高木さん短編集 (ニホンバト)
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その1

大学時代の高木さんの日常の始まり。終盤少しエッチな描写があります


 

 

とある年の5月某日

春が終わって、梅雨に入るその前はまだ日差しの暖かさと吹く風が心地の良い季節だ

.....暦の上での話なのだがな...今はそんなのもう関係なくなってきていた。寒さが終われば急激に暑くなり、暑さが無くなればすぐに寒くなる、今の日本に四季折々の心地よい時期なんて無くなりつつあった。

そんな異常気象に運悪くも当たり、来る日も来る日もうだるような季節外れの暑さに見舞われる中、俺は家路に着いていた。

 

「暑い...し、死ぬ...」

 

まだ陽炎の昇るほどの灼熱ではないものの、その一歩手前といった暑さに俺の体は悲鳴をあげる。

ベタつく髪、額から滲む小粒状の玉汗、むせ返るほどの空気の中、これで蝉なんかが鳴いたらまさに夏真っ盛りだ。これから先7月とか8月とかどうなるんだ...そんな先の見えない地獄に恐怖心を抱きつつも、気付けば俺は自宅のアパートに辿り着いた。

コツッ...コツッ...と靴底と鉄骨階段が互いに接触して共鳴する。ギシッ...ギシッ...とその足を踏み鳴らす度に階段の支えになってるボルトが締め付けられていく音が聞こえる。

もうすぐだ...もうすぐ楽園に着く...きっと暑さで参ってる時の考えなんてみんなこんなものなのだろう。何故なら家に帰ればクーラーが待っている。涼しく満たした風の充満する世界は灼熱地獄から帰った俺を丁重に癒してくれる。

少し寒気もするぐらいの空気が俺の体を包み込むと俺は幸せな気持ちになれる。これほどまでに極楽な体験はそうそうないだろう。電気代が高くついてしまうのが大きな痛手だがこの暑さからの開放感にはどうしても抗えぬ、お金の犠牲という名のもとに極楽を手に入れられるもんなら安いものである。

 

だが、クーラーでこの部屋が冷やされているのには俺がオンタイマーなどを使ってセッティングしたからではない

 

「たたいまー」

 

「おかえり〜」

 

俺と一緒に過ごすこの人...高木さんの存在がいるからである

 

 

_______________________

 

 

帰って早々高木さんはお風呂入る?とこちらに伺いを立ててくれた、どうやらこの暑さの事を考慮して風呂を沸かしてくれてたらしい。仕事帰りで汗もびっちょりかいてしまっていたし、有難く入らせてもらおう

 

「ふぃ〜...気持ちいぃ〜...」

 

肌に突き刺さるような強い陽射しを受けてかいた汗を熱いお湯で洗い流していく...なんて気持ちのいい風呂なんだろうか、この時期はさっぱりとシャワーで済ますのも良いがやはり入浴に勝る身体の癒しはない。気持ちよさから思わず息を漏らした俺はそのままパシャパシャと湯船のお湯で顔を洗い流していく、実に極楽だ

 

「気持ちいいー?」

 

「...えっ?あぁうん!気持ちいいよ!」

 

急に声を掛けてきたからびっくりした...磨りガラス越しに見えるそのすらっとしたシルエットは間違いなく高木さんの姿そのものだった。扉越しとはいえこんなだらしのない姿を見られたらまたからかわれてしまう。俺はすぐに体裁を取り繕おうとするが...

 

「そんなに気持ちいいならもっとだらけたって良いのに〜」

 

「そ、そんなんじゃないから!ていうか俺の事見えてないでしょ!?」

 

「あははは!そ〜だった」

 

ほらやっぱり、高木さんには何でもお見通しだ。高木さんは俺の心を何でも見抜くし、たまにからかおうとすると先回りして先手を打たれる。やはりあの人超能力者なのでは...?

 

「そんなんじゃないよ〜」

 

「ってまだいたの!?」

 

「な〜んか西片考え事してそうだなぁ〜って思ってね」

 

「そ、そう...」

 

相変わらず油断も隙もない人だ...

 

「じゃ、そろそろ西片が早く行きなよって思ってそうだから家事でもしてくるか〜」

 

くっ...なんて白々しい事を...ていうか俺そんな事思ってないから!

