インフィニット・ストラトス 〜水天の涙〜 (御簾)
しおりを挟む

Database

息抜き。
忙しい中で思いついたこんなネタ。これだけで分かるそこのあなた、PS3持ってますね?


石黒 悠(16)

 

出自来歴不明。IS適正不明。

織斑 一夏が世界初の男性操縦者となった後、突如IS適正のある男性として発表された。情報の出所も不明だが、篠ノ之 束名義で発信されたと見られる情報は瞬く間に世界に広がり、その事態を重く見た国際IS委員会が彼に接触、学園に入学するに至る。

性格は温厚かつ冷静で、常にどこか達観している。しかし面倒見が良く、周囲からのイメージは良い模様。基本的に戦いを好まないが、本人の性格も相まって巻き込まれやすい。

アメリカに籍を置く企業、『アナハイム・エレクトロニクス』のテストパイロット。過去に試験機体絡みで何かあったようだが…?

搭乗機は第二世代IS『ファントムスイープ』。

 

 

 

 

ファントムスイープ

 

アメリカのIS関連企業『アナハイム・エレクトロニクス』が開発したと言われる(理由は後述)第二世代IS。

特筆するべき点は無いが、同社のあらゆる装備の試験を一手に引き受けている為なのか拡張領域が非常に大容量。搭載されている武装も、テスト運用または実戦でのデータ収集が目的である。IS学園に入学してからも変わらずデータ収集を続けている。不自然なほどに悠との親和性が高い。

 

 武装

 

 バズーカ

  弾倉を後部上側に装着した物。

  車両による前線への運搬を目的とし、分解して省スペースでの輸送が可能。

 

 バズーカ(散弾)

  後部下側に弾倉を装着。

  カードリッジの変更で弾種を変更できるが、模擬戦時は面制圧を主とした散弾を装填。

 

 マシンガン

  アナハイムの次期主力品。威力と弾数を兼ね備えた良作。ストックは展開式。

 

 マシンガン:Vector

  射撃レートを極限まで高くカスタムした一品。一部の変態科学者達の狂気の産物。

  一度の射撃で全損する。装弾数200発を一秒未満で撃ち尽くすが命中精度は低い。

  …が、現在改良中。完成した際の命中率は100パーセントだとか。

 

 実体シールド

  曲面型で、敵の攻撃を弾く事を目的にしている。

 

 ビームサーベル

  宇宙世紀のものと若干異なる物を二本装備。制作、篠ノ之 束。原理、不明。

 

 ビームガン

  同上。

 

 

 

 

アナハイム・エレクトロニクス

 

アメリカに本拠を構える企業。IS専用武装を幅広く手がける有名企業。社長、副社長共に正体不明。悠の依頼により、現在はマルチロックオンシステムを開発中。所有する機体は、『ファントムスイープ』。

本来なら機体の開発は許可されていなかったが、ある日やってきた束が二つのISコアと機体データを提供、開発が開始された。しかし悠がIS学園に入学する前、もう一機のIS、開発コード『イフリート』が何者かに強奪される。また、残ったファントムスイープも起動しなくなってしまい、以後は束と悠が改良する。

 

 

 

 

イフリート

 

束が提供した機体データを元に作成された機体。

徹底したステルス機能が与えられ、ハイパーセンサーのジャミング機能と光学迷彩を搭載している。強奪時、そのステルス機能を用いてイフリートの調整に当たっていた関係者を全員殺害し逃走。以後行方不明となり、悠の心に深い傷を残した。

 

 

 

 

篠ノ之 束

 

本編に比べ、若干人間味が残った状態で悠と出会い、彼の来歴に興味を示す。以来睡眠学習(と言う名の洗脳)を施すなど、お気に入りの人間として悠を認識しているようだが…?

 

 

マドカ、クロエ

 

束が拾ってきた試験管ベビーと、織斑千冬のクローン。本編よりも感情豊かになっており、束がしない家事を二人で分担している。その腕前たるや、初めて米を食べた悠の胃を掴むほど。

 

 

更識姉妹

 

ドがつくほどシスコンの姉と、それに困り果てている妹。

 




続くかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不完全な撃墜王

お試し投稿。したためておいた文章だったので、ちょちょっと弄って終わり。

続きはいつかな。


『私が…破れた…お前は…何なんだ…』

 

短い通信の後に走るのはノイズだけだった。

つい数瞬前までMSによる壮絶な戦いを繰り広げた青年は、乗機の爆発に巻き込まれる。まだ若い…だが気概に満ち溢れた、強い心の持ち主だったのだろう。左腕を失いながらも、機体が行動不能になるその時まで熾烈に攻撃していた。

シェリー・アリスンとタチアナ・デーア。

互いにとって異なっていて、それでいて同じ人物を失った無力さを、悲しみを背負いながら戦い続けた。だが、それもこれで…

 

「終わった…」

 

焦げ付き、半壊したシールドを投げ捨てながら私は呟いた。他のジオン残党機は確認されていない。最後に残った彼を倒した今、質量弾の発射は阻止できたも同然。後から合流する仲間達を待とうと決め、ヘルメットを脱ごうとしたその時。

 

「ん?」

 

機体のセンサーが異常を捉える。メインカメラを向けた先には、重々しく振動しながら迫り上がるマスドライバーがあった。

発射位置に固定されたその中心部に、光が灯る。狙いは——地球。

 

「……っ!」

 

まさか——そう思った私は、右横に表示されたタイマーを確認する。残り時間、25秒。最悪の事態(・・・・・)を想像した私は、焦る気持ちとは裏腹にマスドライバーの破壊方法を考える。

ライフルで狙撃…ダメだ。銃身が焼け付き、エネルギーも切れている。

サラブレッドは…まだ到着するはずが無い。無理を通し、私が先行したのだから。

ならば、選択肢は一つか。

 

「間に合えっ…!」

 

操縦桿を引き、フットペダルを踏み込む。強烈なGが襲いかかるが、そんな事など些細な事だ。

使い物にならないライフルを投げ捨て、私の機体は背部へと手を伸ばす。迸るエネルギーが飛び散り、装甲を一瞬赤熱化させる。

私が選んだ手段は、ビームサーベルによる破壊(・・・・・・・・・・・・)。支柱を崩すだけでも、狙いは大きく逸れるはず…!とにかく、急げ!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

度重なる戦闘で受けたダメージ。機体各部の過負荷を示すアラートが鳴り響くが、それらを全て聞き流す。例え我が身がどうとなろうとも、あれだけは絶対に破壊してみせる!

 

残り、10秒。

既に発射態勢に入ったマスドライバーは、発射口から眩い光を放っている。

 

残り、5秒。

マスドライバーは目前だ。後は、このサーベルを…!

 

「…シェリー、ヒュー中尉、みんな…すまない。」

 

残り、1秒。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

U.C.0081年、ジオン残党軍による大反攻作戦、『水天の涙』(ジオン軍側呼称)作戦。

南アフリカ大陸におけるジオン残党軍掃討作戦、『砂漠の風』作戦から…(中略)繰り広げられた一連の戦闘は、月面における決戦の後、地球連邦軍の勝利を迎えた。

 

——戦死者一覧——

 

(前略)

 

地球連邦軍遊撃特務部隊 『ファントムスイープ』

 

ヒュー・カーター中尉 享年28

ニューヤーク防衛作戦時、敵機の攻撃から僚機を庇い被弾。

 

シェリー・アリスン中尉 享年24

ジオン軍のスパイであったが脱走、アラビア半島アデン宇宙港にて敵機に突撃、爆発に巻き込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーグ・クーロ大尉 享年32

月面での決戦時、マスドライバーに特攻。

 

 

 

 

地球連邦軍データベースより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「…流れ星…」

「…ねぇ、ちーちゃん。」

「どうした。」

「私ね。いつか、宇宙に行く。私の作った翼で!」

「…ああ。その時は、私も連れて行ってくれ。」

「うん!」

 

——約束、だよ!

 

 

◇◇◇

 

 

私、は。

 

『——か?』

 

誰だ?

 

『————!た……!』

『………。…………?』

 

遠くに聞こえる声に、私の意識は急浮上する。

視界が暗い…ああ、目を閉じているのか。そう思い、ゆっくりを瞼を上げた。

 

「…ここ、は…?」

 

開けた視界に入ってきたのは、見慣れない木造の天井だ。

まずは周辺の確認をしようと身体を動かそうとするも、うまく動かない。拘束されていないらしいので、単純に私の身体の問題か。

頭を動かして周囲を見ると、目を閉じた銀髪の少女、ややきつい目つきをした黒髪の少女、そして冷めた目でこちらを観察する…

 

「兎、の…耳?」

 

奇抜なファッションセンスの女性。

私の目が覚めた事に気がついたのか、銀髪の少女はホッと息を吐き出した。それに付随し、黒髪の少女も肩の力を抜く。

 

『ほら、言っただろう。』

『ですが、目の前で人が死ぬのも…』

『あー、はいはい!二人ともやめやめー!ここからは束さんのターンなんだから、早く出て行くの!』

 

何やら言い争いを始めた少女達を押し出しながら、兎の耳…を頭に生やした女性は二人に何か叫んで扉を閉じた。しかし三人が話す言語に聞き覚えは無い。極東で似たような言語を聞いたことがあるような気がする。

 

「君は…」

それはこっちの台詞だよ(・・・・・・・・・・・)。」

 

私にも分かるように言語を変更した…見た目によらず、聡明な女性のようだ。

 

「いきなり私の基地の中に血塗れでぶっ倒れてるし。しかもパイロットスーツ姿で。一体君は誰?大したことないなら——」

 

殺す。彼女の目は明確に、その意志を伝えてきた。

 

「すまない。私は、地球連邦軍遊撃特務部隊『ファントムスイープ』隊隊長、ユーグ・クーロ大尉だ。」

「………は?」

 

きっかり10秒の間を置いて、目の前の彼女は言葉を絞り出した。

 

「何言ってんの?天才束さんでも何を言ってるか分からなかったんだけど?もう一回言ってみてくれる?」

「あ、あぁ。地球連邦軍…」

「あー、もういいや。」

 

そう言って彼女は会話を打ち切った。そのままどこからともなく取り出した金属探知機のようなものを私に向ける。

 

「さっきのをもっかい。嘘だったら殺す。」

「…地球連邦軍遊撃特務部隊『ファントムスイープ』隊隊長、ユーグ・クーロ大尉だ。」

「反応なしって…えっ?」

 

ここにきて初めて女性が狼狽する。どうやら嘘発見器のようなものを向けられていたようだ。…地球連邦軍を知らない?ここは一体どこのコロニーなんだ?まさかサイド3でもあるまいし…

それに、私は死んだ(・・・・・)。これは紛れもない事実だ。二度と味わいたくないような死の感覚を思い出し、背中を冷や汗が伝う。その感覚を振り払うように、私はゆっくりと体を起こした。

 

「信じてもらえないなら…私の持ち物の中に情報端末があったはずだ。それを見てくれ。」

「…………」

 

彼女は物凄いスピードで私の情報端末を取り出す。そのまま、何度か指を動かしながら真剣に端末を見つめる。…機密情報には触れられない、はずだ。私の機体のデータも入っているが…理解できないだろう。

 

「…信じて、もらえただろうか?」

 

返事の代わりに帰ってきたのは、首筋への軽い衝撃だった。同時に強烈な眠気が襲いかかる。薬か…!

 

「一体、何を…」

 

遠くなる意識の中で最後に見たのは、少し悲しそうな顔をした少女の顔だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「宇宙世紀、か。」

 

扉を後ろ手に閉めた私は、手に握る情報端末を見下ろした。何もかも、私の知らない事ばかり。

その中に、信じられない情報も紛れていた。もちろん、『MS』も気になるけれど。

 

「それに、彼は死んだ事になってるんだよね〜…」

 

水天の涙、月面基地、マスドライバー。

短時間でほとんどの情報に目を通した後、私はなぜか目の前の男に興味を持ってしまった。

 

「もしかしたら、彼なら…」

 

そう呟き、私はラボへと向かう。

 

 

__________

 

 

 

次に目が覚めた時、身体中に激しい違和感を感じた。そして、同時に頭に鈍い痛み。

 

「一体、何が…」

 

驚いた事に、呟いた私の言葉は少女達が用いていた言語だった。そして、私はさらに衝撃的な事実を目の当たりにする。

 

「身体が、若返っている?」

 

具体的には、十代後半、といったところか。

先ほどと景色は変わっていないが、眠っている間に何をされたのだろう。

 

「お、起きたね!」

「君は…さっきの。」

「篠ノ之 束だよ!」

 

いきなり現れ、誇らしげな顔で自己紹介する女性。束と名乗った彼女は、その豊満な胸を強調したエプロンドレスを着用している。

 

「突然だけど、君の身体、若返らせちゃった。」

「…は?」

「世紀の大天才、束さんにはお茶のこさいさいなのだ!」

 

えっへん!と自分で呟いて胸を張る。

一方私は、自分の置かれた状況を理解できずに呆然としていた。

 

「あー、いくつか聞きたいことがあるんだが、いいかな。」

「うんうん!何でも聞いて!」

「じゃあ…」

 

少し、躊躇った。こんな事を聞く日が来るとは思わなかったから。SF世界の話だと思っていたから。

 

私は死んだのか(・・・・・・・)?」

「…うん。」

「そう、か。」

 

改めてそう確認すると、少し悲しいな。

 

「なんだか、ドライなんだね。」

「…私は軍人だ。命令のために死ね、と言われることもあったよ。」

 

結局、のうのうと生きていたわけなんだが、と自嘲する。

 

「それで、他にはあるかな?」

「あ、ああ。ここはどこだ(・・・・・・)?」

 

死後の世界、なんて物があるとは思っていない。

 

「ここは、地球だよ。多分、君の世界とは違うけれど。」

「…もう、驚きもしないな。そうか、地球か…」

「うん。コロニー落としも、なんにも起きなかった、西暦の世界。」

「なら、『MS』も存在しない、のか。」

「そうだね。…他に知りたいことはこの端末で調べてね。インターネット接続ぐらいはできるように改造しておいたから。」

 

ぽい、と投げられる端末をキャッチしようとして、うまく身体が動かずに落としてしまう。

布団から上体を起こし、拾い上げたそれは旧世紀の『スマートフォン』だった。しかも、機能は宇宙世紀のそのままだ。

 

「驚いたな。ここまでの技術力を持っているとは。」

「束さんがすごいのだ!」

「…そうか。」

「ふえ?」

 

気付くと、自然に彼女の頭を撫でていた。他人に向ける態度がどこか作り物に感じ、本心は凄く…脆くて弱そうだったから。

 

「あ、すまない。つい…」

「……いいよ。」

「え?」

「…もう少し、このままで…」

 

結局、クロエとマドカと名乗る少女達が乱入するまで頭を撫で続けていた。

 

 

 

____________________

 

 

 

「…さて、今回はどんな実験をしたんだ束?」

 

あれから半年。

女性限定で起動が出来るパワードスーツ、『インフィニット・ストラトス』を起動させた男性がいる、と騒ぎ立てるメディア。今日も今日とて無作法に騒ぎ立てるニュースを見ながら、私は隣に立つ束を見る。

 

「いっくんが起動できた、って事についての質問?」

「ああ。」

「うーん、コアネットワークをちょちょっと弄って、試験会場に置いてあるISがいっくんに反応するようにしたくらいかなー?」

「それ、女性限定にする必要性無くないか?」

「うー、多分ちーちゃんと良く似てるからじゃないかな!」

「適当だな。」

 

そう話す間にも、私と束は手を動かす。今組み上げているのは、私の専用機だ。なぜパイロットの私がこんな事をできるのか。それを疑問に思った私は、以前束に尋ねてみた。すると、帰ってきたのはこんな返事だった。

 

『うーん、ゆーくんの脳細胞ねー、なんかいっぱい容量があったから寝てる間に睡眠学習でちょちょっと…』

 

信じられないが、束と並んで作業が出来る、という現実は変わらんし今になっては諦めている。

 

「…そういえば、コアは、どうやって?」

「いやー、残ってたのを弄って…」

「…はあ。」

 

相変わらず束の行動は読めないな。日本語も睡眠学習で覚えさせたと言っていたし、もう理解するのも馬鹿らしくなってきた。

しばらく無言で機体を調整し、迎えた翌朝。

 

「色々あったけど、これで完成!」

「今までをその一言でまとめられるのは心外だな。」

「完成したのですね。」

「お兄のIS…なんだかシンプルだな。」

 

ラボに入ってきたのはクロエとマドカ。二人とも、束が拾った子供だとか。マドカに至っては世界最強と名高い織斑千冬と瓜二つ。

クローンと試験管ベビーを束が拾った、というのも珍しい話だが、今は勢いよく私に飛びつくぐらいには親交を深めることができたので良しとする。

 

「で、束の事だ。私に何かさせようという目論見なんだろう?」

「そうそう!」

 

言いながら彼女が取り出したのは一冊の電話帳のような冊子。私とクロエ、そしてマドカが覗き込む先には、こんな文字が。

 

『IS学園入学の手引き』

 

「よーく聞き給へ!」

 

ほら来た。クロエとマドカが拍手なんてするから彼女が調子に乗るんだ。

 

 

 

「ゆーくん、これからIS学園に入学する手筈だから!」

 

 

 

…『砂漠の風』作戦の方が、まだ気楽だったかもしれない。




実際あんだけ敵が出てきてたら撃墜王って呼ばれると思うんです。
プレイヤーの腕次第みたいなところあるけど、実際あんな挙動しながら戦闘してたらアムロ君超えててもおかしく無いよね?つまりはそう言う事だよ。
彼の動きですが、熟練プレイヤーが本気出した時の挙動を想像していただければ。



…妙に疲労が…しっかり寝ましょうかね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IS学園、入学。

…抜歯とは、悪い文明…


「全員揃ってますねー。それではSHR始めますよー。」

 

黒板の前に立つのは眼鏡をかけた小柄な女性教師。山田真耶と名乗った女性は、にっこりと微笑むと生徒を見回した。服のサイズが合っていないのは、彼女なりのファッションなのだろうか。妙にサイズの大きい服を身に付けた姿は、教師というより大学生だ。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね。」

 

返事は…無い。

それもそのはず、世界に一人だけ『だったはず』の男性操縦者が教室内にいるのだから。動物園のパンダでも見るかのような扱いだが、軍時代にも同じような扱いをされた経験から、あまり緊張はしない。もう一人の方は落ち着かない様子で座っている。

無理もない。ここ、IS学園では私達二人を除いた全員が女子生徒なのだ。

ISの操縦者育成を目的とした教育機関である以上、適性をもつ女性だけの構成になるのは当然だと言ってもいい。

そんな中にたった二人の男子生徒として放り込まれる気持ちにもなって欲しい。興味津々といった表情でチラチラとこちらを伺う者、あからさまな嫌悪の視線を向ける者。様々な思惑が渦巻く、この一年一組に。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で。」

 

…沈黙に耐えかねた先生が、涙目になりながらも仕切り始めた。

私の名前は…ああ、今は偽名を使っているんだったな。確か…

 

「次は…石黒くん。お願いできますか?」

「はい。」

 

呼ばれて立ち上がる。

軍服とは違った着心地の制服。襟元を正し、私は背筋を伸ばす。

 

「石黒 悠だ。アメリカの企業のテストパイロットをしている。趣味は読書と日記を書く事ぐらいだが、一年間、よろしく頼む。」

 

言い終えて着席すると、一瞬の間を置いて教室に叫び声が響き渡った。

 

「「「「きゃあああああああああああ!!!」」」」

「クール系!クール系だわ!」

「無表情で罵ってください!」

「冷たい瞳で蔑んで!」

 

…ああ、ここは建前上は女子校だったな。今年から転入してくる男子生徒の自己紹介に興奮するのも無理はない。

 

「あわわ、皆さん、落ち着いてくださーい!」

 

だが、先生の静止を一切聞かずに騒ぎ立てるのは頂けないな。仮にもISという『兵器』を預けられる身。ある程度の礼節を弁えて然るべきではないのか。…先生も涙目になって来ている。そろそろ我慢の限界だな。

 

「静かに。先生の声が聞こえないのか。」

 

その一言で一気に教室が静まり返る。これで大丈夫だろう。

 

「先生。どうぞ、続けてください。」

「あ、ありがとうございます…」

 

おかしいな、先生を威圧するつもりは無かったのだが…なぜ先生まで萎縮しているのだろうか。

それとなく周囲を見渡すと、私の発言に鼻白んだ生徒もちらほら見受けられる。

 

「じゃあ、次は…」

 

若干居心地が悪くなった私は、その後の自己紹介を半分聞き流していたんだが…

 

「げえ、関羽!?」

 

思考の海から浮かび上がるきっかけは、織斑の自己紹介の後、彼の大声とそれに付随したかのような鋭い破裂音。それが、出席簿と頭の接触音だと気付くのに時間は掛からなかった。

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者。」

 

黒のスーツにタイトスカート、纏う空気は戦士のそれ。織斑を叩いた出席簿を片手に掲げながら、世界最強(織斑千冬)がそこに立っていた。彼女が、束の言う『ちーちゃん』か。そんな愛称のように生易しいものではないぞ。あの人は。

 

「あ、織斑先生。会議はもう終えられたんですね。」

「ああ。山田君。クラスへの挨拶を押し付けてしまって、すまなかったな。」

「いえ、石黒くんが場を収めてくれたので…」

「そうか。すまないな、石黒。」

 

急に私に話を振られ、少し慌ててしまった。

 

「いえ、問題ありません。少佐。」

「少佐…?」

「あ、いえ。気にしないでください。」

「そうか。ならいい。…諸君。私が織斑千冬d」

「「「「きゃあああああああああ!」」」」

 

…心底煩そうに対応する織斑先生の姿を、私は心のどこかで少佐と重ねてしまったのだろう。

 

