MURABITO団長と花騎士 (沖津白波)
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MURABITO団長と花騎士

※某所産のネタ
※一発ネタ
※ノリと勢いだけで書いたので誤字脱字乱文あり
※そもそもが神様のご都合主義展開

上記が許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ


 

※※※

 

「あらあら~、大丈夫ですか~?」

「は、はい……何とか」

「うふふ~、それは良かったです」

 

 初めてその女性、「花騎士」という存在を見た時は、心の底から美しいと思った。

 スプリングガーデン最大の都市国家、ブロッサムヒル。

 伝説の勇者を介して世界で最初の「花騎士」が誕生した土地であり、世界花を中心とした都心部では最大級の繁栄をしていると言われている。

 そんなブロッサムヒルでも田舎というのは存在する。それが都市部からフォス街道を商業都市スカネ方面へと向かう道先の丁度中間辺りの北側にある、ブロッサムヒル外郭もその一つだ。

 ウィンターローズとリリィウッドの国境が入り混じる区域。その特異な地理関係故に、付近には街や集落が存在せず、また各国の警備及び調査、花騎士たちによる巡回は消極的であり、大体は来てもそこから北東部にあるガルデ要塞までだ。

 害虫による襲撃は大体そのガルデ要塞方面に向けられており、外郭と要塞の間に位置する集落へは意外なことにそれ程ない。

 しかして、今はその小さな集落が要塞を狙う害虫たちの余波によって戦火に包まれていた。

 集落と言っても小さなものであり、巡回する花騎士たちも多くはその存在に気づかずに素通り、来たとしてもガルデ要塞に寄るついで、という扱いであり、資源に乏しく特産物も特にないその集落は、国からしても、要塞からしてもそれ程価値はないだろう。

 問題はその害虫に襲われている小さな集落というのが、それが俺の故郷だということだった。

 

「あの、ありがとう、ごぜぇ……ございます」

「一人で立てますか?」

「あっ、大丈夫だ……です」

 

 無様にも尻もちをついて腰を抜かしている俺に目線を合わせ、心配そうにしてくれる花騎士は、サクラと他の花騎士から言われていた。

 まだ若い……下手をしなくても自分よりも若い彼女は花騎士になりたての、所謂騎士学校を卒業したばかりの准騎士なのだという。

 そんな後で知り得た情報を当時の俺が知る由もなく、ただただ、目の前の美しい女性の前で見栄を張ろうと小鹿のように震える足に活をいれて立ち上がり、彼女と共に害虫の襲撃に合ってしまった集落へと視線を向けた。

 ……俺は、そんな小さな集落に住む、最低限の読み書きと物作りは出来るだけの只の村人。

 両親は既におらず、独り立ちこそしているものの、毎日畑仕事をしなければ自分の世話すら出来ない身分。そろそろ嫁でも捕まえなければならないが、あいにく集落にいる女性は自分よりも一回り上の年齢か、年端もいかぬ幼女ぐらい。見事なまでに同い年という存在がいない悲しい限界集落。初体験が自分よりも十歳以上年上の女性とか一体何の嫌がらせなのか。

 

「私たちがもう少し早く到着していれば、被害ももう少し減らせたでしょうけれど。ごめんなさいねぇ」

「い、いえ。俺……僕らからしてみれば助けてもらっただけでも」

「うふふ、ありがとうございます」

 

 そんな女っ気のない集落に、非常事態とはいえ、隣に容姿端麗の女の子が一人。

 これはもう――

 

(犯すっきゃねぇ!)

 

 という傍から見れば残念極まる思考に俺の脳内は埋め尽くされていた。

 だが待って欲しい。人間は生命の危機に陥ると、生存本能が極限に高まるとかスカネに寄った時の古本市で立ち読みした本に書いてあった気がするし、何ならそこには生殖本能も高まって何とかして自分の子孫を残そうとする、とも書いてあった。

 そして現状は、その日の晩御飯である大根片手にいつも通り畑仕事終えて戻ってきた俺を集落から出てきた害虫が襲い、あわや命の危機一髪というところで彼女に救われたのだ。

 生命の危機に陥っているし、目の前には女性がいる。しかも相手は自分好みの豊満な肉体の持ち主。

 これは寧ろ犯さない方が失礼に当たるのでは?

 条件は揃った。後はタイミングだけである。

 俺は、今日……この女性、准騎士のサクラを、犯す!

 

 

※※※

 

 

「では、これで失礼しますね~」

 

 まあ、普通に無理だったのだが。というか、隙が無さすぎる。無理じゃよ、これは。無理無理。

 え? というか、君、本当に准騎士?

 花騎士とはいえ、こう、流石に一人だけなら男の力でこう、何とか出来るとか。そういうのを期待して襲ったのですけど。

 まさか全部華麗に回避されるとは思わなかった。それどころかそれとなーく釘刺されるし。

 流石に頭で理解できなくとも心で理解できた。

 彼女を、犯そうとしたら、死ぬ。

 

「またどこかでお会いしましょうね~」

 

 正に興奮した頭に冷水を浴びせられた気分だった。

 獲物だと思った相手は寧ろ捕食者側であり、対するこちらは捕食対象ですらない弱者。

 先ほどまで猛りに猛っていた息子はどうしたことか。彼女はもう後姿だというのにまだ頭を垂れたままだ。

 

「しかし……」

 

 あれが花騎士か、と遠ざかっていくサクラの後背を見送りながら思った。

 各国の世界花より加護を授かり、人の身でありながら人を超えるかのような力を以て害虫と戦い、世界を守る者。

 世界花の加護を受けた女性は、他の女性よりも強く、美しいと聞く。彼女以外にも美しい花騎士たちは沢山いるのだろう。

 

「よぉし! いっちょ、ヤったるか!」

 

 だからこそ、性的交渉をしたいと心の底から思った。

 いやまあ、一人目から失敗している訳だけれども。彼女は数に含めたくはない。

 そもそも、犯そうにもこちらは力も、学も、地位も、金もない村人なのだ。後者の三つはともかく、前者だけでも何とか手に入れて、花騎士との一方的な合併交渉をしたい!

 そんな、やはり傍から見たら阿呆極まりない思考を脳内でぐるぐる回して一念発起している俺の傍らで、俺の息子は静かに垂れていた頭を上げるのであった。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「……迷った」

 

 時は経ち、現在いる場所はブロッサムヒル王城内。

 対する俺は、鍛えに鍛えた身体をなるべく騎士団長がするような装いで包むというそれなりの学を披露しつつ、なけなしの金貨の入った袋を懐に忍ばせて、中庭と思われる場所で絶賛立ち往生していた。

 花騎士を犯すにはどうしたらいいか?

 巡回している花騎士たちを狙う? 答えは「いいえ」の一択である。あの時の准騎士、サクラはたまたま助けに来てくれただけであり、普段は五人一組のパーティーを組んで行動しているという。

 隙を突けば犯せるかもしれないが、他の者たちから手痛すぎる攻撃を受けた後、憲兵に引き渡されるのがオチだ。

 同様の理由で、花騎士たちの駐屯地や騎士団を狙うというのも却下である。

 どうせ犯すのなら、目指せ完全犯罪。ならば狙うは王城内にあるという騎士学校一択である。

 数年前のサクラという准騎士にこそ叶わなかったが、流石に鍛えた頭脳と身体を以てすれば、彼女クラスの准騎士以外の子ぐらいなら組み伏せられるだろう。

 正式な花騎士ではなく未熟さが残る准騎士を狙う、というところに現実を見るという悲しい成長が見られる気がしなくもないが、それはそれである。

 一人になったところを問答無用で柱の裏でも人気のない部屋でも連れ込み、脅しながら犯し、隙を見て脱出。

 そういうプランニングの元にいざ、と思い立ち、騎士団長らしい格好をし、騎士団長が通る際に見せる証も偽装した。そして、偽装がバレないように今日という、新米の門番が勤める日を狙って、怪しまれる前に城門を潜り抜け、城内に入ることも出来た。

 そこまでは確かに良かった。後は好みの豊満な肉体を持った准騎士を狙って犯すだけだった。

 

「騎士学校は、一体どこだ……」

 

 問題はその目的の場所が分からなかったのだ。

 よくよく考えたらそれは当然の話であって、こちらに落ち度はない。

 事前に調べようにも、一般公開されている訳でもない王城マップなど、どこで手に入れろと言うのか。闇の市場にならあるかも知れないが、こちとら只の田舎の村人。市場に入って出てくる頃には骨と皮、というのはごめんである。

 いやまあ、実際にはブロッサムヒル王城も一般公開されることはあるのだ。

 その際は順路案内の設置やら案内人を出すやら対応して迷わずに目的の場所まで行けるようになっているのだが、この日に行われるのは精々新人団長の就任式ぐらいであり、それは別に一般公開されていない。

 だからこそ、騎士団長らしい格好をする必要があり、そのおかげで特に疑われることもなく「寝坊しました」とでも言ったら許されたのである。人の行き来が多い、一般公開時には当然警備もそれだけ厳しくなるが、そうでもない今日ならば新米の門番を置くぐらいには警備が緩いのだ。

 しかし、だからといって、このままウロウロしていたらいくら何でも不審者扱いされるだろう。

 早い所、何とかして好みの准騎士を見つけて――

 

「あー、いたいた。こんなところにいたのですねー! スコップちゃん、探しましたよー」

「え? あ、え?」

「もぅ、ナズナさんに会いに来たというのに、まさか手伝いをされるとは思いませんでした。さ、早く来てください。皆、貴方を待っているんですから!」

「いや、俺は……いや、その、あの」

 

 犯してズラかろう、と思ったところに、後ろから急に声を掛けられ、その声の主の方へと振り返る前に背中を押され、なし崩し的に連れていかれる羽目になってしまった。

 強引にするのは好きだけど、強引にされるのには弱い。悲しいかな、田舎者の性というやつだろうか。

 そして――

 

「では、これより貴方を騎士団長に任命する」

 

 どうしてこうなった、と声を大にして言いたかった。

 

 

※※※

 

 

 嘘みたいな、冗談みたいな話であった。

 確かに騎士団長の格好はしたし、酒場で酔いつぶれていた騎士団長候補を見つけて介抱しつつ、王城通行許可の証を借りて、偽装した。

 だからこそ、場内で迷う以外には何一つ不自由なくこなすことができた。

 しかし、その騎士団長候補の中から、前日に恋人と痴話げんかからの別れ話を切り出されて故郷に帰られた、とかいう者がおり、彼はそんな恋人を追って故郷へ朝一番に馬車で向かったのだという。

 ならば一人欠員のまま就任の儀を進めればいいものの、女王陛下の前でそんな失態を晒すなど名誉あるブロッサムヒル騎士団にあってはならぬ。

 そんな中で、遅れて城内に入った騎士団長がいるとの報を門番から聞き、それを受けて「スコップちゃん」と自身をそう呼んでいた彼女が俺を連れてきたのだという。

 運命のいたずらか、はたまた偶然に偶然が重なったのか。

 どちらにせよ、恋人に逃げられた彼がそのまま俺よりも先に城内へ入っていたのなら、こちらは既定の人数が通った後に城内へと入ろうとする不審者として捕まっていただろう。

 因みに後に知った話だが、その彼は恋人と仲直りして、結婚。そのまま故郷で幸せな夫婦生活をしているのだという。クソが。

 

「しかしまあ」

 

 就任の儀が終わり、城内にある騎士団の執務室に通されて、意外と座り心地の良い団長の椅子に座りながら一人でこれまでの流れを整理する。

 何だかよく分からないが、これは寧ろ好機到来と言えるのではなかろうか?

 この後に副団長となる花騎士が一人、ここに来るという。彼女はそのまま騎士団の配属となり、つまりは俺の部下となる。

 上司と部下の関係ともなれば、多少強引なこちらの命令に従うだろう。つまりはあんなことやこんなことが出来るという訳だ。

 流石に成り行きで騎士団長になれたとはいえ、どうせいずれバレてしまうだろう。下手をすれば国家指名手配となって逮捕され、一生檻の中かもしれない。

 ならば最初にここに来る花騎士には悪いが、軽く一発犯して、残り少ないであろうこの騎士団長生活の華としよう。

 ここはもう、相手が豊満だろうが貧相だろうが構うものか。幼い子でも来ない限り、この俺の餌食となるのだ。

 

「はーっはっは……ん?」

「じーっ、なの」

 

 これからの展開を前に思わず笑いがこみあげて、実際笑いかけたところで、執務室の扉が少し開いていることに気づいた。

 それだけなら良かったのだが、何やら頭にうさ耳のカチューシャっぽいのを付けている幼女がこちらの様子を伺っていることにも気づいてしまった。

 あらやだ、恥ずかしい。

 もう少しで高笑いしているところを迷子、らしい幼女に見られてしまうところだった。

 

「んっんぅ! あー、えーっとぉ? お嬢ちゃん、何か用事かなぁ?」

 

 わざとらしく咳ばらいをし、流石に門前払いは可哀そうだと思いながらなるべく優しく聞こえるような声で幼女に声をかけた。

 すると彼女は一度扉の裏に引っ込み……引っ込んだところでうさ耳はバッチリ見えていたが、もう一度姿を現すと真っすぐこちらへと歩いてきた。

 中々肝の据わった子どもだな、と思いつつ、彼女の後ろに付いてくるニンジンっぽい何かは見なかったことにしつつ、執務机越しにこちらを見上げる彼女の言葉を待った。

 

「優しそうな人」

「うん?」

「……ううん、なんでもないの」

 

 見た目は、五歳ぐらいだろうか。身なりが良いところを見るに、どこかの貴族の子どもでも紛れ込んだのかも知れない。

 なんちゃって騎士団長の初任務が害虫討伐ではなく、迷子の親探しとはこれまた締まらない話だが、ある意味「らしい」と言えるだろうか。

 そんなことを考えながら、相手が貴族王族の子どもである可能性を考慮して、優しそう、と言われた顔を保ちつつ、席から立ちあがる。

 それから彼女の前まで行き、膝を折って視線を合わせた。その上で、ゆっくりと頷き、彼女の次の言葉を目で促した。

 

「はじめまして、ウーちゃんの名前はウサギゴケなの」

「うん、うん」

「がんばって役にたつから」

「うん、う……うん?」

「この子と一緒によろしくお願いしますなの、団長」

「……」

 

 嘘みたいな、冗談みたいな話だった。

 彼女は、この目の前にいる幼女は間違いなく、民を守り、国を守り、世界を守る、花騎士なのだという。

 そしてそんな彼女、ウサギゴケが今はまだ俺の、といえる騎士団の副団長として配属されたのだという。

 

「ちょ、おま……嘘だろ、オイ」

 

 ウサギゴケが懐から取り出した就任指令状を目に通しながら、俺は小さく呻くしかなかった。

 この際、こんな幼女を戦場に送り出すとかいう道徳観や、幼女に頼らないといけないような世界情勢なのかという絶望感や、そもそも所属国家が最近まで鎖国していたというロータスレイクのウサギゴケがどうしてブロッサムヒルの騎士団に配属されたのか、というのは考えないことにする。というか、考えたくない。

 問題は一つ。たった一つだがとても重要だった。

 

「犯せないじゃん……」

 

 大問題だった。犯せるのであれば、選り好みはしないとは言ったし思った。でも幼女を犯すってそれだけは駄目だろ。常識的に考えて。

 そもそも幼女に欲情するってのがまず控えめに言って頭おかしいし、何よりも俺の性の合併交渉対象外。対象内だったら頭おかしいのを自覚しつつも美味しく頂くつもりだったが、そもそも息子が猛らない。

 折角ここまでトントン拍子で来ておいて、オチがこれとか嘘だろお前。

 

「ぐぬぬぬ、ぬーぬぬ」

「……なの」

「……ぬ?」

 

 ウサギゴケには本性がバレないように立ち上がり、指令状を執務机の上に置いた後で顔が酷く歪むのを感じた。間違いなく、彼女が見たらドン引きする顔だったと思う。

 しかし、そんな小さく呻く俺の耳に、それこそ兎が鳴いたかのような何とも可愛らしい音が聞こえてきた。

 それがウサギゴケのお腹の音だと気づいたのは、振り返った視線の先の彼女がどこか申し訳なさそうな顔をしていたからだった。

 

「お腹、空いているのか?」

「ごめんなさいなの。ウーちゃん、緊張して朝ごはん、食べてこなかったの」

「……そうか」

 

 しょんぼりしているウサギゴケを前に、俺は何も出来なかった。

 花騎士を犯すためにここまで来た俺に、持っているものなど何もない。

 偽りの騎士団長という座と、それこそそんな騎士団に配属されたウサギゴケ、彼女ぐらいだ。後は精々、騎士団長就任時に拝命した騎士団長の証である勲章と剣ぐらいか。

 ……いや、それ以外に一つだけあったな。

 

「よし! じゃあ初任務だな。ウサギゴケ、街に行くぞ!」

「任務なの? っ、なのっ!?」

「何だ、めちゃくちゃ軽いな、お前。ちゃんと飯を喰え、飯を!」

 

 懐にある、なけなしの金貨が入った袋。だが、彼女の空腹を満たせるぐらいにはあるだろう。

 抱き上げると思った以上に軽い彼女を背中に回し、慌てふためくニンジンっぽい何かは無視して、俺は執務室から廊下へと出ていくのだった。

 

 

※※※

 

 

「もっ、もっ、もっ……美味しい、の!」

「そうか、それは良かった。でももっとゆっくり喰えよ、誰も取らねぇからよ」

 

 ブロッサムヒル郊外にある食事処。初めて城下町へ来た際に寄って、値段の割に味が良くて量があると思ったその店の一角で、俺の目の前の副団長は目を輝かせながら出てきた料理を食べていた。もう既に、初対面時に繕っていた態度は止めていたが、ウサギゴケはそれを気にしていない様子だった。

 そして、彼女の傍にいるニンジンっぽい何かがニンジンを食べるとかいうシュールな絵面は見なかったことにする。というか、何だよお前ら。

 

「……美味しいか?」

「美味しい、の! 団長、ありがとうなの」

 

 目的も果たせず、初任務にも行かずに、こうして幼女と一緒に食事をしている自分自身を嘲笑しながら、それでも目の前にいる彼女が幸せそうな姿を見ると、それはそれで良い気もしてくるから不思議で仕方がない。

 いつか、もしかしたらすぐにでもウサギゴケには俺が騎士団長でないことがバレるかも知れない。だがまあ、それはそれでいいだろう。悪いことの想像は、今はしたくない。

 それに案外、バレずにこのまま騎士団長としてやっていけるかも知れないしな。

 だとすると、ウサギゴケ次第ではあるが、彼女の活躍によっては新しい花騎士が就任するだろう。

 俺の本来の目的は、花騎士を犯すこと。流石に目の前の幼女は犯せないが、そこは変わらない。

 初めての花騎士が幼女だったのだ。だからこそ、犯すのであれば豊満な身体の花騎士が良い、と改めて思った。

 

「じゃあ、まあ」

 

 成り行きではあるが、乗りかかった船だ。行けるところまで行って、ヤることはヤってやるさ。

 願わくは、次に来る花騎士が俺好みの、犯しがいのある花騎士であることを祈ろう。

 

 

終わってください…

 




MURABITOが本来の目的であるMURABITO(意味深)出来ないというネタが某所に落ちていたのでつい…


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MURABITO団長と花騎士②

・続いてしまった
・某所産のネタの拡大解釈
・ノリと勢いだけで書いたので相変わらず誤字脱字乱文あり
・何なら推敲もしておりません
・神様のご都合主義展開
・個人的解釈


上記が許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ


※※※

 

 

「やぁ」

 

 街道から少し外れた見通しの良い野原。雲一つない晴天の下で、一匹の害虫相手にウサギゴケが跳ねるように動きながら攻撃、回避、攻撃、と立ち回る。

 知徳の世界花、ブロッサムヒル。その中でも最大の繁栄をしているとも言われる都市部から西南西に位置するリリィウッドへと続く道がある。名をフォス街道といい、昼夜を問わず多くの市民や商人らが行き来する幹線道路だ。

 人の往来が多いが故に、騎士団による巡回も多い。何でも古くからそれが義務付けられていると言われている。そのおかげか害虫の周辺活動は抑えられているらしく、更にはそこまで強い害虫も滅多に出没しないらしい。

 害虫も阿呆ではないらしく、強い害虫ほど花騎士を警戒してこの街道に出てこないのが理由の一つとして挙げられている。……まあ、話を聞くと中には相当はっちゃけた害虫も世の中にはいるらしいが。出来れば極限指定害虫ともども、そういったものには出会わないことを祈りたい。

 そんな由緒正しき、と言っていいかは不明だが、そのフォス街道では准騎士の実地訓練や新人騎士団長の初任務先に選ばれるのだという。

 

「とぅ」

 

 リリィウッドへと続く道と、商業都市スカネへと続く道。その枝分かれする道の少し手前で俺とウサギゴケはその初となる討伐任務をこなしていた。

 といっても、新米騎士団の、それも花騎士が一人しかいない団と呼ぶのすら怪しい二人組が弱いとはいえ害虫討伐を本格的にやらせてもらうには荷が重く、この日は准騎士の実地訓練の護衛という形で討伐を行っている。

 

「よし。いいぞ、ウサギゴケ!」

「はーい、なの」

 

 内容としては、准騎士たちが教師たちの付き添いで初めての害虫討伐を行う傍らで、周辺に害虫が他にいないかを警戒索敵し、発見次第討伐をその日の正午まで行う、というものだ。

