東方素手喧嘩録 (寄葉22O)
しおりを挟む

1話

ハーメルン初投稿です。
東方は星蓮船までしかやってませんし、原作より二次に強い影響を受けています。一番やりこんだのは永夜抄。




男は、強かった。

 

 

 

学歴社会と声高に叫ばれる世の中。

腕っぷしの強さ。きっとそれで大成したとしても格闘技の世界、或いは暴力が支配するような裏の社会だけ。

世の中を動かすことは出来はしないだろう。

 

 

 

男は、ただ強かった。

 

 

 

純然たる事実として、現代社会を動かしているのは、学力であり知識であり財力であり血筋であり権威であり技術であり知恵である。

 

 

男は、ただただ、強かった。

 

 

そんな社会の営みに逆らうかの様に、その男は、ただ最強であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が格闘技に興味を抱いたのは義務教育が終わる頃だった。

偶然テレビ中継がされていた総合格闘技の世界戦。

 

 

その技に、力に、闘争に、魅せられた。

 

 

親の猛烈な反対を押しきり、入学の決まっていた高等学校を辞退。両親とは喧嘩別れし、それ以来会っていない。

 

都合良く住み込みでバイト兼務出来るボクシングクラブに入会してからは、クラブの雑用をこなしながら夜な夜なサンドバッグを叩いた。

 

 

 

男には才能があった。

ただ強くなる才能が。

 

 

 

スパーを見るだけで、試合を見るだけで、渇いた砂漠のようにみるみる技術を吸収していった。

サンドバッグを叩くだけで、シャドーを繰り返すだけで、隆起する大地のように筋力が上がっていった。

 

 

18才になる頃にはクラブには階級差を越えてもスパーを組める相手もいなくなり、プロを熱望されるのに飽き飽きとした男はボクシングクラブを辞した。

 

 

住所不定の無職。

若い身の上で路上生活。それでも男は幸せだった。ルール無用のストリートファイト。その闘争を男は心から楽しんだ。

法に触れる事が日常茶飯事であり、ろくでもない方法で日銭を得る毎日。

時には警察に捕まりそうになりながら、場所を転々とする日々。

 

 

その生活に慣れ、もっと強い相手を求める。

道場破りもした、暴走族に片っ端から喧嘩を売り、格闘家の後をつけては人目のないところで挑発しストリートファイトの日々。

 

空手、テコンドー、ムエタイ、中国拳法……。ありとあらゆる格闘家と戦い、学び、勝利した。

 

男が各地で都市伝説の様に語られる頃には、男は世界を目指した。

 

 

驚異的な身体能力を駆使してタンカーに忍び込んでは世界各国を巡る。

 

学の無い男は、無論現地語などはわからなかったが、闘争は嘘をつかなかった。

 

時には親の敵のような扱いを受けた時もあれば、ボコボコの顔のまま肩を組んで酒を飲み交わしたこともあった。

 

拳のみで語り合えることがあるのだと男は学んだ。

 

 

 

そして男はホモサピエンスの垣根を越える。

 

最初の相手は野良犬だった。

ゴミ箱から漁った戦利品を横取りされた時、その足の早さに驚いた。

 

なんという、機動力。

なんという、跳躍力。

なんという、瞬発力。

なんという、生存力。

 

 

なんという……闘争力。

 

 

 

犬でこれなら、狼なら?虎なら?熊なら?

 

 

対徒手空拳戦に限界を感じていた男は歓喜した。ゾクゾクと這い上がるような歓喜の震えが指先から脳天に向かって走る。

 

 

まだ戦う相手がいる、と。

 

 

それから男の行動は早かった。

密入国を繰り返し、サバンナへ、ジャングルへ、時には動物園で死闘を演じたこともあった。

 

虎に寝技を掛け、大蛇の締め付けから逃れ、象と力比べをしたと思えば、熊に丸腰で立ち向かった。

 

 

 

浅くはない傷の数々が男の体に刻まれたが、その何れの闘争にも、勝利した。

 

 

 

対生物に飽き初めた頃。

男は現代社会に矛先を向けた。

 

 

深夜の繁華街に。

薄暗い路地に。

裏社会の取引現場に。

紛争地域に。

 

 

闘争を求めた。

 

 

対刃物。

対拳銃。

対重火器。

対戦車。

 

 

思い付くであろう、ありとあらゆる兵器に立ち向かい、そして攻略し、撃退し、勝利した。

 

 

 

 

無論、現代社会も黙ってはいない。

 

 

 

警察が、軍隊が、政府が、国が……彼を亡き者にしようと企む。

しかし、結局はその全てが男の糧になっていった。

軍が、スナイパーが、暗殺者が、指導者が、大統領が…彼の強さに匙を投げた。どうすることもできないから、見て見ぬふりをすることにしたのだ。

 

 

「奴を殺したい?そうだな、爆撃でもするか?核でも使うか?ハハハ、そうしたら私は英雄であり歴史上最低最悪のテロリストさ」

 

と、快活に、それでいて何処か諦めたように語ったのは、男を知っているとある大国の軍部総司令官である。

 

男の身の置き場は、社会であったからだ。

いくら社会の歯車から逸脱しても、男は社会に身を置いていた。一人の人間相手に大量破壊兵器を使うには、規模が、規格が、全てがわりに合わなかった。

例えば広大な砂漠など、行動原理が全く分からない男が、ひとっこ一人いない環境に行くのを予測して、準備にすら金も手間も掛かる計画を立てて実行する。その途方も無さに大量破壊兵器を用いた暗殺作戦は終ぞ実行されなかった。

 

しかし、その男がたまたま紛争地域で受けた絨毯爆撃すら生き延びたのを知った司令官は、口が塞がらなくなったとか。

 

 

 

 

そのうち男は、社会から、悪い夢だと目を反らされ続けることになった。

 

 

 

 

数多くの兵器、数多くの腕利き、その道のプロ、目まぐるしいほどに多種多様な闘争、幾億通りの闘争にもそのうち男は飽きていった。

 

どんなに高性能な兵器も、人間が扱うとなればどうにでもなると男が気づいた後は、生傷が増えなくなり、銃痕が過去のものとして男の体に刻まれるのみになっていた。

 

 

男は最早、欠伸混じりに近代兵器を撃退するようになる。

 

 

昆虫は巨大になりはしないし、地底人が侵略を始めたりも、宇宙人が攻めてきたりもしない。原始人が現代に解凍されたり、クローン人間が作られたりもしない。ましてや子供どころか彼女すらいない男には、打倒親父を掲げる息子が出てくることもない。

 

 

男の血を滾らせるような闘争は、男が満足するような闘争は、地球上からなくなっていた。

 

 

好敵手が、いなくなったのだ。

 

 

 

男は既に、頂点にいた。

 

 

 

いくら周りを見渡しても、目指すべきものがない。

なんという空虚、なんという虚無。

 

いつしか男は絶望し、退屈しのぎにするストリートファイトにも嫌気が差してくる。

無論、闘争が嫌いになったわけではない。寧ろ熱望するが故に、弱い者に興味を抱けなくなっていた。そんじょそこらの者では闘いにならなくなっていた。

 

とは言え、死ぬ選択肢を選ぶほどの絶望ではない。男は退屈を胸に秘めたまま、単なる一般人として生活することしかやることがなくなり、流れ流れて生まれ故郷、日本に辿り着く。

 

住所も学歴も、戸籍さえ危うい男は現代社会ではマトモに働くことも難しく、身元の怪しい者も受け入れていた工事現場で日々の飢えを凌ぐだけの稼ぎを得る、無意味な日々。

 

 

 

男は強くなりたかったわけでもなければ、最強を目指したこともなかった。

 

腕っぷしの強さを誇るわけでも、傲るわけでもなく、誰かを倒してやりたいわけでも、守りたいものがあるわけでもなかった。

 

男は、闘争だけが生き甲斐だっただけであり、人類最強を名乗れるほどの才能があっただけなのだ。

 

ただ、その才能が異端過ぎただけ。

 

ただ、その欲望が異質過ぎただけ。

 

誰よりも強いはずの男は、誰よりも闘いに飢えていた。




東方を題材にしておいて、この刃牙感。
東方どこ…ここ?


次回。
ようやく東方キャラが出てきたと思ったら出てこないあたりまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

あー、引きこもらーで積みゲーがとけていくぅ


「ほらよ、今日の分だ。並べ並べ!」 

 

日本の片隅、残暑が残る秋の入り口、夕暮れ時。

辺りには瓦礫と重機、それに統一感のない服装をした男達。周りはパイプを組み合わせ工事用の養生シートがかけられた簡易的な壁に囲まれている。

 

 

 

お世辞にも綺麗とは言えない男達が粛々と一列に並び、監督の腕章を着けた男が茶封筒を各々に渡していく。

 

労働者であろう男達は茶封筒を受け取り、中身を確認したりそそくさと立ち去ったりと思い思いに終業後の細やかな幸福を満喫していた。

 

「……うっす、お疲れさまです」

 

「おう、若ぇの。お前来てから助かる。また頼むわ」

 

言葉少なに茶封筒を受け取った、周りの男達の見た目からするとかなり若い容姿。

 

身長は180前後、伸びっぱなしのざんばら黒髪はヘルメットをかぶっていたせいでペタンコ、顎には無精髭、元は白だったであろう薄汚れたTシャツに、下はほつれが目立つ某大衆メーカーのジャージ。

一見平凡そうな顔立ちではあるが、無精髭と所々にある古傷も相まって人相は悪い。実年齢は30前半だが、周りの年齢層からすれば十分に若くはある。

 

 

その男を形容するならば色々な文言があるのだろうが、全てを霞ませるほどの特徴がその若い男にはあった。

 

 

Tシャツをこれでもかというほど拡張させている大胸筋。

やや寸足らずのTシャツとジャージの隙間からは鋼鉄を思わせるような腹筋に腹斜筋が覗く。

外気に晒した上腕二頭筋から前腕は乙女の腰ほどもあるかと思わんばかりに太く、逞しい。

ジャージが悲鳴をあげるほど隆起する大腿四頭筋。

背か首か分からないほどに発達した僧帽筋。

 

そして、顔もそうであったが、覗く皮膚に悉く、激しいほどに刻まれた古傷群。

傷を傷で隠すような古傷群は、よくよく見聞してみると、円形の物から体を横断するような物まで様々であることが分かる。

 

見た者は一様に想像するだろう。この男の異常性を。

しかし、誰に想像がつくだろう。この男の異常性に。

 

目の前の男の半生を。

 

目の前の男の戦歴を。

 

目の前の男の強さを。

 

 

一体、誰が想像出来るのだろう。

 

 

 

 

 

若い男は茶封筒をポケットへ捩じ込みその場を後にしようとするが

 

「おう、にぃちゃん!相変わらずすげぇ体してんなぁ!なに食ってんだ!」

 

薄汚い男達が良識の範囲内で飲み放題である麦茶の紙コップを片手に、若い男に声を掛ける。

 

異質な若い男の風貌にも物怖じしない、悪気もない陽気な姿。

今まで生きてきた経験なのか、ただ単になにも考えていないだけか。

元より、こんな身分証明を必要としないようなほぼ非合法のアルバイトに集うものなど、脛に傷を持つ者達ばかりだ。余程の阿呆か特大の馬鹿しかいない。

 

薄汚い男達は、異常性を抱える若い男に何一つ遠慮する様子はない。

 

「……いや、別に普通っすよ」

 

若い男はそんな男達に対して少しだけ嘆息しながらもそう答えた。

 

「普通なわけあるか!あんなにガラ積んだ三輪押してるの見たことねぇぞ!重機でも使ってんのかって!」

 

一人の男の賑やかしに、周りの男達も同調する。

 

「あんちゃんがコンクリート素手で割ってたの見た時は腰抜けるかと思ったわ!!」

 

「それは盛りすぎだろぉ~!」

 

「いやいやいや、本当だって!こう、バキィッて!」

 

「そんなんで壊れたらドリルなんていらねぇんだよ!」

 

「俺は軽トラ素手で押してたの見たわ…」

 

「俺はダンプ押してるのを……」

 

「ショベルカーと力比べしてるのを……」

 

酒でもないのに麦茶を片手にやいのやいのと盛り上がる男達。

若い男はその光景に辟易しながらも、話にのらりくらりと相槌を打ちながら、麦茶を紙コップに注いで口を潤す。

 

 

義務教育程度しか学がない若い男ではあるが、人付き合いが悪いわけではないし、コミュニケーション能力に問題があるわけではない。

むしろコミュニケーションという面では誰よりも敏感で目敏い。

言葉で、表情で、体さばきで、視線で、殺気で。

 

相手が何を思い、何を考えているのか。

相手が喜ぶことは?嫌がることは?求めることは?敬遠することは?

 

常に察知し、想像し、先読みし、そして行動を起こす。

そこに使われるツールが、拳か言語かの違いなだけで、若い男は誰よりも雄弁で熟達している。

 

「……そういえば…前に話していたあれってどうだったんすか?」

 

若い男が話題の隙間に、一際大きい声で喋っていた男に言葉を投げる。

 

「お?前のてーっと……あぁあぁ!あれな!若いの、気になるか?えぇ?いやぁ、なけなしの金はたいて行った甲斐があったんだよ!」

 

その一言で話題は流れ、どこぞのキャバ嬢が俺に気があるだとか、あそこの風俗は外れが多いだとか、極めて下世話な話で盛り上がり始める。

 

話題の輪が自分から離れていったのを確認して、若い男はぐいっと麦茶を飲み干す。

 

「んじゃ、おつかれっした…」

 

その言葉はガヤガヤと話続ける男達の声に欠き消され誰にも届くことはなかったが、若い男は気にすることもなくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの道で行き付けのコンビニに寄り、値段の割にはボリューミーな弁当とサラダチキンを幾つか、それに炭酸水のペットボトルをカゴに放り込む。

 

「あーーしゃっしゃー、ましゃこしっさーせー」

 

茶封筒から直接出した現金で支払いを終え、やる気のない金髪のコンビニ店員の声を背にコンビニから出る。

 

 

 

 

 

 

 

男が歩を進める度にガサガサとビニール袋が音を立てる。

 

辺りは繁華街、辺りは暗くなりつつある。気崩れたスーツの男が肩を組んで歩き、柄の悪い男達が道端で座り込みガハガハと笑い、呼び込みであろう若い女が獲物に目を光らせている。

 

この辺りはこれからが本番といったところか。

 

 

汚ならしい格好で明らかに場から浮いている男に、周りは見て見ぬふりを決め込んでいた。

 

マトモな者であればその汚ならさに敬遠し、呼び込みの女はその姿に眉を潜め、喧嘩慣れしている者はその風体に目を逸らす。

 

 

 

そんな空気の中、男は迷うことなく歩を進め、あるビル群の隙間に身を滑り込ませる。

 

雑居ビルの隙間。ゴミが散乱し、室外機からは生ぬるい風が吹き出している。

無論人影など見当たらず、表通りの喧騒が遠く聞こえる路地。

 

 

「……よっ」

 

 

気の抜けた掛け声とは程遠い、力強い踏み切り。

爆発的な脚力は男の体を宙に打ち上げる。

片手にビニール袋をぶら下げたまま、ビルの僅かな突起を掴み、壁を蹴り、上に落ちるかのようにスムーズに、変態的に、ビルに《昇る》。

 

 

数秒後、なんの事もないかのように、男は7階建ての雑居ビルの屋上に居た。

 

 

ろくに管理されていないビルの屋上は、男が此処を不法占拠してから、男以外誰も踏み入れた痕跡もない。

 

せり出した屋根を雨避けにして、チマチマと集めた段ボールや布地を組み合わせた、みすぼらしい我が家に男はドカッと腰を下ろす。

 

ガサガサとビニール袋を漁り、なんの感慨も無いままにコンビニ弁当を貪り食らう。

いつもの味が、男の口内を満たす。

 

ムシャムシャ…ガツガツ……モモッ……ゴクンッ

 

プシッと炭酸水のキャップを開き、ペットボトルを逆さまにする。

ゲフッと炭酸を大気に返し、腹をゆっくりと擦る。

 

 

夜空は晴れてはいるが排気ガスのせいか、顔を覗かせ始めた月はうっすらと濁り、ぼんやりとしている。

 

辺りは静かとは言い難く、眼下に栄える人々の喧騒が、熱気がビルの屋上まで届いてくるかのようだ。

 

 

 

 

男は無意味に月を眺め、腹の具合が落ち着くとノロノロと立ち上がる。

 

 

広いとは言えない屋上。用途も分からぬパイプがせり出し、床も汚れ放題。

 

 

男はゆっくりと両腕を上げる。

 

顔のやや下にゆとりをもって握られた両の拳が添えられ、脇は拳一つ分空けられている。

両足は大体肩幅前後に開かれ、膝は僅かに曲げられている。重心は爪先寄りだが足底全体で接地面を支える、何があっても即応できる理想的なリラックス。

 

格闘技で言えばボクシングスタイルに近いが、それよりもやや軽やかさに欠ける様な立ち姿。

 

 

男はその肉体から想像できないような緩やかさをもって拳を突き出す。

 

パンチというには迫力がない。

 

ゆったりと、虚空をなぞる様に、空気感を確かめる様に、拳を突き出し続ける。

 

幾数か打ち出しているとその拳はスピードを上げていく。

 

蝿が止まりそうなパンチから、徐々に徐々に、ギアをローから暖めていくように。

 

シュッシュッ…

 

ヒュンヒュン…

 

ボッボッ…

 

男のパンチは常人では残像しか捉えられない速度まで加速していく。

 

彼の右フックが、左アッパーが、空気を切り裂く音だけを残して放たれる。

 

 

そのうち、空気を切り裂く音が変わる。

 

 

パァンッ!!

 

 

平手で頬を叩くような音。

 

男の拳は、空気の壁を叩くまでに加速していた。

通常であれば、人間がマッハの壁を越えるには戦闘機を持ち出すしかない。

しかし男は拳一つで音速の壁を越える。無論、生身の人間が音速を越えればただではすまない。

 

しかし、男の拳は幾度の骨折や脱臼で骨はひたすら折れぬように自己回復をし、幾度の擦過傷や裂傷はその皮膚を塗り固めるように堅牢な上皮を形成した。

コンクリートをぶち抜くレベルまで硬化された拳は、どれ程の鍛練の上に、どれ程の闘争の果てに手に入れたのだろうか。

 

小規模な爆発を伴っているようなシャドー。

此処が静かな住宅街であれば、その異音に気味悪がる住民もいたであろうが、その程度の音は辺りの喧騒が欠き消している。

 

 

男の額にうっすらと汗が浮かぶ頃に、拳のスピードは落ち、再び蝿が止まりそうな突きを繰り出して、男のシャドーは終わる。

 

シャドーとはいっても、男は何も想像していない。

屈強なボクサーも、人間大の昆虫も、男の想像力では具現化はしない。

ただただ拳を突き出すだけの、幼稚な遊び。そこに技術はなく、想いもない。

 

誰かを越えたい、誰かを倒したい。

強くなりたい、負けたくない。

 

アスリートならば誰もが持っているであろう気持ちが、男にはない。

 

鍛練に暇潰し以上の価値はなく、趣味ですらない。男はそれ以外、知らないのだ。

 

 

無論、男の中に燻るモノはある。

 

 

闘争。ただそれだけを求めていた。

 

 

男はただ、闘いたかった。

拳でも刃物でも拳銃でも大砲でもなんでもいい。

 

自身と向き合ってくれるモノと、ただ闘いたかった。

 

その先にあるのが勝利でも敗北でも構わない。

 

ただただ、闘争を求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、お兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

そして、男の願いは、ようやく叶う。




ゆかりんかわいいよゆかりん


次回
ルールを決めるところまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

いや、ちゃんと仕事はしてるけどほらね?時世的にね?
おうちだいすき!


その言葉は、ビルの下の喧騒が嘘のように男の鼓膜を叩いた。

 

「………」

 

「……?」

 

なんのリアクションもしない男に、女性は小首を傾げる。

 

 

 

道士服をベースに改造されたかのような特異な服装。

ナイトキャップのような独特の帽子。

肌はきめ細かく、下からの遠い光ですらその肌を美しく照らす。

絶世の美女、と言っても過言ではない金髪の女性。

 

 

確かにそんな女性から声をかけられて呆けることもあるかもしれないが、問題はそこではなかった。

 

 

その女性は何もないはずの宙、それも異様な空間から上半身を出しているのだ。

 

その空間からは無数の眼が覗き、ギョロギョロとあちこちを見回し、古ぼけた道路標識や錆び付いた古い電車が見え隠れしている。

 

世界各国を回り、無謀とも呼べるような闘いをし、おおよそ常人とは言えない経験をしている男ですら、このような異形を見たことはなかった。

 

 

 

「えーっと…」

 

「………」

 

相変わらず停止したままの男に、女性は頬を掻く。

 

男の心中は複雑だった。

 

色々な国で見たどんな女性よりも美人が、訳のわからない空間から顔を出している。それだけでも理解不能。

 

 

 

なによりも、男の勘が訴えるのだ。

 

 

 

目の前にいるこの女性は

 

きっと、赤子の手を捻るのより容易く

 

俺を殺せると

 

そんな絶望的な、予感

 

 

それがなによりも恐ろしくて

 

 

「名前…聞いても……いいすか?」

 

「私?私は………」

 

 

それがなによりも嬉しくて

 

 

「八雲紫。妖怪の賢者…と呼ばれているわ」

 

 

短く告げられたその言葉は、男の脳髄にに深く染み込む。

 

 

「八雲……紫……」

 

 

ごちゃごちゃの感情。

 

 

現代社会ではおおよそあり得ない、幻想のその先にいるような妖怪、という単語に反応することなく、男は咀嚼するようにその名のみを呟いた。

 

男から漸くまともにリアクションが返ってきた事に調子を取り戻した女性は、口元を扇子で隠し、何処までも胡散臭く、詠うように語り出す。

 

「強くて強くて強すぎて。社会の表側からも裏側からも恐怖され、忌避され、嫌悪され、見て見ぬふりをされるくらいに強い、貴方」

 

「強くて強くて強すぎて。見て見ぬふりをされ過ぎて、誰からも信じてもらえない。誰からも忘れ去られてしまった、貴方」

 

「人を動物を兵器を、立ち塞がらなくても戦い闘い戦闘(たたか)闘争(たたか)い……その果てで、貴方は何を願うのかしら」

 

「誰も並び立たない強者の頂きに、一人で独りで単身(ひとり)孤独(ひとり)で……その頂上で、貴方は何を欲するのかしら」

 

 

 

「教えて、貴方の望みは?」

 

 

 

その言葉に、男の体は震えた。

男の望みはただ一つ。

 

 

 

「俺と……闘ってくれ」

 

 

 

渇望していた。熱望していた。切望していた。

 

万感の思いを込めて、望みを告げた。

 

「ええ…貴方なら、そう言うと思った。強すぎて強すぎて…闘争の中でしか生を実感出来ない貴方なら」

 

パチンっと扇子を閉じた女性は、ヌルリと気味の悪い空間から身を宙に投げる。

 

自然落下するかと思いきや、フワリフワリとゆったりと落下してくる女性。

それは決して片手にさしている日傘のせいではないことは誰が見ても明らかだ。

 

ストンとビルの屋上に降り立つ女性。

辺りは既に夜。日差しもないのに堂に入った様子でクルリと日傘を回し、優雅に一礼をする。

 

「では、せめてルールを決めましょうか。人間の貴方と妖怪の私。どうしようもない位に隔絶した差を、少しでも埋められるように」

 

「ルール……あぁ…そうだな」

 

男は思い出した。闘いにはルールが有るものだ。

細かい事は何も考えず喧嘩を売り買いするには、目の前に立っている女性とでは、生命の力…みたいなものが違いすぎる。

 

弱者と強者が同じ舞台に立つには必ずルールが必要だと、男はそれをしっかりと理解していた。

 

 

 

 

「私から攻撃するのは?」

 

「そうだな…有りにしておこう。やっぱり闘いだし…」

 

「私が防御するのは?」

 

「それも有りに…。お互いの行動は自由のほうが楽しい」

 

「武器はどうかしら?」

 

「武器も…有りのほうが、色々楽しみが増える」

 

「楽しみは大事ね。急所狙いは大丈夫?」

 

「勿論。俺だって色々鍛えているから、簡単には狙わせない」

 

「頼もしいわ。それじゃあ飛び道具は?」

 

「有りで。闘いのいいスパイスになると思う」

 

「やっぱり肉弾戦だけだとね。大砲や戦車なんかはどうかしら?」

 

「少し難しいけど…うん。やっぱり有りで。ビルが心配だけど」

 

「そこは加減するわ。能力の使用は?」

 

「能力…というと。あぁ、そうか、貴女は妖怪だった。有りにしよう。未知の物に触れられるなんて光栄だ」

 

「私のは特別よ。じゃあ次は……」

 

 

 

 

和やかさすら感じさせるやりとり。次々とルールは決まっていく。

 

殴り有り、蹴り有り、投げ技有り、寝技有り、間接技有り、膝の使用有り、肘の使用有り、頭突き有り、噛みつき有り、頭髪掴み有り、目潰し有り、マウント有り、踏みつけ有り、金的有り、腎臓打ち有り、後頭部打ち有り、場所の移動有り、刃物の使用有り、銃の使用有り、重火器の使用有り、兵器の使用有り、技術の使用有り、能力の使用有り……

 

 

 

「これで大体のルールは決まったわね。あとはそうね…」

 

女性が顎に指を当て少し考えた後、パッと笑顔を浮かべながら問う。

 

 

 

 

 

 

 

「相手を殺すのは?」

 

「うーん、そうだな……」

 

 

 

 

男は数秒考えた後

 

 

 

 

 

 

 

「有りだな」

 

 

 

 

 

 

弾けるような笑顔で、男は答えた。

 

 

 

ルールは決まった。

 

 

 

反則………無し。




話進まねぇなおい。
こ、これからだから(震え声)

次回
人類最強VS妖怪の賢者


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

大体東方の有名な二次創作って読んだけど、ドストレートで刺さったのはハーメルンのチラ裏の例のアレ。もっと能力世界でガチンコバトル増えろ。


「さぁ……いらっしゃい」

 

 

優雅に、華麗に、絢爛に、嬋媛(せんえん)に。

 

 

まるで全てを包み込むような女神のような。

まるで全てを欺く悪魔のような。

 

天国の門にも地獄の門にも見える、その立ち姿。

一歩踏み込めば何処にでも逝けるような、甘美な誘い。

 

 

 

ゆっくりと両手を広げて男を歓迎する女性。

 

 

その余りに美しい仕草に少しだけ照れながら頬を染め、まるで酔ったかのように男は歩を進める。

 

 

 

一歩、二歩、三歩。

 

ふらりふらりと歩み寄る。

 

「どうしよう……」

 

男が呟く。

 

「どこからどうみても……」

 

男は感じていた。その姿、その立ち位置、その重心。

 

最初こそ戸惑った。誘われているのだと。

上手に、巧妙に、志妙に。隠しているのだと。

 

しかしどうやらそうでもないことに気がつく。

 

 

 

 

「………隙だらけ」

 

 

 

 

音速を伴った踏み込み。

理想的な重心。

神がかり的な身体操作。

音を置き去りにした突き手。

 

 

踏み込みからの力は余すことなく腰に伝わり、連動するかのように回転する腰、上半身の筋肉群で増幅され、鞭のようにしなやかな腕から発射される鋼鉄の拳。

 

 

狙いは顔面のど真ん中。

 

 

人類ではどうやっても避けられない。

仮に目で追えたとしても、そのスピードは脳からの指令を遥かに越える速度で相手にまで届く。

 

電光石火、快刀乱麻、予測可能回避不能の理不尽な全てを終わらせる一撃。

 

 

弱かった頃の男であれば、幾度となく避けられ、捌かれ、反撃された。

しかし、最強と呼ばれるようになってからは外したことはない。

そして、この一撃で終わらなかった事はない。

 

 

男が今まで培ってきた全ての力と技術を総動員して、放った。

 

手加減なく、全身全霊で。

力の解放。技術の解放。

解放のカタルシス。

 

あまりの快感に、頬が弛む。

 

 

 

男は加減なしだなんていつぶりだろう、と心で思う。

常に相手を労っていた、心配していた。甘く見ていたつもりは欠片もない。ただ、手加減をしないと、死んでしまう。

 

鋼の拳を限界まで弛め、筋肉群に枷を嵌める。相手が対応できるくらいまで、自己に負担をかけ続ける。

 

拳では死んでしまうから、平手で。

平手では死んでしまうから、デコピンで。

デコピンでは死んでしまうから、寸止めで。

 

欠伸を噛み殺し、接戦を演じる。

退屈を耐え、死闘を演じる。

 

いつか目の前の相手が、強敵として立ち塞がるのを夢想しながら。

 

夢だった。

 

結局、夢のままだったが。

 

 

 

 

 

 

 

だが、どうだろう。

 

当たる気がしないのだ。

確信にも似た予感が男の頭を支配する。

 

己の全力。己の出来うる限りの最高。

 

 

 

 

パァンッ

 

 

 

 

男の一撃は、空気を叩く。案の定外れた。

 

 

 

 

 

女性は、避けたわけではない。

単純に、男の狙いが外れていたのだ。

 

女性の頭二つ分横。有り得ない外れ方。

無論男は本気で狙い、本気で打突した。

 

男は目を、自身の肉体を疑った。

 

「凄いわねぇ、ほとんど見えなかった。鬼が打ったかと思ったわ」

 

コロコロと鈴が鳴るような笑い声。

 

「人間の可能性…。やっぱり末恐ろしい。恐ろしいのは技術でも武器でも、ましてや力でもない。その意思ね」

 

致命的なまでの隙を晒している男に攻撃することもなく、独白を続ける女性。

 

「シャァ!!!」

 

男が珍しく気迫の籠った声を上げ、振り抜いた渾身の上段蹴り。

 

これもまた理想的なフォームを描きつつ、女性の首を狙う。

当たれば首と胴が別たれる必然性を伴った、死神の鎌。

 

「………あらあら?何処を狙ってるのかしら?」

 

然れど、どんな威力を持っていたとしても当たらなければ、意味がない。

 

「手加減してくれているの?優しいのね」

 

「シッ!!!」

 

息も吐かせぬ、蹴りを織り混ぜたコンビネーション。

 

「ほらほら、こっちよ、こっち」

 

しかしそのどれもが空を切る。

 

回避ではなく、気づくと外れている。

不可解であった。

 

 

不可解ではあるが

 

 

「……違う」

 

「あら?何か言ったかしら?」

 

不意にコンビネーションが途切れる。

 

「いやね……そうだ。そんな感じ」

 

「?」

 

男はモゴモゴと何か呟く。

 

「……ズレてる」

 

「……へぇ」

 

笑みを浮かべていた女性の目が、スッと細くなる。

 

「手元から…数度…いや、もう少し」

 

男はゆっくりと拳を突き出す。繰り返すこと三度。

 

 

「……おっけ、分かった」

 

 

そう呟き、再び男の脚はコンクリートを蹴った。

 

 

「……!!!」

 

 

女性は、今度こそ回避行動をとった。

 

「……まだ…もうちょいか」

 

「…………本当に驚いた」

 

女性の頬からは一筋の赤い線が顎に向かって伸びている。

 

「直ぐ様対応出来るものでは……ないはずなんだけどね」

 

ペロリと頬を伝う血液を舐めとる女性。

次の瞬間には傷は癒え、赤い線が残るだけとなる。

 

感覚のズレは、本来であれば致命的なものである。

なにせ、自分の体が思うように動かなくなると同義なのだから。

何かを掴もうとすることすら難儀する。

 

それを男は数回の突きだけで修正してみせたのだ。

自身の体を知りつくした上で可能となる妙技。

 

 

「敬意を表しましょう。人類最強、伊達ではないわね」

 

それでも尚、女性の口は囀りを止めることはない。

 

「……いいのかい?」

 

「……?」

 

「闘いだぜ?」

 

「!?」

 

急に目の前に激しい竜巻が発生したかのような暴力。

 

拳が。

脚が。

肘が。

膝が。

 

猛烈な勢いで女性へ迫る。

 

今度こそ間違いなく女性へ当たる角度を保ちつつ、超局所的な竜巻が女性へ襲いかかる。

 

 

 

 

 

「そんなに急かさないで。早い男は……嫌われるわよ?」

 

 

 

 

ズルリと、女性が消える。

 

「!」

 

男の動体視力は間違いなくそれを捉えていた。

気味の悪い空間が突如として現れ、そこに女性は身を滑り込ませたのだ。

 

 

「せっかくの闘い。楽しまなきゃ損よね?」

 

 

次の瞬間には、男の背後から声が聞こえた。

 

「……やっぱりすげぇや…。妖怪…?超能力ってやつ?」

 

仕切り直された闘い。

ゆっくりと振り向いた男の顔は満面の笑みだ。

 

「えぇ、まぁそうね」

 

女性はクルリと日傘を回し、再び扇子で笑みを隠した。

 

「“境界を操る程度の能力”」

 

「……境界?」

 

「そう、それが私の能力。便利よ?」

 

クツクツとした笑い声。

 

男は、正直な所全く理解出来てはいない。

 

「楽しい楽しい闘いも、幕引きがなければ冷めてしまう…そうよね?」

 

男にとっては、それは恐れていた言葉であった。

こうして全身全霊を賭けても、届いたのは僅か。それが何よりも楽しかった。

 

 

幕は、強者から引き下ろされるものである。

 

 

幕引き宣言をされたからには、後残り少ない闘いを楽しむことだけが、男に出来ることだ。

 

 

 

 

スカートの両端をつまみ上げ、清楚にペコリと頭を下げる。

 

その様は堂に入っており、見惚れるような礼だった。

 

 

 

 

 

「妖怪の賢者、八雲紫。妖怪らしく、嬲って嫐って甚振って上げましょう。人類最強」

 




せんとうびょうしゃ(雑)

次回
まだまだつづくよせんとうびょうしゃあたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

これ書き始めてから久しぶりに東方風神録起動しましたけど、あんなに難しかったっけ…(easy)


「さっきは貴方の感覚の境界を弄ったわ。神経伝達の境界を少しだけ下げたのよ。伝わる速度が僅かコンマ一秒遅れるだけで、現実には多大な影響をもたらす……はずだったのよ?突然何歳も歳をとったかのような感覚だと思うんだけど……驚くべき身体能力ね。感心するわ」

 

終わらせるとは言ったものの、元より喋りたがりな女性の口はつぐむ事を知らない。

 

「あの…すんません。難しい話は…ちょっと」

 

「えぇ、いいのよ。聞いているだけで。すぐに分かるわ……ほら」

 

パチン

 

 

女性が扇子を閉じただけ。

 

そのはずなのに、唐突に。なんの前触れもなく。

 

 

 

 

 

 

男の世界は闇に覆われた。

 

 

 

 

 

「今度は貴方の可視光の境界を弄ったわ。夜より深く、闇より濃い。そもそも光が認識出来ない、暗闇より暗い漆黒。貴方の目に、一体何ルクスあれば光が届くのかしら?」

 

そう言うとコツコツと踵を鳴らしながら、無造作に男へ近づく女性。

 

 

男は急に訪れた深すぎる闇に動揺を隠せない。

目を開いている感覚はある、なのに見えない異常な感覚。

目をいくら擦っても見開いても、何も見えない。

理不尽の権化のような能力。

 

 

男は、闇の中で思う。

 

 

なんて……

 

なんて………

 

なんて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて凄い力だ。なんて驚異的な力だ。と。

 

 

 

これが妖怪。人類ではあり得ない摩訶不思議。

 

感動を覚えた。畏怖すら感じていた。

 

卑怯とは欠片も思わない。単純な称賛。手放しに褒め称えたい気分であった。

 

格闘技もそうだ、暗殺もそうだ、戦争もそうだ。

相手の虚を突くことは、闘いの常だ。

引き出しの多さは、それ即ち、強さだ。

 

ゾクゾクと背筋を昇る高揚感。

次は何をしてくれるのだろうという期待。

 

男はこうしてはいられないと気配に気を配る。

 

生憎と男は、視覚を奪われた程度で戦意喪失するほどやわではなかった。

男が卓越しているのは視力だけではない。その聴覚で、嗅覚で、触覚で、勘で、経験で、相手と対峙するのだ。

 

 

男は音と気配から、有効射程距離まで近づこうとしたその時。

 

 

「……ッ!!」

 

 

背後から後頭部に目掛けて振り下ろされる、何か、を察知する。

察知すると同時に、体が自然と動く。

 

型としては空手の上段受けが一番近い。

近いのだが、真後ろからの攻撃に対応出来る型ではない。というより、真後ろから後頭部目掛けて振り下ろされる一撃に対応する型などそもそも存在しない。

しかし男は、驚異的なまでの察知能力と肩関節の柔軟性で対応してみせた。

 

「流石ねぇ、本当に見えてないのかしら?…いえ、見えていても関係ない角度ね。さて……まだまだいくわよ」

 

視覚の使えない男は、風切り音と物の動く気配だけを頼りに四方八方から襲いかかる、何か、を捌ききらなくてはならない。

 

(……ある程度硬いな…重量もそこそこ。金属?細長い物の先に何か付いている…)

 

コンクリートの床を撫でるように迫る、何か。それをいち早く察し、右足で踏みつける。

ガインッと金属がへし折れる音がした。

 

真上から幹竹割りのように迫る、何か。

袈裟斬りのように迫る、何か。

真下から生えるように迫る、何か。

 

 

事前にハジき、事前にスカし、外し、破壊し。

 

 

何も見えていない男にも、徐々にその物体の全貌が分かり始める。

 

 

(金属製の棒の先に…形の違う金属の板)

 

 

男もよく見る物だ。

 

 

道路標識。

 

 

それが殺人的な速度で四方八方から襲いかかる。

理由など分からなくとも、理屈など分からなくとも、実際にこうして迫り来る脅威。

 

男は全力で抗った。

 

金属を金属で叩くような破砕音が響き渡る。間違っても金属対肉体で奏でられるような響きではない。

 

「凄い凄い……でも、これじゃあただの弱い者虐めねぇ。飽きちゃいそう」

 

クスクスと響く笑い声。

 

 

 

 

漸く喋ってくれた、と、男はニンマリと笑う。

 

 

「フッ!」

 

回避しながら、捌きながら。

横から突き出てきた標識を手刀で叩き折り、宙に浮いた先を声の元へ蹴り放つ。

 

「……まだまだやれそうね」

 

視覚の欠落した男には見えてはいなかったが、蹴り放った標識は間違いなく女性へ向かって唸りを上げて向かって行った。

しかし、その途中でスッと出てきた裂け目に真っ直ぐに吸い込まれ、女性へとは終ぞ辿り着くことはなかった。

 

男は蹴り放った標識が、何物にも当たらなかったことを音で判断していた。

 

ならばと次々に標識を投げ、蹴り、打ち、標識の弾丸を放つ。

 

 

即席の弾幕。

 

 

しかし、なんのレスポンスもない。

無音のまま、弾幕は何処へかと消えていく。

 

