太極より来る者 (ななふさ)
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1話

処女作です


 尸魂界では今まさに世界の命運を賭けた戦いの最終局面を迎えていた。

 崩玉を取り込んだ藍染惣右介に自分自身が月牙となった黒崎一護、二人の衝突により地形が変わるほどの戦いが繰り広げられていた。

 その戦いの余波である霊圧によって長らく封印されていた一人の死神に、自らの卍解を制御するだけの霊子を与えていることを知らずに。

 

 

 二人の戦いから離れた真央地下大監獄最下層・第8監獄「無間」その更に下にある特殊封印施設「太極」にて、千年間続いていた世界の命運を賭けた戦いに変化が生じていた。

 

 

 特殊封印施設「太極」その存在を知る者は尸魂界に数えられる程しか居らず。

 その封印から漏れだす余波を地上にまで出さない為作られた封こそが、真央地下大監獄の前身である九枚の巨大な殺気石による防壁「鉄囲栓」であり、その漏れだした余波によって生まれた異常を利用した物こそが真央地下大監獄であることを知るものは中央四十六室の者であったとしても少ない。

 その様な封印がされているものは一体何なのかと、その存在を知った者は疑問に思うが、その悉くの情報が零番隊によって抹消されているため、真実を知る者は千年前の大戦を生き残った一部隊士か零番隊しか存在しない。

 

 これ程までに隠さなければならないような封印されたものは一体何かと言えば、たった一人の死神である。

 一体どの様な重罪を犯せばこの様な刑に処されるのかと思うかもしれないが、この死神は何も重大な隊律違反をした訳でもなければ、大量殺人を犯したから封印された訳ではない。

 そもそもこの死神が封印された経緯を考えれば寧ろ称賛されても可笑しくないほどである。

 では何故この様な封印をされているかといえば、単純に卍解が制御出来ていないからである。

 

 

 

 さて、その死神の卍解を外に漏らさないように作られた特殊封印施設「太極」の中で何が千年間起きていたかと言えば、自らを狂気的に愛する斬魄刀の本体との体の主導権の奪い合いである。

 

 

 

「あー」

 

 特殊封印施設「太極」の中で一人の男が声を上げる。

 その姿は護廷十三隊の隊長にのみに着用を許された隊首羽織着けていることから、何処かの隊の隊長であることが分かる。

 

「これは不味くないか?」

 

 その男は煙管を片手で落とさない様器用に弄びながら自らの疑問を口にした。

 

「ええ不味いでしょうね」

 

 いつの間にか胡座をしていた男の膝の上に、黒い九本の尾と狐の耳を持った美しい黒髪の女が現れ、男へとしなだれかかりながら言う。

 

「では今からこの何の意味もない檻から出て援軍に行きますか?」

 

 男は弄んでいた煙管を止め、ため息を吐きながら言う。

 

「そんなことしてみろ、三つ巴に限りなく近い事になってもっと不味くなるだろうが」

 

 その言葉に女は驚いた様な口調で「まあ」と言ってみてから少し怯えた様子で離れながら。

 

「あなた様は敵味方区別なく襲い掛かる様な方だったのですか?」

 

 その芝居がかった様子の女に対し、男もこれまた芝居がかった様子で。

 

「おうともさ俺様が全てを破壊し尽くしてやる」

 

 「ガハハハハ」と笑いながら言っていた男がピタリと、笑いを止め何とも言えないか顔で「あー」と頭を掻きながら立ち上がり言う。

 

「やめだやめ」 

 

「あらそうですか?(わたくし)こういうあなた様との下らないやり取りも好きですから、もう少ししていたかったんですけど」

 

「黒曜」

 

「はい」

 

「譲れないか?」

 

「ええ」

 

 男の真剣な様子の問に対し、女いや黒曜は男の目を見ながら即答した。そんな様子の黒曜を見た男は複雑な感情の入り交じった何とも言えない顔で空を仰ぎ見るかのように視線を上げ、視線を戻した時には既に覚悟を決めた目で黒曜を見つめ返しながら言う。

 

「そうか」

 

「ええそうです諦めましたか?」

 

「すまんそれは無理だ、俺にも譲れないものはある」

 

「でしょうね。ですが(わたくし)にも譲れないということは分かっているのでしょ?」

 

「ああ、この千年嫌になるほどに分かっている」

「だがここで諦める訳にはいかない。この千年お前との共存を目指していたが今からはそれも無しだ。お前の意識を喰らい尽くすつもりで行くぞ」

 

 その答えを聞いて黒曜は、きょとんとなにを言われたか分からない表情をしたあとで理解が及ぶと、「あぁ」言いながら恍惚とした表情を浮かべ自らの体を抱き締めるかのような動作をしながら。

 

「ええ!ええ!!そう言えば無かったですね!あなた様が(わたくし)を消そうとするなんて!ああそんな千年経ってまた新しいあなた様を見れるなんて!」

「ああ!であれば(わたくし)もあなた様を精神崩壊させるつもりで行かせて貰います!ですが安心してください!あなた様の体で総てを壊したならちゃんと精神を再構成致しますから!」

 

 黒曜の興奮した様を冷徹な目で見ながらも男は脳内で考えていた。間に合うのかと。

 黒曜も興奮しながらも男の冷徹な目を見ながら考えていた。男が喰らうと宣言した以上確実に喰われると。だがそんなことはどうでもいい。今の今までその方法でしてこなかった時点で何らかの欠点が有ることは明白だ。そして今がその方法が時間的に間に合うか間に合わないかの境目なのだ。

 黒曜にはどちらでもよかった。間に合えば間に合うで自らを喰らう時の男の顔が見え、間に合わなければ間に合わないで間に合わないと分かった時の男の顔が見れる。 

 

 そして両者は最後の会話かも知れない言葉を交わす。

 

「それじゃあさようならだ黒曜」

 

「ええまた会いましょうあなた様」

 

 

 

 両者の考えも及ばない存在が戦場に現れるまで精神の殺し合いは続く。

 

 

 



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2話

 特殊封印施設「太極」内部では、男と黒曜の殺し合いが始まっていた。

 

 だが、霊圧が高まっている訳でもなく激しい戦闘が起こっている訳でもない。

 ただ男が胡座をして座っているだけである。

 では何処で殺し合いが起きているかといえば、精神世界で行われていた。

 

 

 

 精神世界。それは自らの心の有り様であり、その場所をよく観察すればその世界の持ち主がどの様な存在で何に重きを置くかが分かる、嘘をつく事の出来ない場所である。

 嘘を付くことが出来ないとはすなわち、精神世界を見れば持ち主の精神状態が分かると言うことでもある。

 

 

 男の精神世界は二つの様相の異なる世界に分かてれていた。

 一つは限りなく続く水面の上をまるでそこに地面でもあるかの様に色とりどりの花が咲き乱れ、空の上に無数の太陽が輝く世界。

 一つは黒曜石の大地が限りなく続き、その上を異常に巨大な満月のみが照らす世界。

 全く違う世界達は、お互いに相手の世界を侵食しようと攻防を繰り広げていた。

 

 

 

 

 男は水面の上に立ち、黒曜の世界からの侵食を食い止め、自ら世界を黒曜の世界に侵食させながら考えていた。

 精神世界の中の時間は、外に比べ早くなる為この世界に長く居れば居る程時間感覚が無くなる。

 だからできるだけ早く戦いを済ませなければ外の戦いに間に合わなくなるかも知れないため、全神経を集中させて急いで終わらせなければならないと理性が言う。だが男はそれでは不十分だと感じていた。

 それは初代護廷十三隊四番隊隊長で在った時の戦闘経験が告げる直感のようなものであった。

 自問自答をやめてはならないと言う曖昧なものだとしても「そう感じたのだからそうなのだろう」という絶対的な確信が男の中にはあった。

 

「もう少し賢いやり方は無いか?」

「いいや有りはしない」

「だがこれではこの殺し合いに勝ったとしても次が持たない」

「では他に考えは?」

「…」

 

 だが結論は変わらない。他の方法は時間が掛かりすぎるか偶然に任せる運任せと現実的ではない方法しか思い付かないからだ。

 それでも男は考え続ける。

 考えをやめることは可能性の放棄に他ならないのだから。

 そしてその直感を信じて自問自答し続けたからこそ、この後の可能性を掴む事が出来た。

 

 

 

 それを感じた時、黒曜と男は精神世界の攻防を思わず止め意識を現実に戻していた。

 それ程の霊子がこの幾重にも折り重なった殺生石の防壁を通り抜け「太極」まで届いていたからである。

 男は霊子の量を考え、いけると感じた瞬間に迷い無く精神世界での精神の殺し合いをやめ、即座に霊子の吸収を開始した。

 黒曜は一瞬男が何をしているのか分からなかったが、次の瞬間何をするつもりか察しそれを止めようと精神世界の侵食を一気に加速させたが、その一瞬遅れのせいで侵食しきる前に男が必要な量の霊子を集めきってしまった。

 その瞬間黒曜は精神世界を侵食出来なくなり、自らに制限が出来たことに気付きため息を漏らしながら具象化し言った。

 

「嗚呼」

「後もう少しでしたのに」

 

 その声を聞いている男は息も絶え絶えになりながらなんとか立ち上がろうしていた。

 それを見た黒曜はとても先程まで相手を精神崩壊させようとしていたとは思えない、慈愛に満ちた顔で肩に手を置き座らせながら言った。

 

「今から行く必要は無いでしょう?」

 

「いいや何が有るか分からない以上、例え今からでも行く意味はある。それに俺は元々四番隊隊長だぞ回道の扱いだって」

 

 男がそこまで言い掛けたその時、黒曜は男の頭を自らの膝の上に乗せ能力を使い花の香りを生み出し男を労るかの様に頭を優しい手付きで撫でながら言う。

 

「ええそうでしょうあなた様が行けば何事もなく終わるでしょう。ですがその為にあなた様が壊れてしまっては意味が無いでしょう?」

「それにあなた様が壊れてしまえば折角あなた様が(わたくし)に付けた制限も意味が無くなるかも知れませんがよろしいんですか?」

 

「それは」

 

 男は何も言えずに口を閉じると、何処かを観るかのように視線を遠くへ向け何かを確認すると一息つき体から力を抜いた。

 

「あー」

「なんともお粗末な結末だ」

 

「あら?何がですかあなた様。尸魂界は守られあなた様は(わたくし)との体の主導権の取り合いに勝ち、遂にこの封印施設から抜け出すことが出来るのですよ」

「確か今すぐ助けに行ける程余力を残していませんが、そんなのは精神世界の奪い合いをやる時点で分かりきってた事でしょう?これの何処がお粗末な結末だと言うのですか?」

 

 男は疲れきった今にも眠りそうな目をしながらうわ言の様に呟いた。

 

「そんなのお前に制限を付けさせられたからだ」

「本当はもっと時間を掛けて少しずつ少しずつお前の考えを変えて、いつかここを出られる様に幾つも案を考えていたのに」

「嗚呼これからをここを出れば仕事に時間を取られ、お前の考えを変える事が出来る可能性が一気に減ってしまう」

 