 発見したのならば報告を先に行うべきなのだろうが、そこはそれ。新人とはいえ騎士団長なのだから、花騎士に上手く指示を出して討伐せよ、とのお達しである。

 こちとら騎士学校を卒業したての新人花騎士と正式な騎士団長ですらない一般村人なのに無茶を仰る。発見した害虫の数が多かったらどうしろというのか。

 まあ、前者はともかく後者は言い訳に使えないどころか使った瞬間に牢の中に放り込まれそうなので口が裂けても言えないが。

 

「なの、なの!」

 

 初めての討伐ということもあり、任務開始する前はそんな不安もあったが、いざ蓋を開けてみれば准騎士たちや教師がほとんど倒してくれるので、こちらはそのおこぼれの一匹を相手するだけに済んでいる。

 聞けば、今回の訓練に出てきている准騎士たちは卒業を控えている者たちばかりなのだという。そういう意味では今年卒業したばかりのウサギゴケと実力はそう変わりないのかも知れない。

 

「この子と頑張るの!」

 

 ウサギゴケのお供……らしいニンジンたちが分裂し、相手のアリ型害虫に襲い掛かる。その間に彼女はいつも手にしているパペットのようなウサギのぬいぐるみを魔法で巨大化させて、横回転を加えながら相手へと放つ。

 この子と頑張るの、と言いながらそのお供ごと相手をふっ飛ばしているような気がするが、そこは深く突っ込まないでおこう。多分、俺には分からない何かが彼女たちの間にあるのだろう。多分。きっと。

 さて、そんな頑張っているウサギゴケに対し、俺は何をしているのかというと……。

 

「もう少しだ。気を抜くなよ!」

「了解、なの」

 

 戦いの余波に巻き込まれぬ位置取りをし、周囲を警戒しながら曖昧な指示を彼女に出しているだけであった。

 成り行きとはいえ、仮にも騎士団長なのだから「躱せ、ウサギゴケ!」とか相手の行動を予測して指示を出したいのだが、何分経験が足りない。一応害虫に対する基礎知識こそ勉強しているが、騎士団長の養成学校を出ている他の同期達と比べて知識も実戦経験もない。

 故に、今の俺に出来ることは戦闘の邪魔をせず、ウサギゴケの好きなように戦わせ、後ろから応援するぐらいしかない。

 騎士団長の存在意義を問われそうだが、慣れないながらも周囲を警戒はしているので許してもらいたいところだ。いや本当に、下手に同期の新人騎士団長たちと同じ任務でなくてよかった。

 別に自分が笑われたり馬鹿にされたりするのはいい。田舎者だし、村人だし、多少の学はあるつもりだが、本当に学のある者からしたら大したことはないだろう。こうして見ると、体力を含めたこの身体以外に誇れるものがあまりないと言える。

 自己評価をすると何だか悲しくなるが、これは仕方がない。己を過大評価するつもりはないし、過小評価するつもりもない。それに、相手が下手に俺のことを過大評価して警戒されるよりも、下に見てもらって油断してもらう方が何かとやりやすい。

 しかし騎士団長としての俺が笑われるということは、その部下であるウサギゴケも笑われるということだ。彼女の名誉のために、これだけは避けなければならない。

 

「えい、やあ」

「いいぞ。頑張れ、ウサギゴケ!」

 

 余談だが、未だにこちらの素性はバレてはいないらしい。だが、騎士団長としては未熟であると思われているらしく、配属された花騎士は初日から一週間経った今日にいたるまでウサギゴケただ一人である。新しい花騎士を迎えるためのガチャ、というものもそれを行うための華霊石というのが揃えられていないので出来なかった。

 しかし同期は既に、基本である五人一組のパーティを組めるようになり、出来る奴は既に花騎士を二十人揃えて他国からも任務依頼が舞い込むほどらしい。

 畜生。なんて羨ましいんだ。それだけの花騎士がいたら……いたら……。

 好きなだけヤれるというのに!

 執務室で。私室で。花騎士の部屋で。夜の訓練場で。屋外で。何なら討伐遠征先で。ありとあらゆる場所で、彼らはお気に入りの花騎士たちと共に凸と凹を合体させているのだろう。これを羨ましく思わない男は不能かホモセクシュアルのどちらかだ。そうに違いない。

 対する俺はどうしたことか。花騎士たちの穴に棒を挿し込むどころか、いんぐりもんぐりすら出来ていないのだ。以前本で読んだ、勇者と花騎士の恋の物語とは何だったのか。勇者とはそれすなわち団長ではなかったのか。団長が花騎士たちの横を通り過ぎるだけで、数多の花騎士たちは恋に落ち、追いかけてくるのではなかったのか。

 フィクションなのかよ、騙された!

 目的が花騎士を犯すことだというのに、それが未だに成されていないのは何かの間違いである。タイミングが悪いのか、花騎士が犯せそうな時はいつもウサギゴケが近くにいるし、かといってウサギゴケがいない時は単独行動をしている花騎士はおろか准騎士にすら出会えない。

 特に神を強く信仰している訳ではないが、神様がいるとするのならば、そいつは俺を「好機を掴めない男」として笑っているのかも知れない。

 ……いや、もしかするとその神様は笑いながらこう言うかも知れない。

 

『今はまだじゃが、いつかお前さんも花騎士に認められ、ヤれる時が来る』

 

 それは何時の話だ! 即時の承認と性の合併を求める!

 ウサギゴケのような幼女じゃないぞ! おっぱいが大きくて! 腰が引き締まっていて! 安産型のお尻をした花騎士だ! 准騎士でも可!

 

「うぅっ!?」

「ウサギゴケ!?」

 

 脳内の神様に中指を立てながらお願いをしたところでウサギゴケの苦悶の声が耳に入り、現実へと引き戻される。

 そうだ。一応、俺にとっては大事なこととはいえ阿呆な妄想をしている場合ではなかった。今は討伐中で、戦っているのは俺ではなくウサギゴケなのだ。

 慌てて視線を彼女の方へと向けると、瀕死のように見える害虫ががむしゃらに前脚を振り回しており、その一撃がウサギゴケに当たったらしい。

 らしい、というのもその瞬間を見ていないからであり、見れば害虫から少し離れたところでウサギゴケが両膝をついている様子からの憶測である。攻撃を喰らい咄嗟に距離を取ったようだが、その思いもよらぬ一撃によって二つの意味で衝撃を受けたのだろう。

 一般の者たちとは違い、世界花の加護を受けた花騎士は余程強い害虫の一撃でもない限り、軽装であっても深手は負わない。鋼鉄の鎧を引き裂くような爪撃であっても、花騎士の肌はかすり傷程度で済む、なんて冗談みたいな話もあるぐらいだ。

 

「くっ」

 

 とはいうものの、ウサギゴケはまだ幼い。例え世界花の加護があって怪我こそ負わなくてもその衝撃は直に受けるだろう。ムチムチボインボイ……大人な花騎士ならともかく、体躯の小さい彼女であれば受ける衝撃も大きいはずだ。

 幸い、害虫はまだウサギゴケを追撃しようとはしていない。しかし、それも時間の問題かも知れない。

 だが、だからと言って彼女を庇う様に害虫の前に立つのは愚の骨頂。心配は心配だが俺が害虫の前に立ったところで、肉壁になれるか否かぐらいだ。多少は鍛えているのだから弱い害虫ぐらい倒して見せたい気持ちはあるが、悲しいかなこれが俺の初陣なのだ。

 この一週間、団長業務を覚えることに必死で対害虫の練習や訓練はしていない。基礎知識はある程度詰め込んだが、実戦で役立てる自信があんまりない。一応、他にも四つ程任務はあったのだが、いずれも戦闘をするような内容ではなかったのだ。

 そして何よりも他の団長みたく、花騎士たちが戦うことによって周囲に飛散する魔力がクリスタルと化して、それを集めることによって放てる、「極陽解放‐ソーラードライブ‐」が撃てないのである。

 いやまあ、一応剣で戦える団長もいるらしいし、極陽解放が使えない団長も多くいるのだから単なる言い訳なのだが……悲しいけれども、俺、只の村人なのよね。勇者の系譜でも何でもない、普通の村人。

 

「……それっ!」

「ッ!? #$%?」

 

 あれもない、これもない。ナイナイ尽くめの俺が出来る事と言えば、こうして近場に落ちている石を害虫めがけていくつか投げ、それが相手に当たってこちらを見たのを確認した後に――

 

「バーカ!!!!」

 

 と、両手を広げてそれぞれの耳の横まで持っていき、なるべく害虫が苛立ちそうな変顔を作って煽り、注意を引きつけることぐらいだった。

 無論、下半身は何時でも走り出せる準備をしている。

 

「$#~%&¥!」

「ぅ、おっ、ぁああああ!」

 

 石を当てられたことなのか、罵られたことなのか。それとも敵がもう一人いるのだと気づいたからなのか。害虫は形容しがたい声か音を出してこちらに向かってくる。

 ウサギゴケの攻撃によって弱っているはずなのに結構な速度で迫ってくるものだから、俺も迷わずに走って逃げることが出来た。というか、瀕死になってようやくこの速度なのか。怖すぎるだろ、害虫。

 

「っは、ここまで、来やがれっ、アホめ!」

「¥$&%~!」

 

 だが、ここで相手が冷静になってもらっても困る。こちらも害虫一匹とはいえ、こいつを准騎士たちのいるところまで連れて行くという失態は犯したくない。

 相手への挑発を続行しつつ、一直線に逃げないよう蜿蜒たる走りを心がける。距離のことは考えない。何故ならば結構な速さで走っても、一定距離を保てているというのが現状だからだ。

 そして、当然そんな走りを続けていれば体力はすぐに底を尽きる訳で。

 

「~&%#¥!」

「おわぁああ! ウサギゴケぇ! 助けてくれぇ!」

 

 最初は余裕のある走りをしていたものの、次第に本気の走りとなり、最終的には走るフォームを崩して、みっともなく助けを乞うという恥を晒していた。

 いや本当に。ここに同期の騎士団長たちがいなくて良かったと心の底から思う。

 

「もぅ……!」

「うぉ!?」

 

 背後から迫る害虫の存在に戦々恐々としているところに、ウサギゴケの声と共に後ろから軽快な打撃音が響き、その後で害虫の気配が消えた。

 

「……お? おぉ~?」

 

 追ってくる害虫の気配が無くなったことで、俺は走る速度を落としながら振り返る。視線の先に害虫の姿はなく、少し遠くでウサギゴケがその名の通り兎のようにその場で跳ねている。

 疑う余地はない。俺たちの勝利と言えるだろう。

 

「やったぅおぉっ!? お? おぉう……」

 

 ウサギゴケの無事も確認し、勝利の雄たけびを上げようとしたところで、背後から何か大きな物体が落ちる音がした。

 首筋に冷えた水滴が落ちた時のように飛び上がり、顔だけを音のした方へと向ける。そこには先ほどの害虫が倒れており、世界花の力によって浄化されているところであった。

 彼女と害虫には結構な距離があっただろうに、大の男の背を軽く飛び越せるぐらいに吹き飛ばせるのか。改めて花騎士が如何に強い存在なのかがよく分かる。

 ……まあ、そうでなければ世界を守るために害虫と戦えないだろうけれども。

 

「……っと、ウサギゴケ。無事か!」

「んっ、ウーちゃんは平気、なの」

 

 それはそれとして勝利の余韻に浸りたいのを堪えつつ、急いでウサギゴケのところへ向かう。攻撃できたということは重症ではないだろうが、それでも確認しておく必要はある。万が一にも害虫が毒持ちとかであれば目も当てられない。

 世界花の加護によって毒の自浄作用は他の一般人に比べるとはるかに高いとはいえ、我が騎士団には医療に詳しい者がいない。

 まあ、二人しかいないのだから当たり前なのだが。

 

「どこをやられた? 痛みは?」

「んっ、ん~、ここ、なの」

「むぅ、赤くはなっているけれども、出血はない、か。触るぞ」

「んっ、んっ」

「……痛むか?」

「ちょっと、痛い、の」

 

 速やかにウサギゴケの前まで走り、膝を折って彼女と視線の高さを合わせる。それからマニュアルに則った質疑応答と触診を行う。

 服をめくりあげてもらった先の彼女の腹部には少し腫れが出来ており、気持ち強めに押すとウサギゴケは小さく苦悶の声を漏らした。

 だがまあ、大事には至っていないようだ。骨まで響くような攻撃であれば、こうして会話するのも辛いはずだし、触診した感じも内出血まではいって無さそうだった。

 無論、念のために後で正式な医療施設にて診てもらうが、このまま報告に行っても問題はなさそうだ。

 時刻も任務終了の正午付近だ。タイミング的にもちょうどいい。

 

「よし。病院は後で行くとして。これで任務は終わりだな」

「んっ、やった、なの!」

「あぁ、よくやったぞ。ウサギゴケ。お手柄だ」

「んふー」

 

 めくってもらっている服を戻させてから立ち上がり、俺はウサギゴケの頭を褒めながら撫でる。満足そうに笑う彼女を見て、こちらもまた満足しながら口角がつり上がるのを抑えられなかった。

 そう、ようやくだ。これでようやく念願の……ガチャを回せるのだから!

 ふぅーははははははははははは!

 

 

※※※

 

 

「んっ、戻ってきた、の」

 

 高笑いは心の中だけに留めておき、報酬はウサギゴケに預けて無事にブロッサムヒル王城内にある騎士団の執務室へと戻ってきた。住めば都、とはよくいったものであり、当初は田舎の村人には落ち着かないと思っていた騎士団の執務室も、一週間も経てば実家のような安心感すら覚えるのだから不思議なものである。

 先にウサギゴケの診察も済ませて、大事に至らなかったというのもあって、荷物を置いた後は休憩をしたいところだった。

 

「あぁ。改めて、お疲れ様だ。だが、もう少しだけ今日は付き合ってくれ」

「了解、なの」

 

 しっかーし! これから行われるめくるめく魅惑で蠱惑的な召喚が待っているので、ややダルさの残る身体には今一度気張ってもらい、ガチャを行いたいと思う。

 ウサギゴケは幼いこともあって早く休ませてやりたいのもやまやまだが、彼女にとっては騎士団内の後輩が出来ることでもあるため、付き合ってもらうことにした。

 

「よぉし。それじゃあ、これからガチャを行う! いくぞー!」

「おー、なの!」

 

 そして、ウサギゴケが手にしている報酬、華霊石100個と、この一週間で貯めた他の任務報酬である華霊石400個を袋の中に入れ、俺たちはガチャという召喚場所へと移動することにした。

 ぐへへー。これでようやく、花騎士を犯せるというものだ。

 

 

※※※

 

 

「石、ヨシ!」

「鉢、ヨシ、なの!」

「準備ヨシ!」

「なの!」

 

 ガチャ。所謂騎士団に花騎士を迎え入れるための召喚儀式のようなものであり、何故そういった名称で呼ばれるのかは諸説ある。

 一つは、花騎士の誕生はブロッサムヒルではあるが、この儀式の始まりが実はリリィウッドである。それを前提として、そのリリィウッド内では今や地方の方言扱いとなっている古い言葉から引用している説だ。

 ガチャ。転じてGACHAの頭文字をそれぞれ――

 

『Global … 世界規模(春庭のこと)』

『Access … 情報媒体に接触・接続(世界花と)』

『Connect 接続・繋げる(花騎士を)』

『Harvest 収穫・結果(集める)』

『Action 活動・動作(上記の活動を起こすための動作)』

 

 とのことらしい。

 つまりは、このガチャに使う魔法の鉢と、それを活性化させる華霊石を使って、春庭全土の世界花に接触接続し、そこから花騎士たちへと繋げ、選ばれた者を集める。

 という行動に名前を付けたのが「ガチャ」という名称の始まりである……らしい。

 正直うさん臭いのだが、それ以上に他の説がうさん臭いので、個人的にはこれが有力だと思っている。

 まあ、「いやいや、ガチャの始まりは文化や技術の進んでいるバナナオーシャンが発だよ」という意見もあって、実際にバナナオーシャンの技術は目を見張るものがあるのでそちらの説を信じたいところではあるのだが――

 

『G … 頑張れ』

『A … 諦めるな』

『C … 挑戦すれば』

『H … 本当に』

『A … 愛が生まれる』

 

 などと言われてしまうと、信憑性が一気に薄れてうさん臭さだけが残るというものだ。というか、語呂合わせするにしたってもうちょっとマシな言葉があっただろうに。

 しかしながら、陽気な者たちが多いバナナオーシャンらしい考え方ではあるので、この説が正しかったとしても特に驚きはしない。

 

「じゃあ、ウサギゴケ。華霊石を入れてくれ」

「はーい」

 

 閑話休題。

 とにかく今は、この古くからある花騎士を騎士団に迎え入れる儀式、ガチャを用いて我が騎士団に新しい者を迎え入れようとしている最中であった。

 ブロッサムヒル騎士団を統括するブロッサムヒル女王。彼女へこの儀式の申請を行い、魔法の鉢を借り受けて、現在はその儀式を行う広間まで来ていた。

 王族への申請や儀式、などと大層な言葉を用いてはいるが、これは最早形骸化した昔の召喚儀式の名残みたいなものだ。

 昔はどうだったかは分からないが、今は申請といってもガチャを行うと言うだけで書類はいらないし、儀式と言っても用意された広間の中央に借り入れた魔法の鉢を置いて、必要な華霊石を入れて、結果を待つだけでいい。

 無論、借りた魔法の鉢は返すし、選ばれた花騎士の現在地によっては着任に数日かかるし、着任したらしたでその子が騎士団入りすることを登録申請しなければならない。

 が、まあそこら辺は当然だろう。騎士団とて活動するのにお金が掛かる。傭兵や正規ではない花騎士を騎士団入りさせて、施設や権限を好き勝手使って浪費させても活動費は大体その騎士団の所属国家が負担する。

 人数が増えているのに登録申請を行わずに、活動費だけがやけに増えている、というのを避けるためにもこれらは必要な行動だと思う。中には騎士団長のポケットマネーでそれらの傭兵や花騎士を雇って活動しているところもあるようだが、俺のような田舎者にそんなお金があるはずもないので、これは関係のない話だ。

 

「ん? んん~?」

「なの」

 

 さて、そうこうしている間にウサギゴケが手持ち全ての華霊石500個を入れたところで、話に聞いていた「鉢割れ」という現象が起こらずに、俺は小首を傾げた。

 必要な華霊石、つまりは500の倍数を入れる事でこの「ガチャ」という召喚儀式は成立するはずだ。そして、この一週間でこなした任務は5つであり、報酬として貰った華霊石の数も500個で合っているはずだった。

 ガチャが成立しない以上、石も消費されない。

 そういう訳で、俺たちは魔法の鉢をひっくり返し、地道に華霊石を一つ一つ数える羽目になった。

 

「ない?」

「ないの」

「どこにも?」

「なの」

「どうしても?」

「なの……」

「……マジかー!」

「だ、団長ー!?」

 

 そして、何度も数え直してみたところで、どう足掻いても石が1つだけ足りないことに気づいてしまい、俺はその場で卒倒する様に仰向けに倒れることとなった。

 神様、神様。これは一体どういう仕打ちなのか。渡された報酬の石の内、どれかが1つ足りなかったのか?

 それともウサギゴケが今日の報酬であった石を1つだけ落としてしまったとか?

 何にしても彼女は責められまい。ちゃんと任務ごとに貰った報酬を数えず、管理しなかった俺の不手際なのだから。

 しかし、ああ、神様! 中指立てたことにキレたのなら謝るから! この際、来てくれる花騎士がムチムチボインボインじゃなくても許すから!

 ガチャを……新しい花騎士を犯させてくれ!

 

 

※※※

 

 

「団長、ごめんなさいなの。ウーちゃんがちゃんと持っておけば」

「いや、お前は悪くないさ。悪いのは俺だよ」

 

 時刻はもうすぐ、十五時となるところだった。一旦、魔法の鉢を返し、重い足取りのまま俺は王城から城下町へと出る。隣を歩くウサギゴケが心配するぐらい、今の自分は相当酷い顔をしているのだろう。何だか顔がしわくちゃになっている、と言われても信じられるぐらいだ。

 目的は果たせなかった。だが、ウサギゴケはこんな俺の元でも頑張って任務をこなしてくれた。ならば、彼女に報酬を与えるのは当然である。

 俺は約束通り、ウサギゴケを初めて連れて行った食堂、の横にある、最近出来たというスイーツ店へ彼女を連れて行くことにした。

 騎士団の任務報酬として、華霊石以外にも幾ばくかのお金は貰っている。少しお高いケーキを彼女にいくつか御馳走したところで全然減らない程度には財源が潤っているのだ。

 ……そう考えると、いくら死地に向かう者たちをまとめる役であったとしても、騎士団長というのは結構な高給取りな気がする。今現在懐にある袋の中にあるお金も村人時代からすると考えられないほどの大金だ。

 ガチャに関しては無念ではあるが、今回はこれで良しとしておくのが正解だろう。

 無論、神様に中指を立てるのは忘れないが。

 

「あぁ、困った……困ったわ」

「ん?」

 

 そうして後ろ髪を引かれる思いで城下町へと到着したところで、一人の、明らかに困っています、という雰囲気を出している女の子が目に入った。

 形だけの騎士団長とはいえ、女王と世界花に認められた存在であるが故か、彼女は花騎士であると何の疑いもなく思った。

 そして、騎士団長というものは他の騎士団の花騎士とはいえ困っている花騎士を見逃せない。まあ、それは俺の性分でもある気がするのだが。

 

「何かあったのか?」

「ひゃっ!? え、あ、あーっと」

「おぉう……」

「ちょ、ちょっと。あんまりジロジロ見ないで、ください」

 

 後ろからでも分かる、頭頂部に付けた大きなリボン。黄金に輝く太もも辺りまで伸びた長髪。振り返ったその花騎士は右目にお洒落、のように見える眼帯と首元にこれまた目立つリボン。こげ茶に近い色をしたゴシック調の服にやけに丈の短いスカート。それに足元は太ももまでの縞柄ハイソックスと足甲をしていた。

 彼女はこちらの呼びかけに驚き、また見つめる俺に頬を染めて恥じらいを見せるが無理もない。

 

「ふむ。何かあったのですか、お嬢さん」

「え、えぇ……」

「あぁ、いや。俺……私は通りすがりの騎士団長ですよ。ご安心を」

 

 思わずこちらが言葉遣いを変えてしまうほど、おっぱいがでかい! 腰のくびれがグッド! お尻も多分大きい! それでいて小柄で犯しやすそう!