どうなってるかなど、男には知る術はない。

だが、これしかない。男には術がない。

既に慣れきった標識の猛攻は男の武器にしかならないが、その武器もまた、女性にとっては無意味でしかない。

 

 

打開策を。打開策を。打開策を。

 

 

 

 

 

「そうねぇ……少しだけ難易度を上げましょう」

 

 

 

 

打開策を練りに練っていた最中。

 

その言葉を最後に、今度は男の世界から音が消えた。

 

 

 

 

 

「可聴域の境界を弄ったわ。本来人間の可聴域は20Hzから20KHz、その境界を下げてみた……といっても、聞こえてないわね」

 

 

ゴシャッという衝突音。

 

 

聴覚を主にして見切っていた男には、晴天の霹靂だったであろう。

 

不意に訪れた、静寂。

 

まさに音もなく振り下ろされた無慈悲な一撃は、男の頭蓋に直撃した。

 

だが、死神の鎌は止まることはない。

そうこうしているうちに次々に押し寄せてくる標識群。

 

男の体の至るところを打ち据え、破壊しようと猛威を振るう。

 

 

少しだけなんてレベルではない。

ただでさえハードだった難易度は、既にルナティックに差し掛かりつつある。

 

 

男がとった行動は、両腕で頭を隠し、小さく縮こまり、内股に脚を締める。完全な防御姿勢。当たる部位を限定し渾身の力を込めて急所を隠す。

 

「頑丈ね。筋肉の鎧も馬鹿にはできないってことね……とはいえ、いつまでも耐えられるかしら」

 

女性の独白は誰にも届くことはない。

 

状況はまさに八方塞がり。

 

無限に続く暴力の嵐。

 

視覚も聴覚もなく、なんの前触れも感じる事が出来ないまま突如として痛みとなって男へ襲いかかる。

 

体勢が崩れる。

 

頭への打撃に気をとられた瞬間に、鳩尾に突き刺さる道路標識。

息を吐き出させられた後に、横っ面から顎目掛けて道路標識が叩きつけられる。

 

 

 

 

男の膝は

 

 

 

 

徐々に

 

 

 

 

曲がり落ちて

 

 

 

 

 

 

いかなかった。

 

 

「……あら」

 

 

音が変わった。女性がそれに気づいたのは何度男の体を打った後だろう。

 

 

男を打ち据えていたはずの、音が変わった。

 

 

ガコンガコンと響いていた音は、ガンガンと。

ガンガンと響いていた音は、バンバンと。

バンバンと響いていた音は、ブンブンと。

 

 

最後には、道路標識が空を切る音だけが辺りに響くようになる。

 

 

「当たっている……わよね?」

 

 

女性から見ても、確実に当たっている。

 

まるで台風に投げ出されたビニール袋のように、暴力の嵐に身を翻弄されているしか思えない、男のアクション。

 

右に左に。

 

上に下に。

 

道路標識の赴くままに、その向かう先を翻弄されている様にしか見えない。

 

変わったのは、音だけ。

 

いや、それだけではない。

男の構えも、いつしか変わっていた。

 

 

 

棒立ちである。

 

そこにはなんの構えもない。

 

理想的なまでに脱力された、棒立ち。

 

堅牢な構えを解き、暴力の嵐へと身をただ晒していた。

 

 

 

 

「昔…さぁ」

 

 

 

 

男はお喋り好きな女性に感化されたかのように独白する。

耳が聞こえない故に、音量調節は上手くいかず、声は無駄に大きく響く。

 

「すげぇじいさんに会ったんだよ。なんか中国武術のお偉いさん」

 

相変わらず道路標識群は男をいたぶっていた。

なのに、世間話でもするかのように男は語る。否、事実世間話をしているのだ、男は。

 

「初めはさぁ…驚いたよ。枯れ木みたいな体してんのにさ……俺の攻撃、当たんねぇの。素早くも、力強くもないのにさ。後で歳聞いてひっくり返ったよ、97歳だってさ…」

 

男の体捌きは、猛攻をもってして成長していた。

 

「確かに当たってたんだ。拳の先に確かにじぃさんを感じていた。でも、あるべき衝撃がない……最初はすり抜けたかと思ったよ。幽霊でもぶん殴ってんのかってね」

 

当たった瞬間に、極限の脱力。

 

しなやかな筋肉を解きほぐし、関節の力みを限りなく無くし、骨の可動域をより流動的に。

 

「誰かに弟子入りしたなんて、ボクシング始めた時以来だったっけ。最初は言葉全然分からなくてしんどかったなぁ。二年とちょっと…だったかな、色んな修行させられたっけ」

 

あまり思い出したくない思い出が頭を過った男は、苦笑いする。

男がまだ、人類最強にはほど遠かった頃の話だ。世界各国に闘いを求めていた、時折現れた強者に、敗北の味を奢られる事があった頃。

 

「修行して修行してたまに組手して…。他にも弟子がめっちゃいてさ、なに言ってるかわかんなくて…片っ端から喧嘩したなぁ…」

 

男の動きが、洗練されていく。

もう標識の猛攻に、体の軸を揺さぶられることもない。

 

薄皮一枚。

 

その感覚だけを頼りに、攻撃が体に触れたその瞬間、進行方向へ力を逃がす。

男は、視覚と聴覚を失った状態で、触覚だけで、それを成した。

 

 

女性からは、標識はすでに男の体をすり抜けているようにすら見えていた。

 

 

「まぁ…じぃさんがいくらすげぇ格闘家でもさ、結局人間でさ……。99歳に死んだ……100歳目前で。なんかの病気だったらしい。でもさ、じぃさんと会ったから、こんな事まで出来るようになったんだ……」

 

男は誰かに、舞うように己を誇示する。

闘いだけが生き甲斐の男は、初めて教えに感謝していた。

 

「こんなに……命を削るような闘いで、ギリギリ踏みとどまれる…生きていられる……楽しめる」

 

 

男の狂った独白を、女性は静かに聞いていた。

 

 

弱い弱い人間が、こんなに強い強い人間に成るまでの、一欠片。

恐らくこの男は、そんな出会いや別れを繰り返して、此処まで行き着いた。

エピソードは元より、その経験が今のこの絶技に繋がっているのだと。

 

 

女性はそんなセンチメンタリズムに浸らざるを得ない。

何百年と生きる彼女には、理解できないような凝縮されたこの男の三十うん年。

 

 

 

 

 

それでも……

 

 

それだからこそ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「触覚の境界を…弄ったわ。刺激に対する閾値を……極限まで下げた」

 

八雲紫は、妖怪で在ったから。

人間を脅かすモノだから。

 

 

闘いの終わりは……目の前にある。




146歳まで人間が生きられるわけないだるぉぉぉ!!

次回
ずっとゆかりんのターン!決着あたりまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

人類最強(負けないとは言っていない)


触覚の閾値を極限まで下げられた男の変化は、劇的であった。

 

 

 

 

グシャリグシャリと、相次ぐクリーンヒット。

余裕すら感じられた絶技は見る影もなく、突き出てくる道路標識は男の体を強かに打つ。打つ。打つ。

 

男は再び防御体勢を取るが、その体勢に最早意味はなかった。上下の感覚も曖昧で自分が立っているのかすら知覚することが出来ていない。

 

男の触覚は危機察知の重要なファクターである、痛みすら伝える事はない。

 

ただ四方八方からの衝撃に内臓が踊る感覚。自分が紙切れの様に翻弄されていることしかわからない。

どんなダメージかも分からない、自分がどんな状況かも分からない。脳が揺れに揺れ、意識が攪拌されていく。

 

視覚、聴覚、触覚すらも失われ、男は最早、木偶の坊でしかなかった。

 

命がガリガリと削られていくような感覚。

残った味覚と嗅覚が、口の中に溢れる鉄の味と臭いだけを伝えてくる。

 

 

 

(あぁ……ダメだな…これは)

 

 

 

男が負けをこれほどまでに確信したのはいつ以来だろうか。

ここ何年も味わっていなかった、いつしか忘れていた、苦い味。

 

 

(なんにも…出来なかったなぁ…)

 

 

ほんの一筋の血を流させることしか出来なかった。

有効打と呼べるものは終ぞなかった。

 

手も足も出した。

男の半分もないようなウエイトの相手に、全力で襲い掛かった。

奥義とも呼べるような技も使った。

 

それでも、届いたのはほんの僅か。

 

 

(それでも……)

 

 

持てる力も技術も使い、思い付く限りの反撃を試みた。

手も足も出した上で、手も足も届かなかった。

 

完全敗北。

 

 

(楽しかったなぁ……)

 

 

一日千秋の思いで待ち焦がれていた。

 

自分が手も足も出ずに敗れ去るような、強敵を。

 

ウィンドウディスプレイされているトランペットを見る少年のように憧れていた。

何年も拗らせた恋心を秘めた青年のように燻っていた。

稼ぐことに毎日を消費するだけの社会人のように諦めていた。

 

退屈していた日常に、自分自身に。

ピリオドを打つ日が来ると………来てほしいと願っていた。

 

 

それが今だった。

それが彼女だった。

 

 

(もう少しだけ……続けたかったなぁ)

 

 

そんな淡い希望を抱くくらいに、男にとっては楽しい時間だった。

 

 

 

その時間も、終わる。

楽しい時間ほど、あっという間だ。

 

 

 

 

堅牢な筋肉の鎧が、大きく傾く。

 

男の体をささえ続けていた両の脚が、ガクンッと崩れ落ちる。

 

歪に整えられたボコボコの顔から、グシャリと床に倒れ付した。

 

 

 

 

決着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が倒れ、それを静かに見詰める女性。

 

何を思うのか、それは女性にしか分からない。

塵を見るように蔑むのか。

聖人を見るように尊ぶのか。

それとも、路傍の石を見るように、何の感慨もないのか。

 

 

 

そこに何の前触れもなく、スッと女性の背後に隙間が開く。

 

隙間から姿を現したのは、傾国と呼べるほどの美貌を備え、九つの黄金の尻尾を背負った女性。

 

「あまり趣味がよくない戯れですね」

 

「……あら、藍。見ていたの?」

 

藍、と呼ばれた女性は一つ溜め息を溢して肩を竦める。

 

「ただ一人の人間に振るうには、紫様の能力は凶悪過ぎます」

 

「それは…間違いよ。私の目の前に立っていたのは…」

 

八雲紫は薄く笑いながら、視線を薄汚れた月へ向ける。

その瞳は、何を見るのか。何を思うのか。

 

「間違いなく、強敵だったわ。ただの人間だなんてとんでもない。都合が良かったのは、私の能力が効いたことだけ。もし効かなかったら……なんてね」

 

「効いた事実は変わりませんし、人間であることも不変です」

 

より深い溜め息が、藍の口から溢れ出す。

 

「……それで、態々こんなところでこんなことをしているのには理由が?ただの八つ当たりかなにかですか?」

 

ジロリと目を細めて八雲紫を見やる藍。

そんな敬いの薄い、自分の式神に肩を竦めながら八雲紫はおどけたように笑う。

 

「酷いわねぇ、キチンとした理由があるのよ?」

 

「はぁ…聞きましょう」

 

やや投げやりに続きを促す藍。

その策謀には一目置いてはいる藍ではあるが、自分の主人が突拍子もないことを言い出すのは今に始まった事ではない。

 

 

 

 

 

「彼を、幻想郷へ」

 

 

 

 

「本気……いえ、正気ですか……?」

 

その言葉に、長年八雲紫の式神をやっている藍でも驚いた。

 

「本気も正気よ。少し前から目をつけていたの」

 

「漸く定着してきたスペルカードルール、それを、真っ向から否定するような存在を受け入れるのは危険過ぎます。下手をすれば幻想郷のパワーバランスを崩す可能性も…」

 

「そうでもないと思ってるわ」

 

ピシャリと藍の反論を遮る。

 

「見ていた通り、彼はただの人間、ひたすら強いという事を除いて。人間の極致、近接戦闘という意味だけでは幻想郷の大妖怪と互角以上に戦えるかもね」

 

「だから、それが問題なのです」

 

畏れる側の人間。

畏れられる側の妖怪。

人間が、畏れなくなったら?

妖怪が、畏れられなくなったら?

 

それは現代社会がよく表している。

 

強い者が記憶され、弱い者は忘れ去られてしまう。

衰退した概念は何れ消えていってしまう。

妖怪達の理想郷は、時代の波間に飲まれて消えてしまう。

 

現代社会が、そうであるように。

 

「藍が危惧することはよく判るわ。百も承知。でもきっと、そうはならない。何故なら彼は、何処までも人間なのよ。おかしな力も持っていない、能力もない、純然たる人間で、何時までも一途で、ひたすら強くて、何処か壊れた人間……」

 

「…ですが、態々危険因子を招き入れるのは……いえ、そうですね……排除も容易…だからですか?」

 

八雲紫の考えを推察した藍は、そのままに問う。

 

「えぇ、勿論。不要だと思えば直ぐ様処分も更迭も容易。私以外にも、容易く彼を殺すことが出来る者は少なくはないしね」

 

八雲紫も何の考えもなく招き入れることを決めた訳ではなかった。

 

「……ですが危険は少なくとも、益もないように思いますが……」

 

「そうでもないのよねぇ……。スペルカードルール、弾幕ごっこ…。いくら幻想郷全体の倫理の境界を弄っても、それに準じきれない者も多いのよ。私の能力だって万能であっても全能ではないのだから。大妖怪クラス……特に純然たる闘争が存在理由の妖怪や、生のままに人間を脅かすのが存在理由の妖怪には効き難い者も多いもの。溜まった澱みは何れは大爆発を起こしかねない……異変なんて比じゃないほどにね。彼にはそのガス抜きをしてほしいの」

 

(……なんとも残酷な事を考え付く。たかが一人の人間にさせることではない。しかし、勝手の多い大妖怪達には何れは必要かも知れないのは確かか…)

 

「彼はきっと幻想郷に行っても強者を求める。行き着くのは確実に大妖怪クラス、まぁ能力の相性もあるでしょうけどきっと良い刺激になる。そもそも彼はスペルカードルールの対象ではないから弾幕ごっこをする必要はない、だって特殊な能力もないただの人間なのだし。まぁそのまま木っ端妖怪に食われるならそれはそれでいいし、野垂れ死んでも私達には損はないわ。……そしてなにより、彼の悲願は叶う。WinWinではなくて?」

 

コロコロと笑う八雲紫。

 

いつも通りに笑っている筈の主人に、藍は違和感を覚える。

 

笑っているのに、笑っていない。奇妙な感覚。

長い付き合いだからこそ気付いた、些細な違い。

 

 

藍は返事もせずに汚い月を眺めながら、お喋りな主人の吐露を静かに待つ。

 

「どんなに人類で一番強くても、妖怪と比べてしまうと土俵が違うのは分かってる。別にこれしかないって解決案ではないし、一つの例として試してみるだけ。成功しても失敗してもなにか得るものがあるでしょう?私達に大きなデメリットはないけど、それなりにメリットが見出だせる。………それに」

 

不意に八雲紫は言葉を切る。

 

 

 

「それに………」

 

 

 

ふいっと、月から視線を外して、地に伏せる男に視線を投げる。

 

僅かに上下する胸が、男が呼吸していることを示していた。

ボコボコにされた表情は、何故か幸せそうで、満足げにすら見える。

 

 

 

ハラリと開かれた扇子が、その口元を覆い隠す。

 

瞳だけでは、嗤っているようにも憐れんでいるようにも見える。

 

 

 

 

「……誰からも恐れられ

たった一人で闘い続けて

何かを求め続けて

必死に足掻き続けて…

 

その結果誰からも避けられ

誰からも忘れ去られ

 

ただただ生を消費する……。

孤独(ひとり)で…一匹(ひとり)で、朽ちていくのを待つ存在。

 

そんな悲しい者を、ただ受け入れる世界があっても、良いじゃない。

 

幻想郷は全てを受け入れる

 

……そうでしょう?」

 

 

 

ふっと懐かしむような、思い出に浸るような、優しく呟いた言葉に藍も主人の思いの一端を感じる。

 

 

「……はい。御随意のままに」

 

 

敬愛する主人へ、ペコリと腰を折る藍。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……どうしますか?これ」

 

これ、と呼ばれた男は確かにパッと見死んでてもおかしくはない位にはボロボロだ。

そしてボロボロの割には安らかに微笑みながら倒れ付している。

 

「そうね…ちょっとやり過ぎたかしら?」

 

ジトッとした視線に、目線を逸らす八雲紫。

 

「そもそも、あんなになぶる様に闘う必要はなかったのでは?主要な感覚をほぼ奪っておいての追撃はやりすぎです。力の差を見せたかったなら、もっとスマートなやり方があったでしょうに」

 

「彼は闘いを望んでいたから。殺し合いではなく、ね。生命力の境界を弄ればあっという間に片付くのは分かりきっているけど、どんな闘いをするかは私の自由よ。そういうルールだったし」

 

「……本当に意地の悪い」

 

「あら?ルールを決めたのは彼よ?なんでもありルール」

 

「それはルールとはいいません……彼が承諾した時点で成立はしているのかもしれませんが……。はぁ…まぁいいです。でも、このままにはしておけませんね、せめて少し位は手当てを……」

 

藍はボロボロの男に近づいていき、手当てをしようと手を伸ばす。

 

「あっ、藍。もう感覚戻してあるから触っちゃ……」

 

八雲紫の静止は少しだけ遅く、藍は男の体に触れてしまう。

 

 

グッ

 

 

「!?」

 

 

予想すらしていなかった藍は、手首を掴まれる。

しかし、死力を尽くした男の握力はほとんど残っておらず、大した力を掛けることなく振り払えた。

 

 

意識のない筈の男。

至るところ痣だらけで、満身創痍なのが一目で分かる。

 

しかし、男は動いた。

 

「ぷっ……ね?寝てる時に触られたりすると反応するのよ。本当に出来るものなのね、漫画でしか見たことないわ……ふふっ」

 

藍の迫真の驚愕顔に、笑いを扇子で隠す。

 

「………」

 

ムッとして睨む藍。

 

「ふふふ…、私も前に興味本意で触ったら投げ飛ばされて、頭から落とされそうになったわ。その後も本当に寝てるのよ、信じられる?良かったわね、ボロボロで」

 

もう一笑いして、パチンッと扇子を閉じる。

 

「自己治癒力の境界を上げたわ、そのうち全快するでしょう。まぁ流石の耐久性ね、骨折が十数ヵ所、内臓を痛めている所もあるけど致命的なものはなさそうね」

 

「あの攻撃を受けていてその程度ですか…。本当に人間を逸脱していますね」

 

「本当に。恐らく触覚がなくても勘で致命傷を避けていたんでしょう。もし、もう少しだけ体力が残っていたら触覚すらも超越したかも……なーんて……」

 

「…………」

 

「…………藍?顔が怖いわ」

 

「やっぱり止めませんか?幻想郷へ招くのは」

 

「だーめ、もう決めたことよ」

 

聞く耳持たぬ、と八雲紫はスッと扇子で空を切る。

 

男が倒れている真下に隙間が開き、男が異空間へ落ちていく。

 

 

 

「さて、どうなるか見物ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は幻想郷へ。

 

 

その世界は、男が望むものではあるのだろう。

 

高潔な闘いも、一方的な闘いも、卑怯な闘いも、純粋な闘いも、選り取り見取りである。

 

しかし、決して男が望む物だけを与えてくれる世界ではない。

 

男は何を失い、何を得るのか。




ようやく幻想郷入り。


次回
素敵な巫女さんあたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

あー啓蒙高まり過ぎて二次元が現実のモノとなるそんな予感がする……


「あれ……」

 

 

男は目を覚ます。

目の前は快晴の青空。

暖かい日差しが木の隙間を縫って差し込む。

辺りは木々が生い茂り、草の青臭い匂い。

喧しいまでに小鳥のさえずりが響いている。

 

「天国……?いや、地獄?」

 

死んだと思っていた。

闘いしかなかった人生に、ピリオドを打たれたのだと。

 

それはそうだ、男が決めたのだ。

殺し有りのルールを。

 

だが、どうも死んだにしては穏やかすぎる光景。

体の節々は痛み、体を起こすのも億劫なのが、あの闘いは幻ではなかったことを告げている。

 

「あー……どうすっかな」

 

誰に言うわけでもなく呟く。

いつもならば、日銭を稼ぎに工事現場に行かなくてはならない。

 

しかし、男は空を見上げたまま、体に残る闘いの余韻を享受し続けた。

 

男は感じる、肋骨が何本か、頬骨、左上腕骨、右の前腕、更には右の膝と大腿骨にヒビが入っている。

筋肉は乳酸まみれで酷く気だるく、左の眼瞼は腫れてて開け難い、口の中は鉄の味の残滓で粘ついている。

 

 

そして矢鱈と体がポカポカ暖かい感覚。

細胞が奮起し、現在進行形で骨が繋がっているような不思議な感覚。

 

 

そして……

 

 

 

ググゥ~~~……

 

 

 

「腹……減ったなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴を上げる体に鞭打ち、なんとか立ち上がる男。闘いのない退屈は無気力に受け流せるが、食欲はどうにもこうにもならない辺りは人間らしい。

 

男は辺りを見回すが、木、木、木。

どうやら森の中であろうということしか分からない。

 

「そういや…何処だ此処?」

 

漸く自分の置かれている状況が、どうやら普通ではないことに気がつく。

 

「山奥…?コンビニ……あるかな」

 

男は知らない。コンビニどころか気安く物を買えるような所ではないことに。

そして思い当たってもいない。現金もビルの寝床に放り出したままなので、無一文で着の身着のままであることを。

例えあったとしても、此処では現代の金銭は無意味なのだが。

 

 

物思いに耽っていると、ボーッとしていた意識が徐々にハッキリとしてくる。

 

「あの人……いや、妖怪?八雲…紫…さんっつったっけ…何処に行った?…連れてこられた…のか?妖怪だっつーくらいだから、神隠し?」

 

グギュル~~……

 

何はともあれ男は歩き出す。せめて何か腹に入れなくてはと。

 

 

 

太陽は頂点を過ぎている。歩くにしても暗くならないうちに民家でも見つけなくては山で一晩過ごすことになりかねない…のだが、男の歩みは遅い。

 

怪我よりは空きっ腹が堪えているようで、腹を擦りながらふらふらと足取りは頼りない。更にはあちこちにしゃがみこんではなにかを拾い集めているため、余計に時間が掛かっている。

 

足元に転がっている石を拾ってはポケットに突っ込み、乾いた枝を手頃に折っては蔦で括って纏めて持つ。

その辺りに生えている草を匂いを嗅いでは摘み、小石を指で弾くと木の上で囀ずっていた小鳥が落ちてくる。

途中で見つけた野生のアケビにかぶり付き、幾つかもいでおく。所々で小腹を満たしつつもふらふらと歩き出す。

 

 

男は慣れていた。

 

 

人生でホームレス生活の方が長く、動物と闘っていた頃には山に住み着いていた時期もあり、殆どが自己流ではあるがサバイバル技術には長けていた。

 

都会では物が溢れていた為、金を稼いだ方が何かと楽だったからそうしていただけで、男が田舎に居を構えていたのであれば農業や狩猟でもやっていたに違いない。

 

道すがらどんどん荷物が増えていく。

ただでさえ汚かったTシャツは、更に男自身の血で赤黒い汚れが増えていたが、男は気にすることなくTシャツの裾を籠代わりにして収穫物を運ぶ。

 

 

 

 

 

日が傾きかけてきた頃、男は木々の奥に拓けた所があるのを発見した。

男は荷物も増えたしちょうど良いと、拓けた場所を目指す。

 

 

 

ガサガサと藪を掻き分けると、そこには石の階段があった。

 

 

この山で目を覚ましてから初めて見る人工物。

階段の上には鳥居が見えており、階段を眼下に見下ろすと、遠くの方に集落のようなものが見える。

 

男は、本当に此処は何処なんだと思いつつも、とりあえず鳥居へ向かい石階段を登ることにする。

 

(誰かいるなら道を聞くなりして…誰もいないなら軒先借りるか…)

 

決して短くはない石階段を登り切ると、そこには神社があった。

 

人の気配はない。

寂れているが、掃除の後や建物には生活感があるのに気づく。

 

「すいませーん」

 

男の声が響くだけで、誰も反応しない。

 

「留守……か」

 

ドンと鎮座している賽銭箱の横に座り込み、とりあえずここで待っていれば誰かは来るだろうと当てを付ける。

 

(最悪、見えた集落に行けばいいだろ。とりあえず……飯にするか…)

 

軒先を借りて食事の準備をすることにする。

 

 

道すがら拾ってきた石をとにかく打ち合わせてみる。

男は原理は理解してはいないが、経験上黒っぽい石や、角張った石を打ち合わせると火を起こせる事を知っている。

知っている、というよりは、昔の子供向けの教育番組でやっていたことを真似たらたまたま出来た、というのが正しい。

 

板さえあれば摩擦式の火起こしもできるのだが、生憎と生木ばかりの森林の中では、火起こしに適する木の板なんて見つけられなかった。

 

類い稀な男の力で花火のようにバチバチと飛び散る火の粉。

 

繊維状に解した草にすぐに引火し、乾いた枝で火を大きく育てていく。

 

 

火が育つ傍ら、ブチブチと小鳥の羽を抜き、木の枝に串刺しにして焼く。

血抜きもなにもない。ただ焼いて食うだけ。

小鳥は食うところも少なく、なんの下処理もしていないため、えぐみや臭みも強い。直火で炙っているため、ほぼ焦げている。それでも、男は貴重な蛋白源を余すことなく貪る。

 

腹の足しにと取ってきた山菜も可食部位のみにし、焼く。

勿論適切な下処理をしていない山菜は最早雑草と大差ないような青臭さと苦味しか感じなかったが、それでも腹の足しにはなった。 

数個の木の実や果実をデザートとして、ようやく人心地つけた。

 

 

そんなことをしている内に、夜の帳が降りてきて、男の顔を明るく照らすのは、頼りない焚き火だけであった。

 

耳が痛くなる程の静寂。パチパチと弾ける焚き火音だけが全てだった。

 

昼こそ温暖ではあったが、夜はそこそこ冷える。吹き付ける夜風は冷たい。

しかし、不自然なまでに熱を持っている男の体には心地好いものでもあった。

 

 

 

ゆっくり視線を上げると、大きな大きな月が登り始めている。

 

都会で見上げた汚れた月とは比べ物にならないくらい、綺麗に輪郭を示している。

 

ボーッと月を見上げる男。

 

 

月に何を思うのか。

 

八雲紫との邂逅か、今だ見ぬ強敵との激闘か、或いは明日の朝飯か。

 

 

 

月を見上げていると、視界に黒い影が横切る。

 

 

蝙蝠か何かかと一瞬思ったが、それにしては大きすぎた。

そして、暗闇に栄えるくらいに派手すぎた。

 

 

 

 

 

 

「あんた……此処でなにしてんの?」

 

 

特徴的な巫女服のような物を纏った少女が空から降り立った。




サバイバルと言えば金属歯車3。わりとやり込んだなぁ。カエル自力で見つけきれなかった。

次回
巫女との会話あたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

仕事終わりに投稿。
ぬわああああんつかれたもおおおおん。やめたくなりますよー仕事ぉー。


女性と呼ぶには幼い体躯。

一種の神秘性すら感じるような独特の空気感。

神社という場所も相まって、より神聖さを感じる立ち姿。

 

「人の家の軒先で焚き火なんて、放火魔かなんか?」

 

御払い棒で肩をトントンと叩きながら、半眼で推し測るように男を見る巫女服の少女。

 

「あっ…いや、ごめん」

 

男は少し慌ててまだ煌々と火を灯していた焚き火を踏み消そうとする。

 

「ちょっと!危ないでしょ!少し待ってなさい」

 

それを静止して、神社の中に入って行き、すぐに鍋を持ってきてその中身を焚き火にぶちまける。

焚き火はあっという間に鎮火され、辺りは本当に闇に包まれる。

 

「…はぁ。あんた…外来人でしょ?暗いから上がっていきなさい」

 

「が、外来…人?」

 

あまり聞き覚えのない単語。

外国人ならまだしも、外来人?と男は首を傾げた。

 

「上がってから説明するわ、早くしなさい」

 

自分の歳の、おおよそ半分もいかないようなの少女にせっつかれながら、神社の中に足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は、何故か風呂に入っていた。

昔懐かしい五右衛門風呂。大釜に満たされた湯から、もくもくと湯気が立ち上がる

昔懐かしいとは言っても、入るのは初めてなのだが。

 

 

「うわっ!あんた、きったな!!」

 

 

神社に入り、灯りをつけた途端に少女に言われた言葉である。

 

稼いだ日銭に余裕が出来たときに、銭湯にいく位であった。

何より工事現場でバイト、死闘、山歩きと一連に行ってきただけあってその汚れは相当なものであった。

 

人の家の風呂を借りた経験などなかった男は非常に戸惑ったが、少女の剣幕に圧されてすごすごと入浴と洒落混んでいる。

 

何度も体を擦り、しこたま汚れを落としてから肩まで湯に浸かると自然と口からため息が出る。

 

 

男の体はあちこちに内出血が目立ち、通常の色をしている皮膚のほうが珍しいという有り様だ。

 

だが、どうしたことだろう。

確実に癒えて来ている。

骨折も時折痛むが、動くのに支障がないくらいにまでは繋がってきている。

 

己の体を正確に理解している男であるから、その異常性に気付いた。

 

(やたら体が火照るのは…そのせいか?)

 

男は知らない事であるが、八雲紫が施した自己治癒促進状態であり、空腹感が強いのもそのせいである。

 

 

「此処に代わりの服置いとくから」

 

「えっ、あっはい」

 

不意に風呂場の外から声を掛けられ、すこし焦りながら答える男。

 

(俺用の服……?父親とかのか?そういや家族とか見なかったけど……)

 

あーでもないこーでもないと思考は巡るが、話を聞かなきゃ始まらないと、とりあえず風呂から上がる事にする。

 

 

 

 

 

 

 

「すんません…お先いただきました」

 

多少申し訳なさそうに居間まで戻ってくる。

少女はなんでもないように居間で茶を啜っていた。

 

「……少し小さかった?」

 

少女が用意した服は、着流しの様な成人男性サイズの和服であったが、男の身長は180cmを越えるので裾から脛が見えてるし、男の過剰搭載された筋肉を包むには些か頼りない。

 

ミチミチと服を押し上げる筋肉。帯ではなくボタンであれば弾けとんでいただろう。

 

「いや…大丈夫……です」

 

恩がある手前、慣れない敬語で対応する。

 

「他に男物の服なんてなかったから、まぁ着れて良かったわ。はい」

 

机を挟んで少女の対面。そこに差し出された茶碗。

 

「出涸らしだけど」

 

いらない一言ではあるが、男には有り難かった。純粋な水分確保ができていなかった故に、果実で誤魔化していたが、出涸らしであろうと水分は水分だ。

 

男は少女の対面に座り、同じように茶を啜る。

 

「面倒だから簡単に説明するわ」

 

なんの前置きもなく少女は口を開く。

 

「此処は、幻想郷」

 

「げんそう…きょう?」

 

「そ。箱庭の世界、妖怪の楽園、非常識の内側。此処には妖怪も幽霊も妖精も、なんなら神様も閻魔様だっている。忘れ去られた存在の理想郷。現代で貴方のように神隠しされ、この地に来るのが外来人…って呼ばれている」

 

妖怪、という言葉にドクンッと男の胸が高鳴った。

 

「まぁ、信じないならそれでいいし、疑っても別に構わないわ。怪しいと思って逃げ出してもいいし。私を害そうものなら…ブッ飛ばすけど」

 

男の頭には、最早少女の言葉は半分も届いていない。

八雲紫の様な妖怪が、此処には、幻想郷にはいる。ゾクゾクと震える背筋。沸き上がる闘志。

 

「運良く貴方は、妖怪のご飯になることなく此処まで辿り着けた。明日には紫に話つけて送り返してもらうわ。今日は泊まっていきなさい」

 

聞き逃せない人名が出てくると、男の反応は劇的だった。

 

「紫……!?八雲紫…さんの事っすか?」

 

「……何?知り合いなの?」

 

「知り合い……つーか、闘った…いや。ボコられた……仲?」

 

「……は?あんた、紫と闘ったの?」

 

心底理解できないかのように首を傾げる。

 

「いや…まぁ。手も足も出なかったけど…」

 

「……馬鹿なの?死にたいの?」

 

「いやぁ……」

 

頭を掻いて照れる男。

 

「いや、褒めてないわよ。……というか、本当に紫?あの出不精で仕事以外だと穀潰しの紫?」

 

「いや…それは知らないけど……金髪で紫色のすげぇ格好して…なんか変な所から出てきた」

 

「ついでに胡散臭くなかった?」

 

「……多少」

 

「なら間違いないわね。人間相手になにやってるんだか…」

 

少女は腕を組み、呆れた様な表情で溜め息をついた。

 

「あの……さ」

 

「ん?何?すぐに食べられるような物ならないわよ。レミリアのところにタカり……ご馳走になってきたところだし」

 

「(麗美理亜……?って…誰だ?)……いや、聞きたいこと…あってさ」

 

「何?分かることなら構わないわ」

 

「妖怪って……沢山いるのか?」

 

「小物なら有象無象、百鬼夜行で売るほどいるわ。この辺りは私が大体懲らしめるか退治したから大人しいけど、人里辺りはまだまだ夜は活発よ」

 

少女の言葉に一つ引っ掛かりを覚える。

 

「退治って…君が?」

 

「一応ね、巫女だし」

 

自分の半分も満たない少女が、男がしこたま痛め付けられた妖怪を退治するという事実に驚愕を隠せない。

 

(巫女ってつえーんだなぁ……全然そんな気配なかった…。もしかして漫画みたいな力とか持ってんのか?そういやさっき空から降りてきたっけ…)

 

闘ってみたい、と男の悪癖が顔を出す。

 

「……ちょっと勘違いしていない?紫クラスの大妖怪なら私も手こずるわよ?簡単にはいかない」

 

「手こずるだけ…って。すげぇんだな」

 

一方的にやられないだけ、男にとって羨望だ。

 

「そうかしら?まぁ博麗の巫女なら代々それくらい出来ないと調停者として役に立たないからね」

 

男と少女では闘うの定義が隔絶していることに、両者とも気づかない。

 

男は純粋な戦闘力による闘いを前提としているが、少女はスペルカードルールを前提としている。

 

無論、先代の博麗の巫女達はスペルカードルールというものが存在しない内から妖怪退治をしていたのだから、強いのは明白だ。

 

そして当代の博麗の巫女、博麗霊夢も並大抵ではない実力を持っている。スペルカードルールを抜きにしても実力者であることには変わりない。

勝負勘と度胸、類い稀な霊力量、見切りの鋭さ、そして彼女の“空を飛ぶ程度の能力”。それらが博麗の巫女の中でも天才と呼ばれるほど卓越した実力を支えている。

 

 

 

そんな少女を前にして

 

「な、なぁ……」

 

男は欲望に忠実だった。

 

年端もいかない少女に、大の大人が喧嘩を売ろうとしている。普通に犯罪である。

 

「嫌よ」

 

「えっ……まだなにも言って……」

 

「嫌。なんかあんたから鬼みたいな気配がする。戦闘狂で欲望に忠実。残念ながら、あんたと私じゃ勝負にならないわ」

 

「……そっか」

 

男は実力差で勝負にならないと解釈したが、少女は言った意味はまるで違う。

 

単純に闘いの舞台が違うと言いたかったのだ。

肉弾戦となれば少女に勝ち目はないし、なんでもありならば男に勝ち目はない。

 

チェスの世界チャンピオンとボクシングの世界チャンピオンが、編み物で決着を付ける様なものである。

 

少女は無意味な闘いをしたくはないし、興味もない。人間の男と争うつもりなど毛頭無い。

そして男は男で無意味な闘いを望んでいる訳ではない。昔は問答無用と闘うこともあったが、それはあくまでも闘いになっていたからだ。強くなってからはあくまでも同意の上で闘っていた。無鉄砲に闘うには、男は歳をとりすぎたのもある。

 

あっさりと男は引き下がった。

それよりも、男には気になる言葉があったからだ。

 

「鬼って……本当にいるのか?」

 

「ええ、いるわよ。いつもなら此処にも住み着いているんだけど…最近なんの異変もないから暇潰しに地底にでも行ってるんじゃない?」

 

異変、地底。

男にはピンと来ない単語が端々にあるが、それよりも男にとって重要なのは、鬼がいる、ということだ。

 

「そっか…」

 

子供の頃に見た、絵本。

物語にしかいなかった存在が、いる。

男の口許が緩む。

筋骨隆々、人を襲い、喰らう。

どんだけ強いんだ…と。

 

自分では歯が立たない様な、強敵。

 

妖怪も巫女も鬼もいる。もしかしたら、他にも何かいるかも…いや。いるに違いないと確信にも似た思いが過る。

 

 

 

 

男にはこの幻想郷に、平原を満たすようなご馳走の山を、降り積もる財宝のような夢想した。

 

 

 

 

「……なんか変なこと考えていない?顔、気持ち悪いわよ?」

 

「えっ、……あぁ、いや、その…ね」

 

少女からの暴言と言っても過言ではない指摘。

ワクワクと心踊っている男には効果はない。

 

「ま、なんにせよ、夜が明けたら紫に頼んで元の場所に……」「いや、それはいい」

 

男は少女の言葉を遮って断る。

 

「……いいの?折角拾った命よ?」

 

「あぁ。もう死んでいたようなもんだし…。此処で生きてみたいんだ」

 

八雲紫に半殺しにされたことではない。

 

生を消費するだけの人生。

退屈で退屈で、死ぬほど退屈だった。

最早死んでいたと言っても過言ではない退屈な日々。

 

神の思し召しか、悪魔の誘いか。

この幻想郷へ招かれた。

 

 

男の力は異端だった。

 

異端故の孤独。

孤独故の寂寥。

 

男は、寂しかった。

 

頂から見回しても、何もなかった。達成感も満足感も。

愚痴を言う相手も、一緒に騒ぐ相手も。

 

 

なにも、なかった。

 

 

「何よりも…此処には俺が求めていた物があるかも知れないんだ」

 

「……あっそ。じゃあそうしなさい」

 

少女は素っ気なくそう言うだけで、ずずっと茶を啜る。引き留めることも、嘲るわけでもなく、淡々と。

 

元からこの少女は、如何なる物からも浮いている。

 

冷たい性格という訳でもなければ、全てに興味がない訳でもない。

能力故なのか個人の資質なのかは分からないが、人間からも妖怪からも浮いた存在。

 

 

 

全てを受け入れる幻想郷。

その世界と申し合わせたような、超然とした巫女。

男を見捨てた訳ではなく、その意思を受け入れただけ。

諸行無常を体現したようなその姿は、男に不思議と安心感を与えた。

 

「……有り難う」

 

「お礼言われる筋合いはないわね。余計な手間が省けただけよ」

 

そう言って空になった茶碗を流しへ片付け始める。

 

「あとそこに布団入ってるから、勝手に使って」

 

そう言ってさっさと奥へ引っ込んで行こうとする少女。

無用心というよりは、自己の実力への自信でもあり、単純に慣れている様な態度。事実、結構な頻度で催される宴会で、酔い潰れて泊まっていく友人達が多い為にそれなりの数の布団が用意されている。

 

「えっ、あ、有り難う」

 

そんな少女の背中に頭を下げる男。

 

少女は男を一瞥もしないまま、ヒラヒラと手を振り襖を閉めて出ていった。

 

 

 

「あれ…」

 

その姿を見送って、男はふと思い出す。

 

「そういや、あの子の名前……聞いてなかったわ」

 

お互い自己紹介すらせずにいたことに漸く気づく。

 

まぁ明日聞けばいいかと思い直し、いそいそと布団を敷き、明かりを消して布団へ潜り込む。

 

男が布団に潜り込むとキチンと干された布団の匂いに混じり、なんとも言い難い、甘い匂いに居心地の悪さを感じる。

 

 

 

居心地の悪さもそうだが、男は童心に返ったかのようにワクワクして眠れなかった。

 

男は強敵との邂逅を夢に、やがて眠りに落ちていった。




自分が急に幻想郷に行ったらまず帰りたい。というか間違いなく帰る。
というか、霊夢のキャラがよくわからない。二次創作と原作の中間みたいになりそう。

次回
旅立つあたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

ようやく幻想郷入りに一区切り。
色々考えてはみましたが、そこまで長編にはならなさそう。創作のリハビリにはちょうど良い感じ。
今度こそエタらずに終われるといいなぁ。


「ふぁあ……」

 

少女は大あくびをしながら居間の襖を開ける。

 

 

誰もいない。布団もキチンと片付けられており、人の気配はない。

雨戸は開かれており、居間には心地好い風と朝日が差し込んでいる。

 

 

少女にとっては誰もいない事がわりといつもの光景だがそこで思い出す。

 

「あれ…?昨日、外来人泊めてた…わよね?」

 

逃げたのか、もしくは既に何処かへ行ったのか。

元より盗まれて困るような物も置いてはいない。それはそれでいいかとあっさりと切り替える。

 

目を擦りながら、朝食の準備をしようかとした時、外に見慣れない者がいるのに気づく。

 

 

 

 

 

 

それは、武そのものであった。

 

 

 

 

 

 

空に円を、線を、点を、幾通りにも描く。

それは、重く、速く、鋭く。

舞うように、駆けるように、翔ぶように。

まるで羽が生えているのかと思うくらいに軽やかに。

まるで地に根が張られているかと思うくらいに力強い。

上着がはだけられ、露出された筋肉は彫像のようにきめ細かく、神に創造されたかのように完成していた。

幾層にも重ねられた醜い傷痕すら、その美しさを損なうことはない。それどころか、荒々しさを表現し芸術性すら感じざるを得ない。

 

 

 

超然としている博麗の巫女をしても、見惚れる。見蕩れる。 魅入られる。

 

 

 

 

人類最強による演武

 

強さの凝縮された結晶体

 

弾幕の美しさとは違う、極限に宿る美

 

 

人の体はここまで器用に動くのかと

人の体はここまで鍛えられるのかと

人の体はここまで極められるのかと

 

 

 

確かに男は空は飛べない。

確かに男は何も操れない。

確かに男は妖力を持てない。

確かに男は霊力の適正はない。

確かに男は魔力を引き出せない。

確かに男は奇跡を起こせない。

確かに男は時間は止められない。

 

 

確かに男に能力は……ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、どうした?