 

「じゃ、後でね」

 

「...うん」

 

 

...それから俺はあと20分は湯船に全身を埋めていた。

少し広めの湯船である事を利用して体を折りたたみ、まるで能面の様に水面上に顔だけを浮かび上がらせて天井を見つめる...こうしていると耳が水中に浸かって少し音が遮断される。考え事をする時俺はよくこんなポーズを取っていた。無論こんな姿を高木さんには絶対に見せられない

 

(そういえば今日で3ヶ月...か)

 

3ヶ月、それは俺と高木さんが同棲を始めて3ヶ月が経ったという事だった。

最初は単なる偶然から出てきた様な、成り行きでこうなった様な...俺と高木さんが付き合い始めてからもう何年か経って、付き合いの事を報告してた親から未だに同棲していない事を何事だと言われて、そしたら向こうのご両親も俺と一緒だったら安心だから...とか何とかで、何だかトントン拍子に話が進んじゃってひとつ屋根の下に暮らす事になって...

 

「何だかドタドタしてた気もするけど、今思えばちょっと懐かしいな...」

 

最初は女の子と一緒に同じ部屋で過ごすなんて俺の理性が持たなくて無理だと思ってた。免疫がなかった俺が好きな女の子と一緒に過ごしたらとんでもない事になる。そう思って避けていたのがとうとう避けられなくなった。

けど、実際過ごしてみると理性が保てなくなるとかそういう事が起きる訳ではあまりなく、寧ろ安心感というものが増えた気がする。高木さんは色々と俺に尽くしてくれて、時々からかいもするけどそれがまた心地よく感じて...一緒に美味しいご飯を食べたり、テレビを見て家で過ごしたり、時にはお出かけして楽しんだり...それまで少しドキドキだった一緒にいるという時間が今じゃ当たり前のようになってきた。

 

「あれからもう3ヶ月か...」

 

我ながら幸せだな...と心が暖かくなった

 

 

_______________________

 

 

風呂から上がると高木さんは既に夕飯の支度を整えていた

 

「あ、おかえり」

 

「ただいま...ってそれ使い方合ってるの?」

 

「随分お風呂が長かったからつい使っちゃったや」

 

「そこはごめん」

 

「んーん、いいよ」

 

ふとテーブルの上にセッティングされた料理を見る

今日のメニューは...やった、ハンバークだ!

 

「今日のメニューは...やった、ハンバークだ!」

 

「え...?」

 

「...なんて思ってたりして」

 

「ははは...そんなわけ...」

 

びっくりした...まさかここで俺の気持ちを読んでくるとは思わなかった...しかもドンピシャだし

 

「ん〜?本当かなぁ〜?」

 

しかし咄嗟に吐いた嘘なんて彼女にはお見通しなわけで、誤魔化しが通用するわけがなかった

 

「ほ、本当だよ...」

 

じ〜っと訝しげな目で俺を見てくる高木さん、その純粋で丸い瞳で見つめられたら照れてしまう、思わずフッ...と目を逸らしてしまう。

 

やばい、そう思ってもう一度高木さんの目を見ると

 

ニッ...とした笑顔を俺に見せ

 

「まぁそういうことにしておくかぁ〜」

 

そう言いながらクルっと回って後ろで結んだポニーテールを揺らすと高木さんは味噌汁を取りに行った

 

(絶対バレたな...)

 

俺は彼女に嘘をつけない

というか嘘をつくのがヘタだった

 

それにしても、今日は汗をかいたらお風呂を沸かしてくれたり、夕飯は大好物のハンバーグを用意してくれたり、今日は特別彼女に何か良いことでもあったのだろうか。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

黙々と夕飯を食べ進める中、俺は問いてみた

 

「今日はさ...その...何かいい事あった?もしかして...」

 

「ん?」

 

「............」

 

そこで俺は3ヶ月記念という言葉を出すのに詰まってしまう。同棲しだしてから1年とかせいぜい半年とかならまだ分かるにしても、経った3ヶ月記念でこんなに良くしてくれるものなのだろうか...?何か他にいいことでもあったのでは...?それとも今日は別の記念日とか...1度考え始めると言葉に詰まらせたまま何も出てこない、う〜んう〜んと唸っているだけの俺を見て高木さんは不思議そうな目をしながらこちらを見つめてくる。

 

「...特に何かあるわけじゃないよ?」

 

「え、そうなの...?」

 

「うん、今日は普通の日だよ」

 

「そうなんだ...」

 

「うん」

 

普通の日、そう言われてどこか安心でもしたのか、それともモワッとした気持ちが残ったのかよく分からない感情でいっぱいになった。女の子ってよく初めて付き合った記念日とか結婚記念日とかそういうのをよく気にするって聞くけど、高木さんは違うのかな...?