 だったからであった。

 いやー、素晴らしい。捨てる神あれば拾う神あり、とはどこかの本で見た一文だが、正にその通りだった。

 不幸中の幸いか、運命の導きによるものなのか、はたまた偶然の産物によるものなのかはこの際どうでもいい。今はウサギゴケがいるから無理だが、ここでこの花騎士に恩を売って親密な関係になっておきたい。

 いやまあ、親密な関係にならなくとも恩を売っておいて、ウサギゴケがいない時に呼び出して犯したい。目の前の花騎士はそう思えるほどに俺の股間にドストライクな子であった。

 

「あぅ、あ、私の名前は……いえ、我が名はアイビー!」

「うん……うん?」

「生命の守護者であり、花騎士よ! 今はとっても重要な任務をこなしているところなの!」

「……はい」

 

 うーん、ちょっと、いやかなり癖のある子だった。こちらが先に名乗ったのに対してちゃんと自己紹介できる辺りは好感触なのだが、妙に芝居がかったその口上は何なのだろうか?

 あ、もしかして劇団関係者とか?

 

「あ、あのね。その~、最近出来たっていうスイーツのお店を探しているのだけれども、場所が分からなくて」

「あ、あー……」

 

 こちらが言葉に窮していると、それを見たアイビーと名乗った花騎士はもう一度頬を赤らめながら上目遣いに俺の様子を伺うような話し方に変わる。

 なんだ、やっぱり良い子じゃないか。声も可愛らしいし、大仰な喋り方をしなければ相当な美少女だ。これは男が放っておかないだろう。現に俺も厚手のズボンだからこそバレていないが、絶賛股ぐらがいきり立っているところだった。

 

「それならもしかすると、俺たちがこれから行くところかも知れないから、一緒に来るか?」

「えっ、本当!? ぁ、んんっ。……いいわ。この超越者たる私の知らない場所を知っているという貴方。今は貴方に従ってあげましょう!」

 

 あー、はー。可愛いわ。こちらが言葉遣い戻しても気づかないぐらいに話に食いつき、その後、わざとらしく咳払いして大仰な話し方をする辺りが最高に可愛い。

 これでウサギゴケがいなければ、件のスイーツ店に誘うフリして路地裏に連れ込んで、服をひん剥いて露わになった乙女の秘密の場所にてへこへこ腰を振れるのだけどなぁ。仕方がない。ここは大人しく案内して、犯すのは次の機会にするとしようではないか。

 

「じゃあ、俺たちの後についてきてくれ。悪い。待たせたな、ウサギゴケ」

「んっ、ウーちゃんは大丈夫なの」

「いざ行かん! 伝説の、力あるレガリアがあるという地へ! ……あ、スイーツ店のことね」

 

 獲物の前で舌なめずりはしない。それは確実にヤれる時になってからするものだ。そして、今はその時ではない。恩を売り、機を待つのだ。

 目の前に極上の身体があり、選ぶ必要はない。だが、今は落ち着け。俺はただ、花騎士とヤりたいだけなのだ。

 俺はいきり立つ息子を何とか宥めつつ、ウサギゴケと少し変わった花騎士、アイビーと共に目的のスイーツ店に向けて再び足を進めるのだった。

 

 

※※※

 

 

「これよ、これ! 私が求めていたレガリアは~! ……ありがとね、団長さん!」

 

 どうやら、彼女の求めるスイーツ店とは俺たちが向かおうとしていたスイーツ店で間違いないようであった。

 店を出て、購入したケーキ入りの箱をありがたそうに天に掲げた後、アイビーはこちらへと振り返り、眩しすぎるぐらいの笑顔を見せてくれた。

 お気に召したようで何より、と返しながら、俺は心の中で邪悪な笑みを浮かべる。ここで、お礼の話が出てきた際に格好つけて「お礼はいいよ」などとは言わない。確実にその恵まれた身体を一時的でも手に入れるためにも、何としても再会の約束を取り付けねばならぬ。

 隣にいる嬉しそうに手にしたケーキ入りの箱を眺めるウサギゴケへと視線を落とし、次の彼女の休みの日辺りにでもするか、と思いながらもアイビーの次の言葉を待った。

 

「あぁ! これでサクラさんとのお茶会に間に合うわー!」

「っ……サクラ、サン?」

 

 そして、ケーキの入った箱を天に掲げたまま、その場でくるくると回るアイビーの言葉に、俺は背中から腰に掛けて一本の冷えた棒を突きさされた気分になった。

 

「サクラさんよ、サクラさん。知らないの?」

「イや、知っテるヨ? 花騎士の、サクラ=サーンだよネ?」

「? 何で妙にカタコトになっているかは分からないけれども、そのサクラさんよ」

 

 俺が余程素っ頓狂な声を出したのか、回るのを止めて、どこか訝し気にアイビーはこちらを見つめる。

 いやだって、仕方がないだろう?

 俺だって、まさかその名前が出てくるとは思わなかったのだ。彼女の名前は数年前の出来事だがしっかりと覚えている。

 それどころか命を救ってもらった恩人なのだ。その名前を忘れるはずがない。というか、ちょっと命のやり取りでハイになって彼女を犯そうとやんちゃしようとしたぐらいだ。

 そして今、彼女の噂はなんちゃって騎士団長になる前の俺の耳にも入っていた。

 眉目秀麗。頭脳明晰。穏やかで柔和。一度の微笑は、それだけで値千金とまで言われる絶世の美女。

 それでいて何をするにしても万事手回しが良く、サクラを迎えることの出来た騎士団は、その万能っぷりのあまり申し訳なくなって手放すぐらいだと聞き及んでいる。

 フリーの花騎士になってもその名声は鳴りを潜める事はなく、寧ろ以前よりも鳴り響いているのだというのだから凄まじいの一言に尽きる。

 そんな彼女の名前を聞いたのだ、感謝こそすれ、何も怯えることはないはずだ。

 

「ウン、ソーナノね。あ、そーダ。彼女とハ、どのヨウなご関係デ?」

 

 なのに。なのに、だ。その名前を聞いただけで、「これでアイビーちゃんを犯せるきっかけを作れたぜ、なあ、相棒!」と先ほどまでイキりにイキっていた息子が塩を掛けられた菜っ葉の如く萎れ、二つの玉も心なしか痛いほどに縮み上がっていく感覚になった。

 まさかのまさかだ。あの数年前のやり取りだけで、俺がサクラに対してこれほどまでにトラウマを持っているとは思いもよらなかった。

 当時の彼女が俺に対して何かをした訳ではない。寧ろ、俺の方から彼女に色々とヤろうと仕掛けていたのだ。それを、まあ、色んな方法で回避された上で釘を刺されたぐらいなのだ。

 それがまあ、うん。無理やりヤろうとしたら死ぬってのを理解したので……自分で仕掛けておいて勝手にトラウマになるのか、最高に情けないなオイ。

 

「え? そんなこと、決まっているじゃない!」

 

 話を戻そう。思いもよらない所で俺がサクラにトラウマを持っているのは分かった。そして、目の前にいるアイビーの口からその名前が出たという事実を前に、嫌な予感がぬぐい切れない。

 単なる先輩後輩の関係であってくれ。お茶会とかいう単語が聞こえた気がするけれども気のせいだ。頼む! 頼むから、俺の気のせいであってくれ!

 

「サクラさんは私の敬愛する御方よ! それなのに、一緒に水着を選んでくれたり、着物を譲ってくれたり。今日だって、これからのお茶会に誘ってくれたのよ」

 

 はい、終了。解散、解散。

 ただの憧れの人ならまだよかった。一方的な尊敬であって、サクラからは社交辞令的な付き合いであれば救いはあった。

 だが、一緒に水着を選ぶならともかく、着物を譲るとかいう時点でその関係は深いものであることは容易に理解できる。社交辞令の相手にわざわざ着物なんて高価なものを譲りはしないだろう。

 目の前にいるちょろ可愛いアイビーは、恐らく犯せる。それも容易く、だ。彼女はどうも、人の言うことを素直に信じすぎるきらいがある。

 世の中、もっと俺のような畜生がいることを知っておいた方がいいと思えるぐらいだ。いやまあ、自分はそんな畜生の中では大分マシなほうだとは思う。思いたいが。

 とにかく。彼女とヤろうと思えば簡単にヤれるという確信が持てる。今回の件で関係を築き、次に会った時にでもなんやかんやすれば、なんやかんやすることができる。

 が、問題はその後だ。サクラとそこまで深い関係にあるのであれば、間違いなくアイビーを犯したことは彼女の耳に入る。

 そして、それを実行した犯人、つまりは俺の顔をアイビーが知っている以上、間違いなく報復が来る。というか、多分殺される。それは数年前の時に殺されてはいないけれども感覚として体験済みだ。

 ならば、犯した後にアイビーの両目でも潰すか?

 ふざけんな! 俺は花騎士を犯したいだけであって、花騎士に一生を左右するような傷を負わせたいわけではないのだ!

 ……いやまあ、犯す時点で一生を左右するような心の傷を与えているのだが。そこはそれ。こちらの目的のためには致し方ないというか、ただの言い訳です、ハイ。

 とにかく! 無理だ。犯すことは出来ても、その後に確実な死が見える以上、アイビーを犯すことは出来ない。

 目の前にあるのは豊満で絶対に美味しいブドウであり、手の届くところにある魅惑の果実。しかし、一度手を出せば物陰から銃を持った猟師が確実に脳天を撃ち抜いてくる禁断の果実でもあるのだ。食べたら最期、死は免れない。

 

「はぁ~……そうか、よかったね」

「え? あ、あの。顔が急にしわくちゃの、おじいちゃんみたいになっているけれども、大丈夫?」

「……気にしないでくれ」

「え~っと、何かお礼でも?」

「いいです、ハイ。次に出会った時にでもなんやかんやしてくれ」

「なんやかんやって……あ、そうだ」

 

 彼女に指摘されるぐらいに落ち込んでいる俺を前に、アイビーは何を思ったのかスカートのポケットに手を入れる。

 え? なに? パンティーでもくれるの? 犯せてはあげないけれども、このパンティーでシコシコ寂しく息子を慰めろって?

 はぁ~、マジかよ。折角、神を拝めたと思ったら罠とはな。

 

「はい。これ。1つだけじゃあ、意味がないかもしれないけれど。私が持っているよりは団長さんが使ったほうが役立てると思うわ!」

 

 そうして大袈裟に落ち込む俺の手を優しく掴み、握らせてきたものの硬さに俺は虚ろのままに目を向けた後、即座に叫んだ。

 

「貴女が神か!!」

「ひゃっ!? え、えぇ~?」

 

 神はどこにいると思う?

 俺の、人の心の中? それとも霊峰の頂上? 神社の中?

 いいや、違う。俺は確かに今日、目の前に神を見た。

 生命の守護者。俺にとっての救いの女神、アイビーを!

 

「いや、ありがとう! 本当にありがとう!」

「う、うん。そこまで喜んでくれて、私もその、嬉しいわ」

 

 彼女の手を強く握り返し、上下に激しく振ってお礼を言う。

 そんな戸惑うアイビーと俺の手の間には1つの、後1つ、ガチャを回すには足りなかった華霊石が確かにあった。

 

 

※※※

 

 

「石、ヨシ!」

「鉢、ヨシ、なの!」

「準備ヨシ!」

「なの!」

 

 時刻はあれから少し過ぎて、十六時半になったばかりだった。アイビーはあの後、無事にサクラとお茶会が出来ただろうか。

 優しい彼女はあれだけの施しの後にも「改めてお礼はするわ! 団長さんが言う通り、次に会った時にでもね!」と言って店前で別れた。

 もしかすると二度と会えないかもしれないが、今日のことは二度と忘れないだろう。

 次に出会った時は、レガリア……恐らくは好物であるケーキをたらふく食べさせてあげようと思う。アイビーはそれ程のことをしてくれた。

 

「よぉし! ウサギゴケ、石を流し込むぞ!」

「了解、なの!」

 

 無論、色々と心配や手伝いをしてくれたウサギゴケにも、今日買ったケーキを全部食べさせてあげた。一応自分の分も買っておいたが、これから出会える花騎士を犯せると思うと、それだけでもう胸がいっぱい腹いっぱい。股間元気でボク元気! という具合なのだ。

 随分と長い遠回りだったが、それも今日でおしまいだ。

 二人で石を入れた後に、「鉢割れ」の現象が起こる。銅色の魔法の鉢が震えて表面が音を立てて綺麗に割れる。銀色の鉢へと変わり、更に震えて先ほどと同じように割れて金色へ。

 

「おぉー」

「おー」

 

 このガチャの際の「鉢割れ」の色は、所謂花騎士としての実力……という訳ではなく、実力や可能性、潜在能力、花騎士としての完成度といった複雑なものが入り混じっているという。

 いくら実力があっても花騎士として完成されていれば銅の鉢。逆に騎士学校を卒業したての准騎士であっても、潜在能力や可能性に満ち溢れていれば虹の鉢になるのだという。

 詳しいことはよく分からないし、その花騎士の潜在能力や可能性の開花。単純な強化でさえも、マニュと呼ばれる妖精や進化竜と呼ばれる妖精などが必要になるという。

 そして、それらに好かれている団長の元にいる花騎士は、例え土色の鉢の者であっても虹色の可能性を持つ者へと引き上げられるのだという。

 しかし、今の俺にとっては難しい話であり、関係のない話であった。

 ガチャから出てきた花騎士を今晩にでも犯す! 無論、ウサギゴケをちゃんと寝かしつけた後に、だ。

 それだけが今の俺にとって大事なことであり、最も重要なことであった。

 

「っ!? おぉっ!?」

「なの!」

 

 そんな俺の下心、もとい心に呼応したのか。金色の鉢が一拍おいた後に更に震えて割れる。その黄金の鉢の下から虹色の鉢が姿を現したところで、その色に合った虹色の種が不意に宙から現れて鉢の中に入る。

 そして、広間全体を覆わんばかりの眩い光を鉢の中から放たれ、虚空へと消える。

 

「おわ……った?」

「みたいなの」

 

 あまりの光に目を伏せてしまったが、終わった後に見ると鉢の色は元の銅色に戻っていた。消えた光はその対応する花騎士の元へと飛んでいき、それに導かれた花騎士は騎士団の執務室まで来て、そこで初めて邂逅となる……らしい。

 ここはブロッサムヒルなので、ベルガモットバレー程遠ければ、相手の状況次第だがそれこそ着任まで丸二日か三日はかかる。だが、ガチャによる召集は花騎士である以上、絶対である。仮に一国の女王であったとしても、これには逆らえないのである。

 

「団長。どうするの?」

「んー。取り敢えず鉢を返して、執務室で待つか」

「了解なの」

 

 事前に調べていたはずなのに、目の前で起こる出来事に気を取られすぎてしまい、すぐ花騎士に出会えないことにやや肩透かしを食らいながらも、俺はウサギゴケを連れて、その場を後にすることにした。

 

 

※※※

 

 

「ん?」

「なの?」

 

 そして、鉢を無事に返した後に執務室へと戻った際、その部屋の前に誰かが立っていることに気づいた。

 見るからに幼い、子どもだった。背丈はウサギゴケよりも少し高いぐらいか。まさかまた迷子か?

 藍色の三つ編みおさげに、花弁を思わせるようなワンピーススカート。ふにふにしてる横顔は幼いながらも整っており、何だかまるで花騎士のように綺麗、で……。

 

「あっ」

「ど、どうかしたかい。お嬢ちゃん? あっ、もしかして迷子? 迷子かー、そうかー」

 

 ……嫌な予感がした。それもとびっきりの嫌な予感だ。

 中指を立てた神様が、こちらに対して中指を立てて「ムチムチボインボインじゃなくてもいいって言ったのはお前じゃ、バーカ!」と言っている気がする。

 気のせいだ。頼むから気のせいであってくれ。君は、こっちを見て嬉しそうに小走りで近づく君は! 花騎士だ。騎士団長としての俺がそう囁くから間違いない! だけど、迷子で、用があるのは俺では、ない! そうだろ! 頼むから! そうであってくれ!

 

「初めまして団長さん。私、ビオラっていいます」

 

 そんな俺の懇願を余所に、こちらを見たビオラと名乗った幼女は満面の笑みを見せてくれた。

 

「まだまだ准騎士にもなりたてなんですけど、にこにこ笑顔で精一杯がんばります! ふにー」

「ふ、ふに……」

「ふにー」

「ふにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

「ひゃあぁっ!?」

「なのっ!? 団長、団長ー!」

 

 彼女の、花騎士ビオラの自己紹介を聞いて、俺は奇声を発して仰向けに倒れる。

 薄れゆく意識の中、ものすごく心配そうな顔でこちらを覗き込むビオラとウサギゴケがまるでお迎えに来た天使たちのように見えたのは言うまでもなかった。

 あぁ、神様。女神のように優しく可愛く、ムチムチボインボインなアイビーではない方の神様。

 クソみたいに可愛げのない俺の心の中にいる神様よ。

 ビオラのように可愛らしく、綺麗で、幼く、俺の性癖範疇外の子を連れてきてくれて心の底からありがとう。彼女は可愛い。間違いなく、可愛い。そんな彼女に罪などない。あってはならないし、擦り付けては絶対にいけない。

 だからどうか、神様。お前だけに伝えよう。

 くたばってしまえ、くそったれめ!!!!