「…ああ、私は…」

 

改めて、私は死んだのだと実感させられた。

わいわいと楽しそうな生徒達、慌てる山田先生、呆れ返る織斑先生。私が入り込む余地は、無い。

私はそんな光景を、ただ黙って見つめていた。

 

___________

 

 

 

一時間目が終了し、教科書を片付けていると、不意に声が掛けられる。

 

「あー、ちょっといいか?」

 

振り向くと、少し気まずそうに眉を寄せながらこちらに声を掛ける織斑の姿があった。

 

「ああ、構わない。どうした?」

「いや、これから一緒に過ごすから、挨拶しとこうと思って。ほら。男仲間としてさ!」

「そういう事か。改めて、石黒 悠だ。よろしく頼む。織斑。」

「一夏でいいって。悠。」

 

唐突な名前呼びに少し驚いた。私の表情を見て何か思ったのか、一夏が少し慌てたように言う。

 

「あ、嫌なら苗字で…」

「構わない。」

「そうか。じゃ、よろしくな、悠!」

 

差し出された手。握手をしながら、私の視線は一夏の後ろに向けられていた。

 

「そちらの女性は?」

「え?…なんだ箒か。あー、悠。こいつは篠ノ之 箒(・・・ ・)。幼馴染だ。」

 

篠ノ之箒と呼ばれた少女はこちらに一礼すると、一夏にその視線を向ける。

 

「すまないが、一夏を借りてもいいか?」

「ああ。構わない。」

「感謝する。」

「お前ら、なんか会話が事務的だな。」

「「そうか?」」

「うん。」

「…と、とにかく、私と来てもらうぞ!ではな、石黒。」

「あ、ちょ箒!…それじゃ!」

 

ズルズルと引きずられていく一夏に手を振りながら、私は席に座る。

 

(篠ノ之、か。束が言っていたのは彼女の事だったのか…)

 

結局、授業が終わるまで篠ノ之 箒の事が頭から離れなかった。彼女のことを話す時の束の表情はどこか苦しそうで、悲しそうだったのを思い出したから。

 

 

一時間目と二時間目の間の休憩時間。次の授業は一体何だったか、と頬杖をつきながら考えていた時だ。ふと小腹が空いたのを感じ、私は鞄の中を漁る。ガサゴソ、と音を立てながら漁っていると、隣から視線を感じた。

 

「………」

「………どうした?」

 

どことなく眠たそうな表情でこちらの事を見つめる女子。そんな彼女と私を見つめるクラス全体。

 

「……お菓子?」

「いや、残念ながらその期待には添いかねる。レディ。」

 

言いながら取り出したのはとある小袋。ここに来る途中、コンビニで購入したものだ。私の『レディ』呼びにクラスが騒めくが、彼女にとってそれは重要ではなかったらしい。私の手元を食い入るように見つめている。

 

「じー…」

「いや、これは菓子ではないだろう。片手で、あまり手を汚す事なく簡単にカロリー摂取が出来る一品だ。君のような女性が食べるべきものではない。」

「じー…」

「いや、確かに商品名には『◯ーザ』とある。だが、高カロリーだぞ?」

「じー。」

「……………」

「じー。」

「…一つだけなら。」

「良いのー?ありがとねぇ。」

 

いや、わざわざ自分で擬音を口に出すような事をされたら、気まずくもなる。

渋々ながら袋を差し出すと、ダボダボの袖が閃き、袋が少し軽くなった。慌てて中身を確認すると、明らかに一つとは言えないような量が奪い取られていた。少女の口の周りは若干汚れている。あの短時間で、こんな量を!?

 

「お、おい。まさか半分くらい持って行ったんじゃないだろうな?」

「ふっふっふー。私の前でお菓子を出したのが命取りだったね、ゆうゆう!」

「ゆ、ゆうゆう?」

「そう。石黒 悠だから、ゆうゆう。」

「それは…所謂ニックネームのようなものか?」

「そうそう。」

 

こういうのはもっと親しくなってから付けるものではないのだろうか。だが、目の前の少女の表情は読み取れない。目を弓にしたまま、ニコニコとこちらを見ている。

 

「…はあ。それで良い。君は?」

「布仏 本音だよー。よろしくねぇ。」

「あ、ああ。よろしく頼む。」

 

結局、私が折れた。今まで相手取った事のない、初めてのタイプの人間だ。こちらのペースに持ち込ませないような、掴みどころのない人間の相手は苦手なんだが…どこか、話していて悪い気分はしなかったな。

 

◇◇◇

 

二時間目。相変わらず山田先生の解説は分かりやすい。束に睡眠学習(という名の洗脳)を受けた身としては、知識の再確認になるが、先生の一言アドバイスなども交えられていて、十分に面白い。これに比べると、士官学校のアレは…もはや授業と呼ぶのもおこがましく思えてくる。

そんな大変分かりやすい授業には、織斑先生が補佐として入っているのだが…先ほどから機嫌が悪い。

理由は、教卓の目の前に鎮座する一夏だ。ひっきりなしに教科書を捲っては、その度に頭を抱えている。

 

「織斑くん。何かわからないところはありますか?」

 

山田先生から名指しで聞かれた一夏。肩をビクつかせるところを見ると、ほぼ何も分かっていないな。

 

「わからないところがあったら何でも訊いてくださいね。何せ私は先生ですから。」

 

「先生!」

「はい、織斑くん!」

 

 

「ほとんど全部分かりません!」

 

 

空気が、凍った。

そう錯覚してしまうほどに、その発言は衝撃的だった。

えっへんと胸を張っていた先生も、予想外の返事に言葉を詰まらせている。…まあ、その反応が正しいと思う。

基本的なISの知識は知っている。それが、この学園に入学する生徒の常識だ。女性ならISに関する教育も受けているはずだからな。仮に分かっていなくても、ここに入学する前に配布された参考書を読めば大丈夫だろうに。

 

「え、えっと、今の段階で、織斑くん以外に分からない、という人は…います、か…?」

 

だんだんと尻すぼみになっていく山田先生の声。クラスの反応は無い。教室中を見回しても無駄だ、一夏。おい、こちらを見るな。クラス中の視線が集まったじゃないか。

 

「…私は分かっているぞ?仮にもテストパイロットだしな。」

「う、裏切り者…」

「織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

教室の隅で修羅のオーラを放つ織斑先生が一夏に尋ねる。ああ、これはもう質問なんかじゃ無い。答えは見えているんだ。既に拷問と化している。どう足掻いても、一夏を待ち受けるのは…

 

「古い電話帳と間違って捨てました。」

 

スパァン!

 

…織斑先生からの教育的指導だ。世界最強から繰り出される出席簿の一撃。重い衝撃に足を震わせる一夏だが、地獄は終わらない。

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。」

 

そう言って出席簿を振り上げる織斑先生だが、これ以上は見ていられない。山田先生も止めるべきか迷い、右往左往している。はぁ…仕方ない。これ以上授業を止めるわけにもいかんからな。

 

「そのくらいでいいでしょう。あなたの行為はあまりにも暴力的だ。身内とはいえ(・・・・・・)、些かやりすぎです。」

 

一夏に振り下ろされるはずの出席簿は、私の手によって阻まれた。目を固く閉じる一夏を一瞥し、私は出席簿を手放す。鋭い目でこちらを睨みつける織斑先生。

 

「何のつもりだ?」

「言った通りです。それ以上でもそれ以下でもありません。」

 

途端、鋭い視線が私を貫いた。一般生徒なら足が竦みそうだが、この程度なら問題ない。ゴドウィン准将の方がもっと…いや、やめておこう。

 

「では、先生。失礼しました。」

 

そう言って自席に戻る。静まり返った教室。何人かの生徒——恐らく織斑先生の熱狂的な『ファン』——がこちらを睨むが、大したことでは無い。

ぎこちないながらも授業を再開する山田先生。教室の隅では、織斑先生が厳しい視線を私に向けていた。

 

◇◇◇

 

「いてて…本気で叩く事ないのに…」

「古い電話帳と間違えるのが悪い。」

「ええ…」

 

休憩時間、一夏は頭を頻りにさすっていた。入学前に配布された参考書を古い電話帳と間違えるなんて愚行をするからこうなるんだ。

とは言え先生もやりすぎだ。アレでは一夏が馬鹿になる。

 

「そういえば、悠ってどこの企業のテストパイロットなんだ?」

「お前にテストパイロットという概念が理解できたとは…」

「…失礼だな。俺だって英語は分かる。」

「分かっていないな?」

 

そんな会話を交わす私と一夏の間に、甲高い声が響き渡る。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

胡乱な視線を向けた先には、金髪の縦ロールを揺らしながらこちらを見下ろす生徒が立っていた。確か…

 

「イギリスの代表候補生、セシリア・オルコット…」

「あら、そちらの間抜け面のお方とは違うようですわね。ええ。わたくしこそ、イギリスの栄えある代表候補生、セシリア・オルコットですわ!」

 

…なんだこの子は。まさか、社会を知らないのか?

代表候補生だからと言ってそんな態度が許される訳が無い。国を背負っている以上、下手な動きをすれば国際問題になりかねないからだ。だというのに、彼女は尊大な態度を崩さない。困惑する一夏とは対照的に、私は極めて冷静だった。

 

「…一夏、代表候補生は分かるな?」

「あぁ。分からねぇ。」

「代表候補生は、言うなれば国家代表の卵だ。当然、その技量もトップレベルなのさ。」

「はぁ…すごいんだなあ…」

「まぁ、わたくしに話しかけられるだけでも光栄だというのに、何ですのその態度は?高貴な者にはそれ相応の対応をしなければならないのではなくって?まあ、わたくしは『代表候補生』ですから、寛大な心で許して差し上げましょう。」

「そうか。」

 

今、こうして会話しているだけでも隠し切れていない、男性を明らかに見下したかのような態度。今の社会の影響を…女尊男卑の影響を強く受けすぎている。自分はいかに特別であるかを力説しているが、恐らくほとんどの生徒と同じように、『インフィニット・ストラトス』の本質を理解していない。

『IS』とは、本来は戦闘に用いられるものではない。宇宙開発を大きく進歩させる可能性を秘めた物なんだ。

それが戦いにしか使われていないこの世界…もう戦いとは縁を切りたい私にとっては正直、辛いところはある。だが、束から頼まれてしまった以上は仕方ない。命の恩人の頼みを無下にはできないから。

 

「それで、そんなエリート様が一体何の用だ?」

「…本当に礼儀を知りませんのね、この国の人間は。」

「それならイギリスという国は初対面の人間に対しての礼儀をミドル・スクールで教えていないんだな。」

「何ですって!?」

「お、おい。そのくらいにしておけよ…」

 

一夏がそう嗜めるが、逆効果だったようだ。

 

「…っ、馬鹿にしていますの!?」

「一夏はお前の事を馬鹿にしてなどいない。争いを避けようとしただけだ。」

「だいたいあなた、ISについても何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。世界でたった二人のIS操縦者ですのに、その片割れのあなたがこのような落ちこぼれでは笑い話にもなりませんわ。」

 

私ではなく、一夏をターゲットにしてきたか。初日から授業について行けていない一夏の方が貶しやすいと思うのは当然だろう。…やはり、友人を貶されるのは、あまり良い気分ではないな。

 

「そんなあなたの事を指導して差し上げても良くってよ。まあ、あなたが泣いてお願いする、というのなら話は別ですが。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから。」

「入試ってアレか?IS動かすやつ。」

「それ以外に入試などありませんわ。」

「あれ?俺も倒したぞ?教官。」

 

…一夏。アレは倒したとは言わん。教官の方が自滅しただけだ。

しかし、自分のプライドが打ち砕かれたのか、セシリアの表情が凍りついたな。見下していたはずの男性が同じレベルなのではないかと疑ってしまっている。

 

「ま、まさかあなたも?」

「私は専用機が一次移行(ファーストシフト)していなかったからな。」

「じゃ、負けたのか?」

「いや?ギリギリ、かろうじて勝ったというところか。」

「な…教官を倒したのは私だけのはずでは…」

「それ、女子の中では、じゃねぇの?」

「そうかもしれん。わざわざ男性操縦者の結果を伝える必要も無いからな。」

 

ワナワナと震えるオルコット。そこまでプライドが高いのか…まるで連邦軍の高官達のようだ。

 

「納得がいきませんわ!どうしてあなたたちのような…」

「む、一夏。授業が始まるぞ。」

「え?うわ、チャイム鳴ってる!」

「あ、お待ちなさい…ああもう!また後で来ますわ!お二人で待っていなさいな!」

 

チャイムが鳴り、席に戻る一夏と眼前の私の二人、同時に声を投げかけながらオルコットも着席した。

 

「それでは、三時間目を始めよう。…っと、その前に一つ、決めておきたい事がある。」

 

教卓に立ったのは織斑先生。いきなりそんな事を言い始めたせいで、ノートを持った山田先生の表情が味わい深い物になっている。はて、こんな初日に一体何を決めるというのだろうか。

 

「皆に決めてもらうのはクラス代表だ。」

 

背中を冷たい汗が流れた。




フリーダムユーグ隊長…ってわけでも無いですね。前世の関係上、戦闘は嫌いになった感じです。無論、それだけでは無いようですが…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘇る、トラウマ

ねーおうちから出たいよー

…はい、すみません。


「クラス代表とは、名前の通りクラス長だな。委員会や生徒会主催の集会に出席する必要がある。」

 

ふむ、クラス代表、か。学級委員長、という立場で言い換える事もできる。しかし、なぜ急に?

 

「再来週のクラス対抗戦に向け、クラス代表を決定しておこうと思ったのだが…ああ、一度決定されると一年間変更はできないから、そのつもりで。」

 

…ふむ、他クラスと競争させる事で向上心を持たせ、生徒達のレベルをより高いところまで引き上げようという狙いか。クラス代表と同じレベルまで成長したい、と思えるように仕組むのは至極合理的と言える。

ならば、何らかの餌が必要となるだろう。企業でのボーナスと同じだ。この場合は…まさか、男性操縦者?興味を持つ生徒は多いだろうし、代表候補生も何人か在籍していると聞く。関わり合いを持って何らかのデータを得ようとする輩がいてもおかしくは無い。交際権なんて提示された暁には、大変だろうな。一夏が。

 

「はい!私は織斑くんを推薦します!」

「私も!」

 

…推薦、か。聞こえは良いが、有り体に言えばリスク回避の手段だ。推薦する事で一人に注目を集めさせ、自分という選択肢を抹消する。政治家や高官がよく使う手段の一つだ。

 

「あ!私は石黒くんを推したい!」

「そうね!あの冷たい視線で指示されたい…はぁ、はぁ…!」

 

だが、私まで推薦されるとなると話は別だ。物珍しさ、というのもあるかもしれないし、前述したリスク回避なのかもしれない。…一部、妙な雰囲気を纏っている生徒もいるようだ。アレはRX-81を弄っている時の整備士達に似通った部分があるな。

 

「なるほど、織斑と…石黒、か。他に誰かいないか?自他推薦、何でも良い。」

「俺ですか!?」

「…お前以外に誰がいる。」

「悠!?」

 

…はあ、これは面倒なことになりそうだ。

 

「俺はやるだなんて一言も…」

「自他推薦は問わん。他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ。」

「そんな…」

 

がっくりと肩を落とし、それでも食い下がろうとする一夏。その心意気だけは認めよう。だがそうやって左遷された部下を知っているぞ。ああ、あれは上官を殴ったんだったな。なかなか骨のある部下だった…

 

「納得いきませんわ!」

 

響き渡る甲高い声。良い加減苛ついて来た私は、一夏同様立ち上がりそちらを向く。眉を立てているのはオルコット。…もう勘弁してくれ。これ以上面倒事を増やさないでほしいんだが…

 

「そのような選出は認められません!だいたい、男がクラス代表だなんて、恥さらしもいいところですわ!わたくし、セシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえというのですか!?」

「おい、俺はともかく悠はいいだろ。」

 

待て、一夏。それ以上火に油を注ぐな…!

 

「…本当に?」

 

ニヤリ、と悪意が鎌首をもたげた。そんな錯覚を覚えた。

 

 

◇◇◇

 

 

「わたくし、少し調べましたの。彼、石黒 悠について。」

 

…?悠に何かあるのか?確かに少し寡黙でぶっきらぼうだけど、いい奴だぞ?そんな疑念とは裏腹に、セシ何とかさんは気分良く話し続ける。

 

「彼はアメリカのIS関連企業、『アナハイム・エレクトロニクス』のテストパイロットですわ。確かに高い実力をお持ちになっているのでしょうが…」

 

 

「彼は、目の前で、アナハイムの所有するもう一機のISを強奪されていますの。ISを纏っていながら、彼は何も抵抗する事なく!」

 

 

「止めろ!」

 

 

うお、びっくりした。悠が突然机を叩いて立ち上がるものだから驚いちまった。…でも、なんか悠…様子が変だぞ?

 

「それ以上は、言うんじゃない。」

「あら、申し訳ありません。まさかそこまでトラウマに…」

「そこまでだ。オルコット。関係無い話はよせ。」

 

千冬姉が止めに入った。悠は…俯いたまま、動かない。一体どうしたんだ?

 

「…先生、気分が悪いので保健室に行って来ます。」

「…ああ。許可する。」

 

フラフラと覚束ない足取りで、悠は歩き出した。今にも倒れてしまいそうなその姿を、俺は黙って見送るしかできなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

『おい!誰が乗ってる!発進許可は…あああああ!』

『起動試験のパイロットはどうし…ぐふぅっ…』

『待て!そいつを格納庫から出すな!シャッターを閉め……』

 

「何だ!何が起こってる!」

 

『あ、あああ…』

『悠!聞こえるな!『イフリート』が何者かに奪取された!向かえるか!』

 

「…!了解した!」

 

『場所のデータを送る!』

 

 

 

「あれ、は…!」

『にげ、ろ——』

「聞こえるか!誰か!居ないのか!返事をしてくれ!」

 

『まだ生き残りがいたのか。』

 

「まさか、イフリート!?」

『どこに…ぎゃああああ!』

『光学迷彩だ!まだ使えないはずなのに…うわあああ!』

「おい!誰でもいい!イフリートはどこだ!」

『こ、ここに…いない!?』

『後ろd

「誰か!」

 

『このくらいでいいだろう。』

 

「どこだ、イフリート!」

 

『また、お前か…!』

 

また(・・)?お前は、一体…」

 

『仲間が死ぬぞ?』

 

「な…おい、止めろ!」

『逃げろ!早く!』

『あいつだけでも逃すんだ!早くしろ!』

『な、イフr

「止めろおおおお!」

 

 

◇◇◇

 

 

「…っ!はぁ、はぁ、はぁ…」

 

身の毛がよだつような悪夢から飛び起き、額にじっとりと浮かんだ汗を袖で拭う。ここは…保健室、か。

 

「…齢40にして悪夢に魘される、か…」

 

気だるさを感じるものの、身体に不調は無い。時刻は放課後。随分長い間眠ってしまっていたようだ。

 

「起きました?」

「山田先生…」

「はい。」

 

にっこりと笑いながらカーテンを開けたのは山田先生。穏やかな笑みで、こちらを見つめている。先ほどの発言は、聞かれていなければいいんだが…

 

「…一体、何の用です?」

「あ、寮の部屋割なんですが、石黒くんはこの部屋になります。あ、あと、教室に残っていた荷物も。」

「ありがとうございます。」

 

差し出される鍵と荷物を受け取り、私はベッドから降りた。少しふらつくが、すぐいつも通りになるだろう。少し心配そうに見上げてくる山田先生。

 

「あ、どこに?」

「整備室です。機体の調整をしたいので…」

「ああ、石黒くんはテストパイロットでしたっけ。自分で整備もできるなんて、すごいですね!」

「いえ、そんな…では。」

 

会釈をして出て行こうとすると、山田先生が袖を引っ張ってきた。

振り向くと、窓から差し込む夕日をバックに、山田先生が柔らかく微笑んでいた。

 

「…どうしました?」

「先生は、何があっても、石黒くんの味方ですから。何でも相談してくださいね。」

 

突然だったが、その申し出は少し嬉しかった。だから、その感情を隠すように先生に背中を向ける。

 

「…ええ。頼りにしています。」

 

そう言い残し、私は保健室から出て、整備室へと歩き出した。

 

 

 

__________

 

 

 

 

「…反応速度がなぁ…もう少し早ければ良いんだが、どうにもならんか…」

 

放課後、私の機体は少々特殊(・・・・)だ。テストパイロットという立場上、様々な武器を試さなければならない。そのために、多種多様なシステムが存在しているのだが…そのせいで反応速度が遅れてしまっている。ほんの微々たる数字でも、実戦では死に直結しかねない。それを回避するためにこうしたメンテナンスが必要なのだ。

 

「やはりマルチロックオンシステムは不要だろう…ミサイルランチャーなど一体どこで使えと言うのだ。」

 

奥の方から何かが崩れる音がした。…誰かいたんだろうか。

その可能性を頭の隅に追いやり、私は整備を再開する。拡張領域の容量は十分だな。これなら新型のライフルと狙撃パッケージをインストールしても問題なさそうだ。試しに展開して…

 

「って、これ…豪州方面軍で戦果を挙げたっていう…」

 

機体色こそ元のままだが、増加装甲に、頭部に装備された狙撃用バイザー…まあ、整備長が見たら確実に言い当てるだろう。

 

「…他には無いか。それにしても、随分と武装が多いな。」

 

接続した端末に表示されるリスト。バズーカ二種に、マシンガン二種、ビームガン、狙撃用ライフル、サーベル…凄まじいな。

 

「こんな量の武器なんて一体どこで使えば良いんだか…」

 

明らかに詰め込みすぎだ。予備弾倉も込みでこんな量を渡されると、使用後の報告書を書くのが億劫になりそうだ。

気づけばかなり時間が経過し、夕食を摂る時間となっていた。あまり内部構造に手を加えられなかったな。明日から本格的にメンテナンスをするとして、まずは夕食だ。待機状態に戻したISを手に取り、私は立ち上がった。

 

「あ、あのっ!」

 

後ろから、そんな声が聞こえた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

…今入ってきた人、噂の男性操縦者の片割れ…?ブツブツ呟いてるみたいだけど、よく聞こえない…

聞き耳を立てようと、身体を震わせながら身を乗り出す。目の前に積まれた沢山の部品を乗り越えるように。大きいとは言えない身体が悲鳴を上げるが、そんな事を気にする余裕は無い。

 

(もう、少しで…!)

