FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~ (屋田光一)
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プロローグ

―――一体どこから間違っていたのだろう……。

 

本来ならば喧騒に包まれている、酒場と併設されたその空間は、今や不気味なほど静まり返っている。

 

―――どうして、俺たちだけがこんな目に遭うのだろう……。

 

人がいないわけではない。むしろ、いつも以上人間の数は多いと言ってもいいだろう。だが……。

 

―――どうして……お前が苦しみ続けて、命を弄ばれなければならなかったんだ……。

 

隙間から入る日の光のみで明るさを保つ、薄暗い建物の中で蠢くのは、中心にて幼い少年を抱きかかえている、一回り大きい程度の少年一人のみ。成長期途中と思われる上背でありながらも、修羅場を潜ってきたと見える鍛えぬかれた身体と、水色がかった銀色の髪を小刻みに震わせ、整ったその顔を涙で濡らしている。

 

―――俺が……何もかも間違えたりしなければ、お前がこんな目に遭うことも無かったのに……!

 

抱きかかえられている幼い少年は、涙を流している少年と同じ髪色をしているが、その肌は血色が抜け落ちており、腕も足も力なく、閉じられた瞼も口元も微動だにしない。そしてそれは、周りも同じだった……。

 

―――何もかも失ってから、動くことができなかったことが……情けない……!

 

悔しげに体を震わせる少年の周りには数多くの人間がいた。否……

 

 

 

人間だった『もの』があった。

 

誰一人残さず、例外なくその生命活動を停止させており、中には手足のいずれかを失っているもの、肉体に風穴を開けたもの、首と胴が離れたもの、さらには体を真っ二つに両断されたものなど、敢えて共通点を挙げるならば、唯一生きているものを含めて肉塊に宿っていた返り血をその身に浴びていることのみ。

 

しかし、悲しみに打ちひしがれている少年には自らが抱きかかえている幼い少年しか見えていない。周りに落ちているものたちなど気にも留めていない。あれらは、この少年たちに今に至るまでの絶望を負わせた元凶たちだ。己の左頬についている蛇を模したマークを、体の一部に入れているものたちばかりだが、仲間などと思ったことは一度もない。

 

彼にとってすべては、小さい少年のみだった。だが、それも壊されてしまった彼にはもはや何もない。ただただ、少年を抱きかかえ慟哭するのみ……だった……。

 

 

 

 

日の光が一番差し込む、その建物の入り口に、影が差し込むまでは……。

 

「っ……!?」

 

空間に介入してきた影の元の方に反射的に彼は振り向いた。そして微動だにしない抱きかかえた少年を庇うようにして身構える。

 

一方で、影の正体は建物の中の惨状に驚愕したかのように表情を固めていた。だが、中心に存在する二人の少年、正確には片方を庇うように身構える彼を見て、口元を柔らかくし、弧を描いた。そして、その口から紡いだ言の葉に対し今度は少年が表情を驚愕に染める番だった……。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

永世中立国・フィオーレ王国――――。

 

世界中の人々が魔法と呼ばれる不思議な力を扱う可能性がもたらされている世界において、この王国も例外ではない。

そして、その中でもとくに魔法を極め、その力を使って依頼を受けることを生業とするのが『魔導士』。その魔導士を集め、多くの依頼を仲介し、組織として構成しているのが『魔導士ギルド』である。

 

フィオーレ王国の一角の街『マグノリア』にも、その魔導士ギルドが存在する。

 

その紋章は、魔法が存在するこの世界においても、おとぎ話の存在とされている妖精をかたどったもの。こことは違う世界においては、まさしく『冒険譚』を表す言葉と同じ呼び方をされるそのギルドの名は……

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 

 

 

 

 

そのギルドの門をくぐり、一人の少年が堂々とした様子でギルドの建物に入ろうとしていた。軽い荷物の入った手提げ袋を右手に持ち、紐を右肩にかけながら、動きやすいそうな上半身はノースリーブのタンクトップに半袖のジャケットを、下半身はふくらはぎの半分辺りまでのジーンズを身に着けた、水色がかった銀色の髪を携えたその少年が、門扉に左手をかけて声高々に告げた。

 

「ただいま!今戻ったよー!」

 

その声に、酒場のような様相で広々とテーブルや椅子が置いてある建物の中で、料理や酒などを嗜みながら談笑に盛り上がっていた者たちの視線がその少年に突き刺さると、少年を認識した者たちは談笑に戻らず、まるで凱旋のように歓声を上げだした。

 

「おお!おかえりー!」

「初の単独依頼お疲れ!」

「もう随分馴染めたみたいだな!」

「後で話聞かせてくれよ!」

 

少年の左頬に刻まれている妖精を模した紋章と同じものをそれぞれの身体の一部に入れている仲間から、次々と告げられる言葉に気を良くし、少年は笑顔を浮かべながら空いている左手でその声に応える。すると、奥の方から少年を呼ぶ声がした。

 

「シエル~!」

 

「ん?」

 

少年・シエルの名を呼んだのは白銀の長い髪を棚引かせている笑顔が似合う女性だ。その上顔立ちは美形揃いのこのギルドの中でも上位に位置すると言っても過言ではない。実際に同じギルド内ではその美貌に見とれる男も少なからずいるが、シエルはただ純粋にその女性を見つけると歩を速めて彼女に近づき、嬉々とした様子で話を切り出した。

 

「ミラ!依頼、成功させてきたよ。はいこれ、報告書」

 

「お疲れ様シエル。正式に初の依頼も達成で、遂に妖精の尻尾(ウチ)の仲間入りね」

 

「へへっ。長かったけど認められて嬉しいよ」

 

依頼の報告書を渡し、誇らしげな笑顔を浮かべながらシエルはミラ、もとい『ミラジェーン』と会話を交わす。彼にとってはこのギルドで『正式に』依頼を受けたのはこれが初めてであり、ギルドの一員として妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士としての信用を得られるかを確認するためのものだった。

 

「あ、そうだ、マスターは?」

 

「マスターなら……」

 

『マスター』と呼ばれる人物に今回の依頼達成を報告しようと、所在を聞こうとするシエル。すると、先程シエルが中に入るために一度だけ開き閉じられた門扉が再び開けられた。

 

「ただいまぁ!」

「ただいま~!」

 

門が開けられた音と共に響いた二つの声。一つは青年、もう一つは高めの少年らしき声。シエルがその声に思わず振り返ると目に映ったのは、青年は桜色のツンツンした髪を持つ白い鱗を模したマフラーをつけた『ナツ』と呼ばれる青年。少年の声を出したのは二足歩行で歩く青い毛皮を持ったネコ―喋っていたが、確かに見た目はネコそのもの―である『ハッピー』。そして目に映ったのはその二人(一人と一匹)だけではなかった。

 

金色のセミロングの髪を青いリボンで右側のサイドテールで結んだ髪型をした、青年と近い年齢と思われる少女が「へぇ……!」と顔を輝かせていた。一目見ただけで分かる。初めて見る顔でもあるし、表情が夢見た憧憬を実際に目の当たりにした感動で満ちている。シエルはすぐに直感した。

 

「(なるほど、加入希望者か……)」

 

思わず目を細めて懐かしそうに内心呟く。自分もそうだったからだ。『自分が知っているギルド』はあの少女みたいな他の者から憧れるような場所じゃなかったから、自分も最初にこのギルドの雰囲気を見た時は、憧れと羨望を抱いていた。「もし最初からここにいたら、あんなことにならなかったのだから」……と。

 

「また派手にやらかしたなぁ……。ハルジオンの……って……!?」

 

「てめぇ!!」

 

物思いにふけっている間にも時は動いていく。新聞に載っていた『ハルジオン港の半壊』。青年ナツによるものであることを話題に出そうとした男が、突如そのナツに顔面を飛び蹴りで蹴り飛ばされる。あまりにも突然起こった出来事に「なんで!?」と加入希望の少女が悲鳴にも似た声を上げる。気持ちは分かる。

 

「あ~、火竜(サラマンダー)がいたって情報、やっぱガセだったんだ……」

 

「あら……ナツが帰ってくると早速ギルドが壊れそうね」

 

「既にいくらか壊れかけてるけど……」

 

ナツの怒りの原因に心当たりがあるシエルはミラジェーンとそんな会話をしながらも、ナツの飛び蹴りを起点として勃発した喧嘩(いつものこと)によって次々と壊れていく椅子と机、食器、果ては壁や柱の一部にまで被害が及んでいる状況を客観視点から見て呟いている。

 

「あぁ?ナツが帰ってきたってェ!?」

 

不機嫌そうな声で立ち上がったのは黒い髪の短髪の青年。だが、その身に纏っているものは下半身のみ、と言うか下着一枚のみである。見様によっては露出魔の一種ともいえる異性の登場に加入希望の少女も再び悲鳴を上げた。

 

「この間の決着(ケリ)つけんぞ、ナツ!」

 

「グレイ、服」

 

「あ!しまった!!」

 

そんな露出魔……もとい『グレイ』と呼ばれた青年に指摘したのは、彼ほどではないが露出の高い服装をした、こげ茶色の長いウェーブヘアーの女性『カナ』だ。片手に持ったグラスでワインを堪能している最中だったようだが、ほぼ突然始まった喧嘩に呆れて、若干機嫌が悪い様子。

 

「これだからここの男どもは……。品がなくてイヤだわ」

 

溜息交じりにそう言いながら彼女は、グラスを置いたかと思いきや近くにあった大樽に入っている酒をダイレクトに飲みだした。品とは一体……。

 

「昼間っからピーピーギャーギャー、ガキじゃあるまいし……」

 

大樽で酒を飲みだしたカナに唖然としていた彼女の元に更に現れたのは、白銀の逆立った髪を持った褐色肌の、えらくガタイのいい大男だ。服装も現代で言う黒い学ランと呼ばれる服に下駄という、ギルド内でも珍しい格好をしている。だが、そんな見かけによらず、この騒動に対して冷静な対応をするような言動……と思いきや……。

 

「漢なら、拳で語れェ!!」

 

「結局、喧嘩なのね……」

 

外見通りの肉体派。それも口で語るよりも拳で語る、一昔前の喧嘩屋的な言動を繰り出した。期待を裏切らない。

 

「「邪魔だ!」」

 

「どっごぉぉぉぉぉ!!」

 

「しかも玉砕!」

 

そんな男、いや漢である『エルフマン』は喧嘩の最中だったナツとグレイのダブルパンチによって宙を舞っていった。本当に期待を裏切らない。

 

「やだやだ、騒々しいね……」

 

そんなテンポのいい一部始終を見ていた加入希望の少女は後方から聞こえた声に振り向く。その声の主は明るい茶色の短髪にブルーのサングラスをかけた色男だ。しかもその両隣にはこれまた美人な女性を二人侍らせている。文字通りの両手に花だ。

 

「あ!『彼氏にしたい魔導士』上位ランカーの『ロキ』!」

 

週刊ソーサラーと呼ばれる雑誌を懐から瞬時に取り出したその少女は、実際に目にしたロキに対し若干頬を赤らめる。憧れていたギルドに所属する色男を前に、少女らしい一面を見せているとも言える。だがそんなロキの額に、喧嘩の拍子に飛んできた空瓶が当たり少しだけ傷がついた。両隣の女性二人と、遠目で見ていた少女も心配そうにロキの安否を確認する……が……。

 

「混ざってくるね~君たちのために~♡」

 

「「頑張って~♡」」

 

「上位ランカー、抹消……」

 

一瞬だけ瓶を当てられた怒りで顔を歪めたと思いきやすぐさま立ち上がり、侍らせていた女性二人に甘い声と気障なポーズで告げながら喧騒に混ざっていった。女性二人は素直に送り出していったが、少女は理想と現実の乖離が限度以上だったのだろう。ソーサラーに載っているロキの欄をマジックで×にしていた。と言うかその雑誌と言いマジックと言いどこにしまっていたのか。

 

「って言うか何よコレ……。まともな人が一人もいないじゃない……」

 

続々と参加者が増えていく喧騒を見渡しながら、少女は嘆きの呟きを零す。このままでは自分も含めて「妖精の尻尾(フェアリーテイル)は変人しか入れない」などと言うレッテルを張られでもしたら色んな意味で困る。そう思い至ったシエルはずっと傍観だった姿勢を変えることにした。

 

「そこの加入希望のお姉さん。まともな人ならちゃんといるよ?」

 

「え?」

 

声をかけたことでようやくこちらの存在に気付いたようだ。だが、自分で自分をまともだと主張しても説得力がないことは確か。なのでシエルは彼女が振り向いたタイミングで、まるでエンターテインメントショーでメインの人物を紹介するように両手を近くにいるミラジェーンに指し示す。それに気づいたのか否か、応えるように「こんにちは」と笑みを浮かべて挨拶をすると、効果は覿面だった。

 

「ミラジェーン……本物ぉ!!?」

 

彼女、ミラジェーンは週刊ソーサラーでグラビアを飾る程の有名人。先程自前の週刊ソーサラーを手にしていたから、目にしているとは思っていた。そしてこのギルドに憧れているなら、少なからずミラジェーンに対して目の前の少女が好意的な印象を持つのもあり得る。実際に何度も雑誌で掲載された女性が目の前に現れたとあって、男顔負けの興奮具合だ。しかし、途端に我に返り目の前の二人に対して今も尚続く喧嘩について尋ねだした。

 

「あ、あれ……止めなくていいんですか……?」

 

「いつものことだから放っておけばいいのよ」

 

「止めようとしたって、返り討ちに遭うか巻き込まれるのがオチだしねぇ……」

 

「あらら……」

 

だが実際問題一部を除いて他の者が止めようとしても止まった試しがない。だから笑顔を保ったままミラジェーンが告げたように、放っておくのが今現在の最善なのだ。ふとシエルも喧騒に目を向けながら告げていると何を思ったのか急にその場でしゃがみ込む。隣にいるミラジェーンはそれに気づかぬまま「それに……」と何かを続けようとしたが、それは喧騒の方向から飛んできたエルフマンに頭からぶつけられて倒れ伏したことで遮られる。シエルが伏せなければ彼も巻き添えだった。

 

「楽しいでしょ……?」

 

と、倒れた状態でもなお笑顔で告げた言葉を最後にミラジェーンは意識を失った。心なしか開け放たれた口元から彼女の魂的な何かが浮かび上がっているようにも見える。

 

「キャーーーーー!!ミラジェーンさーーーーん!!!」

 

「(むしろ怖いよ、それ……)」

 

明らかに命にかかわる事件に少女は悲鳴を上げ、少年は彼女の最後の言葉に内心ツッコミを入れる。が、すぐさま次の脅威を察知したのか、近くにあった椅子を持って喧騒の方向に突き出すと「ぐぉふっ!」と声を上げながら何故か唯一着ていた下着さえも失い、今度こそ全裸になったグレイが飛んできた。ちなみに背中から、突き出された椅子にぶつかったために地味に痛そうだ。そしてシエルの前方に見えるのは先程までグレイがつけていた下着をしてやったりと言った感じで笑いながら指でくるくる回しているナツだ。

 

「あーっ!!オレのパンツ!!つうかシエル!てめぇも何しやがんだ、いてぇだろ!!」

 

「それよりも早く服着なよ。女の子もいるのに」

 

シエルとしてはただ自分の身を守っただけに過ぎないので怒られる道理がない。さらに言えばそのことよりも後ろの方でおそらく見てしまったのであろう、グレイの全裸に対して悲鳴を上げている少女のためにも早いとこ大事なところを隠してほしいというのが今の第一優先事項だった。冷静な指摘に一理あると感じたグレイは……。

 

「んじゃシエル、お前のパンツ貸してくれ」

 

「サイズ合わないでしょ?物理的に無理だよ」

 

「ならそこのお嬢さん、良かったらパンツを……」

 

「貸すか!!」

 

目の前にいた少年に下着を借りようとしたが、背丈も腰回りも一回り以上下のサイズでは不可能と言う理由で却下される。そこまでならまだいいのだが何故かそのさらに近くにいた少女にまで下着を借りようと頼みに行った変態に、溜まらず少女は椅子を手に振りかぶって叩きつけて変態をぶっ飛ばした。ちなみにこの椅子、先程グレイを受け止めるためにシエルが使ったもので、少女にまで下着を借りようと近づいた瞬間、彼女の近くに行くように滑らせて、上手く彼女が変態から身を守れるように投げたアシストだったりする。初対面で名前も互いに詳しく知らないのにいい連携だ。

 

「デリカシーのない奴は困るね……」

 

「漢は拳でぇーーー!!」

 

「邪魔だっての!!」

 

「あい!」

 

そんな変態による被害者の少女にロキがお姫様だっこしながら乱入したかと思いきや、そこを雄叫びを上げたエルフマンにアッパーカットで飛ばされて、少女は地に落ちる。そしてアッパーカットの体勢のところをナツに蹴り飛ばされたりと、妙な食物連鎖が起こったりして、収拾がつかなくなってきた。

 

「お姉さん大丈夫?」

 

「う、うん……。と言うか、さっきから思ってたけどあなた、年齢のわりに妙に落ち着いてるわね……」

 

「あ、俺多分お姉さんが思ってるよりはちょっと年齢上だと思うよ?」

 

エルフマンに殴り飛ばされたロキから落ちてうつ伏せになってる少女にシエルが話しかけると、そんな話を切り出してくる。上背が低くて顔も童顔、声変わりもほとんどしてないために10歳ちょっとだと誤解されてはいるが、実際のシエルは14歳。だが、それを差し引いてもいい大人たちがこぞって喧嘩している中で恐らく最年少と思える少年だけが妙に達観しているというのは、彼女にとって珍しいものだったと見える。だが、その少年もとうとう巻き込まれようとしていた。

 

「おいシエル!避けてばっかりしないで、お前もかかって来いよ!」

 

そう告げたのはこの喧騒の最初の発端である桜髪の青年ナツだ。だが、そんな挑発にも全く動じることはなく少年はいつもと同じ調子で返答することになる。

 

「俺は別にいいよ。特に混ざる理由もないし、依頼から帰ってきたばっかでゆっくりしたいしさ」

 

混ざる理由(そんなもん)いくらでも簡単に作れんじゃねぇか。行くぞぉ!」

 

だがそんなことお構いなしのナツはシエルに向かって走ってくる。その様子を近くにいた少女は悲鳴を上げて怯え、シエルは苦笑交じりにため息をついた。「仕方ない……」と一言呟いたかと思うと、近くに落ちていた空瓶を拾い、ナツの方向……ではなく、若干左に傾けたところに転がした。もちろんナツには当たらずそのまま真っすぐに彼は駆けだすが、ナツから見て真右に迫っていたメンバーの一人の足裏に空瓶が当たると……。

 

「うおあっ!?」

 

「グポォ!?」

 

後ろ向きに倒れだした男の無意識な裏拳がナツの後頭部を捕らえ、二人揃ってシエルの目の前で大転倒。それを見た少女はまさかの奇跡に目を引ん剝くが、仕掛けた少年は全くもって動じていない。この結果を狙っていたからである。

 

「いきなり何しやがんだ!」

 

「わざとじゃねぇよ!お前こそそんなとこにいてあぶねぇだろうが!」

 

「んだとコラァ!!」

 

そのままぶつかった者同士で再び喧嘩を始める。こうして自分の身に降りかかるはずだった脅威を別の方向に逸らすことに成功した少年は、満足そうに目の前の結果を見ながら笑いを零す。

 

「クッククク……!うまくいったうまくいった!」

 

「(や、やっぱこの子もまともな部類じゃないわ……)」

 

悪戯が成功したような笑みと台詞の少年を、ずっと近くで見た少女は目の前の落ち着いた少年の素顔のようなものを見てその考えを改める。やはり妖精の尻尾(このギルド)はどこかぶっ飛んだ者たちばかりだと。

 

「あーうるさい。落ち着いて酒も呑めないじゃないの……」

 

だがそんな喧嘩も、展開が変わろうとし始めていた。ずっと酒を飲むことに意識を向けていた女性カナが、一向に収まらない騒ぎに苛立ちが頂点に達したようで……。

 

「あんたら、いい加減にしなさいよ……!」

 

右手にカードを持つと彼女の前に突如魔法陣が浮かび上がる。そしてそれはただの起点に過ぎなかった。

 

「アッタマきた……!」

 

下着を無事に取り戻していたグレイは左掌に右拳を当てながら念じるとそこからまた違う色の魔法陣が浮かぶ。

 

「ぬおおおおおおおおっ!!」

 

エルフマンは右腕を掲げがら雄叫びを上げると同時に、瓦礫が右腕に集まると、石でできた右腕を作り出して己が身に纏う。

 

「困った奴等だ……」

 

さらにロキは左の人差し指に着けている指輪を右の指で触れて光を灯すと、カナやグレイと同様に魔法陣を作り出す。

 

「かかって来いっ!!」

 

しまいには、ナツが両手に炎を纏い臨戦態勢に入る。今の今まで喧嘩でも使わなかった各々の魔法を使用する予兆だ。さすがにこの展開はいいものとは到底言えない。

 

「げっ、ヤバ……!」

 

「魔法で喧嘩!?」

 

「あい!」

 

「あい!じゃない~!!」

 

今まで混ざる気もなく眺めていたシエルも表情を強張らせ、加入希望の少女はと言うと近くにいた青猫のハッピーを抱えて盾にするように構えている。これから起こるであろう惨劇を想像して涙まで流している始末だ。まさに一触即発、となっていたその時……。

 

 

 

 

「やめんかバカタレェッ!!!」

 

巨人が現れた。ギルドの建物の窓から差し込む光を逆光として受け止め、その巨大な体を影で黒く染めたその存在の一喝は、その場にいるもの全員の耳に届いた。

 

「でかーーーーっ!!?」

 

声を出せたのは少女のみ。突如現れたその巨人のあまりの大きさに驚愕している声だった。残りの者はと言うと、その一喝のみで今までの騒ぎを嘘のように、まるで時を止めたかのようにピタリと止めた。先程まで騒がしかった空間が、一転して静まり返る。

 

「あら、いらしたんですか、マスター?」

 

「マスター!?」

 

少女は再び驚愕する。魂と意識を戻したミラジェーンから告げられた巨人の正体、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターであることに。しかもミラジェーンの言葉に当の巨人も「うん」と返答していたので間違いでもないだろう。

 

「あ、そうだ。依頼達成についてマスターに話しておかなきゃいけなかったんだ」

 

シエルはと言うとナツたちの帰還に始まり、今の今まで起きていた騒動ですっかり頭から抜けかけた用件を思い出し、すっきりとした表情でつぶやいた。「危ない危ない」とまで言い出す少年に、少女の表情が何度目になるか分からない引き攣ったものになる。そして……。

 

「だーはっはっはっはっ!!みんなしてビビりやがって!この勝負はオレの勝ピッ!?」

 

静まり返った空気の中で大笑いしながら高々と宣言しようとしたナツ(命知らず)は、巨人によって踏みつぶされて、その言葉はさえぎられた。あまりにもあっけなく沈められたその様子に少女の恐怖はさらに膨れ上がる。

 

「ん?新入りかね?」

 

「は、はいぃ……!」

 

そんな恐怖が膨れ上がった状態で尋ねられたことで完全に少女は今まで抱いていた畏敬や憧憬を後回しにして、ただただ怯えながら返事をする。

 

「ふんぬぅぅぅ……!!!」

 

すると巨人は力むような声で体中から煙を発し始めた。何をするつもりなのか、その思いだけが今の少女の頭を支配するあまり、口を魚のようにパクパクと開け閉めすることしかできない。だが、しばらくするとその巨人の影は見る見るうちに小さくなっていき、やがて少女の視点は天井から徐々に下に向いていき、自分の目線からさらに下に行く頃には恐怖よりも驚愕の方が上回って「ええーーっ!!?」と声を上げて、尚も小さくなる巨人の姿だった老人を凝視する。

 

「よろしくネ!」

 

そして、幼い子供と変わらない背丈にまで縮んだ奇術師のような恰好の老人は、右の腕を上げて先程の威圧を微塵も感じない軽い感じで少女に挨拶をした。この老人こそ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター『マカロフ』である。簡単な紹介も済ませると、マカロフは後方にあった二階に向かって前転の勢いをつけながらジャンプするが、「ぐべ!」と言う悲鳴と共に二階に設置してある手すりの柵に背中を思い切りぶつける。痛みをこらえながらも態勢を整えて一つ咳ばらいをすると、手に持っていた書類を掲げながら全メンバーが注目する中で堂々と話し始めた。

 

「ま~たやってくれたのう貴様等。見よ、『評議会』から送られてきたこの文書の量を。ぜ~んぶ苦情ばかりじゃ」

 

『評議会』とは魔導士ギルドを束ねている機関。魔導士ギルドが所属する「地方ギルド連盟」を管理する団体であり、罪を犯した魔導士の検挙や問題を起こしたギルドに対する制裁などを加える権限を有している。

 

「グレイ。密輸組織を検挙したまではいいが……その後街を素っ裸でふらつき、あげくのはてに干してある下着を盗んで逃走」

 

「いや……だって裸じゃマズイだろ……」

 

「まずは裸になるなよ」

 

まず矛先を向けられたのはグレイだ。己の脱ぎ癖が原因で発生した事案を公表され、恥ずかしそうに抗議するが、そもそもの正論をエルフマンに指摘される。だが、指摘した人物も他人事ではなかった。

 

「エルフマン。貴様は要人護衛の任務中に要人に暴行」

 

「『男は学歴よ』なんて言うからつい……」

 

エルフマンは己が信条としていることを穢されたことによる暴走を咎められた。気持ちは分からなくもないが護衛対象を自分で危害を加えることは下手をすれば破門並みの不祥事だ。

 

「カナ・アルベローナ。経費と偽って某酒場で呑むこと大樽15個。しかも請求先が評議会。ロキ。評議員レイジ老師の孫娘に手を出す。某タレント事務所からも損害賠償の請求が来ておる」

 

さらにはカナやロキにもその矛先が向く。挙げられた罪状にカナは「バレたか……」と言葉を零し、ロキも視線を気まずそうに中空に漂わせている。だが、今までのものはすべて前座に過ぎなかった。

 

「そしてナツ……。デボン盗賊一家壊滅するも民家7軒も壊滅。チューリィ村の歴史ある時計台倒壊。フリージアの教会全焼。ルピナス城一部損壊。ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止。ハルジオンの港半壊」

 

今までの比にならない規模と数の損害をナツ一人分として挙げられる。ついでに言うと、加入希望の少女が読んでいた本に載っていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)が起こした事件として取り扱っている内容のほとんどが今挙げられたものであり、少女自身もほとんどの原因がナツである事実を知って、顔を再び引き攣らせた。そして、今挙げたものでもほんの一部。他にも問題を起こしたメンバーの名を羅列させていくと、マカロフの声とともに体もこらえるように震えだしていく。

 

「貴様等ァ……!ワシは評議員に怒られてばかりじゃぞぉ……!」

 

その声と様子に、メンバーの視線が下に向き、表情も暗くなっていく。マスターの怒りを買っている事実に、少女も表情に曇りを宿して怯えていた。

 

 

 

 

 

が、マカロフが「だが……」と口に出すと、手に持っていた書類に火をつけた。

 

「評議員などクソくらえじゃ!」

 

一見、自分たちの上に存在する評議会を嘲るような発言を告げると、燃やした書類を前に投げ捨てる。するとまるで投げられたボールやフリスビーをキャッチする犬のようにナツが飛び掛かり、燃えている書類に喰らいついた。少女以外の全員がそれを一切気にせず、真っすぐに二階の手すりに堂々と立つマカロフに視線を向けた。

 

「よいか……理を超える力はすべて理の中より生まれる。魔法は奇跡の力なんかではない。我々の内にある気の流れと、自然界に流れる気の波長が合わさりはじめて具現化されるのじゃ。それは精神力と集中力を使う。いや、己が魂すべてを注ぎ込む事が魔法なのじゃ」

 

その場にいる全員がマカロフの言葉、表情、そして目に着目し、静かにその言葉を受け止めている。その中で一人だけかすかに違う反応を示すものがいた。他の者たち同様に真っすぐに向けた目線を柔らかく細め、口元を少し弧に描く少年シエルだ。いつだって、今自分が見上げているマスターは、己の人生を形作る言葉と生き様を教えてくれる。今自分がここにいるのも、正しく魔法を使えているのも、彼がいてこそなのだ。度々それを思わせてくれる。偉大な人物だと、少年はあらためて実感していた。

 

「上から覗いてる目ン玉気にしていたら魔道は進めん。評議員のバカどもを怖れるな、自分の信じた道を進めェい!」

 

不敵な笑みを浮かべながら、メンバーたちに語り掛けていくうちに、シエルだけでなく周りのメンバーたちにも、少女も含めて同じような笑みが浮かび始める。

 

「それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士じゃ!!!」

 

そして右の親指と人差し指を伸ばしながら天高く突き上げると同時に叫んだ言葉に、歓声が響いた。腕の挙げ方に差異はあるが、全てのメンバーに共通しているのはマカロフ同様右の親指と人差し指を伸ばし、天に向けて突き上げていること。少女の近くにいたシエルも、見た目の年齢に合うような笑みを浮かべながら天高く腕を伸ばしていた。そして、先程までの数々の衝撃的な出来事や恐怖心なども吹き飛んだらしい、周りの笑顔と活気あふれる様子に、少女(新たな家族)は期待と歓喜に満ちた輝かしい笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「と言うことで、無事に一人での初依頼、達成できました!」

 

マスターであるマカロフの演説のような話で、ギルド内の酒場はシエルが帰ってきた時以上に大盛り上がり。その喧騒を背景に、シエルからの依頼での状況と報告を酒を嗜みながらマカロフは、満足そうに笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「そうかそうか、よくやったぞシエル。思えば初めてお主とあった頃は、こうして当たり前のように送り出すことになるとは思わなかったもんじゃ」

 

「そうですね。色々とありましたから」

 

シエルの依頼での話を横で聞いていたミラジェーンも、彼との出来事を振り返りながら会話を挟む。ちなみにそうしている間にも、看板娘兼受付嬢の仕事の手は休めずに、加入希望の少女―名はルーシィだと、互いの自己紹介で知った―の加入手付きを進めている。そして残りのやることはあと一つ。

 

「ここでいいのね?」

 

「はい!」

 

右手の甲を差し出すルーシィに同意を尋ねたミラジェーンが、それに目がけてスタンプを押す。しばらく押してから離すと、何も刻まれていなかったルーシィの右手の甲に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドマークである妖精を模した紋章が桃色で刻まれた。

 

「はい!これであなたも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員よ!」

 

「ようこそ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ!歓迎するよ!」

 

ミラジェーンとシエルに歓迎の言葉をかけられながら、ついに念願のギルド入りを果たしたルーシィは「わぁ!」と感嘆しながらナツに駆け寄っていった。

 

「ナツー!見て見て!妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマーク入れてもらっちゃったぁ!」

 

「あっそう?よかったなルイージ」

 

「ルーシィよ!!」

 

嬉々として知らせに来たのに振り向きもしないで素っ気なく答えた上に名前まで間違えるナツに、思わず突っ込むルーシィ。そのやり取りを見ていたシエルは思わず吹き出し、笑いをこらえだす。そしてさらに……。

 

「あ、改めて、歓迎するよ!ルイジアナ!」

 

「だからルーシィよ!あんた絶対わざとでしょ!?」

 

「あははは!バレた~!」

 

あまりにもいい反応をするものだからと、わざとらしく言い間違えると期待通り。即座に反応して突っ込むものだから、もうこらえることもできない、と言うかしない。しまいには腹を抱えて笑う始末だ。

 

「そうじゃシエル。手紙が届いておったぞ?」

 

「え、手紙?」

 

そんな風に新人(ルーシィ)で遊んでいるとマカロフから唐突に告げられた言葉に、笑いも引っ込んで尋ね返した。「ほれ」と差し出された手紙の差出人をシエルが目にすると、彼の目が見開かれた。逸る気持ちを押さえられず、すぐさま手紙を広げて読みだす様子に、さっきまで揶揄われていたルーシィもきょとんとした様子で眺めている。

 

「……そっか……。元気そうで良かった……」

 

読み終えたと思われるその言葉とともに、彼の表情は今までの中でも一番柔らかく、どこか安堵の気持ちで溢れていた。その表情を間近で見たマカロフもまた、その顔に笑みを浮かべる。

 

「お主ら『兄弟』は、本当に互いを想いあっておるのう。家族として繋がっているワシらにとっても、眩く感じる絆がある」

 

笑みを浮かべながらシエルに告げる言葉に、告げられた本人はどこか気恥ずかしそうに目線を逸らす。だが、その視線を再び真っすぐに向けると、決意を秘めたかのように話し出した。

 

「マスター。俺、もっと頑張るよ。どこに行っても恥ずかしくないように、胸を張れるように、兄弟であることを誇りに思ってもらえるように。強くなって、依頼もどんどんこなして、いつか……皆に並び立てるように、今度こそ守れるように……!」

 

宣誓。まさにその言葉に当てはまるような力強い言葉に、マカロフだけでなく、ルーシィもナツやハッピーも、近くにいたメンバーもシエルを見て微笑みに似た表情を見せる。彼の過去を知る者も知らぬ者も、彼の言葉にある重みとその決意の強さに感化されていた。

 

「よし!そうと決まったら……!」

 

宣言したからには突っ立っているだけでいられない。シエルは依頼板(リクエストボード)に素早く移動し、手頃と思われる依頼書を一枚とるとまたも素早くミラジェーンの元へと持っていく。

 

「ミラ!今からこの依頼行ってくる!」

 

「……ええ。気を付けてね」

 

差し出された依頼書を、どこか思うものがある表情で受け取りながらシエルを送り出すミラジェーン。彼女の言葉に「おう!」と返事して少年は駆けだした。その様子にベテランと思われる魔導士の一部が「元気あるよな」とか「若いっていいな~」と言った感想を零す。

 

これは、後々に至るまで、数々の伝説を残していくギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)。そのギルドに所属する、水色がかった銀髪に、一筋の金色のメッシュが入った、一人の少年『シエル・ファルシー』の視点を中心に、展開されていく冒険譚。

 

その始まりの一歩を今、マグノリアの大通りで踏み出した。

 

 



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キャラクター紹介(オリジナル主人公)

この作品に登場するオリジナル主人公の簡単な紹介をさせていただきます。詳しい説明や細かい設定は今後本編で描いていくので、お待ちいただけると幸いです。

ではどうぞ!


■シエル・ファルシー

 

性別:男

 

年齢:14

 

身長:151

 

容姿:短い水色がかった銀髪で、左目の上部分のみ金色のメッシュが入っている。目の色は黒。

 

ギルドマーク:左頬に入っている。色は紫

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

好きなもの:家族、肉、イタズラ

 

嫌いなもの:闇ギルド、家族を侮辱されること、魚介類

 

魔法:????

 

趣味:仕事休みの時の日向ぼっこ

 

詳細

現在は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だが、過去には違うギルドに身を寄せていたこと、そのギルドが一部を除いて全滅したことが過去に起きているが、それ以上の事はまだ明かされていない。

 

他の同年代の者たちと比べると背は低く、顔も幼く見えるため、10歳を過ぎているかどうかも疑わしいと思われているが、本人はその見た目を利用して買い物の値切りや、盗賊等の悪党へのだまし討ちなど、有効活用している。

 

性格は普段から見ると荒くれ物揃いの妖精の尻尾(フェアリーテイル)では珍しく、落ち着いていて初めて見るルーシィの様子を見てすぐに加入希望者だと判断できる程には観察眼に優れている。

だがそんな普段とは裏腹にイタズラ好き。軽度なものではあるが同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーに仕掛けては周りを笑わせるか盛り上げたりしている。ルーシィが加入した際は、そのイタズラに拍車がかかることになるのを、本人含めてまだ誰も知らない。

 

またその観察眼とイタズラ好きの性格を利用して、他のメンバーが喧嘩の最中に巻き込まれないように避けたり、物を使って防いだりなど、危機回避などにも有効活用している。(一例をあげるとプロローグで襲い掛かるナツを、近くにいた別のメンバーを空き瓶で転がせて衝突させることで意識を逸らしたりする。)

 

現在のギルド内では最年少と思われるが、家族のような暖かい空気と、いい意味でも悪い意味でも遠慮のない雰囲気に影響されてか、ほとんど同等の立場でメンバーと接している。

 

とある事情で元居たギルドから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に移った際にも、すぐにメンバーとして受け入れるまでには難関があったようで、それまでは他のメンバーと共に依頼を受けていたことが示唆されている。

そして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にルーシィが加入するとほぼ同時期に、単独での初依頼を達成し、正式な妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーとして受け入れられるようになった。

 

今は遠くに『兄弟』がいるらしく、その仲は良好のように見える。

 

使用する魔法は今後、本編で紹介する予定。



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第1章 鉄の森(アイゼンヴァルト)呪歌(ララバイ)
第1話 鎧の魔導士


プロローグと設定のみの投稿だったにもかかわらず、お気に入り登録が10件を超えていました…!ありがとうございます!

ひとまず、一週間に一話ずつ更新することを目標に頑張らせていただきます!


その街の一角には、一つの魔導士ギルドが存在している。牙を剥いた蛇を模した紋章や、外装にも蛇をモチーフとしたインテリアを飾っている建物だ。そのギルドは表向きにはほかの魔導士ギルドと変わりないように見える。

 

 

だが、街の者は誰も知らない…。彼らには裏の顔があることを…。

 

 

 

「(本当に…見ていられない連中だ…)」

 

少年は、ギルドの中に併設された酒場で行われているギルドメンバーたちの会話を眺めながら、冷めた表情で口に出さずに毒づいた。やれ「依頼で追加料金をふんだくった」だの、「隣町の美女を無理矢理連れてった」だの、「他のギルドの連中が邪魔だったから潰した」だの耳障りにもほどがある内容を下品な笑いを浮かべて自慢げに話していることに、苛立ちを隠せない。こんな連中と同じギルドである自分が心底恥ずかしいとさえ思える。

 

だが、彼にはそれを覆すほどの力も決意も持ち合わせていない。淡々と依頼を受注してこなし、報酬を受け取るのみ。今日も、機械的にこなした依頼の報告書をギルドに提出し、報酬を受け取ると建物の奥の部屋へと向かっていく。途中でメンバーたちの皮肉にも似たヤジを飛ばされるが、相手にするだけ無駄なことが分かっているため聞く耳を持たない。

 

苛立ちと怒りを奥底に潜めながらとある一室の前に立つと、扉を三回軽く叩いた。すると奥から「どうぞ…」と弱々しい幼めの声が返ってくる。

 

「ただいま、―――。調子はどうだ?」

 

「あ、兄さん…お帰り…!」

 

ギルドで働く身である少年よりもさらに幼い、彼の弟は布団の上で横たわっていた体を起こし、兄を迎え入れた。そんな上体を起こした弟を、兄は少し慌てた様子で制止しようとする。

 

「無理に起きようとするな。容態が悪化するぞ」

 

「ちょっとくらい大丈夫だよ」

 

「そのちょっとが今後どうなるか分からなくなるぐらい危ないんだ。ほら、薬貰ってきたから、これ飲むんだぞ?」

 

弟は生まれつき病弱だった。外に出ることはおろか、ずっと安静にしていてもすぐに体調崩すほどに。そんな弟を支えるために、兄は魔導士としても人間としても理解できない輩と同じ場所であっても、このギルドから離れることができない。今弟に渡した薬も、依頼の報酬として受け取っている。これを絶たれては、弟の命が危険なのだ。

 

「…うん…。薬は飲むよ。けど、僕の事ばかり構っていたら兄さんは、兄さんのやりたいことが…」

 

「これが俺のやりたいことだよ。お前が少しでも良くなって、他の子どもたちと変わらないくらいになってくれるようになるまで、俺は―――のために動きたいんだ」

 

弟は、自分の事ばかりを優先する兄に、兄自身の望みを叶えてほしいと願った。だがその兄の望みは弟の安寧唯一つ。分かっていはいても、やはり自分のために己を犠牲にしているように見えてしまう弟にとって、兄の言葉は自分の弱さを呪う言葉の刃ともいえるものだった。

 

「だから、今しばらくは、ゆっくりと寝ていてくれ。俺の事は気にするな。俺はここの魔導士の中でも強いからさ」

 

それでもなお兄は、弟のために行動する。起こしていた上体を優しく横たえ、額を撫でる。そのたった少しの動作に弟は瞼を閉じようとしていた。

 

「うん…ありがとう…。…ごめん…ね…」

 

そして弟はまどろみに落ちる。いつか兄が自由に生きられるその日を信じて…。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「…ん、んん…?」

 

目に入ったのは、カーテン越しの優し気な日差し。聞こえたのは小鳥のさえずり。日差しのみで照らされた部屋の寝床の上で、少年シエルは目を覚ました。

 

「夢、か…」

 

あの頃には思いもしなかった。願っていた日々が来ることを。自由に正しき道を歩む兄と、本当の己を感じるようになった弟になれたことを。地獄ともいえる日々を、奪われるだけだった過去を、救い出し与えてくれた今の居場所にあらためて感謝をしながら、シエルは支度を始めるのだった。

 

「よし、今日も張り切っていくか!」

 

シエルが拠点としているのはマグノリアの街の中で、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドへと続く大通りの前の一軒家だ。大抵のメンバーは街中の実家であったりアパートだったり、女性のメンバーならギルド員専用の女子寮などもあるが、彼の場合は複数人の生活を考慮して、分割払いで思い切って一軒家を買い取ったのだ。今は一人暮らしに近い状態だが、最終的には兄弟含めて数人ほどで暮らせるようになるのが理想的だと、語っていたのはいつ頃だろうか。そんな思いにふけりながら、最早慣れたような手つきで一人分の朝食を調理していく。

 

「やっぱ朝はベーコンが無きゃ始まんないよな~。ハッピーはすぐ魚渡そうとしてくるけど…」

 

いつだったかナツとハッピーが『勝手に』自宅を訪問してきた時に夕食を振舞ったことがあったが、ハッピーが調理中のスープに魚を生の状態でこっそり入れようとしてきたときは度肝を抜かれた。二重の意味で。魚介類を口にすると本能的な何かが拒否反応を起こして一切食べることができないシエルにとって、生魚をスープに入れるなどあってはならない行動なのだ。

 

そんなことを思い出しながら、簡単に作った朝食を平らげ、身支度も整ったところで自宅を出発。直ぐに出た大通りの向こうに見える仕事場(ギルド)へと歩を進めた。

 

「うし、張り切っていきますか!」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

シエルの妖精の尻尾(フェアリーテイル)での仕事は概ね順調だ。正式に加入してまだ数日しか経っていないが、着々と経験を積めていて、幸先のいいスタートを切っていると言える。依頼先では新人と言うことで若干の不安を見せられてしまうのではないか、とも考えていたのだが、何故か妙に期待されることが増えてきている。

 

聞けば「19頭の怪物を倒した」とか、「とある屋敷に潜入するほどの実力者」だとか、一番首をかしげたのは「傭兵とゴリラのようなメイドの兄妹を相手にして圧倒し、二人揃って頭部の毛をずる剥けにした」と言う期待の新人の噂が出てくる。一つたりとも心当たりがない。ひょっとしてもう一人の新人(ルーシィ)の方の話なのだろうか、と考えたがそんな噂が広まる程過激には見えなかった。いや、人は見かけによらない、と言うことなのだろうか?

 

「取りあえず本人に聞いてみるかな~」

 

火のないところに煙は立たない。何か知ってないか聞いてみることを決意したシエルはそうぼやきながらギルドの門扉を開ける。すると、最初に目に入ったのは空中に浮かんでいる図式だった。ミラジェーンが手に持っているペンでその図式を書いていき、近くにいるルーシィに説明をしているらしい。ちょうどよく既に本人がいたため、ミラジェーンとの話が終わった後にでも聞いてみようかとも考えたシエルだったが…。

 

「黒い奴等が来るぞォォォ……!!」

 

「ひいいいいっ!!」

 

「うおっ!?びっくりした!!」

 

ミラジェーンから説明を受けていたルーシィの背後から、指に火を灯して地の底から這い出るように低くした声でナツが脅かした。ルーシィは勿論、来たばかりで話の流れもまだ理解していないシエルさえも突如声を上げたナツに対して目を見開いた。

 

「うひゃひゃひゃひゃっ!『ひいいっ!』っだってよ!なーにビビってんだよ!」

 

「おどかさないでよォ!!」

 

「シエルもびっくりしてたよね~」

 

「不覚だった…。このびっくりはいつか返さなきゃな~…」

 

悪戯が成功して満足げに笑うナツにルーシィは涙目でナツに怒鳴る。ついでに近くにいたハッピーも、たまたま近づいたシエルのリアクションにも反応したが、シエル自身は笑みを浮かべながらいずれ仕返しすることを企んでいる。それに気づいたナツはと言うと「いや、お前に仕掛けたわけじゃねぇのに…」と如何にも心外と言った様子だ。

 

「で、これってもしかして魔法界の組織図?」

 

「そうよ。ルーシィは魔導士ギルドに入りたてだから、説明をしてあげてたの」

 

ミラジェーンが空中に光筆(ヒカリペン)―空中に文字が書ける魔法(マジック)アイテム―で書いていたのは、『魔法評議院』をトップとした魔法界の組織図だ。評議院の下にギルドマスターたち『地方ギルドマスター連盟』が存在しており、そこから各々のギルドへと枝分かれしている。

地方ギルドマスター連盟では、評議会での決定事項などを通達したり、ギルド同士での連携を円滑にしたりなどの仕事も存在する。そもそもこの話をするきっかけになったのも、ギルドマスターたちが集い、各ギルドでの定期的な報告を行う定例会が開かれており、マスターマカロフがその定例会への出席のためにギルドを離れているからである。

 

「ギルド同士の繋がりがあるのは分かったけど、黒い奴等って、何のことですか?」

 

「黒い奴等は本当にいるのよ。連盟に所属しないギルドの事を『闇ギルド』と言ってるの」

 

「犯罪などにも手を染める、法律無視の集団の事だよ」

 

話を戻してナツが告げた黒い奴等についてルーシィが質問する。ミラジェーンは光筆(ヒカリペン)で闇ギルドを追加で書き記し、シエルがその説明に補足を入れた。その説明にルーシィは顔に若干の恐怖心を表して相槌を打つ。

 

「悪質な連中さ。どんなに苦しむ人たちが増えても、なんとも思わねェ…」

 

顔を逸らしながら告げたシエルの表情は、どこか物憂げと言うか話のみを聞いて得た知識を語るというには妙に実感がこもっているのをルーシィは感じ取った。自分よりも年下である目の前の少年と、闇ギルドに何の関係があるのか。それに気づいたのか否か、後ろに腕を組みながらナツはルーシィに「つーか早く仕事選べよ」と急かしてきた。

 

「なんであんたにそんなこと言われなくちゃなんないわけ?」

 

「だって俺たちチームだろ?」

 

「前はオイラたち勝手に決めちゃったからね。今度はルーシィの番」

 

ナツたちのやり取りを聞いてシエルは思い出した。数日前に『本を屋敷から持ち出すだけで20万J(ジュエル)』と言う破格の報酬が入る依頼を、ナツとルーシィ、そしてハッピーのチームが受注して向かったということ。だが、その後依頼内容が『本の破棄』、そして報酬はまさかの『200万J(ジュエル)』に変更するという届け出が出されたことで、ギルド内が騒然としていたことを。

 

ちなみにその結果は、本の持出には成功したものの依頼主の意思を汲み取って破棄することを断念。依頼は失敗と言う扱いにし、報酬は受け取らなかったという。ルーシィは未だにその結果を引きずってはいるが、この話を聞いた時シエルはナツたちに、より関心を抱いていた。依頼主がそのつもりでも、依頼の内容を達成できなかったのに報酬を受け取ったとあれば、ギルドの信用に関わるからだ。本人たちにとっては損でも、今後その意識を評価してもらえれば自然と依頼も増えていくだろう。

 

そしてその時の名残でチームを組んだままだったナツたちは同じチームとして依頼に行こうと考えていたらしいのだが。

 

「冗談。チームなんて解消に決まってるでしょ?あんたたち、金髪の女なら誰でもよかったんでしょうが」

 

ルーシィにはどうやらその気はないらしい。後から聞いた話によると、その依頼で潜入した屋敷の主人『エバルー』は、スケベな女好きで金髪の美人メイドを募集していたらしい。依頼書に書いてあった内容を見てほぼ騙すような形でナツとハッピーにチーム結成をさせられたとのこと。

余談だがこのエバルー。美的感覚が残念と言うか、明らかにスケベオヤジと言うような顔立ちゆえか、自分の顔こそ美しい、という考えを持っており。その顔に似たメイドばかりを雇っていたためか、場にいたメイドは全員不細工。そして潜入しに来たルーシィはブスと言われて門前払いだったそうだ。気の毒に。

 

閑話休題。

 

そのような経緯があったために、今回限りのチームだとルーシィは思っていたが、その言葉は否定こそせずにナツは満面の笑みでこう答えた。

 

「でもそれだけじゃねぇぞ。いい奴だから」

 

笑顔でそんな言葉をドストレートに言われたら、何も言い返せない。ルーシィは照れて顔を赤らめながら目を細めた。

 

「なーに、無理にチームなんか決めなくても、すぐにイヤってほど誘いが来るさ」

 

そんな時、近くのテーブルで食事していたらしいグレイが話に加わり、ルーシィにそう告げた。

 

「グレイ、服は?」

 

「ぬぉおおおっ!?」

 

いつものようにいつの間にか下着一枚になりながら…。今みたいにシエルや誰かに指摘されてようやく気付くほど、癖になっているようだ。いつものようなお約束をしている様子にナツが「ウッゼ」とこぼした言葉に慌てていたグレイの様子が豹変した。

 

「今うぜェつったかクソ炎!」

 

「超うぜェよ変態野郎!」

 

「あ、また始まった」

 

「いつものことです」

 

額を押し付け合い罵り合いながら睨み合いの喧嘩を始めるナツとグレイ。その横でシエルとハッピーはいつもの事と言うことで軽く流している。

 

「ルーシィ、僕と愛のチームを結成しないかい?今夜二人で」

 

その喧嘩を尻目に声のした方へシエルが向くと、いつの間にか現れたロキがルーシィとチームを組もうと話しかけ(ナンパし)ていた。急なことだったからか、よく分からないからか、ルーシィは「は?」と唖然することしかできない。

 

「君って本当キレイだよね…。サングラスを通してもその美しさだ。肉眼で見たら…きっと目が眩んじゃうな…」

 

「勝手に眩んでれば…?」

 

一般の女性ならいちころであろう台詞も、最初にギルドに来た時に女好きであることが露見しているルーシィの前ではあまり意味を為さない。辛辣にも聞こえるルーシィの言葉もあまり意を介してなさそうだったが、ルーシィのスカートから下がっている金や銀の鍵束を見て、ロキの態度が一変した。

 

「き、君!『星霊魔導士』!?」

 

「何だって!?星霊!!?」

 

「え、え?」

 

ルーシィに触れるのではないかと言うほど近づいていたロキが急に後ろにのけ反って離れながら告げた言葉に、次に反応したのはシエルだ。ロキが突然怯えながら離れたのもシエルが過剰に反応したことにもルーシィは戸惑いを隠せない。そしてその二極の反応に過剰に反応したのは次のハッピーの言葉だ。

 

「うん、牛とか蟹とかいるよ」

 

「牛に蟹!?そして金色の鍵ってことは、金牛宮と巨蟹宮!?」

 

「そう、だけど…知ってるの!?」

 

思わぬ反応と知識の披露にルーシィは戸惑いながらも、自分が扱っている魔法に関心を示してくれたことに対する喜びは少なからずあるようだ。一方で…。

 

「ガーーン!な、なんたる運命のいたずらー!!ゴメン!僕たちはここまでにしよう!!」

 

「何か始まってたのかしら…」

 

ショックを隠し切れない様子でロキはそのまま立ち去ってしまった。最後に告げた言葉にルーシィは呆れながらツッコミを入れる。ロキの中では始まっていたつもりだったのだろう、多分…。

 

「ロキは星霊魔導士が苦手なんだよ。俺は本で星霊について知って、少し憧れてたんだよ…!」

 

「そうなの?なんかあたしも嬉しいな~」

 

『星霊魔導士』―――。

今シエルたちが存在する『人間界』とは別の時空に存在する世界『星霊界』に存在する生命体である『星霊』を召喚し、使役する魔導士の事。誰でも扱えるわけではなく、生まれ持った特別な魔力を持つ者と、星霊ごとに分けられている召喚のための鍵を持つ者のみが扱える希少性の高い魔法なのだ。

 

大まかな鍵の種類も二つに分けられている。銀の鍵は同種のものが複数本存在して、店での売買も行われている、汎用性のあるもの。金の鍵は世界に一本ずつ。『黄道十二門』と呼ばれるレアものであり、一本見つけるだけでもかなりの幸運なのである。

 

だが、目の前の少女ルーシィが持つ鍵は銀が4本、金が3本。つまり黄道十二門を3体所有している魔導士と言うことが分かる。

 

「鍵が見えた時、まさかな、とは頭の中で思ってたんだけど、本物に会えるなんて…!しかも金の鍵3本持ち…!!」

 

「あらあら、こんなシエル見るの久しぶりね」

 

「な、なんか照れ臭くなってきたな~」

 

最初に会った落ち着いた印象はどこへやら、年相応の輝かしい表情でルーシィの見る目が変わったのではないかと思える豹変ぶりにミラジェーンは微笑ましそうに、ルーシィは気恥ずかしそうに感想を零した。ちなみに誰も言わなかったので補足するが、ロキが星霊魔導士を苦手としている理由は女絡みでトラブルがあったという噂があるものの、真実は誰も知らないらしい。

 

「てめェいい加減にしやがれツリ目野郎!」

「そっちから吹っ掛けたんだろうが垂れ目野郎!」

「単細胞!!」

「おしゃべりパンツ!!」

 

「うわ…レベル低…」

 

「「いつもの事です」」

 

一方で取っ組み合いの喧嘩をしていた二人は再びレベルの低い罵り合戦を繰り広げていた。あまりにもレベルが低いのでルーシィの冷めたツッコミが入るが、シエルとハッピーがさり気なく告げていた。だがそんな喧嘩も日常茶飯事。ギルド内にいるメンバーたちはその様子を笑いながら眺めていて誰も止めようとしなかった。その様子に呆れていたルーシィも笑みを浮かべた…瞬間だった。

 

「大変だぁあっ!!!」

 

先ほどルーシィから離れると同時にギルドの外へと出て行っていたロキが、門扉を突き破る勢いで開け放ちながら大声を上げて入ってきた。その様子に中にいた者たちが全員静まり返るが、次の言葉でその静寂は再び消えることになった。

 

 

「『エルザ』が、帰ってきた!!」

 

瞬間、驚愕とどよめきと恐怖と言った感情の籠った声の数々がギルド内に流れる。喧嘩の最中であったナツとグレイもそれを聞いた瞬間顔を歪めて喧嘩を止めるほどだ。

 

「エルザさんって…?」

 

「今の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強の女魔導士さ。あまりの強さについたあだ名が『妖精女王(ティターニア)』のエルザ」

 

ほとんどの者が戸惑いと恐怖に占められる中、エルザをよく知らないルーシィと、数少ない恐怖を抱いた様子がないミラジェーンとシエル。ルーシィの疑問に不敵な笑みを浮かべながらシエルが答えると、ルーシィの面持ちに緊張の色が芽生え始める。

 

そして、聞こえてきたのは金属がこすれるような重量感のある音。規則正しいリズムでこちらに近づくそれは足音のようにも聞こえる。

 

「エルザだ…!」

「エルザの足音だ…!」

「エルザが戻って来やがった…!」

 

周囲のリアクションに、やはりすごい魔導士なのだと改めて実感させられたルーシィは、とうとう周りと同様に表情を恐怖に染めた。その脳内に浮かぶのは町の建物を優に超える巨体で頭から角の生えた女性が、口から火を噴きながら街を破壊している映像。もはや怪獣扱いだ。

 

そして、なにやら巨大な物体を片手で持ち上げながら堂々とした様子で入ってきたのは、上半身を鎧で身に纏い、下半身は女性らしい紺色のミニスカートを身に着けた、腰まである流れるような緋色の髪を持つ女性だ。目元をきりっとさせているが、その顔立ちは同性であるルーシィをもってしても見惚れてしまうほど端正で整っている。彼女こそが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強の女魔導士である、エルザ・スカーレットである。

 

「今戻った。マスターはおられるか?」

 

手に持っていた巨大な物体をギルド内の中央に轟音を立てながら置き、凛々しい声色と口調で尋ねたエルザに答えたのは、エルザに全く怯む様子のないミラジェーン。

 

「お帰り。マスターは定例会よ」

 

「そうか…」

 

返答を聞いたエルザはその一言だけを零す。どこか落胆しているように聞こえることに気付いた者はどれくらいいるであろうか。いや、それよりも注目すべき、と言うか聞かなければならないことがある。彼女が持ち帰ってきた巨大物体の事だ。煌びやかな装飾がされているが、どこか角のようにも見える形をしている。

 

「ねえ、エルザ…そのやけにデッカいのは何…?」

 

あまりにも目を惹いてしまうその物体に思わず尋ねたのはミラジェーンと同じく怯む様子のなかったシエル。その目に戸惑いも宿しているが、戸惑いの原因は間違いなく今シエルが尋ねた物体だろう。

 

「討伐した魔物の角だ。地元の者が土産にと飾りを施してくれてな…。迷惑だったか?」

 

「ううん別に。けど強いて言うなら、その中央じゃなくて端っこか表に出すかしてもらった方が助かるかな、スペース的に」

 

「ふむ、それもそうだな…。後で移動させておこう」

 

エルザの一挙手一投足にビクビクとしている周りとは対照的にいつも通りに接するシエル。そんなシエルの様子に周りはハラハラしながらも尊敬の意を込めた視線を向けていたが、気づいているのかいないか、本人はどこ吹く風だ。シエルの近くにいてやり取りを見ていたルーシィはと言うと「なんかイメージと違う…」と周りの反応にそぐわぬエルザの言動に純粋に疑問に近い感想を零した。だが、彼らの怯えの要因が一部明かされるのはここからだった。

 

「お前たち、旅の途中で噂を聞いた!妖精の尻尾(フェアリーテイル)がまた問題を起こしているとな。マスターが許してもわたしが許さん!」

 

瞬間、ギルド内にいるほとんどの者たちに戦慄が走った。心当たりがあるからだ。このギルドにおいても相当の上の立場にいる彼女の耳にまで飛んでいる噂によって、今自分の首を絞めていることになっている。そして旅先での噂だけでなく、今この瞬間でも彼女のその指摘は健在だ。

 

まず、カナが露出の高い格好で酒を呑んでいることを指摘したかと思えば、自身の考案した踊りを披露する趣味のある「ビジター」に外でやるよう注意し、リーゼントヘアーで煙管(キセル)をふかせている中年魔導士「ワカバ」には吸い殻が机に落ちているという細かいところまで目をつけ指摘した。

 

「ナブ、相変わらず依頼板(リクエストボード)の前をウロウロしているのか?仕事をしろ」

 

「あ、そのことだけど聞いてよエルザ。俺昨日依頼選ぶの手伝ったんだけど…」

 

「どわあああっ!余計なこと言うんじゃねェっ!!」

 

異国の民族風の出で立ちをした『ナブ』も、普段の行動をエルザに指摘されたのだが、それに追加の罪状を密告しようとしたシエルに気付いて慌ててその言葉を遮った。ちなみに彼は、いつからか定かではないが、一日中依頼板(リクエストボード)の前を右往左往しており、全く依頼を受ける様子がない。それに気を遣っておすすめの依頼をシエルが選んだにも関わらず、あれこれと理由をつけてどれも受けようとしなかった。というのが、昨日の出来事だ。

 

取り敢えずその詳細は後程密告者(シエル)から聞くことに決めたエルザは次いで深い青色のオールバックの髪をしたワカバと同年代の男性「マカオ」に目を向ける。

 

「マカオ………はぁ…」

 

「なんか言えよ!!」

 

だが名前を呼んだだけでそのあと何も言わず一つ溜息をつくだけ。何を思ったのだろう、何の意味を持つのだろう、マカオにはそればかりが心の中を支配していた。

 

「全く世話が焼けるな…。今日のところは、何も言わないでおいてやろう」

 

随分色々と言っていたような気がするが、そこは声に出さずに心に留めておこう。ルーシィはそう決めた。風紀委員か何かだろうか?

 

「それがエルザです」

 

「心の声読まないで!」

 

心に留めておこうと決めたのにハッピーにあっさり暴かれて思わずルーシィは突っ込んでしまった。でもこれに関しては自分は悪くない、そう信じたい。

 

しかし、今ルーシィの把握したエルザの人物像は「ちょっと口うるさくはあるが、常識的なちゃんとした人」であり、ギルドのメンバーがあそこまで怖がる理由が分からない。まだしばらく様子を見ようとしていたルーシィだったが、彼女はその後、すぐに異様な光景を見ることになった。

 

「ナツとグレイはいるか?」

 

「ここにいるよ~」

 

エルザの問いかけに指をさして答えたのはシエル。その先には体中から汗を吹き出し、顔を引きつらせながらも、肩を組んで、空いている手を握手に近い形で組みながらエルザに向き合うナツとグレイ(さっきまで喧嘩してた二人)

 

「や、やあ、エルザ…今日も俺たち、仲良くやってる…ぜい…?」

 

「あ゛い゛…」

 

「ナツがハッピーみたいになったぁ!!」

 

「え、注目するとこそこなの…?」

 

ついさっきまでレベルが低いとはいえ喧嘩をしていた二人が仲良しアピールをしている異様な光景よりも、ハッピーの物真似のような返事をしているナツの方がルーシィにとって衝撃だったのか?そんな純粋な疑問をシエルは思わず呟いた。

 

「そうか、親友なら時に喧嘩もするだろう。しかし私はそうやって仲良くしているところを見るのが好きだぞ」

 

「いや…親友ってわけじゃ…」

 

「あい…」

 

「こんなナツ見たことないわ…!」

 

これほどまでに彼らが怯えているのは、単純だが理由はある。ナツはその昔、エルザに勝負を挑んだのだが、ボコボコにされて完敗した。グレイは街を裸で歩いているところを見つかって。ついでにロキもエルザを口説こうとしてボコボコにされたらしい。

 

閑話休題。

 

二人の(本人にとっては)仲のいい様子に満足げのエルザであったが、本題に戻るために表情を険しくして用件を伝え始めた。

 

「ナツ、グレイ、実は頼みたいことがある。仕事先で厄介な話を耳にした。本来ならマスターの判断を仰ぐとこなのだが、早期解決が望ましいと私は判断した。二人の力を貸してほしい、ついてきてくれるな?」

 

その言葉に二人だけでなく、ギルド内の全員が驚愕した。エルザほどの実力を持つ強力な魔導士が、他のメンバーに協力を要請、しかもエルザほどではないにせよ、ギルドの中で上位の実力を持つナツとグレイを指名したことに。

 

「(エルザが、それほどまでに危惧することなのか…?)」

 

詳細は翌日の移動中に話すとのことだったが、彼女の話と様子からして、ただ事ではないのは事実。シエルの胸の内でも不安に近い感情が集まっていき、考えうる状況の整理が始まっているところだった。

 

「エルザと、ナツとグレイ…今まで想像したことも無かったけど…」

 

ざわつくギルドの内部で、シエルの耳に鮮明に届いたのは、ミラジェーンの呟きだった。

 

「これって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強のチームかも…!」

 

その呟きを聞いていたシエル、そしてルーシィにも、彼女が示した事実に表情を驚愕に染めていた。

 

思えば、ここからが始まりだったのかもしれない。ルーシィにとっても、シエルにとっても。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強チームとして、いい意味でも悪い意味でも、数々の活躍をギルドに残していく日々の…。

 

だがそんな未来を知る者は、今ここにはいなかった…。




おまけ風次回予告

※アニメの次回予告風に想像してお読みください



ルーシィ「妖精の尻尾(フェアリーテイル)って色んな人たちがいるけど、シエルみたいな子供でもちゃんと魔導士なのよね…」

シエル「子供みたいだからと言って甘く見ないでよ?この見かけのおかげで、街中では可愛がられて得したり、盗賊相手とかは見かけで油断した隙を突けば一発で崩せたり出来るからさ」

ルーシィ「外見に似合わずえげつないわねあんた!?」

シエル「あ、でも年下ではあるけど、このギルドにおいては先輩でもあるんだから、ちゃんとそれなりの態度では接してよ?」

ルーシィ「あ…それもそうよね…。見かけだけで態度変えるのも確かにいけないし…気をつけます…」

シエル「ま、と言ってもみんな結構フランクだから気にし過ぎなのもいけないけどね」

次回『呪歌』

ルーシィ「そう言えば、シエルが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったのっていつ頃?」

シエル「正式なメンバーとして加入したのは…ルーシィが来る三日前ぐらいかな?(笑)」

ルーシィ「それほぼ同期じゃないのーー!!(怒)」


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第2話 呪歌

突然の休日出勤のせいで遅れそうでしたが何とか間に合いました。

1話投稿後、感想や誤字報告などをいただき、誠にありがとうございます。
今後もいただけると嬉しく思います!


エルザが帰還した翌日、マグノリアの駅には妖精の紋章を身体に刻んだ魔導士が5人(4人+1匹)立っていた。

 

「なんでてめェと一緒じゃなきゃなんねぇんだよォ!」

 

「こっちのセリフだ!エルザの助けなら、オレ一人で十分なんだよ!」

 

その内の桜髪の青年と黒髪の青年が、周りの人目も全く気にせず睨み合いいがみ合っていた。昨日、同じ人物から応援を要請されたというのに、いきなりチームワークに不安が募る。少し離れたところにあるベンチで呑気にジュースを飲んでいる少年の隣に座る少女ルーシィは、自身の魔力で召喚した、白い体色にハッピーほどの背丈の、鼻がドリルのような形の仔犬座の星霊ニコラ―ニコラは総称でありルーシィの持つニコラの名はプルー―を膝に置いて(怯えてもいないのになぜかぶるぶると震えている)抱きかかえながら、表情を暗くしていた。

 

「他人のフリ~他人のフリ~…」

 

「エルザまだかな~」

 

「ねえ、何で二人がここにいるの?」

 

訪ねてきたのは未だ喧嘩を続けている桜髪の青年ナツの相棒である青いネコのハッピー。昨日エルザに応援を依頼されたのはナツとグレイの二人。ナツの相棒であるハッピーはまだしも、ルーシィと隣に座る少年シエルはほぼ無関係と言っていい。だが、彼らもただ無断でついてきたわけではなかった。

 

「ミラに頼まれたんだよ。『エルザが見てないところじゃ絶対あの二人喧嘩するだろうから見張ってて~』って」

 

「実際に頼まれたのあたしだけだけど…」

 

昨日あの後、二人揃ってカウンター前で食事をとっていた二人は、ミラジェーンに直接エルザたちへの同行を頼まれた。本来はルーシィのみお願いされたのだが、同じ場にいたシエルがさらに共に行くことを志願、ミラジェーンも断らなかった。シエルが行くなら自分が行く必要はないとルーシィは主張したのだが、シエルは一人では止めきれないから一緒に行ってくれると助かると懇願され、渋々了承したのだった。だがルーシィは聞き逃さなかった。

 

『それに上手くいけばルーシィの星霊魔法を間近で見れるいい機会だし。』

 

『それが本音かー!!』

 

同行を認められた後の去り際にシエルが零した本音を、思わず叫んでしまったが本人は全く意に介さずそのまま立ち去って、堂々と今現在集合場所に来ている状態だ。

 

「でも止めてないよね、二人とも」

 

「だって…」

 

しかし、ミラジェーンに二人の喧嘩を止めるために同行したのにその仕事を一切やっていないことを指摘するハッピー。だがルーシィには未だ睨み合って罵り合いの喧嘩を続けている二人を止める有効策は思いつかない。正直お手上げだった。

 

「よし、そろそろ止めるかな」

 

「え?」

 

と、ここで動き出したのはもう一人の同行者であるシエル。彼はベンチから立ち上がり、飲み終えたジュースの容器をゴミ箱に入れると、おもむろに横方向に手を振りながら言葉を叫んだ。

 

「おーい、エルザー!こっちこっちー!」

 

瞬間、喧嘩していた二人が即座に反応した。昨日同様に汗を吹き出しながら肩を組んで仲良しアピールに切り替えた。

 

「よ、よぉ!エルザ…!」

 

「今日もオレたちこんなに仲良し…!」

 

だが、二人の視線にそのエルザはいない。ポカーンと口を開けながら呆けているとどこからかこらえる様な笑い声が聞こえた。

 

「こ、こうするとね、大体はすぐ喧嘩やめるんだっぷくく…!」

 

「ほ、ほんとね…!わっかりやすいほどの、ふふっ、変わりっぷり…!」

 

「うぷぷぷ…!」

 

どこにもいないエルザに呼びかけたシエルと、それに反応してすぐに態度を変えた二人の様子に笑いをこらえるルーシィとハッピーだった。と言うかハッピーは何度も見ている光景のはずなのに未だに笑えているのは何故だろう。

 

「シエルお前かぁ!!」

 

「毎度毎度騙しやがってェ!!」

 

「毎度毎度、騙されてるから、つい、くっくくく…!」

 

過去にも何度かあったシエルの行動に怒りの矛先を向ける二人。だがそんな怒りを向けられたからと言って彼は態度を改めない。喧嘩をピタリと止める息の合い方、本能に植え付けられたエルザへの恐怖が露見する態度の一変。これが見たいがために毎回やっていると言っても過言ではない。

 

「そもそもてめェがいちいち突っかかってくっから毎回シエルに騙されんだろうが!!」

 

「あァ!?人のせいにすんな!突っかかってきてんのはてめェの方じゃねぇかよ!!」

 

「あ、エルザさん!」

 

騙された怒りも相まって再び二人は喧嘩を再開したが、今度はルーシィが別の方向に呼びかけると、二人はまたもや肩を組んでルーシィが向いていた方向に身構えるが、またしてもエルザの姿はない。

 

「あははは!ホントにこれ楽しいかも~!」

 

「でしょ~?」

 

「「お前もかぁ!!」」

 

先程騙されたばかりなのにまたも騙された二人にルーシィはもはや笑いをこらえきれず腹を抱えながら大笑い。同調するように笑みを浮かべて応えるシエルも含めて、もうナツもグレイもやり場のない苛立ちを募らせることしかできなかった。

 

「だぁーくそぉ!もういい!オレは帰るかんな!!」

 

「おう帰れ帰れ!そんでエルザにボコられちまえ!!」

 

「あ、エルザ来た」

 

「その手には乗らねェ!!」

 

「もう騙されねぇぞ!!」

 

「いや今度はホント、ほら」

 

最早この場で喧嘩するのも馬鹿らしくなった二人に、シエルが呼び止めるために再び騙そうとしているとふんだ二人だったが、彼が指をさす方向にルーシィとハッピーも含めて全員が視線を移した方向に、確かにエルザはいた。

 

「荷物多ッ!!」

 

自分の二回り以上もあるギュウギュウ詰めにされた大量の荷物を乗せた台車を牽いて、迷いのない足取りでこちらに歩いて来た。しかもルーシィのツッコミなど気にせず「すまない、待たせたな」といつも通りの涼しい顔をしながらだ。

 

「今日も仲良くいってみよー!」

「あいさー!」

 

「出た、ハッピー2号…」

 

今度の今度こそ本当にエルザが来た瞬間、肩を組んで妙な小躍りをしながらエルザに気取られないようにするナツとグレイ。いつの間にかルーシィにハッピー2号などと名付けられているが、今のナツの耳には入っていない。

 

「ん?シエル、何故お前がここに?」

 

「ミラに頼まれたんだよ。普段他の人を頼らないエルザが、ナツとグレイを連れて行くなんてよっぽどだろうから手伝ってあげてって。こっちのルーシィと一緒にね」

 

一方のエルザはシエルともう一人、昨日ギルドで見た人物が集合場所に来ていたことに気付いた。問いかけに対してシエルは、嘘ではないが、一点の理由のみを隠してエルザにこの場に来た事情を話した。ミラジェーンからの本当の頼みの理由を明かさずに、さもそれ以外に他意はないと示すような話しぶりに、ルーシィは人知れず驚愕の表情でシエルを見ていたのだが、シエルの最後の言葉にエルザが「ルーシィ…?」と聞き返すと少々慌てて自己紹介を始めた。

 

「新人のルーシィです。先程シエルが言った通り同行させていただくことになりました」

 

「ああ、よろしくな。そうか…旅の合間やギルドで聞いた期待の新人の噂は君の事だったか。シエルにしては随分違和感があると思っていたんだ」

 

期待の新人の噂。その言葉にルーシィが思わず聞き返すと同時にシエルは昨日聞きそびれたことを思い出した。元々そのためにルーシィの元に来ていたことも含めて。

 

「そうだ、俺も聞こうと思ってたんだ。『19頭の怪物倒した』とか」

 

「それ、ハコベ山のマカオさんの話…」

 

どうやら噂の一つは同じギルドのメンバーであるマカオの功績だったらしい。ルーシィが加入したその日、シエルはすぐに依頼に行ったために知らなかったようだが、その日の三日前にマカオは、息子のロメオたっての希望で雪山に住まう怪物『バルカン』の討伐に向かった。依頼数は20頭だったのだが、19頭を倒した後20頭目に『接収(テイクオーバー)』という魔法を受けて身体を乗っ取られてしまい、ナツとルーシィが迎えに行くまでバルカンとして身体を奪われたままだったのだ。ナツの活躍によって元に戻ることはできたのだが、どこをどう間違ったのか、そのままルーシィの活躍として噂が広まったらしい。

 

「私が聞いたのは『雪山に住まう傭兵ゴリラを小指一本で退治した』と言うものだったのだが…」

 

「あれ?『傭兵とゴリラメイドの兄妹の頭を二人揃ってずる剥けにした』じゃなかったけ?」

 

「どっちも色々混ざってるーーっ!?」

 

あまりにも歪曲して広まっていたことに痺れを切らしたルーシィからの真実を簡単に記すと…。

 

・ナツとハッピーと共に数日前エバルーの屋敷に潜入した。

・そこで雇われていたゴリラのようなメイドと、傭兵ギルドに所属する兄弟をナツが倒した。

・ルーシィが契約している星霊の手によって、エバルーの頭髪と髭をずる剥けにした。

 

以上が事の真相である。

 

「まあ事実はどうあれ、力になってくれるのならありがたい、よろしく頼む。シエルも、今回はお前の力を大いに生かせる状況があるかもしれん。期待してるぞ」

 

「うん…任せ…てよ…!」

 

「こ、こちらこそ…!」

 

エルザの期待を込めた言葉に二人は歯切れ悪く返事をした。その理由はシエルがどこか笑いをこらえながら、ルーシィはプレッシャーに押し潰されそうになったからだ。ちなみになぜ笑いをこらえているかと言うと、3人が話をしている間にも、エルザが後方を向いていることをいいことにナツとグレイが再び喧嘩を始めていたのだが、エルザがチラッと見た瞬間肩を組んで小躍りをし、目線が戻ればまた喧嘩。これをずっと繰り返していたためにずっとその様子を正面から見ていたシエルにとっては面白おかしかったからだ。

 

「エルザ、付き合ってもいいが条件がある」

 

すると、ずっとグレイと喧嘩したり小躍りしたりしていたナツが突如口を挟んだ。グレイがそれを見て顔を青ざめながら止めようとしたが、エルザは「何だ?言ってみろ」と気にせず問い返す。

 

「帰ってきたらオレと勝負しろ!あの時とは違うんだ…!」

 

その条件の内容にエルザを除く全員が驚いた。グレイに至っては「早まるな、死にてえのか!?」と深刻な表情で止めようとしている。しかしナツの表情は真剣そのもの。冗談など欠片も感じさせていない。最初に負けた時から成長した今の自分なら、ギルド内で最強の女魔導士である彼女にも勝てる。そう信じて疑わない彼の気迫にエルザは口元に笑みを浮かべて告げた。

 

「確かにお前は成長した。私はいささか自信がないが…いいだろう、受けて立つ」

 

ナツとエルザの勝負。その約束が確立された。条件を提示してきた時は驚いたがシエル自身はこの勝負に興味を抱いていた。過去には全く歯が立たずエルザに敗れていたナツであったが、時の経過とともにその差は恐らく縮まってきているはず。「燃えてきたァ!!」と頭部から文字通り炎を発しているナツが彼女を相手にどれほど戦えるのか。

 

ナツ同様に目標とする人物がいるシエルとしては、帰還後の楽しみができたともいえる。その楽しみを胸に秘めながらエルザたちと共に乗った列車が出発。そしてシエルの目の前で果敢にも勝負を申し出た当の本人は…。

 

「…ぉ…おぉっ…」

 

「風前の灯火、だね」

 

グロッキーになっていた。何を隠そう彼は、乗り物にめっぽう弱いのだ。列車に限らず、馬車や魔動四輪―運転手の魔力を燃料に走る現代で言う自動車―に乗った時も、稼働した瞬間に酔いが回って動くことすらままならなくなるのだ。何故ここまで乗り物に弱いのか…おそらく今後も分からずじまいであろう。

 

「情けねぇ奴だな。喧嘩売った直後にこれかよ…別の席に行け、つーか列車乗るな!走れ!」

 

「毎度のことだけど辛そうね…」

 

「酔い止め薬も効かないんだもんなぁ、これ…」

 

そんなナツの様子に呆れ、心配、諦観と言った三者三様の反応を見せるグレイ、ルーシィ、シエル。ちなみにナツたちを含めた6人(5人+1匹)は6人乗りのスペースに片方はナツ、ハッピー、グレイ。もう片方はシエル、エルザ、ルーシィの順に通路側から座っている位置取りだ。

 

「仕方ないな、私の隣に来い。窓側なら多少は楽だろう?」

 

するとエルザがナツに対して告げた言葉にルーシィが気付いた。エルザの隣で窓側とは、今の自分が座ってる席、つまりシエルではなく自分に対して「どけ」と言外で言われているのではないかと言うことに。躊躇う理由は特になかったのでナツとルーシィは席を交代。エルザの右隣にナツが座った直後…。

 

「ぐふっ!?」

 

エルザが肩を回したと思いきや、ナツの腹に左拳を叩きつけた。勿論ナツは薄れかけてた意識を完全にとばし、エルザの膝に頭部を預ける形となった。俗にいう膝枕で本来なら羨ましく思うであろうはずのシチュエーションだが、経緯が経緯だけに全くその感情が浮かばない。対面に座っていたグレイとルーシィはすぐさま目を逸らして見ないフリ、左隣で見ていたシエルは自分がされたわけでもないのに無意識に腹部を右腕で庇っていた。

 

「これなら少しは楽になるだろう」

 

「(お、俺も乗り物酔いしてたら同じことされたのかな…?)」

 

「(や、やっぱりこの人ちょっと変かも…)」

 

シエルとルーシィがエルザに抱いていたイメージが若干変化した瞬間であった。

 

「エルザ、そろそろ教えてくれてもいいだろ?俺たちは何をすればいいんだ?」

 

「うむ、私たちの相手は闇ギルド・『鉄の森(アイゼンヴァルト)』。『ララバイ』と言う魔法を使って、何かしでかすつもりらしい」

 

グレイの言葉を皮切りに本題に移りだしたエルザが告げたのは、闇ギルドの名。それを聞いたシエルの表情が途端に鋭くなり「闇ギルド…?」と声を低くして呟いた。突如雰囲気が一変したシエルにルーシィは少し身震いしたが、エルザは一度だけ首肯すると話を切り出した。

 

曰く、仕事の帰りに『オニバス』と言う街にある酒場に立ち寄った時の事。その酒場で妙な一団が話しているのを聞いたのだという。その一団の話によると『ララバイ』と呼ばれるものの封印場所を見つけたが、封印が強固であること。そしてその封印を三日以内に解くことを『エリゴール』と言う人物に伝えるように『カゲ』と呼ばれていた男が告げていたことを聞いたとのこと。

 

「ララバイ…子守歌って意味よね…?」

 

「封印されてるってことはかなり強力な魔法ってことかな…」

 

「だが、何でそいつらが闇ギルドだってわかった?」

 

エルザの話を聞く限り、封印されるほどの強力な魔法であるララバイが、闇ギルドとどう繋がるのかが解せないと感じたグレイ。しかしこの場合エルザが気付いたのはララバイではなく、別の単語だった。

 

「『エリゴール』と言う名を聞いて、後程思い出したのだ」

 

