それでも糸は紡がれ続ける—女傑達の英雄遺文— (護人ベリアス)
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序章  語り部達の独白
真にその糸は途切れたか?


 一人の道化がとある荒野でその身体を野に晒した。

 

 

 その道化の名はアルゴノゥト。

 

 

 ミノタウロスを討ち果たし、一時は英雄とまで呼ばれたこともあった男。

 

 だが所詮道化は道化。英雄の器などありはしない。

 

 道化とは、滑稽な言動で他人を楽しませ、笑顔にする者のこと。

 

 だからアルゴノゥトは道化らしくその死を以てして多くの人々を笑わせ続けた。

 

 誰も枯れない涙なんて流さなかったし、悲しみに暮れたりなんかしなかった。

 

 みんな、口を開けて、空を仰いで、一緒に笑ったの。

 

 そう。

 

 みんなみんな。

 

 

 アルゴノゥトの死を嗤ったのだ。

 

 

 ほんの少し前までアルゴノゥトを英雄と称えた人々がその死を汚し、分不相応な振る舞いを嗤った。

 

 アルゴノゥトの力でミノタウロスと言う闇を打ち払ったはずのラクリオス王国は、そのアルゴノゥトを邪魔ものと見なし平然と見捨てた。

 

 それが招いたのがアルゴノゥトの死。

 

 誰もがアルゴノゥトの死を嗤った。

 

 誰もがアルゴノゥトを助けなかった。

 

 ある者は保身のために目を背け。

 

 ある者は無力を呪った。

 

 その中に私もいた。

 

 アルゴノゥトの『物語』を綴りその生き様を後世に伝えると、アルゴノゥトに誓ったこの私も。

 

 オルナティア・ラクリオスは如何に言葉を弄した所でラクリオス王家の醜い血から逃れることなどできなかったのだ。

 

 私はアルゴノゥトが死地に赴くのを止めることができなかった。

 

 私は憎い。

 

 救国の英雄と称えたにもかかわらずアルゴノゥトを手のひらを反すように見捨てたこの国も。

 

 アルゴノゥトを破滅へと導いたこの世界も。

 

 アルゴノゥトの死を見ていることしかできなかった私自身も。

 

 みんなみんな憎くて仕方ない。

 

 私は一度アルゴノゥトに絶望から救われた。

 

 だがやはりアルゴノゥトの言葉はまやかしでしかなかった。

 

 アルゴノゥトの無慈悲な死が私にそれを気付かせた。

 

 虚言を弄した他ならぬアルゴノゥトがそれを自らの死で証明した。

 

 やはり希望なんてない。

 

 やはりこの世界に救う価値なんてない。

 

 誰よりも人々の笑顔を願い、誰よりも人々の幸せを願い、誰よりも悲しみを背負ってきたアルゴノゥトを殺したこんな世界なんて。

 

 滅びてしまえばいい。

 

 私が望まずとも『大穴』から溢れ出る無限の魔物はこのラクリオス王国だけでなく世界中を飲み込もうとしている。

 

 これは人類の愚行への報い。

 

 その報いでみんなみんな滅びてしまえ。

 

 アルゴノゥトがその身を滅ぼしたようにみんなみんな滅びてしまえば…

 

 

 

 ☆

 

 

 

 さぁさぁ語り部のオルナ殿のお言葉を借りまして、これより語るは一つの物語。

 

 オルナ殿の申される通りの惨状がこの世界をその当時襲っていたのです。

 

 止まらぬ魔物の侵攻。

 

 次々と陥落していく人類の拠点と狭まる居住域。

 

 そんな中で人類は未だ団結せず醜い抗争を繰り返し、その貴重な時間と資源を食いつぶしていました。

 

 そんな由々しき事態を止めるために立ったのがオルナ殿も申された道化アルゴノゥト。

 

 道化アルゴノゥトは、忌まわしきミノタウロスの力を借り、人類の尊厳を捨てようとしていた『人類最後の楽園』ラクリオス王国に赴きました。

 

 そしてミノタウロスを討ち果たし、人類の尊厳を取り戻した。

 

 ですが、嗚呼、恐ろしいかな。人類の真の敵は人類自身。

 

 人類は醜い抗争を終えることができず、その抗争に巻き込まれる形で道化アルゴノゥトは命を落とした。

 

『英雄の船』の船頭たらんとし、人類に笑顔と希望をもたらそうと奮闘したアルゴノゥト。

 

 個人の勇は欠けようとも、英雄を率いる英雄の中の英雄の器を示したアルゴノゥト。

 

 そのアルゴノゥトは魔物ではなく他ならぬ人類の手によって非業の死を遂げたのです。

 

 嗚呼、悔しいかな。真の英雄を失いしこと。

 

 こうして人類は自らの手で英雄の船頭を屠ってしまった。

 

 確かにオルナ殿の仰る通り救う価値などないと言っても仕方がないような愚行を人類は犯したのは事実。

 

 そして人類の愚行により世界は魔物によって正真正銘の破滅へと向かっていたのもまた事実。

 

 ですがオルナ殿は一つ、大事なことを忘れておりました。

 

 

 それは希望が未だ潰えていないということ。

 

 

 アルゴノゥトは確かに希望を遺していた。私はそう断言できるのです。

 

 なぜか、と?

 

 いやはや、お恥ずかしいながら私もまたそのアルゴノゥトから希望を託された者の一人でしてなぁ。

 

 ええ。お話いたしましょう。もしあなたがご興味があると申されるならば。

 

 仮にも私はかの道化の傍らでその偉業を見届けた身。

 

 さらに言うなれば、本来歌を歌うことのみが我が使命と心得ていたにも関わらず、その偉業に深く肩入れしてしまった身。

 

 私ならば、誰よりも詳しく誰よりも鮮明にお話しすることができるでしょう。

 

 ええ。お誓いしましょう。ここで語られるは真実の物語であると。

 

 吟遊詩人ウィーシェの名に懸けて、英雄亡き後の物語を力の及ぶ限り鮮明に語らせていただきましょう。

 

 

 アルゴノゥトに見出されし、とある女傑達による英雄遺文を。。

 

 その女傑達によって紡がれた(希望)の物語を。




これにて物語の序章、導入は終わりです。
次話から物語に入っていきます。


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第一章 女傑達の雌伏の時
囚われの半妖精


最初の登場を飾るのは半妖精のあのお方です。
今作ではキーパーソンを務めて頂くことになります。


 空を見上げる。

 

 きっと星々が輝き、月明かりが辺りを照らしていることだろう。

 

 だけど私の目には、星々の輝きも月明かりも届かない。

 

 私の瞳に映るのはただ色のない灰色の空。

 

 私は光なんてもう見いだせなかった。

 

 私はもう空が青いだなんて信じられなかった。

 

『あの日と同じように。今日も空は青い』

 

 そう言った私の英雄はもういない。

 

 私の大切なたった一人の兄はもういない。

 

 

 アル兄さんはもういない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それは今から3年も前の事。

 

 その年、私の兄アルゴノゥトはラクリオス王国の王都において凶悪な魔物ミノタウロスを討ち果たした。

 

 それは人類に尊厳を取り戻すためだと。

 

 それは人々の笑顔を取り戻すためだと。

 

 アルゴノゥト…アル兄さんはそう言って魔物との戦いにその身を投じたのであった。

 

 自らの瞳が光を失うことを引き換えにして。

 

 そうすることによって人類に希望がもたらされる。

 

 その犠牲によって『英雄神話』が始まる。

 

 そう信じてアル兄さんは戦い、自らの『道化』としての役割を全うした。

 

 

『英雄神話』はそれから始まるはずだったのだ。

 

 

 だが人類の醜悪な歪みは『英雄神話』など始めさせはしなかった。

 

 その障害になったのはそれまで魔物の力に縋っていたラクリオス王。そしてその周囲に控え魔物の力で権力を守り権益を貪ってきた貴族達。

 

 ラクリオス王と貴族達はミノタウロスにお姉様を生贄に差し出そうとしたように王族達を次々と生贄に差し出すことでミノタウロスの強大な力を繋ぎとめてきた、言わば持ちつ持たれつの関係を築いてきた。

 

 だがその強大な権力の源となっていたミノタウロスはアル兄さんによって討ち果たされた。

 

 そのため彼らはミノタウロスが失われたことで一時は恐慌状態に陥っていたはずだった。

 

 お陰で英雄として名を上げたアル兄さんと王族の責務を全うすべく立ち上がったお姉様…王女アリアドネ様の障害にはなり得ないと思われた。

 

 アル兄さんはラクリオス王国において英雄としての地位を固め、光を失っても尚与えられた役割を果たすために力を尽くしていた。

 

 お姉様は、失意に飲まれているかに見えた父親のラクリオス王に代わって王国の政務に取り掛かろうとしていた。

 

 そしてそんな二人をユーリさんやガルムスさん、オルナさん、エルミナさん、そして私がそれぞれの立場から支えていた。

 

 あの激戦を共に戦い抜いたリュールゥさんとクロッゾさんは早々にそれぞれ旅立ってしまっていたけれど、それでも私達はアル兄さんの願った『英雄神話』を始めるべくみんなで努力を重ねていたのだ。

 

 こんな少しずつの努力の積み重ねで暗黒の時代に終わりを告げさせることができる。

 

 その時の私はそう思い込んでいたのだ。

 

 だがそう簡単に物事が運んでいれば、人類は互いに醜い争いを繰り返し、自らの首を絞め続け、次々に居住域を喪失していくことなどしなかった。

 

 私はその残酷な現実に気付いていなかった。

 

 そしてその残酷な現実をもたらしたのはラクリオス王とその元にいる貴族達。息を潜めていた彼らは私達の人類の反撃のための努力の陰で暗躍し出していたのだ。

 

 権力に憑りつかれた者達は恐慌状態を抜け出すと、『英雄神話』を始めていくべく努力を重ねるアル兄さんやお姉様の排除に動く。

 

 この期に及んで人類は未だ協力の道を歩むことができなかったのだ。

 

 そうして時を経ずして事件は起こった。

 

 

 王都でクーデターが起こったのだ。

 

 

 どこからともなく現れた貴族達の私兵によって王宮は一夜にして私達の手から滑り落ちた。

 

 いくらミノタウロスとの戦いの過程で王家の近衛兵の多くが失われ、警備が以前ほど厳しくなかったとはいえ余りにも手口が鮮やかすぎた。

 

 王宮の抜け道の隅々まで知るラクリオス王の関与は明らかだった。

 

 だがその時はまだ希望は残っていた。

 

 アル兄さんを始めユーリさんやガルムスさん、エルミナさんは王国の辺境を荒らす魔物の討伐のために王都を後にしていたのである。

 

 アル兄さん達の元にはラクリオス王国中から集まった私達と志を共にする方々がおり、急拵えとは言え言わば魔物に対する一大遠征軍が編成されていたのだ。

 

 そのため王都に残っていたのは、お姉様とオルナさんと私を始めとした戦闘をあまり得意としない方々と僅かな護衛の方だけ。

 

 王宮を捨てることで真摯に政務と向き合うお姉様を慕い始めた街の皆さんを見捨てる形になるのは心苦しかった。

 

 だがアル兄さん達が王宮の外にいる以上脱出に成功させ合流すればすぐにでも王宮は奪還できる。心を鬼にしなければ、全てが潰えかねない危機だと私もお姉様も判断することができた。

 

 だから私達は捲土重来を心に決め、王宮にいた慕ってくれる僅かな人々を連れて脱出を試みた。

 

 だが王宮を早期に掌握した兵達の動きは素早かった。追手は逃げる私達に脱出が済まぬうちに迫ったのだ。

 

 護衛の方は既に足止めのために王宮に残って戦っていたため、もう私達のそばにはいなかった。

 

 迫る追手に対して戦えるような人を私以外ほとんど擁していない私達は窮地に陥りかけた。

 

 そこで打てる策は私が追手の足止めを買って出ることしかなかった。それ以外にお姉様やオルナさん達を逃す術はない。そう危機が身近に迫る中で私は判断したのだ。

 

 お姉様とオルナさんに強く引き止められても私の覚悟は変わらない。

 

 お姉様やオルナさん達と叶うかも分からぬ再会の約束を交わし、皆さんを送り出した。そして振り返った視界の先にいたのは数え切れないほどの追ってくる貴族の私兵達。

 

 私はある限りの力を尽くして、追手を散々に食い止めた。

 

 そのお陰でお姉様とオルナさん達は確実に王都から逃れさせることができた。

 

 だがその引き換えに力尽きた私は最後に追手の捕虜に堕ちた。

 

 またも捕虜にされたことに違和感は覚えたものの、まだ私には命が残されていた。だから希望は全く見失っていなかった。

 

 

『今日も空は青い。なら私はお前を助けにくるさ、『妹』よ』

 

 

 そう言ったアル兄さんがいる。

 

 私がラクリオス王によって処刑されかけたあの時のようにアル兄さんは私を救い出してくれる。

 

 私はそう信じていた。

 

 あの時よりも信じられる仲間を持ち、英雄としてみんなに認められたアル兄さんなら、こんな程度の苦難乗り越えてくれる。

 

 私はそう信じていた。

 

 投獄された私の小さな小さな窓から見える空はまだこの時は青かったのだ。

 

 だが数日して牢の番人が告げた言葉によってその空は色を失い始めた。

 

 

 アル兄さんは魔物によって帰らぬ人になってしまったというのだ。

 

 

 ゲラゲラと嘲りながらそう告げた番人の言葉を私は信じなかった。

 

 私はその時はただの偽りの言葉と受け取り、静かに否定した。

 

 アル兄さんの元にはたくさんの志を共にする方々がいる。だからアル兄さんはいなくなってしまうなど、あり得ないと普通に考えることがその時はできていた。

 

 だが日に日に番人が与えてくる不快な情報を聞いているうちにそれを否定するのは難しくなっていった。

 

 

 アル兄さんは王国の辺境で死んだ。

 

 遺体をラクリオス王は逆賊として広場で曝そうとしたが、辺境の戦場跡には魔物に食い荒らされた遺体が数多野に晒され遺体の判別はできなかった、と。

 

 だがアル兄さんの率いた軍勢は四散するかラクリオス王の送り込んだ王の軍に投降した。その投降した者達がアル兄さんが確かに戦死した、そう告げたのだそうだ。

 

 だからもうアル兄さんが生存している可能性はない、と。

 

 

 お姉様とオルナさんも王都を脱出した後消息を絶った。王国中に手配書が回されたが、未だ消息は掴めず。

 

 恐らくお姉様もオルナさんも脱出後か否かは分からないが命を喪ったのであろう、と。

 

 

 それでもアル兄さんの事。

 

 どこからともなく現れてみんなを救ってくれるのだろう。

 

 みんなを笑顔にしてくれるだろう。

 

 私はそれを信じてひたすら苦痛の絶えない牢獄での生活に耐え抜いた。

 

 だが私の目から見える空が灰色に段々と変わっていくのを止めてくれるような事実は何一つこの耳に届かなかった。

 

 そうして一年が過ぎた。

 

 私は牢獄に忘れ去られたように放置されたまま。

 

 以前のように私を処刑しようとすることでアル兄さんをおびき寄せようという試みさえしないラクリオス王。

 

 ラクリオス王が王宮を牛耳り、私が牢獄で捕らえられているにも関わらず何一つ行動を起こしているように思えないアル兄さん。

 

 アル兄さんのそばに誰よりも長くいる私はお人好しなアル兄さんが何もせず無謀なこともせずじっと耐えて機を見計らっている、と楽観的にはもう考えられなかった。

 

 私は認めるしかなかった。

 

 

 アル兄さんは本当に死んでしまったのだろう、と。

 

 

 同時にそれを認めた瞬間私は今更のように思い出してしまったのだ。

 

 アル兄さんがミノタウロスとの戦いの最中漏らした真意を。

 

 アル兄さんは言った。

 

 自分は笑顔のための、真の英雄達のための『礎』である、と。

 

 その『種』はまいた。あとは道化が躍るだけ。英雄達が立ち上がるきっかけを作るだけ、と。

 

 これはどういう意味か。

 

 それは私でも多くを考えずに分かることができた。

 

 きっかけ、それはミノタウロスを倒すこと。

 

 つまり…

 

 

 あの時点でアル兄さんはミノタウロスを倒すことで自身の役割が終わる、そう考えていたのだ。

 

 

 アル兄さんはミノタウロスを倒した時点で自らの役割は終わり、あとは道化として死ぬのみ。そう考えていたのだと今更気付いてしまったのだ。

 

 なら…

 

 アル兄さんは死んでしまった。そう納得できてしまった。

 

 アル兄さんは自らの信念を曲げたりはしない。道化として死ぬという覚悟を揺るがすことなどない。

 

 アル兄さんは、道化として最期まで生き、その覚悟を全うしたのだ。そう確信してしまった。

 

 ラクリオス王が何もしないと油断し、王都を留守にした挙句王都を奪われ居場所も失い魔物に殺された。

 

 まさに愚かな道化らしい最期だ。

 

 これはアル兄さんの望んだ道化としての死そのものであった。

 

 これはもしやアル兄さん自身が想定してたシナリオだったのではないか?

 

 なぜそれに私が、いや、私達が気づけなかったか。それは言うまでもない。

 

 アル兄さんは誰かが悲しむのを望んでいなかった。

 

 誰かの笑顔を曇らすことを望んでいなかった。

 

 アル兄さんがまさか道化として生を全うするために死に急いでいた…などということを知られたいと思うはずがない。

 

 アル兄さんは光を失って尚その役割を果たすために力を尽くしていたのではなく、その役割を終えようとしていたのだ。

 

 私はその覚悟を尊重しないといけない。

 

 アル兄さんが自らに課した役割をきちんと果たしたことを喜ばないといけないのかもしれない。

 

 だけど私は耐えられなかった。

 

 アル兄さんの背負う悲しみを私が分けてもらえなかったという事実が。

 

 アル兄さんに恩を返すことができないままアル兄さんに先立たれてしまったことが。

 

 私はアル兄さんが私が悲しむことを望んでいないことぐらい分かってる。

 

 いっそ馬鹿だと笑い飛ばした方がアル兄さんの望みなのかもしれないと薄々分かってしまう。

 

 だけど私は抑えられなかった。

 

 アル兄さんがいなくなってしまったことへの途方もない悲しみを。

 

 アル兄さんの死を悼む止めどなく流れ続ける涙を。

 

 アル兄さんが死地へと向かうのを止めることができなかった自分自身への怒りを。

 

 アル兄さんの死を確信してからの私の人生は色を失った。生きる意味を失った。

 

 何度も命を絶って、アル兄さんの元に逝きたい。そう思った。

 

 だが私はアル兄さんがそんなことして欲しいと考えるとは到底思えなかった。

 

 牢獄の暗闇の中。夢の中。アル兄さんはこう私に語り掛けるのだ。

 

『フィーナ。君は笑っていてくれ。妹一人笑顔に出来ないとなると、私は英雄どころか道化にさえもなれない。だから私のためにもどうか笑ってくれ。私の愛しい妹よ』

 

 この言葉が妄想なのは分かってる。アル兄さんが夢で語り掛けてくるなんてありえない。

 

 だけどアル兄さんならきっとこう言う。そう思えてならないのだ。

 

 だから辛い獄中生活を耐え抜いた。

 

 いつか来るかもしれない私が笑顔を浮かべられる日を願って。

 

 もしかしたらアル兄さんが希望を遺してくれているのではないか。そんな淡い期待を抱いて。

 

 それからさらに2度の季節が廻った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 空を見上げる。

 

 私の瞳に映るのはただ色のない灰色の空。

 

 今日も私は灰色の空を見上げる。

 

 だけどその時微かに空が彩られ始めたように感じた。

 

 それはただの私の錯覚。ただの幻想。

 

 その時はそう思った。

 

 だがそれは何かが私を導いていたのかもしれない。

 

 その瞬間背中に生温かい感触を感じる。

 

 それが何か私は分からなかったが、私の背に聳える鉄格子に何かがぶつかる重い音が異変を私に感じ取らせた。

 

 そして目の前の薄汚い土壁が一本の赤い線で彩られたことでその異変を私は確信する。

 

 私は勢いよく振り返った。

 

 そこにいたのは漆黒の衣装に身を包み覆面をしている者の姿。

 

 その者は血を滴らせたままの剣をその細腕で握りしめ、私を見下ろしている。その隣を散々アル兄さんを罵りあざ笑っていた番人の骸がずり落ちていく。

 

 その者が誰か私には一瞬分からなかった。

 

 だがその衣装から垣間見えた容姿は私に一人の人物を思い出させた。

 

 

 周囲を照らすかのように金色に輝く髪が。

 

 青空のように美しく信念を宿した紺青の瞳が。

 

 

 それに気づいた瞬間私の視界は一気に色づいていく。

 

 やはりアル兄さんの言う通り空は青い。私はそれを忘れないでよかった。そう心から思う。

 

 希望は未だ消えていなかった。そう確信する。

 

 アル兄さんは希望を確かに遺してくれていた。そう確信させてくれる。

 

 感極まって言葉を失った私を前にその人は覆面を外し、その素性を明らかにした。

 

 そうして現した口元に小さく笑みを浮かべると、私のために希望を小さくとも力強く言葉にしてくれた。

 

 

「覚えてくださっていますか?私です。アリアドネです。あなたと同じようにアルゴノゥトに心を救われた王女アリアドネです。遅ればせながら助けに参りました」

 

 

 

 その言葉は私の救い。私の希望。

 

 私の元に笑顔が戻ってくる、そしてアル兄さんの望みが叶う希望を与えてくれる言葉。

 

 私はその言葉にこれまでの苦難と絶望を吹き飛ばさんばかりの笑顔で応じた。

 

 

「…っお姉様!!」

 

 

 それは希望が未だ途絶えていない明らかな証拠であった。




アリアドネが剣を持ってまさかの登場!
三年の空白の期間に様々なことがあったということです。
尚この空白の期間はまだまだ語り足りないので適宜補足していきます。

まずここで一人目の女傑フィーナさんが希望と笑顔を取り戻したと言う訳です。


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半妖精の元に舞い戻るは希望

「…っお姉様!!」

 

「…お忘れになっていなくて嬉しいです。フィーナ。本来なら久方ぶりの再会を素直に喜びたいところですが、時がありません。鉄格子から少々離れてください」

 

「え…?あっはい!」

 

 今すぐにでも抱き着いてしまいたくなるような歓喜を覚えつつお姉様に呼びかけるが、状況が状況。

 

 お姉様は冷静沈着のまま私になぜか鉄格子から離れるように告げる。

 

 なぜかは一瞬分からなかった私であったが、お姉様が剣を持ち換え鉄格子に付けられた錠前に突き付けたのを見て、その意図をすぐさま察した。

 

 お姉様はすぐさま錠前に剣を突き立て、金属音を大きく響かせると錠前は真っ二つに割れて床にカランと音を立てて落ちていった。

 

 …いつの間に錠前を即壊すという発想になるとは、上品だったはずのお姉様に一体何があったのだろうか…と思った私であった。

 

 だが考えてみれば、この3年。お姉様の身にも数えきれない災難が襲っていたであろうことは想像に難くない。

 

 何があったのか聞いてみたいとは思いはしたが、状況を考え控えるべきと私は即判断し、3年ぶりの出獄を果たすべく立ち上がろうとした。

 

 だが流石に3年と言う獄中生活は私の身体に酷い影響を与えていた。

 

「…っ!フィーナ!」

 

 立ち上がろうとしたものの脚に力が入らず、倒れかけた私をお姉様は心配な声を上げるだけでなく、あろうことかこの私を抱きとめてくれた。

 

 すぐにでも自分の脚できちんと立ち、お姉様にお礼を言いつつも迷惑をかけてはならにと強く心では思ったが、私の身体は言うことを聞いてくれなかった。

 

 というか初めての体験に私の身体は動かなくなっていた。

 

 私はお姉様に初めて抱きしめられている。

 

 

 …これがお姉様の…香り…

 

 

「…私もうこのまま死んでもいいかもしれません。こんな幸せなことがあるなんて…」

 

 あのお姉様に抱きしめてもらうなんて言う幸福に身を浸している私は思わずお姉様の腕の中でそう呟いていた。

 

 だがその呟きにお姉様は私を強く抱きしめると、静かに言った。

 

「…そのようなこと言わないでください。私が力及ぶ限り…あなたを絶対に死なせはしません。私はそのために助けに来たのですから。…フィーナまで旅立つなどと…言わないでください」

 

 その呟きは悲しみに満ちていた。

 

 それはお姉様もまた私と同じくらいに、いや、私以上に絶望と悲しみに触れていたということの現われだとすぐに分かってしまった。

 

 だって私でさえアル兄さんの死を知っているのだ。お姉様が知らないはずはない。だから『フィーナまで』と言ったのだ。

 

 そう分かった私はお姉様の腕から抜け出し、鉄格子を何とか支えにして自らの脚でようやく立ち、素直に私の浅はかな発言を謝罪した。

 

「すみません。お姉様。お姉様に初めて抱きしめてもらえたのがあまりに幸せすぎてつい言ってしまいました。もうこんなこと言いません。あ、でもこれからもまたお姉様に抱きしめてもらいたいというか何と言うか…」

 

 そう謝りつつ、思わず欲望を漏らしモゴモゴと言う私にお姉様は苦笑いか本当の笑顔か分らぬ笑みを浮かべる。

 

「何と言うか…あなた達は本当に相変わらずですね。こんな危機的状況でも私を笑顔にしてくれる。ええ。脱出した後ならいくらでも抱きしめましょう。だから必ず逃げ延びますよ。フィーナ」

 

「…!はい!もちろんです!」

 

 お姉様にまた抱きしめてもらえるという確約をもらった私の生への執着が倍加していく。

 

 それと同時にお姉様が『あなた達』と言ったことに深い意味合いを感じた私であったが、今はそこに触れるべきではないと考えて何かを言うのは止めた。

 

「ではあまり猶予はありません。フィーナ?歩けますか?もし無理なら…」

 

「大丈夫です。お姉様にご迷惑はおかけしません。この番人の遺体から骨をもぎ取って杖にしてでもお姉様に付いていきます!」

 

「それは…ともかく。大丈夫ならば、行きましょう」

 

 私のお姉様に迷惑を掛けたくないという強い強い思いにお姉様は複雑そうな表情を浮かべた。

 

 だが私の歩けるという強い言葉に納得してくれたお姉様は衰弱して早くは歩けぬ私に気を払いつつも私を連れて牢を出た。

 

「それでお姉様?どうやって脱出するのですか?ここの警備はかなり厳しいはずですが、何か手筈は整っているのですか?もしくは誰か一緒に来てくださって…」

 

「…手筈は特に考えていません。ただ来た道を引き返すだけです。それとここに来たのは私一人です」

 

「…え?お姉様一人…本当ですか?」

 

「ええ。私一人です」

 

 私はもうそれ以上聞かなかった。

 

 なぜお姉様が剣を扱えるようになっているのか。

 

 なぜお姉様がたった一人で私を助けに来てくれたのか。

 

 その理由を嫌でも察してしまったから。

 

 

 ユーリさんもガルムスさんもエルミナさんももうみんないないのかもしれない、と。

 

 

 だが私は挫けて、ここで生と希望を諦めるわけにはいかなかった。

 

 私はまだ生きている。

 

 お姉様と言う希望はまだ残っている。

 

 だから諦めるわけにはいかない。

 

 そう心に強く言い聞かせ、棒になって動かなくなりそうになる私の脚を奮い立たせた。

 

 そうしてお姉様に連れられて暗闇を進んで行くにつれて聞こえてくるのは喧騒。

 

 お姉様が潜入してきたことに気付いた王宮の兵が私達の脱出に気付く前にできるだけ遠くに移動しなければならない。

 

 そう強く思った結果、脚を無理矢理にでも早めようとしたその時お姉様は唐突に立ち止まった。

 

「着きました」

 

 そう言うとお姉様はその場にしゃがみ込む。何事かとお姉様のしゃがんだ方に視線を向けると、そこにあったのは排水路に繋がる鉄格子。お姉様が為そうとしていることはすぐに察した。

 

「ここから…逃げるんですね」

 

「ええ。…私では流石に王宮の近衛兵を全員蹴散らすことはできませんから。最低限の接触とできる限りの隠密行動を心掛けなければ、私にはあなた一人助ける力さえ未だにありません」

 

 そう淡々と答えるお姉様は、鉄格子を持ち上げると、私に入るように促す。

 

 当然清潔とは程遠い排水路だが、そんなこと3年も牢獄に留まれば言うほど気になりもしない。私はそそくさとその中に身を投じると、お姉様も後に続き最後に静かに鉄格子を元に戻した。

 

 そうして狭苦しい排水路を異臭の中這って進み始めるお姉様と私。

 

 するとお姉様は小さく息を吐いた。

 

「ここまで来れば恐らく問題はありません。王宮の兵が空の牢獄と獄番の遺体でフィーナの逃亡に気付いても恐らく夜明け。その時には私達はこの排水路の繋がる王都のそばに流れる川のほとりに辿り着いているでしょう。そこまで辿り着ければもう安心です」

 

 お姉様の溜息は安堵によるものだった。どうやら危機は過ぎ去った…そう考えてもいいらしい。

 

 一応は警戒を保ち、先を急ぎつつも少々の精神的余裕が生まれた私にはお姉様に問うことがあった。

 

「お姉様?まず助けに来て頂きありがとうございます。…誰かが助けに来てくれる…そう信じて待った甲斐がありました」

 

「…いえ。3年もお待たせしてしまい、申し訳ありません。…正直に言うとフィーナもダメかと思っていました。ですが以前王宮に勤めていた者に偶然出会い、フィーナが未だに牢獄に囚われていることを知りました。それで機を見計らい計画を立て、ようやく助けに来ることができました。間に合ってよかったです。そしてよくこの3年間生き延びてくれました。もしこのまま私達を守ってくださったフィーナまで喪ったら恩を返すことのできなかった私はどうすればいいかと…」

 

「恩なんてとんでもないです!お姉様!むしろ私なんかのために命を懸けて助けに来てくださるなんて…」

 

 私なんかに恩を感じ苦しそうにそう言うお姉様に私は自虐的に答える。だが私の言葉をお姉様は即座に遮った。

 

「フィーナ。そんなこと言わないでください。フィーナはその…私を姉と慕ってくださる大事な方です。どうして見捨てることなどできましょう?それにあなたはアルの妹で…」

 

 そうお姉様が言いかけた瞬間。お姉様の言葉は途切れた。

 

 お姉様に『大事な方』と言われて歓喜しかけていた私だったが、言葉を詰まらせたお姉様が心配になってくる。

 

 振り返ってみると、お姉様は苦悶で表情を歪めていた。

 

 その原因がアル兄さんの名が出たことにあるのは明らかだった。落ち着いて改めてその名が出ると私もお姉様も何も感じずにいることなどできなかったのだ。

 

 お姉様もアル兄さんのことを知っている。

 

 だがお姉様も当然アル兄さんのことを涼しい顔で受け流せるはずがない。

 

 アル兄さんの死をお姉様に告げさせるという辛い仕打ちをさせるわけにはいかない。

 

 そう思った私は口を閉ざしてしまったお姉様に代わって口を開いた。

 

「…知ってます。アル兄さんはアル兄さんらしく生き抜いて、旅立ってしまった…私はその最期を看取れたわけじゃない。…でも私はそうだったと信じています。アル兄さんはどこまでもアル兄さんらしくみんなを笑顔にするために戦い抜いた…違いますか?」

 

 それは願いだった。

 

 アル兄さんが決して無駄死にしたわけじゃないと思い込みたいという願い。

 

 その願いをお姉様にぶつけるのはおかしいかもしれない。

 

 お姉様はもっと残酷な現実を知っているのかもしれない。

 

 だけどぶつけずにはいられなかった。アル兄さんがもういないという事実を受け入れられてもその願いは潰えて欲しくなかったから。

 

 お姉様はしばらくの沈黙を続けたが、その沈黙を小さな声で破った。

 

「フィーナ…私はあなたに守られて王都を脱出した後、アルと合流できませんでした。なので…私もまたアルの最期を看取っていません。…ですがフィーナの言う通りアルはみんなを笑顔にするために戦い抜いた…そう思いたいです。…ですが私にはそうであったか確認するすべがありません。なぜならみんないなくなってしまったから…」

 

「おねえ…様?」

 

 その漏れた悲痛な呟きは私の心に突き刺さった。

 

 お姉様がアル兄さんのことを知りたくても知れない。そんな残酷な現実があることに気付いてしまったから。

 

 私はその残酷な現実を受け入れる覚悟を決める必要があった。

 

「…オルナや私達を慕って付いてきてくださった方々とは逃げる中ではぐれてしまいました…アルと共にいた軍勢も散り散りになっていました。…戦場跡に出向いてもあったのは数多の遺体のみ。…恐らくみんな…いなくなってしまった」

 

「…」

 

「…私は王女失格です。守る者を皆失ってしまった。守る力がなかった。それはただいくら少しばかりの剣技を身につけたところで何も変わりません。それでも…私は王家の血が流れる者として…アルの願いを知る者として…何もしないわけにはいかない」

 

「おねえ…様?」

 

 私は先程とは違う声色でお姉様を呼ぶ。

 

 先程のお姉様は苦しみで押しつぶされそうな声だった。

 

 だが今のお姉様の声は強い決意が見え隠れする思い響き。

 

 お姉様の抱く思いが変化したのは明らか。

 

 排水路の出口が近い。

 

 段々と暗闇が月明かりによって照らされていく。

 

 私とお姉様が排水路を這い出し、ようやく這うことから解放され立ち上がったその時。

 

 お姉様は決然と言い放った。

 

「私は…王女アリアドネです。ラクリオス王家の血を継ぎアルゴノゥトに命を救われ、一時は人々を笑顔にしたいという大義を共に背負いました。アルゴノゥトはもういない…ですがその大義は私の心に確かに残っています。私はこの大義を背負う責務と覚悟があります。私は…アルゴノゥトの大義を忘れない」

 

 それはお姉様の決意表明のようだった。

 

 それはアル兄さんへの誓いのようだった。

 

「私は一を救います。そして二を、三を、四を、そして百を救い、千を救い、国を救う…それだけのことを為す覚悟があります。私は一度それに失敗しました。ですが私はやり直し、アルゴノゥトと同じように一を救うことから始めたいと思います」

 

 お姉様は私のほうを向き直ると、続けた。

 

 それは私への思い。

 

「フィーナ。あなたは私の大切な大切な一です。私の再出発で最初に救う一です。フィーナ。あなたを救い出しすことができて本当に良かったです。あなたが私のそばにいてくださることほど今の私にとって心強いことはありませんから。あなたが生きていてくださって本当に良かった」

 

「お姉様…!そんなお褒めの言葉ばかり言われては…えへ…えへへへ…」

 

 お姉様の褒め殺しに愛の言葉にですっかり頬が緩み、感激が表情で隠し通せなくなる私。

 

 お姉様にここまで思われているとは思いもしなかった私は今すぐにでもお姉様に感謝の証として抱きつきたくなる。

 

 だがお姉様は真剣な表情そのもの。そんなことをしていい雰囲気ではない。

 

 私は表情を引き締めると、お姉様の真剣な言葉を受け止めるべくその続きを待った。

 

「だからフィーナ。非力な私に力を貸してください。私にはあなたの力が必要です。…私の道が茨の道になることは分かっています。…この3年間の獄中での生活以上の苦難が襲う可能性もあることも。それでも私は…!フィーナに!」

 

「分かってますよ。お姉様」

 

 もうお姉様の言葉の続きは聞く必要はなかった。

 

 なぜならお姉様が私に頼みたいことが何か分かっているから。

 

 そしてお姉様に贈る私の言葉は最初から決まっているから。

 

 私は笑みを浮かべて言った。

 

「私はどんな苦難があろうともお姉様を助けます。恩がどうとかそういうことではなく、私自身の願いとしてお姉様を支えたいです。私がお姉様の道を切り開きます。お姉様の邪魔者は何者であろうと焼き払います」

 

「フィーナ…!」

 

「そして私達の力で不甲斐ない馬鹿兄を見返してやるんです。あなたがやり遂げられなかったことを私達がやり遂げたって…!あなたの思いを忘れたりなんかしないって…!」

 

 私は語尾を強くしてそう言う。

 

 視界が曇り始めたのに気付かぬように。

 

 そんな曇り吹き飛ばしてやるために。

 

 私は笑顔だけ浮かべていればいい。

 

 私は涙など流してはいけないのだから。

 

 私は泣いてなんかいない。

 

 そう強がっているとお姉様は距離を縮めて優しく私を包み込む。

 

 そのお姉様が与えてくれる暖かみは私の無理を解きほぐしてくれる。

 

 そしてお姉様は私に静かに語りかけた。

 

「…フィーナ。今だけは…きっとアルも許してくれます。…だから今だけは…アルのために…」

 

 泣いてもいい。

 

 そう言おうとしてくれているのだと分かった。

 

 だが続きの言葉はとうとう紡がれなかった。

 

 お姉様がくれた優しい言葉。

 

 私にくれた免罪符。

 

 私はもう抑えられなかったから

 

 涙が止まらなくなったから。

 

 もう何も見えなくなった。

 

 お姉様もまた小さな嗚咽を漏らした。

 

 今だけはアル兄さんには許して欲しい。

 

 あなたの死を私達が悲しむことを。

 

 あなたのいない世界を寂しく思うことを。

 

 だけど私は、私達は今確かに誓ったのだ。

 

 私達がアル兄さんの願いと大義を引き継ぐ。

 

 私達がみんなを笑顔にする。

 

 お姉様の救った一がいつか二になり百になる日が来ると心から信じてる。

 

 希望はまだ残っている。

 

 アル兄さんの思いを忘れないお姉様と私がいる。

 

 だからまだ希望は消えていない。

 

 アル兄さん。

 

 どうか見守っていてください。

 

 

 私達があなたの思いをは果たすその姿を。




あっさり王宮の地下牢から脱出したアリアドネとフィーナ。
…実際問題アリアドネがどこぞのアイズさんではあるまいし、強くなるはずはなので戦闘は控えて脱出しました。アリアドネが敵兵を殺戮してたらなかなかにうーんですもんね…

さてフィーナを救ったものの、アリアドネに遺された物は少なく。
まだ何も始まっていませんねー


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埋伏の王女

 日は昇り始めた。

 

 フィーナを王都からの脱出に導いた私は川沿いに上っていき、二日かけて向かったのは木々の茂る山奥。

 

 そこはラクリオス王国の南部に位置する辺境。王国がもはや防衛を放棄しつつある地。

 

 そこに私が今滞在する集落であるナクソスがあった。

 

 その集落の貧相な門を警護する集落の方に声を掛けると、そばに備え付けられた鐘が鳴らされる。それと共に門が開かれていった。

 

「王女様。お帰りなさいませ。皆があなた様のご帰還をお待ちしておりました」

 

 そう礼を尽くして告げてくださる警備の方の言葉を受け取ると、私はフィーナと共に開かれた門の中に足を踏み入れた。

 

「アリア様!お怪我はありませんか?」

 

「ご無事で何よりです。王女様。そちらの方が例の?あっ…まさかお怪我を?」

 

「アリア様。エルフの御仁。お二人ともお疲れでしょう?準備はご指示を頂ければすぐにでも。まずはお医者様をすぐにでもお呼びしましょうか?」

 

「王女様。王都の様子は如何でしたか?お供出来ず申し訳ありません…」

 

 門の中に足を踏み入れたと共に出迎えてくださったのは集落の方々。

 

 鐘が鳴らされたばかりと言うのに門の周囲には早々に人垣が築かれていた。その人垣は段々と家々から出てきてくださる方々によってさらに大きくなっていく。

 

 そして私の元に届くのは、様々な心優しい声。

 

 私の無事の帰還を喜んでくださる声。

 

 私が救出してきたフィーナを心配して下さる声。

 

 フィーナだけでなく私の疲れまでも心配してくださる声。

 

 私が一人で王都に向かってしまったことへの少々の自責の念の籠った声。

 

 あっという間に私とフィーナは人々に囲まれていた。

 

 隣のフィーナはその光景に呆気に取られている様子。ただ私は寄せられた数々の言葉に応えることが優先と考える他なく、その言葉一つ一つに答えを返した。

 

「ユリア。私は大丈夫です。ご心配ありがとうございます」

 

「その通りです。マルス。こちらが以前お話しした私の大切な友人フィーナです。怪我はフィーナに確認します」

 

「ルナ。フィーナのためにまず部屋の準備を。それと温かい食事とお医者様もお願いします。それと身体を清める風呂もお願いします」

 

「王都の事は後程お話しします。デキウス。まずはフィーナの看病を優先させてください。それとこれは私の我儘です。危険な潜入に私は皆さんを巻き込みたくありませんでした。私の我儘を許してくださったこと。感謝いたします」

 

「あ、フィーナ?どこか怪我はありませんか?もしあるならば、今すぐにでもお医者様に診て頂かなければ。…フィーナ?」

 

 返答を矢次早に返した最後にフィーナへの質問を飛ばす私であったが、フィーナはなぜか茫然と立ち尽くしたまま。その真意の読めない私はフィーナの名をもう一度呼んでいた。

 

 その呼びかけにハッと体を震わせたフィーナは慌てるように私の質問に答えた。

 

「…あっ…ちょっと体が弱ってるだけで怪我とかはないです。ありがとうございます」

 

「そうですか。それは何よりです。ルナ。お医者様は結構です。あとはお頼みした通り手筈を」

 

「はい!承知しました!」

 

 フィーナの怪我がない答えに安堵すると共に指示を飛ばす。その様子を茫然と眺め続けるフィーナ。その様子に違和感を感じずにはいられなかった。

 

 だがフィーナに怪我がないと言えど獄中での過酷な生活に二日間の逃避行が終えたばかり。

 

 フィーナが茫然としているかのように気が抜けている原因は、ようやく安寧の地に辿り着けたことにあると推測した私はフィーナのためにひとまず静かな環境を提供するのが優先だと判断した。

 

「皆さん!二日ぶりに私が戻ったので私とて皆さんとお話ししたいことがあるのは山々です!ですがどうか今は私の友人であるフィーナのためにお時間をください!苦しい生活をようやく脱却したフィーナには安らかな時が必要なのです!」

 

 そう申し訳なさも込めつつ声を上げると、皆さんは私の在所に向かうための道を素直に空けてくださる。それに私は笑みを浮かべて礼を告げると、フィーナに手招きをして人垣の間を移動し始めた。

 

 私の求めに応じてくださる皆さんの気遣いに感謝を覚えながらもそれよりも私はフィーナの様子の違和感を無視したままではいられない。

 

 そしてその違和感の答えはフィーナの呟きによって導き出された。

 

「…3年で本当に変わられたのですね。お姉様は…」

 

「…え?」

 

 フィーナの呟きに私は思わず隣で歩くフィーナを凝視する。

 

 私が変わった。それは一体どういう意味か?