 

 

続いてしまった……

 




わざわざ感想を下さった奇特な方々がいたのでつい…


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MURABITO団長と花騎士③

・また続いてしまった
・某所産のネタからの逸脱&拡大解釈
・ノリと勢いだけで書いたので相変わらず誤字脱字乱文あり
・何なら推敲もしておりません
・神様のご都合主義展開
・もはや個人的解釈を超えた何か


上記が許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ


※※※

 

 

 華霊石とは貴重なものである。

 その華霊石とは、世界花の魔力を秘めた蕚付きの花弁のような形をした深紅の宝石のことであり、その出自は意外にも結晶化した「種」なのだという。

 世界花の魔力が結晶化し、地表へと現れるのが「種」と呼ばれる。しかし、それが地中に埋まったまま魔力を吸収し続け、種から宝石へと変化したものが「華霊石」と呼ばれるようになったのだとか。

 当然、地中に埋まっているのだから、採掘でもしない限り滅多に見つからない。最近になって一度に見つかる数が増えたそうだが、大きさが以前よりも小さくなったらしい。

 そのためか、一つ一つに込められている魔力は少なく、「召喚の儀」と呼ばれている儀式、ガチャを行うための必要数も増えたのだという。

 発見数が増えたのだから価値が下がるかと思いきや、世の中そう上手いこといかないようだ。

 

「石、ヨシ!」

「鉢、ヨシ、なの?」

「鉢、ヨシ、です! ふにー」

 

 そんな数だけはインフレーションしている華霊石ではあるが、貴重は貴重なのである。

 まず、入手機会がほとんどない。花騎士単独による「探索」と呼ばれる巡回をしても、毎回手に入ると言われている種に比べて百回に一回見つけられれば儲けもの、というぐらいらしい。

 らしい、という言葉を用いたのは、花騎士とはいえまだ幼いウサギゴケやビオラに、一人で巡回させるという危険なことを行わせていないからだ。彼女たちにはまだ未来がある。将来、身長と同時におっぱいも大きくなって、素敵な女性になる可能性だってある。

 なら自分が付いて、一緒に巡回すればいい。周囲の者はそう思うだろうし、自分だってそう思う。しかしながら、やってみて初めて分かったことなのだが、案外騎士団長というのは忙しいのである。

 おかしい。花騎士の騎士団長ともなれば、周囲に何というかこう、ふはふはしたとても良い香りのする花騎士たちを侍らせて、選り取り見取りの美味しい想いをしているのではなかったのか。何故こうも俺は事務仕事に追われなければならないのか。話が違うぞ。

 閑話休題。

 とにかく花騎士である以上、害虫との戦いは避けられない。それは仕方のないことだ。しかし、それ以外の騎士団活動においては、なるべく彼女たちに危険なことをさせたくはない。

 花騎士なのだからそれぐらい、と思う者もいるかもしれない。しかし、もしものことがある以上、俺はそんな危険なことを幼い子たちにやらせるわけにはいかない。何かあってからでは遅いのだ。

 そんな訳で、それ以外の入手方法として挙げられるは、採掘するか、異世界の通貨で商取引する方法だ。

 前者は炭鉱夫でも雇わない限り無理なので却下。雇える財力があって且つ、華霊石だけを掘れるのなら話は別だが、そんなことが出来るのであればそもそも騎士団長などという危険職には就かないだろう。花騎士を自身の護衛に雇って、犯して、解雇で済む。

 世間の目は許さないだろうが、自身の目的を達成するという意味では、財力にモノを言わせる手段としてはこれが一番手っ取り早い。というか、そういうことが出来ないからこそ好き勝手言えるだけだが。

 そして後者に関しては、千年前にコダイバナの女王が異世界に通じる扉を開いたせいなのか、それともこの世界が元々異世界に通じやすいのかは分からないが、春庭にはこの世界の「もの」ではない「もの」が流れ着くことがあるそうだ。

 ここでいう「もの」というのは「者」であり「物」でもある。それによって春庭では異世界文化が根付いたこともあってか、それらに対して寛容であるのだとか。

 

「準備、ヨシ!」

「ヨシ、なの!」

「ヨシ、です! にこー」

 

 そして、その異世界の「もの」の中でも貴族や王族たちに取り分け人気が高いものが、異世界の通貨、と思われるものなのだ。

 スプリングガーデン内で流通しているゴールドに似た硬貨のようなものは、魔力も少なく、使われている金属も技術も大したことがないようなのであまり人気がない。が、紙を用いたものは別格なのだという。

 詳しいことはよく分からないし、俺からしたら只の肖像画が描かれた紙なのだが、魔女や技術者などに言わせると全然違うのだとか。

 やれ一枚の紙に何色もの色が鮮やかに使われているだの、光に透かすと描かれた人物が二人に増える「透かし絵」が用いられているだの。そもそも人物絵にしても、模様にしても、数字にしても、とても細かく印刷されているだの。薄い紙なのに表と裏に印刷されており、且つ絵や模様が全く違うだの。

とにかく、今の春庭の技術では量産はおろか複製すら出来ない代物なのだという。

 故に魔力が少なくともこの紙幣たちは人気が高く、たった1枚であっても大量の華霊石を交換出来るらしい。

 ……これも「らしい」というのは、そもそもそんな異世界の紙幣をお目にかかる機会がなく、詳細も人からのまた聞きであるからだ。そのため、自分にとって真偽のほどは定かではない。

 

「よぉし、ウサギゴケ、ビオラ。景気良く入れてしまえー」

「なの、なの」

「ふににー」

「いいぞ、いいぞー」

 

 ウサギゴケとビオラが笑顔で花騎士召喚の儀に用いられる魔法の鉢に華霊石を眺めながら、俺はこの二週間の任務を思い出す。

 華霊石は採掘、交換以外にも手に入れる方法が一つだけある。そしてこれは、花騎士の騎士団長のみに許された入手方法といえる。勿体ぶった言い方をせずに直接的に言ってしまうと、つまるところ任務の報酬として貰える場合である。

 普通は基本給に騎士団長としての階級手当を合わせたものが騎士団長へと支払われる給与となる。

 その給与とは別に任務手当というものがあり、多くの任務や危険な任務をこなせば、給与を更に増やすことが可能となっている。

 この任務手当というものの中に、華霊石が含まれていることがあり、日夜の激務対策としての体力回復や魔力供給源として欲する者や、俺のように花騎士を犯したい……じゃなくて花騎士を迎えて戦力強化したい騎士団長らがその任務を虎視眈々と狙っているとかいないとか。

 が、まあそうそうそんな任務が転がっている訳がなく、貴重な華霊石を報酬とする任務は信頼のある、または将来を約束、期待されている騎士団に回される。

 

「団長さん、全部入りましたー。ふにー」

「入った、の」

 

 そして、別に将来を約束も期待もされていないであろう俺のところへ、華霊石が報酬として貰えるような任務はなかなか回ってこない。元村人であり、成り行きで騎士団長になってしまった身だ。そこら辺は仕方がない、というよりもそれらを踏まえた上で泳がされているのではないか、と最近思っている。数合わせとはいえ、こちらの身元自体はとっくの昔にバレているだろうに。

 まあ、それ以前に騎士団に所属している花騎士が二人しかいない上に、補佐官もいない騎士団なのだ。それに加えてその二人の花騎士が幼女なこともあって、同期の団長たちから俺は「変態ロリコン野郎」などと噂されているとかいないとか。

 自分が馬鹿にされているのは大目に見よう。だが、もしもこの噂を流している者たちがいるのであれば、声を大にして訂正したいことが一つだけある。

 俺は! 幼女は! アウトオブ! 眼中ですから!

 こちらを変態扱いしたいのであれば、おっぱいがでかくて、腰が引き締まっていて、安産型のお尻をした花騎士を連れてこい。話はその花騎士を犯した後にでも聞き流してやる。

 その頃には、俺は騎士団にはいないだろうが。多分、国外逃亡をしているか牢屋の中にいるかのどちらかだろう。

 

「確認した。二人はこっちに戻ってきてくれ」

 

 そんな訳で、何とかお使いのような日々の任務をこなしつつ、簡単且つ華霊石が貰える任務を抜け目なく即受注し華霊石400個集めた。またそれとは別に、運良くビオラが拾った「100」と描かれた異世界の通貨で交換した華霊石100個の計500個の華霊石で今日、一回の召喚の儀を行っている最中であった。

 お手柄なビオラには当然、ケーキを御馳走した。……最近、何か手柄を立てる度にケーキやらぬいぐるみやらで彼女たちを甘やかしているような気がするが、悪いことではないだろう、多分。

 否、これは餌付けとかではないのだ。頑張ってくれている彼女たちへの正当な報酬である。

 うむ。そう思えば何も問題はないな。

 

「わかりましたー」

「了解、なの」

 

 時刻は早朝。騎士団の活動を開始してから最初の行動であり、その後の予定は執務室での書類整理ぐらいだ。

 鉢の色は、それ程重要ではない。頼むから、俺のお眼鏡にかなう花騎士が来て欲しいと切に願ってやまない。

 この場にウサギゴケとビオラがいなければ、鉢の前で「ちち! しり! ふとももーッ!!」と右腕をぶんぶん振りながら祈祷していただろう。

 

「お?」

「おぉー」

「わー」

 

 二人が自分のところへ戻ってきたと同時に、華霊石が入った魔法の鉢が小刻みに震え、景気よく割れていく。が、ビオラが就任した時のような虹色の鉢までは割れず、金色の鉢になったところで虚空から同じ色をした種が鉢の中へと落ちる。

 ビオラの時のように、鉢の中から発生した光が部屋全体を包み、やがて元に戻る。さて、今回の花騎士はどれぐらいで来てくれるだろうか。後は大人しく待つのみ、だ。

 

「終わっちゃったのです?」

「そうだな。新しい花騎士がすぐに来るかも知れないから、俺は一足先に執務室に戻ろう。悪いけれども二人は一緒に鉢を返した後に来てくれるか?」

「ふにー、分かりました。ウサギゴケちゃん、一緒に行きましょう」

「分かった、なの。一緒に行くの」

 

 俺の言葉に、元気いっぱいのビオラがどちらかというと大人しいウサギゴケの手を引いて、二人で一緒に鉢を抱えるような態勢を取って先に部屋から出ていく。

 人見知りをしがちなウサギゴケではあったが、年齢が近く、それでいて人懐っこいビオラの性格もあってか、二人は早い段階で仲良くなれた。

 そんな二人の様子を微笑ましく思うと同時に、これで自身の性欲の対象内であれば夢の三人遊びが出来たのだが、という残念な気持ちになる。割と最低な発想か? ……最低な発想だな。そもそもの目的が目的だから気にはしないのだが。

 最近はいっそのこと、あの二人を自分好みに育ててから美味しく頂くのもありかと思うが……そんな悠長なことをしている間に俺はオッサンになり、彼女たちはそんなオッサンなど見向きもしないような美女になるだろう。

 夢など見るな、悲しくなるだけだ。俺は彼女たちが素敵な女性になれるよう、色々と指導すればいい。

 というか、俺は今、花騎士とベッドの上での夜の運動会、大人組体操をしたいのだ。その軸となる我が息子が反応しない以上、彼女たちと一緒にくんずほぐれつの組体操をするつもりはない。

 

「さて、と……今度こそヤれる子だと良いのだけどな」

 

 二人の足音が完全に遠ざかったのを室内で確認したところで、俺は僅かな希望を持ちながら部屋から退出する。

 いやまあ、分かってはいる。どうも俺の神様はひねくれているご様子。どうせまた、幼い花騎士だろう。期待すればするほど落胆も大きいというのは、流石にウサギゴケとビオラの流れで理解した。納得はしていないがな。

 ともあれ、こちらの要望が通らないというのは薄々感じている。ならば贅沢はいうまい。

 こちらとしてはおっぱいもお尻も大きくて、出来ればそう、以前出会ったアイビーみたいな小柄でムチムチな少女であれば最の高。だがまあ、この際幼い子でなければ最早体型は問うまい。

 着任した花騎士次第ではあるが、こちらももう股間が限界なのだ。悪いが犠牲になってもらおう。

 本当に幼女だった場合は……何とか人脈ならぬ花騎士脈を広げる方向で話を進めていきたい。ビオラが姉のように慕っているスミレという花騎士がいるように、いつ誰がどこで犯せるきっかけを作ってくれるとは限らないからな。

 スミレ。うむ、良い響きの名前だ。ビオラの慕いっぷりを見るに、きっと美人で可愛くて、素敵な花騎士なのだろう。上手いことビオラを誘導して会えないものか。今後の展開次第ではそれも視野に入れた方がいいだろう。

 

「まあ、それはそれとして。まずは新しく来る花騎士からだな」

 

 

※※※

 

 

 執務室へと戻り、同じように鉢を返したビオラとウサギゴケが戻ってきてから仕事を再開する。午前の仕事、昼食を挟んで午後の仕事とこなし、一応の終業時間となったので彼女たちは先に帰らせた。幼い子どもたちとはいえ、立派な花騎士。帰る先は実家ではなく花騎士専用の寮であり、俺が無理を通して同室にした二人の部屋だ。

 

「うーむ。今日は来られなかったか」

 

 窓の外の夕日が沈み、宵闇と星が天を覆うような時間帯まで粘ってみたが、召喚の儀にて就任予定の花騎士は執務室に来なかった。

 最後の任務報告書を書き終え、誤字脱字がないかを確認した上で捺印する。

 

「ん? ウサギゴケか?」

 

 その書類を提出用の黒色のレタートレーに入れたところで執務室の扉がノックされる音がした。視線をそちらへと向けた後、室内の壁に掛けてある時計を見る。時刻は、十九時か。

 

「開いているぞ」

 

 この時間帯だ。就任した花騎士が来たとは思わない。事務仕事の締め切りに常日頃追われている騎士団ならいざ知らず、大概の騎士団はこの時間には事務を終えて夜の見回りに行くか終業となっているはずだ。

 そしていつもであれば、この時間はウサギゴケと過ごしていることが多い。俺の帰りが遅いから、彼女が寂しがって会いに来たのかもしれないと思ったのが一番の理由だ。

 

「……」

 

 あまり、人の過去は詮索したくはない。

 それは俺の過去、つまりは騎士団長ではなく只の村人である、という事実を知られたくないから、ということに起因する。自分が嫌がることを人にはしたくはないし、させたくはない。至極単純な理由だ。

 明るく人懐っこいビオラが来てから、ウサギゴケはよく笑うようになった。……逆に言えば、俺と出会ってからの彼女はあまり笑顔を見せていなかったように思う。

 そんなウサギゴケとの会話の端々から察するに、どうも彼女の過去には何やら凄惨なことがあったのだろう。もしかすると、俺と出会う前は笑顔になることがなかったのでは、と思うぐらいだ。

 だから、という訳ではないが、俺はなるべく彼女の傍にいようと思った。何となく、彼女を余り一人にさせるのは得策ではないと感じたからだ。

 ビオラが騎士団に来てからは、彼女がウサギゴケと一緒にいてくれるようになったため、そこまでは気にしなかったが……はて、今日はビオラに何か予定でも入ったのだろうか?

 

「ん? あれ?」

 

 ……というか、ここでようやく気付いた。

 俺が他の同期たちから「変態ロリコン野郎」と噂されてしまうのって、ウサギゴケと一緒にいる時間が多いからなのでは?

 

「ぐぬぬぬ……うん?」

 

 因果関係が思わぬところから巡ってきたことに軽い片頭痛を覚えながらも、俺は扉の向こうにいるであろうウサギゴケが部屋に入って来ないことに小首を傾げて席を立ちあがる。

 え? あらやだ。もしかして幻聴? 新しい花騎士が早く来て欲しいばっかりに、扉を叩く音を脳内で響かせちゃった?

 いやまあ、確かに。今日一日でこの二週間の任務を含めた、月間騎士団報告書をまとめようと思ったのは中々に無謀で大変だったのは間違いない。普段やらないことに加えて慣れない作業で疲れていたのも確かである。

 真偽のほどを確かめるには、さっさと扉の前に行って開けばいい。しかし、これで扉を開けた先に誰もいなければ、目も当てられない。己を罵倒し、惨めな気持ちで今日一日を終えてしまうだろう。

 そう思うと何だかその真偽を確かめるのも億劫になってくる。

 端的に言ってしまえば、向こうから何らかのアクションがなければこのままスルーしたい。

 

「どうした? 扉は開いているぞ」

 

 誰もいない執務室で机の前で立ったまま、扉に向けて声をかける。そう思うと何だか物悲しい気持ちになる。これで返答がなければ椅子に座り直して片づけに勤しもうそうしよう。

 

「にゃおにゃお」

「んんー?」

 

 そう思っていたところに、扉の先から猫の鳴き声が聞こえてきた。少し驚きつつも耳を良く澄ませば扉を爪で引っ掻くような音も聞こえる。

 迷子の幼女だと思ったらウサギゴケ。同じく迷子の幼女だと思いたかったがビオラと続き、今度はウサギゴケと思ったら迷い猫か。

 無視してもよかったが、扉が研がれてしまうのもよろしくない。

 

「にゃおにゃおにゃおー」

「はいはい。今開けますよっと」

 

 扉越しではあったが、まるで催促するような、それでいてどこか楽し気な鳴き声を前に、俺も何だか気が緩む。迷い猫とはいえ、飼い猫であれば今頃飼い主が心配しているだろう。逆に野良猫ならば、衛兵たちに見つかる前に城内から出してやらなければならない。

 我ながら面倒ごとに首を突っ込むなぁ、と自虐しつつも、最近はそれを楽しんでいる自覚がある。騎士団長になったからだろうか。何にしても、村人のままでは得難い経験を色々とさせてもらっているのには違いない。

 後はこれで当初の、花騎士を犯すという目的を達することができればいいのだがね。

 

「ぅ……む?」

 

 扉を開けると、外気が入り混じった廊下の空気がまるで自分を包むようにして通り過ぎ、部屋の中へと流れ込む。一瞬だけそれに煽られてしまい目を閉じる。その後で視線を足元の方へ向けても、声の主であろう猫の姿は見当たらなかった。

 はて……確かに猫の鳴き声は聞こえたし、爪を研ぐような音も聞いた。流石にこれは幻聴ではないと思いたいが、実際にいないのであればこれが現実であろう。

 扉を開けた時に気づかぬうちに部屋の中にでも入ったかとも思ったが、猫ほどの大きさであれば、気配で分かるはずだ。まさかそれすらも悟られないほどに手練れの猫だろうか。

 何となく、扉を開けたまま振り返るのは癪だと思い、一度扉を閉める。これで、この執務室は密室である。猫が気づかぬうちに入り込んでいたとしても、これなら逃げられまい。

 仮に猫がいなかったとしても、他の者に恥を晒すことはない。自分が惨めな気持ちになるだけだ。

 そう思って振り返ろうとした矢先だった。

 

「この世にいるのは馬鹿ばかり、ボクも馬鹿、キミも馬鹿。皆馬鹿」

「!?」

 

 それは、落ち着いていて、だが楽しそうであり、それでいて人を試すようでもあり、しかして単に人をからかうだけのような、何とも形容しがたい、少女の声だった。

 だがそれ以上に、自分以外誰もいなかったはずの執務室の中から聞こえる声に、俺は驚きと共に振り返った。

 

「馬鹿が集まって馬鹿をして、馬鹿話を咲かせて馬鹿な指摘で笑い合う」

「君……いや、お前は」

 

 その視線の先にいたのは、一人の少女だった。癖っ気の強い、頭頂部から生えるアホ毛が特徴的な紅赤の髪をローツインテールにしており、アホ毛を挟むように付いた猫耳を嬉しそうに細かく震えていた。

 

「あぁ、まったく夢のように馬鹿らしい。楽しいね、楽しいねぇ」

 

 ジト目とも好奇の目とも思える目でこちらをニヤニヤと見つめる少女は、満足そうにその目を細めながらも、まるで歌う様に言葉を紡ぐ。……一応は騎士団長であるはずの、俺の執務机の上に腰掛けながら。

 

「バナナオーシャンのキャッツテールはそう思う。さて、キミはどう思う、団長?」

 

 花騎士だった。バナナオーシャンというだけあって、妙に挑発的なバレエドレスにも似たモフモフがスカートの裾先に付いた服装に紅赤と紫の縦縞ホットパンツ。加えて左右で柄の違うオーバーニーソックスなのも、あの陽気なお国柄出身らしい格好だった。

 そんな目の前の少女は陽気のようでいて、気ままのようでいて、上機嫌に目を細めてこちらの言葉を待っているように見える。

 この手の相手は、反発しても無視をしても駄目そうだ。

 端正で可愛らしい顔立ちをしているのに、その特徴的な笑い顔を見て、瞬時にそう思った。

 だからといって、話に乗ってしまっても思う壺だろう。まずは相手の話に乗ったように見せつつ、話を進めよう。

 

「そうだな。まず、馬鹿らしくお前に尋ねたいことがある」

「それは、どうしてここにボクがいるのか、ってことかい?」

「ああ」

「ノックはしたし、声も掛けた。それに反応したキミが、こうして扉を開けて、ボクを中に入れてくれた。だからボクはここにいる。違うかい?」

「……」

「あぁ。ボクの姿が見えなかったことを気にしているのかな? そこは気にしないで欲しい。ボクはどこにでもいて、どこにもいない。そんな猫みたいな花騎士なのさ」

 

 あ、駄目だ。この子、苦手なタイプだ。

 人の話は聞くし、質問にも答えるけれども、それ以上に人を煙に巻くことが好きな子だろう。無視を決め込めば、その内飽きてどこかにいってしまうと思うが、花騎士を名乗った彼女がわざわざここにいる理由は一つしかないだろう。

 何故姿を視認できなかったのかは、彼女の言う通り気にしない方がいいだろう。癪だが、追及したところでこちらが納得できる答えは得られない気がするし、何より話が進まない。

 加えて先ほどの猫の鳴き声と引っ掻き音については、見事に化かされたのだろう。相手は狐を想起させる花騎士ではなく、猫を想起させる花騎士なのだが。……化け猫って存在するのだろうか? というか、猫って化けるの? 怖っ!

 

「なるほど。つまりはお前が、招集に応じた花騎士ということで間違いないな?」

「おや、あまり驚かないのだね。けれども、話が早くて助かるよ」

 

 俺の質問対し、彼女は一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたが、すぐにチェシャ猫が笑ったかのような顔に戻り、両腕に力を入れて執務室の机を押した反発を利用して飛び降りる。

 それから、こちらに向かって歩いて近づき、右手を差し出した。

 

「よろしくお願いするよ。折角お近づきになったのだし、どうせなら楽しくやろうよ」

「……」

「おやぁ? どうしたんだい?」

 

 さて、その差し出された右手を素直に握り返して良いものかどうか。動かずに凝視する俺を見て、キャッツテールはそのことすら嬉しそうに口角を釣り上げる。

 怪しんでいるのだろうか。それとも嫌がっているのだろうか。そんな相手の様々な感情が混沌として渦巻く様子を見るのが楽しくて仕方がないのだろう。俺の勝手な憶測ではあるが、恐らく当たっていると思う。さりとてこの手を握り返さない訳にもいかない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 今この瞬間、俺が動かずにいたのは全く別のことを考えていたからだ。

 

「……よろしく、頼む」

「ふふっ」

 

 あまりよそ事ばかり考えていて彼女の気分を害しても悪いと思い直し、とりあえずはキャッツテールの就任を歓迎しようとその手を握り返した。

 てっきり何か仕込んであるのかと思いきや、特にそんなことはなく、彼女は嬉しそうに笑みを崩さぬまま軽く握ったままの手を上下に振った。

 うっは、めっちゃ柔らかい。ウサギゴケやビオラの手は握っても「俺が守護(まも)らねばならぬ」という気持ちにしかならなかったが、そんな幼女特有の柔肌じゃない。きめ細やかでしっとりとしていて、且つ柔らかさとハリを両立させた、握っていて気持ちの良い手だ。

 うーん、手の柔らかさもさることながら、やはり可愛い。大分癖はあるようだが、それを許してもお釣りが余裕で来るぐらいの可愛らしさ。やはり花騎士になる子は女性としてレベルがかなり高い。世界花は綺麗さや可愛さで加護を与えていないだろうか? 世界花の加護学会というものがもしあるのなら参加して検証してみたいものだ。

 それはさておき、キャッツテールの幼さがやや残るも可愛らしい女性の顔立ち。俺自身の好みとは離れるが、美しさすら感じるしなやかで細身の身体。おっぱいは……残念ながら無いよりの有りだが、それでも服装が服装なだけに確かな膨らみは視認できる。お尻の大きさは流石に分からないが、まあそこら辺はこの際些細な問題だ。

 そして何よりも、何よりも重要なのが……目の前の花騎士は幼女ではないことだった。

 

「……犯してーなー、オイ」

「ん? 団長、今なんて?」

「あ」

 

 ……し、しまったぁああああああああああっ!!