 

『…マルチロックオンシステム…』

 

(え…?)

 

今、マルチロックオンシステムって言った?まさか、完成品を持っているの?その事実に私は驚き、手を滑らせてしまった。

 

ガタッ!

 

(しまった…!気付かれた…?)

 

チラリと向こう側を除くと、彼は真剣にISの調整をしていた。…機体を見ようと思ったけど、これ以上は無理かなあ。そう諦めて、私は目の前の機体に視線を戻す。

 

(どうしても、この子だけは…)

 

 

 

それからどれほどの時間が経ったのか、彼が突然立ち上がった。

 

(声をかけるなら、今かな…)

 

ここで悩んでいても仕方ない。…勇気を出すの。私!

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

私が振り向いた時、水色の髪の少女が少し涙目でこちらを見上げていた。

 

「む、君は…日本の代表候補生、更識 簪だったか。」

「は、はい…」

 

私が声をかけると、目の前の少女——更識は大きく肩を跳ね上げた。スカートの裾を握りしめ、震えながらだが、私に向けて言葉を紡ぐ。

 

「え、えっと…その、あう…」

「…すまない、よく雰囲気が怖いと言われるんだ。」

「あ、いや、そんなつもりじゃ…」

「良いんだ。…怖がらせてしまったお詫びだ。食堂で何か奢ろう。」

「いえ、悪いですよ…」

「敬語は良い。石黒 悠だ。」

「あ、はい…じゃない。うん…」

 

…やはり、強面なのだろうか。

少し傷ついた私と更識が、食堂まで歩く道すがら。

 

「さ、さっき…」

「ん?」

「さっき、整備室で…マルチロックオンがどうって言ってたけど…」

「ああ、あれか。ミサイルランチャーとセットでテストしてくれと言われているんだが…どうにも私には扱いきれないんだ。」

「だ、だったら私が…!」

「お願いしたいところなんだが、許可を取ってからじゃないとな…」

 

そんなにマルチロックオンシステムが気になるのか。

 

「ところで、差し支えなければ、どうしてこのシステムに拘るのか教えてはくれないか。」

「え、あ…」

 

それっきり彼女は黙ってしまった。人間にはあまり聞かれたくない領分というものがある。あの様子では、私は地雷を踏んでしまったようだ。食堂に入り、食券を買おうと券売機の前に立ち、背後にいる更識を窺う。

 

「で、どれが良い?」

「え?」

「さっき言ったぞ。何か奢る、とな。」

「じゃ、じゃあ…そば、で。」

「ああ。分かった。」

 

その言葉を返すと、私は券売機に向き直る。…ん?少し待て、『そば』の種類が豊富で何を選べば良いのか分からん。

考え込んでしまった私を怪訝に思ったのか、更識は私に声をかけてきた。

 

「ど、どうした、の?」

「…そば、とはどのそばだ?」

「………」

「………」

「やっぱり、パンで…」

「了解した。」

 

 

 

__________

 

 

 

 

「…それで、さっきの質問の答えは、もらえないか?」

 

その言葉に、食堂全体が少しざわめいた。入った時から気が付いていたが、どこに行くにしても『男性操縦者』であるから注目される。まるで豪州でコアラを見たかのような物珍しいものを見る視線、それが同行している更識にも注がれる。彼女もそれに気づいてか、おどおどとした態度がより顕著になってきた。それにしても、さっきの一言は何か変だったのだろうか。

 

「…どうしても、今じゃないとダメ?」

「いや、良いんだ。どうしてもと言うなら、無理強いはしないさ。」

「…そう…」

 

チラリと食堂の中を見回すと、数人で席に座る生徒のグループが顔を赤くしてこちらを見ていた。だからこの会話は何か変なのか?ところどころ聞こえてくる『コクハク』って、まさかあの『コクハク』じゃ無いだろうな。心配だ。

二人で並んで夕食を受け取り、黙って席に着く。お互いに席を占有するつもりはなく、向かい合って座る。しばらく無言で食事していると、数人の生徒が私達に近付いてきた。リボンの色から、恐らく三年生だろう。彼女達は更識に明らかな嘲笑の表情を向けると、一転して私に貼り付けたような笑みを向けてきた。

 

「君、石黒 悠くん?テストパイロットって聞いたけど、操縦時間はどのくらい?良かったら一緒に訓練しない?」

 

矢継ぎ早に繰り出される質問。取り巻きの女子生徒を見る限り、純粋な善意だけ、という訳ではなさそうだ。こういう輩はどこに行っても付きまとってくるようだ。大方、私と何らかの関係を持つことで『男性操縦者』とのコネクションを作り、利用するつもりなのだろう。

 

この年頃の女子生徒は数人でグループを作ることが多いと束に聞いた。目の前に立っている生徒達…三人は、私と訓練する事でスキルアップを狙う訳でもないだろう。確実に、『知り合い』または『友人』というレッテルを使ってグループ同士の立場を盤石にするつもりなのかもしれない。

前世(・・)ではプロパガンダに利用されてしまったからな…

 

苦い記憶を掘り起こしてしまいそうだ。ここは諦めてもらおうと口を開きかけたその時だ。取り巻きの二人が更識に視線を向け、下卑た笑みを浮かべた。…そんな表情をするのか。今の世代の学生は。いや、ここが女子校だからか?得てして女性とは恐ろしいものだ。どうやら、その感覚は間違っていなかったらしい。

 

「…あら、更識さん。専用機は完成しました?」

「噂では男性操縦者の機体を作るためにあなたの機体の開発計画は…」

「そこまでだ。」

 

少々強引だが、私は会話を断ち切った。取り巻き二人は慌てて口を噤んだ。まさか私がそんな事をすると思わなかったのか、私に話しかけていた生徒も驚いている。

いくら初対面とはいえ、共に食事をしている人間を邪険にされて何も感じないほど、私は落ちぶれていない。ましてや、彼女が俯き、悔しそうに唇を噛み締めているとあればなおさらだ。少々心苦しいが、はっきりと言わなければ分からないのかもしれないな。

 

「すまないが、その頼みは断らせてもらう。」

「え、ど、どうして…」

 

慌てたように尋ねてくる少女。ふむ、君達の態度が不遜だとはっきり言えたなら楽なんだが…これも処世術ということか…

少し息を吐いて彼女達に向き直る。食堂全体の視線が集まっているのは気付いていた。ここで失言はできないな。…さっきから、食堂の入り口から更識と同じ水色の髪がチラついているのもある。取り巻きの二人の発言の後は殺気さえ放っている。通り過ぎる生徒が泣きそうになっているぞ。

私が、少し悩んだ末に出した結論は。

 

「彼女にお願いしているからな。日本の代表候補生なんだから、これ以上の適任はいない。」

「……え?」

「な…」

 

私は、目の前に座る更識を示す。

俯いていた顔を上げた更識、そして数歩下がった先輩。どちらも驚いているようだが、その内容は少し違う。

更識は、なぜ私なのか、といった表情だ。そして、先輩は、プライドを酷く傷付けられたように顔を歪めている。

 

「ど、どうして私を…」

「し、信じられない!専用機すら無い(・・・・・・・)代表候補生なんかよりも(・・・・・・)、先輩の私の方が…」

 

こら、そこの水色の髪の生徒。部分展開はやめろ。流石の私でも腹が立ったが、抑えるんだ。

その念が通じたのか、どうにかISを解除してくれた。違う意味でヒヤヒヤした。通り過ぎる生徒が気絶しているぞ。

なおもブツブツと言い続ける先輩。いい加減にしてほしいものだ。昼間のオルコットを思い出してしまう。

 

「黙れ。」

 

「ひ…!」

 

私の剣幕に気圧され、さらに数歩下がる先輩。全く、この程度で怯むようでは、戦争なんて…ああ、また嫌な記憶を思い出してしまった。

そんな気持ちを振り払うように、私は語気を少し強めて先輩を見る。それだけで泣きそうになっている。…そんなに目つきが悪いのか?

 

「二度同じ事は言いたく無い。」

「…さっきから聞いていれば、あなた、一年生なのに生意気なのよ!」

「そ、そうよ!先輩に対する礼儀ってものを思い知らせてあげる!」

「そこの代表候補生と、あなた。そして私たち三人で模擬戦しましょうか?勝った方があなたを指導してあげるって事で。」

 

取り巻きからの援護射撃に乗っかり、先輩はそんな事を言い始めた。呆れて物も言えないとはこの事か?

後方に修羅が見えるが…はぁ、断れば修羅が、受ければ面倒事が。まさに前門の狼、後門の虎だな。仕方ない…

 

「…分かった。受けよう。いつだ?」

 

その発言に食堂全体がざわめいた。部分展開どころか完全展開までしそうになっていた彼女は、いつの間にか姿を消していた。

目の前に置かれた定食も冷め、美味い夕飯を邪魔され、私は柄にもなく不機嫌だった。

 

「明日よ!明日の放課後!」

「…了解した。」

「精々、その相方を使い物になるように仕上げてきなさいな!」

 

そう言い捨てて先輩は去って行った。残された私達に注がれる視線も、段々と少なくなってくる。

私が食器を空にした時、対面に座る更識がおずおずとこちらに視線を向けた。潤んだ瞳には、疑問が渦巻いているように見えた。

 

「どうして、受けたの?」

 

正直、なぜあそこで頷いたのか分からない。気が立っていただけ、とはまた違った理由だ。一体どうしてなのだろう。

 

「…ふむ、分からない。」

「……そう、なんだ。」

「だが、あそこで逃げると言う選択肢は…まぁ、無かったな。」

 

某生徒からの仕打ちが恐ろしかったというのもある。

 

「それに、何か事情を抱えているようだった。放ってはおけない。」

 

私はそう言って立ち上がった。そろそろ部屋に帰りたい。今日は色々あったからな。さっさと眠りたい。

 

「ではな。また明日。」

「え、あ…うん…」

 

さて、私の部屋は一体どこなんだろうな。




アンケートでもしますか。

外伝系でどんな機体を出すか。敵役、一機か二機ぐらいで。
感想、評価、なんでも来いの精神でスタンバッておきます。ただし精神は百式豆腐並ですよ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あんた生徒会長でしょ?もっと自覚を…無理ですか。

ひっさしぶりですね。

いや、疲れた…


あまりにも多くがありすぎたが、これでも入学初日だ。ようやく寮の部屋に立ち入る事が出来る。

軽い疲労を感じながら私は廊下を歩いていたのだが、その先に生徒達が集まっているのを見つけてしまった。今度は一体何なんだ。もう疲れているから厄介事だけは勘弁してくれよ。

 

そんな私の願いは、どうやら届かなかったらしい。いや、『私の』厄介事ではないのだが…

目の前に集まる生徒達は、私には背を向けている。つまり、その先に原因があると考えられる。

 

「すまない、少し通してくれないか?」

「え?はい、どうぞ…」

「あれ、ゆうゆうだー。どうしたのー?」

「部屋に帰る途中だ。」

 

相変わらず眠たそうで、表情の読めない顔の布仏がこちらに気付く。他の生徒はどこか余所余所しいが、彼女だけは妙にフレンドリーだ。余りに余った袖を振りまわしていた制服と同じく、私服の袖も長い。不便ではないのか?

 

「ところで、この人だかりは一体?」

「あー。それはねえ…」

「ゆ、悠か!?すまん助けてくれ!箒が…いでっ!」

「入れ。」

「…おう。じゃな、悠!」

 

私にとってはまるで嵐のような出来事だった。篠ノ之と一夏が同室なのか。…男子同士で相部屋じゃないのか?まさか私も女子と同室だったりするのだろうか。思春期の男女を同室にするとはどういう考えなのだ。

そこまで考えて私は一つの結論に辿り着いた。

 

「…一夏、何かやらかしたな。」

「そうみたいだねえー。」

「では、失礼する。ルームメイトが誰なのか楽しみだよ。」

 

その袖をどうにかしてくれ。布仏。手を振る動きに連動しているのは分かるが、一切落ちてこないのは不自然だろう。一体どういう原理なんだ。

とはいえそのままというのも失礼だから、軽く会釈して部屋に急ぐ。荷物は無い。明日の放課後買いに行こうと思っていたんだが…はぁ。明後日になりそうだ。

 

「ここか。」

 

ようやく、部屋にたどり着いた。特筆する点も無い扉だ。試しにノックをするが、帰ってくるのは木の硬い感触だけで、部屋の主人の声は返ってこない。留守なのだろうか。それならば仕方ないとポケットから鍵を取り出した時だ。

冷たいナイフで首筋を撫でられるような感覚。咄嗟に扉の前から飛び退くと、扉が切り刻まれた。木製の扉を切り裂くなら、それはISの武器だろう。

 

果たして、その予測は的中した。

大型の馬上槍(ランス)を構えた水色の機体。ロシアの国家代表が操る『ミステリアス・レイディ』。搭乗者は——

 

「更識、楯無…生徒会長…!」

「あら、ご存知なの?」

 

『霧纏の淑女』の名を持つそのISは、己の武器を私に向けた。

すぐにISを展開出来るようにしながらも、私の注意は彼女から離さない。すると、向かい合う生徒会長が急加速して迫ってきた。身を翻して逃げようとするが、ここ(廊下)では狭すぎる上に生徒の身にも危険が及びかねない。ほら、現に今水色の髪の生徒が——

 

(マズい…!)

 

腰に抱きつくようにして彼女を押し倒す。完全に倒れ込む前に抱きとめると、そのまま彼女を抱えて走り出した。一瞬の出来事に目を白黒させる生徒、もとい更識だが、そんな事を気にしている暇は無い。寮から飛び出ても尚、そのまま走り続けた私は自販機の前で更識を降ろした。一歩、二歩とよろめきながらもしっかりと立つ更識。怪我は無いようだ。更識は顔を赤らめながらも私を見る。

 

「ど、どうした…の…?」

「すまない。急に…!」

 

不思議そうに首をかしげる彼女の背後から襲い掛かる青い機体。

 

「間に合え…!」

 

瞬きよりも早く機体の右腕を部分展開、同時に拡張領域から取り出したのは実体盾。更識を左腕で抱え、庇うように盾を突き出す。重い衝撃は、あのランスが盾に衝突したからだろう。数センチほど機体が後退するが、更識は無事のようだ。

 

「生徒会長…っ!」

 

なんとか制止しようとするが、相手は聞く耳を持たない。そのまま突っ込んできた。校内での無断展開は原則禁止されているが、相手は生徒会長だ。そのくらいは揉み消してくるだろう。対して私は一般生徒。無断展開は罰則が課されるのだ。だからこそ、必要最低限での展開を繰り返している訳なんだが、そろそろ限界だな。

 

盾とランスがぶつかるたび飛び散る火花が、暗闇を明るく染め上げる。フェイントも交えた高速の連撃に、私は翻弄されっぱなしだ。息つく間もなく繰り返される攻撃に晒されている更識は、私の制服をしっかりと握って離さない。

 

「なぜ、こんな事を!」

「あなたが簪ちゃんを泣かせたからよ!」

 

ようやく答えた生徒会長。少し距離を取ったように思ったが、すぐさま接近し突き出されたランスに弾かれ、盾が地面を転がって行く。油断なくランスを構える生徒会長の目は、更識を見るなりにっこりと細められた。

 

「簪ちゃん、ちょっと待っててね。今この男を…」

「待って…!」

 

更識が制止しようとするが、その声は生徒会長には届かない。否、彼女が聞き入れていないだけか。

 

「ううん。いいのよ簪ちゃん。あなたの敵はおねーさんが〝消す″から。」

「…すまない。」

「…え?」

 

ランスを構えて突撃してくる生徒会長。防ぐ術を持たない私は、更識を芝生の上に投げる。結果として胴体がガラ空きになってしまう。

容赦ない突きが私の胸に突き刺さる直前、割り込んだ影がランスを弾き飛ばす。

 

「何をしている、貴様ら。」

 

このタイミングで登場したのは、我らが担任、織斑千冬その人だった。

 

 

 

___________

 

 

 

 

「…という訳なんですが…」

 

寮監室に連行された私と生徒会長、そして更識。未だこちらに強い敵視を向ける生徒会長に、内心辟易しながらも事情を説明し終えた私だが、織斑先生はしばらく腕を組んで黙り込んでいた。固く閉じていた瞼を開き、彼女はしっかりと私を見る。そして、その視線は更識にも向けられた。

 

「その話に偽りは無いな?」

「ええ。」

「は、はい。」

「…との事だが、何か弁明はあるか?」

「ムー!ムー!!」

 

私達が視線を向ける先には、硬いワイヤーで縛られ身動きの出来ない生徒会長が立っていた。私と更識は正座、生徒会長は床に簀巻きで転がされている…と明らかに一人だけ警戒され方が段違いである。猿轡を咬まされている辺り、相当危険だったようだ。あの後生身の織斑先生にも襲いかかり、一瞬で制圧されていたが。ひょっとして、国家代表に生身で勝てる先生は人類を超越した何かでは無いのだろうか。見ていて少々背筋がぞっとした。

 

うめき声を上げながら、陸に打ち上げられた魚のように跳ねていた生徒会長。先生に猿轡を外され、乱暴な手つきで座らさせられた途端、彼女はこちらに首だけを向けた。あまりにも人類の首の可動範囲を超えた動きに、簪は小さく悲鳴を上げ、私は少し引いてしまった。

 

「あなたが簪ちゃんを泣かせたのねあなたが簪ちゃんを泣かせたのねあなたが」

「黙れ。」

「あ痛!?」

 

口を開くとずっとこれだ。いい加減聞き飽きたのだが、どうやら彼女は私が更識を泣かせたと勘違いしていうらしい。…私が、彼女を?そんな筈はない。食堂で別れるまで確かに涙を浮かべてはいたものの、あれは先輩達の発言を受けてのものだ。私に責任を求められても困る。

 

未だにブツブツと何かを呟き続ける生徒会長を一睨みし、先生は頭が痛そうにこめかみに手をやった。

朝のSHRから問題児に頭を悩ませていたのか、疲れが見える。私だって疲れているんだが、先生がそんな事を知る由もない。

 

「…更識姉。校内でのISの無断展開は禁止されているはずだ。」

「私は生徒会長ですから。」

「…違反は違反だ。それに、無抵抗の生徒に襲いかかった段階で十分危険行為だろうが。」

「それは…」

 

ようやく落ち着いてきたのか、生徒会長は悔しそうに落ち込んだ。可愛い妹を泣かせた男性操縦者、か。明らかに誤解している上に私にとってはいい迷惑だ。身に覚えのない罪状で殺されたなど、彼らへの笑い話にもならん。

 

「更識姉には反省文500枚と、一週間の謹慎処分を命じる。以上だ。」

「そんな!それじゃあ簪ちゃんをどうやって守ったら…」

「お姉ちゃんは!」

 

今まで黙り込んでいた更識が突然声を上げた。私が見ていた彼女とは一線を画すほどに強い怒気を含んだその声は、生徒会長を黙らせるには十分すぎる効果を持っていたらしい。目を丸くした生徒会長だが、更識の言葉は止まらない。

 

「昔からずっとそうだった!私の気持ちなんて気にしないで、どんどん認められて…でも私は?いつもお姉ちゃんと比較されて、それでお姉ちゃんに守られてた…私は、何なの?」

 

 

「私は…お姉ちゃんの出来損ないなの?要らない…子なの?」

 

 

きっと彼女は、才能に溢れた姉と比較され続けたんだろう。その表情には、悲痛な物が宿っていた。

 

「違う。」

 

それを見ていた私の口から、自然と、言葉が紡がれる。

 

「まだ君と出会って一日も経っていないが、君は姉の出来損ないでも何でもないだろう。」

必ずしも姉と同じになる必要は無い(・・・・・・・・・・・・・・・・)。仮に姉が優れていて、それが君に何か影響を与えるか?」

「比較され、蔑まれるか?」

「それは即ち、優秀すぎて蔑む点すら無い(・・・・・・・・・・・・)姉とは違い、君は蔑むことができるという事。」

「逆に言えば、君を蔑み、陥れなければ、君の姉に不満を持つ人間は君の姉を批難出来ない、という事。」

「だが、君が劣ると言われる時は、何と比較された時だ(・・・・・・・・・)?」

 

私は、かのアムロ・レイとは違う。かの少年のような突出した技量は持たない。

 

「答えは、君の姉(・・・)だ。」

 

それは、他の小隊長だって、どのパイロットでさえそうだ。

 

「あまりにも優秀すぎる姉と比較されたんだろう?」

 

だからこそ、常に比較された。あの少年と。ニュータイプ、だのと言われる弱冠17歳の少年と。

 

「だからこそ、それを超えるためにあらゆる努力をしたんじゃないか?」

 

ああ、まるで私だ。部下を失ってから、訓練に明け暮れていた私を見ているようだ。

 

「それを認めこそすれ、否定をする権利は誰にも無い。」

「だから、もっと胸を張るんだ。」

 

 

「君はまだ若い。あらゆる可能性がある。姉のようになる必要なんてどこにも無いんだ。」

 

 

更識が、目を見開いた。生徒会長も、先生も黙ってしまっている。柄にも無い事を言ってしまった。

しばらく、部屋を沈黙が支配する。

 

「…あ、なたは…」

「要件は、以上ですか?生徒会長は兎も角、私も更識もいい加減に休みたいのですが。」

 