 

「だって…私達を出迎えてくださった方々は本当にお姉様を慕っているように見えました。…お姉様が3年前以上に王女様なんだって実感させられました。この3年でお姉様はすっごく遠くに行っちゃったのかなぁ…って思っちゃいまして」

 

「フィーナ…」

 

「やっぱりお姉様は私なんかよりずっとずっと凄いんだなって…私は改めてお姉様を深く尊敬しました。流石です。お姉様。いつかはお姉様を追いつきたいなって…でも私じゃ無理ですかね?」

 

 フィーナが卑屈が篭っているかにも見える笑顔でそう言う。

 

 その言葉が本心からの私への誉め言葉であると。私には分かる。

 

 私を本心から尊敬し、尊敬する、皆から慕われるように『見える』私のようになれたらいい。そう思っていることは伝わってくる。

 

 フィーナは本心から私の事を姉と慕い尊敬してくれているのは、その表情と口調からはっきりと分かるから。

 

 

 だが私はそんな慕われる資格はない。

 

 フィーナはこの3年私が何をしてきたか、いや、如何に何もしてこなかったか知らない。

 

 私はフィーナに慕われるような資格はない。

 

 私はフィーナだけでなくここに住む皆さんに慕われるような資格はない。

 

 この3年間。

 

 王女を名乗り、王女として慕われ、王女として振舞い続けた。

 

 それはアルがそばにいた頃と同じように。

 

 だが王女としての責務を全うできていない。

 

 それはそもそもアルといた頃以外は王女としての責務をほとんど果たせていなかったことに原因があるのかもしれない。

 

 だから私は王女として、国を守る責任がある者として、力が全く及んでいない。

 

 私は否応がなく責務を果たすことができなかった王女アリアドネの3年間に思いを馳せずにはいられなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それは3年前の事。

 

 アルゴノゥトはラクリオス王国の王都において凶悪な魔物ミノタウロスを討ち果たした。

 

 そうしてこれまでミノタウロスの強大な力によって国を守り国の権力を望むがままにしていた私の父ラクリオス王と貴族たちは力を失った。

 

 代わりに力を握ったのはミノタウロスを討ち果たし英雄と呼ばれるようになったアルゴノゥト…アル。

 

 そして王女としてラクリオス王国の正統な後継者として国を治める資格を持つ私アリアドネ。

 

 アルと私はフィーナを始めとした周囲の力を借りつつアルの望んだ『英雄神話』を私達の手で始めるはずだったのだ。

 

 だが私達は油断していた。

 

 私の父や貴族たちがミノタウロスを失い失意に沈んでいると思い込んでいた。

 

 まさか人類を守るべく立ち上がった私達の背中を刺すような真似をするとは思っていなかった。

 

 彼らの望んでいたのは自身の権力の護持。人類の存続ではなかったのだ。

 

 

 アル達が王都を留守にした隙にクーデターは起きた。

 

 

 王宮にいた私はそれでも逃げ延びた。王女として生き延びなければならない。そう確信していた。

 

 だが失ったものがあまりに多すぎた。

 

 フィーナは追手を防ぐために王都に残り捕えられた。

 

 それでも尚追ってくる追手を避けるために私を慕ってくださる方々が囮になった。私は彼ら彼女らがどうなってしまったか知ることができていない。

 

 そしてその過程でオルナさえも囮を買って出て、そして私の前から姿を消した。

 

 私は救いだ出したフィーナに嘘をついた。オルナとははぐれたわけではない。オルナ自身の意志で私の囮となったのだ。

 

 

 私の命は彼ら彼女らのお陰で生き永らえている。

 

 

 そうまでして生き延びたのはアルの率いる軍勢と合流するため。

 

 合流すれば、王都の奪還も容易。もし仮に捕えられていたならば、私を守ってくださった方々も救い出すことができる。

 

 そう思い込んでいた。

 

 だが私の向かった先。アルの率いる軍勢の野営地、いや野営地の『跡』にあったのは…

 

 

 野ざらしにされた遺体の山であった。

 

 

 アルの軍勢は魔物によって壊滅していたのである。

 

 実際のところは、この時の私はまさかアルの軍勢が私の父の送った軍勢に投降した者も一部いたとは思わず、魔物によるものと思い込んでいただけであったが。

 

 軍勢は消え失せ、遺体の中にアルに付き従っていたはずの兵士の見知った顔を見出した時は胸が張り裂けそうな思いだった。

 

 アルの、私達の大義に賛同してくださった方々が命を落としてしまったという事実は私の心に深々と突き刺さった。

 

 だがその遺体の中にアルと共にいたはずのエルミナやユーリ、ガルムスの姿はなかった。

 

 そしてアルの姿も。

 

 だから希望が完全に消え去ったとはその時の私は考えなかった。

 

 だがアル達をあてもなく探し放浪する中で偶然出会った旅の商人に聞いてしまったのだ。

 

 

 アルが死んでしまった、と。王都にいる父が正式にそう布告を出した、と。

 

 

 私の目の前は真っ暗になった。

 

 希望は消えた。

 

 もうどうすることもできない。

 

 私を支えてくれた方々が命を墜とした今国を救う、人類を救う、人々の笑顔を取り戻す。

 

 そんな高尚な夢は遠い遠いものだと考えざるを得なかった。

 

 希望を失った今私は自身の無力を肌で感じずにはいられなかった。

 

 希望が消えた今もう私の為せることはない一瞬はそうも思った。

 

 だがそんな考えすぐに消え失せた。

 

 今遺っているのは私一人。

 

 なら誰がアルの願いを引き継ぐ?誰が人々の笑顔を取り戻す?

 

 私は逃げるわけにはいかなかった。

 

 私は今は耐える時、時が廻ってくるのを待つ時。そう判断した。

 

 

 私は埋伏を選んだ。

 

 

 私は王都から遠く離れ父からの追手が迫らぬ王国の辺境を埋伏の地に選んだ。

 

 私には知らないことが多すぎた。

 

 何せ直前まで王宮の外さえも碌に知らない深窓の無知蒙昧な姫だった私はまず途絶してしまった世界を知ることが何よりも必要だった。

 

 だから王都と言う整えられた環境を離れて、辺境を旅するということは私にとって必要なことだったと考えられる。何もすべてが不幸なわけではない。何事も塞翁が馬だ。

 

 そして幸運だったのは、王都の父と貴族達が私の排除後に互いの小さな小さな権力と権益の争奪戦に突入してくれたお陰で辺境への統治さえも杜撰になっていたこと。

 

 ただそれは同時に辺境一帯の安全保障が事実上放棄されたということ。アルがミノタウロスを討ち、私達が権力を失ったがために起きたこととも言えるため、胸は強く痛んだ。辺境の集落や都市が壊滅したという噂を耳にする度に自らの無力を呪いたくなった。

 

 だが私はまだまだ無力。私にはあらゆるものが足りない。私は責任を負う前に責任を果たすための力が必要だと確信し、ひたすら耐えた。

 

 街から街を移動する際に共にしてくださった旅の商人の方に剣術を僅かながら習った。

 

 小さな辺境の都市で私塾を営む学者様に歴史を始め多くを学んだ。その学者様が所蔵する書物を読ませていただいた。

 

 私は旅をして、辺境に生き、国の有様を見た。

 

 そうして最終的に辿り着いたのがここナクソス。

 

 辺境の山奥にある自給自足を旨とするような本当に小さな集落。周辺の集落とも交流は積極的ではなく閉鎖的。身を隠す必要がある私にとって最適な集落であった。

 

 だが訪れてすぐに私の正体を見破られたときは本当に冷や汗をかいたものだった。だが私の正体をあえて告げたのは、その推測が事実か確認するためであったとすぐに教えてくださった。

 

 どうやら私の容姿と言うのは傾国の美女として王国中に詳細な風貌の情報と共に広まっていたらしい。そう聞いてしまえば、お世話になった旅の商人の方も学者様も私の正体を知って、知恵を授けてくださったのでは…そう思えてならない。

 

 そう思えたのは、私の正体を知った上での皆さんの反応のお陰であった。なぜか誰も彼も私を敬ってください、私を王女として扱ってくださったのだ。

 

 それを最初のうちは私は断っていた。言うまでもなく今の私は王都を追い出され、志を共にする者達を失い力もないのだから。

 

 だが私の拒絶があっても尚皆さんは敬意を払ってくださることをやめてくださらなかった。

 

 

 曰く、私は英雄アルゴノゥトと共に王国だけでなく全ての民のために魔物を打ち払おうとしてくださったお方だと。

 

 曰く、私は英雄アルゴノゥトが認め守り抜いた唯一無二の方、英雄アルゴノゥトに代わって救いを与えてくださるお方だと。

 

 曰く、私がいつか王国の闇討ち払ってくださる、それまでの道のりを支えられるならば光栄の至りであろうと。

 

 

 その言葉の数々を聞いた時。

 

 私は一応は自らが身を隠さねばならぬ身であることを忘れることにした。

 

 私への敬意はアルが与えてくれたもの。即ち私への敬意の否定はアルの敬意への否定ともなり得る。私はアルを汚すわけにはいかなかった。

 

 だから私には不釣り合いで本来私が受けるべきではない敬意だと分かってその敬意を受け取ることにした。

 

 死して尚アルは私の心を救ってくれた。

 

 アルの存在は、アルの活躍は間違いなく人々の心に刻み込まれていたのだ。そして間違いなく人々に希望をもたらしていた。

 

 その事実は私の心を奮い立たせた。

 

 だが同時に私の背負う期待はあまりに重すぎた。

 

 私は無力だ。どれだけ知識を蓄え僅かながらに剣術を身につけようともアルの願いを叶えるには力が足りなすぎる。

 

 やはりその敬意は身に余る。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 だがそんな時に入ってきたのがフィーナが王都の獄中に未だ囚われているという事実。

 

 

 気付けば私を慕う者で一杯になったナクソス。

 

 私のことを知らずに偶然ナクソスを訪れた旅の方も故郷を失い難民としてナクソスに流れ着いた方々も元よりナクソスに住む方々も。みんなが私に敬意を払ってくださった。それは間違いなく感謝しても仕切れないほど。

 

 そんな方々に囲まれ、生活していく中で偶然耳に入った事実。

 

 お頼みしたわけでもないのに積極的に皆さんが父に反対する人々への反発を続ける人々の情報を集めてくださったお陰で偶然フィーナの情報が私の元に届いたのだ。

 

 英雄アルゴノゥトの妹が未だ王宮の獄中に囚われている、と。

 

 私はすぐさま決断した。共に王都に行くと言ってくださる方々の申し出を断り、一人王都に向かった。

 

 その理由に私しか王都の細かい構造を把握できているのは私だけだという理由を付けた。

 

 そして皆さんにもお話ししたが、それはフィーナを助けたいという私の純粋な思いからでもあった。

 

 私にとってフィーナは私を守ってくださった大切な方。非力な私をお姉様と呼び慕ってくださった方。

 

 どうしてそんな彼女を見捨てられようか?

 

 だが正直に白状すればそれだけではない。

 

 私はアルの死から3年を経て、ようやくその期待を正面から背負うための決心をする契機としたかったのだ。

 

 アルは言った。まずは一を助ける。そしてようやく十を救う。それがいずれは百になる。

 

 そしてアルは確かにその先を見ていたのだ。

 

 

 百を救った先を。

 

 

 アルの生き様が、物語が、百を救った後、千を救い、国を救い、人類を救う。

 

 アルは今はいない。

 

 なら私はその先を託されたのではないだろうか?

 

 それができるのが王族なのではないだろうか?

 

 それこそが王女アリアドネの果たすべきことなのではないだろうか?

 

 

 フィーナの救出は始まりだ。

 

 

 フィーナと言う私にとって大切な一を救う。

 

 そうしてフィーナの力を借り、ナクソスの皆さんの力を借り、百を救い、千を救い、国を救い、いつかはアルの夢を実現する。

 

 国の闇を打ち払い、人々の笑顔を取り戻すのだ。

 

 これは私の再出発。

 

 始まるのはアルと共には果たすことのできなかったアルの願いと大義を果たすための戦い。

 

 私はアルに代わって希望となり、背負う期待に応えなければならない。

 

 私は王女アリアドネ。

 

 英雄アルゴノゥトに救われ、その大義を掲げ、その願いを命を懸けて果たす者。

 

 私には未だ迷いがある。

 

 私は未だ力不足を嘆かずにはいられない。

 

 だが私の心にはアルゴノゥトの遺志が宿っている。

 

 その遺志がある限り、私にはアルが付いている。

 

 

 アル。

 

 どうか私の進む道を見守っていてください。




フィーナ語りを前回で終え、今回はアリアドネにとってのアルゴノゥト亡き後の3年を触れました。
ただフィーナもアリアドネも真相のすべては知りません。
そろそろ消息を絶っている他の方々も登場の時が廻ってきそうです。

そして正直に言いましょう。
恐らくアル君はアリアドネがこのような道を進んで行くことを望むはずがありません。
誰よりもアリアドネが運命から解き放たれ、笑顔になれることのみを願っていたわけですから。
それでもアル君の願いを知った以上アリアドネはその願いを見過ごすことができない。アリアドネはアル君の願いをかなえようとしながらも実際のところアル君の願いと反する道をこれから進んで行くことになります。


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王女の埋伏は終わりを告げる

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「お姉様?お姉様?」

 

「…あっ。はっ…はい。何でしょう?フィーナ」

 

 フィーナの私を呼ぶ声に意識を過去から引き戻された私。

 

 気付けば私の住む家の一室に私とフィーナはいた。

 

 どうやらここに着くまでの記憶が曖昧なほど考え込んだまま私の家まで歩いてきてしまったらしい。

 

 ハッと見回せば、フィーナはすっかり汚れた衣服を着替え、私の前に座り不思議そうに心配そうに私を見つめていた。

 

「あっ…いえ。何だかお姉様がすごく悩んでいるように見えたので、私もルナさんも声を掛けないようにしていたのですが、ずっと考え込まれているので流石にちょっと心配で…ルナさんも心配されてました。何でも私が囚われていることを知ってからずっと何かに悩んでいるようだったとお聞きしたので…私でよければお悩みを聞かせてくださいませんか?」

 

 …どうやら私は周囲に勘付かれてしまうほど、顔に出てしまっていたらしい。

 

 私はフィーナに正直に話すことに決めた。

 

 フィーナの救出を私の再出発と見定めるならば、私の背負う重荷をフィーナに率直に吐露するのも必要かもしれない。

 

 それを他の人ではダメだったのかと問われれば答えに窮するが、あえて言うならばアルの真意とアルの生き様を身近で知る者にしか話せぬ事柄でもあった。

 

「…聞いてくださいますか?フィーナ?私の今抱えている思いを…」

 

「もちろんです!お姉様!何でもお話しください!」

 

 私の戸惑いを隠さぬ問いにその戸惑いを消し飛ばそうとしてくれるかのようにフィーナは笑顔で快諾してくれる。

 

 それに本心を告げるための少なくない勇気を与えられた私は意を決し、吐露し始めた。

 

「…正直に言います。以前も言った通り私には力がありません。私は一度失敗した者です。…フィーナが私のそばにいてくださるだけでもとても心強いです。ですがそれでも…私は何かを変えるための行動を起こす決心ができない。フィーナを助けることが第一歩と心に決めていたにもかかわらず…私は第二歩目にどうすればいいか…分かりません。私はフィーナや皆さんに慕われるような資格はないのかもしれません」

 

「そんな…お姉様はそんなに卑下なさらずとも…」

 

「フィーナが驚かれた通り私は剣術を僅かながらに身につけました。そしてこの国の辺境を旅して、この目でこの国と世界の惨状を知りました。…ですが私はそれだけでは何も変えることができない。何かが…何かが足りないんです」

 

「…お姉様…」

 

「私は時を待ちました。時を待つ間私のできる限りの知恵を得て力を得る。そうして機が廻ってきたその時。私は立たなければならない。声を上げ、力を振り絞り、この国を変えていかなければならない。ですが…私はどれだけ時を待てばいいのか。時を待つ間何をすれば良いのか。機は何時巡ってくるのか…それが全く分からないのです。私には…アルから頂いた大義を如何に果たせばいいか分からない…アルなら…迷う私にどのような声を掛けてくれるのでしょうか?」

 

 それは私の心の奥底にずっと横たわっている憂い。

 

 私には見定められなかったのだ。

 

 アルがいない今私に道を示してくれる人はもういない。

 

 私は何をどうすればアルの願いと大義を果たし、何をどうすれば王女としての責務を全うできるのか分からなかったのだ。

 

 だが私はなぜフィーナに聞いた?

 

 なぜフィーナに助言を求めた?

 

 まさか私はフィーナにアルの影でも見ているのだろうか?

 

 だからフィーナの支えを心から必要とし、命を懸けて助けようとしたのか?

 

 それならフィーナに失礼だ。そのような問いはフィーナに不遜だ。

 

 そう思った私は。最後の言葉を撤回しようと思い至る。

 

 だがその前にフィーナが口を開いていた。

 

 

「アル兄さんなら…きっと自分を信じろって言うと思います」

 

 

 それは私が聞きたいと思っていた言葉。

 

 …フィーナは私の迷いを汲み取り、私の求める言葉を与えてくれていた。

 

「アル兄さんは英雄になりたい。英雄になりたい。そう方々で口にしても本当は英雄になる器はない…そう思っていたようでした。アル兄さんは自身の無力を理解していたのです。今のお姉様と同じように、です。ですがアル兄さんは、英雄になりたいと口にするのを止めませんでした。私の知る限りアル兄さんは例え道化として生きることしかできないと薄々悟りながらも…英雄への道を諦めたりしませんでした」

 

 アルのそばに誰よりも長くいたフィーナの言葉がまるでアル本人の言葉のように染み渡る。

 

 フィーナの言葉が、アルの遺志が私に自信を授けてくれる。

 

「だからアル兄さんならきっと自らの無力を知り、器の限界を知ったとしても…それでも尚抗い続けるべきだ。何かを変えたいという志、願い、大義…お姉様の抱いた思いを忘れず唱え続けるべきだ…そう言うと思います」

 

「フィーナ…」

 

「そして何より私達は分かっているはずではありませんか?アル兄さんは自分は英雄の器はないと言いました。ですがその言葉は真実だったでしょうか?本当にアル兄さんは英雄ではなかった…そう思いますか?」

 

 フィーナの問いに私は力強く首を振る。

 

 そうだ。私は全く思わない。

 

 アルがただの道化などだったとは。

 

 アルは英雄だった。

 

 私の英雄だった。

 

 私達の英雄だった。

 

 私達の希望を背負う英雄だった。

 

 アルの自己評価など完全に間違っている。

 

「ですよね?アル兄さんは英雄だった。私達の英雄でした。アル兄さんはご自分の価値を理解してなかったんです。だから勝手にいなくなっちゃって…自分ではやっぱり正当な評価はできないんです。それはきっとお姉様も同じ。お姉様はそんな馬鹿兄と同じことはしませんよね?お姉様もご自分の価値を過小評価しています。お姉様は…王女アリアドネは無力でも器がない訳でもない」

 

 フィーナはそう言うと、席を立ったかと思うと私の前に跪く。

 

 その動きに私は慌てて止めようとするが、その前にフィーナが私を制するように言った。

 

「お姉様…いえ。王女様。王女様は私を必要だと言ってくださいました。そして希望を紡ぎ続けるために、アルゴノゥトの遺志を残すために必要なお方です。どうか自信をお持ちください。王女様は私の…私達の希望となるお方です。王女様は私達がお慕いしお支えするに相応しいお方です」

 

「でも…私は…そんなこと…」

 

 

「なぜならあなたはアルゴノゥトが二度までも守り抜き、アルゴノゥトに選ばれたお方だから!」

 

 

「…っ!」

 

「あなたはアルゴノゥトに選ばれた。だからあなたはアルゴノゥトの遺志を継ぐと仰った。なら…あなたはアルゴノゥトの遺志を継ぐ者として堂々と誇り高く生きなければいけません。それをどうか忘れないでください。今もまたアルゴノゥトはあなたの生き様を遠くで見ています」

 

 フィーナの言葉は希望を与えるものだった。

 

 フィーナの言葉は私の言動を強く戒めるものだった。

 

 フィーナの言葉はアルの存在の重さを改めて私自身に知らしめるものだった。

 

 私は再び心に刻み込んだ。

 

 今尚アルゴノゥトが私のそばにいて、私の背を押し、私の生き様を見守っている。それを再び思い返した。

 

 ならばアルゴノゥトは私の再出発の決意を知っている。

 

 私がその決意を迷いの中埋没させぬか見守っている。

 

 私はこの決意をより強くしなければならない。

 

 フィーナへの問いはそれを強く思い起こさせた。

 

 そして私の決意を問うようにフィーナは重ねた。

 

 

「王女アリアドネ。あなたにはアルゴノゥトの遺志を継ぐ…その覚悟が本当にありますか?」

 

 

 それは私の決意を覚悟をアルゴノゥトへの思いを問う質問。

 

 私はこの重大な問いに寸分たりとも迷いを混じらせるわけにはいかなかった。

 

 私は強い決意を込めて、力強く言葉に重みを含ませて、その問いに決然と答えた。

 

 

「当然です。私はアルゴノゥトの遺志を継ぐ者…かの英雄の大義はこの私が引き継ぎます。この遺志を潰えさせはしません」

 

 

 私の覚悟を込めた言葉にフィーナは満足したように頷いて返してくれた。

 

「ええ。よくぞ仰いました。お姉様。その強い意志の宿る美しい瞳…それでこそお姉様です。そしてお姉様?もう一つだけ加えさせていただいてもいいですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「お姉様がどのようにアル兄さんの大義を果たせばよいのか、です。アル兄さんならきっとこう仰ります」

 

 フィーナは私に自信を与えてくれた。

 

 そうして指針までも与えてくれる。それもアルの遺志と言う名を借りて。それは私にとって揺らがぬ礎となり得る。そう思った。

 

 だがそこまでを求めるのは私の甘えだった。

 

「アル兄さんならお姉様の道を行け。そう言うと思います。なぜならアル兄さんも自らの道を貫いたのだから。絶対お姉様に周囲から押し付けられた思いに基づいて行動しろなどとは言いません。例え私やお姉様を慕う方々が何かを言ったとしても、です。お姉様はお姉様の道を進むべきです。残念ですが私にそこまでの助言はすることはできませんから。お力になれず申し訳ありません」

 

 そう言ってフィーナは頭を下げる。

 

 私の甘えは私の生き方までも規定してもらおうとする浅はかなものだったと気付かされる。

 

 自らに忠実に生きたアルがそんなことを望むはずもない。そう考えればすぐにでも気付いたであろうに。

 

 私は自らの浅はかさを自嘲した。

 

 それと同時にその過ちをすぐにでも是正すべく動いた。

 

「ありがとう。フィーナ。あなたのお陰でこの決意がより不動になりました。そしてフィーナ。どうかお立ち下さい。あなたにはお話ししなければならないことがあります。これからのために。私は私の道を歩むべく自らの意志で手立てを考えます。ですがそのために知恵は借りさせていただきたいのです」

 

「…っ!はいっ!もちろんです!お手伝いならいくらでも!」

 

 フィーナは私のお礼と求めに威勢よく返事を返してくれる。そうしフィーナは再び私の前の席へと座る。

 

 その間にそばから巻物を手に取った私は私とフィーナが挟んでいる机にそれを広げた。

 

「これは…」

 

「この辺境一帯の地図です」

 

「…それは何となく分かりますが、これまさか手書きですか?」

 

「ええ。私が皆さんから情報を頂き歩いてみて回りながら書いたものですが、それが何か?」

 

「へっ…へー」

 

 何やら不自然な反応を示すフィーナに違和感もあったが、質問を重ねてこないことからさしたる問題ではないだろうと考え、早速私の話を始めた。

 

「まずここが私達のいるナクソスです。ここに来るまでで分かったでしょうが、ここは王都のそばを流れる川に沿った位置にあるとはいえ、かなりの上流。それは恐らく王都の最終防衛線であったカルンガ荒原がこの位置にあることから分かると思います」

 

 そう説明しつつ地図を指で差していくと最後に行き着いたのはカルンガ荒原。

 

 私達の言わば因縁の地。

 

 ミノタウロスが数多の魔物と人々を葬ってきた王家にとって忘れるにはあまりに因縁が強い地であった。

 

「カルンガ荒原のさらに南…王都の最終防衛線からこんなに遠いんじゃ、この一帯の防衛は…」

 

「ええ。当の昔に放棄されています。ラクリオス王国領でありながら、この地を事実上王国に防衛する気はない。当然この辺境一帯全てがです」

 

「だからお姉様は捕まらずに済んだ…そういうことですか?」

 

「その通りです」

 

 執念深いはずの父の追手から逃れられた理由。それは簡単なものだった。

 

 父の手の及ばぬ地、もはや王国の力の及ばぬ地に辿り着いたからであった。

 

 だが父の追手が及ばぬとも危険なら言うに及ばずいくらでもある。

 

「私の安全は確保されているとは言え、王国の軍の防衛が行き届かぬのはこの南部辺境一帯にとってかなりの危険なこと。魔物に対し自主防衛で挑まなければならないからです」

 

「でも…自主防衛なんて大きな国でさえも魔物に対抗できないのに…」

 

「…ええ。先日も近隣の都市が陥落したとも聞きます。何も手を打たなければ、南部一帯は魔物に飲み込まれます」

 

「つまりそれを防ぐための手立てが分からない、と」

 

「その通りです。アルの遺志に沿うならば、目の前で危機に瀕している南部一帯の救済が最優先でしょう」

 

「お姉様のお考え通りだと思います。ただ肝心な手立てが…」

 

 そうまで言って私もフィーナも言葉に詰まる。

 

 南部一帯に住む方々を守らなければいけない。

 

 それは重大な目標で大切な事柄。

 

 だが肝心な手立てがないのだ。それが私達に意志があっても力がない。そういうことだった。

 

「あの…やっぱり王都を奪還して、王国の軍で救援に来るしかないのでは…」

 

「そうは言っても王都を奪還摺う手立てもそれで救援が間に合うかも分かりません。その時にここ一帯が魔物に飲み込まれていたら話になりません」

 

「ん…んー…」

 

「そもそも…私達の状況は…」

 

「…そもそも…何です?」

 

「それは…」

 

 私がそう言いかけたその時。

 

 遠くでけたましい鐘の音が鳴り響く。

 

 それを私もフィーナも聞き逃すことはなかった。

 

「…何の音です?…鐘?」

 

「…っ!またですかっ!」

 

「…え?ちょ…お姉様!?」

 

 私が苦虫をつぶしたような表情を浮かべる一方状況への理解が及ばないフィーナは首を傾げる。

 

 だがそんなフィーナに説明をしている時間は存外にない。

 

 私はフィーナへの説明もせずに席を立つと、そのまま部屋を飛び出す。

 

 そんな私を慌てた声で追いかけてくるフィーナにも構う余裕もなく足を速める。

 

 そうすると私の元に大慌てで家へと報告に飛び込んできたルナの姿を認めた。

 

「ルナ!敵襲は?盗賊ですか?それとも魔物ですか?」

 

「まっ…魔物です!四方から鐘の音が鳴っています。かなりの規模かもしれません」

 

「分かりました。今まで通り落ち着いて対処するように伝達を。私もすぐ出ます」

 

「…っ!はい!」

 

「…お姉様?魔物ってまさか…」

 

 私の言葉に緊迫した表情を隠せないまま来た道を駆け戻る。

 

 一方のフィーナは今のルナの言葉のお陰で私の説明がなくとも理解が及んでくれたようだ。

 

 …それが分かるのはフィーナがルナと同じような表情をしているからという望ましくない結果によるものだが。

 

 状況が状況。このタイミングで魔物が襲ってきたのは、不幸中の不幸と言えたが、それでも背に腹は代えられないのが正直なところの現状。

 

 私は率直にフィーナに告げた。

 

 

「フィーナ…申し訳ありません。早速お力を貸していただけませんか?今から…魔物との戦いに臨まなければなりません」

 

 

 これは私の再出発をある意味飾った魔物の襲撃。

 

 この時の私はまだ知らない。

 

 この襲撃が再出発を飾るどころか現状に大きな変化をもたらす重大なきっかけになるとは。



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戦場にいたのは…

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それはともかくそろそろ物語も動き始めます!(ようやくとも言う)
今作は時代背景やテーマの関係上戦闘多めになりそうです。
その第一戦を飾るのが今話と言う訳です。


 集落を囲む木の柵でできた壁の外からは四方から鐘の音が響き渡る。

 

 それは魔物の襲撃の知らせ。それも大規模な。

 

 戦闘衣に身を包んだ男女を問わぬ方々。先程にはお姉様と私を取り囲んでいた方々は緊迫した面構えで周囲を駆けていく。

 

 ある人は矢の束を積んだ荷車を引いて。

 

 ある人は倉庫から持ち出してきたであろう槍を手に携え。

 

 ある人は弓の弦を引き絞り万全を期して。

 

 ある人は壁の上に重々しい石を運んで。

 

 そんな人々の中核にお姉様は立っていた。

 

 お姉様は末に革の鎧を身に纏い、他の方と同じように矢筒を背負い弓を片手に声を張り上げる。

 

「落ち着いて持ち場に就きなさい!時はあります。慌てず持ち場へ!」

 

「「はっ!」」

 

「補給を絶やさぬよう常に壁の下に準備を欠かさぬように」

 

「「準備は整っています!王女様!」」

 

「負傷者のためのテントをいつも通りここへ。薬と包帯の準備を欠かさずに」

 

「「手配は完了しました!」」

 

 次々に指示を飛ばしていくお姉様。

 

 その指示に俊敏に答えていく皆さん。

 

 そのまるで息が完全に揃ったかのような皆さんの振る舞いに呆気にとられる私。

 

 そんな私にもお姉様はちゃんと指示を忘れずにいてくれた。

 

「フィーナ。あなたはここに来るときに通った門の後方に控える魔導士隊の所に加わってください。あなたの大火力魔法はとても頼りにしています」

 

「はっ…はい!それでお姉様は!?」

 

「私は壁の上へ。指揮を執ります」

 

 お姉様はさも当然と言うように私にそう言うと、私に背を向け木の壁の上へと続く階段へと向かう。

 

 その背はもう私の知るお姉様ではない。そう言っても過言ではなかった。

 

 だがそんな呑気に驚きに身を浸している余裕もない。

 

 お姉様の事ばかりを見ていられない私はお姉様の指示通り魔導士の方々がいる開けた広場へと向かった。

 

「あなたがフィーナ殿ですね?王女様からはお話は聞いております」

 

「フィーナ殿。杖をどうぞ。何分使い慣れぬかもしれませぬが、緊急の時故ご容赦を」

 

「えっ…あっはい。ありがとうございます」

 

「フィーナ殿はあちらへ。他の者は配置についております。フィーナ殿には比較的道が開けているが故に魔物の集中する門の前を。あなたのお力を期待しております」

 

 広場に着いた途端そう話を進められ、付いていけない私。お姉様の計らいがここまで丁寧に為されているとは思いもよらず反応を上手く返しそびれる。

 

 そうしてとりあえず杖は受け取り、そこにいた魔導士の皆さんの指揮官らしき確かマルスさんという名の魔導士らしい法衣を纏う白髪交じりのヒューマンの方に位置の指示をもらう。

 

 そうしてその場にようやく私の居場所を定めることができた。

 

 そんな私が状況に順応できない呑気なことをしている中お姉様は壁の上へと続く階段を上っていた。

 

「王女様が来られたぞぉ!!」

 

「「おぉぉ!!!」」

 

 そんな中お姉様が壁に上がったと同時に上げられた掛け声。

 

 それに続く地が揺れんばかりの歓声。

 

 その歓声は先程まで鳴り響いていた鐘の音を塗りつぶさんばかりに四方から響き渡る。

 

 それに思わず意識を奪われた私はお姉様の背を凝視する。

 

 そして歓声が鳴り響く中徐に手を挙げた瞬間歓声は止まった。

 

 代わって声を上げたのは言うまでもなくお姉様であった。

 

「私から今述べることはありません。私達はこれまで万全の準備を整えてきました。そしてこれまで数え切れぬほど魔物の襲撃を撃退してきました。だから今日も勝ちます。少しばかり魔物が増えようと私達の準備には及ばない!私達の大切な人たちを想う心には及ばない!故に今日も勝ちます。私は皆さんの奮闘を確信します。そして戦いの後食事を共にできることを確信します。戦いましょう!私達の大切な人達のために!守り抜きましょう!私達の大切な人達の笑顔を!」

 

「「おぉぉぉぉ!!!」」

 

 お姉様の力強い演説に皆さんが歓声で応える。

 

 それに私も共に声を上げていた。

 

 それほどお姉様の言葉は私の心を震わせた。

 

 それほどお姉様の言葉は闘志と大切な人達への想いを燃え上がらせた。

 

 そしてきっと私と同じように燃え上がる思いを胸に抱いた皆さんは、今回は短く歓声を終わらせる。

 

 そうして代わって声を上げたのは、お姉様のそばにいたデキウスさんと呼ばれていた年季の入った革の鎧を身に付け、剣を片手に持ったヒューマンの方であった。

 

「数が多くとも相手は戦術もない魔物!いつも通りだ!引き付けてから一網打尽にする!全員!弓構えぇ!!」

 

 デキウスさんは武骨そうな声を張り上げ、指示を飛ばす。

 

 それは戦闘開始を控えお姉様から指揮権がデキウスさんに映ったことを示していると分かった。

 

 その証拠にお姉様は指示を出すことなく壁の上を見回るに留まっていたから。

 

 代わってお姉様は壁の上でこれから戦うことになる皆さんの肩を叩いて激励して回っていた。

 

 それは私からは見えぬ三方の壁でも同じようでお姉様ではない別の声で指示が飛んでいるよう。

 

 段々と近づいてくる戦機に緊迫感が高まってきながら、私は戦闘の開始を固唾をのんで見守った。

 

 そうして妙な静けさが幾ばくか訪れた後。

 

 戦端はとうとう切られた。

 

 

「撃てぇぇぇ!!!」

 

 

 その声が私の控えている正面での戦闘は始められた。

 

 その掛け声とともに壁の上から矢が一斉に放たれる。だがそこで指示は終わらない。

 

「魔物どもも怯んだぞぉ!戦場で怯んだ愚かな魔物を一発一中を必し各自撃ち方始め!焦る必要はない!一体一体確実に仕留めろ!その万全な構えが戦友の命を救うことになるであろう!」

 

「距離を詰められた!撃ち方止め!石に持ち変えるのだ!不用意に壁へと近づいたことを後悔させてやれ!」

 

「魔物どもが壁を越えようとしているぞ!石が手元にないものは槍を取れ!地面に叩き落としてやれ!」

 

 時が経ると共に臨機応変に変わっていくデキウスさんの指示。その判断力に舌を巻きたくなる。

 

 ただそんな呑気なことを考えることができているのは私達魔導士が何もしていないからだった。

 

 壁の周囲では今この瞬間も血が流れていた。

 

 魔物に壁の下に引き落とされる方がいる。

 

 怪我を負い壁の下に運ばれていく方がいる。

 

 それと入れ違うように矢筒や石の補給を届けるために階段を上っていく方がいる。

 

 遠目から見ても激戦が繰り広げられる中私は何もしていないのがもどかしかった。

 

 私も今すぐにでも魔法を撃ちまくって皆さんのお力になりたい。そう思わずにはいられなかった。

 

「落ち着きませんか?フィーナ殿?」

 

「えっ…!あっ…!」

 

 そわそわしていた私の背に掛けられた声に私はびくりと肩を震わせる。振り返ってみればそこにいたのは、指揮官に見えたマルスさんだった。

 

「ご心配なさらずともここはそう簡単には落ちたりしませぬ。あそこで指揮を執っているデキウス殿も他の三方の壁の指揮を執っている方々も皆かつては辺境で魔物との戦いに赴いた回数は数知れず。魔物との戦闘には慣れています。特にデキウス殿は元は辺境のとある都市の城主をお勤めになったこともあるお方」

 

「じょ…城主!?」

 

「ええ。自らの守るべき民を失い城を失いここに逃れてきた運に恵まれなかったお方…まぁこの私も似たようなものです」

 

「…」

 

 マルスさんの自嘲に私は言葉を詰まらせずにはいられない。

 

 マルスさんも話に出たデキウスさんもまた苦しい過去を背負っている。

 

 それはきっと私などでは計り知れぬもの。計り知れぬ苦しみ。それを僅かながらも思い描けば、掛けるべき言葉など出てこようはずもなかった。

 

 ただ私はその苦しみを思い描いたが故に気付かなかったのである。

 

 マルスさんの表情が決して苦しみのみで歪んでいなかったことを。その瞳には自信が宿っていたことを。

 

「ですがここは…王女様の元はそんな我々にも活躍の場を与えてくださいます。王女様の元なら我々は誇りを失わずこの身を戦闘に捧げられまする。この戦いを通じてフィーナ殿にも我々の感ずる思いが分かって頂ければ嬉しいものです。それを知ればフィーナ殿も何の憂いもなく自らの役割のみに専念し、戦うことができることでしょうから」

 

「…王女様が?え?それは一体どういう…ってあれ?お姉様は?」

 

 マルスさんとの会話の中お姉様の名が出てきたのでついついお姉様の姿を目で追おうとするが、見回しても壁の上にはどうにも見当たらない。

 

 なので目を凝らしてお姉様の姿を探す私。だがその姿は私の視界には映らず代わりに突然轟音が聞こえてきたのだ。

 

「お?動き出しましたな。機が熟してきたと見える。皆々!気を引き締めよ!早々に我々の元にも下知が下ろうぞ!」

 

「え?マルスさん?何がどうしたのですか?それと王女様は?」

 

 轟音が聞こえると同時に周囲に控える魔導士の皆さんに声を上げるマルスさんに状況を掴み切れぬ私は戸惑いを隠せぬままマルスさんに尋ねる。

 

 するとマルスさんはニヤリと笑って答えた。

 

「我々魔導士隊は言わば戦闘の切り札。その切り札が東側の方角で使われた。即ち魔物の撃滅の段階に移ったということ。王女様はその機会を見計らうべく壁の上を見回り巡察なさっていたのです。戦闘の指揮において全体の戦況を掴むは王女様ただ一人。そして戦況を覆し得る魔導士隊の攻撃のタイミングを制御できるのも全体の戦況を掴む王女様ただ一人」

 

 マルスさんの説明に私は驚きを隠せない。

 

 私は演説を終えた後のお姉様が指揮を執れないが故にデキウスさん達ベテランの方々に指揮を譲った。そう思い込んでいた。

 

 だがマルスさんの説明から察すればそうではない。

 

 お姉様は全体の戦況を把握し戦況を覆すだけの火力を有する魔導士隊の攻撃を見計らうために壁の上で今まさに督戦しているという。お姉様はただ壁の上で戦う方々を激励して回っているだけではなかったのだ。

 

 ならばお姉様が果たしている責務は?お姉様の背負っている責任は?

 

 それはデキウスさん達の役割を越え、総指揮官と言っても過言ではない重大な責務。皆さんの生死を左右しかねない重大な責任。

 

 

「王女様を信じなされ。王女様はその機を決して見逃したりはしませぬ。王女様が我々の攻撃を命じたその時。それが魔物どもの命運の尽き。我々の大勝利を約束して下さる命令なのです」

 

 

 そう言うマルスさんの表情からはお姉様への深い信頼がありありと現れていた。

 

 マルスさんはお姉様に多くを託している。それをありありと感じることができた。

 

 私はその信頼から生まれるお姉様の何かに流石に気付かずにはいられなかった。

 

「マルス様!旗が掲げられました!」

 

「うむ!総員!詠唱準備!魔物どもを塵とし、壁の上の者達が蒼白するほどの魔物の骸の山を築いてやるのだ!」

 

 旗が掲げられることを魔導士隊の攻撃の合図としていたらしくマルスさんの指示の下で私の周囲の魔導士の方々も詠唱準備に入り、もうマルスさんにも私に構っている余裕などなくなる。

 

 そして魔導士の一人である私もまた精神を統一しありったけの魔力を込めての詠唱を始めた。

 

「【契約に応えよ】」

 

 詠唱を始める中私は考える。

 

 お姉様が何を背負っているか。私はそれを一瞬は分かったつもりになっていた。

 

 だがそれは私の想像したよりも大きな大きなもの。

 

 お姉様はここにいる何百もの方々の想い、信頼、期待を背負っていたのだ。

 

「【大地の焔よ】」

 

 私には何ができる?

 

 皆さんから様々なものを寄せられるお姉様のために私は何ができる?