エリゴール。またの名を『死神』。

鉄の森(アイゼンヴァルト)のエースであり、暗殺系の依頼を進んで遂行し続けたことで死神と言う(あざな)をつけられた。本来なら暗殺依頼は評議会によって禁止されているのだが、そのギルドは報酬額の高さを優先した。その結果6年前に鉄の森(アイゼンヴァルト)は魔導士ギルド連盟を追放。当時のマスターも逮捕され、ギルドは解散命令を出されたのだが、鉄の森(アイゼンヴァルト)に限らず闇ギルドは解散命令を無視して活動を続けているギルドの事も指している。

 

「あ、あたし帰ろっかな…」

 

「ルーシィ、汁が出てるよ」

 

「汗よ…!」

 

一通りの話を聞いたルーシィは全身から汁…じゃなくて汗を噴き出しながら恐怖に歪んだ表情で告げる。一応ハッピーにツッコむぐらいには精神のゆとりは残っているとも見えるが。

 

「不覚だった…!あの時エリゴールの名に気付いていれば、全員血祭りにして何をしでかすつもりだったのか白状させるつもりだったものを…!!」

 

「怖っ!!」

 

「エルザ…ナツが死にそう…」

 

過ぎてしまった時は戻らない。エルザは己のミスに怒り、その怒りで闘志を燃やしているように見える。だがシエルは、そのとばっちりで膝に寝かされている状態のまま頭部を殴られて、トドメに近い状態を追い打ちされたナツの安否の方が気になるようだ。

 

「なるほどな、そいつらはララバイを使って何かをしようとしている。どうせロクでもないことだから食い止めたい、と…」

 

「ま、確かにいくらエルザでもギルド丸ごと一つを相手にするっていうのは、さすがに無茶が過ぎるよね……多分…」

 

「多分って、どっちの意味…?」

 

ようやく話の流れを理解することができた。報酬のためならば他者の命を簡単に奪うことができる闇ギルドの者たちが、強力な力を求めているとあれば、看過することはできない。しかし、いかに最強の女魔導士と言えど個人のみで一個団体のギルドを全員相手にするには骨が折れる(もしかしたら一人で相手しても大丈夫かもしれないとシエルは一瞬迷ったが)。そのため、ギルドの中でも上位の実力者であるナツとグレイに、協力を要請したのだ。そして今優先すべき目的は一つ。

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)に乗り込むぞ」

 

「面白そうだな」

 

「異議なし」

 

「あい!」

 

そしてその目的に異を唱える者はこの場にいなかった。「来るんじゃなかった…」と後悔して再び汗を噴き出しているルーシィを除いて。

 

「それにしても、シエルが来てくれたのは今思えば僥倖と言えるな。お前の魔法は乱戦に向いているからな」

 

「そんなに期待してくれるなら、応えないわけにもいかないね」

 

エルザとシエルのやり取りにルーシィはふと思った。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が使う魔法を、ナツとハッピー以外に知らないことに。

 

ここで補足しておくと、ナツが扱う魔法は妖精と同じくこの世界でも伝説の存在と言われている『(ドラゴン)』と対峙するために生み出された竜迎撃用の魔法、名を『滅竜魔法』と呼ばれている。大陸内でさえその魔法を扱う魔導士―通称『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』―はナツを含めても数人しか確認されていない極めて希少な魔法なのだ。

 

中でもナツは火の属性を扱う滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。一番の特徴は己が扱う属性の魔法を受けても無効化できる上、その属性に関するものを食べることができ、食べることで魔力を回復、増大させることが可能だ。ルーシィがギルドに加入した日に、マカロフが燃やした書類に食い付くことができたのは、その魔法のおかげである。ナツはこの魔法で、火を身に纏って身体能力を向上させたり、口から火を噴き出したりする戦闘方法を行う。

 

一方ハッピーは、白い翼を背中から出現させ、自在に空中を移動することができる『(エーラ)』と呼ばれる魔法を使う。戦闘能力こそ高くないが、人間が走るよりも何倍もの速度で移動出来たり、人一人なら持ち上げて空中戦の補助に回れる。あるいは全速力のスピードを利用して突撃し、相手に大打撃を与えることもできる(もっともこの手段は自分にもダメージが存在するが)。

 

閑話休題。

 

今回初めて同行するシエル、グレイ、エルザの3人の魔法がどんなものなのか気になったルーシィは聞いてみることにした。まずはエルザが話題に出したシエルの魔法についてだ。

 

「シエルの魔法ってどんななの?」

 

その問いかけにシエルは「うーん…」と悩む素振りを見せると、悪戯をするときと同じ表情になってこう答えた。

 

「秘密~」

 

「はあっ!?」

 

ただ口頭で言うだけでは面白くない。どうせなら実際に使うときに披露した方が印象に強く残るだろうと考えて、敢えて答えないことにした。予想通り口をあんぐりと開けて叫ぶルーシィの様子に少年の笑みはさらに深くなった。気になったところを教えてくれなかったルーシィ本人としてはたまったものではない。

 

「何でよ!教えてくれてもいいじゃないの~!」

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)に乗り込んだらいやでも分かるから、それまでは秘密~」

 

「ケチー!!」

 

どれだけ抗議しても状況が変わらない。エルザは頑なに口を割ろうとしないシエルに苦笑交じりに呆れながらルーシィを落ち着かせることにした。

 

「やれやれ…。すまないな、シエルはこういった部分もあるが、明確な悪意があるわけではない。それだけは分かってくれ」

 

エルザのフォローにルーシィは渋々と言った感じで「はぁい…」と返事をしたが、その後エルザから告げられた内容に驚愕することになる。

 

「だが、私から言えるとしたら一つだけ。シエルの魔法は使いようによっては『世界の(ことわり)を変えることができる魔法』だ」

 

たった一つ。その言葉がどれほどの意味を持っているのか、どれほど重大なものを抱えているのか、詳細を知らずとも実感できた。当のシエルはエルザのその一言に、逆に苦笑しながら困惑している。

 

「エ、エルザ…。それは大袈裟じゃないかな…?『世界の理』だなんて…」

 

「そうか?少なくとも私はそう思っているぞ?」

 

悪戯心で明かさずにしようとしたら、思わぬ方向からハードルを上げられた、と言わんばかりにシエルは気まずそうに視線を背けた。しかし、ルーシィにはその一言の重大さの方が衝撃的で、ますます目の前の少年が扱う魔法に対して関心が湧いた。だが、先程のように梃子(てこ)でも言いそうにないと知っている彼女は質問の矛先を変えることにした。

 

「なら、エルザさんはどんな魔法を使うんですか?」

 

「私の事はエルザで良い」

 

「エルザの魔法はキレイなんだよ、血がいっぱい出るんだ、相手の」

 

「それ、キレイなのかしら…?」

 

本人ではなくハッピーが答えたが、シエルとは別方向で詳細は教えられなかった。むしろ明らかに相手に血祭りにしていると言っても過言じゃない説明に、先程とは違って聞くことに躊躇いが生じる。

 

「キレイと言えば…グレイの魔法もキレイだよね」

 

「確かに、私よりもずっと、な」

 

「そうか?」

 

シエルとエルザが流れるようにグレイの魔法の話題に切り替えると、疑問の声を上げながらも前方に左の手のひらと右の拳を合わせてグレイが念じると、そこから冷気が発生する。そして握っていた右の拳を開くと、氷で作られた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章のオブジェが作られていた。話の通り綺麗な造形美にルーシィは思わず声を漏らす。

 

「氷の魔法さ」

 

「わぁ…!ん?氷に、火…。ああ、だからあんたたち仲悪いのね?」

 

ナツが扱うのは火、グレイが扱うのは氷、相反する属性を扱う二人の不仲の原因を悟ったルーシィは笑みを浮かべてそう告げた。シエルも同様の表情を浮かべており、エルザは意外とも言うように「そうだったのか?」と零す。妙な気恥しさを覚えたのか、グレイは誤魔化すように「どうでもいいだろ?」と言う言葉と共に視線を逸らした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

そして列車は目的地である『オニバス』の街の駅に辿り着いた。エルザが鉄の森(アイゼンヴァルト)を目撃した地であるが、この街にまだその痕跡、またはメンバーが残っていないかを調べるためである。雲を掴む様な話ではあるが、手掛かりが他にない以上この街に懸けるしかない。そんな会話をしながら5人(4人+1匹)は駅構内を歩き、街へと出ようとしていた。

 

と、ここでシエルは違和感を感じた。

 

「あれ、なんか…」

 

「どうした?」

 

「一人、足りなくない…?」

 

そのシエルの一言で全員が思い出した。極度の乗り物酔い(ナツ)を列車の中に置いて行ってしまっていたことを。だが時既に遅し。列車はナツを乗せたまま次の駅に向かって発車してしまった。呆然とする一同。その中で最初に我に返ったのはエルザだった。

 

「話に夢中でナツを置いてきてしまった…!あいつは乗り物に弱いというのに!私の過失だっ!とりあえず私を殴ってくれないかっ!」

 

「まあまあ…」

 

自分を責めるあまり、どこか暴走に近い取り乱し方をしているエルザをルーシィが宥めているが、あまり効果はないだろう。何とかならないものかとシエルが辺りを見渡すと『緊急停止用のレバー』を見つけた。それをエルザに伝えると彼女の行動は早かった。すぐさま駆けだしてレバーを引き下ろし、列車を止めてしまった。すぐさま駅員が駆けつけてエルザと何やらもめ始めている隙に駅の外へとシエルは駆けだした。

 

「ちょっと、どこ行くの!?」

 

「『魔動四輪』を借りる!グレイも来て!俺じゃ説明しても借りれない!ルーシィはエルザと一緒に後で合流!」

 

「お、おう!」

 

「妙に手際よすぎて怖いわあの子…」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってやっぱりこのような者たちの集まりなのだろうか、とルーシィは再三にわたり思い知ることとなった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

その後、魔動四輪をレンタルしたシエルとグレイにエルザたちが無事に(?)合流。エルザを運転手として猛スピードで追いかけていき、緊急停止した列車にもうすぐ追いつこうとしていたその時だった。誤報によって停止していたために再び動き出した列車の内、天井が破れるように開いていた車両の窓から荷物を抱えたナツが飛び出してきた。そして飛び出した勢いそのままに魔動四輪の屋根部分に掴まっていたグレイと狙ったかのように額同士がぶつかり、グレイはナツと共に魔動四輪から落下した。

 

「ナツ、無事か!?」

 

ナツと合流できたことにより運転していたエルザは急ブレーキをかけて停車。後方座席に乗っていたシエルたちと共に降りた。

 

「何しやがんだ、痛ェだろうてめぇっ!!」

 

「今のショックで記憶喪失になっちまった!誰だオメェ、くせぇ」

 

「何ィ!?」

 

「ごめんねー、ナツー」

 

共に落下したグレイと何か言い争っているが今は気にしている場合ではない。(エーラ)で飛んできたハッピーを先頭にナツの元に駆け寄っていく。

 

「ハッピー、エルザ、シエル、ルーシィ!!ひでぇぞ!オレを置いてくなよっ!!」

 

「すまない」

 

「すっかり忘れてて…」

 

「ごめん…」

 

「おい、随分都合のいい記憶喪失だな…」

 

怒り心頭と言った感じでナツが列車に自分を置いていったことを責める。その際わざとらしくグレイの名前を省いたのは本気なのか否か…。

 

「ともかく、無事でなによりだ…!」

 

「硬っ!?」

 

胸に抱きとめようとしたのか、片手で勢いよくナツを自分の元に引き寄せる。しかし身に纏っている鎧にちょうど頭がぶつかったことでナツが感じたのは痛みだけだった。それは兎も角…。

 

「無事なもんかよ!列車で変なやつに絡まれたんだ!」

 

「変なやつ?」

 

「何つったっけな…?アイ、ゼン…バルト、だとか何とか…?」

 

ナツが告げた聞き覚えのありすぎる単語に全員の表情が驚愕に包まれた。そして一番過剰に反応を示したエルザは…。

 

「バカモノォッ!!」

 

ナツの頬を思いっきりビンタし、その勢いで彼の身体は一瞬だけ宙に浮き吹っ飛んだ。あまりの威力にナツとエルザ以外は今度は別の意味で驚愕に顔を染めている。

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)は私たちの追っている者だ!何故みすみす見逃がした!!」

 

「そんな話、初めて聞いたぞ…?」

 

「列車の中で説明しただろう!?人の話はちゃんと聞け!!」

 

その列車内で本人を気絶させた人が何を言うのだろう。だがそんなこと口にしたら何をされるか分かったものではない。全員が心の内にその言葉をしまっておくことに決めたのだった。

 

「ナツ、そいつはさっきの列車に乗ってたんだよね?どんな奴だった?」

 

「あんま特徴無かったな…。あ、でも確かドクロっぽい笛持ってたな。三つ目があるドクロだった」

 

すぐに列車を追いかけるためにエルザが再び魔動四輪を起動している間、シエルは列車に乗っていたという鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士の特徴を聞こうとしたが、ナツから見てそれほど印象的な外見ではなかったらしい。だが、代わりに『三つ目のドクロの笛』という所持品の情報は印象が強かったらしく、その情報を提示した。グレイは「趣味が悪い」とあまり心当たりがなさそうだったが、本をよく読んでいるシエルとルーシィにはそれがあった。

 

「三つ目のドクロ…!?」

 

「ララバイ…子守歌…!」

 

「二人ともどうしたの…?」

 

ハッピーが問いかけてくるが二人にはそれを気にする余裕もない。本に書いてある作り話だと思っていた。だが、もしこの魔法が事実だとしたら、おそらく放っておくと取り返しのつかないことになり得る。『子守歌』による『眠り』…その先の『死』…。

 

「「呪いの歌、『死』の魔法!」」

 

同時に結論に至った二人は合わせたわけでもなく、声を揃えて叫んだ。評議会によって禁止されている魔法の中に、『呪殺』と言うものがある。その名の通り、対象者を呪い死を与える黒魔法のこと。しかし、二人が読んだ本には、もっと恐ろしい『呪歌(ララバイ)』の詳細が書かれていた。

 

「笛の音を聞いたものすべてに死を与える…」

 

「『集団呪殺魔法』!それがその笛、呪歌(ララバイ)だ!」

 

ルーシィとシエルが続け様に発したそれに、エルザとグレイ、ハッピー、そして状況が飲み込めていなかったナツでさえ言葉を失った。そんなものが闇ギルドのエースであるエリゴールの手に渡ってしまえば、どれだけの罪なき者が犠牲になるか分からない。

 

「時間がない、急ぐぞ!皆乗れ!」

 

切羽詰まったようなエルザの叫びに全員が飛び乗ることで(嫌そうな顔をしていたナツはグレイが引っ張って無理やり乗せた)応え、それを確認したエルザはすぐさま魔動四輪を発進させた。鉄の森(アイゼンヴァルト)の…エリゴールの目的とは一体何なのか…?一つの呪歌を巡り、妖精と死神の邂逅の時が迫っていた…。




おまけ風次回予告


ルーシィ「火竜(サラマンダー)妖精女王(ティターニア)、死神…」

シエル「どうしたの、ぶつぶつと?」

ルーシィ「えっとね、魔導士として活躍してる人たちって、こういう別名と言うか、二つ名がつくことがあるじゃない?あたしも、魔導士としてもっともっと活躍したら、こういうカッコいいとか、カワイイ名前をもらえるんじゃないかな~って!」

シエル「いや~難しいと思うよ?それに、大抵そういう二つ名をもらってる人って、二つ名欲しさに魔導士やってるわけでもないし」

ルーシィ「う…それは確かにそうだけど…。でも、シエルだってそういうものがついたら嬉しいって思うことあるんじゃないの?」

シエル「どうだろ…。不名誉な二つ名がついたりしたら逆に悲しくなったり空しくなったりしそうな気がするけど…」

次回『死神と妖精女王(ティターニア)

ルーシィ「不名誉な二つ名って、例えば?」

シエル「…『露出魔』…とか…」

ルーシィ「…あ~……」


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第3話 死神と妖精女王(ティターニア)

前書きでお先に謝罪します。
この小説の主人公シエル、今回も魔法が公開されません…。

次回で彼がメインで活躍するのですがそれまでお待たせする形となります。
楽しみにされている方はすみません…。

それではどうぞ!


オニバス駅の一つ先に、クヌギ駅と言う場所が存在する。魔動四輪でクヌギ駅近くの高台に辿り着いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一行は、そこから封鎖されたクヌギ駅とそこに群がる人々の様子を見ていた。

 

目の前に広がる光景と人々の話から察するに、鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちが突如現れ、列車を乗っ取ったらしい。さらに大鎌を持った男がその集団を率いていたという目撃情報から、その男が鉄の森(アイゼンヴァルト)のエースであるエリゴールであるとも推測できる。

 

「馬車とか船じゃなくて列車か…。レールの上しか走れないから、向かった先がだいぶ絞られるけど…」

 

「あい、なんで列車にしたんだろうね?あんまりメリットないし…」

 

魔動四輪の後方座席の窓から外の様子を窺っていたシエルの指摘にハッピーが同意する。同様に様子を窺っていたルーシィも首肯することで二人の意見に同意していた。しかしメリット自体は少ないが0ではない。レールがある分迷いなく進めるためにスピードに関しては移動手段の中でもダントツと言っていい。

 

「何らかの理由で奴らは急がざるを得ない、ってことなんじゃねぇのか?」

 

座席の奥の方で会話を聞いていたグレイはそれに着目している様子だ。向かった先が露見するよりも機動力の方を優先した、ということであれば、鉄の森(アイゼンヴァルト)は早急に自分たちの目的を達成するために動いている、と考えるのが筋だろう。ちなみにいつの間にか衣服を脱ぎ捨てていたことに関してはルーシィ以外誰も反応しなかった。

 

「でも、もう軍隊も動いてるし、捕まるのは時間の問題じゃない?」

 

「…だといいんだがな…」

 

クヌギ駅を封鎖していたのは王国の軍隊。一つの闇ギルドが公に動いていたため、軍も黙っていられなかったようだ。鉄の森(アイゼンヴァルト)の確保には軍も動いている、と言う事実を見てルーシィは軍隊によって確保されると予想していたが、言葉を発したエルザはもとより、グレイもシエルもそのような都合のいい話が起きるとは思っていないことが表情から見てとれた。だが、今は時間が惜しい。エルザは自分の言葉を皮切りに再び魔導四輪を発進させた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

クヌギ駅からさらに先に存在するのは、『オシバナ』と言う名前の街。その街の駅に向かって猛スピードで街を駆け抜ける魔導四輪が一台あった。

 

「エルザ、とばし過ぎだぞ!!『SEプラグ』が膨張してんじゃねぇか!!」

 

呪歌(ララバイ)の笛を吹かれれば、大勢の人が犠牲になる。音色を聞いただけで人の命が奪われてしまうんだぞ!」

 

運転席にて長い緋色の髪を強風でたなびかせ、右手首に装着しているSEプラグ―『セルフエナジープラグ』の略称で、運転手の魔力を燃料として変換するためのもの―が猛スピードを維持するためにチューブが膨張するほどの魔力を吸収させていることも意に介さず、運転手であるエルザはさらにスピードを上げようとしながらグレイに答えた。

 

一刻も争う事態に焦っているともとれる行動だが、エルザの意見はもっともだ。大勢の犠牲を出す前に己の身を削ってでも食い止めなければならない。だが、食い止めるためにも削る身は控えなければならぬ場合もある。

 

「気持ちは分かるけど、そんなにスピード出しちゃいざって時にエルザの魔力が…!」

 

後方の座席から顔を乗り出してエルザに呼びかけるのはシエルだ。彼自身もエルザがいかに強力な魔導士であるかは知っている。だがそんな彼女でも魔力を事前に使い果たしてはただでは済まない。それでも…。

 

「構わん。いよいよとなれば棒切れでも持って戦うさ。それに、お前たちもいるしな…」

 

彼女は断固としてスピードを緩めることも、無茶を止めることもしない。いざとなれば魔法を使わずに戦うことも仲間を信じて後を託すことも厭わない。その決意を目の前で見たシエルは言葉を失い、己の力不足を痛感した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

オシバナ駅の前には、クヌギ駅以上の人だかりができていた。駅の中からは黒煙が上がっている。おそらく鉄の森(アイゼンヴァルト)が襲撃したことによって起こったことなのだろうが、駅員は街の住民を不安にさせないために、『脱線事故が起きた』と拡声器を使って駅に近づかせないように何度も呼び掛けている。しかし、住民の中には襲撃を受けたことを噂伝手で聞いたらしく、話題に出すものが現れ始めている。

 

その駅前の人込みをかき分け、エルザを筆頭に妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーが拡声器を片手に持った駅員の元へと近づいた。

 

「君、駅内(なか)の様子は?」

 

「な、何だね君グハッ!?」

 

その内の一人、エルザが駅員に尋ねたかと思いきや、逆に聞き返そうとした駅員に向けて頭突きを放って気絶させた。続けて別の駅員に駅内で起きていることを尋ねてまわり、すぐに答えられない者を順に頭突きで気絶させていく。即答できる人しか必要ないのか、と少し離れたところでナツを背負いながらその様子を見ていたルーシィは、自分の顔が引きつっていることも気にせず呟いた。

 

「ごめんなさい駅員さん、俺たちこういう者なんだけどさ~、これ以上お仲間の人たちを寝かせたくなかったら、駅内(なか)で何が起きているのか教えてくれないかな~?」

 

「あ、はい…」

 

「お前、順応早くねぇか…?」

 

一方でシエルが最初にエルザから頭突きを喰らった駅員を起こすと、しゃがんだ体勢のままで自分の左頬にある妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を指さして身分を証明しながら、遠回しで「これ以上エルザに駅員たちを気絶させられたくなかったらさっさと状況を教えろ」と半ば脅迫的な説得で駅員から中の様子を聞き出した。先程のエルザの常軌を逸した行動で思い知ったのか、それとも躊躇うだけ無駄だと悟ったのか、流されるがまま駅員はシエルに話を始めた。

 

自分たちがエルザの行動で固まっている中で唯一行動を起こしたシエルに対し、グレイが疑問と共に突っ込んだのは言うまでもない。

 

「エルザ、もう俺が聞いたからそれ以上はいいよ!」

 

「本当か!?よし、移動しながら教えてくれ!お前たちも行くぞ!」

 

「おう!」

「あい!」

 

「てか、コレってあたしの役!?」

 

次々と聞いては気絶させを繰り返して、駅員の山を足元に築いていたエルザにシエルが呼びかけると、すぐさま反応し、駅の中へと走って入っていく。シエルがそれに並走し、あとからグレイ、(エーラ)を発動したハッピーが続く。酔いが抜けずにグロッキー状態が続くナツを背負っているルーシィを気遣うものは、残念ながら誰もいなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

駅員からの話によると、予想通りオシバナ駅は鉄の森(アイゼンヴァルト)によって占拠されていた。軍の小隊が突入したのだが、まだ戻ってきていない。鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちも出てきていないことを考えると、いまだ戦闘が続いているのか、あるいは…。

 

「やはり、か…」

 

言の葉を紡いだエルザ、そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーが見たのは、軍の小隊の面々が全員傷だらけで意識を失い、あちこちに倒れ伏している光景。疑いようもない、全滅だった。

 

「相手は闇とは言え魔導士ギルド丸ごと一つ。小隊程度じゃ話にならねぇか…」

 

魔導士ギルドは言うまでもなく所属する者すべてが魔導士、魔法のエキスパートだ。魔法を上手く使う者がいないと思われる軍隊に太刀打ちできるとは到底思えない。その上、今回の場合は相手が相手である。

 

「やはり来たな…妖精の尻尾(フェアリーテイル)のハエ共」

 

通路を抜けた先のホームに、その者たちはいた。何十、いや下手をすれば百に達しているとも見える数の人間の姿。その全員がこちら側を見下しているような視線を向けている。この者たちが闇ギルド・鉄の森(アイゼンヴァルト)。そしてその集団の最奥、停車している列車の上に座っている男が見えた。

 

左の方のみ流した、逆立った銀髪。上半身は首に巻かれた黒い襟巻き以外は身に着けておらず、その露出した上半身と、両目の下に青い刺青。そして一番目を引くのは『死神』の象徴と言うべきか、右肩に担いだ大鎌。他の者たちとは明らかに次元が異なる圧を持っている。間違いようがない。この男こそが鉄の森(アイゼンヴァルト)のエースであるエリゴールだ。

 

「な、何この数…!?」

 

「あそこにいるのが…」

 

「エリゴールってやつだな…」

 

予想を超える数の魔導士を目の当たりにしたルーシィは怯み、エリゴールの姿を直に確認したシエルとグレイは冷静に彼の佇まいを警戒している。他のメンバーは兎も角として、エリゴールを相手にするには少しでも多く彼に関する情報を見極めねば確実に後手に回るからだ。しかもナツは、目前に敵となるギルドを前にしても、まだ体調が回復していない。

 

「ナツ、起きて!仕事よっ!!」

 

「無理だよ、列車→魔導四輪→ルーシィの乗り物酔い3コンボだもん」

 

「あたしは乗り物かいっ!?」

 

ナツを床に横たえて、大きく体を揺らして起こそうとするルーシィだが、一向に回復する様子はない。長時間様々な乗り物で酔っていた分回復も遅れているらしいのだが、ここまでナツを背負ってきた自分まで乗り物扱いされたルーシィは、ホーム内に響く声量で不服そうに叫ぶ。ちなみにその叫びを聞いたシエルはルーシィの顔面が取り付けられた列車、四輪車、船などを脳内に瞬時に思い浮かべたのだが「どれも乗りたい気がしない」と結論付けていた。そんな今の状況に似つかわしくないことを考えていたことは本人以外誰も気づいていなかった。

 

妖精(ハエ)がぁ~…!お前らのせいで、俺はエリゴールさんにぃ…!」

 

「落ち着けよカゲちゃん」

 

すると前方にいた、黒い髪を後頭部で纏めた男が恨みがましそうに睨みながらドスを聞かせた声で唸る。他の仲間に『カゲ』と呼ばれているところを察するに、エルザの話で聞いた呪歌(ララバイ)の封印を解いた魔導士とは彼の事と推測できる。さらに言えば、ナツが列車内で遭遇したのも彼の事だろう。ずっと体調を崩した様子のナツが、『カゲ』の声を聞いた瞬間反応を示したことをとっても。

 

「貴様らの目的はなんだ!呪歌(ララバイ)で何をしようとしている!?」

 

エルザの問いかけを聞いたエリゴールは「まだ分かんねぇのか?」と一言告げると、突如その体を宙に浮遊させた。浮遊する直前に風が吹き抜けるような音が聞こえたため、風の魔法で己の体を浮かせたと分かる。

 

「駅には何がある?」

 

浮遊した状態のまま、彼はホームに設置されているスピーカーのてっぺんに着地する。広範囲に音を届けることができるその機械を見て、エルザは奴等の目的を悟った。

 

呪歌(ララバイ)を放送する気か!?」

 

その叫びで、グレイ、ルーシィ、ハッピーに戦慄が奔る。今、このオシバナ駅の前には何千もの住民が集まっている。更に音量を上げれば、街中にその音を届かせることも可能だ。それは大量無差別殺人を可能にしているとも言える。

 

「これは粛清なのだ。権利を奪われた者の存在を知らずに、権利を掲げ生活している愚か者どもへのな…。この不公平な世界を知らずに生きるのは罪だ…よって『死神』が罰を与えに来た…!」

 

「そんなことをしたって権利は戻ってこないのよ!そもそも、連盟から追い出されたのも悪いことばっかしてたからでしょ!?」

 

あまりにも身勝手な主張に、恐れも忘れて怒りの声をルーシィが上げた。いわば因果応報。悪事に手を染めたが故に今まで得ていた権利を剥奪されただけだというのに、粛清だの不公平だの聞いて呆れる。しかしそんな主張も彼は意に介さない。

 

「ここまで来たら、欲しいのは”権利”じゃねぇ…”権力”だ!権力があれば、全ての過去を流し、未来を支配する事だってできる!」

 

権力もとい力。力さえあればすべてを意のままにすることができる。かつての様々な権力を有した者たちがどんな非人道的なことを行っても裁かれなかったように。最早魔導士としての誇りを捨てたと言ってもいいエリゴールも、その力の一部を欲していた。

 

「呆れ果ててモノも言えない…愚かなのはどっちだよっ…!!」

 

怒り、そして憎悪を込めたようにいつもとは違う低い声を絞り出すシエルは、エリゴールを睨みつけながら両の拳を強く握りしめ、衝動を抑えているようにも見える。だが、エリゴールに意識を集中させていたことは仇となった。

 

「残念だったな妖精(ハエ)どもぉ!闇の時代を見ることなくあの世行きとはっ!!」

 

カゲと呼ばれた男がかがみ、己の影に手を突くと、その影が意思を持ったように伸び始め、こちらへと迫る。突如として放たれた先制攻撃に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は反応が遅れてしまった。最初に狙われたルーシィ目がけて腕の形をとった影が掴みかかろうと…した瞬間だった。

 

「その声…やっぱりお前かぁ!!」

 

ルーシィの足元でずっと倒れ伏していたナツが起き上がると同時に右手に炎を纏わせ、影の腕を引き裂いた。それを見て、味方側は表情を喜色に染め、己の攻撃を防がれた男は忌々し気に睨みつける。そして鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちは下品な笑みを浮かべながらも、いつでも戦闘に移行できるよう身構え始めた。

 

「ナイス復活!」

 

「おーおー、何かいっぱいいるじゃねぇか!」

 

「おはようナツ。分かってるだろうけど、あいつら全員敵だから」

 

シエルが挨拶と共に告げた言葉に口角を吊り上げ、左掌に右拳を叩きつけると不敵に「面白そうじゃねぇか…!」と臨戦態勢に入った。次いでグレイ、シエル、エルザも敵側を見据えていつでも戦いに入れるようにする。

 

「こっちは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強チーム』よ!覚悟しなさい!!」

 

ルーシィのみ敵側に対して啖呵を切っているが、気のせいだろうか?戦いに加入する気がなさそうなのは。あと『最強チーム』は確かエルザ、ナツ、グレイの3人でシエルとルーシィは加わっていなかったような?表情に出していないが、シエルはそう思わずにいられなかった。

 

「後は任せたぞ。身の程知らずの妖精(ハエ)どもに、鉄の森(アイゼンヴァルト)の…闇の力を思い知らせてやれぃ」

 

だがエリゴールは戦いに加わらず、魔法で浮遊しながらホームの窓を突き破ってそのまま飛び去ってしまった。その行動に思わずルーシィが驚愕するが、何故かそれをシエルが、()()()()()()()()()見ていたことを誰も知らない。

 

「ナツ、グレイ、二人で奴を追うんだ。お前たち二人が力を合わせれば『死神』エリゴールにだって負けるはずがない」

 

「「むむ…」」

 

エルザが二人に対して指示を出す。恐らくエリゴールはこの駅内で呪歌(ララバイ)を放送しようとしている。それを阻止するために、エリゴールに太刀打ちできる可能性が一番高い彼らに頼んでいるのだが、当の本人たちは仲の悪い二人で協力することに消極的であり、「何でこいつなんかと…!」と言わんばかりに互いを睨みつけている。

 

「聞いているのかっ!!」

 

「「あいさー!!」」

 

だがエルザの一喝で瞬時にその態度を一変。肩を組んで二人揃ってハッピーのように返事をした。

 

「ここは私たちでなんとかする、行け!!」

 

「「あいあいさー!!」」

 

「最強チーム解散!?しかもこの数を女子と子供の3人だけで!?」

 

「あ、オイラ外された」

 

再度エルザの指示と喝によって肩を組んだままエリゴールが向かったであろう隣のブロックへと二人が駆けだす。その際にエルザが告げた言葉に、男の魔導士数十から百を相手に一見非力な女子供3人で挑むという無謀に慄くルーシィ。ちなみに戦闘能力の低いハッピーは事実だと分かってても戦力外扱いしたルーシィに少し不服そうな表情を向けていた。

 

「二人逃げたぞ!!」

「エリゴールさんを追う気か!?」

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)の面々も、突如離脱した二人の狙いに気付いたようだ。その様子を見た者たちの中で先に動いたものが二人。

 

「まかせろ!この『レイユール』様が仕留めてくれる!!」

 

「オレも行く!あの桜頭だけは許せねぇっ!!」

 

指からいくつもの黒い帯を繰り出して上の階層へと飛んで行った『レイユール』と、自らの影の中に沈み高速で移動を開始する『カゲ』の二人だ。エリゴールの邪魔をさせないためにすぐさま行動に移したところを見るに、鉄の森(アイゼンヴァルト)の中でも指折りの実力者と見受けられる。

 

「こいつ等を片付けたら、私たちもすぐに追うぞ」

 

「了解」

 

「だ、大丈夫なのかしら…?」

 

残された妖精側の4人(3人+1匹)と闇側の多数。エルザとシエルはその状況に物怖じしていないようだが、ルーシィのみ未だ不安を抱えている様子だ。

 

「女二人と子供(ガキ)一人で何が出来んのかな?」

「しかし女の方はいい女だぜ、二人とも…!」

子供(ガキ)の方も売るとこによっちゃ値が張りそうだ、とっ捕まえようぜ」

「待て待て、まずは脱衣ショーを見てからだっ…!」

 

「下劣な…!」

 

対して鉄の森(アイゼンヴァルト)の方は下品な笑みをこらえもせずに好き勝手欲望に塗れた会話を繰り広げている。聞くに堪えない下劣な内容にエルザの眉がいつも以上に吊り上がっている。一方でルーシィは「可愛すぎるのも困りものね…」と何やらトリップしているところをハッピーに戻ってくるように言われていたようだが、エルザもシエルも気にしないことにした。

 

「これ以上妖精の尻尾(フェアリーテイル)を侮辱してみろ。貴様等の明日は約束できんぞ…!」

 

その言葉と共にエルザが前方に突き出した右手から魔法陣が、そしてその数瞬後に先程まで存在しなかった一振りの片手剣が出現した。

 

「剣が出てきた!魔法剣!?」

 

「珍しくもねぇ!!」

 

「こっちにも魔法剣士はぞろぞろいるぜぇ!!」

 

エルザ同様に今まで存在しなかったそれぞれの剣を持ちながら、鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちがエルザ目がけて斬りかかる。だが、彼女との距離がすぐそこにまで迫った瞬間、男たちは吹き飛んだ。彼女の持つ剣の一閃によって彼らの身体は宙を舞い、持っていた剣のほとんどは二つに割れてしまう。次に待ち構えていた者たちには、エルザ自身が駆けだして距離を詰め、またも一閃。目にも止まらぬ速さで次々と鉄の森(アイゼンヴァルト)を蹴散らし、その数を減らしていく。

 

「ちぃ!遠距離魔法(とびどうぐ)でもくらえ!!」

 

近接では不利と感じた一部の魔導士が数人、遠距離から攻撃する魔法でエルザを狙い撃つ。だが彼女は高く跳躍してそれを回避し、剣の両端に魔法陣を展開、したかと思いきや剣の姿はまるで変形するかのように身の丈以上の長さのある槍へと変わる。

 

「槍になった!?」

 

ルーシィの驚く声が響いたその瞬間も、彼女の手は止まらない。遠距離から攻撃をしてきた魔導士を、リーチの長さを活かした薙ぎ払いで一掃。他にも魔法剣士や遠距離専門の魔導士も同時に槍による一閃で吹き飛ばしていく。

 

だが、それでもなお近づいてくる者がいることに気付くと、手に持っていた槍が瞬時に二振りの片手剣――双剣へと変貌。両の手に持つ剣が更に敵を薙ぎ払う。双剣に変わったことに鉄の森(アイゼンヴァルト)側の後方にいた魔導士が驚きの声を上げたと思いきや、その手に持つ武器が更に変わり、大男でも持ち上げるだけで精一杯だろう大ぶりの斧を振り回して蹂躙していた。

 

「こ、この女…なんて速さで『換装』するんだ…!」

 

『換装』。

魔法剣の原理は、持ち主の魔力で作られた別の空間にストックされている武器を持ち出す、というものだ。その武器を持ち換えることを『換装』と呼ぶ。だがその換装にかかる時間は使い手によって変動し、エルザのようにほぼ一瞬でそれを成せる魔導士は少ない。その上…。

 

「エルザのすごいトコはここからだよ…!」

 

「エルザ…?」

 

ハッピーが呟いた『すごいトコ』。そう、彼女の魔法の真髄はその換装の速さではない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強の女魔導士と呼ばれる彼女の実力を知っているハッピー、そしてシエルは、今からその魔法を披露した際のルーシィの反応が楽しみでもあった。一方の鉄の森(アイゼンヴァルト)側の魔導士も、エルザの名に反応を示していた。まるで聞き覚えのある名前を思い出そうとしているように。

 

「まだこんなにいるのか…。面倒だ、一掃する」

 

さすがに数の多さに嫌気がさしてきた様子のエルザがそう言うや否や、足元に魔法陣を展開し、彼女が身に纏っている鎧が輝いて魔法剣を換装させるときと同じように別空間へと消えていく。

 

「おおっ!なんか鎧が剥がれてく!!」

 

魅力的な女性が身に纏っているものが消えていく現象に釘付けになる男たち。しかしその間にもエルザのその身には別空間から現れた別の装備が纏われていく。魔法剣士は通常、“武器”を換装しながら戦う者の事を言う。対してエルザは武器だけでなく、自分の能力を高める“魔法の鎧”の換装も行いながら戦うことが可能だ。

 

「それこそがエルザの魔法…『騎士(ザ・ナイト)』!!」

 

シエルの言葉で締めくくられた時には、エルザが身に纏っているものは文字通り変換されていた。背中から伸びるのは二対四枚の天使のような翼、膝下まで下ろされたロングスカート、籠手と具足、そしてヘアバンド型の冠にも一対二枚の小さな翼があしらわれている。そして彼女の周りを囲み守るように、いくつもの剣が宙に浮いていた。

 

名を『天輪(てんりん)の鎧』。通常一、二本しか装備できない魔法剣を、同時も何本を操ることを可能にする鎧である。

 

「舞え、剣たちよ…!」

 

エルザの周りを漂っていた剣たちが、彼女の指示に従うように一斉に彼女を中心に廻り始める。

 

「『循環の剣(サークルソード)』!!」

 

そしてその回転が徐々に速くなり、目では追いつけない速度となった瞬間、エルザが剣たちを一気に広げ、取り囲んでいた魔導士たちを一掃。全体の半数以上が再起不能となった。

 

「こんのヤロォ!俺様が相手じゃあ!!」

 

後方にて待機していた魔導士の一人が両手に光を纏いながらエルザに飛び掛かる。だが、その攻撃は当たらず、手に握られた剣でカウンターをくらい、近くの壁に叩きつけられていた。ギルドの中でも実力者である彼であったが、エルザにかかっては一撃であった。

 

「ま、間違いねぇっ!コイツぁ妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女!『妖精女王(ティターニア)』のエルザだ!!」

 

「すごぉぉーい!!ちょっとホレそー!!」

 

まさに圧倒的。一切相手の攻撃を受けずに数十の魔導士を地に伏せさせた『妖精女王(ティターニア)』。その姿にルーシィはテンションを最高潮に上げており、残っている鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちは戦闘が始まる前と打って変わって恐怖に怯えていた。

 

「あ、あんな女に勝てるわけねぇ!」

「ビアードさんも一撃だぞ!?」

「どうしろってんだぁ!!」

 

「おーおー、派手にやったおかげでビビりまくってるね~」

 

同じ魔法剣士では敵うわけもない、遠距離から攻撃してもすぐに距離を詰められ潰される、おまけに鎧の効果によって何倍も力を増幅できるとなっては、もはや彼らの勝利は絶望的だった。しかし、それでも完全に諦めたわけではなかった。

 

「あっちの女は無理でも、もう一人か子供(ガキ)の方なら…喰らえっ!!」

 

一人の魔導士が魔法剣と同じ仕組みで、何もない空間からライフル―――魔力で出来た弾を撃ち出すもの―――を取り出して、あらかじめ込められていた魔法弾をシエルに狙いを定めて撃ち出した。シエルの死角となる場所からの攻撃に、その場にいた全員の反応が遅れた。

 

「あっ、シエル、危ない!!」

 

「え?」

 

気づいたルーシィの声にシエルが反応して、弾が放たれた方向に振り向いたが既に遅かった。彼の胸の部分に魔力弾が直撃し、その勢いで小さな体が宙に浮いた。しかし弾の勢いは止まらず、前方から当たったそれは背面から飛び出し、彼の身体を貫いたことを示していた。

 

その光景を垣間見たルーシィはまるで時が遅く進んでいるように見えたらしい。先程のエルザの活躍で上がっていた気分は一気に冷め、目の前で背中から叩きつけられるように倒れいく少年を絶望が混じった眼差しで見ることしかできない。そして背中に地をつけたまま、少年の身体はピクリとも動かなくなってしまった。

 

「シ…シエルぅぅっ!!!」

 

悲鳴を上げながら少年に駆け寄るルーシィ、恐怖から一転し歓喜に満ちる鉄の森(アイゼンヴァルト)、どこか安堵した様子で溜息をつくエルザの異名を思い出していた一人の魔導士。

 

そして凶弾に貫かれ倒れ伏した少年を…

 

 

 

 

エルザとハッピーは()()()()()()感じぬ眼差しで眺めていた。

 




おまけ風次回予告


ルーシィ「エルザの魔法、キレイでカッコよかったな~!特にあの鎧姿!」

シエル「他にも百種類以上が存在して、それにセットとなる武器とかもストックしてるって聞いたな~」

ルーシィ「ナツもグレイも見せてもらったし、ハッピーもよく使ってるし、あとは本当にシエルだけになったわね。『世界の(ことわり)も変える魔法』…どんな魔法なんだろ~!」

シエル「うっ…なんかやけにハードルが上がってる…。大袈裟なんだよ、エルザぁ…」

ルーシィ「そんだけエルザにも認められてるってことでしょ?胸張ればいいじゃない!」

次回『シエルの魔法』

ルーシィ「そう言えば、あんた胸貫かれてなかった!?大丈夫!?」

シエル「それも含めてあれやこれも全部まとめて次回に発表!!」

ルーシィ「実は結構ノリノリ…!?」


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第4話 シエルの魔法

ついに主人公シエルの魔法公開です!
ただ作中でかなりハードル上げまくって、皆さんの期待に応えられているのか、と言う若干の不安がありますが、お気に召していただければ幸いです。

ではどうぞ!


投げ出された小柄な少年の身体。ホームに響く衝撃音。一人の闇の魔導士によって放たれた悪意ある魔力弾が、若き少年の芽を無情にも摘み取った。それが今、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に一番新しいメンバーとなった金髪の少女、ルーシィの目の前で起こった現状だった。

 

「シ…シエルぅぅっ!!!」

 

現状を理解したルーシィの口から悲鳴と共に少年の名が放たれる。14歳にして残酷にもその命を散らされた少年。それを、自らのためなら他者の命さえも簡単に奪うような悪人の手によって為されたことに、少女はショックを隠し切れない。地に背をつけて倒れたまま動かない少年に駆け寄り、間違いであってくれと願う彼女であるが、確実に魔力弾が当たった胸の部分を貫通しているという事実を目の当たりにしただけだった。

 

「そん、な…っ!!」

 

何故こんなことが起きてしまったのか。彼が狙われていることに自分がもっと早くに気付いていれば、ナツやグレイと一緒にエリゴールを追わせていれば、そもそもシエルをこの場に連れてくることを止めていれば…そんなもしもを考えてしまうが、過ぎてしまった時を戻す方法はない。

 

「よっしゃぁ!まず一人だ!!」

「やっぱあの子供(ガキ)は大したことなかったぜ!!」

「ここは遊び場じゃねぇんだよぉ!!」

「次は金髪の女を狙えっ!!」

 

少年一人を討ち取った鉄の森(アイゼンヴァルト)はと言うと、エルザによって半数以上をやられた時とは打って変わって嬉々とした様子で騒ぎ立てる。自分たちの方にも多くの犠牲が出てしまったが、警戒すべきは実質一人。エルザ一人のみの状況にすれば少なからず状況を覆せると、彼らはそう感じていた。

 

「…やった…のか…?なんか、手ごたえ無さ過ぎたような…」

 

「気にするこたぁねぇ!あの女だけが化け物だったからだよ!」

 

しかしシエルを魔導弾で撃った本人は一発で一人倒したことに実感が持てていない様子。自分たちの仲間を圧倒的な実力で薙ぎ払ったエルザに同行している魔導士としては、あまりにもあっさりとしているからだ。他の者たちは楽観的に考えているが、何故かその男は言い知れぬ不安感を拭えなかった。

 

「シエル、嘘でしょ…?こんな…!!」

 

次の標的に絞られていることにも気づけないほど、ルーシィはシエルの身体から目を離せずにいた。過ごした日はまだ数えるほどしかない。だがそれでも同じギルドで、同じ紋章をその身に刻む仲間が目の前で失われたショックは言い知れぬものだ。彼女の双眸から涙さえも出てき始めたその時…。

 

「大丈夫、心配いらないよルーシィ」

 

少女の後ろに立っていた青いネコのハッピーは普段と変わらぬ様子でそう告げた。仲間(シエル)が失われた瞬間を見ていたというのに、あまりにもいつも通り。ルーシィは勢いよく振り向いて、ハッピーがかけた言葉が理解できないと言わんばかりに叫び出した。

 

「だ、大丈夫って…何が大丈夫よハッピー!?エルザも!!だって、だってシエルが、撃たれて…!!」

 

「死んだと思った?」

 

「……え…?」

 

そして唐突にその叫びは止まった。今の言葉はハッピーのものでも、エルザのものでもない。彼らは口を動かしていなかったし、今彼女が聞いた言葉はハッピーたちの方を向いていた自分の後方から聞こえたものだ。しかしそこにはもう動かなくなった少年の身体しかないはず。恐る恐る振り返ると、その少年の身体は貫かれた胸部もそのままで…。

 

「そう判断するには早すぎたね~」

 

悪戯が成功したような笑みを浮かべ、口から言の葉を紡いでいた。瞬間、ルーシィは顎が外れるほどに口を大きく開き…。

 

『えええーーーーーーっっ!!?』

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)のメンバーと一緒に驚愕の声を上げ、ホームに響かせた。先程までピクリとも身体を動かさずにいた少年から一切苦悶のない表情で言葉が出てはそりゃあ驚きもする。ルーシィから絶望の感情は消え去り、驚愕と混乱が全面的に出された顔と声でシエルに質問を始めた。

 

「な、なななな何で、生きて、え、ええっ!!?」

 

否、質問と言うには混乱の方が強すぎてまともな言葉になっていない。今も尚口をパクパクと開け閉めしながらシエルを指さした状態でいると、彼は「ふっふっふ…」と不敵な笑みを浮かべたかと思いきや、倒れていた少年の身体が徐々に透けていき、やがてその姿が完全に消滅した。

 

「き、消えた!?」

「幻影の魔法だったのか!!」

「本物はどこにいやがる!?」

 

「こっちこっち~」

 

シエルが突如消えたことにルーシィだけでなく鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちも驚愕し、幻だったことに気付く。今のが幻ならば本体がいるはず。全員がその姿を探していると近くから声が響いた。やけに近くから聞こえたことを怪訝に思いながら各々がその方向に向くと、思わず彼らは「うおおっ!?」と驚き声を上げた。鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちが集う中心、ど真ん中にて「よ!」と右手を上げながら軽く応えるシエルの姿があったのだ。

 

「ええっ!いつの間にあそこに!?」

 

「こんのガキャァ!!」

 

先程まで隣にいたはずの少年の姿が敵陣のど真ん中にあったことに驚きの声を上げたルーシィ。驚いていたのは向こうも同じだが、敵が近くに来たことで警戒心の方が強め、数人が至近距離で遠距離用の魔法を放ち始める。しかし、先程の魔力弾の時とは違い、避ける様子も反撃する様子もない少年の身体を魔法がすり抜けるようにして過っていく。

 

また一つシエルが笑みを零すと、再び身体が透けるようにして消えていく。再び消えたことで周りの者たちが見渡すと、彼らの後方から「どこ見てんの?」と声が聞こえる。両腕を組んで列車にもたれかかった状態で、シエルの姿が出現していた。

 

「ちょ、調子に乗んなよテメェ…!!」

 

シエルの一番近くにいた魔法剣士が彼を斬り裂こうと右手に持つ剣を少年目がけて振り下ろす。しかし、避けようとすらしなかったシエルの身体の切り口は、まるで粒子のように分解されており、ダメージが通った様子はない。勢い余ってシエルがいた部分の列車の壁に傷を作ったが、ただそれだけだ。下から見上げてくるシエルの口角が吊り上がって、己を馬鹿にしているように感じた魔法剣士は歯ぎしりをするほど苛立っている。

 

「くっそがぁ!!」

 

左から右へと横一閃で剣を振ったと同時にまたもや煙のように姿を消してしまったシエル。魔法剣士を含む鉄の森(アイゼンヴァルト)の面々が「どこに行きやがったぁ!」とシエルの姿を探す。すると毎度のように「こっちだこっち~!」と声が聞こえてくるが、今度はどこを見渡しても少年の姿が見当たらない。遠目から眺めているルーシィも、シエルの姿が見えずに困惑している。

 

「どこ見てんの?こっちだってば~!」

 

「あれ、この声上から聞こえるような…?」

 

最初に気付いたのはルーシィ。何故か上の方から声が響くことを不思議に思い反射的にその首を上方向へと曲げてみると、確かにシエルはいた。「ヤッホー」と軽い感じで挨拶しているが、ただっぴろいホームの天井に逆さまの状態を保ちながら立っていた。

 

「えーーっ!?どうやって立ってんのそれぇ!!」

 

ルーシィだけでなく、鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちも気づいたようで、天井を床と同じ原理で仁王立ちしているシエルの様子に先ほどまでの怒りも忘れてただただ仰天している。普通であれば重力に従って頭から真っ逆さまに落ちるはずなのに、まるで重力が反転しているような錯覚すら覚える光景だ。先程とは違って、今度は攻撃を当てることすら難しい。いや、そもそも攻撃が当たってもまたダメージを与えられないのではないか、と言う疑念故か、もう敵側に攻撃しようとする者たちすら現れない。

 

「シエル、いつまでも遊んでいないで真面目にやらんか!時間も限られているのだぞ!」

 

「おっとそれもそうだ。ごめんごめん、そろそろちゃんとしようかな…」

 

すると今までずっと無言でシエルが起こした騒動を見ていたエルザが、一つ溜息を零しながら彼に注意した。まだ放送は流れていないが、いつエリゴールによる呪歌(ララバイ)の放送が起きるとも分からない。一刻を争うことを念押ししたことで、天井に立っていたシエルの姿は再び透けるようにして消えていった。先ほどから何度も見ている光景だが未だに慣れない。ルーシィが「今度はどこに…?」とあたりをキョロキョロとしていると真横から「ただいまー」と気の緩んだ声が聞こえる。一番最初にシエルが魔力弾を喰らっていた位置に、本人が怪我一つない体で戻ってきていた。

 

「わあっ!戻ってきたぁ!!今の何だったの、あれがあんたの魔法!?」

 

「『蜃気楼(ミラージュ)』って言うんだよ」

 

ルーシィの疑問に代わりに答えたのはハッピーだ。蜃気楼(しんきろう)と言う名の通り、己の幻を虚空に投影させることで相手の視覚を撹乱することができる。そして本体はその姿を見えなくさせることができ、次々と現れるシエルの幻影にいかに攻撃しようと本体に傷がつかなければダメージが通らない、と言う仕組みである。

 

しかしルーシィはその説明を聞いて一つ疑問を感じた。確かに凄い魔法ではある。現に未だ半数ほど残っているギルドの魔導士を引っかき回して自分のペースを作り上げるほどに。しかしそれは己の保身に関してのみだ。列車の中でエルザが告げた『世界の(ことわり)を変えることができる魔法』とは正直当てはまっていないように思う。

 

「シエルの本当の魔法は、こっからだよ…!」

 

その疑問にも答えるようにハッピーは告げた。ルーシィの真横にいたシエルはゆったりとした動きで歩きながら鉄の森(アイゼンヴァルト)の陣営へと近づいていく。一方の彼らはと言うと散々弄ばれたせいで子供が相手でも警戒心を解こうとしない。むしろ油断の一切を消して、シエルのみに視線を向けている。

 

「標的認定してくれたみたいだな、視線を向けてくれている…」

 

数十の魔導士、しかも己よりも多く年を重ねた者のみが集っている状況にも関わらず、一切の怯みも恐れも感じない。目を細めて笑みを浮かべる少年は自分の顔の前で上向きに右の掌を構えると、白い魔法陣を展開。同時に敵側の魔導士の一人が「今だ!」と叫ぶや否や、遠距離の魔法と一度は彼を撃ち抜いた魔力弾がシエル目がけて放たれようとする。それを見たルーシィが声を上げようとするが、先に動いたのはシエルであった。

 

「そう言えばさっき、子供(ガキ)の遊び場じゃないって言ってたな…。俺にとっちゃ十分遊び場だよ…。

 

 

俺みたいなイカれた育ち方した子供(ガキ)がやるような、『闇ギルド狩り』って言う遊びに関してはなぁっ!!」

 

その言葉と共に魔法陣から放たれたのは白く発光する球体。その発行体の光は徐々に大きく膨らみ…。

 

 

「光に潰れろ!『日射光(サンシャイン)』!!」

 

眩い光を、(鉄の森)に向かって無理矢理照らすかのように放出する。シエルに視線を向けていたすべての魔導士がその光を直に目に浴びてしまい、視覚を封じられてしまった。

 

「な、何これ!?眩しいっ!!」

 

「はいルーシィ、これ」

 

放たれた方向とは逆の位置にいたルーシィでさえその眩しさに目を閉じる。人間が直視できる光量を優に超える輝きに目を開けていられずにいたら、ハッピーの声とともに自分の耳と目の部分に何かがかけられた。思わず目を開けると、その視界は光を遮るサングラスによって目を保護されている。前もって持ってきていたのだろうかと困惑しながらも、ルーシィは自分同様にサングラスをかけているハッピーにお礼を言うために首を向けた。

 

「あ、ありがと…用意良いのねあんた…」

 

「持ってきておいて良かったよ」

 

「てかエルザも!?」

 

すると視界の端に見えた緋色の髪の女性エルザも、やけに凝ったデザインのサングラスを同じようにつけていたことにルーシィは思わずツッコんだ。ちなみに、エルザが纏っていた天輪の鎧が、最初の鎧姿に戻っていることにも今更になって気づいた。ちなみにそんなエルザはと言うと、ルーシィのツッコミに対して「オーダーメイドだ」と何故かどや顔で返答する。そこは聞いてない。

 

「ぎゃあああっ!!いってぇっ!!」

「光!?聖属性か、あんな子供(ガキ)が!!」

「何にも見えねぇ!何がどうなってんだァ!!」

「目が、目がぁあっ!!」

 

サングラスのおかげで難を逃れた妖精とは逆に、阿鼻叫喚に陥る闇の者たち。ルーシィはその様子とシエルが発した光に困惑を隠し切れない。思わず目を瞑ってしまったために、「シエルが魔法で光を発した」と言う事実しか確認できていない。

 

「い、今のってシエルがやったの?」

 

「そうだ。掌大の小太陽を、あの場で創った」

 

「太陽!?」

 

はるか上空のそのまた遠くに存在する天体――太陽を魔力で創り上げた。幻を投影したり太陽を作り上げたり。ますます彼の魔法が謎に満ちていく。しかし、ルーシィが動揺する間にもシエルの攻撃は止まらない。

 

「本日は晴天なり。しかしところにより光を埋め尽くすほどの雲が、空を遮ることでしょう…。『曇天(クラウディ)』!!」

 

天高くに向けて上げた右手から新たに灰色の煙、否、雲を創り出す。その雲は上昇を続けて、光で目を灼かれ苦しむ鉄の森(アイゼンヴァルト)たちの上空へと密集し形作られていく。駅のホームの中、つまり屋内に作られていく雲にルーシィは開いた口が塞がらない。

 

「屋内に…雲…!?」

 

「また、より密集した雲の下では大雨が降る恐れがあります。お出掛けの際は傘を…忘れずに!」

 

作り上げ勢力を広げた雲に向けて、今度は青い魔法陣から現れた魔力を撃ち出す。すると雲の色が徐々に暗くなっていき、そこから突如無数の雫、つまり雨が降り出した。それも生半可な量と勢いではない。

 

「『豪雨(スコール)』!!」

 

「いででででっ!?」

「今度は雨かぁ!?」

「何で屋内で雨が!!」

「俺まだ目が開けられねぇのに!!」

「つか開けてもどっちみち見えねぇよ!!」

 

まさに豪雨。次々と襲い来る無数の雨粒が、鉄の森(アイゼンヴァルト)に降り注ぐ。まるで彼らに染み付く虚飾の強さを洗い流していくかのように。太陽、蜃気楼、雲に雨。次々と自在に天気を変えていくシエルの魔法を見て、視界を遮る必要がなくなってサングラスを外したルーシィは気づいた。

 

「これってもしかして、天気を変えれる魔法…!?」

 

「その通りだ。あいつはその気になれば、掌サイズの太陽や雲から、この駅の中、いや遥か上空の天気を変えることだってできる。魔力を多く消費するが雨雲を晴らすことも、大雪を降らすことも」

 

人間が自然現象に干渉することは、本来なら不可能だ。しかし、その現象の一つである天候を自在に操り、変化させることができれば…?かつてルーシィが読んだ魔導書にそのような魔法があったが、それは多大な魔力を消費するために複数人が、長い時間をかけてようやく発動できる古代魔法(エンシャントスペル)であったはず。それを今、自分よりも年若い少年が一人で成し遂げていることが、彼女にとって信じがたい光景だった。

 

「あいつは他の魔法に関してはからきしだ。だがこの魔法にのみ適性が見つかり、しかも本来よりも少ない魔力量で使いこなすことに成功している」

 

本来人間は自然に真っ向から太刀打ちはできない。如何に何十人の魔導士が襲い掛かってきても、ひとたび災害に見舞われればそこで全滅もあり得る。だからこそ彼の魔法は一対多にこそその本領を発揮できる。そして天候を変えられるということは、その地の環境も変えることが可能だということ。長年干ばつに苦しむ地域を雨の恵みがもたらされる土地にしたり、ぱっとしないただの山の斜面が広がる場所に大雪を降らせ、冬ならではの娯楽を楽しめる観光地に変えたりもできる。土地の環境が変われば自然と世界の流れも変わる。彼が依頼を受けて魔法を行使した場所を訪れ、その後の様子を直に見たエルザは確信したのだ。

 

 

シエルの魔法は『世界の(ことわり)をも変えられる魔法』であることを。

 

「それがシエルの魔法、『天候魔法(ウェザーズ)』だ」

 

「こ、こんなの…これこそ最強じゃない…!!」

 

エルザの、シエルの魔法の説明を聞いたルーシィは愕然とし、そんな感想を零した。天候を意のままに操り、多数の魔導士を蹂躙出来る魔法を使えるなど、彼こそが一番強力な魔導士なのではないかと。

 

だが彼女は知らない。一度エルザと手合わせをした際に、蜃気楼(ミラージュ)を発動したのに一発で本物の位置を特定されて一撃を喰らったり、竜巻や吹雪の魔法を躱したり斬り裂いたりして距離を詰められて組み敷かれたりと、量に対しては強いが質に対してはまだまだ未熟な部分が多いと、シエルが当時身をもって思い知らされたことを。実際問題、エルザと同等かそれ以上の化け物はまだまだいるのだ。怖すぎる。

 

「さてルーシィ、ここで問題です!雲→雨と来て次に出てくるものと言えばなんでしょう?」

 

と、ここでハッピーがやけにテンション高くルーシィに質問、と言うか問題を投げかけてきた。戸惑いながらもルーシィは未だに大雨で慌てふためく鉄の森(アイゼンヴァルト)と、その面々を面白そうに眺めているシエルを交互に見ながら答えを出した。

 

「え?雲から雨と来て次って、そりゃあ…あ、まさか…!?」

 

察しはついただろう。大雨を降らすほどの密度の高い雲が漂っているのなら、勿論自然に起きるものでも脅威となり得るあの天候が起きることは必至。何より恐ろしいのは、『天候魔法(ウェザーズ)』ならその発動も魔力次第では自由自在であることだ。現に今彼は口元を裂けるように吊り上げたまま、右掌に展開した黄色の魔法陣に魔力を集中させている。

 

ルーシィの予想は的中していた。ずばり『雷』だ。

 

「雷注意報発令。付近の方は速やかに避難されるようにお願いします。…避難できればの話だけど」

 

最後の言葉を皮切りに、大雨を降らす雲に向けてとうとうそれは発射された。雷の魔力と混じり合った雲がその色を漆黒に染め、黄色く光る稲妻を徐々に拡大させていく。そして膨張を続けていったその光は、やがて抑えきれなくなっていき…。

 

 

 

「『落雷(サンダー)』!!!」

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士たち目がけて落ちた。黒雲から放たれた落雷は、視界がまともに機能していない彼らに避ける術はなく、その身にかつてない衝撃を受けてしまう。さらに言えば、彼らは先程の大雨で体中が水でぬれており、電気を良く通しやすくなってしまっているため、普通に受けるよりもダメージが甚大だ。ちなみにルーシィは彼らの身体が透けて内側の骨が見えたような気がしたと後に語ることになるが、真実か否かは誰も知らない。

 

自然界の災害の中でも上位に値する現象たる落雷を受けた者たちは、一人残らず意識を失った。誰もかれもがその場に倒れ伏し、一人たりとも立ち上がる者はいない。数十から百近くまでいたはずの鉄の森(アイゼンヴァルト)は一人の女性と一人の少年の、二人の魔導士によって全滅した。

 

「終わったよ、エルザ」

 

「ああ、ご苦労だったな」

 

「な、なんか敵の方が可哀そうに思えて来ちゃった…」

 

片や武器だけでなく鎧まで換装を行うギルド最強の女、もう一方は天候を意のままに操り味方につける少年。彼らを相手にし、一方的に蹂躙された鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちに、ルーシィは多少ではあるが同情を感じた。しかし敵側を全滅させたにも関わらず、エルザとシエルに気の緩みは感じられない。

 

「ごめん、一人だけ取り逃がしたみたい」

 

「え、逃げたやついるの!?」

 

それは気絶している者たちの中に、先程いたはずの者が一人見当たらないことに気付いたからだ。妖精女王(ティターニア)のエルザの存在を知って、声を張り上げてそれを他の者に知らせていた小太りの男。シエルが『豪雨(スコール)』を発動した時には他の面々と共に餌食となっていたはずだが、視界が悪くなった時に何かしらの手段、もしくは魔法を使って逃げ出したらしい。エルザもそのことについては既に把握していたようで、エリゴールの後を追っていったのではないかと推測をつける。

 

「ルーシィ、逃げたと思われる奴を追ってくれ」

 

「え!?あたしがっ!?」

 

「頼む!」

 

「は、はいぃぃっ!!」

 

エルザからの唐突な頼みに動揺するルーシィだったが、鬼のような形相で睨まれた直後、掌を返してすぐさま駆けだす。ナツとグレイが向かった方向なら見つけられると考えて、ルーシィはハッピーと共にその方向へと向かっていった。その直後、ルーシィの姿が見えなくなったと同時に、エルザは突如力を失ったように片膝を地につけた。

 

「エルザ!」

 

「大丈夫だ、魔動四輪を飛ばしたのがこたえただけだ。すぐに動ける…」

 

魔動四輪で長距離を猛スピードで駆け抜け、さらに先程まで数十の魔導士を相手に蹂躙。体内に宿る魔力も体力も大幅に消耗した反動はやはり激しかったようだ。脂汗を滲ませて疲労の色を見せながらも、駆け寄ってきた少年に心配をかけまいと笑みを浮かべていた。

 

そのことをよく理解しているシエルは、右掌に白い魔法陣を展開させると『日射光(サンシャイン)』と同様の白く発光する球体を顕現させる。しかしその光は鉄の森(アイゼンヴァルト)に放った激しく光るものとは違い、淡く安らぎを与えるような柔らかい光を持っていた。

 

「『日光浴(サンライズ)』。体の治癒力や魔力の回復力を向上させてくれる。これを持っていれば早く動けるようになる筈だよ」

 

「すまない、助かるぞシエル…」

 

日射光(サンシャイン)と同じように掌サイズの太陽の魔力の力を、対象の治癒力向上の目的で発動させる魔法『日光浴(サンライズ)』をエルザの手に持たせると、シエルは屈めていた身を起こしてルーシィが向かった方へと向く。

 

「俺はルーシィと一緒に逃げ出した奴、可能ならエリゴールを追う。エルザはしばらく休んでて」

 

その言葉を残してシエルは奥の方へと駆けて行った。そんな彼の背を見送ったエルザは、小さいその背中が頼もしく見えていた。

 

「あいつと最初に会った時は、これほどまでに信じられる存在になると思えなかったな…。あれほど心配をかけていたことが嘘のようだ…」

 

そしてシエルの背も見えなくなった時、手に持つ日光浴(サンライズ)に目を向けながら、その魔法の効果を実感する。体力と魔力がいつもよりも少し早く回復していくのを自覚しながら、様々な効果をもつ天候魔法(ウェザーズ)を身に付けていたシエルへの感心を強める。自分の意のままに天を操り、味方につけて力を振るう。彼の魔法はまるで神の力を借りているかのようにも思えた。そしてシエルが依頼に立ち寄った町や村に住む者たちが口々に言っていた彼の噂を思い出す。

 

「『天に愛されし魔導士』か…。本当にあいつは、天や神に愛されて生まれてきたのかもしれないな…」

 

呟くと同時にエルザは回復した体力で立ち上がり、駅周辺に集まる者たち、いや街にいる住人すべての者を呪歌(ララバイ)から離れさせるため、外へと向かっていった。倒れ伏す者たち以外、誰もいなくなったホーム。しかし、そのホームの床から一人の男が顔を出した。ルーシィとシエル(とハッピー)が追いかけて行った、鉄の森(アイゼンヴァルト)に所属する小太りな体形の魔導士――『カラッカ』だ。彼は床や壁と言ったところに潜ることができる魔法を使う。シエルが発動した豪雨(スコール)にうたれている際、一度避難するために一人床へと潜っていたのだ。しかしその後自分を除いてメンバーは全滅。一人で戦っても勝機はないと判断し、その場から妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーが誰一人いなくなるまで隠れ続けていたのだ。だが彼の耳に届いたエルザの最後に呟いた言葉が、頭から離れなかった。

 

「『天に愛されし魔導士』?確か昔、そんな風に呼ばれた奴が闇ギルドの世界にいたって噂が…。あの子供(ガキ)が…?でもあんなとんでもない魔法が使えるのなら、そうおかしい話でも…」

 

自分以外に話ができる者がいないホームの中で、カラッカは一人思考の渦へと入っていったのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

シエルは一人、駅の通路を駆けていた。ルーシィと合流するよりも、まずはエリゴールが目的とする呪歌(ララバイ)の放送を食い止めるために、その音を流す根源である放送室へと向かっていた。

 

しかし、そこに辿り着いたシエルが見たのは、全く予想だにしていなかった光景だった。放送機材を含む、放送室の内部が激しく損壊しており、さらにナツとグレイを追いかけた鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士の一人である『レイユール』が、自身の指から伸ばした黒い帯の魔法ごと、全身を氷漬けにされていた。

 

「氷漬けにされてるなら、戦ったのはグレイだな。けど、この放送機材の壊れ方は、グレイがやったものにしては雑だし、氷につくはずの水滴もついてない…。やったのはレイユール(こいつ)の方…?ここで放送するつもりはないってことか…?」

 

放送室の状況から割り出される情報を整理しながら推察する。駅にあるスピーカーで呪歌(ララバイ)を放送するつもりだったにも関わらず、放送室の機材が破壊されているところを見るに、その目的は果たされないということになる。わざわざあれほどの規模で動いて主張していたにしては動向が妙だ。それにシエルは未だに()()()()()()()()()()()()ことにも違和感を感じていた。もしこの駅で放送する気がないのなら、新たな疑問点が生まれる。

 

「エリゴールには別の目的があるってことだよな?けど、一体何を…」

 

再び通路を駆けだしながら思案を巡らせるシエルだったが、その時彼の耳に妙な音が伝わった。強風の音だ。天候魔法(ウェザーズ)の使い手であるシエルは、自分が扱える天気に関する魔法に敏感である。先程まで聞こえていなかったその音を頼りに、彼は手近な窓から外の様子を見ると、そこには目を疑う光景があった。

 

「な!?こ、これは…!!」

 

風に包まれていた。自分がいるところだけではない。オシバナ駅全体を、竜巻のように渦巻く風が、延々と吹き続けて包み込んでいたのだった。

 

 




おまけ風次回予告


ルーシィ「天気を操る魔法って、使いようによっては世界の(ことわり)変えるどころか、世界征服とかできちゃうんじゃないの!?」

シエル「征服って、昔の悪役じゃあるまいし…。それに多数の格下相手ならまだしも、天気をものともしない魔導士を相手にしたら、さすがに勝つのは難しいよ?」

ルーシィ「それでもあの魔法は相当強い魔法よ!依頼受けてもすぐに達成できたりするんじゃない?」

シエル「あ~、でも確かに畑の水やりを雨降らせてすぐに終わらせたり、砂漠地帯に雪降らせて雪遊び大会にしたりって依頼なら、結構受けてたような…」

ルーシィ「一見地味!でも物凄く大活躍!!」

次回『乙女の魔法』

シエル「じゃあルーシィならこの魔法をどんな派手な目的で使う?」

ルーシィ「え!?えっと…天候を次々変えてショーを開いて大儲け!!とか…?(汗)」

シエル「…さてはルーシィ、今月家賃ヤバい…?」


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第5話 乙女の魔法

今回は今までの中でも一番多い文字数となって、正直間に合うか不安でした。(汗)
同じ量の文字数を書いていくとなるといつの日か間に合わなくなりそうで怖い…。

話は変わりますが、フェアリーテイルの作者である真島先生の新作「エデンズゼロ」のアニメ化が発表されましたね。勿論ファンとしてはうれしいことですが、若干早くないかな?と言う感想が最初に出てきました。
ある漫画やアニメを見ていたせいか、もうちょっとストック出してからでも良かったんじゃないかな~って思いが過ります。主に銀〇とか〇魂とかハッピーの中の人がゲロインやってたあのアニメとか←

長々と書いても仕方ないのでここまでにします!(笑)
取り敢えず、アニメは楽しみ!!声優陣も気になるぞー!


「何だよ、これ…!!」

 

オシバナ駅すべてを包むように吹き荒れる風の檻。何故今このような状況になっているのか。駅全体を包むほどの大規模な風は恐らく魔法によるもの。そしてその魔法を扱える可能性があるのは、エリゴールしか思い当たらない。だが、呪歌(ララバイ)を放送するつもりだったエリゴールがわざわざそれを行う目的が読めないのだ。

 

「ともかくあの魔法を近くで見てみないことには何も分からない…!」

 

遠目から見るだけではその魔法がどのような効果や性質を持っているのか、自分たちにどんな影響を及ぼすのか分からない。駅の入り口に戻って確かめるしかない。そう思い立ったシエルはすぐさま自分が来た道をたどるようにして戻り始める。

 

「シエル!」

 

通路内を駆けていき、ホームまでもう少しというところで、前方から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。先程までシエルの魔法によって回復を行っていたエルザと、放送室で戦闘を繰り広げていたと思われるグレイだ。

 

「エルザ、グレイ!外を見た!?」

 

「ああ、知ってる。エリゴールの仕業だ」

 

「それから、奴らの本当の目的も分かった。じーさんどものいる定例会の会場だ」

 

二人とも駅を包んでいる風については既に知っており、尚且つ詳細も既に把握していたようだ。特に後半のグレイからの情報にはシエルも絶句した。オシバナ駅の先は、終点である『クローバー』の街だ。今日まで行われている地方ギルドマスターたちが集う定例会の会場がある街もそこだ。鉄の森(アイゼンヴァルト)がオシバナ駅を占拠したのは、クローバーへと向かう交通手段を封じ込め、誰にも邪魔されることなく目的を達成するため、そして万が一のためにもその目的を悟られないようにするカモフラージュだった。現に、今自分たちは、大規模に動く鉄の森(アイゼンヴァルト)につられてオシバナ駅に入り、そこをエリゴールの魔法・『魔風壁』によって全員閉じ込められて、身動きが取れなくなってしまったというわけだ。

 

そんな鉄の森(アイゼンヴァルト)の本当の目的は、呪歌(ララバイ)の音色をギルドマスターたちに聞かせて全滅させること。そのために呪歌(ララバイ)を持ったエリゴールのみが単身クローバーの街へと向かっていったのだ。エルザたちは、その魔法を解除するために呪歌(ララバイ)の封印を解いた『解除魔導士(ディスペラー)』と思われるカゲを探し、捕らえるために動いた。

 

「そういうことか、どうりで…」

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)、もといエリゴールの本来の目的を察したシエルは、これまでの彼らの目的を知って納得する。放送がかかるまであまりにも時間がかかっていたのは、自分たちをここに縛り付けるための時間稼ぎであった。ならば今やるべきことはこのオシバナ駅、及び魔風壁からの脱出となる。状況の確認と目標の決定を完了したシエルはエルザたちと共にカゲを追うべく再び通路を駆けた。

 

それからそう時間を置かずに、突然駅中に響くような破壊音が聞こえた。

 

「近いぞ、向こうだ!」

 

「分かりやすくて助かるね」

 

「全くだな…」

 

破壊音が聞こえた方向に向かうため、3人はすぐさま方向を切り替えた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ほら、約束通りエリゴールの場所を教えろ」

 

予想通り、その破壊音を繰り出したのはナツだった。カゲ――もとい『カゲヤマ』が扱う、影を自在に操り攻撃する魔法をものともせず、一般の魔導士では考えられない破壊力を持った滅竜魔法で圧倒し、彼を満身創痍へと追い込んだ。戦いを始める前に取り付けたであろう約束を果たそうとするナツであったが、カゲヤマは負けた立場には似合わない笑みを浮かべて告げた。「エリゴールはもうこのオシバナ駅にはいない」と。その言葉にナツが怪訝な表情を浮かべていると…。

 

「ナツー!それ以上はいい!彼が必要なんだ!」

 

エルザが駆け寄りながら彼に呼びかけた。両隣にはシエルとグレイの姿も見える。外の状況とエリゴールの本来の目的を把握していないナツはエルザのその言葉に疑問符を浮かべる。

 

「でかした、クソ炎!」

「後は任せて!あと避けた方がいい!」

 

「は?」

 

立て続けに告げられたグレイとシエルの言葉(とくに後者)にますます彼の疑問が膨れる。が、後者の言葉の意味はすぐに察した。いつの間にか魔法剣を握り締めたエルザが己目がけて飛び掛かってくる。悲鳴混じりに謝りながらも反射的にナツが避けると、エルザは元々狙っていた、ナツの後方にいたカゲヤマの首元すれすれの位置に剣を突き立てていた。

 

「つべこべ言わずに魔風壁を解いてもらおう…」

 

鋭く細めた目で睨みながらカゲヤマにそう命じる(脅す)エルザの様子に、本人は勿論ナツまでもが恐怖に怯え慄いている。「やっぱエルザは危ねぇ!!」と騒ぎ立てるナツに、グレイが「黙ってろ!」と一言だけ投げかける。シエルはシエルで「Noと言ったら切り傷が一つずつ増えてくことになるよ~?」とエルザの後方から、何故か楽しげな表情で囁くように呟いてカゲヤマの恐怖をより倍増させている。なお倍増していたのはカゲヤマだけでなくナツの方もだが…。

 

「わ、わか…っ…!?」

 

恐怖に負けたのか、エルザの命令に従う意思を見せたカゲヤマだったが、その言葉は途中で途切れた。突如目を一度だけ見開いたかと思いきや力を失ったかのように体が倒れこみ、気絶してしまう。その様子にエルザだけでなくその場の妖精の魔導士全員が驚愕する。さらに言えば、カゲヤマの背中にはエルザの持っているものとは違う短剣が突き刺さっていた。

 

そしてその短剣を突き刺したと思われる犯人――カゲヤマの背後の壁から魔法で出現していた魔導士・カラッカは自分の仲間を手に掛けたことに対して動揺と後悔を表情に出していた。エルザが倒れこんだカゲヤマの身体を支え、グレイがそこに駆け寄る。カゲヤマをこのまま死なせるわけにはいかない。シエルもようやく状況を理解し、即座に日光浴(サンライズ)を発動させてカゲヤマの身体に光を当てる。気休め程度にしかならないかもしれないが、少しでも彼の容態の悪化を食い止めるためだ。

 

「カゲ、しっかりしろ!お前の力が必要なんだ!!魔風壁を解けるのはお前しかいないんだ!!死ぬな!!」

 

エルザが必死に呼びかけるも、カゲヤマからは全く反応がない。日光浴(サンライズ)の光を当てながら少しずつ背中に刺さっている短剣を抜いているシエルの目には、出血が止まる様子のない現実が映っていた。

 

「血が止まらない…!」

「マジかよ、くそっ!!」

 

目を覚ます様子もないうえに、シエルの口から呟かれた現実に、グレイの表情も歪む。するとカゲヤマが気絶してから動く様子のなかったナツに変化が起きた。

 

「仲間じゃ…ねえのかよ…!