更識は先ほどから涙目だ。欠伸を我慢していたのだろう。悪い事をしてしまった。夜更かしは女の大敵だとシェリーがよく言っていたな。

織斑先生を見ると、帰ってきたのは小さい首肯。ならば良しとドアノブに手をかけた所で、私の背後から声が聞こえた。

 

「…ありがとう。そして、ごめんなさい。」

「……忘れるな。己が持つ力の意味を。それは、容易く人を殺すんだ。」

 

MSとIS。サイズも設計も大きく異なる存在だが、人殺しの道具として用いられているのに変わりは無い。悲しい事だ、と私が言うと決まって束は寂しそうな笑みを浮かべる。君のような人と、もう少し早く出会っていたなら良かったのに。そう言いながら。

 

MSとは異なり、ISは個人の意思で起動できる。宇宙世紀の人間でさえMSで大量虐殺するのだ。精神的にまだ未熟な高校生が持つ力にしてはあまりにも強大すぎる。今回の事件も、生徒会長の更識への歪み、捻じ曲がった愛情が原因で引き起こされた。一歩間違えれば死人が出ていた可能性もあり、今回の彼女の行動は危険すぎる。過保護すぎる性格が災いし、力を持つ者に必要な責任を忘れてしまったのかもしれない。だからと言って許される訳が無いのだが。

 

疲労なのか少しふらついている更識を先に廊下に送り出し、私も出ようとした時、織斑先生の声が投げ掛けられる。

 

「石黒。お前は…」

「ただの高校生です。」

 

そう言い残し、私は寮監室の扉を閉じた。

…うん、その瞬間に中から悲鳴が聞こえてきたのは気のせいだという事にしておこう。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

「む、更識もこちらの方向か。」

「…簪。」

「ん?」

「簪で、いい、よ。」

「…すまない。簪。私のせいで君までこんな事に…」

「いい。お姉ちゃんが過保護すぎるからダメなの。」

 

辛辣だな、と苦笑しながら自室へと足を運ぶ。簪も、同じ方向のようだ。

 

「部屋が近いのかもしれないな。」

「その時は、よろしくね?」

 

そして、二人は同時にある部屋の前で足を止めた。

 

「…まさか。」

「…同室?」

 

どうやら、私のルームメイトは簪のようだ。




文章が拙いのは見逃してクレメンス。

アンケートは明日締め切りますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初の実戦、避けられない不調

悠くん無双。


私のルームメイトは、昼間から一緒だった更識 簪だった。

 

「あー…とりあえず中に入ってくれ。扉を片付けておくから。」

「だったら、私も手伝うよ…?」

「いや、もう君は寝た方が良い。夜更かしは女性の敵だと、よく部下…知り合いが言っていたからな。」

 

ほら行った行った、と簪を部屋に押し込み、私はISの拡張領域から工具箱を取り出す。扉が壊されたまま、というのはよろしくないから、織斑先生に修復の許可を取り付けておいた。代わりの扉を取りに行く前に、残骸を軽く片付けておこう。

 

手に持ったのは箒と塵取り。手早く集めてしまおうと、大きな破片は先に拡張領域に突っ込み、そこから細かい破片を収集していく。翌朝の他の生徒の迷惑になりそうだから、と先生が提案してくれた用務員の掃除は断っている。夜に掃除をお願いするのは不躾だろうし、何より自分の蒔いた種なんだ。自分で片付けるのは当然だろう。

目に付く汚れはあらかた片付け、さて扉を取りに行こうとした時、廊下の向こう側から台車に乗った扉が運ばれてきた。

 

「代わりの扉は…」

「おや、もう片付けてしまいましたか。」

 

柔らかな声色で語りかけてきたのは用務員の轡木さん。台車に乗せた扉をここまで運んできてくださったようだ。一体どうやってこの事を知ったのか、と怪訝に思う。確かに騒ぎこそすれ、大きな音などは殆ど立てていないはず…だ。

 

「どうして、この事を…」

「私はここの用務員ですから。」

 

彼はそう言って悪戯っぽく笑う。善良な人だと分かっているのだが、底の知れない凄みが漂ってくる…この人は、一体何者なんだ?

そんな疑念は、頭を振って消し飛ばす。それよりも重要なのは、目の前の扉の修繕だ。

 

それでは、と去って行く轡木さんを見送って、工具箱の中からいくつかの工具を取り出した。

さて、さっさと済ませてしまおう。正直早く寝たい。

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

「さて、終わった…」

 

手早く扉を取り付け、振り返った私が見たのは。

 

「…あ」

「……」

 

バスタオル一枚でこちらを見ている簪だった。

 

その瞬間、私の思考速度は束を超えた。

一瞬で目を固く閉じた上で扉に向き直り、耳を塞いでしゃがみこむ。

 

「すまない。後で煮るなり焼くなりなんでもしてくれて構わない。」

「あ、えと…今着替えるね。」

 

簪が何か言っているが、私には聞こえない。どうか早くしてくれ。

まるで半日にも思える時間が過ぎ(実際には数分ほどだが)、肩を突かれる感覚で私はまず耳から手を離す。

 

「もう良いか?」

「うん。」

 

ゆっくりと振り返る。何かあれば即座に元の姿勢に戻れるように。

まあそこは簪、と言うべきか。しっかりと寝巻きに着替えてこちらを見ていた。少し安心したと同時に、どっと疲労が押し寄せてくるのを感じた。

 

「…シャワー、浴びてくる…先に寝ていてくれ…」

「分かった。電気は…」

「消しておいてくれて構わない。」

 

うん、と頷いてベッドに向かう簪。しかし、そんなに無警戒では危険では無いのか?男性と同じ部屋にいるのだからもうちょっと警戒心を…持たれると悲しくなってくるな。うん。ルームメイトが簪で良かった。

 

(さて、寝巻きをどうするべきか…)

 

バスローブ一枚…まあ、寝相は良い方だからな…仕方あるまい。明日買いに行くとしよう。そう考え、私は手早くシャワーを浴びて行く。

 

(何か大事な事を忘れているような気がするが…まあ大したことでは無いだろう。)

 

結局、初日の就寝時刻は25時だった。

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

「おはよう…」

 

朝、日課にしているトレーニング(地球連邦軍仕込み)を終え、私は欠伸を噛み殺しながら食堂に向かう。ちなみに朝は米派である。初めて食べた米(マドカ謹製)の味が衝撃的過ぎた。艶のある白米は、ふっくらと炊き上げられていておかずと良く合っていたんだ。…もちろん私は米派に鞍替えした。パン派は敵だ。麺類派?…グレーだな。

 

「あ、おはよう…」

「相席、構わないか?」

「良いよ…」

 

簪は寝起きが良いのか、それともそれを見せていないのか…何にせよ、昨日の疲労は残っていないようだ。私よりも遅くに起きたようなので、私の寝巻きは見られていない…はずだ。夜間に誰か部屋に侵入しようとしたらしく、扉に仕掛けておいたトラップが起動した形跡があった以外は概ね平和に眠ることができた。

 

これが束の所なら、夜通し機械の音だらけで戦場よりも酷い睡眠環境だったりする。クロエとマドカに眠れているか聞いた所、二人の部屋は完全防音にしてあると束が乱入してきた。道理で二人が不思議そうにするわけだ。ちなみにその後、束に交渉して何とか私の部屋にも防音加工を施させたのだが。

 

さて、今日は放課後に生活必需品を買いに行こうと思っている。歯ブラシなどの洗面道具はダッシュでコンビニまで買いに行ったが、それ以外は一切無い。私服、寝巻きなど。何やら超大型ショッピングモールがあるそうなので、行ってみたいのだ。折角だから簪も誘おうと私は目の前のうどん派(中立国)に話しかける。

 

「簪、今日の放課後なんだが…」

 

 

 

「あ、そうだった。先輩三人との模擬戦、だよね…」

 

 

 

「え?」

「え?」

 

その瞬間、昨日の夜から感じていた違和感の正体に気づく。

そうだ、今日の放課後は先輩との模擬戦だった。しかも、簪の機体はまだ完成していない。

 

「…もしかして、私一人か?」

「そう、だね。」

 

ちゅるん、と簪がうどんを啜る。なぜだか、私にはその姿が滲んで見えた。

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

「…さて、簪。一応聞いておくが機体の完成度は?」

「半分くらい、かも。」

「そんな気がしていたよ。ならオペレートを頼もう。」

 

まあ、そうだろうなとは思っていた。

時は既に放課後。アリーナのピットで私はISスーツ姿で立っていた。簪はオペレーターとして参加してもらう。これで三対一。明らかにこちらが不利な状況なのだが、相手の機体はラファールが三機。頑張れば何とかできる…と信じたい。

 

「さて、模擬戦の監督は…」

『何をしている石黒。さっさと出ろ。』

 

まさかの織斑先生である。

逆らったら最後、出席簿の一撃が飛んでくる。こんな時にはさっさと従っておくのが吉というものだろう。

 

「了解しました。…それでは、行ってくる。」

「うん…」

 

少し悔しそうな簪。自分の機体が未完成であるのは関係ないし、挑発に乗ったのは私なんだ。彼女がそんな顔をする必要はない。

あまり長引かせるのも良くないと考え、私は手早く機体を展開し簪に話しかけた。

 

「終わったら、機体を完成させよう。マルチロックオンシステムの使用許可も取り付けておいたからな。」

「え、それって…」

 

返事を聞くのは、終わった後で良いだろう。

 

「石黒 悠、ファントムスイープ。出撃する。」

 

昔を思い出す加速。カタパルトから飛び出した私を待っていたのは、三機のラファールが繰り出す弾幕だった。

 

「挨拶も無しに…」

「試合開始だ、と思った時には既に試合開始のブザーは鳴っているのよ!」

『待て、貴様ら…!』

 

見え見えな嘘だが、それを訂正している暇は無い。しかも訳の分からん事をのたまわっているが、戦場では騙し討ち奇襲なんでもござれ、こんな事で慌てるようではパイロットとしては未熟だ。カタパルトの勢いをスラスターで強引に情報へ変更し、私は上昇を始めた。

織斑先生の制止の声を歯牙にもかけず、アサルトライフルが三つ、私を狙って弾丸を吐き出し続ける。三方向から…というわけでもなく、ちらりと見えたのはVフォーメーションでの攻撃。おそらく隊長機はあの先輩なのだろう。

 

「問題ありません。話は後でお願いできますか。」

『…分かった。三人にはキツく言い聞かせておく。』

(戦場でそんなにお行儀が良くても生き残れないんだが…)

 

ひらひらとランダム回避を続け、私は右手に武装を、左手に実体シールドを呼び出しなおも上昇しながら冷静に三機を分析する。接近する三機のうち、隊長機はアサルトライフルを手に射撃しているものの、私が突っ込んできても良いようにさりげなく他の二機を盾にしている。取り巻きの二人は、それを知ってか知らずか射撃を続けているが、そろそろ弾切れのはずだ。

 

『敵機、残弾無し…!』

「了解した。」

 

通信で届いた情報。予測通りだな。

敵機がリロードを開始した瞬間。私は一瞬スラスターをオフ、手足を使ったAMBACで真後ろに向き直る。次の瞬間にはスラスターを全開に、盾を頭上に掲げて(・・・・・・・・)下方に突っ込む。目標は敵隊長機…ではなく、取り巻きの片割れだ。突然の接近に慌てたのか、マガジンを取り落としそうになっている。

 

「貰った。」

 

一閃。

 

『シールドエネルギー、ゼロ…一機撃墜だよ…』

「まずは一機。」

 

時間にしてわずか数分。対面する先輩は何が起こったのか理解していないらしくフリーズするが、戦場でその行動は命取りだ。一機を落とした勢いで私はそのまま二機の隣を素通りして距離を取り、ある程度離れたところで水平飛行に移行する。

 

「よし、次の武装だ。」

 

武装を収納。別の物を呼び出すまでゼロコンマ一秒。新たに握るのはバズーカとマシンガン。

くるりと振り返り、全速で後退しながら右手のバズーカを隊長機に、左手のマシンガンを随伴機に向けて引き金を引く。吐き出された弾丸は直前で回避されるが、間髪を容れずに二射目を放つ。数発の弾丸が命中、バズーカは外れ。

 

「腐っても、先輩だな…!」

『気を付けて、敵機からロックされてる…!』

「くそっ!先輩の方が上方にいる分有利か…!」

 

敵の反撃も激しい。私にも飛来する弾丸は、右後方への急加速で回避。この際、弾倉に掠ったらしくバズーカが火を噴いて爆散する。

 

「弾倉を上向きに装着するのは被弾率上昇のリスクあり、だな…!」

 

炎を上げる残骸を投げ捨てながら呟き、私はもう一つのバズーカを呼び出す。

マシンガンの弾薬はとうに尽き格納、空いた左手には実体シールドを装備している。

後方から私の側を掠める弾丸。しばしそれらが途切れた瞬間を狙い、私は上空の先輩に砲を向けた。身体が上下逆さまだが、PICのお陰で影響はない。

 

「ここだな!」

 

放つ弾薬は拡散弾。それも、IS用に調整された物で威力は折り紙付き。揃って回避機動を取った二機だが、拡散した弾丸の直撃を受けた。シールドエネルギーこそ大きく削れないものの、操縦者に与える心理的ストレスを狙ってみたらしい。特に実戦経験の無い学生なら、こうして拡散弾を当てるだけでも効果的だ。

 

『回避したのに、どうして!?』

『落ち着きなさい!ただの散弾よ!あうっ!』

『…敵の二人、焦ってる…』

「ああ。それが狙いだ。」

 

攻防を繰り返す中で二機が放つ弾丸は段々と散発的になり、本格的な弾切れが近いことが伺える。私の方は、数発掠りこそしたものの、ほとんどは回避し、残りは実体シールドで防御したためシールドエネルギーの残量は十分である。安定した回避機動(決してランダムでは無い)を取りながら、私はゆるゆると上昇し先輩達と同じ高度まで到達した。

 

「散弾の心理的効果あり、しかし学生のため実戦での効果は不明。」

 

すかさず武器を別のマシンガンに変更、隙を埋めるようにグレネードを投擲する。時限式のそれは、食らい付いてくる二機の眼前で炸裂し僅かなダメージを与えた。

 

『どうして、こんなに…きゃあっ!』

『ただの学生だったはずじゃ無いの!?』

『大丈夫!相手は1人なのよ!私の分まで頑張って!』

「…元パイロットを舐めないでもらおう…!」

 

複雑な機動戦なら宇宙空間の方が酷い。上下左右関係なく降り注ぐ弾丸にビーム。いつ死ぬか分からないMSに乗っていた私と、搭乗者の安全確保もなされるISでは緊張感が違う。実際、彼女達はどこか現状を理解していないように見受けられる。落とされた一人も呑気に応援しているのが、少し腹立たしい。

未だ回避運動を取る私に業を煮やしたのか、取り巻きの機体が接近戦用ブレードを呼び出した。いつも一緒に行動しているためか、息の合ったコンビネーションを見せてくる。前衛にはブレード、後衛にはライフル。シンプルながら、私一人に対応するには十分効果的だ。

 

「簪、シールドエネルギーは?」

『まだ8割…凄いね…』

「なに、訓練さえすれば誰でも出来る。後は…実戦経験の差…だな!」

『なるほど…?』

 

会話の途中でも戦闘は続いている。時折飛来する直撃弾をシールドで弾き、いなし、斬り掛かってくる機体を蹴り飛ばす。

この学園には妙に近接戦闘戦を好む風潮があるようだ。前衛がブレードを振るうが、素人がナイフを振るような攻撃なら、束謹製のシミュレーターで訓練し(地獄を見)た私にとって見切ることは容易い。

 

大上段に構えたブレードをただ振り下ろす、大振りの一撃は半身になって躱す。すかさず差し込まれたライフルの弾丸がシールドエネルギーを削るが、それを意に解することなく私は前衛の機体にマシンガンを撃ち込んだ。狙うのは頭部と胸部…心臓。絶対防御を発動させ、シールドエネルギーを大きく減らすのが目的だ。

安全とはいえ、そんな場所を撃つのは躊躇われるのだが身体はしっかりと動いていた。

 

射撃レートを極限まで高くカスタムした一品。難点は機関部とバレルの消耗が激しい事と命中精度の悪さだが、至近距離ならば、命中精度…100パーセントだ。

機関部が極端に甲高い音を立てて徹甲弾を吐き出し、瞬く間にラファールのシールドエネルギーを減少させる。弾倉が空になるまでの時間、わずか一秒。

いくら絶対防御に守られており安全とはいえ、自身の目の前に弾丸を短時間で大量に撃ち込まれた恐怖は計り知れない。

 

「きゃああああああ!」

「二つ目、だな。…銃身が焼け付いている…これでは使い物にならんか…」

『後は、あの先輩だけ…!』

 

見下していた後輩に喰らい付かれる気分はどうだ?先輩。

 

『こんな、ありえない…!まだよ、まだ負けてないんだからあああ!』

『敵機、突っ込んでくるよ…!』

「見えている。問題は、無い。」

 

形振り構わずブレードを振り回して突っ込んでくる先輩に、私はマシンガンと入れ違いでビームガン(ミノフスキー粒子も無いのに再現している)を構えた。そのまま引き金を引くが、その光はラファールを掠めるに留まった。原因は、ロックオンシステムの不調。

 

「またズレてる!」

『石黒君、危ない…!』

『貰ったわよ!』

 

突き出されるブレード。何度も攻撃を防いだ盾が両断された。残骸を投げ捨てた私に続く一撃が放たれるも身を引いて躱し、左脚でブレードを蹴り上げる。

同時にビームガンを格納し呼び出したのはビームサーベル(これも再現されたのだが、原理は不明である)。

 

『まだ!』

「っ!」

 

大きく体勢を崩した私の姿を好機と捉えたか、先輩が左手に呼び出した予備のライフルが私に向けられる。素直に当たってやる義理もないので、そのまま足を入れ替えて右足でライフルも弾く。そのまま反時計回りに身体を回して胴体を一閃。シールドエネルギーを大きく減少させた先輩のラファールは、大きく下がって距離を取ろうとするが、そんなことを見逃してやるほど優しくない。ここで決める…!

 

「おおおおおおおおっ!」

『どうして、私が——』

 

瞬く間に距離を詰め、私はサーベルを振るった。その瞬間、試合終了を示すブザーが鳴り響く。

 

『勝者、石黒 悠。』

 

二人を除いて誰も見ていない、たった四人の戦闘。その勝者は、私だった。

 

『お疲れ様、石黒君…』

「ああ。」

 

乱れた息を整え、ゆっくりと降下した私は機体を待機状態に戻す。

さて、色々あったがこれで良し。食堂で言えなかった事を簪に伝えようと決意した私だったが、ピットに戻った私を待ち受けていたのは簪ではなかった。よく似ているが、姉の更識楯無生徒会長だ。昨夜の事もあり、私は少し身構えるが生徒会長は自然体のまま立っていた。

 

「…何か、御用ですか。」

「ええ。」

「では手短にお願いしたい。この後予定もありますし…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と、お買い物に行きましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体を展開して逃げそうになった。




ラストの一騎打ち、イメージはアバンタイトルでのジムコマvsゲルキャです。あんな挙動できるパイロットなんていないじゃろ()

感想、誤字報告、評価お願いします。作者のメンタル装甲は最低限ですが。

2020/07/12
タイトル忘れてましたごめんなさい許してください何でもしますから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

更識姉妹とショッピング。

これを書いた私はきっとスピード感を感じるのに必死だったのだろうか。


 先輩との模擬戦(と言う名の何か。間違ってもあれは訓練ではないと考える)を終え、ピットに戻った私を待ち受けていた人物とは。

 反対側のピットで計り知れないオーラを漂わせる織斑先生でもなく。

 戦闘中にオペレートしてくれていた簪でもなく。

 

「おねーさんとお・か・い・も・の…しましょ?」

 

 私の中では最早珍獣カテゴリの生徒会長だった。いや、胸を強調するポーズをしようが、ウインクしようが無駄だ。初日に私に与えてくれた衝撃は簡単に忘れられるものではないんだぞ?そもそも新入生に向かっていきなりISを展開して襲いかかるとか、生徒会長以前に人としてどうなんだ。

 

「…いつ襲われるか分からないので、お断りします。」

「うぐっ…そ、それについては謝るわよ…」

「たとえ勘違いであっても生身の人間にISを使って攻撃するとか有り得ませんよ。」

「それは、君が簪ちゃんを…」

「お姉ちゃん、しつこい。」

「ふぐっ…簪ちゃん…」

 

 さりげなく姉に毒針を突き立てながら、簪が現れた。

 

「ああ、さっきは感謝する。」

「ううん…こっちこそ、ありがとう…ほんとなら、石黒君に関係ない話なのに…」

「いいや、あの場にいた段階で関係者さ。」

 

 いやいや、ううん、とお互いに繰り返し、何回目かの問答で生徒会長が肩を震わせて叫び出した。

 

「悪かったわよ!全部この更識 楯無が悪かったんですってば!!」

 

 生徒会長に関係ある話はしていなかったんだが…あ、まさか少し前の話を引きずっていたのか?