 

「高木さんは...」

 

「ん?」

 

「高木さんはそういうのってこだわらないの...?」

 

「そういうのって?」

 

「例えばほら...記念日とか...そういうの」

 

「あー、結婚記念日とかそういうやつ?」

 

「そう」

 

「んー...」

 

思わず聞いてしまった、高木さんに記念日のこだわりはないのかどうか。さして気にするほどの事でもないかもしれない。けど、何故か高木さんが記念日を気にするのかどうかが気になってしまう。俺少し変じゃないか...?

 

「確かに結婚記念日とかそういうのは覚えてて欲しいなってのは思うけど...」

 

「けど?」

 

「私は西片と一緒に居られる日々が記念日みたいなものだから関係ないかな」

 

高木さん何て俺を照れさせるような答えを...

けどその言葉を言った時の声のトーン、その笑顔から見てからかいじゃなくて本気でそう言ってるんだと分かる。高木さん...俺と一緒にいられるのが嬉しいんだ...そっか...

 

「そ、そう...」

 

「うん、でも...嬉しかったよ」

 

「え、何が...?」

 

「西片が私との記念日とか大事にしてくれてるの」

 

「......っ...!...うん」

 

その言葉に俺は思わず嬉しくなって顔がにやけてしまいそうになる。けど何故かそれを高木さんには悟られまいと少し素っ気ない返事をする。本当ははしゃぎ回りたいぐらい心の中では嬉しいくせに、ついつい高木さんに対してこんな態度だ。そりゃ鈍感だと思われたって仕方ない

 

いかんいかん、心を冷静に...慌てて味噌汁を飲む

 

「あちっ!」

 

「あははは、焦りすぎだよ〜」

 

とっても熱かった 味噌汁も 俺も

 

 

_______________________

 

 

もうそろそろ寝る時間

今日も一日鞭打って疲れた体をベッドに委ねて癒しを得る。ふー...と息を吐き、仰向けになったまま頭の後ろで手を組み、天井を見つめる。

 

今日もまた良き一日だった

そんな締めのような一言を心の中で呟く

 

バイトをしながらの大学生活、決して楽ではないけどそれもまた簡単に乗り越えられそうな自信に満ちていた。

ふと隣を見る、目の前にあるベッドにはまだ彼女の姿がなかった。きっとまだ着替えているのだろう

 

「お待たせー」

 

ガチャりとドアを開けて彼女が入ってきた

白いモコモコ素材のパーカーにこれまたモコモコ素材のショートパンツにゆったりした靴下、これが彼女のルームウェアで普通の青いシマシマ縦ストライプの所謂パジャマな俺とはその違いは一目瞭然、ショートパンツからちらりと見える太腿がなんとも言えない気分にさせられてしまう。

 

「あのさ高木さん」

 

「ん?」

 

「その...今日も?」

 

「もちろん♪」

 

俺と高木さんはここ最近寝る時に日課にしている事がある。

 

「......あれ、まだ恥ずかしいんだけど...」

 

「良いじゃん減るもんでもないし」

 

「いやそうだけど...」

 

「ほら早く〜」

 

「...分かったよ、ほら」

 

そう言って俺がはらりと自分の体に掛かっていた掛け布団をめくると高木さんはモゾモゾと俺の懐に入ってくる。高木さんが入ったと同時に布団を掛け直すとベッドの上には二人分のシルエットができる。そして...