 

 

 

同じギルドの仲間じゃねえのかよォ!!!」

 

拳を握り震わせ、怒りによって高められた魔力が全身から炎として迸る。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、ギルドの仲間は家族も同然。少年だった頃からそう教えられて、喧嘩はすれどもその教えと事実を胸に刻み込んで過ごしてきたナツにとって、あまりにも簡単に仲間を切り捨てることを選択した目の前の男に、怒りを隠せない。

 

己の行動に後悔していたカラッカは、そんなナツの怒りと言葉に怯み、壁の奥へと身を隠す。しかし、ナツは決してそれを逃がしはしない。

 

「このヤロォオッ!!!」

 

握りしめた右の拳に炎を纏わせ、カラッカが潜んだ壁を殴り壊す。そしてすぐさま開いていた左手でカラッカの襟首を掴むと床に叩きつけた。壁が崩れる音を響かせながら、ナツは怯えるカラッカを睨みつけながら、腹の奥底から出るような声で叫んだのだった。

 

「それがお前たちのギルドなのかっ!!!」

 

ナツの怒りの声は辺りに響く。日光浴(サンライズ)を当ててカゲヤマの治療をしていたシエルにもその声と言葉は耳によく届いた。

 

「カゲ、しっかりしないか!!」

 

「エルザ、ダメだ…意識がねぇ…。シエルの魔法でも、これじゃ意識が戻るまでに時間がかかる…」

 

シエルの治療を受けるカゲヤマの意識を何とか戻そうとエルザは何度も呼び掛けるが、応える様子はない。血が少し止まりつつあるので回復はしているようだが、それでも万全には程遠い。するとシエルはもう一つ日光浴(サンライズ)を顕現させ、先に持っていたものと合わせて二つの発光体をエルザとグレイ、それぞれ二人に差し出す。

 

「二人とも…カゲの背中に、なるべく近づけておいて…。ちょっとずつだけど、回復するはずだから…」

 

「大丈夫か?」

 

「俺は平気。でもちょっとだけ待ってて…」

 

一度に二つの日光浴(サンライズ)を出すのは、彼にとっても魔力の消費が多い。グレイに心配の声をかけられたが、それに対してシエルは一言だけ返すとナツが押さえつけているカラッカの元へと歩み近づく。そして彼の顔の前にかがんだと思いきや、右手に落雷(サンダー)に用いた雷の魔力を纏わせて近づける。それを見てさらに恐怖を感じるカラッカに対し、シエルは淡々と問いかけた。

 

「答えろ、カゲを刺したのは誰かの命令か?それともお前の意志か…?」

 

「あ、うあ…ひぃい…!」

 

「答えろ…!!」

 

外見は確かにこの中でも一番年が若い少年。だがその少年の顔に映っていたのは確かな怒り、そしてその中に少年が持つには分不相応ともいえる憎悪に似た黒い感情。自分たちの仲間の半数を戦闘不能にした少年の表情にさらに恐怖を感じながらも、涙目混じりにカラッカは叫ぶように主張した。

 

カゲヤマを刺したのは、彼の意志で行われたものではなかった。エルザたちが魔風壁を解くためにカゲヤマの力を借りる作戦を聞いた鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士である『ビアード』―エルザに挑むも一撃で返り討ちにあった実力者―に、「カゲヤマを始末しろ」と指示され、葛藤しながらも実行したとのことだった。

 

「オ、オレもホントは…やりたくなかった…!でも、もし作戦が失敗したらどのみち終わりになるって言われて…!」

 

「結果的に、仲間よりギルドの目的をとったわけか…」

 

涙混じりに呟くカラッカの言葉に、嘘偽りは感じられない。本意ではないことはシエルにも理解できた。しかし一つ歯ぎしりをすると、雷を纏っている右の腕を振りかぶり、カラッカ目がけて振り下ろす。それを見て彼は反射的に目を強く閉じた。ナツによって崩れた壁の音よりも小さくあるが、十分に強い音が辺りに響く。その音の反響はやがて静まり、それに続いて声が伝わった。

 

「よそのギルドについてあれこれ言うつもりはない…けど…自分たちの欲望のために仲間を蔑ろにするような奴等を…俺はギルドと認めねえ…!!」

 

声の主であるシエルは、握りしめた右拳をカラッカの顔…の左側の床にめり込ませながら、カラッカを睨みつけていた。言葉も、表情も、感情も、カラッカから見るシエルはただの子供とは程遠くかけ離れた存在だった。

 

後方から「お邪魔だったかしら…?」と、ようやく合流を果たせたルーシィの困惑の声が響くまで、シエルはずっとそこから動こうとしなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「エリゴールの狙いって、定例会だったの!?」

 

日光浴(サンライズ)を当て続けながらカゲヤマを運び、そのまま駅の入り口まで事情を把握していなかったナツとハッピー、そしてルーシィに説明をしながら戻ってきた一同。全員に情報の共有ができたものの、未だ魔風壁を唯一突破できる手段を持つカゲヤマは気絶したままであり、エリゴールが自身の身体を浮遊させる魔法を用いて空からクローバーへと向かったことをエルザは伝えた。そして未だに風の結界は勢いが衰えることすらなく、駅全体を囲んでいるままである。

 

「この魔風壁をどうにかしねえと、駅の外には出られねえ…もし出ようとすれば…」

 

「ぎゃあああっ!!」

 

グレイが説明している途中に、狙ったのか否か、外に出ようと魔法で魔風壁を攻撃したナツが逆に弾かれて転がってくる。「こうなる…」とグレイが続け様に言葉を零し、ルーシィはその現状に身を縮こまらせていた。

 

「あ、でも風の魔法なら、風の魔法をぶつければ何とかなるんじゃない?」

 

「ん?と言うと?」

 

「シエルよ!シエルの天気の魔法なら、風の魔法で相殺できるはず!」

 

ルーシィが思いついたのは、つい先刻に見たシエルの魔法『天候魔法(ウェザーズ)』だ。天候を自在に操る彼の魔法なら、風の魔法も使えるはず。そう思い至りシエルの方向を向いたルーシィだが、既に彼は動いていた。両手を前方にかざして緑色の魔法陣を展開。そこに徐々に風が集まっていき、一定量のものが集まった瞬間…。

 

「警報発令。『竜巻(トルネード)』!!」

 

彼の両手から発射されたのは、魔風壁の風の流れと逆向きに流れる大きな竜巻。その風圧にシエルと気絶しているカゲヤマ以外の者たちが思わず目元を覆う。そして竜巻は魔風壁とぶつかり合い、風と風が摩擦することによって火花すら起こる程の強い衝突を見せる。その光景にルーシィが笑みを浮かべ、グレイとエルザもその行く末を見守っている。しかし十数秒の拮抗もむなしく、シエルが編み出した竜巻は魔風壁の勢いに敗れてやがて縮小し、遂には消滅してしまった。一同の表情に落胆が映る。

 

「ごめん、俺じゃ無理だこれ」

 

「諦めが早い~!」

 

魔風壁の勢いが弱まった様子はない。おそらく何度試しても結果は同じだろう。シエルが出した『竜巻(トルネード)』も一般的に見れば強力なのだが、エリゴール程の魔導士がほとんどの魔力を使って繰り出した魔法には敵わない。さらに言えば、シエルは鉄の森(アイゼンヴァルト)との戦闘とカゲヤマへの治療で魔法を多用している。魔力量を多くすれば可能性はあるかもしれないが、そうなるとシエルの魔力がもたない。

 

結果、シエルの魔法でも魔風壁の突破は不可能だと、彼は判断した。しかし、他の者にとってはそれは死活問題だ。

 

「くそぉおっ!!こんなモンつきやぶってやるぁっ!!」

 

魔風壁を突き破るために次々と炎を纏った攻撃をぶつけていくナツ。だがその度に彼の攻撃は風に弾かれ、その体を地に転がし続ける。力ではどうにもならない。それを理解したとしてもナツは止まらない。その身で風を破るために何度も何度も喰らいつく。

 

「急がなきゃマズイよ!あんたの魔法で凍らせたりできないの!?」

 

「できたらとっくにやってるよ…」

 

万事休す。その場にいる者のほとんどがそう思わざるを得ない状況。このままでは死神(エリゴール)の手によってギルドマスターたちが死の音色の餌食となってしまう。絶対に食い止めなければいけないのに、止めに行くこともできない。絶望の空気が流れ始めていた…。

 

「ホントどうしたもんかな~、魔風壁(これ)…」

 

だがあまりにも場違いな声色を発する少年にルーシィが気付いた。

 

「ちょっとシエル!あんた状況分かってんの!?何よそんな緊張感無い声出して!!」

 

「え?」

 

魔風壁から出られず、エリゴールを追うこともできない状況下において唯一切羽詰まった様子のなかったシエルに業を煮やしたルーシィの声に、シエルがきょとんとした表情になる。その表情が更にルーシィの苛立ちを増やすことになったが、シエルの次の言葉に彼女を含めて、グレイとエルザも言葉を失うことになる。

 

「ああ、大丈夫だよ。エリゴールが呪歌(ララバイ)を吹くことは絶対にできないから」

 

「は…?」

 

一体何を言っているのだろう、と言いたげに3人(とついでにハッピー)の視線がシエルの方に集中する。するとシエルは何を思ったのか自分のズボンの右ポケットに手を突っ込み、まさぐる様に動かす。そして取り出したものは…。

 

 

「テレレレッテレ~!『呪歌(ララバイ)』~!!」

 

『ええーーーーーーーっ!!?』

 

木製で出来た先端が三つ目のドクロで象られた笛、集団呪殺魔法の魔笛・呪歌(ララバイ)だった。カゲヤマが封印を解いて手に入れ、エリゴールの手に渡っていたと思っていたそれを何故シエルが持っているのか、4人(3人+1匹)は驚愕の声を上げて目と口を開け放っていた。

 

「なんであんたがそれ持ってんのー!?」

 

「つーか本物か、本物なのかそれ!?」

 

高々と上げられた笛を指さしながらシエルに尋ねるルーシィとグレイ。だがエルザだけは最初こそ戸惑いの声を上げたものの、彼が呪歌(ララバイ)を持っている原因に心当たりがあった。

 

「そうか…蜃気楼(ミラージュ)か…」

 

乾いた笑いを零しながら納得したかのようにエルザが呟く。そう、実はオシバナ駅のホームに乗り込み、鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちと対峙していた時、シエルは既に魔法を発動させていた。自分の姿を隠し、幻影の自分を投影させる蜃気楼(ミラージュ)。これを駆使してホームに入って立ち止まったと見せて幻影の自分をその場に置き、本体は音も姿もなく回り込んでエリゴールに接近。そしてエリゴールの懐にある呪歌(ララバイ)を確認して掠め取りその場から離れる。後は機を見計らって元の位置に戻ってきた、と言うことだ。ちなみにその機とは鉄の森(アイゼンヴァルト)を散々揶揄ってエルザに一喝された時のことだ。

 

「今エリゴールが持ってる呪歌(ララバイ)は、俺が蜃気楼(ミラージュ)で作った偽物。触ることができるように作ったけど、勿論吹いたとして音色は出ないし、むしろ息を吹きかけたら霧散する。だからエリゴールがそれに気づいて戻ってきたときの対処も考えてたんだけど…」

 

「クローバーに向かったことで、未だにバレていないということだな」

 

「そうみたい。ここまで鈍いとは思わなかったよ~」

 

随分な言われようだ。だが何はともあれこれでギルドマスターたちに現時点で被害が及ぶことはない。

 

「やるじゃねえかシエル!」

「ええ、お手柄よ!」

「あい!」

 

口々に賞賛する仲間にはにかみながら答えるシエル。若干の照れが加わっているが、本人としても胸を張れる出来事だった。そしてエルザはと言うとそんなシエルに近づき…。

 

「本当によくやったな、お前を仲間に持てたことを、誇りに思う」

 

(かった)ッ!?」

 

頭を胸に抱きよせるも、彼女の硬い鎧に頭をぶつけられ、シエルは痛みのみを感じる結果となった。これでエリゴールは目的を果たすことはできない。呪歌(ララバイ)を巡る騒動はこれで解決…かと思ったがそうもいかない。

 

「けど、どのみちこの魔風壁をどうにかしないことには、結局のところ時間稼ぎなんだよね…」

 

「あっ…そっか…」

 

カゲヤマはまだ目を覚まさない。目を覚まして魔風壁を解いてもらう前に、もし呪歌(ララバイ)がすり替えられていることに気付いたエリゴールが戻ってくれば、何をされるか分かったものではない。どのみちその解決法を探さなければ手詰まりなのに変わりはないのだ。改めてその事実を確認するだけに終わってしまったことに一同が落胆していると、ナツが再び魔風壁に挑んで転がってきた。

 

「お前まだやってたのかよ!」

「早くしねえとじっちゃんたちが危ねえんだろ!?」

「話聞いてなかったのか!」

 

どうやら魔風壁の突破が頭を支配して話を聞いていなかったらしい。グレイがナツの目線をシエルが手に持つ呪歌(ララバイ)に移させると、彼の動きがピタッと止まった。

 

「何でお前(それ)持ってんだー!!?」

「もっかい説明しなきゃダメ…?」

「そうみたい…」

 

シエルたちは先程の説明をナツにも行ったが、やはり状況はあまり改善していない。結局は魔風壁を何とかしなければいけないことに、変わりはないとナツは叫ぶ。何か方法はないかと何度も廻った疑問を考えていると、ルーシィの方に視線を向けたナツが案を浮かべた。

 

「そうだ!星霊っ!!」

 

「え?」

「ん!?」

 

『星霊』と言う単語に、星霊魔導士であるルーシィだけでなくシエルも反応したが、気にせずナツは続けた。曰く、先日エバルーの屋敷で本来星霊のみが通れる星霊界の(ゲート)を通じて場所を移動できたとのこと。あれと同じ原理を使えば外に出られるのでないか、と言う案だった。だが、その案は星霊に一番詳しいルーシィが否定する。星霊界では人間は息ができないため、滞在すると死に至る。さらに言うと(ゲート)を開くことができるのも星霊魔導士のみ。駅の外に星霊魔導士がいなければその手段も不可能なのだ。

 

「ややこしいな~、いいから早くやれよ!」

 

「出来ないって言ってるでしょ!?もう一つ言えば、人間が星霊界に入る事自体が重大な契約違反!あの時はエバルーの鍵だったから良かったけどね…」

 

「え、そのエバルーってやつも星霊魔導士だったの…!?」

 

ルーシィが星霊魔導士の決まりに関して説明してもナツは首を傾げるばかり。そしてシエルは割とどうでもいいところに過剰に反応しているが、ルーシィはこの際もう気にしないことにした。

 

「エバルーの…鍵…

 

 

 

あーーーーっ!!」

 

すると、話にあまり加わらなかった青猫のハッピーがついに口を開き、大声を上げる。小さい体に似合わぬ大声にその場の全員が体を跳ねさせた。一体どうしたのだというのだろう…?

 

「ルーシィ!思い出したよ!!」

「な、何が…?」

「来る時言ってた事だよぉ!!」

 

それはオシバナ駅に向かう魔動四輪で移動している時の会話だった。ハッピーはルーシィに何か伝えなければいけないことがあったが、思い出せずにずっと唸っていたのだ。「ルーシィが変、魚は美味しい、ルーシィは変」などと本人に対して失礼な言葉の羅列であったが。そして完全に思い出したハッピーはと言うと、背中に背負っている荷物の袋から一本の鍵を取り出した。星霊を呼び出すための金色の鍵である。

 

「それ…『バルゴ』の鍵!?ダメじゃないっ!勝手に持ってきちゃー!!」

 

「違うよ、バルゴ本人がルーシィへって…」

 

「ええっ!?」

 

「エバルーが逮捕されたから契約が解除になったんだって。それで今度はルーシィと契約したいって、オイラん家訪ねてきたんだ」

 

「アレが…来たわけ…」

 

ナツたちが先日行った依頼の際に潜入した屋敷の主であるエバルー。実は彼も星霊魔導士の一人だった。当時彼が契約していた星霊が乙女座、もとい『処女宮』の星霊・バルゴ。黄道十二門の星霊の一体である。普段はメイドとしてエバルーの屋敷に常駐し、いざと言うときには彼の警護にも回っていたのだが、数々のエバルーの悪事が世間に露呈。その罪で逮捕されたことによって自動的に契約が解除になったそうだ。

 

鍵で呼び出さなければ人間界に来れないと思っていた星霊が何故ハッピーの元に来たのか、と言うか何故ハッピーの(ナツも同居しているが)居住している場所が分かったのか、色々疑問点が浮かぶが、今は置いておこう。ついでに言うとバルゴの名を聞いた瞬間、黄道十二門の星霊だと気付いてシエルの表情がより一層輝かしいものになったが、それについても置いておこう。

 

「嬉しい申し出だけど、今はそれどころじゃないでしょ!?脱出方法を考えないと!!」

 

「でも…」

 

今大事なのは魔風壁から脱出すること。尚も言葉を続けようとするハッピーにルーシィが彼の両頬をつねって黙らせながら「ネコは黙ってニャーニャー言ってなさい!」と不気味な色のオーラを纏いながら言い聞かせた。

 

「こいつも時々怖いな…」

「意外と強えんだぜ!」

「バルゴ…見たかったのに…」

 

そんなルーシィに若干引き気味のグレイ、どこか感心するナツ、そして別の意味で落胆しているシエルと、反応は様々だった。だが、そんな反応は落ち込んで涙を流しながら呟いたハッピーの言葉で一変された。

 

「だって…バルゴは地面に潜れるし…魔風壁の下を通って出られるかなって思ったんだ…」

 

「な、何!?」

「マジかよ!?」

「本当に!?」

「…?」

「あっそうか!!」

 

風の及ばない地中を通っての脱出。バルゴがそれを可能にするという事実に(ナツを除く)全員が驚愕の表情を浮かべる。シエルは驚愕半分、期待半分ではあったが。

 

「やるじゃないハッピー!!もう何でそれを早く言わないのよぉ~!」

 

「ルーシィがつねったから」

 

「ごめんごめん、後で何かお詫びするから!しますから!させていただきます!!とにかく鍵を貸して~!!」

 

先程まで黙ってろだの言ってた様子と一変して掌をかえしたルーシィは、ハッピーを抱きかかえて喜びのあまり踊り出す。だがそのすぐにハッピーの指摘に途端に再び別方向へと掌をかえして、小さい青いネコに土下座をするというシュールな絵面を晒していた。あまりの醜態にさすがの男三人も軽く引いていたことには幸か不幸か気づかなかった。

 

 

そうしてハッピーから鍵を受けとったルーシィ。全員の視線を受けながら鍵を前方にかざすも、何か戸惑っているように口を噤んでいる。

 

「早くやれよ!」

 

「分かってる…けど…」

 

現時点での脱出方法はこれしかない。星霊魔導士である自分にとって、契約する星霊が増えるのも喜ばしいことだ。ならなぜ彼女は躊躇っているのか、それは身に受ける視線の一つが原因だった。

 

「(ものすっごい期待の眼差しで見てきてる~!!)」

 

その視線はシエルだった。彼女が星霊魔導士と知ってから何度も見てきた彼の様子。彼は妙に星霊魔導士と星霊に対して強い憧れを持っている。だが、今から自分が呼び出すのはエバルーの屋敷にいたメイドの姿の星霊。噂に常々出ていたゴリラのようなメイドとは、彼女の事なのだ。エバルー好みの不細工と言っていい顔立ちに、一回りも二回りも巨大な体躯。先程ハッピーを訪ねてきたという話を聞いた時も、ゴリラの様な見た目のメイドが頭の中を過ったのだ。そんな星霊を、これほどまでに夢見る子供のような眼差しを向ける少年に見せるとなると罪悪感を感じたが、四の五の言っている余裕はない。心の中でシエルに謝罪しながらルーシィは覚悟を決めた。

 

「我…星霊界との道をつなぐ者…汝、その呼びかけに応え、(ゲート)を潜れ!」

 

まだ契約していない星霊を呼び出すための口上を唱えると、彼女を包むように足元から現れた魔法陣の光が溢れ出す。そして、人間界と星霊界の(ゲート)をつなぐ最後の仕上げが行われる。

 

「開け!処女宮の扉!バルゴ!!」

 

その呼びかけに応えるように現れたのは、ルーシィの記憶にあるゴリラのようなメイド…

 

 

 

ではなく、ルーシィと変わらぬほどの背丈と細身ながらもグラマラスな体型を持つ、メイドの衣装を身に纏い、両手首にそれぞれ切れた鎖が繋がれた枷のようなブレスレットを着けた、薄桃色のショートカットに色白の肌、そしてハイライトはないが大きくパッチリと開かれた青い瞳を持つ美少女。乙女の名に恥じぬ容姿を持つ星霊であった。

 

「お呼びでしょうか?御主人様」

 

「……誰…?」

 

その前で初めて見る星霊の召還に感動に打ちひしがれている後方のシエルをよそに、ルーシィは茫然とした様子で呟いた。記憶にあるゴリラの見た目とかけ離れた姿で現れてはその反応も無理はない。

 

「よおマルコ、激やせしたなお前」

 

「バルゴです。あの時はご迷惑をおかけしました」

 

「やせたって言うか別人!!!」

 

ルーシィ同様バルゴの姿を見たことがあるナツは、ルーシィほど驚きもせずに雑談している。別人のような変化であるはずだが激やせで済ませられるものなのだろうか…?

 

「あれがバルゴか~!!乙女座の星霊なだけあってキレイな人~!!」

 

「まあ、確かにかわいらしいじゃねえの」

 

前の姿を知らぬ男二人は少年、または青年らしい会話を繰り広げている。特にシエルは期待通りだったようで、何やら目が光っているようにも見える。

 

「あ、あんたその恰好…」

 

「私は御主人様の忠実なる星霊。御主人様の望む姿にて仕事をさせていただきます」

 

以前は契約していたのがエバルーだったために、エバルーが望む容姿で過ごしていたらしい。本来の姿と言うものが確立していないようだが、契約を結ぶ直前の容姿が今の姿であることが大半なのかもしれない。

 

「前の方が迫力あって強そうだったぞ?」

 

「そうですか?では…元の姿に…」

 

その時事件が起きた。ナツの率直な感想に応えるべく、エバルーとの契約時同様の姿に一瞬で変身したことで、ルーシィだけでなく、シエルとグレイも悲鳴を上げた。予想外の方向から全く覚悟ができていない状態でゴリラのような姿になったバルゴに、ルーシィが「余計なこと言わなくていいの!やせた方でいいから!!」と叫ぶと、またも瞬時に先程のスリムな姿へと戻った。こんな短時間に劇的ビフォーアフターできてしまっていいのだろうか…。

 

「グ、グレイ…俺、疲れてるのかな…?今、キレイだったお姉さんが、一瞬ゴリラに変身したように見えたんだけど…?」

 

「え、あ、ああ!そうだな!オレも見えたんだけどきっとオレも疲れてるんだよな!気のせいだよ気のせい!!」

 

先程まで輝く眼差しと表情を見せていたシエルが一瞬にして絶望に叩き落されたかのように呟く様子に、グレイも現実逃避とフォローを同時に行う器用な真似を披露しながらシエルを励ました。だが少年の夢は無情に打ち砕かれることになる。

 

「いや?確かに体が大きくなったぞ?強そうだった」

 

「「…!!」」

 

「エルザ、それ以上はやめてあげて!!」

 

エルザの一言に現実から逃げれなかった男二人は、ショックのあまり言葉を失った。しかし、これ以上構っていては時間がもったいない。ルーシィがバルゴに契約を後回しにする許可を得た上で協力を要請する。その際本人の希望でバルゴからの呼び方が「御主人様」→「女王様」→「姫」と巡り巡って定着した。ちなみに余談だが女王様と呼んだ理由はルーシィのスカートにつけられた彼女自身の護身用の鞭を目にしたからである。何を期待していたこいつ。

 

「では、行きます」

 

バルゴが魔力を開放すると、床に穴を空けながら彼女は潜りだした。先程のショックから戻ってきたグレイとシエルがその能力に関心を示す。ちなみにルーシィはナツやシエルの様にエルザに頭を胸の装甲に叩きつけられていた。褒めているつもりなのだろうが、誰かダメージしか入らないことを指摘できるものはいないのだろうか…。一方でナツは倒れ伏していたカゲヤマを起こして背負い始めた。

 

「何してんだ、ナツ」

 

「オレと戦った後に死なれちゃ、後味悪ィんだよ」

 

その言葉に意識が少し戻り始めたカゲヤマが僅かに反応した。敵として戦った相手だとしても、見捨てることはできない。場合によっては敵の自尊心を傷つける行為ではあるが、それを咎める者はこの場にはいなかった。

 

そして無事に魔風壁の外へと出ることができた一同。呪歌(ララバイ)は手元にある。エリゴールはまだ戻ってきていない。これからどう行動すればいいか考えなければいけないが、ひとまず魔風壁によって町全体が強風で煽られているため、離れる必要がある。だが、そこでエルザは気づいた。

 

「ん、ナツはどこだ?」

 

「ハッピーもいねえぞ」

 

忽然と姿を消した二人(一人+一匹)。一体どこに行ったのか戸惑いを見せたが、長い付き合いであるエルザたちはすぐに予想がついた。

 

「そうか…ナツは恐らく…」

「あれだけ妖精の尻尾(ウチ)を侮辱されて、黙っていられるわけもないか」

「だろうな」

 

その会話を聞いたルーシィはようやく気付いた。ナツがハッピーを伴って向かうであろう場所は…。

 

「ま、まさか…エリゴールを…!?」

 

たとえ相手が目的を達成できない状態だとしても、家族を手に懸けようとした者を、仲間を大切にしない者たちを、このまま見過ごすことはできない。それが彼らの知るナツ・ドラグニルと言う青年だ。彼らは空を駆ける。死神との決着をつけるため。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)鉄の森(アイゼンヴァルト)の、一つの呪歌を巡る戦いは、終局を迎えようとしていた…。

 




※おまけ風次回予告

シエル「初めて目にした星霊魔法…!感動したな~!!」

ルーシィ「ホントに星霊や星霊魔導士に憧れてたのね。けど、どうしてそんなに憧れていたの?」

シエル「だってさ!人間とは違う、人間とは別の知能や意志を持った存在と絆を結んでいる、そんな星霊魔導士について書かれている本を初めて読んだとき、感動しちゃったんだよ~!」

ルーシィ「目、目が眩しい…!って、あれ?そう言えばシエル、プルーは見たのよね?あの子も星霊なんだけど、仔犬座の」

シエル「それは俺も知ってるよ。でも二コラに関してはよく本で見かけたりするから、正直そこまで珍しく感じなくて…」

次回『強く生きる為に』

ルーシィ「二コラに関する本?そんなのあったかしら…?」

シエル「何てタイトルだったかな~?あ、そうだ、プルーの犬にっ…」

ルーシィ「はいストーップッ!!」


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第6話 強く生きる為に

本来なら今回の話を呪歌(ララバイ)との戦闘とに分割にしようと思ったのですが、文章量が物足りなくて一気に書き上げました。おかげでまたもギリギリに。調節は難しいですね…。(汗)
今度アンケートとろうか迷っています…。

それから折角なので補足情報を前書きに小出ししていこうと思います。

シエルの名前の由来は「空」で、趣味が「日向ぼっこ」。彼の魔法である「天候魔法(ウェザーズ)」とどちらも関連付けています。ヒントとしては分かりづらいですが。(笑い)


クローバーの街。地方のギルドマスターが集い、各々のギルドの活動を報告する定例会が行われているその街に向かう手段は、一般的に一つしかない。それはオシバナの街との間にそびえる『クローバー大峡谷』を越えること。本来であれば、そこに架かる線路を通じて列車で向かうものであるが、その本来の方法とは違うやり方でその街に向かうものがいた。風を操る魔法で己の身体を浮遊させ、空を飛行する死神・エリゴールである。

 

「あの町だ…待ってろジジイども…!」

 

線路に沿って飛行を続け、とうとうクローバーの街を視界に捉えたエリゴール。だが後方から猛スピードで彼に追い付いてきた存在に気付くのが遅れてしまった。雄叫びを上げながら近づいてきたのは、白い翼を背に生やしてエリゴール同様に空中を飛行する青猫に運ばれる、桜色のツンツン頭の青年、ナツ・ドラグニル。

 

「これがハッピーの、MAX(マックス)スピードだ!!」

 

叫ぶと同時に炎を纏った己の両足をエリゴールにぶつけて墜落させる。オシバナ駅から出せる限りの最高速度を維持しながら飛んできた勢いも合わせて、今の一撃だけでもかなりのダメージを与えたと思われる。しかし、そのスピードを出し続けたハッピーは気力、魔力共に尽き果て、背中の(エーラ)が消えて力なく落下する。そこにちょうど着地したナツがキャッチした。

 

「もう、飛べない…です…」

 

「ありがとな、おかげで追いついたぜ!」

 

力なく告げるハッピーに対して感謝と激励の言葉をかけるナツ。対してエリゴールは混乱していた。自身の魔法である魔風壁の包囲、さらには駅で妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士と対峙し足止めしていたはずのギルドの仲間は一体どうしたのかと。もうすぐクローバーの街にいるギルドマスターたちに呪歌(ララバイ)の音色を聞かせて全滅させられたのに、最後の最後で邪魔が入ったことで、混乱だけでなく、焦りと苛立ちも高まっている。

 

「キ、キサマ…何故こんな所に…!」

 

「お前を倒す為だ、そよ風野郎!」

 

両手に炎を纏ったナツが堂々と宣言する。一刻を早く奴を倒さなければいけない。それが今のエリゴールの最優先事項となった。だがしかし彼は知らない。今自分が手に持っている呪歌の魔笛は―――

 

 

 

 

「んな…何ィ…!?」

 

「どうした~?そんなに珍しいものでも目に入った~?」

 

「うわ…悪い顔してる…」

 

ナツにもしものことがあった際の応援に向かうため、線路上を走行している魔動四輪の中に座る、とある一人の悪戯小僧(シエル)によって作られた偽物であることを。現在本物は彼の手中にあり、応急処置を施されて同じ魔動四輪に乗っているカゲヤマがその光景に目を引ん剝いて顎が外れるほどに口を開けながら絶句している様子に、ルーシィが言うように悪者が浮かべていそうな笑みを返していた。

 

「ますます分からん…お前ら一体何が目的だ…!?敵である僕を助けようとするし、エリゴールさんと交渉?いや、呪歌(ララバイ)がここにあるならそんな必要ないし、まさか僕もろとも逆に呪歌(ララバイ)でエリゴールさんを…!?そうだ、きっとそうだ、そうでなきゃこんな闇ギルド顔負けの極悪人みたいな表情の子供(ガキ)が無条件で僕を助ける理由なんか…!!」

 

「おい心外だな、本当にやってやろうか?」

 

頭を抱えてぶつぶつと混乱しながら次々と言葉を並べていくカゲヤマ。その中に聞き捨てならない、と言うよりあまりにも自分を貶しているセリフが入っていることに気付いたシエルは表情から笑みを消してカゲヤマを睨みながら物騒なことを口走る。勿論そんな台詞にルーシィは「やめなさいよっ!」と即座にツッコむ。すると唯一口を開いていなかったグレイがおもむろに話に加わってきた。

 

「そんなに死にてぇならこいつの代わりに俺が殺してやろうか?」

 

「ちょっとグレイ!」

 

先程の物騒な発言が色々続いて、グレイもそれに乗っかってきたのかと焦るルーシィだったが、彼の表情にそのような意図は感じられない。

 

「生き死にだけが決着の全てじゃねえだろ?もう少し前を向いて生きろよ、オマエ等全員さ…」

 

続けざまに告げたその言葉に、狼狽していたカゲヤマはその気持ちを落ち着け、今度は俯いた。シエルもルーシィもそんなカゲヤマに声をかける様子はない。と言うよりもかける言葉が見つからないのと、かける必要がないと考えているようにも見える。

 

その時、突如魔動四輪が大きく振動し、一瞬傾くほどに揺らいだ。座っていた全員の身体がバランスを崩した状態で一瞬宙に浮かぶ。シエルは何とか立った状態で着地することができたが、ルーシィはカゲヤマの顔に尻を押し付ける形となってしまう。突然の出来事に双方混乱と羞恥が高くなったが、シエルには別の事の方が気がかりだった。

 

「エルザ!大丈夫!?」

 

「ああ、すまない!少しだけ目が眩んだだけだ!」

 

オニバスからオシバナまで猛スピードで魔動四輪を運転し、オシバナ駅では鉄の森(アイゼンヴァルト)の半数以上を相手にした。その魔力はシエルの日光浴(サンライズ)で幾分か回復したものの、まだ本調子には程遠い。もう一度日光浴(サンライズ)で回復することを提案したがエルザは頑として聞かなかった。「十分に回復した」、「そこまでヤワじゃない」といった強がりに似た言葉で彼の申し出を断っている。

 

呪歌(ララバイ)の脅威は封じているに等しいので、先程よりもスピードは落としているが、SEプラグに吸収させている魔力は決して少ない量ではない。現にエルザは前方の視界が狭まる程に目がかすみ始めており、消耗の激しさを正直に体は感じ取っていた。それでも彼女は止まらない。仲間を先に行かせ自分たちがのうのうと行軍するばかりではいられない。そんな決意を感じ取ったシエルはそれ以上何も言うことはできなかった。

 

「でけぇケツしてんじゃねえよ…」

「ひーーーっ!!セクハラよ!グレイ、シエル!こいつ殺して!!」

「オイ…オレの名言チャラにするんじゃねえ…」

 

後ろでそんな会話をしていたが、シエルは何も言わなかった。と言うか何も言いたくなかった。何もかもが馬鹿らしくなりそうなのが何か嫌だった。

 

 

だがエルザを気にし、後方の会話を無視することに意識を集中していたことがあだとなり、シエルは気づけなかった。本来自分の手にあったはずの物が、消えていることに…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

線路の上を魔動四輪で進むこと十数分。所々が破損した、戦闘の痕跡が目立つ線路の上で、倒れ伏したエリゴールと、多くの傷を負いながらも堂々と立っているナツ、その傍らにて賞賛を送るハッピーの姿が映る。どうやらエリゴールに勝利したようだ。

 

「おお、遅かったじゃねえか!もう終わったぞ!」

「あい!」

 

こちらに気付いた様子のナツが呼びかけながら伝え、それにハッピーも同調する。

 

「さっすが~」

「ケッ」

 

「エルザ、大丈夫?」

「ああ、気にするな…」

 

ナツたちと合流できたため、一同は魔動四輪から降り始める。運転手のエルザは魔力を多く消費したため、ルーシィが肩を貸してやっと立てている状態である。そしてカゲヤマは自分のギルドのエースであるエリゴールが敗れたことに驚愕しているようだ。

 

「こんなの相手に苦戦しやがって」

 

「苦戦だぁ!?圧勝だよ圧勝!なあハッピー!!」

 

「微妙なとこだね」

 

ナツはこう言っているが、下半身の服は所々破れており、上半身の服も破損がひどかったのか、向こうに脱ぎ捨てられている。破損していないのは彼がいつも身に着けているマフラーぐらいだ。苦戦していたと言われても仕方がないだろう。

 

「それにしても、裸にマフラーって何かグレイみたいだよナツ?」

 

「こんな変態と一緒にすんじゃねえよ!!」

 

「誰が変態だ!つーかそれはこっちのセリフだ!!」

 

上半身裸(そんな状態)で言っても説得力無いよ?」

 

「あれ、いつの間に!?」

 

無論そこをシエルに指摘されるのだが、脱ぎ癖に定評のあるグレイと同類に思われるのは色んな意味で癪のようだ。グレイもナツと同類にくくられたことに反論するが、魔動四輪に乗っていた際は来ていた衣服を既に脱ぎ捨てている状態では、説得力は皆無に等しい。余談だがさすがに裸のままでいられないと思ったナツはルーシィに服を貸してもらうように頼むが当然断られた。

 

「何はともあれ見事だ、ナツ。あとは呪歌(ララバイ)の処分のみだな。事件の報告も兼ねて、定例会の会場にいるマスターたちに指示を仰ごう。シエル、呪歌(ララバイ)は?」

 

「ああ、それなら…」

 

クローバーまですぐそこまでと言う所まで来ているため、このまま定例会の会場まで向かおうとエルザが方針を提案する。そして肝心の呪歌(ララバイ)を持っているであろうシエルにどこにあるかを尋ねる。すると突如全員が下りたはずの魔動四輪が発進を始め、その場にいる者たちが慌てて回避行動に移った。発進した原因は、運転席に乗ったカゲヤマだった。

 

「カゲ!?」

「あぶねえだろ!!」

 

エルザとグレイが咄嗟に呼び止めるが、魔動四輪から伸びた影の腕に持つものをカゲヤマは見せびらかすように高らかに笑う。その手に持っていたのは…

 

呪歌(ララバイ)はここだぁ!油断したな妖精(ハエ)ども!ざまぁみろー!!」

 

木製の三つ目ドクロの笛、呪歌(ララバイ)だった。先程までシエルが持っていたはずの笛を何故かその手に持ち、そのままスピードを上げてクローバーまで向かって行ってしまった。

 

「な、何で!?呪歌(ララバイ)があいつに!?」

 

「エリゴールが持ってた偽物か!?」

 

偽物(にせもん)の笛ならエリゴール(こいつ)ぶっ飛ばしたと同時に消えちまったぞ?」

 

シエルの蜃気楼(ミラージュ)で作られた笛は、ナツがエリゴールにトドメの一撃を喰らわせた際、その勢いで同時に霧散したようだ。最後までエリゴールは偽物を掴まされていたことに気付かなかったようだが、消えたというのなら何故カゲヤマが呪歌(ララバイ)を持って行ったのか。その理由は簡単。

 

「あ゛!!?」

 

驚愕と動揺を前面に押し出した声を出したシエルによって明かされた。

 

「無い…本物の呪歌(ララバイ)がどこにも無い…!!」

 

全員に驚愕と動揺が奔った。いつの間にか彼に奪われていたのか、その可能性も考えだした一同だったが、シエルは思い出した。そして同時に青ざめた。

 

「そう言えば、あの揺れの後、手に持ってた呪歌(ララバイ)が落ちたのに気づかなくて、そのままだったような…?」

 

「何してんのアホーー!!」

 

まさかのうっかりミスである。運転手のエルザへの心配と、後方の会話を無視することに意識を向けすぎて、手に持っていた呪歌(ララバイ)がその場から消えていたことに気付かなかったのだ。そのままずっと誰にも気づかれず床を転がり続け、魔動四輪が停車し、そこから降りた際に最初に見つけたのがカゲヤマだった。その事実に気付いて顔を青ざめたシエルに、ルーシィは怒りの声でツッコんだ。つまり、今カゲヤマが持っているものは本物の呪歌(ララバイ)である。

 

「チクショー!あんのヤロォォオッ!!」

 

「追うぞ!!」

 

ともかく今優先すべきはカゲヤマを追いかけ、呪歌(ララバイ)の発動を止めること。妖精たちはすぐさま線路の上を走って追いかけ始めた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

クローバーの街に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一同が辿り着いた時には、既に時間は夜となった。薄暗いうえに、定例会の会場の近くにある林のせいで視界は悪い。それでも早く止めなければ。そんな思いを胸に抱いて辺りを見渡すと、二つの人影が見えた。一つは呪歌(ララバイ)の笛を今にも吹こうとしているカゲヤマ。そしてもう一つは手を後ろに組んで静かにそのカゲヤマを見上げる妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフだった。

 

「いたぞ!」

 

「マスター!」

「じっちゃん!」

 

笛を吹かれる前にカゲヤマを止めなければ。そう思いすぐさま駆けつけようとした瞬間、彼らを遮るようにして物陰から一人の人物が「しーっ」と静かにするよう促す仕草とともに現れた。結果的に全員その通りに静かにしたが、それ以上に驚いたのはその人物の容姿だ。

 

頭部はスキンヘッドで全体的にずんぐりとした体型、しかし服装や顔の化粧は女性が施すものであるが、見た目はどう見ても中年男性である。その上…。

 

「今イイトコなんだから見てなさい。てかあんたたちカワイイわね~超タイプ♡」

 

口調も女性のもの、つまりオネエもといオカマに分類されるものである。顔立ちが整っている方でもある妖精の男三人にハートマークを飛ばすかのように詰め寄ってくる様子に、当の本人たちは背筋を凍らせた。

 

「マスター・『ボブ』!」

 

「ええ!?この人があの、『青い天馬(ブルーペガサス)』のマスター!?」

 

「あ~らエルザちゃん!大きくなったわね~」

 

一体何者なのか、ルーシィも含めて疑問に思っていたことに答えたのはエルザだった。『青い天馬(ブルーペガサス)』という魔導士ギルドのマスター・『ボブ』。それがこの男性、もといオカマの正体だった。ちなみにエルザとは過去に面識があるようだ。

 

「とりあえず黙ってな。面白ェトコなんだからよ」

 

「『四つ首の番犬(クワトロケルベロス)』のマスター・『ゴールドマイン』!?」

 

マスター・ボブの強烈な登場に気を取られていると、もう一人の人物がマカロフたちの様子を見ながら声をかけてくる。棘の付いた犬の首輪がはめられた三角帽子と、サングラスが特徴的な老齢の男性。こちらも地方ギルドの一つである『四つ首の番犬(クワトロケルベロス)』のマスターであるゴールドマインだ。

 

だが、今にも音色を聞いたものを死に至らしめる笛を吹こうとしているカゲヤマを、なぜ誰も止めようとしないのか、若い者たちだけがこの状況に混乱を隠しきれない。このまま見ているだけで本当にいいのだろうか。そんな不安だけが彼らの脳内を支配していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

マスター・マカロフを目の前にし、病院に入院している怪我人を装い、病院内では楽器が禁止されているから、一曲聴いてほしいと偽り、堂々とマカロフを死に至らしめる機会を得たカゲヤマ。勝った、いよいよだ、闇に落ちた自分たちの復讐が叶うときが来た、という昂りを押し殺し彼は、笛を口元に近づける。

 

『正規のヤツ等なんざどれもくだらねぇぜ!!』

『能力が低いくせにイキがるんじゃねえっての!!』

『これはオレたちを深い闇へと閉じ込め…生活を奪いやがった魔法界への復讐なのだ!!』

 

仲間の声が、マスターが捕まり統率者がいなくなったギルドの新たな指導者の決意表明が、己の頭に蘇る。彼らの想いも、今自分が背負っているのだ。もう止まるわけにはいかない。

 

『そんなことをしたって権利は戻ってこないのよ!』

 

しかし、突如浮かんできたのは自分たちの邪魔をしてきた妖精(ハエ)に属する一人の少女。不意に浮かんできたその言葉にカゲヤマの動きはピタリと止まる。迷うな、敵が言ってきた言葉を鵜呑みにしてどうする。だが、そんな思いと裏腹に、次々と言葉は蘇る。

 

『もう少し前を向いて生きろよ、オマエ等全員さ…』

『カゲ!お前の力が必要なんだ!!』

『自分たちの欲望のために仲間を蔑ろにするような奴等を…俺はギルドと認めねえ…!!』

『同じギルドの仲間じゃねえのかよォ!!!』

 

あるいは自分にかけられた、あるいは負傷した自分を想って放たれた言葉が、彼の決意を揺るがせる。心臓の音が早まるのを感じる。吹けばいいだけ。ただそれだけの行動を行うことに躊躇う必要などない。だがしかしそれが何故かできない。何も知らずに笛の演奏を待ち、こちらを見上げる小柄の老人に、笛の音を聞かせるだけなのに…。

 

「(吹けば…吹けばいいだけだ…それですべてが変わる!!)」

 

 

 

 

「何も変わらんよ」

 

瞬間、カゲヤマの背筋は凍った。声に出してはいなかった。バレた様子はなかった。いや、あるいは最初から気づいていたのかもしれない。己の心を見透かしたような老人の言葉で、カゲヤマは既に笛を吹くことを忘れていた。

 

「弱い人間はいつまでたっても弱いまま。しかし弱さの全てが悪ではない。もともと人間なんて弱い生き物じゃ。一人じゃ不安だからギルドがある…仲間がいる」

 

語りだしたマカロフの言葉を、カゲヤマだけではない、その近くに隠れる形で佇む老練のギルドマスターたち、若い妖精の魔導士、全員が耳を傾けていた。

 

「強く生きる為に寄り添いあって歩いていく。不器用な者は人より多くの壁にぶつかるし、遠回りをするかもしれん。しかし、明日を信じて踏み出せばおのずと力は湧いてくる。強く生きようと笑っていける。そんな笛に頼らずともな」

 

全てお見通しだった。知ってた上で、自分に仇なす敵ではなく、強くあるための生き方が分からない若者として、自分に接していたのだ。死ぬかもしれない、音を聞けば命はない状況だったはずなのに、微塵もそれを感じさせず彼に強さの本質を説いた。敵わない。気づけば手元の呪歌(ララバイ)を地に落とし、それを拾おうともせず、カゲヤマは老人の前で(こうべ)を垂れていた。

 

「参りました…!」

 

一切の手を下さずに、カゲヤマを、闇ギルドの魔導士を降参させた。熟年のマカロフだからこそできたその結果に、若き妖精たちは一斉にマカロフの元に駆け出した。

 

「「マスター!!」」

「じっちゃん!!」

「じーさん!!」

 

「ぬぉおおおっ!?何故おぬしらがここに!!?」

 

一方のマカロフは妖精たち(おもにナツとグレイとエルザ)が突如現れたことに動揺している。実は定例会の最中にミラジェーンから最強チーム結成の報を聞き、数々の問題を起こしている面々のチームなど下手すれば街一つが消えてしまう恐れを危惧していた。被害が及ぶ前に何とか対処しようと思っていたが、まさか向こうからここに来るとは思わなかった。動揺する間にも、一足先に辿り着いたエルザがマカロフの身体を抱き上げて頭を胸に勢いよく寄せた。

 

「さすがです!今の言葉、目頭が熱くなりました!!」

 

「硬ァ!!」

 

今日一日だけでもエルザの胸の装甲に頭をぶつけられた被害者、四人目であった。その後もナツに感激されながらも頭をペシペシと叩きまくられるマカロフ、カゲヤマに医者の元に行くことをルーシィに勧められ、マスター・ボブに言い寄られているカゲヤマ。シエルとグレイは談笑していたりと、呪歌(ララバイ)を巡る妖精の尻尾(フェアリーテイル)鉄の森(アイゼンヴァルト)の激突の事件はこれで解決した―――

 

 

 

かに思われた…。

 

 

『カカカ…どいつもこいつも根性ねェ魔導士どもだ…』

 

突如呪歌(ララバイ)の三つ目の部分が怪しく光ると同時に、本来聴こえるはずのない声のようなものが響いた。その事実に全員が表情を驚愕に染めた。瞬間、暗い紫の煙がその魔笛のあらゆる穴から噴き出す。

 

『もうガマンできん…ワシが自ら喰ってやろう…』

 

その煙は徐々に勢力を拡大し、空中に巨大な魔法陣を出現させてそれに目がけて上昇、そして煙は徐々に形を作り、町どころか山に匹敵するほど巨大な樹木の身体をもつ、悪魔と形容すべき怪物となった。

 

『貴様等の、魂をな…!!』

 

誰も予想できなかった突然の事態に、全員が絶句した。呪歌(ララバイ)の封印の解除を行ったカゲヤマでさえ「こんなのは知らない」と動揺を隠せない様子だ。

 

「どうなってるの?何で笛から怪物が…!」

 

「あの怪物が呪歌(ララバイ)そのものなのさ。つまり、生きた魔法…それが『ゼレフ』の魔法だ…!」

 

「…『ゼレフ』…?」

 

『黒魔導士ゼレフ』――。

魔法界の歴史上、最も凶悪だった魔導士。何百年も前にに人智を超えた凶悪性と破壊力を備えた人間ならざる生命体・悪魔を生み出したとも言われている。彼の魔法で生み出されたその悪魔たちは『ゼレフ書の悪魔』とも称されており、ゼレフの名はほとんどの魔導士、特に黒魔法により精通する闇ギルドの者たちの中では有名である。そんな彼の負の遺産が今になって姿を現すことになるとは…。ギルドマスターたちにとっても不測の事態であった。

 

そのゼレフの名を聞いたシエルは、一瞬憑りつかれたようにその名を一言呟いていたことには誰も気づかなかった。

 

『さあて…どいつの魂から頂くとしようかなぁ…』

 

「なにーーっ!!魂って食えるのかーーー!?」

 

「「知るかぁ!!」」

 

怪物・呪歌(ララバイ)のセリフの一部になぜか変な方向に反応したナツに、シエルとグレイはすかさずツッコむ。緊張感が感じられない…。

 

『決めたぞ!貴様等魔導士全員の魂、まとめていただく…!』

 

地の底から湧き上がるような声と共に、呪歌(ララバイ)が魔法陣を発動。聞いたもの全ての命を、正確には魂を奪う音色を流す呪いの歌。それが発動されようとしており、放たれる音色から逃れようとほとんどの者たちがその場から避難を始める。

 

だが逆に近づく者たちが存在していた。ナツ、グレイ、シエル、エルザの4人が一斉に呪歌(ララバイ)の怪物目がけて駆けだした。

 

「行くぞ!!」

『おう!』

 

最初に動いたのはエルザ。換装魔法で鎧を天輪の鎧へと換装し、足の部分に剣を一閃。

 

「アイスメイク“槍騎兵(ランス)”!!」

 

次にグレイは左の掌に右拳を合わせた後、両の掌からいくつもの氷の槍を射出。怪物の身体全体を貫く。

 

曇天(クラウディ)!からの…落雷(サンダー)!!」

 

二人が攻撃をしている間にも、シエルは生み出していた雲を怪物の上空に設置。その後雷の魔力を発射し、一筋の雷を頭に目がけて落とす。

 

「これでも喰らえ!『火竜の鉄拳』!!」

 

さらにその隙にナツが炎を纏った拳を振りかぶり、怪物の顔面目掛けて殴り掛かる。体格差をものともしない威力を受けた怪物はその顔を大きくのけぞらせた。

 

「炎で殴ったぞ!?」

「あっちは氷の魔導士か!」

「雲を出して雷を落とした!?」

「鎧の換装とな!?」

 

超巨大な怪物に一切怯まず攻め続けている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが繰り出す魔法に、離れた場所から見ていたギルドマスターたちの各々の反応が現れる。

 

『ウゼェぞぉ!テメェらあっ!!』

 

自身の魔法を阻害され、次々と攻撃してくる彼らを鬱陶しそうに薙ぎ払おうとする怪物。その薙ぎ払いを躱して、シエルが怪物の顔目がけてさらに魔法を発動する。

 

「本日は晴天なり!日射光(サンシャイン)!!」

 

太陽の光を直接怪物の目に当てることで視界を奪う。眼球らしきものは確認できないが、一応視界は機能していたようだ。視界が眩んだ隙を狙い、エルザが再び剣による一閃、グレイが無数の氷の礫を喰らわせる。

 

「もっぱつ喰らえ!『火竜の翼撃』!!」

 

そしてナツは両手に纏った炎を鞭のようにしならせて再び怪物に喰らわせる。まるで(ドラゴン)が翼を広げてそれを敵にぶつけて攻撃するかのように。

 

「凄いな…!こんな連携攻撃見たことない…!!」

 

「息ピッタリ!!」

 

「あい!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の続けざまに放たれる攻撃を垣間見て、カゲヤマもルーシィも感嘆の声をこぼす。長い付き合いで自然と身に付いたであろう連携。最近新メンバーとして認められたシエルさえも共闘がほぼ初めての面子に関わらず、見事に立ち回っている。しかし、黙ってやられるほど怪物も馬鹿ではない。展開した魔法陣を己の口元に収束させ、その魔力を高めていく。呪歌(ララバイ)が放たれようとしているのだ。魔力が集められていくと同時に、クローバーの街のほとんどの緑が枯れていく。怪物に魔力と共に生命力も吸われてしまっていた。

 

『貴様等の魂、いただく!』

 

高まった魔力を一気に放出。その勢いは轟音と振動を引き起こし、それを受ける者は呪歌(ララバイ)の音色から逃れようと、両耳を塞ぎ防ごうと試みる。そしてとうとう…呪歌(ララバイ)は発動された…。

 

 

 

 

「ぷすぅぅぅう…」と言う空気が漏れる音のような、笛の音とは思えないどこか情けなさを感じる音と共に。

 

「何これ!?」

「すかしっ屁!?」

 

『何じゃこの音はぁ!?ワシの自慢の音は一体どこにぃぃっ!!!』

 

あまりにも酷い音にルーシィたちだけでなく怪物本人も唖然としている。だが考えても見ればそうであろう。剣で斬られて氷で貫かれ、雷や炎の一撃もその身に受けていれば樹木の身体は無事では済まない。所々に余計な穴を空けられたことで本来音を鳴らすために送られる空気も漏れてしまう。ゼレフ書の悪魔、死を告げる音、集団呪殺魔法、数々の恐ろしい名で伝えられた黒魔法とは言えども…。

 

「所詮笛だから、不備が出れば不良品ってことだね」

 

「散々引っ張るだけ引っ張っておいてこのオチ!?」

 

シエルが繰り出した結論に力なく肩を落としてショックを受けた様子の怪物。ルーシィに至っては恐怖よりも落胆に近い感情の方が上回って声を荒げた。

 

『ざけんなぁ!!』

 

ショックを受け少し茫然としていた怪物だったが、そこから立ち直り自身の魔法が結果的に不発に終わったことで逆ギレし、足を振り回して暴れ出す。山を越すほどの巨体で暴れればもちろん被害は甚大。振り回した足の近くにいたギルドマスターたちが慌てふためき逃げ出していく。そして離れた位置にいるギルドマスターたちに目を付けた怪物は彼らに狙いを定めた。口から光線に似た魔法を放つと、辺り一帯に炎が沸き上がる。だが、誰一人その被害を受けた者はいなかった。

 

「アイスメイク“(シールド)”!!」

 

開いた花のように形作られた氷の盾を作り出したグレイによって全員が守られたからである。

 

「速い!」

「一瞬でこれほどの『造形魔法』を!?」

 

『造形魔法』――。

文字通り魔力に形を与える魔法であり、自身の魔力に関する属性を望む形に造形し、その力を発揮する魔法である。グレイが扱う属性は氷。時には盾、時には槍と言った攻防どちらにも対応する氷を作り上げることができる。

 

そして造形魔法は、形を奪う魔法でもあるのだ。

 

『おのれぇぇえっ!!ん…!?』

 

怪物の苛立ちが更に高まると同時に辺りに上がっていた炎がひとりでに移動していく。その行先はナツ。彼の口に見る見るうちに炎が吸い込まれていき、胃に入り、そして彼の力へと変わっていく。

 

「食ったら力が湧いてきた!!」

 

『ば、化け物か貴様ぁ!?』

 

「んだとコラァ!!」

 

殴り掛かってきた怪物の攻撃を軽々躱し、その巨体を走って登りだす。その間にもエルザは身に纏っている鎧を背中から一対二枚の黒い翼を生やして全体的に黒を基調とした鎧に換装する。

 

名を『(くれ)()の鎧』――。

一撃の攻撃力を増加させる魔法の鎧である。

 

「アイスメイク“円盤(ソーサー)”!!」

 

竜巻(トルネード)!!」

 

さらにグレイが氷で刃がつけられた回転する円盤を造形して飛ばし、それを見たシエルは瞬時に竜巻を発生。円盤と竜巻、同じ方向に廻る二つが合体し、更に強力な一撃となって怪物の身体を貫いた。それに狼狽える怪物に更にエルザが威力を高めた一撃を見舞う。

 

「ナツ!!」

「今だ!!」

「決めろ!!」

 

仲間たちの呼びかけに応え、ナツは魔力を高めてそれぞれ両手に炎を纏う。

 

「右手の炎と、左手の炎を、合わせて…!!」

 

纏った炎を手と共に合わせて、一つの大きな炎の塊をその手に生み出すと、怪物目がけてそれを投げ飛ばす。

 

「これでも喰ってろ!!『火竜の煌炎』!!」

 

その炎を真っ向から喰らった怪物は悲鳴を上げながらその体を徐々に削られていき、やがて轟音と閃光を放ちながらその身体を完全に消滅させた。ゼレフが作り出した悪魔を圧倒して倒したのは、たった4人の魔導士。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の『最強チーム』と呼ぶべき面々だった。

 

「これが…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か…!!」

 

「さっすが最強チーム!!カッコいい~!!」

 

「どうじゃ!すごいじゃろ~!!」

 

改めてその実力を目にして驚愕するカゲヤマと、感激の声を上げるルーシィ。そしてマスター・マカロフは自分の子供同然の者たちの活躍に自慢げになり、高笑いをしている。

 

「いやあ経緯はよくわからんが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には借りが出来ちまったなァ」

 

「なんのなんのー!!」

 

マスター・ゴールドマインが告げた言葉にマカロフはさらに笑いを上げる。が、その後すぐにその笑いは途切れた。その原因はほぼ全員がマカロフの視線を追うことで理解できた。

 

 

暴れていた呪歌(ララバイ)の怪物の近くにあった定例会の会場、及び町、山に至るまで消し飛んでしまっていた。マスター・マカロフが危惧していたことが、現実となってしまった。

 

『やりすぎだーーー!!』

 

「だっはっはっは!!見事にぶっ壊れちまったなぁ!!」

 

「笑い事じゃなーい!!」

 

呆然とする一同。一人呑気に笑うナツ、それにツッコむシエル。そしてあろうことかマカロフはあまりの惨状に魂的な何かが体から抜けていた。

 

『捕まえろー!!』

 

「おし!俺が捕まえてやる!!」

 

『お前は捕まる側だーー!!』

 

「あ、それもそうか!だっはっはっは!!」

 

呪歌(ララバイ)の事件は今度こそ解決された。だが、別の事件はこれから先も語り継がれてしまうであろう。捕まえるように騒ぎ立てるギルドマスターたちと、笛の形を取り戻して罅が入った呪歌(ララバイ)を尻目に、妖精たちはナツを除いてその場を逃げるようにして立ち去って行った。

 




※おまけ風次回予告

シエル「あ~あ、まさか本当に街一つ壊れることになるとは思わなかったよ…」

ナツ「やっちまったもんは仕方ねえよ、気にすんなシエル」

シエル「一番壊してる原因のナツには言われたくないんだけど!?ちょっとは気にしなよ!!」

ナツ「まあでも、これで全部解決したんだ、あとはあの約束を果たす時だぜ!」

シエル「約束…?あ、そうかあの約束があったんだよね。さて、どうなるかな~?」

次回『ナツvs.エルザ』

ナツ「もちろんオレが勝つに決まってんだろ!!」

シエル「いや、俺が言ってるのはいい勝負の末にエルザが勝つか、あっさり瞬殺でエルザが勝つかの二択なんだけど」

ナツ「お前薄情だな!?」


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第7話 ナツ vs. エルザ

今回は、色んな切りどころを模索したのですが、どうやっても微妙になってしまうため、微妙な終わり方になってしまっています。申し訳ない…。

勘のいい方はお気づきかもしれませんが、セリフが数名で被る際の表現は

二人の場合:「「セリフ」」

三人以上の大多数の場合:『セリフ』

と分けております。ちなみに呪歌(ララバイ)のセリフも『これ』にしていますが、他に良い表現が浮かびませんでした。(汗)


闇ギルド・鉄の森(アイゼンヴァルト)によるギルドマスターたちを狙ったテロ事件は、一躍ニュースとなり国中に知れ渡った。事件を食い止めた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちによる被害も大きかったが、たった4、5人ほどで一つのギルドを壊滅するまでに追い込んだこともまた事実。世間の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の知名度はまたさらに広がることとなった。

 

そして鉄の森(アイゼンヴァルト)の者たちは、最後に降伏したカゲヤマを含め、ほとんどの者たちが軍に逮捕されたらしい。唯一捕まっていないのは、ギルドのエースでもあったエリゴール。ナツによって戦闘不能になったものの、事件が収束した時にはすでに消息不明となっていた。もし、改心していなかった場合、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に復讐しに来るのではないかと懸念する者(主にルーシィ)もいるが、しばらくは問題とならないであろう。仲間が全員捕まった状態では、すぐに行動に移せるとは思えない。

 

そしてそんな事件の中心、と言うより鉄の森(アイゼンヴァルト)の壊滅と怪物・呪歌(ララバイ)の討伐に大いに貢献した妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士の一人であるシエルは現在…。

 

「本日も晴天なり。絶好の決闘日和だね~」

 

仕事場である妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドの前にてとある二人の人物を取り囲み、各々盛り上がりを見せる魔導士たちの輪の中に混じり、その成行きを見守っていた。囲まれている二人の人物とは、一人が桜色のツンツン頭と、白い鱗柄のマフラーが特徴的な青年、ナツ・ドラグニル。もう一人が長い緋色の髪と上半身の鎧姿が特徴的な女性、エルザ・スカーレット。今日ここで、『火竜(サラマンダー)』と呼ばれる滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のナツと、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女魔導士である『妖精女王(ティターニア)』のエルザが、勝負を繰り広げるのだ。

 

「ちょ、ちょっと!!本気なの二人とも!?」

 

「あら、ルーシィ」

 

「本気も本気!本気でやらねば漢ではない!!」

 

「エルザは女の子よ?」

 

「怪物のメスさ…」

 

輪の外から今到着したらしい金髪のサイドテールの少女、ルーシィが数人を押しのけながら登場。まさか本気で二人が戦うことになることを考えていなかったそうだ。そんなルーシィとは対照的に、周りの魔導士たちはほとんどが止める気もなくむしろ待ち遠しそうにしている。

 

「だって…最強チームの二人が激突したら…!」

 

「最強チーム?何だそりゃ」

 

「あんたとナツとエルザ、それからシエルじゃない!妖精の尻尾(フェアリーテイル)トップ4でしょ!」

 

「え、俺も入ってんの?」

 

ルーシィが発した『最強チーム』と言う単語に疑問を示したグレイ。それに返したルーシィの告げたチームのメンバーに自分も加わっていたことにシエルはつい反射で聞き返したが、ルーシィの中では多数の魔導士を一気に撃破したシエルも最強枠に組み込まれているらしい。覆すことは出来なさそうだ。

 

「くだんねェ!誰がそんなこと言ったんだよ」

 

対してグレイは最強チームという呼び名はあまり好印象ではないらしく、鼻で笑いながら言い捨てた。だが、その言葉は運悪く耳に入ってしまったのだ。彼のすぐそばで笑顔を浮かべていた、最強チームの言い出しっぺであるミラジェーンに…。そして彼女は両手で顔を隠しながらすすり泣く。その行動だけで悪態をついていたグレイは察した。

 

「あ…ミラちゃんだったんだ…」

 

「あ~、泣かした~。皆~グレイがミラを泣かしたよ~」

 

ギルドの看板娘のような存在である彼女を泣かせてしまった罪悪感の方が勝り、事の重大さに気付いたグレイをシエルは見逃さず、その場にいる全員に聞こえる声でわざとらしくそれを伝えた。当然と言うべきか、グレイを睨むような視線を向ける者たちが何人も現れ、グレイの肩身が狭くなった。

 

「確かにナツたちの漢気は認めるが、“最強”と言われると黙っておけねえな。妖精の尻尾(フェアリーテイル)にはまだまだ強者が大勢いるんだ。オレとか!」

 

「最強の女はエルザで間違いないと思うけどね」

 

「最強の男となると『ミストガン』や『ラクサス』もいるしな」

 

「あとは『ペル』とか、あのオヤジとかか」

 

強者や曲者が多い妖精の尻尾(フェアリーテイル)において誰が最強であるかの議題がいつの間にか起こっている。女の魔導士ではエルザの名が筆頭のようだが、男の場合は次々と候補が挙げられている。

 

「私はただナツとグレイとエルザが一番相性がいいと思ったのよ…」

 

「あれ…?いつもエルザのいないところで二人が喧嘩するからって心配してませんでした…?」

 

今も尚涙を流しながら主張するミラジェーン。だがルーシィは彼女に、ナツたちへの同行を願い出た時の理由を思い出して、その時に行っていたことと全然違う主張内容に戸惑っていた。

 

「なんにせよ、面白ぇ戦いになりそうだな」

 

「そうか?オレの予想じゃエルザの圧勝だが」

 

「う~ん…」

 

拮抗すると予想するエルフマン、エルザの圧勝と予想するグレイ。それを聞いたシエルは唸る。何かを考えこんでいるかのように見えていて、ルーシィは思わず彼にどうしたのか尋ねた。

 

「いや…エルザが瞬殺して勝つのか、いい勝負を繰り広げた末にエルザが勝つのか、どっちかな~って思ってさ…」

 

「エルザの勝ちは確定!?てかどんな予想よ!」

 

何やらとんでもなくナツに失礼な予想を立てているシエルにルーシィはすかさずツッコむ。彼女の言った通り随分と異質な視点からの予想だ。

 

「こうしておまえと魔法をぶつけ合うのは何年ぶりかな…」

 

「あの時はガキだった。今は違うぞ!今日こそお前に勝つ!!」

 

「私も本気でいかせてもらうぞ。久しぶりに自分の力を試したい…」

 

エルザはその言葉とともに換装魔法を発動する。身に纏ったのは首から胸、そして二の腕の部分と太腿以外を包む、炎を模した意匠を占める赤と橙を基調とした色の鎧。

 

名を『炎帝(えんてい)の鎧』――。

耐火能力を持つ鎧であり、火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツの炎の攻撃を半減することができるものである。周囲からもその事実に「それはやりすぎ」などの声が上がる。そしてナツとエルザの様子を黙して見ていた、ナツの相棒であるハッピーは…

 

「やっぱりエルザにかけていい?」

 

「なんて愛のないネコなの!?」

 

ナツとエルザ、どちらが勝つのか賭け事を主催していたカナの元に行き、ナツが勝つ方に賭けたのを変更してエルザが勝つ方に賭けようとしていた。相棒の意気込みよりも、現実的に考えて導き出される結果を優先したようだ。シエルと言いハッピーと言い、時としていとも簡単にえげつない行為を行うものだ…。

 

「あたしこーゆーのダメ!どっちも負けてほしくないもん!!」

 

「意外と純情なのな」

 

しかしルーシィの主張は当の本人たちには聞こえない。と言うより聞こえていても止まる気がない。自らの魔法の威力を半減されると分かっていても、いやむしろだからこそぶつけ甲斐があると主張するように、ナツは口元に笑みを浮かべる。

 

「炎帝の鎧かぁ…!そう来なくっちゃ!これで心おきなく全力が出せるぞ…!!!」

 

エルザを見据えながらも、ナツは己の両手に炎を纏わせる。互いに準備は万全。いつでも戦いの行動に移ることができる。どちらから動くことも無く、ナツとエルザは互いを見据えているまま。そして、ついに火蓋は切って落とされた。

 

「始めいっ!!」

 

いつの間にか審判としてその場にいたマカロフの合図とともに、ナツが始めに仕掛けた。炎を纏った右拳を喰らわせようとするが、エルザはそれを最小限の動きで回避。回避したことで隙が生まれたナツ目掛けて、手に持っている剣を横に払うも、咄嗟に屈んで躱される。

 

「お…?」

 

いつもならこの時点でナツが一撃を受けて終了、というのがほとんどだったのだが、カウンターを躱した時の勢いを利用して今度は右足の回し蹴りを繰り出す光景を見ながら、シエルは思わず感嘆の声を漏らした。しかしナツの蹴りはエルザの持つ剣の柄に受け止められ、次に上から下へと剣を振り下ろす。

 

「うおっとぉ!」

 

焦ったように声を上げて後方に回避するナツだが、そんな彼を逃すまいと距離を詰めようとするエルザに、火竜の咆哮を繰り出して迎撃。距離を開けながら攻撃を仕掛けて態勢を立て直す。一方のエルザは咄嗟に迫る咆哮に焦る様子もなく避けながら再び距離を詰めていく。避けたエルザを追うように咆哮の向きを瞬時に変更するナツであったが、それさえもエルザは避けていく。

 

ちなみにエルザが躱した火竜の咆哮は、勢い止まずに周りに集まっていたギルドメンバーの一部に襲い掛かり、慌ててメンバーたちは各々その場を離れているが、ナツもエルザも気に留めるほどの余裕はない。

 

「すごい…!」

 

「な?良い勝負してんだろ?」

 

「どこが」

 

「いや、今までのナツと比べると確かに良い勝負だよ…!」

 

エルフマンの言葉にグレイは反対気味だが、シエルは同意見であった。今、エルザと渡り合っているナツが、以前よりもどれほど成長しているかが伝わるのだ。そしてナツは炎の拳を、エルザは剣を振りかぶって互いにぶつかり合おうとする。どちらかが競り勝てば戦況は大きく傾くだろう。

 

 

 

だがその勝負は、周りの喧騒と二人の戦いの音をかき消すほどはっきりと聞こえた、本来なら大きく響くはずのない両手を打ち鳴らす制止の音で遮られ、止まってしまった。突然のことに戦っていた二人も含め、周りを囲んでいたギルドメンバー達も、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まり返る。

 

「そこまでだ。全員その場を動くな。私は評議院の使者である」

 

音を打ち鳴らしたのは、言葉通り評議院とそれに従う者達が纏う正装に身を包み、その場にいるメンバー全員にその言葉を投げかけた人物。だが、覗く顔や両手は完全に蛙のものであった。はっきりわかりやすく言うと、二足歩行で人間と大して変わらぬ背丈の、人語を喋る蛙だ。

 

「評議院!?」

「使者だって!?」

「何でこんな所に…!?」

 

「あのビジュアルに関してはスルーなのね…」

 

本来なら人間の外見を蛙に置き換えたインパクトのある見た目なのだが、そこにはルーシィ以外誰もツッコまない。背丈は小さいが、二足歩行で喋る上に翼を生やして飛べるネコなら既にギルドにいるからなのだろうか…。

 

「先日の鉄の森(アイゼンヴァルト)の事件において、器物損壊罪、他11件の罪の容疑で…

 

 

エルザ・スカーレットを逮捕する」

 

「な、何だとぉおおっ!!?」

 

突然告げられたまさかの宣告に、いち早くナツが反応し、そう叫んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ナツとエルザの戦いで盛り上がってたはずのギルドの前は、嘘だったように静まり返っており、ギルド内にいるメンバーも、誰も彼もが先程の盛り上がりを見せず、意気消沈するもので占められている。

 

突如来訪した評議院の使者。そして鉄の森(アイゼンヴァルト)が起こした事件の際に発生した罪によってエルザは逮捕され、連行されてしまった。今までも評議院が頭を抱えるほどの騒動を起こしたことは確かにあったのだが、逮捕まで行ったのは初めての事。今までとは桁違いと言えることの重大さに、何かしらの言葉すらも発することもできない。

 

そんな中唯一言葉を発する…と言うより叫び声を発する存在がいた。

 

「出せっ!オレをここから出せぇっ!!」

 

「ナツ…うるさいわよ」

 

「出せーっ!!」

 

その存在はナツ。しかし、今彼の姿は魔法によって別の生物に変えられている。普段から身に着けている黒い上着と、鱗を模した白いマフラーを纏ってはいるが、桜色の鱗を持ち額と尻尾の先から火を灯しているトカゲの姿になっていた。そしてその姿のまま、上下反対にしたコップの中に閉じ込められている。

 

「出したらまた暴れるんじゃないの?」

 

「暴れねえよ!つーか元の姿に戻せよ!!」

 

エルザが連行された後、それを追おうとして派手に暴れ、ギルドメンバー総出でナツを捕らえようと追いかけた。今はカウンター前に座ってじっとナツの様子を見ているシエルも、ナツの後を追いかけ、「父ちゃんが捕まえた」と自慢げにトカゲを掲げるロメオに出会したのだった。

 

そしてトカゲの姿に変えられているのを利用して逃げ出さないように、簡易的ではあるがコップの中に彼を閉じ込めているというわけだ。

 

「そうしたらナツは『助けに行く!』って言うでしょ?」

 

「言わねえよ!誰がエルザなんかっ!!」

 

口では否定しているが、仲間である彼女をナツがこのまま放っておくはずがない。誰もがそれを知っているため、彼を自由の身にしようとする者はいないのだ。

 

「今回ばかりは相手が評議院じゃ、手の打ちようがねえ…」

 

「出せーっ!俺は一言言ってやるんだ!評議員だか何だが知らねえが、間違ってんのはあっちだろ!!」

 

「白いモンでも評議員が黒って言えば黒になるんだ。ウチらの言い分なんか聞くモンか」

 

評議院は魔導士ギルド全体よりも上位の存在。そして魔法界の全ての決定権を持つ。どれだけ身の潔白を証明しようと進言しても、彼らがひとたび罪だと断じればそれは世間からも罪と認識されてしまう。分かってはいるものの、やはり納得できる内容でもない。その上、先程も記述した通り散々問題を起こしてきた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の問題を、何故今回に限って逮捕にまで乗り出したのか。それも理解に苦しむ原因となっている。

 

「絶対…絶対何か裏があるんだわ…」

 

その裏が何なのかは分からない。しかし、確実に存在しているであろうことを、ルーシィは察知していた。ナツも両手を握り締めて歯を食いしばり、悔しそうに顔を歪めている。

 

そんなナツの様子は、シエルに一つの違和感を感じさせていた。何かが妙だと。先程から感じているトカゲになったナツに対する違和感。思わず視線をカウンターの上に胡坐をかいて座っているマスター・マカロフに移すと、その視線に気づいたのかシエルの方に同じように視線を向けたマカロフは、微かにニヤつくような笑みを浮かべた。

 

瞬間、シエルは自分が感じた違和感の正体に気が付いた。

 

「やっぱり放っておけないっ!証言をしに行きましょう!!」

 

「まあ待て」

 

我慢の限界に達し、徐に立ち上がって叫んだルーシィを、マカロフは制止する。しかしそれでとどまる彼女でもない。

 

「何言ってんの!!これは不当逮捕よ!判決が出てからじゃ間に合わない!!」

 

「今からではどれだけ急いでも判決には間に合わん」

 

「でも!」

 

あくまでその場に留まるよう制止するマカロフと、弁護すべきだと主張するルーシィ。口論が始まる中ナツは「出せーっ!!」と再び騒ぎ出す。そんな中次に動く者がいた。シエルが席を立ちあがり、コップの中に閉じ込められているナツに顔を近づけた。言葉を発するわけでもなく、ただただ小さなトカゲを見ている。

 

「おいシエル!オレをこっから出してくれよ!」

 

「いいよ?出してあげる」

 

すると、未だそう喚くナツに対し、シエルは一見無邪気な笑みを浮かべて答えた。その返事にマカロフを除く全員が一瞬理解することを放棄した。そして少しした後に「えーーーーっ!?」と言う驚愕の声の大合唱が響く。

 

「な、何言ってるのシエル、そんな勝手に…!?」

 

いつもの穏やかな笑顔を浮かべることもできず困惑に顔を染めているミラジェーンの言葉にも反応せず、囚われたままのナツから視線を外さないシエル。その先にいるナツはと言うとシエルの返事に笑みを…

 

「え…ま、マジで…!?」

 

浮かべることもせずに困惑…その上で何か焦っているかのようにも見える。

 

「そうだよ、出してあげるんだ。ナツが望むように…」

 

瞬間無邪気な笑顔は流れるようにいつも彼が浮かべる、悪戯をするときの笑顔に変わる。それを見たナツは脱出できるチャンスにも関わらず、彼から目を逸らして頬と思われる箇所を指の爪で掻く。それを見たギルドの面々はシエルとナツを怪訝の表情で見比べている。意図も意味も理解できない。そんな心情を表す表情を浮かべる者達ばかりだ。

 

だが、シエルだけはナツの様子に確信を得たように笑みを深くする。そして「マスター」と一言告げてナツから離れると、唯一シエルの言動に動揺しなかったマスター・マカロフが一つ頷き、右手ナツを閉じ込めていたコップに向けてかざし、魔力弾を発する。魔力弾が当たると同時にコップは床へと落ち、中にいたナツはトカゲに()()魔法を解除され、体が煙に包まれた。そして煙が晴れた時、そこにはトカゲから人間へと戻ったナツではなく…

 

『マカオ!?』

 

深い青色の髪持ったオールバックの男性。ナツと同じ属性である火の魔法「紫の炎(パープルフレア)」を扱う魔導士、『マカオ・コンボルト』であった。まさかの正体にシエルとマカロフを除く者達全員が驚愕している。対してマカオ本人はバツが悪そうな笑みを浮かべながら「すまねえな…」と謝罪を述べた。

 

「ナツには借りがあってよォ…」

 

この男性、マカオは以前記した通り、ルーシィが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した日にハコベ山にて、怪物・バルカンの討伐に向かったものの、最後の一体に接収(テイクオーバー)と言う魔法で体を乗っ取られていたところを、ナツによって助けられたことがある。無事に帰還し、息子のロメオに自慢の父親である誇りを証明できた恩を、いずれ返したいと考えていたのだ。それがトカゲに変身したナツに扮して、彼の代わりに捕まることである。

 

「しかし、よく分かったなシエル。声もナツと同じにしてたはずなのに…」

 

だがそれも、先程まで他の者達同様騙されていたはずのシエルが、なぜ最後の最後に気づいたのか、それがマカオにとっても、そして他のメンバーにとっても疑問だった。

 

「違和感は最初からあったんだ。ロメオは『父ちゃんがナツを捕まえた』と言ってたのに、当の本人はいつまで経っても姿を見せない。そこがどうしても引っ掛かって、そこからずっと様子を見ることにした」

 

最初に感じた違和感。そこからギルドのメンバーが意気消沈している中で、彼だけが叫び喚くトカゲナツ(正確にはマカオ)の様子を観察していた。最初こそ普段のナツと変わらず、仲間であるエルザを連れていかれて黙っていれない彼らしい主張が続いており、言動も彼そのものだったが、シエルはしばらくして一つの不可解な点に気付いた。

 

「俺が知ってるナツなら、魔法が使えようが使えまいが、まずこんな障害をぶっ壊して突破しようとするよ」

 

落ちていたコップを拾いながら告げたその言葉に思わず全員が納得した。確かにそうだ。「ここから出せ」と叫びはしていたが、彼らの知るナツは「こんなもんぶっ壊してやるぁ!」とコップを殴ったり蹴ったりして抵抗するぐらいはするはずなのに、全員がエルザが連れて行かれた事実に落ち込み、そこに着目する余裕が無かったのだ。結果、シエルは捕まっているトカゲはナツでは無く別の人物、そして入れ替わるタイミングが一番あり得るマカオだと推理したのだ。そしてそれは見事に的中。最初から入れ替わっていることに気づいていたマカロフに、後の処理を任せたと言うことだ。

 

「マジかよ…」

「すげえな…」

「私全然分からなかった…」

 

「って、ちょっと待って、じゃあ本物のナツは!?」

 

ルーシィが思い出したように叫んだ内容にほとんどの者が反応する。ナツは最初から捕まっていなかった。それはつまり誰もナツを止める者がいなかったと言うこと。そんな状態ならナツは一体どうするのか…マカロフを除くほぼ全員が(苦笑気味のシエルも含めて)青ざめる。

 

「まさかエルザを追って!?」

 

「シャレになんねえぞ!!アイツなら評議員さえ殴りそうだ!!」

 

ナツが起こすと思われる最悪の事態を想定し、動揺を隠せないメンバーたち。しかし唯一落ち着いた様子のマカロフが「全員黙っておれ」と発し、その動揺は一瞬で止まる。

 

「静かに結果を待てばよい…」

 

その一言を受けて、ナツを追おうとする者も、エルザを助けようとする者も現れなかった…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「やっぱりシャバの空気はうめえ!!最高にうめえっ!!!」

 

翌日、ギルドにはナツもエルザも戻ってきていた。エルザから聞いた話によると、そもそもこの逮捕劇は一つの“儀式”だったそうだ。形だけの逮捕であり、魔法界全体の秩序を守るために、評議会としても取り締まる姿勢を見せておかなければならない。今回で言えば鉄の森(アイゼンヴァルト)による、呪歌(ララバイ)を使用したギルドマスターたちの殺害未遂事件。その際に鉄の森(アイゼンヴァルト)のメンバーたちとの戦闘、さらには怪物と化した呪歌(ララバイ)の討伐の際に駅や鉄橋、更には街すらも破壊してしまい、人的被害を抑えたとはいえ、破壊行為を正当化させたままにはしておけない。そのために起こした行動が、今回の事件で妖精の尻尾(フェアリーテイル)側のリーダー的な存在であったエルザの逮捕だった。

 

結果的に言えば有罪にはなるものの、罰は受けない。その日のうちに帰ることができたのだ。だが、裁判中にナツが評議院の支部を襲撃、エルザの変装(完成度は限りなく低い)をして身代わりになろうと助けに入ったことで、エルザはナツ共々一夜を牢の中で過ごすこととなってしまった。そして翌朝解放され、今こうして帰還することができたというわけだ。一夜とはいえ牢の中にいたナツは、炎の入った木製のジョッキ(耐火性能あり)を片手にギルド中を走り回って「自由って最高!フリーダームッ!!」と叫びながら火を吐き出している。やかましい上に危ない。もう少し牢に入っていればよかったのでは、と数人が思ったのは本人には内緒だ。

 

「結局形式だけの逮捕だったなんてね…。心配して損しちゃった‥」

 

「そうか!(カエル)の使いだけにすぐ帰る(カエル)!!」

 

「さ…さすが氷の魔導士…ハンパなく(さみ)ィ…」

 

日光浴(サンライズ)にあたる?暖かいよ」

 

シエルたちの議題もお騒がせさせた評議院とエルザたちの事に関して弾んでいるようだ。だが途中で合点がいった様子で呟いたダジャレにエルフマンは震えあがり、そんなエルフマンにシエルは体力と魔力の回復力向上だけでなく、温暖効果も加わっている自分の魔法を分け与えている。ほぼほぼいつも通りだった。

 

「そう言えば凄かったね、ナツとマカオを見破ったシエル」

 

「あ~確かに。何か推理小説呼んでる気分だった。『シャーロット』を思い出したわ」

 

ハッピーが別の話題を上げると、ルーシィがそれに反応する。シエルの行った推理が推理小説のシーンに被ったようだった。その瞬間、シエルの目が更に大きく見開かれることになる。

 

「もしかして『シャーロット・アーウェイの謎』シリーズ!?ルーシィも読んでるの!?」

 

「え、まさかシエルも!?」

 

探偵の『シャーロット・アーウェイ』が世界中を旅して数々の事件を推理で解決していくシリーズであり、時には魔法で巧妙に隠されたトリックをも見破り、謎を解き明かしていく世界的に有名な推理小説である。自分以外の愛読者を、自分と同じく本好きである魔導士の少女、水色のショートカットにバンダナをつけた『レビィ・マクガーデン』以外にも見つけたシエルは、いつの間にか話に加わったそのレビィと共にルーシィとその小説の話で盛り上がり始めた。

 

「じゃあ、あれは!?魔道具を使って自分の使う魔法を偽った犯人を見破った話!!」

「それも読んだ!やっぱルーちゃんもあの話は絶対外せないって思うよね!?」

「実は俺、シャーロットを読んでいくうちに、色んなとこに目が行くようになってさ!」

 

小説どころかまともに本も読まないグレイとエルフマンはと言うと、唐突に始まった理解不能な単語が行き交う会話に一切ついていけなくなった。

 

「ところで、エルザとの漢の勝負はどうなったんだよ、ナツ!」

 

「漢!?」

 

すると、今も尚走り回るナツに、エルフマンはシエルからもらった日光浴(サンライズ)に当たりながら、昨日行われた勝負の話題を持ち出す。女性であるエルザすら『漢』の括りにしたことでルーシィから思わず声が上がったが、そんなことはお構いなし。ナツは「忘れてた」と告げながらエルザの元へと向かっていく。

 

「エルザー!この前の続きだーっ!!」

 

「よせ…疲れてるんだ…」

 

すぐさま勝負の続きを提案するナツだったが、エルザは乗り気ではないようで、一言で断り、飲み物を口へ運ぶ。だがそれもお構いなしにナツは右手に炎を纏わせながら「行くぞーーっ!!」と飛び掛かった。

 

「やれやれ…」

 

