました』

 

女性は無慈悲に、手錠を取り出すそぶりを見せる。

 

『おや?おやおや?』

 

が。出てきたのは手錠ではなく、鞠とナイフを取り出し、3人に差し伸べる。

 

「またいつか、サーカスを見せておくれ」

 

警官が言うと、バケモノたちが顔を上げる。

「ほら、行った行った」と言わんばかりに手を振る警官に…もとい、これまで見てくれた観客に向け、3人はぺこり、と礼をする。

 

『3人家族のサーカスは、どこまでも続きます。もしかしたら、あなたの街にも来るかもしれません』

 

瞬間。拍手と歓声の爆発が起きた。

 

人形が少女たちを背負うと、観客席に向けて手を振る。

ソレに連なるように、警官と村娘たちも手を振った。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「……アレが、五十嵐 九十九」

 

拍手喝采が響く中、一人の老婆が呟く。

 

「良いものを見せてもらった礼だよ。

後始末くらいは、手伝ってやろうかねぇ」

 

『運命』と言う名のからくりは、動き始めたばかり。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

いかがでしたかな?『五十嵐サーカス』はこれにてお終い。

 

 

 

お次の演目にてスポットライトが向けられるのは、五十嵐 九十九のそばに居る少女二人。

アタシなどが介入する必要もなく、彼女たちのスペクタクルは盛り上がっていきます。

それが彼女らにとって幸せをもたらすか、はたまた全く別の結末を迎えることになるか……。

 

おっと。忘れておりました。次の演目の名前を決めることとしましょう。……ふむ、そうですね。

道化たるもの、次の演目の内容をバラすワケにもいきません。

ただ、『こう名付けることにする』ということだけ分かってあれば、それだけで十分でございます。

 

 

 

 

ーーーー『八舞オートマータ』と。

 

 

 

 

 




この話の『石』は全部、布で作った模造品を指してます。
いちいち説明が面倒なので、一度だけ説明文出して後は『石』で統一させていただきました。

次回の『八舞オートマータ』は、『十香デッドエンド』と並行して進んでいます。ハッキリ言っちゃうと、『十香デッドエンド』はまんますぎて書いてません。

誰もが知ってる演目を延々と見せられることほど、つまらないものはありませんからね。


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八舞オートマータ
第十三幕 しろがね


いきなり暑くなりましたね。
家ではもう半袖短パンで過ごしてます。死ぬほど似合わないので、そのカッコで外には行きませんが。


今回の劇で、1ヶ月分の生活費はなんとか賄えるくらいに、稼ぐことが出来た。

見込みより少し多いくらいか。

 

「いやぁ、超焦った。

いきなり自動人形来たし」

「称賛。リョーコ、良いアドリブでした」

「ダメ元だったけどね。

アンタたちがうまく対処してくれたおかげよ。運のいいことに、発作も来なぜひっ」

 

アネサンの発作が始まった。

彼女は苦しむ中、耶倶矢に襲いかかった。

 

「えっ?ちょっ、いや、待って?

私にも準備ってものが……」

「症状が…ぜひっ、悪化する前に…ぜひっ、やるっ!」

「ひゃっ、ちょっ、あははっ!やめっ、こしょばいっ!」

 

妙に慣れた手つきで、耶倶矢の脇腹をくすぐるアネサン。

これぞアネサンが生み出した発作対策。

くすぐることで笑わせるという荒技だが、アネサンが『自分で笑わせた』と認識できるため、発作を落ち着かせるには丁度いい。

 

「あんま暴れんなよ。その衣装、また使う可能性もあるんだからなー」

「掃除の途中ですもんね」

「指摘。リーナ、またゴミ袋ひっくり返してますよ」

「はわっ!?」

 

これで5回目だろうか。

吉川の嬢ちゃんが知らず知らずのうちにゴミ袋をひっくり返したことにより、残骸がタイル床に転がる。

が。それに文句を言うこともなく、夕弦が再びちりとりで回収し始めた。

 

「ご、ごめんなさい…」

「慰労。リーナは頑張ってますよ。

自動人形の乱入も、リーナが居なければどうなってたか」

 

また1から片付けだが、コイツらとならば、それさえも楽しく思えてしまう。

日は沈み、夜の静寂が辺りを包む中、人通りのない商店街前に笑い声が響く。

 

「少しいいかい?」

 

煩く感じたのだろうか、一人の老婆が俺たちに声をかける。

嗄れていながらも芯があり、力強く感じる声に反応し、俺たちはその老婆の方を向いた。

 

「あっ、煩かったっすか?すんません」

「そう言うわけじゃないよ。笑い声も、大分抑え気味だったじゃないか」

 

老婆はそう返すと、俺のスーツケースを一瞥する。

…まさか、盗もうとしているのだろうか。

前にスラム街に立ち寄った時、被害に遭いかけたことを思い出す。

ここは日本だから、そんな凶行に出ないとは思うが。

 

 

 

 

 

「『フェイスレス製のケース』だね?」

 

 

 

 

老婆の言葉を聞いた瞬間。

俺の頭が真っ白になっていくのを感じた。

 

 

 

 

「はじめましてだね、五十嵐 九十九。

私は『向こう』じゃ『最古のしろがね』と呼ばれてた者だよ」

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

老婆…『ルシール・ベルヌイユ』に連れられ、ある喫茶店へと入る。

後片付けは、彼女の部下である『しろがね』がしてくれると言う。

そのことを少し申し訳なく思いながら、俺たちは案内された家族席へと座った。

 

「改めて、自己紹介といこうかね。

私はルシール・ベルヌイユ。

『こっち』じゃ、『しろがね』の司令官補佐をしている」

「五十嵐 九十九っす。仲町サーカスの道具方してます」

「颶風の巫女、八舞 耶倶矢と」

「紹介。八舞 夕弦です」

「日下部 燎子です」

「理依奈・ロッケンフィールド・吉川です」

 

互いに軽く自己紹介を済ませると、ルシールのバッチャンは吉川の嬢ちゃんに対し、目を剥いた。

が。すぐにそんな場合ではないとばかりに目を逸らし、話を切り出そうとした、その時。

 

 

 

ぐぎゅるるるるるる……。

 

 

 

俺たちの腹の虫が、その流れを勢いよくぶった切った。

 

「金欠なのは聞いてるよ。

奢ってやるから、好きなだけ食べな」

 

女神か?

 

「もしかして女神ですか?」

「バカなこと言ってないで、とっととメニューを開きな」

 

アネサンが同じことを聞いてくれた。

感謝の念を込めて礼をし、渡されたメニューを開く。

喫茶店というには、なかなかボリューミーなラインナップだ。

胃腸が弱らない程度に食うのには困っていなかったため、ある程度なら好きに頼めるな。

 

「麦茶とドリアください」

「オレンジジュースとパエリア!」

「注文。ソーダとカレーを所望します」

「ホットミルクとピラフください」

「カレーと牛乳」

 

おそらく『しろがね』の一人なんだろう、銀髪の店員に向けて注文すると、すらすらとメモを取って厨房へと向かう。

それを待たずして、ルシールのバッチャンが話を切り出した。

 

「稚拙だったけど、いい演技だったよ。

人形使いとしての腕も、しろがねのものと遜色ない。久々に楽しませてもらった」

「そりゃどーも…」

 

厳しそうな印象とは裏腹に、優しい口調で褒められた。

『しろがね』という人たちは、『感情が欠落している』と聞かされたが、この世界に来て何か変わったのだろうか。

 

 

 

「ひとつ聞きたいのだけど。

アンタ、『向こう』で『死んだ』かい?」

「は?」

 

 

 

質問の意味がわからない。

少なくとも、俺はあっちで死ぬほどの目には遭ったが、本当に死んだわけではない。

あっちの最後の記憶は、クッソ暑い着ぐるみの中、バルーンを配っていたのだ。

水分補給、塩分補給ともにしっかりしていたので、熱中症になる可能性はほぼなかった。

 

「んー…。ないっすね」

「そうかい。『あっち』から『こっち』に来たやつは皆、あっちで一度『死んでる』んだがね」

 

そうは言われても、死んだ覚えなんてない。

『こっち』から『あっち』に行った時も、『あっち』から『こっち』に帰った時も。

死んだと自覚するような出来事もなければ、気を失った感覚も無かった。

本当にいきなり、場所だけが映画の場面のように切り替わったように感じた。

「……ギイの言った通り、本当に『二度も世界を超えた』のかい?」

「まぁ、一応」

 

『世界を超えた』って、中学生とかが憧れてそうな響きだ。

言われる側からすれば、嵐にでも巻き込まれた時に『お前って被災したの?』って無神経に聞かれるような感覚だが。

 

「今のは個人的な興味だよ。

ここからが、『しろがね』としての質問さ」

 

 

 

 

ーーーー何処まで踏み込んでるんだい?

 

 

 

 

質問の意味がわからなかった。

『精霊』のことか、それとも『ゾナハ病と自動人形』のことなのか。

疑問符を浮かべる俺たちを他所に、注文した料理が置かれる。

 

「……話は食べてからにしようかね。

こんな重っ苦しい話してちゃ、飯も不味くなるばかりさ」

「は、はぁ……」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「じゃ、もう一度聞くよ?『今回の件』、何処まで踏み込んでるんだい?」

 

疑問符、再び。

何でこう『しろがね』には、物事をハッキリと言わない人間が多いんだろうか。

流石に判断に困るので、思い切って聞くことにした。

 

「いや、『今回の件』って何すか?

『ゾナハ病と自動人形』のことか、『精霊』云々のことっすか?」

 

そう尋ねると、ルシールのバッチャンはポカンと口を開けた。

 

「まさかギイのヤツ、ほとんど話してないとかじゃないだろうね?」

「『自動人形とゾナハ病』の元凶が『白金』じゃねーってだけ。

ソースは違うけど、『精霊』の基本的な情報と、『元は人間かも』っつーことだけ知ってる」

俺が言うと、ルシールのバッチャンは深ぁいため息を吐く。

結構な情報を得ていると思っていたが、実はそうでも無かったのか…?

俺の疑問を肯定するように、呆れ果てるルシールのバッチャン。

 

「…答えられる範囲でなら答えてやるよ。

質問しな」

「じゃあ、ひとつ聞きたいんですけど…」

 

ルシールのバッチャンに向けて、アネサンがおずおずと手を上げた。

 

 

 

「その、彼女らは何故《消失》しないんでしょうか……?」

 

 

 

彼女が指差したのは、俺の肩にもたれかかり、すぅすぅと寝息を立てる『精霊』の二人。

ここ数週間を共に過ごしたせいで実感がないが、本来ならば『隣界』っつートコに帰るんだっけ。

 

「精霊が『隣界』に行くにはいろいろ条件があるけど、最も重大なのは『この世界に居たくない』と思うこと。

五十嵐 九十九。この子たちと、上手く付き合ってやってたんだね」

 

そんな条件があったのか。

俺と出会ってから帰らなかったのは、俺のことに興味を持ってくれたからなのだろう。

帰らないのなら必然的に、現れる際に起こすと言う『空間震』とやらも起きなくなる。

 

「ASTのやってること、まったく持って逆効果じゃないの……」

 

目頭を抑え、天を仰ぎ見るアネサン。

まぁ、ハッキリ言っちゃ、アネサンが今までしてきたことって『無意味』だから、仕方ないのかも知れない。

ミサイルやらなんやら撃ちまくって追い返して、また空間震を起こすキッカケを作ってんだから。

ショックが大きすぎたのか、それとも驚き飽きたのか、脱力するアネサン。

それを慰めたのは、同じ職場だった吉川の嬢ちゃんだった。

 

「人を殺す精霊も居たんですから、無意味って事はないかと……」

「……そうね。訂正するわ」

 

 

 

ーーーー無意味じゃなくて、『バカ』よ。

 

 

 

後悔を絞り出すように、アネサンは告げた。

 

「その子も人だし、泣きも笑いもしたんでしょうね。私たちのせいで人に憎しみを抱いていたとしたら?

それが動機だったとしたら?」

 

「本当に、バカ」と言うと、アネサンはそのまま黙り込む。

アネサンたちがやった事は、消えない。

初めて会った時、もしも耶倶矢が傷ついていたら。

もしも夕弦の傷が更にひどくなったら。

俺はとにかく、二人は絶対に許さなかった。

そう言う動機で人を殺す精霊も、きっと居るのだろう。

 

「……次の質問、あるかい?」

「じゃあ。

しろがねっつー割には、髪の色は兎に角、目の色がフツーに見えるっすけど…」

 

先ほどから…というより、ギイのニーチャンと再開した時から気になっていたのだ。

本来、『しろがね』は差異はあれど、基本的に銀髪銀目だ。

だというのに、目の前に座る彼女の目は、翡翠に染まっていた。

 

「こっちでの『しろがね』は、『組織の名前』というだけ。

生まれ変わった『しろがね』は皆、ある時をきっかけに銀髪に変わる」

「ある時?」

「前世でしろがねになった歳さ」

 

聞けば、生まれ変わった者は皆、元々『前世の記憶』を持っているらしい。

前世でしろがねになった時期に、揃って銀髪に生え変わるという。

そのメカニズムを、『医療専門のしろがね』が調べたところ、『ゾナハ病』…もとい『アポリオン』に対する抗体が出来ており、その副作用で髪の色が変わったとのこと。

 

「抗体があるっつーことは、アネサンのゾナハ病は治せるのか?」

「治せはするよ。『しろがね』の持つ抗体ではないけどね」

 

俺たちが再び疑問符を浮かべると、ルシールのバッチャンがコトリ、と机に赤い液体の入った瓶を置いた。

 

「コレはあるツテで貰った、『何も溶けていない《生命の水》』だよ。

正式に薬として任命されてはいないけどね」

「はぁ!?」

 

《生命の水》。

その単語を聞いた瞬間、俺は寝ている二人の耳元で、素っ頓狂な声をあげた。

その声をキッカケに目覚めたのか、二人が目を擦りながら起き上がる。

 

「その、《生命の水》って、確か『万能薬』なのよね?老いすらも遅行させるっていう」

「飲んだ量にもよるけどね。

この程度の量だったら、健康な人間になるってだけだよ」

 

飲んだ量によるのか。

瓶は『土産屋にアクセサリーとして売ってそうな程に小さい』。

ほんの数滴あるかないかくらいだ。

しろがねのネーチャンの血…高濃度の《生命の水》を飲んだ勝が『しろがね』にならなかったのは、コレが理由か。

 

「さぁ、まずはアンタが飲みな」

「え、えぇ……」

 

アネサンは恐る恐る瓶を取り、蓋を開ける。

血のような、母の懐のような、優しくもあり刺激的な、独特な匂い。

それらが鼻腔を擽る感覚に顔一つ変えず、アネサンは《生命の水》を飲み干した。

 

 

 

 

瞬間。アネサンは地面に転げ落ち、胸を押さえた。

 

 

 

 

 

「っ、いったぁぁぁ……!!」

「アネサン!?」

 

《生命の水》を飲んだからだろうか。

痛みに喘ぐアネサンに駆け寄り、脈拍を測る。

 

「おいっ、ルシールのバッチャン!

ソレ、本当にホンモノの《生命の水》なんだろうな!?」

「そうだよ。……この反応、成る程。

アンタ、『魔術師』だったね?」

 

ルシールのバッチャンの問いに、アネサンが苦しみながら、こくりと頷いた。

 

「なら心配いらないよ。

弄りまわされた体が修復してる痛みさ。

常人なら正気を失うくらいだろうけど、《生命の水》を飲んだなら、大したことないよ」

「体を弄るって……!?」

 

国…というより、『ある会社』の意向で、多少の強化手術は受けているとは聞いた。

しかし、ここまで痛みが来るとなると、深刻なものなのだろうか。

 

「ほら、次はアンタらの分だよ」

「この瓶はなんだ?」

「質問。何の話をしてるのですか?」

 

起きたばかりのせいか、先ほどから状況が理解できていない二人。

俺が掻い摘んで話したところ、2ミリも理解していないような顔をされた。

俺が過去を話した時も、同じような顔してたっけ。

「よーするに、すげー薬だから飲めって」と言うと、理解したのか瓶を凝視した。

 

「こんなのが、『エリクサー』だとでも?」

「指摘。エリクサーではありません。

あくあ…あくあ……あくあ・うぃすきーです」

「うん。アクア・ウイタエな」

 

ツッコミの夕弦までボケてどうする。

……よくよく考えれば、俺って《生命の水》を飲んでねーんだよな。

《生命の水》…つまりは、しろがねのネーチャンの気化した体液とかが体に染み込んでただけで。

受け取った瓶の蓋を開け、俺たちは《生命の水》を飲み干す。

 

 

 

 

ばたん。

 

 

 

 

 

その時、耶倶矢と夕弦の二人が倒れた。




ほのぼの?ああ、暫く旅行するってよ。

ギイさんの本格的な活躍は、すみません。かなり先です。
しろがねの代表キャラとしてルシールを立ててますんで、必然的に彼女がメインキャラつとめますよ。

若返らせようかなって迷ったんですけど、ルシールの魅力が半減しそうだったんでやめました。


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第十四幕 記憶

先に言っときます。かなりの捏造注意です。
自分でも「やっちまった」って思ってますけど、終わるまで続けようとは思ってます。

何故って?……「サーカスは最後まで、ちゃあんとやるモノ」ですからね。


「な、なんで倒れたんでしょう……?」

「私みたいに改造されてたのかしら……?」

 

喫茶店から連れ出され、『しろがね』御用達の病院へと運び込まれた二人に付き添った俺たち。

ルシールのバッチャンは、他に用があるとかでさっさと去ってしまった。

今は精密検査の途中で、俺たちはかれこれ数時間、病院のベンチで待っていた。

 

「結局、話は途中で終わっちまったな」

「仕方ないじゃない。急に倒れたんだし…」

 

分かっている。あんな状況で、これ以上話を聞き出せるものか。

こうやって話題を逸らさなければ、焦りやらでおかしくなってしまいそうだ。

《生命の水》を飲んでる手前、大事にはならないと思うが……。

 

「終わったよ」

 

ぷしゅう、と音を立てて、自動ドアが開く。

中から出てきた『しろがね』…名は『シュヴァルツェス・トーマ』だったか…が告げたのは、待ち望んだ言葉だった。

 

「どうでしたか?」

「至って健康だが……。

動機と呼吸が妙に激しい。肉体的なものでなく、精神的なものが原因とみられる」

 

限界が来て倒れるように眠ったのか?

それで、今は夢でも見ているのだろうか。

いや、二人は倒れる直前まで寝ていたのだ。

また倒れるように眠るというのは、少しおかしい気がする。

 

 

 

「彼女らはなにかを『忘れていた』ということはないかね?」

 

 

 

その質問を聞き、数々の情報と言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

 

ーーーー『精霊』になる前?

んー……。分かんない。生まれた時からそーだったのかなってなんとなく思ってたし。

多分、それが一番正しいと思う。

 

 

 

 

ーーーー解答。私たちは元々『一人だった』という証拠なんて、ありません。

ただ、なんとなく、『一人にならなくては』とだけ思ったんです。

 

 

 

 

ーーーー彼女たちの『二十五年前に存在した証拠』よ。捏造でもなんでもないわ。

『死亡した人間』として届が出されてる。

彼女たちは、恐らく『人間』よ。

 

 

 

 

「……その顔は、肯定と見ていいね?」

 

トーマのセンセーの問いに、こくりと頷く。

勝もそうだった。

あの『ストーカー』に、『人格を転送』された時。

勝は数瞬だけだったが、確かにあの『ストーカー』に、意識を乗っ取られていた。

『記憶』に関することになると、《生命の水》の作用が働くのが遅いのだろう。

 

「彼女たちは既に目覚めている。

……相当ショックが大きいようだ。あまり刺激しないでやってくれ」

 

俺たちは顔を見合わせると、二人の居る部屋へと踏み入る。

 

 

俺たちが見たのは、あの強気な姿勢など何処にもない、泣きはらした少女たちだった。

 

 

 

真っ赤に腫れた目元。

いつものような余裕なんざ微塵もない、追い詰められたような顔。

二人は俺たちを視認すると、嗚咽混じりに口を開く。

 

「おねっ……がいっ……。九十九以外、出てって……!」

「懇、願……。おねがい、します……」

 

何故、俺を選んだから分からなかったが、このままでは話すらできない。

アネサンたちに向けて視線を送ると、察した彼女らは病室を後にする。

俺は二人の間に簡素な作りの椅子を持ち出し、座る。

 

「……何があったかは聞かねーよ。

今は泣いとけ」

 

俺が言うと、二人は押し殺した声を大にして、泣いた。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「……ごめん。訳のわかんないまま、すっごい泣いちゃって」

「謝罪。『また』甘えてしまいました。

……すみません」

「気にすんな」

 

泣き止んだ二人は、真っ赤でくしゃくしゃになった顔に、無理に貼り付けたような笑みを浮かべる。

昔。勝が自分の正体を知った時、黒賀村の連中含め、誰にも弱音は見せなかった。

だが、俺にだけはなんでか、不安な心境とか、泣きたい思いでいっぱいなこととか、よく話してくれた。

その時の勝の笑顔が、ちょうど今のコイツらのような顔だった。

 

「安堵。やっぱり、変わってないです」

「そーね。こーゆー、変に気が効くとこは全く変わってない」

「ンだよ、急に?」

 

さっきから、懐かしむような目で俺のことを見てくる二人。

昔と言っても、出会ってまだ1ヶ月も経ってない筈。

だというのに、まるで数年来に再会した友人に向けるように、彼女らは俺に声をかける。

 

「ほら、やっぱり忘れてるし」

「無理もないです。お互い、五歳くらいでしたから」

「五歳……?」

 

 

 

 

瞬間。電撃が走った。

 

 

 

 

「……あの歯車、まだ持ってるのか?」

「うん。ずっと手入れしてないせいで、多分怒られちゃうかな」

「同調。道具に関しては、九十九は変態ですからね」

 

 

 

散々な言われようだ。

差し出された劣化した歯車には、拙い文字で二人の名前が刻まれていた。

間違いない。この二人は、俺の幼馴染みだったあの二人だ。

 

 

 

「悪りぃ。今の今まで全く気づかんかった」

「無理もないです。

耶倶矢はあのちんちくりんボディから、素晴らしい美少女になったんですから」

「夕弦も、大人の色香たっぷりなナイスバディに育ったし」

 

嗚呼、この褒め殺し合い。

昔もことあるごとにやってたっけ。

今ほど語彙力は無かったけど。

 

「……さ、昔話もこのくらいにして。

九十九には、話しときたいし」

「賛同。九十九は、知っておくべき…いえ。

九十九には、知っておいて欲しいです」

 

他愛のない話をすることで、気を紛らわせたのだろう。

二人は言うと、覚悟を決めたように息を吸い込み。

 

 

 

 

ーーーー私たちが、『一人になろうとした理由』を。

 

 

 

 

触れたくない傷に触れたような、悲痛な顔を見せた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

上空1万メートル。

空中に漂う船が、その姿すら見せずに悠々と漂っている。

その姿は、海に浮かぶ海月のよう。

見ようとすれば見えそうなのに、まるでそこに居ないかのように姿がぼやけていた。

 

「まさか《ベルセルク》が、元AST職員とサーカス芸人とはね」

 

船ということは、『艦橋』があるわけで。

その中の艦長席に座る少女が、頬をついて呆れたため息を吐く。

 

「どういう奇跡が起きれば、こんな状況に出会すのよ」

「司令の慎ましやかなボディが大きくなる可能性と同じですねぶはぁっ!?」

 

余計なことを口走った男性の顎に、『まだあどけなさが残る少女』の拳が突き刺さる。

暫く滞空したのち、背を地面に打ち付けた男性は、恍惚の表情を浮かべていた。

 

「あのサーカスで襲ってきた人形…。

出演者の反応を見るに、あれは乱入者ってとこね。上手く対処は出来ているけど」

 

倒れる男性を捨て置き、少女は再び映像に集中する。

とても真似のできない手捌きで『人形』を動かし、人形を破壊する少年。

見たこともない技術に、少女は観客のように、または勤勉な芸人のように見入る。

 

「……天使や顕現装置で戦った方が、明らかに強い筈なのに。

あくまで『芸』として、『戦いを魅せて』いるのね」

 

少女は言うと、「でも」と付け足した。

 

 

 

ーーーーあなたじゃ、《ベルセルク》は救えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八舞家は、普通だった。

普通の家族、普通の両親、普通の双子。

何処にでもいるような、ありふれた家庭。

普通の幼馴染みが居て、普通の友達も居て、普通の親戚も居た。

 

 

 

幼馴染みが引っ越した。

優しくしてもらった彼の両親が、事故で亡くなってしまったのだ。

祖父の家に引き取られた彼と別れた数年後。

 

 

 

 

普通の日常を過ごしていた彼女たちを、悪夢が襲う。

 

 

 

 

「………う、そ」

「……っ、おかあさんっ、おとうさん!!」

 

 

 

 

中学三年生の時だった。

両親が死んだ。目の前で、轢き殺された。

葬式で遺体を棺に入れることが出来ないほどに、ぐちゃぐちゃになった。

まるで、嵐が過ぎ去っていった時のように、ぐちゃぐちゃに。

 

 

 

 

絶望に伏した彼女たちを引き取ったのは、叔父夫婦だった。

初めて会う二人に戸惑いながら、両親に恥じない人間になろうと幼い心に誓った。

 

 

 

 

それさえも、踏み潰された。

 

 

 

 

「ほらっ、ほらっ!言えよ、なぁ!『私たちは何の役にも立たないゴミ屑です』って!」

「やめてっ……!許してっ……!」

「やっ、やぁぁ……っ!!」

 

 

 

 

叔父は、最低だった。

元より出来の良い両親のことを妬んでおり、その娘である二人にも嫉妬が向けられた。

人より欲望のタガが外れ易かった彼は、都合の良い欲望の吐口として、彼女らを引き取っただけだった。

流石に一線は超えなかったが、彼女らの体に生傷は絶えなかった。

 

 

 

 

「ほら、これが今日の分だよ」

「あの、足りな……」

「黙りな」

 

 

 

 

叔母は、守銭奴だった。

叔父を早々に見限り、不倫相手と高飛びするために生活費を切り詰めていた。

叔父が彼女らを蔑ろにするため、おもむろに食事の量を減らされて、服すらも…更には教科書すらも買ってもらえなかった。

高校にも行ける年になったが、進学すらもさせてもらえない。

 

 

 

 

憔悴仕切った二人は、あるものを見つける。

 

 

 

 

「これっ……!」

「九十九の……!」

 

 

 

 

それは、昔の約束。

幼馴染みの少年からもらった、木製の歯車だった。

少女らは昔、両親に与えられた小遣いを全て使い、家を出た。

髪もボサボサ、肌も乾き、服もボロボロ。

孤児のような格好で街を駆け、優しかった幼馴染みの居る街へと向かう。

幸い、叔父の家はそこから近かった。

 

 

 

 

絶望は再び、彼女らを襲った。

 

 

 

 

「五十嵐さん?五年前に亡くなったよ。

後を追うように、子供も行方不明になって、死亡届が出されたって」

「「……ぇ?」」

 

 

 

 

希望すらも抱けない。

叔父夫婦に見つかった彼女らの残った心を、完全握り潰すように。

二人に心ない言葉が向けられた。

 

 

 

「お前らが二人だからいけないんだ。

お前らが二人だから、余計なことばかり考えつくんだ」

「アンタたちが二人だから、金がかかる。

アンタたちが二人だから、あたしたちは幸せになれない」

 

 

「「……はい」」

 

 

 

擦りきった彼女らは、最早『人形』だった。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

ダァン!!