 

 

 

男には鋼の拳がある。

男には二本の脚がある。

男には二本の腕がある。

男には頑強な肉体がある。

男には膨大な経験がある。

男には柔軟な対応力がある。

男には積み重ねた技術がある。

 

男には、人間の闘いの叡知が詰まってる。

 

 

 

そう思ってしまうほどに、流麗な演武。

 

少女は息をするのも忘れて、暫くその光景を、眼に映していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女が起きてくる暫く前。

 

 

男は日が顔を出す前に、誰が起こすでもなくパチリと目が覚めた。

いつもなら少し微睡んだ後に寝床を後にするのだが、気持ちは逸っていた。

 

無性に体を動かしたくて仕方がない。

 

昨日まで鈍痛が響いていた全身は既に全快しており、不自然な火照りもない。

 

空腹感はあるが、それよりもアドレナリンが体を動かす。

 

 

男は飛び出して行きたい気持ちを抑えつつ、布団をいそいそと片付け、雨戸を引き開ける。

 

案の定辺りは薄暗闇。しかし、気の早い小鳥は鳴き始めている。

薄暗いが手元を見るのに苦はないため、昨日の焚き火跡を片付け始める男。

 

若干黒っぽい汚れは残っているが、それなりに綺麗になったことに満足する。

 

 

少女が起きて来る様子はない。

 

気は急いている。昇って来た朝日に、怪しく照らされる森。快晴の空。そこにはどんな刺激があるのかと、ワクワクと心が躍る。

 

そわそわと落ち着かない感覚。

 

しかし、このまま出ていくのも義理に欠ける気がした男は、少しでも発散しようと拳を振るう。

 

 

 

いつもしていた暇潰し兼用の鍛練とは趣が違う。

 

鍛練というよりは、準備運動。

 

退廃的ですらあった男の鍛練。

無意味ですらあった男の鍛練。

思いもなく目的もなく、他にやることがないからやっていた暇潰し。

 

 

だが、今の男の鍛練はどうだ。

 

 

その打突はその蹴撃は、煌めきすら放っているように舞っている。

未だ見ぬ強敵を夢想しながら振るわれる腕は脚は、天まで届けと飛翔している。

 

 

闘いが楽しくて楽しくて、仕方がなかった10代。

徐々に相手に苦慮し、闘いにならなくなってきた20代。

頂に立ち、大切な何かが失われようとしていた30代。

 

 

そして30代の半ばに差し掛かり、幻想郷が男の胸の奥に、再び熱を宿した。

男の気持ちを写すかのように、その武は今、躍動している。

 

 

 

幾度、武を振るったであろう。

辺りはすっかり明るくなった頃に、男を見る視線に漸く気づく。

 

「あっ…お、おはよう?」

 

些か間抜けな挨拶であった。

 

「おはよう。……もう、終わり?」

 

「えっと…あー…うん」

 

「そ。裏に井戸があるから汗流してきなさい」

 

少女は手拭いを男へ放り投げ、何事もなかったかのように居間へ引っ込んでいく。

その姿を唖然としながら見送る男。

 

「気づかなかった…いつから見てたんだ?声かけてくれても…よくね?」

 

大の大人が夢中になっているところを見られ、多少ばつが悪かった男は誰に言うでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

「い、いただきます」

 

男の目の前には、白米に味噌汁焼き魚おひたしと、純和風の朝食。

 

 

黙々と箸を進める二人の間に会話はない。

 

 

迷い箸引き箸とお世辞にも行儀がいいとは言えない男に比べ、見事とも呼べる箸使いで食事を進める少女。

 

チラリと少女の食事を盗み見る男。

 

(魚って…あんなに綺麗に食えるんだ…)

 

親と子でも有り得るような歳の差の二人は、何を言うでもなく朝食を終える。

 

「……あ、俺、洗う……」

「いいわよ、茶碗割られたら困るし」

 

少女のつっけんどんな態度に粛々と引っ込んで行く男。

男に出来るのは机を拭くことくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

「まだ生乾きだけど、仕方ないわね」

 

いつの間に洗ってくれていたのか、男のTシャツとジャージ。流石に下着は渡せずに着たままである。

 

「あ、そしたらこの服…」

「持ってっていいわ。どうせ箪笥の肥やしになってた物だし」

 

思わずその場で脱ぎ出そうとする男へヒラヒラと手を振る少女。

 

「はい、あと風呂敷。鞄も何もないんでしょ?ないよりはマシでしょ」

 

「あ、有り難う…ございます」

 

少女の至れり尽くせり具合にどうしていいか分からなくなる男。

 

「はいはい。お礼は生きていたら賽銭でも入れに来てくれればいいわ」

 

生きていたら。

 

そう、生きていたら。

 

「……必ず入れに来る」

 

「期待しないで待ってるわ」

 

最後まで飄々とした態度は崩さない少女に、男は苦笑いする。

 

 

 

 

 

 

寸足らずな着物に身を纏い、肩には風呂敷、中身は元の服と火打ち石。

 

来たときよりは上等過ぎる佇まい。

 

「なんつーか…お世話になりました」

 

「ん」

 

ヒラリヒラリと風を凪ぐ少女の細腕。

 

相変わらずの態度は別れの際も健在で、男には逆にそれが安心する。

 

「あ、そうだ」

 

「まだなんかあんの?」

 

「いや…名前…聞いてなかったなって」

 

「名前?」

 

「恩人の名前も知らないなんて……えっと、なんかこう不義理な気がして」

 

「別にいいんだけど……」

 

わたわたとする男へ、心底面倒そうに返す少女。

 

 

 

「博麗霊夢。当代博麗の巫女よ」

 

「はくれい…れいむ」

 

男は不思議と、この超然とした年下の少女にピッタリとした名前だと思った。

 

「…で?あんたは?」

 

「えっ…お、俺?」

 

「当たり前でしょう。他に誰がいるのよ」

 

誰かに名乗るなんて、誰かに名を聞かれるのなんて、いつ振りだろうと思い出す。

 

男に寄ってくる誰も彼もが、男ではなくその強さに惹かれて来る。

 

男の名前は、やべーやつ、標的、戦闘狂、人類最強といった看板に上書きされていた。

 

久しぶりに名乗る。

元は何処にでもいたような、子供。

珍しくも何ともないその名前。

ただ強くなる才能があり、闘いが大好きで、頂点に立った男。

 

 

 

 

「…(たける)。佐藤…武。武道の武って書いて、(たける)

 

 

 

 

「そう、武さん…ね。貴方にピッタリの名前じゃない」

 

そう言って、いつも仏頂面だった少女は花が咲くように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

妖怪が蔓延り

 

人間が畏れ

 

妖精が唄い

 

神が祈り

 

少女が飛び回る

 

幻想郷

 

 

幻想に生きる者達と、闘いに生きる男。

二つが出会い、物語が動き出す。




メイン対戦者としては今のところ三人考えてます。
というか、能力次第で勝負にもならない奴ら多すぎぃ!

次回
VS妖怪辺りまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

ようやく幻想郷探訪。
原作には全く影も形もないのに、東方二次創作ではわりと出てくる妖怪。


足取り軽く、リズミカルに石階段を下りていく男。

 

うんざりするような、やたら長く古ぼけた石階段すらも、男にとっては遊園地のゲートの様なもの。

 

階段の中腹に差し掛かったあたりで男の我慢はピークに達した。

 

階段を逸れて、ガサガサと藪に分け入る。

童心に帰り過ぎて、今晩の宿も危うい事に思い当たっていないあたり、男のワクワク感を伺える。

 

 

藪を抜けると、辺りはまさに森。

木々が鬱蒼と生い茂り、昼間だというのに薄暗く、本当になにかが出てきそうな雰囲気がある。

 

男にとっては、むしろ早く出てこいといったところだ。

男は鼻歌混じりに行き先も鑑みることなく森の中を突き進んでいく。

 

 

 

 

最早、軽い遭難である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っかしーな……」

 

男は戸惑っていた。

 

歩けども歩けども、森森森。

代わり映えしない光景が続く。

妖怪もなにもない、たまにいるのは野生の小動物。

博麗の巫女が言うことには、小物の妖怪は沢山いる…ということだったが、影も形もないのが現状だ。

 

ガサガサと風に揺れる木々までもが男を嘲笑っている様だ。

 

 

 

「…くすくすくす」

 

 

 

事実、何かに男は笑われていた。

 

しかし、音を消され、見える光景をねじ曲げられ、男はその存在に気づけない。

 

「馬鹿な人間…くすくすくす」

 

「干からびるまで迷うといいわ……くすくすくす」

 

「……というか、迷ってるのに気づいてなくない?」

 

男から少し離れた藪の中。

 

三人…妖精を人で数えるのかは定かではないが、三人の小さな少女達が男を見て嘲笑っていた。

 

実際には、男は何かがいるのには気づいている。

 

しかし、相手が悪かった。

妖精には小さな悪意はあっても、殺気はない。

自然物に近い存在であるが故に、何かいる、と察知出来ても、そこらの小動物と変わらない存在感しか感知できない、男には完全に捉えきれない。

 

しかし、もし男が注意深く辺りを探っていたのなら、仮に木に目印でもつけていたのなら、異常に気がつき、話は別だったであろうが……。

 

 

要は、男は浮かれているのである。

 

 

「あの人間…なんであんなに楽しそうなの?」

 

妖怪が跋扈する森で迷う。

もし妖怪と出会ってしまったのなら死は免れないというギリギリの状況。

 

どんな人間でも(一部例外はあるが)そんな状況では、小鹿よろしく震えているものであったはずだ。

なのにこの男ときたら鼻歌を歌いながら呑気に歩き回っている。妖精の能力により同じ場所をひたすらグルグルと。

 

「…さぁ?」

 

「馬鹿なんじゃないの?」

 

ある意味、妖精の指摘は間違ってない。

男は馬鹿なのである。妖怪との遭遇を心待ちにして、異常事態に気づけない程度には危機感はぶっ飛んでいるし、闘いたくて仕方がない戦闘馬鹿なのである。

 

 

「…なんか、つまんない」

 

「…そうね」

 

人間があたふたとする姿を想像していた妖精達は直ぐ様飽きてしまう。元より飽きっぽい妖精達だ、なにもリアクションがなければ早々に興味を失ってしまう。

 

「あっ!」

 

「ん?スター?どうかした?」

 

「あっちから何か来る…」

 

一人の妖精が指差したのは、男の進行方向だった。

 

「……やばっ」

 

「しーらないっと」

 

「えっ?サニー!ルナ!待ってよう!」

 

ピューッと効果音がつくような逃げ足で、妖精達はその場から逃げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……」

 

男は浮かれに浮かれていたが、すぐに辺りの様子が変わったのに気が付く。

 

急に妖精の能力が解除されたため、まるでチャンネルを変えたかの様に目の前の光景がパッと切り替わったように見えた。

 

「なんだ…?妖怪の仕業か?」

 

男の中では、不思議な事=妖怪の仕業=強い、と単純な方程式が出来つつあった。

大体事実ではあるのだが、かなり妖怪への過大評価が強い。

 

流石に不思議体験をした男は、漸く足を止めて警戒体制を取る。

 

辺りの小鳥は異常を察知しているのか、囀ずりは既に止んでいる。

深い静寂の中に混じる、ガサガサという音。

ズルリズルリと這うような音。

 

何かが、近づいている。

 

 

 

一定距離の所で、音が止む。

 

再びの静寂。

 

男の足に感じる、微振動。

 

強い殺気。

 

その源は、男の足下。

 

 

 

 

 

 

男の足下が急に盛り上がったかと思ったら、地中から鋭利な牙を持つ何かが飛び出してくる。

 

 

 

ガギンッと男がいたはずの空間を噛み千切る異音。

 

 

 

 

男は余裕すら感じるステップで、何かの一撃を避けていた。

 

ズルリズルリと地中から這い出てくる何か。

その全貌が、地上に曝される。

 

「……すっげぇ」

 

男は半笑いで呟いた。

 

鋭利な牙から覗く口角からは粘性がある液体が滴り落ちている。

黒光りして、一目で強固である事が分かる甲殻。

数えるのも馬鹿らしくなるような足々。

獲物を狙い定めるような触覚と感覚器。

 

 

 

 

全長が6mほどの、大百足。

 

 

 

 

男は、何処かで聞いたことがあった。

 

もしも昆虫が、人間大の大きさだったら。

 

アリは自重の何倍の物を軽々と運び、ノミはビルを飛び越し、カブトムシはトラックを引っくり返す……らしい。

 

 

なら、この人間を遥かに越える大きさの百足は、いったいどんな事が出来るのだろう。

 

大きさはパワーである。重量はそのまま破壊力であり、強いことの裏付け。

 

 

 

デカイこと、説明は不要。

 

 

 

キリキリギチギチと不快な音を大百足は発する。

 

知恵も低く自我も薄い。本能に身を任せるだけの昆虫妖怪。能力もなく、悪知恵が働くわけでもない。

 

ただ、この大百足は体躯が大きかった、大きさは単純な強さでもある。

 

能力を抜きにした単純な戦闘力だけならば中級妖怪の上位にも食い込むだろう。

 

 

 

 

 

 

大百足は空腹だった。

 

 

元の住み処からはその大喰らいさと見境のなさで、とある昆虫を統べる妖怪の不興を買って追い出され、山を彷徨いていたところを博麗の巫女に退治されかけた。

大百足にとっては踏んだり蹴ったりであった。

 

しかし、ここに来て漸く食い出のある人間を見つけた。

獲物の大きさは、稀に見る人間よりも遥かに大きく、肉も付いている。

 

大百足にとっての強い者とは、小さい、雌の姿をしていることだと認識されていた。昆虫を統べる妖怪も、博麗の巫女も、総じてそういう姿をしていたことを、大百足は本能を越えたところで理解している。

強いて言えば肉が固そうな位で、大百足にとっては格好の獲物であった。

 

 

警戒も何もない、当たり前を当たり前に行う。

 

 

そんな認識をされているとは露とも知らず、男は笑みを深める。

 

敵意を持って、自分が獲物だと認識されている。

その事に男は懐かしさすら感じた。

 

 

 

 

 

大百足はただ、不運なだけだった。

 

人間とは本来、妖怪の獲物であり、供物であり、餌食であるはずのものだ。

喰って当然、嬲って当然の存在のはず……だった。

 

幻想卿であっても、襲ってはならない人間は数少ない。

博麗の巫女、普通の魔法使い、時を操るメイド、風祝の巫女……

住人の総数からすれば遭遇する方が珍しい。

 

大百足には落ち度はない。

 

強いて言えば、最初の一撃を避けられた時点で実力を見抜けなかった事が落ち度ではある。一目散に逃げ出せば、男は追わなかった。

 

大百足は、ただ不運だった。

 

空腹だったことも、上手くいかなかった狩りも、この場に現れたのも、妖精がこの男を足止めしていたのも……。

 

 

 

しかし、最大の不運は…

 

霊力も魔力も妖力もない

ましてや不死でも能力があるわけでもないこの人間が

たまたま出会ってしまったこの人間が

 

人類最強の看板を背負っていたことだった。




デカアァァァァいッ!!説明不要!!


次回
VS大百足


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

本当ならサクッと目的の闘いだけで終わるつもりだったんですが、書いてるとどうも話が一人歩きしちゃう。
キチンとプロット守れる作家さん尊敬します。


ガサガサと幾多の足肢が地面を掻き、その巨体に似合わぬ爆発的な加速で男に迫るのは、有り得ない大きさの百足。

 

人間がマトモに当たれば木っ端微塵になってしまうのではないかという程の迫力。

 

その先端に付いた鋭利な二本の牙が、男の胴体を捉えよう物ならば、真っ二つにされるであろう事は想像に容易い。

 

 

「…やっべぇ~」

 

 

しかし、男の薄笑いが成りを潜める事はなかった。

楽しんでいるのが明白なその表情。

 

大百足に人間の表情を理解する知恵はなかったが、牙を剥いている様なその表情に怒りを感じた。

 

 

人間が、人間風情が、自分に牙を向けた。

 

その事実だけで、爆発的な加速は、殺人的な加速へとギアを上げる。

 

 

 

 

ズドンッと大百足が男にぶち当たる。

 

黒色の影が森を駆け抜ける。

木々を薙ぎ倒し、それでも止まることを知らない。

 

 

「うぉっ……」

 

 

背で木々をぶち折りながら、足が地面を抉りながら。

 

それでも尚、男の笑みは深まるばかりであった。

大百足の牙を二本の手で掴み取り、身体に触れるギリギリで押し留めていた。

 

その質量と速度に押し込められてはいるが、致命傷には程遠い。

 

高速の景色の中で、男は木にぶつけられる瞬間に体を入れ替え大百足を身代わりにし、地面に擦り付けようとすると地面を蹴り軌道を逸らす。

 

 

徐々に、徐々にスピードは削られ削られ…。男の足が地面をしっかりと捉え始め、遂にはその殺人的なスピードを止めてしまう。

 

 

「ふぃー、やっと止まったな。この野郎」

 

 

ギリギリとその指ごと胴を切り落としてやろうかと牙に力を込める大百足、だが男の非常識なまでの握力は、むしろ牙の角度を鋭角から鈍角までに広げていく。

 

 

満面の笑みの男。

 

 

背中に与えられた鈍痛は、身体のあちこちに出来た擦過傷は、紛れもなくこの敵が与えた物であり、闘いの証明。

 

 

本来笑顔というのは、牙を見せる威嚇だと、誰かが言っていた。

 

 

漸く、本当に漸く、大百足は気づいた。

 

 

「次は、俺だな」

 

 

目の前の肉は、人間は。

 

 

「せーーーーっ……の!!!!」

 

 

手を出してはいけない側の人間だったことに。

 

 

ガゴンッと岩に打ち付けられるハンマーの様な音が鳴り響く。

 

 

頭突き。

 

 

単純明快な攻撃手段。武術もくそもない。

人体の最も固い部分を、最も大きな筋肉を持ってして振り下ろす超絶人間的で原始的な攻撃。

 

豊かな後背筋が超常的な加速を生み出し、鋼鉄を彷彿させる腹筋が爆発的な加速を後押しし、類い稀れな僧帽筋が首を支え、堅牢な頭蓋が鈍器として大百足の頭に振り下ろされる。

 

「か~~っ……てぇー!!」

 

それは最早、兵器的なナニカであった。

 

大百足の堅牢な甲殻に、力の限り打ち付けた男の額は裂傷を作り、鮮血が飛び散る。

垂れる血が目に入ろうとも瞬きもせず、男の笑みが更に深まる。

 

 

男に比べて、大百足の甲殻の被害は甚大だ。

打ち付けられた場所から放射状に走る亀裂。亀裂からは緑色の体液が吹き出し、声帯がないはずの大百足がキィキィと叫びを上げる。

 

 

「でも……もう……一丁!!!」

 

 

ガゴンッと繰り返される常軌を逸した衝撃。

 

 

「まだ……まだぁぁぁあぁ!!」

 

 

ガコンッガコンッと鈍く響くような音が連なる。

その度に男の鮮血が飛び散り、甲殻に走る亀裂は深く、広くなっていく。

 

元が蟲である大百足は脳震盪にはなり得ないが、脳に相当する部位は存在する。発達した神経節の集中する部位である。

頭を切り離してもある程度昆虫が動くのはその全身を巡る神経節のお陰でもあるのだが、中枢を破壊されれば死ぬのは人間と変わらない。

 

大百足は強引に体を捻り、その破壊槌から逃れようと体をばたつかせる。

 

「あっ……」

 

大百足の体液に濡れ、男が掴んだ牙が滑る。

そのまま男はポーンと放り出され、大百足との距離が開く。

 

 

 

 

 

 

 

男の万力の拘束を逃れた大百足は……逃げることを選ばなかった。

 

 

否、選べなかった。

 

 

同じ妖怪ならまだしも、巫女ならまだしも、能力者ならまだしも…。

 

 

本当に、ただの人間に負けた時、大百足の妖怪としての存在理由が激減する。

 

 

 

妖怪には理由がある。意義がある。

 

例えば、人間を拐う。

例えば、人間を驚かす。

例えば、人間を溺れさせる。

例えば、人間と勝負をする。

 

それが意義ならば良かった。

それが理由ならば救われた。

 

 

大百足の存在意義は、襲うこと。

 

襲い、喰らうこと。

 

それが出来ない、負ける、逃げるということは、大百足の存在理由に直結する。

 

 

今の弱っている大百足にとってただの人間に負けることは、妖怪としての存在の消失を意味する。

 

例えば大百足が巫女に退治されかかってなければ、人間を捕食出来ていれば、話は違った。

内包出来る妖力が満たされていれば、例え逃げても妖怪であることは出来ただろう。

 

しかし、不幸なことに、そうではない。

 

間違いなく、大百足は予感していた。

 

負ければ…逃げれば…、妖怪としての自我を失うと。

 

 

 

故に、背中を見せる事は出来なかった。

 

 

 

 

「あー…百足って食えるんだっけ?」

 

 

 

 

大百足にとって、妖怪として、捕食者として、是が非でも負けられない…逃げられない理由がここにはあった。

 

 

 

 

 

 

一旦距離をとった両者。

 

男の額からは赤色の血液が顔を伝い滴り落ち、身体のあちこちに出来た擦過傷は痛々しく赤く腫れ上がっていく。

大百足の頭部からは緑色の体液が止めどなく流れ続けている。

 

ダメージで言えば、大百足の方が遥かに大きいが、純粋な体力は妖怪である大百足に軍配が上がる。

治癒力に関しても本来は大百足が有利なのだが、未だに境界を弄られたままの男の治癒力はかなり高く、空腹が祟っている大百足とでは男の方に分がある。

 

 

 

 

とは言え、治癒力が仕事をするまでもないし、体力のあるなしはほぼ意味をなさない。

 

ギチギチギチギチと、威嚇音を響き渡らせる大百足。

未だに自分に向かってくる大百足を、満面の笑みで迎え撃つ男。

 

長期戦になることはないし、お互いにするつもりもない。

 

 

 

 

 

 

先に動いたのは大百足。

 

多足肢による爆発的な加速は健在である。

地面を抉り再び男へ体当たりを敢行する大百足。

 

強固な甲殻と巨体を誇る大百足にとってはこれが最適解である。

幾度も獲物を屠ってきた、絶対の攻撃手段。

 

 

 

 

だが、それを敢えてねじ曲げた、本能の勝負勘。

 

 

身構えた男を掠めるようにして軌道を変更し、鞭のようにしなった極太の胴節を男に叩き付ける。

 

男の視界を被う黒光りする甲殻。

 

咄嗟に地面すれすれに身を屈め、やり過ごす男。

 

しかし、避けたと思った男の目の前の地面が隆起し、飛び出てくる二本の鋭利な牙。

 

逸れた筈の頭部を地面に潜らせ死角からの攻撃を可能とした超変則的な奇襲、長い胴体だからこそ成立した人類には不可能な一撃。

 

胴体の攻撃を避け、反撃に移ろうと試みていた男には、青天の霹靂だったであろう。

 

これ程までにない絶好の形で、男の首に迫る大百足の牙。

 

 

 

だが、男の度胸が状況を覆す。

 

 

 

男はあろうことか、牙の中心へ、胴体の攻撃を避けるために屈んだ頭を更に振り下ろしたのだ。

 

 

 

ザクッと男の髪の毛が束になって地面に落ちる。

 

 

 

ほんの数瞬。牙が閉じ切る、刹那の差で男の頭は死地を脱した。

 

ただでさえザンバラだった頭髪は更に残念な事にはなったが、男の首は繋がっていた。

 

 

そしてこの男は、死地を脱しただけで満足はしない。

 

振り下ろした頭部の勢いそのままに、宙で一回転。

 

 

 

胴回し回転蹴り。

 

 

 

遠心力の加わった男の踵が、大百足の甲殻に突き刺さる。

 

グチャっと甲殻を貫き、柔らかい内部が潰れる音。

 

大百足は悲鳴の代わりにギチギチガチャガチャと硬質な音を響かせる。

 

 

 

 

その致命的なまでの一撃が、妖怪の本能に火を吹かせた。

 

 

 

胴回し回転蹴りは一瞬とはいえ空中に身を投げるのだ、その瞬間、ほんの一瞬、どうしようもない隙が生まれる。

普通ならば当たれば怯む、避ければ隙を見逃す。その隙を付くならばカウンターしかないはずだった。

しかし、相手は蟲。硬質な外甲殻と捕食者としての誇りは、無茶なカウンターの決行を可能とした。

 

ギュルギュルと長い胴節を縮めに縮め、男の体を巻き込み、丸く、可能な限り小さく、巻き付いた。

 

 

 

硬い甲殻が足肢が男を締め付ける。

 

 

 

全方位からの圧力。昆虫を握り締める子供を想像してもらいたい。

閉じ込めるということが与えるストレス。

無遠慮に握り締められた昆虫は、衰弱し、再び空を飛ぶことも地を這うことも出来ないであろう。

 

 

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

締め付けるだけに飽きたらず、ギチギチガチャガチャと、大百足の体が細かく振動する。

 

 

 

本来は蜜蜂が巣に侵入してきた大雀蜂を殺傷する唯一の方法である、蜂球。

巣に侵入した大雀蜂を囲み、発熱し、蒸し殺す。

 

蜜蜂は飛翔筋を震わせて発熱するのだが、大百足は多数の節を高速で収縮させることで同様の効果を生み出した。

 

その巨大と多くの節からの発熱量は蜜蜂の比ではなく、人間を蒸し殺すことが可能なまでの発熱を生み出した。

 

無論、その発熱量は大百足も脅かす。

 

蜜蜂も自分が死なないギリギリの発熱を起こすが、その後生きていたとしても、寿命は凡そ半分になってしまうという。

百足の耐熱性はおよそ50度。妖怪化していても、極端な温度には耐性が低い。自分も死ぬかもしれないという自滅技でもある。

 

その危険性を無視してでも、大百足は己に出来る最高のパフォーマンスを選んだ。

 

未来も明日も何もなくていい。

今この時を、全力で。

命を賭けて。

目の前の敵を倒すことだけを求めた。

 

 

生命だけではない、妖怪の矜持を、捕食者の誇りを、存在の全てを、男を倒すことだけにベットした。

 

 

 

 

 

プチ…プチ…

 

 

 

 

だが、悲しいかな。

闘いは、無情であった。

強い者が勝つのか。勝った者が強いのか。

それは分からないが、勝った者が負けた者より、何かが上回っていた事は間違いがない。

 

 

 

 

ミチ…ミチ…

 

 

 

 

繊維の弾けるような音。

徐々に大百足球が解れていく。

 

 

 

 

ミリミリ……

 

 

 

 

胴回し回転蹴りによって、脆弱になった組織が音を立てて引き裂かれ始める。

 

 

 

 

ブチ……ブチ……

 

 

 

 

男は玉のような汗を滴らせながら、大百足の包囲網をぶち破った。

 

 

 

ブチリ……!!

 

 

 

「はぁ……はぁ……流石に…ヤバかった…」

 

 

高熱により身体の彼方此方が赤黒く火傷し、満身創痍にも見える男は、それでも立っていた。

 

対する大百足は引き裂かれた上下の胴体が、それぞれ地をビタンビタンと跳ね回る。

 

下部の胴体は徐々に動かなくなり、引き千切られた部位からダクダクと緑色の体液を撒き散らしながら痙攣し、沈黙する。

 

 

頭部側の胴体はズリズリと、男から少しでも離れようと足肢を這わせる。

 

 

 

 

 

はぁはぁと荒い息を吐き、膝に手を付き、そんな百足の姿を見る男。

 

 

 

 

 

男は…………

 

 

 

 

 

 

 

残酷なことに、何もしなかった。

 

闘う意思の無い者は、闘う意思を失った者は見逃す。

 

一見優しさにも見えるが、とても残酷な事だった。

 

闘う前の逃走ならまだしも、死闘を尽くした後の逃走。

上と下に体を裂かれ、百孔千創半死半生満身創痍。そのうち死んでしまうのが目に見えている状況。ある意味では、殺してやるのが正しいのではないかとすら思ってしまう。

 

 

 

 

 

だが、男はそれをしない。

 

 

 

 

 

大百足は半分になった体を必死にくねらせ、残った足で地面を掻く。

男から真っ直ぐ背を向け、最短距離で離れていく。

ドロドロと体液が流れるのも気にすることなく、一心不乱に。

 

大百足の姿が藪へ消えていく時に、男はあろうことか蟲へ声を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

「もっと大きくなったら……また闘ろう」

 

 

 

 

 

 

 

決着。




大型の敵の噛ませ率って異常だよね。

次回
申し訳程度の弾幕要素


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

本当に申し訳程度の弾幕要素(しかも主人公蚊帳の外)


「これで小物とか……妖怪やべぇわ……」

 

荒い息、滴る汗。

 

大百足が藪の中へ完全に消えるのを見送って、男はその場に尻餅をつく。

 

大百足が単純な戦闘力としては、中級妖怪でも上位なのを知るよしもなく。

 

「これを小物とか……。あの嬢ちゃん…霊夢…ちゃん、だっけか?…とかもっとやべぇのか…」

 

その博麗の巫女は、空から封魔針(退治用)による一方的掃射で蹴散らしたのを知るよしもなく。

 

 

 

 

幻想郷のヒエラルキー上位の者達は、能力ありきなところがある。

 

鉄鉱石を砕き山を崩す腕力を持つ妖怪もいることは確かであるが、多くの強者は能力が強力である。

 

境界を操る、死を操る、時を操る、運命を操る……上げれば際限ないが、その能力の前では男は塵芥同然である。

 

例え強力ではなくとも、能力の有無は実力に直結する。

もし、大百足に遠距離攻撃になりうる力があれば、何かもう一手打つことが出来れば…勝敗は変わっていたかもしれない。

 

 

 

 

その点で言えば、男の強みは長い年月を掛けて練磨し、研鑽を積み重ね続けられた格闘技である。

 

大百足との闘いでは、胴回し回転蹴りこそ決まったが、その他は単純な力比べが多かった。

大蛇との戦闘経験こそあった男ではあるが、人間より遥かに大きな昆虫と闘った経験はない。

経験がないということは、即ち方法が分からないということである。

術であり、方法である格闘技は、対処の連続だ。

こうきたらこうする、こうされたらこうする。という手札の比べ合い。

経験さえあれば、方法さえ分かれば、男は膨大な手札の中から最良を選択する。

 

 

もし再戦があればの話だが、今回の経験が、対大百足戦という稀有な状況ですら、男は格闘技を持ってして圧倒するだろう。

 

 

人間の最大の強みは、成長することなのだから。

 

 

 

 

「ちょっとだけ…休むか…」

 

近くの木にもたれ掛かり、男は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

男から離脱していった大百足は、がさがさと藪を掻き分け、真っ直ぐに何処かを目指していた。

彼処ではない何処かを目指していた。

あの男のいない場所を。

 

 

 

勝てない。勝てない。勝てない。

 

 

 

捕食者の誇りは地に落ちた。

妖怪の矜持は根本から吹き飛ばされてしまった。

自我への執着は、生命の危機には抗えなかった。

 

あらゆるものが無くなった跡に、ほんの一つだけ残った生物の本能が逃走を選んでいた。

 

体液は這った後を転々と汚しており、簡単に追跡されそうな様相。

それでも大百足は、がさがさがさがさと足を動かすのを止めない。半分に引き千切られたとはいえ、その体躯はひたすら大きく、藪を薙ぎ倒し進み続ける。

 

 

 

徐々に、体液の足跡が細くなっていく。

 

細く細く。

 

体液の流出が止まっているのではない。

大百足の体自体が縮んでいるのだ。

 

質量保存を無視したその光景は、誰かが見ていれば目を疑っていたであろう。

 

妖怪としての終わり。妖怪としての死。

 

それは即ち、ただの百足への回帰。

 

ただの百足に戻るにつれて、大百足は自分の考える事が理解出来なくなっていく。

妖怪に成り、根付き始めたばかりの自我。思考力が根こそぎ無に戻っていく。

 

百足に残るのは、本能のみ。

 

ただ、生存本能のみが百足の体を動かす。

 

 

遠くへ…遠くへ…とお……

 

 

しとどに流れ続ける体液だけが、百足の生命を証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んあ」

 

間抜けな声をだし、男が目覚める。

 

太陽が幾ばくか傾き、中天を過ぎて木陰を照らす。

心地良い木漏れ日のはずだったが、男の顔に日差しが直撃し始めた。

 

男が眠っていたのは一時間ほどだろうか。

 

魑魅魍魎が跋扈し、妖怪が蠢く幻想郷の森。

軽く遭難している身分で何て呑気な姿だろう。

 

だが幸運なことに、男の眠りを妨げる様なものは通りかからなかったらしい。

 

「ん……ふぁ………いてて」

 

微睡みを振り払うためにグッと身体を伸ばしたときに感じる全身の痛み。

 

「あー……そっか」

 

ボリボリと頭を掻き、身体を見下ろすと擦り傷に火傷、そして肋骨が一本折れているのを感じる。

 

漸く大百足との闘いを思い出す。

 

「楽しかったなぁ……」

 

胡座をかきつつ、激闘を染々と思い出す。

 

ほんの数時間前のことだが、男にとってはなんと甘く香しい思い出だ。

 

 

こんな闘いが、此処にはある。

 

 

それだけで男の身体は火照るように滾る。

 

事実、男の身体は猛烈な勢いで傷を癒そうと、細胞分裂を繰り返し熱を持っている。八雲紫の施した能力の影響は、そのまま男の身体に残っている。

 

解くのを忘れているのか、狙って残しているかは、施した本人しか分からない。

 

 

 

ぐぐぅ~~

 

 

 

その副作用か、相変わらず男は空腹であった。

 

「とりあえず……なんか食うか…」

 

不満の声を上げる腹の虫を、よしよしとなんとか宥めすかして男は立ち上がる。

 

遠くに落ちていた風呂敷を肩に掛け、ノロノロと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

来た時と同じように、豊富な山の恵みを得ながら行く宛もなく山をさ迷い続ける。

 

「なんだぁ……ありゃ?」

 

そんな中、男の目に映ったのは空中をフヨフヨと漂う漆黒の球体。

 

木々の間からでも目に止まる。距離としては遠いが、その異様さは遠目で見ても明らかだ。

 

その漆黒の球体へ向かって飛来するキラキラとした何か。

 

そして、何かが漆黒の球体の周りを飛んでいる。

遠目過ぎて何が飛んでいるかまでは分からないが、その何かからキラキラしたものが出ているようだ。

 

 

「……面白そうだな」

 

 

男は危機感もなく、傷だらけの体をもろともせずにその方向に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ~~……!」

 

木々を駆け抜け、空を舞う何かを追って森を抜けてたどり着いたのは、大きな湖。

 

 

 

その湖の上空では、花火かと思うくらいの鮮やかな光景が広がっていた。

 

赤が、青が、黄が。

 

幾多の球が幾何学模様を描き、複雑なまでの光景を生み出していた。

 

よく見たらその幾多の球をすり抜けるように飛び廻る小さな影。

 

目を凝らして見てみると、青い髪色をした少女がスイスイと弾幕の間を縫って飛んでいる。

 

 

青い髪の少女は、漆黒の球体に何かを言っているようだが生憎と聞き取れる距離ではない。

 

男はあんぐりと口を開けながらその幻想的な光景を見続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

男は何分そうしていただろうか。

 

その光景はアッサリと終演した。

 

漆黒の球体と青い髪の少女が織り成す弾幕。

 

 

 

その弾幕を切り裂くかのように、流れ星が墜ちて来た。

 

 

 

いや、墜ちて来たと言うには語弊がある。

何故なら、流れ星は地面と平行に流れているからである。

 

正に流星のような速度で幾つもの極彩色の星を撒き散らしながら、流れ星は青い少女を、漆黒の球体を貫いて行った。

 

 

願い事をするには短く、夢幻と思うには長い時。

 

 

漆黒の球体が忽然と消え、その中から少女が撥ね飛ばされて何処かへと飛んでいく。

青い髪の少女も共に墜落していった。

 

 

「あれ……大丈夫なのか?」

 

 

結構な高さから墜落していった少女達。

 

此処が、幻想郷が、あの世界とは違うのだと改めて実感しつつ、流星のような何かがが流れていった先を見詰める。

 

 

 

すると、視線の先に非常に目立つ建物があるのに気がつく。

 

「うわぁ……」

 

あまり美的感覚がない男をして、その建物は悪趣味と感じざるを得なかった。

 

パッと見は洋風の豪邸ではあるが、その色が問題だった。

 

赤。いや、紅だろうか。

兎にも角にも、真っ赤っか。

 

どんな趣味をした者が住んでいるか想像もつかない。

 

 

建物は湖畔に建っており、湖をぐるっと回り込めば辿り着けるだろう。

 

山ばかりで漸く見つけた人の気配……実の所、彼の館の住人は人より妖怪のほうが多いのだが、それを知る術はない男。

 

 

どうやら流星はその門に突っ込んで行ったようで、遠目に門が大破しているのが見えた。

 

 

「よし……」

 

 

男は一言気合いを入れ、歩を進めた。

 

 

 

 

 

真っ赤な館から背を向けて。




紅魔館キャンセル……っ!!!