 

 それは深く考えずとも分かること。

 

「【我が命に従い暴力を焼き払え】」

 

 お姉様のために全力を尽くすのだ。

 

 お姉様の相談には私の足りない頭脳を総動員してお姉様の心労を和らげられるように考える。

 

 今この瞬間ならお姉様の守りたいと願う方々を守るため、私のできる全力の魔法を魔物にぶつけてやる。

 

 私の言葉がお姉様の心を少しでも救うのに役に立つのならば。

 

 私の詠唱がお姉様の願いを叶えるのに少しでも役に立つのならば。

 

 私はそのために力を振り絞る。

 

 私は今唱える詠唱にありったけの魔力とお姉様への想いを詰め込み、そしてその魔法を解き放った。

 

 

「【フレア・バーン】!!」

 

 

 私の詠唱完了と共に空に赤い光が舞い上がる。

 

 その光は壁を優に飛び越えていくと魔物達の跋扈するであろう門正面から少し離れた位置の上空へとたどり着く。そしてその光は爆音と共に炎を舞い散らせた。

 

 私の魔法は見事に魔物に炸裂してくれたようだった。その証拠に壁の上にいる方々から大きな歓声が上がる。

 

「流石ですなぁ。フィーナ殿。辺り一面魔物ごと焼き払われてしまったようだ。いくら魔導士の砲撃が切り札と言えど、兵達の歓声があそこまで上がることはありますまい。ここからは見えませぬが、余程の戦果を挙げられたようですなぁ。ガハハハッ!総員!フィーナ殿に続け!魔物どもに追い打ちを掛けてやるのだ!」

 

 マルスさんが感嘆と共に私の魔法を褒め称えてくださる。どうやら今挙がった歓声はマルスさんの言葉を信じるなら私の魔法の戦果に対するものだったらしい。

 

 だがそんな私の戦果など正直どうでもよかった。

 

 私の視線が向くのは、壁の上で指揮を執り続けるお姉様の姿のみ。

 

 お姉様は私達魔導士隊に指示を飛ばした後も壁の上を督戦して回り、時折お姉様のいない三方から来る伝令の方の報告を受けては指示を飛ばし続けている。

 

 私の戦果はそんな不断の指揮を続けるお姉様の指示がもたらしたもの。

 

 私が褒め称えられるには値しない。

 

 お世辞でも嫌味でもなんでもなく素直にそう思ってしまった。

 

 それほどお姉様の今回の活躍は目まぐるしく見えた。

 

 それほどお姉様は輝いて見えた。

 

 確かにお姉様は鎧纏い弓を手に握っているとは言え、実際に戦っている訳ではない。

 

 お姉様自身気付いているだろうが、それは半分は身を守るためだとしても飾り以上の役割を果たしていないようにも見える。

 

 さらに細かい指揮を執っているのはデキウスさんやマルスさんであってお姉様ではない。

 

 だがお姉様の存在の戦闘に与えた影響は絶大だった。

 

 なぜなら現にお姉様の判断の下許可が出された魔導士隊の砲撃許可のお陰で戦闘の音は徐々に小さくなってきているから。

 

 

 もう勝利は目前だった。

 

 

 そのきっかけを作ったのは、間違いなくお姉様の適切なタイミングの判断。

 

 これはきっとお世辞ではない。

 

 マルスさんの言葉から察するにこれは毎度のことなのだろう。だからマルスさん達はお姉様の指示に全幅の信頼を置いていたのに違いない。

 

 まさにお姉様が戦況の移り変わりを支配していたと言っても過言ではなかった。

 

 正直に言おう。

 

 

 今のお姉様は三年前アル兄さんに助けられ、自らの力で戦うことのできなかったお姉様ではもうない。

 

 

 今のお姉様は間違いなく私を含め皆さんに慕われ期待を寄せられるに値するだけの実力を示してる。

 

 それを単にお姉様がイマイチ自覚していないだけ。それがはっきり分かった。

 

 かつての無力な王女様はこの戦場にはいない。

 

 

 戦場にいたのは戦場を動かし戦いを思うがままに進める一人の女傑であった。




アリアドネがだいぶ兵を率いる将として覚醒してしまい、自分でもビビッてます。
最初は単に人を束ねる王としての才覚の芽があることを示そうという意図しかなかったのですが、思いのほか筆が乗ってしまいました。

まぁこれはあくまでフィーナ視点で贔屓目の評価。
その上魔物という戦術を駆使できない相手にならちょっとした戦術や防御建築を用い、指揮統制を整えるだけで有利に戦いを進められると考えてはいます。
そのためこれだけでアリアドネが優秀だと考えるのは早計でしょう。
よってこれからもアリアドネの才覚を試す出来事が何度も起きることになりますね。

あ、少々関係ないですが、ダンメモ3周年では正義とは何かが再び問われました。これは個人的に一番大切な題材。
本当はまたリューさんを主役に正義を問い直す小説を描きたいところですが、生憎今はこの小説を連載中なので後回しですね。(前作で煮詰まったトラウマもありますが)
最も、今作は正義という言葉を用いず大義や願い、アルゴノゥトの遺志という形でアリアドネ達の正義を問うていますから、ここをしっかり描いていくことにします。
尚個人的解釈として、正義とは不変で普遍的なものだと考えています。人それぞれに宿るのはそれよりも下位だと個人的に捉える信念です。正義は道徳的な正しさ等であるために多くの人々が受け入れられるものの抽象的である一方、信念は具体的な方法などを問うていくため具体的かつ多様性に富むため衝突して当然だと思います。
ここで今作で例えてみましょう。
今作における正義(テーマの一部)は簡単に言うと『秩序を確立し、維持する』と『人々を笑顔にする』ではないですかね?
前者は、破滅に向かう世界を如何に治め魔物とどう向き合っていくか、です。そのために築き上げる秩序を如何にするかが焦点。アルゴノゥトとアリアドネを中核にした秩序への反発が起きたが故にアルゴノゥトは無念の死を遂げ、アリアドネは追放の憂き目を見た。これはアルゴノゥトの魔物に対する方法論への反発でもあり、二人が権力を握る秩序に否が突きつけられた。
これはアルゴノゥト(アリアドネ)達とそれを追放したラクリオス王や貴族達の信念の衝突。
後者は、人々を如何に笑顔にしていくか、です。その方法を巡っての信念の衝突はこれまでで少しずつ暗示してあるつもりですが、追々細かく触れていきます。…まぁ原作イベントである程度触れられていますがね。


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勝利を明けて

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当面は評価のバーを赤にして、お気に入り登録50に到達できるほどの女傑達の美しい生き様を今後も描いていきたいところ。
…まだオリキャラ含めた主役級の女傑の半分も出ていない状況(アリアドネとフィーナのみ)なので本当にまだまだこれからなんですよね〜(七話目なのに)
…少々展開を早めた方が良いかもと思いつつ、丁寧に進めていくことを気にしてこのペースで進めてます。
足らぬ足らぬは工夫が足らぬと言いますし、投稿ペースを遵守しつつ興味深く度肝を抜けるような物語を描いていきます。…まぁ何が足らないのか正直知りたいですけどね!

それはともかく前話は初の戦闘回でしたが、恩恵なしの魔物の撃破方法が見えてこないのが非常に難しいところ。原作は恩恵ありきですし、イベントも雑兵は蹂躙されるばかりで戦闘の明確な描写が少なかったですから…
まぁ想像を広げて描ける分やりようはある訳ですから、それを考えるのは非常に興味深いところではあります。
個人的に無双的活躍は好みではないので、あくまで戦術と戦略と統率力で魔物相手でも勝ち筋を見出していけるように描くつもりです。
尚ダンメモの追憶の冒険譚のお陰で童話上ではアリアドネが精霊の剣でミノタウロスを斬りつけたとあるため、戦うアリアドネがある程度正当化されました!
指揮官として前線に立つアリアドネ像が童話にも影響を与えたという設定で、今後もアリアドネは前線に立ち続けます。

さて余計な話はこれくらいに今話は魔物との戦いの勝利を皆で祝う回です。


 肉が焦げる悪臭。

 

 それは魔物が撃ち滅ばされた証。

 

 私の身を包み込むように集まる数々の視線。

 

 それは私達が今尚生きている証。

 

 この戦いを生き抜いたのは魔物ではなく私達。

 

 私に集まる視線の数々は私にこの戦いの幕引きを求めている。

 

 故に何も言わず合図の代わりにと弓を振り上げた。

 

 それは私にとっての戦いの終わりの合図であった。

 

 

「「わぁぁぁぁ!!!!!」」

 

 

 私の合図に続いて皆さんの歓声が地が割れんばかりに轟く。

 

 隣に立つ仲間と抱き合って喜ぶ方々がいる。

 

 弓を振り上げ、槍を振り上げ、喜ぶ方々がいる。

 

 壁の上で戦ってくださった方々にも魔導士として魔法を放ってくださった方々にも補給のために走ってくださった方々にも何一つ差はない。

 

 皆この戦いの終わりを勝利を心から喜んでいた。

 

 だがただ一人私は。

 

 

 その中に心から混ざることはできなかった。

 

 

「デキウス」

 

「…はっ」

 

 歓声が響き渡り皆さんの注意が私から勝利を喜ぶ方に移る最中。私はそばに控えていてくださったデキウスを静かに呼んだ。

 

 これもまた私の毎度の振る舞いだ。故に気を使って私のそばにいてくださったのだろう。

 

 そして尋ねるのはいつも気の進まぬ内容。戦に終わるたびに何度尋ねようとその苦しみは変わらない。

 

 これが私が戦いの終わりを彼らと同じように素直に喜べぬ理由。

 

 これが私が戦いの終わりを勝利と同義に見なせぬ理由であった。

 

「…此度の犠牲者は…?」

 

「報告によれば負傷者67、死者23とのことです。…死者は恐らくまだ増えるかと」

 

「…そう…ですか…」

 

「王女様がお連れ下さったフィーナ殿の魔法の戦果は絶大。王女様の魔導士隊への指示も非常に的確でした。お陰で間違いなく犠牲は減ったことと思います。なので…」

 

「…治療所へ参ります」

 

「はっ…お供いたします」

 

 デキウスは多くを言わなかった。

 

 もう何度も私の振る舞いを目にしたデキウスはもう私の心境を察して下さっているからであろう。

 

 例えフィーナの魔法が戦いを早く終わらせたとしても。

 

 例え私の判断が的確で戦いを有利に進められたとしても。

 

 

 亡くなった23人の方は戻らない。彼ら彼女らの死を招いた一端は私の力不足にある。

 

 

 そう思うが故に私は勝利などと表現はできなかった。

 

 戦いの前はどれだけ高尚なことを言い、皆さんを激励したとしても。

 

 戦いの後に同じことを述べることは私にはできなかった。

 

 それだから私は戦いの終わりを身振りのみで伝える。

 

 それは私から戦いに贈る言葉などないからだ。

 

 私には勝利のみを喜び、失われた数々のものを見過ごすことはできないから。

 

 これは私が責任と期待を背負う身であるが故。

 

 だからその苦しみは甘んじて受け入れる。

 

 今私の心を満たすのは、自らの無力感と失われてしまった命に贈る哀悼。

 

 私はただ一人周囲から浮いた表情のまま壁の上から退いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 魔物との戦闘の終結から二刻。

 

 治療所での慰安を果たし、遺族の方とのお話もさせて頂いた私はその治療所のそばの家屋に腰を落ち着けた。

 

 そこには毎度私が治療所を訪れるのを知っている主だった方々が集っていた。

 

 毎度同じ行動を取る私のせいかいつの間にやらそこで戦闘後の軍議を開くのがもはや慣例のようになっていた。

 

 その中には魔導士隊でマルスと行動を共にしていたフィーナもいた。

 

 そこで軍議に参加するフィーナを含めた6人の主だった方々の中からは誰一人欠けておらぬことを確認できたことをほんの少しだけ安堵の糧とした私は、一つ空席となった上座へと足を向けた。

 

 外では戦った皆さんが勝利を祝い、宴会を開く中。この中だけは戦闘が終わっても尚厳正な空気が保たれていた。

 

「「王女様。ご戦勝おめでとうございます」」

 

「…ええ。皆さんどうぞお座りください」

 

 デキウスを始め私を迎えるため一斉に各々の席を立ってくださる。

 

 その堅苦しい礼作法を最初のころは断ろうとも思ったが、ここに集っている方の多くの経歴を考えればそれも意味のなきことと思い諦めた。

 

 皆さんに席に着くように促すと共に私も腰を下ろす。最初に口を開くのはもちろん私であった。

 

「此度もよくぞ皆さん戦い抜いてくださいました。皆さんの指揮と奮闘のお陰で多くの命が救われ、ナクソスの陥落を防ぐことができました。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」

 

 私はそう言うと感謝の意を込めて深々と頭を下げる。そうして頭を上げると、私は早々に戦後処理に話題を切り替えた。

 

「それでデキウス。魔物の残党処理部隊の手筈は?」

 

「既に出立を。魔物の処理と共にこの度利用された罠の再設置は近日中に済ませることとします」

 

「分かりました。マルス。魔導士隊の物資消耗は?」

 

「杖を3本消耗いたしました。使用限界がある物もありましょうが、取り急ぎ手配する必要はないかと存じます」

 

「余裕を持つことに越したことはないでしょう。万事万全の準備を整えねば。念のため手配すべきでしょう」

 

「承知いたしました。王女様がそう仰るならば、手配させましょう」

 

「ゴヴァン。二アール。ガイウス。私はあまり長く督戦していませんでしたが、各壁において何か気になる点は?」

 

「はっ…特にはないかと」

 

「同じく」

 

「私からあえて申し上げるならば、私の持ち場の壁への侵攻が少々普段より弱かったかに思えます」

 

「それは東側でしたね?ガイウス」

 

「その通りです。恐らく罠を増やした成果かと思われます。是非とも罠を増設すべきかと」

 

「なるほど。それは名案です。再設置だけでなく増設も検討すべき点。皆さんはどう思われますか?」

 

「お待ちを。私はガイウス殿の意見に反対です。壁の外に兵を出したままにするのは望ましくありませぬ。壁の外では万全の対抗がしにくいですからな」

 

「そうは仰られますがね。ニアール殿。被害を最小限に減らすは王女様の望み。その準備は怠らぬが吉ではございませぬか?近頃は小規模な襲撃よりも大規模なものが増え…」

 

「それもそうだが、壁あっての被害の少なさ。壁を出て隙を作ることはできるだけ避けねば…」

 

 報告を交えて今後の対策の意見をぶつけ合うこともまた軍議の慣例。

 

 私よりはるかに戦闘経験の多い方々の知恵を借りるが最良と理解する私は、過度の過熱を留める以上の介入はしない。

 

 時折問いを挟むに止め、議論の行き着く先を見守り最後の最後の結論を私が担う。そんな振る舞いを確立していた私はその議論の行く末を見守っていた。

 

 ただ私はその中でただ一人その白熱する空気についていけていない者の姿を認めてしまった。

 

 フィーナは末席で一人二人から四人に参加者を増やして交わされる激論にどうしたらいいか分からないと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

 …フィーナの事はここにいる皆さんには紹介してあったので特にこの軍議に参加することへの反感は買わないであろうと推測していた。

 

 だが肝心のフィーナがここに集っている方々のことをマルスしか知らない。それでは居心地が悪くなるのは致し方ないだろう。

 

 すると私のフィーナを心配する視線に気付いてくださったのは魔導士隊でフィーナと共にいたマルスであった。

 

 マルスがわざとらしく咳払いをすると、白熱していた議論が途絶えマルスに四人の視線が集中する。それを確かめたマルスは私に許可を求めるように目配せをしてくださった。

 

 その配慮に感謝を込めて頷いて応えると、マルスが口を開いた。

 

「皆々。白熱した議論をなさるのもよろしいが、皆々の熱気にこの度の戦いにおける功労者であるフィーナ殿が唖然としておられますぞ?皆々は暑苦し過ぎる」

 

「「なっ…」」

 

 マルスの直球の指摘に激論を展開していた四人の方はすっかり言葉を失う。

 

 …さすがはマルス。この中で最長老である魔導士の雄の冗談を口にする余裕と人を制する貫録にはいつも感服させられる。

 

 そのマルスは完全に黙らせた四人は放置し、今度は私に視線を向けた。

 

「王女様。王女様からお話は伺っておりましたが、フィーナ殿の力量は予想を上回る物。是非とも今後も軍議の場に参加して頂いては如何でしょう?」

 

「えっ…わっ…私がですか!?そんな私なんか役に立ちませんよ…!」

 

 マルスの言葉に私が答える前にフィーナが大慌てで自嘲を口にする。

 

 だがその自嘲を私より先に否定したのは先程まで議論を白熱させていた四人であった。

 

「何を仰せか!我らはフィーナ殿の魔法の戦果をこの目で壁の上で見ておりました。恐らくこのナクソスで一、二を争うでしょう」

 

「同感ですな。何より我らがこの軍議に今同席を許していること自体があなたの力を認めている証。信なくばいくら王女様の信ある者と言えど、軍議の場に立ち入らせはしませぬ」

 

「何よりフィーナ殿はかの英雄アルゴノゥトの義理の妹君であり、王女様のお命を救うべく尽力されたことは周知の事実。何故フィーナ殿を無下になどできましょうや?」

 

「王女様の王都脱出の際のご英断は王女様から度々聞かせて頂きました。あなただからこそ我らだけでなくこの街に住む全ての者が王女様が単独で救出に向かうと申されたのを承諾したのです。…まぁ護衛を付けるように申し上げはしたのですが」

 

 四人が揃ってフィーナを褒め称えてくれたことに私は安堵を覚える。…ただ最後の最後にデキウスが付け加えた私への嫌味は流石に私は苦笑いで受け流す他ない。

 

 ただフィーナはそれどころではないような表情になっていた。

 

「えっ!?皆さんアル兄さんを…兄をご存じなのですか!?」

 

 フィーナが驚いたのはアルの名が出たことが原因のようだった。フィーナからすればアルの名を皆が知っているのは驚きだったようだ。

 

 だがここに集う皆さんのことをよく知る私からすれば、アルの事を知っている…それは当たり前の事であった。

 

「もちろんですとも!ここラクリオス王国に住む者ならば、英雄アルゴノゥトの勇姿は誰でも知っておりましょう!」

 

「その通りです。私はお目にかかったことはありませぬが、ここにいる者の一部は英雄アルゴノゥトの遠征に同行した者もおります。だから…」

 

 そう言いかけたところでゴヴァンは言葉を詰まらせる。その理由は言うまでもない。

 

 アルの軍勢に同行していた者もそうでない者も英雄アルゴノゥトには一つの思いを抱かずにはいられない。

 

 

 それは後悔。一人の英雄をむざむざと死なせてしまったという後悔であった。

 

 

 その後悔がフィーナを迎えて快活だった雰囲気を一気に重い物へと変えた。

 

 そうして訪れた沈黙は話を停滞させるぐらいにしか役立たない。それが分かっているマルスは気分を変えるためか手を叩き、アルを思い出し気分の沈んでしまった皆さんの顔を上げさせた。

 

「さぁさぁ。とりあえず王女様、そして皆々。フィーナ殿が軍議に今後を出席なさることに異論はございませぬな?そしてフィーナ殿?あなたは遠慮なさるが、王女様にはあなたの力をきっと欲していることでしょう。何せこの軍議の場はこれまで我ら暑苦しい男衆のみで王女様も何かと気苦労が多かったであろうことは言うに及ばず。年端の近いフィーナ殿の存在は王女様の支えとなりましょう。何より実力、権威、そして王女様の信頼。それらを兼ね備えるフィーナ殿は我らにとっても欠かせぬ存在となることでしょう。是非ともお受けくだされ」

 

 マルスの問いかけに私も皆さんも頷いて賛同を示す。それを見たフィーナは大きく目を見開いて驚きを示したかと思うと、深々と頭を下げた。

 

「王女様。皆さん。そこまで信頼のお言葉を頂けて、私はもう言葉がありません。私フィーナは慎んで軍議の場に連なる責任を引き受けさせて頂きます」

 

「それは上々。これでこのむさ苦しい軍議の場にも花がもう一輪添えられましたな。いやはや嬉しい限り」

 

 フィーナの謝意にマルスが冗談交じりの言葉で応じたことで大きな笑いが起こる。その中でフィーナも笑ってくれていたのを見て、この場に少しでも慣れてくれたことを感じることができ、私はホッとする。

 

 きっとアルの事を皆が知っているという事実はフィーナにとって少しでも居心地がよくなる材料になったことだろう。

 

 そうしてこの場に慣れ始めたことを示すかのようにフィーナが再び口を開いてくれた。

 

「あの…これから私もこの軍議の場でお世話になるなら是非ともみなさんのことを知りたいです。よろしければ、お教え頂けないでしょうか?」

 

 そのフィーナの問いに皆さんの視線が私に集まる。それは許可を求めるための視線だったと分かりきってる私は笑みと共に頷いて許可を出した。

 

「ではフィーナ殿は少しばかりはご存じでしょうが、私マルスから話させて頂きましょう。知っての通り私は魔導士隊の指揮を預かっております。よくヒューマンと見間違えられますが、遠縁にエルフの血を引いております。故にフィーナ殿と同じ所謂半端者と蔑まれてきた身でもあります。故に私はここに来る前はそんなはぐれ者の集まる街で長をやっておりました。ですがその街は魔物に滅ぼされ…流れ着いたがここナクソス。フィーナ殿がこれまでどのような扱いを受け、もしかしたら酷い目に遭ったこともあるやもしれませぬが、ここでは何の心配もいりませぬ。ここにそのような些末な差別はありませぬからな。…まぁ年寄りを労わらぬ者が多いと思いはしますが?」

 

「ガハハ!こんな元気溌剌な老将を誰が労わり休ませましょうか!まだまだご老人には王女様のため働いて頂かなければ!」

 

「ほっほっほ。申した通りでございましょう?特にゴヴァン殿は全く労わってくれんので困っとるのです」

 

 マルスとゴヴァンの掛け合いにドッと笑いが起きる。この掛け合いが皆さんの間が信頼で結ばれているが故に成立しているということはきっと言うに及ばないだろう。

 

 そしてマルスさんの自己紹介に続いたのは、先程突っ込みを入れたゴヴァンであった。

 

「では次は私が。私はこの度の戦では西の壁の指揮を任されて追ったゴヴァンと申します。かつてはラクリオス王国の辺境防備の将を務めておりました。…まぁ小さな砦の守備を担う大隊長止まりでしたがね。隣の二アールはその時からの戦友。我らは王女様が王都を逃れられて以後王国が辺境の防備を放棄した際に軍を脱走し、各地を傭兵として転々とした末にここに参りました。なぁ?二アール?」

 

「ゴヴァンの言う通りです」

 

 ゴヴァンの快活な問いかけに二アールは相変わらずの口の少なさで応える。ただ先程の防衛策の議論の時のように二アールは肝心な時には口を開き具申してくれるため、何を考えているのか分からないとまでは見えない、というのが私の二アール感だった。…もっともそれがフィーナに伝わるとはとても思えないが。

 

 そして二人分さっくりと済ませてしまったゴヴァンの次に口を開いたのは、先程議論を特に白熱させていたガイウスだった。

 

「マルス殿に散々暑苦しいと嫌味を言われておるのはこの私ガイウス。これでも一応は王女様の遠縁の末端の王族だが、なぜか皆には信じてもらえぬのを常々疑問に思っている。もっとも末端過ぎて王女様とはここに来るまでお会いしたことがなかったと言うか、王都が狭苦しすぎて王女様が生まれる前に王都を飛び出し、魔物相手に自警団を組織して各地を転戦しておった。ここナクソスに偶然部下と共に参った際に王女様と出会いお仕えすることにしたと言う訳だ」

 

「と言う感じで本人は分かっとらんが、全く王子様らしくないと言う訳だ。王女様とはまるで品性が違うと言うか何と言うか…同じ王族と言われると王女様に失礼なのではないのかな?」

 

「何だと!?ゴヴァン!?もう一度言ってみろ!?」

 

 …と早々に口論を始めてしまうのがガイウスとゴヴァン。

 

 …正直もう見慣れたという感じで少し微笑ましさを感じるほどだ。…もちろんお二方とも私より年上だが。

 

「やかましい。王女様の御前だぞ」

 

 そんな口うるさく口論を続けるお二方を圧で制したのはデキウスであった。その圧にお二方があっさりと引き下がる辺り如何にデキウスの言葉の重みと力が認められているかが分かる。そしてそれは当然裏付けのあるものであった。

 

「名はデキウス。フィーナ殿も知っての通りこのナクソス唯一の門の防備を預かっていた者である。かつては南部辺境の防衛を担うとある都市の城主であった。そのため…私は英雄アルゴノゥトの遠征軍に配下の者と同行していた。あくまで支援軍の一部隊としての参加だった故に英雄殿の軍議にも参加していなかった。だが…その軍の先頭に立つ雄姿は今も目に焼き付いている。そして英雄殿が魔物によって無念の死を遂げられたと噂が広がると共に軍勢は散り散りになり…私はどうすることもできなかった。そして遠征軍の解体は辺境一帯の軍事力の減少にも繋がり、王国の辺境一帯の放棄がそれに拍車をかけた。…結果私は自らの守るべき都市を失った。そして一人放浪する中ここへと流れ着いた。そうして王女様の下働くことを許され、今に至る次第」

 

 その人柄を表すような重々しい紹介を終えるデキウス。

 

 こうしてここに集う皆さんの自己紹介が終わったところで締めを告げるようにマルスが言った。

 

「このように我ら皆経緯経歴は違うと言えど、この場にいて抱く思いは同じ。皆これまでもこれからも王女様に忠誠を誓い、王女様の大義のために戦うことを心に決めています。それがいつかは王国を救い、人類までも救うことに繋がると信じておるからです」

 

 マルスの言葉にフィーナを含めた皆さんが頷いて賛意を示す。

 

 その皆さんの私に向けてくださる思いは私にとって期待されているということへの嬉しさを与えると共に背負う責任の重さを感じさせるものであった。

 

「それは私も同じです!私フィーナはアルゴノゥトの義理の妹として。王女様をお慕いする者の一人として。非力でしょうが、この身に宿る全ての力を用い王女様の大義のため全身全霊を尽くしたく思います。皆さん。これよりどうかよろしくお願いします」

 

 一方の五人の自己紹介を聞き終えたフィーナは簡単な自己紹介と共に五人に挨拶を贈る。それに応えるように五人も笑みを浮かべて各々フィーナに声を掛けた。

 

「よろしく頼むぞ。フィーナ殿」

 

「さらなるご活躍を期待しております。フィーナ殿」

 

「フィーナ殿。これより共に王女様を支えようぞ」

 

「それにしても魔導士隊の指揮官の座を奪われぬとよいですなぁ?マルス殿?」

 

「ほっほ。フィーナ殿に負けぬようこの都市よりも精進せねばなりませんな」

 

「えっと…王女様にお褒め頂くにはやっぱりマルスさん以上の活躍をしないといけませんかね?」

 

「それはもう。マルス殿の活躍を越えれば、ナクソスにおける第一功労者は間違いなくフィーナ殿のもの。王女様のお褒めの言葉も思うがままかもしれませぬぞ?」

 

「本当ですか!?なら私精一杯頑張ります!是非とも王女様にお褒めの言葉を頂いて、あわよくば抱きしめてもらいたいです!」

 

「はっはっは!それはまた我らではとてもお受けできぬ褒美ですな!フィーナ殿が羨ましい!はっはっは!」

 

 そうして早々にフィーナを中心に会話に花を咲かせたかと思えば、またもゴヴァンのからかいから始まった会話にフィーナはもう私のそばにいる時と同じ調子で話しており、もう完全に溶け込んでしまっている。

 

 いくら私の紹介が事前に為されていたとはいえほぼ初対面のフィーナを温かく迎え入れてくださった皆さんへ感謝を覚えると共に、いとも簡単に周囲の人々と溶け込んでしまうフィーナには改めて感服させられた。

 

 ただ会話を弾ませる皆さんを見守る私は、ほんの少しだけ皆さんとの距離を感じずにはいられなかった。

 

 だが私の抱く複雑な感情も思いも皆さんに気取られる必要は全くない。故に私はできる限り笑みを浮かべ、その団欒を少し遠くで見守っていた。

 

 そんな時部屋の外から響く声が私達の耳に届いた。

 

「王女様!王女様!」

 

「何事だ!入れ!」

 

 それは私を呼ぶ声。それも切迫した声。

 

 その声に瞬時に反応し団欒を打ち切る辺りがここに集う皆さんの意識の高さの証明たるものであった。その声に真っ先に反応を示したのはデキウスであった。

 

 デキウスによって瞬時に与えられた許可に応え、一人の方が軍議の場へと入ってくる。その姿は革の鎧を纏った兵士の物であり、息は切れているようだが目に付く所には怪我はなく、魔物の襲撃などの急報ではないことが推察された。

 

 だが何が起こるか分らぬがこの時世。私は早々にその者に何事か尋ねた。

 

「何事ですか?何か問題でも生じましたか?」

 

「な…そなたは残党処理のために送り出した部隊の者ではないか?外で何かあったのか?」

 

「はっ。仰る通り私はその部隊の者です。先に申し上げると、魔物の襲撃など犠牲が出るような事態は発生しておりません。今日中には罠の再設置含めて全て完了することと思われます」

 

「なら何か他に問題でも?」

 

 私の問いに部隊を編成した張本人であるデキウスが情報を加えてその者に尋ねる。するとその者の言葉を聞いた限り切迫した問題が発生した訳ではなさそうだ。

 

 だがこの者はわざわざ私の元に報告に来たのだ。

 

 何かがある。そう私は確信した。

 

「実は周囲の探索を行う途上で正体の分からぬ一団に出会いました」

 

「正体の分からぬ一団?なんだ?商団ではないのか?」

 

「それはあり得ませぬな。商団の到着は近日にはありませぬ。何だ道に迷った旅人か何かだったのか?」

 

「いえ…そうではなく…」

 

「何だ!歯切れが悪い!とっとと何者が現れたのか言わないか!」

 

 曖昧な報告の物言いにデキウスが疑問を告げ、それを商団との取引を担う日程を把握するマルスが否定する。だがその言い合いを経ても歯切れの悪いその者にゴヴァンがしびれを切らして喝を入れる。

 

 それに恐怖でおびえた様子を見せつつその者はようやく明確な答えを口にした。

 

 

「リュールゥ…この街の頭…王女様にリュールゥと言う名を告げれば、分かる…そう言ってそれ以上の事を言わぬのです…」

 

 

「リュールゥ?一体何者だ?」

 

「分かりませぬ。森のエルフの者のようですが、それ以上は分からず…そのため我々も反応に困り、今は街の外で待たせております」

 

「…何者か分かりませぬが、王女様?如何いたしますか?」

 

 リュールゥ。

 

 その名を知らない皆さんは首を傾げ、判断を仰ぐべく私へと視線を向ける。

 

 だが私はその視線にすぐには答えられない。

 

 それはリュールゥという名は私に懐かしさを覚えさせたから。

 

 それと同時に今になってなぜ現れたか、それが理解できなかったから。

 

 

 吟遊詩人リュールゥ。

 

 あの行動が読めない変わり者のエルフが現れたことは何かが起こる前兆に違いないと私は思わずにはいられなかった。




今回は半分アリアドネの周囲を固めるオリジナルの五人の将帥の紹介用の回となりました。今後もっと掘り下げれたらいいな、と思ってます。
一応はオリキャラ設定集を後々投稿することを検討していますが、表記すると望ましい情報というのがどうにも見えてこないですね…
それはともかく初のオリキャラ大量導入を目指しているので、しっかりとそれぞれの人物に差をつけて描写していきたいところです。

そしてなぜここでオリキャラを用いたか。なぜユーリとガルムスではダメだったか。
それは個人的評価としてあの二人はイベント中の描写だけでは戦士ではあっても将帥ではないと考えるからです。(まぁそれだけではないですが、その点は追々論点にする予定なのでここでは語らないでおきます)
…というかユーリとガルムスどこに行ったんだ?

そして次回!ついにリュールゥさん登場!
一応は自分の推し(+リューさんの次に主役に据えた小説を書いてるお方)が登場するのにここまでかかるとは思いませんでしたね~
尚何度考えても思うのがリューさんとリュールゥさんって容姿以外ほぼ全て違うような気がすることですね。


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詩人の来訪

お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます!
励みになります!
あと評価バーが赤色に変わってました!評価ありがとうございます!今後も評価バーが赤に相応しいような作品を続けていきたいところです。

遂にリュールゥさん登場!
今作の主役を担う女傑の一人です。すっごい活躍する予定ですよ!(ここ大事)


「…何者か分かりませぬが、王女様?如何いたしますか?」

 

 デキウスによる私への問いと共に視線が一気に私へと集まる。

 

 私はしばらく思考を巡らせた末にその問いへの答えを導き出した。

 

「来たる者拒まず…それがこのナクソスのやり方です。招き入れましょう」

 

 私の答えに一瞬だけ静寂が訪れたが、もう私の判断は下っている。それに応ずるようにデキウスが使いとして来た者に指示を飛ばす。

 

「承知しました。おい。門番に伝えよ。その者達を門を開け迎え入れる準備をするように、と。警戒を解けとは言わん。だが無礼がないように気を付けるように」

 

「ははっ!すぐに伝えて参ります!」

 

 デキウスの指示にその者はすぐさま背を翻し、部屋を飛び出す。

 

 その姿を見送ると同時に私もまた部屋を出るべく席を立った。

 

「私達も彼女達を出迎えます。付いてきてください」

 

「わざわざお出迎えに…お待ちを。彼女?」

 

「ふむ…どうやら王女様はその方と面識がある…そういうことですな?」

 

「話は歩きながらでも。念のため正体を確認するためにも出迎えなければ」

 

 デキウスとマルスの詮索に私はそれだけ言うと少々急ぎめに部屋を出る。そんな私に皆さんが続くのを横目で確認した所で皆さんの問いに答えた。

 

「リュールゥ…彼女は王都ラクリオスにて私もフィーナも面識のあるお方です。吟遊詩人をされているとのことでしたが、記憶が違わなければアルゴノゥトのミノタウロス討伐にも同伴されていたはずです」

 

「王女様の言う通りです!リュールゥさんは王女様を助けるために私達と共に戦ってくださった言わば同志です!もし本当に来られた方がリュールゥさんなら信頼できるだけでなくきっと王女様や私達のお力になってくれると思います」

 

 リュールゥと面識のある私とフィーナによる説明に皆さんは頷きやら感嘆で応じてくださる。

 

 それはきっとリュールゥがアルと共に戦ったという事実。

 

 リュールゥが私の救出に関わったという事実。

 

 そして私の信頼が厚いと思われているフィーナもリュールゥを信頼できると評した。

 

 それらが皆さんの心に響いたからに違いがなかった。

 

 ただその中に混ざっていたデキウスの唸り声と共に発せられた疑問は私の中で密かに沸いていた疑問につながるものであった。

 

「それで…その吟遊詩人殿が何用で王女様の元へ?そもそも如何様に王女様がここにおられることを知ったのか?このナクソスに王女様がおられることは機密事項ではなかったのか?確かにここに住む者には王女様のために共に戦う同志として王女様がおられることを知らせておるが…」

 

「えっと…リュールゥさんは吟遊詩人ですから、アル兄さんの戦いを見届けた後はその英雄譚を世界に希望を届けるために旅をする…と仰っていました。だからその旅の途中でここを立ち寄られたのではないですか?」

 

「そう仰るが、フィーナ殿。このナクソスはラクリオス王国でも辺境に位置する上に周囲の街ともさして交流の多くない山奥。確かにかつての我らを含め流れて来る者は数多くいるが、旅の途中で立ち寄るような場所とは思えませぬな」

 

「つまり…デキウスさんはリュールゥさんを信頼できないと仰りたいのですか?」

 

「王女様とフィーナ殿のその吟遊詩人へのご信頼は理解しますが、警戒は解けない。そう考えております」

 

「そんな…でもリュールゥさんは!」

 

 デキウスの冷徹な分析にフィーナは感情的に言い返そうとする。それを最初は黙って聞いていた私だったが、これ以上放置すると余計な対立になり得る。信頼するデキウスとフィーナの間でそんな対立が起こるのは望ましくない。

 

 そう判断した私は歩みを止めて始まりかけていた二人の口論を制した。

 

「そこまでです。デキウス。フィーナ。お二人のご意見両方に私は同意せざるを得ません。デキウスの仰る通りリュールゥが今現れたことは不審と評さざるを得ません。それと同時にフィーナの仰る通りリュールゥはアルゴノゥトの勇姿を共に目にし、知らぬ仲ではないお方であり、できれば信頼を置きたいですし、お力もお借りしたい。私の中でも相反した考えが存在します。それはあまりに情報が足りぬからです。それはご理解いただけますよね?」

 

「…つまりその吟遊詩人を試すためにお招きになる、と?」

 

「そういうことです。デキウス。そのまま追い返しては何も情報は手に入らないでしょう」

 

「王女様がそう仰るならば…私はただその吟遊詩人の動静を見守るのみです」

 

「ありがとうございます。デキウス。そしてフィーナもいくら相手がリュールゥであろうと、油断して良いわけではありません。分かりますね?」

 

「はい。分かります。でも…」

 

「フィーナの仰りたいことはよくよく分かっています。だからこそ早々に彼女達の元へ。確かめねばならぬことは多々あります」

 

「「ははっ…」」

 

 何とかデキウスとフィーナに一時は納得させられたことに少しだけホッとしつつ私は歩みを再開した。

 

 向かうは、リュールゥがいるであろう門の前であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「王女様だ!開門せよ!」

 

 私達が門の前に姿を現すと同時に門番が叫ぶ。私達は門の前に陣取り、リュールゥの率いているという一団が入ってくるのを待った。

 

 その掛け声とともに重々しく開門されると、それと共に入ってきたのは騎馬の一団。エルフやヒューマン、獣人にドワーフと様々な種族の者で構成されていることに正直驚きを隠せない。

 

 確かにその両脇を固めてはいるこのナクソスの兵士達もヒューマンにとどまらず多種族で構成されているものの、あくまでヒューマンが中核。ここでも多種族の共生は楽ではないにも関わらずこの一団の頭だというリュールゥはこの一団を見事に束ねている…?

 

 そう考えると私とフィーナの知るリュールゥは彼女のほんの一部でしかないのではないか?飄々とのらりくらりと詮索を躱していた彼女の事。多くの事を隠しているに違いない。

 

 そんな疑いと関心を抱きつつ私達は一団が入ってくるのを見守った。

 

 そうして見守り、100人前後かに見える一団がナクソスの内部に入ると、一団の中央が割れて道が出来上がる。

 

 その道によって拓けた視界から見え、まさにその者のために作られた道をゆっくりと騎乗のまま進んでくるのは一人の女性。

 

 帽子を被り長い髪を風に靡かせ馬を察そうと操る姿は美しいと表現する他ない。あそこまで華麗に馬を操ることができるのはエルフの慣習によるものか、それとも彼女自身の鍛錬の賜物なのだろうか?