そこからはあっという間だった。右手の拳で殴りかかってきたナツの攻撃を紙一重で躱し、彼の腹部にカウンターで拳を一発お見舞いする。それだけで彼の勢いは完全に止まり、そのまま前のめりに倒れて気を失った。

 

「仕方ない、始めようか」

 

「「終ー了ーーー!!」」

 

周りの者たちがあっさりと幕引かれた勝負に唖然とする中、エルザは彼との勝負を受ける意思を見せる。だが、立ち上がる様子がないナツを見て既に決着を察したシエルとハッピーは全く同じタイミングで終了コールをした。その瞬間、周りは一斉に笑いで包まれる。

 

「ぎゃはははっ!!だせーぞナツ!!」

「やっぱりエルザは強ェ!!」

「おいこの間の賭け有効か?」

 

「ふふっ」

 

一連のやり取りを、看板娘兼受付嬢であるミラジェーンは微笑ましそうに見ていた。だがその時、マスター・マカロフの様子が妙なことに気付いた。

 

「どうしました、マスター?」

 

「いや…眠い…。奴じゃ…」

 

すると、ミラジェーンに突如異変が起きた。立ち眩みを起こし、体のバランスをとっていられず、カウンターの向こうのスペースに横になるようにして倒れ伏す。その異常事態に彼女を心配する声は誰も上げなかった。いや、誰も声をあげられなかった、と言うのが正しい。何故なら…。

 

「これは…!」

「くっ…」

「眠…!」

「まさ、か…」

 

次々と、突如起こった眠気に抗えず、マカロフを除いた全員がその場に倒れ伏す。ある者はテーブルに上体を預けて、あるものは床に倒れこんで。共通しているのは、全員が深い眠りについていること。どのようなことをしても起きることがない、それほどの深き眠りに…。

 

ギルド内が寝息と寝言のみに包まれた中で、悠々と入り込んでくる影が現れた。

深い青の外套、頭部を覆い隠す黒いバンダナ、鼻と口を覆う深緑の覆面、身体の所々に巻かれた白い包帯。先端が魚の(ひれ)を模した謎の杖を片手に持つ、意図的に正体を隠していると主張するような風貌の人物。外見だけを見れば男性か女性かも見分けがつかない。ギルド内の面々が眠りについている中、彼は真っすぐに依頼板(リクエストボード)の元へと向かって歩く。

 

「『ミストガン』…」

 

半分ほど寝ている状態で彼の姿を視認したマカロフは、その人物・『ミストガン』の名を呼ぶ。ミストガンは依頼板(リクエストボード)に貼り出されている一枚の討伐依頼を取ると、マカロフの元へと向かいそれを見せる。

 

「行ってくる…」

 

「これっ、眠りの魔法を解かんか…」

 

実に簡素なやり取り。それを済ませるとミストガンは身体を翻し、ギルドの出入口へと向かう。だが、その直前にルーシィやグレイたちの近くでテーブルの上に突っ伏し、健やかに眠る様子のシエルを一瞥すると、微かに目を細めた。そして後は誰にも目を向けず、真っすぐに出入口へと向かっていく。

 

 

 

伍…四…参…弐…壱…

 

 

 

霧が立ち込める外へと姿を消したその瞬間、眠っていたほぼ全員の目がパチリと開いた。深い眠りから突如覚醒した、そんな感覚が全員に走る。しかし唯一ナツだけが未だ眠りから覚めずに、呑気にいびきをかいていた。

 

「この感じは…ミストガンか…!?」

「あんにゃろォ…!」

「相変わらず凄い魔法だね…」

 

「ミストガン…?」

 

ほとんどのメンバーは誰の仕業なのかを察したようだが、ミストガンの詳細を知らないルーシィは名前をオウム返しする。その疑問に答えたのはエルフマンだった。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男候補の一人だ…」

 

「何故かはわからないけど誰にも姿を見られたくないらしくて、仕事を取るときはこうやってギルドの中の全員を眠らせちゃうんだよ、いつも…」

 

「何それ、怪しすぎ!!」

 

「だからマスター以外、誰もミストガンの顔を知らねえんだ…」

 

次いでシエルも説明に加わり、その内容にルーシィは思わず正直な感想を零す。正体を隠した上で、万が一にも知られることのないように魔法で眠らせる周到ぶり。ギルドマスターであるマカロフ以外には、その素性すら明かされていない、と言うのが、ギルド内での共通認識だ。

 

 

「いんや…オレは知ってっぞ」

 

だがそれを否定する言葉が上方から発せられた。その声に全員の視線が、ギルド内の2階の方へと向けられる。その2階には一人の人物が柵の上に頬杖をついて、1階の者たちを見下ろしていた。

 

「『ラクサス』!!」

「いたのか!?」

「珍しいな…!」

 

「もう一人の最強候補だ…」

 

『ラクサス』と呼ばれたその人物。逆立った金髪の髪に、右目には稲妻のような傷跡が入っており、黄土色のジャケットの上から黒のファーコートを羽織っていた。さらには、側面に棘の付いたヘッドフォンを着けている。どのような人物なのか、ルーシィが疑問を尋ねるより先にグレイが短く説明をいれた。

 

「ラクサス…」

 

見下ろしている、いや見下していると言っていい笑みを口元に浮かべながらこちらを眺めている男を…シエルは睨むように表情を険しくしてラクサスを見上げていた…。




おまけ風次回予告

ナツ「くそ~!今日こそはエルザに勝てると思ったのに!!」

シエル「昔からエルザに負けるたびにそのセリフ言ってる気がするよ?」

ナツ「んなことねえよ!今回は油断したけど次こそはもう負けねぇ!オレは絶対にエルザに勝ーつ!!」

シエル「そのセリフもよく言ってる気がする…。『S級』のエルザに対して少しでも拮抗できただけまだ自信を持っていいんじゃないの?」

ナツ「ん…?それもそうだな、確実に強くはなってるんだ!オレは強ぇんだ!だっははははは!!」

シエル「あ~、選ぶ言葉間違えたかも…」

次回『S級』

ナツ「エルザだけじゃねえ!いつかはミストガンにもラクサスたちにも勝つんだ!!」

シエル「そうだね…。…俺もいつかは…」


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第8話 S級

今回の話を読めば何となく察することはできますが、次の話からはガルナ島を飛ばして、幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いを書こうと思います。ガルナ島でのシエルの上手い活躍が浮かびづらくて…。
そのため、某兄弟子や愛の人の出番は先送りになります。犬や眉毛に至っては7年先に…。

犬「7年もかからねえだろ!!」
眉毛「キレんなよ。つか本当に7年過ぎちまうんだよ」


ギルドの2階からこちらを見下ろす、いや見下しながら笑みを浮かべるその男『ラクサス・ドレアー』は強者揃いの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも最強候補の一人として知られている。

 

「ミストガンはシャイなんだ。あんまり詮索してやるな」

 

言葉だけを聞けば、自分と同じ最強候補の男を気遣っているようにも聞こえるが、表情と声の調子からはそれは感じられない。例えるなら「自分には知る権利はあるが、その権利を持たないおまえたちが知る必要なんかない。」と言外で主張しているものだ。

 

そんな彼の様子を、シエルは見上げながら睨むようにしてラクサスへの視線を鋭くする。

 

「ラクサスーー!!オレと勝負しろーー!!!」

 

「さっきエルザにやられたばっかじゃねえか…」

 

ラクサスの声を聞いて、眠ったままだったナツが意識を取り戻し、飛び起きると同時に勝負を挑みだす。周りはその様子に、先程エルザに同じように挑んで返り討ちにあったにも関わらず挑もうとしているナツに呆れているようだ。

 

「そうそう、エルザごときに勝てねえようじゃオレには勝てねえよ」

 

「どういう意味だ…」

 

「お、おい…落ち着けよエルザ…」

 

ナツに返した言葉に対し、エルザが怒気を含みながら呟く。その様子に、宥めたグレイを始め、周りのメンバーは恐々としていた。しかし、そんな怒気を真っ向から受けてもラクサスは全く揺らがず、柵の上から腕を放して己を誇示するように、両腕を掲げながら「オレが最強って事さ」と宣言する。虚勢ではなく、事実を語るかのように。

 

「降りてこい、コノヤロウ!」

 

「おまえが上がってこい」

 

「上等だ!!」

 

言うや否やラクサスのいる2階へと通じる階段目がけてナツは駆けだした。階段はカウンターの奥に存在し、それを跳び越え駆け上がろうとする。だが乗り越えた瞬間、カウンターに座ったままだったマカロフが左腕のみを巨大化させ、階段を目前としていたナツを叩き潰した。当の本人は文字通り潰された蛙のような声を上げてその場に突っ伏した。

 

「『2階』には上がってはならん!まだな…」

 

「ははっ、怒られてやんの」

 

マカロフの忠告も聞いているのかいないのか、ナツは彼の左拳から抜け出そうとするが、全く剥がれる様子はない。「ラクサスもよさんか」と特に力まず注意する様子を見るに、彼が放さない限りはナツはほとんど動くことはできないだろう。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の座は誰にも渡さねえよ。エルザにもミストガンにも、あのオヤジにも勿論…そして、ペルのやつにもな…」

 

最後の人物の名を呟いた瞬間、ラクサスはこの時初めてシエルの方へと目を向けた。目を細めて睨みつけているシエルを目にし、ラクサスの口角はさらに吊り上がる。少年の鋭い視線には最初から気づいていたが、敢えてこの時になるまでそれに触れようとはしなかった。

 

「なあシエル?そんなに睨んでどうした、カワイイ顔が台無しだぜ?」

 

ラクサスの言葉にシエルの睨みは一層深くなる。一切眼中に置かれず、皮肉交じりに揶揄われているとしか思えない態度と言葉に、歯軋りさえしてしまうまでに。だが、ラクサスの言はこれだけに終わらない。

 

「そういや聞いたぜ。妖精の尻尾(ウチ)にようやく正式加入したんだってな?良かったじゃねえか、憧れのあいつに一歩近づけたぜ?“一歩”だけだが」

 

「じきに追い付いて見せるさ、その前にラクサスが先になるだろうけど…?」

 

「無理無理、あいつにさえも、あと何百歩も近づかなきゃ追いつけねえだろ。オレに追い付くなら千歩でも足りねえ。一体いつ頃の話になんだろうなあ?」

 

ギルドでの最年少である少年に対し、幾分か下に見る発言を頑なに変えずに告げるラクサス。悔しさを滲ませる様に両手を握り締めてこらえていたシエルだったが、落ち着けるように一つ深呼吸をすると、ラクサスへと向き直り真っすぐ見据えて宣言をする。

 

「何年かかってでも追いつくさ。そして少なくても、今年中にお前がいる『2階』に上がってみせる…!」

 

この宣言には、周りのメンバーたちもどよめいた。シエルのその言葉が何を意味するのか、ギルドのメンバーにのみそれが伝わる。ずっと笑みを浮かべていたラクサスでさえ少なからず驚きを表した表情へと変わっていた。違う反応があるとすれば、マカロフはシエルの姿をじっと見据え、ミラジェーンはどこか悲しみを秘めた物憂げな視線を向けており、ナツは潰された状態のまま「いーや!『2階』に上がるのはオレだーー!!」と叫んでいる。唯一シエルよりも(三日ほどの差とはいえ)後に加入し、意味を理解できていないルーシィは周りのメンバーが驚愕と動揺を表している中で一人困惑していた。そしてもう一人、俯いてシエルから視線を外した者もいるが、他の誰も気づかなかった。

 

「まあ、精々足掻きな。どの道オレには一生かかっても追いつけやしねえよ、オレが最強だ…!」

 

少しだけ崩れていた笑みを再び浮かべ、ラクサスは堂々と告げた。シエルだけでなく、ナツやエルザ、グレイを初めとした実力者たちと言える面々もその言葉に少なからず反応を示していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の拠点となっている建物は3階建てとなっている。1階は一般人にも開放されている、新人のルーシィも含めてほとんどの魔導士が過ごす、酒場と併設されたエリア。3階にはギルドマスターであるマカロフが書類整理などの公務を行う部屋。大体はメンバーたちが起こす問題の始末書を書く空間となってしまっているのだが…。

 

そしてラクサスがいた2階。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士にとって、この2階に上がることは特別な意味があるのだ。それは2階の依頼板(リクエストボード)に貼られている依頼内容が関係している。

 

「2階の依頼板(リクエストボード)には、この1階とは比べ物にならない難易度の依頼が貼り出されてるんだ。魔導士ギルドでは『S級クエスト』って呼ばれてる」

 

「S級!?」

 

ギルド内で唯一詳細を知らないルーシィに、シエルがS級に関して説明を行っていた。今日起きた騒動の中にあった『2階』について気になったようで、カウンターで夕食をとっていたシエルに質問しに来たのだ。彼と隣り合うようにカウンターに座り、説明を受けたルーシィは「S級」と言う単語に驚愕の様子を浮かべる。

 

「一瞬の判断ミスが死を招く危険な仕事ばかり、でもその分報酬はいいんだよ。そしてそのS級クエストを受けられるのは、マスターに認められた一部の魔導士のみ。エルザやラクサス、そしてミストガンを含めても6人だけなんだ」

 

「あ~、エルザならちょっと納得…」

 

「S級なんて、本来は目指すものじゃないのよ。本当に命がいくつあっても足りない仕事ばかりなんだから」

 

シエルの説明に、ルーシィの分の夕食を運んできたミラジェーンが補足と共に忠告を挟んできた。何気なく言っているように見えるが、その言葉にはまるで彼女が感じてきたかのような重みが混じっているようにも聞こえる。「みたいですね…」と力なく呟くルーシィの隣で、シエルは食べ終わった夕食が乗っていた空の器に視線を落とす。

 

「(ミラはやっぱりあの時のことが…でも、俺はそれでも…)」

 

ミラジェーンの過去を知る一人であるシエルは、彼女の心情を察しながらも、自分が目指す道を変えようとは思えない、そう改めて意志を強く持ちなおした。

 

いずれは自分もS級のクエストへと挑むことを望む者、自分はS級とは無縁となると思う者。隣同士に座りながら正反対の思考を抱いていたシエルとルーシィであったが…

 

 

 

まさかお互いに、その思いとは真逆の展開が翌日に起きることになろうとは、思いもよらなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

翌朝、シエルはカウンター席にて雑誌を読んでいた。雑誌もとい、週刊ソーサラーには先日起きた鉄の森(アイゼンヴァルト)の事件から、街の魔法を扱う店のお得情報まで、詳細に記されている。中には魔導士に関するランキング(彼氏にしたいランキングとか姉にしたいランキング、異質なものには罵ってほしい魔導士ランキングなどもある。考案者は誰なのか…。)も記されており、ロキなど妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーも掲載されることが多い。

 

今日は依頼板(リクエストボード)にシエルが得意としそうな依頼が貼り出されていなかったためこうして雑誌を読んでいるのだが、一見のんびりとしたその光景は突如として終わりを告げる。

 

「たいへーーん!!」

 

「ん…?ミラ、どったの?」

 

珍しく慌てた様子で大声で叫びながら、2階から駆け下りてきたミラジェーンによって。シエルが思わず聞いてきたのだが、ミラジェーンは彼に返事する余裕もない。彼のすぐ近くにいるマスター・マカロフにすぐさま報告をあげた。

 

「マスター!2階の依頼書が一枚なくなってます!!」

 

「へ~、そりゃ大変だ…」

 

 

 

 

 

「ブホォッ!!?」

「ハァアッ!!?」

 

その報告に、コーヒーを口にしていたマカロフの吹き出しと、一度理解が追い付かなくて軽く返事した後、遅れて理解に至ったシエルの絶叫が見事にシンクロした。近くで見ていたメンバーはあまりのシンクロぶりに「狙ったんじゃねえのか?」と疑問を抱く始末だ。

 

しかし、この驚きようは至極当然とも言える。2階の依頼書と言えばS級クエストの依頼書だ。本来選ばれた者にしか受注の資格がないその依頼書がなくなっているということは無許可で何者かが持って行ったということになる。ギルド内も騒然となり、誰がその依頼書を持って行ったのかと言う声も上がる。

 

「ネコだ。羽の生えたネコがちぎっていくのを見たぜ…」

 

その疑問に答えたのは、2階に上がる資格を持ち、その2階の席に座り込んでいるラクサスだ。羽の生えたネコ。心当たりは一人(一匹)しかいない。

 

「ハッピーが!?」

 

「つー事はナツとルーシィも一緒か!?」

「何考えてんだあいつ等!!」

「バカだとは思ってたけど、ここまでとはね…」

「S級クエストに勝手に行っちまうなんて…!」

 

羽生えたネコ(ハッピー)その相棒(ナツ)、そして同じチームの少女(ルーシィ)が、2階に忍び込んで奪っていったS級クエストに向かった事実に、ギルドはさらに騒然としている。誰も彼もが無茶や無謀と言う感想を零すほかにない。

 

「ルーシィは比較的真面(まとも)だから、きっと止める側だと思ったのに、どういうことだよ…?」

 

後に分かったことを記載しておくと、S級クエストにナツから誘われたルーシィ、当初は勿論断ったのだが、後から依頼書を確認してみると、報酬は金額だけでなく、黄道十二門の鍵も含まれていたのだ。星霊魔導士である彼女はそれを放っておけず、彼らに同行を申し出てしまったのだ。

 

「これは重大なルール違反だ…。じじい!奴等は帰り次第破門…だよな?つーか、あの程度の実力でS級に挑むたァ…帰っちゃこねえだろうがな」

 

動揺する面々と対照的に、まるで他人事のような口ぶりでマカロフに問いかけるラクサス。問われた本人は何も言わずに黙っているままだったが、その態度にミラジェーンが表情を険しくして詰め寄ってきた。

 

「ラクサス!知っててなんで止めなかったの!?」

 

「オレにはどろぼうネコが紙キレくわえて逃げてったようにしか見えなかったんだよ。まさかあれがハッピーで、ナツがS級に行っちまった、なんて思いもよらなかったなァ…」

 

悪びれる様子もなく返答するラクサスに、ミラジェーンの表情が一変する。いつも朗らかに笑みを浮かべていた彼女からは想像もつかない、目や顔から光を消して陰を帯びた、相手に威圧を与えると言っていい程の、敵意すら感じる表情へと。一般の魔導士ならその表情で怯むところではあるが、ラクサスはそれを至近距離で見て「そんな顔久しぶりだ」と懐かしむように笑っている。堪えてないようだ。

 

「マズイのう…。消えた依頼書は…?」

 

「呪われた島『ガルナ』です」

 

ラクサスへの睨みを外さずに答えたミラジェーン。その島の名に彼女とラクサスを除くギルドの全員に衝撃と戦慄が走る。

 

『ガルナ島』――。

呪われた島、悪魔の島とも呼ばれ、船乗りたちの間でも悪い意味で有名である。絶対に近づくことはしない。付近を拠点にする海賊でさえも避けて通る程。人によっては名前も聞くことさえ嫌がる。それが呪われた島『ガルナ』である。

 

そんな島へと向かったという事実に「やっぱりバカだ」と叫ぶ者たちさえいる始末。マスター・マカロフも一層の重大さに気付き、慌ててラクサスの名を呼んだ。

 

「ラクサス!つれ戻してこい!!」

 

「冗談…オレはこれから仕事なんだ。てめえのケツをふけねえ魔導士はこのギルドにはいねえ。だろ?」

 

「今ここにいる中で、オマエ以外誰がナツを力づくでつれ戻せる!!?」

 

命令を拒否され、かつて自分が教えたギルドの者達の信条で返されたマカロフがさらに主張を重ねてくる。だが、その主張に反応したのは別の人物だった。マカロフの後ろから、立ち上がったことで動いた椅子の音が響く。

 

「じーさん…そりゃあ聞き捨てならねえなァ…」

 

ナツたちと共に鉄の森(アイゼンヴァルト)の事件解決に同行していたグレイであった。「オレがナツをつれ戻してくる」と、マカロフの制止の言葉も聞かずにギルドの外へと行ってしまった。

 

「つれ戻すっつっても、大丈夫かよグレイ…?」

「行き先がガルナじゃ…」

「かと言ってオレ達が行っても…」

 

もう姿が見えなくなってしまったグレイを案じ、各々が言葉を零す。シエルもどこか不安げにギルドの出入口の門扉を見据えたままだ。だが、このままではいけない。グレイ一人では難しくともせめてもう一人いれば…。

 

「マスター、俺も…」

 

「ならん!!」

 

だが、彼のその決意はマカロフによって阻まれた。声に込められた威圧に、思わずシエルは息を呑み、身体は縛られたように動かせない。

 

「これ以上誰も行くことは許可しない…。グレイに託すしか、なさそうじゃ…」

 

苦悶の表情で呟くマカロフを見て、シエルはさらに悔しさを表情に滲ませた。S級を目指すと宣言しながら、勝手にS級へと行ってしまった者たちを追いかけることすらできない。そんな自分の無力さを噛み締めることしかできなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ナツ達が無断でS級クエストへと向かった翌日のこと。シエルはマグノリアの東にある森の中を歩いていた。隣町からの依頼を受注し、滞り無く達成したあと、帰路に就くと同時に、ふと思いついて通り掛かったのだ。

 

「変わってないな…」

 

その目的地に到着した彼は目の前の建物を見上げながら言葉を零す。百年単位の年月を経ているであろう大木を刳り抜いて造られたそれは、木製の扉と所々にある窓のみが家であることを表している。ここに来たのは随分と久しぶりだな、と懐かしむように微笑み、石でできた階段を一歩ずつ登りながら出入り口の扉へと近づく。ノックをしようと手の甲を扉に向けて叩こうとしたその時だった。

 

「何の用だい?」

 

背後から決して大きくはないがハッキリと聞こえたその声に、シエルは一瞬肩を震わせた。勢いよく振り向くと、声をかけたであろう薄桃色の髪を後頭部で纏めた老齢の女性が、採取したであろう草花の入った籠を片手に、どこか不機嫌そうな表情で見ていた。だがシエルの顔を見た瞬間一瞬だけ目を見開いて「あんたか…」と一言、そして不機嫌気味だった表情が少しだけ(ほんの少しだけ)和らいだ。

 

「お、お久しぶりです。『ポーリュシカ』先生…」

 

シエルが目的としていたのは、この女性・妖精の尻尾(フェアリーテイル)専属の顧問薬剤師、『ポーリュシカ』が抱える診療所に訪問することだった。彼にとってこの女性は、マスター・マカロフと同等の感謝と尊敬を向ける人物でもある。シエルの挨拶に対し「…用件は?」と短く尋ねると、シエルもまた短く返事した。

 

「先生に会いにきました」

 

「そんなことは分かってるんだよ。会いにきた理由を聞いているんだ」

 

「えっと、近くまで来たので久々に会いたくなった…じゃダメですか…?」

 

瞬間、少しだけ和らいでいたはずの表情は最初の時よりもいっそう不機嫌なものとなり、シエルはその表情を目にして思わずたじろいだ。ダメだったらしい。

 

「用が無いならさっさと帰りな」

 

「わーっ!待ってください!手伝います、何か手伝いますから!!掃除とか料理とか!あ、それ薬草ですよね!?すり潰すのやりますよ!」

 

「いらないよ」

 

「じゃああれです!肩もみでも…!!」

 

「老人扱いすんじゃないよ!!」

 

普段はメンバーを揶揄ったりイタズラを仕掛けたりするはずのシエルだが、何故かポーリュシカへの態度はそれとは真逆だ。シエルを通り過ぎて自分の家に入ろうとする引き留めようと彼女に縋りつく。何気に手に持っている草花を薬用と見抜いたりもしているが本人は鬱陶しそうだ。しまいには祖母が孫にしてもらえると喜びそうなことのランキング上位にある肩もみの提案をして、意図せず彼女への苛立ちを増長させてしまう。

 

その後も追い出そうとするポーリュシカと留まろうとするシエルの押し問答は続き、最終的には押し負けたポーリュシカがシエルを家の中へと入れることで決着がついた。そして二人は、台所を借りたシエルが淹れた紅茶を嗜みながら会話をしていた。

 

「こうして先生と話をするのも、いつぶりですかね?」

 

「…さあね、あたしは話よりも治す方が仕事だから、そんなのいちいち気にしちゃいないけど…」

 

一応しばらくぶりの会話の許可は下りたが、どこまでも他人との交流というか、馴れ合いと言うものに否定的である態度に、シエルは苦笑いを浮かべることしかできない。だが、紅茶を一口含んだ彼女は、目線を手に持つカップに向けたまま徐に尋ねだした。

 

「あいつはどうしてるんだい?」

 

ポーリュシカの言う「あいつ」。誰とは明言されてないが、シエルには心当たりは一人しか浮かばなかった。そしてその人物が、シエルにとって何よりも大切と言っていい存在であることも。

 

「この前手紙が届きました。元気にしていると、今は離れているけどまた会えるのが楽しみだと、書いてありました」

 

柔らかい笑みを浮かべながら伝えた内容に、ポーリュシカは「そうかい…」と一見素っ気なく答える。だが、シエルは気づいていた。その表情には安堵が含まれていると。口では素直にならない女性ではあるが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々と同じぐらいに付き合いが長いシエルは、彼女の心情を若干とはいえ見抜けるようになっていた。

 

「あの日、マスターに拾ってもらって、先生のお世話になって、家族のような存在に出会えて、本当に…本当に感謝しています。一生かけても返しきれないくらい…」

 

マカロフ、ポーリュシカ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)と言うギルドの存在が、シエルたち兄弟を絶望と言える日々から救い出してくれた。その多大なる恩はそれだけの時間、機会があろうとも返せる気がしない。

 

ポーリュシカは実を言うと人間が嫌いだ。強い力に溺れて醜く争い合う人間の様子を見てきたことが起因している。だがシエルはそれを知っていてもなお、彼女との交流をやめようとしない。嫌がらせなどではなく、ただ恩人に対して少しでも力になりたいと考えているからだ。その為にシエルはただ会うために帰路の途中で人里離れた森の中へと訪れた。

 

「よしとくれよ。あたしは薬剤師としての仕事をしただけ…。病人に対して適切な対処を施した結果に過ぎない…」

 

「その結果、俺たちは救われた。だからこれは、俺のただの我儘なんです。受け入れてくれ、だなんて言わないです。俺はただ勝手に、先生から受けた恩を返すだけですから」

 

真っすぐにこちらを見ながら告げたシエルの言葉に、ポーリュシカは思わずため息をついた。望まずとはいえ、かつては暗い世界に身を置いていた者の発言とは思えない。たった14年の生を過ごした子供が、まだ自分のやりたいことを為し、目指したいものを目指して走る年頃である彼が、他人から見れば自分のような天邪鬼ともいえる者に、これ程までに関わろうとすることは、正しいことなのだろうか?そんな疑問さえ抱かせられる。

 

「…それを飲んだら帰りな。依頼の報告がまだだろ?」

 

「え?いや、そうです、けど…まだ全然…」

 

会話と言うにはあまりにも短すぎる。会話はキャッチボールだと喩えられているが、本当の野球で例えれば今の会話は一打席で空振り三振、そしてその時点でゲームセットだ。表も裏もありゃしない。戸惑いながら会話を続けようと試みるシエルだったが…。

 

「ええい、うるさいね!病人でもないくせにこんなところにずっといるんじゃないよっ!!とっとと帰りな!!」

 

「は、はいーっ!!」

 

怒鳴り声一発で思惑は封じられ、呆気なく退散させられてしまった。結局紅茶を飲み干すことすらできないままで。訪ねた側であるシエルが淹れたものだったのに、だ…。だが、そんなことを指摘できる余裕はシエルにはない。そもそもあっても指摘できない。駆け足で家から出て、そのままマグノリアの方向へと走り去っていくシエルの姿を見ながら、ポーリュシカは先程の怒りも潜めて一つ息を吐く。

 

「まったく…」

 

そして見えなくなったと同時に、彼女は思い出していた。彼らを連れてマカロフが自分を訪ねてきたあの日の事を。片方は表情に暗い陰を落とし、子供が受けるには不相応な絶望を抱えていた兄。もう片方は生きていることが奇跡と言えるほどに衰弱しきっていた弟。

 

『お願いします、弟を助けてください…俺の命よりも大切な存在なんです…!!俺と違って、何の罪も持たない、失ってはいけない命なんです…!!お願いします…!!!』

 

身を低くし、額を地につけて涙混じりに懇願する兄の姿。人を治す仕事についている彼女は、元より弟を救うことに尽力すると決めていた。だがこの兄の姿勢に、その思いはより高められることになる。その後に「弟が救われるなら自分の命が失われてもいい」と発言した時には思いっきり引っ叩いたのだが。

 

「せめて、あんたらが大人になるまでは、真っ当に生きられることを願うよ…」

 

誰にも聞かれることがないと分かっていても、彼女はその願いを口に出さずにはいられなかった…。




おまけ風次回予告

シエル「グレイ帰ってこないな~。さては連れ戻すの失敗して一緒にS級クエスト行っちゃったかな…?」

レビィ「ルーちゃんもそこに行ってるんだよね?私が貸した本の感想、聞きたかったんだけどな~」

シエル「そう言えばルーシィって本好きと同時に小説家志望でもあるんだっけ?噂で聞いたけど」

レビィ「うん!私、読者第一号の約束とりつけちゃった♪」

シエル「そりゃ羨ましいな~、俺、第二号狙ってみようか。あ、でも…帰ってこれたとしても、『アレ』が待ち受けてると思うと…」

レビィ「ああ、『アレ』か…。ルーちゃんも可哀そうだね…。ナツたちのせいで…」

次回『幽鬼の支配者』

シエル「次に諸君は!『結局アレってなんだ!?』と言う!!」

レビィ「それ色々と違う世界の人のセリフー!!(汗)」


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第2章 衝突!幽鬼の支配者(ファントムロード)
第9話 幽鬼の支配者


この回から幽鬼の支配者(ファントムロード)編へと突入いたします。

仕事の合間とかに投稿済みの話を読み返したりしてるんですけど、シエルのバトル描写があんまりないなぁ…と思ってしまいます…。
オリジナル挟めば?ってことも考えてるんですけど先に先にと進めたくなる衝動が…ファントム編終わったら1、2話ぐらい挑戦してみようと思います!


―――力でしか解決できない者は、その力にいずれ溺れていく…

 

徐に告げた青年の言葉に、少年は首を傾げながら思わず尋ねた。「突然何を言い出すのか」と。青年が告げた言葉は恩人から教えられた言葉を反芻したことで告げたものだった。力と言うものは個々人や団体が所有するものでもあり、大きすぎる力は正しく使えば世間からの賛辞を受ける。だが誤って扱えばそれは批判を受けるもの。己の歪んだ欲望で力を振るえば、また別の力を持つ者によって淘汰される。それを意味しているのだと、教わったそうだ。しかし、恩人はこうも言ったという。

 

―――だが、他者のために、大切な者の為に振るう力は、決して悪とも言い切れない

 

力を持つことは、善とも悪ともいえるし、そうでもないとも言える。己がそれぞれ持つその力は、正しいものなのか、悪しきものなのか。それは恐らく永遠に導き出されない問いであろう。ならば、自分が持つ力は、自分が大切だと思った者を、恩人を、家族を守るために振るいたい。言葉を噛み締めた青年が新たに決意を固め、更なる強さを身に着けるきっかけとなった。

 

―――もしお前も、さらに強さを、力を求めるのなら、これだけは忘れるな…

 

 

 

それは自分の力だけじゃなく、自分以外の誰かの力でもあることを…

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ナツ、ハッピー、ルーシィが無断でS級クエストの発注先であるガルナ島へ向かい、それを止めるためにグレイが飛び出してから早三日。シエルは日を跨いだ一つの依頼を終え、マグノリアに帰還していたところであった。

 

グレイがナツたちを止めるために飛び出した翌日、シエルは入れ違いになったために話で聞いただけだったが、ナツたちが依頼に向かった前日に別の依頼で留守にしていたエルザが帰還。話を聞いた直後、即座にナツたちを追ってガルナ島に向かったそうだ。規律を重んじる風紀委員な性格のエルザの耳に入った時点で、ナツたちの今後はお察しと言うものである。最悪は破門、軽くても恐らく重い罰は待っているはず。特に一番受けたくない「あの罰」に関しては、思い出すだけでげんなりとするほどの過酷なものに見えたと、ギルドを目指して歩きながら、シエルは思っていた。

 

すると、噂をすれば影。聞き慣れた声が前方の方から聞こえていた。

 

「あ、エルザとナツたち。帰ってきたのか」

 

無断でS級クエストに向かった3人と、巻き込まれた1人、そして連れ戻しに行った唯一のS級魔導士―マスター・マカロフに認められた最強候補の魔導士たち―の一団が見えた。耳を凝らすと「ナツたちの処分に関してマカロフの判断を仰ぐ」という旨をエルザが告げ、ハッピーとグレイが『アレ』をやらされるんじゃ!?と絶望に顔を染めている。やはりか、やはり『アレ』になるのか、とシエルは思わず顔を引きつらせた。

 

「気にすんな!『よくやった』ってほめてくれるさ、じっちゃんなら!」

 

「すこぶるポジティブね…」

 

ルーシィをなだめるように肩を回して顔に喜色を浮かべながら告げるナツ。呑気なものだ。エルザの表情から察するにもうほぼほぼ決まっているようなものだというのに…。

 

「いや…『アレ』はほぼ決定だろう。ふふ、腕が鳴るな…」

 

エルザの言葉にナツの笑顔がだんだん引き攣っていき、それに比例して汗がふき出してくる。隣で見ていたルーシィがその変わりように言葉を失うほどに驚いていた。

 

と、ここでシエルは一つ思いつき、口元に弧を描いた。

 

「いやだぁーーーっ!!『アレ』だけはぁ!『アレ』だけはいやだーーー!!」

 

「『アレ』だけは…『アレ』だけはぁ…!!」

 

「次にルーシィは!『だからアレって何ーー!!?』と言う!!」

 

「だから『アレ』って何ーー!!?…はっ!?」

 

エルザに引きずられながら絶叫するナツと、頭を抱えて同じ言葉をぶつぶつと呟くグレイを見ていたルーシィは思わず声を上げる…ことを想定してルーシィの背後から音もなく近づいていたシエルの謎の予言に、思わずそのまま叫んだ彼女はそこでシエルの存在に気付いた。ルーシィだけでなく、エルザを除く全員が「シ、シエル!?」とはもって名前を呼んだ。

 

「おかえり、エルザ」

 

「ああ、見ての通り今戻った」

 

「それから…『アレ』の受刑者3人(と一匹)」

 

『受刑者言うな!!』

 

全くもっていつも通りに会話を繰り広げるエルザとシエル。そして受刑者呼ばわりされて思わずツッコむナツたち。しかしそれも仕方ないと言えてしまう。無断で2階に忍び込んで依頼書を盗み取り、その依頼先へと勝手に向かっていったのだ。もしかしたら破門じゃないだけマシかもしれない…。

 

「話は聞こえていたみたいだな。ちょうどいいことだし、お前も罰する側として参加するか?」

 

するとエルザから世にも恐ろしい提案が繰り出された。あの悪戯小僧が…普段はギルドメンバーにいつ来るとも分からないいじりや揶揄いを仕掛けるのが大好きなシエルが、よりにもよって『アレ』に罰する側として参加するなど悪夢ではないか。ナツ、グレイ、ハッピーの顔に更なる深い影が差される様子を見て、未だ『アレ』を知らないルーシィの恐怖はますます増して行く。一体何をされるのか、どうなってしまうのか、ルーシィが知る限りこの手の提案にはシエルが食い付かないはずがない。だが、返ってきた反応は…。

 

「あ、いや…俺は遠慮しておくよ。…見るだけでも勘弁…」

 

Noだった。エルザはその反応に「まあ、無理にとは言わんが…」と意外そうな表情をしていたが、罰せられる側でもないのにナツたち同様顔を引きつらせて汗を噴き出しながら断ったその様子に、ルーシィは逆に戦慄した。悪戯大好きなシエルがドン引きするほどの内容である『アレ』。ますます謎は深まるうえに、自分がその受刑者扱いされている事実。

 

彼女は泣いた。もう体中の水分が抜け落ちるのではないかと思うほど涙が出てきた。恐怖で。

 

「ねえ、あれって…」

「ああ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の…」

「まだ知らないのね…」

「気の毒に…」

 

各々様々な反応を見せていた妖精の魔導士たちであったが、ふと街の住人達から妙に注目されていることに気付いた。ひそひそと何やら話しているようだが、なぜそうなっているのかは分からない。だが、住人たちに共通しているのは…。

 

「怯えと…憐み…?」

 

「何かやな感じ…」

 

「ギルドの様子も何やら…っ!?」

 

その光景に、正直目を疑った。街の人たちが向けていた怯えと憐み。その理由もすぐさま理解できた。だが、信じがたい…いや、目の前の信じたくない光景が、それが事実であることを物語っていたのだ。

 

 

 

 

「え…?」

「これは…!」

「何、だよ…これ…!」

 

「オレたちのギルドが…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の拠点となる建物に、何本もの巨大な鋼鉄の柱が突き刺さり、半壊状態にされている、その光景が…。

 

「何があったというのだ…」

 

涙を浮かべて怒りに震えるナツ。凄惨な光景に言葉を失うルーシィやハッピー。理解しがたい現実に困惑しているシエルやグレイ。その中で唯一言葉を発したエルザの呟きに答えるように、一人の声が響いた。

 

「『ファントム』…」

 

ギルドの前に立ち竦んでいたシエルたちの後方から、その一言のみを発したミラジェーンの声だった。胸の前で悔し気に拳を握り、目を伏せ、やられてしまったことを彼らに伝えたのだった…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

魔導士ギルド・『幽鬼の支配者(ファントムロード)』。通称『ファントム』。

フィオーレ王国において妖精の尻尾(フェアリーテイル)と同等の歴史と実力を持つ代表的なギルドの一つ。拮抗したギルド同士でもあり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)とは険悪な仲とも世間で噂されるほど。

 

そのファントムの魔導士が、ギルドの建物を半壊させたことにより、普段1階の酒場と併設されたエリアを利用している魔導士たちは、本来倉庫として使われている地下の空間を仮設酒場として利用していた。

 

ギルドが破壊されたことによって、ファントムに怒りを抱く者や仲の悪さを改めて再確認する者、ファントムを潰そうと意見する過激な者までいる。だが、幽鬼の支配者(ファントムロード)は規模を見れば妖精の尻尾(フェアリーテイル)を上回るとさえ言われているため、無謀な提案だと諫める者もいた。そんな中…。

 

「よっ、おかえり」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフはいつもと変わらぬ態度で酒を嗜んでいた。

 

「ただいま…戻りました…」

 

「じっちゃん!呑気に酒呑んでる場合じゃねえだろ!!」

 

「おーそうじゃった。おまえたち!勝手にS級クエストになんか行きおってからにー!!」

 

地上のギルドの惨状など気にしていないかのようなマカロフの様子にナツが突っかかると、思い出したかのように彼は怒りを現した。だがその怒りは、ギルドが破壊されたことではなく、ナツたちが無断でS級クエストに行ったことに対してであった。確かにそれも問題ではあるが、今起こっている惨状の方が重大だと思われるのに何故そちらを優先するのか、ナツだけでなくルーシィとグレイも困惑している。しかし、それも意に介さずマカロフは続けた。

 

「罰じゃ!今から罰を与える!覚悟せい!!」

 

「それどころじゃねーだろ!!」

 

ナツの叫びも聞く耳持たず、魔法で腕を伸ばして彼の頭にチョップを叩き込む。威力はそれほどないみたいだが十分痛みを感じる。グレイとハッピーにも同様にチョップを叩き込み、最後にルーシィ…には平手で尻を叩いた。当然近くにいたミラジェーンには注意された。

 

「マスター!今がどんな事態か分かっているんですか!?」

 

「ギルドが壊されたんだぞ!!」

 

いとも軽い罰で済んだのだが、エルザとナツはそれで流されない。襲撃を受けてギルドの建物が破壊されたと言うのにまるで気に留めていない。このままで済ませる気かと詰め寄るも、マカロフ本人はどこ吹く風のようだ。

 

「まあまあ落ち着きなさいよ…騒ぐほどの事でもなかろうに…。ファントムだぁ?あんなバカタレ共にはこれが限界じゃ。誰もいねえギルドを狙って何が嬉しいのやら」

 

「誰もいない…?」

 

「襲われたのは夜中らしいの…」

 

「そう言えば、ほとんどのメンバーがいるのに、誰も傷ついてない…」

 

マカロフ、そしてミラジェーンの言葉でシエルも気づいた。普段は1階のエリアに滞在していることが多いメンバーはほとんどいるが、誰も彼も外傷が見当たらない。誰もいなくない夜中を狙って襲撃を受けたようだ。ケガ人がいなかったことは、不幸中の幸いであった。

 

「不意打ちしかできんような奴等に目くじら立てる事はねえ。放っておけ」

 

本当に心からそう思っているのだろう、降りかかる火の粉を軽く払うように手を振りながら告げるマカロフの様子に、未だ困惑が消えない一同。その中で唯一動いたのはやはりナツ。壁に苛立ちをぶつけるかのように拳をぶつけて、壁の一部を破壊する。

 

「納得いかねえよ!オレはあいつら潰さなきゃ気がすまねえ!!」

 

怒り混じりに叫ぶナツであったが、マカロフは依然として態度を変えない。上のギルドが直るまでは仕事の受注を地下のエリアで行うことだけを伝えて、マカロフはトイレの方へと足早向かっていった。

 

それでも食って掛かるナツを怒鳴ると同時に、何故か再びルーシィの尻へと平手を喰らわせたが、本人とミラジェーン以外それを気にする余裕はなかった。

 

「何で平気なんだよ…じっちゃん…!!」

 

「ナツ…悔しいのはマスターも一緒なのよ。だけど、ギルド間での武力抗争は、評議会で禁止されてるの」

 

『ギルド間抗争禁止条約』

それが評議会から提示されている条約の一つだ。本来多数あるギルドは依頼を発する国民たちに対し、魔導士としての力で援助、支援することを目的の一つとしてる。時にはギルド同士で交流を行い、連携して脅威に対抗することもある。その為味方同士でそのようないざこざを起こさないようにする為、この条約によって抗争を起こさないようにしているのだ。

 

だが、それだけで納得がいくわけでもない。

 

「先に手ェ出したのあっちじゃねーか!!」

 

「そういう問題じゃないのよ」

 

抗争が禁止されているにも関わらず、その火種となり得る襲撃を仕掛けてきたのは幽鬼の支配者(ファントムロード)の方からだ。だが、これに対抗して仕返しに攻めてしまっては向こうの思う壺。心中に悔しさを宿しながらも、マカロフは耐えると言う道を選択したのだ。

 

「マスターのお考えがそうであるなら…仕方ないな…」

 

ギルドを纏める立場として選んだことに、これ以上反論するのも無粋というもの。釈然とはしないが、従うことを選んだエルザのやりきれない思いを含んだその声に、一同もそれぞれ俯きながら悔しさをにじませていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「な~んか大変なことになっちゃったな~」

 

その夜、ルーシィは契約している星霊・プルーを呼び出してともに歩きながら帰路についていた。運河を挟む通路の片側、その縁の部分をプルーがフラフラと体を揺らしながら先導し、ルーシィは右手にキャリーバッグを牽きながら付いていく。その際小舟で河を下っている男性から「嬢ちゃん、危ねーぞー」と注意が届いたがルーシィは気にしない。

 

しかし彼女が思い出すのは昼間のこと。波乱のあったガルナ島でのS級クエストから何とか帰ってきたと思ったら、ギルドがファントムによって襲撃されていた。以前から仲が悪いことはルーシィも知っていたのだが、これほどまで大胆に攻めるような行為は初めてのように思えるからだ。

 

「あたし、本当はどっち入ろうか迷ったんだー。だって、妖精の尻尾(こっち)と同じくらいぶっとんでるらしいし」

 

前方を歩くプルーに、ルーシィは振り返るかのように話しかける。噂で聞いた限りではあるが、ファントムはファントムで世間を騒がせる魔導士が揃っているのだという。そんな話をしながら歩を進め、彼女は今過ごしている家――正確には集合住宅の一室――へと辿り着いた。

 

「でも…今はこっち入ってよかったと思ってる。だって…妖精の尻尾(フェアリーテイル)は…」

 

 

「おかえり」

「おかー」

「いい部屋だな」

「よォ…」

 

「サイコーーー!!?」

 

ルーシィが自分の部屋に入った瞬間目に入ったのは、グレイ、ハッピー、エルザ、そしてナツ。何故か部屋の中央でテーブルを囲んで大いにくつろいでいた。勝手に部屋に上がられていることは実はちょくちょくあったのだが、今回は桁違いの人口密度だ。彼女は「多いってのー!!」と思わず持っていたキャリーバッグを唯一不貞腐れた表情のナツの顔面に投げつけた。

 

「ファントムの件だが、奴らがこの街まで来たという事は我々の住所も調べられてるかもしれないんだ」

 

「え!?」

 

エルザが告げた言葉にルーシィは戦慄した。今回は誰もいない夜中に、無人のギルドを襲撃された。だからと言って個々人には被害が及ぶことはない、とも言いきれない。そこで、ミラジェーンからの提案により、一人一人での行動をするよりも複数人が固まっていた方が安全。その為、メンバー間でお泊り会が行われることとなった。そしてエルザたちはルーシィの住むこの部屋に泊まるために来たらしい。

 

「おまえも年頃の娘だしな…。ナツとグレイだけここに泊まらせるのは私としても気がひける。だから同席する事にした、という訳だ」

 

「気晴らしにな!!」

 

「ナツとグレイは泊まるの確定なんだ…。つか、なんであたしん家…?」

 

エルザが同席するとはいえ、同年代の男が二人も女性の部屋に寝泊まりするというのは如何なものか、というより何故自分の部屋に泊まりに来るのか、げんなりとするルーシィではあるが、指摘しても変わらないと半ば諦めていた。

 

その時だ。入口の扉からノックの音が響いてきた。こんな時間に来客であろうか?とルーシィが反応した。

 

「あれ?誰か来たみたい…」

 

「気ィ付けろよ。ファントムかもしれねえしな」

 

グレイの注意に若干恐怖がぶり返したルーシィ。だが本当に普通の来客だった場合はこのまま扉を開けないのも失礼にあたる。意を決して恐る恐るドアノブに手をかけて扉を開いた。

 

「ど、どちら様で…って…!?」

 

「ヤッホー、ルーシィ。今日はありがとね、エルザから聞いたよ?ルーシィん家に泊まらせてくれるんだってね~。これ、お裾分けに…ってどったの?」

 

訪ね人はシエルだった。自分の家から持ってきたであろう肉や野菜の入った袋を持参し、迎え出てきたルーシィに笑顔を向けている…が、その表情はすぐに疑問のものに変わった。

 

シエルの言葉、「ルーシィが家に泊まっていいという許可が出たと聞いた」と言うこの言葉を耳にした瞬間、本人の知らぬところで何故決まっているのか、そして何故本当に泊まりに来たのか、言い知れぬ感情がルーシィの心を支配し、右手で扉の淵を掴みながらズルズルと身を落として項垂れた。無断で入ってくるナツたちと比べると一番真っ当な対応ではあるが、何だろう…この、言い知れぬ虚無にも似た感情は…。

 

「ううん…もう、なんでもいいわ…」

 

やけに消耗しきっている表情で呟いたその言葉にシエルは疑問符を浮かべる外なかった。すると奥の方にいたエルザがシエルの来訪に気付き、出入口に近づいてきた。

 

「ようやく来たかシエル。随分時間がかかったな」

 

「折角のお泊り会だしね。泊まらせてもらう以上何かしらの形は示そうかなって。台所借りさせてもらって晩飯でも作ろうかと」

 

そのための食材袋だったわけかと、ルーシィは心の中で呟いた。普段は悪戯好きの癖して妙なところで真面目な部分がある。

 

「おお!マジか!?シエルの作る飯って結構うめぇんだよなぁ!プルーからもらったこれ食って待ってっから急いでくれ!」

「プーン」

「オレはもう寝っからよォ、騒ぐなよ。あ、シエル、オレの分は朝食うからとっといてくれ」

 

「勝手すぎる…!てかプルーも何してんの…!?」

 

シエルが作った料理が食べられると聞いたナツが急に元気になって騒ぎ立てる。プルーが保管していたであろうペロペロキャンディーを一緒になって頬張りながら。そしてグレイはルーシィが普段使っているベッドに半裸の状態で横になる。それぞれの言葉に、項垂れていたルーシィは顔を上げてその様子に辟易した。

 

「二人とも見て~、エロい下着見つけた~」

 

「えっ!?お、俺女の人の下着初めて見るけど、皆こうなの…!?」

 

「ご、誤解だ!少なくとも私は着けていないぞ、こんなにも大胆なのは!!」

 

「清々しいほど人ん家エンジョイしてるわね…。あと覚えときなさいよ、そこのネコ…!!」

 

一方で洗濯物を漁っていたハッピーが、ルーシィが使っていると思われる下着の一つをシエルとエルザに見せびらかした。詳細は本人の意を汲んで記さないが、年頃の少年であるシエルだけでなく、年上で同性のエルザでさえ目にした瞬間目を見開いて顔を真っ赤に染めるほどのものであったとだけ明かしておこう。シエルの場合は女性の下着を目にする機会などほぼ皆無だったが故の反応とも言えるが…。

 

「それにしてもお前たち…汗くさいな…同じ部屋で寝るんだ。風呂くらい入れ」

 

先程までルーシィの下着に思わず釘付けになってしまっていたエルザが、ナツとグレイの匂いに気付き、注意を促す。だがナツはめんどくさい、グレイは眠いという理由で入ろうとはしない。そんな二人にエルザは怒るわけでもなく、とんでもない提案をあげてきた。

 

「仕方ないな…昔みたいに一緒に入ってやってもいいが…」

 

両手で二人の肩に手を回しながら一切恥じる様子もなく出された提案。言われた二人だけでなく、ルーシィとシエルも顔が赤くなり汗がふき出す。と言うか…。

 

「あんたらどんな関係よ!?」

 

「つーか昔って何年前ぇ!?」

 

少なくと一年二年のような短い間が開いているわけではないだろう。お互いが子供の時ならいざ知らず、十分に成熟した今風呂に入る事の意味が色々と変わってくることを、エルザは気にしていないのだろうか…?

 

 

ちなみにこの後、ちゃんと一人ずつ順番に風呂に入った。シエルだけは訪れる前に風呂は済ませたそうなので入ったのは5人(4人+1匹)なのだが。そしてその間にシエルが料理を作り上げ、3番目のナツとハッピーが上がった時には後片付けも済ませたシエル含めて晩御飯を囲んでいた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ねえ、例のファントムって何で急に襲ってきたのかなぁ?」

 

全員が風呂と晩御飯を済ませて一段落ついた時、ルーシィが徐に尋ねてきた。女子二人はパジャマに着替えているが、男子三人は来た時と格好は変わっていない。(ちなみにエルザのパジャマは換装魔法で着替えた)

 

「さあな…今まで小競り合いはよくあったが、こんな直接的な攻撃は初めての事だ」

 

「じっちゃんも、ビビってねえでガツンとやっちまえばいいんだ」

 

「じーさんはビビってる訳じゃねえだろう。あれでも一応『聖十大(せいてんだい)()(どう)』の一人だぞ」

 

聖十大(せいてんだい)()(どう)』―――。

魔法評議会の議長が定めた、大陸で最も優れた魔導士10人につけられた称号であり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフも、その一人として名を連ねている。

 

ちなみに、幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスターであるジョゼも、聖十大(せいてんだい)()(どう)の一人だ。

 

「そう言えば、聖十(せいてん)の称号を持つ上に、評議員の一人として選ばれている魔導士がいるって話も聞いたことあるよ。しかも聖十(せいてん)としては最年少で、この場にいる俺やハッピー以外の皆と歳も変わらないとか」

 

「そんな人もいるの!?うわ…スゴ…」

 

シエルが知り得るもう一人の聖十大(せいてんだい)()(どう)の話にルーシィが驚愕と同時に感心するよそで、エルザが表情に影を落としていたことには誰も気づかなかった。

 

「て言うか何勝手に持って読んでんのよ!」

 

「あ、待って!まだ読み切れてないんだよ!!この後イリスはどうなるの!?」

 

「ダメ!読者第一号はレビィちゃんって決まってるんだから!!」

 

ナチュナルに説明をしていたシエルだったが、手に持っていたルーシィが書いたであろう自作小説の原稿の束を手にしていることに気付いた本人が彼の手から取り上げた。何気に読書が好きなシエルは、続きが気になるのかルーシィが没収した原稿に手を伸ばす。だがルーシィはギルド内でも屈指の読書好き兼大親友となったレビィを優先して、渡そうとはしなかった。

 

「ビビってんだよ!ファントムの奴等、数だけは多いしさ!!」

 

「だから違ーよ、落ち着け。マスターもミラちゃんも、二つのギルドが争えばどうなるか分かってるから戦いを避けてるんだ。魔法界全体の秩序のためにな」

 

「そんなにすごいの?ファントムって」

 

依然としてファントムと、何の反撃もしないマカロフへの怒りを露わにしているナツだが、それをグレイが諫める。ルーシィからの問いに「大したことない」とナツは反論するが、事実問題ぶつかり合えば双方被害は甚大となると予測される。

 

マスター・マカロフと互角の魔力を持つと言われている聖十大(せいてんだい)()(どう)、マスター・ジョゼ。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)におけるS級魔導士にあたる4人の魔導士、『エレメント(フォー)』。

 

そして一番厄介とされているのが…。

 

「今回のギルド強襲の犯人だと思われる男、『鉄竜(くろがね)のガジル』。

 

 

 

 

―――鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!!?」

 

恐らく今日一番でルーシィが驚いた事実であっただろう。今この場にいる火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとほぼ同じ魔法。ナツ以外にも存在していたこと自体が衝撃的な事実であるが、更に驚くのはその属性。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は自分の扱う属性のものを食べることができる特徴を持つ。ナツなら火を食べることができるのだが…。

 

「そいつ…鉄とか食べちゃうわけ…?」

 

「食べるだろうね…ガジガジと…」

 

「『ガジル』だけに…うぷぷ…」

 

シエルとハッピーのダジャレにも似た一言に、ルーシィの恐怖心が悪い意味で薄れてしまったのは想像に難くない…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

事態が大きく動いたのは、翌朝の事だった…。

街の住人からの通報を受け、マグノリアの南口公園へと一足先に辿り着いたのは、昨日ルーシィの家にて一泊を過ごしたメンバーたち。辿り着いた時には、公園で一番大きな木の前に集まる住人たちがおり、その人混みを掻い潜って全員がそこに近づく。

 

そして、木の前へと辿り着いた全員が、信じがたい光景を目の当たりにした。

 

 

 

「レビィちゃん…!!!」

 

悲痛な声を上げたのはルーシィ。彼女の親友であるレビィをはじめとした、チーム・『シャドウギア』のメンバーたち――逆立った茶髪に細身の『ジェット』と、丸刈り頭に一部だけ植物のように飛び出した髪の『ドロイ』。以上の三人が体中がボロボロのまま、両腕をそれぞれ鉄で出来た拘束具によって磔の状態にされている。

 

あまりにも非道な仕打ちを受けている光景に涙を流すルーシィは勿論、誰もが驚愕、悲痛、そして怒りに体を震わせている。そして三人をこんな目に遭わせた犯人は、レビィの腹部に黒で描かれた紋章が物語っていた。

 

「ファントム…!!!」

 

その紋章は幽鬼の支配者(ファントムロード)。そしてギルドを破壊した鋼鉄の柱と同じ素材と思われる拘束具。

 

間違いなく、鉄竜(くろがね)のガジル。見るに明らかな宣戦布告だ。

 

身体を震わせる妖精たちの後方から、一つの足音が聞こえてきた。普段身に着けていた奇術師の格好とは打って変わり、背中に「十」を象った聖十大(せいてんだい)()(どう)の紋章が刷られた純白の外套を身に纏い、木の杖を右手に持ちながら、迷いのない足取りでゆっくりと、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフが歩いてきた。その表情を住人たちは確実に目視したわけではないが、彼の発する威圧に似た雰囲気に次々と道を開けていく。

 

「マスター…」

 

彼を呼ぶエルザは振り向かない。ナツも、グレイも、シエルも、誰一人目の前にいる傷ついた仲間(家族)から目を逸らさない。そして傍に来たマスター()たるマカロフもまた、目を背けようとはしなかった。

 

「力でしか解決できない者は、その力にいずれ溺れていく…。だが、他者のために、大切な者の為に振るう力は、決して悪とも言い切れない…」

 

目を逸らさず、拳を握り締め、身体を震わせながらも、シエルはマカロフに、かつて聞いた言葉を呟き、「そうだよね…?」と震えた声で尋ねた。その問いかけに一つ、言葉もなく首肯し、マカロフは一つの決心をつけた。

 

「ボロ酒場までならガマンできたんじゃがな…ガキの血を見て黙ってる親はいねえんだよ…!!」

 

怒りに震えたマカロフが持っていた木製の杖は、強く握りしめられた手によって二つに折られる。そして体から発せられるは一つのギルドのマスターとして、そして最強の魔導士たち・聖十大(せいてんだい)()(どう)として恥じない、膨大な魔力。

 

この選択が善か悪か、正しきか誤りか、どちらであろうとなかろうと、ただ一つだけ言えることがある。

 

 

 

たとえ世間が何を言おうと、この選択を後悔はしない。

 

 

「戦争じゃ…!!!」

 




おまけ風次回予告


ハッピー「シエルの料理ってどれも美味しいけど、魚の料理だけ全然作ってくれないんだよね…」

シエル「俺も自分が不思議だよ…。魚に限らず、貝とか海老とかも口に入れるだけで、何かこう、『それは食いもんじゃねえ!』って訴えられてる感覚が…」

ハッピー「魚は食べ物だし、とっても美味しいものなんだよ?特にオイラが好きなのは生の状態で食べる魚!」

シエル「生でいいなら俺が作る必要もなくない…?」

ハッピー「でもミラが作ってくれる魚の料理も凄く美味しいんだよ?」

次回『妖精対幽鬼 開幕』

シエル「ああ、ミラが作る料理はホントに美味いよね。俺も習ったことあるし」

ハッピー「じゃあ今度期間限定の妖精の尻尾(フェアリーテイル)特製『月見塩魚』を、ミラから教えてもらって作ってよ!」

シエル「それは本当に俺が作る必要性があるのか!?」


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第10話 妖精対幽鬼 開幕

ちょっと今回は後半がやや駆け足気味になってしまっています。よりにもよってラストスパートかけるときに頭痛が襲ってきてうまく書けることができなくなりまして…。
後日加筆修正して公開いたしますので、それまではこちらのものでご辛抱を…。申し訳ない…。


妖精の尻尾(フェアリーテイル)が存在する街・マグノリアの北西。フィオーレ王国全体から見れば北東に位置する街、名は『オーク』。歴史のある城下町でもある。妖精の尻尾(フェアリーテイル)と因縁を持つギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)はそこにあった。

 

「だっはー!!最高だぜー!!」

「妖精の尻尾(ケツ)はボロボロだってよー!!」

「ガジルの奴、そのうえ3人もやったらしいぜ!」

「みじめな妖精どもに乾杯だ!」

 

ギルドの中では、幽鬼の支配者(ファントムロード)に所属する魔導士たちが宴のようにドンチャン騒ぎ。ギルドが破壊され、メンバーを傷つけられた妖精の尻尾(フェアリーテイル)を見下し、下品な笑いをあげながら酒と料理をかっ食らう。

 

自分たちこそ強き者。弱く哀れな妖精よりも優れ、それらを蹂躙する権利がある。そう信じてやまず、誰も彼もが嘲笑いながら高まった気分に酔いしれていた。

 

「あ、いけね!こんな時間だ」

 

すると魔導士の一人が気分もそのままに立ち上がる。荷物入れを肩に担いでいるところを見ると、どこかに外出するつもりだと分かる。

 

「女かよ」

 

「まあまあいい女だ、依頼人だけどな。脅したら報酬2倍にしてくれてよォ」

 

どうやら仕事に向かうようだがその言動は最悪のものだ。魔導士としても、人間としても。本来は依頼主との信頼が重要となるギルドでの仕事において、脅迫等の行為によって自分の利益のみを集中させるのはあってはならないことだ。そして残念なことに、それを咎める者はこのギルドにはいない。寧ろ同類のみだ。中には「オレなら3倍まで行ける」などどほざく輩までいる始末だ。笑い、貶し合いながら、男は出入口へと向かう。

 

 

 

 

そしてその出入口から突如、爆発が発生した。

 

外に向かっていた魔導士の身体があえなく吹き飛び、その勢いで先にあったテーブルや食器類が破損し、とんでいく。更には数人の仲間たちをも巻き込んで、怪我人も現れだした。

 

何が起こった?幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士たちのほとんど全員が、そんな感想を抱いていた。

 

しかしそれは、爆発で起きた煙が張れると同時に発覚することになる。まず見えたのは一つの人影。右の拳を振りぬいた態勢をしており、それによって自然と見えるのは右肩に刻まれた赤色の妖精を象った紋章。そして桜色のツンツン頭に白い鱗柄のマフラーを身に着けた、ナツ・ドラグニルを筆頭に、幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドの前に数十人規模で立っているのは、全て彼と同じ紋章を刻んだ魔導士たち。そのギルドは―――。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)じゃああっ!!!」

 

ファントムによってギルドを壊され、仲間を傷つけられたことによって、怒りの感情を燃やした妖精たちが乗り込んできたのだ。ナツに続くように現れたマカロフの檄に雄叫びで応えながら、表情に憤怒を現しながら妖精たちがそれに続く。弱者と思っていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の殴り込みに幽鬼の支配者(ファントムロード)は後手に回った。

 

「誰でもいい!!!かかって来いやぁ!!!」

 

両手に纏った炎で近場にいたファントムの者たちを吹き飛ばすことで先制を取ったナツ。それを皮切りにようやく状況を理解できたファントムの魔導士たちも、迎え撃つべく、武器、魔法を構え始める。

 

 

妖精と幽鬼、長きにわたり因縁を抱えていた二つのギルドが、ついに正面から衝突した。

 

先頭を切って多数の相手を吹き飛ばして暴れるナツ。それを筆頭に近づく敵を全て凍らせていくグレイ、右腕を棘が多く生えた獣の腕へと変えて振り回すエルフマン。

 

「パープル・ネット!!」

「スモークラッシュ!!」

 

若い者たちが目立つ妖精の尻尾(フェアリーテイル)においてもベテランに数えられるマカオとワカバ。マカオが紫の炎(パープル・フレア)を駆使して複数の敵を縛り上げ、そこを煙管から無数の拳の形をした煙を叩き込むワカバの、長年の付き合いからなる連携が披露される。

 

銃弾魔法(ガンズマジック)電撃弾(スパークショット)!!」

 

右目が隠れるほど長い黒髪の青年で、西部大陸出身と言うアルザック。彼は片手銃を連射して雷の魔力を帯びた弾を外すことなく命中させ、相手の体の自由を奪う。だが、後方から彼目がけて攻撃を仕掛ける魔導士が来ることに遅れながら気づいた瞬間、別の方向から魔力の弾が命中し、アルザックの危機を防いだ。それが誰によるものなのか、彼はよく知っている。アルザックと同じく西部大陸の出身である黄緑色のロングヘアに赤い口紅が特徴の女性・ビスカである。同じ出身、そしてアルザックと同系統の銃器を換装する魔法『銃士(ザ・ガンナー)』の使い手である彼女は、良く彼とコンビで行動することが多いのだ。

 

「ナイスショット、ビスカ!!」

 

「詰めが甘いよ、アル」

 

そして彼女はすかさず手に持ったライフルで照準を合わせ始める。味方を除き、敵のみを魔法で標的に定めていき、魔力弾を放つ引き金を引く。

 

「ターゲット、ロックオン!ホーミングシュート!!」

 

一つの銃口から放たれた複数の魔力弾が意思を持ったように動き、照準を定めていた敵の身を見事に撃ち抜き吹き飛ばした。戦況は妖精側が有利。ファントムは確かに数は多いが、個々の力が上である妖精の魔導士に数の利を潰されていることが一番の要因だ。せめて一人でも倒せれば。そう思ったファントムの魔導士は、他と比べて背丈が低い存在を視認する。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中で最年少でもある少年・シエルだ。

 

「おい、あっちは子供(ガキ)だぞ!こいつから潰せぇ!!」

 

シエルに目を付けたファントムの魔導士たちが一斉に襲い掛かってくる。想像以上の力を持つ妖精たちの中でも、格下と思い込んで排除に乗り出した。

 

が、彼らは知らない。この乱戦状態において一番脅威となるのは、この最年少の妖精であることを…。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

少年は己を取り囲んで守る様に、その竜巻を発生させる。彼に襲い掛かり近づいてきた魔導士はそれに巻き込まれ、身体を宙に浮かされる。

 

「急に竜巻があ!?」

「迂闊に近づくとやべぇぞ!!」

 

一気に多人数が竜巻に巻き込まれたことにより、後方にいて難を逃れた者たちがこれ以上近づくのは危険と判断し、二の足を踏めなくなっている。が、それを目にした少年はその者たちを逃がしはしない。前方目がけて手をかざすと、水色の魔法陣を展開し、魔力を集める。

 

「『吹雪(ブリザード)』!!」

 

離れたところにいた魔導士は、シエルが発動した純白の雪が混じる強風・吹雪に巻き込まれ奥の壁へと叩きつけられる。更には運よく直撃を避けた魔導士たちさえも、急激に温度を下げられたことで身を縮こまらせてしまう。仲間の安否を確認することもできずに「さ、(さみ)ぃ…!」と歯を打ち鳴らすことしかできない。

 

そしてシエルの攻撃はこれだけにとどまらない。吹雪(ブリザード)を発生させた方向と正反対の向きに左手をかざすと、今度は茶色の魔法陣が現れる。

 

「『砂嵐(サーブルス)』!!」

 

そして顕現されたのは砂塵が混じるもう一つの竜巻。本来砂漠地帯などで気流が発生しなければ起こりえない砂嵐を塗装された屋内で発動させたことにより、さらにファントム側に甚大な被害を生み出していく。

 

「ぎゃあああっ!!なんじゃこりゃあああ!?」

「竜巻に、吹雪に、さらには砂嵐!?」

「この子供(ガキ)、一体何の魔法を使うんだ!?」

「つーか、これ…!!」

 

 

『ギルドがメチャクチャになるだろうがぁああっ!!!』

 

砂、雪、そして何も加わっていない純粋なもの、と言った3つの風が渦巻く魔法によって、幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドの中にあるテーブル、椅子、料理や酒が入っていた容器、その他の小物や人に至るまで何でも飲み込み、床や壁の一部すらも破壊しかねない、まさに災害。目の当たりにしたファントムの魔導士たちが阿鼻叫喚と言った様子でハモった悲鳴に、シエルの険しい表情が更に歪められる。

 

「先に俺たちの(ギルド)をメチャクチャにしたのはお前らだろ。その上仲間(家族)にまで手を出したのもお前らだ…!」

 

3つの風が渦巻く混沌地帯から少し離れた位置にいた魔導士たちの後方、その机の上にいつの間にか立ち乗っていた状態で高低差が逆転したファントムたちを見下ろしながら、汚らわしいごみを見る様な目で睨みつける様子に、思わずファントム側も相手が小柄な体をした子供であることを忘れて戦慄している。

 

「やられたままで、怯えたままでいる妖精だと思ったら、大間違いだぞ、ファントムども…!」

 

悔しくないわけがない。本当は(ギルド)が壊された時点で乗り込みに行きたかった。だが、(マスター)であるマカロフがそれをしなかった。一番悔しいはずの彼が我慢したから、それに従ったまで。それをこいつらは怯えた臆病者、何もできない弱い奴だと決めつけて、逆鱗にまで触れてきた。

 

破壊された(ギルド)。傷ついて辱められた仲間(家族)たち。シエルの脳裏にフラッシュバックが起こり、彼の怒りはさらに増大していく。それに呼応するように上に向けたシエルの手からは曇天(クラウディ)が発動し、ギルドの屋根近くに暗雲が立ち込める。

 

そして最後の仕上げと言わんばかりに、同じ手から雷の魔力が発射され、落雷(サンダー)の準備が完了した。何を発動するのか察したファントムは、その場から逃れようと情けなくも悲鳴を上げて立ち去ろうとする。だが、もう遅い。

 

「テメェら全員!」

 

挙げていた手を振り下ろした瞬間、少し前まで彼の近くにいた魔導士たちに落雷が降り注いだ。彼の怒りの鉄槌が如き黄色の閃光が、聖十(せいてん)を始めとした実力のある虎たちの威を借る、口先だけの狐たちに降り注いでいく。

 

祓魔師(エクソシスト)も真っ青な妖精の除霊術を、その身にしっかり受けさせてやるッ!!」

 

予想を遥かに超える力を持った少年に、襲い掛かろうとする魔導士はもういなかった。更には…。

 

「かぁーーーーーっ!!!」

 

別の場所で、マスター・マカロフを狙い攻撃を仕掛けた魔導士たちが、巨大化(ジャイアント)の魔法で巨人と化した彼に押しつぶされて返り討ちにされる。巨大な掌と床に挟まれて数人が体の骨を折る程の重傷を負う。最早バケモノだ。そう叫んだファントムの魔導士に、巨人(マカロフ)の返事がギルド中に響き渡る。

 

「貴様等はそのバケモノのガキに手ェ出したんだ!人間の法律で自分(テメェ)を守れるなどと思うなよ…!!!」

 

「ひっひぎ…!!」

「つ…強ェ!!」

「兵隊どももハンパじゃねえ!!」

「こいつらメチャクチャだよ!!」

 

マカロフの言葉、そして妖精側の魔導士の力を前に戦々恐々とした様子のファントムたち。その間にも胴体のみが肥大化した、絵画魔法(ピクトマジック)の使い手であるリーダスが自分の腹に瞬時に書いた絵を具現化させて攻撃したり、紫色のポニーテールとメガネが特徴的の女性・ラキの木の造形魔法が繰り出される。そして戦ってるのは人間の魔導士だけではない。

 

「オイラだって魔導士だよ!」

 

小柄なネコだと思って狙いにきたファントムたちを、(エーラ)で巧みに避けながら荷物に入っていた枝や、魚などの食べ物を叩いたり口にねじ込んだりして行動不能にしていく。ハッピーもまた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として懸命に戦っていた。

 

「ジョゼーーー!!!出てこんかぁっ!!!」

 

「どこだ!!ガジルとエレメント(フォー)はどこにいる!?」

 

進撃を続けるマカロフ、換装を駆使して次々と敵を切り抜けるエルザが、幽鬼の支配者(ファントムロード)において頭がいくつも抜き出た存在を探すも、それらしき人物は見当たらない。一撃で数人がやられるような有象無象のみで、一向にその姿を見せる様子がない。

 

「ならまずは雑魚たちを叩きまくって、あぶり出す!!」

 

言うや否やシエルは早速行動に移る。屋根近くまで広がっている雲に追加の曇天(クラウディ)を発動し、建物全域を覆い尽くすほどの雲が出来上がる。その行動をファントムは見逃さず、各々が赤い魔法陣を展開。

 

「あのガキ舐めやがって!!」

「一斉攻撃だ!やれぇっ!!」

 

魔法陣から種類は違えど赤き炎がシエル目がけて発射された。しかし、その直線状に立ち塞がるように一つの影が遮ったと思いきや、炎の魔力は影に着弾。しかし、当たった炎は見る見るうちに影に収束していく。

 

「サンキュー、ナツ!」

 

「いいってことよ!喰ったら力が湧いてきた!!」

 

影の正体、ナツがすべての炎を喰らい、力へと変えていたのだ。そして彼はその力を一気に敵側に放出する。

 

「火竜の咆哮!!」

 

「アイスメイク、槍騎兵(ランス)!!」

 

「換装!黒羽の鎧!!」

 

「漢ぉぉおおっ!!」

 

ナツに続き、グレイ、エルザ、エルフマンも各方向の敵を薙ぎ払っていく。そしてその中心地にいる少年、シエルも左右それぞれの手に違う色の魔法陣をそれぞれ展開。上空に漂う雲に向かって二つの魔力が放たれる。

 

「大雨、及び強風注意報発令!現世に蔓延る幽鬼を、冥界へと吹き飛ばすことでしょう!『台風(タイフーン)』!!」

 

雲と雨、竜巻の魔力が混じり合い、外の快晴とは正反対の豪雨と強風にさらされたファントムたちの身体は、次々と紙のように吹き飛ばされていく。味方側にも甚大な被害を及ぼしかねない強力な魔法だがそこはシエルも仲間たちも考えている。唯一風と雨が及んでいない中心に、背中合わせに妖精たちが合流しているため、味方の被害はゼロである。

 

「こ、こんなのが妖精の尻尾(ケツ)にいるなんて、聞いてねぇぞ…!!」

 

自分たちと同じように妖精にも聖十(せいてん)滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がいることは知っていたが、それ以外にも名の通っている奴等は確かに脅威であり、規格外の強さを持つ者達がいる。それは分かる。だが、シエルのような背丈の低い子供の中で、自分たちを圧倒的に蹂躙出来る魔導士がいるならば少なからずすぐに噂となる。それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で()()()()としてもだ。ファントム側にとって、それほどシエルは一番のイレギュラーでもある。

 

「大分減ってきたんじゃねえか?」

「このまま押し切るぜ!」

 

妖精たちの士気はまだまだ上がる。このままの戦況が続けば、勝てると見込んだ味方たちが再び構える中、マスターであるマカロフが動き出した。

 

「エルザ!ここはお前たちに任せる!!ジョゼは恐らく最上階…ワシが息の根を止めてくる…!!」

 

立ちはだかる敵を一撃でいなしながら進むマカロフに、エルザは堂々と歩く背中を見ながら「お気をつけて…」と言葉をかけることしかできなかった。そして、マカロフ自身は最上階に繋がっていると思われるギルドの奥地の方へと歩いて行った。

 

「行くぞ!落雷警報!落雷(サンダー)!!」

 

マスター・マカロフが戦線から一時的にいなくなったとしても行動を止めるわけにはいかない。即座にシエルは黄色の魔法陣を黒雲に放ち、ファントムの魔導士たちに雷撃を喰らわせようとする。だが、その落雷は突如方向を変えて、屋根裏の一点に集まるように落ちていった。予期せぬ現象に思わずシエルは驚愕の声を漏らす。

 

「おーおー、危ねぇじゃねえか。こんな狭い建物の中でゴロゴロゴロゴロ雷落とすもんじゃねえよ」

 

その一点に一つの影が映るのが見えた。「ギヒッ」と独特な笑い声を一つ零したと思えば、屋根裏から飛び降りていき、右腕を後方に引いていく。そこでシエルは気づいた。右腕の先が鋼鉄の棍のような形になっていることに。

 

「はァーーー!!」

「くっ!!」

「ぐああああっ!!?」

 

狙いを定めて突き出されたその攻撃を瞬時に身を引いて躱したシエル。だがその躱した攻撃は他の魔導士…それも味方であるはずのファントムの者たちに襲い掛かった。

 

「何だ、あいつ…自分の仲間も躊躇なく…!?」

 

態勢を立て直しながら少年は呟くと同時にその姿を視認した。腰の近くまで伸びたハリネズミのようにとがった長い黒髪に、獰猛な肉食獣のような赤い瞳。何より特徴的なのは二の腕や眉、耳、鼻、顎など至る所にいくつもつけられた釘のようなピアス。

 

第一印象だけですぐに分かる。他の者と比べて一回りも二回りも我の強い人物であると。

 

「来いよ、クズども。鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)・ガジル様が相手をしてやる」

 

「上等だ…!」

 

この男こそ、幽鬼の支配者(ファントムロード)の中でも筆頭と言える実力を持つ魔導士、鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)鉄竜(くろがね)のガジルだ。挑発に乗ったような反応を見せているシエルだが、頭の中は至って冷静だ。

 

先程周辺にいる魔導士に向けて放った落雷(サンダー)がガジルの方にすべて当たった。いや、引き寄せられたと言った方が正しい。そして自分に向けて攻撃してきた際には腕を鉄製の棍に変えていたところを見ると、彼が扱う鉄の滅竜魔法は、身体を鋼鉄化、その上で自在に形を変えられるものだと予想できる。では先程の雷撃が引き寄せられた原因は、己を避雷針に変えてその攻撃を無効化にさせたものだという事だ。

 

「(落雷(サンダー)は多分通用しない…。仮に効いたとしてもさっきのように体を鉄に変えて床に突き刺せば威力はそっちに流される…)」

 

技の一つを実質的に封じられはしたが、それでも手がないわけではない。

 

「なら…竜巻(トルネード)!!」

 

「うおっ!?」

 

今シエルが扱える技の中で一番威力を発揮するのは落雷(サンダー)だ。その落雷(サンダー)が使用できないならば他の技を併用し、組み合わせ、台風(タイフーン)のように底上げすればいい。

 

「合わされ!砂嵐(サーブルス)!!」

 

ガジルを飲み込んだ竜巻に、砂塵が混じる砂嵐が追加される。既に彼の姿は見えなくなり、二重螺旋の形で巡る二つの上昇気流がギルドの屋根にまで届いている。普通の人間ならば一溜りもないだろう。

 

 

――――()()()人間ならば…。

 

「こんなもんじゃオレは吹き飛ばせねえぞ?ギヒヒッ」

 

「っ!?」

 

悠々とした足取りで風の牢獄の中を進むガジルの姿が薄らと見えた。全身を鋼鉄化させて重量を大幅に上げたことで、上昇気流でも持ち上げられずに立っていられるようだ。

 

「くっ!吹雪(ブリザード)!!」

 

「甘ぇよ、『鉄竜棍(てつりゅうこん)』!!」

 

吹雪を追加して彼の動きを少しでも封じようと試みるも、最初にシエルへと攻撃してきた鉄製の棍へと腕を変化。吹雪すらも突き破ってシエルの腹部へと命中し、小さな体は宙を飛ぶ。

 

「パープル・ネット!!」

 

壁の方へと激突しかけた時、その身体を紫の炎が掴み、衝突を避けた。マカオの魔法だ。「大丈夫か?」と問いかけるマカオに「平気…」と腹部の痛みに顔を歪めながらもシエルは態勢を立て直す。

 

「ほう?思ったよりはタフだな、あのガキ」

 

「漢はァーー!!」

 

少し感心したようにシエルを見ていたガジルに、腕を魔物のように変化させたエルフマンが飛び掛かる。ビーストアームのエルフマン。接収(テイクオーバー)で、倒した魔物の力を吸収することで、腕を魔物の腕に変化させることができる。

 

「クズでもガキでも漢だぁ!!」

 

選手交代。今度はシエルとは真逆の大男。だがガジルはそれに怯みもせず、寧ろ獲物を見つけたかのように口元を吊り上げて、殴り掛かってきたエルフマンの拳を鉄棍の腕で受け止める。

 

そのまま逆の腕も鉄棍に変えてカウンターを仕掛けるが身を捩ってエルフマンは躱し、さらには足をも鉄棍に変えて蹴りの要領で突き出すも、エルフマンは右腕で受け止め、足の自由を奪う。

 

「ほう…なかなかやる」

 

「漢は強く生きるべし」

 

「じゃあこんなのはどうだ?」

 

対してガジルは足の先端からいくつもの細い鉄棍を繰り出して拡散。瞬時にエルフマンは右手をガジルの足から離して回避するが、彼の攻撃は周りにいるファントムの魔導士たちをも蹂躙していく。その様子にエルフマンは信じられない光景を目の当たりにしたかのように目を見開いた。

 

「貴様!自分の仲間を!!」

 

「何よそ見してやがる!」

 

その隙をついてガジルの左腕の鉄棍がエルフマンの顔面を殴りつける。後方へと身体を倒していくエルフマン。するとそこに…。

 

「ガジルーーッ!!!」

 

エルフマンの胸を足場にして跳躍し、炎の拳を纏いながらナツがガジルを殴り飛ばす。その勢いでガジルの身体は飛んでいき、壁に激突。周りのファントムの魔導士はその光景を信じられないという様子で見ていた。彼が吹っ飛ばされる所など、初めて見たからである。

 

「オレが妖精の尻尾(フェアリーテイル)滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ!!」

 

堂々と名乗り上げるナツに対し、起き上がったガジルは笑いを浮かべる。自分と同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が現れたことで戦いが更に激化する予感を感じ、楽しめると確信したからだ。

 

「エルフマン!こいつよこせ!!」

 

「貴様!オレを踏み台にした上、漢と漢の決闘を邪魔するのか!!」

 

ナツとエルフマンがガジルと戦うのはどちらか言い合いを始める中、もうガジルにはナツの方しか目に入っていなかった。

 

「鉄竜棍!!」

 

ナツ目がけて手の棍に変化させた腕を突き出し、腹部に命中させるガジル。近くにいたエルフマンだけでなく、エルザやシエルもその様子に息を呑む。

 

「こいつが…ギルドやレビィたちを…!!」

 

だが、受け止めた本人は、身体から、そして棍を掴む手から怒りの炎を発し、熱気を放つ。その様子を見て目を見開いたガジルをそのまま掴み上げ…。

 

「くたばれぇっ!!」

 

屋根裏目がけて投げ飛ばす。ガジルは態勢を立て直して反撃を仕掛けようとするも、気づいた時にはナツは目前まで近づいてきており、再び鉄拳によって吹っ飛ばされた。その様子にシエルたち妖精側に安堵、もしくは喜色の表情が浮かぶ。唯一相手を取られたエルフマンは納得のいかない顔をしていたのだが。

 

「で?それが本気か?火竜(サラマンダー)

 

「安心しろよ。ただの挨拶だ。竜のケンカの前のな」

 

しかしガジルの方もほとんど堪えた様子がない。火竜と鉄竜。二頭の(ドラゴン)が屋根裏の骨組みを舞台に睨み合う。果たして軍配はどちらに上がるのか…。

 

 

 

 

――――その戦いが起こる前に、幕が下ろされてしまう。

 

 

 

屋根裏の更に上、最上階と思われる空間から落ちてきたものによって―――。

 

 

「な、何だ…?」

「なんか落ちてきたぞ!」

 

「…え…?」

 

その落ちてきたものを視認したシエルは、己の目を疑った。何故ならそれは…

 

 

 

 

肌の血色が白を通り越して緑になるまで抜け落ち、一切の魔力を感じなくなった自分たちのマスター・マカロフだったのだから…。




おまけ風次回予告

シエル「あれ?そう言えばルーシィの姿が見えないね?」

ナツ「ああ、あいつ置いて来ちまったんだよ。今頃その事ですねてんだろうな~…」

シエル「まあレビィたちの看病の事もあるし、何かお土産でも持っていったらきっと許してくれるって」

ナツ「やっぱそうだよな。なんかうまい食いもんでも持ってってやるか!」

シエル「いや、食い物よりも本とかの方がいいんじゃないかな…?」

次回『ルーシィ・ハートフィリア』

ナツ「本つっても何の本をやればいいんだよ?」

シエル「そうだな~。世界の美味な炎辞典とかどう?」

ナツ「おお!なんか美味そうな本だな!それにしようぜ!!」

シエル「…いや、冗談に決まってんじゃん…」


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第11話 ルーシィ・ハートフィリア

中々筆が進まずに何度目かのギリギリの投稿になってしまいました…。

頭の中に浮かびはするんですけど、いざ文字にするとなるとなんて書けばいいのか…。(汗)

そしてFAIRY TAILの最新ゲームがついに発売しましたね!まあ、僕自身は実際にプレイするのは幾分か先になりそうですけど…。他のゲームが楽しすぎて…。

けど買った暁には楽しんでプレイしたいです!


