ハイスクールD×D Yto (今日から禁煙)
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プロローグ 原作開始前
第0話


初小説 初投稿 等々 初ものだらけの作品投稿です。
お見苦しい点は多々あると思いますが、暖かい目で見守っていただければ幸いです。




3月

 

 

獣の咆哮 水の戯れ 風の行方 火の燻り 太陽の彼方へ

 

15歳の誕生日を迎えた朝。

俺はこの5つの単語を口にして目を覚ました・・・らしい。

自分では全く覚えていないが、朝いつまで経っても姿を現さない息子に業を煮やし、怒鳴り込んで来た母親が言うのだから間違いはないだろう。

 

今にして思えばその瞬間からだ。

この身体に異変が起きたのは。

 

1つは生活のリズムが激変したこと。

元々、規則正しいとまでは言えないが、自分なりに一定の生活リズムを保って生活してきた。就寝時間や起床時間なども大体は一定で起床時に誰かの世話になることはなかった。

しかし、その日を境にそれまで就寝していた時間になっても全く眠気が襲って来ない。夜も更ければ更けるほどに身体は活動的になっていく。そうなれば、当然就寝時間も遅くなり、起床するためには人の手を借りなければならない。

 

2つ目に太陽の光に弱くなったこと。

日中に差す太陽の光を浴びていると、どうにも身体がだるくなり、気まで滅入ってしまう。それが原因であろうか、それまでサマースポーツやウインタースポーツに精を出していたのが嘘のように家に引き篭るようになった。息子の堕落振りに我慢出来なくなった母親に家から叩き出されることも屡々であった。

 

3つ目は五感が異常に鋭敏になったことだ。

その中でも嗅覚と聴覚。そして視覚が群を抜いていた。元来、そのどれもが可もなく不可もなくと言う感じであったが、それが今ではどうだ。

嗅覚は意識すれば数キロ先の自宅の今日の夕食の献立が解るまでに発達。

聴覚もまた数キロ離れた先で1円玉が落ちた音さえも聞き取れるようになった。

視覚に関してもまた同様に数キロ離れた先に飛んでいる蝿さえも認識出来る程であった。

それに伴い、動体視力も大きく向上したようで自宅近くのバッティングセンターで試してみると、店舗の最高時速のゲージでホームランを量産し、自分のゲージに人の群れが出来上がってしまった。周囲の喧騒を他所に別のことに驚いている自分がいた。

140キロ以上で向かってくる野球ボールの縫い目どころではなくそこに書かれた小さな小さな文字までもがハッキリと認識できてしまうのだ。

 

異常発達は五感だけには留まらず、更には腕力や脚力等といった肉体的な部分にも影響が及び、もはや発達ではなく進化を遂げたと言っても過言ではなかった。

 

自分の身体にこれだけ奇妙なことが起これば流石に心配になる。

両親にこれまで身体に起こった異常を相談すると、2人も息子の変化に気が付いていた様子で街で最も大きな総合病院で検査を受けることとなった。

結果は異常なし。

 

血液も脳も内臓も何一つ。

 

病院から自宅に戻る車内では両親の安堵した声が印象的であったが、後部座席の窓から外を眺めていた自分にはその景色が止まって見えていた。

 

自宅に着くと母親から適齢による成長期と加齢による老化という相反する2つの診断を下され、父親もそれに流石と言わんばかりに何度も頷き、母親に拍手を送っていた。

 

15歳にして加齢に老化とは正気かと思いつつも愛する息子が何事もなかったことを喜び、はしゃぐ両親に何も言わずに自室へ戻った。




初投稿でした。
見切り発車のためストックもまだないです。
設定もかなり無理があるような気がします。
更新頻度はだいぶ遅くなると思いますが、原作9巻くらいまでは書きたいなと思ってます。
タグは随時追加していきたいと思います。


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第0.5話

一人称とか二人称とか三人称とかよくわかりません。
そういうレベルの筆者です。


4月

 

沿道の桜並木に美しい桃色の花弁が咲き誇るこの季節。

 

毎年、多くの者たちが新たな門出に多くの希望と少しばかりの不安を胸にこの道の先にある新たな学舎を目指して歩みを進める。

 

私立駒王学園

 

幼小中高大一貫の進学校で現在は共学ではあるが、数年前まで女子校だったこともあり、男子生徒よりも女子生徒の割合が多い。

年々、男子生徒の数は増加傾向にあるものの2学年、3学年の男女の比率は1:9。

自分たち新入生でも、2:8とその多くが女子生徒である。

 

そうなると当然、学園での発言力は女子生徒の方が圧倒的に強く、学園生徒で構成される最高機関、生徒会も女子生徒の方が多くが在籍し、学園生徒の代表である生徒会長も女性である。

 

実際、周囲を見渡しても男子生徒の数は疎らである。

 

そんな周囲の様子を気にも掛けず、学園を目指して颯爽と歩く生徒が居た。

 

その生徒の制服には綺麗な折り目がきっちり着いており、真新しさが窺えることからも新入生の1人であろう。

 

それまで頭上に咲き誇る桜を眺めながら、友人同士で新たな学園生活に胸を踊らせ、話に華を咲かせていた生徒たちが一斉にその生徒に目を奪われる。

 

「すげぇ」

 

「可愛い」

 

自分たちの眼前を優雅に通り抜けるその生徒は、端正な顔立ちにストロベリーブロンドよりもさらに鮮やかな紅の髪を腰まで携え、目を会わせれば吸い込まれてしまいそうな蒼玉の瞳を持ち合わせる。鼻筋はスッと伸びており、唇は薄すぎずかといって厚くもない朱色。極めつけはモデル顔向けの高身長。それだけでも十分、他者から羨望の眼差しを向けられると言うのに、その生徒を語るにはまだ言葉が足らない。

 

その生徒の最大の魅力とも言えるのは、その四肢である。

 

肩口からすらりと伸びる細く長い腕。その指は爪の先まで綺麗に整えられている。

 

華奢な肩幅からは想像も出来ないほどの豊満な胸部は身に付けている制服を押し上げる。その大きさも然ることながら美しい形を保っており、常人がどれだけ努力を重ねたところで手に入れられる代物ではないだろ。

 

その下に目線を移せば、そこには細く引き締まったウエストが目に入る。どうやったらそんな凹凸が出来上がるのだろうか、同性ならばご教授願いたいところだろう。

 

そんな彼女の目を惹くのは、なにも上半身だけではない。

 

胸部と同様に歩みを進める度にフリフリとスカートの中で揺れる臀部。形が良く、適度に引き締まっており、質感は絶妙な軟度を保っていることがスカートの上からでもみてとれる。

 

その臀部から伸びる脚部もまた見る者を魅了するもので、スカートの裾から見え隠れするむちむちとした太腿は白磁のように透き通っており、美しく気品漂う胡蝶蘭のようであった。

 

その風貌は最早、美の女神さえも嫉妬し、劣情を掻き立てられるに違いないだろう。

 

そんな彼女リアス・グレモリーは現在、非常に憂鬱である。

 

理由はこの後に行われる入学式にある。

本来なら他の生徒と同様に新たな学園生活に胸踊らせるところだろう。

 

否、彼女とて新たな生活を楽しみに今日のこの日を迎えたのであるが、前日、彼女の実家より連絡があり、入学式に父親と兄が参列するという報せが届いたのである。本来であれば、家族に自分の晴れ姿を見てもらうことは誇らしいことではあるが、彼女の場合は他所の家庭とは些か事情が違う。

 

(お父様だけならわかるけど、お兄様まで来るなんて・・・グレイフィアね)

 

そこには居ない人物を思い浮かべながら、小さく息を吐く。

 

「ため息を吐くと、幸せが逃げてしまいますわよ」

 

リアスが入学式のことを思案していると、前方より艶のある声で話し掛けられる。

 

リアスは声の聞こえた方に目を向けると、笑顔を見せてその人物に駆け寄る。

 

「あら、朱乃。早かったわね。待たせたかしら?」

 

リアスから朱乃と呼ばれた彼女も笑顔でリアスを迎える。

 

リアスと朱乃。

この2人が一緒に居ることで周囲の人々の視線をさらに集めることになる。

 

と言うのも彼女もリアスに負けず劣らずの容姿とプロポーションを兼ね備えた女性であり、彼女もまた絶世の美女とも呼べる存在であった。

 

紅の髪のリアスに対して、朱乃は大和撫子を彷彿とさせる黒髪で1本にした髪をリボンで纏めた所謂ポニーテールと呼ばれる髪型をしている。

また、胸部もリアスと同等か、それ以上のサイズで周囲の者たちを魅了していたのだ。

 

そんな美女2人が共に居れば周りが勝手に盛り上がるのは自然なことで、2人も別段気に留めることなく目的の場所へと歩を進める。

 

「新しい生活が始まると言うのにため息だなんて、一体どうしたのですか?」

 

先程のリアスの様子が気に掛かり、その理由を伺う。

 

「入学式のことでちょっとね」

 

リアスは少し呆れた顔で簡潔に理由を答える。

 

「入学式?・・・あぁ、なるほど」

 

フフッと口にして手を添え、思い出したように笑みを浮かべる。

 

どうしてこれだけのやり取りで意思の疎通が出来るのか。

 

2人は幼少期よりの親友で以来リアスと朱乃は常に行動を共にしてきたのだ。

そのため、朱乃はリアスの最大の理解者であり、リアスもまた朱乃に全幅の信頼を寄せていた。

 

「お父様だけじゃなくて、お兄様まで来るなんて。どうしたら良いのよ」

 

頭部を左右に振り、額に手を当てて考え込んでしまうリアス。

 

「しかし、今日は式に参列したらすぐお帰りになられると仰っていたではありませんか?」

 

悩むリアスに優しく声を掛ける朱乃。どうやら朱乃もリアスの父親と兄とは顔見知りのようだ。

 

「そうだけど・・・。それだけで済むかしら?特にお兄様は」

 

リアスが心配しているのは父親ではなく兄のようだ。

朱乃もリアスの兄の性格を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

学園に着くと、校舎の入り口付近に生徒の所属するクラスが貼り出されていた。

 

リアスと朱乃は自分たちのクラスを確認すると、校舎の中に入って行く。

 

2人は同じクラスだったようで、美女2人が同時に入って来た教室は大騒ぎになる。

 

数少ない男子生徒は涙を流しながら拳を握り締め、クラスの大多数を占める女子生徒までもが奇声を上げる始末。

 

2人は一瞬にして女子生徒に囲まれ、質問攻めに合う。

 

その光景は担任教師が教室に来るまで続いた。

 

 

担任教師から式の流れや注意点など一通り説明を受けると、入学式の開始を告げる校内放送が教室に鳴り響く。体育館に移動するよう指示が出され、生徒が一斉に移動を開始する。

 

だが、リアスには1つ気になることがあった。

 

(隣の席が空いてるわね。入学式なのに遅刻かしら)

 

もうすぐ入学式が始まる時刻になっても現れない。

普段であれば、別段、気にも止めないのだが、その時は妙に空いている隣の席が気になった。

 

「どうかしましたかリアス?」

 

移動しないリアスが気になった朱乃が声を掛ける。

 

「なんでもないわ。行きましょう朱乃」

 

体育館にて入学式が始まると、式は何事もなく粛々と進んでいった。

 

心配していた兄も入場時に立ち上がり名前を叫ばれただけで、式が始まるとビデオカメラを片手に撮影に夢中になっていた。

 

ここで新入生代表の挨拶となり、答辞を述べる者の名前が告げられる。

 

(ようやくソーナの出番ね)

 

ソーナと言うのは、リアスのもう1人の親友であり、付き合いだけで言えば朱乃よりも長く、家族ぐるみの付き合いである。式にはソーナの姉も参列しており、リアスの兄同様に入場時にソーナの名前を叫び、その後はビデオカメラを片手に撮影に夢中になっていた。

 

「新入生代表 菅原 ユウ 」

 

進行役の教頭より新入生代表の名が告げられる。

 

「えー!ソーナちゃんじゃないのー!」

 

保護者席の方から立ち上がり、叫ぶ声が体育館中に響き渡る。

 

ソーナの姉のようだ。

 

周りから笑い声が上がる。

 

リアスもまた新入生代表はソーナだとばかり思っていたため、聞き覚えのない人物の名前が呼ばれたことに驚いていた。

 

しかし、名前が告げられた人物は一向に登壇する様子がない。

 

「えーと、菅原 ユウ君登壇して下さい」

 

再度、教頭が代表生徒の名前を告げるも反応なし。

次第に生徒だけではなく保護者席もざわめき始める。

 

「菅原 ユウ君居ませんか?」

 

再三の呼び掛けにも反応がなく、教員たちの間で何らかの協議が行われ、結果を発表しようと教頭がマイクのスイッチを入れたその時。

 

「はい!」

 

ガラガラという扉が開く音ともにその生徒は体育館に入って来た。

 

「菅原ユウです。遅れてすみませんでした!」

 

入ってくると同時に大きな身体を九の字に折り曲げ、頭を下げ、謝罪する男子生徒。

 

「えっと、菅原ユウ君ですね?登壇して新入生代表の挨拶をお願いします」

 

男子生徒が「はい」と返事し、顔を上げようとした。

 

その時・・・

 

[ドカッ]という効果音とともに男子生徒は吹っ飛んだ。

 

「入学式の時間を間違えるとは何事だー!」

 

男子生徒を蹴り飛ばしたであろう女性が鬼の形相で怒鳴り付けた。

 

おそらく男子生徒の母親であろう。蹴り飛ばした息子には目もくれず、周囲の保護者や教員に頭を下げて回っていた。

 

その横顔は非常に整っており、美しいと評判の自分の母親と比べても遜色なかった。

 

一瞬、その女性と視線が交わった気がしたのは気のせいだろうか。

 

そうしているうちに蹴り飛ばされた男子生徒は登壇し、新入生代表の挨拶が行われ、母親の方も保護者席に座っていた。

 

その後、式はつつがなく終了したが、生徒退場時にリアスとソーナが顔を真っ赤にして体育館を出ていくことになる。

 

「うぉ、家の母ちゃんと同じような人が2人いる」

 

入場時の2人を見ていない彼はリアスの兄とソーナの姉に驚き、顔を真っ赤にした2人に勝手に親近感を感じたのだった。

 

式の終了後、母親と2人で職員室へ行き、式のことを改めて謝罪するも母親に首を掴まれ、無理矢理頭を下げさせられたせいで数日間、首の痛みに悩まされることになった。

あの時、教頭と担任教師が間に入ってくれなかったらと思うと、ゾッとする。

 

身体が頑丈になっても痛いものは痛いのだ。

 

担任教師と一緒に自分のクラスへ向かい、教室に入ると、何人かの生徒に指を差されて笑われることなった。

 

自分の席を指示され、そこに行くと、先程顔を真っ赤にして体育館を出た女子生徒が隣に座っていた。

 

赤よりも更に紅い。真紅の髪を携えた彼女が。

「お久しぶりですね。ソフィアさん」

 

学園の屋上にて一組の男女が会話を交わしていた。

 

1人は真紅の髪を肩口まで伸ばし、物腰の柔らかそうな口調で話す男。一見すれば、なよなよとした優男ようにも思えるが、その男が時折醸し出す空気は、おおよそ普通の人間のものとは思えない雰囲気を纏っていた。

 

「その名はずいぶん前に捨てたよ」

 

1人は栗毛にウェーブのかかった髪を短く切り揃えた端正な顔立ちの女性である。

 

「ユウ君もずいぶんと立派になられましたね」

 

転落防止用のフェンスに手を掛け、校庭に目を向けながら後方に居る女性に話し掛ける。

 

「色々と苦労があるけどね。あの紅い髪の子はあの時の子かい?」

 

女は男の横に並び、フェンスに背中を預ける。

 

「はい」

 

男は短く答える。

 

「そうかい。あんなに大きくなったんだね」

 

女は懐かしむよう空を見上げながら呟く。

 

「父も母も、もちろん私もあの日を忘れたことはありません。ソフィアさんにはどれだけ感謝してもしきれません」

 

男は真剣な眼差しで女を見つめる。

 

「やめなよ。ジオティクスにもヴェネラナにも、もちろんあんたにだって詫びてもらう筋合いはないよ」

 

何かを思い出しているように目を瞑りながら女は答える。

 

「あなたはそれで良くても私たち家族はそういう訳にはいきません」

 

男と男の家族は女に大きな恩があるようで、何とかしてその恩を返したいと感じているようだ。

 

「頭の固さは昔から変わらないねサーゼクス」

 

サーゼクスと呼ばれた男は何かを言い掛けるも女によって遮られる。

 

「あの子の力が目覚めようとしている」

 

女は腕を組み目を伏せながら、けれどしっかりとした口調で話す。

 

「あなたの息子さんならもしやとは思っていましたが、やはり受け継いでおられましたか」

 

サーゼクスの言葉に女は黙って首を横に振る。

 

「私のじゃない」

 

女の返答にサーゼクスは意味がわからなくなる。

 

「あなたのではない?では、一体?」

 

女は腕を組み替え、サーゼクスに向き直る。

 

「わからない。だから、あんたに頼みたい。もしこの先、息子に万が一のことが起こった場合、どうか息子のことをよろしくお願いします」

 

女はサーゼクスに対して深々と頭を下げ、話を続ける。

 

「出来れば私が守ってあげたかった。でも、もう私にはそんな力はない。後生ですサーゼクス。どうか私に代わってあの子を見守ってあげてください」

 

サーゼクスに縋り付き、女は悲痛な胸の内を告げる。

 

「わかりました。15年前にあなたから受けた恩は、あなたの息子であるユウ君に必ずお返しいたします」

 

サーゼクスのその言葉に女は何度も頷き、涙を流した。




0.5話を更新しました。
意外と早く更新できたことに驚いてます。
前書きにも書きましたが、もはやどの人称で書いているかわかりません。
とにかく、プロローグはこれで終了です。
次回からは原作に入っていきたいと思います。
1巻の途中からですかね。
わたしはハイスクールD×Dの魅力はストーリー以上に女性陣だと思ってるのでその辺を中心に書いていけたらいいと思ってます。
次はいつとは言えませんが、基本的には原作遵守なので原作にうまいことオリ主をはめ込んでいけたらいいと思ってます。


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旧校舎のディアボロス
第1話


目的の人物をまで辿り着けなかった。

第1話です。


月の淡わく優しい光が地上を照らす頃、駒王の町は多くの人々で賑う。

 

仕事終わりで家路に着く者、同僚と酒を酌み交わし盛り上がる者、家族と一緒に買い物や食事を楽しむ者、恋人同士でデートする者など、その様相は様々である。

 

建ち並ぶ店舗の煌々とした光に誘われ、1人また1人と店内を訪れていく。

 

その人の波は、まだ当分途切れそうにない。

 

レストラン グランデ

 

多くの店舗が軒を連ねる一角にその店は存在する。本格的なイタリア料理が低価格で楽しめるとあって、連日多くの客で賑わっている。

 

「6番テーブル行けるよ!」

 

店の厨房は毎日この時間帯になると、宛ら戦場と化す。

 

「なんでまだ2番の料理があるんだよ!早くサーブしろ!」

 

フライパンがコンロにぶつかる音、肉や魚を調理する音や使用済みの調理器具や食器を洗う音など様々だが、その中で一際大きく響くのは、料理長と思われる男性の怒号であった。

 

「3番前菜行けるよ~」

 

そんな鬼気迫る厨房に少し間の抜けた男の声が響き渡る。

 

「こらっ!ユウ!そいつは3番じゃなくて5番だろうが!」

 

厨房全体に目を光らせていた料理長から透かさずチェックが入る。

 

「しかし料理長!5番はヤロー共ですが、3番は綺麗なお姉様方です。オーダーが同じならば先に綺麗なお姉様方に料理を楽しんでいただくのが普通ではないでしょうか?」

 

彼は次の料理の準備を進めながら、真顔でサービス業に従事する者として有るまじき発言をする。

 

「バカヤロー!何度同じこと言えばわかるんだ!」

 

[ゴンッ]という鈍い音とともに、料理長の今日1番の怒号が厨房内に木霊する。

 

「ぎゃぅ!」

 

料理長渾身の拳骨が頭部に炸裂する。彼はどこから出したのかわからない悲鳴を上げ、頭部を押さえしゃがみこむ。

 

「全くお前は!そもそもお前ずっと厨房に居てホールに出てねぇだろ。毎回思うが、なんでいつもどの客がどのテーブルに着いたかわかんだよ?」

 

料理長の疑問に厨房にいるスタッフたちが一斉に頷く。

 

「それは・・・愛ですかね」

 

彼は立ち上がり少し考えると、厨房内を見渡し、料理長に対して真剣な表情で答えた。

 

「ハァ。真面目に聞いた俺がバカだったよ」

 

料理長は盛大にため息を吐き、額に手を添えて首を左右に振る。その様子に厨房スタッフたちは苦笑いを浮かべる。

 

「ため息を吐くと幸せが逃げますよ、料理長」

 

彼の余計な一言で、再び料理長の怒号が店舗内に響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

「おっ!厨房ではまたやってるね」

 

料理長の怒号が響き渡ることは常連客の間では名物となっており、店内は笑いに包まれた。

 

その後もホールには客足が途絶えることなく、閉店時間を迎えるまで店内は客の笑顔で満たされていた。

 

「お先でーす」

 

店内の清掃を終え、家路に着くため着替えを済ませて、スタッフに挨拶する。現在、彼が身に付けているのは駒王学園の制服である。

 

「おう、明日もよろしくな」

 

帰り際に料理長から声を掛けられ、彼は会釈をして店を後にし、家路に着く。

 

 

 

家に帰るまでの道中、咲き誇る桜を眺めながら彼は考えていた。

 

自分の身体に妙な力が宿ってから、約2年の歳月が流れた。

 

五感の異常発達、肉体の急激な成長。そのどれもが常人の範疇を越えるものであった。

 

15歳の誕生日を迎えたあの日の朝。その瞬間、彼の生活は一変した。

 

五感は信じられないほど鋭敏になり、肉体には驚くほどの力が宿った。

 

さすがにおかしいと病院で検査を受けるも異常は見当たらず、それどころか健康優良児というありがたい診断を下された。

 

それでも彼の身に何かが起こっていることは確かであった。

 

最も悩まされたのは聴覚であった。

 

耳が聴こえ過ぎたのだ。

 

そのため、自分の聞かなくていいこと、聞きたくないことまでも耳に届いてしまい、彼は精神崩壊を起こし掛けた。

 

このままではまずいと考えた両親が、すぐさま駒王町近くに居を構えていたアジュカという人物のもとを訪れ、息子の症状を説明し、その日から治療を受けることになった。

 

治療の甲斐あってか、精神の方は半月足らずで落ち着きを取り戻し、普段の生活に戻れるようにはなったのだが、そこからは治療と称してよく分からないことばかりさせられた。

 

目隠しをして暴れ狂う猛獣に追い掛け回されたり、鼻栓をさせられ、世界一臭い食べ物と呼ばれるシュール・ストレミングを口の中に大量に放り込まれたりと、もはや治療ではなく人体実験に近いようなことを散々させられた。

 

そんな生活が1年続き、アジュカ先生からもう教えることはなにもないと言われてしまった。

 

治療をしていたのではないのかと問いただすと、「考えるな」と一言で片付けられてしまった。

 

その治療の成果なのかどうかは定かではないが、俺は五感と肉体をコントロール出来るようになっていた。

 

鋭敏になり過ぎた五感は元に戻り、力の加減ができなくなっていた肉体は普段の生活でも不自由がなくなった。

 

ただ、完全に元に戻ったのではなく、無意識下では存在し、必要な時にそれを引き出せるようになっているとアジュカ先生は言っていた。

 

試しに聴覚に意識を集中すると、そこに居ないはずの様々な者の声が鼓膜を通して頭の中に入って来た。

 

俺は驚き、すぐに意識を別のところへ移すと、その声は途端に聞こえなくなった。

 

俺のその様子を見ていたアジュカ先生が小さく頷いた。

 

こうして俺は正常な生活を取り戻し、それ以来アジュカ先生のもとに通うことはなくなった。

 

こうして俺は普段の生活に戻っていった。

 

「あんた、ぶつぶつとなに言ってんの?」

 

気がつくと、家に着いていたようで玄関の前に居た母親に妙な視線を送られた。

 

家に帰ると、すぐにシャワーを浴びて、1日の疲れと汚れを落とすのが習慣である。

 

「にゃ~」

 

すると、我が家の愛猫である黒猫の黒歌が姿を表した。

 

この黒歌は俺がアジュカ先生の所に入院し、治療を受けている時、両親が仕事で京都を訪れた際に拾ってきた猫で、最初は母親にしか気を許さず、俺に気を許すまで随分時間が掛かったが、今では帰宅し風呂に入っていると、必ず後を追い掛けてくるほど懐いてくれている。

 

因みに黒歌という名前は母親が決めたらしい。

 

どうやら父親には未だに懐いてはいないようだ。

 

「父ちゃんは?」

 

入浴を終え、黒歌を抱えながらリビングに入ると、姿の見えない父親の行方を尋ねる。

 

「仕事で京都だって。あんたが帰ってくるちょっと前に出ていったよ」

 

ソファーに腰を下ろし、ワイングラスを傾けるその姿は母親と言えど、美しいと思ってしまう。

 

「じっと、こっち見てどうしたんだい?まさかと思うけど、母親にあらぬ感情を抱いたんじゃないだろうね?」

 

ワインで酔いが廻っているのか、ニヤニヤとしながら息子を揶揄う。

 

「あらぬ感情は抱かないけど、綺麗だとは思うよ」

 

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら、然り気無く質問に答える。

 

「そういうお世辞も言えるようになったんだね。母ちゃんは嬉しいよ」

 

目尻を指で拭い、泣き真似をしながら笑っている。

 

「別にお世[痛っ]」

 

俺が話を続けようとすると、腕の中に居た黒歌に指を噛まれ、腕から飛び出していった。

 

「おうおう、良かったな~ユウ。黒歌がやきもち妬いてくれてるぞ~」

 

近付いてきた黒歌を抱き抱えると、頬擦りをし、お腹を撫で回している。

 

「ハイハイ、もう寝るから。行くよ黒歌」

 

そう言うと、母親のおもちゃになっていた黒歌は目を見開き、耳を立て、尻尾をフリフリと揺らしながら俺の後を付いてくる。

 

黒歌が俺に懐いてくれるようになってから、殆んど寝る時は一緒である。というか、寝ていると必ずベッドに潜り込んでくるのだ。なので、今では黒歌を伴って自室に行くことが習慣になっている。

 

「黒歌相手に発情するんじゃないよ」

 

手をヒラヒラと振りながら、グラスに残っていたワインを喉へと流し込む。

 

「バカ言ってないで母ちゃんも早く寝なよ」

 

自室に戻り、明日の準備をし、ベットに入る。

 

バイトを始めてから、家にいる時間が極端に減った。朝、学校へ行き、授業を受けて、学校が終わるとそのままバイト先に直行する。店が閉まるのが22:00のため、そこから店の清掃など雑務をこなすと家に帰るのは早くても23:00。そうなれば家にいる間に出来ることなど限られてくる。

 

この生活がもう1年になる。

 

事の発端は父親の一言である。

 

「学生のうちから社会に出ていた方が将来のためになる」

 

父親曰く、菅原家の家訓らしい。

 

それを聞いた母親が次の日には今のバイトを探してきた。俺は言われるがままにその日から働き始めた。

 

初めは気乗りしなかったが、やってみると中々面白かった。最初は皿洗いなどの雑用だけだったが、初めてのスタッフの賄いを任された時、発達した味覚と嗅覚を活かして料理を作り、提供すると、皆から絶賛され、野菜係に昇格、そこで包丁の使い方をみっちり仕込まれ、たった1年で前菜担当という異例の出世を遂げるまでになった。

 

父親の言った通り、社会に出ていて良かったと思うし、母親が探してきてくれたのが今の店で良かった。2人には本当に感謝している。自分の身体のことでたくさん心配を掛けた。だから、早く社会に出て一人前になり、たくさん親孝行したいと考えている。

 

夢も出来た。

 

もっと料理の腕を磨き、自分の店を持つこと。小さな店でいい、その店に父親と母親を招待して自分が作った料理を振る舞う。

 

ささやかだが、それがおれの夢だ。

 

「にゃ~」

 

あっ、もちろん黒歌もね。

ふと、目を覚ます。

 

時計を確認すると、いつも起きる時間だ。

 

いつの間にか眠っていたようだ。

 

隣にはいつも通り黒歌がまだ眠っている。

 

頭を撫でてあげると、目を覚ましたのか、可愛らしい鳴き声が聞こえる。

 

俺と同じように身体を伸ばし、用意してある制服のもとにとことこと歩いて行く。

 

毎朝見られる光景に俺は自然と笑みが零れる。

 

制服に着替え、いつもと同じように黒歌を抱えリビングに入る。

 

「おはよう、起きてきたね。黒歌もおはよう」

 

俺は母親に挨拶を返すと黒歌をソファーに降ろして、身支度を整えるため洗面台へ向かう。

 

リビングでは黒歌の鳴き声が響いている。いつも通り、母親に朝食でも要求しているのだろう。

 

身支度を整えリビングに戻ると、テーブルに朝食が用意されていた。黒歌もミルクを貰い、ご機嫌な様子。

 

席に付き朝食を摂り始めると、黒歌もミルクを舐め始める。本当に頭のいい猫だと感心する。

 

「今日もバイトかい?」

 

昼食の弁当をテーブルに置きながら、今日の予定を聞いてくる。

 

「うん」

 

味噌汁を啜りながら簡単に返事を返す。

 

「楽しいかい?バイト」

 

黙々、箸を進める息子に自然と笑みが零れる。

 

「うん。どうしたの急に?」

 

新聞を片手にコーヒーを飲む姿はいつものことだが、あまりそういうことを普段、母親に聞かれることがないので疑問に思う。

 

「いやなに。相変わらず朝はダメみたいだからさ」

 

フフッと笑いながら、洗面台で整えたはずの寝癖を直される。

 

「楽しいよ。ご馳走様」

 

食器を片付け、洗面台に行き歯を磨く。

 

リビングに戻り、鞄を持ち、黒歌を一撫ですると、準備完了。

 

「じゃ、行ってきます」

 

そう言って玄関を開け出て行く息子の後ろ姿はいつも通りだが、妙な胸騒ぎがする。

 

「無事に帰って来なよ」

 

届くことのないその言の葉は言霊となり、そこに漂い続ける。

 

 

 

家を出てしばらく歩くと、登校する生徒がポツポツと出てくる。すでに始業時間が迫っており、このまま行けば遅刻であろう。

 

しかし、彼は急ぐことはない。彼にとってはいつも通りなのだ。母親が言っていた通り、やはり朝はダメらしい。

 

彼が校門を通り過ぎると同時に、始業のチャイムが校内に鳴り響く。

 

それでも急ぐことのない彼は廊下で担任教師と鉢合わせになり、軽く会釈し、同時に教室に入る。

 

これが彼の登校の一連の流れである。

 

席に付くと、隣の席の紅の髪の女子生徒にクスクスと笑われてしまう。

 

朝のホームルームが終わると、その女子生徒の姿はなく、代わりにクラスの女子生徒たちが一斉に俺の所へやって来てあっという間に囲まれる。

 

いつもなら眠そうにしている俺には誰も近づいて来ないというのに、今日はどうしたことだろう。

 

「どうなってるの菅原君!」

 

凄い剣幕で話し掛けてくる1人の女子生徒、すると周りを囲っていた女子たちも一斉に話し始める。

 

「えっと、何かあった?」

 

なんのことやら皆目検討も付かない俺は、女子生徒に聞き返してみる。

 

「リアス様よ!」

 

女子生徒たちが聞きたいのは、同じクラスで隣の席のリアス・グレモリーに関することのようだ。

 

「グレさんがどうかしたの?」

 

彼とリアス・グレモリーが初めての出会ったのは入学式当日の帰りのホームルームであった。

 

双方、入学式の出来事でお互いの存在だけは認識していたものの話をするのはもちろん、顔を合わせるのも当然初めてである。

 

「ここあなたの席だったのね菅原ユウ君」

 

突然、初めて顔を合わせる人物に名前を呼ばれたことにも驚いたが、自分の目の前に居るのは絶世の美女とも言われるリアスであれば、男なら誰でも動揺し、混乱するのが普通だろう。だか、この男は予想の斜め上を行く。

 

「えっと、ハロー?」

 

リアスがクラスで初めて朱乃以外の生徒に声を掛けた。

 

周囲の生徒はそれだけでも興味津々だというのに、男の返答に周囲の生徒は驚愕する。

 

「なにそれ?私、日本語で話し掛けたのよ」

 

フフッと口元を押さえながら、笑顔を見せるリアス。

 

一見すれば、クールで近寄りがたい雰囲気を纏うリアスだが、この時見せた彼女の可愛らしい笑顔は15歳という年相応のものであった。

 

「君は入学式で退場する時、大声で名前を叫ばれてた」

 

リアスにとってあまり思い出したくない出来事を平気で口にする男。

 

「そ、それは忘れてちょうだい!あなただって入学式に遅刻した上に体育館に入ってくるなり、いきなり蹴り飛ばされてたじゃない」

 

入学式でのお互いの痴態をいきなり大声で言い合う2人に周囲も驚きを隠せない。

 

「そうなんだよ。家の母ちゃん普段は優しいんだけど、1度火が付くと周りが見えなくなって大変なんだよ」

 

職員室で無理矢理下げられ、痛む首を押さえながら、母親の愚痴を初対面の相手にいきなり相談し始める男。

 

「あなたの家もそうなのね。家はね兄がそうなの。普段はとてもいい兄なのよ。でも、スイッチが入っちゃうと止まらなくなってしまうの」

 

リアスもまた兄に対する愚痴を口にする。

 

お互い初めて顔を合わせたというのに、お互い同じような境遇だったようで意気投合する。

 

その結果に周囲も驚きを隠せずにいたが、近寄りがたいと思っていた2人が急に近くに感じ、2人はその後クラスの人気者になる。

 

「改めて菅原ユウです。よろしく」

 

ユウが初めて自分の名を口にして、彼女の前に手を差し出す。

 

「リアス・グレモリーよ。よろしくね、菅原ユウ君」

 

差し出された手を握り返し、2人は握手を交わす。

 

その様子に周囲も大盛り上がり、初日にしてクラスが1つになった瞬間であった。

 

「あらあら、なにやら楽しそうですわね」

 

2人が握手を交わしていると、黒髪でポニーテールの女子生徒が声を掛けてくる。

 

「朱乃。菅原ユウ君よ。彼とは仲良くなれそうだわ」

 

リアスから朱乃と呼ばれた女子生徒に視線を移すと、こちらも滅多なことではお目にかかる事が出来ない美女で、リアスと比べても遜色なかった。

 

「姫島朱乃と申します。リアスとは親友の間柄ですわ」

 

そう言うと朱乃も手を差し出してきた。

 

「菅原ユウです。入学式ではお見苦しいところお見せしてすみませんでした」

 

朱乃の手を握り返し、入学式での痴態を詫びる。

 

「ウフフ、なかなか面白い趣向でしたわ」

 

3人それぞれの自己紹介を終えると、周囲には自分もとどんどん人が増えて行き、ホームルームの前に全員の自己紹介が終わってしまった。

 

「お前らホームルームは」

 

担任教師の呟きが虚しく教室に木霊する。

 

それからというもの3人で一緒に居る時間が多くなり、体育祭や文化祭、修学旅行などでも共に行動するようになっていた。

 

ユウはリアスをグレさんと呼び、朱乃のことは姫ちゃんと呼ぶようになった。

 

リアスは最初こそ拒否反応を見せたが、ユウの「可愛いのに」の一言により遂に陥落。顔を真っ赤にしながら俯くリアスの姿に、ユウと朱乃は互いに顔を見合わせ笑った。

 

次第に学園生徒の間で2人の絶世の美女を手に入れた者として、ユウは【学園の皇帝】の異名を授けられることになる。

 

リアスと朱乃もまた【学園の二大お姉様】として学園生徒の注目の的となっていった。

 

 

 

「それでグレさんがどうかしたの?」

 

周囲を囲って居る女子生徒たちに、さも興味無さげに問い掛ける。

 

「リアス様ったら今朝、あの変態3人組の1人と一緒に登校してきたのよ。菅原君なにか聞いてない!」

 

変態3人組。2年生の中にそう呼ばれる3人組が居ることは彼の耳にも届いていた。

 

周囲の迷惑を考えず、堂々と卑猥なDVDや本を広げたり、女子更衣室を何度も覗きに入ったりなどなどその3人組の悪行は挙げればキリがない。

 

ユウのところにも3人組をなんとか出来ないかと、1日何件もの苦情が寄せられている。

 

その都度、ユウは女子生徒たちに助言を送り、何度も3人組から女子生徒たちへの被害を防いできた。

 

「私がどうかしたかしら?」

 

ユウが頭を捻り、考え込んでいると後ろから声が掛けられる。

 

「リ、リアス様!今朝、あの変態3人組の1人と一緒に登校してきたと言うのは本当ですか!?」

 

女子生徒の1人がリアスに詰め寄る。

 

「そのこと。えぇ、本当よ」

 

リアスのその一言にクラス中が絶叫する。

 

「リアス様が汚された!」

 

「兵藤一誠許すまじ!」

 

などなど物騒な言葉が辺りに飛び交う。

 

「ふーん。グレさん今日、そいつと一緒に学校来たんだ」

 

席に着いたリアスに頭を机に付けたまま、顔をリアスの方に向け話しかける。

 

「そうよ。あなたがそういうことに興味を示すなんて珍しいわね。もしかして、嫉妬してくれたかしら」

 

彼を挑発するように妖艶な笑みを浮かべながら、リアスはユウに問い掛ける。

 

「うん、した」

 

ユウのストレートな物言いにリアスは驚き、顔を真っ赤にし、口をパクパクさせる。

 

「学園の男の中でグレさんと一番仲良しなのは自分だと思ってたから」

 

すでに精神の限界を迎えているリアスにユウは更なる追い討ちを掛ける。

 

 

菅原ユウは知っていた。

 

ときに妖艶な顔を見せ、人を挑発するような発言をすることを。

 

菅原ユウは知っていた。

 

ときにプライドが高く、傲慢な態度を見せる事があることを。

 

菅原ユウは知っていた。

 

ときに冷徹で周囲を寄せ付けない雰囲気を纏うこと。

 

菅原ユウは知っている。

 

とても純情で可愛らしい夢見る乙女であることを。

 

菅原ユウは知っている。

 

自分に自信がなく。常に周囲の期待に答えようともがいていることを。

 

菅原ユウは知っている。

 

信じた友を誰よりも大切にし、友を守るためならば、自らを省みないことを。

 

 

「ユ、ユウ君!そ、それって!」

 

リアスは動揺の余り、ユウを顔を見ることができないでいる。

 

「どうしたのですか、リアス?顔を真っ赤にして」

 

教室に戻ってきた朱乃がリアスの様子がいつもと違うことに気が付き、声を掛ける。

 

「あ、朱乃!こ、これはその」

 

リアスはまるで恋する乙女のように顔を真っ赤にし、両手の人差し指を胸の前で擦り合わせいる。

 

「見てくださいリアス。ユウさんのお顔」

 

朱乃に促され、自分がこうなった原因を作った男の顔を横目でチラチラ見るがユウの様子は窺えない。

 

「スゥースゥー」

 

リアスが意を決してユウの方を見ると、そこには180㎝前後の大きな身体を九の字に折り曲げ、顔だけリアスの方を向き、寝息をたてるユウの姿があった。

 

「あらあら、可愛らしい寝顔ですね。まるで子供のようですわ」

 

リアスはその姿を見て愕然とする。

自分がどんな気持ちで高鳴る鼓動を沈めようとしているか。

確かに最初に挑発したのは自分だが、流石にこの仕打ちはないのではないだろか。

 

ユウの幸せそうな寝顔を見ていると、徐々に怒りが沸いてくるリアスであった。

 

 

「それで姫ちゃん、グレさんはなんでこんなに機嫌が悪いわけ?」

 

昼休みいつもの3人で昼食を摂るため、屋上へ向かっていた。

 

「それが、何を聞いても教えてくれなくて」

 

明らかに機嫌の悪いリアスの後ろでこそこそと話をする2人。

 

「2人共、何をこそこそ話しているのかしら?」

 

リアスは笑顔ではあるが、目がまったく笑っていない。

 

ユウには身に覚えがあった。

 

(まずい。ああいう顔をした時の女性は本当にまずい)

 

菅原家の最高権力者が本気で怒った時と同じ顔をリアスがしていたのだ。

 

「あっ!飲み物忘れたから買ってくるから先に行ってて」

 

ユウは2人の返事も聞かずに、一目散にその場を去った。

 

「ふぅ、危なかった」

 

中庭の自販機まで逃げてきたユウは飲み物を買うため財布を手に取る。

 

「なにが危なかったんですか?」

 

背後から声を掛けられ振り向くと、そこには140㎝にも満たないだろう背丈の少女がこちらを見ていた。

 

彼女を知らない人ならば、高等部に迷い混んだ幼稚舎の生徒と間違っても致し方ないだろう。

 

「塔城ちゃんこそどうしたの?お茶飲む?」

 

塔城 小猫

 

それが今、俺の目の前に居る少女の名前。

 

美しい白髪のショートカットで可愛らしい猫の髪止めが印象的な女の子である。

 

身長が低いため、幼稚舎の生徒に間違われてもおかしくはないが、歴とした高等部の1年生なのだ。

 

最近では【学園のマスコット】なる二つ名で有名だ。

 

「お茶より牛乳がいいです」

 

俺は自販機で牛乳を購入し、彼女に手渡した。

 

「ありがとうございます」

 

俺が彼女と初めて出会ったのはグレさんの紹介だった。

 

グレさんと彼女は元々知り合いで、来年度から高等部に入学するからよろしく言われた。

 

それを機に彼女は度々こうして俺の前に現れる。

 

「先輩は猫を飼ってますか?」

 

初対面でいきなりそんなことを聞かれたのは初めてだったため、印象に残っている。

 

「今日はリアス部長たちと一緒じゃないんですか?」

 

リアス部長

 

グレさんは高等部に入学した時に姫ちゃんと一緒にオカルト研究部という部を設立している。

 

実際、俺も何度か誘われたが、バイトで忙しいと断っている。

 

学園の旧校舎を活動場所としているらしいが、活動内容がよく分からない部活でもある。

 

あと1人、2年生で【学園の王子様】の異名を持つ木場祐斗も所属していて、現在は4人で活動しているらしい。

 

「グレさんの機嫌が悪くてね。姫ちゃんに聞いてもわからないし、飲み物でも買っていって機嫌直してもらおうかと思ってね」

 

理由がわからないという俺に、塔城ちゃんが核心を突く。

 

「リアス部長のことをいつまでもグレさんなんて呼んでいるからじゃないんですか?」

 

腕を組み、真剣な表情で悩む俺を見て塔城ちゃんがアドバイスをくれる。

 

「1度リアス部長の目を見て、リアスと名前で呼んであげれば解決すると思いますよ」

 

塔城ちゃんのアドバイスを実行すべく、俺は屋上へ戻る。

 

「ありがとうね塔城ちゃん。また今度、牛乳ご馳走するから」

 

そう言って先輩は屋上へ走って行った。

 

リアス部長から先輩のことを紹介された時、なんだかとても懐かしい感じがした。なにかはわからないが、先輩を見てると胸の辺りがぽかぽかし、暖かい気持ちになるのだ。

 

それから事ある毎に先輩に接触した。

 

登校途中の先輩を待ち伏せしてみたり、先輩に会うためだけに3年生の区画を歩いてみたり、今日のように昼休みに一緒に昼食を食べたりと、出来るだけ一緒に居れば胸がぽかぽかする理由がわかると思ったからだ。

 

どんな時でも優しい笑顔を見せてくれる先輩を見てると、胸がぽかぽかするのだが、それ以上にモヤモヤする。

 

この胸のモヤモヤはなんだろうか。

 

もっと先輩と一緒に居れば晴れるのだろうか。

 

 

塔城ちゃんのアドバイスを実行するため、俺は屋上の扉を開けた。

 

「遅かったですわねユウさん。お先に頂いておりましたわ」

 

姫ちゃんに飲み物を手渡し、まだ機嫌の直らないグレさんに近づく。

 

「遅くなってごめんね、リアス。これ、リアスの分の飲み物」

 

俺がリアスと名前で呼ぶと、リアスは驚いたようにこちらに振り返り、差し出した飲み物を手に取る。

 

「あ、ありがとう」

 

リアスは飲み物と俺の顔を交互に見て、ようやく笑顔を見せる。

 

「こ、今回は許してあげるけど、次にああいう事したら許さないから」

 

内心、リアスが何を言っているのかわからなかったが、リアスの機嫌が直ったことに安堵した。

 

「あらあら、でしたら私のことも姫ちゃんではなく、朱乃と呼んでくださいな」

 

一難去ってまた一難。

 

今度は朱乃が身体を寄せて、耳元で囁くように話し掛けてくる。

 

「ちょっと朱乃!あなた、距離が近すぎるわよ!もっと離れなさい!ユウ君が困ってるじゃない!」

 

朱乃の行為を見て、リアスが急に立ち上がると、なぜか俺の手を引っ張り始める。

 

「そんなことありませんよねユウさん?リアスだけ名前で呼ぶなんてズルいですわ」

 

2人は俺の手を引っ張りながら口論を始めてしまった。

 

「わかった、わかったから。これからは2人共名前で呼ぶから、喧嘩はダメ」

 

2人がようやく手を離したところで昼休み終了を告げるチャイムがなり、満面の笑みを浮かべたリアスと朱乃の後ろをぐったりとしたユウが2人に手を引かれ、教室に戻って行く。

 

放課後、玄関口で塔城ちゃんに会ったので2人を名前で呼ばなければなくなったことを伝える。

 

「それは先輩の要領が悪いからです」

 

とバッサリと切り捨てられた。




第1話更新しました。
思った以上に書けていることに自分でも驚いてます。
ようやく原作の主要キャラを何人か登場させることができました。
口調や仕草など自分なりに解釈して書いたつもりですが、こんなの違うと思われた方はすみません。
本当はこの話の最後に金髪のあの人も出したかったのですが、気がついたら10000字を越えていたのでキリがいいところで次話に持ち越しました。
このような作品を最後まで読んでくれる方ありがとうございます。
また誤字・脱字の報告をしてくださった方ありがとうございます。

では、また次回。


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第2話

第2話投稿します。
本来なら前話でここまで行きたかった。



西の空に太陽が沈み、その名残りで上空が僅かに赤みがかっている、まもなくこの街に夜の帷が降りようとしている。

 

そんな街に周囲を忙しなく窺い、困惑する少女の姿があった。

 

道行く人に話し掛けるも言葉が通じないためか、誰1人立ち止まってはくれない。

 

(うぅ、どうしましょう。道をお聞きしたいのに言葉が通じません)

 

その場に俯き、瞳に涙を浮かべる少女。

 

「うぉ!」

 

少女が瞳から零れ落ちた涙が地面を濡らしたのと同時に前方から男の叫び声が辺りに響き、オレンジと思われる果物が少女の足先を掠める。

 

「しまった」

 

男はバランスを崩したのか、地面には紙袋から落ちたであろう果物が転がっている。

 

男は余程急いでいるのだろうか、落ちた果物を慌てて拾う。

 

「ふっ、3秒ルール」

 

男が何を言っているのか理解出来なかったが、少女は足元に落ちているオレンジを拾い上げる。

 

「此処にも落ちていました!」

 

そう言った後で、少女は自分の言葉が通じないことを思い出す。

 

「グラッツェ!」

 

男にオレンジを手渡し、流暢な母国語を操る男に少女は目を見開き、男の顔をじっと見つめる。

 

「私の言葉が解るのですか?」

 

少女はこの街に来て、初めて言葉の通じる相手に出会った。

 

「イタリア語だよね?少しだけど話せるし、理解も出来るよ」

 

少女にとっての幸運は目の前の男がイタリア料理の店で働いていたことだった。

 

彼の働いている店にはイタリア人の客はもちろん、厨房スタッフの中にも数人のイタリア人が在籍しており、彼はいつか自分の店を持つ時のために仕事の合間を縫ってイタリア語を教えてもらっていた。

 

「あぁ、これも主のお導きでしょうか」

 

少女は胸元で手を組み、その場で祈りを捧げる。

 

「実はこの街の教会に行きたいのですが、道に迷ってしまって」

 

少女の話すイタリア語を1音1音ゆっくりと聞きながら、少女の言わんとしていることを理解していく。

 

「教会に行きたいけど、道に迷ったってことね」

 

見れば少女はヴェールを被り、修道服にも似た服装をしている。

 

「わかった。案内するよ」

 

男は目線を少女に合わせて優しく微笑む。

 

「ほ、本当ですか!あ、ありがとうございますぅ!」

 

少女が頭部を覆っていたヴェールを取ると、勢いよく頭を下げる。

 

ヴェールを取ったことで少女の可憐な容姿が男の目に飛び込んでくる。

 

腰元まで伸びた美しい金色の髪がほんの少しだけ風に靡いたことで宙を舞い、まるで少女だけを照らす光が背後に存在してるかのような錯覚を起こす。

 

大きく見開いた目の中心の瞳は翡翠を連想させ、その双眸は見る者を惹き付け、虜にするだろう。

 

少し幼さが残るものの、男の友人である美女2人に負けず劣らずの美少女と言って差し支えないだろう。

 

「私はアーシア・アルジェントと言います!シスターとしてこの街に赴任してきました。アーシアと呼んでください!」

 

少女改め、アーシアはそう言うと弾けるような笑顔を浮かべた。

 

「菅原ユウです。この街にある駒王学園の学生です。呼び方は好きに呼んでください」

 

お互いに自己紹介を済ませると、2人は教会に向かって歩き始める。

 

ピピピピ

 

と思われたが、ユウの上着のポケットから機械音が響く。

 

「やべぇ、ちょっと待ってて」

 

ユウはポケットから携帯を取り出すと、画面に表示された相手に顔を歪める。

 

「買い出しにいつまで時間掛けてんだ!さっさと戻ってこい!」

 

電話越しに怒号が響き渡り、ユウは耳を指で塞ぐ。その雄叫びにも似た声はアーシアにも聞こえており、目をぱちくりさせている。

 

「料理長これにはって、切れてるし」

 

ユウは携帯をポケットに押し込むと、気まずそうにアーシアに向き直る。

 

「えっと、アーシア?」

 

アーシアが可愛らしく頭を傾ける。

 

「教会って、今すぐ行かなきゃダメ?」

 

 

「ユウ!この野郎!どこで油売ってやがった!」

 

ユウがアーシアを伴って店に戻ると、料理長の愛のムチをお見舞いされる。

 

頭を押さえ、蹲る彼の頭上から料理長の小言がコンコンと降り注ぐ。

 

「違うんです料理長さん!ユウさんを引き留めてしまったのは私で!だから、ユウさんは悪くないんですぅ!」

 

天使だ。

 

その場に居た誰もがユウを庇うように両手を広げて料理長に前に立つアーシアの姿に胸をキュンとさせる。

 

ユウも出会ったばかりの自分のために、鬼に立ち向かわんとするアーシアに憧憬の念を抱く。

 

しかし、相手が悪かった。

 

目の前の可憐な少女の行動に鬼は怒りを静めるどころか、火に油を注ぐが如く料理長の怒りは最高潮に達する。

 

「ユウ!てめぇ!買い出し中にナンパとは何事だ!しかもこんな可愛い子を言葉の巧みにこんなとこに連れ込みやがって!なんのためにイタリア語の勉強してやがった、女を誑かすためか!」

 

話を聞け。

 

その様子を観ていた全スタッフ達の心の声が聞こえるようだ。

 

怒りに我を忘れた鬼がアーシアの横を通り抜け、ユウの胸元を両手で掴み、前後に激しく揺らす。

 

「本当に違うんですぅ!話を聞いてくださいぃ!」

 

鬼の腕に縋り付きながら、なんとかその行為を止めさせようとするアーシアに、周囲に居たスタッフも一緒になって止めに入る。

 

数分後、ようやく鬼をユウから引き離したアーシアとスタッフ達は息を切らして床に手を着く。

 

数分間、脳を揺らされ続けたユウはへなへなと床に横たわる。

 

 

 

「がははっ!悪かったな嬢ちゃん!そんな訳が有ったとは!俺はてっきりあいつが困ってる嬢ちゃんを言葉の巧みに誑かして連れ回したと思ってな!」

 

アーシアの懸命の嘆願により、ようやく料理長の誤解を解くことに成功した。

 

「ユウさんはそんな人じゃないですよ料理長さん!困っている私に主がお与え下さったメシア様なのですから!」

 

アーシアは両手を胸元で合わせ、先程と同じように祈りを捧げる。

 

「がははっ!あいつがメシア様とは面白い嬢ちゃんだ!気に入った!うちの店の料理を食っていきな。懐かしい故郷の味ってのをご馳走してやるよ!」

 

流暢なイタリア語で話に華を咲かせる料理長。

若い頃、料理の勉強をするため単身イタリアへ。

イタリア料理の巨匠と呼ばれる料理人のもとで長く辛い修行に耐え抜き、帰国後は某有名ホテルで腕を振るうと、3年前に駒王町で自分の城であるグランデをオープンさせた。

 

生涯現役料理人を宣言をしており、店長やオーナーと呼ばれることを嫌っている。

 

因みに店名のグランデとはイタリア語で【偉大な】と言う意味があり、偉大な店になるようにとの願いが込められているらしい。

 

「料理長、アーシアの相手をしてくれるのは有難いけど、早く厨房に入ってくださいよ」

 

厨房から皿を持ったユウがカウンターに座っているアーシアの前に料理をサーブする。

 

「断る!俺は今日アーシアちゃんの相手をする」

 

料理長のその発言にユウを含めたホールに居るスタッフ達が驚愕する。

 

料理の鬼が厨房に入らない。

なにを置いても料理を第一に考え、一切の妥協を許さず、材料の仕入れから使用する食器や調理器具に至るまで全て自分で決めなければ気が済まず、客に提供される皿は必ずチェックを入れる。

 

その鬼が厨房に入らないと言うのだ。

 

開店以来の珍事であると同時に、鬼にそこまで言わせたアーシアという少女は正に神に仕える聖女に相応しいと言えた。

 

その日以降、彼女は店のスタッフ達から店名を捩り【グランデ アーシア】と呼ばれることになる。

 

「料理長さん。私のことはお気に為さらず、お仕事頑張ってくださいね」

 

アーシアの弾ける笑顔に、料理長はだらしなく目尻を下げながら厨房へ戻って行く。

 

その日のグランデの料理はこころなしか、まろやかであったとネット上で話題になったのはまた別の話である。

 

 

「いいか!絶対にアーシアちゃんを危険な目に遭わすんじゃねーぞ!」

 

夜も更け、仕事が一段落したため料理長にアーシアを街の教会まで案内する約束をしていることを伝える。

 

厨房内の空気が凍りつく。

 

「バカヤロー!なんでもっと早く言わねえんだ!もうこんな時間じゃねえか!こんなことどうだっていいから、さっさとアーシアちゃんを送っていきやがれ!」

 

もはや鬼と呼ばれた男の面影はなく、完全にアーシアの虜となった料理長は愛する料理さえもこんなことと言って切って捨てる。

 

アーシアちゃん恐るべし。

 

スタッフ全員の心の声が綺麗にハモった。

 

「ありがとうございました!お料理とてもおいしかったです!」

 

ペコリと頭を下げ、太陽のような笑顔を見せるアーシア。

 

まだ営業中だというのに全員でアーシアを見送るスタッフ達。

 

「またいつでも遊びに来てくれよアーシアちゃん!金なんかいらねぇよ!アーシアちゃんが来てくれるだけでおじさん嬉しくなるからよ!」

 

いつもならに雷を落とす料理長がいの一番にアーシアに声を掛ける。

 

「行こうかアーシア」

 

アーシアはスタッフに今一度深く頭を下げ、ユウの後を追って行く。

 

「良い子だったなアーシア」

 

誰ともなく声を上げる。

 

「また来てくれるといいな」

 

スタッフ全員が頷く。

 

「よし!もうひと頑張りするぞ!」

 

料理長が手を鳴らし、スタッフ達に檄を飛ばす。

 

 

「とても楽しかったです!お料理もとてもおいしかったですし、お店の皆様も良い方ばかりですね!」

 

店での出来事が余程楽しかったのか、アーシアは目の前でくるくると回りながら笑顔を見せる。

 

「ちゃんと前を見て歩かないと危ないよアーシア」

 

えへへっと笑いながらアーシアは道路の段差に躓き、バランスを崩す。

 

咄嗟にアーシアの手を掴み、腰に手を回し、自分の方に引き寄せる。

 

「す、すみません。1人で舞い上がってしまって」

 

そう言うとアーシアが顔を上げる。

 

すると、彼女の翡翠の瞳にユウの顔が大きく写し出される。

 

「危なかった、大丈夫かアーシア?」

 

俺の胸のすっぽりと収まった彼女の様子を窺うと、頬を紅色に染め俺の顔をじっと見つめている。

 

「アーシア?」

 

俺の声で我に返ったアーシアがいきなり身体を離し、距離を取る。

 

「だ、大丈夫です!わ、私!そ、その!」

 

顔を真っ赤にしながら視線を泳がせ、動揺するアーシア。

 

俺はそんな彼女の様子がとても愛らしく思い、アーシアとの距離を再び埋め、目線を合わせて頭部に自分の手を置き微笑む。

 

「大丈夫だから、ね?」

 

俺の声に安心したのか彼女は落ち着きを取り戻し、2人は再び教会を目指して歩き始めてる。

 

その道中、アーシアは不思議な感覚を覚える。

 

2人は並んで歩いている。

 

彼との身長差は30㎝近くある。普通に考えれば自分は早足になって彼の背中を追い掛けるのが当然である。

 

考えられることは1つだった。

 

彼が自分に合わせてくれているのだ。

 

自分に気を使わせることなく自然に。

 

そんな些細なことでアーシアの心が満たされていく。

 

その後も2人はユウの働く店の事、スタッフの事を話しながら歩く。

 

「あれが教会だよ」

 

彼が指を指す方向に目を向けると、そこにはお世辞にも立派とは言えない小さな教会がポツリと佇んでいた。

 

それでも彼女の胸は高鳴っていた。

 

これからは毎日、この教会で敬愛する神に祈りを捧げる事ができる。

 

これまで彼女が歩んで来た道は決して平坦なものではなかった。

 

涙を流すことも多くあった。

 

それでも彼女は神に祈りを捧げること辞めなかった。

 

いつか自分の想いを聞き届けるくれると信じて。

 

そして彼女は彼に出会った。

 

祈りを捧げ続けた自分に神が与えてくれた宝物。

 

だからこそ、これからも彼女は祈りを捧げ続けるだろう、敬愛する神を信じて。




第2話更新しました。
アーシアの口調って特徴がないようでありますよね。
一応、原作と見比べながら書いたんですが、どうだったでしょうか?

今話も本当ならもっと書きたかったのですが、自分的にとてもスッキリ締まったのでここまでにしました。

文字数は前話のなんと半分!

次話は戦闘描写になると思いますが、原作を参考書けたら良いなと思ってます。

最後まで閲覧して下さった方、誤字・脱字を修正してくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第3話

まずはすみません。

第3話です


太陽の光が燦々と降り注ぎ道行く人々を照らす。

 

時に多くの生命を育み、永きに渡り生物の営みを助けてきた。

時に生命に不可欠な水を奪い、どれだけの生物を死滅させてきたことだろうか。

 

然れど太陽は刻が来れば必ずそこにある。

それを疑問に思う者などどれだけ居るだろうか。

 

少なくとも彼女の眼前に居ないだろう。

 

休日、多くの家族連れや子供達で賑わう公園のベンチに彼女の姿は在った。

 

太陽に照らされ、美しく輝く金色の髪。

前方を見つめる翡翠色の瞳にはいつもの光がない。

 

街の教会に赴任してから1週間が過ぎた。

初めて街を訪れた日、あの日に出逢った1人の青年。

確認してはいないが、おろらく自分より年上だろう。

 

自分だけに向けられた視線は穏やかで優しさに満ちており、頭部に置かれた手は逞しく自分の全てをそっと包み込んでくれるかのようで、彼の口から紡ぎだされる言葉はいつまでも耳に残り続けた。

 

偶然ではあるが初めて触れた彼の肉体は想像以上に筋肉質で、聞こえてくる心臓の音にそのまま身を委ねることが出来たらどれだけ幸せだったことだろう。

 

彼の働くお店のスタッフ達もとても親切で優しい方々ばかりで、この時間がいつまでも続けばいいと感じた。

 

僅か数時間の出来事であったが、夢のような時間だった。

 

(私はどうしたら良いのでしょう、ユウさん)

 

脳裏に浮かぶ男に想いを馳せながら、アーシアは昨夜の惨劇を思い出し、身を震わせる。

 

 

 

その日フリード神父に連れられ、街にある一軒のお宅を訪れた。外で仕事の手伝いをするように指示され、任された仕事が終了したことを神父に報告するため家の中に入ると、フリード神父と茶髪の男の子が対峙していた。

 

茶髪の男の子には見覚えがある。昨日、街で困っている私に声を掛けて下さった兵藤一誠さん。

 

教会の仕事で道に迷っていた私に声を掛けてくださり、親切に案内してくれた。

 

仕事が終わった後も街を案内していただいた。

 

彼から向けられる視線に時折、違和感を感じたのは気のせいでしょうか?

 

彼は私を友達と言ってくれた。

とても嬉しかった。

友達というものが居なかった私にとって初めて友達と言ってくれる人が現れたのだ。

 

ふとアーシアは思った。

 

ユウさんとはどんな関係になるのでしょうか?

成り行きとはいえ自分の働くお店に案内され夢のような時間をくれた。

 

教会へ案内していただく途中に偶然ではあるがユウさんに抱き締められ幸せな気持ちになった。

 

私はユウさんをどう思っているのでしょうか?

ユウさんのことを考えると胸が暖かくなります。

この全身に感じる多幸感は?

 

いくら考えても答えは出なかった。

この問いに答えられる人物が居るとすれば、それは。

 

 

 

 

彼も私に気がついたのか、私の姿を確認すると驚愕する。

 

兵藤一誠さんの足からは血が流れている。

フリード神父によって傷つけられたものだろう。

嫌な匂いを感じ、家の奥に視線を向けると人が逆十字の格好で壁に貼り付けられ、所々に釘が打ち込まれている。

 

私の悲鳴が周囲に響き渡る。

私に駆け寄ろうとする兵藤一誠さんはフリード神父によって吹き飛ばされる。

 

今度は私が兵藤一誠さんに駆け寄ろうとする。

そこで神父に告げられた一言に私は愕然とする。

 

兵藤一誠さんが悪魔?

困っている私に親切に声を掛けてくれて、街の案内をしてくれた兵藤一誠さんが悪魔?

私を友達と呼んでくれた兵藤一誠さんが?

 

気がつくと、私は教会のベッドに横になっていた。

 

 

 

 

「アーシア?」

 

食材の買い出しで外に出ると、燦々と降り注ぐ太陽の光が恨めしく思える。

 

アーシアと出逢ってから1週間が経つ。

店のスタッフの間では、アーシアの話題で持ちきりだ。

今度はいつ来るか?連絡先は?等々挙げればキリがない。

 

休日である今日は昼からバイトに出ている。

店ではランチの営業もあるため、昼でも客足は途絶えることはない。

 

目的の食材を手に入れ、店に戻る途中多くの人で賑わう公園が目に入る。

 

(よくやる)

 

太陽の光が得意ではない彼からすれば信じられない休日の過ごし方であった。

 

一刻も早く店に戻ろうと足を速めようとした時、見覚えのある金色の髪の少女の姿が目に映る。

 

俺の声が聞こえたのか少女は周囲を見渡し、俺の姿を探しているようだ。

 

少女がアーシアであることを確認すると、俺は彼女の側に向けて歩を進める。

 

俺の姿を確認するとアーシアの翡翠色の瞳から大粒の涙が頬を伝い、いくつも流れ落ちる。

 

勢いよく俺の胸に飛び込んでくるアーシア。

 

俺は食材を落とさないよう気を付けながらアーシアを抱き止める。

 

「ユウさん!ユウさん!ユウさん!」

 

何度も俺の名前を呼び、腕の中で涙を流すアーシア。

 

「うん」

 

泣きじゃくる彼女を落ち着かせるため、背中をゆっくりと摩ってあげる。

 

どれだけの時間そうしていただろうか。

俺の胸に顔を埋め、泣き続ける彼女をベンチに座るように促す。

今なお、涙の流し続ける彼女をあやすように背中を摩っていた手を頭部に回す。

 

料理長には連絡済みのため、携帯が鳴る心配はない。

メールでのやり取りからでも怒り狂う様子が窺える。

理由はわからないと返信すると、食材はいいからアーシアに付いててやれと返事が来た。

 

俺の胸で泣きじゃくるアーシアを俺は知らない。

 

1週間前に出逢った彼女は良く笑う子だった。

 

ようやく言葉の通じる相手に出逢えたと、安堵の表情を浮かべ笑うアーシア。

 

旨い物を食べれば頬に手を当てながら口角を上げ、へなへなと表情を緩め笑うアーシア。

 

ご機嫌になると言うこと聞かず、目の前をくるくると回りながら笑うアーシア。

 

段差で躓きバランスを崩し、抱き寄せると顔を真っ赤にして笑うアーシア。

 

教会を見つけると、子供のようにはしゃぎながら笑顔で神に祈りを捧げるアーシア。

 

こんなアーシアに誰がした。

 

負の感情が身体中を駆け巡る。

 

「ユウさん?」

 

怒りで我を忘れそうになった時、鼓膜を通し脳内へアーシアの優しい声が響く。

 

「ごめん。頭痛かった?」

 

アーシアは小さく頭を左右に振る。

 

俺と逢ってからずっと泣いていたため、目元が赤くなり少し腫れていた。

 

ハンカチに食材を冷やすために貰った保冷剤を巻き、アーシアに差し出す。

 

アーシアはそれを受け取ると目元を冷やす。

 

「ユウさんはどうして此処に?」

 

出会ってからずっと泣き続けていたため、まとも会話するのは1週間振りである。

1週間振りに会った彼女は外見こそ変化は無かったが少し元気がないようにも感じた。

 

「アーシアが泣いてる気がしたから」

 

アーシアの頭を撫でながら優しく微笑む。

 

「えっ?えっ!」

 

そう言うとアーシアの表情が徐々に変わっていく。

 

その様子が面白くて声を出して笑ってしまった。

 

「もうユウさん!からかわないでくださいぃ!」

 

顔を真っ赤にしながら俺の胸をトントンと叩くアーシア。

 

「落ち着いた?」

 

胸を叩いていたアーシアの両手を自分の手で優しく包み込む。

彼女はその手を自分の頬を添えると、静かに目を閉じる。

数分後、なにかを決意したアーシアが目を開く。

 

「ユウさん私の話を聞いていただけますか?」

 

真剣な表情で彼女は自分の過去を語り始めた。

 

 

 

イタリアの小さな街に生まれたこと。

 

生後まもなく両親に捨てられ、教会と弧寺院を兼務する施設で他の孤児たちと共に育ったこと。

 

8歳の頃、自分に特別な力が宿ったこと。

治癒能力。

生きとし生ける者を癒す力。

 

負傷した子犬の怪我をその力で治療したところを偶然、教会の関係者に目撃されたこと。

 

教会の本部に連れて行かれ、奇跡の力を持つ聖女として担ぎ出されたこと。

 

訪れた信者を神の加護と称して治療したいたこと。

 

その結果多くの信者から聖女として崇められていたこと。

 

心許せる友が1人も居なかったこと。

 

教会が自分ではなく治癒の能力にしか興味がなかったこと。

 

悪魔を治療し、教会を追放されたこと。

 

誰1人として自分を擁護してくる人がいなかったこと。

 

 

 

「きっと、私の祈りが足りなかったんです」

 

そう言って笑みを浮かべる彼女の瞳から一滴の涙が零れた。

 

彼女の過去を静かに聞いていたユウは考えていた。

彼女の話に度々で出てきた悪魔や堕天使という言葉。

彼女の持つ特別な力。

彼女が嘘を言っているとは思えなかった。

では・・・本当に?

 

そこまで考えると、彼は考えるのをやめた。

今はそんな事はどうだってよかった。

 

この小さな身体に一体どれだけの悲しみを抱えてきたというのか?

これからどれだけの涙を流せばこの子は救われるのだろうか?

 

神は乗り越えられる試練しか与えない。

 

誰がそんな事を言っていたのを聞いたことがある。

 

本当にそうだろうか?

 

では、神はこの少女にどれだけの試練を与えたというのか?

本当に乗り越えられるのか?

耐えられなくなり倒れた時、神は少女を救うのだろうか?

 

「そんなことはない」

 

ユウは握っていたアーシアの手を離し、彼女の頬に触れると、その涙を親指で拭ってあげる。

 

「あれほど熱心に祈りを捧げていた君に祈りが足らなかったことは絶対にない、神に届いていない訳がない。あの夜、俺が君の前に現れた。それこそが神が与えたもうた奇跡だ」

 

あの夜、俺とアーシアが出逢ったのは紛れもない事実。

 

アーシアにとっては言葉が通じる男、俺にとっては道に迷った少女。

 

最初はその程度の出逢いだったかも知れない。

だが、今は違う。

出逢うべくして出逢ったのだと胸を張って言える。

 

アーシアは再び涙を流す。

だが、その涙は先程の辛く悲しい涙ではなく幸せに満ち溢れていた。

 

「行こうかアーシア」

 

立ち上がり、自分に手を差し出すユウ。

 

「行くってどこへ?」

 

俺の手を取り、立ち上がるとアーシアは目をぱちくりさせ、頭を傾ける。

 

「デート」

 

アーシアの手を引き、歩き出す。

 

「デート!?デートとはお付き合いしている男女が行う、あのデートですか!?」

 

アーシアは口をパクパクさせながら頬を赤く染める。

 

「うん!」

 

短く答えると2人は足早に街へと消えていった。

 

それから2人は目一杯デートを楽しんだ。

 

アーシアは目に入るもの全てに興味を示し、俺はアーシアの横に並んで歩く。

 

アーシアが映画に興味を示せば映画館に入り、映画を観る。

 

アーシアがハンバーガーに興味を示せばバーガーショップに入り、ハンバーガーを食べる。

 

アーシアのやりたいことを全てやらせて上げたい。

我慢を強いられて来た彼女の人生。

もしかしたら、彼女はそうは言わないかも知れない。

でも、今だけは1人の普通の少女として過ごさせてあげたいという彼の想いでもあった。

 

ゲームセンターに興味を示したアーシアがあるブースの前で立ち止まる。

 

「ユウさんこれはなんですかぁ?」

 

アーシアが興味を示したのはプリクラと呼ばれる機械の前だった。

 

「これはプリクラだね。このカメラで撮った写真をプリントしてシールにしてくれるんだよ」

 

ユウ自身そこまで詳しい訳では無かったが、以前オカルト研究部の3人に連れられて何度も撮影された記憶がある。

 

「ユウさん、私と一緒に撮っていただけますか?」

 

アーシアは恥ずかしいのか身体をもじもじさせながら懇願してくる。そんな姿を見せられては断れるはずがない。

 

「もちろん」

 

太陽のような笑顔を見せるアーシア。

彼の知っているアーシアの笑顔が帰って来た。

 

2人はブースの中に入り、様々な設定を行う。

 

以前は3人がそれぞれ設定してくれたため、ユウは見ているだけで良かったが今日は違った。

 

実際やってみるとなかなか難しい。設定するところが多くアーシアと2人で四苦八苦しながらなんとか設定を終える。

 

「ユウさん!時間が表示されましたよ!ポーズを取りましょう!」

 

音声ガイダンスに従い、ポーズを取る俺とアーシア。

お互いのポーズに笑顔を見せながら、1枚2枚と撮影を重ねて行く。

 

「最後の1枚みたいですね!」

 

撮影枚数を重ねる毎にどんどん可愛くなっていくアーシア。

最後のポーズはどうしようかと思案している。

 

最後の1枚のカウントダウンが始まる。まだポーズを決めかねているのかアーシアは動かない。

 

カウントダウンが3秒を切ったときアーシアの手が俺の肩に乗せられる。

 

何ごとかとそちらを向くと、アーシアの顔が目の前にあり、俺の唇に柔らかいなにかが触れる。

 

俺の唇に触れたのはアーシアの唇だった。

 

そこでシャッターが押され、俺の唇からアーシアの唇が離れる。

 

俺は目を見開きアーシアを見つめる。

 

「えへへ、大好きですユウさん」

 

顔を真っ赤にしながらユウに対して胸の内に秘めた想いを告白する。

 

まだ出逢って1週間、顔を合わせたのは今日で2回目。それでもアーシアの心は彼で満たされていた。

 

朝、目を覚ますと浮かんでくるのは彼のこと。

 

時間を確認する度に彼はいま何をしているかと考える。食事を摂れば、彼の店で食べた料理を思い出す。

就寝前には今度はいつ彼に逢えるだろうかと考えながら眠りに就く。

アーシアにとって彼の存在こそが生きる意味になっていた。

 

それは最早、彼女の敬愛する神と同等の存在とも言えた。

 

「あ、ありがとうアーシア」

 

ほんのりと赤くなった頬を指で掻き、視線を外すユウ。

照れている彼を見るのは初めてだったため、アーシアにはとても新鮮だった。

 

 

 

 

「えへへ」

 

プリントされたシールを眺めながら歩くアーシア。

シールには[初めてのデート]と専用ペンで書かれている。

 

2人はデートを終え、公園に向かって歩いている。

アーシアが転ばないように2人は手を繋いでいる。

 

「此処に居たのねアーシア」

 

背後から聞こえてきた声に俺とアーシアは足を止め、後ろを振り返る。

 

「レ、レイナーレ様」

 

黒髪の長髪が美しいスレンダーな女性が立っていた。

 

その女性を目の前にしたアーシアの身体が微かに震え、顔から血の気が引いていく。

 

「時間になっても帰って来ないから心配したのよ。皆が待ってるわ、戻りましょう」

 

女性が近付いて来ると、俺の服の裾に力を込めるアーシア。

アーシアの様子が気になり、女性とアーシアの間に身体を入れる。

 

「なんの真似かしら?と言うか貴方、誰?」

 

アーシアを守るように前に出た俺の行動が気に入らなかったのか女性は顔を歪める。

 

「人にものを尋ねるときはまず自分からでは?」

 

俺の物言いに女性の眉が微か動く。

 

「人間風情が偉そうに、まぁいいわ。私の名前はレイナーレ。アーシアとはそうね、同僚みたいなものよ」

 

物騒な物言いをするレイナーレは俺の全身を舐めるよう下から上へ視線を移す。

 

「菅原ユウ。駒王学園の学生です」

 

レイナーレを警戒しながら、万が一の場合はアーシアを連れて逃げられるように徐々に力を解放していく。

 

「菅原ユウ?」

 

彼女は俺の名前を確認すると小さく息を吐く。

 

「そう、貴方が。」

 

彼女は目を閉じ、顎に手を当てながら考え始める。

 

その様子を疑問に思った俺は更に警戒心を強め、半歩後ろに下がる。

 

「そう警戒しなくていいわ、何もしない。貴方のことはそこに居るアーシアからこの1週間ずっと聞かされ続けたわ。朝から晩まで事ある毎にユウさん、ユウさんってね」

 

うんざりと言った表情で手をヒラヒラさせるレイナーレ。

 

「レ、レイナーレ様!そのことは内緒にしてくださる約束だったのにぃ!」

 

先程まで俺の後ろで震えていたアーシアが顔を真っ赤にしてレイナーレの腕に縋り付く。

 

そんなアーシアに様子を見て彼女は穏やかな表情を浮かべ、頭を撫でていた。

 

そんな2人にユウの警戒心が一気に緩む。

目の前でやり取りしている2人の姿はまるで仲の良い姉妹のようであった。

 

「アーシア今日はもう遅いから戻りましょう。皆が心配してるのも嘘じゃないわ」

 

レイナーレが優しく問い掛けると、アーシアは俺の顔を見て残念そうな表情をする。

 

「またいつでも会えるわ。なんだったら今度彼の家に泊まったっていいわよ」

 

妖艶な表情を浮かべながら妖しい笑みを俺に向けるレイナーレ。

 

「お、お泊まりですかぁ!楽しみですぅ!」

 

教会育ちの純粋なアーシアにはレイナーレの意図していることが分からず、満面の笑みを浮かべ神に祈りを捧げる。

 

そんなアーシアの姿に俺とレイナーレは苦笑いを浮かべる。

 

それでも俺はレイナーレに聞いておかなければならないことがあった。

 

「アーシア。悪いけど彼処の自販機で飲み物を買ってきてくれないか?」

 

アーシアに財布を渡すと、元気に返事をして自販機まで走っていく。

途中、なにもないところで転んでいた。

 

「レイナーレさんの姿を見た時アーシアは震えていました、何故です?」

 

先程のアーシアの姿を思い浮かべ、前置きになしに彼女に問いかける。

 

「いきなりね、貴方のそういうところにあの子は惹かれたのね」

 

話の腰を折る彼女に余計な会話はいらないとばかりに話を進めるユウ。

 

「仕事でね、辛い事があったのよ」

 

寂しそうに話すレイナーレ。

 

神に仕える者ならば周囲から謂われなき誹謗中傷に晒されることもあるだろう。

心優しい彼女ならその事で気を病んだのかもしれない。

 

「彼女の同僚ということ貴方もシスターなんですか?」

 

矢継ぎ早に質問していくユウ。

 

「シスターというより世話人ってところかしら。シスターアーシアの身の回りの世話してるわ」

 

彼女はアーシアと出逢った時のこと思い出しているのか笑っている。

 

「アーシアをお任せして大丈夫なんですね?」

 

俺の物言いが気に入らなかったのか彼女の表情が険しくなる。

 

「まるで自分のものような言い草だな」

 

彼女の綺麗な声が急に低くなり、明らかに口調が変わる。

目に見えないなにかが俺の全身を襲う。

その正体は彼女の放った殺気だった。

 

「もう1度お聞きします、アーシアをお任せして本当に大丈夫なんですね?」

 

彼女の放つ殺気を歯牙にも掛けず、彼女の薄桃色の瞳を真っ直ぐに捉える。

 

「ッ!」

 

レイナーレの体温が急激に低下する。

自分が向けた殺気など比べものにならない程の殺気がレイナーレを襲う。

それは最早、殺気という生易しいものではなく明確な殺意であった。

 

(無意識なのか?これでは私の方がマズイ!)

 

アーシアの話では只の人間。

最初に見た印象は優男。

それがどうだ?

自分の存在からアーシアを守るように前に出る男。

殺気を放つも逆に堕天使である自分が追い詰められている。

目の前の男が纏う雰囲気はもはや得体の知れない強大な何かでしかなかった。

 

(本当に只の人間なのか?いや、そもそも人間なのか?)

 

レイナーレの背中を冷たい汗が伝う。

 

「お待たせしましたぁ!」

 

2人の近寄りがたい雰囲気もアーシアにはお構い無し。まるで一仕事終えたかの様に爽やかな声で戻ってくる。

 

1度会話を止め、2人はアーシアの方に笑顔を向ける。

 

「重かったですぅ!」

 

アーシアの姿に俺は愕然とする。

隣のレイナーレも先程の神妙な雰囲気が嘘の様に口をあんぐり開き、眉をピクピクさせていた。

 

アーシアの手、いや腕の中には大量のお汁粉が抱えられていた。

 

「ア、アーシア?ど、どうしたのそれ?」

 

レイナーレが隣で固まって居る俺に代わり、アーシアに問いかける。

 

「このお汁粉というのが美味しそうだったのでこれにしてみました!」

 

アーシアが天使のような笑顔で答える。

 

「種類じゃなくて数よ!数!」

 

レイナーレは立ち上がり、アーシアの腕の中のお汁粉を指差す。

 

その数およそ30本。

 

「全く貴方は!本当に物事を知らないんだから!こういう時は人数分あればいいのよ!しかもお汁粉ってコーヒーかお茶でしょ、普通!」

 

そう言ってアーシアの抱えているお汁粉をベンチに置いていく。

 

「はぅ!そ、そうなんですかぁ!」

 

アーシアはレイナーレの発言と行動に動揺しながらどうしようかと俺を見る。

 

「だ、大丈夫だよアーシア。ありがとう」

 

そう言ってアーシアから財布を受け取る。

俺の顔が若干、青ざめていることに気が付く余裕は今のアーシアにはないようだ。

 

俺とアーシアのやり取りにお汁粉を置きながらレイナーレが収まらない怒りを爆発させる。

 

「大丈夫じゃないわよ!どうするのよこんなにたくさん!しかもお汁粉ばっかり!貴方、今日1日そうやってアーシアを甘やかしてこの子のやりたいようにやらせてたんでしょう!」

 

俺の頭上にレイナーレの説教が延々と降り注ぐ。

図星を突かれ、反論出来ない俺。

 

「レイナーレ様!悪いのは私ですぅ!ユウさんを責めないでくださいぃ!」

 

いつぞやと同じように俺を庇ってくれるアーシア。

 

アーシア本当天使。

 

「当たり前でしょ!そもそも貴方が世間を知らなすぎるのが原因なんだから!いくら教会育ちとはいえ、異常なのよ!」

 

俺と一緒にベンチに座り、レイナーレの説教を受けるアーシア。

 

レイナーレの怒りが収まるまで俺とアーシアは亀のように小さくなり、耐えるしかなかった。

 

「まだ言い足りないけど、キリがないから今日はもう止めるわ、貴方もあまりアーシアを甘やかさないでアーシアのためにならないわ。アーシア、貴方はもっと常識を身に付けなさい。じゃないとこれからの生活大変よ」

 

レイナーレの言葉に2人同時に大きな声で返事する。

 

「大分、時間が過ぎてしまったわ。本当に今日は帰るわよアーシア」

 

説教が終わり公園の時計を確認すると既に22:00を廻っていた。

 

「ユウさん今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです。また一緒に遊んでくださいね!」

 

アーシアは深々と頭を下げる。

 

「こちらこそ楽しかったよアーシア。今度は店にも行こう、皆も待ってるから。」

 

アーシアに目線を合わせ、頭を撫でてあげると気持ち良さそうに目を細める。

 

「行くわよ、アーシア」

 

レイナーレの声に軽く会釈をして背中を追っていく。

 

「ちょっと待って!」

 

急に2人の背後からユウの焦った声が聞こえてくる。

何事かと振り返るとそこには。

 

「お土産にどう?]

 

大量のお汁粉を指差すユウの姿があった。

 

「要らないわよ!」

 

大声を出すレイナーレと苦笑いするアーシアはそのまま夜の闇に消えていった。




第3話更新しました。
ご覧なられ方はご存知と思いますが、戦闘にさえたどり着けませんでした。

前話の後書きで戦闘描写をどうこう言いましたがそこまですら行けないとは。

なので余計なことを後書きで書くのはやめます。

内容のほうはアーシアがメインの話なのでどうしてもアーシアに寄っていきますね。
ですが、レイナーレの扱いがこんなことになるとは。
その場で思ったことを書いていくタイプなのでどうしようかと思案してます。
あとの展開のこともあるので原作主人公も出しました。

最後まで閲覧してくれた方、感想をくれた方、誤字・脱字の修正をしてくれた方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第4話

お気に入り100件突破してました。
皆様に感謝です。

第4話です。


富や名誉はいらない。

貴方の側に居られれば。

それだけで。

 

アーシア達と別れた翌日、俺は彼女が働く教会へ向かって歩いていた。

俺の両手には大きな紙袋がぶら下がっている。

 

事の始まりはこうだ。

 

昨夜アーシア達と別れた後、自宅へ帰ろうとした俺は昼間に買った店の食材の存在を思い出し、預けていたロッカーから食材を取り出し店へと向かった。

 

店ではアーシアの来店を待ち望んでいた料理長やスタッフ達がいつも以上に気合いを入れて作ったであろう料理が1人用の小さなテーブルの上に所狭しと並んでいた。

 

俺が顔を出すと満面の笑みを浮かべた料理長とスタッフ達が当然後ろに居るであろうアーシアを探す。

 

しかしどれだけ探してもアーシアの姿はなかった。

 

「なんでおめぇしかいねぇんだよ!アーシアちゃんはどうした!」

 

料理長のみならずスタッフ達からも詰め寄られる。

 

「ア、アーシアちゃんとデ、デートだと!」

 

その料理長の様子に命の危機を感じた俺はアーシアの過去やレイナーレのことを省き、丁寧に事情を説明する。

 

説明を終えるとアーシアのこと想い、涙を流すスタッフまでいたことに驚いた。

 

(どんだけ愛されてんの、アーシア)

 

腕を組み、静かに話しを聞いていた料理長が口を開いた。

 

「アーシアちゃんの側に居てやれと言ったのは俺だ。事情も理解した。だが、デートの最後はこの店だろうが!なんて気の利かねぇ野郎だ!」

 

炸裂する愛のムチに耐えきれず蹲る。いつもなら間に入ってくれるスタッフ達も料理長の後ろで何度も頷いていた。

 

やはり俺は鬼を退治する桃太郎になれないようだ。

鬼さえも魅了してしまう彼女の偉大さを再確認する。

 

(グランデ アーシア カムバック)

 

翌日

 

店の閉店時間 1時間前

 

俺の目の前に2つの大きな紙袋が並んでいた。

 

「アーシアちゃんに料理を作ったから持って行ってくれ。本当は食べに来て欲しいがアーシアちゃんも忙しいだろうからせめてこれ食って元気出して欲しい」

 

料理長とスタッフ達から紙袋を渡され、無理矢理店を追い出された。

 

以前アーシアと2人で歩いた道を1人歩く。

 

教会へ続く道を歩きながら昨日の彼女の話しを思い出す。

 

彼女の過去の話の中に出てきた悪魔や堕天使といった存在。

架空の生命体として漫画や小説に登場するだけの存在。

 

彼女が嘘を言っているとは思えないが余りにも現実離れし過ぎている。最初は自分がうまく聞き取れなかっただけかとも思ったがそうではなかった。

 

彼女を迎えに来たレイナーレと言う女性。アーシアの世話人と言っていたが、彼女にも違和感を感じた。時折彼女が口にする人を下卑したような言葉、自分に向けて放たれたと思われる殺気にも似た感情。時に冷徹で殺意の篭った視線。

 

そのどれもが自分をいや、人間という種族を完全に下に見るような雰囲気を醸し出していた。

 

その一方でアーシアに対しての彼女の接し方は違っていた。

アーシアに向けられる彼女の視線は慈愛に満ちており、大切な妹を相手にする姉のようにも見えた。

 

どちらが本当の彼女なのか分からなくなる。

 

答えの出ない疑問を延々と考えながら歩いていると眼前に目的の教会が見えてきた。

 

(人が居る)

 

教会の関係者と思われる人物が周囲をうろうろしていた。

 

「こちらにアーシア・アルジェントというシスターが勤めていると思うのですが」

 

白髪の男は神父のような格好をしており、よく見ると年若い少年であった。

 

少年の手には玩具の剣が握られていた。

 

俺の声に全く反応しない少年はただじっとこちらをみていた。

アーシア同様外国から来たのではと考え、日本語が通じなかったのではと思った。

 

「あんれー、クソ悪魔くんが来ると思って待ってたのに人間さまじゃーありーませんか!」

 

白髪の少年は独特の口調で下卑た笑い声をあげている。

 

「悪魔?」

 

俺が少年の言葉に小さく反応すると、少年は矢継ぎ早にペラペラと聞いてもいない事をしゃべり始める。

 

「俺の名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓いの組織に所属してるただの人間じゃーございやせん。お前さんも運が悪いねー、こんな時にこんな所に来なけりゃ死ぬこともなかったのーにね!」

 

フリードと名乗った少年は話し終える前に、俺に向かって持っていた剣を振り下ろす。

 

突然、目の前で振り下ろされる剣に俺は半歩後ろへ下がる。

少年の剣は俺の前髪を僅かに掠めるとそのまま地面を叩きつける。

 

「おんやー、肩口からバッサリで血がドッパーだと思ったんですがねー、はい」

 

自分の剣が躱されたことを疑問に思った少年は剣を見ながら首を捻っている。

 

「次こそ痛くしちゃいまーすよっと」

 

目の前の男を目掛けてフリードが剣を振り、蹴りを繰り出すも当たらない。振り下ろす剣は空を切り、繰り出す蹴りは地面を叩く。

 

「んーんーちょこまかと、しゃらくせぇ!」

 

それでもフリードの攻撃が男に当たることなく、徐々に怒りを募らせる。

 

「あーもー、マジ邪魔くせぇ!チョベリバ!これで死んじゃえー!」

 

フリードは男に向けてこれまで隠していた銃を発砲する。

 

男はなんとこれも躱して見せるも大きくバランスを崩す。

 

「これでさいならー!」

 

バランスを崩した男の喉元目掛けてフリードが剣を横薙ぎに振るう。

 

(とった)

 

フリードが下卑た笑みを浮かべた瞬間、剣が男の喉元で止まる。

 

「悪いが俺もただの人間じゃないんでね」

 

フリードの剣が喉元を襲う。

バランスを崩し、回避は不可。

迫りくる剣に対してユウは3本の指を添える。

 

「な、なんだそりゃ!」

 

常人の目には映ることさえない少年の剣先を、ユウは僅か3本の指で止めてしまった。

 

「て、てめぇ!まさか神器持ちか!?」

 

男の信じられない行動に、フリードは堪らず叫び出す。

 

「神器?」

 

少年の言っていることがユウには理解出来なかった。

 

「悪いが、中に居る人物に用があるんだ。君と遊んでる時間はない」

 

言い終える前に地面を蹴り出す。

一瞬にして懐へ入り込むと、少年の顎を目掛けて下から上へ拳を突き上げる。

 

ギリギリでその拳を躱わすフリードだったが、突如巻き起こった暴風によって吹っ飛ばされる。

 

「化け物かよ!こんなん付き合ってられっか!ボクちんは一足先にドロンしまーす。アーシアちゃんなら中の地下聖堂に居まーす!生きてればいーけどねー!バイバイキーン!」

 

少年は最後まで軽口を叩きながらどこかへ消えて行った。

 

少年が去っていった方角に目を向けながら、ユウは自分の身体と対話していく。

 

少年との戦いで見せたユウの爆発的な力は決して偶然ではなく、全てはアジュカの元で身に付けたものであった。

 

 

 

 

 

当時、ユウが悩まされたのはなにも聴覚だけではない。力の加減にも相当苦労したのだ。

 

あの日、両親に連れられアジュカの元を訪れたユウは、既に精神崩壊の1歩手前という重症だった。その為、常に自分の目の届く場所での観察が必要だったため、即入院という判断を下した。

 

アジュカの判断は間違っておらず、昼夜関係なく発作を起こすユウから目を離すことが出来なかった。

 

中でもアジュカを驚かせたのはユウの力だった。

 

発作を起こし、暴れるユウを押さえる事が出来なかったのだ。

無論、全力で抑え付けることも可能であったが仮にも患者であるユウにそれは出来なかった。

 

そのため、アジュカはまず五感の調整を優先させた。五感の崩壊は即ち精神の崩壊に繋がり、いずれは生命に関わる。アジュカは持てる全ての知識と経験を駆使して半月の間ひたすら精神を安定させることに努めた。

 

治療の内容は1種の催眠療法で時間を掛けてユウの潜在意識を探って行くという気の遠くなるような作業であったが、そこはアジュカだ。普通の医師であれば10年は掛かるところを僅か半月でユウの容態を安定させた。

 

次にアジュカが取り掛かったのは力のコントロールだった。

 

五感のコントロールはいかにアジュカといえ、時間が掛かるものだった。

それに比べて力のコントロールは1度加減を覚えれば感覚次第で永続的に力の出し引きが可能になると考えたのだ。

こうして五感と力のコントロールの治療を同時進行で行われ、ユウの懸命の努力とアジュカの知識と経験が合わさり、ユウの状態はアジュカがユウ再生計画と銘打った治療計画を大きく上回る成果を生むことになる。

 

その後も計画を上回る成果を出し続けるユウに、アジュカは計画を次の段階へ移行する。

 

それは当初の計画にはなかったものだった。

 

アジュカが用意したのは戦闘能力の向上と戦闘技術の研鑽の2つだった。

 

ユウに目隠しを暴れ狂う猛獣の相手をさせる。流石に最初は戸惑い、逃げ回るばかりであったが、回数を重ねる毎に動きが洗練されて行き、猛獣の数を2匹、3匹と増やしていっても最早ユウの相手ではなかった。

時折不安定になることもあった精神も今では全く問題なくアジュカも驚いた。

 

なにがあったのか問うと、学校で友人が出来たと楽しそうに語ってくれた。

アジュカは両親や自分以外にも心落ち着けられる人物が現れたことを喜んだ。

 

ユウの修行もとい治療を初めて1年の刻が経ち、いよいよ自分の力は必要なくなったと感じたアジュカはユウにそのことを伝える。

 

ユウが何か言っていたような気がしたが無視した。

 

こうしてユウはアジュカの元を旅立っていた。

 

もう会うこともないだろう。

 

ただ1人の弟子とも言える少年の行く末を案じながらアジュカは街から姿を消した。

 

 

 

 

(アーシア)

 

この中に居るであろう少女の安否が気に掛かり、足早に教会の中へ入っていく。

 

教会内は薄暗くとても本来の目的を果たしているとは思えなかった。

 

雲の切れ間から月の光が差し教会内部を照らす。

 

教会内には先程の少年と同じような格好をした者達が数多くいた。

 

その数およそ20人。

 

「アーシア・アルジェントと言うシスターに会いにきたんですが?」

 

その者達は俺の行く手を遮るように道を塞ぐ。

 

その者達が一斉に俺に襲い掛かってくる。

 

「話し合いの余地はなし」

 

襲い掛かってくる者達を1人、2人と戦闘不能に追い込んでいくも数が多く力を抑えながらの戦いでは不利であった。

 

ユウは人との戦闘は先程のフリードが初めであり、馴れていない。それ故、普通の人間がどれだけ頑丈なのか知らなかった。万が一、殺すようなことはあってはいけないためである。

 

これはアジュカにも言われていたことだった。

 

争い事は極力話し合いで解決する事、それでもダメなら自分が折れること、相手に襲われ攻勢に出る場合は力をセーブすること。

 

そう言いアジュカは自分の胸元を開く。

そこには大きな傷があった。

聞けば、我を忘れた俺を止めるために負った傷だという。

自分の力がどれだけ危険であるか、アジュカはその身を犠牲にして教えてくれた。

 

最後にアジュカが教えてくれた自分にとって大切なものを守るために力を解放するのは悪ではないことを。

 

「邪魔だ」

 

俺が目を見開くと、襲い掛かってくる者達が1人また1人と倒れていく。

 

力を解放したのだ。

アーシアという少女を守るために。

 

悪魔祓いと呼ばれる者達は彼の放った殺気に耐えられなくなり、次々と意識を手放していく。

 

「地下聖堂への入り口はどこにある?」

 

辛うじて意識を保った悪魔祓いは全身をガクガク震わせ小水で地面を濡らすと、祭壇を指差す。

 

ユウはその男にハンカチを手渡すと一瞥して地下聖堂へ急ぎ走り出す。

 

地下聖堂への道は一本道で迷う事なく扉まで辿り着き、扉を開こうとした時

 

「助けてユウさん!」

 

 

 

 

 

「ようやくこの時が来たのだ!俺はこの力を以て至高の存在へと生まれ変わるのだ!」

 

奥の十字架に張り付けにされた金色の髪の少女を崇めるようにシルクハットを被り、トレンチコートを着た男が天高く両手を掲げる。

 

男の足下には黒髪の女性が横たわっていた。

 

「話が違うじゃないドーナシーク!アーシアには何もしないって!」

 

男の足に縋り付き叫ぶ女性。

 

「貴様のような下等な堕天使に言ったところで理解できぬと思い、言わなかったまでよ。現に今でも理解してはいまい」

 

男は女性の腹を蹴り飛ばす。

女性はゴロゴロと転がり、壁に身体を打ち付ける。

 

「レイナーレ様!」

 

張り付けにされた少女が蹴り飛ばされた女性に駆け寄ろうするも十字架から逃れられず身体を捩る。

 

「お前は良くやってくれたよレイナーレ。シスターアーシアの心の拠り所となり、私は計画をよりスムーズに進めることが出来た」

 

男はレイナーレに向けて下卑た笑みを浮かべる。

 

「ドーナシーク!」

 

レイナーレは叫びと共に立ち上がると、掌に集めた光を矢に変え、男に向かって放つ。

 

「やった」

 

光が男に直撃し、辺りに砂塵が舞う。

レイナーレが安堵の表情を見せ、アーシアに近付こうとする。

 

「レイナーレ様!危ない!」

 

砂塵の中から一筋の光が放たれ、レイナーレの腹部に突き刺さる。

 

「バカな女だ。だから貴様は何も分かってないと言ったのだ」

 

腹部を押さえ、口から血を吐きながらその場に崩れ落ちるレイナーレ。

 

砂塵が晴れ、男がレイナーレに近づき彼女の頭を踏みつける。

 

「レ、レイナーレ様?」

 

アーシアの翡翠色の瞳からいくつも涙が零れ落ちる。

 

教会に赴任してきてからずっと一緒に居てくれたレイナーレ様。

時に優しく、時に厳しく世間の常識を教えてくださったレイナーレ様。

家族が居ない私にとって初めて出来た姉のようで、何でも話せる友のようだったレイナーレ様。

彼の話をすると、うんざりとしながらも笑顔で聞いてくれたレイナーレ様。

 

「助けて」

 

アーシアの小さな呟きに反応する男。

 

「何か言ったかなシスターアーシア?」

 

男はレイナーレの頭を踏みつけながら頭上のアーシアに視線を向ける。

 

「助けてユウさん!」

 

大粒の涙を溢しながらアーシアは届くはずない彼へ祈りを捧げる。

 

 

 

 

 

「お呼びですか、シスター?」

 

[ドガッ]

 

喧しい音と共に地下聖堂の扉が蹴破られる。

 

辺りに砂塵が舞い、声の主を確認できない。

 

「誰だ!」

 

ドーナシークが砂塵に向けて声を上げる。

 

「人にものを尋ねる時は自分から。どうやら此処の教会の者達には人間の常識が通じないらしい」

 

辺りに覆っていた砂塵が晴れると、そこには白いワイシャツに、腰にエプロンを携えた男が静かに然れど、その瞳には激しい怒りを宿しながら佇んでいた。

 

「ユウさん!」

 

彼女の無事を確認するとユウは安堵し、アーシアに向けて手を振る。

 

「誰だ貴様!」

 

ドーナシークは見覚えのない男に光の矢を放つ。

 

「アーシア、すまないが少し待っててくれ」

 

だが既に男の姿はそこにはなく、ドーナシークの足下に横たっていたレイナーレを抱き抱えていた。

 

「なっ!」

 

ドーナシークに男の姿を捉えることが出来ず、いきなり自分の背後に現れた男に驚愕する。

 

(息はあるが危険な状態だ、間に合うか?)