 

「ほう」

「「「ひっ!?」」」

 

 突如、生徒会長の後ろに地獄が顕現した。髪を逆立て、その右手には三人の女子生徒をまとめて掴んでいる。立ち上がるオーラは、まるで修羅。一般人が見たなら、腰を抜かしてしまうであろうその姿。人は彼女を——織斑千冬(ブリュンヒルデ)と呼ぶ。あまりの威圧感に、私でさえも大きく肩を跳ね上げた。簪は静かに気絶していた。立ったままというのも危険なので、一先ずは座らせて壁にもたれかからせる。そして、会長は…

 

「せ、先生…こ、これは…その…」

「そんな事で私の睡眠時間を奪ったのか?アァン?」

「ぴっ!?」

 

 修羅の放つ殺気に当てられ、会長涙目である。震える足は子鹿のようだ。

 あれでも一応、学園最強と名高い更識 楯無なのだ。仮にもロシア国家代表なのだ。だが…相手が悪い…

 

「ここ最近の激務に加えて貴様の処罰のせいで睡眠時間が一時間なんだ…さらにこの馬鹿どもの説教だぞ?貴様は学園のトップであるという自覚はあるのか?ええ?どうなんだ更識ィ?」

「は、はいぃ…!」

 

 会長が助けを求めるような瞳でこちらを見ている。簪は気絶しているから、私に向けられているのだろうか。…流石にあの状況は見ていられないんだが、如何せん信用度がなぁ…そう思って目を逸らしかけた時だ。会長からプライベート・チャネルで音声が届く。

 

『助けてくれたら何でもするから!』

 

 よし。

 

「織斑先生、今日の所は(・・・・・)そのくらいで良いのではないでしょうか。」

「………」

 

 私の声を聞いた先生は、いつぞやの会長よろしく、こちらに背を向けていたのにヌルッと首を回してこちらを見てきた。その瞳孔は開ききっていて、ある種のホラーのように感じられた。

 …怖っ。

 

「ほ、ほら、先生には仕事もありますよね?」

「………」

「それに、その三人も…」

「………」

「あー、その…」

「……私もう休みたい…」

「え?」

「…分かった。今日はこれで勘弁してやる。」

「ありがとうございますぅ…」

 

 もうメンタルはズタボロなんだろう。昨日とは打って変わってしおらしくなった会長と私達に、さっさと出ろよ、という言葉を投げかけて先生は去って行った。へなへなとへたり込む会長。そんな彼女に近付くと…

 

「うわあああああん怖かったよ簪ちゃああああん!」

「………は?」

 

 幼児退行していて私が抱きつかれたのは、事故だろうか。

 

 

 

__________

 

 

 

 

「…どうしてこうなった…!」

「ん?どうかしましたか会長。」

「お姉ちゃん、早く…」

 

 あの後、簪が目覚めても泣き続けた会長。困惑していたのは私なのだが、簪にはどうも気に食わなかったようだ。結局、簪が頑なに同行を主張したために三人での行動となった。私としては今回の礼もしたかったので渡りに船だった訳だ。

 そうして三人でやってきたのはショッピングモール『レゾナンス』。何でも地域最大のショッピングモールだとか、ここで手に入らないなら云々…そういった事に興味の無い私は、会長の解説もどこ吹く風でさっさと入店する。用があるのは服飾関係の店と、簪への礼に夕飯でも奢ろうと思っているので、飲食店だな。

 

「さて…どうするべきか…」

「欲しいもの、無いの…?」

「いや、適当な服を見繕おうと思ったんだ。私服が一着も無いのは不便だからな。」

「「私服が、無い?」」

「ああ。着の身着のまま日本に来たから、手荷物も何も無かったんだ。」

「じゃ、じゃあ昨日の夜は…」

「バスローブで寝た。」

「「………」」

 

 何か、不味いことでも言っただろうか…

 

「ジャージが二着ほど、私服は…まあ適当でいいだろう。」

「ダメよ。」

 

 買い物プランを組み立てていた私の邪魔をしたのは、会長だった。

 

「貴方、仮にも男性操縦者なんでしょう?身だしなみにも気を遣った方が良いわ。」

「…また(・・)、都合の良い偶像(アイドル)扱いですか?」

 

 吐き捨てるように、私はそう言った。側に居た二人が困惑したように動きを止め、こちらの顔色を窺ってくる。

 IS学園史上、初の出来事だ。男性操縦者が二人も入学するなんて。二人を狙ってどこから襲撃を受けるか分からない。そう考えて生徒会は気を張っていただろうし、その結果、簪が泣いていたら会長は過保護なほどに私を攻撃した。まぁ、あれはやりすぎだと思うが…それだけ疲れていたのかもしれん。メイクで隠しているものの、目の下に浮かぶ隈はその証左だ。

 だからこそ(・・・・・)

 

「何かあっても大丈夫なように、私と一夏を祭り上げ、生徒の向上心を煽る。特に一夏はやりやすい(・・・・・)。朴念仁でお人好し。おまけに顔も良い。利用しない手は無いでしょう。」

「…………」

「そうですね…例えば部活動。どこに入部させるかが問題です。彼が入部すれば大きくモチベーションが上がりますから。」

「…ええ、そうね。早速、生徒会にもそうした趣旨の質問が来ているわ。」

 

 世界にたった二人の男性操縦者。各国の研究機関から見れば垂涎ものの『実験台(モルモット)』。男性操縦者のデータが取りたい以上、確実に各国政府はIS学園に代表候補生を送り込んでくる。無論、ターゲットは私と一夏。

 だが一夏は織斑千冬——世界最強の『ブリュンヒルデ』の弟。迂闊に手を出したなら織斑先生から手痛いしっぺ返しを食らうと分かっているからこそ、自国の代表候補生を近付ける筈だ。それしかできない、とも言うが。

 

「だが、私は違う。」

 

 自分でも、周囲から距離を置かれやすい人間だと分かっている。だが、距離を置くことで見える事もあるのだ。

 

「バックに付くのはIS関連企業。国が本気を出せば、すぐに潰せる。」

 

 一夏と違ってアナハイムという後ろ盾こそあるものの、国に圧力を掛けられれば抵抗は難しい。社員全員を路頭に迷わせるか、私を切り捨てるか。あの社長なら、迷わず後者を選ぶ。そういう時に、彼女は冷徹な判断を下すことが出来る。

 そうなれば私はすぐにでも誘拐され、研究施設で楽しい楽しい実験生活だ。二度と日の目を見られない可能性が高い。

 

「…ここ(IS学園)の生徒は無知(・・)であっても愚かでは無い。自分達がいかに危険な立場に立っているか、理解している筈だ。いつ襲撃を受けるか分からない不安を抱える生徒の、適度なガス抜き。その為に、私達を使うつもりではないか…そう考えるだけですよ。」

「貴方、一体…」

「ただの高校生です。少しだけ他人よりも人生経験が豊富な、ね。」

 

 そう言い残し、私はモールを歩き回ることにした。

 

 

 

___________

 

 

 

 

「…これは、時間が掛かりそうだ…」

 

 更識姉妹を放置して来たのが失敗だっただろうか。

 地域最大は伊達では無いらしく、ずらりと並んだ服飾店の中から店を選び、服を買うだけでも一苦労しそうだ。

 

「確か、ユニ◯ロだったか…」

 

 安くて品質の良い服といえばあの店だったな、と呟きながら私はモール内を散策する。

 

「雑誌に代表候補生を起用するとは…これは、会長、か?」

 

「どこもかしこも女性ばかり…これが今の社会か…あ、男性操縦者特集。」

 

「ふむ、全自動卵割り機…興味深い雑貨だ。」

 

「…雑貨屋なのに、ISの整備キット…?」

 

「どうして専用機がプラモデルになってるんだ…」

 

「これは、IS同士を戦わせるゲーム、なのか?」

 

 ただただ店を見て回る、というのもなかなか悪くない。珍しい商品も多数見受けられる。

 ここは『宇宙世紀』ではなく『西暦』であり、平和が保たれた社会なんだ。娯楽が発達しているのも当然だ。戦争に使う資金なんて無いのだから。

 

「…そうか、娯楽、か。」

 

 あまり、こういった物に触れてこなかったからな。珍しいと感じてしまうのは、そのせいなんだろう。

 

「さて、用件ををさっさと済ませてしまおう。」

 

 私の貯金から金が減るのは、いつぶりになるのだろう。

 

「ここが、ユニク◯…!」

 

 思っていたよりもずっと大規模な店舗だ。品揃えは圧巻の一言に尽きる。天井まで届かんとする棚には、所狭しと衣服が詰め込まれている。色とりどりの服があるんだが、特に興味も無いので地味な服装を選んでおく。簪の手伝いもあるのならジャージも必要だろうか。…まあ、赤とか青とかは要らんが。

 

「…ん?今、見覚えのあるうさ耳が…?」

 

 いやいや、見間違いだろう。指名手配中の彼女は今潜水艦に乗っているはずで…

 

「…くーちゃんもまーちゃんもこれ似合うんじゃない!?

 

 …だから、あの二人も連れてこないと信じている。

 

あ、あの…この服装は…

 

 信じて…

 

何だ、この格好…

 

 信、じて…

 

あっ、ちーちゃん!

 

 終わった。

 

「さ、さて…さっさと買い物を済ませてしまおう。うむ。精神衛生上よろしくない。」

 

 

 

__________

 

 

 

 

「…そういえば、更識姉妹はどこに行ってしまったんだ?」

 

 気が付いたのは買い物が全て終わってから。いくつかの私服と私物を抱えてモールから出た時だ。

 一緒に来ていた更識姉妹を置き去りにしていたのをすっかり忘れていた事に、今更気付いた。

 

「…まぁ、会長がいるから大丈夫だろう。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「簪ちゃん、これなんかどう?」

「…なんか、アイドルみたい…」

「お姉ちゃんは似合うと思うけどー?」

「…はぁ。(石黒君、どこ行ったのかなぁ…)』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…連絡先でも聞いておくべきだったか…」

 

 入り口で待つが、出てくる気配は無い。少しの後悔とともに、私は寮に向かって歩き出す。まだ明日も授業があるのだ、あまり遅くまで居られない。

 そう考えて歩いていると、後ろから声が掛かった。

 

「おねーさんは兎も角、簪ちゃんを置いていくのは酷くないかしら?」

「…簪に、連絡先を聞いておくのを忘れていまして。」

「じゃあ、交換、する?」

「ああ。頼む。」

 

 …よし、ようやく連絡先を手に入れた。思えば自分から連絡先を交換したのは初めてだ。昔は皆怖がって近付いてこないから、そういった行為とは無縁だったんだ。…自分で思い返していて涙が出て来たんだが…

 

「ど、どうした、の?」

「まさか簪ちゃんと連絡先を交換するのが嬉しすぎるとか…?」

「いや、初めてこうして連絡先をまともに交換したからな…」

「「あっ」」

 

帰り道、少し二人が優しかったのは、何故だろう。

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 そうして入学から一週間。先輩から吹っ掛けられた模擬戦を除けば、私は至って普通の生活を送っていた。そんな放課後。

 いつものように簪と整備室に向かおうと四組の前までやって来た。いつもならここで彼女を待ち、出て来た彼女と連れ立って廊下を歩くのだが…

 

「見つけたぞ石黒。」

「織斑先生。」

 

 何故か厳しい顔をした織斑先生に捕まった。見つかった瞬間に腕を物理的に掴まれた以上、逃げる事など出来ない。そして何よりも、先生の有無を言わせぬ雰囲気に気圧されて、私は硬直してしまった。当然だが、思い当たる節など無い。一夏の方は授業中に叩かれたりするが、それだけだ。…本当に、何もしていないんだがなぁ…

 

「…あれ、石黒、くん…?」

 

 扉を開いて出て来た簪がきょとんとした表情を浮かべてこちらを見るが、私にできるのは首を横に振る事だけだ。

 私よりも身長が低いはずの織斑先生だが、世界最強は伊達では無い。掴んだ腕をギリギリと万力のように締め上げる。普段あまり関わり合いが無いからこそ、この対応には嫌な予感がするのだ。具体的には、また厄介事に巻き込まれるような。

 

「やあ、簪。」

「更識妹。こいつを借りるぞ。」

「え?あ、はい。」

 

 有無を言わさずに私は先生に引きずられて行く。簪の姿が見えなくなったところで、ようやく私は閉じていた口を開いた。

 

「で、何です?」

 

 すると、先生の力が少し緩み、歩くスピードも遅くなった。

 

「アリーナに向かっているようですが…」

「お前には話が行ってないのか?」

「……?何のことだか…?」

 

 はぁ、またか、と頭を抱える先生。苦労人なんだろうか。今度コーヒーでも差し入れよう。

 

「先週、クラス代表を決める、と言ったな。」

「言っていましたね。」

「詳細が決まったのが、お前が保健室に行った後なんだ。」

「はぁ。」

「そこで決まった事なんだが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラス代表を決める模擬戦に、お前も出ることになっている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」




アンケートしますよ!(唐突)

この小説の終わらせ方…についてですかね。期限は…

次話投稿まで?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セカンド・シフト

感想頂きました。
嬉しいです。

悠君の専用機ですが、モデル機体はしっかりあります、ただし明言を避けております。この世界の人からすると『なんのこっちゃ?』となりかねませんので。

そんな訳で最新話、どうぞ。あ、アンケート締め切りです!ありがとうございました!


 …は?

 

「自分が、クラス代表?」

「まだ決まったわけではない。あくまで『候補』だ。試合の結果次第という事になるな。」

 

 一体どうして、こうなってしまったのやら…

 聞けば、自他推薦の結果だという。男子をクラス代表にしようと女子が画策したのだろうが、まぁ面倒事を回避しようとしたに違いない。早い話がクラスの雑用係なんだから、進んでやりたがる者など居ないだろう。

 

「ちなみに、候補、という事は…他にも?」

「ああ。いち…織斑と、オルコットだ。オルコットだけ自薦だぞ。」

 

 その言葉を聞いて私は眩暈で倒れそうになった。あの、セシリア・オルコットだと?散々私の古傷を抉っておきながら謝罪の一つ見せず、挙句に時折こちらを見ては鼻で嗤うあのオルコットか?機体の詳細も知っているし対応できないわけではないんだが…第一印象からして最悪な彼女と戦いたくは無い。いつ古傷を抉られるか堪ったものじゃないんだ。

 また何もできなかったと、いつまでも私を嘲笑うようにつき回る、あの悪夢。ここ最近忘れていたというのに…夜中に跳ね起きて簪に心配されることもあった。その度になんとか落ち着かせているんだが、正直キツい。加えて四十一号作戦が想起されてしまうからタチが悪い。

 今だって、その名前を聞くとえも言えぬ不快感が私を襲う。いや、これは…怒り、か。

 

「…そうですか。」

「今、織斑とオルコットが試合をしているはずだ。お前も早く——」

「それ、辞退させてください。」

「…今、何と言った?」

「辞退したいんです。」

 

 驚き半分、怒り半分…といったところだろうか。織斑先生がこちらを見る目は、険しい。

 正直、戦闘はもう懲り懲りなんだ。絶対防御だって無敵じゃない。また誰かを死なせてしまうかもしれない——そう考えると、身体が竦んでしまう。部下を全滅させ、のうのうと隊長になり、命を賭けて、必死になって守っていこうとした部下を、二人も失った。それでも月まで進撃し、そして自分も死んだ。仲間の元にも行けず、再び生を受けた。いや、受けてしまった。

 本来ならこんな平和な場所には似つかわしくないほどに、私の手は汚れてしまっている。また、重すぎる物を、背負っている。真っ赤に染まってしまった、学生とは程遠い…引き金を引き続けた硬い掌。私は、それを幻視する。

 

「理由を聞かせろ。」

「…()は、もう戦いたくなどない。」

「————っ!」

 

 俯いた顔を上げ、先生に向き直る。険しかった表情が一転し、まるでこの世の物ではない物を見たかのような表情に変わる。

 ——ああ、ひどい顔なんだろう。

 

「…だが、一度決めてしまった事を反故にはできん。」

「でしょうね。あなたならそう言うだろうと思っていました。」

「ならば…」

「ですが、あの場に向かう気はありません。元々、この機体は武装テストの為の機体なんです。」

「あくまで、戦闘用ではないと?」

「ええ。不要な力だと、言ったはずなんですが…」

 

 ふ、と苦笑して肩を竦める。

 あまり過去の事を話すのも好きではないんだ。さっさと終わらせて帰りたい。

 

「とにかく、私はオルコットとは相容れないんです。辞退して、二人のどちらかに任せますよ。」

「………」

「それでは。」

 

 そのまま、私は先生に背を向けて歩き出す。

 

「逃げるのか。」

「そう言われても仕方ありませんね。」

「それでも男か…貴様…!」

「ははは、篠ノ之のような事を仰る。…ですが。」

 

 一瞬。ほんの一瞬だけ立ち止まる。

 

「人の死を見るのは、もう…たくさんだ。」

 

 見上げた空は、うんざりするほど青かった。

 

「お前は…一体、何を見てきた?」

「地獄ですよ。」

 

 もう戦場に戻りたくないと、強く願った。

 でも、世界は許さなかった。ISを動かせるというだけで、私は今ここにいる。

 

「こんな平和な世界とは、かけ離れた、ね。」

 

 振り返った私の顔は、きっと疲れ切っているんだろうな。

 失望と悲しみが入り混じった表情で去っていく織斑先生は、手にした端末でどこかに連絡している。おそらくアリーナに放送でもしているのだろう。

 歩き出すと、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「石黒、君。」

「…簪か。」

 

 振り向いた先に立っていたのは簪だった。走ってきたのか、顔は赤く、息も上がっている。今更何を、と思うがルームメイトだ。とりあえず、話だけでも聞くことにする。

 

「どうしたんだ?」

「クラス代表の、決定戦に出るって聞いて…お姉ちゃんと待ってたの…」

「姉とは…会長とは、いい関係か?」

「え?う、うん…まだちょっと気まずかったりするけど…」

 

 優秀な姉を持つ彼女が抱えたコンプレックスを、私がどこまで取り払えるか…まだまだ、か。

 

「そうか。…力になれなくて、すまない。」

「いいの。きっかけを作ってくれたのは…石黒君だから。」

「あれをきっかけと言っていいのか甚だ疑問だがな…」

 

 私と簪、二人で向かい合ったまま笑う。

 

「…ねえ、あの時、どうして模擬戦の話を受けたの?」

「ああ、アレは…」

 

 そうだな、と少し考える。今思い返せばあまりにも非合理的な行為だった。戦闘行為を嫌う私に最低限の体裁を整えられるよう、束とアナハイムが用意したポストが武装試験機だった。卒業するまでそのスタンスは崩さないつもりだったのだが…どうしてだろうか、目の前で小首をかしげる少女を放っては置けなかった。

 

「君の事を哀れんで…というわけではないんだ。ただ…」

 

 軍人時代にはなかった感情だ。よく分からないものだが…

 

「助けが必要だと思ったから、かな。」

 

 簪が息を呑む。少し潤んだその瞳に、私が映る。

 

「…まぁ、同室の友人を貶されて黙っていられるほど私は冷酷ではないからな。」

「…顔、赤いよ。」

 

 やかましい。

 

「そっ、か。…うん。」

「どうした?」

「ううん。やっぱり…」

 

 

 

 

 

()は優しいなあ、って。」

 

 

 

 

 

「…よしてくれ。私は優しくなんかない。戦いから目を背ける臆病者なんだ。君が思うような人格者じゃ…むぐ。」

「もう、そんな事言わないで。石黒君は私のヒーローなんだから。」

 

 少し照れたようにはにかむ簪の顔は、輝いて見えた。

 きっと、彼女は私の中に英雄像を見出したのだろう。あの時は望まぬ形だったが…

 

「…今度こそ。」

「え?」

「今度こそ、私は英雄と呼ばれるような行動をできるだろうか。」

「…うん。きっと出来るし、なれるよ。だから、行って。それで、勝って帰って来て。」

「はぁ…相手は代表候補生だぞ?」

「たいした事ない、って思ってるくせに。」

 

 また笑い合う。

 

「なら、さっさと終わらせて帰ってこよう。…君の機体、完成させないとな。」

「わかった。」

「「行こう。」」

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 所変わって、第三アリーナ。

 観客席にひしめく生徒達は、熱狂していた。それは今まで見ていた、激闘の余韻だ。男性操縦者の片割れ、織斑一夏とイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの白熱した試合は一夏のISのエネルギー切れで幕を閉じた。にも関わらず、アリーナの中には生徒がひしめき合っていた。

 それは、これから行われるというもう一つの試合。

 石黒悠vsセシリア・オルコットという対戦カードの試合だ。

 入学早々先輩と模擬戦を行い、三体一にも関わらず勝利を収めたという悠の噂は、校内でも有名だった。

 だが——

 

「悠の奴、来ないな。」

 

 一夏の視線の先には、待機しているセシリアの姿があった。それも、明らかに余裕を持っている姿が。

 この一週間、悠の事を追い詰めていたのは彼女だとも知らないまま、ピットから戻った一夏は呑気に試合開始を待っていた。

 その時だ。

 

『あー、連絡する。石黒悠だが、試合を放棄、棄権すると——』

「な…!」

 

 アリーナが一瞬でざわめく。仕方のない事だ。楽しみにしていた試合が無くなったのだから。

 セシリアは呆れた様子で声の主、織斑千冬へと質問を投げかける。

 

『それは一体どういう事ですの?』

『繰り返す。石黒悠は棄権——』

 

 

 

 

『いや、それは止めだ。』

 

 

 

 

「…っ、は!」

 

 突如アリーナに響いた声。

 声の主は果たして、カタパルトから飛び出した。その姿を見、千冬は肩を震わせる。

 

「お前なら来ると思っていたよ、石黒…!」

 

 カスタム・ウイングすら持たないシンプルな機影は、ある生徒には虚弱感を、またある生徒には畏怖を、

 

(…頑張れ、石黒君!)