 

 その女性は私の目の前に辿り着くと優雅に下馬する。それに続くように後ろに控える一団も下馬して跪いた様子はまさに壮観といったところだった。

 

 そして彼女、リュールゥは被っていた帽子を外し恭しく挨拶をする姿は周囲の視線を一身に集めているかのようだった。

 

「お久しぶりにございます。アリア殿。フィーナ殿。そしてお初にお目にかかります。ナクソスの皆さん。皆さん御健勝で何より何より」

 

「…お久しぶりです。リュールゥ。あなたもご無事で何よりです」

 

「…はてさて何やら我々への視線が少々厳しいようですが、これは如何なることでしょうかな?」

 

 リュールゥが陽気な声と共に頭を下げ挨拶を私達に贈ったので、私もまた相応の返答を返す。

 

 ただ周囲の、もちろん私も含めての視線はあまり客人の来訪を歓迎するようなものではない。それを早々に感づいたらしいリュールゥは頭を上げると共に鋭い視線と問いで私を射すくめた。

 

「単刀直入に聞こう。吟遊詩人リュールゥとやら。今日は如何なる用向きでこのナクソスに参った?」

 

 それに私よりも先に応じたのは、先程よりリュールゥを疑うデキウス。武骨な武人らしい単刀直入な問いはリュールゥ相手には上手く躱されてしまいそうだと少々警戒した私であったが、リュールゥは私の予測の上を行った。

 

「あなたは確かラクリオス王国が辺境で城主をお勤めになり、三年前のアル殿の遠征にも参加しておられたデキウス殿ですね?アリア殿の下でご活躍されているとは知っておりましたが、アリア殿の意思を代弁なさるほどのご信頼とは…いやはや驚きましたなぁ…いえ。何よりアリア殿がここまで皆さんを心服させているところを感服すべきところでしょうか…」

 

 リュールゥが口にしたのはナクソスに住む者でも多くの者は知らぬデキウスの素性。それには周囲だけでなくデキウスまで呆気に取られ、言葉を失うことになった。

 

「…なぜ…私の事を知っている。私の事はここの者でも僅かな者しか知らぬはず…そなたは…何者だ?」

 

 問いただすように尋ねるデキウスにリュールゥはニヤリと笑みを浮かべつつ答えた。

 

「何者?アリア殿からお聞きしておりませんか?私はリュールゥ。流離人ならぬ流離妖精。所謂吟遊詩人。英雄達の勇姿をこの目に収め、歌を歌い希望を各地に届ける…そんな大望を心に抱き、世界を歩く流離の吟遊詩人。風よりも早く世界を歩けば風と共に噂がこの耳に届くのもまた必定…これでは説明が足りませぬかな?」

 

「その点は王女様からお聞きしております。リュールゥ殿。ですが我らが疑問に思ったのは、何故その吟遊詩人を名乗るリュールゥ殿が一団を率いておられるのか?吟遊詩人が一団を組むとはあまりお聞きしませぬが…」

 

「はて?それが何かおかしき点ですかな?あなた方『ウィーシェ』と言う名をお聞きになりませぬかな?」

 

 デキウスの後を継いだマルスの問いにリュールゥは笑みを崩さぬまま答えると、俄かにざわめきが広がる。

 

 そのざわめきの中心にあったのは『ウィーシェ』という言葉。

 

 ただその言葉の意味が分からぬ私は周囲のざわめきに付いていけなかった。

 

 横目にフィーナを見て、ざわめきを理解しているか確かめる。

 

 だが生憎フィーナも理解できぬかのように目を点にしつつリュールゥを見つめるばかり。

 

 そして話についていけぬ私に答えをもたらしてくれたのは私の後ろに控えていたガイウスであった。

 

「ははぁん。なるほど。なるほど。つまり『あなた方』が『ウィーシェ』なのですね?」

 

「お若いヒューマンのお方。お察しがいい。流石はアリア殿のそばを固める武人ですなぁ」

 

「…私の名前は覚えてないのかい…おい待て。お若いの…?まさか…俺より年上?あれほどの美貌を保っているのに…?おい…本当かよ…」

 

 後ろでようやく私に答えを与えてくれたガイウスは、リュールゥに褒められたはいいものの何やら不満やら衝撃やらで続きを述べてくれない。

 

 よって代わりにデキウスがもっと分かりやすい答えを与えてくれた。

 

「つまり世界に希望を届ける英雄譚を吟遊詩人ウィーシェと各地で語る噂で流れていたのは、一人の吟遊詩人ではなく複数の吟遊詩人の業績が合わさって生まれた幻想の存在…そしてその幻想を生み出したのがそなた達だと言うのか?」

 

「幻想とは少々異なる物ですなぁ。私の真名は確かにウィーシェ。ウィーシェという者は確かに存在しておりまする。ですがお若いヒューマンのお方とデキウス殿のお察しの通り吟遊詩人ウィーシェは一人ではありませぬ。後ろに控えし者達は種族は違えど皆我が真名ウィーシェの名を背負い世界に希望を届けるべく身を粉にして歌を届け世界を歩く同志」

 

 

「仰る通りです。『私達』こそが『ウィーシェ』です」

 

 

 その言葉によってざわめきが一気に収束していく。それと同時に疑いを含んだ厳しい視線も。

 

 私もまたようやく理解した。

 

 リュールゥが吟遊詩人であることは知っていたが、以前会ったときは一人であったため、どうにも一団の頭であるというイメージが定着しなかったのだ。

 

 だが今の説明でそのイメージがようやく腑に落ちたのだった。それと同時に同じように人の上に立つリュールゥに勝手ながら親近感まで抱く。

 

 何より皆さんに与えた『ウィーシェ』と言う名のこの影響力。希望をもたらす吟遊詩人の名は初対面の者からも信頼と安心を勝ち取るほどの力があることを目に見えて感じられた。

 

 だが肝心なことをまだ知れていない。それはリュールゥ達がなぜこのタイミングで現れたか、という問題である。

 

 それを周囲がリュールゥ達への警戒を和らげる中で尋ねなければならなかった。

 

「あなた方の素性は分かりました。ただあなた方がなぜここにお越しになったのかまだ分かっていません。それをお尋ねしても?」

 

「いやはや…素性を知っても尚その真意を知るまでは疑うことをやめない…陰謀を警戒せねばならぬ指導者には必要な素質にございましょう。アリア殿の周囲を固める方々の疑いを含む視線もあまり揺らいでいないのは何よりの事。それこそが上に立つ者の証。ウィーシェという名や私の表の顔にばかりは騙されてはいけない。そういうことです。よろしいですかな?フィーナ殿?」

 

「えっ…あっ…リュールゥさん?えっと…すみません…」

 

「どうかお気を付けを。フィーナ殿。あなたもアリア殿を正しく支えたいと思うならば、その辺りの警戒を身につけた方がよいでしょう。上に立つ者はお人好しでばかりはいられませぬ故」

 

「つまり…リュールゥさんは何か陰謀を企んでここに来られたのですか?」

 

「まさかまさか。フィーナ殿にこう諭した手前申し上げにくいのですが、私達は何ら陰謀は企んでなどおりませぬ。アリア殿。どうかお信じくださいませんか?」

 

 リュールゥはそう言うと両手を挙げて敵意がないことを示す。ただリュールゥ自身が先程言った通り簡単に信じられるものではない。何か信じる根拠が必要だった。

 

「…私達があなた方を信じるためにあなた方が私達に示せるものは?」

 

「武装解除と一時的な監視の許可。これで如何でしょう?これは皆にすぐさま言い含めまする。代わりにアリア殿にはご受諾いただきたい。ここに参った目的をアリア殿に一対一で話す機会と旅で疲れた皆に宿泊する場所の提供を。それさえ頂ければ、私達は何ら問題はありませぬ」

 

 リュールゥの告げた交換条件は一考してみたものの、一長一短。私は背後を振り返り、皆さんに意見を目で求める。それに最初に小声で答えてくださったのはデキウスであった。

 

「…あの者達は明らかに強者。あのリュールゥという吟遊詩人も然り。武装を解除しようとも危険は伴うことには違いありませぬ。何か企てがあれば監視の者などすぐに一掃され、王女様を人質に取られましょう…ですが…」

 

「…王女様は決心したような目をしているから止めたくとも止められない…ですよね?デキウスさん?」

 

「…仰る通りです。フィーナ殿。この目をした王女様を止めようとは思えませぬ」

 

「…はは。私も何度も同じこと思ったことがあります」

 

「…デキウスとフィーナは何を言っているのですか?一応言うと聞こえてますよ?」

 

 私に苦笑いを向けて口々に言うデキウスとフィーナに私は釘を刺しつつ尋ねる。そうすると同じく苦笑いするマルスが代わりにか口を開いた。

 

「要はですな。王女様。どうぞお心のままに、というのが我らの思い。我らは王女様のご判断に従います」

 

 マルスがそう言うと共に皆さんが頷いて同意を示す。

 

 要はそう言うことだった。

 

 いつも通り私の決断に皆さんの命が掛かっているということ。

 

 それは私にとって重荷とも感じられる。

 

 だがそれは私が決して逃れるわけにはいかない責任である。

 

 私は振り返ってリュールゥに告げた。

 

 

「リュールゥ。いいでしょう。あなたの提案を受け入れます」




『ウィーシェ』が吟遊詩人集団の総称というのは独自解釈です。
言うまでもなく世界に歌を届けると言うことを一人でできるはずもない。だからリュールゥ一人ではないと考えていました。よってこのような設定を加えさせて頂いた次第です。

一応『吟遊詩人リュールゥ』と歴史に名が残らず、『吟遊詩人ウィーシェ』と残った理由説明も兼ねてます。
まぁ本音を言うならば…
第一にリュールゥさんを歌を伝えるためという名目で登場回数が減るのが嫌なため(代わりに配下を歌を届ける役に使っていくスタイル)。
第二にリュールゥさんが独自の組織を抱えることによってリュールゥさん個人の才覚以上の実力を付与するため。
まだまだ一応理由はありますが、現状ではこれくらいに。

次回はアリアドネとリュールゥさんの対談!
一対一を望んだと言うことはアリアドネにしか話せないことがあると言うことで…
個人的にリュールゥさんは秘密主義的傾向があると思ってます。ここでもリューさんと違いますね。…まぁリューさんも信頼を置ける人があまりに少ないせいで秘密で満ち溢れているように周囲からは見られてる訳ですが。


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王女に贈る詩人の大望

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どうでもいいでしょうけど、今偶然見てた歴史ドラマで百を救うために一を殺すことを是としないアルゴノゥトと同じ大義を掲げる義将と出会いました!
アルゴノゥトは道半ばで物語自体終了したので方法も碌に示してくれませんでしたから、この方にその方法を教えてもらいたい所です。
…歴史ドラマだからその人の行く末知ってるだろっていうツッコミはダメです。結局大義を果たせないことは知ってますが、病死らしいので多分きっと実践していく姿を見せてくれる…はずです。
それにしても何故こういう理想を掲げるのは若い人限定なんですかねぇ…

それはともかく心も身体も若いアリアドネと心は若い(え?)リュールゥさんの会談に入ります。
アルゴノゥトの遺志を知る二人は何を語り合うのか…


 沈黙が流れる。

 

 リュールゥが私に一対一の対談を申し込んできた。

 

 そのため私はデキウス達にリュールゥに付き従っていた方々に宿泊できる場所への案内を指示を与えた後、私はリュールゥを私の邸宅の応接間へと招き入れる。

 

 そして向かいの席を勧めてからしばらく。なぜか沈黙が続いていた。

 

 リュールゥは脇に置いた帽子を撫でながらなぜか私の顔をじっと見つめるのみで何も言わないのである。

 

 私はそれを見返すことで応じていたが、どうにも長時間見つめ合うのは何だか耐えがたくなってきたが私は口を開こうとする。

 

 するとその私の口の動きに気付いてか、まるでリュールゥは先手を打つように唐突に話し始めた。

 

「あれから三年ですなぁ…アリア殿」

 

「…っ!」

 

 三年。

 

 その言葉に私は言葉を詰まらせる。その理由は言うまでもない。

 

 三年前とはアルが命を落とした忌まわしき年なのだから。

 

 私はアルの無念の死を思い出すたびに言葉が出なくなる。

 

 そんな言葉が出なくなった私の様子を見てか、リュールゥは私の返事を待つことなく続けた。

 

「あれから三年。アル殿が亡くなってから三年…長くとも短い時でございました。この三年で進歩は少なく退歩の方が多い…それは誠に無念なこと。そしてそれはアル殿の望まれた未来ではなかったのは明らか。ですがアル殿の望みが僅かながら叶ったこともまた事実」

 

「…何が言いたいのです?」

 

「アル殿がミノタウロスを討ち、アリア殿を救い出した…それはなぜか…お分かりになりますかな?」

 

 このリュールゥの物言い…私を試している。

 

 そう察した私は言葉を選びつつリュールゥの問いに答える。

 

「それは…私がラクリオス王国の王女であったから。目の前で困っている人を見過ごせないのがアルだから。だから王宮から逃げ出した私と出会ってしまったのがその始まりで…」

 

「違いますなぁ」

 

「なっ…」

 

 リュールゥは私の答えをばっさりと否定した。全くの見当違いとでも言うかのように。

 

 私は反駁しようかとも思ったが、反駁の材料もない。

 

 何せ救出されるまでの間私はアルと接触できていない。つまりアルが仮に何かを私を救い出す理由をリュールゥには話しているかもしれないということ。

 

 そう推測した私はリュールゥの言うであろう正解を待った。

 

 するとリュールゥは顎に手を添えると、何かを考え込むようなそぶりをしつつ呟いた。

 

 

「やはり…アリア殿は御自分に御自信がないようですなぁ…」

 

 

 そのリュールゥの指摘はまさしく図星。

 

 それで私はまたも言葉を失い、リュールゥを見つめるしかなくなる。

 

 するとリュールゥは小さく笑みを溢した。

 

「それが別に悪いとは申しておりませぬ。自意識過剰となり、助言を受け入れぬは愚の極み。故に臣下の方々に意見を求めるのは何ら悪いことにはございません。ですが自信がないように見えるのは、些か皆の信頼を損ないかねない不安要素。そこの点は人を統べる者としては問題となり得ましょう」

 

「そうは言いますが、リュールゥ。私は未だ経験が浅く…」

 

「何を仰せか!アリア殿は辺境を旅し、知識を蓄え、力も身につけた。その努力を誰が否定できましょうか?確かに経験は浅いやもしれませぬ。ですがそれを補強するだけの信念と胆力をお持ちです」

 

「…リュールゥ?なぜ私が辺境を旅していたことを知って…」

 

「あえて言いましょう!」

 

 リュールゥの慰めと戒め。

 

 それを聞いていくうちにデキウスが疑問に抱いたのと同じように私自身しか知りえない事実が混ざっていたことに疑問を呈しようとするも、リュールゥはその疑問を塗りつぶそうとするかのように強い言葉で遮ってきた。

 

 そうしてそのリュールゥの強い口調で語り始められた言葉が私に与えたのはかつてフィーナに暗に求めてしまった言葉と同じものであった。

 

「アリアドネ殿。あなたは英雄アルゴノゥトに選ばれた者です。誰が何を言おうと、あなたはアルゴノゥトによって選ばれた。それは王女だったからではありませぬ。王族の血などをアルゴノゥトが重視するならば、お父君でもよかったはず。アルゴノゥトが目の前の困っている人を助ける性があったからか。それもあなたを助けた理由には繋がりますまい。アルゴノゥトは他でもないあなたをミノタウロスを倒した直後の僅かな一時に支えようとしたのですから。それは誰よりアリアドネ殿がお分かりのはず」

 

「つまり…アルは…」

 

「アル殿が支えようとしたのは、王女としてのアリアドネでも女性としてのアリアドネでも目の前で困っていたアリアドネでもありません。才能ある者として支えるに値すると見込んだ指導者としてのアリアドネを支えようとしたのです。アル殿は誰よりもあなたの才能を見抜き、認めていた。だからあなたを命を懸けて救い出し、人を統べる者の座へと引き上げた」

 

「…そうアルは本当に言っていた…考えていた…そういうことですか?」

 

「ええ。もちろん。確かにアル殿はそう申しておりました…まぁあの女性に好かれたいあの御仁はそんな冷静な評価など寸分も気取らせず、如何にも美しいから可愛いからと表向きには申しておりましたが。同じくフィーナ殿もまたアリア殿が命懸けで王都に助けに舞い戻るほどの才覚をお持ちです。アル殿が周囲に置こうと考えた女性…それは皆その才覚を認めての事だったのでしょう」

 

「ならそれはリュールゥも…ということですか?」

 

「…っ」

 

 もう私はなぜフィーナを王都から救出したことを知っているのか、などというはぐらかされること明らかなことを聞かなかった。

 

 その代わりに私が聞いた質問。

 

 それにリュールゥは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 

 それは何か隠し事がある、ないしは隠れた思いがある。その表れだったのは明らかであった。

 

 だが流石はリュールゥと言ったところでその動揺は一瞬で抑え込むと、私の問いに答えていた。

 

「…さぁ。アル殿は恥ずかしいからかは知りませぬが。本人には言いませぬからなぁ…私をどのように評価していたか…それは聞いてはおりませぬ。ただ私もまたアル殿から託された物がある…それは確か。アリア殿とは違う物を託された…そう確信してはおります。ですが私の才覚を評価していると申せば、アル殿亡き後それはただの自画自賛。少々言いにくいですなぁ」

 

「分かりました。リュールゥの申し分は重々理解しました。あなたやアルが私の才覚は評価に値する…そう考えているならば、私もまた私の才覚とやらを信じるしかないでしょう」

 

「それは上々。人を統べる者として是非御自分への御自信は身につけてしかるべきと申し上げておきます」

 

 私はそれ以上特に詮索するのは止めた。

 

 確かにアルが仮に私の才覚を評価してくれていたと言うならば、それほど嬉しいことはない。リュールゥがそう聞いたと言うならばきっとそうなのだろう。

 

 だが何を聞こうとアルはもういない。その言葉が真実か確かめるすべはない。

 

 そして何より才覚があろうとも今後生かすことができなければ話にもならない。

 

 要は大事なのは今後であった。

 

「それでリュールゥ?私に自信を付けさせて何をするように申したいのです?あなたは吟遊詩人。役割は英雄の物語をその目で見届け、世界に届けること。ならばこのナクソスにその目で見届けるべき物語が始まり得る。そうお考えということですか?それはかつて王都ラクリオスを訪れ、英雄アルゴノゥトの物語を見届けたように」

 

「いえ。もう英雄の物語を求めているわけではありませぬ」

 

「…は?」

 

 リュールゥの答えは私の想定とは全く違う物だった。

 

 英雄の物語を求めてはいない。それは一体どういう意味か?

 

 その意味を探ろうと思考を巡らせる最中、リュールゥは力強く語り始めた。

 

 

「アリア殿。もう時は満ちました」

 

 

「…時は満ちた?それはどういう意味です?」

 

「先ほど申し上げた通りアル殿が去られてから三年の月日が経ちました。その月日はあらゆる意味で必要な月日でした。ですがその埋伏の時はもう終わりです。そのままの意味で、時は満ちた。そう申し上げているのです。アリア殿。あなたが立つべき時が来た。そういうことです」

 

「…すみません。あなたがそう申される根拠が分かりません」

 

 リュールゥは『時は満ちた』。そう言った。

 

 その言葉自体の意味は分かる。

 

 だがそう考え得る根拠は?

 

 …まさかフィーナの救出を機に皆さんの期待を正面から背負うという決心をした私の隠している本心まで見透かされてでもいるのか?

 

 何をどのように知り、どこまで知っているのか全く見当のつかぬリュールゥにそこまで疑う他なくなってしまう私。

 

 ただリュールゥはそんな私の本心を見透かした訳でもなくリュールゥらしい真っ当な根拠を持ち出してきたのだ。

 

「根拠?ええ。きちんとありますとも。揺るがぬ根拠が。アリア殿が先程申された通り私の役割は英雄の物語をこの目で見届け、世界に届けること。そうすることで人々に希望を届けていく。希望と勇気の源となる『種』はアル殿から授かりました。その『種』を我々『ウィーシェ』は世界に届けた。それに必要だったのが三年。それだけの月日があれば、このラクリオス王国だけでなく魔物の侵略に耐える全ての国や部族に伝えることができた。それを我々は三年という月日で成し遂げることができたと自負しております。アル殿が我々に授けてくださった『種』はもう既に世界へと撒かれ、力強い『根』を張りつつある…そう断言できます」

 

「ならばその『根』を支えに『芽』を出し、樹木へと成長させ、いつかは強固な森へと育てていく…その大業を始める機は今である…と?」

 

「そしてその大業を始めるは大切な『種』を生み出したアル殿に認められたアリア殿しかいない。私は、いえ我々『ウィーシェ』はそう考えています」

 

「私が…本当にアルの願いと大義を…継ぐ?」

 

 アルの遺志を継ぐ…それは漠然とした夢だった。

 

 フィーナに話した通り私には手立てが分からなかったのである。何をしようにも力があまりに足りな過ぎた。そう思っていた。

 

 だがそれはもしかしたら勘違いだったのかもしれない?

 

 行動を起こさねば、何も変わらない。逆に言えば行動を起こせば、何かを変えることができるのではないか?

 

 そうまで思わせるほどリュールゥの言葉は力強く自信に満ち溢れていた。

 

 そしてリュールゥが告げたのはその私に生まれた憶測に支持を与える物であった。

 

「もう一度言いますが、時は満ちました。そしてその時を逃せば、恐らく今後機は巡ってこないでしょう。故にアリア殿は今すぐにでも行動を起こさねばなりませぬ」

 

「行動を起こすと申しましても何か手立てはあるのですか?潤沢な力があるわけでは決してない私達が如何様に?」

 

「力がないとは多くの方々にとって心外なことでしょうなぁ。アリア殿の側近には優秀な武人方がおります。そして我々『ウィーシェ』もお力をお貸ししましょう。我々は世界を旅する吟遊詩人。アリア殿の目となり耳となることができます。情報の大切さは情報を知るが故に憂いの強いアリア殿自身がご存じの通りかと」

 

「当然です。つまりリュールゥ率いる『ウィーシェ』は私達の力になってくださる、と?もしそうならば、あなた方ほど頼りになる方はいないことでしょう」

 

「お褒め頂き光栄です。我々『ウィーシェ』は人類と世界を暗黒の時代から脱却させるため。アリア殿に全身全霊をもって尽くしましょう」

 

 リュールゥの明確な支持の表明。それほど心強いものはなかった。

 

 デキウスが侮れないと評価するほどの強者の集まりであり、世界を旅して想像もつかないほどの情報収集力を誇る『ウィーシェ』。

 

 その支持は私に行動を起こすための大きな自信を与えた。

 

 だがそれだけでは足りないのは明白。

 

 リュールゥが私に与えたのはあくまで行動を起こすための自信のみ。行動を起こすための手立ては不明なまま。

 

 そして何より語り合う中で感じるのはリュールゥの私を見定めるように見つめてくる視線。

 

 その視線は何を私に求めているのか?

 

 それをリュールゥと語り合う中で私はついに見出した。

 

 それはリュールゥの与えた自信や周囲の支えに安住しないだけの覚悟。

 

 リュールゥは私に才覚や自身の持つ力への自信を与えつつも、自らの覚悟で大業を始めるための一言が出てくるか、それを見定めているのだろう。私はそう判断した。

 

「ルナ。そこにいますか?」

 

 私はこれまでよりも大きな声を上げていた。その声は目の前のリュールゥへのものではない。

 

「はいっ。アリア様。どうなさいましたか?」

 

 私の声に呼ばれて入ってくるのは部屋の外で万が一のために待機して頂いていた私の身の回りの世話をしてくださっているルナ。

 

 ルナは私に呼ばれて驚いたのか少々緊迫した表情を浮かべているが、幸運にもそんな緊迫したような事態は発生していないため、私はルナに視線を向けると淡々と指示を与えた。

 

「デキウス達軍議に参加して下さっている方を呼んできてください。これよりリュールゥを軍師としてお招きし、このナクソスと私達の道を決める重大な軍議を行う、と」

 

 私はルナへの指示を与えつつ、横目でリュールゥを見てみる。

 

 リュールゥは満足げにニヤリと笑っていた。そして見定めるような視線も期待を含んだ視線に変わっていたのだ。

 

 その判断が導き出した答え。

 

 それは単純明快。即断即決の姿勢をリュールゥに見せることだった。

 

 それが私の覚悟が既に存在することを証明することに繋がる。そう考えたのである。

 

 その判断はリュールゥによって合格との評価を頂けた。そうリュールゥの表情から判断した。

 

 それに嬉しさを噛み締めつつも私は今度はリュールゥに視線を向けて尋ねる。

 

「リュールゥ。『ウィーシェ』の中からあなたが軍議の場に出席させて欲しいと思う方はいますか?」

 

「ほぅ…ではお一人お頼みできますかな?獣人のアンドレイをここに」

 

「獣人のアンドレイという方もお呼びください。指示は以上です。ルナ。お願いします」

 

「はい!分かりました!」

 

 威勢の良い返事と共にルナが皆さんを呼ぶべく部屋を飛び出す。

 

 すると笑みをこらえきれぬとばかりに、ただあくまで上品に笑い出すリュールゥ。

 

 その笑いに愛想笑いで応じるとリュールゥは笑い過ぎたことに少々思う所があったのか小さく咳払いをすると、姿勢を正しつつ言った。

 

「いやはや失礼失礼。色々と痛快でしてなぁ。まずは私の同志を軍議に出席させてくださるという配慮に感謝を」

 

「いえ。感謝されるほどのことでは。あなた方のお力を借りるならば、それくらいのことは当然だと考えています」

 

「それも然り。そして何より軍師とはいやはや物々しい響きですなぁ。長寿を誇るエルフの私でもそのような官職を得るのは初めてですなぁ」

 

「豊富な知恵を蓄えたリュールゥは軍師という肩書が一番ふさわしく感じましたのでつい。ただ所詮官職など今はただの肩書。与えるも何も何の役にも立ちません。言うなればデキウス達もここでは一応は将軍ですから」

 

「はっはっは!それもまたそうですなぁ。そういう意味での権限がない今官職などその程度。ただ官職を与えられたということは、アリア殿の信頼の証。有難く拝領いたしましょう」

 

「ふっ…そう言って頂ければ何よりです」

 

 笑みを絶やさぬリュールゥに私もまた笑みを含んだ軽口で応じる。

 

 そんな冗談交じりの会話に花を咲かせた私達。

 

 だがリュールゥが笑みを消して真剣な表情をしたのを見て、リュールゥが何かを告げようとしていると考え、私もまた笑みを消してその評価の言葉を待った。

 

「さて…冗談はそれくらいに。アリア殿。先程の対応には感服しました。やはりグダグダ御託を並べるよりも行動を起こすための知恵を集め、行動のための決断を下した方がよい…結局行動を起こすか否かは事実をどのように解釈するかに左右されるのみ」

 

「つまり私はこれまでは悲観的に事実をとらえていたが故に行動を起こせなかった…と」

 

「言うなれば、そうかもしれませぬ。ただ事実誤認は避けねばならぬ以上これまでのような慎重な思考は失うべきではなく…」

 

「要は大胆さと慎重さを両立した思考が必要である。それがなければ、人を統べる者足りえない…ということですね?」

 

「仰る通りです。そしてその両立を維持する一助を我々アリア殿を支える者達が為す。ただそれはあくまで一助に過ぎませぬ。あくまでアリア殿の自らの御決断が必要。その決断を迫らせることこそが人を統べる者が背負う重荷でありましょう」

 

「ええ。分かっています。分かっていますとも。私にはその重荷を背負う覚悟が既にありますから」

 

「そのお言葉をお聞きできて何より」

 

 リュールゥの言う通りだった。

 

 結局は事実の判断など私の感覚次第。かつては悲観的だったのが、フィーナやリュールゥとの対話を問うして希望を感じ始めたのがその好例であろう。

 

 そしてその感覚の変化が私の覚悟を強くしたのもまた同じこと。

 

 二人との対話を通じて私の覚悟は一段と強くなった。

 

 

 今こそ行動を起こすべき時。

 

 

 それはまさにその通りだ。

 

 フィーナもリュールゥもデキウス達も皆それぞれの形でその強い覚悟を示してくれている。

 

 私はその覚悟にどのように応えるか?

 

 その答えは一つ。

 

 

 明確な形で私達の道を指し示すこと。

 

 

 それが多くの期待を背負う私の務め。

 

 そのための決断が私に求められている。

 

 かつてアルが私達に世界に希望をもたらすための道を指し示してくれたように。

 

 私もまたアルと同じように道を指し示さなければならない。

 

 その時は、覚悟を示し、決断を下す時は、着々と迫っていた。




どこからどこまで知っているのか自分でも把握していないのがリュールゥさん。
自分的には元ネタのリューさんより数倍優秀だと評価しています。

真名を強調している点だけでなく吟遊詩人が騎士階級の出の場合があるとも言うので、リュールゥさんが高貴なハイエルフである可能性は高いと思います。そしてその地位に由来した多様な才能を抱えているのは想像に難くないのでは?と書き進めてます。
そしてこれからはアリアドネの軍師として知恵袋として活躍していきます。イベントでも歌を歌いつつ傍観もしつつばっちり知恵を授けたり戦ったりしてましたからね。もちろん吟遊詩人としての役回りはきちんと果たして頂きますが。
相変わらずリュールゥさんもよく嘘をつきます。嘘も方便ってやつですけどね。

あとここでも独自解釈を入れてます。リュールゥさん達『ウィーシェ』が世界に届けたのは『道化アルゴノゥト』の物語ではなく『英雄アルゴノゥト』の物語だと言う点です。
アルゴノゥトは人々を笑顔にするために偽りを多々含んだ道化の物語を届けることを望んでいましたが、リュールゥさんは美化された虚飾のない本物の命の欠片を歌に変えて伝えることを信念としています。悲壮な覚悟などが欠落した喜劇は『美化』されたのうちに入るのではないでしょうか?そのためリュールゥさんがアルゴノゥトを英雄から道化に貶める理由が立たないんですよね。リュールゥさんはアルゴノゥトの活躍と信念ををありのままに伝えると思います。と言うことでアルゴノゥトとリュールゥさんでは考えて世界に届けたい物語の形が違うんですよね。

ただ、もし一致するとすれば理由として考えられるのは二つ。
一つ目はアルゴノゥトの遺志を尊重した。…ただこの理由はリュールゥさんが自らの信念を曲げてまでしてするとは少々思い難いので微妙と思ってます。所詮アルゴノゥトはこれまで見てきた多くの英雄の一人の『はず』ですから。
二つ目は美化しなければならないほどの深刻な問題が発生した。美化せずにありのままのアルゴノゥトの物語を伝えれば、喜劇どころか希望をもたらす物語にさえもできない…そうなれば美化も致し方なしとなりましょう。…暗黒の時代ならないとは言えないと考えられます。
…とまぁどちらの理由を採用していくかは今後の展開で分かる、ということで。


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満ちた時は続く夜を終わらせる

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中々に難しい票のばらけ具合ですね…アンケートを鑑みながら、検討を進めることにします!
…まぁ反映されるのは結構先になりそうですが…
一応転生(?)的な人物として出したいオリキャラは決まってます。ですが設定をどうするか検討中で…
容姿だけなのか。性格までか。それとも原作に繋がる因果までか。
引き続きアンケートにご協力頂けると幸いです。

この作品には何が足りないんだろうって考えたら、作者の文才とかもあるんでしょうけど、アルゴノゥト亡き後ってのが決定的な問題?と今更気付き出しましたね…
でも二つのことを言わせて頂きたい。
まず第一にアルゴノゥトの呆気ない最期は公式であり、決して作者が殺したという訳ではないこと。(まず最期の詳細の設定は今作ではまだ明確に明かしていないという点は凄く大事)
第二に『アルゴノゥトの遺志』はまだ死んだ訳ではないという点です。
人々を笑顔にしたい、魔物の支配する暗黒の時代を終わらせたい、その『アルゴノゥトの遺志』が生き続けている限り『アルゴノゥト』は生き続ける…と言うことができると考えています。
アルゴノゥトが土台を築いた『英雄時代』はまだ始まったばかりなんですから。(というか微妙に始められてないというのが実情)


 日は暮れ始め、日の明かりに代わって月明かりが窓から差し込んでくる時刻まであと僅か。

 

 そんな時に私の視界には私の召集を受けて集まった8人の方が居揃っていた。

 

 招集した理由は言うまでもなく今後を決める軍議のため。

 

 その軍議は少しだけ様相が違うようにも感じる。

 

 本日一回目の軍議よりフィーナが参加するようになり、さらに今回からは私と向かい合う遠い席から私の間近に席をなぜか移したリュールゥとそのそばに腰を下ろした獣人のアンドレイが加わっているためではあろうが、もちろんそれだけではない。

 

 それはある意味当然だった。

 

 今まで軍議で扱ってきた議題とはまるで今回扱う議題の重みが違ったからである。

 

 そのためかここに集う皆さんの表情をいつも以上に堅く張りつめている。

 

 …興味津々とばかりに今にも笑みを浮かべてしまいそうになりつつ私の一挙一動を注視しているリュールゥを除いて。

 

 これは本日二度目の軍議。

 

 ただ一度目との重要度の差はあまりに大きい。

 

 一度目はただ今回の勝利を祝うだけのもの。

 

 だが今回は未来への道を決めるものである。

 

 リュールゥと私の考える『満ちた時』を活かし方を問う、場合によってはこのナクソスだけでなくラクリオス王国、ひいては世界の命運を決めるかもしれないという少々の驕りまで抱いてしまうほど私達に重要な軍議。

 

 そんな軍議が今まさに始まろうとしていた。

 

 そしてその軍議を誰の言葉で始めるか。

 

 それは考えるまでもなく今まさに決断を迫られている私アリアドネの言葉であった。

 

「皆さんに集まって頂いた理由。それは皆さんにお伝えした通りです。私達の進む道を見定めるため。皆さんの知恵を拝借したいのです。今回の軍議ではそれを話し合いたく思います」

 

 私はそう軍議の目的を告げ、皆さんの意見を待つ。

 

 だが高みの見物を決め込んでいるかのようなリュールゥとその意に従っているに違いないアンドレイはともかく、他の皆さんは口を固く結んだまま何も言わない。

 

 そんな意味のない静寂を嫌った私は早々に次の言葉、私が心の中で密かに温めてきた構想を告げようと決めた。

 

「ならば私が真っ先に私達の進む道を提示しましょう。ただそれは私のみの考えではありません。英雄アルゴノゥトが生前示されていた構想です」

 

「「なっ…」」

 

 例の二人を除く皆さんが挙って驚きと共に私の言葉に息を飲む。

 

「あの英雄アルゴノゥトが…ですか?それは一体どのような構想で?」

 

 息を飲んで私の言葉を待つだけでなく問いを発してきたのはアルの遠征にも参加していたというデキウス。デキウスは期待と驚きが混じったような視線を向けてくる。

 

 …ただ正直に白状するとそこまで期待されるような構想でもなく構想の骨子は実に単純なもの。大事なのはその構想を為すための手立てであった。

 

「英雄アルゴノゥトはミノタウロスとの戦いに挑む時どのように戦ったか…フィーナ。リュールゥ。あなた方ならば分かりますよね?」

 

 私の問いにびくりと驚くフィーナと余裕綽々と構えるリュールゥ。二人の反応はそれぞれだったが、私の求めていた回答はきちんと返してくれる。

 

「えっと…ミノタウロスのいる所に直接乗り込んで途中にいた魔物も王都の近衛兵達も蹴散らしてミノタウロスを撃破しました。…まさか王女様?強行突破で魔物を倒すとか仰りませんよね?」

 

「はっはっは!フィーナ殿。もしアリア殿がそう仰ろうとしておられるならば、相当な武骨な武人かただの愚者に他なりますまい。そういうことではなくアリア殿が仰りたいのは、魔物相手に防衛に徹するだけでなく攻勢にも出るべき…そんな簡単なことにございましょう?」

 

「…フィーナ?私に何やら妙な印象を抱かれているようですが、その点はじっくりお話ししましょう」

 

「えっ!?お姉様とお話!?二人きりで…へへ…へへへ…」

 

「「…」」

 

「ふふふ…フィーナ殿は実に愉快な御仁ですなぁ。アリア殿への愛では誰にも劣らぬと言っても過言ではなさそうですなぁ」

 

 …もうこの際私が説教をすると言っているの『二人きり』という言葉に妙な反応をするフィーナには誰も触れなかった。

 

 …敬慕も行き過ぎると妙な方向に走るのかもしれないと改めて実感させられたような気分だ。もちろんフィーナにそこまで慕って頂けていることは私にとって喜ばしいことだと十分に理解しているつもりだが。

 

 私は若干引き気味にフィーナに向く皆さんの視線を私に戻すべく咳払いをすると、話を再開した。

 

「…そしてリュールゥの仰る通りです。私が考える進むべき道とはこれまでのような守勢ばかりではなく攻勢に打って出て、人類の居住域を取り戻していくということ。それは英雄アルゴノゥトの最後の遠征が何よりの証拠。辺境の魔物の侵攻を阻止した後は、すぐさまその奪還に向かうことになっていたことでしょう。即ちこれは英雄アルゴノゥトの遺志でもあります」

 

 私の述べた論に皆さんは一様に頷く。その論自体は特に問題点がないのは分かりきっていたから。

 

 そして何より英雄と見なされるアルの遺志という言葉はこの場において大きな意味を持っていた。それはこれまで皆さんと話を進める中で感じたこと。

 

 実を言うならば、アルからそのような話を聞いたことは私にはない。ただアルが遠征に赴いたという事実はそう推測を立てるのに十分に役に立つものであった。

 

 だからその事実を利用した。アルの遺志がどこにあるのかをもう確認できないことをいいことにして。

 

 皆さんを説得する材料の一つとして、私の論を補強する一つの論として利用したのだ。その成果として皆さんの頷きと一定の同意を得られている。

 

 そんなことをしつつ私の心はほんの少しチクリと痛んだ。だがその理由もその痛み自体にも注意を払う余裕など私には与えられなかった。

 

「そう申されますが、王女様?攻勢に出ようにも力があまりに足らぬことは王女様もご存じのはず。確かにこのナクソスを魔物の襲撃から幾度も守り抜いてきた我々はこのラクリオス王国中でも最精鋭を名乗るだけの実力を誇っていると私でも思います。ですがそれだけでは攻勢を開始できませぬ。そもそも攻勢とは如何なるものでしょうか?明確な目標を示されるぬ限りどうにも…」

 

「明確な目標ならあります。そしてその先の指針も」

 

「それは真ですか?アリア殿?」

 

「当然です。今からお話ししましょう」

 

 私の言葉に食いつくように関心を示し反応したのはまたもリュールゥ。そのリュールゥの興味津々な視線に応えるように私はあるものを取り出す。

 

 そのあるものとは、フィーナにも一度見せたことのある地図であった。

 

「ほぅ。一度見せて頂いてよろしいですかな?」

 

「あ…ええ。もちろん」

 

「おっと失礼…皆々様も地図をご覧になりたいですな。アンドレイ。他の方のために地図を」

 

「承知しました」

 

 私の取り出した地図に強い関心を示したリュールゥはまたまたすぐに食いつき、私の許可の下地図を食い入るように眺める。…手書きの地図をそこまで興味深く見られるのは、非常に恥ずかしさを感じたが何も言わないでおくことにした。

 

 ただリュールゥは配慮を忘れることなく同時にアンドレイに別の地図を軍議の場に広げる。そういった準備を既にしている辺り、リュールゥの中でナクソスを出て戦うことこそが答えであるという考えが丸わかりであった。

 

 そしてその広げられた地図は私が書いたものよりは当然数段精巧なものであったため、その持ち主である二人以外の皆さんはそちらに視線が奪われ眺めている。

 

 その様子に私の方が技量が数段劣っているということを目の当たりにさせられるような感覚を覚え、分かりきっていたとはいえ悔しさを覚える。

 

 そうして皆がそれぞれの前にある地図を食い入るように眺めた結果訪れた沈黙。その沈黙はリュールゥの小さな呟きが打ち破った。

 

「なるほど…アリア殿はどうやらかなりの戦略眼をお持ちのようだ…いやはや旅がかようまでにアリア殿を育てるとは…見識を広げることが何よりも大事と理解する身ですが…非常に驚きですなぁ…」

 

 リュールゥが漏らしたのは、私への称賛と感嘆の声。なぜ私の貧相な地図を見てそのような感想を抱いたのか全く見当もつかない私は反応を返せない。

 

 そうすると、リュールゥは他の方がリュールゥ達の持ち込んだ精巧な地図を眺めているのにも構わず私の地図をその上に広げると、皆を見渡し試すように言った。

 

「皆々様。このアリア殿の地図を見て、何を読み取りますか?これを見れば、アリア殿の構想の一望が読めるはずにこざいます」

 

 リュールゥはそれだけ言うと、私に一瞥した後皆を見渡しながら沈黙を保つ。

 

 その一瞬向けられた視線が私に答えの口止めを求めるものだと理解した私もまたリュールゥの要望通り沈黙を保つ。

 

「…ほぅ…なるほど。頭領が感服した理由がようやく分かりました。王女アリアドネ。…我々の想像以上の傑物のようですなぁ」

 

「でしょう?私とアル殿の見込みは間違っていなかった、ということです。草陰でアル殿もきっと喜んでいることでしょう」

 

「ですな」

 

 しばらくの沈黙の後最初に口を開いたのはアンドレイ。やはりリュールゥがこの場に出席するよう求めただけあってその才能は折り紙付きのようだ。

 

 …とは言っても私の地図がそれほどまでに評価され、私の構想まで見透かされるとは半信半疑であるのが本音だが。

 

 ただ恐ろしいほどに私の心を見透かしてくるリュールゥのこと。きっとリュールゥは私の構想の骨の髄まで見透かしてしまっているのだろうと考えざるを得なかった。

 

 ただそれ以上に問題なのは何年も私と共にナクソスで戦っていた皆さんが誰一人唸ったり首を傾げるだけでリュールゥとアンドレイが見透かせた構想を全く見透かせていないかのような様子。

 

 …これには少々複雑な気持ちになるが、それはアンドレイに先を越されたという事実を受けて焦りまで覚えて目を凝らして地図を見る皆さんの様子から同じ心境なのは察するまでもない。

 

 そうしてアンドレイにようやく続いたのは、一番焦っているかのような表情を浮かべていたガイウスであった。

 

「分かりましたぞ!この地図にはこのナクソスから王都までを描いてあります。故に王女様は王都奪還をお考えなのですね!?」

 

「…アリア殿?そうですかな?」

 

 意気揚々にそう叫ぶガイウス。だが私の方を見て確認を取るリュールゥはもとより私までも芳しい表情は浮かべられなかった。ガイウスの答えの成否を知るべく集まる視線に私は気が進まないながらも答えた。

 

「…違います。王都奪還もゆくゆくは考えねばなりませんが、早急に目指すこととは考えていません。それよりも為すべきことはいくらでもあると考えています」

 

「…ぇ?」

 

「…王族紛いが恥を曝して…」

 

「…ちっ…」

 

 自信満々だった予測を私に見事に撃沈されたガイウスにそんな軽々しく予測を物申したガイウスに怒りを浮かべるゴヴァンとデキウス。

 

 ガイウスのお陰で雰囲気は先程以上に悪くなったうえに沈黙と言うか沈み切ったと言っても差し支えなくなってしまう。

 

 それを見かねたリュールゥは小さくため息を吐くと、雰囲気を変えるためか一拍する。

 

「さてさてお一つ申し上げるならば、こう言った人が書く物というものには自然と書き手の癖や心情というものがどうしても現れてしまいます。その描き方、特に丁寧に描かれている部分、繰り返し手直しが行われた部分、色分けが行われている部分、そういった所から書き手の心情は読み取れましょう。それが特に現れているのは残念ですが王都ではなく…」

 

「辺境かつての第一の都市レムノス…ということかな?リュールゥ殿?」

 

「流石は元レムノスの城主殿。ご明察にございます。どうですかな?アリア殿がご執心なのはここに描かれしレムノスではないですかな?」

 

 リュールゥの言わばヒントに応じたのはデキウスであった。

 

 そしてリュールゥの指先と皆さんの視線が集まっていたのはレムノス。

 

 そのレムノスは確かに私が目につけていた都市であった。

 

 認めるしかない。デキウスとリュールゥ、アンドレイは私の構想を確かに見透かしていた、と。

 

 それを大人しく認めようと口を開こうとした私であったが、その前にデキウスが話し始めていた。

 

「王女様。もしこの私をお気遣い頂いているならば、どうかおやめください。確かに私はレムノスを失った身。その恥を雪ぐことができるならば、それほど嬉しいことはありませぬ。ですがそれは王女様の道にもこのナクソスの道にもこの国の道にも関係なき事。私などへの気遣いよりも王女様には為すべきことがありまする。どうかレムノスの奪還は御再考ください」

 

 デキウスは頭を卓に触れ合わんばかりに深々と下げ、私に懇願するように言う。彼の表情が苦渋で歪んでいるのが見えてしまった私もまた表情を歪めずにはいられない。

 

 デキウス本人がはっきりと言う通りデキウスは心から城を失い民を失ってしまったことを恥とし後悔しているのは私も知っている所。

 

 だがデキウスは人一倍責任感が強いラクリオス王国の武人。自分の恥を雪ぐためだけに兵を動かすなど考えられぬことだった。

 

 デキウスはその二つの思いの葛藤に苦しんでいると、ありありと感じ取った。

 

 そんなデキウスを慰める言葉を持つのはこの構想を考えだし、なぜレムノスを奪還しなければならないと考えだしたこの私しかいなかった。

 

「デキウス。まずは頭をお上げください。そして私の考えを聞いてください」

 

「…はっ」

 

 デキウスは私の言葉に渋々な感じを残しつつもゆっくりと頭を上げる。それを確かめた私は静かに理由を話し始めた。

 

「まず正直に言いましょう。私はあなたという優秀な武人がいつまでも過去に囚われていることを望ましく思いません。なのでレムノス奪還の目的にはあなたの雪辱戦という意味も含まれています」

 

「王女様っ!」

 

「デキウス殿。まずはアリア殿のお話をお聞きなされ。まだアリア殿のお話は終わっておりませぬ」

 

「…ぐっ。申し訳ありません」

 

 私の正直な気持ちの吐露にデキウスは私を戒めるべく声を上げる。だがそれを即座に抑えたリュールゥのお陰でひとまずはデキウスも感情を抑える。

 

 そしてここからこそがある意味私の本題であった。

 

「ただ当然デキウスのためだけの雪辱戦ではありません。レムノスに住み命を落とした全ての方のための雪辱戦でもあります。そして何よりこのレムノスには十分に奪還する価値があります。だからこそ最初の攻勢の対象としたのです」

 

「その通り。デキウス殿?この地図を見ればよくよくそれが分かるかと思いますぞ?この一帯を治めておられたあなたなら尚更」

 

「…地図をもう一度よく拝見させて頂いてもよろしいですか?」

 

「ええ。もちろん」

 

 私とリュールゥの言葉に表情を変えぬままデキウスは地図を借りる許可を求めてくる。

 

 それを私が快諾したのを受け、デキウスは再び地図を注視し始めた。

 

 レムノス。

 

 そこはラクリオス王国南部辺境の一大拠点だった都市。

 

 そこがなぜ南部辺境の一大拠点だったのか?