 

自分を無視して話を進める男に、ドーナシークの怒りが最高潮に達する。

 

「貴様ぁ!」

 

背後の男に向けてドーナシークは渾身の裏拳を放つ。

しかし、ドーナシークの裏拳は空を切り、男に当たる事はなかった。

 

「うるさい」

 

ドーナシークの裏拳を躱わすと、男の拳がドーナシークの鼻を捉え、ドーナシークは吹っ飛ぶ。

 

レイナーレを聖堂のベンチに横に寝かせ、ユウはアーシアの張り付けられている十字架の前に来る。

 

「アーシア、ちょっと我慢してくれ」

 

ユウがアーシアの張り付けられている十字架を壊そうとするが、壊れない。

 

「バカが!その十字架には特別な結界が張ってあるのだ!ただの力バカに解けるはずがない!」

 

ドーナシークが鼻を押さえながら立ち上がり、形勢逆転とばかりに大声で笑う。

 

[パリン]

 

ユウが力を加えると、十字架に張られていた結界がいとも簡単に割れる。

 

十字架から解放され、空中でバランスを崩すアーシアを優しく抱き止める。

 

「お待たせアーシア」

 

頬に流れ落ちる涙を指で拭って優しい笑顔をアーシアに向けるユウ。

 

「ユウさん!ユウさん!ユウさん!」

 

以前もこんなことがあったなと思い出しながら彼女の美しい金色の髪を撫でてあげる。

 

「き、貴様!い、一体なんなのだ!」

「アーシア!」

 

ドーナシークが怯えたような声で叫ぶと同時に茶髪の少年が叫ぶ声が聞こえた。

 

「な、なんだこりゃ!」

 

間の抜けた声が聖堂中に響き渡る。

 

「一誠さん!貴方は兵藤一誠さん!」

 

俺の腕の中からひょいっと顔を出したアーシアが茶髪の少年に向けて声を掛ける。

 

「兵藤君!」

「兵藤先輩!」

 

茶髪の少年の後ろから金髪の美少年と白髪で猫の髪止めが特徴的な小さな少女が現れる。

 

「どうなってんだこれ!て、てめぇはドーナシーク!」

 

茶髪の少年が辺りを見渡すと、以前自分を襲ってきたシルクハットにトレンチコートの男が鼻を抑えながら立ち尽くしている。

 

後ろに居た2人も聖堂内の様子に呆然とする。

 

「塔城ちゃん!」

 

突然、呼ばれたことに小猫は肩を震わせる。

自分をそう呼ぶ人物は1人しか居ない。

 

「ユウ先輩?」

 

白いワイシャツに腰にエプロンを携えた男がこちらを振り返る。

 

「塔城ちゃんは彼女を安全な場所に」

 

ユウ先輩の視線の先に目を向けると1人の女性がベンチに横たわっていた。

 

「夕麻ちゃん!」

 

茶髪の少年も女性の姿を確認すると大声で叫ぶ。

 

「木場祐斗!君はこの子を頼む!アーシアはレイナーレを治療してくれ。かなり危険な状態だ」

 

俺がアーシアを降ろすと木場祐斗が彼女を守りながら地下聖堂の外へ誘導していく。

 

小猫もレイナーレを担ぎながら2人の後を追い掛けていく。

 

「行かせん!」

 

ドーナシークが聖堂の外に出ようとする4人に光の矢を放つ。

 

「させるか!」

 

兵藤一誠がその間に入り、ドーナシークの光の矢を吹き飛ばす。

 

「此処は任せていいんだな兵藤一誠」

 

目の前でドーナシークに対して激しい怒りを見せる兵藤一誠。

 

「はい!だから先輩は皆の所に!」

 

その声を聞くとユウも聖堂の外へ走り出す。

 

 

 

 

聖堂の外に出ると床に横になり、アーシアの治療を受けるレイナーレとその様子を伺う4人の姿が目に入る。安堵の表情を浮かべアーシアを見ると、彼女の瞳から大粒の涙が零れていた。

彼女の涙で俺は全てを理解する。

 

「レイナーレ様ぁ!」

 

大声で泣き叫ぶアーシアは冷たくなっていく彼女の胸に顔を埋めながら何度もレイナーレの名前を呼んでいた。

 

俺の存在に気が付いた黒髪でポニーテールの少女は大きく目を見開き、紅の髪の少女が声を掛ける。

 

「ユウ君!?何故貴方が此処に!?」

 

俺が此処に居ることに驚愕するリアスと朱乃。

 

「後にしてくれ」

 

俺はリアスの問いを制し、泣き叫ぶアーシアと横たわるレイナーレの元で膝を折る。

 

「すまないアーシア」

 

レイナーレの胸に額を当てながら首を左右に振るアーシア。

 

[ドゴッ]

 

聖堂の方から建物の崩れる音が聞こえてきた。

 

「終わったようね」

 

リアスが聖堂の方に視線を移し小さく呟く。

 

「夕麻ちゃん!」

 

兵藤一誠が聖堂の中から大声を上げ走ってくる。

 

「ぶ、部長!」

 

兵藤一誠はリアスがこの場に居ることに驚いているが興奮しているか話を止めない。

 

「部長!俺やりましたよ!ドーナシークの奴をぶっ飛ばしてやりました!」

 

妙な籠手の付いた右腕をブンブン振り回している。

 

「赤い龍の紋章。そう、そういうことなのね」

 

リアスが兵藤一誠の右腕を見て何かを呟いていた。

 

「とにかく此処は危険ですわ。1度外に出ましょう」

 

朱乃の言葉にリアスが指示を出す。

アーシアには小猫が付き添い、俺がレイナーレの身体を抱き上げ教会の外に出る。

 

レイナーレを安全な場所に横にするとアーシアがその横に腰を降ろす。

 

まだ涙の止まらないアーシアの背中を摩ってあげる。

 

リアスが小猫に何か指示を出しているが、今そのことを気に掛けている余裕は俺にもアーシアにもなかった。

 

「部長、夕麻ちゃんはいつ頃目を覚ましますか?俺ドーナシークの奴に聞いて。だから夕麻ちゃんに謝らなきゃって思って」

 

兵藤一誠のその言葉にアーシアは肩を震わせる。

 

「一誠よく聞いて。彼女はもう目を覚まさないわ」

 

リアスも悲痛な表情で事の次第を伝える。

 

「えっ?で、でもアーシアが治療してたんじゃ?」

 

リアスが何を言っているのか分からないと言った様子でリアスに問い掛ける兵藤一誠。

 

「【聖母の微笑】とて死者を甦らせることは出来ないの。残念だけど彼女はもう」

 

視線をこちらに向けると、ふらふらとした足取りでレイナーレの元に腰を落とす兵藤一誠。

 

「う、嘘だ。だ、だってこんなに綺麗な顔でね、寝てるじゃないですか。夕麻ちゃん!俺だよ兵藤一誠だよ!」

 

兵藤一誠の行動にそこに居た全ての者が目を伏せる。

 

「部長、持ってきました」

 

そこへドーナシークを引き摺った小猫が戻ってくる。

どうやらリアスは小猫にドーナシークを連れてくるよう指示していたようだ。

 

「ドーナシーク!」

 

ドーナシークの姿を目にすると、怒りの全てをぶつけるかのように突っ込んで行く。

 

「待ちなさい一誠!その男にはまだ聞かなきゃならないことがあるのよ!」

 

リアスの言葉など耳に入らないのか、兵藤一誠は止まらない。

 

「ダメだよ兵藤君!部長が言ってる!」

 

身を挺して兵藤一誠を止める木場祐斗。

 

「離せ木場!この野郎は生かしておく価値がねぇ!」

 

怒りに我を忘れ、ドーナシークに近付いていく。

 

[パンッ]

 

乾いた音が周囲に鳴り響く。

兵藤一誠の頬をリアスが平手打ちした。

 

「いい加減しなさい一誠!これは王としての命令よ!」

 

リアスの行動に兵藤一誠は目を見開き、その場に肩を落とす。

 

朱乃がドーナシークに水を浴びせるとドーナシークの意識が回復する。

 

「ごきげんよう、堕天使ドーナシーク」

 

咳き込むドーナシークにリアスが声を掛ける。

 

「紅の髪・・・グレモリー一族の娘か」

 

顔を歪め、リアスを見るドーナシーク。

 

ドーナシークに向けて名乗りを上げるリアス。

 

「短い間でしょうけど、お見知りおきを」

 

笑顔で言い渡すリアスとは対象的な表情でリアスを睨み付けるドーナシーク。

 

途端に笑み浮かべ笑い始める。

 

「してやったりと思っているのだろが、私はまだ負けてはいない!」

 

そう言い、リアスを睨むドーナシークの前に2枚の黒い羽を投げつける。

 

「これを見てもそんなことが言えるかしら?」

 

リアスは妖しい笑みを浮かべると、ドーナシークは驚愕の表情を見せる。

 

それからリアスはドーナシークに対して説明を始める。

 

この街に堕天使が入り込んでいたこと。

何かを計画していたこと。

その堕天使が独自に動いていたこと。

 

リアスの言葉にドーナシークの表情はみるみる歪んでいく。

 

「ドーナシーク。貴方が一誠に負けた最大の理由を教えて上げるわ」

 

リアスが唐突に語り始める。

 

「彼の兵藤一誠の神器はただの神器じゃないわ。【赤龍帝の籠手】数ある神器の中でも最強クラスの神滅具と呼ばれる代物よ」

 

リアスの言葉に驚愕するドーナシーク。

 

「【赤龍帝の籠手】だと!あんな小僧に神滅具!」

 

そう言い終えると、リアスの表情が一気に冷たくなる。

 

「種明かしも済んだし。そろそろお別れね」

 

リアスがドーナシークに手を翳すと彼女の手に魔方陣のようなものが形成されて行く。

 

「待ってください部長!」

 

兵藤一誠がリアスに待ったを掛ける。

 

「そいつは俺にぶん殴らせてください!」

 

右腕の拳を握り締めながらリアスに懇願する。

リアスも兵藤一誠に根負けし、俺とアーシアの所まで下がる。

 

「わかったわ一誠。貴方の気が済むようにしなさい」

 

兵藤一誠がリアスに深々と頭を下げる。

 

その時ドーナシークの目が妖しく光る。

俺はそれを見逃さなかった。

 

「どうせ死ぬなら誰か1人を道連れだ!」

 

ドーナシークは光の矢を形成し、投擲する。

 

その目標は兵藤一誠でも子猫でも木場祐斗でもアーシアでも朱乃でも俺でもなく。

 

「死ねぇ!」

 

咄嗟のことに、その場に居た全員が反応出来なかった。

 

(しまった!)

 

狙われたリアスも棒立ちのまま迫り来る光の矢を見ていることしか出来なかった。

 

リアスは目を瞑る。

脳裏に浮かぶのはこれまでの悪魔生と大切な家族や可愛い眷属達の顔、最後に浮かんだのは隣の席の男の笑顔だった。

 

 

 

 

いつまでも感じない痛みにリアスは不思議に思いながら瞼を開く。

 

目の前の現実にリアスの顔が青ざめる。

 

今リアスの目に映るのは自分を守るようにこちらを向き、背中に光の矢が突き刺さっている。

 

菅原 ユウの姿だった。




第4話更新しました。
書いていて1章終わるかもと思いましたが、終わりませんでした。
まぁ、筆者なんてこんなもんです。
読んでいただいた読者の皆様には「何で急に」と思う場面が多々あったと思いますが、そこは筆者の都合と言うことで勘弁してください。
現在は場面が変わるシーンを空白で表現してるんですがなにかいい案がないか思案中です。
余計なことを書きたくないし迷います。

最後まで閲覧してくださった方、コメントをくださった方、誤字・脱字修正をして下さる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第5話

綺麗な言葉や美しい表現を使おうとするとボロが出ます。
第5話です。


聞こえたんだ皆の呼ぶ声が

帰るから皆の待つその場所へ

 

それは刹那の出来事だった。

油断と言われればそれまでだろう。

 

対峙していた堕天使ドーナシークの最後を眷属である一誠に任せ、彼の元へ踵を返す。

 

救えなかった命を前に彼は悲痛な表情を浮かべる。

 

元を正せば私の責任だ。

堕天使が街で暗躍しているという情報を事前に把握していた。街の管理者として誰よりも早く情報を精査し、行動しなければならない立場だった。

 

無論、動かなかったことにも理由はある。

堕天使との衝突は小競り合いとはいえ、1歩間違えば冥界を巻き込む外交問題に発展しかねない。

それほど悪魔と堕天使の関係は緊張状態にある。

一部の堕天使の独断だったとはいえ勝手な行動は許されない。

 

いや、それは言い訳にしかならないだろう。

事の次第を冥界に報告し、堕天使陣営に確認を取ってもらえばこんなことにはならなかっただろう。

冥界での自分の評価が落ちることを危惧し、報告しなかったのだ。

 

自分のちっぽけなプライドが今回の事件を生んだと言っても過言ではない。

 

深くため息を吐く。

 

「死ねぇ!」

 

事件の顛末を整理していたことで反応が遅れ、振り向いた時には光の矢が目の前まで飛んで来ていた。

 

私は死というものを覚悟した。

自分達悪魔にとって堕天使の操る光は猛毒である。

僅かでも触れれば激痛が全身を駆け巡る。

この質量の光を受ければ自分がどうなるか判断出来ないほど私もバカではない。

 

もうどうにもならないことを悟り、静かに目を閉じるとこれまでの私が歩んできた悪魔生が走馬灯のように駆け巡る。

 

大好きな父と母。

少し言い過ぎる所はあるが、私を一番可愛がってくれた兄。

厳しくも優しく頼りになる義姉。

初めて出来た可愛い甥。

 

可愛い眷属達の顔も浮かぶ。

 

私にとって初めての眷属である親友の朱乃。

甘いものが大好きな小猫。

忠誠心の強い祐斗。

眷属になったばかりの一誠。

 

他にも沢山の人々が浮かんでは消えていく。

 

(みんな)

 

最後に浮かぶのは彼の姿。

 

学園で最初に仲良くなった男の子は不思議な人だった。男の人にあまり興味のなかった私にとって、身内や眷属以外で初めて親しくなった男の人。

私のことをグレさんと呼び、いつも笑顔を見せてくれた。

それまでの私なら絶対に許さない呼び方だが、笑顔の彼にそう呼ばれると、なんだか心が暖かくなる不思議な雰囲気を持った男の子。

 

彼が今日この場に居たことは驚いた。

しかも堕天使や悪魔祓いを相手に大立ち回り、最終的にはアーシアという少女を堕天使から助け出したという。

 

私の中の最後の彼は悲痛な表情をしていた。

出来ることならもう1度だけ彼の笑った顔が見たかった。

 

 

 

 

「えっ?」

 

いつまでも訪れない衝撃に静かに目を開いていく。

 

「ユ・・ウ君?」

 

私の目の前には彼が立っていた。

光の矢が迫っていた私の前に。

 

「な・・んで?」

 

彼に手を伸ばそうとする。

彼は私に優しく微笑み掛けると、血を吐き、そのまま崩れ落ちる。

 

私の手が彼に届くことはなかった。

彼の背中には堕天使の放った光の矢が突き刺さっていた。

彼が私を庇ったのだ。

 

「イヤァァァァァ!」

 

私の背後からアーシアの悲鳴が響き渡る。

眷属たちが一斉に彼の元に駆け寄る。

 

私の途切れそうな意識を繋ぎ止めたのは視線の先で下卑た笑みを浮かべる堕天使への怒りだった。

 

「ドーナシークゥゥゥ!」

 

私は怒りに我を忘れ、ドーナシークに向けて魔方陣を展開する。

母から受け継ぎ、今ではグレモリーの代名詞である滅びの力でドーナシークを完全に消滅させるために。

 

(許さない!許さない!許さない!)

 

私の心は怒りと憎しみに支配されていた。

 

 

 

 

一陣の風が私の頬を叩いた。

 

 

 

 

(背中が焼けるように熱い)

 

俺は薄れ行く意識の中で妙な心地よさを感じていた。

 

(身体が力が入らない。頭もぼぉーっとする。だけど、すげえぇ気持ちいい)

 

声が聞こえた気がした。

 

その日、俺は18年の人の生涯に幕を閉じた。

 

 

 

 

その風は駆け寄る眷属達を通り過ぎ、私の頬を叩くと私の手から滅びの力が放出されるよりも先にドーナシークに向かって行った。

 

「ユウ君?」

 

リアスはその風の正体に彼の姿を重ねる。

その容姿は自分の知る彼とはかけ離れていたが、リアスにはそれがユウのように思えた。

 

「く、来るな!ば、化け物!」

 

ドーナシークは一心不乱に抵抗するもその者は歯牙にも掛けず無言で殴り続ける。

 

一方的な展開とはまさにこのことだろう。

既に意識がなく動かなくなったドーナシークをこれでもかと痛めつけると、周辺には堕天使の黒い羽が無惨にも毟り捕られ、地面を埋めていく。

次第にその行為は過激さを増していき、ドーナシークの臓器で辺りを汚す。

 

「うっ、おえぇぇぇぇ!」

 

その一部始終を見ていた一誠が耐えられなくなり嘔吐する。他の眷属達の顔から血の気が引き、青ざめている。周囲は強烈な腐臭が漂っていた。

 

その者は既に原型を留めていないドーナシークに興味がなくなったのか、放り投げると天に向けて雄叫びを上げる。

 

ウゴォォォォォォ

 

それはもはや雄叫びなどと言う生易しいものではなく、まるで獣の咆哮であった。

 

その咆哮は結界に阻まれ、街に住む一般人には届くことはなかったが、力あるもの達の頭上には等しく響いた。

 

 

 

 

ある者は執務室で秘書と思われる銀髪の三つ編みの女性と共に。

 

ある者は自身の研究室で胸の傷を押さえながら。

 

ある者は自宅で黒猫を抱き締め、祈るようにしながら。

 

 

 

 

咆哮を上げ終えると、その者はまるで次の玩具を探すかのように周囲を見渡す。

 

その者の目がこちらを捉えた。

 

その者は先程までと風貌が異なり、短い黒髪だった頭部は灰色に染まり、腰元まで伸びていた。眼には瞳が存在しておらず真っ赤であった。耳は先程の堕天使のように尖っており、口には大きな牙を2本携えていた。

 

何よりも私が驚いたのはその者の背中から伸びる漆黒の翼であった。

 

「悪魔の翼!?」

 

その者は自分達種族と同じ黒い翼を背負っていた。

 

「け、獣?」

 

一誠がその者を見て呟く。

 

「ち、違います!あの方はユウさんです!」

 

アーシアの言うことはその場に居た全員が理解していた。しかし、その変わり果てた彼の姿に言葉がなかった。

 

「く、来るわよ!」

 

私達を次の玩具と定めた彼は雄叫びを上げながら突っ込んでくる。

 

「祐斗は右!小猫は左!朱乃は上空から一斉に行くわよ!一誠はその子を守りなさい!」

 

リアスが眷属達に指示を与え、眷属達は一斉に動き始める。

 

「ま、待ってください!あの人はユウさんなんですよ!」

 

アーシアは今にも攻撃しようとする私達に向かって叫ぶ。

 

「わかってるわ!でも今は抵抗しなきゃ此方が殺られるわ!貴方も見てたでしょ!あのドーナシークの最後を!」

 

 

部長にそう言われ、ドーナシークの最後を思い出し肩を震わせるアーシア。

 

それぞれの配置に付いた部長達がユウ先輩を目掛けて一斉に攻撃を仕掛ける。

 

部長は滅びの力を放ち、朱乃さんが雷を落とす。木場は無数の剣を作り切り掛かる。小猫ちゃんは渾身の力で拳を突き出す。

 

連携を取りながら絶え間なく攻撃を与え続けていく。

みんな悲痛な表情だった。

姿や形は違っても今、自分達の目の前にいるのはあのユウ先輩。躊躇いがないはずがない。

 

隣ではアーシアが顔を手で覆い、涙を流す。

 

(くそっ!俺に出来ることはないのか)

 

俺の左腕の籠手が光輝く。

 

 

「祐斗!」

 

私達の攻撃を歯牙にも掛けず、彼は祐斗を吹き飛ばす。

続けて朱乃や小猫にも向かって行くが二人はなんとか回避に成功する。吹き飛ばされた祐斗もしっかり防御していたらしく大したダメージはなかった。

 

「力は凄いですが、速さはこちらに分がありそうですわ!」

 

これまでの戦闘から何とか勝機を探っていく。

 

「攻撃も単調です」

 

行動パターンを解析していく。

 

「菅原先輩と違い、知能は低いようです」

 

無謀と思われた戦いに活路を見いだしていく。

 

「部長!」

 

走り寄ってくる一誠に目を向けると、彼の左腕の籠手が光輝いていた。

 

「貴方それ!」

 

一誠が私に左腕を突き出す。

 

「俺も闘えます!」

 

小さく頷き、指示を出す。

 

「この戦い長引けば不利なるわ!なんとか彼を正気に戻すわよ!」

 

私の号令と共に眷属達が動き出す。

 

それぞれの思いを胸に。

しかし、皆の願いはただひとつ。

もう一度あの笑顔に会いたい。

 

 

私はどうしたらいいのでしょうか。

我を忘れてしまったユウさんを正気に戻すために皆様がユウさんに立ち向かっていく。

それを私はただ見てることしか出来ない。

 

一誠さん達のように戦い、彼を正気に戻す力も私にはない。

 

始めは作戦が上手く行き、一誠さん達の優勢だったが、次第に一誠さん達が追い込まれていく。

 

部長と呼ばれていた女性は吹き飛ばされ、壁に背中を叩きつけられ、朱乃さんという方は脇腹を拳が襲い、血を吐く。木場さんという男性は地面に踏みつけられ、小猫さんという少女は腕を掴まれ投げ飛ばされていた。一誠さんも私のところまで蹴り飛ばされる。

 

私は居ても立ってもいられず走り出した。

 

「ユウさん!」

 

暴れ狂う彼の腕に獅噛附ていた。

 

私の突然の行動に驚き、動きを止める皆さん。

 

「ユウさん!元に戻って!優しいユウさんに戻って下さい!」

 

子供のように泣き叫び、懇願する。

私にはこうして語り掛けることしか出来ない。

 

それでも彼は止まらなかった 。

私は吹き飛ばされ、足を痛めるも一誠さんに受け止められ、致命傷を免れる。

 

 

「危ないからはアーシアは下がってた方がいい。それに先輩はもう」

 

私の肩に手を置きながら一誠さんが呟く。

 

「もう・・・なんですか?」

 

自分でも驚くほど低い声が出た。そんな私に困惑する一誠さん。

 

「もうなんだって言うんですか!」

 

私は一誠さんの手を払い退けて彼に近づいて行く。

 

痛む足を引き摺りながら彼の足元に膝を付き、祈りを捧げる。

 

「ユウさん覚えてますか?あの日のこと」

 

私の懐から見覚えのあるプリントシールが地面に落ちる。

 

私はそれを拾うと、立ち上がり彼の前に差し出す。

 

「泣き続けた私にそっと手を差し伸べてくれたあの時のことを」

 

あの日の出来事を思い出し、笑みを浮かべながら彼に語り掛ける。

 

「それから貴方は私に様々な景色を見せてくださいました。映画館、ハンバーガーショップと沢山の初めてをくれました」

 

彼の手を取り、あの日彼がしてくれたように優しく包み込む。

 

「そしてゲームセンターでこの写真を一緒に撮りましたね」

 

彼がプリントシールを覗き込む。シールには[はじめてのデート]と記されている。

 

「貴方は私に言ってくださいました。だから私も貴方に言います。これまでの悲しみも多くの苦しみも全ては貴方に逢うための主が与えた試練だったと思うのです」

 

私の言葉に耳を傾けるように彼の顔が近づいてくる。

 

「もう一度伝えます」

 

彼の頬に手を添える。

 

「大好きですユウさん」

 

私の唇が彼の唇に触れる。

私の瞳から一筋の涙が零れる。

 

 

 

 

夢を見ている。

幼い頃の俺が教会に佇んでいる。

そこに両親は居らず迷子のようだ。

膝を抱えて泣く俺に話し掛けてくれた少女が居た。

金色の髪が眩しい同い年くらいの少女。

俺の手を引き、歩くその子はいつも笑顔だ。

両親を探して歩き回る。

中々見つからず落ち込む俺を笑顔で励ます少女。

両親を見つけ、喜ぶ俺に少女はまた遊ぼうと話す。

俺は少女に友達になろうと言うと少女は月の光ような優しい笑みを浮かべ、うんと元気に答えていた。

 

 

 

 

目を覚ますと眼前に綺麗な星空が飛び込んで来る。

随分と眠っていた気がする。

ドーナシークの光の矢がリアスに迫っているのを見たら身体が勝手に動いた。

その後のこと覚えていない。

 

「いでっ!」

 

急に目の前に兵藤一誠の顔が現れたのでとりあえず平手打ちした。

 

左手に重みを感じ、視線を向けるとアーシアが可愛らしい寝顔で寝息を立てていた。

 

「みんな、先輩が目を覚ました!」

 

兵藤一誠の声がやけに耳に残る。

いい気分ではない、隣で寝ているアーシアの寝息に比べれば月とすっぽん、ウサギと亀である。

そもそも比較対象にすらならん。

 

綺麗な星空にアーシアの寝息という最高のシチュエーションで目覚めを果たした俺の感動を返せ。

 

兵藤一誠許すまじ。

 

どうでもいいことを考えているとリアスとオカルト研究部の面々が歩いてくる。

 

「ごめんなさいユウ君。私のせいでこんなことに。」

 

リアスは普段余り見せたことのない表情をして、俺に頭を下げる。俺が倒れたことに責任を感じているようだ。

 

「生きてるみたいだから平気。それにあの時は身体が勝手に動いたって言うかよく覚えてない」

 

うーんと悩んでいるとリアスから笑みが零れる。

 

「相変わらずね。身体は大丈夫?」

 

リアスに言われて身体を起こすと、節々に激痛が走る。

 

「だ、大丈夫」

 

苦悶の表情を浮かべ、サムズアップする。

 

リアスはため息を吐き、朱乃はあらあらと口にし、塔城ちゃんはジト目で俺を見てくる。木場は苦笑いを浮かべている。

 

「ダメみたいね。アーシアの力でも治らないとなると、現状打つ手はないわね」

 

リアスは朱乃に何か指示を出す。

 

「怪我が治るまで入院するしかないわね。病院は私の方で手配しておくわ」

 

リアスが可愛らしいウインクをすると何故か兵藤が騒いでいた。

 

「断る!俺は高校で皆勤賞を狙うと決めてこれまで1度も学校を休んでいない」

 

唯一の俺の自慢である。

 

「ハイハイ、入学式の日に遅刻した貴方には最初からその資格はないのよ」

 

遅刻もダメなのか、衝撃で再び気を失いそうになる。

 

呆然としながら周囲を窺うとあることに気が付く。

 

「リアス、レイナーレは?」

 

レイナーレが横たわっていた場所に彼女の姿は既になくリアスに問いかける。

 

「然るべき所を通して帰るべき場所へ帰したわ」

 

最初はいい印象を持つことが出来なかったが、彼女のために涙を流すアーシアを見て変わった。

彼女はアーシアを守ってくれていたのだ。

彼女が居なければアーシアも無事では無かっただろう。

 

近くにいた兵藤も複雑な表情をしている。

 

「リアス、手配が出来ました」

 

朱乃が戻ってくる。どうやら病院の手配が出来たようだ。

 

「ご両親には私から説明するわ。他にもお願いしなきゃいけないこともあるし」

 

リアスの言葉に首を傾げる。

 

「ん」

 

隣で眠っていたアーシアが目を覚ました。

まだ眠いのか目を擦りながらぼぉーっと此方を見ている。

俺はそんな彼女の頭を撫でて上げる。

 

「ユウさん?」

 

意識のはっきりしない彼女は状況が把握出来ていないのか周囲をキョロキョロと可愛らしく窺う。

 

「ユウさん!身体を起こして大丈夫なんですか?」

 

彼女は心配そうに俺の顔を伺う。

 

「アーシアのおかげでなんとか。身体は所々痛むけど命に別状はないよ」

 

彼女は安堵の表情を浮かべ、俺に抱き付く。

自然と2人の瞳が重なる。

彼女はあの日のように唇を俺の唇に寄せてくる。

 

「おっほん!」

 

近くにいたリアスがわざとらしく咳払いをする。

背後から嫌な視線を感じる。

俺の背中に冷たい汗が流れる。

 

「あらあら、随分楽しそうですわね」

 

口元に手を添えながら笑顔の朱乃だが目は笑ってはいない。

 

「変態」

 

既に先輩とすら呼んでくれない塔城ちゃん。

 

「私達が居ること忘れて、2人の世界に入らないでちょうだい」

 

腕を組み、もはや笑顔すらないリアス。

 

兵藤は訳のわからないことを口にしながら肩を落とす。

木場はいつも通り苦笑いを浮かべる。

 

「はぅ」

 

アーシアは我に帰り、顔を真っ赤にして俯く。

 

(積極的なアーシアもいい)

 

塔城ちゃんの拳が脇腹に突き刺さる。

激痛に悶えながら塔城ちゃんを見る。

 

「その口、糸で縫いますよ」

 

どうやら心の声が口に出ていたらしい。

 

アーシアは隣で口をパクパクさせなが視線を泳がせている。

リアスと朱乃の視線が更にキツくなったのは言うまでもない。

 

「先輩の髪の色は戻ったのに伸びた髪は元に戻んないっすね」

 

肩を落としていた兵藤が俺を見る。

 

「髪?」

 

兵藤が何を言っているのか分からず自分の頭に手をやる。

 

「なんじゃこりゃ!」

 

痛む身体を動かしながら髪を触っていくと腰辺りまで伸びていた。

 

寝ている間に自分に何が起こったのか。

 

「まいっか」

 

リアスは呆れ、朱乃は目を見開き、アーシアはポカンとしている。他の3人は肩を落とす。

 

「相変わらずカルいわね」

 

軽さと浅さが俺の信条である。

 

「今日のことは改めて話をするとして、救急車が来たわね。一誠と祐斗は肩を貸して」

 

救急車が到着し、隊員がストレッチャーを運んでくる。

リアスが隊員達に事情を説明し、俺の所へ誘導する。

 

俺はストレッチャーに乗せられる。

 

「おかえりなさい、ユウさん!」

 

背中からアーシアの優しい声が聞こえる。

 

「ただいま」

 

振り向くと、アーシアとオカルト研究部のみんなの笑顔を浮かべていた。




第5話更新しました。
これを呼んで下さってる方はご存知でしょうがオリジナル展開でした。
文章力のなさと表現の稚拙さが嫌になります。
他にもあるんですが割愛します。
この程度を書くのが大変でした。
もうアーシアでいいんじゃないかと思うほどアーシアが全部持っていきました。
まぁ次章になればあの人に寄るんでしょうが。
出来るだけストーリーに乗せて書こうと思います。

閲覧してくれた方、感想をくれた方、誤字・脱字の修正をしてくださる方はありがとうございます。

ではまた次回。


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第6話

今話から漢数字を使ってます。
理由はPCの不調でスマホで書いてるからです。

6話です。


生き続けることの意味を探していた

貴方がその意味になってくれた

 

入院生活も六日目を過ぎ、検査の結果が良好で明日に退院出来る主治医から言われている。

当初は三ヶ月は絶対安静と言われていたが、日に日に怪我の具合が改善していく俺に主治医も目を丸くしていた。

驚異の回復力を誇る俺の身体は主治医の研究心に火を点けたようで検査や診察など日に何度も行われた。

それはまだ良かった、慣れてるから。

 

俺が頭を悩ませていたのは別のことだった。

 

時刻は17:00を過ぎた頃、その時は訪れる。

 

 

 

 

六日前、早朝に救急車で搬送された俺は一般庶民では生涯お目に掛かることが出来ないであろう豪勢な病室に案内された。

 

聞けばリアスの知人ということで彼女から手厚くお世話するように言われてたようだ。

 

病室に入った俺の元には院長を先頭に看護師長や若手のホープ、女性看護師の綺麗所がズラリと並んでおり、まるで有名政治家や芸能人の極秘入院のような有り様だ。

全員の紹介だけで一体何十分掛かったことか。

 

何処の白い巨塔だよ。

 

リアスが良い所のお嬢様とは聞いていたがこれほどとは。今度ご飯をご馳走してもらおう。

 

その後、両親が病院を訪れると通された病室に驚いていた。

 

「あんた、突っ込んでくるダンプから女の子を守ったんだってね。リアスちゃんから聞いたよ」

 

リアスと朱乃は何度か家に遊びに来たことがあるため、両親と顔見知りであった。

 

母ちゃんの話はこうだ。

 

バイトの買い出し中に道に迷っていた女の子を発見。その子の道案内の途中に事故に遭い、救急車で搬送。大きな事故では有ったが、幸い意識もあり命に別状はないとのこと。本人の意識はあったが、搬送された時の格好が駒王学園の制服ではなかったため身元の確認が取れず、連絡が遅れたこと。

 

「無事で良かった」

 

そう言い残すと、父ちゃんは仕事のため病室を後にする。

 

俺の伸びた髪を撫でながら複雑な表情を見せる母親。

 

「心配掛けてごめんね、母ちゃん」

 

母ちゃんの普段は目にすることない表情を見て、申し訳ない気持ちになる。

 

「本当だよ。どれだけ心配したと思ってるんだい?心臓が止まりそうになったよ」

 

俺は生まれて初めて母ちゃんの涙を見た。

 

「あんたにもしものことが遭ったら父ちゃんも母ちゃんも生きて行けないよ」

 

そっと抱き締めてくれる母ちゃんの身体が少し震えていたことに俺は気が付いていた。

 

報せを受けて慌てて病院に来たため、入院するにあたって必要な物を用意していないため、揃えて来ると言って母ちゃんは一旦病院を後にする。

 

一人になった病室のベッドに腰を下ろすと、昨夜のことを思い出していた。

 

アーシアを取り戻すためとはいえ、初めて人を殴った。

人を殴った感触や骨の軋む音、自分に恐怖し悲鳴を上げる声。

 

その全てが鮮明に思い出される。

何よりそのことに胸を踊らせる自分が居た。

本能が闘争を望んでいる。

相手を倒せ、敵を殺せと心の底で叫ぶのだ。

 

あの時のことが脳裏を過り、身震いする。

自分はどんな顔をして人を殴っていたのだろうか。

あの時、対峙した人の目にはどんな俺が写っていたのだろう。

 

「ユウさん?」

 

両肩を抱き、震わせる俺の耳に聞き覚えのある声が届く。

 

「ユウさん!大丈夫ですか!?顔が真っ青ですよ!」

 

俺は近付いてくる彼女の腰に手を回す。

 

彼女は俺の背中を優しく摩る。

 

「大丈夫ですよユウさん。私は此処に居ますから」

 

彼女は俺の頭を自分の膝の上に乗せると、優しく撫でてあげる。

その姿はまるで子をあやす聖母のようであった。

 

 

 

 

いつの間にか眠っていたようだ。

枕がとても気持ちがいい。

豪勢な病室は枕まで高級らしい。

そんな事を考えながらゆっくりと瞼を開く。

 

「おはようございます、ユウさん」

 

目を開けるとそこには女性が居た。

 

(なんだ女神か)

 

違った。いや、間違ってはいない。

そこに居たのはアーシアだった。

 

「アーシア?どうして此処に?」

 

アーシアの顔が視界に入る。

頭には未だに気持ちの良い枕がある。

 

「リアスさんに教えて頂いて」

 

俺が救急車で運ばれた後、アーシアはリアスの家で世話になっていたようだ。

リアスに俺が運ばれた病院を聞いて来てくれたのだ。

俺の頭を撫でてくれている彼女の手は暖かかった。

 

(もしかして今、アーシアに)

 

自分の現在の状況を冷静に判断する。

 

(目が覚めたらアーシアの顔が目の前に在って、頭には柔らかい物が当たっているこれは)

 

アーシアは変わらずに微笑んでいる。

 

(アーシアの太腿、気持ちいい)

 

俺はアーシアに膝枕をしてもらっていた。

 

アーシアは頬を赤く染め、目を丸くしていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

再び、心の声が漏れていたようだ。

 

俺の失言により二人の間に微妙な空気が流れる。

 

アーシアの顔が俺に近付いてくる。

 

(アーシア、この状況で)

 

アーシアの金色の髪が俺の顔に触れる。

病室には俺とアーシア以外誰も居ない。

数時間前のようにリアスのわざとらしい咳払いが入ることはない。

俺は目を瞑り、その瞬間が訪れるのを待つ。

 

[ガラッ]

 

「あら?お邪魔したかしら?気にしないで続けて」

 

ボストンバッグを抱えた母ちゃんが何事もないように病室に入って来て、収納スペースに服やらタオルやら仕舞い始める。

アーシアは真っ赤にした顔を両手で隠す。

 

(何このお決まりのパターン)

 

母ちゃんは俺とアーシアを気にすることなく荷物の整理をしていく。

 

「母ちゃん。こちらはアーシア・アルジェントさんです。お友達です」

 

俺は身体を起こしてベットに正座する。

 

「ア、アーシア・アルジェントと申します。ユウさんには大変良くして頂いてます」

 

アーシアは立ち上がり、母ちゃんに対して深々と頭を下げる。

 

「ユウの母です。アーシアちゃんって言うのね。可愛いわ、おばさんアーシアちゃんに一目惚れしちゃった」

 

アーシアの唇に母ちゃんの唇が重なる。

 

「か、母ちゃん!」

 

目の前の出来事に唖然とする。

アーシアも目を見開き、驚きを隠せない。

母ちゃんの唇がアーシアの唇から離れる。

 

「アーシアちゃん。不束な息子ですがこれからもずっとこの子のことお願いしますね」

 

母ちゃんはアーシアを抱き締めながら爆弾を落とす。

如何に世間の常識に疎いアーシアといえど、今の言葉の意味は理解したらしく赤かった顔を更に赤くさせる。

 

「こ、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします」

 

どうしてこうなった。

 

扉がノックされ、看護師が病室に入ってくる。

それでも母ちゃんははしゃぎ続ける。

 

検査を受けて病室に戻ってくるとすっかり仲良くなった二人が楽しそうに話をしていた。

 

時刻はまもなく17:30

廊下には夕食の準備で慌ただしく動き回る看護師達の姿が見える。

 

「アーシアちゃん。この子、まだ手が痛むみたいだからご飯食べるの手伝ってあげてね」

 

俺に向けて母ちゃんが妖しい笑みを浮かべる。

明らかに何かを企んでいる。

 

「私でお役に立てるのでしたら是非!」

 

事実、手は痛むので誰かに食べさせて貰わなければならないのだ。

夕食を配膳をする看護師に声を掛ける母ちゃん。

 

「おばさんはアーシアちゃんのご飯買ってくるからユウのことお願いね」

 

ウインクをしながら病室から足早に去って行く。

 

「では、お食事にしましょうユウさん」

 

アーシアは満面の笑みを浮かべ、スプーンを持つ。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

俺は照れながら頭を下げる。

 

「フゥー、フゥーどうぞ」

 

料理を取ると、可愛いらしく料理を冷ましながら俺の口に運んでくれる。

 

「美味しいですか?」

 

アーシアは当たり前のことだと思っているようだが、俺はかなり恥ずかしい。

その後も食事が続き、アーシアは楽しそうだ。

汚れた口元を拭いてくれたり、頬に付いたご飯を取ってくれたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 

「随分楽しそうね二人共」

 

そんな二人の様子を腕を組み、満面の笑みを浮かべるリアスが入り口に立っていた。

その目はやはり笑っていない。

 

「あらあら、楽しそうでわねユウさん?」

 

更に後ろには朱乃も控えていた。

リアス同様に目が笑っていない。

 

「美味しそうです」

 

いつの間にか病室に入って来ていた小猫が羨ましそうに食事を見ていた。

 

「仕方ないわね、私も手伝ってあげるわ。アーン」

 

リアスがアーシアからスプーンを受け取ると、俺の口元に料理を運ぶ。

 

「い、いや流石に」

 

同級生で同じクラスで隣の席の女の子にしてもらうのは流石に恥ずかしいと断ろうとする。

 

「アーシアは良くて私はダメなの?」

 

瞳を潤ませ、此方を窺うリアスに俺は抗えるはずもなくスプーンを口に入れる。

 

「どう?」

 

リアスが笑顔で聞いてくる。

 

「美味しいです」

 

顔を赤くしながら答える俺にリアスは満面の笑みを浮かべ、次の料理をスプーンに乗せる。

 

「次は私ですわ、リアス」

 

朱乃がリアスからスプーンを奪うと同じように俺の口元に料理を運ぶ。

 

「朱乃!まだ私の番よ!」

 

リアスが朱乃のスプーンを奪おうとする。

 

「順番ですわ。どうぞユウさん、アーン」

 

俺はもはや赤子のように口元に運ばれた料理を口にしていく。

二人のスプーンの奪い合いは続く。

 

「次は私です」

 

二人の隙を突き、小猫がスプーンを手にする。

 

「どうぞ先輩」

 

小猫は汁物の温度を確かめるようにスプーンを一度口にすると、そのまま俺の口元にスプーンを差し出す。

 

「小猫!?それはダメよ!」

 

慌てて小猫を止めようとするリアス。

 

「その手がありましたわ」

 

悔しそうに唇を噛む朱乃。

 

所謂間接キスである。

 

パクッとスプーンを口にする俺。

 

その後はリアスと朱乃がスプーンを奪い合い、小猫とアーシアもその争いに加わる。

 

何このカオス。

 

遅れてきた兵藤が涙を流しながら床に手を付き、木場は苦笑いを浮かべる。

 

おい木場、俺はお前の苦笑いした顔しか見てないぞ。

 

「賑やかになったね~」

 

いつの間にか戻っていた母ちゃんが呑気な声を上げて笑っている。

 

21:00になると看護師の巡回が行われる。

 

「にゃは、巡回にゃん」

 

妙な看護師が来た。

 

黒髪でその長い髪は二つの大きな輪のようになっていて他の看護師は被っていないナースキャップを被っている。ナース服の胸元は大きくはだけ、その豊満な胸部からは谷間が見えている。そのプロポーションはリアスや朱乃にも引けを取らず、言葉の語尾には猫の鳴き真似のように特徴的だった。

 

「えっと、看護師さん?」

 

他の看護師とは明らかに違った雰囲気を醸し出すその看護師は妖艶な笑みを見せる。

 

「そうよん、検温にゃん」

 

そう言うと彼女は俺の額に自分の額を重ねる。

 

「ちょっと熱があるかにゃ?顔も赤いにゃ」

 

彼女の行動に俺は頬を赤くする。

 

「また明日来るにゃ」

 

彼女は俺の額に口付けすると、去って行く。

 

この入院中に様々な人がお見舞いに来てくれた。

クラスメイトや担任教師を初め、料理長や店のスタッフ達、生徒会長である支取蒼那さんと生徒会の面々など多く人で賑わい、とても有り難かった。

 

生徒会長の支取さんとはリアス同様に入学式での一件で知り合いとなり、委員会や学校行事の担当でも一緒に活動していたこともあり仲良くなった。黒髪に眼鏡を掛けた知的女子でリアスの親友でもあるらしい。

 

 

 

 

こうして俺の入院生活も残すところ今夜一晩だけとなった訳だか、目の前では夕食時に恒例となった四人によるスプーンの奪い合いが繰り広げられていた。

 

怪我も回復し、もう自分で出来ると伝えるも。

 

「お家に帰るまでは患者ですわ」

 

小学生の遠足のようなことを朱乃から言われた。

 

俺の入院中に変わったことと言えばアーシアが駒王学園に編入したことだ。

 

「に、似合いますか?」

 

恥ずかしそうに制服姿のアーシアが病室を訪れた時は驚いた。

リアスの計らいで学園の二学年に編入し、一人の普通の少女として生活することになったと聞いた時は嬉しかった。

彼女は素直で良い子だ。友達もたくさん出来るだろう。これまでの人生とは180度違う生活になるだろうが、そこは先輩として彼女を精一杯サポートしていこう。

 

就寝前の巡回時間になり彼女がやって来る。

この時間になると必ず彼女は現れる。

 

「明日退院します。ありがとうございました」

 

この時間にしか姿を現さない彼女に頭を下げる。

彼女は残念そうな表情をするといつも通り俺の額に口付けをして去って行った。

 

 

 

 

一週間振りに家に帰って来た。

なんだかとても心が落ち着く。

 

玄関を開けると愛猫の黒歌が出迎えてくれた。

七日振りに会う黒歌も変わっておらず、相変わらず愛らしい。

 

「おかえりなさいユウさん!退院おめでとうございます」

 

人目も憚らず黒歌を撫で回していると、二階から降りてくる少女に目を丸くする。

 

「な、なんで此処にアーシアが!?」

 

目の前の現実を受け入れられず、玄関の表札を確認する。

間違いなく此処は俺の家だ。

 

「アーシアちゃん、お昼の準備するから手伝って~」

 

キッチンからは然も当たり前のようにアーシアを呼ぶ母ちゃん。

 

「母ちゃん!?どうなってんの!?」

 

母ちゃんは持っていたフライパンを置くと、俺の所に来て耳元に口を寄せる。

 

「よく聞け、息子よ」

 

事情はこうだ。

 

アーシアが学園に編入する際、リアスと今後の住居について相談。

アーシアが出来れば俺の側に居たいと発言する。

驚いたリアスだったが、その事を母ちゃんに相談。

母ちゃんが即了承。

 

「羨ましい奴め」

 

頬を赤く染め、ソファーに座って新聞を読んでいる父ちゃんを見ると、うんうんと頷いている。

 

「いいか、ユウ」

 

ここで母ちゃんが真剣な顔をして俺の目を見る。

 

「私はアーシアを義娘にしたいほど可愛いんだ。あんたも男ならこの意味が分かるね?」

 

さらりと爆弾を投下する母ちゃん。何度も頷く父ちゃん。

 

父ちゃん、あんたはさっきから何に頷いている?

 

余りにも簡潔で反論の余地のない説明を受けるも未だに戸惑っている。

 

「分かったら荷物を置いてきな」

 

母ちゃんに背中を押され、自室に向かう。

 

「ユウさん!これからはよろしくお願いします」

 

アーシアの笑顔が眩しい。

 

「此方こそよろしくアーシア」

 

アーシアが幸せならそれでいい。

彼女のその笑顔がこれからも続きますように。

俺は心の中で神に祈りを捧げる。

 

 

 

 

久しぶりに学園への道を歩いている。

俺の背中には悲壮感が漂っている。

隣には笑顔の弾けるアーシアが居る。

 

「ユウさんと一緒に学校に通えるなんて夢のようです!」

 

朝、目が覚めると黒歌が隣に寝ていた。

いつも通りの朝の筈だったが、反対側に可愛らしピンクのパジャマを着たアーシアが寝ていた。

 

軽く浅くを信条にしている俺でも無視できない。

 

更に困ったことにその様子を母ちゃんに見られた。

母ちゃんは歓喜の表情を見せるとサムズアップして去っていった。

 

アーシアが目を覚ますと一緒に寝ていたことを気にもせず挨拶し、自室に戻っていく。

 

「よっ!孝行息子!」

 

準備をしてリビングに行くと、案の定有頂天の母ちゃんが孫という単語を連呼しながら小躍りしていた。

 

 

 

 

「おはようアーシア、ユウ君。なんだか元気がないわね?まだ怪我が痛むの?」

 

リアスが心配そうに俺の顔を覗き込んでいると、朱乃や小猫も合流し、五人は学園へと進み始めた。

 

駒王学園の誇る美少女達を侍らせるユウへの羨望の眼差しと嫉妬の視線は学園に到着するまで向けられる。

 

昇降口で学年の違うアーシアと小猫とは此処で別々になり、三人は教室へ向かう。

 

教室に入ると一週間振りに登校してきた俺の元に多くの生徒が集まって来る。

 

俺は挨拶し、お見舞いのお礼を言うと席に着いた。

 

「放課後時間あるかしら?」

 

リアスからこの間の教会でのことで話があると言われたため頷く。

 

「良かったわ」

 

リアスが安堵の表情を見せると、担任教師が教室に入って来た。

 

 

 

 

リアスと朱乃と共に旧校舎にあるオカルト研究部の部室に向かう。

 

部室の中は相変わらずで謎の文字が至るところに書き込まれており、部室の中央には巨大な魔方陣が描かれている。とても年頃の少女達の集まる場所とは思えない空間だった。

 

兵藤とアーシアが部室に入って来た。

 

「ユウ君、ようこそオカルト研究部へ。貴方を歓迎するわ。悪魔としてね」

 

アーシアは既に知っていたようで動揺はない、皆の視線が俺に集まる。

 

「アーシアのことも聞いてたし、この間のこともあったからもしかしたらとは思っていたけど本当に悪魔だったとは」

 

俺はリアスの後ろに並んでいる皆を見てため息を吐く。

 

「秘密にしてたことは謝るわ。でもそれを言ったら貴方だってそうよ?」

 

リアスは試すような視線を俺に向けてくる。

 

「お互い様ということで」

 

話を終わらせようとするが、リアスは納得しない。

 

「ダメよ。貴方には聞かなければいけないことがあるもの」

 

その発言に元来のプライドの高さを窺わせる。

そうなると梃子でも動かない。

リアスの性格を熟知しているため動かそうと思えばいくらでも動かせるのだが、今はそういう雰囲気ではないため諦める。

 

「貴方とアーシアの関係は聞いたわ。でも何故貴方はあの日、あの場に居たのかしら?」

 

アーシアも知りたかったようで真剣な表情をしている。

 

「うーん、愛?」

 

俺の発言にアーシアは頭から湯気を出すのではと心配するほど顔を真っ赤にする。

リアスは額に青筋を立て、眉間にシワを寄せる。

朱乃もなにやら物騒な言葉を並べている。

小猫には変態と一言で片付けられてしまった。

木場と兵藤のリアクションはいつも通りなので割愛しよう。

 

「冗談はさておき、あの日は」

 

俺はあの日の出来事を思い出していく。

 

バイト先からアーシアに料理を届けるように言われたこと。

少年神父から突然斬り掛かられ、返り討ちにしたこと。

地下聖堂に向かう途中アーシアの声が聞こえたため、扉を蹴破ったこと。

 

「では、偶然あの場に居合わせたと?」

 

紅茶を啜りながら頷く。

 

「では、貴方のその力はどこで身につけたものなのかしら?」

 

当初、リアスは神器の所有者とも思ったがユウからはその反応が一切感じなかった。

 

「どこから話せばいいのか」

 

腕を組み、少し考えると話を始める。

 

15歳の誕生日に突然、力が目覚めたこと。

制御出来ずに専門医の所で一ヶ月入院していたこと。

退院後も一年間治療に通っていたこと。

 

ユウは答えられる範囲で全て答えていく。

 

「俄には信じられない話ね」

 

自分で聞いて後悔するリアス。

 

「では、私達と出会った頃はもう」

 

朱乃が少し悲しいそうに俺を見る。

 

「まあ、もう治療にも通ってないし、自分で制御出来てるから大丈夫なんだけどね」

 

そう言って笑う彼の顔には僅かだが悲しみの色が見えた。

 

「じゃあ、あれは暴走みたいなもんすか?」

 

後ろに居た兵藤がポツリと呟く。

 

「一誠!」

 

リアスの大きな声が部室中に響き渡る。

刻既に遅し。

 

「暴走?」

 

その疑問を誰かに問おうとするも俺と目を合わせる者はなく、全員が目を伏せていた。

 

(そうか、俺はまた)

 

嘗て我を忘れた自分を正気に戻すため、胸に消えることのない傷を負った人物を思い出す。

 

「迷惑を掛けてすまなかった」

 

深々と頭を下げる俺に皆が戸惑っている。

 

「あ、あれは貴方の責任ではないわ!頭を上げて!貴方は私を庇って」

 

リアスは立ち上がり、俺の頭を上げさせようと肩を掴む。

 

「前にも同じようなことがあったんだ」

 

俺は頭を下げているため皆の様子は伺えない。

 

「症状が出て、入院して直ぐの事だった。発作を起こした俺を止めるため、先生は胸に生涯消えることのない傷を負った」

 

俺の言葉に誰一人声を出す者は居ない。

 

「ダメだな俺」

 

俺は今どんな顔して笑ってるだろか。

 

俺のせいじゃない、あれはどうしようもないと皆の声が聞こえる。

 

「笑わないで」

 

皆が俺に同情するなかで彼女の声が静かに響く。

 

「そんな風に笑わないで!」

 

リアスの声に俺は目を丸くする。

 

「なにもかも諦めたような顔して笑わないで!私は貴方のそんな顔見たくない!」

 

リアスは怒りを露にするもその表情は悲しそうだ、すると俺を指差す。

 

「改めて言おうと思ってたけどもういいわ!ユウ君、貴方私の眷属になりなさい!」

 

リアスのいきなりの発言に全員が目を丸くする。

 

「余計なことを考える暇が無いくらい扱き使ってあげるわ!」

 

言葉は悪かったがリアスなりの優しさなのだろうと、その場に居た誰もが理解していた。

 

それでも、今言うことではないと朱乃や小猫から小言を言われている。

 

予期せぬリアスの発言に俺はどうしていいのか分からずに取り敢えず頭に浮かんだ疑問を口にする。

 

「眷属って何?」

 

当然の疑問にリアスの講義が始まる。

 

太古の昔に悪魔、天使、堕天使の三勢力の間で大きな戦争が起きたこと。

戦争は熾烈を極め、どの陣営も滅亡寸前まで追い込まれたこと。

悪魔陣営も純血悪魔を多く失い、他の種族の力を借りなくては存続出来ないほど数を減らしたこと。

元来悪魔は出生率が低いこと。

悪魔陣営は【悪魔の駒】という物を開発し、他の種族を悪魔として転生させることで数を保っていること。

 

その他にも【悪魔の駒】の特性やら色々と説明されたが、頭が追い付かずリアスを止める。

 

「つまり、俺が悪魔になってリアスの下僕になるってこと?」

 

俺の質問にリアスが返答する。

 

「単刀直入に言うわ。貴方を私の物にしたいの」

 

リアスは俺を誘うように妖しく微笑んでいる。

大胆なリアスの発言に奇声を上げる兵藤。

 

「嫌だ」

 

即答する俺に今度はリアスの頭が追い付かない。

 

ある程度の説得は必要だと思っていたリアスだったが即答されるとは思っていなかった。

 

「ど、どうして?」

 

言葉に詰まる。

 

「俺はリアスと対等でいたい」

 

余りにも単純な答えだった。

 

「悪魔だけど、リアスはリアス。その駒を受け取ってしまったら対等でいられない」

 

リアスを除く全員が呆気にとられている。

リアスの頬が赤くなっていた気がするが、西日の影響だろう。

 

「今日はもう帰るかな」

 

そう言って俺は席を立つ。

 

オカルト研究部の部室から出て行く俺の後ろで、アーシアが皆に一礼して俺の後を追う。

 

「良かったんですかリアスさんの誘いを断って?」

 

家に帰る途中、アーシアが先程のやり取りについて聞いてくる。

 

「うん。寿命一万年とか想像も出来ないし」

 

アーシアはそこではないと苦笑いする。

 

「いいんだ、これで。オカルト研究部の連中とワイワイやってアーシアと家に帰る。バイトに行って、母ちゃんに怒られて、黒歌の相手をする」

 

俺の話すのは変わらない日常だった。

アーシアもその言葉に笑顔を見せる。

 

 

 

 

翌日、俺とアーシアはある場所に来ていた。

アーシアの腕には綺麗な花が抱えられていた。

 

「お久しぶりです。レイナーレ様」

 

二人が訪れたのはレイナーレのお墓だった。

お墓と言ってもきちんとした墓地ではなく、レイナーレが最期を迎えたあの教会であった。

そこにレイナーレの遺体がある訳ではないが、アーシアがリアスにお願いして建ててもらったのだ。

 

アーシアはレイナーレのお墓の前で膝を付き祈りを捧げている。

 

二人の間には俺の知らない絆があるのだろう。

 

生前レイナーレはアーシアのことを妹のように可愛がっていた。

俺の知る僅かな時間でもそう見えたのだから間違いないだろう。

アーシアもレイナーレを姉のように慕い、今でもレイナーレの名を口にすることがある。

 

「今の私があるのはユウさんとレイナーレ様のお陰です。どうか安らかにお眠りください」

 

レイナーレ。

彼女も運命に振り回された者の一人だろう。

別の形で出逢っていれば彼女の生涯はもっと違っていたのだろうか?

その答えを持ったまま彼女は永遠の眠りについてしまった。

 

「また逢いに来ますね、レイナーレ様」

 

アーシアは祈りを終え、立ち上がる。

 

「帰りましょうか、ユウさん」

 

その時のアーシアの笑顔はとても印象的だった。

 

俺はアーシアの手を取ると、歩き出す。

 

(安心して眠れ、レイナーレ。貴方がそうしたように俺も命を掛けて彼女を守ってみせる)

 

去っていく二人の背に花が舞った。




第6話更新しました。
一章完結です。
矛盾とキャラ変の連続でした。
申し訳ない。
第0話を書いてときはクールで何事にも動じない謎のある主人公設定だったのが、いつの間にかお惚けムッツリの主人公になってました。
不思議です。

内容は概ね予定通りですかね。
部室でのシーンをもっと書きたかったのですが、どんどんシリアスになってしまって先に繋がらなくなってしまったのでカルい感じになってしまいました。
主人公の暴走モードの姿形に触れなかったのはわざとです。・・・決して忘れていた訳ではないです。

最後まで閲覧してくれた方、コメントをくれた方、誤字・脱字を修正してくれた方ありがとうございます。

では、また次回バイバイ。


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戦闘校舎のフェニックス
第7話


皆さん今日は日本ダービーですよ!!!

7話です。


何不自由のない生活

だけどなにか満たされない

足りないのは・・・

 

―〇●〇―

 

アーシアが家に住み始めてからまもなく一か月が経つ。

彼女が家に来てから家の雰囲気がガラリと変わった。

母ちゃんはアーシアを本当の娘のように可愛がり、仕事で家に居ないことが多かった父ちゃんも最近では家に居ることが多い。

アーシアも二人のことをお義父様・お義母様と呼び慕っているのだが、純粋過ぎるが故に二人からのアドバイスを素直に実行してしまう。

 

アーシアにどうして俺のベットで寝ているのかと聞いたことがある。

 

「お義母様が、ユウさんは一人で眠れないと仰ったので」

 

・・・

 

別の日に、俺が風呂に入っていると黒歌を抱えたアーシアが一糸纏わぬ姿で入ってきたので聞いてみる。

 

「お義父様が、ユウさんが喜ぶと仰ったので」

 

・・・・・

 

まずい、非常にまずい。

このままでは日常生活に支障をきたす。

俺は風呂から飛び出すと、着替えもソコソコにリビングへ駆け込む。

 

「流石にあれはやり過ぎよ」

 

正座をしている父ちゃんは頭上から降り注ぐ母ちゃんのお説教にどんどん小さくなっていく。

父ちゃんも反省しているようで、母ちゃんもため息を吐く。

 

「まずはバスタオルからでしょ?」

 

・・・・ダメだこの夫婦。

 

俺が自室に戻ると、入浴を終えたアーシアがベットに座って髪を乾かしていた。

 

俺は先程の光景を思い出し、彼女を直視出来ない。

 

大事な部分は黒歌を抱えていたため見えなかったが、白く透き通るような肌は穢れを知らず、女性特有の丸みを帯びた身体は成長途中ではあるが、いずれ母となる時のための準備を進めていた。

 

「急に出て行かれて何かあったんですか?」

 

自分の行動に何の疑問も持っていない彼女はキョトンとして可愛らしく首を傾げる。

 

今後の生活のこともあるため、この日から俺によるアーシア成長計画が幕を開けることになる。

無論、俺一人の手に余るためオカルト研究部の女性陣にも協力をお願いした。

そうして彼女は日常生活に必要な様々な知識を身に付けて行く。

そのため風呂に入って来るなどの行動は滅多になくなったのだが・・・

 

「アーシア?どうして部屋に居るの?」

 

しかし、寝るときには必ず黒歌を抱えて俺の部屋に来るのだ。

 

「前にも言ったけど、男と女が一緒に寝るのは普通じゃないんだよ」

 

頭の良い彼女は一度覚えたことは直ぐに聞き入れるのだか、これだけは直らない。

 

「リアスさんと朱乃さんから好きな人と一緒に寝るのは当たり前のことだと教えられたので」

 

何と男冥利に尽きる一言。

アーシアのような可愛い女の子に言われたら尚更だ。

 

つまり彼女にとって俺と一緒のベットで寝ることは当たり前のことであり、なんら不思議なことではないのだ。

 

しかし、それでは俺の身が持たない。

 

「アーシアの気持ちは嬉しい。でも、それじゃ俺の身が持たないのでせめて週に三日いや二日にしてくれると助かります」

 

俺は正直に話して頭を下げる。

彼女には俺の言っていることがいまいち理解出来ない。

 

「アーシアのように可愛い女の子が一緒だと緊張して眠れないので」

 

何故か敬語で話す俺。

彼女は恥ずかしいのか抱えていた黒歌で顔を隠す。

 

「ユウさんはズルいです。そういう風に言われたら言うこと聞くしかないです」

 

顔を赤くしながらオレに黒歌を預けてくると彼女は布団の中に入る。

 

「今日は良いですね?」

 

布団の中からチラッと顔を出すアーシアはいつもの可愛い彼女ではなくどこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 

余談だが、週二日ほどアーシアの帰りが遅いことがある。

母ちゃんに聞いても

 

「お友達の所でしょ」

 

と一言で終わる。

 

気にはなるがアーシアも女子高生だ。そう言うこともあるだろと詳しくは聞かなかった。

 

 

―〇●〇―

 

 

アーシア成長計画が順調に進行する中、俺はリアスに呼ばれ、アーシアと一緒にオカルト研究部の部室に来てた。

既に朱乃や小猫に木場と兵藤が揃っていた。

 

先日、話の途中で俺が席を立ったため、まだ話してないことがあると言われた。

 

「来てくれてありがとう。今日は最後まで聞いてもらうわよ」

 

彼女の背中から漆黒の翼が伸びていた。

 

リアスが話してくれたのは冥界と呼ばれる悪魔の世界のことや自分の一族のことだった。

 

冥界とは人間界で言うところの地獄を意味していること。

現在は四大魔王と呼ばれる四人の悪魔を中心に統治されていること。

統治と言っても各々の家が領土を所有しており、四大魔王を凌ぐ発言力を持つ家もあること。

それでも四大魔王の影響力は絶大であり、現政府に対して多少の反発はあるものの、概ね平和が保たれていること。

 

「人間の生活と変わらないな」

 

紅茶に啜りながら彼女達の生活水準の高さに感心する。

 

「はっきり言って人間以上ね。次に私の家の話をするわ」

 

リアスの家は冥界でも元七十二柱に数えられた名門一族であり、慈愛の名を冠する一族であること。

彼女はその名家の次期当主であること。

次期当主として人間界でグレモリー家が所有するこの駒王の街で管理者として経験を積むために来たこと。

冥界でグレモリー家の所有する領土は日本の本州に匹敵するほど広大であること。

 

「公爵家の姫君ねぇ」

 

俺の言葉にムッとした表情を見せるリアス。

 

「そうだけど私は私よ。貴方だってそう言ってくれたじゃない」

 

どうやら身分で自分を語られることは好きではないらしい。

 

「気に障ったなら謝るよ、別に変な意味じゃない」

 

俺の知らない彼女がまだまだいるようだ。

そう思うと自然と笑みが溢れた。

 

「ユウ君、アーシア。眷属にならないとしてもオカルト研究部には入ってくれないかしら?」

 

以前、何度も断ったことだがあの時とは状況が違う。

 

アーシアは俺が入部するのであればと言って此方の様子を伺ってくる。

 

「バイトのこともあるし、殆んど顔を出すつもりもないけどそれでもいいなら」

 

アーシアのことを考えれば入部した方がいいだろうと判断した。

 

彼女が学園に通い始めて一か月が過ぎ、可憐な容姿とその性格の良さで一躍学園の注目の的となったが、それ以上にオカルト研究部の面々の協力が大きかった。

 

リアスと朱乃は彼女のことを妹分として何かと気に掛けてくれ、小猫も度々彼女の元を訪れては行動を共にしていた。

木場も周りを囲む女子生徒に彼女のことをよろしくと言っていたようだ。

だが一番は兵藤の存在だろう。

同じクラスに編入した自分に非常に良くしてくれるとアーシア自身が話していた。

 

アイツの場合スケベ心が透けて見えるのが珠に傷だ。

 

「もちろんそれでもいいわ!」

 

リアスはとても嬉しそうだ。

 

「ウフフ、二年越しの想いが通じましたわ」

 

紅茶を淹れながら笑顔を見せる朱乃。

 

「これからよろしくお願いします。ユウ先輩、アーシア先輩」

 

和菓子を食べながら此方を見る小猫。

 

「賑やかになりそうですね」

 

どういう意味だ木場。

 

「よっしゃー!これで部活でもアーシアと一緒だ!」

 

俺が居ることを忘れるな兵藤。

 

「じゃあ二人の入部を祝ってパーティーを始めましょう」

 

リアスが指を鳴らすと、目の前のテーブルに大きなケーキが現れた。

 

聞けば魔力で出現させたらしい。

 

「私が作ったの。口に合えば嬉しいわ」

 

リアスは頬を赤く染め、照れているようだ。

 

俺がケーキを食べようとフォークを手にすると、口元にケーキが添えられる。

 

「どうぞユウさん」

 

アーシアが満面の笑みを浮かべている。

 

和やかな空気が一瞬にして凍りつく。

 

「アーシア。今は貴方の入部祝いでもあるのよ」

 

そう言うとリアスは顔を曳きつらせながらケーキを俺の口元に運んでくる。

 

「いけませんわアーシアちゃんったら」

 

朱乃はいつの間にか俺の背後に回り、ティーカップを差し出してくる。

 

「美味しいです」

 

小猫はケーキに夢中のようだ。

 

木場は紅茶を飲みながら苦笑いを浮かべている。

 

なんとかしろ木場。

 

「なんで先輩ばっかり!」

 

パーティーの一芸としてドラゴン波の準備をしていた兵藤は肩を落とし、涙を流している。

 

お前はいつもそれだな兵藤。

 

その後もパーティーという名の修羅場は続いた。

 

 

―〇●〇―

 

 

俺とアーシアがオカルト研究部に入部した翌日、アーシアと一緒に学園の帰りにグランデに来ていた。

 

俺は体調が良くなったため、バイトを再開しようと挨拶に来たのだ。

 

「お疲れです」

 

俺はcloseと書かれた看板を気にすることなく店内に入る。

 

「ユウとアーシアちゃんじゃねぇか、どうしたんだ?」

 

料理長が声を掛けてくると、スタッフ達も集まってくる。

 

「そういやぁ、退院おめでとさん。体調はどうなんだ?」

 

俺は体調が良くなったため、バイトに復帰したいと話した。

 

「そりゃ良かった!」

 

料理長は俺の頭をワシャワシャと撫でてくる。

スタッフ達も俺に声を掛けてくれた。

 

・・・俺に声を?

 

(おかしい)

 

なぜ俺にだけ声を掛けてくるんだ?

退院したばかりの俺を心配してくれるのは分かるが、隣にアーシアが居るんだぞ。

 

「だが、まだ退院したばかりだろ?今までのように働くのは早いな。週に三日、いや二日だな」

 

アーシアに夢中だった店の連中に何があった?

 

「アーシアちゃんも週二日だから丁度良いだろ?」

 

料理長の話を右から左に聞き流していた俺だったが、料理長の一言に首を傾げる。

 

「アーシアも週二日?」

 

アーシアの様子を伺うと、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。

 

「お前聞いてないのか?アーシアは二週間前から店でバイトしてるんだぞ」

 

料理長の返答に驚愕する。

 

「えへへ、ユウさんを驚かせたかったので」

 

天使の微笑とはこの笑顔のことだろう。

アーシアは照れ臭そうに俺を見ていた。

 

「アーシアちゃんのお陰で店の評判はうなぎ登りなんだが、これを見てみろ」

 

料理長はPCで店のHPを開くと、そこにはアーシアのことと思われる書き込みが大量に寄せられていた。

 

「グランデで天使を見た」

「これが最後の晩餐でも構わない」

「今日のパンツは何色?」

 

その他にも怪しげな書き込みがされていた。

 

「まだ四回しか店に出てないのにこれだよ」

 

料理長はやれやれといった表情をしている。

アーシアも書き込みを見るのは始めてだったのか驚いていた。

 

「だからお前もアーシアちゃんと同じ日に週二日だ」

 

アーシアをバイト終わりに一人で帰すのは危険だと鼻息を荒くしている。

 

「ユウさんがお休みしている間は料理長さんが送ってくれたんですよ」

 

アーシアがそう言うと、料理長は少し照れたように顔を赤くしている。

 

「ア、アーシアちゃんは娘みたいなもんだからな!」

 

後ろのスタッフ達が笑っていると、雷が落ちる。

 

「と、兎に角!当分は週二日だからな!」

 

そう言い残すと料理長は厨房へ消えて行った。

 

 

―〇●〇―

 

 

「アルバイトのこと秘密にしててごめんなさい」

 

グランデから家に帰る道中でアーシアは突然頭を下げる。

 

「ビックリしたけど、週二日帰りが遅かった理由がわかって良かったよ」

 

心配してたんだよと言うと、アーシアは俺の手をギュッと握り、額を肩に寄せる。そのため彼女の表情は窺えない。

 

「なんで秘密にしてたの?」

 

単純に疑問に思ったので聞いてみた。

 

「お義母様にその方が面白いと言われたので」

 

彼女は申し訳なさそうに俯き答えた。

 

やはりあの人の入れ知恵かと心の中で呆れる。

 

「怒ってますか?」

 

彼女は俺を見るが、その表情には不安の色が見て取れる。

 

「怒ってない。怒ってない」

 

俺は彼女の不安を取り除くように金色の髪を撫でてあげる。

彼女は目を細め気持ち良さそうにしている。

 

「これからはバイト先でもアーシアと一緒か。楽しみだね」

 

目線を合わせて彼女に話しかける。

 

「はい、ユウさんと一緒なので楽しみです」

 

夕日に照らされた彼女の笑顔は美しかった。

 

 

―〇●〇―

 

 

休日、俺とアーシアは街に向かって歩いていた。

 

朝、リビングに行くと母ちゃんと父ちゃんが大きな紙を広げて俺とアーシアを待っていた。

 

その紙には【アーシア同居一か月記念】とデカデカと書かれていた。

 

何のことかわからない俺と彼女は顔を見合わせる。

 

「この記念すべき日にパーティーを行います」

 

突如宣言され、財布を渡されると買い出しに行くように言われ、外に出される。

 

時刻はAM9:00

 

準備があるので夕方まで帰ってくるなと言われた。

 

「急なんだよ、いつも」

 

呆れる俺に流石のアーシアも苦笑いを浮かべる。

 

「でも嬉しいです。こんな些細なことまでお祝いして頂けて」

 

彼女の瞳が揺れていた。

教会育ちの彼女にとって自分だけを見てくるような存在が居なかったのだろう。

聖女として担ぎ上げられてからは特別な目で見てくる人は居たが、それは彼女の望む形ではなかった。

 

俺は彼女が愛おしくなり、頭に触れようとすると近くの公園から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

そこには学園を代表する美女の一人が学園を代表する変態の一人の背中に座っていた。

 

「リアス部長!一誠さん!おはようございます」

 

二人を見つけるとアーシアが挨拶する。

 

オカルト研究部に入部してからアーシアは、リアスのことをリアス部長と呼ぶようになった。

 

俺は今更なのでリアスのままだ。

 

「リアスが慈愛の一族の出であることは聞いたが、愛し方は間違えるなよ」

 

急に立ち上がり、顔を曳き吊らせながらリアスは近付いてくる。

 

「何を勘違いしてるのか知らないけど、これは一誠のトレーニングよ」

 

腕立て伏せを続ける兵藤を指差しながら話し始める。

 

「神器のことは話したわよね」

 

以前、リアスがそんな事を言っていた事を思い出す。

 

特定の人間に宿る規格外の力のことで、歴史に名を残した人物の多くが神器の所有者だという。現在でも身体に神器を宿す人物が存在し、世界的に活躍する者達の多くが神器を所有しているらしい。しかし、その大半が人間社会規模でしかないが、稀に悪魔や堕天使といった人外の存在を脅かすほどの神器を宿す者が現れるらしい。

 

その中でも、兵藤に宿る神器は世に十三種しか存在しない神滅具の一種で【赤龍帝の籠手】と呼ばれる代物らしい。

 

「私の下僕で神滅具の所有者が弱いなんてことはあってはならないの!」

 

豊満な胸部を見せつけるようにリアスは胸を張る。

 

「頑張って下さい、一誠さん」

 

可愛らしくポーズを取り、アーシアが兵藤にエールを送る。

顔をだらしなく緩ませる兵藤。

 

「リアス、兵藤はまだ余裕があるようだけど?」

 

その表情に少しイラッとしたので彼女を焚き付ける。

 

「じゃあ、基礎トレーニングを十セット追加ね」

 

顎に指を添えながらリアスが追加のメニューを言い渡す。

 

「ファ!部長、先輩!そりゃないっすよ!」

 

奇声を上げる兵藤は涙目であった。

 

「それで二人はデートかしら?」

 

兵藤に気合いを入れながら、リアスは俺とアーシアに視線を向ける。

 

「残念ながらただの買い出し」

 

手に持っていた買い出しのリストをヒラヒラと揺らしながらアーシアの同意を求めるように視線を向けると、少し沈んだ表情をしていた。

 

「でも夕方まで戻るなって言われてるし、その後デートしようか?」

 

そう言うとアーシアの表情が途端に明るくなる。

 

「良かったわね、アーシア」

 

頭を撫でながらリアスはアーシアに微笑み掛ける。

 

その後、俺とアーシアは公園を後にする。

 

俺とアーシアを笑顔で見送るリアスだったが、二人の姿が見えなくなると、なんとも言えない表情をしていたことを俺は知らなかった。

 

 

―〇●〇―

 

 

街に着いた俺達は、リストに書かれている物を探しながらデートを楽しんでいた。

 

お互いの衣服を見立てたり、生活用品のまだ少ないアーシアのために百円ショップやホームセンターへ行き、小物類を揃えたりした。

 

俺は途中で立ち寄ったアクセサリーショップで彼女に似合いそうなペンダントを内緒で購入した。

 

昼食の時間になり、グランデに行くと料理長やスタッフ達が笑顔で迎えてくれた。

注文していない品がどんどん運ばれて来て、今日のランチは赤字だねと彼女と笑った。

 

グランデを後にした俺達は街を一望出来るタワーに登り、興奮する彼女に今度は夜に来ようと約束したり、レイナーレのお墓参りに行ったりして家に戻った。

 

家に帰るとリビングは所狭しと装飾がされていた。

だが、決して適当に飾られたものではなく全てが絶妙に配置されており、俺とアーシアは驚いた。

流石は鬼才と呼ばれる世界的建築家の父ちゃんだ。

 

「おかえりー。もうすぐ準備終わるから着替えて来てね」

 

母ちゃんが料理の盛られた皿をテーブルに置いていく。

 

 

―〇●〇―

 

 

「アーシアの同居一か月を祝して乾杯~!」

 

母ちゃんの音頭で宴の幕が上がった。

 

部屋には父ちゃんの施した渾身の装飾が完成していた。

改めて見ると、とても一日で作ったとは思えないほどの完成度でテーマパークのアトラクションの中に迷い混んだような錯覚を覚えた。

テーブルの上には母ちゃんの作った豪華な食事の数々がこれでもかと並んでおり、グランデで提供される料理と比較しても遜色なかった。

 

「お義父様、お義母様。本当にありがとうございます。お部屋もとっても素敵でお料理もとっても美味しいです」

 

彼女の瞳からは涙が溢れていた。

それは彼女の流してきた数々の悲しみの涙ではなく、これから流す多くの暖かい涙であった。

 

「私はユウさんに出逢えて、お義父様とお義母様に出逢えてとても幸せです」

 

頬に涙を溢しながら笑う彼女に母ちゃんが目に涙を溜めながら抱き付き、頭を撫でている。父ちゃんも目頭を押さえている。

 

「これつまらない物なんですが、お世話になっているお二人に」

 

アーシアが父ちゃんと母ちゃんに綺麗に包装された物を手渡す。

 

「先日お給料を頂いたので」

 

恥ずかしそうに笑う彼女に感動している両親二人。

 

「開けてみてもいいかい?」

 

嬉しすぎて二人は我慢できないようだ。

包装を綺麗に開けていくと、控え目な刺繍の入ったお揃いのハンカチが入っていた。

 

母ちゃんはありがとねと何度も言いながら、再び彼女に抱き付いている。

父ちゃんもどさくさ紛れて彼女に抱き付こうとするも母ちゃんによって阻まれていた。

 

「一生大切にするからね!」

 

とても心の暖まる一幕だった。

 

俺のは?などと無粋なことは言わないでおこう。

 

そこから先はドンチャン騒ぎだった。

 

酔った母ちゃんが何度もアーシアにキスをしたり、父ちゃんが俺の幼い頃のアルバムを広げると、アーシアが異常に興味を示し、そこに母ちゃんが加わり俺の恥態を赤裸々に教えていた。

 

なんだこの生き地獄は。

 

その後、パーティーは俺の幼少時の映像鑑賞会に変わっており、幼少期の俺に彼女は頬を緩ませながらぷるぷると震えていた。

 

映像鑑賞会が続くに連れ、両親のアルコール摂取量も増えていき大盛り上がり。

 

そして今・・・

 

「ユウしゃんかわいいでちゅね~」

 

何故か完全に出来上がってしまったアーシアが幼少期の俺の写真に話し掛けている。

 

「母ちゃん、アーシアに何飲ませたの?」

 

ワインを呷っている母ちゃんに説明を求める。

 

「なんだい、そんなに険しい顔して。ジンジャエールとブドウジュースを飲んだだけだろ」

 

シャンパンとワインを飲ませたのか。

 

「アーシアもこんな状態だし、今日はお開きにしよう」

 

アーシアをおんぶして部屋に運ぶ。

 

「まりゃ眠くないれす~」

 

背中に乗りながらアーシアは足をパタパタと動かす。

 

「ユウしゃん!」

 

背中から呼ばれ、そちらを向く。

 

彼女の唇が俺の唇に触れる。

 

「ん、んっ」

 

艶のある声を出しながらアーシアは唇を離そうとはしない。

 

以前、唇を合わせた時とは違い、ほんのりとアルコールの香りが俺の口内と鼻腔を侵すような深い口付けにアーシアは呼吸が苦しくなり唇を離す。

 

「ぷぁ~、こにょお料理は格別でしゅ~」

 

いきなりの展開に動揺し、アーシアを落としてしまいそうになるが、既に気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

彼女の部屋へ入り、ベッドに横にする。

既にラフな格好だったため、このまま寝ても問題ないだろう。

 

俺は昼間に内緒で購入したペンダントを彼女の首に掛けて上げる。

 

黒歌は既にアーシアのベッドに入り込んでいる。

 

「おやすみ。アーシア、黒歌」

 

俺がリビングに戻ると、父ちゃんと母ちゃんが寝ていた。

 

ソファーに横になっている父ちゃんに毛布を掛けて上げる。

椅子に突っ伏して寝ている母ちゃんにも毛布を掛けて上げた。

この時期、日中は暖かいが朝夕は冷えるので体調を崩されては大変だ。

 

散らかっているテーブルを片付け、アルバムやDVDを元あった場所に戻していく。ゴミをキッチンに持っていき、テーブルを拭く。

 

「装飾は当分はこのままでいいかな」

 

芸術のように施された装飾を見渡し、時間を確認すると既に日付を跨いでいた。

リビングの電気を消して、風呂に入って自室に戻る。

 

部屋に入ると、月明かりに照らされたベッドが膨らんでいた。

 

おそらくアーシアがいつもの様に入り込んだのだろう。帰巣本能とでも言うのだろうか、酔っていてもいつも通りだ。

 

ため息を吐きながら、俺もベッドに入る。

 

「遅かったわね、お願いがあるの」

 

ベットの中には紅の髪を携えた見覚えのある女性が一糸纏わぬ姿で此方を見ていた。




7話を更新しました。
ストーリーが進まないですね。
いろいろ考えてはいるんですが、どう考えてもこの章が短くなりそうなので少しでも長くしようと、日常の風景を書いてみました。

基本的に主人公の視点でしか書かないので、主人公がいない場面は割愛していきます。

場面の切り替わりは原作を参照しました。

閲覧してくださった方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

では、また次回。バイバイ。


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第8話

初挑戦です。

R-15要素ありです。

第8話です。


最初に頭に浮かんだのは貴方

貴方にならこの身を委ねてもいい

お願い、私を・・・

 

 

―〇●〇―

 

 

アーシアと買い出しに出掛けて、公園でリアスと兵藤に逢って、家でパーティーをした。

 

もし、今日の俺の一日を簡単に日記に書くとしたら、この二行で終わるだろう。

 

「ユウ君、私を抱いて」

 

紅い髪の彼女が一糸纏わぬ姿で目の前に現れなければ。

 

「私の処女を貰ってちょうだい。至急お願いするわ」

 

燃えるような紅い髪、蒼玉の揺れる瞳、僅かに漏れる吐息、芸術品のような四肢。

 

その全てが俺の目を捉えて離さない。

無意識の内に喉の奥を鳴らす。

 

「私の長い生涯でたった一度のものを貴方にあげるわ」

 

目の前の少女リアス・グレモリーは俺の手首を掴むと、女性の象徴とも言える乳房に俺の五本の指が埋没していく。

 

初めて出逢ったその時から彼女の双丘は見る者を魅了し、一体どれだけの男の欲望の捌け口となってきたことだろうか。

 

「誰にでもこんなことすると思わないで、貴方だからよ」

 

右手から伝わる極上の感触が脳内を埋め尽くしていく。

 

「ユウ君、私ではダメかしら?」

 

彼女から発せられる言葉の一つ、一つが鼓動を早くさせる。

 

「私はドキドキしてるわ、貴方はどう?」

 

外気に晒された彼女の白磁のように透き通った肌が緊張のためにうっすら紅潮していく。

 

その姿に俺の中で理性の崩れる音がした。

 

「リアス」

 

彼女の肩を掴むと、月の光に照らされた彼女の美しい紅い髪がベッドの上に乱れ散る。

彼女の両手をベッドに押し付けると、動揺しているのか視線を泳がせる。

 

「あまり俺を信用するなよ」

 

彼女の首筋に顔を埋め、舌を這わせていく。清潔感のあるシャンプーに匂いではなく、彼女特有の甘い香りと僅かに香る汗の匂いが俺の鼻腔を擽る。右手に収まりきらない彼女の双丘の片割れは俺の意思のままに形を変えていく。

 

「んっ!」

 

出逢ってから二年。一度も聞いたことのない彼女の甲高い声に心が踊る。

 

首筋を何度も吸い、紅い痕をつける。

吸い付く度に彼女のくぐもった声が吐息と一緒に漏れる。

床に落ちている制服のシャツでも隠れるかわからない絶妙な位置に痕を残していく。

 

ゴムボールで遊ぶように右手の五指を動かしていると、掌の中心を押し返すように乳房の先端が抵抗してくる。

 

彼女の反応に気を良くした俺は上着を脱ぎ捨てると、反対側の首筋にも同じ様に紅の痕をつけていく。

 

大きな瞳には涙を溜め、トロンと目尻を下げ、指を歯で噛み甘く漏れる声を我慢している。

 

「ひゃん!」

 

真っ赤になった耳を甘噛みしてみると、可愛らしく反応してくれる。

 

俺が妖しく笑うと、彼女をふるふると首を横に振ると、涙が目尻から零れ落ちる。

 

今、俺は悪い顔をしてるだろう。

 

鎖骨を啄みながら、臍を指で擦って遊ぶ。

 

「んぁ!」

 

指を擦る度に叫声を上げ、腰をくねらせる様子はまるで此方を誘っているようだ。

 

鎖骨から唇を離して彼女の表情を伺うと、呼吸を荒くし、意識が朦朧としているのか虚ろな瞳で天井に目を向けている。

 

右の乳房の先端を指で擦ると彼女は目を見開き、腰を浮かせる。

 

「そ、そこはっ!」

 

もう片方の掌を臀部に滑り込ませ、彼女の最も神聖な部分に指を這わせていく。

 

自由になった手で臀部を撫でている俺の手を押さえようとする。

 

その抵抗さえも楽しんでいたが、面倒になって来た。

 

彼女を大人しくさせようと、左の乳房に目を向けて先端を口に含もうと、顔を近づける。

 

耳であれだけで哭いてくれたのだ、この突起を口に含んだらどうなるのか黒い欲望が脳を支配していく。

 

この後の展開に期待と男の象徴を大きく膨らませる。

 

「そこまでです」

 

突如、発せられた声の行方に目線を移す。

オカルト研究部にある魔方陣に似たものが床に浮かび上がっており、その中心にはメイド服を着た銀髪の三つ編みが特徴的な若い女性が立っていた。

 

「こんなことをして破談へ持ち込もうというわけですか?」

 

ベッドに横たわり、息を荒くするリアスと未だに彼女の上に跨がってる俺の姿にため息を吐く女性。

 

「そのような淫らな姿を晒して、男を知らぬのに強がるからこのようなことになるのです」

 

床に脱ぎ捨てられていたリアスの制服を拾い上げる銀髪の女性。

 

俺はリアスの上からベッドの端に身体を移動する。

 

シーツに身を包みながらリアスは身体を起こしてベッドに座る。

 

「このような下賤な輩に操を捧げると知れば旦那様とサーゼクスさまが悲しまれますよ」

 

制服を綺麗に畳み、リアスに差し出す。

 

「こうでもしないと、お父様もお兄様も私の意見を聞いてくれないでしょう?」

 

まだ顔は紅潮してリアスだが、口調はハッキリとしていた。

 

「私の貞操は私のものよ。私が認めた者に捧げてなにが悪いのかしら?」

 

黙って聞いている俺の様子を伺うと、リアスは銀髪の女性に向き合う。

 

「それに信頼する彼のことを下賤呼ばわりしないで。いくら、貴方でも怒るわよ、グレイフィア」

 

グレイフィアと呼ばれた女性は嘆息しながらも話を続ける。

 

「何はともあれ、貴方はグレモリー家の次期当主。無闇に殿方に肌を晒すのはお止めください。況してや男性と肌を重ねるなどもっての他です。ただでさえ、事の前なのですから」

 

女性の視線が俺に移り、頭を下げてくる。

 

「初めまして。私は、グレモリー家に仕えるグレイフィアと申します。以後、お見知りおきを」

 

俺は脱ぎ捨てた上着を羽織る。

全てが中途半端に終わってしまったため、眉間に皺を寄せる。

 

「菅原ユウです。駒王学園の生徒で、リアスさんとは友人です」

 

リアスが何か言いたそうにしていたが、構わずグレイフィアに頭を下げる。

 

俺の名を聞いたグレイフィアが目を大きく見開く。

 

「菅原ユウ?では、貴方が?」

 

グレイフィアが怪訝そうな表情を俺に向ける。

 

「彼がどうかしたのグレイフィア」

 

俺を異質なものでも見るようにグレイフィアは視線を向けてくる。

 

「いえ、何でもありません」

 

俺から視線を外すことなくリアスの言葉を否定する。

 

「私の根城で話をしましょう。朱乃も同伴でいいわよね?」

 

綺麗に畳まれていた制服を着ていくリアス。

 

「結構。女王とは常に王の傍らに控えているものです」

 

着替えを終えると、リアスは部屋を出て行こうとする。

俺はリアスの手を引き、額にキスをする。

 

「今日はこれで我慢するよ」

 

顔を真っ赤にしたリアスが両手で額を押さえる。

 

「菅原様。お戯れはお止めください」

 

すかさずグレイフィアから注意が入れられる。

 

「では、俺は寝るので出て行ってくれます?」

 

ため息を吐き、部屋を後にするグレイフィアと可愛らしくべーっと舌を出しながら後を追うリアス。

 

扉の閉まる音が耳に響いた。

 

 

―〇●〇―

 

 

「お嬢様は先にお戻り下さい」

 

家の外に出たグレイフィアがリアスに告げる。

 

「どうしたの、グレイフィア?」

 

自分の女王の元へ飛ばなかったことを疑問に思っているのだろう。

 

「私にはもう一つ所用がございますので」

 

私がそう言うと、リアス様は自身の女王の元へ魔方陣を展開して消えて行った。

 

「私の可愛い息子をいきなり下賤な者呼ばわりとは。身内に甘い慈愛の一族に染まったかい、グレイフィア?」

 

闇夜の中からその人物は姿を表す。

 

「貴方様こそ盗み聞きとは、相変わらず趣味が悪いですね。レシステンシア様」

 

私はその人物に深々と頭を下げる。

 

「お久しぶりでございます」

 

十五年振りに目にしたレシステンシア様の姿は少し痩せたように見えた。

 

「可愛い奴め!あの朴念人に本当に勿体ないね」

 

私の頭を乱暴に撫でてくる。

変わらない彼女の愛情表現に自然と笑みが零れる。

 

「その朴念人に泣き付いたとお訊きしましたが?」

 

事情はお聞きしていたが、面白そうなので揶揄ってみる。

 

「私を揶揄おうなんて百年早いんじゃないかなムッツリちゃん?」

 

しまった。地雷を踏んでしまった。

 

「身内の情事の最中に部屋へ押し掛けるなんて、流石の私にも出来ないよ」

 

ニヤニヤと笑みを見せながら、距離を詰めてくる。

顔に熱が伝うのが自分でも分かる。

 

「どうだった、成長した義妹の身体は?」

 

私の頬を撫でるようにそっと触れてくる。

 

「男受けするいい身体だったろう?」

 

彼女は口を耳に寄せてくる。

 

「私の息子もいい身体をしてただろ?」

 

囁くような小さな声に私は距離を取ると、彼女はお腹を抱えて笑っていた。

 

「いやぁ~、相変わらず良い反応してくれるね~!お陰で良く眠れそうだよ」

 

ヒラヒラと手を振りながら家に戻って行く。

 

この方はいつだってそうだ、いつだって私の心を掻き乱す。

 

「貴方は、貴方はいつだってそうです!あの時だって!」

 

私の脳裏に過去の記憶が甦る。

 

「どうしてあの時、私を連れて行ってはくれなかったのですかレシステンシア様」

 

私は幼子のように涙を流しながら手を伸ばす。

 

「昔の話さ」

 

私の懇願に寂しそうに笑って彼女は家の中に入って行った。

 

この時期にしては冷たい風が頬を叩いた。

 

 

―〇●〇―

 

 

「はぅ、頭がガンガンしますぅ」

 

今、俺とアーシアは学園に向かって歩いている。

いつもの可愛らしい顔は真っ青であり、歩く度に顔をしかめる。

 

今朝、時間になっても起きてこない彼女を不思議に思い、部屋に呼びに行く。

 

ノックをせずに部屋に入った俺が悪かった。

 

フラフラと覚束ない足取りでブラを取り替えようとしていたアーシアと目が合う。

 

「ごめんなさい」

 

俺は目を丸くして、ゆっくりとドアを閉める。

 

今日は何かと女性の裸と縁がある。

ドアに寄り掛かって心を落ち着かせていると、突然ドアが開かれ、バランスを崩す。

 

重力に逆らうことが出来ず後ろに一歩、二歩と踏ん張ろうとするも体勢を立て直すことは叶わず、後ろに倒れそうになるが、背中に柔らかな感触が伝わる。

 

「ユウさん大丈夫ですか?」

 

どうやら彼女に支えられているようだ。

では、背中に感じる柔らかな感触はやはり。

 

「あ、ありがとアーシア」

 

背中越しにお礼を言うと、部屋を出ていこうとすると手を引かれる。

 

自然と彼女と向き合うような形になる。

 

「ユウさんこれは?」

 

上半身裸であることを気にすることなく首に架けられているペンダントを掌に乗せる。

 

見覚えのないペンダントにアーシアは首を傾げる。

ペンダントに視線を落とす度に彼女の慎ましい胸部が視界に入る。

 

「そ、それは俺からのプレゼント。同居一ヶ月記念の」

 

極力彼女を見ないようにしながら答える。

 

ペンダントを見つめながら彼女は肩を震わせている。

 

「ア、アーシア?」

 

急に俺の腰に腕を回して抱き着いて来る。

 

「一生大切にします」

 

表情は窺うことは出来ないが、声が震えている。

 

「私はユウさんに貰ってばかりです。だから」

 

ネクタイを引っ張られ、強引に頭を下げられると彼女は顔を近づけて来る。

 

「はぅ!」

 

唇と唇が触れる瞬間、彼女から奇声が発せられる。

彼女は頭を押さえながらしゃがみ込む。

 

「あ、頭が痛いですぅ」

 

そう彼女は所謂二日酔いだった。

 

俺は今日は休むように伝えたが、彼女は頑として聞かず、隣を歩いている。

 

学園に着き、アーシアと昇降口で別れる。

調子が悪くなったら保健室で休むように伝える。

 

後で様子を見に行った方がいいな。

 

教室に向かう途中でリアスのことを考えていた。

 

そう言えば、彼女が何故あのような行動に出たのか俺は知らない。

普段の彼女は高飛車で高慢な所はあるが、色恋に関しては夢見る乙女だ。

実際俺が彼女の身体を求めた時、自分から仕掛けて来たにも関わらず目を丸くしていた。

グレイフィアという女性が口にしていた破談という言葉やリアスが口にした父や兄とワードを踏まえて考えてみると、なんとなく彼女が置かれている状況が見えてくる。

 

(公爵家の姫ならそれも当然か)

 

ため息を吐き、教室に入る。

詳しいことはリアスが話してくれるだろう。

 

HRの時間になり、担任教師が入ってくる。

 

昼休みにアーシアの様子を見に行くと、兵藤や友人に囲まれて笑っている彼女が居た。顔色も良くなっており、安心した。

 

「菅原先輩?」

 

教室に戻る途中で木場に声を掛けられる。

 

「珍しいですね。先輩が二年の区画に来るなんて」

 

周囲に居た女子生徒達の奇声が聞こえてくるが、無視する。

 

「アーシアの調子が悪そうだったから気になったんだけど、大丈夫そうだから戻る」

 

木場の横を通り過ぎる。

 

「先輩、部長と朱乃先輩は登校してますか?」

 

すれ違い様に木場に問い掛けられる。

 

「いや、来てないけど」

 

その返答に木場はなにかを思案しているようだ。

 

「そうですか」

 

そんな木場の様子に俺は首を傾げながら教室に戻って行く。

 

その日、リアスと朱乃が姿を現すことはなかった。

 

翌朝になっても学園に二人の姿をなかった。

 

「あら、菅原君。珍しいですね一人とは」

 

昼休みになり、中庭で昼食を食べていると黒髪ショートカットでスレンダーな体型の眼鏡を掛けた知的美少女と黒髪ロングに凹凸のしっかり付いたボディーラインを持ち、同じように眼鏡を掛けた美少女に声を掛けられる。

 

「そーちゃんにつーちゃん。こんにちは」

 

駒王学園の生徒会長支取蒼那と副会長の真羅椿姫がそこに居た。

 

「菅原君、その呼び方は止めるようにお願いしたはずです」

 

やれやれと眉間を押さえる蒼那。

 

「いつもオカルト研究部の女性陣に囲まれているのにどうしたのですか?」

 

蒼那が周囲を見渡すもそこに親友の姿はない。

 

「リアスと朱乃は学校に来てない。アーシアはクラスの子達と食べてるみたい。搭城ちゃんは何処に居るのかな?」

 

俺は弁当を食べ進めながらここにはいない彼女達の情報を伝える。

 

「リアスと姫島さんが来ていない?」

 

蒼那と椿姫はお互い顔を見合わせると何かを納得したように蒼那が頷く。

 

「菅原君は何か聞いてますか?」

 

蒼那の質問に左右に首を振る。

 

「近々、リアスから直接話があると思うのでその時は聞いて上げて下さい」

 

そう言い残すと、蒼那と椿姫は俺に頭を下げ、去って行った。

 

リアスと蒼那は親友だから何か事情を知っているのだろう。そう言えば昨日の木場も心当たりがあるようだった。

 

放課後になり、今日はバイトなのでアーシアを迎えに二年の区画まで行くと、アーシアと兵藤と木場が一緒に居た。

 

「丁度、先輩の所へ窺おうと思っていたところです」

 

俺に気が付いた木場が近づいて来て話し掛けてくる。

 

「部長が先輩にお話があるのでオカルト研究部の部室まで来てほしいと言ってますので付いてきていただけますか?」

 

リアスが学校に来ているらしい。

 

本当なら時間がないと断るところだが、リアスとは昨夜の一件もあるので話を聞いておいた方がいいだろうと思い、木場に付いて行くことにした。

 

オカルト研究部の部室に入ると、リアスと朱乃と小猫の三人が部室に居た。

 

「来てくれてありがとう。ユウ君」

 

手にしていたティーカップを置き、立ち上がるリアス。

昨夜のことは気にしていない様子だった。

気まずくなられるよりは良いが、緊張していたのは俺だけかと、なんだかバカらしくなった。

 

「バイトがあるから短めで」

 

リアスに促され、ソファーに腰を降ろす俺とアーシア。

 

「昨夜はごめんなさい。あんなことになってしまって」

 

昨夜のことを詫びるリアスの頬は少し紅潮していた。

俺の勘違いだったようだ。

やはり昨夜のことを気にしているようだ。

 

「俺の方こそ悪かった。箍が外れた」

 

俺もリアスに頭を下げる。

 

「貴方が謝ることではないは私からお願いしたことだもの」

 

両手の指を擦り合わせ、上目遣いでチラチラと視線を向けてくる。

 

なにこの可愛い生き物。

 

その様子を見た他の面々は二人が何を話しているのか分からずに首を傾げる。

 

(昨夜?箍が外れる?まさかリアスとユウさんは)

 

ただ一人朱乃だけは二人の会話の内容に目を丸くする。

 

「話がそれだけなら俺とアーシアはバイトに行くよ」

 

態々オカルト研究部に来てまでする話ではなかったと思い、立ち上がる。

 

「待って!話しはまだあるの」

 

部室を出て行こうとする俺とアーシアを引き留める。

 

「色々話があるの。まずは貴方の働いているお店のことね」

 

店のことでリアスが俺に話があるとは珍しい。

 

リアスと朱乃は度々、店に顔を出すことがあり、料理長やスタッフ達によく揶揄われた。

 

朱乃に視線を向けると、首を左右に振っている。どうやら朱乃も知らないようだ。

 

「あのお店のある土地の一帯をグレモリー家で買い取ることにしたの」

 

リアスの言葉の意味が理解出来ない。

 

そもそも駒王の街はグレモリー家の所有する土地であると以前聞かされた。

今更、買い取るも何もないのではと思う。

 

「詳しく話すと、街全体は以前話したようにグレモリーの所有地だけど、土地自体は各々の物なの。例えば、あのお店はグレモリー領にあるけど、土地の所有者はお店のオーナーの物だったのよ」

 

リアスの言葉の脳内で変換しながら理解していく。

 

「街全体の管理はグレモリー。土地は個人の固有財産。グレモリー家ではそうやって二つに分けて問題の解決にあたっているの」

 

つまり、今回リアスが店一帯の土地を買い取ると言うことは。

 

「理解したわね。つまり私があのお店のオーナーになったというわけ」

 

足を組み換え、リアスはニヤリと笑う。

 

「えっ?」

 

リアスが店のオーナー?

あの店は料理長の夢だったはず、スタッフ達と試行錯誤して作り上げた汗と涙の結晶。

料理長が前に恥ずかしそう話してくれた夢の城。

 

「だから貴方はこれからはお店に行かなくても大丈夫よ」

 

俺の目標であり、俺の理想の店。

 

「勿論お給料は支払う。だからこれからはオカルト研究部の仕事を手伝ってもらうわ」

 

店のみんなの顔が脳内に浮かぶ。

 

「という訳で早速・・・ってどうしたのユウ君」

 

気が付くと俺は部室の出口に向かって歩いていた。

 

「ユウさん!」

 

アーシアは俺の後を追ってくる。

 

「悪いアーシア。一人にしてくれ」

 

俺の去ったオカルト研究部の部室内に静寂が訪れていた。




第8話更新しました。
初のR指定描写が拙いですね~。
そういう系の小説を手に取ったことがないので思い付くまま書きました。
納得いかない部分もあると思いますが勘弁して下さい。

書いてて思ったことですが、リアスとアーシアの接し方が全然違いますね。
そこは過ごしてきた時間の差ということで多目にみてください。

閲覧してくださる方、感想をくれた方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。バイバイ


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第9話

直近のストーリーに四苦八苦してるのに、先の展開ばかり頭に浮かびます。

第9話です。


夢を語る貴方は輝いていた

その姿に私は心を奪われた

あの瞬間から私は貴方を・・・

 

―〇●〇―

 

「な、なんで先輩は出て行ったんすか?」

 

一誠が何が何だかわからない様子で周囲を伺う。

 

何故、彼が出て行ったのか私にもわからない。

でも、彼の横顔がとても悲しそうだった。

 

私が彼にあのような顔をさせてしまったのだろうか。

 

「部長さん酷いですぅ」

 

ドアの前まで彼を追ったアーシアが涙目になりながら訴えてくる。アーシアは小猫に肩を抱かれて涙を流している。

 

何故、彼女にまでそんな目で見られたのか本当にわからない。

 

「リアス。貴方、本当にわからないの?」

 

朱乃が真剣な表情で私の肩に手を置く。彼女の目には怒りと悲しみが混在していた。

 

「ユウさんにとってあのお店がどういうものなのか?お店で働く方々がどういう存在なのか?よく思い出してみなさい」

 

朱乃はそう言うと、小猫とアーシアと共に部室を出て行く。

 

「部長。菅原先輩はお金のためにアルバイトしてたのではないと思います」

 

祐斗も険しい表情をしてそう言うと、頭を下げて部室を出て行った。

 

部室に私と一誠だけが残される。

 

朱乃の言葉が耳から離れない。

 

(彼にとってお店の意味?スタッフ達の存在?)

 

恥ずかしそうに頬を紅く染める彼。

 

(祐斗はお金のためじゃないと言っていた)

 

子供のように屈託のない笑顔で此方を振り返る彼。

 

(っ!)