 

 

 

 

病室に、強く打ち付ける音が響く。

俺の拳は壁に当たり、ぼたぼたと血液を流していた。

 

「………すまん。力になってやれなくて」

 

語られたのは、俺が経験したものよりも身近でいて、想像もつかない『地獄』。

ジイサンに引き取られた俺は、幸せだった。

『親ナシ』と言われることはあったが、この二人ほどじゃなかった。

そう思うたび、自分のことが嫌になる。

手の傷が修復していく中、俺は行き場のない怒りを吐き出すように、息を吐いた。

 

 

 

「鎮静。この後、暫く忘れたので、心配はいりません」

「この後が大事なの」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

彼女らはこれまで、『二人でいたから』こそ平気でいられた。

どれだけ蔑ろにされようが、二人で励まし合えたから、正気を保てた。

 

 

 

 

それに気づいた叔父夫婦が、『二人でいることを否定した』。

 

 

 

 

「一人だったら」

「一人だったら」

 

 

 

何度も何度も。脳にすり込むように、何度も言われ続けた彼女らは、歪んだ妄想を持つようになった。

 

 

 

 

 

「私たちが、元々一人だったら」と。

 

 

 

 

 

そんな時だった。

目の前に、形容し難い存在が現れたのは。

 

 

 

 

 

《私が、君たちを一人にしてあげる》

 

 

 

 

 

差し出されたのは、一つの宝石。

その存在はソレを二つに割ると、それぞれに差し出した。

 

 

 

《辛いことも全部忘れて、一人になって、幸せに暮らしてね》

 

 

 

宝石は、彼女らの体に溶けていった。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「それが《霊結晶》か!」

 

人を超人化する液体を作り出す『柔らかい石』と、人を超人化させる《霊結晶》。

似て非なる物体だが、自動人形が付け狙う理由の末端が見えてきた。

喧嘩するだけで竜巻を起こすような力を、ただの少女二人に与えられるのだ。

狙わないわけがない。

 

「その《霊結晶》を持ってた存在も気になるが…よく分からんってのはなんだ?」

「想起。なんというべきでしょうか。

『存在自体にもやがかかっていた』という感じがしました」

 

ふむ……。

ソイツが《霊結晶》を配り歩き、『精霊』を生み出してるのか。

だが、その理由が分からない。一体なぜ、二人を『精霊』にしたんだ?

その危険性を知らないわけじゃ無かろうに。

 

「入るよ」

「のわっ!?」

 

思考の海へと飛び込む直前で、ある声に引き止められる。

俺たちがそちらを向くと、病院食を盆に乗せたルシールのバッチャンと、アネサンたちが居た。

 

「もう朝よ?随分と話し込んでたのね」

「はっ?」

 

俺が背後の窓を見ると、夜が開けたばかりの眩しい空が広がっているのが見える。

どうやら、一晩中喋ってしまっていたようだ。

しかし、いろいろ衝撃が多かったせいか、眠気がちっとも湧いてこない。

 

「ほら、ご飯だよ。病院食だから旨くはないけど、我慢しな」

 

彼女らのベッドに備え付けられた台に、病院食が置かれる。

旨くはないと言われたが、これまで食べてきたものに比べれば、雲泥の差だった。

 

「アネサンたちは食べたのか?」

「ええ」

「私も、もう食べました。

……その後連絡しろって言われてたのに、すっかり忘れてたので、お父さんにすごく怒られましたけど……」

 

そう言う吉川の嬢ちゃんの頭には、これまた大きなタンコブが出来ていた。

 

「嬢ちゃんの父ちゃんって、結構有名な医学教授だっけ?

その人も『しろがね』なのか?」

「だったみたいです」

 

聞けば、嬢ちゃんの父親は『しろがね』云々を抜きにして、娘に『人殺し』の汚名を着せるわけにはいかなかった。

いくら訓練生とは言え、それに加担していることは間違いない。

手遅れになる前にと、情報を流したのだとか。

難しい年頃だと言うことも考え、『信頼する人間を頼れ』と言いつけて。

…それでアネサンが巻き込まれたのな。

 

「少しいいかい?

仲町サーカスのアンタたちに一つ、昨日言いそびれた話があるんだがね」

 

ぶった斬るように、雑談を遮るルシールのバッチャン。

その代表者として立ち上がると、彼女は俺の目の前に迫った。

 

 

 

 

ーーーー『世界』を救う気、あるかい?

 

 

 

 




やっちまった。ごめんなさい。でも、こうでもしないとこの先の展開キツいの……。進まないの……。
はっきり言っちゃうと、私の力量不足です。読者の皆様、どうかご理解ください。


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第十五幕 子供

夏休みなんて無かったんや。
カラオケに気軽に行ける日は、今年中に来るのでしょうか……?

しろがねの皆様、どうやって出していこう?

しろがねの中で好きなキャラはファティマちゃんです。
生きてて欲しかった。生きて明霞姐さん、エリ公女と新しい恋を探して欲しかったよ……。


自販機からオレンジジュースとソーダを買い、キャップ部分を掴む。

仮眠室で数時間ほど睡眠を取った後、アイツらに何か差し入れをしようと思い立ってのことだ。

『世界を救う』と言う話は、一応は受けた。

……詳しいことは、一切話してもらえなかったけれど。

「俺が世界を救うんだ」とか、「俺にしか出来ないんだ」とかは思わない。

ただ、勝だったらそうするだろうと思ったからだ。

 

 

 

 

が。俺はまだ、二人の少女すら救えてない。

勝のように、誰かの憧れになれてはいない。

 

 

 

 

「……記憶が戻ることは、決して良いことじゃないんだな」

 

初めて知ったとは言わない。

俺は知ってたんだ。『隠された記憶』は、須く『忌むべき過去』であることを。

だと言うのに、勝は一人で立ち上がった。

俺は、アイツを慰めることも、力になることも出来なかった。

 

 

 

「どうしたのよ。そんな顔して」

 

 

 

冷えた感触が頬に押しつけられる。

俺がそちらを見ると、茶を差し出したアネサンの姿があった。

 

「あの二人のこと?」

「……そーだな。アイツらを救わなきゃ、 って気持ちが強い」

 

後悔というより、怒りだろうか。

どんな理由があろうと、俺は結果的に、アイツらを狂わせてしまった要因の一つになった。

あの世界でのことが無駄だったとは、絶対に言わない。

でも、あの世界に行かなければ、俺はアイツらを救えていたかもしれない。

過去のことで悩んでも仕方ないのは、俺もわかってる。

だけど、俺は、過去を払えるほど強くない。

 

 

 

「勝のヤツ、言ったんだよ。

『「今」を生きるなら、「過去」に操られちゃダメなんだ』って。

アイツらも俺も、過去ってヤツに操られてんだ」

 

 

 

憧れに近づくどころか、遠のいていく気すらしている。

いや。実際に、遠のいているのだろう。

俺の…俺たちの背後から、過去が足を掴んでいるのだから。

 

「……相当なことがあったのね」

「聞いてなかったのか?」

「ええ。彼女たちに何があったのかも、彼女たちがなんで泣いたのかも知らないわ」

 

 

 

 

アネサンは言うと、手刀を俺の頭に軽く振り下ろす。

 

 

 

 

「ていっ」

「あたっ」

 

反射的に声を漏らす。

実際に痛いと言うこともなく、親が子供にするような、軽い一撃。

 

 

 

「前だけ見て進めるのは、子供である今のうちだけなのよ。

大人は後ろばっかり気にするから。

良くも悪くも、あなたたちは大人すぎよ」

 

 

 

アネサンの言葉に、俺は納得していた。

楽しくもあり、苦しくもあった濃密な5年間を過ごした俺。

苦しみの淵で…もがく事すら出来ない、許されない場所で育ってしまったアイツら。

どちらも『大人』になるには、十分すぎる経験だったのだろう。

 

 

 

 

「あの子たちの苦しみ、あの子たちの悲鳴。

ソレを聞いてウダウダするような『ずるい大人』なんか、いない方がマシ。

アンタは、私みたいな大人にならないでよ」

 

 

 

 

アネサンの言葉は、少し難しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

その頃、医務室にて。

一人の男性がカルテを机に広げ、頭を抱えていた。

 

「……やはりだ」

 

男性…『スティーブ・ロッケンフィールド』は、カルテを手に驚愕を吐き出す。

心臓。人間の命を司るソコには、本来ならばあるはずのないものがあった。

 

 

 

 

 

 

心臓を貫くように、『結晶』が形成されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……以前、ユヅルという少女の心臓は、至って普通だったはず……。

となれば、キッカケは《生命の水》…か」

 

《生命の水》を飲んだ人間は、健康になる。

詳しいことは省くが、ざっくりと説明すれば『その生命にとって、各種細胞を秒単位で最も正しい状態へと再生させる』という性質を持つ。

つまりは、今検査を受けている少女二人。

 

 

 

 

 

 

この二人は、『精霊として正しい状態』となっているのだ。

 

 

 

 

 

 

「傷の再生速度も、かなり早い。

『観測機』に映る数値も、非常に大きい。

なのに、扱い切れていないどころか、まるで何も変わったことがないように、その力を制御できている……。

これが、本来の『精霊』……」

 

以前、検査を担当したからわかる。

八舞姉妹は、『完全に人間ではなくなってしまった』。

守るために人間を捨てた悪魔がいた。

ロッケンフィールドは実際に見ていないが、彼は守るという行為のため、心すら殺したという。

 

 

 

 

だが、彼女らは違う。

自分たちは、彼女らに望まずして、『人間を捨てさせてしまった』のだ。

 

 

 

 

「……彼らに、伝えるべきか」

 

医者として、この真実を伝えなければ。

ロッケンフィールドの心に、そのことが重くのしかかった。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

そのことを知らず。

二人は検査結果を待ちながら、差し入れられた果物を摘んでいた。

…いや、摘もうとして、その手を止めていた。

 

「ごめんなさーーいっ!!」

「ど、どうやったらそうなるの……?」

「……唖然。これはミスというより、奇跡です。悪い意味で」

 

理依奈が半泣きで謝るのを傍に、耶倶矢はあるものを手に取る。

芸術的作品として出しても、きっと疑われないだろうオブジェ。

 

 

きっと誰が見ても、この素材が『リンゴ』であるなど、微塵も思わないだろう。

 

 

 

「桃とか、普通に皮剥いてたよね?

どうして五個に一個はこうなるの?」

「気づいたら、こうなるんです!」

「……諦観。このドジっ子、一生治りませんね」

 

夕弦は呆れの中に笑みを混ぜ、理依奈に笑って見せる。

耶倶矢もソレに続くように、笑みを見せた。

 

 

 

 

 

「……あれっ?お二人の笑顔って、そんなのでしたっけ?」

 

 

 

 

 

びくり。

 

 

 

 

 

その言葉に反応し、二人の体が強張る。

理依奈はソレに気づかず、言葉を続ける。

 

「なんと言うか……」

 

 

 

 

 

ーーーー作り物みたいです。

 

 

 

 

 

瞬間。二人の脳裏に、ある情景が浮かぶ。

アレは確か、連れ戻されたばかりの頃。

もう抵抗する気すら無くなっていた自分たちに、あの男が言い放ったのだ。

 

 

 

 

「笑え」と。

 

笑っていないと迷惑なんだと。

お前たちが笑っていないと、自分たちが不幸になってしまうんだと。

ゴミの分際で、人の幸せを奪う気なのかと。

 

 

 

ーーーー………て。

 

 

 

そのことを思い出してしまったからには、彼女たちは笑えない。

「笑う」というのは、「呪い」だから。

 

 

 

ーーーー…………けて。

 

 

 

「……笑いたくなんて、ない」

「……拒絶。笑いなんて、要らない、です」

 

 

 

ーーーー助けてェ!!!

 

 

 

強がるように、拒むように、弱さを見せるように、助けを求めるように。

二人は呟いた。

 

 

 

 

 

ーーーー誰かァ!!!助けてよォ!!!!

 

 

 

 

 

彼女らは叫べない。

大人になってしまったから。助けを呼ぶことが、間違ってると思っているから。

 

 

 

 

 

 

 

そんな時だった。けたたましい警報の音が、辺りに響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

警報が鳴る、少し前。

ふくよかな体型の男性が、ある資料を見てほくそ笑む。

その資料には、《ベルセルク》が病院へと運び込まれたことが書かれていた。

 

「ようやく尻尾を掴んだぞ……。

使えないバカはもういない!

今度は、あの『アデプタスNo.3』が率いる部隊が相手だ!

手負いの精霊二人、どうとでもなる!」

 

嗤う。嗤う。

自らに訪れる未来に、真っ黒な希望を抱いて。

人の命など見ていない者の目は、何処までも『人間』だった。

 

 

 

 

「《プリンセス》はあの能無しの残党どもに任せるとして。

今度こそ、殺してやるぞ……。《ベルセルク》……!!」

 

 

 

 




《霊結晶》が消滅しただって……?
ははっ。違うなァ。『精霊として正しい状態になったから、心臓と同化した』んだよーん!!

とまぁ、フェイスレス節は置いといて。
次回は戦闘ですよ。


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第十六幕 LES ART MARTIAUX

もうタイトルの時点で察してる人。正解。

友人がLINEでparty parrotという鳥の動画を山ほど送って来ます。
下ネタは鴨の大好物ですから問題無いですね。


警報が響く中、病院スタッフ、及び患者やその見舞客たちの動きは素早かった。

 

「シェルターはこっちです!

早く避難してください!」

「患者は患者用シェルターの方へ運びます!

スタッフは、患者の搬送を急いでください!!」

 

数人の『しろがね』混じるスタッフが指示を飛ばし、避難する人間は必要最低限の言葉を交わさない。

避難訓練でも見ているような光景だ。

俺たちも、人混みにもみくちゃにされながら、避難経路を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、シェルター開いてないぞ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見えたのは、閉じた入り口。

壁のように巨大な入り口は、遠目からでも分かるほどに硬く閉ざされ、ウンともスンとも言わない。

その言葉が孕んだ焦燥、恐怖。

人々にそれが伝染していき、あっという間に集団パニックを起こした。

 

「どういうことよ!?

軍は何してるの!?」

「開けろよ、おい!!死んじまったらどーするんだよ!!」

「開けて、お願い!!お願いだから!!」

「落ち着いて!皆さん、落ち着いて!!」

 

スタッフが宥めようとするも、人々は一向に聞こうとしない。

シェルターの管理は、自治体に設置された陸軍駐屯所が行なっている。

そのことをいち早く思い出した数人が電話をかけるも、すぐに顔を青ざめた。

 

「陸軍に電話繋がらない!!」

「そんな!?」

「じゃあ、シェルターなしで空間震から逃げろって言うの!?」

 

人々の戸惑う声が、更に伝播していく。

と。隣に居たアネサンが、驚愕の表情で声を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー耶倶矢と夕弦を、この病院ごと殺す気なんじゃ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間。

体から魂が抜けていくような、そんな感覚が全身を覆い尽くす。

アネサンの話によると、陸軍の司令はかなりのクズ。

手柄のために市民を殺しても、なんとも思わないようなヤツらしい。

 

 

 

 

 

そんなヤツが、耶倶矢と夕弦が倒れたことを知ったら……?

 

 

 

 

 

「落ち着きなさい。まだ、そうと決まったわけじゃない……」

「おい、窓の外を見ろ!」

 

アネサンが俺を落ち着かせようとしたところ、一人の男性が声を上げる。

その言葉に釣られるように、皆が窓の外を見て、息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

『絶望』だ。

 

 

 

 

 

 

 

窓の外に映る光景は、それ以外に形容できないものだった。

病院を囲むように、武装した軍隊が並ぶ。

その手には、人など簡単に殺められる銃器。

種類など全く分からないが、分かることがあるとするなら一つ。

 

 

 

 

 

 

このままでは、『全員死ぬ』ということだ。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「出てきなさイ、《ベルセルク》」

 

軍隊の中でも、一際目立つ風貌の女性が、慣れない日本語で告げる。

病院内に居る人間たちは、なにがなにやら理解が追いつかず、半ば放心して軍隊を見つめる。

 

「この病院ごと殺すわヨ?」

 

その言葉と同時に、病院の窓が割れる。

そこから現れたのは、病衣を纏う二人の少女。

彼女らは睨むように、懇願するように、軍隊へと歩みを進める。

 

「この病院は、関係ないっ!」

「懇願。撃つなら、私たちだけに……!」

 

二人が言うと、女性は目を丸くした後、口元を三日月のように歪める。

 

「構エ」

 

女性が指示を出すと、軍隊が銃器を構える。

いくら精霊とは言え、弾丸の雨を喰らえば簡単に死ぬ。

明確な『死』を目の前にして、二人の少女の顔は、『人形』のようだった。

 

 

 

 

「……これで、いいのかな?」

「……返答。きっと、良かったと思います」

 

 

 

 

少女二人は、『死ぬつもり』だった。

楽しく過ごそうとしても、辛い過去がそれを邪魔する。

あらゆる意味で『人間』を削がれた自分たちは、『人形』。

ならば。人形らしく、呆気なく壊れてしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー人を殺すことしか出来ない、愚かな『人形』なんか。

 

 

 

 

 

 

 

「撃テ」

 

死刑宣告が為される。

漸く、終われる。彼女らは悔しげに、満足するように。

笑みと共に目を瞑る。

瞬間。火薬が爆ぜる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「LES ART MARTIAUXっ!!『戦いのアート』ぉっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

がきぃん。

 

 

 

 

 

 

金属と金属が擦れ合うような、甲高い音が響く。

少女たちが目を開く。

飛び散るガラス片。キラキラと太陽を反射するソレは、一人の少年を照らす。

人形に跨り、歯を食いしばった少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『あるるかァァん』ッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿は、何処までも子供で、逞しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること、彼女らが飛び出た直ぐ後。

少年は彼女らの姿を見て、反射的に飛び出そうとした。

 

「アンタ、人形は病室に置いたままでしょう!?そのまま行くつもり!?」

「取りに行ってる暇はねェ!今、行かねーと……!!」

 

そばにいた女性が必死に止めるも、少年は聞く耳を持たず、人混みをかき分ける。

急がねば。急がねば、間に合わない。

考えてる暇などない。

開閉が不可の窓へと近づいた彼は、拳でソレを叩き割ろうとして、窓の外に居る少女たちを見る。

 

 

 

 

 

「……っ、なんつー顔してやがる……!!」

 

 

 

 

 

 

サーカス芸人が、最もしてはいけない顔。

サーカス芸人が、最もさせてはいけない顔。

少女たちが浮かべていたのは、正にソレだった。

 

「……行くのかい?人形もないのに」

 

拳を振りかぶり、ガラスを破ろうとしたその時。

嗄れた老婆の声が、少年を止めた。

 

「ルシールのバッチャン……」

「行ったら殺されるかも知れないんだよ?

それでも行く理由はなんだい?」

 

老婆がそう尋ねると、少年は迷いなく答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「女二人笑顔に出来ねーで、なにがサーカスだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

脇目も振らず、少年はガラスを殴る。

銃口が彼女らに向く。

まだ、破れない。

引き金に指が添えられる。

ヒビすら入らない。

 

「ほら」

 

その時。老婆が少年のものとは違うケースを、軽々と投げ渡す。

 

「使い方は、分かるね?」

 

中のものが何かを察した少年は、こくりと頷くと、ケースの穴に指を突っ込む。

そして、ケースを鈍器にして窓ガラスを叩き割った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「LES ART MARTIAUXっ!!『戦いのアート』っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

指を引くと共に、ケースの中から黒の巨人が現れる。

道化の姿をしたソレは、放たれた弾丸を軽々と弾き飛ばし、地面へと立った。

 

 

 

 

 

その人形は、最古にして、基本。

道化にして、戦士。

 

 

 

 

 

『しろがね』は、その人形をこう呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『あるるかァァん』ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるるかん。

そう呼ばれた人形は、腕から刃を展開し、少女たちの前に立つ。

人形の持つブリキの目と、少年の目が軍隊を睨みつける。

 

「九十九……?なんで……?」

「困惑……。九十九……?」

「ワケなら後でたっぷり話してやる。

今は、生きることだけ考えとけ」

 

叫んだことで、声帯が痛んだのだろう。

掠れた声で呟くように、少年が答えた。

 

「……ジャマよ。Fire」

 

女性が淡々と告げ、弾丸が襲う。

以前は捌き切れず、怪我を負った。

今回は、前回のものとは比べ物にならない程の弾丸の数。

穴だらけになる少年を押し退けようと、少女らは動き出す。

 

「『虎乱』!!」

 

が。彼の動きに連動し、人形の上半身が激しく回転する。

その腕は弾丸を一つ残らず弾き飛ばし、やがて止まった。

 

「なっ……!?」

「驚いてる暇はねーぞ。『炎の矢』!!」

人形の放つ連打が、軍隊の武装を的確に貫いていく。

続いて、頭部につけた羽飾りまでもが動き出し、周りの軍人を掴んだ。

 

「『羽の舞踏』!!」

 

掴んだ軍人の武装に、人形の背に乗った少年が口に咥えた工具を差し込んでいく。

少年が足でソレを蹴り飛ばすと、武装はあっという間に『分解』された。

 

「……っ、なにしてるノ!!

早くこのガキを殺しなさイ!!」

 

女性が慌てて指示を出すと、周りの軍人が少年と人形を囲む。

『虎乱』の範囲外で銃を構えてるため、少しでも動けばすぐに射殺できる。

こうなってしまえば、対処のしようがないだろう。

「ふ、フフフ……。

コレなら手も足も出なイでショ?

さっさと死になさ……」

「『聖ジョージの剣』、『虎乱』」

 

瞬間。軍人の持つ武装が、砕け散る。

人形…いや。『道化』は、無表情で舞い踊るだけ。

女性の目に映るのは、道化の腕から伸びる、幾重にも重なった刃。

砕けた武装を踏みにじり、道化と少年が一礼した。

 

「……っ、第二武装、展開!!」

 

女性が叫ぶと、軍隊は何処からか『ミサイルユニット』を展開し、照準を少女二人を含め、病院に向ける。

道化が反応する間も無く、女性が笑うように、叫んだ。

 

「Fireッ!!」

 

ミサイルが放たれると共に、阿鼻叫喚が病院に響く。

このままいけば、病院は少女ごと爆ぜる。

だというのに。少年は一切、慌てるそぶりを見せなかった。

 

 

 

 

 

 

「『あるるかん』!!」

 

「『あるるかん』!!」

 

「『あるるかん』!!」

 

「『あるるかん』!!」

 

「『あるるかん』!!」

 

「『あるるかん!!』」

 

「「「『あるるかん』!!!」」」

 

 

 

 

 

道化の名を呼ぶ声が、幾重にも重なる。

同時に、放たれたミサイルが一つ残らず爆ぜ、舞台を彩った。

少年の背後に立つのは、幾人もの道化。

白銀の髪を風になびかせ、彼女らは舞台へと降り立つ。

 

「安心しな。

ここには、『しろがね』が居る」

「おう!子どもらしく、バッチャンに甘えさせてもらう!!」

 

道化は駆ける。

腕に刃を、顔に無を、背に少年を乗せて、軍隊へと向かっていく。

 

「っ、なんなノ……?

なんなノヨ、このガキは……っ!!

なんで、なんで《ラタトスク》でもないのに、精霊を殺す邪魔を……っ!!!」

 

女性の狼狽は、少女たちも同じだった。

少年が命をかけて…いや。命すら顧みず、ただひたすらに軍隊を相手取る。

本当に、ただの子供のはずの少年が、だ。

 

 

 

 

必死に歯を食いしばるでもなく、泣きそうな顔を堪えるでもなく。

サーカスの芸人が客に送るような、そんな眩しい笑顔で。

少年は道化と共に舞い踊る。

 

 

 

 

「子供はね。大事なものを守るためなら、なりふり構わないんだよ」

 

飛び交うミサイルを弾きながら、老婆が告げる。

 

 

 

 

 

 

「耶倶矢、夕弦!!

テメーらの過去は、消せねェ!!

辛い過去は、抱えて生きていかなくちゃいけねェ!!」

 

 

 

 

 

 

少年は叫ぶ。

軍隊をなぎ倒しながら、がむしゃらに。

 

 

 

 

 

「一度負けてもいい!!その過去を憎め!!

ソイツらに『幸せだ』って、いつか笑い飛ばせるように、憎め!!」

 

 

 

 

 

道化が軍隊の殆どを壊滅させる。

少年は、女性への距離を詰め、更に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「それでも辛いンなら、仲町サーカスの皆がいるってことを思い出せ!!

サーカスは、二人っきりじゃ作れねェ!!

『お前たちのサーカス』を、俺たちが彩ってやる!!俺たちが、手伝ってやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

道化の拳が、女性の腹へと突き刺さる。

少年は更に力を入れ、彼女を勢いのままに吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『幸せ』が足りねーなら、俺たちが、その『幸せ』ってヤツを作る!!」

 

ーーーー生きろォ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女たちの涙と、観客席の歓声が溢れ出す

汗だくの少年は、お世辞にもカッコいいとは言えない。

だが、滲んだ視界には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女たちに、強がった笑顔を見せる少年が、美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




コレがやりたかった。しろがねの一斉「あるるかん」。
ジキルトハイド。ごめん。病室待機にして。


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第十七幕 まぜるな危険

うしおととらを意識してみました。

《颶風騎士》がログアウトします。


「……図に、乗る、ナァ……ッ!!」

 

道化に飛ばされた女性が、悪鬼の如き形相で少年を睨む。

じゃり。

武装の残骸をこれ見よがしに踏みにじると、少年は声を張り上げた。

 

「武器持った人間がビョーイン襲ってんじゃねェぞ!!

ここは、人を殺すための場所じゃねェ!!

人を救うための場所だろうがァ!!!!」

 

至極当たり前のことを、説き伏せるように。

叩きつけるように、ただ叫ぶ。

女性はその態度が気に食わなかったのか、隠し持っていた刃を構え、地面を蹴り出した。

刃と道化の腕が交差する。

女性の振るう高熱の刃が、人形の刃を砕く。

その後ろに居る少年の頸動脈めがけ、女性の凶刃が襲い掛かった。

 

「くっ……!あるるかん!!」

 

が。道化の蹴りが、女性の脇腹に放たれたことによりその刃は空を切った。

 

「ジャマよ!!」

 

女性はヒステリック気味に叫ぶと、道化の腹部の布を裂き、歯車部分を切り離す。

こうなってしまっては、道化は動かない。

少年は咄嗟に指に嵌めた糸を外すと、女性から距離を取った。

 

「すまねぇ、あるるかん!

あとで治してやる!」

「アナタに『アト』なんテないワ!!」

 

 

 

がしゃん。

崩れ落ちる道化を無視し、女性が少年へと距離を詰める。

移動する際にユニットを用いているため、その速度は走るよりも速い。

あっという間に追いつかれた少年の背に、女性の蹴りが入れられる。

 

 

 

 

「ぎっ!?」

「もう一発!!」

「がぁっ!?」

 

 

 

 

無様に吹き飛んだ少年へと追い討ちをかけるように、女性の拳が顔面へと突き刺さる。

鼻が折れた音と、地面に叩きつけられる音。

病院の方から悲鳴が響くも、女性が睨んだことにより、すぐに静かになった。

 

 

 

 

 

「モウ許さなイ!

元よりそうだったけど、ここに居る全員、ブザマに殺してアゲル!!