 

 世界を旅してどのように国家が形作られていったか知るリュールゥとアンドレイなら。

 

 この地図を描き構想を頭で生み出す中で自然とそれに気付いた私なら。

 

 レムノスの城主として辺境一帯の防衛を預かっていたデキウスなら。

 

 それは一目瞭然なのである。

 

 デキウスはしばらく地図を眺めた末に大きく目を見開いて呟いた。

 

「そうか…そうか…レムノスに集まる各地と繋がる街道…広い平野に存在するという立地条件…」

 

「どうやらデキウス殿にもようやく分かったようですなぁ」

 

 デキウスの呟きにリュールゥはニヤリと笑う。私もまたデキウスがようやく納得して頂けたのを確認し、ホッと息をつく。

 

 そんなデキウスの呟きの意味をイマイチ理解できぬと首を傾げる他の方への説明はリュールゥと私が請け負った。

 

「レムノスはラクリオス王国南部辺境の要の都市であったために各地に援軍を送るための街道が整備され、同時にそれに適した素晴らしい立地条件を擁していました。故にこの一帯の防衛の中核を担うに相応しい。それは山奥に存在するナクソスとは大きな違い。同じ奮戦でも影響力は雲泥の差。軍の移動の便の差も明らか。レムノスは絶好の地と言えましょう」

 

「レムノスというこの一帯にとって大事な拠点が失われて以後力を失ったかのように周辺都市も次々と陥落しました。それほどレムノスの陥落は大きな意味があったと過去に証明されています。ならばもう一度奪還するまで。レムノスの奪還はこの一帯の人々にとっての象徴的な希望となり、反撃へ向けた第一歩となり得ます」

 

「そして奪還して以後もレムノスは反撃のための拠点として十二分に機能しえまする。アリア殿はよくぞレムノスに目を付けられましたなぁ。我々は心底感服致しました。アリア殿の慧眼は今後も頼りにしていますぞ」

 

「ありがとうございます。リュールゥ。さて皆さん。私とリュールゥの話で魔物への攻勢を行うための構想はご理解いただけたと思います。第一歩としてレムノスを奪還し、反撃のための拠点を整備し、人々に魔物相手にも勝てるという確かな希望をこの国に打ち立てるのです」

 

 私はそう言って、結果的にリュールゥと共に語ることになった構想を締めくくる。

 

 それは単純明快であった。だが具体性を帯びさせることで実現できるという思いを皆さんに抱かせたのは明らかだった。

 

「ふむ。流石王女様。私ゴヴァンは賛成いたします。魔物相手の戦い、それも攻勢と来た。ならば反対する理由もありません。腕が鳴りますなぁ!」

 

「…この国のためとあらば、私もまた全力を尽くしましょう」

 

「納得いたしました。先程は自分のためなどという無礼な物言いをしてしまい申し訳ありません。王女様のご意見に全面的に賛成いたします。私は一応はレムノスの元城主。周囲の地理は庭の如く知り尽くしております。どうぞ我が力いくらでもお使いくだされ」

 

「…先程は口を滑らしたことどうかお許しを。王女様の述べられた戦略の意味。十分に理解しました。私ガイウスも賛成です」

 

「私はもう王女様の仰ることなら火の中水の中でもお供する覚悟です。王女様がそうご決断為されたなら、私は全力で王女様のために戦うだけです」

 

 私の確認にゴヴァン、二アール、デキウス、ガイウス、そしてフィーナが次々に賛同の意を示してくれる。

 

 だが一人賛意を示してくださらず顔を顰めたままの方がいた。

 

 それは先程も疑問を呈したマルスであった。

 

「…王女様とリュールゥ殿のご意見は理解いたしました。レムノスの奪還。それは大いに戦略的価値があることでしょう。ただそれを如何に為すか…それが未だお聞きできておりませぬ。そこの点の疑問を解消できぬ限り無謀な博打には変わらぬと思いますが…」

 

「…それ…は…」

 

 マルスの指摘はまさに私がこれまでこの構想を話すことができなかった一番の理由。

 

 如何に戦略を練ろうともその軍略を達成するための戦術や戦法を見出せなければ、達成など到底不可能なのである。

 

 その事実を改めて突き付けられ、今度ばかりは私を含めた皆さんが意気消沈しかける。

 

 だがそれを押しとどめたのはまたもリュールゥであった。

 

「その点はご心配なく。マルス殿。私も皆々様も皆魔物との戦いにはかなりの経験があります。これこそ皆で知恵を絞り、策を練れば如何様にもできましょう」

 

「その通り!リュールゥ殿の仰る通り我らはこのナクソスで幾度も魔物の大軍を撃破してきた!防衛戦ではないからと何を恐れる必要があろうか!」

 

「そう申されるがなぁ。リュールゥ殿もゴヴァン殿も。そう簡単なことではありますまい」

 

 リュールゥの自信ある言葉にゴヴァンが便乗するが、マルスの懸念は揺るがない。

 

 このままでは平行線。

 

 そう思いつつ今の私は知恵を絞れば魔物を撃破することも不可能ではない。そう信じ、リュールゥ達の意見に支持を与えたい私はその平行線を崩すべく口を開いた。

 

「マルス。あなたの仰ることはごもっともです。ですが最初から諦めるのは愚ではないでしょうか?確かにこれまで勝利を重ねてきたのはあくまで防衛戦のみで攻勢は一度たりともかけたことはありません。ですが策がないなどあり得ぬことだと思いませんか?」

 

「…王女様がそう仰るならば、私もまた知恵を絞りましょう。ただその策がなくば、私はあくまで反対です。その点をお忘れなきよう」

 

「もちろんです。無謀な攻勢による不要な犠牲は私もまた望まぬこと。だからこそ皆さんに犠牲を最小限に抑えるための知恵を求めているのです」

 

 私の説得にマルスは条件を付けつつもようやく首を縦に振った。

 

 後は構想を実現するための策を見出すだけ。

 

 そしてその議題の移りを取り仕切ったのはリュールゥであった。

 

「さぁ。アリア殿のお言葉のお陰で我々の道は見えました。為すべき戦略も見えました。ならばこれより為すべきはアリア殿の構想と大義を果たすための策。それを生み出すはアリア殿を支える我らの役目。さぁ皆さん知恵を振り絞りくだされ。夜も深くなりつつありますが、アリア殿?軍議は続行でよろしいですな?」

 

「ええ。申し訳ないですが、策を見出すために皆さんには今夜は共に夜を明かして頂きます」

 

「「ははっ…承知しました」」

 

 リュールゥの許可の求めを受けて、私は有無を言わさぬ言葉で皆さんに協力を求めた。

 

 それに快く応じる力強い応じる皆さんに声に背中を押され、私達の軍議は新たな段階へと進んだ。

 

 

 この軍議が終わったその時。

 

 私の構想と大義が実現するための策が生み出されたその時。

 

 私達の長く続いた夜には間違いなく光が差し込む。




とりあえずですね。
この世界の地図が欲しいです…言葉で説明してもどうにも…リアル感に欠けますね…
まぁきちんと地図をイメージできるように説明は入れたつもりです。適宜地理情報は補足入れてイメージしやすくなるようにします。

ちなみに補足としてですが、なぜ埋伏の時が長く続いたか実際問題の所を述べます。
まず第一にアリアドネの決心と自信がどうにも生まれなかったこと。フィーナとリュールゥさんのお陰でようやく立てた、という形です。
第二にアリアドネの側近の武人達は戦術眼と指揮官としての素質はあっても戦略眼に欠けていたこと。元々国の中核を担っていたような人材はいないので仕方ない所はありますし、個人的にはそういった遠大な戦略は君主が担わないと主従が逆転しかねないと思ってるからでもあります。(この理論だとリュールゥさんはすごく危険)結局人材としては微妙に二流しかいないと言う感じです。(そしてその程度だからこそアリアドネのような若輩の王女に従っているという一面もありますが)
結局ナクソスにいる面々では決定打を欠いていた、と。だからリュールゥさんが現れただけで一気に事が動き始めたと言う訳です。…リュールゥさん推しだから良い役所与えたとかではないんですよ?本当にリュールゥさんの才覚については吟遊詩人に留まらないのでは、と(過大?)評価してますので。


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明ける夜と舞い降りる朝日

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アンケートご協力ありがとうございました。締め切らせて頂きました。
アンケート結果を考慮しながらオリキャラ構築していきます。
…それにしても原作キャラに似せたオリキャラを考えるにあたって、男性キャラ使いたいキャラ凄く限られるんですよね…(そのため初期アリアドネ側近衆が完全オリキャラと化した…)
ただの粗暴な男性冒険者は今作に寸分たりとも合わないですし…(モルド、ボールス等々)
あとはどうにも影が薄い男達しか…(ラウル等々)
結局ユーリ、クロッゾ、ガルムスでもう良い原作男性キャラほぼ使い切ってるとこある気も…(意図的に一人忘れてるのは気のせい!)
ということで現状検討中の原作準拠オリキャラが全員女傑枠!
…もっと検討が必要そうです。


 もうじき夜は明ける。

 

 徹夜越しで続けられた魔物相手の戦術を問う軍議は実りあるものとなった。

 

 そして今は僅かばかりの休息の時間を皆さんに与えるために軍議はお開きにしていた。

 

 なのでつい少し前は白熱した議論が行われていたこの部屋にも静寂が訪れている。

 

 恐らく今頃皆さんは僅かながらの睡眠を取られていることだろう。

 

 それはもちろん来たる準備のため。

 

 ただ私は未だ睡眠も取らず軍議の際に座っていた席から離れることさえもなかった。

 

 それは私を不安と高揚感が襲い続けていたから。

 

 夜が明けたその時。

 

 私はこのナクソスに住む全ての方々に伝えなければならない。

 

 私達の進む道を。

 

 私達に幸をもたらすに違いないと信じずにはいられない私の構想を。

 

 私達が引き継ぐアルゴノゥトの遺志を。

 

 その全てを皆さんに伝え、皆さんの支持を勝ち取り、支持を与えてくださる全ての方々の力を投じてアルゴノゥトがやり遺した大業を始めなければならない。

 

 私は本当に皆さんの支持を得られるか不安で仕方がない。

 

 武人であり吟遊詩人である戦いに慣れた軍議に身を連ねた方々はいい。彼彼女らは皆戦いへの抵抗など抱いていないだろうから。

 

 だがナクソスに住む方々はそんな方々だけではない。

 

 戦いには皆さん積極的に協力して下さるが、これまでの戦いはあくまで防衛のため。自ら平和を捨て、戦いに打って出る攻勢のためではない。

 

 だから皆さんが本当に支持を与えて下さるかという不安がどうしても消えないのだ。

 

 その一方私はそんな不安と拮抗するほどの高揚感も覚えていた。

 

 それは言うまでもなくようやく行動を起こすことができるからである。

 

 ようやく魔物に皆さんが苦しんでいるのを傍観するしかない時が終わる。

 

 ようやく自身の無力を呪う苦しみが少し和らぐ。

 

 ようやく人を統べる王女としての責務を果たすための行動を起こせる。

 

 ようやくアルの遺志を継ぐための戦いに身を投じることができる。

 

 三年だ。

 

 三年も待ったのだ。

 

 だからこそ高揚感も著しい。

 

 私はアルがやり遺した大業を成し遂げる。

 

 私がアルの遺志を継ぐ。

 

 私に宿る意志はこれまで以上に昂っていた。

 

 そんな風に不安と高揚感が訪れては消えを繰り返いつつも、夜明けと共に伝達して行う手はずになっている演説で話すべきことを私は睡眠もとらずに考え込んでいたのだ。

 

 そんな時戸を小さく叩く音が聞こえ、軍議も終わったこんな真夜中に誰かと思いつつその音に私は応じた。

 

「誰です?何事ですか?」

 

 そう私は応じたが、返事がなぜか返ってこない。

 

 聞こえた音は気のせいだとは思えない。

 

 誰かが外にいる気配は確かにある。

 

 にも関わらず返事が返ってこない。

 

 そばで色々と手配をしてくださるルナもこんな深夜にはいない。

 

 だからここにいるのは私一人。

 

 ならなぜ音は立った?

 

 不審に思った私は普段からそばに立てかけてある剣に即座に手を伸ばす。

 

 その私の動きに反応するかのように開く戸。

 

 戸の隙間から今にも剣を抜かんと構える私の視界に飛び込んできたのはある意味想定範囲内の人影だった。

 

「…リュールゥ…あなたですか?」

 

「…失礼。すっかり御就寝中かと思っていました」

 

「なのになぜ来たのですか…」

 

 私が呆れ半分に迎え入れたのは先程まで軍議に同席していたはずのリュールゥだった。

 

 リュールゥは驚きと申し訳なさが混じったような表情をしつつ、静かに戸を開け入ってくる。

 

 そしてすぐに後ろにはアンドレイが何やら仰々しい大きさの何かを抱えているのを見て、私の視線はなぜ現れたかも分からないリュールゥではなくそちらに向いていた。

 

「…アンドレイは何をお持ちで?」

 

「おっと…早々に気付かれてしまいましたか。実はこれをアリア殿に密かにお届けしようと思っていましてな…それは見事に失敗した、ということですが」

 

「私に…ですか?それは一体何です?」

 

 なぜ密かにでなければならなかったか、などということをリュールゥに聞こうとは思わなかった。どうせはぐらかされるだけだからである。

 

 それで私はその仰々しい大きさの何かの中身を問う。それは黒い幕で覆われ何が中にあるか分からなかったからである。

 

 するとリュールゥはアンドレイに部屋に入らせ、それを床に置かせるとそれが何かを言って下った。

 

「アリア殿。これは鎧にございます」

 

 リュールゥはそう言いつつ幕を剥がし、その中を露にする。

 

『鎧』

 

 その言葉のみでは私はピンと来なかった。

 

 だがリュールゥのそばに置かれた黄金に輝く鎧に私は僅かながら見覚えがあったのだ。

 

「これ…は…まるで…アルが纏っていたような…」

 

 私の言葉は衝撃のあまり途切れ途切れになっていた。

 

 そこにあった鎧はまるで私をミノタウロスから来てくださった時にアルが纏っていた鎧に趣がとても似ていたからである。

 

「ええ。お察しの通りこの鎧はアル殿が纏っていらした鎧を模して制作して頂きました」

 

「私のために…ですか?」

 

「ええ。その通りです。さてアリア殿。ここで一つ問いにございます。アリア殿の纏う鎧に求められる要素は何であるか、です」

 

「私の鎧に求められる要素…?」

 

 私の疑問に答えてくれたかと思えば、早々に質問をぶつけてくるリュールゥ。

 

 そのリュールゥの視線からまたもリュールゥが私の反応を試していることが分かった私はしばらく思考を巡らした後に思い浮かんだ答えを告げた。

 

「まず言えることは…私は戦闘において先陣に立つことはできません。なので機動性を求める軽装である必要も防御性を高める重装である必要もないかと思います。違いますか?」

 

「そこの点は仰る通り…なのですがこの鎧を製作して下さった方は妥協ができぬお方で軽装でありつつ防御性も高いという素材も錬成も最高と言っても過言ではないでしょう」

 

「それほどの凄腕の鍛冶師の方にこの鎧を?相当費用もかさんだのではないですか?」

 

「いえいえ。この鎧を製作して下さった方はアル殿に選ばれしアリア殿を支えようと喜んで制作に協力してくださいました。費用などお気になさるお方でもございません。まぁ…あのお方も今は自らの道を進まれておりますが故に遠からぬうちにお会いできるでしょう。…というのはともかく。ならばアリア殿はどうお考えで?」

 

「それは…視認性…ですか?」

 

「それは如何なる理由で?」

 

 私がぼんやりと浮かんでいた答えを告げると、即座にリュールゥは私に問い返す。それに私は確信を持てないながらも応じた。

 

「私は戦場においては言わば総指揮官に値する役回りを果たすことになるのでしょう。そうなればその戦場の前線に私が立っている。私が見ている。私も兵の皆さんと運命を共にしている。そんな事実を味方の皆さんにお伝えすることができれば、自惚れかもしれませんが皆さんの士気も上がります。そしてそれを簡単に果たそうとすれば、目立つ衣装を纏うのが一番」

 

「流石アリア殿。実にご明察ですなぁ。指揮を執る者が安全な地にいるのではなく共に戦場で身を危険に晒している…アリア殿が仰る通りその事実を知った兵達の士気は大いに上がるでしょう。それはアリア殿がこのナクソスの防衛戦で壁の上に立つことで十分に証明されていることでしょう。それをより明快に示すのが『形』。この黄金の鎧は多くのことを示すのに役に立ちます」

 

「多くのこととは?」

 

「一番はアリア殿仰った視認性。味方の数多の兵がアリア殿の姿を一目で分かる。示されるは指導者であるアリア殿の風格と絶対的立場。指導者とはそのような『形』から整えていかねば、真に人を統べる者とは見なして頂けぬもの。力を示し『形』が整って初めてアリア殿は真に人を統べる者になるのです。そしてアリア殿はこのナクソスでお力をお示しになっている。ならば…」

 

「あとは『形』を整えるのみ。私のこれまで纏ってきた貧相な革の鎧では風格において他の方と差がつけられぬ、と?」

 

「仰る通りです。正直我々をお迎え頂いた時、風貌だけではアリア殿がこのナクソスを率いているとは判断できませんでしたからなぁ。もちろん周囲の反応を見れば一目瞭然なのですが、こういったものはアリア殿ことを全く知らぬ者でも分からなければ意味がありませぬ」

 

 どうやら私の答えはリュールゥに合格点を与えて頂けたらしい。

 

 だがそれは即ちこれまでの私に足りぬことがあったという指摘でもあり、今後はリュールゥの言葉を心に刻み行動していかなくてはならない。

 

 ただリュールゥがこの黄金の鎧に込めた意味はそれだけではなかった。

 

「そしてこの鎧は多くの者にとって、そして特にアリア殿にとってどのような意味を持つか…それは言うに及びますまい」

 

「私にとって…ですか?」

 

 私にとってこの黄金の鎧がどのような意味を持つか。

 

 リュールゥの述べようとしたことの意味を考える。

 

 これはアルが纏っていた鎧の意匠をとことん受け継ぎ制作されたもの。

 

 それをこの私が纏う。

 

 つまり…

 

 

「私がアルの遺志を継ぐことを体現した鎧…」

 

 

 私の呟きにリュールゥはニヤリと笑う。

 

 そうするとリュールゥはアンドレイと共にその場に跪くと、アルの遺志宿る鎧を捧げ持ち、告げた。

 

 

「アリアドネ。どうかこの鎧を纏いアル殿の遺志がここに引き継がれんことをこの世界にお示しあれ。世界は。希望を求める人々は。それを何よりも待ち望んでおります」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 時は来た。

 

 お姉様がお示しになった私達の道を皆さんにお姉様のお言葉でお伝えする時がついに来た。

 

 とは言ってもそれは深夜に行われた軍議で決められ、急遽皆さんにお伝えする事柄ではあった。

 

 だが予告した時間にもなっていないのにナクソス中の家々はもぬけの殻なのではと疑うほどの人垣がお姉様が演説を行われると仰った門の前にはできあがっていた。

 

 それもお姉様のお言葉を固唾を飲んで待っていると言わんばかりの私語一つない静寂で。

 

 私はお姉様のお言葉を待つ皆さんと共にお姉様がお越しになるのを待った。

 

 そうしてお姉様は割れた人垣の間からお越しになった。

 

 お越しになったお姉様が纏っていたのは黄金の鎧と黒い外套。

 

 夜が明け、空から差し始めた日の光が辺りを照らし始める。

 

 その光をお姉様の纏う鎧は何物よりも受け取り、神々しく光り輝く。

 

 お姉様のお越しを喜ぶかのように優しく辺りを包み込む風。

 

 その風はお姉様の外套を静かにはためかせる。

 

 その姿はまるで…

 

 

 アル兄さんのようであった。

 

 

 容姿などまるで違う。

 

 その身に帯びる雰囲気も何もかも違う。

 

 なのに私はアル兄さんを思い出していた。

 

 私を、私達の心を救ってくださり、希望をもたらしてくれた英雄の面影を。

 

 今のお姉様とアル兄さんの今の共通点は何か。

 

 それはアル兄さんがその鎧を纏った時のみに醸し出していたもの。

 

 それはお姉様がその鎧を纏っているためか感じるもの。

 

 それは神々しさのようなものかもしれない。

 

 私はその神々しさにお姉様とアル兄さんの全く同じものを感じているのだ、と直感した。

 

 その神々しさに周囲からは小さな唾を飲む音が聞こえるのは私以外も同じことを感じているという証明になるかもしれない。

 

 そんな神々しさを纏うお姉様は人垣を通り抜け、静かに階段を上っていく。

 

 そうしてお姉様が辿り着いたのは門の真上。

 

 そのお姉様の姿を誰もが様々な思いで見上げていることだろう。

 

 お姉様は辺りを見渡す。

 

 それはまるでしばらく一人一人の表情を確かめるように。

 

 ここに集う皆さん一人一人を気遣うように。

 

 そして一通り見渡したお姉様は一度天を見上げる。

 

 まるで天に向かって何かを伝えている。そんな風にも見えた。

 

 その表情には寂しさが混じっているようにも見えた。

 

 だがお姉様が天を見上げるのを止めたその時。

 

 お姉様の表情は変わっていた。

 

 その表情には決意と覚悟がはっきりと表れていた。

 

 寂しさなんてもう消えていた。

 

 

 それはお姉様が希望を紡ぎ始める合図であった。

 

 

「皆さん。このような早朝にお集まり頂けたことに心からの感謝を表明させて頂きたいです。そしてお集まり頂いたのは他でもありません。お伝えした通り私から皆さんにお伝えしたいことがあるから。そのお伝えしたいこととは私達の進む道です。私は今ここでそれを指し示させて頂きたいのです」

 

 お姉様の声は皆さんの静寂の中を響き渡っていく。

 

 ただただ静かで優しさの籠ったお言葉。

 

 それは皆さんへの語りかけのようであった。

 

「私達の進む道…それを私達に最初に示してくださったのは他でもない英雄アルゴノゥトでした。彼は人類の尊厳を取り戻し、反撃への糸口を掴もうとしていた…そう断言することができます。彼の勇姿を誰もが知り、誰もがその希望を受け取った…それを私含めて誰もが証言することができることでしょう。それほど英雄アルゴノゥトは偉大で私達の希望でありました」

 

 お姉様の語り掛けに周囲には多くの頷く方が見受けられる。当然私もお姉様の語り掛けに同意する者の一人。

 

 アル兄さんの存在はそれほどまでに皆さんの心に残り、皆さんを勇気付けていたのだ。

 

 でも…

 

「ですが英雄アルゴノゥトは道半ばで命を落としました。それより魔物の侵攻を止める希望は潰えたかに見え、魔物の侵攻はより苛烈を極めました。ここにいる多くの方は故郷を失い大切な者を失ってきました…それは誰もが共有する悲しみ。それは誰もが心に抱える痛み。英雄アルゴノゥトの死によってまるで希望は失われてしまったかのよう…」

 

 お姉様の告げる暗い事実は皆さんの心に重く圧し掛かる。

 

 これでは皆さんに希望を与えるどころか、絶望に導きはしないか?

 

 そんな不安を私が抱きまでしてしまうほど皆さんの表情は暗くなりつつあった。中にはお姉様から顔を背け俯いてしまう方までいた。

 

 だがそんな私の不安はただの杞憂。

 

 これまでのお姉様のお言葉は決意を伝えるというよりは事実を語り掛けるかのようなもの。

 

 だがそう感じたのはここまで。

 

 お姉様の言葉が熱を帯び始めるのはこれからであった。

 

 

「ですがあえて言いましょう。希望を与えてくれるのはただ英雄アルゴノゥトただ一人なのか、と!まず第一に希望とは与えられるものなのか、と!」

 

 

「いえ。それは違いましょう!なら誰が英雄アルゴノゥトに希望をもたらしたのか?そんな英雄がアルゴノゥトの前にいたのか?それを私は知りません。それを私達は知りません。ならば何が誰がアルゴノゥトに希望を与えたのか?それは自らが希望になるという強き意志です!」

 

「そのアルゴノゥトの意志が私達に希望をもたらしてくれました!ならどうしてアルゴノゥトと同じことができぬと私達が言うことができましょうか?アルゴノゥトは私達の希望となった。ならばアルゴノゥト亡き今その遺志を知る私達が希望となれぬはずがありません!」

 

 お姉様の次々と紡いでいく言葉。

 

 それは私達にアル兄さんと同じ境地に至れることを伝える言葉。

 

 私達に明確な目標を指し示すことで自信と希望を与える言葉。

 

「今まで存在した希望はアルゴノゥトの存在ただ一つ。だからその希望は儚く消えてしまった。ならば希望が二に三に百に千に…希望が数多増やしていけばいい。そうすれば希望は決して潰えません!その先陣を私達が切るのです!私達が英雄アルゴノゥトの後を継ぐ最初の希望となるのです!」

 

 お姉様の力強い言葉。

 

 その言葉に俯きかけていた皆さんの顔がどんどん上がっていく。

 

 それは皆さんに希望の火が灯り始めた証。

 

 だがお姉様の言葉には明確性がなかった。

 

 どうやって私達が希望になるのか、を。

 

「ですが王女様!私達はどのようにして希望になればよいのです!?そんな英雄様と同じことをするなどとても…」

 

 そしてそれを当然に疑問に抱いた方がお姉様に声を上げる。

 

 それをお姉様は聞き逃さず、すぐさま応じる。

 

「それは簡単なことです。反撃するのです。これまで人類は魔物相手に防戦一方でした。そのため住む場所も大切な人も奪われてきました。ならば防戦ではなく攻勢に出ればいいのです!」

 

「攻勢…反撃…?」

 

「王女様…つまりそれはこのナクソスを打って出るということですか…」

 

「そんな…ここを守るだけでも手一杯なのに…反撃だなんて…」

 

 お姉様が初めて口にした『反撃』と『攻勢』という言葉。

 

 それらは魔物との戦いにおいてほとんど出てこなかった言葉。

 

 多くの国と都市がその言葉を見出すことができず魔物の絶え間ない襲撃によって滅びてきた。

 

 だが私達は違うと、お姉様は告げる。

 

 その言葉にこれまで静かにお姉様の言葉を聞くだけだった皆さんも動揺と共に反応を示す。

 

 それはただ注意が散漫になっているということではなく、この場にいる多くの方の常識が今まさにお姉様の言葉によって覆され始めているという証でもあった。

 

「このナクソスは私の指揮の下数えきれない回数の魔物の襲撃を撃退してきました。それはもはや常勝。防衛において負けを知らぬ私達がどうして反撃に出て敗れることがありましょうか?どうして私達が負けるしかないと決めつけることができましょうか?」

 

「そうだ…俺達は王女様の下でずっと魔物と戦って、全て勝ってきたんだ…!」

 

「王女様の仰る通りだ!俺達は魔物に怯える必要なんてない!俺達は勝てる!」

 

「そうです!私達が力を合わせれば!王女様の元に集えば!」

 

 お姉様の言葉に次々と続いていくのは自信に溢れる声。

 

 その声はどんどんと勢いを強め、辺りを飲み込んでいく。

 

 そうして広がっていくのだ。

 

 魔物と戦って必ず勝つという強い闘志が。

 

 その勝利を導くのがお姉様であるという確信が。

 

 その自信に溢れる声に応えるお姉様もまた力強く声を張り上げる。

 

「ええ!皆さんの仰る通りです!私達は必ず勝てます!そのための策が私にはあります!その策を成就した先の道を私は示すことができます!そのためには皆さんの意志が必要なのです!皆さん自身が希望になるという強い意志が!その意志をこの私に託してくださるという心強いお言葉が!その強き意志と心強いお言葉があれば、私は英雄アルゴノゥトに代わりに道を指し示すことができます!」

 

「王女様!どうかお言葉を!」」

 

「俺達が世界の最初の希望になってやりましょう!!」

 

「私達は王女様に付いていきます!」

 

「我々は王女様のお力になります!」

 

「王女様のお示しになる道が皆に光をもたらしてくれると信じています!」

 

 声が広がっていく。

 

 お姉様と共に戦うという意志が。

 

 お姉様の示す道が世界を変えてくれるという信頼が。

 

 その世界を変える原動力が自分達にあるという自信が。

 

 その数多の声は全てお姉様の元に集約されていく。

 

 そしてお姉様は問うた。

 

「ならばお聞きしましょう!魔物を蹴散らし失われし地を奪還することができる者達が私達以外にいますか!?この存亡の危機を脱するため先陣を切るのは誰か!?」

 

「「私達!!」」

 

「アルゴノゥトに代わりこの人類の希望となるのは誰か!?」

 

「「私達!!」」

 

「その道を指し示すのは誰か!?」

 

「「王女様です!!」」

 

「ありがとうございます!!この声に籠る皆さんの声は私にとって非常に心強いもの!皆さんの強き意志と支えがあれば、必ずや私達は人類の希望となり得るでしょう!!」

 

「「おおおおお!!!!」」

 

 皆さんの一つになった力強き声。

 

 その声に気付けば私も加わっていた。私もまた皆さんと共にお姉様への自信の表明と声援の声を張り上げていた。

 

 それにお姉様は溢れんばかりの笑顔とお礼で応じ、皆さんはお姉様に地が割れんばかりの掛け声で返す。

 

 もう言葉にできないほど壮観な光景であった。

 

 お姉様が皆さんを絶望から希望へと導いていく光景。

 

 その皆さんがお姉様の言葉に応え、今度はお姉様を勇気付ける光景。

 

 そこにいる皆さんはもう心は一つだった。

 

 魔物から奪われたものを奪い返す。

 

 私達がアル兄さんに代わって人類の希望になる。

 

 その一つになった心を取りまとめるのは他の誰でもないお姉様。

 

「王女アリアドネは皆さんのご期待を決して裏切らぬことをここに誓います!これより再び始められるは英雄アルゴノゥトのやり遺せし大業!その大業を私達が成し遂げる!」

 

「「おおおおお!!!!」」

 

「天でご覧になっているであろう英雄アルゴノゥトに私達はここに誓いましょう!あなたの勇姿は忘れない!あなたの遺志は忘れない!私達はあなたの遺志を受け継ぎ、人類に尊厳と希望を取り戻す!私達はその先陣となり、私達の道を切り開いていく!これより私達が紡いでいくは英雄のやり遺した物語、『英雄遺文』であると!」

 

「「おおおおお!!!!」」

 

 お姉様の演説と皆さんの掛け声。

 

 それはアル兄さんへの誓いであった。

 

 この誓いはアル兄さんの元に届くだろうか?

 

 いや、疑うまでもない。

 

 アル兄さんはきっと今も私達を見守っている。

 

 アル兄さんはお姉様の下で人類が反撃への道を進んで行くのを見守っている。

 

 だってこの戦いの本当の先陣を切り開いたのはアル兄さんだから。

 

 どうしてアル兄さんが切り開いた道の行く末を見過ごすことなどあるだろうか?

 

 アル兄さんは私達の道を見守っている。

 

 アル兄さんはお姉様の道を見守っている。

 

 私はそう確信している。

 

 

 時は満ちた。

 

 雌伏の時はもう終わり。

 

 長く続いた夜は明けた。

 

 私達を明るく輝く朝日の光が包み込む。

 

 まるで英雄アルゴノゥトが私達の覚悟を祝福するかのように。




これにて第一章は終わりです。
雌伏の時は終わり、アリアドネを中心にナクソスから反撃の火の手が上がっていきます。
次回からは第二章。本当の意味でアリアドネの手腕が問われるのはここからです。

尚アリアドネの演説シーンに関して少々補足…というか言い訳ですね。
アリアドネと聴衆の応答で誰が人類の希望になるか等々のアリアドネの問いに聴衆が『私達』と答えるシーンを作りました。演説で聴衆の反応を求めるのはよくあることかと思いますが、直前で俺達とか我々とか一人称が多様なのに『私達』で統一ってすっごい奇妙なんですよね〜(…一応アリアドネが『私達』以外にいるか?と聞かれたから『私達』と答えたという名分は立てましたが…

こうなった理由は結局アリアドネの率いている集団の呼称がまだ存在してないからなんですよね…
『ナクソスの民』でも『ラクリオス王国の民』でも呼称として使ってもいいかな〜って思ったんですけど、『ウィーシェ』のお陰でそれも違和感がある…
なら集団の呼称を挙兵と共に決めたら良かったのでは?って感じですけど、個人的にまだ早いと思ってこうなりましたね。(正確に言うならその見せ場は後に使いたいな、と。)
ついでに言うなら組織作りは全く進んでないですし、ようやく挙兵ですからそういう諸々の決定もこれからと言った所。
そして何よりアルゴノゥトが垣間見せた種族を超えた共闘を実現するなら『ナクソスの民』も『ラクリオス王国の民』も抱擁範囲があまりに狭い。
アリアドネはその先を目指す必要があると思えばこその曖昧な表現、と言ったところです。


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第二章 女傑達の決起の時
王女に見えるレムノスへの道


お気に入り登録、感想ありがとうございます!
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…今作はお気に入り登録が増えないのは許容範囲になりつつあるとして、PVさえ伸びが悪くなってきたのは非常に憂い深き事項ですねぇ…
一応展開は熱くなり始めた(つもり)なんですが…ようやく魔物との初戦が始まりますし。
うーん…何をどう改善すればいいのかさっぱり分からん…


 皆さんの心を一つにすることができたと自信を抱くことまでできた私の演説から一週間が経った。

 

 その一週間は先日の戦闘で消耗した物資の補給は当然のこととして初のナクソス外部への大々的な出陣とあって様々な準備に追われた。

 

 そしてその準備に追われる一週間が終わり、必要だと思われる準備は整えた今。

 

 私はアルの遺志宿る黄金の鎧を身に纏い、馬に跨っていた。

 

 それは当然ようやく出陣の時を迎えようとしていたからだった。

 

 私の少し後ろにはリュールゥとデキウスが同じく騎乗して控え、さらに後ろにはナクソスと『ウィーシェ』の方々で編成された騎兵約200名が居並んでいた。

 

 私達は言わば先陣。本当の意味で私達の道を最初に切り拓く者達であった。

 

 そしてその先発の私達をひとまず見送るべく周囲には多くの方々が固唾を飲んで見守っていてくださっていた。

 

「王女様。準備は整いました。下知を」

 

「アリア殿。夜は明けました。そろそろよろしいかと」

 

 デキウスとリュールゥが私に指示を催促する。

 

 その催促に小さく頷いた私はそばで見送ってくださ、ナクソスの後事を託すマルス達に声を掛けた。

 

「マルス。ゴヴァン。ナクソスの後のことは頼みます。後程また会いましょう」

 

「はっ…万全の準備を整え、後を追いまする。王女様達もどうかご無事で」

 

「後のことはお任せあれ。王女様達はどうか自らの役割に専念してくだされ」

 

「心強いお言葉ありがとうございます。では…」

 

 マルスとゴヴァンとの応答を早々に切り上げ、見送りの言葉を頂いた私は手を振り上げる。

 

 それは合図であった。

 

「開門!!これより出陣致します!」

 

「「わぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 私の掛け声と共に大きな歓声が巻き起こる。

 

 それは先陣を切る私達に勇気を与えるため。

 

 それは先に戦に赴く私達の無事を祈るため。

 

 数多の思いをここに集うそれぞれの方が抱いているであろうが、巻き起こる歓声が私達のためのものであることは間違いない。

 

 その歓声を背に受け、開かれた門の下でゆっくりと私は馬を進ませた。皆さんも私の後に続く。

 

 ようやく訪れた出陣の時。

 

 ようやく訪れた反撃の時。

 

 その時を私は複雑な感慨で迎え入れていた。

 

 

 

 ☆

 

「それにしてもアリア殿には実に感服致しました。そしてもちろんアリア殿の周囲を固めていたデキウス殿始め皆々様もです」

 

 ナクソスを出立してから一日。

 

 レムノスへと皆で馬を進める中隣に並んだリュールゥがそう愉快そうに呟いた。

 

「騎兵を先にレムノス近郊に先発隊として送り、設営地を見定める。そして主力となるマルス殿とゴヴァン殿の率いる部隊が後発として続く。それだけでは特段面白きことはない…ただ騎兵を先発その途上で遭遇するであろう魔物を退けるための策を打つために用いる…これには驚きました」

 

「マルスの商団との取引での経験のお陰です。魔物が火を嫌うという事実を生かすため、進む道に松明を立てる…よき策です」

 

「最初は現実味がないものと思いました。確かに魔物は火を嫌いますが、火は人の存在を嗅ぎつけさせることに繋がります。魔物が気付きでもすれば、単独で行動する魔物ぐらいであれば一時は躊躇しましょうが、それも仲間を呼び群れを成せば火などさしたる効果も得られず襲撃してくると思われました」

 

「ですがマルスの策では騎兵で道の途上の魔物を始末した上で松明を立て、すぐに後続の主力部隊が続く。ならば松明の効果も薄れることも魔物が群れを成す前にその一帯を通過できます。長いレムノスまでの道に一定の間隔で松明を配置していくのは、あまりに物資の浪費なのではとリュールゥもデキウスも指摘されましたが…」

 

「人の犠牲には代えられない。まさにアリア殿の仰る通りです。松明に用いる物資などいくらでも手配できましょう」

 

 マルスが授けてくださった策を私は満足げに、リュールゥは愉快そうに語る。

 

 そんな風に私とリュールゥが先頭を進む中でも後方では、皆さんがマルスの策通り道の両端に時折松明を打ち立て火を灯していく。

 

 この策を実行するために騎兵を用いたのは、ただ単に行軍速度が歩兵より早く松明立てを迅速に行えるからというだけではない。馬にならば、歩兵だけよりもある程度多くの物資を運ばせることができるのである。お陰で松明の準備のためにわざわざ荷馬車を連れてくる必要も消え、行軍速度をあまり落とさずに先へ先へと進んでいけている。

 

 そしてこの火が灯り続けるのは一刻か二刻の間であろうが、それくらいならば後続も通過できることであろう。先に私達がその準備をしておくということは、後続の行軍速度を落とさずに済むことに繋がる。

 

 さらに言うならば、夜道を照らすのにも役に立つ。

 

 レムノスへは全速力の馬で2日、徒歩で4日という比較的近場。

 

 だが目的地まで急がねばならない事情を抱える私達はそんな近場だからこそ昼夜問わない行軍をしなければならない。よって夜道を照らす松明の存在はそういう意味でも必要不可欠であった。

 

 そしてこれが魔物除けに繋がっていることは今私達が安全に行軍を進められていることからも明らか。周囲に姿を現した魔物を時折何人かの方に行って頂き掃討することはあるものの、落伍者も負傷者も一人たりとも出していない。

 

 今は事は順調に進んでいた。レムノスへの道に大きな障害はないかに見える。

 

 だからこそ私もリュールゥもこのように呑気に話しながら進むことができているのであった。

 

 だが言うに及ばず私とリュールゥの役割はこの軍の頭脳。松明立て以外にすべきことが数多あるのである。

 

 すると前方から馬蹄の音と共にデキウス達数名の姿が遠目に見えてくる。

 

 彼らには松明立てを行う私達よりもさらに先行して進むように指示を出してあった。

 

 それは当然別に存在する策を実施するための言わば斥候であった。

 

「王女様!」

 

「デキウス。お疲れ様です。それで首尾は?」

 

 全速力で私達の元に駆けてきたデキウスとそのお供をしていた四名は辿り着くと共にでキスは私と馬を並べ、他の者はその後ろに続いた。そうしてデキウスは私の問いに答えた。

 

「はっ…選定されていた地点を全てこの目で見た限りレムノスの南西にある二つ目の地が設営地に一番良いかと」

 

 デキウスに託した指示。それは設営地の場所の偵察。

 

 念のため言うと、一応は設営地の候補は割り出していた。私もデキウスもリュールゥも皆レムノス近郊を一度は歩き、その地勢をある程度把握していた。

 

 だが私達のその経験が数カ月でも危ういというのに年単位ときており、地勢に何かしらの変化があるかもしれぬと警戒せずにはいられなかった。

 

 そのためここの地勢に一番詳しいと考えられるデキウスに偵察を託していたのである。

 

「一帯には印とすべく杭を打ち立てました。ついでに途上で遭遇した魔物どもは相手にできる限り打ち倒しておきました」

 

「ありがとう。デキウス。ですがくれぐれも無理はなさらぬように。戦いはこれからです。お頼みした任務は終わったのでこれよりの行軍ではどうかお休みください」

 

「はっ…ですがお言葉ですが、私は…」

 

「デキウス殿。あまり気負いなさいますな。レムノス奪還は短期戦でもありますが、長期戦でもありましょう。そう気負われては持ちませんぞ?アリア殿の申される通りどうぞごゆるりとこれよりの行軍はお過ごしください。デキウス殿が東奔西走せずとも我々『ウィーシェ』の者達とナクソスの方々で十分に魔物への対処はできます」

 

「…リュールゥ殿?それほど私の表情は険しいですかな?」

 

「ええ。かなり」

 

「…気を付けましょう。ただですな…私は…」

 

 私とリュールゥのデキウスを気遣う言葉にデキウスは表情を変えぬまま応じる。

 

 …それでは気を付けられてないのでは…と思ったが、そこは触れても仕方ないことだと抑える私。

 

 レムノスの奪還。

 

 それはデキウスにとって大きな意味を持つのは当然理解しているし、雪辱に燃えるのもよく分かる。

 

 だが戻ってきたデキウス含めた五名は、負傷は目立たぬものの矢筒は空に送り出した際に持っていた槍はなく…とかなり消耗した様子。これは無理して魔物との戦いに挑んでいたことを明らかに示している。

 

 奮闘して下さることは嬉しいが、死に急がれるのは話がまるで違う。

 

 気遣う言葉を掛け、皆さんがこれからも必要であることを示さなければ、望まぬことが起きてしまうかもしれない。そう私は直感してしまったのである。

 

 それは私とリュールゥの言葉を受けても尚『私は戦う』と幾度も告げようとするデキウスの言動が何よりの証拠になりそうだった。

 

 そしてそれはどうやらデキウスの表情から察したリュールゥも同じ思いだったらしい。

 

「それにしても、ですなぁ。アリア殿?デキウス殿の授けてくださった策は実に面白い物でしたなぁ。まさにナクソスの者の戦い方に一番相応しき策!流石はナクソス唯一の門の守りを預かるデキウス殿」

 

「ええ。全くです。私達が防衛の経験しかなく、攻勢に不安がある。ならばいっそ攻勢の戦術を生み出すのではなく防衛の戦術を流用してしまえばいい…そのような発想の逆転はデキウスしか思い浮かばぬこと」

 

「…王女様もリュールゥ殿も有難きお言葉。ですがこの程度大した策ではございませぬ」

 

 デキウスが授けてくださった策。攻勢の戦術に防衛の戦術を流用する。

 

 そのこれまでの防衛の戦術とはナクソスに築いた防衛施設に立て籠もって直接の抗戦を限りなく避けること。

 

 

 簡単に言うならば、攻勢のために本来防衛用の城をを築いてしまえという策である。

 

 

 言わばそれは出城。奪還目標であるレムノスの近くに築くつもりなのである。

 

 これがデキウスに設営地の場所を探って頂いた理由。

 

 私達が急いでいる理由は素早くレムノスに辿り着きたいからではない。

 

 その出城を築くのに時が必要であり、その間が必然的に隙となる。隙ができれば対応が遅れ、犠牲が生まれてしまう。

 

 それを防ぎ、隙のある時をできる限り縮めるために私達は昼夜を問わない強行軍で進んでいたのである。

 

 これがリュールゥがこの戦いが短期戦でも長期戦でもあると表現した理由。速さも大切だが長きにわたり気を抜くことができない長期戦にもなるのである。

 

 果断と慎重を兼ね備えた武人。

 

 その指揮を前線で完璧に執ることができる武人。

 

 それはデキウス以外にいない。私はそう確信していた。

 

「…この策の効果はこの度実践してみなければ如何ほどかは分かりません。ですがただ闇雲に攻勢に出るよりは犠牲を減らせるのは明らか。そして成果によれば今後も是非とも採用していきたい策。この策を授けてくださったデキウスには今後も戦いの指揮を執って頂きたいのです。…決して早まった真似はしないように。これは命令です。デキウス。無理だけはなさらぬように」

 

 私は命令という使い慣れぬ言葉まで用いてデキウスにきつく言った。

 

 それほどまでにデキウスの身を案じ、デキウスの力をこれからも必要としていたからである。

 

 その力をレムノスの奪還のみで使い潰すなど論外であった。

 

 ただ流石に身分上は上とは言え、年上の方に物申すには失礼極まりなかったのではと後になって思い立つ。

 