 

私の脳裏にあの日の出来事が甦る。

 

あれは私と朱乃が初めてあのお店を訪れた日のことだ。

 

―〇●〇―

 

一年前 逢魔刻

 

この国では、昼が夜に移り変わる時刻のことをこう呼ぶらしい。

古来から魔物に遭遇する、大きな災禍を蒙ると信じられたことからそのように言われるようになったと朱乃が話していたのを聞いたことがある。

 

自分達悪魔にしてみれば、随分と的を得た呼び名であると納得する。

 

「グレさんと姫ちゃん?」

 

私は街の管理者として女王の朱乃と一緒に見廻りを行っていたところ、背後から声を掛けられる。

 

私は誰が声を掛けてきたのか直ぐに理解した。

 

「ユウ君。何度言ったらわかるのかしら!」

 

私をそう呼ぶ彼に文句の一つでも言ってやろうと振り向く。

 

「姫ちゃん。こんばんは」

 

彼は私の文句に意を介さず、朱乃に挨拶している。

 

「はいユウさん。こんばんは」

 

私を無視して挨拶をする二人。

 

菅原ユウ

 

高校の入学式で初めて出逢った男の子。

最初の印象は彼の母親のこともあり、強烈なものだった。

偶然同じクラスの隣の席になり、お互い家族に苦労していることから意気投合して行動を共にするようになった。

とても人懐っこく、心を許した者にはとことん優しい。

どこか自分の一族を連想させる性格で彼と接することがとても心地よかった。

彼と過ごす内に私のことをグレさんと呼ぶようになり、何度注意しても呼び名を変えようとはしない。

 

「私のことはリアスと呼んでといつも言ってるでしょ!」

 

いつものように彼に詰め寄り言い聞かせる。

 

「うん。わかった」

 

いつもこうだ。

その時は素直に聞いてくれるのだが、次に彼に呼ばれる時は直っていた試しがない。

 

「ユウさんはこちらで何をなさっているのですか?それにその格好は?」

 

朱乃に言われ、彼を見ると普段の制服姿とは違い、白いワイシャツで腰にエプロンを携えていた。

 

「これ?これはバイト先の制服だよ」

 

彼の腕には多くの食材の入った紙袋を抱えられていた。

 

「アルバイト?でも貴方のお家は・・・」

 

私の話を遮るように彼の携帯電話が鳴る。

 

「ちょっとごめんね。」

 

彼が電話に出ると電話越しに怒号が響き渡る。

慣れたように携帯を耳から離している。

 

「はいはい。直ぐに戻りますよ」

 

そう言って彼は携帯をポケットに戻す。

 

「俺のこの先のグランデっていうイタリア料理の店でバイトしてるから、もし良かったら今度食べに来てよ」

 

そう言い残し、彼はその場を後にしようとする。

私は朱乃と顔を見合せ頷く。

 

「折角だしこれから窺うわ」

 

私の言葉に彼は驚いたように振り向く。

 

「えっと、社交辞令で言ったんだけど?」

 

普通の人なら思っていても口にしないことを彼は平然と口にする。

 

「折角ですものお邪魔致しますわ」

 

私達に観念したのか紳士のような振る舞いを見せる。

 

「では、ご案内します。お嬢様方」

 

その姿は妙に様になっていた。

 

彼の案内でお店に向かう途中にどうしてアルバイトをしているのか聞いてみた。

彼の家はとても裕福な家庭だと聞いたことがある。

父親は世界的な建築家で世界を飛び廻っており、年に数日しか家にいないと言っていた。

母親も今は専業主婦だが、結婚する以前は有名な小説家だったと教えてくれた。

 

私も彼の母親の小説を読んだことがある。悪魔や堕天使を題材とした作品で妙にリアルに書かれていてとても共感出来ることが多かった。

 

そんな家庭に生まれた彼がアルバイトをして小銭を稼いでいるとは思えなかった。

 

そのことを聞いてみると、菅原家の家訓というものらしい。

 

「着きましたよ」

 

そのお店は多くのお店が軒を連ねる一角にあり、決して大きくはなかったが、外装と店内の雰囲気が見事に調和しており、一目で心落ち着く空間であることが見て取れた。

 

「ようこそ夢の城へ。今宵は至福の一時をお過ごし下さい」

 

彼が丁寧にドアを開き、店内へ誘導してくる。

 

店内に入ると、ホールスタッフが席へ案内してくれた。

とても和やかな雰囲気で食事をするお客さんはみんな笑顔を見せていた。

 

「とても良いお店ですわね」

 

朱乃が店内を見渡しながら笑顔を見せる。

 

「こういうお店もあったのね。知らなかったわ」

 

メニューを見てみると、その価格設定に驚く。

他のテーブルにサーブされる料理はどれも本格的な皿ばかりで、とてもこの価格で提供されるような品ではなかった。

 

「たったこれだけの買い出しにどんだけ時間掛けてんだ!」

 

和やかな店内に似つかわしくない怒号が厨房と思われる場所からホールに響き渡る。

 

「てめぇ、買い出し中にまたナンパしてやがったのか!」

 

どうやら怒られているのは自分達の友人のようだ。

 

騒然とする厨房の雰囲気を気に留めることなくお客さん達は料理を楽しんでいる。

 

私と朱乃はどうしたら良いのかと店内をキョロキョロ見渡す。

 

「お嬢ちゃん達。この店は初めてかい?」

 

初老のご夫婦に声を掛けられ、私と朱乃は頷く。

 

「この店ではこれが定番でね。最近入ったバイトの子が料理長のお気に入りなのさ。一日三回は雷が落ちるよ」

 

初老のご夫婦がそう言うと、他のお客さん達も一斉に笑い始めた。

 

「楽しいお店ですわね」

 

朱乃を口に手を添えて一緒に笑う。

 

厨房から威厳のある男性が此方に向けて歩いてくる。

 

「この度は店の従業員が大変失礼致しました。料理の方は責任をもってご用意させて頂きますので、何卒ご容赦ください。御代の方は此方で持ちますのでお好きな料理をオーダーして下さい」

 

お店のオーナーと思われる人物は深々と頭を下げてくる。事情を説明するも頑なに首を縦に振ることなく私達はそのご厚意に甘えることにした。

 

男性が厨房へ戻って行き、オーダーを済ませる。

ホールスタッフからウェルカムドリンクがサーブされる。

白ワインを模したジンジャエールのようだ、グラスを昇る泡が美しく、口に含むと程よい炭酸が弾ける。

 

「お待たせ致しました。シニョリーナ」

 

気障なセリフを口にしながら彼が料理を運んできた。

 

「当店自慢のファゴッテッリでございます」

 

私と朱乃がオーダーしたのは、四季を問わず一年中楽しめる、本場ローマの郷土料理カルボナーラをアレンジしたパスタの一種で一口サイズに整えられている。

 

「冷めないうちにお召し上がり下さい」

 

皿の中には色鮮やかで可愛らしい料理が綺麗に盛り付けられており、見た目にも楽しめる一品だった。

 

「お、美味しい!」

 

一口に食べてみると、カルボナーラソースがトロリと口の中に広がり、カリッとしたグアンチャーレの食感とピリッとした胡椒がアクセントとなり、とても美味しかった。

 

「本当に美味しいお料理ですわ」

 

朱乃も目を丸くしていた。

 

「では、ごゆっくりお楽しみに下さい」

 

彼はニコリと微笑むと厨房へ戻って行った。

 

その後もオーダーした料理を彼がサーブしてくる。そのどれもが絶品で私と朱乃はペロリと平らげた。

 

「ふぅー、お腹一杯」

 

私はお腹を押さえながら椅子に背を預ける。

 

「本当に。もう食べられませんわ」

 

朱乃も同じようにお腹を押さえていた。

 

「ご満足頂けたようで何よりです」

 

先程のオーナーが紅茶を運んでくる。

 

「ご提供させて頂いた料理は彼が調理した皿でした」

 

シェフ達が調理したとばかり思っていた二人はオーナーの言葉に驚愕する。

 

「美しいお嬢様方に夜道は危険ですので、お帰りの際は彼に送らせます」

 

私達は紅茶を頂き、席を立つ。厨房から出て来た彼がドアを開けてくれた。

 

「今日は来てくれてありがとうね」

 

帰り道、彼が私達に頭を下げる。

 

「私達の方こそありがとう。とても楽しかったわ」

 

お店で働く彼は学校で見るいつも眠たそうな彼とは違いとても輝いていた。

 

「本当ですわ。ユウさんがあんなにお料理が上手だったなんて知りませんでしたわ」

 

満面の笑みを浮かべる朱乃は珍しい。

 

「いや、まだまだ」

 

星空を見上げながら彼が話す。

 

「今日出した料理だって先輩達を真似た品ばかりだし、作れる料理も少ないしね」

 

私も女性としては身長が高いが、彼とは頭を一つ分の差があるため、自然と彼を見上げる形になる。

 

一年くらい一緒に居るが、彼の顔をじっくり見たのは初めてかもしれない。

 

短く切り揃えられた黒髪は清潔感を漂わせ、眼は大きく中心の瞳は漆黒で見つめられたら吸い込まれそうだ、鼻はスッと伸びており、口はあまり大きくなく、顔はとても小さい。

 

どこからどう見ても美少年である。

私の眷属で顔が整っていると言われる祐斗と比べても遜色ないだろう。

 

「どうしたのグレさん?」

 

彼の容姿の寸評に夢中になっていて彼の顔が目の前にあることに気が付かなかった。

 

「リアスったらユウさんに胃袋を掴まれてしまいましたか?」

 

ウフフと妖しい笑みを浮かべた朱乃に揶揄われる。

 

「ち、違うわよ!そんなに料理が上手くなってどうするだろうって考えてたの!」

 

慌てて否定するも顔に熱が集まるのが自分でもわかる。

 

「夢があるんだ」

 

彼は一歩だけ私達の前に出ると笑顔で振り向く。

 

彼が語ってくれたのは将来の話だった。

 

今のバイト先で料理の勉強をして海外にも料理の修行に行くこと。

いつかこの駒王の街に戻り、自分の店を出すこと。

大きな店ではなく、お客さん全員の顔が見えるくらいの広さで良いこと。

尊敬する料理長とバイト先のスタッフ達のように試行錯誤しながらお店を作り上げること。

その店にご両親を招待して自分の料理で振る舞うこと。

 

「なんか恥ずかしいな」

 

頬を紅くしながら指で掻く。

 

いつも大人びた雰囲気を醸し出す彼が子供のように照れている姿はとても新鮮だった。

 

「とても素敵な夢だと思いますわ」

 

真っ直ぐ彼を見つめる朱乃の表情はとても穏やかだった。

 

「誰かに話したのは初めてなんだ。笑わないでくれてありがとう」

 

紅く染まる顔を隠すように彼は背中を向ける。

 

「すごいわねユウ君」

 

お店で働く彼がとても輝いて見えたのはそういうことか。

 

彼の夢を聞き、自分はどうなんだろうと考える。

 

私は彼のようなハッキリとした夢や目標がない。

 

彼に比べて自分はどれだけちっぽけな存在なんだろうと思った。

 

「もし、店をオープン出来たらグレさんと姫ちゃんも遊びに来てくれる?」

 

そう言って振り向いた彼の表情に私は心を奪われた。

 

―〇●〇―

 

私はその場で崩れ落ちるように膝を付く。

 

「ぶ、部長!?」

 

一誠が私を支えてくれる。

だけど、今の私には一誠に視線を向ける余裕はない。

 

私は彼から夢の場所を奪ってしまった。

 

私の不用意な行動が彼の夢を奪ってしまった。

 

彼の輝ける場所を私は奪ってしまった。

 

もし今から全てを元に戻したところで彼のあの姿が戻ってくることはないだろう。

 

涙で視界がボヤける。

 

後悔が私の心を支配する。

 

「ぶ、部長!」

 

私は気が付いたら走り出していた。

 

彼を探して。

 

もし今、彼に逢ったらどんな反応をされるだろうか?

冷たい視線を送られ、軽蔑されるかもしれない。

酷く罵倒されるかもしれない。

口さえ聞いてもらえないかもしれない。

 

そう考えると身体が震える。

でも、今の私には誠心誠意彼に頭を下げることしかない。

彼の心が戻ってこないとしても。

 

あれから私は彼を探して走り回った。

 

お店に行くも誰もおらず、彼の自宅へ向かうも誰もいなかった。街を探している途中で朱乃と小猫とアーシアに会った。三人も彼を探しているようだった。私の姿を見た三人は静かに頷いてくれた。

 

それから私達は使い魔を使って、一晩中彼を探した。

 

二手に分かれて彼の居そうな場所や彼との思い出の場所を探し回った。

 

だけど、彼を見付けることが出来なかった。

 

夜が明け、私とアーシアは部室に戻る。

 

部室には祐斗や一誠が居た。

二人も彼を探してくれていたようだ。

 

「部長。菅原先輩は?」

 

祐斗の言葉に流れる汗をそのままに唇を噛み俯く。

 

朱乃と小猫の二人も部室に戻ってくるも首を横に振る。

 

登校時間になり、彼が登校するかもしれないと、教室に行くが彼の姿はなかった。

 

私達はもう一度彼の家に行ってみることにした。

 

「どうしたんだい、みんな揃って?」

 

オカルト研究部全員で押し掛けたため彼の母親は目を丸くしている。

 

私は事の次第を話した。

 

「そんなことが有ったのかい」

 

コーヒーを口にしながら目を細め、静かに頷いていた。

 

「あの子も誰に似たんだか、頑固なところがあるからね。本気でリアスちゃんに怒ってるとかじゃないと思うよ。ただ、気持ちの整理が出来ないんだろうね」

 

そう言い席を立つと、アルバムを手にして戻ってくる。

 

「あの子の身体のことは聞いてるかい?」

 

私達は静かに頷く。

 

「この頃だね。一番酷かったのは」

 

そこには私と朱乃と出逢った頃の彼が居た。

 

お母様はその頃のことをゆっくり話してくれた。

 

その内容は壮絶なものだった。

以前彼から聞かされていたのはほんの一部だったのだ。

お母様の表情にも悲しみが見てとれた。

 

朱乃と小猫とアーシアは涙を流し、祐斗と一誠は唇を噛んでいた。

 

「主治医から聞いたよ。あの子と友達になってくれた子が居たってリアスちゃんと朱乃ちゃんことだろ?」

 

お母様は私と朱乃に頭を下げた。

 

「ありがとう。あの子と仲良くなってくれて。友達になってくれて。二人のおかげあの子も私達夫婦も救われました」

 

お母様の言葉で私は我慢していた涙が溢れ出す。

 

「でも、私はそんな彼に酷い仕打ちをしてしまいました」

 

私の頭を撫でながら笑顔を向けてくれるお母様の姿が彼と重なり、また涙が溢れる。

 

「大丈夫。あの子は大丈夫だから」

 

そう言ってお母様は私を抱き締めてくれる。その腕はとても暖かかった。

 

「よし!そうと決まったら休みな!」

 

急に立ち上がり、手を鳴らすお母様。

 

「一晩中あの子を探してたんだろ?そんな格好してたらあの子が帰ってきたときびっくりしちゃうよ!まずは休む!そして食べる!そしたらまた考えようじゃないか!」

 

お母様の言葉に私達はポカンしていた。

 

「部屋なら貸すほどあるから。お風呂はアーシアに案内してもらいな。男共は別のお風呂だよ。覗くんじゃないよ!」

 

そうして言われるままにお風呂に入り、部屋に案内されて休む。

 

目が覚め、時間を確認すると15:00を回ったところだった。驚くほど熟睡していた。

 

リビングに降りて行くと既にみんなが揃っていた。

 

「よく眠れたようだね。いつものリアスちゃんだ」

 

お母様が笑顔で迎えてくれた。

手には料理の乗った皿があり、テーブルにはこれでもかと言うくらいの料理が並んでいた。

 

「これ食べてこれからのことゆっくり考えな!」

 

みんなは既に食べ始めており、その大半が小猫の胃に収まっていく。

 

「ユウさんが料理上手なのはお母様の影響なのですね」

 

隣に座っていた朱乃が笑顔で料理を口にしていく。

私も料理に舌鼓を打つ。

 

食事を終え、片付けを手伝おうとするとお母様から止められる。

 

お母様は静かに頷いてくれた。

 

「大変お世話になりました」

 

洗濯してもらった制服に着替えて玄関に並び、頭を下げる。

 

「またみんなで遊びにおいで」

 

優しく微笑むお母様に頭を下げ、私達は彼の家を後にする。

 

「いい子達に囲まれてあの子も幸せだね。そう思わないかい黒歌」

 

近付いてきた黒歌を抱き上げると、頭を撫でる。

 

「次はあの子の番だね」

 

そこにはいない最愛の息子に想いを馳せる。

 

菅原邸を後にした私達は部室に戻り、これからのことを話し合っていた。

 

「まずはユウさんの行方ですわ」

 

朱乃が彼の行方を最優先しようと話す。

 

「でもお義母様も言われていましたが、ユウさんの気持ちの整理が出来るまで待つと言うのも大切なのではないでしょうか」

 

アーシアは彼の気持ちを尊重しようと話す。

 

どちらも正しいことのため話し合いは平行線を辿る。

 

その時、部室の床に魔方陣が現れる。

 

「随分と的外れな話し合いをされているようですね」

 

全員が一斉にドアの方に視線を向ける。

 

「グ、グレイフィア!」

 

そこにはグレモリー家のメイドであり、義姉でもある人物が立っていた。

 

彼女と面識のないアーシアと一誠はポカンとしている。

 

「初めての方もいらっしゃるようなので。私はグレモリー家に仕えるグレイフィアと申します。以後お見知りおきを」

 

グレイフィアが頭を下げると、アーシアと一誠も釣られて頭を下げる。

 

「お嬢様。今はそのようなことに構っている場合ではないことをお忘れですか?」

 

彼女の言葉に私は顔を顰める。

 

「そんなこと?私にとっては何よりも大切なことよ。グレモリーという名を天秤に賭けるくらい」

 

グレイフィアは一瞬だけ目を見開くもすぐにいつもの表情に戻る。

 

「なにをバカなことを。旦那様や奥方様が永きに渡り築き上げて来たものと一介の、それも人間の男と天秤に賭けるなど冗談でも口していいことではありません」

 

グレイフィアから殺気が放たれる。

流石は最強の女性悪魔の名を二分する存在だ。

他の眷属達も苦しそうにしている。私はアーシアを守るように前に立つ。

 

「な、なんと言われようと私の答えは変わらないわ」

 

グレイフィアはため息を吐くと殺気を押さえる。

 

眷属達が息を切らし、膝を付く。

 

「でしたら私から申し上げることは御座いません」

 

額に滲む汗を拭いながら、私は立ち上がる。

 

「あとは当人同士でお話しください」

 

グレイフィアの話を終える前に床に魔方陣が出現する。

 

魔方陣から炎が巻き起こり、室内を熱気が包み込む。

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ」

 

魔方陣の中から見知った人物が姿を表す。

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

私は眉間に皺を寄せ、ため息を吐く。

 

「ライザー。悪いけど、また後日にしてくれないかしら。今は貴方に構っている暇はないの」

 

私の言葉など気にせず近づいて来るライザー。

 

「なに、時間は取らせない。式の会場を見に行くだけさ。一時間も掛からん」

 

ライザーは私の腕を掴んでくる。

 

「おい、あんた。部長はいま忙しいんだ。あんたの相手をしてる場合じゃないんだよ!」

 

一誠がライザーに噛みつく。他の子達も頷く。

 

「あら?リアス、俺のこと、下僕に話してないのか?」

 

ライザーは目元を引きつらせながら苦笑いしている。

 

このままでは埒が明かないと思ったのかグレイフィアが介入する。

 

「ご存知ない方もいらっしゃるようなので説明致します。この方はライザー・フェニックス様。純血の上級悪魔であり、古い家柄を持つフェニックス家の三男であり、リアスお嬢様の婚約者でございます」

 

一誠の悲鳴が室内に響き渡る。

 

「いい加減にしてちょうだい!」

 

勝手に話を進められ、私の怒りは頂点に達する。

 

「ライザー。貴方とは結婚しないし、今はこんなことしている暇はないの!」

 

いま最優先すべきはユウ君のこと。余計なことに時間を割いてる訳にはいかない。

 

「リアス、さっきからそればかりだな。なんかあったのか?」

 

ライザーのニヤけた表情が鼻に付く。

 

「貴方には関係ないわ」

 

私の態度が気に入らなかったのか、ライザーの機嫌が悪くなる。目元が細まり、舌打ちが聞こえる。

 

「俺もフェニックス家の看板背負った悪魔なんだよ。この名に泥を塗るわけにはいかないんだ」

 

ライザーの周囲を炎が駆け巡る。

 

「俺はキミの下僕を燃やし尽くしてでもキミを冥界に連れて帰るぞ」

 

殺意と敵意が室内を埋め尽くす。ライザーから発せられるプレッシャーが私達を襲う。

 

一触即発の雰囲気が室内に漂う。私も魔力を解放していく。

 

ライザーの背に炎の翼が形成されていく。その姿はまさに火の鳥。

 

「お二方、落ち着いてください。これ以上やるのでしたら、私も黙って見ているわけにはいかなくなります」

 

グレイフィアの視線が私とライザーに突き刺さる。

ライザーは息を深く吐きながら頭を振る。

 

「こうなることは、両家の方々も重々承知でした。なので最終手段を取り入れることにします」

 

ライザーもグレイフィアの言葉が理解できないのか怪訝な表情を浮かべている。

 

「レーティングゲームで決着をつけて頂きます」

 

グレイフィアの決定に私は言葉を失う。

 

「俺の方はそれでいい」

 

ライザーが待ってましたとばかりにニヤけた表情を見せる。

 

グレイフィアは頷き、私に視線を移す。

 

「お嬢様もそれで宜しいですね?」

 

有無を言わせぬプレッシャーが私を襲い、頷く。

 

「承知しました。では、両家には私の方から通達しておきます」

 

その決定に私は苦々しい表情を浮かべる。

 

「では、ゲーム開始は十日後と致します」

 

周囲を見渡し、グレイフィアは目を細める。

 

「十日後?なんでそんなに時間が空くんだ?」

 

その提案にライザーが異を唱える。

 

「単純な戦力の差を考えたまでです」

 

その答えを鼻で笑い、私達の様子を窺うライザー。

 

「十日後!そんな時間は私達にっ」

 

私の言葉を視線で制すグレイフィア。

 

「最終手段と申したはずです。従えないのならお嬢様にはこのまま冥界にお戻り頂きます」

 

本気だ。此までのような冗談ではない。

 

「決まりだな。では、次はゲームで会おう」

 

そう言い残し、ライザーは魔方陣の光の中に消えていった。

 

「私も準備がございますので失礼致します」

 

グレイフィアによって魔方陣が展開される。

魔方陣の光に包まれるグレイフィアは私に視線を送る。

 

「この十日間を決して無駄になさいませんように」

 

そう言うと、グレイフィアは頭を下げ、光に包まれていった。

 

ライザーとグレイフィアのいなくなった室内に静寂が訪れる。

 

「余計な時間を取られてしまったわ」

 

重い空気を切り裂くように私の声が室内に響き渡る。

 

「改めてユウ君のことを考えましょう」

 

目の前の眷属達を見渡す。その中で朱乃が一歩みんなの前に出る。

 

「リアス。本当に宜しいのですか?」

 

朱乃の言葉を理解できず、私は首を傾げる。

 

「私は貴方の女王です。王である貴方のことを一番に考えなければいけない立場です」

 

朱乃の表情はいつもの含みのあるものではなく、真剣な表情だった。

 

「いまユウさんとお逢いしたとして貴方は素直な気持ちを伝えられますか?」

 

朱乃の言葉に瞳が揺れる。

 

「万が一、ユウさんに拒絶されたら貴方は正気でいられますか?」

 

身体が震え、血の気が引いていくのを感じる。

 

「いまは貴方の問題を解決するのが先決ではありませんか?」

 

何度も脳裏に浮かんだ彼の寂しそうな横顔。

 

「で、でも!」

 

私に背を向け去っていく彼の姿。

 

「ユウさんのことは信頼できる方々にお願いしましょう」

 

私の肩に優しく手を添える朱乃。後ろの眷属達も力強く頷く。

 

私は眷属達の決意を纏った姿に心を決める。

 

その後、私達は改めて菅原邸を訪れ、事情を説明した。

話を聞いてくれたお母様は優しく微笑み、私達を送り出してくれた。

 

私は貴方を酷く傷付けてしまった。

この罪は消えることがないだろう。

でも、もう一度貴方に逢って謝りたい。

そして伝えたい、私のこの気持ちを。

そのために私には先にやらなきゃいけないことがある。

真っ新な自分になって貴方に逢いに行くために。

ごめんなさい、我が儘な私で。




第9話更新しました。
前話の最後からどうやってライザーに繋げようか悩みましたが母ちゃんが頑張ってくれました。
なかなか上手く繋がったと個人的には思いますが、矛盾はあると思いますのでご了承下さい。
今話は全てリアス視点でしたが、意外と書きやすかったです。
最初は今話もオリ主視点にしてライザーの登場シーンも後日談的な話にしていたんですが、納得いかなかったので書き直しました。

最後まで閲覧してくれた方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。バイバイ


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第10話

未だにこのサイトの使い方がわかってない筆者です。

第10話です。


わかっていてほしかった

忘れないでほしかった

信じていたから

 

―〇●〇―

 

もうどのくらい歩いたのだろうか。

 

学園を出て、閑静な住宅街を進む、街灯の人工的な光が道を照らしていく。

周囲の住宅に一つ、また一つと灯りが灯り始める。

人の通りは疎らでペットを連れて散歩をする者、ジョギングで汗を流す者など目に写るのは数人程度。

 

住宅街を抜けると、景色が一変する。

多くの店が軒を連ね、人の波が出来上がり、街は活気に溢れている。

 

見慣れたはずの街の風景が全く別の物に見えた。

普段ならば気にも留めないような些細なことがやけに目に付く。

 

まるで自分の知る街とは似て非なる街に来てしまったような錯覚を起こす。

 

周りの喧騒を煩わしく感じながら歩を進めると、この時間であれば多くの人々の笑顔で溢れている筈のグランデの前で立ち止まる。

 

店のドアにはcloseの看板が掛かったままになっており、店の中には灯りはない。

 

ドアを押して中に入ろうとするが、当然カギが掛かっており開かなかった。

 

それからのことはよく覚えていない。

 

夜通し歩き続けた俺の視界には長閑な田園地帯が広がっていた。

 

水田に張られた水が東の空から昇る太陽に反射してとても美しかった。

 

その美しい景色を前に気が付いたら俺は涙を流していた。

 

その涙の意味は自分自身でも解らなかった。

 

しばらくその道を歩いて行くと、懐かしい一軒の建物が現れる。

 

そこは、嘗て俺が一ヶ月間過ごした場所で、一年間通い続けた場所だった。

 

(夜が明ける訳だ)

 

いつの間にか駒王町の外に出てしまっていた。

 

あとから聞いた話だが、俺が治療に通わなくなったあと、アジュカ先生もこの街を出たらしい。

 

元々、俺以外患者が訪れたことを見たことがなかったため問題は無かったのだろう。

 

建物の外観は、一年間放置されていた割にはキレイで所々人の手が加えられていた。

 

(開いた)

 

入口のドアを押してみると、カギが掛かっておらず、すんなり中に入ることが出来た。

 

建物の中はガスは使えなかったが、最低限のライフラインである電気や水道は使えるようだ。室内はこまめに清掃された跡があり、物は綺麗に整理されていた。

 

俺は家の中を進み、ある部屋のドアを開ける。その部屋は俺が一ヶ月過ごした部屋だった。

 

一年前と全く変わっていない内装に当時の記憶が甦ってくる。

 

部屋の至るところに当時の生々しい傷痕が遺されている。

 

辛く苦しい日々だった。日に日に自分が自分でなくなる気がした。

自分を制御することが出来ず、発作を起こす毎日。眠ってしまうと自分が別のなにかになるような気がして夜が来ること恐れていた。

 

あの頃、自分を眠りに誘う目の前のベッドが恨めしかった。そのベッドはキレイにメイキングされていた。

 

制服の上着を備え付けてあるハンガーに掛けるとベッドに横になる。

 

近頃は夜にゆっくり休むことが出来ていなかったため、途端に瞼が重くなる。

 

俺の意識はそこで途切れた。

 

窓から差し込む光で目を覚すと、懐かしい天井が目に写る。

 

ベッドから身体を起こし、窓から外を眺める。

太陽が東から昇っている。

 

不思議に思い、時間を確認すると8:00を少し回った頃だった。

 

丸一日以上寝ていたことになる。

 

俺はすぐに尿意を催し、トイレに駆け込む。

 

トイレから出て、手を洗いながらこれからどうしようかと考える。

 

学校に行く気にはならなかった。

いまリアスに逢えば、確実に彼女を傷付けてしまう。

気持ちの整理が付いてからでなければ逢うことは出来ない。

両親が心配していると思い、家に帰ろうかとも思ったが、アーシアが事情を話しているかも知れないので大丈夫だろう。基本的には放任主義のため、事情を知っていれば探されることはない。

 

喉が渇いたため、水を飲もうとグラスを手にすると、少し埃が被っていた。よく見ると、他のグラスや食器類にも埃が被っていた。周囲を見渡して見ると、所々に埃が被っており、こまめ清掃されていても行き届いていない所も多々あった。

 

俺は手に取ったグラスを洗い流し、グラス一杯分の水で喉を潤すと、腕捲りをする。

 

一年分の感謝を込めて掃除することにした。

幸い、掃除用具などは入院していた頃と変わらない場所に仕舞われており、あちこち探すことはなく助かった。

 

まずは建物内の窓を全て開けて空気を入れ換える。

天気が良く、この時期にしては気温が高い。

気持ちの良い風が頬を叩く。

 

そこからは一心不乱に掃除に没頭した。

 

全ての部屋の埃を叩き落とし、掃除機で吸い込んでいく。とても大きな民家を改装して作られたこともあり、一日、二日では終わらない。それでも今は夢中になれるものがあることが有り難かった。

 

やがて西の空に太陽が沈んでいく。

 

頭を空っぽにして掃除に打ち込んでいたため、時間が経つのを忘れていた。

 

(腹が減った)

 

近くに小さな商店があったことを思い出して出かける。

 

店にはおにぎりやパンが売っており、適当にいくつか買って帰る。

 

パンを食べながらグランデのことを考える。

 

リアスに悪気はなかったのだろう。

初めて逢ったときからそういうところはあった。

此方の意に反して強引に物事を決めてしまうところ。

一度こうと決めると、脇目も振らず突っ走ってしまうこと。

自分は間違っていないと頑ななところ。

いつも朱乃がフォローしていたのを思い出す。

俺自身もそれも彼女の個性の一つだと理解していたはずだ。

 

だが、今回の話を聞いたときは彼女の言っていることが理解できずに席を立ってしまった。

 

何故?

 

店がなくなると思ったから?

料理長やスタッフ達の落胆する顔が頭に浮かんだから?

自分にとって大切な場所が奪われると思ったから?

 

冷静になって考えば、リアスがオーナーになってもやることは変わらないのかもしれない。

彼女ならグランデを潰すようなことはしないだろし、料理長やスタッフ達を解雇することもないだろう。

店に出なくていいと言われたが、話をすればバイトを続けることも出来るだろう。

 

なのに、何故だろう。

こんなにも心がざわつくのは。

 

(俺はリアスを信じていたんだ)

 

初めて店に来てくれたあの日、俺の作った料理を食べて笑顔を見せてくれた彼女ことを。

俺の話を聞いてすごいと言ってくれた彼女のことを。

叶うともわからない約束に笑顔で頷いてくれた彼女のことを。

 

いつも近くに居てくれた彼女なら自分のことを解ってくれてると信じていたんだ。でもそれは思い上がっていたのだろうか。

 

食事を終え、ベッドに横になりながら自問自答を続ける。

 

答えは彼女が持っているだろうか?

彼女と話せば解決するのだろうか?

考えが纏まらないまま眠りに就いた。

 

翌朝も俺は掃除に精を出していた。

リアスとどのように接していいのかまだ解らなかったが掃除を中途半端はする事は出来なかった。

 

いまの俺があるのは両親に連れられてこの場所を訪れ、アジュカ先生に出逢ったからだ。

その感謝を忘れずに精一杯掃除をした。

 

結局、全ての部屋の掃除を終えたのは、俺がこの場所を訪れてから九日目の夜だった。

 

(家に帰ろう。取り敢えずリアスと話をしよう)

 

今日は休んで明朝に駒王の街に戻ろうと瞼を閉じる。

 

―〇●〇―

 

汝、目覚めるときは今

獣の咆哮によって解き放たれた扉を開かん

万物の創物者にして森羅万象の理

全てを太陽の彼方に導きし者よ

 

―〇●〇―

 

目が覚めた俺はゴミを片付け、各部屋をもう一度回って戸締まりを確認する。

 

「おや、誰か居るのかね?」

 

玄関に老夫婦が立っていた。

 

老夫婦はリビングから顔を出した俺に首を傾げた。

 

俺は慌てて自分のこととここにいる理由を説明した。

 

「そうでしたか。あなたがあの時の」

 

老夫婦は俺がここに入院していたことを知っていたようだ。

 

「私達夫婦はアジュカ様よりこの建物の管理を任されている者です」

 

二人は俺に頭に下げる。俺も釣られて頭を下げた。

 

「見ての通り歳ですから、管理と言っても行き届かないところが多くてね。掃除をしてくれてありがとう」

 

周囲を見渡しながら笑顔を見せる老夫婦。

 

「俺の方こそ勝手に入ってしまって申し訳ありません」

 

老夫婦の笑顔を見ながらホッと胸を撫で下ろす。

最悪、不法侵入と不法占拠で訴えられてもおかしくなかったからだ。

 

「貴方様のことはアジュカ様より伺っておりました」

 

そう言うと、一枚の封筒を俺の前に差し出す。

 

「アジュカ様よりのお手紙です。もし貴方様がここを訪ねて来ることがあれば渡して欲しいと」

 

封筒を手に取り、老夫婦と封筒を交互に見る。

 

驚く俺に老夫婦は穏やかな表情で頷いている。

 

俺は封筒を開けると、五枚ほどの便箋にびっしり文字が書かれおり、私の最初で最後の患者へという書き出しで始まっていた。

 

そこにはアジュカ先生の当時の生々しい心情が書かれていた。

 

初めて俺と逢った日のこと。

発作を起こした俺に消えない傷を負わされたこと。

治療内容に試行錯誤していたこと。

治療を通して俺の症状が改善していく様子。

 

俺の知らない先生の姿がそこにあった。

俺の知っている先生はいつも飄々としており、何事にも動じず、冷静に物事を考える人だったが、この手紙に書かれている姿は治療方針に悩み、自分の不甲斐なさに絶望して何度も試行錯誤している様子が窺えた。

 

手紙を読み進めていく。

 

催眠療法に直ぐに引っ掛かる俺の姿。

猛獣に追い掛け回され、叫ぶ俺の姿。

治療中に悶絶する俺の姿。

 

途中から俺の恥態を笑う内容になっていた。

 

(何故急に内容が変わる)

 

でも、先生は俺のことを良く見てくれていた。

一人で泣いていたことや苦しんでいたことがしっかりと書き記されていた。

 

その後の手紙には今後の俺を気遣う内容だった。

 

涙で文字が滲む。

読み進めるほどに目元を手で拭い、鼻を啜る。

天井を見上げながら涙が溢れないように我慢しながら最後の一文まで辿り着く。

 

その一文に堪えていた涙が溢れ出す。

 

「もし、人を信じられなくなったら。その人を信じる自分を信じなさい」

 

その言葉は正にいまの俺の心情を表しているかのような言葉だった。

涙を拭い、手紙を封筒にしまう。

 

「いいお顔になられましたね。先程までの迷いのようなものが消えてますよ」

 

老夫婦の言葉に立ち上がり、頭を下げる。

 

(俺は俺が信じるリアスを信じる)

 

彼女と過ごしてきた二年間。人によってはたった二年と言う人もいるだろうが、俺がリアスと過ごしてきた時間は唯一無二のもの。それは彼女が悪魔だと知っても変わることのない事実。

 

(だから俺は彼女を信じる)

 

老夫婦は笑顔で顔を見合わせると、静かに頷きテーブルの上に長方形の箱を置く。

 

「これは?」

 

不思議に思った俺は老夫婦に訪ねる。

 

「アジュカ様から贈り物だそうです。いつか必要になったときのためにとのことです」

 

箱を開けると、ボードゲームのチェスで使用される六種十六個の駒が入っていた。

 

アジュカ先生が何故俺にチェスの駒をプレゼントしてくれたかは解らないが、先生のすることには意味があると思うので受け取る。

 

「また伺っても宜しいでしょうか?」

 

玄関で俺を見送る老夫婦に訪ねる。

 

「是非、いらしてください。いつでもお待ちしております」

 

老夫婦は笑顔で答えてくれた。

 

「ありがとうございます。でも、鍵は掛けておいたほうがいいと思いますよ」

 

頭を下げ、そう言い残し、俺はその家を後にした。

 

「フォフォフォ、ご心配なく。この建物は人間には見つけられないので」

 

老夫婦の言葉が俺に届くことはなかった。

 

 

―〇●〇―

 

 

俺は十日前に歩いた道を再び歩いていく。

 

太陽の光に照らされた水田は以前と同じように光輝いている。

俺の心も靄のようなものが晴れてすっきりしている。

 

(とにかくリアスと話そう)

 

時刻は9:00を回ったところだ。一度、家に戻って身支度を整えてからでも放課後には学校に行けるだろう。

 

急がねばと思い脚を速めようとした時、一台の車が前方で停車した。

 

その車に見覚えがあった。

 

「母ちゃん!?」

 

車から降りてきた母親は車を指差している。乗れと言ってるようだ。

 

「全く。一週間以上も帰ってこないと思ったら、やっぱりここに居たんだね」

 

サングラスをして車を走らせる母ちゃん。

 

「心配かけてごめんね母ちゃん」

 

また心配を掛けてしまった、胸が痛む。

 

「リアスちゃん達から事情は聞いてるし、たぶんここに居るんだろうとは思ってたけど、流石に一週間以上帰ってこないとは思わなかったからね」

 

連絡くらい入れるのが普通だろうと、頭を乱暴に撫でられる。

 

「で、何してたんだい?」

 

俺はこの九日間ずっと建物内の掃除をしていたことを伝える。

 

「掃除!?自分の部屋の掃除もろくにしないあんたが!」

 

母ちゃんは爆笑すると、運転中の車が蛇行する。

 

「部屋の掃除くらいしてるよ。普段は寝るときくらいしか使わないから汚れてないだけ」

 

実際に寝る以外で部屋に居る時間など一日一時間もないのでそこまで汚れることはない。

 

「布団のシーツは汚れてたから洗って、新しいものに変えといたよ」

 

俺は首を傾げる。

シーツを汚した覚えなどない、涎かなにかだろうか。

 

「真ん中辺りにシミがあったよ」

 

シーツの真ん中ならば涎ではない。

益々、分からないと頭を働かせる。

 

「ッ!」

 

あの日の情景が脳裏を過る。途端に顔に熱が伝わるのを感じ、バレないように窓の外に顔を向ける。

 

「若いってのはいいね!」

 

顔を見なくてもニヤニヤしているのがわかる。本当にこういうことには敏感だ。

 

これ以上余計なことを話すと、墓穴を掘るため敢えてなにも言わない。

 

「この後はどうする気だい?」

 

真面目な声で話す母ちゃんに俺は焦る。

 

「この後って!リアスとはまだそんな!」

 

俺が慌てて否定すると、車内に沈黙が訪れる。

 

「えーと、私はいまからのことを聞いたんですけど」

 

穴があったら入りたい。

俺は両手で顔を覆う。絶対に耳まで真っ赤だ。

 

「家に向かってください」

 

もはや進退両難。

ご機嫌でハンドルを握りながら、鼻唄を奏でる母ちゃんを横目に俺は高鳴る鼓動を鎮めるのに必死だった。

 

久しぶりに家に戻った俺は玄関で迎えてくれた黒歌を存分に撫で回し、風呂に入る。

 

帰宅中の車内でアーシアがオカルト研究部の合宿に行っていること聞いた。

 

あの部活の合宿って何すんだと疑問に思ったが、余計なことを聞くと、また墓穴を掘りそうなので詳しくは聞かなかった。

 

「行くのかい?」

 

風呂から上がり、身支度を整えてリビングに入ると、黒歌と遊んでいた母ちゃんに声を掛けられる。

 

「うん」

 

俺は短く返事をして家を後にする。

 

学園に着いた俺はまずオカルト研究部の部室に向かうが、母ちゃんの言った通り合宿に行っているようで誰も居なかった。

 

「菅原君?」

 

どうしたものかと敷地内を歩いていると、背後から名前を呼ばれ、振り向くと生徒会長の支取蒼那と副会長の真羅椿姫が立っていた。

 

「リアスから行方が分からないと聞いて、探していたんです。まさか登校しているとは」

 

蒼那はリアスから事情を聞いていたようだ。俺は適当に濁しながらこれ迄のことを話した。

 

「・・・そうでしたか。菅原君、これから少しお時間を頂けますか?」

 

少し疑っているようだが、納得してくれた。俺はリアスを行方を訪ねてみる。

 

「それも含めてお話しします」

 

リアスの居所を知っているようなので、蒼那に従うことにした。

 

蒼那は椿姫になにか指示をすると、椿姫は頭を下げてその場を後にした。

 

「来て頂いてありがとうございます」

 

彼女に従い、歩いていくと生徒会室に通される。

 

「リアスのことをお話をする前に菅原君はオカルト研究部に入部したと聞いてますが、本当ですか?」

 

そこには既に何人かの生徒がおり、彼女の後ろに控えていた。

俺は彼女の言葉に頷く。

 

「でしたらリアス達の本当の姿についてもご存知なのですか?」

 

彼女の表情が険しくなる。

 

「リアス達が悪魔ということなら知っている」

 

俺の言葉に蒼那はため息を吐くと、立ち上がる。

 

「全くリアスは。ならば私達のことも話さなければなりません」

 

そう言うと、蒼那と後ろに控えていた生徒達の背中から漆黒の翼が伸びる。

 

「菅原君。私達生徒会もまたオカルト研究部と同じく悪魔で構成されています」

 

本来なら驚くところなのだろうが、蒼那がリアスの親友であると知っていたのでやっぱりという感じだった。

 

「あまり驚かないようですね」

 

彼女は反応の薄い俺に疑問を投げ掛ける。

 

「驚いたけど、リアスと親友っていうのは知っているし、そーちゃんとつーちゃんの関係性がなんかリアスと朱乃と似ていたからもしかしたらと思ってた」

 

今度は蒼那のほうが逆に驚いた様子だった。

後ろに控えていた生徒も驚愕していた。

 

「流石というかなんというか」

 

蒼那は首を左右に振りながら席に着く。すると、蒼那からの用事を済ませた椿姫が生徒会室に入ってきた。蒼那になにか耳打ちすると、蒼那は小さく頷き、椿姫以外の生徒達に退室するように促す。

 

生徒会室に蒼那と椿姫と俺の三人だけが残った。

 

「菅原君。リアスのことを話す前に彼女の現状を話しておかなければなりません」

 

事の始まりは十日前。つまり俺がみんなの前から姿を消した日まで遡る。

 

リアスの婚約者という人物がオカルト研究部の部室を訪ねてきたこと。

 

本来ならリアスが大学を卒業してからの話であったが、家の事情で婚約が早まったこと。

 

リアスがその婚約話を聞き入れなかったこと。

 

話し合いでの解決は望めないと判断し、冥界で人気のレーティングゲームで勝敗を決することになったこと。

 

そのレーティングゲームの準備のため、リアス達オカルト研究部の連中とアーシアが十日前から合宿を始めたこと。

 

「勝敗次第ではリアスは婚約することになります」

 

あの日のリアスとグレイフィアの会話からなんとなく想像は出来ていたため、あまり驚きはしなかった。

 

「まさか知っていたんですか?」

 

先程と同じように反応の薄い俺に蒼那は目を丸くする。

 

「そもそもなぜリアスはこの話を突っぱねてるんだ?」

 

俺の疑問に蒼那は首を傾げるが、俺は話を続ける。

 

「リアスの家は冥界でも公爵の爵位を戴く名家と聞いた。公爵家の姫として生まれたなら家のために嫁ぐのは当然のことじゃないのか?」

 

俺の言葉に蒼那の表情は固くなっていく。

 

「だからこそリアスはこれまでグレモリーという巨大な傘の下で良質な環境で生きてきたんじゃないのか?」

 

蒼那の鋭い視線が俺に突き刺さる。

 

「では貴方は女が政治の道具になっても仕方ないと言うのですか?」

 

室内の温度が急激に下がっていく。蒼那から発せられるプレッシャーの影響だろう。

 

「そうは言ってない。だが、リアスにだって家のためにという考えがあったはず。頭が良い彼女がそれを覆すということはそれ以上に大切なことあると言うことだろう。俺はそれが何なのかは知りたい」

 

室内の温度が元に戻っていく。蒼那から発せられていたプレッシャーが引いていく。

 

「そーちゃん。君だって同じゃないのか?リアスの親友ということは同等の家柄の持つ家の姫なんだろ?」

 

目を細める蒼那は悲哀の表情を窺わせる。

 

「リアスは夢があると言ってました」

 

蒼那の小さな声が俺の耳に届く。

 

「夢。それは大切だな」

 

リアスの夢が何なのかは俺は知らない。でも、自分にとってそれが生き甲斐であるように彼女にも同じものがあると知り、嬉しくなった。

 

「それでゲームっていうのはいつなんだ?」

 

俺の質問に珍しく視線を泳がせる蒼那。

 

「今日の深夜です」

 

俺は驚き、椅子から滑り落ちる。

 

「き、今日!?」

 

てっきり一ヶ月くらい先だと思っていたため、驚きを隠せない。リアスの一生が今日決まってしまう。

 

「菅原君。貴方はどうするんですか?」

 

蒼那が呟くように聞いてくる。

 

「俺はリアスと話がしたいだけだよ」

 

立ち上がり、生徒会室の出口へ踵を返す。

 

「もし、リアスが敗北すれば、彼女はもうここへは戻りません。貴方と話をする機会も訪れないでしょう」

 

蒼那の言葉にドアを開きながら振り返る。

 

「その時は婚約者からリアスを奪い去ってでも話をする」

 

そう言って生徒会室を後にする。ドアから射し込む夕日で蒼那と椿姫の顔が少し赤くなっていた。

 

―〇●〇―

 

生徒会室に残された私と椿姫は彼の出ていったドアを見つめてる。

 

彼はリアスを奪い去ると言った。彼はバカではない。それがどれだけ困難なことか理解してるだろう。

 

なのに何故だろう。

振り返る彼の表情を見た瞬間、それも可能だと思ってしまったのは。

 

その表情に思わず胸が高鳴り、顔が熱を帯びる。

隣に控えていた椿姫も頬を染めている。

 

少し動揺してしまったが、一度咳払いをしていつもの調子を取り戻す。

 

「これで満足ですか?」

 

私は生徒会室に併設されているもう一つの部屋のドアに向かって声をかける。

 

「リアス」

 

そのドアが開かれ、中から親友が姿を現す。

瞳には涙を溜め、頬は紅く染まっていた。

 

嫁ぐのは仕方ないと言われて泣きそうになったり、自分を奪い去ると宣言され、胸が高鳴ったりと忙しい親友だ。

 

「次は貴方の番ですよリアス」

 

涙を拭うと、その瞳に光が宿る。

 

願わくば彼女の想いが届きますように。

友の行く末に幸多からんことを。




第10話更新しました。
書いてる途中で前話要らなかったのではと思う内容になってしまいました。
今話に至ってはストーリーが全く進まず、こんなことになるなら眷属してたらどんなに楽だったか。

内容のほうも結局なにがしたいのかわからない内容になってしまいました。掃除に九日はやり過ぎました。反省してます。
最後は無理矢理次に繋げやすい展開にして終わりました。
次話はもっとわかりやすくしたいです。

作品を読んでくれる方、感想をくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。バイバイ


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第11話

最近、防振にドハマリしました。

第11話です。


悲しみ涙を流さないで

ずっとその瞳を見つめている

例え君が背を向けたとしても

 

―〇●〇―

 

翌朝、俺は夜が明ける前に目を覚ました。

時計を確認すると、夜明けは近いようだ。

 

身体に異常を感じてから二年。あれだけ朝に弱かった俺はこの十日間で見違えるように朝が苦ではなくなった。同様に太陽の光も今では気にならなくなった。

 

(自分の身体だというのに相変わらずよくわからん)

 

苦笑いを浮かべつつ、喉を潤すためにリビングへ行く。

 

ミネラルウォーターをグラスに注いでいると、外に人の気配を感じた。

 

新聞の配達にはまだ早いと思い、玄関を開ける。

 

そこには以前部屋を訪れたグレイフィアという女性に頭を下げるアーシアの姿があった。

 

アーシアは俺に気が付くと、翡翠色の瞳から涙が零れ、俺に抱き着いてくる。

 

「ユウさん!ユウさん」

 

涙を流しながら肩を震わせる彼女を抱き締めるのは何度目だろうかと頭を撫でながら考える。

 

アーシアを抱き締めながら視線をグレイフィアに向ける。

 

(気が付かなかった?私が?彼の気配を感じることが出来なかった)

 

グレイフィアは目を大きく見開きながら驚いている様子だった。

 

俺は現状を頭の中で整理する。

 

腕の中で涙を流すアーシア、アーシアを送って来たであろうグレイフィア。

 

そこから導き出される答えは一つだった。

 

(そうか、リアスは・・・)

 

小さく息を吐くと、グレイフィアが改めて頭を下げていた。

 

「お久しぶりでございます、菅原様」

 

昇り始めた太陽の光が彼女の美しい銀髪を照らしていく。

この間はリアスとの情事のこともあり気が付かなかったが、とても美しい女性だ。

端正な顔立ちはもちろんだが、その四肢もまた出るところはしっかりと出て、引っ込むところはきっちり引っ込んでいる。何より彼女の醸し出す雰囲気が妖艶で大人の女性であることを感じさせる。

同じように美しいリアスや朱乃でもこの雰囲気を漂わせることは出来ないだろう。

 

「余計なお世話とも思いましたが、お時間を考えてアーシア様を送らせていただきました」

 

直ぐに頭を切り替えて彼女に頭を下げる。

 

「いえ、助かりました。ありがとうございます」

 

腕の中のアーシアからは既に寝息が聞こえている。

 

「心身共に疲弊しております。」

 

一見すると冷たい印象を受ける彼女だが、その時アーシアに向けられた彼女の表情はまるで我が子を慈しむようだった。

 

「リアスお嬢様の現状を把握されておりますか?」

 

アーシアを背中を摩りながら俺は頷く。

 

「そうですか。ならばゲームの結果をお伝えしたほうがよろしいですか?」

 

俺は静かに首を左右に振り、アーシアを抱き上げ、家の中に踵を返す。

 

その様子を見ていたグレイフィアは何も言わない。

 

「リアスと話しをすることは出来ますか?」

 

玄関のドアを開け、振り返らずにグレイフィアに問い掛ける。

 

「リアスお嬢様は既に冥界に移動され、結婚式の行われる明日までそちらでお過ごしになられます。もう二度と人間界を訪れることはないでしょう」

 

彼女の発する言葉から感情を読み取ることはできない。

 

「そうですか」

 

家の中に入り、玄関のドアを閉める。

グレイフィアが少しの間その場に留まって居たことは気づいていたが、俺が再び彼女の前に戻ることはなかった。

 

アーシアをベッドに寝かせ、頭を撫でていると黒歌を抱いた母ちゃんが部屋のドアを開ける。

 

母ちゃんはひどく心配していたが、寝ているだけと答えると安堵の表情を見せた。黒歌も母ちゃんの腕を飛び出すといつものようにアーシアに寄り添い身体を丸める。

 

アーシアが寝ていることを確認して俺と母ちゃんはリビングに向かう。

 

「アーシアが目を覚ますまで側に居てあげな」

 

母ちゃんはそう言うと、朝食の準備を始める。

 

俺は頷き、アーシアの部屋へ戻る。椅子に座り眠っているアーシアを見る。

 

オカルト研究部の合宿がどんなものだったかは知らないが、慕っていたリアスのために頑張ったのだろう。

 

よく見ると目が腫れていた。ゲームに敗れたリアスのために涙を流したのだろう。

 

(頑張ったな、アーシア)

 

アーシアの頭を撫でてあげると、身を捩らせ寝返りをうった。

 

―〇●〇―

 

「ユウさん?」

 

16:00を過ぎた頃、ベッドに寝ていたアーシアが目を覚ました。

 

読んでいた本を閉じ、椅子からベッドへ座り直し、アーシアの頭を撫でてあげる。

 

彼女の瞳に涙が溜まっていく。

俺は彼女の身体を起こし、抱き締める。

 

「ユウさんっ!どうして一緒に居てくれなかったんですかぁぁ」

 

その声は俺を責める訳でもなく、諌める訳でもなく、彼女の素直な気持ちだったのだろう。

 

「部長さんがぁぁ!」

 

アーシアの瞳から流れ落ちた涙が俺のシャツを濡らしていく。

 

「すまなかった」

 

俺の胸を力なく叩きながら泣き続ける彼女に、俺は謝ることしか出来なかった。

 

しばらくの間、泣き続けて少し落ち着いてきた彼女に水を注いだグラスを差し出す。

 

「さっきはあんなこと言ってすみませんでした。あの時ユウさんも大変な状況だったのに」

 

グラスを受け取りながら、申し訳なさそうに俺の表情を伺うアーシア。

 

俺は、大丈夫と言って彼女の頭を撫でる。

アーシアからこの十日間何処で何をしていたのかと問われたので俺は素直に全てを話した。

 

彼女はまた泣きそうな顔をしていたので笑い掛けると彼女も笑顔を見せてくた。

 

俺もアーシアに聞いてみた。俺が姿を消してからの十日間のことを。

蒼那からある程度は聞いていたが、その場に居たアーシアの口から聞きたかった。

 

アーシアは静かに話してくれた。

 

姿を消した俺をオカルト研究部全員で探したが見つからなかったこと。

ライザー・フェニックスというリアスの婚約者が部室を訪れたこと。

リアスが婚約を拒否したこと。

冥界で人気のレーティングゲームで決着を着けることになったこと。

レーティングゲームのためリアスの家の別荘で修行していたこと。

ゲームの最中に兵藤が【赤龍帝の籠手】を《禁手》と呼ばれる領域まで解放することが出来たがリアス達が敗北したこと。

 

「一誠さんも木場さんも朱乃さんも小猫ちゃんも部長さんも皆さん本当に頑張ったんです」

 

その時の光景を思い出し、顔を両手を覆うアーシア。

 

「私は見ていることしか出来なくてっ」

 

リアス達の敗北を目の前で受け入れることしか出来なかった彼女の心情を推し量ることは俺には出来ない。

 

彼女は優しすぎるのだ。無論それが彼女の魅力でもあるのだが、皆の悲しみを全て背負ってしまう。

 

もうアーシアに悲しみの涙を流させないと誓ったはずなのに、これではレイナーレに会わせる顔がない。

 

「ユウさんはこれからどうするんですか?」

 

自分の不甲斐なさを痛感していると、アーシアが涙を拭いながら問いかけてくる。

 

「リアスと話がしたい。それだけだよ」

 

そう答えて彼女の頬に残る涙を拭う。

 

「では・・・」

 

アーシアの言葉を遮るように部屋のドアがノックされる。

 

俺がドアを開けると、母ちゃんが両手に料理の乗った皿を手にして立っていた。

 

「アーシア!起きたのかい!」

 

母ちゃんが皿を放り投げてアーシアに駆け寄ろうとする。俺は間一髪でそれを阻止して母ちゃんから皿を受け取ると、母ちゃんはそのままアーシアを抱き締める。

 

「ご、ご心配をお掛けしました」

 

その勢いに少し困惑するアーシア。

 

「本当だよ!アーシアになにかあったら私も旦那も生きていけないよ!」

 

いつか聞いたような言葉だと思ったが、母ちゃんの言葉にアーシアも涙を流していた。

 

二人の姿に自然と笑みが零れた。

 

しばらく二人の会話を聞いていると、家のチャイムが鳴らされる。

 

自分が対応すると言い、部屋を後にする。

リビングのテーブルに皿を置き、カメラで確認すると、兵藤の姿が写っていた。

 

中に入るように言っても動こうとしない兵藤にため息を吐き、アーシアと母ちゃんに外に出てくると言い残し、玄関を開ける。

 

「話があるんじゃないのか兵藤?」

 

俺と兵藤はいつかの公園に来ていた。移動する間兵藤は一言も喋らなかった。

 

「すみませんでした!」

 

勢いよく頭を下げる兵藤。大方、リアスことで謝っているのだろう。

 

「俺、部長を守るって約束したんです。なのに俺は」

 

兵藤の涙が地面を濡らしていく。

 

「部長は諦めずに戦ったんです。でも、最後は負けて涙を流して」

 

拳を握り締めていた左手から血が流れる。

 

「俺、部長がやられるのを倒れて見てるしかなくて。俺にもっと力があれば!」

 

俺はその兵藤の言葉に目を細めると、舌打ちする。

 

「思い上がるなよお前」

 

予想外の言葉が帰って来たことに驚いているのか、顔を上げた兵藤は目を丸くしている。

 

「俺は相手の男を知らないが、少なくとも公爵家の姫であるリアスと婚約するくらいの身分なんだろ」

 

一歩、また一歩と兵藤に近付いていく。

 

「ならば、その男はリアスと並ぶ上級悪魔なんじゃないのか?その男を相手に悪魔になって一ヶ月足らずのお前が力があればだと。笑わせるな!」

 

俺は兵藤の胸ぐらを掴むと、強引に引き寄せる。

 

「確かにお前の持つ神器とやらはとてつもない代物だろう。数年後にはそいつらと同じ領域に足を踏み入れるかもしれない。だがな、たった十日程度でなんとかなる程悪魔が築いてきた歴史は甘くないんだよ!・・・お前もリアスの眷属になったときに聞いただろ」

 

掴んでいた胸ぐらを離すと、兵藤は力なく尻餅を着く。

 

「アーシアがお前は頑張ったと言っていた。彼女が言うならそうなんだろ。悔しいだろが、言い訳はするな」

 

呆然とする兵藤を一瞥して俺は踵を返す。

 

「じ、じゃあ先輩はこのまま指を咥えて見てろっていうですか?」

 

兵藤の言葉に止まることなく歩を進める。

 

「部長が結婚するんですよ」

 

背中越しに聞こえる兵藤の声が震えていた。

 

「リアスはゲームに負けた。それが答えだろ」

 

兵藤ではない者の声が聞こえ、振り向くと兵藤の左手の籠手が光輝いていた。

 

「先輩は部長を助けに行かないんですね」

 

兵藤の声が低くなり、その光が更に輝きを増していく。

 

「助けに行くかどうかは知らんが、俺はリアスと話をする」

 

今にも殴り掛かってきそうな兵藤を目で制すと、途端に左手の籠手から光が失われていく。

 

光を失った籠手を叩きながら、なにか言ってる兵藤を残して俺は公園を後にした。

 

家に帰る道すがら、俺は考えていた。

 

リアスと話をするとずっと言ってきたが彼女は冥界。

 

(冥界ってどうやって行くんだ?)

 

リアスの話では冥界とは人間界でいうところの地獄。そんなところにどうやって行けばいいのか見当も付かない。

 

唸りながら歩いていると、前方に見覚えのある女性が此方に視線を向けていた。

 

「度々申し訳ありません。菅原様」

 

また何かあったのかと首を傾げる。

 

「リアスお嬢様の兄上であらせられるサーゼクス様よりのご伝言をお伝えに参りました」

 

リアスの兄?

そういえば学校の行事がある毎に物陰からこっそり覗いていた紅い髪の男性を思い出す。

 

「『妹を助けたいなら、会場に殴り込んできなさい』だそうです」

 

グレイフィアは俺に紙を差し出す。その紙には魔方陣が描かれていた。

 

「その魔方陣を使えばグレモリー家とフェニックス家の婚約パーティーの会場へ転移出来ます」

 

俺はその紙とグレイフィアの顔を交互に見る。その様子にグレイフィアは首を傾げる。

 

「えっと、俺はリアスを助けたいんじゃなくて、話をしたいんですけど」

 

二人の間に沈黙が訪れる。

 

ポカンと口を開けたグレイフィアが目をパチクリさせている。

 

「でも、これでリアスのところに行けるなら有り難く頂きます」

 

グレイフィアから紙を受け取ると、彼女に頭を下げてその場を後にする。

 

「そういえば結婚式は明日ですよね?」

 

確認のためにもう一度グレイフィアの居る場所まで戻り、聞いてみると彼女はコクリと頷く。

 

俺は会釈をすると、今度こそその場を後にする。

 

家に戻ると、アーシアと母ちゃんがリビングに居て夕食を食べていた。

 

「おかえりなさいユウさん。どこへ行かれてたんですか?」

 

ちょっとそこの公園までと誤魔化して椅子に座る。

 

「なんだいその紙は?」

 

手に持っていたグレイフィアから貰った紙を見て母ちゃんが目を細める。

 

「家に戻る途中で貰った」

 

嘘は言ってない。

家に戻る途中でグレイフィアに貰ったのは本当だ。

ふーんと言って俺の分の夕食を準備する母ちゃん。

なんとか誤魔化せたと胸を撫で下ろす。

 

だからだろう、アーシアがその紙をじっと見ていたことに気が付かなかったのは。

 

風呂に入り、部屋のベッドに横になって頭を抱える。ものすごく大事なことを聞き忘れた。

 

(結婚式って何時からだろう)

 

ベッドで悶々としていると、ドアがノックされ、返事をするとアーシアが入ってきた。珍しく黒歌を連れてはいなかった。

 

「一緒に寝てもいいですか?」

 

彼女がそう聞いてくるのは珍しい。普段は黒歌と一緒に無言でベッドに入り込んでくる。

 

いつも照れながら部屋に入って来る彼女の表情が今日はなぜか真剣だ。

 

俺が頷くと彼女は部屋の電気を消してベッドに入る。

 

「部長さんのところへ行くんですね?」

 

背中越しに彼女が問いかけてくる。

 

なぜ知っているのかと振り返ろうとするが、背中から抱き締められてしまい動けなかった。

 

「無事で帰ってきてください」

 

俺を抱き締める彼女の手が震えていた。

 

彼女の手を握り、大丈夫とだけ答えた。

彼女の温もりを感じながら目を閉じた。

 

―〇●〇―

 

唇に違和感を感じ、目を覚ました。

隣で寝ていたはずのアーシアは既にそこにはいなかった。

 

時間を確認するため、時計を見ると一枚の紙が置いてあり、そこには可愛らしい字で結婚式の時間が記されていた。

 

(ありがとうアーシア)

 

彼女が残してくれた物だと確信する。

 

時間を確認すると、結婚式の開始時間を過ぎていたため、急いでスーツに着替えてグレイフィアから貰った魔方陣を展開する。

一応、結婚式に出席するのだからスーツのほうがいいだろうと考えた。

 

床に描かれた魔方陣の上に立つと、光に包まれていく。

 

(そういえば人間の俺がこれに乗っても大丈夫なんだろうか?)

 

いまさらバカなことを考えていると、視界がブラックアウトした。

 

―〇●〇―

 

目を開けると、知らない場所に立っていた。

 

果てしない廊下。壁には蝋燭がズラリと奥まで並んでおり、壁には巨大な肖像画がかけられていた。

 

(この紅い髪。やっぱり学園に来てたな)

 

俺はその肖像画を見て確信した。

 

(転移とやらは成功だな)

 

奥へ進んでいくと、巨大な扉が開かれており談笑する声が聞こえてくる。

 

中を窺うと、父ちゃんのパーティーに参加していた人達のように着飾った悪魔達が大勢いた。

 

(やはり悪魔も人間も大差ない)

 

人間だろうが悪魔だろうが権威に群がるのは同じかとため息を吐く。

 

俺は会場の中を進みながら周囲を見渡す。

 

目線の先にオカルト研究部の面々の姿を捉える。

 

全員が一点を見つめながら悔しそうな表情を浮かべている。

 

俺も彼女達の視線を追っていく。

 

そこには深紅のドレスを身に纏ったリアスの姿があった。

 

久しぶりに見る彼女の表情は楽しそうに話に華を咲かせる周りの悪魔とは違い、暗かった。

 

俺は悪魔の波を掻き分けるようにして彼女の前に辿り着く。

幸い、ほとんどの悪魔は自分の話に夢中で俺はおろか主役の一人であるリアスにさえ視線を向けている者はいなかった。

 

「ユウ・・・くん?」

 

彼女の呟くような小さな声が耳に届いた。

 

彼女は大きな目を更に大きく見開き、驚いていた。

当然だろう。人間の俺が冥界に居て、招待したはずない自分の結婚式に来たのだから。

 

「リアス。こんな時だか話がしたい」

 

以前喧嘩した時でもこれ程長く彼女と口を利かなかったことはなかったため、少し緊張した。

加えて言うなら今日のリアスはこれまで見てきた中で最も美しかったことも影響しているだろう。

 

俺の瞳がリアスの蒼玉の瞳を捉えると、彼女は肩に力を入れて視線を逸らす。

 

「おいっ!貴様何をしている!」

 

ようやく逢えてそれはないだろうと思い、歩み寄ろうとすると金髪の男に大声で怒鳴られる。

 

男が大きな声を出したことで会場内に居た全員の視線が此方に集まる。

 

多くの悪魔達は一瞬驚いたような顔をしていたが、直ぐに好奇に満ちた視線を俺と男に向けてくる。

 

以前リアスに聞いたことがある。冥界では娯楽が少なく大半の悪魔が欲を持て余していると言っていた。

 

これから何が始まるのかと、にやけた表情で此方を見てくる。

 

「勝手に人の物に近づくとは!貴様何者だ!何処の家の悪魔だ!」

 

その言葉に目を細める。

 

この男何と言った。

 

物だと?この男リアスのことを物と言ったのか?

 

目の前の男に俺の怒りが頂点に達する。

 

「人に物を訪ねる時はまず自分からではないのかい。ライザー君?」

 

一言。

 

そのたった一言で大勢の悪魔の波が真っ二つに割れる。

 

その割れた波の中を悠々と歩いてくる男性がいた。

 

その男性はリアスと同じ紅の髪を携えており、表情は穏やかだが、目は笑っていなかった。

 

「大切な妹のことを物扱いされると私も黙っているわけにはいかないのだが?」

 

紅い髪の男性がライザーと呼ばれた男に視線を向ける。

 

「も、申し訳ありません。ですが、この男がリアスに」

 

先程までの横柄な態度が鳴りを潜め、頭を下げるライザー。

 

(この男がリアスの婚約者。ライザー・フェニックス)

 

良いところのお坊ちゃんと思っていたがなるほど、ろくでもない奴だ。

 

「彼はこのパーティーの最後のゲストだよ」

 

俺に向き直ると手を差し出してくる。

 

「初めまして、菅原ユウ君。私はリアスの兄でサーゼクスと言います。妹が学園でずいぶんお世話になっているようだね」

 

サーゼクスと名乗った男の言葉に周囲がざわつき始める。

 

「学園?ではその男は人間!?」

 

「何故人間風情がここに!?」

 

次から次へと不満を口にしていく悪魔達。オカルト研究部の面々もどうしたらいいのかと、周囲を見渡してる。俺はリアスの様子を窺うと、彼女も忙しなく視線を動かしていた。

 

不満の渦が会場を覆う。阿保らしくなり俺はリアスを眺めていた。

 

アップにした紅い髪と深紅のドレスがとても似合っており、何度も見ても美しかった。

 

(すげぇ可愛い。しかも、ドレス姿が妙に艶かしい)

 

あの日の情景が脳裏を過り、少し罪悪感を感じる。

 

意識が別のところに行きかけてしまい、これではまずいともう一度リアスに視線を戻すと、顔を真っ赤にして視線を泳がせる彼女が居た。

 

周囲の様子も先程までとは違って静まり返っていた。

 

この短時間で何があったのかと周りを見ると、朱乃がいつも通りニコニコしながら口に手を添えており、小猫は呆れたような表情で俺を見ている。木場はため息を吐いて笑っており、兵藤は力強く頷いていた。

 

「き、貴様ぁ~!」

 

ライザーが今にも俺に殴りかからんと拳を握り締めている。

 

「ハッハッハッ!君は本当に面白いね!」

 

サーゼクスも大声で笑っている。

 

「菅原様。心の声が漏れております」

 

訳が解らず困惑する俺にサーゼクスの後ろに控えて居たグレイフィアがボソッと呟く。

 

「んぁに!?」

 

頭を抱えてしゃがみ込むと、会場中から笑いが巻き起こる。

 

またやってしまった。しかもこんな大勢の前で。

 

「さて、笑ってばかりもいられないね」

 

サーゼクスの表情が先程までの穏やかなものから威圧感の漂うものに変わっている。

 

「菅原君。君はリアスと話をしに来たんだったね?」

 

その雰囲気に呑まれ、背中に冷たい汗が伝う。

俺が頷くと、サーゼクスは笑みを浮かべる。

 

「しかし、今は式の最中でね。生憎、そんな時間はない」

 

周囲を見渡しながら俺に問い掛けるサーゼクス。

 

「そう言ったら・・・君はどうするかな?」

 

目を細めながら、俺を窺う。

周りの悪魔達は二人が何を言っているのかと首を傾げる。

 

彼の試すような表情を見て大きく息を吐く。

 

「なら、この場から彼女を奪い去ってでも話をします」

 

再び、周囲の悪魔達がざわつき始める。

 

「本当にそんなことが出来ると思っているのかな?」

 

これまで感じたことのない威圧感が俺を襲う。先程のものとは比べ物にならない。気を抜いてしまえば一気に意識をもっていかれる。

 

俺はサーゼクスの見開かれた瞳を睨むように見返す。

 

「よろしい」

 

サーゼクスはニヤリと笑みを浮かべると壇上に登壇した。

 

「これより、この式の最大の催しを開催致します!」

 

登壇したサーゼクスが高らかに宣言する。

その言葉に会場が静寂に包まれる。

 

「二人には仮想空間で戦って頂きます。そして、勝者の意を汲むこととします」

 

サーゼクスから発せられた提案に会場中がどっと湧く。

 

「サ、サーゼクス様!何故そのようなことを?」

 

ライザーがサーゼクスに詰め寄る。

 

「ちょっとした余興だよ、ライザー君。君もこの式に華を添えたいだろう。君が彼に勝てばこれまで通り。君は僕の義弟になる」

 

サーゼクスの言葉に渋々頷くライザー。

 

「菅原君もそれでいいかな?」

 

俺はリアスの表情を窺う。

 

「そうだったね。リーアはどうしたい?」

 

サーゼクスは微笑みリアスの意見を求める。

 

「わ、わたしは」

 

リアスの瞳が揺れていた。おそらくだが、俺を心配しているのだろう。

 

いきなり式に姿を見せて、自分の婚約者である上級悪魔と戦おうとしているのだ。

 

ライザーの強さを身をもって知っている彼女が首を縦に振ることはないだろう。

 

俺はリアスに歩み寄り、彼女の前で膝を着くと、その手を取り、手の甲に口付けする。

 

その行動にサーゼクスやライザーだけではなく、その場に居た全員が驚愕する。

 

「リアス。後でゆっくり話を聞かせてもらう」

 

頬を染めるリアスの瞳をじっと見つめて頷く。

 

彼女の瞳から涙が溢れる。彼女はその涙を拭うとサーゼクスに向き直る。

 

「お兄様。私も彼と話がしたいです」

 

リアスの言葉にゆっくり頷くサーゼクス。すると、前方に二つの魔方陣が展開されている。

 

「準備が整いましたのでお二方は此方へ」

 

魔方陣の前でグレイフィアが頭を下げていた。

 

俺はリアスの頭を優しく撫でると、魔方陣に向けて歩を進める。途中でオカルト研究部のみんなに声を掛けられ、笑顔で答える。周りをよく見ると蒼那や椿姫の姿もあり、二人は拳を握っていた。その様子に俺は大きく頷く。

 

「お兄様に喧嘩を売るなんてバカな人間ですわ!」

 

俺の前に金髪の縦ロールの少女が出てきた。可愛らしい子だったので頭を撫で、一瞥して魔方陣に向かう。

 

「お二方、準備はよろしいですね」

 

グレイフィアの言葉に頷くと視界がブラックアウトした。

 

―〇●〇―

 

僕は酷い男だろうか?

 

まだ人間である彼を戦いへ誘い、あまつさえ大切な妹の未来さえ彼に委ねた。

 

彼のその姿を、彼のその瞳を見たとき、彼がソフィアさんの子であり、あの時の赤子であることを確信した。

 

ならば、彼が妹のリアスと出逢ったことは運命かもしれない。

 

見せてくれユウ君

 

君の本当の姿を

 

本当の力を

 

冥界に吹く新たな風を




第11話更新しました。
自分で話を難しくしてそこで詰まるという負のスパイラルの嵌まってます。
普通に書いているつもりが何故かシリアスな方向へ進んでいるのは筆者の悪いところです。
なので今回は肝心なところで惚けてみましたがどうだったでしょうか?
惚け方がワンパターンなのは許して下さい。

閲覧してくださった方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。バイバイ


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第12話

梅雨に入ってジメジメして嫌な時期になりました。

第12話です。


薄れゆく意識の中で

あの日と同じような声が聞こえた

その声に俺は身を委ねた

 

―〇●〇―

 

彼が魔方陣の中に消えていく。

 

彼の姿を目にした時は驚きと同時に戸惑った。

 

何故ここに居るのか。

どうやって冥界まで来たのか。

私の顔など見たくないのではないか。

 

聞きたいことは山ほどあった。

 

でも、それ以上にこんな私の姿を彼に見られたくなかった。

 

彼に謝罪も出来ず、一生を賭けたゲームに挑んで無様に敗れ去り、着せ替え人形のように着飾った格好をさせられ、他の男の物になる自分を彼だけには見られたくなかった。

 

そんな私に彼は話がしたいと言った。

いつもの優しい笑顔ではなく、少し表情が固かったのは私が彼にしたしまったことへの答えなのだろう。

 

私は思わず彼から顔を逸らしてしまった。

 

私に歩み寄ろうとする彼がライザーに止められる。

 

式に参加していた悪魔達の視線が彼とライザーに集まる。

ライザーが何かを叫んでいたが、私は彼のことが気になり聞いていなかった。

 

ライザーの言葉に彼の表情が怒りに染まっていく。

 

お兄様の声が聞こえたのはその時だった。

 

お兄様は彼の前に立つ。異様な光景だった。人間である彼に冥界の頂点に立つお兄様が声を掛けているのは。

 

お兄様との会話の中で、彼が私の学友だと知るとライザーや他の悪魔達が騒ぎ始めた。

 

私はどうしたらいいのか分からずに、周囲を見渡してるいると、彼が私の姿を見て可愛いと言った。

 

恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして伏せていると、ライザーの叫び声とお兄様の笑い声が聞こえ、彼も奇声を発してしゃがみ込んでいた。

 

会場中が笑いに包まれる中、彼とお兄様が対峙していた。

 

お兄様から発せられる空気が一瞬にして変わる。

普段の飄々とした表情から冥界を統べる魔王の表情になる。

 

彼の表情も変わっており、臆することなくお兄様の目を見据える。

 

私が固唾を飲んで二人の様子を窺っていると、お兄様が妖しく笑みを浮かべ、壇上に上がって彼とライザーの決闘を行うと宣言した。

 

ライザーがお兄様に抗議するも受け入れられずに渋々納得している。

 

彼がライザーと争う理由などどこにもない。

 

何より彼がこれ以上傷付く姿は見たくなかった。

 

ライザーはフェニックス家の中でも才児として有名であり、その実力は折り紙つきだ。

 

フェニックス一族特有の不死の力はどんな傷もたちどころに癒し、炎と風を操る。その炎は太陽に匹敵するほどの温度であり、全てを焼き尽くす。加えてライザーの性格は冷徹で残忍なところがあり、敵と定めた者を徹底的に叩きのめす。

 

そんなライザーと彼がやり合えば、人間である彼がどうなるかは火を見るより明らかであった。

 

私もお兄様に抗議しようとしたが、彼が私をじっと見ていた。

 

その瞳はまるで全てを理解した上で大丈夫と私に語りかけているようだった。

 

お兄様が私に視線を移して選択権を与えてくれたが、私は決心が出来なかった。

 

戸惑う私の側で彼が膝を着き、左手を握られると、手の甲に彼の唇が添えられた。

 

その様子にお兄様やライザーだけではなく会場中の悪魔達が驚いていた。

 

「後で話を聞かせてもらう」

 

彼の言葉に堪えていた涙が溢れた。

 

泣いてはいけない、涙を流してはいけない。自分の愚かな行動で彼を傷つけただけではなく、自分勝手な理由で勝ち目の薄い戦いに大事な眷属達を巻き込んでしまった。

 

そんな私に悲しむ権利などないと思っていた。

 

なのにライザーに敗れたあの瞬間、心の中で彼に助けを求めてしまった。

 

私の脳裏に様々な彼が浮かんでいく。

 

笑った彼、怒った彼、ふざける彼、不貞腐れる彼、真面目な彼、輝いている彼、眠そうな彼、男の顔を見せる彼。

 

彼と過ごしてきた日々が全身を駆け巡る。

 

(そうか。私はこんなにも彼のことを)

 

ずっと気づかないふりをしていた。

 

人間である彼と悪魔である私。

 

どう考えても幸せな結末を迎えることは出来ないだろうと。

 

だが、彼はいとも簡単にその壁を壊して私の心を占領した。最初からそんな壁など存在しないかのように。

 

「私も彼と話がしたいです」

 

気が付くと、お兄様に対してそう口にしていた。

 

もうこの気持ちに嘘はつけない。

彼に私の全てを委ねよう。

彼の身を案じながらそう決意した。

 

彼は私の頭を一撫ですると、魔方陣に向けて歩き出した。

 

撫でられた頭部に熱が籠る。

 

(ユウ君。どうか無事で帰って来て。)

 

私の言えた義理ではないが、彼の背中を見つめながらそう願うことしか出来なかった。

 

―〇●〇―

 

魔方陣で転移すると、殺風景な場所に立っていた。山の岩肌が剥き出しになった荒野のようなところだった。空は薄紫色で肌に風を感じることはない。ここが冥界だと言われれば納得してしまう。

 

「開始してください!」

 

ゲームを取り仕切る男性悪魔から戦いの開始が告げられる。

 

俺は大きく息を吐き、ライザーに向き直る・・・が、既にライザーは俺の目の前で拳を振り上げていた。

 

「おらぁ!」

 

咄嗟のことに回避も防御も不可能であり、ライザーの右拳が俺の左頬をまともに捉える。

 

大きく吹き飛ばされた俺は態勢を立て直そうと左手と両足で地面を掴み、踏ん張るも止まれず数十㍍地面を抉り、ようやく止まることが出来た。

 

「ずいぶんと余裕だな!」

 

ライザーがニヤニヤと笑みを浮かべながら此方の様子を窺っていた。

 

不意討ちとは、と思ったがライザーの言う通り油断していたのは確かだ。本当なら転移した瞬間からライザーを警戒しておかなければならなかった。

 

唾を吐くと血が混じっており、口の中が切れていた。

 

「じゃあ、いまから本番ということで」

 

勢いよく地面を蹴り、ライザーに向かっていく。

 

ライザーも俺のスピードが予想外だったようで一瞬狼狽えるも直ぐに嫌な笑みを浮かべる。

 

ライザーに懐に入り込み、拳を下から上に突き上げる。

難なく攻撃を躱わすライザーだが、この攻撃が躱わされること織り込みで本当の狙いはこの後に吹き荒れる暴風でライザーの動きを止めることだった。

 

予想通り暴風がライザーを襲う。俺は一撃入れるべく次の動作に入る。

 

「甘いんだよ」

 

ライザーの蹴りが腹部に突き刺さる。

 

轟音と共に巨大な岩に激突すると岩は粉々に砕けた。

 

「フェニックスである俺は炎だけでなく風も操るんでな。その程度の風はそよ風程度にしか感じん」

 

激突した岩に視線を向けながらスーツの襟を直すライザー。

 

「ご高説痛み入る」

 

俺は全身に走る痛みの中でライザーの姿を確認するが、砂塵でよく見えない。ならば、ライザーからも俺の姿が見えていないと考え、痛む身体を無理矢理動かし、ライザーの背後に回り込む。

 

突如、背後に現れた俺にライザーの反応が遅れる。

 

俺はここだと思い、全力で拳を振り下ろす。

 

俺の拳がライザーの顔面を捉えた。

 

「大したスピードだ。いまのは俺も焦ったが、物理攻撃は俺には通じない」

 

俺の拳を受けて消し飛んだライザーの身体が炎によって再生されていく。

 

俺はライザーの言葉に愕然とするが、一度でダメなら二度、三度とライザーに攻撃を仕掛けていく。

 

(こうなったらこいつが参ったするまで殴り続ける)

 

その後もライザーに攻撃を加えていく。俺の攻撃が届くようになったが、ライザーの言った通り再生を繰り返し、決定的なダメージを与えることは出来ない。逆にライザーの攻撃は的確であり、徐々に俺の身体にダメージが蓄積されていく。

 

(つ、強ぇ)

 

俺は片膝を着きながらライザーを見上げる。

 

「肩で息をしているな。もし、それが全力だとしたらお前は絶対に俺には勝てない」

 

俺を見下ろす、いや見下すようにライザーは吐き捨てる。

 

「お前は気づいてるかは知らんが、純血悪魔である俺は魔力での攻撃を主体としている」

 

ライザーの言葉にハッとする。

この戦いが始まってからライザーは攻撃において一度も魔力を使用していないことに気づく。

目を大きく見開き、ライザーを見る。

嫌な汗が全身から噴き出すのを感じた。

 

「気づいたようだな。つまり、俺は力の半分も出してはいない」

 

脳裏に最悪の結末が過る。

それを振り払うようにライザーの顔面目掛けて、全力で拳を突き出す。

 

「諦めろ。ここがお前の限界だ」

 

その拳はライザーによって簡単に受け止められる。俺は蹴りを喰らい、吹っ飛ばされる。

 

「それでも瞳に宿る光は消えないか」

 

俺は顔だけを上げ、ライザーを見ると顎に手を当て何かを考えているようだった。

 

「ふむ。お前は中々面白い。あの赤龍帝を宿した小僧よりずっとな」

 

指を折りながら何かを確認するライザー。

 

「人間だと言うのに俺に挑んでくる度胸に驚異的ともいえるスピードと耐久力。何度も跳ね返されても向かってくる心の強さ」

 

ライザーがなにを言っているのか見当も付かない俺はYシャツの袖で顔を拭うと、多くの血が付着していた。

 

ライザーが手を叩くと大きく頷き、此方を向く。

 

「お前、俺の眷属になれ」

 

ライザーの言葉の意味が理解出来ず、ポカンとする。

 

「俺は基本的に女しか眷属にしないが、お前ならいい。度胸といい、戦闘技術といい、見込みがある」

 

なにを言い出すだこの男は。現在進行形で拳を合わせている俺に眷属になれとは、一体なにを考えている。

 

「確かに攻撃面での不安はあるが、それも悪魔に転生すれば解消されるだろう。なにより顔が良い。いずれグレモリー家の婿となる俺の右腕として相応しい。それにリアスもお前をずいぶん気に入っているようだし、彼女も喜んでくれるだろう」

 

笑顔でそう言うライザー。どうやら本気で俺を眷属にしたがっているようだ。

 

「どうだ?」

 

肩で息をしながら立ち上がると身体の節々に激痛が走る。足下はふらつき、まともに立てっていることさえ難しい。腕は重りが付いているかのように重く肩より上に上がらない。

 

「ありがたい」

 

俺の言葉にライザーは笑顔を見せて、近づいてくる。

 

「貴方が本当のゲスじゃなくて良かった」

 

ピタリと歩みを止め、俺を睨むライザー。

 

「どういう意味だ?」

 

ライザーの背に炎の翼が形成されていく。

 

「貴方はリアスが喜ぶと言った。彼女のこと考えているとわかっただけでもこの戦いに意味はあった」

 

俺の言葉の意味を理解したのかライザーは手を突き出し、魔方陣を展開していく。

 

「残念だ」

 

ライザーから放たれた爆炎が俺を包んだ。

 

―〇●〇―

 

彼の身体が炎に包まれていく。

 

リーアの様子を伺う。大粒の涙を流しながらも最後まで彼の姿を目に焼き付けんと気丈に振る舞う妹の姿が目に写る。

 

彼は良く戦った。何度倒されてもライザー君に立ち向かう姿は私だけではなく、この場に居る全てを悪魔の胸を打った。

 

リーアの眷属達も涙を流し、唇を噛みながらも最後まで彼の勇姿を見届けようとモニターから目を離さずにいた。

 

この婚約を妹が望んでいないことはわかっていた。

だから、リーアに猶予を与えてレーティングに挑ませた。

結果はリーアの敗北に終わり、結婚式は予定通りに執り行われることになった。

私は悲しみ暮れる妹に手を差し伸べることは出来なかった。

冥界を統べる魔王として自分の一族だけを贔屓することは秩序を乱すことになるからだ。

結婚式が始まり多くの賛辞を受けるもリーアの表情は固かった。

そんな妹の表情を変えたのが彼だった。

彼とライザー君の仲裁を口実に彼に近づいた。

私は彼の中に眠るであろう力に一縷の望みを託すしかなかった。

 

妹を救うために。

 

だから、私はライザー君をけしかけて彼と戦わせることにした。

結果はモニターの向こうで示す通りだ。

 

彼は敗れた。もし万が一のことがあればリーアはおろかソフィアさんに一生恨まれるだろう。

 

「サーゼクス様」

 

声をかけてきたグレイフィアも悲痛の表情を浮かべている。

 

私はゲームを取り仕切る悪魔に目配せをして首を左右に振る。

 

彼も頷き、ライザー君の勝利を宣言しようとしたその時だった。

 

「あっ、あれは!」

 

リーアの眷属で赤龍帝を宿す兵藤一誠君がモニターに向けて叫んでいた。

 

私もモニターに目を向けると、彼を包んでいた炎が消えるどころか更に燃え盛っていた。

 

その炎は天さえも焦がす勢いだった。

 

「・・・来た」

 

後ろに控えていたグレイフィアも理解出来ずにモニターと私を交互に見ていた。

 

「ユウ君・・・君は本当に」

 

そこまで言い、私は口を閉ざした。

 

その先は彼が見せてくれるだろう。

 

―〇●〇―

 

どういうことだ?

 

俺の放った炎が勢いを増して行く。いつもなら対象を燃やし尽くして鎮火していくはず。

俺は不思議に思い、炎に近づいていく。

 

「ぐはぁ!」

 

突如、炎の中から伸びてきた腕に頭を掴まれ、地面に叩きつけられる。

 

俺は身体を炎に変えてなんとか脱出すると、後方で肉体を再生させる。

 

油断したと舌打ちしながら爆炎の中に視線を向けると、炎の中から出てくる者に驚愕した。

 

灰色に変色した長い髪、瞳の失われた真っ赤な目、堕天使のように長く伸びた耳、獣のような鋭い二本の牙、背中から生えた同族の証しともいえる羽根。

 

先程まで対峙していた男とはまるで別の存在が此方に向けてゆっくり歩いてくる。

 

「貴様はなんだ!」

 

魔方陣を展開し、無数の炎を撃ち込むも奴は迫り来る炎を打ち落としていく。

時折命中する炎を歯牙にも掛けず、全ての炎を打ち落とされてしまった。

 

苦々しい表情を浮かべながら間合いをはかり、奴がどんな行動に出ようとも対応できるように態勢を整える。

 

ウォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!

 

仮想空間が震える。

 

奴が天に向けて咆哮をあげる。辺りの岩山が崩れ去り、多くの砂塵が舞う。

 

俺は飛んで来る崩れた岩の破片から身を守りながら相手の動きを警戒する。

 

砂塵の中で奴の目が怪しい光を放つ。

 

その瞬間、俺の中の細胞の一つ一つが最大級の警鐘を鳴らす。

 

俺は周囲に無数の魔方陣を展開させ、迫ってくる奴に絶え間なく攻撃を加えていくも、凄まじいスピードで俺の前に現れ、拳を振り下ろしてくる。

 

間一髪で躱わすも直ぐに奴の裏拳が飛んで来る。俺はトラップの魔方陣でその攻撃を防ぐと爆発を起こし、奴は炎に包まれる。

 

ここぞとばかりに攻撃するも炎を切り裂いて繰り出される奴の拳を避けることが出来ずに俺の身体が消し飛び、ダメージを受ける。

 

フェニックスである俺とて不死身ではない。

 

神クラスの攻撃を喰らえば只では済まない。

更に俺の心が折れるまで殺られれば再生することは難しい。

 

それでも何処かでこういう展開を望んでいる自分がいた。

 

この戦いで俺の心が折れることはない。

これまでの俺は持って生まれた才能に胡座を掻き、まともに努力したことなどなかった。それでもレーティングゲームでは接待で負けただけでそれ以外のゲームでは全て勝ってきた。

無論、自分より強い者は多く存在しているが自分と対峙するのはまだ先であったため、格下相手に楽に勝つことに快感を覚えてしまった。

 

しかし、目の前にいる相手は違う。自分の全てをぶつけられる相手が目の前にいるのだ。悪魔としてこれ程心踊ることはない。

 

(もうリアスのことなど関係ない。俺の全てを賭けてこいつを倒す)

 

一進一退の攻防が続き、お互いに肩で息をしている。体力の限界が近づいてくる。

 

だが、この土壇場で俺は秘めていた力を無意識に解放していた。

 

全身を覆っていた炎は更に輝きを増していき、背中の炎の翼は金色に光輝いている。

 

自分でも驚くほど力が漲っていく。

 

(俺の中にまだこんな力が眠っていたか)

 

戦いの均衡が崩れ始める。

 

「これで終わりだっ!」

 

この戦いで最大の魔方陣を展開する。

 

「この一撃に全てを込める!」

 

巨大な火の鳥が一直線に奴へ襲い掛かる。

 

(勝った!)

 

これ程清々しい気分になるのはいつ以来だろうか。

純粋な気持ちで目の前の相手だけに全身全霊でぶつかったのは初めてかもしれない。

 

奴が再起不能になったとしてもフェニックスの涙を使えば回復出来るだろう。

これから何度も手を合わせて、切磋琢磨していける相手を見つけた。

それだけでこの戦いの意味はあった。

 

そんな事を考えながら、火の鳥が襲い掛かる先にいる相手に視線を向ける。

 

膝を折り、片手を地面に着け、身体を支えている。

そうしなければ、顔から地面に倒れてしまうのだろう。

 

本当の俺を思い出させてくれた相手の最期を見届けよう。

 

その瞬間、顔を伏せていた奴の視線が火の鳥を捉えた。

 

長い灰色の髪はそのままだが、目には瞳が戻り強い意志が感じられた。耳も普通の人間のように戻っており、口から伸びていた鋭い牙も既に無くなって、元の奴に戻っていた。

 

火の鳥が奴に激突するその刹那、大量の水が何処からともなく出現し、火の鳥を包み込んでいく。

 

俺は言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くした。

 

―〇●〇―

 

何が起こったのか全く理解出来なかった。

 

先輩がドーナシークや俺達と戦った時のように暴走してそれまで一方的だった戦況が互角になったと思ったら、いきなりライザーの身体が輝きを増して、先輩が追い詰められていく。

戦況は再びライザーの優勢となり、とどめと言わんばかりに巨大な火の鳥が先輩目掛けて飛んでいく。

 

ライザーから放たれた火の鳥が先輩に直撃しようとした瞬間、大量の水が出現して火の鳥を跡形もなく消滅させた。

 

モニターに映し出されたライザーも現状を把握出来ずに唖然としている。

 

周囲を見渡すと、オカルト研究部の仲間だけではなくモニターを見ていた全ての悪魔が驚愕の表情を浮かべていた。

 

「一体どういうことなんだ?」

 

モニターに視線を向けたまま、目を大きく見開き小さく呟く木場。

 

「・・・あり得ません」

 

小猫ちゃんも食い入るようにモニターを見ているが、理解できていないようだ。

 

「あ、あれは・・・」

 

朱乃さんも驚きを隠せずにいたが、思い当たる節がありそうだった。

 

「えーーー!?なんであの子がうちの魔方陣を使えるの!?」

 

俺が朱乃さんの言葉の続きを待っていると、女性の叫び声が会場中に響き渡った。

 

声のした方に顔を向けてみると、黒髪でツインテールの可愛らしい女性がテーブルに身を乗り出してモニターを見ていた。

 

家の魔方陣ってことはあの女性も何処かの家の悪魔なんだろうか。

 

いつ先輩が魔方陣を使ったのだろうとじっくりモニターを見ると、地面に僅かだがこの痕跡が残っていた。

 

「あれはシトリーの魔方陣ですわ」

 

朱乃さんの言葉に首を傾ける。

 

シトリーって確か生徒会長の?

 

なんで人間である先輩が魔力の必要な魔方陣を展開できるんだ?そういえば、あの時も今と同じように先輩の背中から悪魔の羽根のようなものが生えていたような?だとしたら先輩も悪魔なのか?

 

混乱しそうな頭を抱えながらモニターに目を向けると、先輩が立ち上がっていた。

 

その背には左右十二枚づつの悪魔の羽根を背負っていた。




第12話更新しました。
こんなライザーだったらいいなと思って書きました。
書いてる途中でライザーの眷属ってフルメンバーだったことを思い出しましたが、トレードとかでなんとかなるだろうと思い、修正しませんでした。
あと悪魔の羽根の表現ってどうなんだろう?枝葉のような部分を何枚って数えるんですかね?知っている方がいたらぜひ教えて下さい。

内容のほうは様々な人物の視点を入れて無理矢理繋げました。今後も戦闘シーンはこんな感じだと思います。
サーゼクスの立ち位置がよくわからなかったので、心の底では結婚に反対で書きました。その方が書きやすかったので。

読んでくれた方、コメントをくれた方、誤字・脱字の修正をしてくれる方ありがとうございます。

ではまた次回


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第13話

最近スマホの充電の減りが早いのが悩みです。

第13話です。


君とただ話がしたかった

でもいつの間にか君を守りたいと思った

君の涙が俺をそうさせたんだ

 

―〇●〇―

 

薄れゆく意識の中で声が聞こえた。

 

『あの程度の相手に負けてもらっては困る』

 

誰の声だったかはわからないが、自分の身体が自分ではない誰かの意思で動かれていた。

 

その声で失いかけていた意識が回復していく。

 

自分がライザーに向かっていく。

 

俺は驚愕する。自分では手も足も出なかったライザーと互角に戦っている。

 

しかし、ライザーとは不思議な男だ。

 

戦況が互角となり、自分がダメージを受けていると言うのにその表情が徐々に嬉々としていく。

 

先程までとは違い、まるでこの戦いを楽しんでいるかのようだ。

 

ライザーが肩で息をしている。

 

フェニックスとて不死身ではないということか。

 

『この違和感・・・そうか、既に【再生の生神女】と【沈黙の享愛者】を手にしていたか。ならば、そなたは扉を開くことが出来るだろう。我が役目を果たしたと言えよう』

 

一体なにを言っているのだろう。理解出来ずにいると、それを最後に声は聞こえなくなる。

 

急に視界が晴れ、頭の中がクリアになっていくのを感じた。

 

自分の身体が自分の意思で動くようになった。

 

「ぐぁ!」

 

これならなんとかなるとライザーに向かって駆け出そうとした瞬間、頭に激痛が走る。

 

頭の中に俺の知らない情報が次々と流れ込んでくる。

 

(こ、これは一体?)

 

俺は頭を抱えながらライザーを視線を向けると、ライザーの身体が光輝いていた。

 

ライザーが向かって来るが、こんな状態ではまともに戦えるはずもなく俺は亀のように身を縮めて攻撃を防ぐことしか出来なかったが、ライザーの力が先程までとは比べものならないほど上がっていた。

 

襲ってくる頭痛とライザーの攻撃に堪えられなくなり、吹っ飛ばされてしまう。

 

自分で戦えるようになった途端、この様かと唇を噛む。

 

ライザーからとてつもない魔力を感じた。

 

俺はいつの間にか魔力を感じられるようになっており、ライザーが放とうとしているものがどれだけ危険な攻撃なのかわかってしまう。

 

これまでかと思い、地面の土を掴む。

 

「ど、どういうことだ?」

 

突然、地面に大きな扉が出現したのだ。

 

驚いた俺は近くの地面に視線を向けるも、そんな扉は何処にもなかった。

 

俺が膝をついて動けなくなっているその場所以外には。

 

(なんだこの扉は?ライザーにも見えているのか?)

 

訳がわからずに視線を泳がせていると、俺の身体を勝手に動かしていた者の言葉を思い出す。

 

「この一撃に全てを込める!」

 

ライザーの叫び声と共に巨大な影が地面を覆い尽くす。

 

(ちっ!もうどうにでもなれ!)

 

舌打ちして扉に手をかけると、扉が開いていく。

 

『汝、【再生の生神女】の心を手にする者なり。悠久の盟約に従い、獣の門を開かん』

 

先程とは違う者の声が聞こえ、目の前の扉が俺の中に吸い込まれていく。

 

急に身体が軽くなり、頭痛が治まる。

 

顔をあげると、巨大な火の鳥が一直線に此方に向かってくる。

 

危機的状況にも関わらず、俺は冷静だった。

 

俺はその火の鳥の防ぐ術を知っている。

 

土を掴んでいた左手を広げ、掌を地面に着けるとリアスやライザー達悪魔と同じように魔方陣を展開していく。

 

魔方陣から大量の水が現れ、火の鳥を包み込んでいく。

 

ライザーの唖然とした表情が目に映る。

 

俺はライザーに向けて歩き出そうとするが背中に違和感を覚え、そちらに視線を向ける。

 

(これはリアス達と同じ。・・・そうか俺は)

 

背中には悪魔の最大の特徴でもある羽根が生えていた。

 

かなり重要なことだが、いまは他にやらなければならないことがある。

 

「おぉ!飛べた!」

 

羽根があるなら飛べるのでは考え、意識してみると見事に飛べた。

 

その事に感動しているとライザーの居るところまで来ていた。

 

「さっきのはシトリーの魔方陣だな!?お前はシトリーの血縁者か!?それに・・・そ、その羽根の数は!?」

 

ライザーの質問の意味はわからなかったが、俺はあの魔方陣が水を召喚出来ることを知っていた。

 

頭痛がした時に様々な魔方陣とその魔方陣で何が出来るのか頭の中に流れ込んで来たのだ。

 

「なにを言っているか理解出来ないが、こういう事も出来る」

 

腕を突き出して魔方陣を展開すると、ライザーと同じように火の鳥を召喚する。

 

「そ、それはフェニックスの魔方陣!?」

 

火の鳥がライザーを襲い、身体が吹き飛んでいく。

 

吹き飛んだ身体が再生していくが、その再生速度が明らかに遅くなっており、表情は驚きと戸惑いに満ちていた。

 

「決着をつけよう。ライザー・フェニックス」

 

大きく息を吐き、ライザーを見据える。

 

もう負けないと決意して拳に力を込める。

 

―〇●〇―

 

どうなってやがる。

 

俺の渾身の攻撃が水の魔力で掻き消されたと思ったら、奴の足下にシトリーの魔方陣が展開していた。

 

外野からの横槍かと思ったがそれはあり得ない。

 

奴が此方に飛んで来る途中で満面の笑みを浮かべている。

 

俺の前に立つ奴の背中の羽根は左右十二枚づつ生えていた。

 

俺は驚愕した。その羽根の数の意味を知らない悪魔などいない。

 

羽根に気を取られていると、俺に向けて突き出された奴の掌から魔方陣が展開される。

 

その魔方陣は紛れもなくフェニックスの魔方陣だった。

 

放たれた火の鳥に反応出来なかった俺は身体を吹き飛ばされる。

 

先程の攻撃にほとんどの魔力を込めたため、身体が再生するのが遅くなっている。

 

それよりも奴だ。何故シトリーとフェニックスの魔方陣を操れる?

 

そんな悪魔は存在しないはず。

 

奴はシトリーだけではなくフェニックスの血縁者でもあるのか?

 

「決着をつけよう。ライザー・フェニックス」

 

その言葉に身構える。額にさっきまでとは違う汗が滲んでいく。

 

「のわぁ!」

 

間抜けな声と共に奴の姿が視界から消える。

 

その瞬間、俺の横をとてつもない速さでなにかが通り過ぎていった。

 

俺はすぐに反応出来ずにいたが、後方に気配を感じて振り向くと、空中でバランスを崩す奴の姿があった。

 

俺は呆気に取られていたが、すぐに正気に戻り攻撃を加えていく。

 

残りの魔力は多くはないため、効率よく使わなければならないが、奴も水の魔力を操りながら俺の攻撃を回避していく。

 

しかし、魔力を使った戦いの経験値は絶対的に俺のほうが上だ。

 

奴は動きこそ凄まじいが所々で隙が出来る。

 

俺はその隙を突いてダメージを与えていくと共にトラップを仕掛けて奴をその場所へ誘導していく。

 

潜在能力は奴のほうが遥かに上だろう。

 

それは奴の背中から伸びる悪魔の羽根の数が示している。

 

だが、いまの奴はその強大な力をもて余している。

 

だからこそ、この戦いは俺に分がある。

 

俺の思い通りに奴は攻撃を避けていく。

 

そして仕掛けたトラップの魔方陣に足を踏み入れる。

 

「しまっ!」

 

奴の焦った声と共に爆炎が奴の身体がを包んでいく。

 

「さっきと同じ轍は踏まんぞ!」

 

今度は奴に近づくことなく、辺りに配置していた魔方陣を誘爆させていく。

 

もし、ここが仮想空間でなければ地形が変わっていただろう。

 

次々と魔方陣を誘爆させ、火力を増していく。

 

その威力は先程消された火の鳥以上だった。

 

(一年、いや数ヵ月後にはお前は俺を越えていくだろうが、俺とて負けんぞ)

 

燃え盛る炎を眼前にしながら俺は決意を新たにする。

 

「な・・・に?」

 

俺は目を疑う。

 

燃え盛る炎の中心から紅い魔力が立ち昇っていることに気がつく。

 

その場所は最初に奴をトラップに嵌めた場所だった。

 

紅い魔力はどんどん大きくなっていき、上空に巨大な魔方陣が展開される。

 

「そ、その魔方陣はグレモリーの!?」

 

燃え盛っていた炎が消滅していく。

 

信じられない光景に俺は言葉を失う。

 

(あの紅い魔力は間違いなくグレモリーの滅びの魔力!だとしたら一体・・・)

 

まさかと思い、視線をそこに向けると、奴が紅い魔力を身に纏っていた。

 

「危なかった。あと少し気づくのが遅かったら今頃は炭になっていた」

 

ボロボロになったYシャツを脱ぎ捨て、腰の高さに両手を広げると、奴の背後に三種の魔方陣が展開される。

 

「こういう使い方も出来るのか」

 

それは紛れもなくシトリー、フェニックス、グレモリーの魔方陣だった。

 

目の前であり得ないことが起こっている。

 

俺が動揺していると、巨大な水の鳥が紅い魔力を纏って召喚された。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

俺は慌てて魔方陣を展開して奴の攻撃に備えるが、フェニックスの風によって身体の自由を奪われ、シトリーの水で身体を拘束されてしまい、グレモリーの滅びの魔力で何度も消滅させられてしまった。

 

「まだだ。まだ貴方には届かない」

 

拘束が解かれた俺は地面に叩きつけられる。

 

最早、力など残っていない。

 

動かない身体とは対象的に頭はスッキリしている。

 

最初は頭のおかしい奴だと思った。

結婚式の会場でいきなり花嫁であるリアスに近づこうとした不届き者だと。

聞けばリアスの通う人間界の学校の友人だと言うではないか。

つまり人間ということだ。

すぐに会場から追い出そうとしたが、サーゼクス様からこの男と戦えと言われた。

冗談ではない。

何故、上級悪魔であるこの俺が人間などと戦わねばならないのかと抗議したが、サーゼクス様に押しきられてしまった。

力の差を見せつけてやればすぐに諦めると思っていたが、何度倒れても立ち上がる奴の姿が純粋に強くなりたいと思っていた幼き日の自分と重なり、自然と眷属にならないかと持ち掛けていた。

その誘いを奴は断った。

断られること予測できたが、それでも本心から奴を欲しいと思った。

一思いに終わらせてやろうと思ったが、倒れるどころか逆に奴の本当の力を引き出してしまった。

人間だと思っていたこの男は悪魔だった。

変わり果てた風貌と脅威的な力に俺もいつの間にか本気なっていた。

自分の置かれている状況など全て忘れて、目の前の男を倒すことだけに没頭する。

この男と対峙していると力が溢れ、自分の知らない自分が呼び起こされていく。

俺が一歩先へ行こうとすると、奴は更に先へ行く。

 

そうして俺は敗れた。

 

とても清々しい気分だ。

 

今ある自分の全てを出し切った上で相手に更に上を行かれた。

 

(まだこんな俺もいたんだな)

 

自分らしくないと自嘲してしまう。

 

俺は奴の姿を目で追っていく。

 

せめて最後はどうやってやられたのかだけは見届けたい。

 

目が覚めたらベッドの上だったなど俺のプライドが許さない。

 

(菅原ユウ!次は必ず俺が勝つ!)