コイツは、その第一号ヨ!!」

 

 

 

 

 

女性が少年の顔を掴むと、刃を首に突きつける。

『しろがね』たちが動こうとするも、彼女はソレに刃を向け、叫んだ。

 

「大人しく見てなさイ!

この病院ごと今すぐぶっ殺されたいノ!?」

 

その言葉が轟くとともに、いつの間にやら復活していた軍隊が、『しろがね』たち含む病院を囲む。

歪んだ笑みで悦楽を表す女性と、恐怖に支配された人々。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台に、赤の花が咲く。

 

 

 

 

 

 

ーーーー《アネモイ》ッ!!

 

ーーーー《アテーナー》ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

そう思われた時だった。

雷と風の暴力が、軍隊を吹き飛ばしたのは。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「九十九ぉ!!」

「焦燥……!九十九……!!」

 

少年に刃が突きつけられる。

その光景を目の当たりにした少女たちは、衝動のままに叫んでいた。

少年自体は、ただの人間。

顔面にキツい一発を貰ったせいか、意識が無いようで、その目は宙を彷徨っていた。

『しろがね』も、この状況下では下手に動けないのか、皆悔しそうに歯がみする。

一発逆転の手があるとするなら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夕弦。『やっちゃう』……?」

「……呼応。『やっちゃいます』……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの中に眠る、この力。

正体がなんなのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『幸せ』が足りねーなら、俺たちが、その『幸せ』ってヤツを作る!!

 

 

 

 

 

 

 

 

だが。今この時。少年を…自らの『幸せ』を助けられるのならば、幾らでも使う。

少女らは目を瞑ると、長い間手をつけていなかった力を求め、集中する。

雑念の海をかき分け、手を伸ばす。

自身の体に眠っている力は、元は自分のものでは無かったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

ーーーーその力は、まるで『元々そうであった』かのように『強大』で、『体と魂に溶け込んでいた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い……。私の」

「召喚。来てください……。私の」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー《アネモイ》ッ!!

 

ーーーー《アテーナー》ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。あたりを風と雷が覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

バチバチと雷が迸り、轟々と風が吹き荒れる。

その現象を起こした張本人たちは、不敵な笑みを浮かべ、告げた。

 

「我らのことを知っているか!?

知らぬだろうな!!なら、教えてやる!!」

「同調、教えてやります!!

一人ならば最強!二人ならば無敵!!」

 

二人は楽しむように、声を張り上げる。

風と雷にかき消されず、その声は確かに、その場にいる全員に届いていた。

 

 

 

 

「「仲町サーカスの看板娘!!

八舞姉妹とは、我らのことよ!!」」

 

 

 

 

 

サーカスの舞台に、橙の花が咲き乱れる。

その花びらは風に解け、少女らの周りを鮮やかに、美しく彩った。

女性は何が起きたのかさっぱりわからないようで、地面を這いつくばった状態のまま、少女二人を見つめていた。

 

「べ、《ベルセルク》……?

でも、あの姿は……?」

「理想が高すぎて行き遅れてそーな『あばずれ』のクソババア!!」

「なっ!?」

 

少女の片方が女性に指を刺し、自らの持つ語彙を駆使して罵詈雑言を浴びせる。

女性が憤慨する暇もなく、少女たちは地面を靴で勢いよく叩く。

 

 

 

 

「アンタの思い通りに、死んでなんかやらない!!

私はどんなに辛くても、どんなに苦しい過去があっても、『今』を幸せに生きてやるんだから!!」

 

 

 

「訂正。それを言うなら、『私たち』です。

その『幸せ』を殺そうとするなら、私たちは全力で『アンタ』を叩き潰します」

 

 

 

 

 

その姿はまるで、ピエロが前口上で茶を濁すように。

観客席だけでなく、舞台の人間を含めた全ての視線が、少女たちに向いた。

少女たちには、それは見えていない。

その目に映るのは、『今』だけだ。

 

「それ以上動くナ!!コイツをころ…」

「「やってみろ!その前に、アンタを空の果てまでぶっ飛ばす!!」」

 

少女たちが地面を蹴り、一瞬にして女性の懐に入る。

慌てて刃を少女らに向けるも、遅い。

二つの拳は女性の顎を捉え、振り切られた。

 

「ぎっ……!?」

「総員、標的を《ベルセルク》に変更!

隊長を援護しろーッ!!」

 

女性の危機に反応してか、『しろがね』と抗争していた軍隊が、一斉に少女に向かう。

が。二人が手を払うだけで、巻き起こった風雷が軍隊を吹き飛ばした。

 

 

 

 

「アレが……。『本来の精霊』……」

 

 

 

 

一人の『しろがね』が、ポツリと呟く。

『世界そのもの』が具現化されたような、圧倒的な存在感。

だと言うのに。その少女たちは、何処にでもいるような、普通の人間のように。

ただがむしゃらに、倒れた少年を守っていた。

 

「くっ……!なら、これならドウ!?」

 

女性が叫ぶと、庭を含む病院すべてが、半透明の緑のドームに包まれる。

 

「随意領域……!これを爆破させるだけで、ここら一帯が吹き飛…」

「「観客席を巻き込むなっ!!」」

 

ぱりぃん。

少女たちが怒鳴るだけで、ドーム…随意領域が弾け飛んだ。

女性の行為の全ては、『悪あがき』。

いや。『悪あがき』にすら至ることのない、ただの『癇癪』だ。

舞台で行うには、芸とも呼べない…否。

 

 

 

 

 

 

観客に対する『侮辱』に値する、最も愚かな行為であった。

 

 

 

 

 

 

「終幕。このサーカスのフィナーレは…」

「アンタの花火よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

だんっ!!

 

二人の踵がアスファルトを砕き、風と雷が更に激しさを増す。

女性は見た。風と雷を翼のように広げ、自らを睨む『女神』を。

女神はその鉄槌を振りかぶり、躊躇いなく振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「『今度はもうちょい、芸でも覚えて来な』ァ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

いつしか少年が放った言葉。

少女たち二人の背に、ここには居ないはずの人形と、倒れたはずの少年が重なって見える。

風が軍隊をかっさらい、雷が風に解けるように迸る。

やがてそれらは凝縮し、瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「「これにて閉幕」」

 

 

 

 

 

 

 

橙色の花が、空に咲く。

人々の拍手喝采が、再び地を揺らした。




生命の樹の決まりから抜け出したその存在は、そのまま別の『神』となりました。

アネモイはギリシア神話の風の神の総称、アーテナーはギリシア神話で雷を司ると言われてます。
双子なので兄弟関係の神を選ぼうと思いましたが、「八舞姉妹をひとまとめに考える」というのがどうにも納得いかず、このような形になりました。

『精霊』として『独立している』から、漢字表記は無しです。
嘘です。思いつかなかっただけです。


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第十八幕 笑顔

これで八舞オートマータ、お終いです。


「………んっ」

 

目を開けると、暗闇があった。

黒塗りにされたような、暗い空間。

薄らと見える部屋の天井は、病室のもので間違いない。

閉められたカーテンをめくり、窓の外を一瞥する。

砕けたアスファルト。散乱する瓦礫。

それらを丸ごと包み込んでしまうような、真っ暗な世界。

 

「……もう夜か」

 

鼻が折れたはずだが、流石は《生命の水》。

寝ただけで治ってしまった。

ガラスを殴ったせいで血だらけだった拳も、あの女に蹴られた腹も、何事もなかったかのように傷が塞がっている。

 

「……って、もう日付変わってるじゃねーか。借りた『あるるかん』の整備は、また朝だな」

 

にしても、練習用の『あるるかん』が、あそこまで完成度が高いとは。

流石にあの『ストーカー』作の『あるるかん』には劣るが、しろがねのネーチャンが使ってたものと、スペックはなんら遜色なかった。

それで負けてしまったのはやはり、俺自身の油断が大きいだろう。

 

「……やっぱ、まだまだってとこだな」

 

俺が呟くと、きぃ…と軋むような音が響く。

音の発生源である扉の方に目を向けると、少し開いているのがわかる。

目を凝らして見れば、寝巻き姿の耶倶矢と夕弦が見えた。

 

「シツレーしまーす…」

「静々。失礼します…」

 

抜き足差し足といった様子で、コッソリと病室に入る二人。

夜目が効かないのか、俺が起きてることに気付いてないようだ。

騒がれるのも面倒なので、ベッドに背を預けたまま、ゆっくりと目を閉じる。

耶倶矢と夕弦がスニーカーを履いているせいか、靴が床を叩く音が響く。

それが俺の両脇で止まると、ぎぃぃぃ……と椅子が床を擦る不快な音が鳴る。

 

「ちょっと、夕弦……!あんま音立てちゃダメだって……!」

「反論。耶倶矢もです。九十九が起きたらどうするんですか?」

 

二人ともかなり声を抑え、互いを諫め合う。

きしり、と椅子に重量が乗ったのか、両脇から軋む音が鼓膜を揺らした。

 

「……良かった。傷ももう治ってる」

「《生命の水》様々ですね」

 

……脱がされた。

上半身だけ裸体を晒すことになった俺は、変わりそうになる表情を堪える。

それを知る由もない二人は、蹴られた箇所を素人なりに触診していた。

ショージキ、かなりくすぐったい。

 

「感嘆。細マッチョです。前は『あそこ』が強烈すぎて、よく見てませんでしたけど」

「ホント。細身だけど、がっしりしてる…。

『あそこ』のインパクトが強すぎて、全然見てなかったけど」

 

触診じゃなかった。ただ触ってるだけだった。

『あそこ』のことはコンプレックスなんだ。

言うな。

あっちに行った当初、鳴海のニーチャンにすっげーバカにされたっけ。

その後は仲町サーカスのアニキたちにも、へーまにもバカにされて。

勝だけは「不便そうだね」と同情してくれた。

そうだよ。パンツ全部ハンドメイドだよ。悪いか?

 

「……はっ!?ダメダメ、見舞いに来たんだから、寝てる体を好き勝手にするなんて…」

「看取。すっかり夢中になってました」

 

コンプレックスに対する愚痴を心の中で呟いてる内に、二人が慌てて俺の服を元に戻す。

起きないようにゆっくりと布団をかぶせると、「ふぅ」と息を吐く音が聞こえる。

 

「お、起きてない……よね?」

「確認。……大丈夫。寝てます」

 

どうやって確認したのかは知らんが、判断甘すぎない?

フッツーに起きてんだけど?

俺に狸寝入りの才能があるのか、はたまた二人の目が節穴なのかはわからんが。

 

「……提案。やっぱり、起きてる時に言う方がいいのでは……?」

「いまさらなに言ってんの?寝てる間に言おうって言ったの、夕弦じゃん」

「それは…そうですが」

 

日頃の文句だろうか。

起きて聞こうかとも思ったが、誤魔化される可能性もある。

このまま狸寝入りを決め込むとしよう。

 

「……やばっ、なにを言ったらいいのか、いざとなったら分かんなくなったし……」

「一番、言いたいことを言えばいいと思います。……言いたいことは、もう決まってるはずでしょう?」

「そだね。変に前置きしても、多分聞き飽きちゃうね」

「彼のことだから、正直に文句を言うんでしょうね」

 

二人がくすくすと笑う。

目を瞑ってるせいで、顔は見えない。

だけど、きっと。コイツらは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ありがとう」」

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐の後に訪れる、綺麗な青空のように。

素敵な笑顔を浮かべているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「でも、根本的な問題は何一つ解決してねーんだよなぁ……」

 

その朝。

俺は髪をかきむしりながら、今まで与えられた情報を整理する。

 

 

 

 

『精霊』は元人間。ロッケンフィールドのセンセーによると、《生命の水》を飲むと、トンデモ生物に変わる。

力の源、《霊結晶》を謎の存在に与えられた存在の総称でもある。

 

 

 

 

《生命の水》。『柔らかい石』が生成する、万能薬のこと。

『柔らかい石』が、この世界にあることの証明でもある。『しろがね』なら知ってる可能性あり。

 

 

 

 

『魔術師』。改造人間。『ある会社』がきな臭い事してる。

 

 

 

『自動人形』。あっちにも居た敵。目的は精霊の力の源、《霊結晶》を奪うこと。

動機は未だ不明である。

 

 

 

『ゾナハ病』。あっちにもあった病。

『しろがね』はこの病を治療して回ってるのか、『自動人形』を倒そうとしてるのか。

『銀の煙』無しでも感染する恐れあり。

 

 

 

『AST』。国の組織。民間人などお構いなしに精霊を殺そうとする。

アネサン曰く、腐り具合が凄いらしい。

『ある会社』の思い通りになってるのか?

 

 

 

『しろがね』。あっちにもあった組織。

あっちのように、全員が超人というわけでもなく、あくまで普通の人間と変わらない。

活動内容、目的は未だ不明。

俺たちに『世界を救わないか』と持ちかけてきたあたり、今回の件を深いところまで知っている可能性あり。

 

 

 

それぞれのパーツの用途すらわからないまま、バラバラの部品で『からくり』を作ろうとしているような気分だ。

要するに、パッとしなくて気持ち悪い。

どこが重要かさえもわからないが、殆どの情報は『しろがね』が持ってるのだろう。

とはいえ、今すぐに解決できるというわけではないから、ここら辺は一歩ずつ進んでいくしかない。

が。無視できない…且つ、今すぐ解決しないといけない問題が一つ。

 

 

 

 

 

 

 

「アイツらが『精霊』ってことは変わらない。いくら退けようとも、『自動人形』やら『AST』やらは襲ってくる……か」

 

 

 

 

 

 

 

自動人形に関しては、出来が悪い奴しか居ないため、そこまで心配してない。

が。『AST』とやらは別。

パンチだけで骨が砕ける始末だ。

いくら《生命の水》を飲んだからと言って、超人じみた輩が集う軍隊一つ相手と戦えるかと言われれば、ノーとしか言えない。

 

だからと言って、あの二人に任せるのも違う気がする。

というか、絶対に違う。

あの二人には、普通の人間として、人並みの暮らしをさせてやりたい。

俺のエゴではあるものの、アイツらだって、できることなら戦いたくはないはずだ。

いくら常人離れしていようと、感性はただの人間なのだから。

 

「問題は山積み……か」

 

俺は子どもらしく、考えなしに手を差し伸べただけ。

大人みたいに、先のことなんて分からない。

でも、子どもなりに背伸びして、考えるってことくらいは出来る。

 

「世界中を旅しながら、逃げ回る生活ってーのも面白いか……。

いや、『しろがね』の頼みを聞いちまったからな。目の届く場所からは離さねーか」

「考え事かい?」

 

病室の扉から、ふわり、と暖かい香りが鼻腔をくすぐる。

そちらを見ると、出来立ての朝食を盆に乗せて運ぶルシールのバッチャンが居た。

 

「おう。アイツらが狙われる理由が減ったわけじゃねーからな。

どーやって解決すっかなって考えてたトコ。

『しろがね』ならどーにか出来んのかなって」

 

天下の『しろがね』様でも、この問題は解決できないだろう。

特に隠す理由もないので、朝食を受け取る準備をしながら答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう解決したよ」

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今なんと言った?

 

「鳩が豆鉄砲食らったような顔だね。

『解決した』って言ったんだよ」

「…『しろがね』の知識って、アレだな。

ゲームの裏技コマンドみてーだ」

「『ずるい』って意味かい?

そりゃそうだろう。前世で鍛えて、今世でも鍛えてんだから」

 

つまり、年季が違うってか。

考えてもみれば、少なくとも医療界でトップに立てるような人材も居るんだ。

知識、技術力だって、飛び抜けて優れていても不思議じゃない。

 

 

 

 

 

「……で。どーすりゃ良いんだ?」

「なに。『分ければ良いのさ』」

 

 

 

 

 

 

置かれたのは、『歯車』。

書かれた文字。相棒に使っているものよりも、少し小さいくらいのサイズ。

それはどう見ても、俺が昔アイツらにあげたものだった。

 

「こ、コレを、どーやって?」

「大したことはしてないよ。

あの子たちは『完全な精霊』。

今も力を分けて配り歩いてる『原初の精霊』に最も近い存在。

その応用で『モノに力を注ぎ込んでもらった』だけさ。

コレを対象にして調べない限り、バレやしないよ」

 

歯車を手に取ってみる。

ぶわり、と『得体の知れない何か』が流れ込んでくるような、そんな気分に襲われた。

慌てて手を離すと、流れ込んできたものが体から染み出すような感覚が続き、すぐに消えた。

……もしかして、コレ。

 

 

 

 

 

 

「コレ、《霊結晶》のエネルギーほぼ全部注ぎ込んで、似たよーなモンになってるとかねーよな?」

「よく分かったね」

「ンな物騒なモン渡してくんな!!」

 

 

 

 

 

 

もしかして俺、このまま精霊になってしまったのではないか?

泣きそうなツラでルシールのバッチャンを見ると、呆れた顔をされた。

 

「大丈夫だよ。あの子たちが『使う』…または『使わせてやる』って意思がなかったら、力が流れ込んでもすぐに霧散する」

「要するに、『認証付きの変身アイテム』みてーなモンか?

なんとかレンジャーとか、セーラームーンとかの」

「例えが古いねぇ」

「ババアに言われたかねーんだけど」

 

ごっちん。

 

ゲンコツされた。

バッチャンはよくて、ババアはダメなのな。

この人の基準がいまいち分からん。

 

「……で。何でこの歯車をアンタが?」

「あの子たちから預かったのさ。

アンタに見せたら返せって言われたけどね」

 

ルシールのバッチャンは言うと、机に置いた歯車を巾着袋に入れる。

それを扉に向かって投げると、こっそりと覗いていたのだろう。

夕弦と耶倶矢が慌てて受け止めた。

 

「お前ら、いつから……?」

「起きた時、挨拶しようと思ってたんだけど…難しい顔してなんか考えてたし…」

 

……つまり、全部見られてたと。

厄介扱いされたって思われてるのか、捨てられた子犬のような目で見つめてくる二人。

俺はベッドから立ち上がり、二人にデコピンをくらわせた。

 

「ンな目すんなバカども」

「あてっ」

「いたっ」

 

精霊の力に比べれば、赤ん坊の小指ほどの力もないデコピン。

しかし、二人の不安げな表情を消すには十分だった。

 

「同じサーカスに居るんだし、家族みてーなモンだろ。

例え、精霊云々の問題が解決してなくても、テメーらをどっかに置き去りにしたりなんかしねーよ」

 

少なくとも、仲町サーカスはそうだった。

殺し屋だったヴィルマのネーチャンも、ストローサーカスのあの二人も、アルレッキーノやパンタローネだって。

俺からすりゃあ、全員が家族みたいなモンだ。

例え日は浅くても、同じサーカスなら。

俺は誰とだって、家族になれる気がする。

 

「ほら、お前らも休んどけ。

次の演目は、『世界を救う』っつー大舞台だぜ?」

 

二人は顔を見合わせた。

ああ。やっぱりだ。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ。変なの」

「同調。変なの、ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーカス芸人は、笑顔が似合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令。《ベルセルク》の反応が、消えました」

「……そう」

 

淡々と告げられた言葉に、少女は軽く返事する。

今、自分たちの『秘密兵器』は、《プリンセス》に手を差し伸べているのだ。

彼に「そちらは放って置け」などとは言えない。

 

「『消失』したのね。仕方ないけど、次の機会を待ちましょう」

 

少女は言うと、椅子から立ち上がった。

 

「司令、どちらに?」

「寝る。アンタたちも、もう切り上げなさい。寝不足は厳禁よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アデプタスNo.3ともあろうお方が、まさか《ナイトメア》に及ばない《ベルセルク》の始末に失敗するとは、ねぇ。

しかも、もみ消すための金と賠償金も多額ときましたよ」

 

ぎりっ、という音が部屋に響く。

全身に包帯を巻いた女性が、悔しげに歯軋りした音だ。

目の前に座る小太りの男性は、女性に向けて嘲りと失望を込めたため息を吐く。

 

「自信満々に言ったのは、アナタですよ?

なんでしたっけ?確か……」

 

女性の顔が怒りに染まっていく。

地位的に言えば、自分は相手よりも遥かに上に位置している。

だというのに、この男は分際も弁えず、自分の神経を逆撫でする。

 

「『《ベルセルク》はぁ〜、私がぁ〜、たおすぅ〜』でしたっけ?」

 

声のトーンと間。

それによって、女性の怒りのボルテージは振り切れた。

 

「死ネッ!!」

 

女性は、その首目掛けて刃を振るう。

どちゃり、と頭を失った体が、血飛沫混じりに倒れ込む。

女性はそれを見下ろしながら、後ろに並ぶ部下に指示を飛ばした。

 

 

 

 

「コイツは精霊に殺されたことにしなサイ。

代わりの人材は、『本社』の息がかかった者を遣すのヨ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ『五十嵐 九十九』のサーカスは続きます。

……ん?『五河 士道』はどうしたって?

これはあくまで『デート・ア・ライブ』と『からくりサーカス』を合わせた物語。

同じようなサーカスを何度も見て、飽きが来るのは当然ではありませんか。

 

さあさあ、お次はある少女との出会い。

壊れた心を持った少女を救えるのは、『五河 士道』なのか、はたまた『五十嵐 九十九』なのか。

 

『八舞オートマータ』、そして『十香デッドエンド』はこれでおしまい。

次の演目の題名は……。そうですねえ。

 

 

 

 

 

名付けるとするならば、『四糸乃リライブ』とでもいいましょうか。

 

 

 

 




次回からは『四糸乃リライブ』となります。
士道メインの話は…次の次ですね。


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四糸乃リライブ
第十九幕 五十嵐家


今回から『四糸乃リライブ』ですよ。

暑すぎてエアコンをかけたところ、間違えて暖房をかけてしまい、蒸し鶏の気分を疑似的に味わうことができました。


四月末。

傷の経過を見るために、入院を命じられた俺は、工具と部品をベッドに並べる。

その隣に破壊された『あるるかん』を置き、バンダナをきつく締めた。

 

「さーて。ちょっと遅れちまったけど、直してやるか」

 

検査とは言っても、殆どが検査結果を待つだけの時間だ。

時間は腐るほど…というわけでもないが、それなりには余ってる。

あるるかんの胴部分のみを『分解』し、無事なパーツや直せるパーツ、丸ごと交換すべきパーツに分ける。

 

「あっちゃー……」

 

ある程度分解したところで、顔が引きつるのを感じる。

骨組みの部分が完全に破壊されてたのだ。

俺の油断が招いたこととは言え、あの女に対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 

「あのアマ、切った後に踏みやがったな…。

腰の骨組み、全部取っ替える羽目になったじゃねーか」

 

象にでも踏み潰されたような、くっきりとした足跡が骨組みに刻まれていた。

アネサンに聞いた話だと…『CRユニット』だったけか。

精霊には及ばないものの、人間を『しろがね』を超えた超人にする軍事用兵器。

中々死なねーってだけでも充分に超人だというのに、バリアやら魔法やらまで持ち込まれたら、もはや別生物だ。

だからこそ、体に結構な負担がかかるのだろうが。

 

「……にしても、この『あるるかん』。

しろがねのネーチャンのよりも、かなり高性能っつーか……。

作りが『ストーカー』の作ったヤツに似てるよーな気もするが、オリジナルの『あるるかん』にも近い気がするな」

 

歯車の数が、オリジナルよりも多い。

駆動域もかなり広く、多少の無茶も出来る様に設計されている。

量産型とは思えないコストと出来だ。

 

「相棒よりもクオリティ高ぇ……。

やっぱ、グレードアップしとくか」

 

今の俺の技術なら、『あるるかん』の細部に至るまで再現は出来る。

相棒もグレードアップ出来るだろうが、基本的な機能だけだと、少し物足りない気がするな。

……こーやって人形作りのことを考えるのも、随分と久々だ。

 

「九十九ー。お見舞い来たわよー」

「やっほー。元気?」

 

あるるかんの骨組みを組み立てていると、病室にアネサンと耶倶矢が訪れる。

俺は触られてはまずいパーツを退かし、二人の立つスペースを確保した。

 

「これまた珍しい組み合わせだな」

「夕弦は理依奈と出かけてる。

『しろがね』が生活費出すって言ってくれたから、可愛い服が欲しいって」

「へぇ。耶倶矢は行かねーのか?」

「ちょっと、九十九が気になってさ」

 

つい先日、怪我が完治した夕弦は、健康な体を楽しんでいるようだ。

そのせいか、アグレッシブさに磨きがかかった気がする。

まぁ、年頃の乙女が、包帯のせいで好きにお洒落出来ないってなると、辛いモンがあるんかね。

 

「で、今は何してんの?」

「あるるかんの修繕とメンテと改良」

「ああ。コレの……」

 

分解したパーツやあるるかんの本体を、興味津々と言ったように覗き込む。

が。耶倶矢は少しも理解が出来なかったのか、すぐに興味を失ったようだった。

 

「うへぇ……。フクザツそー」

「はぁ……。操り人形とは言え、こんな高度な技術、陸軍にも無かったわよ?」

 

アネサンが感嘆の息を吐く。

元陸軍のエリートだけあって、少しは理解しているようだ。

……まぁ、完全には理解していないようだが、無理もないか。

 

「『懸糸傀儡』に関する技術は、『天才が十年やって、漸く初心者の域』だからな。

分かんねーのがフツーだ」

 

俺は言うと、組み立てた骨組みを、壊された骨組みと入れ替える。

虎乱の回転数を上げ、摩擦による消耗を減らすために特製ベアリングを仕込んだ。

あとでルシールのバッチャンに、出来を確認してもらうか。

 

「………あれっ?」

「どーした?変なモンでも見えたか?」

 

ふと、耶倶矢が声を上げる。

破けたあるるかんの布を縫いながら問うと、彼女は首を横に振った。

 

「いや、そうじゃなくて」

「なら何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー九十九って、『五年前』に『懸糸傀儡』のことを学んだんじゃ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………あっ」

 

自分のミスに気付くも、もう遅い。

二人は疑問を込めた眼差しを、俺に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五十嵐家……」

 

その頃、とある施設にて。

ギイ・クリストフ・レッシュは、パソコンの画面に並ぶ文字列を目で追う。

そのタイトルは、『五十嵐家の実態』という、四十年も前の雑誌記事。

 

「『からくり一家』……か」

 

書かれていた内容としては、良くある『インタビュー』だ。

インタビューに応じた人間は、人間国宝…『五十嵐 善之助』。

戸籍上で言えば、『五十嵐 九十九の祖父』にあたる人物であった。

 

「『古くから、からくり作りに携わってきた一家。その技術は、他の追随を許さない』」

 

映る写真は、細々とした、五歳ほどの女児。

可愛らしい着物に身を包み、その手に抱くのは、自らが作り上げたからくり人形。

普通ならば、自信満々にそれをカメラに向けるというのに。

女児の目は、まるで怯えるような瞳で、カメラの向こうを見つめていた。

 

「保護している『あの子』そっくりだ」

 

血縁関係でもあるのだろうか、と呟きながら、記事をスクロールさせる。

続けて画像に出てきた写真は、家族写真。

しかし、家族というには、少しばかり違和感のあるものだった。

 

「………は?」

 

真ん中には、ぶかぶかのバンダナを首にぶら下げた少年と祖父らしき老夫。

それを囲むように、少しばかり元気がなさそうな女性と、それに似た先程の女児が笑顔を浮かべる。

記事を読むと、『娘と孫二人』と書かれているが、孫らしき二人の子供は、あまり似ていなかった。

 

「名前は……やっぱりか」

 

その名は、ギイの知る名と一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、九十九ってお坊ちゃん!?」

「驚愕。普段の九十九を見てると、品性のカケラも見えません」

「お前らなァ……」

結果。サーカスの全員にバレた。

勝の『遺産騒ぎ』の時のように、四人が各々驚きを見せる。

あの時は俺が勝を追いかけてって、焼けた後の屋敷に来たんだっけか。

……今の俺は、180億という大金どころか、大した金も持ってないが。

 

「お坊ちゃんってわりには、あまり世間は騒がなかったわね」

「そうですね。

それに、いくらお爺さんが死んだとは言っても、親戚の方が居るのでは?