次回
もこたんいんしたお


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

本当なら一番最初に紅魔館に寄るつもりだったが、急にもこたんと絡ませたくなった。後悔はしていないが、この先のことは考えていない。


男は兎に角、腹が減っていた。

 

森の恵みだけでは男の腹を満たすには少なすぎた。

 

真っ赤な館を目指しても良かったのだが、それ以上にそそる匂いが逆方向から漂って来ていたのだ。

 

肉の焼ける…匂い。

 

フラフラと呼び寄せられる様にその方向へ歩く男。

 

 

 

この辺りはまだまだ未開の土地と言っても過言ではなく、木々が生い茂り、一歩踏み込めば鬱蒼とした森が広がっている。

 

遠目に煙が上がっているのが確認でき、石階段で見た集落だろうかと男は何の気なしに思う。

 

 

 

そんな微妙に人の気配とは程遠いこの場所になんでまたこんなに良い匂いが漂っているのか。

 

匂いに導かれるままに歩いていると、ある程度拓けた所に不釣り合いな屋台が一台。

 

焼き鳥屋、とシンプルな暖簾。

 

犯罪的なまでの香りが、男の鼻孔を直撃し、口腔内は唾液で溢れる。

 

焼き鳥のためなら強盗だって辞さないかどうかは分からないが、その香りは空腹の男にとってはもはや暴力であった。

 

 

フラリフラリと屋台に近づいて行く男。

 

 

「いらっしゃい……見ない顔だな。山伏か何かか?」

 

「あ…いや…」

 

男の想像とは違い、店主は若い女性であった。

地に付きそうなほどの長い白髪、紅白のモンペのような服。これまた美少女と呼んで差し支えない整った顔立ち。

 

「ま、座れよ。昼は客少なくて暇なんだよ」

 

「いや、俺金持ってないから…」

 

ここまできて漸く自分が無一文だと思い出した男。

 

「いいからいいから、奢るよ」

 

人好きのする笑顔で着席を促す女性。

男も空腹が限界で、奢ってくれるならと木の丸椅子に腰掛ける。

 

「ちょっと待ってな、新しく焼くからさ」

 

先に焼かれていた焼き鳥をハムハムとつまみながら、串に鶏肉を打っていく女性。

好意で奢ってもらう手前、新しくなくていいから早く食べたい気持ちを押さえる男。

 

 

グギュル~……

 

 

あまりにも旨そうな焼き鳥に、男の腹の虫は正直に唸りを上げた。

 

「ははは、余程腹減っていたんだな」

 

「……さーせん」

 

「もう少しの辛抱さ。……ちっと火力が弱いか」

 

女性は焼き台に手を翳すと、ボッと強い炎が生まれ、竹炭が次々と赤々と熱されていく。

 

まるで魔法の様な光景に、目が点になる男。

 

 

「あの…」

 

「んー?なんだ?」

 

クルリクルリと焼き鳥を返す女性。

 

「店主さんは……妖怪の人っすか?」

 

「……はぁ?」

 

キョトンとして男を見返す女性。

 

「あ、いや……すんません……その、手から火ぃ出してたし…」

 

「いや、別にいいさ。似たようなもんだしな」

 

苦笑いをしながら焼き鳥にタレを塗る女性。

 

「しっかし…火を出すくらい人里の退治屋でも木っ端妖怪でもやるぞ?そんな珍しいものじゃない。兄さん、本当にどっからきたんだ?」

 

その問いに、男は数瞬考える。素直に答えてよいものか、と。

しかし、特に隠している訳でもなし、親切にしてくれる女性に不義理に感じ、あるがままに伝える。

 

「幻想郷…?の外からっすね。えーと…たしか霊夢ちゃんは外来人…って言ってたかな」

 

「兄さん、外来人だったのか。こんな辺鄙な所をうろついているから、てっきり人里の変わり者かと思った。外来人ってもっと変な格好しているもんだと思ってたけど…この辺りの服だよな?それって」

 

「いや、これも霊夢ちゃんから貰って。世話になりました」

 

「はぁー、あの巫女がねぇ。存外世話焼きだったのか?……よし、もういいな」

 

スッと差し出される焼き鳥。

 

飾り気のない皿に、湯気の立つもも串が映える。

テラテラと輝くようなタレ、香ばしく焼き上がった犯罪的な香りが男の脳を直撃する。

 

「ほら、冷めるぞ」

 

「頂きます!」

 

男に躊躇はなかった。

 

 

ハム…ハム…ホフホフ…ムシャリムシャリ……ゴクンっ

 

 

「うめぇ……」

 

 

口腔に広がる味のファンタジア。タレと肉汁のオーケストラ。空腹の腹からは歓喜が聞こえるような食のパラダイス。

 

思わず男の心からの言葉が溢れ出る。

 

そんな素直なリアクションに、女性は嬉しそうに微笑む。

 

と、そんな中女性に芽生えた悪戯心。微笑みが少しだけ意地悪く歪む。

 

「あーあ、警戒しなくて良かったのかい?妖怪みたいな奴から出された物をそんなに食べて。悪ーい妖怪が騙して毒を盛っているかも…」

 

そんな言葉に、男は焼き鳥を頬張ることで答える。

 

「ムグ…んっ。いやぁ……それはないっすよ」

 

「ほう?その心は?」

 

「勘…すかね、店主さん悪い人じゃないっすから」

 

初対面、しかも説得力もなにもない言葉。

だが、男は確信をもって答えた。

過去に毒殺を試みられたこともある男には、その殺気すら読み取れる。

目の前の女性からは、隠れた好意しか感じなかった。

 

「あははは、ないだいそりゃ」

 

女性はひとしきり笑って、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 

「ふ、ふふふ。いいね、兄さん。気に入ったよ。名前は?」

 

「佐藤武。店主さんは?」

 

「藤原妹紅。ただの蓬莱人さ」

 

聞き覚えのない言葉。

 

「蓬莱…人?」

 

「んー?単に長生きで健康的なだけの人さ」

 

男はそのなんでもない風を装った言葉に、女性が秘める憂いと諦めを見つけた。

 

見つけたが、男はなにも言わなかった。

 

それは、きっと女性の深いところに直結するものだと感じたからだ。

 

 

「…ほら、また焼けたぞ」

 

「うっす、ゴチです」

 

「食いねぇ食いねぇ」

 

ささやかな交流。

 

焼き鳥をつまみに、話の花が開く。

 

男はこれまでの生い立ちを、これからを。

女性は最近の出来事を、友人の話を。

 

緩やかな時間を共に過ごす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、それはおかしい」

 

「いやぁ…」

 

「いや。誉めてない」

 

真新しい生傷の理由を話した時には、呆れた顔を浮かべる女性。

 

生涯を闘う事に費やし続けている、大馬鹿野郎。

その生い立ちは、男の十数倍も生きている女性にとっても理解しがたい物であった。

 

 

「にしても、本気で大妖怪に喧嘩売る気?たぶん…いや、確実に死ぬよ?大百足なんか足元にも及ばないような化け物ばかりだ」

 

「死にたいわけじゃないんだけどさ…それを望んでるところも…あるんだ。俺には…それしかないからさ」

 

「……そうかい」

 

男の穏やかな決意を感じ取った女性は、それ以上何かを言うのを止めた。

 

死ぬ、という単語は、女性にとって程遠い位置にあるものだが、人間という種にとって一番恐れるものであることは理解していた。否、理解していたことがある。といった方が正しい。

 

蓬莱人に成った女性からすれば、死という概念が存在しない女性からすれば、その刹那的な生き様は、羨ましく思える。

 

同時に、なんて悲しい生き様なのだとも思う。

 

 

孤独な男には、女性も強く共感してしまう。

 

なぜなら女性もまた、孤独だったから。

不老不死である蓬莱人。

家族が、友人が歳を取り誰もいなくなった。

社会が、時代が移り変わっていく。

 

変わらないのは自分だけ。

 

そして変わらない、という異端。

異端は忌避され、迫害される。

 

死んでも死ねない。終わりがないということの残酷さ。

いずれ時間は、死ねない体の代わりに精神を殺していく。

 

呪い染みたその鎖に囚われ、精神が死ぬのを待つばかりであった女性。

 

そして、闘いにしか生を見いだせず、退屈で心が死にかけていた男。

 

そして同じく、この幻想郷で求めていたものを見つけた。

 

男が幻想郷で好敵手を得たように、女性は長い付き合いになるであろう友人や、未来永劫を共にするであろう怨敵を見つけることが出来た。

 

全く類似性はないが、どうしようもなく共通する事が多すぎる。

 

故に女性は男を止めることは出来なかったし、しようとも思わなかった。

 

 

 

 

だから、女性からは一つだけ。

 

ほんの一つだけの逃げ道。

 

「ま、闘うのに飽きたらまた来なよ。暇潰しにかけては達人だからさ。知り合いにも、暇潰しの達人いるし」

 

女性はあっけらかんと笑った。

 

 

そんなことがあるのだろうかと男は思う、自分から闘いがなくなったら、一体何が残るのだろうか。

 

闘いに飽きた時なんて考えてもみなかった。

闘いは男にとって、生き甲斐であり、生涯そのものだった。

 

 

だが、この目の前の少女とも呼べてしまうような女性のその一言は、不思議と心強かった。

 

 

「そん時は…お願いします」

 

 

「あぁ、任せとけ」

 

 

屈託なくニンマリと笑う女性の姿に、男は少しだけ目を伏せて頬を染める。

 

 

 

 

どうにもこうにも、幻想卿の女性は美人が多すぎるなと、男は心の中で思うに留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや藤原さん…」

 

「妹紅でいいよ、そんな呼ばれ方すると背筋が痒くなる」

 

「えっと…それじゃ、妹紅…さん?」

 

「さん、もいらない」

 

「えーっと…も、妹紅?」

 

「あぁ、なんだい?」

 

「なんでこんな見ず知らずの俺に……こんなにも良くしてくれるんすかね?」

 

「んー?別に理由なんてないが…強いて言えば、憎いあんちくしょうを久しぶりにボコボコに出来たから少し機嫌が良かっただけさ」

 

「憎い…あんちくしょう?」

 

「あぁ、未来永劫の腐れ縁さ。さっき言ってた、暇潰しの達人」

 

「は、はぁ」

 

「まぁ幻想卿に住んでりゃいつかは出会うんじゃないか?いつも暇をもて余してるから、外来人と聞きゃ飛んで食いつくかもな」

 

くつくつと笑う女性は、本当に楽しそうだ。

 

「永遠亭って所さ。彼処にゃ腕の良い薬師もいるから、怪我した時に行ってみるといい。難なら案内するぜ」

 

「そりゃ…世話になりそうな場所だ」

 

「まぁ世話になれればいいがな」

 

「…案内してくれんですよね?」

 

「死体を運ぶのは火車の役目だ、生きていたらいくらでも連れてってやるさ」

 

「なんとか半殺しくらいで会えるようにしますよ…」

 

妖怪相手に負ければ、まず命はない。

それを理解した上でのブラックジョーク。

 

 

「あ、そうだ、妹紅…」

 

宴もたけなわ…酒こそないが、会話もそこそこ、男の腹が満腹になった頃、男は切り出す。

 

「嫌だね」

 

「いや、まだ何も…」

 

男が感じるデジャビュ。つい最近もこんな風に先読みされた感覚。

 

「自分で探しな。死にに行くような奴に死に場所教える様な真似は出来ない」

 

幻想郷の猛者の場所を聞こうかと目論んでいた男、その思惑は見透かされていた。

 

 

「……そっすか」

 

 

男は言葉を飲み込んだ。

 

猛者の場所だけではない。

 

一目見た時から感じていた、目の前の女性、一人の猛者との手合わせも。

 

全てを飲み込めた。

一飯の恩をツマミにして。

 

 

 

 

「まぁこの幻想郷じゃ何処行っても変わらないけどな。とりあえず、日も暮れるし、このまま道なりに行けば人里がある。そこで探すなりするといいさ。後は知らん」

 

舗装もろくにされてはいないが、確かに煙が上がっていた方向に獣道のようなものが続いている。

 

「……人里で寺子屋やってる奴がいる。そいつを頼って話通せば、一晩の宿くらいは融通してくれるはずだ」

 

「……あざっす」

 

突き放しているようで、親切過ぎる女性にペコリと頭を下げる。

 

「今度は金払って食いに来ます」

 

「おう、是非そうしてくれ」

 

風呂敷を背負い直し、焼き鳥屋を後にする男。

 

女性はその大きな後ろ姿をただ見送る。

 

 

 

男はまだ見ぬ好敵手を求め往く。




ヒロインとか決めたりしてないので、おそらく誰かとくっつくみたいなことはないとは思います。たぶん。めいびー。喧嘩メインだからしょうがないね!!

次回
人里あたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

正直人里編とか予定してませんでしたが、何故か人里編。もっとガンガン闘って終わり!閉廷!以上!皆解散!するつもりだったんですが……。

それもこれも藤原妹紅ってやつが以下略




獣道を辿り、日が紅く傾き始めた頃、

一際拓けた先にはそれなりの村があった。

確かに現代の街に比べれば見劣りはするし、文明が何十歩も遅れているような家々。コンクリートなどの建造物はなく、背の高い建物もない。どれもこれもが木製で茅葺き屋根。

 

夕飯時の釜戸の煙が彼方此方で生活の息吹を感じさせた。

 

男は妹紅に言われた通りに寺子屋とやらを目指してみる事にする。

 

(てらこや……ってなんだろ?)

 

とりあえず誰かに聞けば良いかと歩を進める。

 

「止まれ、人里に何の用だ」

 

村に入る手前に木製の門扉の前にいた男に厳しい剣幕で止められた。

 

「…見ない顔だな」

 

「えーと……」

 

「山伏かなにかか?」

 

「いや……」

 

どう答えたものかと思い悩んでいると、門番の男の背後から一人の女性が声をかけてくる。

 

「何かあったか?」

 

「あっ慧音さん…。いや怪しい男が…」

 

慧音と呼ばれた女性が、前に進み出てくる。

 

「……ふむ、妖怪の類いではなさそうだが…人里に何か用事か?」

 

堅そうな物言い、敵意ではないが警戒はされている様子。

 

「いや…妹紅から、ここのてらこや?の人頼れって言われて…」

 

「む?妹紅が?」

 

女性は腕を組んで暫く考え込んだ後

 

「分かった、ここは任せてくれ」

 

「え、いや……慧音さんがいいなら…」

 

「ああ。門番、ご苦労様」

 

「あ、はい!」

 

門番の男性は、女性の労いに頬を染め背筋を正して礼をする。

 

「さあ、ついてきてくれ」

 

「え、あ、はい」

 

身を翻して先導していく女性にワタワタとその背を追う男。

 

 

 

 

 

 

 

「狭いが、まぁ座ってくれ」

 

「…うす」

 

案内されたのは比較的大きな建物で、古めかしい本が幾つも納められた本棚がある部屋に通された。

途中に大きな部屋があり、その配置はまるで教室のような場所もあった。

 

机上にも本が積み上げられており、横には筆と硯が備えられている。

 

「改めて、私は上白沢慧音。此処で寺子屋を開いている」

 

「自分は…佐藤武っていいます…外来人?やってます」

 

「ふむ、では佐藤。とりあえず話を聞こう、その格好を見るに色々あったのだろう」

 

「はぁ…」

 

男は幻想郷に来てからのことをかいつまんで話す。

博麗の巫女に世話になったこと。

元の世界に戻ることを拒否したこと。

大百足と闘って撃退したこと。

妹紅に奢られ、人里を紹介されたこと。

 

 

 

ただ、あえて言わなかった事がある。

 

 

自分の目的…闘いに関して。

 

 

なんとなく男は、目の前の女性が、いい人、だと感じていた。

いい人故に、無謀な行為はきっと止められるだろうと。

きっとそれを振り切って行くことは容易いが、なんとなくお互いにしこりを残しそうな気がして、止めておいた。

 

「ふむ…あえて幻想郷に残る…まぁそれも選択だろう。事実、人里にも外来人で根付いた者もいる。菓子屋を営んでいるものもいるから、夜が明けたら案内しよう、何かと話が合うだろう」

 

男の話を真剣に聞いていた女性は、大様に頷く。

 

「今日は此処で寝泊まりしてくれて構わん、寝具も持ってこよう。仕事も…その体躯ならば農業でも、大百足を撃退出来るなら退治屋でもやっていけそうだ。何処か紹介しよう」

 

「あっいや、宿は有難いんすけど…仕事は…」

 

「なに?流石に人里も穀潰しを置くほど余裕がある訳ではないし、君自身の立場も危うくなる……」

 

「少し…この世界を見て回りたくて…」

 

「……危険だぞ?人里の外は妖怪だらけ、襲われても文句は言えん。誰も助けてはくれないだろう」

 

「それは百も承知です、でも…やっぱり見てみたいんです」

 

「ふむ……」

 

むむむと難しい顔をして黙り混む女性。

 

「……よし!」

 

カッと目を見開いた女性。

 

「確かに好奇心は歴史を作る大事な要素だ。しかし、蛮勇は見過ごせない」

 

「まぁ…自分でも自覚はあるっすけど…」

 

「ならばどうすればいいか。蛮勇は知恵の無さ。勇気になるにはまず知恵を。というわけで、勉強してもらおう」

 

「べ……勉強!?」

 

とんでもない方向に行きそうな話に狼狽える男。

 

「うむ。知り合いに幻想郷縁起という妖怪図鑑を著している者がいる。ある程度危険安全が分かれば蛮勇は侵さないだろう」

 

その情報自体は有り難かったが、男にとっての鬼門が立ち塞がる。

 

「あ、あの…俺、あんまり…ってか全然馬鹿なんすけど…」

 

「なに、人は皆学ぶものだ。暇さえあれば私も面倒を見よう。学ぶ間は何かしら仕事をしてもらわねばならんが…そうだな丁度良いから稗田家で何かないか聞いてみるとしよう」

 

(だ、ダメだ。この人、いい人だけど頭硬いタイプの人だ…)

 

男は悟った、少し頼る先を誤ったかもしれないと。

 

その後女性に押し切られて、あれよあれよと言う内に、夕飯をご馳走され、寺子屋の一角で宿をとらせてもらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

 

「あれが共用の井戸、皆で使うから汚さないようにな。あっちは食事処……あぁ、暫く此処に居着くことになる佐藤だ、宜しく頼む。む?あぁ、正午から授業だぞ?遅れないようにな。い、いや違う、外来人らしいから世話をな……」

 

人里を案内をされていたが、村の老若男女から声をかけられる慧音。

人里の皆から慕われているのが良く分かる光景。

 

その後ろでぬぼーっと突っ立っている男はなんとなく居心地が悪い。

 

 

全身傷だらけ、人里の誰よりも大きい体躯、退治屋でも見ないような発達した筋肉。無精髭に、ザンバラ…どころではない髪型。

 

 

人里の人々の目はどちらかというと、不審なものを見るものであった。事実、不審者である。

 

外の危険に怯えて過ごす彼等にとっては、ほぼ閉じた世界である人里に誰かを受け入れるのは時間が掛かる。

外来人を受け入れている前例こそあるが、ここまで奇異な人物であると恐れが先に立つのは仕方がない。

 

慧音の紹介だからこそ、なんとか受け入れているような状態だ。

 

 

人々の視線に晒されている男だが、気にした様子はない。

 

それが普通、それが日常であった男は、それが異なことだとも思わなかった。

 

自分が異常であるという自覚。

自分が普通とはかけ離れているという自覚。

 

良くも悪くも、男は慣れていた。

例え人里の皆々から迫害されたとしても、自衛こそすれ、男は黙って出ていくだろう。

なんの感慨もなく。それが普通だとして。当然だとして。

 

 

 

「…佐藤?佐藤、行くぞ?」

 

「あっ、はい」

 

漸く人々が散り、先行する慧音に声をかけられる。

 

相変わらず周りから好奇の…或いは疑惑の視線を受けながら、人里を歩き始める。

 

 

 

 

「ここが稗田家だ」

 

一際大きな建物。玄関先には…男と比べれば見劣りこそするが…屈強な男性二人が番をしている。

 

「慧音さん、何か御用で?」

 

護衛であろう若い男が、明らかに男を見据えながらあくまでも慧音に話しかけてくる。

 

(そこそこ鍛えてるけど…アスリート以上達人未満かな…。もう一人は…結構出来そう。でもまぁ慧音さんの方が断然強いだろうなぁ)

 

慧音が自分の紹介をしているのにも関わらず、ぬぼーっとそんなことを考えてる男。

 

「しかし、外部の者に阿求様に会わせるのは…」

 

「……まぁそうだな。阿求の立場もあるのは分かっている」

 

どうにも交渉は上手くいかなさそうな雰囲気を感じる。

 

「……分かった。すまん、佐藤。少し此処で待っていてくれ」

 

どうやら慧音一人で入ることになったらしい。

 

「うっす、んじゃ待ってます」

 

「すぐに戻る」

 

そう言って屋敷に入っていく女性。

 

慧音が入っていったと同時に、若い男性からの圧が強くなるのを感じる。

 

「おい」

 

「…なんすか?」

 

「外来人…だったな?」

 

「そうみたいっすね…」

 

「……チッ。外来人だからといって慧音さんに世話掛けていい理由にはならんのだがな?」

 

「ホントに…助かります」

 

暖簾に腕押ししているような手応えのなさに、若い男性は苛立つ。

 

「だから!迷惑をかけている自覚があるならばとっとと荷物纏めて出ていくのが筋だろう!余所者が!」

 

「そうっすよねぇ…」

 

(慧音さんも妹紅も、随分と世話焼きだよなぁ。普通こんな怪しい奴に世話なんか焼かないだろ…)

 

男にとっては粉うことなき本音だった。

 

「お前……喧嘩売ってるのか?」

 

「いや……別に」

 

それも本音だった。

態々弱い者いじめをする気もないし、八雲紫と大百足という、男にとって闘いへの欲望を満たす相手と出会えた。

 

そのお陰で、妹紅と慧音という猛者に会っても欲望が鎌首をもたげることがなかったのだから。

 

だが、その態度こそが若い男性の癪に触った。

当たり前だ。稗田家の守人、という人里においても実力者しかなれない職に就き、皆から一目置かれている自負と自尊。

そして、人里の守護者である上白沢慧音に世話をされている事実が、気にくわなかった。単純に慧音が美人であることも関係している。

 

若い男性は腰の得物に手をかける。

 

男も無論自衛はする。だが、特になんの構えもないのは、どんな攻撃もこの状態のまま捌ける余裕があった。

 

「……やめとけ」

 

「…っ!ですが!」

 

もう一人の護衛、若い男性に比べればだいぶ歳をとっているが、その視線は鋭く深い。

 

「阿呆、此処が何処だと思ってんだ。奴さん、すまんね。まだ若くて血気盛んなんだわ」

 

「大丈夫っす、俺も昔は向こう見ずでしたしね…」

 

若い男性はまだなにか言い足りなさそうだが、壮年の男性の手前、ぐっと口を閉ざす。

 

「しっかし、奴さん。本当に外来人か?歴戦どころじゃなさそうだが」

 

「いや…俺も大したことないっすよ。最近ぼっこぼこにやられたばっかですし」

 

「お前さんがか?はっはっは!どんな化け物とやったんだ」

 

「えっと…八雲…「すまん、待たせたな」……あっ」

 

屋敷から一冊の本を手に出てきた慧音に話が遮られる。

 

「無事に借りられたぞ、とりあえずはこれで目的は果たせたな」

 

「うす」

 

「朝から騒がせたな、お前達も阿求の護衛を頼むぞ」

 

「「はっ!」」

 

男と慧音は稗田家の屋敷を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男と慧音が去っていった稗田家屋敷前。

 

 

「…………」

 

「…なんか言いたそうだな」

 

「当たり前です!あんなに馬鹿にされて黙っているなど!」

 

「馬鹿にされちゃいねぇよ。というか、相手にもされちゃいねぇ」

 

「ならば尚更!!」

 

「死にてぇならいいけど、そんときは守人衆抜けてから行けよ?面倒だから」

 

「……俺が負けると?あんな見た目、虚仮威しに過ぎません」

 

「勝負にもならねぇ。俺と二人がかりでも無理だわ。ありゃ本当に化け物の臭いがした」

 

「……そんなこと」

 

「それが見抜けないなら長生きできねぇぞ」

 

「…………」

 

「それにお前聞いてなかったのか?」

 

「……何をです?」

 

「最後、奴さん何て言いかけた?」

 

「最後……?えっと……」

 

「八雲の名前を出したんだ、嘘だとしてもお前以上の命知らずの破滅願望持ち。本当なら……」

 

若い男性ですら、知っている。

幻想郷に住むものならば心に焼き付けなければならない氏。

 

八雲の名前が示す者は。

 

妖怪の賢者、接触禁止(アンタッチャブル)

男が指しているのが、その氏を賜るその式だとしても、九尾の大妖怪と式の式である化け猫だ。

 

「まぁ、どちらにしろ関わり合いになるだけ厄介な御方だろうさね」

 

「…………」

 

「…納得いかねぇってんなら、一手合わせて来たらいい。あれは礼には礼で返すみてぇだからな。……俺も興味はあるからな」

 

「……はい」

 

男と慧音が立ち去り、誰もいなくなった道を見据える二人の守人。

 

 

辺りは騒ぎもなく、ただただ安穏とした空気が蔓延していた。

 

 

人里は今日も平和であった。




お気に入りが何故か増えた。バーに色が付いた。
暇潰し小説のつもりがこれは笹食ってる場合じゃなさそうです。
皆も執筆して東方二次創作者になってよ!(裏声)

次回
人類最強の試練あたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

とっとと人里編終わらせるぞと意気込んで書いてたら20話位まで人里編。バカな…。まぁ文章量少ないから仕方ないね!!

とりあえず連投どうぞ。





 

男はかつてないほどに追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらは一緒に学ぶことになった、佐藤武だ。仲良くしてくれ」

 

 

「「「「はーい!」」」」

 

 

良い歳をした大の大人が、少年少女に囲まれているという事実が、如何に浮世離れした男でも冷や汗が止まらない。居たたまれなさに涙が出そうになる。

 

苦境。この世にこんな苦境があるのを男は知らなかった。知り得なかった。

 

かれこれ二十うん年振りに座る学徒の机は、拷問用かと思うばかりに窮屈だ。

古めかしい黒板に刻まれる白墨の小気味良い音が男を攻め立てる。

元気のよい挙手が男の守りを乱してくる。

無邪気な笑い声が男の心をざわめかせる。

 

慧音が悪気はないのは理解しているが、この拷問は流石に男にも苦行過ぎた。

 

 

 

 

 

時は稗田家から帰ってきた時に遡る。

 

 

 

 

 

「ほら、これが幻想郷縁起だ。少し前の写しだが、幻想郷のほとんどの妖怪が記録されている」

 

慧音から一冊の古めかしい書物を受け取る男。

 

男がパラリと本を捲ると、中にはびっしりと文字が描かれている。

 

そう、読むことが出来ず、描かれているとしか男には理解できなかった。

 

いくら学のない男とはいえ、義務教育は終えているし、日本語は読める。海外暮らしも長かったので英語であっても多少は読める。

勿論書かれている言語は日本語だ。

 

しかし、言語は確かに日本語ではあるのだが、草書体。しかも達筆。

 

「…………」

 

「ん?どうした?何かあったか?」

 

慧音が首を傾げて横から本を覗き込む。

 

「…もしかして、読めない…か?」

 

その問いにコクリと頷く男。

 

「ふむ……そうだな。ならば正午から授業がある、それに参加してみてはどうだ?」

 

その提案に男はなんの考えもなく頷いてしまったこと、それを慧音は文字が読めないと理解してしまったことが過ちだった。

 

 

 

 

 

 

そして冒頭に戻る。

 

辺りは元気の良い子供達が我先にと挙手し、授業は和気藹々と進んでいく。

 

そんな中、男はかつてないほどに身を小さくしながら最後列でその様子を眺めていた。

黒板に書かれているのは達筆ではあるが、綺麗な楷書体で書かれているため、なんの問題もなく理解出来ているのが救われない。

そしてその内容も足し算に引き算と、小学校の低学年レベルなのが更に居たたまれなさを増長させる。

 

 

とりあえず、この授業が終わったら、誤解を解くことを心に決める。

男は他にやることもないので、手元に置いてあった幻想郷縁起に目を落とす。

 

何度見てもミミズがのたくったような文字が本に踊っている。

 

パッと見た時はさっぱりも読める気がしなかったが、こうして染々と読もうとしてみると、なんとなく字の形が既知の日本語に類似しているのに気がつく。

 

(あぁ…なるほど。平仮名は…分かるな。文の流れは分かるが漢字の部分がさっぱりだ…)

 

光明を見出だしたかと思い一通り目を通して見るが、結局は分からなかったのが分かっただけであった。

 

「この問題が分かる者はいるか?流石に先に進みすぎたかな?」

 

辺りは静まり返り、子供達も誰か答えないかとお互いに視線を配る。

その声に釣られて視線を上げる。

バッチリと慧音と視線が合う男。

 

(嗚呼…嫌な予感が…)

 

「じゃあこの問題を佐藤、答えてくれ」

 

黒板には、割り算の式。

 

81÷9。

 

男でも、暗算で可能な範囲であった。

 

「………⑨です」

 

「うむ、正解だ!」

 

周りの子供達から、流石大人だ、と声を上げられ、余計に恥ずかしくなる男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに……」

 

「………うす」

 

結局、誤解を解くことが出来たのは授業が終了して、暫く経ってからだった。

 

明らかに不審な男にすら、無邪気な子供達は興味を示した。

人里にはそうはいない体躯、物珍しさから好奇心の強い年長の男の子が絡み出したのを切っ掛けに、男は子供達の玩具にされることとなった。

 

 

男の上腕は鉄棒になり、下腿は登り棒。

振ればブランコに、回旋塔にと早変わりした。

子供達が何人登っても男は地に伏せる事もなく、スクワットにジャンプにダッシュ。子供達が落ちそうになっても全自動で落下防止もしてくれる、優秀な筋肉アクティビティが爆誕した。

子供達でお手玉し始めた時は慧音からストップがかかった。

 

子供達との戯れは日が傾くまで続けられ、慧音の一声がなければまだ続いていただろう。

 

 

すらすらと慧音が幻想郷縁起を楷書体で複写してくれているのを傍目に、男はその日の算数のテストの丸付けをしていた。

内容は小学校低学年。流石に四則演算くらいは、とんと勉学とご無沙汰だった男でも出来た。因数分解レベルになると怪しいだろうが。

 

人里の教育のレベルは高くはない。大人であってもろくに計算も出来ない者も珍しくはない。

そもそも、第一次産業が主である人里では、高度な計算も知識も必要性が薄い、というのもある。

商家や身分の高い者ならばその例ではないが、妖怪が蔓延る幻想郷では、むしろ体力作りが推奨されている様なものだ。

 

「しかし…決意は変わらんのか?子供受けも悪くない、体を動かす授業を担当してこのまま寺子屋で働いてもいいんだぞ?正直、それくらいの仕事を任せる事も出来るし、私としても助かるのだが…」

 

「いや、決めたことですから」

 

男の答えに迷いはなかった。

頑なではないが、ハッキリとした意思を感じる物言いに、慧音は残念そうに肩を落とす。

 

「…心変わりがあればいつでも言ってくれ。誰もその選択を蔑む者はいない」

 

「…あざっす」

 

その後はポツリポツリとなんでもない会話が続き、それぞれの手の進みが鈍り始めた頃。

 

「ふむ、今日はこのくらいにしておこう。夕飯を作るから私の家に行こう」

 

「……うっす」

 

昨日も同じように慧音の家にお邪魔して夕飯を頂いている男。

わりと慧音におんぶに抱っこの状態であるため若干の心苦しさを感じている。

 

(なんか…ここに来てからいろんな人に助けられてばっかだわ)

 

「……ん?どうした?行くぞ?」

 

「…うす」

 

そんな男の胸中を知らず、慧音は男の返事に大様に頷いて先導していく。

 

義理堅い…とまではいかない男であるが、少なくとも恩知らずではない。

いずれは何か恩返しが出来ればなぁと、思うしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

慧音の家にはすでに明かりがついており、誰かがいる気配。

 

おや?と思う男だったが、慧音はおおよそ誰がいるか検討がついていた。

 

引き戸には鍵が掛かっておらず、慧音はそのままガラリと引き開ける。

 

「おー、おっす。慧音。それに佐藤も」

 

畳の上に寝転がり、のんべんだらりと何か本を読んでいる妹紅の姿があった。

 

「はぁ…妹紅。別に来るなとは言わないが、もう少し何かあるだろう…」

 

呆れたような慧音だが、その声色はどこか信頼感を感じる。

 

「お邪魔してるわー」

 

「はぁ……。まぁいい。二人分も三人分も変わらんしな」

 

「お?飯作ってくれるの?御馳走様」

 

(なんつーか…俺…お邪魔?)