自分たち妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちをまとめるマスターであり、親同然の存在たる老人・マカロフ。いわばこの戦いにおける大将と呼べるその存在が、一切の魔力を感じられぬほどに衰弱している。白を通り越して緑に変色してしまっている体色も相まって、その状態が命に関わることを物語っている。

 

マカロフを視認し、即座に駆け寄るメンバーたち。ギルドのマスターを務めるに値する魔力が忽然と失われている事実に、動揺を感じずにはいられない。最上階で一体何があったのか分らぬまま、無情にも時は過ぎていく。

 

「お、おい聞いたか!?」

「奴等のマスターがやられたってよ!!」

「いけるぞ!これで奴等の戦力は半減だ!!」

「こっちにはガジルも、エレメント(フォー)もいるんだ!」

「ぶっ潰せぇ!!」

 

妖精たちを束ねるマカロフが落ちたことにより、味方の士気が大幅に低下。そして逆にファントム側の方は勢いをつけて攻めかかってきた。戦いに於いて大将と言うものは組織の象徴の一つ。その象徴が崩されることは組織が崩れる前兆とも揶揄される。

 

攻め立ててくるファントムに対して、ナツを始めとした実力が高い魔導士は返り討ちにできているが、他の者たちはマカロフが戦闘不能となったことによる動揺でうまく力を出し切れずに押されていく。敵地の真ん中でマスターの負傷、それを間近で見た味方の士気低下。このままではまずい。そう瞬時に理解したエルザは左目に浮かんでいた涙を拭い、即座に決断を下した。

 

「撤退だー!!全員ギルドへ戻れーー!!!」

 

撤退。その二文字を耳にした妖精の魔導士全員が驚愕した。ギルドと仲間の仇討ちのために乗り込んだというのに、相手の主戦力を誰一人崩せないままの撤退。ほとんどがこのままでは戻ることはできない、そう主張する。

 

「オレはまだやれるぞ!」

 

「私もいけるよ!」

 

「俺だって、まだまだ戦える!」

 

「駄目だ!!マスターなしではジョゼには勝てん!撤退する!命令だ!!」

 

ジョゼを相手にしていたと思われるマカロフが実質抜けてしまった今、この場で長く戦ったとしてもジョゼに勝てる確率は限りなく低い。それにこのままマカロフを放置しておく訳にもいかない。即刻処置をしなければ最悪の場合は手遅れになる可能性もある。

 

メンバーは悔しさを滲ませながらも、エルザの命令に従い、次々と幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドから外へと向かい、撤退行動に移る。そんな様子を屋根裏の骨組みに逆さの状態―足の裏から返しのある刃を出して突き刺している―でガジルはにやけ顔を浮かべながら眺めている。

 

「あらあら、もう帰っちゃうのかい?ギヒヒ」

 

「撤退とは悲しい…悲しすぎる…」

 

すると、ガジルのちょうど真上の位置に、まるで最初からそこにいたかのように一人の男の姿が浮かび上がる。体格はエルフマンと同等かそれ以上の巨漢であり、緑のシルクハットに同じ色のコート、群青色の帯を首にかけており、何より特徴的なのは目元を隠す白い布。視界を封じられているように見えるが、佇まいからは微塵もそれを感じさせない。

 

その男の名は『アリア』。幽鬼の支配者(ファントムロード)の幹部級の魔導士たち、エレメント(フォー)の一人であり、またの名を『大空のアリア』。

そして、マスター・ジョゼの作戦に従い、マカロフの魔力を枯渇させた張本人でもあった。

 

「素晴らしい!!」

 

「いちいち泣くな。ウゼェからよォ」

 

そして当の本人は作戦通りにマカロフの行動を封じ込めることができたため、ジョゼに対して感動に打ちひしがれたのか、隠されたその目から洪水のように涙を流していた。彼にとっては日常茶飯事のようなので、ガジルからは苦い顔をされたのだが…。

 

「撤退だ!退けぇ!!」

 

「逃がすかぁ!!」

 

エルザの指示に従い撤退を続ける妖精の尻尾(フェアリーテイル)を、幽鬼の支配者(ファントムロード)が追いかける。尻尾を巻いて逃げようとしている妖精たちを狩り尽くそうと考えているようにも見える奴等に対し、シエルは一度(きびす)を返す。

 

「足元にご注意を!豪雨(スコール)!!」

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士たちの最前線目がけて大雨を降らせ、相手の勢いを削ぐと同時に視界も防ぐ。「今の内だ!」と撤退を再開するシエルの声を聞き、さらに足早に自分たちの(ギルド)へと向かう妖精たち。

 

「くっそ!あのガキィ……お!?」

 

そんなシエルに対して苛立ちを抱いた一人のファントムの魔導士が突如背後から襟首を捕まえられた。振り向いた先にいたのは、先程までガジルと互角に渡り合っていた妖精側の(ドラゴン)

 

「おいテメェ、面貸せ…!」

 

「は、はいはいはいぃっ!!」

 

ガジルとアリアの会話を唯一聞き取っていたナツが、ファントムの魔導士を一人捕まえ、撤退する一団から抜けて別の方向へと向かうところを、誰一人として気付ける者はいなかった…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

魔力を失っているマカロフは、ポーリュシカの元へと搬送されたらしい。運んで行ったアルザックとビスカを除くメンバーたちは、ガジルによって半壊にされたギルドの地下に再び集まっていた。ギルドやレビィたちシャドウギアの仇もとれずに撤退せざるを得なかったのは、屈辱にも等しい。多くの者が怪我を負い処置を受けており、マスターであるマカロフが不在であるが、このままやられたままで終わるつもりは毛頭なかった。

 

ギルドの本部の位置を確認し、南西の高台から遠距離魔法で狙撃する案を出す者。爆弾魔水晶(ラクリマ)を持っていけるありったけの分を持参しようとする者。所持(ホルダー)系魔導士用の強力な魔法書を持っていこうとする者など、様々ではあるがいずれも幽鬼の支配者(ファントムロード)に対して怖気づいた者はいない。反撃する気満々だ。

 

無論その中にはシエルも含まれている。彼も幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いにおいて、改めて思い知らされた自分の魔法の弱点…変動する天候に対処がきく単体の魔導士相手には一方的に不利であることを考えていた。

 

ガジルのように身体を鉄と同じような性質へと変質させ、時には雷の攻撃を引き寄せた上で地面へと逃がす避雷針に、時には突風でも吹き飛ばすことができないほどに己の重量を大幅に上げることができるなど、彼は戦いの経験値においては確実にシエルよりも上だ。

もしもエレメント(フォー)がガジル同様に天候への対処を行えるほどの実力者だったら…?そしてそんな相手に自分が遭遇したら…?

 

「(()()に関してはまだ練習中だし、ぶっつけ本番じゃ期待できない…)」

 

勿論簡単にやられるつもりはない。だが死力を尽くしてもかなわない場合はどうすればいいか、正直不安に思うことは多い。そんな胸中を抱えていると、今いる地下の倉庫へと続く扉を開く音が聞こえ、一人の声が響いた。

 

「みんな…」

 

決して大きい声ではないが、倉庫内に響いた声。幽鬼の支配者(ファントムロード)へ乗り込んだ時には、負傷したレビィたちの見舞いのためにマグノリアに留まっていた少女、ルーシィのものだった。ナツとハッピーに連れられた形で戻ってきた彼女の姿を見て、皆一様に声をかける。彼女の姿が見当たらなかったために、心配の声をかける者たちがほとんどだった。

 

「てか、何でナツと一緒に?」

 

「そもそもどこ行ってたんだよお前」

 

「ルーシィが捕まってたから助けに行ってたんだよ」

 

「捕まってた!?ファントムにか!!」

 

どうやら幽鬼の支配者(ファントムロード)に殴り込んでいる間に、ルーシィは別の刺客によって囚われの身となっていたそうだ。ナツがガジルとアリアの会話で聞いたのは「ルーシィを捕らえ、本部に幽閉している」と言う内容であり、撤退に乗じて捕まえたファントムの魔導士から本部の場所を聞き出し、辿り着いたと同時に抜け出していたルーシィを取り戻していたそうだ。

 

だがここで一つ疑問が浮かぶ。何故ルーシィを捕らえ、本部に幽閉していたのか?と言うことだ。助けに行ったナツもよく知らないのだが、今回のファントムとの騒動は自分に原因があるのだと、倉庫内の樽の一つに座ったルーシィが告げている。

 

「あたし、ファーストネームしか名乗ってなかったんだけどね。フルネームは『ルーシィ・ハートフィリア』って言うの…」

 

「…?確かにフルネームは初耳だが、それがどうしたんだ?」

 

尋ねたグレイ、そして近くにいるナツ、ハッピー、エルフマンといった面々はルーシィのフルネームを聞いてもピンときていないようだが、シエルだけは心当たりがあった。フィオーレ王国の中でも1、2を争う有数の資産家・『ハートフィリア財閥(コンツェルン)』の代表と同じ家名であると。

そして幽鬼の支配者(ファントムロード)に狙われ、捕らえることを目的とされていると言う事は…。

 

「もしかしてルーシィは、そのハートフィリア財閥(コンツェルン)の御令嬢ってこと…?」

 

『お嬢様!?』

 

シエルの言葉にルーシィは言葉を発さず首肯する。彼女についてのまさかのカミングアウトに、ナツたちは目を見開いた。比較的常識人ではあるが、魔導士として時々自分たちに通ずる一面が多々見られていた彼女が、お金持ちのお嬢様という予想ができなかったから。

 

「ファントムのマスターはこう言ってた。あたしを連れ戻すように依頼したのはパパだって…そして…そのついでとして…妖精の尻尾(フェアリーテイル)を潰そうとした、って…!」

 

そう語る彼女は、膝に置いた手を握りしめ、声と同時に肩を震わせ、今にも俯かせている目から涙が出てもおかしくない表情だ。責任を感じているのだろう。確かに客観的な視点で見れば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にルーシィがいたことで、彼女を連れ戻す依頼を受けたという大義名分を得た幽鬼の支配者(ファントムロード)に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)が襲撃された、と言う見方になる。本人にそんな気が無かったとはいえ、今このような状況になっている根本の理由が自分にあると感じるルーシィは、申し訳ないという気持ちで占められていた。

 

「まあ金持ちのお嬢様は狙われる運命よ。そしてそれを守るのが漢!」

 

「そういう事言うんじゃねえよ…」

 

腕を組みながらぼやくエルフマンの言葉に、ルーシィの思いを察したグレイが注意をする。するとハッピーが尋ねてきた。何故自分の身分を隠していたのかを。だがルーシィ自身、どうしても隠したかったわけでもないらしい。

 

「家出中だから…あまり話す気にもなれなくて…。一年間も家出した娘に関心なかった癖に…急に連れ戻そうとするんだもんな…。パパがあたしを連れ戻すためにこんな事をしたんだ…最低だよ…!!」

 

話を少し聞いただけでも察することはできた。ルーシィと父親との間に明らかな確執があったことが。血の繋がった家族だというのに、心を通わせることができていない。辛そうに告げるルーシィの様子に、シエルもナツも、誰もが彼女に声をかけることができない。

 

「でも…元を正せばあたしが家出なんかしたせいなんだよね…」

 

「それは違うだろ!悪いのはパパ…」

「バカ!!」

「おぐ!?…い、いや…ファントムだ…!」

 

エルフマンなりに励まそうと思って出した言葉なのだろうが、実の父親が元凶などと言われては尚のことルーシィの肩身は狭くなる。シエルは咄嗟にエルフマンの腹に肘打ちを食らわせて訂正させた。身長差のおかげでその方がちょうどよく当てやすかったらしい。ちなみに肘打ちを受けたエルフマンはしばらく腹を押えていた。

 

だがしかし、ルーシィの表情は未だ晴れない。自分の身勝手な行動がみんなの迷惑になってしまっている。自分が早々に家に戻ればそれで済むのだと、ルーシィは告げる。

 

そんな言葉を否定したのは、彼女をいち早く助けに行った青年だった。

 

「つーか『お嬢様』ってのも似合わねえ響きだよな。この汚ねー酒場で笑ってさ…。騒ぎながら冒険してる方がルーシィって感じだ」

 

ナツは彼女がギルドに入ってから…いや、ギルドに案内する前からずっとルーシィと共にしてきた。そこで彼が見たいてルーシィの様子は、お金持ちのお嬢様とは程遠い、自分たちの仲間として、良くも悪くも馴染んでいるただ一人の少女だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に憧れて、ぶっ飛んだメンバーの一挙手一投足にツッコミを入れたり振り回されたり、想像を超える魔法の数々に感動していたり…。

 

そして、幽閉されていた幽鬼の支配者(ファントムロード)の本部から取り戻した時に、自分のせいだと責めながら、涙を流しながらもナツとハッピーに零した言葉は、よく耳に残っていた。

 

『それでもあたし…ギルドにいたいよ…!妖精の尻尾(フェアリーテイル)が大好き…!!』

 

「ここにいたいって言ったよな。戻りたくねえ場所に戻って何があんの?妖精の尻尾(フェアリーテイル)のルーシィだろ。ここがおまえの帰る場所だ」

 

その言葉は、今のルーシィにとって何よりの救い。生まれ育った家を捨て、憧れて入った場所。そこから離れてしまうことを覚悟さえしていたのに、ナツはそんな自分を突っぱねず、ギルドは彼女を受け入れてくれる。折れかけていた心に寄り添ってくれるような彼の言葉にルーシィは感極まったのか、その双眸から涙を浮かべ、そして流れ出した。

 

「泣くなよォ、らしくねえ…」

 

「そうだ!!漢は涙に弱い!!」

 

「だって…!!」

 

溢れ出したその涙をもうこらえることができない。両手で顔を覆い、涙を流すルーシィに、グレイもエルフマンもたじたじとなってしまう。そんな中シエルだけは違った。普段のような悪戯を行う笑みではなく、優し気な笑みを浮かべてルーシィに近づく。

 

「大丈夫さ、ルーシィ。妖精の尻尾(ここ)はどんな人も受け入れてくれる。拭いきれない忌まわしい過去を持っていても、辛い現実に打ちのめされて逃げたとしても、最後には笑って迎え入れてくれる」

 

顔を覆っているルーシィの左の肩に、温かい感触が生じる。思わず両手を放して前を見ると、感触の正体はシエルの右手。そして目の前にいるシエルの顔は年相応の、純粋な笑顔だった。

 

「俺も、ナツも、みんなもいる。みんながルーシィの味方で、家族だよ」

 

自分よりも年下の少年の言葉。だがそれを聞いた彼女は、再び涙を溢れさせる。

 

温かい。

ルーシィは、今までの人生の中で一番心が満たされるような感覚を味わった。過去にこれ程の温かい気持ちで心がいっぱいになったことがあっただろうか…。

 

本当に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入って良かった――。

 

 

 

しばらく涙を流していたルーシィだったが、それはギルドの中、否、町全体に響くような謎の地鳴りによってそれは止まることになる。

 

「外だー!!」

 

それを知らせたのは、マスター・マカロフをポーリュシカの元に送り届けた魔導士の一人、アルザック。知らせを受けてギルドの外へと向かう妖精の尻尾(フェアリーテイル)。ギルドの裏口からは、一見海と見紛う程に広大な湖が広がっているのが見える。だが、本来なら絶対に存在し得ないそれが、今魔導士たちの目の前に確かにあった。

 

「な…何だあれは…!!?」

 

声を出したのは誰だったのか、それを確認することもできない程に、全員がそれに注目していた。

 

まるで城のような巨大な建造物に、岩石で作られた台座からまるで生えたような機械の脚。それが左右に3本ずつ。6足歩行の生き物のように湖の上を妖精の尻尾(フェアリーテイル)目がけて、大きな地響きを鳴らしながら歩いていたのだ。そして建造物のてっぺんから挙げられた旗には幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドマーク。

 

「想定外だ…!こんな方法で攻めてくるとは…!!」

 

シャワーを浴びているときに響いた地鳴りにバスタオル一枚で駆け付けたエルザも、さすがに予想だにしなかっただろう事態。大胆な格好に誰もが反応できない程に、今この状況が凄まじいことを物語っている。

 

六足歩行ギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)―――。

それが、奴らの拠点としている本部の正体だった。

 

しばらく湖上を歩いていた建造物であったが、その動きは粗方距離を詰めてきた状態で停止。そして建物の一部。全体から見るとちょうど中心部に位置する場所から数段階に伸びる一本の鉄で出来た大砲が現れた。間もなくして大砲の発射口に収束される黒い魔力。見るに明らか、狙いは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドであった。

 

「ま、まさかアレを発射するのか!?」

「しかもアレ、魔導収束砲だ!!」

「ギルドが吹っ飛ばされるぞォ!!」

 

「全員伏せろォオ!!!」

 

全員に伝わる声量で叫びながら最前線へと駆けだすエルザ。勢いでタオルがその身から外れるが構いはしない。次第に彼女の身体が光に包まれ、その身は普段彼女も扱う換装魔法によって鎧に包まれた。

 

「ギルドはやらせん!!!」

 

金剛色を基調とし、身体全体を覆うほど頑強な作り。さらには頭部をも保護する兜。両肘の部分に取り付けられた身の丈ほどの大きな盾。

 

金剛(こんごう)の鎧』――。

エルザが身に纏う鎧の中で一番の超防御力を誇る鎧だ。これを出したという事は…。

 

「まさか、受け止めるつもり!?」

 

超防御力の鎧をまとい、最前線にて迎え撃つ。それしか考えられなかった。しかし、相手は人間ではなく複数人の魔力を結集して一気に解き放ち破壊する魔導収束砲。いくら最高級の防御力を誇る鎧であっても、下手をすれば死んでしまう。呼びかけて止めようとする者もいるが、彼女は一切退く気はない。

 

「「エルザ!!」」

 

「ナツ!ここはエルザを信じるしかねえんだ!!」

「お前もだシエル!これ以上は行くな!!」

 

エルザを助けようと必死にナツとシエルが手を伸ばすも、グレイ、エルフマンにそれぞれ身体を抑えられ、届くことはない。ギルドを狙う魔導収束砲、それを迎え撃とうとするエルザ。後方で見ているルーシィは恐怖で彩られた表情でそれを眺めることしかできない。

 

そしてとうとう…魔導収束砲は発射された。

 

湖を二つに割るほどの勢いで妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと向かう黒き波動。

 

対するは装備した盾で身を固め、守ろうとする妖精女王(ティターニア)

 

両者はとうとうぶつかり合い、激しい拮抗を起こす。エルザ越しで感じる波動の勢いで起きる風圧に、後方に控える魔導士たちは身をかがめて伏せている。

 

次第に勢いが減っていく波動。だが、エルザの抱える盾と鎧も、衝撃に耐えきれず罅が生じ始める。やがて盾は淵の方から欠けだしていき、抑えきれない波動の余波がエルザの身体全体を襲う。

 

 

 

そしてとうとう、エルザの守りが崩れてしまった。粉々に砕けた鎧と共に宙を飛ぶエルザの身体。だがしかし、黒い波動も勢いを殺されエルザよりも後方へと行くことも無いまま霧散する。

 

魔導収束砲の威力は確かに絶大だった。エルザが立っていた場所よりも前方の地面がえぐり取られているのがその証拠。妖精の魔導士たちに安堵の空気が漂う。魔導収束砲を止めた妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女魔導士。しかし…。

 

「エルザーー!!」

 

「エルザ!!しっかりして!!」

 

その代償もまた大きい。超防御力を誇る金剛の鎧を身に纏っていたとはいえ、身一つで魔導収束砲を受け止めた。鎧は砕け散り、彼女の身体には全体的に傷がついている。負担も明らかに大きい。戦力の一つが確実に削がれたことを全員が理解した。

 

《マカロフ…そしてエルザも戦闘不能…》

 

突如幽鬼の支配者(ファントムロード)から拡声器を通じて聞こえてきたその声。声の主はジョゼ。幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスターにして、マカロフと同じく聖十大(せいてんだい)()(どう)の一人だ。

 

《もう貴様等に凱歌は上がらねえ。ルーシィ・ハートフィリアを渡せ…今すぐだ…!》

 

これは交渉とは程遠い、脅迫に似たものだった。主戦力を二人も失った妖精の尻尾(フェアリーテイル)に最早勝ち目は残っていない。早々に目当てのものを手に入れるための脅迫。そうとしか考えられなかった。

 

「ふざけんな!」

「仲間を敵に差し出すギルドがどこにある!!」

「ルーシィは仲間なんだ!!」

「そーだそーだ!!」

「帰れ!!」

「ルーシィは渡さねえ!!」

 

無論、それで簡単に渡そうとするなど、妖精の尻尾(このギルド)では行うわけがない。この場にいるすべての魔導士がジョゼの言葉に真っ向から反対し、声を上げる。

 

しかし、その声が今のルーシィの心をえぐるような刃となっていた。自分のためにここまで戦ってくれる者たちが、自分の事を大切にしてくれる者たちがいる。だがその為に、マカロフも、エルザも、動くこともままならない状態となってしまった。もしこのまま自分がファントムの元へと行かなければ、また誰かが傷つくことになる。

 

大切にしてくれるからこそ、思ってくれるからこそ、これ以上そんな姿を見たくない。自分が犠牲になればいい。そうすればもうこれ以上誰も被害に遭わない。

 

「あたし…あたしは…!!」

 

 

 

 

 

「仲間を売るくらいなら死んだほうがマシだっ!!!」

 

そんな思いを打ち砕くように、軋む体を起こしながら叫んだエルザの言葉に、ルーシィは息を呑んだ。そしてそれに続くようにシエルとナツも声を荒げる。

 

「おまえ等みたいなクズどもの要求なんか、誰が聞くもんか!ましてや俺たちの大事な仲間を、絶対に渡したりなんかしないッ!!!」

 

「オレたちの答えは何があっても変わらねえっ!!おまえ等をぶっ潰してやる!!!」

 

その叫びに呼応するように、雄叫びをあげる妖精たち。その言葉と、その思いに、ルーシィはまたも涙を流す。本当はもう傷ついてほしくない、犠牲になるのは自分だけでいい。

 

 

 

だけど、そのみんなの思いがたまらなく嬉しい。そう思う自分がいた…。

 

《ならば特大の魔導収束砲(ジュピター)を食らわせてやる!!装填までの15分、恐怖の中で足掻け!!!》

 

二度目の妖精と幽鬼による衝突が、今始まる…!!

 

 




おまけ風次回予告

シエル「へぇ~、最近はこんな魔法アイテムが流行りになってるんだ~。ふ~ん…」

ルーシィ「ちょ、ちょっとシエル!もう時間になってるわよ!?」

シエル「え?あ、本当だ!週刊ソーサラーに集中してたら忘れてた!!」

ルーシィ「もう!気を付けてよね!あたしが呼びかけなきゃどうなってたか…」

シエル「う~ん、何かに集中するとついつい時間を忘れることがあるんだよね…」

ルーシィ「それはあたしもあるけどね。小説書いてるときとか本を読んでるときとか。でも、何か予定があるときにはちゃんと知らせが来るから助かってるんだ~」

次回『15分』

シエル「知らせって、誰が知らせてくれるの?」

ルーシィ「あ、そっか。シエルはまだ知らないのよね?あたしの契約星霊、時計座のホロロギウム!」

シエル「ホロロギウムってそんな仕事もあんの!?」


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第12話 15分

今年に入ってからは厳しい状況が続いておりますね。

コロナウイルス、大雨による氾濫、そして猛暑…。

厳しいことだらけで帰省することもままならない状況ですが、一つずつ乗り越えていきましょう。



さて、小説の話になりますが、ちょっと表現を変える部分を作りました。前回ジョゼが放送機を使ってしゃべった台詞も『この表現』にしたのですが、差別化を図って《こっちの表現》に置き換えます。
既に前回の方も修正しているので、良ければご確認ください。


《ならば特大の魔導収束砲(ジュピター)を食らわせてやる!!装填までの15分、恐怖の中で足掻け!!!》

 

放送機越しに怒気を含んだジョゼの声が響き渡る。魔導収束砲、またの名をジュピター。エルザでさえ一発防ぐだけで満身創痍になる程の威力。それをもう一発放たれればただでは済まない。ルーシィを渡す気など勿論ないが、もう一発があと15分で放たれるという言葉に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーに激震が走った。そしてさらに追い打ちをかけるように、幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドの中から無数の影が飛び立ち、こちらに迫ってきた。

 

《地獄を見ろ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)…。貴様等に残された選択肢は二つだけだ。我が兵に滅ぼされるか、ジュピターで消し飛ぶかだ》

 

ジュピターの装填をしている状態で、狙い撃つ先にいるはずの敵地へ向けて兵を出撃。その上で装填後に発射を確定させているともとれるジョゼの言葉に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちに更に激震が走る。自らの兵ごと撃つつもりでいるのかと。いくらなんでもそんなことはしないはず。脅しだと断定する者もいるが、それを否定したのは同じく妖精側の魔導士であるカナだ。

 

「あれはジョゼの魔法“幽兵(シェイド)”。人間じゃないのさ…。ジョゼが作り出した幽鬼の兵士」

 

「ってことは、おばけ!?」

 

魔法で作り出された、命を持たぬ幽鬼の兵士。その全てが背にファントムの紋章を刻んだ黒いローブを纏っており、素顔の部分は不気味に光る赤い目しか確認できない。更には胴体と思われるものも確認できず、幽兵(シェイド)の名にふさわしい黒い影の身体で浮遊している。

 

無数に蔓延る幽兵(シェイド)に、明確な死は存在しない。ジュピターを発射して消滅させたところで、ファントム側に損失など皆無なのだ。自然と妖精の尻尾(フェアリーテイル)側の目標はジュピター発射の阻止という事に限定される。だが恐らく、幽兵(シェイド)妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルド、及びメンバーを狙って攻撃してくるだろう。どちらか一方を集中させるわけにもいかない。

 

「オレがぶっ壊してくる!15分だろ?やってやる!!」

 

そんな時、ジュピターの発射阻止に名乗り出たのはギルド内でも随一の破壊力を持つ魔導士・ナツ。ギルドの守りを選んだ者たちに託された彼は相棒であるハッピーの名を呼び、(エーラ)を発動した彼に持ちあげられながらジュピターの砲門へと向かっていった。

 

「エルフマン!オレたちも乗り込むぞ!」

 

「おっしゃー!!」

 

ナツたちの後に続くようにグレイとエルフマンも駆けだす。そして更に続くように、シエルもグレイたちの背を追いかけ始める。

 

「俺も行くよ!これを使えば手っ取り早い!」

 

シエルは駆けながら前方に魔法陣を展開させると、そこから曇天(クラウディ)と同じ白く染まった、自分の3、4倍程ある大きさの雲を顕現させる。そしてそのまま飛び跳ねると、本来突き抜けてしまうはずの雲の上に着き、空を漂う雲の上に乗る形となった。空中を自在に移動するためにシエルが編み出した魔法の一つ。

 

「『乗雲(クラウィド)』!グレイ、エルフマン!乗って!!」

 

「「おう!!」」

 

走るよりも速いスピードで迫ってきた雲を視界に入れ、それを操る少年の声に従い、先導した二人は彼の後方、空いている部分に飛び乗る。カナを筆頭にギルドの守りを固める後方の仲間たちを信じ、シエルたちは湖面に沿って移動する。しかし、その行き先を幽兵(シェイド)たちが邪魔するように立ち塞がり始めた。

 

「邪魔だ!日射光(サンシャイン)!!」

 

雲を駆りながら掌サイズの太陽の光を前方に向けて照射。相手は闇の魔力によって作り出された兵。光の属性には弱かったのか、あっさりとその姿は霧散していく。だが、光を向けているのは前方。どうしても後方から回り込んでくる兵たちにまでは及ばない。そこを…。

 

「アイスメイク!“槍騎兵(ランス)”!!」

 

もう一人の遠距離にも対応できる造形魔導士のグレイが迎撃することで対処できている。迫りくる幽兵(シェイド)を氷の槍で撃ち落としながら、シエルが取りこぼした兵たちがどこから攻めてくるかを警戒している。エルフマンも乗ってはいるが、彼の魔法は近接専門。至近距離にまで詰められれば対処するが、現時点では心配はないようだった。

 

「ナツは砲台の中に直接入ったみたいだね…」

 

「動力がどこにあるかは定かじゃねえ。オレたちは正門の入り口から探そうぜ」

 

「正面突破。それでこそ漢!」

 

ジュピターが放たれていた砲台の上へと一足先に着いていたナツ。だが彼の攻撃でも砲台を壊せなかったらしく、内側から破壊することを選択したようだ。同じところから潜入する方法も考えたが、動力が見当違いのところにあるかもしれない。なので、ギルドの正門から入り動力を探すことに決めた。

 

乗雲(クラウィド)の解除と一緒に乗り込むよ!エルフマン、よろしく!」

 

「任せろ!ぬおおおっ…!!」

 

正門入り口が目前に迫ろうとしたときに、前方に位置どっていたシエルがエルフマンにそのポジションを譲る。譲られたエルフマンは右腕を岩の身体を持つ魔物の腕へと接収(テイクオーバー)で変化させ、後方へと一気に振りかぶる。そして岩の土台を下に確認できた瞬間「今だ!!」と叫びながらシエルは乗雲(クラウィド)を解除。雲が瞬く間に霧散していき…。

 

「漢ぉぉおおおっっ!!!」

 

一番前に出ていたエルフマンの右腕が正門を吹き飛ばし、奥の方へと扉が飛んで行った。襲撃に備えて待ち構えていたであろう何人かのファントムの魔導士が、扉に巻き込まれてその身を投げ出される。

 

「お?ちょうどいい。ジュピターの動力の場所、こいつらに吐かせようぜ」

 

「やっぱそう考えるよね。俺も異議なし」

 

待ち構えていたファントムたちを視認したグレイとシエルは、この状況を利用することにした。闇雲に探すよりは相手側から情報を引き出した方が手っ取り早い。いきなり後手に回ってしまったことで警戒心を強めるファントムたちだが、その様子を見て妖精側の3人は一切怯む様子はなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

正門入り口で待ち構えていた魔導士を一人残して戦闘不能にした後、その残した一人からの情報をもとに、シエルたちはジュピターの動力室へと向かっていた。発射までの時間は残り5分と言ったところだろうか。移動と情報の引き出しで少々時間を要したが、今のペースで動力室に向かえば十分に間に合う。

 

そして、ジュピターほどの超破壊力を持つ魔導収束砲の魔力源である巨大な魔水晶(ラクリマ)が設置してある動力室に辿り着いた時にシエルたちが見たのは、二人の火の魔導士がぶつかり合って…。

 

「くっさああっ!!?ぎゃああっ!鼻がもげるぅぅうっ!!」

 

「はははっ、牛乳拭いた雑巾の匂いの炎さ」

 

…ぶつかり合って…いるように見え…なくもない光景だった。乗り込んだ直後に見せられたのは橙色に光る炎を纏わされたナツが、鼻を押さえて悶えながら床を転がっており、もう一人のファントムの魔導士と思われる男がそれを見て得意げに笑っているところだった。

 

「いや、何してんの…?」

 

「む?新手か…。この短時間でこうまで侵入を許すとはな…」

 

未だ鼻を押さえて悶絶しているナツと対照的に、相手の方はシエルたちを目視して警戒を強めた。全体的に侍のような風貌をしており、髪の色は白と黒で縦に分かれている。赤を基調とした服装に、炎の魔法を扱う魔導士にしてはナツを手こずらせているので、実力は高いのだろう。

 

男の名は『兎兎(とと)(まる)』。『大火の兎兎丸』と称される、幽鬼の支配者(ファントムロード)のエレメント(フォー)の一人である。

 

「だが、ジュピターを止めることはできないぞ?私が今ここで君たち全員を倒すからだ。紫の炎(パープルファイア)!!」

 

相手側の数が増えたにもかかわらず強気な姿勢で告げる兎兎丸。告げたと同時に彼は手をかざして魔法陣を展開。そこからシエルたちにとって見覚えのある紫色の炎を繰り出した。突然の攻撃ではあったが、3人はすぐさま回避して攻撃から免れる。だが、その表情にはわずかな動揺があった。

 

「この魔法…マカオが使ってるやつと同じだ!」

 

「同じ、か…。果たしてそうかな?青い炎(ブルーファイア)!!」

 

続いて繰り出してきたのは青色の炎。グレイ目掛けて放たれたそれを彼は逆に包むように凍らせることで対応する。だが、氷に包んだ際に気付いたことがある。

 

「何だ?この炎、やけに冷たい…?」

 

ナツが受けていた激臭のする橙の炎、マカオと同じく水や風では消せない紫の炎、そして今繰り出された冷たい青い炎と言ったように、複数種類の炎を扱うことができると分かる。さらに兎兎丸の力はもう一つある。

 

「てめえ!今相手してんのはオレだろうがあーっ!!」

 

手だけでなく、怒りによって顔からも炎を噴き出しながら、ナツが兎兎丸目掛けて殴り掛かろうとする。だが次の瞬間、兎兎丸に向かったはずのナツの方向が転換。エルフマン目掛けて炎の拳を振りかぶった。

 

「うおっ!?何しやがんだナツ!!」

 

「違えよ!あいつが勝手に動かしてんだ!!」

 

今のナツの行動、そして言動から考えてシエルはその力を察した。兎兎丸のもう一つの力とは炎であるならば、自然のものでも相手の魔法であっても意のままに操ることができる、と言うものだ。先程からナツの相棒であるハッピーが「兎兎丸に構わず動力になる魔水晶(ラクリマ)を破壊しなければ」と、大声で主張しているが、そんなハッピーにシエルは告げた。「魔水晶(ラクリマ)を壊すには、どのみち兎兎丸が行う炎の制御を阻止しなければいけない」ことを。だが、それは炎の魔導士が相手だった際の話だ。

 

「さあ、私の扱う炎に敗れるといい。緑の(グリーン)…」

 

「火気厳禁!曇天(クラウディ)豪雨(スコール)!」

 

手元に緑色の炎を顕現して攻めようと企てていた兎兎丸であったが、シエルがすかさず繰り出した雨によって動力室が一気に水場へと変貌。彼の炎をすぐさま消されてしまった。

 

「なっ!?だが、こちらは雨の中でも維持できる紫の炎(パープルファイア)が…って!?」

 

さすがにギルド内でも上位に君臨する実力者だけあって、すぐに状況を判断し次の一手を割り出すまでは良かったのだが、差し出された両手が炎を出す前に氷漬けにされてしまい、魔法は不発に終わってしまった。グレイの手によって。

 

「もうこれで火は出せねえよな?」

 

不敵に笑みを浮かべるグレイに、唖然とした様子で口を開けるしかない兎兎丸。ついでにナツも「お、おい…?」と今の状況が理解できていないように見える。そして…。

 

落雷(サンダー)!!」

氷雪砲(アイスキャノン)!!」

 

ジュピター発射まで残り2分ほどまで来ていた時、シエルの落とした雷と、グレイが造形で作り上げた氷の大砲から放たれた砲撃によって、巨大な魔水晶(ラクリマ)は破壊された。それに伴い、発射のために蓄えられた魔力は飛散。さらに外に取り付けられていた砲台も壊れ、崩れていった。

 

「そ、そんな…」

 

「やったぁ!シエルもグレイもカッコよすぎです!」

 

「お、オレほぼいる意味ねーじゃねぇかぁ!?」

 

ジュピターの動力を守るという自分の任務を果たせなかったことで落胆の様子を見せる兎兎丸に対し、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちに喜色の表情が浮かび上がる。唯一ナツだけは相手の制御を克服するという狙いがあったのだが、途中で合流した仲間にあっさり敵の魔法を封じられ、悠々と魔水晶(ラクリマ)破壊の仕事を横取りされたことにショックを受けているようだった。

 

「さて、どうする?もうお前は戦えるような状態じゃねえみたいだが」

 

「やるって言うなら受けて立つよ。勝てると思えないだろうけど」

 

「潔く降参するならそれもよし。それもまた漢」

 

正直兎兎丸は焦っていた。自身の手を固めている氷の魔法は思っている以上に強固で外れる様子がない。魔法で溶かそうにも彼が扱う炎の魔法は扱いが繊細だ。手が封じられている状態では満足な効果は期待できない。その上、未だシエルが発動させた雨の効果が残っている。更に味方は今ここに誰もいない。万事休すだ。

 

 

だがその時、部屋が揺れた。いや、部屋だけではない。ギルド全体が揺れ始めた。突如起こりだした揺れに、妖精側だけでなく、兎兎丸さえも動揺している。そして揺れは徐々に大きくなり、動力室が横の方へと傾きだす。

 

「な、何だ!?」

「傾いてるよ!?」

「何が起きようとしてんだ!?」

 

「まさか、アレをやる気か!?ここには水平維持の機能がないんだぞ!!」

 

「水平!?」

 

床は壁に、そして壁だったはずの一面が床へと変貌。そしてジュピター崩壊によって散らばった瓦礫がこの場にいる全員を襲う。各々がそれに対処する中、唯一自由には動けない兎兎丸だけが今何が起きているのかを理解していた。

 

「ははっ!巨人が起きたぞ!君たちはもう終わったんだ!!」

 

「巨人…!?」

 

内部にいるシエルたちにはギルド全体がどのようになっているかは分からない。だが、巨人と言う単語に、この揺れから推測するに、ギルド自体が巨人のような何かに変貌しているのではないかと思われる。

 

そして揺れが未だに収まらない中、スピーカーを通して再びファントムのマスター・ジョゼの声が響く。

 

《平伏すがいい、クソガキども…。そしてその身の程を知れぇ…絶望の中で己の最期をたっぷりと味わうがいい…》

 

シエル、グレイ、エルフマンの3人がその声と言葉に身を引き締めている。ひとまず何が起きているのかを確認しなければ、どう動けばいいのかもわからない。しかしそれは兎兎丸によって正体が判明することになる。

 

「我がギルドの最強兵器…『超魔導巨人ファントムMk(マーク)(ツー)』」

 

外からの様相は、まさしく鉄の巨人。肩の部分からは超巨大な兵器を動かすために熱を逃がす筒がつけられており、そこから煙が発生。ギルド全体が巨人となったそれは最早一歩動くだけでもあらゆるものを破壊することを可能とする。

 

「ギルドが動くだけでも規格外だったって言うのに…」

 

「巨人になるだと…!?どういう仕組みだよ!!」

 

グレイもエルフマンも、幽鬼の支配者(ファントムロード)に対して予想の範疇を上回る機能が搭載されたギルドに驚きを隠せない様子だ。6足歩行で移動し、変形して魔導巨人にも変形できるなど……と考えたところでふと気づいた。移動?巨人?今も続く揺れは、もしや歩いているのだろうか?魔導巨人と銘打っているが、カテゴリーには乗り物に分類される。それはつまり…。

 

「お…おお…おぷ…!」

 

約一名(ナツ)行動不能(役立たず)になるという事だ。すっかり忘れてた。ずっと揺れる乗り物の中では酔いが一気に回って、動くことすらできなくなってしまうのがこの男の弱点であることを。唯一ナツが酔った瞬間を目撃したハッピーだけがナツを心配して傍についているが、何をしても無駄な気がする。

 

「アイツ、もしかして乗り物に弱いのか…?」

 

「見ての通りです。」

 

「くっ…!この拘束さえなければ、私の最大の技をもって逆転できていたものを…!!」

 

折角のチャンスが到来したというのに、現状何もできないことに変わりがない事実に兎兎丸は悔し気に涙さえ流している。その行動を見ていたシエルは、グレイとエルフマンに一つ耳打ちをする。聞いた二人は少々気の毒な視線を兎兎丸に向けたのだが、断る理由も特になかった。

 

「えっ、ちょ…?」

 

まずグレイが手を拘束した氷を起点に顔だけ残して全身を氷で包み込む。そして…。

 

「漢なら!空を見上げる星になれぇえっ!!!」

 

「意味わかんね~!!」

 

腕を魔物化させたエルフマンが氷漬けになった兎兎丸を鷲掴みにし、崩壊と変形によって開けられた穴から上空へと投げ飛ばして、彼の言うように星にした。それを見たシエルは呑気に「お~、思った以上に飛んでったな~」と呟いていた。

 

「ねえ、オイラ外の様子見てくるよ!」

 

「あ、俺も行く。魔導巨人とは聞いたけどどうなってるのか分からないし」

 

ハッピーは(エーラ)で、シエルは一人分の乗雲(クラウィド)で一度ギルドの外へと飛んで向かう。

 

上空に出てまず目に映ったのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)側の様子。未だ蔓延る幽兵(シェイド)を相手に応戦しているが、数は一向に減っている様子がない、むしろ増えているようにも見える。

 

次に見たのは幽鬼の支配者(ファントムロード)側。兎兎丸が言ったように、魔導巨人へと変貌を遂げていたそのギルドは、何故か歩を進めることを止めており、右手の指で何かの文字を書いているようだ。

 

「あれって、文字…?」

 

「違う、魔法陣だ…!しかもこれって…!?」

 

ハッピーと共にその様子を見ているシエルは、かつて本で読んだことがあった。評議会、否、魔法界において禁忌ともされている破壊の魔法。名を『煉獄砕破(アビスブレイク)』――。

4つの魔法の元素である地水火風の魔力をもとに暗黒の波動を放つ魔法であり、今巨人が描いているサイズから推測するに、今いる妖精の尻尾(フェアリーテイル)から、マグノリアの街の中心に聳え立つ『カルディア大聖堂』までを破壊、消滅させることが可能だろう。

 

「嘘でしょーー!?」

 

「いくら俺でもこんな時にくだらない嘘をつきはしないさ…」

 

「何だそりゃ!?有り得ねえだろ!!!」

 

その説明をナツたちの元に戻ってからシエルから聞いたハッピー。更には仰天するナツも含め、グレイとエルフマンも事態がさらに厄介なことになっていることを察した。マグノリアの街を半分も消滅させてしまう魔法など、スケールがデカすぎて現実味が感じられないのも理由の一つだ。

 

「手分けしてこのギルドの動力源を探すっきゃねえ!」

 

「ったく!次から次へととんでもねえ事してからにィ!」

 

「急いで止めるぞーー!!」

 

「俺は空から探してみる!」

 

それぞれ4人が巨人の手を止めるために動き出した。ナツとグレイ、エルフマンは内部から。ハッピーはナツと同行し、シエルは乗雲(クラウィド)を駆使してギルドの外側から探すことにした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

本で読んだ知識でしかないが、禁忌魔法『煉獄砕破(アビスブレイク)』は4つの元素をバランスよく織り交ぜて闇の魔力へと変換させる魔法。推測でしかないが、魔法陣を書ききって発動するには10分ほどかかると思われる。先程のジュピターと比べると規模が大きい上に時間の猶予もない。

 

3人が出発した砲台からなるべく離れた入り口から再びギルド内に入ったシエル。しかし、廊下やジュピターのような動力室らしき部屋は一向に見つからず、刻一刻と時間が過ぎていく。焦りからか歯を食いしばるような表情を浮かべるシエルであったが、その時前方の床から突き出すように盛り上がって、シエルの行く手に立ちはだかる。

 

「うおっ!?何だ!!」

 

思わず乗雲(クラウィド)から後ろに飛んで降り、雲を解除する。何者かがいることは明白。しかし、その姿は未だ視認できない。すると…。

 

「ノンノンノン、ノンノンノン、ノンノンノンノンノンノンノン」

 

謎の相槌の羅列を繰り返し、シエルいる更に後方の床が盛り上がって、一人の男の姿が現れる。茶色のタキシードを身に纏い、魔法によるものなのか下半身は地に埋まったまま右方向に体を90度曲げた状態を維持している。深緑色の逆立った長めの髪に、同じ色の髭が鼻の下に二房。そして赤縁のモノクルを右目に着けている。一見すると紳士のような風貌をした中年男性だった。

 

「3・3・7のNO(ノン)ごきげんよう(ボンジュール)

 

「随分と変なのが来たな…。さてはエレメント(フォー)か?」

 

「その通り。偉大なる幽鬼の支配者(ファントムロード)に仕えるエレメント(フォー)が一人、『大地のソル』。ムッシュ・ソルとお呼びください」

 

先程数人がかりで倒した兎兎丸と同じく、幽鬼の支配者(ファントムロード)の幹部と言えるエレメント(フォー)。“大地”の名から察するに、地属性に関する魔法を扱うことが予想できる。自分の扱う“天”と対を為す“地”。若い少年と年季のある中年。両者それぞれが対照的な対決が実現されることになった。

 

「オーケー、ムッシュ・ソル。じゃあ早速だけど、魔導巨人の止めるための場所や方法、教えてもらうよ!!」

 

先に仕掛けたのはシエルだ。先程床の下から飛び出してきたのを見るに、彼は地中を自在に動くことができると予想する。ならば、地中、もしくは床ごと攻撃を行うことができる魔法を仕掛ければいい。

 

「強風警報発令!竜巻(トルネード)!!」

 

ソルに向かって螺旋に描く強風が襲い掛かる。しかし、ソルは焦りを微塵も感じさせずに埋まっている床から下半身を抜き出すと、目にも止まらぬ速さで体の長さを縦方向に伸ばし、()()()竜巻に飲み込まれる。

 

その行動を見て一瞬驚愕に染まるシエルを見て、一つ笑みを浮かべたソルは竜巻の勢いを利用してシエルの足元近くへと突っ込み、瞬時に潜り込む。

 

やあ(サリュ)

 

「え…がっ!?」

 

かと思いきやシエルの背後に現れ彼が振り向いた瞬間に蹴りを入れて小柄な体を吹き飛ばす。だがシエルもただではやられない。咄嗟に態勢を立て直してすぐさま次の魔法を発動させる。

 

吹雪(ブリザード)!!」

 

しかし、それも瞬時に床の下へと潜ったソルによって躱される。判断を誤った。すぐさまシエルはそれに気づいたがもう遅い。再びシエルの後方へと飛び出したソルがお返しと言わんばかりに魔法を唱える。

 

岩の協奏曲(ロッシュコンセルト)!!」

 

唱えると同時に無数の石礫が現れて、シエルへと襲い掛かる。その衝撃で再び身体が宙に浮かび、床の上を小さな体が転がることになった。だが、ソルはそんなシエルの様子に少しだけ感心している。

 

「おやおや、今私の攻撃を受ける直前、即座に後方へと飛び跳ねてダメージを緩和させましたな?お見事(ビョンジュウィ)

 

見た目や喋り方で侮ってしまいがちだが、伊達に幹部とされる位置に就いてはいない。確かな実力を感じさせる、とシエルは理解した。そしてソルの言う通り無駄なダメージを避けることには成功したのだが、状況自体は好ましいものでないことには変わりない。

 

「まだその若さで中々の実力。更には珍しい天候魔法も扱える…。さすがは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の期待の新人の一人、『天に愛されし魔導士』と呼ばれる方と言えますね」

 

突如語り始めたシエルの詳細に、本人は訝しげな視線をソルへと向けた。噂でそのように呼ばれることはシエル自身も自覚していたが、何故今このような話を持ち掛けてきたのか?疑問に抱いたその答えは察したのか否か、ソル自身が答えた。

 

「あなたのお噂は知っていますよ…いや…もっとも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士の情報はすべて頭の中にあるのですよ」

 

その言葉がシエルには信じられなかった。有名な魔導士の情報や、書物に載っている魔法などはシエル自身もよく読んだり調べたりしているので知識として身に付いている。しかし、個々人の詳しい情報、それも敵対しているとはいえ違うギルドのメンバーについての全てを熟知しているなど、並大抵の記憶力ではない。だが、それで動揺を見せてしまえば向こうの思うつぼだ。

 

「だったらどうした…」

 

「あなた、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する以前は、別のギルドにいたのでしょう?それも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に即加入することもできない深い事情があった上で…」

 

「!!?」

 

そんなことまで調べているのか、と今度は動揺を隠すことができなかった。その反応を待ち望んでいたかのように、ソルは語りだす。

 

「かつて、あなたと同じように呼ばれていた魔導士がいたそうなんですよね~。天に愛された魔法と力を授かっておきながら、闇の世界にてその力を振るったとされる…

 

 

 

 

 

そう…『堕天使』と…闇ギルドの世界で呼ばれていた魔導士が…」

 

 

 

 

瞬間、脳裏に浮かんだのは、今いるギルドとは別の場所。

 

そこは今とは正反対の地獄と言える日々。

 

自由も、尊厳も、権利も、選択も、何もかもが奪われていた時間…。

 

忌まわしき過去―――――。

 

 

信じられるのは、唯一残された肉親のみ……。

 

 

そして……『堕天使』と呼ばれた少年を除く、全ての命が失われた、あの日の事だった…。




おまけ風次回予告

ミラジェーン「ねえシエル、エルフマンは大丈夫かしら?」

シエル「心配ない…って言いたいところだけど、正直俺も分からないよ。でも、あいつの心の問題はあいつ自身が乗り越えなきゃいけないんだ。」

ミラジェーン「それは分かってるんだけど、やっぱり不安になってしまうときがあるのよ。それに、シエルだって…」

シエル「俺の事はそれこそ心配いらないよ。相手がどんな奴だって、簡単に負けるつもりはないさ。俺も…エルフマンもね…」

ミラジェーン「シエル…」

次回『シエル vs. 大地のソル』

シエル「負けるつもりはない、いや負けていられないんだ…。もう二度と家族を失うわけには、いかない!」


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第13話 シエル vs. 大地のソル

盆の合間にいくらか書き進めようと躍起になっていたのに…気づけば今回の話を書くので精一杯でした…。難産が続いている…。
おかしいな~、大まかな話の流れは既に確定してるのになぁ~。(汗)

そして多分今後もしかすると更新のペースが落ちるかもしれません。今より遅くなるとか悪夢みたいな話ですが、どうかご容赦くださいませ…。このままだと更にクオリティが落ちることに…。

それからものすごく今更感ではありますが、UA数の合計が10000突破しておりました。ありがとうございます!
更新を速めればもっと上がるだろうとは思うのですが、しばらくは難しそうです…。


目の前に映る現実が信じられなかった―――。

 

普段はずっと寝床に横になっているはずの弟が、そこから転がり落ちたのか床に蹲って胸を抑えている。口からは今まで出たことがないような量の赤い液体が漏れ出て、小さい赤の水たまりを作り出していた。その赤とは正反対に顔色は青に染まっており、弟の身に起こっている異常事態を否が応でも思い知らされることになった。

 

『―――!?しっかりしろ、―――!!!』

 

『…に…兄、さん…?』

 

弟の異常に停止しかけていた思考を取り戻し、兄は即座に駆け寄って安否を確認する。これまでの中で一番衰弱しきっている様子で、今にもその命が失われようとしているのが分かる。

 

何故こうなってしまった…?薬は毎回受け取り、そしてちゃんと飲むように告げていた。それなのに…弟の息はどんどんか細くなっていき、顔から血の気が失われていく…。

 

『無理に喋ろうとするな!!薬は…薬は飲んだんじゃ…!?』

 

寝床の近くにある棚の上には、薬が入っていた袋と、水が入っていたであろうコップが置いてある。確かに薬は飲んでいた。それなのに弟の容態は悪くなっている。兄にはその理由がわからなかった。

 

だがそれは…掠れた声で話す弟によって明かされることになる。

 

『バレ…ちゃった…。兄さんが、いない…間に…終われると、思ったのに…』

 

その言葉の意味を、兄は理解できなかった。弟は自らこの状況に身を投じていると言うのか?だが、だとしたらどうやって?その疑問を尋ねるよりも早く、弟は語った。

 

奴等が心底、他人の心を貶め、弄ぶ奴等だと…。

 

 

 

 

 

酒場と併設されたその空間では、今日も今日とて下品な笑い声が飛び交う耳障りな会話が響き渡っている。こんな奴らの声が耳に届くだけで煩わしいと日々思っていたが、今や何の感情の揺らぎもない。彼の心を埋め尽くす感情は、既に一つに集約されていたのだから…。

 

『あん?おいどうしたぁ?弟んところで子守しなくていいのかぁ?』

『それとももう次の仕事かよ?ぎゃははは!最近のガキより随分勤勉だ!』

『まあうちらとしちゃあ大助かりだな!なんせここにとって出世頭なんだからよ〜』

『この調子でオレらの酒代も稼いでくんねぇか?なーんて!!だははは!』

 

その空間に入ってきた少年を見た途端、このあと自分たちに降りかかる運命など気づかずに、勝手気ままな言葉を投げかける。だが、少年は一切それに反応を示さなかった。もう、自分がやる事は決まっている…。

 

『おい、聞いてんのかよ?ちょっとはガキらしい反応ぐらいしろって…』

 

近づいてきた男の言葉は、そこで区切られた。少年が差し出した右手、そこに向けられた腹部が、背中を貫通して風穴を作ったことによって…。

 

何が起きたのか理解する間も無く倒れ伏して起き上がらない男の体を見て、喧騒に包まれていたその空間が一気に静まり返る。周りの奴等は今、何が起きたのか理解できずにいる。

 

 

だが、もうそんなこともどうでもいい…。

 

 

 

 

少年が今唯一心に抱く…“殺意”に従って、周りの奴等も同じようにするだけだーーー。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

一瞬。それがあの記憶を呼び起こされていた時間だった。思い出したくもないあの地獄のような日々、そしてそれが終わったあの日のこと。それが呼び起こされた最たる原因は、今目の前にいる一見紳士の風貌をしたエレメント(フォー)の一人、大地のソル。

 

「私、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の方々については頭に入れているのですが、闇ギルド…それも数年前に消えてしまったギルドについては、噂程度にしか存じ上げておりません…」

 

口調こそ丁寧。だがその表情はシエルの動揺を感じ取ったのか確信を得たように笑みを浮かべている。「ですが…」と一層笑みを深くしたソルは、起き上がろうとした体勢のままで固まったように動かないシエルに言葉を続ける。

 

「その噂が他とは群を抜いている…。だからこそ耳にしやすいし、そんな噂と共通する事柄が多々あるあなたの事を調べた時も、真っ先に『堕天使』のことを思い出したのですよ」

 

耳に入ってくるソルの言葉。それが鼓膜を刺激するたびに、シエルは己の心臓が激しく波打つように動いていることを自覚する。目に見えて分かる動揺を、実力者たるソルが見逃すはずはない。

 

「『砂の舞(サーブルダンス)』!」

 

魔法陣を展開し、シエルの扱う砂嵐(サーブルス)と比べると威力は劣るが、視界を遮る砂の量が多い砂塵を巻き上げる。しまった、とシエルが意識をソルに向けた時には既に遅く、少年の視界は砂によってくらまされる。

 

どの方向から攻めてくるのか?警戒しても恐らく後手に回ることは必至とシエルは考える。まずはこの砂塵を払うことの方が優先されると結論付け、緑の魔法陣を瞬時に展開して竜巻(トルネード)を発動する。自分を中心に廻る竜巻によって砂塵は振り払われた。だが、開けた視界に既にソルの姿はなかった。

 

「なっ!どこに…!?」

 

思わず言葉を呟いた瞬間、ソルの姿は現れた。下の床に潜っていたソルが飛び出すのと同時にシエルの顎に一撃を入れる。さらには勢いを更に乗せて腹部にもソバットを喰らわせて吹き飛ばす。

 

「ノンノンノン、3つのNO(ノン)でお話になりませんな」

 

どこまでも余裕の姿勢を崩さないソル。対して自分はなんと情けないことか。敵の言葉に動揺して付け入る隙を与えてしまうとは…。受け身を取って何とか立ち上がろうとするが、すかさずソルは岩の協奏曲(ロッシュコンセルト)で礫を放つ。咄嗟に床を転がって躱すも、それを先読みしていたソルが床の下から再び飛び出し、魔法で伸ばした身体をシエルに巻き付けて彼の動きを封じ込める。

 

「ノンノン…紳士たるもの、たとえ相手が子供(ギャルソン)であっても、手加減を致さぬものです…」

 

「ぐぅ…く…っ!!」

 

どうにか解こうと力を加えるも、解ける様子は一向にない。ソルの表情は未だ余裕の笑みを浮かべているものであり、力づくでの拘束を抜けるのはほぼ無理に等しいだろう…。だが魔法を使おうにもソルはそれさえも読んでいるようにシエルの腕の自由さえも奪っている。

 

 

―――絶体絶命。そんな言葉が過ったその時だった。

 

 

「そいつから離れんかぁいっ!!」

 

大声と共に飛び掛かってくるその大きな人影。右手を黒い鉄の魔物に変えたその漢・エルフマンは、シエルを拘束するソルを引き剥がすため、彼の足元の床を殴って衝撃を生み出した。その勢いに思わずソルはシエルの身体から離れる。おかげで少年の身体はようやく自由の身となった。しばらくの間体の自由を奪われていたことで、2、3回せき込んだ後シエルは漢の姿を視認する。

 

「え、エルフマン…」

 

「こんな奴に苦戦するとは…。それでも漢か、シエル!」

 

九死に一生を得るとはこの事か。援軍として来たエルフマンに謝罪と感謝を軽く告げながら、シエルは再びソルに対して身構えた。味方側が一人増えて2対1。しかし、不利になったはずのソルに焦りはない。寧ろ彼が浮かべた表情はさらに深くなった笑みだった。

 

「おやおや、あなたはシエル様と同じく妖精の尻尾(フェアリーテイル)のエルフマン様ではございませんか…片腕のみの接収(テイクオーバー)…。あの噂はどうやら本当だったようですな?」

 

ソルから告げられた言葉にエルフマンは疑問符を浮かべる。まるで何の話をしているんだ、と言わんばかりに。だがシエルは気づいた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーたちに詳しいのであれば、エルフマンの()()()()も勿論調べているはず…。

 

「エルフマン、あいつの話に耳を傾けるな。俺たちのことについて調べ尽くして、過去の事を話すことで動揺を誘ってくる…!」

 

「過去…?言葉で惑わす手口を使うなど、漢として見過ごせんな。…漢なら!正々堂々拳で語るべし!!」

 

シエルからかけられた注意に警戒を強めながらも、エルフマンは右腕を振りかぶりながらソル目掛けて飛びかかる。対してソル自身は紙一重で右腕の攻撃を躱すと、シエルにも繰り出した砂の舞(サーブルダンス)でエルフマンの視界を遮る。

 

「あなた、妹様がいたでしょう?」

 

徐に語り掛けられた言葉にエルフマンが反応するのを僅かに感じたシエル。やはりあの事か、と半ば納得したように結論づけたシエルはソルによる砂塵と言葉を払い除けるために行動を移す。

 

曇天(クラウディ)!更に豪雨(スコール)!!」

 

廊下のほぼ全体に展開された暗雲から無数の雨粒が降り注いでくる。次々と床に落ちる雨粒の音が絶え間なく鳴り響き、ほとんどの音を遮っていた。更には巻き上げられていた砂塵に含まれる砂も洗い流され、エルフマンの視界が元に戻っていく。

 

「ノンノンノン、あなたにも関係がある事ですよ?」

 

雨の音が響く中、ソルの声がシエルの背後から聞こえてくる。思わず振り返るシエルだがその姿は見当たらない。一瞬呆気に取られてしまったシエルは足元に違和感を感じる。

 

「あ!?足が!!」

 

彼の足首から下が、なんと床の地面に縫い付けられたかのように埋まっていた。またしてもソルの方が上手だった。雨によって視覚と聴覚を下げていた事によって、それを利用して逆に相手の動きを封じ込めるとは。

 

岩の協奏曲(ロッシュコンセルト)!」

 

「がぁああっ!!」

 

雨によって水気を混じった礫が、再びシエルを襲う。彼の悲鳴を聞いたエルフマンは乱入してきた自分でなく後ろの方にいたシエルを狙ったことに動揺を隠せない。

 

「卑劣な!貴様の相手はオレがやるぞ!」

 

「心外ですな。より確実に勝利するための方法を選んだまで…。それに、妹様をその手にかけたあなたに、卑劣などと言われたくはありません」

 

シエルに大きなダメージを与えた影響か雨足が弱くなって声が届きやすくなった現状にすかさずソルはエルフマンに語りかける。シエルからの注意を受けていたエルフマンであったが、「妹」という単語を聞くたびに、彼は言葉を詰まらせ、頭の中にある人物を思い起こす。

 

彼と同じ銀の髪を持ち、明るく笑いかけてきた最愛の家族のかつての姿を。

 

「あなたは昔全身接収(テイクオーバー)に失敗し、暴走を起こしたでしょう…?そしてそれを止めようとした妹様は、命を落とした…」

 

「やかましい!ビーストアーム“鉄牛”!!」

 

浮かんでくる過去の情景、そしてソルの言葉を振り払うように右腕を鋼鉄のものに変えて殴り掛かるも、地面に潜ることであっさりと躱され、出てきたと同時に先程シエルにやっとのと同様身体を伸ばしてエルフマンの身体に縛りつく。

 

やぁ(サリュ)

 

「キモチの悪い奴め、離れんかい!!」

 

シエルよりも肉体的な強さなら圧倒的にエルフマンの方が上だ。しかしそんなエルフマンでさえ、伸びているソルの身体を掴んで引き剥がそうとするも、離れることはない。あまつさえ、瞬時に体の大きさを元に戻して、自分よりも重量のあるエルフマンを蹴り飛ばした。その勢いで床を転がるエルフマンであったが、立ち上がって態勢を整えると、ある決意に至る。

 

「ぬぉおおおおおおっ!!!」

 

いつもはエルフマンの右腕に展開される魔法陣。それが今はエルフマンの全身を包むように現れている。本来の接収(テイクオーバー)は自らが倒して吸収した魔物などの生命体の姿に変身し、その変身した姿の力を扱うという魔法だ。だがそれは勿論魔力を多く消費する。エルフマンは元々の魔力量がそれほど多くない故か、片腕での接収(テイクオーバー)しかできなかった。

 

そして今エルフマンが行っているのは、全身接収(テイクオーバー)だ。エレメント(フォー)の一人であるソルを倒すには、この方法しかないとエルフマンは悟ったのだ。横になって倒れている状態のままであるシエルはそれを不安げな表情で見ている。成功すれば逆転の好機…だが…。

 

「ノンノンノン、いけませんね~…その全身接収(テイクオーバー)に失敗し、暴走した結果、どうなったのか、何をしてしまったのか…

 

 

 

 

 

 

 

『忘れちゃったの?エルフ兄ちゃん…』」

 

エルフマンの目に映ったのは信じがたいものだった。エルフマンだけでない、シエルもそれを見て自分の目を疑っただろう。全身接収(テイクオーバー)のために魔力を開放したエルフマンの目前に現れたのは、砂で作られてはいるものの確かに先程エルフマンの脳裏に浮かんでいた家族…。

 

「『リサーナ』…!?」

 

妹であり、既にこの世にはいないはずの少女・『リサーナ』だった。

砂で彼女を作り出したのはソル。先程エルフマンに体で巻き付いて接触した際に、別の魔法で記憶の断片を読み取ったのだという。それだけで精巧な砂の像を作れるものなのかとシエルは戦慄を覚えた。

 

そして何より、偽物とわかっていても、既に亡き妹の姿を目にしたエルフマンの動揺は激しい。惑わされないと強く思うも、その思いも空しく、彼に集っていた魔力は四散。全身接収(テイクオーバー)は不発に終わってしまった。

 

「ん~~~っ!できないことはやるもんではありませんなぁ。今のであなたの魔力は大幅にダウンしてしまったようですぞ?」

 

身体を左右に揺らしながら語り掛けるソルに対し、シエルは今までよりも一番怒りを感じていた。相手の記憶の断片を読み取ってそれを利用し、そのトラウマを刺激してペースに持ち込む。戦いにおいて確かにその方法も存在することは頭では理解している。だが、当時のエルフマンの心中を察しているシエルからすれば、もう胸の内が火山の噴火のように煮えたぎっているのだ。

 

「そんな…っ!そんな人の心を抉る様な戦い方が、お前らのやり方なのかっ!!」

 

怒声と共に横方向にうねる竜巻(トルネード)を発射するも、ソルは咄嗟に地面に潜って回避。その延長線上にあったリサーナを象った砂の像は破壊される。それを間近で見たエルフマンは、思わずそれに過度に反応し、妹の名を叫んだ。

 

「ノンノンノン、あなたも酷なことをなさる。かつてはあなたとも仲睦まじかったであろう彼女に攻撃をするとは…」

 

「ふざけるな!あんなのはリサーナじゃない!!偽物を使って心を抉るような奴が、リサーナを語るなっ!!」

 

シエルは知っている。リサーナも、そしてその兄であるエルフマンも、家族を何より大切にする存在だった。大柄だが優しい心を持つ兄と、一見粗暴だが仲間への思いは本物だった姉、血の繋がった()()の家族と血は繋がってなくとも、確かな絆があった妖精の尻尾(フェアリーテイル)。そんな家族を、何よりも愛していた彼女が、(エルフマン)を恨むことも、憎むことも無いという事を。

 

「成程…つまり他人の心に傷を残す輩には、彼女について話す資格はないと?ならば、そちらのエルフマン様はその資格があるのでしょうか?元はと言えば彼が暴走を起こさなければ、妹様が死ぬことも、そのせいで皆様が悲しむことも、なかったのではありませんか?」

 

この期に及んでまだそれを言うのか。そんな思いばかりがシエルの胸中を支配していく。これ以上エルフマンの心の傷を抉り返す言葉を吐かせるわけにはいかない。確かにあの時は、誰もが悲しんだ。彼女の兄姉だけではない、親であるマスターも、大人たちも、彼女と同年代の魔導士も、彼女と幼いころからの付き合いである青年と相棒も…。

 

 

そして、シエルが憧れる()も…。

 

 

誰もが傷ついた。だがその傷は思い出に変わった。誰かが彼女を覚えている限り、リサーナは決していなくならないのだと…。

 

 

そう最初に教えたのは他でもない彼女なのだから…。

 

「…黙れ…もう…!黙れぇええっ!!!」

 

「黙りませんとも…石膏の奏鳴曲(プラトールソナート)!!」

 

慟哭と共に発動したシエルの魔法は、ソルには届かなかった。砂を押し固めて強固に作り上げた人一人分ほどある拳が突き出され、シエルの身体は再び宙をかけ、近くにあった壁に激突。そのまま壁をも粉砕して、煙が上がった。

 

「っ…!シエル!!」

 

全身接収(テイクオーバー)不発による反動と、リサーナの姿を見たことで気が動転し、呆然としていたエルフマンの意識がようやくシエルたちの方へと向く。自分は何をしていたんだ。助けに入ってきたというのに、これではまるで足手纏いだ。

 

だがそんな後悔は、壊れた壁の先、ギルドの外の光景を見て一気に吹き飛んでしまった。壁の向こうにもたれかかっているシエルの更に向こう。巨人と化したギルドの左手が、何かを指で摘まんでいる。ソルがいることも忘れて思わず駆け寄って目を凝らすと、当たってほしくなかった自分の予想が当たってしまった。

 

そこにいたのは、白銀のロングウェーブの髪を持ったギルドの看板娘でもあるミラジェーン。彼女がファントムの魔導巨人に捕らわれている光景だった。

 

「エ…エルフマン…!!」

 

「何で…何でそんなとこにいるんだよ!『姉ちゃん』!!!」

 

いつもの漢気を重んじる表情と声とは違い、どこか弱々しさも感じる動揺の声で、エルフマンは己の姉であるミラジェーンに呼びかけた。そしてその叫びはシエルとソルにも聞こえている。シエルは純粋に疑問を感じていた。何故あんなところにミラジェーンがいるのか、どうして捕まっている状態なのかと…。その答えはくしくもソルによって明かされた。

 

「ほう、姉上…というと…あの方がかつて“魔人”と恐れられたミラジェーン様ですかな?すっかり魔力は衰えてしまって…かわいそうに…。彼女には我々を欺いた罰を受けてもらってます。直に潰れてしまうでしょう…」

 

実は戦いが始まった直後、ギルドのメンバーはルーシィを離れた場所に避難させていた。避難させたことが悟られないように、ミラジェーンが変身の魔法を使ってルーシィになりきり、幽鬼の支配者(ファントムロード)の目を欺こうとしたのだ。

 

しかし、マスター・ジョゼにそれをあっさりと看破され、その報復で魔導巨人の手によってミラジェーンを始末しようとしているのだ。今現在も巨人の指に押しつぶされそうになっており、彼女は苦悶の表情を浮かべている。だがそれでも、彼女が優先するは大切な家族だ。

 

「に、逃げて…エルフマン…!シエルを連れて…逃げてぇ…!!」

 

最早満足に動けそうにないシエルを連れてこの場を離れるようにミラジェーンは懇願する。だが、エルフマンは目の前にいる姉が捕らわれている様子に、その声が聞こえなくなっている。

 

「何だよ、これ…姉ちゃんを放せぇっ!!」

 

飛び掛かるエルフマンの攻撃とも言えない動きをひらりと躱して蹴りを一発。そしてうつ伏せに倒れたエルフマンの背中を踏みつけて、ソルは彼を動けないようにする。

 

「あなたは妹様に続いて姉上も目の前で失うのです。それもあなたが妹様も、姉上も、そしてあなたよりも妹様を慮ってる子供(ギャルソン)一人すら、守れない無力な魔導士だからですよ?」

 

瞬間、エルフマンは思い出していた。

 

――幼い頃、大切に飼育していたインコが死んだときに自責から泣いていたところを、リサーナが慰めてくれたのに、悲しさから突き放してしまったこと…。

 

――二年前、S級クエストを受注した姉のサポートとして、ミラジェーン、リサーナと共に三人で向かうことを決め、一人で家族を守ることを誓ったこと…。

 

 

 

 

 

――そしてそのクエストで…強力な魔物である獣王(ビースト)から姉を守るために接収(テイクオーバー)したことで抑えきれずに暴走し…

 

 

 

 

理性を失った状態で、(リサーナ)をこの手にかけてしまったこと…

 

 

 

 

 

「エルフマンっ!逃げて!あなたまで失う事なんて…!!」

 

姉の悲痛な叫びを聞いて、そしてその目に浮かぶ涙を見て、エルフマンはもう一つ思い出した。

 

 

遺体すら見つかることなく消失してしまったリサーナの、何も入っていない墓の前で、いつだって強くあった姉が涙を流して悲しんだ姿を見て、誓ったあの日の事を…。

 

 

「何でだよ…何で、泣いてんだ…」

 

呟いたエルフマンの言葉に「おや?」とソルはモノクルを手にかけて凝視した。先程まで漢とは程遠い姿を晒していた彼の雰囲気が変わったことに気付いたのだ。

 

「もう姉ちゃんの涙は見ねえって誓ったのに、何で泣いてんだよ…!!

 

 

 

 

誰が泣かしたんだ!!!」

 

 

慟哭と共にエルフマンの身体全体が光り輝く。先程よりも光は強いが、これは確かに全身接収(テイクオーバー)だ。ソルも、意識が朦朧としているシエルもそれを察することは容易だった。

 

だが、先程は不発に終わった全身の接収(テイクオーバー)。成功できるはずがない。ソルはそう思っていた。しかし、妹と過ごした時を思い出し、その後悔を糧に強くなった。姉に涙を流させてしまった後悔も、今ここで強さに変える。

 

 

 

 

―――オレは姉ちゃんを守れる強い漢になりたいんだっ!!!

 

 

 

光が収まった時、ソルは自分の目を疑った。相手の過去のトラウマを利用して戦意を削いで戦うのが自身のやり方。しかし、今目の前にいるのは家族を助ける一心で、トラウマの元凶である全身接収(テイクオーバー)を果たした魔導士の姿。

 

額から生えた金色の二本の角、人間とは違う緑の肌色に尖った耳と、口には何本もの鋭利な牙。更には胸筋と腹筋を除いて深紅の毛が包んでいる。

 

まさに人間とは違う獣の王・ビーストの姿を借りた姿。

 

 

 

全身接収(テイクオーバー)・『獣王の魂(ビーストソウル)』。

 




おまけ風次回予告

シエル「風は大空のアリア、火は大火の兎兎丸、そして土は大地のソルか…。もう一人のエレメント(フォー)ってどんな奴なんだろうね?」

エルフマン「確か残ってるのって…あっと、なんだっけ?」

シエル「水だよ。地水火風の四元素くらい魔導士が知ってなくてどうすんの…?」

エルフマン「あんま細かいことを覚えんのは得意じゃねえんだよ、漢だからな!」

シエル「何でもかんでも漢って括るのもどうなんだろうな…」

エルフマン「取り敢えず、残りはナツやグレイが相手してるんだろ?どんな漢が相手だろうと、あいつ等なら問題ねえよ」

次回『元素陥落』

シエル「あれ?何か急に雨が降ってきたよ?」

エルフマン「本当だ、一体どうしたってんだ?」

????「しんしんと…」

シエル・エルフマン「「誰…!?」」


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第14話 元素陥落

最近は暑くて暑くて毎日がまるで地獄なのではと疑うほどの猛暑日が続いていますが、皆さんは大丈夫でしょうか?熱中症にならないように、ご自愛されるように…。

今回はタグにも書いてあるように独自解釈、捏造設定などが目立つ描写がございます。そのあたりはまた留意していただけると助かります。


巨大な獣の王へと変貌したエルフマンの雄叫びは、廊下…ひいてはギルドの内部全体に響くのではないかと思うほどに大きなものであった。

 

「ま、まさかこれが…っ!!?」

 

驚愕し、呆然としていたソルは、反応が遅れてしまった。獣王と化したエルフマンの拳がソルをあっさりと殴り飛ばし、当の本人は「ノーーーーン!!?」と言う悲鳴と共に向こうの壁の方へと激突した。

 

「エルフ…マン…!」

 

シエルがエルフマンに呼びかけるも、その声は非常にか細い。聞こえていなかったのか、それとも反応するに値しなかったのか、彼はソルの方向と反対の、ミラジェーンが捕まっている巨人の左手へと向かっていく。

 

シエル自身は獣王(ビースト)の姿を見るのは初めてなのだが話だけは聞いている。そしてあの姿になったエルフマンが、理性を失って暴れまわったということも。

 

もし今も、その状態だとしたら…?