 騎士団長になってからの禁欲生活。最初の一発は花騎士に捧げるんじゃい、と我慢に我慢を重ねて今日まで来た。

 更には性の対象外である幼女二人に囲まれた生活は最早父性すら目覚めかけていたところであり、俺の息子の矛先は他の騎士団の花騎士を遠目に見ただけでも暴れ馬になるぐらいのやんちゃっぷりと化していた。そんな中でドストライクとは言わないが十二分に対象内の花騎士と文字通り触れ合ったせいか、つい本音が漏れてしまった。

 慌てて握り合った手からキャッツテールの顔へと視線を移すが、流石の彼女も俺のとんでも発言の前には耳を疑うかのように目を見開いて眉根を顰めていた。

 いやだが、まだ立て直せる!

 いけるいける。騎士団長に任命された日のことを思い出せ。あれだけ偶然に偶然を重ねて、今もまだこうして騎士団長をやれているではないか。

 これしきの失態。建て直せるって、俺なら! さあ、行け!

 

「ぁ、いやっ、犯し……お菓子があるんだ! 折角だから一緒にどうだい! いやぁ~うん。いいタイミングで来たねぇ~うん!」

「ふ~ん……」

 

 よぉし、バレてない、バレてなーい……というか、バレないでくれ!

 何だかものすごく面白い玩具を見つけたかのような顔を、キャッツテールがしているような気がするが、このまま本当にお菓子を与えて今日は解散にしよう、そうしよう。

 そうすれば、明日にでも忘れてくれる。きっと、恐らく、多分。

 

「それじゃあ、折角の申し出だ。ご相伴に預かるとしようかね」

「あぁ、ケーキもあるからな! 甘いものは好きか?」

「特に好きでもないものを渡すそのセンスに。ボクは大いなる称賛を送ろう。にゃおにゃおにゃお~」

 

 ぐっ、こいつ……分かっている。分かっていやがる。その上で、こっちの様子を楽しんで見ている。

 だがバレた手前、そんな安い挑発には乗らないし、見え見えの罠を踏みはしない。

 

「そうか。なら今後の参考に聞いておこう。何が好きだ?」

「ボクの好きな食べ物は納豆で、カラシ入りの納豆は食べたくない。でもでもカラシは大好きで。けれども……カレーは大嫌い」

「うん……ん?」

「ご飯も好きじゃあないけれど、お寿司は大好きで、お刺身だけは遠慮したいね」

「……」

「……わぁ、訳が分からないって顔をしているねぇ? そういうのは大好きだにゃぁ」

 

 そうだよ。癖が強すぎるんだよ、お前。これで可愛いのだから始末に負えない。

 手に余る、とまでは言わないが、手が焼けそうだと思えたし、彼女を御そうと思ったら、手がいくつあっても足りなさそうだ。それこそ猫の手も借りたい。

 けれどもおやまあ、見てみましょう。目の前にいるのは、まるで猫のような花騎士ではありませんか。ちょっと奥さん、彼女の手を借りればキャッツテールを御せるのではなかろうか?

 ……ちくしょう、既に思考回路がキャッツテールの術中にハマっている気がしてならない。

 けれども駄目だ。彼女に手は出せない。

 あぁ、なんてことだ。折角幼女ではない花騎士が来てくれたというのに。こちらの思惑がバレてしまった以上は、彼女のご機嫌伺いをしながら次の花騎士を待つしかないではないか。

 滾った息子の矛先はむなしく空を切り、行先こそ決まったものの狙い撃てない性の高ぶりは、夜の執務室で右往左往する。

 あぁ。無常なるかな、騎士団長。これもきっと、神様の嫌がらせに違いない。

 

 

※※※

 

 

「ビオラ。済まないが、ここに書かれてあるものを買いに行ってくれないだろうか? お金はこの袋に入っている。十分に足りると思う」

「分かりました! にこー」

「それとウサギゴケはキャッツテールを呼んできてくれ。その後はビオラと合流して一緒に買い出しに行ってくれ。頼めるか?」

「了解なの」

 

 あの後、キャッツテールにはケーキやらお煎餅やらを御馳走し、そのまま花騎士寮の空いている部屋へと案内して別れた。

 そしてその翌日となった今日は、昼前からの出動である彼女を待ちながら事務仕事を進めていた。

 

「それじゃあ、団長さん。行ってきます、ふにー」

「行ってくる、の」

「気をつけてな」

 

 こちらの指示に対し、彼女たちは二言返事で笑顔を見せて執務室から出て行き、仕事に向かった。うーん、本当に素直で可愛くて良い子たちだ。これでそう、ベイサボールでいうところの、股間のストライクゾーン内なら完璧だった。

 とまあ、そういう感じでいつも通りの日常に戻り、慣れない騎士団長生活に勤しみ、俺がキャッツテールを犯すのを諦めるとでも思っているだろう、俺の中の神様は。

 俺が彼女にへいこらしながら、騎士団長生活をする姿をほくそ笑んでいるに違いない。

 

「……ふふふ」

 

 ……ヴァカめ! あれしきのことで俺が諦めると思ったら大間違いだ!

 此度の好機は正に千載一遇。そう簡単に逃してなるものか!

 既にその準備は整えてある。犯すのにおあつらえ向きの場所を用意してな、フゥーハハハ!

 

「おや、団長。何やら楽しそうにしているねぇ? 何か悪いことでもあったのかい?」

「……っ」

「おやおや。どうしたんだい? 豆がハト鉄砲を喰らったような顔をして」

 

 さっきまで執務室にいなかったはずなのに、気づいたら部屋の中にいる。気にするなと言われても昨日今日でこの神出鬼没っぷりに慣れろというのは少し無理がある。

 というか、これではウサギゴケと入れ違いになってしまうではないか。彼女には申し訳ないことをした。すぐにでもウサギゴケを追いたいが、この後の計画のためにも敢えて追わない。

 すまない、ウサギゴケ。後でお詫びにケーキをあげるから許してくれ!

 

「い、いや。ちょうど呼びに行こうと思っていたところでな」

「おやまあ、それはそれは。団長直々のご用命だ。そしてそれはボクの初仕事でもある。謹んで、傾聴するとしようじゃあないか」

「……」

「おや? ボクの態度がお気に召さなかったのかな? これでも真面目な態度で命令を待っているのだけれども」

 

 嘘つけ、絶対楽しんでいるだろう。いや、怪しい笑みや口調のせいで誤解されるだろうしさせただろうけれども、確かに今の彼女は真面目にこちらの命令を待っている。

 その上で、楽しくやろう、つまらないのなら楽しく変えようとしているのだろう。昨日今日ではあるものの、何となくだがキャッツテールはそんな女の子のような気がしている。

 まあ、昨日の俺の失言を聞いて、更に面白おかしくなっているのは間違いなさそうだが。

 

「いや、それならいいんだ。そこまで畏まって貰うほどの仕事ではないから、逆に気が引けてしまってな」

「へぇ。一体どんな仕事なんだい? その様子だと害虫討伐任務、という訳ではなさそうだ」

「だとしても、流石に一人で討伐任務には行かせない」

「ふむ。我らが騎士団長様は、花騎士に随分とお優しいようだね。では、その仕事の内容とは?」

「簡単な仕事だ。ブロッサムヒル城内にある、騎士団共同倉庫の整理整頓。あまり使われていない第四倉庫だな。一応掃除も含まれるから余程のことがない限り、今日一日は人の出入りはないようにしている」

「なるほどねぇ。気合を入れてやる必要はありそうだけれども、やる気が出る仕事ではないね」

「そうなるな。まあ、うちは騎士団と言ってもこんなものだ。申し訳ないが、よろしく頼む」

「気は進まないけれども、これも仕事。それに、団長に頭を下げられては、ボクも無碍には出来ないというものだ」

 

 俺が手渡した仕事内容の書かれた用紙を見て、キャッツテールは少し嫌そうな顔をしたものの、こちらの言葉に肩を竦めてから用紙をヒラヒラと揺らして遊ぶ。

 そもそも彼女がこの案件を受けてくれないことには始まらない。まずは第一関門突破というところか。

 

「場所は分かるか? ……分からないなら案内するが」

「あぁ。そこまで気を使わなくても大丈夫。昨日の内に城内の構造は把握済みさ。それでも分からなければ、人にでも聞くさ」

「そうか。なら早速仕事に掛かって欲しい」

「了解。それじゃあまた」

「むっ……む?」

 

 彼女がわざとらしく俺の鼻先に用紙を返し、視界全体がそれで埋まる。不意を突かれながらもそれを受け取り、小言の一つでも言おうと視線を戻すと、既にキャッツテールの姿は無かった。

 二の矢は上手いこと躱されてしまったが、仕事自体はすぐにでも始めてくれる様子だった。

 

「……」

 

 まだだ、まだ笑うな。近くにまだ彼女がいるかもしれない。

 しかし、しかしだ。キャッツテールよ、話をちゃんと聞かなかったのかい?

 共同とはいえ入り口が一つだけの倉庫。それに、人の出入りは今日一日ほぼない、とも言った第四倉庫。

 そこにうら若き乙女が一人。その後に忍び寄る性欲を持て余す雄が一匹。

 ……今の俺が、何もアクションを起こさずに終わらせる訳がないだろう?

 

「おっと、いけない、いけない」

 

 場と条件は整った。今度こそ、後は実行するのみ。すぐに後を追って閉所での性欲発散会を開催したいところではあるが、彼女もあれで一筋縄ではいかないだろう。

 ここは一つ。少し時間を置いて、油断したところで見回りと称した突撃を行い、そのまま性の赴くままに営みを行おうではないか。

 そのためにもまずは目の前の書類を手早く片付けてしまおう。

 

 

※※※

 

 

 花騎士騎士団の共同倉庫は全部で五つある。第一から順に、医療関係、衣服関係、食料や酒類、備品関係、武具関係がそれぞれ収められている。

 言わずもがな、第一から第三までは人の出入りが多い。特に第一は討伐任務などあった際は常時解放されていると言っても過言ではない。また、お酒好きな花騎士たちが第三倉庫に入り浸っている、という話も風の噂で聞いたことがある。

 第二倉庫に関しても第一、第三程ではないが、裁縫好きな花騎士や着飾るのが好きな花騎士たちがちょいちょい利用しているとか何とか。

 それら三つの倉庫に対して、第五倉庫は扱うものが扱うものなだけに、他四つの倉庫から離れた場所にあり、人の出入りもまばらである。

 が、これもまた防衛任務等があれば当然解放されて大砲の弾やら何やらが運び出される。倉庫の中でおセッセの最中に城下町が害虫に襲われ、人が入ってくるというパターンが無きにしも非ず。一日出入り禁止にしようにも、害虫討伐が最優先である以上、出来る訳がない。

 

「ふん、ふふーん」

 

 しかし、第四倉庫は話が別なのだ。

 第一から第四まで連なって並んでいるので隠れて営みをする、という意味での立地条件としては第五倉庫に劣る。だが、人の出入りが少ないという意味ではこれ程好条件な場所は城内でもなかなか見つからないだろう。

 備品と言っても、置いてあるのは木の角材だったり、国からの支給品である羽ペンやインクだったり、羊皮紙だったりするのだが……余程のことがない限り、大体の騎士団は自前のものを使っているのだ。

 別に書類提出の際に指定されたペンやインクがある訳でもなく、確認の際の印も別にサインで良いとされているため、「なら普段使い慣れているものでいいやー」となる訳だ。

 当然、私物を使う場合の経費など支払われないので、そちらを選ぶと自費になる。だが、国が支給する使い勝手の悪い、または自身に合わないものを使うぐらいなら、仕事をする時ぐらい好きなものを使いたいと思うのもまた確か。

 故に大半以上の騎士団はそれぞれが好き勝手な私物で書類を作成したり、執務室に小物を置いていたりする。……まあ、流石に公式書類に可愛いウサギのスタンプとかは許されないのだが。

 

「キャッツテール、いるか? 入るぞ」

 

 ともかく。他の倉庫に比べて、第四倉庫に出入りする者はまずいない。更に言ってしまえば一日出入り禁止にすればまず誰も来ない。

 そして、連なっているとはいえ倉庫は倉庫。それなりに頑丈に作られており、こうして入って後ろ手で扉を閉めて内鍵を掛ければあら不思議。やや薄暗い密閉空間の出来上がりである。

 執務室とは違って、防音効果もバッチリである。倉庫内で爆発でも起きない限り、音が外盛れする箇所はそれこそ扉しかない。つまり、倉庫の奥の方で致していたらまず中で何をしているのか分からない。

 つまぁり! 上司である騎士団長が! 部下である花騎士を犯したところで! 何も問題はないのである!

 

「……キャッツテール?」

 

 まあ、そのお相手であるキャッツテールがいないのですけどね。大問題かよ。大問題だよ!

 もしかしてサボタージュですか? それとも、こちらの思惑がバレたか?

 いやしかし、バレたところで一度仕事を受けた以上、この倉庫内にいて然るべきのはず。

 だが、最初からこちらの思惑がバレているのであれば、敢えて仕事を受けたフリをした後に放棄した可能性も否定できない。長い間務めた騎士団ならいざ知らず、キャッツテールは今日が初日で初仕事なのだ。犯される、と分かっているのならばサッサと辞めてしまってもおかしくはない。

 そう思考を巡らせながら、倉庫内の左端の壁棚から順に棚を見ていく。一つ、二つ、三つ、四つ……そして右端の壁棚。

 うむ。やっぱりいない。つまりこれは、俺が急きすぎた結果か。急いては事を仕損じる、とは何かの本で覚えた言葉だが、正にその通りの状況になってしまった。

 

「う、ぐぐぅ……」

「おや。団長じゃあないか。そんなに頭を抱えてどうしたんだい? 頭痛薬なら、第一倉庫にあるはずだけれども」

「っ!? キャッツテールか」

「その通り」

 

 自身の失態を見せつけられて軽く絶望したところに、頭上からキャッツテールの声がした。

 慌てて声のする方へと視線を向けると、そこには棚の上で……まるで猫のように丸くなっている彼女の姿があった。いや、いたなら返事をしてくれよ。

 

「上から失礼。整理していた時に丁度良い空間があったのでね。収まってみたらまあ居心地が良くて」

「仕事をサボっていた訳ではない、と」

「もちろん! これは所謂小休止みたいなものだよ。キミが来てくれたおかげで、思わぬ発見もあったからね」

「……」

 

 そう言って、ニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろすキャッツテールを、こちらは忸怩たる思いで見上げる。なるほど確かに。彼女が好きそうな空間だろう。

 危なかった。彼女がいないと決めつけて、計画のあれやこれやを独り言として呟くところだった。

 

「話は分かったし、休憩中なのも良いだろう。だが、上を向き続けると首が痛い。話をするなら降りてきてくれないか?」

「それは、その方がボクを犯しやすいからかい?」

「っ! やはりお前っ」

 

 最初から分かっていたか。いやまあ、それは想定内ではあったが、今この瞬間にそのことを口にするか。

 何か思惑があるのか? それともただの牽制か?

 後者ならば関係なく犯させてもらうが。

 

「態度はともかく視線は気を付けた方がいい。あんなに貪るような目をされてしまっては、余程鈍い子でもない限り分かってしまうよ」

「……分かっていて、その上で俺の前に立つ、と?」

「ふふっ、団長は猫がお好きなご様子だ。なら……惑わされるのも大好きだろう?」

 

 棚の上から器用に飛び降り、俺の前に立って笑うキャッツテールを見て、実は罠ではないのかと錯覚する。

 手を出したらそう、それこそ彼女の持つ鎌で手首ごと、犯そうという意志を刈り取られそうな罠があるのではないだろうか。しかし、今はその手に武器は無く、あるのは精々挑発的と思われる態度だけだ。

 

「なら話は早い。お察しの通り、最初からそのつもりでな。悪いが、俺の性欲のはけ口になってもらおう」

「その前に質問を一ついいかな?」

「……なんだ」

「どうしてボクなんだい? 花騎士なら先任のウサギゴケやビオラがいた。けれども彼女たちはキミに犯された様子はなかった。そして、花騎士に限らないのであれば、こんな策を弄さずとも犯せる相手はいたはずだ」

 

 笑みをやや潜め、代わりに好奇の目をもって問いかけてくるキャッツテールの言葉に、俺は即答できなかった。

 彼女の言う通り、花騎士ならばウサギゴケやビオラがいる。しかし、彼女たちは俺の射程もとい射精の範囲外だ。これは今更確認するまでもない。

 けれど、花騎士以外、と問われてしまうと上手く言葉が出てこなかった。

 言われてみれば、騎士団長になってから花騎士のお尻ばかり追いかけていた気がする。いやまあ、お尻だけじゃなくて胸も凝視していたけれども。アイビーのおっぱいとか最高でした、ハイ。

 ……じゃなくて。キャッツテールの言葉通り、そこら辺の一般女性相手ならば、こんなに苦労はしなかっただろう。

 花騎士を犯したい、とはあの日、あの時、まだ准騎士であったサクラを見て思った。それは今も変わらない。別にサクラじゃなくてもいい。こちらの性の対象内な花騎士であれば、犯したいと思っている。

 でも、俺は何で花騎士にこだわるのだろうか? 性欲処理だけならば花騎士以外の女性でもいいはずなのに。

 禁欲生活をして、目の前のキャッツテールにバレる程の性欲を持て余してまで花騎士を犯すという目的を果たそうとしているのは何故だ?

 それこそ、「花騎士を犯す」という目的を果たすためだけなら、もう少し上手く立ち回っても良かったはずだ。

 ……無理な禁欲生活をせずとも、お金を払って風俗にでも出かければ、もう少し上手く目の前の花騎士を犯せるはずだったろうに。

 ……ん?

 あれ、もしかして……俺って。

 

「答えられないのか。それとも答えたくないのか。まあ、どっちでもいいけどね」

 

 押し黙ってしまう俺を見たキャッツテールは初めて出会った時と同じような笑みを浮かべ、一瞬だけ俺の後ろへと視線を走らせた。

 が、自己分析している俺はそんなある意味で隙ともいえる彼女の動作を前にしても行動が起こせずにいた。

 そして、自己解析が終了し、認めたくはないけれども認めなければならない事実に直面した。

 

「もう分かってると思うけど。ボクの好みはねぇ、人を煙に巻くことなのさ。混乱させて、惑わせて、困らせて、色んな表情を見るのが大好物」

 

 キャッツテールの言葉が耳に入らない程の衝撃だ。しかし、この事実は受け入れなければならない。

 俺はもう、花騎士以外の女性には欲情しない身体になっている、ということに。

 

「だから思ってる。予感は的中した。君は……食べがいがある」

 

 何てことだ。でも間違いない。騎士団長に着任してから、准騎士や花騎士を犯そうと画策や観察して息子を上げたり下げたりはしていた。

 しかし、花騎士ではない女性に対しては、例えドストライクに好みの容姿をしていても、息子がサムズアップすることはなかった。……なくなっていた。

 ナニコレ……騎士団長の呪いか何かか? 俺は正規の騎士団長でも何でもないのに? 嘘だろ怖すぎだろ。

 

「……そうか。なら、食べられる覚悟もあるということだな?」

「ふふっ」

 

 何かもう、一つの質問で衝撃的過ぎる事実が判明してしまい、色々と混乱している。

 ごちゃごちゃと考えるのは後回しだ。こうなったらもう、開き直って目の前で不敵に笑うキャッツテールを犯す。

 その後のことはその後で考える。

 

「――ぃ、さぁん?」

「っ!?」

「おっとぉ。どうやら来てくれたようだね」

 

 両手の指をワキワキさせて、さあ犯すぞと思った瞬間、扉の方から声がした。聞こえ辛く、言葉も途切れ途切れではあるが間違いない。

 これは、ビオラの声だ。

 

「ふにー! 鍵が掛かっています」

「んっ。鍵穴から中の様子を伺うの」

 

 意識を扉の向こうに集中させると、ビオラに続いてウサギゴケの声も聞こえてくる。

 馬鹿な。彼女たちは買い出しに行かせたはずだ。

 悪いとは思いつつ時間を稼ぐために沢山の量……は流石に可哀そうなので、色々な物を買わせるために。それこそ、街中を駆け回らないといけないレベルのだぞ。

 一体何故? そしてどうしてここにいると分かった? 彼女たちにこの仕事は伝えていなかったはずなのに!

 

「おや団長。人の話をちゃんと聞かなかったのかい?」

「何?」

「分からなければ、人に聞く。丁度部屋を出て少し歩いたらウサギゴケと出会ってね。倉庫の場所を教えてもらうついでに、ボクの仕事の内容も教えたのさ」

「……それで、ウサギゴケが入れ違いになった、と報告しに来なかったのか」

「ふふっ。キミは随分とあの子たちに好かれている様子だね。倉庫の整理整頓が一人では大変そうで、団長の手を借りなければならないかも、と言ったら、買い出しをすぐにでも終わらせて手伝いに行くと言ってくれたのさ」

「なるほど、な」

 

 このままキャッツテールを犯せば、あの二人に助けを求めるだろう。内鍵は掛けてあるが、そのまま無視して事に及べば、どうなるかは想像に難くない。

 かといって、二人を倉庫内に招いた後に犯そうとしても、それは俺自身の倫理上の観点から出来ない。

 だって教育に悪いだろ! 二人はまだ子どもだぞ! どこの世界に、人の性行為を見せつけながら性について学ばせる奴がいるというのだ! 善意なら有難迷惑、趣味だとしたらとんだド変態だよ!