 

「ぷはぁ!えへへ...」

 

俺の胸元まで寄り添ってきた高木さんは俺を見つめては甘える様に表情を崩してくる。

これが最近している日課、二人で同じベッドで眠る事である。動く度にふわっと高木さんの良い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。そして高木さんはまるで甘えたがりな年頃の子供の様に俺に抱きついてくる。その可愛さに俺はいつも脳性麻痺を起こしそうになるぐらい頭がクラクラしてくる。これじゃあ隣に高木さんのベッドを用意した意味が無いのだが、高木さんはそんな事お構い無しである。

 

「や、やっぱり慣れないね...これ...」

 

「えー?私は好きだよ?」

 

「うん高木さんはそうかもしれないけど...」

 

この時の高木さんは俺を一切からかってこない。ただただ自分の欲求に素直になり、心に秘めた感情の全開で出してくる。俺が高木さんと付き合ってから初めて知った高木さんの知られざる一面であり、そしてそれがあまりにも可愛い

いつも俺のからかい攻撃に動じることなく冷静さを失わないあの頃の高木さんとは思えないぐらい高木さんは俺にベッタリと甘えてくる。どうやらこの時ばかりはおくびにも出していなかった自分の感情を解放して素直な気持ちになってしまうらしい。だからこそ

 

「嫌だった...?」

 

高木さんは俺が嫌だったのかどうかほんきで不安になる。でも...俺はそんなの...

 

「嫌なわけ...ないよ...」

 

「......うん...!」

 

俺の両腕はぎゅっと高木さんのその柔らかな身体を抱きしめる。痛がらない程度に、けれども力強く、決して君を離さない。それは俺から高木さんに対するささやかな愛のメッセージだった。

俺の心を読むのが上手い高木さんはその俺の意図もよく分かっている。だから高木さんも自分の腕で力いっぱいぎゅっと抱きしめてくる。

 

お互いの温もりを感じる...

服越しだが体と体を重ね合わせる事でよく分かる高木さんの華奢な体つき、高木さんの良い匂い、高木さんの頭を撫でる感触の気持ち良さ...

俺の右手は自然と高木さんの頭を必ず撫でる。その度に高木さんはえへへ...と言いながら俺に飛びっきりの笑顔を見せる。部屋が暗いからよく分からないけどこの時の高木さんは多分顔が赤い。でも俺はそれを指摘しない。

確証がないし、俺も同じだから

 

「ねぇ...」

 

「...ん...?」

 

「もっと」

 

「......何が?」

 

「はぐはぐ」

 

「は...?」

 

「ぎゅーって抱きしめて...?もっとはぐはぐ...して?」

 

「う......おう...」

 

なんて言葉を言うんだ高木さんは...今日はいつも以上に甘えてくるな...それ以上ぎゅっとしたら君の事を痛めちゃうぞ...?

少し痛いんじゃないかと思う程度に腕に力を込める、高木さんは満足したのか俺の頬に自分の頬を擦り寄せる...

 

(うっ...やばい...)

 

俺は先程、理性が保てなくなるとかそういう事があまり起きる事がなく...と言った。

あまり起きる事がなく...ということは理性が保てなくなる事が起きない訳ではなく、時々高木さんの肢体を感じて邪な反応をしてしまう。

 

(こんな雰囲気の良い時に...静まれ...静まれ...)

 

俺は今までこのダムが決壊した事はまだ無い、しかし決壊寸前までいきそうになった事は何度もあり、その度に俺の中で天使と悪魔が攻防を繰り返している。

この堤防を俺は絶対に決壊させる訳にはいかない...何故なら決壊したらどうなってしまうのか自分でも分からないからである。

 

(た、高木さんに悟られないようにせねば...)

 

「...?」

 

抱きしめていく中で起きてしまった生理現象を決して悟られない様、身動ぎをしたり体の向きを変えたり、あの手この手で誤魔化そうとする。彼女が幸せだと思っているこの時間を少しでも壊す様な事はしたくない。俺はそれを維持するのに必死だった。

 

だが今までやってきた誤魔化しも今日で事切れた

 

「西片」

 

「な、何?高木さ...」

 

最後まで言い切るその前に高木さんは俺の言葉を遮った。...彼女自身のその唇で

 

と、同時に高木さんはその右手を俺の下腹部に...

 

「.........ぅ...!」

 

「西片...」

 

「た、高木...さん...」

 

「私に...バレてないとでも思ってた...?」

 

「ま、まさか...」

 

「...うん、感じてた...西片の...」

 

「そ、そうなんだ...」

 

なんて事だ...俺はバレてないとばかり思っていたつもりだったが、バレていた上に気付かないフリをされていたなんて...