 

俺は自然と笑みを浮かべていた。

 

―〇●〇―

 

彼が両手を天高く掲げると、そこに五つの魔方陣が出現し始める。

 

グレモリー、シトリー、アスタロト、グラシャボラス、フェニックスの五つの魔方陣だった。

 

(君はどれだけ私を驚かせてくれるんだ)

 

悪魔への覚醒に始まり、三つの魔力の融合ときて、次は五つの魔力で何をしようと言うのだろうか。

 

なにが起こるのか予測出来ない状況に全ての悪魔達がモニターから目を離せずにいる。

 

全ての魔方陣が完成する。

 

すると、天より一筋の巨大な光が魔方陣を目掛けて一直線を降りてくる。

 

その光は五つの魔方陣を通過すると、それぞれの魔力の特性がその光と融合して地面に突き刺さった。

 

凄まじい爆音と共に会場が揺れ、砂塵でモニターが見えなくなる。

 

(なんて威力だ!仮想空間の衝撃がこちらまで届くとは!)

 

砂塵が晴れていき、彼の姿が見えてくる。

 

私はその彼の姿に驚愕した。

 

彼の背中から先程まで生えていた悪魔の羽根が姿を消し、信じられないものが浮かび上がっていた。

 

それを目にした瞬間に私は身体が震わせた。

 

「あの御印こそ正に【聖なる対極の紅十字】」

 

震える私の横からその禁忌の名を口にする者が現れる。

 

「アジュカ」

 

式には参列しないと言っていた私の親友が何故、今になって現れたのかと驚く。

 

「冥界の黎明期、根源的災厄より世界を救ったと言われた者の背に存在したとされる【聖なる対極の紅十字】生きて目にすることがことができるとは」

 

素晴らしいと何度も呟きながら笑顔を見せる。

 

彼は研究者でもあるため興味の尽きない様子だった。

 

「ともあれサーゼクス。用心しなければならないぞ」

 

アジュカの口調が陽気なものから厳しいものに変わる。

 

「一般的には殆ど知られていない【聖なる対極の紅十字】の存在だが、古い世代の悪魔や各陣営の幹部クラスなら十中八九知っているだろう。・・・世界が荒れるぞ」

 

アジュカの言う通りだ。

 

早急に老人達や各陣営に話を着けなければ大変なことになる。

 

「あいつを中心に」

 

そう言うとアジュカは踵を返す。

 

「アジュカどこへ?」

 

私に背を向けて歩き出すアジュカを不思議に思い、声を掛ける。

 

「俺は帰る。まだあいつと顔を合わせる訳にはいかない」

 

そうかアジュカはユウ君の主治医でもあった。

 

態度には出さないが、事の次第を聞きつけてユウ君のことが心配で顔を出したのだろう。

 

「サーゼクス様」

 

去っていくアジュカを目で追っていると、グレイフィアから声を掛けられたため彼女のほうを向く。

 

彼女がゲームを取り仕切る悪魔に視線を向けており、その悪魔もどうしたらいいのかとキョロキョロしていた。

 

私はその悪魔に声を掛け、静かに頷く。

 

勝者の名が高らかに宣言されると、会場中に驚きと戸惑いの声が溢れかえる。

 

リーアの様子を窺うと、涙を流しながら少しソワソワしていた。

 

早く彼のところへ駆け寄りたいのだろう。

 

フェニックス卿には申し訳ないことをしたが、妹の様子に自然と安堵の表情を浮かべる。

 

(それよりも今は・・・)

 

モニターに目を移す。

 

本当に不思議な子だ。

彼がソフィアさんの子で悪魔の血を受け継いでいることは知っていた。

二年前に彼女から息子であるユウ君に不思議な力が目覚めている聞かされていた。

その力は母親であるソフィアさんから受け継いだものではなく別のなにかの力だと彼女は言っていた。

彼は今日その力の一端を見せてくれた。

悪魔への覚醒を果たし、異なる複数の魔力の融合して見せた。

血族ならまだしも自力での魔力の融合など聞いたこともない。

そして彼の背に浮かび上がった【聖なる対極の紅十字】は伝承でのみ冥界に伝えられてきた幻の存在。

彼の中に存在する力とは一体なんなのだろうか・・・

 

そこまで考えて私は首を横に振った。

 

(今は分からなくていい。今後は彼に余計な害が及ばぬように私達大人が尽力するだけだ)

 

―〇●〇―

 

勝利が宣言されると、仮想空間から結婚式の会場に戻される。

 

目の前で倒れているライザーは瀕死の状態だが、辛うじて息はあるようだ。

 

(まだ息があるな)

 

俺はライザーに向けて魔方陣を展開する。

 

「もう決着は着きましたわ!これ以上敗者に手を下すことは許されません!」

 

俺とライザーの間に先程声を掛けてきた金髪で縦巻きロールの少女が腕を広げて立っていた。

 

「・・・」

 

俺はじっとその少女を見つめる。

 

「わ、私の名はレイヴェル・フェニックス。貴方と戦ったライザー・フェニックスの妹ですわ」

 

少し怯えた様子だが、自分から自己紹介するだけの常識は弁えてるようだ。

 

「菅原ユウです。駒王学園の三年です。お兄様の婚約者であるリアスとは友人です」

 

言葉遣いといい、纏う雰囲気といい、只者ではないと思っていたが貴族の息女だったとは。

 

同じ貴族のお嬢様であるリアスとは随分違うな。

 

そんなことを思いながら俺はライザーに向けて魔力を放つ。

 

「なっ!?なんてことを!」

 

レイヴェルは俺の行動に驚き、憎しみの籠った視線を向けてくる。

 

「心配ない魔力を分けただけだよ。直に目を覚ます」

 

ライザーに寄り添うレイヴェルは安堵からか涙を流していた。

 

すぐに救護の者達が駆けつけ、ライザーの治療が始められる。

 

その場を離れようと思ったが、あることを思い出して足を止める。

 

「お兄さんが目を覚ましたら伝えて欲しい」

 

涙を浮かべながら首を傾げるレイヴェル。

 

「また会おう。今度は命を奪い合うことなく。そう伝えて」

 

よろしくと言って俺はリアスのところへ向かって歩き出す。

 

「あっ、あの!?」

 

背後からレイヴェルに声を掛けられ、振り向く。

 

「ま、またお会いできますか?」

 

驚いてポカンとしてしまった。

 

そこに居たのは先程までの傲慢で高飛車な態度をとった少女ではなく。頬を染め、指を擦り合わせながらモジモジと上目遣いで此方を窺う少女の姿があった。

 

「機会があれば」

 

レイヴェルの頭を撫でてあげると、初めて逢った時のような人を見下した笑みではなく、年相応の少女が見せる可愛らしい笑顔が印象的だった。

 

俺は再び歩き始めると、周囲に居た悪魔達が道を開ける。

 

「ユウ君!」

 

聞き覚えのある声が耳に届くと共に紅い髪と真紅のドレスの彼女が俺の視界に飛び込んでくる。

 

俺は彼女をしっかり受け止め、優しく抱き締める。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!無事で良かった!」

 

彼女は俺の胸に頭をつけて謝ってくる。

 

上半身裸の俺の身体に彼女の涙が流れる感触が擽ったかった。

 

「大丈夫。俺は大丈夫だから」

 

俺は人目も憚らず泣き続ける彼女の頭を静かに撫で続けた。

 

「・・・ユウ君・・・わ、わたしっ!」

 

彼女が顔を上げて何かを言おうとしていたが、唇に指を添えて彼女を制した。

 

「ずいぶん苦労したけど、ようやく話が出来る」

 

俺は彼女を抱き締め、肩に額をつける。

 

「ユ、ユウ君!?」

 

突然、抱き締められたことに驚いたリアスは戸惑っている様子だった。

 

「・・・・・」

 

リアスの声は聞こえている。だが、疲労のため顔を上げるのが辛い。でも、これ以上心配かける訳にはいかないためいつも通りを装う。

 

「・・・大丈夫。・・・少し眠いだけ」

 

俺のその様子に疑いの目を向けてくるリアス。

 

「部長!先輩!」

 

その時俺とリアスを呼ぶ声が聞こえ、オカルト研究部のみんなが集まってきた。

 

みんなにも大分心配をかけてしまったようだ。

 

兵藤と木場の掌には血が滲んでおり、朱乃と小猫の頬には涙の跡がうっすら残っていた。

 

「みんな心配かけてすまなかった」

 

俺はゆっくりリアスから身体を離してみんなと向き合う。

 

みんなは心配の声や労いの言葉を掛けてくれた。

 

途中でふらつき、バランスを崩しそうになるがリアスがそっと支えてくれた。

 

彼女には俺が無理をしていることがバレているようだ。

 

「素晴らしい戦いだった。菅原君」

 

俺がリアスに目配せをしていると、このゲームの仕掛人が笑顔で此方に歩いてくる。

 

「このゲームは君の勝ちだ。あとは君の好きにするといい」

 

サーゼクスがそう言うと、グレイフィアから白いYシャツを差し出される。

 

俺は渡されたYシャツに袖を通す。

 

「転移して来たときに使用した魔方陣はお持ちですか?」

 

グレイフィアに言われ、ズボンのポケットからその紙を取り出す。

 

「その魔方陣を展開すればリアスと二人だけで話をすることが出来るだろう」

 

サーゼクスのその言葉に顔を上げると、視線の先にリアスやサーゼクスと同じ紅い髪をした威厳のある男性が此方の様子を窺っていた。

 

「リアス。少し時間をくれ」

 

俺の言葉に首を傾げるリアスとサーゼクス。

 

リアスとサーゼクスから離れ、威厳のある男性のもとに歩き出す。

 

「リアスさんのお父様ですね?」

 

その男性がリアスの父親であることを確認する。

 

「・・・」

 

男性は無言で頷く。

 

「リアスさんの友人の菅原ユウと言います。この度のこと全て私の一存でやったことです。彼女には一切の責任はありません。もしものときは全て私が責任を取ります」

 

目を閉じ、静かに俺の言葉を聞いていた男性が目を開く。

 

「軽々しく責任を取るなどと言わないことだ。責任が取れぬから子供なのだ」

 

正論だった。男性の言葉に唇を噛む。

 

「君はゲームのルールに従い、勝利した。あとの心配などせずに好きにするといい」

 

そう言い残して男性はその場を後にした。

 

俺は男性の背中に頭を下げ続けた。

 

「・・・ユウ君」

 

リアスが不安そうな顔でYシャツの裾を掴んでいる。

 

「・・・行こうか」

 

彼女を頭をポンポンと撫でながら魔方陣を展開すると、上半身は鷲の姿で翼が生えており、下半身はライオンという奇妙な生物が召喚された。

 

「グ、グリフォン」

 

その場にいた誰かが呟いた声が耳に届いた。

 

空想上の生物が目の前にいるとこに驚きながら、リアスを抱き上げる。

 

所謂、お姫様抱っこである。

 

顔を真っ赤にしたリアスに笑みを見せて、グリフォンの背中に飛び乗る。

 

「先に帰ってる」

 

オカルト研究部のみんなにそう伝えると、グリフォンは翼を広げて大空高く飛び立つ。

 

会場が小さくなっていくのを見つめながら俺はゆっくり息を吐いた。

 

―〇●〇―

 

娘のリアスと彼を乗せたグリフォンが飛び立っていく。

 

リアスには悪いことをしてしまった。

 

私は家のことを想うばかりにリアスのことを考えていなかった。

 

慈愛の一族と言われる家の長として情けない。

 

「グレモリー卿」

 

グリフォンの飛び去ったほうを見ていると声を掛けられる。

 

「この度は誠に申し訳ないフェニックス卿」

 

何度も頭を下げたところで許されることはないだろう。

 

結婚式の最中に花嫁が連れ去られたのだ。

 

伝統あるフェニックス家の名に泥を塗ってしまった。

 

「顔を上げてください。グレモリー卿」

 

私はそれでも頭を上げずにいると、フェニックス卿の笑い声が聞こえてくる。

 

不思議に思い、今度こそ顔を上げる。

 

「この縁談が破談になってしまったことは確かに残念ではありますが、当家にとって悪いことをばかりではありません」

 

フェニックス卿の言葉の意図が分からずにいると、更に言葉が続けられる。

 

「ゲーム中のライザーの表情はここ数年見たことのなかった嬉々とした表情になっておりました」

 

満足そうに微笑むフェニックス卿。

 

「あれはフェニックス家の中でも特別な才を持っております。故に同年代には敵がなく、あれの心が冷めて行くのを知っていながら私は見ていることしか出来なかった」

 

フェニックス卿の目は遠くを見ていた。

 

「しかし、今日ライザーは全てを出し切った。今持てる全てを出し切って戦い、そして敗れた。その時のあれの表情が忘れられない」

 

私に向き直ると、フェニックス卿から手を差し出される。

 

「ありがとうグレモリー卿。本当のライザーを思い出させてくれて」

 

私はその手を握り返す。

 

「そう言って頂けると此方としても救われます」

 

後ろに控えていた妻達も笑顔で話を始める。

 

「それにしてもリアス殿の側には面白い者が多くおりますな」

 

フェニックス卿は何かを思い出すように笑みを浮かべる。

 

「・・・赤き龍を宿す者のことですな」

 

私は先のレーティングゲームを思い出す。

 

「赤き龍が現れたということは・・・」

 

フェニックス卿はそこまで言って目を瞑る。

 

「えぇ、いずれは白き龍を宿す者も現れるでしょう」

 

私の言葉に大きく息を吐くフェニックス卿。

 

「赤き龍と白き龍。そして・・・【聖なる対極の紅十字】」

 

一度会場中を見渡す。

 

「【聖なる対極の紅十字】ですか。・・・これから冥界はどうなって行くのでしょうな」

 

我々の疑問の答えを持つ者など存在しないだろう。

 

だからこそ彼には期待してしまう。

 

冥界の変革期であるいま、彼が現れたことには意味があるのだろう。

 

いずれ訪れるであろう未来に想いを馳せて私は空を見上げた。

 

―〇●〇―

 

今はグリフォンの上には俺とリアスしかいない。

 

もう強がる必要はなかった。

 

「リアス。悪いけど、膝貸してくれる?」

 

彼女が返事をする前に彼女の膝に倒れ込む。

 

「ユ、ユウ君!?」

 

彼女は驚き、声を上げる。

 

「ごめん。結構、無理してた」

 

肩で息をしながら額に手を当てる。

 

「バカ!こんなになるまで!」

 

彼女の涙が俺の頬を濡らす。

 

「バカってひどいな。もう帰って来ないって聞いたから頑張ったのに」

 

目を閉じているため、彼女がどんな表情をしているのか分からない。

 

疲労とリアスの太腿の気持ち良さで意識が薄れていく。

 

顔にチクチクと何かが触れる感触がする。

 

擽ったくなり、身を捩ると唇に柔らかくて温かいそれが触れる。

 

触れたのがリアスの唇だとすぐに理解できた。

 

「ユウ君はバカだけど、私はもっとバカね」

 

ほんの少し目を開くと、可愛らしい笑顔を浮かべた彼女がいる。

 

「私のファーストキス。大切にしてね」

 

おそらく彼女はいま顔を真っ赤にしているだろうと思い、自然と笑みが零れる。

 

俺はそのまま意識を手放した。

 

グリフォンの奇妙な鳴き声が天高く響いていた。




第13話更新しました。
最近やたらと忙しくてスマホが手元にない時間が多かったため中々進みませんでした。
しばらくこの状況が続くと思いますが、ちょくちょく書いていきますのでよろしくお願いします。

内容のほうはハイスクールdd以外の作品の設定をちょっとだけ変えて使っていますが、新しいタグが必要でしょうか?
最後のほうはかなりバタバタになってしまいましたが、これはこれで満足してます。

読んでくれた方、コメントをくれた方、誤字・脱字の修正をしてくれる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第14話

皆さんプランダラという漫画をご存知でしょうか?
筆者はああいう漫画が大好きです。

第14話です。


単純なことだった

私に足りないものを貴方が持っていた

だから私は貴方に惹かれた

 

―〇●〇―

 

「なにやってんの?」

 

朝、学校に行く準備をしてアーシアと一緒にリビングに入ると、赤と白のギンガムチェックの可愛らしいエプロンを着用したリアスが母ちゃんと二人で朝食の用意を進めていた。

 

「おはよう。ユー、アーシア」

 

笑顔でそう言ってキッチンに消えて行くリアス。

 

(なんでここにリーアが?)

 

俺は訳がわからずに混乱していると、アーシアに制服の袖を引っ張られる。

 

「うぅ~、私だって負けませんから!」

 

頬を膨らませ、リアスに対して対抗心を燃やすアーシアは母ちゃんに呼ばれ、朝食の準備の手伝いをするためキッチンに向かって行った。

 

キッチンには楽しそうに会話をしながら朝食の準備をする三人。

 

テーブルには新聞を広げてはいるが、キッチンにいる三人を楽しそうに眺めている父ちゃん。

 

リアスが家の一員として完全に溶け込んでいることに誰一人として不思議に思っていないことに俺は驚きを感じる。

 

(えっ?・・・俺がおかしいの?)

 

三人があまりにも自然にリアスと接していることに戸惑っていると、黒歌が俺の足にすり寄ってくる。

 

いつもならすぐに母ちゃんに朝食をおねだりする黒歌もリアスを警戒するように俺の後ろからキッチンの様子を窺っていた。

 

俺が茫然としていると、朝食の準備が出来たようで母ちゃんから早く席に座るように言われる。

 

既に四人は席に着いており、手前の三席ある内の左の席にアーシア、右の席にリアスが座っていて俺は真ん中の空いてる席に座る。

 

「とりあえず説明して欲しいんだけど?」

 

対面に座っている両親とリアスを交互に見ながら、彼女がここにいる理由を尋ねる。

 

「せっかくのご飯が冷めるからまず食べな」

 

楽しそうに会話をする四人を横目に俺は言われた通りを食事を始める。

 

(うまっ!なにこれ?)

 

俺が食べたのはレンコンの煮物だった。

 

パリッという食感に砂糖と醤油で甘辛く味付けされ、鷹の爪のピリッとした辛味と胡麻油の風味が絶妙な味わいでなにより白米に合う。

 

(でも母ちゃんの味と違うような?)

 

いつも口にしている味と違うことに気がつく。

 

「それ私が作ったんだけど、どうかしら?」

 

リアスの一言に掴んでいたレンコンを落とす。

 

以前から和食が得意だと聞いていたが、お嬢様である彼女が本当に料理をするとは思っていなかったため、衝撃を受ける。

 

「すごく美味しいです」

 

心の中で謝りながらそう伝えると、彼女は心の底から嬉しそうに笑顔を見せた。

 

父ちゃんや母ちゃんからも絶賛されると、少し照れてたように頬を赤く染めた。

 

「ユーさん!私が作ったお味噌汁はどうですか?」

 

腕を引かれてお椀を口に添えられたので味噌汁を啜り、美味しいよと答えると、アーシアも満面の笑みを溢した。

 

「アーシア。ユーはいま私の作った煮物を食べてるのよ」

 

リアスが静かに箸を置き、立ち上がる。

 

「いいえ部長さん。ユーさんは私が作ったお味噌汁が飲みたいんですよ」

 

アーシアも立ち上がり、リアスと視線を合わせる。すると、両者の視線の間にバチバチと火花が散っていた。

 

俺は面倒になりそうだったので食事を続けることにした。

 

「止さないかい二人共。楽しい食事の時間だよ」

 

その様子を見かねた母ちゃんが仲裁に入る。

 

二人の間に気まずい雰囲気が流れる。

 

「それにユウ。お前も悪いぞ」

 

珍しく父ちゃんが厄介事に口を出してくる。

 

嫌な予感しかしない。

 

「二人を娶るなら些細な争いごとを解決するのは男の役目だ」

 

予想通り。いや、予想以上の爆弾を投下する父ちゃん。

 

俺は危うく口の中のものを吐き出しそうになるがなんとか堪える。

 

リアスとアーシアは顔を真っ赤にして椅子に座る。

 

「二人も些細なことで喧嘩しないの。旦那様が困る姿を見たくないだろ?」

 

旦那って。母ちゃんも父ちゃんに便乗して俺達の反応を楽しんでる。

 

「そ、そうね!私が悪かったわ。ごめんなさいアーシア」

 

顔を真っ赤にしながら非を認めるリアスの姿に成長を感じて俺は感動する。

 

「い、いえ。最初の原因を作ったのは私です。すみませんでした」

 

アーシアも素直に謝るが、その顔はリアス同様真っ赤だった。

 

「二人共素直でよろしい!じゃあ、冷めない内に食べようかね」

 

その後は和気藹々と食事が進んでいくが、俺が内心ドキドキしていたのは内緒にしておこう。

 

食事を終え、各々が食器を片付けると、母ちゃんから席に座るように言われる。

 

さっきのやり取りでなんとなくリアスがここにいる理由は分かったが俺は話を聞くことにした。

 

理由は母ちゃんではなくリアスが話してくれた。

 

これまで住んでいた学園の寮が取り壊されることになったこと。

親に実家に帰ってこいと言われたこと。

一人暮らしをしたいと言ったが拒否されたこと。

実家に戻り、親と話し合いをして信頼出来る者の家なら下宿を許されたこと。

そこで両親に相談したこと。

母ちゃんが即了承したこと。

 

「という訳で今日からお世話になります」

 

リアスが深々と頭を下げる。

 

開いた口が塞がらないとこのことだろう。

 

よくもまあ次から次へと思いつくものだと感心した。

 

そもそも学園に寮など存在しないし、彼女の実家は冥界で彼女は街の管理者なのだから帰ってこいとも言われる訳もない。

 

まぁ、婚約騒動で一時的に冥界に戻ってはいたが。

 

それに元々一人暮らしだったのだから反対もなにもないし、信頼出来る者として俺の両親が思い浮かぶ理由も分からない。

 

とはいえ大切な両親のことをそう言ってもらえるのは有り難い限りなのだが。

 

こうしてリアスは家に住むことになった訳だが、俺は内心ホッとしていた。

 

昨日は彼女の泣き顔を見ることが多く、元気がなかった。

 

いま目の前にいる彼女は両親やアーシアど笑顔で接している。

 

彼女がいつも通りに戻ってくれたことに安堵すると共に、しおらしい姿をもっと見ていたいという気持ちにもなった。

 

(昨日のリーア、可愛かったな)

 

苦笑いを浮かべながら俺は昨日のことを思い出していた。

 

―〇●〇―

 

グリフォンの背に乗り、人間界に戻ると既に太陽が昇っていた。

 

眠っていた時間は長くはなかったが、妙に頭がスッキリしていたので目覚めは悪くない。

 

リアスに時間を確認すると、まもなく生徒達が登校する時間だった。

 

アーシアが心配していると思ったので、家まで送ってほしいと言ったが、その前に二人で話がしたいと言われた。

 

旧校舎のオカルト研究部の部室を訪れた俺はソファーに座っていると、リアスが紅茶を淹れてくれた。

 

朱乃が淹れてくれる紅茶も美味しいが、リアスの淹れてくれた紅茶も美味しかった。

 

「ユウ君。ちょっといいかしら?」

 

着替えのため、奥に行っていたリアスから声を掛けられる。

 

「背中のチャックを下ろしてくれないかしら?」

 

俺は言われた通りドレスのチャックを下ろしてあげると、彼女の美しい肌が露になる。

 

無性に抱き締めたくなったが、いま抱き締めてしまっては我慢出来なくなってしまうため、ぐっと耐える。

 

「我慢しなくていいのよ?」

 

まるで彼女に心の内を読まれているかのように、俺の考えてることと彼女の言葉がリンクする。

 

俺は慌てて彼女から離れようとして踵を返す。

 

「行かないで!」

 

逆に後ろから彼女に抱き締められた。

 

「ごめんなさい」

 

謝罪と共に彼女の柔らかい部分が背中に触れる。

 

俺も薄いYシャツ一枚しか着ていないため、その感触をダイレクトに感じる。

 

俺は意識を背中に集中していると、彼女が少しずつ話してくれた。

 

グランデのある土地の一帯を買い取ったことについては疚しい気持ちはなかったこと。

グランデを潰そうだとか、好き勝手しようという気は全くなかったこと。

俺の夢や俺との約束については忘れてしまっていたが、朱乃の言葉で思い出し、自分の行いを後悔したこと。

 

「忘れていた私が言っても信じられないかも知れないけれど、貴方の夢を壊そうとかそういう気持ちは一切はなかったの」

 

涙ながらに訴える彼女の言葉が思っていた通りだったため安心した。

 

自分のことを忘れられていたことはショックだったが、自分の行動を悔やんでいる彼女に追い討ちをかけようなことをしたくなかった。

 

「もっと貴方と一緒に居たかっただけなの」

 

やっと本心が聞けたことに満足して腹部に回されていた彼女の手を握り、振り向こうとする。

 

「ダメ!まだこっちを見ないで!」

 

慌てる彼女に驚いたがその言葉に従い、背中から彼女に抱き締められたままだった。

 

握った手はどうしようかと迷ったが彼女から放す様子もなかったので握ったままにした。

 

「いまユウ君の顔を見てしまったらこれ以上話せなくなるから、もう少しこのままでお願い」

 

そう言うと彼女は話しを続ける。

 

謝らなければといなくなった俺を探したが見つからなかったこと。

更に俺を探そうとしたが、ライザーが来たことでやむなく中断したこと。

 

「結果的に貴方を傷つけることになってしまってごめんなさい」

 

結婚式に乗り込んだのは俺の決めたことだから気にしなくていいと言ったが、それも含めて自分の責任だと譲らなかった。

 

その後の会話もお互いに譲らず、平行線を辿る。

 

このままでは埒が明かないと思い、ここで少しリアスで遊ぶことにした。

 

「うーん。じゃあ、今回はリアスに責任をとってもらおうかな?」

 

俺はリアスの手を離して振り向くと、背中のチャックを下ろしたことで着ていたドレスが重力に従い、はだけていた。

 

彼女が胸のところで押さえていたことで脱げることはなかったが、胸の谷間が強調されていた。

 

「せ、責任!」

 

俺の言葉に驚く彼女を無視して一歩、また一歩と前に出ると、彼女は後退りする。

 

「あっ!」

 

後ろを確認せずに下がったため、彼女の足がベッドにぶつかり、バランスを崩す。

 

美しい紅の髪がベッドに散らばり、心許なかったドレスはギリギリで彼女の胸元を隠していた。

 

俺はベッドに倒れた彼女の足の間に膝を入れて頭を挟むよう両手を着いて覆い被さる。

 

「責任・・・取ってくれる?」

 

俺が蒼玉の瞳を見つめると、彼女は顔を真っ赤にして俺の顔を見ている。

 

彼女の瞳にはこれから自分の身に起こるであろう事への不安と覚悟の窺えた。

 

俺の脳裏にあの夜の情景が甦る。

 

「いいよね?」

 

彼女の頬に右手を添えると、目を瞑り、身体を強張られせて俺の言葉にゆっくり頷く。

 

その様子に俺はニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくり彼女の耳元に口を寄せる。

 

俺の下で小刻みに震えている彼女を愛おしく思い、ここで欲望のままに抱くことはしたくなかった。

 

そもそも彼女を少し揶揄おうとしただけで、十分に可愛らしい姿が見れたことに満足して彼女の前髪を上げて額にキスをして立ち上がる。

 

「・・・ユウ・・くん?」

 

不意に立ち上がった俺を片眼を薄く開けて見るリアス。

 

(また可愛い顔をしちゃって)

 

狙ってやっているならまだしも、無意識でそんな表情をされたらこっちも我慢出来なくなるな。

 

俺は頭を掻きながらリアスに手を差し出す。

 

彼女は俺の顔と手を交互に見ながら不思議そうな表情をしている。

 

俺が目で合図すると、彼女は差し出した手を取って立ち上がる。

 

揶揄っただけでは責任を取ったとは言えないだろうと考えていると良いことを思いついた。

 

「・・・リーアって呼んでもいい?」

 

彼女のお兄さんがそう呼んでたことを思い出して聞いてみた。

 

彼女は目をパチクリさせながら顔を更に赤くしていく。

 

「だ、ダメよ!それは兄が勝手に!」

 

リアスが俺の腕を両手で掴んだため、ドレスが自然と地面に落ちる。

 

慌てて両手で胸元を隠してしゃがみこむ。

 

「まったくリーアは慌てん坊なんだから」

 

着ていたYシャツを脱いで彼女に着せてあげる。

 

「うぅ~。その呼び方は止めて」

 

涙目になりながらYシャツのボタンを止めようとしているが、動揺しているためうまく出来ていない。

 

「嫌だ。今回のことはそれでチャラってことで。・・・それに」

 

俺はリアスのYシャツのボタンを下から上へ止めながら話を続ける。

 

「可愛いし、特別って感じがするからね」

 

特別という言葉を聞いて赤く染まった頬に両手を添えながら拒否するが、最早その姿は肯定と取って問題ないだろう。

 

「な、なにをしているんですか?」

 

Yシャツのボタンを胸の辺りまで止めたところで聞き慣れた女の子の声が聞こえる。

 

そちらに視線を向けると、翡翠色の瞳を大きく見開いた金色の髪の少女が持っていた鞄を落として立ち尽くしていた。

 

「ア、アーシア!?なんでここに!?」

 

アーシアが現れたことにも驚いたが、この状況は勘違いされかねない。

 

「・・・ユウさん。私は心配していたんですよ。もしかしたら怪我をして帰ってくるかもしれないと思ってずっと待っていたんです。だから連絡をもらって急いで駆け付けたんです。・・・なのにユウさんは部長さんに何をしようとしてるんですか?」

 

アーシアの冷たい視線が俺を捉え、聞いたことのない低い声が耳に届く。

 

一歩一歩と近付いて来るアーシアに俺は冷や汗が止まらない。

 

(く、黒アーシア!?やべぇ・・・ライザーどころかリアスのお兄さんクラスにヤバい!)

 

完全に勘違いしているアーシアの瞳から光が失われており、信じられない程の威圧感が俺を襲う。

 

「・・・無事で良かったですぅ」

 

背中からそっと抱きついてくるアーシア。

 

その雰囲気はいつもの彼女に戻っていた。

 

その瞬間、俺の心に深く刻まれたのはアーシアを怒らせてはいけないということだった。

 

俺はリアスに視線を送ると、彼女が頷いてくれたのでアーシアを連れて奥の部屋を出て、ソファーに腰掛ける。

 

俺はアーシアに心配をかけたことを謝ると、彼女は何度も頷いた。

 

着替えを終えたリアスが奥の部屋から出て来てソファーに座る。

 

俺はリアスから渡されたYシャツを着ると、アーシアに結婚式での出来事をこと細かく話した。

 

アーシアは驚いたり、戸惑ったり、心配したりとコロコロと表情を変えながら俺とリアスを見ていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。えっと、部長さんの婚約は解消されて、ユウさんは悪魔になってしまったということですか?」

 

あまりの情報の多さに頭が混乱しているアーシアだったが大事なところは押さえているようだ。

 

「・・・ユウさんが悪魔に・・・」

 

アーシアにしてみればショックな出来事だろう。

 

彼女の信仰する神と悪魔は対極の存在である。

 

その悪魔と一緒に暮らしているのだから大変な事態だ。

 

俺も最後までこのことアーシアに伝えるか迷ったが、彼女に隠して一緒に暮らして行くことは出来ないと思い、打ち明けた。

 

最悪アーシアが家を出て行ってしまう可能性もある。

 

寂しいがその時は彼女の意思を尊重しようと思った。

 

「ユウさんはユウさんですし、なにも変わりませんよ」

 

そう言って笑った彼女は毎度のことながら聖母だと思った。

 

俺は心の底からアーシアに感謝した。

 

自分が何者になろうとも変わらないと言ってくれた彼女に。

 

俺はアーシアを抱き締めて何度もありがとうと伝えた。

 

リアスもその様子に安堵の表情を浮かべていた。

 

俺はアーシアに全てを伝えたので立ち上がり、次の行動を取ろうとしたが、アーシアに腕を引っ張られ、再びソファーに座らせられる。

 

「冥界での出来事は聞きましたが、先程の部長さんとのやり取りの説明がまだですよ・・・ユウさん?」

 

黒アーシア再誕!!!!

 

俺は慌てて先程のことを説明する。

 

その途中でリアスが余計な説明までしようとしたので目で合図を送ると、人差し指を一本立てて笑っていた。

 

どうやら貸し一つという意味のようだ。

 

なんとかアーシアの誤解が解いて一息ついていると、リアスから料理長にも土地買収の件をもう一度説明したいので一緒に来てほしいと頼まれたので了承した。

 

俺は家に帰って休もうとしたが、リアスからここのベッドを使えばいいと言われ、アーシアからも休み時間に様子を見に来れるのでそうしてほしいと言われた。

 

リアスはどうするのかと聞くと、彼女はやることがあるらしくアーシアと一緒に部室を出ていった。

 

二人が去った部室で俺は考えていた。

 

悪魔になったというのにあまり驚いていない自分がいる。

思えば二年前の身体の異変はその兆候だったのではとさえ思えてくる。

初めて訪れたはずの冥界が妙に懐かしく思えた。

自分の中に感じた自分とは別の存在に戸惑いこそあったがあまり驚かなかった。

きっと前世も悪魔だったんだろうと軽く考えて俺は瞼を閉じた。

 

(父ちゃんと母ちゃんになんて説明しよう)

 

最愛の両親のことを考えていると意識が途切れた。

 

―●〇●―

 

(どうしてこうなった?)

 

俺が目を覚ますと柔らかい感触がしたので確認すると、朱乃が俺の右半身を抱き枕のようにしながら眠っていた。

 

何故かシャツのボタンが外れていて俺の肘が彼女の胸の谷間にスッポリと収まっており、右足には両足を絡められていた。

 

(ベッドで寝ていただけなのに)

 

抜け出そうと動いてみるが、少し動くと朱乃の制服が大変な事になったので諦めた。

 

朱乃が起きるまで待つしかないと思っていると部屋のドアが開けられ、リアスとアーシアが入って来たので俺は寝たふりをすることにした。

 

「なっ!?朱乃!?」

 

目に飛び込んで来た光景に言葉を失うリアス。

 

俺は起きていることを悟られないように息を潜める。

 

「起きなさい朱乃!教室にいないと思ったらこんなところに!しかもユーに抱きついて!」

 

リアスの俺の呼び方が変だったので少しだけ眉が動いてしまった。

 

リアスの声に朱乃が目を覚まして起き上がる。

 

問い詰められる朱乃だったが、良い抱き枕があったので、などとうまく躱わしている。

 

リアスと朱乃が言い合っている声が部屋中に響くが、俺はあることに気がつく。

 

(何故アーシアがなにも言わない?)

 

リアスと一緒に朱乃に詰め寄ってもおかしくない状況でアーシアの声が聞こえないことに疑問を感じていた。

 

「ユーさん・・・起きてますよね?」

 

内心ドキッとしたが、なんとか耐えて寝たふりを継続する。

 

「眉が動いたのを見ましたよ?」

 

アーシアの声のトーンが下がって来たのでまずいと感じて謝罪と共に上半身を起こす。

 

リアスからは呆れられ、朱乃はあらあらと口癖を口にし、アーシアの笑顔は少し怖かった。

 

その後、二人に引き摺られるように奥の部屋から出て行くと、集まっていた小猫達が不思議そうに首を傾げていた。

 

小猫からまた何かやったのかと聞かれたので、不可抗力とだけ答えて俺達は部室を後にした。

 

グランデに向かう途中もリアスとアーシアから脇が甘いだの隙があるだの散々言われたが、寝てただけなのにそんな事言われても困ると反論したかったが、一つ言うと百返ってきそうなので大人しく聞いていた。

 

グランデに着くとまだ開店時間ではないため入り口にはcloseの看板が立っていたので裏口に回り、ドアを開けようとするが鍵が掛かっており開かなかった。

 

いつもならこの時間はみんな出勤しており、開店の準備で忙しいはずなのだ。

 

店の前で考え込んでいると、常連客の一人から声を掛けられ、もう十日以上も店が閉まったままらしい。

 

リアスが不安そうな表情をしており、ずっと店が閉まっている責任は自分にあるのではないかと考えているようで、リアスに声を掛けるも先程までの元気がない。

 

アーシアも店の窓から店内を覗いているが、やはり人は居らず首を振りながら戻ってくる。

 

俺達は相談し、また後日来よう決めて学園に戻ろうとする。

 

「ユウにアーシアちゃんじゃねーか。どうしたんだ?」

 

背後からゴロゴロとキャリーバックを引く音と料理長の声が聞こえた。

 

俺とアーシアは料理長に駆け寄るが、リアスはその場から動かなかった。

 

「料理長こそ店も開けずにどこ行ってたんですか?」

 

料理長に理由を聞くと、料理長のお師匠さんが腰を痛めてしまい、ヘルプでスタッフ何人かとイタリアに行っていたようだ。

 

急なことだったため、常連客などにも事前に連絡出来なかったとのことだった。

 

「つーか、お前の携帯何回鳴らしたと思ってんだ!出ねぇし、しまいにゃ電源入ってねぇし!」

 

あっ!と声に上げて携帯の存在を思い出す。

 

ここ数日間携帯どころではなかったため、机の上に置きっぱなしだったことを伝える。

 

「全くお前は。んで、アーシアちゃんはいいとしてお前は何しに来たんだ?」

 

今とても酷い扱いを受けた気がするが、俺は本題に入るためリアスを呼び、土地の買収の件を話した。

 

「そのことか。立ち話もなんだし店に入るぞ」

 

料理長が鍵を開けて俺達も店内に入ると、十日以上放置されていたにも関わらず店内はキレイだったので聞いてみると、日本に残ったスタッフ達に清掃をお願いしていたようだ。

 

四人が席に着き、リアスが土地を買収したのは自分の一族であることを伝え、謝罪した。

 

リアスは俺に伝えたことと同じことを料理長に話し、すぐに土地買収を止めると言ってくれた。

 

腕組みをして固く目を閉じる料理長に俺達は固唾を飲む。

 

料理長が大きく息を吐く。

 

「俺もその話が来たときバタバタしてたから軽く流したが、そういう話だったのか」

 

料理長はウーンと唸りながら何かを考えている。

 

「いや、この店のオーナーは俺じゃなくていい」

 

予想外の答えに俺は驚く。

 

あれだけ店に情熱を燃やしていた料理長が店を手放すということだ。

 

俺は料理長の返答が不満で理由を問いただす。

 

「店の営業はこのまま続けていいんだろ?スタッフ達もそのままでいいって言うしよ。それによ、俺は根っからの料理人なんだよ。料理を作ることが楽しいし、考えるのが楽しい。その料理を食った客の笑顔を見るのが好きなんだ。そのためのグランデなんだよ。逆に金勘定してる時間が苦痛で仕方なくてよ、それを変わりにやってくれるんだったら此方からお願いしてぇよ」

 

開いた口が塞がらない、なんて頭の悪い考えなのかと呆れたが、料理に対する熱意だけは誰にも負けないことが伝わってきた。

 

「ただし、条件がある」

 

少し照れながら話していた料理長が真剣な表情でリアスに向き合う。

 

「店はこれまで通り俺の好きにやらせてもらう。損はさせねぇことを約束する。それから・・・オーナーはリアスちゃんにやってもらいてぇ」

 

料理長の返答に驚くリアス、もちろん俺とアーシアも驚いた。

 

「この店のこと考えて悩んでくれたリアスちゃんになら任せられる。この店の常連でもあるしな。この条件が飲めねぇなら俺は店を畳む」

 

こういう目をしたときの料理長は本気だ。

 

「・・・分かりました。私が責任を持って勤めさせて頂きます」

 

リアスの言葉を聞いた料理長は立ち上がり、リアスに手を差し出す。

 

「交渉成立だな!これからよろしくお願いしますオーナー!」

 

リアスも料理長と固く握手を交わす。

 

不安で一杯だった表情はいつも通り自信に満ち溢れていた。

 

(雇われ店長がオーナーに条件つけるっていいのか?)

 

俺は握手を交わす二人に一抹の不安を覚えるが、おそらくなにも考えてない二人だと苦笑いする。

 

話が纏まったことにアーシアも喜んでいた。

 

こうして俺達は店を出て歩き出した、去り際に料理長に二日後から店を再開するからよろしくと言われた。

 

「良かったですねユーさん!」

 

アーシアが満面の笑みを浮かべている。

 

「本当だよ、一時はどうなるかと思ったけど?」

 

隣を歩くリアスに意地悪してみる。

 

「だから何度も謝ったでしょ!・・・それともなにオーナー権限でクビにするわよ」

 

リアスも嬉しそうに笑っている。

 

「またユーの料理食べに行くわね」

 

俺も笑顔で頷くが、呼び方が変なので聞いてみると、特別って感じがするでしょ、と同じことを言われてしまい、項垂れるしかなかった。

 

並んで歩く三人の背中を夕日が照らしていた。




第14話更新しました。

いつの間にか前回の更新から一週間以上経ってました。
やることが多くて本当に少しずつしか書けませんが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

内容は完全な繋ぎの回でした。
フラグをバンバン立てて回収していこうと思うですが、次は誰ですかね?
こうなるとあの黒猫をどこで出すか迷いますね。
我慢出来なくなってしれっと出すかもしれません。

読んでくれた方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくれる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第15話

最近ATーXに加入してアニメを見まくってます。

第15話です。


君を抱き締める理由を探している

なにも考えずに抱き締めることが出来たなら

でも、それが今の俺と君の距離なのかもしれない

 

―〇●〇―

 

「気をつけて行っておいで。二人共ユウのこと頼んだよ」

 

黒歌を抱えながら俺達を見送る母ちゃんは先に玄関で俺を待っているリアスとアーシアに俺のことをくれぐれもと念を押していた。

 

俺は靴を履いて立ち上がると、子供じゃないんだからと言ってため息を吐く。

 

「事故って入院したり、十日以上も帰って来なかったのは何処の誰だい?」

 

全くもって正論のため、反論の余地もなく項垂れる。

 

「大丈夫ですよお義母様。私とアーシアが責任をもって面倒を見ますから」

 

面倒見るって本当に子供かよ、と言いたくなったが、同じ事の繰り返しになるのが分かっていたので、何も言わずに母ちゃんの腕の中で眠そうに目を細めている黒歌を撫でる。

 

「行ってくるからな、黒歌」

 

ニャ~と鳴き声をあげると、尻尾を振って返事をしているようだった。その姿に癒され、今日も一日頑張ろうという気持ちになる。

 

「・・・黒歌?」

 

黒歌を一撫でして振り返ると、リアスが訝しげな表情で此方を見ていた。

 

「どうかしたんですか部長さん?」

 

その様子を不思議に思ったアーシアが声を掛けるが、リアスは首を振っていた。

 

登校中にリアスから黒歌について聞かれた。

 

いつから家にいるのか?

どこで見つけたのか?

名前は誰が決めたのか?

黒歌が来てから変わったことがないか?

 

等々リアスは黒歌に興味津々のようだ。

 

「一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たりするくらいで変わったことなんてないよ」

 

俺は思い出しながら知っていることを伝え、普段の様子を話していく。

 

「黒歌ちゃんはとても良い子ですよ、頭も良いですし」

 

最近ではアーシアと一緒に居ることが多いので黒歌の様子を嬉しそうに話していた。

 

「お、お風呂!?一緒に寝る!?」

 

俺の言葉に驚いているリアスだったが、ペットと一緒に風呂に入ったり、寝たりするのはそんなにおかしいことだろうかと思う。

 

「そうなんですぅ~、黒歌ちゃんが羨ましいですぅ」

 

アーシアが頬を膨らませて訴えてくるが、君もいつの間にかベッドに潜り込んでくるだろうと苦笑いする。

 

学園に到着すると、友人を見つけたアーシアが俺達に頭を下げて走って行った。

 

「あとで時間をもらえるかしら?二人だけで話をしたいの。私の知っている黒歌について」

 

リアスから耳打ちされる。

リアスの知っている黒歌とはどういう意味だろうか?

 

「あらあら、お二人共楽しそうですわね」

 

リアスに聞き返そうとしたところ、背後から声を掛けられ、振り向くと朱乃と小猫が立っていた。

 

「昇降口でイチャイチャしないで下さい」

 

いつも笑顔を見せる朱乃とジト目を向けてくる小猫に挨拶をすると、なんの話をしていたのか聞かれたので答えようとすると、顔を真っ赤にしたリアスが間に入って誤魔化した。

 

リアスの行動に二人は首を傾げていたが、そこに木場や兵藤が加わったため、各々のクラスへ移動した。

 

―〇●〇―

 

二時限目の開始時刻に俺とリアスは旧校舎のオカルト研究部の部室に居た。

 

二時限目は選択授業で俺とリアスは朱乃とは別の授業を選択していたため、朱乃はこの場には居なかった。

 

「悪いわね、授業を欠席させてしまって」

 

そう言って紅茶を注いだカップを差し出しながらソファーに腰を降ろすリアス。

 

「大丈夫・・・それで黒歌のことって?」

 

紅茶で喉を潤すと、リアスは真剣な表情を向ける。

 

「どこから話したらいいのかしら・・・」

 

リアスは手を握って拳を作ると、その拳を口元に添えながら少し考え込むと、自分の知る黒歌について話してくれた。

 

黒歌とは冥界では超の付くほどの大物で、名のある上級悪魔の眷属として仕えていたが、その主を殺して冥界全土から指名手配されていること。

主殺しは大罪のため、何度も刺客が送られたが、その全てを退けてはぐれ悪魔として今も行方を眩ませていること。

 

はぐれ悪魔とは王である上級以上の悪魔の元を勝手に飛び出した悪魔のことで、人間界で悪事を働く悪魔の殆どがこのはぐれ悪魔だと言う。

 

ここ数年、その名を聞かなくなったが、捕らえられたという話しも聞かないため、今も冥界では血眼になり探していること。

その正体は猫又と呼ばれる妖怪で、そのなかでも最上級に位置する猫魈という存在だと言う。

 

「黒歌の強さは計り知れないわ。悪魔で言えば最上級悪魔クラスとも言われているの・・・それに」

 

俺は静かにリアスの話を聞いていると、カップの紅茶を飲み干していた。

 

リアスは一旦、席を立つと紅茶を入れ直してくれた。

 

リアスに礼を言うと、彼女はソファーに座る。

 

「それに黒歌は白音の・・・いえ、小猫の実の姉でもあるのよ」

 

リアスは何かを思い出すように目を伏せた。

 

俺は驚きの余り、目を大きく見開いた。

 

「小猫の本当の名前は白音。彼女も黒歌と同じ猫又の妖怪なのよ」

 

リアスの話は続き、小猫の過去の話しになったところで俺はリアスを止めた。

 

「リーア、今その話を君から聞くわけにはいかない。況してや塔城ちゃんの居ないこの状況でなら尚更だ」

 

俺の言葉に険しかったリアスの表情が柔らかくなる。

 

「そうね、貴方ならそういうと思ったわ」

 

その表情を見れば小猫がリアスにとってどれだけ大切な存在なのか分かる。

 

眷属や慈愛の一族という理由ではなく、本当の妹のように思っているのだろう。

 

リアスは小猫とその黒歌が離れている理由を知っているのだろう。

 

だからこそ、その黒歌の話をする時の彼女の表情が次第に険しくなっていったのだろう。

 

「・・・それで家の黒歌は本当に君の知る黒歌なのか?俺も魔力を感じられるようになったが、黒歌からは何も感じなかったぞ」

 

俺は本題を黒歌に戻すと、リアスも頭を悩ませているようだ。

 

「そこなのよ。ユーの家に居る黒歌からは全く魔力を感じなかった。以前、一緒に貴方の家に行った小猫も何も言ってなかったわ。あの子なら何かを感じるはずなんだけど・・・」

 

二人で悩むも答えが出る訳もなく紅茶を啜る。

 

「偶然が重なったと言うことかな」

 

カップをテーブルに置き、ソファーに背を預けて背伸びをする。

 

「そうね。いくら最上級クラスと言っても魔力を消すことなんて出来ないもの・・・」

 

リアスがそこまで言うと、何かを思い出したように俺を見る。

 

「そういえばユーからは魔力を感じないわね」

 

首を傾げながら、そう言うと立ち上がり、俺の隣に腰掛ける。

 

「そうなの?自分ではよく分からないけど」

 

俺の膝に手を置く彼女を横目で窺うと、妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「まだ時間もあるし、ちょっと調べてみようかしら?」

 

俺の右頬にリアスの左手が添えられ、彼女と向かい合い、首に手を回されると、美しい顔が近付いてくる。

 

唇と唇が重なり合う。

 

最初はお互いの唇を啄むように何度も唇を合わせるだけのバードキスだったが、次第に感情が昂り、口内に舌を侵入させ、舌と舌を絡ませて性感を高め合う情熱的なフレンチキスへと変わっていった。

 

腕を彼女の腰に回して身体を引き寄せると、口内の深い部分まで舌を絡めていく。

 

そこからは夢中になってお互いの唇を求めた。

 

部室内には可愛らしいリップ音から舌を絡めた際に聴こえる卑猥な水音、肩で息をする呼吸音など普段では聞こえることのない音が響き渡っていた。

 

角度を変えながらお互いの唇を貪っていると、彼女は苦しくなったのか唇を離そうとするが、俺は腰に回していた手を彼女の後頭部に移動させ、強引に口を塞ぐ。

 

驚きと苦しさで首に回していた手で俺の胸を叩くが、お構い無しに彼女の酸素を奪っていく。

 

彼女は鼻で酸素を求めるが、それだけでは足りずに俺の胸を力一杯押すと、ようやく唇が離れた。

 

「ハァハァ・・・いじわる」

 

瞳に涙を溜め、頬を紅潮させて肩で息をしている彼女がそう言い、上目遣いで俺を睨んでくるが、それは逆効果と言うものだろう。

 

その可愛らしい姿にすぐ彼女をソファーに押し倒したくなったが、今回はリアスのターンと勝手に決めていたため俺から動くことはない。

 

息を整えたリアスに両肩を押されると、俺はソファーに仰向けに寝かされる。

 

「イジワルする子にはお仕置きが必要ね」

 

そう言って笑った彼女の表情は淫猥であった。

 

リアスはよいしょ、と言って俺の腹部に腰を降ろすと、ブレザーのボタンを外し、Yシャツのボタンに手を掛ける。

 

「・・・抵抗しないのね?」

 

 

なんの動きも見せない俺に不安を感じたリアスがYシャツのボタンを外すのを止めてそう聞いてくると、俺は両手を上げる。

 

「降参だよ、好きに調べてくれ。なんなら向こうのベッドに移動しましょうか?」

 

リアスを試すように答えると、彼女はムキになってYシャツのボタンを外すのを再開する。

 

「いつまでその余裕が続くのか楽しみだわ」

 

彼女は全てのボタンを外し終え、自分の首に巻かれているリボンを外すと、俺は上げていた両手を頭の上で縛られてしまった。

 

(あらら、縛られちゃった)

 

リアスがここまでやるのは予想外だったが、彼女の拙い性の知識でどこまでやってくれるか楽しみでもあった。

 

「もう謝っても許さないから」

 

上半身を裸にされ、先程まで絡め合っていた舌が俺の首筋を這う。

 

彼女の舌使いが擽ったくて自然と笑みが溢れる。

 

彼女にはその笑みが余裕に見えたのか少しムッとして、今度は舌を這わせていた場所に吸い付いてくる。

 

「むぅ・・・意外と難しいわね」

 

何度も角度を変えて痕を残そうとするが、上手く行かずに頬を膨らませる。

 

慣れないながらも一生懸命な彼女の姿が愛らしくなり、目を細める。

 

その様子を見た彼女は俺が快楽を得ていると勘違いをしてご機嫌になり、首筋から鎖骨へ、そして胸部へと舌を這わせていく。

 

「ッ!」

 

胸部の突起を執拗に攻められ、俺は堪らずに声を出す。

 

彼女はここが攻め時と言わんばかりに、突起を甘噛みしたり、指で摘まんだりして攻め立ててくる。

 

「・・・男の子もここは感じるのね」

 

その後も胸の突起に歯を立てられたり、爪で弾かれたりしていると、快楽で男の象徴が膨らんでくる。

 

大きくなっていくソレは、やがて俺の腹部に座る彼女の臀部に接触すると、それだけでは飽き足りずに柔らかい臀部を押し上げていく。

 

「!!!」

 

リアスも下から押し上げてくるソレに気付くと、驚いた表情を見せるが、必死に冷静を装う。

 

「ふ、ふ~ん・・・」

 

明らかに動揺しているリアスだったが、俺の胸に両手を突いて身体を起こすと、事もあろうにソレに擦り合わせるように腰を前後に動かし始めた。

 

(こらこら、どこまで行く気ですか)

 

厭らしく目尻を下げながら頬を紅潮させ、だらしなく口を半開きにするリアスに俺は喉を鳴らす。

 

「こうかしら?・・・でも、こっちのほうがいいわね」

 

自分の動きを確認しながらリアスは試行錯誤を重ね、最も効率のいい動きを模索している。

 

最終的にリアスが辿り着いたのは俺のソレの上で上下に動き始めるという、男女の営みでよく見られる体位の一つであった。

 

確実にソレを刺激してくるリアスを止めようとしたが、動く度に大きく揺れる豊満な胸部に目を奪われてしまった。

 

「・・・ボタンが壊れたら面倒ね」

 

上下に動きながらブレザーを脱ぎ捨て、器用にシャツのボタンを外し始めると、白く透き通るような美しい肌と大人の色気を醸し出す紫色のブラジャーが露になる。

 

彼女の美しい肌は何度か目にしているが、ブラジャー姿のリアスを見たのは初めてだったため、我慢出来なくなる。

 

「きゃ!」

 

俺は腹筋に力を入れて起き上がると、腕を縛っていたリボンを強引に引き千切って、リアスを逆に押し倒す。

 

突然の出来事に可愛らしい声を出して驚くリアス。

 

「俺からは何もしないと決めてたけどもう無理。・・・我慢出来ない」

 

俺はリアスをお姫様抱っこすると、奥の部屋に入り、ベッドへ彼女を無造作に放り投げ、彼女の上に覆い被さり、腕をベッドに押さえ付けて、彼女のブラジャーを剥ぎ取る。

 

前にソレを目にしたときは月の光に照らされて神秘的な雰囲気を纏っていたが、いまは淫靡で男を誘うように揺れている。

 

「んっ、あっ!」

 

俺はリアスのたわわに実った女性の象徴を舐め回し、先端の突起を口に含んで舌で転がして遊ぶと、彼女は我慢出来ずに声を洩らす。

 

甘噛みしたり、歯を立てたり、痕が着くほど強く吸ったりして彼女に快楽を与え続ける。

 

放置されていたもう一つにも手を伸ばし、リアスが俺にしたように先端の突起を指で摘まんだり、爪で弾いたり、ズムッと強く押し込んだりして存分に遊ぶ。

 

自由になった腕が俺の頭に巻き付いてくる。

 

「んんっ!いぃ、あぁぁぁぁぁ!」

 

不意に彼女が大きな声を上げて腰を浮かせる。

 

リアスがどうなったのかは理解出来た。

 

本来なら一言だけでも声を掛けて上げるのが優しい男の在り方なのだろうが、俺はそんな彼女を無視して胸部を弄り続け、快楽の向こう側へ誘おうとしていた。

 

「ダ、ダメ!いっ、また!また、きちゃうから~!」

 

再びリアスが腰を浮かせて叫び声を上げると、同時に二時限目終了を告げるチャイムが室内に鳴り響く。

 

俺がリアスの様子を伺うと、肩で息をし、虚ろな目をして瞳から涙を溢し、半開きになった口からは涎を垂らしていた。

 

「えっ!?」

 

授業時間が終わったため、もう終わりと思ったのかリアスが身体を起こそうとするが、俺は彼女の肩を掴んで再びベッドに押し倒す。

 

「まだだ」

 

俺はリアスの顔に舌を這わせ、口から垂れた涎を舐めとり、太腿の奥に指を入れて粘着性のある体液を絡め取ると、彼女に見えるように顔の前で指をくっつけたり、離したりして欲情を煽っていく。

 

「こんなになってるのに止められるのか?」

 

指と指の間で糸を引くようにして彼女に見せ付けてると、糸の正体を知るリアスが顔を真っ赤にして首を左右に振る。

 

「・・・変態」

 

俺は体液の付着した指を舌で舐めると、彼女のスカートをたくし上げる。

 

ベッドに放り投げた際にスカートの裏側が背中のほうに捲れていたため、リアスから出た体液でスカートを汚すことはなかった。

 

「三時限目も欠席だな」

 

俺の言葉にリアスは全身を強張らせ、力を入れる。

 

俺は気にせずに胸部を弄りながら臀部を撫で回していくと、徐々に身体から力が抜けていくのが分かった。

 

俺は彼女の足と足の間に自分の足を入れて閉じられないようにすると、彼女の最も大事な部分を守っているソレに手を掛ける。

 

「ダ、ダメ!ここは学校!」

 

リアスは俺の頭を押さえて抵抗する。

 

「あんなに声を出してた癖になにを今更・・・それに俺のことを調べたいってリーアから始めたことだよ」

 

リアスは抵抗を続けるが、胸部の突起を強く吸うと、ビクッと身体を震わせて大人しくなる。

 

なんだか無理矢理やってるみたいだな、と苦笑いする。

 

本当はここまでするつもりはなかったが、リアスから与えられた快楽が想像以上だったため、このまま彼女にイニシアチブを取られる訳にはいかないと対抗心を燃やしていたら止まらなくなってしまった。

 

一息吐いて、手に引っ掻けていたソレを脱がそうとした時、旧校舎に近付いてくる見知った人物の気配を感じる。

 

「時間切れみたいだね」

 

俺がそう言うとリアスが固く瞑っていた目を開ける。

 

「朱乃が来るから着替えて、片付けなきゃ」

 

俺は立ち上がり、乱れていた服を着直すと、部屋から出てリアスの制服を手にして彼女に手渡す。

 

リアスは俺の変わり身の早さに唖然としていたが、俺の言った通り朱乃の気配を感じて慌てて着替える。

 

俺は汚れたシーツを片付けて、新しいシーツと交換する。

 

リアスは着替えながらなにかを言いたそうだったが俺が先手を打つ。

 

「今回で三回目かな?・・・仏の顔も三度までって諺もあるし、次は大事なもの貰うからね」

 

そう言い残して部屋を出て、洗濯物用のカゴにシーツを放り投げ、手を洗い、二人分の紅茶を淹れてソファーに腰を下ろす。

 

「リアス、ユーくん居るのですか?」

 

部室のドアを開ける前に中の様子を確認する朱乃に流石だと感心する。

 

「居るよ」

 

俺とリアスが中に居ることは気配で分かっているだろうが、俺達が何をしているかまでは朱乃にも分からない。だからこそ不測の事態に備えて先に声を掛けて中の様子を窺ってからドアを開ける。

 

(猪突猛進なリアスを長年支えられる訳だ)

 

失礼しますと言って中に入ってくると、俺一人しか居なかったのでリアスの行方を訪ねてくる。

 

「リーアなら奥の部屋に居るよ。探し物してるみたい」

 

俺は朱乃の分の紅茶を淹れて座るように促す。

 

朱乃がソファーに座って紅茶に口を付けると、奥の部屋からリアスが慌てて出てくる。

 

「あ、朱乃!ど、どうしたの!?」

 

その様子に役者にはなれないなと苦笑いして、俺は小さくため息を吐く。

 

「そんなに慌ててどうしたのですか?ユーくんから探し物をしているとお聞きしましたが?」

 

朱乃の問い掛けにバカ正直に反応して首を傾げるリアスが俺に視線を向ける。

 

俺は自分のネクタイを指差してリアスに伝える。

 

「リ、リボン!そうリボンを探してたの!」

 

胸元を押さえて必死になって訴えるリアスの迫力に頷くことしか出来ない朱乃。

 

「リボンを探していたのは分かりましたが、そのために二人で二時限目を欠席された訳ではないですよね?」

 

朱乃が俺を見て尤もな疑問を投げ掛けてくると、リアスがビクッと反応する。

 

「リーアに相談してたんだよ」

 

俺の返答に朱乃とリアスが首を傾げる。

 

そんなリアスを見て、話を合わせてくれと内心呆れるが俺は話を続ける。

 

「悪魔になったことを両親に伝えるべきか迷っててね」

 

成る程と頷く朱乃にどう思うか聞いていると、口に手を当てて、難しいですわねと言って一緒に悩んでくれた。

 

紅茶を啜りながら時間を確認すると、三時限目の開始時刻が迫っていたため、答えが出ないまま俺達は部室を後にした。

 

そういえば朱乃も俺のことをユーくんと呼ぶようになった。理由を聞くと、リアスとアーシアだけずるいと答えた。理由になっていない気がしたが、別段問題ないため好きに呼んでくれと伝えると、可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 

放課後になり、俺はリアスと朱乃と一緒にオカルト研究部の部室に向かうと、既に全員が揃っていた。

 

家に帰っても問題なかったが、バイトが始まると来れなくなるため、来れるときに来ておこうと思った。

 

俺とアーシアはやることがないため、お菓子を食べたり、雑誌を読んだりして過ごしていた。

 

やることがなくなってウトウトしていると、アーシアから声を掛けられたのでそちらを向くと、彼女が自分の太腿をポンポンと叩いていたので、お言葉に甘えて膝枕をしてもらった。

 

眠気とアーシアの太腿の気持ち良さに勝てずに俺は眠りに落ちた。

 

目を覚ますと、リアスと朱乃と小猫が部室に居た。

 

アーシアからおはようございますと声を掛けられ、返事をして身体を起こす。

 

リアスは眼鏡をかけて書類のサインをしており、朱乃はその書類を確認していた。小猫は相変わらずお菓子を食べている。

 

俺はこの場に居ない木場と兵藤のことを聞くと、二人共仕事で出ているらしい。

 

アーシアに時間を確認すると、18:00を回ったところだった。

 

「もう少しで終わるから待っててくれる?」

 

リアスにそう言われて頷くと、小猫からお菓子を渡されたのでありがたく頂く。

 

「塔城ちゃんは仕事休み?」

 

お菓子を口にしながら小猫に聞いてみる。

 

「今日はもう終わりました」

 

どんな仕事だったのか聞いてみると、夕飯を作る仕事だったらしい。

 

他にどんな仕事があるのか聞いてみると、朱乃から一枚のプリントを渡され、目を通してみると、様々な仕事が書かれていた。

 

「それはこれまで私達グレモリー眷属に寄せられた仕事の内容よ」

 

リアスにそう言われてちゃんと見てみると、家事全般を中心に女性とのデートや限定品の買い物などが多く書かれていた。

 

「なにこの一番下の語り合いって?」

 

俺はこの項目が気になり聞いてみると、リアスが苦笑いをして話してくれた。

 

なんでも兵藤の初仕事らしく依頼主と意気投合してお互い好きな漫画について一晩中語り合ったらしいが、契約を取れず帰ってきたようだ。

 

「依頼主からのアンケートは好評だったから次は上手く行くと思うわ」

 

兵藤の奴も頑張っているんだなと思っていたが、今月の契約件数は0らしい。

 

アーシアと一緒に朱乃から貸してもらったアンケートに目を通していると、リアス達の仕事が終わったらしく俺達は家路に着く。

 

学園を出るときは朱乃と小猫と一緒だったが、それぞれ家の方向が違うため途中で別れた。

 

家に着くまで三人で他愛もない話をしていると、家に着いた。

 

家の中に入ると、母ちゃんと黒歌が迎えてくれた。

 

リアスとアーシアは母ちゃんと話をしており、俺は黒歌を撫で回していると、母ちゃんから着替えて来るように言われて部屋に行く。

 

「・・・」

 

部屋を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に絶句して急いでリビングに駆け込む。

 

「か、母ちゃん!俺の部屋が物置になってます!」

 

今朝まで生活していた部屋がたった一日で物置に変わってしまったことに驚いて母ちゃんに説明を求める。

 

「そうだった。あんたの部屋交換したよ」

 

なんだその事後報告は、と叫びたくなったが、部屋の様子と母ちゃんの口振りから既に交換を終えたようなので諦める。

 

「今後は一言相談してください」

 

そう言うと、母ちゃんは了解と笑って新しい部屋を伝えてきた。

 

どんな理不尽なことがあっても母ちゃんには逆らってはならない。

 

それが菅原家の鉄の掟の一つである。

 

因みに今更ではあるが、我が家は無駄にデカい。

 

父ちゃんが富裕層向けに採算を度外視して作ったモデルルームであり、地上四階、地下三階というとんでもない建物で今風に言えば15LLLDDKKと言うもはや呪文のような間取りである。

 

地上一階は普段の生活の場で、キッチンとダイニングとリビングの他に父ちゃん達の寝室と父ちゃんの書斎兼職場がある。以前は母ちゃんの執筆用の部屋もあったが、今では空き部屋となっている。その他に物置と化した部屋と父ちゃんと母ちゃんがウォークインクローゼットとして使用している部屋がある。

 

つまり、地上一階は5LDKで家族三人で暮らすならこれだけで本来十分なのだが、この家がおかしいのはここからだ。

 

地上二階と地上三階はゲストルームとして作られており、各階五部屋づつ用意されている。一部屋十五畳の部屋が四つと三十畳を越える広さの部屋が一つという作りになっている。

 

地上四階に至っては大浴場になっており、サウナやマッサージルーム、更にはエステまでも備えられている。これらの施設には専属の人間が連絡一つでいつでも来てくれるらしい。お湯に関しても何処かの温泉から直接引っ張っているのでいつでも温泉に入れる。

 

地下一階は誰が使うのか分からない娯楽ルームがあり、ビリヤードやダーツに卓球台が設置されており、カラオケルームやシアタールームまで完備されている。

 

地下二階はジムになっていて国内の一流ジムに優るとも劣らない機器が導入されていて、マッサージやエステ同様連絡すればいつでも来てくれる専属のトレーナーまでいる。

 

地下三階は応接室になっており、バーカウンターや寿司屋のカウンターも備え付けられていて、奥にはワインセラーもある。

 

更に更に屋上もあり、床を除いた全てがガラス張りで屋根は開閉可能なため、母ちゃんの家庭菜園として使われたり、父ちゃんのゴルフの練習に使われたりしているようだ。

 

とにかく家の九割以上が使われず、宝の持ち腐れ状態のこの家で安易に部屋の交換などしてしまうと、自分の部屋がどこか分からなくなり、迷子になってしまう。

 

幸い、今回は二階のリビングを挟んだ反対側に移動しただけのため、迷子になることはなかった。

 

(あれ、ちょっと待てよ?)

 

俺は母ちゃんから伝えられた新しい部屋に疑問を持ち、足早に階段を駆け上がっていく。

 

俺は新しい部屋の前に立つと、悪い予感が的中する。

 

その部屋の扉は他の部屋の倍以上ある。

 

つまり、その部屋は三十畳を越す広さの部屋だった。

 

嘘だろと思い、扉を開けると、普段から使っている俺の学習机がそのまま移動されており、本は部屋の壁に埋め込んである本棚に同じように並べられていて、衣服もウォークインクローゼットに丁寧に仕舞われていた。

 

そこまでは予想した通りだったのでまだいい。

 

だが、俺の眼前に置かれている巨大なベッドはなんだ!

 

キングサイズのベッドの一回り、いや二回り以上あるこのベッドは!

 

しかも天蓋付!

 

俺は再び急いでリビングに駆け込む。

 

「母ちゃん!あのベッドはなんですか!?」

 

リビングに入ると、着替えを終えたリアスとアーシアが母ちゃんと一緒にキッチンに立っていた。

 

「見たかい。いいベッドだろう」

 

母ちゃんはお玉で俺を指しながら自慢気に話す。

 

「いやぁ~、みんなで寝るから大きいほうがいいっていわれたからさ、知り合いに頼んで最速で用意してもらったんだよ。高かったんだから大事に使いなよ~」

 

母ちゃんがお玉で手を叩きながらキッチンに戻っていく。

 

「ちょっと待った!誰に大きいほうがいいって言われたの!?」

 

俺はそんな事言った覚えはない、部屋が移動していることさえ、帰って来て知ったのだ。

 

「あんたが言ってたって・・・リアスから」

 

すぐにリアスの居た場所に目を向けるが、既にリアスは居なかった。

 

しかし、少しキッチンに近付くと、キッチンに隠れている彼女の紅い髪が見えた。

 

「・・・リーア?・・・怒らないから出てきなさい」

 

そう言うと、リアスがキッチンの下から可愛らしく舌を出して立ち上がる。

 

「えへへ。ごめんね」

 

目一杯可愛く振る舞うリアスだったが、取り敢えずこの怒りを爆発させないと気が済まなかった。

 

「このど畜生が!!!」

 

思い切りリアスに飛び掛かろうとしたが、襟にお玉を引っ掛けられてしまい、バタバタとのたうち回る。

 

「そういうのはベッドの上でやんな」

 

首が締まって悶絶する俺に母ちゃんが追い討ちを掛ける。

 

「二人共、今日からユウの部屋で寝ていいからね!そのために買ったベッドなんだから!」

 

二人は元気に返事をして、満面の笑みを浮かべる。

 

俺のプライバシーはどうなるのかと聞くが。

 

「なんか言ったかい?」

 

と菅原家の鉄の掟が発動した。




第15話更新しました。
第二章が終わりました。
二章を書く前はすごく短くなる予定でしたが、余計なことを一杯書いたので長くなりました。
その分ストーリーの進行が遅くなりすみませんでした。
三章はまず原作に目を通して全体の流れを掴んでから書くことになると思いますので、更新が遅くなるかもしれません。
急にやる気が出てすぐに更新するかもしれませんが。

内容の方は以前書いたような感じになってしまったので割愛させていただきます。
ただ、しばらくベッドシーンを書くことはないです。
理由は疲れるからです。
ラッキースケベ程度にしておきます。

作品を見てくれる方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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月光校舎のエクスカリバー
第16話


ルビを上部に振る方法を誰か教えて下さい。

第16話です。


君には弱い自分を見せたくなかった

君の前ではカッコいい自分でいたかった

俺を普通で居られなくするのは・・・

 

―●〇●―

 

カーテンの隙間から射し込む太陽の光が、隣で可愛らしく寝息を立てる少女の金色の髪をキラキラと照らす。

 

その美しく輝く髪を撫でてあげると、少女は気持ち良さそうに身を捩る。

 

幸せな夢でも見ているのか口角を上げている。

 

少女の髪が頬にかかり、小さな口で髪を食べている。

 

自身の髪をモグモグと咀嚼する姿はとても愛らしく、いつまでも見ていたかった。小指でその髪を取って耳にかけてあげる。

 

優しく少女の頬に触れると、手を重ねてくる。

 

特別な力を持つとされているが、目の前で眠りに着く姿はあどけなさの残る年相応の少女だった。

 

(俺の全てを賭けて、君に降りかかる悲しみを払ってみせるから)

 

少女の寝顔にそう誓いを立て、少女の手を握る。

 

「アーシアだけ可愛がるのは・・・イヤ」

 

背後から熱の籠った艶かしい声が鼓膜を通して脳内に響き渡り、胸に手を回され、背中から抱き締められる。

 

「おはよう、リーア」

 

リアスが家に住み始めてから一週間。朝の目覚めが刺激的になった。

 

彼女が裸でなければ眠れないとは知っていたが、下宿初日から全裸でベッドに潜り込んでくるとは思わなかった。

 

そんなリアスを見たアーシアが、自分も裸になると言ってパジャマを脱ぎ出した時は大騒ぎになった。

 

なんとかアーシアにパジャマを着るように説得を試みるが、なかなか聞き入れてもらえず、逆にアーシアからこれから毎日一緒に寝てくれるならと条件を出されてしまい、現状を打破するためには承諾するしかなかった。

 

いくら母ちゃんから一緒に寝るように言われていても、俺から直接了解をもらっていないことが不安だったようで、俺の返事を聞くと弾けるような笑顔を見せた。

 

リアスからアーシアには甘いのね、と言われて納得する自分がいた。

 

リアスには積極的になれるのだが、アーシアに対してはどうにも甘くなってしまうことは、前々から感じていた。

 

決してそれが悪いことだとは思わないが、リアスや朱乃の影響を受けて大胆になっていくアーシアにどう対応すれば良いのか分からなくなることがあるのも事実だった。

 

「兵藤のトレーニングに付き合う時間じゃないのか?」

 

以前アーシアと買い出しに出掛けた時に公園でトレーニングするリアスと兵藤を見掛けたが、あの日以降も続けているようだ。

 

「まだ大丈夫よ。それに私が居なくてもあの子はサボったりしないわ」

 

彼女の足が身体に絡み付いてくる。

 

俺も寝るときはTシャツにパンツだけというラフな格好のため、彼女のスベスベとした足がとても気持ち良かった。

 

彼女に手を引かれ、アーシアの方を向いていた身体がリアスと向かい合う。

 

何度目にしても見飽きることのない美しく裸体だが、こう毎日見せられれば慣れてくるというものだ。

 

「信頼してるんだな」

 

俺はリアスの首と背中に腕を回して、彼女を引き寄せるように抱き締める。

 

この行動も日課のようなもので、こうしないとリアスが離してくれないのだ。

 

「可愛い眷属だもの・・・それに」

 

腰に腕を回しながら、胸に頭を預けてくる。

 

彼女の紅の髪から香る清潔感のある匂いが俺の鼻腔を擽る。

 

「・・・それに一誠にも貴方という目標が出来たみたいだし」

 

そう言われて首を傾げる俺にリアスは笑いながら話してくれた。

 

自分の敵わなかったライザーを相手にボロボロになりながらもリアスを救った俺の姿を見て、自分もああいう男になりたいと彼女に宣言したらしい。

 

兵藤も将来は上級悪魔となり、自分の眷属を持つことが夢らしい。

 

学園ではバカでスケベと評判の兵藤も、夢に向かって努力しているんだなと思って嬉しくなった。

 

「可愛い女の子をたくさん眷属にして、ハーレム王になるんだって張り切っていたもの」

 

・・・前言撤回。

 

やっぱりあいつは只のバカでスケベなだけの男だった。

 

「そのバカの夢のために、早くトレーニングに付き合ってやった方がいいんじゃないのか?」

 

俺は呆れて、リアスから離れるようにベッドに横になって目を瞑る。

 

「・・・他の男のところに行こうとしてるのに、止めてくれないの?」

 

身体に重みを感じて目を開けると、潤んだ瞳で上から俺の顔を覗き込むリアスが居た。

 

俺は肘で身体を支え、少しだけ背中を浮かして彼女の頬に口付けする。

 

「・・・待ってるから」

 

唇への口付けでなかったことに少し不満に感じているようだが、渋々納得して自室へ戻っていった。

 

リアスを見送ると、片膝を抱えて背中を丸める。

 

彼女が俺に好意を寄せているのは誰が見ても明らかだろう。

 

では、俺のリアスに対する感情はなんなのだろうか?

 

友情?

恋愛感情?

はたまた彼女の婚約を台無しにした罪悪感?

それともただ彼女の身体を求めるだけの欲求?

 

リアスとは始めて逢った時から気の合う友人で、彼女のような美しい女性に好意を持たれていることは男としてとても誇らしく思うし、あの極上の身体を欲望のままに犯し尽くして、俺なしでは生きられない身体にしてやりたいと黒い感情が湧いてくることもある。

 

その一方で彼女の家族に対する罪悪感をいつも感じている自分がいる。

 

俺が彼女を連れ去った後、彼女の家族が今回の騒動を収めるためにどれだけ苦労したかは想像に難しくない。

 

名門と言われる家同士の婚約なら尚更だろう。

 

最悪、リアスの実家が改易されてもおかしくはないほどの事案だろう。

 

リアスと一緒に居ると、どうしてもその事が頭を過る。

 

彼女には大人ぶった態度を取ったり、強気な言葉で揶揄ったりしているが、最後のところで尻込みしているのは俺の方だ。

 

彼女はいつも真っ直ぐに俺への気持ちを伝えてくれるのに、俺は色んなことを言い訳にして逃げているだけではないだろうか。

 

隣で眠る金色の髪の少女を見つめながら、俺は自分を軽蔑する。

 

(結局、どちらにも嫌われたくないってことか。最低だな俺は)

 

二人のうち一人を選べば、当然もう一人は俺から離れていくことになる。

 

いずれ確実に訪れる未来の別れを思い浮かべて、膝に顔を埋める。

 

「・・・ユーさん?」

 

膝を抱えている俺に目を覚ましたアーシアが声を掛けてくる。

 

その声色はまだ眠たそうで、見てはいないが、目を擦っているだろう。

 

「おはよう、アーシア」

 

彼女に向き合い、背中に手を回して、優しく抱き締める。

 

「・・・大丈夫ですよ、ユーさん」

 

突然抱き締めたにも関わらず、驚きもせず、何も聞かず、諭すように抱き締め返してくれるアーシア。

 

彼女の優しさが心に染みる。

 

「ありがとう、ごめんね」

 

ゆっくり彼女から身体を離すと、穏やかな笑みを浮かべながら、首を左右に振っていた。

 

「・・・私がユーさんにしてあげられることは、こんなことくらいしかありませんから」

 

そう言って笑うアーシア。

そんなことはない、俺が君にどれだけ助けられてきたか、君が俺の心をどれだけ癒してくれたか、君は知らないだろう。

 

自然とお互いの視線が交わり、どちらともなく顔を近づけていく。

 

「ニャ~」

 

唇と唇があと僅かで触れるという時に黒歌の鳴き声が広い室内に響く。

 

二人の間に微妙な空気が流れる。

 

なんというタイミングだ、本当に俺達がなにをしようとしていたかわかっていたのではと疑ってしまう。

 

俺は頭を掻きながら黒歌を撫でてあげると、アーシアも苦笑いをして黒歌を抱き上げて自室に戻って行った。

 

俺も時間を確認して着替えを始める。

 

準備を整えてリビングに入ると、リアスが戻ってきており、母ちゃんと一緒に朝食の用意をしていた。

 

キッチンの二人と既にテーブルに座っている父ちゃんに挨拶をすると、黒歌を抱いたアーシアがリビングに入ってきて朝食の準備を手伝い始める。

 

「お義母様、今日は部活動で遅くなりますので申し訳ありませんが、夕食の準備を手伝うことは出来ません」

 

食卓を囲みながら珍しくリアスが母ちゃんにそう告げる。

 

いつもなら授業が終わると、部室に顔を出して眷属達に指示をしてから一緒に帰宅して、夜に再び部室に向かうのだが、今日は帰宅する時間も遅いらしい。

 

俺も今日はバイトがあるため部活には出れない。

 

余談だが、週二回だったシフトが週四回になったので、アーシアが休みの日もバイトに入っている。

 

朝食を終えて、母ちゃんと黒歌に見送られながら俺達は家を出て学校へ向かう。

 

登校中にアーシアがリアスに今日の部活の活動について質問すると、先日のライザーとのレーティングゲームの反省会をすると言っていた。

 

アーシアも特に予定がなかったので参加するようだが、部室のある旧校舎が使い魔たちによる月に一度の大掃除のため、兵藤の家に集まるということだった。

 

「出来れば貴方に参加してもらって意見を聞きたかったけど、バイトがあるから仕方ないわね」

 

リアスはそう言うが、ゲームのことはよく知らないので役に立たないだろう。

 

―●〇●―

 

放課後になり、リアスと朱乃に挨拶して俺はバイトに向かった。

 

グランデでは既にディナーの下準備が進められており、俺も着替えて厨房に立つ。

 

店を再開してから一層客足が伸びたようで、俺を含めたスタッフ達は営業が終わると疲れ果てていたが、料理長だけは元気が有り余っており、本当に同じ人間かと疑ってしまう。

 

俺に限っては人間ではないのだが・・・

 

そんな料理長は店を閉めてスタッフ達が帰った後も厨房に立ち、新作メニューの開発や既存のメニューの改良に精を出していたため、店の評判が上がり、常連客の間では近々ミシュランの星を獲るのではないかと噂されている。

 

「料理長は星を獲りたいとか思わないんですか?」

 

店の営業が終わり、着替えを済ませて厨房に行くと、食材を目の前にして考え込む料理長が居たので不躾にそう聞いてみた。

 

「なんだ藪から棒に?」

 

なんとなく聞いたことなので、俺の方が考え込んでしまった。

 

「星か・・・興味ねぇことはねぇかな」

 

食材を洗いながらそう答える料理長の話に耳を傾ける。

 

「料理人の中には星を獲るため生涯を賭ける奴もいる。名誉のためだったり、金のためだったり、夢ってのもあるな」

 

話ながらも食材を切り分けていくが、流石の包丁捌きに目を奪われる。

 

「そのためだけに特別な食材を使ったり、特殊な調理器具を使ったりする料理人も多い」

 

賽の目に切り揃えられた食材がフライパンの中で踊る。

 

「でも俺はやらねぇ・・・勿論、星を獲れば店は今以上に繁盛するだろうが、俺はいま来てくれる常連の客を大事にしてぇ」

 

フライパンの中の食材が塩や胡椒、オリーブオイルなどで味が整えられていく。

 

「気軽に足を運んで、気軽に旨い料理が食える店にしたいから、グランデでは予約も受け付けてねぇ」

 

色鮮やかな食材がフライパンから皿に盛られていき、その皿を俺の前に置く。

 

食ってみろと、目で合図され、俺は料理を口にする。

 

(・・・う、うめぇ!なんだこりゃ!?」

 

味付けは塩と胡椒、オリーブオイルだけの極めてシンプルな品であったが、野菜のシャキシャキとした食感とさっと火の通ったアボカドがねっとりして舌に絡み付いてくる。

 

(・・・こいつは鮪か!?)

 

外はカリっとしていて、噛むとジュワっと口の中に広がる鮪の風味が極上のハーモニーを奏でる。

 

正に至極の一皿であり、とてもフライパン一つで作ったとは思えない一品だった。

 

「・・・その皿に名前はねぇ。だが、その料理が俺の答えだ」

 

俺は夢中になってその皿を平らげる。

 

「どこでも手に入る食材でフライパン一つ、鍋一つで誰でも気軽に真似できる料理で客の舌を唸らせる。また食べに来たいと思わせるために努力する・・・そこに星がついてくるならそれだけのことだ」

 

なんてカッコいいおっさんだと惚れ惚れする。

 

「お前も将来自分の店持ちたいんだろ?」

 

俺は料理長の問いに頷く。

 

「だったらよく食って、よく寝て、よく勉強して、よく遊んで、適当に世間の厳しさを知って、今しか磨けない感性ってやつを磨くんだな。そいつは必ず将来のお前の料理に活かされるだろうよ」

 

カッコいい男の金言を胸にしっかりと刻み込む。

 

「・・・そして俺になれ!」

 

・・・・・・

 

「お疲れ様で~す」

 

自信満々に胸を張る料理長にさっさと挨拶して店を出る。

 

後ろで料理長がなにか叫んでいるが無視した。

 

どうして最後まで我慢出来ないかな、と呆れて帰路に着いた。

 

―●〇●―

 

「なんじゃこりゃ!?」

 

家に帰ると、俺の昔のアルバムやらDVDやらが床に広げられ、リアスとアーシアが盛り上がっていた。

 

二人に迎えられて何事かと聞くと、兵藤の家で幼少期のアルバムを見てきたらしく、リアスが俺の小さい頃が気になると言ったので、母ちゃんがまた引っ張り出したらしい。

 

「本当に可愛いわ~、息子にしたいくらいよ!」

 

リアスが恍惚とした表情でそう言い、DVDに夢中になっている。

 

「本当に何度見ても癒されますぅ~」

 

アーシアもアルバムに写る俺を撫でながらうっとりとしている。

 

「二人共!ユウと一緒になれば、もれなく可愛い子供が付いてくるよ!」

 

一冊のアルバムを手にしながら母ちゃんが奥の部屋から出てくると、爆弾を投下して見事に二人のところで爆発する。

 

なんだか凄く嫌な予感がしたので着替えて来ようと思ったが、母ちゃんの手に握られているアルバムを目にして足を止める。

 

そのアルバムの表紙にはマル秘の文字が大きく書かれていた。

 

「母ちゃん?・・・それは何のアルバムですか?」

 

俺も目にしたことのないアルバムを指差すと、母ちゃんはニヒヒと怪しい笑い声を出してる。

 

「見よ二人共!これがユウの産まれたばかりの姿よ!」

 

・・・どれだけ大層なアルバムかと思えば、赤ん坊の頃の写真かと胸を撫で下ろす。

 

「うおぉ!」

 

安心してテーブルに寄り掛かっていると、椅子に座ってアルバムを見ていたアーシアが物凄い勢いで母ちゃんのところへ駆け出していって、アルバムが開くのを心待ちにしていた。

 

DVDを見ていたはずのリアスもアーシア同様、母ちゃんの隣で目を輝かせていた。

 

母ちゃんがカウントダウンと共にアルバムを開くと、二人から黄色い歓声が響き渡り、目をキラキラさせてアルバムを見ていた。

 

これは当分終わらないと感じて、足に擦り寄る黒歌を抱いて風呂に入り、ベッドに横になった。

 

明日の朝にはいつも通り二人が横に寝ているだろうと思うが、久しぶりにベッドに一人で横になる。

 

俺が意識を手放すまで二人が部屋に来ることはなかった。

 

―●〇●―

 

「オーライ、オーライ」

 

兵藤が手を広げながら、周りに合図をしてグローブでボールをキャッチしている。

 

俺達は数日後に行われる球技大会の練習に勤しんでいる。

 

なにが悲しくてこんな天気の良い日に外に居なければならないのか?

 

そもそも俺達は悪魔なんだから、天気の良い昼間は室内で涼んでいるのが普通だろうと、ベンチに座りながら不貞腐れている。

 

「いいわよ一誠!次、ユーの番よ!」

 

リアスがバットで俺を指すと、そう言って守備に着くように言ってくる。

 

「リーア、トイレに行ってきます」

 

リアスに呼ばれると同時に俺はグランドから出ていく。

 

「ちょ、ちょっとユー!球技大会は部活対抗なんだから!・・・もうっ!」

 

俺は時間を潰すためにブラブラと中庭を歩いていると、見覚えのある生徒達が球技大会の練習に汗を流していた。

 

「そーちゃん、つーちゃん。精が出ますね」

 

中庭のベンチに座り、飲み物を口にしながら彼女達に話し掛ける。

 

「あら、菅原君。オカ研ならグランドで練習していたはずですが?」

 

蒼那が眼鏡を外してタオルで汗を拭きながら、此方に歩いてくる。

 

普段の蒼那も素敵だが、眼鏡を外した彼女もとても魅力的であり、さすが学園の二大お姉様と呼ばれるオカ研の二人に優るとも劣らない人気を誇っていると思う。

 

「部活対抗って聞いたからね。最大のライバルになりそうな生徒会の偵察に来たんだよ」

 

俺の言葉に余裕の笑みを見せて、参考になれば良いですね、と言ってカゴからドリンクを取り出して喉を潤す。

 

「なに!?オカ研のスパイ!?」

 

俺と蒼那が話をしていると、大きな声を出して明らかに喧嘩腰の男子生徒が足早に此方に近付いてくる。

 

「初めましてじゃないすけど先輩は覚えてないと思うんで、生徒会二年の匙 元士郎っす!ソーナ・シトリー様の『兵士』やってます!」

 

ポカンと口を開けて、彼を指差して隣の蒼那を見ると、額に青筋を立てながら、拳骨を握る蒼那がいた。

 

「そーちゃん。こんな所でこんな事言ってますけど、大丈夫?」

 

蒼那は大声で彼の名前を呼ぶと、頭部に愛のムチをお見舞いして、蹲る彼の襟を掴んでズルズルと引き摺って何処かに消えて行った。

 

さらば梶くん・・・咲くんだっけ?

 

俺は彼のその姿に静かに合掌する。

 

「すみません菅原君。うちの匙が失礼な態度を取ってしまって、会長に代わって謝罪します」

 

椿姫がそう言って頭を下げて来たので、気にしてない、と言って頭を上げさせる。

 

「うちの偵察と言うことですが、オカ研の方は順調なのですか?」

 

椿姫は俺を気使いながら、オカ研の情報を聞き出そうとしてくる。

 

さすがあの蒼那の右腕だ、と目を細めて感心する。

 

「順調も順調だから覚悟してたほうがいいよ」

 

俺以外はね、と言って中庭を後にしてグランドに戻る。

 

グランドでは相変わらずオカ研の連中が練習に励んでいた。

 

「おーい木場!行ったぞー!」

 

兵藤が木場の心配をしていたが、お前の百倍しっかりしている木場の心配をするのは百年早いのではないかと思う。

 

だが、予想に反して木場のところに飛んだボールは彼のグローブに収まることはなく、頭部に直撃して後方に転がっていく。

 

俺はその様子を見て首を傾げる。

 

「祐斗!練習だからって気を抜かないの!」

 

木場はそのままグランドを出ていってしまい、リアスが大声で呼び掛けるも聞こえていないようだった。

 

木場のことは心配だが、それよりもリアスの気合いが凄まじく、あのアーシアにさえ容赦がない。

 

「ふふふ、ライザー様との一戦以来、リアスの勝負事に対する熱の入れようは凄いですわね」

 

ベンチに座りながら、空いている席をポンポンと叩いて手招きする朱乃。

 

成る程、余程ゲームとやらでライザーに負けたのが悔しかったらしく、今後行われる勝負事はどんな些細なものでも全て勝つつもりのようだ。

 

その鬼気迫る姿に苦笑いを浮かべる。

 

「でも・・・リアスが熱を入れているのは勝負事だけではありませんわよ」

 

朱乃が妖しく微笑むと、俺の肩に手を置き、耳に口を寄せて囁くように話す。

 

「最近リアスったら恋愛のマニュアル本を読んでいるんですのよ・・・誰かさんのために」

 

俺を揶揄かうようにSっ気のある笑みを見せる朱乃。

 

このまま朱乃のおもちゃになるのは癪なので、彼女の対抗心を煽ってみる。

 

「それは楽しみ。リーアとの仲がより一層深まってしまう」

 

朱乃はなにかとリアスに対抗心を燃やしており、朱乃を煽るにはリアスを引き合いに出すのが一番なのだ。

 

俺がそう言うと、彼女は思い通りの展開にならなかったのが悔しかったようで、プゥッと頬を膨らませる。

 

(悔しがってる、悔しがってる。可愛いね~)

 

それでも諦めない朱乃は、どうしても俺を動揺させたいらしく更に俺に詰め寄ってくる。

 

「では、私がマニュアル本を読んだら相手をして頂けますか?」

 

リアス以上と噂される豊満な胸部を惜しげもなく俺の腕に押し付けながら、物欲しそうな表情をしている。

 

「それはその時に考えるよ」

 

俺は立ち上がって朱乃の頭をポンポンと撫でて、リアスの声を掛けて練習に参加する。

 

グラウンドではリアスの地獄の扱きを受けたアーシアが涙目になっていた。

 

意気揚々と練習に参加した俺だったが、五分と持たずに逃げ出して、リアスの指示を受けた小猫から学園中を追いかけ回されることになる。




第16話更新しました。

投稿を始めた頃の更新頻度を見て驚きました。
週に二回更新してた時期もあったんですねビックリです。
やはり原作を読んでいるのと読んでいないのとでは全然違いますね。
という訳で今後も原作を読みながら更新していきたいと思います。

内容のほうは最後に少しだけストーリーが進んだ感じですかね。
次話からはサクサク進んで行きたいと思います。

読んでくださる方、コメントをくれた方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第17話

皆様のアドバイスのお陰でルビの振り方が分かりました。

第17話です。


答えなど、どこにもない

誰も教えてくれない

だから、探し続けるんだ

 

―〇●〇―

 

球技大会の特訓に精を出す毎日を送っていたある日の昼休みにリアスと朱乃から話があるからオカ研の部室まで来て欲しい、と言われて素直に付いていく。

 

部室に入ると、アーシアや小猫といった他の部員達も既に揃っており、最近様子のおかしかった木場も参加していた。

 

「部長、今日は何で呼ばれたんすか?」

 

兵藤がリアスに集合した理由を聞いており、俺も知りたかった。

 

「もう少ししたら来ると思うから待ってて」

 

誰が?と問い掛けようとした時、部室のドアがノックされ、リアスが返事をすると、蒼那と椿姫、そして匙?が入ってきた。

 

「せ、生徒会長・・・?」

 

蒼那達の登場に驚いて、他の部員達を視線を送る兵藤。

 

「生徒会長である支取蒼那様の真実の名はソーナ・シトリー様。リアス部長と同じ上級悪魔であり、七十二柱の一つ、名門シトリー家の次期当主でもあらせられる御方です」

 

朱乃から蒼那達の正体を聞いた兵藤の絶叫が室内に響き渡る。

 

なんで知らなかったんだよ、気配で分かるだろうし、リアスの結婚式にも居ただろ。

 

それにしても次期当主とは、蒼那が名門一族の出身であることは知っていたが、リアスと同じ立場にあることは知らなかった。

 

蒼那達が部室にやって来た理由は、お互い新しく眷属に加わった兵藤と匙の顔見せが目的のようだ。

 

匙がアーシアに話し掛けると、兵藤が怒り狂って二人で口論を始めるが、リアスと蒼那の両キングによって黙らされていた。

 

肩を落とす二人を尻目に、蒼那と椿姫から生徒会の本当の存在意義と主な活動内容が語られ、俺は納得する。

 

(大雑把なリーアにしては上手く学園運営をしていると思ったが、蒼那が管理していたのか)

 

てっきり朱乃辺りがその大任を担っていると思っていたが、蒼那や椿姫達の生徒会なら適任だろう。

 

管理能力でいえば蒼那はリアスよりも一歩も二歩も先を行っている。

 

(本当にリーアで大丈夫なのかグレモリー家は?)

 

何故か自信満々に胸を張るリアスを見てそう感じてしまった。

 

「ここには来ていない生徒会のメンバー達も悪魔ですので以後お見知りおきを」

 

そう言って頭を下げる椿姫だったが、またしても隣の匙が余計な一言を口走って、それに兵藤が反応していがみ合っていた。

 

そんな匙に蒼那の愛のムチが炸裂して、椿姫が襟を持って引き摺っていく。

 

「次は球技大会で会いましょう、リアス」

 

その表情は自信に満ち溢れていた。

 

「負けないわよ、ソーナ」

 

そう返すリアスにまた地獄の特訓が始まるのかと項垂れる。

 

―●〇●―

 

「これで終わりよソーナ!」

 

リアスが縦78ft×横27ftのテニスコートの半面を縦横無尽に走り回るたびに、彼女の自慢の胸部が揺れ、テニスウエアのスカートの裾が靡き、美しく肉付きの良い太腿がチラチラと見え隠れする。

 

「甘いですよリアス!」

 

対戦相手である蒼那も負けじと対抗して、スカートが揺れるのを気にも掛けずテニスに没頭している。

 

白熱したラリーよりも時折顔を出す彼女達の白磁のような透き通った太腿に大歓声が上がる。

 

「頑張って下さい、部長さん!」

 

一緒に観戦していたアーシアが一生懸命にリアスを応援している。

 

彼女にとっては初めての体験のためその表情はハツラツとしていた。

 

「うふふ、上級悪魔同士の戦いがこんなところで見られるなんて素敵ですわ」

 

朱乃が愉快そうに笑っているが、なにか違う気がする。

 

ギャラリーから大歓声を受けてラリーは激しさを増して行き、完全に二人だけの世界に入ってしまっているため、打ち返す度に恥ずかしい技名を叫んでいた。

 

魔力こそ使っていないものの、テニスボールがあり得ない速度でコートに突き刺さったり、不可解な変化をしていた。

 

(二人共、ここが学校ってことを忘れるなよ)

 

最終的に二人の力に耐えられず、ラケットが折れてしまい、両者優勝ということでこの勝負は幕を閉じた。

 

―〇●〇―

 

「・・・なにこれ?」

 

クラス対抗戦が終わり、部活対抗戦が始まると俺は四角いコートの中に立っていた。

 

(野球の練習をしていたのになんでドッジボールのコートに立っているんだ?)

 

現状を把握出来ずにいると、相手チームやギャラリーから物騒な声が聞こえてくる。

 

「ユーさん!頑張りましょう!」

 

いつの間にかブルマに着替えていたアーシアが気合いの入った表情をしている。

 

聞けばクラスメイトからブルマを履けば俺が喜ぶと言われて着替えていたらしい。

 

可愛いよと伝えて上げると、アーシアは喜んでいたが、周りから視線は更にキツくなり、嫉妬ややっかみの声が大きくなった。

 

(おい兵藤。お前は同じチームだろうが)

 

ギャラリーに便乗して文句を言っていた兵藤だったが、リアスから頑張ったらご褒美をあげると言われて目に炎を宿すほど気合いを入れていた。

 

試合は案の定、俺と兵藤が真っ先に標的にされたが、動く度に揺れるアーシアの胸や太腿にギャラリーが湧いていたのを見て、頭にきたので少しだけ力を入れてボールをギャラリーの方に投げ込むと、地面にちょっとしたクレーターが出来た。

 

その様子にギャラリーは静かになったが、リアスからお説教を受けてしまい、わざとボールに当たって外野でしゃがみ込んで不貞腐れていた。

 

木の枝で地面にお絵描きしていると、アーシアもボールに当たってしまったらしく残念そうに隣に立っていた。

 

因みに木場は早々にアウトになって外野でずっと空を眺めていた。

 

コートの中では兵藤が必死にボールを避けていたが、アーシアの声援に気を取られてしまい、股間にボールが直撃して保健室に運び込まれていった。

 

リアスは可愛い下僕がやられたことに闘志を燃やし、朱乃は大変ですわ、と言いながらもいつも通り笑っており、小猫は呆れていた。

 

唯一アーシアだけが心配をしていたが、兵藤から大丈夫と言われたためホッと胸を撫で下ろしていた。

 

こうして試合は少しだけ本気を出したオカルト研究部の勝利に終わった。

 

兵藤の遺伝子というかけがえのないものを犠牲にして。

 

―〇●〇―

 

球技大会はオカルト研究部の優勝で幕を閉じた。

 

結局、リタイヤしていた兵藤も復帰して優勝を決めたところで雨が本降りになってきたため、表彰式は後日となり、その場で解散となった。

 

俺達はオカルト研究部の部室に集まって今日の疲れを癒していた。

 

[パン!]

 

雨が窓を叩く音とは別に、渇いた音が室内に響いた。

 

俺がアーシアに膝枕をしてもらい、ソファーに横になっていると、険しい表情をしたリアスが木場の頬を平手打ちした。

 

「少しは目が覚めたかしら?」

 

そんな二人の険悪な雰囲気にアーシアと兵藤はどうしたらいいか分からずに戸惑っていたが、朱乃と小猫は少し悲しそうな表情を浮かべていた。

 

頬を張られた木場だったが、無表情でまるで自分には関係ないと言わんばかりに無言を貫いていた。

 

(数日前から様子がおかしいとは思っていたが、これは本格的になにかあったな)

 

俺は二人の様子を窺いながら、いつから木場の様子がおかしくなったか思い出していた。

 

「・・・もういいですか?・・・疲れているんです・・・球技大会も終わったのでお先に失礼します」

 

急にニコニコと笑顔を見せ始めたと思ったらそのまま部室を出ていこうとする。

 

「木場、お前は最近変だぞ?」

 

怒鳴るリアスを横目に兵藤が木場に駆け寄る。

 

「君には関係ないことだよ」

 

心配する兵藤を軽くあしらう木場の表情は俺が目にしたことのない程冷たいものだった。

 

「そんなこと言うなよ、俺達仲間だろ?」

 

ここで引いておけばいいものを、これ以上突っ込むと録なことにはならないと思うが、兵藤にはそれが分からないようだ。

 

「仲間?・・・君は僕の何を知っているって言うんだい?」

 

木場の瞳から光が消え、別の何かが宿るのを感じた。

 

そんな木場の迫力に尻込みする兵藤だったが、なぜか俺にはこちらの木場の方がしっくりきた。

 

二人のやり取りを見かねたリアスが間に入ろうと、一歩前に出ようとするのを俺が止めた。

 

リアスが不思議な表情をしているが、俺はただ首を振る。

 

いま二人を止めてしまえば、二度とこの場所に木場が戻って来ることはないと思ってしまった。

 

「では君は僕がなんのために戦っているか知っているかい?」

 

木場の濁った瞳が兵藤を捉えると、整った彼の顔が醜く歪んでいく。

 

「なんのためって、部長のためじゃないのか?」

 

こんな木場は見たことがない。

 

朱乃や小猫も心配そうに二人を見つめている。

 

アーシアも俺の腕に縋り付き、身体を震わせている。

 

「部長のため?・・・違うよ。僕は復讐のために生きている。聖剣エクスカリバー・・・それを破壊することこそ僕の戦う意味だ」

 

そう言い残して木場は部室を出ていった。

 

俺はその時理解した。

 

(憎しみ。木場の瞳に宿っていたのは深い憎しみだ)

 

【聖剣エクスカリバー】

 

約束された勝利の剣の異名を持ち、アーサー王伝説に登場する、アーサー王自らが所持したとされる聖王の象徴とも言われる伝説の剣。

 

そんなものまで存在していることにも驚きだが、木場とどんな関係があると言うのだろうか?