 

慧音と知り合いとは妹紅から聞いていた男だったが、どうにももっと気安い関係だと見てとれる。

 

「はいはい…。佐藤、妹紅の相手でもしていてくれ」

 

「あ…はい」

 

そう言って台所へ引っ込んでしまう慧音。

 

「佐藤、どうだ?人里も悪かないだろ?」

 

本を棚に戻した妹紅が口を開く。

 

「まぁ…ちょっと余所者扱いで肩身狭いっすけど」

 

「排他的なとこあるからなぁ。まぁそのうち受け入れられるさ」

 

「………」

 

「……やっぱり行くのかい?」

 

「……はい」

 

「………そっか」

 

妹紅は苦笑いしながら声を捻り出す。

 

それからはまた焼き鳥屋の続きとばかりに他愛ない会話が続き、夕飯が出来、慧音も交えて食事となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、御馳走様っした」

 

男が再び寺子屋の寝床に戻るのを、慧音と妹紅が見送る。

 

体の大きい男が去ったことで、部屋が広く感じる中、慧音と妹紅は食休みと茶を啜る。

 

「…どうだ?佐藤は?」

 

「ん…?外来人にしては落ち着きはらってるし、人柄も悪くはなさそうだ。後は…そうだな、随分と物好きだな。わざわざ危険な幻想郷を見て回りたいとは…」

 

「…そうだよな」

 

「未知の探求と言えば聞こえはいいが、幻想郷は危険過ぎる。幻想郷がどんなところなのかまだ理解できていないのかもしれないから、彼が旅立つ前に少しばかり注意喚起しなくてはな」

 

「…そうだな」

 

「あの鍛え様だ、確かに彼も腕に自信があるのだろう。だが、幻想郷では無知は罪だ。少しだろうが知識がつけば対策が打てる。彼にとってそれが良い方向に向けばいいのだが…」

 

「…そうだな」

 

「……妹紅?聞いてるのか?」

 

「あぁ、聞いてるよ」

 

自分から振った話なのにどこか上の空の妹紅に、怪訝な視線を送る慧音。

 

「全く…。久しぶりに押し掛けて来たと思ったら……。私は少し書き物がある、自由にしていてくれ」

 

「……ん?書き物?寺子屋の仕事か?」

 

「いや、幻想郷縁起を複写している。佐藤に頼まれてな」

 

「幻想郷縁起…。……あぁ、なるほど」

 

妹紅はその用途に気付いた。

 

自分が断ったからだ。幻想郷の猛者の縄張りを教えることを。

そして、慧音が彼を強く止めない理由も、なんとなく察した。

 

(多分…話してないのか。理由を)

 

妹紅はそれを不義理と感じているわけではない。嫌悪しているわけでもない。

嘘をついて取り入ろうとしているわけでも、力ずくで奪おうともしているわけではないのだから。

 

そして、止めるつもりも、慧音に男の本音を伝えることもしない。

 

「……なぁ、慧音」

 

「ん……?なんだ?」

 

慧音は手元に視線を落としたまま答える。

 

「なんでそんなに良くしてやるんだ?いやまぁ慧音が人間好きなのは知っているけどさ、いくら私からの紹介ったってそこまでしてやる義理はないだろ?」

 

「そうだな……別にこれといった理由はないが…強いて言えば、彼は…どこか似ている気がしたんだ」

 

「似ている?何に?」

 

「ふふふ…お前にさ」

 

「わ、私?」

 

「そうだ。本当に、なんとなく。出会った時のお前の様な、そんな気がしたんだ」

 

「………」

 

妹紅は、その言葉に沈黙した。

確かに似ていると、会話を交え、本音を聞き、自分と重ねた所もある。

 

「……私はあんなにムキムキじゃないっつーの」

 

妹紅は何故か照れ臭くて。敢えて意趣を違えた答えを返す。

 

「ははは、そうだなぁ」

 

「………」

 

慧音は、そんな妹紅を分かっていると態度で示していた。

 

「それにな、彼を見た時に私は久しぶりに感激したんだよ」

 

「……感激?」

 

「あぁ。人里にも屈強な守人や退治屋はいるが…あそこまで練磨し続けた…人間という種の可能性を極限まで凝縮し続けたような…。そんな人間に会ったのは…初めてなんだ。私も生まれて長いが、初めて出会った人間の極地。ただ一つの事を極める事の美しさに、私は感激した」

 

成る程、と妹紅は理解する。理解出来る。

 

蓬莱人として生きる妹紅だからこそ、半妖として生きる慧音だからこそ、その男の在り方に感銘を受ける。

 

「人の持つ可能性は、偉大だ。長く生きる種には有り得ないような成長を見せる。驚くような歴史を刻む。その生き様に魅せられる。だから私は人間が好きなんだよ。ハクタクとしても…

 

「本当に…嫌になっちまうくらいに…

 

「「輝いて見える」」

 

二人の意見が唱和する。

 

刹那的だと言われるなら、それまでかもしれない。

周りはいつも二人を置いて巡り巡る。

長寿であることの弊害、長寿であることの欠点。

 

いつしか、近くを見るのを止めてしまう。

 

 

その対比の様に、男の生き様は鮮烈だ。

 

 

明後日よりも明日。

明日よりも今日。

 

そうやって辿り着いた今この時を、全身全霊で生きることが出来るあの男を、どうして悪く見れるものか。

 

「だから、手を差し伸べたくもなる。この身が彼の歴史の一頁になるのならと、親身になってやりたくもなる……お前もだろう?妹紅?」

 

「……まぁな」

 

「勿論、人里に残ると言うのなら世話もする。彼が人里で何を成すかを見てみたい。きっとそれは人里の歴史に刻まれるような大層な事になるだろうしな。その体験を編纂出来ると思うと、血が沸く様だよ」

 

「歴史御宅め……」

 

妹紅は口の中だけで呟きを押し止める。

 

「しかし、同じように彼が旅立つというのなら強く止める事はしない。……目的地が地獄であろうとも、餞別を送るのになんの躊躇いもない」

 

「!……慧音、もしかしてお前……」

 

「…さてな」

 

それっきり複写に没頭し始める慧音を見て、溜め息をつく。

 

(そりゃそうか…。慧音は私より遥かに人間を見て来たんだった。佐藤の思惑なんて見透かして当然か…。せっかく黙っててやろうと、秘密が出来たと思った途端にこれだ…なんか、モヤッとする)

 

原因不明のムカムカ感、妹紅はその感情の出所も分からないままに唸る。

 

「そうだ、妹紅」

 

「…あんだよ」

 

「焼き鳥、滅茶苦茶旨かった……ってべた褒めしていたぞ?また焼いてやったらどうだ?」

 

「っ!そ、そうか」

 

何故からか生まれた不機嫌がその言葉だけで吹き飛んで行き、喜色を浮かべる妹紅。

 

妹紅は鼻唄を歌いながら、先程途中だった本を取り出し読み始める。

その姿を横目に、慧音はふっと微笑む。

 

 

 

 

一時の安らぎと、休息。

 

 

 

人里の夜は更ける。

人にも人外にも等しく。




⑨〈アタイの出番は?
もうありません。

次回
人里にバトルを求めたらこんなシナリオになりましたあたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

人里編。
展開に迷った結果がこれです。


日が昇り始め、人里で飼っているニワトリがけたたましく鳴き声を上げる早朝。

 

 

 

「………えっと?」

 

「すまないねぇ、どうしてもって聞かなくて」

 

 

 

寝ぼけ眼で寺子屋の戸を開けた男の前には、屈強な男数名が立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩二人と夕食を共にした後、早々に寺子屋に戻る。

一張羅になっている和装を丁寧にたたみ、寝間着代わりにTシャツとジャージに着替えた後に就寝の床についた。

 

 

もとより娯楽とは縁遠い男であるし、寺子屋荷は暇を潰せるような物は置いてはいない。強いて言えば教科書等の本はいくらでもあったが、男が自ら進んで勉学に励むことはなかった。

 

 

ゴロンとやや薄い布団に寝転がり、頭で腕を組みながら天井を眺める。

 

木造の天井にはなんの面白味もないのは確かだが、男はニヤニヤと天井を眺め続ける。

 

 

頭を過るのは、身を焦がすように焼き付いている闘いの記憶。

 

 

あそこでこうしたら。

ここでそうしたら。

 

あの攻撃はこうして。

あの防御はこうして。

 

あれはこう捌いて。

あれはこう避けて。

 

 

 

自然に男の筋肉がピクリピクリと反応する。

顔面に向かってくる何かを想像した時に、無意識に体が反応するような現象。

 

リアルシャドーなど出来ない彼の貧困な想像力でも、その程度の妄想は出来た。

 

 

自分を見てくれるモノがいる。

 

嗚呼…なんと楽しい事か。

嗚呼…なんと嬉しい事か。

 

自分と闘ってくれるモノがいる。

 

嗚呼…なんて待ち遠しいのだろうか。

嗚呼…なんて心沸き踊るのだろうか。

 

自分と張り合えるモノがいる。

 

嗚呼…なんと幸福な事だろうか。

嗚呼…なんと幸運な事だろうか。

 

 

自分を……やっつけてくれるモノがいる。

 

 

嗚呼………

 

 

 

なんて…

 

なんて……

 

 

 

「嗚呼……闘いてぇ……」

 

 

 

男は震える。

今だ見ぬ強敵を夢見て、夢を見る。

 

 

 

その夢は、人によっては悪夢とも呼べるようなものだったが、男は幸せそうな寝顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして朝。

冒頭に戻る。

 

 

「いやねぇ、適当な守人衆に昨日の事話したらこんなことになっちまってなぁ。ホント、すまんね」

 

「……そっすか」

 

男は感じる。

この壮年の男性。

 

 

(狸くせぇ…。この人が……一番闘いたがってる)

 

 

男は壮年の男性が周りを焚き付けたのをなんとなく感じた。

 

「稗田の守人衆は互いに修練積んじゃいるんだが、どうにも相手に困るんだよね。退治屋とはあんまり折り合い良くないし。無名の猛者が来たとあっちゃ疼く奴らが多いんだよ」

 

「はぁ…。別にいいんすけど…」

 

男としては今さら人間を相手にするのも億劫ではあるが、慧音の翻訳を待つばかりの身としては丁度良いかと思い直す。

 

この幻想郷という異世界の人々の強さ。

それを知る、良い機会だと。

 

「いいね、それじゃ流石にここでおっぱじめる訳にもいかないし、守人衆の道場に行こうか」

 

そう言って先導する壮年の男性。

若い男達は、胡散臭げな視線を男に送ったまま踵を返してついていく。

 

「……なんでゾロゾロ此処まで来たんだ……?つか、まだ着替えてもいないんだけど……」

 

男の呟きに、誰も振り返りはしなかった。

 

男は嘆息しつつ、Tシャツにジャージという現代人スタイルで後を追うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

昨日行った稗田家から程近い場所にあった、古風な道場。

 

中は剣道場を彷彿させる作りである。違う点を上げるとするならば、壁に掛けられている得物が全て真剣で、日本刀から鎖鎌まで、凡そ戦国時代くらいの近接武器が分別なく飾られていることくらいか。

 

朝の稽古前なのか、道場の中では数人の少年達が雑巾掛けをしている。

 

少年達がこちらに気づくと、慌てて立ち上がり、おはようございますと腰を90度に折る。

 

「おーう、ご苦労さん。今から場所借りるわ。見てぇ奴らがいたら構わねぇよ」

 

壮年の男性が気安くそう言うと、少年達は互いの顔を見合わせる。

 

「見てるなら、あぶねぇから隅で見るんだぞ。下手に近づいて怪我しても知らねぇからな」

 

壮年の男性は少年らをヒラヒラと手を振り道場の隅へ誘導する。

 

未だに何が起こっているか理解出来ていない少年達だが、道場の隅で正座をして男達を見回す。

 

壮年の男性は少年達の横にドカッと胡座をかいて座り込む。

 

「時間もないしおっぱじめるとしますか。にぃさん、いいかい?」

 

「……どぞ」

 

「余裕だねぇ…。んじゃ、先鋒は…

「俺にやらせてください」

……だろうなぁ」

 

木刀を持ってズイッと男の前に立ったのは、門番をしていた若い男。

 

「そいじゃ、始め……「ぜぁ!!!」

 

不意討ちと言われても可笑しくないほどに容易く告げられた始めの号令。

 

しかも、その半ばで木刀を振り下ろす若い男。

 

男は卑怯とは思わない。

なんせ、始めの号令までしてくれたのだから。

よーいどん、を待てばいいなんて…なんとお気楽。

 

 

烈迫の気合いと共に振り下ろされた一撃は、スピード、パワー共に申し分無い。

当たり所が悪ければ命をも奪いかねないものであったが、軌道は鎖骨付近を狙っていたことで命まで獲るつもりはないことが窺えた。

 

だが、そんな一撃を

 

 

パシン

 

 

「なぁ!?」

 

 

ただの掌で受け止めた男。

 

「馬鹿かっ!貴様!真剣だったら……」

「でもこれは真剣じゃない」

 

グッと木刀をそのまま握り締め、歩き出す男。

 

「ぐっ!なんて…力……!」

 

若い男は両手で木刀を握り締めるが、男はまるで犬の散歩の様に軽快に歩く。

 

ズリズリと若い男を引き摺ったまま、男は目的の場所まで辿り着くと、パッと手を離す。

 

「ほら」

 

男は壁に掛けられていた真剣を若い男に投げ渡す。

 

「………正気か?」

 

優しく、と言って良いくらいに放物線をかいて投げられた刀。

容易く若い男は鞘をつかみ取る。

 

まごうことのない、真剣。

当てて引けば、人の皮膚など容易く切り裂くであろう、人を殺す武器。

 

 

「難なら、後ろの全員纏めて掛かってでも…構わない」

 

 

その言葉に、背後で控えていた男達も殺気立つ。

 

「おーおー、にぃさんが良いって言うならそうしなそうしな。……まぁ、しないだろうけど」

 

おどけた様子で煽る壮年の男性。

この場にいるのは、稗田の守人衆。

 

そのプライドが、立ち上がらせる事をさせなかった。

 

 

「……………」

 

 

若い男は、受け取った刀をグッと握り締めた後に、腰に帯びる。

そのまま無防備にも男から背を向け、改めて距離を取る。

 

 

 

男は、その姿を見て、微笑む。

 

 

 

クルリと若い男は向き直り、一礼。

 

「……尋常に」

 

「……あぁ、それでいい。闘いは、これでいい」

 

若い男は、否応なく理解していた。

 

不意討ちとはいえ、急所を外したとはいえ。

自身の持てる技術、膂力を込めた、渾身の一撃を容易く受け止められた事実。

 

 

 

捕まれた木刀の先に幻視したのは、巨大な岩に根本まで刺さった木刀であった。

矮小な自分が如何な力を込めても押せども引けども出来ない、万力の留め具。

 

若い男は、新参の守人衆の中で頭抜けて腕が立つ。それ故に彼我の戦力差に否が応にも気付いてしまった。

 

天と地、月とすっぽん、玩具の短刀と抜き身の真剣。

 

比べるのも烏滸がましいほどの戦力差が、自分とこの男にはあるのだと。

 

木刀で、だなんて失礼だった。

 

茶室へ土足で踏み入れるような奇行。上質な料理にハチミツをぶちまけるような愚行。

まるで礼儀がなっていなかった。

 

真剣を持ってして舞台に上がることを漸く許される戦力差。

 

いや、真剣でも足らないことは若い男は重々承知している。

此処にいる全員で…いや、守人衆全員でも足らないかもしれない。

だが、男は真剣を持ってして、舞台に上がることを許してくれた。

 

壮年の男性が言っていた事は、間違いではなかったと。

 

負けん気とプライドが先に立っていた自分を恥じた。

 

そして、力がない自分を嫌い、憎んだ。

 

 

 

 

なればこそ。

 

 

 

 

若い男は、本気で闘い、本気で学ぶ。

 

 

「ぜぁ!!!!」

 

 

真剣で丸腰相手に切り掛かる。

 

 

惨劇を想像した少年達は、思わず目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それからどうなったのですか?

 

「ん?どうもこうもない、勿論避けられた…と言う他ない」

 

その場に居合わせた一人の稗田の守人が烏天狗の取材に答える。

 

 

 

話題は勿論、今話題の奇特な外来人に関してだった。

 

 

……何か含みの有るような言い方ですね。

 

「あぁ…少なくとも俺の目には当たって見えた。だが、切れていない。だから避けたのだろう」

 

……え?当たったのに?切れていない?

 

「身体は勿論、衣服すら。確かに当たって見えた。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのようにそこに在った。何も変わらずにな。何か奇術でも見せられているのかと思うくらいだった」

 

……あやや、でも当たって見えたのですよね?

 

「…それだけじゃない、当たっているように見えたのが、段々とすり抜けていくようになった。まるで幽霊にでもけしかけているような、そんな光景だった」

 

……どういうことですか?

 

「そのままの意味さ。彼奴がいくら剣を振っても、一歩も動かないままに避けられていたんだよ。彼奴は若いが腕は確かだ。守人になってそこそこ経っている俺でも、ヒヤッとさせられるばかりの成長頭だ」

 

……それは魔術とかの類いでは?

 

「そう思いたかったが、守人頭があれは純然な体術だっつってた。あの人が言うんだから間違いないだろう」

 

……稗田守人衆の古強者。中級妖怪をも切り伏せたと言われている…。

 

「あぁ。実際あの人は里の退治屋すら歯が立たなかった人食い妖怪を切ってるしな。あの時は頭もボロボロだったが」

 

……その方は他に何か?

 

「その時あんぐりと口開けて、上手過ぎて、巧み過ぎて参考にもならないって言ってたわ。実際どんな体捌きすればあんなことが出来るのか想像も出来ないってな」

 

……上手過ぎて…。やはり噂通りの達人と言うことでしょうかね?…おっと少し話が逸れました。それで、その後は?

 

「なんのどんでん返しもない、あの男の圧勝さ。終いにゃ彼奴に剣を教えだしたよ」

 

……なんと、かの人は剣術にも造詣が深いのでしょうか?

 

「どうなのかねぇ。ただ、彼奴の剣はみるみるうちに鋭く、速くなっていったよ。もう俺じゃ相手にならないかもな」

 

……あやや、外来人の達人は武芸百般に通じているのでしょうか?

 

「さてな。俺も変な自尊心持ってないで稽古付けてもらえばよかったと後悔してらぁ」

 

……おや?かの人は幻想郷で暮らすとの噂がありますが…人里に住むのなら機会はありそうではないですか?

 

「いや、その後なんでかしばらく道場に顔出してたんだが、もう旅立ったんだと。何処かは知らねぇが……ま、ろくな所じゃなさそうだ」

 

……ふむふむ。これは追調査が必要ですね。

 

「まぁ嬢ちゃんもあんまり取材取材で追っ掛けて噛みつかれない様にな。ありゃ頭と同じで、戦闘狂の気がある」

 

……あやや、それはそれで楽しそうではありますが、連れ去りたくなってしまいそうなので遠くから見るに留めますよ。

 

「……やたら友好的だと勘違いしちまうが、嬢ちゃんも妖怪だものな。くわばらくわばら…」

 

……私くらいの妖怪が下手に暴れると、某神社からいらぬ誤解で撃ち落とされてしまうので。

 

「ほぉ…博麗の巫女もなんだかんだで仕事してるんだな」

 

……霊夢さんだけではないですよ。方々のしがらみは勿論、うちのお偉い様方からも圧力がありますから。下手に他所と事を構えるなって。

 

「まぁ山頂にゃ守矢の神様も居ることだしな。妖怪も世知辛いこって」

 

……全くもってその通りです。…おっと、それでは此方の御礼を…。

 

「へっへっへ、有り難く」

 

守人衆の一人は妖怪の出した一本の瓶をそっと受け取り、懐に忍ばせる。

大きさはワンカップ程度の大きさで、河童の謎技術によりラベルには尻小酒、と達筆な字が書かれていた。

 

 

……不良守人ですねぇ。

 

「それを買収した嬢ちゃんが言うのか…。だがまぁ、この味を知ったら止められないんだわ」

 

ぺんぺんと懐に忍ばせた瓶を撫でる守人衆。

 

……まぁ河童の醸造酒は妖怪の山でも稀少品ですからねぇ。私は伝がありますが。

 

「まぁまたなんか聞きたいことありゃこれで手を打つぜ」

 

……その時はお願いします。それでは、件の守人頭さんにでも聞き込みに行きましょう。

 

「…あ、それは無理だ。多分…後数週間は無理じゃないか?」

 

……あやや?

 

「いや、その後守人頭が戦ったんだよ。その外来人と。そしたら見事に顎砕かれてな。飯も粥しか食ってねぇ。なに言ってるか分からんし」

 

……それは確かに無理そうですねぇ。

 

「それじゃあ……もう一瓶あればうっかりそん時の話が溢れ出そうな気がするなぁ」

 

……それはそれは、お酒があると口が滑るものですからねぇ。

 

「へっへっへ…、そりゃあ滑る滑る。思わずいらんことも喋っちまうくらいにな。……頭には黙っててくれよ?」

 

カランカランと、守人衆の懐に入った二瓶が軽くぶつかり硬質で小気味良い音が鳴る。

 

 

……えぇえぇ。情報提供者の守秘義務は守りますとも。清く、正しくがモットーな私ですから。

 

「ホントに頼むぜ。んじゃあそうだな……彼奴が体力が尽きてぶっ倒れたところからだな」




刃牙といえばインタビュー形式。それだけがやりたかった。

次回
VS守人頭


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

これがやりたかっただけシリーズvol2。
そりゃあ居合いキャラを出すならこれでしょ。




「はぁ……はぁ……」

 

道場のど真ん中で息を荒げ、大の字で倒れ込んだ若い男。

 

満身創痍、といった状態の若い男を、膝に手を当てて覗き込む男。此方は息一つ、いや、汗一筋すら流していなかった。

 

顔には優しさが滲むような笑みが浮かべられている。

 

「いい筋してんな」

 

「……はぁ……はぁ……有り難う御座います!」

 

体力の一欠片も残っていないような若い男は、ノロノロとだが身体を起こして頭を下げる。

 

まるで師弟。

 

いや、事実若い男は教えを受けたのだ。

それは師弟関係に相違ない。

 

超絶的な体術を持ってして翻弄され続けた前半。繰り出される突きや蹴りは、若い男を掠めるだけで、一つとして当てようとしてはこない。まさに弄ばれていた。

 

それとは打って変わって、後半はその一太刀一太刀に男はあろうことか一言ずつ注文を付け始めたのだ。

 

 

ボソリボソリと、二人の距離でしか伝わらないような小声で。

 

 

膝。

落として。

膝。

開かないように。

肘。

肩を支えるように。

肘。

体幹を軸に。

腰。

回転させる。

 

 

…………

 

若い男は、最初は意味がわからなかった。

繰り返し繰り返し言われ、漸く意味が分かってくる。

言われた箇所を意識して振り抜くと、今までにない手応えが返ってくる。

みるみるうちに自分の一太刀が成長していく。

その実感が楽しくて、嬉しくて。

師がつくと、これほどまでに違うのかと驚愕を禁じ得ない。

 

 

 

 

稗田の守人衆はそもそも育成所や訓練所ではない。

稗田家という人里の主柱を守る為に発足された集団。その本質は稗田家から雇われている傭兵に近い。

つまりは個々に実力があることが前提で、実力を高めることが目的の組織ではない。

 

未来の守人衆を目指し、志願して下働きをしている少年が何人かはいるが、そのまま守人衆に加入できるかといえばそうではない。

実力がなければ勿論加わることは出来ないし、実力さえあれば無名の者でも加入できる。無論、稗田家に害意を持たないことが前提ではあるが。

 

日々腕を高める為に各々が訓練なり仕合をしているが、何処にも主導者がいない。

 

強いて言えば、守人頭がそれに当たるのだろうが、守人頭は、単に守人で筆頭の腕前を持つ者の称号だ。

守人頭が守人衆や下働きの少年に具体的に指導しているわけではない。鍛練を促す訳でもない。そこに在るだけなのだ。

 

途中で辞める者も少なくはない。ただの村人に戻れたのならそれはそれで幸せだ。

 

大体鍛練を怠った者は、実戦の内に亡くなる。

 

護衛中に、或いは、稗田家の要請により妖怪退治に赴き、死ぬ。

 

それが守人衆の役目であり、使命である。

 

 

 

「強くなったら、また()ろう」

 

 

 

ニンマリと笑った男に、やや苦笑しながら再度頭を下げる若い男。

 

残った守人衆は、ざわざわと次は誰が行くかとヒソヒソと話しているが、誰も立とうとはしない。

 

自分では相手にならないと、肌で感じていたからだ。

それは自尊心を守るためか、ただの脅えか。

 

 

 

 

「だらしねぇなぁ」

 

 

 

 

のっそりと、立ち上がる壮年の男性。

 

「折角にぃさんが胸貸してくれるって言うんだ。負ける、なんて考えずにどーんとぶつかってきゃいいんだよ」

 

「………別に貸すっつってないっすけどね?」

 

「なははは、そうだったかい?」

 

「ホントに…あんたが闘いたかっただけでしょ?」

 

「……まぁ、そうだね」

 

壮年の男性の目の奥に、強い光が灯る。

 

壁に掛けられた野太刀に手をかける。

 

おおよそ刀身は4尺、大体120cm。

素人が扱えば、鞘から抜き放つのすら苦労するような代物。

無論、重量も並みの物ではない。

 

壮年の男性は腰に野太刀を帯びる。

 

野太刀程の長さがあれば、背負うのが普通。そのまま歩けば引きずることになるし、重さ故に体幹が傾くからだ。

 

壮年の男性の身長は、男より一回り小さい。175cmほどであろうか。その体躯に不釣り合いな程に長い得物が、より違和感を掻き立てる。

 

「さて……」

 

壮年の男性は、そのまま男の前に進み出る。

 

「真剣で…いいんだったよね?」

 

「……取ってから言うもんじゃないと思うけど…構わないっすよ」

 

「そりゃそうだ」

 

クツクツと笑う壮年の男性。

 

 

 

 

 

 

「んじゃま…()ろうか」

 

「うす」

 

 

 

 

 

 

ゴクリと、守人衆が、少年達が、息を飲む。

 

 

既に……始まっているのか?

 

 

両者ともに動くことはない。

男は何の構えもせず、壮年の男性は野太刀の柄に軽く手を添えているだけ。

 

 

 

「凄いっすね」

 

 

男は感心したように声を掛ける。

 

「制空権が…目に見える。あと半歩。踏み込んだら真っ二つだ」

 

ピクリと壮年の男性の眉が動く。

 

「そんな刀で居合い…正気じゃない。並みの技術じゃ鞘から抜けない。並みの膂力じゃ腕自体がイカれる。……でも、間合いに入れば間違いなく斬撃が飛んでくる。そんな気がする」

 

「ほぅ…試して見たらいい。案外…こけおどしかもしれない」

 

そんな提案に、男はこの場にいる誰もが想像しなかった行動に出る。

 

 

 

 

「そう?それじゃ…」

 

 

 

なんの構えもないまま、大股で一歩踏み出す男。

 

明らかに間合い。必殺であったはずの、間合い。

 

壮年の男性はその無警戒さに思わず手を出しそびれる。

 

「ほら………間合いだぜ?」

 

あろうことか、無防備にも両手を上げてそうアピールする男。

 

「……痺れるねぇ、そのクソ度胸。おぉ怖い怖い。なにが怖いって……」

 

壮年の男性はクツクツと笑いながら肩を竦める。

 

 

「当たる気が欠片もしないことだ……!!!」

 

 

壮年の男性の腰から抜き放たれた野太刀は、鞘の中で加速を終え、最高速度にて鞘を脱出し、弧を描く鋼の鈍色を携え、男へと迫る。

 

 

刀を抜く際には、腰を切る、という身体操作が必要になる。

 

尺が短い得物なら話は別だが、ただ腕の伸びだけで真っ直ぐに刀を引き抜きそのまま斬撃を放つのは、人体構造的に基本不可能だ。

 

しかも壮年の男性が帯びているのは野太刀。

そもそも居合を想定されていない得物。

長さを活かし間合いを制する戦い方が常。或いは馬上の敵を切る為の長柄。

 

野太刀の重さを苦にしない、人間にしては驚異的とも言える膂力と、遠心力の加わった野太刀を離さない握力。

 

そしてなにより、柔軟な足腰と、洗練された身体操作術が、野太刀での居合、という蛮行を成立させた。

 

 

 

対戦場的な暴力が、ただ一人の人間に向かって放たれた。

 

 

 

 

 

弾指の瞬間をもってして、凶刃は男へ迫る。

 

そして男は、刹那の瞬間で答える。

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「当たらないにしても……これは想像出来なかったわ」

 

壮年の男性の居合は、並みの者では両断される運命を逃れられない必殺。

斬鉄ですら可能にするのではないかという勢いを秘めていたはずだ。

間に立つ物を全て断ち、理想的なまでの曲線を描くはずだったそれは、半円をなぞった所でピタリと止まっていた。

 

 

「ちょっとばかり遅かったから…ついね」

 

「……真剣相手に白羽取り?……正気じゃない」

 

両の掌を合わさった所で静止する刃。

まるで最初からそうであったかのように、見事に止まっていた。

 

「そう?結構前に居合の達人って呼ばれた人は……もう少し早かった」

 

「……どんな化け物だよ」

 

「さぁ…。でも、こんな得物で居合している人ほどじゃないと思うよ」

 

「……チッ!」

 

掌で挟まれたままの野太刀を、手ごと切り裂き引き戻そうとして、壮年の男性は愕然とする。

 

 

 

(う、動かねぇ!どんな力してんだ!)

 

 

 

掌で挟まれているだけのはず。

だが、然として引き抜けない。

 

「なんだ、返して欲しかったの?」

 

パッと男が手を離すと、壮年の男性は勢い余って後ろへたたらを踏む。

 

再び空いた二人の距離。

 

壮年の男性は、野太刀をしげしげと眺めた後、パチリと腰の鞘に納刀する。

その太刀は欠けず曲がらず、残っているのは男の掌紋位のものだ。

 

「………本当に…にぃさん。化け物染みてらぁ」

 

「そりゃどうも…」

 

壮年の男性はニヤリと笑みを浮かべ、男は苦笑する。

 

「ここにゃ…化け物染みた……いや、化け物そのものがごまんと居るが…底知れなさは太陽の畑の主とどっこいだ。まぁ…あっちは殺意剥き出しな分おっかねぇけど」

 

「太陽の…畑?」

 

「武人として生きてりゃ、一回は切ってみてぇくらいの化け物だよ。……まぁ逆立ちしたって命張ったって、それこそ土台無理だがな……っとすまねぇ。話が逸れたわ」

 

 

 

 

壮年の男性は、グッと体を丸め込むように腰の野太刀の鯉口を僅かに切る。

 

 

 

「すまねぇな…。にぃさん。もう一太刀だけ…付き合ってくれや」

 

 

 

明らかに防御に気が向いていない。

ただ居合のみを行うためだけの構え。

 

背は丸く、猛獣を彷彿させる。

眼光は鋭く、猛禽類のようだ。

先程の気の抜けたような一撃ではない。

容易く白羽取れるような一撃ではない。

 

 

 

男は感じる。

 

 

 

 

きっとこの一撃は、己が命に届きうる。

 

 

 

 

「次は……俺も手を出すよ」

 

 

 

 

その一言に壮年の男性は、にぃ、と歯を剥き出す。

 

 

 

 

 

 

「上等……っ!!」

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、静寂が訪れる。

空気が凍ったかのように、場の雰囲気が張り積める。

 

向かい合っていない筈の守人衆が逃げ出したくなるような、経験の浅い少年達が気を失うような、静謐な殺気。

 

少しでも動けば張り裂けてしまいそうな、息をするのも躊躇われるような、厳かな空気。

 

 

 

 

 

ジリッ

 

 

 

 

間合いを詰めたのは、壮年の男性であった。

構えはそのままに、足の母指のみの力で数㎝間合いを詰める。

 

歩いてしまえば二秒も掛からないような間合いを、気の遠くなるような時間を掛けて詰めていく。

 

 

 

対する男は、うっすらと笑いながら腕をダラリとリラックスさせ、ハンドポケット。

 

 

 

 

なんともやる気のない姿?

 

まるで目的もなく街中を散策している若者?

 

冬の寒さを紛らわすような、だらしがない姿?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

否。

 

 

 

 

 

 

断じて否。

 

これが、構え。

 

刀を鞘に納めるように。

男は拳という刀を、ポケットという鞘に納めている。

 

無造作に、無防備に。

一見何気ない、覚束ないようなあの姿が、既に構え。

 

 

これが、戦闘体勢。

 

 

完了している。既に。

 

 

万全。

 

 

抜刀術に対して抜拳術。

 

 

速度(はや)さ比べ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シィッ!!!!!」

 

 

 

 

 

壮年の男性の制空権が、男に重なった時。

 

 

弾指の時を越え、刹那に迫るような会心の居合。

その長さを物ともせずに、抜き放たれた一撃。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、悲しいかな。

 

刹那に迫るような、では遅い。

 

刹那と弾指では、正に桁が違う。

 

 

 

 

 

男は(ポケット)から()を抜き放つ。

 

 

手を引き抜くのではない。腰を落とすことで最速の抜拳を成立させた。

 

初速が、最高速。

加速はポケットの中で終了している。

 

踏み込むのではない。加速度そのままに滑るように地を縮める。

 

初速が、最高速。

加速はしない、常に最高速だから。

 

打つのではない。最高速のままに体を腕を突き出すだけ。

 

初速が、最高速。

刹那を刹那のままに、相手に届く。

 

 

 

 

後出しだった筈の拳は、刀より先んじて相手を捕捉する。

 

硬い拳は途中で優しげに開かれ、平手と変じ相手に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

普通なら、平手打ちの音といえば、バシッとかパシン、が適当なのだろう。普通なら。通常なら。平凡なら。

 

 

 

 

 

その音を文字として化すなら

 

 

 

 

メシャア?ゴシャア?

 

 

 

 

おおよそ、それは平手で人を叩いた音ではなく、人体で奏でられてよい音ではなかった。

 

その音を奏でた威力は如何程か。少なくとも、並みのものではなかったはずだ。

 

 

その証拠に壮年の男性は空中で横に数回転しながら守人衆の頭上を越えて道場の壁に叩き付けられた。

 

 

呆気にとられる守人衆。

 

 

ゆっくりと自分の背後を振り向き、ピクピクと痙攣している壮年の男性を確認した後、漸く事態を把握する。

 

 

 

 

「「「頭ぁ!!??」」」

 

 

 

グリンとひっくり返った眼球、口角から溢れる泡沫痰。息はしているようだが、顎関節だけがそっぽを向いている。

 

 

 

「た、担架ぁ!いや!医者ぁ!?いや、坊主かぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

決着。




実際に腰を落とすことで最速の抜拳を成立させたけど加速はしなかったよ。物理学ぇ…。

次回
人里編日常回あたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

ちょっとお茶濁し回が続きます。更新も開くかも…。
戦闘のネタこそあれ、自分の文章力のなさで描写が上手くいきません。あと大型イベが来るので(素直)。
許してください!なんでもしまかぜ!



顎を砕かれ気を失った守人頭は、わたわたと守人衆に運ばれて行った。気に当てられ気絶していた少年達も同様だ。

 

 

 

ぽつねんと道場に残された男はどうしたものかと頭を掻く。

 

半ば連行されて来た様なものだが、人里でそれなりに地位にあるであろう守人頭をぶっ飛ばしてしまった。

 

守人衆が真剣で一人の男に私刑をしていた…という見方が出来るが、人里にとっては男が異分子。

 

守人衆の言い方次第でもあるのだろうが、そのまま外来人と守人頭が闘い、守人頭が重症。という事実が伝わっただけでも、恐らく忌避されるのは男のほうであろう。

 

 

「まいったね…こりゃ」

 

 

既に人里で生活していく気のない男にとっては、人里の好感度自体は些細な問題だが、問題は慧音。世話になった人に迷惑を掛けるのだけが心配事だった。

 

頭をガリガリと掻き、どうしたものかと天井を仰ぎ見る男。

 

 

 

しかし、男は後悔はしていない。反省も。

今後どうするか悩んではいるが、やったことに対して全く思うところはない。

 

それどころか、満足すらしていた。

 

あのレベルまで高められた剣技。滅多に御目にかかれるものではない。

 

人の極みにいる男ですら感嘆する修練の到り。

 

達人と呼ばれる人間と闘ったことは一度や二度ではない男であったが、その中でもトップクラスに名を連ねるだろう。

 

特に最後の一撃。

 

人類最強の男をもってして、白羽取りなんてお遊びが出来るような一撃ではなかった。

 

 

野太刀を用いた居合、という蛮行を成立させた武人。

 

 

男はもっと速い居合を経験したことはあるが、それ以上に危険を感じた。

 

避ける事は出来た。

 

問題だったのは、その範囲。

絶対的な間合いを保ちながら放たれる野太刀。

如何に人類最強の男でも、野太刀と比べてしまえばその腕は如何に関節の軛を外したとしても限界がある。

 

そして、培われた身体操作を用いた、刹那に迫る居合の技術。

その技術から繰り出される、野太刀という質量が、その破壊力を加速度的に跳ね上げた。

 

極めて合理的で理想的な人間の体を用いた物理学。

 

人間において最高峰の一撃が翔んでくる。

 

男はあの速力を、重量を完全に捌くのは難しいと判断した。判断させられた。

 

 

 

だからこそ、出鼻を挫いた。

だからこそ、技を用いた。

 

 

 

抜拳による、速度(はや)さ比べ。

 

 

 

男は闘いにおいて、手加減はしても妥協はしない。

 

平手という手加減こそ加えたが、間違いなく速さで、技で競いあった。

 

そうすべき相手だと、間違いなく認めていたから。

 

 

そんな相手と闘えたことに、男は後悔などない。

人間と闘って、楽しかったと素直に思える日がまた来たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局良い案など出てくることもなく、道場の真ん中でぼけっと突っ立っていた男。

そんな時、道場の引き戸がカラカラと開かれ、見知った姿が入ってくる。

 

「失礼する……。やはり、ここだったか。佐藤」

 

「……あっ。慧音さん……」

 

「全く、探したぞ。出掛けるのは構わないが、何か置き手紙の一つでもしていってほしい」

 

「す、すんません」

 

「うむ、素直に謝れるのは良い事だ」

 

そう言って、道場の中を見回す慧音。

 

「……ん?守人衆は何処だ?大体この時間なら稽古に励んでいるはずだが……」

 

「あー……いやぁ……」

 

立ち会い最中ですら流れなかった汗が、男の額にたらりと流れる。

 

「……ん?どうかしたか?」

 

「いや……えっとぉ……」

 

男は言い淀む。素直に説明してよいものかと。

 

「ふーむ…まぁ大方アイツに喧嘩でも売られたんだろう?」

 

「…えっ?」

 

「守人頭にまでなってまだあの向こう見ずは直らんか…。全く…子供の頃から言い聞かせているのに一向に考え直さん」

 

「……えっ?」

 

「ん?あぁ、すまん。守人衆には後で言っておくから、まずは朝食にしよう。妹紅も首を長くして待っているしな」

 

なんでもないような事のように言ってのける慧音についていけない男。

 

先導していく慧音に、ノコノコとついていくしか出来ない男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、あの悪ガキ、まだ無茶してんのか?本当にガキん頃は冒険だなんだっつって竹林に迷いこむし、妖怪に追われてたことも一度や二度じゃないんだぜ?」

 

「先の妖怪の件で大怪我して少しは大人しくなったかと思ったらこれだ。歳をとっても根っこが変わらん。また制裁の一発や二発お見舞いしてやらんと…」

 

事の顛末を肩身が狭まる思いで告白したというのに、リアクションは至って平和だった。

 

ケラケラと笑う妹紅、頭痛を堪えるように頭を押さえながら慧音は首を振る。

 

そんな二人のリアクションに、心底気が抜ける。

 

「しっかし、やっぱり強いんだな、佐藤は。あの悪ガキも人間じゃ相当なんだろ?」

 

「守人頭には伊達や酔狂じゃ選ばれない。なんと言っても稗田の家の守護者だ、単純な強さなら退治屋でも相手にならん」

 

二人の会話に違和感がある。

 

違和感があるが…なんとも会話に入り難い。

友達の家に招かれたはいいが、友達の親友もいたような、微妙な居心地の悪さ。

 

「いやぁ、見たかったな。佐藤の勇姿」

 

「い、いや。そんな大したことは…」

 

「あっはっは!大したことないことでアイツは戦闘不能か!そりゃ傑作だ」

 

言葉尻を掴まれる。

 

「妹紅……笑い過ぎだ……」

 

「だってよ、ガキん時から無茶ばっかで、少しはでかくなったと思ったら妖怪に突っ込んでったろ?良い薬だよ」

 

「まぁ…そうかもしれんが…。しかし佐藤、幾ら売られた側とはいえ、顎を砕くのはやり過ぎではないか?お前ならもっと加減出来たと思うのだが…」

 

 

 

「いや…慧音さん。それは違うよ」

 

 

 

「む…?」

 

やおら説教の流れかと思いきや、当の本人が否定の意を示した。聞き逃せない、事があった。

 

「あの人は……強かった。ちょっとでも俺が遅けりゃ…手を止めて迎撃してたら…俺は真っ二つだった。あれが限界、最大限加減出来た結果っす…」

 

「………」

 

「す、すんません。生意気言って……」

 

だが、それだけは伝えたかった。

男にとって、自分と向き合ってくれた人間なのだから。

大したことはないのは、自分自身。手加減も出来ない、自身の未熟。

 

「……そうか。ならば…そうだな」

 

慧音は、ちゃぶ台に身を乗り出し、男の頭をポンポンと撫でた。

 

 

 

「良く我慢した。手加減した。佐藤は…強いんだな」

 

 

 

慈愛すら感じる柔らかい笑顔。

まるで子供にする様なそんな…優しい一撃。

 

 

 

男は戸惑った。

 

どんな打撃にもない、体の奥の奥に響くような、心にまで届くような痛烈な衝撃。

痛くもないのに目頭が熱くなる。

痒くもないのに涙腺が緩んでいく。

じんわりと心が攻撃されている。

 

世界にこんなに優しい攻撃があったのかと、顔が火照るのを感じる。

 

行動を、褒められた。

それだけの事実、しかし男にとっては青天の霹靂。

 

 

強さは誉められたことがある。

強さは讃えられたことがある。

強さは羨ましがられたことがある。

 

 

男には、強さしかなかった。

 

 

いつぶりだろうか。褒められたのは。

まだ、ただの少年だった頃以来であろう。

 

嬉しかった。

 

褒めることは、単純に自分を見てくれるということだ。

自分と向き合ってくれる事は、何も闘うことだけではない。

認められる事への、充足感、満足感。

 

 

男は戸惑った。

 

 

 

闘うこと以外に心を満たすものが、確かにあったから。

 

 

 

 

 

 

 

端から見れば成人するかしないか位の見た目の女性に、いいこいいこされている中年の男性。

絵面は正しく、倒錯している。

 

「あっ……えと……」

 

振り払うことも、もっととせがむことも出来ず、されるがままになっていた男。

待ったの声は、隣からだった。

 

「……慧音。佐藤だってガキじゃないんだから、困ってるぞ」

 

「私からすれば随分と年下だしなぁ。何なら妹紅もするか?」

 

「ばっ……!お前っ!ほん……バカ!」

 

「はっはっは。妹紅よりは勉強は出来るぞー」

 

「そういう意味じゃねぇーから!」

 

そんな気安いやりとりに、もうなにがなんだか分からないままポリポリと沢庵をつまむ事しかできない男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?私の歳?」

 