 

 そして、とある生徒には希望を抱かせる。

 

『待たせたな。セシリア・オルコット。』

 

 石黒悠(二人目)が、青い機体に相対する。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

【戦闘データ収集率 98.9%】

 

【■■■■——準備完了】

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

『待っていましたわ。』

「御託はいい。」

 

 試合前の問答など不要。

 

『…良いでしょう。手心など加えません。一瞬で片をつけて差し上げます。』

 

 二機は、向き合う。

 片や、イギリスの第三世代IS。

 片や、アメリカの第二世代IS。

 戦闘用、テスト用と明らかに不利な設定であるが、この機体は一年戦争からしばらくの間、私の愛機だった。私がこいつを信じなくて、誰が信じるのか。

 指揮官(コマンド)の名を冠したそれを纏い、私はここに立っている。

 

『そ、それでは…試合、開始!』

 

 山田先生の声で開始が宣言された瞬間、四方八方からレーザーが飛来する。

 

「お行きなさい!ブルー・ティアーズ!」

 

 息つく間もなく襲いかかる連続攻撃。ビットから吐き出されるレーザーの悉くを、私は泳ぐように回避して行く。数多の意志を乗せた多方向の同時攻撃に比べたなら、たった一人の未熟な小娘が操るビットなど児戯にも等しい。

 身を翻し、オルコットからの右腕に向かう視線をカットし、同時に左腕にはシールドを呼び出す。彼女から完全に死角となった右腕にはマシンガンを握る。そのままビットの一つに狙いを定めたところで、背中に衝撃が走った。

 クリーンヒット。

 バックパックを的確に狙ったレーザーは、私の機体の機動性を奪うには十分だった。

 

「…くっ」

 

 手足を振って姿勢制御。そのまま緩やかに降下し、着地する。

 

【System error : PIC】

 

「PICがやられた…?そうか、この機体は…」

 

 だがオルコットがそんな私を見逃すはずはない。彼女の手に握られたライフルが光を放ち、私のシールドエネルギーを大きく奪った。

 

「ええい、せめて換装していれば…!」

 

 と呟いてふと思い出す。拡張領域に詰め込まれた武装を。

 一か八かだな、と呟いて、私はハンドグレネードを握りしめ——

 

『自爆ですって!?』

 

 そのまま、地面に叩きつけた。

 

『悪あがき…いえ、それすらも放棄しましたか…』

 

 ——いや、狙い通りさ。

 

『何事…!きゃっ!』

 

 土煙を切り裂いて飛翔した弾丸は、寸分違わずオルコットのライフルを撃ち抜いた。

 風が吹き、土煙が晴れたそこに立つ私の姿は、先ほどまでとは大きく異なっている。

 

『…ふう、狙撃は得意ではないんだが。』

「それは…!」

 

 観客席のどこかに座っているだろう簪が上げた声に呼応するように、私はゆっくりと立ち上がる。

 手に握るのは、どこか古さの残る実弾狙撃ライフル。

 損傷したバックパックは換装され、二発のスラスターが唸る。

 顔を覆うスコープを跳ね上げて、私はオルコットを見上げた。

 

『その姿…まさか、二次移行(セカンドシフト)!?』

『まさか。ただ、装備を換装しただけだ。』

 

 白と灰に彩られた機体色から一転、ブルー・ティアーズよりも深い青に包まれたその機体。

 狙撃手(スナイパー)の名を冠した機体バリエーションへの高速換装。ISの武装展開と同じ要領でやってみたんだが、上手く行ったようだ。

 

『わたくし相手に、狙撃ですか!』

『生憎、こいつはデータ取りが専門なんでね!』

 

 瞬時に飛び上がりながら、引き金を数度引く。

 

『馬鹿にして…ブルー・ティアーズッ!』

 

 激昂したオルコットがビットを仕向けて来る。その動きを観察しながら、私は一つの結論に辿り着く。

 

『…それを操っている時には、動けないらしいな!』

 

 先ほどからオルコットは動いていない。否、動けない。ビットを使うには多大な集中力が必要だと束が言っていたが、どうやら本当らしい。

 心の中での束の評価を一段階引き上げ、私はビットの攻撃網から逃れるように飛翔、隙を見てグレネードを投擲した。

 

『そんな攻撃…』

 

 ——残念、それは…

 

『煙幕ですって!?』

 

 ビットを操る暇など与えん。集中させなければ、ビットの危険は無い。

 ならば視界を塞いでしまえば良い。

 額に上がっていたバイザーを下ろし、センサーを起動、煙の向こう側のオルコットを視認した。さすがアナハイム。綺麗な泉みたいにはっきり見える。

 

 引き金を、一度引いた。

 

『スナイパー勝負は、私の勝ちだな。オルコット。』

『馬鹿にして…!』

 オルコットのシールドエネルギーの減少を確認すると、ライフルを構えながら私はサーベルを抜き放った。桃色の閃光が吹き出し、刀身を形作る。最後の一発を放ち、私はサーベルをオルコット目掛けて突き出した。

 

『舐められたものですわね…!』

『誘われた!?』

 

 オルコットは突き出されたそれをひらりと躱し、距離を取った。間髪入れずに、私にレーザーが襲いかかる。なるほど、既に配置しておけば後は誘い込むだけ、という訳か…!

 そして、サーベルを構えた姿の私に、それを防ぐ手立ては無い。

 

『これで終わりですわ!』

 

 真上に集まったビットからレーザーが迸り、私はそのまま地に叩き付けられた。

 

『ぐ…!』

『隙など、与えません!』

 

 絶え間なく降り注ぐレーザーの雨に、私の意識は遠くなって行く。辛うじて構えたシールドは砕かれ、シールドエネルギーが底を突く、その瞬間——

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

「う、む…」

 

 気を失っていたのだろうか、目を覚ました私の前に広がっていたのは、緑溢れる公園だった。

 昼寝でもしていたかのように、私は腕を組んだままベンチに座っていた。慌てて立ち上がって、周囲を見渡す。

 

「ここは…」

 

 自然に満ちているのに、どこか寂しさを感じる。

 はた、と気づくが、この場所には生命の気配が無いのだ。鳥の鳴き声も、人々の喧騒も、聞こえはしない。

 

「お目覚めかい?」

 

 ——そんな中、私以外の声が響いた。

 お気楽で、生意気で、強情でありながらも腕前は一流。気に入らない上司を殴るなんて行為、()でなければしないだろう。

 

「君は…」

「よう、隊長さん。」

 

 声のする方に顔を向けると、そこに立っていたのは死んだ筈の、ヒュー中尉だった。

 

「中尉…」

「おいおい、平和ボケしすぎて部下の顔も忘れちまったか?」

「いや、覚えているとも。ヒュー中尉。」

「そいつは結構。」

 

 しばらく、会話が途切れる。先に口を開いたのは、中尉だった。

 

「なあ、あんた…迷ってるのか?」

「迷っている?」

「なんつーか…うまく言えないんだが…」

 

 やがて意を決したように、彼はこちらを向いた。

 

「逃げてんだろ?辛い過去から。んで、それをあのガキンチョに救われた、と。」

 

 その言葉は、ストン、と胸の中に落ちて行った。

 

「…中尉に、それを言われるとは。意外だな。人を見る目はしっかり持っていたか。」

「そりゃ、元部下ですし。命張った隊長なんだ。こんなところで腑抜けられちゃ困るってもんだ。」

「…私は、良い隊長だっただろうか。」

「…………」

 

 中尉は、何も言わない。ただ黙ってこちらを見ている。次の言葉を、促すように。

 

「君に守られ、自己満足でオーガスタでは死地に赴こうとし、挙げ句の果てにはシェリーを、死なせてしまった。…隊長失格だよ。私は。」

「…あんたは、ただそのままでいてくれりゃ良かったんだよ。」

 

 予想外の答えに、私は驚いた。俯いた顔を上げると、中尉はさっぱりとした表情だった。

 

「な、に?」

「そりゃ、配属された時なんて大嫌いだったがな。あんたを見ていて、考えが変わった。必要なんだ。あんたみたいな、『人間』らしい軍人ってのも。だから、俺も、シェリーも、あんたを庇ったんだ。後悔は無い。」

「…すまない。」

「おいおい、そこは…っと、これは■■■■の分だな。」

「…?」

「気にしなさんな。…それよりも、あんた、負けっぱなしで良いのかい?」

 

 そうだった。今はオルコットと戦闘中だった。いや待て、ならここは一体どこなんだ?

 

「中尉、ここは…」

「一度しか言わねえからよぉく聞け。」

 

「あんたは、勝ちたいか?」

 

 

 

「私、は…」

 

 

 

「ああ。勝つ。勝たねば、簪に面目が立たん。」

 

 眼前の中尉が満足げに頷き、どこかに視線を送った。

 

「それでこそ隊長だ!そう思うだろ?■■■■?」

 

 周囲がぼやけてくる。私の体は光に包まれ、地面から浮き上がっていた。

 

——待ってくれ!まだ分からない事だらけで…中尉が言っているのは一体…

 

 声も出すことができない。この夢のような何かが、終わってしまう。なんの根拠もないが、それだけははっきりと感じられた。

 

「精々大切に乗り回すこったな。隊長さんよ。」

 

 まさか。そう思う。この機体は、まだ二次移行(セカンドシフト)を行なっていない。彼の言葉と合わせて考えるならば…もしや。

 もう、視界には光しか写っていない。中尉の声も、どこか遠い。それでも、届かぬと分かっていながらも、私は声を張り上げた。

 

——中尉。私は、良い部下を…仲間を、持ったよ。

 

「ああ、そうかい。」

 

 見えるはずもないのに、少し照れたように笑う、中尉の顔が思い浮かべられた。

 

「次に来るときは——だ。精々仲良くな!」

 

 そして、夢は覚める。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

『石黒君、シールドエネルギー残量…』

 

 ゼロです。そう言った山田先生の声だ。最初に聞こえたのは。

 

『所詮はこの程度でしたか。大口を叩いた割には大したことありませんわね。』

 

 鼻を鳴らしてこちらを見下ろす、オルコットの声がした。

 

「悠…負けたのか?」

 

 心配そうな声を上げたのは一夏だろう。

 

「こんなところで負けるなんて、許さないわ…簪ちゃんが認めた子なんでしょう…」

 

 生徒会長。まだ、負けてなんていませんよ。

 

「悠…」

 

 ああ、簪。まだ、私は戦えるとも。

 

『…待て。何故、ISが解除されていない?』

 

 困惑したような織斑先生の声が、アリーナに響く。

 

『あれ、ほんとですね…シールドエネルギーの残量は…』

 

【二次移行 開始】

 

『機体が、光って…』

『お、織斑先生!シールドエネルギーが…!回復してます!?』

『なんだと!?』

 

 傷付いた装甲とフレームを脱ぎ捨て、私は再び立ち上がる。オルコットを睨み、私は空へと手を伸ばす。

 再生されるのは、灰と黒の基礎フレーム。最低限に施された鋼は、鈍く輝く。

 

『二次移行‥こんなところで!?』

 

 山田先生の驚く声がアリーナに響き、生徒達が歓声を上げる。眼前で起きた、ISの進化とも言える現象に。

 

『随分と薄い装甲ですこと。その程度で…』

『いつ、移行が終わったと言った?オルコット。』

 

 まだ、終わらない。

 鈍色に輝くアーマーの上から、新たな衣装が着付けられる。

 

『………は?』

 

 何の因果か、私の機体が選んだのは…

 

『アサルトアーマー。それが今の(・・)名だ。』

 

 緑を基調にした、重装甲の機体バリエーション。

 見た目は鈍重ながら軽快に動く機体を、私はよく知っていた。表示されるホロウインドウには、武装が示されている。その片割れをイメージして呼び出す。

 

『さて、第二ラウンドだ。』

 

 伸ばした右手に握る長大なランスを構え、私は不敵に笑う。

 

『…っ、たかだか、第二世代ISで…!』

 

 地を蹴り、PICを起動し、スラスターを全開。コマンドを遥かに上回る加速で、空に浮かぶ敵機に突撃する。

 オルコットが放つレーザーを、私は避けることもなく進む。直撃する物もあるが、機体を軽く揺るがすに留まる。

 

『バカな!?』

 

 この機体…突撃(アサルト)の名は伊達では無い。シールドエネルギーの残量には、まだまだ余裕がある。増設されたスラスターにより、機動性も上昇。

 

【マニューバ・アーマー起動】

 

 加えてこの機能。どうやらレーザー程度ではこの機体は止められないらしいな…!

 

『…貰ったッ!』

『この距離では、良い的ですわ!ブルー・ティアーズ!』

 

 オルコットがビットを操作し始める。

 私の周囲にビットが近づき、次々に攻撃を浴びせる。せめてもの抵抗とランスを振るが当たるはずもない。

 

『無駄です!このまま一気に…』

 

 点では不可能。線では厳しい。ならば、面で制圧する。

 左手に取り出したのはもう一つの武装、ショットガン。周囲を飛び回るビットの一つに狙いを定め、引き金を絞る。放たれた弾丸達は、飛び回るビットの一つに命中し、その動きを停止させる。その隙があれば、ランスを突き立てるのは難しくない。

 

『ふむ、案外脆いものなんだな。』

 

 ランスを振り、付着した破片を散らしながら私は冷静に呟いた。挑戦的とも言えるその態度に神経を逆撫でされたのか、オルコットがこめかみに青筋を浮かべている。

 

『こ、この…』

『今度はこちらから行くぞ。』

 

 停止状態から、一瞬でトップスピードへ。瞬時加速と呼ばれるそれを、私は難なくこなしてオルコットに迫る。ランスを構え、私はオルコットの眼前まで肉薄した時、彼女はまだ余裕の笑みを崩していなかった。

 

『残念でしたわね!ビットはもう二つありましてよ!』

 

 彼女は隠し武装、ミサイルビットを至近距離で炸裂させた。私を爆炎が包むが、それだけだ(・・・・・)

 

『これで…』

『確かに、敵の意表を突く攻撃だ。普通ならこれで良かっただろうが、生憎だな。』

 

 黒煙を切り裂き、手にしたランスを白熱させながら私は飛翔する。

 

『攻撃姿勢制御システム…存外悪くない。』

 

 私の眼前に表示されているシステム名。名前の通り、ランスを構えて突撃する時に発動するシステムらしく、ミサイルを受けても微動だにしなかった。…まぁ、己への衝撃とダメージが殺せるわけではないから多用はできん。

 

『なぜ、あなたの機体が二次移行を…!』

『さてな。興味も無い。』

 

 打つ手なし。せめてもの抵抗とオルコットが胸の前に構えた両腕の装甲を砕く。その勢いのままランスを胸に突き立て、私はそのまま地上に向けた全力の飛翔を行う。

 

『まさか…』

『そのまさか、だ。』

 

 衝撃と共に、アリーナに土煙が舞い散る。

 

『え、えっと…』

 

 困惑する山田先生。

 果たして立っていたのは、私のISだ。

 

『しょ、勝者、石黒君!』

 

 山田先生の叫び声から一瞬の間を置き、割れんばかりの歓声がアリーナを包む。

 ISを収納してピットに向かう私の後ろから、弱々しい声が聞こえる。

 

「あなた、どうして…そんな力を持っているなんて…」

「…人とは、難しい物だ。予期しない力を発揮するのだから。」

「それ、は…」

「君がどんな過去を背負っているかは知らん。だがな。」

 

 

 

 

 

 

たかだか十年とそこら(・・・・・・・・・・)を生きた程度では私には勝てんよ。」

 

 

 

 

 

 

 振り返りはしない。彼女が何を得たのか、それは分からない。それは、彼女自身が見つけるものだから。

 このまま即座に寮に帰りたいところだが、今は…

 

「石黒君。お疲れ様。」

「ゆうゆうだ〜。」

 

 しばらく彼女達との語らいを楽しむのも悪く無いと思えるくらいには、高揚していた。

 

「ありがとう。簪。」

「……うん。」

 

 さて、明日からは簪の機体を整備しつつ私の機体のデータ取りもせねばいかん。

 …今日は早く寝よう。




過去一長いですね。

補足説明

マニューバアーマー
移動時の射撃からの衝撃を緩和し、姿勢制御を容易にするシステム。

攻撃姿勢制御
ランスを構えて突撃する際、関節をロックして少しの攻撃では動じないようにする制御システム。


以上、某ゲームからお越しいただきました。

ヒュー中尉って絶対隊長と仲良いと思うんです。オフの時とか。



えー厳正なるアンケートの結果、ハッピーエンドとなります。
よろしいですねッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

更識簪と打鉄弐式…と軍人。

ふざけすぎたかもかも?
次回から鈴が転入してくる予定です。


 更識簪は、日本の代表候補生である。

 演算処理能力や情報分析力、空間認識能力、整備能力は他国の代表候補生を大きく突き離し、また近〜遠距離の戦闘も難なくこなすオールラウンダーだ。

 そんな彼女に向け、専用機が用意されることになる。

 名前は打鉄弐式。倉持技研が開発した日本純国産『打鉄』の後継機。防御力に重きを置く打鉄とは異なり、機動性に特化したカスタム機…となるはずだった。

 

 代表候補生として専用機を与えられる手はずで、倉持技研は簪のIS学園入学に合わせて納入予定だったのだが…

 突然現れた、男性操縦者の専用機開発、またそのデータ取りに人員を割かれ、開発プロジェクトは凍結。更識簪は、代表候補生でありながら専用機を持たない身となってしまう。

 しかし彼女は未完成だった打鉄弐式を引き取り、IS学園の整備室に安置。独力での完成を目標に、日々整備室に篭る日々を始める。

 

 それは、幼少期から比較されてきた姉へのコンプレックスか…

 

 はたまた、そんな自分を救ってくれる存在を無意識に求めていたのか。

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

「…?…し!簪!」

「あ、れ?」

「考え事か?」

「あ、うん…」

「疲れたなら休んでいいんだぞ?」

「ううん。大丈夫。」

 

 休日。他の生徒達が外出したり自主練に精を出したりする中、二人がいるのは整備室。打鉄弐式の調整の為だ。

 簪を思考の海から引き上げると彼は、そうか、と頷いて簪に向けていた顔を前に戻す。

 少し陰りが見える白銀の装甲。その一部を展開させ、無数のコードをつながれた自身の相棒を見、簪は病人みたいだな、とそんな感想を抱いた。

 他の専用機がアリーナを飛翔している間、整備室という病室の中から空も見られないまま、完成を待っている。

 ホロキーボードを叩く手は止まらないが、その思考はぐるぐると回り続ける。

 

 なんでも出来る姉が、更識の当主に選ばれた時のこと。

 そんな姉から、才能が無い、と告げられた(実際には楯無が簪を心配して全く違う事を言ったのだが)時のこと。

 姉が機体を一人で完成させた、と聞いた時のこと。

 そして、自分の専用機が未完成のまま放り出された時の…

 

「簪。」

「うんっ!?」

「すまない。そこにあるキーボードとコードを取ってくれないか。」

「あ、分かった。」

 

 自分を呼ぶ声に、素っ頓狂な声を上げてその主を見る。

 体の上下をアナハイムのツナギで包み、少し困ったようにこちらを見つめる二人目の男性操縦者。

 はい、とキーボードとコードを渡しながら、簪は彼との初対面を思い返す。

 

 眉間の皺を少し和らげ、ありがとうと返す彼との出会いも、この整備室だった。

 マルチロックオンシステムについての話から、食堂での夕食。

 上級生から簪への皮肉から始まった、先輩との模擬戦。

 部屋に帰ると彼は姉に襲撃を受けるし、織斑先生に怒られるその理由は、姉が自分の事を溺愛していたこと。

 それを知り、溜まった不満が爆発し…そんな時、彼が言った言葉は妙に実感が篭っていた。

 

 姉が壊した扉の片付けも黙って済ませるし、シャワーから戻った自分の姿を見ても冷静に対処してくれた。

 模擬戦では3対1で不利な状況にもかかわらず、出会ってすぐの自分にオペレートを任せてくれた。

 姉との関係はまだぎこちないものの、以前より良くなっていると感じている。

 

 クラス代表を決める模擬戦に消極的な彼。

 アリーナの観客席で姉と共に一夏とセシリアの試合を眺めていた彼女は、所々聞こえてくる悠への嫌悪感の声に耐えられなかった。

 彼はそんな人間じゃない、と声を上げたかったが、彼女には無理だった。逃げるようにアリーナから飛び出すと、そこには彼が立っていた。

 

 いつも無表情というか、表情が硬い彼だったがその時は違った。どこか、年不相応の空気を纏っている。

 彼は、泣きそうな顔をしていた。それでも自分を心配する彼は、お人好しだった。そうでなければ、出会って数時間のルームメイトの為に嫌いな模擬戦などしまい。そして、彼自身その理由を分かっていなかったから、簪はほんのちょっとだけ自分の気持ちを打ち明けることにした。

 簪の言葉でどこか吹っ切れた彼は、アリーナで颯爽とセシリアに打ち勝ってくれた。しかも、二次移行という現象も伴って。

 その日の夜、テンションが上がってずっと話し続けていた簪を、彼はただ微笑ましげに眺めていた。

 そんな彼に、簪は…

 

「…すごいスピードだな。」

「ふぇ!?」

 

 どうやら無意識の内にタイピング速度が上がっていたようだ。

 

「どうだ?マルチロックオンシステムの改良は出来たか?」

「…あ、えと…終わったはず…」

 

 今までキーボードを叩き続けた成果を見せようとして、簪は動きを止めた。

 

「どうした?」

「…………やっぱりまだ。」

「ふむ、分からないところでもあるのか?」

(ダメ!見ないで…!)