 

あれほど憎しみを宿すとなるとただ事ではない。

 

「ユー!なんで止めたのよ!」

 

リアスが俺に詰め寄ってくる。先程自分が間に入ろうとしたのに止められたのが納得いかなかったようだ。

 

「なんでって、眷属同士の口喧嘩だろ?殴り合いの喧嘩でもあるまいし、わざわざ王であるリーアが口を挟む程のことでもないだろ?」

 

それでも納得がいかないと譲らないリアス。これが彼女の悪いところでもある。

 

公爵家という温室でなに不自由なく育ったが故か、自分の眷属に限ってあり得ないと思い込みたいのか、はたまた彼女の性格がそうさせるのかは知らないが、リアスには王として決定的な弱点がある。

 

それは視野が極端に狭いことだ。

 

古来より人間界では『清濁合わせ呑む者こそ真の王なり』という言葉がある通り、上の立場に立つ者であれば善悪を区別することなく公平に物事を受け入れるだけの度量を持ち合わせなければならない。

 

だが今のリアスにはそれがない。

 

甘言ばかりを受け入れ、苦言には耳を貸そうともしない。

 

故に自分の考えと違う行動を取る木場や自分の意に反することをした俺のことが許せないのだ。

 

「確かに木場は君の眷属、リーアのために全て捧げる立場にあるだろう。でも、彼とて一人の人間・・・いや転生悪魔だ。自分の考えがあっても良いんじゃないのか?」

 

拳を握り締めながら俯くリアス。

 

俺の言葉に想うところがあるようだが、それでもまだ折れることがないようだ。

 

「木場だって自分の立場を理解しているはずだ。それでも譲らないということは彼にとって王である君と同じくらい大事なことがあるんじゃないのか?」

 

リアスが顔を上げると、その美しい蒼玉の瞳から涙を溢していた。

 

「その結果・・・祐斗が死んだとしても貴方は同じことが言えるの?」

 

リアスから発せられた予想外の言葉に俺は目を見開く。

 

つまり木場はそれだけ危険なことに足を突っ込んでいる。

 

そしてリアスには、木場の置かれている状況に心当たりがあるということだ。

 

俺はリアスの頭に優しく手を置き、自分の胸へと引き寄せる。

 

「・・・そうさせないための王であり、眷属達であり、オカルト研究部だろ?」

 

リアスはハッとして俺の顔を見上げる。

 

俺は彼女の肩を掴み、クルッと180度反転させて他の眷属達の顔が見えるようにしてあげると、力強く頷くみんながいた。

 

「全て一人で抱える必要はない。君にはこんなにも心強い仲間がいる」

 

背中を軽く押して上げると、眷属達を見て頷き、振り返って俺を見る。

 

「ありがとうユー。また間違えるところだったわ」

 

彼女の瞳は先程とは違い、強い決意が窺えた。

 

そのリアスの姿に安堵して一息吐いていると、朱乃が紅茶を淹れてくれたのでソファーに座る。

 

目下の問題は木場が何故あのような態度を取るようになったのかと言うことだ。

 

「それで木場の様子が変わったのはいつからなんだ?」

 

俺の知る限りでは、球技大会の練習を始めた辺りから様子がおかしかった。

 

「おそらく一誠の家でライザー戦の反省会をした時からよ」

 

朱乃と小猫もその言葉に頷くが、アーシアと兵藤は何も変わったことはなかったと首を傾げる。

 

「ところで一誠・・・貴方のお身内にクリスチャンはいるかしら?」

 

兵藤は即座に否定するが、なにかを思い出したように声を出すと、少し考えてから話を始めた。

 

幼少期に隣の家に住んでいた幼馴染の男の子の両親が敬虔なクリスチャンであり、休日によく教会へ連れて行ってもらっていたこと、その家族はすぐに海外へ引っ越してしまったため、それ以来会うこともなかったこと。

 

「・・・そう。だからこんな写真があったのね」

 

リアスがテーブルに一枚の写真を置く。

 

その写真には兵藤と思われる子供と両親、そして兵藤の話に出てきた幼馴染の男の子とその両親が写っていた。

 

兵藤は何故リアスがこの写真を持っているかと狼狽えていたが、俺は幼馴染の少年の手に握られているものを見て眉間に皺を寄せる。

 

「・・・リーア、まさかこれが?」

 

リアスが静かに頷く。なんだか伝説の聖剣にしては作りが雑なような気がする。

 

「聖剣の一つね。エクスカリバー程ではないけれど、紛れもない聖剣だわ」

 

まさかこんなところで伝説の聖・・・ん?

そこまで言ってあることに気がつく。

 

「・・・リーア?・・・聖剣は一振りではないのか?」

 

まるで複数あるような言い方をするリアス。

伝説と謳われる聖剣がそう何本もあってはたまったものではない。

 

リアスの話では、元々一本であった聖剣エクスカリバーは先の三大勢力による三つ巴の大戦で破壊されてしまい、四散したエクスカリバーの破片を拾い集めて、錬金術により新たに七本が作られたらしい。

 

(まるでハリボテの聖剣だな・・・実物を見たことはないが、約束された勝利の剣には遠く及ばないだろうな)

 

それでも悪魔にとっては最大の武器であることは確かで、触れるだけでその身を焦がし、斬り付けられでもすれば一刀の下に消滅させられる。

 

それほどに光と言うのは悪魔には大敵のようだ。

俺は余り実感がないのだが。

 

「聖剣の話は分かったけど、それが木場とどう関係があるんだ?」

 

木場は復讐のために生きていると言った。

 

聖剣エクスカリバーを破壊することこそ自分の戦う意味だと・・・

 

「聖剣計画」

 

リアスが俯きながらボソッと言い放った聞き覚えのない単語に眉間に皺を寄せる。

 

アーシアと兵藤の耳にも届いたようだが、聞いたことがなかったようで、首を傾げていた。

 

「・・・祐斗の現状を知るためには彼の過去の話をしなければならないわ」

 

リアスの言葉に頬に手を当てて考え込む。

 

以前リアスが小猫の過去を話そうとした時、俺は彼女を止めた。

 

理由は二つあり、本人のいない場でその者の過去を聞くことを嫌ったからである。

 

例え眷属であっても個人の尊厳は守られるべきである。

 

もう一つは現状に影響がないと考えたからだ。

 

小猫の姉である黒歌のことは大事なことであるが、今の時点でそれによって小猫に何らか変化があるわけでは無かったと言うのが理由でもある。

 

小猫に視線を送ると、大きな羊羹を楊枝で丁寧に切り分け、口に運んでいた。

 

少し緊張感に欠けると思ったが、小猫らしいと感じた。

 

話を木場に戻すが、彼の場合は現状差し迫った理由がある。

 

それを考えれば彼の過去を聞かないという選択肢は存在しなかった。

 

「聞かせてくれ」

 

リアスは紅茶で喉を潤すと、カップを置いて話を始めた。

 

【聖剣計画】

 

教会が人工的に後天的な聖剣使いを生み出すことを目的として僅かに聖剣使いの因子を持つ子供たちを集め、因子を抽出してまとめることで十分な量の因子を得ようとして始められた計画。

 

アーシアに視線を送るが、彼女も初耳だったようで首を横に振っていた。

 

「祐斗はその聖剣計画の生き残りなの」

 

小さく息を吐き、目を細めるリアス。

 

木場も聖剣を扱えるのかと思ったが、確か木場の能力は【魔剣創造】だったはず。聖と魔、相反する二つの力を使えるとも思わなかった。

 

「・・・祐斗は聖剣に適応出来なかったの」

 

木場の他にも多くの被験者の子供達がいたようだが、彼と同時期に選定された子供達は誰一人とし聖剣に適応出来なかったらしい。

 

「教会は聖剣に適応出来なかった子供達を不良品と言って殺した。ただ、それだけの理由で!」

 

リアスが声を荒げる。その瞳には怒りの色が滲んでいた。

 

「そ、そんな主に仕える者がそんなことをしていいはずがありません」

 

アーシアとって目を覆いたくなる事実に目元を潤ませる。

 

「アーシア・・・ショックでしょうけど事実よ。教会の者達は悪魔を邪悪な存在と言うけれど、人間の悪意こそこの世で最も邪悪だと思うわ」

 

少し偏った意見だとも思うが、元人間として言い訳出来ない部分もある。

 

人間の業とは深いものだ。持たぬ者は持つ者から奪おうとするし、持つは更に持とうと自分より持つ者から奪おうとする。

 

だがそれは人間に限ったことではない。

 

悪魔だってそうなのだと思う。

 

自然の摂理、弱肉強食と言ってしまえばそれまでなのだ。

 

結局、それぞれだと言うこと。

 

リアスの眷属となり、平穏な日々を送るようになったが、眷属になった当初は復讐心で支配されていたようだ。

 

「あの子は忘れてはいなかったのね」

 

リアスの元で満ち足りた生活を送るなかで、一緒に過ごした子供達の犠牲になってしまったにも関わらず、自分だけが幸せなるわけにはいかないとでも思ったのだろう。

 

復讐かリアスかで揺れ動くなかでこの写真を目にしてしまい、復讐に天秤が傾いてしまった。

 

・・・全くどの眷属も王に似て猪突猛進だ。

 

「でも、この写真一枚で一体どうしようって言うんすか?」

 

兵藤の言うことはもっともであり、十年以上前の写真でどうにかなるとも思えない。

 

「分からない・・・だからこそあの子の主である私が・・・」

 

また一人で肩に力を入れるリアスに咳払いをして合図をすると、彼女も意図に気づいたようで自嘲する。

 

「今は今後に備えて情報を集めるしかない。最悪の事態が起こった時に直ぐに対処出きるように」

 

俺がそう言うと、皆が納得してその場は解散となった。

 

アーシアと兵藤はクラスメイトと約束があると言って部室を後にし、小猫も予定があると出ていった。

 

部室にリアスと朱乃と俺の三人が残る。

 

「・・・私はダメね。すぐに周りが見えなくなってしまう・・・ユー、貴方の方が余程王に向いてるわ」

 

後輩達が居なくなり、弱気な発言するリアスに朱乃も苦笑いを浮かべながら紅茶を用意してくれた。

 

「初めからまともな王なんていない。悩んで、苦しんで、それを乗り越えて一人前の王になっていく。誰かと比べる必要なんでないよ、それにそんな君だから一緒に居てくれる者もいるだろ?」

 

俺の言葉に朱乃が優しく微笑む。

 

そんな朱乃にリアスは感謝を述べる。

 

紅茶を飲み干して俺は席を立ち、帰宅する。

 

リアスはまだやることがあると言って、朱乃と一緒に部室に残った。

 

旧校舎から外に出ると、どしゃ降りの雨が地面を叩いていた。

 

―〇●〇―

 

降り注ぐ雨が熱で火照った頭を冷やしていく。

 

恩人であるリアス部長と喧嘩をしてしまった。

 

『木場祐斗』としての第二の生を与えてくれた大恩人である部長と。

 

信頼できる先輩も出来た、仲間と呼んで差し支えない者達もいる、それでも僕は嘗ての同士達を忘れることが出来ない。

 

もう後戻りは出来ない、この復讐を遂げるまでは。

 

前方に人影を確認する、修道服を着ていることから神父のようだ。

 

最悪だ、この世で最も憎悪する人種にいま出会ってしまうとは。

 

悪魔祓い(エクソシスト)ならば牽制しても構わないだろ、溜まりに溜まった鬱憤を少しでも晴らしてやる。

 

警戒をしながら少しづつ神父に近付いていくと、突然その神父の腹部から血が吹き出し、口から血反吐を吐いて地面に崩れ落ちた。

 

(なに!・・・なにが起きた!?)

 

警戒レベルを最大まで引き上げ、視線を忙しなく動かして事態の把握に努める。

 

異常な気配を察して、魔剣を作り出す。

 

<ギィィィイインッッ>

 

金属と金属がぶつかり合う音が周囲に鳴り響き、雨の中で火花が散る。

 

目の前には先程倒れた神父と同じような修道服を着た年若い少年が立っていた。

 

「ありあり?・・・おまえさん、どっかで見たような?」

 

僕はその少年に見覚えがあった。

 

フリード・セルゼン

 

教会では有名な異常者で殺人に快楽を覚え、虐殺を繰り返して教会を追放された異端の聖職者。

 

「先輩に圧倒されて逃げ出した君がまだこの街に居たとは思わなかったよ」

 

僕の全身を舐めるように下から上に視線を移すフリード。

 

「そかそか!ちみはあの化け物と一緒にアーシアちゃんを助けに来た奴だ~」

 

刹那、フリードが斬りかかって来るが、冷静に躱わしていく。

 

「神父狩りも飽きたとこだし~、悪魔狩りしちゃおかな~・・・これの威力も確かめたいし~」

 

そう言って構えたフリードの手に握られていたものに僕は目を見開く。

 

(その輝き!そのオーラ!)

 

全身の毛穴が一気に開くような感覚に陥る。

 

目を見開き、口を半開きにして口角を上げる。

 

口から零れ落ちる涎にさえも気付かないほど、フリードの持つに聖剣(それ)に視線を奪われる。

 

(ようやく見つけた・・・聖剣!)

 

その瞬間、喜びにうち震える。

 

この世で最も忌むべき存在をこの手で破壊することが出来る。

 

・・・僕は聖剣を許さない・・・

 

―〇●〇―

 

傘を叩く雨の音に眉をしかめながら家路へ急ぐ。

 

上半身は傘でなんとか守られているものの、下半身が特に靴がびしょ濡れである。

 

(早く家に帰って靴下を脱ぎたい)

 

そう思うと、足が速くなるが、その分だけ水溜まりを踏んでしまうので同じことだ。

 

こんなことならリアスに魔方陣で送ってもらえば良かったと心底後悔する。

 

なんとか雨を躱して歩けないかと試行錯誤していると、金属が激しく擦れ合う音が聞こえてくる。

 

角を曲がり音のする方へ足を運ぶと、木場といつかの少年神父が鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

俺の存在に気が付いた木場が一瞬だけ気を取られたところを見逃さず、少年神父の蹴りが木場の腹に突き刺さり吹っ飛ばされる。

 

少年神父が間髪入れずに木場を目掛けて斬りかかってくる。

 

!!!!!!!!

 

「なっ、なにやってくれちゃってるわけ!」

 

少年神父が剣を振りかぶり、木場に振り下ろそうとしたところで俺が間に入り、剣を受け止める。

 

・・・持っていた傘を畳んで・・・

 

それには木場も驚愕していた。

 

「てっ、てめえぇ!これがどんな剣か分かってるのか!?聖剣エクスカリバーだぞ!?」

 

持っていた傘に水の魔力を込めると、降り注ぐ雨や地面の水溜まりといったありとあらゆる水を傘が纏う。

 

(なん・・・だと!)

 

俺はその光景に驚愕する。

 

「ふ、ふざけてんのか!これは何者をも斬り捨てる剣だぞ!そ、それを傘で受け止めるだと!」

 

動揺している少年神父の口調がふだけたものからまともなものに変わっている。

 

だが、俺は自分の持っている傘に衝撃を受けており、いまそれどころではない。

 

その傘を見て怒りにも似た感情を湧き、プルプルと震える。

 

「最初からこれやってれば雨に濡れることもなかっただろうが!!!!!!」

 

自分の無知を恥じて少年神父を目掛けて傘を振り下ろすと、水龍が姿を現して少年神父を襲い掛かる。

 

「なっ、なんなんだてめえぇは!?」

 

水龍が少年神父を喰らうが、手にしていた聖剣エクスカリバーの影響か少年神父の執念かは知らないが、なんとか耐えていた。

 

「ちぃ!てめえぇが関わるといつも録なことがねぇ!」

 

顔を歪ませてそう吐き捨てると、足早に去っていった。

 

木場が少年神父を追い掛けようとするが、蹴られたダメージが思いの外大きかったようで膝を付いて蹲る。

 

「くそっ!」

 

少年神父にやられたことが悔しいのか、聖剣エクスカリバーを目の前にして捕り逃したことが悔しいのかは分からないが、木場は拳を振り上げ、地面を叩く。

 

その衝撃で飛び散った水が彼の端正な顔を濡らしていた。

 

「・・・大丈夫か?」

 

木場に雨が当たらないように傘を開いて頭上に宛がい、声を掛けるが反応がなかった。

 

「・・・部長に頼まれて僕を探していたんですか?」

 

俯いているため表情は分からないが、声色から悔しさが滲み出ている。

 

「いや、帰り道」

 

水を魔力でコントロールしているため傘を木場に宛がっていても濡れることはない。

 

なんと素晴らしい力を手に入れたのだと感動する。

 

「木場、お前のことリーアから聞いた。勝手して済まなかった」

 

木場に謝罪すると、彼の肩がビクッと震えた。

 

「・・・おかしいですよね、僕みたいな死に損ないの半端者がのうのうと生きて部長の騎士(ナイト)だなんて。・・・先輩も笑ってくださいよ」

 

自嘲する木場だったが、声が少し震えていた。

 

「木場!!」

 

自分の名前が叫ばれて顔を上げると、殴られると思ったのか目を固く瞑り、歯を力一杯噛む。

 

「・・・風邪引くなよ」

 

木場に傘を無理矢理押し付けるように渡してその場を後にした。

 

傘を木場に渡したため魔力を込める対象物がなくなってしまったのでびしょ濡れになって家に帰ると、母ちゃんにしこたま怒られた。

 

「くそ!!」

 

後から気付いたことだが、何かに魔力を込めなくても自分の掌に魔力を集めれば水をコントロール出来ることを風呂に入りながら知り、自分の無知を呪った。




第17話更新しました。

主人公が物知り博士のようにならないように気をつけてますが、どうしてもおいしいところを持って行かせたくなります。

木場の聖剣への思いも原作ではもっと強かったと思うんですが、そのまま丸写しするのも違うかなと思ったのでちょっと変えてみました。

あとタグに原作沿いを追加しました。
大丈夫ですよね?

内容のほうはやたらとリアスのダメなところが強調されてしまいましたが、今後に期待と言うことでいいかなと思ってます。

作品を読んでくれた方、コメントをくれた方、誤字・脱字の修正をしたくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第18話

梅雨明けが待ち遠しい今日この頃です。

第18話です。


私には成すべきことがある

敬愛する主のためならばこの命惜しくはない

だから主を冒涜する輩は許さない

 

―〇●〇―

 

授業が終わりオカルト研究部に顔を出す。

 

今日はバイトがあり、すぐに帰ろうと思ったが、あの雨の日から学園で木場の姿を見ていないため気になっていた。

 

部室に入ると白装束を纏い、艶のある黒髪を下ろした半裸の朱乃がだらしなく鼻の下を伸ばした兵藤に迫っていた。

 

「・・・すまん」

 

静かにドアを閉めてバイトに向かおうと踵を返す。

 

学校でああいうことをするのはどうかと思ったが、俺がリアスにしたことを思い出して我慢出来なくなったら仕方ないことだと納得した。

 

(しかし朱乃と兵藤がねぇ・・・)

 

以前朱乃に男の趣味を聞いたことがあったが、男があまり得意ではないと前置きした上で、好きになった相手が好みのタイプと笑っており、まさに大和撫子たる朱乃に相応しい答えだと思った。

 

「ユーくん、何を勘違いしておりますの?」

 

気配もなく背後から朱乃に抱き着かれ、寒気を感じた。

 

朱乃の顔を見ると、美しい笑顔だったが目は笑っていなかった。

 

「いや・・・でも、奥の部屋でやるとか、別の部屋でやるとかあると思うぞ」

 

この場合、みんなが集まる場所で堂々と行為に及ぼうとしていた二人が悪い訳で俺に落ち度はなかったはず。

 

「何かとんでもない勘違いをしているようですわね・・・とにかく部室にお戻りください。事情はそこでお話ししますので」

 

ため息を吐いて、俺の腕を引くと彼女の豊満な胸部に腕を挟まれてしまい、身動きが取れなくなってしまう。

 

しかも今の朱乃の格好は薄い白装束を着ているのみで胸元が大きくはだけてしまっている。

 

「ユー・・・貴方何をしているのかしら?」

 

朱乃に腕を引かれて部室に戻る途中に恐ろしく低い声が廊下に響くが、またしても気配を察知することが出来なかった。

 

「・・・またですかユーさん?」

 

恐る恐る振り向くと、般若の如き形相で紅い魔力を纏うリアスと美しい翡翠色の瞳から光の消えたブラックなアーシアが立っていた。

 

「あらあら、リアスにアーシアちゃんではありませんか。これから私達は奥の部屋でやることがありますので失礼しますね」

 

(嘘だろ!)

 

この状況で二人を挑発するなんて自殺行為以外の何物でもない。

 

なんとか二人に事情を説明しようと、多少強引に胸の谷間に挟まれていた腕を引っ張り、朱乃から離れようとするがその行為がまずかった。

 

「うふふ、ユーくんったら奥の部屋まで我慢出来ないのですか?・・・ならこの場で致しましょうか」

 

指が白装束の帯に引っ掛かってしまい、透き通るような白い肌と朱乃自慢の胸部、そして男には存在しない十個目の穴が外気に晒されてしまった。

 

髪を下ろした朱乃は少し幼く見えたが、彼女自慢の肉体は最早十八歳には見えないほど成熟されており、そのアンバランスな対比に無意識に喉を鳴らしてしまう。

 

「ギャッ!」

 

リアスに襟を強引に引っ張られ、喉が締まって変な声を出すと、俺の足をアーシアが持ち上げる。

 

襟と足を掴まれて俺は部室に運ばれていく。

 

(アーシアさん。貴方そんなに力ありましたっけ?)

 

二人に運ばれながら朱乃に視線を送ると、手を合わせて可愛らしく謝っている彼女の姿が見えた。

 

部室へと運び込まれた俺はソファーがあるのに床に正座させられ、眼前に仁王立ちするリアスとアーシアに無言のプレッシャーを与えられ続ける。

 

まるで蛇に睨まれた蛙である。

 

因みに兵藤は部室に入ってきた二人の迫力に耐えられず、ソファーで失神している。

 

俺は二人に何故あのような状況になったか説明して朱乃に同意を求めるが、彼女にそっぽを向かれてしまい、状況が更に悪化してしまった。

 

さっきは可愛らしく両手を合わせて謝っていたのに、ここに来て朱乃のS心が顔を出してしまった。

 

(御愁傷様ということか!謝ってたんじゃなくて御愁傷様ってことで手を合わせてたのか!?)

 

朱乃に対して目で切実に訴えるも全く通じず、逆に視線を送り続けたことが二人には面白くなかったようで更にプレッシャーが増したことは言うまでもない。

 

(朱乃、覚えてろよ。この恨み晴らさでおくべきか!)

 

結局なにを言っても納得しなかった二人だが、復活した兵藤が事情を説明してくれてその場は収まった。

 

どうやら朱乃が兵藤に迫っていた理由は兵藤の中のドラゴンの力を制御するやり方を教えていたらしく、実戦した方が手っ取り早いということだったようだ。

 

俺はバイトの時間だと言って、逃げるように部室を出ていくが、一番知りたかった木場のことを聞く暇がなかった。

 

―〇●〇―

 

首と足に痛みを感じながらグランデへの道を歩く。

 

あの二人はどうしてああいう風になってしまうのだろうか?

 

自分達は当たり前のようにベッドを占拠したり、風呂に入り込んでくると言うのに、俺に他の女性の影が見えるといつも豹変してしまう。

 

まあ、それだけ好意を寄せられていると言うことだと思うので悪い気はしないのだが、別に疚しいことをしているわけではないので事情くらい聞いてくれてもいいと思う。

 

(あの二人、最近母ちゃんに似てきたか?)

 

母ちゃんが三人など想像したくもないと身震いしながら歩いていると、白いローブを身に纏った二人組が外から店内の様子を忙しなく窺っていた。

 

既にオープンしていると言うのに入店する素振りも見せず、その二人組は看板のメニューを見たり、外からテーブルに運ばれてくる料理を羨ましそうに眺めている。

 

「もう行こう、イリナ」

 

神々しい栗毛のツインテールの女性の手を引き、店の前から去ろうとする深い碧の頭髪に一部緑色のメッシュの入った女性がいた。

 

「だって美味しそうなんだもん、ゼノヴィアもそう思うでしょ?」

 

イリナと呼ばれた女性は駄々を捏ねる子供のように店内で振る舞われる料理に羨望の眼差しを向け、ゼノヴィアと呼ばれた女性も我慢しているようだが、チラチラと店内の様子を窺っていた。

 

(・・・教会の関係者?)

 

二人の会話に耳を傾けながら横を通り過ぎると、胸元に架けられた十字架が目に入り、改めて二人の容姿を伺うと、歳は俺とそう変わらないように見えた。

 

どうやら二人は旅費が底を尽き、何日も食事をしていないらしい。

 

「店の前をうろうろされると営業妨害になるんだけど?」

 

放っておいても良かったのだが、店の窓にずっと張り付かれていると他の客の迷惑にもなるので声を掛ける。

 

素直に頭を下げて謝罪する栗毛の女性とは対照的に碧髪メッシュの女性は鋭い視線を俺に向けてきた。

 

何故俺が睨まれているのかは知らないが、気まずい雰囲気が俺達の間に流れる。

 

一応、注意をしたので店に入っていく。

 

ぐぅぅぅぅ~~

 

店のドアノブに手を掛けようとすると、背後から腹が盛大に鳴る音が聞こえた。

 

振り向いて二人を見ると、俺に鋭い視線を向けてきた女性が顔を真っ赤にして腹を押さえており、隣の素直な女性が驚いていた。

 

俺はため息を吐いて店のドアを開ける。

 

「いらっしゃいませ、シニョリーナ」

 

俺の行動に驚いている二人に早く入れと目で合図を送ると、顔を見合わせて頷いて入店する。

 

二人の姿を見たホールスタッフが仕事をするために近づいて来るが、俺は手で制して二人を席に案内する。

 

「金がないのは知ってる。適当に作るから座って待ってろ」

 

二人の意見も聞かずにロッカーで着替えを済ませて厨房へ行き、料理長に事情を話して手早く料理を作って二人のテーブルに運ぶ。

 

通常業務もあるため彼女達だけに時間を掛けている訳にはいかない。

 

「なんのつもりだ?」

 

サーブされた料理を見て腹を鳴らした女性が俺を睨んでくる。

 

なんのつもりってさっき言った通りだし、嫌なら最初から付いて来なければ良かったのに。

 

人からの施しで成り立っている教会の人間とは思えないほど彼女の目はギラついていた。

 

「・・・ただの同情だ」

 

面倒になり、本音を伝えると彼女が激昂したので無視して厨房に戻って料理を作り、また運ぶ。

 

意地を張って食べていないと思ったが、皿の中身が綺麗になくなっていたので料理が無駄にならなかったことに安心した。

 

次々と料理を運ぶと、険しい表情をしていた碧髪メッシュの女性も次第に笑顔になり、皿を平らげる姿を見て、料理の偉大さを改めて認識する。

 

どんな種族でも生きている限り腹は減り、食わねば生きて行けない。

 

生命の進化に伴い、食もまた進化を遂げてきた。

 

太古の世より連綿と受け継がれて来た食の歴史の集大成と言える現代において、食はただ食べるという行為ではなく生命体の三大欲求の一つとまで呼ばれるようになった。

 

そのため食が世界に及ぼす影響も少なくない。

 

世界において重要な決定が成される傍らには豪勢な食事があることも少なくはない。

 

つまり、食には架け橋となる不思議な力がある。

 

雑な言い方をすれば、旨い物を食えば幸せになると言うことだ。

 

少なくとも険悪な雰囲気を纏っていた彼女は、目の前にサーブされる料理に恍惚した表情を浮かべて夢中で口に運んでいる。

 

一体どれだけ食べたのだろうか、一人で五人前は食ったな。

 

ご丁寧に最後のスイーツまで食べて、もう何も食べれないと言わんばかりに椅子に背中を預ける二人。

 

「満足したか?」

 

食後のコーヒーをテーブルに置いて空になった皿を片付ける。

 

「これを飲んだら出てってくれ。待ってる客もいるから」

 

素っ気なく言い残して俺は厨房に消えていく。

 

オーダーの書かれた紙を見て料理の準備に取り掛かろうとしたが、ホールスタッフから俺を呼んでいる客がいると言うので、言われた通りに外へ出てみると先程の二人組が待っていた。

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

忙しいのにこれ以上何の用があるのかと眉間に皺を寄せていると、栗毛の女性がツインテールを揺らしながら頭を下げた。

 

碧髪メッシュの女性も僅かではあるが頭を下げていた。

 

「・・・でも何で私達にご飯をご馳走してくれたんですか?」

 

そう言えば彼女はサーブされた料理に夢中で俺の言ったことを聞いてなかった。

 

「ど・・・食いたい奴には食わせる。ただそれだけ」

 

同情と言おうとしたが、隣にいる女性が怪訝な表情をしていたので、適当に答えた。

 

アーシアの件や木場のこともあり、教会にはあまり良い印象を持っていないため、早めに話を切り上げようとする。

 

「そ、それでも助かりました!・・・私は紫藤イリナと言います」

 

自分から自己紹介が出来るとは教会の人間にしては常識があるようだ。

 

俺が感心していると、イリナと名乗った女性が隣の女性にも挨拶しろと合図を送っている。

 

「・・・ゼノヴィアだ」

 

渋々といった様子で名乗ったゼノヴィアは如何にも教会の人間という感じで、自分の信じる主以外は歯牙にも掛けない様子だった。

 

「菅原ユウ。話がそれだけなら行くから」

 

もう会うこともないだろうが、名乗られた以上此方も名乗らなければ無礼になるので名前だけ伝えて店に戻った。

 

厨房に戻ると、ホールスタッフからさっきの二人組の物だと一枚の紙を渡され、また面倒事かと顔を顰める。

 

「二万七千円。キッチリバイト代から引いとくからな」

 

二人の伝票を見て驚愕していると、背後から料理長に肩を叩かれ、項垂れる。

 

(食い過ぎだあいつら!)

 

―〇●〇―

 

翌日、古文の教師が黒板にミミズのような文字を書きながら、小難しい解説をしている。

 

隣の席のリアスは真面目に黒板の内容と教師の話をノートに書き記していたが、俺は昨日の二人組について考えていた。

 

昨夜、リアスが悪魔稼業を終えて家に帰って来ると、とてもお怒りの様子だったので理由を聞いてみると、兵藤の家に木場が勝手な行動を取り始めた原因となった写真に写っていた幼なじみが押し掛けて来たらしい。

 

別に幼なじみなのだから悪いことではないと思ったが、どうやらその幼なじみは教会の信者になっていたようで兵藤が悪魔になっているとは知らずに会いに来たようだ。

 

悪魔と教会の人間の接触はある種のタブーと言える行為でアーシアのことは例外中の例外であり、以前も兵藤にキツく言っていたらしいが、その事を事後報告にした兵藤にお説教したようだ。

 

家に帰って来ても怒りが収まらない様子だったが、アーシアの手前もあるので説得すると、渋々であるが納得してくれた。

 

アーシアも既に教会を離れてはいるが、未だに神への信仰を忘れられずにいるようで、時折手を合わせて神に祈っている姿を見る。

 

(なんだか、きな臭い感じがする)

 

木場の過去から続く教会との因縁、聖剣エクスカリバーに囚われた彼の豹変、その聖剣を手にして現れた少年神父、遠くに引っ越したはずの幼なじみが教会の神徒となって帰還。

 

もしかしたら俺が飯を奢った二人組もこの件に関係があるのかもしれない。

 

年若い二人の少女が異様な出で立ちで昼間から街を徘徊しているのは俺じゃなくても異常に見えただろう。

 

嘗てアーシアもそうだったように教会の関係者であればそれも納得がいく。

 

この街で再び何かが起ころうとしている。

 

直感か第六感かは分からないが、悪魔となり鋭くなった感覚がそう告げていた。

 

「・・・ユー、どうしたのそんなに怖い顔して?」

 

リアスに声を掛けられ、正気に戻って周りを見渡すと、既に授業が終わっていてクラスメイト達が動き出していた。

 

「リーア・・・古文の先生のミミズのような文字がどうしても分からなくて」

 

考えていたことを彼女に話せば相談に乗ってくれるだろうが、なんの確証もない俺の想像の話をして混乱させたくはなかったので、適当に誤魔化した。

 

彼女も同じことを思っていたようでその時は笑っていたが、昼食の時や他の授業でもボーッとする俺に首を傾げていた。

 

―〇●〇―

 

「先日出してもらった進路調査票のことだが・・・」

 

俺は今、担任教師に呼ばれて進路指導室に来ていた。

 

HRが終わり、リアスからオカ研の部室に客が来るらしく同席してほしいと頼まれたので、朱乃と三人で向かおうとしたところ担任教師に呼び止められた。

 

先生に呼ばれたなら仕方がない、とリアスは朱乃と二人で部室に向かった。

 

後から必ず顔を出すと約束して俺は二人と別れた。

 

「菅原、お前は成績も良い。俺もお前の夢を応援したいが、焦らなくもいいんじゃないか?」

 

俺が進路調査票に書いた卒業後の進路は料理の修行のために海外に行くことだった。

 

第三希望まで記入欄があったが、第一希望のみ記入して提出した。

 

「焦りとかじゃないです。本当にやりたいことなんで他に時間使ってる暇はないです」

 

教師が心配してくれるのも分かるが、この夢だけは譲れない。

 

「ご両親はなんと言ってるんだ?」

 

卒業後の進路に関して父ちゃんと母ちゃんに話したことはなかった。

 

基本的に放任主義の両親なのでダメと言われることはないと思う。

 

「両親にはまだ・・・」

 

進路調査票を書くとき相談しようと思ったが、最近我が家にはいろいろな出来事がありすぎたためすっかり忘れていた。

 

「高校を卒業すれば世間からは大人と言われることもあるだろう。だがな、親にとってはいくつになっても子供なんだ。子供の将来を心配しない親はいない、卒業後のことはちゃんとご両親と相談しなさい」

 

担任教師の言葉を聞いて俺にも思うところがあった。

 

これまでなに不自由なく過ごしてこれたのは両親のお陰であり、身体のことでも心配も掛けてきた。

 

これまでは自分のことだけを考えて生きてきたが、これからのことは両親にも相談しなければならないと思った。

 

「分かりました、両親に相談してみます」

 

時計を確認するとそんなに時間が経っていなかったので、これから部室に行けば来客とやらに間に合うだろう。

 

「親というのはな・・・」

 

席を立とうとする俺に担任教師が語り始め、部屋を出ていくタイミングを失ってしまった。

 

(嘘だろ)

 

数日前と同じように心の中で呟いた。

 

・・・・・・・・・・

 

一体いつまで続くんだろうか、既に生徒の下校時間を告げるチャイムが室内に鳴り響いた。

 

あれから延々と親について熱く語られていた。

 

時折、髪を耳に掛ける仕草をしながら話をしていた。

 

因みに担任教師の髪は短い。

 

うんざりしながらいつまで続くのかと思っていたが、神は俺を見捨ててはいなかった。

 

校内放送で担任教師が呼び出されたのだ。

 

熱くなっていた話をしていた担任教師が時間を確認して大慌てで進路指導室を出ていった。

 

ようやく解放され、オカ研の部室へ歩き始めたが、あることに気が付いて足を止めた。

 

(・・・あの先生、独身じゃなかったか?)

 

数分考え込んだがそんなはずはないと思い、部室へ急いだ。

 

数時間後、担任教師が独身で子供がいないと知り、発狂したのは言うまでもない。

 

―〇●〇―

 

「ならば神の名の下に断罪しよう」

 

今、私達は駒王学園のオカルト研究部の部室に来ていた。

 

理由はカトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが【神の子を見張る者(グリゴリ)】に奪われ、その連中が日本に逃れたためである。

 

聖剣エクスカリバーが奪われたことを知った教会本部は直ちに多くの信徒達をこの極東の島国に派遣して奪還を命じたが、この街に送り込んだ信徒と悉く連絡が取れなくなり、この駒王町に何かがあると踏んだ上層部は聖剣使いである私とイリナを派遣した。

 

私達は手始めに上級悪魔であり、この街の管理者でもあるリアス・グレモリーに事の次第を話すために彼女が拠点としている駒王学園に来たのだが、このリアス・グレモリーが聞き分けが悪い。

 

聖剣エクスカリバーの奪還は此方で勝手にやるから手出し無用と伝えたのだが、怒りを滲ませて反論して来たため、略奪者である堕天使と手を組んで聖剣をなきものにしようとする可能性があるとハッキリ言ったのだが、それでも引かない。

 

それどころか首謀者が【神の子を見張る者(グリゴリ)】の幹部であるコカビエルだと知った途端、私達二人だけで無理だと言い放った。

 

私達は命を落とす覚悟でこの任務にあたっている。

 

いざとなればあれ(・・)を使う覚悟だ。

 

一応、筋は通したのでこれ以上の問答は不要と、イリナに合図を送って立ち上がったが、ある一人の少女に見覚えがあり視線を止める。

 

そこに居たのは一時期教会内部で噂になっていたアーシア・アルジェントだった。

 

人を癒す奇跡の力の持ち主として『聖女』として担ぎ上げられていたが、その力は悪魔や堕天使さえも癒してしまうという異形の力で『魔女』として教会を追放され、どこかに流れたと聞いていたが、まさか悪魔と関わっているとは思わなかった。

 

悪魔に転生してはいないようだったが、未だに神への信仰を忘れてはいないようで、まるで神に祈るように胸元に手を組んでいた。

 

悪魔と関わりを持ちながら神に祈りを捧げるなど、一体どれだけ堕ちれば気が済むのだろうか。

 

私は気がつくと、聖剣の切っ先を彼女に向けていた。

 

せめてもの情けとしてこの聖剣で彼女を斬り捨てて、その心だけでも救ってやろうとしたが、アーシア・アルジェントを守るようにリアス・グレモリーが聖剣の前に立った。

 

その行動に私は目を見開き、驚いた。

 

如何に上級悪魔と言えど向けられているのは聖剣であり、悪魔にとっては最大にして最悪の武器、触れることはおろか、目にしただけでも畏怖し、背筋を凍らせるほどの存在感を放つはず。

 

事実、聖剣を取り出した際の彼女達の反応は心底恐れおののいたものだった。

 

しかし、今はどうだ?

 

リアス・グレモリーにとっては眷属でもないただの人間のために自分の命を省みずに聖剣の前に立っており、他の眷属達も同様に間に入らんと構えていた。

 

特に金髪の男の目は暗く濁っており、直ぐにでも此方に斬り掛からんほどの殺気が込められていた。

 

さすがにこれ以上悪魔側との関係を悪くするわけには行かない、相手は冥界の四大魔王の筆頭であるサーゼクス・ルシファーの妹。

 

下手をすれば、冥界と天界の戦争に発展しかねない。

 

そう思い聖剣を引こうとしたその時、部屋のドアが開けられた。

 

―〇●〇―

 

俺はオカ研の部室へ急いでいた。

 

目的は担任教師が既婚者で子持ちであるか朱乃に確認するためだ。

 

大雑把なリアスではおそらく知らないだろうから、その辺をきちんとしている朱乃なら知っていると確信している。

 

他に目的があった気がするが、その事はもはやどうでもいいと思えるほど気になっていた。

 

部室に近付くと、なにやら口論している声が聞こえてくる。

 

今日の部活は白熱しているな、と思いながらドアを開けると、先日の二人組の一人がリアスに剣の切っ先を向けていた。

 

リアスの後ろには怯えた様子のアーシアがおり、他の部員達もいきり立った様子でまさに一触即発の雰囲気だった。

 

「あっ、貴方は!?」

 

状況が理解出来ずに戸惑っていると、栗毛の女性が俺を見て叫んだ。

 

確かイナリだか、イモリだか呼ばれていた気がする。

 

「むっ?何故貴方がここに?」

 

リアスに剣の切っ先を向けていた女性も俺に気が付いて此方に視線を向ける。

 

「ユー、貴方この二人と知り合いなの?」

 

少し苦しそう表情を見せるリアス。

 

そう言えば彼女から来客があると言われていてが、この二人のことだったのか。

 

成る程、状況を見るに話し合いが拗れてこうなったと言うことだろう。

 

「話し合いにこれは必要ない」

 

ゼロヴィアだったと思うが、彼女に近づいて剣に手を掛けようとする。

 

「先輩聖剣(それ)は!」

 

兵藤がいきなり大声で叫んだことに驚いたが彼女の持つ剣の先端に手を掛けると、素直に引いてくれた。

 

その様子を見ていたオカ研の連中は目を見開いて驚いていた。

 

「兵藤うるさい。それにみんなもどうした?」

 

俺は改めて二人をソファーに座るように促して自分もソファーに座ると、女性陣から激しいボディータッチに合い、物凄く心配された。

 

アーシアなどは涙目になっていた。

 

(一体なんなんだ?)

 

怪訝な表情を浮かべて困惑していると、二人組から咳払いをされ、女性陣も正気に戻って改めて話し合いがなされた。

 

因みに二人の名前は紫藤イリナとゼノヴィアだったらしい。

 

人の名前が覚えられなくなったのは悪魔になったからだ、きっとそうに違いない。

 

二人は再びこの場にいる理由を話してくれた。

 

話を聞きながら木場の様子を伺うと、それはもう大変な表情をしていた。

 

「君達の事情は分かったが、アーシアにしたことは見逃せない」

 

隣に座るアーシアの手を握り、冷静を装いながら二人を見るが、ゼノヴィアの方は納得いってない様子だった。

 

「彼女にだって事情ある、やむを得ない事情がな。それをどうこう言う理由は君達にはないはずだ」

 

極めて冷静に諭すように語り掛けるが、やはり納得しないようだ。

 

「悪魔と接触しながら神に祈るなど、神に対する冒涜に他ならない。それでは『魔女』と呼ばれても仕方ない」

 

身体を震わせるアーシアの背中を擦りながら引かないゼノヴィアにどうしたものかと考える。

 

以前も感じたが、紫藤イリナの方は理解があるようだが、ゼノヴィアの方は自分の信じる主以外の言葉には耳を貸そうとしない。

 

タイプは違うが少しリアスと似ている・・・猪突猛進なところが。

 

「・・・それでも私は幸せです」

 

俺が言葉を選んでいると、アーシアが二人に対して話を始める。

 

自分の出自や【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】のこと、教会を追放された理由やこの街に来て俺やリアス達に出逢ったこと。

 

「辛いこともありましたが、今の私は幸せなんです。例えここにいる皆さんが悪魔だとしても私にとって初めて心を許すことの出来る方々に出逢うことが出来ました」

 

そう言って幸せそうに微笑むアーシアをリアスは抱き締め、朱乃も頭を撫でてあげ、小猫も頷いていた。

 

どさくさ紛れて兵藤がアーシアに抱き着こうしたが、小猫によって阻止されていた。

 

「・・・ところで貴方も悪魔なのか?」

 

幸せそうにアーシアを囲む連中を一瞥して俺に対して疑いの目を向けるゼノヴィア。

 

「一応。つい最近悪魔になったばかりだけど」

 

転生悪魔なのかと問われたが、首を振る。

 

実際自分でもよく分かっていないので立ち上がり、背中に悪魔の羽を展開すると、ゼノヴィアは小さく頷いた。

 

「では何故聖剣エクスカリバーに触れることが出来る?」

 

彼女が手にしていたのは聖剣エクスカリバーだったようで、切っ先を向けられたリアスが苦しそうにしている理由が分かった。

 

それについても分からないと答えると、眉間に皺を寄せて不機嫌になる。

 

「ここまで来てまだ何かを隠すか・・・これだから悪魔は信用できない!イリナ帰るぞ!」

 

勢いよく立ち上がり、部室を出ていこうとするゼノヴィアを慌てて追い掛けるイリナ。

 

事情を説明しようにも俺自身にも分からないことだらけのため、なにも言えずに二人を見送るしかなかった。

 

「アーシアさんを侮辱されてこのまま帰すわけには行かない」

 

二人がドアに手を掛けようとした時、それまで一言も発していなかった木場がそう言って二人に近付いていく。

 

「コカビエルを相手にすると言うのならそれなりに腕に自信があるんだろう?僕とも手合わせをしてくれないかい?」

 

コカビエル?・・・知らない者の名前に首を傾げたが、今は木場の方を優先しなければならない。

 

おそらく木場の目にはゼノヴィアとイリナは映っていないだろう。

 

聖剣エクスカリバー・・・木場の目にはそれしか映っていない。

 

「誰だ、キミは?」

 

ゼノヴィアの問い掛けに不適に笑う木場。

 

リアスも心配そうにその様子を見ているが、拳を握り締めて堪えている。

 

木場の足下に魔方陣が展開され、無数の魔剣が姿を現す。

 

「キミたちの先輩だよ・・・失敗作だけどね」




第18話更新しました。

いや~、一週間って早いですね。
順調に進んでると思っていても気づいたら一週間経ってて驚くことがあります。
これではストックなど夢のまた夢です。
皆様にお見せ出来るように頑張ってはいますが、矛盾だったり、同じ事を繰り返してる場合があるのでその時はご指摘ください。

内容の方は教会コンビが出てきましたね。
原作ではアーシアも加えてトリオで呼ばれてるようですが筆者はこの二人のことはよく知りません。
なのでこの二人の今後の扱いを非常に悩んでおります。

読んでくださった方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第19話

梅雨が明けて本格的な暑さが到来しますので皆様熱中症には十分注意してください。

第19話です。


強くなりたい

俺は約束したんだ

最強の兵士(ボーン)になるって

 

―〇●〇―

 

日中、多くの生徒の活発な声が響き渡るグラウンドもこの時間になればその喧騒が嘘のように静まり返っている。

 

昼間は太陽の光で暑いくらいのこの季節だが、日が落ちると肌寒さを感じる。

 

そのグラウンドの中央に木場とゼノヴィア、兵藤と紫藤イリナの四人がそれぞれ対峙している。

 

そんな四人の勝負の行く末を見守るべく、俺達は少し距離を置いた場所に立っていた。

 

中央の四人と俺達を囲むように紅い結界が周囲に張り巡らされている。

 

「では始めようか」

 

ゼノヴィアとイリナが羽織っていた白いローブを脱ぎ捨て、黒い戦闘服姿になった。

 

木場の挑発にゼノヴィアが乗っかる形で二人が手合わせをすることになったが、何故か兵藤までやる気になっていたため、急遽紫藤イリナも参戦することになった。

 

「祐斗、一誠。相手が聖剣だということを忘れないで」

 

最初はこの手合わせに否定的だったリアスだが、例の如く木場を止めることが出来なかったため、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

「リアス・グレモリーの眷属の力を見せてもらおう」

 

木場の神器である【魔剣創造(ソード・バース)】によって複数の魔剣が創造されると、木場とゼノヴィアが同時に地面を蹴り、互いの剣と剣が火花を散らす。

 

「【魔剣創造】か。・・・確か『聖剣計画』の生き残りにその神器の使い手がいると聞いたことがあるが、キミのことか?」

 

余裕のあるゼノヴィアに対して木場の表情は憎しみに歪んでいく。

 

お互いに何度か剣をぶつけて、木場が吹き飛ばされる形でゼノヴィアとの距離を取る。

 

今の鍔迫り合いではっきりしたことが二つある。

 

スピードは木場の方が上だが、力はゼノヴィアに軍配が上がる。

 

(木場の敗けだな)

 

木場は聖剣憎さに本来の戦闘スタイルを見失っている。

 

木場が戦っている姿を見るのは初めてだが、その戦いぶりから全く『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』の特性を活かせていない。

 

騎士(ナイト)』の駒を身に宿した木場の最大の特徴はスピードにあって複数の魔剣を自在に操り、その数にものを言わせてスピードで相手を翻弄するのが本来の彼の戦闘スタイルのはず。

 

だが、今の木場はその数とスピードの利を全く生かせていない。

 

ただ力任せにゼノヴィアに斬り掛かり、いたずらに魔剣を消耗させているだけであり、完全にゼノヴィアの得意とする形になっている。

 

そんな簡単なことも分からなくなる程、頭に血が昇った今の木場ではゼノヴィアに勝てる訳もない。

 

事実、ゼノヴィアに斬り掛かる度に魔剣を犠牲にしていた。

 

「・・・その程度か、先輩」

 

それまで木場の攻撃を受けるだけのゼノヴィアだったが、満を持して聖剣を振り下ろす。

 

その攻撃を寸でのところで躱わす木場だったが、すぐさま二撃目を放つゼノヴィアに魔剣が砕かれる。

 

唯でさえ一撃もらえば即終了という緊張状態の中で、相手の得意とする形になってしまえば勝ち目などあるはずもなく戦況は完全にゼノヴィアに傾いていた。

 

リアス達は心配そうに戦況を見守っており、剣と剣とがぶつかり合う度に身体に力を籠めていた。

 

ゼノヴィアと木場の勝敗に見切りをつけた俺はもう一つの戦場に目を向ける。

 

そこでは兵藤と紫藤イリナが戦っているはずなのだが、二人の戦いは未だに始まっておらず、子供の喧嘩のように口論していた。

 

(なにやってんだあの二人)

 

元々、幼なじみであるらしいから積もる話もあるだろうが、傍らでギリギリの攻防が繰り広げられているこの状況でなんとほのぼのとした光景だろうか。

 

何度か激論が交わされたところで話し合いは決裂に終わったらしく紫藤イリナが聖剣を抜いて兵藤に斬り掛かっていく。

 

ようやく始まる。

 

伝説の龍をその身に宿した男の戦いが。

 

リアスやアーシアの話ではあのライザー・フェニックスをあと一歩のところまで追い込んだと聞いた。

 

以前は情けないことを言う兵藤に厳しい言葉を浴びせたこともあったが、俺自身ライザーと戦ってみて彼の強さが本物であることを身に染みて理解している。

 

だから信じられない、悪魔に為って一ヶ月足らずだった兵藤がライザーを追い詰めたことが。

 

無論、兵藤自身の底力やリアスへの想いもあるだろうが、やはり一番の要因はその身に宿す伝説の龍。

 

赤龍帝の籠手(ブーステット・ギア)

 

嘗て熾烈な争いを続ける三大勢力の戦争に介入し、大打撃を与えたほどの力を持つ龍を三大勢力の共闘によってなんとか封じ込めることに成功し、神器として数千年もの永きに渡って神をも滅することの出来る神滅具(ロンギヌス)として語り継がれてきた代物。

 

リアスの話では十秒毎に力を倍加させる能力があるらしいが、一体どれ程のものなのかと興味が尽きない。

 

本当にそんな無茶苦茶なことが可能で兵藤がそれを使いこなせるようになればまさに無敵であり、その名の通りに神を殺すことも可能になるだろう。

 

今のところその神器の力を一割ほども引き出せてないらしいが、将来性と意外性はリアスの眷属達の中でもNo.1と言ったところだろう。

 

だが、今俺達の目の前で繰り広げられているこの光景はなんだ。

 

聖剣を振り回す紫藤イリナから無様に逃げ回る兵藤の姿に目を覆いたくなる。

 

リアスは呆れた表情で額に手を当てて首を左右に振っており、朱乃は信じられないものを見たと口元に手を当てながら目を見開いている。

 

小猫は我関せずと言った感じで木場とゼノヴィアの戦いに目を向けており、アーシアだけが兵藤が攻撃される度に心配そうに身体を震わせている。

 

その光景はまるで子供の鬼ごっこである。

 

(・・・俺はあいつに何を期待していたんだ)

 

いくら聖剣が相手でももう少し戦い方があるだろう。

 

あれでは名門グレモリー家の次期当主の『兵士(ボーン)』として失格だ。

 

他のみんなは四人の手合わせに夢中になっていたが、木場とゼノヴィアの方は結果が見えたし、兵藤もこんな調子なのでもうここに居る意味はないと思い、踵を返す。

 

《Boost!》

 

グラウンドに背を向けた瞬間、この場にいる誰の者でもない声が結界内に響く。

 

気に掛かり、再びグラウンドに目を向けると、紫藤イリナと正面から向き合う兵藤の左腕に紅き籠手が発現しており、その宝玉が光輝いていた。

 

周囲を眩く照らしたその光が弱まっていくと、光の中から左腕を突き出した兵藤が自信満々な表情をして立っていた。

 

「なんだ・・・今のは?」

 

木場と対峙していたゼノヴィアが怪訝な表情でその光の発現元に目を向ける。

 

「紅い籠手?・・・まさかお前が!?」

 

兵藤の左腕に発現した紅い籠手を目にしたゼノヴィアが驚愕の表情を浮かべている。

 

年若い教会の人間にすらその存在を認知されている。

 

世界においてその存在を知らぬ者はいないだろう。

 

赤龍帝(ウェルシュ・ドラゴン)

 

「【赤龍帝の籠手(ブーステット・ギア)】に【魔剣創造(ソード・バース)】・・・成る程、リアス・グレモリーには面白い眷属が揃っているようだ」

 

ゼノヴィアは兵藤に気を取られているようだが、その隙を木場が見逃さずに斬り掛かるが、彼の剣はゼノヴィアに届くことはなかった。

 

それにしてもゼノヴィアはいい動きをしている。

 

木場が不調であることを差し引いても彼女は強い。

 

聖剣使いに選ばれただけではなく戦闘経験もかなりあるのだろう。

 

力任せで荒削りなところも多いが、将来有望な教会戦士であることは間違いなく、今回の任務を任されるだけのことはある。

 

『Boost!』

 

ゼノヴィアに気を取られていると、再び兵藤の神器が輝き始める。

 

「朱乃、あの声は?」

 

先程から聞こえてくる兵藤ではない者の声が気になり、隣にいた朱乃に訪ねてみた。

 

「あれが一誠君の神器に封じられた赤龍帝の正体ですわ。名はドライグ」

 

朱乃の話では兵藤の神器は自らの意思を持っているらしく、神器の覚醒にはそのドライグとの対話が必須ということだった。

 

俺がドライグの声を聞いたのは二回、つまり兵藤の力は既に四倍になっているということだ。

 

「一誠先輩が厭らしい顔をしています」

 

いよいよ兵藤の反撃が始まるかと思っていたところに小猫の言葉が聞こえていたので兵藤の表情を窺うと、確かにだらしない顔をしていた。

 

「おそらくあれ(・・)をやるつもりです」

 

先程の無様な姿ではなくなったが、紫藤イリナに遊ばれている兵藤。

 

それにしても小猫の言うあれとは一体なんだろうか。

 

「覚悟しろよイリナ」

 

兵藤が天高く左腕を突き上げると、神器が更なる輝きを放つ。

 

『Explosion!!』

 

兵藤の表情に自信が漲っており、どうやら倍加とやらが完了したようだ。

 

いよいよあのライザーと互角にやり合った兵藤の力が明らかになる。

 

「剥ぎ取りゴメン!」

 

・・・・・・・・・はぁ?

 

「『洋服破壊(ドレス・ブレイク)』・・・それが一誠先輩の使おうとしてる技の名前です」

 

呆れた表情で言い捨てる小猫と苦笑いする二大お姉様に顔を赤くして俯くアーシア。

 

どうやら四人はその技がどんな結果をもたらすか知っているようだ。

 

というか誰にだって容易に想像出来てしまうだろう。

 

そんな欲望丸出しの技名を名付ければ。

 

聞けば兵藤が『洋服破壊』を使うのはこれが初めてではないようで、ライザーとのレーティングゲームでも使用してライザー眷属の女性陣の服を吹き飛ばしたらしい。

 

失念していたが、あいつは学園でも有名な変態三人組の一人だった。

 

久しぶりに再会した幼なじみでさえそういう対象で見てしまっても何ら不思議ではないが、節操が無さすぎる。

 

気合いの入った表情に一抹の不安を感じるが、兵藤の動きが格段に良くなっている。

 

「私の動きに付いてきた!?なんで急に!?」

 

スケベ根性の為せる技かもしれないが、いくらなんでも変わりすぎ、紫藤イリナも兵藤の変化に戸惑い、動揺して動きを止めてしまった。

 

嫌な予感がした俺は念のために紫藤イリナとゼノヴィアの脱いだ白いローブを拾いに行く。

 

「よっしゃ!ここだっ!!『洋服破壊』!!!」

 

左腕を大きく振りかぶり、物凄いスピードで紫藤イリナに迫っていく兵藤。

 

兵藤の攻撃が紫藤イリナに当たると思われた瞬間、彼女が咄嗟に身を屈めた。

 

「あ」

 

勢いが止まらない兵藤はそのまま前方へ進んでいくと、二人の手合わせを観戦していたアーシアと小猫のもとへ突っ込んでいき、二人の肩に兵藤の手がそれぞれ触れてしまった。

 

アーシアと小猫も急なことで反応が出来ず、俺もローブを拾いに行っていたため二人の側にいなかった。

 

刹那、アーシアと小猫の制服が弾け飛ぶ。

 

女性の最期の砦でもある下着すらも容赦なく。

 

アーシアの慎ましくも成長途中である胸部と餅のように白く柔らかそうな臀部。

 

小猫の薄く、如何にもマニア受けしそうな胸部に成長を願わずにはいられないシミ一つない臀部。

 

そして一度も男の欲望を受け入れたことのないキレイな十番目の穴が露になる。

 

そう、二人は美しい夜空のもとで生まれたままの姿を晒してしまった。

 

二人の裸体を目にした兵藤が厭らしく表情を崩し、鼻血を噴き出している。

 

「いや!」

 

アーシアが羞恥心で身を屈めてしまうが、しゃがんだことで彼女の丸みを帯びた臀部が更に強調されてしまった。

 

小猫は胸部と大事な部分を隠して無表情で兵藤を睨み付けていた。

 

「兵藤」

 

まさに瞬間移動の如きスピードで拾ったローブをアーシアと小猫に羽織らせてあげて、沸き上がる怒りをぶつけるべく兵藤に近づいていく。

 

その怒りのレベルはライザー戦の比ではなく、アーシアを苦しめ、レイナーレの命を奪ったドーナシークと対峙した時と同等にまで膨れ上がっていた。

 

「一思いに殺ってやる」

 

ドーナシークの時と唯一違うのは、今の俺が悪魔であるということであり、容易に兵藤の命を絶つことが出来る術を持つということだ。

 

この時ばかりはアジュカの言葉も頭から消えていた。

 

「せ、先輩!?こ、これには事情が!」

 

兵藤が正座して両手を地面について俺に命乞いをしてくる。

 

自分でも信じられないくらい力が溢れてくるのを感じる。

 

今の俺なら神を殺せるだけではなく、星を破壊することすら可能だと思わせるだけの力が宿っていた。

 

「立て」

 

右腕に魔力を籠めて振りかぶり、左腕でいつまでも立ち上がろうとしない兵藤の胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせる。

 

「死ね」

 

振り上げた右拳を兵藤に向けて振り下ろす俺に躊躇は一切なかった。

 

「ダメですぅ!ユーさん!」

 

あとは兵藤に向けて振り下ろすだけの右腕にアーシアが縋りついてくる。

 

「待ってください先輩」

 

小猫も背中から俺の腰に手を回して止めてくる。

 

「止めるなアーシア、塔城ちゃん」

 

右腕をアーシアに捕まれ、腰を小猫に押さえられたため、このまま兵藤を殴れば二人にも被害が及ぶので胸ぐらを掴んでいた左腕に魔力を籠めてフェニックスの業火で消し炭にしてやる。

 

魔力での攻撃ならアーシアにも気付かれないだろうし、もしバレてもまだ魔力のコントロールが上手く出来ないと言い訳も出来る。

 

「魔力を籠めるのもダメですぅ!私は大丈夫ですからぁ!」

 

心の中で善からぬことを考えているとアッサリバレてしまった。

 

何故バレた?

 

「先輩また心の声が漏れてます・・・それに」

 

小猫に言われてまた悪い癖が出てしまったことを後悔する。

 

「それに一誠先輩は既に意識がありません」

 

そういえば先程までジタバタと抵抗していた兵藤がいつの間にか静かになっていたので様子を見てみると、小猫の言った通り口から泡を噴いて気絶していた。

 

このまま覚めることのない眠りにつかせてやろうとも思ったが、涙ながらに懇願するアーシアに免じて今回だけは許してやろうと兵藤の胸ぐらから手を離すと、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

 

「気持ちは分かるけどやり過ぎよ、ユー」

 

事態を傍観していたリアスが俺達に近づいてきてその場を収めてくれた。

 

「ごめん」

 

リアスにとっても大事な眷属である兵藤を一瞬でも本気で殺そうと思ってしまったことを詫びる。

 

当の兵藤は端のほうでアーシア達に囲まれ、介抱されていた。

 

「私こそ貴方とアーシアに謝らなければならいないわ。下僕の不始末は王である私の責任、ごめんなさい」

 

頭を下げて謝罪するリアスに頭を上げるようにいうと、先程までの毅然とした態度ではなくモジモジとして気恥ずかしそうに俺を見ている。

 

「私が他の男に裸を見られても怒ってくれる?」

 

そう言って頬を紅潮させながら上目遣いを向けてくるリアス。

 

そのギャップに心を奪われてしまったのは言うまでもない。

 

「あ、当たり前だろ」

 

顔に熱が帯びるのを感じてリアスから視線を外すが、一瞬目にした弾けるような笑顔を見せる彼女がとても愛らしくなった。

 

「今代の赤龍帝は面白いことをするな!」

 

甘い雰囲気を醸し出す俺とリアスの耳に木場と対峙しているゼノヴィアの声が届き、そちらに視線を向けると剣を交えながら楽しそうに笑う彼女の姿があった。

 

そんなゼノヴィアと対照的に相変わらず苦々しい表情でゼノヴィアに向かっていく木場が居た。

 

因みに紫藤イリナと兵藤の手合わせは俺の介入もあって紫藤イリナの勝利に終わった。

 

「よそ見をしている余裕があるのかい?」

 

創造した魔剣で一直線に向かっていく木場の攻撃をいとも簡単に弾き返すゼノヴィア。

 

「あるよ」

 

挑発したはずの木場だったが、逆に素っ気ない返答をされ更に顔を歪ませている。

 

本来二人の力量にほとんど差はないが、心のありようでここまで結果が違うものかと思い知らされる。

 

「ならば僕の魔剣とキミの聖剣、どちらの破壊力が上なのか勝負だ!」

 

禍々しいオーラを放ち、現れたのは巨大な一本の魔剣だった。

 

その瞬間に勝負は決した。

 

ゼノヴィアも落胆したように嘆息している。

 

「選択を間違えたな」

 

木場の魔剣とゼノヴィアの聖剣がぶつかり合う。

 

巨大な刀身が宙を舞い、地面に突き刺さる。

 

言うまでもないことだが、折れたのは木場の魔剣だった。

 

その結果に激しく動揺するが、ゼノヴィアが聖剣の柄頭で木場の腹部を深く抉る。

 

「先輩、次はもう少し冷静になって立ち向かってくるんだな」

 

吐瀉物を吐いて崩れ落ちる木場を見下すように吐き捨てると、こちらへ向かってくるゼノヴィア。

 

悔しそうにゼノヴィアを睨み付けながら立ち上がろうとする木場だったが、身体に力が入らずに地面に這いつくばる。

 

「リアス・グレモリー、先程の話、よろしく頼む」

 

リアスにそう伝えると、ゼノヴィアは俺の方を向く。

 

「キミは私と彼の手合わせの結果が最初から分かっていたのに何のアドバイスもしなかったのは何故だ?」

 

怪訝な表情を浮かべて俺に問いかけてくるゼノヴィア。

 

「頭に血が昇った奴に何を言っても無駄だし、キミがあんなに強いと思わなかったから」

 

俺の答えに目を丸くしたゼノヴィアは忙しなく視線を泳がせて動揺する。

 

どうやら褒められることに馴れていないようだ。

 

動揺しているゼノヴィアに紫藤イリナが声を掛けると冷静さを取り戻す。

 

「センスはあるようだが、それだけでは限界がある。リアス・グレモリー、下僕をしっかり鍛えることだな」

 

意識を失っている兵藤と悔しそうに這いつくばる木場を一瞥して踵を返すゼノヴィア。

 

「・・・一つ忠告しておこう。『白き龍(バニシング・ドラゴン)』は既に目覚めているぞ」

 

足を止めて振り返り、ゼノヴィアがそう告げると、リアスの表情が歪む。

 

『白き龍』?

 

俺は聞き覚えのないワードに首を傾げるが、ゼノヴィアはじっと俺を見ていた。

 

「いずれ出逢うだろうが、今のままでは絶対に勝てないだろうね」

 

そう告げてこの場を後にするゼノヴィア。

 

紫藤イリナも頭を下げてゼノヴィアの後を追おうとしたが、ローブを忘れていると伝えると、この間のご飯のお礼だと言ってそのまま貸してくれた。

 

―〇●〇―

 

「とにかく聖剣相手にこのくらいで済んで良かったわ」

 

腕を組み、瞑目しながら今回のことを振り返るリアス。

 

アーシアの治療のおかげで回復した木場と兵藤もそれぞれに思うところがあったようで顔を伏せている。

 

俺はアーシアを労うように頭を撫でてあげながらリアスの言葉に耳を傾けていた。

 

「今回のことで痛感したと思うけど、一誠は圧倒的に実戦経験が不足してるわ。だから相手の力量を推し量ることが出来ないの。さっきの手合わせもあと一回、いえ二回倍加していれば勝機は見えたわ」

 

確かに兵藤の場合は勝負を急ぎすぎたというところはあるかもしれないが、その根底には女性の裸体への興味、もっと言えば胸部への執着心が原因であるとも言えるのであって、そこをなんとかしなければ同じ事を繰り返すことになるだろう。

 

亀のように小さくなってリアスの話を聞いている兵藤だったが、今回の敗戦はさすがに堪えたようで端から見ても落ち込んでいるのが分かる。

 

聖剣使いとはいえ、幼なじみの女の子に負けたのだからそれも無理はない。

 

(ほとんど俺の責任でもあるが・・・)

 

元気だけが取り柄の兵藤が静かだと他の眷属達にも影響を及ぼす可能性がある。

 

以前リアスが言っていたが、兵藤は既にグレモリー眷属のムードメーカー的な存在らしい。

 

「待ちなさい!祐斗!!」

 

女性を慰めることには慣れているが、男に声を掛けることはなかったためどうすればいいのか迷っていると、リアスの怒鳴り声が聞こえたのでまたかと思い、そちらを向く。

 

「私のもとを離れるなんて許さないわ!あなたはグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』なのよ。『はぐれ』になってもらっては困るわ。留まりなさい!!」

 

既に立ち去ろうとしている木場に対して、王として留めようとするリアス。

 

(もっと言い方があると思うがね)

 

だが、今の木場には逆効果だということが彼女には分からない。

 

自分の非を認め、謝罪するなど成長をみせる彼女だが、眷属への接し方は未だに変わっておらず、頭ごなしに意見を押し付けることがある。

 

リアスからしてみれば当たり前のことも他の眷属達には理解出来ないこともある。

 

育ってきた環境や培ってきた考え方の違いは如何に悪魔に転生しようと簡単には変えられるものではない、況してや負の感情を抱く者なら尚更である。

 

「・・・今の僕があるのは同志たちのおかげです。だからこそ、彼らの恨みを魔剣に込めないといけないんだ」

 

それだけ言うと、木場は闇夜に消えていった。

 

「祐斗・・・どうして・・・」

 

俯き、悲痛な表情を見せるリアスの肩を何も言わずにそっと抱き寄せる。

 

彼女は強くもあるが脆い。

 

(・・・恨み・・・本当にそれだけか木場・・・)

 

胸に額を寄せて涙するリアスの頭を撫でながら、木場の消えていった闇夜を見つめていた。

 

―〇●〇―

 

「今宵は夜も更けてきたのでここまでに致しましょう」

 

俺が朱乃に合図を送ると、彼女も頷いてこの場は解散となった。

 

アーシアの治療で回復したとはいえ、歩くのが辛そうな兵藤を送っていくと言ったが、考えたいことがあると言って一人で帰っていった。

 

その表情は何かを決意したようにも見えた。

 

家に帰る前に部室によってアーシアと小猫は制服に着替える。

 

部室には部員それぞれの制服がストックされているようだ。

 

アーシアからローブはどうしたらいいか聞かれたので、また二人と会うこともあるかも知れないので洗濯しておこうと家に持ち帰ることにした。

 

いつもの五人で家路へ着くも誰一人として声を発する者はいなかった。

 

だか、それぞれが何を考えているかは明らかであり、自分に何が出来るのかを考えていた。

 

「リーア『白き龍』って一体なんだ?」

 

道中で朱乃と小猫と別れたところでゼノヴィアの言っていたことをリアスに聞いてみた。

 

白龍皇(バニシング・ドラゴン)

 

兵藤に宿る【赤龍帝(ウェルシュ・ドラゴン)】と並ぶ伝説の龍であり【赤龍帝】と共に三大勢力に大打撃を与え、三陣営を恐怖のどん底に突き落とした存在で【赤龍帝】と一緒に神器に封じられ、こちらも世にも十三種のみ現存する神滅具(ロンギヌス)として現代まで語り継がれる代物。

 

【赤龍帝】と【白龍皇】は二天龍と並び称されており、三大勢力が戦争しているど真ん中で覇権争いを始めたことから三大勢力にとっては忌むべき存在だという。

 

【赤龍帝】の十秒毎に倍加の能力とは真逆で【白龍皇】の能力は十秒毎に相手の力を半減させるとういう化物じみた能力を有しており、二天龍は常にライバルとしてその時代、時代で争ってきたという。

 

「つまり、その【白龍皇】を宿した者が既に存在していて近いうちに兵藤の前に現れると?」

 

ドラゴンは争いを引き寄せると冥界では語り継がれており、その象徴こそが二天龍なのだと言われているようだ。

 

「その可能性は十分あるわね。今代の【白龍皇】がどんな人物なのかは知らないけど、ゼノヴィアの口振りからして一誠より強いことは間違いないわ」

 

そう言って頭を悩ませるリアス。

 

堕天使の暗躍から聖剣問題、更には【白龍皇】の襲来とくれば、それも当然で自分の管轄する街で次から次へと事件が起これば項垂れたくもなるだろう。

 

とはいえ、いつ現れるかも分からない『白き龍』のことよりも今は確実に進展しつつある聖剣問題の方が重要であり、それに関与している木場が気掛かりだ。

 

今後、木場がどんな行動を取ろうとしているのか?

 

兵藤の言っていた一人で考えたいこととは何なのか?

 

(この事件、まだまだ終わりそうにないな)

 

すっかり忘れていたことだが、担任教師が妻子持ちであるか、朱乃に聞くのを忘れていしまったため、試しにリアスに聞いてみると独身だという答えが返ってきたので放心状態の後に発狂した。

 

その姿をみたアーシアが慌てて【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】で回復させてくれたが、心の傷までは癒すことが出来なかった。




第19話更新しました。

すこし前から原作主人公のギャグ化が止まりません。
意図してそうしてる訳ではないんですが、主人公に光を当てようとするとどうしても落とす人物が必要になるのでそうすると彼になるんですよね。

決めるところでは決めてくれる原作主人公なのでこれからに期待してます。

内容のほうは教会戦士二人との手合わせでしたが、主人公の視点で全部書いたので意外と楽でしたね。
原作では木場がメインともいえる話ですが、教会戦士二人もいますので楽しいですね。

早く冥界に行きたい・・・

読んでくださる方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第20話


書き上げてから何度も見直すんですが、誤字・脱字の修正が必ず上がってきます。

第20話です。


 

お前がどう思ってるかは知らない。

でも俺はお前のことを仲間だと思ってる

だから俺は仲間のお前を放ってはおけない

 

―〇●〇―

 

「お義母様、どこかお出掛けなんですか?」

 

朝、いつも通りにアーシアとリアスという極上の美女二人を両脇に侍らせながら目を覚まし、いつも通りに二人がベッドの上で口論を始めて、いつも通りに着替えを済ませて、いつも通りグッタリしながら一階のリビングのドアを開けると、キャリーバッグを傍らに置いた母ちゃんが新聞を広げながらコーヒーを飲んでいた。

 

「父ちゃんが仕事で北海道に行くから、一緒に行こうと思ってね」

 

母ちゃんは自分の興味がある場所に父ちゃんが仕事で行くときにこうして一緒に行くことがあり、年に何回か家に居ないことがある。

 

本州が梅雨入りしてジメジメしているなかで梅雨のない北海道に行けるということで、年甲斐もなくウキウキしていた。

 

「誰が年寄りだって!」

 

不覚にも心の声が漏れてしまい、母ちゃんの愛のムチが頭部に炸裂する。

 

「どのくらいの期間いかれるのですか?」

 

二人にとってこうして悶絶する俺の姿は見慣れたもので、あのアーシアさえ心配してくれることはなく、 席に着いて母ちゃんと話をしていた。

 

「ニャ」

 

涙目で頭部を摩る俺の側に黒歌がすり寄って来てくれた。

 

もはやこの家で俺の心配をしてくれるのは黒歌だけだ。

 

そんな黒歌を抱き上げて、頬擦りをしたり、お腹を撫でてあげたりと、存分に甘やかしてあげた。

 

「ユーさん、叩かれたところ大丈夫ですか?」

 

黒歌に夢中になっていると背後から声を掛けられたので振り向くと、そこには聖母の如き笑みを浮かべたアーシアがしゃがみ込み、目線を合わせて頭を撫でてくれた。

 

「ユー、黒歌。ご飯を食べましょう」

 

アーシアの優しさに思わず抱き着こうとしていると、美の女神ことリアスが手を差し出してくれたので、その手を握って立ち上がった。

 

二人は俺を見捨てたのではなく、俺より母ちゃんを優先しただけなのだ。この家では至極当然なことである。

 

「それでは二人共、家のこととユウのことよろしく頼むからね!」

 

そう言い残して母ちゃんは父ちゃんの待つ北海道へ旅立った。

 

最近特に思うことだが、母ちゃんの中での俺の年齢設定はどうなっているのだろうか?

 

「一週間もお義母様が居ないなんて寂しいですぅ」

 

登校途中にアーシアが母ちゃんの不在を悲しんでいた。

 

リアスもそうだが、二人は本当に母ちゃんのことが好きなようで、特にアーシアは本当の親の顔を知らないため母ちゃんにその面影を重ねているのかも知れない。

 

「そうね。でもお義母様とお義父様は本当に仲がいいわね。私達もあんな夫婦になれるといいわね、ユー」

 

腕を絡めながら俺に体重を預けてくるリアス。

 

(こらこら朝から何を言い出すんですかこの娘は?)

 

歩きながら可愛らしく頭を肩に乗せてくる。そんなことをすれば右にいる人物が黙っているはずがない。

 

「部長さんばっかりずるいですぅ!私もユーさんと結婚しますぅ!!」

 

案の定それを見ていたアーシアもリアスに対抗するように腕を絡めて体重を預けてくる。

 

両手に花という状態で周りから見ればこの上なく羨ましい状況なのだが、当の本人である俺からすれば困惑の極みである。

 

極上の素材が積極的に調理されることを望んでいるにも関わらず、今後のことを考えて躊躇ってしまう。

 

優しさとは時に鋭利な刃物にも勝ると言われるが、俺も二人の心に大きな傷を残す前に決断しなければならない。

 

「あらあら、でしたら私は三番目ですわね」

 

誰が見ても羨ましい状況をよそにシリアスなことを考えていると、今度は背中から腰に手を回されて耳元で甘く囁かれる。

 

「朱乃さん?なにをしてらっしゃるので?」

 

その行動を理解出来ない俺へ自慢の胸部を惜しげもなく背中に押し当てて、ズボンのベルトをカチャカチャとイタズラしてくる朱乃。

 

だが、これでリアスが発狂してこの場は収まると、安心していた。

 

「もう仕方ないわね朱乃ったら。順番よ」

 

・・・違うよリアス。どうして今日に限ってそんなに友好的なんだい?この間のように襟を掴んで引き摺ってもいいからこの状況をなんとかしてください。

 

右にアーシア、左にリアス、後ろに朱乃という駒王学園の誇る最強3トップの破壊力に為す術もなく、されるがままになっていると、前方に救世主ともいえる人物が姿を現す。

 

その救世主は俺達の姿を捉えると、その場で俺達を待っていた。

 

もはやその人物に全てを託すしかない。

 

「天下の往来でなにをしているんですか(けだもの)

 

・・・違うぞ小猫。人によってはそのジト目はご褒美になるかもしれないが、今の俺が望んでいることはそういうことではないのだよ。

 

「とにかく、他の方の迷惑になるので離れたほうがいいと思います」

 

これ以上打つ手がないと愕然としていたが、後輩である小猫の常識的な一言により三人は顔を見合わせて、今更顔を赤くして俺から離れた。

 

「塔城ちゃんには牛乳と羊羹を一週間分贈呈しよう」

 

正気に戻って赤面する最強3トップからようやく解放された俺は、救世主である小猫の頭を撫でながら今回の報酬を提示する。

 

「一年分なら今後も助けてあげます」

 

小猫は交渉上手なようでこちらの痛いところを的確に突き、報酬を釣り上げようとしてくる。

 

「卒業まででどうだ?」

 

最強3トップをその場に置き去りにして、学園への道を歩きながら交渉を続ける。

 

「分かりました。それで手を打ちましょう」

 

大企業同士の経営統合ばりに固い握手を交わす俺と小猫を、最強3トップは不思議な顔で見ていた。

 

―〇●〇―

 

授業が終わり、二年生の区画にアーシアを迎えにいく。今日はアーシアと一緒にバイトの日だ。

 

「あれ?珍しい」

 

もうすぐアーシアのいる教室に着くところで、橙色の髪を三つ編みにした眼鏡っ子に声を掛けられる。

 

「桐生」

 

彼女の名前は桐生藍華といい、歳は一つ下の二年生であり、アーシアや兵藤のクラスメイトである。

 

半年くらい前までよく彼女に付きまとわれていたことがあったので、その性格は熟知している。

 

一言でいえば、女性版の兵藤といっても差し支えないだろうが、彼と違うのはその実行力だ。その彼女がアーシアの親友であることにとても危機感をつのらせている。

 

事実、アーシアが家で大胆な行動に出る場合は大抵、この娘が絡んでおり、彼女を発信源としてリアスや朱乃、そして母ちゃんと回ってきて実行に移すというのが一連の流れのようになっている。

 

「アーシアを迎えに?」

 

厄介な人物に遭遇したと思い、引き返そうと思ったが、時間の関係もあったので彼女にアーシアを呼んでもらうことにした。

 

「アーシア!旦那様が迎えに来たよ!!」

 

教室に入ってアーシアに声を掛ければいいものを、廊下から大声で叫ぶ桐生に俺は顔を手で覆い、項垂れる。

 

一瞬にしてクラスの男子生徒から敵意を向けられてしまい、困惑していると顔を真っ赤にしたアーシアが桐生に背中を押されてやって来た。

 

「お、お待たせしましたユーさん」

 

誰だってクラスメイト全員の前であんなことを叫ばれれば動揺してしまうのは当然であり、それが学園生活二ヶ月足らずのアーシアであれば尚更である。

 

「先輩先輩」

 

後ろからアーシアの肩を掴んで子供の電車遊びのようにして俺に近づいてくると、ニコッと笑顔をみせて俺を呼ぶ。

 

「今日のアーシア勝負下着なんで、可愛がってあげてくださいね」

 

小さくもなく、大きくもない普通のトーンで話す桐生に、廊下で俺達の様子を窺っていた全員が一斉にアーシアを見る。

 

「き、桐生さん!!」

 

珍しく大きな声を出すアーシアにすこし驚いたが、あんなことを言われれば当然かと納得する。だが、このような姿の彼女は部活や家では見たことがなく、これ程までに無邪気なアーシアを見たのは初めてかもしれない。

 

俺やオカ研の連中と一緒に居るときの彼女も楽しそうに笑っているが、やはり同世代の友人にしか与えられないものがあるのだと実感した。

 

アーシアが遠慮をしているとは思わないが、やはり出逢いが出逢いだっただけにその辺りは少し複雑な想いもあるのかもしれない。

 

彼女からしてみれば俺は命の恩人であり、好意を寄せる相手であって、友人とはまた別の存在なのだ。

 

二人のやり取りを見ていて、改めてそんなことを考えると、なんだか無性に寂しい気持ちになった。

 

「もう知りません!行きましょユーさん」

 

そう言って俺の手を引くアーシアをニヤニヤして見ながら桐生は眼鏡の奥を光らせていた。

 

アーシアに手を引かれたまま学園を出てグランデまで向かう道中で、彼女から桐生に対する愚痴を何度となく聞かされたが、その表情はとても楽しそうに見えた。

 

「ユーさんは桐生さんと知り合いなんですか?」

 

俺と桐生のどのやり取りを見てそう思ったのかは分からないが、半年前くらいからの付き合いだと話すと、どういう付き合いなのかと詰め寄られてしまった。

 

その後も学園での出来事を話していると、アーシアから兵藤の様子が変だったという話を聞いた。

 

あいつが変なのはいつものことだと思ったが、確かに桐生がアーシアを呼んだ時も姿を現さなかったので不思議に感じていた。

 

大方、昨日の負けが尾を引いているだけで、時間が経てばいつも通りに戻るだろう伝えた。

 

―〇●〇―

 

グランデに到着してお互いに着替えてそれぞれの持ち場に着くと、下準備の段階から厨房は戦場と化していた。

 

開店時間になり、店がオープンすると、次から次へと厨房にオーダーが寄せられてくる。オーダーを確認しながら一つ一つ丁寧に、されど素早く調理して料理長に引き継いでいく。その料理は料理長のOKが出ると、次々にホールスタッフの手により客に提供されていく。

 

(今日はボリュームのある料理が多く出るな)

 

フライパンを振りながらそんな事を考えるが、理由は明らかだった。

 

アーシアが出勤しているからだ。彼女が出勤する日は常連客に加えて若い男達が殺到するから大忙しだ。

 

店のHPには相変わらず怪しげなコメントが乱立している。

 

それほどまでにアーシアの存在はグランデにとって大きくなっており、客足を左右する程までになっていた。

 

(クサレ外道どもめ)

 

不特定多数の野郎共への怒りをフライパンに込めた料理を皿に盛り付けて料理長にチェックしてもらうと、見事に作り直しを言い渡されて雷を落とされた。

 

心が乱れると、料理の味も変わってくるらしい。

 

これも勉強だ。

 

「ユーさん、ちょっといいですか?」

 

頭に痛みを感じながら料理を作り直していると、珍しくアーシアが厨房に入ってきた。

 

ホールでなにかあったのかと思い、料理長の顔を見ると、行けと目で合図されたので彼女の後ろを付いていく。

 

前を歩いているアーシアが少し震えているように見えたので声を掛けようとしたが、その理由がすぐにわかった。

 

「アーシアは仕事に戻っていいよ」

 

不安そうな表情をする彼女の背中を撫でてあげる。どんな理由があるにせよ、いきなり自分に剣を向けた相手が目の前に現れれば誰だって怖くなるだろう。

 

「でも・・・」

 

躊躇する彼女に目線を合わせて頭を優しくポンポンしてゆっくり頷くと、アーシアも納得して仕事に戻っていった。

 

(さてと)

 

アーシアが仕事に戻ったのを見届けると、彼女を震えさせた原因へと近づいていく。

 

「・・・お前らなにしてんだ?」

 

ホールに出ていくと、料理長に雷を落とされたことを常連客に揶揄られたが、それを軽くあしらって目的のテーブルまで行くと、そこには兵藤と小猫と一緒に昨日まで険悪だったはずの紫藤イリナとゼノヴィアが座っており、更には木場まで同席していた。

 

「彼らが食事をご馳走してくれると言うんでね」

 

ゼノヴィアが楽しそうにそう言うが、仲良く飯を食う間柄でもないだろ。

 

「この店の料理がとても美味しかったので、一誠君にお願いしたんです」

 

ありがたいことを言ってくれる紫藤イリナだが、俺の知りたいのはそういうことではない。

 

「兵藤、ちょっと来い」

 

俺は兵藤だけを呼び出して外に出る。

 

「お前が何を考えてるかは知らないが、この事をリーアは知ってるのか?」

 

そう聞くと、押し黙って俯いてしまった。相変わらずバカ正直なやつだと呆れてしまう。嘘でも知っていると言えば俺から言うことは何もないというのに、ここで黙ってしまってはリアスに無断でなにかやろうとしていることがバレバレである。

 

そんな真っ直ぐなところも兵藤の良いところではあるのだが、あの紫藤イリナとゼノヴィアが関わっているとなれば話は別であり、そこに木場も居るなら尚更だ。

 

「俺、木場のために何かしてやりたくて。でもバカだからどうしていいか分かんなくて、そしたら偶然あの二人に会って」

 

仲間想いなのはよくわかったが、事がことだけに勝手な行動を取るのは危険だと思ったが、冷静な小猫まで兵藤と行動を共にしていると聞いて少し驚いた。

 

「・・・リーアに説教される覚悟はあるんだな?」

 

兵藤の目から強い意思を感じた。その覚悟があるなら俺から言うことはなにもない。

 

「わかった。だが、命だけは賭けるな。危なくなったら直ぐにリーアに相談しろ」

 

そう言って踵を返す俺の背中に深々と頭を下げる兵藤。

 

「それともう一つ」

 

あることを思い出して兵藤に向き直る。

 

「お前、金持ってるんだろうな?」

 

俺が何を言っているのか理解出来ていない兵藤に、この間あの二人が食べた飯の量と金額を伝えると、血の気が引いて真っ青になった奴がいた。

 

「先輩・・・ツケできます?」

 

もはや正気を失った兵藤がアホなことを聞いてくる。

 

「できるかそんなもん!!」

 

兵藤を蹴飛ばして店内に戻ると、何故か生徒会の匙君も加わっていた。

 

(一体この面子でなにやらかそうとしてるんだか)

 

奇妙な六人組を一瞥してアーシアに視線を向けると、こちらを気にしながらも一生懸命働いていた。

 

俺も戻って仕事を再開すると、六人組の席からとんでもない量のオーダーが入り、厨房の勢いが更に激しさを増していく。

 

紫藤イリナとゼノヴィアに加えて今日はあの小猫がいるのだ。おそらくあの三人だけでこの間の倍は食べるだろう。

 

というかこのままの勢いでオーダーが入ったらこっちも死んでしまう。

 

六人組のテーブルのオーダーを全て調理し終えると、既に厨房スタッフ達も疲労困憊でぐったりとしていた。

 

厨房が一段落したのでこっそり六人組の様子を見に行くと、テーブルの下で財布を広げた兵藤が涙目になりながら木場や匙に目配せをしていたが、二人から無視されていた。

 

(哀れ兵藤)

 

その瞬間、兵藤と目が合ってしまい、なんとも言えない表情をしていたのが印象的だった。

 

結局、飯を食い終わるまでに二時間程掛かり、そこから話を始めたものだから六人組は閉店間際まで席を占領していた。

 

俺も時々隠れて様子を見ていたが、思いの外冷静に話し合いが為されていたので少し驚いた。

 

なにせ兵藤側には木場もいるので一触即発な雰囲気になってもおかしくないと思ったが、双方にとって有意義な提案を兵藤がしているようで、木場も静かに聞いていた。

 

たまに匙が嫌そうな顔をしていたのは見なかったことにしよう。

 

そうしている内に六人組の話し合いが終わり、兵藤に最後の審判が下される時が来る。

 

俺は六人組のテーブルの伝票を確認すると、低価格が売りであるグランデでは見たことのない金額が記されていた。

 

(明らかに0が一つ多い)

 

どうするのかとテーブルの兵藤を注視していると、突然誰かと携帯で会話を始め、ホールスタッフに呼ばれた料理長が兵藤に携帯を渡されて話をしていた。

 

不思議に思っていると、どうやら話がまとまったようで兵藤達は店から出ていった。

 

「オーナーの部活の後輩だったらしくてオーナー持ちだ」

 

戻って来た料理長に話を聞くと、兵藤が電話していたのはリアスだったようで、兵藤はリアスに泣きついたようだ。

 

(あのバカ)

 

リアスに知られたくないと言っておきながら、当の本人に泣きつくとは。一体どんな脳ミソしてるんだか、呆れてものも言えん。

 

(どうなっても知らんぞ)

 

事が露見した時は仲裁に入ってやろうとも思ったが、リアスから何か聞かれたら全て見たままを伝えよう。

 

もはや兵藤がどうなろうと知ったことではない。

 

―〇●〇―

 

閉店時間になり着替えを済ませてホールでアーシアを待っている。

 

アーシアとバイトが一緒の日は掃除や雑務は免除されており、彼女と一緒に帰ることが俺の仕事だ。

 

一緒に住んでいるのだから掃除や雑務もすると言ったのだが、いくら俺が一緒でもこれ以上遅くなるのはダメだと料理長に言われてしまった。

 

「お待たせしましたユーさん」

 

アーシアが着替えを済ませて来たのでスタッフ達に挨拶をして店を後にする。

 

「辛くなかったかアーシア?」

 

二人で並んで歩きながらバイトでの出来事を聞いてみると、彼女も俺の言わんとしていることを理解したらしく苦笑いをする。

 

「少し怖かったですが、ユーさんが気を使ってくれたので」

 

アーシアは少しと言うが、二人の姿を見ただけで身体が震えるということは相当な恐怖心を抱いているに違いないだろう。

 

気丈に振る舞う彼女にどう声を掛けていいのか俺には分からなかった。

 

「厨房のほうも大変だったのではないですか?」

 

アーシアは最後まで兵藤達の席に料理を運ぶことはなかったが、他のホールスタッフ達が忙しそうに厨房とホールを行き来する姿を見て気に掛けていたようだ。

 

俺はその時の厨房の様子を彼女に話すと、改めて労いの言葉をくれた。

 

優しいアーシアは兵藤の財布の心ことも心配していたので本当のことを伝え、リアスに何か聞かれても包み隠さず話すように言うと、不思議そうに首を傾げていた。

 

「そういえばお義母様からメールで写真が送られて来たんですよ」

 

アーシアが楽しそうに携帯を操作すると、画面にどこかの牧場で競走馬と触れ合う母ちゃんの写真が何枚も写し出されていた。

 

よく思い出してみると、今朝母ちゃんが熱心に見ていたのは競馬新聞だった気がする。

 

「こっちはお義父様と一緒に写ってるんですよ。本当に二人共楽しそうです」

 

おや?父ちゃんは仕事で北海道に行っているはずでは?何故に二人楽しく牧場巡りをしている?

 

画面を見ながら疑問に思っている俺とは対照的に、アーシアは何度もスライドしながら写真を楽しんでいた。

 

家に帰ると電気が着いており、リアスが先に帰って来てるようだった。

 

「リーア・・・その格好は?」

 

家の中に入るとリアスが出迎えてくれたのだが、その姿に度肝を抜かれた。

 

「少し恥ずかしいけど、似合うかしら?」

 

リアスが素肌にエプロンのみを着用して現れ、裾をヒラヒラさせながら顔を紅潮させていた。

 

さすがに下着は身につけているだろうと思ったが、彼女がその場でクルッと回ったことで、何一つ無駄なものを纏っていない美しい背中と肉付きの良い臀部が露になった。

 

更には背中と腰辺りに下着で締め付けられた跡が残っており、その赤い跡に目を奪われてしまった。

 

(似合う、いや似合い過ぎる)

 

女性の裸体の黄金比率で有名なミロのヴィーナス像も真っ青になるほどの傑出した肉体を白いレースの付いたエプロンで包みながら、上目遣いでこちらを見るリアスの姿に今この瞬間、この世に彼女以上に美しい女性がいるのかと思わず喉を鳴らしてしまった。

 

「・・・わたしも・・・」

 

今にも男の本能が目を覚ましそうな中で背後からシャツの裾を引かれたので振り返ると、翡翠色の瞳に涙を溜めたアーシアが何かを言っているが、声が小さくて聞き取れなかった。

 

「私も着替えて来ますぅ!!!」

 

彼女の声を聞き取るために耳を近づけた瞬間、鼓膜を破られるのではないかと思うほどの大声で叫んだアーシアが、乱雑に靴を脱ぎ捨てて物凄い速さで自室に消えていった。

 

突然の出来事にバランスを崩すが、リアスに支えられたお陰で転倒は免れた。

 

「ユー、大丈夫?」

 

現在、リアスに支えられている訳だが、背中に大きく柔らかなものが当たっている。

 

「リーア、なんでそんな格好を?」

 

彼女のお礼を言って自分の足で立つと、改めて服装について訪ねてみる。

 

「ジメジメして気持ち悪かったから涼しい格好がいいかなと思って」

 

アッサリとそう答えるリアスだが、だからって裸エプロンは刺激的過ぎる。

 

「似合う?」

 

再びファッションショーのようにクルリと回る。だから、色々見えてるから。

 

「リーアはどんな格好をしても似合うよ」

 

そう伝えると嬉しそうに身を捩らせるリアス。

 

これ以上判断力の鈍る前にリビングに入っていく。おそらくアーシアもリアスと同様の格好をしてくるだろうから、その前に少しでも心を落ち着けておこうとソファに腰を下ろす。

 

父ちゃんと母ちゃんが不在のため、二人の暴走を止められる人物がいないので、今以上に行き過ぎた行動を取らないように、心を鬼にして厳しく言わなければならないと立ち上がって振り返る。

 

「・・・ど、どうですか?」

 

リアス同様裸エプロンで登場したアーシア。スポーツの世界には分かっていてもどうにもならないものが存在すると言われるが、俺は今それを体験している。

 

裸エプロンで現れると分かっていても、目の前で恥じらう少女の姿に太刀打ち出来ずに力なく横たわる。

 

「あら!似合うじゃないアーシア!」

 

リアスとアーシア。全くタイプは違うが絶世の美少女といえる二人が同じ格好をしてじゃれあっている。

 

そんな絶景を見て何も感じない男がいるとすれば、そいつは男として不能か、別の趣味の奴だけだろう。

 

話をしなければならない。これから一週間三人だけで生活していかなければならないのだ。

 

「二人共、とりあえず座ろう」

 

急に真剣な表情をする俺に、不思議そうに顔を見合わせてからソファに座る二人。

 

「リーア、アーシア。その格好とても似合ってる」

 

素直な感想を伝えてあげると、嬉しそうに手を合わせる二人。

 

「しか~し!明日から露出度の高い服は禁止!!」

 

俺は腕組みをして二人にそう告げる。そうしないと俺の身が持たない。

 

「なっ!?なんでよ!?」

 

予想通りリアスが反抗してくる。身を乗り出して言ってくるものだから、豊満な胸部が上下に弾む。

 

(動くな!大事なスイッチが見えてる!)

 

口ではダメだと言いつつ、そこに目線が行くのは男の性だ。

 

「理由はなんですか?」

 

アーシアもテーブルに手を突いて抗議してくる。彼女の場合は慎ましい胸部ではなく、丸みを帯びた臀部が左右に揺れている。

 

どちらも眼福・・・ではなく目に毒だ。

 

理由は単純に俺が我慢出来ないからであるが、それをそのまま伝えるのは二人を助長させるだけなので絶対言えない。

 

もし口にしてしまえば、両親が帰ってくるまで確実にリアスとアーシアは大人の階段を登ってしまう。

 

無論、その導き手となるのは俺なのだが。

 

普段母ちゃんは二人に積極的になれ、などと軽口を叩いているが、俺には現実的なことしか言わない。

 

今まで女性付き合いに関して何も言われたことはないが、リアスとアーシアを大切に想うばかりに二人との付き合い方にはよく口を出してくる。

 

つまり、両親の不在中に二人と事を為したなどと知れれば命の危機である。

 

それだけは絶対に避けなければならない。

 

「これまで母ちゃん一人でやってくれてた仕事を一週間とはいえ、三人で分担するので大変だからです!」

 

理由になっていないのは自分でも分かっているが、なんとか勢いで誤魔化せないかと頑張る。

 

「理由になってない気もするけど、ユーの言うことにも一理あるわね」

 

俺の勢いだけの0回答に何故か納得してくれるリアス。

 

「確かに慣れない家事は大変ですぅ」

 

なんか知らんが、良い流れになってきた。

 

「俺とアーシアにはバイトもあるからリーアの負担が掛かってしまう」

 

本当に一週間の生活の話になってしまっているが、これはこれでいい。

 

「分かったわ。これからは自重するわ」

 

なんと勢いだけで乗り切ることが出来てしまった。世の中最後は勢いが大切だと痛感していた。

 

「でも、折角たくさん用意してくれたのに申し訳ないですぅ」

 

おや・・・アーシアがおかしな事を言っている?

 

「それは言っちゃダメ!」

 

アーシアが慌てて口に手を当てる。

 

成る程、裏で糸を引いていた人物が居たわけだな。

 

目を細めてリアスを見ると、明らかに動揺してる。

 

「リーア。怒らないから本当のことを言いなさい」

 

形勢逆転。今度は俺が身を乗り出してリアスとアーシアに詰め寄る。

 

明後日の方向を向いて意地でも本当のことを言わないらしい。

 

「何も言わないか、うん、なら俺は寝るよ。おいで黒歌」

 

俺達のやり取りを静かに聞いていた黒歌を抱き上げて部屋に向かう。

 

「そう、なら私達も」

 

ホッとした様子で後を追って部屋について来ようとするリアスとアーシアを手で制する。

 

「どうしたのユー?」

 

俺の行動に首を傾げる二人を一瞥する。

 

「・・・隠し事をする二人とは一緒に寝ない」

 

黒歌に頬擦りをして部屋に向かう。

 

「な!?」

 

俺の一言に驚愕するリアス。

 

「そんなぁ!」

 

見なくても分かるほど、落ち込んでいるアーシア。

 

リアスとアーシアの背後にいる人物については大方予想出来るが、ここは心を鬼にして二人が折れるのを待つ。

 

最近アジュカ先生の言い付けを破ってばかりだが、時には仕方がない。

 

「わかった!・・・わかったからそんなイジワルしないで!」

 

リアスがついに折れて、急にしおらしくなってきた。アーシアも今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

心が痛むが、毅然とした態度でソファに座って二人の話を聞くと、やはり母ちゃんが絡んでいたようで、一週間分のコスプレ衣装を用意して行ったらしい。

 

「・・・話は分かったよ」

 

小さくなって事情を話してくれた二人は本当に反省しているようだ。

 

「イジワルしてごめんね」

 

二人の姿になんだかすごく申し訳なくなったので、謝罪して頭を撫でてあげると、涙目になった二人から抱きつかれてしまった。

 

そこで俺は思い出した。リアスとアーシアが未だに裸エプロン姿であることを。

 

二人は謝罪しながらいつもより強く抱きついてきたため、身体の至る所に彼女達の肉体が密着している。

 

(気持ち良すぎて昇天しそう)

 

その後、俺達はいつも通りベッドで一緒に眠ることになったが、二人の距離がいつも以上に近かったことは言うまでもない。

 

こうして俺達三人と黒歌だけの激動の一週間が幕を開けた。




第20話更新しました。

突然ですが、皆さんはHSDDのどのキャラが好きなんですかね?
筆者は断然ヴェネラナがお気に入りです。
彼女の若い頃をメインに据えた作品を書こうかと思うほど好きです。登場シーンは多くないですが、何故なんでしょうね。不思議です。

内容のほうはもはやギャグですね。
投稿しようか迷ったほどの中身のないものになってしまいました。すみません。
原作と話が前後しているのは間違った訳ではなく、意識的に書いてます。
ちゃんとコカビエルまでたどり着きます。ただ、余り早く彼と出会ってしまわないためにこういう書き方にしました。

読んでくださる方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第21話

今作始まって以来の最多文字数です。

第21話です。


 私はいやです

 先輩がいないのは寂しい

 だからいなくならないでください

 

 

 ―〇●〇―

 

 

「ふぅ。今日も収穫なしか?」

 

 気落ちするように匙が肩を落とす。

 

 先輩とアーシアのバイトする店でイリナとゼノヴィアに聖剣の奪取、または破壊を手伝うと宣言してから二日が経過していた。

 

 俺と木場と小猫ちゃん、更には生徒会の匙を加えた四人は部活を終えると、首に作り物の十字架をぶら下げ、神父とシスターの格好をして出来るだけ人気のない場所を散策しているが、全くと言っていいほど手掛かりがない。

 

 俺は落ち込む匙の肩を叩く。

 

 匙も最初はこの計画を手伝うことを躊躇していたが、今では俺達の中で一番気合いが入っている。

 

 初めて顔を合わせた時は嫌な奴だと思ったが、話をしてみると印象が変わった。

 

 なんでも匙の目標は生徒会長であり、自分の主である上級悪魔ソーナ・シトリー様とデキちゃった婚をすることらしい。

 

 まさかこんな近くに同じような目標を持つ奴がいるとは思わなかった。

 

 俺の目標も主である部長のおっぱいを揉むことだ。

 

 前に部長と約束した通り、最強の兵士(ボーン)になって心行くまであの巨大なおっぱいを堪能することを夢見ている。

 

 俺の場合はその前に巨大な菅原ユウ(ヤマ)が聳え立っているが、いつかその山を越えて部長を手に入れてやる。

 

 お互いの目標を宣言したことで、俺と匙は意気投合して今回の問題解決に全力を尽くそうと誓い合った。

 

 その時の俺達を見る小猫ちゃんの目は、まるで虫けらでも見るような目をしており、心にダメージを負ったのは言うまでもないが、匙の奴はそんな視線にさえも喜んでいた。

 

 もしかしたらこいつは、俺よりヤバイ奴なのかもしれないと思ったのは内緒だ。

 

 でも、そんな小猫ちゃんが木場に寄り添って寂しげな表情で訴えた時は驚いた。

 

 普段無表情な小猫ちゃんのその変化にはさしもの木場も困惑していつも通りの苦笑いを浮かべていた。

 

 最後まで首を縦に振らなかった木場だけど、可愛い後輩の懇願に遂に折れて、こうして俺達と行動を共にしてくれることになった。

 

 匙を励ましながら歩いていると、先を進んでいた木場が歩みを止めて立ち止まっている。

 

「上です!」

 

 小猫ちゃんが突然叫ぶと、その場にいた全員が上空を見上げる。

 

 その瞬間、俺の全身を寒気が襲った。

 

「フリード・セルゼン!」

 

 木場が魔剣を取り出して一目散にフリードに斬りかかる。

 

 その表情はこれまでにない程の怒りに満ちていた。

 

「ありゃ?チミはこの前の魔剣使いちゃん?」

 

 フリードも剣を取り出して木場の魔剣を止めるが、フリードの剣を見た瞬間、背筋が凍った。

 

 俺はあいつの持つ剣を知っている。あの剣はイリナとゼノヴィアの持っていた剣と同じ。

 

「てめぇフリード!なんでその剣を持ってやがる!!」

 

 間違いねぇ!あれは聖剣エクスカリバー!

 

「…………ダレ?」

 

 木場の剣を軽々止めながら俺を一瞥するフリード。この野郎、俺のことなんか覚えてないってか!

 

「ふざけんなっ!俺は兵藤一誠だぁぁぁ!」

 

 天高く左腕を掲げて【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を発現させる。

 

Boost(ブースト)!』

 

 そんな俺の怒りに呼応するように籠手の宝玉が光を放ち、ドライグが目覚める。

 

「紅い籠手?……あ~はいはい、思い出しましたよ。お前さんはあのときのお下劣なドラゴンすっね」

 

 相変わらず人をコケにするのが好きな野郎だ。だが、相手は聖剣。迂闊に手は出せない。

 

「伸びろ、ラインよ!」

 

 どう攻撃するか考えていると、匙の手元から黒い触手らしきものがフリードの右足に巻きついた。

 

「これでそいつは逃げられねぇ!存分にやれ、木場!」

 

 すげぇじゃねぇか、匙!足の早いフリードの動きを制限するなんて考えたな。

 

「ありがたい!」

 

 二刀の魔剣でフリードを攻め立てる木場。

 

「複数の魔剣所持……なるほど【魔剣創造(ソード・バース)】でございますか?そんなレアな【神器(セイクリッド・ギア)】をお持ちとは罪なお方ですこと!」

 

 木場が押しているのは間違いないが、フリードの野郎からは余裕を感じる。

 

「くっ!」

 

 何度目かの打ち合いで木場の魔剣が破砕音を立てて、砕け散る。

 

 くそっ!エクスカリバーってのはそんなに強力なのか!