食休みに茶を啜っていた時、男の疑問が二人に投げ掛けられた。

自分より年上であろう守人頭を悪ガキと呼称する辺り、見た目の年齢ではないのだろうかと疑問をぶつけてみた。

 

「あまり女性に歳を尋ねるものではないぞ?」

 

「そ、そうっすかね…」

 

「別に尋ねられて困るわけではないが……そうだな。まぁこの里の者は大体赤ん坊の頃から知っているな。その親の親も」

 

「な、長生きなんすね……」

 

「あぁ、そういえば言ってなかったな。……私は妖怪と人間の混血なんだよ」

 

「妖怪……混血……あー…それで強そうなわけですか」

 

男は驚くよりも恐れるよりも、納得したと、あっさり受け入れる。

漸く合点がいった。慧音に感じる強烈な強さの感覚に。

 

「なんとなく予想はしていたが、佐藤は…怖くないのか?混血とはいえ、妖怪だぞ?」

 

「いやぁ……いいっすね。ワクワクします」

 

怖いか怖くないのかを聞かれて、ワクワクしますと答える人間は、おそらくこの男だけであろう。

 

「な、なんだか完全に予想していたのとは違うが…」

 

「そうっすかね?……つーことは…もしかして妹紅も実はかなり年上…?ほうらいじん?って言ってたけど」

 

「んー?」

 

食休みにゴロゴロしていた妹紅はのっそりと顔を上げる。

 

「私の歳?別に数えちゃいないが…1000歳くらい?」

 

「はえー……マジすか?」

 

思わず慧音に問い掛けてしまう男。

 

「いや、それはないだろう」

 

キッパリとした否定に、男は一本とられたと苦笑いをする。

 

「ですよ……「藤原氏の来歴からすると1300歳くらいだろう」…ねえぇー……?」

 

予想とは正に桁が違う話。

男は目を白黒させるが、慧音の表情は真剣だ。

 

「えっと………なに時代?江戸?」

 

「時代で言えば奈良か平安時代あたりだろう」

 

「あー……いいくに?」

 

「それは鎌倉幕府だ」

 

「あー…………なるほど?」

 

算数など日常で使うものならまだしも、歴史とあっては死に体を晒すしかない男。

 

「まぁ、つーわけだ。私らからすれば悪ガキも佐藤も子供みたいなもんだ」

 

「そりゃ…そうか?」

 

実年齢で言えばそうなのかもしれないが、容姿が若すぎる為に違和感が強い。

妹でも若すぎる。娘と言うには大きすぎるが。

 

「さて、私はそろそろ守人衆の所に行ってくる。手当ても落ち着いた頃だろう」

 

「おーう、後で様子を聞かせてくれ」

 

「全く…悪趣味だな」

 

そう言って外出の準備をし始める慧音。

 

「お、俺も行った方が…」

 

「いや、佐藤は待っていろ。アイツの性格と守人衆の性質からしても、そう事にはならん。それに……」

 

ピシャリと男の提案を否定する慧音。

 

「今、勝者が敗者に掛ける言葉はない。掛けることがあるとすれば、佐藤の前に自ら出てきた時だけだ」

 

「そう…すか…」

 

「うむ、では行ってくる」

 

その言葉を残して、慧音は出ていってしまう。

 

「…ま、そういうこった。のんびりしようぜ」

 

ポンッと妹紅に肩を叩かれる男。

 

男に出来るのは、妹紅を見習ってゴロゴロすることしかなかった。




本当にもこたんって1300歳くらいなの?って疑問を持つ人はいない、いいね?
というか、色んな二次見すぎてどれが公式に近いのか分からなくなってる…。

次回
まだ人里。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

提督兼城主兼王子兼御使いとかやってるから話が進まねぇんだよ!!
というわけで人里編、続きます。



結局、慧音が言った通り大事にはならなかった。

 

 

あれから帰ってきた慧音は開口一番。

 

「あぁ、問題なく話が付いた。……全く、大怪我をしていてもアイツは変わらん。一発制裁しておいた」

 

呆れ半分怒り半分の慧音には、男は制裁とはなんなのかまで聞けなかったが、妹紅が大笑いしていたところを見ても大事にはなっていない…はず。

 

男は一応人里を追い出されることなく、幻想郷縁起の複写を待つことが出来ることになった。

 

つまりはそれは、短期間とはいえ人里に住み着くことになったということだ。

 

 

短い期間だが穀潰しでは居られない。

それが此処、幻想郷の人間が住む人里の掟だ。

男は寺子屋の手伝いと、もう一つ、とある仕事に従事することになっていた。

 

 

「ふぃふぁん、ふぉんふぉにふぁふふぁふは」

 

「…いや、俺も場所借りられて助かってるっすから」

 

「ふぁふぇふぉふぁふぁっふぇふへふぁいふあふぁふぁ」

 

「それならしょうがないっすよ…顎砕けてますし…」

 

「ふぉうふぁふぉふぁ!ふぁっふぁっふぁ!」

 

男のもう一つの仕事。

それは思ってもみないところからの依頼だった。

 

 

 

 

 

守人頭をぶっとばした翌日。

 

朝も早くから寺子屋の戸を叩く者がいた。二日連続。

 

そして戸を叩いたのも、二日連続で同じ人物であった。

 

男は寝間着のまま、引き戸を開けると、目の前には包帯人間がいた。

 

ギョッとする男だったが、よくよく見れば見覚えがある。

目こそ露出しているが、下顎はぐるぐるに包帯で固定され、首には固定具らしきものをしている。

 

守人頭、その人であった。

 

少し気になったのは額に赤く大きな腫張…所謂たんこぶが出来ていること。

 

 

 

昨日の今日で負かした相手に会いに来る、それもわりと重症で。

その図太さとタフさは、妹紅をして悪ガキと言わしめるのも頷けるのかもしれない。

 

「ふぃふぁふ、ふぅふぁんふぁ。ふぁふぁふぁふぁふぅ」

 

「…はぁ」

 

なにぶん顎が砕かれているためその言葉は意味不明であった。

 

しかし、男のコミュニケーション能力には卓越したものがある。

目の動き、言葉の母音、雰囲気。

それらを統合して、意識する。

理解しようと、意識する。

 

耳からのみではなく、五感でコミュニケーションを取ることが出来る。

 

「ふぉっふぉ、ふぁふぉふぃふぁふぃふぉふぉ、ふぁふぅんふぁ」

 

「……頼み?」

 

「ふぉふ」

 

「……ちっと、慧音さんのとこ、寄ってもいいすか?」

 

「……ふぉふ」

 

守人頭が若干嫌そうに頷いたのは、男でなくても分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……悪くはないのではないか?」

 

どうやら守人頭の言葉は慧音にも理解できたようで、話は早かった。

 

その横で首を捻る妹紅がいたが、抜きで話は進む。

 

「ふぉふぁふぁふふぁふ(そりゃ助かる)」

 

「しかし……お前も懲りないな…いや、切り替えが早すぎやしないか?」

 

「ふぉふふふふぁふぉふぅふふぇ、ふぃふぁふふぉふふぉふぁふぃふぉふぇふぉふふぁふふぁふふぁふふふぁふぉふぅふぁ(性分なもんでね、にぃさんの強さにほれこんだんだわ)」

 

「まぁ…幻想郷縁起の複写が終わるまで少し掛かりそうだから、佐藤の仕事にはうってつけじゃないか」

 

「ふぃふぁふ、ふぉふぉふぃふぅふぁふぉふぅふぁ!(にぃさん、よろしく頼むわ!)」

 

「はぁ…」

 

守人頭からの依頼は簡単だ。守人衆の稽古に立ち合ってくれ、とだけ。

指導でも、試合でもなく、ただ立ち合ってくれ、と。

 

「立ち合うだけで…いいんすか?」

 

「ふぉふぅ!(おう!)」

 

「元々守人衆の閉塞感はいただけなかった。佐藤は良い刺激になるだろうな。それだけ佐藤の存在は…鮮烈だからな」

 

慧音は、眩しげに佐藤を見やる。

優しさと羨望をまぜこぜにしたような、複雑だが真っ直ぐな瞳。

 

「そんなもんすかね…」

 

そんな真っ直ぐな瞳に、やや照れながら頭を掻いて誤魔化す男。

 

「ふぁふぁ、ふぁふぉふぅふぃふぅふぁ!(じゃあ、早速行くか!)」

 

「え……今から?」

 

「ふぁっふぁふぃふぁふぇふぁふぉ!(あったりまえだよ!)」

 

「あ、朝め……」

 

「ふぅふぁふぇふぃふぇふぁふ!ふぁふぃふぇふふぇ!(んじゃ慧音さん!借りてくぜ!)」

 

「昼までには返してくれ、寺子屋の手伝いもしてほしいんだ。佐藤、気を付けてな」

 

慧音の言葉を背に受けて、男は再度、道場へ連行されていく。

 

 

 

 

「……え?なんでお前ら会話成立してんの?」

 

妹紅の呟きには誰も答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が守人頭に連れられ、道場へ足を踏み入れると、二極化されたリアクションが出迎えた。

 

誰だコイツ?という当然のリアクションをする者達と、驚愕に目を見開き隣に立つ守人頭を見て更にあんぐりと口を開く者達。

 

言わずもがな昨日あの場に居合わせた者達と、そうでない者達だ。

 

「ふぉふふぉふ、ふぃふぃふふぁふふぇふぃふぃふぉ(おうおう、気にしなくていいぞ)」

 

「「「「「?」」」」」

 

無論、この場で守人頭の言うことが理解できたのは、男一人だけであった。

 

 

 

男に依頼されたのは守人衆の練磨に立ち合うことと、そのついでに通訳。

 

類い稀なタフネスを持つ守人頭をしても、顎が砕けた状態では流暢に喋ることは出来なかった為である。

 

とは言え、道場において守人頭の発言は少ない。というか、雑談しかしない。

 

無様にやられた者には嘲笑を。

健闘した者には称賛の拍手を。

 

元より守人衆は、こういう所だ。

 

 

強くなりたきゃ、勝手にやれ。

 

 

妖怪が蔓延る幻想郷で、ただ一つの目的を持つ…いや、ただ一つの命題だけを守る者。稗田家を守るというただそれだけのための者達。

それが集団となっただけの、明日をも知れぬ傭兵。

 

ついていけなくなった者は離れ、力不足の者は亡くなる。

 

それだけの集い。

 

 

だが、その中で、今までとは違う…言うなれば異物が紛れ込んだ。

 

それが及ぼした結果は…

 

 

「師匠…っ!立ち合いを…いえ!一手御指南を!!」

 

「……はぁ?」

 

そう、流れとはいえその気鋭に惹かれ、気紛れに指摘し続けた威勢の良い若い守人衆。

 

「分かっています…っ!!自分では師匠の足元にも及ばぬことを!歯牙にも掛からぬ身であることを!!ですが!ですがぁ!!自分は師匠に、指導して戴きたく存じますぅ!!」

 

「いや…そこじゃなく…」

 

「ぬぁぜですか!?やはり自分では…至らぬ自分ではぁ!!」

 

「いやちがくて…師匠って……」

 

「やはり……っ!圧倒的差……っ!己の未熟……っ!覆ることのない事実……っ!」

 

「いや…いやいやいや」

 

最早初対面とキャラが別人になった若い守人衆に困惑を隠せない。

 

それは男だけではない。

 

 

 

 

若い男は守人衆の中でも異彩を放っていた。

 

恵まれた運動神経に、卓越した技術。

古参の守人衆にも引けを取らぬその強さ。いずれは守人頭に成ることを疑う者は少ない。

周りもそんな若い男を疎む者もいたが、強さが全ての守人衆では一目置かれていることは間違いない。

 

そして強さに違わぬ、自負と自尊を持っていた。それ故に人里の退治屋と揉め事を起こすこともあった。先達の守人衆と意見を違えることもあった。

 

そして何れも…媚びることはしなかった。退くことはしなかった。

 

 

その若い男が、この態度。

周りの守人衆は目を、耳を疑った。

 

 

 

 

男は、戸惑う。

 

こんなにも真っ直ぐな瞳で、教えを乞われたことはなかった。

 

大体が、諦める。そう、諦めるのだ。

 

誰も彼もが、その強さを直視できない。

 

絶対的な実力の差に。

圧倒的な武力の差に。

 

己の身の可愛さに、男の実力に絶望して。

男の機嫌一つで捻り潰されかねない、己の矮小さに、彼と共にはいられない。

強さがなんになるのだと、理論武装した上で引きつったまませせら笑う。

強さの頂を麓から違う世界なのだとぼんやり見上げるだけ。

利用しようと近づくのすら躊躇われるような、隔絶した強さ。

 

 

そもそも、ステージが違うのだ…と。

 

師事を受けようなどと、思いもしない。

 

 

だが、目の前の若い男はどうだ?

こんなにも紳士に、真っ直ぐに見ている。向き合っている。

 

男は戸惑いの気持ちと同時に、なにか言い様のない…暖かみが生まれるのを感じた。

 

 

「未熟……っ!どうしようもないほどの未熟……っ!呆れ果てるほどの未熟……っ!不甲斐ない…っ!不甲斐ない…っ!」

 

バンバンと自戒するように自分の膝を殴り付ける若い男。

 

 

パッと、その腕が取られる。

 

 

若い男が恐る恐る顔を上げると

 

 

「……闘ろう。人に教えるなんて…俺にできっか…分からないけどさ」

 

「し……師匠……っ!!」

 

「いや…師匠は止めてくれ…」

 

「はいっ!ししょ……あ!兄者!」

 

「………お、おう」

 

何はともあれ、守人衆に新しい風が吹き込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指導というには些か苛烈で、虐めというには情がある。

 

男も誰かにモノを教える、という行為をするにあたって、考えた末に出てきたのは、自らが行ってきた事をそのまま伝えるというシンプルな事だった。

 

 

 

即ち、実戦。

 

 

 

「……半歩浅い」

 

「…ぐっ!!」

 

「……腰が抜けてる」

 

「…がはっ!!」

 

「……肩が固い」

 

「…ふぐぅっ!!」

 

ほとんど昨日と同じだが多少の違いはある。若い男の得物が木刀であること、少しだけ言葉が増え、若い男にはそれなりの生傷がついていく。

 

 

男が肖ったのは、いつか教えを受けた自分の師匠。

 

 

そして有効な体の動きから外れたところを痛打。

痛打と言っても、デコピンであるが。

だが、その音は鞭で叩くような痛烈な音を響かせている。

その音に違わぬ発赤、腫張を若い男の肌に刻んでいる事からも、尋常ではない威力なのだと否が応でも解る。

 

「はぁっ…はぁっ……」

 

「…………」

 

荒い息。滴る汗。

何度木刀を振ろうとも、掠りもしない、防御すら伴わせることが出来ない。絶望的な差を見せ付けられるだけの指導…擬き。

 

自分の未熟を、力不足を、まざまざと見せつけられ続ける。

それは最早、闘いに身を置くものとしては拷問に等しい。

 

お前は弱い。お前は弱い。お前は弱い。

 

言葉にしなくても、伝わる責め苦。

 

そこに光があればまた違うだろう。

 

しかし、人類最強の壁は圧倒的に厚く、絶望的に高い。

その壁に希望を抱く事は余りにも難く、その壁に膝を折る事は余りにも易い事であった。

 

寧ろ誰もがこう言うだろう「あれは別だ」と「膝を折るのは当然だ」と。

 

 

……だが、何事にも例外があった。

 

 

強くなりたい。その一念。

 

 

強さを諦めない、大馬鹿野郎。

 

 

自分のために、勝利のために、何かのために。

 

 

若い男がどんな動機を抱えているかは本人しか知らないが、間違いなく分かるのは、この若い男も、大馬鹿野郎だということだ。

 

目の前の絶望的な壁を、僅かな突起に指をかけ、足をかけ、登っていく。

 

繰り返す度、繰り返す度。

壁を登っていく。

ほんの僅かであるが、登っていく。

 

遥か彼方に見える頂から、見下ろしてくれている男の姿を、ただ真っ直ぐに見詰めながら。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

少しずつ息が整っていく。

 

「はぁあ…………」

 

若い男は最後に大きく息を吐き、スッと正眼に木刀を構える。

 

「…………」

 

静謐な空気が、降りる。

その姿は間違いなく、強者のそれ。

 

そんな成長著しい若い男に、男はニヤリと笑う。

 

 

 

 

「兄者……行きます」

 

「おぅ」

 

 

 

言われた事をただ愚直に行う。

それだけの事。それだけのはずの事。

 

それのなんと難しいことか。

 

意識を制し、無意識を制する。

神経を司り、体の全てを司る。

 

理想的な体の動きとは、己の思うままに体を動かせるということ。

人間には、それがどうして難しい。

 

二足歩行により道具という武器を手に入れた人類。

二足歩行により記憶という武器を手に入れた人類。

二足歩行により知恵という武器を手に入れた人類。

 

だが、それによって失われた物が余りにも多い。

 

堅牢な牙を失い、鋭利な爪を失い、豊かな体毛を失い、素早い四足の機動力を失い、体高が地に近い安定性を失った。

 

闘う事、狩る事に不十分なのだ。向いていないのだ。二足歩行は。

 

 

だが、それを補う物もある。

知恵が状況を覆し、経験が方法を見い出し、そして思いが力を宿す。

 

そして若い男も、知恵を経験を思いを積み重ねている。

 

 

 

「ぜやぁぁああ!!!!」

 

 

 

渾身の一撃。

昨日とは比べ物にならない。積み重ね。

 

弾指にも届かないような一撃ではあるが、それでも昨日より研ぎ澄まされた、一撃。

 

 

成長。

 

 

そう、二足歩行には、人類には、成長するという、類い稀な闘いの才能がある。

 

 

 

「……ふっ!!」

 

 

 

男は、避けずに迎え撃つ。

成長を記念して。

 

パァンッッと弾け飛ぶ様な音がして、木刀が真ん中からへし折れる。

 

半分になってしまった木刀が、若い男の掌から溢れ落ちる。

 

「……痺れるか?」

 

「うっ…くっ。…はい」

 

まるで鋼鉄に打ち付けたような手の痺れ。

全身全霊で打ち込んだ。それでも男の拳の方が硬く、速かった。

 

武器を折られる、武器を取り落とすという屈辱のはずだったが、若い男の心は満ちていた。

 

 

 

「有難う御座いましたっ!!」

 

 

 

床に付くのではないかというほど頭を下げる若い男。

あの高い壁から見下ろすだけのはずだった男が、わざわざ降りてきて迎え撃ってくれたのだ。

 

 

この痺れこそが、勲章。

この気持ちこそが、成長。

 

 

「あぁ」

 

 

ヒラヒラと手を振りながら、再び道場の隅に座る守人頭の横に座る。

 

 

「ふぉふぁふぁふぃふぃふぉっふぇ(お優しいこって)」

 

へらへらと不明瞭な言葉で男を迎える守人頭。

 

「……分かってたっすよね?こうなるの」

 

「ふぁーふぇ、ふぁふぃふぁふぁふぁ?(さーて、なにがかな?)」

 

「……ほんっと……狸っすわ」

 

「ふぁーふぁっふぁっふぁ…あがっ…ふぃふぇぇ…(わーはっはっは……イデェ…)」

 

思わず大笑いしてしまい、折れた顎が嫌な痛みを伝えてくる。

 

 

「……ざまぁ」

 

 

何はともあれ、男は守人衆の稽古を眺める仕事?に従事するだけであった。




実際投稿が開くのはソシャゲが忙しいからだけではなく、念願の原作キャラとの戦闘描写が上手くいかないのが一番の原因。ストックが尽きる前になんとか…!!

少しでも暇を潰せるような物をお届け出来たらと思いますのでのんびり待っていただけると幸いです。

追記。誤字報告、暖かい感想、大変励みになります。この場で感謝を。

次回
まだまだ人里編あたりで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

刃牙感を出すのか、東方感を出すのか……それが問題だ。




相変わらず人里の住人からは遠巻きにされている男だったが、忌避されることはなかった。

 

人里の守護者である慧音、稗田の守り手の守人衆と一緒にいることが多く、住人ではないが迷いの竹林で何かと世話になることがある妹紅との付き合いがある。

それに寺子屋に通う子供達の遊び相手になっていることもあり、それなりに受け入れられている、というのが現状というところだ。

 

守人頭をぶっ飛ばしたことは住人には伝わることなく、居合わせた守人衆で秘にされ下働き共々口外しないように言い含められたそうだ。守人衆にとっては醜聞になる故に。

 

守人頭の怪我の真相は語られなかったが、妖怪退治の負傷、という噂が出回るのは守人頭の過去の行いからしても当然といったところか。

そもそも、当の守人頭が親しげに話している姿も、守人衆の一部が兄者兄者と慕っている姿すら見られている為に、誰も男に結び付ける者はいなかった。

 

 

 

 

男は慧音の手伝いと子供の相手、守人衆の立ち合いをこなしながら、幻想郷縁起の複写を待っていた。

 

 

そんな居候の身を立てる一助となっている守人衆との関わり。

最初こそ若い男のみだった指導擬きだったが、みるみるうちに力をつけていく若い男に感化され、何人かの守人衆が教えを乞うた。

 

現代社会において、強さとは大きな意味を持たない場合が多いが、ここは幻想郷。

ましてや守人衆という強さという絶対的な物差しがある集団では、誰もが貪欲であった。

 

 

無論、教えを乞うた者の誰もが才能や根性があったわけではなく、途中で男の強さから目を逸らした者も、諦め寄り付かなくなった者もいる。

 

特に古参の者は端から男を見てみぬふりをしていた。

どう足掻いても勝てぬ相手。それを直感して二の足を踏む。自己の実力で満足してしまう。

彼らには、果てしない頂を見上げて挑もうとするには若さも、無謀に挑戦する馬鹿さも足りなかった。

 

 

唯一古参の中では、守人頭が大馬鹿野郎であっただけだった。

 

 

しかし、確かに風が吹き込んでいた。

 

古参の者は下であったはずの者がみるみる追い付いて来ている事への焦りに腕を磨く。

若い男を筆頭とした若輩者は、若さを原動力にがむしゃらに腕を磨く。

 

 

守人衆はかつてないほどに切磋琢磨していた。

 

 

「ふぁーあ……」

 

 

その吹き込んだ風は、道場の隅で呑気に欠伸をしているわけだが。

 

ちゃくちゃくと育っている未来の好敵手、今も蔓延っているだろう強敵を思うと、この暇な日々ものんびりとやり過ごせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守人衆が各々何かしらの任務や役割を果たしている時に、時たま道場が空になる時がある。

 

その時に男は場所を借りて、武を振るう。

 

 

 

 

今日の武は、舞いだった。

 

 

 

 

飛び、跳ね。振り、振るい。

 

天井に届きそうなほど高い打点。

地面からの強襲を思わせる不自然な回避。

スルリと風を捉えるような身のこなし。

手は拳ではなく、抜き手。

足は蹴りではなく、爪先で貫くような突き。

 

不意に舞い上がったかと思うと空で啄むような三連蹴。音もなく着地し羽ばたくように再び飛び上がると、目にも止まらぬ速度の突き突き突き。

 

何れもまるで槍のような鋭さを伴い、虚空を抉る。

 

 

男には翼も嘴も羽もないが、その脚は翼のように身を空に打ち上げ、その腕は鋭利な嘴を錯覚させ、フワリと舞う衣服は纏う羽々を彷彿とさせる。

 

 

人をして鳥類を思わせる。

 

 

空に舞い、風を捉え、急降下し、獲物を狩る。

 

 

優雅に毛繕う鶴のようで。

狡猾に知恵を働かせる烏のようで。

雄大な山々を飛び回る鷹のようで。

侍をして斬ることの出来ない燕のようで。

 

男は今、間違いなく鳥に類する何かであった。

 

 

 

 

 

そして、想定していたのは、蟲。

己の身の丈を遥かに越える、巨大な昆虫。

力強く、硬く、速い。目の前にしてみれば絶望的な存在。人間大すら越えるような体躯。筋肉ではない独特な稼働機関。

 

厳密には昆虫ではなく、多足亜門、唇脚綱に属する接足動物、百足。

その見た目の特異さにて、忌避される害虫である。

 

それが男のイメージ。

つい最近に闘った、好敵手。大百足。

 

相変わらずイメージが貧困な男であるが、実際に対面し闘った相手を想像する事位は可能。

 

 

自らの技術を対大百足用に昇華し、それ用の格闘技を模索していた。

 

頭突きが、胴回し蹴りが伝えた甲殻の硬さ。内臓器の柔らかさ。多足による加速。胴節の柔軟さ。地面を潜るという特技。

 

最初こそ荒々しく力任せに闘うことしか出来なかった男であったが、すぐに武術が大百足に馴染んでくる。

一舞毎に洗練される。

対大百足戦に、武術が最適化されていく。

 

 

その結果が、舞い飛び貫く武。

 

 

中国拳法でいうなれば、動物を模した象形拳に近い。

それは奇しくも、鳥と虫、捕食者と被食者と成ることになった。

 

ある意味では自然界のヒエラルキーの絶対さを感じざるを得ない。

 

 

 

数日の間、道場に誰もいない僅かな時間のみで、対大百足用武術を完成していた。

 

天武の才。

闘うことだけに特化した、奇才。

闘うことだけに全振りした、鬼才。

 

なんという喜劇、なんという悲劇。

この才能がスポーツに向いていれば、男はあらゆる競技を総舐めにしていただろう。

 

才能の無駄遣い。

 

しかし、それは他人からの視点であり、男本人にとっては関係ない。

 

男はそれで、満足してるのだから。

 

 

 

 

 

男が一際大きく羽ばたき、頭が天井にぶつかるのではないかと思うほどに飛び上がる。

 

 

「ふっ…シィッ!!!」

 

 

鋭く吐き出された気合いは、鳥の短い鳴き声の様に響く。

 

目を疑うような高速の手足の突き。

それも360度全方位に無数の突きを放つ。

まるで球体のような突きの連打。

 

空中だからこそ全方位攻撃が出来るが、そもそも空中で出来ることではない。

そこには足場がない。しかし重力がある。

どんな平衡感覚と身体操作があれば可能なのであろうか。

いや、そもそも人間に可能なのだろうか。

それこそ空を飛ぶという幻想を実現させねば届かない。

此処幻想郷で、幻想の様な武を見せる男は果たしてどちら側のモノなのだろうか。

 

 

無数の突きは、空気を貫き混ぜる。

 

男によって、正しく守人衆の道場に、風が巻き起こった。

 

 

 

先程の荒れ狂う暴風の様な攻撃を感じさせず、スッと音もなく着地する男。

 

一息だけ深呼吸して顔を上げる。

 

「…………」

 

「…あれ?なにしてんの、妹紅?」

 

道場の正面玄関で立ち尽くしていた妹紅に気付いた男。

ここ数日でわりとフランクに妹紅に接するようになれたのは、妹紅の人柄故か。

 

綺麗な白髪である妹紅が呆けた様に立ち尽くす姿はある意味幽鬼の様。

 

「…………」

 

「ん?おーい?」

 

反応の無い妹紅に近づく男。

 

「……えっ?お、おう。久しぶり…?」

 

「いや、さっき朝飯一緒に食ってただろ…」

 

妹紅の間の抜けた返事に首を傾げる男。

 

「そ、そうだったな、……さっきぶり?」

 

「お、おう」

 

なんとも締まらないやりとりだった。

 

 

 

 

 

「しっかし………舐めてたわ」

 

「…ング…ング…プハッ。何が?」

 

道場の一角にあった水差しから、一杯の温い水を一息に飲み干す男。

 

妹紅は未だに心此処に有らずといった感じに道場の壁に背を預け、天井を見上げていた。

 

「いや、お前の凄さ」

 

「……はぁ?」

 

「ありゃなんだよ、普通に飛べない奴があんな事出来るなんておかしいだろ。つか、飛べたってあんなこと出来ないから。天狗かなんかか?」

 

「そこは…まぁ…頑張ってるし」

 

「人間が頑張ってあれが出来るなら、妖怪なんかもういねぇよ…」

 

はぁ、と大きなため息をつく妹紅。

 

吐き出した息は熱を帯び、虚空を見つめる瞳はキラキラとしており、先程の風景を思い返しているように見えた。

それため息は呆れではなく、感嘆に近いものなのだろう。

 

水を飲み干した男は妹紅の横に腰を下ろす。

 

「人間の極地…かぁ」

 

「…なに?それ」

 

「いや……ただ…本当に眩しいなぁっ……てな」

 

「眩しい…?」

 

男は周りを見回すが、直接日の光は当たってはいないし、日の光以外に光源になるような物はない。

 

理解出来ない男は、首を傾げて妹紅の顔を見ることしか出来ない。

 

「分からなくていいよ。きっとこれは、人を外れた奴にしか分かんないし」

 

「…そんなもん?」

 

「そんなもんさ」

 

ふふっと笑う妹紅に、更に疑問を深めるしかない男。

 

「それにしても…格闘技かぁ」

 

よっこいせ、と立ち上がる妹紅。

 

「今の外の人間って皆佐藤みたいな奴らばっかりなの?」

 

「だったら…良かったんだけど…」

 

「だよな。だからわざわざ大妖怪と闘いたがってるわけだしなぁ…」

 

それもそうかと一人で頷く妹紅。

 

「実際のところ……どうなんだ?やっぱり強いよな…大妖怪。そりゃ大が付くくらいだしな…」

 

「そりゃ強いに決まってる。伊達に大妖怪なんて言われちゃいない。人喰いから亡霊までなんでもござれ、それこそただの人間が相手になるような存在じゃない」

 

「だよなぁ……」

 

グッと右手で左手の拳を包み、顔を伏せる男。

 

 

妹紅はそんな男を見て、ビビったのか?と、からかってやろうかと思ったが、男の表情を見てどうやらそんな気も失せたらしい。

 

 

 

 

 

男は、笑っていた。

にんまりと、満面の笑みを浮かべていた。

幼い少年のように、ワクワクとした表情。

 

 

心配するだけ、馬鹿みたいだ。

 

 

「はぁ……。ほら、行くぞ。この後は慧音の手伝いだろう?」

 

今度こそ呆れのため息をついて立ち上がる妹紅。

 

「え?…あ、もうそんな時間?」

 

「昼飯拵えて待ってるだろうさ、とっとと行こう」

 

先に歩き出した妹紅を追い掛け、男も道場を後にする。

 

幸い道場には鍵はなく、わりと自由に出入りできる。

無用心というよりは、常に誰かしらの出入りがあり、この人里において守人衆に盗みを働くような命知らずはいないという証でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慧音はコイツの闘ってるの見たことある?」

 

「ん?佐藤がか?いや、ないな」

 

「すんげーぜ?長く生きてきたけどあんなの見たことないわ。いやぁ慧音も居たら良かったのに」

 

「ふむ、見てみたいものだな」

 

妹紅は自慢するように語る。

そんな妹紅を受け流すように相槌を打つ慧音。

 

そんな二人の横で手狭な机に向かう男。

多少打ち解けたとはいえ、この二人の間に入るのは未だに慣れない男は黙々と作業をこなす。

 

「ありゃ達人だな、達人」

 

「ほほぅ……。む、佐藤、次はこれだ」

 

「は…はぃ…」

 

息も絶え絶えな男。

どんなに素晴らしい武を振るえても、机に向かう事は一生慣れないだろうと男は確信する。

 

「そういえば達人といや、紅魔館の門番も武術の達人って話があったな」

 

「む?確かに里の腕に覚えのある者が度々挑戦している、というのを聞いたことがあるな。あの館の従者はわりと人里に買い物に来るが…門番とはあまり面識はないな」

 

「私も前に博麗んとこで宴会があった時にちょろっと話しただけだわ。えーと…紅美鈴だったか?」

 

「そうだ。私もそこまで知っているわけではないが、初対面でも穏やかで話し易かったぞ。挑戦者も無事に帰してくれるようだし、珍しく温厚な妖怪だ」

 

「なーんかあんまり記憶に残らないんだよな、弾幕ごっこもさして強いわけじゃないみたいだし」

 

「まぁ武術と弾幕ごっこでは比べられないのではないか?……む、佐藤。どうした?」

 

机に向かったまま、ピクリともしない男。

 

「……………」

 

「し、死んでる!?」

 

生きてた。

 

 

 

 

 

「うーむ、国語はダメか」

 

「うす……」

 

「では、算数と理科を主に頼むか。…おっと、そろそろ午後の授業が始まるな。これと…これ。終わったらまた子供達が佐藤と遊びたいらしいから、それまでに頼む」

 

「うす…」

 

「では、行ってくる」

 

トレードマークの不思議な小さな帽子を頭に乗せて出ていく慧音を見送る。

 

見送って暫く。

頼まれたテストの山。

武を振るっている時のキラキラとした瞳はなく、死んだような瞳。

 

「なぁ…妹紅…」

 

「んー?なんだー?」

 

「……手伝って…くれないか?」

 

「い・や・だ」

 

神は死んだと嘆きたくなった男だが、幻想郷にはわりといるので無効だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか慧音の手伝いを終え、子供達の遊具という大役を終えた男。

 

晩飯を御馳走になり、いつもの様に誰もいなくなった寺子屋の一室に寝転んでいる男。

何時もならこのまま寝てしまうだけなのだが、カチリと内鍵が外され玄関が開く。とつとつと足音が近づいてくる。

 

男が間借りしている部屋の戸が控えめに叩かれる。

 

「佐藤、少しいいか?」

 

もし寝ていれば聞き過ごしてしまうようなそんな小さな声。恐らくは寝ているかもしれない男に配慮していることは想像に容易い。

 

「あれ…慧音さん?どうぞ」

 

「良かった、まだ起きてたか。失礼する」

 

そう言って顔を覗かせたのは、間違えることなく慧音であった。

慧音は一冊に纏められた紙束を胸に抱えていた。

 

「それって……もしかして」

 

「ああ、つい先程終わったよ」

 

慧音から差し出された冊子を大事そうに受け取る。

表紙には男が読み取れる文字で『幻想郷縁起』と書かれていた。軽く捲ってみると、中の文字も楷書体で書かれている。

 

「夜も更けたし、明日でも良いかと思ったが…楽しみにしていたようだしな……ってもう夢中か…」

 

男は幻想郷縁起に釘付けになっていて、慧音の言葉が届いていないのが明白だ。

 

「こらっ」

 

コツンっとノックの様に頭を小突かれ、我に返る男。

 

「えっ!あ…」

 

「夢中になるのはいいが、夜も遅い。また明日にするんだ」

 

「う………うす」

 

「よし。ではまた明日」

 

慧音は渋々といった表情の男に苦笑しながら寺子屋を後にしていった。

 

 

 

 

 

「~~~~~っ!」

 

男は目の前に置かれた幻想郷縁起とにらめっこしていた。

ここまで本を読みたいと思うのは、男の中で人生初めてのことではなかろうか。

しかし、慧音にはああ言われたことで葛藤が生じた。

普段なら知ったことかと好き勝手にするのだろうが、なんとなく罪悪感を感じている。

 

 

「………寝るか」

 

 

暫く悩んだ後に、男はそう選択した。

 

 

無頼に生きてきた男であったが、生まれ落ちて三十数年、社会を学ぶ。




あぁ……まだ人里だ。戦闘はまだなんだ…すまない。

燃え尽きてはいないんだが、戦闘が上手く纏まらない。これは刃牙をまた読み返すしかないな(決意)。


俺…これが終わったら…恋姫SS書くんだ…。


次回
まだまだまだ人里あたりまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

人里編以下略




 

 

 

 

幻想郷縁起複写の完成。

 

それは男にとっては待ち望んでいた瞬間であった。

 

慧音も妹紅も男はすぐにでも旅立つのだろうと心の何処かで思っていたが、実際には男はわりとのんびりとしていた。

 

完成の翌日もいつもと変わらない様子で、午前中は守人衆の道場へ、午後は寺子屋の手伝いと子供の相手。

日課になった三人での夕飯を終えて、男はそのまま寺子屋の仮住まいへと帰っていった。

 

そんな変わらない日々が、もう三日を過ぎようとしている。

 

「なぁ……慧音」

 

「…ん?なんだ?」

 

最近までは幻想郷縁起の複写に使っていた、寝る前までの時間。

それ以前は寺子屋の仕事をしている事が多かったが、男の手伝いもありのんびりと茶を啜る事が出来ている。

食休みが終われば歴史の編纂作業に勤しむのだろう。

 

「佐藤……今日もなんも言わなかったな」

 

「そうだな。まぁ子供じゃないんだ。出て行きたくなったら行くだろう」

 

「………」

 

なにも思わないのかと問い掛けそうになって、妹紅は止めておいた。

歴史の編纂そっちのけで複写を優先していた慧音だ。なにも思わない訳はない。

 

「はぁ~あ…」

 

「そんなため息を付くくらいなら自分で聞けばいいだろう」

 

「そうは言ってもなぁ…」

 

尋ねてしまえば終わってしまいそうで、その言葉を噛み潰した。

 

人間と距離を置いていた妹紅。

蓬莱人である妹紅にとって、共に歩むには人間の寿命は短すぎた。

 

人を遠ざけ孤独であろうとするのは、妹紅の悲しい自衛手段だった。

長命の者や、永遠を生きる者とは比較的友好関係を…一部例外はあるが…築いている。

 

だが、ひょんな事から男と関わってしまった。

男の成り立ちに同情し、共感してしまった。

なんとなく気になり、ほとんど慧音の家の居候と化している。

 

 

なによりも…あの武。あれを見てしまった。

 

 

永遠の間に間に、磨り減りきったと思っていた心が脈動してしまった。心が高鳴ってしまった。心が躍ってしまった。

 

生娘のように盲目でいられたら、悩みはしなかっただろう。

しかし、生娘でいるには妹紅は年月を重ね過ぎていた。

 

必ず訪れる、死という絶対的な別れ。

 

イヤと言うほど理解している。何度も何度も、何度も何度も何度も…数え切れないほどの別れを繰り返して来た妹紅。

憧れれば憧れるだけ、想えば想うだけ、その絶対的な別れは、刃となって妹紅に突き刺さる。

 

その痛みを…妹紅は知っている。

 

 

だが、こうして惹かれてしまった。

 

 

あのどうしようもないほどの戦闘狂いに。

あのどうしようもないほどの死にたがりに。

 

あの眩しさに。輝きに。魅入られてしまった。

 

膨大な闘いの果てに、凝縮され続けた強さの宝石。

 

その輝きは、人間からすれば恐ろしさしか感じない狂気の代物だが、人を外れた者にとっては…珠玉。

 

見続けていたいと…あわよくば手に入れたいと…夢想してしまう。

 

「なぁ、妹紅」

 

「んー…?」

 

「別にいいじゃないか」

 

「…なにがさ」

 

「後先考えなくても」

 

「…………」

 

ジロッと慧音を睨む妹紅。

それが出来たら苦労はしない…と言外に伝える。

 

「とりあえずしてみよう。それは怖いことかもしれんが、後からこうしておけば良かった、と後悔するよりは前向きだと…私は思うがな」

 

「……前向きなんて…疲れるだけだ。後悔は時間が解決してくれる。私には無限に時間があるんだから」

 

事実そうしてきたし、そうなってきた。

 

大きな憧れを抱いた者も、激しい憎悪を抱いた者も、狂おしいほどの恋慕を抱いた者も、悠久の時の前に皆等しく流れていった。時間が全てを押し流していった。

 

結局妹紅の手の中に残ったのは、流されていかなかったのは…自分自身と同じ時を過ごせる者達だけであった。

 

「いつか別れる。いつか離れる。いつか死ぬ……。そんなのはもう…腹一杯なんだよ」

 

「ふむ……」

 

慧音は妹紅の言葉に共感もしたし、同情もした。しかし、同調はしなかった。

 

「それが妹紅の選択なら構わない。それを尊重するし、なにも強制はしない」

 

「…………」

 

「だが、私は……関わるよ」

 

「……後悔するぞ?あれは…死ぬ」

 

「知っているさ。妹紅程ではないが、私だって何人も見送って来た。感情が時間に押し流される様を見届けて来た」

 

「だったらなんで…関われるんだよ」

 

「そんなもの簡単だろう」

 

何を言っているんだ、と心底理解できないといった表情を浮かべる妹紅。

 

「私が関わりたいからだ。佐藤という者が紡ぐ歴史を、見届けたいからだ。死ぬとか生きるとかそんなことは些細なことだ。私がそう、決めたのだから」

 

なんという利己的な理由。自分本意。

しかしそれは、ぐうの音も出ないほどの正論。

誰彼がどうこう言う問題ではなく、慧音自身の選択だった。

 

「それに……妹紅」

 

「…なんだよ」

 

「あーだこーだと言ってはいるが……今この時、妹紅が此処に居る時点で、佐藤と関わっていることを自覚しているか?」

 

「…えっ」

 

「関わりたくないなら近寄らなければいい。しかし、事実普段なら寄り付かない人里にわざわざ入り浸っている…これが関わりたくない者がすることかな?」

 

「あっ……うっ……」

 

その通りなのだ。

今まで通り、集団を抜け、一人なんのあてもなく過ごせばいい。

馬鹿な人間が一人いたなと、些細なことだと知らんぷりすれば良かった。

 

「…語るに落ちたな?妹紅」

 

「~~~~っ!」

 

ニヤニヤと眺める慧音に、手近にあった本を投げつける妹紅。

パシンと難なくキャッチされ、ニヤニヤという笑みは引っ込むことはなかった。

 

「本を粗末に扱わないでもらいたいのだがな」

 

「……ふんっ!」

 

朱の差した頬を隠すために、慧音から背を向けてゴロンと寝転がる妹紅。

 

「全く…」

 

そんな素直になれない妹紅に、ふっと笑いを溢す。

 

「そうだ、一つだけ訂正しておこう」

 

「……訂正?」

 

不貞腐れていた筈の妹紅だが、振り向かないながら律儀に返事は返すあたり、妹紅の人の良さが滲み出ている。

 

「たぶん佐藤は…簡単には死なん」

 

「は?あの戦闘狂の死にたがりが?」

 

「ああ。妹紅にはそう見えるだろうが…あれは何よりも、生き汚いよ」

 

「生きたがりがわざわざ死ぬような相手を探すか?」

 

「まぁ…そうだな。だがな、たぶん佐藤にとっては……」

 

慧音は言葉を一度切って、呟く様に言葉を続けた。

 

 

 

 

「生きる事が、闘う事なんだろう」

 

「…?どういうこと?」

 

「そのままの意味さ。生きるために闘う佐藤は、闘ってこそ、生きているんだろう。それはつまり、生きることにひたすら貪欲…ということなんだろう」

 

「……訳分からん」

 

「ふふふ、私も良く分からん」

 

「……なんだよそれ」

 

妹紅の呆れた様な言葉、小さく笑うだけの慧音。

 

「まぁ…確かに佐藤が簡単に死ぬなんて…思えないわな」

 

その呟きは慧音に届くことはなく。妹紅だけが噛み締めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……!?」

 

男は幻想郷縁起を読み込んでいた。時間をひたすらかけて。

 

というか、単純に読むのが遅い。

 

本というものにほとんど触れてこなかった男には速読という技能もなく、その内容は男の琴線に触れる内容。

ページを捲る手は遅々として進まず、強敵の妄想に捕らわれることも少なくはなかった。

 

 

それでも三日三晩をかけて、ようやく一通り目を通し終えたといったところだが…

 

 

「……もう一回読むか」

 

 

旅立ちはもう少し先のようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷縁起の複写が終わってから一週間。

男はようやく重くなった腰を上げた。

 

 

「慧音さん、妹紅」

 

「どうした?」

 

「んー?」

 

最早いつもの風景になっている三人での朝食。

 

「俺…行ってきます。明日にでも」

 

その言葉に、妹紅はピクリと反応する。

 

「そうか…。元気でやるんだぞ」

 

「うす」

 

「なにかあればいつでも戻ってこい、子供達も待っている」

 

「うす」

 

「とりあえずは…挨拶回りでもしてこい。私の手伝いも今日はいい」

 

「あざっす。世話掛けました」

 

普段と変わらない慧音に、ペコリと頭を下げる男。

 

そんな二人のやりとりに混じることなく、素知らぬ顔で朝食を頬張る妹紅。

 

「妹紅も…色々ありがとな」

 

「ムグ……ん。おう、まぁ達者にやれ」

 

慧音はそんな妹紅のなんでもない様子に、何かを決めたのだと、長い付き合いから感じ取る。

 

二人は男の行き先も、目的も聞くことはなく、朝食はいつもの様に過ぎていく。




あのー作者ですけどぉーまぁーだ時間かかりそうですかねぇー?