 それで恐る恐る横目でさりげなくデキウスを見てみると、俯いたまま。

 

 その様子に若干不安を助長させられるが、返ってきた回答はその不安を裏切るものであった。

 

「…そのようなお言葉を王女様からこの田舎者に頂けるとは…このデキウス!王女様の命令を守り、この命を燃やし尽くすまで戦い抜き、王女様の大義を果たさずして決して先に死ぬなどという不忠は犯さぬととお誓いします!」

 

 返ってきたのはその決意をそのまま表現したかのような大音声で告げられた誓いの言葉。

 

 デキウスは先ほどまでの厳しい表情はすっかり崩れ、感極まると共に今にも感涙で泣き始めそうな表情にまでなっている。

 

 …ここまでの反応が返ってくるとは完全に予想しておらず、完全に掛ける言葉を失った私はリュールゥに視線で助けを求める。

 

 ただリュールゥは助けてくれるはずもなく笑みを浮かべるばかり。

 

 仕方なく私なりの掛ける言葉を何とか見つけ出して、デキウスの強い覚悟に応じた。

 

「…ありがとう。デキウス。これからもあなたのご活躍を信じています。そのお力をどうかこれからも私にお貸しください」

 

「ははぁ!!」

 

 恭しく力強く私の言葉に応じてくださるデキウス。

 

 …デキウスが死に急ぐことはなくなる…そう考えることもできるデキウスの反応にひとまず安堵する私。

 

 だが安堵する一方私はデキウスとまた距離が遠くなってしまったのではないか…そう感じずにはいられない。それは言うまでもなく精神的なもの。

 

 私は忠義とか命令とか上下関係がはっきりする言葉があまり好きではなかった。

 

 仮に私が人を統べ上に立つ者であったとしてでも、である。

 

 ただデキウスのような物事の分別をはっきりすることを旨とするお方に色々と余計とも言える個人的な思いなど告げるべきではないと私は今も考えた。

 

 だから私はそれらについて何も言うことはない。

 

 それを言うことができたのは結局フィーナだけだった。だからフィーナを私は必要としていたのかもしれない。

 

 だがそのフィーナとも距離が生まれ始めようとしていた。

 

 そのきっかけを思考を巡らせる中で思い出してしまった私は、思わず表情を歪める。

 

 だがそれにばかり気を取られるわけにもいかない。もう終わったことである。

 

 そう言い聞かせようとした私であったが、そんな私の表情を見計らったかのようにリュールゥはその私に残るしこりに指摘を入れてきた。

 

「アリア殿?デキウス殿の御無茶をお止めされている所申し訳ないのですが、それはアリア殿もあまりお止めできる立場にはないかと思われます」

 

「…どういう意味です?リュールゥ?」

 

 不快感を燻らせていた時に入れられた指摘に私は不快感を隠せぬまま応じてしまう。

 

 それにリュールゥは全く表情も変えず答えてくる。

 

「言うまでもなくこの度の出陣において危険度を考えれば、今いる先発の騎兵より後続の主力に随伴する方がいい。確かにアリア殿が先陣に立たれた方が皆の士気は上がります。ですがそれだけではないでしょう?」

 

「…さてはフィーナ殿のことですかな?」

 

「…」

 

 リュールゥの暗示にデキウスは早々に勘付く。

 

 そう二人の予想通りだ。

 

 私は先発の騎兵と行動を共にする一方フィーナは魔導士隊と共に後続の主力と共にいる。

 

 私は安全面を無視してでもフィーナと別の場所にいたいと考えたのだ。

 

 いくらリュールゥが述べたような建前を用意しようと、そう私が考えていたという事実は変わらない。

 

 それはこの準備の一週間で問題が起きたからであった。

 

 

「…王女様。まさかあのナクソスを捨てると決定された時のフィーナ殿との口論が原因ですか?」

 

 

 私はデキウスの問いに答えなかった。

 

 全くその通りだからである。

 

 私とフィーナは一つの問題で意見が合致しなかった。

 

 これまでほとんど意見を衝突させたこともなかった私とフィーナがである。

 

 

 その問題とはこの出陣に際しナクソスを捨てるということ。

 

 

 その意味はそのまま。

 

 ナクソスを文字通り捨てる。

 

 これまで安定した生活を送れていた地を捨て、新天地レムノスに移る。

 

 そしてそれをナクソスに住む者全てに強要する。

 

 私はそれが正しい決断だと信じている。

 

 人を統べる者として決断を下さなければならないことだったと確信している。

 

 その判断は合理的に戦略に基づきどう考えても必要な決断であった。

 

 

 だがフィーナは反対した。

 

 

 それもその反対の理由は私にとって決定的な怒りを呼び起こした。

 

 その結果が今の別行動。

 

 議論と呼ぶこともできない口論の結果は既に出ていた。

 

 軍議においてフィーナ以外の全員一致でナクソスを捨てることに決まっていた。

 

 だから私の決断はどう考えても戦略的に正しかったはず。

 

 だがフィーナの反対が私の頭から離れなかった。

 

 フィーナの反対は他の誰でもない私のみに響くものだったからである。

 

 

 今は事は順調に進んでいた。

 

 レムノスへの道に大きな障害はないかに見える。

 

 だが遠くないうちに障害となり得る物はこの時確かに芽生え始めていたのだった。

 

 そのことに私もフィーナも薄々気付いてしまっていたのである。




アリアドネとリュールゥに褒められるデキウスさんが羨ましい件について。
まぁデキウスさんが褒め称えられるだけの武人であるのは間違いないことですね。
経験ではリュールゥさんの次。…いや、それ以上?リュールゥさんも吟遊詩人ですからね。統治経験という意味ではアリアドネにとってとても大切な人材です。
まぁここまで持ち上げるのは女傑の物語だからと女性だらけだと異様だからなんですけど!
尚デキウスさん始め諸将がアリアドネに従っている理由はラクリオス王国の王女への忠誠であるということを覚えておいてもらえると後々の展開を理解するのに役立つ…かもです。

そして強い絆で結ばれていたアリアドネとフィーナに少しずつ亀裂が入り始めます。
これはこの作品と言うかイベント内でも大きなテーマと言えた部分に着目するためです。
レムノスへと向かう戦いが進行する中、こちらの問題も少しずつ触れていこうと思ってます。


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半妖精に見えるレムノスへの道

お気に入り登録、感想ありがとうございます!
励みになってます!
前話の時点からご意見箱を活動報告を活用して設けてみたんですが、何故か前話の前書きに書いたはずが反映されていなかったという…
もし宜しければご活用を。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=243681&uid=269477

あと前の話でPVが云々とか言いましたが、今作の連載をやめるつもりはありません。
ダンまち二次小説唯一(自称)のアルゴノゥトの死後を描く作品として最後まできっちりとアルゴノゥトの遺志の行く末を描ききるつもりです。
…構想を膨らませるうちに週一投稿じゃいつ終わるのか検討がつかなくなりましたがね。
何せ業績をきちんと定着させていくには時間が必要です。(その意味で直後に命を落としたアルゴノゥトは見えるべきものが見えていなかったと考えます)
よって描ききる期間を10年単位で増やす必要があり…終わりが来るのかな…と。一応過程で発生するイベントはラストまで大方まとまってるんですけどね。(尚定期的にそのイベントと関わるオリキャラは増加している模様)

それはともかくお気に召してくださった方には今後もお読み頂ければ幸いです。アルゴノゥトの遺志とそれを継承する女傑達の生き様を美しく今後も描いていくつもりです。
そして前話に引き続き今話は今作のテーマにようやく切り込み始める回です…


「マルス殿。フィーナ殿。それに魔導士の方々。最後の総仕上げをお頼みします」

 

「仕上げが終われば、すぐにでも追いつきます。ゴヴァン殿達はお早く出立を」

 

「ええ!ではお先に参ります。皆の者!出立だ!」

 

 ゴヴァンさんは私達にそう挨拶を言うと、声を張り上げる。

 

 今から出立するのは、ゴヴァンさんと二アールさんが率いる部隊の皆さん。

 

 その部隊はここナクソスの主力の兵士の方達も当然いるが、兵士の方だけではなかった。

 

 女性や子供にご老人…ナクソスに住む方々全てがその部隊の兵士の方々に守られるようにナクソスを出ていく。最低限の家財道具や食料などを積み込んだ荷馬車などを引いて。

 

 その皆さんが出ていけば、このナクソスに残されるものは少ない。

 

 ある『総仕上げ』に任務を引き受けた私も行動を共にしているマルスさん率いる魔導士隊の皆さん。

 

 その任務後の道中の護衛を引き受けているガイウスさん率いるあまり多くない数の兵士の皆さん。

 

 そして未練がないはずもないこのナクソスに数多残される家々や品々。

 

 それらを残しナクソスを去っていく皆さんの列を私達はその列が絶えるまで見届けていた。

 

 その光景が私の心に宿る蟠りを段々と大きくしながら。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「それにしても此度の策は見事と言う他がありませんでしたなぁ!このような見事な策に基づいて反撃の狼煙を上げられるとは、我らは余程恵まれているようです」

 

「それもその通りですな。ガイウス殿」

 

 ゴヴァンさん達の部隊の皆さんがナクソスを出て一刻。

 

 私達は託された任務を果たすべく黙々とそのための準備を進めていた。

 

 そしてたまに飛び交う雑談に聞き耳を立てていると、ガイウスさんとマルスさんが感心したように話し始めた。

 

 それがお姉様と今回の反撃作戦に関してであることは自明なことだった。

 

「騎兵による魔物撃退の地ならしはマルス殿の策。これだけでも後続の部隊は大きく被害を減らせることでしょう」

 

「後続は非戦闘員を多く含んでいますからな。王女様のご配慮のお陰で魔導士隊も後続のために残してくださった。これもまた多くの者が道半ばで命を落とすことを防ぐことに繋がるに違いありませんな」

 

「それに何より後続の者達の防衛策を提案して下さった二アール殿!これまでほとんど話されているのを見たことがありませんでしたが、あのような策をお出しになるとは…正直驚きでした」

 

「いざ魔物の襲撃を受けた際には隊列の両側に配置した荷車を倒し、即興の防壁と為す…こうすれば行軍中であろうとこれまで通りの防衛戦とすることができる良い策ですな。この策のお陰で犠牲も大きく減らせましょう。まぁそなたと違って二アール殿は口数は少なくともここぞという時には素晴らしき策をお出しになるお方。いつも騒いでおれば評価を得られると思われているガイウス殿とは違うということですな」

 

「なっ…申されましたな!マルス殿!見ていてくだされ!ゴヴァン殿の部隊に合流するまでの護衛を引き受けているのはこのガイウスと私と共にこれまで戦いを共にしてきた者達。我らの力をご老人にとんとご覧にいれましょう!なぁ!お前達!」

 

「「おお!!」」

 

「ほっほっほ。威勢の良いこと。その威勢はまず是非ともこの作業にお費やしあれ」

 

「言われずとも!」

 

 そんなガイウスさんとマルスさんの和気あいあいとした会話に耳を澄ませながら私は作業を進めていく。だがその手はどうにも進まずついつい物思いに耽ってしまう。

 

 それはどうしてもこの作業に向けるだけの意欲がないため。この作業自体に疑問を抱いているからに他ならなかった。

 

 その作業は家々の周りに燃えやすいものを置いて、延焼を加速させるための準備。それに加えて念には念を入れた私達の逃げ道の確保。

 

 そんな準備が必要なのは、非常に言葉にしたくないが、このナクソスを捨てるという決定が為されたと同時に街を焼き払うなどと言う指示が出ているからで…

 

「何やらお悩みですかな?フィーナ殿?」

 

「えっ…あっ…マっ…マルスさん」

 

「そう驚かれなくともよいでしょうに…まぁそれはよいでしょう」

 

「えっと…すみません。ありがとうございます」

 

 唐突にマルスさんに話しかけられた私はつい挙動不審になってしまう。それを笑って許してくださるマルスさんに私は礼を述べる。

 

 だが話しかけられた理由、私の悩みを問いつつその悩みが何か当然に分かっているだろうマルスさんに話しかけられることはあまり気の進むことではなかった。

 

「さて話を戻すにフィーナ殿は何か悩み事があるご様子。それをよろしければこの私に話して頂けませんかな?」

 

「え…それは…」

 

「マルス殿…それは聞かずとも分かること。このナクソスを捨てると共に焼き払い逃げ道を断つ…言うなれば背水の陣を敷くと仰った王女様と激論を交わされたのが原因に…」

 

「黙らんか!ガイウス殿!なぜそういつも余計なことを…!」

 

「おっと…」

 

 マルスさんの質問に答えを窮していたところ、ガイウスさんはあっさりと私の悩みを口にする。…せっかくマルスさんが私に気を使ってゆっくりと話の核心に迫ろうとしていたのがすっかり台無しである。

 

 このガイウスさんの浅慮にマルスさんは割と本気で激怒していて、ガイウスさんはしまったと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

 だが私を気遣わない空気の読まないガイウスさんの反応をそれほど不快には思わなかった。むしろその空気の読めなさに懐かしさまで感じるほど。

 

 そしてその懐かしさはさらに私の中の蟠りを増長させる。

 

 だがその蟠りは暴発させても意味はない。

 

 だから私は募る蟠りを抑えつつ、マルスさんの質問にようやく答えた。

 

 それは私の悩みが大した物ではないということをガイウスさんがさらりと口にしてくれたことで少しだけ考えることができるようになったからかもしれない。

 

「ガイウスさんの仰る通りです。私は王女様のやり方に納得が未だにできません。大業のためだとしても…皆さんから平穏な生活を奪うことは…皆さんの笑顔どころか大切な物を奪い、命まで危険に晒す…それを魔物ではなく他でもない私達が為すのは絶対にいけないと思います」

 

 それが私に蟠りを作り、お姉様との口論まで発展させた事柄であった。

 

 お姉様は軍議の後の準備にあてた一週間の間に決定した事柄。

 

 ナクソスを捨てて、レムノスに移る。

 

 言うのは簡単。けどそれに伴って払われる犠牲は少ないわけでもない。

 

 それは現に目の前に残されている家々や持っていくことのできなかった品の数々が示している。

 

 それに先程私達の前を通り過ぎていったナクソスに住む方々の表情もその犠牲を表していると感じずにはいられなかった。

 

 確かにナクソスを出ていくほとんどの皆さんの表情はあまり暗さを感じられなかった。ここに多くの物を残していくはずなのに。

 

 それどころか明るい表情を浮かべている方までいた。

 

 まるでこれからに希望があるから、ここに残していくものなど些事に過ぎないと言うかのように。

 

 私達の道と希望を示してくださったお姉様への信頼が皆さんにこのような表情を浮かべさせていることは分かった。

 

 それほどお姉様のお言葉は絶望に絶えず悩まされていた皆さんに希望をもたらしていた。

 

 それは分かる。

 

 分かっている。

 

 私もその希望をもらった者の一人だから。

 

 

 だが私はどうしても納得できないのだ。

 

 

 それはそんな皆さんの中に一人でも悲しみを感じ、このナクソスを離れたくないと表情から滲み出ている方がいるから。

 

 そんな方は多くはないけど、少なくはない。

 

 けど私の瞳は悲しみ苦しんでいる方の表情を見落とすことができなかった。

 

 そんな方がまるで異分子のように冷たい目で見られているのが我慢がならなかった。

 

 その人達が望んでいるのは平穏な生活ただ一つのはずなのだから。

 

 悲しむ表情を誰よりも嫌ったのが私の英雄アルゴノゥトだった。

 

 笑顔を失うようなことを絶対にしない。それがアルゴノゥトだから。

 

 だから私は違和感を感じずにはいられない。

 

 

 英雄アルゴノゥトの遺志を継ぐと言ったお姉様がこのような仕打ちをすることが。

 

 

 私は笑顔を奪うことを為すお姉様にどうしても納得がいかなかったのだ。

 

 だがそんな納得がいかなかったのが私だけだったのは、あの軍議の場で決定が下された際から分かっていた。

 

「そう仰られますが…フィーナ殿。王女様がこのような決断を下されたのは、ナクソスを防衛し、レムノスを奪還するという形で二分するための兵力を我々が持っていないため。仮にナクソスに残りたいと申す者がいたとしても、その者達を守るだけの兵力を割けば、奪還にも失敗し全てが水泡に帰してしまいます…」

 

「マルス殿の仰る通り。これは戦略的には正しいし、犠牲を減らすためには必要な策でした。このナクソスを焼くと言うご指示も決してここに住む方々の心をただ単に傷つけるためではなく、むしろ憂いをなくすため。気を取られる財産がなくなれば、余計な心の乱れがなくなります。逃げ場がなくなれば、否応がなしに士気が上がります。そういう意味でただ捨てるだけでなく焼いてすべてを無に帰するという王女様のご判断は決して間違っていません」

 

「そうです…お二人の仰ることは正しいんです…それは分かってはいるんですっ…!でもっ!」

 

 そんなこと分かってる。

 

 結局私の今を守り未来も勝ち取ることで悲しみを生まれないようにするというのはあまりに現実味がない。

 

 今の持てる力では最小限としても何かしらの犠牲を払わなければ反撃など到底できない。

 

 その犠牲がお姉様のお考えのお陰で皆さんの大切な命ではなく、物で一時的な平穏な生活のみで済んだなら喜んでもいいはずだった。

 

 失われた命は戻らないが、物ならば生活ならば何度でも取り戻すことができる。ただ命さえあれば、何度だって。

 

 私の言い分は戦略的にも不可能でお姉様が唱え皆さんが私以外の全員一致で決めたこの決断が間違っているなど、到底言うことはできない。

 

 そんなこと分かってる。

 

 戦略的にお姉様の判断は正しかったとしか言いようがなかった。

 

 だが何かがおかしい。

 

 どうしても違和感が拭いきれないのだ。

 

 そう悩み苦しみ、表情を歪める私はきっと何か考えがおかしいのだろう。

 

 だって軍議に参加した皆さんだけでなくナクソスに住むほとんどの方がお姉様の判断に反対することも不満を漏らすこともなかったのだから。

 

 だがガイウスさんとマルスさんが自らの判断に自信を失いかけている私に掛けた言葉は思いもよらぬ言葉であった。

 

「そうです。フィーナ殿の仰る通り、『でも』何かがおかしいんです」

 

「ガイウス…!…まぁそうですな。フィーナ殿の仰ることを全面的に否定することだけはできますまい」

 

「…ガイウスさん…?マルスさん…?」

 

 私は二人の思わぬ賛同に近しい言葉に目を大きく見開き驚きつつ、二人の顔を交互に見る。

 

 ガイウスさんが私の言葉を引き継いで真剣な表情でそう告げる。一方のマルスさんはガイウスさんの言葉を咎めるかと思いきや小さくため息を吐くと、何かを観念したかのような表情でそう言った。

 

 軍議でお姉様の判断に即座に賛同の意を示した方々の一人であるガイウスさんとマルスさんが私の判断を完全に否定しなかった理由はすぐにお二人が話してくださった。

 

「王女様のご判断は戦略的には正しい。ただその判断によって苦しむ者がいる。それは私も知るところ…正直そう言った者達を救うという大願を抱いて王都を飛びだし、自警団を組織してきたこのガイウスも見過ごせぬのは事実。戦略的には、軍議に参加し、王女様の大義を実現するために尽くす者として判断に賛同しましたが、私個人の思いとしてフィーナ殿と同じと言っても過言ではありませぬ」

 

「…私もフィーナ殿の御主張には共感するところがあったのは事実。王女様が示されたのはあくまで一つの道の在り方。全員に強制して良いわけではありませぬ。王女様の示した道に賛同できぬ者がいるのも当然のこと。そういう意味ではこのような苛烈さを伴う王女様のご判断はまずかったと思う節もあります」

 

 お二人は私の判断を擁護するようなお言葉をくださる。だが当然と言えば当然私の判断を擁護して下さるだけではなかった。

 

「王女様のご判断で苦しむ者のために何か手を打たねばならぬのは私も思うところです。…ただその肝心の手立てをフィーナ殿は示してくださらなかった。ただ精神論のみを述べていても堅物のデキウス殿やあの掴みどころのないが知略に優れたリュールゥ殿を説き伏せることは叶いません。そういう意味ではフィーナ殿の言葉はあまりに説得力がなかったと言うのが正直のところ」

 

「うっ…」

 

「ガイウス殿は率直に言い過ぎですが、私も同感と言うのが本音ですなぁ。フィーナ殿は反撃自体には賛成しつつ反撃のために必要なナクソスの放棄を反対なされた。それでは対案でも出さぬ限りフィーナ殿の意見が通る道理はなかったとも思われます」

 

「…その通りです」

 

 二人の忌憚のない指摘に心が折れそうになる私。

 

 確かにガイウスさんのお言葉のように私の反論には具体性がなく、マルスさんのお言葉の通り私の意見は矛盾までしていた。それでは私の言葉が説得力がなかったのも当然。反省すべき点は山ほどある。

 

 私はそんな不甲斐ない論でお姉様の判断に反対していたと考えると心底笑えない。

 

 ただそう凹んでいても仕方ないと私は息を大きく吐くと早急に気分を改めようと考えた。

 

 アル兄さんは言っていたのだ。

 

 笑顔にならないと運命の女神様も微笑んではくれない、と。

 

 誰かを笑顔にしたいのなら、悲しんでいる人を見つけてしまったなら、まず私が笑顔にならないと。そうでないと他の誰かを笑顔にすることなんて到底できない。

 

 お姉様の判断は正しい。けれどそのせいで笑顔になれない人が出てしまうのはある意味仕方ない。

 

 ならお姉様以外の誰かが笑顔にするために力を尽くさないと。

 

 それが私にできるのかは分からないし、お二人に指摘されたような方法なんて今は全く思い浮かばない。

 

 なら、だからこそ私自身は笑顔を絶やしてはいけないのだ。

 

 

 いつか運命の女神様を微笑ませて、一人でも多くの人を笑顔にするために。

 

 

「さぁ!話はこれくらいに。作業も終わりそうなので、皆さんの未練を払い反撃の祈願のためにもナクソスを盛大に焼き払ってやりましょう!これが王女様のためになるならば、もう迷うわけにはいきません!」

 

「え…フィーナ殿?先程までの反論は…」

 

 頬を張って気を取り直した私の突如機嫌がよくなったかのような反応にマルスさんが困惑した表情を浮かべる。

 

 マルスさんの言いかけた通り反論したい気持ちは未だに燻っている。

 

 だが私にはその反論の根拠が今は考えつけない以上どうしようもない。

 

 ならまず私は運命の女神様を微笑ませるためにもう凹んでいる場合ではないと思い直したのだ。

 

「すみませんお二人とも。こんなところでくよくよして不満を抱いていても仕方ないですよね。まずは王女様から授かった任務を成し遂げないと。それからどうしていくか考えてくことにします。いつか私の思いが誰かにきちんと届いて納得してもらうために、まずは経験を積み説得力のある論立てができるようにならないと。そうしなければ、これからも笑顔になるみんなの影で悲しんでる誰かを笑顔にすることはできません。本当の意味でみんなが笑顔になれる日は到底訪れません。だから…私はまず目の前の為すべきことを果たします。まずは王女様の反撃の第一歩を私達の力で成功に導くんです!」

 

「…立ち直りが本当に早いですなぁ…まぁフィーナ殿の仰る通りではありますな。ここで私達の為すことも立派な任務ですから」

 

「それが良いでしょう。不満も非がないと言えど、不満は心の乱れに繋がります。それがないことに越したことはありません」

 

 私の決意にお二人は各々感想をくださる。

 

 私はまだ何も見えてはいない。

 

 アル兄さんの言ったような誰一人見落とされはしないみんなが笑顔な世界…それを実現する方法なんて全く分からない。

 

 だがまず私が笑顔にならないと何も始まらない。

 

 私が疑問を抱き続けなければ、始めることもできない。

 

 今回私が疑問を抱き、反論をし、論拠も用意できず見事に論破されたことを決して忘れてはいけない。

 

 忘れないためにも私はこのナクソスを私の魔法で、私達の魔法で焼き払う。

 

 私が議論に敗れ、望まぬことをするしかなくなったという恥を心に刻み込むために。

 

 一方で先程言ったようにお慕いするお姉様のお力になるために。

 

 その時もう私は後悔で表情を歪めることも不快感を露にすることもなかった。

 

 ただ笑顔のみを浮かべられるように努めた。

 

 それだけは絶やしてはいけないから。

 

 私はそばに置いておいた杖を手に取り、声を上げる。

 

 それは私のその覚悟を示すための声でもあった。

 

 

「王女様のために!このナクソスに住んでいた全ての方のために!これより生まれる希望と笑顔のために!皆さん!!詠唱準備を!!」




前回と今回、アリアドネとフィーナの考え方の対比で示した今作のテーマの一つ。

『百を救い一を切るか一を救うことに注力するか』

二人ともアルゴノゥトによって『一』として救われ、アルゴノゥトは女の子を二人救ったぐらいの感覚だったかもしれません。
ただ二人がどのように解釈するかには大きな差が出ると思います。それは二人の立場とアルゴノゥトと関わった経緯が違うからです。

アリアドネに見えるもの。
フィーナに見えるもの。
辿り着く場所は一緒なのにも関わらず、その道筋が違うが故の衝突がこれより始まってしまいます。
今はフィーナはその道筋が見えていません。だから自らの道筋を既に見出したアリアドネに遅れを取りました。
ただ今後も遅れを取り続ける訳にはいかない。
フィーナもまた自らの道筋を見出していきます。それがアルゴノゥトと同じ道筋なのか、違うものなのかは誰にも分かりません。
少なくとも今作の女傑の一人として道筋を今後見出していくことでしょう。
アリアドネにとってのレムノスへの出陣は自らの道の始まり。
フィーナにとってのレムノスへの出陣はアリアドネの道へ疑問を抱き、自らの道を探り始める契機。
…と言ったところですかね?

…そもそもを言うと結局アルゴノゥトって『一』を救いたいのか(=アリアドネやオルナを笑顔にする)『百』を救いたいのか(=ミノタウロスを討ち、世界に希望をもたらす)、どっちがやりたいのか英雄になりたいと言いつつもなれないと考えるという矛盾もあるせいで分からないんですよねー
…まぁ『百』を救うというのは結果的に『一』を救おうとしたおまけで付いてきたぐらいの感覚でしょうか?

ダンまちは『百』を救うための傑物が少ないので、自分はそちらに中核を置きつつ影で戦う『一』を救う者達も扱っていきたいです。
…個人的感覚で『百』を一度救う方が『一』を百回救うより見方を変えれば楽な気もしますね。
ただ…双方ともに非常に難しい…というのを描いていきたいですね。

《現状》
『百』を救う者=アリアドネ・リュールゥ
『一』を救う者=フィーナ


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レムノスを目前に

「大成功です!王女様!」

 

 喜びに満ち溢れたゴヴァンの声。

 

 それに安堵と喜びを含んだ皆さんの笑みが続く。

 

 場所はレムノスの南西の地。デキウスが設営地として見定めてくださった地である。

 

 そこはそばに小川が流れ飲料水の確保は容易で、森林に囲われているものの見晴らしが悪いわけではなく警戒を強めてさえいれば魔物の奇襲を見落とすことはないと考えられた。

 

 それは比較的高台に位置するためであり、そこにさらに柵を築き監視員を立てれば警戒は万全と考えることができる。

 

 そして何より見下ろした先には目的地で奪還を期したレムノスが見えている。

 

 ここから見えるレムノスは城壁しか見えず内部の全貌は掴めない。

 

 だがそこに目的地があり、希望がある。その事実こそが肝心だった。

 

 その証拠に今私の天幕に集い、軍議の場を囲んでいる8人の方々は皆一様に明るい表情を浮かべている。

 

 それはきっと目的地が目に見えていることが大きな意味を持っているのは間違いない。

 

 だが皆さんがいつになく喜びで溢れているのは当然それだけではなくゴヴァンの言った『大成功』も大きなかかわりを持っていた。

 

「いやはや…これほどまでに行軍が上手く運んでいくとは思いもしませんでしたなぁ…先発隊の被害は負傷者数名を除けば全くなかったことは知っておりますが、後続のゴヴァン殿と二アール殿率いる主力は如何でしたかな?」

 

「それは言うに及びません!リュールゥ殿!民の犠牲は当然なし!魔物と幾度か交戦することになりましたが、魔物は殲滅被害は僅か!これほど鮮やかな勝利は初めてでしたなぁ!やはり二アールの荷車を防壁とする策は凄い戦果を挙げてくれましたなぁ!」

 

 その『大成功』をリュールゥとゴヴァンが正しく代弁して下さった。

 

 

 四日に及んだ行軍で犠牲者がほとんど出なかったのである。

 

 

 先発の騎兵と行動を共にしていた私から見て、後続のために周囲一帯に跋扈する魔物の殲滅を意識していたにしては交戦回数が少なかったと正直思う。

 

 ただ本当に犠牲が少なかったのは確かなのである。それほど皆さんが知恵を振り絞って出してくださった数々の策が犠牲を減らすことに繋がっていた。皆さんには感謝してもしきれない。

 

 そもそも交戦回数も魔物の殲滅と言う意味では少ないのは考え物だが、目的は違う以上犠牲が減ることに繋がる交戦回数の少なさは喜ぶべきこと。

 

 目的はあくまで設営地に選定したこの地にできるだけ早く到着し、設営に迅速に取り掛かる事のみ。

 

 その途上で不必要に交戦して魔物を倒そうとも犠牲が出ては何の意味もない。

 

 何より非戦闘員である方々に犠牲が全く及ばなかったのは本当に喜ばしいことだった。

 

 だからこの場で皆さんとその喜びを共有できていることは素晴らしいことだと心から思う。

 

 だが今はあまり本当に素直に喜んでばかりいられる状況ではないのもまた事実だった。

 

「…ゴヴァン。そうは言うが、私の策が役に立つのもこれまで。本番はこれからではないか…?」

 

 喜びに湧く皆さんに私に代わって現実を口にしたのは、肝心な時に言葉をいつもくださる二アールであった。

 

 二アールの呟きに湧いていた場は一気に静まり、代わって冷静に物事を考える雰囲気がその場に戻ってきていた。

 

「確かに二アール殿の仰る通り。あくまでここまでの行軍は奪還の下準備に過ぎません。本題はこれから。如何に素早く堅牢な砦を築き上げ、如何にレムノス一帯の魔物を殲滅していくか、ですなぁ…」

 

「リュールゥの仰る通りです。犠牲が出なかったことの喜びを分かち合いたいのは山々ですが、本当に犠牲を避けられぬのはこれから。今はその犠牲を如何に減らしていくかを考えていかなければなりません」

 

 リュールゥと私の仕切り直しを兼ねた言葉に皆一様に頷く。その時からは過去の成功を喜ぶだけでなく未来の成功のための時間となった。

 

「ゴヴァン。二アール。後続の部隊には物資の輸送も頼んであったはずですが、如何様ですか?」

 

「はっ…民の協力のお陰で食料は切り詰めてではありますが、二か月分を輸送することに成功しております」

 

「…西に流れる小川で飲料水を。それと周囲の森からは果実がそれなりの足しにはなるかと」

 

「おう!流石二アール!切り出しの指揮を執って、周囲を歩いているからよく分かってるな!」

 

「してお二人?砦を築くための建築用材は如何なりましたかな?」

 

「私もその点は気になります。確かナクソスから木材などを輸送する余裕があったはずでは…」

 

「それに関してはこのデキウスがお答えを。確かにナクソスの防壁で用いていた木材を一部輸送するように申しつけましたが、少々柵を築かねばならぬ範囲が想定より広くせざるを得なくてですな…」

 

「確かに収容人数は5000人近く…致し方ありませんなぁ…」

 

 デキウスの言葉にリュールゥが応じる中、デキウスは斥候に行って頂いた際に書き上げたのであろう周辺の地図を広げて指で示していく。

 

「この範囲に柵を築くなれば、木材は明らかに足りませぬ。そのため二アール殿には周辺の木々の切り出しをお頼みしてあります。王女様にはご報告が遅れました。申し訳ありません」

 

「私からも…申し訳ありません」

 

「流石はデキウス殿。二アール殿。ご準備がお早い」

 

「いえ。デキウスも二アールも早い判断に越したことはありません。お二人ともよくぞ早めに行動を開始してくださいました」

 

「「はっ…」」

 

 デキウスと二アールが独断で動いたことを謝罪してきたが、リュールゥも私も当然に責める必要などなくむしろ称賛の言葉を贈り、お二人の判断を労った。

 

「それで工事はいつ頃終わるでしょうか?」

 

「昼夜を問わぬ工事で柵を立て終えるのに一週間。防備を万全に整えるのに追加で二日ほど。…残念ながら防備を整える以上のことを望むことは…」

 

「不必要な欲求である。それは皆も承知しているでしょう。二か月…いえ。一か月の辛抱です。それまでは少しばかりの不自由な生活は甘受する他ないでしょう。…皆さんも私と同じ考えであると信じています」

 

 工事の指揮を執っているデキウスの言葉を借りるまでもなく私達には余裕がない。

 

 砦を築き上げ、防備を整えることしか物資的にも労力的にも時間的にもできないのだ。

 

 お陰で私を含めて全員にテントでの生活を強要することになる。これは皆さんに甘受して頂く他ないと、事前に皆さんには伝えてあるため問題はないと考えていた。

 

 そして防備を整えるとは言っても魔物の襲撃の対策のために柵を築き、砦と為すだけ。これだけでもナクソスを防衛している時よりは万全とは言えないのだ。

 

 だがデキウスが事前に示してくださった設営予定図は、決して不安を呼ぶものでもない。

 

 柵の上に監視員を配置でき、数は多くはできないが監視塔も築くと言う。ナクソスを防衛してきた時と戦術は一切変える必要がなく、懸念点は突貫工事であるための堅牢さぐらい。逆に言えば砦自体が完成してしまえば懸念はそう多くないのだ。

 

 そのため懸念は他にあった。

 

「ただ柵を築き終え、防備が万全に整うまでは如何します?切り出しなどに人を設営地の外に出すにしても安全の確保は如何に?」

 

「まず設営地にはこれまで通り荷車での即興の防壁を張り巡らせます。仮に襲撃があれば、工事を中断しそこに籠れば対処できるかと考えとります。ただそれだけではやはり不安なのでできる限り素早く工事を終える必要があるかと」

 

「外に出す者に関してですが、今この時も出ている者はいますが、必ず複数名で行動し魔物を見つけたら確実に交戦を避けるように厳命してあります。不安は多いですが、現状を考えれば致し方ないかと」

 

 私の懸念にデキウスとニアールが即座に応じてくださる。

 

 それに不安は残ると思ったものの、今できることの中では最善と言う他ない。私は頷いて承認の意を示すと、代わってリュールゥが口を開く。

 

「砦が完成するまでも懸念は多いですが、本番は砦が完成してから」

 

「砦に籠り、魔物を意図的に誘き寄せては殲滅するを繰り返す…言葉では簡単なれど決して楽な戦いではありませんな…」

 

「…誘導のための罠の準備はどうです?」

 

「はっ…家畜の羊を連れてきているのでそれを砦の完成後に砦の外に罠とします。魔物達は必ずや血の匂いに引き寄せられることでしょう。罠は必ず役に立つことでしょうし、そして魔物を撃滅できるのもまた確実!」

 

 リュールゥの呟きを引き継いだマルスが複雑な表情で呟いた言葉への反応に窮した私は、罠の準備を頼んであるガイウスに問いかける。するとガイウスは自信に満ち溢れた声でマルスの懸念を叩き潰そうとするように言う。

 

 それに同意はできないという感情が僅かに表情から見えるマルスであったが、この反撃に同意している以上私達は知恵を出し合いマルスを説得するための策を編み出していた。

 

「…まぁ撃滅した魔物の骸を戦闘後に焼き、魔物除けに使いその時を休息の時にする…それならば長期戦も十分に可能。そう上手くいくかは不安はありますが、勝算は大いにあると考えております。なのでガイウス殿は妙な気を回さんでも宜しい。私はあくまで楽観的な発想のみが蔓延ることによる大敗北を望まぬだけのこと。この度の反撃の成功を誰よりも願っていることを勘違いせぬよう」

 

「ぬぅ…分かってますよ!マルス殿!」

 

「…ともかくマルスの言うようにどれだけ万全の準備と策を講じようと不測の事態はつきもの。その対処の策と臨機応変の対応は不可欠。それを皆さんにも心掛けていて頂きたいということです」

 

 マルスの懸念は私の懸念でもある。

 

 一歩間違えれば、犠牲が出るどころか全滅もあり得る危険な策に基づいて反撃を開始したのは確かなのである。

 

 だから先程までのように成功を喜んでばかりはいられず、常に最悪の事態において如何に犠牲をなくすかを考えなければならない。

 

 その役割がこの軍議に集い頭脳の役割を果たしている私達、そして最終的な判断を下す私に掛かっているのだから。

 

 私はマルスの懸念の言葉をありがたく受け取り、その言葉を借りて皆さんに注意を促した。

 

 その促しに頷いて同意を示してくれた皆さんに感謝を覚えつつ私は軍議の締めくくりに入りつつあった。

 

「それでは皆さんの役割を念のため確認を。まずデキウスは工事の総指揮をお願いします」

 

「承りました。最短の期間で最高の防備を整えることをお誓いしましょう」

 

「次にゴヴァンは設営地の防衛の総指揮を。可能ならばデキウスの工事の支援もお願いします」

 

「おう!お任せあれ!」

 

「二アールは切り出しなどの物資調達をお願いします。そして繰り返しますが、配下の皆さんには無理だけはせぬようにお伝えください」

 

「…承知」

 

「ガイウスは罠の配置する位置の選定と周辺の警戒を。それは…」

 

「我々『ウィーシェ』からアンドレイ達をお使いください。斥候や情報収集は得意中の得意なれば」

 

「ではガイウス。アンドレイと協力して、事に当たってください」

 

「「ははっ…」」

 

「リュールゥは私の下で指揮の補佐をお願いします」

 

「ええ。このリュールゥにお任せあれ」

 

「あとマルス達魔導士隊には…ゴヴァンと共に設営地の防衛をお願いします。魔導士隊の魔法は貴重ですが、いざとなれば惜しみなく用いるように」

 

「承知しました」

 

 一通り確認を終える中私は無意識にマルスへの確認を遅らせていた。

 

 それは隣にフィーナが座っていたから。

 

 この度の軍議でフィーナは沈黙を保ったまま。

 

 軍議が終わりそうになった段階でその事実に今更気付いてしまった私は何となくフィーナの方に視線を向けにくくなっていた。

 

 その理由は言うまでもない。

 

 この設営地に到着して以来未だ話をフィーナとしていないため、どうにも気まずいのだ。

 

 だが軍議を終えようとしている今フィーナを気にするよりも軍議を終える方が優先。

 

 そう考えた私はマルスとフィーナから視線を外し、皆さんに伝えるべきことを伝え始めた。

 

「皆さん。魔物との戦いはまだ始まったばかりです。各々の役割に最善を尽くし、必ずやこの反撃の第一歩を成功へと導きましょう。各々のご尽力を信じています。ではこの度の軍議は解散としましょう。各々それぞれの持ち場にお戻りください」

 

 私の締めくくりの言葉に皆さんはそれぞれバラバラに私に礼をするとすぐさま天幕を出ていく。

 

 そうして出ていく皆さんの姿を見送っていた私であったが、未だ天幕から出ない人物の姿を認めた。

 

 

 それはフィーナであった。

 

 

 天幕に残るのが私とフィーナだけになる中沈黙が続く。

 

 フィーナが残ったからには私に話すことがある。

 

 そして私もまたフィーナに話したいことがある。

 

 お互いに蟠りを残したままにするのは、望ましくない。

 

 そう分かっているからこの状況ができた。私はそう信じたい。

 

 だが私は上手く最初に切り出す言葉を見出せない。

 

 フィーナもまた私から視線を背けたままのため、もしかしたら私と同じ心境なのかもしれない。

 

 そう思った私は思い切って私が先に話し始めることにした。

 

「「フィーナ(お姉様)…!」」

 

 が、見事にフィーナと被ってしまった。お互いに視線を合わせるタイミングまでぴったりで、である。

 

 そうしてどちらが続きを話すか決めかね、視線を絡ませたまま硬直状態に陥ってしまう私とフィーナ。

 

 ただ硬直したままではいられないと分かっている私とフィーナのうち先に切り出したのはフィーナであった。

 

「えっと…お姉様。…先日はお姉様のお立場も考えずに反論してすみませんでした。…よく考えれば、私も無茶苦茶なことを言っていました…」

 

「そんなこと…ないです。フィーナは正しいことを仰っていました。それを私が頭に血が上って、それで…」

 

 フィーナとの距離ができてしまった。

 

 それが意見の食い違いによるものである以上決して異常な点があったとは思わない。とは言っても私は後悔せずにはいられなかった。

 

 だがフィーナは私の言葉を遮りつつ首を振った。

 

「もうそれはお気にならないでください。謝る必要もありません。それよりお姉様にはお気になさるべきことが多々あります。そして私にもまた役割があります。だからあの時のことは今は考え込むタイミングではありません。気が散っていては勝てる戦いにも勝てなくなってしまいます」

 

「…仰る通りです。フィーナ。今考えるべきことではないでしょう…」

 

 フィーナは私に今はあの時のことを蒸し返す必要がないと言った。

 

 それは終わったことだからでもあり、今はもっと重大なことが多く控えているからであった。

 

 だがフィーナは席を立ちつつ本当に言うべきことを忘れはしなかった。

 

「ただ…あの時の事は終わっても私とお姉様の意見が分かれてしまった問題の本質は何ら解決していません。だからいつかは解決しないといけない…今でもそう思っています。それは覚えていてくださると嬉しいです。…では私はマルスさんの元に行ってきます」

 

 フィーナはそう言い残すと、天幕を立ち去って行った。

 

 …フィーナの言う通り。

 

 問題の本質は何ら解決できていない。

 

 ナクソスを焼くことに関する私達の意見が割れてしまった問題の本質。

 

 

 それは百を救うために一の犠牲を甘受するか否か。

 

 

 私は、リュールゥやデキウスなどの皆さんは甘受すべきと判断した。

 

 だがフィーナだけは一の事を気遣う必要があると言った。

 

 確かにデキウスも理解はしても方法がないと一蹴した。

 

 だがその方法を見つける努力は欠いてはいけないと私には分かっていた。

 

 

 なぜならアルはその一を救うことを尊んでいたから。

 

 私はアルの遺志を継ぐと言いながらもアルの生前に示していた考えに沿っていないことを実行していた。フィーナは暗にそれを私に告げているのである。

 

 それに気付いているからこそ私はフィーナの反論が忘れられなかったのである。

 

 今はフィーナの言う通り優先すべきことがある以上今はそのことは頭から消し去る。

 

 今はレムノスを奪還し、反撃の第一歩を着実に踏み出すことが大事だ。

 

 だが…

 

 

 その問題をいつかは解決し、フィーナとの蟠りに決着を付けなければいけないのは自明の事であった。



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レムノスへの道は険しく…

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…先週は前日に添削の時間は取れず珍しく前書きと後書きがなくなってしまいました…
ま、後書きに書くことは今考えてもなかったんですけどね!