連絡とかもないって、ちょっとおかしい気がします」

 

反射的にぴくり、と肩を震わせる。

ショージキ、家庭の事情はあんまり公にはしたくないんだが。

 

 

 

 

 

「……親戚仲はあんま良くねーんだ」

 

 

 

 

 

 

それだけ言うとアネサンは納得したのか、軽く頷く。

吉川の嬢ちゃんは少し首を傾げながらも、それ以上詮索はしなかった。

これだけ言っておけば、察しのいいアネサンが質問を検閲してくれるだろう。

 

「……ってか、私たち、とんでもないこと頼んだんじゃ……」

「恐怖。私たちの持ってるこの歯車も、結構な値打ち物だったり……?」

 

5歳の時の約束を言っているのか、歯車を手にしてカタカタと震える二人。

ジッチャンが作ったモンだったら、パーツだけでも数万円はしただろう。

だが残念。その歯車を作ったのは俺だ。

 

「未就学児にンな高いモン渡すか。

俺の手作りで、価値ゼロだ」

「そ、そうなの?!……ふふふ」

「手作り……。ふふっ」

 

手作りって事は言ってなかったっけか。

締まりのないにやけ顔で歯車を抱える二人に、アネサンが「現実に戻れー」と声をかける。

俺の手作りって、そんなに嬉しいモンなんだろうか。

 

「ちょっといいかい?」

 

会話の流れをぶった斬るかのように、ルシールのバッチャンが病室に訪れる。

俺は直した『あるるかん』の入ったケースを渡そうとする。

 

「ルシールのバッチャン。あるるかん、直しといたぜ」

「別にいいんだけどねぇ…じゃなくて。

今日は『世界を救う第一歩』を歩んでもらおうと思ってね」

 

俺たちが首を傾げた、その時。

 

ルシールのバッチャンの後ろに、彼女の服を掴む手がある事に気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーほら、イトコのお兄さんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に目を剥く。

現れたのは、見覚えのある少女。

記憶の中にある彼女が、望まずしてよく着ていた『病衣』。

その右手には、彼女が大好きだった『ウサギのパペット』。

 

 

 

 

 

 

 

「……『四糸乃』か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が問うと、彼女…『四糸乃』はうなずく。

……待てよ。確か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい。ルシールのバッチャン。

この世界で、俺がいなくなってから『三十年』経ったんだろ……?」

「そうだね」

「なら、なんで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーなんで、四糸乃は『小さい』んだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶よりも少し大きくなっているものの、明らかに異常だった。

小学校を卒業したばかりの女子の背丈よりも、少し小さいくらい。

とても30年を重ねた身体とは言い難い。

これじゃあ、まるで。

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、『精霊』じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「察しのいいアンタのことだから、もう分かってるんだろう?」

 

その言葉で、全てを察した。

この子が歩んだ人生は、どんな物だったのだろう。

少なくとも、あの闇色の瞳を見る限りでは、ろくでもないのは確かだろう。

そのトリガーは、恐らく……。

 

 

 

 

 

 

「第一関門だよ」

 

ーーーーこの子を救ってみな。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルシールのバッチャンの言葉が響く。

俺に、そんな資格はないと言うのに。

 

 

 

 

 

 

八舞姉妹の時よりも深く、濁流のような後悔が押し寄せた。




陸軍に襲撃されてんのに病院が営業してる理由は……まぁ、もう少し後で明かされますよ。
大した謎でもないですし。


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第二十幕 五河 士道の入場

九十九くん。君、出番ないの。

本格参戦です、士道くん。彼がこの物語でどう挫折し、成長するか…お楽しみください。


土砂降りの雨の中、ぱしゃり、ぱしゃり、と水の弾ける音が響く。

四月末に訪れた豪雨と報道される中でも、少年は気に留めず、武闘をやめない。

 

「士道。来なさい」

 

部屋の中から妹の呼ぶ声が聞こえると、少年…五河 士道は玄関へと向かう。

靴棚に置かれたバスタオルで濡れた全身を拭くと、体操用の服を脱ぎ、家用の服へと着替えた。

リビングの扉を開けると、乱雑に投げられたスリッパがその顔面を捉える。

 

「へぶっ!?」

「こんな雨の中で外で練習するなんて、どこのスポ根主人公よ!!

少しはその足りない脳味噌絞り出して、自分の体を気遣うって選択しなさい!!」

「絞り出したら死ぬわ!!」

 

妹の罵倒にツッコミを入れると、士道は彼女の口元に目を向ける。

口から伸びる、白いプラスチック製の棒。

その正体が何かに気づくと、士道は手早くそれを掴み、引っこ抜いた。

 

「だーかーらー、朝飯前に食うなって。

これで何回目だ?黒リボンになってから、ほぼ毎日じゃないか」

「いいじゃないの。アンタで言う、拳法がソレなんだから」

 

妹…琴里は、士道から引ったくるように『それ』…棒付きの飴玉を奪い返す。

彼女は流れるような動作で、飴玉を口に運ぶ。

その姿はさながら、ニコチン依存症患者のようであった。

 

「あのなぁ…」

 

士道が再び注意しようとすると、ドタドタと階段を降りる音が響く。

勢いよく扉が開かれると共に、士道の脇腹に柔らかいものが激突した。

 

「おはようだ、シドー!」

「ぶっふっ!?」

 

魚雷のような勢いで突っ込んできた少女に対応できず、士道は珍妙な叫びと共に床に倒れ込む。

抱きついた少女はというと、心配そうな顔で「む?大丈夫か?」と首を傾げていた。

 

「あ、ああ……。大丈夫……」

「せっかく拳法習ってんなら、いなせばいいじゃない」

「シィーアォに女子相手は無理だ。途端に弱くなる」

 

ずず、と茶を啜る音が響く。

そちらを見ると、我が子を見守るように佇む老夫…梁 剣峰が緑茶と茶菓子を摘んでいた。

 

「師匠も、朝飯を用意する前に食べないでくださいよ…」

「最近、高めの茶と煎餅を頂いてな。

待ちきれずに食べてしまった」

 

お前も食うか、と煎餅といつのまにか煎れた茶を人数分差し出す。

士道が叱ろうとすると、琴里と十香が素早く座り、茶と煎餅に食らいついていた。

 

「慌てて食べんでも、誰もとらんよ。

シーシャン」

「むぐっ……。んぐっ。むぅ。

シショーよ。私は十香だ。『しぃしゃん』ではないぞ?」

 

中国読みで呼ばれたことに頬を膨らませる十香に、梁は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「はっはっはっ。

なぁに、お前の名前が変わったわけではない。私の国ではそう読むだけよ。

日本の読み方は、あまり好かんのでな」

 

気に障ったなら直すと告げると、再び湯呑みに口をつける梁。

士道は呆れながら、エプロンを着けて台所に立った。

 

「全く。朝飯分の余裕は残しといてくれよ?」

「勿論だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五河 士道の日常は、大きく変わった。

始まりは四月十日。

一人の少女との出会いを経て、その少女に手を差し伸べたところから、彼の『サーカス』は始まった。

 

 

 

 

その少女は、世界を殺す災厄と呼ばれる『精霊』だった。

 

 

 

対処法は、『殺す』。もしくは、精霊と『デート』をして、『恋をさせる』。

今の今まで本人も知りもしなかったが、『五河 士道』という人間には、特別な力が宿っていたという。

それが、『精霊の力を封印する』というもの。

 

 

 

士道の奮闘あって、少女…夜刀神 十香は救われた。

ついぞ拳法は使わなかったが。

この力も無用の長物だと思いながら、日々を過ごしていたある日だった。

 

 

 

 

十香が、五河家に住むことになったのだ。

 

 

 

 

 

詳しく聞くと、「住まいが出来るまでの間だけ」ということらしい。

それも、士道の訓練も兼ねて。

一体どういうことだと聞くと、「『精霊』が1人だけなわけないでしょ」と至極真っ当な意見を返された。

 

 

 

 

 

十香の同居を始めて、早二日。

リビングにて琴里と、彼女が所属する組織…『ラタトスク』の1人、『村雨 令音』が士道の向かい側に座る。

 

 

 

「漸く『精霊』が見つかったわ」

 

 

 

教養番組を観ている十香を尻目に、琴里が話を切り出す。

取り出された写真に写るは、病衣を纏う少女。

盗撮でもしたのだろうか。

どれもが窓越しで、銀髪の老婆と話している姿しかない。

 

「彼女の識別名は《ハーミット》。

二十六年前に存在が確認されて以来、全く確認されなかった精霊よ」

「えっ?でも、これ……」

 

士道が怪訝そうに首を傾げると、疑問に答えるように資料が渡される。

その資料には、『氷芽川 四糸乃』という人間のカルテの内容が印刷されていた。

 

 

 

 

 

 

「二十六年前から、『ゾナハ病』で入院しているらしい。

精霊としての力が働いているのか、第一段階から進行しないそうだ。

……同時に、体も精神も成長していないそうだがね」

 

 

 

 

 

「ゾナハ病……!?」

 

 

 

 

 

 

ゾナハ病。

その恐るべき病のことは、士道も勿論知っていた。

名も知らぬ他校の話だが、修学旅行に行き、全員がゾナハ病にかかって死んだというニュースは、記憶に新しい。

表向きに発表された内容だが、『治療法は存在しない』とも聞いた。

 

「だ、大丈夫なのか……?

封印して、症状が進行するとかは……」

「ないと思うわ。霊力が完全になくなるってわけじゃないもの」

 

琴里が言うと、士道は胸を撫で下ろす。

が。その安堵はすぐに消えることとなった。

 

「言っとくけど、彼女が見つからないのは、病院を転々としてるせいで、ASTにバレてないってだけよ。

バレたら、病院ごと殺される可能性だってあるわ」

 

士道の脳裏に、ある光景が流れる。

病院のスタッフとサーカスの少年少女が、ASTと激突する姿。

何を話してるのかは分からなかったが、一つだけわかることがある。

 

 

 

 

 

 

ーーーー精霊にとって、封印しない限りは『安全』はないということ。

 

 

 

 

 

 

士道は資料を持つ手を強く握りしめた。

 

「その目、覚悟はできたのね?」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーさあ、俺たちの戦争を始めよう。

 

 

 

 

 




次回からは士道視点と九十九視点に分かれます。


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第二十一幕 癒えない傷

今回、士道くんの出番は控えめです。
ほんのちょっぴりしか出ません。


病院に備え付けられた、『隔離施設』にて。

白に支配された空間の中に、俺は足を踏み入れる。

かつり、かつりと、すり減った靴でさえも足音が響くほどに静かな部屋だ。

歩くたびに鳴る足音が、どんどん重くなっていくように思える。

ベッドに横たわる少女の隣に立つと、俺は笑みを浮かべた。

 

「……久しぶり。兄ちゃんが遊びに来たぞ」

『久しぶりだねぇ、九十九くぅん!』

 

出迎えるのは、少女…四糸乃の右手のパペット…『よしのん』。

命名は四糸乃なのだろうか。

彼女とは対照的に、明るくお喋りな性格だ。

四糸乃はというと、俺の姿を見て少しばかり嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「よっ」

「……つく、にい」

「おう。つく兄だぞ」

 

ぽん、と頭に手を乗せ、軽く撫でてやる。

いつもなら大喜びしてくれるのだが、今やその笑顔は見る影もない。

俺のことを覚えているあたり、《生命の水》は既に飲んでいるのだろう。

……同時に、辛い記憶もそのままなのだろうが。

 

「ごめんなァ。急に居なくなって」

「うう、ん…。だい、じょう…ぶ」

 

たどたどしい口調で、薄らと笑みを浮かべる四糸乃。

耶倶矢と夕弦のあの笑顔と同じく、弱々しく、儚げで、苦しそうな笑み。

やめてくれ。その笑みだけで、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー俺を、殺してしまいそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「九十九が、元跡取り?」」

 

 

 

 

 

ルシールから告げられた言葉を、八舞姉妹が復唱する。

燎子と理依奈に至っては、驚愕のあまり言葉が出ないのか、あんぐりと口を開けていた。

 

「五十嵐家は、有名なからくり一家ってのは知ってるね?」

「え、ええ……。本人から聞いたわ」

 

燎子が答えると、ルシールは話は早いと言い、暖かい紅茶を啜る。

対する彼女らの紅茶は冷め切っており、カップの縁も濡れていないことから、1杯目から口をつけていないことが見て取れた。

 

「五十嵐 九十九は、その十七代目の頭首になるはずの男だった。

けど、継承式の日を前に、行方不明になったのさ」

 

継承式の日は、三月末。

その前日は九十九が過去に語った、『別の世界に飛ばされた日』と完全に一致していた。

 

「かわりに、勘当されたはずの善之助の長男が頭首になってね。

金を根こそぎ搾り取られ、五十嵐家は潰れたよ」

 

その言葉を聞き、皆が息を飲み込む。

理依奈は震える声を抑えるように、口元に手を当てた。

 

「……そんな。私、そうとも知らずに……!」

「アイツは薄々感づいていたんだろうね。

四糸乃に会わせる前に打ち明けたけど、少しも驚いちゃいなかったよ」

 

その後悔を吐露する前に、ルシールが割って口を開く。

4人はここで、あることに気づく。

彼の『イトコ』が『四糸乃』であるならば、もしかすれば。

 

「……四糸乃って子は、そのクズの子供なのかしら?」

 

燎子が問うと、ルシールは首を横に振った。

 

「違うよ。善之助の子供は三人。

男2人と女1人。九十九は次男の子で、四糸乃は長女の子さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーもっとも、長男家族以外は、ほぼ死んだけどね。

 

 

 

 

 

 

どくん。

 

4人の心臓の音が、一瞬だけ煩く響く。

たった十数年生きた少女が目の当たりにした、その地獄。

その全容が、薄らと見えたような気がしたからだ。

 

「次男夫婦は九十九を残して事故…という名の『殺人』で死んだよ。

長女の夫も『ゾナハ病』で死んで、長女自身も、四糸乃を置いて事故で死んだ」

 

想像を絶する、恐らく本人でさえも知らない謎が明かされる。

物語を読み進む時のように、痛快無比といった感覚はない。

ただただ、胸が締め付けられるような感覚だけが、彼女らの胸を蝕んでいく。

 

「身一つだけ残された四糸乃はね、元はある難病だったのさ。

最初こそは治療するお金も足りたんだけど、長男夫婦がその資金も持って、どっかへ飛び立ってった。

親子揃って絶望してるその時に、彼女は『ゾナハ病』が併発してね。

……運悪く、『第三段階』に至ったのさ」

 

ゾナハ病の恐ろしさを身をもって知ってる燎子が、ぶるりと身震いをする。

自分は大人だから。そう自分に言い聞かせて耐えていたのだ。

第三段階の苦しみは、言葉でしか聞いていないが、『思考することすらままならない苦しみの中、生かされ続ける』ということだけは知っている。

自分が感じたものなど、比べ物にならないほどの苦しみ。

たった齢十三の子供が感じた苦しみは、どれほどのものなのだろうか。

 

「そんな時に、《原初の精霊》に力を与えられて、病は治った。

ゾナハ病以外は、ね」

 

ゾナハ病は、精霊にも治すことは出来ない。

ルシールが言ったのは、そういうことだった。

 

「私たちが《生命の水》を『第三段階』に至っていた彼女に与えたのは、五日前だよ。

……もっと早く見つけてれば良かったって、後悔したさ」

 

ルシールの持つカップが少し揺れる。

彼女もまた、家族を持つ女性で、ゾナハ病になったことがある。

四糸乃の境遇を哀れみ、それを聞いて憤るのも無理はない。

その表情は、悲しみと怒りが混じったものだった。

 

「……だけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーあの子が最も絶望したのは、母親のことでもなければ、九十九のことでもないのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうよ……!

5丁椅子なら、なんとか……!!」

 

ぷるぷると震える腕を抑えながら、積み上げられた椅子の上で逆立ちする。

元団長に仕込まれた甲斐があってか、ノリのアニキの7丁椅子には劣るが、5丁椅子なら出来る様になった。

 

『おはー!すごいすごーい!』

 

四糸乃の反応はどうか、と視線を送るも、喜んでるのはよしのんだけだった。

ちくしょう。結構体張ったのに。

俺は椅子から飛び上がり、着地する。

しろがねのネーチャンから、着地のコツを聞いておいて良かった。

 

「……やっぱ、サーカス芸よりも、こっちの方がいいか」

 

俺は持参した二つのケースから、二体の人形を引っ張り出す。

一体はお馴染み、俺の相棒。

もう一体は、返し損ねた…というより、返さなくていいと渡されたあるるかん。

ちと怖い見た目だが、興味を惹くには十分だろう。

四糸乃の方を見ると、少しばかり目を剥いて、人形…どちらかといえば、相棒の方…をまじまじと見つめていた。

 

「……?その、お人形…は…?」

『でっかいねー。よしのん何人分だろー?』

「俺の相棒と、貰い物。

貰い物の方が初心者向けでな。

こーやって糸を引いて、こーやると……」

 

片手であるるかんの体勢を整えさせ、もう片手で地面に落ちていたお手玉と、持参していたナイフを投げる。

あるるかんにソレをキャッチさせ、片手でお手玉を、片手でナイフをジャグリングさせた。

 

「………!」

「『あるるかん』ってーんだ。凄いだろ?

でも、相棒の方はもっと凄いぜ」

 

相棒の方がうまく操れるってだけだが。

あるるかんにナイフを投げさせ、相棒でキャッチする。

二体の人形を操るのは久々だが、作りが似てるせいか、そこまで困難ではない。

向かい合わせ、2人がかりのジャグリングを披露する。

 

『ほはぁ……。すっごぉ……』

「……っ!……!!」

 

2人揃ってぶんぶんと手を振り、興奮を露わにする。

先ほどのような、追い詰められたような表情が、少しだけ消えたような気がした。

天高く投げたお手玉に、投擲したナイフを突き刺し、その柄をキャッチする。

人形はそれをこれ見よがしに見せ、ぺこり、とお辞儀した。

 

「どーよ。ピエロみてーな動きだったろ?」

 

しろがねのネーチャンとヴィルマのネーチャンが良くやってた芸を参考にした。

願わくば、天幕の中で観たかったモンだが。

俺が笑みを向けると、四糸乃は苦笑を浮かべながら、お手玉の刺さったナイフを指差す。

 

「……あの、お手玉……」

「………………あっ!?」

 

やった後に気づいた。

このお手玉、四糸乃のヤツだ。

まずい。コレ、叔母さんが買ったヤツじゃねーよな……?

 

「す、すまねぇ。ボールかなんか用意しときゃ良かった」

「うう、ん。ルシール…さんから、貰ったの…ですから」

 

それはそれで、バレたらルシールのバッチャンに殴られそう。

お手玉をナイフから引き抜くと、中の小豆がザーッと吹き出した。

白の床に、小豆の赤が飛び散る。

 

「しまった。片付けねーと……」

 

 

 

 

 

ぽふん。

 

 

 

 

 

 

柔らかな布団に、重量が落ちる音が響く。

この空間に布団は一つしかない。

そちらの方に視線を向けると、そこには。

 

 

 

 

 

 

四糸乃が、気を失っていた。

 

 

 

 

 

 

「っ、どうした!?」

 

慌てて駆け寄り、彼女の脈を測る。

ひどく冷たい感触の肌に通う血液は、正常な状態とは思えないほどに速く流れる。

ゾナハ病の症状かと思ったが、違う。

彼女は《生命の水》を飲んでいるのだから、病気による気絶とは考えられない。

見えない攻撃でも来たのかと外傷を探すも、どこにも血は滲んでない。

 

「……地雷、踏んだのか」

 

となれば、考えられる要因は一つ。

 

「お前に、何があったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『トラウマ』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、『精霊』の居る病院」

 

じゃりっ、とアスファルトを擦る音が、静かな病院の駐車場前に響く。

どこに出しても『普通』と返されそうな少年は、緊張と罪悪感を吐き出すように、深く息を吐く。

 

「……よしっ」

 

 

 

 

 

 

少年は進む。

『精霊』を救うために。

 

 

 

 




そろそろ熱中症とかで倒れる人が出てきそうですね。
皆さん、気をつけてください。


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第二十二幕 激励

士道くんや琴里ちゃん、ラタトスクに対するアンチ・ヘイトを書いてるつもりはありません。

この展開は誤解されそうだなと思って書きました。
今回は、あくまで「士道くんの挫折」です。


空から降り注ぐ雨が、窓を叩く。

その音が響く病室の中、逃げるように相棒に向かい合う。

結局、四糸乃を本当に笑わせることは、出来なかった。

そのことだけが、俺の胸を強く締め付ける。

 

「ねぇ、九十九……?」

「九十九……」

 

かちゃ、かちゃと音を立てながら、相棒のグレードアップに専念する。

こうやって簡単に直せる人形とは違って、人の心は、そう簡単に治せない。

あの子の真の絶望が何かは、分からない。

ただ。俺にもわかることは……。

 

「九十九ってば!」

「呼声っ、九十九!」

「のわっ!?」

 

ビックリした。

危うく工具を落としそうになり、慌てて柄を掴む。

俺がそちらを見ると、頰を膨らませた耶倶矢と夕弦が居た。

 

「おう、どーした?」

「指摘。どうした、じゃないです。

さっきから呼んでもまったく返事しないし、すごく怖い顔してました」

「そうそう。まるで鬼みたいな」

「どんな顔だよ……」

 

そう呆れたフリをする。

分かってる。今の俺が、どんな顔をしてるかくらい。

サーカスに携わる人間とは思えないような、追い詰められた顔をしてることなんて。

あの子を『精霊』という立場から救えても、心は救えない。

そんな自分を呪うような顔をしてることくらい、分かってるんだ。

 

「……その、さ。九十九の家のこと、あの子のこと、どっちも聞いたんだ」

「そっか」

 

きっと、ルシールのバッチャンあたりが喋ったんだろーな。

向けられる視線は、多分「憐憫」ってヤツなんだと思う。

あまり、気分の良いものではなかった。

 

「あの子のことだって、きっと、九十九のせいでは……」

「俺の失踪がトリガーだろ。

……どんな理由があれ、アイツにトラウマを植え付けたのは、俺だ」

 

トラウマがなんなのかは分からない。

だが、あの子の心が病んだキッカケとなったのは間違いなく、俺の失踪。

憎い。俺が、俺を殺してしまいそうなほどに。

 

 

 

 

 

ーーーー俺が憎い。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九十九の顔が、歪む。

光が宿っていた黒い目は、まるで光を墨で塗りつぶしたような、暗い色だけが鎮座する。

ボサボサだった髪は、更に枝毛が目立つようになり、さながら幽鬼のよう。

大きく見えた背中は、赤子よりも小さく思えた。

 

「……夕弦。『やっちゃう』?」

「……応答。『やっちゃいます』」

 

2人が顔を見合わせ、頷く。

瞬間。二度の破裂音が病室に響いた。

 

「ウダウダ迷ってんじゃないわよ!!」

「ぶっ!?」

「叱責っ、女々しい、ですっ!!」

「げふぁっ!?」

 

少女2人の暴力が、九十九の頰を襲う。

咄嗟に歯を食いしばったため、口内は無事であるが、頬は真っ赤に腫れ上がる。

いきなりの暴力に九十九は、怒りに任せて立ち上がった。

 

「なにしやが…」

 

九十九が怒鳴ろうと、彼女たちに視線を向け、止まった。

 

 

 

 

 

 

「アンタが、言ったんじゃん……!

『過去を笑い飛ばせるようになれ』って!」

 

 

 

 

 

 

溢れる感情を吐き出すように、耶倶矢の口から言葉が漏れ出す。

ぼろぼろと涙が、彼女らの頬に伝う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「九十九……っ、アナタは、過去を…過去を憎むばかりで、ちっとも笑ってません……!」

「っ……」

 

 

 

 

 

 

その剣幕に怖気付いて…否。

言葉の刃に押し負けて、九十九は貝になる。

後悔という名の殻に閉じこもり、差し伸べられる手を拒絶するように。

しかし、少女たちの言葉は、その殻を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「『憧れ』になるんだろ!!

どうした、五十嵐 九十九ォッ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も、何度も。

その手が握り返されるまで、何度も殻に言葉をぶつける。

だが。九十九の拒絶の殻はまだ砕けない。

 

「……なれねーよ。俺は、勝には……」

「「まだそんなこと言ってんのか!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーお前が今、あの子に手を差し伸べなければ、あの子は一生救われないんだぞ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴしり。

 

拒絶の殻に亀裂が走る。

九十九の目に、炎が灯る。

 

「……そうだ。俺が、助けないと……」

「そう!アンタが、アンタだけが、あの子の心を救えるの!」

「激励っ!立ち上がりなさい、五十嵐 九十九!!私たちの『憧れ』は、こんなことで挫けません!!」

 

どごっ。

 

九十九の頬に、『九十九の拳』が突き刺さる。

ぼたたっ、と切れた口から流れた血が、地面と歯車を濡らす。

挫けていた少年は、もういない。

 

「すまねー。メーワクかけた」

「全くです。いつまでもウジウジと」

「ほんっと。優柔不断なんだから」

 

目にも留まらぬ速さで人形を修復した少年は、二つのケースを持って病室を出ようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな腫れた顔で会いに行くんじゃないよ、おバカ」

「ぷっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

が。その歩みは、ルシールが腫れた頬に湿布を貼り付けたことで止まった。

 

「……締まらないわー」

「……唖然。九十九はいい雰囲気を台無しにする天才ですか?」

「元はと言えばテメーらのビンタだろーが!

俺のパンチより痛かったわ!!」

「おだまり。治癒するまでは行かせないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の手続きを誤魔化した五河 士道が、廊下を進んでいく。

馬鹿正直に『氷芽川 四糸乃の面会に来た』と言えば、怪しまれてしまうだろう。

そのため、『親戚の見舞いに来た』と言い、名も知らぬ赤の他人の名前を出した。

 

「……バレたらやばいな」

『バレないようにしなさいよ。監視カメラは誤魔化してあるんだから』

 

耳に装着した小型のインカムから、聴き慣れた声が響く。

いつもならば『転送』という技術を使うのだが、ここは病院。

日夜問わず、人が頻繁に出入りする場所だ。

いきなり目の前に人が現れようものなら、騒がれること間違いなしだろう。

 

「えぇっと、病室は何処だった?」

『その通路を右に曲がって、エレベーターで三階に上がって、左にまっすぐ進めばすぐよ。病室は308号室』

 

指示に従い、士道は通路を右に曲がり、すぐそこにあったエレベーターのボタンを押す。

数秒もしないうちに扉が開き、流れるように中へ入る。

不思議なことに、見舞いから帰る人間も、見舞いに行く人間も居なかった。

 

「左にまっすぐだな……。左に……」

 

ぴんぽん、と目的の階にエレベーターが止まったことを知らせる音が流れる。

開いた扉から外へ出て、指示の通りに左の通路をまっすぐ進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が。すぐにその異常性に気くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれっ?『精神病患者隔離施設』?」

 

三階の案内板には、『病室』が書かれていなかった。

情報が違うことを疑問に思い、インカムに向けて話しかける。

 

「琴里。この先に病室なんてないぞ?」

『情報が間違ってたのかしら?