 

「木場!譲渡するか?」

 

 俺は倍加した力を他者に譲渡することの出来るサポート技『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』をライザー戦の特訓の中で会得し、それをいつでも木場に向けて放てるように準備しているが、木場はまだやれると言ってフリードに向かっていく。

 

(意地を張ってる場合じゃないぜ木場)

 

 確かに何度もエクスカリバーに負けないというお前のプライドは分かるが、そいつはゼノヴィアと違って本気で殺しにきてるんだぞ!

 

「エクスカリバーがそんなに憎いかねぇ~!」

 

 フリードの攻撃に耐えていた木場だったが、強烈な攻撃に魔剣が耐えられなくなり、遂には折れてしまい、防ぐ術を失った木場にフリードの凶刃が襲い掛かる。

 

 木場が殺られると思い、駆けつけようとした時、俺は浮遊感に襲われる。

 

「こ、小猫ちゃん!?」

 

 何故か俺は小猫ちゃんに持ち上げられていた。

 

「……一誠先輩。祐斗先輩を頼みます」

 

 怪力少女によって豪快に宙に放り投げられた俺はそのまま神器(セイクリッド・ギア)を発動させる。

 

「木場ぁぁ!譲渡っすからなぁぁぁ!!」

 

 飛んでくる俺に驚く木場だか、その言葉に大きく頷く。

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 力の譲渡が完了して木場の全身からオーラが迸る。

 

「せっかくだから使わせてもらうよ!……魔剣創造(ソード・バース)!!」

 

 四方八方から刃の花が咲き乱れ、フリードに向かって伸びていく。

 

 フリードは舌打ちしながら、横なぎに破壊していくが、一瞬の隙をついた木場が一本の魔剣を手にして消えた。

 

 創造した魔剣を足場にして目にも止まらぬ速さでフリードに向かっていく。

 

 すでに俺の目には木場は映っていない。

 

(こ、これが騎士(ナイト)の駒を宿した木場の本気!)

 

 俺はそのスピードに呆気に取られているが、フリードには木場の動きが見えているようで、忙しなく視線を動かしていた。

 

(マジかよ!やっぱりこいつも普通じゃねぇ!!)

 

 風切音と共に宙に浮いていた魔剣がフリード目掛けて飛んでいく。

 

 どうやら木場は魔剣をただ足場にしていたのではなく一本、一本フリードに向けて飛ばしていたようだ。

 

「俺様のエクスカリバーは『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラビッドリィ)』!速度だけなら負けませ~ん!」

 

 軽口を叩くもフリードの表情には狂喜に満ちており、縦横無尽に向かってくる魔剣を一本一本打ち落としていく。

 

 その速度は更に増していき、遂にはその切っ先が消え去ってしまった。

 

(なんつう速さだ!)

 

 軈て全ての魔剣を破壊し尽くしたフリードは木場に向かって斬りかかる。

 

(これだけやってもダメなのか!?)

 

 フリードの聖剣が木場の魔剣を打ち砕く。為す術を失った木場にフリードの刃が振り下ろされる。

 

「やらせるかよ!」

 

 もはやこれ迄と思ったのは時、フリードがバランスを崩す。

 

 匙だ。あいつがフリードの右足に巻きついていたラインを引っ張ってバランスを崩させたんだ。

 

 そのラインはそれだけに留まらずに淡く光を放ち始めると、フリードから匙に向かって何かが流れ込んでいるようだった。

 

「これが俺の神器(セイクリッド・ギア)!【黒い龍脈(アブソーブ・ライン)】だ!」

 

 どうやら匙の神器(セイクリッド・ギア)は相手の力を吸収する力を持つようで対象が倒れるまで吸い続けるようだ。

 

「こっちもドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)かよ!」

 

 フリードが匙の神器を取り払おうと攻撃するが、全くの無傷だった。

 

(匙のやつも俺と同じドラゴン系の神器なのか?)

 

 確かにフリードに向けて伸びているラインがドラゴンの舌に見えなくもないが、物理攻撃でダメージが与えられないとは、厄介な神器だ。

 

「木場!聖剣のことは後回しだ!まずはそいつを倒せ!そいつを生かしておくと危険だ!」

 

 匙の叫びに複雑な表情を浮かべる木場だか、フリードの危険性は木場も理解しているようで魔剣を造り出す。

 

「いいんか?俺を殺して?お前さんの満足いく聖剣バトルがなくなるぜ?」

 

 命乞いとも取れるフリードの言葉だが、残る二本のエクスカリバー使いはフリードよりも断然技量が下のようで木場が満足出来ないと話す。

 

 木場の表情が変わる。なにを躊躇してやがる木場!お前の目標は聖剣だろう!

 

「ほぅ、【魔剣創造(ソード・バース)】か?使い手の技量次第では無類の力を発揮する神器(セイクリッド・ギア)だ」

 

 その時、この場にいない第三者の声が辺りに響き、そちらに視線を向けると、神父の格好をした初老の男が立っていた。

 

「ちょうど良いところに」

 

 初老の男を見たフリードが不気味な笑みを浮かべる。一体誰なんだこのじいさん。

 

「バルパー・ガリレイィィィィ!!」

 

 そのじいさんを見た瞬間に木場の金髪が逆立つのではないかと思うほどの怒りを滲ませる。

 

 怒髪天を衝くとはまさにこのことかもしれない。

 

 しかもバルパー・ガリレイってゼノヴィアやイリナの言っていた『聖剣計画』で木場達を処分したっていう。

 

 つまりこの男が木場の仇!

 

「じいさん、助けてくださいよ~」

 

 緊張感のあるこの場にはそぐわないフリードのふざけた声が響く。

 

「お前に渡した『因子』を聖剣の刀身に込めろ。自ずと切れ味が増す」

 

 バルパーが呆れたようにそう言うと、フリードの持つ聖剣にオーラが集まりだして輝きを放ち始める。

 

 その聖剣を振るうと、先程までどうにもならなかった黒いラインがいとも簡単に切れてフリードを拘束するものがなくなってしまった。

 

「逃げさせてもらうぜ!次に会うときこそ、最高のバトルだ!……それから、あの化物にも必ず殺すと言っておけ!」

 

 捨て台詞を吐くフリード。あの化物って先輩のことか?そういえば先輩とフリードは因縁があったんだっけ?

 

「逃がさん!」

 

 俺の横を凄まじいスピードで通り過ぎていく影があった。

 

 その影は一直線にフリードへ向かっていくと、いきなり斬り掛かる。

 

「ゼ、ゼノヴィア!」

 

 フリードも応戦して互いの剣が火花を散らした。

 

「やっほ。一誠君も居たんだ」

 

 ゼノヴィアがいるということは当然イリナもいるわけで、この土壇場で共同戦線が完成した。

 

「フリード・ゼルセン、バルパー・ガリレイ。反逆の徒め!神の名のもと、断罪してくれる!」

 

 形勢逆転だ。ここで確実にフリードとバルパーを仕留める。

 

 鍔迫り合いを繰り返すゼノヴィアとフリードだが、奴が懐に手を突っ込んだのを俺は見逃さなかった。

 

「気をつけろゼノヴィア!そいつは銃を使うぞ!」

 

 俺の言葉に警戒したゼノヴィアはフリードと距離を取る。

 

「バァ~カ!」

 

 フリードが懐から取り出したのは銃ではなく光の玉だった。

 

 しまった!あれはゲームなんかでよく見る逃亡用のアイテムだ!

 

「あばよ!教会のビッチにクソ悪魔共!」

 

 フリードが光の球体を地面に叩きつけると、目を覆うばかりの眩い閃光が辺りを包み込んだ。

 

 俺達は視力を奪われ、視力が戻った時にはフリードとバルパーは既にその場から消えていた。

 

「クソ!追うぞイリナ!」

 

 ゼノヴィアの言葉にイリナも頷き、二人に駆け出していく。

 

「逃がすか!バルパー・ガリレイ!」

 

 木場もゼノヴィアとイリナと同じように消えた二人を追って行った。

 

「おい!木場!」

 

 走り去る木場の背中に叫ぶも、すぐに見えなくなってしまった。

 

 その場に取り残された俺と匙は息を整えているが、小猫ちゃんはどこから取り出したのか分からないあんパンを口にしていた。

 

 今後のことを話し合っていると、背後に気配を感じる。

 

「一誠、これはどういうこと?説明してもらうわよ」

 

 そこには険しい表情の俺の主てある部長と……

 

「匙、簡潔に説明しなさい」

 

 匙の主である生徒会長の姿がそこにはあった。

 

 その二人の登場に俺と匙は一気に青ざめた。

 

 

 ―〇●〇―

 

 

「む……朱乃の淹れてくれた紅茶のほうがうまいな」

 

 ある店内の一席で提供された紅茶を口に含むと、俺は顔を顰める。

 

「うふふ、嬉しいことを言ってくれますわね」

 

 対面の席に座り、優雅に紅茶を啜りながら微笑みを浮かべる女性。

 

 姫島 朱乃(ひめしま あけの)

 

 高校三年生の十七歳でこの街にある駒王学園に通う所謂女子高生。彼女とは高校入学当初からの付き合いで、今日に至るまでずっと同じクラスに所属し、様々な活動や行事で多くの時間を共有してきた。語るに烏滸がましいほどの美しい顔立ちと同性であれば百人が百人羨む、抜群のプロポーションを備えたまさに完璧と言える女性だ。また、美人にありがちな傲慢な性格はしておらず、家事全般を得意とし、男の後ろを三歩下がって歩くような今の時代に稀少種とも呼べるような大和撫子である。

 

 すれ違えば誰もが振り返る女性である朱乃と俺が何故テーブルを挟んで仲良く紅茶を飲んでいるのか?

 

 それは数時間前まで遡る。

 

 

 ―〇●〇―

 

 

「今日は羊羹ではなくあんパンがいいです」

 

 昨日、最強3トップから助けてもらった報酬である牛乳と羊羹を持って昼休みに小猫の元を尋ねると、開口一番にそう言われてしまったので仕方なく購買にあんぱんを買いに行くと、飲み物を持ったアーシアと桐生に会った。

 

「ユーさん!どうしたんですか?」

 

 俺の姿を見つけると、嬉しそうに歩み寄ってくるアーシア。

 

 学校が一緒でも学年が違えば、意識的に逢いに行かなければそうそう逢うことはないので、偶然俺を見つけたアーシアは本当に嬉しそうだった。

 

 俺は購買にいる理由を彼女に話すと、少し落ち込んでしまった。

 

 小猫に報酬を払うことになった原因の一端はアーシアにもあるので、それを気に病んだようだ。

 

 後輩との交流だから気にすることはない、と言って頭を撫でてあげると、いつも通りの笑顔を見せてくれた。

 

「アーシア、今日のこと先輩には言ったの?」

 

 それをニヤニヤしなが見ていた桐生がアーシアに声を掛ける。

 

 なにかを思い出したようにアーシアが手を合わせて俺を見ている。

 

「今日桐生さんのお家にお泊まりしてもよろしいでしょうか?」

 

 珍しい、というか初めてだな。アーシアが自分からなにかしたいと言ったのは。

 

 リアスや朱乃に影響されて大胆な行動に出てみたり、母ちゃんや桐生に唆されて奇行に走ることはあったが、こうして面と向かってやりたいことを言ってくれたのは初めてだったので、その事に嬉しさを感じた。

 

「勿論いいよ。楽しんでおいで」

 

 目線を合わせて笑顔を向けると、弾けるような笑顔で喜んでいた。

 

(本当にいい友達に巡り会えたなアーシア)

 

 それがあの桐生というところに一抹の不安を感じるが、二人のはしゃぐ姿に目を細める。

 

「じゃあ、新しい下着が必要ね!」

 

 楽しそうに今夜の予定を話し合う二人に背を向けて、あんパンを購入しようと思ったが、桐生が妙なことを言っているのが聞こえた。

 

(本当に大丈夫だろうか?)

 

 拭いきれない不安を感じながら、購買のおばちゃんに百円を手渡した。

 

 購入したあんパンを持って小猫の待つ旧校舎へ急ぐ。

 

 小猫はリアス達と昼食を食べるため旧校舎で待っていると言っていた。

 

「お待たせ」

 

 旧校舎に到着して部室に入り、小猫にあんパンを手渡すと、リアスと朱乃が不思議そうな顔で俺達を見ていた。

 

 因みに二人は何故俺が小猫にあんパンを渡しているのか分かっていない。

 

 俺もソファに座って弁当を食べ始める。今日の弁当はリアスとアーシアが作ってくれた。

 

「今日アーシアが友達の所に泊まるって言ってた」

 

 リアスに今夜はアーシアが不在であることを伝える。アーシアが居ないということは、今夜はあの家に俺とリアスの二人だけということになる。

 

 それはそれで危険だ。

 

「そうなの?実は私も悪魔の仕事で夜遅くなるのよ」

 

 アーシアだけではなく、リアスまで居ないのか。

 

 以前は母ちゃんが父ちゃんの仕事に同行すると、一人で留守番することも多かったが、アーシアとリアスが同居するようになってからは母ちゃんも出掛けることが少なくなり、常に誰かが家に居るようになった。

 

 リアスは遅くなると言ったので帰ってくるとは思うが、誰もいない家に帰るのは約二ヶ月振りで少し寂しい気持ちなった。

 

「そうか……気をつけてな」

 

 その声の機敏を敏感に察したリアスが目尻を下げて俺の顔を覗き混んでくる。その表情はまるで我が子を見つめる母親のような表情に見えた。

 

「出来るだけ早く終わらせて帰ってくるから、そんな顔しないの」

 

 リアスに言われるまで気づかなかったが、頭の中で考えていたことが顔に出ていたようだ。

 

「意外と寂しがり屋なのね」

 

 俺の新しい一面が見れた、と言って嬉しそうに笑うリアス。その様子を見ていた朱乃や小猫も興味深そうな表情をしていた。

 

 俺はそんなに強い男に見えるのだろうか?俺だって一人で居るより誰か側にいてほしいと思う。

 

 最近、賑やかな連中に囲まれていたから、より一層そう思うのかもしれない。

 

「久しぶりに一人の時間を堪能するよ」

 

 弁当を食べ終えて、空になった弁当箱を持って先に教室に戻る。

 

 HRが終了して部活に行く者、教師に呼び出される者、友人と遊びに行く者、恋人同士で帰宅する者などクラスメイトの動きは様々である。

 

(帰って黒歌と遊ぼ)

 

 既にリアスと朱乃の姿は教室にはなく、クラスメイトに挨拶をして学園の敷地の外に出ようとすると、校門のところに朱乃が立っており、誰かを待っている様子だった。

 

 その佇まいは美しく、立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花。とはよく言ったものだ。

 

「朱乃?」

 

 どうして彼女がここに居るのかは分からないが、声を掛けると、待ち人が来たかのように笑顔になる。

 

「これから仕事か?」

 

 リアスが仕事なのだから、そのサポートに付くのだろうと思っていた朱乃が首を左右に振る。

 

「今日の仕事はリアスだけですわ。私もこの後時間があるんですよ」

 

 そう言うと、朱乃は自分の鞄から一冊の雑誌を取り出した。

 

「私がこれを読んだら、相手をしてくださると約束しましたよね」

 

 彼女の手に握られた本には今時の恋愛マニュアルとデカデカと書かれていた。

 

 あれは……確か体育祭の練習の最中だったか?そんなことを朱乃から言われたような気がする。

 

「なのでこれからデート致しませんか?」

 

 あのときは考える、と言って保留にしていたはずだが、朱乃の中では既に決定事項だったようでニコニコと可愛らしい笑顔を向けてくる。

 

「それにあんなに寂しそうなユーくんを放っておけませんわ」

 

 そう言って俺の腕に自分の腕を絡めてくる朱乃。かなり強めに腕を掴まれているため身動きが取れない。

 

 しおらしい言葉とは裏腹に捕まえた獲物は絶対に離さないとばかりに拘束されている。

 

(これでは選択肢を与えている意味がないぞ、朱乃)

 

 リアスと朱乃。本当に似た者同士の主従だ。とはいえ、俺に気を使ってくれての行動なのでありがたい。

 

「ならお言葉に甘えようかな」

 

 家で留守番をしている黒歌のことは気になったが、隣で弾けるような笑顔を見せる彼女の誘いをどうして断れようか。

 

 あちらこちらから刺すような視線を感じながら俺と朱乃は歩き始める。

 

 どうやらデートプランは予め朱乃が考えて来たようで、それに従って俺を案内しようとする。

 

「デートなんだから」

 

 こんな時でも俺の三歩後ろを歩く朱乃に対して、手を繋ごうと思い、彼女の手を握る。

 

「こんなところをリアスやアーシアちゃんに見られたらまた怒られてしまいますわよ」

 

 乙女のように顔を紅潮させながら俺を揶揄かってくるが、本当に逆効果だ。

 

 普段は大人びた凛とした佇まいで何事にも冷静な彼女を知るものならば、そのギャップに一瞬にしてやられてしまうだろう。

 

「デート中に他の女の名前を出すのはルール違反」

 

 握った手を引き寄せて身体を密着させる。

 

「それとも俺と二人だけだと、つまらない?」

 

 慌てて俺の言葉を否定する朱乃。こういう時、いつもの彼女なら俺のイジワルを見抜いて揶揄かい返してくるのだが、今日はその余裕すらないようだ。

 

 こうして俺と朱乃のデートは始まった訳だが、彼女が予め考えてきたデートプランを聞いたときに違和感を感じた。

 

(ペットショップにクレープ屋?ゲームセンターに行ってタワー?最後に夜景のキレイなレストランで夕食?なんだこの如何にも初めてデートする箱入り娘が計画しそうなデートプランは?)

 

 俺に体重を預けて嬉しそうに微笑む朱乃のイメージとはずいぶん違うな、と思う反面で彼女も十七歳の少女であると改めて実感した。

 

 予定通りにペットショップに到着すると、朱乃は頬を緩ませて様々な動物たちと触れ合っていく。その様子に癒されながら、遠巻きに眺めている。

 

 何故かと言うと、俺は動物が苦手だ。我が家の愛猫である黒歌は別だが、それ以外の動物とは極力関わりたくない。

 

 爬虫類や両生類などもってのほか、鳥類や魚類も無理。それらを愛して止まない人には悪いが、何がいいのかさっぱり分からない。

 

 犬や猫に対しても尻込みしてしまう。つまり、会話の出来ない生物は無理。

 

 極論を言えば黒歌以外の動物は受け付けない。

 

 朱乃にその事を悟られないように少し離れたところで黒歌と遊ぶためのオモチャを物色している。

 

 もちろん彼女の様子は逐一チェックしている。突然、動物を押し付けられでもしたら、たまったものではないからだ。

 

 俺が黒歌用のオモチャを何品か購入して朱乃のところに行くと、犬に胸部を刺激されて艶かしい声を上げていた。

 

(なんとTPOを弁えた犬だ。あれとなら仲良くなれそうだ)

 

 ショップの店員に犬から解放してもらった朱乃は身なりを整えて俺のところへ来ると、何故助けてくれなかったのかと、怒られてしまった。

 

 ペットショップを出ると、彼女からなにを買ったのか聞かれたので見せてあげると、俺が猫を飼っていることを知らなかったらしく驚いていた。

 

(そういえば、まだリアスと同居する前に二人が遊びに来ていた時はいつも黒歌が居なかったな)

 

 不思議な偶然もあるものだと思いながら、次の目的地であるクレープ屋を目指した。

 

 購入したクレープを店のベンチで食べていると、俺の頬に付着した生クリームを朱乃が舌で直接舐めとってくれた。端から見れば完全にイチャイチャしている恋人同士にしか見えないだろう。

 

 クレープを半分まで食べたところでゲームセンターに向かって歩き出す。途中で通行人とぶつかりそうになった朱乃を抱き寄せると、彼女は顔を真っ赤にしていた。

 

 ゲームセンターではクレーンゲームのブースで立ち止まった朱乃が景品をじっと見ていた。巷で話題の某有名歌姫の愛称の書かれたキーホルダーで、簡単に取れそうだったので挑戦してみると、見事に失敗した。

 

 それが悔しくて五百円ほど使ってしまったが、無事に入手することが出来たので朱乃にプレゼントしてあげると、とても喜んでくれた。

 

 嬉しそうな朱乃を見て、彼女がこういうものにも興味があるのかと勉強になった。

 

「次はタワーだったか?」

 

 プレゼントしたキーホルダーを口角を上げて眺めている朱乃に次の行き先を確認すると、急に真剣な表情になって行きたい場所があると言われた。

 

(花?)

 

 彼女が何処に向かっているのか分からずに付いて行くと、フラワーショップで花束を購入していた。その後も何も語らずに歩き続ける。

 

 西の空に太陽が沈もうとしていた。

 

 黙って朱乃に付いて行くと、見覚えのある建物が目に入ってくる。すると、彼女はある建物の前で足を止めた。

 

「朱乃……何故ここに?」

 

 その場所は二ヶ月前のあの日から月に一度、俺とアーシアが必ず訪れていた場所だった。

 

 朱乃が訪れたのはレイナーレの眠る教会だった。

 

 目を見開いて朱乃を見ると、見たことのない憂いを帯びた表情の彼女が俺を一瞥して中に入っていく。

 

 朱乃の後を追って中に入ると、レイナーレの墓に花を供えて手を合わせる彼女の姿があった。

 

 何故、朱乃がレイナーレの墓に手を合わせているのかは分からないが、その姿に特別な事情があるようにも思えた。

 

(朱乃とレイナーレ。二人の間になにかあるのか?)

 

 しばらくの間、手を合わせていた朱乃が立ち上がり、振り向くと、いつもの笑顔に戻っていた。

 

「では、ご飯を食べに行きましょうか?」

 

 そう言って腕を絡めてくる彼女の肩が少し震えていたことに俺は気づいていたが、敢えてそこには触れなかった。

 

 いや、触れてはいけないと思った。俺は朱乃のことで知らないことがあった。

 

 それは彼女の両親のことだ。

 

 以前、リアスと一緒に彼女の家を訪れたことがあったが、その家には朱乃以外の人の生活している気配がなかった。その時、彼女が一人暮らしであることを知ったのだ。

 

 両親について訪ねようとも思ったが、リアスがあからさまに話を逸らしたので聞けず仕舞いだった。

 

(リアスの眷属はみんな一癖あるな)

 

 聖剣に囚われた木場、指名手配の姉を持つ小猫、スケベ心に支配された兵藤。

 

 王と同じで皆、一筋縄では行かない面子ばかりだ。

 

 朱乃もおそらく心に傷を抱えている。

 

「辛くなったら……いつでも言ってくれ」

 

 俺の言葉に大きく肩を震わせた彼女の頭を優しく撫でてあげた。

 

 

 ―〇●〇―

 

 

「それで今日のデートプランは誰が考えたものなんだ?」

 

 食事を終えて紅茶を口にしながら朱乃に問う。どう考えても今日のプランは彼女が考えたようには思えなかった。

 

「うふふ、気づかれていましたか?」

 

 昼間の一件を心配したが、いつも通りイジワルな表情で笑う朱乃に戻っていたので安心した。

 

 どうやら今日のデートプランはリアスから借りた恋愛マニュアル本に挟まっていたらしく、それを実行したらしい。

 

 確かにリアスの考えそうなプランだと二人で笑った。

 

 支払いを済ませて店を出て、朱乃を家まで送って行く。

 

 彼女の家は神社で長い階段を登らると、自宅が見えてくる。

 

「今日はありがとう。楽しかったよ」

 

 玄関まで彼女を送り、また明日と言って踵を返す。

 

「ユーくん」

 

 呼ばれて振り向くと、頬に彼女の唇が触れる。

 

「こちらこそ、楽しかったですわ」

 

 そう言い残して、顔を赤くした朱乃は足早に家の中に入っていった。

 

 頬を熱が帯びるのを感じながら家路に着く。

 

(朱乃とレイナーレは関係があるのか?)

 

 答えの出ない疑問を頭の中に巡らせながら歩いていると、目の前の公園から悲鳴が聞こえて来たので様子を伺って見ると、リアスとソーナに尻を叩かれている兵藤と匙を発見した。

 

(……バレたのか)

 

 兵藤と匙だけなら揶揄いに行ってもよかったのだか、小猫もお仕置きを受けるようで、少女のあられもない姿を観賞する趣味は俺にはなかったので、見なかったことにして公園を後にした。

 

 最も気になったのはソーナに尻を叩かれているにも関わらず、歓喜の表情を浮かべる匙の姿だった。

 

 家に帰ると、黒歌が迎えてくれたのでご飯を用意してあげると、お腹が空いていたようで夢中になって食べていた。

 

 しばらくテレビを見てリアスが帰ってくるのを待っていたが、帰ってくる様子がなかったので風呂に入って黒歌と一緒にベッドに横になった。

 

 

 ―〇●〇―

 

 

 隣で何かが動くのを感じて目を覚ますと、リアスがベッドから出ていく姿を見つけた。

 

 リアスに挨拶をして時計を確認すると、いつも起床する時間を指していた。

 

 彼女が帰って来たことにも気づかないほど熟睡していたようだ。

 

 準備をしてリビングに入ると、朝食の用意をするリアスがいたので一緒にキッチンに立った。

 

 朝食を食べながら、昨日なにをしていたのか聞かれたので、朱乃と出掛けていたことを伝えると、今度は自分ともデートしてほしいと言われたので了承した。

 

 だからなのかは知らないが、その日のリアスは終始ご機嫌で登校時に朱乃が昨日のことでリアスを挑発しても喧嘩になることもなく朱乃は不思議な顔をしていた。

 

 昼休みになり、珍しくアーシアが合流して木場と兵藤を除いたオカルト研究部の五人で昼食を食べた。

 

 アーシアの弁当もリアスが用意しており、それを美味しそうに食べながら昨日のお泊まりのことを話してくれた。

 

 人生初の友人宅へのお泊まりが、余程楽しかったようで昼休みが終わるまで話は続いた。

 

 HRが終わり、バイトがあるのでリアスと朱乃に挨拶して学校を出た。

 

 因みにアーシアは今日は休みだ。

 

 店がオープンすると、相変わらず大忙しで次から次へとくるオーダーを手際よく捌いていく。

 

 録に休憩も取れないうちにラストオーダーの時間になり、そこで厨房スタッフ達が一斉に一息つく。

 

 相変わらず目の回るような忙しさだ。

 

 全てのオーダーを調理し終えると、厨房の片付けが始まり、客が全員いなくなったところでホールの掃除を取り掛かる。

 

 全ての掃除・雑務が終わって、着替えを済ませて時間を確認すると、十一時を過ぎた頃だった。

 

 料理長とスタッフ達に挨拶して店の外に出た瞬間だった。

 

 曾て無いほどのプレッシャーが俺を支配した。




第21話更新しました。

前話の後書きで皆様の好きなキャラを聞きましたが、王道キャラや人妻キャラ、更には少女キャラまで様々な名前がありました。改めてHSDDの女性キャラは一人一人が魅力的なんだなと感じました。
アンケートでもないのにコメントくれた方ありがとうございました。

内容のほうは前半が完全な原作遵守でした。やはりあの絡みがないと今後の展開が成り立たないと思いました。後半はあの時朱乃さんは何をしていたんだろうと思ったので主人公と絡めてみました。

最終盤をあっさり書いたのは嵐の前の静けさ的な感じにしたかったからです。

読んでくださる方、コメントをくれた方、誤字・脱字の修正をしてくださる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第22話

夢中になって書いていると、キリの良いところを逃してしまいます。

第22話です。


ありがとうみんな

遂に決着をつけたよ

僕達はエクスカリバーに勝ったんだ

 

 

―〇●〇―

 

 

「!?」

 

大地が揺れる・・・まさにそんな感覚だった。

 

圧倒的な何かがこの地に降り立った。

 

(家の方角!)

 

自宅の周辺から不気味な気配を感じる。

 

(リアスとアーシア。それにフリードと・・・誰だ?)

 

覚えのない二つの気配。だが、その一つから感じる気配はドス黒く濁っており、絶望感さえ漂わせていた。

 

この者の放つプレッシャーはあのライザー・フェニックスの比ではなかった。

 

噴き出す汗も二の次に、俺は走り出していた。

 

(リアス、アーシア。無事でいてくれ!)

 

何故、これ程までの気配を今まで感じることが出来なかったのかは疑問だが、悠長に考えている時間もない。

 

(木場と兵藤はどうした!朱乃と小猫は!?イリナやゼノヴィアは!!)

 

最悪の事態が頭を過る。それほどまでにこの気配の持ち主は危険だ。

 

「そんなに急いでどこに行くんだ?」

 

常人には認識出来ない程のスピードで走っている俺に声を掛けてくる男がいた。

 

その男の声に思わず足を止めてしまった。

 

男はガードレールに腰を掛けながら空を見上げていた。

 

「そんなに急いでいたら、美しい星々たちも見れないだろう?」

 

不思議な雰囲気を纏う男だ。頭ではリアス達のところへ急がねばと分かっているのだが、身体がこの男に引き寄せられる。

 

月灯りに照らされた美しい銀髪、清潔感を漂わせる白いシャツに漆黒を連想させる黒のジャケットとズボン。

 

(・・・人間ではない?)

 

何より男の醸し出す雰囲気が、普通の人間とはかけ離れていた。

 

(堕天使?・・・いや、悪魔か?)

 

得体の知れない目の前の男に警戒する。

 

「そう警戒するな。あれだけ旨い料理を作る男に興味があるだけだ」

 

口振りからすると、店の客のようだが、それだけではないのは明白だ。

 

「それはありがとうございます。申し訳ありませんが急いでいますので、今度はバイト中に声を掛けてください」

 

会釈をして再び走り出そうとしたが、リアス達の気配を見失ってしまい、自然と舌打ちをする。

 

もう一度気配を探すが、俺が探知出来る範囲には居なかった。

 

「お前の急いでいることとは関係ないかも知れないが、この先の公園に女が一人倒れていたぞ」

 

ニヤリと笑みを浮かべながら俺に向かって言葉を投げてくる。

 

「黒いボンテージのような戦闘服を着た、栗毛の女だ」

 

間違いない紫藤イリナだ。彼女の特徴と一致する。

 

男の話では出血も酷く、意識もない様子だったようだ。

 

そんな状態の女性を発見しながら、その場に放置してきた目の前の男に怒りを覚えるが、今は男に文句を言っている場合ではなく、一刻も早く彼女のところへ急がねばならない。

 

男を一瞥すると、嫌な笑みを浮かべていたが、こちらに敵意は無いようだったので、紫藤イリナが倒れていると言っていた公園に急いだ。

 

その間もリアスとアーシアの気配を探っていたが、やはり発見することは出来なかった。

 

公園に着いて周囲を見渡すも、彼女の姿を見つけることは出来なかった。だが、地面の土になにかを引き摺ったような痕が残っており、所々に血液らしきものが付着していた。

 

「イリナ!?」

 

その痕を追って行くと、ドーム型の遊具があり、その中に彼女が横たわっていた。

 

すぐに彼女に駆け寄り、上半身が露になっていたので制服の上着を羽織らせてあげ、意識を確認すると僅かだが反応があった。

 

「すぐに病院に連れていく」

 

イリナを抱き上げようとすると、腕を捕まれた。その力は瀕死の女性のものとは思えないほど強かった。

 

「びょ・・いん・・・・・・ダメ」

 

掠れた声で肩で息をしながら強い拒否を見せるイリナ。

 

「命に関わるぞ!」

 

こんな状態になってまで拒否すると言うことは、おそらく彼女達は非合法な手段でこの国にやって来たのだろう。そのため、素性がバレると厄介なことになるのだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

無理矢理抱き上げようとするが、意地でも言うことを聞かないイリナ。

 

余程、本国に迷惑を掛けたくないらしい。なんという忠誠心の強さだ。アーシアもそうだが、この年代の少女達にここまでさせる教会とは、一体どんな組織なのだろうか。

 

(そうだ!アーシアだ!)

 

俺はアーシアの【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】の存在を思い出し、彼女ならばなんとか出来るだろうと、イリナに事情を説明して彼女を抱き上げ、アーシアが戻ってくることを願い、家に連れていく。

 

「アーシア!」

 

家の中には電気が点いており、もしかしたらアーシアが居るかも知れないと、玄関のドアを開けたが中には誰も居なかった。

 

俺は今は使われていないリビングの隣の部屋のベッドにイリナを寝かせると、処置剤一式とタオルを持って部屋に戻る。

 

意識の朦朧としている女性の衣服を脱がせることには躊躇したが、身体の至るところに出血があり、早く処置しなければ大変なことになると思ったので、断腸の思いで衣服を脱がせた。

 

温かいタオルで彼女の全身を清拭してから処置を始めた。

 

時折、消毒液が傷口に滲みたのかビクッと反応することがあったが、額の比較的小さい傷は大きめの絆創膏で処置して胸部と腹部の傷には包帯をしっかり巻いた。太腿から脹ら脛にかけても細かい傷が複数あったので、まとめて包帯を巻いた。

 

傷口が炎症を起こして熱が出る可能性も考慮して、枕の替わりに大きめの保冷剤を用意した。

 

(あとはアーシアにお願いすれば、傷が残ることもないだろう)

 

いくら教会戦士と言っても女の子。顔や身体に傷を残るようなことは避けなければならない。

 

(さすがに服は着ないとな)

 

一息吐いてイリナを見ると、素肌に包帯のみを巻いたミイラ男ならぬミイラ女のようになっていたので、パジャマを借りようと部屋を出た。

 

イリナの体型を考えると、アーシアのパジャマでは下半身はサイズが合うかも知れないが、上半身は少しキツイかもしれない。

 

リアスは・・・ダメだ。彼女はまともなパジャマを持っていない。

 

結局、自分の部屋から新しいTシャツと短パンを持ってきてイリナに着用させた。彼女の着用していた黒い戦闘服とシンプルな可愛らしい下着をネットに入れて洗濯機を回した。

 

その後、キッチンへ行き、イリナが目を覚ました時に少しでもなにか口に入れたほうがいいと思ったので、簡単ではあるが、玉子粥を作って彼女の眠る部屋に戻った。

 

三十分くらい部屋を離れていたが、目を覚ますことなく眠っていたようだ。時折、なにかに魘されるように身を捩るが、すぐに規則正しい寝息を立てる。

 

そんなイリナを見ながら、彼女の負った傷のことを考えいた。

 

(あの傷を見る限り彼女が一方的にやられたのは間違いない。だが、そんなことが有り得るのだろうか?・・・仮にも教会という巨大な組織から、正式に聖剣奪還という大任を拝したほどの戦士だ。イリナの実力は定かではないが、ゼノヴィア程ではないにしろ、それに近い実力を持っていると見ていいだろう。況してやイリナは聖剣を任されていた。そんな彼女が手も足も出ない相手・・・)

 

そこまで考えて、ふと思考を止めた。

 

一人だけ心当たりがあったからだ。

 

(あの強烈なプレッシャーを放っていた存在)

 

聖剣エクスカリバーを有した教会戦士を歯牙にもかけない程の力を持った者が居たとしたら・・・その者がリアス達と対峙していたとしたら・・・

 

(まずいな)

 

事態が次のフェイズに移行しつつあるなかで、最も強力なカードが相手側にあることを悟った。

 

(もしリーアが冥界に援軍要請をせず、自分達だけで決着をつけようとしているなら・・・)

 

最悪のシナリオが頭に浮かぶ。

 

(・・・全滅・・・)

 

リアスは少しずつではあるが、王として着実に成長していることは間違いない。だが、土壇場での経験が少ないのは、普段の彼女を見ていても分かる。

 

リアスは優しい、その優しさが王として成長を妨げているのも事実だ。いずれ、状況に応じた冷静な判断が出来るようになるだろうが、現段階でそれが出来るかと聞かれれば不明だ。

 

だが、敵は彼女の成長を待ってはくれない。リアスが自分自身で気づくしかない。

 

(リーア、みんな)

 

部屋の中から見上げた月は真円を描き、輝いていた。

 

 

―〇●〇―

 

 

僕がバルパーとフリードを追ってこの場所に着いたとき、部長達は冥界の番犬と称されるケルベロスと対峙していた。

 

そのうちの一匹が逃亡しようとしていたので、動きを止めるため神器を発動した。

 

身動きの取れなくなったケルベロスは副部長の巨大な雷で消滅した。

 

ケルベロスを撃退し、安堵していた矢先に僕達の目の前でバルパーの手によって四本のエクスカリバーが一本になった。

 

だが、事態はそれだけに留まらなかった。四本のエクスカリバーの融合に伴い、バルパーが地面に施していた術式が完成し、間もなくこの駒王町が崩壊するという。

 

しかも、その術式を解除するためには、あのコカビエルを倒さなくてはいけないと言った。

 

僕達はコカビエルをなんとかするためには奴に向かおうするが、暗闇から突然現れたフリードが完成したエクスカリバーを手にして対峙してきた。

 

ゼノヴィアが僕に共闘を持ち掛けてくる。教会から命を受けている彼女は、聖剣の核となっている欠片を回収出来ればいいようだ。

 

僕達のやり取りをにやけた顔で聞いていたバルパーに僕と聖剣の因縁を話すと、笑って自分の話を始めた。

 

僕はバルパーの口から語られた真実に唖然とした。

 

バルパーは自分に聖剣使いの適正がなかったことに絶望し、聖剣使いを人工的に作り出す研究に没頭。聖剣を扱うためには特別な因子が必要であることに気づき、その因子だけを抽出出来ないかと考えた。

 

つまり、一人一人では聖剣を扱えるだけの力が足りなかったが、その因子を取り出して一つにまとめることで、聖剣を扱える存在を作ろうとした。

 

この男は同胞達を殺して因子を取り出したのだ。

 

そうして完成した因子を使って、フリードが聖剣を扱えるようにしたのだ。

 

その真実を知った瞬間、怒りにうち震えた。

 

バルパーが興味を失ったように因子の一つを地面に放り投げた。

 

頬を伝う涙をそのままに地面に転がる因子を拾い上げ、優しく撫でた。この時の感情をどう表現していいのか分からない。

 

どんなに変わり果てた姿になっても、苦楽を共にしてきた同胞達との再会に溢れる涙を止められなかった。

 

そのときだった。

 

僕の手の中の同胞達の命が光輝き、その場を覆ったのは。

 

何が起こったのか分からずに呆気に取られていると、その光が人の形を形成し始めた。

 

その姿を見間違えはずはない。いまのいままで一日足りとも忘れたことなどない。

 

そこには幼き頃を共に過ごした同胞達の姿があり、彼らはとても穏やかな表情をしていた。

 

僕の涙が地面を濡らしていく。

 

ずっと思っていたんだ、どうして僕だけが生き残ってしまったのかと、僕だけが平穏な暮らしをしていいのかと。

 

そんな僕に同胞達は言ってくれた。

 

もう苦しまなくていいと、幸せになっていいと、自分達のこと忘れないでいてくれてありがとうと。

 

その瞬間、全てが報われた気がした。

 

僕は迷い中で生きてきた。悪魔へ転生して新たな名と生きる意味を得た。その一方で苦しみながらこの世を去った同胞達の無念を晴らすために得た力でもあった。

 

部長への忠誠か同胞達の復讐かで揺れ動くこともあった。

 

でも、同胞達の言葉で僕は新たな一歩を踏み出すことが出来る。

 

「僕はリアス・グレモリー眷属の騎士(ナイト)、木場祐斗だ!」

 

 

―〇●〇―

 

 

「・・・聖歌」

 

隣で見ていたアーシアがそう呟いた。その瞳からは涙が流れていた。

 

彼らと一緒に、木場も涙を流しながら聖歌を口ずさんでいた。

 

すると、彼らの魂が輝きを放ち、木場を囲んでいく。

 

彼らは無垢な笑顔で木場に話しかけていた。

 

一人ではダメだったと、皆が集まれば大丈夫だと、怖くなんかないと、自分達の心は一つだと。

 

やがて彼らの魂が天に昇っていき、大きな光となって木場に降り注いでいく。まるで結婚式のイベントで行われるライスシャワーのようだ。

 

『相棒』

 

木場を祝福するような神々しい光に目を奪われていると、ドライグが語りかけてくる。

 

『あの騎士(ナイト)は至った』

 

至った?ドライグがなにを言っているのか、俺には理解できなかった。

 

神器(セイクリッド・ギア)は所有者の想いを糧として変化と進化を繰り返す。だが、それとは別の領域が存在する。所有者の想いが、願いが、この世界に漂う《流れ》に逆らうほどの劇的な転じ方をしたとき、神器(セイクリッド・ギア)は至る。そう、それこそが・・・』

 

ドライグが楽しそうに笑う。

 

『――《禁手(バランス・ブレイカー)》だ』

 

 

―〇●〇―

 

 

月灯りで照らされていた部屋から光が失われていく。不思議に思い、窓の外を見ると、先程まで煌々と光を放っていた月が雲に覆われていた。

 

先程までなにかに魘される度に苦しい表情を浮かべていたが、状態が落ち着いたようで規則正しい寝息を立てている。

 

椅子に凭れ掛かり、一息ついていると、洗濯機から終了を知らせる機械音が聞こえてきたので立ち上がる。

 

「うっ・・・」

 

部屋を出ようとすると、穏やかに眠っていたイリナがまた魘されたように口から声が漏れたので、彼女の側に寄る。

 

「・・・こ・・こは?」

 

どうやら意識を取り戻したようで、自分の現状を確認しているようだ。

 

「目を覚ました?」

 

俺は再び椅子に座り、彼女の額に乗せていたタオルを外す。まだ意識が朦朧としているようで、視点が定まっていなかった。

 

「ここは俺の家。公園で倒れていた君を治療するために家に連れてきた、覚えてる?」

 

俺の顔を見て少し驚いたような反応したが、自分がここにいる経緯を説明すると、僅かに頷いた。

 

「水を持ってくるから待ってて」

 

俺は部屋を出てキッチンに向かい、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り戻す。

 

(とにかく彼女が目を覚まして良かった)

 

一時はどうなるかと思ったが、しっかりと会話も出来ていたことや、記憶障害もないようだったので安心した。

 

「なにをしてるんだ!」

 

部屋に戻ろうとした時、ドスッとなにかが落ちるような音が聞こえたので、急いで戻ってみるとイリナが床を這って部屋を出ようとしていた。

 

「わたし・・・いかなきゃ」

 

まともに身体が動かないというのに、どこへ行こうというのだろうか。だが、彼女の瞳からは確固たる決意が窺えた。

 

こんな怪我を負ってまで任務を遂行しようとするイリナの忠誠心には舌を巻くが、こんな状態の彼女を行かせるられるはずもなく、強引に彼女を抱き上げてベッドに寝かせる。

 

「無理をするな。こんな状態で行ったところで命を落とすだけだ」

 

オカルト研究部の部室で彼女達と話をした時、命懸けで任務に望むと言っていたが、嘘ではなかったようだ。

 

「このままじゃ、みんな・・・死んじゃう」

 

衝撃的な一言ではあったが、どこか予感めいたものがあったので、涙を流して訴えるイリナに話を聞く。

 

兵藤達から聖剣の奪取を手伝いたいと提案があったこと。

 

彼らが先に標的と接触して交戦していたところに参戦したが、隙を突かれて取り逃がしたこと。

 

逃亡した敵はフリードとバルパー・ガリレイという、教会の元大司教で今回の事件の首謀者の一人を追っていたが、その過程でゼノヴィアとはぐれてしまったこと。

 

ゼノヴィアや兵藤達と合流するために探していたところ、運悪く【神の子を見張る者(グリゴリ)】の大幹部であるコカビエルと鉢合わせになり、聖剣エクスカリバーを奪われてしまったこと。

 

意識が遠退き、人目の付かないところで休もうと思っていたところに俺が現れたこと。

 

「だから、わたしいかな・・・うっ!」

 

事情は分かったが、そんなにとんでもない話なら尚更、怪我人を行かせる訳には行かない。

 

俺は彼女の口に無理矢理玉子粥の乗ったレンゲを放り込んだ。

 

「▲□▼☆◇☆▼□▲」

 

顔を真っ赤にして必死でなにかを訴えているが、何を言っているのか分からない。

 

「それを食べて寝てろ」

 

ペットボトルの水で口の中の玉子粥を流し込むと、呆気に取られたような表情をみせるイリナ。俺は腰に巻いていたエプロンを椅子に脱ぎ捨てる。

 

「俺が行く」

 

咳き込む彼女が落ち着くのを待って場所を聞くと、駒王学園だと言っていた。

 

気配を感じられない話すと、特殊な結界が張られているのではないかと言っていた。

 

「みんなは必ず連れて帰る。だから、安静にしていろ」

 

目を大きく見開くイリナの頭を撫でて、部屋を出ていく。

 

(さて)

 

玄関を出て悪魔の象徴を背に携えて宙を浮く。

 

(待ってろ、みんな)

 

フリード、バルパー・ガリレイ。そしてコカビエル。

 

巨大な敵が待ち受けていると言うのに心が踊る。これも悪魔になった影響なのかと自嘲する。

 

学園を目指して翼をはためかせると、一瞬にして大きな家が豆粒のように小さくなった。

 

その瞬間、雲の切れ間から真円を描いた月が顔を出した。

 

 

―〇●〇―

 

 

「勝ちなさい!祐斗!過去の因縁に決着をつけるのよ!貴方ならエクスカリバーを越えられる!」

 

あの日、小さな命の灯火が消えようとしていた。

 

私はその小さな命に新たな生と名を与えた。

 

興味本位と言ってしまえば、それまでだったのかもしれない。

 

眷属を持つことを許され、女王(クイーン)を得て、更なる眷属を求めていたからだ。

 

でも、今にして思えば、惹かれたのかもしれない。

 

その強烈な瞳の輝きに・・・

 

暗く濁った瞳の奥底に、僅かに存在していた強烈な生への渇望に。

 

(・・・祐斗・・・よくぞここまで)

 

その時から、今日のこの瞬間をどんなに待ち望んだことか。

 

(・・・それが貴方の答えなのね・・・)

 

危機的状況にあるにも関わらず、成長した自慢の騎士(ナイト)に目を細めた。

 

「ほぅ?《禁手(バランス・ブレイカー)》とは」

 

宙に浮く、玉座に座りながら興味を示すコカビエルに一気に現実に引き戻される。少し位は余韻に浸らせてくれてもいいんじゃないかしら、全く無粋な男。

 

計画の協力者であるフリードが追い詰められていることには目もくれず、祐斗を見ていた。

 

「―僕は剣になる―」

 

その言葉と共に祐斗が神々しい光と、その光とは相反する禍々しいオーラを放つと、一本の剣を造り出した。

 

「―禁手(バランス・ブレイカー)、『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』」

 

聖と魔、相反するはずの力の融合。その結晶がこれほど美しいとは思いもしなかった。

 

朱乃や小猫、そしてアーシアも無意識にそう呟いていた。

 

フリードが融合したエクスカリバーの力を駆使して対抗するが、禁手を果たした祐斗には通じることなく、苛立ちを募らせる。

 

「やるな先輩!ならば私もあれ(・・)を出そう」

 

新たに得た力でフリードに立ち向かう祐斗に触発されたゼノヴィアが真の得物を手にする。

 

「まさかデュランダル!?」

 

空間が歪み始めると、ゼノヴィアがその中から取り出したのは、聖剣エクスカリバーと並び称される、かの有名な聖剣デュランダルだった。

 

その切れ味はエクスカリバーをも凌駕すると言われている。

 

これには対峙するフリードだけではなく、バルパーまでも驚愕の声をあげていた。

 

バルパーの話では、人工的にデュランダルを扱える領域まで達した者はおらず、研究も進んでいないようだ。

 

では、何故ゼノヴィアがそれを扱えるのか?

 

彼女は生まれながらに聖剣使いの素養があったらしく、そんな天然の聖剣使いであるゼノヴィアが可能にしたのが、エクスカリバーとデュランダルの伝説の聖剣による二刀流という奇跡のコラボレーションだった。

 

(なんて恐ろしい子なの!)

 

エクスカリバーだけでも手を焼くというのにデュランダルまで使いこなす者が存在する。その事実に戦慄を覚えた。

 

今コカビエルを退けることが出来たとしても、今度は彼女が敵として立ちはだかるかもしれない。

 

それを考えると身の縮む思いだが、この戦いを乗り切るためには、彼女の力が必要不可欠だった。

 

デュランダルを手にしたゼノヴィアの力は圧倒的であり、よりオリジナルに近づいたはずのエクスカリバーを以てしても力の差は歴然だった。

 

祐斗の禁手『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』と、ゼノヴィアのデュランダルとエクスカリバーの二刀流。もはや勝敗は見えた。

 

コカビエルとバルパーがこの戦いに手を出さないように注意しているが、コカビエルは余裕の笑みを浮かべて見ているのに対して、バルパーの方は錯乱してブツブツと独り言を口にしていた。

 

「所詮は紛い物か」

 

ゼノヴィアのデュランダルがフリードのエクスカリバーを真っ二つする。

 

たった一度の横なぎで。

 

「終わりね」

 

フリードの狂気を支えていた殺気が弱まる。

 

その隙を見逃さずに祐斗が一気に距離を詰める。

 

態勢を崩したフリードが祐斗の聖魔剣を折れたエクスカリバーで受け止めようとするが、儚い金属音と共に聖剣エクスカリバーが木っ端微塵に砕け散る。

 

(やったのね、祐斗)

 

肩口から横腹にかけてバッサリと斬られて、鮮血を滴らせていた。

 

決着がついた。

 

天を仰ぎ見る祐斗の表情からは充実感ではなく、なにかを失った喪失感が強いように見えた。

 

「祐斗・・・まだ終わってないわよ」

 

永きに渡り追い求めてきたエクスカリバーとの決着をつけたのだから仕方のないことだと思うが、その元凶がまだ残っている。

 

祐斗は聖魔剣を再び握り直すと、バルパーの下に歩を進めるが、当のバルパーの様子がおかしい。

 

「聖と魔の融合・・・?反発しあう二つの要素が・・・?あり得ない」

 

地面に膝をつき、表情を強張らせて狼狽するバルパーに祐斗が聖魔剣を構える。

 

「覚悟を決めてもらおう。バルパー・ガリレイ」

 

聖魔剣の切っ先をバルパーに向ける祐斗。そんな危機的状況にも関わらず、天を見つめるバルパー。私はその姿に違和感を覚えた。

 

「・・・そうか!それならば説明がつく!聖と魔のバランスが崩れているのだ!つまり、魔王だけではなく、神も―」

 

突然、全てを理解したように叫び始めたバルパー。刹那、バルパーの胸部を光の槍が貫いた。

 

何が起こったのか理解できなかった。ただ、何かが光ったとしか。

 

「バルパーよ、おまえは優秀だった。だがな、最初から俺一人で十分なのだ」

 

宙に浮かぶコカビエルが嘲笑う。その様子を見て、バルパーを殺したのがコカビエルであることを理解した。

 

「ククク!カァー、ハッハッハハハハハハッ!」

 

天に向けて高らかに笑うコカビエル。

 

その姿はまさに威風堂々。凄まじい自信とオーラを纏い、古より聖書にその名を刻み、嘗ての大戦を生き抜いた堕天使が地に降り立った。




第22話更新しました。

原作を遵守して書くよりオリジナルの展開を書いているほうが意欲が増すことに最近気づきました。二次小説を書いているのでバカなことを言っているのは分かるんですが、いちいち原作と照らし合わせて書くのがしんどいです。

内容のほうは木場がメインの章なのにいまいち目立ってない気がします。ドライグの禁手の説明はどうしても入れたかったので無理矢理差し込みました。あとはどの段階で主人公をぶっこむか思案中です。

読んでくださる方、コメントをくれる方、誤字・脱字の修正をしてくれる方ありがとうございます。

ではまた次回。



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第23話

多機能フォームをいろいろ使ってみました。
読みにくかったら言ってください。

第23話です。


 ……主がいないのですか?

 主は……死んでいる?

 では、私達に与えられる愛は……?

 

 

 ―〇●〇―

 

 

「来るわよみんな!祐斗と小猫は左右に展開して!朱乃は距離を取りなさい!一誠は力を溜めて、いつでも譲渡出来るように!アーシアは後方に待機して!ゼノヴィア!貴方にも協力してもらうわよ!」

 

 敵は先の大戦を生き抜いた強者。まともに戦って勝てる可能性が低いことは分かっている。でも、お兄様に要請した援軍の到着を待っている時間はない以上、ここでコカビエルを止めるしかない。

 

(この街を守る!)

 

 私が駆け出すのに合わせて全員が動き出す。

 

 祐斗が聖魔剣で、ゼノヴィアがエクスカリバーとデュランダルの二刀で、二人同時にコカビエルに斬りかかり、背後から小猫が殴り掛かるが完璧に防がれる。三人がコカビエルから距離を取った瞬間、私の滅びの魔力と朱乃の雷がコカビエルをまともに捉える。勿論、この程度ではダメージを与えられないことはみんな分かっているため、直後に小猫が抉り取った地面をコカビエルに向けて投げつける。砂塵が薄れ、コカビエルの姿を確認すると、再び祐斗とゼノヴィアが斬りかかっていく。

 

 眷属である三人の絶妙なコンビネーションにゼノヴィアが加わり、威力が倍増しているが、期待するほどのダメージは与えられない。

 

 だが、それは全員が理解していた。この攻撃はあくまでも時間稼ぎ。

 

 本命は一誠の赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)を最大まで引き上げ、それを譲渡されて放つ私の滅びの魔力。

 

「いいぞ!いいぞ!リアス・グレモリーの眷属達よ!」

 

 ダメージを期待していなかったとはいえ、顔色一つ変えないどころか、嬉々とした表情を浮かべるコカビエル。余裕のつもりなのか、攻勢に出ようとしない。

 

『Explosion!』

 

 ならばそのまま沈めてやるわ! 

 

「一誠!!」

 

 赤龍帝の力が最大まで到達したことを確認すると、一誠に向かって叫ぶ。一誠もそれを理解しており、左腕を私に向かって突き出す。

 

「行きます!部長!」

 

 宝玉の輝きと共に、最大まで引き上げられた赤龍帝の力が私に譲渡される。

 

(すごい!)

 

 私の限界を超えて、魔力が一気に跳ね上がる。

 

(こんな世界があったなんて!)

 

 紅き魔力のオーラが天を穿つ。もしかしたら、これがお兄様の見ている世界なのかもしれないとさえ感じた。

 

 この力ならコカビエルを落とせると確信する。

 

 コカビエルへ両手を向けて、体内で暴れ狂う魔力を必死にコントロールする。

 

「なんて魔力だ!」

 

 そんな私を見てゼノヴィアが驚愕の表情を浮かべる。

 

「すごい」

 

 地面に拳を突き立てながら驚嘆する小猫。

 

「さすが【紅髪の殲殺姫(ルイン・プリンセス)】」

 

 目を見開き、私の冥界での異名を口にする祐斗。

 

「すぐに四散してください!巻き込まれてしまいますわ!」

 

 余裕のない私に代わって、指示を出す朱乃。

 

「やっちゃってください!部長ぉぉぉぉ!」

 

 力を譲渡してくれた一誠が拳を突き上げる。

 

「部長さん!」

 

 アーシアも祈るように声援を送っている。

 

 この瞬間のためにみんなが力を尽くしてくれた。

 

 恐れるものなど何もない。

 

「喰らいなさい!コカビエル!」

 

 絶大な魔力の波動が両手に滞留する。その身に受ければ塵一つ残さないだろう。

 

「すごいぞ!リアス・グレモリー!おまえも兄同様、才に恵まれているようだな!」

 

 心の底から楽しんでいる。その表情は狂喜に満ちていた。

 

「消し飛べぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 最大級とも言える魔力の塊が轟音とともにコカビエルを襲う。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 コカビエルは両手に堕天使の力の源である光力を展開させて受け止める。

 

 受け止められるはずがない。この一撃は兄である魔王サーゼクス・ルシファーに匹敵する一撃。

 

 これほどまで魔力を放出したことなかったため、その影響で息が苦しくなり、私は膝をつく。

 

 真正面から魔力を受け止めるコカビエルの表情は鬼気迫るものがあった。身に纏うローブは端々が破れ、受け止める両手からも血が噴き出す。もう少しでコカビエルを呑み込める。

 

 なのにどうして? 

 

 私の一撃が徐々に勢いを失い、美しい球体だった魔力が形を崩し始める。

 

「……嘘でしょ?」

 

 魔王クラスの一撃だと信じて疑わなかった。

 

 みんなの想いと怒りの詰まったこの一撃なら、古の強者であるコカビエルさえも消滅させられると確信していた。

 

「ハァッ!」

 

 コカビエルの咆哮と共に巨大な魔力の塊が完全に消滅する。

 

 身に纏っていた衣服はボロボロになり、肩で息をして、身体の至るところから出血しているが、その表情は嬉々としていた。

 

 奥の手とも言える攻撃で、決定的なダメージを与えることが出来なかったことに絶望する。

 

 この一撃が通用しないとなると、この場にいる誰がコカビエルを倒せるというのだろうか? 

 

 禁手を果たした祐斗? 聖剣使いのゼノヴィア? コカビエルと同じ堕天使の力を持つ朱乃? 覚醒前とはいえ、姉に最上級クラスと噂される悪魔がいる小猫? 神滅具を所持する一誠? 

 

 仮に一誠からの譲渡を受けたとしてもコカビエルには届かないだろう。

 

 絶望が心を支配する中で、祐斗とゼノヴィアがコカビエルに向かって斬りかかり、朱乃が雷を落とす。小猫もコカビエルの隙を突いて攻撃を加え、倍加した一誠も立ち向かっていく。

 

(みんな!)

 

 誰一人として諦めてはいない。全員が知っているのだ、ここで諦めてはしまっては自分達の暮らす街がなくなってしまうことを。

 

「部長さん!」

 

 アーシアが私の体力を回復させてくれる。直接、戦いに参加することの出来ない彼女も戦っている。

 

「ありがとう、アーシア」

 

 私も残り少ない魔力を振り絞ってコカビエルに向かっていく。

 

「クックックッ!禁手を果たした騎士(ナイト)にバラキエルの血族である女王(クイーン)。覚醒前である猫又の戦車(ルーク)、更には神滅具(ロンギヌス)を所持する兵士(ボーン)。それに加えてデュランダルを使う教会戦士」

 

 ダメージを受けたにも関わらず、それを感じさせないコカビエルは次々と迎撃していく。

 

「本当に面白い!だが、俺と対峙するのは百年早かったな! 魔王の妹よ!」

 

 コカビエルの眼光が鈍く光ったと同時に一誠が腕を掴まれ、祐斗に投げつけられる。

 

 一誠を受け止めた祐斗も、コカビエルの衝撃波により吹き飛ばされる。

 

「祐斗!一誠!」

 

 一瞬、コカビエルから目を離す。その瞬間、空気が震え、耳鳴りが襲う。

 

「ガッハァ!」

 

 ゼノヴィアの腹部に蹴りが突き刺さる。

 

「まだまだだな!先代の使い手は常軌を逸する強さだったぞ!」

 

 その場に膝をつき、蹲るゼノヴィアに目もくれず、次の得物に視線を移すコカビエル。

 

「うっ!?」

 

 朱乃から放たれる無数の雷を翼で薙ぎ払いながら、距離を詰めて殴り飛ばす。

 

「お前の父の力はこんなものではなかったぞ!」

 

 地面に叩きつけられながらも鋭い眼光をコカビエルに向ける朱乃だったが、吐血して次の行動に移れずにいる。

 

「ぐふっ!」

 

 その隙をついた小猫がコカビエルの背後から拳を突き出すが、コカビエルに察知されてしまい、強烈なカウンターを受け、その勢いで小猫の身体が地面を抉る。

 

「幼いとはいえ猫又だろ!俺を楽しませてみろ!」

 

 余裕の笑みを浮かべ、腕組みをして辺りを見渡すコカビエル。

 

「ゼノヴィア!朱乃!小猫!」

 

 一撃。たった一撃で……。

 

 決してコカビエルを甘く見ていたわけではない。

 

 だからこそ、恥を忍んで冥界に援軍要請をした。

 

 それでも……古の強者が相手でも、援軍が来るまでの時間を稼ぐことは出来ると思っていた。

 

 私一人では無理でも、みんなの力を合わせれば、やれると思っていた。

 

「皆さん!大丈夫ですか!?」

 

 アーシアが横たわるみんなを回復させるために奔走する姿が目に映るが、私はこの怪物に対抗する術を失い、奥歯を噛む。

 

 アーシアの治療を受けて、倒れていた仲間達が立ち上がるが、その表情からは絶望の色が窺える。

 

 躊躇している時間がないことは理解しているが、どうしても足が進んでいかない。

 

 みんなが気づいてしまった。

 

 自分達に目の前の怪物を倒すことが出来ないということを。

 

「フッハッハッ!【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】か!いいぞ!何度でも向かってくるがいい!」

 

 回復を終えたみんなが私を囲むように集まり、コカビエルを睨む。

 

 そんな状況の中、私は一つの決意をする。

 

「一誠。もう一度、赤龍帝の力を私に譲渡して」

 

 全員の連携攻撃でもダメージが与えられない。ならば、再び赤龍帝の力で限界まで高めた魔力をコカビエルに向けて放つしかない。

 

(あとは私の身体が耐えられるか)

 

 アーシアの力で体力は回復したとはいえ、みんなの魔力も底を尽き欠けている。

 

 文字通り、次が最後の一撃になるだろう。

 

 この身に万が一のことが起ころうと、ここでコカビエルを止める。

 

「ダメよ!リアス!貴方の身体だって限界のはずよ!」

 

 やはり、魔力を察知することに優れている朱乃には隠し通すことは出来ない。

 

「あれは消耗が激しすぎます。無茶しないでください」

 

 普段は無表情の小猫が複雑な表情を浮かべている。

 

「くそっ! 僕にもっと力があれば……」

 

 聖魔剣を地面に突き刺して悔しそうな表情を浮かべる祐斗。

 

「部長……俺っ!」

 

 唇を噛み、祐斗同様に悔しさを滲ませる一誠。私は彼に残酷な要求をしているのかもしれない。

 

「ぶ、部長さん」

 

 目に涙を浮かべ、胸元で手を合わせるアーシア。懸命にみんなのサポートをしてくれる彼女にも、疲労の色が見える。

 

 皆が分かっているのだ。もう一度、あの一撃を放てば私の身体が持たないことを。それでも、コカビエルに対して有効な一撃を与えられるのが、あの一撃しかないことを。

 

「みんな、ありがとう……でも、これしかないの」

 

 迷っている時間はない。私の決意がみんなに通じて、それぞれが動き始める。

 

 アーシアも少し離れた所で天を仰ぎ、神に祈りを捧げる。

 

 悪魔である私が神に頼るのはおかしな話だが、もはや神頼みしかないのかもしれない。

 

「いいぞ、来るのがいい!だが、神は応えてはくれんぞ!」

 

 私達の動きに合わせて態勢を整えるコカビエルだったが、その視線は祈りを捧げるアーシアに向いていた。

 

「そうか、お前達は知らないのか?」

 

 コカビエルが何を言わんとしているのか理解出来ない。なのに、何故か全員がその言葉に耳を傾ける。

 

「聖女よ。お前は悪魔を癒して教会を追放されたらしいが、その神器(セイクリッド・ギア)は何故悪魔を癒すことが出来た?」

 

 突如、自分に対しての問いに困惑するアーシア。私もその質問の意図が分からずにいる。何故ならばそんなことを考えたこともなかったからだ。

 

「うむ。ならば騎士(ナイト)に問おう。お前の発現した聖魔剣。聖と魔……本来ならば相反するはずの二つの要素が何故融合出来た?」

 

 アーシアの答えを待たずに、今度は祐斗に問いを投げつけるコカビエル。祐斗もコカビエルから視線を外して、手にしている聖魔剣を見つめる。

 

「何が言いたいのコカビエル!」

 

 意味不明な問答を続けるコカビエルに溜まらず大声で叫ぶ。時間稼ぎをするような男ではない。

 

 つまり、この男は私達の知らない何かを知っている。

 

「フフフッ。勝機のない戦いを健気に続けるお前たちに、この世界の真実を教えてやろう!」

 

 そう言うとコカビエルは両手を大きく広げ、天を仰いだ。

 

「その昔、悪魔・天使・堕天使の三大勢力の間で大きな戦争が起こった。戦争は熾烈を極め、悪魔陣営は多くの純血悪魔を失い、天使陣営も純血の天使を多く失った。もちろん、我々堕天使陣営も多くの同胞を失い、どの勢力も種の存続さえ危ぶまれる事態となった」

 

 何が真実!そんなことはここにいる誰もが知っている。

 

「ふざけんなっ!今さらそんな昔話に興味はねえぇ!」

 

 一誠がコカビエルに向かってくるが、左腕を一振りして生じた衝撃波によって吹き飛ばされる。

 

「悪魔陣営は四大魔王を失い、堕天使陣営も多数の幹部達を失った」

 

 まるで何事もなかったかのように話を続けるコカビエル。吹き飛ばされた一誠も祐斗に支えられて無事だった。

 

「では、天使陣営は何を失ったと思う?」

 

 冷たい汗が背中を伝う。アーシアと祐斗の神器に共通するのは聖と魔。コカビエルが言う真実とは何のことか分からないが、とても嫌な予感がする。

 

 名指しされたアーシアと祐斗も困惑している。他のみんなも不安げな表情をしていた。

 

「天使陣営が失ったもの。それは……神だ」

 

 その日、私達は世界の大いなる真実に触れた。

 

 

 ―〇●〇―

 

 

 リアスと彼女の眷属であるオカルト研究部のメンバーと、教会から派遣されたゼノヴィアという聖剣使いが、グラウンドで【神の子を見張る者(グリゴリ)】の大幹部であるコカビエルとその協力者を相手に死闘を繰り広げている。

 

 私達生徒会のメンバーは、街や一般市民に危険が及ばないよう結界を学園全体に張り、それを維持しながら彼女達の闘いを注視していた。

 

 リアス達の前にはコカビエルの召喚した冥界の番犬と恐れられるケルベロスが姿を現したが、眷属達の見事な連携と遅れて参戦した騎士(ナイト)の木場君の活躍もあり、ケルベロスの撃退に成功した。

 

 しかし、教会の大司教であるバルパー・ガリレイが四本の聖剣エクスカリバーを融合させて、新たな一本の聖剣エクスカリバーを作り出してしまった。

 

 しかも事態はそれだけには留まらず、聖剣融合と同時に仕掛けられていた術式が完成してしまい、まもなくこの街が崩壊してしまう。

 

 仕掛けられていた術式を解除するにはコカビエルを倒すしか方法がない。

 

 その情報を耳にした私達も加勢しようと考えたが、戦闘が更に激化して万が一にも結界が破壊される事態になれば、大変な被害が及ぶことになるので、リアス達を信じて自分達の役割に徹することに決めた。

 

 見ていることしか出来ない歯痒い状況ではあったが、融合した聖剣エクスカリバーを振るう異端の教会戦士であるフリード・ゼルセンを、禁手を果たした木場君が見事に打ち破り、過去の因縁に決着をつけた。

 

 まさかこの土壇場で禁手に至る眷属が現れるとは予想もしていなかった。リアスとは親友であると同時にライバルでもある。

 

 将来レーティングゲームでぶつかることも考えると、少し複雑な気持ちであるが、この状況を退けるためには彼の成長は喜ばしいことだ。

 

 事情を知っていた私の眷属である匙も涙を流しながら喜んでいた。

 

 だが、気掛かりなことがあった。

 

 これだけ戦闘が激化しているにも関わらず、コカビエルが一向に動きを見せないことだ。

 

 自分の協力者が倒れても、宙に留まり続けるコカビエルの姿があまりにも不気味だった。

 

 そのコカビエルが遂にリアス達と対峙する。

 

 この街の命運を懸けた闘いが始まる。

 

 木場君とゼノヴィアさんが同時にコカビエルに斬りかかり、小猫さんが背後を取って三人同時に攻撃を加えるがあっさりと回避されてしまう。直後にリアスと姫島さんから魔力による遠距離攻撃がコカビエルを襲うが、まともなダメージを与えられていない。

 

 さすがは古の強者と言うべきだろうが、私はその一連の攻撃に違和感を感じた。

 

 明らかに何かを狙っている。一人一人の動きにそんな思惑が見て取れた。

 

 何より切り札とも言える兵藤君が、攻撃に参加せずに力を溜めている。

 

 リアスが何をしようとしているのか注視していると、兵藤君の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の倍加が完了した。

 

 そういうことか。先程までの攻撃は、コカビエルの注意を引くための、いわば囮。

 

 本命は、倍加した兵藤の赤龍帝の力を譲り受けて放つ、貴方の滅びの魔力。

 

 赤龍帝の力がリアスに譲渡されると、リアスから信じられないほどの魔力が溢れ出る。その魔力は天をも焦がす勢いだった。

 

 さすがは若手悪魔の中でも天才と呼ばれるリアスだ。私にはあれだけの魔力をコントロールすることは出来ない。

 

 親友の才能に嫉妬しながらも、いまこの場においてコカビエルに対抗出来るのはリアスのみ。

 

 魔王クラスに迫るほどの魔力を両手に集めると、コカビエルに向けて放つ。自分の許容を越えた魔力を放出したリアスはその場に膝をつく。

 

 リアスの一撃を正面から受け止めるコカビエル。身に付けていた衣服はボロボロになり、身体からおびただしい量の出血が見られる。

 

 あと少し。あともう一押しであのコカビエルを打ち倒すことが出来る。しかし、リアスの限界を越えた一撃は、無情にもコカビエルによって打ち消されてしまった。

 

 その力の差にリアス達は絶望し、為す術なくやられてしまったが、アーシアさんが必死にみんなの治療を行ってサポートするが、消費した魔力までは戻らなかった。

 

 そんな中、コカビエルが衝撃的な真実を口にする。

 

 嘗ての三大勢力の大戦で、悪魔勢力の四大魔王、堕天使勢力の幹部と共に、天使勢力の神も死んだと言うのだ。

 

 信じられない。この世界に神がいないなど。

 

 だが、私達悪魔にとって絶対的な存在である四大魔王が亡くなったことは真実であり、紛れもない事実のため、あり得ないことではないのかもしれない。

 

 しかもコカビエルはその大戦を生き抜き、その終幕を見届けている。

 

 それでも俄には受け入れられるものではない。

 

 現に教会出身であるアーシアさんやゼノヴィアさんはその事実に耐えきれなくなり、意識を朦朧とさせている。

 

 当然リアス達にも動揺が走っており、とても戦闘を継続出来る状態ではなかった。

 

 このままではコカビエルを止められる者がいなくなってしまう。

 

「そーちゃん!」

 

 私が眷属に合図を送り、リアス達に代わってコカビエルと戦うため、結界の中に突入する覚悟を決めたとき、上空から聞き覚えのある声が聞こえので顔を上空に向ける。

 

「……菅原……くん?」

 

 そこには悪魔の翼を背に携えた彼がこちらに急降下してきた。私はその姿に不意に涙が流れた。

 

 もはやどうにもならないと思っていた。だから、決死の覚悟を決めてコカビエルに立ち向かおうとした。せめて最後は戦って散ろうと……。

 

 そんな時、彼が現れた。死を覚悟した私の前に。

 

 あまりにも突然のことだったため、何故涙が流れたのか私にも分からなかった。

 

「そーちゃん、大丈夫?怪我はない?」

 

 目線の高さを合わせて頬に伝う涙を指で拭ってくれる菅原君の表情は、とても穏やかだった。私は恥ずかしくなり視線を下げてしまう。

 

 菅原君から他の生徒会メンバーの安否を問われ、全員の無事を伝えたが、彼から返答がなかった。

 

「すがわ……!?」

 

 そのことが気になり、視線を菅原君に戻すと、私は息を飲んだ。今の今まで穏やかな表情をしていた彼がコメカミに青筋を立てて、鬼の形相で結界の中を睨み付けていた。

 

「ごめん……そーちゃん。悠長に話をしている暇は無さそうだ」

 

 そのあまりの迫力に私は言葉を失ってしまう。以前、リアスの結婚式に乗り込んで来たときもこれほどの怒りを見せただろうか。

 

 菅原君は街に被害が出なかったことにお礼を言うと、結界の中に飛び込んでいった。

 

(お願い、菅原君。この街とリアス達を守って)

 

 この街に遺された最期の希望である彼に一縷の望みを託した。

 

 

 ―〇●〇―

 

 

 あと少し。あと少しであの動乱の時代が戻ってくる。

 

 あの時、振り上げられた拳は結局、最後まで振り下ろされることなく戦争は幕を下ろした。

 

 戦争状態にあった三大勢力はそれぞれ多大な被害を(こうむ)り、二天龍の乱入もあって戦争は一時中断した。

 

 二天龍を封印した後、各勢力に戦争継続の意思はなく、停戦という形が取られた。

 

 冗談ではない。あのとき、戦争を続けていれば俺達が勝っていた。悪魔も天使も全て滅ぼして、俺達堕天使が最も優れた種族であると証明出来たはずだ。その事を願い、命を散らしていった同胞達も、そのことを夢見て死んでいった。

 

 だから俺は戦争を求めた。だが、組織のトップであるアザゼルは何度訴えても首を縦に降ることはなかった。それどころか平和な時代を謳歌しろなどと戯れ言を口にしやがった。

 

 戦争がなくなったのなら再び力ずくで起こしてやる。ミカエルもサーゼクスも無視できぬようにしてやる。

 

 手始めに天使陣営に揺さぶりをかけるため、教会に保管されていた聖剣エクスカリバーを奪ってみたが、腑抜けたミカエルは録に動きも見せなかった。俺はすぐに標的を悪魔陣営に切り替え、魔王サーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタンの妹達が治めるこの街にやって来た。

 

 魔王の妹達が殺害されたとなれば、さすがに冥界も黙ってはいないだろう。

 

 俺が直接手を降してやってもいいが、丁度良い具合にバルパーの仕掛けた術式が発動する時間だ。

 

 魔王の妹といい、バラキエルの娘といい、俺を満足させてくれそうな女も何人かいて勿体ない気がするが、それも仕方ない。女など後からどうとでもなる。魔王の妻や、天界の熾天使(セラフ)にも極上の女がたくさんいる。

 

 そんなことよりも、ようやく雌伏の時を経て激動の時代が帰ってくるのだ。そう思うと要らぬことまで考えてしまった。

 

「フッハッハッ!リアス・グレモリーとその眷属達よ!楽しかった時間もおしまいだ!間もなくバルパーの仕掛けた術式が発動する!」

 

 神不在の真実に加えて街の崩壊という衝撃に更に動揺する者達。

 

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁ!」

 

 それでも最期の足掻きとばかりに赤龍帝の小僧が禁手化して挑んでくる。だが、聖魔剣の小僧もそうだが、所詮付け焼き刃に過ぎない。昨日今日で新たな力を手に入れた小僧共に、永きに渡り闘い続けてきたこの俺が負けるわけがない。

 

 それが伝説の神滅具や世界の理から外れた力だとしてもだ。

 

 禁手化を果たした赤龍帝の力は相当のものだったが、リミッターの外すことの出来ない宿主を吹き飛ばしたところで地面に施された魔方陣が輝き始めた。

 

「……終わりだ!」

 

 街の崩壊に巻き込まれないように上空よりその様子を眺める。地上には未だにもがき続けるリアス・グレモリーとその眷属達がいた。

 

(……永かった)

 

 天を仰ぎ、その瞬間を待つ。サーゼクスやセラフォルーの絶望する姿が楽しみだ。

 

「残念だが、お前の思い通りにはならない」

 

 その時、第三者の声が俺の耳に届くと同時に術式が発動し、光を放っていた地面から光が失われていく。不思議に思い、グラウンドに目を向けると……

 

 そのグラウンドの中央に聖なる金色のオーラを纏った男が一人、こちらに睨みを利かせて佇んでいた。




第23話更新しました。

皆様、お久しぶりです。
最近の暑さや忙しさですっかり執筆の意欲が減退してしまい、更新が遅れてしまいました。

活動報告にも書きましたが、今後は書き上がったら更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

内容はコカビエルとの戦闘でしたが、二人の王の視点で書いてみました。同じことを書いていることは分かっていたのですが、書き直すのも苦だったのでそのままにしました。

ようやく主人公が現場に到着したので次回からは原作の要点だけを押さえて自由に書きたいと思います。

読んでくださる方、感想をくれる方、誤字・脱字の修正をしてくれる方ありがとうございます。

ではまた次回。


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第24話

皆様お久しぶりです。

第24話です。


 俺は待っていた

 お前のような強者を

 混沌の時代の幕開けを

 

 ―●〇●―

 

「……主様が……いない?」

 

 私にはその場所しかなかった。

 

 私が育ったのは街のはずれにある小さな寂れた教会。

 

 そこで一人の神父と数人の子供達と暮らしていた。

 

 ある日教会のお使いで街に出掛けたとき、両親に手を引かれて楽しそうに歩く私と同じくらいの歳の子供を見かけた。

 

 神父に両親のことを訪ねると本当のことを教えてくれた。

 

 事実を知って涙を流し、泣きじゃくる私に神父が一冊の書物を手渡してくれた。

 

 この書物との出逢いが私の運命を変えた。

 

 その書物こそ聖書だった。

 

 その時から私の心は主と共にあった。

 

 私がこれまで歩んできた道は主の導き。

 

 そしてこれからもそうであると信じて疑わなかった。

 

 でも本当に主がもういないのだとしたら私はどうやって生きて行けばいいのだろうか?

 

 主のいない世界で行き続ける意味があるのだろうか?

 

 そう思った瞬間、視界が真っ暗になり、身体から力が抜けてしまい、立っていること出来なくなり地面に膝を着いた。

 

(もう嫌だ……もし今この身が滅びれば永遠に主の傍らに居られるでしょうか?)

 

 絶望の真実を知り、全てを諦めた時真っ暗だった視界に小さな光が浮かび上がった。

 

 その光はとても小さいけれど、強い光を放っていた。

 

 私は無意識にその光に手を伸ばしていた。

 

(待って!待って下さい!もう少し!もう少しで手が届ます!)

 

 しかし光は大きくなっていくのに私の手は届かなかった。

 

(やっぱり私ではダメなんですね……)

 

 もうどうにもならないことを悟って手を伸ばすのを止めようとした時、私の手を誰かが掴んだ。

 

 掴まれた手から熱が伝わる。

 

「……生きる意味が必要かい?」

 

 音のない世界にいた私の耳に温かく優しい声が響き渡る。

 

 その言葉は偶然にも嘗て神父に聖書を手渡された時と一緒だった。

 

「だったら俺が君の生きる意味になる」

 

 私はその声の主を知っている。

 

 その人は私とって主と同じくらい大切な人。

 

 私にたくさんの初めてをくれた人。

 

 この世界で一番愛しい人。

 

「帰ってこい……アーシア」

 

 掴まれていた手を引っ張られると、今度は全身に熱を感じた。

 

 私は今抱き締められているのだとすぐに理解した。

 

 真っ暗だった視界に色が戻ってくる。

 

 冷えきっていた心が熱で満たされる。

 

 感じることの出来なかった匂いを感じることが出来る。

 

 大切なものはまだここにある。

 

 私は彼から身体を離して霞がかった視界の中で彼と正面から向かい合った。

 

「私には何もありません……それでも一緒に居てくれますか?」

 

 主という(すが)るものを失い、全てを無くした私を彼は必要としてくれるのだろうか?

 

永遠(とわ)に共に」

 

 彼の言葉が鼓膜を叩いた瞬間私の視界が完全にクリアになり、私の最も愛しい人の顔が瞳に写し出される。

 

「ずっとずっと一緒ですよ?」

 

 そこにはいつも通りの優しい笑みを浮かべる彼の姿あった。

 

 せっかくハッキリと見えるようになったのに今度は涙で彼の顔が滲んでいく。

 

「約束する」

 

 その言葉に私の心は満たされていく。

 

 主を失ったという悲しみは消えることはないが、彼と一緒ならこれからどんな困難にも立ち向かっていける。

 

「ユーさん!」

 

 愛しい人の名前を呼ぶと同時に今度は私から彼の首に手を回して抱きついた。

 

 ユーさんは驚きながらも私を受け止めてくれた。

 

「ずっと一緒だ……アーシア」

 

 私を抱き締めるユーさんの力を少し痛いと感じたが、この痛みすらも愛しかった。

 

「はい!ずっと一緒です!」

 

 私は今どんな表情をしているだろうか?

 

 涙を流しながら笑っているだろうか?

 

 これからの人生をこの人と生きていく。

 

 だからもう一度彼の顔を見てハッキリ伝えたい。

 

 私の溢れる想いを……

 

 愛してるの五文字を……

 

 そう思った瞬間私の中で何かが弾けた。

 

 

 ―●〇●―

 

 

 グラウンドの中央に倒れている兵藤を守るように前に立ち、上空で不気味な笑みを見せる男を見上げる。

 

 その風貌は嘗てアーシアを苦しめ、レイナーレの命を奪った堕天使ドーナシークと酷似していた。

 

「その聖なる闘気……貴様、天使か?」

 

 男の問いかけに無言で背中に漆黒の翼を広げた。

 

「!?……悪魔……だと?」

 

 その翼を目にした男は一瞬激しく動揺したように見えたが、すぐに先程と同じような笑みを浮かべる。

 

「そうか!冥界に現れたとは聞いていたが貴様のことか!」

 

 男に注意を向けながら辺りの様子を伺うと所々衣服の破けていたリアス達だったが、皆無事のようだ。

 

 だが、アーシアとゼノヴィアの二人は魂が抜けたような虚ろな目をしていた。

 

「魔王の妹二人を殺せばサーゼクスとセラフォルーの怒りを買えると思っていたが、俺は運がいい!貴様の首を取れば冥界全体が動く!」

 

 アーシアとゼノヴィアに何があったのか気になり、男が嬉々として語る言葉などもはや耳には入っていなかった。

 

「俺は堕天使コカビエル!さあ俺と闘え!聖なる対極の紅十字を背に刻む者よ!」

 

 やはりこの男がコカビエルか。

 

 コカビエルの言葉を聞き終えると兵藤を肩に担いだ。

 

「どうした?貴様にその気がなくとも俺は貴様を殺すぞ」

 

 その行動を見ていたコカビエルが再度言葉を掛けてくる。

 

「俺と闘いたいなら少し時間をくれないか?」

 

 今にも襲ってきそうな勢いのコカビエルに向き直ると、俺はコカビエルに対して時間の猶予をくれるように懇願する。

 

「何故だ?……最期の別れでもしに行くのか?」

 

 コカビエルは眉間に皺を寄せて(いぶか)しげに俺を睨み付けてくる。

 

「……そんなところだ」

 

 素っ気なくそう言い放つとコカビエルに背を向けてリアス達の下へ歩き出した。

 

「くっくっくっ!確かにそれも大事だ!だが、俺にそれを聞く義理はない!」

 

 そう言った瞬間凄まじいスピードでこちらに突っ込んでくるコカビエル。

 

「ユー!危ない!」

 

 コカビエルの行動にリアスが慌てて叫ぶ。

 

 俺は小さく息を吐き、背中越しにコカビエルを見る。

 

「待っていろと言ったはずだ!」

 

 怒気の含んだ声を出してコカビエルを睨み付けると、奴の身体は磁石にでも引っ張られるように元いた場所に戻っていく。

 

「お前の相手は必ずする。だから大人しく待ってろ」

 

 コカビエルは自分の身に何が起こったのか理解できず、戸惑っている様子だった。

 

「き、貴様!一体何をした!?」

 

 自分の身体が自分の意思とは異なる動きをしたことに驚き、怒りを露にするコカビエルを一瞥して再びリアス達の下へ歩を進める。

 

 俺がみんなのところに辿り着くまでコカビエルが動くことはなかった。

 

 得体の知れない力を目の当たりにして身動きが取れずにいるようだ。

 

「よく頑張ったな、みんな」

 

 肩に担いでいた兵藤を地面に寝かせて近くにいた小猫の頭を撫でながらみんなの様子を伺うと、皆一様に不安気な表情をしていた。

 

「……ユー」

 

 今にも泣き出しそうなリアス。その声色はとても弱々しく、余程苦しい状況だったことを物語っていた。

 

「リーア」

 

 小猫の頭から手を離してリアスに近づき、彼女の肩にそっと触れる。

 

「王である君がそんな顔をしてはだめだ。眷属達が戦えなくなる」

 

 この状況において厳しいことを言っているのはわかっているが、上に立つ者として下の者に示さなくてはならないものがある。

 

 当然そのことはリアスも気づいていた。

 

 その言葉に下唇を噛みながら制服の袖で目元を擦るリアス。

 

 その後の彼女の表情はまるで憑き物が取れたように晴れやかであり、闘志(みなぎ)る顔をしていた。

 

 リアスの調子が戻ったところで現在の状況を木場が話してくれた。

 

 その話を聞いて俺がイリナの看病をしてここに到着するまでに皆が死に物狂いで戦っていたことを知った。

 

「本当によく頑張った」

 

 皆の頑張りを労っていると、木場が尚も難しい顔で話を続けた。

 

「バルパーの仕掛けた魔方陣がコカビエル健在にも関わらずその効力を失ってしまったのは何故でしょうか?」

 

 駒王の街を崩壊させるだけの力を持った魔方陣がいつの間にか無力化されていたことに木場だけではなくリアスも疑問を感じているようだ。

 

「それは俺がやった」

 

 俺の何気ない一言に木場とリアスだけではなく小猫も目を見開いていた。

 

「な、何をしたの?」

 

 呆気にとられる木場を余所に当然の疑問を投げ掛けてくるリアス。

 

「より強い力で魔方陣の時間だけを停止させた」

 

 この結界内に入った時からより力の純度が増していることに気がついた。

 

 力の容量は同じでも内包する力の質が明らかに変わっている。

 

 まるで何者かに浄化されているのではないかと思うほどに劇的な変化を遂げていた。

 

「時間を止めるって……大公家の?」

 

 大公家?

 

 その話は以前リアスが話してくれた。冥界の序列二位の大貴族……確かアガレスとか言っていた気がする。

 

「貴方……一体どこまで……?」

 

 リアスの話に耳を傾けてはいるが俺の視線は既に別の人物を捉えていた。

 

 俺は彼女の深紅の髪を一撫でして瞳の焦点が定まらない金色の髪の少女の下へ歩を進める。

 

 ―アーシア・アルジェント―

 

 数奇な運命を辿り、駒王の街にやって来た神に使えるシスター。

 

 言葉が通じず、道に迷っていた彼女と俺が出逢ったのは偶然か必然か。

 

 彼女は特別な力を宿していた。

 

 生きとし生ける全ての存在を癒すことのできる奇跡の力。

 

 そんな彼女の力を狙った連中から命を救ったことをきっかけに俺は彼女と生活を共にすることになった。

 

 彼女は生来の優しい性格と可愛らしい容姿で周囲の人々を虜にしていった。

 

 どんな相手にも等しく平等に接する彼女の姿はまさに聖女そのものだった。

 

 俺は彼女に二度と悲しい想いはさせないと心に誓った。

 

 なのに今俺の瞳に写る彼女は生きる気力を失い、今にも消えてしまいそうに見えた。

 

 彼女がそうなってしまった理由は側で彼女を支えていた朱乃が教えてくれた。

 

 ──神の死──

 

 嘗て三大勢力の間で三つ巴の大戦争が起こったことはリアスから聞いた。

 

 その戦争で悪魔勢力は当時の四大魔王を……堕天使勢力は多くの大幹部を……そして天使勢力は神を失った。

 

 信じられないことだ。

 

 神とは目には見えぬが常にそこにある存在であり、それを疑う者などいない。

 

 元々信仰心が稀薄な上に、今は悪魔となった俺でさえその存在の死という事実に衝撃を受けている。

 

 であればその存在を信じ、敬い、祈りを捧げ続け、道を問い続けた者のショックはいかほどだろうか?

 

 目の前の少女もまたその一人だ。その心中は推し量ることなど出来ない。

 

 幼き頃より神に遣えること以外選択肢がなく、それ故に誰よりも神を敬い続けた。(やが)て神の啓示を受け、聖女とまで呼ばれるようになったのも彼女が特別な力を持っていただけではなく、敬虔な信徒だったことも理由だろう。

 

 コカビエルの暴露した真実は彼女のこれまでの歩みを全否定するものであり、今後の生き方を180度変えるものであった。

 

 そして彼女は壊れてしまった。

 

 このままでは正気を取り戻した時彼女がどういう行動に出るのか予想もつかない。

 

 俺ごときでは彼女の失ったものの代わりにはなれないだろうことは承知の上だ。だが、俺は彼女を守ると誓った。

 

 彼女を守り続け、命を落としたレイナーレにそして……俺の魂に。

 

 俺は彼女の手を引き、強く抱き締めた。

 

「生きる意味が必要かい?」

 

 彼女の耳元に口を寄せて心に語りかける。

 

「だったら俺が君の生きる意味になる」

 

 普段なら恥ずかしくて口に出来ないような言葉もこの瞬間ばかりは迷いなく口に出来る。

 

「帰ってこい……アーシア」

 

 烏滸(おこ)がましい話だと重々分かっている。

 

 だが彼女が生きる支えを失い、光が見えないと言うならば俺が支えてやりたい。俺が彼女の光になってあげたい。

 

 彼女が……アーシアが俺にとっての光でいてくれるように……

 

「私には何もありません……それでも一緒に居てくれますか?」

 

 不意に俺から身体を離したアーシアが口を開く。

 

 暗く濁っていた翡翠色の瞳に光が射す。

 

 自分には何もない……?そう思っているのは自分だけだ。

 

 伝えたい言葉は幾つもある。だが、今はどんな言葉を並べても陳腐になってしまう。

 

 彼女が欲しいのは形ばかりの言葉ではない。

 

永遠(とわ)に共に」

 

 俺は彼女の涙を何度目にしただろうか?

 

 悲しみに暮れて涙を流すアーシア。

 

 幸せに戸惑い涙を流すアーシア。

 

 やり場のない感情を爆発させて涙を流すアーシア。

 

 彼女の様々な涙がその都度俺の心を揺さぶってきた。

 

「ずっとずっと一緒ですよ?」

 

 彼女の小さな手が服の袖を掴んで離さない。

 

「約束する」

 

 もうこの手を離さない。

 

 だから聞かせてほしい……。

 

 だから見せてほしい……。

 

 その可愛らしい声で……。

 

 その素敵な笑顔で……。

 

 俺の名を呼ぶ君の姿を……。

 

「ユーさん!」

 

 勢いよく首に手を回してくる彼女に驚き、優しく受け止めるはずが少し強めに抱き締めてしまった。

 

 その瞬間彼女の全てを感じることが出来たような気がした。

 

 帰った来てくれた。

 

 もう離れない。

 

「ずっと一緒だ……アーシア」

 

 その永遠の誓いにも似た言葉が自然と口を衝いた。

 

 いつか然るべき場所で生涯で最も美しい姿をした君を前にして伝えたい言葉。

 

「はい!ずっと一緒です!」

 

 無性に彼女の顔が見たくなり彼女の金色の髪に寄せていた頬を離して涙に濡れた翡翠色の瞳を覗いた。

 

 その時だった……。

 

 彼女の瞳が髪の色と同じ金色に輝き、背中から穢れのない純白の翼が伸びていた。

 

 何が起こったのか理解できず、ゆっくりと天に昇って行く彼女を見ていることしか出来なかった。

 

 アーシアの身体はグラウンド全体を見渡せる高さまで昇るとそこで天に向けて右手を掲げた。

 

 その光景はまるで高名な絵画を切り取ったかのように神々しく神秘に満ちていた。

 

 あまりの美しさに息を飲んでいると次第に螢の光に似た無数の粒が周囲に降り注ぎ、俺やリアス達を包み込んでいく。

 

 俺は光に触れても特段変化はなかったが、リアス達の身体には大きな変化があった。

 

「魔力が……回復していく……!?」

 

 リアスが驚愕の表情を見せる。

 

 これは以前リアスが語っていたことだが、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)のように傷を癒す神器(セイクリッド・ギア)は稀だが他にもいくつか存在し、純血悪魔の中にもそういった力を持つ者がいるらしいが、魔力をも回復させる力となると神器を所持する転生悪魔はおろか純血悪魔さえも持ち合わせていない未知の力だと言っていた。

 

 存在するはずのない力を目の当たりにしてリアス達は言葉を失っていた。

 

「アーシア!!」

 

 未だ嘗て誰一人として踏み入れたことのない領域に踏み込んだ彼女を見上げ、その名を叫ぶと柔らかな笑みを浮かべ此方の様子を伺う彼女がいた。

 

 だが、俺はその笑みに大きな恐怖を感じた。

 

 容姿はアーシアそのものであり、その笑みも普段の彼女と変わらないように見えるが、俺の中の何かが警鐘を鳴らしている。

 

「……お前アーシアじゃないな?」

 

 疑問が確信に変わるまで時間は掛からなかった。

 

 具体的に何が違うかはわからないが、そこにいるのが俺の知っているアーシア・アルジェントではないことは確かだった。

 

「……何者だ?」

 

 彼女は他者を見下(みくだ)すようなことはしない。

 

 彼女なら同じ地面に立ち、同じ目線で戦ってくれるはずだ。

 

「『時の流れに身を任せて幾星霜。永遠にも近い時間を流れてようやくお目に掛かることができました……我が君』」

 

 目の前で起こっている事態を把握できない……。

 

 アーシアの声なのに別の者の意思を感じる。

 

「……誰だと聞いている?」

 

 ようやく彼女が帰って来たと思ったのにまた彼女が何処に行ってしまったことに苛立ちを覚えていた。

 

「『我が名は生神女(マリア)……この世で唯一貴方様を癒せる存在です』」

 

 マリアと名乗った彼女が何者かは知らないが、俺にはそれ以上に許せないことがあった。

 

「アーシアはどこだ?何故彼女の身体に入り込んだ?」

 

 大切な人の身体が得体の知れない者に支配されていることが何よりも許せなかった。

 

「『それは彼の者アーシア・アルジェントがハリストスの御霊を宿していた故。清く強き心を持ち、何人(なんびと)にも分け隔てなく寄り添える心を持つ故にございます』」

 

 マリアの言うハリストスの御霊とは何なのか理解出来ないが、アーシアがアーシアであるから特別な力が宿ったということか?

 

「ハリストス……だと?……ならばその女が【再生の生神女(マリア)】だというのか!?」

 

 突如それまで沈黙を保っていたコカビエルが口を開いた。

 

 コカビエルは何かを知っている様子だった。

 

 奴は聖書に名を刻むほど長く生きている堕天使。俺が知らないことを知っているのは当然のこと。

 

「『堕ちた天使ですか……相も変わらず我が君の邪魔をしているのですか?』」

 

 マリアは前方に左手を伸ばすとその照準をコカビエルに定めた。

 

「『戦うのは久方ぶりですね、加減は出来ませんのであしからず』」

 

 左手の掌に光が集約されていく。

 

 俺はマリアの近くまで行き、その左手を掴む。

 

「アーシアの身体で勝手をするな」

 

 いくら別の意識とはいえアーシアの手は全ての者を救うための優しい手。

 

 誰かを殺めていいはずがない。

 

 一瞬のことに驚くマリアだったが、直ぐに左手を下ろした。

 

「もういいだろうマリア?アーシアを返してくれ」

 

 俺がそういうと彼女は静かに目を伏せた。

 

「『御心のままに……ですがお忘れなく……我が心永遠(とわ)に我が君と共に』」

 

 そういうとマリアは俺の背後に回り込んで背中に右手を添えた。

 

「『これが妾が貴方様にしてあげられる最後のこと。後のことは全て新たな【再生の生神女(マリア)】であるアーシア・アルジェントに託します……我が君、最期に一目お目にかかれて嬉しかった』」

 

 その瞬間背中にこれまで感じたことのない熱を感じた。

 

 熱くはなく、とても心地の良い気分だった。

 

 自分の背中にあるものが浮かび上がるのを感じた。

 

(そうか……これがコカビエルの言っていた紅十字をいうやつか)

 

 自分の身体になんでこんなものが刻まれているのかはわからないが、今なら不可能なことはないのではないかと思うほどに力が溢れてくる。

 

「ふぇ……ユーさん?」

 

 俺が自分の身体と対話している内にアーシアが意識を取り戻して少し間の抜けた声を出していた。

 

「私どう……?あ、あれ!?」

 

 どうやらアーシアは自分が宙に浮いていることさえも知らなかったようで空中で足をジタバタ動かして落下していった。

 

(マリアの奴!せめてアーシアの身体を地面に降ろしてから居なくなりやがれ!)

 

 俺は急いでアーシアの下へ飛んで行き、お姫様抱っこにするとゆっくり地面に着地した。

 

「大丈夫かアーシア?」

 

 俺の胸の中で顔を真っ赤にして頷く彼女が堪らなく愛しかった。

 

 そのままリアス達のところまで行き、アーシアを降ろして彼女の美しく金色の髪に触れた。

 

「今度こそ本当にお帰りアーシア」

 

 彼女はよくわからないといった表情で笑っていた。

 

 だがそれでいい。

 

 いつか今日のこの出来事を彼女に話さなくてはいけない日が訪れるだろう。

 

 その時が来るまで君には笑っていてほしい。

 

 出来ることなら俺の隣で。

 

「ユーさん!大変です!マリア様という方の声が聞こえます!」

 

 …………

 

 このど畜生が!!

 

 格好よく自己完結したのに全てが台無しじゃねぇか!

 

 今の切迫した状況も忘れる程に取り乱してしまい、リアスやアーシアから心配されてしまった。

 

 一旦、心を落ち着かせて改めてリアスにアーシアをお願いしてコカビエルと対峙する。

 

「待たせた」

 

 僅かに動揺を見せるコカビエルの瞳を鋭く射ぬく。

 

「新たな力を得たようだな」

 

 俺がここに到着したばかりの頃の余裕の表情をしたコカビエルはもういなかった。

 

「ああ、今度の俺はちょっと強いぞ」

 

 その姿こそまさしく先の大戦を生き抜き、聖書に名を刻んだ偉大なる堕天使の本当の姿。

 

「楽しい闘いにしよう」

 

 お互い息を合わせたように少し距離を取る。

 

 端から見れば僅か数秒の睨み合いだったと思うが、対峙している俺からすれば随分と永く感じた。

 

 何が合図になったのかはわからないが、示し合わせたようにお互い同時に動きを出した。

 

 次の瞬間俺とコカビエルの拳が交わった。




第24話更新しました。

前回の更新から早2ヶ月空いてしまいました。
9月末に体調を崩し、それでも無理して動いていたら悪化してようやく完治して続きを書こうとした内容が気に入らず消してまた書き直していたら2ヶ月経ってました。
皆さんも体調には気を付けてくださいね。今時期は特に!

筆者の言い訳はこれくらいにして内容の方はようやくコカビエルと対峙しました。最初は覚醒したアーシアがコカビエルを殺るという内容だったんで主人公とコカビエルが戦う予定はなかったんですが、後の展開を思い出してまだ早いという結論に至りました。
因みにアーシアに戦闘能力はありません。
次からはコカビエルが如何に格好よく負けてくれるかになると思いますので気長に待って頂ければ幸いです。

ではまた次回。


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第25話

もうすぐ3月ですが、本年もよろしくお願いいたします。

第25話です。


 叶わないと諦めた

 最早言葉などいらない

 さぁ始めよう

 

 ―●〇●―

 

 

「すごい」

 

 隣にいる小猫ちゃんが、その光景を目の当たりにしてそう呟いた。

 

 今、僕達の目の前で、堕天使コカビエルと菅原先輩が拳を交えていた。

 

 二人の拳がぶつかり合う度に、とてつもない衝撃が地面を激しく揺らした。

 

 その戦いは真に次元の違う闘いだった。

 

 正直言って、この二人の闘いがここまで激しいものなるとは予測することが出来なかった。

 

 何故ならば僕は見誤っていたのだ……先輩の力を。

 

 悔しいけれど、僕達グレモリー眷属の実力は先輩には遠く及ばない。

 

 それは先の駒王町で起きた堕天使暗躍事件や、リアス部長の結婚式でのライザー・フェニックスとの一戦でも証明された。

 

 特に、ライザーとの一戦で悪魔への覚醒を果たしてからの先輩の強さは底が知れない。

 

 でも、一見完勝に見えたライザー戦も、僕にはギリギリの勝利に見えた。

 

 仮想空間から戻った先輩は周囲に気づかれないように振る舞っていたが、息遣いが荒かったり、足取りが覚束なかったりとかなり追い込まれていた様子だった。

 

 その疲弊した姿は、あまりにも強大な力に先輩の身体がついていけてなかったようにも感じた。

 

 だからこそ、コカビエルとの一戦は先輩が圧倒的に不利に思えた。

 

 ライザーとコカビエルを比較すれば、数段コカビエルの方が実力は上だ。

 

 だが蓋を開けてみればどうだろう?

 

 古の強者であるコカビエルを相手に、一歩も引かずに互角に戦う先輩がそこにはいた。

 

 ライザーとの戦いでは、あれほど窮地に陥りながら力を押さえていた?

 

 それは考えられない。

 

 先輩はそんなに器用な人ではないし、全力で来る相手に対してそのような無礼を働く人ではない。

 

 ではいつの間にこれほどの力を得たのか?

 

「今度の俺はちょっと強いぞ」

 

 コカビエルと激突する前に先輩が言い放ったあの一言。

 

 アーシアさんの姿を借りた生神女(マリア)と名乗った女性が、先輩の背中に触れた時に浮かび上がった紅十字に秘密があるのか?

 

 いや、その前に先輩はバルパーの術式を、より強い力で書き換えたと言っていた。

 

 あの術式は、術者よりも発現者の力が優先されるはず。

 

 つまり、その時点で先輩の力はコカビエル以上だったということになる。

 

 もし何かのきっかけで、先輩の肉体があの強大な力に耐えられるようになっていたとしたら?