 

 ひたすら彼のことについて書き綴った原稿用紙十数枚分の文章を本人に見せる?とんでもない!未だにヘタレて、彼の事を心の中でしか名前で呼べない簪ちゃんなのだから。

 

「あ、う…」

 

 IS操縦者としても一流の腕を持つ彼だが、アナハイムでは技術屋みたいな事をしているらしく、簪の打鉄弐式の完成に向けた手伝いをしてくれることになった。

 その腕たるや簪は言うに及ばず、たまたま通りかかった布仏姉妹でさえも負けを認めるレベル。簡単に言えば学園内で一番の腕を持っている。そのせいで彼に師事を請う生徒が後を絶たず、教室に出待ちされるほどであったが、

 

『すまない、彼女の機体を完成させる約束なんだ。』

 

 と人波に揉まれる簪の腰をホールドしながら言われては、誰も反論できなかったらしい。

 その事を思い出すと余計に恥ずかしい。

 

「…じ、自分でなんとかできるもん…!」

 

 色々キャパオーバーの簪が頰を膨らませ、顔を赤らめて言うものだから彼——悠は少したじろいだ。それもそのはず、彼は前世合わせて約30数年…一度も恋愛というものを経験したことがないからである。厳密には二度目のような気もするが、いかんせん彼はこういった事に耐性が無い。

 

「そ、そうか…すまない。(なんだこの感情は…)」

 

 だから簪の表情に何か感じてもそれが何か分からないのだ。

 

「…じー…」

 

 だから、二人だけの空間を作り出していてその他の人間のことを考えることなどないのだ。

 

「…あの、お嬢さま…」

「じー…」

「かんちゃん…真っ赤だねぇ…」

 

 だから、簪は顔を真っ赤にしながら、悠は困惑しながら、それぞれ作業を続けるのだ。

 外野の視線に気づくことなく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「…できた!」

「どれどれ…うむ、いい感じじゃないかな。」

「本当?」

「ああ。よくやったものだ。」

「…えへへ…」

 

 時刻はそろそろ夜と呼んでも遜色ないほどになってきたが、二人は未だに整備室に籠っている。

 学生の休日の過ごし方としては異色だが、この二人にとってはさしたる問題など無いらしい。

 …これだけ二人の世界を作っておいて何だが、二人以外にも整備室には滞在している。この瞬間は他に数人ほどしかいなかったが。

 

「…ああ。本当によくできている。これならそのまま弐式に転用できるだろう。」

 

 悠は簪が示すホロウィンドウを見て、少し表情を緩める。それは、一般的には笑顔と呼ばれる類のもので…

 

 その瞬間、世界がピシリ、と音を立てた。

 

 笑顔、とは人が浮かべる表情の中で最も他人に安心感を与える表情であるが、いつもニコニコしているだけが人間では無い。喜怒哀楽、とあるように他の感情によって表情が変わることもしばしばある。悠は、軍人仕込みということで基本的に仏頂面か無表情であることが多く、眉間に皺が寄っているのがデフォルトだ。

 だがこの時は違った。悠も簪も休日、朝からずっと連続して作業していたこともあり疲労が溜まっていた。

 

 だから、悠が珍しく…いや、初めて見せた笑顔に簪だけでなく、偶然居合わせた数人も動きを止める。

 唯一動けたのは黛薫子、二年の新聞部の生徒だった。瞬時に携帯を取り出し、カメラを起動。しっかり無音でその光景を撮影し、学内掲示板に投稿。一連の動作を数十秒で終え、顔を上げたその瞬間…

 

 

 ——そこに広がる光景に、脳までフリーズした。

 

 

「…はふぅ…」

「まったく、何をねだるかと思えば…」

「えへへ…」

 

 いや、疲れててもそう(頭撫で)はならんやろ——

 その場に居た人間の思考が一致した瞬間であった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…ぁっ——」

「お、お嬢様!?」

「おおう…大胆だねぇ…」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…実は束さんさ、ゆーくんの笑顔見るのってこれが初めてなんだよね。」

「う、うん?」

「えっと…」

「は〜無理無理無理無理何あのイケメン黙っててもイケメンだし仏頂面でもこっちの気持ちを読んでるみたいに動いてくれるし束さんが疲れてぶっ倒れてたらベッドに運んで毛布掛けてくれるし束さんの助手を自称して良いくらいの腕前持ってるししかも笑ったら爽やかになるとか何?何なの?束さん死んじゃうよ?人間って尊さだけで死ねるんだよ!?」

「はぁ…」

「…確かに悪くありませんね…」

「まあな…私もそう思う。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…で、こうなってると。」

 

 その日の夜、諸事を終えて後は寝るだけ、となった二人の部屋には、珍しく人が集まっていた。

 部屋の主、簪と悠。そして生徒会組の三人である。

 

「ああ。誰だか知らないが飲み物に細工でもしていたらしくてな…食堂を出たあたりから『こう』なんだ。」

「……(ぎゅ)」

 

 三人の眼前に広がるのは悠にしがみ付いて離れない簪の姿だった。

 

「…会長…」

「「お嬢様…」」

「し、仕方ないじゃない。簪ちゃんが石黒君とイチャイチャしてるのが悪いのよ…」

「いや、そういう問題でh …むぐっ!?」

「「「はぁ!?」」」

「…ぷは。」

「…会長。後で織斑先生の所に行きましょうか。」

「…お嬢様。これは本家に報告するべき案件と考えますが。」

「はわわわわわ…かんちゃんのファーストキスが…」

「     ;@え、v   ヘァ?」

 

 …事は、少し前に遡る…

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「…ごちそうさまでした。」

「うん。ごちそうさま…」

 

 整備室から、所変わって食堂。男性操縦者の片割れと日本の代表候補生が共に食事をするのは珍しいのか、所々から視線が向けられていた。

 

「落ち着かないか。」

「あ…う、うん。」

 

 何処か余所余所しい簪の態度を察したのか、なるべく早く食堂から離れようと席を立った悠だが——

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 そんな二人に歩み寄る一人の女子生徒がいた。名前はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生であり、悠と同じクラスに所属する専用機持ちである。

 

「…オルコットか。」

「…ええ。少し、お話ししたいことがございまして。」

 

 簪にアイコンタクト。了解の返事を受け取ると、悠はセシリアに座るよう促した。

 

「いえ。このままで…大丈夫ですわ。」

「そうか。」

 

 僅かに迷いを見せ、悠はセシリアと向かい合う。簪には座っておくよう手で制し、彼はセシリアを見た。

 

「…私は謝罪しなければなりません。あなたの事、そしてクラスでの態度を。本当に、申し訳——」

 

 ああ、その事か、と悠は内心頷いた。本音を言うと、謝罪というものが悠は嫌いである。軍人時代に散々見たからである。…無論、自分が謝罪する側に回ることも多かったが。

 

「いい。それよりもあの時。」

「…は。」

「君は何を思っていた。」

「それは、どういう…」

「結果論だが私の古傷を抉り、また自らのクラスでの地位を貶めた。さらに代表候補生としてあるまじき振る舞いに、アメリカ企業の機密漏洩、そこから生まれる米英間の軋轢と、それがIS関連産業に及ぼす影響…例えば、イギリスへの武装供給の停止——その可能性を考慮しなかったわけでもあるまい。そうまでして、君はなぜ私や一夏にあんな言葉を吐いた?」

「石黒君…?」

「オルコット。君の過去がどうだったかは知らないし、それを知ろうとも思わない。だが、代表候補生である事を忘れるな。君は国を背負って、ここに立っているのだから。」

「…はい。」

 

 少しシュンとしたセシリアを見て、言いすぎたかな、と後悔する。心なしか特徴的な縦ロールも項垂れているように見えた。

 

「謝罪は受け取っておく。…あ、あと。」

「なんでしょう?」

「アナハイムの社長はえらくご立腹だったぞ。『イギリスに貸し一つ』とかなんとか言っていた。」

 

 サアッ、と音を立てんばかりに顔を青くしたセシリアだが、悠の隣に座る簪を見てまた顔色を変えた。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫ですの?」

「む、どうしたオルコット…簪!?どうした!?」

 

 そこには、顔を赤くして机に突っ伏す簪がいた。

 

「す、すまないオルコット。これで失礼する。また明日!」

「え、ええ…」

 

 バタバタと慌てて去って行く二人の背中を見ながら、セシリアはこの後本国から掛かってくるであろう電話に心を馳せ、頭を抱えるのだった。

 またその後、メンタルブレイクされたセシリアが一夏の部屋に突撃し、箒と修羅場になるのは別の話だ。

 

「だ、大丈夫か簪…顔が赤いし…熱っぽいぞ?」

「う、ん…」

(風邪…ではなさそうだ。オルコットとの会話でそういう要素(・・・・・・)は無かったはず…)

 

 簪の顔は依然赤く火照っており、少し意識も朦朧としているようだ。自力で歩くのは厳しそうだ、と悠は結論付ける。

 

「すまない。少し急ぐぞ。」

 

 埒が明かない、と悠は簪を抱き上げる。膝と背中を抱えた、所謂姫抱きで。

 

「捕まっていろ。」

 

 そのまま自室に向け、簪に負担が掛からない程度に走り出す。

 

「あ、石黒君d…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「あれ、清香…どうしたn…」

「えっっっっっっっっっ!?」

 

 通り過ぎる道すがら、幾人もの生徒の悲鳴(ただし幸せそうな)が聞こえるが、悠はそれらを一切無視。簪を抱えて走り続ける。

 

「…あ、ふ…ゆう、?」

「無理をするな。今はじっとしていろ。」

 

 そうして部屋に駆け込み、ベッドに簪を寝かせた時に生徒会の三人が部屋を訪れた、という訳なのだが——

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…ん?」

 

 一般人より少し鋭敏な悠の嗅覚が何かを感じ取る。それは、前世で何かと口にした『アレ』の匂いだ。

 

「これは…酒?」

「………(ギクッ)」

 

 簪からのファーストキスを受けても尚、冷静な悠が感じたのは酒の匂い。彼がそう口にした途端、楯無の肩が一瞬だけ揺れたのを見逃さなかった。

 

「会長。」

「…お嬢様?まさかとは思いますが…」

「あわわ、わわわ…」

 

 悠と虚(未だ混乱している本音は放置だ)が楯無に無表情のまま詰め寄…

 

「行かないで…やぁ…」

 

 ることは叶わなかった。悠の服をがっしり掴んで離さない簪の手によって。

 

「…会長。黙っているなら構いませんが…」

「織斑先生を呼びましょうか?お嬢様がしっかりお話できますように。」

「………………(ダラダラダラダラダラダラ)」

 

 楯無の計画では悠のグラスにほんの少しのアルコールを混ぜ、簪に何かしでかすよう仕向け、その瞬間に颯爽と助けに入る…はずだったのだが…

 

(まさかセシリアちゃんが邪魔するとは思わなかったw)

会長?

「「「ヒィッ!?」」」

 

 そんな思考も、かつてないほど冷めきった悠の声によって遮られる。

 何度言っても返事がない、かつ各種の反応からほぼ犯人だと確信している楯無が未だ反省の色を見せず、そっぽを向いて扇子で顔を隠している、とあればいくら普段冷静な悠でも我慢の限界というものは来る。

 

「あ、あのね石黒君…」

「…布仏さん、でしたか。」

「は、はい。」

この会長を少しお説教してもよろしいでしょうか?

「はいどうぞどうぞ喜んで差し上げます」

「あ、え、虚ちゃ…」

そこに、正座。

「あ、あの…」

黙って座るッ!!!!

「は、はいぃ!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 …石黒の部屋が騒がしいと聞いたんだが…あいつめ、一体何を…

 

「あれ、千冬ね…織斑先生。」

「どうしたのですか?」

「厄介事に巻き込まれたような顔をしていらっしゃいますが…」

「…ああ、お前達か。石黒の部屋が騒がしいと聞いてな。」

「悠の?あいつ、騒ぐようなタイプでもないだろ?」

「ああ。教室では静かに話しているイメージがあるな。」

「ええ。どこか大人びている、と言いますか…ともかく、あのお方がそんな事…」

 

 

 

あなたはいつもいつも…

 

 

 

「「「「ん?」」」」

 

 

 

妹の…考えて…い……す!

 

 

 

「…千冬姉。ついて行っても良いか?」

「…ああ。許す。むしろ一緒に来てくれ。」

((えっ))

 

 まさか、な。あの石黒が…

 

「入るぞ。」

「「「(コクリ)」」」

 

 私は妙に静かな扉を叩き、開いた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

学生でしかも未成年な妹に、飲酒させる姉がどこにいると言っているんです!

それは、その…

聞こえないとさっきから言ってるでしょうが!

あの、えっとぅ…

はっきりしなさい!それでも生徒会長ですか!

それは、そうだけど…

そこだけ反応するな!私は妹に酒を飲ませた理由を聞いている!

それはぁ…

ええいまどろこっしい!はっきり言えと何度言えば分かる!未成年が飲酒する事の危険性が分かっているのか!

 

 千冬、一夏、箒、セシリアが扉を開けた瞬間、中から言葉の圧が飛び出て来た。あまりの事に、生徒三人の顔は一瞬で青ざめるどころか、蒼白となってしまった。千冬でさえも、その気迫に気圧されてフリーズしている。

 それもそのはず。悠の前世は軍人…それも筋金入りの。当然部下を叱責することはあったが、ここまで怒ったことは無い。

 

 四人はなんとか部屋の状況を把握しようと中を覗き込む。そこにいたのは過去最悪に怒っている悠と、その前に正座させられ涙をポロポロ流す楯無。そしてそんな悠に怯えて姉妹で抱き合っている布仏姉妹に——

 

「ふみゅう…」

 

 悠の背中にしがみ付いて眠る簪だった。

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

翌日。

 

「…一夏よ。なぜか皆が私を避けているように感じるんだが…」

「さ、さあ。なんでかな?」

 

「おはよう、しょくん゛ん゛っ」

『『『おはようございますっ!!!』』』

 

「…なあ一夏…本当に、どうしたんだ?」

「な、なんでもないと思うぞ?なあ箒?」

「(な、一夏!?)あ、ああ。そうだ。気のせいだろう!なあセシリア!」

「(箒さんっ!?)そ、そうですわね!オホホホ…」

「ふうむ…?」

「「「「「ピィッ!?」」」」」

「ほ、本音ちゃん?」

「うっぐ、えぐっ…」

「よしよし、怖かったんだねー…」

((((((彼(悠)を怒らせるのはやめておこう…))))))

 

 

 

 

「あ、生徒会長…」

「…………………ガタガタガタガタガタガタ…」

「えっ?」

「会長。こちら紅茶になります。」

「あの、虚さん?これめんつゆだと思うんだけど…」

「…………失礼しました。」

「…虚ちゃん、何かあったの?」

「……………ブンブンブンブン(それには触れるな、の意)」

「あ、そう…」

 

 

 

 

「更識さーん…」

「…どうしたの?」

「顔、真っ赤だよ?」

「ふぇ!?」




きっと人生経験的にIS学園の誰も悠には勝てないと思うんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校生は中国から。

おひさしぶりでs(殴


 …やあ。私は石黒悠。IS学園一年一組、世界に二人の男性操縦者の片割れだ。専用機はアメリカ、アナハイム社の『ファントムスイープ』。待機状態は片耳インカムに設定してあるが、しっかり会話は聞き取れているから心配しないで欲しい。

 ちょっとばかり戦争を経験して死にかけたことも数えきれないだけの高校生だ。まぁ、学園の中では文字通り群を抜いた実戦経験者なんだが…それは置いておこう。

 

 さて、なぜ急に私がこんなことを言い始めたか、なんだが…まぁ、一言で言えば、『現実逃避』だ。元軍人としてはどうなのかと思うが、あいにく今の私は一介の高校生。このくらいの現実逃避も認められるだろう。というか認めて欲しい。

 

「待ってたわよ!」

「麺伸びるぞ?」

 

 誰かこの状況をなんとかしてくれるなら、現実逃避しなくても良いんだが…

 話は、少し前に遡る。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「「「「「織斑くん、クラス代表就任おめでと〜!」」」」」

「あ、ありがとう…?」

 

 その日の食堂は、学生によって占拠されていた。

 なんでも目当ての織斑一夏が晴れて一年一組のクラス代表になったからだとか。ミーハーと言えば良いのだろうか。『織斑』のネームバリューの恐ろしさに内心戦慄しながら、私は一夏に引きずられたまま食堂にやってきていた。

 

「あれ、そっちのは…」

「あ、そうだ!悪い悠!無理やり連れてきちまった!」

「…正直今すぐ帰って簪の機体の調整をしたいんだが…」

「まあまあそう言わずにホラ!」

「まさか、噂の『亡霊狩り』?」

「待て。なんだその二つ名は。」

「ほら〜。ゆうゆうの機体の名前が…ふぁ、ふぁん…」

「ファントムスイープだから亡霊狩り…。しかしどうしてそんな名前が?」

「ほら、セシリアとの模擬戦で二次移行?だっけ。をしたじゃねえか。あれで有名になったらしいぞ?」

「…ソースはどこだ。」

「え?ソースなら醤油の隣に…」

「馬鹿かお前は。」

 

 そんなくだらない会話を繰り広げる私達を見つめる生徒達。少し気まずさを感じながら、私は簡単に身なりを整え、彼女らに挨拶する。

 

「一年一組、石黒悠だ。アナハイムのテストパイロットをしている。よろしくお願いする。」

 

 軽く頭を下げ、再び上げると何人かの生徒が顔を赤くしていた。私の行動に何か感じたのか?…分からないな…

 

「…そ、それじゃ、主役も来たところだし。」

「ええ。今夜は無礼講よ!!」

「「「「「おお〜!」」」」」

「なぜあなたがここにいる会長!」

 

 乾杯の音頭を取り、生徒を先導しているのは紛れもない生徒会長だ。彼女は私の叫び声に反応したのか、くるりと振り返って会長は薄っすらと笑いの表情を浮かべる。

 

「だって、世界初の男性操縦者二人の歓迎パーティーみたいなものよ?参加しなきゃ損損!」

「…その結果がこの人数ですか…」

 

 一年一組クラス代表就任を祝うだけでなく、男性二人の歓迎パーティーとは。明らかに人数が多いと思ったらそれか。…待て。明らかに他学年も混じっているだろう。見たことがある顔がいくつかあるな。あの制服を着崩した金髪の三年生とか、その隣に立っている小柄な二年生。確か…

 

「ん?あ、悠じゃねぇか。」

「あ!悠さんご無沙汰ッス!」

「r…ダリルさん、フォルテさん。久しぶりですね。またお会いできるとは。」

「だから言ったろ?『また会うことになるだろう…』ってな!」

「先輩そんなこと言ってたんすか!?いつ!?」

「別れ際でしたか?」

「そんくれぇだったかな。」

「あ゛〜!言ってくれたらもっと気の利いた事言えたのに!」

「いえ…あの時フォルテさん寝てましたよね。『昨日は凄かったっす…』とか言って。」

「ああ!言ってたな!あれくらいで疲れるとか、鍛え方足りねえんじゃねえの?」

「先輩がタフすぎるだけっすよ!?」

 

 それぞれアメリカとギリシャの代表候補生、ダリル・ケイシーさんとフォルテ・サファイアさん。束に言われてアナハイムでISの習熟訓練をしていた時に社長からの紹介で知り合った仲だ。以来そこそこ親交を深めていたが、私よりも少し早く帰国。そのまま会えず終いだったが、まさかここで再開できるとは。

 

「お前の機体、あの弱そうなのから進化したんだってな?見せてみろよ?」

「あ、自分も見たいっす!いいっすか生徒会長!」

「良いわよ〜」

「軽っ!?そんなんで良いのか!?」

「だって生徒会長ですし!」

 

 『権力万歳』と書かれた扇子を開けながら、会長はドヤ顔でそう言い放った。…後でどうなっても知らぬ存ぜぬを貫く羽目になりそうだ。脳裏に浮かんだ修羅(織斑先生)の姿を振り払い、私は仕方なく片耳に触れた。

 

「…分かりました。離れててくださいね。」

 

 皆が離れたのを確認。来い、と念じるとそのまま深緑の装甲が展開され、私の体を覆う。まるで全身鎧を纏うような姿だが、それはこの重装甲ゆえだろう。

 いつの間にか周囲には人だかり(主に上級生)ができていた。もう片割れの主役、一夏は…一年生に囲まれていて確認できない。ガードは固そうだ。どこか熱狂的な生徒が多いように見受けられる。織斑先生の弟というだけでこの人だかり…恐ろしきブリュンヒルデのネームバリュー。何度でも言おう。…あ、オルコットが篠ノ之と喧嘩しているな。止める役がいないから一夏を含めた三人はいつも賑やかだぞ。だいたい揃って織斑先生に怒られているが。

 

「おお…緑だな。」

「なんていうか…重そうっすね。」

「それ、機動性とか大丈夫なの?」

「会長は見ていたでしょうに。イマイチ自分でもスペックが理解できていないんですよ。今日の授業で飛行訓練をしたときも急降下、急加速、急停止は完璧にできたんですが、どうにも小回りがきかないみたいで。」

「直線加速力はどうなんだ?見た感じスラスターは標準程度にしか装備されていないみたいだが。」

「見た目以上の加速力でしたよ。トップスピードなら白式とタメを張るぐらいかと。」

 

 その一言にギャラリーがざわめく。第二世代のファントムスイープが、第三世代、それも最新型の白式に追いつける可能性というのは案外信じられないらしい。

 ま、自分でも信じられんが事実なんだ。そこには目を瞑って欲しい。

 

「さて、もう良いでしょう。」

 

 ISの格納を惜しむ声もあるが、本来学内での展開は禁止だ。我慢して欲しい。

 

「今日は…む?」

「ありゃ、新聞部ね。こってり絞られるわよ?」

「…ああいうの嫌いなんで席を外させてもらいますね。」

「あれ、取材、受けないのかしら?」

「昔…の出来事でね。広報は嫌いなんだ…です。」

「あー、色々あるんすね。だいたい分かったっすよ。」

「では、失礼します。」

「戻ってくるのか?」

「ええ。一応は。」

 

 応、と片手を上げ、豪快にフライドチキンに齧り付くダリルさんに会釈し、私は静かに食堂を後にした。

 

『あれ!?もう一人の子は!?』

『お前さんが嫌いなんだとよ。』

『ぬわんですってぇ!?』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 食堂を後にした私は、暗くなり始めた学園の敷地をぶらぶらと散歩していた。当然、当てがある訳でもない。ただのんびりと歩くだけ。

 そんな私の前に、荷物を携えた見慣れない生徒が現れた。暗くてよく見えないが、背丈からすると一年生だろう。当然知り合いなわけもないので、そのまま放置してその場を去ろうとしたのだが…

 

「あ、ちょっとそこのアンタ。事務室がどこに…って、一夏!?」

「生憎、私の名前は織斑一夏ではないし、初対面の君にそんな話し方をされるほど親しくもないぞ。」

「うっ…わ、悪かったわよ…」

「…はぁ。」

「あ、ため息ついたわね!?」

 

 長い髪をツインテールにまとめた少女は、私の近くまでやってくると手に持つ紙切れ——長い間握りしめていたのか、原型を留めていない——を突き出した。

 

「事務室!どこにあるの!」

「…正反対だが。」

「な、なんですって!?」

「あの建物に入ってすぐだ。」

「え、でもこの紙には…」

「何も書いてないな。なんて不親切なんだコレ。」

「そう思うわよね!よし!ありがと!」

 

 息つく間もなく彼女は事務室に向かって走り去って行った。

 

「あ、ちょ…名前は…」

 

 一人残された私の、そんな呟きが夜空に消えた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…ただいま…」

「あ、おかえり…」

 

 あの後、食堂に戻ったら妙にテンションの高いダリルさんに絡まれた。まさかと思い彼女が持つグラスを調べると、案の定アルコールの匂いが残っている。

 ギ、ギ、ギと音を立てんばかりに会長の方に向き直ると、冷や汗を流しながら会長が開いた扇子には『不可抗力』。少しキツめにお話しておいた。再発することはないだろう。…その時、酔っていたダリルさんも正座していた…というか、周りにいた生徒のほとんどが正座だった。大声は出していなかったと思うんだが。

 

「妙に疲れてない?大丈夫?」

「ああ、会長が先輩にアルコールを提供しててな。『お話』していた。」

「…っ、そう、なんだ。」

 

 簪は未だにあの時の記憶が残っているらしく、会長や酒の話になると顔を赤らめる。…精々ファーストキスだろうに。…ファーストキスか。よく考えるととんでもないものを受け取ってしまったのか私は!?