 日はもう沈んでいた。

 

 代わって私達を照らすのは、松明の灯り。

 

 この野営地に設けられた仮設の治療所の天幕の中もまた松明の灯りによって照らされている。

 

 その灯りは人がいる限り決して消えはしない。

 

 だが人がいても。

 

 治療に従事できる方がいても。

 

 命の灯りが消えるのはだけは止めることができなかった。

 

 私の耳に届く呻き声。

 

 それが一つ消えるたびに私は実感するのだ。

 

 

 私の判断が彼彼女を殺したのだ、と。

 

 

 そんなこと自明のことである。他ならぬ私が決断し始められた反撃作戦なのだから。

 

 だが何も感じないということはできなかった。

 

 言葉にならない悔しさと無力感が私を襲った。

 

 奪還を目指すレムノスの地は眼下に見えているにも関わらず遠い遠い地に感じられるほど。

 

 レムノスへの道は私の想像よりはるかに険しかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 このレムノスの南西の地に着いてからもう27日。ほぼ一カ月が経過した。

 

 デキウスの陣頭指揮と皆さんの協力のお陰でデキウスが立てていた日程よりも早く砦は完成し、出来得る限りの万全の防備は整えられた。

 

 それまでの魔物の襲撃は散発的で危機感を抱くほどの襲撃もなく犠牲は全く出ずに事が進んでいった。

 

 それが私達の僅かながらの油断に繋がった…いや魔物の真の力を私達は見誤っていたのかもしれない。

 

 本当の戦いは砦を築くまでではなく砦を築いた以後に始まったと言っても過言ではなかったのだ。

 

 ガイウスの指揮の下周囲に羊の遺骸を置き、血の臭いを以て魔物を砦に誘い込むという策を予定通り実施された。

 

 そして策は見事に成就し、血の臭いに呼び込まれた魔物達は砦へと押し寄せてきたことにより予定通りのこの地における初戦は始まった。

 

 その時は何ら問題なかったのだ。

 

 これまで通り弓矢で魔物を射抜き、周辺から集めてきた石で地に沈め、槍で突き落とす。最後の掃討には魔法で薙ぎ払う。

 

 初戦は大勝利だった。

 

 犠牲も一度戦闘を交えれば致し方なしと思わなければならないと割り切らざるを得ない人数。

 

 万全を期し魔物の残党狩りも行い、矢も石も再利用できるものは持ち帰るほどの余裕もあった。

 

 そして手筈通り魔物の遺骸には火が灯され、そこから発せられる悪臭と炎と煙はしばらくの間の魔物除けに用いられた。

 

 だがそこが誤算だった。

 

 ただ魔物除けが効果を為さなかったわけではない。炎を魔物は確かに嫌っていた。だがそこから発せられる魔物の肉が焼ける悪臭が周辺一帯の魔物を想定以上に呼び寄せてしまっていたのだ。

 

 そしてその魔物の襲撃は私達が予定していた長い休息の時間など到底与えることもなくその炎が消えると共に始まった。

 

 激戦に次ぐ激戦。

 

 魔物をいくら倒してもその倒した魔物の遺骸の悪臭に釣られてさらなる魔物が呼び寄せられる。

 

 それは想定内であったはずだが、あまりに襲撃の周期が早すぎた。

 

 疲労の蓄積は集中力の低下に繋がり、それは命を落とすことに繋がる。

 

 休息の時間を確保できなければ、必要のない犠牲を生むことになる。

 

 だが休息を優先すれば、外に人を出すことも叶わなくなり、万全の体制が取れなくなる。

 

 その匙加減を私が考えあぐねているうちに事態は深刻化していた。

 

 昼夜を問わぬ二日連続の襲撃を二度越えた後から流石にナクソスの精鋭を自負する私達でも限界が訪れたのである。

 

 外に矢や石を回収する余裕を失ったために節約しながらの戦いが強いられた。

 

 補給が叶わない魔導士隊の杖は消耗が激しく、魔導士の魔法は投入の機会が極度に制限された。

 

 堅牢度において不安が当初からあった柵は破られかける個所も現われ始め、補強に人を割く必要も生まれた。

 

 当然物資的問題だけではなく負傷者も死者も初戦から比べて大幅に増えた。

 

 予備として危機に陥った各所に送る人員の確保は当然望めるはずもない。

 

 あのリュールゥが弓を取って、前線に立つ他なくなったという事実がその余裕のなさの何よりの証拠となるだろう。

 

 その事実は前線で戦える者が日に日に減ったことが影響もしているが、それだけではない。

 

 

 激戦の最中指揮を執ってたデキウスが深手を負ったのである。

 

 

 そのため砦の北の壁の指揮を執れる者を失い、リュールゥが代わって指揮を執らざるを得なくなったのである。

 

 私はあくまでこの防衛の指揮の頭脳として安全な場所で報告を受け取り、全体の指揮を執り続けるしかなかった。

 

 全体の指揮を執り、ぎりぎりの兵力バランスを取らなければならないほど戦況が悪化していたからである。

 

 その事実は分かっていた。私の指揮が必要なことは。

 

 そして私が前線に出ても万が一の時に守る余裕がないというリュールゥの冷徹な分析も理解した。

 

 私は前線では結局皆さんに激励の言葉をかけることはできてもその手にある弓は飾りにしかならない。要は邪魔なのである。

 

 私も前線で共に戦いたかった。共に血と汗を流し、共に戦い抜きたかった。

 

 だが周囲も状況もそれを許さない。

 

 だから私は代わりに寝る間も惜しんで治療所を慰問し、束の間に訪れた休息の間も監視を続けてくださる皆さんに声を掛けて回った。

 

 それが前線で戦うことに代わって私にできることはそれくらいしかなかったから。

 

 そして私がここ数日慰問の最後に決まって訪れるのは、深手を負ったものの命に別状はなかったデキウスの元であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…っ!おっ…王女様…」

 

「デキウス。毎度言っていることですが、あなたは怪我人です。礼などお気になさるよりも自らの傷をお気になさるべきです」

 

「そうは言われましても…」

 

 デキウスの寝る天幕を訪れると、毎度デキウスは私への礼を慮って無理に起き上がろうとなさり、それを私が止めるというのを繰り返している。

 

 デキウスの相変わらずの堅物具合には流石に苦笑いせざるを得ない。

 

 私の言葉に毎度渋々と言う感じで床に横たわるデキウスの隣に椅子を寄せて私は座る。

 

 そうすると、デキウスは早々に口を開く。

 

 ここをわざわざ最後に訪れて時間に余裕を持たせているのも毎晩訪れるのもただただ慰問に来ているわけではないからである。

 

 デキウスと私が今話すことはただ一つであった。

 

「それで王女様…今日の戦いは如何でしたか?」

 

「…今日の所は柵を抜かれた個所は一か所もありませんでした。監視の者以外は皆休ませてあります」

 

「それは何より補修に兵を割かなくてよくなったのは朗報ですな。私が抜けたせいでもしもがあれば如何に責任を取ろうかと難儀しておりましたが、本当に良かった」

 

 デキウスさんはホッとした表情でそう呟く。

 

 だが快い話ばかりしてはいられない現実が私の前には横たわっている。私はそれを話すのを避けるわけにはいかなかった。

 

「ただ武器の余裕がそろそろ…魔法の使用制限はデキウスも知ってのことですが、矢と石ももう一二戦耐えられるかと言ったところ」

 

「…何よりこれまでの休息の間も与えぬ魔物どもの襲撃はかなり厳しかったですな…ようやく休息の時が取れて何よりでした」

 

「仰る通りです。…ただその連戦の影響で犠牲も…」

 

「王女様!!」

 

 私が話すのを遮るようにつんざくような声が天幕の中に響く。その声の主は天幕に飛び込んできたガイウスであった。

 

 その表情から察するにただならぬ報告であったのは明らかであった。

 

「何事です!?ガイウス?」

 

 ガイウスがその時告げられた事実は今聞くには最悪のものであった。

 

「西の方角に不穏な影が見られたとの報告!魔物の襲撃の可能性ありとのこと!」

 

「「なっ…」」

 

 最悪の報告に私とデキウスの漏らした声が重なる。

 

 

 まずい…

 

 

 それが私達の心を駆け巡った共通の思いだったのは言うまでもない。

 

「兵は休ませたばかり…その上連戦…」

 

「ガイウス!皆を起こせ!鐘でも大声でも何でもいい!とにかく今すぐ叩き起こせ!」

 

「私の配下はもう配置に付くように指示が出してある!だが西以外の柵には…」

 

「…っ王女様!如何なさる!?」

 

 最悪の事態に思考が止まりかける中、デキウスはガイウスに怒号を飛ばし、私の思考が止まった穴を埋める。

 

 だが最終的な決断は私に掛かっている。

 

 だからデキウスは私にも決断を促すべく声を張り上げた。

 

 その声にハッと思考を再開させた私は何とかデキウスの声に応じガイウスへの指示をひねり出した。

 

「ガイウス。魔物の襲撃が一方のみで済んだことはほとんどありません。…今すぐ皆を起こし、配置に付くようにお伝えを」

 

「承知しました!!」

 

 私の指示にガイウスは天幕を即座に飛び出す。

 

 私も指揮のためにガイウスの後を追わなければ。そう考え席を外そうとする。

 

 だがそれより先にデキウスが唐突に身体を起こしていて、その動きを止める他なくなってしまった。

 

 デキウスに浮かぶ厳しい表情に嫌な予感がしてしまったからであった。

 

「デキウス!?一体何のつもりです!?まさかその身体で前線に出るつもりでは…」

 

 そう言いかけたところで私の腕はデキウスの怪我を負っていようと変わらぬ屈強な力によって掴まれていた。まるでこの場から離さぬかと言うかのように。

 

 緊急の時にそのような不可解なことをするデキウスに困惑を隠せない中、デキウスは重々しい口調で告げる。

 

「致し方ありません。今の王女様を前線に出すわけには参りませぬ。ならば総指揮は私が代わりに取る他ありますまい」

 

「はい…?一体どういう意味です?私が前線に出てはならないなど一体何を根拠に…」

 

 意味の分からぬことを言うデキウスに言い募る私。

 

 それを無視してデキウスが言ったのは、完全に私の心境を言い当てたものだった。

 

 

「動揺が顔に出ております」

 

 

「…っ!」

 

「王女様。よく聞いてくだされ。その表情を決して兵達の前でお見せなさるな。王女様のその表情からは戦いへの躊躇が見えまする」

 

 デキウスは厳しい口調で私を咎める。

 

 デキウスの仰る通り私の中には動揺のあまり厭戦気分が芽生え始めていた。

 

 当然戦いを止めることなどできないし、目的を果たさずして退く場所は私の判断で消し去られている。

 

 何よりこれまでに出た犠牲を完全に無駄にすることなど考えられない。

 

 だが犠牲があまりにも多すぎた。

 

 これまでの私が総指揮に立ったナクソスでの戦いでの犠牲の総計をそろそろ越えようとしているほど。

 

 それを思うと戦わなければならないと分かっていても戦いたくないと思うことを止めることができなかったのだ。

 

 だがその弱気をデキウスは咎める。

 

「王女様の躊躇は兵達の士気の低下に繋がります。兵達の士気の低下は犠牲に繋がります。どれだけ犠牲が出ようとも王女様は表情に出さず自らの判断に自信があることをその表情で示し続けなければなりません」

 

「分かって…います。分かってはいるのです…」

 

「ならば王女様は決然とした態度で戦に臨まなくては。これまでの戦いを思い出しなされ。この連日の戦いは犠牲も多いやもしれませんが、これまで以上に皆が一致団結しております。昼夜を問わずの連戦にも皆耐え抜き、兵達だけでなくこれまでであれば守られるだけであった者達も命を守るため、王女様のお示しになった道を守るために協力しております。武器を潤沢に使えた時よりも士気は高まり、疲労があろうとも獅子奮迅の働きを皆が果たしております。そうでなければ当の昔にこの砦は陥落しておりました」

 

「…その通りです。皆さんの奮闘のお陰で未だ戦い抜けているのは確か」

 

 それは指揮を執るリュールゥやゴヴァン、皆から聞き及んでいることであり、私自身この目で見てきたことである。だから私はデキウスの言葉に賛同できた。

 

 そしてそれに賛同した今デキウスに言われることも分かりきっていた。

 

「ならば躊躇なさいますな。皆がここまで奮闘できているのは、皆王女様のお示しになった道を信じているため。この戦いに勝利することが反撃の第一歩と信じているため。王女様は言うに及ばず私含めて皆の思いを背負っておるのです。ならば王女様のなさるべきことは一つ」

 

「…皆さんの思いを決して裏切らぬこと」

 

「然り」

 

 デキウスは私の導いた答えに短く応じる。

 

 もうこれ以上何かを言う必要はなかった。

 

 私の出した答えは最初から自明であった。

 

 デキウスの力強い言葉に思わず生まれてしまった躊躇を吹き飛ばしてもらえた。

 

 その意を汲み取り私を強く戒めてくれたデキウスに感謝を覚えつつ、私は深く息を吸うと言った。

 

「…ありがとうございます。デキウス。少々弱気になっていました。あなたの戒めの言葉に感謝を」

 

「いえ…今の負傷した身ではこれくらいのお役目しか果たせぬのが口惜しく申し訳なき事。私などの言葉がお役に立てるならばいくらでも」

 

 デキウスはそう言うと私の腕を離す。

 

 私の表情に躊躇が消えた。そうデキウスに認めてもらうことができたのだ。

 

 それに安堵を覚えつつ私は改めて席を立ち、天幕を出ようとする。そこで一度立ち止ると振り返って言った。

 

「この度もどれだけ条件が整っていなかろうと私は勝利に導きます。仮にデキウスがいなくとも、です。後程吉報をお持ちします。それまでごゆるりとお待ちください」

 

「…はっ。ご武運を。吉報をお待ちしております」

 

 小さく自信を込めた笑みでそう言うと、デキウスもまた笑みと共に応じてくださる。

 

 そのデキウスの笑みに力を頂きつつ、私は指揮所へと急いで舞い戻った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「各方角の壁に配置に付けました!ですが西側以外において襲撃はありません!」

 

「王女様!西側の防衛が厳しいです!至急増援を!」

 

「ガイウス様より増援なくば柵の突破を阻止しきれぬとのこと!」

 

 指揮所に戻った私には当然時間の猶予などなかった。

 

 次々と飛び込んで来る伝令。伝令の方達の報告はひとまずの応急の対応には成功したことを暗に告げる。

 

 だが初動の遅れは否めず、伝令の方達の表情からは疲れが全く拭いきれていない。

 

 …このタイミングでの襲撃はあまりにも手痛過ぎた。

 

 休息で息をついた途端だったため、気が抜けて士気が落ちてしまっているのだ。

 

 高い士気で何とか戦況の悪さを打開してきたにも関わらず士気まで失えば戦況は悪化では済まなくなる。

 

 その証拠と言わんばかりに襲撃を現在受けている西側の戦況は悪化の一途を辿り、危機的状況にまで陥り始めていた。

 

 その一方で他の方面は妙なことに襲撃が開始されていなかった。

 

 全方角の壁に防備に兵をいつも通り置いたのは失敗だったかもしれないと一瞬頭によぎる。

 

 西側の戦況の悪化の早さの原因が単に士気や疲労の都合ではなく魔物の襲撃が一方角に集中しているかにも感じられたのである。

 

 だが根拠はない。

 

 襲撃は他の方角でも始まるかもしれない。よって兵を西側に集中させている間に他の方角で襲撃を受ければ一巻の終わりとも考えられる。

 

 だが何も手を打たなければ、西側が終わる。

 

 他の方角の防備を手薄にしてでも援軍を出すか。

 

 それとも西側には耐えてもらうか。

 

 私にはまたも決断に迫られていた。

 

 そしてその決断まで残された猶予はほとんどなかった。

 

 私は博打にもほど近い決断を叫ぼうとしたその時。

 

 

 遠くから角笛の音が鳴り響いた。

 

 

 聞き覚えもない角笛の音。

 

 私達は角笛を用いていない。だから決して私達の合図か何かではないことが分かった。

 

 だが確かに角笛の音が今も鳴り響いている。私の耳元に届いている。

 

 魔物が角笛と同じ音など到底出せるはずもない。

 

 ならば…

 

 

 援軍?

 

 

 厳しい現実がもたらした幻聴かとも一瞬思った。援軍など呼んでいるはずもないからである。

 

 だが私は自分の耳を疑うより前に周囲の伝令で詰めている方々の表情を見る。そしてその表情は緊迫した状況によって切迫した表情から何かに興味を引かれているかのような表情に変わっていた。

 

 なら幻聴ではない。

 

 そう確信した所で新たに飛び込んできた伝令がその真偽を示す情報をもたらした。

 

 

「ガイウス様より伝令!遠方に数多の松明の影あり!姿は暗闇で認められぬが、援軍の可能性もあるとのこと!」




先に言うとデキウスさんは妙にアリアドネに重用されてますけど、結婚させようとかそう言う意図はありません。あくまで壮年の経験豊富な武人に信頼を置き、その実力を頼りにしているだけです。
年齢設定とか重視しないので特に触れたことはありませんでしたが、デキウスさんは大体50代くらい。アリアドネは18歳。…まぁこの年齢差で芽生える感情にはお察しが付く所ではあります。

さて危機的状況におけるある意味お約束の援軍到来。大事なのは誰が援軍を率いてきたか、でしょう。
さてさてアリアドネやリュールゥさん、フィーナの窮地を救うイケメンの座は誰に…


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角笛の音色は何をもたらす

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さて前回から援軍の気配がありました。
そもそも援軍は本当に到来するのか?…からの訳ですが、危機迫る中アリアドネは決断を迫られます。


「ガイウス様より伝令!遠方に数多の松明の影あり!姿は暗闇で認められぬが、援軍の可能性もあるとのこと!」

 

 その報告にざわめきが一気に広がる。状況が掴めぬとばかりに周囲は動揺している。

 

 それも当然だ。

 

 援軍は要請もしていないし申し出も受けていない。

 

 援軍など来るはずもないのだから。来るとすれば新手の魔物ぐらい。

 

 だが私は風向きを変える何かがある、

 

 そう直感していた。

 

 だから私は先程までの迷いを一挙に打ち払うと、天幕を飛び出し叫んだ。

 

「各方角の壁に伝令!周囲の警戒に必要な最小限の兵力以外全てを西の壁へ!」

 

「はっ…は!?」

 

「しかし…それでは王女様…!」

 

 私の指示に周囲は動揺を深める。それは普通に判断すれば博打であったから。

 

 だがそれに構う猶予はないと判断した私はその動揺への説得に努める気はなかった。

 

「早く行きなさい!猶予はありません!あと私の馬を引きなさい!私も西の壁に向かいます!続ける者は続きなさい!これにて流れを一気に覆す!」

 

「「…っ!ははっ!」」

 

 私の断固とした指示と判断に周囲もようやく動揺を打ち払い従う。

 

 幾人かが各方角の壁へ伝令に走る一方私の愛馬が連れてこられるまでの僅かな時間。

 

 その間にも私の背では本陣に詰める集まるだけの兵士の方々で隊列が組まれていく。

 

 そして従者の方が引いてきた私の愛馬に即座に飛び乗ると、再び声を上げた。

 

「松明の灯りは私が密かに呼び寄せた援軍によるもの!彼らの協力があれば、西の壁の劣勢は容易に覆せる!今こそ流れを変える時!続きなさい!」

 

 その叫びと共に私は馬に鞭を入れる。

 

 当然援軍が来るなど憶測にすぎない。

 

 私は当然援軍を呼んでもいない。

 

 だが流れを覆す必要だけはあった。

 

 周囲は直前までの私含めて連戦で疲労困憊し、士気の低下は目に見えている。このままの士気で戦っても劣勢になりつつある流れは容易には覆せない。

 

 だから嘘を重ねてでも士気を一時的だとしても覆す必要があった。この嘘が後に士気の低落に繋がろうとも、今防ぎきれなければ一巻の終わりだからである。

 

 そしてその私の嘘は見事に功を奏した。

 

「「おおおおおお!!王女様に続けぇぇぇ!!」」

 

 私の叫びに皆さんは大歓声で応じてくれる。その歓声からは漲る闘志を肌に感じることができる。

 

 これなら戦える。

 

 恐らく士気の低下も払拭できたはず。

 

 そう判断しつつ、ガイウス達が苦闘を強いられている西の壁に向かって私達は突き進んだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…っ!王女様!援軍だ!王女様自ら援軍で来てくださったぞ!皆の者奮い立て!」

 

 西の壁に着いて、時を置かずにガイウスが私達の姿を認めて安堵を隠せぬ表情で配下の方々にそう叫ぶ。

 

 何とか間に合った。

 

 壁の各所は既に破られ、壁の中に魔物が入り込み、犠牲を避けられぬ白兵戦に突入しつつある。

 

 壁の上で防戦できるような状況ではない。予断を許さないことは一目瞭然だった。

 

「皆さん!各所に散開!侵入してきた魔物を血祭りに上げなさい!」

 

「「おう!!」」

 

 私の早急の指示に付いてきた皆さんは即座に応じ、私の護衛に残る僅かながらの方々を除き侵入してきた魔物に白兵戦を挑み始める。

 

 その姿を見ながら私は馬を進めて駆け寄ってくるガイウスとの距離を縮めた。

 

「王女様!万死に値する失態を犯し、魔物どもの侵入を許しました…申し訳ございません!」

 

「気にしないでください!ガイウス!それより状況は!?松明の灯りが見えたとは真ですか?」

 

「偽りございません!ですが距離が遠くすぐに来着するとは思えませぬ。魔物どもに侵入を許し、余裕もない故向かっている方角も掴めておらず、安心する要素にはできぬかと。不確定情報を報告してしまい、申し訳ありませぬ。ですが何かの策であれば、報告すべきかと…」

 

 ガイウスの報告は芳しくない。松明の灯りの正体を掴めておらず、来着も見込めない可能性が高い。

 

 だがその事実を利用せぬ手はない。

 

 もうガイウスの報告が周囲に知れ渡ってしまっている以上、その事実の否定は士気の急落に繋がりかねない。

 

 私に報告を出したガイウスでさえも明確に情報を掴めていないこと。

 

 それまでも徹底的に利用する以外にこの苦境を脱する道はないと私は確信していた。

 

 私は先程までと同じように嘘を吐き続ける。

 

「その通りです。ガイウス。その松明の灯りは私の呼んだ援軍によるもの。魔物達を挟撃するために呼び寄せておいた部隊です」

 

「なっ…なんと!」

 

「ただ機を逃しつつあるようでもあります。ガイウス。以後もこの壁の指揮を続けてください」

 

「承知しました!して王女様は!?指揮所にご帰還なさりますか?」

 

 そうガイウスは尋ねるが、そんな余裕ないこと私にもないことは分かる。

 

 援軍の存在が仮にないとしても一時的に事実であることを示し続け、士気を保つ。

 

 その上で現状の壁の中に侵入されかかっている状況を覆す。

 

 その二つを果たす策。

 

 それを思考を総動員して編み出した私は、その瞬間には再び馬に鞭を入れていた。

 

「私は出撃し、魔物達を撹乱すると共に援軍と合流し進撃を速めるように要請してきます!ガイウスには後続の援軍の指揮もお任せします!騎兵!私に続きなさい!」

 

「ちょっ…王女様!?流石にそれは危険すぎ…」

 

「「はは!!」」

 

 剣を抜いて駆けだした私をもうガイウスの驚きと諫言は止めることができなかった。

 

 私の後には三十四名の私の護衛の方々が続く。

 

 これしかなかった。

 

 援軍の存在を示し続け、魔物の侵入を足止めする方法は。

 

 闇雲で無謀なのは分かっている。

 

 だがこうでもしなければ、遅れてやってくる各方角の壁の援軍が到着する前に完全に魔物の侵入を許し浸透される。

 

 

 それはこの砦の陥落と同義。

 

 

 それだけは何としても避けなければならなかった。

 

 私が出撃するのはそのための撹乱であり、囮である。

 

 私の護衛の方々も道連れにするのは申し訳が立たないことだったが、護衛の皆さんが気勢を上げて応じてくださったのはせめてもの救いであった。

 

 駆けだした私がそばをうろつく魔物を馬で蹴り飛ばし剣で薙ぎ払いつつ向かうのは突破された壁の一角。

 

 わざわざ門を開き、魔物のさらなる侵入を許すことができない状況ではここから出撃するしかなかった。

 

 へし折れた木の柵を馬を躍らせ飛び越えた私は剣を振りつつ前へ前へと突き進む。

 

 周囲は魔物ばかり。そう簡単に一掃できるような量ではない。

 

 その上私達の姿を認めて、一斉に矛先をこちらに向けて襲い掛かってくる。その恐怖を私自身が吹き飛ばすべく指示を叫び飛ばす。

 

「止まるな!駆け続けなさい!無理に魔物を倒そうとする必要はない!魔物の中を走り抜け、できるだけ長い間撹乱するのです!そうすれば中で戦う方々が立て直す猶予ができます!」

 

 そう叫び続ける瞬間も後ろでは馬から滑り落ちる鈍い音が響き、小さな苦悶の声がこの耳に届く。

 

 それでも私は進み続けるしかなかった。決断した以上止まるわけにはいかなかった。

 

「「王女様ぁぁ!!」」

 

 そうして魔物の海の中を進み続ける中、後ろを振り返ることもできず剣を振り駆け続けることのみに懸命になっていた私にはその後方から届く叫びがなぜ起きたのか分からなかった。

 

「…ぇ?」

 

 だが我に返って気付く。その叫びが何によってもたらされたのか。

 

 

 私はその時宙に浮いていたのだ。

 

 

 時間がとてもゆっくりと進むように感じられる中、状況に全く相応しくない冷静さで私は周囲を分析していた。

 

 私の乗っていたはずの愛馬の脚が屈折している。よく見てみれば、その脚には地に剣で沈めたと思っていた魔物が噛みついていた。

 

 私の身体は気付けば愛馬の顔を飛び越え、魔物達が屯する地面に向かっていた。

 

 そうか。

 

 

 私は落馬しようとしているのか。

 

 

 そう考えがようやく至った時には身体中に激痛が走っていた。

 

 地面に強く叩きつけられ魔物達の中を転がっていってしまう。

 

 

 死ぬ。

 

 

 そう瞬時に悟った。

 

 だがその悟りを周囲の皆さんの叫びが吹き飛ばす。

 

「王女様ぁぁぁ!!」

 

「どけぇぇぇ!!魔物どもぉぉ!!」

 

 私の落ちた地から魔物を遠ざけるように突っ込んでくださった皆さん。

 

 三十四人いた護衛の方々はもう十人に減っている。

 

 彼彼女らは馬から飛び降りると、何とか落馬による痛みに耐えつつ起き上がり蹲る私を囲むように即座に円陣を組む。

 

 乗っていた馬は魔物の元へ走らせ撹乱に用いる者もいれば、その場で息の根を止め一時しのぎの肉の盾にする者もいる。

 

 その意味は痛みで意識が朦朧とする私にも分かった。

 

 

 それは馬から落ち、駆ける術を失った私と運命を共にするという意思表示に他ならなかった。

 

 

「…なぜ馬を捨てた…私はあなた方の役割をきちんと伝えたはず…私達の役割は撹乱…馬を捨ててどうして撹乱ができますか…」

 

 今更言ってもどうにもならないことは分かってる。

 

 だが文句を垂れずにはいられなかった。

 

 これで少なくとも私と共に十人の方が命を落とす。

 

 指示を守っていれば、生き残れたかもしれない幾つかの命も共に。

 

 なのに全員が指示を守ってくれなかったことに怒りと悲しみを覚えずにいられない私はそう呟かずにいられなかったのだ。

 

 そんな私に彼彼女らは皆視線を向ける。

 

 その皆の表情を見た時、私はもうこれ以上のことは言うまいと思った。

 

 

 皆笑顔を浮かべていたのだ。

 

 

 そして笑顔のまま皆口々に言う。

 

「どうして王女様を見捨てることができるでしょうか?私達は王女様と最期まで共に戦います」

 

「我が頭領リュールゥにあなた様をお守りするように厳命されているが故に。あなたは我が頭領でさえも認めた希望となり得るお方。あなただけは守り抜いて見せましょう」

 

「まず王女様はこの状況でもお諦めではない。ご命令を。皆の力でこの状況であろうと切り抜けて見せましょう!」

 

 それだけの言葉を受けてもう私は皆の思いを正面から受け止めるしかないと悟った。

 

 この状況さえも打開する意志を見せなければいけないと確信した。

 

 周囲を囲む魔物達が私達に死の恐怖をじっくりと感じさせようとしているのかも思えるほど、ゆっくりと包囲の輪を狭める中。

 

 私はそばに落ちたままであった剣を取り、それを杖代わりの支えとして折れたかのような心地がする両脚を奮い立たせて何とか立ち上がる。

 

 そして皆が視線を向けて待つ指示を再び叫び、恐怖をも吹き飛ばそうとしたその時。

 

 

 再び角笛が鳴った。

 

 

 先程聞いたよりもより大きな音で。より近くから。

 

 周囲の魔物の動きも俄かに止まり、私達も辺りを見回す。

 

 だが周囲には今度は魔物の巨体と暗闇のせいで視界が拓けず満足に確認が取れない。

 

 本当は幻聴なのか?

 

 そんな疑いを抱く中、その疑いを晴らす証拠がようやく私達の前に現れた。

 

 

「うぉぉぉらぁぁぁ!!」

 

 

 周囲に響き渡る雄たけび。

 

 それは私達の中の誰かの物ではなかった。

 

 その雄たけびの主を探そうと皆で辺りを再び見回すと、魔物の巨体が突然横に吹き飛び一方の道が拓ける。

 

 それが何故起きたかを確認する前に私は直感で叫ぶ。

 

「道は見えた!反撃開始です!」

 

「「おぉぉぉ!!」

 

 私の即座の指示に私を囲む円陣を攻勢に出て徐々に徐々に広げていく。

 

 魔物に包囲の輪を縮められるのではなく円陣の輪を広げていったのである。

 

 だが立ち続ける以上の身動きがとれぬ私はその奮戦を見守りつつ、その拓けた道に目を凝らす。

 

 その暗闇からようやく鮮明な姿を見て取った時私は思わず驚きで固まってしまった。

 

 

「あなたはっ…ガルムス!?」

 

 

 そう。

 

 そこにいたのは王都ラクリオスでアルと共にミノタウロスを討伐し、王都でのクーデターでアルと共に命を墜としたはずだったドワーフの武人。

 

 ガルムスだったのである。

 

「おっ…おぬし!?まさかあの姫か!?」

 

 ガルムスは剣を振るいそばの魔物を蹴散らしながら私の元に目を丸くしたまま寄ってくる。

 

 その後ろには何人ものドワーフの屈強な戦士が続き、ガルムスの拓いた道をさらに広げていくように魔物を駆逐していく。

 

「ガハハハッ!ここまであの姫が育っておったとはのう!者ども!魔物の包囲の真っただ中で戦い抜いた勇士達を殺させるでないぞ!勇士を傷つけんとする魔物どもを殲滅するのじゃ!!」

 

「「おぉぉぉ!」」

 

 ガルムスの激励にどんどんと姿を増やしていくドワーフの戦士達は雄たけびで応じる。

 

 そうしてついに私の元に辿り着いたガルムスはニヤリと笑って呟いた。

 

「なんじゃ。あの吟遊詩人。話が違うではないか。何がひ弱な姫じゃ。おぬしもはや姫というより『戦姫』じゃな」

 

「…ご冗談を。私は今もこうして戦えていません。無力を実感するところです」

 

「何を言うか。もうおぬしの顔は立派な戦士の顔じゃ。ドワーフが何物よりも尊敬する戦士の、な。ともかく危ない所を間に合ってよかった。一部の者を先行して連れてきて正解じゃったわ。お陰で多くの勇士を死なせずに済んだ」

 

「先行…つまり…」

 

 

「俺達はあくまで先行してきただけ。本隊はじきに到着することじゃろう。ドワーフの四散していた氏族の連合軍じゃ」

 

 

「なっ…」

 

 ガルムスの告げた事実に私は驚きを隠せない。

 

 遠目から見えたという松明の灯りと遠くから聞こえた角笛の音色。

 

 これらは幻覚でも幻聴でもなかったとはっきり証明されたのである。

 

 それだけでなく来援したのはドワーフの氏族の連合軍。

 

 具体的な兵力が分からずともガルムス始めとしたドワーフの屈強な戦士達なら、戦況を覆し得る強力な戦力となる。

 

 周囲の戦いがドワーフの戦士達と私の護衛達の奮闘のお陰で徐々に収束に向かいつつある中。

 

 

 角笛の音色は私達に確固たる勝利をもたらそうとしていた。




援軍はガルムスさん率いるドワーフの戦士達でした。ガルムスにイケメンの称号を与えましょう()

ちなみにイベント中ではドワーフの状況が不鮮明なんですよね。故郷を失い、ドワーフの氏族は四散したとあるだけ。ガルムスはドワーフの古の武具を保持してるので身分が高い可能性は十分考えられますが…
そこら辺を今作では掘り下げたい所なんですが…ドワーフって全く指揮官向きじゃないので出番は増える気がしませんね()

あとアリアドネが先陣に立って突撃しましたが、繰り返しますがアリアドネは武勇に優れている訳では全くありません。単に指揮官が先陣に立つ効果を理解し、危機の打開策を即興で実行しただけです。
…自らの実力を考慮すれば愚行もいいところ。その証拠としてあっさりと落馬してもらいました。
ここら辺の無謀さでアリアドネとアイズさんを繋げています。ま、二人の志では完全に格が違うんですが。


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辛勝を越えて

「馬鹿者めがぁぁ!!王女様をなぜお止めしなかったぁぁ!!」

 

「…此度の王女様の判断は流石に軽率であったと、評さざるを得ません。万が一が起きた場合は如何になさるおつもりあったのですかな?」

 

 夜が明けて戦闘が終結してしばらく。

 

 西側を襲撃していた魔物達はガルムス率いるドワーフの戦士達と援軍に呼応し反撃に転じたガイウス率いる西側の壁を守る部隊に挟撃され、無事殲滅された。

 

 援軍に現れたガルムスと合流を果たした私と護衛の皆さんは、博打にほど近い出撃を九死に一生を得る形で生還に成功した訳だが、その後の方が私としてはよほど問題であった。

 

 各方角の壁の指揮を請け負っていたがために私の出撃を事後で知ったゴヴァンやマルスがガルムス率いる援軍の到着を伝える軍議の席で怒りを露わにしたのである。

 

 その激怒した面々に軍議の場に集った者で加わっていないのはリュールゥ、アンドレイ、そしてガルムスぐらい。デキウスは負傷のため欠席だが、今頃激怒しているのではと考えると全く笑えない。

 

 …私の出撃が如何に無謀であったかは自分でも重々承知しているつもりであったが、ここまでの皆さんの怒りを呼んでしまうとは想定していなかった。…状況の打開のためには必要であったと、判断しての行動だったので尚更。

 

 そしてその怒りの矛先は私だけでなく西側の壁の指揮で私の出撃を見ていた形になったガイウスにも向いていた。…しかも私の立場を慮っての遠慮のせいで尚更ガイウスへの風当たりが強くなるという申し訳ない問題まで添えて。

 

「…やはり只人の考えることは分からんのう。指揮官たる姫が先陣に立って何が悪いのか?ドワーフであれば、その果敢な戦いぶりを皆で称賛するところであるぞ?現に俺は姫が魔物どもの海を切り拓くがごとく突き進む姿をこの目で見ておる。その勇猛な戦いぶりをどうして否定でできるのかのう…」

 

「ガルムス殿。王女様はラクリオス王家でただ一人生き残られたお方。王女様に万が一があれば、この国はどうなるか!?あなた方故郷を失われた方々と同じように軽々しくは振舞えぬのです!?」

 

「なっ…なんじゃと?」

 

「ゴヴァン殿。一度冷静になりなされ。それはいくら何でもドワーフの方々に失礼かと」

 

「…っ!申し訳ない…前言は撤回しましょう」

 

「…まぁ事実は事実じゃ。何も言うまい」

 

 ガルムスの呟きにゴヴァンはガイウスにぶつけていた怒りをそのままに怒鳴り、ガルムスも不快感を露わにする。だがそれをリュールゥが咎めて、謝罪するという一悶着まで起こす始末。

 

 …私の判断がこのような紛糾を招いたと考えると、申し訳なさで心が埋め尽くされる。

 

 そして叱責を受けてすっかり縮こまる私を見かねたかのような表情を浮かべたリュールゥは一拍することで空気を変える。

 

「さぁ。王女様もガイウス殿も十分に皆々様のお怒りの理由を理解されたことでしょう。今後再発がないよう願いつつ、今はこれからの事を考えましょう」

 

「…リュールゥ殿の仰る通りだ。ガイウス。今度同じ失態を繰り返したら、今度は罰するから覚悟しておれ」

 

「…はっ。気を付けます」

 

「…これくらいで私もお引きしましょうか。王女様。今後はくれぐれもご自身のお命を軽んじるに等しいご判断はお控えくださるように」

 

「…分かりました。肝に銘じます」

 

 リュールゥの言葉にゴヴァンもマルスも怒りを収めてくださり、私とガイウスが謝意を示すことで何とか話を終わらせる。

 

 そうして私に皆さんの視線が集まったことから、私に話を進めるように求めていることを察したので私は早々に気分を改めて口を開かねばならなかった。

 

「…さて昨日の襲撃を何とか乗り越えられたのは、西側の壁の指揮を執ってくださったガイウスのお陰。…ガイウスに関しては諸々思いがありましょうが、その奮戦を私は心から称えたいです」

 

「ははっ…有難きお言葉」

 

 ガイウスは私の言葉に遠慮がちに応じる。…言うまでもなくゴヴァンの鋭い視線が原因であった。

 

 そして私の次の言葉は当然もう一人の功労者に贈られる称賛であった。

 

「そしてガルムス。砦が危機に陥る中、よくぞ援軍として来てくださりました。あなた方ドワーフの戦士の皆さんのお陰で私含めてどれだけ多くの者の命が救われたことか。その点感謝してもしきれません」

 

「何。俺達は目の前の魔物を倒す。そして勇敢に戦い抜く勇士達と共に戦う。そんな戦士として当然のことをしたまでよ。それに…のう…」

 

 ガルムスが何やら歯切れが悪そうに答えを終える。それに少々の違和感があったが、その違和感を問う間もなくゴヴァンが口を開く。

 

「王女様。ガルムス殿達ドワーフの戦士の方々は援軍としてお越しになったとのことですが、我々はその援軍の事を知りませんでした。どのような経緯があったのか我々にも教えていただきたい」

 

「…確かにそれはそうですなぁ。私も是非お聞きしたいです」

 

 ゴヴァンの問いにマルスも続く。

 

 私は反応に困る。

 

 

 …正直に言うとそれは私が一番知りたいことなのだから。

 

 

 出撃の理由に援軍への催促ともっともな理由を立て、実際問題それに成功した訳だが、私はその当時援軍の存在など知らなかった。ガイウスの報告はあくまで確定情報とは言い難かったのだから。

 

 私からすればガルムスとの合流は完全な偶然なのである。

 

 …どのような経緯でガルムスが現れたかは私の方が聞きたい。

 

 だがそんな私の事情など露とも知らず、私の咄嗟の嘘を聞いてしまったガイウスが二人の問いに口を滑らす。

 

「え?王女様が密かにお呼びになったのではなかったのですか?援軍を呼ぶために出撃されると王女様ご本人からお聞きしたのですが…」

 

「何を言っとる。若き只人。俺は…」

 

「若き只人?ドワーフのご老将。先程お聞きになりませんでしたか?私はガイウスと言う名で…」

 

「だから俺は老いぼれではないわ!?俺は21じゃあ!?!?」

 

「えっ…ええええ!!!」

 

 ガルムスの年齢暴露にその場にいた者は皆揃って目を丸くする。…正直私もそのような若さだとは思わなかった。

 

 ただフィーナとリュールゥはどうやら知っていたよう。それはフィーナが苦笑いでリュールゥは今にも笑い出しそうになっていたことから明らかであった。

 

 それはともかくガイウスとガルムスの茶番紛いのお陰で話が停滞したのを見かねてかリュールゥが口を開く。

 

「ガイウス殿。ガルムス殿。ゴヴァン殿とマルス殿はアリア殿にお聞きしております」

 

「何を言っとる。吟遊詩人。姫が知っている訳…」

 

「ガルムス殿。一度お黙りください。お二人は王女様のご説明をお待ちしているのです」

 

「…なるほどのう」

 

 …どうやら話が停滞したのを見かねてではなかったらしい。ガルムスがリュールゥの一言で沈黙させられたことで早々に私は察した。

 

 

 要はリュールゥの指示でガルムス率いる援軍は来援したのである。

 

 

 だが私がその事実を知らず、リュールゥの独断で行われたとなれば反発を招く。

 

 だから私の言葉が必要なのだ、と。

 

 私は小さく息を吐くと、致し方ないという複雑な思いも抱きつつリュールゥの思惑に乗った。

 

「ガイウスの仰る通りです。私がリュールゥにお頼みして、援軍が来援するように手配しておきました。皆さんにお話しできなかったことは謝ります。来援するタイミングまでは取り決めできずお伝え出来なかったのです」

 

「なるほどそういうことでしたか…」

 

「ガルムス殿?そのような経緯でお間違いありませんな?」

 

「…ああ。姫の言う通りじゃ」

 

 ゴヴァンもマルスも少々納得がいかないという表情のままだが、私とガルムスの言葉を聞いて頷きつつそれ以上の質問は重ねなかった。

 

 それでガルムスの援軍に関する問題は一件落着したと考えた私は話題を新たなものへと移す。

 

「それで…昨夜の戦闘の犠牲と現状をお聞きしてもいいですか?」

 

「はっ…まず西側の壁は各所破られ各方角の壁から頂いた増援ともども少なくない犠牲を出してしまいました…このガイウスのの力不足のため。申し訳ありません…ただガルムス殿の援軍との挟撃により襲撃してきた魔物の殲滅は間違いないです」

 

「各方角の壁は襲撃もなく平穏そのものだったと、報告がまとまっております。現状は大半の兵達にはようやく休息を与えることができ、監視の任務はドワーフの方々との協力体制を構築するようお頼みしてあります。ガルムス殿。ご協力感謝いたす」

 

「…それくらい当然の事じゃ」

 

 私の問いにガイウスとゴヴァンが応じる。

 

 それは実際の所報告を受けずともこの目で見てきたことであった。

 