 男はそう言うと寝息をたててしまった。

 黒曜は自らの膝の上で約千五百年ぶりに眠っている男に九本の尾で寒くないように包み込み、聞こえていないと分かっていながら否定を口にする。

 

「あなた様はその様なことを考えていたのですね。そんなにも(わたくし)の事を考えてくれていたのですね」

「ですが申し訳ありませんいくらあなた様の望みでもそれだけは受け入れられないのです」

 

 

 

「だってあなた様の出来ない事をする為に生まれたのが(わたくし)なんですから」



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3話

 その男は夢を見る。

 約千五百年振りに安心して寝ることが出来るようになったため。

 

 

 

 

 

 約二千二百年前

 

 

 

 

「おーい!黒曜どこだー!」

 

 山の中を誰かを捜しながら草を掻き分け歩く少年の姿があった。

 その姿は黒い長髪を背中で一つにまとめ、黒い道服を身に着け、その後ろの空中に斬魄刀を浮かせるという格好で、もしここが山でなければ注目を集めただろうと確信できる不可思議さを持っていた。

 だが、本当に不可思議な事は山を歩いたにしては、その道服も体も全く汚れていないことである。

 

「ん?」

 

 歩いている山の下で知らない霊圧の高まりを感知した少年は、何者かが戦っていると分かると。

 自らの足元に霊子を集め、その霊子を高速で動かし霊圧の高まりを感じた方へと向かった。

 知識でしか自ら以外の人間を知らない少年は、その霊圧の高まりが自らの捜している者を討伐するために発されていることに気付いていなかった。

 

 

 

 霊圧の高まりのあった場所に少年が到着し最初に目にした光景は、黒い尾に貫かれた死神の姿であった。

 死神は身に付けていた物も含めてその全てを、尾に吸収されて行き最後には斬魄刀を残し、完全に消滅してしまった。

 その死神を吸収した尾を三本持ち狐の耳を頭に生やした女性が、死神の残した斬魄刀を拾いながら振り返り何事もなかったかのように微笑み。

 

「あなた様もしかして(わたくし)を捜して来てくれたんですか?それはすみません少し用事があったものですから、もう終わりましたし一緒に帰りましょう」

 

 女性は斬魄刀を尾へ吸収させながら少年の方向へ近づいてきた。

 少年は少し戸惑った様子で女性に聞いた。

 

「黒曜いったい何が此処で起こったんだ?」

 

「ああ、あなた様が見るのは初めてでしたね」

「たまにああやって襲ってくる死神が居るんです。いつもは霊圧を高める前に仕留めるのですが、今日は感知に優れた死神がいまして気付かれてしまったのです」

 

「襲ってくる、か?」

 

「はい、襲ってくるのです」

 

 少年は、女性いや黒曜の言葉を反芻した。

 そして、それが本当であると長年一緒に居た少年には分かった。

 だが、それは何かを隠す為に言った真実の一側面でしか無いことも同時に少年には分かっていた。

 

「はぁ」

 

「あら、あなた様がため息なんて珍しい。何かありましたか?」

 

「白々しいことを言うな黒曜、初めて見た自分以外の人間だったんだぞ」

 

 その言葉に黒曜は、何か考えるような表情をしてから小首をかしげ、疑問を口にした。

 

「あら?もう少し言われると(わたくし)思っていたのですけれど。初めて見た同じ人間を目の前で吸収したのですから」

 

「?おかしなことを言うな黒曜、確かに生きていれば助けたと思うがもう死んでいただろう?ならば其処らの岩と変わりない只の霊子の塊だろう?」

 

 その答えを聞いた黒曜は、歓喜の表情を浮かべ体を震わせながら思う。

 

「ああ、やはりこの方こそ───」

 

 急に黙り体を歓喜に震わせ始めた黒曜に、少年は何か自分はおかしなことを言ったかと先程言った言葉を思い返すが、特におかしなことはなにも言っていないと不思議に思いながら二つの確認をする。

 

「今までも襲撃は在ったんだな?」

 

「ええ、今まではもっと練度の低い者達ばかりでしたが」

 

「この死神達は黒曜を捜していたのか?」

 

「ええ、(わたくし)のことを鵺と言っていましたから間違いないかと」

 

「鵺?ああ外での黒曜の呼び名か」

「となると面倒な事になるか?」

 

 「あー」と頭を掻きながら少年は、家のある山へと歩き始めた。

 その様子見た黒曜が、後を追い隣に並ぶとめんどくさそうな顔を浮かべた少年が前を向いたままこれから起こるかもしれない可能性を話し始めた。

 

「あくまでも可能性だけど黒曜、次からの襲撃はもっと練度の高い死神達が現れるかも知れないぞ?」

 

「それはどういう?」

 

「今までより明確に練度が上だったんだろう?だったらその死神を知っていた他の死神が調査に来るだろうし、それだけ力が強いなら何らかの集団に所属していて、その集団の送り出した尖兵かもしれない。その尖兵が戻って来ないなら次に送るのは前よりも強い死神だろう?」

 

「それは怖いですね。その時は助けて下さりますよねお父様?」

 

 お父様という言葉を聞いた瞬間、少年は足を一瞬止めうんざりした表情を浮かべた。

 

「その呼び名で呼ばないなら助ける。呼ぶなら助けんぞ黒曜」

 

「その呼び名とは何の事ですかあなた様?嗚呼!もしかしてあなた様と言う呼び名はお嫌いでしたか。この数百年間気付かずに申し訳ありませんでした。ではなんとお呼びすれば良いでしょう。王様、それとも我が神、などは気に入りますでしょうか?」

 

 そう聞かれた少年は今度こそ完全に足を止めた。

 黒曜が振り返るとそこには、大きなため息をつき本当に嫌そうな表情をした少年がいた。

 その様子見て黒曜は、小さく笑いを溢しながら言う。

 

「事実しか言っていませんよ?」

 

「お前の中ではな黒曜。俺の中では違う」

 

「ですがお父様の力であれば───」

 

「黒曜」

 

「分かりました。あなた様で良いのですね?」

 

 黒曜は少年の言葉に今回は此処までと、今まで通りの呼び名で呼んだ。

 

「ああ、それで良い」

「俺はそんな大層な存在に成るつもりは無い。その呼び名で呼ばなければ俺も助ける」

 

「では安心ですね。世界にあなた様を越える者などいはしないのですから」

 

「だといいんだが、なんとも嫌な予感が止まらない。外れていれば良いが最悪にも備えて修行を増やしておくか」

 

 

 

 この予感は間違ってはいなかった。

 百年後ではあったが、護廷十三隊を作るために必要な隊長を探していた山本元柳斎重國が、山に異様な戦闘術を駆使して、多くの死神達を返り討ちにした死神を知り、その死神が隊長に出来るような存在かを確かめるために山へと来る事になるのだから。

 

 

 



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4話

 男は夢を見る

 炎を纏い全てを燃やし尽くす死神との出会いとその果ての死闘を

  

 

 

 

 

 

 約二千百年前

 

 

 

 

 

「ぉぉおお!!」

 

 一人の死神が道服を着た青年に上段から斬りかかる。

 それを道服を着た青年は僅かに体を動かし紙一重で躱すと、まだ体の横を通過していない刀に肩から霊力ぶつけ刀を弾き飛ばす。突然の横からの力に体勢を崩し前へと倒れかかっている死神の鳩尾に拳を当て瞬歩で前へ死神ごと飛び、木へとぶつけ気絶させた。

 拳を鳩尾から離すと道服を着た青年はそのまま倒れようとする死神を片手で抱き止めると、木に背中を預け座らせると回道で内臓の傷を治した。

 

「あなた様終わりましたか?」

 

「ああ」

 

 道服を着た青年が振り返ると、黒い尾を四本持ち頭に狐の耳をつけた女性が歩いてきているのが見えた。

 その女性はそのまま尾で死神を突き刺そうとし、青年に手で止められた。

 

「黒曜」

 

「はい?何ですか」

 

「止めろと言っているだろう。死神を殺すのは」

 

「相手から襲いかかって来たのにですか?」

 

「腕試しだと言っていただろうが、そんなに殺したいのか?」

 

「いいえ、別に死んで欲しい訳ではありませんよ。ただ魂魄が欲しいので結果的に死ぬだけで」

 

 黒曜と呼ばれた女性がその様に答えると、道服を着た青年は死神と戦う度に毎回繰り返す問答に変わりが無いことにため息をついた。

 

 

 

 今から百年前。少年は、鵺を討伐しようとしていた死神達と出会い、自らがこの山に住み始めてからはその様なことは起きていないと言った。

 訝しげな顔をされたが、実際にその少年が住み始めた時から帰らずの山を通ったとしても、帰ってくることが出来るようになった事により鵺が移動したのではないか? と少年よりも、鵺の行方を探す方へ関心が移り調査以外で死神が山に来ることは少なくなった。

 だが、その少年が力の強い死神であると知った力自慢の死神が、力試しにその少年に襲い掛かり、返り討ちにあうと、その事を知った他の力自慢の死神が、定期的に少年を襲いかかって来るようになった。

 

 少年は、上手く死神達を騙し自らをただの運の良かった死神と思わせる事に成功した。

 それは少年自身が、力の強い死神であった事も関係していた。それは纏まった一つの組織では無い死神達にとって実力こそが、信用に直結したからである。

 そして、帰らずの山と呼ばれていた山は、力試しに来た死神達がそのまま麓に住み着き、修行場として有名になる。

 

 

 

 力試しに来た死神が、お礼を言ってから帰って行ったの事を確認した道服を着た青年は、黒曜の名を呼んだ。

 

「はい、あなた様の黒曜はここにいますよ。どうかしましたか?」

 

「明日、元字塾の総師範が来ること覚えてるか?」

 

「ええ、何でも死神を一つにまとめ上げる組織を作るのに協力して欲しいでしたか。あなた様がどうしてその様な世迷い言を聞く気になったのか知りませんが、明日でしたよね。であれば、いつもの様に終わるまで近づかなければいいですか?」

 

「いいや、明日は最初から居てくれ。でないと俺はすぐに負けるかもしれない」

 

 真面目な顔をしながら言われたその言葉に、黒曜は頭に疑問符をつけながら問いかける。

 

「何か戦うような事でも書いてありましたでしょうか?(わたくし)が読んだ限りその様な事は書いていなかったと思いますが」

 

「いいや、書いていたのは組織について説明をする事だけだ。だが、俺の直感が明日が死闘になると感じている」

 

「死闘……ですか?戦闘ではなく?」

 

「ああ、死闘だ。もしかしたら明日死ぬかもしれない程度には全力の戦いになると思う」

 

 その言葉に、黒曜は表情を消した。

 

「あり得ません。あなた様よりも強い者等、居ないのですから」

 

「そう思うか」

 

「ええ、あなた様であれば世界ですら壊せるが故に」

 

「そうか、だがそれでも明日は、斬魄刀の中に居てもらうぞ。俺はまだ生きていたいからな」

 

 それから次の日が来るまで黒曜は、斬魄刀の中に入り、出て来る事はなかった。

  

 

 