……でも、霊力の反応はその先にあるわ。大雑把な位置しかわからないけど、虱潰しに探してちょうだい』

「わかった」

 

インカムの向こうにいる少女は、困惑した声色を隠しきれなかった。

そういうこともあるのかと思いつつ、士道は指示通りに進もうとする。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー侵入者発見!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳をつんざくような警報音と、機械音声が病院内に響く。

士道が慌ててその場を離れようとするも、通路の入り口がシャッターで閉じられる。

 

「なっ、なんだ、一体!?」

『士道!一体何が…』

 

インカムから狼狽の声が離れていく。

耳の解放感と共に離れた声に反応し、士道は背後を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「いかんなァ。子供が許可なく、こんなところに来ちゃあ、な」

 

 

 

 

 

 

 

そこに居たのは、1人の老夫。

銀の髪。時代劇にでも出てくるような、古臭く…それでいて安っぽい着物。

そのどれよりも異彩を放つ、腰に携えた二刀の刀。

老夫は手に持った士道のインカムを落とし、ボロボロの革靴で踏みつけ、壊す。

 

「この先は、お前さんの想像もつかんような心の傷を背負った子たちの、安息の地。

物見雄山でくる場所じゃない」

 

丁寧でいて、威圧的な口調の老夫は、腰の刀には手をかけない。

ただ、少年に語りかけるように、その肩に触れる。

 

「も、物見雄山なんかじゃ……」

「この先にはな、年頃の男を見るだけで狂ってしまうような、小さな子も居る。

さっきの様子見る限り、招かれた訳でもないんだろう。お前さん」

 

睨み付けられている訳ではない。

ただ、まっすぐ見つめるその黒い目から、凄まじいまでの『気迫』が感じ取れた。

 

「そんな子を思う気持ちが少しでもあるなら、ここから去ってはくれないか?」

「……そういう、訳にはいきません」

 

士道は、老夫の手を振り払う。

きゅっと、スニーカーでタイルの床を擦る音が響く。

足を広げ、構えをとる。

武器を使う相手…もとい実戦で使うのは初めてだが、やれることはやるべきだ。

 

「俺にしか、救えない子が居るんです」

 

士道の頭に浮かぶのは、同居している少女がいつしか浮かべた、あの顔。

全てを諦めたような顔を、誰かにさせたくないから。

そう自分を奮い立たせ、老夫との距離を詰める。

 

「……その子が、どんな心の傷背負うとるか、知っているのか?」

「知らない……っ!

でも、分け合うことはでき……」

 

老夫の頭突きが、士道の額に当たる。

血が口や鼻の中に滲み出したような感覚が、士道を襲う。

 

「その痛みすら、語りたくない子も居る。

お前さんがどう思うてその子に会いにいく気なのかは、儂は知らん。でも」

 

老夫は腰に携えた刀…いや、木刀を抜く。

明らかに加減されている。

分かっているはずだというのに、老夫の背に映る影は。

士道にとっては、修羅のように思えてしまった。

 

 

 

 

 

「ここを通るというんなら、儂は、お前さんを止める。

儂は、向こう側に居る子供『全員』を、お前さんという『恐怖』から守る」

 

 

 

 

 

「……っ、そんな、俺はっ」

 

士道が説得を試みるも、老夫から放たれる怒気は止まらない。

繰り出される打撃が、士道の頬を掠めた。

 

「儂が見ぬフリしたとて、道も知らないお前さんはきっと、手当たり次第にそこらの扉を開ける」

「っ……、そ、それはっ……」

 

士道が攻撃をいなすも、老夫の攻撃は一層苛烈さを増す。

自らの師に厳しく鍛えられていなければ、士道はあっという間に意識を刈り取られていただろう。

だが。言葉を発する余裕があるかどうかと問われれば、否であった。

 

「そこに居る子は、『外の景色を見るだけでも、自ら命を断とうとした子』もおる。

『狂いすぎて、自分が誰かもわからんくなっていた子』もおる。

目を背けたくなるような傷と向き合って、漸く回復してきた子たちが、沢山おるんじゃ」

 

老夫の口調に訛りがチラつく。

士道の体を、木刀がくの字に曲げる。

吹き飛ばされた士道は声を上げる暇もなく、地面に転げ落ちた。

 

「げほっ、げほっ……!」

「言葉を変える。日を改めろ。

さっきのは、見んかったことにする。

次はしっかりと、手続きすること」

「……っ、俺はっ!」

 

と。士道が声を発しようとした、その時。

ぷしゅう、と音を立てて、シャッターが開く。

かつり、かつり、とヒールがタイルを叩く音が近づいてくる。

 

「そこからは私が」

「……すまんのぉ。穏便に済ませてやりたかったんじゃが、ちと無理そうじゃ」

 

現れたのは、老婆。

嗄れていながらも、存在感を放つ彼女は、士道の手に手錠をかけた。

 

「えっ?」

「不法侵入で捕まえさせてもらうよ。

警察には突き出さないけど、事情聴取はさせてもらおうかね」

 

老婆は言うと、士道を老夫へ突き出す。

老夫は彼の手を取ると、「すまんのぉ。諦めて来てくれ」とだけ言って、引っ張った。

去り際、シャッターが上がった先を、士道は見た。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーそこには、怯え切った子供たちが、自分を見つめる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道はきっと、一生忘れない。

子供たちに与えた不安を。子供たちに振りまいた恐怖を。

自分の胸に刻み込まれた、後悔を。

 

 

 

 




士道くんの挫折入ります。
彼が立ち上がった時、彼はこの物語の「主人公」となるのですよ。


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第二十三幕 あの色

梅雨が始まってすぐですが、天気アプリを開くと、雨マークが明日までずらっと並んでました。
外に出る際は傘は持ち歩くようにしてます。
傘を持ってると、何故か晴れますけど。


 

 

 

 

あの色が怖い。

 

 

 

ロッカーに空いた穴から、その景色が見える。

バラバラになった「なにか」が、質素な教室を飾り付ける。

そこから溢れ出す『色』が、目の前を塗りつぶしていく。

ロッカーの中でカタカタと震えながら、必死でその光景から目を逸らそうとする。

だが、視線はいつまで経っても教室に向けられたままだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー嘘つき。

 

 

 

 

 

 

聴き慣れたその声が響く。

ロッカーからでも見えるその姿に、血の気が抜けていくのがわかる。

ああ、そうだ。この光景を作ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

『私』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「『中学校全滅』……?」

 

急ぎ過ぎたせいで雑になった相棒の改造に取り組む最中、ルシールのバッチャンが突き出した雑誌に目を通す。

その雑誌の刊行日は、『二十六年前』。

四糸乃が『ゾナハ病』になる、少し前の日付が印刷されていた。

 

「見出しはどーでもいいよ。記事を読みな」

 

言われるがままに、記事をなぞるように視線を動かす。

『ゴシップ誌』というヤツなのだろうか。

その文字列を見るだけで、えも言われぬ『不快な感覚』が胸を駆け巡る。

愉快に伝えるような、軽口でも叩くような文章の雰囲気。

だが。その内容は。

 

 

 

 

 

 

ーーーーこの世のすべての『残酷』を詰め込んだ、猟奇サスペンスを遥かに超えるモノ。

 

 

 

 

 

 

「………んだよ、コレ」

「無理もないね。

さっきまでのアンタなら、自責のあまり自傷行為でもしたんじゃないかい?」

 

目眩がする。

がんがんと、頭を叩くような頭痛も。

アイツの味わった『地獄』が、俺が目の当たりにしたモノよりも、『直接的』過ぎて。

全てがぐらつく中、頭の奥だけが、妙に冴え渡っていた。

 

アイツの部屋は、真っ白。

散乱してた遊具も、お手玉にも、ある色だけが抜け落ちていた。

俺の、人の体から流れ落ちる、あの色だけが、パレットに出してない絵具のように。

そこに、なかった。

 

だが。俺がお手玉を破いたことで、その色をばら撒いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイツは、小豆を…『赤』を見て気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツは、現場を見たのか」

「それだけじゃないのは、もう分かってるだろ?」

 

頭がその文だけを拒絶する。

でも。あの子のことを知らなければ、救うことは出来ない。

目で見ても、クレヨンで塗りつぶされたように、その単語が隠れる。

拒むな。見ろ。

ジンジンと未だ滲む頬の痛みに意識を寄せ、雑誌の記事を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『容疑者は、氷芽川 四糸乃。

小学生時代から続くいじめに耐えかねて、同じ中学校関係者全員を、惨殺』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ、クソっ。知りたくなかったわ」

「……物に当たらない程度には、成長したのかねぇ」

 

良くも悪くも、人を寄せ付ける美貌。

病弱で、引っ込み思案で。

休みがちだった彼女は、あの年頃の子供たちにとっては『格好の的』だ。

 

 

 

 

 

 

 

でも。言えることは、ある。

 

「四糸乃は、やってないだろ」

「………そうさ。あの子は、何もしてない。

あの子は、ね」

 

 

 

 

 

 

 

犯人は、別にいる。

俺は知っている。その犯人の正体を。

知るはずのない、ソイツのことを。

 

「自動人形の中には、居るんだろ。

『人ソックリに化けて生活するヤツ』が」

「アタリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーあの子の学校を襲ったのは、『あの子と瓜二つの自動人形』さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……成る程。そういうことか。

『自分が人を殺す光景』なんざ見せられて、正気を保てるわけがない。

いくら記憶を封じ込めようとしても、周りの人間は、面白がってそこを突く。

その結果、四糸乃の心は今、壊れかけているのだろう。

壊れないのは、『よしのん』が居るから。

縋りついてもいい存在が、ずっとそばに居るから。

 

「あんがとな。教えてくれて」

「……今のアンタになら、話してやってもいいと思っただけさ」

 

ルシールのバッチャンに礼を言い、湿布を剥がす。

空気に触れてじんわりと温もりが、腫れの引いた頬に染み込んだ。

 

「サーカスの時間だ。仲町サーカスとして、あの子を笑わせてやろうじゃないか」

 

きゅっと、バンダナをきつく締める。

と。その時だった。

 

 

 

 

 

 

「ルシール!病院内に侵入者が!」

 

 

 

 

 

 

『しろがね』の1人が、血相を変えて病室の戸を開けたのは。

ルシールのバッチャンは慌てることなく、厳かな面持ちで尋ねる。

 

「自動人形かい?」

 

問われた『しろがね』が、首を横に振る。

 

「人間の、少年……。それも件の、『ラタトスクの秘密兵器』かと……!」

「……そうかい。今は?」

「その…『あの方』が足止めを……」

「加勢するよ。準備しな」

「は、はい!」

 

指示を出すと、彼女は踵を返した。

 

「ルシールのバッチャン。

どーしたんだ?」

「……別に。ただ、お説教しに行くだけさ」

「そーか。じゃ、そっちは任せた」

 

改造の終わった相棒をケースにしまい、二つのケースを手に取る。

前とは違って、足取りは軽い。

待っててくれ、四糸乃。俺が、絶対に。

 

「さぁ、サーカスの幕開けだ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー笑顔にさせるから。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

侵入者を知らせる警報が鳴る中、四糸乃の病室へと向かう。

異常に気付いた子供が続々と外へ出てるため、気を遣って『ネコの着ぐるみ』を着ている。

『ネコや着ぐるみにトラウマがある』と言う子は幸いにも居ない。

四糸乃が見たら、ビックリするだろうなァ。

 

 

 

 

 

「あーっ!ネコちゃんだー!」

 

 

 

 

 

と。警報が鳴り止んだタイミングで、小さな子供の声が響く。

そちら…施設のロビーの方を見ると、四糸乃より一回りほど背の低い女児が、俺を指差していた。

その隣には、警報に驚いて出てきたのだろう。

子供たちをよしのんと宥めようとする四糸乃が、まじまじと俺を見ている。

……まずい。ここで正体を明かすわけにゃいかない。

それに。こんなキラキラした目ェ向けられて、サーカス団員としては、笑顔を与えないわけにもいかないな。

 

 

 

 

「………や、やぁっ!ボクは仲町サーカスのネコ、『ノリキャット』だよ!」

 

 

 

死ぬほど恥ずかしい。

なんだ、ノリキャットて。

とっさに思いついたのがノリのアニキだったから、なんとなく名付けたけど、ないわ。

あと思った。自分の裏声気持ち悪っ。

 

「本当は『ヒロドッグ』も居るんだけどね!

今日は別のトコで頑張ってるから、ボクがやってきたんだ!」

 

勝。お前の着ぐるみに、勝手に変な名前つけてごめん。

着ぐるみの中でそう懺悔する中、子供たちが興奮しながら、俺を取り囲む。

 

「サーカスってなにするのー?」

「ノリキャットはなにがすきー?」

「のせてー!」

「だっこー!」

「あ、慌てないでー!1人ずつ応えてあげるからねー!」

 

俺の体をよじ登ろうとする子供、着ぐるみを掴んですごい力で引っ張る子供。

つい最近、手入れしといてよかった。

これなら多少無茶なことしても、簡単に破けたりしないだろう。

 

「サーカスはね、皆を笑顔にする場所!

ボクはね、そんなサーカスが大好きなんだ!

勿論、見るのも出るのも好きだよ!

得意芸は…人形劇さ!」

 

うっわ。ほぼ俺だった。

キャラ設定もクソもない着ぐるみに設定作ったけど、ほぼ俺になった。

バレたかと思って四糸乃に視線を向けると、彼女はキラキラした目を俺に送っていた。

やっぱ、サーカスに興味はあるんだ。良かった。

 

「このおっきなカバンはなぁに?」

「その鞄にはね、ボクの大事なお人形が入ってるんだ!ちょっと怖い見た目だけど、とっても優しいんだよ!」

 

気づくと、あるるかんと相棒が入ったケースが囲まれてた。

特殊な構造をしてるから、子供には開くことが出来ないから危険はないだろう。

 

「みせてみせてー!」

「みたーい!」

 

 

 

 

 

 

……えっ?この状態で、二体も人形操れと?

……………。

 

 

 

 

 

 

「分かった!見せてあげるよー!」

 

やってやらぁ!!

そんくらい、朝飯前にやってやろーじゃねーかぁぁぁぁっ!!!!

火がついた俺は即座に糸を引き、片手であるるかん、片手で相棒を操ることにする。

 

「さぁ、出ておいで!」

 

きりきりきり…、と音を立てて、あるるかんと相棒がケースから飛び出る。

なるべく怖く見せないように、アクロバットをさせて、最後に大失敗させる!

二体が華麗なアクロバットを見せ、締めとして二体の指が絡み合うとしたその時。

上にいたあるるかんが滑ったように転び、相棒の上に墜落した。

 

「わっ、わわっ、わっ!?」

 

どんがらがっしゃん。

 

まるでギャグ漫画のワンシーンのようなコメディに、子供たちがどっと吹き出す。

失敗芸はうまくいったようで、子供たちの緊張も、どことなく解れたように思えた。

流石にバレたか、と四糸乃を見ると、彼女も一緒になって笑ってた。

 

「ごめんごめん!2人とも調子が悪かったみたい!……えっ?なになに?」

 

ヨロヨロと立ち上がったように見せかけ、二体の人形の間に挟まる。

まるでヒソヒソ話でもしてるように、頭の耳に言葉を囁かせているように操った。

 

「『失敗してごめん!お次はマイムを踊る』って言ってるよ!

となると、音楽が必要だね!

誰か、お歌が得意な子はいるかい?」

「はーい!」

「とくいー!」

「ぼくもー!」

「わたし、ちっちゃいピアノもってるー!」

「ハーモニカ!」

「カスタネット!」

「オカリナー!」

「リコーダー!」

 

うわぉ。楽団並みの楽器のラインナップだ。

…全部子供用だけど。

 

「よしっ、じゃあ音楽は任せるよ!

曲は好きに選んで!」

「ネコふんじゃったー!」

「じゃあ、それで!」

 

選曲が子供らしい。

……ネコがネコ踏んじゃったのリズムに合わせて、人形にマイムさせんのか。

字面だけ見れば、シュールの塊だな。

マイムを踊らせるのなんて、かなり久々だ。

ギイのニーチャンのスパルタ式特訓を、勝と一緒に受けた時以来だろうか。

 

 

 

 

 

 

……こうしてみると、普通の子ばっかりなんだよなァ。

 

 

 

 

 

 

ちょっと、怖がりが過ぎるだけで。

本当は、目一杯楽しいこと、好きなことをやってた子たちなんだ。

そんな、極々普通の子たちなんだ。

 

人をヘーキで傷つけるよーな人間は、決して少なくない。

そんな世界に嫌気が差して、死のうとする人間も大勢いる。

だからせめて。俺のサーカスを見てくれてる間は、こうやって。

 

 

 

 

 

 

ーーーー怖いことなんかすっかり忘れさせて、笑顔にしてやりたい。

 

 

 

 

 

サーカスは盛り上がっていく。

一匹のネコと、二体の人形と、子供たちのサーカスが、笑顔を振り撒く。

 

……そうだ。そうだった。

誰か1人のためのサーカスじゃないんだ。

皆を笑わせるための、サーカスなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダメだなァ、俺。こんな大事なこと見落としてたなんて。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し進み、捕まった士道は意気消沈していた。

老婆…『ルシール・ベルヌイユ』によって、尋問とは名ばかりの説教をされたのだ。

根が真面目な士道にとって、彼女の放つ言葉の弾丸は、なによりも痛かった。

 

「……ま。反省もしてるようだし、これで終わろうかね」

「……本当、すみませんでした」

 

かれこれ半時間ほど説教を喰らった士道は、ルシールに頭を下げる。

罪悪感と後悔で押しつぶされそうな心を隠すように、髪で顔を隠して。

 

 

 

 

「アンタたち相手に徹底的に秘匿して、ダミーの情報流した甲斐があったよ」

「えっ?」

 

 

 

 

 

言葉の意味がわからない。

士道が目を丸くするのを他所に、ルシールは告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーこうしてまんまと、『ラタトスクの秘密兵器』が来てくれたんだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱちん、とルシールが指を鳴らすと、部屋に何人もの人間が入ってくる。

皆目の色は別々であったが、揃って『銀の髪』であった。

 

「あ、あなたたちは、一体……?」

「私たちは『しろがね』。

平穏のために戦う『一般人』さ」

 

その時だった。

 

 

 

 

 

ーーーー聴き慣れた警報音が響いたのは。

 

 

 

 

 

 




次回からちょい長めの戦闘回ですよ。


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第二十四幕 舞闘会ノ幕開ケ

双亡亭壊すべしで好きなキャラは帰黒さんです。
二次元の女の子の舌だしって、何故か可愛く見えるんですよね。
三次元?興味ないです。

タイトルは誤字ではありません。『舞踏』と『武闘』を合わせただけです。


空間震警報が鳴る最中、病院内はひどく静かだった。

以前ならば人々が半狂乱で逃げ惑っていたはずだと言うのに、スタッフが黙々と働いている姿しか見えない。

ルシールに連れられた士道は、その光景に形容しがたい違和感を覚えていた。

 

「……あの、避難しないんですか?」

「しないんじゃなくて、できないんだよ」

 

かつり、かつりと靴が床を叩く音のみが廊下に響く。

非常時の人の喧騒などなく、あるのは病院独特の静けさだけ。

だからこそ不気味で、不可解だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できないって言うのは……?」

「ここの病院も、関係する人間も、『世界に存在しないことにされてるのさ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルシールは語る。

世の不条理と言う名の『からくり』の残酷さを。

この世という『サーカス』は、一部の存在が笑うために、好き勝手に作り替えられる可能性があることを。

 

 

 

 

 

 

 

あの日、病院を軍が襲撃した日。

そこに居た人間全員が前触れもなく、『戸籍を失った』。

それだけではない。『病院の存在を証明する書類が、完全に消去されていた』。

例え『精霊』を殺せていたとしても、病院内に居た人間に、未来などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、この病院のシェルターは機能しないのさ」

「そんな……」

 

決して、利用者が減らないのではない。

『ここに暮らしている人間が居る』のだ。

ここに暮らさなければ、生きていけない人間たちがひしめき合ってるのだ。

 

「分かったかい?アンタが救おうとしているのなんて、極一部さ。

世の中には、『精霊と同じくらい酷い立場にある人間』も存在するんだよ」

「………っ」

 

ソレは知っていたはずだった。

知っていたのに、見ないフリをしていた。

自分の周りには居ないはずだと、心の中で勝手に思っていた。

『精霊』が救わなきゃいけない立場ということは見ていたくせに、『人間』を見ていなかった。

己の考えの甘さに、士道は拳を強く握る。

 

「『精霊』を救おうとするなら、『人間』を救うつもりでいな。

アンタの心構えは、『捨てられて雨に濡れた子犬を拾って、隣にいるホームレスを放っておく人間』と一緒だよ」

 

ルシールの言葉が、士道の胸に刺さる。

反論の余地もない。自らの未熟さが、その甘い考えを生んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

『病院内に居るゴミムシに告グ!!』

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。病院の外から、怒鳴り声が響いた。

 

『《ベルセルク》とあンのクソガキを今すぐ出セェ!!今度こソブッ殺してやるワ!!』

「ったく。いい大人がみっともないねぇ」

 

今まで感じたこともないような邪悪さと怒気を孕んだ声に、士道は目を丸くする。

窓ガラス越しに外の光景を見ると、そこには。

 

「嘘だろ……?ASTって、こんなに多かったのか……!?」

 

自らが知る数倍もの人数が、病院に向けて兵器の鋒を向けていた。

その中に、自分の知る顔が居るのを見つける。

 

「お、折紙……?なんで、病院を……?」

「今の陸軍は、こういうことを平気でさせるのさ」

 

あっけらかんと答えるルシールに、絶句する士道。

クラスメイトがこんなことを強要されているなどと、聞いたことがない。

士道は衝動のままに、窓ガラスに手をかけようとする。

が。それはルシールによって止められた。

 

「止めても無駄だよ。

あの赤毛の娘が、恐怖政治を敷いているからね。生活がかかってるから、説得程度で止まるわけがない」

「……じゃあ、どうやって病院を守るんですか?」

「ここの全員が、自衛手段を持ってるよ」

 

ルシールは言うと、「着いたよ」とある扉の前で止まる。

備え付けられた電子盤を操作し、その扉が開かれた。

 

「五河 士道。一つ聞くよ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーラタトスクは、『ゾナハ病の原因』を把握してるのかい?

 

 

 

 

 

 

 

 

殺風景な部屋に唯一備え付けられた、仕切りガラスの奥。

そこには、『銀の煙』が充満していた。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

女性の怒鳴り声が響く中、幾つかの足音が病院玄関に響く。

二つは、女神の如き装束を纏った、瓜二つの少女2人のもの。

一つは、黒いドレスに身を包み、ゴーグルをかけた結婚適齢期の女性のもの。

一つは、安っぽい着物に身を包んだ、『しろがね』の老夫のもの。

彼らの背後に続くように響くのは、銀の髪の集団と、黒いスーツの集団の足音。

 

「来たわネ、《ベルセルク》」

 

集団の姿が天下に晒されると、赤毛の女性の顔が醜く歪む。

対照的に、集団の顔は揃って軍隊を睨み付けた。

 

「怒りはおさえろ、皆の者。

ここに私たちが立っている理由は、家族を…友人を守るため。それ以外にはないはずだ」

 

すらり、と一本の刀が鞘から抜かれる。

軍刀のように老夫が構えると、集団は軍隊に負けず劣らずの規則性で並んだ。

 

「何?軍隊の真似事かシラァ?」

「真似事なんかじゃないわ」

 

ポニーテールの女性が言うと、背後に立っていた少女2人が前に出る。

風を纏う、突撃槍と呼ばれる種類の巨大なタービン付きの槍が。

雷を纏う、鎖の両戦端にクナイを付けた武器が。

2人の手に、それぞれ握られていた。

 

「我らは言ったぞ。『次はもうちょい、芸でも覚えてきな』、と。

その様子では、芸の一つどころか、人を笑顔にさせる術すら学んでいないようだな?」

「忠告。これよりに先に踏み入れば、私たちは容赦しません。武器を捨てなさ…」

 

少女らが言い終わる前に、銃声が響く。

その発生源は、女性の持つライフル。

どう見ても至近距離で撃つ代物ではないその一撃は、火薬を搭載していたのか、派手に炸裂する。

 

「ふ、フフフフ……!ドウ?

本社の新型兵器、『炸裂型魔導砲』の威力ハ!!実験データだと、精霊二匹なんテ簡単に殺せル……!!」

 

女性が狂喜乱舞しそうな体を抑えるように、弾んだ声を漏らす。

が。それを遮るように、爆炎の向こうから深いため息が響いた。

 

「こっちがその程度、想定していないと思ったか」

 

爆炎を切り裂くように、無傷の老夫…そして後に続く集団が現れる。

彼らが身を包む黒いドレスや黒いスーツの一部が変形し、武器のように変化する。

彼らが纏うのは、ただのスーツではない。

『しろがね』が生み出した、対自動人形用の装備の一つであり、魔術師に対抗できる装備。

 

 

 

 

 

 

 

「我らの敵はお前たちではないが、それでも戦うと言うなら仕方ない。

我ら『しろがね』の『戦闘部隊』が、全力でお相手いたそう」

「……ッ、ほざケェッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

老夫の言葉を皮切りに、両軍が激突する。

病院の庭に、先ほどまであった『平穏』の二文字は、既に存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の外から、轟音が響く。

ロビーは良くも悪くも一通りが多く…所謂『狙われやすい場所』である。

俺は子供たちを引き連れ、頑丈に出来ている避難所の方へと駆けていく。

 

「ノリキャットはのらないのー?」

「お人形さん、ボクは重たいから…、無理って……!!」

 

走ってる時に話しかけないでくれ。

ただでさえ、着ぐるみの中で息がしづらいんだから。

まさか、子供たちと一緒に居る時に襲撃してくるなんて思わなかった。

怯えて腰が抜けてしまう子供も多くいたが、そう言う子たちは背中の広い相棒とあるるかんが抱えてくれている。

はずみで武装を展開しないよう、複雑なプロセスを組み込んどいて良かった。

 

「こわいよぉ……」

『大丈夫!何があっても、お人形さんとノリキャット、そして皆のヒーローよしのんが守ってあげるよー!』

「わ、私も…、頑張り、ます……」

 

怯えた子供たちの相手は、相棒に乗ったよしのんと四糸乃に任せるとしよう。

ああ。こう言う時、長足クラウン号が居ればなァ。

フウさんと俺で復元してやったのに結局、法安のジッチャンの言うことしか聞かなかったもんなァ。

 

「怖がりな子は、窓の方を見ちゃダメだよ!