 ……ふふふ、八方塞がりとは正にこのことか。

 だが、いいだろう。既にこちらの思惑は、目の前でしたり顔の花騎士にバレている。

 ならば、キャッツテールが周囲に言い触らさない以上、宣言するのも悪くない。というか、彼女の場合はそれすらも面白がって、絶対に言い触らさないだろう。そんな妙な信頼感すら覚える。

 

「……ここは大人しく引き下がろう」

「おやおや。それはありがたいね。初体験が薄暗い倉庫の中とは、流石のボクも御免被る」

「だが、覚えていろ。俺は、必ず、お前を犯す」

「ふふふっ、やっぱりキミは楽しめそうだ」

 

 互いが互いを見据え、宣言をする。

 一方は目の前の者を犯すという犯罪予告を。もう一方は目の前の者で楽しもうという愉悦の期待を。

 どちらかが勝つか負けるかの勝負ではないが、初対面の印象通り、これは一筋縄ではいかない戦いになるだろう。

 だが、そんな勝負も開始と同時にひとまず休戦だ。

 まずはビオラとウサギゴケを中に招き、キッチリと倉庫内の整理整頓と掃除を終わらせなければ。

 話はそれからになるだろう。

 長い戦いにならなければいいが……。

 

 

続く?

 




話が進むごとに文字数増えるの何なんですかね…


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MURABITO団長と花騎士④

・またまた続いてしまった
・某所産のネタからの逸脱&拡大解釈
・ノリと勢いだけで書いたので相変わらず誤字脱字乱文あり
・何なら推敲もしておりません
・神様のご都合主義展開
・もはや個人的解釈を超えた何か


上記が許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ


 

 

 

※※

 

※※※

 

 

 最近、よく夢を見るようになった。

 村人だった頃からたまに見ることはあったが、連日見る程ではなかったと思う。

 その夢の内容も決まって同じであり、それを見る度に「いつものか」と思う程度には慣れているので、そこまで気にはしない。

 そもそも、夢の中で「これは夢だ」と気づいたとしても、朝起きれば忘れてしまうのだ。

 故に「よく夢を見るようになった」という言葉も、今夢を見ているこの中だからこそ言える。

 そして、本来であればあり得ない視点から過去の出来事を見返せるのも、これが夢の中だから、と気づいているからこそ言えるのだろう。

 

『あの、ありがとう、ごぜぇ……ございます』

『一人で立てますか?』

『あっ、大丈夫だ……です』

 

 しかしまさか、害虫に襲われたからとはいえ無様にも尻もちをつき、助けてくれた自分よりも若い女の子に心配された挙句、そんな彼女に見栄を張ろうと小鹿のように足を震わせながら立ち上がる自分の姿を見ることになるとは思わなかった。

 恥ずかしい。状況が状況とはいえ心底恥ずかしい。

 加えて、命の危機に瀕して半分混乱しているとはいえ、自身を助けてくれた当時准騎士のサクラを犯そうとしているのだから救いようがない。

 花騎士の騎士団長となったきっかけではあるが、こうも当時の情けない俺の姿を客観的に見せつけられると、我がことながら「こいつは阿呆ではなかろうか?」と思ってしまうのだから不思議なものである。

 自慰の途中では興奮していたものの、いざその行為が終わると冷静に物事を見て、把握して、自分が先ほどまでしていた行為に対して冷めた感情を持つようなものか。……違うか。

 とにかくだ。折角の夢なのだ。夢路なのだ、ドリームなのだ。目を覆い、天を仰ぎたくなるような恥ずかしい過去ではなく、花騎士たちとズッコンとバッコンしているハーレムな都合の良い夢を見られなかったのだろうか。

 安くて薄っぺらい上に都合の良い夢想ではあるが、自身の理想が煮詰まっているのは間違いない。仮に毎回客観的視点で見せつけられるとしても、そちらの方がよっぽどマシなのだが。

 それに一体全体、何が哀しくて自分の恥と黒歴史と後日トラウマともなる出来事を見なければならないのか。

 ……もしかして、夢に見る程サクラのことがトラウマなのか?

 

『私たちがもう少し早く到着していれば、被害ももう少し減らせたでしょうけれど。ごめんなさいねぇ』

 

 閑話休題。

 それにしても、だ。改めて見返してもサクラは美しい。

 夢の中で、しかも過去の出来事であるが故に美化されている部分はあるかも知れない。けれども、仮に美化されていたとしても遜色ないのが彼女であり、むしろ美化が間に合わないまであると思う。

 絶世の美女、という言葉をどこかで見たことはあるが、男を狂わせるという意味では「魔性の女」も「絶世の美女」も同じ言葉に思えてくる。

 だからこそ、過去の俺はサクラを犯そうとトチ狂い、更にはその後も花騎士を犯そうと奮起する訳だ。

 ……だが、本当にそうだったのだろうか?

 

『い、いえ。俺……僕らからしてみれば助けてもらっただけでも』

『うふふ、ありがとうございます』

 

 過去の自分の思考や行動を否定するつもりはない。

 あの時の俺は確かに、生命の危機だったし、目の前に容姿端麗のサクラがいたし、性欲を持て余していた。それらが煮詰まった思考のまま彼女を犯そうと行動したのも、今になって考えて見ても阿呆ではあるが当然の行動だったと思う。

 ならば、その後はどうだ。

 

『では、これで失礼しますね~』

 

 夢を見る俺の思考が巡る。それに合わせるかのように、目の前にいる過去の俺と准騎士のサクラが目まぐるしく動き、彼女と別れるところまで進んだ。

 俺は、過去の俺は、ここでサクラを犯せないと悟り、諦めた。けれども花騎士という存在に惹かれ、犯そうと一念発起した。

 彼女を犯せない、と手を引いたのは、愚かな過去の行動の中では最善ともいうべき英断だっただろう。その上で、サクラという女性、ひいては花騎士という存在に惹かれたのも分からなくもない。

 けれども、そこから花騎士に限定して、心の底から犯したいという思考に移ったのは何故だ。それも、早速最初の一歩目であり、且つきっかけでもあった花騎士のサクラを諦めた後なのに、だ。

 まだ見ぬ花騎士も、サクラと同じように美しい子が多いと思ったから?

 それは間違いないだろう。結果として花騎士の騎士団長を務めることになったが、花騎士の名を冠する者たちは例外なく可愛いか、美しいかのどちらかだった。

 というか、花騎士になるものは容姿端麗を確約された者しかなれないのではないのだろうか。そう考えると、花騎士たちに加護を与えている世界花は相当な面食いな気がしてくる。

 まあ、世界花が面食いかどうかは議論の余地があるだろうが、結論としてはこの考えは当たりだったわけだ。

 では、サクラは無理だったが、他の花騎士ならば事に及べる可能性に掛けた?

 これは半分正解と言えるし、半分は間違いだったと言える。実際、花騎士を犯すために金銭以外の知識や身体を鍛えようと決心し、実行してきた。

 そして、花騎士の中にはウサギゴケやビオラといった、戦士と言うにはまだ幼い子たちがいたのだ。騎士団長、という近い立場にいなくとも、街中で彼女たちと出会えば強引に事に及べていたと思う。

 問題はそんな幼い彼女たちは自身の性癖外であることと、俺が狙う性癖対象内の子たちは大半が事に及ぶ前に、逆に組み伏せられそうだということだった。

 半分の間違いだったと思うのは、一般人が多少自慢できる程度に鍛えたところで、世界花の加護を持つ戦士に勝てるはずがない、という一点に尽きる。拘束すれば話は別だろうが、その前に何かしら反撃が来そうな気がする。

 いやまあ、アイビーのような子なら好機さえあれば、にゃんにゃんすることができただろう。そう思えばあの時事情を知らぬまま関係が進展していけば、あの恵まれ過ぎた身体を堪能できたかもしれない。

 それを思うと逃がした魚はあまりにも大きすぎた。

 

『答えられないのか。それとも答えたくないのか。まあ、どっちでもいいけどね』

 

 准騎士のサクラと別れ、その後姿が虚空に消えると同時に、キャッツテールが入れ替わる形で姿を現し、いつもの笑みでこちらを見据える。……のは別にいいのだが、問題は登場の仕方だ。

 最初に声だけが聞こえたかと思ったら、目の前には暗闇の中に浮かぶ二つの瞳。それに驚いて仰け反ってしまう俺を見て、その瞳は細まり、口角の上がった笑みがそれに合わせて現れる。

 その後で、ようやく全身の姿を見せるのだ。これを驚かずして何に驚けというのか。

 その上、俺個人の夢の中だというのに、彼女はその夢を見ている側であるはずの自分へしっかりと顔を向けている。それはこちらが今立っている場所から移動しても、顔の向きはそれに合わせて動かすのだから、キャッツテールが俺の夢に介入していたとしても不思議ではない。……いや、こえーよ。

 

『君が最早、花騎士でしか欲情しないのは疑いようもない事実だ』

 

 キャッツテールが人の夢に介入してこないのであれば、きっと彼女の役割は俺自身に対する確認と問いかけなのだろう。現実でも似たような問いを投げかけられたからこそ、適任であると言える。

 というか、彼女から疑問をぶつけられなかったら、今頃もこんな夢を見ず、元気に花騎士をどう犯そうか画策していたと思う。

 沈黙する俺に対し、彼女は過去では聞かなかった言葉を投げかけてくる。

 

『でも、問題はその前だよ。キミはそもそも、どうしてそこまで花騎士にこだわるのかな?』

 

 何時の間にか笑みを消して、真っすぐに、茶化すことなく、こちらを見つめてくるキャッツテールを前にして、俺はあの時の倉庫でのやり取りと同じく、すぐに答えを出すことが出来なかった。

 以前の俺ならば「花騎士を犯したいと思ったからだ」と即答できていただろう。仮に同じ質問をキャッツテールがあの倉庫内でしてきたのならば、他に誰も聞いていないことが前提だが、同じように答えたと思う。

 ……けれども、今はそうではないような気がする。

 花騎士の騎士団長になってから、俺の考えは変わってしまったのか?

 否、花騎士を犯すという目的は変わっていないから、そこはブレていないとは思う。だが、何か違和感を覚えるようになったのも確かだった。

 それが何なのかは、考えるだけでも頭の中に霞が発生したかのように思考がまとまらなくなってしまう。

 そう考えるようになってしまったのは、間違いなくキャッツテールとの出会いが原因だろう。

 ……そしてやはり、花騎士の騎士団長になったから、というのもあるかも知れない。

 

『……』

 

 そんな頭の中で渦巻く思考に合わせるかのように、気が付けば目の前にいたキャッツテールの姿はなく、俺の周辺の光と色が失われていた。いや、白と黒の色だけで表現された灰色の世界とでも言うのだろうか。そんな世界の上に一人立っていた。

 天を仰げば、絶え間なく雨のようなものが降っている。しかし、その雨には臭いがなく、また触れた際の感覚もない。冷たいのか暖かいのかすら分からない。

 まるで濡れたネズミだな、と心身が重く感じる中、頬を伝って流れ落ちる雨粒に何ら不快感を覚えないことに、思わず笑いだしたくなってしまう。

 

『っ!?』

 

 そんな中だったからこそ、目の前の風景が光と色を取り戻した時、咄嗟にそれらを直視しないように右腕で顔を庇わせた。光が眩しい。まるで、薄暗い部屋の中から真夏の日光が周囲を照らして反射させるような屋外へ出た時のような感覚だ。

 

『……ぁ』

 

 光に慣れ、恐る恐る腕を下ろして先の光景を見ると、そこは彩りある世界が広がっていた。

 灰色のこちらの世界と見えない壁のようなもの境にして、青い空が広がる晴天の下、緑の野原が広がっており、そこに座って笑い合う花騎士たちの姿が見えた。

 初めて間近で見た花騎士、サクラ。俺の初めての副団長であるウサギゴケ。アイビー、ビオラ、キャッツテールもいる。

 

『……ぐっ』

 

 これまで自分が出会って話をした子たちか、などと感慨にふける暇もなく、俺の意識はまるで何者かに首根っこを掴まれて持ち上げられるような感覚と共にこの場から遠ざかっていく。

 膝から崩れ、濡れているのか濡れていないのかも分からない水たまりの上で、俺は最後まで談笑している花騎士たちを見つめ続けた。

 例え、彼女たちが俺に気づかなかったとしても。例え、俺が彼女たちの元へと行けなかったとしても。

 例え、毎回このような夢の終わり方をするとしても。

 俺は彼女たちの世界を見続けようとするだろう。

 何故ならば、俺、は――。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「おぉう、いぇあ……」

 

 最近、寝覚めが悪い。

 別に他の騎士団の団長みたく、三日三晩戦い続けただの、長期遠征をしただの、徹夜で書類を作成したとかいう、無理無茶無謀なことはしていない。

 ならば、寝ている間に何かあるのかも知れない。例えばそう、悪夢を見るとかだ。

 

「うぅ、ん」

 

 しかし、目がしぱしぱするような感覚に耐えながら上体を起こし、完全に起床する前に考えて見ても、特にこれといった夢を見ていないような気がする。

 そうなると、やはり慣れない団長業が……とも言い訳したいが、もうこの生活も二か月経った。流石に色々と慣れてきたが故に、それを不調の原因とするにはいささか言い訳じみているだろう。

 驚いたのも、騎士団長の初任給が思っていた以上に多かったことぐらいだ。民や国を守る花騎士の命を預かるだけあってか、村人時代からは考えられないような賃金だ。

 ……まあ、半分ぐらいは花騎士たちへのご褒美や一緒に外食した際の支払いに使われたのだが。

 

「……今日も一日、頑張りますか」

 

 今だ危険な討伐任務などをこなしていない、駆け出しもいいところな騎士団ではあるが、安定はしている。

 だからこそ、今のうちに手頃な花騎士を捕まえて夜のお勤めに精と性を出したい。そしてさっさと罪を問われる前にオサラバしたい。

 分かってはいる。分かってはいるのだ。

 しかし、寝起きということと、最近の目下の悩みが手伝って、イマイチやる気が起きなかった。

 実のところ、寝覚めの悪い原因はその悩みにあるのではないだろうか。

 

 

※※※

 

 

「ほい、団長。キミの為に王城から拝借してきたよ」

「拝借ってお前……」

「何、大丈夫。言葉の綾さ。キミは心配することなんてない。返さず使ってもいいし、自分の為にそんなことをする女がいるんだと、喜びを噛み締めてもいい」

「いやいや、いやいやいや」

「あぁ、もちろん冗談さ。ちゃんと付いてきてるかい?」

「あ? あぁ……まあ、大丈夫だ」

「そりゃ結構」

「……」

 

 これだけは断言しよう。

 花騎士のキャッツテール。彼女は決して、悪い子ではない。

 朝の執務室。キャッツテールが冗談めかして執務机を挟んで渡してきた書類封筒は、ちゃんと見れば受取先がこちらの騎士団宛てになっている。が、それを確認するまでは分からない。彼女なら本当に拝借してきそうであり、実際出来るのだろう。

 その可能性がある以上、こちらとしては反応しなければならない。もし、本当に拝借してきたものを渡され、いつもの冗談だと思ってこちらが勝手に使ったとなったら大問題だ。

 ならば、その冗談を止めるよう叱責すればいいのだろうが、彼女は花騎士として優秀なのだ。頼んだことはすぐにでもやってくれるし、簡単な討伐任務であれば他のウサギゴケやビオラの手も借りずにこなしてくれる。

 事実、キャッツテールが我が騎士団に配属されてからの任務の半分は、彼女が達成したと言っても過言ではない。

 素行が悪いわけではない。寧ろ、騎士団所属の花騎士としては上司である自分の命令やお願いをちゃんと聴き、ウサギゴケやビオラとの仲も良好。それどころか、二人にために色々と手を回してくれている様なのだ。

 上司をからかってくる、という点は注意するべき点だろう。が、それは俺と彼女との関係上なかなか難しいのである。

 

「それじゃあ、良い事をした子にはご褒美が必要だと思わないかい?」

「あぁ」

 

 とにかく、彼女の言動が手に余るのだ。言い換えて良いものか分からないが、素直ではない、と言ってもいい。

 キャッツテールは混沌を求める。

 森で道に迷った者が、仮に二手に分かれる道の前で出会った彼女にどちらを行けばいいのか尋ねたとしよう。彼女はその者が急いでいるのかどうかや目的を聞いた上で、面白おかしくそれぞれの道を進んだ結果を教えてくれるだろう。

 ……けれど、それだけだ。

 決して、「急いでいるのなら、こっちの道が良い」とか「こっちの道は危険だから、止めておいた方が良い」とは言わない。

 あくまでも道のことやその道を通る者のことを教えてくれるだけであって、決める事はしない。選択権を相手に譲ったまま、話を聞いた者を更に悩ませるような真実ではあるが戯言で惑わす。そして、それを聞いた相手の姿を見るのが好きな子なのだ。

 だからこそ、困るのだ。

 素行も、態度も悪くない。花騎士としては優秀で、今はウサギゴケとビオラのみではあるが、周囲との関係も良好。

 そんな子が、俺だけに対しては煙に巻くような飄々とした態度をよくするのだ。

 そして何よりも一番大問題なのは、キャッツテールに対して、「お前を犯す」と俺が宣言してしまったことにある。

 やる気とヤる気はあります。バッチリでございます。が、それを活かせる好機が来ない。まさか白昼堂々とキャッツテールを襲う訳にもいかないし、そもそも彼女がそんな隙を見せると思わない。

 それならば、と夜間にそれとなーく俺だけがいる執務室に呼んだことも何度かあった。だが、それらも上手いこと回避されるか、煙に巻かれるか。もしくは彼女が姿を隠すことで有耶無耶にされるかのいずれかに終わった。

 というか、消えるのはズルいだろ、消えるのは。

 

「ふふっ……」

「……」

 

 兎にも角にも、そんなこんなで無警戒にこちらへと近づき、大人しく頭を撫でられるキャッツテールの行動すら、何かあるのではと疑って手が出せない。……いやまあ、彼女の頭を撫でているので手は出しているのだが。

 いやむしろ、こちらが性的な意味で手を出せないと分かっているからこそ、彼女はこうして俺をからかっているに違いない。

 無論、彼女も俺が「花騎士を犯そうとしている」という情報はこちらの口頭以外からは得ていない……はず。そのため、弱みと言うほどのものは握られている訳ではない。

 それでもこちらが弱みを握られてしまっている。そう感じる程に、キャッツテールの隙は無く、彼女の好む混沌が俺を惑わせているのだろう。……単に上司と部下という関係が、弱みの部分を無駄に強固なものにしている気がしなくもないが。

 それはそれとして、ややくせ毛な印象のあるキャッツテールの髪は思っていたよりも柔らかい。許されるのであれば、しばらく撫で続けていたいぐらいだ。

 いや待て。そう感じることこそ、彼女好みの術中にハマっている何よりの証左なのでは?

 ……駄目だ。一体全体、何をどうすればいいのか分からない。深読みしようにも、裏をかこうにも、キャッツテールに対して行う言動全てが誘導されている気がしてならない。

 

「……おや、もうおしまいかい?」

「あぁ、封筒の確認があるからな。……まさか中身を既に見たとかは」

「そんな無粋な真似を、ボクがすると思うかい?」

「……思わないな」

 

 無理やり理由を付けて撫でるのを切り上げる。少しだけ名残惜しそうに見える気がするキャッツテールの言葉に妙な信頼感を覚えながらも、俺は封筒の中を確認する。

 ……こういうところで、こちらの方が上の立場にあるということを教えるのが良い騎士団長と言えるのかも知れない。

 だが、それをすることで花騎士の個性を潰してしまったら意味がない、と俺は思う。

 騎士団長になって日は浅く、花騎士たちのこともそれ程知っている訳ではないが、皆個性的だと思う。それぞれが個性的だからこそ、彼女たちにしか出来ないことがあり、その個性を活かしてこその騎士団長であると感じる。

 故に、立場を利用して花騎士の個性を抑え込むことは、敵の攻撃を回避することが得意な花騎士に「俺の護衛をして貰いたいから敵の攻撃を受け止めろ」と言うようなものだと思う。

 任務以外でキャッツテールを含む、我が騎士団の花騎士たちを好きにさせているのは、そういった俺個人の考えがあるからだ。

 ……まあ、それを抜きにしてもキャッツテールに対しては倉庫の一件から好きにさせざるを得ないのだが。

 くっそぅ、弱みを握られているのがこれほどまでに辛いとは思わなかった。

 

「む?」

「おやぁ?」

 

 さて。それはともかくとして、何か急な依頼でもあるのだろうか、などと思っていたところ、中身は二枚の紙と思われるものしか入っていなかった。

 しかも、その内の一枚はいつもの書類の大きさよりもかなり小さく、また少々厚みがある。

 手で探っていても、取り出す前に封筒の中を覗いていても分からないため、やむなく逆さにして中身を机の上に落とした。

 

「ん? んん?」

「ふむ?」

 

 何だか、何というか……派手、というのだろうか。それが落ちた紙に対する第一印象であった。やけにカラフルである。普段の白と黒だけで構成された味気の無い書類とは違い、小さいのに自己主張が強い色合いをしている。

 見ようによっては虹色に見えなくもないが、下地が黄色であるのと、その紙にスペシャルと書かれていることも手伝って、「これが噂のスペシャルチケットか」と小さく呟いて勝手に納得した。

 

「うん? ……すぺしゃるちけっとぉ?」

「そう、みたいだねぇ。うん、そう書いてある」

 

 その後すぐにチケットを二度見し、素っ頓狂な声が出た。そんな俺の様子が気になったのか、キャッツテールも机の上にあるチケットを見て頷いた。

 まじか。いや、まじかまじか。

 まさかとは思ったが、冗談半分ではあったが、本当に来るとは思わなかった。

 

「う、うぉっしゃああああああああぁぁんぁ!」

「おぉう……」

 

 噂の、それでいて手にすることがないと勝手に思っていた「スペシャルチケット」が、今こうして目の前にある事実に、俺はキャッツテールがやや引いているにも関わらず、雄たけびを上げるのだった。

 

 

※※※

 

 

 スペシャルチケットとは何か?