 昨夜は魔物に壁を突破され白兵戦を余儀なくされた。そうなれば犠牲が増えるのは必定。ガルムス達と共に砦に帰還した際には、魔物の遺骸の累々と共に多くの方々の亡骸をこの目で見ている。

 

 …続く戦いの中で最悪の犠牲者数であったのは間違いのないことであった。犠牲の多さと疲労、武器の枯渇によりもう継戦能力はほぼ残っていないに等しい。

 

 だからこそガルムス率いるドワーフの戦士達の来援は天からの贈り物かに見えるほど皆にとって喜ばしいものであったが…

 

 実際問題ガルムス達ドワーフの戦士達の戦力は僅か。一騎当千とは言え、兵力としては犠牲者の補強も叶っていない。そのため休息もそこそこに戦線復帰を強いなければならない。…状況が改善されたとはとても言い難いのが現状。

 

 その上先程からどうにもガルムスの様子がおかしい。何か後ろめたいことでもあるかのように言葉の歯切れが悪い。

 

 それをそろそろ見過ごすわけにはいかなかった私は話題をガルムスに振った。

 

「ガルムス。何かあなたからお話しすることがあるのではないですか?」

 

「…っ。あぁ。申し訳ないが、俺に話す機会をくださらんか?」

 

「もちろんです。遠慮なくお話しください」

 

 あまり気が進んでいなさそうな表情で私に許可を求めるガルムスに即座に私は快諾を与える。

 

 するとガルムスは何かを話し出すよりも先に深々と頭を下げていた。

 

「…謝って済むことではないと俺達も分かっているつもりじゃ…だが謝らせてもらいたい。すまなかった…」

 

「…は?ガルムス殿何を仰って…」

 

「昨夜の魔物の襲撃は俺達が魔物を追撃したせいで起こったものじゃったんじゃ…それがこの砦の西側のみに襲撃が集中した理由じゃ…」

 

「「なっ…」」

 

 ガルムスの告白に私を含めた一同が驚きを隠せない。

 

 ガルムスの言葉が事実なら、昨夜西側が異常に魔物の激しい襲撃を受けた理由に合点がいく。

 

 

 ガルムス達に追い立てられた魔物が死に物狂いでこの砦に攻めかかってきていたのだ。

 

 

 それを知っていれば、挟撃と言う形で西側の防備を厚くするという策を打てた余地があったのに、意思疎通の失敗により西側が襲撃の激しさに対して相対的に薄くなった。結果的に対応が遅れ、不要な犠牲を生んだ。

 

 これはいくら援軍の来援によって勝利を得た身としてもあっさりと受け入れられる事実ではなかった。ガルムス達の無配慮な魔物への攻撃によって犠牲が増えるどころか危うくこの砦が陥落し全滅の憂き目を見る可能性まであったのである。

 

 その事実に誰よりも怒りを示したのは、先程まで散々叱責されていたガイウスであった。

 

「は?それは一体どういうことか!?つまりガルムス殿達は私達を助けるどころか危うく殺しかけたということか!?」

 

「やめなさい!ガイウス!」

 

「…事前に来援を我々に伝え、対応を促すこともできたはず…何故それを行われなかったか…我々の苦境など興味なく魔物を殲滅できれば良いという腹積もりであったか…?」

 

「ゴヴァンまで…!」

 

「…すまぬ。俺達の配慮が足りんかった…」

 

 怒りを示すガイウスを止めようと私は声を上げたが、ゴヴァンまでガルムスを責め出してしまい私は収拾が着けられなくなるのではという危機感を抱く。

 

 他ならぬガルムスは返す言葉がないとばかりに謝るのみ。

 

 それが余計に彼らの無配慮を示しているかのように見え、リュールゥとアンドレイ以外の皆の視線が厳しくなってしまう。

 

 せっかく来て頂いたドワーフの戦士の皆さんの援軍。終わってしまった過去のせいでその協力を失うのを私が望むはずもないし、第一にその協力を退ける余裕も到底ない。

 

 皆の怒りは理解し、私もその無配慮による犠牲を慮ると心が苦しくなる。

 

 だがそれでもその犠牲を思えばこそ。

 

 

 私は決断を下さなければならなかった。

 

 

「私の配慮不足が原因です。私がガルムス達に期日をきちんと決めなかったのがそもそもの原因。責めるなら私を責めてください。そもそも援軍で犠牲を払ってまで来てくださったガルムス達を責めるのでは道理が立ちません」

 

「…っ!」

 

「…王女様のご指示であったならば…致し方ありませぬ…」

 

「…姫…」

 

 その決断とは私が判断のミスの汚名を引き受けること。

 

 私の責任にしてしまえば、私が責められるだけで済み、ガルムス達へ怒りの矛先が向かずに済む。

 

 そうすれば協力体制に亀裂が入るのは避けられる。私の対面よりも犠牲を増やさぬことこそ肝要であった。

 

 私の言葉に真実を察してか察せずかは分からないが、ガイウスもゴヴァンも口を閉ざし、厳しくなった視線もガルムスから下に落とされる形で収まる。

 

 そして申し訳なさそうに俯くガルムスを横目に私は過去から未来に話題を転換することで曖昧にするという望ましくない最終的な決着をつけることにした。

 

「ガルムスのお話は理解しました。ですが今はそれのみに構っていられぬ状況。現状はドワーフの戦士の皆さんに監視の協力をお頼みしているとは言え、私達は力を取り戻し再び砦の防備に努めねばならぬ身です。いくらドワーフの戦士の皆さんが屈強とは言え砦の四方の壁を守るには些か数が足りません。疲弊した私達だけでは万全の防衛体制を構築することもできません。よって早々に私達が戦線に復帰することは必要不可欠ですが、武器の枯渇や疲労の蓄積が著しく…犠牲の多さにより全員が戦線に復帰できたとしても万全の防備を整えるだけの兵力自体が残っていません。その現状をどう打開するかですが…」

 

「…姫?俺から一つ砦の外の話をしてもよいかのう?」

 

 現状を慮ると内輪もめなど到底する余裕などないと理解する私は現状が如何に苦境にあるのか伝え、打開策を求めようと話す。

 

 そんな私の言葉を遮ったのはガルムスであった。

 

 遠慮がちに言いつつも『砦の外の話』という言葉は外に偵察を出す余力を完全に失っている私達にとっては魅惑の情報に他ならない。

 

 私含めて皆が先程の厳しい視線から打って変わった視線をガルムスに向ける中、ガルムスは信じられない事実を告げた。

 

 

「もうこのレムノス一帯には魔物は残っておらぬ。おぬしらは魔物相手に完全に勝利したのじゃ」

 

 

「「…?」」

 

 今度ガルムスの告げた事実はあまりにも途方なさ過ぎて驚きを完全に越えて、皆を茫然とさせた。

 

 

『魔物がレムノス一帯に残っていない』

 

 

 その恐るべき事実に理解が到底及ばなかったのである。

 

「…なっ…何を言っておられる。ガルムス殿。魔物が残っていない?まさか…あの無尽蔵に湧いてくる魔物が…あり得ますまい…」

 

 私達の思いを代弁するようにマルスが茫然としたまま呟く。

 

 だがガルムスはその呟きを首を振って否定すると、ガルムス自身も信じられないとばかりに苦笑いを浮かべると言った。

 

「そんなこと外を行軍してきた俺達の方が聞きたいわ…レムノス周辺程行軍中に魔物に遭遇しなかった時などこれまでなかった上におぬしらが砦の外に築いた灰の山を築いておることを知らんのか?…正直どうやったらあれほどの灰の山を作れるのか理解できんわい…この砦に籠っていた者は一人残らずドワーフをも越える勇士の集まりだったのではと、皆敬意を払うどころか畏怖の念まで抱きそうになっておる」

 

「…灰の山…確認なんてしてたか?二アール?そんなに私達は魔物を倒しておったのか?」

 

「…さぁ。目の前の魔物を倒すのに手一杯だったうえに、外に偵察も出せていないから正直分からない…」

 

 そう語るガルムスの表情に偽りがあるとは全く思えなかった。ゴヴァンと二アールが肩を寄せ合い確認を取るが、二人とも分からぬ様子。

 

 ガルムスの申しようはあまりに大言壮語のような気がして、私含めて信じることができない。

 

 よく考えれば、ガイウスが見えた松明の灯りが相当に遠く到着にはかなり時間がかかると判断したにも関わらずガルムスは私の救出に間に合った。

 

 いくら先行して走ってきていたはずとは言え、途上の魔物を蹴散らしながらにしては早すぎたと考えることもできるのではないか?

 

 …まさか本当にこのレムノス一帯の魔物は撃滅された?

 

 そうなれば…

 

「ガルムス。もしあなたのお言葉が正しいとなれば…私達の反撃の目的地…レムノスへの道は…」

 

 恐る恐る私はガルムスに問う。

 

 その問いにガルムスは私達の苦労と犠牲を労うように優しい笑みを浮かべると、私の問いに応えた。

 

 

「あぁ。レムノスへの道は拓かれたのじゃ。他ならぬ姫とその姫を守る勇士達の奮闘と尊い犠牲のお陰でな」



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問われる『道』

「あぁ。レムノスへの道は拓かれたのじゃ。他ならぬ姫とその姫を守る勇士達の奮闘と尊い犠牲のお陰でな」

 

 笑みと共に告げられたガルムスによる私達の勝利を伝える言葉。

 

 それは一カ月にも及ぶ激闘を目の前の魔物を殲滅することのみに力を注いできた私達にとってあまり実感が湧かなかった。

 

 だがその言葉が、勝利したという事実が少しずつ私達の心に染みわたり、その実感が私を含めた皆さんの中で大きくなっていった暫く経った時。

 

 とうとう勝利の歓声が挙げられた。

 

「「おっしゃぁぁぁ!!」」

 

 拳を突き上げ真っ先に雄たけびを挙げたのは、先程まで昨夜の諸々の影響で険悪な雰囲気に陥っていたゴヴァンとガイウス。この時ばかりは険悪な雰囲気を吹き飛ばし、あっさりと喜びを共有しあう。

 

 雄たけびまでは挙げずとも二アールもフィーナもアンドレイもガルムスもそれぞれに笑みを浮かべて、その勝利の喜びを表情で表す。

 

 ただその広がりつつあった勝利を喜ぶ雰囲気に今一歩馴染めぬ者は幾人かいるのが一望しただけで分かった。

 

「…皆々。ガルムス殿のお言葉は嬉しい限りなれど、本当に魔物が殲滅されるなどということがあり得るのか…」

 

「この期に及んでまだそのようなことを仰るか!?マルス殿!あれだけの激戦を終えたのです!いくら無限に湧き続けるかに見える魔物どもでも十分にあり得ることでしょう!」

 

「その通りです!マルス殿は心配性すぎる!」

 

 疑問を呈したのはマルスであった。そしてその疑問によってせっかくの和やかな雰囲気を阻害されたとばかりにゴヴァンとガイウスが怒鳴る。

 

 疑問を抱くマルスと疑問を抱かない皆さんによる危うく始まりかけた口論。

 

 それは間隙を縫って呟かれた私の問いによって阻止された。

 

「リュールゥ。あなたは如何にお考えになりますか?」

 

 問いかけた相手はリュールゥ。

 

 リュールゥはいつもは飄々と笑みを浮かべているのに、今はなぜかその雰囲気に馴染もうとしないかのように表情を変えなかった。

 

 ガルムスの言葉に何かしらの勝利を喜ぶ皆さんとは別の考えを抱いているのは明らか。

 

 そしてあえてそのリュールゥに問いを発したのは、この私自身がガルムスの言葉に思う所があったからに他ならなかった。

 

 私の問いにリュールゥは私の方を向き直ると、周囲の視線を受けながら静かに語り始めた。

 

「私はガルムス殿のお言葉は有難く受け取るとしても、勝利に浮かれた軽挙妄動は慎むべきかと思います。魔物がレムノス一帯から駆逐されたかは偵察を出し、確認を取るべきでしょう。よってレムノスへの入城はいくらか遅らせるべきかと」

 

 リュールゥの意見に私は頷きで応じる。

 

 私もほぼ同じ結論に至っていたからである。

 

 時を急ぐ必要はない。少しばかり遅れてもレムノスは消えてなくなったりしない。

 

 武器の枯渇に犠牲の多さによる兵力の不足、さらに疲労の蓄積という厳しい現状を抱える今、せめて疲労だけでも解消しない限り軽挙にレムノスに進撃した時に万が一があっても対処できない。

 

 魔物が殲滅された、ならば予定通りレムノスへ入城しよう、などという軽挙な判断をできる現状ではないのである。

 

 仮にガルムスの言葉が見込み違いであったとしても、士気を回復し疲労を解消し、ドワーフの戦士達の協力さえあれば、もう一二戦は不可能ではない。

 

 今は連日の激戦に疲れ果てた皆さんの休息の方がレムノスへの入城という戦略目標の達成より重大だと私は判断したのである。

 

 そしてリュールゥがほぼ同意見を述べたことにより私は大きな自信を得る。

 

 ただリュールゥの言葉はガルムスの言葉に懐疑的であったとも取れる言葉を含んでおり、ガルムスは少々不機嫌そうにリュールゥに言った。

 

「…なぜじゃ吟遊詩人?俺の言葉が信じられんとでも言うのか?俺達はこの砦の外で魔物どもと戦いながらレムノスの周辺を行軍してきたのじゃぞ?」

 

「そうではありませぬ。ガルムス殿。このレムノス奪還はただ魔物に勝ち殲滅すればよいというだけではないのです。これはアリア殿が反撃の狼煙を挙げる重大な戦い。入念な下準備を整え、万全の態勢でレムノスに入城しなければなりません。それこそ我々吟遊詩人が思わず歌にして世界に届け語り継ぎたくなるような勇壮で誇り高く壮大な形で」

 

「ぬぅ…ドワーフではなぜすぐにレムノスに進撃して良いのかさっぱり分らんわ…」

 

 ガルムスの不満にリュールゥは淡々と反論し、ガルムスをあっさりと引き下がらせる。

 

 そうしてガルムスから私へと再び視線を戻したリュールゥは改めて告げるように言った。

 

「アリア殿。私はレムノスへの入城は些か早計かと思います。私の意見は以上ですが、アリア殿は如何にご判断なされますかな?」

 

 リュールゥの私に向けられた問い。

 

 意見を求められる者がリュールゥから私に移ったことで今度は皆さんの視線が私に向く。

 

 リュールゥの考えを確かめた以上、私の考えは完全に定まっていた。

 

「…レムノスへの進撃は急ぐ必要はありません。今は休息の時かと考えます。そしてここにいる皆さんは魔物が殲滅された可能性があるというガルムスの話を決してこの場の外で他言しないように」

 

「なぜです!?王女様!早く魔物の襲撃で夜も眠れぬ部下達に聞かせて安心させるべきではありませんか!?」

 

「ガイウス殿。それが皆々の気の緩みに繋がる…そう王女様はお考えなのだ。昨夜の劣勢が就寝直後と言う気の緩んだタイミングだったが故であることは、前線で指揮していたそなたが一番分かっていよう」

 

「…確かに…そうですが…」

 

 私の今聞いた話を伏せるようにという指示にガイウスが反論するが、私の意図を察したマルスが早々に理由を説明して下さり、ガイウスの反論は封じられる。

 

 その様子を見て、私は指示を再開する。

 

「異論はありませんね?ではこの砦の防備を一程度固めた後に久方ぶりの偵察部隊を出す必要が生じました。その任は…」

 

「私ガイウスにお任せください!昨夜の失態を挽回する機会を」

 

「…分かりました。ガイウスに騎兵を付けて偵察の任を任せます。そしてその偵察によって砦の外で魔物の襲撃があり得ないと分かり次第、この砦を放棄し皆でレムノスに向かいましょう。それまでは一息を吐き英気を養い、偵察の報告を受けた上で考えるとしましょう。何か皆さんご質問等は?…ないならば、軍議はこれまでとしましょう。皆さんどうぞゆっくりとお休みください」

 

 私が一通り伝えるべきと考えたことを伝えきり、質問があるか尋ねる。それに皆が首を振ったのを確認した私は早々に軍議を切り上げて、皆さんに自身の天幕で休むよう促した。

 

 それで各々私に一礼をすると、長い一日を終えた疲労からくる溜息などを交えつつ私の天幕を立ち去っていく。

 

 それで皆さんが立ち去れば、私もようやく長い一日を終え休息できる…

 

 と言いたいところだったが、私の立場と心に残り続ける疑問を抱いたままの心境ではそうはいかなかった。

 

 私は目の前でただ一人不自然に座ったままの人物に声を掛けた。

 

「リュールゥ。あなたにはいくつか話があります。ここに残って頂けますか?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はてさてアリア殿からお話とは如何なる内容でしょうか…ととぼけてもよいのですが、そのような茶番は必要ありますまい。アリア殿のご質問等なんなりとお答えいたしましょう」

 

 皆さんが立ち去った天幕にいるのは上席に座る私とそのそばの席に座るリュールゥのみ。

 

 どうやら私に呼び止められることを分かっていたらしいリュールゥは観念したかのような表情でそう告げる。

 

 それで遠慮なくとばかりに私は一つ目の質問をぶつけた。

 

「ではお言葉に甘えて…まず先程レムノスへの入城を遅らせるべきと仰った真意を伺いたいです。あなたは私達の入城を歌にしたくなるような壮大な形で行うべきと仰りました。その構想…既にリュールゥの頭の中には描かれているのではないですか?」

 

「そちらから来ましたか。逆に尋ねさせて頂きましょう。なぜ遅らせなければならなかったか…それはただ単に先程私とアリア殿が述べたことだけではないことはお察しの様子。どうぞ私の構想をお見抜きください」

 

 私はそう尋ねるもののリュールゥは逆質問で応じてくる。

 

 …要はまた私はリュールゥに試されているのだ。

 

 だが今度ばかりは私にはその『構想』がどのようなものか皆目見当がつかなかった。

 

「…分かりません。レムノスを魔物から奪還し、入城した…その事実だけでも十分に壮大な大業を為したことになると思います。どのような下準備が必要なのか私には分かりません」

 

 そう正直に答えると、リュールゥは残念そうな表情を浮かべる。

 

「…そうですか…ならば致し方ありません。お話ししましょう。まず今アリア殿がお纏いになっている鎧をお渡しした時、人を統べる者には何が必要かをお話ししました。覚えておいでですかな?」

 

「力を示し、『形』を整えること…でした。この砦における戦いの数々で私達の力は示しました…つまり必要なのは『形』を整えることだと?」

 

「ええ。その通りです。そして今アリア殿が整えるべき『形』は二つあります」

 

「その二つの事とは?」

 

 私の答えにリュールゥはニヤリと笑いつつ指で二を示し、その二つのことを語り始めた。

 

「まず一つはかつてのレムノス城主デキウス殿と共に入城し、その地位をお返しするという『形』。ただレムノスを奪還するだけでなくデキウス殿が城主に復帰されたとなれば、レムノスの周辺だけでなくラクリオス王国全土にその事実は知れ渡ることでしょう。この事実がアリア殿の力をどのように示すか、が肝要」

 

「…場合によっては同じように私達の力でデキウスのように故郷や領地を取り戻すこともあり得る…そう思わせられる、と?」

 

「その通りです。これによりさらにアリア殿をお慕いして集まってくる者は増えることでしょうなぁ。ただ…」

 

「デキウスは重傷の身…共に入城するような『形』は整え難い…と?」

 

「流石に担架で運びこんで入城では、デキウス殿もご不満を抱きそうですからなぁ。この『形』を重視なさるなら、お控えなさるべきかと」

 

 リュールゥの述べた一つ目の事は最ものことであった。

 

 デキウスには申し訳ないが、少しでも協力してくれる方が多い方がいい私達からすれば、皆を惹きつけられる魅力は多い方がいい。利用しない手はなかった。

 

 仮に魔物から奪還して欲しい故郷や領地があると頼み込まれて、魔物からの居住域の奪還を目指す私達が断る理由もないのもある。

 

 納得して頷いた私にリュールゥはもう一つの『形』を告げた。

 

「二つ目はアリア殿とナクソスのアリア殿をお支えした者達によってレムノスは奪還されたという『形』。今の現状ではそれは整いません」

 

「確かに…連日の激戦を戦い抜いた私達には休息が必要ですが…っ!?まさか…ガルムス達の存在に問題が…?」

 

 私はリュールゥの述べた『形』から察してしまった。

 

 今レムノスへ進撃し、入城する際に動かせる方々は犠牲が多く疲労が蓄積している私達ではなくドワーフの戦士の方々が中核となる。

 

 それでは私達の奮戦ではなくドワーフの戦士の方々の協力がレムノス奪還に繋がった…そういう風の『形』になってしまう。そうリュールゥは指摘しようとしているのである。

 

 しかし私はその考えには反対であった。

 

 それは大事なのは『人類の力でレムノスを奪還し反撃を開始すること』であって、『私達の力でレムノスを奪還し反撃を開始すること』なのだから。

 

 ドワーフの方々の協力を強調するか否かで価値が変わるようなものではないし、まず第一に援軍として来てくださったドワーフの方々に不遜だと思えたのだ。

 

「…それはおかしいです。リュールゥ。エルフであることを誇示したりせず、エルフと同じ差別思想を持たぬあなたがそのようなことを仰るのはあまりに妙。…何かあなたは仰っていないことがあるのではないですか?」

 

 私は鋭くリュールゥに追及する。これまで話してきたリュールゥらしからぬ言葉に疑念を抱いたからである。

 

 だがリュールゥは表情を変えることもなく淡々と応じた。

 

「私は特に隠し事などしておりません。そしてアリア殿の仰ることはもっともです。人類が皆協力せねばならぬ以上そんな『形』などどうでもいい。ですがアリア殿が今あなたの手腕を世界に示さなくてはなりません。アルゴノゥトの遺志を継ぎ、希望をもたらす者の手腕は数多の魔物を撃退し、種族を問わず統べることができるほどのものである、と。そのためには総指揮を為されたアリア殿の手腕は強調されようとも他の事実は強調されるべきではない。そう私は考えています」

 

「…つまり世界に伝えられるべきはドワーフの方々の協力でもこの砦で戦いぬいた皆さんの奮闘でもなく、私の手腕である…と?」

 

「人は結局簡単なことしか理解しようとしません。故に皆が立ち向かった、などという抽象的な物語よりも皆を団結に導きアリア殿の手によって反撃の狼煙を挙げられた…の方が具体性のある物語の方が望ましい。人は『英雄』を求める生き物でありますから」

 

 リュールゥの言い分は分からなくもなかった。

 

 アルゴノゥトの活躍は私達の反撃を促した。

 

 私の言葉と決断は皆さんの反撃を実現させた。

 

 結局私含めて人は『英雄』を求め、その活躍に縋っているのである。

 

 今はアルゴノゥトはいない。

 

 だから私に代わりになれ。リュールゥはそう言っているのであろう。

 

 だから他の者の活躍によって私の存在が霞むことはあってはならない。

 

 希望は私一人でいい。そうとでも言うのだろうか?

 

 そう考えると、もう一つの私のリュールゥに尋ねるべきことも自ずと答えが出るのではないか?そうとまで思えてきた。

 

「…だからガルムス達を呼び寄せたのを私の密命ということにした…そういうことですか?リュールゥ。ガルムス達援軍を呼んだのはあなたでしょう?なぜ私達に伝えなかったのです?」

 

「…」

 

 私の問いにリュールゥは即座に答えない。

 

 それはきっと何も言わずに援軍を呼んでいた後ろめたさがあるだろう、と思った。

 

 だがその援軍とリュールゥが伏せていたせいで西側の壁が突破され、砦が陥落の危機にまで陥ったのだ。

 

 その責任を追及せぬままと言う訳にはいかない。

 

 私はリュールゥの弁明を沈黙を通すことで待った。

 

 そうしてしばらくしてリュールゥは頭を下げると、静かに語り始めた。

 

「…独断で行動したことお詫び申し上げます。そして先程はお取り繕い頂き、感謝します。…私が皆々様にお伝え出来なかったのは、来着のタイミングと誰が援軍に来るか私にも見当がつかなかったからでした」

 

「…お待ちを。リュールゥにも見当がつかなかった?タイミングはまだ分かるとして、誰が援軍に来るか分からなかったとは一体何の話です?ガルムスが来るのをリュールゥは知らなかったということですか?」

 

 リュールゥの不可解な回答に思わず私は問い返す。

 

 リュールゥが誰が来るか知らずして誰が知っているというのだろうか?

 

 そもそもガルムスはリュールゥから援軍として来るように言われていたかのような口ぶりであったから尚更理解に苦しむ。

 

 そんな私にリュールゥはその疑問に答えた

 

「それは今も各地に散り、世界に歌と希望を届けている『ウィーシェ』の同胞達に『魔物に侵された地レムノスで反撃の狼煙が挙がる。志を共にする者はレムノスへ集え』そういった趣旨の歌を広めるよう指示を出していたため。恐らくガルムス殿はその歌を知り、『ウィーシェ』と私の繋がりを既にご存知だったがために私の檄だと思ったのでしょう。ただの要は私もその檄に誰が応じ、いつ来着するか皆目見当がつかなかったのです」

 

「…なぜそのような曖昧な手を…リュールゥなら要請なり他に確実な手がおありだったのでは?」

 

「残念ながら吟遊詩人にはそのような力はありませんなぁ…吟遊詩人の役割は希望を届けること。希望となり、大業を実現するのは我々ではございません」

 

「…っ」

 

 そう告げるリュールゥの表情には悔しさがにじみ出ていた。

 

 私にとってのリュールゥは優れた知略の持ち主でその助言に交流している期間は短くとも厚い信頼を置いているつもりだ。

 

 だが私はついリュールゥ達『ウィーシェ』が吟遊詩人だという事実を忘れてしまっている。

 

 リュールゥの仰る通り吟遊詩人は希望を届ける役割は果たせても、希望となり大業を実現する役割は果たせない。

 

 人類を魔物の侵略から救うという大義の下、私がリュールゥ達『ウィーシェ』の協力が不可欠であるようにリュールゥ達にとっても私の存在が不可欠なのだ。お互いに助け合わなければ、大業を実現することはできない。それを改めて思い知らされる。

 

 その事実はリュールゥにとって口惜しいのは言うまでもないことなのである。

 

 そしてその滲み出る悔しさはただそれだけの理由ではなかった。

 

「…何より…私達が歌を伝え希望を届けても最終的に動いたのはガルムス殿のみ…ガルムス殿の率いるドワーフの戦士の方々は屈強とは申せど、各氏族の生き残りの寄せ集めだそう…つまり組織や国として動いたものはないということ…只人もエルフも小人族も獣人も皆…残りは日和見でもしているのか勇気が足りぬのか…いやぁ…私の力が全く及ばぬだけ…そういうことですかなぁ…口惜しい限り…」

 

 リュールゥはそう自嘲する。

 

 その時ようやく理解する。

 

 リュールゥの想像ではもっと多くの援軍が到来し、場合によってはもっと早く到来することまであったのだ。

 

 だから失敗の危険性が高い反撃と言う選択肢を提案できたのだと気付かされる。

 

 だが結果はそうはならなかった。

 

 つまりリュールゥの憶測頼りの安易な判断が危うく私達全員に死をもたらすところであったということ。

 

 その事実にいつも余裕綽々のリュールゥでさえ沈んだ様子を見せる。

 

 今まで見たこともないリュールゥの弱音に驚きを隠せない私は言葉を失いかける。

 

 だが今リュールゥを慰められるのは、私しかいない。

 

 リュールゥの自嘲が考え違いであることを伝えられるのは、リュールゥから自信を与えられ、反撃の決断を下したこの私しかいない。

 

 今こそその恩を返す時であった。

 

「何を仰っているのですか。リュールゥ。あなたの言葉によって勇気と自身を与えられたこの私を前にして仰ることですか?この程度の事で自信を無くすなど、リュールゥらしくないです」

 

「アリア…殿?」

 

「日和見している者達がいる?勇気が足りぬ者がいる?そんな者達を減らすために私達はレムノスを奪還しようと決断したのです。ならばレムノス奪還の暁には『ウィーシェ』にはその大業を世界に届け、日和見をする者達を減らし、皆に勇気と希望を与える大業が与えられることでしょう。これはあなた方吟遊詩人にしか果たせぬ大業。吟遊詩人は決して無力ではありません!」

 

 リュールゥに恩を返すべく早口に慰める言葉を私はぶつけていく。

 

 それをリュールゥは驚きでか目を丸くしながら聞く。

 

 一通り語り終えた私が呼吸を整えているのも茫然としたまま過ごしたリュールゥ。

 

 そのまま何も言わぬかと思いきや、リュールゥは頬を緩めたかと思うと、いつも通りの高笑いを始めた。

 

「はははははっ!いやぁ。申し訳ない。アリア殿。疲れでかついつい聞き苦しいことを話してしまいましたなぁ。失礼失礼」

 

 先程までの暗い表情を吹き飛ばそうとするかのように高笑いするリュールゥに私も思わず笑みを浮かべて言う。

 

「お気になさらず。頼りないかもしれませんが、これからはどうぞ私にお話しください。あなたは色々と一人で抱え込む性向にあるかのように見えます。私を頼って頂ければ、幸いです」

 

「そのお言葉有難く受け取らせて頂きましょう。では早々にご相談させて頂きたいのですが、そろそろ私にも休息の時間を与えて頂けませんかな?少々疲れで心身ともに弱っているようで…」

 

「それは私も大して変わりません。ではこれくらいにしておいて、今後の事は次の軍議でお話ししましょう。お時間頂きありがとうございました。リュールゥ」

 

「こちらこそ。アリア殿。…あなた様のお心遣いに感謝を」

 

 こうして私とリュールゥの対話は終わった。

 

 結局リュールゥが独断で援軍を呼んでいたことへの追及は有耶無耶に終わってしまったような気もしたが、それ以上に収穫があったから気にすることはない。

 

 リュールゥのことをより深く知り、ほんの少し距離を縮められたように思えたから。

 

 これは今後リュールゥとの協力関係を続け、私達の大業を成す上で貴重な機会であったと信じる。



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反撃の狼煙、レムノスに上がる

 こうして砦陥落の最大の危機は乗り切った。

 

 ガルムス達ドワーフの戦士達の協力により皆が連日続いた戦いの疲れを癒す機会に恵まれたわけだが、私を含めた一部の者はそうはいかず。

 

 ガイウスを指揮官として動ける方々で偵察部隊を編成し、レムノス一帯の魔物の動きを調べるように指示して送り出した。

 

 戦線に復帰できる者には早々に復帰を強いることになった。

 

 そして私達もまたその報告が如何様になるかに期待を抱きつつ、魔物の襲撃がないか警戒を解けぬまま過ごすことになる。

 

 そうして数日が過ぎていったが、まるでガルムスの言葉が真実であったかのように魔物の襲撃は先日を契機にぱたりと止んでいた。

 

 そのお陰もあり、ガルムス達と共同とは言え到着当時と同じとは決して言えないまでも大差ない監視体制の構築に成功した。これでようやく防備も整ったと、この時には私もようやく一息を吐くことができた。

 

 そんな中ガイウスから送られてきた伝令の方による第一報は精神的余裕を抱きつつあった私達に歓喜をもたらした。

 

 

『七日に及ぶ偵察の間で魔物の群れとは一度も遭遇せず。レムノス一帯からは魔物は壊滅した可能性高し。』

 

 

 この第一報はガルムスの言葉とガイウス自身の目による報告が完全に一致したことを意味していた。

 

 これは私達の反撃が成功したことを証明する事実であった。

 

 …とは言っても魔物の群れと遭遇しなかったということは、単独か少数で行動する魔物とは遭遇しているということであり、さらに言うとレムノスの城内は未だ確認が取れていないとのことであり、まだまだ完全に気を抜いて良いわけではない。

 

 よってデキウスの進言を受け、ガイウス達偵察部隊に援軍を送りレムノスの城内にいる可能性がある魔物を撃滅することに決まった。

 

 即ちレムノスの地ならしを完璧な形で終えた上で私が整然と入城するという『形』を整えようという意図である。

 

 その決定に基づき援軍が早急に送り出されたと同時に後続として私も出立すべく準備が始まる。

 

 そうしてさらに数日が過ぎ、レムノス城内の魔物の掃討がほぼ完了したという第二報を受けた時。

 

 私は兵達と民を引き連れて砦を出立した。

 

 

 反撃の狼煙をレムノスにおいて上げるために。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 聳え立つ城壁が見えてくる。

 

 レムノスの城壁だ。

 

 王都ラクリオスには高さでも美しさでも規模でも到底及ばない。

 

 だが私達の血と汗で奪還したという喜びがそんな事実はどうでもいいと私に思わせた。

 

 今の私にはレムノスはとうとう辿り着くことができた楽園のようにまで思える。

 

 そして療養期間を経てすっかり傷を癒したデキウスは、今はリュールゥの進言通り私の隣に馬を並べてレムノスへと進んでいた。

 

 そのデキウスは喜びを露にするわけでもなく感激で涙を流すわけでもなくただ無表情に城壁を見上げるのみ。

 

 守るべき場所を失い、果たすべき雪辱を抱えるデキウスと私。

 

 だが当然私よりもその守るべき場所を背負ってきた圧倒的に長く思い入れも確実に私の王都ラクリオスへの思い入れよりもデキウスのレムノスへの思い入れの方が上であろう。

 

 だから理解した振りをして、声を掛けるのも不遜に思えた私はデキウスに声を掛けることはなかった。

 

 一度は魔物に自らの城を奪われた雪辱をようやく果たしたデキウスは私以上に思う所は多々あることであろうから。

 

 無表情にレムノスを眺めるデキウスを横目で見守りつつ、私は一団の先頭をデキウスと共に進んでいく。

 

 そうしてレムノスにさらに近づくにつれて見えてきたのは、門の前で隊列を組んで私達を出迎えるべく待つガイウス達の姿であった。

 

「王女様!お待ちしておりました!」

 

 私の姿を認めて、そう声を張り上げるガイウス。

 

 それに私は続いてくる皆さんに手を挙げて行軍を止めて頂くと同時にその声に応じた。

 

「ガイウス。偵察の任を見事果たしてくださり、ありがとうございました。それでレムノスの城内の状況は?」

 

「以前の報告通りレムノス城内の魔物は撃滅済みです。そして城内の街の状況は流石に何年も人が住まず放置されていた以上芳しくないです。ですが野営よりはマシでしょう。何よりこの城壁は頼りになります」

 

「大体分かりました。立ち話も変ですし、詳細は城に入った後で。ではこれより私達も入城します!」

 

 ガイウスに簡単な説明を受けた私は手短に話を打ち切り、ここで皆さんを待たせるのも忍びないと入城するとの宣言を発する。

 

 その言葉に私の前で隊列を組んでいたガイウス達は二つに割れて、門への道が作り出される。

 

 それを確認した私は馬に鞭を入れ、すぐにでも入城しようとする。

 

 だがそれを引き留めたのは私の後ろに控えていたリュールゥであった。

 

「アリア殿!少々お待ちを。せっかくですから、お言葉を頂けませんかな?」

 

 リュールゥの引き留めに進めかけた馬首を返し、反転させる。

 

 そうして向き直ってみると、皆さんがまるで私に期待するかのような眼差しを向けているのに気付いた。

 

 …これはリュールゥに言われずとも皆さんが私の言葉を待っている…ということか?

 

「リュールゥ殿の仰る通りかと。是非お言葉を賜りたいですな。」

 

「いつも王女様は戦いの後はお言葉をくださらないですからな。たまには頂きたいと思いはします。」

 

 リュールゥの提案にデキウスとゴヴァンも援護射撃を発する。さらに周囲の皆さんもまるで私の言葉を待つかのように私をじっと見つめてくる。

 

 逃れられる雰囲気ではない…

 

 本当は何かを言うつもりはなかった。

 

 確かにレムノスの奪還は反撃の狼煙であり、私達にとって重大な勝利である。

 

 だが同時に犠牲は過去最悪の多さだった。

 

 ナクソスを発つ時は5000人を越える方々がいたのに、今は4000人を下回りかけている。

 

 ガイウスの報告を待つ間に集計を取ったところ命を落とした方々の数は1000人を超えた。

 

 非戦闘員が3000人近くを占めていたことを考えると、戦いに身を投じた方々の命の半分以上と引き換えにした勝利である。

 

 いくら目標を達成したとしても手放しに喜べないといつも以上に思う自分がいた。

 

 これだけの犠牲と引き換えに得たレムノスを奪還したという事実が役に立つのか僅かに疑う自分もいた。

 

 だが皆さんは私の言葉を待っている。

 

 それは勝利したという実感が欲しいからか。

 

 それとも命を落とした友人や家族の死に意味が欲しいからか。

 

 それは個人の問題である以上、そこまでは分からない。

 

 だが私の言葉は必要とされている。

 

 私の言葉が皆さんのために何かしら役に立つ。

 

 ならば私に戸惑う理由はないだろう。

 

 大きく息を吸い準備を整えた私は皆さんの期待に応え、声を張り上げ言葉を紡ぎ始めた。

 

「長い長い戦いが終わりました。ナクソスを発ってから一か月。よくぞ皆さんは戦い抜いてくれました。これまでで一番の勇姿を皆さんは見せてくださったと確信します。この戦いは『ウィーシェ』によって世界に届けられます。世界に名高い吟遊詩人集団『ウィーシェ』によって皆さんの勇姿が届けられることは何にも代えがたい私達の誇りと名誉となることでしょう。それだけのことを私達は成し遂げたのです!私達の勇姿は必ずや世界中の人々に勇気を与えることでしょう!」

 

『ウィーシェ』への言及にリュールゥは微笑みと共に頷く。

 

 レムノスの奪還が世界の希望となるにはその事実が世界に届けられる必要がある。

 

 それを果たすのがリュールゥ達『ウィーシェ』である。

 

 私達は歌の題材を提供した。だから今度は彼女達がその歌を世界に届ける番である。

 

 レムノス奪還が本当に世界に希望をもたらすか否かはまさにリュールゥ達の手に掛かっており、その活躍に私達は委ねるしかない。

 

 その活躍が世界に希望を届けることを願いつつ私は話を次の段階に移していく。

 

「私達の勇姿は示しました。世界中の人々が私達の戦いぶりを模範とし、自信を得ることでしょう。ですがこれは始まりに過ぎないことは忘れてはなりません。なぜならレムノスの奪還はあくまで反撃の礎に過ぎないからです。」

 

 そしてリュールゥ達に歌の題材を提供したからと、私達の役割が終わった訳では当然ない。

 

 むしろこれからにこそ私達に重大な役割が課せられていると言えるということを皆さんに改めて伝え、気を引き締めて頂かなければならないのである。

 

「確かにレムノスは奪還されました。ですが魔物に奪われていたことによる荒廃の復興は不可欠。皆さんの生活の場を整え、防備体制を完璧のものとしなければ、これまでに流してきた血と汗と涙が無駄になることでしょう。それだけは決してあってはいけない。なので私達の本当の戦いは今から始まると言っても過言ではありません。恐らくこれまでと同等…あるいはそれ以上の苦難が私達を襲うかもしれません。」

 

 気を引き締めて頂くためにあえて厳しい言葉を並べる私に少々沈んだ表情に変わってしまう者も見受けられる。

 

 だがそんな沈んだことばかり述べては、皆さんが私の言葉を求めてくださった理由に沿わない。だから当然私はすぐに明るい話題に転換していく。

 

「ですがその苦難を乗り越えた先に生まれるのは強固な礎です。このレムノスは私達の努力によって必ずや生まれ変わることでしょう。まずはレムノスは魔物に奪われし地から魔物から初めて奪還された地に生まれ変わりました。そしてこれからのこのレムノスは魔物に再び奪われた地にも魔物に脅かされぬ平和な地にも生まれ変わる余地があります。それは私達の努力次第なのです!そして私は、私達はその努力を易々と絶やしたりはしない!そうこれまでの戦いで示してきました!だから私達が抱いた志、私達こそが世界の希望になるという志を忘れさえしなければ、何一つ不可能などないのです!」

 

 そう。

 

 全てはこれからなのだ。

 

 大業の礎はまだ脆弱のまま。むしろこれからこそ肝要である。

 

 …正直に言えば、三年前は一度目の大業の礎を築いた後に失敗したと言っても過言ではない。

 

 失敗により喪った三年という月日はあまりに重い。

 

 アルゴノゥトの失敗は継続の必要性を私の心に強く訴えかけていた。

 

 だからこそ『これから』を強調せずにはいられない。

 

 ただ『これから』のことは気を引き締めるために少し話すぐらいに留めて、皆さんが求めているであろうことを最後に話さなければならない。

 

 

 それは反撃の狼煙が上がったという勝利宣言である。

 

 

「今日私達は再びその志が不屈であることを示しました!私達の志はここに世界に示されたのです!」

 

 私はそう言い終えるとともに腰に差した剣を引き抜き頭上に掲げると共に叫ぶ。

 

 

「王女アリアドネはここに宣言します!レムノスは魔物から私達人類のもとに奪還された!私達は世界の希望となり得る一つの偉業を成し遂げた!これは人類の反撃の始まりを記念する重大な勝利!この勝利を以って今ここに!反撃の狼煙を上がったのです!!」」

 

 

「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

 私が話を締め括るとともに皆さんは地が割れんばかりに大歓声を上げる。

 

 みんな笑顔を浮かべて、勝利の喜びを共有し合っている。

 

 その様子に私もつい表情を綻ばせる。

 

 

 見ていますか?アル?

 

 あなたがくださった希望が私達に反撃の狼煙を上げさせました。

 

 そしてその反撃の狼煙を上げることができたという事実が私達に笑顔をもたらしています。

 

 それ即ちアルが私達に笑顔にしてくれているということに相違ないと思います。

 

 アルは今尚私達に笑顔をくださる。

 

 これからも私達の反撃を見守っていてください。アル。

 

 あなたの遺志を成し遂げるための戦いはまだ始まったばかりですから。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

 魔物に奪われし地レムノスにて上がるは反撃の狼煙。

 

 道化によりて作られし希望はここに再臨す。

 

 この希望決して絶やしてはならぬものなり。

 

 集え!志士達よ!惑うな!迷いし仔羊達よ!

 

 惑う時はもう終わった。

 

 一人の女傑とその周囲を固めし志士によりて反撃の礎はここに築かれる。

 

 その礎の下に皆集うべし。

 

 魔物によりて蹂躙される時代を終わらせるために。

 

 人類の醜悪な四分五裂の時代を終わらせるために。

 

 一人の女傑の元、人類は再び暗黒の時代を終わらせるための戦いを始めん!




当初の予定ではここから物語が佳境に入る…はずだったのですが、長期的に連載継続が厳しくなってきました。
そしてここで一区切りを付けないと次の区切りのタイミングがプロット上凄く先になることが作者の中ではっきりしています。

…よって今作の連載を今話にて打ち切り、とさせて頂きます。

アリアドネ達の今後の活躍を楽しみにしてくださっていた方々には大変申し訳ありません。
約3ヶ月間お読み頂きありがとうございました。


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