 

「ダメだ…っ!やめろ、エルフマン……!!お前がこれ以上、家族を傷つけるなんて、あっちゃいけないんだ…!!」

 

必死に呼びかけて止めようとするも、彼は応えようとせず真っ直ぐにミラジェーンの方へと、巨体に似合わぬ俊敏な動きで駆けていく。ミラジェーンもエルフマンの名を呼んでいるが、それが聞こえているのかどうか…。

 

そしてとうとう、ミラジェーンのすぐ傍まで獣王の姿をしたエルフマンが到達する。

 

「エルフマン…」

 

不安を募らせた表情で、目の前の弟を見上げているミラジェーン。理性を失っている場合、この後自分に何かが起こり、そしてその後も暴走を起こしたままになったら、またエルフマンが傷つくことになる。それだけは…どうかそれだけは起こらないでほしい…。

 

 

 

その願いが通じたのか、ミラジェーンを拘束していた魔導巨人の指を押し広げ、エルフマンはミラジェーンを抱きかかえた。

 

「ごめんな、姉ちゃん…。こんな姿、二度と見たくなかっただろ?こいつを上手く操れなかったせいで、リサーナは…」

 

獣王と化した彼には、理性があった。自らの意志で全身に纏った魔物の力を操り、窮地にあった姉を救い出すことに成功したのだ。しかし、そんなエルフマンの表情はどこか悲しげだ。妹を失うきっかけとなった全身接収(テイクオーバー)。それを再び姉の前で見せることになったことを、彼は後悔していたのだ。だが姉であるミラジェーンを、家族である妖精の尻尾(フェアリーテイル)を守るには、これしかなかったのだ。

 

「リサーナはあなたのせいで死んだんじゃないのよ…。あの時だって、あなたは必死に私たちを守ろうとして…」

 

「守れなかったんだ…。リサーナは死んじまった…」

 

エルフマンの身体が、獣王の姿からもとの人間の姿に戻る。後悔を滲ませた表情で、己の力不足で妹を守ることができなかった自分を、今もエルフマンは責め続けている。そんな弟に、ミラジェーンは歩み寄って彼の身体に寄り掛かる。自分よりも体躯が大きい弟を、励ますように…。

 

「私は生きてるわ。二人で決めたじゃない…。あの子の分まで生きようって…」

 

(リサーナ)はもういない。どうあっても変えられない事実だ。だがもう一人、(ミラジェーン)は、(エルフマン)はまだここにいる。互いの手の届く場所に、こうして確かに存在している。改めてそのことを実感したエルフマンは、一つの感情を抑えることはできなかった。

 

「姉ちゃあぁん…!無事でよかった~~!!」

 

立ち尽くしたまま、両眼から涙を流し、大声で子供のように鳴き声を上げる。まるで幼かったころに姉の前で泣いていた時と同じように。そんなエルフマンに姉であるミラジェーンは呆れたような、だが愛おしさを感じる声で「あなたが泣いてどうするの」と告げながら体を離す。トラウマを乗り越え、最愛の家族を今度は守ることができた。それはこの姉弟の絆をより深めることになっただろう…。

 

「…良かった…二人とも…」

 

それを少し遠くから見ていたシエルもまた、笑みを浮かべて呟いた。彼らがまた傷つくことにならなかったことに、心の底から安堵した。シエルにとって、エルフマンは似ているところが多いのだ。自分の行いによって、兄弟を傷つけてしまったこと。その結果で激しい後悔や自責に苛まれたことも。だからこそ、今こうして互いを更に大切に感じている光景を見て、自分たちを重ね、共感している。

 

「ノンノンノン…」

 

その時だった。もう聞こえなくなったはずの声と口調が聞こえてきた。すぐさま振り返ると、そこには殴り飛ばされて向こうの壁に激突したはずのソルがフラフラとした足取りながらもこちらに歩いてくる姿があった。

 

「ノンノンノン…3つのNO(ノン)を二回でもう許しません…!よくもやってくれましたな…?」

 

獣王となっていたエルフマンに殴られた顔面は腫れており、モノクルにも罅が入っている。そして壁に激突したときにできたであろう瘤が頭部にあるが、まだ戦意は失われていないようだ。

 

「こいつ、まだ…!?」

 

エレメント(フォー)としての意地なのだろうか。痛々しい様子の今の身体からは想像できないほどに敵意を剥き出しにしているソルは、魔力を集中させてシエルにその照準を合わせている。

 

「まさか全身接収(テイクオーバー)を成功させるとは…予想外でしたよ。しかし、ノンノンノン…3つのNO(ノン)であなたから先に始末すればよろしいだけのこと…!!」

 

非常にまずい。率直に今出てきた感想がそれだ。シエル自身の身体もまだ動けるほどに回復できていない。今ここで大技を放たれては回避できずにみすみす受けることになってしまう。だが、彼が動けるようになるまで悠長に待つことをソルが認めるはずもなく…。

 

石膏の奏鳴曲(ブラトールソナート)!!」

 

先ほどシエルに襲い掛かった岩の拳が再び彼に襲い掛かってくる。衝撃に備えてシエルはその目を固く閉じるしかできない。

 

「させるかぁ!!」

 

だがそれよりも早く、再び獣王の姿へと変化したエルフマンが、石の拳に真っ向から同じく拳で応戦し、シエルに届く前に粉々に砕くことに成功する。更には勢いそのままに再びソルに拳を当てようとするが、素早く地面に潜られたことでその拳は空振りとなる。

 

「くそっ!ちょこまかとぉ…!」

 

獣王の魂(ビーストソウル)を成功させた今、エルフマンの身体能力は先程の比にならない程上昇している。今の力ならばソルを圧倒できるのだが、それは向こうも承知のようで、ほぼ必ずと言っていい程エルフマンの攻撃範囲には入ろうとしない。

 

これは恐らく時間稼ぎだ。煉獄砕破(アビスブレイク)さえ発動させれば、実質的に幽鬼の支配者(ファントムロード)の勝利となるのだ。既に手負いであるソルにできる、唯一の突破口とも見れる。だが、妖精側からすれば絶対に食い止めなければならない手段である。

 

「(どうにかできないか…!?この状況を打破する方法は…!!)」

 

エルフマンに遅れて屋内へと入ってきたミラジェーンに体を起こされながらも、シエルは視界に入る者に注目していく。床に潜っては出てを繰り返してエルフマンを撹乱するソル。ソルに撹乱されて、攻撃を当てられずにいるエルフマン。戦闘痕で所々が砕けた壁や床。そして…

 

あることに気付いたシエルは見出した。この状況を打破する要素を。そして思い出す。過去にある人物とした会話の内容を。

 

「エルフマン、ソルじゃなくて床を狙うんだ!当たるまで気にせず、ぶっ壊すつもりで!!」

 

「よく分からんが、任せとけ!!」

 

シエルの言葉にどんな意図があるのかは分からない。だがシエルは自分よりも頭脳が優れていることは少なからず自覚をしているエルフマンはその言葉通りに行動する。ソルが魔法で潜った床を、躱されていることも気にせずに攻撃を繰り返していく。

 

「ノンノンノン、当たりませんね~。一体何を企んでいるのかは存じ上げませんが、ただいたずらに体力を消耗するだけですよ?」

 

次々と壊され、凸凹と亀裂が多くなった床の中をも自在に潜って移動しながら、ソルは得意げにエルフマンを挑発する。それに乗ったのかは定かではないが、エルフマンは「じゃかぁしい!!」と叫びながらソルに拳を振るおうとする。それを読んでいるソルは再び床の中に潜ってそれを回避…した瞬間、シエルの叫び声が響いた。

 

「エルフマン!殴ると同時に跳べ!!」

 

その声にエルフマンも、ソルも再び疑問符を浮かべる。だがミラジェーンだけは違う反応を見せていた。気づいたのだ、シエルの意図に。

 

 

シエルが右手に纏っている雷の魔力を見たことによって。

 

「いくら素早く床の中を動けても、床を伝う電撃を躱すことができるかな?」

 

「は!?ま、まさか…!?」

 

床の奥深くに潜ってしまっていたソルはその中で目を見開いた。今自分が潜っている床は凸凹も亀裂も多く、更には豪雨(スコール)によって床にたまっていた水が隙間なく溜まっている。

 

――水と言うものは電気を良く通しやすい。そこに雷を撃ち込めばどうなるか、わからないソルではなかった。

 

早く脱出をしなければ。しかしそれを阻むのは、自分の真上にいる獣王(エルフマン)。彼の剛腕による拳が、今までの中で一番の衝撃と亀裂を生み出し、ソルの動きを一瞬食い止める。

 

「ま、まずい!ノンノンノン、三つのNO(ノン)でおやめくだされ!どうかそれだけは…!!」

 

「その答えは…『NO(ノン)』だ!!」

 

必死に制止の声を上げるソルに対して口を吊り上げながら、シエルは雷を帯びた右手を、水が辺りに走る床へと叩きつける。その雷撃は一瞬のうちに床の水を伝っていき、空中にいるエルフマン、シエルの後方に待機しているミラジェーンは襲わず、亀裂の中へと潜っているソルに襲い掛かった。

 

「『帯電地帯(エレキフィールド)』!!」

 

「ノノノノノノノノノノーーーーン!!?」

 

避けることも叶わずにその身に雷撃を受けるソルは、全身を黒焦げにされた状態で地の中に倒れ、その意識を失った。失う間際に「さようなら(オルボワール)~…」とか呟くような声が聞こえたが、それを気にするものは誰もいなかった。

 

「…グレイには、感謝しないとね…」

 

地を這う雷が収まり、そのまま床に座り込んだシエルが徐に呟く。グレイの名が出た理由。それは今ソルを打ち倒すことに成功した要因である会話が、彼と交わした内容であったからだ。

 

『造形魔法は自由な魔法なんだよ。使用者の発想によってそれは形作られる。ま、要するに必要なのは(ここ)の出来だな。他の魔法でも一緒だろうけどよ』

 

過去に造形魔法を見せてもらった際にシエルが疑問に思ったことは、魔法で形を作る魔法でありながらグレイの戦い方はより多彩なものであったからだ。彼は自分の魔法の力だけでなく、その場の地形、状況、時には天候(シエルが変化させたものも含めて)さえも自分の味方につけることがあったのだ。

 

それを思い出したシエルは、自分が発動させた豪雨(スコール)によって床に水が多く溜まっていることに気付いた。そしてソルは自分の魔法で床に潜り、高速で移動する。なら、より速くつたうことができる雷を撃てば追いつけるはず。そしてそれを確実にするには、あえて水の形を細く長くすれば広範囲で攻撃ができると判断し、エルフマンに床の破壊をするよう呼び掛けたのだ。

 

結果は見事に成功。エレメント(フォー)の一人、大地のソルを撃破することができた。

 

「お疲れ様、エルフマン、シエル」

 

座り込んでいるシエルの両肩に手を添えながら、ミラジェーンが彼に労いの言葉をかける。接収(テイクオーバー)を解除して人間の姿に戻ったエルフマンもシエルたちの元に寄って来る。シエルはミラジェーンの言葉に一言お礼の言葉を返すと、今度はエルフマンが言葉をかける。

 

「オレからも、ありがとなシエル」

 

突如エルフマンからかけられたお礼に、シエルは小首を傾げた。お礼を言われるようなことをしたのだろうかと、疑問を感じたからだ。ソルを倒せたことなのだろうかと思い「エルフマンもいたからあいつに勝てたんだよ」と答えると、それだけじゃないと一部否定される。

 

「あいつがリサーナの偽物を出した時、もうリサーナはいないって分かってたのに、オレはただ戸惑うだけだった…。でもお前はリサーナのためにあんなに怒ってくれただろ?」

 

あの時自分は、目の前の妹が頭の中では違うと思いながらも、心のどこかで自分を恨んでいるのではないかと思ってしまったのだ。ソルの声に重なるように、記憶の中のリサーナと同じ声で恨み言を告げてきたように聞こえた。

 

そんな思いを否定したのがシエルだった。誰よりも家族を愛したリサーナが兄を恨むわけがないと真っ向から否定した。そのことにエルフマンは救われたのだ。重ねて礼を告げる彼に対し、シエルは呆けていた表情に笑みを浮かべ…。

 

「俺は思ったことを言っただけだよ。だって、それが兄弟姉妹(きょうだい)ってもんだろ?」

 

得意げに告げたその言葉に、エルフマンも、そしてミラジェーンも笑みを浮かべて頷く。ギルドの仲間は家族も同然。だが、血の繋がった兄弟と言うのはどうしても特別に感じる絆を持つのも事実だ。どちらかがより強固だと断定はできない。ギルドの仲間も、血の繋がった兄弟も、大事な家族であることは変わらないのだ。

 

それが互いに理解できる。シエルとミラジェーン達姉弟の共通項ともいえる。

 

 

――ふと、ミラジェーンはあることに気付いた。それは空中に煉獄砕破(アビスブレイク)の魔法陣を描いている魔導巨人を見てのことである。

 

「魔法陣を書く速度が遅くなってるわ…」

 

その事にシエルもエルフマンも思わず声を上げた。既に七割ほど書ききっているが、何故ここに来てその速さが遅くなったのか…?

 

煉獄砕破(アビスブレイク)は四元素魔法の禁忌。火・水・風・土の四元素から成り立っている。それを思い返したミラジェーンは一つの仮説に気付いた。

 

「二人とも、残っているエレメント(フォー)は何人!?」

 

唐突に聞かれた質問にエルフマンは「えーっと…」と思い出そうとしている…間にシエルが既に答えた。

 

「さっきの土を司るムッシュ・ソル、それからその前にもう一人火の兎兎丸を再起不能にしたから多くても後二人、半数が残ってる」

 

シエルが答えた二人と言う数にミラジェーンは仮説が正しかったと理解した。先程ソルが倒されたことによって巨人の動きが遅くなった。四元素の内の地を司る彼が倒れたことが関係あるという事は…。

 

「この巨人の動力は四つの元素(エレメント)!エレメント(フォー)を全員倒せばこの魔法は阻止できるわ!!」

 

「そうか、『生体リンク魔法』か!!」

 

『生体リンク魔法』――。

対象者の命…正確には生命を維持する活力ともいえる力をリンクさせて効力を維持させる魔法の事を指す。それが解除されるには、魔法をかけられた対象が命を落とす、あるいは意識を失うことが条件とされる。

 

今回の例で言えば、対象となるのはエレメント(フォー)の4人。彼らが命を落とすか気絶しない限りは、魔導巨人が放とうとしている煉獄砕破(アビスブレイク)を阻止することはできないという事だ。そして残されているのは水と風、それぞれの属性を持つ魔導士二人。

 

「奴等はこの中にいるはずよ、急ぎましょう!」

 

「お、おお!」

 

状況を理解したミラジェーンの言葉に、詳しいことまでは理解できずにいるが、「エレメント(フォー)撃破が最優先」だと認識したエルフマンが続く。シエルもそれに続こうとしたが、ふと空気の流れが変化したことに気付く。その原因を確認するために一度外に出てみると、魔導巨人の右肩の上空にのみ、黒く密集した雲が見えた。天候魔法(ウェザーズ)を扱えるシエルだからこそ感じることができた突然の天気の変動。シエルの予想では、あそこのみ局地的な雨が降っているはず。

 

「雨雲…?雨は水…残りのエレメント(フォー)にも確か…」

 

確信した。水の魔法を扱うエレメント(フォー)はあそこにいるという事に。呼びかけるミラジェーン達の声に応えるように、シエルは彼女たちと共に雨が降る巨人の右肩へと駆け足で向かった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

3人が巨人の右肩に辿り着いた時には、降っていた雨は既にやんでいた。どころか雲も何故か晴れていて青空が広がっている。そしてその場に見えた二つの人影を見てシエルたちは把握した。既に決着がついていたことを。立っているのは自分たちの仲間である氷の造形魔導士だ。

 

『グレーイ!!』

 

名を呼ばれた青年はシエルとエルフマン、そして何故かギルドにいると思われたミラジェーンを視認して驚きの声を上げた。

 

「シエル、エルフマン!あれ?何でミラちゃんまで…?」

 

何故ミラジェーンまでいるのか、その事情の説明は後回し。シエルたちはグレイの近くで倒れているエレメント(フォー)と思われる魔導士を視認した。

 

毛先を外側に巻いた水色の髪を持ち、全体的に暗めの青いダウンコートを身に纏った、グレイと歳が変わらないように見える少女。彼女が水を司る魔導士だったようだ。

 

だがシエルが気になるのは彼女の様子だった。気絶はしているようだが、手を前に組んでどこか恍惚な表情を浮かべたまま。気のせいだろうか。閉じられているはずの目にハートマークが浮かんでいるようにも見える。何か…幸せそうだ…。

 

「グレイ、この人と何があったの?戦ったこと以外で」

 

「は?いや、特に変わったようなことは…まあ所々訳分からんこと言ってはいたけど」

 

グレイ自身には全く心当たりがないそうだ。真実は定かではないが恐らくグレイに何かしらの原因があることは間違いないだろう。と言うかそれ以外にある方がおかしい。シエルはそう断言できる。

 

「あと一人、あと一人を倒せば煉獄砕破(アビスブレイク)は止められるわ」

 

「この魔法や巨人は、エレメント(フォー)が動力だったんだ」

 

「グレイがその人を倒したことで、巨人の動きが更に遅くなったのが、その証拠だ」

 

3人のそれぞれの説明に、グレイはどこか納得のいった表情を浮かべた。特にシエルの巨人に関する情報は実際に目で見るとそれがより実感させられる。

 

残るエレメント(フォー)は一人。風の魔導士である大空のアリアだけだ。しかし煉獄砕破(アビスブレイク)を発動する魔法陣もあと少しで完成するところにまで来ている。最早一刻の猶予も残されていない。

 

「残っているのは風…。皆、もしかしたら煉獄砕破(アビスブレイク)の発動を遅らせることができるかもしれない」

 

突然のシエルの宣言に3人は驚愕した。エレメント(フォー)を倒す以外に煉獄砕破(アビスブレイク)を、止めるとはいかずとも遅らせる方法があるのかと。シエルの表情から見て冗談のつもりで言ってはいないだろう。3人は彼を信じ、乗雲(クラウィド)で巨人の前へと向かっていくシエルを見送った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

シエルの憶測ではあるが、今魔導巨人は残っている元素・風の魔力を他の三元素に変換させながら魔法陣を書いている。煉獄砕破(アビスブレイク)は四元素魔法の禁忌。他の元素の偏りが生じれば正確な発動は不可能だ。シエルが利用するのはその特性である。

 

三つの元素が失われたことで動きがだいぶ遅くなっている巨人を注視しながら、雲の上に立つシエルは残っている元素のひとつである、風の魔力を両手に集中させて魔力を高める。巨人が書く魔法陣はゆっくりながらも着々と完成に近づいている。魔法陣の中のほんの一画。最後にそこを記そうとしたその瞬間が、シエルの狙い目だった。

 

「頼む…。これでどうにか、上手くいってくれ…!」

 

チャンスは一度きり。タイミングも威力も、少し狂うだけで望む結果は得られそうにない。シエルの集中力は今までの中でも上位に匹敵するものとなっている。そして…。

 

 

 

巨人の指が、最後の一画を書こうとした瞬間だった。

 

 

「ここだ!竜巻(トルネード)!!」

 

巨人の指を狙い、シエルの両手から放たれた横へと向かう竜巻。狙い通りにその竜巻は巨人の指に激突し、衝撃で煙が発生する。固唾を呑んでその煙が晴れる時を待っていたシエルは、魔法陣の一画を真っすぐ見据える。

 

 

 

 

魔法陣に最後に書かれるその一画は、まるで墨をつけすぎた筆を当てたかのように滲んでいた。バランスよく書かなければいけない魔法陣に、シエルが放った風の魔力が余分に追加されてしまい、魔法陣に滲みが生じたのだ。これを修正するにはさらに時間を要することとなる。

 

「よっしゃ!上手くいったぞ!!」

 

そしてこの瞬間から一分が経った頃、大空のアリアは倒され、魔導巨人が機能を停止。煉獄砕破(アビスブレイク)は消滅したのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ありえんっ!!!」

 

機能を停止した魔導巨人の中の指令室。そこで外の様子を眺めていた幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター・ジョゼは、憤慨していた。格下と思っていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)に自分のギルドの精鋭であるエレメント(フォー)が全滅したことが、考えられないことだったからだ。焦りと怒りを現すマスターに、近くにいたファントムの魔導士たちは戸惑いながらも声をかける。

 

「い、いや…」

「何かの間違いっすよ!」

「そうです!だってラクサスもミストガンもいないって言うし…!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも確実に頭が抜けた実力者であるラクサスもミストガンもいない中で幹部たちがやられたという報告は、自分たちにとっても信じがたいこと。マスターを宥める名目で自分たちにもそう言い聞かせるように口々に進言する。

 

「それに『ペルセウス』ってやつも…!」

 

「あ、バカ!!」

 

だが、一人の魔導士が告げた名を聞いた瞬間、その場は一気に静まり返ることになった。他の魔導士たちが制止するように呼び掛けるも時既遅し。『ペルセウス』と言う名を告げた魔導士はジョゼの放った魔法の一つを有無も言わさずその身に受け、あまりの威力に体は紙切れのように吹き飛んでいき、奥の壁をいくつも突き破ってギルドの外へととばされてしまった。良くて気絶。最悪の場合は飛んで行った時点で死んでしまっているであろうその攻撃を間近で見た魔導士たちは、一気に口を閉ざした。

 

「オレの前で…そのクソの名を口にするんじゃねえよ…!!!」

 

ヘタな発言をすれば、次は自分たちの番だと理解したからだ。散々妖精の尻尾(フェアリーテイル)の態度に苛立ちを浮かべていたジョゼが、本気の殺意を持った憎悪の表情を浮かべている。彼の前で『ペルセウス』と言う名は禁句だった。

 

「まあまあ、落ち着きなさいやマスター」

 

そんな空気を壊すように声を上げたのは、先程まで不在だった者だ。鉄竜(くろがね)のガジルが、とある人物を横に抱えながら戻ってきたのだ。その人物は、金色の髪をサイドテールにした、今回の彼らの標的であるルーシィだった。

 

「ほら、お土産だよ」

 

「ルーシィだと…?どうやって…」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の鼻を甘く見ねーでくださいや」

 

前線にいないことは知っていたが、細かい位置までは把握していなかった。にも関わらずガジルが見つけ出せたのは、ひとえに竜の五感を得て発達した、嗅覚によるものだった。

 

「てか…ガジルさん…」

「い、生きてんでしょうね…?」

「ルーシィが死んじまったら金はもらえねーっすよ?」

 

周りの魔導士たちの疑問はもっともだ。ガジルが投げ出したルーシィは、身体の至るところに外傷が目立っている。実際にガジル自身も「結構ボコったしな~」と思い返すように唸っている有様だ。彼女の生死を確かめるためにガジルは…。

 

「ほらよ!!」

 

倒れた状態のルーシィの腹部を蹴り上げた。さすがに周りの者たちも惨いと思ったのか悲鳴を上げる。その衝撃に対してルーシィは意識が朦朧としている状態で激しく咳き込む。命がある事だけは確認が取れた。

 

「ギヒッ、生きてるみたいよ?」

 

周りの者たちが怯えている中、ガジルは口元を吊り上げて証明した。その様子にマスター・ジョゼはとても満足げな表情を浮かべる。

 

「さすが我がギルド最強の魔導士…ガジルさんですね…」

 

焦りと苛立ちを前面に出していたジョゼは、空気を一転。自分にとって最良の仕事を行うガジルを誇らしげに思い、歪んだ笑みを浮かべるのだった…。




おまけ風次回予告

シエル「ねえグレイ?あの女の子、やけに幸せそうな顔して気絶してたけど、やっぱり何かしたんじゃないの?」

グレイ「やけに蒸し返すな、お前…。オレだって知らねえんだよ。心当たりなんて…さっぱりだし…」

シエル「本当に~~?」

グレイ「何だよその疑わしさ全開の目は…!?」

シエル「隠してることがあるなら言っといたほうがいいよ~?誰かの怒りを買うかもしれないし…」

次回『天の怒り』

グレイ「誰の怒りを買うって言うんだよ?」

シエル「そうだな、例えば…緋色の髪の鎧を着けた女の人…」

グレイ「エルザじゃねえか!勘弁してくれえっ!!」


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第15話 天の怒り

本当は昨日の0時投稿だったのに遅刻しました、本当にすみません。

そしてもう一つ、来週は投稿できそうにありません。これも本当にすみません。

仕事量が増えてきて、更には体調不良も起こして、執筆の余裕が皆無でした。言い訳に聞こえるかもしれませんが、時々こんなことが起こり得ます。その際にはご迷惑をおかけしますが、どうか見捨てないでいただきたいです…!


湖に落ちていく機械の巨腕。湖底に鉄の膝をつけるその巨人は、しばらく動くことはできないだろう。食い止めることができたのだ、煉獄砕破(アビスブレイク)を。生体リンク魔法で動力源の役割を持っていたエレメント(フォー)をすべて下したことで、魔導巨人も、巨人が発動しようとしていた魔法もその動きを止めたのだ。

 

空中に浮かぶ雲の上で立ちながら、シエルは動く気配のない鉄の巨人を見下ろしている。浮かべているのは勝利を確信した笑顔。幽鬼の支配者(ファントムロード)の大掛かりな攻撃手段に加え、幹部たちであるエレメント(フォー)も封じられた今、相手にはほとんど戦力は残されていない。さらには煉獄砕破(アビスブレイク)を止めたことによってこちら側の士気も上昇して、優勢だ。

 

「このまま勢いに乗れれば…いける…!!」

 

勝利はもう遠くない。全員で進み、ここまで障害を乗り越えてきた。しかし、動かなくなった巨人から聴こえてきた声と内容に、シエルは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々衝撃を受けることになる。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の皆さん。我々はルーシィを捕獲しました》

 

「…な…!?」

 

危害が及ばないように前線から離れた位置へと避難していたはずのルーシィ。その彼女を捕獲したと言ったのか?こちら側を動揺させるための虚言なのだろうか、と思っていたが…。

 

《きゃああああっ!!!》

 

間髪入れずに聴こえてきた悲鳴。間違いなくルーシィのものだ。虚言ではなく本当に捕らわれてしまったことが証明された。放送器越しに悲鳴が聞こえた瞬間、もう何度抱いたか分からない怒りに、またも体が震えるのを感じる。

 

《聞こえたでしょ?これで一つ目の目的は達成されたのです。我々に残された目的はあと一つ…。それは貴様等の殲滅だ、クソガキども…!》

 

ジョゼの言葉と共に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちと交戦していた幽兵(シェイド)の様子が変わる。分裂をしたかのように次々とその数を増やし、勢力を増やしてギルドの面々へと襲い掛かっていく。

 

「まずい…!!」

 

優先すべきことを瞬時にシエルは判断した。ギルドの前に蔓延る幽兵(シェイド)の殲滅。それを行うために乗雲(クラウィド)に乗りながら妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと戻っていく。それと同時に魔法の準備を並行。

 

「照らせ日輪、日射光(サンシャイン)!!」

 

幽兵(シェイド)たちの近くまで駆け付けたと同時に準備を整えていた日光の魔法を発動。光を浴びた幽兵(シェイド)たちはその姿を消滅させていく。シエルの介入に気付いたメンバーも多く口々の彼の名を呼ぶ者もいた。

 

「戻ってきたのか!?」

 

「外の様子が見えたから、ひとまずは俺だけ。こっからは加勢するよ」

 

単純に戦力が増加するだけでも味方の士気は上がるもの。しかもシエルが扱う日射光(サンシャイン)幽兵(シェイド)にとても有効だ。しかし、再びその日射光(サンシャイン)を発動させようとシエルが準備をしていると、幽兵(シェイド)の動きはまたもや変化した。

 

それまで無数に蔓延っていた幽鬼の兵たちが一か所に集まり始めたのだ。その規模はどんどん大きく膨れ上がっていき、やがて幽兵(シェイド)たちの集合体は巨大な丸い影に赤い二つの目のみが浮かび上がった謎の物体へと変貌を遂げる。さらには影の外側へと伸ばされたように、蛇のようにゆらゆらと蠢く腕が何本も生え出した。

 

「何あの手つき!?」

 

「ツッコむとこそこかよ!」

 

妙なところに反応を示すラキも含めて、メンバーたちはその外見に戸惑いを示している。そして巨大な影はいくつも生やしたその腕と、先にある拳を使って、メンバーたちが守るギルドの建物を攻撃し始めた。影と言っても実体はあるようで、建物は攻撃されるたびに轟音を鳴らし、崩されていく。

 

「私たちのギルドに何すんのよっ!!」

 

悲痛な叫びをあげて影を睨みつけるカナの声を聞いて我に返った妖精の魔導士たちが、影を止めようと一斉に己の魔法を放つ。乗雲(クラウィド)に乗っているシエルも、止めようと再び日射光(サンシャイン)を発動して影の身体を削り取るが、集まった幽兵(シェイド)の数が多いのか、削った直後に再生を繰り返している。

 

「これ以上俺たちのギルドに手を出すなっ!!」

 

声を張り上げながら光の魔法で影を貫いていくシエル。そんなシエルがさすがに煩わしかったのか、腕の一つがシエル目がけて伸びていき、気づいて回避する暇もなくシエルは影の手に捕らえられてしまう。

 

「ぐっ!?こいつ…俺の動きだけ封じるつもりか…!?」

 

他の魔導士たちからの攻撃も受けている中でシエルだけが両腕とともに体を自由を奪われている。本能的にシエルが繰り出す光の魔法のみが脅威だと判断したのだろう。厄介な存在を封じたことで、影の腕が更に猛威を振るい、ギルドに襲い掛かる。

 

「やめろぉおおっ!!!」

 

拳が当たるたびに木や石で出来た部分が砕けて飛散していく。

 

「崩れるーーっ!!」

 

衝撃の余波が別のところにも響き、罅となって全体を侵食していく。

 

「ギルドが…ギルドがーー!!」

 

一度はガジルの攻撃によって穴だらけとなった建物が、補修の甲斐なく再びその傷を増やしていく。

 

「ギルドが崩れちまう…!!」

 

罅は広がり、木や石が飛び散り、ギルドの悲鳴は徐々に大きくなっていく。影の攻撃は一向に止まない。一発を受けるたびにギルドが更にへこんでいくのが見える。

 

「ちくしょォーーーーーっ!!!」

 

仲間の悲鳴、懇願の声、悲痛な叫び。様々な音を背景に轟音を立てながら…。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)があああっ!!!」

 

魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)は崩れ落ちてしまった…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『妖精には尻尾があるのかないのか。そもそも妖精はいるのか否か。故に永遠の謎、永遠の冒険。そんな意味が込められているのじゃ…』

 

元居たギルドを出ていくと同時に老人に連れられた。弟を彼の友人と言う薬剤師に預けた後に再びついていくと、妖精の尻尾(フェアリーテイル)と書かれた看板と妖精を象った紋章が特徴的な建物の前へと連れられた。そしてそのギルドにつけられた名前の意味を、少年は老人から聞くことになった。

 

『ここがわしらの…そして今日からのお前の家じゃ』

 

『家…?』

 

導かれるままに老人の後に続いてその建物の中に入ると、そこには多くの魔導士たちがいた。だが、今まで自分たちが関わってきた魔導士たちとは違う。仲間を大切に思い、家族のように接し、決して他者を貶めることはない。そんな雰囲気を持った者達ばかりだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

過ごした時はあまり長くないかもしれない。けれども確かに仲間は家族だった。ギルドは我が家だった。14年の人生の中で、このギルドの魔導士として存在できることが心から誇りだった。

 

なのに今この現状はなんだ?家が崩れる。家族が悲しんでいる。悲しみの声や叫びが響く中で、シエルには別の声が耳に入ったような気がした。

 

それは“嘲笑”だ。幽鬼の支配者(ファントムロード)の支部に乗り込んだ際に聞いた鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の。放送器越しに聞いたマスターであるジョゼの。他にもソルなどを始めとしたファントムの魔導士たちの下品な声が頭に響く。

 

 

 

―――どうして笑っていられるんだ…?

 

―――何が面白いんだ…?

 

―――(ギルド)を失った俺たちが…

 

―――家族(仲間)(マスター)を傷つけられた俺たちが…

 

―――大切なものを壊された俺たちが…

 

―――どうしてお前たちに笑われる必要がある…?

 

 

―――知らないんだな…?この痛みが…

 

 

―――分からないんだな…?この悲しみが…

 

 

 

―――なら分からせてやるよ……

 

 

 

 

 

 

 

―――お前たちのタイセツナモノヲ…

 

 

 

 

 

 

―――オレガ ゼンブコワシテヤル……!

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

それはほぼ一瞬の出来事だった。ギルドを壊して満足げな表情(目しか映ってないために分かりづらいが)を浮かべていた幽兵(シェイド)の集合体であった大きな影が、シエルを掴んでいた手を起点として突如光を受けて消え始めた。シエルから放たれた光は今までの日射光(サンシャイン)と比べるまでもなく強烈で、周り全体を眩い光で包み込んでいる。その威力は無数の幽兵(シェイド)の集合体であった巨大な影を一瞬でかき消せるほど。

 

突如として起きた光に、近くにいた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だけでなく、遠くからギルドの様子を見ていたマグノリアに住む住民たちも、目が一瞬眩んでしばらく開けていられない程に眩いものだった。

 

光が収まって近くにいた魔導士たちがその光の発生源・シエルの方へと目を向けると彼の姿は消えていた。いや、正確には既に移動していたのだ。乗雲(クラウィド)を再び具現させ、猛スピードで幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルド上空を目指して飛んでいく。突然のシエルの動きに妖精側の魔導士たちは戸惑いを隠し切れない。そんな様子に目もくれず、動けなくなった後の魔導巨人の上へと戻ってきたシエルは、両の掌を上空に伸ばし、魔力を集める。そして次の瞬間…

 

 

 

 

 

瞬きするほどの時間で、巨人の位置を中心にマグノリアを埋め尽くさんとするほどの規模で、灰色の雲が出現した。

 

「な、なんだ!?」

「雲が…一瞬で…!?」

「シエルがやったのかこれ…!?」

 

「これは…あの時の…!!」

 

最初にそれに気づき、呟いたのはカナだった。カナだけでない、他のも数名の魔導士たちは今起こっている現象が何を意味しているのか、気づいているようだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

突如として起きた異常気象に気付いたのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけではない。勿論、幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士たちも、その異変は早々に気付くことができた。

 

「き、急に雲が…!」

「あれ、街全体にまで行ってねえか…?」

「何が起きようとしてんだよ…!?」

 

「あの雲…ジュビアじゃねえな…。妖精の尻尾(ケツ)にあれほどの事が出来る奴…まさか…!」

 

そのうちのギルド内にて、幽鬼の支配者(ファントムロード)に所属する鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)・ガジルは、今しがた起きた異変を自分と同じギルドのメンバーによるものだと一瞬考えたがすぐにそれは捨てた。彼が知る内であれほどの規模の雲を作った者は記憶にないからだ。そしてもう一つの可能性に辿り着く。最初に妖精の尻尾(フェアリーテイル)が支部を襲撃してきた際にぶつかった、天候の魔法を扱う小柄な少年。あの時は自分の魔法の特性を活かして圧倒していたが、まだ潜在能力を秘めていたとしたら…?

 

「ずっと晴れてたのに雲が…。これって、シエルの…?」

 

そしてそれはファントム側だけでなく、妖精側も同じだった。ガジルによって捕らわれ、幽鬼の支配者(ファントムロード)に連れて来られていたルーシィ。ジョゼの命でガジルに見張られ、退屈しのぎと称して痛めつけられていたところを、ガジルと同じく滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツの介入によって解放されたのだが、今ナツはガジルとの戦いで魔力と体力を消耗しきっており、壊された壁の前で地に伏している。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)同士、実力は拮抗していたのだが、鉄を食べることで魔力と体力を回復、及び増加できるガジルの方に分が傾いたことで、先程まで一方的にやられていたのだ。だが、ギルドが崩壊して少しした後に光が見えたかと思いきや、一面の空が雲に覆われたために、今やガジルはナツを気にする余裕もなくなっている。

 

「そうだよ…多分シエルだ…。だって、見たことあるもん…」

 

ルーシィの言葉に対して答えるように呟いたのは、ナツと共にルーシィの元へと駆け付けていた青猫ハッピー。シエルが起こした異変を垣間見て、彼の脳裏には一つの記憶が呼び起こされていた。

 

「これは…“天の怒り”だ…!!」

 

「っ!?“天の怒り”だと!!?」

 

ハッピーの言葉に真っ先に反応したのは、意外にもガジルだった。ガジルだけでない、その場にいる幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士たちも聞き覚えのあるその単語に驚愕している。そしてそれは、ルーシィも同じだった。

 

「天の…怒り…?それって、一年前に起きた、廃村を襲った異常気象の事件の名前じゃない!それが今何の関係が…!!」

 

叫びながらルーシィは気づいた。そう、“天の怒り”とは、とある廃村に集中的に降り落ち続けた無数の雷が、まるで天からの怒りの裁きに見えたことから名づけられた、大自然の脅威による異常気象によって起きた事件の一つ。これによって被害を受けた廃村は、雷の雨によって更地と化し、時を同じくして廃村を拠点としていたとある盗賊団が一斉検挙されたことが起きたというのが、一般的に公表された内容だ。

 

 

だが、真実は一部違っていた。魔法評議院によって、その一部のみが隠蔽されていたのだ。

 

「そう、自然に起きた異常気象なんかじゃないんだ…。一年前に、盗賊団に誘拐されたシエルを助けるために乗り込んだオイラたちを守るために、シエルが暴走させた魔法が、あの“天の怒り”なんだよ…!!」

 

その真実に、ルーシィもガジルも目を見開いて衝撃を受けた。他の幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士たちに至っては「やっぱとんでもなかったあのガキ…!!」と声を揃えて怯えていた。一人女の魔導士もいたが、彼女に至っては涙が出ていた。

 

ハッピーの説明は尚も続いていく。今繰り出された一面の雲は瞬間的にシエルが生み出した魔力の塊も兼ねており、あの雲が晴れるまでは天の怒りが降り注いでいく。そしてその対象は…幽鬼の支配者(ファントムロード)

 

「って、ちょっと待って…?それって…あたしたちは、どうなるの…?」

 

「今のシエルは暴走状態に近いからね…。間違いなく!巻き添えです!!」

 

『やっぱり~~~!!?』

 

無慈悲な現実を叩きつけられた一同は、敵味方の垣根を越えて一斉に声を揃えて悲鳴を上げた。上げなかったのは動揺を顔に出すだけに留めたガジルと、必死に意識を保っているナツの二人だけだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――思えば、これは運命だったのかもしれない…

 

魔導巨人の右肩の部分にて意識を取り戻しつつある少女は、文字通り夢見心地だった。

 

―――人生の全てが雨と共にあった自分が、初めて青空を見ることができた…

 

思い出すのは意識を失うほんの少し前の事。幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士として、自分は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であるその青年と戦わなければいけなかった。

 

その戦いの最中、己が忌み嫌っていた雨さえもその氷の魔力で凍りつかせ、自分の中にある忌まわしい記憶を塗りつぶすかのように、その雨雲を払ったのだ。

 

―――そう、今までの辛かった出来事は、全て彼に会うための試練だったのかもしれない…

 

最初はただの一目惚れだった。だが、己の魔法を自力で突破する高い実力、戦いの最中において自らの肉体を晒す大胆さ、身動きを封じた自分をすぐさま解放したり、終わり間際に湖上に落ちようとする自分を身を挺して助け出す優しさ。何より…。

 

 

『で…?まだやんのかい?』

 

太陽の光に照らされた、あの不敵な笑み。最早自分の心は彼によって支配されたと言っても過言ではなかった。

 

―――出来る事なら、また会いたい。この胸の高鳴りを、想いを…彼に伝えたい…!

 

 

―――そう、今も見えるであろう…あの、青空のような笑顔の彼に…!!

 

胸に抱いた思いをそのままに彼女は閉じていた目を少しずつ開けていき…。

 

 

 

その目に、一面の灰色雲を目に写した。

 

「…え…?青……どこ…?」

 

思わず目が点になって言葉が片言になってしまうほどには、衝撃的だった。そんな彼女の名は『ジュビア・ロクサー』。幽鬼の支配者(ファントムロード)に所属する幹部・エレメント(フォー)の紅一点、『大海のジュビア』と称される、水を操る魔導士であり(元)雨女でもある。

 

ちなみに前述に記載した通り、グレイに一目ぼれした後に激闘を繰り広げ、結果的に完全に彼にぞっこんとなったという補足情報もあるが、今は置いておこう。

 

グレイと戦ったのちに意識を失ったままでいたジュビアは、今も広がっていると思っていた青空が雲によって全て覆われていたことに衝撃を受けていた。

 

「晴れてない…。あれは、夢だったのかしら…?」

 

彼女は生まれた時から、周囲に雨を降らす雨女だった。それは勿論幼少のころも、魔導士になってからもずっと。彼女の周りはずっと雨が降る。そのために幼い頃は「遠足の時は休んでほしい」、恋人ができても「釣りにもキャンプにも行けない。もう別れてくれ」と心無い言葉をかけられたことも多々あった。

 

自分の周りに絶えず降り続ける雨が嫌いだった。晴れてほしいと願いを込めて何個もてるてる坊主を作り、身に着けていたこともあったが、全く効果も出ず。

 

そんな雨を晴らせてくれた、あの青年との出会いも、もしかしたら夢だったのだろうか…?

 

雨に忌避感を抱いていた自分のありもしない妄想だったのだろうか…?

 

「…あれ?でも、雲があるだけで、雨は降ってない…」

 

と、ここで気づいた。いつもだったらあの空を覆う雲からは無数の雫が降り注ぐはずなのに、今は何も降り落ちてこない。という事はこれは自分が起こした雨ではなく、自然に発生した雲。しばらく経てばまた青空が広がるはず…。つまり、あの出会いは、現実…。

 

「やっぱり!あの王子様は実在してるんだわ!!今、どこにいらっしゃるのかしら…!?はっ!もしかしたらまだそれほど時間が経っていなくて、このギルドの中にいらっしゃる…!!?ならば、すぐにお会いしなければ!!」

 

暗い表情だったのがすぐに一変。グレイ(愛しの人)に会いに行くため横になっていた身をすぐさま起こして駆けだそうとしていたジュビア。

 

 

しかし、その浮足立った気分は耳に届いた「ゴロゴロ…」と言う音によって一気に落とされることになる。

 

「…え…?」

 

この音は、聞き覚えがある。雨が降っている間にもよく耳にすることのあった、とある現象の一つ。

 

 

補足しておくと、彼女の魔法は『水流(ウォーター)』。自らの身体を水に変えたり、水の形を変えて様々な攻撃方法を行うことができる魔法である。すなわち、彼女の身体は水で出来ていると言っても過言ではない。

 

そして今聞こえたのは雷。雷、もとい電気は水によく通りやすい。彼女の弱点とも呼べるものだ。そんな弱点の前兆の音を聞き取った彼女は身の危険を感じて思わず後方を振り向く。その後方には、上空に佇む一つの人影があった。

 

「あの、子供は…?」

 

彼女は知る由もないが、その人影の正体はシエルだった。雲に覆われた空に両手を向けて、その両手には雷の魔力を集中して纏わせている。そして、彼女が眺めていることにも気づかずに、膨大な量と思われるその魔力を雲へと発射させる。当初は灰色だった雲が徐々にその色を濃く、黒く染めていき、迸る雷もその勢力を増していく。ここでジュビアは察知した。あれは自然のものではなく、視線の先にいる子供の魔法なのだと…。

 

「ま、まさか…!!」

 

理解するよりも先に、彼女を絶望が襲い掛かった。彼女の頭上が一際光ったのだ。気づけばジュビアは無意識に動いていた。

 

「いやああーーーーーっ!!?」

 

恐らく飛びのけていなければ確実に直撃したであろう落雷が、先程まで自分がいた場所に落ちてきた。思わずうつ伏せになる状態で巨人の右肩の上を滑ってしまったが、雷に撃たれるよりは何倍もマシであろう。だが気のせいだろうか…?

 

「(え、え!?今、もしかしてジュビアを狙って落としてきた!!?)」

 

恐らく気のせいだ、偶然だ。そんな願いを込めてジュビアは恐る恐るシエルの方へと向きなおす。先程と同様、シエルはジュビアから見て横の方向を向いているため、おそらく彼女には気づいていなかった。やっぱり気のせいか?頭の中で整理が追い付いたであろうジュビアに対し…。

 

 

シエルは、子供らしからぬ光のない目と能面のような無表情を向けてきた。

 

「(気のせいじゃなかった!!ジュビアが狙い!!ていうか、この子の顔怖ーーー!!!)」

 

真実を記すと、先程耳にしたジュビアの悲鳴で、ようやくシエルは彼女の存在に気付いたのではあるが、今の彼女には誰がどう説明しようと、今のシエルに対する恐怖心を拭い取ることはできないだろう。哀れ…。

 

そして追い打ちをかけるかのように暴走状態に陥っているシエルは、自分の右方向に見えたジュビアに向けて右手を差し出すと次々と雷を振り落とした。

 

「いーーーやーーーーー!!?助けてーーーー!!ジュビアの王子様ぁーーーーーー!!!」

 

すぐさま体勢を立て直して雷から逃れようと彼女は駆けだす。必死に逃げながらもグレイ(王子様)の名を呼んで助けを求めているが、今そんな王子様も窮地に立たされていることを、彼女は知る由もない…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

次々と魔導巨人とその周辺に容赦なく降り落ちる雷の雨。その様子はまさしく“天の怒り”。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちも幽鬼の支配者(ファントムロード)の者たちも、自然に起きるにはほぼあり得ない異常気象に身動きを取れずにいる。

 

「イカれてるにも程があるぜ…!敵のギルドとはいえ、そのギルドごと仲間まで沈めようとしてんのかあのガキは…!」

 

自分も仲間を巻き添えにして戦うことはあれど、理性が飛んだ状態で仲間ごと敵地を消そうと考えたことなどない。扱う魔法による価値観の違いと言えばそこまでだが、自分が同様の魔法を使えたとしても、やはり度を超えた発想であることには変わりないと断言できる。

 

時々降り落ちてくる雷を、己を避雷針にしてダメージを軽減しているガジルはそう毒づいた。

 

「ハッピー!!これ大丈夫なのよね!?一年前は皆無事だったのよね!そうよね!?そうだと言って!!」

 

「あい!止めようと考えなしに突っ込んで黒焦げになったナツ以外一応皆無事だったよ!!」

 

「全然大丈夫じゃない!!あと一応ってどういうこと!!?」

 

次々落ちてくる雷から少しでも逃れようと身をかがめながら、涙混じりに叫ぶルーシィの声が響く。一年前には廃村が更地に変わる程の大惨事だった。それでも犠牲者が出なかったのは、被害を受けたナツが頑丈だったことと、当時は数名の実力者が盗賊たちとギルドのメンバーを順序良く避難させることで最小限に抑えられたからに他ならない。

 

だが今の状況は、周りは雷が降り落ちる湖で囲まれ、建物の中も立て続けに襲い来る雷によって破損個所が増えていっている。幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドメンバーたちは少しでも被害に遭わないように下層の方へと向かっているようだ。

 

隙を見て自分たちも避難すべきなのだろうが、それが出来ない理由がルーシィにも、ハッピーにもあった。

 

「ナツ…!」

 

降りやむことのない雷が鳴り響く中、ナツは再び立ち上がろうとしていた。一年前もそうだった。盗賊団は実力を見れば大した敵ではなかったが、その手段は狡猾だった。シエルが一人で行動しているところを魔道具を使って眠らせて身動きが取れない状態にする。

 

シエルを取り返そうと乗り込んできた魔導士たちに対しては、挑発を繰り返してあらかじめ仕掛けておいた罠を用いて次々と無力化していった。

 

罠に囚われても何度足を止められても仲間を助けようとナツは立ち上がろうとした。ナツに続くように他の者たちも。そんなギルドの面々を見て嘲笑を浮かべる盗賊たちを見て、シエルは盗賊たちの汚れた人間性、そして己の無力さに対して怒りを爆発させた。

 

今回もそうだ。シエルは怒っている。怒りを力に変えて、本当ならしたくなかったであろう暴走を起こしている。しかしその怒りは自分たちも同じだ。

 

「そうだ…あの時も…お前はこんな気持ちだったんだな…」

 

呟くように、納得がいったというように零したその言葉は、まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえた。その声はガジルにも届いたようで、率直に「まだ立てるのか」と感想にも似た呟きを零す。そしてそれと同時に腕を鋼鉄で出来た剣へと変化させる。あらゆるものを切り裂く『鉄竜剣』と言う技だ。

 

「いい加減沈めや!火竜(サラマンダー)!!」

 

ナツへと飛び掛かると同時に腕を振りかぶり、彼の身体を切り裂こうとする。ナツは振り向こうとはしない。このままいけばガジルの剣の餌食となってしまう。ルーシィとハッピーが悲痛の声で彼の名を叫ぶが、それでも彼は振り向かない。今彼の中には一つの思いが宿っていたからだ。

 

 

 

「お前の怒り、オレにも貸してくれ!!シエルッ!!」

 

ナツの叫びと共に放たれた願いは、届いたのか、偶然か、一筋の雷となって返ってきた。飛び掛かるガジルの真横にある機材にその雷は当たり、その衝撃で機材は一気にショートし爆発を起こす。爆発の衝撃でガジルの身体は吹き飛び、辺りを爆炎が包み込む。そう、炎だ。ナツは火を食べることで魔力と体力を回復、増加させることができる火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。すかさず火をその口に含むナツは見る見るうちに体力と魔力を補充させていく。

 

「ナツの願いが、シエルに届いた…!?」

 

真実は分からない。だが、ルーシィにはそうとしか思えなかった。暴走状態に陥ったとしても、根底の思いは仲間の為。仲間の願いに彼が答えてくれたのだと、そう信じられることしかできなかった。

 

「なるほど、そういう事でありましたか…」

 

シエルの落とした雷によって起きた爆炎を食らったナツを見て、合点がいったと反応する人物(?)がいた。それは、特徴を言えば馬の被り物をした男性。顔と両手だけが人間のものであり、それ以外は馬の着ぐるみ、その上から衣服と弓矢を装備した外見である彼は、黄道十二門の星霊の一体・人馬宮の『サジタリウス』だ。

 

ガルナ島でのS級クエストに行った際の報酬でルーシィが手に入れた金の鍵によって召喚された星霊が彼の事である。そんな彼は左手に弓を持ち、右手で背に背負う矢筒から矢を一本取り出し、弓に矢を番え始める。ルーシィはサジタリウスを召喚した際、最初に「火を出せるか?」と聞いた。その答えはNo。サジタリウスは弓の名手であるため、火を出すこと自体はできないと答えた。

 

「しかし…今重要なのは火を出す事ではなく『火』そのものと言うわけですな、もしもし」

 

そう告げると同時に放たれた矢は、雷によって爆発した機材とはまた別の機材に当たる。更に二本目三本目と機材を射抜き、矢を当てられた機材はすべて爆破する。それを見たナツはおかわりで発生した炎にかぶりついた。

 

「射貫き方一つで貫通させる事も、粉砕させる事も、機材を発火させることも可能ですからして、もしもし」

 

「凄い!弓の天才なのね、サジタリウス!!」

 

先程まで絶望的だった戦況が一気に傾いた。シエル、そしてルーシィによって大いに力を増幅させたナツは、二人に感謝の言葉を述べると、ガジルへと一気に攻めだした。

 

「レビィ、ジェット、ドロイ、じっちゃん、ルーシィ、仲間たち…どれだけのものを傷つければ気が済むんだ、おまえらは!!!」

 

ナツの怒りの声、それはここよりもはるか上空、魔導巨人の上に佇みながら雷を持続的に落としていくシエルの耳にも、不思議と聞こえているような錯覚を覚えた。

 

定まらない意識の中で魔力を解放し、怒りのままに幽鬼の支配者(ファントムロード)を蹂躙していくシエル。だが、不思議と仲間の声だけは耳に響いて聞こえてくる。

 

「(仲間の為、家族の為、俺の魔力が尽きるまで、敵を駆逐しろ…万雷よ…!!)」

 

マグノリアをも包み込むほどの規模で広がっていた雲は外径の方から徐々にその規模を減らしていく。魔力の塊と表現されていた雲は雷を落とすたびに小さくなっているのだ。終わりの時は近い。シエルは残るすべての魔力を込めて放とうとしていた。

 

 

 

「『紅蓮火竜拳』!!!」

 

時を同じく、紅蓮の炎を纏った拳の乱打をガジルに叩きつけていくナツ。勢いそのままで、今自分がいる部屋にも余波が響き渡り、魔導巨人に悲鳴を起こさせる。

 

「落ちろぉおおっ!!!」

 

そして上空のシエルが最後の魔力を練りこんで集中させた一筋の巨大な落雷を落とす。魔導巨人のちょうど中心を貫くように落とされたそれは、巨人の中心に風穴を空ける。その影響で、ナツの攻撃によって罅割れていた巨人の上半身は勢いを受け切れずに崩壊。

 

ギルド幽鬼の支配者(ファントムロード)も、再起不能の状態と相なった。

 

「本当…やりすぎなんだから…」

 

崩壊していくギルドからハッピーと共に脱出したルーシィは呆れながらも笑みを浮かべて気力を出し切ったナツを眺めていた。

 




おまけ風次回予告

シエル「残すところはマスター・ジョゼだけ、か…。うちのマスターと同じ聖十大(せいてんだい)()(どう)って話だけど、やっぱり一筋縄じゃ行かないよね…」

エルザ「ナツもお前もかなり消耗しきっている。その状態でジョゼと戦うのはさすがに無謀だろう。後の事は、私たちに任せておくといい」

シエル「そういうエルザだってまだ本調子には程遠いでしょ?…あ、そう言えば俺、“天の怒り”を使っちゃったけど大丈夫?当たらなかった?」

エルザ「問題ないさ。屋内の方にいたし、何より落ちたとしても躱せばいい」

シエル「エルザぐらいだよそんな簡単に言えるの…」

次回『フェアリーロウ』

エルザ「それより私はお前の方が心配だな。“天の怒り”は確か、マスターから『絶対使うな、禁忌とする』と言われて…」

シエル「それ言わないで!あと『アレ』だけは!どうか!!ご勘弁を~~!!!」


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第16話 フェアリーロウ

二週間もお待たせしてしまい、すみませんでした。

どうしても土曜にまで仕事があるときは執筆ができない状況なので、前もって知らせはしたのですが、やはり待たせてしまうというのは申し訳ない気持ちになります…。

しかし前回の話を投稿した後、お気に入り登録者数が一気に増えてびっくりしました。(笑)
ほぼオリジナル要素満載の回だったのですが、その方が実は受けがいいのですかね…?

ちなみにしばらくの間登録者数が77人、さらに感想数も7件と、7の羅列がしばらく続いて「なんか縁起良いな~」って勝手に思ってました。(笑)
フェアリーテイルも7に関する設定とか話題とか結構多いですよね。この作品も、ちょっとした7に関するネタはいくつか考えてますので、そのあたりも楽しんでいただけると嬉しいです!


鳴り響く轟音、激しく揺れる屋内、天井から次々落ちる石の破片。崩壊を始めているギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)の建物の一室で、数人の妖精と、一人の聖十大(せいてんだい)()(どう)が対峙していた。

 

いや、数人の妖精と言う表現も、ある意味では誤りである。妖精で既に動ける者は緋色の髪を持つ女魔導士のエルザのみ。魔導収束砲・ジュピターを真正面から受け止めた際にできた傷も癒えぬまま、単身幽鬼の支配者(ファントムロード)に乗り込み、エレメント(フォー)の一人である大空のアリアを撃破することに成功したものの、遂に動き出した幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター・ジョゼによって、合流したグレイ、エルフマン、ミラジェーンを一瞬で戦闘不能にされ、彼女自身も苦戦を強いられていた。

 

「よく暴れまわる(ドラゴン)だ。いや、暴れているのは(ドラゴン)だけでもないか…」

 

薄い青色を基調とした、軍服に似た服を纏った中年の男性であるジョゼは、悲鳴を上げている己のギルドの様子を目にし、その悲鳴の元凶であろう滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、そして天候魔法(ウェザーズ)の使い手である少年に対して、焦りでも怒りでもない淡々とした様子で呟いた。今まさにエルザと対峙している中で、一切の感情の乱れもない。対してエルザは攻撃力を倍加させる黒羽の鎧を身に纏っているにもかかわらず、ジョゼに対して有効打を与えられていない。それどころか、彼女自身が激しく息を乱して、次の攻撃に移ることすらできない状態だ。

 

しかしそんな彼女の表情には、諦めの感情は一つたりとも浮かんでいない。

 

「ナツの戦闘力を計算できてなかったようだな…。私と同等か、それ以上の力を持っているという事を…。そしてシエルにも、私には計り知れない秘めたる力が存在することも…」

 

「フン、謙遜はよしたまえ。妖精女王(ティターニア)のエルザ。君の魔力は素晴らしい。現にこの私と戦い、ここまで持ちこたえた魔導士は初めてだ…」

 

ナツとシエルの想像以上の力を知っているエルザの言を謙遜ととらえたジョゼは、それを否定した。今までは妖精の尻尾(フェアリーテイル)を見下す言動が目立っていた彼であるが、エルザと直接戦ったことで彼女自身の力を素直に賞賛している。大陸内に数多いる魔導士たちの中でも上位10人に君臨する聖十大(せいたんだい)()(どう)である己と戦い、対抗できる程の魔導士は明らかに少ないのだ。魔導士の一人として、彼女の力は賞賛せずにいられない。

 

しかもこれが、ジュピターを金剛の鎧で受け止めた際のダメージが回復しきっていない状態であることも加味すると、万全の状態で戦っていればさらにいい勝負を繰り広げていただろう。それだけを見れば、ジョゼ自身もそんな魔導士と魔法をぶつけ合えることは本望と言うものだ。だが…。

 

「そんな強大な魔導士がねぇ…マカロフのギルドに他にもいたとあっては、気に食わんのですよ…」

 

言い終えたと同時に前方に突き出していた右拳から、人差し指の身を軽く弾くと、そこから小さな魔力の弾丸が撃ち出される。あまりに小さいために反応が遅れたエルザはそれを真面に受けてしまい、後ろの壁へと叩きつけられてしまう。弾丸の小ささに似合わぬ、強力な威力だ。

 

「何故私がマカロフにとどめをささなかったかお分かりです?」

 

問いかけながらもジョゼは開かれた右手の指、5本すべてに先程同様に魔力を集中させ、紫と黒が混じり合った闇の魔力を、奥へと叩きつけたエルザに向けて追い討ちをかける。だが、その魔力弾は当たらなかったのか、あるいは防がれたのか、土煙が舞い上がる中からエルザが飛び上がって姿を現す。しかし、それを見越したようにジョゼの追撃が次々と襲い掛かり、エルザはそれを回避することで精一杯だ。

 

「絶望を与える為です」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフは仲間を何よりも大切にし、愛している。そんな仲間とギルドが、目を覚ました時に全滅していたら、彼は大いに悲しむことになる。ジョゼの目的の一つに、それが加えられていた。

 

「あの男には絶望と悲しみを与える。ただでは逝かせん…苦しんで苦しんで、苦しみぬかせてから殺すのだ…!!」

 

「下劣な!!」

 

嘲笑と狂気を孕んだ表情で告げたジョゼの言葉に怒りも隠さず、隙をついてエルザがジョゼに斬りかかる。だが、剣を振りぬいた場所に既にジョゼの姿はなく、彼はエルザの後方に出現する。その姿を見据えることはできても、エルザにはジョゼに剣を届かせることができていない…。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)はずっと一番のギルドだった…」

 

背後を取ったにもかかわらずジョゼは言の葉を紡ぐことを止めようとはしない。フィオーレの中でも一番の魔力、人材、金、それをとっても他のギルドに劣るものは何一つなかったのだ。しかし、ここ数年でその幽鬼の支配者(ファントムロード)を超える勢いで力をつけてきたギルドがあった。それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)。特に最強格とされるエルザ、ラクサス、ミストガンの名は離れた町であるオークにも届き、火竜(サラマンダー)・ナツの噂は国中にまで広がっていった。

 

「最悪そこまでならば我々もここまで躍起になったりはしませんでしたよ。どれほど力をつけようと、それを上回る力を手にすればそれで済む話…だが…」

 

すると、これまで丁寧な口調で語っていたジョゼの様子が、一変した。同時に、先程までエルザに放っていたものを遥かに上回る威力の魔力弾を連射。その勢いにエルザは反射神経のみを駆使して回避に専念する。だが、周りに着弾した魔力弾の威力は凄まじく、床と壁に更なる亀裂と穴を生み出していく。その上振動も大きく、直接当たっていない天井が更に崩れていくつもの新しい穴を生み出すほどだ。

 

そんな凄惨とも言える空間を生み出したジョゼの表情は…。

 

「思い出すだけでも腹立たしい…憎たらしい…忌々しい…!『ペルセウス』と言うクソ野郎が、我々にした仕打ちが無ければな…!!」

 

一分の漏れもない憎悪に染められていた。その表情、そしてジョゼの口から放たれた名前に、エルザは目を見開いて驚愕する。彼女は率直に疑問を抱いたのだ。

 

 

――何故そこでその名前が出てくるのだ?と…。

 

疑問を抱いたのは一瞬。すかさずジョゼが放ってきた更なる追撃を悲鳴を上げる身体に鞭を打って回避する。魔力弾の追撃が止み、態勢を整えて再び構えるエルザ。

 

 

その時、エルザの目の前に、天井に新たにできていた穴から、あるものが落下してきた。

 

突如として落ちてきたそれは、天井にあった瓦礫ではない。人の形…いや、人そのものであった。しかもそれは、自分と同じ紋章を左頬に刻んだ、水色がかった銀髪を持つ、小柄な少年。

 

「シエル!?」

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)を崩壊させた二人のうちの一人。“天の怒り”を発動させ、身体に存在しているほとんどの魔力を使い切ったために、動くことすらできない状態で上半身をほとんど失った巨人の上に落下した後、運命か偶然か、ジョゼと交戦しているエルザがいる今この空間に、新たにできた穴から落ちてきたのだ。

 

「…エ、ルザ…?なん、で…こ、ここに…?」

 

辛うじて意識はあるようで、本来ならば動くことができないはずのエルザが、敵地である幽鬼の支配者(ファントムロード)に、それもどう見ても戦闘態勢である鎧に換装した状態でいることに、疑問を持っているようだ。ジョゼが目の前にいることも忘れて、身動きが取れないシエルに駆け寄るエルザ。明らかに隙だらけでもあるその状況に、ジョゼはあえて何もせず言葉を続けることにした。

 

「そこのガキのように、最近の者は知らないだろうが、幽鬼の支配者(ウチ)にもかつてはいたのだよ…。国中にまで噂になるような、最強の魔導士が…」

 

攻撃を仕掛ける様子もなく、靴音を鳴らして悠然と近づきながら語るジョゼの声に、シエルを庇うようにしてエルザは構える。しかしそれを意に介さずに、ジョゼは先程の憎悪に満ちた表情を再び浮かべながら次の言葉を発した。

 

「だが忘れもしない6年前のあの日…期待と祝福に満ちた、更なる躍進の一歩となるはずだったあの日を…絶望と、転落の始まりの日に変えやがった…!

 

 

 

 

 

我が愛しの義息子(むすこ)・『ジョージ』の人生を奪ったのが、あのペルセウスだ!!」

 

ジョージ。

その名を聞いたエルザは、瞬時に思い出した。

 

本名を『ジョージ・ポーラ』。かつて幽鬼の支配者(ファントムロード)に所属し、確かな実績と実力を兼ね備えたギルド最強の魔導士。マスターであるジョゼとは血縁関係はないものの、幼い頃よりその秘められた高い魔力に目をつけたジョゼが養子として迎え、彼の教えの下にその才能を開花させた。

 

エルザが思い出したのは、ファントムの中でも今のガジルを遥かに凌ぐであろう実力があったこと、しかし人間性の面では悪い噂が目立ち、評議院の悩みの種とされていると、自分のギルドのベテランメンバーから聞いたことである。

 

そしてもう一つ、そのジョージが6年前に突如幽鬼の支配者(ファントムロード)から除籍。その後、魔法界に一切その名を出していないことを…。だが、それがまさか…。

 

 

「ペルが…あいつが、ジョージが魔法界から姿を消した原因…!?」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する最強候補の魔導士の一人。ペル、もといペルセウスによるものであることは、恐らくエルザを始め、誰一人として知らなかったであろうことだった。

 

そしてそれは、ペルセウスに憧れを抱いている、少年も…。

 

「あの子が受けた仕打ちに比べれば、マカロフや貴様等へのこの襲撃など、秤にかけるまでもない」

 

その言葉を始めとしてジョゼは語りだした。6年前、幽鬼の支配者(ファントムロード)がフィオーレ1のギルドとして名を馳せていたあの時。そのギルドの最強の魔導士であるジョージが、マスターである自分に「今日は婚約者を紹介するつもりだ」と報告をして、デートのため外出した。養子とはいえ自分の息子が生涯の相手を連れてくると聞かされたジョゼはとても気分がよかった。ゆくゆくは義息子とその伴侶の間にも子が生まれ、義息子を中心にさらに幽鬼の支配者(ファントムロード)を大きくできると。義息子への祝福と、ギルドの更なる躍進に胸が躍った。

 

しかし、次にその義息子と再会したのは、病院だった。知らせを受けて駆け付けたジョゼは、変わり果てた義息子の姿に目を疑った。外傷はほとんど目立たないが、呆然自失と言った様子で朝に見た様子とは正反対。話によると、プロポーズをしようとした時に見知らぬ子供に突如攻撃されたという。不意打ちに近い形で急所を突かれて反撃もできず、結果的に婚約者にまでフラれてしまったと。

 

当初のジョゼの期待は無残にも打ち砕かれる結果となってしまった。しかも、これだけには終わらず。その攻撃の後遺症によって、ジョージは魔導士としても、男としても再起不能の身体となってしまったのだ。復帰は最早絶望的。ギルド最強の魔導士を実質的に失ってしまった幽鬼の支配者(ファントムロード)は一気に衰退する羽目になってしまう。

 

「その後あらゆる手段を用いてジョージを貶めた子供とやらを探し回った。報復も目的の一つであったが、不意打ちとはいえジョージを倒すほどの実力者。ファントムに取り込めば衰退を食い止められる可能性は大いにある」

 

そうして、ようやく掴んだ手掛かりは、その子供の名がペルセウス。そしてとあるギルドに所属しているれっきとした魔導士であることだった。そのギルドを潰して引き抜き、ジョージの仇討ちと幽鬼の支配者(ファントムロード)への忠誠心を植え付けるべくすぐに行動に移ったが、そこには予想外の事態が待っていた。

 

 

 

ペルセウスが所属していたギルドが、マスターを除いて全滅していたのだ。

 

 

勿論そのギルドにペルセウスらしき人物もおらず、当時ジョゼは別の何者か、あるいは闇ギルドの仕業によってペルセウスも死んだと考え、己の義息子を貶めた罰と考えれば多少損ねていた気分を晴らすには充分であった。どうせならば、この手で償わせたかったと言う落胆も抱いたが、既にいなくなった者の事を考えても徒労に終わると、その時は決めつけていた。しかし…。

 

 

 

「見つけたのだ。死んだと勝手に思っていたあのペルセウスを…。だが、その時にはすでに奴は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に、マカロフのギルドにいた!!気に入らねぇんだよ!!元々クソみてーに弱っちぃギルドだったくせにィ!!ファントムの戦力を大幅に下げやがった元凶たるクソ野郎を取り込んで、国を代表する二つのギルドとして名を連ねやがってェ!!!」

 

激昂と共に今まで以上の規模と密度で魔法を放ってくるジョゼの勢いに、思わずエルザの行動は遅れてしまった。シエルを庇っていることも理由の一つで、次々と迫りくる魔力弾を手に持つ剣で防いでいくが、勢いを殺しきれず剣は折れてしまい、そこから防ぐことが出来なくなった魔力弾の雨を受けて、後方へと吹き飛ばされた。

 

「こ、この戦争は…その下らん妬みと、ペルへの恨みが引き起こしたと言うのか…!?」

 

それでもなお、新たな剣を換装したエルザはそれを杖にして立ち上がろうとする。それと同時に、ジョゼの主張に対してエルザは問いかける。自身のギルドに並び立とうとする自分たちと、最強の座についていた義息子の仇、これらに対する負の感情が原点なのかと。それに対してジョゼは再び魔力弾を一つ放ってエルザを再び地に伏せさせてから答えた。

 

「それは違うなぁ…。我々はものの優劣をハッキリさせたいのだよ。それに強いて言うなら、あのクソ野郎にされたことを仕返ししなければ気が済まんのだ」

 

「そんな…そんな下らん理由で…!!」

 

怒りを糧にして再び立ち上がったエルザはそれと同時にジョゼへと斬りかかる。しかし、どれだけ振るってもジョゼはその剣先を完全に見切って瞬時に回避。それも最小限の動きで全て避けている。幾度となく斬りかかってくるエルザに対して、剣を持つ右手に向けて魔法を一つ発射。それによってエルザの手から剣が弾かれてしまう。更には髑髏が浮かび上がったいくつもの禍々しい波動を放ち、エルザの身体を巻き付けるようにして拘束する。拘束されて身動きが取れないエルザに対して、加虐的な笑みを浮かべながらジョゼはさらに語りだした。

 

「そのクソ野郎のこともあって前々から気に食わんギルドだったが、戦争の引き金は些細なことだった。ハートフィリア財閥のお嬢様を連れ戻してくれと言う依頼さ」

 

ハートフィリア財閥のお嬢様。エルザは瞬時にそれがルーシィだと理解する。フィオーレ王国有数の資産家の娘が妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいると聞いた時、ジョゼは更に苛立ちを増長させることとなった。ハートフィリア家の金を妖精の尻尾(フェアリーテイル)が自由に使えたとしたら、間違いなく幽鬼の支配者(ファントムロード)よりも強大な力を手に入れると。ただでさえペルセウスの件で大きく差を縮められている中で、更に資金力まで上回れては確実に決定打となる。

 

「そんなこと、許してはおけんのだァ!!」

 

声を荒げて主張するとともにエルザの拘束が更に強められる。それと同時に苦痛の声を上げるエルザに対してジョゼはさらに笑みを深めた。しかし、拘束の魔法を維持するために差し出していたジョゼの左手に、突如別の方向から横に巡る竜巻が飛び込んできた。少々強く弾く程度の威力で、エルザの拘束は解けていないが、ジョゼはその竜巻が飛んできた方向に視線を向ける。

 

そこにいたのは、うつ伏せの上、左腕と頭のみを辛うじて上げることができたシエル。最早残されていない僅かな魔力で竜巻(トルネード)を撃ち、エルザを拘束している魔法だけでも解除させるつもりだったが、失敗に終わってしまった。

 

しかし、シエルが浮かべていた表情は笑み。普段であれば悪戯をするときに浮かべる笑みだった。

 

「馬っ鹿みたいだな…どっちが、上だ下だと…騒いでることも…お前たちの…情報、収集力の…なさも…」

 

「何だと…?」

 

本来であれば眼中に置くことも無いような子供の戯言。しかし、ジョゼにはその言葉に含まれている意味に、疑問を感じていた。それを尋ねるよりも先にシエルは消耗しながらもたどたどしく答え始める。

 

「ルーシィはね…家出してきたんだ…。家のお金なんて、使えるわけが、ない…」

 

連れ戻してほしいと依頼はされたが、その娘が家出したという事実は、ジョゼ自身も初めて知ったようで、今までの余裕に満ちた表情とは打って変わって驚愕を浮かべている。

 

「家賃7万の家に住んで、お金が足りないって嘆いたり、俺達と同じようにギルドで仕事したり、共に戦って、笑って、泣いて…辛いことがあったって、一緒に背負って生きている…同じ、ギルドの魔導士だ…!」

 

ルーシィと過ごした時は、ナツやエルザたちと比べれば短いかもしれない。それでもシエルは知っている。彼女の、お金持ちのお嬢様としてではなく、よく笑い、怒り、泣き、驚き、自分たちとほとんど変わらない、一人の魔導士の少女・ルーシィの姿を。

 

戦争の引き金…?ハートフィリア財閥の御令嬢…?ルーシィがそんなものに、望んでなるわけがない…。誰だって生まれてくる親の元を選ぶことはできない。他人から見れば望まれている場所も、本人にとってはそうじゃない。世間から疎まれる立場にいても、そこが本人の望む場所にもなり得る。

 

『俺も、ナツも、みんなもいる。みんながルーシィの味方で、家族だよ』

『おまえ等みたいなクズどもの要求なんか、誰が聞くもんか!ましてや俺たちの大事な仲間を、絶対に渡したりなんかしないッ!!!』

 

自分がかけた言葉、仲間たちと共に叫んだ宣言に涙を流していたルーシィ。あの涙に、どれほどの想いが溢れていたのだろうか。

 

「お前らなんかに、涙を流したルーシィの事が、分かるわけがないっ…!!」

 

気力を振り絞り再び竜巻を呼び出す魔法陣を左手に展開するシエルの様子、そして言葉を受け止めたジョゼは、驚愕の表情をいつの間にか引っ込めた無表情のままで、空いている左手で魔力弾を放ち、シエルに当てる。それだけでシエルの小さい身体は床を転がり、苦悶の声を上げながらシエルは再び動けなくなった。その様子にエルザは彼の安否を心配しながら名を呟く。それに対し、ジョゼは無表情から再び笑みを浮かべ始めた。

 

「これから知っていくさ…。あの娘をただで父親に引き渡すと思うか?」

 

ジョゼが告げた言葉に、エルザは目を見開いた。それがどういう意味を持つのか。気づいたと同時にジョゼの言葉はさらに続く。金が無くなるまで飼い続け、ハートフィリア家の金をすべて自分の手中に収めると。外道で卑劣極まりない。己の欲望のために、何故そこまで人道を外れた行いが容易く実行しようと思えるのか。エルザはもう何度も怒りの頂点に達していると言っても過言じゃない。

 

シエルにすべて代弁されたが、エルザも抱えている想いは同じだ。ギルドの仲間の身を守るため、己の身体が朽ちたとしても抗う。

 

「おのれぇぇぇえっ!!!」

 

「力まん方がいい、余計に苦しむぞ」

 

力ずくで拘束を振りほどこうとするも、ジョゼが更にそれを固めてくることによって、エルザの身体が悲鳴を上げるだけに終わってしまう。あまりの負荷に、黒羽の鎧が徐々に罅割れて欠けていく。徐々にエルザ自身の力も弱まっていき、ジョゼの笑みがさらに深く歪められた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

その場の空間全てを包み込む、白い光が照らされたのは―――。

 

その光によって、エルザを縛っていた魔法は霧散し、剥がれようとしていた鎧はまるで時が戻るかのように修復される。突如として己の魔法を消されたジョゼ。しかしその表情には焦りはない。ある一点を見つめ、消えていた笑みを再び浮かべた。

 

その様子を見たエルザはジョゼが見つめるその一点を見るために振り返る。

 

 

 

「いくつもの血が流れた…子供の血じゃ…。出来の悪ィ親のせいで、子は痛み、涙を流した。互いにな…。もう十分じゃ…」

 

そこにいたのは、背丈はシエルよりも低く、子供と並ぶほど小柄。しかし、その顔には年季を感じさせる立派な白い髭が二房。聖十大(せいてんだい)()(どう)の紋章が背に刻まれた純白の外套を身に纏い、迸る魔力を外部に放出しながら、その小柄な老人は、体躯に似合わぬ膨大な威圧感を放っていた。

 

「終わらせねばならん…!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフ。枯渇した魔力を回復させ、そして子供が傷つくこの戦争を終結させるため、ついにこの戦場に参上した。

 

 

「マスター…!」

 

(マスター)の帰還。その事実を理解したエルザの左目には、涙が浮かんでいた。

 

 

「天変地異を望むというのか…!!」

 

「それが家族(ギルド)の為ならば…!!」

 

彼方、闇に淀んだ禍々しい魔力を解放させた幽鬼の支配者の頂点に立つ者――。

 

此方、光溢れる聖なる魔力を抑えもしない妖精の尻尾の夢を受け継いだ者――。

 

 

 

一度ぶつかれば天を震わせ、地を揺らし、海を荒れさせる、聖十大(せいてんだい)()(どう)二人が、ここに激突する。

 

 

 

「何だ…?この暖かいような、懐かしいような魔力は…?」

 

その魔力の解放によって、ジョゼに気絶させられていた者たちが目を覚ましだした。マカロフが発する白い光を包んだ魔力に、意識が引き戻されたのだ。

 

「全員この場を離れよ」

 

「マスター!?」

「何でここに!?」

 

背を向けながらも目を覚ました子供たちに向けて命じるマカロフの姿を視認したグレイとエルフマンはそれぞれ驚愕を露わにしている。だが、今は詳細な説明をしている場合ではない。「言われた通りにするんだ!」と、唯一意識が戻らないシエルを背負いながら、エルザは仲間たちに呼びかける。

 

「あなたが出てきた以上雑魚にはもう用はありません。しかし後で必ず殺してあげますよ」

 

最早ジョゼは、己と唯一渡り合えるマカロフの方に意識の全てを向けるようだ。この場から離れようとしているエルザたちを追おうとはしない。

 

「行こう」

 

「でもよォ…!」

 

「私たちがいたのでは、マスターの邪魔になる。全てをマスターに任せよう…」

 

今この場にいたとしても聖十(せいてん)同士の戦いに介入できるような者はいない。出来るのは、(マスター)であるマカロフが気兼ねなく戦えるように、この場から離れることだけ。心配ではあるが、マカロフを信じて託すしかない。

 

ミラジェーンを支えながら共に移動を始めるエルフマン。シエルを背負ってそれに続くエルザ。マカロフを一瞥した後、グレイも悔し気に表情を歪めて後を追った。

 

 

 

―――全てのガキどもに感謝する。よくやった…。妖精の尻尾(フェアリーテイル)であることを誇れ!!

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

最早魔導巨人の原型を留めていないギルドを中心に、外部は凄惨たる状況だった。二つの魔力がぶつかる度に、空気が揺れ、波が起こり、地に亀裂が走る。そして天には巨人を中心として雲が渦巻き、雷が迸り湖面へと落ちる。シエルが起こした“天の怒り”が、最早前触れに過ぎなかったと言えるほど、マグノリアの気象は出鱈目となっていた。

 

そんなシエルはエルザに背負われたまま仲間と共に脱出を終えており、未だその意識を失ったままだ。微かに息の音は聞こえる為命がまだあることは確かだが…。

 

「普通、こんな状況の中じゃ嫌でも起きるよな…?」

 

「無理もない。“天の怒り”によって枯渇寸前まで魔力を使い、その状態で尚ジョゼに魔法を撃ったのだ。全く、本当に世話が焼けるな…」

 

グレイが呟いた言葉にエルザがシエル本人の状況も交えながら説明する。口では呆れを含んだ物言いであるが、その表情はとても優し気なものだった。

 

 

すると、巨人を中心として、街全体を飲み込むような、日射光(サンシャイン)を遥かに超える膨大な量の光が発せられ、場にいる全員が包み込まれた…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

聖十(せいてん)二人のぶつかり合いは必然と言うべきか両者一歩も引かず、拮抗していた。エルザを始めとした実力者を相手にほぼ無傷で立ちまわったジョゼが、一切の油断もなく対峙して尚渡り合える。改めてマスター・マカロフのとてつもない魔力を実感させられる。

 

そしてマカロフもまた、ジョゼに対して関心を覚えていた。マカロフから見ればジョゼはまだ若く、己と同じく聖十(せいてん)に数えられる彼の魔力を、正しいことに使い、若い者への儀表となれば、魔法界はさらに発展できたと、嘆きさえも覚えていた。

 

そして、終局は突如訪れる――。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)、審判のしきたりにより…貴様に3つ数えるまでの猶予を与える…。

 

 

 

ひざまずけ」

 

積み上げられた瓦礫の山に立った影響で、ジョゼを見下ろす形となったマカロフの命令に、ジョゼは一瞬、理解が遅れた。

 

「一つ」

 

「ははっ、何を言い出すのかと思えば、ひざまずけだァ!?」

 

数え始めたマカロフに対して、心から理解できないと嘲笑を浮かべながら口元を吊り上げて言葉を発する。

 

「二つ」

 

「王国一のギルドが、貴様に屈しろだと!?冗談じゃないっ!私は貴様と互角に戦える!いや!非情になれる分、私の方が強い!!」

 

再び数を数えるマカロフは、自分の胸の前に両手を翳す。左手指は上に、右手指を下に向け、その中心に白く発光する丸い魔力が現れる。対するジョゼもまた、溢れるばかりの髑髏が描かれた魔力を身に纏い、隙だらけに見えるマカロフに対して狙いを定める。

 

「三つ」

 

「ひざまずくのは貴様等の方だ!!消えろ!!塵となって歴史上から消滅しろォ!!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)ゥゥッ!!!」

 

翳した両手、上に向けていた左は下に、下に向けていた右を上に向ける。それと同時に、中心に会った発光する魔力は、その大きさを膨らませる。だがジョゼの方も黙っているばかりではない。纏わせていた禍々しい魔力をマカロフへと向け、叫びと共にそれらを放つ。

 

 

 

「そこまで」

 

当たるよりも先に、下へと向けていた左手を再び上に向け、両手を合掌するように合わせると同時に発光する魔力を押し潰す。すると、彼の足元から白き光が差し込み、彼を包み込むように纏わり、迫っていたジョゼの魔法を跡形もなく消滅させた。

 

更にその光は勢力を広げ、ジョゼが呆然とする間に、彼の身体をも全て包み込んだ。

 

 

妖精の法律(フェアリーロウ)…発動」

 

 

そして、マカロフが発動させたその魔法は、マグノリア全域を包み込む白き光となって広がった…。

 

 

 

 

 

 

 

「…マス、ター…?」

 

眩い光に目を覆う全ての者達。その中で、一人の少年がその意識を取り戻した。

 

 




おまけ風次回予告

シエル「ファントムの奴ら、どいつもかなり手強かったけど、やっぱりジョゼは別格だったな~…」

……

シエル「エルザが戦っても全く太刀打ちできないだなんて、外道なことやってても実力は確かなんだねぇ…」

……

シエル「そ、そんなジョゼを相手に真っ向から戦えるうちのマスターは、やっぱりさすがって言うか、格が違うって言うか…!!」

……

シエル「…反応が何もないってやっぱ寂しいな…。も~!!ルーシィどこ行ったんだよ~!今回はルーシィとのペアなのにぃ~~!!」

次回『あたしの決意、そしてさよなら』

シエル「って、ちょっと待って?何この副題?ん?置手紙が………

何っじゃこりゃあ~~~~!!?」


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第17話 あたしの決意、そしてさよなら

ち・こ・く・しました…!!
やってしまいました、またも…。

少しでも余裕もつためにこの連休中で書き進め…ようとしてできなかった前科が…!

またもご迷惑をおかけすると思いますが、どうか見捨てないでいただければ幸いです…。

それでは本編へ!