 次の日の丁度昼頃、元字塾の総師範が来たと麓の修行場の者が鬼道で教えてくれた。

 青年は、山の中を会談の場所に指定した。それは、麓でやれば修行場の者まで巻き込む可能性があると思ったからであったが、その考えは半分は当たっていた。

 

「儂が元字塾総師範山本元柳斎重國じゃ。お主がこの修行場のまとめ役である望月殿であっておるか」

 

「ええ、俺がこの修行場のまとめ役をしている望月(もちづき)転理(てんり)と言います」

 

 山本元柳斎重國。そう名乗った男の目を観た青年、いや望月転理は熱を感じていた。

 それは、あまりにも有名な斬魄刀である流刃若火を知っていたからではない。

 その目から、なんとしてもやり遂げるという決意や自分なら出来るという自負が、圧倒的な熱量として感じられたからである。

 

 そして会談は、何の問題もなく終わろうとしていた。

 それは、今日が初めての会談であり、ほとんど顔合わせに近い内容であったからである。

 斬魄刀の中で会談を見ていた黒曜は、疑問に思っていた。それは、自らの主である転理の直感が外れそうであったからだ。黒曜は自らの主がそう言うのであればそうなると考えていたが、このままでは死闘所か戦闘も起きそうになかった。

 だが、黒曜の考えは間違っていた。

 

「であれば、今日は此処までじゃな望月殿」

 

「ええ、会談は終わりにしましょうか元柳斎殿」

 

「望月殿?」

 

「今のままでは修行場の者は、誰も元柳斎殿の組織には入りません。彼等は俺に負けたから俺に付いて来ている。ならば、俺が貴方の組織に入らなければ誰も付いて行かないでしょう」

 

「どういうつもりじゃ望月殿、何故その様な事を今さら言う」

 

「ええまあ、あなたに会うまでは特にこんな事考えてもいなかった。だけど元柳斎殿、あなたの目を観たらどうも自分でも意外な程にあなたの強さに興味が出た」

「それにさっき言った誰も付いて行かないというのも真実だ」

「色々言ったが、まあ一言で言えば俺と戦おうぜ山本元柳斎重國」

 

 そう言い放ち、望月転理は霊圧を解放した。

 



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5話

 男は夢を見る

 生まれて初めて世界に興味を持った日を

 

 

 

 

 

 約二千百年前

 

 

 

 

 

 望月転理は困惑していた。

 それは、山本元柳斎重國の目を観た時から、今まで一度も感じた事のない感情が自らの中で暴れだしていたからだ。 

 

(何だこの感情は?攻撃か?だが、霊子が動いていない。であればこれは自分の内から生まれたものなのか?)

 

 転理は、会談を続けながらも自らの感情がなぜこうも暴れているのかの理由を、感情の整理をしながら探していた。

 

「そう言えば、元柳斎殿は何故このような組織を作ろうなどと考えたのですか?」

 

 それは、会談の中で行われた一つの問いでしかなかった。

 だが、その問いを聞いた瞬間に、山本元柳斎重國の目の奥で炎のような意思が渦巻き、今にも溢れて自ら諸共、転理を焼き尽くさんと放たれた。

 

「今のままでは守れんからだ」

 

「守れない?今でも充分に尸魂界は守られているはずですが」

 

「そうじゃ、守られとるの。儂が本気を出せば壊れる程度を守られとるというならばじゃがの」

 

「それは……」

 

「儂が生まれた以上、いつかは儂を越える者が生まれる。その者がどうして世界を労ると言える?そしてそのような者が現れた時、死神達が一丸となっても最早遅い。そして、儂以外にこの考えを持つ者が居らなんだ。だから、儂が為すのだ」

 

 それは、あまりにも力強い言葉であった。

 自らの決意に何ら疚しい事など無く「そう思った、だから成し遂げるのだ」という圧倒的な矜持からくる意思力。

 その言葉を聞いた時、彼は自らが内に渦巻く感情の正体に気づいた。

 

 それは興味だ。

 

 彼は、生まれながらに世界を破壊できるだけの力を持っていた。

 たとえ、今は斬魄刀に力の半分を与えていたとしても、その残りの半分の力だけであっても充分に世界を破壊し尽くすだけの能力がある。

 では、何故今までその力を使い世界を壊さなかったのか。

 それは、世界に興味がなかったからだ。

 自らが少し力を入れてしまえば簡単に壊れてしまうこの世界は、彼にとって全てが等価値にしか思えず。自らの半身である黒曜以外、何事に対しても理性で考えてから行動していた。

 その理性は黒曜が、瀞霊廷に忍び込み得た知識を学ぶことで、一般的にしてはいけない事をしないように考えて行動するようになっただけであり、たとえ目の前で修行場の者が殺されようとしていても、それを止めるのは理性で考えた上での行いである。

 山を出て人に会おうとしなかったのも、理性で考え自らが人里で暮らせば何かしらの問題を黒曜が起こすと考えていたからであり。修行場が作られ人が集まり、山の麓に集落のようなものが生まれても移り住まなかったのは、人と関わる必要性を全く感じていなかったからだ。

 山本元柳斎重國の意思は、圧倒的熱量をもって転理の世界に対する無関心に罅を入れた。

 そして罅から漏れでたその感情は、理性を容易に振り切った。

 

 

 

 転理は霊圧を解放すると山本元柳斎重國を殴り飛ばした。  

 それを追い駆ける形で家の中から森まで霊子を用いた高速移動で先回りし、迫りくる山本元柳斎重國に拳を叩きつけようとした。

 だが、その拳が山本元柳斎重國に当たる寸前、山本元柳斎重國の体が横に回転し蹴りを放ち転理を吹き飛した。

 転理は、そのまま木々をなぎ倒しながら飛ばされていき、巨石にぶつかることで止まった。

 転理の前まで瞬歩で来た元柳斎は、斬魄刀を抜きながら言う。

 

「お主、(わっぱ)であったか」

 

(わっぱ)?嗚呼、そうか感情に振り回されるこの様を子供の我が儘と感じたか!」

「そうだな!これは我が儘だ!だが、付き合って貰うぞ元柳斎!そうしなければ、自分でも初めて感じたこの感情が何処に行くか分からんからな!」

 

「是非もなし、どうやら既に儂を越えるかも知れん者は、生まれていたようだ。そして、儂が受け止めればどうとでもなるならば、まだましである」

「であれば、(わっぱ)を躾る為、一度きつく叩く必要があるか。来るがいい、叩き潰してやろう」

 

 それを聞いた転理は満面の笑みを浮かべ、自らの斬魄刀を抜いた。

 

 

「示せ『有為転変(ういてんぺん)』」

 

「万象一切灰塵と為せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 

 

 



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6話

 男は夢を見る

 世界を壊しかねない戦いとその後に残った大穴を

 

 

 

 

 

 約二千百年前

 

 

 

 

 

 燃える、全てが燃えていく。

 『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』それは炎熱系最強と言われる斬魄刀。

 ただ始解を行った、それだけで山一つを燃やし尽くす。

 それは、世界を壊せる力を持つ斬魄刀である。

 

 であれば、その力を間近で受けた上でまだ立っている男は、何者であるのか。

 

 

 

 望月転理は、燃えてゆく山を見ながら笑っていた。

 それは、始解により斬魄刀を体に取り込み現れた黒い四本の尾を愉しげに揺らしながら山本元柳斎重國に問い掛ける。

 

「いいのか?元柳斎」

「お前が求めていた修行場の死神が死ぬぞ」

 

「笑止、仕掛けたのは貴様であろう。儂と戦えばどの様な事に為るかなどわかりきっておったろう」

「そも、貴様を今止めねば山は疎か流魂街、果ては瀞霊廷をも滅ぼしかねん。であれば、その程度の犠牲致し方なし」

 

「嗚呼、そこまで意思が強いのか。価値を見出だしているのか。世界を壊すだけの力を持ちながら!この脆く今にも崩れ落ちそうな世界に!」

 

 そう言いながら転理は、山本元柳斎重國へと霊子を用いた高速移動を行った。

 それは、自殺行為だった。

 ただでさえ周りの木々が燃え盛る程の熱を放つ山本元柳斎重國に近づくことは、太陽へ自らぶつかりに行くようなものである。

 だが、転理は燃え尽きる事もなく山本元柳斎重國へと拳を放ち、流刃若火とまともに打ち合いを行っていた。

 何故か、それは転理の斬魄刀である『有為転変(ういてんぺん)』の能力と転理自身の能力のお陰である。

 

 斬魄刀『有為転変(ういてんぺん)』。

 それは、ある一族が代々受け継いできた斬魄刀を模倣する斬魄刀を知った他の一族が、その斬魄刀を越える為に作り出そうとして浅打を元に作られた失敗作。

 その斬魄刀に、望月転理の力が与えられた結果誕生した生命体である黒曜を宿した、自ら成長する斬魄刀。

 その能力は、周囲の霊子や器子を含む全てを不安定な状態へと強制的に変える力を持つ。

 そして、その不安定な状態の霊子や器子を転理自身の能力で操作し、望んだものを生み出す事ができる。

 その二つの力を使う事で、流刃若火の炎と熱をただの無害な空気へと変換することで、転理は全く消耗すること無く山本元柳斎重國と戦うことが出来ている。

 そして斬魄刀を取り込む始解である為、転理の体は途轍もない硬度を得ており、自らの霊圧と合わせる事で元柳斎の斬撃をも耐える程の強度を発揮していた。

 

 だが、転理はこのままでは負けるのは、自分だと分かっていた。

 

「強い、強いなぁ元柳斎!俺の始解の能力で不安定にした霊子が、お前の斬魄刀の力で直ぐに熱へ変わっていくぞ!」

 

 不安定にした霊子を操作する。

 それは、言葉にすれば簡単に聞こえるが、不安定とは即ち周囲の影響を受け易いことも意味しており、その点において『流刃若火』は相性が最悪の斬魄刀であった。

 例えば、同じ天相従臨を持つ雀部長次郎(ささきべちょうじろう)の『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』であれば、その能力の範囲内であったとしても、どうしても出来てしまう隙間を利用することで、あらゆる物を作り出し有利に戦うことが出来ただろう。

 だが、『流刃若火』の炎と熱に隙間は存在しない。

 どうにか、三歩程の範囲の霊子を操作する事で戦えているだけであり、山本元柳斎重國の『流刃若火』の炎を利用した技を受けた場合、その操作も儘ならなくなるだろう。

 

 だから、転理は頼ることにした。

 

「黒曜!飲み込め!」

 

 次の瞬間、転理から生えた四本の尾へと不安定化していた周囲の霊子が吸収されていった。

 そして、吸収した霊子を自らの霊圧に変換させる事で、ほぼ無尽蔵に霊圧を全方位へと放ち続け『流刃若火』の炎が入ることの出来ない空間を作り出した。

 そして、『流刃若火』の炎と熱を封じる必要の無くなった転理は、不安定化した霊子を鬼道を完全詠唱した時と同じ様に操り破道の九十『黒棺』を自らを含む山全体が巻き込まれる規模で発動させた。

 

「ぬぅ、貴様この山全体を自ら共々押し潰すつもりか!だが、この程度であれば」

 