 

「…すまない簪。私はなんてことを…」

「え?どうしたの?私何もしt…はうぁっ!?」

「…あー、すまない。」

「…………………うん。」

 

 なかなか気まずい雰囲気になってしまった。そんな空気を振り払うように、私はベッドに飛び込む。

 

「珍しいね。悠がそこまで疲れるなんて。」

「…簪は私の事をロボか何かと勘違いしていないか?」

「………………そんなことないよ?」

 

 どうやら簪とはしっかり話し合う必要がありそうだ。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「…おはよう。」

「お、悠。お早う。」

「…石黒、覇気が無いが大丈夫か?」

「ああ、大丈夫、だ。」

 

 ふらつく身体に喝を入れる。頬を叩けば意識が切り替わるようになっているから、軍人時代もムダではなかったのだな、と感じた。

 なにはともあれ昨日は…

 

「すまない簪。(話し合いを)長いことしてしまったな。」

「ううん。(話し方が)優しかったから大丈夫。」

「「「……!?」」」

「そういえば二組に転入生が来るとか聞いたよ?」

「転入生…?まさか、昨日の子か?」

「会ったの?」

「ああ。昨日敷地内で迷っているのを見つけてな。まさか彼女なのか…?」

 

 そんな会話を交わしながら、四組の前までやってきた。簪とはここでお別れだ。私はここから一組に向かうはずなのだが…その一組の扉の前に、見覚えのある少女の姿を見つけた。声を掛けようとした矢先、後ろから織斑先生が近づいて来る気配を察知。一足先に教室に入り、荷物を机に下ろす。

 

「ゆうゆう、お疲れかな?」

「…心配するのはいいが私の非常食を持って行くのはやめてくれ。」

「ええ〜…」

 

 この後、昨日出会った少女——どうやら名前はリンといい、一夏の知り合いらしかった——に因縁をつけられるオルコット、のほほんと眺める一夏、興味なさげを装う篠ノ之を眺めながら私は本音をあしらっていた。…あ、出席簿…

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…で、その結果がアレだ。」

「そう…」

「簪、簪。」

「ん?」

「口元に米粒が…よし取れた。」

「ありがと…っ!?」

「ん?どうした。」

「いや、米粒…」

「ああ、捨てるのは忍びないし、食べてしまおうと…」

 

「簪ちゃんの貞操の危機ね!」

 

「「うるさい(です)。」」

「(´・ω・`)ショボーン」

 

 さて、と。

 

「簪、会長、水いりますか?」

「「お願い(ねー)。」」

 

 …こういうところはそっくりなのに、いまだに少しぎこちないんだよな…早く関係を戻して欲しいものだ。




色々ガバってるけど許してやで。
サクサク行くぞー。明日にもう1話更新したい(意志薄弱)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突!二機のIS!

これからまた忙しくなるから不定期更新に拍車がかかるゾ〜


「お、ユウ!」

「ああ、レ…ダリルさん。」

「頼りになるフォルテさんもいるっすよ〜!」

「……フォルテさんもいたんですね。気づきませんでした。」

「背が低いって事っすよね!?遠回しに貶してるっすよ!?何なら今の間って探してる間でしょ!?」

「いえいえそんな事は決して。背が低くて見えなかっただなんて思っていませんよ。」

「お前ちっこいもんなあ!」

「二人とも酷いっす!チョー傷付いたっす!お詫びに何か奢るっすよ!!」

「「じゃあミルクで」」

「やっぱ酷い!」

 

 悠がダリルと顔を見合わせて笑う。この三人が集まった時のお決まりみたいなものだ。初対面はアナハイムに束が悠を紹介した時。そこからこの三人は、仲のいい友人のような関係を続けている。ちなみに悠は二人の関係に口を挟む気が無い。そういう悠の性格も相まって、この良好な関係は成り立っていた。

 

「そういやお前の機体、一回データ収集させろって社長が言ってたぞ。」

「あー、言ってたっすねえ。早く来ないと云々って。」

「…何も聞いていないんですが…」

「「あれ?」」

 

 三人で顔を見合わせて首を傾げるが、だいたい副社長あたりが連絡をよこしていないからだろうと予想。

 勝手に納得した三人は、悠の水汲みが終わり次第自然と解散になる。

 

「では。」

「おー、彼女かい?」

「いえ、そういうわけではありません。」

「え、なんすか!?気になるっすよ!」

 

 ぎゃいぎゃい騒ぐフォルテを放置し、悠は簪の元へ向かう。

 

「戻ったぞ…って、どうした簪。」

「ああ、織斑…くんがこっちに挨拶に来て。その時篠ノ之…さんが…」

「あいつめ…何か言ったのか?」

「うん…」

「ほう。」

 

 少し落ち込んだ様子で座る簪の隣には、姉の姿はない。

 

「会長は?さっきまで一緒にいなかったか?」

「仕事が入ったって。アメリカの企業絡みだと思うけど…」

 

 間違いない。明らかにアナハイムだ。間が良いのか悪いのか、と額を抑えつつ、悠は椅子に腰を下ろした。視線の先には、食堂で騒いで織斑先生に叩かれる一夏たちの姿がある。相変わらずリンと女性組の仲は悪そうだな、と客観的に分析しながら彼は冷めてしまっただろう己の昼食を口に運ぼうとして——

 

「あれ、無い。」

「あ、お姉ちゃんが勝手に食べてたよ。」

 

 後で会長と話をする必要がありそうだ、と彼は頭を抱えた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「クラス対抗戦、か。優勝商品は食堂のデザート…ああ、興味ないから良いか。」

「良いの?」

「ああ。それよりも今はこの機体を完成させる事を考えよう。」

「うん。」

 

 相変わらず整備室の主と化している二人だが、話しながらでもその手は止まらない。マルチロックオンシステムをどうしようか、と悩む悠と簪だったが、思いもよらない場所から助け舟が出される事になる。

 

「ここにユウ・イシグロはいるか!」

 

 ドガン、と頑丈なはずの整備室の扉を乱暴に開いてやって来たのは悠にとって見慣れた姿だった。

 

「ああ、副社長。ご無沙汰してます。」

「やっぱここにいたか。」

 

 勝気そうな雰囲気を漂わせる、長髪の女性。簪がどこかで見た事のある彼女と親しげに話す悠だが、彼女の視線に気づくと咳払いを一つ。向き直って紹介した。

 

「こちらは、私の所属する企業『アナハイム・エレクトロニクス』の副社長。」

 

 

 

 

 

「オータム・ミューゼルさんだ。」

 

 

 

 

 

「あ、やっぱり?」

「ああ。知っていたか。」

「そりゃそうだろうな。私は社長の代わりに広報やらされたりしてっから…じゃねえ!」

 

 慌てた様子で持っていたカバンを悠に投げ渡すオータム。受け取ったそれを簪と覗き込んでみると、中には厳重に封のされたメモリが一つ。

 

「頼まれてたもんだ。まだ調整段階だから、データフィードバックはよろしくな。そんじゃ!」

「あ、ちょ…」

 

 嵐のようにやって来て、また去って行った彼女に一礼し、悠は困惑する簪にメモリを手渡した。

 軽く握れば壊れてしまいそうなそれは、簪には重く感じられた。中身も知らないのに、なぜだろうか。不安と、一抹の期待を胸に彼女は悠からの言葉を待つ。

 

「これは、私が試験予定の武装に組み込まれる予定のシステムだ。『マルチロックオンシステム(・・・・・・・・・・・・)』という。」

「え…?」

 

 信じられない。己が求めて止まなかったものが、こんなに簡単に手に入るなんて。困惑する簪を余所に、悠は打鉄弐式にコードを繋いだ。

 

「あの、どうして…」

「プログラム無しで戦闘する事の難しさについては、私はこの学園で誰よりも知っている。まだ学生である君が、たった一人でISを組み上げられるわけがない。」

 

 悠の脳裏によぎるのは、宇宙に上がってからの戦闘。機動プログラムの問題で、ただひたすらピーキーになった己の乗機をなんとか制御した思い出。

 簪から見た彼は、やはり学生離れしていた。どこか遠い場所で、辛いものを見て来たような——そんな感覚。

 

「だが、二人なら、三人なら。不可能じゃない。会長だって、ISを一人で作り上げた訳じゃない。絶対に誰かの助けは借りなければいけなかったはずなんだ。まして君は会長じゃない(・・・・・・・・)。更識簪という人間である以上は、どこかに苦手分野を抱えているはずなんだ。」

 

 だから、と前置きして悠は手を止めた。

 

「倉持を見返してやれ。これは私が作った機体だ、と胸を張って言えるように。そのために、私は手伝おうと言ったのさ。」

「——あ、」

「ん?」

 

 目の前にいる彼が、酷く遠い。自分なんかよりもずっと、おそらく織斑先生よりもずっと。不思議と、嫌悪感は感じない。今の言葉は彼の本心なのだろうと感じさせるだけの何かがあった。簪はぼやけた視界を手で乱暴に拭い、悠を見据えた。彼もこちらを見返してくる。

 

「ありがとう。」

「礼を言うのはこちらだよ。簪が同室でなければ今頃どうなっていたか。——どういたしまして。」

「うん。——だから、手伝って。この子が、自由に空を飛べるように。」

「ああ、任せろ。」

 

 その日、整備室から明かりが消える時はなかったという。

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

 わ、と微かに聞こえる歓声が遠くなっていた自分の意識を引き戻した。そうだ、私は——

 

「ん…あ、今日はクラス対抗戦の日…」

 

 昨日も、いや今日もずっと弐式を弄っていたら眠っていたらしい。悠は今日、アリーナでクラスの応援に行っているはずだ。今日は自分一人だが大丈夫だろう。あとは軽い機動テストを済ませてしまえば終わり、というところまで完成度を引き上げることができた。彼には感謝してもしきれない。たとえ自分が手伝えなくても、自分の専用機すら使って簪の補佐をしてくれているのだから。おかげで弐式の開発スピードが段違いに早くなった。まるでかの天才、篠ノ之束のような素早さだった。

 

「さて、あともう少し…」

 

 だが、彼女は知らない。

 悪意とは、案外身近に忍び寄ってくるものだと——

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 所変わって、アリーナでは一夏と鈴の激しい攻防が繰り広げられていた——はずだった。

 

「くそ、ISが起動しない!鈴は!」

「こっちもダメ!起動しないわ!どうなってんのよ!」

 

 突如アリーナ内に出現した謎のISによって一夏と鈴の機体は強制解除された。そのままその機体は何をするわけでもなく静かに佇んでいる。

 

「千冬姉!千冬姉!くそっ、通信もダメだ!」

「…まさか、電子機器のジャミング?いいえ有り得ない…ISの動作まで阻害するなんて…」

 

 鈴の予想は、最悪の形で的中する事になる。観客席のシールドすらその動作を止めたのだ。結果として、謎のISが観客席に侵入することを許してしまう。

 当然観客は狂乱状態に陥る。混乱を収めようにも、放送システムは沈黙している。扉も死んでいる以上、放送室に詰めていた千冬と真耶は身動きが取れない状況だった。

 

 謎のISは観客席に侵入するが、何かを探すような動きを続けていた。やがてその動きは、観客席のある一点を見た瞬間停止した。

 向く先にいるのは、石黒悠。世界で二人の男性操縦者。

 

「イフリート…っ!」

 

 彼にとって、その機体は因縁の機体だ。己の眼前で強奪され、無関係な者たちへの容赦ない殺戮を許した負い目。

 

「貴様が…なぜここにいるッ!」

 

 対ジャミング機能を搭載した己のISを起動しようとして、彼は気付いた。

 あれは今どこにある(・・・・・・・・・)

 

(簪の元に置いてきている…迂闊だったか…!)

 

 悠が瞬きした一瞬。

 

「んな——」

 

 誰もの目を欺き、イフリートは悠の目の前に立っていた。フルスキンISとモノアイが醸し出す不気味さに、悠の周りにいた生徒が悲鳴を上げる。己が狙われている、と察知した悠は隣の本音に退避するよう促した。

 しかしそのどれに反応するでもなく、イフリートは無造作に右手で悠の胸倉を掴み上げた。

 

「が、はっ…」

 

 そのまま、左手を首元に上げていく。何が起こるか、素人でも分かるだろう。

 

 悠が殺されるのだ。

 

 しかし、それを黙って見ている生徒ばかりでは無かった。イフリートが移動し、ジャミングの範囲外に逃れた生徒たちが扉を開けて逃げ出していたのだ。その行為を臆病だと非難はできないだろう。生徒たちのほとんどは、専用機を持たないから。

 当然、その悲鳴は学園内に響き渡っていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 迂闊だった。

 己の行動の軽率さに歯噛みしながら、悠は右手のロックを離させようと奮闘する。当然ISに生身の人間が叶うはずもなく、その行為はイフリートへ何の影響も与えなかった。

 

「きさ、ま——」

 

 イフリートが振り上げた左手には、忍者刀のようにまっすぐな刀が握られていた。

 己が死んだら、簪はどう思うだろうか。弐式の完成まで一緒にいられなかった自分の死を悲しんでくれるだろうか。

 太陽の光を浴びて鈍く輝くそれが悠に振り下ろされる直前——

 

 

 

 

 

『お待たせ、悠。』

 

 

 

 

 

 一筋の光条が、その刀を弾き飛ばした。

 皆が空を見上げると、そこには『白』がいた。

 まだ未完成なのか、時折ふらつきながらもその手に握るライフルはしっかりとイフリートを狙っている。

 

「かんざ、し?」

『これ、受け取って!』

 

 投げ渡される銀を、悠はしっかりと受け取った。

 

「起きろ、『ファントムスイープ』!」

 

 展開されるのは、右腕。握られたショットガンがイフリートに突きつけられる。

 そのまま引き金を引き続ければ、敵の胸部にチタニウム製の弾丸がいくつも叩き込まれた。堪らずといった様子で手を離した敵機から離れ、悠は機体を展開する。深い緑の鎧を纏い、ショットガンの代わりに長大なランスを構える姿は、背後の本音たちを守るかのように聳え立っていた。

 

「簪、こいつに近づくなよ。範囲は分からんが、アリーナを覆うほどのジャミングフィールドが展開されているらしい。とりあえずは動かない扉を狙って破壊してくれるか?」

『わかった。任せて。』

 

 飛び去っていく簪を見ながら、悠はランスを構えた。

 

「さて、借りを返させてもらうぞ。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 凰 鈴音にとって石黒 悠とは初日に案内してくれた悪くないヤツ、だった。教室で会話することはあっても、放課後は四組の眼鏡と一緒に整備室に篭って出てこない。

 良い奴だとは思うのだが、接点が少なすぎた。だから仕方ない。そう、仕方ないのだ。

 

「なによ、あいつ…代表候補生どころか、国家代表レベルじゃないの…?」

 

 彼の実力は、精々一夏よりマシ、篠ノ之 箒レベルだと高を括っていた。

 

 盾とともに左手に呼び出したショットガンを放ちながらランダム軌道を描く。明らかに直線加速に特化している機体のはずなのにPICを用いた強引な軌道変更を難なくこなし、まるで忍者のように逃げ続ける敵機を的確に追い詰めていく。

 と、今まで逃げに徹していた敵機が急転換、悠の機体に近づいた。

 

「危な…」

 

 い、とは、言い切れなかった。

 右手に握ったランスを唐竹に振り下ろし、そのまま敵機を打ち据える。紫の機影は右手に呼び出していた刀を割り砕かれながら吹き飛んだ。

 そのまま壁に衝突すると思われたが、

 

「消えた!?」

『悠!』

 

 イフリートに備わった光学迷彩がその姿を隠す。熱源すら偽装するそれは、ジャミングと合わせてISには脅威となるはずだったが——

 

「そこか!」

 

 彼の握っていたランスが一夏の後ろの空間に突き刺さる。

 

「ジャミング対策など、とうの昔に済ませている!いい加減落ちろ!」

 

 乱暴に弾かれたランスが一夏の真横に音を立てて転げ落ちた。ジジ…と光学迷彩が剥がれる耳障りな音とともに、一つ目の機体はゆっくりと歩みを進める。己の前にへたり込む一夏と鈴には目もくれず、ただ悠の方へ。無視される形になった一夏は堪らずイフリートに駆け出そうとし——

 

「やめなさい!」

「鈴!止めるな!無視されたままでいいのかよ!?」

 

 一夏が振り返ると、いつもの溌剌とした彼女の姿はなく、彼女は若干青い顔をしながら一夏を引き止めていた。

 

「あれは…勝てないわ。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 イフリートを動かしていたのは、ただのプログラムだった。

 

 

 篠ノ之束のような天才が組み上げたわけでもない、ただ簡単な命令を行うだけのオーソドックスなプログラム。

 

 

 しかし、この瞬間そのプログラムは完全に消滅した。鈴が一夏を引き止めたのは、イフリートの纏う空気が激変したから。

 

 

 ——わたし、は

 

 

 ランスを受け止めた衝撃ではないのか、と後に語られるも、悠は黙って寂しそうに首を振る。

 

 

 ——私は

 

 

 その真実…ドイツと、『とある企業』の実験の成果が、実を結んだのだ。

 

 

 ——ミツケタ

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「なんだ?こいつ…」

 

 ステルスフィールドが消滅し、放送席から先生二人が檄を飛ばすように指示を出す中。

 簪が安定してきた弐式で一夏と鈴を回収していくのもイフリートは黙って見ていた。モノアイが悠を見たとき、彼はなんとも言えない不快感に襲われる。まるで、長年追い求めた好敵手を見るかのような、舐めまわされる視線を感じたから。

 

「お前は——」

 

 ガギン、と重い音が響き渡る。ランスを失った悠に、イフリートの攻撃を防ぐ術は——ある。左腕のシールド、その先端のクローを展開して受け止めたのだ。

 細いクローアームが甲高い悲鳴を上げるも、悠にとってはその一瞬で距離は稼げる。

 

「何者だ!」

 

 後ろに飛び退る悠の眼前には、イフリートが迫っていた。

 

「はや——」

 

 腹部に感じた衝撃は、突き出された膝が原因なのだろうかと考えつつ悠はそのまま後ろへ吹き飛んで行く。

 土煙を巻き上げ、膝立ちからゆっくりと立ち上がる。シールドエネルギーは向こうも減少しているはず。防御力のあるアサルトならと考えを巡らせるが、そんなものは全て無駄だったと思い知らされる。

 

 視界からイフリートが消え、背後に衝撃。振り向いた先には既に敵はおらず、空に上がろうにも抑え込まれる。かといってショットガンを放っても当たるような速さではない。放った弾丸が銃口から飛び出した時には、既にイフリートの攻撃を受けている。

 カタログスペック通りの神速を発揮するイフリートに、悠は翻弄され続けていた。

 

「こいつ、速すぎる!」

 

 強引に攻撃を突破し、ランスを構えて突撃。投げられたクナイを弾き飛ばし、チャージを仕掛けた悠はあっさりとカウンターを食らう。

 胸部に二回、掌底。体を回して刀を一閃。

 

 ランスは両断され、機体のSEも底をついた。展開が解除される一歩手前のギリギリで耐え切った悠は、己の前に立つ機体を睨みつける。

 今までとは比べ物にならない戦闘力だと、これ(・・)は容易く己を殺せると。

 

『戦闘データ、蓄積——緊急性を確認、代替案を提示します。』

「…は?」

 

 そうして睨み合っていたからか、突然己の機体が発した音声と光に、彼も、敵機も、反応できなかった。




「そう言えば、篠ノ之がどうって言ってたが?」
「あ、あれはね。」

『このアホが!!!』
『痛い!?』
ヒューン…(一夏の持っていた一味が落ちる音)
どぼっ(うどんの中に落ちる音)

「…それで、落ち込んでたのか?」
「だってダシの味が…」

この後簪さまのうどん・そば講義が始まったそうな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。