マリオって罪なゲームですよね…(小声)


魔導巨人の崩壊した上半身の裂け目の中から、神々しいとも言える純白の光が注がれる。その光量は膨大であり、その光を目に映している魔導士たちのほとんどが目を覆い、光を遮る程に。

だが、次第に彼らはその光への印象を変え始めた。その眩しい光は同時に、彼らに安らぎと温かさを感じさせるものとなっている。

 

「…マス、ター…?」

 

眩い光を浴びて、今まで閉じられていた瞳を開いた少年シエル。彼を背負っていたエルザはそれにいち早く気付いた。

 

「シエル、起きたのか」

 

「エルザ…これって…」

 

「ああ、『妖精の法律(フェアリーロウ)』だ」

 

妖精の法律(フェアリーロウ)』――。

聖なる光をもって闇を討つ。術者が敵と認識した者のみダメージが渡り、相手によってはその命すらも奪えるとされる、もはや伝説の一つとされる超魔法だ。

 

名の付く通り妖精の尻尾(フェアリーテイル)にはこの魔法を始めとした超魔法が残り二つ存在しており、審判魔法たる妖精の法律(フェアリーロウ)を含むその三つの魔法は『妖精三大魔法』としてギルドの文献にも残されている。

 

「(眩しいけど、暖かくて優しい光だ…マスターの魔力を、光から感じる…)」

 

意識を失ったままであったシエルがその光を身に浴び、目を覚ますことができたのは、光によって目を開かずにいられなかったのか、それとも妖精の法律(フェアリーロウ)の光が、シエルの魔力を回復させる効果を発したのかは定かではない。一つだけわかるのは、この光が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちにとって、とても穏やかで優しい光であることのみ。

 

ある程度の時が経つと、光は収まっていった。光が収まるとともに、魔導巨人を中心に荒れていた空模様が晴れていく。轟音が鳴り響いていたことが嘘のように、周りの音はもう聞こえない。幽兵(シェイド)もすでに消滅しており、追加で放出されることも無くなっていた。マカロフによる超魔法の直後のこの静まりが意味することは一つ…。

 

『勝ったぁ!!ファントムに勝ったぞぉおおおっ!!!』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)幽鬼の支配者(ファントムロード)。フィオーレを代表し、因縁も深かった二つのギルドによる衝突は、ここに決着がついた。不利になる状況も多々あったが、最後に勝利を掴んだのは仲間のために戦った妖精たち。勝利を実感した彼らは共に喜び合い、盛り上がり、歓声を上げ、中には互いを抱擁して喜びを表す者、戦いの終幕に胸を撫で下ろすものなど、様々だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

明るかった空も日が沈みだし、空と街は夕暮れによって赤く照らされている。見るも無残に倒壊してしまったギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)の前で、ギルドを家として過ごした仲間(家族)とマスター・マカロフが表情を曇らせていた。

 

「こりゃあまた…派手にやられたもんじゃのう…」

 

声にこもった感情は落胆。最初にガジルによって襲撃されたときは、その感情を表に出さずにこらえていたが、最終的には元の形に戻すことが出来そうもない程の惨状。(ギルド)を壊されたことへのショックは、やはり逃れられるものではなかった。そしてそれは他の者達も同じ事であり、特に落胆の他にも複雑な感情を抱いているものがいる。今回の衝突において原因とされてしまった少女、ルーシィだ。

 

「あ、あの…マスター…」

 

「んー?お前も随分大変な目にあったのう」

 

責める者はいない。だがそれでも自分が発端でギルドは崩され、仲間も傷つき、多くの悲しみが生まれてしまった。その事実がルーシィの心を強く締め付ける。

 

 

「そーんな顔しないの、ルーちゃん」

 

そんな彼女の顔を上げさせたのは、一人の活発そうな少女の声だった。ルーシィが声をした方に顔を向けると、病院で治療を受けて安静にしていた彼女の親友であるレビィ。そしてレビィと共に、チームメンバーであるジェットとドロイ、さらに今回ルーシィの避難と護衛を務めていたリーダスがいた。

 

「皆で力を合わせた勝利なんだよ」

 

「ギルドは壊れちまったけど…」

 

「そんなのまた建てればいいしな」

 

「ウィ」

 

彼らは自分たちの負傷の事も、その原因も全く話題に出さず、ルーシィに笑顔を向けている。それどころか、ルーシィの出自、そして今回の騒動の流れを聞いた上で、誰もルーシィのせいとは思っていないと主張する。

 

「ていうかオレ…役に立てなくて…あの…ゴメン…」

 

「そんな…ことっ…!」

 

さらには、ルーシィを探し出して連れ出そうとしたガジルを止められず、負傷してしまったリーダスが、彼女を守ることができなかったことを後悔して謝罪する。もとはと言えば自分が発端だというのに、謝る必要などないのに、心の中にある仲間への想いが溢れそうになる。

 

「ルーシィ。楽しい事も、悲しい事も、全てとまではいかないがある程度は共有できる。それがギルドじゃ。一人の幸せはみんなの幸せ、一人の怒りはみんなの怒り、そして一人の涙はみんなの涙。自責の念にかられる必要はない、君には、みんなの心が届いている筈じゃ」

 

マスター()のその言葉に、仲間(家族)の温かい笑みに、想いが涙となって溢れそうになるのを、彼女は両手を覆ってこらえている。数々の悲しみを生み出した自分が、ある時を境に家族の温かさを受けられなくなった自分が、これ程幸せな思いをしていいのか…?

 

「顔を上げなさい。君はもう、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間なんだから」

 

心の問いに答えるかのように、マスター・マカロフが言葉をかける。認めてくれる。覆っていた両手を外し、俯かせていた顔を上げる。溢れていた涙がこぼれて彼女の足元を数滴が濡らす。もう、こらえることができない。こらえる必要もない。

 

大きく声を上げて、目から多くの涙を流して、彼女はまるで子供のころに戻ったように泣いた。仲間はみんな笑顔だ。一部の者達は彼女の涙にもらい泣きをしながらも、優しく笑顔を浮かべる者ばかり。立つこともできずに膝をつきながら泣き続けるルーシィをレビィが優しく抱きしめる光景を見ながら、シエルも彼女に笑みを向けていた。ようやく、彼女が抱えていた悲しみが和らいだのだろう、と…。

 

 

 

 

「(それにしても…ちと、派手にやりすぎたかのう…?こりゃあ評議院も相当お怒りに…いや待て…!?下手したら、禁固刑…!!?お怒りと言えば、シエルの“天の怒り”使用の事も考えると、最悪…解散!!!?)」

 

誰もが大泣きするルーシィに笑みを浮かべている空気の中で、マスター・マカロフも大声をあげて泣き出した。エルザを始めとして何故か突然泣き出したマスターの、先程ルーシィを励ました時と大違いの姿に一部の者達が目を見開いて彼を凝視していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

その後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーたちの平穏はすぐには訪れなかった。と言うのも、幽鬼の支配者(ファントムロード)との衝突が決着した直後、魔法評議院傘下の強行検束部隊『ルーンナイト』によって、一同は囲まれたのだ。早くも騒動をかぎつけて、全員が連行される羽目になった。余談だが、すぐさま逃げようとしたナツは真っ先に捕まり、その様子を見て他の者達は大人しく連行されたそうだ。

 

そして軍の駐屯地に連行され、毎日取り調べを受ける日々。それが落ち着いたのは一週間経った頃だった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に対する処分は、評議会の後、後日下されることとなっている。しかし状況証拠や目撃証言はファントムの襲撃を立証しており、妖精の尻尾(フェアリーテイル)側の処分はそう重くならないだろう。

 

 

 

 

ある一件を除いて…。

 

 

「本当に…当時の事を覚えていないのかね?」

 

「覚えてない、と言いますか…記憶が曖昧で…霞がかっていると言いますか…」

 

ほぼ全員が取り調べから解放され、ギルドの復旧、再建築の作業を行っている最中、ギルド最年少のシエルのみ、未だルーンナイトからの取り調べを受けていた。疑いの目でシエルに再三問いかける男性に対し答える少年は、普段とは打って変わって身を縮こまらせているうえに目が泳いでいる。

 

その一件とは彼が発動させた“天の怒り”についてだ。ただでさえシエルが扱う天候魔法(ウェザーズ)は人智を超えており、「その気になれば世界の(ことわり)をも変える魔法」だとエルザに言わしめるものだ。

 

一年前と同様彼の怒りが頂点に達し、暴走に近い状態で発動されたそれが再び起こされた。一度目は廃村、二度目は幽鬼の支配者(ファントムロード)が犠牲となったが、もしこれを民間人が多くいる場所で使用されればそれこそ犠牲と損害は計り知れない。そしてこれの厄介なところは、暴走状態に近いものであるが故にシエル自身の理性と意識が“天の怒り”発動直前から魔力切れの際まで限りなく薄まることだ。

 

制御できるものであるならシエル個人への注意喚起、及び警告で済ませられるのだが、シエル本人もその制御がままならない。つまりいざと言う時の抑止力が無いのだ。基本的に問題を起こすことが多い妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーには珍しく、破壊行為を多発する面はないのだが、時として甚大な被害をもたらす恐れがある彼を野放しにすることもできないのだ。

 

しかしこの取り調べ機関の中で“天の怒り”に関する処遇の情報はあまり多くない。前例ではただの異常気象による自然災害で済ませられたが、二度も同じような現象が起きたとあってはさすがに不自然だ。以降も取り調べを続けたがシエルも、部隊の者も頭を抱えて好転することはなく…。

 

「…仕方がない…。今ある判断材料を提示して、評議員の方々の判断を仰ぐことにしよう…」

 

「申し訳ない、お手数かけます…」

 

若干の不安を抱えたままであるが取り調べは終了となった。こうして最後の最後にルーンナイトから解放されたシエルは、疲労と不安のこもった重い足取りでギルドへと戻る道中を歩いていた。

 

「ようやく終わった…。けど、どうなっちまうのかな…?」

 

シエル自身が“天の怒り”を発動させていた時に覚えていたのは、幽兵(シェイド)からの拘束を抜けたこと、雷雲を呼び寄せたこと、姿が見えたファントムの魔導士一人を攻撃したら逃げていったこと、そしてナツの声が聞こえたこと。それ以外は怒りにかられていたのか、ほとんど意識がはっきりしておらず、今挙げたことに関しても確実に覚えているわけでもない。自分が犯した実態によっては重罪に問われる可能性も…。

 

それを考えると彼の口からため息が漏れだした。今後の課題は自分の暴走をいかに制御できるかになるのだろう。だがその課題に取り組めるかどうかも、今は怪しかった。

 

「ん…?」

 

そうしてギルドへ向けて歩いていると、見覚えのある姿がシエルの目に映った。桜髪に白い鱗柄のマフラーをつけた青年、白い翼が生えた青い毛皮のネコ、黒髪の半裸の青年、そして長い緋色の髪の女性(何故か建設現場の作業員のような作業服を身に着けてる)だ。

 

「おーい、エルザー!何してんのー?」

 

その内の緋色の髪の女性・エルザに声を張って呼びかけると全員が少年の方へと目線を向けた。

 

「おお、シエル!ようやく終わったのか!?」

 

「随分なっげぇこと縛られてたな」

 

「まあ、事が事だし…」

 

取り調べを最後に終えたシエルに、ナツとグレイが彼に声をかけた。彼らは確か壊されたギルドの再興を行っていたはずなのだが、どこに向かうつもりなのだろうか?と純粋に疑問を感じていた。

 

「ルーシィの家に向かう所だ。ここしばらく姿を見ていないから様子を見にな」

 

「そうだったの?」

 

「あい、あとロキがこれ見つけたからルーシィに渡しといてって」

 

ずっと取り調べを受けていたことでギルドの様子を知らないシエルは、ルーシィが姿を見せていないことを初めて知った。そして続けざまにハッピーが取り出したルーシィの契約している星霊たちの鍵束を見せて補足する。最初にファントムの魔導士に捕まった際に落としたのだ。それをロキが数日かけて探し出して見つけたらしい。

 

「星霊魔導士が苦手だって言ってたロキが、珍しいな…」

 

「何だかんだ言って、あいつもルーシィを気にかけてるんだよ」

 

話によるとロキ自身は「フェミニストはつらいな」と零していたらしいが、やはり仲間であるルーシィの事は気にかけていたようだ。実は割と親交の深いグレイがフォローに似た言葉をかけている。

 

「そうだ、お前もルーシィんとこ来るか?」

 

「まあ、ギルドに行く前に俺も顔見せといた方がいいよね。うん、そうする」

 

そうしてシエルも加えてルーシィの住む家へと向かうナツたち。距離もそんなに離れてないため直ぐに到着し、彼らは各々彼女の家に入り込む。ナツとハッピーは窓から、グレイは煙突の下の暖炉から、入り口から普通に入ったものはエルザとシエルしかいなかった。そんなエルザも入って早々何故かルーシィの家にあるカップで紅茶を飲んでいたのだが…。「まともに入るのは俺だけか…」と溜息混じりのシエルの呟きが部屋に響いた気がした。

 

「あれ?」

 

と、ここで全員気付いた。いつもだったら「あたしの部屋ーーー!!」と言う叫び声を上げながらルーシィのツッコミが入るのだが、彼女の声すら全く聞こえない。別の場所にいるのだろうか?と予測を立てる。真っ先に動いたのはグレイだ。

 

「風呂か…!?お約束の展開が待っていそうで、申し訳ねぇが!!」

 

 

 

「いねぇ」

 

「風呂のチェックはぇえよ!!つか入ってんじゃねぇ!!」

 

どこか期待に満ちた表情で湯気が満ちる風呂場のカーテンを開けたグレイの目に映ったのは、服を着たまま湯船に浸かって否定のジェスチャーをしながら答えるナツだった。色んな期待を裏切られた上に謎の奇行をするナツに対してグレイが叫ぶのも無理はない…が…。

 

「女子がいるかもしれない風呂場に堂々と乗り込むなケダモノども!!」

 

「「お前こそ風呂場で魔法使うなーー!!」」

 

思春期の男たちがあまりにもオープンスケベである様子に、思わずシエルは風呂場に乗り込んでいる二人に向けて豪雨(スコール)を撃ち放つ。双方ともにツッコミどころ満載だ。だが一応風呂場の被害が一番少ない豪雨(スコール)を選んだのは賢明かもしれない。

 

「出かけているようだな」

 

「あんたも何しに来たんだ!くつろぎ過ぎだろ!!」

 

そしてエルザに至っては風呂上がりのようなバスタオル姿でいつの間にか取り出したケーキをつまもうとしている。本当に我が家のようなくつろぎ様にツッコミが止まらない。普段ルーシィに任せているせいで彼女の苦労が身に染みて実感できる気がする。

 

「ルーシィ~!出てきてよぅわあああっ!!?」

 

すると先程から絶対に人間がいるようには見えない場所ばかりを探していたハッピーの悲鳴が聞こえた。見て見ると数十枚はある未開封の手紙にハッピーが埋もれていた。

 

「手紙…それもこんなに沢山…」

 

「『ママ、あたしついに憧れの妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入る事が出来たの』…」

 

「おいおい勝手に読むもんじゃねえぞ」

 

床に散開した手紙の内の一通をナツが取り出して読み始める。グレイがそれを制止しようとするが、勝手に人の家に上がり込んでいる時点でもうその説得力はない。現にナツは一切気にせず手紙の続きを読みだしている。

 

「『今日はエルザさんって人に会ったの!カッコよくてキレーで、あのナツとグレイがね…』」

 

自分の話題を書かれていたことも気恥ずかしいが、率直に褒められる文言を聞かされてエルザは思わず頬を染めた。それを聞いてシエルも気になったのか手紙の内の一枚を開けてそれを読み始める。

 

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)にはあたしと歳が変わらない子もいっぱいいるの!中にはシエルって言う、あたしよりも年下なのにしっかりしてて強い魔導士もいるのよ。悪戯好きなのが玉に瑕だけど…』俺の事も書いてる…」

 

「これ全部、ママへの手紙か?」

 

「みたいだね、なんで送ってないんだろ…?」

 

書いたのはルーシィであり、宛先は彼女のママ(母親)であることは確実だ。しかし、何故その手紙が送られずに彼女の部屋にしまってあるままなのか、そこが謎である。すると、手紙とは別の方、ルーシィが普段使っている机の上にある書置きを見つけたエルザが彼らに声をかけた。

 

「これは、ルーシィの書置きだ…」

 

そう言ってエルザはその書置きをシエルたちに見せた。そこに書かれた内容は…。

 

 

 

 

 

 

―――I will go home(家に帰ります)

 

 

 

 

『なっ、何でぇぇえええっ!!?』

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

四方を山に囲まれた平地の中に、一軒の広大な庭を持つ豪邸が一つと、豪邸と比較すると小さな家が数軒。その中の豪邸こそが、ハートフィリア財閥(コンツェルン)の代表が抱える家であり、その令嬢たるルーシィの実家・ハートフィリア邸である。

 

その豪邸の一室、代表であるルーシィの父が業務を行う本宅の書斎の前で、煌びやかな桃色のドレスを身に纏ったルーシィは、一つ呼吸をして声を放つ。

 

「ルーシィです。ただ今戻りました、お父様」

 

「入れ」

 

一年もの間家出していた自分の娘が帰ってきた際、大喜びで彼女を取り囲んだ使用人たちとは打って変わり、自分が待つ書斎の方に来いと命じた父。そして今も、ただただ簡素に感情の揺らぎもなく娘に命じるかのように答えている。

 

「ようやく帰ってきたか、ルーシィ」

 

書斎の奥にて窓の外へと身体を向けていたその男性は、ルーシィが部屋に入ってきたことで、ようやくその身体をルーシィに向けた。外からの光を浴びてルーシィから見れば彼の顔に影が差しているように見える。娘である彼女と比べて色素が濃い目の髪はオールバックに、そして年季を重ねているであろう口元には髭が生えている。

 

名は『ジュード・ハートフィリア』

ハートフィリア財閥(コンツェルン)の代表にしてルーシィの父親。そして今回幽鬼の支配者(ファントムロード)にルーシィを連れ戻すように依頼を出した張本人。

 

「何も告げずに家を出て申し訳ありませんでした。それについては深く反省しております」

 

「賢明な判断だ。あのままお前があのギルドにいたのなら、私はあのギルドを金と権威の力をもって潰さねばならないトコだった」

 

深々と頭を下げるルーシィに対して淡々と父は告げる。それを耳にしたルーシィは、下げている頭を上げることもしなければ、表情を変えることも無い。

 

「やっと大人になったな。身勝手な行動が周りにどれだけの迷惑をかけるのか、身をもって良い教訓になっただろう。お前はハートフィリアの娘だ。他の者とは違う。住む世界が違うのだ。それを知ることができたのは幸運だったな、ルーシィ。」

 

淡々と言葉を続ける父に、反応を示さず微かに目を細める。既に彼女は覚悟を決めている。己の人生を変貌させてでも決めた覚悟…。

 

「今回お前を連れ戻したのは他でもない。もう一つの幸運。ジュレネール家の御曹司との縁談がまとまったからだ」

 

ジュレネール家の御曹司・サワル―公爵との婚姻。

この件に関してルーシィは予想していた。以前からルーシィに興味があると話も聞いており、実際に顔を合わせたこともある。低身長で肥満な体型であり、自分に下品な眼差しといやらしい手つきを向けていたことは今でも覚えている。

 

「ジュレネール家との婚姻により、ハートフィリア鉄道は南方進出の地盤を築ける。これは我々の未来と幸運を決める結婚となるのだ」

 

「幸運…」

 

「そしてお前は男子を産まねばならん。ハートフィリアの跡継ぎをな」

 

言葉の端々から、自分を仕事のための道具としか見ていないとされる発言が見られている。だがそれは昔からそうだった。あの時を起点に、彼は自分を娘と見なかった。だが彼女の心は揺るがない。覚悟も、もう揺るがない。

 

「話は以上だ。部屋に戻りなさい」

 

 

 

 

 

「お父様、勘違いしないでください」

 

淡々と話を告げていたジュードの表情に、初めて驚愕が現れた。ルーシィの言葉が一瞬理解できなかったからである。

 

「私が戻ってきたのは自分の決意をお伝えするためです。確かに何も告げず家を出たのは間違ってました。それは逃げ出したのと変わらない…。だから、今回はきちんと自分の気持ちを伝えて家を出ます!」

 

「ル…ルーシィ…?」

 

そう、彼女は覚悟を決めていた。それは今度こそ自分の父と、家と、決別をする覚悟。最初に何も告げずに家を出た時とは違う。揺らがぬ覚悟をもって、堂々と実の父親とたもとを別つ覚悟だった。

 

「人に決められる幸運なんてない!自分でつかんでこその幸運よ!あたしはあたしの道を進む…結婚なんて勝手に決めないで!!」

 

黙って己の話を聞いていたと思っていた娘の、強い意志を感じさせる反論に、ジュードはとうとう動揺を隠せなくなった。更にルーシィの主張は続いていく。桃色の妖精を象った紋章が刻まれた右手を勢い良く振り、その人差し指を父に向けて言い放つ。

 

「そして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には二度と手を出さないで!今度妖精の尻尾(フェアリーテイル)に手を出したら、あたしが…ギルド全員があなたを敵とみなすから!!」

 

白いコルセットを除いて、己の身に纏っていた桃色のドレスを引き裂き、彼女は堂々と宣言する。過去の自分、ハートフィリアの娘としての自分との決別を現すその行動。だが、それに後悔はない。

 

ジュードが幽鬼の支配者(ファントムロード)を仕向けなければもう少し話し合えたかもしれない。だが、過ぎた時間はもう戻せない。彼はルーシィの大切なものを傷つけ過ぎた。

 

「あたしに必要なものは、お金でも綺麗な洋服でもない。あたしと言う人格を、認めてくれる場所…!妖精の尻尾(フェアリーテイル)はもう一つの家族。ここよりずっと温かい場所なの」

 

自分の右手に刻まれた妖精の紋章を見せながらルーシィは語る。自分を家族と認めてくれて、自分の居場所と告げてくれて、ルーシィにとってはただそれだけで満たされた気持ちになっていたのだ。

 

短い間とはいえ母と過ごした家を離れることも、幼い頃から世話をかけてくれた使用人たちと別れることも、本音を言えば寂しく、辛いものがある。

 

「でもね…もしもママがまだ生きていたら…あなたの好きな事をやりなさいって言ってくれると思うの…」

 

儚げに微笑む娘の表情。そしてその横で、今はもういない妻が、娘と同じ微笑みを浮かべている姿が、ジュードには見えた。思えば不思議であり、ありえないとも言える光景。だが彼はそれを本当に母が娘の応援に来たようにも見えたのだ。

 

二の句を告げることが出来ずに立ち尽くす父に、ルーシィは背を向けて歩き出す。あの時はただ逃げ出しただけだった。しかし、もう逃げはしない。

 

「さよなら、パパ…」

 

堂々と告げた彼女は、生まれ育った家を出た。今度こそ本当に、己の家と別れを済ませたのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

敷地内に点在する均等に並べられた石の列。それはすべて墓石だった。この周辺に住まう者達の遺族が眠っている場所。

 

 

そして、ルーシィの母・『レイラ・ハートフィリア』は一際目立つ女神像の下にその墓が建てられていた。

 

母の墓石の前に立ち、墓参りを済ませたルーシィ。そんな彼女の耳に、唐突に自分の名を呼ぶ声が届いた。

 

『ルゥゥウシィーー!!!』

 

「何でぇ!!?」

 

ナツ、ハッピー、シエル、グレイ、そしてエルザが必死の形相で自分目掛けて走りかけてくる光景を見て彼女は度肝を抜いた。何故自分の実家に来たのか、と言うかどうして知っているのか、泣きながら胸に飛び込んできたハッピーを宥めながらルーシィは彼らから話を聞いた。

 

どうやら自分が残した書置きを「ギルドを辞めて実家に戻る」と解釈した一同が連れ戻すために駆け付けたそうだ。だが実際には一度家に帰って今度こそ別れを告げるために、そして二度と妖精の尻尾(フェアリーテイル)に危害が及ばないようにするためだった。それを聞いた一同は一様に呆然。その後はナツは怒り、エルザは笑い、グレイは意気消沈とし、ハッピーも喜びで涙を流したりと大騒ぎ。シエルに至ってはわざわざ書置きを持ってきて「もうちょっと細かく書いてよ作家志望!」といじりだして彼女を慌てさせる。

 

だが、そんな彼女に浮かぶ笑顔は、とても輝やかしいものだった。

 

 

 

書斎の窓からその様子を見ていた父が、母である妻が亡くなる前によく見た笑顔だと、思い出すほどに。

 

 

 

「皆…心配かけてごめんね…?」

 

「気にするな、早合点した私たちにも非はある」

 

「取り越し苦労だったわけか…」

 

「散々ルーシィを引っ掻き回したりしてるし、たまにはいいよね、これも」

 

豪邸を後にし、帰路に着き出した一同はルーシィとともに歩きながら話を繰り広げている。後から聞いた話によると、母親の墓参りも兼ねた里帰りであったらしい。話題には出さなかったが、母への手紙を出さなかった理由がこれで分かった気がすると、シエルは心の中で考えていた。

 

「ハッピーなんかずっと泣いてたぞ」

 

「ナツだってオロオロしてたじゃないか?」

 

「し、してねえよ…!」

 

「な、なんかごめんね…?」

 

本当に散々心配かけていたのだと改めて実感したルーシィは、以前の騒動とはまた違った自責を感じている。だが、自分を案じてこうして迎えにまで来てくれた彼らに、改めて温かみを感じていた。

 

「しっかし、やけにでけー街だよな」

 

「そりゃ、国有数の資産家がいる街だし」

 

「だが、のどかでいいところだな」

 

ハートフィリア邸を擁する街を横断しながら、彼らは雑談に花を咲かせ、ギルドへと戻っていくの―――

 

「あ、違うの、ここは庭だよ。あの山の向こうまでがあたしん()

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

「あれ?どうしたの、みん…」

 

「お嬢様キターーーーー!!!!」

「さり気自慢キターーーーー!!!!」

「ロイヤルジョークいただきましたーーーーー!!!!」

 

ルーシィ の 天然規格外発言!!

 

グレイ と ナツ と シエル が 

混乱状態に なった!!

 

三人は 訳も分からず ハッピーの物真似をしながら

小躍りしている!!

 

「ナツとグレイとシエルがやられました!!エルザ隊長、一言お願いします!!」

 

「ああ…」

 

ハッピー は エルザ に

伝令 を 使った!

 

 

 

「空が…青いな…」

 

駄目だ! エルザ は 混乱している!

エルザは 夕焼け空に向けて 呟いた!!

 

「衛生兵ーーーー!!エルザ隊長が故障したぞーーー!!」

 

『うぱーーーーーー!!!』

 

パーティ は 全滅した…

 

 

 

「…っ…あははっ…!」

 

 

 

―――天国のママへ…あたしは、元気にやっています

 

 

―――あのね、ママ…あたしはね、みんなと一緒じゃなきゃ、生きていけないと思う

 

 

―――だって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)はもうあたしの一部なんだから

 




おまけ風次回予告

シエル「今回の話見て思ったんだけどさ、俺の影がちょっと薄くなってる気がするんだよね…」

ルーシィ「突然のメタ発言!?どうしたの急に!?」

シエル「いや~、前々回は出てる方だよな…って感じは出してるけど主人公としてどうなのかな~って部分が結構あってさ」

ルーシィ「ええと…自分で言うのもなんだけど、今回はほら、あたしメインの話だったし…?」

シエル「次回が俺のメインになるって確証もないし…」

ルーシィ「何かやさぐれてる…めんどくさくなってきたわ…」

次回『NEXT GENERATION』

ルーシィ「ほら!メインでもサブでも主人公がいなきゃ話にならないんだから、次のためにもしゃんとする!!」

シエル「は~い」


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第18話 NEXT GENERATION

書き始める前
「今回は短くなりそうだな…。オリジナルのシーンを他に入れるか…」

書き進めている間
「…あれ…?何か今回一番文字数多くね…?」

という事で最大文字数更新しました。不思議なもんですね、脳内に考え付いたシーンの量と文字にしたときの量が桁違いだなんて…。(汗)

ちなみに次回の本編更新はまた2週間後になります。
来週土曜が仕事なのと、未だにあの演劇回の構成が纏まらないのが理由です…。マジどうしよう…。


とある山奥に、地上に馬上杯の形のものがあり、そこから魔法の力で宙に浮く札のような石板が取り囲むように10枚。そして更にその中心の上空に浮かぶ小島に一つの宮殿のような建物が組み合わさった、巨大な建造物が存在する。

 

それは魔法評議院『ERA(エラ)』――。

魔法界の秩序を守り、頂点に位置する組織の総本山である。

 

その建物にて妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターであるマカロフは裁判の被告人として召集され、先程その裁判を終えていたところであった。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)幽鬼の支配者(ファントムロード)の衝突と言う一大事件から一週間余り。ようやくすべての証言を集め此度の判決が下されたのだ。

 

結論を言えばまず、幽鬼の支配者(ファントムロード)の解散。次にマスター・ジョゼの聖十(せいてん)の称号剥奪。そして…。

 

妖精の尻尾(ワシら)が無罪とは思い切った判決じゃのう…」

 

今し方呟いたマカロフの言の通り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は今回の騒動に関して無罪と言う判決を下された。幽鬼の支配者(ファントムロード)側に非がある言動や行いの証言が数多く、被害者側として見られた部分が強かったからでもあるが、それだけではない。

 

「感謝せぇよマー坊。ワスも弁護スたけぇねぇ」

 

マカロフの隣に座り彼にそう告げたのは、彼と同様の小柄で、面長な老人。議長を除く9人の魔法評議員、そのうちの六ノ席に座している『ヤジマ』と言う名の人物はマカロフとは旧知の仲である。彼が妖精の尻尾(フェアリーテイル)に関する弁護を行ったおかげで今回の判決に落ち着いたと言ってもいい。

 

「恩に着るわいヤン坊…ギルドが直ったら、一度遊びに来なさいよ。ラーメンおごっちゃる」

 

「妖精ラーメンチャースー12枚乗せで頼むわい」

 

「12枚は多すぎじゃろォ」

 

「今回の件もギルド間抗争禁()条約違反第四条から…」

 

「わぁーったわいっ!!20枚でも30枚でものせてやる!!」

 

「チャースーは12枚じゃ」

 

片やギルドマスター、片や評議員の一人である二人だが、昔からの知己でもある彼らの会話は互いに遠慮のなさが目立っている。昔から互いに変わらない部分があると、言葉にせずともどこか実感しているのだろう。だが、時の流れは確かに存在している。自分たちはもう若くない、あまり無茶をするものではないと、ヤジマは忠言する。

 

「最近の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の狼藉ぶりは目に余るという意見も出ている。現にミケロやオーグは解散請求まで提出スとる。今回の事は無罪となったが、あの書状(スォズォう)のような事が今後も起きる可能性も高い…。このままでは、マー坊までもが重い罰を受けることになるよ…」

 

仲間のためならば世間からどのような評価を受けることになっても、周りへの被害が出たり、他ギルドとも抗争してしまうギルドのマスターとして、もしも罰せられて命を捨てなければいけなくなっては元も子もない…。

 

「マー坊、とっとと引退せんと、身がもたねーヨ…」

 

ヤジマの言葉にマカロフは言葉を何も返さず、懐から一通の封筒を取り出す。今回受けた裁判で最後に渡されたものである。そこに書いてあった内容を思い出して、彼は顔を俯かせた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「みんなーー!今日から仕事の受注を再開するわよー!仮設の受付カウンターだけど、ガンガン仕事やろーね!」

 

ある程度の建物の復旧が進んだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仮設カウンターの前で、看板娘兼受付嬢であるミラジェーンは高らかに宣言する。その声を聞いてギルドの面々は応えるように騒ぎ出し、我先にと依頼書が貼り出されている即席の依頼板(リクエストボード)の前へと集まりだす。

 

そんな様子を、ミラジェーンの前にてカウンター席に座っているルーシィは唖然としながらも呆れた様子だ。

 

「なにアレぇ、普段はお酒呑んでダラダラしてるだけなのにィ」

 

ルーシィの呟きを聞いてミラジェーンは思わず笑みを零す。ギルドの魔導士としてはやはり依頼を受けて仕事にかかる日々が恋しかったのだろう。幽鬼の支配者(ファントムロード)が襲撃してきた日以来の本業再開に、嬉しさが込み上げる。呆れているルーシィも、その表情には笑顔が含まれていることは、ミラジェーンも気づいている。するとルーシィは思い出したように辺りを見渡した。

 

「そう言えば、ロキいないのかなぁ?」

 

「あれれ~?もしかしてルーシィもロキの魔の手にかかっちゃったのかな?」

 

「違うわよっ!!」

 

探している人物がギルドの中でも随一の女たらしであるロキであることを公言しているのと同義のルーシィに、偶然通りかかったシエルがニヤケ顔を抑えようともせずにからかってくる。同じように思ったのかミラジェーンの顔もどこかニヤケているように見えて、咄嗟にルーシィは頬を赤くしながらも否定する。

 

「なんか、鍵見つけてくれたみたいで…一言お礼したいな…って…」

 

「そう言えばエルザたちが言ってたな、そんなこと」

 

自分の体の不調も厭わずに街全体を探して鍵を見つけ、届けることを願い出たロキ。ルーシィの実家から帰る途中にそのことも伝えて鍵を渡したのだ。2、3日前の事だがシエルはそれを改めて思い出した。それを聞いたミラジェーンは「見かけたら伝えておく」と伝言を承った。

 

「それより星霊に怒られなかった?鍵落として…」

 

「…そりゃあもう…怒られるなんて騒ぎじゃなかったですよ…」

 

話に聞くと、鍵がルーシィの手元に戻ったその日の夜、彼女が契約している星霊の内の一体、黄道十二門の水瓶座の星霊・宝瓶宮のアクエリアス――腰まで伸びた明るい水色のロングヘアの、人魚の女性の星霊――にしこたま怒られ、尻を鞭で何度も叩かれたそうだ。

 

他の星霊の鍵も一緒に落としたのだがそのことで怒ったのは彼女のみ…と言うかルーシィがヘマをすると大体怒るのは彼女のみであり、他の星霊たちは割とその辺りは気にしないようだ。

 

「思い出しただけで、お尻がズキズキ…!」

 

自分の尻を両手で押さえながらルーシィはカウンターに突っ伏した。よっぽど堪えた様だ。あまりにも悲痛な、込み上げるような声で嘆く彼女に、シエルもミラジェーンも苦笑いを浮かべるしかない。

 

「冷やしてやろうか?」

 

「さり気ないセクハラよ、それ…」

 

冷気を発した左手を差し出しながら問いかけるグレイの申し出を断る。

 

「ルーシィ、赤いお尻見せて~」

 

「堂々としたセクハラよ、それ!」

 

(エーラ)で飛んで笑いながら頼むハッピーに叫びながらツッコむ。

 

「もっとヒリヒリさせたらどんな顔すっかな?」

 

「鬼かお前は!!!」

 

あくどい顔を浮かべて炎を左手に纏いながらハッピーと共に悪だくみするナツには、思わず立ち上がって悲鳴混じりのツッコミを繰り出した。今日も今日とて忙しそうだ。

 

ルーシィの尻を巡る顔なじみの会話を傍観していたシエルであったが、その表情はナツの後頭部に飛んできた樽がぶつかったことで驚愕の顔に染められた。

 

「もういっぺん言ってみろ!!」

 

樽が飛んできた、そして一つの怒号が響いたその方向に思わず顔を向けると、一人の人物に向けて憤怒の形相と共に睨みつけている鎧姿の女性・エルザのものだと分かった。そしてエルザの視線の先にいるのは、幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いに参加していなかったS級魔導士の一人・逆立った金髪とヘッドフォン、ファーコートが特徴のラクサスだった。

 

ルーシィとグレイはエルザのただならない様子に疑問を浮かべていたが、シエルはラクサスの姿を見た瞬間に察した。問題があるのはラクサスの言動であることを。そして同時に、シエル自身もラクサスを睨むように表情が変わった。

 

「この際だ、ハッキリ言ってやるよ。弱ェ奴はこのギルドには必要ねェ。ファントムごときに舐められやがって…恥ずかしくて外も歩けねーよ」

 

ギルドを仕事と称して留守にしていたラクサスが帰ってきていたことに気付き、エルザと険悪な雰囲気を出しながら話すその様子に次々と場にいる者は注目する。その中にはけがの治療がある程度済み、動くことならできるようになったシャドウ・ギアの3人も含まれている。ラクサスの後方にてその様子を見ていたが、それに気づいたらしいラクサスが振り向きざまに告げだす。

 

(なっさ)けねぇなオイ…元はと言えばオメーらがガジルにやられたらしいじゃねぇか?つーか、お前ら名前知らねえや」

 

好き放題に酷いことを言ってくれるものだ。思わずシエルは歯軋りを一つし、両手を強く握りしめて怒りを抑えている。シエルだけじゃない、近くにいたグレイとハッピー、そしてルーシィも親友のレビィを侮辱されて顔をしかめている。

 

「ああ?誰かと思えば元凶で、星霊使いのお嬢様じゃねえか。てめえのせいで…」

「ラクサス!!」

 

ルーシィを視界に入れたラクサスの言葉をミラジェーンが遮る。このまま言葉を続けていたら、またルーシィの心を傷つけると察知したのだ。そして続けざまに彼女が告げたのは、今回の騒動に非があるのはラクサスも同じであることだ。

 

「もう全部終わったのよ。誰のせいとか、そういう話だって初めからないの。戦闘に参加しなかったラクサスにもお咎め無し。マスターはそう言ってるのよ?」

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)への報復を目的とした襲撃で撤退した後の事。マスター・マカロフが枯渇(ドレイン)を受けて戦闘不能となった際に、留守にしているS級魔導士を呼び戻そうとしていた。しかし、ミストガンの居場所は魔法による占いに長けたカナでも把握できず、ペルセウスと言う魔導士も連絡がつかず、もう一人の『あのオヤジ』と呼ばれた魔導士は、事情が事情のため連絡手段もなかった。

 

唯一知らせることができたのはラクサスのみ。だが、ラクサスは「マカロフが始めたことであるから自分には関係ない」、「元凶であるルーシィが自分の女になるなら助けてやってもいい」、挙句の果てには「マカロフには『さっさと引退してマスターの座を渡せ』と伝えておけ」と、仲間を想う妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士とは思えない言動で、要請を拒んだのだ。そんな彼も、マスター・マカロフは何の罰も与えずに咎めなかったのだ。

 

「そりゃそうだろ。オレには関係ねえ事だ。第一戦闘に参加しなかったのは何もオレだけじゃねえ。なのにオレばかりが責められる方がおかしな話だろ?ま…オレがいたらこんな無様な目にはあわなかったがな」

 

「貴様…!!」

 

だがラクサスはそれを当然のように、さらには自分だけが責められるのは筋違いだと主張してきた。そして仲間が一丸となって、必死になって勝ち取った勝利を、無様だと告げたその言葉にエルザの目が見開かれる。

 

「言い訳にしか聞こえないね」

 

ラクサスに反論をしようとしたエルザの言葉を遮ったのは、大きくはないが声を張ってそう告げたシエルだ。その内容にエルザも、シエルの近くにいるルーシィたちも言葉を失った。今の今まで嘲笑を浮かべていたラクサスの表情がその言葉を聞いた瞬間不機嫌なものに歪められる。

 

「『オレがいたら』?その気になればすぐにでも参戦できた癖して一向に姿も見せなかったのに、よくそんなことが言えるな。過去にああしたら、なんて、過ぎた今になればいくらでも言えるよ、口先だけの奴でもね…」

 

シエルの表情に嘲りはない。純粋な怒り。自分と同じ紋章を持っていながら同じ立場にいる者達を愚弄しているラクサスを、シエルはどうしても許せなかった。そんなシエルの言葉を聞いたラクサスは、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がると、表情をそのままにシエルに対して鋭く細めた目で睨みつけてくる。

 

「…それぁ…オレの事言ってんのか、あ…?」

 

今までに見たことのない確かな怒りを感じる声と雰囲気。さらに身体全体に溢れているように錯覚する電流。ただならぬ様子を垣間見たルーシィ、それに一部の他の魔導士たちもラクサスの豹変に怯み、恐れている。シエル自身も微かに怯みはしたが、ここで引いてラクサスを優位に立たせることはしたくなかった。

 

(ギルド)が壊されて、家族(仲間)が傷つけられて、(マスター)までもが命の危機に瀕した。皆が危ない状態だったのに『オレには関係ない』だなんだと理由をつけて、お前の言うファントム如きと戦いすらしなかった奴が、全部終わった後にケチつける資格なんかない。それこそお前には『関係ない』ことだろ、何様のつもりだ…!」

 

ファントムとの戦いにおいて一切関与しなかったラクサスに、レビィたちも、マスター・マカロフも、ルーシィも、みんなが負った苦しみを知らないくせに責める言葉ばかりを並べる資格こそ存在しない。ラクサスからの鋭い視線が更に強くなるのを感じながらも、シエルは譲る気はない。

 

「打ちのめされても、絶望しながらも、仲間のためにみんな戦った。力じゃお前に勝てないかもしれない。弱いかもしれない。けれど俺は、心の強さだったら、みんな強いものを持ってる、誰にも負けない自信が、みんなにある!言い訳並べて戦いすらしなかったラクサスよりも、ここにいるみんなは強い!!」

 

「!!」

 

 

瞬間――。

 

青空広がる快晴の天から、一筋の雷が落ちた。

 

前触れは何もなく、一歩を踏み出したシエルの更にもう一歩先…シエルの目の前に、自然に落ちるにはあまりにも不自然な、だが先日シエルが繰り出した無数の雷と比べてもさらに強大と思われるそれが落ちてきた。

 

 

その出来事にシエルの表情からは怒りが…それどころか全ての感情が抜け落ちて、目が開き切って硬直している。

 

周りにいた者たちは突如シエルのみに起きかけた惨状が、文字通り一歩間違えれば起きていたことの事実に動揺、焦燥、驚愕に染められている。

 

 

そしてその事態を引き起こしたと思われる長身の男は…。

 

 

「ガキの戯言と思って聞き流してやろうとしてりゃあ…

 

 

 

 

限度ってもんがあるだろ…!?クソガキがぁ…!!!」

 

その顔には、全ての怒りの感情が込められたような…親の仇を見る、狂った獣、赤鬼のよう、そんな表現さえ生易しく感じさせる憤怒の表情。至る所に青筋が浮かび、感情が抜け落ちてしまったシエルの顔を、見開いた目で睨みつけている。

 

「っ…!!?」

 

思考が停止していたかのように立ち竦んでいたシエルであったが、視線を落とした先の石畳に、雷によって陥没、炭となったその一角を視界に入れてようやく状況を把握した。瞬間、今の今までラクサスへの怒りで誤魔化していた感情が一気に噴き出した。

 

―――恐怖。

 

人智を超えた魔法を扱えても彼はまだ子供。圧倒的な力の片鱗を見せた目の前の存在に、息が早くなり、顔に脂汗が滲む。こらえようとしているが、歯も動いて打ち鳴らす音がシエルの耳に届いてしまう。

 

己に対して恐怖を抱いた少年に気付いているのか否か、ラクサスは彼に向かって一歩踏み出す。そこで周りの者は気づいた。ラクサスの意図を。このままではシエルが―――。

 

「やめろォ!!」

 

そうなる前にナツが飛び掛かって彼の後頭部目がけて拳を振り抜く。だが、拳が当たろうとした瞬間ラクサスの身体は一筋の電気を残して一瞬で消え、ナツの拳は空振った。その勢いでたたらを踏んだナツの後方に、再び電気とともに消えていたラクサスの身体が現れる。ルーシィはこの目で実際見ているのに、何が起こったのかわからない様子だった。シエルは目の前のラクサスが消えてナツが映ったことによって持ち直したのか、息を整え始めた。

 

「ラクサス!オレと勝負しろ!!この薄情(モン)がぁ!!」

 

「…オレを捕らえられねえ奴が何の勝負になる?」

 

横槍を入れた上に勝負をふっかけてくるナツに、ラクサスは毒気を抜かれたように声に落ち着きを取り戻して呆れながら、溜息混じりにそう答えた。

 

「今日の事はよく覚えとけよクソガキ?オレがギルドを継いだら、てめェみたいな弱ェ奴も、オレに歯向かう奴も全て排除する!!最強のギルドを!誰にも舐められねぇ史上最強のギルドを作る!!」

 

声高々に宣言するラクサスを、その場にいるもの全員が彼に敵意にも似た視線を向けているが、意に介そうとしない。戻った機嫌もそのままに立ち去ろうとし…。

 

「おっとそうだ…オレがやるまでもねぇかもな…」

 

何かを思い出したような反応とともに、ラクサスは懐から封書を取り出してシエルに投げ渡す。唐突なことであったが、シエルはそれをキャッチ。何の封書なのか聞くよりも先にラクサスから声がかかる。

 

「シエル、お前に関することが書かれてる。しっかり読んでおけよ?」

 

それを言い残して今度こそラクサスはその場を後にした。もはや背も見えなくなったあと、ミラジェーンがシエルに「大丈夫?」と声をかけてきた。

 

「う、うん…突然でびっくりしたけど…なんか、ごめん…」

 

余計なことをしてしまっただろうか、と今更になって後悔が募るが、ミラジェーンもルーシィも気にしていないと彼を慰める。そのすぐあとにルーシィが苛立つような、不機嫌な声が上がる。

 

「にしても継ぐって、何ぶっ飛んだ事言ってんのかしら…」

 

「それがそうでもないのよ…」

 

実力は確かにあるが、ギルドを継ぐ権利があると思えない。ルーシィはそう思ったらしいが、実は彼の言葉には脈絡がある。

 

「ラクサスはマスターの孫なんだ。血の繋がった歴とした、ね…」

 

予想だにしなかった真実にルーシィは頭を抱えて驚いた。祖父と孫では似ても似つかない場合もある。祖父側の昔の姿が見れるならまだしも、現時点でそれを見抜くことは不可能に近いだろう。それに、仲間を慮る祖父(マスター)と、強さに固執する(ラクサス)。意見も思想も違う二人に共通するものも見つけられないことも要因の一つだろう。

 

だがそんな関係性にあるからか、マスター・マカロフが引退した際にはラクサスが次のマスターになる可能性が高い。それ故か、マカロフ自身も中々引退できないという噂が立っている。次期マスターの話は本人も一切していないので確証もないのだが。

 

「…あたしは嫌だな…。仲間の事をあんな風に思ってる人がマスターになるなんて…」

 

ルーシィの面持ちはとても暗い。先程まで仲間に対して責め苦ばかりを告げていた男がマスターになったとあっては、家族のような雰囲気のある妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、最早影も形も無くなるかもしれない。そんな危惧さえ感じられる。

 

「(あの人…だったら…)」

 

シエルの脳裏に浮かんだのは一人の青年。このギルドにおいて、彼もマスターになる資格自体は存在する。ラクサスではなく彼がマスターになってくれれば…。そんな望みが彼の中にあった。

 

「ところであんた、ラクサスからなんかもらってたけど、何が書いてあるの?」

 

ルーシィの問いを聞いて意識を封書に戻したシエルは、その手で封書を開封して中に入れられている一枚の紙を取り出す。書類のようだ。ラクサスが、シエルに関することが書かれていると言っていたが、具体的に何が書かれているのだろう…そんな思いを持ちながら目を通したシエルは…。

 

「……!!」

 

目に見えてわかるほど動揺した。ただならぬ様子に真正面から見ていたルーシィが心配のあまり声をかける。

 

「え、ちょ、ちょっと何!?どうしたの、何が書いてあったの!?」

 

「どれどれ?」

 

シエルとルーシィの様子に気になっていたナツがシエルの背後から書類の内容を覗き見る。そしてそれを読んだ瞬間、ナツの表情も動揺に染められ、顔からは汗が噴き出す。心なしか怒りも含まれているようだ。呆然とした様子になったシエルの手から素早く書類をかすめ取り、自身の両手で握るかのように持ちながら広げて、その書類を穴があくように凝視している。

 

「な、なんなんだよこれはァ…!!」

 

ただならぬ様子に他の面々も気になって口々にシエルやナツに尋ねてくる。シエルはそれに答えられる様子では無い。ナツも書類に目を向けるばかりだったので痺れを切らしたグレイがそれを奪い取って他のメンバーにも見えるように持ち広げる。

そこに書かれた内容はこうであった。

 

 

 

 

 

 

■魔法評議院からの厳正なる審議に基づき、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に次の内容を命令する。

 

・今後、当ギルドに所属する以下の人物が滞在した箇所が、雷雨による被害によって損害を起こした際、全責任を当人が請け負い、貴ギルドは対象の人物を破門することを命ずる。

 

 

 

 

 

・対象人物名:シエル・ファルシー

 

 

 

 

その内容に全員が絶句した。

評議院直々に、シエルの破門命令が出されたと同義だったからだ。

 

「ど、どういうことだこれ!?」

「破門…!?破門って書いてあるわよ!?」

「対象の人物って、シエルしか書いてねえじゃねえか!!」

「何で評議院がそんな…!!」

 

突如としては知った衝撃と共に、ギルドの面々は口々に騒ぎ出す。誰もが動揺し、現実を受け止められていない。そんな中で、最初にこの書状に関して理解したのはエルザであった。

 

「“天の怒り”を使わせないための措置…だろうな…」

 

その呟きに動揺が静まった感覚がした。評議院としては“天の怒り”のように広範囲に損害をもたらせるような魔法を扱う魔導士を野放しにできない。いくら普段は問題ばかり起こしている妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいる中でも、勤勉に依頼をこなし、損害を起こしていないシエルであっても、年に一度の間隔とは言え村一つ、ギルド一つを破壊するような存在はあまりに危険すぎる。

 

ひいてはその力を本人が制御できていないことも問題がある。何かがきっかけで再び暴走を起こせば、その場のものは雷雨によって消滅し、場合によっては人命にも関わる。

 

そこで評議院が決断したのは「次にシエルが“天の怒り”を使えば、彼を妖精の尻尾(フェアリーテイル)から破門する」ことである。

 

「ふざけんな!!何でそんなこと勝手に決められなきゃならねえんだ!!!」

 

怒りのあまり全身から赤い炎を噴き出させながら、ナツは駆けだしていく。ルーシィやグレイが「どこに行く気だ」と留めようとするが、彼は走りながら答えた。

 

「評議員の奴等に、シエルを破門させねえように言ってくる!!」

 

「言ってくる、って絶対それだけじゃ済まねぇだろ!?」

 

「ナツじゃ絶対評議員殴っちゃうよ~!!」

 

「どうしても聞かねえならそうしてでも聞かせてやる!!」

 

「やめろ、ナツ!!」

 

グレイが、ハッピーが、エルザが彼を止めようとするも止まる気配はない。一方的に破門を命じてくる評議院の措置に納得がいかないと言わんばかりに。最早誰も止められそうもなかったその時に彼を止めたのは…。

 

「駄目だ!やめてくれナツ!!」

 

 

命じられた対象の、シエルだった。

 

破門されかけている本人からの制止の言葉に、目を見開いて硬直したナツが振り返る。

 

「な…何で止めんだよシエル!お前…破門されてもいいのかよっ!!?妖精の尻尾(フェアリーテイル)じゃいられなくなるんだぞっ!!?」

 

叫びながら主張するナツの言葉に、シエルも顔を歪める。考えただけでぞっとする話だ。仮定の話だとしても、唯一残っていると言える居場所にいられなくなる恐怖が募る。でも…だからこそだ…。

 

「いいわけないよ…。でも、このままナツが評議院に文句を言いに行ったら、下手したら破門されるのはナツになるかもしれない…。最悪の場合は俺も一緒に…いや、最悪なのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)自体が解散させられる…!!」

 

シエルの言う通り、シエルと同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であるナツが評議院に殴りこんでしまえば、魔法界での妖精の尻尾(フェアリーテイル)の立ち位置はより悪くなり、元凶となるナツ、そして今後の脅威となるシエルだけでなく、妖精の尻尾(フェアリーテイル)自体の存続さえ許されなくなってしまう。

 

自分一人のために他が犠牲になることも、ギルドが解散させられることも、彼にとっては耐え難いものだ。

 

「俺の事を想ってくれてるのは嬉しいよ…。だからこそ、今は耐えて…!それに今すぐ破門されるわけでもないし、今後俺が…我慢すれば済む話だからさ…」

 

俯かせた顔を上げて、無理に笑顔を作ってナツに向ける。それがナツにとっても、他の者たちにとっても痛々しいものであった。いざと言う時は最悪、自分だけが破門になれば他に被害はない、と言う言葉は胸中にしまい込んだ。言ってしまえば、留まった彼らは絶対に食い止めようとするからだ。

 

14歳の子供が背負うにはあまりにも…重すぎる重責。その後、封書の話題を出す者は誰もいなかった…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

既に時刻は昼を過ぎ、朝依頼にほとんどの者が向かって行ったために人の数はまばらだ。しかし、まばらになった数の魔導士たちは未だにある一点をチラリと見ることが多い。

 

その対象は、カウンター席にて封書を開いたまま何も言葉を発さず、身じろぎもしないシエル。悲しみ、憐み、悔しさ、同情、あらゆる感情の視線を受けながらもシエルは何の反応も示さない。

 

そして彼は思い返す。

それは数年前の事…。

 

 

 

天候魔法(ウェザーズ)?』

 

『そう!それが俺の魔法!ほら、太陽も雲も作れるし、その気になったら雷も雪も出せるんだ!』

 

『それはまた、珍しい魔法を…』

 

今よりもまだ年若いシエルは、ある青年に自身の魔法を披露する。希少な魔法を披露されて面食らった様子の青年は次第にその表情に笑みを浮かべ…。

 

『確かにこれは強力だな。けど、こう言った強い魔法は、使い手の心の強さも必要になる』

 

『…心…?』

 

告げられた『心』と言う単語にオウム返しでシエルが呟くと、青年は手をシエルの頭上に持っていき、撫で始める。

 

『そう、マスターの受け売りだけどな。どんな魔法も心の持ち方一つで変わる。魔法の力は心の力だ。心は、全てにおいての動力源となる。』

 

「『心の力…か…』」

 

脳裏に過った少年の言葉と、今の自分の声が重なる。脳裏にあった少年は瞳を輝かせていた。しかし今の自分にはそんな輝きの影もない。

 

「…ラクサスにあんなこと言ったくせに…俺の心はこんなにも、弱い…」

 

正直、シエルは今、自分の力が怖くなっていた。

 

自分の魔法が誰かを傷つけたら…?

 

何かを消滅させたら…?

 

自らの暴走を、また抑えられなくなったら…?

 

その結果、家族が失われたら…?

 

家が…無くなってしまったら…?

 

 

考えれば考えるほどに、少年の心は深く暗く、閉ざされていく…。

思考が黒く塗りつぶされていく…。

 

 

 

 

 

「シエル、少しいいか?」

 

そうなる直前、少年の耳に届いた一人の女性の声が、彼の意識を呼び覚ました。

 

「あ…エルザ…」

 

振り向いた視線の先にいたのは緋色の髪の女性・エルザ。その後方にはナツとハッピー、ルーシィにグレイと顔馴染みのメンバーが揃っている。

 

「仕事に行かないか?折角再開したのだ。ギルドに塞ぎ込むよりも良いと思うぞ?」

 

先程の事がまるでなかったかのように、いつも通りのエルザがシエルを仕事に誘ってきた。珍しいものだ。S級魔導士であるエルザが誰かを誘う事自体が。しかも、後方にいるメンバーの顔触れを察するに、彼らも同行するのだろう。

 

「…ごめん、俺はいいよ…ナツたちもいるし、そんなに手間もかからないでしょ…?」

 

だからシエルは否と答えた。過剰戦力だ。自分が入る余地などない程に。恐らく自分に気を遣ってくれているのだろうと思ってシエルはそう断った。だが、帰ってきた言葉は予想外のものだった。

 

「何か勘違いしているみたいだが、私はここにいる皆で行きたいと考えているんだ。お前も含めた、ここにいる6人で」

 

「…え…?」

 

ここにいる6人(5人+1匹)。それも自分を含めたと言ったのか。面食らった表情をしているシエルにエルザはさらに続ける。

 

「実はここにいる6人で、チームを組もうと思っている。ガルナ島の時にお前はいなかったが、鉄の森(アイゼンヴァルト)の一件以来、常に一緒にいる気がしてな」

 

「最強チーム、正式結成だよ!」

 

ギルド内で囁かれた噂となっていた『最強チーム』。その一員として自分が誘われていることに気付いたシエルは呆気に取られていた。そんな彼に対して気にせずにナツとグレイは…。

 

「シエルは兎も角…」

「こいつと、なぁ…」

 

「不満か?」

 

「「いえ!嬉しいです!」」

 

不服そうに互いを睨みつけていたが、エルザの一喝にすぐさま掌を返す。ハッピーとルーシィはその様子に笑みを零す。

 

「け、けど…俺、何かあったらまた…」

 

もしかすれば暴走を起こした時、傷つくことになるのは彼らになるかもしれない。それが少年にとっては最大の懸念となっている。しかし、そんな懸念も彼らはすぐに吹き飛ばす。

 

「何言ってんだ。今までは普通に魔法使えたり、悪戯に利用したりしてたじゃねえか。それに、暴走つっても仲間が傷ついたりした時に怒ることが原因だろ?オレたちがそうならねえようにするだけだ」

 

右拳を左の平に当てながら堂々とナツが告げる。彼が暴走を起こすことにならないように、自分たちが彼を安心させればいい、と簡単な様に言ってのけた。

 

「仮に暴走しちまったとしても、オレたちが止めてやんよ。お前ばっかにいいとことられんのもカッコがつかねえしな」

 

いつの間にか衣服を脱いではいるが、グレイも何てことないように言ってくれる。シエルが我を失った時に止めると約束さえできるのだと。

 

「みんな…」

 

次々と告げられる言葉にシエルは胸から込み上げるものを感じた。長らくここにいたことで薄れていた、このギルドの温かさに。そして、彼に対して最後に言葉をかけたのはルーシィだった。

 

「シエル、あたしね。ファントムの件で落ち込んでいるとき、ナツとシエルの言葉があったから立ち直れたの。あたしに言ってくれた言葉、覚えてる?」

 

そう言ってルーシィは座っているシエルと同じ座高まで屈み、シエルの両肩に手を置いた。

 

「『妖精の尻尾(ここ)はどんな人も受け入れてくれる。拭いきれない忌まわしい過去を持っていても、辛い現実に打ちのめされて逃げたとしても、最後には笑って迎え入れてくれる』」

 

その言葉は、ファントム襲撃の原因が自分にあり、父がファントムに依頼したことが判明したことで表情に影を帯びていたルーシィに、シエルが励ました時の言葉…。

 

「だから今度はあたしが言うね。ナツもグレイも、ハッピーもエルザも、勿論あたしもいる。みんながいる。みんながシエルの、仲間で家族よ」

 

先日は自分が慰める側だった。だが今度は自分が慰められる側になるとは。しかし、その彼女の言葉と輝かしい笑顔は、シエルが抱えそうになった心の闇を見事に晴らした。彼の両目から涙が一筋ずつ流れ出す。それに気づいた彼が腕でそれを拭うと、俯かせて暗くなっていた表情を一変。前を向くように笑みを浮かべたものになる。

 

「そこまで言われちゃったら、いつまでも座ってられないな…。エルザ!仕事の内容は?」

 

それを聞いたエルザは待ってましたと言わんばかりに手に持っていた依頼書をシエルに見せる。

 

「ルピナス城下町で暗躍している魔法教団を叩くと言うものだ。もう他の皆は準備できている。行くぞ!」

 

『おおおっ!!』

 

エルザの檄に、シエルを含めた全員が応える。その様子を見ていたミラジェーンは、シエルの顔が明るいものに戻っていることに、心からの笑みを浮かべながら安堵していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

その夜。復旧がまだ続く妖精の尻尾(フェアリーテイル)の骨組みの上で、マスター・マカロフは一人酒を嗜みながら黄昏ていた。

 

「引退か…」

 

思い返すのは、裁判の判決が出たあの日、ヤジマに指摘された『引退』について。シエルへが今後“天の怒り”を発動させた際の破門命令も含めて、このまま引退をせずに責を負い続けては彼の身体が壊れることを危惧しているのだ。

 

ギルドも新しく建て替えられる。ならば、ギルドマスターも次の世代へ…。そうなると候補は絞られてくる。

 

 

ラクサス。

彼には心に大きな問題を抱えている。

 

ミストガン。

ディス・コミュニケーションの見本のような存在だ。

 

 

「だとすると…まだ若いがエルザかペルセウス…」

 

エルザは基本的に規律を重んじ、仲間への想いも持っている。実力も兼ね備えているため支障はないだろう。

 

ペルセウスもまた、仲間に対して思いやりもあり、エルザと実力は互角かそれ以上と言ってもいい。それに彼ならシエルについても真摯に検討してくれるだろう、が…。

 

「あいつには放浪癖があるんじゃよな~…。昔はそうでもなかったのに、誰に似たんじゃか…」

 

依頼を一つ受けに行くついでに遠出をする癖が度々あることを思い出し、そこを踏まえるとまた検討すべきことだと実感する。

 

「ふむう…一度ペルが戻ってきてから検討すべきかのう…」

 

自分の中で踏ん切りがついたであろう事柄に結論付ける…と、マカロフの下方から声がかかった。

 

「マスター、こんなとこにいらしたんですか~?」

 

「ん?」

 

その声の主はミラジェーン。何やら紙束を持ってマカロフの方を見上げている。

 

「また、やっちゃったみたいです!エルザたちが、仕事先で街を半壊寸前にしちゃったみたいです!」

 

瞬間、マカロフに衝撃が走った。表情にどんよりとした影が入り、某『叫び』と称された絵画作品の人物のようになってしまっている。

 

ミラジェーンからの、『評議院から始末書の請求が来てる』だの、『シエルが雨による消火や日光による解凍のおかげで被害の拡大は防いだ』だのの報告が上がるが、彼の耳には届かない。そのまま体が灰になって消えかかるかのような落ち込みを見せた後…。

 

 

「引退なんかしてられるかぁーーーーー!!!!」

 

その叫びは、どこか悲しげになく狼の遠吠えと共に、夜のマグノリアに消えていった。

 

 




おまけ風次回予告

シエル「立ち直って仕事したのは良いけど、結局もの壊さなきゃ済まないのかナツたちは…」

ハッピー「ものを壊さないようにするデリケートなことは、ナツには難しいからね~」

シエル「けどさ~、たまには気を遣ってくれてもいいよね?そのおかげで報酬額が減って、ルーシィが家賃に苦しむことになって、何か可哀想になってきたよ…」

ハッピー「ルーシィいつも家賃家賃言ってるもんね」

次回『フレデリックとヤンデリカ』

シエル「そうだ、ものを壊す必要のない仕事なら、ナツがいても大丈夫そうかな?」

ハッピー「多分無理だよ」

シエル「無理か…」

ハッピー「無理だよ」


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キャラクター紹介(オリジナル主人公) ver 2

本編更新は再来週と言ったな?あれは嘘…ではないけど本編じゃないものを更新しないとは言ってない←

という訳で第2章までの話が終わったのでこれまでのシエルの情報をまとめたページを作りました!
何故プロローグ直後の更新じゃなくて新しく作ったのかというと、粗方話が進んだ後に読み始めた人に対してネタバレにならないようにするためです。
ネタバレ注意と書いておけば、って思いもしますけど、読み進める前に紹介は読みたい人もいるでしょうし。(汗)


■シエル・ファルシー

 

性別:男

 

年齢:14

 

身長:151

 

容姿:短い水色がかった銀髪で、左目の上部分のみ金色のメッシュが入っている。目の色は黒。

 

ギルドマーク:左頬に入っている。色は紫

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

好きなもの:家族、肉、イタズラ

 

嫌いなもの:闇ギルド、家族を侮辱されること、魚介類

 

魔法:天候魔法(ウェザーズ)

 

趣味:仕事休みの時の日向ぼっこ

 

・詳細

現在は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だが、過去には違うギルドに身を寄せていたこと、そのギルドが一部を除いて全滅したことが過去に起きているが、それ以上の事はまだ明かされていない。

 

他の同年代の者たちと比べると背は低く、顔も幼く見えるため、10歳を過ぎているかどうかも疑わしいと思われているが、本人はその見た目を利用して買い物の値切りや、盗賊等の悪党へのだまし討ちなど、有効活用している。

 

性格は普段から見ると荒くれ物揃いの妖精の尻尾(フェアリーテイル)では珍しく、落ち着いていて初めて見るルーシィの様子を見てすぐに加入希望者だと判断できる程には観察眼に優れている。

だがそんな普段とは裏腹にイタズラ好き。軽度なものではあるが同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーに仕掛けては周りを笑わせるか盛り上げたりしている。ルーシィが加入した際は、そのイタズラに拍車がかかることになるのを、本人含めてまだ誰も知らない。

 

またその観察眼とイタズラ好きの性格を利用して、他のメンバーが喧嘩の最中に巻き込まれないように避けたり、物を使って防いだりなど、危機回避などにも有効活用している。(一例をあげるとプロローグで襲い掛かるナツを、近くにいた別のメンバーを空き瓶で転がせて衝突させることで意識を逸らしたりする。)ちなみに観察眼と推理力が優れている理由は、彼が昔から読んでいる推理小説『シャーロット・アーウェイの謎』シリーズを愛読しているうちに、普段から視野を広げていた結果によるものであったりする。

 

現在のギルド内では最年少と思われるが、家族のような暖かい空気と、いい意味でも悪い意味でも遠慮のない雰囲気に影響されてか、ほとんど同等の立場でメンバーと接している。

 

とある事情で元居たギルドから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に移った際にも、すぐにメンバーとして受け入れるまでには難関があったようで、それまでは他のメンバーと共に依頼を受けていたことが示唆されている。

そして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にルーシィが加入するとほぼ同時期に、単独での初依頼を達成し、正式な妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーとして受け入れられるようになった。

 

今は遠くに『兄弟』がいるらしく、その仲は良好のように見える。

 

 

 

 

・魔法『天候魔法(ウェザーズ)』について

天気に関する魔力を扱い、掌サイズの小さな太陽や雲を作ることは勿論、外の天候を雨にも雪にも自分の意志で変えることが可能な人智を超えた魔法。

古代にも天候を変える魔法を開発した記録はあるが、優秀な魔導士たちが数人がかりで長い時間魔力を集中させてようやく発動できるもので、時代が経つにつれて扱えるものが存在しなくなってしまった古代の魔法・失われた魔法(ロストマジック)の一つでもある。

 

シエルにはその魔法にのみ適性が見つかり、練習と研鑽を重ねて扱えるように仕上げた。

さらに、複数の技を組み合わせることによって別の強力な技を発生させることもできる。

 

 

主な技

 

 

日射光(サンシャイン):天候は晴。掌に乗るほどの大きさの太陽を作り、激しい光を意図的な方向に向ける

 

日光浴(サンライズ):天候は晴。日射光(サンシャイン)と同じ太陽の魔法だが、こちらは光は弱く優しい。近くにいる人物の治癒力と回復力を向上させる

 

曇天(クラウディ):天候は曇り。上空に雲を作り出す。この雲は魔力の塊でもあり、後述の豪雨(スコール)落雷(サンダー)の威力を最大限発揮する役割を持つ

 

乗雲(クラウィド):天候は曇り。人が乗れる雲を作り、空中を移動することができる。魔力量によって大きさを変えられ、数人を乗せることも可能

(イメージとしては某西の国に向かう僧侶のお供にいる猿の妖怪の乗り物)

 

豪雨(スコール):天候は雨。視界と音を遮る量の雨を降らせて相手を襲う

 

落雷(サンダー):天候は雷。読んで字の如く、相手目掛けて雷を落とす。豪雨(スコール)発動中に放つと威力は倍増する

 

蜃気楼(ミラージュ):本体である自分の姿を消して、別の場所に幻影の自分を作り出す。自分以外のものを幻影で作ることも可能

(エリゴールが持っていた呪歌(ララバイ)を掠め取って偽物を持たせたのもこの魔法)

 

竜巻(トルネード):天候は竜巻。縦方向に巡るものが多いが、横方向に射出して一点を狙うこともできる

(横方向版のイメージはウェンディの天竜の咆哮が掌から出る)

 

砂嵐(サーブルス):天候は竜巻。だが砂を混じらせているため砂属性に区分される。これも読んで字の如く、砂嵐を発生させる

 

吹雪(ブリザード):天候は雪。上に向かって巡りながら上昇する上記二つの魔法と違い、ほぼ横一直線に吹雪を発生させることが多い

 

 

アレンジ

 

台風(タイフーン)曇天(クラウディ)豪雨(スコール)竜巻(トルネード)を重ねて発動させることで、台風を生み出すことができる。本物の台風同様中央は凪地帯であり、シエル(発動者)本人は基本的にそこにいる

 

帯電地帯(エレキフィールド)豪雨(スコール)によって水が溜まった地面に向けて、落雷(サンダー)に使う魔力を直接放つことで、周り一帯に電流を走らせる。しかし場所に限りがあるため、主に対人戦などで使うことは少ない

 

 

 

 

天の怒り

仲間である妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちが蹂躙され、それを嘲笑う者達に対する怒りが頂点に達した際に、シエルが暴走状態になると共に発動される魔法

 

一瞬のうちに空は一面雲に覆われ、その雲が晴れるまでシエルがいる場所を中心に無数の雷が際限なく振り落ちる。過去にはとある盗賊たちが拠点としていた廃村、最近では六足歩行ギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)がその被害に遭い、あまりにも甚大な被害をもたらすそれを、評議院は危険視してシエルを要注意人物として定め、マスター・マカロフからは禁忌とすることを命じられた

 

本編にて省かれたのだが、二度目の天の怒りに関しての評議院の発表は、マカロフとジョゼ、二人の聖十(せいてん)のぶつかり合いにより起こった現象であると公表された。マスターとばっちりである

 




今回はここまでになります。
今後も大体2章ぐらい話を進める度にキャラクター設定を更新していこうと思います。

次の更新の際には、キャラの追加も…?

それから余談ですが、本編次回は原作にもあった演劇回。その次に一話オリジナルを挟んで、その次にロキの回をする予定です。
この一連の話を3章ではなく、2.5章と表記します。

何が言いたいかと言うと、今後長編となるような一つの章に挟まれる日常回や閑話などはこんな風に〇.5章と表記することにしますという報告です。だから何?って感じもしますが、一応言っておいた方がいいかな、と。(汗)

ではまた次回本編をお楽しみに!


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第2.5章 天と星の導き
第19話 フレデリックとヤンデリカ


今回いつも以上に難産でございました…。
全然構想纏まらなくて四苦八苦…。

先週のキャラクター紹介の前書きに書き忘れましたが、エデンズゼロのキャストが一部発表されましたね!

主人公のシキ役・寺島拓篤さん。ヒロインのレベッカ役・小松未可子さん。ハッピー役・釘宮理恵さん。
ひとまずハッピーは何となく予想はしてた。(笑)
そして寺島さんはジャッカル役に引き続き真島先生の作品に出演ですね。小松さんは確か初。


シキが寺島さんか…。いえ、何でもないです。

そして最近シエルが悪戯好きなのにほとんど悪戯できていないような気がする…。今回に至っては苦労人だし…。


未だ続く復旧作業と並行して依頼をこなしている魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)。その仮設カウンター席の机に一人の少女が突っ伏して落ち込んでいる。

 

金髪の長い髪をサイドのみ纏めている髪型が特徴の、星霊魔導士であるルーシィだ。仕事が再開してから翌日、朝にギルドに到着してからすぐさま溜息混じりに席に座ったかと思いきや、倒れ込むようにその身を机に倒していた。

 

「あら?元気ないわねルーシィ」

 

カウンター前に立って依頼の受付や調理などを請け負っているミラジェーンがその様子を見てルーシィの身を案じる。体勢は変わらないがルーシィは答えた。

 

昨日正式に結成された最強チームのメンバーでルピナス城下町に潜む魔法教団を叩く依頼を受けて向かったはいいが、チームメイトたちが暴れに暴れまくって街を半壊寸前にまで壊したせいで報酬額が大幅に減らされてしまったのだ。

 

ナツはそこら中に火を吹いて燃やすわ、グレイはそこら中を氷漬けにするわ、特に酷かったのはエルザだ。今思い出すだけでも当時の恐怖がぶり返して軽くルーシィは発狂する。その様子にミラジェーンも大体の予想はついたようで、苦笑交じりに彼女を心配の声をかける。

 

報酬額を減らされるわ、壊した部分の謝罪のためにシエルと共に方々に頭下げたりする話で、彼女の精神はかなりすり減らされることになった。その話を聞いてミラジェーンはもう一つ気になったことの理由を察することができた。「ああ、それで…」と顔を向けた先にいたのは、いつものカウンター席ではなく、珍しくテーブル席にて座りながら死んだ魚のような目で遠くを見ているシエルの姿。

 

「…大変失礼を、致しました…同僚には、ちゃんと、忠告を致します…修繕も…協力を惜しみませんので…どうか…どうか……」

 

心ここにあらずだ。脳内だけは昨日のルピナス城下町で方々に頭を下げている記憶がリフレインしているのだろう。誰もいない青空を見上げながら、生気の抜けた表情とかすれるような声で謝罪を繰り返すその姿に、昨日とはまた別の意味で今のシエルには近寄りがたい。評議院から条件を満たしてしまえば破門、と言う裁定を下されているシエルが一番問題児たちの一挙手一投足に振り回されているのはどういうことなのだろう…。

 

「あーん!このままじゃ今月の家賃払えないよー!!」

 

シエルも重症だがルーシィの方も深刻だ。高額な報酬に行っても物を壊して減らされ、かといって壊すことのない、戦闘が必要ない仕事はあまり額が高くない。つまるところ収入が低く、家賃を払うことがままならないのだ。今自分が住んでいる場所を追い出されるのは、諸々の理由でまずい。だがいい仕事が見つからないのも確か。ルーシィは現在、万事休すの状態だった。

 

「じゃあ、とっておきの仕事を紹介しちゃおっかなー。すっごくルーシィ向きだし、何かが壊れる心配もないやつ」

 

そんな彼女に手を差し伸べるミラジェーンの言葉に、ルーシィの目から流れていた涙は引っ込み、首を傾げた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

オニバス―――。

マグノリアよりも面積は大きく、商業も盛んなフィオーレの街の一つ。呪歌(ララバイ)を巡る鉄の森(アイゼンヴァルト)の事件の際に情報収集のために来て以来だ。あの時は列車に置いてけぼりになってしまったナツを追いかけるために観光や滞在などの余裕はなかったが今回は違う。

 

依頼主はオニバスに存在するとある劇場の座長。客足が遠のいているその劇場を、魔法を使った演出で盛り上げて欲しい、と言う依頼来内容を受け、ルーシィは最強チームのメンバーとともに再び訪れた。

 

今度は置いてかれずに列車から降りた直後、醒めない酔いのせいでその場に倒れ伏したナツを放って一同は歩を進めながら依頼のことについて話していた。

 

「あたしたちの仕事はあくまで演出。ナツが火出したり、グレイの造形魔法やエルザの換装で見せ場作ったり、あたしがリラの歌で情感出してるところをシエルの天気の魔法でさらに大きくしたり、素敵な舞台になりそうじゃない?」

 

「小説を書くならそれを元に舞台になったりすることもあるし、ネタの参考にもなるんじゃない?」

 

「そうそう!今から演出の勉強をしておくのも悪くはないわよね!」

 

「ほぉ…」

 

ミラジェーンからルーシィ向きでピッタリな仕事と聞いていたが、確かに小説家志望でもある彼女にとってもいい経験となりそうだ。シエルからそれについても言及されて目に輝きを宿すルーシィ。いつも以上に張り切っているようだ。後方にいるグレイはあまり詳しいわけではないが、やる気に満ちた彼女の表情から察し、軽く返事するだけに抑えた。

 

数分すると、目的地である『シェラザード劇場』へと一行は辿り着いた。全員が首を大きく上に向けて見上げるほどの高さ、横の幅も縦の二倍はあると思えるほど広い。中央の入り口には臙脂色でセンタークロスの形に結ばれたカーテンが出迎えている。宮殿のような様相の石造りの建造物を前に、全員が思わず感嘆の声を漏らした。

 

「立派なとこだね」

 

「行こう!」

 

ルーシィの声に応えて、中に入ろうと足を伸ばしかけたその時「あの~…」とどこか気の弱そうな男性の声が聞こえた。声のする方に目を向けてみると、入り口の左側から、顔だけを出してこちらを見ている、紫色の髪で先の方が丸になった角のようになった部分が左右対称についた変わった髪型と、鼻の下に小さい髭が二房、そしてやけに面長な男性がいた。

 

シェラザード劇団の座長・『ラビアン』。彼こそが今回の依頼主である。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみなさんですかな?引き受けてくださり、誠にありがとうございます」

 

「はい!演出ならあたしたちに任せてください!!」

 

控えめで腰が低いように見える態度で話しかけるラビアンに対して、やる気に満ちた笑顔で答えるルーシィ。しかし、そんな彼女に対してラビアンは角に見える髪を二つとも下げてどこか落ち込んでいるような表情を見せた。

 

「それがですねぇ…ちょっと困ったことになりまして…」

 

全員がその表情と言葉に疑問符を浮かべる。詳しい話は役者用の控室でするという事で一行は彼の案内の元その控室へと通された。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「えーーー!!?役者が全員逃げ出したァ!!?」

 

「はい…ありがとうございます」

 

「何が…?」

 

何故か控室の出入口前にあるカーテン越しから顔だけを出して、何故かお礼の言葉を混じえるラビアンの話は、予想外の内容だった。

 

30年前に脱サラして演劇の道に飛び込んだはいいが、公演する舞台は不評に次ぐ不評。やがては役者たちも、彼の劇に出ることを恥に思い、何も告げずに逃げ出したのだという。

 

「夢を追う私に、妻は愛想を尽くし出ていきました…。私に残された道はもうこれしかないというのにっ!本当にありがとうございます!!」

 

「礼を言うトコ間違ってるよ…」

 

口癖なのだろうか、やけにお礼の言葉を告げるラビアン。深刻なはずなのにそのお礼のせいであまり危機感が感じられない。シエルは同情しながらもツッコまずにはいられなかった。

 

「そういう訳で、折角来てくださったのですが、舞台は中止なのです!ありがとうございます!」

 

遠のいた客足を戻すために依頼を受けたのに、その依頼をこなす前に公演すらできなくなるとは予想外だった。悔し気に涙を流して叫ぶ彼の姿に、ルーシィは悲しげな表情を浮かべた。しかし、全く違う反応を見せた者が一人いた。

 

「何かと思えばそんなことか」

 

それは鎧に身を纏った女魔導士・エルザ。不敵な声を上げた彼女はそう言うと徐に立ち上がり…。

 

 

 

「役者なら…ここにいるではないか!!」

 

「えーー!?」

「か、輝いてる!!」

「バックに桜が!夏なのに!!」

 

光輝くオーラを身に纏い、目にも輝きを宿し、堂々とした様子で主張を始めた。シエルの言うとおり幻覚なのだろうか、桜が舞い散る背景が見えている。カレンダーには21th August(8月21日)と書かれているように夏どころかもう少ししたら秋になる日付にも関わらず。

 

そしてその張り切りようを見せるかのように「あーえーいーうーえーおーあーおー」と発声練習さえ始めてみせる。この妖精女王(ティターニア)、舞台役者をやる気満々である。

 

「まあ確かに…何か面白そうかも!」

 

「実は俺も、舞台役者っていつかやれたらいいな、って思ってたんだ!」

 

エルザに触発されたのか、ルーシィとシエルも乗り気のようだ。特にシエルはエルザほどではないが、目がいつもよりも輝いているように見える。

 

「オレもか?火を吐く野菜と火を吐く果物…どっちかだったら出来そうだが…」

 

「そんな役絶対ないよ」

 

一方のナツは困惑気味のようだ。役者どころか演技すら経験がない彼はとりあえず自分の特技である火を吐く役を立候補するものの、現実的に見たことも聞いたことも無い役柄を聞いた相棒(ハッピー)に却下された。

 

「あんたの夢は、こんなところじゃ終わらせねぇよ」

 

「み、みなさん…!」

 

協力する意思を見せる一同。そして最後のグレイの言葉。ラビアンは自らのために惜しみなく力を貸してくれる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の様子に涙を浮かべて感謝を…。

 

 

 

「まあ…やらせてやってもいいかな…。チッ、素人か…」

 

「そこは『ありがとう』って言わねえんだ…」

 

示さなかった。本来お礼を言うべき状況のはずなのに、急に態度が大きくなって悪態すらついている。未だに発声練習をしているエルザを除いた全員の心の声を、グレイが代弁した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

公演までの一週間。彼らは大忙しだった。

 

まずは台本。ジャンルは冒険活劇。小説家志望であるルーシィが一度確認したのだが、その内容はあまりに酷かった。どこが、と言うと長くなりそうなので割愛する。役者が逃げ出した原因が一つ発覚したような気がしたが、ルーシィは口に出さなかった。

 

今から直そうとすると時間があまりになさすぎるので、半分自棄で台本の変更はなし。配役もすぐさま決定し、台本を持っての稽古。一番乗り気だったエルザの完璧に役に入ったような演技力に触発されて、ナツもグレイもやる気を増していく。

 

稽古の合間には、ビラを作って配り、セットの制作も行い、台本のセリフも覚えたりとそれは大変だった。しかし、最初に依頼を受けたルーシィを始めとして、全員がやる気に満ちていたことが少し面白かったと、ルーシィは心で感じていた。

 

 

ちなみに本番当日、応援団としてマスターのマカロフや、ミラジェーンを始めとして最強チームと面識のある者たちがこぞってやってきたのだが…他の顔触れと言うのが、ナツが半壊させて港町ハルジオンにて殴られたことで改心した偽火竜(サラマンダー)ことボラ。ガルナ島の村に住む、人間に変身する魔法を使える悪魔たちからの代表として村長のモカと、村人の一人である女性ルル。エルザがガルナ島へと向かうために制圧した海賊船の船長。元幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士でボラ同様ナツによって改心したボーズと言う男とスーと言う女。

 

誰も彼もがキャラが濃いと言うかツッコミどころ満載な顔触れ。特に意味が分からなかったのはモカ村長。「いつになったら月を壊してくれるんですかな?」と、わざわざ本来の悪魔の姿に戻ってルーシィに対して圧をかけていた。ガルナ島で何があった?と言うか、ひとまず言いたいことをシエルは思わず叫んだ。

 

「ほとんど俺が知らない人ばっか!!」

 

最強チームに誘われて加わったというのに謎の疎外感を味わう羽目になった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

そしてとうとう公演の時間がやって来た。観客席はほぼ満員。今まで不評続きだった劇団が心機一転の意志を見せたことと、ビラ配りを行ったハッピーの(エーラ)のおかげで遠い所まで情報が渡ったことが幸いした。

 

「おお…!こんなに客が入るなんて初めてですよ。ありがとうございます」

 

「キャーーー♪リラもこんな大勢の前で歌うの初めて~~!!」

 

今までにない観客の数にいつものようにお礼の言葉が出るラビアン。それに呼応するように緊張と歓喜の声を上げたのはルーシィが契約している星霊の一体、『琴座のリラ』。先をカールで巻いた明るい茶色の長い髪に、ピンク色の頭巾と、背中の天使の羽飾りが特徴的な女性の星霊だ。舞台裏で観客席の様子を見ていた彼らも準備は万全だ。後は成功させるだけ。これまでの稽古の成果を見せる時。一同は各々意気込みを示した。

 

 

そしてブザーの音と主に劇場内の照明が落とされる。開始の合図だ。雑談に興じていた観客たちも、これから始まる演劇に集中するために口を閉じる。そして、程なくして流れるように鳴り響く琴の音色と共に、語り部も兼任するリラの歌が始まった。

 

―――遠い~遠い~昔の事~♪

 

綺麗な琴の音色と共に紡がれるリラの美しい歌声に、一気に会場はうっとりとした雰囲気に包まれる。特別席に案内されたマカロフを始めとしたマスターたち、及び彼の旧知の仲である評議員のヤジマも、その声に感嘆の声を上げている。

 

―――西国の王子は~敵国の姫に~恋をした~♪

 

歌と共に証明が舞台の中央を照らすと、そこに現れたのは緋色の髪を後ろに束ね、華美な服装に身を包んだ、西国の王子(エルザ)の姿があった。元より凛とした顔立ちに整った容姿をしたエルザの男装姿に、男性よりも女性の黄色い声が上がる。

 

「…っ…わ…わ、わ……わが…なっ…我が名、は…っ…!!」

 

右手を高々く上げて最初のセリフを告げようとする王子(エルザ)…だが、何か様子がおかしい。稽古の時にはしっかりと役には言って堂々とした演技をしていたのに、挙動不審と言う言葉が似合うほどに緊張している。舞台裏で出番を待つ一同はその様子にハラハラしだした。本番に弱いタイプのようだ。

 

「フ、フレッ、フレデリック…!ひ、ひひ姫、た、たったたた、助け…に…!…ました…!!」

 

あまりにガチガチな様子にさすがの観客も気づいたようだ。一部の者は凛々しさの中のギャップに「可愛い」と言う声を上げている者もいるが、思っていたものとの違いに困惑している者の方が多い。そしてエルザはと言うとあまりの緊張に上手く呼吸ができていないようだ。

 

「エルザが故障してるよ~!」

 

「どうするんだ?」

 

ハッピーとグレイが見たことのないエルザのテンパり様に思わずルーシィに問いかけた。今のエルザの芝居はほとんど予測がつかない。台本通りに進めるには無理があるだろう。ならば打てる手は一つ。

 

「こうなったら、どんな手を使ってでも誤魔化すしかないわ!」

 

「俺もアドリブで何とか誤魔化してみる」

 

本来の台本には書かれていない芝居を行って展開の修正やアレンジを加える技術・アドリブを使って乗り切ること。次の出番はシエルだ。彼のフォロー次第で何とか展開を戻すことができるかもしれない。そして王子(エルザ)の後方の幕から、騎士のような鎧姿となった少年が舞台に立った。

 

「フレデリック王子!ヤンデリカ姫が攫われ囚われの身となり、この死の山へと助けに向かって幾数日。とうとうここまで来れましたな…!」

 

エルザが緊張してどういう状況かも掴めなかった観客への説明も兼ねて即興で考えた台詞をシエルは叫ぶ。これによってようやく観客も今、どういう話なのかが理解したのだが、あちこちで「姫、捕まってたの!?」という驚きの声が上がっている。

 

「このレイモン、フレデリック王子が愛する姫君を救うために命を懸けるというのなら、私もお二人のためにこの命を捧げる所存です」

 

腰に佩いた模造の剣を引き抜いて掲げながら堂々とレイモン(シエル)は告げる。実はこのセリフ、一切台本には記されていない内容である。それどころか、台本にこの『レイモン』なる騎士は、存在こそしているものの、セリフは一切ない、王子の後ろを付いていくだけのお付きの騎士と言う存在だ。それなのにやけにそれらしくセリフを告げるレイモン(シエル)の様子に舞台裏のグレイは感心を通り越して若干引いていた。

 

「お、おお…!わ、わた、私には…じ、じじ10のつる…ぎ、が…!」

 

「(エルザ!!?)」

 

しかし、剣を上に掲げるレイモン(シエル)を見て勘違いしたのか、フレデリック(エルザ)はセリフを大幅に飛ばしてしまう。しかもそれだけでなく、換装魔法で10の剣を本当に顕現させ、本来向けるべき相手ではなく観客席の方へと飛ばしてしまう。無論それに観客は絶叫。思わぬところで命の危険を感じることになってしまった。

 

「…な、成程!どのような敵が現れようと、あの10の剣の餌食としてやる!そう言いたかったのですね!?」

 

「(今更だけど配役逆にした方が良かったのかも…)」

 

同じように演劇に憧れを抱いていたはずの二人の正反対なスペックに、出番に備えて準備をしていたルーシィが心の中で呟いた。どうやったらそんな台詞を即興で思いつくのか…。そんなことを考えていると、ルーシィはこちらに目線を向けているレイモン(シエル)に気付く。

 

「(俺にできるのは今はここまでだ…。後は頼むよ、ルーシィ)」

 

そんな声が聞こえそうなアイコンタクトに、ルーシィは首肯する。そして、彼女の出番が来た。舞台の上からロープで吊るされる格好で舞台に上がる。桃色のドレスを纏ったヤンデリカ(ルーシィ)である。

 

「ああ…助けてくださいフレデリック様…!わたしは()()セインハルトに捕まってしまったのです…」

 

「あの…って言われても…」

「誰だ…!?」

 

演技力は問題ないが、唐突に現れた『セインハルト』と言う名前に観客は再び困惑の声が上がる。この後出てくるのだろうか?と考えていると、右の舞台袖から貴族風の衣装を身に纏った男が現れる。彼こそがセインハルト…

 

「我が名はジュリオス!姫を返してほしくば、私と勝負したまえ!」

 

「お前も誰だーー!!」

「セインハルトはどうなったんだ!?」

 

ではなく、ジュリオス(グレイ)だ。突如として名前だけ現れたと思ったら消えたセインハルトと、何の脈絡もなく出てきたジュリオスに観客の混乱はより一層深まる。

 

「くらえ!氷の剣!!」

 

しかし、その混乱も収まる程の見事な演出が繰り出された。氷の造形魔法によって作られた完成度の高い剣を一瞬で造り出したことによって、観客からは歓声が上がる。

 

「な、何の…!わ、私、には…10の剣…が…ァる…!!」

 

今度こそ正しいセリフを告げ、換装魔法で現れた10本の剣がジュリオス(グレイ)の足元目掛けて高速で飛んでいく。

 

「どわぁあっ!?お助け~!!」

 

「弱ーー!!」

「逃げんなー!!」

 

次々と突き刺さった剣を見て怖気づいたジュリオス(グレイ)はそのまま舞台袖へと逃げていった。その様子に観客たちは一様に大爆笑。冒険活劇…とは違うような気はするが、受けは良さそうだ。

 

「王子!お見事でございました!」

 

「フレデリック様、ありがとうございます!」

 

拍手をすることで王子を讃えるレイモン(シエル)と、拘束を解かれてフレデリック(エルザ)に一礼をするヤンデリカ(ルーシィ)。そんな彼女に王子は跪いて手を差し伸べたかと思うと…。

 

「ヤ、ヤンデリカ姫…たくさん、子供を作りましょう…30人くらいぃ…!」

 

「気が早ぇよ!」

「つか意味分かんねぇ!」

 

これも緊張のせいでセリフを間違えたものだと思いたいのだが、残念なことに台本通りである。読んだ時から思ったがどうしてこんな展開にしたのか、と顔には出さないがレイモン(シエル)は思わずにいられなかった。

 

「束の間の平和も、それまででござる!」

 

「ジュリオス戻ってきた!」

「何だよ『ござる』って!」

 

もうツッコむだけでも精一杯だが、ジュリオスにはまだとっておきが残っていた。先程の情けない姿と打って変わって堂々とした声で宣言する。

 

「これで終わりだ!出でよ、我が(しもべ)のドラゴンよ!!」

 

そのセリフと共に地響きが起こり出す。さらに、動いているのはジュリオス(グレイ)だけでなくレイモン(シエル)もだった。観客に見えないように後ろに手を回して曇天(クラウディ)落雷(サンダー)を発動。舞台上の一部のみに浮かぶ雲と、微量な雷が現れたことにより、観客たちの目は釘付けとなった。さらには後方にあった山のセットが割れるように左右それぞれに開いていく。そしてそこから現れたのは…!