今までの事を思うと急に自分の不器用さと恥ずかしさが込み上げてくる。男としての悲しい性がこんなにも恥ずかしい事だったとは...

 

「ねぇ......西片...」

 

「な、何?高木さん...」

 

「私たち...同棲してからもう3ヶ月だよね...?」

 

「...やっぱり覚えてたんだ」

 

「うん...」

 

高木さんはやはり覚えていた。覚えていたからこそ今日の持て成しはいつもより違っていた、あれ...?て事は...

 

「高木さん、俺にウソ...ついてた...?」

 

「んーん...ウソはついてないよ?こだわりは無いけど覚えてないとは言ってないからね」

 

「あ、そっか...」

 

「それに、今日の持て成しはいつもより気合を入れたかったからそうしただけ...気持ちは普段と変わりないよ...?」

 

「そ、そっか...」

 

何だか色々と俺の勘違いだった部分が多くて俺は少しははっ...と微笑する。ガッカリとかではないけど、俺が色々と思い込みをしていた事の恥ずかしさがまた込み上げてくる、何だか恥ずかしいから今日は早く寝ちゃいたい...

 

しかし...高木さんは先程の俺のアレを忘れてはいなかった

 

「それで...?」

 

「え...?」

 

「3ヶ月間、西片はず〜っと...耐えてたの...?」

 

「うぁ...」

 

その言葉と共に高木さんの右手に少し力が入る、俺は少し情けない声を漏らしてしまう

 

「え、えっと...確かに...はい...」

 

「ふ〜ん...」

 

「ぅ...く...!」

 

何だか高木さんだんだんとその...手つきが...

 

「毎晩毎晩...我慢してたん...だ?」

 

「そ、そうで......っ...!!」

 

やばい...どうしたんだ高木さん...なんか変なスイッチ入っちゃったんじゃ...

 

「ね、西片...」

 

ここで高木さんは急に俺の両頬を手で挟み、俺を見つめてくる。その表情は真剣そのものだった

 

「は、はい...」

 

「もし...もし西片が嫌じゃなかったら......」

 

 

...............

 

 

!!!

 

 

その後に続いた高木さんの言葉はまさにずっと我慢していた俺の気持ちを解放せんとする魔法の言葉だった。

俺が嫌じゃなかったらなんて...嫌なわけがない、寧ろ高木さんの方が嫌じゃないのか俺が問いたいぐらいの問いかけだ

 

 

「た、高木さん...良いの...?」

 

「私は...構わないよ...?」

 

「本当に...本当に良いの?」

 

「うん」

 

「初めてだから...上手くいくか...」

 

「私も初めてだから...大丈夫だよ?」

 

 

高木さんも初めてだから、何が大丈夫なのか後になってから冷静に考えてみたらよく分からない言葉だと思うけど、今この時ばかりはその言葉に俺の心は更にドキッと揺らがされる

 

己の中の獣が、本能が解放されそうになっている。それを抑えんとする俺の僅かな理性、だが高まってくる高揚の高まりはとても抑えられそうにないレベルにまで上がりつつある

 

 

「もしかしたら...高木さんを傷付けるかもしれないよ...?俺は自分がどうなるか...」

 

 

一番不安に思っていた想いを初めて高木さんに吐露する、しかしその直後高木さんはそんな俺の気持ちを包み込むかのように俺の頭を引き寄せ、高木さんの胸元に包み込む...

 

 

「大丈夫...西片は優しいもん、他の誰よりも優しい事を私は知ってるよ?」

 

「高木さん...」

 

 

高木さんに包まれ、囁かれた言葉と共に頭を撫でられ、俺の思考力は思わず蕩けそうになる...高木さんはまるで子供を慈しむ母親のように俺を甘やかす...

 

 

「西片」

 

 

俺の名を呼んだ高木さんは俺ごと仰向けになり、一旦俺を引き離すと

 

 

ルームウェアのパーカーのチャックを開き......

 

 

 

「......来て」

 

 

「...はい」

 

 

 

どこかの漫画で恋は男と女の真剣勝負

惚れた方は負けであると読んだことがある

 

 

けどあの時の俺はその勝負に負けて良かったと思っている

 

 

だって...今こんなにも幸せなんだから

 

 



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