「ああ!どうとでもなるだろう元柳斎!あんたの霊圧に流刃若火があればこの程度の鬼道内側から壊す事くらい。だが、それはさせんぞ元柳斎!」

 

 そう言うと転理は、自らの尾を山本元柳斎重國の体へ巻き付け、山本元柳斎重國の放つ霊圧を吸収し始めた。

 

「自らが燃える事すら気にせず儂を捕らえるつもりか!」

 

「ああ!こうでもしなければ、お前を倒す事など出来そうに無いからな!」

 

 転理は、自らの体が燃える事すら気にせずに山本元柳斎重國の霊圧を吸収し、その霊圧を黒棺の強化に当て続けた。

 

「であれば、貴様の息の根を先に燃やし尽くそう」

 

 山本元柳斎重國は『流刃若火』の火力を自らが巻き込まれるのを気にもせず上げ続けた。

 その影響は、重力により崩れていく山を蒸発させ、転理の霊圧の防壁を易々と越え、全身を黒焦げの人形としか言い様の無い姿へと変えていた。

 だが、山本元柳斎重國をその場に縛り付ける力は弱まるどころか強まっていた。

 

「自らを傀儡にして儂を止めるか!」

 

 そう、山本元柳斎重國を縛る力が強まったのは、体内の霊子を操る事で自らの限界を越えた力を発揮していたからである。

 そうする事で、強制的に我慢比べに持っていったのである。

 

 

 

 

 どれ程の気を失っていたであろうか。

 転理は、意識が朦朧としながら考えた。

 黒棺の維持が出来なくなり。その後は、山本元柳斎重國の霊圧を吸い続けていた気がする。

 戦いがどうなったかを確かめる為、転理は体を回道で治していく。

 すると、治った耳から争う声が聞こえた。

 

「よくも転理さんを殺してくれたな!」

「許さねぇ」「仇討ちだ!」「其処を退け死神共が!」

 

「退くわけにはいかん。元柳斎殿の治療も未だ終わっていないのだから」

「ああ!総師範をお守りしろ!」「ええ、退くわけにはいいかないわ」「山本総師範をお守りするのだ!」

 

 どうやら、修行場の死神と元字塾の門下生が争っているらしい。

 転理が山本元柳斎重國と戦い始める前に、修行場の死神へと離れているようにと霊子を操作する事で声を届けていたため無事だったのである。

 それにしても、死んだと思われるとは一度は完全に心臓は止まったな、と考えながら声を発した。

 

「仇討ちなんてしなくていいよ」

 

 その声が、聞こえたからだろう。争う声が止まり、戸惑うような声が聞こえてきた。

 

「転理さん?」

 

「ああ、何だ?」

 

「生きていたんですか?」

 

「死んでいたのを確認していたんだろう?であれば、死んでいたさ。ただ蘇っただけだ」

 

 その答えに、困惑した様に話す声が聞こえてきた。

 だが、その声を無視し転理は山本元柳斎重國に話掛けた。

 

「元柳斎、俺を殺さなくて良いのか?」

 

「何を言っているのですか転理さん!」

 

「お主を殺しては、最初に言った事を守れんではないか(わっぱ)め」

 

(わっぱ)と未だに呼ぶか元柳斎」

 

(わっぱ)(わっぱ)よ。初めて得た感情に振り回された様など、(わっぱ)としか言い様がないわ。であれば、躾はしても殺しはせん」

 

「ふはっ、であれば俺も相変わらずその組織に入れるつもりか」

 

「この程度、飲み込まねば死神を一つにまとめ上げるなど出来わせん」

 

 その会話を聞いていた周囲の死神達が一人を除き、何故先程まで殺し合いをしていたのに穏やかに話す事が出来るのかと思う程、望月転理と山本元柳斎重國の間に流れる空気は争いとは無縁であった。

 

「では、元柳斎殿。俺を組織に入れるということでいいのか」

 

「ふん、お主を野に放つよりは儂の手元に置いた方が幾らかましだ。儂でなければ山一つでは済まんだろう」

 

「山一つ?」

 

 その言葉を聞いた転理は治った体を動かし、自らが住んでいた山があった場所を見た。

 そこには、ただただ深い穴が広がるのみであり、何も残っていなかった。

 

 

 

 



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7話

「以上を以て護廷十三隊新隊長着任の儀を終了とする」

 

 空座決戦より二十日後、護廷十三隊新隊長就任の儀が執り行われていた。

 

「これで終わりかネ。であれば、虚圏へ研究の続きの為もう行かせて貰うヨ」

 

「待て、涅マユリ。着任の儀は終わったが、まだしておらん事がある」

 

「ん~、それが山じいが絶対に来いって言った理由なのかな?」

 

「そうじゃ、此より総隊長預かりとの顔合わせを行う」

 

 その言葉に、多くの隊長が顔に驚きの表情をした。

 

「ァアン、総隊長預かりだぁ?なんだそりゃあ」

 

「おやおや、護廷十三隊隊長ともあろう者が知らないのかネ?まあ、キミであれば仕方ない。どうしようもないバカなのだからネ」

 

「何だ、喧嘩売ってンのか涅」

 

「イヤイヤ、そんなつもりはないとも。ただ客観的な事実を言ったまでサ」

 

「いいぞ買った。そこ動くなよてめぇ」

 

「ハイハイ、そこまでそこまで。山じいが本気で怒っちゃうよ」

 

「チッ」

 

「フン」

 

 一触即発の空気を出していた、十一番隊隊長更木剣八 (ざらきけんぱち)と十二番隊隊長(くろつち)マユリを八番隊隊長京楽春水(きょうらくしゅんすい)が止め、護廷十三隊総隊長山本元柳斎重國(やまもとげんりゅうさいしげくに)へと向き直る。

 

「それで“総隊長預かり”だって?それはもう千年以上使われていない制度じゃなかったっけ山じい」

 

「そうじゃ」

 

「待てそれはおかしいぞ、そのような者が居るならば我等隠密機動知らぬ筈がない」

 

「うん?隠密機動総司令官も知らないのか。てっきり砕蜂が知ってるのかと俺は思っていたんだがな」

 

 京楽春水の言葉に山本元柳斎重國が答えるが、それはおかしいと二番隊隊長兼隠密機動総司令官砕蜂(そいふぉん)が反論する。その事に十三番隊隊長浮竹十四郎(うきたけじゅうしろう)が疑問を言った。

 

「ほんなら誰が選ばれるん?それほんまは護廷十三隊隊長に着けるだけの実力を持っとるのに、何かダメな所ある隊士を総隊長自ら制御するための制度ちゃうかったけ?」

 

「ああ、だがそれは護廷十三隊の創設期における人材不足を補うための方便であり、実態は罪人を護廷十三隊に入れる為の制度だったはずだぜ」

 

 多くの疑問が出る中、山本元柳斎重國は杖で床を叩き注目を集めると皆の目を見ながら言った。

 

「各々疑問はあるだろう。じゃがそれは後に答える。まずは、総隊長預かりとの対面をしてからじゃ。入って参れ」

 

 隊長達は興味を持つ者や無関心の者まで多く居たが、入ってきた男女を見た時、真央霊術院を出た者は顔色を変え驚愕の表情を浮かべた。

 

「おいおい…こいつぁ」

 

「なるほど、こりゃあ隠密機動も知らない訳だ」

 

「ホウ、これは興味深い」

 

 各々違う反応を示す隊長達に目もくれず、男女は山本元柳斎重國の前までたどり着いた。

 男の方は、長い黒髪を後ろで一つに結び道服の様に改造した死覇装を身に着け、斬魄刀を背中の後ろに浮かばせている格好をしていた。

 女の方は、長い黒髪をそのまま流し頭の上に黒い狐の耳をつけ、黒地に満月を描いた着物を身に着け、九本の黒い尾を背後から生やす格好をしていた。

 

「久しぶりだな、元柳斎殿。少し腕が鈍ったんじゃないか?あの程度で腕を喪うなんて」

 

「貴様、総隊長殿に何をっ、京楽何故止める!」

 

「おっと、砕蜂ちゃん止めた方がいいよ。これは思っていたより大物が出てきたね」

 

 総隊長預かりの男が言った言葉に、砕蜂が声を荒げ手を伸ばすと京楽春水がその手を止めながら少し驚きを浮かべながら言う。

 

「お主にはそう見えるか」

 

「ああ、少なくとも千年前であれば藍染惣右介の腕の一本や二本、あの爆発に紛れて奪ってただろ?」

 

「はっ、そうかも知れんな」

 

 その会話に多くの隊長は驚きを感じていた。

 それは、総隊長が腕が鈍ったという発言を否定しなかったからである。

 山本元柳斎重國は顔を並ぶ隊長達に向け言った。

 

「今の発言で分かった者も居ろうが、こやつは長らく休隊しておった隊長じゃ。名を望月転理(もちづきてんり)元四番隊隊長をしていた者だ」

 

「望月転理だ。横に居るのは斬魄刀の本体黒曜、少しばかり休隊していたが、今回の事件で復隊する事が出来る様になったので戻って来た者だ」

 

 その言葉に多くの疑問が湧いたが、それについて発言するよりも早く黒曜がどうでも良さそうに言った一言が、隊長達の動きを止めた。

 

「あなた様?やはり滅ぼしましょうよこんな世界」

 

 そう言いながら、黒曜と言われた斬魄刀の本体は霊圧を放った。

 

「やめろ」

 

 それに反応して隊長達が臨戦態勢を取るよりも早く転理の言葉によって霊圧は収まった。

 

「ハアァ、今言うかそれを」

 

「ええ、だって今ならあなた様が自らやってくれる可能性があるでしょう?」

 

「ないよ、そんな事もう分かってるだろ?からかう為に霊圧を放って遊ぶな黒曜」

 

「いいじゃないですか、久しぶりに他者を使ってあなた様の違う表情が見れるのですから」

 

 その言葉を聞いた転理は、頭に手をやりため息を吐きながら視線を隊長達へと向けた。

 

「済まんな、こいつの言う事は話半分にでも聞いてくれればいい。もう危害を加えられないようにしてある」

 

「ええ、あなた様が付けられた制限範囲内でしかもう傷つけられませんね」

 

 転理にしなだれかかりながら黒曜は言った。

 それを気にしていないかのように、山本元柳斎重國は隊長達に対して何故全員が呼ばれたのか説明を始めた。

 

「こやつはこの斬魄刀の制御の為休隊しておったが、先日の藍染惣右介の事件の折に制御に成功したとの連絡があった。だが、一度暴走したこともあり未だに制御が成功したか確信が持てぬ為総隊長預かりとして扱う」

「そして、もしこやつの斬魄刀が暴走していたならば近寄らず一番隊まで報告するよう呼び掛ける為に集まってもらった」

 

「ァアア、そいつは俺達じゃあ相手にならねぇ、って位(つえ)えのか」

 

「それもあるが、そもそも儂でなければ近付く事すら出来んじゃろう」

 

「おいおい、山じいそんなにヤバいのかい彼の斬魄刀」

 

「うむ、それを実演し分かって貰うために集めたのだ。では、やって貰うぞ望月転理」

 

「ああ、分かった。黒曜お前が居たら見えないから戻ってろ」

 