 

 あの強大な力を自在にコントロール出来るようになっていたとしたら?

 

 この戦いは全く先が見えない。

 

 先輩の力は確かに凄まじい。だけど、コカビエルもまた怪物。

 

 二人の鮮血が辺りに飛び散る様を目に焼き付けながら、僕は下唇を噛んだ。

 

(僕も強くなる!この【双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)】と共に!)

 

 

 ―●〇●―

 

 

「あがっ!」

 

 俺の拳が奴の顔面にめり込み、後方に()()りバランスを崩す。

 

 追い討ちをかけるため距離を詰めていく。

 

「ぐお!」

 

 拳を振り上げた瞬間、下から奴の蹴りが俺の顎を捉え、顔が跳ね上がり、その衝撃で後退する。

 

 お互いに衝撃で吹き飛び、自然と距離が出来る。

 

 体勢を立て直して奴を見ると、口から流れる血をシャツで拭っていた。

 

 蹴られた箇所を擦っていると違和感を感じた。

 

 先の大戦が下火になって数百年、久しく忘れていた味が口の中に広がっていた。

 

(……血か)

 

 魔王の妹であるリアス・グレモリーの魔力を受け止めた際も両腕から出血したが、さして気にすることはなかった。

 

 だがこうして口の中に広がる鉄の味を感じると、俺は今戦っているのだと実感し、嬉しくなる。

 

 魔力での戦いではなく、誰かと拳を交えて戦うのはいつ以来だろうか?

 

 あの戦争が終結した後も戦うことをやめなかった。だが、その後の争いは虚しくなるほど手応えのないものだった。

 

 眼力一つで腰を抜かして逃げる者、魔力を放てば跡形もなく消え去る者。

 

 そうやって戦い続けるうちに、俺の前に立つ者は居なくなっていた。

 

 だが今は違う。こうして俺の目の前に立つ存在がいる。

 

 俺が殴れば殴り返してくる。俺が吹き飛べば追い討ちを駆けてくる。

 

 当たり前のことなのだが、その事が嬉しくて堪らない。

 

 奴は聖なる闘気を身に纏い、突如としてこの場に現れた。

 

 それを目にした時は、天界がようやく重い腰を上げたのかと思ったが、奴は俺の問いかけに対して、無言で背より漆黒の翼を広げた。

 

 その姿に目を疑ったが、最近冥界に【聖なる対極の紅十字】を背負う者が現れたと、アザゼルが話していたのを思い出した。

 

 今では神話となったその御印は、生きとし生けるもの総ての憧れでもあった。

 

 俺が初めて男の姿を目にしたのは、災厄を討ち滅ぼして地方を巡行に来ていたときのことだった。男は自らの眷属であり、共に災厄と戦った五人の女を引き連れていた。当時行動を共にしていたアザゼルやシェムハザ、バラキエルはその際、男の威風堂々たる姿を目にして口を揃えてこう語った。

 

「男に生まれたならああいう風にならなければならない」

 

 魅せられてしまったのだ……

 

 男が放つ圧倒的な輝きに……

 

 上昇思考の強いことで知られていた三人が男に魅せられてしまったことには驚いたが、俺が感じたこと三人とは正反対のことだった。

 

「男の首を獲り、男に取って変わる」

 

 俺がそう話した時の三人の反応は様々だった。

 

 アザゼルは大声を上げて笑い、シェハザムは呆れたように無言を貫き、バラキエルは周囲の様子を伺いながら狼狽えていた。

 

 誰にどう思われようと関係ない。

 

 道を決めるのは他者ではなく自分なのだ。

 

 そのことを胸に秘めて俺は闘った。

 

 闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘い抜いた。

 

 時に命の危機すら感じることもあった。

 

 流した血の分だけ男との距離が縮まっていると信じていた。

 

 だが、俺が男と対峙する機会は訪れなかった。

 

 背中の美しい白の翼が闇を連想させる黒に染まった頃には、男の姿はこの世界の何処にもなかった。

 

 男の所在を訪ねても誰一人として知る者はなく、生死すら不明だった。

 

 俺と男の距離は永遠に縮まらないものになってしまったと思っていた……

 

 目の前に奴が現れるまでは……

 

「ぐふっ!」

 

 奴の左拳が俺の腹に突き刺さり、怯んだ隙に蹴りが眼前に迫っていた。

 

「ちぃ!」

 

 俺はその蹴りを掴むと、奴の身体を地面に向けて思い切り投げ飛ばしたが、空中で体勢を変えて衝突を免れていた。

 

「小僧……名は?」

 

 お互い肩で息をしながらではあったが、俺はどうしても奴の名が知りたくなった。

 

 それまでは殺す者の名など興味はなかったが、奴の名だけは知っておかなければならないと感じた。

 

 俺の突拍子もない質問に目を丸くしながら構えを解き、考えるように顎に手を当てていた。

 

 その姿を興味深く注視していると、何かを思い出したようにハッとして俺に対して深々と頭を下げた。

 

「遅くなって申し訳ない……菅原ユウです」

 

 あまりにも律儀で丁寧な挨拶に、殺し合いをしていることを忘れて声を上げて笑ってしまった。

 

(そうか……こういう男もいるのか)

 

 俺は一頻り笑ったあと、再び奴に向き直り臨戦態勢に入った。

 

「第二ラウンドと行こうか……菅原ユウ」

 

 俺は初めて目の前の殺す相手の名を口にした。

 

 

 ―●〇●―

 

 

 この場にいる全員が眼前の激闘の行く末を固唾を飲んで見守っている。

 

 堕天使コカビエルとユー君の闘いは更に激しさを増していく。

 

 互いの拳をぶつけ合う肉弾戦から始まったこの闘いは、互いの存在を消し合う魔力での闘いに移行して行った。

 

 スピード、一撃の威力、魔力の内包量、相手との駆け引き、耐久力……その何れもが私達とは一線を画すものだった。

 

 それ故、皆の胸中は様々な感情が渦巻いているだろう。

 

 リアスやアーシアちゃんは、ただユー君の無事を願っている。

 

 木場くんや小猫ちゃんは、自分の力が足らないことを悔やんでいる。

 

 一誠君は目の前の闘いの一挙手一投足を見逃さまいと目を凝らしている。

 

 では私はどうなのだろうか?

 

 無論、私とてユー君の無事は願っているし、自分の力が足らないことも悔しく思っている。

 

 リアスの女王として、主の管轄する街で起きた騒動を見ていることしか出来ないことに、憤りも感じている。

 

 でもそれ以上に、あの男を見てると、私の中の最も深い部分にある黒い感情が疼いてしまう。

 

【堕天使】

 

 私にとって切っても切り離せないその存在は、この心に暗い影を落とす。

 

 私が力を欲すれば欲する程に実感してしまう……。

 

 自分の身体には堕天使の血が流れていることを……。

 

 そして思い出すあの忌々しい記憶を……。

 

「朱乃、大丈夫か?」

 

 過去の記憶に肩を震わせている私の耳に、突然ユー君の声が聞こえた。

 

 私が自問自答している間に戦場は更に広範囲に及んでおり、私達のすぐ側まで迫っていた。

 

「みんなを連れてもっと下がってくれ!」

 

 追撃してくる無数の光の矢を払い除けながら私達に指示を出して、コカビエルとの距離を縮めていく。

 

 彼の言う通りにするためリアスに合図を送ると、動けないゼノヴィアさんを連れて二人から更に距離を取った。

 

「ユー君!」

 

 避難を終えた私は、そのことを伝えるために彼の名前を呼んだ。

 

「心配ない……全てうまくいく」

 

 そう言って彼は笑った。

 

 その表情は、とても命のやり取りをしているとは思えないほど嬉々としていた。

 

 その姿に私は一抹の不安を覚えた。

 

 私の知る彼は、無意味な争い事を好む人ではなかった。

 

 言葉を尽くし、自分に非がない時でも自ら折れるような優しい心の持ち主だった。

 

 そんな彼が他者との殺し合いに心を踊らせている。

 

 優しい彼の変わっていく姿に胸が締め付けられる想いがする。

 

 堕天使はいつも私の大切な者を奪っていく。

 

「大丈夫ですよ」

 

 私の心が再び黒い感情に支配されそうになった時、隣にいたアーシアちゃんが私の手を優しく握ってくれた。

 

「ユーさんは全てうまくいくと言いましたから」

 

 驚いた。

 

 先程まで神の死を知って意識を朦朧とさせていた彼女が、今は慈愛に満ちていた表情をしてる。

 

 初めて彼女に出逢った時は、守ってあげないといけないと思うほど弱々しく華奢な少女だった。

 

 そんな少女が今とても頼もしくなり、私の心の闇を優しく払ってくれた。

 

 菅原 ユウ

 

 彼との出逢いがこの少女を変えたのだ。

 

 彼を信じる心が少女を強く、逞しく成長させたのだ。

 

 思えば、リアスも変わった。

 

 彼と出逢うまでのリアスなら、自分の力を過信して他者に頼らず、全て自分で全てを解決しようとしていた。

 

 そんなリアスが、今回の騒動に際して他の誰よりも早く冥界への援軍を提案した。

 

 その判断の速さは歴戦の王を思わせるもので、同じく王であるソーナ様を驚かせる程のものだった。

 

(ふふ、いい男は女性を変えるものなのですね)

 

 不意に笑った私に首を傾げるアーシアちゃん。

 

「そうですわね。信じましょう……ユー君を」

 

 握られていた手を握り返して笑う私に、アーシアちゃんも笑顔で答えてくれた。

 

(負けないでくださいユー君。この闘いが終わったら貴方に伝えたいことがありますので)

 

 輝きを増していく背の十字を見つめながら、私はその勇姿を目に焼き付けた。

 

 

 ―●〇●―

 

 

 骨の軋む音、噴き出す血、歪む表情、互いの生命が削れていることを実感していながらも、俺は不思議な感覚に陥ってた。

 

 確実に死に近づいている状況にも関わらず、身体中の血液が活性化し、それを受け止めるための心臓は今にもはち切れんばかりに忙しなく鼓動する。

 

 つまり俺は興奮状態にあった。

 

 だが、これが初めてではないことを俺は知っている。

 

 嘗てアーシアを教会から救出した際も、俺の心は今と同じように高鳴っていた。

 

 心の底から沸き上がってくる闘争への渇望こそ、本当の俺なのかもしれない。

 

「……お前は俺と同じだ」

 

 自然と口角が上がっていく俺に対して、コカビエルが意外な言葉を投げ掛けてきた。

 

「お前は本心では闘いを望んでいる」

 

 心を見透かされている気がして気持ち悪かったが、コカビエルの言葉を否定できない俺がいる。

 

「お前なら俺の考えていることが分かるはずだ!闘いこそが全て!闘いこそが己の存在意義だということを!」

 

 闘うことで自分を肯定し、相手を滅することで自分を証明してきた男。

 

「今のお前になら分かるだろう?」

 

 分かる……

 

 闘っているだけ本当の自分が解き放たれるような錯覚を起こす。

 

 この瞬間だけ俺はここではない別の場所にいる……

 

「そうだ!それでいい!」

 

 でも違う……違うんだよ……

 

「いいぞ戦争は!」

 

 俺はお前とは違うんだよ、コカビエル……

 

「お前は何故闘う?コカビエル」

 

 この気持ちを否定するつもりはない……

 

「知れたこと!俺こそが最強であると世に知らしめるためだ!」

 

 だけどやっぱり違うんだ……

 

「俺とお前は違うぞ、コカビエル」

 

 俺とお前には決定的な違いがある……

 

「何が違う!自分に嘘をつくな!」

 

 昂った感情が急激に冷え込んでいく。

 

「そのあとは?」

 

 俺の言葉にコカビエルは目を細める。

 

「最強とやらになったあとお前はどうする?」

 

 この問いに苛立ちを隠せないコカビエル。

 

「そこだよ。そこが俺とお前の違いだよ」

 

 俺とお前では見ている所が違う。

 

「コカビエル……お前の闘いは死に様だ」

 

 俺はお前のように、死に急ぐために生きるつもりはない。

 

「だが、俺は違う。俺の闘いは生き様だ。俺とお前では見ている場所が違う」

 

 コカビエルに向けて俺は拳を突き出す。

 

「お前にはそれが分からない。だから俺はお前に負けるわけにはいかない」

 

 お前が自分のために闘うなら、俺はみんなのために闘う。

 

 お前が誰かを殺すために闘うなら、俺は誰かを守るために闘う。

 

「この目に映る人々だけでも守って見せる」

 

 突き出した拳にありったけの魔力を籠める。

 

「自惚れるな!小僧が!」

 

 コカビエルも全ての魔力を腕に籠めた拳を突き出す。

 

「どちらが最強の矛であるか……決着を着けよう……菅原ユウ」

 

 これが俺の最後の一撃になる。恐らくそれはコカビエルとて同じだろう。

 

(決める!)

 

 俺はコカビエルを撹乱するために奴の目の前から姿を消す。

 

「き、消えた!?」

 

 木場の驚愕する声が俺の耳にも届いた。

 

 物理的に消えることは不可能。動いたのだ。騎士(ナイト)の駒を戴く木場さえも、消えたように錯覚するほどのスピードで……

 

「逃さん!」

 

 だが、コカビエルの目は俺の姿を捕らえていた。

 

 お互い一瞬の好機を狙って牽制の応酬となるが、この手の駆け引きで俺がコカビエルに敵うはずもない。

 

 俺とコカビエルでは戦闘経験がまるで違う。

 

 真綿で首を絞められるが如く、此方のやりたいことが消されていく。

 

 剛胆で狡猾な性格をしているが、戦闘においては相手の全てを受け止め、更に上を行くという王道のスタイルだ。

 

(どうする?どうすればいい?)

 

 焦りは思考を停止させ、判断を鈍らせる。殺るか殺られるかという極限の状況で、俺の思考が完全に停止したその時だった。

 

「なにっ!?」

 

 コカビエルが大きくバランスを崩した。

 

 自ら命を奪ったバルパー・ガリレイの死体に躓いたのだ。

 

 まさに千載一遇の好機だった。刹那、考えるよりも早くコカビエル目掛けて、猛スピードで俺は突っ込んだ。

 

 その瞬間コカビエルの口角が僅かに上がっていることも知らずに。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 全ての魔力を籠めた左腕が輝きを放つ。もはやコカビエルの心の臓しか目に写っていない。

 

「ユー!」

 

 リアスの声には焦りの色が混じっていた。

 

「ユー君!」

 

 朱乃の叫びは悲痛に満ちていた。

 

「ユー先輩!」

 

 いつの間にか俺のことをユーと呼び始めていた塔城ちゃんも、聞いたことのない大きな声を出していた。

 

「菅原先輩!?」

 

 木場も何かに戸惑っているように声を上げる。

 

「先輩!」

 

 兵藤の声はよく耳に響く。あまり心地いいものではない。

 

 これで全てが終わる。

 

 終わったらまたいつもの部室でお茶でも飲もう。お茶請けは塔城ちゃんの隠しているお菓子があるからそれがいい。

 

 俺は別にヒーローになりたい訳じゃない。戦争だとか、世界の危機だとかそういうのが無縁の平和な世界で産まれ、生きてきた。

 

 自分の領域さえ守ることが出来れば満足だった。

 

 それは悪魔になったからといって変わるものではない。

 

 だが、お前は俺の領域を犯した。

 

 自分の欲のために多くの者を巻き込んだ。

 

 お前の欲に巻き込まれるのは、今を平和に生きていた人々だ。

 

 だから俺はお前を倒す。

 

 願わくば来世は黒く染まることなく、人々を温かく見守ってくれ。

 

「ダメェェェェェェ!」

 

 ……

 …………

 ………………えっ?

 

「細工は流々仕上げは御覧じろ」

 

 その悲鳴が結界内に響いた瞬間、コカビエルの心臓しか目に写っていなかった視界が広がった。

 

「急いてはことを仕損じる」

 

 心臓を撃ち抜くはずの拳が虚しく空を切る。

 

「惜しかったな」

 

 全てはコカビエルの仕掛けたブラフだったのだ、俺を確実に屠るための。

 

「……さらばだ」

 

 終わった。

 

 地面に膝をつき、力なく(こうべ)を垂れる俺に、コカビエルの右拳が振り下ろされる。

 

「奥の手は見せるな……」

 

 それは幼い俺に父ちゃんが教えてくれたこと。

 

 母ちゃんにボードゲームで負けて、泣く俺の頭を優しく撫でて伝えてくれたこと。

 

「見せるなら更に奥の手を持て……」

 

 俺もずっと考えていだんだ。

 

 お前を確実に屠るための策を……

 

 この場に現れた時からずっと……

 

「ようやく完成したよ」

 

 地より天に昇る五本の光の柱が、この空間を支配する。

 

「何が起こった!?」

 

 コカビエルの拳が俺の心臓を撃ち抜くが、そこに籠められていた魔力が(ことごと)く飛散していた。

 

「ご、五芒星!」

 

 天に昇る五本の光の柱を繋ぐように、美しい五芒星が地面にその姿を表す。

 

 俺とコカビエルはその中央にいた。

 

「ここは俺の世界。全ての事象を否定する世界」

 

 コカビエルの腕に掴み、振り払う。

 

「菅原ユウ……お前は何者だ?」

 

 コカビエルの瞳から闘志が消える。まるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしている。

 

「お前は奴の生まれ変わりか?」

 

 音さえ遮断すら空間にコカビエルの声だけが響く。

 

「世界に於いて、【聖なる対極の紅十字】を背負う者は神話の終わりを示し、発現させた【五芒星】は伝説の始まりを告げたと伝えられている」

 

 もはや戦闘の意思のなくなったのか、コカビエルは天を仰いだ。

 

 コカビエルの言う【奴】というのは、一体誰のことなのだろうか?

 

 全く見当もつかないが、神話の終わりと伝説の始まりとは?

 

「コカビ……うっ!?」

 

 コカビエルに話し掛けようとした瞬間、俺の心臓が大きく脈打ち、身体が燃えるように熱くなった。

 

 俺は立っていられなくなり、その場に膝をついた。

 

 その影響で、俺とコカビエルだけを覆っていた五本の光の柱が消え去った。

 

「身体が耐えられなくなったか……本来なら五人の眷属が揃わなければ発現させることさえ不可能な五芒星を、僅か一人の眷属のみで発現させたのだから無理もない」

 

 そう言って近づいてきたコカビエルは俺を担ぎ上げた。

 

「なに……を?」

 

 突然のコカビエルの行動に戸惑うが、身体の自由が効かないため身を任せるしかなかった。

 

「その状態を改善出来るのは、【再生の生神女 (マリア)】しかいない」

 

 どうやら俺をアーシアのところまで運んでくれるらしが、敵である俺に対して何故そのような行動を取るのか、問うことも出来ない状態だった。

 

「コカビエル!ユーをどうするつもり!?」

 

 コカビエルの行動に、リアスが噛みついていた。

 

生神女(マリア)よ……意識はある」

 

 朦朧とした意識の中でアーシアの顔が目に入った。その目には涙が浮かんでいた。

 

(また泣かせてしまったな)

 

 そんな事を考えながら、アーシアに身体を委ねた。

 

「でもアーシアの力でも先輩を治せないじゃ?」

 

 兵藤の言っていることは正しい。以前、アーシアを教会から救った際もアーシアに治療してもらったが、俺の身体が治ることはなく、入院したことがあった。

 

「馬鹿が!【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】ごときでこの男を癒せる訳がなかろう」

 

 コカビエルの言葉の意味が分からなかったが、霞みがかっていた視界が次第に晴れてくる。

 

「どういうことなのコカビエル?」

 

 リアスの問いかけは、俺を含めた全員が疑問に思ったことだった。

 

「その男は特別だ。だが、生神女(マリア)の力を得たのならばそれも可能だ」

 

 コカビエルの言葉通り、俺の身体の傷が癒えていく。

 

「ありがとうアーシア。もう十分だ」

 

 アーシアの頭を一撫でして俺は立ち上がる。

 

「そうか……お前達は何も知らないのか」

 

 コカビエルがそう言って目を細める。

 

「知っていることを話してもらうぞ」

 

 俺は知りたい。いや、知らなければならない。

 

 俺がこれからも菅原ユウとして生きていくために。

 

「俺がそこまでしてやる義理がどこにある?」

 

 そう言ってこの場を去ろうとするコカビエル。

 

「そんなに知りたいなら聞いてみればいいだろ?」

 

 聞いてみる……?

 

 誰に……?

 

 背中を冷たい何が襲う。

 

「真実を知る者は、意外と近くに居るかも知れんぞ」

 

 近くにいる……?

 

 一筋の汗が頬を伝う。

 

「その者は嘗てこう呼ばれていたぞ」

 

 全身の毛が逆立つような感覚を覚える。

 

 無意識に喉の奥が鳴る。

 

「レ…………」

 

 その瞬間(とき)、闇を切り裂いて、白き閃光が一直線にコカビエルの心臓を貫いた。

 

「それ以上、余計なことを言うな」

 

 全員が閃光の出所を探った。

 

 その視線の先には、白き鎧を纏った存在が神々しいまでの輝きを放ち、闇夜を照らしていた。




第25話投稿しました。

特に何もなかったのですが、三ヶ月空いてしまいました。やはり意欲というのは大切だなと実感しました。今後もこんな感じで書いていくと思います。

内容のほうは書いては止めてを繰り返していたこともあって辻褄の合わない部分もあると思いますし、補足が足らない部分もあると思いますが、ご了承下さい。

さて、三章の終わりも見えてきましたね。ここからはオリジナルの展開も増えると思いますので、その辺で意欲が戻らないかと考えてます。

では、また次回。


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第26話

スマホ新しくなりました。
5Gです!

第26話です


 一人で強くなれると思っていた。

 これからもそうであると疑わなかった。

 私は彼女の心に負けた。

 

 

 ―○●○―

 

 

「これが魔王の一人が冥界の未来(さき)を託した力……か」

 

 足元で転がっている堕天使コカビエルの首根っこを掴みながら、俺の視線はある男に注がれていた。

 

 世話になっている【神の子を見張る者(グリゴリ)】の総督であるアザゼルから人間界で勝手に行動しているコカビエルを連れ戻せと言われて来てみたが、なかなか興味深いものが見れた。

 

 最初は気乗りせずに迷っていたが、今代の【赤龍帝】がこの地に存在することを聞かされて、俺の好敵手(ライバル)に成りうる人物かどうかをこの目で確かめたくなった。

 

 ──白と赤は闘争、未だに終わらず──

 

(これが嘗て世界を救った力の片鱗……)

 

 燃え盛る背中の紅十字、天を貫かんばかりの五芒星の光、その何れもが今では神話となり、刻の流れと共に忘却の彼方に秘された力。

 

 幼い頃、ジジィの研究室が遊び場だった。いつも優しかったジジィが激昂したことがあった。

 

 俺がジジィの大切な研究資料に落書きをしたからだ。その光景はあまりにも衝撃的で今でも鮮明に覚えている。

 

 その研究資料こそ目の前の【聖なる対極の紅十字】についての資料だった。

 

 それが原因かどうかは知らないが、ジジィの俺に対する態度は激変し、迫害を受けることになった。

 

 その後、ジジィと父に捨てられた俺はシェムハザに拾われ、アザゼルの元に身を寄せた。

 

 俺は自分が捨てられる原因となったと思われる【聖なる対極の紅十字】について調べ始めた。

 

 だが、どれだけ調べても全く情報が出て来なかった。まるで始めからそんなものなど存在していないかのように。それでも諦められない俺は自称研究者を名乗っていたアザゼルにも聞いてみることにした。

 

 アザゼルは一瞬驚いたようなリアクションをとると、真剣な表情で一言だけ言った。

 

 ──そいつには二度と触れるな──

 

 普段おちゃらけた態度のアザゼルがそんな顔をするのを初めて見た。

 

 それでも納得していない俺にアザゼルは自分の知っていることを話してくれた。

 

 嘗て世界を救った力と言われているが、今では存在しない力のため誰も詳しいことを知らないとのことだった。その後、強制的に話を打ち切り仕事と言って出て行ってしまった。

 

 その時のアザゼルの様子を見て、まだ何かを隠していると確信したが、それ以上調べる術を持たない子供だった俺はいつか真実に辿り着くことを胸に秘めて、その機会をじっと待っていた。

 

 そして遂にその時が訪れた。

 

 ──冥界に【聖なる対極の紅十字】を刻む者が現る──

 

 魔王の筆頭であるサーゼクス•ルシファーの妹の結婚式に乱入し、花婿であるライザー•フェニックスから花嫁を奪い去ったというニュースが冥界中を駆け巡った。

 

 そのニュースを聞き、コカビエルは神の子を見張る者(グリゴリ)の拠点を飛び出して行き、アザゼルはアザゼルで情報統制が緩いだの、事態の深刻さを理解していないだのと怒り心頭の様子だった。シェムハザとバラキエルは事実確認に奔走しており、この二人が一番大変そうだった。

 

 俺も直ぐに行動しようとしたが、長年追い求めてきた真実が何の前触れ無く、突然目の前に現れたことに柄にもなく身震いした。

 

 何れにせよ、男の居場所は知れている。

 

 魔王サーゼクス•ルシファーの妹であるリアス•グレモリーの結婚式に乗り込んだということは、このリアス•グレモリーを張っておけば相まみえるだろうと思っていたが、アザゼルから声が掛かり、俺はこの街にやってきた。

 

 神話と伝説の混在するこの街に……。

 

 魔王の妹が治めている街だと聞いていたが、平凡な街だった。

 

(こんな街に本当に俺の目的とライバルがいるのか?)

 

 良く統治されていると言えばそれまでだが、刺激が足らない。こんな温い雰囲気では折角の牙も抜け落ちてしまう。

 

 少々ガッカリしながら、公園の横を通り過ぎると、黒いボンテージ姿の栗毛の女が倒れているのが目に入った。

 

 傷の形状からして女をやったのはコカビエルだろう。

 

 アザゼルから聞いていた通り、好き勝手に暴れているようだ。

 

 息はあるようだが、このまま放置すれば生命も危ないかも知れない。

 

 だが、俺には関係のないことだ。知らない女が死んだところで俺に影響があるわけでもないので無視してその場を去った。

 

 おそらくコカビエルのいる場所は空間の歪んでいるあの場所だろう。かなり広範囲に渡って結界が張られている。

 

 直ぐに向かおうと思ったが、この街にはもう一箇所だけ僅かながら空間の歪んでいる場所があった。

 

 此方はコカビエルの居るであろうと思われる場所とは違い、かなり巧妙に結界が張られていた。

 

(この俺がここまで気づかないとはな……)

 

 この結界を張った者は余程の実力者だろうと思い、どんな人物が出て来るのか気になって、少しその場に留まることにした。

 

 ガードレールに腰を下ろし、美しい光を放つ夜の星々を見上げていると、凄まじい速さで駆けてくる男がいた。

 

 年の頃は俺と同じか、少し下くらいの顔立ちの整った男だったが、不思議な気配を纏う男だった。

 

 何より尋常ならざるその速さはおおよそ普通の人間とは思えず、気がつけば声を掛けていた。

 

 男からは僅かだが、様々な食材や香辛料の匂いが漂ってくる。男は料理人なのだろうか?

 

 この男の作る料理は美味そうだ。

 

 男はかなり焦っているようだったが、こちらの呼び掛けに応えて足を止めた。だが、気まぐれで声を掛けただけで特に話すこともなかったので、この先の公園に女が倒れていることを教えてやると、軽く会釈してまた凄まじい速さで消えて行った。

 

(!?)

 

 走り去る男の姿を見て俺の脳裏にある光景が()ぎった。

 

【聖なる対極の紅十字】を憧憬の念を持って崇め、深く頭を垂れる赤と白の姿。

 

 古より二天龍と称され、世界より畏怖されて来た存在が平身低頭する光景に俺は言葉を失った。

 

 今のは……一体?

 

 俺の記憶では無い。だとしたら、俺に宿る白き龍アルビオンの記憶と言う事だろうか?

 

 だが、肝心のアルビオンは『(いず)れ解る』の一点張りでそれ以上語ろうとはしなかった。

 

 一体、どれ程の刻が過ぎただろうか?

 

 気がつけば街の灯りは既に消えており、星々の瞬きが一層際立っていた。

 

 男の走り去った方角を見つめながら、この邂逅が運命であると確信して俺はその場を後にした。

 

 目的の場所に着くと、コカビエルとリアス・グレモリー眷属達による戦いも佳境を迎えていた。

 

 もう一人の魔王の妹であるソーナ・シトリーとその眷属達は戦いには参加せずに結界を張ることを優先していた。

 

(聖書に名を遺すほどの存在を侮ったな……)

 

 如何に上級悪魔であってもリアス・グレモリーは所詮成人前の未熟な悪魔に過ぎない。本来であれば早々に冥界へ援軍要請をし、その援軍が到着するまで現状考え得る全ての戦力を以て時間を稼がなければならない。それが現状を打破する最善の策であり、唯一の方法だった。

 

 外への影響を考えて役割を分担したのだろうが、コカビエルを止められなければ、どの道同じことだ。

 

 案の定、リアス・グレモリー眷属達はコカビエルを止めることが出来なかった。

 

禁手(バランス・ブレイカー)』に至っている騎士(ナイト)、『雷の巫女』と称される女王(クイーン)、『猫又』の血を引くと噂される戦車(ルーク)、更には眷属ではないものの『聖剣デュランダル』を手にした教会戦士、『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』をその身に宿す()聖女、そして我が終生の好敵手(ライバル)である赤龍帝。

 

 バラエティーに富んだ眷属達ではあるが、コカビエルを相手にするには百年早かったな。

 

 期待していた今代の赤龍帝も『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』はおろか『禁手(バランス・ブレイカー)』すらまま成らない有様であり、期待ハズレもいいところだ。

 

 これ以上見ている価値もなければ、グレモリー眷属に勝ち目は無い。コカビエルも十分暴れただろうし、悪魔側との関係を悪化させる訳にもいかない。

 

 今ならコカビエル一人に責を負わせてアザゼルが冥界と天界に上手く話をつけるだろう。

 

(さて……)

 

 アザゼルの指示通りにコカビエルを連れ帰るため結界内に突入しようとしたその時、ソーナ・シトリーの居た場所から結界内に突入した者がいた。

 

 その者は迸る怒りを滾らせ、金色のオーラを纏いながらコカビエルの前に立った。

 

 

 −○●○−

 

 

 あまりに突然の出来事に俺の頭が追いつかねぇ。

 

 コカビエルが態とらしく隙きを見せた所へ先輩が突っ込んだ時はもうダメだと思い、叫んだ。そうしたら、いきなり天に昇る五本の光の柱が現れてコカビエルの攻撃を無効化し、先輩の勝ちだと思ったら、地面に膝を着いて動かなくなった。そうしたら、その先輩を担いだコカビエルがアーシアに先輩を渡して回復するように言うし、もう何が何だか分からん!

 

 この場を立ち去ろうとするコカビエルを先輩が引き留め、詰め寄る。

 

 俺も二人の話を聞いていたけど、内容がよく分からねぇ。でも、コカビエルが言葉を発するたびに先輩の顔から血の気が引いていく。

 

 木場、小猫ちゃん、アーシア、俺の後輩組は顔を見合わせて首を振るが、部長と朱乃さんは険しい表情をしている。

 

 コカビエルが此方を振り返り、何かを語ろうとしたその時だった白き閃光がコカビエルの心臓を貫いた。

 

 何が起こったのか理解出来ずに辺りを見渡すと、事の次第にいち早く反応した先輩が後ろを振り返っていた。

 

 俺も先輩の視線を追って後ろを振り返ると、白い鎧を身に着けた不気味な存在が宙に漂っていた。

 

「コカビエルの話しに興味は尽きないが、時間切れだ」

 

 全身を駆け巡る言い知れない緊張感と恐怖。

 

 背中から生える八枚の光の翼、闇夜を切り裂き、神々しいまでの輝きを発している。

 

(似てる……)

 

 そう、色やカタチこそ違いがあるが俺の『赤龍帝の鎧(ブーステッド•ギア•スケイルメイル)』にそっくりだ。

 

「白龍皇……貴様……」

 

 そいつはゆっくりと俺達の横を通り過ぎる。だけど、その場にいた誰一人として動くことが出来なかった。

 

 俺達だけ時間が止まったような感覚を覚えた。

 

「はっ、白龍皇!?」

 

 先輩に寄り添っていた部長から驚きの声が上がる。

 

 じゃあ、あいつが!?

 

 俺の……いや赤龍帝の永遠のライバル白龍皇!

 

「まさかあの程度一撃で動けなくなるとは……聖書に記された堕天使ともあろう者が情けない」

 

 コカビエルの首を掴み、持ち上げながらそう言うと、鎧に埋め込まれた全身の宝玉が光を放つ。

 

Divide(ディバイド)!』

 

 今のは一体なんだ?まるでドライグが反応するのと同じだ。

 

「いや……コカビエルが情けない訳ではないか」

 

 全身が鎧に覆われているため、そいつの視線が誰を捉えているか定かではなかったが、この時ばかりはその瞳に誰が映っているすぐに分かった。

 

「卵が先か……鶏が先か……か?アザゼルも上手いことを言うものだ……」

 

 何言ってんだこいつは?

 

 とにかくこいつから発せられるオーラは危険すぎる。

 

 そう感じているのは俺だけではないようで全員が警戒している。先輩なんかは万が一の時のために女性陣を護るように一歩前に出ている。

 

「悪くない反応だ。だが、全てを出し尽くしたお前達に俺を止められるか?」

 

 白龍皇から放たれる気迫にみんなが後退りをしてしまうが、先輩だけは前に出た。

 

「止める、止められるではない。止めなければならない」

 

 マジか!コカビエルとの戦いで全部出し尽くした筈なのに、立っているだけでも辛い筈なのに。

 

 先輩だけに負担を掛けまいと、俺も前に出ようとするが、足が地面にくっついたみたいに動かない。

 

(なんて情けないないんだよ俺は!)

 

 クソ!白龍皇は赤龍帝のライバルなんだ!俺がやらなきゃならないのに!

 

 白龍皇は俺を歯牙にも欠けずに先輩と対峙している。それが悔しくて堪らなかった。

 

「フフッ……お前の気概は伝わってくるが、生憎俺には時間がないのでな。それに……今のお前を倒しても何も面白くない」

 

 視線は外していない。瞬きもしていない。なのに白龍皇が消えた。

 

 そう思った瞬間、先輩の前に現れた白龍皇が指で先輩の肩を静かに押した。

 

 先輩は何の抵抗も出来ずにその場に尻もちをついた。

 

 その光景に全員が絶句する。

 

 ウソだろ!先輩がここまでアッサリ、しかも簡単に倒されるなんて!

 

「先ずは体力を回復するんだな。お前と決着をつけるのはそれからだ」

 

 そう言い、白龍皇はコカビエルとフリードを抱えて空へ飛び立とうとした。

 

『無視か、白いの?』

 

 急に左腕の籠手が光り出したと思ったら、今まで何も言わなかったドライグが奴に向けて言葉を発した。

 

『起きていたのか、赤いの』

 

 すると、白龍皇の鎧の宝玉も白く輝きを放ち、宝玉に宿る二頭の龍が会話を始めた。

 

『せっかく出会ったのにこの状況ではな』

 

 ドライグはどこか懐かしんでいるようにも感じた。

 

『いいさ、いずれ戦う運命だ。こういうこともある』

 

 白龍皇の方も同じように感じた。

 

(そっか……この二頭の龍は宝玉に封じられる数千年前から争ってきた間柄。敵だけど友達みたいな感覚なのか?)

 

 俺はそう思いながら二頭の会話を聞いていた。

 

『だが、赤いの……俺はお前の気が知れない。まさか再び【聖痕(スティグマ)】を刻まれたか?』

 

 和やかな雰囲気から一転し、二頭の会話の温度が急激に下がる。

 

『ほざくな、白いの……獣の力如きに右往左往している男などに(ほだ)される俺ではない」

 

 急にどうしたんだ?再会を懐かしんでたんじゃないのか?

 

「いい加減にしろ、アルビオン」

 

 突然、二頭の会話に白龍皇が割って入る。

 

『フッ、お前も奴に興味があるんだったな』

 

 今度は白龍皇と宝玉……アルビオンって呼ばれた奴が会話を始めた。だが、会話の内容はさっぱりだ。

 

『悪いな、赤いの。俺の宿主はお前の宿主よりも他に興味があるようだ』

 

 アルビオンの言葉を待たずに白龍皇が飛び立つ。

 

 永遠のライバルである赤龍帝よりも興味があるって一体?そういえば白龍皇の視線が先輩を捉えていた……まさか!

 

「待て!白龍皇!まだお前には聞きたい事が……!」

 

 先輩が疲弊した身体にムチを打って白龍皇を呼び止めようとする。

 

「全てを理解するには時間と力が必要だ。だが、これだけは言っておく。貴様を倒すのはこの俺だ【聖十字】」

 

 あの野郎!先輩に喧嘩を売りやがった!永遠のライバルである俺じゃなくて先輩に!

 

「それから……お前もだ、赤龍帝。俺は相手が蟻だろうが全力で踏み潰す。精々、強くなることだな……宿命のライバル」

 

 そう言い残して、白き閃光と化したそれは飛び立っていく。

 

 その姿は一瞬にして見えなくなった。

 

(蟻……だと?ふざけんな!絶対に強くなってやる!白龍皇よりも……先輩よりも!)

 

 俺の密かな誓いにドライグも同意してくれた。

 

「ユー?大丈夫!?」

 

 部長の叫び声と共に俺も視線をそちらに向けると、先輩が糸の切れた人形のように座り込んでいた。

 

 全員が心配して駆け寄る。

 

 部長が右から……アーシアが左から……朱乃さんが後ろから……小猫ちゃんが正面から……それぞれ抱き着いている。

 

 なんて羨ましい!

 

 部長とアーシアは一緒に住んでるから、そうだとは思っていたが、朱乃さんや小猫ちゃんまでとは!

 

 しばらく座り込んで夜空を見上げていた先輩が大きく息を吐き、ゆっくりと立ち上がり静かに頷いた。

 

 こうして戦いは終わった。

 

 俺達の住む駒王の街は救われた。

 

 

 ―○●○―

 

 

 白龍皇が去り、戦いが終わった。

 

 俺の目の前ではみんなの傷を癒やすために忙しなく動き回るアーシアの姿があった。

 

「終わりました。身体の調子はいかがですか木場さん?」

 

 自分も疲れているだろうにそれを一切見せずに最後の一人まで献身的にサポートしてくれる彼女には本当に頭が下がる。

 

「ご苦労さま、アーシア」

 

 木場の治療を終え、戻ってきたアーシアの笑顔は少しばかりぎこちなく、疲れが見えたので隣に座るように促す。

 

「少し休んだほうがいい」

 

 そう言うと、彼女は申し訳なさそうに俺の肩に頭を預けてきた。

 

「大丈夫。側にいるから」

 

 そう言って彼女の頭を撫でて話をしていると、すぐに可愛らしい寝息が聞こえてきた。

 

「裕斗」

 

 アーシアの眠りを確認して前方に目を向けると、木場がリアスに頭を下げていた。

 

「よく無事に帰ってきてくれたわ。それに【禁手(バランス•ブレイカー)】だなんて、私も誇らしいわ」

 

 木場の帰還を喜ぶリアス。その瞳には薄っすらと涙を浮かべていた。

 

「……部長、僕は……部員のみんなに……。何よりも、一度命を救ってくれたあなたを裏切ってしまいました……。お詫びの言葉もありません……」

 

 木場の頬をリアスが撫でる。その姿を見て不思議と納得してしまう。おそらくリアスはなにかある度に今のように木場を慰めて来たのだろう。

 

「でも、あなたは帰ってきてくれた。私はそれだけで十分。彼らの想いを無駄にしてはダメよ」

 

 その光景を見ていた小猫が涙を流していると、朱乃が優しく抱き寄せていた。

 

「部長……。僕はここに改めて誓います。僕、木場裕斗はリアス・グレモリーの眷属―『騎士(ナイト)』として、あなたと仲間達を終生守り抜くことを誓います」

 

 一時はどうなることかと思ったが、目の前の二人の姿に元の鞘に戻って良かったと安堵する。

 

 その後、木場が兵藤や小猫、朱乃に頭を下げて回っていると、涙や鼻水で顔を濡らした生徒会の匙が合流して兵藤と木場の三人で肩を抱き合っていた。

 

 ……うん、出来ればあれは遠慮したい。

 

「お疲れ様でした。菅原君」

 

 木場の制服で涙や鼻水を拭いている匙の姿を見て、顔を引き攣らせていると、頭上から声を掛けられた。

 

「そーちゃんとつーちゃんもお疲れ様」

 

 彼女達生徒会のおかげで街に被害が出ずに済んだ。本当に感謝の言葉もない。

 

「あのコカビエルを退けるとは……あなたは本当に不思議な人です」

 

 そう言って彼女は笑顔を見せてくれた。彼女の笑顔を見れるのは珍しいことなので得をした気分だ。

 

「後のことは生徒会に任せて休んでいて下さい」

 

 蒼那はそう言うと、バカ騒ぎしている匙の襟を強引に掴み、引き摺って行った。

 

「何だか嬉しそうね」

 

 笑顔で蒼那と椿姫を見送っていると、リアスから声を掛けられた。

 

「珍しくそーちゃんの笑顔が見れたからね。得したよ」

 

 隣で寝息を立てるアーシアを見ていたら、俺も眠くなってきたため、目を擦りながらリアスに視線を送ると、目を細めて俺を見る彼女がいた。

 

「ソーナが男性に笑顔を?……あなた……まさかソーナまで……」

 

 リアスの言っていることが理解出来ず、首を傾げると、彼女がそっぽを向いてしまった。

 

(……俺なんかしたか?)

 

 リアスが急にぶつぶつと独り言を話し始めた。

 

 スタイルは自分の方が勝っているとか、眼鏡の方が好みとか、とにかく意味不明なことを……。

 

「リアス!」

 

 未だ何かを考え込むリアスを見ながら本格的に眠くなってきたので目を閉じると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「グ、グレイフィア!?」

 

 その声の人物はグリモリー家のメイドであるグレイフィアだった。だが、彼女の姿は此れまで何度か目にした冷静沈着な姿ではなく酷く狼狽した姿だった。

 

 何より此れまで彼女はリアスのことをお嬢様と呼び、いつ如何なる時もグレモリー家のメイドとしての立場を崩すことはなかった。

 

「無事で良かった……本当に無事で良かった!」

 

 メイド……といよりもその関係性は姉妹のようでもあり、子を慈しむ母のようにも見えた。

 

「も、申し訳ありません。少し取り乱してしまいました」

 

 頬を赤く染め、忙しなく視線を動かす。俺が彼女を目にしたのはこれが四度目。最初はリアスとの情事の時、二度目は冥界に行く方法を教えてもらった時、三度目はレーティングゲームからアーシアを送ってくれた時、四度目は式の会場。

 

 俺の彼女に対する印象はとても綺麗な女性ではあるが、どこか冷たさと儚さを感じさせる、そんな印象だった。

 

(なんだこの人、めちゃくちゃ可愛い!)

 

 普段クールで事務的な大人びた女性が気を許した者だけに見せる僅かな隙。

 

 俺の視線はこの女性に釘付けになった。

 

「グレイフィア様は既婚者ですよ、ユー君」

 

 あぁ、やだ、このお決まりの展開。

 

 ゆっくりと後ろを振り返ると、眩しいほどの笑顔を見せながら瞳の奥を鋭く光らせる朱乃が居て、更には今の今迄気持ち良く可愛らしい寝息を吐いていた筈なのに俺の右腕を力一杯圧迫してくるアーシアがいた。

 

「姐さん、若い男と乳繰り合ってないで指示出して下さいよ」

 

 右と後ろからの圧倒的なプレッシャーに冷や汗で背中を冷たくしていると、屈強な男がやる気なさそうに頭を掻いて歩いてくる。

 

 誰かは知らんが、火に油を注ぐを注ぐような真似はやめてくれ。

 

 その言葉を聞いた瞬間、右腕に先程までとは比べものならない痛みを感じたが、後ろにいた朱乃は立ち上がり、目を丸くして驚いた様子だった。

 

 不思議に思い、朱乃に声を掛けようとしたとき、周囲の空気が一瞬にして凍りついた。

 

「……ベオウルフ……私が何ですって?」

 

 ベオウルフと呼ばれた男の腰が綺麗に直角を描くが、目の据わったグレイフィアはベオウルフの耳を強引に引っ張り、大きな身体を軽々と引きずっていく。

 

「リアス、詳細は後程冥界で聞きますが、私はその前に不届き者の再教育がありますので、少々お待ち下さい」

 

 その後、俺達の見えない所で男性の断末魔が聞こえてきたのは言うまでもない。

 

「……冥界から援軍に来てくれたのね」

 

 態とらしく咳払いをするリアス。色々と説明してほしいところはあるが、見なかったことにしよう。

 

「でもグレイフィアの言うことも一理あるわ」

 

 素敵な笑顔で右手に紅い魔力を籠めるリアス。

 

「名門グレモリーの次期当主として下僕の教育もしなければならないわね……裕斗」

 

 先程の感動的なシーンとは何だったのかと思うほど滑稽な絵面を見て爆笑する兵藤。あらあらといつも通りの反応で笑顔を見せる朱乃。先輩のあられもない姿を目にして赤面する小猫。ひたすら木場を心配するアーシア。

 

 まぁ、いつもの日常だな。

 

「……んっ」

 

 周囲がバカ騒ぎをする中、神の死を知り、意識を失っていたゼノヴィアが目を覚ました。

 

「起きたか?」

 

 ゼノヴィアは辺りをキョロキョロと見渡した後で俺の声に反応した。

 

「戦いは終わったよ」

 

 険しい表情のゼノヴィアにそう伝えると、彼女の表情が少しだけ緩んだ。

 

「アーシアに礼を言っておけ。君を癒やしたのは彼女だ」

 

 自分の身体を触りながら首を傾けるゼノヴィア。

 

「彼女が?」

 

 リアスのお仕置きによってダメージを負った木場の治療を行うアーシアに視線を向けるゼノヴィア。

 

「……彼女はお人好しなのか?」

 

 治療を行う彼女の周囲には俺を除いたオカルト研究部のみんなが集まっており、和気藹々としていた。

 

「お人好しだよ……聖女と呼ばれるほどな」

 

 その言葉に目を伏せるゼノヴィア。先日、部室で彼女にしてしまった仕打ちを悔いているようにも見えた。

 

「ユーさん!……あぅ!」

 

 木場の治療を終えて笑顔で此方に駆け寄って来たアーシアは隣に居た人物を見て、躊躇して歩みを止めてしまった。

 

 先日のことが尾を引いているのだろう。俺とゼノヴィアを交互に見ながら此方の様子を伺っていた。

 

 この間のゼノヴィアの行動がアーシアの心を深い恐怖心を与えたことは間違いない。

 

(……いきなり魔女呼ばわりされて聖剣を突きつけられれば仕方ないか)

 

 あの時はアーシアの立場に立ってゼノヴィアと話しをしたが、ゼノヴィアの立場に立てばアーシアのような存在は是非を問いたい存在だろう。

 

 もう会うことはないにしてもこのままと言うのは良くない。今後生活していく上で自分と考え方の違う相手と共存して行かなければならない場面も多くあるだろう。未来ある二人だからこそ広い視野で物事を捉えてほしい。

 

 そう思い、二人の仲裁に入ろうと立ち上がるが、俺より先にゼノヴィアがアーシアに近づいた。

 

「先日の事、本当に申し訳なかった」

 

 アーシアの前で深々と頭を下げて謝罪するゼノヴィア。

 

 突然の謝罪に戸惑うアーシアはどうしていいのか分からずに俺に視線を送ってくる。

 

 俺はアーシアと視線を合わせてゆっくり頷いた。

 

 改めてにはなるが、アーシア自身の言葉で伝えたほうがいい。

 

 第三者から伝えられた言葉では相手の心には届かない。自分を理解してもらう為には自分の言葉で伝えるしかないのだ。

 

「顔を上げてください、ゼノヴィアさん」

 

 アーシアはゆっくりと頷いて深呼吸をすると、ゼノヴィアに手を差し伸べた。

 

 アーシアとゼノヴィアが対峙している事に気がついたリアス達が慌てて二人の間に入ろうとするのを俺は止めた。

 

 アーシアの言葉にゆっくりと顔を上げるゼノヴィア。

 

「貴方は傷付いていた。そして、私には傷を癒やす力がある。傷付いた人を放っておくことは私には出来ません」

 

 そう言って静かに目を閉じるアーシア。

 

「だが、私は君に酷い仕打ちをした。そんな私を癒やすなんて……」

 

 言葉を詰まらせるゼノヴィア。

 

「関係ありませんよ」

 

 ゼノヴィアの手を取り、笑顔を見せるアーシア。その笑顔は正に万物の母を連想させるものだった。

 

「……強いんだな、君は……私などよりもずっと……」

 

 アーシアの手を握り返して笑うゼノヴィア。最初に見たときとは随分と印象が変わった。

 

「私は強くありませんよ。もし、強く見えたのならそれはいつも一緒にいてくれる皆さんのおかげです」

 

 目を丸くするゼノヴィア。その言葉は一人で強くなるしかなかった彼女には青天の霹靂だろう。

 

「……私にもいつかわかる時が来るだろうか?」

 

 そう言うゼノヴィアに変わらなぬ笑みを浮かべるアーシア。

 

「……必ず」

 

 敵わないな、全く。今日この場で一人の戦士の心が救われた。救ったのは嘗て聖女と呼ばれた少女だ。

 

「ありがとう。では、これで失礼するよ。これからイリナを探さなくてはならないのでね」

 

 ゼノヴィアの口から出たイリナと言う名前に俺が反応し、家で寝ていることを伝えるとリアス達に詰め寄られた。その瞬間、万物の母としてゼノヴィアを導いた人物の瞳から光が消えた。命を危機を感じて直ぐに事情を説明する。

 

「そうか……イリナが世話になった」

 

 俺に頭を下げてくるゼノヴィア。早速、紫藤イリナの所に行こうとしたが、ゼノヴィアは行かないと言った。事情を聞くと神の不在を知り、考えたい事があると言っていた。更には紫藤イリナに神の死を秘密にしてほしいとも言われた。彼女はゼノヴィア以上に敬虔な信徒のため、真実を知れば混乱は免れないとのことだった。リアスと朱乃も冥界への報告があるとのことでゼノヴィアと共にこの場で別れた。

 

「……先輩」

 

 兵藤、アーシア、小猫、木場の五人で紫藤イリナの様子を確認するために家に向かう。その道中で木場に呼ばれたので振り向くと、先程同様に深々と頭を下げていた。

 

「……今回のことで先輩にも──」

 

 木場が言いたいことは分かってる。でも、こいつは十分に頭を下げた。俺は木場が全てを言い終える前に頭に手を乗せる。

 

「良く頑張ったな、木場」

 

 俺がそう言うと、木場は頭を上げて目を見開く。その様子に俺が静かに頷くと、木場の頬を一筋の涙が伝う。

 

 頭に置いていた手で木場の髪を乱暴に乱して、家への道を歩き始める。後ろからは啜り泣く木場と彼に寄り添う兵藤と小猫がいて俺の隣ではアーシアが笑顔を見せていた。

 

 

 ―○●○―

 

 

「……」

 

 家に着き、紫藤イリナの休んでいる部屋のドアを開けると、何故か全裸の紫藤イリナがそこに居た。

 

 ゆっくりとドアを閉めると、アーシア達に不思議な顔をされたが何事もなかったようにリビングのソファに座り、大きく深呼吸する。

 

 アーシア達が俺の行動に首を傾げていると、着替えを済ませた紫藤イリナが顔を真っ赤にして部屋から出てくる。

 

 紫藤イリナの姿を確認してアーシア達もソファに座るが、当の紫藤イリナはもうお嫁に行けないなどと言って身体をくねくねさせていた。

 

 紫藤イリナが正気に戻るのを待って、今回の顛末を話すと、反応は様々だったが、俺達が無事に帰ってきたことを喜んでくれた。

 

 木場がリアスから預かった聖剣の欠片を紫藤イリナに手渡すと、改めて確認した上で受け取った。

 

 紫藤イリナの傷はアーシアが治療してくれた。以前アーシアを強く罵倒した事についてもゼノヴィア同様に誠心誠意謝罪してアーシアもそれを受け入れた。

 

 こうして今回の全ての事件に決着がついた。

 

(……後は俺のことだけだな)

 

 コカビエルは言っていた真実を知る者は近くに居ると……。

 

 真実とは一体なんなのか?それを知る者とは一体誰なのか?

 

 俺にとってはまだ終わっていない。

 

 

 ―○●○―

 

 

「……報告ありがとう。よく頑張ったね、リーア」

 

 僕の目の前にはコカビエル事件の顛末を説明するため、妹のリアスと彼女の女王(クイーン)である朱乃君が並んでいた。

 

「まさかコカビエルを退けるとは驚いたよ」

 

 報告書によれば、コカビエルを退けられた最大の要因は菅原ユウ君、そして白龍皇の乱入。

 

「お兄……いえ、魔王様。一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

 妹のリアスが僕のことを魔王と呼ぶときは、いつも此方が答えづらい質問をするときだ。

 

 大方、彼のことを聞きたいのだろう。

 

「彼、菅原ユウの背中に刻まれている【聖なる対極の紅十字】とは一体何なのですか?」

 

 椅子の背もたれに背中を預けて、僕はリアスと朱乃君から視線を外す。

 

「コカビエルはその真実を知る者が彼の近くにいると言いました。魔王様なら何かご存知なのではありませんか?」

 

 矢継ぎ早に質問してくるリアス。適当なことを言って誤魔化せる雰囲気ではない。

 

「リアス、朱乃君……それを答えるのはもう少しばかり待ってはくれないだろうか?」

 

 僕の返答は二人の考えていたものとは違っていたのだろう。その証拠に二人とも無意識に喉を鳴らす。

 

「【聖なる対極の紅十字】とは世界にとって何よりも重要なものだ。いずれ彼を交えて話をしなければならない。その時まで待っていてはくれないだろうか?」

 

 僕は普段リアスに魔王としての顔は見せない。だが、冥界の大事に関わる彼の存在については、統治者の一人として対応しなければならない。

 

「では、真実を知る者について……お心当たりはございますか?」

 

 リアスと朱乃君の表情は真剣そのもの。二人にとって彼は余程大切な存在なのだろう。

 

「……すまない、それについては心当たりはない」

 

 だが、それでも君達に話す訳にはいかない。これ以上、若い世代の君達に負わせることではない。

 

「……そうですか。では、お話し頂けるまで待ちます。行くわよ、朱乃」

 

 そう言って一礼するとリアスと朱乃君は部屋を出て行った。

 

 僕は大きく息を吐き、目頭を抑える。

 

「グレイフィア、堕天使陣営と天使陣営に連絡を頼む」

 

 グレイフィアも一礼して部屋を後にする。

 

『世界が荒れるぞ、あいつを中心に』

 

 僕は以前、親友に言われた言葉を思い出す。

 

 その言葉が現実味を帯びてきた。

 

 数百年間、不安定ながらも均衡を保ってきた三者の関係が有り得ない速度で変化して行く。

 

 その先になにが待つのか、誰にも分からない。

 

 突如として降り始めた雨を見つめながら、来たるべき時に備えるため、僕は世界にとって重要な決断を下した。




第26話更新しました。

更新を開始してから5月で一年になります。
熱しやすく冷めやすい筆者が一年近く続けられているのは作品に目を通してくれる読者様のおかげです。
今後も不定期ではありますが、更新していきますのでよろしくお願いします。

内容のほうはようやく3章の最終盤に入って来ました。一応、次話で3章終了の予定です。オリジナルの展開が多くなると思いますので自由に書いていきたいと思います。

では、また次回。


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第27話

お陰様で一周年!

第27話です。


 流されることは好きではない―

 自分の行く道は自分で決める―

 でも、それが許されないのだとしたら―

 

 

 ―○●○―

 

 

 施設内に日本語だけではなく、様々な言語のアナウンスが鳴り響く。

 

 私の目の前を行き交う人々の人種は様々。

 

 大きな荷物を持って笑う家族、寄り添いながらボードを指差す恋人同士、スーツ姿でキャリーバックを引くサラリーマン。

 

 その目的も様々だ。

 

 かくいう私も、本国からの帰還命令を受けて専用のチャーター機を待つ一人だ。

 

 先日駒王町で起こった『聖剣事件』を解決した功労者として、特別待遇で本国へ迎えられることになった。

 

 所謂、凱旋というやつだ。

 

 だが、あの事件、私は何もしていない。

 

 何もしていないどころか、現場に居合わせることすら出来なかった。偶然コカビエルと対峙して、手も足も出ずに殺られて寝ていただけだ。

 

 私はありのままを本国に報告した。そして、本国からの返答に絶望した。

 

 その答えは先の通り、事件解決の功労者としての本国に凱旋せよ。

 

 私は何度も何度も説明した。だが、本国からの返答は同じだった。

 

 本国はどうあっても今回の事件を教会側が自力で解決したことにしたいらしく、聖剣とその欠片を持ち帰ることに成功した私を英雄のように祀り上げることで、教会の威信を保とうとしたのだ。

 

 冗談ではない。私は何も出来ずにおめおめと逃げ帰って来たのだ。その上、晒し者になってたまるか……と思ったのだが、本来なら帰還を歓迎されるべきである相棒のゼノヴィアは今ここにはいない。

 

 彼女の勇姿は一誠君やアーシアさんから聞いた。

 

 あの狂信者フリード・セルゼンを木場君と共に討ち、私が一方的にやられたコカビエルを相手にも勇敢に立ち向かっていったと聞いた。

 

 彼女の活躍を聞いたときは嬉しくて、誇らしかった。でも、それ以上に悔しかった。

 

 私とゼノヴィア……始まりは同じだったはず、共に研鑽して共に聖剣を与えられた。彼女は私の友であり、ライバルだった。

 

『私は悪魔になることにしたよ』

 

 本来なら隣に居るはずの友の言葉が、私の頭を駆け巡る。

 

 本国への帰国命令が降った際、私に会いに来たゼノヴィアが言った言葉。

 

 最初は彼女が何を言っているのか理解出来なかった。

 

 ゼノヴィアは悪魔や堕天使といった種族を毛嫌いしていたはず。それだけではなく、それらの種族と関わりを持とうとする者にさえ、軽蔑の眼差しを向けていた。

 

 そのゼノヴィアが悪魔になる。彼女の口から発せられた言葉が信じられなかった。理由を問いただしても、適当にはぐらかされてしまった。

 

 ゼノヴィアは分かっていない。貴方が悪魔になると言うことは近い将来、私が貴方に刃を突きつける可能性があるということを。

 

 そうならない事を願ってはいるが、現実問題そうもいかない事態が起こるかもしれない。

 

 悪魔と天使、そして堕天使の三者の関係はギリギリのラインで保たれてきた。それが、今回の事件がキッカケで脆くも崩れさる可能性もあるのだ。

 

 恐らくはゼノヴィアは何も考えていない。彼女は考えるより先に身体が動くタイプ、先の計算など出来るはずがない。

 

 大きく息を吐き、最悪の事態にならない事を神に願った。

 

「……英雄の凱旋だというのに浮かない顔だな」

 

 椅子に座り、俯く私の耳に聞き覚えのある声が響く。その声は、空港という雑踏の中にあって私の鼓膜を震わせた。

 

「菅原……さん?」

 

 彼こそ今回の事件を解決に導いた最大の功労者であり、私の命を救ってくれた人物だった。そんな彼がどうしてこの場にいるのか、私には理解出来なかった。

 

「あんな置き手紙一つでさようならというのは、ないんじゃないか?」

 

 私が彼の家を出たのは早朝で、まだみんなの寝ている時間だったため、これ以上迷惑をかけないようにと置き手紙をしてきた。どうやら彼にはそれが気に入らなかったようだ。

 

「アーシアも来たいと言っていたんだが、学校があるからな」

 

 そう言って私の隣に腰を下ろす。アーシアさんとは本音をぶつけあって喧嘩をした結果、お互いを理解することが出来た。元々、私も彼女も敬虔な信徒であるから、打ち解けてしまえば私達の距離が縮まるのに時間は掛からなかった。

 

 今回は私が一方的に自分の考えを彼女に押し付けてしまった故に、溝が深くなってしまったが、彼女はそんな私にも真摯に向き合ってくれた。

 

 最終的に彼女は私に手を差し伸べてくれた。その時、私は彼女が聖女と呼ばれていた理由がわかった気がした。

 

「……すみませんでした。早朝ということもあって挨拶もせずに……」

 

 お世話になっておきながら、さすがに置き手紙一つでは失礼だったかと頭を下げる。

 

「いや、別にいいんだけどね」

 

 そう言って彼は笑う。では何故、彼はここにいるのだろうか?というか何故、ここにいるとわかったのだろうか?私がその疑問を投げかけると「狭い街だから情報はいくらでも出てくる」とまた笑った。

 

「それより、浮かない顔してどうしたんだ?」

 

 目を細めて彼が私に視線を送ってくる。情けないと分かっていたが、私は考えていたことを包み隠さず彼に話した。命を救われ、あまつさえ二度も裸を見られたのだ。最早、隠すことなど何もない。

 

「そうか、彼女が悪魔に……」

 

 そう言って考え込む彼。この人なら心の重荷を少しでも軽くしてくれると思ったが、難しい質問をしてしまったと後悔した。

 

「良かったな」

 

 彼の答えに私は絶句した。この人は何を聞いていたのだろうか、友に刃を向けるかもしれないと悩んでいる私に対して良かった?怒りで立ち上がろとした時、彼の言葉が続いた。

 

「聞いておけば対処の仕様はある。次に会ったら悪魔でしたではどうしようもないだろ?」

 

 彼の答えにハッとした。確かにその通りかも知れない。何も知らされず、悪魔に転生したゼノヴィアが目を前に現れたら、私はどうしていいのか分からなくなる。

 

 もし、それが戦場だとしたら私は真っ先に命を落とすだろう。

 

 ゼノヴィアがそこまで考えているとは思えないが、彼の言うことも一理ある。

 

「……それに彼女は君を信じているんだと思う」

 

 彼は私と視線を合わせて言葉を続けた。男の人と見つめ合うなんて経験をしたことのない私は、思わず頬を染めてしまった。彼が真剣に私の質問に答えてくれていると言うのに、何を考えているのだろう。

 

「種族は違っても過ごした時間は変わらない。彼女は今も君のことを友達だと思ってるんじゃないか?」

 

 熱で熱くなった頬を冷たいものが伝う。私がそれを涙だと認識するのに時間は掛からなかった。

 

 そこからは幼子のように泣きじゃくる私を、彼は温かく見守ってくれた。

 

「ぐすっ……ありがとうございました。スッキリしました」

 

 私がそう言うと、丁度タイミング良くチャーター機の準備が完了したと係の者が伝えてきた。私は彼らに荷物を預け、身軽になった。ただ、私が身軽になった理由はもう一つ。目の前の彼が私の心の重荷を下ろしてくれた。

 

 立ち上がり、改めて彼にお礼を言うと、彼が持っていた紙袋を私に手渡してきた。

 

「せっかくの門出だ。機内食では味気ないだろ?」

 

 不思議に思い、紙袋を開けて見ると、中からとても良い匂いがしてきた。

 

「君が店に来たとき、美味いと言って食べていた料理だ」

 

 中のお弁当箱を取り出して蓋を開けてみると、色とりどりの料理が丁寧に盛り付けられていた。

 

「あの街も悪いことだけじゃなかったろ?」

 

 私の視界がまた涙で滲む。辛いことが多くあった、傷つくこともあった。そんなとき、いつも私を救ってくれたのは目の前のこの人だった。

 

「お、おい!?」

 

 私はお弁当箱を紙袋に入れて椅子に置くと、彼に抱き着いた。驚いた彼は大きな声を出して戸惑っていた。その姿は先程までの大人びた様子ではなく、年頃の男の子のような反応をしていた。

 

「……また来ます……そのときはこのお弁当箱を持って……」

 

 このくらいならアーシアさんも許してくれるよね。でも、次に逢ったときは、またアーシアさんと喧嘩になっちゃうかもしれないな。

 

 私は彼から離れ、搭乗口に向かって歩き出した。途中何度か振り返ると、笑顔の彼が小さく手を振っていた。

 

 数年振りに訪れた駒王の街で、私は運命の出逢いをした。

 

 

 ―○●○―

 

 

 紫藤イリナを見送った後、俺はフロアを歩いていた。

 

 俺も年に一度は利用する場所だが、相変わらずの人出だ。

 

「あんた……学校サボって何やってんだい?」

 

 出口に向かって歩く俺の背後から、よく知った人物の低い低い声が耳に響いた。

 

「か、母ちゃん!?」

 

 恐る恐る振り返ると、額に青筋を立てた最愛の母が、素敵な笑みを浮かべながらそこに立っていた。

 

 そういえば今日、母ちゃんが帰ってくるとアーシアが言っていたのを思い出す。

 

(やばっ!どうする?何て言い訳する?取り敢えず蹴られるから吹っ飛ばないように力を入れよう!)

 

 次の瞬間、怒号と蹴りが飛んでくることを予測して対策を練る。いつも殺られてばかりの俺ではないことを証明しよう。

 

 だが、いつまで経っても怒号も蹴りも飛んでくる気配がない。どういう風の吹き回しだと、母ちゃんを見ると目を細めて怪訝な表情をしていた。

 

「……あんた……何かあったかい?」

 

 そう言うと、母ちゃんは俺の身体をペタペタと触り始める。

 

「男子三日会わざれば刮目して見よってところかね」

 

 一通り触り終えた母ちゃんが、荷物を指さして歩いていく。

 

(持てってことね……でも何だったんだ?)

 

 正直、母ちゃんの行動には意味のないことが多い。気にするだけ無駄なのだが、この時ばかりはそうも言ってられなかった。

 

 ―真実を知る者は近くに居る―

 

 コカビエルのあの言葉で真っ先に思い浮かぶのは、父ちゃんと母ちゃんだ。

 

 二人は正真正銘、俺の親だ。それは科学的にも証明されている。

 

 俺が中学に上がる前に様々な検査を受けた。その中に遺伝子検査の項目も入っており、後日届けられた検査結果で99.99%親子関係であると認められた。

 

 俺は母ちゃんを追ってタクシーのトランクに荷物を積んで、後部座席の母ちゃんの隣に乗り込んだ。

 

「……アーシアは大丈夫かい?」

 

 窓の外に目をやりながらそう聞いてくる母ちゃんに黙って頷くと、母ちゃんは「そうか」と、一言だけ言って目を閉じてしまった。

 

(……元気か……じゃなくて、大丈夫か……か)

 

 最早、母ちゃんが何かを隠していることは明白だった。

 

 でも、それを直接問いただすことは出来なかった。もし、それをしてしまえば、もう元には戻れない気がした。

 

「授業中に寝るんじゃないよ」

 

 俺と母ちゃんを乗せたタクシーは、家には向かわずに直接駒王学園に着いた。道中、車内での会話は殆どなかった。

 

 俺が旅行の話を聞いても「うん」とか「そうだね」と言うばかりで全く会話が続かない。ここまで不機嫌な母ちゃんは初めて見る。基本、巫山戯ているか、激怒しているか、酔っ払っているかの三択なのでどう対応していいか不明だ。そんな俺の戸惑いが車内の空気を悪くし、挙句、タクシーの運転手にまで「兄ちゃんも大変だね」などと苦笑いされる始末だった。

 

「……あのさ、母ちゃん」

 

 タクシーのドアが開き、片足を外に出したところで振り返らずに母ちゃんに声を掛けた。

 

「家に帰ったら聞いて欲しい話があるんだ」

 

 いつまでもこのままではいられないと思い、覚悟を決めてそう話すと、母ちゃんが大きく息を吐く。

 

「……母ちゃんもあんたに聞かなきゃならないことがある」

 

 早く行けと言わんばかりに背中を押されてタクシーを降ろされる。ドアが閉まり、車内の母ちゃんの様子を伺うと、俺に一瞥もくれずに運転手に行き先を伝えていた。

 

 走り去るタクシーが視界から消える。いつもなら俺の姿が見えなくなるまで手を振っている母ちゃんは、一度も振り返ることはなかった。

 

 今夜、俺と二人の関係性が変わるかもしれない。俺はどんなことがあろうとも、二人を最愛の家族だと思っている。そして二人もそう思ってくれていると信じている。

 

(……なんだか、胸騒ぎがする)

 

 何かが崩れ去る……そんな予感がした。

 

 

 ―○●○―

 

 

 授業が終わり、部室に行く準備をしていると、裕斗先輩が教室へやってきた。理由は、学校に来てはいるものの、教室に現れないユー先輩を探して部室に連れて来てほしいと、部長からの伝言を伝えるためだった。

 

 私はユー先輩を探して学校の敷地内を歩き回った。いつも牛乳を買ってもらっている中庭、いつもくれるアンパンが売っている購買、音楽室や図書室。でも、どこを探しても先輩は居なかった。

 

(……いない)

 

 男子トイレまで探しても先輩はいなかった。その辺にいないかと周囲を見渡していると、更に上に続く階段があることに気づいた。

 

「……いた」

 

 ユー先輩が居たのは屋上だった。

 

 転落防止柵に体重を預けており、私に気づく気配がない。いつもなら気配を察してくれるのだが、今日は様子がおかしい。

 

「先輩……部長が呼んでいるので一緒に部室に行きましょう」

 

 声に反応した先輩は虚ろな目で私を見ると、静かに頷き、私の横を通り過ぎようとする。

 

 こんな覇気のない先輩を見るのは初めてだ。

 

 こんな先輩を私は知らない。

 

 部長やアーシア先輩に比べれば、私の知っている先輩はほんの一部でしかない。

 

 いつも眠そうにしている先輩。バイト中は活き活きとしている先輩。他人に関心がないようにしているが、実はお人好しな先輩。女性に対して毅然と振る舞っているが、押されると直ぐにへたれる先輩。そして、とても優しい先輩。

 

 いつの間にか先輩の存在が気になっていた。

 

 先輩の姿を見掛けると、目で追ってしまう。声を描けられると、鼓動が早くなる。大きな手で頭を撫でられると、心が温かくなる。

 

 最近までこの気持ちの正体が分からなかった。でも、部長やアーシア先輩がユー先輩と接するのを見て、この気持ちが何なのか見当がついた。

 

 たぶん、私は先輩が好きなのだ。

 

 部長のように結婚式の会場から颯爽と連れ去られた訳でもない、アーシア先輩のように命を救われた訳でもない。

 

 いつからと問われれば、答えに迷ってしまう。

 

 もしかしたら初めて先輩に出逢ったとき、その瞬間から恋に落ちていたのかもしれない。

 

 私は無意識のうちに先輩の背中に抱き着いていた。

 

「と、塔城ちゃん!?」

 

 無反応だったらどうしようと思ったが、流石に動揺していた。

 

「……何があっても私は先輩の味方です」

 

 何の事情も知らない私が突然こんなことを言ったら、怒られるかもしれない。でも、寂しそうな先輩の背中を見たら抱き締めずにはいられなかった。

 

 頬を寄せた先輩の背中が少し震えている。先輩の心は本当に弱っていた。

 

 しばらくそのままでいると、先輩の腰に回していた私の手に先輩の手が触れた。

 

 私の手を掴み、先輩が振り返ると、笑顔を見せてくれた。でも、その笑顔は少しぎこちなかった。

 

「そんな顔をして笑わないで下さい」

 

 以前、無理して笑う先輩を部長が一喝したことを思い出した。私の言葉に照れくさそうに指で首筋を掻く先輩。

 

「ありがとね、塔城ちゃん」

 

 目線を私に合わせて笑う先輩。その笑顔は数秒前より柔らかくなっていた気がした。

 

「……小猫です」

 

 私の言葉に首を傾げる先輩。

 

「塔城ちゃんではなく……小猫です」

 

 自分でも何で今こんなことを言っているのか分からないが、先輩にはそう呼んでほしかった。

 

「小猫……ちゃん?」

 

 戦闘や大事な場面では鋭い感を発揮するのに、普段の生活だとどうしてこんなに鈍いのだろうかと呆れてしまう。

 

「敬称はいりません」

 

 そう言うと、先輩の大きな手が私の頭を優しく撫でる。

 

「ありがとう、小猫」

 

 名前を呼ばれることがこんなにも嬉しくて、こんなにも擽ったいものだということを初めて知った。

 

「ぶ、部長が部室で待ってます」

 

 顔が真っ赤になっていることは自分でもすぐに理解した。私は恥ずかしさを誤魔化すために足早に屋上から出て行く。

 

 後ろからは、何度も私の名前を呼びながら追い掛けてくる先輩がいた。

 

 

 ―○●○―

 

 

 小猫の一言で随分と心が軽くなった。男とは現金なもので、可愛い女の子に「いつでも自分の味方」などと優しく言われて抱き締められれば、有頂天になるものだ。

 

 心の(わだかま)りはまだ消えてはいないが、答えの出ない問答を一人で繰り返すのはやめた。

 

 答えは数時間後に出る。そう思えるようになった。

 

(しかし、()に恐ろしきは小猫の柔肌)

 

 小猫のことは、その身長や感情の希薄さも相まって子供だとばかり思っていたが、とんでもない。あれもまた魔性の類いだ。リアスや朱乃はまず別格として、これまで逢瀬を共にした大人の女性と遜色なかった。

 

 悪魔という種族は、こういったところでも優れているのかと感服してしまった。

 

「……変態」

 

 触れられた腹部に手を当てていると、先を歩いていた小猫が振り向き、氷よりも更に冷たい目で俺を見ていた。

 

 俺と小猫の間の空気が凍りつく。それはまるで、先日のグレイフィアがベオウルフという男に再教育を施した時のようだった。

 

 また心の声が―と考えるより先に小猫に頭を下げている自分がいた。そんな俺を見た彼女は「牛乳と羊羹、それからアンパン一生分」と言い残して、先に行ってしまった。

 

 一万年後までそれらの食品が存在しているのか疑問に思ったが、おそらく百年分は確定だろう。

 

 口は災いの元──先人達の言葉を身を以て体験した。

 

 小猫の後を追って部室に入ると、オカルト研究部の仲間と、見覚えのある深い碧の頭髪に駒王学園の制服を身に纏った女の子がいた。

 

「……ジョロキア?」

 

 彼女がここに居ることを不思議に思い、名前を呼んでみると全員が盛大にコケた。中でも兵藤のコケ方は絶妙で、直ぐにでも劇場デビュー出来るのではないかと思った。

 

「ゼノヴィアだ!ゼ・ノ・ヴィ・ア!!誰が唐辛子だ!!!」

 

 物凄い剣幕で的確なツッコミを入れてくるゼノヴィア。というかボケたつもりはない。

 

 何故ここにいるのかと口から出る直前、紫藤イリナの言葉を思い出した。

 

「悪魔になったと紫藤イリナに聞いたが、まさかリーアの―」

 

 俺が言い終わる前に彼女は悪魔の翼を広げ、胸を張る。

 

「リアス・グレモリーから騎士(ナイト)の駒を頂いたよ」

 

 自慢気に語る彼女の表情は、とても活き活きとしていた。

 

「神の死を知って教会にも戻れないし、どうしようかと考えていた所にリアス殿から声を掛けて頂いてね」

 

 破れかぶれ。正にそんなところだろうが、躊躇はなかったのだろうか?やはり紫藤イリナの言っていた通り、只の脳筋なのだろうか?

 

 悪魔に転生したというのに神に祈りを捧げてダメージを受けるゼノヴィアを見て、残念な仲間が増えたと笑うしかなかった。

 

「イリナさんとは無事に会えましたか?」

 

 蹲るゼノヴィアの横を通り過ぎ、アーシアの隣に座ると、紅茶を用意してくれた。

 

「会えたよ……無事に戻って行った」

 

 ゼノヴィアから紫藤イリナについての詳細は聞いていたらしく、安心した様子だった。

 

 アーシアには人の心配より自分の心配をしてほしい。紫藤イリナとは本音をぶつけ合い、分かり合えても、ゼノヴィアとはまだその機会を持てていない。

 

 俺がそのことをアーシアに伝えると、「時間は掛かるかも知れないが、必ず分かり合える」と笑顔で話してくれた。

 

 紫藤イリナ同様ゼノヴィアも元は敬虔な信徒、同じ立場であったアーシアと話が合わないわけがない。

 

 俺の心配は杞憂に終わるだろう。

 

「さて、全員揃った所で話があるの」

 

 和気藹々とした雰囲気の中、リアスの凛とした声が部室に響く。

 

「今回の事件をきっかけに、悪魔勢、天使勢、堕天使勢の三者が会談を開くことになったと、冥界政府より連絡があったわ」

 

 リアスの雰囲気が変わったことを察してか、全員に緊張感が生まれる。

 

 しかし、嘗ての仇敵である三種族が会談とは穏やかな話ではない。

 

「議題については詳細は聞かされてはいないけど、おそらく今回のコカビエルのことや、聖剣が奪われたことについてだと考えているわ」

 

 コカビエルを野放しにした堕天使勢、聖剣という世界の宝物をあっさりと強奪された天使勢、そしてその標的となった悪魔勢。

 

 今回の事件で明らかに割りを食ったのは悪魔勢だ。単純に考えれば、堕天使勢と天使勢が悪魔勢に謝罪といった構図が成り立つ。

 

 だが、事は政治。そう簡単に相手に隙を見せるはずがない。

 

「事件の当事者として、私達もその場への出席を認められたわ。そこで事件の詳細を報告することになっているの」

 

 確かにその場にいた者の証言ならば信憑性が増すだろうが、世界の行方を決めかねない場に一介の上級悪魔が招聘されるのだろうか?

 

 んっ?当事者と言うことはまさか俺も―

 

 そう考えてリアスを見ると、少し困ったような表情をしていた。

 

「ユーの考えている通りよ。この会談にはユーとアーシアも招聘されることになったわ」

 

 俄には信じられないことだが、証言は多いほうが良いという判断なのだろう。

 

「正直なところ、私もユーとアーシアの招聘については疑問なの。聞いた話では三大勢力の全てが貴方の招聘を希望したらしいのよ」

 

 三大勢力の全てが……?コカビエルと殺り合っただけが理由ではなさそうだ。

 

 もしかしたら……俺の背中に刻まれているという【聖なる対極の紅十字】とやらが理由か?もしそうだとしたら、アーシアが招聘されたことにも納得がいく。

 

 アーシアに宿り、俺を覚醒へと導いた【再生の生神女(マリア)】コカビエルの話では他に四人居るらしいが、未だに姿を見せる気配がない。

 

 とにかく俺が招聘された理由がそれだとしたら、三大勢力の頂点に君臨するほどの者達が注視するほどの代物だということか。

 

(最早、俺一人の問題ではなさそうだ)

 

 微温くなった紅茶に口をつけながら、自分の立ち位置が変わりつつあることを知った。

 

「部長……その、白龍皇もその会談に来るんですか?」

 

 部室の空気がこれ以上ないほど重くなった時、兵藤が(おもむ)ろに口を開いた。

 

 あのコカビエルを一撃で戦闘不能に陥れた怪物であり、兵藤に宿る赤龍帝の永遠のライバル。

 

「白龍皇はいま【神の子を見張る者(グリゴリ)】に所属している。おそらく現れるだろう」

 

 リアスに変わって兵藤の疑問に答えたのはゼノヴィアだった。

 

「コカビエルが消えた今、白龍皇の序列は組織の中で第四位に格上げされた。総督であるアザゼルの護衛として現れるなら彼だろう」

 

 第四位?……あれでか?

 

「組織のトップはアザゼルだが、彼は奔放な人物だと専らの噂だ。実際に組織を動かしているのは、序列二位のシェムハザと三位のバラキエルだと聞いたことがある」

 

 [ガシャン]

 

 全員がゼノヴィアの話に耳を傾けていたその時、何かが割れる音が聞こえ、そちらに視線を向けると、紅茶を入れ直していた朱乃が顔を青くしていた。

 

「朱乃?」

 

 朱乃の様子がおかしい。割れたポットを拾うこともせず、固まっている。俺は立ち上がり、割れたポットの欠片を集める。

 

「も、申し訳ありません。手が滑ってしまいましたわ」

 

 慌ててポットの欠片を拾おうとする朱乃を俺が止める。焦って指でも切ったら大変だ。

 

 朱乃に割れたポットの欠片を入れる袋と床に零れた紅茶を拭くタオルをお願いして、リアスに視線を向ける。

 

 俺の視線に気づいたリアスは頷き、みんなに視線を戻す。

 

「話が脱線してしまったわね。とにかく後日、三大勢力の会談参加への正式な通達が降るわ。全員、心して頂戴。グレモリー眷属として恥ずかしくないように」

 

 リアスの言葉で緊張感が増す。今日の悪魔稼業は全員休みとなり、その場で解散となった。

 

「朱乃、怪我はない?」

 

 朱乃の持ってきた紙袋に割れたポットの欠片を片付けながら、床の紅茶をタオルで拭く朱乃に声を掛ける。

 

「えぇ、大丈夫ですわ。ごめんなさい、ユーくん」

 

 いつも通りの朱乃がそこにはいた。

 

 さっきの青ざめた表情はなんだったのか?

 

「ユー」

 

 朱乃の顔を見ていると、リアスから声を掛けられる。

 

「今日、帰り遅くなるわ。お義母様が帰って来られたから、出来るだけ早く帰るつもりだけど……」

 

 そう言ってリアスはゼノヴィアと一緒に部室を出て行った。

 

 朱乃もお礼を言うと足早に去って行き、俺はアーシアと一緒に家に帰ることにした。

 

 帰り道、アーシアが母ちゃんに会うのが楽しみだと笑っていたが、俺としてはここからが今日の本番である。

 

 期待一割、不安九割といった感じだが、成るようにしか成らない。

 

 家に着き、玄関を開き、リビングに入る。

 

「ただいま……」

 

 母ちゃんの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄るアーシア。

 

 そんなアーシアを笑顔で迎える母ちゃん。

 

 二人の姿を見届けて、着替えるためにリビングを出ようとドアに手を掛ける俺。

 

「ユウ、アーシア。大事な話があるから座って」

 

 背後から母ちゃんの低い声が聞こえる。

 

 覚悟を決める刻が迫っていた。




第27話更新しました。

ビバ、オリジナル!ということで原作は殆ど進みませんでした。
今話で三章が終わると言いましたが、終わりませんでした。
申し訳ありません。
書き始める前は終わるように考えていたのですが、何故かフラグを立ててました。
ずっと書いてきて「一誠のヒロインは誰」というコメントが結構あって、最初はイリナにしようかなと考えていたんですが、結局こっちに入れちゃいました。
また一誠の相手を考えなければならない…

ということで多分次で三章は終わります。
次は奴が出てきますよ!

では、また次回。


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第28話

梅雨入り間近で憂鬱です。

第28話です。



 ごめんよ──

 もう少しだけ待っておくれ──

 まだ息子(あんた)の姿を見ていたいんだよ──

 

 

 ―●○●―

 

 

 空気が重い。

 

 過ごし慣れているはずのダイニングがまるで別の空間のように感じる。

 

 帰宅時、アーシアに和やかな雰囲気で接していたその人は、今、俺とアーシアの目の前で腕を組み、固く目を瞑り、憮然とした態度を取っている。

 

 こんなにも口の中が乾くのは初めてで、思うように口が開かない。隣に座っているアーシアも不安そうに俺とその人に交互に視線を送り続けている。アーシア自身、この家で暮らし始めて経験したことのない雰囲気に戸惑っているだろう。

 

「……さて、まずは一週間も留守にしたことを謝らなきゃいけないね」

 

 そう言って頭を下げる母ちゃん。その姿に焦って声を掛けるアーシアだが、俺にとってはいつもの光景だ。

 

 この人はいつも遠出して帰ってくると、最初に俺に頭を下げた。それは子供を一人残して出掛けてしまったことへの罪悪感なのか、他の理由なのかは知らないが、必ず頭を下げた。

 

 最初の頃はそれに対して文句も言ったが、それが二回、三回と数を重ねるうちにそういうものなのだと関心がなくなった。

 

 そのうち一人での生活も悪くないと思い始め、お互いにストレスのない関係性を築いてきた。俺としては親としてやることをやってもらえば文句はなく、母親との関係も良好だった。

 

 そうしてるうちに俺も休みになれば家を空けるようになり、帰るたびに母親から冷やかされた。

 

 そしてその生活は俺の十五歳の誕生日を迎えた日に終わりを告げた。

 

「ユウ、アーシア……私は二人の関係性については細かく言うつもりはない」

 

 俺達の関係。つまり【聖なる対極の紅十字】を持つ俺と【再生の生神女】であるアーシアの関係。そのことについても詳しく聞きた。

 

「俺もそのことについて話がしたい」

 

 母ちゃんが大きく息を吐く。何だか、少し話づらそうだ。

 

「母ちゃんはいつから気づいてたの?」

 

 母ちゃんのことだから大分早い段階で気づいていたと思う。

 

「そうじゃないかなと思ったのは、あんたが事故で入院してる時……かな」

 

 意外と最近だな、俺と同時期くらいか?確かに分かりやすい変化といえばそうだったけど。

 

「あんたはどうなんだい?」

 

 アーシアを様子を伺いながら、会話を続ける母ちゃん。

 

「はっきりと自覚したのはリーアが一緒に住み始める少し前くらいかな」

 

 リアスの結婚式の時とはっきり言いたかったが、人様の結婚式を台無しにしたとバレれば、また面倒なことになるし、リアス自身もそのことを話していないので俺から話すこともないだろう。

 

「アーシアのことはいつから知っていたの?」

 

 母ちゃんは話をする度にアーシアを気にしているので、先に聞いておこうと思い、切り出した。

 

「アーシアも同じよ。あんたの入院中」

 

 アーシアのことは随分早くに気づいていたようだ。神器(セイクリット・ギア)を所持していた分だけ分かりやすかったのか?

 

「なんで話してくれなかったの?」

 

 もっと早くに母ちゃんから話してほしかった。そうすればコカビエルの言葉などに踊らされることもなかった。

 

「なんでって……そういうことは第三者が口を挟むものじゃないだろ」

 

 近からず、遠からず。親子であっても個人という考え方は見習うべき部分だと思う。

 

「それに私は親であっても踏み込んじゃ行けない領域があると思ってる」

 

 まぁ、確かに。いきなりお前は悪魔だって言われても聞く耳は持たなかったかもしれないけど。

 

「それでも話してほしかった」

 

 個人として尊重してくれることはありがたいのだが、先に関わることなので知っておきたかったというのは本音だ。部屋に入ってきた黒歌を抱き上げ、膝に乗せると母ちゃんは少し顔を赤くした。

 

「私だって確信が持てなかったんだよ。適当なことを言って二人の関係を悪くしたくなかったし……」

 

 別にそのことで関係が悪くなるとも思わないが、この人なりに気を遣ったと言うことだろうか。似合わないことをする。

 

「それにあんたはリアスとも仲良くやってるみたいだしさ」

 

 何でリアスの名前が出てくるのかと思ったが、彼女が悪魔であることも気づいているのだろう。

 

「リーアのことも気づいてたの?」

 

 なるほど、だからリアスがこの家に住むことも了承したのか。

 

「リアスは分かり易すぎる、誰だって気づくだろ」

 

 ある意味、彼女は隠そうともしてないからな。悪魔であることを誇りに思っている。

 

「それであんたはこれからどうするつもりだい?」

 

 それを考えるために本当のことが知りたいんだけど。

 

「他にも気になってるし、分からないよ」

 

 真実を知ったところで俺一人でどうにか出来る範疇を超えてきている。

 

「ほ、他!?まだいるのか!?」

 

 突然立ち上がる母ちゃん。それに驚いた黒歌が膝から飛び降りてソファに丸まる。確かに後、四人いるとコカビエルは言っていた。

 

「まさか朱乃もなのか?それからあの白髪の子、えーと小猫って言ったっけ?」

 

 朱乃に小猫?……まさかあの二人がそうなのか?

 

「それとも中学の時に関係を持った女か!?何人目の女だ!」

 

 ちょっと待て!一体何の話しだ?というか、なにを余計なことを言ってる!?

 

「母ちゃん!?急に何を言い出してるの!?」

 

 母ちゃんが錯乱し始め、次々と俺の過去の女性遍歴を暴露していく。

 

「ちょっと母ちゃん!落ち着いて!」

 

 アーシアにも応援を頼もうとするが、彼女から黒いオーラが漏れ始めている。

 

 待て待て!今、君まで爆発したら手がつけられない。後で説明するからもう少し堪えてくれる?

 

「落ち着ける訳ないだろ!私の可愛い、可愛いアーシア(むすめ)が目の前の性獣に穢されたんだぞ!」

 

 せ、性獣!?息子になんてことを言うんだ、この人は!

 

 しかも、全く話が噛み合わない。

 

 それになにかとんでもない勘違いをしているような気がする!

 

「前にも言ったが、アーシアはあんたが今まで抱いてきたチャランポランの女共とは違うんだよ!それを私達が居ないからってこんのバカ息子が!」

 

 完全に誤解している。アーシアへの愛が強すぎる故、バカ息子である俺の話は耳に入らないらしい。

 

「空港であんたを見た時に思ったよ……こいつ犯ったなってね」

 

 どんどん言葉が乱暴になっていく。犯ったって……母親が息子に言っていい言葉でない。因みに先程まで黒いオーラを纏っていたアーシアは現在、顔を真っ赤にして固まっている。

 

 まさか空港から不機嫌だった理由っていうのは……。

 

「母ちゃんだってそういうことに理解がない訳じゃない。あんたとアーシアが将来、そういう関係になってくれればとも思う」

 

 勘違いの大渋滞。もはや、取り付く島もない。

 

「だけど、私達がいない隙にってのが気に入らない!やるなら堂々となりな!」

 

 未だに興奮の収まらない母ちゃん。通常であれば気が済むまでひたすら耐えるのだが、この件をこのままにしておくと、今後の生活に支障をきたす。

 

「わかった、堂々とやる!だけど、今回のことは母ちゃんの早とちり!俺とアーシアはまだそういう関係じゃない!」

 

 ここは強気に出るのが、一番効果的のような気がする。

 

「俺にとってアーシアは特別な存在だし、そういう関係になりたいとも思っている。でも、まだそういう関係じゃない!」

 

「まだ」という部分を強調して母ちゃんに訴え続ける。この際、頭から湯気を出してのぼせているアーシアは放置だ。

 

「う、嘘を言うんじゃないよ!」

 

 息子の反論に狼狽える母ちゃん。考えてみれば、表立って反論したことなど一度もなかった。

 

 ここは押しの一手しかない。それこそが最善手だ。

 

「安心して……貴方の可愛いアーシア(むすめ)はまだ清いままです」

 

 立ち上がり、アーシアの背後に移動して彼女の肩に両手を置き、訴えかける。これで母ちゃんも安心してくれるだろう。

 

「私のアーシア(むすめ)に気安く触るな、性獣!」

 

 履いていたスリッパを持って、豪快に振りかぶり、俺目掛けて思い切り投げる母ちゃん。

 

「妊娠でもしたらどうすんだ!?」

 

 スリッパの直撃した額を摩りながら、母ちゃんはまだ錯乱していると思った。

 

「そんなわけあるか!……とにかくアーシアには何もしてないから!」

 

 何故なら、今日日の小学生だってそんなこと思わないからである。

 

「……嘘じゃないね?」

 

 アーシアを抱き締めながら、未だに疑いの目を向けてくる。

 

「神に誓って!」

 

 言っていて気づいた。神ってもういないんだっけ?だったら、こういう時は誰に祈ったら良いのだろうか?

 

(俺は悪魔だから魔王様かな?)

 

 まだ見ぬ四人の魔王に密かに祈りを捧げる。

 

「アーシア……本当に何もされてないかい?」

 

 馬鹿なことを考えていると、今度は腕の中で茹でダコ状態のアーシアに対して声を掛ける母ちゃん。

 

「大丈夫かい?痛いことはされてないかい?」

 

 その言い方だと俺が嫌がるアーシアを無理矢理襲ったみたいになるからやめて……。

 

 いや何もしてないからね……本当に……。

 

「だ、大丈夫です。それにユーさんになら……私……その……」

 

 耳まで真っ赤にしたアーシアがチラチラと横目で俺に視線を送りながら衝撃的な発言をしている。

 

(……これは……うん……まぁ……その……なんだ……)

 

 覚悟出来てますって顔で見つめられても、この状況でどう反応して良いのか分からん。下手に反応すれば、自分の首を締めるだけだ。

 

 すまん、アーシア。

 

「くぅ〜、なんて健気な子なんだい!」

 

 萌えている。俺だって目の前の可愛らしい生物を愛でたくて我慢しているのにこの人は……。

 

「いたいけな少女の願い一つ叶えてあげられないなんて、母ちゃんはお前をそんな風に育てた覚えはないよ!」

 

 最早、言っていることが支離滅裂。

 

 抱いたと誤解されて説教をされ、今度は抱いてないことで説教をされる。俺はどうしたらいいんだ。

 

(頭が痛くなってきた……)

 

 最初の重い空気は一体何処へ行ってしまったのか?まさかこんな雰囲気になるなんて想像もしてなかった。全ては母ちゃんの勘違いと早とちりから始まったことだが、何だか気が抜けてしまった。

 

(母ちゃんもようやく納得してくれたみたいだし、対象も俺からアーシアに移ったみたいだからもう大丈夫だろう)

 

 アーシアには気の毒な話だか……。

 

「まだまだ言い足りないけど、あとはユウへの個別指導ってことで──」

 

 そう言って席を立った母ちゃん。俺がまだ続くのかと項垂れていると、キッチンからデカいダンボールがこちらに迫ってくる。

 

 その正体はダンボールを抱えた母ちゃんだった。

 

「さて!此処からはお楽しみの戦利品の分配だよ!!」

 

 丸まっていた背中がその言葉で一直線に伸びる。戦利品──すなわちお土産!

 

「母ちゃん……今回はどんな素敵な物があるのでしょうか?」

 

 正直な所、母ちゃんのお土産はアタリ一割、ハズレ九割と言ったところだ。

 

 家に温泉を引っ張っているのに大量の温泉の素を購入してきたり、行った土地とは全く関係のない魔除けの面を買って来てみたりと、そのセンスを疑いたくなることが多々なのだが、極稀に……奇跡的に一割のアタリの中にとてつもない逸品が混じっていることがある。

 

 因みに俺の趣味は競馬だ。年齢的に馬券を購入することは出来ないが、競馬中継を見ることは当然として時間があれば競馬場や生産牧場に足を運ぶこともある。

 

 美しい造形美を誇るサラブレッドがジョッキーの檄に応えて全力で駆け抜ける姿は見ていて胸が踊る。

 

 数多くのサラブレッド達の中でも俺が愛して止まない名馬いる。

 

 最強世代の一角に名を連ね、世界最高峰の舞台で二着と好走した伝説的名馬である。

 

 俺の宝物とはその名馬が世界最高峰の舞台に出走した際に着用していた蹄鉄だ。

 

 蹄鉄とは馬の蹄を保護するために装着されるU字型の保護具のことである。

 

 何故そんな貴重な逸品が俺の手元にあるかと言うと、母ちゃんのお土産の一割のアタリという訳だ。

 

 どんな非合法な手段で手に入れたか聞いてみると、拳骨+蹴りが飛んできたのでよく分からない。

 

 そんな奇跡が起こってから俺は母ちゃんのお土産を毎回楽しみにしている。

 

(しかも、今回の旅先は北海道!期待せずにはいられない!!)

 

 ダンボールの中からご当地限定のお菓子やらグルメ、ご当地キャラのアクセサリーや木彫りの置物等を大量に出してご満悦の母ちゃん。

 

 更にはアーシアやリアスのために購入したであろう高そうなコスメや服飾品を手にして二人で盛り上がっている。

 

 俺は他に何かないかとダンボールを覗くが、目星しい物が見つからず、限定のお菓子に手を伸ばす。

 

 どうやら今回もハズレのようだ。

 

「フッフッフッ!お探しの品はこれかな?……息子よ」

 

 限定のお菓子に舌鼓を打っていると、怪しく笑いながら紙袋を(ひけ)らかす母ちゃん。

 

「菓子なんか食べてていいのか……青年?」

 

 紙袋に手を入れて中のものを取り出そうとしている母ちゃんの表情は相変わらずニタニタしている。

 

「これを見よ!」

 

 紙袋を投げ捨て、眼前に晒された物に俺の視線が釘付けになる。

 

「そ、それは!?」

 

 まるでペットに餌を与えるように頭上で右へ左へと目的の物を動かす母ちゃん。俺の視線も母ちゃんの動きに合わせて左右に動く。

 

「せ、先月の……に、日本ダービーの……う、馬番ボールペンじゃ……あーりませんか!?」

 

 手を伸ばして頭上で揺れる馬番ボールペンを手にしようとするが、ギリギリの所で触れない。

 

「あんたがネットで探しているのを知っていたのさ!毎回品切れだったみたいだけどねっ!」

 

 まるで嫁に意地悪をする姑のように活き活きと笑う母ちゃん。

 

 俺は競馬に興味を持った時からずっとこの馬番ボールペンを集めている。所謂コレクションの一つで今年ももちろん入手しようと発売が決まった日からネットに張り付いていたのだが、今年のダービーは競馬界のレジェンドが有力馬に騎乗することもあり、発売直後から品切れ続出で手に入らず、レースもそのレジェンドが勝利し、復活を遂げたことで特別なレースになったため、未だに入手困難な逸品なのだ。

 

「どうだ!欲しいか!?欲しいだろ!!?」

 

 頭上で左右に揺れる馬番ボールペンを前に、最早パブロフの犬状態の俺に悪魔の如く囁く母ちゃん。

 

「いい格好だね!ほらっ!!取ってきな!!!」

 

 そう言って馬番ボールペンを投げ捨てる母ちゃん。俺はその馬番ボールペン目指して一直線に走って行く。

 

「只今、帰りまし──キャ!」

 

 美しく弧を描く馬番ボールペンに対して一世一代のダイビングキャッチを決める。

 

「よっしゃ~!キタコレ!!」

 

 床に横になりながら、ようやく手にした十八本の馬番ボールペンを天に掲げて仰向けになると、黒く細い布からスラリと伸びる肉付きの良い白磁のような二本の足に頭を挟まれていた。

 

「ユー……私だって心の準備は出来てるけど……お義母様の前ではさすがに恥ずかしいわ」

 

 馬番ボールペンの向こう側の黒く細い布に焦点を合わせると、僅かに透けており、声の主の大事な部分が顔を覗かせていた。

 

「こんの性獣が!!!!」

 

 凄まじい勢いで走ってきた母ちゃんにうつ伏せにされると、そのままエビ固めを仕掛けられてしまった。

 

「やっぱりそうなのか!?あぁ!!?手を出してないって言ったよな!!!?おぉ!!!!?」

 

 完全に不可抗力なのだが、床を叩いてギブを宣言しても技が解かれる気配がない。

 

 俺は手にした宝物に笑みを浮かべながら、意識を手放した。

 

 

 ―●○●―

 

 

 翌朝、太陽の光と味噌汁の良い香りで目を覚ますと、そこはソファの上だった。何故、自分がここで寝ていたのか理解が出来ず、考えようとするも頭が上手く働かない。その代わりに包丁がまな板を叩く規則正しい音と仲良くキッチンに立っているだろう三人の談笑する声が心地良く耳に届く。

 

 とりあえず三人に挨拶をしようと身体を起こそうとすると、腰に激痛が走った。その瞬間、霞がかっていた脳内に昨夜の光景が鮮明に蘇った。

 

 そうだ……俺は何も悪くなった。

 

 母ちゃんの早とちりと勘違いが三度炸裂して物理的にダメージを受けただけでいつもと変わらない。テーブルの上で燦然と輝く宝物を愛でながら激痛に耐えていると、俺の起床に気づいた母ちゃんが昨夜の事を謝ってきた。

 

 その姿に今日は槍でも降ってくるのではないかと呆然としていると、隣に来たリアスがこっそりと事情を教えてくれた。

 

 俺が失神した後、なんとアーシアが母ちゃんに土産のやり取りのことで説教をしたと言うのだ。

 

 それを聞いた瞬間、信じられないことが起こってしまったと思った。なぜなら、十数年と続いてきたこの家のパワーバランスが一瞬とはいえ崩れたのだ。

 

 我が家で誰も逆らうことの出来なかった絶対君主に意見を言える存在が現れた。

 

(父ちゃん……どうしましょう?)

 

 前代未聞の珍事にどうしていいか分からずに視線を泳がせていると、新たにこの家の覇権を握るであろう人物から朝食の準備が出来たと声が掛かり、四人と一匹で仲良く?テーブルを囲んだ。

 

 

 ―●○●―

 

 

「ふぅ」

 

 授業が終わり、自然と息が漏れる。

 

 いつもならありがたく聞いている先生のお言葉も今日は上の空でした。

 

 その原因は今朝から様子のおかしい私の想い人にあります。

 

 朝食中や登校中、更には昼食中もずっと敬語で受け答えしてくるのです。部長さんや朱乃さんには普段通りに接するのに対して私にだけ余所余所しい態度になります。

 

 理由を聞いてみてもぎこちなく笑みを浮かべるだけで答えてくれませんでした。その事を親友の桐生さんに相談してみると「先輩はMなのね」と嬉しそうにメモを取っておられました。

 

 桐生さん、Mとは一体何のことですか?