おっそろしい魔女…『アカーゲ』が居るからね!」

 

どうせ来てるんだろう。

あのアバズレの名前なんざ知らん。

一般人を容赦なく殺しにかかるクソアマなんざ、アカーゲで充分だ。

俺からすればコミカルな名前なのだが、恐怖を煽られた子供たちは、素直に窓から目を背けた。

四糸乃もよしのんも、揃って窓の外を見ないようにしている。

 

「よしっ、着いたよ」

 

少し大きめの扉を開け、相棒たちから子供たちを下ろす。

ここならば、流れ弾が来たとて、なんとか対処できるだろう。

病院の中にはあるるかん他、人形を装備した古株のしろがねが多くいる。

アイツらの中の誰かが侵入してくる…なんてことは、万が一にも無い。

 

「ここなら安心!もう大丈夫だよ!」

「ほ、ほんとう……?」

「もし怖いヤツが来たら、そんなヤツなんかボクが追い払ってあげるよ!」

 

裏声がキツい。

掠れてきた喉を癒すように、乾いた口で流れ出る汗を飲み込む。

疲れを見せれば、子供たちの不安が加速してしまうだろう。

沈黙やざわめきが不安を増加させないよう、懸命に話しかける。

 

「ねぇ……。ぼく、しんじゃうの……?」

「ううん!大丈夫だよ!ボクもよしのんも居るから!」

『そーだよ!ヘンテコなヤツらなんて、よしのんたちでやっつけちゃうからね!』

「なんで、あのひとたちは…わたしたちを、ころそうとするの……?」

「キミたちの笑顔が大っ嫌いなのさ。

とびっきり笑って、寄り付かないようにしないとね」

「世の中…、笑って、る…人…が、強い…ん、です、よ…!」

 

四糸乃の協力あってか、子供たちから不安が少しずつなくなっていく。

それでも拭い切れないのか、俺の着ぐるみや四糸乃の病衣の裾、相棒たちの布を掴む。

『笑ってる奴が強い』…か。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだね。四糸乃ちゃん。

だからキミも、笑っておくれよ」

「………っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

だったら、お前も笑うモンだぜ。

そんな仮面のような笑顔を捨てて、素顔で笑ってくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当ならそう言いたかったが、今の俺は仲町サーカスの『ノリキャット』。

お前には、こうやってでしか言葉を伝えることが出来ない。

四糸乃は少しばかり目を開き、すぐに作り笑顔を浮かべる。

彼女だって、不安なのは変わらないはず。

今にも折れそうな心を支えるのは、彼女の『優しさ』なんだろう。

外からの爆発音や金属音に怯えた子供たちの頭を、優しく撫でようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぃ〜つけた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『四糸乃と同じ声』が響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

避難所に入ってきたのは、確かに『四糸乃』だった。

だが、長年の…と言うほど長い人生は生きてないが、それなりに培われてきた俺の目は、簡単に誤魔化せない。

無理やりブリキに人の皮を貼り付けたような、硬い質感の肌。

人の眼球によく似ているが、光沢もなければ筋も見えない瞳。

 

「下がって。『アカーゲ』の手下だ。

四糸乃のモノマネをして、皆を拐いにきたんだ」

 

俺は子供たちに言うと、部屋の奥へと下がらせる。

流石に片手で人形を二体ずつ動かすなんて芸当、戦闘では出来ない。

あるるかんの糸を四糸乃に預け、相棒の糸を両手に装着する。

 

「中身は『しろがね』かなぁ〜?

まぁ、いいやぁ〜。逃げ遅れたバカが居ないからぁ〜、アナタの血を頂戴?」

「やらねぇ…けほっ、けほっ。あげないよ。

『ジキルトハイド』」

 

調整したせいでサイズは小さくなったが、自動人形を相手取るくらいはできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題なのは『子供たちを守りながら戦わなくてはいけない』ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四糸乃の中学校を全滅させた張本人。

コイツは『たった一体』。

出入口も、アイツが入ってきた場所以外にはなく、避難所はシェルターのような状態。

恐らく、かなり手強い相手だろう。

 

「相手にとって不足なし。改良した相棒の性能、テストさせてもらおうか」

「うふふふ〜。キミの血の味、気になっちゃうなぁ〜?」

 

まどろっこしいのはいい。

今はただ、全力でコイツの相手をするだけだ。




ジキルトハイドがひっそりとパワーアップしましたよ。
狭いところでも戦えるようになりました。活躍の場が増えて、ジキルトハイドも心なしか喜んでます。


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第二十五幕 乱戦

九十九の出番は無いです。

カレンダーをかけていた画鋲が外れ、床に落ちていたのに気づかず踏みかけました。
靴下にちょっと穴が空いた程度で良かった。


『銀の煙』を少し吸うだけで、『死よりも恐ろしい病気』…ゾナハ病が引き起こされる。

それを治して回る『しろがね』は、『あらゆる病を治す薬』を大量に所持しているという。

最初こそは、世界中の医療機関に協力を仰ぎ、その薬を広い地域に行き届くようにしようと計画した。

 

 

 

 

 

 

 

が。その薬が世界に認められることは、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

理由は簡単。一部の医師や薬剤師が、自らの仕事を失うことを恐れ、圧力をかけたのだ。

あらゆる難癖をつけられたその薬を利用できるのは、『しろがね』傘下の病院のみ。

しかも運送すら出来ず、微々たる量を『とある場所』から運ぶしかないという。

結果。ゾナハ病は世界中に蔓延したままで、今もゆっくりと死んでゆく…または死ねなくなる人間が居るのだ。

 

 

 

 

 

 

さらには、近年多く発生する『失踪事件』や『猟奇殺人事件』。

その元凶が、ゾナハ病をばらまく『自動人形』の仕業であると知った『しろがね』は、孤立無援状態で戦っているという。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、大体は分かったかい?」

「あんまり、実感は無いですけど……」

 

避難所での戦いが始まる少し前。

ルシールに三つのこと…『ゾナハ病』、『しろがね』、『自動人形』…を聞いた士道は、曖昧に答える。

普通ならば妄言として切り捨ててる内容。

しかし、ゾナハ病の病原体は目の前にあり、あらゆる病を治す薬も実在している。

 

「ま、無理もないね。実際に見ないと、分からないものの方が多い」

 

すぐに信じるとは、流石に思っていなかったのだろう。

ルシールは息を吐くと、士道の背後にある扉を開けようとする。

 

 

 

 

 

 

「ルシールさん、緊急事態です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時。1人の医者が汗だくで部屋に駆け込んできた。

 

「今度はなんだい?」

「う、裏口から……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー裏口から、『自動人形』が侵入しました!!

 

 

 

 

 

 

 

その報告に少しだけ眉を動かすと、ルシールは「避難しときな」とだけ告げる。

彼女は机の一つにあった引き出しを開け、中のものを士道に投げる。

なんとかそれを受け止めると、ルシールは士道の背後にある扉を開けた。

 

「五河 士道。それを着て、ついてきな」

「えっ……?」

「アンタに、『しろがね』が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『加藤 鳴海』が潜り抜けてきた『死闘』ってのを教えてやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤 鳴海。

その名を聞いた士道の胸が、激しく波打つ。

彼の手に握られた物は、『加藤 鳴海再現型O-ユニット』と書かれたタグが付けられた服だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外の激戦は、苛烈を極めていた。

『しろがね』は、装着した『O-ユニット』の耐熱性で、ミサイルやレーザーはあまり効かない。

が。衝撃は殺せないようで、燎子は狂わされた感覚を治すために首を回す。

 

「折紙。アンタ、見ないうちに随分とショージキに命令をこなすようになったじゃない」

「……」

 

黒のドレスから覗くタイツを見せつけるように足を振り上げ、その靴の形状を突起状に変化させる。

折紙と呼ばれた少女は、咄嗟にそれを避けるも、武装の一部が突起に突き刺さっていた。

 

「動きが読みやすい。従順になったせいで、動きにキレが無くなったの?」

「……っ」

 

刺さった武装を地面に下ろし、戻った靴で踏みつける。

燎子のゴーグルの奥にある瞳が、真っ直ぐに折紙の目を捉えた。

 

「……お願い。退いて」

「い・や。私の家族みたいな子たちが居るんだもの。絶対に退かない」

 

折紙の懇願するような声を一蹴し、燎子は軽く構えをとる。

一見すれば、わかりやすい隙があるようにしか見えない。

が。『隙が分かり易い』ということは、『相手はその弱点を利用する可能性がある』。

過去に何度か痛い目を見た折紙は、牽制するように燎子と距離を取った。

 

「お、偉い。訓練だったら、あとでジュースでも奢ってあげたのにね」

「……っ、今は、いい」

 

何かを振り切るような、堪えるような。

そんな目つきで燎子を睨む折紙。

 

「あっ。そうそう」

 

ーーーー足元注意、ね。

 

燎子の言葉に、折紙は思わず自らの足元を見やる。

 

「素直ね。嘘なのに」

「しまっ……!?」

 

折紙がそれに気づくも、もう遅い。

燎子の前腕から伸びる刃が、彼女の銃器とレーザーブレードの柄を切り裂く。

こうなれば、もう武装は使えない。

残るは、顕現装置の動力炉だけだ。

 

「ここまで、強かったの……?」

「強かったんじゃないわ。

弱いから、必死こいて戦ってんのよ」

 

燎子の脳裏に、ある光景が過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーードミートリィ・イワノフという。

リョーコ。君の師となる『しろがね』だ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー君は『人形使い』向きではないな。

どちらかと言えば、自ら前線に立ち、状況判断力に優れている『O向き』だ。

少しのことで狼狽えるのが玉に瑕だな。

……むっ。吐いてるせいで、聞こえていないのか。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーこれが君の『O-ユニット』。扱いは人形よりも難しい。

が。この1週間で覚えてもらう。

なに。実戦形式でやれば嫌でも覚えるさ。

私もグリーゴリイも、一切の手加減しないがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー君の戦う理由はなんだ?…そうか。

なぁに。少し聞きたかっただけさ。

そのために命を賭けることが出来るのかね。

……即答か。君は卑屈に見えるが、本当はとても真っ直ぐなのだな。

私は、君に似た男を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、言ったの。

『悲鳴を聞いて、見て見ぬフリをする大人なんか、居ない方がマシ』だって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー君と同じように、『子供のために命を賭けた男』の話をしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、『カッコ悪い私』とは、お別れして」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー今からでも遅くない。

君もなれるさ。ナルミのような、『カッコいい大人』にね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『誰かに手を差し伸べられる、カッコいい大人』になりたいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顕現装置の動力炉が、燎子の一撃によって粉々に砕け散る。

その影響で浮遊していた体が、ふらふらと地に落ちていく。

燎子はその足で地面を軽く蹴ると、折紙の体を優しく受け止めた。

 

「折紙。アンタの殺した心も、アンタの復讐心も、アンタの苦痛も、全部吐き出してみなさい。今度は、ちゃんと聞いてあげるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、理依奈はと言うと。

九十九が交戦している自動人形に付属するように付いてきた自動人形の一体と、一人で対峙していた。

その見た目は、一種の生理的嫌悪を引き起こすような、視認することさえも受け付け難いものだった。

 

「け、けけけけ……。『人形使い』の女が一人で居るよぉ……。

美味そうだなぁ……。美味そうな血を出しそうな女だなぁ……」

「いやぁぁぁっ!!なんでこんなグロテスクな見た目なんですかぁ!!

ウネウネヌメヌメしてるし、エッチな本から飛び出てきたみたいぃぃぃっっ!!!」

 

半狂乱で叫びながら、理依奈は拙い動きで操り糸を動かす。

天才が10年研鑽して、漸く素人クラスの腕前と言えるのだ。

練習を始めて数週間の人形操りは、九十九のものに比べると、雲泥の差であった。

 

「うわぁぁぁん!!『ラプンツェル』、言うこと聞いてぇぇ!!」

「なんでぇ……。シロートなのか……。

こりゃあ運がいいなぁ……」

 

人形…ラプンツェルは、見当違いな方向に髪の束を繰り出し、見事に空振る。

自動人形は不気味な笑みを醜悪な顔に貼り付け、べろぉ…と理依奈の顔を舐めた。

 

「ひゃうっ!?」

「美味え肌だなぁ。きっと、血の味も美味えんだろうなぁ!!」

「きゃあっ!?!?」

 

嫌悪感に取り乱した理依奈を、自動人形の腕の一つが殴り飛ばす。

人形ごと吹き飛ばされた彼女は、壁に打ち付けられ、激痛と肺の空気が抜けていく感触を味わった。

 

「かはっ……!?」

「弱ぇ弱ぇ!お前みたいな弱い人形使いは初めてだぜぇ……!!」

「う、うぅ……。九十九、さん……。お父、さん……。やっぱり、無理ですよぉ……」

 

理依奈は弱音を吐きながらも、ふらふらと立ち上がり、人形を操る糸を構える。

感じたこともないような激痛に身体中が悲鳴を上げ、手が震える。

だが、理依奈はしっかりと、自動人形の姿を見据えていた。

 

「ラプンツェル、お願い……!」

「遅いよぉ!遅い遅いぃ!!」

「うがっ、かっ……!?」

 

痛い。苦しい。辛い。

今までは、訓練生という身分もあり、経験してこなかった感覚が、理依奈を襲う。

 

「美味え。美味えよぉ、お前の血ぃぃぃ…!もっとおくれよぉぉ……!!」

「ぁ、ぅぁ……」

 

全身から血が抜けていく。

「死」という感覚が、ひたり、ひたりと足音を立てて近づいてくるのを感じる。

理依奈の心は既に折れ、遅すぎる後悔していた。

 

「……な、んで……。た、たかう……、なんて、いったんだろう……?」

 

あの時。理依奈には、幾つかの道があったはずなのだ。

裏方で『しろがね』をサポートする人間になるか、表舞台に立って『しろがね』として戦う戦士になるか。

以前の『訓練生』という立場に嫌気が差していた彼女は、即座に後者を選んだ。

辛いことは分かっていたはずなのに、選んでしまったのだ。

 

「もう動けないのかぁ……。じゃあ、いただきまーす」

 

がぱっ、と音を立て、自動人形の喉奥から、注射器のような舌が伸びる。

向かうのは、心臓。

血液を循環させる、最も重要な器官の一つ。

もはやこれまで。

そう思った時、走馬灯が駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーいつか、おかあさんをまもってあげられるくらい、りっぱになるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーおかあ、さん……。おかあさぁん…。

わたしが、わたしがもっと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー理依奈。焦らなくていい。人間は少しずつ、少しずつ強くなっていくものさ。

……強くない時に、敵が来た時にどうすればいいか、か。

答えは簡単だよ。『負けないように、必死に歯を食いしばる』のさ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーおう、どーした?

なに?『負けない方法』?

ンなの、幾らでもあるだろーが。渡したソレで相手の目ェ潰すとか、足をぶっ壊すとか。

卑怯?いいじゃねーか。ルールがある訳でもねーんだし。

それに。卑怯でもなんでもやらねーと、そのうち『全部無くしちまう』ぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷっつん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理依奈の中の何かが、切れる。

目の奥の炎が、激しく燻り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外には軍隊。中には自動人形。

病院内は、もはや戦場と言っても過言ではなかった。

とても、人を救うための場所とは思えない。

士道の知る『人形』とかけ離れた姿をした『自ら動く人形』が、人を襲い、人と殺し合う。

血飛沫、銀の体液が舞い飛ぶ最中、士道は呼吸が苦しくなっていくのを感じる、

 

「……ひっ、ぜひっ……、ぜひっ……!?」

 

士道の視界が狭まり、呼吸が更に自分を苦しめる。

目を凝らすと、先ほどガラスの奥にあった『銀の煙』が見えないほどに薄らと、病院の廊下に漂っていた。

士道を苦しめるのは、『銀の煙』が引き起こす、最悪の病。

 

 

 

 

 

 

ーーーーゾナハ病だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。そうだった。

この病院の住人には飲ませたけど、アンタには飲ませてなかったね」

「むぐっ!?」

 

ルシールは言うと、士道の口に小瓶を無理やり突っ込む。

ほんの一滴程度の液体が士道の体に入り込むのを確認してか、ルシールは小瓶を懐にしまった。

 

「あれっ、マシになった……?」

「いいから、構えな。おいでなすったよ」

 

ルシールが何処からか『あるるかん』を前に控えさせ、両刃の剣を抜く。

士道が言われたままに構えると、曲がり角の奥から、士道の1.5倍は背丈のある異形が現れた。

 

「る、るしぃぃるぅぅ……。

さいこの、しろがねぇぇ……」

「おや、私のことを知ってるのかい。

アンタと会うのは初めてだけどねぇ」

 

老人が惚けるように言うと、ルシールはあるるかんと自動人形の距離を詰める。

あるるかんの腕から『聖ジョージの剣』が展開されると同時に、自動人形の腹部がぱかり、と開き、中からミサイルが放たれた。

 

「っ、危ない!!」

「安心しな」

 

ルシールは言うと、ポケットからチョコの銀紙を取り出し、ばらまく。

すると、ミサイルはふらふらと行く先を変え、窓を突き破って爆裂した。

 

「チャフって言ってね。

無駄に誘導性能を上げたミサイルが『当たる』なんて思ってるバカへの対策さ。

あるるかん、『炎の矢』」

 

小馬鹿にするように言うと、あるるかんの連続の突きが自動人形へと迫る。

が。自動人形はその巨躯に見合わぬ素早さで、あるるかんと距離を取った。

士道は驚愕に目を剥き、ルシールを見やる。

自分であれば、既にミサイルに吹っ飛ばされて木っ端微塵だったろう。

 

 

 

 

 

 

「なにボーっとしてんだい。

後ろのヤツ、頼むよ」

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

士道が背後を見ると、ゆらり、と一つの影が現れる。

ユニークさと残酷さを足して二で割ったような、人の骨格をした異形。

全身にクラッカーを突き刺したような見た目の自動人形は、にたり、と笑みを浮かべた。

 

「獲物、みーっけ」

「っ、劈ッ!!」

 

咄嗟に士道は、体に染み付いた動きで掌底を繰り出す。

が。ぐにゃり、と自動人形の体が、『背中の方に折り畳まれるように』曲がったことで、掌底は空を切った。

反撃を恐れた士道は、大慌てで自動人形の足元を蹴りで払う。

 

「知ってるぜぇ。それ、自動人形を素手で壊しに壊した『カトウ ナルミ』が使ってたヤツだよなァ……!!」

「み、ミンハイさんのことか……!?」

 

名前しか知らないが、憧れの人間の名を出され、軽く動揺してしまう。

その隙を狙うように、クラッカーから放たれた紙のような金属板が、士道の体を掠める。

 

「くっ……!?」

「それに比べると弱い弱い!!

拳法使いってのは、『カトウ ナルミ』以外はザコの集まりなのかァ!?」

「うるさいっ!!」

 

士道が怒鳴り声と共に、拳を突き出す。

が。その軌道は簡単に読まれ、士道の腹部に自動人形の蹴りが突き刺さる。

 

「か、はっ……!?」

 

体が勢いよく吹き飛ばされ、廊下の壁に叩きつけられる。

十香の時よりも激しい激痛と、肺から空気が抜けていく感覚が襲う。

 

「ラッキーだなぁ。お前みたいな、弱い拳法使いにあたってよォ!!」

 

パァン、と炸裂音が響き、士道へ金属板の鋒が迫る。

士道は力の抜けた腕を無理やり動かし、日々の入った壁から抜け出す。

その直後、壁に張り付いた人型の窪みの心臓、脳の位置に金属板が突き刺さった。

 

「あ、危なっ……」

「なにやってんだい!武装を展開しな!」

 

轟音に紛れるように、ルシールの叱咤の声が飛ぶ。

そうは言われても、士道は武装の展開の仕方など、これっぽっちも知らない。

その様子を見たルシールは、呆れたようにため息を吐いた。

 

「一度しか言わないよ。

腰についたツマミを下げな」

 

士道は言われた通りに、腰についたツマミを軽く下げる。

瞬間。ジャキン、と音を立てて武装が展開された。

右半身には大きな変化はない。

が。左腕の前腕部分からは幾重にも重なった刃が、左足には車輪が現れた。

 

「こ、これは……?」

「ナルミが使っていたものさ。

アンタも、『ナルミみたいに、周りを見てごらん』?」

 

『ナルミ』という名前に反応し、士道はごくりと唾を飲む。

周り。周りには、死に物狂いで闘う『しろがね』や、つい最近まで普通だった人々の姿が見える。

三発目のクラッカーが、自らの命を刈り取るように迫る。

士道は息を吸うと、左足の車輪を激しく回転させた。

 

「無駄無駄無駄ァ!!もうあと八発も残ってるんだぜぇ〜!!」

「……『死を必すれば、即ち生く』」

 

自らを鼓舞させるように、士道は小さく呟く。

このまま死ぬ気なんて、サラサラない。

 

 

 

 

「まだ、あの子たちへの懺悔すら終わってないんだ」

 

 

 

 

やりたいことがまだあるからこそ、士道は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーなに?ミンハイが強い理由?

………思い当たるとすれば、『やりたいことの多さ』、だな。

彼奴は他人を思うあまり、誰かを『守りたい』、誰かの傷に『寄り添いたい』という欲がある。

だからこそ、彼奴は『強くなった』のだろう。

 

 

 

 

 

 

左足の車輪が、激しく回転する。

次々と放たれるクラッカーの合間を縫うように、士道は自動人形へと駆けていく。

 

 

 

 

 

 

ーーーーシィーアォ。キミはミンハイよりも『聡い』。

だからこそ、自分の『やれること』に目を向けがちだ。

ミンハイのように、心で考えた『やりたいこと』を優先するような性格ではない。

でも。私は知っている。少しのきっかけさえあれば、君はミンハイのように、『心で考えられる人間』であることを。

ただ一歩。その一歩さえ踏み出すことが出来れば……。

 

 

 

 

 

 

避けた先に、七発目のクラッカーが放たれる。

このまま行けば、脳天が串刺しになるのは、簡単に想像がつく。

だと言うのに、士道は慌てることなく刃を構え、それらの軌道を逸らした。

 

 

 

 

 

ーーーー君は、彼と同じくらい強くなれる。

 

 

 

 

 

 

「く、来るなぁ!!くそっ、聞いてねーぞこんなのぉ!!」

 

腹に備え付けられた八発目が、放たれる。

否。放たれる直前、その発射口に、士道の拳が迫る。

腰のツマミを上げて武装をしまい、地を踏みしめ、放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー劈ッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撃ち込まれた『気』が、自動人形の体内へと浸透していく。

自らを動かす擬似体液が沸沸と沸騰し、ごぽり、とクラッカーから吹き出した。

 

「これが……、拳法使いぃ……?

弱くなんか、ねーじゃ…ねーかぁぁぁ……」

「弱いよ。まだ、俺は弱い」

 

銀の花火が炸裂する。

 

「でも、お前よりは強かったみたいだな」

 




ASTの恐怖政治の描写は、次の次の章になりますね。


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第二十六幕 自分

好きなロックマンはエグゼとゼロです。
エグゼは世代ではありませんが、アニメをレンタルして見ていたので、子供心に強く焼き付けられています。
ゼロは、私が初めて本格的にロックマンに触れた作品なので、思い入れが強いです。


ノリキャットと自動人形との戦闘は、苛烈を極めていた。

両腕から変形した『ハサミ』が、着ぐるみの一部を掠める。

対するジキルトハイドの『ジャック・ザ・リッパーのナイフ』が、自動人形の髪先をほんの少し切り裂いた。

 

「ふふふ〜。遅い遅ぉ〜い」

「……ちっ。やっぱり、当たらねー…げほん。当たらないや」

 

ネコの着ぐるみのせいで、ノリキャットは息を切らしながら呟く。

背後にいる四糸乃は、ノリキャットの闘いを目の当たりにして、追い詰められたような表情を浮かべていた。

 

「はっ……、はぁっ、はっ……」

 

呼吸が荒く、苦しい。

目の前にいる存在は、『トラウマ』そのものと言っても、過言ではない。

カタカタと震える体を押さえつけ、必死でよしのんに縋ろうとする。

でも。その恐怖が吐かれることは、ない。

自分よりも小さな子が、もっと怖い思いをしているだろうから。

だから、自分が耐えて、子供たちを宥めなければ。

 

「おねーちゃん?だいじょうぶ…?」

『大丈夫だよ!よしのんも、このお人形さんも居るんだから!』

「……うんっ。だい、じょうぶ…です、から」

 

にこり、と無理やり笑みを浮かべ、四糸乃は腕の中に居る子供たちを抱きしめる。

そうだ。強く、ならなきゃ。

強くならないと、子供たちを怯えさせてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その顔、真っ二つにしーちゃおっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざくり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが貫かれるような音が、部屋に響く。

ハサミには、ノリキャットが少し流していた血液が付着し、所々赤く染まっている。

その先端には、潰れたノリキャットの頭が突き刺さっていた。

 

「…の、ノリキャット……?」

 

まさか。まさか。

子供たちと共に、四糸乃は恐る恐るノリキャットへと視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、頬が少し切り裂かれた少年…九十九が、汗を拭っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供たちの夢をぶっ壊しやがって」

 

瞬間。四糸乃の顔に貼り付けた笑みが、呆気なく砕け散った。

脳裏に浮かぶ、あの地獄絵図。

良い思い出は一つもなかったけれども。

それでも、クラスメイトを『自分が』殺す様を見て、なにも思わなかった訳じゃない。

 

「逃げ、て……!」

 

それが、『兄のような存在』に置き換わったとするならば。

四糸乃が縋るように、宥めるように溢す。

 

「逃げねーよ。まだ、俺たちのサーカスは終わってねーんだ。

サーカスは、みぃんな笑顔で終わるモンだぜ?」

「まぁだ、そんな口を聞くんだぁ。

守ろうとしてる子供に、怯えられてるのにぃー?」

 

九十九が視線を向けると、一部の子供達が、トラウマが蘇ったのか、過呼吸気味になる。

このままでは、気絶してしまう子も出てくるかもしれない。

九十九はバンダナを外し、ポニーテールのように長い髪をくくりつける。

 

「女顔って訳でもねーけど、この後ろ姿なら怖かねーだろ。

後は、この場で一番怖ェ…テメーを追い出すだけだ」

 

普段ならば、羞恥で絶対にしない髪型。

後ろ姿でも似合っていないのだ。

正面から見れば、少しも似合わないということが簡単にわかるだろう。

だと言うのに。子供たちにとっては。

 

 

 

 

 

 

 

「……がんばれ…」

 

 

 

 

 

 

「がん、ばれ……」

 

 

 

 

 

 

「がんばれ、ノリキャットー!!」

 

 

 

 

 

「まけないでー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

どんなヒーローショーの、どのヒーローよりも、格好良く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「子供らの声も合わさって、百人力って訳か。こりゃ、勝つしかねーな」

「そんな声だけで、強くなったつもりぃ?

人間って、本当に馬鹿みたいな生き物ね!」

 

自動人形が口を歪めて嘲笑う。

怖い。

『自分』が人を殺すのが、怖い。

九十九が負けてしまうのが、怖い。

四糸乃が奥深くに眠る力に手を伸ばそうとした、まさにその時だった。

 

「テメーら、俺の言ったこと覚えてねーようだな。いや、アイツしか聞いてねーのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー人間ってのはなァ、『進歩する生き物』なんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

ばきり、と人形から音が響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

老夫の刀と、女性の剣がぶつかり合う。

何故だ。何故。

こんなしわくちゃな爺さんなど、すぐに蜂の巣に出来ると思っていた。

だと言うのに。銃器の殆どはあっという間に切り裂かれ、残っている武装は手に持っている剣と、『とっておき』だけ。

距離を取った女性は、脳を掻き回す困惑を追い出すように、吐き捨てる。

 

「なんなノ……。こノ病院の連中は、一体、なんだって言うノ……!?」

 

女性の目の前に広がるのは、自らが思い描いた光景ではなかった。

完全に武装が破壊され、撤退を余儀なくされる部下たち。

この間まで一般人だった人間が、必死に歯を食いしばり、自分が率いる部下たちと渡り合っているその光景。

何もかもが、女性の理解の範疇を超えていた。

 

「お前さんの負けだ」

 

老夫は言うと、抜身の刀を鞘に収めた。

 

「先ほども、とある少年に言ったのだが、とっとと帰ってくれんか?