次回
まだまだまだまだ……人里編ラスト


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話

人里編最後。
ようやく終わりです。




「ん?ふぇへいふのふぁ?(ん?出て行くのか?)」

 

「うす、世話になりました」

 

いつもの朝食を終え、とりあえず守人衆の道場に挨拶回りに来た男。

守人頭の顎は徐々に治ってきたのか、以前よりは聞き取りやすい。以前よりは、というだけで、意味不明ではあるのだが。

 

「ふぉうふぁ、ふぁひひふふぁふふぁ(そうかぁ、寂しくなるなぁ)」

 

「……まぁ気が向いたら戻ってきます」

 

「ふぉんふぉひは、ふぁふぁふぁほうへ(そん時は、また闘ろうぜ)」

 

「いいっすけど…今度はもっと強めにいきますよ」

 

「ふぉほふぉはふぃふぉはふぃ(おお怖い怖い)」

 

「それまでもっと強くなってて下さいよ」

 

軽口を叩く程度には打ち解けた、それもこの人里で結んだ縁だ。

 

「し……兄者!!今日も御指導御鞭撻頂きたくぅ!存じます!!」

 

別れの際というのに、のんびりと道場の壁にもたれながら話している二人。

それを目敏く見つけた若い男が今日も微妙に暑苦しく男の元へやってくる。男の指導をもってして諦めの悪い馬鹿が数人背後にいる。

 

「わりぃ…今日は用事があってな」

 

「なっ!!??まっまさか!至らぬ身の自分についにお見捨てになられっ!?」

 

「違う違う…。明日人里離れるから…準備とかね」

 

「………っ!!!ししょ……兄者が…里をお離れに!?」

 

「まぁ…元々こんなにいるつもりはなかったんだけどな」

 

「むぁさぁかぁっ!?武者修行を!?是非自分もっ!!自分もお供したく!!」

 

「ふぁはふぁふぉう、ふぇふぇえふぁふぁふぇふぁ(馬鹿野郎、テメェは駄目だ)」

 

「頭、何言ってるか分かりません」

 

「…ふぉふぇへ、ふぁんふぁふぉへふぉふぁふふぁふぃふぁふふぃふぁっふぇふぇ?(お前、何か俺の扱い雑になってねぇ?)」

 

「是非お供を!!お共をぉ!!!」

 

「ふふぃふぁふぉ……(無視かよ……)」

 

「あー…悪い。無理だわ」

 

「っ!?や、やはり実力不足…っ!?」

 

「まぁ…そうだな。普通に死ぬかもしれないし」

 

「くっ!やはり………口惜しいっ!!しかし、師匠…兄者の足を引っ張るわけには…っ!!」

 

「次来るときまで…精進しろよ?後、師匠じゃない」

 

「師匠っ……!!未熟な身ですが…精進しますっ!!」

 

「だから…師匠じゃねぇって……」

 

そんな言葉を聞くこともなく、猛烈な勢いで素振りを始める若い男。

 

「うおぉぉぉぉおおおーーー!!!精進!精進!!精進!!!」

 

ビュオンビュオンと唸りを上げる風切り音。

その太刀筋は、明らかに以前のものよりも速く鋭かった。どの振りにも腰が入っており、筋肉群が連動し共鳴しているのが男には分かった。

 

師匠ではないと固持していた男だが、教えた者の成長に僅かに頬を緩める。

 

「…ふぁふふぁ…ふふぁふふぇ(なんか…すまんね)」

 

「……うす。俺も…楽しかったっすから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道場を後にした男、その懐からジャラジャラと金属片が擦れる音が鳴っていた。

 

「ふぉっふぇへふぉっふぇへ。ふぃふぃふぉうふぁほ?(持ってけ持ってけ。入り用だろ?)」

 

と言って渡されたのは守人頭からの餞別…というよりは、今までの指導料とのこと。

最初こそ遠慮していたが、受け取らないと若い男にチクると脅された?為に、有り難く頂戴した。男の指導料なんて聞かれでもしたら、悪い魔女に臓器すら売り払ってでも金子を用意しかねない。

 

幻想郷には…というか、人里には貨幣の概念が浸透している。物々交換もそれなりに行われているが、大体の取引は通貨をもってして行われている。

元締めが誰かは…誰も知らないが。

 

慧音からおつかいを何度か依頼されていたため、物価も通貨の価値もなんとなく理解はしている。

 

旅立つ身として、旅支度まで慧音におんぶに抱っこになりかねなかった男にとっては、この餞別は渡りに船ではあった。

 

霊夢から譲り受けた着流しは、大百足によりほつれや破損が目立つ。旅には食料や道具は必須。

 

かといって、物欲も特にはなく、食料も現地調達出来る男は、日持ちする食料を少しと同じ様な着流しを一着、雑貨屋に売られていた火打石を一セットと小さな小刀だけ購入して準備万端になった。本人的には。

 

 

受け取った餞別は、大きく減ることもなくジャラジャラと懐で音を立てている。

 

仮住まいの寺子屋に荷物を置き、風呂敷に包むと、来たときよりは立派に膨らんだ旅支度となった。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

後は何かなかったかと考えていると、やり残した事があったのを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猛烈な勢いで景色が後ろへと飛んでいく。

鼻歌混じりで疾走していく姿は、妖怪かと思うほどに速く、最早飛んでいるのではないかと思うほど一歩が長い。

 

辺りは森林だが、比較的整備された道を男は駆け、数えるのも馬鹿らしいほどの石階段を五段抜かしで駆け上がる。

 

 

古びた境内。

人っ子一人いない。

 

正に寂れた、と形容するのがピッタリな博麗神社。

 

 

古ぼけた賽銭箱に、ジャラジャラと残った金子の半分を適当に放り込み、錆びかけた鈴をガランガランと鳴らしパンパンと柏手を打つ。

参拝の礼儀としては全く不適当であった。

 

 

「二礼二拍手一礼よ」

 

 

そんな声と共に母家から見知った紅白の衣装を身に纏った、素敵な巫女さんが姿を現す。

 

「お…霊夢ちゃん。久しぶり」

 

「まだ死んでなかったのね、久しぶり」

 

随分なご挨拶だったが、男はそんな巫女に苦笑するだけだった。

 

「上がってく?賽銭を入れてくれたなら茶位は出すわよ?」

 

「ん…いや、いいよ。賽銭入れに来ただけだし。約束したからさ」

 

「そう…律儀なのね」

 

「まぁ次いつ来れるか分かんなかったしね…」

 

霊夢は、軒先にあった箒を手にして草鞋を履く。

 

秋に差し掛かりつつある境内は、多くはないが落ち葉が散見される。

掃き掃除だろうかと男は思うが、拒否されている感じもしないため、少しだけ話をしてみることにした。

 

「今まで人里に世話になっててさ、慧音さんと妹紅とか守人の人に良くしてもらってるよ」

 

「それは重畳。そのまま人里に住むの?」

 

「ん…いや、明日…旅立とうかと思ってる」

 

「…止める気はないわけね。何処に行くの?」

 

「とりあえず…二、三行きたいところあるけど…少し迷ってる」

 

「そう。ま、精々気をつけて。賽銭はいつでも歓迎しているわ」

 

霊夢は懐からピッと一枚の札を差し出す。

 

「はい、あげるわ。奮発してくれたみたいだしね」

 

「えと…お札?」

 

「ご利益があるかは知らないけど」

 

「ん…有り難う」

 

不思議な模様が書かれたお札。男は丁寧に懐に忍ばす。

 

「んじゃ…また」

 

「ええ」

 

それだけ言って、ゆったりと掃き掃除をし始める霊夢。

 

男は相変わらずなんともとらえどころがないなと頭を掻くが、その素っ気なさが心地よい。

 

自分を特別視しない、一個人としてフラットに接してくれている。

また余裕ができたら必ず来ようと、この超然とした巫女と、他愛ない話をしようと。そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社から風のように戻った後、ひとしきり人里を巡り、知り合った者に挨拶をしていく。力仕事を手伝った人、子供達の親、全体で見ればその数は少なかったが、旅立ちを惜しまれた。

 

 

夕日が人里を照らす頃に慧音の家に戻った。

 

トントンと包丁がリズミカルにまな板を叩く音。肉の焼ける香ばしい匂い。

良い香りがじゅるりと唾液の分泌を促す。

 

「ただいまっす」

 

「おかえり。丁度いい時に帰ってきたな。夕飯ができるぞ」

 

出迎えてくれたのは慧音であった。

ちゃぶ台を拭き、食器を準備していた。

 

「あれ…慧音さん?つーことは…今料理してるのは……」

 

「ああ、妹紅だ。珍しく自分が用意するとな」

 

「あぁ…だから焼き鳥の匂い…」

 

「ふふふ、張り切っていたぞ?わざわざ屋台から道具まで持ち出して」

 

慧音は手際よく食卓を整えていく。

 

「そしたら俺も手伝いますよ」

 

「今日の主賓は佐藤だ。出来上がるまでゆっくりしててくれ」

 

「そ、そうっすか?」

 

少しだけそわそわと座り込み、夕食を待つ男。

大体の準備が整ったのか、同じく男の対面に座り男を眺めている慧音。

どこを見ていいか分からなくなった男は口を開く。

 

「な、なんかついてるっすか?」

 

「んー…いや、なんとなくな」

 

何が楽しいのか、挙動不審な男をニコニコと眺め続ける慧音。なんとも居心地が悪い。

不意に男は思い出す、懐の重みに。

 

「……そういや、これ」

 

ジャラジャラと懐から取り出したのは、博麗神社に賽銭をした残り半分の金子。

数日の食費にも満たないものではあったが、それでも男の持てる感謝を現す物といったらこれしかなかった。

 

「俺、慧音さんにはなんも恩返し出来てないっすから…せめてこれ、受け取ってくれないっすか?」

 

「いらんよ」

 

「でも……」

 

「恩返しもなにも、寺子屋の仕事も手伝ってもらっている。……なにより」

 

「…なにより?」

 

「恩返しというなら、これからしてもらうだろう」

 

「これからって……正直、人里に戻ってくるかも分からないんすけど…」

 

「それでもいい。幻想郷の歴史を一項でも残してくれるなら、それが恩返しだよ」

 

「へ?……はぁ、そ、そうなんですか?」

 

「あぁ。今から満月の夜が楽しみでならない…なんてな」

 

「ま、満月?」

 

「佐藤は気にせず、自分の道を行くといい。それが私への恩返しと思ってくれていい」

 

「は、はぁ…」

 

如何にコミュニケーション上手な男であっても、ほとんど慧音の真意は分からなかった。

 

「お、佐藤も揃ったな。出来たぞ」

 

奥から大皿を持った妹紅が顔を出す。

大皿にはもも串にねぎま、鳥皮につくねとところ狭しと並べられ、その食欲を増進する香りが部屋一杯に広がる。

 

男はヨダレをズビッと飲み込み、目の前のタンパク質に熱を上げた。

以前の奢られた焼き鳥も素晴らしい物だったが、空腹のスパイスがない今でもその焼き鳥の魅力になんら遜色はない。

 

「待ちきれないようだな、ほらご飯」

 

「食いねぇ食いねぇ、おかわりもあるぞ」

 

慧音から茶碗一杯の白米を受け取り、その純白の炭水化物はホカホカと湯気を上げている。飯で飯を食えるのではないかと思うくらいに粒が立ち、日本人であれば恋い焦がれた香りがする。

そこにタレが滴る焼き鳥、テラテラと光り、香りが鼻腔に満ちていく。

これは最早、食の台風、全てを巻き込む食の渦だ。

 

 

「じゃあ、いただきます」

 

 

会釈。目の前の食事に、作ってくれた人に、食材になった生き物に、そこに関わった人々に。いただきます…と。

 

男は熱中する。

 

食へ。没頭する。

 

一人でただ摂取していただけの飯とは違う。大量生産された物ではなく、誰かが自分に作ってくれた物。

 

 

ただ漫然と食すのではない、一口一口。噛み締める。

自分が何を食らっているのかを意識して。

 

 

それが義務。食す者の義務とばかりに。

 

 

甘じょっぱいタレが、肉味を余すことなく伝えてくる鶏肉が、白米の甘みが口で弾ける。

 

ムグリと口にし、歯が弾力を感じる。

熱をハフリと逃がし、口腔一杯に味が満ちる。

 

米が甘い?

タレがしょっぱい?

焦げが苦い?

 

分からない。分からないが…調和していた。全てが丸く収まっていた。

 

一口では足りず、二口では足りず。

 

かき込みたい衝動。

 

飯を思う存分、かき込みたい。

 

 

ええい、まどろっこしい!

と、思わざるを得ない。

 

 

無作法を知りながら、抑えることは出来ない。

 

 

 

どうしても…せずにはいられなかった……

 

 

 

 

焼き鳥丼。

 

 

 

 

串から鶏肉を外し、無造作に白米へ騎乗させる。

タレは白米に染みこみ一粒一粒を濃厚に彩る。

 

 

輝いているのではないかと思うくらいの焼き鳥丼。

 

 

白い大地に染み込んでいく恵みの茶色い雨。

その姿は正に恵み。

唾液が止めどなく溢れる口腔。

視覚に美味しく、嗅覚にも美味しい。

 

 

乗せただけ、かけただけだというのに劇的に起こる食の化学反応。

 

その白と茶は、一体どんな反応結果をもたらすのだろう。

 

 

タレが染み込み、ホロホロと崩れる白米を必死に箸で繋ぎ止め、危ういバランスをとりながら鶏肉と共に厳かに口へ運ぶ。

 

 

ハモリ………

 

 

まず感じたのは食材の…暖かさ。

 

作りたて?焼きたて?炊きたて?

 

そしてあとを追う様に口腔に広がる香り。

 

米?肉?醤油?砂糖?

 

 

そして最後に、味。

 

 

 

間違いない。天に賜りし味の調和。

 

なんて魅惑的。白米と焼き鳥の調和。

 

好みはあるだろう。嗜好はあるだろう。

 

 

 

しかし、この一言に尽きる。

 

 

 

「………うまぁ」

 

 

 

タレが鶏肉が白米が、織り成すハーモニー。

 

カッカッカッと、走る箸が止まらない。

 

 

男は今、食事をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹紅、良かったのか?」

 

三人の夕食は、別れの前でもいつも通り終わり、いつも通りに男は仮住まいに戻っていった。

 

美味かった、と妹紅に感謝して。

 

妹紅にとって、それだけで良かった。

何の気なしに始めた焼き鳥屋ではあったが、始めて良かったと素直に思った。

 

 

「まぁ…自分なりに考えたんだけどさ。我ながら難しく考え過ぎてたことに気がついた。慧音に言われた通りだったわ」

 

「その様子なら、やはり自分なりに答えを出せたってことだな」

 

「慧音は相変わらず見透かした様に言うなぁ」

 

長い付き合いがあり、聡明な慧音。

そんな慧音だからこそ妹紅は唯一の理解者なんだと思えた。

 

「それで?止めるのか?」

 

「いんや…なんもしない」

 

「ほう?」

 

「考えてみたら、全然関係なかったんだよ」

 

妹紅は独白する。

 

「蓬莱人とか人間とか、死ぬとか死なないとか。慧音に言われてなるほどって思っちまった。私が何をしたいかって考えたら、全然関係なかった」

 

そんな妹紅に、頷き先を促す慧音。

 

「アイツはまた焼き鳥屋に来るって約束した。アイツ、見た目に反して相当律儀だから、きっと来る。それをのんびり待ってるのが、私らしいさね」

 

なんとも気長で、悠長。

 

「…驚いたな」

 

「何がさ?」

 

「てっきり追っ掛けてでも止めるんだと思っていた」

 

「しないしない…。気が向いたら分からんけどな、アイツが本当に闘っている所も見てみたいってのもあるし。まぁ今は待ってるのも悪くないって思ってる」

 

そんなようやく自分に正直になった妹紅を見て、慧音は微笑む。

…微笑むが、少しだけ意地悪く茶化す。

 

「…夫の帰りを待つ妻のようだな」

 

「……お前…ほんっとの馬鹿」

 

赤らめた頬を隠すようにそっぽを向く妹紅。

 

 

夜が更けていく。別れを明日に控えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでもない。そう、なんでもなく。終わった。人里での最後の夜が明けた。

 

翌朝、日の出と共に起き出した男は、簡単に掃除をしてから荷物を纏める。

 

霊夢から貰った一張羅に着替えジャージとTシャツを畳む。昨日買った物、そして幻想郷縁起を丁寧に風呂敷に包む。なんとも簡素な旅支度だ。

 

 

最後に慧音と妹紅に挨拶をしに行こうと思っていたら、二人はすでに寺子屋の前にいた。

 

「早いんだな」

 

「いや、二人に挨拶を…って思っていたんですけどね。お世話になりました」

 

「ん、気をつけてな」

 

「おう」

 

二人は本当にあっさりとした言葉でその姿を見送った。

 

 

後は…往くだけだ。

 

 

「佐藤!」

 

 

そんな背中に、妹紅は声を掛けた。

 

 

 

 

「これから…何処に行くんだ?」

 

 

 

 

その言葉に、振り返り答える男。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……俺は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→紅の門番の所へ

 

 花の満ちる畑へ

 

 地底の宴会場へ




色々な誰々と対戦。の様な感想をいただきましたが、この三人との素手喧嘩を書いていこうかと思います。名前は出ていないですが、少しでも東方知っている方は余裕で察せるはず。

しかし、仕事やなんやらで更新速度は遅くなりそうです。時世が悪すぎんよ…。
なんにせよ、エタらないを目標に細々と投稿していきたいと思います。

次回
初戦導入…あたりまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話

かなり更新が開いてしまった…。
とりあえずエタだけは避けたいと思うのでモチベ維持にご協力くだしあ。


抜けるような青空。

白い雲が風の赴くままに姿を変える。

目の前に広がる湖は、風が吹き抜けさざめいている。

時折キラキラと太陽光を反射する氷の弾幕が見られるが、それすらもいつもの光景。

 

365日、天気が違う以外はなんの代わり映えもない光景。

 

 

 

そして、その湖畔に立つのは紅魔館。

 

 

吸血鬼の姉妹が住むと言われる、幻想郷でもトップクラスの危険地帯。

過去には紅霧異変の中心として博麗の巫女によって懲らしめられた曰く付きの館。

 

周りを高い塀に囲まれ、その紅い風貌はある種の不吉な様相を呈している。

 

館正面には装飾が施された鉄門。

 

幾日か前に普通の魔法使いにより破壊された門は元の威容を取り戻している、何度壊されたかは数えきれない。

 

 

 

その前に立つ、一人の女性。

 

 

 

腰まで伸ばした紅の髪。

端正な顔立ち、流麗な立ち振舞い。

武術服を彷彿させる、中華的な装い。

 

 

紅魔館門番、紅 美鈴。

 

 

妖怪としては珍しく非好戦的で、なんなら人間とでも楽しくお喋りする姿すら見られる穏やかな性格。

 

詳しくは本人も話さないため分からないが、容姿や格好からは中華由来の妖怪であることが伺える。

 

それなりに古い妖怪ではある様だが、その穏やかさと、特化した能力がないため脅威度としては低めに見られている。

特に今の幻想郷、スペルカードルールが普及し始めてからは顕著である。

 

『気を扱う程度の能力』を持っているが故に、弾幕戦も出来ることは出来る。

妖怪由来の類い稀な体力、膂力は弾幕戦でも武器の一つにはなるだろう。

 

 

確かに幻想郷全体で見れば強者の部類には入る。

しかし、ことスペルカードルールにおいてはそれほどではない、という結論に落ち着かざるを得ない。

 

 

なぜなら、本来彼女が扱うのは……武術であるから。

 

 

妖怪としての体力も、膂力も、歴史も、経験も、能力ですら、彼女の武術を支える骨子の一要因でしかなく、それを弾幕に転用しているだけなのだから。

 

 

故に彼女の本質は格闘戦。

 

 

素手喧嘩(ステゴロ)でこそ、彼女は栄える。

 

 

 

 

 

 

 

 

美鈴は装飾を施された鉄門の前に、腕を組み、周りに気を配るように閉眼している。

 

 

「……………」

 

 

辺りは平和そのもの。

穏やかな陽気に欠伸の一つでも出そうなほどだ。

 

 

 

 

そんな平和を切り裂くように飛来する銀閃。

 

 

 

四本の銀のナイフがただ事ではない速度で、鉄門の隙間を巧みに潜り抜け、美鈴の頭へ向かって真っ直ぐに飛んでくる。

 

 

 

「………ッ」

 

 

 

腕を一振り。

それだけで四本のナイフは、綺麗に五本の指の間に収まっていた。

 

「…あら?いつものシエスタ(昼寝)ではないのね?」

 

「もぉー!酷いですよ!咲夜さん!刺さったらどうするんですか!」

 

「いつもは刺さっているじゃない。それに職務中に寝ている方が悪いとは思わない?」

 

館の正面玄関からゆっくり歩いて来るメイド姿の女性。

 

 

格好としては奇抜と言わざるを得ないが、太陽に照らされ輝く銀髪と洗練されたその動作に、素直に似合う。

 

紅魔館の完全で瀟洒なメイド、十六夜 咲夜。

 

幻想郷で数少ない、妖怪から畏れられる人間である。

 

 

「だとしても人に不意打ちでナイフ投げるのはどうかと思います!」

 

「いいじゃない、今日は防いだのだから。そもそも人ではないし」

 

「今日は、ですけどね!?妖怪でも痛いんですからね!?」

 

怒っている割には丁寧にナイフを咲夜に手渡す美鈴。

 

「はいはい……でも、どういう風の吹き回し?貴女がこの時間真面目に門番しているなんて……あら、洗濯物取り込んでおいた方がいいかしら?」

 

「何気に酷いこと言いますね……、私だって真面目に門番しているんですから」

 

「それは結構。前みたいに白黒の魔法使いに轢き飛ばされないようにしないとね」

 

「うぐっ!……あれは違うんですよ。ちゃんと起きてましたし…ちょっと気をとられてたというか……」

 

モゴモゴと言い訳を連ねる美鈴に、溜め息一つ溢す咲夜。

 

「起きていたならキチンと門番の役割を果たしなさい。パチュリー様、また魔導書盗まれたって萎んでたわよ」

 

「…それは申し訳ないです」

 

肩を落とす美鈴。

 

「……それで?何に気をとられていたの?」

 

「…えっ?」

 

「えって、貴女が今言ったじゃない。気をとられていたって」

 

「え……えっと…本当に大したことじゃ……ないんです。本当にいるかも分からない…不確かで曖昧。ただの……勘のようなものなんです」

 

「…そんなものに気をとられていたの?やっぱり寝ていたんではなくて?」

 

うつむき必死に言葉を探す美鈴に、厳しい言葉を返す咲夜だが、表情はどちらかというと心配そうだ。

 

「ただの夢って言われても…仕方ないものだとは思うんです。でも…私に…私にとっては、必要なモノなんです。それが…近くに…あるような気がして」

 

 

 

 

 

 

あの時。

 

数日前に普通の魔法使いがいつものように突撃してきたあの時。

 

 

直前までは美鈴は、ぶっちゃけ昼寝していた。

 

 

あの日も辺りは平和そのもの、夏が過ぎ気候も穏やか。さもありなん。

 

 

 

 

そんな中、確かに感じた、直感。

 

 

 

心の何処かに、火が付いた。

 

 

 

ハッと目を開くと、湖畔の上空では、さほど珍しくもない、氷精と闇を操る妖怪が弾幕ごっこをしているのが目に入った。

それ自体はいい。ある意味では日常の光景だった。

 

美鈴は辺りを見回した、己の直感が、無手の者としてのシンパシーが、好敵手(ライバル)を感じた。

胸に宿った火が、パチリと弾けるのを感じた。

 

 

そして、致命的なまでに流星(白黒の魔法使い)に気付くのが遅れた。その後は門の修復に上司の小言にと対応に追われた。

 

 

事が落ち着き、ふと感じる。

 

胸が熱い。

 

確かに今も心に、火が灯っていた。

 

 

 

 

 

 

 

美鈴は武術家から試合を申し込まれることがある。どこからか美鈴が武術の達人であるということを聞き付けた命知らずが何処からかやってくる。

 

負けても取って喰われるどころか、丁寧に手解きすらしてもらえるとあって、武術家にとって良き師である。

 

 

そう、師である。

 

 

間違ってもこの世界に、スペルカードルールが普及している此処に、好敵手が現れることはなかった。

 

 

 

なかった、はずであった。

 

 

 

美鈴はその性格故に、馴染もうとした。

 

仕える主も、その友人も、職場の上司も、狂える筈の主の妹様ですら、馴染んでいる。スペルカードルール。

周りが馴染んでいる、そして自分も、それが普通だと………思いたかった。

 

 

 

しかし、嘘がつけなかった。

他ならぬ自分自身には。

 

 

 

心の何処かの秘めたはずの灰が

 

心の何処かの輝くことを待つ光が

 

心の何処かの燻り続けた熱が

 

燃え上がりたいと慟哭していた。

 

 

 

 

 

そこに感じた、投下される(燃料)

 

 

 

 

 

燻り続けた残り火は、今。

 

 

 

 

 

 

炎上している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……咲夜さん」

 

「ん?何?」

 

「もしかしたら、私を…やっつけるような人が来るかもしれません。弾幕ごっこじゃなくて……これで」

 

グッと握り締めた拳を空へ突き出す美鈴。

 

「……なんの冗談?ここは幻想郷よ。貴女クラスの妖怪を弾幕ごっこ抜きにして打倒するなんて…。そもそも賢者が黙ってはいないわよ?本気の戦いなんて…」

 

「分かっています。でも…そんな予感が…するんです。勿論、誰も来なければ、ただの妄想だったって、ただの泡沫の夢だったって。そんなふうに笑ってください」

 

ニコリと笑う美鈴。

自分で自分を笑うような。自虐的でありながら、夢見る乙女のような。

 

「美鈴……」

 

「でも、もし…その人が本当にいて、もし私がやっつけられてしまったなら…すみません。少しお休みを頂くかもしれません」

 

「…………。冗談じゃ…なさそうね」

 

「すみません…」

 

ジッと美鈴の瞳を見つめる咲夜。

 

謝ってはいるがその瞳は真っ直ぐに、真摯的に、情熱的に、咲夜を映していた。

 

何かを決意した、覚悟がある者の瞳。

そこには、法外の熱が込められていた。

見るだけで火傷をしてしまうかのような、気焔。

 

 

その熱を目の当たりにした咲夜は思い出す。

 

 

(そうだった。紅 美鈴は、こんな瞳をするんだった)

 

 

 

 

従者の身分からすれば、幻想郷はなんとも良い環境だ。平和。敵の多かった自分達からすれば、なんとも温い。

暗殺に警戒する必要もなく、争いに苦慮する必要もない。

たまにある事件も、博麗の巫女を始めとする実力者達がこぞって解決していく。スペルカードルールという、お気楽さすら感じる決まりの中で。

 

咲夜(従者)はすぐに馴染んだ。その環境に。その本懐は、主と共にあることだから。

 

しかし、その環境は美鈴(門番)を腐らせた。その本懐は、何かから護ること…詰まるところ、敵と闘うことなのだから。

 

いつかの戦場、いつもの死線。

幻想郷に来る前にはありふれていた光景。

 

紅 美鈴はいつも仲間の前に居た。

 

守護者だった。

その拳で、脚で、身体で。

いつも先陣を切って、闘い続けていた。

幾度打たれようと、幾度倒れようと。

血に濡れ、地面を舐めても。

その熱を秘めた瞳で、真っ直ぐに敵を見据え。

常に仲間の前で闘い続けていた。

 

その背に、憧憬を抱いたこともある。

その背に、嫉妬を抱いたこともある。

 

そのどんな感情より、一番大きいのは信頼。

あの背に抱くのは、安心感。

いつも仲間を護り続けた、いつも強者の前に立ち塞がった、紅魔館の門番。

 

 

 

随分と留守にしていたあの頃の門番が帰って来た気がした。

 

 

「……お嬢様に直接話しなさい。あの方なら…それが妄想かどうかも分かるでしょう」

 

「……はい」

 

そう言って、身を翻す咲夜。

 

コツコツと石畳に靴音が残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ……」

 

絢爛な玄関扉に手をかけた時。

振り返らずに咲夜は美鈴に声をかける。

 

「私なら門番くらいの時間を捻出することくらい、容易いわ。…ただ、無様にやっつけられるのは…許さないから」

 

「咲夜さん……!」

 

「久しぶりに貴女のそんな表情を見られたからよ。…でも、お嬢様にはキチンと話をしなさい。それが仕える者としての礼儀よ」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

凛々と高らかに音が響く。

美しい鈴の音を鳴らして歓迎する。今か今かと心待ちにして。

 

人類最強が、途方もない歴史へ挑みに来るのを待ちわびる。

至高の武踏(たたかい)に来るまで。




熱い作品であることを重視しますので、どっか矛盾があったりオリジナル設定も余裕で見逃して!