「ええ、あなた様が言うのであれば」

 

 そう言うと、黒曜は消えて行った。

 

「それじゃあ元柳斎殿、手を見えやすいよう前に」

 

「うむ」

 

 山本元柳斎重國は失くなった左腕を前に出した。

 転理はその左腕に手を翳した。すると背後の斬魄刀がひとりでに抜けた。

 

「示せ『有為転変(ういてんぺん)』」

 

「なに?これは」

 

「ホウ、これは興味深い斬魄刀と一体に為るのかネ!だが、これはどちらかと云えば破面の…」

 

 転理が解号を唱えると、斬魄刀は転理の中に入っていき代わりに頭の上に黒い狐の耳を腰の辺りから黒い狐の尾が九本生えてきた。

 

「なっ」

 

「こいつぁ驚いた」

 

「なん……だと?」

 

「元柳斎先生の失くした腕が」

 

 それはおかしな光景であった。

 山本元柳斎重國の失くした左腕へ霊子が集まると、それが渦を巻きながら元の山本元柳斎重國の腕へと成っていったのだから。

 

「どうだ違和感は無いか?久々に他人の体を治したからな。何処か失敗しているかも知れん」

 

「ふむ」

 

 そう言って山本元柳斎重國は左腕を確認するかの様に動かした。そして、満足したのか手を杖の上に置き隊長達へ視線を上げた。

 

「こやつの斬魄刀の能力は、周囲の霊子を強制的に不安定な状態にするものと霊子を操作する二つがある。その力が暴走したならば、周囲全てを壊し操る化け物と成る。それを止めるには儂の流刃若火のよう周囲全てに多大な影響を与える他無い」

「故に、こやつに何かしらの異常があれば儂へ知らせよ」

 

 それを聞いた隊長達の反応は様々であったが、最早意識を向けていない者はいなかった。

 



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8話

「助かったよ、卯ノ花さん」

 

 望月転理は総隊長預かりとしての顔合わせが終わると隊長達に囲まれた。

 その中で更木剣八と涅マユリの争いに巻き込まれていた所を、総隊長から四番隊へ一時転理を預かることになっていた四番隊隊長卯ノ花烈(うのはなれつ)により助け出された。

 

「いえ、あのままではいつ隊舎に貴方を連れて行けるのか分かりませんでしたから」

 

「だろうな。俺のいた頃と同じ極まった馬鹿が二人いたからな。まあ、その内の一人である戦闘馬鹿がこうなるとは思ってもいなかったんだが」

 

「貴方にそう言われる程、私は変わった様に見えますか」

 

 言いながら卯ノ花烈は霊圧を転理のみに向け放った。

 それを平然と受け止め転理は嬉しそうに言う。

 

「ああ、変わったよ貴女は。昔なら自らの斬魄刀を他人に預けたりしなかっただろ」

 

「───」

 

「何時如何なる時に自らを満足させる相手が現れても良いように斬魄刀を持ち歩いていた。だが、もう心に決めた相手以外に興味を失った貴女にとって斬魄刀を持ち歩く意味が失くなっている」

 

 卯ノ花烈は少し驚いた顔をした後、何処か納得した表情を浮かべた。

 転理は卯ノ花の表情を見ると、少し拍子抜けした表情を浮かべ。

 

「なんだ、気付いていなかったのか卯ノ花さん。まあ無理もないか。貴女の狂い様を知る者がほとんどいない上に、こんな風に言う馬鹿はもう残っていないからな」

 

「その通りですね。私は自らでも気付かない程鈍っていた様です」

 

「鈍ってる?冗談言わないでよ卯ノ花さん。今の貴女は決めた相手と以外との戦いがおままごと以下の茶番にしか見れないからそんな風に変わったんだろ。貴女は研ぎ澄まされ過ぎたんだよ」

 

「その様に感じますか。私と同じ様に白打無上(はくだむじょう)として最強と言われていた貴方から見れば」

 

 『白打無上(はくだむじょう)』その言葉を聞いた転理は、嫌そうな表情を浮かべ卯ノ花烈に反論する。

 

「前も言っただろ。俺より技術があった奴も居たし純粋な白打で最強になった覚えはないと」

 

「言いましたね。白打の最強は自分では無いと。であれば私の言った言葉も覚えているのでしょう?」

 

「ああ、『ですが貴方が実戦であれ鍛練であれ白打において負けた事が無いのですから貴方が最強です』だったか」

 

「ええ、そうです。貴方は白打において誰にも負けなかった。であれば、貴方が最強でしょう?」

 

 卯ノ花烈はいたずらっぽく笑いながら言った。その様子を見た転理は微妙な顔で答えた。

 

「はぁ、俺で遊ぶなよ卯ノ花さん。確かに負けなかったさ、白打においては誰にもね。でも、そんな風にしたのは貴女が鍛練と称して俺を斬り殺そうとしたからこうなったんだろう」

 

「そうでしたか?」

 

「そうだったよ。大体誰が貴女の───」

 

 転理が言葉を言い掛けた時。廊下の先から銀髪の女性が歩いて来た。それを見た転理と卯ノ花烈は会話を止めそのまま女性に方へ歩きだした。

 

「卯ノ花隊長こちらに居られたのですか」

 

「すみません勇音、少し話が弾んでしまいました」

 

「いえ、勝手に私が捜しに来ただけですので。それよりもそちらの方は?」

 

「ああ、この方は四番隊で一時預かることになった総隊長預かりの」

 

「望月転理という者です」

 

 “総隊長預かり”その言葉を聞いた銀髪の女性は一瞬何の事か分からないといった表情を浮かべたが、次の瞬間には驚きの表情を浮かべていた。

 

「総隊長預かり?それは確か隊長に為るだけの実力を持ちながら何か致命的な問題を抱えた者を護廷十三隊で活動させるための制度ですよね」

 

「ええそうですよ勇音。それよりも自己紹介をしなさい」

 

「あっ、はい!護廷十三隊四番隊副隊長虎徹勇音(こてついさね)です」

 

 そう言いながら頭を下げる虎徹勇音に卯ノ花烈は近づき耳元で何かを囁いた。すると、虎徹勇音は急に頭を上げ転理の顔をまじまじと見つめて来た。

 

「望月…転理?」

 

「おっおう?何だ虎徹副隊長」

 

「あっあなたが欠損部位の再生から死者の蘇生までも出来たという初代四番隊隊長望月転理本人なんですか!」

 

「あーうんまあ。初代四番隊隊長の望月転理なら俺だが。死者蘇生?そんな事した覚えがないんだが」

 

「いえ、確かに貴方は死者を蘇らせていますよ私の目の前でも。ただ、貴方が頑なにそれを死者の蘇生として扱わなかっただけで」

 

 卯ノ花烈のその言葉に転理は何かを思い出したかのような表情を浮かべた。

 

「今だにあれを死者蘇生として教えているのか。あれはただ移し替えただけだと教えておいたはずなんだが」

 

「移し替える?」

 

「貴方からすれば違うのかも知れませんが。我々では見分けがつきませんでした。それに、貴方の様に一からその場で全てを作る技術なんて今でも無いのですからその様に教えるしか出来ないのですよ」

 

「だからといって普通は間違いを教えないだろ。はぁ、まあそう伝わるかとは薄々気付いていたが本当にそうなるとは」

 

 転理はなんとも言い難い表情を浮かべると、虎徹勇音に向き直り問いかける。

 

「それで、何か俺に聞きたい事があるのか虎徹副隊長」

 

「あ…はい!望月さんが四番隊に来るという事は回道について教えて頂けるという事でしょうか」

 

「あー」

 

「望月さん?」

 

 その問いを聞いた転理は、何処か気まずげな表情で卯ノ花烈に視線を向けた。

 卯ノ花烈はその視線を受けると虎徹勇音へと話し始めた。

 

「勇音。この人に他人に教えるなんて出来ませんよ」

 



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9話

「それで、どういうことなのでしょうか卯ノ花隊長」

 

 『いつまでも此処(一番隊隊舎)で話していては迷惑でしょう。続きは四番隊隊舎に戻ってからにしましょう』と卯ノ花烈に言われ一番隊隊舎から四番隊隊舎に戻り執務室に入った虎徹勇音の最初の言葉である。

 

「回道のことですか勇音?」

 

「ええ、教えることが出来ないとはどういう意味なのですか。確かに教えることに不向きな人もいますが、望月さんは多くの回道を用いた治療方法を残しているじゃないですか」

 

「だそうですよ。望月さん」

 

 何処か気まずげに顔を背けながら話を聞いていた転理に対し、卯ノ花烈はいつもと変わらない笑みを浮かべながら問い掛けた。

 

「あー、その治療方法の発見とかの論文の中に俺一人で書いたやつはあったか?」

 

「それは、無かったような。え、でも共同発表したから名前が…」

 

「いや、それは麒麟寺のやつが無理矢理に。というか、俺を困らせて遊んでないで説明を手伝って下さいよ卯ノ花さん」

 

「あら、御自分で説明された方が私に好きなように言われるよりは余程良いかと思いますが」

 

「俺のいない間といた時の両方を知っているのは貴女だけでしょう。であれば、貴女が言った内容を俺が補足しますから説明してくださいよ」

 

 転理の言葉を聞いた卯ノ花烈は虎徹勇音に視線を向け何故回道を教えられないかの説明を始めた。

 

「貴方がそう言うのであれば仕方がありません。私の口から説明しましょう。勇音、貴女が見た共同発表のもう一人の名前はなんでしたか?」

 

「えっと確か麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)と」

 

「ええ、望月さんの編み出したとされるものの殆どがその男の研究成果です」

 

「え、でもじゃあ何で共同発表なんて。もしかして…」

 

「貴女が思っているような事ではありませんよ勇音。それはその男がどうしてもと望月さんに頼み込んで共同発表したのですから」

 

 卯ノ花烈の言葉に虎徹勇音は訳が分からないという表情を浮かべ混乱している様子であった。それを見た卯ノ花烈は続きを説明し始めた。

 

「混乱させてしまいましたか。ですが、そのように言うしかないのです。その男が望月さんの治療法を再現出来ないか試行錯誤した結果が、今の回道を含めた尸魂界の医療なのですから」

 

「望月さんの再現?」

 

「そうです勇音。望月さんは斬魄刀の能力により霊子を自由に操作出来ます。そして、その能力によってあらゆる治療を行いました。ですが、それは望月さんだからこそ出来ることであり、他の死神には出来ないことでした。その治療をどうにか回道や薬学等の様々な分野を用いて再現したのが四番隊副隊長麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)という男です」

 

「じゃあ教えられないというのは」

 

「望月さんの治療方法は回道と言うにはあまりにも異常なのです。そもそも彼の回道は我々が普段使っている回道とは全くの別物です。そんな彼に我々が使う回道を教えることなど出来ないのです」

 

 虎徹勇音は何処か信じられないという表情で卯ノ花烈の話を聞き終えた。

 転理は卯ノ花烈の説明を聞き補足を始めた。

 

「まあ、教えることは出来ないが四番隊全体の負担を減らす事なら出来る。それに、麒麟寺がどうにか落とし込んだ回道なら歪な所があれば霊子を操作して矯正すること位は出来なくもない」