まだ治療中の者も居るのだ」

「……っ!」

 

女性は屈辱に顔を歪める。

本来ならば、精霊相手に使い確実に殺す装備だが、知ったことか。

この病院ごと、目の前の存在を消し去ってやる。

女性は目に怪しい光を灯すと、背から巨大な大砲筒を取り出した。

 

「だろうと思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー見浦流居合『颪』。

 

 

 

 

 

 

 

すぱり。

 

 

 

 

 

 

女性は、何もできなかった。

武装の全てどころか、自らの纏うスーツでさえも切り裂かれる。

裸体が天下にさらされる寸前、老夫は自らの上着を脱ぎ捨て、女性に投げた。

 

「す、すまんな……。年頃の女子に。

武装の一つかと思うて切ってしまった」

 

戦う術を失った彼女は、羞恥と屈辱を込めた目で老夫を睨み、声を張り上げた。

 

「……っ、作戦、失敗……!撤退!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……。なんで、いきなり、こんなに強くなったんだ……!?」

 

理依奈を弄んでいた自動人形が、混乱のあまり喚き出す。

いくつもある腕の一本が千切れ、目が数カ所潰された。

それをしたのは、先ほどまで虫の息だったはずの理依奈だった。

 

 

 

 

 

 

「九十九さんから、預ってて良かったです」

 

 

 

 

 

 

 

彼女が持つのは、『一つの小瓶と工具』。

一つはプラスチック製のもので、ラベルには『硫酸』と書かれている。

もう一つは、九十九が使っているものと瓜二つの工具だった。

 

「『分解』は出来ませんけど、目潰しくらいは出来ますよ。

自動人形も、目の機能は人間と同じで良かったです」

 

硫酸をかけられた腕は、ラプンツェルの髪によって引きちぎられた。

失った目は、理依奈の持つ工具の先端に突き刺さっている。

自動人形は怒りと困惑を込め、叫んだ。

 

「卑怯な人間めぇぇ……!!」

「卑怯だろうと、生きてたら勝ちですから」

 

理依奈は中身の少ない硫酸を、自動人形の胴体に向けて投げる。

それを避けようと軽く身を翻そうとする自動人形に、ラプンツェルの髪が巻きついた。

 

「なっ……!?人形が惜しくないのか!?

人形使いのクセに!!」

「私の命が…ここに居る、皆の命が…大事ですから!!」

 

ぶしゅう。

 

独特な匂いとともに、ラプンツェルの髪と人形の胴体が溶けていく。

理依奈は軽く糸を引き、巻きついた髪に力を入れる。

みし、みし…と音を立てて、自動人形に亀裂が走る。

 

「くそっ、こんな……、こんなの、認めるかァァ……!!」

「認めなくてもいいですよ。私を認めてくれる人は、たくさんいますから」

 

自動人形の体は、粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ばきり、ばきり、と人形から音が響く。

その場の皆が人形に目を向け、あんぐりと口を開けた。

 

「『ジキルトハイド』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『ブラック・ダリア』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人形の体が、『二つに分かれる』。

一つは、腕から伸びる刃物を構え、悪魔のような笑みを浮かべる人形。

一つは、指に開いた穴を銃口のように構え、相手を睨む白衣の医師のような人形。

 

「『ロンドン街の悪夢』」

 

九十九は言うと、悪魔のような容貌の人形が飛び上がり、自動人形との距離を詰める。

先ほどのような巨躯と重量もないため、格段に素早くなっている。

自動人形は人形の刃をハサミで受け止め、距離を取ろうとする。

 

「『グレアム・ヤングの劇薬』…『アンドレイ・チカチーロの弾丸』」

 

どぅん。

 

爆裂音が響くとともに、自動人形のハサミに液体が撃ち込まれる。

レーザーのように飛んできたその液体は、ハサミに触れた途端に煙を出し、金属を腐食させ始めた。

間髪入れず、悪魔の一撃が自動人形に振り下ろされる。

慌てて腐食したハサミでそれを防ぐと、ぼろり、とハサミが崩れ去った。

 

「っ……、なんで、なんで……」

「人間は進歩するんだってーの」

 

自動人形の問いに答えるように、九十九が糸を振りかぶる。

悪魔の凶刃が、自動人形の首を刈り取ろうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーなんで、そうやって、『違うもの』を拒もうとするの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔の凶刃が、自動人形の髪の先端を切り裂く。

九十九だけではない。四糸乃含む子供たちにも、その言葉は大きな衝撃を齎した。

ボロボロと崩れていくハサミを隠すように、展開したハサミをしまい、人間と瓜二つの腕に戻す。

ブリキの目は、怒りと絶望がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったような、黒い炎に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『フランシーヌ』様の、嘘つき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自動人形のもう片方のハサミが、人形に向けて射出される。

背後には子供がいる。

九十九は慌てて糸を引き、人形の刃でハサミの軌道を無理やり変えた。

が。ハサミは不自然に軌道を修正し、子供たちへと向かう。

 

 

 

 

 

 

「やばいっ!!」

 

ぞぶり。

 

 

 

 

 

 

 

 

肉を裂く音が、九十九の腹部から響く。

ぼたぼたと落ちる血液は、貫かれた九十九の腹部から流れ落ちていた。

 

「っ、おにーちゃん!」

「やだぁぁぁぁっ!!」

「っ、死んで…ねーよ……!」

 

子供たちの叫び声を宥めるように、九十九が口から溢れる血を拭う。

死ぬほどの激痛が走っているのにも関わらず、その目からは涙は溢れない。

 

「嘘つき……。人間と分かり合えるって、言ってたのに。嘘つき……!嘘つき……っ!!」

「……人間でも、人間全員と分かり合える訳じゃねーよ」

 

哀れむように、憤るように、九十九が血とともに言葉を溢す。

伸びたハサミの鎖を弾丸で腐食させ、刃で砕く。

ハサミが突き刺さったまま、よろよろと足を震わせ、自動人形に目を向ける。

 

「俺たちは、わかり合おうとして、何度も…何度も、何度も何度も……。

数え切れねー数、裏切られてきた……!!」

 

攻撃手段を失った自動人形に、悪魔が肉薄する。

腕から展開された凶刃が、彼女を真っ二つに切り裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでも、わかり合おうって思って、何度でも言葉を投げかけ、手を伸ばす……!!

それが、人間さ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どさり、と地に伏す自動人形。

擬似体液が少しずつ漏れ出す中、どこか遠くを見た彼女は、子供たちに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

「羨ましい……。弱いってだけで、誰かが守ってくれるあなたたちが、羨ましい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

溢すのは、嫉妬。羨望。

ブリキの心に、ある光景が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー人間と自動人形は、きっと分かり合えるはずです。

あなたは、その第一号として、人間を経験して来てください。

きっと。人間の素晴らしさがわかりますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らを作った存在の言葉。

ずっと、それを信じ続け、漸く居場所を手に入れたというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見たのは、人間の醜さの塊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初こそは耐えようと思ったが、創造主の言ったことの矛盾に耐え切れず。

結果。彼女は自らを拒む者全てを、殺したのだ。

誰も、手を差し伸べてはくれなかった。

国語の教科書に載っていた人間は、優しく描かれていたのに。

 

「………」

 

意識が遠のく最中、彼女に四糸乃が近づく。

自らのトラウマの塊だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

四糸乃は、彼女を…『自分自身』を、優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ」

「……弱いって、言えば…良かったのに……。

助けてって、言えば…良かったのに……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロと、濁流のように感情が溢れ出す。

自分がかつて言えなかった、その言葉。

自分自身に向けて、その後悔と悲しみをぶつける。

彼女はこぼれ落ちんばかりに、大きく目を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで、抱きしめるの……?

私…、あなたの場所…取っちゃったのよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私の…かわりに…、裏切られて…っ、私のかわりに…、何度、も…傷ついた…ん、です、ね……っ。

私の、かわりに……っ。私が、背負うべき…だった…のに……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

溢れ出す涙が、ぼたぼたとブリキの肌に触れる。

傷ついたブリキの心が、温度も持たぬはずなのに、だんだんと暖かくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フランシーヌ様は、嘘つき…なんかじゃ、なかったのね……。

君みたいに、こんなに強くて、優しい人も…居るんだね……」

「私、は…強くなんか……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四糸乃から溢れた涙が、ブリキの瞳に降りかかる。

彼女がゆっくり、ゆっくりと目を細めると、頬にその涙が伝う。

彼女は惜しむように、喜ぶように。その顔に、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今度は、ちゃあんと……。君みたいに、なりたいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きぃ……と、その手で四糸乃を抱きしめる。

それを最後に、彼女は動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 




これにて戦闘終了です。
次回は少し短めの後日譚…というよりは、後始末回になります。


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第二十七幕 一時閉幕

この話を最後に、少しばかり投稿が遅れます。
理由としては、「リアルが忙しい」とだけ言わせてもらいます。
専念しなければならないことが出来たので、ご理解いただけるとありがたいです。
ごめんなさい。今回短いんです。


戦いが終わり、病院に静寂が訪れる。

戦った後の治療として医務室が開けられ、何人もの人間が手術室へ運び込まれる。

士道はその光景を見つめる最中、炎が傷を舐めるのを感じ取っていた。

 

「……これが、戦い」

「そうだよ。アンタは運がいいね。幸いにも死者が居ない戦いが初陣だったんだから。

……死にかけのバカは居るけどね」

 

ルシールに言われた通りにある方向を見ると、士道は大きく目を剥いた。

そこに居たのは、以前サーカスの舞台で、フラクシナスの映像で見た少年。

周りには、自分が怯えさせてしまった子供たちが居り、運び込まれる少年に必死に声をかける。

被せられた布は血が滲み、元が何色かも分からなかった。

 

「随分と無理をしたね」

「そーでも、ねーよ…。この程度で…人は死なねーって、知ってたからな……」

「バカタレ。《生命の水》を飲んでること前提じゃないか」

 

少年…九十九がそう答えると、ルシールは呆れたため息を吐く。

彼女が布をめくると、氷漬けにされてあまり良く見えないが、凄惨な傷跡が見えた。

 

「……強かったのかい?」

「いや…。多分、きっと……」

 

九十九は首を横に振ると、そばにいた四糸乃の頭に、ぽん、と手を添える。

 

 

 

 

 

 

 

「この子たちと、同じだった」

「………そう、かい」

 

 

 

 

 

 

 

 

ルシールはそれ以外、何も言わなかった。

士道には、何があったのかは、わからない。

だが、一つだけ分かることがあるとするならば。

周りにいる子供たちにとっての『ヒーロー』は、この少年だということだけだ。

 

「ルシールさん。彼が一番重傷です。

すぐに手術室へ」

「頼んだよ」

 

ストレートパーマの男性…シュヴァルツェス・トーアが告げると、タンカに乗せられた九十九が運ばれていく。

士道は言葉を交わすこともせず、それをぼーっと見つめていた。

 

「どうしたんだい?そんなに見つめて?」

「……いえ。ただ、凄いなって」

 

お世辞にも似合ってないポニーテールだったが、何故だろうか。

士道にとっては、眩しく見えた。

 

「俺は…多分、知りもしない人間のために、あそこまで出来ません……」

「まだ若いヤツが何言ってんだい」

 

ルシールがこつん、と優しく士道に拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

「アンタは今日、確実に一歩だけ進んだ。

人生ってのはその繰り返しさ。一歩ずつ変わっていって、たまに後ろに下がって。

そうやって、立派になってくモンだよ」

 

 

 

 

 

 

 

アイツは急ぎ過ぎだけどね、と付け足す。

士道は生返事で「そうですか」と返すと、ポケットに入れた携帯を取り出す。

そこには、びっしりと妹からの着信履歴が並んでいた。

 

「げっ……。帰らないと……」

 

ことの経緯を知らず、更にはこんな戦闘に巻き込まれたのだ。絶対に説教される。

士道は待ち受ける折檻に怯えながら、踵を返す。

 

 

 

 

 

 

 

「待たんかいおバカ」

「ぐぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

が。その襟をルシールが掴んだ。

 

「怪我の検査も済んでないのに、帰すわけあるかい」

「えっ!?いや、でも……」

「いいから、検査を受けな。今日は帰さないよ」

「え、えぇーー………」

 

その言葉に、士道はガックリとうなだれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃。

五月に入るか否かという時期の空を見上げ、『犬の着ぐるみ』が息を吐く。

 

「……ここ、やっぱり日本だよね?」

 

着ぐるみはそう呟くと、すぽり、と頭の部分を取る。

熱気が外に出て、涼しい空気が素顔にかかる。

 

「えぇっと、何が起きたんだろう……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の名前は『才賀 勝』。

この舞台に、新たな『主役』が飛び込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにて、『四糸乃リライブ』はお終い。

それと同時に、『五十嵐 九十九』のサーカスも、一時閉幕とさせていただきましょう。

……えっ?『五河 士道』はどうなるのか、ですって?

それは、お次のサーカスが終わった次の演目として、お楽しみにしてくださいな。

 

サーカスとは、決して『客の思い通りの展開』を描くものではありません。

寧ろ、その逆なのですから。

 

さぁさぁ、お次は『才賀 勝』のサーカス。

彼を待ち受けるのは、心を殺し人を殺す少女と精霊との出会い。

演目の名を決めるとするならば…そう。

こう名付けましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『勝リベリオン』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーむ。短い。
今回は私の力不足が目立ちますね。
しばらくは更新出来ませんので、記憶の片隅で気長に待ってて貰えると、嬉しい限りです。


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勝リベリオン
第二十八幕 入場


お待たせしました。
ひと段落したと言うわけではありませんが、流石に一ヶ月は放置しすぎたかなと思い、ストックを投下することにしました。

今回からは才賀 勝が主人公の「勝リベリオン」ですよ。

合間に見るウルトラマンZ、面白かったです。


良くある『タイプ別診断』って知ってる?

例えば、『好きなお肉はなんですか?』ってあって『豚』と『牛』に答えが分かれてるヤツ。

そこで、僕。『才賀 勝』から質問する。

 

 

 

 

 

 

 

「なに見てんだぁ、テメェ!!」

「この人を誰だと思ってんだぁん!?」

 

 

 

 

 

 

 

夜中。いかにもな路地裏で、黒い髪の女の子が、今にも襲われそうでいて。

怖そうな人と目が合った時、どうする?

 

 

 

 

 

 

 

なーんてことを一人で考えながら、僕は着ぐるみを脇で抱え、ぽりぽりと頰を掻く。

まずは、状況を整理しよう。

親友がいきなり姿を消した数時間後、フランスで客引きのバイトをしていたはずの僕が、何故か『日本にワープした』……。

 

 

 

 

 

うん。さっぱりわからない。

 

 

 

 

 

ビルが並んでいることから、ここは都市部とまではいかなくても、それなりに発展している場所だという事がわかる。

そんな場所で日本語を使ってるとなれば、もう日本で確定だろう。

 

「聞いてんのか!?おい!?この人はなぁ、泣く子も黙る天宮市長の息子様…」

「取り敢えず。このまま放っておけないのは確かだね」

 

 

 

 

どごっ。

 

 

 

 

僕の拳が、柄の悪い集団の一人にめり込む。

ナイフを持って僕に迫ってたし、正当防衛が通じるはず。

もし認められなかったら、逃げるけども。

仲間がやられて唖然としてる集団の間を潜り抜け、女の子に話しかける。

 

「襲われる寸前だった?」

「え、ええ……」

「……はっ!?おいっ、テメェ良くもリュウを…」

 

太っちょな男がバタフライナイフを展開し、その鋒を向けて僕に肉薄する。

その刃渡りから、心臓なんてアッサリ切り裂く事ができるだろう。

 

「かっ!?」

 

だが、刃が届かなければ別の話。

向かってくる相手の手を掴んで抑え、ガラ空きの顎に拳を叩き込んだ。

 

「さ、逃げよっか」

「えっ?」

 

相手が呆然としてる最中、僕は女の子を抱きかかえる。

羽のようにふわりとした感触が、手に伝う。

軽い。ちゃんと食べてるんだろうか。

背後で騒ぎ立てる彼らを捨て置き、まばらな人の中を駆けていく。

僕も昔、ナルミ兄ちゃんに連れられて、必死に逃げてたっけ。

切羽詰まった状況だというのに、少しばかりの懐かしさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今の、もしかして、『マスター』?」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は気づかなかった。

避けていた人の中に、僕の知っている存在が居たことに。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば、もういいかな?

持っててくれてありがとう」

 

彼女に持っててもらった着ぐるみを受け取り、辺りを見渡す。

適当に目についた公園の茂みに逃げ込んで、正解だった。

一人だけすごく身なりが良かったから、こう言う場所は好んで探さないだろう。

ただのチンピラに、警察を総動員させるっていう権力があるわけでも、古今東西の殺し屋を雇ってる訳でもあるまいし。

 

 

 

 

 

 

「……余計なことをしてくれましたわね」

「へ?」

 

 

 

 

 

 

女の子から放たれたのは、感謝ではなくて、呆れ半分の罵倒だった。

独り言のように小さく呟いたらしいが、こうも静かだと嫌でも聞こえる。

僕が訝しげに眉を潜めると、女の子は態度を切り替えて、丁寧なお辞儀をした。

 

「感謝しますわ。あの方のお誘いがしつこくて、困っていましたの」

「う、うん……」

 

先ほどの独り言は、聞かれていないと思っているらしい。

「そういう願望」がある人間が居るって言うのは…その、ナオタさんが勧めてきた「そう言う本」で見たことはあるけど、理解はできない。

放っておけば、そのうち酷い目に遭いそうな子だ。

 

「家まで、ボディーガードでもした方がいいかな?さっきの奴らがうろちょろしてるだろうし」

「心配要りませんわ。幸い、自宅はすぐそこですの」

 

彼女は言うと、僕に一礼して踵を返す。

かなり良いトコ育ちなのだろうか、その仕草一つとっても、気品を感じさせる佇まいだ。

去ろうとする彼女の後ろ姿を見送っていると、微かな風切音が響く。

なんの音かと疑問に思った、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の目の前に、トゲ付きのフラフープで出来た異形が降り立ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたァ、レアモノォ!!」

「なっ……!?」

 

あの構造。僕が知ってるモノよりも出来は杜撰だが、間違えようがない。

この世界にはもう居ないはずの、『自動人形』だ。

彼女はいきなりのことで反応し切れず、その凶刃が柔肌を裂こうと迫る。

 

「させない」

 

咄嗟に服に仕込んだ短刀…『雷迅』を抜き、自動人形の刃を受け止める。

最近は使ってなかったけど、鍛えたおかげか、その刃はあっさりと受け止める事ができた。

 

「あぁん?なんだよ、オメェ?」

「さぁ?」

 

自動人形がギョロリ、と不気味な瞳を僕に向ける。

生憎と、あの工具は「使わないから」と思って、全て九十九に預けてしまっている。

流石に素手で『分解』は出来ないため、刀で戦うしかない。

 

「離れてて」

 

フラフープにとんでもない力が加わり、無理やりにでも動き出そうとする。

このままいけば、彼女にも被害が出るかも知れない。

僕の言葉に軽くうなずいた彼女は、茂みの奥にある木の影に隠れた。

それと同時に、自動人形の胴体を蹴り飛ばし、無理やり距離をひらけさせる。

 

「邪魔だぞぉ!ただの人間がぁ!!」

「見浦流流波ノ嵐」

 

ぎゃりん。

 

回転するフラフープのトゲを、刀で流す。

嵐の中で波が吹き荒れるように、鋭く、ありったけの力を込めて、自動人形の腕の一つを叩き切る。

 

「『夏疾風』」

 

擬似体液と材木の塊が、がしゃん、と音を立てて地に落ちる。

一撃で真っ二つにしようと思ったが、体勢を傾けられ、腕一本しか切れなかった。

これでは、致命傷にならない。

 

「に、人形……?」

「よぉくも俺の腕をぉ!」

 

ちっ、と伸びた僕の髪が切られる。

散髪する手間が省けた。

この髪の長さはいつ以来になるだろうか。

 

「お前、近づかなきゃ攻撃できないんだよなぁ……!なら!!」

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。僕の体にいくつもの衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

骨が砕ける感触と激痛を堪え、何が起きたのかを見る。

ぼたぼたと溢れる血液と傷が少しずつ治っていく感覚の中、地に落ちたソレを見る。

フラフープの間から射出されたのは、コルクのような弾丸。

じっくりと見ると、自動人形の体には幾つもの穴が開いていた。

 

「急所は外したなぁ……。次は当ててやるぜぇ……!!」

「……っ」

 

九十九が以前言っていた、「数打ちゃ当たる系のヤツ程面倒」という言葉を思い出す。

以前であれば、『ジャコ』を駆使して戦っていたんだろうけど、今この場にはない。

避けられないことはないが、避けたら後ろにいる彼女に攻撃が当たってしまう。

ダメで元々だが、刀で弾くしかない。

 

「くたばれぇ!!」

 

自動人形から、コルクの弾丸が放たれる。

弾く優先度を瞬時に決め、刀を振りかぶったその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『マスター』、これを!

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き覚えのある声と共に、どすん、と僕の背丈より少し低いほどのケースが落ちたのは。

 

ケースがコルクの弾丸を弾く中、その存在は僕の目の前を『羽ばたく』。

その再会に困惑と嬉しさが入り乱れ、視界が滲んでいくのを堪える。

空から飛んできた鍵を受け取り、ケースに差し込む。

 

「頼むよ」

 

その名を呼ぶのは、もう五年前以来だ。

展開された穴に指を突っ込み、中の人を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーージャック・オー・ランタン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女…時崎 狂三は、その光景に目を剥いた。

『寿命を伸ばしている』最中に出会った異形の人形に、刀で立ち向かっていた少年。

その少年が、突如空から飛んできたケースを開け、中から飛び出た人形を手足のように操る。

 

「久しぶり」

「マズダァァ〜〜!!会いたかったっすよぉぉ〜〜!!」

 

彼の肩に止まる、『グリフォン』をそのまま小さくしたような異形が喚く。

少年は彼の頭にぽん、と手を置き、人形に鎌を構えさせる。

 

「それ、『ツクモ』から勝手に取ってきたっす!性能は、以前よりも凄いっすよ!」

「悪ふざけで、変な機能足してないよね?」

 

少年はそう言うと、笑みを浮かべる。

全てを戦かせるような、全てに希望を与えるような、そんな笑み。

血が流れる体など微塵も気にせず、少年は人形の糸を引く。

 

「っ……、そんな人形で何ができ…」

「『バブル・ザ・スカーレット』」

 

どぱぁん。

 

弾丸のように放たれた風船が、自動人形に降りかかる。

破裂したソレは膜のように貼りつき、フラフープごと自動人形の体を固めた。

 

「なっ……!?」

 

人形が手に持つ鎌を振りかぶる。

自動人形が抵抗すべくコルク銃を放とうとするも、膜がそれを邪魔する。

フラフープのトゲも、軸が固められたせいでこれっぽっちも機能しない。

死神の鎌のように、その刃が自動人形の首に迫る。

 

「さっき、『レアモノ』とか言って、この子を襲おうとしたよね」

 

刃に抵抗もなく、あっさりと自動人形の首が飛ぶ。

飛んだ首に向けて、少年は冷たい視線を向けて放った。

 

 

 

 

 

 

 

「人間には、『レアモノ』なんてないよ」

 

 

 

 

 

 

 

音を立てて、自動人形の頭と体が、擬似体液に塗れ崩れ落ちる。

少年はパンパン、と服についた土を落とすように払うと、狂三に手を差し伸べた。

 

「大丈夫だった?」

「………あ、あなたは、一体……?」

 

狂三が困惑気味に問うと、少年は笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

 

 

 

「僕は才賀 勝。しがないサーカス芸人だよ」

 

 

 

 

 




「夏疾風」はオリジナルの技です。
原作では松風と転びくらいしか出てなかったので、考えました。
また期間は開くと思いますが、気長に待っていただければ幸いです。


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第二十九幕 白夜のサーカス

少し気分が乗ったので、投稿しました。

忙しさは少しばかりなくなりましたが、やるべきことは盛り沢山です。
投稿ペースが落ちた場合、「あ、忙しいんだな」とご理解いただけると幸いです。


少し場所を離れ、近くにあった喫茶店で向かい合って座る。

目の前の少女…時崎 狂三という、少し個性的な名前の彼女は、訝しげに僕の肩を見つめていた。

 

「……その、ソレは何ですの?」

「トモダチのグリポンくん」

「ホントーは『グリュポン』っつー名前があんだけど、グリポンの方で呼んでくれっす」

「いや、そうじゃなくて」

 

理解が追いつかないって顔してる。

そりゃあ、骨折した僕が、ちょっと処置しただけで普通に動けるようになったりとか、おかしい部分もあったけれど。

……うん。わかってる。聞きたいのはグリポンくんのことでも、僕の傷のこととかでもないって言うのは。

 

「なんと問えばいいのか分かりませんけど、一応聞きますわ。

『何なんですの』、あなたたちは?」

「何って…人間としか」

「何って…自動人形としか」

 

僕たちが息を合わせて言うと、呆れたため息を吐いて『駆け寄った猫を抱く』狂三さん。

……やっぱり、ツッコミが要るよね。

 

「こっちも聞いていいかな?なんで『猫カフェ』を選んだの?」

「……?なにかおかしな点が有りまして?」

「大有りっすよ!さっきからジブンのコト、エサだと思って見てんすよ!?」

 

慣れているのか、狂三さんに甘えに来るのに対して、僕…というより、グリポンくんに爛々とした目を向ける猫たち。

人間の僕でもわかる。グリポンくんが完全に、エサとして認識されてる。

普通に見れば、手足の生えた小鳥みたいな見た目してるもんね。

 

「実際に食べられる訳ではない『木偶』なんでしょう?良いではありませんの」

「あーっ!今、自動人形に対する最大級のサベツヨーゴ言ったな!?

マスターの知り合いかと思って大目に見てたけど、もー許さね…」

「グリポンくん、落ち着いて」

 

襲い掛かろうとする…お世辞にも、物凄い力があるとは言えない…グリポンくんの体を抑え、口を塞ぐ。

もがもがと何事かを喋ろうとするグリポンくんを他所に、狂三さんは問いかける。

 

「結局のところ、『さっき』のはなんだったんですの?」

「……グリポンくん、説明してもらえるかな?」

 

僕も詳しいことは分かってない。

グリポンくんが持ってきた『ジャコ』は、曰く『僕の親友が作ったモノ』で。

グリポンくん含む『自動人形』が、何故まだ現存しているのか。

落ち着いたグリポンくんに問うと、彼は姿を正すように毛並み…この場合は『羽並み』とでも言うんだろうか…を整える。

 

「んーっと、ケッコームズかしいっつーか、フクザツっつーか……。

なんつーべきか分かんねーっすけど、知ってることだけ話すっす」

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

グリポンが『自分が死んだ』と自覚して、数秒も経たなかった時のこと。

闇の中にあった意識が、無理やり引っ張り出されるような感覚に陥った。

目蓋に光が灯された時のような、眩しい感覚を覚えながら、グリポンが目を覚ます。

 

「おはようございます、グリュポン」

「……どちらサマっすか?」

 

目を開けると、目の前には『絶世の美女』という表現が似合う、優しげな表情を浮かべる女性が居た。

彼女に付き従うように、見覚えのある一人の芸人…否。『自動人形』が、グリュポンを出迎える。

 

「あら?あら、あらァ?マサルちゃんのペットだったコじゃなァい?