 それは知る団長ぞ知る、「花騎士指名権利」に他ならない。

 限られた団長のみに許された、召喚の儀を介さずして好きな、好きな花騎士を指名して自身の騎士団に配属させることが出来るものである。

 これは、このチケットはブロッサムヒルに限らず、各国……それこそ最近開国したロータスレイクですら承認しているという正に権威の塊。

 指名された花騎士に配属拒否の権利は無く、仮に一国の女王であったとしても、花騎士である以上はこれに従わなければならないのだ。まあ、配属後に花騎士の意向で騎士団を辞めることはできるので万能という訳ではない。そんなに都合の良い話はないということだ。

 何故そんなものが今、俺の手元にあるのかについての詳細は省こう。そんなことはどうでもいいのだ、重要なことではない。

 決して、お酒の席で良い感じに泥酔している騎士団上層部の人事最高責任者に対して、慣れないヨイショしてそれとなくお願いしたのがたまたま通ったとか、そういう話ではない。

 

「ふん、ふふーん」

 

 あの後、いつもの簡単な任務故に我が騎士団の花騎士たちのみを向かわせたところで、俺はこのスペシャルチケットを使用した。

 そして現在、本日の任務が終わって騎士団所属の花騎士たちが帰宅した十八時の執務室。鼻歌混じりに机の上に置いた花騎士たちの名簿を前に、俺は歓喜の震えが止まらなかった。

 ついに、ついに、だ。俺好みの花騎士を迎え入れることが出来る。

 ここは流石に妥協しないで真剣に考えよう。これは現在抱えている書類作成よりもはるかに重要な任務だ。

 スペシャルチケット自体が貴重品であるが故に、流石に王城の騎士団長本部窓口でチケットと交換した際に渡された名簿はぶ厚かった。

 

「お、おぉう……」

 

 更に名簿と言っても、その中身は最早図鑑と言っても差し支えないものであった。

 各花騎士の写真、プロフィール、所属国家、本人による自己紹介文などなど、貴重なチケットなだけはあると思わせるには十分すぎる内容だ。惜しむらくは花騎士を一人指名したら、この名簿は謹んで窓口に返さなければならないことだろう。

 いや、普通に欲しいわ。この名簿。やらしい意味でも、図鑑的な意味でも。

 

「さあって、お目当ての花騎士ちゃんはいるかなぁ~?」

 

 図鑑としても一日中眺めていられるであろう代物なのに、今回に限ってはその中から好きな子を一人選べるのだ。神かよ。

 そりゃ猫なで声で図鑑を開くというものだ。

 幸い、執務室には俺一人しかいないため、有事の際でもない限り誰もノック無しには入って来ない。いくら花騎士の写真を眺めてニヤつこうが、好みの子を前に奇声を上げようが、お目当ての花騎士のおっぱいや腰つき、尻を想像しようが問題ないのである。

 そんなこんなで、俺は俺の目的を果たせそうな花騎士を見つける旅に出た。一度きりの冒険だ。お宝を手に入れられることこそ確定しているが、それでも失敗は許されない。眺めているだけでも楽しいのは確かだが、その限られた情報の中から正しい答えを見つけなければならないのだから。間違ってもロリは選ばないし、女王とかはもっと選んじゃ駄目だ。

 全てはそう、「犯せそうな花騎士」を我が騎士団に迎え入れるために!

 

 

※※※

 

 

「…………」

 

 いや、決まらねぇよ。決められねぇ。

 犯せそう犯せ無さそう云々の前に、どの子も魅力的が過ぎるわ。もうちょっとこう、加減というか手心を加えて頂きたいのだが。

 うっそだろお前。全員美人か可愛いか、もしくはその両方かしかいないとかあり得ないだろ。不細工の一人や二人ぐらいいてもいいだろうが。不公平だぞ、世の中を舐めるな!

 それともあれか。花騎士というのは、本当に美人か可愛いか、もしくはその両方を併せ持っていないとなれない存在なのか。世界花は美人に優しく、不細工には厳しい差別主義者だったのか。

 ……いやまあ、その世界花の意志によっては死ぬかも知れない戦場に駆り出される存在となるのだから、人によっては寧ろ加護があること自体を嘆く者も中にはいるかもだが。

 取り敢えず、世界花が面食いの差別主義者……差別主義花かどうかという件は一旦置いておこう。問題はこのままだと永遠に決められない。

 ここからは心を鬼にして。一人一人を厳しく評価して取捨選択をしよう。批判的否定的な意見の羅列になってしまうが、これも俺の目的を果たすためである。悪く思わないでほしい。

 次からはめくるページの軽さは羽毛よりも軽いと心得よ。

 止まるな、止めるな。退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。少しでも目的が達成できないと思ったのならば、即座に次のページへと移るのだ。

 

「よぉし。まずは、ブラックバッカラか」

 

 美人! 艶のある黒髪! おっぱい! 和服! 雰囲気から察するに包容力のありそうなお姉さんタイプ! でも紹介文を見る限り、強気な姉御タイプ! 王族直属! 犯せそうにないな! ヨシ!

 ……。

 …………。

 ………………いや、次のページをめくろうか?

 羽毛よりも軽いページとは何だったのか。王族直属の護衛で、強気な姉御タイプってだけで犯すとかいう目的が達成できないのは明白だろう。寧ろ気に入られたらこっちが犯されそうな気すらする。……それはそれでありかな。

 そうじゃない。そうではない。仮に行為に及べたとしてもそれは一体何時になるのか。俺は、すぐにでも、花騎士と、致したいのだ!

 犯すにしろ犯されるにしろ、時間が掛かるのはノーセンキューなはずだ。例え美人であっても、可愛い子であっても、お断りのはずだ。

 ならばさっさとページをめくり、デンドロビウムの評価に移ればいい。何故それをしない? 何故それが出来ない?

 ブラックバッカラが好みだからか? 端的に言ってしまえばものすごく好みだ。許されるのであればその素敵な谷間に飛び込みたいぐらいだ。

 でも、飛び込んだところで目的は果たせないだろう。というか、紹介文を見る限り、飛び込むと同時に手にした刀で一刀両断されそうだ。

 故に彼女では申し訳ないが俺の欲求を満たすことが出来ない。身体的には全然出来るのだが、すぐさま行為に勤しもうとしたら命がいくつあっても足り無いという確信に満ちた予感がする。

 だが、だが駄目なのだ。こちらの目的が果たせるような相手ではないと分かっているのに、めくろうとするページが重い。それほどまでに、ブラックバッカラという花騎士は魅力的なのだ。俺にとって魅力的に見えるのだ。

 

「ぐ、ぬぬ……」

 

 それでも、心を鬼にして、ページをめくる。名残惜しいし、後ろ髪引かれる思いだし、何なら断腸の思いと言ってもいいかもしれない。

 しかし、そんなことをやっていたら本当に陽が暮れるどころか夜が明けてしまう。今何時だよ、もう二十時だよ!

 心に鬼を飼うから駄目なのかもしれない。そうだ。今度は心を無にしてから次に挑もう。

 えーっと、次の花騎士は、デンドロビウムか。どれどれ。

 

 

※※※

 

 

「……疲れた」

 

 いや本当に。疲れた。疲れたよ。頼むから、自分から見て魅力的ではないけれども体つきは最高とかいう花騎士はいなかったのだろうか。そうすればもっと簡単に……多分、それだと選ばなかっただろうな。

 しかしながら、時間を掛けて執務室で云々唸り続けた甲斐があったというものだ。ようやく、お目当て、というか目的を果たせそうな花騎士を決めることが出来た。

 ふと時計を見ると、時刻は零時丁度。さようなら、昨日までの俺。こんにちは、今日の俺。昨日の俺は頑張ったから、今日の俺も頑張ろうか。

 ……そう、頑張ったのだ。あまり物事については深く悩むタイプではない俺ではあるが、一生分の苦悩をここで使ったような気さえする。

 だが、そんな苦心もここまでだ。俺は花騎士、サフランを我が騎士団にお迎えし、そして犯すのだ!

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「はじめまして。団長さん。ウィンターローズ出身のサフランよ。貴族ではあるけれど、騎士団の一員として、みんなと平等に扱ってね。それが私からのおねがい」

 

 サフランを迎えることに決めてから、二日後のことだ。

 折角の指名なのだから、サフランには我が騎士団全員で出迎えた。

 キャッツテールはいつも通り、何を企んでいるのか分からないあの笑みのまま「よろしく」とだけ言い、ビオラは元気よく「よろしくです! ふにー」ととても嬉しそうに挨拶をした。

 人に慣れてきたとはいえ、根がやや引っ込み思案気味なウサギゴケは「よろしく、なの」と小声で返す。……のはいいのだが、頼むから俺の足にしがみつくのは止めてもらえないだろうか。普段なら全然構わないが、これでサフランに子持ちだのロリコンだの思われたら目的を達成するどころか距離を置かれかねない。

 

「こちらこそ、よろしく」

「よろしくお願いするわ」

 

 それはそれとしておこう。俺は騎士団の代表として一歩前に出て、サフランに手を差し出す。貴族として平民……というか村人出身の俺が握手を求めるのがそんなに珍しかったのか、彼女は目を輝かせながらそれに応じてくれた。

 はー。可愛い。選ぶことが出来なかった他の花騎士たちと比較するつもりも悪く言うつもりもないが、彼女を選んで正解だったと思える。

 俺は改めて、快く握手に応じてくれた目の前の花騎士、サフランを見る。

 頭頂部に所謂アホ毛が触覚のように伸びており、また後ろで結んでいるせいかサッパリとした印象がある髪型。色は明るい桃色であり、俺から見て頭の右側に付けている薄紫色の花飾りが良く似合っている。

 ウィンターローズ出身の花騎士なせいかは分からないが、透き通るような肌をしているが実際に握手をしてみるとその柔らかくもハリのある触り心地が癖になりそうだ。

 ……触れたのが花騎士なら、誰でも同じような感想を抱いているのは気のせいか? まあ、いい。次だ。

 明るいが深みを感じられる緑柱石にも似た色の瞳や、幼さが残るものの整った顔立ちも相まって、彼女は可愛さと美人さが両立しているように思える。というか、写真よりも断然綺麗だ。

 声の感じも貴族らしい、というと頭の悪い回答になるが、可愛らしい声の中にも感情のメリハリがあって耳触りが良い。貴族として指揮官をやらせたのであればその良く通る声に従わない者はいないだろう。言葉の終わりの吐息や吸う息も何だか官能的だ。

 全体的な感想としてはサフランが可愛いということ、やはり世の中は不公平である、という再認識したことだ。持つ者と持たざる者がはっきりしている分、現実は厳しいということか。

 

「という訳で、新しく我が騎士団に加わることになったサフランだ。俺からもよろしくお願いする」

 

 俺の紹介に元気の良い拍手と、控えめの拍手と、一定の間隔でする拍手とが混じり合う。……いや、キャッツテールは何だその拍手の仕方は、いつもの顔と相まって何やら強者が弱者の頑張りを称えるみたいな感じに見えるのだが。

 強者といえば、サフランも強者……つまりは持つ者側の人間だった。しかもウィンターローズでその名を知る者はいないとすらいえる大貴族、あの王室御用達のファッションブランド「アスファル」を立ち上げた者の娘なのだとか。さぞや大事に育てられてきたのだろう。一挙手一投足からその育ちの良さが滲み出ていると言っても過言ではない。

 世界花の加護がある貴族の娘が花騎士になる、もしくはその資格を得るというのは一種の義務としているところもあるようだが、彼女ほどの器量の持ち主であれば両親はサフランを花騎士にさせることにさぞや抵抗があったに違いない。

 そしてそんな大事な娘がよく分からない場末の騎士団に配属されたのだと知らされれば、気が気でないかもしれない。……いや、かえって気が楽になるか?

 

「さて、早速で何だが、任務があるのでやってもらいたい。大丈夫かい?」

「えぇ、構わないわ」

 

 しかし、しかしだ。そんな場末の騎士団には狼がいることまでは想像できなかっただろう。

 貴族だから周りが遠慮する? 淑女だから騙すことに抵抗がある? 相手が貴族でも何でもなく、ただの平凡な騎士団長だから大丈夫?

 フハハ! 正に俺の狙い目はそこにある!

 普通であれば貴族ですら一目を置く大貴族。そんなご令嬢に手を出そうものなら死ぬより酷い目に合わされるだろう、と先に想像して委縮してしまうのも止む無しだろう。というか、実際そうなるだろう……想像するとやっぱり怖いな!

 だが、名簿に書かれていたサフランの紹介文と見た目、後は中々信じることは出来ない俺の直観と実際に会った彼女の印象でハッキリした。

 間違いない。サフランは、箱入り娘である!

 

「任務と言っても、うちはしがない騎士団でね。今日の任務は衛兵たちの代わりに城下町の見回りだ」

「あら、そうなの?」

「あぁ。ここまで害虫が侵攻してきた例はほぼないから、二人一組でぐるっと回って欲しい。ウサギゴケとビオラ、キャッツテールとサフランで行こうと思うが、何か異論はあるか?」

 

 だが、こちらの計画の前に任務はこなさなければならない。

 本日の任務内容の説明と割り振りをして、全員を見渡す。サフランを含めた四人はそれで異論はなさそうに頷く。

 ……一瞬だけ、キャッツテールが意外そうな顔をしていたが、彼女からすればそれもそうであろう。俺の正体を知っている身からすれば、サフランに色々と吹き込めるが故に引き離されると思った、そんなところか。

 しかし、キャッツテールはそんな「面白くない」真似をする子ではない。それは、彼女との付き合いで分かったところであり、俺はそれを全面的に信頼できるキャッツテールの美点だと考えている。

 だからこそ、敢えて組ませる。相手は何せ、箱入り娘だ。キャッツテールのからかいですら真に受けてしまいそうな子であるが故に、何回かサフランと会話していたら聡い彼女なら気づくであろう。

 サフランに対して、下手なことは言えないな、と。

 

「よし、それじゃあ依頼書をそれぞれのリーダー。ここはビオラとサフランに渡すとしよう。そこに書かれている場所に行って、任務をこなしてくれ」

「おや、騎士団長様。折角お出迎えしたサフランさんと“親密”になるために、一緒に行動しないのかい?」

 

 ぐっ、この猫花騎士ぃ……。このままスムーズに話を進めようと思ったのにこういうことを言いやがる。

 サフランは恐らく親密の意味をそのままの意味で捉えるだろうが、キャッツテールの含みのある言い方からすると夜の運動会の意味で言ったのだろう。そしてこっちの僅かな表情のブレや反応を見て楽しむ、と。

 いやらしい手ではあるが、実際は有効打だ。俺が彼女のことを理解しているように、彼女のもまた、俺のことを理解しているというやつか。これで目的が同じであれば同士なれそうなのが残念でならない。

 いかん、いかん……。平常心、平常心。目的が達成できるまで後少しなのだ。ここで焦って全てをぶち壊す訳にはいかない。

 まだ、サフランにもこちらは丁寧に話しているのだ。これが親密な、それこそ他の花騎士みたいに普段の言葉遣いでも構わなくなった時に、この、これまでのリビドーを開放するのだ。

 

「……あぁ、こっちもこっちでまだ書類の片づけがあってな。歓迎会はしたいし、お近づきにもなりたいが、また今度だ」

「そうかい。楽しみだねぇ」

「あら、わざわざ歓迎会を開いてくれるの? 嬉しいわ」

 

 こめかみに青筋が立ちそうになるのを堪え、なるべく笑顔で答えるとキャッツテールは肩をわざとらしく竦めてみせ、サフランは心底嬉しそうにはにかんだ。

 うーん、笑顔が眩しすぎる。これから君をどう犯そうかと画策している身からすると、その笑顔は少々毒だ。まだ行動に起こしていないのに罪悪感すら湧いてくる。

 だがまあ、それはそれ、これはこれだ。

 

「では準備が出来次第、任務に移ってくれ。サフランも悪いね。早々に使ってしまって」

「ううん、構わないわ。団長さんも含めて、ここにいる皆、私に気を使わないみたい」

 

 それがとっても嬉しいの、というサフランは終始満面の笑みで、他の花騎士たちと共に執務室から出て行った。

 令嬢としてお淑やかでありながら明るく、それでいて世間一般、というか普通の人々とは感性が違う。……まあ、教育が違うのだからそこは仕方がない。

 だからこそ、世間一般の常識が、彼女にとっては珍しく、また新鮮に満ちたものに見えるのかもしれない。

 そしてそれは、性行為、性知識においても同じだろう。もしかしたら貴族でも教育に組み込まれていて、それなりにあるのかも知れない。そこは今後それとなく探ってみればいいだろう。

 だが間違いなく言えるのは、貴族、それも大貴族の娘であるため、友人関係も高貴な身分であろう。その友人間の、それこそお茶会などで猥談などの下世話な話は出てきまい。

 故に性知識があったとしても、子どもを作る行為ぐらいであろう。というか、そうであってくれ。じゃないとこちらの計画が狂う。

 これが普通に一般の者たち出身の花騎士であるのならば、こちらの下心や展開や雰囲気で察する者もいるだろう。そうなると、いくらこちら好みの花騎士を選んだところで事に及ぶのは難しい。

 しっかーし! 彼女が初心で、恋愛経験が無く! 性知識もない、もしくはあまりないのであれば、こちらの手ほどき次第ではおニャンニャン出来るのではなかろうか!?

 否! おニャンニャンなことをしたい! 致したい! そのために、こちらの好みやその他諸々を吟味した上でサフランを選んだのだ!

 しかもしかも? 上手く事を運ぶことが出来たのならば? よもやよもや? 騎士団長を辞めて逃げることなく? 彼女と恋仲になって?

 ……かーっ! 夢が広がるなぁオイ!

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「騎士団内とはいえ、団長さんの部屋に来られるなんて思わなかったわ。男の人の部屋に来るのは初めてだから、何か不作法があったらごめんなさいね」

 

 よもやよもやである。

 まさかここまでとんとん拍子で話が進むとは思わなかった。

 というか、まだ本日の作業が終わった後の十九時とはいえ少しは警戒してくれ。男の部屋に入るのを躊躇するどころか、嬉々として入ってくるなんて拍子抜けを通り越して心配になってくる。君、絶対悪い奴に騙されるって! ……いやまあ、今まさに彼女のことを騙して犯そうとしている俺のことなのだが。

 でもあれだよ? 俺と君ってまだ出会ってからひと月も経っていないよ? まだ二週間だよ? もう見ず知らずの間柄ではないとはいえ、もうちょっとこう、警戒して然るべきじゃないかね?

 

「楽にしてくれていい。こちらもその方が話しやすいから」

「そうなの? うふふ、じゃあ気兼ねなく」

 

 事前に椅子を一つにしておいた甲斐あってか、気兼ねなくと言いつつも部屋の主である俺に配慮してか彼女は椅子には座らずに少々遠慮がちにベッドの端に腰を下ろす。

 サフランにとっては普通のことではあるだろうが、そんな動作や仕草の一つ一つですら洗練されており、美しさすら感じる。それを含めて今宵彼女を汚そうとすることに少し抵抗感が生まれるぐらいだ。

 が、ここまでお膳立てしてきたのだ。流石にここで引き下がる訳にはいかない。

 というか、こちらが敢えて誘導する必要もなく、目の前で俺を見つめてにこやかにほほ笑むサフランとの交流は現状の通り、かなりの好感触を得ることに成功した。

 貴族であり、良いものを食べているであろうに、俺が誘った食事処で嬉々としてカレーを食べ、釣りに興味を示し、こちらの何気ない会話にも楽しそうな顔をしてくれた。

 そして今晩、俺の予想通り「男女の恋愛」についてあまり知らないというサフランに対し、俺は「人前で話す事ではないから」と嘯いて彼女を執務室横にある団長用の小部屋に招待した。

 流石に夜間に淑女が男の部屋に来る意味は知っている可能性があるため、ヤりたいが過ぎてうっかり口を滑らせた時はかなり焦ったが、当の本人は部屋に誘われたことを喜ぶしまいだ。余程信頼されているのか、それとも恋愛対象に思われていないのか、もしくはその両方か。いずれにせよ、上司とはいえ無警戒でベッドの上で微笑を見せるサフランの今後が、勝手ながら不安になってくる。

 

「生憎、君がいつもご馳走してくれるお茶は無いけれども、話自体は手短に終わるから」

「えぇ、気にしないで」

 

 それよりも楽しみだわ、と今一度笑みを深くする彼女を前に、思わず舌なめずりしてしまいそうになる。

 今からお洒落をしてきたであろう、その高級そうな服を脱がし、ベッドに押し倒し、あんなことやこんなことをすると思うと、そりゃこちらとしても三文小説に出てきそうな悪役の動作をしようものだ。それもこれ程にも可愛くて美人な上玉であれば尚更だ。

 だが、ことを起こそうとサフランの横に座るというのは早計である。ここはキチンと対面に椅子を持ってきて座り、まずは彼女とお話をしようと思う。

 

「さて、聞きたいのは男女の恋愛関係について、で良かったかな?」

「そう。そうなの。私も一応、恋愛小説とかを読んだことはあるのだけれども。よく分からなくて……特に男の人の気持ちが」

「ふむふむ」

「それならば実際に聞いてみた方が早いと思って。他の男の人に聞くのはちょっと躊躇っちゃうけれども、団長さんなら安心出来るから」

「なるほど」

 

 こちらの振った話題に前のめりになって頷き、コロコロと表情を変えながら話をするサフラン。

 ……ぐわああぁぁっ、可愛い。彼女にとっては何てことはない。それなりに信頼できる上司の騎士団長に疑問をぶつけているだけかも知れないが、対面に座ったこちらはそんなサフランの一挙手一投足に魅了されている感じがする。

 彼女のことだから天然であろうが、これで自身の魅力に気付いたのであればとんでもなく魔性の女になる気がしてくる。というか、サフランを前にしている自分が既にその魅力に囚われている気すら覚える。

 恋愛に関して無垢で無知。その上で相手はこちらを信頼し、話の内容に期待を寄せている。

 ……そして今、俺はそんなサフランの期待を裏切り、事に及ぼうとしているのだ。

 

「団長さん? どうかしたかしら」

「い、いや、何から話そうかと思ってね」

 

 馬鹿な。俺は一体、何を考えている?