 

「あら、そうだったのですか?」

 

「月に一度その為の会を開いてはいたんだけど、まあ他の隊のやつは見た覚えが無いから卯ノ花さんが知らないのも無理ない。それに、矯正は回道に対してで怪我を治す時は怪我の度合いや場所によって使い方が変わるから、あくまでも術にある淀みとかぎこちなさを直す為のやり方でしかない」

 

「それでも充分に凄いと思いますが」

 

「麒麟寺みたいに言葉で教えられないから理論は無理なんだよ」

 

「貴方の回道は全て貴方の感覚で作られたものですからね」

 

「では、望月さんの欠損部位の再生や死者の蘇生の方法が今に伝わっていないのも難易度が高すぎるとか禁術に指定されたではなく」

 

 卯ノ花烈は虎徹勇音の言葉に頷き何処か呆れた目で転理を見た。

 

「単純に真似出来なかったのですよ。尸魂界の回道の達人達を集めた当時の四番隊であっても」

 



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10話

 虎徹勇音は説明を聞き終えた後、その内容を紙へとまとめた物を四番隊隊士に配るための準備に取り掛かるため執務室出ていった。

 そうして執務室には望月転理と卯ノ花烈が残った。

 

「望月さん」

 

「どうかしたか卯ノ花さん」

 

「大丈夫なんですね」

 

 卯ノ花烈の言葉を受けた転理は一瞬のうちに始解し周囲の霊子を完全に支配した。そして支配した霊子を使い完全に外界との接触の無い異界へと執務室を変貌させた。

 

「何か合図でもくれよ八千流(やちる)

 

「今はその名は名乗っていません。烈とでも呼んでください」

 

「あー、すまん。つい昔の癖で呼んじまった。“烈”これでいいか」

 

「ええ、やちるはもう他の方の名前ですから」

 

 転理はつい呼んでしまった名前を謝り、霊子を操り二つの椅子と机を作り出し煙管を取り出しながら腰掛けた。

 

卯ノ花烈は湯飲みとかりんとうを転理と自分の前に置き椅子に腰掛けた。

 

「ああ、確か今の剣八の」

 

「ええ、あの子の名付けだそうで」

 

「嬉しそうだな烈」

 

「そうですね。それだけ意識しているということですから」

 

 転理は話を聞きながら煙管の火皿に霊子で作った刻みたばこを詰め霊子を操ることで火を着けゆっくりと喫った。

 卯ノ花烈は何処か懐かしそうにその様子を見ていた。

 

「相も変わらず不思議な香りですね貴方の煙草は」

 

「俺が作り出すのは霊草や薬草も混ぜた特別製だからな。まあ、麒麟寺にはあまり好まれなかったがお前はそんなに嫌ってなかっただろ」

 

「ええ、普通の煙草の香り等より好きですね」

 

「まあ、俺が好きなように作ったから材料費と希少性が馬鹿みたいに高くなったがな」

 

「確かその煙草を欲しがる方に譲っていましたね」

 

「俺にとっては無料(ただ)と変わらない。俺の煙草を気に入ってくれたならやってもよかったからな」

 

 そう言いながら転理は喫い終わった灰を霊子にほどいていった。

 そして、煙管を片手で弄びながら卯ノ花烈に問い掛けた。

 

「で、どうして急にそんなこと言い出した」

 

「壊れたはずの斬魄刀があるのです。不審に思うでしょう」

 

「そこまで伝わってたのか。それなら不審に思われても仕方ないか」

 

「それで大丈夫なのですね」

 

 転理は卯ノ花烈のもう一度の問いに苦笑いを浮かべ答えた。

 

「寝ても問題ない程度には」

 

「それは、千年前よりは大丈夫そうですね」

 

「それでも気は抜けないが、生きてきた中で一番問題ない程度には大丈夫だ」

 

 卯ノ花烈は聞き終わると湯飲みを持ちお茶を飲んだ。

 転理はそれを見てかりんとうを食べ始めた。

 

「それにしても意外だったな。お前がいくら不信に思ったとはいえ、元柳斎が確認していない訳がないと知っているだろうに」

 

「そうですね。総隊長が救護の要である四番隊に貴方を任せた以上は問題無いと判断されたからでしょう。ですが、貴方の能力は勇音や四番隊隊士にとっては危険過ぎる。であれば、四番隊を預かる者として聞く必要があるでしょう?」

 

「───」

 

 卯ノ花烈の言葉に転理は湯飲みに伸ばしていた手を止め目を見開いた。

 

「わかっていたが実際に見ると衝撃が凄いな。お前が誰かを気遣う様は」

 

「そうですか?昔から変わらないと思いますが」

 

「冗談にもならないことを言うなよ烈。本当に気遣っていたと言うなら十一番隊の頃の隊士の名前を誰でもいいから挙げてみろ」

 

「それは……」

 

「だろうな。まあ、顔を見れば思い出すかも知れんが、いきなり言われて思い出せる程興味もってなかったからな。だからこそ、さっきの言葉に驚いたんだが」

 

「どうやら私は千年前から大きく変わっているようですね」

 

 卯ノ花烈は自分の変化を実感しているようだった。

 転理は卯ノ花烈の様子を愉しそうに観ていた。

 そして、湯飲みのお茶がなくなる程度の時間が経った頃、転理は片手で弄んでいた煙管で軽く机を叩き音を鳴すことで意識を切り替えると。

 

「それじゃあ、秘密にした方がいいかもしれない話も終わったことだし。そろそろ俺がしなくちゃいけないことの確認をしていきますか」

 

「ええ、そうしましょうか。貴方を一番隊ではなく四番隊に配置した。総隊長はなにやら急いで治療体制を強化したい御様子です。何かを感じているのかもしれません」

 

「みたいだな。まあ、俺をいきなり御膝下である一番隊に置かない辺り大規模な戦争位は見越してるかもしれないな」

 

「であれば、出来るだけ早く貴方を組み込んだ組織の再編が必要ですね。貴方を普通の隊士と同じ扱いにしては預かった意味がありません」

 

「なら、出来るだけ早く馴染めるように回道の矯正教室を開く許可をくれ」

 

「いいでしょう。雑用等の振り分けも調整してより長く回道の訓練を出来るように手配しなければいけませんね」

 

「ああ、となると護廷十三隊全体での───」

 

 時間の許す限り話し合われた内容は未来を大きく変えることはなくとも。

 少しだけいい方向へと未来を変え始めた。

 それは、ただの死神ではない転理(いじょう)が関わり始めたからこその変化であり。

 いずれ来る敵への強みになることを今の段階では誰も知らない。



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11話

 望月転理が四番隊に預けられてから一ヶ月が経った。

 この一ヶ月間、四番隊は忙しい日々を過ごしていた。

 

 

 

 

「ふむ、まあこんなものかな。じゃあ今回の回道矯正教室は終了。後は、各自今の感覚を忘れないように自己鍛練を怠らないこと。それじゃあ解散!」

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 転理は四番隊に来た次の日から週に一度行っていた『回道矯正教室』を終わらせ、四番隊の再編に関する話し合いを卯ノ花烈と行うべく執務室へ向かっていた。

 

「黒曜」

 

「はい、あなた様」

 

 転理に名を呼ばれた黒曜は、歩く転理に後ろから抱きつく形で宙に浮きながら現れた。

 

判ったか(・・・・)

 

「いいえ、何も」

 

「何処まで探れた」

 

「瀞霊廷内であれば全て」

 

「そうか、なら───」

 

「望月さん!急患です!」

 

 走ってきた四番隊隊士は一人で歩いていた(・・・・・・・・)転理に呼び掛けた。

 転理は四番隊隊士に患者の容態を聞きながら、患者の元へと走り出した。

 

 

 

 卯ノ花烈との話し合いを終えた転理は自分に与えられた執務室で書類を片付けていた。

 

「望月さん来週の件ですが訓練場が変更になりました。詳細はこちらに」

 

「ん?急だな。元柳斎殿が何か言ってきたか?」

 

 転理は書類を受け取りながら疑問を口にする。

 虎徹勇音は書類を転理に渡すと執務室を見渡した。

 執務室内は紙が宙で固定されたかのように留まり、その紙に文字が独りでに浮き上がって報告書になり、書き終わった報告書が机へと順番に積み上がっていく不可思議な空間になっていた。

 

「あー、元柳斎殿も参加するきかこれは」

 

「そ、総隊長が参加!?書いていませんでしたよねそんなこと」

 

「いや書いてないけど、この場所どう考えても必要以上に広い場所に変わってる。多分それなりに体を動かす為にわざと広い場所に変えたな」

 

 転理はそう言いながら煙管を片手で弄びながら嫌な顔をした。

 

「四番隊以外の隊士との交流が目的なんだけど。これ、上手くいかないだろ。ていうかどう考えても俺が鈍ったと言ったこと対する当て付けだろ」

 

「なっ、鈍ったなんて言ったんですか!?総隊長に!」

 

「事実だからしょうがない。昔なら事態が悪化する前に開幕の一発で終わらせてたからな。まあ、鈍っても化け物みたいに強いから問題ないはずなんだが。藍染惣右介(あいつ)を止められなかった事実があるから気にするか」

 

「今でも充分に強いと思いますが」

 

「強いは強いんだが…」

 

 虎徹勇音の言葉に転理は昔を思い出しながら語り出す。

 

「今の方が斬魄刀の扱いも含めて全体の力量は上がってるんだが、もし今の元柳斎殿と千年前の元柳斎殿が戦ったら十中八九千年前の元柳斎殿が勝つ」

 

「今の方が強いんですよね?どうして千年前の総隊長が勝つんですか」

 

「力量は今が最高だろうな。千年前より強くなってはいる。だけど、精神的には千年前の方が今より戦士としては強かった」

 

「精神的?」

 

 虎徹勇音は不思議そうな表情を浮かべながら転理に聞き返した。

 

「あの頃の元柳斎殿だったなら双極で藍染惣右介が大罪人だと判ったなら犠牲を気にすること無く瀞霊廷ごと燃やし尽くしていただろうからな。それに比べれば周りを気にして動かなかったのは精神が戦士のそれじゃあなく守る者になっていたからだ。それじゃあ昔の自分には勝てない」

 

「せ、瀞霊廷諸ごと燃やす!?そんなことしたらどれだけの犠牲が…」

 

「それでもやるから元柳斎(あいつ)は最強だった」

 

 懐かしそうに語る転理は虎徹勇音が不安そうな表情を浮かべているのを見て、苦笑いをしながら「安心しろ」と言う。

 

「俺と訓練したからといって、昔の元柳斎殿になることはない」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、戻るだけで終わらせる訳がない。何をどうした所で力を上げる。元柳斎殿は意思が普通じゃあない。どう転んでも前に進む為の糧として有効に使い前進し続ける意思力の怪物だからな」

 

「意思力の怪物……」

 

 虎徹勇音が繰り返した言葉を聞きながら転理は報告書を一つに纏め宙に浮かせ虎徹勇音に渡した。

 

「それじゃあ雑談も終わったことだし仕事に戻りますか。それが急患にした治療の報告書な。虎徹副隊長も時間大丈夫か?」

 