ようこそォ!我ら『真夜中のサーカス』改め、『白夜のサーカス』へ!」

 

「少し照れますが、副団長を務めています。

『フランシーヌ』です。作り物の方ですが」

 

 

 

 

 

 

 

グリポンを目覚めさせたのは、もういない筈の『フランシーヌ人形』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランシーヌ、人形……?聞いたことありませんわね?」

 

金槌で殴られたような、そんな衝撃が僕を襲う。

ぐわんぐわんと視界が揺れ、視線が思うように動かない。

『フランシーヌ人形』…?

あり得ない。彼女は、もうとっくに『死んだはず』なんだ。

 

「いや、オイラも驚いたっす」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『死んだヤツらがみーんな生き返った』…って言うべきなんすよ。

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に、更なる衝撃が走る。

狂三さんも話は理解していないだろうが、その言葉で大きく目を剥いたのがわかった。

 

「ま、『しろがね』のヤツらは人生1からやり直したんで、『テンセー』ってベタな言い方してるっすけど」

「ど、どう言うこと…ですの……?

そん…な、そんな、バカな話が……本当に、あるとでも……?」

 

狂三さんが大きく取り乱すのが分かる。

普通、人間は死ねばそこまで。もう二度と、同じ生を歩むことはない。

少なくとも、僕はそう考えている。

でも。目の前にグリポンくんが居て、彼が僕に語っているのだ。

決してウソなんかじゃない。本当のことを語っているってことだけは、分かっている。

 

「『しろがね』ってことは、ギイさんやおじいちゃんも……?」

「居るっすよ。死んだ『しろがね』も…」

 

と。グリポンくんが言おうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グーリューポーンーちゃぁ〜ん?」

「ヒィッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

怒りと殺気が籠もった声が、グリポンくんに向けられたのは。

聞き覚えのあるその声に、背後を向く。

あの時よりも少し大きい、フリルが可愛らしく、それでいて質素な服。

左手でグリポンくんを掴んだ彼女は、もの凄い形相で彼を睨みつけた。

 

「なァに、先にマサルちゃんに話しかけてんのよ……?

『もし見つかったら、一緒に会いに行くっす〜』とか吐かしてたの、どこのどいつだったかしらァ〜……?」

「いぃいだいいだいいだいいだいいだい!

ギブっ、ギブっす!」

 

僕たちがポカンとその光景を見ていると、彼女はグリポンくんを雑に投げ捨て、僕に抱きついた。

 

「マサルちゃーん!お久しぶりー!」

「こ、ここっ、ころっ…わぷっ!?」

 

 

 

 

ふにょん。

 

 

 

 

 

自動人形だっていうのに、なんでこんなに人間に近い感触なんだ……!?

襲いくる羞恥に耐えながら、彼女の抱擁を受け止める様を、これまた唖然とした顔で見つめる猫と狂三さん。

 

「えぇっと、そういう関係ですの?」

「ふふん。アタシを初めて抱きしめてくれたオトコのコよん♪」

「あっ。それではごゆっくり……」

「違わないけど違うから!待って!?」

 

結局。騒ぎすぎで出禁にされる前に、猫カフェの料金を払って、店を出ることになった僕たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介を。

私は『白夜のサーカス』の『最古の四人』…『レ・キャトル・ピオネール』のコロンビーヌよん」

 

コロンビーヌの持っていたお金で泊まることになった、格安のビジネスホテルにて。

狂三さんと向き合ったコロンビーヌが、サーカス芸人の如く、ぺこり、とお辞儀する。

それにしても、『白夜のサーカス』か。

かつてゾナハ病をばら撒いた『真夜中のサーカス』とは、対極的な名前だ。

数学で言えば、『対偶』とでも言うべきなんじゃないだろうか。

 

「時崎 狂三ですわ。『レ・キャトル・ピオネール』というのは、フランス語でして?」

「そ。そのままの意味しかないから、深く考えなくてもいいわ」

 

ケラケラと笑うコロンビーヌに、ふふふと笑みを返す狂三さん。

服装のシュミは結構似てるのに、性格は対照的なんだなぁ。

 

「クルミが『オシトヤカ』っつーんなら、コロンビーヌサマは『アラシみたいな女』って言うんすかねいだだだだだだだだだ!?」

「あらァ?シツレーなコトを言うお口はコレかしらァァ……?」

 

グリポンくんが握り潰されかけた。

慌ててコロンビーヌからグリポンくんを取り上げ、ヒビが入ってないかを確認する。

……良かった。大丈夫みたいだ。

 

「で。マサルちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーアナタも死んじゃって『こっち』に来たタイプ?

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に、僕は訝しげに眉を潜めた。

生憎と僕は死んだ覚えがない。

急に場所だけが切り替わったように、いきなりフランスからワープしてきたんだ。

すぐに死ぬような病気でも無ければ、そこまで不摂生をしていた訳でもない。

首を横に振ると、コロンビーヌは「良かった」と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「マサルちゃんの親友…確か、『ツクモ』だったかしらァ?彼と一緒なのね。

彼、『元々いた世界に帰ってくる形』でこっちに来たらしいの」

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

『九十九が元々生きていた世界』…?

以前、へーまと一緒になんと無しに聞いた話が、頭によぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー俺の居た世界は…そうだな。

フツーだった。フツーだったけど、この世界よりも、『汚い部分が浮き彫り』になってるよーな世界だ。

出来ることなら、お前らには見せたくねーな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九十九が毛嫌いしていた世界。

彼の『本来の舞台』。そこに『僕という役者』が、飛び込んだのか。

どんな役回りかは分からないけど、ここに来た意味は、必ずあるはず。

 

「話を戻すわね、マサルちゃん。

死者が生き返ってるってことは、もう充分に分かってるだろうし」

「うん。グリポンくんたちが、何よりの証明だ」

 

人工衛星もろとも燃え尽きて死んだグリポンくんに、僕の腕の中で死んでいったコロンビーヌ。

『アイツ』の記憶によると、『擬似体液』を失った自動人形の復元は、困難を極める。

この二人が目の前に居ること自体が、あり得ないんだ。

 

「……わたくし、自然と巻き込まれて居ますけれど、居る意味があるのでして?」

「自動人形に襲われたんでしょう?

当事者も同然よォ。私とかマサルちゃんの世界のことなら、そこのシツレーなおチビが知ってるわ」

「なっ、セツメーぶん投げっすか!?」

 

グリポンくんの文句を、コロンビーヌはひと睨みすることで黙殺する。

ぐぬぬぬ、と唸りながら、グリポンくんは狂三さんに説明を始めた。

 

「さ。あっちはグリュポンに任せておいて。

マサルちゃんには引き続き、情報を渡しておくわ」

「えぇっと、いいの?」

「あんなの待ってたら朝になっちゃうわよ」

 

夜通し説明させるのか。

まぁ、確かにあの情報量は、1時間やそこらじゃ到底説明しきれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、説明するわね。

って言っても、これはもう気付いてるだろうけれど……」

「ゾナハ病。『この世界』に蔓延してるんだろう?」

「せいかぁ〜い!マサルちゃん、アっタマいい〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界のことを何も知らない僕に対して、『もう気付いてるだろう』という言葉を使ったのだ。

僕も知っている『ゾナハ病』の話題以外はあり得ないだろう。

勢いのままに抱きつこうとするコロンビーヌを軽く受け止めると、彼女は残念そうに「ちぇーっ」と言って、話を続けた。

 

「とは言っても、『白夜のサーカス』がばら撒いてる訳じゃないのよ。

フランシーヌ様のお陰で、『アポリオン』を撒き散らさず活動できるもの。

さらに言えば、ばら撒く理由も無いし」

 

……あれっ?そうとなれば、感染者は結構少ないのでは……?

僕が問おうとすると、コロンビーヌは「でも」と付け足した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『フェイスレス様』に支配されてた高揚感とかが忘れられないヤツも居てね。

『白夜のサーカス』から去る自動人形も少なからず…ってか、九割九分九厘がソレよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロンビーヌは言うと、「もうやってらんない」とため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、『極夜のサーカス』とか言う、無法地帯もいいトコな組織を作って、ゾナハ病を撒き散らしちゃったのよ。

困り果てたフランシーヌ様が、『ギイ』とか言う『しろがね』に協力を仰いで、『しろがね』と協力して動いてるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自動人形としろがねが、協力。

実現が不可能に等しかった共闘が、僕の知らないうちに実現してた。

しろがねの中には、自動人形に恨みを持ってる人が殆どだと思うけど…。

 

 

 

 

 

「モチロン、つい最近までバチバチに敵対してたわよ。今さっき『土下座事件』が起きるまで」

「……なにそれ?」

 

 

 

 

 

名前で全容が全く分からない事件が来た。

コロンビーヌはその時のことを思い出してか、複雑な表情で言葉を続ける。

 

「ツクモが、一緒に居たコたちと一緒に、揃って土下座したのよ。

それも、攻撃が当たる寸前、両陣のど真ん中で。

ツクモなんて怪我のせいで、これ以上無茶したら死ぬって言われてたのに。

『戦うべき相手を間違わないでください』って、慣れない敬語なんか使ってたわ」

 

それでもまだ、疑心が解けたわけでは無いらしいけれど。

互いに手を取り合うという、大きな一歩は歩めたみたいだった。

……なんというか、解決方法が九十九らしいというべきか。

 

「それはもう良いとして。

『極夜のサーカス』は、あろうことかフランシーヌ様の技術を盗み出して、独自に自動人形を作ったの。

ツクモ曰く、出来も中途半端な粗悪品が」

 

粗悪品か。

自動人形の良し悪しなんて、僕はさっぱり分からないけど。

それでも、先ほどの自動人形は完全に『トルネードラプソディー』の劣化版だったということだけは分かる。

 

「ソイツらの目的は、『精霊』っていう、スゴい力を持った『人間』でね。

その力の源《霊結晶》を奪って、『地球の支配者になろう』とまァ、バッカみたいなコト考えてんの」

「精霊……?あの、物語とかに出てくる?」

 

ファンシーな響きの名前だ。

僕の問いに、コロンビーヌは首を横に振った。

 

「そんな可愛らしいモンでもないわよ。

ま、それは明日の朝、クルミも交えて話すとして。

次が今日最後の話題よ」

 

コロンビーヌは言うと、腰掛けたベッドから立ち上がり、僕の前に立つ。

てっきりまた抱きついてくるのかと思ったが、違う。

彼女は僕に手を差し伸べ、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーこの舞台に、飛び込む?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は迷わず、彼女の手を握った。




うーむ。この布陣相手にするヤツが気の毒ですわぁ…。
白夜はご存知、日が沈まないことで、極夜は夜が明けない状態のことです。


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第三十幕 ナイトメア

時間ができたので帰ってきました。

うーむ…。サブタイトルに捻りがなくなってきた気がする。
それに自動人形もネタ切れが近いような…。
サブタイは別として、自動人形は連載当時のごとく募集とかした方がいいですかね?
コメ稼ぎになりそうで避けてましたけど。

特に禁止してるわけでもないので、アイデアがあったらぜひっ…。
すみません。ゾナハが発症してしまいました。
気合で治しました(早い)。

それでは第三十幕、どうぞ。


ホテルを出た僕たちは、適当な公園に立ち寄り、噴水近くにあるベンチに腰をかける。

少し遅めの朝ごはん…見たこともない店舗名のコンビニのおにぎり…を狂三さんに手渡す。

 

「……で。これからどうするんですの?

わたくし、明日から学校なのですけれど」

「ああ、そっか」

 

確認したこの世界での日付は、日曜日。

明日は特に『何かの祝日』ってわけでもないから、狂三さんは普通に学校なのか。

僕からすれば、毎日学校で勉強してるみたいなものだから、あまり気にしてなかったけど。

 

「逆に聞きますけれど、才賀さんは学校に行ってますの?」

「世界各地のサーカス学校を転々としてるよ。コトバを覚えるのは大変だけど、凄く楽しい」

 

お金は、九十九と一緒にサーカスで稼いだ分から切り盛りしてる。

……嫌なことを思い出した。明日、下宿先の家賃払わないといけないんだった……。

どうしよう。こんな状況じゃ、払いに行こうにも払えない。

 

「アタシもガッコウ、行ってみたいわァ。

知ってる?ニホンの恋愛小説の舞台って、大抵『コーコー』っていう場所なのよん」

「そのくらいの歳に見えますわね。人形っていう割には、人間と遜色ない見た目ですわ」

 

コロンビーヌの背丈は、あの時より少し伸びて、僕より頭ひとつ分低いほどだ。

僕が成長期で伸びすぎたって言うのもあるけど、彼女をこうして見下ろす日が来るなんて、これっぽっちも思わなかった。

 

「ジブンもキョーミはあるっす!」

「グリポンくんは、ちょっと無理があるんじゃないかな?」

 

グリポンくんは僕の肩に留まり、「ジブンでもそう思うっす」と返す。

僕が大きくなったせいか、大きなフィギュアのように感じた背丈は、少し小さく感じてしまう。

……っとと。こんなことを話してる場合じゃなかった。

 

「コロンビーヌ。昨日の話の続き、頼めるかな?」

「いいわよん。クルミもアタシたちのコト、充分に分かっただろうし」

 

結局、『精霊』云々については聞けずじまいだった。

昨日は夜も遅かったし、仕方ないけれど。

狂三さんはグリポンくんの説明を、やけにあっさり信じてくれた。

曰く、「『ゾナハ病』も『自動人形』も実際にあるのですから、信じる余地はあるかと」とのことらしい。

流石に別世界云々やら、死者の転生のコトは、少し疑ってたけど。

 

 

 

 

 

 

 

「ま。アタシから語るコトなんて、あんまりないんだケド」

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロンビーヌは言うと、右の掌をこれ見よがしに見せる。

白く、淡い光が彼女の掌を覆い隠し、火が存在しないというのに煙が上がった。

彼女は流れるように立ち上がると、座る狂三さんの手を左手で掴む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、ジブンで話しなさい?

《ナイトメア》サマ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロンビーヌを止めようと立ち上がると、グリポンくんが僕の襟を掴む。

僕の位置からは横顔しか見えないが、コロンビーヌの顔つきは、余裕綽綽というより、何処か無理をしているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………きひひひっ。なァんだ、知ってたんですのねェえ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱしっ、と狂三さんがコロンビーヌの手を振り解く。

コロンビーヌが距離を取ると、それを狙っていたかのように、狂三さんが不気味に笑みを浮かべる。

瞬間。彼女の体を侵食していくように、影が覆い尽くす。

殻が破れるように、その影が晴れると、彼女の容貌は大きく変わっていた。

おさげだった髪が二つ結びとなり、隠れていた瞳が天下に晒される。

 

「『精霊』の保護が目的…って言ったわよね、マサルちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー目の前のヤツは、最も保護が困難でいて、最も処遇に困る精霊よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の瞳は、『時計』が刻まれていた。

まるで瞳の中にそのまま埋め込んだようでいて、普通の瞳のようにも見えるソレが、コロンビーヌ…ではなく。

僕の体を補足する。

 

「才賀さん。アナタ、『世界で最も濃い万能薬を飲んだ』らしいですわね?」

「マサルちゃん。下がりなさい」

 

ちゃきっ、と聞き覚えのある音が響く。

彼女の手には、いつの間にやら二丁の銃が握られていた。

 

「『アナタの命』、頂いてもよろしくて?」

 

彼女の影が、怪しく揺らめく。

物質としての性質など持たないソレが、僕の方へと伸びる。

コロンビーヌが慌てて僕へと駆け寄るも、もう遅い。

その影が僕の足に触れた瞬間。何かが抜け落ちていくような感覚が、体を襲う。

 

「っ……!?何を……!?」

 

脱力感と《生命の水》による回復作用が争う最中、僕は狂三さんに視線を向ける。

よく見ると、彼女の瞳にある、『時計』が勢いよく遡っていくのが見えた。

 

「これだけ容赦なく奪っても、次々再生していくなんてェ……!

アナタは、わたくしにとって『最高のエサ』と言うべき存在ですわァ……!」

 

『寿命を奪う』。

今までとは、毛色が違うタイプの相手だ。

どう言う原理かはさっぱりわからない。

でも、分かることはいくつかある。

自動人形や僕のような特殊ケース以外では、対処のしようがないこと。

普通の人間ならば、動くことも叶わない程の脱力感が全身を襲い、眠りにつくこと。

 

「狂三さん、君は……っ」

 

その時だった。

狂三さんの首に、コロンビーヌの左手が襲い掛かったのは。

 

「かっ……!?」

「ソレ、今すぐやめなさい」

 

コロンビーヌの目つきが鋭くなると共に、彼女の掌の煙が激しくなる。

と同時に、スカートから銀の煙が群がり、宙に浮かぶ杭を作った。

掌の煙が、まるで怒気を体現するかの如く舞い上がる。

 

「アタシの手は『純白の手』って言ってね。

鋼鉄も溶かす本気の抱擁、受けたくは無いでしょォ?」

「……確かに、ソレは嫌ですわ、ねっ!」

 

どぅん。

 

銃声と共に、コロンビーヌの髪の一部がはらはらと宙を舞う。

咄嗟に銃弾を避けた彼女を狙い、狂三さんの弾丸が襲う。

 

「二人とも、やめてくれ!」

「言っても聞かないわよ。コイツ、人間をかなり殺してるもの。

マサルちゃんも、その一人にカウントされちゃうわ」

 

「ま、アタシたちホドってワケでも無いけどね」とコロンビーヌが言うと、銀の杭が狂三さんを襲う。

狂三さんは軽快なステップで、まるで舞でも踊るかのようにソレらを避ける。

銃弾がコロンビーヌに向かって舞い飛ぶ最中、彼女は小さな銀の盾を幾つも作り出し、弾丸を受け止める。

 

「フランシーヌ様製の『アポリオン』は無害だけど、かなりの硬度を誇るの。

粗悪品のアポリオンとは、段違いの性能を持ってるわァ」

「……自動人形に手強い印象は、あまりありませんでしたが…。

コロンビーヌさん、アナタは別格ですわね」

「そりゃどう…もっ!」

 

コロンビーヌが裂帛の気合と共に、銀の盾を槍に変え、手に取る。

槍投げの選手のようにソレを振りかぶった彼女は、狂三さんの足目掛けてそれを放つ。

とても高校生くらいの少女が出せる速度では無い一撃が、狂三さんに迫る。

 

「ちょっと手荒だけど、コレで保護させてもらうわァ。ま、『監禁』って言った方が良いのかもしれないケド」

「それは、困りますわ…ねっ!!」

 

狂三さんは飛んでくる槍をキャッチし、コロンビーヌへと投げ返そうとする。

が。コロンビーヌはその槍を銀の煙に戻し、霧散させた。

 

「それができる工程、見えなかったのォ?」

「……っ、こんなのが、あと三人は居るんですのね」

 

狂三さんの目が、怪しく光る。

コロンビーヌの目が、激しく燃える。

二人の怒気を恐れるように、町中に意味もわからない警報が鳴り響く。

 

「ゲッ……!?マスター、早く逃げるっすよ!アイツらが来るっす!」

「アイツら……?」

 

僕が疑問に思っていると、二人の間に流れる空気が、より一層重くなるのを感じる。

僕が介入すれば死んでしまいそうなほどの気迫が、竜巻のように襲いかかる。

 

「フランス語では、ダンスの誘いはこう言うんでしたわね。

Voulez-vous danser avec moi?」

「丁寧な言い方ねェ。アタシたちの仲だと、堅苦しいだけよん」

 

二人は空気を切り裂くように、互いに距離を詰めようとする。

このままじゃ、いけない。

 

「ちょっ、マスター!?」

 

グリポンくんの制止を振り解く。

袖の下から鍵を、腰から刀を取り出し、ジャコを呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだよ」

 

 

 

 

 

 

びたり。

 

二人が、僕の体に触れる寸前で止まる。

ジャコと刀で二人を牽制し、問いかける。

 

「二人が争う理由は?」

「……そりゃあ、マサルちゃんが殺されかけたからよォ」

「こちらは応戦しただけですわ。

ただ、才賀さんの寿命が取っても取っても減らないものですから、沢山取ろうとは思いましたけど」

 

よかった。話は通じそうだ。

狂三さんの返答に、コロンビーヌが反目で彼女を睨みつける。

 

「それでマサルちゃんが死んだら、セキニン取れるのォ……?

言っとくケド、そうなったら……思いつく限りの方法で徹底的に殺すわ。

さっきみたいな『お遊び』なんかせずに、ね」

「それは怖いですわね」

 

再び、二人の間の空気が重くなる。

コロンビーヌが僕のことをどう思ってるのかは分からないけど、とても大事に思ってくれてるのは分かった。

 

「取り敢えず、二人とも武器を収めて。

まずは話し合いから……」

 

突き放すように二人に距離を取らせ、話し合いの場を取らせる。

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーここに居たんでやがりますか、《ナイトメア》。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声が響くと共に、ジャコのグリムリーパーで飛んできた銃弾を切り裂く。

僕たちがそちらを見ると、中学生ほどの少女が、物騒な装備を担いで狂三さんを睨み付けていた。




ぐぉぉ…。ストックが数える程度しかないぞぉぉ…。
というわけで、これからは本当に投稿が遅れます。
なるべく来月中にはペースを戻すつもりなので、お楽しみに。


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第三十一幕 襲来

今回は短いです。

久々に3DS開けて世界樹やりました。
めっちゃ面白いです。


少女の肩に浮かんでいる物体が、その銃口をナイトメア…つまりは狂三さんに向ける。

僕はジャコと共に彼女の前に立ち、それぞれの得物を手に、睨み合った。

 

「アンタが報告にあった『イガラシ ツクモ』でやがりますか」

 

少女の間違いを訂正する暇もなく、銃弾ではなくレーザーが雨のように降り注ぐ。

ジャコのグリムリーパーに新たに備え付けられたブースターを起動し、皆をその場から移動させる。

レーザーが僕の頬を少し焦がしたが、この程度だったら、すぐに治る。

 

「悪ィですけど、下がってくれねーですか?

其処の『精霊』を処理しますんで」

 

 

 

 

 

 

『処理』。

 

 

 

 

 

 

隠語なのかも知れないけど、その言葉から大体予想がつく。

数え切れないほどの人を殺した『人間ではない生物』を、他の人間はどう見るか。

僕にだって、そのくらいは分かる。

でも。それとコレとは別だ。

 

「嫌だ」

 

狂三さんが誰かを殺していたって、他の人がその罪を理由に、人を弾圧して踏みにじって良い権利なんてない。

僕は左手で刀を構えて、ジャコと並ぶ。

昨日見た九十九の説明文によると、片手でも簡単に操れるように調整したらしい。

……とは言っても、ジャコのことをよく知る僕が使うこと前提の性能だったけど。

 

「……そーでやがりますか。

なら。仕方ねーです」

 

瞬間。彼女の肩に浮いた物体が、僕と皆を乗せたジャコを囲む。

彼女はそのリングの中に降り立つと、映画で見たようなレーザーブレードを構えた。

 

 

 

 

 

 

「『イガラシ ツクモを捕獲しろ』って、本社から言われてるんで。

悪く思わねーでください。キゼツ程度で済ませますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

抑揚のない声を放つと、少女の武装からレーザーが放たれる。

ジャコと同時に飛び上がって回避すると、其処を目掛けて二発目のレーザーが襲う。

 

「コロンビーヌ」

「んもう、マサルちゃんったらァ。アタシが居ること前提で避けたのねェ」

 

そのレーザーは銀の盾によって防がれた。

コロンビーヌは狂三さん相手なら守らなかっただろうけど、僕ならば絶対に守ってくれる。

でも、一発でも貰えばアウトなことに、変わりはない。

続けて襲いかかる少女の斬撃を身を翻して躱し、ジャコのグリムリーパーの柄で腹を殴る。

 

「かっ……!?」

 

彼女は咄嗟に受け身を取ることで衝撃を逃し、続け様にレーザーを放つ。

あの物体さえ片付けられれば良いんだけど、すばしっこくて、中々動きが読みづらい。

パターン化しているのなら、容易に避けることは出来たんだろうけど……。

彼女の操るソレは、まるで生き物のように、不規則な動きをしていた。

 

「ちょこまかとうぜーですよ!」

「くっ……!」

 

飛び交うレーザーを、銀の盾が受け止め、僕とジャコの斬撃が物体を襲う。

が。まるでネズミのようにそれを避けると、再びレーザーを放った。

 

「マサルちゃん。流石にこの量はキッツイわよォ?」

「分かってる!」

 

この速さでは、『バブル・ザ・スカーレット』も当たらない。

閉鎖空間に逃げようにも、相手が作っているフィールドから逃げられるかどうかと問われたなら、否と答える。

 

「そこォ!」

「見浦流流波ノ嵐『夏疾風』!!」

 

ジャコ目掛けて放たれた斬撃をいなし、彼女のレーザーブレードの柄を砕く。

が。どうやら予備があったようで、彼女はもう一つのレーザーブレードを取り出した。

 

「いなした後は、隙だらけ……!」

「ジャコ!」

 

僕の腹にレーザーブレードの柄の柄が当たる直前、ジャコの蹴りが彼女の脇腹を捉える。

やはりと言うべきか、彼女はあっさりとそれを躱し、距離を取る。

その隙を攻撃されないように、レーザーでの牽制も加えて。

それをコロンビーヌが防ぐと、二人はジャコから片手を離す。

 

「マサルちゃん。よかったら変わるわよォ?

手強そォだし」

「才賀さん。庇ってくれるのはありがたいですが、余計なお世話ですわ。

この程度だったら、わたくしでも……」

「大丈夫。二人はジャコから離れないで」

 

二人に任せたら、目の前の彼女がどうなるか分からない。

片や、自動人形の中でも、トップクラスの実力を誇る存在。

片や、その存在を相手に余裕を見せることのできる存在。

彼女たちが本気を出せば、少女は間違いなく死んでしまうだろう。

誰かが人を殺すのなんて、僕はもう見たくないから。

僕がジャコと刀を構え、再び臨戦状態に入ったその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?連絡……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の動きが止まった。

今ならば無力化できるかと思ったが、彼女の周りを守るように、あの物体が覆い隠す。

隙間から見える彼女は、耳に手を当て、驚愕に目を剥いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ?『イガラシ ツクモ』はそこに居ない……?営業してる廃病院……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言うと、彼女は僕の方を見やる。

 

「えぇっと……。

バンダナしてない、人形はカボチャっぽいから違う、刀は……えっ?使ってない?

使ってるのは工具類?……装備を『分解』する……?」

 

……どうやら、僕に関しての誤解だけが解けたようだ。

だからと言って、状況が好転したかどうかで言えば、違うと言えるけど。

話が終わったのか、彼女を守っていた物体が離れていく。

少女は再びレーザーブレードを構え、僕を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

「……勘違いしてたらしーですね。

が。それはそれ、コレはコレ。ナイトメアはきっちり殺し……えっ?

別にいい?……もう、戻れ?」

 

 

 

 

 

 

 

彼女が困惑しながら、耳に手を当てる。

ここからだとよく見える。彼女の耳に、コードのないイヤホンのようなものが詰まっている。

インカムのような機能が搭載されていて、アレで通信しているんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちっ。命拾いしましたね、ナイトメア。次はぜってー殺しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女はそう吐き捨てると、凄まじい勢いで飛び立つ。

残された僕たちは顔を合わせ、首を傾げた。

 

 




相手を殺さないために、過剰戦力二人を抑える主人公です。
なんであれ、人を殺したくないって思うのは、人間みな同じですね。

…九十九がガチの苦戦なら、勝は味方の力をセーブするって方で苦戦してる気がする。


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