 以前の自分であれば、後先考えずに手を出していたはずだ。少なくともサクラに対してはそうだったはずだ。

 その経験を経て、アイビーやキャッツテールには失敗こそしたものの策を弄してまで犯そうとしたはずだ。

 なのに一体全体どういうことだ?

 何故俺は、“未だに”サフランに手を出そうとしない?

 犯したい犯したいと口や心の中で言っているくせに、舌なめずりまでしておいて、何を今更躊躇る必要がある?

 手を伸ばせば触れられる距離、立ち上がって一歩前に進めば彼女をベッドへと押し倒せる距離だ。こうして考えれば考える程、黙れば黙る程彼女も怪しむというものなのに。

 

「うーむ、そうだなぁ」

「焦らなくてもいいわ。時間はあるのだもの」

 

 考えるふりをしながらも言葉は絶やさない。そんな滑稽なまでの俺に対してサフランの優しさが身に沁みる。

 しかし、彼女の言葉のおかげで天啓を得られた。

 そうだ。何かを忘れているのだ。恐らくきっと、その引っかかりがあるからこそ、俺は未だにサフランへと手を伸ばせないのだ。

 ではそれは一体……。

 

「あ」

「あ?」

「あぁ、いや。何でもない。すまない」

 

 思わず声に出てしまったが、気づいた。

 俺は何を安心していたというのか。

 本日の業務が終わって全員解散させたところで、サフランと二人きりとなり執務室の隣の部屋に招いて鍵を掛けたところで。

 彼女、“自身の姿を消せる”キャッツテールが、この部屋の中の何処にもいないという保証がどこにある?

 そもそも帰り際、俺がサフランを呼び止めた時に見せたキャッツテールの顔に、いつもの笑み以上のものを見たのを忘れたのか?

 あり得る。キャッツテールならば十二分にあり得る。先にこの部屋へと忍び込み、姿を消して待機するなどお手の物だろう。

 サフランに気づかれないよう、部屋唯一の出入り口である扉を確認。ドアノブの上にある鍵は施錠されている。

 キャッツテールがこの部屋の中にいないことに賭けるか?

 ……いや、そもそも彼女がこの部屋にいなかったとしても、以前の倉庫みたいにウサギゴケやビオラが致している最中にこの部屋に訪れるとも限らない。

 

「……あぁ、そうか」

 

 多分、これは無理だ。

 色々な要素を加味した上で考えても、そもそもここが騎士団の中である以上、手を出した後の退路も部屋の窓ぐらいしかない。

 根本的な思い違い。初歩的なミスだ。俺は先に袋小路に入り込んで、そこにサフランをおびき寄せたつもりであったが、俺自身が勝手に袋小路へと追い込まれていただけであった。

 久しく感じていなかった、俺の中にいるであろう神様が笑っているのが容易に想像できる。それも、腹を抱えての大爆笑だ。片腹大激痛ってか? やかましいわ!

 そんな俺の心の中の葛藤。勝手な右往左往を察したのか、気づけばサフランが心配そうにこちらを見つめていた。

 

「団長さん。大丈夫? もし、具合が悪いのなら日を改めるけれども」

 

 あぁ、全く。この子は何て優しいのだろうか。お人よしにもほどがある。

 目の前にいる男は、つい先ほどまで君を犯そうと画策していた獣であるというのに。

 だがまあ、仕方がない。今回ばかりは行為に焦るあまり、勝手にこちらが自爆しただけだ。

 ……何だか、致そうと躍起になっている時よりも、諦めが付いた時の方が気持ち楽になっているのは気のせいか?

 まあいい。いや、よくはないけれども。全然よくはないけれども!

 サフランの前で許されるのであれば、子どものように泣きわめき、犯せないことに地団太を踏みたい気分だけれども! 俺、今! 騎士団長だから! 大人だから我慢する!

 ……あー、もう。何だかお腹まで空いてきた。犯したい一心で晩御飯よりも先にサフランを招くのではなかった。彼女もいい迷惑だろうに、全く。

 という訳だ。サフランのためにも、さっさと話を終わらせてあげよう。

 男の気持ちとかそんな大層なものはない。男なんて、今の俺のように単純な生き物なのだから。

 

「……いや、大丈夫だ。それよりも話す方向性が決まった。聞く準備はあるかい?」

「え? えぇ、私は何時でもいいけれども」

「そうか。じゃあ、心して聞いてくれ」

「はい」

「男は、男という生き物は阿呆です」

「……はい?」

 

 

※※※

 

 

 時刻は丁度二十時を回った。

 その後、サフランには俺の性格や経験則を活かした、「如何に男という存在が阿呆であり、何も考えていない生き物」であることを話した後、そのままの勢いで帰してあげた。

 帰り際に、「今日は団長さんに色々教えてもらって嬉しかったわ」と直視できない程眩しい笑顔で礼を言われたが、対するこちらは釣り針に引っかかった大物を逃がすような気持であったため、半笑いで手を振ることしかできなかった。

 

「良かったのかい? 彼女を犯さずに帰しちゃって」

「キャッツテールか」

 

 廊下の先でサフランを見送り、部屋に戻ったところで当然のようにキャッツテールが椅子に座ってニヤニヤとこちらを見つめていた。

 が、今となっては彼女のこの笑顔ですら安心する。

 

「君は本当に面白いね。犯すために、彼女をこの部屋に招いただろうに。後一歩のところでそれを止めてしまうのだから」

 

 まるで行動が混沌。ボク好みだにゃあ、と続ける彼女に俺は肩を竦めて見せた。

 

「お前のことだ。どうせこの部屋のどこかに隠れていたのだろう?」

「おや。団長もボクのことを分かってきたようだねぇ。けれども、人様の情事を覗く趣味はないよ。事が始まれば、合意の上だろうが、一方的なものであろうが、ボクは部屋を去るつもりだったさ」

 

 まあ、その後どうするかは君次第だったけれども。

 とペロリと舌を見せつけたキャッツテールに、俺は自身の判断が正しいと確信した。

 恐らく、一方的な強姦であると彼女が判断したのであれば、迷わず憲兵か誰かを呼びに走っていただろう。良かった……本当に。

 

「まあ、それでなくとも」

「?」

「きっと、致している最中に彼女たちが乱入してきたさ」

 

 内心、安どのため息を吐く俺に、キャッツテールは視線を俺の後ろへと向ける。その先にはこの部屋の扉しかないはずだが。

 いや、そうか。なるほどな。

 

「お話、終わったの?」

「ふにー」

 

 振り返ると、鍵を閉めていなかった扉が少しだけ開いていた。そのドアノブの下に位置するところからビオラ、ウサギゴケの順に頭が上から並んでいる。先ほどサフランの前での葛藤の際に、まさかとは思ったが、そのまさかであった。

 ここまで予感が的中するのであれば、一つ宝くじとやらでも買ってみてもいいかもしれない。

 やれやれ。悲しい話ではあるが、予感はともかくとしてどうにも今日はとことん運がないらしい。ウサギゴケの口振りから察するに、もしかするとサフランと俺がこの部屋で話をする時も様子を見ていたかもしれない。

 先日の倉庫の一件で、俺が渋い顔で倉庫の扉を叩く彼女たちを出迎えたせいか、遠慮こそするようになったものの、それでもこちらの行動が気になるらしい。

 何ともまあ、皮肉な話だ。

 犯したい花騎士はなんやかんやで取り逃すというのに、自身の性癖の対象外の花騎士からは好かれるとはな。

 何だかあれこれ考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 

「丁度終わったよ。お前たちは晩御飯済ませたか?」

「まだなの」

「まだですふにー」

「そうか。俺もまだだから、折角だ。皆でいつもの店にでも行くか」

 

 お腹も空いてきたこともあって、俺は先ほどまでのことを忘れるつもりで二人に提案をする。すると、彼女たちは目を輝かせて準備をすると顔を引っ込め、扉を閉める。

 その後すぐに、慌ただしく廊下を走る音を耳にし、俺は思わず苦笑してしまった。

 

「キャッツテールもどうだ、一緒に」

「いいねぇ。団長の奢りかい?」

「こいつ……まあ、それでもいいさ」

「なら喜んで」

 

 振り返って誘った矢先にふてぶてしく笑うキャッツテールを見て、俺は完全に毒が抜かれてしまった。

 そして何となくではあるが、こういう自分があれやこれやと画策する程、まるで謎の力が働くが如く情事まで持っていくことが出来ないのだろう、とも思った。

 

「ふふふ」

「やけに楽しそうじゃないか。そんなに奢って貰えることが嬉しいか?」

「おっと、気を悪くしないでくれ。いや、なに。ボクは本当に運が良いと思ってね。こんなにも優しくて、面白い騎士団長様の元に来られたのだからね」

「お世辞を言ったところで、晩御飯はお寿司に変わらないぞ」

 

 そりゃ残念、と笑みを深くするキャッツテールに肩を竦めて見せて、俺は彼女に背を向けて部屋から出ようとする。ウサギゴケたちを待たせても悪いだろうからな。

 

「でも、優しいと思ったのは本当さ」

「へいへい。ありがとよ」

「君はきっと、ボクたち花騎士に対して、何か憧れのような感情を持っているのだろうね」

 

 背中越しに聞こえてくる、キャッツテールの声の調子が変わったのを耳にし、俺は思わず振り返る。その先にいた彼女は、何時のもの笑みを浮かべてはおらず、どこか真剣で、それでいてどこかで見たような顔をしていた。

 ……一度もお目にかかったことのない顔をしているのに、俺は何故どこかで見た、と思ったのだろうか?

 

「だからこそ、そんな憧れとヤれるのであればヤりたいのだろう。君も男の子だしね。でも、それと同じぐらいに、守れるなら守りたい。助けられるのであれば助けたい。そんな、花騎士側に寄り添った考え方をしているように思える」

 

 少なくともボクからはね、とやや恥ずかしそうに小首を傾げて見せた後、キャッツテールは何時ものように、するりと俺の横を通り抜けてさっさと部屋の外まで行ってしまう。

 それに対して俺は、キャッツテールの後に続くことはせず、ただ茫然と彼女の言葉を頭の中でぐるぐると回していた。

 花騎士に寄り添った考え方?

 助ける? 守る? 寧ろ、そんな花騎士から命を助けられた側の人間だというのに?

 それに、憧れだって?

 犯したいと思っている人間が? 花騎士に対して? 憧れを?

 

「……」

 

 そしてしばらくの間、俺はその場に留まって、今日までのことをあれやこれやと思い出す。

 当時准騎士だったサクラとの出会い。成り行きで騎士団長になった日のこと。それまでの苦しくも充実した勉強と体力づくりの日々。

 初めてウサギゴケに出会った日。アイビーに出会った日の後、召喚の儀でビオラと出会ったこと。

 キャッツテールと出会い、色々と翻弄されたこと。……恐らくはこれからも翻弄されるであろうが。

 それから、まさかで手に入れたスペシャルチケットでサフランを迎え、犯そうとして、失敗したことを。

 

「……ふむ」

 

 俺は色々と考えた。考えて考えて、結論が出ているのにも関わらず、それは違うと思いたくて思考を続けた。

 しかし、キャッツテールの言葉によって気づかされたこともあってか、何度考え直してみても、結論は同じだった。

 だがそれは同時に、俺の肩の荷が下りたかのような、正に頭の天窓が開いたというべきものであった。

 

「そうか、俺は……あの時、サクラに、花騎士に――」

「ふにー! 団長さん、早く行きましょう!」

「うぉっ!?」

「何時までそこで立っているつもりだい? それとも、君は木に擬態する魔法でも覚えるつもりかい?」

「え? あ、いや」

 

 その結論を受け入れようとしたところで、自分の周りに先に行ったはずの花騎士たちが俺の前まで戻ってきていることに気づく。

 その中には、何故かサフランもいた。

 

「キャッツテールさんから聞いたわ。これから皆でご飯だなんて。誘ってくれてありがとう、団長さん」

「う、うん……うん?」

「そういうことさ。さあ、早く行こう、団長?」

 

 サフランが何故ここに、と疑問に思う前に、キャッツテールが素早く俺の左隣に来たかと思うと右肘で俺の脇腹を突く。

 何だか我に返ってから怒涛の展開過ぎて、イマイチ理解が追い付いていないのだが。つまりは晩御飯のメンバーにサフランが加わるということでいいのか?

 

「んっ」

 

 そこまで持ち合わせあったかな、と思ったところで目の前までウサギゴケが来ていることに気づく。

 ……花騎士との出会いはサクラが初めてだったが、騎士団長としての初めての花騎士は、そういえば彼女だったな。

 と、先ほどまで思い出に浸っていたせいで、そんな自分の胸元よりも下の背丈のウサギゴケを見て、俺は口角が上がるのを感じた。

 

「団長、一緒。皆一緒に行く、の」

 

 そして、差し出される小さな、それこそ守りたいと思えるような小さな手のひらを見て、俺は先ほど出した結論が確固たるものになるのを感じた。

 俺は視線をウサギゴケの視線の位置に合わせるように膝を折り、差し出された手を握ると同時に、空いた手で彼女の頭を優しく撫でる。

 

「……ああ、皆で一緒に行こう」

「んっ!」

「ヨシ! それじゃあ、晩御飯を食べに行くか!」

 

 それから立ち上がり、何時も通っている店へ。かつてウサギゴケを初めて連れて行ったお食事処へと、騎士団のメンバー全員で向かうことにするのだった。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

 その日、夢を見た。

 それは最近連日見る夢の一部ではあったが、初めて見る夢だった。

 気が付けば、俺は絶え間なく降る雨の中を佇んでいた。最近見た夢の中と同じように、雨の臭いもなく、感触も温度もない。しかし、身体は重く、手足の先は冷たく感じられた。

 自身とその周辺は灰色の世界であり、視線の先には晴天の下の野原に座り、笑い合う花騎士たちの姿がいる。

 サクラ、ウサギゴケ、アイビー、ビオラ、キャッツテール……そして、最近入団したサフランもいた。彼女たちの周りは色と光に溢れていて、暖かそうであり、楽しそうであり、きっと良い匂いもする。

 そして、俺と彼女たちとの間には雨と晴天の分かれ目があり、ちょうどそれが境界線のようなものとなっていた。

 これまでの夢では、俺はそんな光景を前にしてただ眺めているだけであった。

 しかし、この時の俺は彼女たちのところへ行こうとした。行けると確信したわけでもなく、何か算段があったわけでもない。以前の夢と違う行動をしようと思ったのは、サフランが新しく我が騎士団に加わり、例の出来事があったからだろうか?

 けれど、その境界線の前に立って手を伸ばしても、俺の手は雨の中から晴天の下に出ることはなかった。見えない壁、とでも言うのだろうか。それに阻まれてしまい、こちらから向こうへ行けないことが嫌でも理解できてしまう。

 

『……あぁ、そうか』

 

 それと同時に、俺は思い出した。

 何故自分が、これほどまでに花騎士にこだわるのか?

 その理由を今回起こした行動によって、ようやく理解したことを。

 

『……』

 

 しかし、それを知ったところで何になるというのだ。

 自分の夢の中だというのに、何一つ自分の思い通りにならないというのに。

 今の俺に出来ることは、これが夢だと知りつつも、こうして空しく灰色の世界から彼女たちのいる、虹色の世界を眺めることしか出来ないのだ。

 そしてこのまま、いつものように、現実の方で目が覚めるまでこのままなのだ。

 

『んっ、団長っ』

『団長さーん!』

 

 分かっていても何だか無性に心が苦しくなり、見えない境界線の壁に手をついたまま俯いていたところに、不意にウサギゴケとビオラの声が聞こえた。

 ゆっくりと顔をあげると、境界線のすぐ傍に二人が笑顔で俺を見つめていた。視線を二人の奥へとやると、先ほどまで談笑していた他の花騎士たちも微笑を浮かべながらこちらを見ていた。

 

『団長も、こっち』

『団長さんも一緒に、ふにー』

『お、おい……っ!?』

 

 そして彼女たちは手を伸ばし、俺が渡れなかった境界線をいともたやすく乗り越え、こちらの手を握って光ある世界へと連れて行こうとする。

 握られた手こそ腕ごと通り抜けたが、流石に身体は壁にぶつかるだろうと目を瞑るも、不思議なことに何の抵抗もなく、俺はあっさりと彼女たちのいる世界へと足を踏み入ることができた。

 

『あらあら、うふふ』

『団長は、とっても安心するの』

『私を待たせるなんて、良い度胸じゃない』

『団長さん、今日も頑張りましょう。ふにー』

『おかえり。今日も一緒に楽しくやろうよ』

『おかえりなさい、団長さん。実は……ちょっと寂しかったわ』

 

 ウサギゴケとビオラに手を引かれたまま、俺は花騎士たちに迎え入れられる。

 皆が皆、笑顔で、俺のことを迎え入れてくれた。

 ……あぁ、そうだ。そうだったのだ。

 花騎士を犯そうだなんて思ったのも、花騎士にしか欲情しなくなったのも、花騎士に心を惹きつけられたのもの全て、全てだ。

 あの日、あの時、いつもと変わらない日常。

 ただの一人の村人として、灰色の世界、灰色の人生を送っていた俺の前に、世界を根底から覆す存在である害虫が現れた時。そんな驚異的存在を前にしてサクラが俺を助けに現れた時。

 人を守り、国を守り、世界を守る存在を間近で見た時に、俺は確かに思ったのだ。

 彼女を、彼女たちを「美しい」と。

 

『……思えば、答えを得るのに遠くに来たものだな』

 

 きっかけがきっかけだったからか、その本来感じたものは、すぐに生存本能と直結した性行為というものに塗りつぶされてしまった。それとも、本来の目的が直前の出来事から生み出された、もう一つの目的にすり替わったとでも言うべきか。

 しかしここにきてようやく、俺は思い出すことが出来た。

 彼女たちの世界に行きたい。彼女たちが見ているものを共に見たい。花騎士たちと触れ合いたい。

 そう思うのも当然だ。花騎士たちのいる世界は、こんなにも輝いているのだから。

 対して俺は、ただの村人。特徴も何もない、ただの一般人。だからこそ、最初にサクラと出会った時、美しいと思うと同時に「羨ましい」とも思ったのだ。

 だからこそ、彼女たちと関りを持ちたかったのだろう。彼女たちと繋がっていたかったのだろう。何故ならば彼女たちは、自分の「憧れ」の存在となったのだから。

 そして何の因果か、花騎士たちの騎士団長に就任したことによって、そのことを思い出す前に俺の本当の目的は果たされた。

 あぁ、全く。何て遠い回り道だったのか。それも、偶然手にしたものが既に目的のものだと気付かずに、ひたすらがむしゃらに歩いていたのだ。……何ともまあ、愚かことをしていのか。以前読んだ本に書いてあった、穴があったら入りたいほど恥ずかしいこととはこのことか。

 満たされていたからこそ、「花騎士を犯す」という建前の目的が果たされていなかったとしても、俺はこの日々に満足して過ごしていたのだ。

 更にありがたいことに、どうやらこの世界はまだ続いてくれるように思える。

 

『なら、精々今日も頑張りますかね。程々に』

 

 ならば、歩き続けてみよう。行けるところまで、彼女たち、花騎士と共に。

 それが俺の、村人団長としての目的であり、望んでいることであり、そしてひょっとすると、使命なのかも知れないから。

 ……なんて思うのは、流石に自分を買い被りすぎだろうか?

 何にしても、目的は果たされ、それに気づくことが出来た。後は、その目的とやらを維持するぐらいだ。

 花騎士を犯そう、と思うことは、今後少ししかないだろうが、機会があったら遠慮なくそうさせてもらおうか。

 何故なら俺は、MURABITO団長なのだからな。

 

 

終わり?

 




団長、花騎士は良いですよ…
起承転結でようやく完成?


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