次回
出会い…まで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

今年ももう師走、大人と呼ばれる歳になってから月日が早い…。更新が空いたのもそのせいですとも。きっとそう。


目的地はそう遠くはない。

 

なんなら周りの風景を楽しむ余裕すらある。

 

 

太陽は朝日の役目を終え、中天に向かって熱量を徐々に増やしていく最中。

 

 

人里を発った男は心に秘めた熱の解放を今か今かと心待ちにしながらも歩みを進めていた。

 

 

 

 

その熱をそのままに、思い起こすのは幻想郷縁起の一項。

 

 

 

 

種族:妖怪

人間友好度:普通

危険度:低

主な活動場所:紅魔館

 

 

男は紅魔館と聞いてティンッときていた。

来て間もなく訪れた湖畔から見えた館。

恐ろしく趣味の悪い紅の館だろうと。

 

 

そこの門番である、紅 美鈴。

 

 

幻想郷縁起による友好度の高さや危険度をからすれば、他の数多の妖怪と比べると男が興味を持つ要素はないはずであった。

 

 

 

だが、幻想郷縁起曰く、武術の達人。

 

 

 

この一節が、どうしようもなく男の興味を掻き立てた。

 

 

 

 

 

 

妖怪の武術家。一体どんだけ強いんだ…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず…すげぇやぁ……」

 

人里に来た道を戻り、記憶にあった湖に辿り着くや否や視界に入ってくる紅の館。

 

あの館の主……吸血鬼にも勿論興味は尽きないが、それ以上に門番に興味がある。

 

己の直感が、無手の者としてのシンパシーが、好敵手(ライバル)を感じた。

 

男が知ることはないが、奇しくも相手も同じ感覚を得ていた。

 

 

素手喧嘩(ステゴロ)同士は……引かれ合う。

 

 

偶然ではあるが、必然でもあった。

そしてその先にあるのが、闘いであるのは至極当然のことだった。

 

 

 

男はのんびりと湖畔を歩く。

まるで散歩。というよりは散歩そのもの。

 

走ればあっという間に館に着くであろうが、今はそんな情緒のないことはしない。

今から起こるのは、なんとも運命的で、劇的な事なのだ。急いてはいけないと、駆け寄りたい気持ちを押さえる。

 

 

 

それでも一歩一歩進むごとに、徐々に館は近づき、大きな門がハッキリと見えてくる。

その門の前で仁王立ちしている運命の人の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見た時に、ゾワッと背筋が震えるのを感じた。

 

立ち姿一つで理解する。

 

その武術へ向ける姿勢を。

その武術へ向ける真摯さを。

その武術へ向ける意気込みを。

 

 

思わず、見惚れてしまう。

 

 

闘う事が目的の自分とでは、武術への心構えがそもそも違う。

人間と妖怪では、武術へ向けてきた時間がそもそも違う。

この人と自分では、積み上げてきた歴史がそもそも違う。

 

 

目の前の女性が、どれだけ積み重ねてきたのか。

目の前の女性が、どれだけ鍛え上げてきたのか。

目の前の女性が、どれだけ磨き上げてきたのか。

 

 

想像出来ない。

 

 

このモノは、武術の為に生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を視界に捉えて、すぐに分かった。

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

鼓動が高鳴る。

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

頬が熱くなる。

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

 

 

嗚呼……私の運命の人。

 

 

 

 

自ら駆け寄りたい気持ちを押さえて、その歩みを待つ。

 

 

彼の全容がハッキリと見える。

 

 

その姿を一目見ただけで、ゾワッと背筋が震えるのを感じた。

 

 

一体、どんな人生を歩めばこんな人間が出来上がるのだろうか。仕上がるのだろうか。

 

 

その豊かな筋肉群は、まるで山の様に雄大で。

その優麗な立ち振舞いは、清水の様に静かで。

その研ぎ澄まされた武意は、刀のように鋭利だ。

 

 

思わず、見蕩れてしまう。

 

 

この人間は、どんな激闘を経て来たのか。

この人間は、どんな熱闘を経て来たのか。

この人間は、どんな死闘を経て来たのか。

 

 

 

想像出来ない。

 

 

 

このモノは、闘う為に生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく会話が出来る距離まで来ると、女がにこやかに話し掛けてくる。

 

「紅魔館に何か用事でも?」

 

「ははっ…いや、分かってますよね?用事があるのは…貴女です」

 

話す前に、既に通じ合っていた。

 

目の前にいるのは人間でも妖怪でも、ましてや師でも弟子でもなく、男と女でもない。

 

 

一人の格闘家と一人の武道家の出会いだった。

 

 

それは運命的で劇的で……偶然で必然で当然だった。

 

 

 

「良かった……本当に……良かった」

 

 

 

胸に手を当てて、ホッと安堵のため息をつく美鈴。

 

 

 

「俺も貴女と出会えて…良かったです」

 

 

 

照れ笑いを浮かべながら、想いを告白する男。

 

 

 

 

燻る燻る燻る。

 

滾る滾る滾る。

 

燃える燃える燃える。

 

灰が、光が、熱が。

 

 

 

全てを巻き込み炎上する。

 

 

 

二人だけ。二人だけの舞台は、炎上していた。

 

 

男が笑顔で、丁寧に風呂敷を傍らに置き、コキリと肩を鳴らす。

女も笑顔で、グルリと肩を回す。

 

 

最早、語る気もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているのかしら?」

 

「「…え?」」

 

 

底冷えのする声。頭から冷水をぶっかけられたかのように停止する二人。

 

男は知らぬ声に、女は知った声にギクリと体を震わせる。

 

「立ち合う時には、お嬢様に一声掛ける約束だったのでは?」

 

「あーいやーそのー」

 

水を差された結果になった男女だが、やたら奇抜な格好をした女性に何も言えない。

 

 

「神妙に待っていなさい」

 

 

女性はそう言うと、パッと消えてしまった。

 

男は目を白黒とさせる。

男は目を離したつもりも、瞬きだってしたつもりもなかった。

 

男の動体視力をして、女性が消える瞬間を捉えることが出来なかった。

 

「あわわわ…」

 

「えっと…」

 

先ほどまでの気迫は何処へやら。

わたつく女に目を丸くする。

 

「お待たせしました」

 

「うぉっ!?」

 

再び瞬時に姿を現した女性に驚く男。

 

その傍らには大きなパラソルと豪華なテーブル、お洒落なチェアー、紅茶と、完全なティータイムセットが姿を現している。

 

「ど、どうなってんの…?」

 

「お嬢様が観覧されます。双方、無様は許されません」

 

男の質問を黙殺し、消える女性。

 

 

 

ギギィとなにかが擦れる音に視線を向ける。

 

 

 

鉄門の奥、紅魔館の玄関が開き、そこから特徴的な帽子を被った少女が姿を現す。

 

純白の肌、紅の瞳。幼い体躯。

口元からは鋭利な牙が覗いている。

 

傍らにはさっきの女性が日傘を少女に差し出している。

 

 

 

 

「ようこそ。奇特な運命の客人」

 

 

 

 

男の勘が、危険を察知した。

 

脊椎に氷柱でも射し込まれたかのような、命の危機。

 

幼い姿。

吹けば飛ぶような体躯。

 

そこに内包される莫大な危険。

 

その存在力。明らかに強者。

 

あの少女は…

 

幻想郷縁起に載っていた。

 

危険度:極高

人間友好度:極低

主な活動場所:紅魔館

 

 

 

「紅魔館が主、レミリア スカーレットよ。以後、良しなに」

 

 

 

 

永遠に紅い幼き月。レミリア スカーレット。

 

 

 

それだけを言ってレミリアは用意されたチェアーに着席し、優雅に紅茶に口を付ける。

瞬間移動する女性はそれを甲斐甲斐しく世話している。

 

全力で警戒していた男だが、そののんびりとした光景に警戒心がもたなかった。

 

「えーっ…と…」

 

襲ってくるでもなく、早く始めろとばかりに此方を見ているレミリア。

 

全く関せずレミリアの挙動のみに注意を払っている瞬間移動の女性。

 

思わず辺りを見回すと、美鈴と目が合う。

 

「すみません…」

 

「いや…謝らなくていいんですけど…」

 

最早、何が何だか分からない。

 

「お嬢様が私の主人なんですが…。もし私が闘うことになったら必ず見せなさいってことに…」

 

「えー…あー…なるほど?」

 

観戦するのは分かったが、過程が全くなくよく分からないというのが本音である。

 

「あ、大丈夫ですよ。御二人は絶対に介入しないことを約束してくれています。………例え私が死んだとしても」

 

「それはまぁ…有難いけど…」

 

男としては、向こうの二人にも興味があるのが本音でもある。

 

「あっ!ちなみにあのメイド服の方は十六夜咲夜さんっていいます。紅魔館には他にもいらっしゃって、パチュリー様とお嬢様の妹様がいますよ。あっ!というか、自己紹介がまだでしたね!知っているかと思いますが、紅 美鈴といいます!宜しくお願いします!」

 

ニコニコと人好きのする笑顔で紹介し始める。

 

「あ、どうも。佐藤 武です…よろしく?」

 

「たける…さんですか!良いお名前ですね!私も美鈴って呼んで下さい!」

 

 

ニコニコと屈託なく笑う美鈴に、男もつられて笑う。

 

 

他愛のない天気の話から、上司の愚痴、勉強の辛さ……なんでもない、本当になんでもない話。

 

そんな二人の会話は勿論観覧している二人にも届いているだろう。

 

その姿に呆れているのだろうか。

 

否…そうは見えない。

二人の表情は等しく固い。

 

 

 

 

ほのぼのとした二人の空気に闘いの空気が霧散して……

 

 

 

 

 

 

 

 

は、いない。

 

 

 

炎上し続ける炎は、時が経つ毎にその炎は強く、ひたすら大きく燃え上がっている。

 

 

お互いこうして対面していると…

 

思わず手が出てしまいそうになる。

 

思わず足が出てしまいそうになる。

 

 

手足と言わず、全力で突っ掛けてしまいたくなる。

 

 

そんな気持ちを抑え、なんとか談笑していた。なんとか笑い合っていた。

 

 

目の前の運命の人と

 

 

いちゃつきたくて堪らない。

 

 

殴り愛たくて……堪らない。

 

 

 

 

「ふふふ」

 

 

 

「ははは」

 

 

 

 

彼らの背後は、笑い合う二人の闘気によって陽炎が立ち上ぼるかのように、グニャリグニャリと歪んで見える。

 

 

それはまるで、二人の心の炎が唸りを上げているようで。

 

 

 

 

 

 

なんて…

 

 

 

なんて……

 

 

 

 

素敵な出会い。




ようやく書きたかったことが出来る。
これはもう一回刃牙を読み直す他ないな。


次回
交戦…あたりまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

本当なら年末上げる予定でしたがくっそ間が開きました。年末どころか年度始めになりました。だが私は謝らない。





冷水をぶっかけられた程度で鎮火するような炎ではなかった。

乾きすぎた薪に秘められた熱は、幾ら水をかけたところで消し止めること叶わない。

餓えに餓えた二人の闘う者は、お互いの姿しか見えていない。

 

 

 

 

二人はゆっくりと歩み寄る。

 

そのまま抱き締め合うのではないかと思ってしまうような…そんな歩み寄り。

 

焦れるような歩みでも、間は数メートル。

すぐにお互いの睫毛すら視認できる距離に到る。

 

「………」

 

「………」

 

もう既に、射程圏内。

 

 

美鈴が、ゆっくりと手を出す。

 

 

「何はともあれ…まずは」

 

 

殴るためではない。

 

 

 

握手。

友好の儀式。

 

 

 

男もそれに倣い、その手を握る。

 

 

 

がっしりと手と手が繋がれると同時に、男の体がグルリと宙を舞った。

 

 

手首を固定し、肘を捕り、頭から投げ落とす。

 

 

腕を極め、間違いなく頭から叩きつける殺人技。

 

 

舞った刹那、ガコッと男の肩関節が外れ…いや、自ら関節の軛を外し拘束を解き、足から着地する。

 

 

 

 

「ああ!すみません!ちょっと力が入ってしまいました!」

 

 

 

謝罪。

 

 

 

つい今しがた殺人技を掛けた者の言葉とは思えない。

握手という友好の儀式を卑怯にも、卑劣にも、不意打ちの道具にしておいて。

 

 

しかしその言葉は本心であり、事実必死にペコペコと腰を折っていた。

 

 

「ははは…。いや、俺もちょっと足が出ちゃいましたし…おあいこじゃないですかね」

 

 

投げから脱するその瞬間。

 

勢いそのまま、鋭い健脚が美鈴の頭部目掛けて発射された。

美鈴は咄嗟に首を捻り、脚のミサイルを紙一重で避けた。数本の髪の毛が宙に舞う。

 

 

数瞬の出来事。

 

 

それをちょっと、と。致命的になりえる攻撃を繰り出し合っておいて、ちょっとの事だと二人は言い出した。

 

 

事実そうだった。

避けられる攻撃。追撃もない。

 

二人には、ちょっと、の事だった。

 

男は外した肩に手を添え、押し込む。

それだけでカツッという音と共に関節は元の場所にはまりこむ。

 

 

 

「それでは…」

 

「改めて…」

 

 

再び差し出される友好の手。

 

二人は迷うことなく手を繋ぐ。

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

美鈴の短い言葉。

 

男がクッと手首を返すと、ストンと美鈴の脚から力が抜け膝が落ちる。

 

 

 

「おっと…」

 

 

 

なんの気もない呟き。小さな石に躓いたかのようなリアクション。本当にただ、美鈴の頭が蹴りやすい位置に来たから思わず出た蹴り。

跪く形になった美鈴の頸部に吸い込まれる様に男の下段蹴りが放たれる。

 

首を刈り取るが如く放たれた蹴りを美鈴はスッと右手で上方へ弾くと、左手で軸足を払う。

 

その勢いは凄まじく、ビュンビュンと音を立てて空中で何回転もした後に、男はきっちりと再度脚から着地した。

 

 

「はははっ…」

 

「ふふっ…」

 

 

武の応酬。

 

挨拶代わり…というより、完全な挨拶。

お互いが芳醇な武をもって挨拶している。

 

武に武が返ってくる。今までに類を見ない完成度を持ちながら。

 

これほどこの二人の挨拶に相応しいものはないだろう。

 

「驚きました!合気ですか!不思議な技ですね!」

 

「はい。それにしても美鈴さんも凄い。こんなに完成された中国武術は…師父以来だ」

 

「私なんてまだまだですよ!まだ四千年を踏んだばかりです!」

 

「流石ですよ。どうも俺は…移り気で」

 

「人の身で一体幾つの武を修めているのか…ワクワクします」

 

「期待に応えられるように頑張りますよ」

 

和やか。そう、穏やか。

嬉しくて堪らない。

 

自分が好き勝手にやっていい相手。

 

こんなに嬉しいことはない。

 

法外の信頼。撃てば響く無二の相手。

 

 

「それじゃあ…どうしましょう…?」

 

 

握手は済ませた。後は……

 

 

「これしか…ないっすよね……」

 

 

右手を軽く顔の前へ。左手は地に向けられ弛く垂らされている。両の手は開手にて脱力。

右足は前に投げ出され、左足はやや後ろ。腰を落とし爪先立ち。

 

 

美鈴はすぐに気がつく。型は太極拳。

 

 

しかし、その実は……

 

 

「中国武術で比べ合いですか?……負けませんよ?」

 

「分かってます…。だけど、貴女の歴史を……感じてみたい」

 

「……分かりました」

 

美鈴は左手は腰だめに。

右手を前に握り拳。特徴的なのは肘を曲げ、拳は天を向いている。

右足は側足で前に、左足は踵に重心を添える。

 

男はすぐに気がつく。型は八極拳。

 

 

しかし、その実は……

 

 

「……っ!」

 

 

美鈴が大きく踏み出す。

地面が縮むような奇妙な錯覚と共に、その紅い髪は既に目の前。

 

驚異的な瞬発力、体捌き。

妖怪の膂力と、武術の叡知が融合を果たす。

 

深く懐に飛び込んだ美鈴は速度を保ったままに、体ごと肘を出す。

 

 

 

 站ッ !!!

 

 

 

八極拳の最大の武器。肘。

 

 

裡門頂肘(りもんちょうちゅう)

 

 

単なる肘打ちではない。

 

 

卓越した筋肉は強靭な弓柄となり、

連動した肉体はしなやかな弦となり、

打ち出された肘は矢となる。

 

爆発的な速力をもって、相手を射抜く剛弓と合い成った。

 

 

 

二ノ打ち要らず、一つあれば事足りる。

 

 

 

八極拳の真髄がここに具現化していた。

 

 

 

 

 

 

 

だが、相対するは、人類最強。

 

 

肘を肘で受け、その力のベクトルを外にずらす。

 

受けた男の肘の皮膚は抉られたかのように剥け血が迸るが、骨の一本も与える事なく、二ノ打ちを強要した。

 

 

同時に足を踏み出し軸足を絡め取り、ヌルリと間合いを侵しソッと美鈴の喉を第一指間腔で押す。

 

ただの二本の指で気道と頸動脈を極め、相手の勢いが強ければ強いほどその拘束は威力を増す。

絡め取った足が後退を抑制し、そのまま後方に下がろうとすれば地面に叩き付けられるであろう。

 

 

絞め技と投げ技を両立させた妙技。

 

 

太極拳。

 

 

一般的なイメージならばゆったりとした立ち姿、スローな動き、おおよそ闘法とは思えぬようなおおらかさを感じる。

 

 

健康法?舞踊?

 

 

否、それは武術。

 

 

中国武術の歴史において、長い歴史の間に一般化され浸透された太極拳は、本来は敵を効率よく無力化させるための武術の集大成。柔よく剛を制するを体現する。

 

今は健康法であれ何であれ、その起源は武術であった。

 

 

 

 

 

完全に首を極められ、新たな呼吸が望めない。血流を望めない。

足は巧妙に絡め取られ可動域は僅か。

体のバランスは攻撃の為に前傾。

相手との距離はほぼゼロ。

 

 

迂闊な攻め筋を見事に返された。

 

 

相対しているのは間違いなく好敵手。

 

そこで打った下手。

 

ただ単に、瞬きする間に近づいて、人間であれば爆散してもおかしくない()()の攻撃をしただけ。

 

自らの好敵手であろう男には、間違いなく下手を打っている。

 

 

自身の力への傲り?

自身の武への慢心?

自らのステージ(中国武術)に安易に上がり込まれた怒り?

漸く現れた好敵手に無様に負けたいという破滅願望?

 

 

その何れもが違う。

 

 

この()()なら、必ず返してくるという、信頼。

 

 

どう返してくれるのか、見てみたかった。感じてみたかった。受けてみたかった。

 

 

 

 

相も変わらず、二人は信頼関係を築き合っていた。

 

 

 

 

 

男の技は、この場面で出来ることはないと言っても過言ではないくらいに完全に極っていた。

選ぶ事が出来るとすれば、抗い意識を飛ばすか、退いて地面と熱烈な抱擁をするのかを選ぶ位の筈であった。

 

 

 

だが、四千年の歴史は伊達ではない。

 

 

 

美鈴は自らに掛けられた技の本質を見抜き、最適解を肉体でもってして現す。

 

弾かれた肘を引き戻し、男に拳を密着させる。

 

 

打突は勢いがなければ攻撃にはならない。

 

 

正拳突きにしろ、崩拳にしろ、ジャブにしろ、ストレートにしろ。

テイクバック、走り寄る、体重をかける…。

あらゆる技術をもってして、助走をする。

 

 

そんな様々な、助走、があってこそ、打突に攻撃力が生まれる。速度がない打突に意味はない。距離のない打突に威力はないと。

 

 

 

 

 

 

 

そんなふうに考えていた時期が、男にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

己が完全に相手の主要部位を抑え、絞めるも投げるも自由、投げ倒した先には体格差を駆使したマウントポジション、或いはそのまま寝技でも選り取り見取り。

 

生殺与奪を手にしているというのに、この胸に当てられた拳一つに対して、激烈に嫌な予感。

 

まるで胸にS&W M500を突き付けられているような、あと数秒で胸に大穴を空けられるような、そんな予感。

 

 

緊急事態。

 

 

緊急事態…。

 

 

緊急事態……。

 

 

 

緊急事態に………

 

 

 

 

 

「覇ッッッッ!!!」

 

 

 

 

ズンッと美鈴の踏み締めた地面が陥没する。

相手に触れた状態。助走ゼロ。

そんな状態で打突する術が、中国武術の歴史にはあった。

 

 

 

 

寸勁。

 

 

 

 

別名1インチパンチ。日本のサブカルチャー的に言えば、発勁。

 

 

紅美鈴においては事実、気を扱う事が出来るがそれとはまた別。超能力や魔法なんて幻想(ファンタジー)ではない。

 

 

力は骨より発し、勁は筋より発する。

 

 

その言葉が表す様に、身体操作によって起こり得る純然な技術。

 

筋肉の張りと収縮を制御し、重心を操り、更には地の利を活かす。

ゼロ距離から筋肉の躍動と骨の持つ、力。それに加えて地殻を真っ直ぐに踏み締める。

 

身を震わすような僅かな可動を連動させ、地から足、足から腰、腰から胸部、胸部から腕、腕から手、手から相手へ付加に付加を重ねて実る衝撃。

 

 

 

その威力は如何程か。

 

 

 

成人男性より高い身長と、比べるのも烏滸がましいほどの筋密度を誇る男を、数m打ち上げていることでその威力を伺い知れる。

 

 

 

 

会心の一撃。

 

 

 

 

そのはずだ。

 

 

 

いや、そのはずだった。

 

 

 

 

美鈴は、その手応えに思わず笑みを溢した。

 

 

 

まるで宙に浮くティッシュペーパーにカミソリを振り下ろすような心もとなさ。

 

柳の葉を揺らす風のような手応えのなさ。

 

シャボン玉を思い切り振ったバットで捉えるような空虚さ。

 

 

 

消力(シャオリー)……っ!!」

 

 

 

歓喜の声を上げる美鈴。

 

 

中国武術で高級技と呼ばれる超絶技巧、消力(シャオリー)

 

 

闘いの最中、命の取り合いの最中。

己の全てを賭けるやり取りでは、自らの筋肉を総動員させることは酷く自然で、当然。

 

危険が迫ると、人間は硬直する。

 

不意に目の前に物が飛んできた時、一瞬であれ硬直してしまうのはもはや本能的な現象。

 

しかし、その硬直……身の強張りこそが、事態を悪化させる。

 

緊張を、堅さを伴うモノは、壊れ易いという事実。

柔軟な物、しなやかな物こそがあらゆる衝撃を緩和する緩衝材足り得る。

 

極限まで緩和された筋組織はまるでゴムのように衝撃を吸収し、極限まで軟化された関節はまるでアブソーバのように力を空気に受け流していく。

 

極限の脱力は無防備に受けた衝撃から、骨を、臓器を守る盾と成った。

 

 

 

 

緊急事態に……脱力を!

 

 

 

 

ともあれ、言うのは簡単であるが、その技巧の会得には一人間の生涯を賭け、血の滲む…いや、身が裂け血が迸り魂を削る様な鍛練の先にしかない。

 

ほんの一握りの達人、その中でも更に限られた人間にしか辿り着けないであろう領域。

中国武術四千年を踏んだ者にしか到れない極地。

 

美鈴が歓喜するのも、当然だ。

 

自分と同じ領域の武術家。

 

感覚では分かっていたが、事実こうして目の当たりにすると喜びが抑えられない。

 

 

 

「噴ッ  破ッッッッ!!!」

 

 

 

歓喜はそのまま期待へ変わり、宙に打ち上げられた男へ、美鈴が届けるのは追撃。無防備な男への苛烈な追い撃ち。

 

 

空を駈ける様な流麗な翔び蹴り。

残像で腕が増えたように見える程の打突。

 

 

空を飛ぶことの出来ない男にとって、宙は死地。自由に避けることの叶わない枷の無い牢獄。

 

 

 

 

 

 

 

 

男は悲しんだ。

 

 

無力な己に。

 

 

身動きの取れない絶好の機会。

 

 

男は不甲斐なさに頬を噛む。

 

 

其処へ美鈴の絶死の猛攻。

 

 

何故自分は空を飛べないのか。重力に囚われているのかと、心底悔やんだ。

 

 

突っ掛けたのは自分。中国武術勝負を始めたのは自分自身。

 

 

 

恥ずべきだ。

 

 

 

こんなにも最高なシチュエーションに、中国武術で答えられない自分に嫌気が差す。

 

 

己の体が、最適解を導き出すのを止められない。

 

 

 

 

 

 

 

   ッ ッ ッ !!!

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

美鈴の猛攻を完全に逸らし、無効化させたのは宙に打ち上げられていた男の両の腕。

 

 

打・掴・斬、如何なる攻撃にも対応する円運動。

 

あらゆる受け技の要素が含まれている。

 

 

 

 

廻し受け。

 

 

 

 

矢でも鉄砲でも……火炎放射器であったとしても、無力化させてしまうような受けの究極形。

 

 

それは空手の基本技にして、極意でもあった。

 

 

 

 

 

宙の牢獄から命からがら抜け出した男は悲しそうに。

 

絶好の機会を技によって阻まれた美鈴は嬉しそうに。

 

 

表情は対照的。

 

 

「……すみません、生意気言いました。貴女の歴史は…やっぱり深くて高い…。対抗できるつもりでいた自分が…恥ずかしい」

 

「中国武術から派生したはずの唐手……いえ、空手。その進化を感じました。四千年をなぞるのではなく……踏襲している。やはり貴方は正しく…格闘家です」

 

悔恨を発露する男に対して、美鈴は穏やかにその在り方を称賛した。

 

 

武術を扱う者同士ではある。

 

 

だが、根本は違う。

 

 

男は厳密に言えばバーリ・トゥード(なんでもあり)の格闘家。

 

対する美鈴は、生粋の武術家。

 

男は空手でも拳闘でも必要であれば噛み付く事すら選択肢であるが、美鈴は何処までいっても武術を選択する。

 

両者共に己の肉体のみで闘う素手喧嘩(ステゴロ)が真髄ではあるが、その根っこは大きく違っていた。

 

 

 

 

「此処からは…全力です」

 

 

 

 

顔のやや下にゆとりをもって握られた両の拳が添えられ、脇は拳一つ分空けられている。

 

両足は大体肩幅前後に開かれ、膝は僅かに曲げられている。重心は爪先寄りだが足底全体で接地面を支える、何があっても即応できる理想的なリラックス。

 

格闘技で言えばボクシングスタイルに近いが、それよりもやや軽やかさに欠ける様な立ち姿。

 

男にとって馴染み深い…それが普通と思えるほどとってきた、戦闘態勢(ファイティングポーズ)

 

 

男が激闘を経て、熱闘を経て、死闘を経て辿り着いた…唯一無二の構え。

 

 

 

 

美鈴は、思わず見惚れてしまう。

 

 

 

 

構えられた両腕からは力を感じる。

 

構えられた両脚からは技を感じる。

 

即応に秀でた重心。

 

俯瞰するような視線は何処からでも自分の姿を捉えられている。

 

そしてその立ち姿は、彼の宮本武蔵の絵画に倣うような理想的な脱力。

 

 

 

 

なんて…美しい。

 

 

 

 

この闘いの場に在って、美鈴は思わず涙した。

 

心奪われるとは、こういうことなのだと。

武術家として研鑽を重ねた美鈴だからこそ理解できる。

 

 

 

 

その姿はありとあらゆる武の化身であった。

 

 

 

 

「こうしては…いられませんね」

 

 

 

 

美鈴はそっと流れ出た涙を拭い、大きく息を吸う。

 

 

スッと足を揃えて直立。

右拳を左掌で包み、腰を折る。

 

 

 

抱拳礼。

 

 

 

この武人と闘えることへの感謝

この武人と闘える技を持つ自分への誇り

何も言わずに見守ってくれる仲間

 

ここでこの人と出会えたという奇跡に、深く頭を垂れた。

 

 

 

「……行きます」

 

 

ゆっくりと美鈴が構えるのを待った後、男は踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…咲夜」

 

「はい…お嬢様」

 

カチャリとティーカップが硬質な音を立てる。

 

「楽しそうね…美鈴」

 

「…はい」

 

頬を赤らめ拳を振るう姿は、まるで恋人との逢い引きのようだ。

にやつきが止められず組み付き投げる姿は、まるで恋人との陸言のようだ。

 

長い付き合いであるレミリア、咲夜をしてあんな表情を見るのは初めてだ。

 

「楽しいわよね…嬉しいわよね…愛しいわよね…やっと出会えた運命の人」

 

ツツッとティーカップの縁をなぞる白磁の指。爪先は鋭利で、紅い。

 

「元はただの木っ端妖怪。幾年も生き延び、吹けば飛ぶような妖力は今や上級妖怪の仲間入り。そして幾年も鍛練に鍛練を重ねて『気を操る程度の能力』を得た。……それでも尚止めぬ鍛練に次ぐ鍛練…人では耐えられぬような、常軌を逸した鍛練」

 

「………」

 

「それはきっと、私達の為。敵ばかりだった私達の守護者…色鮮やかに虹色な門番。酷く優しく…護る為なら己の死をも厭わぬ真の武人」

 

その表情は何処か影が差していた。

 

「だから…此処(幻想郷)に来てからの美鈴は…正直見ていられなかった。死の危険がないという媚薬。それに抗おうとする必死の抵抗。それでも目的意識の喪失は…如何ともし難かった。本人はなんでもない風に馴染んでいる…とは言うけれど、悲しいまでの虚勢」

 

「弾幕ごっこ…。スペルカードルール…ですね」

 

「えぇ、そうよ。管理された世界。律された弱肉強食。バランスの取れた自然淘汰。門番としては気楽なものでしょうが、武人としての美鈴は腐るだけ…」

 

幻想郷で管理されているのは、人間。

人間を管理し、妖怪を統制する。

 

人間は妖怪にとって、糧であると同時に、毒だ。

 

妖怪は人間無しには成立せず、貴重な糧である。

毒の末路は現代社会。人間が妖怪を否定するだけで、妖怪は虚構に沈んだ。

 

 

 

そして、管理されているのは人間だけではなく……闘争もだ。

 

 

 

闘争が自由に行われてしまうことがあれば…

 

強大な力を持つ吸血鬼の一派が殺戮を始めたら?

死を司る亡霊の姫君が死を振り撒いたら?

生死感のない蓬莱人が無限に特攻仕掛けてきたら?

双柱の神と現神人が本気で統治を開始したら?

 

幻想郷のパワーバランスは、全てを受け入れるが故に最初から破綻していた。

 

そこで、パワーバランスを保つためのスペルカードルール。

 

博麗の巫女をバランサーとして据え、危機を異変と称し幻想郷を守る防衛システム。

異変はすべからく鎮められ、元の形に治まる。定められた終結(ハッピーエンド)

 

 

管理された闘争。

 

 

「闘争の管理。それこそが、戦う者を腐らせる。戦う者を孤独にさせる。戦う者を…脅かす。幻想郷の崩壊があるとすれば、外からではなく、内からでしょうね」

 

「彼という異物が幻想郷に紛れ込んだ……偶然ではないのでしょう」

 

「妖怪の賢者様の叡知には頭が下がるわね…。スペルカードルールに囚われない、ただの人。しかし、強さという点でのみ妖怪に匹敵する超規格外。それはそれは…なんとも運命的」

 

「飛べもしないただの人故に、スペルカードルールが適応されない。飛べもしない者に弾幕ごっこは出来ない。自らの敷いたルールに違反しない特大の反則…」

 

咲夜はなんとも言えないような表情で男を見る。

人の身ながら時間を超越した咲夜は、空を飛び、弾幕を扱う。スペルカードルールが適応される。

咲夜にとって、男はあまりにも奇異過ぎた。

 

人間だからこそ、気づいてしまう男の異常性。

 

「ルールの内の反則は、反則ではないわよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

「えぇ。彼はただ…強いだけ。強いだけなら…私達だってそうじゃない」

 

クツクツと笑う幼い吸血鬼はゆっくりティーカップを傾ける。

 

そのティーカップの底が見えそうだ。

 

「…お代わりは如何ですか?」

 

完全で瀟洒なメイドは、主の機微を見逃さない。

手元には適温に保たれたティーポット。

 

「えぇ、頂くわ」

 

「ジャムか砂糖は…」

 

「いらないわ、少し濃い目にお願い。あんな光景見ていたら、口の中が甘ったるいのよ」

 

行儀悪くも舌を出すレミリア。それは年相応で、なんとも可愛らしいものでもあった。

砂糖を吐きたいのは咲夜も同じだが。

 

 

二人の闘いは激化していく。

武の共鳴は留まることを知らない。

 

より高く、より深く。

より激しく、より美しく。

 

その打拳は相手を打倒するため。

その脚撃は相手を圧倒するため。

 

血生臭い、血を血で洗うような闘争。

 

その筈なのに。

 

何故か華がある。

何故か美がある。

何故か麗がある。

 

 

人間も人外も等しく魅了される闘争が、そこにはあった。

 

 

闘いは既に常人では目で追えない速度まで加速している。

 

 

打ったのか蹴ったのか、全ては残像を残して、破裂するような音すら置き去りにして加速していく。

 

 

 

吸血鬼であるレミリアと、時を操る咲夜だけが、二人の闘いを見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

男と美鈴。

戦局を端的に言うなれば、美鈴は押されている。

 

 

武人の歴史も、妖怪の膂力も、長寿の経験も。

人類最強との素手喧嘩においては分が悪かった。

 

 

地球上現存するありとあらゆる格闘技が、極の錬度をもって襲い掛かってくる。無論、その中には中国武術も含まれている。

 

 

中国四千年は確かに長く、深い歴史を持っているのかもしれない。

 

百年やそこらの歴史では、中国武術が踏破した一年でしかないかもしれない。

 

しかし、それこそ重ねた年数が違う。

 

その四千年に加えて男が積むのはありとあらゆる格闘技の歴史。

 

 

四千年程度では……勝てぬが道理。

 

四千年程度では……勝てぬが定理。

 

 

ありとあらゆる達人の上に立つから、人類最強。

 

ただの()()()()()()()()()では、話にならない。

 

人類最強は、正しく人類最強である。

 

 

 

 

 

 

 

 

タンッと軽やかに前にステップを踏む男。

 

 

それに崩拳を合わせる美鈴。

愚直ではあるが、妖怪の膂力を加えれば必殺の一撃である。

 

 

男は出先の拳を左手で絡めとり、そこを支点にしてクルリと周り左肘を美鈴の延髄に向かって振り抜く。

 

ムエタイにおける、ソーク・クラブ。

 

頭を下げ、辛くも逃れたと思ったら、美鈴の視界に映ったのは地面ではなく青い空だった。

取った腕で下げた頭の勢いを合わせられた。合気による投げ。

 

一瞬上下の感覚が失われかけるが、体を捻り上げ闘気を感じた方向へ旋風脚を放つ。

マトモに当たれば首を刈り取るような蹴りではあったが、その先に男の姿は無く、虚しく空を切る。

 

 

回転する視界で捉えたのは、地に深く伏せ、半身で力を溜める男の姿であった。

 

 

 

  ッッッ!!!

 

 

 

震度を伴うような踏み込み、岩のような側背面が美鈴に激突する。

 

貼山靠。良く聞く名前としては鉄山靠。

 

八極拳の基本。

体当たりと言ってしまえば簡単だが、その実、極めた踏み込みを伴えば、乗用車すらスクラップに変えるほどの威力を秘める。

何しろ使用者の体重がそのまま砲弾として突っ込んでくるのだ。踏み込みが…速度が速ければ速いほど、その威力は指数関数的に跳ね上がる。

 

 

未だかつて無いほどの衝撃を予感しながら、脇を閉め腕を十字に構え、ヒュッと息を吸い丹田に力を込める。

 

ズドンッという衝突音と共に美鈴は水平に吹き飛ばされる。

 

 

「カッはっ……っ!」

 

 

あまりの衝撃に横隔膜せり上がり、肺を押し潰し、呼気を強制させられた。

 

 

一瞬の意識の消失。

 

 

その消失は、致命的なまでの隙となる。

 

美鈴が意識を取り戻した瞬間、感じたのは横への重力。

そして目に映ったのは、その速度に追い付き、今まさに自分の土手っ腹目掛けて踵を振り下ろそうとしている男の姿だった。

 

 

(なんて…なんて強い……人間。

 

なんと芳醇で…濃厚…

 

中国武術では…勝てない…

 

それでも……いいかもしれない

 

こんな美しい者に…出会えたのだから)

 

 

横に飛んでいた筈の美鈴が、今度は垂直に地面に叩きつけられる。

 

 

破滅的な音が、辺りに響いた。

 

 

叩きつけられた地面は放射状にひび割れ、陥没している。

美鈴の腹部は、ベッコリと男の踵の跡を残していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

美鈴はそのまま、起き上がる気配は……ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……美鈴さん」

 

 

大の字で倒れる美鈴に、男はゆっくりと歩み寄る。

 

 

「俺は…本気だよ」

 

 

俺は美鈴の傍らに立つと、ヒュッと大きく飛び上がり、急降下しつつ美鈴の頭を蹴り穿った。

 

 

更に美鈴の頭ごと数センチ地面を陥没させる。

 

 

美鈴の生死も確認することなく、あまつさえその顔面を踏み台にして男は飛び上がり、再度強烈な蹴りを顔面に叩き込んだ。

 

陥没した地面がひび割れ、美鈴の頭を始点に隆起する。

 

ビクリと美鈴の全身が跳ねるが、また力無く投げ出される。

 

 

「いつまで…そうしているんだ?」

 

 

その苛烈な追い撃ちに、咲夜は思わず駆け出そうとして、レミリアに袖を引かれてハッとした表情を浮かべる。

 

 

 

 

レミリアは……笑っていた。

 

 

 

 

鮮烈でもなんでもない。カリスマ性なんて何処にもない。

ただただ、無邪気にも嬉しくて仕方がないという、満面の笑み。

 

 

 

 

 

「美鈴が……帰ってきたわ」

 

 

 

 

 

あの色鮮やかで、虹色な、門番。

 

紅魔館の守護者。

 

紅 美鈴が。帰ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

「………こんなもんじゃない」

 

 

 

 

 

男は知っている。

 

武術とは、運動能力を競うもの。

如何に自分の体を合理的に使えるか。

如何に物理学を人間の身体に落とし込むのか。

 

そこにはなんの不思議もない。

魔法も霊力も妖術も存在しない。

 

脱力もそう。寸剄もそう。

空手もそう。中国武術もそう。

柔術だってテコンドーだってカポエイラだってそう。

 

 

ありとあらゆる武術は、全ては純然たる力学で説明できる。

 

 

男は現代で幻想(ファンタジー)なんて、ありはしないと、まやかしだと、証明し続けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、此処(幻想郷)では違う。

 

 

幻想が、幻想ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなもんじゃねぇだろぉ!!!

 

紅 美鈴!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………しょうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の足に踏みつけられながら、か細い声が響く。

 

男はスッと足を引き、後ろに下がる。

 

 

 

 

 

 

顔の至るところから血を滴らせ、口の端からはタラタラと吐血しながら、ぼんやりとしている美鈴。

 

 

 

 

 

「いいんでしょうか……?」

 

 

 

 

 

大の字で倒れたまま、美鈴は問う。

 

自分に?上司に?主に?

 

 

 

「私は…本気で闘って……いいんでしょうか?」

 

 

 

答えたのは…好敵手。愛しい人。

 

 

 

「下手だなぁ…美鈴さん…。下手だよ…本当に。優しすぎる……」

 

 

 

男はゆっくりと美鈴から距離をとる。

 

此処からが、本当の紅美鈴との闘いだと、理解しているから。

 

 

「中国四千年。そんな所で立ち止まっているはずがない……だって貴女は……武術家だから」

 

 

築いてきたはずだ。

男は確信している。

 

だって美鈴の、その身体、その膂力、その体力、その技術、その()()

 

 

 

その全ては、武術の為にあるのだから。

 

 

 

ゆっくりと立ち上がる美鈴。

 

 

 

「そうでした……私は……出会えたんですね……本当に

 

楽しすぎて…嬉しすぎて…愛しすぎて……夢かなにかと思っていました

 

大切にしなきゃと…大事にしなきゃと…守ろうとしていました」

 

 

 

 

垂れた鼻血を親指で拭いとる。

 

 

 

 

「失礼しました…武さん…。やっと追いつきました」

 

 

「はい。闘いは……それでいいんです。それでこそ…いいんです」

 

 

 

美鈴は肩幅に立ち、両手を腰だめに構える。

 

 

 

「すぅぅ……はぁぁ……」

 

 

 

深呼吸。

 

美鈴の雰囲気が変わる。

 

感覚ではない。

 

見てとれる。

 

明らかな変貌。

 

 

 

 

 

 

 

   ッッッッツッッツ!!!

 

 

 

 

 

 

 

吹き出る虹色。

 

超常的な光景。

 

砂埃を巻き上げて、虹色の気が渦を巻き美鈴の体を彩る。

 

 

幻想であるはずの、『気』。

 

 

男は世界各地を周り、闘争に闘争を重ねても、終ぞ本物には巡り会えなかった。

 

 

『気を操る程度の能力』を持つ、武人。

 

 

本物の幻想(ファンタジー)

 

 

武人がその武器を磨かない訳がない。研がない訳がない。

 

 

 

 

 

虹色の気はその猛々しさを徐々に収め、ピタリと美鈴の張り付くように停滞する。力強さはそのままに。

 

 

美鈴は、右掌で左拳を包み、ペコリと頭を下げた。

先程の抱拳礼とは、意味合いが……まるで違う。

 

 

美鈴は重心を落とし、ゆっくりと演舞を始める。

 

 

ユルリユルリと、美鈴を追従する虹色の気。

 

 

その緩やかさの中に、激流が渦巻いている。

 

 

ズンッと左足一歩踏み込むと、地面が砕ける。

 

 

右足は後ろに引き絞る様に深い重心。

 

 

真っ直ぐに突き出した左拳。

 

 

右の拳は腰に添える様に。

 

 

 

虹色が、迸る。

 

虹色が、躍動する。

 

虹色が、辺りを染める。

 

 

これが、紅 美鈴。

 

これぞ、紅 美鈴。

 

 

中国四千年。そこから積み重ねた紅 美鈴だからこそ辿り着いた四千一年目。

 

紅 美鈴という妖怪だからこそ積めたその歴史。

 

『気』という独創性(オリジナリティ)

唯一無二。もう一つの頂点。

 

人類最強の男をして踏めなかったもう一つの極地。

人類最強の男をして到れなかったもう一つの極致。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当の、紅 美鈴の歴史が、牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅魔館門番 紅 美鈴。推して参ります」

 

 

 

 

 




プロットでは美鈴戦はわりとあっさり勝って終わるつもりでした。でも書き上げたのを見直しているうちに…これは違うと思いました。

違う…!
紅 美鈴と闘うってそういうことじゃないだろっ…!
中国拳法と『気』。
そんな簡単な勝負じゃないだろっ…!

そんなこんなで書き直すこと五回。
刃牙を読み直すこと十回。
ケンイチを読み直すこと十回。
積みゲーを崩すこと七回。
NieR Re[in]carnationに狂喜すること一回。

そして至った今日。

ちなみに美鈴の能力会得やら元木っ端妖怪等の設定はオリジナルです。もしかしたらちゃんとした公式設定が追加されているかもしれませんがそこはスルーしてくださると幸いです。最近の東方さわってないので…!

お楽しみ頂けたら幸いです。
嗚呼…プロット崩壊待ったなし(白目)。次回は未定(アヘ顔)。

次回

VS『気』……辺りまで……いけたらいいなぁ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。