 

「アーシア、旦那が来たよ」

 

 桐生さんに言われて出入り口に目を向けると、少し申し訳無さそうな表情をした彼が手を上げていました。以前は大騒ぎされた旦那と言う呼び方もクラスでは既に浸透しており、騒がれることはなくなりましたが、転校して来て間もないゼノヴィアさんだけは視線を忙しなく動かしていました。

 

「お待たせしました、ユーさん。行きましょうか」

 

 今日はアルバイトがあり、部室に顔を出さずに行くので一誠さんやゼノヴィアさんに挨拶を済ませてから教室を出ました。

 

 昇降口に向かう間も彼は一言も話すことなく、私はとても寂しい気持ちになりました。

 

「すまなかった、アーシア」

 

 ちょうど校門を出たところで無言だった彼が頭を下げて謝罪してきました。理由は今朝からの私に対する余所余所しい態度についてでした。私が改めてその訳を聞いてみると昨夜、彼が意識を失った後、私がお義母様に注意したことが原因だったようです。

 

 彼やお義父様にとってお義母様の言葉は絶対であり、意見するなど以ての外であるため、それをやってのけた私に余所余所しい態度をとってしまったと話してくれました。

 

「寂しいかったです」

 

 何度も頭を下げてくる姿を見て少し私は意地悪をしたくなり、そっぽを向いてそう伝えると、彼の慌てた姿を見ることが出来ました。その後も視線を合わせずにグランデに向かって歩く私に一生懸命に話し掛けてくる彼の姿はとても愛らしかったです。

 

「冗談ですよ、ユーさん」

 

 困惑する彼をこれ以上見ているのは忍びなかったので腕を絡めると、安心したようにいつもの笑顔を見せてくれた。でも寂しいかったのは本当だと伝えると、私の頭に手を乗せて「ごめんね」と優しく謝ってくれました。

 

 ユーさんとの関係がいつものように戻り、グランデを目指して歩いていると、男性の老人が困ったように街の案内板を見ていました。

 

「おじいさん、どうしましたか?」

 

 私が声を掛けてみると、少し驚いた反応をしていましたが、街の病院に行きたいと言われていたので道順を教えてあげると、お礼を言って歩いて行きました。

 

「あのじいさん……」

 

 ユーさんは立ち去ったおじいさんの後ろ姿を見て不思議そうな表情をしていたので気になり、聞いてみると「なんでもないよ」と言って歩き出したので私も後を追って歩き出しました。

 

「……あれが神賛(シンザン)──」

 

 ふと違和感を覚えておじいさんの立ち去った方を振り返ると、そこには既におじいさんの姿はなく。不思議に思っていると、前を歩いていたユーさんが笑顔で手を差し出してくれていたので、その手をとってグランデへの道を歩き始めました。

 

 

 ―●○●―

 

 

 グランデに着いて直ぐに着替えて厨房に入る。開店直後から店は満席となり、シェフたちが忙しなく動き回る。最近では雑誌社からの取材の申込みも引っ切り無しに来ているようだが、全てお断りしているらしい。それでもネット等での拡散は防ぎようがなく、次から次へと客が訪れる。嬉しい悲鳴ではあるものの常連客を大事にしたい料理長にとっては少し複雑な心境のようだ。

 

「アーシアちゃんが出勤してることもあって、今日は一段と客の入りがすごいな」

 

 フライパンを振りながら先輩シェフがそう言うと、全シェフが同意する。

 

「料理長が料理に専念するようになってから味の精度っていうか繊細さが一段上がりましたからね」

 

 グランデは安価で本格的な料理が楽しめると評判になった店で、それまで高級志向の客は寄り付かなかったが、評判が評判を呼び、今ではそういった客層も来店するようになった。

 

「こりゃ、本格的に来るかな?」

 

 誰一人として「何が」とは聞かない。この場にいる全員が理解している。料理長の手によって生み出される一皿一皿が既にそのレベルに踏み込んでいることを。

 

「口を動かしてる暇があるなら手を動かせ」

 

 全員の視線がその人に向いた所で静かに喝が入れられる。

 

 料理長の一皿に賭ける情熱に俺は目を奪われる。その姿に触発されて夢中でフライパンを振っているといつの間にか客足のピークが過ぎており、厨房も一段落していた。

 

「料理長、雑誌社から取材の連絡が入ったんですが?」

 

 ホールスタッフのその言葉に「またか」と頭を掻きながら厨房を出て行く料理長。

 

 以前、金勘定は苦手だと言ってリアスにオーナーを譲った料理長に新たな悩みの種が生まれたようだ。

 

「すみません。七番テーブルのお客様が前菜を調理したシェフとお話したいと言ってるんですが?」

 

 料理長に対して心の中で合掌しながら使用済みの調理器具を洗っていると、アーシアが少し慌てた様子で厨房に入ってきた。

 

「クレーム?料理長は……事務所か」

 

 クレームの対応はいつも料理長が行っているが席を外しているため、先輩シェフの視線に頷く。

 

「どんな内容?」

 

 アーシアにクレームの内容を確認すると、どうやらクレームではなく話がしたいとのことなのでエプロンを外して七番テーブルに向かう。

 

「おう、来たか」

 

 そのテーブルには四十代前後であろうワイルド系でイケイケの男性と二十代半ばの美しい女性が座っていた。

 

「当店で前菜担当をしております、菅原と申します。ホールスタッフよりお話があると伺いましたが、どのような内容でしょうか?」

 

 丁寧に、決して失礼のないように心掛けて応対に当たる。バイトを始めてから幾度となく経験してきたことなので間違えることはない。

 

 俺の紳士的な態度にアーシアと男はポカンとした表情を浮かべている。

 

「ふふ、面白い子ね……でも、貴方を呼んだのは私ではないわよ」

 

 超営業スマイルの俺を軽くあしらう女性。彼女が呼んだのではないとすれば……。

 

「おいおい、随分と嫌そうな顔するじゃねぇか?」

 

 男の声に俺の表情は能の(おもて)のように無表情になる。

 

 何か悲しくて男に呼び出されなければならないのか?

 

「客は神様なんだろ?いいのか、そんな態度で?」

 

 確かにお客様は神様というが、神様だって色々いる。俺が求めるのは女神であって、アラフォーでしかも野郎の神など願いさけだ。

 

 残念ながら神はいないがな!

 

「なに、こんだけ旨い料理を作る奴がどんな奴が知りたかっただけだ」

 

 お褒めに預かり光栄だが、どうせなら隣のお姉様から聞きたかったよ。

 

 俺のことを舐めるように下から上へ視線を動かす。

 

「ありがとうございます。お話しがそれだけでしたら失礼します」

 

 そう言って下げた頭を上げた時、俺の視線が目の前にニヤけ面の男と交わる。

 

「背中の十字ってのはそんな才能までくれんか?」

 

 男の言葉が耳に届いた瞬間、アーシアの手を引き、半歩だけ男と距離を取る。

 

 この男、何故そのことを知っている?

 

 一体何者だ!?

 

「そう警戒すんなよ、今日は飯を食いに来ただけだからよ」

 

 ケラケラと笑う男からは先程まで感じなかった得体の知れない何かを犇々(ひしひし)と感じる。

 

「……あんた、一体何者だ?」

 

 俺達のやり取りに周囲の客がざわつき始める。万が一、ここで暴れられたら関係のない人間まで巻き込んでしまう。

 

 額に嫌な汗が滲む。だが、目の前の男からは特段変わった気配は感じない。悪魔や堕天使ならば僅かな気配を察知できるが、そんな気配もない。

 

(この男……本当に何者?)

 

 緊張感を増していく俺とは対照的に男は呑気に残った料理を平らげてペーパーナプキンで丁寧に口を(ぬぐ)う。

 

「自己紹介がまだだったな、俺は──」

 

 男が立ち上がり、名乗り始める。得体の知れない男の正体が分かると思った……が、男の視線がある一点に集中する。

 

(俺じゃない?じゃあ、何を見ている?)

 

 男の視線を追う。

 

「クックックッ!!!あーはっはっはっ!!!!」

 

 男の大きな笑い声に再び視線を男に向けると、髪を掻き上げ、目を見開き、狂喜を笑みを浮かべる男がいた。

 

「嘘だろ!?なんなんだ〜この店は!!?ビックリ箱かよ!!!?」

 

 狂喜乱舞──正にそんな言葉がピッタリと当てはまる。先程までのニヤけた表情は何処へ行ってしまったのか、男は髪に掻き毟り、目をギラつかせ、口角を上げる。口元からは無意識なのか涎を垂らしている。

 

「ヴァーリの奴から聞いて聖十字の顔を拝みに来ただけだってのによ!!」

 

 男の興奮が最高潮に達する。このままではマズイと周囲の様子を伺うと、先程までザワついていた客達が何事もなかったように食事を続けている。

 

「魔王の妹っつー格好の獲物がいんのに組織(うち)のバカ共以外誰もこの街に近づかねぇーと思ったらこういうことだったのかよ!!」

 

 俺とアーシアを置き去りにして感情を爆発させる男。その爛々と輝く瞳はまるでずっと求めていたおもちゃをようやく手に入れた子供のようだった。

 

 だが子供と唯一違うのはその瞳の奥が濁っており、喜怒哀楽以外の暗くて深い感情が潜んでいることだ。俺はそのことを隠そうともしない目の前の男にとてつもない恐怖感を抱いた。

 

 この男はこれまで相まみえたどんな存在よりも危険なのだと。

 

 額に滲んでいた大粒の汗が頬を伝い、顎から床に落ちたとき、俺の肩が誰かに掴まれた。

 

「このお客様は俺が応対する。二人は通常業務に戻ってくれ」

 

 振り向くと、そこには普段と変わらない表情の料理長が立っていた。

 

「お客様、別室にてお話しをお聞きします、こちらへ」

 

 そう言って男を奥の事務所へ誘導する料理長。

 

「自らとは光栄だな」

 

 料理長を追って奥に消えていく男。俺の横を通り過ぎる時に発せられた言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

 ──レシステンシアの鞘──

 

 その時の俺にはこの言葉の意味が理解出来なかった。

 

 ただ背中の十字だけが少し疼いた。




第28話更新しました。

ようやく三章が終わりました。途中、執筆意欲の低下などで思うように進まないことがありましたが、投げることなく続けられたのはひとえに皆様のおかげです、勝手に感謝してます。

しかし肝心の内容のほうはどうにもなりませんね、特に前半部分は忘れてほしいくらいです。スカスカのすれ違いコントに自分の趣味を重ねるという愚策をやってしまいました。甘んじて批判や苦情を受けます。ですが、話のほうは着実に進展しており、今後、原作でも重要な人物も登場しました。そして、主人公の秘密を知るであろう一人目の人物はあの方でした。

ベタ過ぎましたかね?でも、自分では上手くやったとドヤ顔してます。

次章も長くなると思いますが、よろしくお願いします。

ではまた次回。


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停止教室のヴァンパイア
第29話


まもなくオリンピック開幕ですね。
開催について賛否はありますが、出場されるアスリートの皆様を全力で応援したいです。

第29話です。


 君はいずれ知るだろう──

 自分自身が何者であるかを──

 その時の君はどうするのだろうか──

 

 

 ―●○●―

 

 

「何故私に聞くんですか?」

 

 窓から射し込む西日が室内を照らす。

 

 駒王の街の命運を賭けた『聖剣事件』から数日後、俺達は穏やかな生活を取り戻していた。

 

 日本列島全域に梅雨明けが宣言され、本格的な夏シーズンの到来を心待ちにしているお祭り好き達にとっては最高の季節がやって来る。

 

 俺にとってはただただ暑いだけの日々がまた始まると憂鬱なのだが、所属している部活の見目麗しい女性達は海だ、水着だと連日盛り上がっている。

 

「他に相談出来る人が思い浮かばなかったから」

 

 そんな世間の喧騒には目もくれず、机上に置かれた縦横八マスずつに区切られた六十四マスの市松模様の正方形の盤と六種三十ニ個の様々な形をした駒と睨み合いながら、眼鏡の位置を調整している女性。

 

「そういうことは同性に相談するのをオススメします」

 

 厳しい表情を浮かべ、顎に手を当て、考え込みながら駒を動かすもその表情は険しいままだ。

 

「まさか……そんなこと相談したら後ろから刺されるよ」

 

 肩を竦めながら、ノータイムで駒を動かすと、彼女の表情は更に険しくなり、後ろに控えている女性も唖然としている。

 

「……自覚がある分、たちが悪いですね」

 

 忙しなく駒に触れては首を振りながら深く考え込む。

 

 現在、俺達がいる場所は生徒会室であり、生徒会長の支取蒼那とチェスをプレイしている。そして副会長の真羅椿姫はゲームの内容に一喜一憂している。

 

 蒼那の目線がボード上で忙しなく動き、身体も自然と前後に揺れる。

 

 チェスクロックの残り一分を告げる機械音が室内に響くが、彼女には聞こえていないようだ。それほどまでに盤面に集中している。

 

 盤面の形勢は少しでもチェスを噛じったことのある者ならば一目で判断出来る程一方的な内容だった。

 

(単純な道筋……そろそろ投了(リザイン)かな?)

 

 残り時間に気がついた蒼那が慌てて駒を動かす。互いに盤を挟んでみると、彼女の強さがよく分かる。チェスが得意と言っていただけあってかなりの実力だ。

 

 その手筋は基本に忠実でとても美しく癖がない上に、攻守のバランスも良く、咄嗟の変化に対しても柔軟に対応してくるし、相手の嫌がることもしっかりやって来る。

 

 正に王道だった。

 

 なのに何故これほど差が開いているかと言うと、事は単純で蒼那よりも俺の方が強いからだ。

 

 では何故強いかと言うと、子供の頃から遊びといえばチェスだった。別に他のおもちゃを買ってもらえなかった訳ではないが、チェスだけは母ちゃんが必ず相手をしてくれた。

 

 当時は小説家として活躍していた母ちゃんが忙しい合間を縫って一緒に遊んでくれた。俺はそれが嬉しくて一日一回は必ずプレイしていた。

 

 しかし母ちゃんは鬼のように強くて一度も勝てたことがない。そんな母ちゃんに何故勝たせてくれないのかと泣いて詰め寄ったら「社会の厳しさを知れ」と言われた。俺は当時七歳位だった。

 

 何としても母ちゃんに一泡吹かせたいと思った俺は必死になってチェスの勉強した。お陰でネット対戦や地元の小さな大会では無敗を誇り、果ては世界チャンピオンなどと周囲の大人達からもてはやされた。

 

 でも結局母ちゃんには一度も勝利を挙げることが出来なかった。

 

 そんな母ちゃんに比べれば如何に蒼那が強いといえど粗がだいぶ目立つ。将来的には判らないが、今の実力なら目隠ししても負けることはないだろう。

 

「私もその中に加わりたいと言ったら、貴方はどうしますか?」

 

 えっ?……今なんて?

 

「あ」

 

 頬を赤らめて此方の表情を伺ってくる蒼那に動揺して駒から手を離してしまった。

 

「やべ」

 

 後悔が口を衝いたときには既に遅く、蒼那はニヤリと口角を上げていた。俺が誤って指した一手は悪手も悪手、大悪手。この一手により数手先にあったはずの俺の勝ち筋は消え、敗戦濃厚であった蒼那が圧倒的勝勢になった。

 

 俺はこの数秒で天国と地獄を体験した。

 

 勝利を目前にしてチェスではなく、蒼那の見事な盤外戦術にしてやられた。

 

 

 ―●○●―

 

 

「負けました」

 

 頭を下げながら彼の口から投了(リザイン)が告げられる。

 

 彼もチェスを嗜むと知っており、機会があればプレイしようと以前から約束していたが、彼がアルバイトなどで忙しく、今日までその機会に恵まれなかった。

 

(まさかここまで差があるとは……)

 

 自信のあったチェスで終始圧倒され、敗戦濃厚という状況まで追い込まれたが、私らしからぬやり方で彼の大悪手を誘い、何とか逃げ切ることができた。勝つことは出来たもののプレイの内容は最悪であり、出来ればスコアに残したくないほど酷いものだった。私と彼の実力差も一目瞭然で、この先何度対戦しようとも勝つイメージが出来ない。

 

 彼には本当に驚かされてばかりだ。一人であのコカビエルと互して戦う力もあれば、今回のチェスのように周囲の仲間と連携して変幻自在に相手を追い詰める戦い方も出来る。もしも彼がレーティングゲームに参加するようなことがあれば瞬く間にトッププレイヤーとして頭角を顕すことになるだろう。

 

 とはいえボードゲームのチェスと実際のレーティングゲームは違う。彼が平気で仲間に犠牲(サクリファイス)を強いるとも思えないし、レーティングゲーム自体そんなに甘いものではない。

 

 無論、興味は尽きないがその時が訪れるまでの楽しみが一つ増えたくらいに考えておこう。

 

「少々大人気ない気もしますが、これも勝負と言うことでいいですか?」

 

 頭を掻きながら盤上の投了図を見て何度も頷く菅原君。

 

「もちろん。見事な盤外戦術でした」

 

 私の姑息な手段も戦術と言って笑顔で握手を求めてくる。

 

 チェスでは投了の後にお互いの健闘を讃えて握手して終わるのがマナーとなっている。

 

 私も笑顔で彼の手を握り、健闘を讃える。とても有意義な時間を過ごせた。

 

「ではプールの件、よろしくお願いしますね」

 

 苦笑いしながら席を立って扉に手を掛けると、何かを思い出したように振り返り、じっと私に視線を送ってきた。

 

 何か伝え忘れたことがあるだろうかと思い出してみると、心当たりがあった。

 

「私も中に加わりたいと言ったことでしたら冗談なので気にしないでください」

 

 私の答えに対して「それは残念」と笑って彼は生徒会室を後にした。

 

 その姿を見て何故多くの女性を惹き付けるのか分かった気がした。

 

「お見事でした、会長」

 

 彼を見送り、二人だけになった室内で生徒会の副会長であり、私の眷属の女王である椿姫が投了図から詰みまでの手順を指しながら声を掛けてくる。

 

「それは嫌味ですか、椿姫?」

 

 慌てて否定する彼女の姿に思わず頬が緩む。このように何の含みもなく笑みを見せられるのは椿姫と二人の時だけ、他の眷属達がいるときはいるときはどうしたって王としての立ち振る舞いが求められる。それが苦とは思わないが、こういった時間があってもいいだろう。

 

「取り敢えずリアスとの約束が達せられて良かったです。もし、反故にしたら後で何を言われるか分かりませんからね」

 

 苦笑いしながら紅茶を用意してくれる椿姫。あの幼馴染みの我儘のおかげで毎度苦労しますね。

 

「それで会長、セラフォルー様への報告についてはいかがしますか?」

 

 忘れていた。リアスの結婚式での一件以来、姉からしつこく菅原君の動向を報告しろと言われていた。

 

 昔から関係ないことにまで首を突っ込みたがるところはあったが、今回は特にしつこい。

 

「碌に目を通さないでしょうから適当で結構です」

 

 どうせサーゼクス様辺りに自分の方が彼の事を知っていると自慢したいだけなのだろうから、わざわざ此方が真剣になる必要もない。

 

「では報告書をまとめさせていただきます」

 

 そう言って頭を下げた椿姫が奥の部屋に消えていく。彼女は真面目だから私がそう言ってもしっかりとした報告書を提出するだろう。

 

 彼女が面倒な姉の対応もしてくれるから私も自分の仕事に集中できている。

 

 本当に椿姫には感謝しかない。

 

「……問題はこちらですね」

 

 私は今日配布されたばかりの一枚のプリントを目にして深く溜息を吐く。

 

「まさかとは思いますが、自ら来るとなんてことはありませんよね?」

 

 授業参観と大きく書かれたプリントを見て有り得ないと思いつつも憂鬱になり、私は机に身体を預けた。 

 

 

 ―●○●―

 

 

 蒼那とのチェスの敗れ、プールの掃除をすることになってしまった。

 

 元々、学校側が行う予定だった仕事をリアスが蒼那に掛け合って無理矢理受けたのだが、俺が猛反対した。

 

 理由は毎度言っているように暑いのにわざわざ外で仕事などしたくないからだ。

 

 俺以外の部員達は何故か乗り気であり、俺だけが反対したため、リアスから蒼那にチェスで勝つことが出来たら無しにするという条件で意気揚々と生徒会室に乗り込んで撃沈した。

 

 しかも掃除を終えた後はプールの使用まで取り付けたらしく、水着を買いに行くので付き合ってほしいとまで言われている。

 

 正直自分達で行ってくれと思ったが……。

 

「部長達だけで行かせたら、どんな水着を買ってくるか分かりませんよ?」

 

 木場の口から最もな意見が飛び出したため、断る訳にはいかなくなった。

 

 俺一人では何なので木場も道連れにしようと声をかけるが「部長にこれ以上迷惑は掛けられないので」と言ってリアス達の方へ加担されてしまった。

 

 その様子を見てこの際兵藤でも構わんと思い、声を掛けると涙を流して喜んでいたのだが「イッセーにはプールで実際着ているところを見て欲しいわ」と言われるとホイホイと簡単に釣られて見捨てられてしまった。

 

 クソっ!やはり兵藤のスケベ心を煽るのはリアスの方が一歩も二歩も上手い。

 

 因みにコカビエルとの一件以来、部のみんなが兵藤のことをイッセーと愛称で呼ぶようになった。一誠とイッセーではあまり変わらないと思うが、俺もユウとユーであまり変わらないので細かいことは気にしないでおこう。当の兵藤が喜んでいるのだからいいだろう。

 

 そんな訳でこれからの予定を憂鬱に思いながら、部室のドアを開けると、見覚えのある紅い髪の男性と銀髪三編みの女性の前に膝を着く部員達がいた。

 

「やぁ!菅原君!!逢いたかったよ!!!」

 

「お久し振りでございます、菅原様」

 

 そう言って大袈裟に手を広げると、此方に歩み寄ってくる紅い髪の男性とその場で深々と頭を下げる銀髪三編みの女性。

 

「確か貴方はリーアのお兄様の()()()()()様とグレモリー家のメイドのグレイフィア様」

 

 俺は慌てて頭を下げる。二人に会うのはリアスの結婚式以来で、あの後正式な謝罪に伺うと何度もリアスに言ったが「大丈夫」の一点張りで取り合ってくれなかったので、ずっと心の隅に引っ掛かっていた。

 

「その節は大変ご迷惑をお掛けしました」

 

 正式な謝罪とまではいかないが、改めて謝罪する。いずれは冥界に赴き、彼女のご両親にもキチンと謝罪しなければならないだろうと考えていると、フレンドリーだった先程までとは違い、彼からの反応がなかった。

 

 俺はゆっくり顔を上げると、呆気に取られたような表情の彼と笑いを堪えるのに必死な様子のグレイフィア様、そして顔を引き攣らせる部員達がいた。

 

「クックック!やはり君は面白い!!リーアから聞いていた通りだね!!!」

 

 突然笑い始めた彼にどう反応していいのか困っていると、リアスが口を動かして何かを伝えようとしてくるが、何を伝えようとしているのかさっぱり分からない。

 

(サ?……何だって?)

 

 リアスの動きを注視していると、必死に笑いを耐えていたグレイフィア様がわざとらしく咳払いをする。

 

「菅原様、此方のお方はバ……バーミクスでは……ございません。クッ、ププ」

 

 落ち着きを取り戻していたように見えた彼女だが、未だに笑いを堪えていた。余程、ツボに入ったらしい。

 

「ユー……お兄様の名はサーゼクスよ。貴方、どうしたらそういう間違いをするのから?」

 

 遂に笑い堪えきれなくなり、顔を逸したグレイフィア様の代わりにリアスが呆れ顔で答える。

 

「か、重ね重ね申し訳ありません!」

 

「しまった」と思うより先に再び頭を下げる。

 

 前方からは「先輩は阿呆なのか?」等と言ったゼノヴィアの声が聞こえる。未だに名前を間違えられたことを根に持っているようだ。

 

(ゼノヴィアめ、後で覚えてろよ)

 

 頭を下げながらゼノヴィアへの復讐心を募らせていると、サーゼクス様から頭を上げるように声が掛かり、恐る恐る顔を上げると笑顔のサーゼクスがいた。

 

「いやいや、本当に気にしないでくれたまえ。それにしてもバーミクスか……なかなか良い名だね、改名しよかな?どう思うグレイフィア?」

 

 息を整えていたグレイフィア様に対してそう言うと、再び顔を逸して肩を震わせる。その反応を見てサーゼクス様は満足そうに笑っていた。

 

 二人を包む雰囲気は主人とメイドという感じではなく、それ以上にも感じた。

 

 それにしてもサーゼクス様の心の広さには感服する。名を間違えるという失態を犯した俺を咎めることなく、周囲の笑いを誘う余裕があるとは、これが冥界の名門一族グレモリー公爵家の長男。

 

「ん?」

 

 そこまで考えて俺の頭にある疑問が浮かんだ。

 

「何故サーゼクス様がいらっしゃるのにリーアがグレモリー家の次期当主なのでしょうか?」

 

 本来であれば長男のサーゼクス様が公爵家次期当主のはず、それがリアスが次期当主とはどういうことだろうか?

 

「私は既にグレモリーの家を離れているからね」

 

 グレモリー家を離れている……どこかの婿養子にでも入ったと言うことだろうか?

 

 名門一族の長男が?

 

「菅原様」

 

 ようやく笑いの収まったグレイフィア様が真剣な表情で俺を見る。

 

 ただならぬ雰囲気に俺も自然と背筋が伸びる。

 

「こちらにおわすお方はサーゼクス・ルシファー様。冥界を束ねる四人の魔王のお一人にございます」

 

 …

 ……

 …………えっ?

 

「グレイフィア!そんな大仰な──って菅原君!?」

 

 気づいた時には自然と膝を着いて頭を垂れていた。

 

「知らなかったとは言え、数々のご無礼お許しください」

 

 とんでもないことを仕出かしてしまった。俺は公爵家の娘と魔王の妹という立場の娘の結婚式をぶち壊してしまった。

 

 つまり、公爵家の現当主と魔王様の顔に泥を塗ってしまったと言うことだ。

 

「リーア……いえ、リアス様の結婚式でのこと誠に申し訳ありませんでした。誓ってリアス様に非はございません。罰せられるべきはわた──」

 

 謝罪を言い終える前に腕を掴まれ、顔を上げると笑顔のサーゼクス様から立ち上がるように促される。

 

「君がその事を気に病む必要はない。父や母、それにフェニックス卿も既に納得していることだ」

 

 笑顔で俺の肩に触れるサーゼクス様。

 

「ずっと気に掛けてくれていたんだね。確かにあの件が議会で問題になったことはあった」

 

 サーゼクス様はあの事件のあとの顛末を話してくれた。

 

 結婚式の後日に開かれた議会でそのことが議題に上がり、冥界の婚姻の在り方について論争が巻き起こったらしい。今回のことは双方が納得の上での婚約破棄と言うことで事無きを得たようだ。

 

「冥界というのは所謂貴族社会だからね。君には理解し難いことも多いだろう。無論、全てが悪いと言うわけではないが、なかなか難しいところもある。君達に若い世代に話すことではないけどね」

 

 そう言って一人一人に視線を送るサーゼクス様。

 

 そうか……この方は憂いでいるのだ冥界の未来を。為政者として如何にすれば冥界がより良くなるのかを考えておられるのだ。

 

 若い世代というワードがこの方の口から出てきたのが何よりの証拠だ。

 

「今回の件で婚約に関することが見直されるだろう……いい事だよ、数百年と続いてきた悪しき慣例に目を向けられるのは」

 

 先の大戦で純血悪魔の多くを失い、種の存続のために純血悪魔同士の婚姻が当たり前のように蔓延していると、以前リアスから聞いたことがある。

 

 婚姻を頑なに拒むリアスを見て甘いと糾弾したこともあったが、結婚式から連れ去った後の彼女の笑顔を見て、間違ってなかったと思った。

 

 どの世界であっても生涯の伴侶は愛すべき者であるべきだ。

 

「冥界がより良くなっていくキッカケになるなら、私の頭などいくらでも下げよう」

 

 この方は本物だ。

 

(リーア、君の目指べき王の姿がここに在るよ)

 

 男が惚れる男。料理長もそうだが、こういう類の者の瞳には見えているものとは別の何かが映っている。

 

 それが何かはそれぞれ違うだろうが、確かにそれがあるのだ。父ちゃんや母ちゃんにもそれがあった。

 

 俺はこの方の作ろうとしている冥界を見てみたいと思った。

 

「とはいえ、迷惑を掛けられたのは確かだからね。君には責任をとってもらおうかな?」

 

 あれ……?サーゼクス様の表情が先程の思い詰めたものから、とても愉快なものに変わっていく。

 

 それに何だか既視感のあるやり取り。

 

「いい事を思い付いた」

 

 そう言っていきなり俺の手を取って笑顔を向けてくる。まじまじ見ると、とてつもなく美形でリアスと似ている。

 

「私のことはこれからお兄さんと呼んでくれたまえ」

 

 素敵な笑顔で有無を言わさぬこの感じ。

 

(こ、断れない!)

 

 あの時のリアスはこんな感じだったのかと彼女に視線を送ると、髪の毛に負けないくらい真っ赤な顔で俺とサーゼクス様のやり取りを見ていた。

 

「抵抗はあるのは最初だけさ、すぐに慣れるよ」

 

「さぁ」と言いながら離した手を大きく広げて一歩ずつ距離を詰めてくる。

 

「さ、流石に魔王様をそのように馴れ馴れしく呼ぶわけには……」

 

 詰められた距離の分だけ後退りながら、失礼の無いようにやんわりとお断りする。

 

「リーアはかわいい妹だけど、私は弟も欲しかったんだ」

 

 爽やかな笑顔、柔らかな物腰、周囲の者を虜にする雰囲気。

 

 その全てが尊敬に値する。

 

 なのになぜ人の話を聞かない!

 

 相手を掌で踊らせて、自分のペースに引きずり込むこのやり方。

 

(これが魔王……)

 

 魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する冥界にあってその頂点に君臨する絶対者。

 

 サーゼクス様の寸評はさておき、グレモリー家の悪魔っていうのはみんなこうなのだろうか?思い立ったら一直線なのは家柄か?そう思わざるを得ないほどこの兄妹(きょうだい)は似ている。

 

「魔王様、お戯れはその辺りで……そろそろ本題に入られては如何ですか?」

 

 俺の失言によって抱腹絶倒していたグレイフィア様が正気を取り戻して助け舟を出してくれた。

 

 その瞬間俺には彼女が女神に見えた。

 

「私としては巫山戯ているつもりは毛頭ないのだが……うん、そうだね。次の予定もあるからね」

 

 サーゼクス様が襟を正すと、その場の雰囲気が一変する。

 

「既に君達の耳にも入っていると思うが、三勢力が一堂に会することになった」

 

 周知の事実とはいえ、魔王様の口から直接告げられると嫌でも緊張感が増す。

 

「会合の場について熟慮した結果……先の事件の舞台となったこの学園が適任であると判断した」

 

 歴史において例のない前代未聞の会合をこの駒王学園で執り行われる。

 

 この決定に街の管理者であるリアスも驚愕していた。

 

「言いたい事は多々あるだろうが、この駒王学園が最適なんだよ」

 

 何かを言いたげなリアスに対して困ったように微笑みかけるサーゼクス様。その顔を見たリアスも言葉を飲み込み溜息を吐いた。

 

 会談の場にこの駒王学園が選ばれた理由は三つ。

 

 一つ目の理由はこの駒王町が悪魔の管轄区域であること。今回の争いの原因は『神の子を見張る者(グリゴリ)』に所属していたコカビエルが天界側の所属である教会から聖剣を強奪したことに端を発しており、両者だけでの話し合いでは新たな火種になりかねないことを懸念した悪魔側が円滑に話し合いを進められるようにと会談の場と仲裁を請け負ったとのこと。

 

 少々釈然としない部分はあったが、先に例を見ない三勢力による会談実現のために悪魔側が配慮したようだ。それだけサーゼクス様はこの会談に機するものがあると言うことか?

 

 しかしこれに噛みついたのが兵藤だ。

 

 巻き込まれたのは自分達であり、血を流したのも自分達だと主張した。これに対してサーゼクス様が「これは政治だ」と言ってバッサリと切り捨てたが、それでも納得しない兵藤に「やった、やられたでは終わる話ではない」と語ると、それ以上兵藤はなにも言えなくなり、口を噤んだ。

 

 俺としては知らない内に命の危機に晒されることになった街の人々への気遣いがあっても良いのではないかと思ったが、それを口にはしなかった。

 

 二つ目の理由はこの駒王町に集まりつつある稀有な存在。魔王の妹が二人、伝説の赤龍帝、聖魔剣使いと聖剣デュランダル使いに先の事件で襲来したコカビエルと白龍皇など強い力を持った者達が集まるこの街には何かしらの縁があるのではないかとサーゼクス様は考えているようだった。

 

 無論その理由にも心当たりがあるようで、兵藤に宿る赤龍帝こそがそれらの特異な存在を惹き付けているのではないかと語った。

 

 冥界では「ドラゴンは人と厄災を引き付ける」と、まことしやかに囁かれているらしい。

 

 もちろん兵藤自身に自覚はなく驚いていたが、何事もなく平和だった駒王町に『堕天使襲撃事件』と『聖剣事件』が立て続けに起こったことは赤龍帝が出現してからのため否定出来ないところではある。

 

 ちょっと待て……魔王の妹が二人?

 

 一人はリアス、もう一人は?

 

 その瞬間俺の脳裏に何故かソーナの顔が浮かんだ。

 

「三つ目の理由についてだが……」

 

 頭を悩ませる中、三つ目の理由に差し掛かった所で今まで滞りなく問答を続けてきたサーゼクス様の口が急に止まり、少し考え込んだ末に俺に視線を送ってきた。

 

「三つ目の理由は俺……いや、この背中の十字ですか?」

 

 この答えにサーゼクス様は大きく息を吐き、静かに頷いた。

 

「コカビエルが前にこの十字を背負っていた者は神話を終わらせたと話していました。何のことかご存知ですか?」

 

 結局自分のことを何一つ分からないまま今日に至っている。コカビエルの言っていた真実を知る者が本当に母ちゃんなのかさえ定かではない。

 

 口籠るサーゼクス様を見て何かしら知ってることは間違いないが、俺の望むような答えは得られないだろうと確信している。

 

「詳しいことは会談の際、各勢力のトップが集まった時にしようと思う、その方が余計な混乱を招かなくていいだろう?」

 

 確かに小出しにされて情報が錯綜するよりはまとめて聞いたほうがいいと考えて頷く。

 

「ただ一つだけ言えることは、その十字が世界の中心だったということだ」

 

 世界の中心とは一体どういう意味なのかと、気付いたらオウム返ししていた。

 

「そのままの意味だよ。冥界、天界、人間界、ありとあらゆる世界の中心だ」

 

 なんだかとてつもなく壮大な話になってきた。この十字に一体どんな秘密があるのだろうか?

 

 隣に座っているアーシアも不安気な表情をしている。

 

「アーシア君についても話は聞いているよ。そのことについても会談の時に話すので菅原君と一緒に出席してほしい」

 

 サーゼクス様の言葉に胸を撫で下ろす。リアスから出席の打診があったと聞いていても魔王様自らの口から確約を取れたことで間違いなく出席が認められたのだ。ここまで来て彼女だけ仲間ハズレでは可哀想過ぎる。

 

「授業参観の準備などで忙しいとは思うが、ソーナ君と協力して会談の場の準備もよろしく頼むよリーア」

 

 そのことを聞いた瞬間、リアスが露骨に嫌そうな顔をした。どうやら俺が部室に来る前に一悶着あったようだ。

 

 いくら妹でも魔王様にそれはマズイと思うが……?

 

「では楽しみにしているよ」

 

 どっちを楽しみにしているか分からないが、愉快に笑って出て行こうとするサーゼクス様を俺は呼び止めた。

 

「レシステンシアという呼び名に聞き覚えはありませんか?」

 

 何気ない質問だった。先日、店を訪れたイケイケのチョイ悪中年が呟いた一言が頭の隅に引っ掛かっており、ついでにと思い聞いてみた。

 

「どこでその名を!!」

 

 だが、この問にいち早く反応したのはサーゼクス様ではなく、グレイフィア様だった。

 

 しかもその剣幕は凄まじくリアスや他の部員達も驚いていた。

 

「まぁまぁ、グレイフィア、落ち着きたまえ」

 

 サーゼクス様の静止も聞かずに近づいてくると、両手で肩を掴まれ、端正な顔を歪ませて迫られた。

 

「グレイフィア!落ち着きなさい!!」

 

 魔力こそ漏れていないが、その圧倒的な気迫に一瞬にして部室が凍りつく。

 

「も、申し訳ありません」

 

 正気に戻ったグレイフィア様が深々と頭を下げる。その様子に全員が息を呑んだ

 

「すまなかったね、菅原君。妻がみっともない姿を見せてしまった」

 

 …

 ……

 …………ん?

 

「妻?」

 

 ブリキの人形のようにぎこちない動きでリアスを見ると、額に手を当てて首を左右に振っていた。程なくして部室に兵藤の悲鳴が木霊したのは言うまでもない。

 

 前に朱乃がグレイフィア様は既婚者だと言っていたが、まさかそのお相手がリアスの兄であり、魔王であるサーゼクス様とは……つまりグレイフィア様はリアスの義姉と言うことか。

 

 この事実を知らなかったのは俺と兵藤、そしてアーシアとゼノヴィアだけなのだが、兵藤は先の通り悲鳴を上げて床を叩き、アーシアとゼノヴィアに至っては「素敵なご夫婦です」や「お似合いだな」など賛辞を送っており、グレイフィア様の錯乱とサーゼクス様の烈帛の気迫で凍りついた部室の雰囲気が一気に甘いものに変わっていた。

 

 中でもグレイフィア様の変化は目まぐるしく、酷く怒りを滲ませたと思えば、次の瞬間には顔を真っ赤にしてサーゼクス様を睨んでいた。

 

 俺の何気ない質問はグレイフィア様にとってのパンドラの箱だったようだ。

 

「レシステンシアというのは──」

 

 いやいや、ちょっと待って下さい!?この状況でその話を続けるんですか!!

 

 確かに質問したのは俺だけど、もう終わりにする雰囲気だったのでは!?

 

「その昔、冥界の三大宮家の筆頭を務めていたと言われる大貴族の名だよ」

 

 周囲の様子など意を返さずに話を続けるサーゼクス様。

 

 宮家と言うことは冥界にも王族が存在したのだろうか?

 

「私もその辺りのことは把握していない部分が多いんだ、なにしろ私が産まれるずっと前の話だからね」

 

 何だか途方もない話になってきた。サーゼクス様がどのくらい生きている悪魔なのかは知らないが、先の大戦にも参加していたようなので五百年以上生きているのは確実だろう。

 

 悪魔はある程度の年齢になれば魔力で若さを保てるとリアスから聞いてはいたが、サーゼクス様もグレイフィア様も若すぎる。

 

「いずれ君を冥界に正式に招待したいと思っている。そのときにでも父や母に聞いてみるといい。二人なら私より詳しく知っていると思うよ」

 

 握手を求めて来たので素直に応じると、満足そうに笑って帰って行った。そのサーゼクス様を追うように一礼してからグレイフィア様も部室を後にした。

 

 そう言えば何故グレイフィア様はあれ程錯乱していたのだろうか?

 

 サーゼクス様の「妻」発言の衝撃で曖昧になってしまったがグレイフィア様は何か知っていたのだろうか?

 

 それにあのイケイケのチョイ悪中年は何故そんな事を口走ったのか?

 

 結局あの男の正体も分からなかった。

 

「……まるで嵐のようだったわ」

 

 二人の去った部室にリアスの大きな溜息が響く。ゼノヴィアと兵藤を除く眷属達もかなり緊張していたようでソファでぐったりとしている。

 

「お兄様はああ言っていたけど、アザゼルには十分注意してちょうだい。いいわね、イッセー!」

 

 リアスの言葉に力強く返事をする兵藤。聞けば既にこの街に『神の子を見張る者(グリゴリ)』のトップであるアザゼルが姿を現しており、兵藤に接触したようだ。

 

「これから忙しくなるけど、ソーナ達生徒会と協力してこの難局を乗り切るわよ」

 

 全員が気合いの入った表情をしている。俺にとっても今後の生き方を左右する重要な会談になる。

 

 俺自身、色々と準備をして臨もうと考えて気合いを入れる。

 

「それじぁ行きましょう、ユー」

 

 そう言ったリアスが満面の笑みで席を立つ。その姿を見て待ってましたと言わんばかりに女性陣が盛り上がり始める。

 

「水着を選んでくれる約束でしょ?」

 

 一連のドタバタで忘れてくれればと思っていたが、そう甘くわない。

 

 その話を聞いて鼻息を荒くしていた兵藤は木場に拉致られて涙を流しながら引き摺られて部室を出て行く。

 

「そうだな、行こう」

 

 こうなったら逃げられない、ならば存分に美女達の水着姿を堪能させてもらおう。

 

 俺にとって今日という日はまだ終わりそうにない。




第29話更新しました。

仕事が忙しくなって来て書く時間がないかなと思いきや、何故か意欲が湧いてくるので驚きです。意欲低下の原因は原作を読んでおらず、イメージが湧かなかったことだと判明したので、今後は少しずつ原作を読みながら書き進めて行こうと思います。

原作遵守なので当たり前ですが……

内容のほうですが、筆者はかなりサーゼクスを美化しているところがあります。この原因も原作を先まで読んでいないため、彼のどのような人物なのかいまいち把握していないので、こんな感じなら良いなとフワッと書いてます。実はこんな奴というのがあれば指摘してください。

ではまた次回。


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第30話

オリンピック感動しました〜!
なんだかんだ言って毎日見てました!

第30話です。


 命の価値は皆が平等だと貴方は言ったー

  万の刻を生きる私には理解出来なかったー

   でもその意味は貴方に出逢って理解したー

 

 

 ―●○●―

 

 

 キッチンに立ち、二人分の夕食を用意をする。

 

 普段は賑やかなキッチンも今日ばかりはリビングのテレビの音声が響く。

 

 最愛の子供達(リアスとアーシア)は部活の仲間達と買物をしてから帰ると連絡があったが、その中に含まれているだろう息子からは一切連絡がない。

 

 最近、あの子は携帯電話を持ち歩かない。別段こちらから連絡をすることはないのだが、折角料金を払っているのだから有効に活用してほしいものだ。

 

「リアスとアーシアは何時頃帰って来るのかな?」

 

 ソファでテレビを見ながらグラスを傾けていた旦那が冷凍庫から氷を取り出しながら少し寂しそうに聞いてくる。

 

 仕事の都合でついさっき家に帰って来た旦那は二人に会えるのを楽しみにしていたのだが、帰りが遅くなることを伝えると、ガッカリした様子で一人お酒を作り始めた。

 

 息子(ユウ)もあれで寂しがり屋なところがある。そういうところは父子(おやこ)そっくりだと微笑ましくなる。

 

「もうすぐ帰って来ると思うよ、二人も帰ってくるのを楽しみに待ってたからね」

 

 そう言って簡単なおつまみを用意すると、嬉しそうに笑ってグラスとおつまみを持って再びリビングに戻って行った。

 

「ニャッ!」

 

 リビングから黒歌の不機嫌そうな鳴き声が聞こえてくる。大方、気分を良くした旦那が気持ちよく寝ている黒歌にちょっかいでも出したのだろう。

 

(……いつになったら懐くのやら?)

 

 二年前から家族の一員となった黒歌だが、当初は旦那はもちろん息子のユウにさえ心を開くことはなかった。

 

 それでも諦める事なく世話をし続けたユウには今ではベッタリだが、仕事で家を空けることの多かった旦那には全く懐かない。

 

(最初にあんたを見つけたのはその人なんだよ……)

 

 当時の事を思い出すと今でも胸に込み上げてくるものがある。

 

「誰か来たね?」

 

 (じゃ)れ合う旦那と黒歌を複雑な心境で見ていると、来客を知らせるインターフォンが鳴る。

 

「僕が出るよ!」

 

 まるで長年待ち焦がれた恋人にでも逢いに行くかのように満面の笑みを浮かべてリビングから出て行く旦那の姿に自然と口角が上がる。

 

 肩を並べて共に生きていく事を決意してから四半世紀の(とき)が過ぎ去った。

 

 出逢った時から変わることのないその笑顔に何度救われて来ただろうか?

 

「……珍しいお客様だね」

 

 柄にもなく昔を懐かしんでいると、少し複雑な表情をした旦那の後ろで紅髪の優男と銀髪の淑女が頭を下げていた。

 

「リアスとアーシアじゃなかったよ」

 

 待ち人でなかったことに肩を落としてソファに戻っていく旦那に苦笑いを浮かべながらリビングの入口で頭を下げたままの二人にソファに座るように促す。

 

「大した饗しは出来ないよ」

 

 二人が座った事を確認してキッチンへ行き、冷蔵庫から麦茶を取り出して客人用のグラスに注いでリビングに戻る。

 

 旦那の膝の上で目の前の二人を警戒する我が家の飼い猫と初めて膝の上に乗ってくれた事に感動して震えている旦那。

 

 一見すれば何処の家庭にもある飼い主とペットの微笑ましい一幕だが、目の前の二人は目を丸くして息を呑む。

 

「久しぶりですね……二人共」

 

 一頻(ひとしき)り黒歌と戯れて満足した旦那は黒歌を解放すると、グラスの中の氷を回しながら笑顔で二人に声を掛ける。

 

「彼此れ十八年振りですか?……元気そうで何よりです」

 

 カランッとグラスの中の氷の心地良い音が部屋に響く。私は麦茶の入ったグラスを二人の前に置き、旦那の隣に腰を下ろす。

 

「大変……ご無沙汰しております」

 

 異様な光景だね。その力のみで異界の頂点に立ち『超越者』と呼ばれる男が人間に頭を下げるのを見るのは……。

 

(まあ、特異なのはお互い様だけどね)

 

 グラスの中の琥珀色の液体で喉を潤しながら深く息を吐く。

 

「今日は突然どうしたんですか?」

 

 二人に頭を上げるように促しながら笑みを浮かべる。

 

「妹がお世話になっているにも関わらず今日まで挨拶が遅れたことお許しください」

 

 うむ……相変わらず嘘が下手な奴だ。確かに直接の挨拶はなかったが、下宿初日にジオティクスとヴェネラナから大層な贈物と一緒に手紙が届いている。リアスには内緒にしているが、サーゼクスとグレイフィアがそのことを知らないはずがない。

 

「いえいえ……我々もリアス嬢のおかげで楽しい生活を送れてますよ」

 

 はぐらかしている訳ではない、これがこの人の交渉術。いつ如何なる時でも自分の手の内を見せることはない。

 

 人によってはとぼけていると思う人もいるだろうが相手との距離を常に測っている。

 

 だから私はこの人と一緒にいて心地良い。無論、冷たい訳ではなく、此方が困っていれば隣で静かに話を聞いてくれるし、優しい言葉を掛けてもくれる、それでいて必要以上に相手の心に踏み込んで来ない。

 

 この絶妙な距離感は出逢った頃から何一つ変わってはいない。

 

 本当に不思議な人間だ。

 

「妹からも大変良くして頂いていると聞いて父や母も安心しております」

 

 サーゼクスの言葉に嬉しそうに笑みを零しながらグラスを傾ける。

 

「ですが……妹と御子息が共にいることを危険視する声も上がっております」

 

 グラスに入った麦茶を一気に飲み干し、グラスを握りしめるサーゼクス。

 

 そのグラスはいい値がする上に人数分揃ってるんだから割るんじゃないよ。

 

「知らない……と言うことに恐怖するのは誰でも同じですよ」

 

 目を細め、小さく息を吐いてグラスをテーブルに置く。グラスの内側と外側の温度差で出来た水滴がコースターを濡す。

 

「ならば未熟な私にご教示頂けませんか?」

 

 そう言って頭を下げるサーゼクスの姿を見て困ったようにコメカミを人差し指で掻く。

 

「上に立つ者が下の者に簡単に頭を下げてはなりませんよ」

 

 視界に広がる紅い髪を見ながら私は目を細める。

 

 サーゼクス・グレモリーは幼き頃より特別な存在だった。

 

 母ヴェネラナの生家である大王バアル家の『滅びの魔力』を誰よりも色濃く受け継ぎ、父であるジオティクスからは悪魔の枠を越えた存在と言わしめるほどの才を持っていた。それ故、早くから将来を嘱望されていた。

 

 親友の子とあって私も幼いサーゼクスには目を掛けていた。大きすぎる力は自らを滅ぼすことを身を以て知っていた私はサーゼクスにありとあらゆる事を学ばせた。

 

 力を持つ者の責任とその意味、(まつりごと)の重要性、他者との輪を尊ぶ大切さ、そして世界の情勢。

 

 その甲斐あってサーゼクスは大戦の後、二代目ルシファーとして悪魔の筆頭となり、私の冥界での役目は終わった。

 

「下などと……私では到底、貴方様には及びません」

 

 サーゼクスは私の期待通りに成長してくれたが、上に立つ者としては少々正直過ぎる。

 

「……ご冗談を。とはいえ私から貴方にお教え出来ることは何もありませんよ」

 

 グラスに半分以上残っていたアルコールを一気に飲み干すと、残った氷を回して遊んでいる。

 

 一気飲みした影響で頬は薄っすらと赤らんでおり、何だか色っぽい。

 

「いずれにせよ、賽は投げられたのです」

 

 眼鏡を外し、軽く目元を押さえてからゆっくりと目を開く。

 

 その言葉にサーゼクスとグレイフィアが息を呑み、後に続く言葉を待つ。

 

息子(アレ)の未来は白紙なのです……かの北欧の老人の目にさえ映ることはない」

 

 北欧の老人!今、思い出しただけでも腹が立つ!!あのスケベ爺ィ!!!

 

「あの老人にとって知らぬということはそれだけで興味の対象になるでしょうから、その内ひょっこりと現れるかもしれませんね」

 

 次に私の前に姿を現してみろ!その時は潰して晒してジャッカルの餌にしてくれる!!

 

 怒りに我を忘れ、不気味な声を洩らす私に三人は顔を引き攣らせる。

 

 態とらしく咳払いをして眼鏡を掛け直し、冷静さを保とうとする旦那。

 

 いかんいかん、こんな顔を子供達に見られては取り返しがつかない。

 

 用心せねば……。

 

「と、兎に角、私達に出来る事があれば全力を尽くします……それは貴方方グレモリーの為ではなく、愛する息子の為」

 

 深い深い愛の中に僅かに灯る憎しみ。私が生涯を賭けて癒やしてあげると誓った微かな心の傷。

 

「重々承知しております。ですが、どうか義妹のことは別に考えて頂けませんか?」

 

『銀髪の殲滅女王(クイーン・オブ・ディバウア)』などと冥界では畏怖されているグレイフィアだが、家族を失うことの悲しみは誰よりも理解している。

 

 普段、公の場では表立って自分の意見を口にすることはないが、義姉としては義妹の幸せは常に願っているに違いない。

 

「勿論です、二人のことは当人同士が決めることです。私情を持ち込んだりはしませんのでご心配なく」

 

 その答えを聞いてグレイフィアの表情が柔らかくなる。

 

「なんにせよ、残る鍵は三つです」

 

 旦那の言葉をサーゼクスの表情が曇る。

 

「三つ?四つではなく?」

 

 サーゼクスが理解出来ないのは当然だ。あの子が明確に鍵を開けたのは『再生』の一つだけ、でも確実に二つ目の鍵を手にしている。

 

 あとは扉を開けるだけ。

 

「えぇ……三つです。一つはご存知の通り『再生の生神女(マリア)』たるアーシア・アルジェント」

 

 私でさえもアーシアがハリストスの御霊を受け継ぐ存在だとは夢にも思わなかった。

 

 これも旦那の言っていた大いなる意志によるものだろうか?

 

「二つ目の鍵である『沈黙の享愛者(ダヴィデ)』は既に息子の側にいます……その者の名は──」

 

 張り詰めた空気が部屋を覆う中、突然リビングのドアが開かれる。

 

「ただいま帰りました〜!」

 

 そこにはやけにご機嫌で血色の良いリアスと碧の髪の女の子と楽しそうに会話するアーシア、更には紙袋を持って嬉しそうに微笑む朱乃とクレープを美味しそうに頬張る小猫の姿があった。

 

 そしてその後ろに続く息子は全てを悟ったかのように無を体現していた。

 

「お義母様、聞いてください!ユーが水着を買ってくれたんで……ってお兄様!?」

 

 嬉しそうに紙袋を自慢気に見せて喜ぶリアスだったが、自身の兄と義姉がいることに心底驚いて目を見開く。

 

 こうして賑やかさを取り戻した我が家の夜はまだまだ終わりそうにない。

 

 

 ―●○●―

 

 

 サーゼクス様とグレイフィア様が学園を後にしたのち、俺とオカルト研究部の女性陣は街に繰り出していた。

 

「こうして皆さんとお買い物に来るのは初めですね!」

 

 隣で目を輝かせながら嬉しそうに笑うアーシア。俺にしてみれば珍しいことではないが、アーシアのこれまでの境遇を考えればどんな些細なこともお祭りなのだ。

 

「最近忙しくてこういう時間もなかったものね。でも、これからいくらでもあるわよ」

 

 リアスの返答に「はい!」と元気良く返事をしたアーシア。そんな彼女の手を引き、様々な店舗の説明をするリアス。小猫と朱乃はというと最新のファッション雑誌を手にこれから買いに行く水着の流行をチェックをして二人で意見交換をしていた。

 

 小猫の口から「痴女」だの「露出狂」だのと聞こえて来たが、聞かなかったことにしよう。

 

 そんな具合で盛り上がる四人とは別に最後尾をトボトボと歩く碧の少女。

 

「ゼノヴィアにとっても友人との買物は初めてだろ?楽しんだらどうだ?」

 

 歩く速度を緩めてゼノヴィアの横に並び、話し掛けてみるがその表情は硬いままだった。

 

「私は……みんなに付いていくだけだ」

 

 犯してしまった罪の重さを実感して罪悪感に苛まれているのだろう。アーシアの話では転校初日以来ゼノヴィアとの会話は殆どないらしい。兵藤を始めとしたクラスメイトとは積極的に交流し、打ち解けているようだが、自分とは事務的な話ばかりで会話が続かないとアーシアから悩みを相談されたこともある。

 

 こればかりは時間が解決するのを待つしかないため「大丈夫」と当たり障りのないことしか言えなかった自分が情けない。

 

「もう誰も君を責めたりしてない。アーシアだってそう言っていただろ?あれはお互いの立場でやるべきことをやった結果だ」

 

「仕方がなかった」と言っても納得しない。おそらくゼノヴィア自身も頭では理解しているが、心が納得していないのだろう。

 

(分かっている相手に理を説いても無駄だな)

 

 こういう時は兵藤のような存在は非常な有り難い。あいつは頭で話す俺とは違って心で話す。

 

 だからこそあいつの言葉は心に響くし、裏表がないからこそ同類とも言えるゼノヴィアも心を許しているのだろう。

 

 全く参考にはしたくないがな!

 

「ゼノヴィア」

 

 俺は足を止めて前を歩いているゼノヴィアを呼び止める。

 

「許されるのを待つな……迷いがあるならそいつを持ったまま進んでみろ」

 

 それでも俺にはこういう言い方しか出来ない。それで彼女が分かるまで訴え続けるしかない。

 

「……いいのだろか、それで……」

 

 彼女もまた教会に思想や行動を制限されてきた一人、突然与えられた自由に戸惑うこともあるだろう。でもそういう時は仲間を頼れ、ここにいる連中は差し出した手は必ず掴む連中ばかりだ。

 

 頑張れ、ゼノヴィア。

 

「二人共、着きましたよ!早く行きましょう!」

 

 金の髪を靡かせて、翡翠の瞳を輝かせながら目的地を指差す少女。

 

「あぁ!今行くよ!」

 

 金の少女の背中を嬉しそうに追い掛ける碧の少女。

 

 俺はその姿に目を細めてた。

 

「ありがとう……ユー」

 

 気が付くとリアスが隣におり、朱乃と小猫も足を止めて俺に頭を下げていた。

 

「聞こえてたのか?」

 

 流石は悪魔だと思いつつ、真面目な話を聞かれていたことが恥ずかしくなった。

 

「本来なら『王』である私がやるべきことなんだけど……立場がね」

 

 少し話しづらそうに苦笑いするリアス。以前、立場がどうのこうの言ったからその影響だろう。

 

「俺だってゼノヴィアの仲間だ……だから当然だよ」

 

 リアスの頭を軽く撫でて上げると、彼女にも自然と笑顔が戻る。

 

 分け合えることは全て分け合って行けばいい。喜びも悲しみも苦労も……それが仲間だ。

 

「俺達も行こう。あの二人だけじゃ迷子になるのがオチだ」

 

 四人で目を見合わせて笑いながら店内へ入っていく。

 

 こういう時間もみんなとの大切な時間だ。

 

 店内に入ると、先程の気概は何処へ行ってしまったのかと思うほど絶句している。

 

 目に映るのは色とりどりの女性用の水着。可愛らしい物からスポーティーな物まで様々な形状の水着と目がチカチカするほどの色合い鮮やかな水着ばかり。

 

「ではここからは別行動にしましょう。気に入った物があったら試着も出来るわよ」

 

 リアスがそう言うと四人はそれぞれ好みの水着を求めて四散して行く。

 

 一人取り残された俺も最新の流行とやらを学ぶためにフロアを進んで行く。

 

 奥に進んでいく途中でスリングショットというセクシーな水着を身に着けたマネキンに目を奪われているところを朱乃に見られてしまい、見事に誤解されてしまった。

 

 誤解を解こうと朱乃を探していると、試着室の中にいたリアスから水着を着るのを手伝ってほしいと言われ、試着室に入ると此方もスリングショットに負けず劣らずのセクシー水着ワンショルダーのモノキニビキニを選ぼうとしていたので試着室という狭い空間で全力で説得していると、その様子を朱乃に見られてさらなる誤解を生んでしまった。

 

 その後、ワンショルダーのモノキニビキニのリアスとスリングショットの朱乃に囲まれ、この世の春を謳歌していたがこのままでは埒が明かないと意を決して二人を説得。

 

「二人の美しい肌を他の男に見られたくない」

 

 そんなとてつもなく恥ずかしい台詞を口にして二人に理解を求めると、恥じらいながら納得してくれた。

 

 九死に一生を得た俺は二人の元を離れてフロアを歩いていると、小猫が水着の色で悩んでいたので「明るい色のほうが似合う」と伝えてあげると、黄色と白の可愛らしいギンガムチェックの水着を手に取って嬉しそうにしていた。

 

 こうなるとアーシアとゼノヴィアのことも気になる訳で、二人を探していると、此方も小猫同様に水着の形状は決まったが色で悩んでいるゼノヴィアがいたので声を掛けようと思い、近づいて行くと、俺より先にアーシアがゼノヴィアに声を掛けていた。

 

 俺はその様子を少し離れた所から見ていることにした。

 

「ゼ、ゼノヴィアさんは美しい碧の髪がより栄えるように……あ、明るい色の水着のほうがいいと思います!」

 

 驚いたな。アーシア自身ゼノヴィアから苦手意識を持たれているのを知っているのであまり積極的ではなかったはずだが、ここに来て自分から話しかけるとは。

 

「そ、そうだろうか?でも、私にこんな明るい色なんて……」

 

 自己評価の低いゼノヴィアに対して必死で明るい色の方が良い理由をプレゼンしていくアーシア。少しでもゼノヴィアと仲良くなりたいと願う彼女の姿がとても愛らしかった。

 

「ありがとうアーシア。君の言う通り此方の色にするよ」

 

 懸命なプレゼンが見事に実り、嬉しそうに笑うアーシア。すると今度はまだ決まっていないアーシアの水着をゼノヴィアが選ぶため、二人で仲良くフロアを歩き始めた。

 

 そんな二人を見届けて俺はその場を後にしてレジの前でみんなを待つことにした。

 

 少し時間が経ち、それぞれが厳選した水着を持ってレジに現れたので全員から水着を受け取ってレジに向かう。

 

「これは俺からのプレゼントにさせてくれ……みんなで買物に来た記念に」

 

 俺がそう言うと、自分で支払うと言っていた全員が折れてくれた。

 

 何とか男としての面目を保てた。

 

 嬉しそうに水着の入った紙袋を抱えながら家路を急ぐ。

 

 何故かリアスだけが紙袋を二つ持っていたが、突っ込むと良くないことになりそうなのでスルーすることにした。

 

 今日は全員が家に泊まり、買った水着を着てみるようだ。

 

 黒歌のことは大丈夫かと思い、小猫に視線を送ると何処で買った思うほど大きなクレープを手にしていた。

 

 家の前まで来たところでリアスが俺の隣に来て耳打ちをして急いで家に入っていった。

 

「あの水着も買ったから楽しみにしててね」

 

 あの水着……ワンショルダーのモノキニビキニか!?

 

 何かこのあととんでもないことが起こる予感しかせず、心を無にして家に入ったのだか、本当にとんでもないことが起きていた。

 

 家の中にはなんと昼間に会ったばかりのサーゼクス様とグレイフィア様が居た。

 

 話しを聞くと、二人はどうやらリアスのことで挨拶に来ていたようだ。

 

 その後は父ちゃんがアーシアとリアスに逢えた喜びを爆発させ、母ちゃんはどんな水着を買って来たのか全員の水着をチェック、リアスのワンショルダーのモノキニビキニを見たグレイフィア様が激怒して麦茶と間違って父ちゃんのウイスキーを一気に飲み干してダウンし、その様子を見ていたサーゼクスが爆笑するまさに地獄絵図のような光景が広がっていた。

 

 

 ―○●○―

 

 

「……」

 

 どうしてこうなった?

 

 収拾のつかない状態になったリビングを離れて俺は一人大浴場に向い、一日の疲れを癒やしていた。

 

 やはり一日の最後は風呂に限る。こうして頭からお湯を被ると、スッキリする。

 

 最近同居人が増えて賑やかになってきた我が家だが、何も考えずにゆっくり出来る時間を持てるのは有り難い。

 

 風呂は俺の至福の時間……だったのに何故!?

 

「お湯加減はどうですか?」

 

 背後から聞こえる鼓膜を溶かすような艶かしい熱の籠もった声に鼻孔を擽るボディソープの清潔感のある香り、そして目の前の鏡に視線を移せば頬を赤らめ、目尻を下げる銀髪の大人の女性。

 

「とても気持ちいいです」

 

 何を呑気に返事をしているんだ俺は?

 

「夫以外の男性の肌に触れるのは初めてだけど、ユウ様の背中はとても広くて逞しいのね」

 

 さりげなく俺史上最大の爆弾が投下され、俺の死亡フラグが成立してしまった。

 

 なんせ甲斐甲斐しく俺の背中を流しているのは『魔王』サーゼクス・ルシファーの妻グレイフィア・ルキフグスなのだから!

 

「もう十分キレイになったので、お先に失礼しますね」

 

 もう限界だ!

 

 既に俺の男の象徴は重力に逆らい、ひとりでに変貌を遂げてしまった。

 

 慣れとは怖いもので無意識に上を向くなんて初めての時以来だ。

 

「行かないで!」

 

 立ち上がろうとした瞬間に後ろから抱きしめられ、見る者すべてを魅了する彼女の双丘が背中に押し付けられる。

 

 彼女の身体に付着していたボディソープのヌメヌメとした感触と押し付けられた双丘の弾力、その背中を押し返そうとする硬化した双丘の頂上。

 

 その全てが極上であり、彼女が稀有な存在であることを再確認させられる。

 

「……寂しいの」

 

 寂しい?

 

 俺の肩に額を当てて彼女は少しづつ自分の事を話してくれた。

 

 サーゼクス様と出逢った時のことから始まり、当時の二人の関係、同じ時間を過ごしていく中で変化していく自分の心情、全てを捨てて共に生きると決めた覚悟、それまでの生活とは真逆の環境に対する葛藤、愛する者との間に産まれた愛の結晶、そしてようやく手にした穏やかな日々。

 

 だが、それは彼女に新たな責任を与えたのだろう。

 

 母として我が子を名門グレモリー家の次期当主として立派に育てなければならないという責任と妻として女王として『王』であるサーゼクス・ルシファーを支えなければならないという責任。

 

 では、女としての彼女は何処へ行けばいいのだろうか?

 

 夫であるサーゼクスのことは愛している……それは彼女のこれまでの話から十分伝わった。

 

 グレモリー家のことも愛している……だからこそ我が子を立派に育て、より良くなるように努力している。

 

 しかし不意に考えることがあるのだろう、自分が存在価値を。

 

 そんな時に優しい言葉を掛けてほしい、そっと抱きしめてほしいと思うのは我儘なのだろうか?

 

 無論サーゼクス様が悪い訳ではない。あの方は冥界という大きなものを背負っているのだ。そのことはグレイフィア様も重々承知している。

 

「グレイフィア様、貴方は十分頑張っておられます……グレモリー家に仕え、サーゼクス様を支えておられる。俺はそんな貴方を尊敬します」

 

 俺なんかの言葉では心に響かないだろうが、どうしても伝えたくなった。

 

「……寝てしまったか」

 

 気が付くと、後ろから規則正しく、可愛らしい寝息が聞こえていた。

 

 慣れないアルコールを飲み、心に溜め込んでいたものを吐き出して安心したのだろう。

 

 俺はシャワーでグレイフィア様のボディソープを洗い流してバスタオルを掛けて彼女を抱き上げて脱衣場へ向かう。

 

 因みにボディソープを洗い流すのもバスタオルを掛けるのもこうして抱き上げているのも全て不可抗力だ。

 

 疚しい気持ちなど一切ない!

 

 残念ながら男の象徴が怒髪天状態では説得力がないが……

 

 脱衣場の長椅子に横にしたらリアスを呼んで来よう。あとは彼女が何とかしてくれるだろう。

 

「えっ?」

 

 脱衣場に向けて歩いていると、突然引き戸が開けられて紅い髪の毛が視界に広がる。

 

「……ユー?……貴方……グレイフィアに何を……?」

 

 その後ろからは駒王学園を代表する美女達が続々と押し寄せていた。

 

 しかも、皆さん全裸で……

 

 あっ……俺、死んだ?




第30話更新しました。

今月はCSAT−XにてアニメハイスクールDD全シーズン一挙放送してます。これで作品の流れを把握することがぐっと楽になりました。でも原作とは少し違う部分もあると思うので今後はその辺を確認して書いていきたいと思います。

内容のほうは徐々にこの人たちについても描いて行こうと思い、さわり程度ですが登場させました。詳しくはもっと後に描こうと思います。グレイフィアのくだりは原作でもありましたが、筆者はそこまで書くつもりはないので今回入れさせて頂きました。人様の妻に手を出す気は無いのですが、ラッキースケベ程度なら大歓迎です。

次回は例のプールの話しになりますがどうしようか模索中です。

ではまた次回。


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第31話

小林さんちのメイドラゴン最高!

第31話です。


 

 この傷は繋がりだった──

  だから消したくなかった──

   この気持ちを伝えるまでは──

 

 ―○●○― 

 

 浴衣を着たグレイフィア様がリビングのソファに横になっている。

 

 その隣には団扇(うちわ)を扇ぎながら柔らかな表情で最愛の妻の頭を撫でるサーゼクス様の姿。

 

 なんと微笑ましい光景だろうか…俺の視界を遮り、目の前に仁王立ちする五人の女性達がいなければ…。

 

「事情は分かったわ。でも、グレイフィアが入って来たときにすぐにお風呂から出ていればこんなことにはならなかったんじゃないかしら、ユー?」

 

 視線を上げれば、目を細めたリアスが腕組みをして俺を見下ろしている。

 

 事情は全て正直に説明した。だが、どうやら俺とリアスの事情と言うのは根本的に違うらしい。そうでなければ硬い床に正座をしているはずがない。

 

「そうですよ…しかもお相手のグレイフィア様は部長さんの義姉様ですよ。これがどういうことかお分かりにならないんですか、ユーさん?」

 

 お分かりになっていないのはそちらですよ、アーシアさん?俺は全てをお話しましたよ?

 

 折角仲良くなれたゼノヴィアが後ろで震えてますよ。

 

「フッフッフ、溜まっているのであれば試着室で言ってくださればよかったのに、ユー君?」

 

 確かにこの数年ご無沙汰だが…ってそういうことではないでしょ、朱乃さん。目が笑っていないよ?

 

「…」

 

 目の前に立ってるんならせめて何か言ってくれませんか、小猫さん?ただ冷たい視線を送られるのは一番辛いんですよ?

 

「小さい頃から口酸っぱく教えてきただろう…人様のものには手を出すなって!育て方を間違ったかな〜?」

 

 これは事故だよ、母ちゃん?貴方の息子は何処に出しても恥ずかしくないくらいに真っ直ぐに育ちましたよ?

 

「まぁまぁ、リーア…今回は知っていて止めなかった私にも否はあるからその辺で勘弁してくれないか?」

 

 そうですか…原因は貴方ですか、サーゼクス様?

 

「お兄様は黙っていて下さい!これは私達とユーの問題です!」

 

「すまない」と言って再び団扇を扇ぎ始めるサーゼクス様。

 

 魔王という立場ではなく、リアスの兄の立場のこの方では言っては悪いが何の役にも立たない。

 

 グレモリー家では完全に女性のほうが立場は上のようだ。

 

 そんなこと考えている場合ではなく、この五人を何とかしないと先がないのだが、全員を納得させる答えなど皆目検討もつかない。

 

「全くお前は本当にモテるな…けしからん!」

 

 脳をフル回転させて事態を収拾する方法を考えていると、完全に頭にアルコールの回った父ちゃんがノコノコと首を突っ込んできた。

 

 雰囲気は確実に地雷を踏みに来たようにしか見えないが、俺にとって救世主になってくれるだろうか?

 

 それにしてもけしからんとは穏やかではないな。

 

「リアス、アーシア…今日から二人一緒にユウと寝ることを禁ずる!」

 

 ど、どうしたんだ急に!?

 

 遂に毎日三人で一緒に寝ていることがどれだけ異常なことか理解したか!?

 

「あっあなた!何勝手なこと言ってるの!?」

 

 父ちゃんのいきなりのド正論に血相を変えて止めに入る母ちゃん。

 

 突然、槍玉に挙げられたリアスとアーシアも母ちゃんと一緒に父ちゃんに詰め寄る。

 

「君達は黙っていなさい!」

 

 珍しく…というか初めて母ちゃんに声を荒げる父ちゃんを初めて見た。

 

 そしてズカズカと俺の前まで歩いてくると、肩を思い切り掴まれる。

 

「今まで黙って見ていたが、お前達はまだ高校生だぞ!それなのに…それなのに!?」

 

 アルコールのキツイ匂いに顔を顰めていると、父ちゃんが涙を流し始めた。

 

 困惑して母ちゃんに視線を送ると「この人は重度の泣き上戸なのよ」と言って呆れていた。

 

 どうやら父ちゃんはワインやシャンパンといったアルコール類では酔わない体質らしいがウイスキーや麦焼酎、日本酒などの穀物が原料のアルコール類では直ぐに酔うらしい。

 

 たまに雰囲気を楽しむために嗜むことはあるようだが、今日のように考え無しに摂取することはまずないらしい。

 

(なにか嫌なことでもあったのか?)

 

 父ちゃんに肩を揺らされながら心当たりを探って見るが思い当たる節がない。

 

 まぁいい!ともあれ、これで刺戟的(しげきてき)な朝とはおさらばだ!!

 

 ありがとう!父ちゃん!!

 

「もしも…もしも二人同時に身籠ったりしたらどうするつもりだ!!」

 

 …

 ……

 …………おぅ?

 

 

 ―●○●―

 

 

「すまないね、ユウ君」

 

 今、俺はベットに横になり、天井を見つめている。

 

 見慣れた天井だ。

 

 そこは数ヶ月前まで俺が寝起きしていた部屋だった。

 

 倉庫になっていたはずなのにいつの間に片付けたのだろうか?

 

「いえ…父がお見苦しいところをお見せしました」

 

 そんな部屋にサーゼクス様と二人。

 

 あのあと更に暴走した父ちゃんが事もあろうに母ちゃんにも絡もうとして母ちゃんの拳が父ちゃんの腹に突き刺さり、失神した父ちゃんを抱えて母ちゃんはリビングを後にした。

 

 その去り際に今日の部屋割りを言い残していったため、こういう事態になっている。

 

 もはや父ちゃんと母ちゃんを連呼しすぎて自分でも何を言っているのか分からずに混乱している。

 

 因みに現在の俺の部屋は今日は女の園となっている。

 

「アザゼルがこの街に来ていることは聞いているかい?」

 

 同じように天井を向いているサーゼクス様に不意に問われ、返事をする。

 

 アザゼルとは確か『神の子を見張る者(グレゴリ)』の総督の名前だ。

 

 先日、兵藤に接触したとリアスが激怒していたのを覚えている。

 

「まだ君の前に現れていないとは意外だよ」

 

 学園でサーゼクス様の話しを聞いたとき、今回の三者会談に際して全勢力が俺を招聘するように望んだということは当然、その中の一勢力である堕天使勢も含まれている。

 

 話を聞く限りでは男のようだが、一体どのような男なのだろうか?

 

「大丈夫さ、アザゼルに関してはそこまで警戒することはないよ」

 

 どうやらアザゼルという男は以前ゼノヴィアが話していた通り奔放な人物のようで、組織のトップという立場にありながら神器(セイクリッド・ギア)の研究に興じる変人らしい。

 

「だがそれでも『神の子を見張る者(グリゴリ)』の頂点はアザゼル…これがどういうことか理解できるね?」

 

 つまりどれだけ奔放に振る舞おうと、どれだけ巫山戯た行いをしようと、キワモノ揃いの堕天使達の頂点に居続けることが出来る程の力を持つということか?

 

 それともその地位に居続けることを望まれる程の得を持つカリスマか?

 

 何れにしても強大な影響力を持っていることは間違いないようだ。

 

「会談が始まれば嫌でも顔を合わせることになるさ、今から気を張っていても仕方ないよ」

 

 サーゼクス様はそう言うが、やはり姿が見えないというのは不気味なもので、知らないということがこれ程怖いことなのだと言うことを最近特に思い知らされている。

 

「…リーアのあんなに楽しそうな姿を久しぶりに見たよ」

 

 突然、脈絡のない話を始め、上半身を起こすサーゼクス様。

 

 今日のどの場面を見てそう思ったのかは疑問だが、この家で暮らすようになってからのリアスはいつもこんな感じだ。

 

「ユウ君…君はリーアのことをどう思っているんだい?」

 

 その問い掛けに視線をサーゼクス様に向けると、真剣な表情をしていたため、俺も上半身を起こしてサーゼクス様と向かい合う。

 

 リアスのことをどう思っているか?おそらくサーゼクス様が聞きたいのは好きか嫌いかという単純なことではないだろう。

 

「君の周りには多くの女性がいるようだ、その中でリーアの立ち位置はどうなのだろと感じてね?」

 

 立ち位置…そう言われると答えに詰まる。確かにリアスを初めとしてアーシアや朱乃、小猫といったオカルト研究部の女性に囲まれているが考えたこともない。

 

 いや、考えるふりをしてその答えを後回しにしてきた。

 

 アーシアからは明確に自分の意思を伝えられ、リアスからも好意を寄せられていることには気づいている。朱乃と小猫はどうか知らないが、一定の関係は保てているだろう。

 

「正直に言いますと…どう答えを出していいのか、分からずに先延ばしにしています」

 

 取り繕ったところでどうしようもないので心の内を素直に打ち明ける。

 

 俺の話を目を細めて聞いているサーゼクス様。

 

 身内に話す内容ではないが、こう答えることしか今の俺には出来ない。

 

「一人を選べば、一人が離れていく。どちらにも嫌われたくないというズルい考えを持っているです」

 

「最低です」と自嘲する。

 

 だが、一つだけ言えることがある。

 

「ただ…なんの好意も抱いていない者のために命を賭けるようなことはありません」

 

 これだけはハッキリ言える。リアスとアーシア……未だにどちらの手を取るかは決められないが、この気持ちだけは確かだ。

 

 この答えに一瞬目を見開いたサーゼクス様の表情が次第に柔らかくなっていく。

 

「…確かにズルい考え方だね。だが、そのズルさは優しさからくるものだ。それだけ妹のことを真剣に考えてくれていると知れただけでも満足だよ」

 

 そう言って再び横になり、目を閉じるサーゼクス様。それを様子を見て俺も再び布団を被る。

 

「リアスのことをこれからもよろしく頼むよ」

 

 サーゼクス様はそう言い残すと、部屋は静寂に包まれる。

 

 しばらく見慣れた天井を見つめていると、サーゼクス様から規則正しい寝息が聞こえて来たので俺もそっと目を閉じた。

 

 

 ―●○●―

 

 

 夏だぁ!

 

 プールだっ!!

 

 おっぱいだ〜!!!

 

 オッス!俺、兵藤一誠!

 

 俺は今、猛烈に感動している!!

 

 なぜなら!右を見てもおっぱい!!左を見てもおっぱい!!!前を見てもおっぱい!!!!後ろを見ても…!

 

「どうしたんだい、イッセー君?」

 

 う、後ろは置いといて…とにかく、俺の視界にはおっぱいが広がっている!!!

 

 憧れの部長と朱乃さんのお姉様おっぱい!恥じらいながらも笑顔弾けるアーシアのおっぱい!まだまだ成長途中でこれからに期待の小猫ちゃんのおっぱい!

 

 この日が来ることをどれだけ待ちわびたことか…毎晩指を折り、眠れぬ夜を過ごしたことか!

 

 ここはパラダイスっ!楽園だ〜!!

 

 俺、駒王学園に入って本当に良かった!!

 

「どうかしらイッセー、私の水着は?」

 

 紅髪と大きなおっぱい!白いビキニから零れそうです。

 

「さ、最高です!部長!」

 

 俺の生涯でこれだけのおっぱいが見れるとは…!

 

「あらあら、イッセー君はリアスのほうが好みかしら?」

 

 黒髪と部長より更に大きなおっぱい!黒のビキニからはみ出しそうです。

 

「朱乃さんも美しいです!」

 

 本当に悪魔になって良かったぜ…!

 

「イッセーさん、私はどうでしょうか?」

 

 金髪に程良いサイズのおっぱい!赤と白と緑のストライプの可愛らしいビキニ。

 

「アーシアもすげぇ似合ってるぜ!」

 

 俺、今日で死んでも後悔はない!

 

「…」

 

 拳を突き上げて歓喜する俺に小猫ちゃんの冷たい視線が突き刺さる。

 

「…小猫ちゃんも可愛いよ」

 

 白髪に映える黄色と白のギンガムチェックの水着の小猫ちゃんは俺の言葉を聞かずに更衣室から出てきた人物に目を向けていた。

 

「みんな早いな、もう着替えたのか?」

 

 その人物は消毒用のシャワーで僅かに濡れた髪を掻き上げながら此方に近づいて来ると、四人の美女達は我先にとその人を囲み、水着自慢をしていた。

 

(…そうだよな、本当に見せたいのは俺じゃないよな)

 

 みんなに囲まれた先輩が一人一人を丁寧に褒める声と褒められたみんなの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

 羨ましさと悔しさはあるが、正直俺が女でも先輩に褒めてもらいたい。

 

 だって髪を掻き上げながら歩いてくる姿なんてそりゃもう格好良い以外の何者でもない。

 

「日頃の特訓の成果が出てるな、兵藤」

 

 脳内で先輩への嫉妬とその格好良さを再確認していると、さっきまでみんなに囲まれて先輩が俺の隣に腰を降ろしていた。

 

「以前とは比べ物にならないくらいに良い身体になってる」

 

 深く息を吐きながら前屈する先輩。

 

 確かに前に比べたら筋肉質になってきているが、まさか先輩に褒められるとは思っていなかった。

 

 これ迄の先輩との会話の中で肯定的な言葉を貰ったことは殆どなかった。

 

 まぁ、その殆どが感情的になった俺を諌める言葉だから仕方ないけど。

 

「先輩だってシャツの上からでも分かるくらい良い身体してますよ!」

 

 少し大きめのシャツを着ているにも関わらずかなり筋肉質な肉体であることが見て取れる。

 

 そういえば、何で先輩はプールなのにシャツを着てるだろう?

 

「あの店の厨房で二年も働けば自然と筋肉質になる」

 

「お前も働いてみるか?」と言われて慌てて拒否する。先輩が地獄と口にするだけあってあの店のシェフ達はみんなガタイが良かった。

 

「プールなのにシャツ脱がないんすか先輩?」

 

 準備運動をしてるからプールに入る気はあるんだろうけど、シャツを脱ぐ気配はない。

 

「チョット!?コラ、ヤメなさい朱乃!」

 

 俺の質問に珍しく歯切れの悪い返答をする先輩の姿に首を傾げているとプールサイドではしゃぐ部長と朱乃さんの声が聞こえてくる。

 

「あのバカっ!」

 

 先輩がそう悪態ついた瞬間、朱乃さんのイタズラで白いビキニから溢れる部長のおっぱいと部長の抵抗によって黒いビキニからハミ出た朱乃さんのおっぱいが目に飛び込んできた。

 

 その瞬間、俺の視界は鮮血で染まり、快晴の青空が見えた後、ブラックアウトした。

 

 

 ―○●○―

 

 

 全くリアスと朱乃には困ったものだ。

 

 兵藤と話をしていたら、二人の戯れ合う声が聞こえてきた瞬間、それぞれの豊満な胸部が露わになった。

 

 その姿を見た兵藤が鼻血を噴き出して気を失い、今はプールサイドで準備体操していたアーシアにお願いして治療を受けている。

 

 二人には楽しいのは分かるが、あまりはしゃがないように声掛けをすると「俺以外には見せない」などと色っぽく返されてしまった。

 

 因みに治療を終えた兵藤はプールサイドで横たわっている。

 

「ユー、お願いがあるんだけど…」

 

 兵藤に心の中で念仏を唱えていると、アーシアと小猫の肩を抱いたリアスに呼ばれる。

 

「二人に泳ぎ方を教えて欲しいのよ」

 

 恥ずかしそうに視線を送ってくるアーシアとモジモジとしてプールを見つめる小猫。

 

 ある事情であまりシャツは脱ぎたくないのだが、この二人の為なら仕方がない。

 

「喜んで」

 

 そう言って二人の手を取ると、弾ける笑顔を見せるアーシアと気恥ずかしそうに顔を赤らめる小猫が目に映った。

 

 二人がビート板を取りに行っている間に俺は準備運動を済ませてシャツを脱ぐ。

 

「ユー…貴方、その背中──」

 

 ついに気づかれてしまった。

 

 リアスに上半身は見せることはあったが、極力背中は見せないようにしてきた。

 

 何故ならドーナシークの攻撃から彼女を守った時の傷がそのまま残っていたからだ。

 

 まぁ…彼女を抱こうとしたときはグレイフィア様が現れてお互いそれどころじゃなかったし、ライザー・フェニックスと戦ったときなんかは彼の炎で上半身の服が燃やされて裸だったけど、リアスも気づいてない様子だったから敢えて言わなかった。

 

「ユーさん!持って来ました!」

 

 リアスが俺の背中の傷に触れようと手を伸ばしていたのは知っていたが、敢えてその傷には触れさせずにアーシアと小猫の所へ歩を進めた。

 

「アーシア、水は怖くないんだ。もう少しだけゆっくり息継ぎをして。小猫は息継ぎは上手だけどもう少し足を使うんだ、そうすればもっと息継ぎが楽になる」

 

 俺は頭を切り替えて二人に泳ぎ方を教えることに没頭した。

 

 二人の持つビート板の先端を持ちながらスピードを調整して気付いた部分をその都度伝えていく。

 

 時折、リアスの様子を伺っていたが横たわる兵藤の隣に座りながらジッと俺に視線を送っているようにも見えた。

 

 リアスの考えいることは大方予想できるため、今は二人を優先しよう。

 

「二人共上手だよ。今度は一人ずつ俺が手を引くからゆっくり頑張ってみよう」

 

 俺の言葉に嬉しそうに笑顔を見せるアーシアと何か不満そうに隣のレーンに視線を送る小猫。

 

「今日中に裕斗先輩のように泳げるようになりますか?」

 

 小猫の視線は競泳のオリンピアンのメドレーのように次から次へと泳ぎ方を変えて水を掻く木場の姿を捉えていたようだ。

 

 さすがにこの短時間であのレベルまでは無理だと伝えると、爪を噛んで悔しがっていた。

 

 それでも出来る事を精一杯やる二人は短時間で泳ぎ方を体得して一人で泳げるようになった。

 

 俺が少し離れて二人を見ていると、いつの間にか復活した兵藤が鼻の下を伸ばしながら二人と仲良く泳ぎ始め、朱乃も優雅に浮輪に乗って水の流れに身を任せていた。

 

 木場は一体どれだけ泳ぐ気なのだろうか?

 

「ご苦労さま」

 

 プールから上がろうとすると、頭上からリアスが手を差し伸べてくれた。

 

「二人共、飲み込みが早くて助かったよ」

 

 差し出された手を取ってプールから上がり、タオルで身体の水気を取る。

 

「リーアは泳がないのか?」

 

 クーラーボックスからミネラルウォーターを取り出して喉を潤しながら視線を送るが、何かを考えるように遠くを見ているようだ。

 

「背中の傷…あの時のものよね?」

 

 やはりそのことかと思い「ああ」とだけ答えて座り、プールで楽しそうに遊ぶみんなの姿に目を細める。

 

「アーシアに直してもらわなかったの?」

 

 俺に寄り添うように座ったリアスが背中の傷に額を当てて話すが、少し落ち込んでいるようだ。

 

「醜いか?」

 

 正直に言えばアーシアからこの背中の傷も消そうかと相談されたが、俺は断った。別に消しても良かったのだが、その時は何故か傷を消すことに躊躇いがあった。

 

「そんなことない!醜くなんかない!」

 

「でも」と言って言葉を詰まらせるリアスはその手を俺の腹部に回して抱き着いてくる。

 

 俺としては背中に当たるリアスの息が擽ったくて気持ち良いのに加えて、薄い布一枚だけで押し付けられる女性の象徴の弾力に脳内が麻痺しそうだ。

 

「その傷が…貴方を縛りつけている気がしてー」

 

 背中に暖かな何かが伝う。その何かがリアスの涙であることはすぐに理解した。

 

 彼女の真剣さに自分だけが脳内で悦に浸っていたことを後悔して深く息を吐く。

 

 縛る…か、そう言う捉え方も出来るんだな。あの時、どうして咄嗟にリアスを庇ったのかをずっと考えてきた。

 

 考えるより先に身体が動いたなんてのは嘘だった。

 

 ドーナシークの光の矢が迫り、彼女が…リアス・グレモリーが死ぬと思った瞬間、命に変えても守らなきゃと思った。

 

 それはなぜなのか?

 

(あの時、既に答えは出ていたのかもしれません…サーゼクス様)

 

 昨夜、心の内を吐露した相手の顔を思い浮かべて自嘲する。

 

 初めて逢った時から気の合う友人だった。

 

 初めて自分の夢を語った時にも彼女はそこに居た。

 

 何時しか彼女の隣にいることが当たり前になっていた。

 

 そうしたいと思っている自分が居た。

 

 彼女が異形の存在だと知った時も予想はしていたとはいえあまり気にならなかった、彼女は彼女だから。

 

 だからあの晩、彼女から抱いてくれと言われたときは本気で抱こうとした。彼女が何かを抱えていることには気づいていたが、それでも躊躇はなかった。

 

 自分の事を理解されていないと知った時、ショックを受けて彼女の前から姿を消したのも自分は彼女にとって自分は特別な存在だと信じていたからだ。

 

 レーティングゲームでリアスの敗戦を知ったとき、何故自分がそのとき彼女の側に居なかったのかと後悔さえした。

 

 結婚式に乗り込んだ時もそうだ。話がしたいなどと周囲には言っていたが、本当は彼女を失いたくなかった。

 

 まるで答え合わせのようだ。考えれば考えるほど彼女のことが頭を過る。

 

(こりゃ重症だな)

 

 止め処なく溢れてくる彼女への想いにこれ以上蓋をすることは出来ない。

 

 振り返り、彼女と向き合い、その手に触れる。

 

「…俺は──」

 

 不安気に揺れる蒼玉の瞳。僅かに紅潮した頬。その頬に残る一筋の涙の跡。

 

 瞳に彼女の姿が映り、彼女の頬に手を伸ばす。

 

「あらあら、ずいぶんと楽しそうですわねお二人さん?」

 

 凛とした声が耳に届くと同時に”ムニュ“っとした至極の感触を背中に感じる。

 

「あ、朱乃?」

 

 リアスへと伸ばした腕を掴まれ、視線を朱乃に向けると、普段と変わらずニコニコとした表情を浮かべていたが、彼女の艶のある黒髪が水で濡れた姿はどことなく淫猥で目を奪われてしまった。

 

「ちょっと朱乃!?今はユーと大事な話をしてるんだからあとにして頂戴!」

 

 そうだった!普段とは違う朱乃の姿に目を奪われたが、俺は今リアスに心の内を打ち明けようとしていたんだった。

 

「大事な話…?ねぇユー君、よろしければ私にもその大事な話とやらをお聞かせ願えませんか?」

 

 手を握られ、指を絡められる…所謂、恋人繋ぎ。耳に吐息がかかったと思ったら“パクリ”と口に甘噛されてしまった。

 

 あまりの気持ちの良さに鳥肌が起つ。

 

 俺って耳弱かったんだ。

 

「朱乃!貴方、ユーになにをしてるの!!」

 

 激昂したリアスが俺から朱乃を引き離そうと手を伸ばす。その影響で俺とリアスの距離がなくなり、顔が豊満な胸の谷間にスッポリと収まり、視界が真っ暗になる。

 

「何って見れば分かるでしょ?部員同士のいつものスキンシップよ」

 

 背中が軽くなったと思ったら今度は後頭部に重みを感じる。

 

 目が見えていないのでハッキリとしたことは言えないが、この頭部に懸る重み、圧倒的な質量と圧迫感。そして、二人が動くたびに形を変えていく男の憧れ。

 

(…ほぼ間違いなく挟まれている)

 

 頭上で言い争いを続けているのにその声が徐々に遠くなっていく。

 

 五感の一つである視覚が塞がれ、聴覚も機能不全を起こしている分、嗅覚と触覚が異常に鋭敏になっている。

 

 頭部を挟んでいる巨大な四つの物体が好き放題に暴れ狂う。

 

「何がスキンシップよ!こんなのただの痴女じゃない!大体、朱乃はいつもそう、私の大切な物や大事な時間を奪おうとするんだから!」

 

 頭部が二人の動きに合わせて弾む。それに抵抗せずにいると、時折、固く隆起した何かが肌を掠める。

 

「ち、痴女ですって!?なんてことを…そもそもリアスは『王』のくせにケチなのよ!少しくらい良いじゃない!」

 

 この感触は間違いなくあれだよな?後頭部の朱乃のものは髪の毛のあるせいで分かりづらいが、リアスは感触といい肌触りといい完全に脱げてる。

 

 遠くで僅かだが兵藤の奇声とアーシアと小猫の驚いた声が聞こえる。

 

「私のどこがケチだって言うのよ!」

 

 大方、この楽園を目の当たりにした兵藤がまた鼻血でも噴き出して倒れたのだろう。

 

 こっちは天国だが、あっちは地獄だな。

 

「だってリアス…貴方、ユー君に迫られたのにまだ処女(・・)でしょ?」

 

 リアスの心音が大きく速くなる。というか、何故朱乃はその事を知っているんだ?

 

「可哀想なユー君。私ならそんなお預けみたいなことをしないわ」

 

 強引に後ろに引っ張られて目の前がクリアになると、案の定リアスの上半身は何も身に着けておらず、わなわなと肩を震わす度に自慢のバストも一緒に揺れている。

 

 その光景に生唾を飲んでいると、頬を手を添えられて顔の向きを変えられると、艶かしい表情の朱乃がすぐ目の前にあり、そのまま唇を塞がれた。

 

 リアスに対抗して何かしてくるとは思っていたが、まさか唇を重ねるという大胆な行動に出るとは思わず、反応出来ずにされるがままになる。

 

「私なら何時でも準備は出来ていますよ」

 

 唇を離し、朱乃の口元から処理しきれなかった唾液が零れ落ちると、その唾液を指で絡め取ると再び口の中に運ぶ。

 

 その姿はあまりにも淫靡で男の欲情を駆り立てるには十分だった。

 

 朱乃からの突然の口付けに惚けていると、紅い物体が俺と朱乃の間を横切った。

 

「朱乃…貴方、さすがにやり過ぎよ?」

 

 その物体の出処に視線を向けると、全身から迸る紅いオーラを纏った【紅髪の殲殺姫(ルイン・プリンセス)】が問答無用で魔法陣を展開していた。

 

「フフッ、やる気なのねリアス?でもこれだけは譲れないわ」

 

 そんなリアスに受けて立つと言わんばかりに妖艶な笑みを浮かべ、雷を身に纏う朱乃。

 

「ユーは私のなの!誰にも渡さないんだから!」

 

 上半身裸のまま上空に飛び立ち、ドンパチを始める二大お姉様。

 

「男性に興味がないのでしょ?だったら私に下さいな!」

 

 よく考えたらこれはマズイのではないだろうか?

 

「ユーは特別なの!貴方だって男の人は苦手でしょ!」

 

 事の原因は何だったのか思い出してみる。

 

「ユー君のような男性は他にはいませんわ。大体、処女すら捧げていないのに自分のものだなんて烏滸がましいわ!」

 

 リアスに背中の傷のことがバレて、抱き締められてー

 

「そんなの時間の問題よ!もうこの身体はユーに触れられていない所なんてないんだから!」

 

 何で傷を負ったのかを思い出してたらリアスのことしか浮かばなくてー

 

「時間の問題?そういう中途半端なのが一番時間が掛かるのよ、【紅髪の処女姫】様!」

 

 思いの丈を打ち明けようとしたら朱乃に身体を密着されてー

 

「処女姫!?貴方だって処女じゃない!【卑しい巫女】さん!いいえ、【泥棒巫女】よ!」

 

 そして朱乃の唇を奪われて…ってこの状況、原因は俺だな。

 

「泥棒!?リアス、貴方?言ってはいけないことを言ったわね?」

 

 随分と口汚い言葉で罵り合っていたようだが、この騒ぎの原因を作った者としてはこの場を収めなければならないだろう。

 

 俺は他の四人がプールサイドにいることを確認し、プールに人差し指を向ける。

 

「悪かったな二人共!これは俺からの貸しにしといてくれ!」

 

 その人差し指を争いを続ける二人に向けて曲げると、プールの水が一気に噴き出して二人を包んだ。

 

 噴き出した水が重力に従い、元通りプールを埋め尽くすとキレイな虹が出現し、それを見ていたアーシア、小猫、木場の三名は歓声を上げ、拍手をしていた。

 

「バスタオルを持ってくるから二人は水着を着ててくれ!」

 

 文字通りズブ濡れになった二人に声を掛けると、先程までの戦意は失われ、呆気に取られていた。

 

 ―○●○―

 

 俺は男子更衣室の前まで来てドアに手を掛ける。

 

(あの時、もし朱乃が来ていなかったら俺は…)

 

 答えは出た…と言っても先ずは筋を通さなければいけない女性(ひと)がいる。

 

 おそらく泣くだろう…でも、そのとき俺は彼女を抱き締めることは出来ない。何度も抱き締めて来たが、今度は抱き締めてはいけない。

 

 どんなに泣きじゃくろうともただ見ていることしかできない。

 

「先程凄い音がしたが何かあったのか、先輩?」

 

 深く息を吐いていると、慌てた様子のゼノヴィアが女子更衣室から出てきた。

 

「随分と遅かったな、何かあったのか?」

 

 未だにゼノヴィアが更衣室に居た理由を聞いてみると、水着の着用の仕方が分からなかったようだ。昨日、家で来てみたときはアーシアが丁寧に教えてくれて手伝ってくれたが、今日は自分で着てみると息巻いたものの上手く着れなかったらしい。

 

「アーシアはすぐにでも先輩に水着姿を見て貰いたいようだったから」

 

 ゼノヴィアなりに遠慮したのだろう。俺はゼノヴィアの身に着けている水着を一通り確認して間違っている部分を一箇所ずつ直していく。

 

「おぉ!そうだ、こうだった!ありがとう、優しいな先輩は!」

 

 優しい…か。今までは何とも思っていなかった言葉がやけに心に刺さる。

 

「どうしたんだ、先輩?何だか元気がないぞ?」

 

 事情を知らないゼノヴィアでも気付くんだ…余程酷い顔をしているに違いない。

 

「何でもない」と言って男子更衣室のドアを開けてバスタオルを探して手に取ると、開けっ放しにしていたはずのドアが閉まる。

 

 不思議に思い、振り向くと閉められたドアの前にゼノヴィアが立っていた。

 

 ここは男子更衣室だぞ?

 

「先輩には本当に感謝してるんだ。私が今こうしてここに居られるのも先輩のおかげだから」

 

 俺は何もしていないと言ったが、ゼノヴィアは譲らなかった。どうやらコカビエル戦の一部始終をリアスから聞いたらしい。

 

 だからといってゼノヴィアに感謝されることはしていないと思う。

 

「それにイリナにも私のことを話してくれたのだろう?」

 

 後日、彼女からゼノヴィアに手紙が届いたらしく空港での会話が綴られていたらしい。

 

 俺としては彼女の悩みに答えただけなのだか、随分と感謝されているようだ。

 

「私は生まれてこの方一度も教会の外で暮らしたことがないんだ」

 

 ゼノヴィアはこれまでの自分の半生を話してくれた。

 

 彼女は生まれながらに高い聖剣使いの素養を持っており、これまでの多くの異形の存在を容赦なく断罪してきた。

 

 敵を葬ることだけを自分の存在意義として敬愛する神のために人生を捧げてきたが、あの日彼女の中の全てが否定され、生きる糧を失っていたところにリアスから声を掛けられて悪魔へと転生したようだ。

 

「私は頭が悪いから、後先考えずに行動してしまうんだ」

 

 そう言って渇いた笑みを浮かべるゼノヴィアだが、誰だって信じていたものがなくなった時は自暴自棄になる。

 

 それが大きいか小さいかはそれぞれだ。

 

「リアス部長に言われたよ。悪魔に転生したのだがら自分の思うがままに、欲するがままに生きろと。教会では欲こそが禁だったと言うのに…」

 

 異国の地で慣れない環境に戸惑うことも当然だろうし、そこに来て別の種族への転生。ここ数日の劇的な変化に対応出来ないのも仕方がないことだ。

 

「長い悪魔生だ。これからゆっくり考えていけばいい…その内やりたいことや望むことも出来るだろう」

 

 ゼノヴィアの頭を“ポンポン”と撫でて更衣室のドアを開ける。

 

「実はもう一つは決まっているんだ。先輩…私の願いを叶えてくれないか?」

 

「先輩にしか無理なんだ」と言われて振り返ると、何だかとてもバツの悪そうな表情をしていた。

 

「私だってこういうのはいけない事だと分かっている……だけど、先輩しか考えられないんだ!」

 

 ゼノヴィアが何を言いたいのかさっぱり分からない。何がいけなくて、何が俺じゃなきゃだめなのだろうか?

 

「私は子供が欲しいんだ!」

 

 …

 ……

 …………はへ?

 

「せっかくお腹を痛めて産むのだから強い子がいいんだ!だが、先輩は友人であるアーシアの想い人だし、アーシアの許可なくそういうことをするのも気が引ける…でもやはり強い子がいいしー」

 

 話が飛躍しすぎて当の本人であるゼノヴィア自身も混乱しているようだが、俺もかなりの衝撃を受けている。

 

 まさか”好き“だの“愛してる”だのを通り越していきなり子供とは…教会育ちとはいえ感覚がぶっ飛び過ぎている。

 

「悪魔は出生率が非常に低いとリアス部長から聞いている。先輩はアーシアの相手もしなきゃならないから毎日とは言わないが、週に一度くらいは可愛がってほしい!」

 

 この娘は自分の言っていることがどれだけぶっ飛んでいるのか分かってない!

 

 というか昨夜も同じようなやり取りをしたな、どうなってんだここ最近の俺の周りの連中は?

 

「私は初めてだが、先輩はそういうことは慣れているのだろう?」

 

 ちょっと待て!何でゼノヴィアがそんな事を知ってるんだ!?

 

「昨夜、先輩の母上から聞いたのだ。相手の数は片手の指では足りないだろうと」

 

 あの人は初めて家に来た後輩に一体何を喋ってるんだ!?

 

「だから安心して身を任せてもいいとも教えてくれた」

 

 家の親の貞操観念は一体どうなってるだ!?

 

 だからか!リアスと朱乃がいつも以上に距離が近かったのは!

 

 プールで浮かれていたのが理由じゃなかったのか!

 

 本当の黒幕はあの人だった!!

 

「いいかゼノヴィア。家の節操なしが余計なことを言ったかもしれないが、子供というのはそう簡単に授かれるものじゃない」

 

 何で俺が後輩にこんな事を言わねばならんのだ!

 

「なぜだ?私のナカ(・・)に先輩のモノ(・・)イレル(・・・)だけだろ?」

 

 ゼノヴィア、アウト〜!

 

「それくらい知っているバカにするな!」と言って胸を張るゼノヴィア。

 

 マズイ、完全にズレている!

 

 このゼノヴィアという娘はアーシアとは別の意味で難敵だ!

 

 一先ず彼女と距離を置くために後ろ向きに更衣室を出ようとする。

 

 ”ムニュ“

 

 後ろ向きに歩いていると、柔らかいものが背中に当たる。

 

 なんだろう、この既視感のある感じは?

 

「随分と楽しそうな話をしていたわね、二人共?」

 

 刹那、滝のような汗が額から溢れ出てくる。

 

「あらあら、誰のナカに誰のモノをイレルですって?」

 

 悪寒が止まらない。プールで身体が冷えたせいだ!そうに違いない!

 

「私は構いませんよ、ゼノヴィアさんは親友(・・)…ですから?」

 

 昨日までギクシャクしていたのに、もう親友になれたんですねアーシアさん?

 

「性獣」

 

 小猫、お願いだからそれだけはやめて。

 

 誰に何を言われるでもなく俺は更衣室の冷たく、固い床に膝を着く。

 

 まさか半日後に同じ女性達の前で同じ姿勢を取っているとは夢にも思わなかった。

 

(今度、神社で厄祓いしてもらおう)




第31話更新しました。

最近小林さんちのメイドラゴンにドハマリしています。もし、作品を書く前に出会っていれば間違いなく眷属として登場させていたでしょう!

あの絶妙な緩さとキャラデザインが最高です!

内容のほうは原作では陽気だったプールの場面も少しシリアスにしてしまう悪いクセが出てしまい、こんな感じになりました。あとはサーゼクスとの会話の場面ももう少しなんとかしたかったと言うのが本音です。

ハーレムのタグは付けましたが、メインヒロインをしっかりと据えたほうがこの先の展開が書きやすいという当たり前のことに今更なから気づいたので、その方向で今後は執筆していきたいと思います。

読んでくださる方、感想をくれる方、手直しをしてくださる方ありがとうございます。

では、また次回。


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