「時間?」

「すみません!もう会議の時間に間に合わなくなるかもしれないので失礼します!」

 

 虎徹勇音は時計を見て慌てた様子で執務室を出ていった。

 

「忙しないな。昔じゃあ考えられない位きっちりした死神が増えたもんだな。その辺どう思う砕蜂隊長?」

 

「ふん、私が知るわけないだろうが総隊長預かり」

 

 転理が誰かに話掛けると、転理が座る椅子の後ろに人影が現れた。

 その人影は護廷十三隊二番隊隊長兼隠密機動総司令官砕蜂(ソイフォン)であった。

 

「だろうな。それで何か用か」

 

「貴様が呼びつけたのだろう。態とらしく監視に就けた者の腕に貴様の髪を結び付けておいてしらを切るつもりか」

 

「そんなことはない。ただ違う用の可能性もあったから確認しただけだ」

 

「で、私を呼びつけて何の用だ」

 

 転理は煙管に刻みたばこを生み出し火を着けながら答える。

 

「まあ、端的に言うのならお節介だよ」

 

「お節介だと」

 

「ああ、俺のことを調べたなら判るだろ?」

「俺についての情報は殆ど存在しない。だからと言ったらなんだが、俺自らお前達隠密機動の疑問に答えられるだけ答えようと思って呼びつけた」

 

「ふざけるのも大概にしろよ総隊長預かり。我々が貴様一人を調べられないとでも」

 

「無理だろうよ。俺の情報は上が消したから下のお前達じゃあ表面を撫でるのが精一杯だ」

 

 転理は言い終わると煙管を喫い煙を吐き出した。

 砕蜂は上という転理の言葉に何かを察して苦い顔をした。

 

「四十六室か」

 

「いや、その上の王属特務だ」

 

「な…に?王属特務だと!貴様一体何を──」

 

「それを含めて話せることは話しておこうと思ったんだよ。まあ、他言無用の話になるだろうけど隠密機動総司令位は知って置かないと面倒なことになるだろうからな」

 

 転理はそう言いながら始解し卯ノ花烈の執務室でしたように部屋の異界化を行った。

 

「さて、砕蜂総司令には面倒だろうけど色々と知っていてもらおうか」

「何、この部屋の時空を歪めて置いたから時間は気にしなくていい。知りたいことが多いだろうが話せることは全部話すさ」

「まあ、聞きたくなくても聞いて貰うんだがな砕蜂総司令」

 

 

 



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12話

 砕蜂との密談から一週間。

 転理の姿はとある訓練場にあった。

 

 

 

「それじゃあ白打交流会を始めたいんだが……」

 

 転理は自らが主催した白打の技術交換や新たな訓練相手発見を目的とした交流会を始めようとしていた。

 訓練場には噂の総隊長預かりが開催した交流会という興味から席官を含めた多くの死神達が集まっていた。

 だが、訓練場に集まった死神達は山本元柳斎重國を中心に左右に分断される形で全く一つに纏まっていなかった。

 

「まあ、何事もなく始められる雰囲気でもないか。本当は軽く組み手でもしながら改善点なんかを指摘し合う所から始めたかったんだが。誰か元柳斎殿と組み手やりたい奴居るか?」

 

 集まっている死神達は首を横に振ってやりたくないと意思を示していた。

 それは十一番隊の死神も同じであり、通常ではあり得ない光景であった。

 何故このような光景が広がっているのか?

 その原因は山本元柳斎重國の放つ転理に向けた霊圧の余波が周りの死神に重圧を掛けていたからである。

 

「あー、出来ないか。それじゃあ時間を取って交流会に集まって貰ったみんなに申し訳ないので、今回の交流会の内容を俺と元柳斎殿の組み手を見て行う見稽古に変更する。構わないよな元柳斎殿?」

 

「うむ」

 

 転理は山本元柳斎重國が頷くのを見ると集まっている死神達に距離を取る様に言った。

 転理は後ろに浮かせていた斬魄刀を具象化した黒曜に預けながら言った。

 

「黒曜結界を頼んだ。最低でも外への影響は余波程度に収めてくれ」

 

「ええ、わかりましたあなた様」

 

「ああそれと全員、霊圧を全開にして気を強く持てよ」

 

 転理の言葉が終わると、黒曜の張った結界の中に居る二人の霊圧が爆発的に上昇した。

 それは黒曜の張った結界を内側から吹き飛ばしかねない圧力であり、結界越しであっても結界の外に居る死神達を気絶させかねない威力を持っていた。

 

「あーあー、気絶してる奴も居るよ。ちゃんと霊圧全開にしろって言ったのに。どう思うよ元柳斎」

 

「ふん、少し鍛えねばならん者が居るようじゃな。それよりもよいのか口調が変わっておるぞ」

 

「まあ、結界が強化されて中の音が聞こえないならいいだろ」

「それじゃあ軽くはじめますか」

 

 次の瞬間、二人は結界の中心でぶつかっていた。

 転理が拳を放てば、山本元柳斎重國がその拳を往なしそのまま肩からぶつかる、ぶつかられた転理はその威力が充分に伝わる前に打点をずらしその力を利用して山本元柳斎重國を投げ飛ばす、投げ飛ばされた山本元柳斎重國は投げ飛ばされながら蹴りを放ち転理との距離を取る、距離を取られた転理は空中で瞬歩を行い山本元柳斎重國の体勢が整う前に膝蹴りを叩き込む。

 このような一進一退の戦いが結界内で繰り広げられていた。

 その戦いを霊圧を上げることで気絶しなかった死神が息を飲みながら見逃すまいと見ていた。

 

 

 

 だが、その戦いを見ていた死神は他にも存在していた。

 訓練場から少し離れた崖の上、一人の死神が訓練場を崖の上から眺めていた。

 

「なんや俺のこと、この距離で気付いとったんかアイツ」

 

「みたいだね~僕達の所にも声が届いたよ」

 

「一応此処よりも距離は取っておいたんはずなんだが」

 

 崖の上に立っていた五番隊隊長平子真子(ひらこしんじ)の元に京楽春水と浮竹十四郎が歩いて来た。

 

「隊長さん達も覗き見ですか」

 

「まーね、色々と気になるじゃない彼。だからこの交流会がどうなるか気になってちょっと覗いて見ようかと思ってたんだけど」

 

「まさか元柳斎先生が来るとは思わなかった」

 

「せやな、俺もびっくりしたわ。まぁ、声届いた時よりはましやけどな」

 

 平子真子は後ろに現れた二人に振り返りもせず会話をしていた。それは一時も望月転理と山本元柳斎重國との組み手から目を離すまいとしていたからであり。

 京楽春水と浮竹十四郎も同様に会話をしながらも目は離していなかった。

 

「ほんでどう見ますお二人さん」

 

「いや~馬鹿にしてた訳じゃないけど、想像以上だね彼。山じいと組み手とはいえ一歩も退かないなんてなかなか出来るもんじゃないよ」

 

「そうだな、俺達も白打の訓練で元柳斎先生と組み手をしたことはあるが、ああも互角に戦うことは出来なかった」

 

 その答えに平子真子はため息をついて黒曜を指差した。

 

「ちゃうちゃう、ほんまは分かってて言うてるんやろ。あの斬魄刀の本体と言うてた黒曜とか言う子、よー分からん方法で結界張ってること気付いとるやろ」

 

「そりゃあ気付いてるよ?でも彼女は色々と例外過ぎてどれが異常なのか判らないからね。其処んとこ浮竹はどう思う?」

 

「どうだろうな、そういう斬魄刀なんだと言われてしまえばそれまでだが、元柳斎先生が問題無いと判断しているとはいえ、さすがに異常だとは思うが」

 

「まー判る訳無いよねこれだけじゃ。でもあの時の発言からみてもどうやら総隊長預かり本人よりも面倒な相手だろうね彼女」

 

「ほな総隊長預かりより斬魄刀が注目せなあかんってーことは共通認識でええんやな」

 

 平子真子の言葉に二人は同意の言葉を返した。

 そして、三人が話している間も結界内で行われていた組み手は一旦の小休止を挟み、より熾烈なものへと変化していくのだった。

 

 

 

 

 



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13話

 結界内で行われていた組み手は両者が距離を取り、話を始めたことで小休止となっていた。

 

「それでどうだ元柳斎。少しは戻ったか?」

 

「判って聞いておるな、転理よ」

 

「まあな、やっぱり軽くじゃあ戻らないか。少し上げるぞ」

 

 その言葉と共に周囲に放たれていた転理の霊圧が感じられなくなり、代わりに山本元柳斎重國の霊圧が炎を思わせる形で可視化する程放たれた。

 結界は内側から放たれている山本元柳斎重國の霊圧により破裂する程の圧力を受け軋んだが、黒曜が手を軽く動かすと結界の軋みは止まり安定した状態へと戻った。

 

「それじゃあ、ここからが本番だからよく見ているように」

 

 転理は言い終わると山本元柳斎重國の真横に瞬時に現れ、その勢いを回転に変え蹴りを放った。

 転理の放った蹴りを山本元柳斎重國が直接触れること無く可視化した霊圧で受け流し、そのまま拳を突き出すと拳が体に触れる前に転理が吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた転理は地面に片手を着けると慣性を無視したかのように急停止し、手を着けた地面は転理が受けた力を全てを受けたかのように爆散した。

 転理が止まるとその前に山本元柳斎重國が現れ腹部に両拳を当てると転理はくの字に体を曲げ吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされる瞬間、転理は山本元柳斎重國の腕に足を絡めることで山本元柳斎重國を地面に押し付けながら飛ばされる。

 

 此処までが交流会に来ていた死神達がなんとか見ることの出来た戦いであり、此処から先は飛び飛びの様子しか見ることは出来なかった。

 

 山本元柳斎重國と転理の姿が消える。

 地面が砕け、空中では金属同士がぶつかったかのような火花が飛び、空間を揺らす振動が結界越しに伝わる。

 稀に二人の姿の一部が見えることもあるが、その時の衝突による影響で空間が歪むことで完全に姿が視認できることはなかった。

 

 

 

 平子真子は熾烈になっていく組み手を見ながら何処か呆れた雰囲気を漂わせていた。

 

「アホみたいな光景やなこれ」

 

「だねぇ。これ、瞬歩を絶え間無く続けながら戦ってるってことでしょ?よく距離を見誤らないよね~僕じゃあちょっと理解出来ない領域だよあれは」

 

「何より、あれだけ瞬歩を繰り返し続けても霊力が尽きないことが驚きだ。ああも連続していれば何処かで霊力の供給が追い付かなくなることもあるだろうに」

 

 崖の上で見ていた三人は訓練場の死神よりはこの組み手の内容を見ることが出来ていた。

 それでも全てが見えている訳では無く、戦闘経験から来る予想でなんとか全体の流れを理解するにとどまっていた。

 

「それで、お二人さんは判ります?あのけったいな戦闘方法」

 

「望月総隊長預かりの戦闘法か?俺は聞いた覚えはないな。京楽はどうだ?」

 

「ンー、僕は山じいから少し聞いたことあるかもね」

 

 京楽春水は望月転理の戦闘方法について何処か思い出す顔で話始めた。

 

「昔、山じいに拳骨された時にこう言ったことがあるんだ。『山じいの拳骨が一番強いんだから簡単にやらないでよ』って」

 

「それは恐ろしいことを元柳斎先生に言ったな。お説教が長くなるのは判ってるだろうに」

 

「まあね、僕も言った後で気付いて『怒られる!』って思ったんだけど。どうもその時は何時もと違ってすぐに拳骨が落ちてこなくてね。見上げたら何かを思い出している顔で『一番強いのは儂ではない』と言って教えてくれた人の話の中にあれと似た話があってね」

 

「その流れで聞いたんか」

 

「うん、まあ僕も今まで気にしてなかったんだけど、戦い方を見て今思い出したんだよね。確か名前は零式だったかな?何でも霊力を身体の力や頑丈さに変換し続ける技術って話だよ。どうもその力が強くて白打じゃ山じいでも勝ったことが無いとか」

 

「零式…ということはまだ先が有るということか?」

 

「うん、どうも山じいの口振りだとそうっぽいんだよね~」

 

 平子真子は京楽春水の答えを聞くと、胡座で座り込みながら何処か呆れた様子で言った。

 

「はっ、総隊長とやりあえとるあれが零かいな。一・二とどないなっていくんや。というか、霊力を変換し続けるってなら、どないにして瞬歩使ってるんやアイツ」

 

「僕が聞いていたのも昔だし変化してるのかもね」

 

「はっ、結局アイツのことは分からず仕舞いかいな」

 

「ちょっと覗いて見たら底知れないって事を理解させられただけだったね~」

 

「まあ、俺達も今回のことだけで分かるとは思っていなかったが、こうも理解出来ない事ばかりだとは思わなかったな」

 

「ほんまにわからんことだらけや。本人も斬魄刀も」

 

 

 

 組み手が始まり三十分が過ぎた頃、それまで戦い続けていた二人が距離を置き構えを見せた。

 そこからの出来事は誰にも観測することは出来なかったが、最終的に結界を上方向に開けることで逃がした力が遮魂膜にぶつかったことから、とんでもない力のぶつかり合いが起こった事だけは確かである。

 その後の白打交流会の伝説として語り継がれる初回の交流会は結界から出てきた転理の言葉で解散となった。



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14話

 白打交流会の後も転理は忙しい日々を過ごしていた。

 転理はその忙しい時間の合間に空いた時間を見つけては瀞霊廷内を見て回っていた。

 

 

 

「やっぱり千年前とは色々と変わってるな黒曜」

 

 転理はみたらし団子を一つ食べるとそう言った。

 

「そうですか?特に変わっていませんよあなた様。天も地も須らく何時壊れてもおかしくないままです」

 

「分かってて言ってるだろ黒曜。俺が言ってるのはもっと身近なことっだって」

 

「ええ、でもどちらとでも取れる質問をしたのはあなた様でしょう?」

 

 黒曜の答えに転理は呆れた視線を向けた。

 視線を受けた黒曜はニッコリと微笑み、自らのあんこの団子を転理の口の前に差し出した。

 転理は黒曜の差し出した団子を一つ食べると、自らのみたらし団子を黒曜の口の前に差し出し食べさせた。

 

「ん、あんこも旨いな。ここの団子いくつか買っていくか」

 

「相も変わらずあなた様は自ら創れる物を買うのですね」

 

「そりゃあ自分でも創れるが、人が作り上げた物は作った人の人生を含めた多くが宿ってるから自分で創るよりは買った方がいい物が多いし、元柳斎辺りになるとそこから俺が創ったのか人が作ったのか区別もつくみたいだからな」

 

「物に宿る魂ですか。ですがあなた様が創った物にも宿るでしょう?」

 

「宿るには宿るけど、その魂も作られる環境や人の魂魄からの影響で色々と変わるから同じにはいかないだろ。だから人の作った物を買うようにしてるんだよ。だいたいお前にも違いは判るだろ」

 

「ええ、ですがあなた様の創った物の方が宿る魂も他の人が作った物よりいい物になるでしょう?」

 

「そりゃ完全にお前の好みの問題だろうが」

 

「ええ、(わたくし)の好みです。だって、あなた様の影響を受けた物と受けていない物では比べるまでも無いでしょう?」

 

「はあぁ、何時もの事ながら黒曜は俺への愛が重すぎるだろうが」

 

 ため息をついた転理はお茶を飲み干すと持ち帰りようの団子を含めた代金を払い店を出た。

 

「それで、次は何処を見て回るつもりなのですか?」

 

「適当に歩いているだけで充分に楽しいから特に決めていないな。何処か行きたい場所でもあるか?」

 

「あなた様と一緒なら何処でも構いませんので、特に無いですね」

 

「じゃあ適当に見て回るか」

 

 転理達が店を見ながら歩いていると、ある呉服屋から騒がしい声が聞こえてくることに気づいた。

 転理は興味から呉服屋を覗いてみると隊首羽織を着けた銀髪の少年とオレンジがかった茶髪をした女性が何やら言い争っている様子が見えた。

 

 

 

「だから着ねぇって言ってんだろろうが松本!」

 

「え~着てみましょうよ隊長~きっとよく似合いますよ」

 

「誰が女の服を着るか!深刻な顔で『少し時間貰えますか』って言ってきたからついて来たが、用がこれだけならもう帰るぞ!」

 

 副隊長松本乱菊(まつもとらんぎく)と言い争っていた十番隊隊長日番谷冬獅郎(ひつがやとうしろう)は呉服屋の入り口からこちらを見ている人影を見つけた。

 

「俺らのせいで店に入ってこれない客がいるみたいだからもう出るぞ松本」

 

「えー、隊長が駄々言うからじゃないですか~。あ、店主さんこれとこれとこれ買いま~す」

 

 日番谷冬獅郎は何時も金欠で苦しんでいる松本乱菊が軽く支払いを済ませたのを見て違和感を覚えた。

 

「松本てめえ金欠じゃなかったか。何処から出てきやがったその金は」

 

「ん~隊長を女装させたいって言ったら簡単に集まりましたよ?人気者ですねー隊長は」

 

「後で詳しく聞くからなその話は。それより買ったならもう出るぞ」

 

「ちょっ、引っ張らなくてもいいじゃないですか」

 

 松本乱菊の腕を引きながら呉服屋を出ると先ほどこちらを見ていた人影が未だに店の前に居ることに日番谷冬獅郎は気が付いた。

 近づくにつれその人影が最近何かと話題になる総隊長預かりであったことが日番谷冬獅郎には判った。 

 総隊長預かりの傍には黒曜と呼ばれていた斬魄刀の本体も居り、何かを楽しそうに総隊長預かりに話していた。

 総隊長預かりは呉服屋から出てきた日番谷冬獅郎を見ると話し掛けてきた。

 

「確か十番隊隊長日番谷冬獅郎と副隊長の松本乱菊だよな」

 

「ああ、そう言うあんたは総隊長預かりの望月転理でよかったか」

 

 確認する望月転理の問いかけに答えながら日番谷冬獅郎は松本乱菊の手を引いた。

 

「それであってるよ。少し聞きたいことがあるんだが時間はあるか?」

 

「松本が予定を組んでるから俺は知らん。どうなんだ松本」

 

「ん~特に決めて無いですね~後は適当に回って隊長をからかうつもりでしたから」

 

「なに、聞きたいことは一つだけだ。そんなに時間は食わん、直ぐに終わる質問だ。何か奢るから何処かの店で食べながら話そう」

 

「隊長、行きましょう。そうすればお酒が無料(タダ)で飲めます」

 

「てめえ、それが目的だろ松本。というかお前、俺に奢らせるつもりだったな」

 

「あれ?バレました?」

 

「松本ォ!」

 

 日番谷冬獅郎達は言い争いながら望月転理達についていき、料理店に入った。

 料理を注文し届き始めると日番谷冬獅郎に望月転理は質問を始めた。

 

「それで聞きたい事ってのはなんだ」

 

「何、そんなに身構えなくても大丈夫だ。お前達から黒崎一護どう見えた?」

 

「黒崎一護?奴のことを何故俺達に聞く?」

 

「現世にいた時にそれなりに関わったんだろ?印象で構わない教えてくれ」

 

 日番谷冬獅郎は答えて良いものか悩んだが、松本乱菊が勝手に話し始めたため自らもポツリポツリと印象を語って言った。

 食事を終える頃には話は終わって望月転理は聞いた話をまとめながら何処か納得した表情を浮かべいた。

 

「そうか、直接会ったことのある二人がそう言うか」

 

「で、何で黒崎一護のことを聞いた。何か企んでるなら──」

 

「何も企んでないよ。只、養殖とは言えこうも見事に条件を満たした奴が生まれたんだ。気になるのが当然だ」

 

「条件?何の話をしてやがる」

 

「何、世界は不可思議なことに満ちているって話だよ。普通に暮らして行く分には何の関わりも無い戯れ言みたいなもんだ。気にする必要は無い。それじゃあ話を聞かせてくれてありがとう。代金は多めにここに置いとくから余った代金は好きにしてくれいい」

 

 そう言うと望月転理は店を出て行った。

 日番谷冬獅郎は望月転理の言葉の意味を考え、何も分からない事が判ると苛立たしげに頭を掻いた。

 

「くそっ、また何かに巻き込まれてるのか黒崎は」

 

「あ、大将熱燗と刺身の盛り合わせくださーい」

 

「てめぇ松本、何呑気に注文してんだ。手を引いて気を付けろって注意したよな」

 

 松本乱菊の呑気な様子に日番谷冬獅郎が苛つきながら問いかけた。

 

「そんなこと言われてもどうにもならないと思いますよ隊長。隊長だって調べたんでしょ彼の経歴」

 

「……ああ」

 

「だったら判るでしょ?不自然さに」

 

 日番谷冬獅郎が調べた望月転理の経歴は不自然な程少なかった。

 その殆どが何らかの理由で抹消されているか、どうしても残さなければいけないから残しているかの二つしか存在していなかった。

 

「そして、それを総隊長が分かっていない訳がないんですから、余り考えても意味ないと思いますよ~」

 

「だからと言って俺達が警戒しない理由にはなんねぇだろうが」

 

「隊長は警戒し過ぎですよ。そもそも私達が不信に思うってことは隠密機動の方が前の事件で全く気付けなかったことを気にして本格的に調査してると思いますし、他の隊長達だって独自の方法で警戒してるんですから。それに隊長は露骨過ぎますよ。もし普通じゃないところがあっても仲間だったら失礼になりますし、もう少し普通に接した方がいいと思いますよ?」

 

「そんなことは分かってる。だが、今は警戒しとかねぇと不味い時期だろうが」

 

 言いながらも日番谷冬獅郎も分かっていた。

 これはただの言い訳であると、本当は一度裏切られたことで生まれた疑わしい存在への拒絶反応であると言うことに。

 

 

 

 だが、その拒絶反応はある意味では正しかった。

 彼はその類いまれなる才能で感じていたのだ。

 望月転理の正体とその歪さを。

 

 

 

 

 

 

 



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