 

「やっと出番かぁああっ!!ぐおおおおっ!!ぐぉがぁああああっ!!!」

 

巨大なドラゴンを模した着ぐるみを着て、ドラゴンの口から顔を出したナツが、炎を吐きながら飛んできた。ちなみに飛べているのは着ぐるみに着けられた糸に繋がった取っ手を持ちながら(エーラ)で浮遊している黒子姿のハッピーのおかげである。

 

空中を浮遊しながら炎を吐き続けるドラゴン(ナツ)の登場に、彼をを知る者は目を輝かせ、観客たちは迫力のあるドラゴン(ナツ)を前にどよめいている。

 

「オレ様は全てを破壊するぅ、ドラゴンだぁあ!!」

 

巨大な体と迫りくる炎を目の当たりにし、演技であることも一瞬忘れかけたが、役者たちは台本通りに事を進めていく。

 

「な、なんて凶暴な奴だ…!」

 

「こうなったら、手を組むしかない!」

 

「オ、オウ…それは、頼も…しい…!」

 

「お前が呼んだんだろーが!!」

「どういう展開だぁーー!!」

 

まさかの共闘である。ドラゴンの力はそれほど強大だった、と言えば聞こえはいいが、自分で呼んでおいて手に負えなくなって敵と共闘とはどういうことだと、観客からブーイングに近い声が上がる。

 

「私があいつを足止めします!みなさんは逃げてください!!」

 

「オイオイ何言ってんだ姫ーー!?」

 

そこで動いたのはヤンデリカ姫(ルーシィ)。本来助けられる立場にいたはずの姫がドラゴンを足止めするというまさかの主張。助ける対象である姫君を置いて逃げるなどできる筈はない。

 

「た、助かったぞー…!」

「オウ!」

 

『逃げるんかーい!!!』

 

だと言うのに三人はさっさと逃げ出して舞台袖へと引いていった。レイモン(シエル)に至ってはこの期に及んでセリフなしを主張するかのように無言で。どういっても言い訳にしか聞こえそうにもなかった、と後に語ることになる。

 

だが、観客からの反応はあまりいいものではなかった。所々の演出はよかったのに、度々違和感を感じる…と言うよりツッコミどころ満載の展開。一部を除いて評価はあまり高いものではなくなるだろう。

 

 

この後の事件が無ければ…。

 

「ぐ、ぐぅ…!重いぃ…!!」

 

事の発端はハッピーだった。普段人間一人分を持つことなら問題ない彼だが、今のナツはドラゴンを模した巨大な着ぐるみの中。その分の重さがかかってしまい、維持することが難しい。何とかこらえようと頑張ってはいたが、ついには耐えきれず…。

 

「あ!」

 

声を発した時にはすでに手遅れ。手から取っ手が滑り落ちてしまい、それに従ってドラゴン(ナツ)は舞台上へと落下していく。さらには落下先の近くにはヤンデリカ(ルーシィ)がいて、彼女の悲鳴が劇場内に木霊する。

 

だが、誰に求めることはできず、ドラゴン(ナツ)は舞台上に落下。舞台の床やセットの一部を破壊してしまい、轟音と埃が発生する。そして埃が収まるまで口元を覆っていたヤンデリカ(ルーシィ)は違和感に気付いた。後方が何やら熱い…。

 

「キャーーー!!火がぁーー!!」

 

何とヤンデリカ(ルーシィ)が着ているドレスの裾に火が燃え移っていた!当事者である彼女だけでなく舞台袖にいたレイモン(シエル)も予想外だったようで慌てている。

 

「シエル、助けてー!雨!雨ー!」

 

「わ、分かった!」

 

もはや劇どころでは無い。役名ではなく本名で自分を呼ぶルーシィのドレスに向かって、雨の魔力を発射しようと準備する。屋根裏に未だ出ている曇天(クラウディ)を介せば多く降らせられるが、服に燃え移った微かな火を迅速に消すなら、直接撃った方が早いという判断だ…が…。

 

「スコー…りゅっ!?」

 

発動しようとした直前、背中を思い切り押される感覚…否、正確には足蹴にされて踏み台として活用される感覚に襲われ不発に終わる。その犯人はエルザ。剣を片手にシエルの背を踏み台にして跳びながら、ルーシィ目掛けて数回斬り抜く。すると…

 

 

ドレスが、燃え移った部分どころか全て斬り刻まれてしまい、ルーシィの肢体が露わに…ぶっちゃけて言えば全裸になってしまった。会場内に木霊するルーシィの羞恥の悲鳴と観客(主におっさん)の興奮の歓声。思春期であるシエルとグレイは顔を真っ赤に染めながらも目を離せない状態。後方から「ありがとうございます!」と聞こえた気がする。

 

「姫…大丈夫ですカナ?」

 

「下手なくせに役に入りすぎ~!!」

 

着るものが無くなったルーシィを自分がつけていたマントで隠すエルザ。所作だけ見れば完璧なのだが、未だに演技力は下手だ。だが、騒動はこれだけに終わらない。

 

「痛ぇえええーーーー!!」

 

落下した衝撃に苦しむナツが炎の出力を増加して、何と観客の方にまで炎が襲い掛かっていく。唐突に起きるアクシデントに観客たちの悲鳴が起きる。

 

「やめねえかナツ!!」

 

「しょ、消火ー!消火ーー!!」

 

暴走するナツを治めようと氷漬けにするグレイ、燃え移った火を掌からの豪雨(スコール)で消そうとして一部観客にまで広げてしまっているシエル。そしてなおも暴れるナツ。三人の様子を見たエルザは、未だ役から抜けられず…。

 

「こ、こここうなったら、全員…成敗いたしス!!」

 

結果、4人の魔法が舞台上でぶつかり合うバトルロワイヤルに近いカオス状態へと変貌した。舞台のセットだけでなく、観客席も、天井も壁も魔法の被害で徐々に壊れていく。

 

「もうめちゃくちゃーーー!!しかも…すごく嫌な予感…!!」

 

ルーシィの予感は的中することになった。会場を収める劇場の外側、石造りの建造物の中心に亀裂が入り始める。その亀裂は新たな罅を産み、更なる亀裂となり、やがて真っ二つに割れるように砕け落ちてしまった。

 

「やっぱりー!!」

 

器用に観客席と舞台の骨組みだけを残し、全て壊れてしまった。ものを壊す心配のない仕事として受けたはずなのに、やはり何かを壊さないと気が済まないのかこのチーム…。そんな悲しみを抱きながらルーシィは涙を流したが、観客席から上がったのは大音量の歓声だった。

 

呆気にとられたルーシィが振り向くと、みんなが一様に笑顔を浮かべて歓声を上げ、中には未だに笑いが収まらない者、主人公であるフレデリック(エルザ)に黄色い声をかける者、迫力のある舞台公演となったことで、観客たちは予想外の盛り上がりを見せていた。ルーシィ以外のメンバーはそれに気づかず、暴れるナツとエルザ、止めようとするグレイとシエルで、未だに混戦状態が続けている。

 

しかし、観客たちの笑顔を見たルーシィは、つられるように輝くような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

それから一週間後―――。

 

劇場が崩れたシェラザード劇団は仮設の舞台をテントで作り、営業を続けていた。注目の演目は『フレデリックとヤンデリカ』。初日の大ヒット以降、衰えることのない人気を博していた。

 

「まさかこんなに大ヒットするとはよォ。大根役者の癖してやるじゃねーか」

 

心底嬉しそうな表情とは裏腹に、態度の大きい口調を放つのは座長ラビアン。彼も初日に想像以上の成果を出した公演に感動したのだが…。

 

「オイ…いい加減報酬よこせや…!!」

「一日3公演はキチすぎんぞ…!!」

 

以前の役者たちが逃げた一番の理由がようやく分かった。ラビアン(こいつ)、ブラック企業の社長タイプだ。丸々一週間休ませずに一日3公演をやらせるこの本性についていけなくなったのだと…。

 

「グズがぁ!とっとと準備せんかぁ!!」

 

「キャラ、変わってるし…」

「イケマセンオウジ…ヤンデリカヒメハ、ダイコンデハゴザイマセン…」

「あーあーあー!」

 

ナツたちも重症だが一番ひどいのはシエルだ。演技で一番ポンコツであるエルザのアドリブフォローに毎回苦しめられ、今も尚演劇中の場面が脳内に広がっている。

 

そして唯一元気に発声練習をしているのが、よりによってそのエルザと言う現実…。

 

「早く…早く帰りた~~い…!!」

 

未だに発声練習をして張り切っているエルザを除いて全員がこう思っただろう…。

 

 

 

―――二度とラビアン(こいつ)からの依頼は受けない…!

 

 




おまけ風次回予告

ナツ「なあなあ、シエルとルーシィって結構一緒にいること多いよな?」

シエル「言われてみれば…そうだね。星霊魔導士だし、本好きは一緒だし、あと揶揄ったり悪戯すると面白い反応みせてくれるから、一緒にいると楽しいよ?」

ナツ「あ~、あいつ揶揄いやすい性格してるもんな~!ハッピーもよくそんなことしてるぜ。あ、そうだ!もし二人がコンビで仕事すんなら、良いこと思いついたぞ!!」

シエル「コンビ?良い事ってどんなこと?」

次回『異色のコンビ?シエルーシィ!』

ナツ「ってのはどうだ!?」

シエル「…それもしかして、コンビの名前?名前繋げただけじゃん!!」

ナツ「でもなんかいい感じだろ?」

シエル「どこが!?語呂?語呂なのか!!?」


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第20話 異色のコンビ?シエルーシィ!

もう毎週日曜0時投稿無理なんじゃないかとここ最近思ってしまった作者でございます…。

今回は一から考えたオリジナル回。この回での評価次第で今後同様のオリジナルを所々挟むか否かが決まってきます!←?


「あれ?この依頼書…」

 

シェラザード劇団からの依頼を(大分期間が延ばされたが)達成し、疲労から一日休んだうえで再びギルドへと足を運んだルーシィ。今月分の家賃を払うことはできたが、油断していると次の分の家賃が払えなくなることを危惧し、早めに行動に移そうと考えて依頼板(リクエストボード)の前に近づくと、一枚の依頼書に目が行った。その理由は依頼書に書かれた内容の一部。

 

「『指名依頼』…?『妖精の尻尾(フェアリーテイル)のシエル・ファルシー様に受注をお願い致します』…って、シエルへの指名!?」

 

指名依頼と言うのは、読んで字の如く。依頼者がどのギルドに属するどの魔導士に依頼をお願いしたいという意思を表しており、以前依頼を受けた魔導士の評判がよかったり、世間での魔導士の名が有名だったり、扱う魔法に適性が高かったりと理由は様々ではあるが、依頼者の方から魔導士を名指しで選んで受けてもらう者を呼べるシステムだ。

 

依頼内容にもよるが、基本この指名依頼で指名された魔導士は世間や依頼者に認められているという認識も兼ねてあり、断ることも無いのだという。妖精の尻尾(フェアリーテイル)においても、S級魔導士であるエルザやラクサス、色んな意味で名が知れ渡っているナツなどは特に指名される数も多い。そんな中で自分よりも年下である魔導士のシエルに指名が入った依頼書を見かけたルーシィは驚きを表していた。だが、納得のいく部分もある。

 

「あ、でもそっか…シエルの魔法って色んな場面で重宝されるもんね…」

 

「ついにシエルも指名されるほどになっちまったか~。時の流れって早いもんだな…」

 

ルーシィの呟きに返事するようにぼやいたのはいつものように依頼板(リクエストボード)の前に佇んでいる異国民族の服装を着ている男・ナブ。感慨深いように言葉を紡いでいるが、今も彼は依頼書に目を通しはしてもそこから全く依頼書を取ろうとはしない。

 

「あたしが言う事じゃないかもしれないけどさ、ナブも早く仕事選んだら…?」

 

「う、うるせぇな…!オレは、オレにしかできない仕事を探しているだけなんだよ…」

 

図星を突いてきたルーシィから目を背けて腕を組みながら、カッコつけるように発するナブ。その言葉を主張して一体どれほどの時間が過ぎてきたのだろうか。付き合いが短いルーシィでさえ、「こうやって今までも依頼に行かなかったんだろうなぁ…」と言いたげな半目を向けている。

 

「へぇ~、『村の畑を荒らす害獣退治』か。動物に関する魔法の使い手がいれば、効率よさそうだな~」

 

すると、ルーシィの背後に忍び寄っていたであろう、話題に出ていたシエルが現れ、思わずルーシィは小さく悲鳴を上げた。そして彼が視線を向けた先にいるナブも突如現れた少年に驚き目を見開いている。

 

「ナブ、どうせだったらこの仕事一緒に行かない?同行メンバーの有無は問わずって書いてあるし」

 

少年に向けて本来かける言葉ではないが可愛らしい顔立ちに、それと反した悪戯をする笑みを浮かべながら告げたシエルの言葉に、ルーシィは反射的に依頼書に再び目を向けた。確かに彼の言う通り「なお、希望者への同行の有無は問わない」と書かれており、シエルがメンバーに加わっているならば誰が同行しても問題はない、と言う意味を示していた。

 

そしてもう一つ補足しておくと、ナブが扱う魔法は『セイズ魔法』と呼ばれる魂の憑依を主とした魔法。その中でも『動物憑き』と言う動物の霊を己に憑依させて、その動物の力を扱えるようにできる、と言うものである。今回シエルが指名された依頼は害獣退治。獣に精通しているナブなら活躍できるだろう、とシエルは主張しているのだ。

 

「え!?…あ、いや、その依頼はシエルに指名が来てるんだろ?お、オレが出るまでもねぇよ、うん」

 

しかしやっぱり彼は行く意思を見せなかった。逃げるようにして依頼板(リクエストボード)から距離を離しながら言い終わると同時にその場を立ち去って行った。何だかんだ言ってもやっぱりクエストに行く気はないようだ。呆れ顔のルーシィと悪戯な笑みをシエルは追おうともしないで見送る。彼を追うぐらいなら別の事をする方がいい。

 

「ところで、あんたこの依頼行くのよね?」

 

「そりゃ勿論。それにこの依頼人、前にも依頼に行ったことがある村みたいだし」

 

ルーシィの質問に答えながらシエルは思い出していた。過去に依頼で向かったことのある村の村長から、再びシエル宛に依頼を出したことを。当時の依頼内容は干上がった畑を水の魔法で潤してほしいという依頼だった。

 

「あたしも依頼行かないとな~。早めにやっておかないとまた家賃払えなくなりそう…」

 

シエルは指名が入るために問題はないだろう。だが自分は積極的に依頼を受けておかないとすぐに金欠を起こしかねない。報酬額の高い討伐系の依頼に行くとしても、一人で行くには不安が募るし、最強チームの面々と行くと周りへの被害が多く、報酬額を減らされる。手間ではあるが、コツコツと貯めていくしかないのだ。若干消沈しながら再び依頼板(リクエストボード)へと目を向けようとした彼女に、思わぬ助けがかけられた。

 

「じゃあ、俺と一緒に行く?」

 

「…へ?」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

フィオーレ王国の北西部。マグノリアからの距離も相当離れたとある山奥に、その村は存在していた。規模はそれほど大きくなく、村民のほとんどは自給自足で生活をしており、村に中にいくつもある畑と、川を下った先に住む魚、それに加えて近くの町で物々交換をすることで成り立っている。

 

そんな村に向けて、最寄り駅から徒歩で移動している人影が二つ。水色がかった銀色の短い髪に、左目の上部分に金のメッシュが一筋入った少年シエルと、金色の髪をサイドテールに纏めた少女ルーシィ。

 

「結構離れたところにあるのね…。ほとんど山道しか続いていない…」

 

「それのおかげ、って言うのもあれだけど、自然は豊かでしょ?ほら、あそことか」

 

疲れからか項垂れた様子のルーシィに対して疲労の色も見せないシエルが右手で指した先には穏やかに流れる清流が見える。まさに自然の一部分とも言える光景に、少しばかりではあるが、ルーシィの疲れも和らいだ気がする。心に少し余裕が生まれたからかルーシィはふと気になったことをシエルに聞いた。

 

「そう言えば、シエルって前にもここに来たことあるって言ってたわよね?」

 

「そうだけど…それが?」

 

「それっていつの事の話なの?あんたってあたしがここに来る少し前にギルドに加入したって聞いてたけど…」

 

今回の指名依頼の話をしていた時、ルーシィは彼から聞いた話が疑問だったのだ。いや、今思えば今までのシエルに関する話題に関して疑問を抱いていたと言ってもいい。シエルが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に正式に加入したのはルーシィがギルドに来る三日程前と言うのを本人から聞いたことがある。だが、それにしてはメンバーとの会話やギルド内での出来事に不可解な点があるのだ。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いの時に、彼の発動させた”天の怒り”もそうだ。一年前に廃村を襲ったその”天の怒り”が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間を侮辱した盗賊たちに怒ったシエルによるものであると聞いたが、それはつまり彼は一年前には確実に妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいたという事。辻褄が合わないのだ。本当に彼は自分とほぼ同期のメンバーなのか、と。

 

「そう言えば話してなかったね。俺、正式にメンバーになったのは確かに最近だけど、それより前には一応ギルドに在籍している扱いだったんだ」

 

「どういう事?」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来る前は元々違うギルドにいたんだよ。そこで色々とあったもんだから、そこから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入るのもすんなりとはいかなくってね。試用期間が設けられてたんだよ。大体2年ちょっとかかったかな?」

 

試用期間なんてものがあったのか、と真っ先にルーシィの頭にその言葉が浮かんだが、恐らくシエルにしかつけられていないような特殊な措置だろう。正式に依頼が達成できるのか否かを確かめるために、必ず他のメンバーを同行者に入れることを条件にギルドに籍を入れていたそうだ。どんなことが起きれば、どんなことを起こせばそんな措置が与えられるのかは疑問であったが、それに関しては聞くには聞けなかった。ちなみに今回依頼してきた村へ過去に依頼に行ったのは半年ほど前らしい。

 

「俺が最初に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来たのは、確か3年ぐらい前だったかな?その時からみんなともよく話をしているよ」

 

「そっか…ようやくシエルの事について理解できたような気がするわ」

 

そんな話も交えながら二人は村まで辿り着いた。長い道中であったにもかかわらず、雑談をしていればあっという間なのだから不思議なものである。

 

村に入って二人を出迎えたのは依頼主である村長だ。シエルより少し高めの背丈に白髪に染まった短い頭髪と、少しだけ蓄えられた髭が好々爺と言う印象を与えてくる。彼は柔和な笑みを浮かべながら二人に向かって深々と頭を下げている。

 

「これはシエル殿、お久しぶりでございます。お待ちしておりました」

 

「こちらこそお久しぶりです」

 

「そちらの方は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のお仲間の方ですかな?」

 

「あ、はい、ルーシィです。よろしくお願いします」

 

挨拶もそこそこに早速村長は二人を村の中へと招き入れる。裕福と言うわけではないが、大人たちは畑作業や建物の修繕と言った仕事を。子供たちは元気に村の中を走り回っている。平和な光景だ。しかし、ここに依頼として呼ばれたように、確かな問題が発生しているのだ。

 

「こちらが、その畑でございます…」

 

村長の案内で導かれた二人の目に映った広大な畑は酷い有様だった。作物のほとんどは食い荒らされ、獣除けの柵も意味を為さないかのように壊されている。畑の中には足跡も残っており、小さい成長途中と思われる野菜が踏み荒らされている。

 

以前シエルが依頼に来た際に雨の魔法をしばらく定期的に降らせるようにしたおかげで、土が潤い豊作を望めたはずなのにそれを嘲笑うような所業である。村側も落胆の声を上げていたらしい。

 

「こんなに広い畑を…その害獣ってどれだけの規模なんですか?」

 

ここまで広大な畑を荒らせてしまうほどの群れ、となると一朝一夕ではいかない可能性がある、と考えたルーシィがその規模がどれほどなのかを問いかける。だが、村長からの返答は予想外のものだった。

 

「それが…その害獣は1体しか確認できていないのです」

 

「たったの1体!!?」

 

驚愕の声をあげたのはルーシィ。無理もないだろう。広大に広がる畑を荒らしたのがたった1体の生き物であることが想像できただろうか。しかしシエルは畑の様子を凝視して、その事実を予測できていた。

 

「柵が壊れている個所は二つ。それも一つは内側、もう一つは外側に木片が散らばっている。畑の中の足跡も、バラバラに見えるけど、よく見ると地繋ぎになっている。相当でかい個体の可能性が高いな…」

 

「はい、その通りです…」

 

持ち前の観察眼による賜物か、巨体を持つ1体と言う予測は見事に当たっていた。それを聞いたルーシィはただただ開いた口が塞がらず、「小説のネタ、推理のシーンも考えてみようかしら…」なんてことを考えていたが気づく者は誰もいなかった。

 

「普段はさらに山の奥に生息しているらしいのですが、あまりの暴れぶりにもはや我々には手が付けられず…」

 

「ギルドの魔導士である俺たちに依頼をした、と…」

 

首肯しながら力のない返事で返した村長の様子、そして遠目から不安げな表情でこちらを見る村人たち。その様子に気付いたルーシィは村長に向けて「大丈夫です!」と声を張る。これは自分たちがやらなければ。そんな使命感にも似た感情が今彼女の中にあった。

 

「あたしたちが絶対、その害獣を退治して村を助けてみせます!」

 

力強い主張と共に、彼女は右手の甲に桃色で刻まれた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を見せる。そんな彼女の姿は村人たちにはとても頼もしく見えたようで、彼らはルーシィに期待の眼差しを向けている。シエルとルーシィにそれぞれ「どうかよろしくお願いします」と懇願し、(くだん)の害獣が住むという山の奥へと向かう二人を見送った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「さてルーシィ?村の人たちに堂々と告げて来ちゃったけど、当てはあるの?」

 

奥に入ってから少し経った後、シエルに尋ねられたルーシィは、元から大きい胸を張って自信ありげな様子で笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ!今回の害獣って、身体が大きくて力の強い奴が1体だけでしょ?なら、こっちも力自慢で対抗する!!」

 

そう言って彼女が取り出したのは、星霊魔導士にとって絶対に欠かせない召喚用の鍵。その中でも先が両側に刃がついている斧の形をした金色の鍵。それを目にした瞬間、どこか揶揄うような表情だったシエルの表情が「お?」と言う声と共に期待を抱いたものに変わる。

 

「開け!金牛宮の扉!『タウロス』!!」

 

鍵を掲げて召喚の口上に答えて現れたのは金牛宮と言う名称に違わぬホルスタイン模様の顔と体皮。だがその身体は筋骨隆々としており、後ろに担いだ大振りの両刃斧がその星霊が力自慢であることを現している。

 

牡牛座の星霊・タウロス。ルーシィが契約している黄道十二門の一体である彼は「MO()ーーーーー!!」と言う雄叫びを上げて自らの筋肉を誇示するようなポーズをとる。

 

「おおーー!!牡牛座のタウロスだーー!!確かにタウロスは星霊の中でもトップクラスのパワーがあるって書いてあった!」

 

「ね?今回にはうってつけだと思ったのよ!」

 

目を輝かせながら、現れた新たな黄道十二門に眼差しを送るシエルの姿に彼女も得意気だ。星霊に憧れを抱くシエルとしてはやはり注目せざるを得ないのだろう。だが、ルーシィは忘れていた。このタウロスと言う星霊にある、一つの欠点を…。

 

「ルーシィさん!今日もナイスバディですなー!!」

 

「ちょっと!せめて今日は控えてよ!イメージ壊しちゃう!!」

 

目を分かりやすくハートに染めてルーシィ(の身体)を凝視しながら告げた言葉に、慌ててルーシィは彼を止めようとする。この星霊・タウロスは非常にスケベであり、事あるごとに彼女に対してセクハラ紛いの発言をすることが多い。しかもこれはルーシィに限らず、基本豊満な胸部と引き締まった腹部を持つ女性が多いこの世界において、そんなスタイルのいい女性を見つけてはメロメロになる程である。

 

そんな欠点をすっかり失念していたルーシィは目の前で呆けた様子のシエルを目にし、自分の失態に気付いた。星霊に憧れを抱く彼のイメージを壊してしまった経験が一度あったことで、再び悲劇を起こしてしまった、と後悔していた彼女であったが…。

 

「あ、何で肌がホルスタインなのかと思ったら、そういう事か。ある意味で乳への執着…」

 

「あれ?何か納得してる?」と思わず心で呟いた。合点がいったように右手を握って左掌に軽く叩くと同時に呟いたシエルの様子に今度はルーシィが呆けた。取りあえず前回のバルゴのような事件とはならなかったようだが、今度自分が契約している星霊を紹介してあげた方がいいかもしれない、と彼女は心に決めた。

あ、約一名(水瓶座の彼女)はまた違う機会で…。

 

「ところで、今回はどんな用で?」

 

「あ、そうだった。今回はね…」

 

ルーシィはシエルと交えて今回の依頼に関して説明をした。どんな害獣かはまだその目で見たわけではないが、畑の荒れ具合から察した巨体と破壊力を鑑みて、力自慢のタウロスを召喚したことも踏まえて。

 

「なるほど、それならMO(モー)お任せください!」

 

左の拳を胸に当てながら自信満々と言った様子のタウロスに二人にも笑顔が浮かぶ。あとは例の害獣を見つけて退治するのみ。どこにいるのか探す必要があるのでまずは捜索から始めようとした3人(2人+1体)だったが、ふと何かの音が耳に入る。

 

「何?この音…?」

「…地響き…?」

「のようですな…」

 

徐々にその音は大きくなっていき、近づいてくる。全員が既にその正体を感づいていた。例の害獣だと。そしてその姿は程なくして彼らの前に現れた。

 

全体的に赤い体皮、大きな瘤がついて突き出された鼻、その下にある多くの鋭い歯が並ぶ口に、そこから外に突き出すほどに伸びた立派な牙、更に目の上から生えたのは牙に勝るとも劣らずの角。しっかりとした4本の足を交互に前へと向かうために地を蹴りながら突き進んでくるその獣の姿は…。

 

「イノシシ!?」

「しかMO()中々にでかい!」

 

「あ、あれは!!」

 

赤いイノシシは眼下に見えた三つの人影も気にせずそのまま押しとおろうと突進しようとしてくる。対する魔導士たちは反応するや否やタウロスのパワーで止めるためにその場を退避。そして唯一正面に立つタウロスは背負っていた斧を手に持ち、イノシシ目掛けて振りかざそうとする。

 

「先手必勝!MO()ー烈!!」

 

しかし、タウロスが振りかぶった斧は直前で進路を変更したイノシシをすり抜けてしまった。「MO()!?」と驚きの声を上げるタウロスをよそにイノシシは一点に向かって駆けていく。その行く先は…シエルだ。

 

「シエル、危ない!」

 

イノシシが迫ってくる光景を目にして、彼は焦る様子もなく、それを引き付ける。そしてギリギリまで寄せてきたところを横に飛んで躱し、イノシシの頭と後ろにあった木を激突させる。だが、イノシシは無傷、木の方は衝撃に耐えられずぶつけられた方向へと折れた部分から倒れていく。

 

あまりの威力に戦慄するルーシィだが、シエルは突如手に持っていた荷物袋の中を漁り始める。何か鼻を動かしながら、そのイノシシは再びシエルの方へと目を向け、彼の方へと突進を再開する。「何でシエルだけ!?」と言うルーシィの声を尻目に、シエルはようやく目当てのものを袋から取り出した。それを斜面の上へと徐に投げ…。

 

乗雲(クラウィド)!!」

 

小さい雲にそれを乗せると斜面に沿って上昇を続けていく。するとイノシシの目はシエルから外れ、今しがた彼が投げたあるものが乗る雲に向けて走り出した。イノシシの姿が見えなくなったところで、ようやく一同は一息つくことができた。

 

「害獣って、イノシシのことだったのね…」

 

「ただのイノシシじゃないよ、あれは…」

 

シエルの言葉にルーシィは思わず反応した。たしかに毛皮は赤く、角もついていて、極めつけは他とは比べ物にならない程の巨体だ。ただのイノシシとは違うだろう。しかし、シエルの口から出たのはそういう事ではなかった。

 

「間違いなくあれは…『ビショックイノシシ』だ!!」

 

「…え、と…何それ…?」

 

何故か目を輝かせて頬を上気させながら興奮する少年の姿と聞き馴染みのない名前にルーシィは二重の意味で困惑した。

 

『ビショックイノシシ』。このイノシシはなぜか、他の餌よりも質や味のいい食材を嗅ぎ分ける力があり、それを好んで食するそうだ。野菜や果物から、他の動物の肉まで、味が良ければ種別は問わない雑食系。先程シエルが持っていたのは非常食として持ってきていた、彼自身が作った干し肉。ビショックイノシシがタウロスに目もくれずシエルを狙いに行ったのは、彼の荷物袋に入っている干し肉が目当てだったというわけだ。

 

「今回畑を荒らした原因も、恐らく山の中にある食材より、あの村で作られたものの方が味が良かったから、だと考えるのが自然だな」

 

「あ、そっか。そうじゃなかったら山にある果物とかもほとんど減ってるはずよね…」

 

ここまで来る道中でも果物や野菜を見かける機会は多かった。なのに何故畑だけが荒らされていたのか。答えは単純、害獣自身の好みだった。しかし村にとっては傍迷惑な話である。早いところ退治する必要がある、とルーシィが言うがシエルには別の事も頭に浮かんでいた。

 

「ビショックイノシシの特徴はもう一つある。幼体の時から鼻と舌が肥えて質のいいものばかりを食った、要はセレブな種類。しかもあの大きさは軽く数十年は生きている希少な存在。

 

 

 

 

ずばり!そのイノシシ自身も、最高級の食材となれるという事!!」

 

「食べれるの!?あのイノシシ!!」

 

一応イノシシの肉を食べる習慣が存在する地域はあるが、先程の凶暴とも言えるあの様子を目にしたばかりではそんな食欲は湧かない様な気がするのだが、肉が何よりも好物であるシエルにとっては些末な問題。

 

今回の害獣退治、村を救えて、村人にも感謝され、おまけに最高級の肉まで手に入れられるという、一石三鳥の依頼となったと言っても過言ではない。そう主張するシエルに、ルーシィはあまり乗り気ではなさそうだ。

 

「イノシシを退治…出来るかは別としてそこから食べる、って言うのはちょっとねぇ…」

 

「ルーシィさんのナイスバディの一部になれるならそれはそれで羨ましいです!」

 

「黙っててくれる?」

 

自分の後ろで色々と危ない発言をしているエロ牛(タウロス)は放っておくとして、自分の意見を提示するルーシィ。味はいいのかもしれないが、日頃変わり種の食材を食べたことが無いルーシィは少々忌避感を感じずにはいられない。

 

 

「ちなみにビショックイノシシって、相場だと通常の奴でさえ2万J(ジュエル)/100gは下らないらしくて…多分あの大きさの奴だと、ひょっとして10万J(ジュエル)/100g…軽く超えちゃったりするのかもな~…。俺たちで討伐すれば…しばらく金(主に家賃)には困らなくなったり…?」

 

「よぉーっし!!ビショックイノシシ、絶!対!退治してやるわよぉー!!!さあ~タウロス!!あんたの自慢のパワーで家賃確…じゃなくて、村の皆のためにイノシシ退治!頑張ろぉー!!」

 

「え?あ…はい…」

 

チョロい。

思わずシエルは内心で呟いた。ぼそぼそと呟いたはずの内容をルーシィの耳はしっかりとキャッチし、先程の下がりかけていたやる気は嘘のように一瞬で最高潮にまで上がりきった。あまりの主人の変貌ぶりに軽くタウロスが引いている程にだ。

 

超高級の肉の味を堪能するため、数か月先までの家賃を確保するため、全く違う目的にシフトチェンジされてしまったにも関わらずやる気に満ちて、山の上の方へと進む二人の人間を、後方からタウロスは反応に困りながら後を追った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

山の頂上に大分近づいたその位置でビショックイノシシは次なる餌を探し回っていた。己の自慢の鼻はどんな食材の良し悪しも嗅ぎ分けられる。どんな獲物だろうと絶対に逃がしはしないし、それが味のいいものだったら尚更だ。先程の人間が持っていた干し肉も中々いいものだった。即座に投げられて奴らが持っているであろう他の食べ物も逃してしまったのは痛手だが、近場の村にある畑にはまだまだ豊富な餌が残っているはずだ。

 

畑を一つ分平らげてしまったが何も畑は一つじゃない。他にも上質なものが育っている場所は既に把握している。それをいただいていけばいいだけだ。そんな風に考えながらイノシシは餌を求めてただただ歩く。すると自分の鼻に先程も嗅いだあの干し肉の匂いを感じられた。匂いのもとに直行すると、少しばかり地面がぬかるんだ傾斜の上に、先程干し肉を持っていた少年の姿が映る。そして手に持つものは先程も食べたあの干し肉だ。やはり他にも持っていた。

 

「お探しのものはここにあるぞ」

 

挑発気味に軽く上に投げてはキャッチする動作を繰り返しているその少年。イノシシはそんな彼にも目もくれず、彼が手に持つ干し肉のみを視界に入れて全速力で駆け出していく。雨でも降ったのか多少地面はぬかるんでいるが、自分の脚力なら大して問題はないと、突っ切っていく。

 

 

「猪突猛進とはよく言うけど…ここらで退散してもらおうか…!」

 

言葉と共に干し肉を先程よりも高く上げた少年はすかさずその手に小さく光る球を作り出し、イノシシに向けてそれを放った。

 

日射光(サンシャイン)!!」

 

獣とはいえイノシシにも目があり、視力がある。夜目は効くこともあるが逆の場合は耐性が無い。唐突に許容外の光量を浴びたことによって、イノシシは一時的に目を潰されることになった。そして目の痛みに耐えかねて体勢が崩れたことにより、ぬかるんだ地面に足を取られ、転倒する。そしてさらには水分を含んだ地面と共に傾斜を滑り落ち始めた。

 

「よし!今だルーシィ!」

 

「任せて!」

 

少年の声に反応して茂みから現れたのは彼と一緒にいた少女。タイミングを計って少女は手に持って構えた鞭をイノシシに向けて放つ。すると鞭は彼の立派な牙に巻き付き、縛り上げる。力む声と共に方向を調節して、狙った向きへと行くようにしたら手から鞭を離す。そして最後には。

 

「頼むわよ!タウロス!」

 

MO(モー)お任せください、ルーシィさん!!」

 

大ぶりの斧を手に持って構える、ホルスタイン牛のような模様の大柄な体躯の星霊。イノシシは視界を潰され、思うように身体も動かせず、自慢の鼻も意味を為さない。それでももがいてこの状況を脱しようとしたが、彼の運命は最初の少年の挑発にかかったことで既に決まっていた。

 

「今度こそ!MO()ー烈!!!」

 

勢い良く振りかぶって繰り出された一撃は、滑り落ちるイノシシの勢いも手伝って、何も身構えられなかったイノシシの脳天を見事に打ち抜いた。その体は大きくふき飛んで、木に激突。やがて、ビショックイノシシは動かなくなった。

 

「やったーー!!」

「作戦成功!!」

MO()ーーーー!!」

 

傾斜の多い山の特性を利用した作戦。即興で思いついたものではあったが、獣相手には存分に生かせたようだ。確実に動かなくなったことを確認し、その次の瞬間一同は喜びに湧いた。

 

周りへの被害もほとんどなく、村も健在、そしてその上最高級クラスの食材まで獲得。シエルとの依頼に行ったおかげと言えることなのか、思った以上の収穫だった。ルーシィは今までにないほどの成果に色んな意味で嬉しさが込み上げるのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「は~、疲れたぁ…!でも、無事に成功できてよかった~!」

 

その後は討伐したビショックイノシシを村へと持ち帰り、村人からは感謝の言葉の嵐が次々とかけられた。思ったよりも早く対処したうえでここしばらくの収穫も期待できる状態となった謝意を表したいと、一晩だけ泊めてもらった。その時の晩食は本当に豪華だった、と言うしかない。討伐したイノシシの一部を村人が解体し、シエルの指示で村人たちも満足な料理が振舞われた。最初は控えめだったルーシィも、一口食べただけで虜になったのは言うまでもない。

 

そして残りのイノシシの解体作業も村の方で行い、終わり次第シエル宛で配送してくれるらしい。至れり尽くせりだ。最も村人たちからはこれでも感謝しきれない、と主張していたのだが。そして今二人は復路の長い旅も終えてマグノリアに帰還してきた。

 

「今回の依頼の報酬、そしてビショックイノシシ。これを加味するとここしばらく先の家賃には困らなくなるんじゃない?」

 

「本当にそれ!今回はありがとう、シエル!!これでナツとかが同行してたらきっとただじゃ済まなかった気がする…」

 

少しばかり遠い目を向けながらぼやくルーシィの言葉に、山の中でイノシシ相手に大暴れするナツの光景が頭に浮かんだ。いくら彼でもさすがにあの山奥の中で他に甚大な被害を生み出すような真似は…いや、しそうだ。山火事引き起こして村に文字通り飛び火するとこまでシエルは容易に想像できた。

 

ギルドの入り口に近づいてきたところで、シエルが独り言に近いぼやきを零し始めた。

 

「もしまた家賃に困ったら、ペアで行った方がいいかもな…」

 

「そ、そこまでしなくても大丈夫よ!そりゃあ普段は色々壊してばっかだけど、同じチームなんだからみんなとも一緒にやりたいし、それにハチャメチャだけど、やっぱりあたしはチームのみんなと一緒が…」

 

 

 

 

 

 

 

「ナツの奴がまーた街を半壊させたじゃとぉおおおおおっ!!?」

 

ルーシィの言葉は、ギルドの入り口に入ったところで響いたマスター・マカロフの叫びによって遮られ、その次の言葉を口に出すことができなかった。またやったのか、ナツ…。

 

「……やっぱ…本気でヤバかったらお願いできる…?」

 

「その方がいいよ、手伝うから…」

 

どこか泣いているようにも見える彼女の横顔に同情の視線を向けながら、彼女の肩にポン、と手を置く。後に『シエルーシィ』と言う安直なコンビ名をつけられる二人の起点は幕を閉じた。

 




おまけ風次回予告

シエル「バルゴ、サジタリウス、アクエリアス、タウロス、そしてキャンサー…。12体いるって言う黄道十二門が5体。ルーシィって、もしかしたら世界で一番黄道十二門を所持してる魔導士になるんじゃない?」

ルーシィ「まだまだ!目標は黄道十二門全部揃えてみせる事なんだから!」

シエル「十二門全部か~、結構大きく出たね~!そう言えば、黄道十二門の星霊には、リーダー的存在がいるって話だけど、今誰の星霊なんだろうね…?」

ルーシィ「そう言えば、全然話を聞かないのよね…。どこにいるのかしら…黄道十二門のリーダー…獅子宮のレオ…」

次回『空に戻れない星』

シエル「そう言えば獅子ってライオンの事だよね…。二足歩行のライオンを見つけたら、それがレオってこと!?」

ルーシィ「それは…どう、かしら…?(汗)」


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第21話 空に戻れない星

今回は珍しく少々短めとなります。

え、なら何故遅れたのかって?


……冠の雪原…我慢できませんでした…。(懺悔)


デボン盗賊一家。

マグノリアの各地に支部が存在しているほどの大規模な盗賊団の通称。マグノリア西部のとある村の近くにも、その拠点の一つが存在しており…。

 

 

『ぎゃああああああっっ!!?』

 

アジトの建物を上空から貫く一筋の雷と共に、盗賊たちの悲鳴が響いた。雷の餌食となった盗賊団が倒れ伏す床を何食わぬ顔で闊歩するのは、その原因でもある一人の少年。

 

「こっちは片付いたよ~。そっちは~?」

 

「こっちも終わったわ~!」

 

「歯ごたえのねぇ奴等だな…」

 

「弱ェくせに盗賊なんかやってんじゃねえよ」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強チームのメンバーであるシエルが声をかけたのは同じくチームの仲間。牡牛座の星霊・タウロスに見惚れられながら、シエルの方へと手を振るルーシィ。盗賊の一人の顔面を壁に叩きつけながら、不完全燃焼といった様子のナツ。地に転がっている盗賊たちを、足蹴にしながら文句を漏らすグレイだった。ナツの相棒である青猫のハッピーも、自分なりに戦っていたのか木の棒を握っていた。

 

「オレらにこんな事して、ただですむと思うなよ…!」

 

「デボン様が黙ってねえぞ…!」

 

動くこともできなくなっていた盗賊たちの一部が悔しげに呟いたその言葉に、シエルは一つ思い出したことがある。彼らの全てをまとめるそのデボンと言う頭目は確か…。

 

「デボンって、この前ナツが牢屋にぶち込んだ奴の事じゃなかった?」

 

「あい!とっくに潰れちゃってるとこです」

 

『え!!?』

 

マスター・マカロフがいつだったか評議会から送られてきた文書の中に、『ナツがデボン盗賊一家を壊滅するも民家7軒も破壊』という内容が入っていた。今回自分たちが対処したのは俗にいう残党と言うものではあるが、本人たちも含めて誰も残党を相手にしているとは気づかなかった。まさかの事実を敵側から教えられた盗賊たちは驚きの声をあげると同時に絶望の表情へと変わる。

 

「こっちも片付いた」

 

「さっすがエルザ!」

 

さらに別のエリアにて戦っていたエルザも合流。全く苦戦した様子も無く仲間を全滅させた魔導士たちに恐れをなした盗賊の一人がその場から逃げようとする…がすぐにエルザに気付かれて顔面に飛び蹴りを受けて再び地に伏した。

 

「まだ仕置きが足りんようだな…」

 

そう言いながら突き上げている尻を踏みつけて痛めつけるエルザの様子を見て「自分にもお仕置きしてください」と興奮しているタウロスを、ルーシィは強制閉門―本来所有者(オーナー)と星霊両方の合意でしか実行できない星霊界への帰還を閉門と言い、その閉門を所有者(オーナー)側のみの意志で行うこと―で星霊界に送り返した。

 

「思ったよりも早く終わったね。あっさり過ぎた気もする」

「全くだあっ!暴れ足りねえっ!!」

「十分暴れてたじゃねーか、てめー…」

 

もう機能しないであろうアジトから外に出た一行はのんびりと雑談していた。依頼人のいる村での被害は多かったのであろうが、数を揃えているだけで突出した実力者もいない。こう言っては何だが、拍子抜けと言うか期待外れだった。あまりにあっさりと終わってしまい、ナツは今にも周りに八つ当たりしそうになっている。一方でハッピーはアジトから取ってきたであろう、光り輝くダイヤをルーシィに見せており、それに気づいた彼女は勝手に持ってきたハッピーを諫めている。

 

「あれ?あそこにいるの…」

 

ふとシエルが遠目に見えた人影に気付いた。よく目を凝らしてそれを見てみると、そこにいたのは短い茶髪に、青いサングラスをかけた、自分たちがよく知る色男の姿。

 

「ロキ?」

「ホントだ!」

 

「あれ?」

 

自分の名前を呼ぶ声でロキの方も気づいたようだ。話によるとロキもこの近くで仕事を受けているそうだ。一足先にロキの元へと寄ってきたナツとグレイには普通に接していたが、ルーシィの姿を目に入れた瞬間、分かりやすいように動揺を浮かべる。

 

「ちょうど良かった!この前は鍵…」

「じゃ…仕事の途中だからっ!!」

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)との一件で落とした鍵を拾ってくれたロキに直接礼を伝えようとしたルーシィ…だったが、それよりも早くロキが軽く挨拶を残したかと思いきや一目散にその場を立ち去って行った。ルーシィの言葉が行き場をなくしたような空気となってしまい、名状しがたい無言の空間がその場を支配する。

 

「な…何よあれェ…!!」

 

「お前、あいつに何したんだ…?」

 

「そーとー避けられてんぞ…?」

 

「何もしてない~!!」

 

あまりにもロキがルーシィを避けるせいで、グレイとナツがルーシィに非があるのではないかと疑いさえかけてきている。だが勿論ルーシィにそのような心当たりはない。ロキが星霊魔導士であるルーシィを意図的に避けているだけだ。

 

「いくら星霊魔導士が苦手だからってなぁ…」

 

「あいつにも事情があるのだろう。あまり詮索はしてやらない方がいい」

 

「まあ、何となくそれは分かるよ」

 

ロキの走り去った方向をずっと眺めていたシエルの呟きに答えるエルザ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)には様々な事情を抱いた者も多い。詮索されることを望まぬ者もいることを知っているため、二人はこれ以上深くは入り込まないことにした。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

「ねえねえ、折角仕事早く終わったんだしさ、たまには温泉にでも行って、のんびりしない?」

 

仕事も終わったことでギルドに帰ろうとした一同だが、ルーシィから提案が入る。今回依頼を受けた村には温泉宿があるため、そこに入ってはどうかと言うものだ。仕事終わりで疲労もある。チームのリーダーと言ってもいいエルザからも「良いアイデアだ」という許可が下りたため、依頼を受けた村に戻ることにした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『鳳仙花村』―――。

マグノリアの中で最も有名な温泉街だ。村の名前からも察することができるが、その街並みは東洋式のものを主に使用している。ちなみに設計を行ったのは、東洋かぶれのさる侯爵なのだとか。

 

その温泉を存分に堪能した一同は、一泊するその旅館から渡された宿泊客用の浴衣に着替え…。

 

「始めんぞコラーー!!」

「ウパーー!!!」

 

各々部屋で寝る…はずだったのが、それは大量の枕を抱えたナツとハッピーの号令によって遮られることになった。既に布団に潜ろうとしていたシエルとグレイは呆れ顔でナツたちの方へと目を向ける。

 

「始めるって…何…?」

「やかましいな…オレぁ眠ーんだよ…」

 

「オイ見ろよ!旅館だぞ、旅館!!旅館の夜と言ったら、枕()()だろうが!!」

 

「「枕()()だよ」」

 

ナツが提案してきた遊びの内容に二人は声を揃えてすかさずツッコんだ。何だ枕()()って。それただ単に枕で殴るだけの遊びじゃなくて喧嘩じゃないのか?あ、ナツにとっては遊び=喧嘩だった。

 

「ふふ…質のいい枕は私が全て押さえた」

 

そしていつの間にか部屋に入ってきたエルザも乗り気のようだ。ただの枕なげに質は関係あるのだろうか、とルーシィから苦笑交じりに指摘が入る。だが誰も返事はしない。ナツが最初に仕掛けたことで枕投げが始まった。

 

「オレはエルザに勝ーーつ!!!」

 

「やれやれ…ぐべほっ!!?」

 

エルザ目掛けてナツが投げた枕はエルザに躱され、代わりにその先にいたグレイの顔面にクリーンヒットすることになった。勿論グレイがそれに対して怒らぬはずもなく立ち上がって文句を言おうとすると、自分の寝床にとある違和感を感じ、目を向けた。

 

「おおっ!いつの間にか枕が!!」

 

その寝床にはナツたちが持つよりも多くの枕が置かれていた。確かに先程は置いてなかったはず。思わぬ好機にグレイの口元が弧を描いた。一方で、シエルはふと開け放たれた障子扉の先、庭園の方へと顔を向けた。だが、そこには風情溢れる日本庭園と呼ぶべき光景しか映っておらず、おかしなところはどこにもない…のだが、違和感は何故か消えてなかった。

 

「何だろう…。今日ずっと何かの視線を感じてた気がするんだけど…」

 

鳳仙花村へと向かう道中。依頼の詳細を聞いた時。盗賊団との交戦。それが終わってからの後の相談。そして今に至るまで、ずっとどこからか謎の視線を感じ取っていたのだ。だがふと振り向いてもそこには誰も見当たらない。あまり気分が良くないものではあるが、害を与えてくる様子も無いので、周りの誰にも言えずにいた。もしかして本当に気のせいなのかもしれない…。

 

シエルが視線を外に向けている間にも、参戦したグレイがナツとエルザにそれぞれ一発ずつ枕を投げる。ナツは反応が遅れて顔面に喰らったが、エルザは右手で見事にキャッチ。しかし、その威力に「やるな」と感心していた。

 

「純粋な力勝負か…。俺得意じゃないんだけどな~」

 

ヒートアップする枕投げにシエルは視線を戻す。白熱しているそれに対して自分が混ざっても不利だと感じるシエルの発言が聞こえたのか、グレイが彼を次のターゲットに定めた。

 

「ここまで来たら一人だけ不参加ってのは認めねえぞ?そらっ!!」

 

そう言うや否やシエル目がけて勢いよく枕を投げつけてくる。布団に下半身が入ったままのシエルは上手く躱すことはできない。同じように顔面に受けることに…なると思いきや…。

 

曇天(クラウディ)

 

枕が届く直前に、目の前に小さめの雲を発動。小さいがその密度は高く、枕は雲に突き刺さってその威力を激減。シエルの顔に届く前に、飛び出して引っかかった状態となる。そこをすかさず枕に掌底を一発。

 

「はっ!」

「ぐぼおっ!?」

 

思わぬカウンターを受けたグレイは躱すこともできずに枕を顔面に当てられた。だが、これにはグレイだけでなくナツも抗議せざるを得ない。

 

「待て!そんなのアリか!!?」

 

「明らかに反則だろうが!!」

 

「ほら~、俺ってまだ子供だからさ~。ハンデってことにしてくれない?」

 

「「こんな時だけ子供ぶってんじゃねえっ!!!」」

 

だが抗議してきた二人の言い分に対して、両手を組んで小首を傾げ、にっこりとした笑顔と普段より高めの甘えた声で、子供の特権を存分に利用したあざとい要望をしてくる。一般的なお姉さんならコロッと落ちるだろうが、この男二人には効いてないようだ。それでも曇天(クラウディ)ガードをやめるつもりはさらさらない。

 

「よーし、あたしも混ざるかな~」

 

自分以外の全員が参戦した枕投げを傍から見ていたルーシィも、見ているうちにやりたくなってきたようだ。浴衣の腕をまくって気合十分といった様子。そうして意気揚々と参戦したルーシィは…

 

 

 

 

 

 

レーシングカーやロケットも真っ青のスピードで飛んできた枕3つを、顔、胸、腹にそれぞれ真正面から叩き付けられ、部屋にあった卓袱台(ちゃぶだい)と共に、端に寄せていた障子を真っ二つにしながら庭園へと投げ出されたのだった。

 

「これ、死んでないよね…?」と言う呟きをしながら曇天(クラウディ)ガードで防いではカウンターを繰り返しているシエル以外、彼女を案じる暇もなく枕投げと言う名の大乱闘に熱中している。

 

やっぱやめておこう。下手したら死ぬ。

ルーシィはそのまま宿を一度出て夜風に当たることにした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

翌日…妖精の尻尾(フェアリーテイル)

鳳仙花村から帰還してすぐ、大怪我を治療した後のようなナツとグレイが、互いに親の仇を見るかのように睨み合っているのを、周りのメンバーたちが妙なものを見ているような視線で眺めている。

 

「何だありゃ…?」

 

「昨日、仕事先で枕投げしたんだけど、それであんな風になりました」

 

「どうやったら枕投げであんな大怪我を…。つか、お前も大丈夫か?」

 

昨日共に依頼に行っていた一人であるシエルに詳細を聞くために尋ねたのはエルフマンだ。依頼先ではなく、その後の枕投げが原因だと聞いて、彼の疑問はより強まるばかり。ご最もだ。そしてシエルも二人ほどではないが、右頬に湿布。鼻には絆創膏が貼られている。

 

曇天(クラウディ)ガードを利用して自分の被害を最小限に抑えようという算段だったのだが、ナツとグレイの投擲は何とか耐えられた。だがエルザは無理だった。勢いに加えて回転をつけた剛速球は高い密度の雲に風穴を空けて、シエルの顔面を見事に穿ってしまった。彼への被害は一応それだけだったのだが、魔法による防御力を上げたシエルの守りを突破したのは、さすが妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女魔導士と言うべきか…。

 

「大体テメーは何で枕投げでムキになんだよ…!」

「オレはいつでも全力なんだよ…!」

「そのワリには負けてんじゃねーか!」

「はぁ!?負けたのはオメーだろ!!」

 

「枕投げって勝ち負けあるのかしら?」

 

「今回で言えば無傷だったエルザの勝ちかな?」

 

喧嘩(いつものこと)で言い合っている内容に思わず、エルフマンの近くにいたミラジェーンはシエルに尋ねるとそんな答えが返ってきた。誰がどのタイミングで投げてきてもすぐさま避けるわキャッチするわで有効的なヒットは確認できず、逆にナツとグレイの大怪我のほとんどはエルザの投げた枕だった。ここまで説明したらだれがどう見てもエルザの一人勝ちだろう。だがそれでも認めたくないのがこの男たちで…。

 

「「ルーシィ!勝ったのはオレだよなっ!!?」」

 

 

 

 

 

「うるさい」

 

 

「「ご…ごめんなさい…」」

 

誰が予想できただろうか?長い事続くであろうナツとグレイの喧嘩が、たった一言で収まってしまった。今まで見たことないような、不機嫌かつ冷たいルーシィの表情、声、セリフ、雰囲気全てに、唯一二人を止められるエルザとは違うベクトルで圧巻される。実際周りの者たちも、あっさりと二人を止めてみせたルーシィに感嘆の声を上げる者がいる。

 

喧嘩することで高まっていた怒りも、鶴の一声で消え去った二人はすごすごとそのまま帰っていく。その様子を、不機嫌であることを隠すことなくつっけんどんな態度でルーシィはそっぽを向いた。

 

「ルーシィ…今朝からずっと機嫌悪いみたいだけど…何か…」

 

普段のルーシィからは考えられない様子に、シエルはつい気になって彼女に直接尋ねようとすると、不機嫌な表情はそのままに近づいてきたシエルを睨みつける。それにシエルはつい「ひっ!?」と普段では出ない怯えた声を上げる。

 

「な、何でもない…です…」

 

相当お冠のようだ。昨日一体何があったのだろう…と、聞きたいけど恐らく帰ってくるのは同じような鋭い視線だけだ。普段は余裕の見えるシエルから一切その余裕が見えなくなっている光景もまた珍しい。

 

昨日ルーシィと同様に途中で枕投げを抜け出したハッピーがルーシィに話しかけているようだが、あの視線を見てなお話しかけられる彼はある意味勇者なのかと本気でシエルは思い始めている。

 

「ゴメン…。何か色々考え事あって…」

 

「オイラ相談に乗るよ?」

 

「ううん、いいの…ありがとう…」

 

ずっとしかめ面で食事をとっていたルーシィであったが、幾分か落ち着きを取り戻したらしい。今なら話を聞けるかもしれないが、どのみち彼女が話す気にならない限りはそれも難しいだろう。せめて、彼女の考え事が何に関することなのかさえわかれば…。

 

「ねえ、ロキ来てる?」

 

するとシエルの耳に一人の女性の声が届いた。声の方向へと目を向けるとそこには4、5人の女性たち。しかもどの女性も美人揃いだ。だがその女性たちはほとんどが顔をしかめてロキを探しているそうだ。

 

「何あれ?」

 

「町の女の子たちだよ。みんな自称ロキの彼女みたいだね」

 

一体何股してたんだあいつ…という思いと共にふと気づいたことが一つ。昨日鳳仙花村で見かけてから、ギルド内でロキの姿を見ていないことに。仕事で残っているのか、それとも今日は別の要件があるのか、と考えもよぎったが、それより先に女性たちの訴えの声が響く。

 

「昨日の夜、突然別れようって…!」

「うー!悔しいけど私もよ!」

「私も!」

「あたいも!」

 

今ここに来ている女性たち全員が、ロキから別れを告げられたそうだ。それも一方的に。何股もかけるほどに女性に対してだらしないロキであるが、その女性は必ず大事にしていたロキにしては違和感のある行動だ。一方的に別れを切り出せば、必ずその女性は傷つく。それが分からないはずがないのに…?

 

昨日、自分たちが泊まった鳳仙花村に、ロキもいたこと。ルーシィを避けるようにしていたこと。そして昨日は、ルーシィとハッピーが枕投げから離脱して、しばらく戻ってこなかったこと。

 

シエルの頭の中で、点が線で繋がった。ロキの不可解な行動、ルーシィが不機嫌になった理由、この二つは繋がっていると。

 

「ルーシィ、助けて~!!」

 

「ちょ…!?」

 

すると、ロキの所在を聞き出そうとする女性たちの対応にお手上げとなったミラジェーンが、ルーシィに助けを求め…もとい丸投げしてきた。ロキに関する出来事をギルドのメンバーであるルーシィに投げつければどうなるか。簡単なことだ。

 

「何あの女~!」

「ちょっと可愛いじゃない…!」

「胸デカ!」

「まさかロキの本命って…!」

 

「(これが修羅場か…)」

 

一挙にルーシィに女性たちが詰め寄ってくる。その圧に対抗などできるわけもないルーシィは、途中のままだった食事も置いて逃げだした。「めんどくさいことふらないでよ、ミラさ~ん!!」という叫びを残して。ルーシィの意味深な態度と逃走に、残された女性たちは悔し気に顔を歪めることしかできず、それをずっと眺めていたシエルは改めて女性を怒らせると如何に怖いかを思い知ることになった。

 

「それにしてもロキ…どうしたんだろうな…」

 

ロキと出会ったのはギルドに来てからそう時が経っていない時期。3年が経つか経たないかの期間である。その中で、今起きているような事態を起こしたことはない。女好きではあるが、誰かを必要以上に傷つけるようなことはしない好青年だった記憶しかない。

 

だが、ふと最初にロキと会った際に言われた言葉を思い出す。

 

『シエル…西方の国で“空”と言う意味だね?』

『もし君が本当に空だったら、一度落ちて戻れなくなった星を、どう思う…?』

 

「(あれ…?何でこんな事今思い出すんだ…?)」

 

何故自分がこの記憶を思い出したのか、それはシエル自身も困惑するような出来事。今思えば、あの時のロキは何か思い詰めたような表情をしていたようにも見える。今回も似たようなことなのだろうか?しかし、結局その答えはいくら考えても分からず、シエルは一度その問題を保留にすることとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、ロキは妖精の尻尾(フェアリーテイル)を何も告げずに抜け出した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ロキー!!」

「どこだーー!!」

「「ローキーー!!」」

 

闇夜が包むマグノリアに、数人の魔導士たちの声が響く。突如出ていったロキの姿を探し、彼の名を呼び、駆け回る。屋根伝いに移動しながら滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の発達した五感で探すナツよりもさらに上空、乗雲(クラウィド)に乗って空を駆けるシエルもまたロキの姿を探していた。

 

「どこだっ…どこにいるんだよロキ…!…っ!!」

 

すると、シエルの目にある人物の姿が映る。全員が街中を駆けまわってロキを探しているのに対して、一人だけ街の外へと駆けだそうとしているその人物。星霊魔導士であるルーシィだ。迷いのないその足取りに、一つの確信を得たシエルは素早く彼女の元に移動する。

 

「ルーシィー!!」

 

「え、シエル?この声どこから…えっ!?」

 

突如後方から自分を呼ぶシエルの声に彼女は反応した。空の上から雲に乗って近づいてきたシエルに驚きながら。

 

「ロキがいなくなったのは聞いた!?」

 

「ええ!それで、もしかしたらあたし、ロキの居場所が分かったかもしれない」

 

「本当に!!?」

 

ほぼ全員が闇雲に探す中、彼女はそれが分かったと主張する。距離も少し離れているため急ぐ必要があるのだが、ちょうどその移動手段は存在している。

 

「じゃあ乗って!ロキの居場所まですぐ行けると思うから!!方向は!?」

 

「あっち!青い天馬(ブルーペガサス)のある街の方向!!」

 

「了解!しっかり掴まっててよ!!」

 

ルーシィが雲の上に乗り込み、シエルの服を掴んだことを確認したところで、彼はルーシィが指定した方向目掛けて全速力で雲を飛ばす。そのスピードが予想以上に早くてルーシィは悲鳴を上げたがそれも数秒。すぐさま持ち直して今向かっている場所にいるであろうロキの安否を気にかけていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ロキが今いるのは巨大な滝に囲まれた、とある山の森林地帯を抜けた先にある一つの崖。その先端には一つの墓が存在する。彼にとって、絶対に忘れてはならない人物の墓。

 

自分以外に誰も来るはずのないその場所に、近づく者達がいた。その音でロキも振り返り、更にその正体に目を見開く。

 

「ルーシィ…!?シエルまで…!?」

 

「みんな探してるよ」

 

ここに来るまでに話を聞くこともできたのだが、ルーシィはロキのいる時に話したいと主張したため、シエルは半ば状況がつかめていない。だからロキとの会話はルーシィに任せ、シエルはロキの近くに存在する墓の方へと目を移した。

 

だがその墓に刻まれているギルドマーク、そして名前に驚愕する。ギルドは青い天馬(ブルーペガサス)。それはまだ、近くにそのギルドが在するため、不思議ではない。重要なのはその名前だ。

 

 

『カレン・リリカ』――。

3年ほど前に仕事先で亡くなった、青い天馬(ブルーペガサス)に所属するモデル兼星霊魔導士であった。シエル自身も彼女の特集がされた週刊ソーサラーを読み漁っていた記憶がある。

 

「カレン・リリカの墓…?」

 

「そう。星霊魔導士カレン…そして、あなたの所有者(オーナー)よね?」

 

シエルの声に応えるように呟いた後、そして再びロキに向き直したルーシィの言葉にシエルは再び絶句する。そして、彼女が更に続けた言葉は、過去シエルが体験した中でも圧倒的上位に君する衝撃的な事実だった。

 

「星霊・ロキ…。ううん…本当の名は…

 

 

 

 

 

 

『獅子宮のレオ』」

 

 




おまけ風次回予告

シエル「ねえルーシィ、ふと気になったんだけど星霊たちの中で一番強い星霊って何だと思う?」

ルーシィ「そうねぇ…あたしが持つ中だとパワーが一番あるのはタウロスだし、水の中なら確実にアクエリアスが最強だし」

シエル「確か獅子宮のレオも戦闘型の星霊なんだよね?本にも書いてあったよ」

ルーシィ「やっぱり、黄道十二門の内の誰かなのかしら?星霊魔導士の魔力の量にも関係してるでしょうけど…」

シエル「う~ん、わかりやすく、名前を聞くだけで最強!って感じの星霊は、いないのかな…?」

次回『星霊王』

ルーシィ「王様…だと、強いって言うより、偉いってイメージね…」

シエル「あとあれだ。髭が立派!」

ルーシィ「それは偏見って言うじゃないの…?」


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第22話 星霊王

早めに手掛けて早めに書き上げて終わらせるぞー!と意気込んで昨日の夜から書き始めたのに結局間に合いませんでした、どうなってんの!?

多分一通り書き上げた後ボリュームが少なく感じて、急遽次話の冒頭に入れる予定だったオリジナルシーンを入れたせいかもしれない…。

最近急激に寒くなってきたので、体調管理も気をつけなければ…。皆さんも注意してくださいね~。


「星霊・ロキ…。ううん…本当の名は…『獅子宮のレオ』」

 

ただただ衝撃だった。それが、シエルが今抱いたロキの真実に対する感想。ロキが星霊…それも黄道十二門の一体である獅子宮のレオ?何故正体を隠してギルドに?そして何故それをルーシィが知っている?様々な疑問が頭を巡るも、内容が内容だけにすぐさま聞くことができない。だがその疑問を一つずつ解消していくように、彼らは語りだした。

 

「よく気づいたね…。僕が星霊だって…」

 

「あたしも、たくさんの星霊と契約している星霊魔導士だからね。あんたの真実に辿り着いた…。でも、もっと早く気付くべきだったんだよね…」

 

ルーシィからの話によると、鳳仙花村にて宿を抜け出したルーシィは、その後とある男二人組に絡まれていたところをロキに助けられた。その礼も兼ねて、ロキと食事をしたそうだ。その際のロキの言動からただならぬ事情を察知したルーシィは、それを基に彼の真実を見抜いたそうだ。

 

星霊との契約は、所有者(オーナー)が死亡した時点で解除される。本来であれば契約が解除された時点で星霊は強制的に星霊界に戻されるらしい。

 

ロキ(レオ)所有者(オーナー)だったカレンが死んだ時点で、彼も星霊界に還されるはずだが、今目の前にいるようにロキは人間界に残っている。ルーシィは、彼が何らかの理由で帰れなくなったと考えた。

 

「人間が星霊界では生きていけないのと同じように、星霊も人間界じゃ長く生きてはいけない…。生命力は徐々に奪われ、やがて死に至る…」

 

その説明を聞いて、シエルは息を呑んだ。思い出したのだ、本で読んだある一説を。星霊が人間界に長い期間存在することはできない。数か月もしないうちにその身体は消滅する、と。だが、今目の前にいるロキはが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来たのは…。

 

「ちょっと待って…!?ロキが妖精の尻尾(俺たちのギルド)に来たのは、3年近く前…少なくともそれだけの間、生命力が奪われているってこと…!?」

 

「3年!?1年でもあり得ないのに…!!」

 

「ああ…もう限界だよ…。全く力が出ないんだ…」

 

シエルが告げた事実にルーシィが驚きの声を上げる。勿論その長い期間人間界に留まり続けた代償は大きい。ロキ自身も最近はよく体が透けることを実感しており、自分の力が全く入らないことも自覚していた。だからだろう…。消えゆく自分に未練が残らぬよう、ここ最近はあらゆるものから避けていたのは…。

 

「あたし…助けてあげられるかもしれない!帰れなくなった理由を教えて!!あたしが(ゲート)を開けてみせるから!!」

 

星霊魔導士である自分なら彼を助けられるはず。このまま彼を死なせるわけにはいかない。その一心で告げたルーシィの救いの手。だがロキはそれを取ろうとせず「助けはいらない」と切り捨てる。それでルーシィは納得するはずもないが、ロキはさらに続けた。

 

「帰れない理由は単純なんだ。所有者(オーナー)と星霊の間の禁則事項を破ってしまったんだ。結果…僕は星霊界を永久追放となった」

 

黄道十二門であるロキ(レオ)が永久追放。

予想もしなかった理由と境遇に、ルーシィは言葉を失う。しかし、これはまだ序の口だった。ロキが破ってしまったとある禁則事項。星霊を使役する魔導士に対し、その力で応えるべき星霊が犯してはならない罪。その罪による罰であるなら、この“死”でさえも受け入れられる。

 

 

 

 

「僕は裏切り者の星霊だ。所有者(オーナー)であるカレンを、この手で殺した…」

 

青い天馬(ブルーペガサス)の星霊魔導士、カレン・リリカ。彼女の死を招いた獅子宮のレオ。その真実はとても残酷で、誰にとっても不幸で、救いのない、悲しい顛末だった。

 

 

X781年…今から3年前。青い天馬(ブルーペガサス)にっ所属する星霊魔導士であったカレンは大きな人気を博していた。週刊誌に何度も特集を組まれるほどの美貌を持ち、希少な黄道十二門の鍵も持っていることで、注目を集めていた。

 

しかし、そんなカレンにはある問題があった。それは性格。何人もの男を引きつれて貢がせてギルドを闊歩し、他の女性メンバーに煙たがられていたうえに、それに鬱陶しく感じれば彼女が契約している『白羊宮のアリエス』―頭部の羊の角を除けばもこもことした白いウールの服を着た可愛らしい少女の容姿をした内気な性格の黄道十二門―に押し付けて相手をさせていた。ある時は相手の魔導士の攻撃を受ける盾にさせたこともあった。周りに対しても、身内に対しても、彼女は傲慢な性格だったのだ。

 

そんな時だ。自分が契約している星霊に対する仕打ちの酷さに見かねたマスター・ボブは、常に浮かべている笑顔のまま彼女をやんわりと注意した。しかし「星霊は所有物であり、所有者(オーナー)がどう使おうと勝手だ」と主張するばかりで、まともに聞こうとしない。その言葉を聞いて、普段とは打って変わって怒りに満ちた表情を浮かべて忠告するマスター・ボブの様子を見たカレンは、見当違いな結論に行き着いた。

 

 

「アリエスがマスター・ボブにいらんことを吹き込んだ」と。

 

全くの事実無根な解釈に対し、カレンはアリエスを呼び出して、明らかな八つ当たりを始めた。終いには、人間界にいれば生命力を奪われ続ける星霊のアリエスを、7日間人間界に留めおくという所業まで行おうとする。そんなアリエスを助けるために無理やり入れ替わったのが獅子宮のレオ―当時のロキである。

 

ロキは、星霊への素行の悪さが限度を逸していること、他の星霊たちが彼女に鍵が渡るのを恐れていることを伝え、人間界に留まり続けることを選んだ。星霊魔導士は基本一度に一体しか星霊を呼び出すことができない。二体を同時に呼び出すことができるのは魔力を一般以上に持つ者。カレンはそれが出来ない部類だったため、ロキが人間界にいる間はアリエスを始め、どの星霊も呼び出すことができなかった。

 

そしてロキは、自分を星霊界に戻したいのなら、自分とアリエスの契約を解除するように命じた。黄道十二門の星霊を二体も手放すなどできないと、彼女は勿論拒否。だがロキは頑として彼女の言を受けず、自分たちを解放するように説得した。

 

最初は生命力を奪われ、身体にも負荷がかかっていたロキであったが、3ヶ月もすればその負担にも慣れてきた。もうそろそろ許してあげよう。そう思ってカレンの元へと戻ろうとしていた。だが、その直後にロキを訪れたマスター・ボブによって彼は知った。

 

 

 

仕事に向かった先で、星霊の二体同時開門に賭けて失敗し、カレンが命を落としたことを。

 

「あの時ほど後悔したことはなかった…。僕はただ、カレンに分かってほしかっただけだったのに、って…」

 

星霊は道具じゃない。意思も、心も、人間が持つものと変わらないものを抱く存在であることを。分かってほしかったが故の行動。決してカレンが死ぬことを望んでいたわけではなかったのだ。だが、もう全てが遅い。失った人の命は二度と戻りはしない。己の罪を償うには、自らもその身を消さなければ対価とならない。それがロキの覚悟だった。

 

彼の罪。そしてそれを償う覚悟。聞き終わったシエルとルーシィは何も言えずにいた。直接ではないにしろ、所有者(オーナー)の身を守るべき星霊がそれを放棄し、死なせてしまったことは、ロキが殺したのと同義なのだろう。すると、ロキは突如立つ力を失ったように身体をふらつかせて腰を地に着けた。突如起きた出来事に二人はロキの元に駆け寄る。

 

「そろそろ来たか…!」

 

「来たって、まさか!?」

 

「ああ、僕の消える時間だ…」

 

「ちょっと!しっかりしなさいよ!!」

 

最早ロキはいつ消えてしまってもおかしくない状態だ。ルーシィが必死に呼びかけるも、ロキの身体はあちこちが何度も透けては戻るのを繰り返しており、ロキの顔色も秒を刻むごとに悪くなっていく。

 

「あの日を境に…星霊界に帰れなくなった…。主人の命令に背いた星霊を拒否しているんだろう…」

 

気を紛らわせるために色々なことをした。だがその度にもういないはずのカレンがこちらを呼んでいるような錯覚を覚えた。今ここで…カレンの墓の前で消滅する日をロキは待っていた。そしてついにその時が来たのだと…。

 

「ルーシィ…最期に君のような素晴らしい星霊魔導士に会えてよかった…。シエル…ここにルーシィを連れてきてくれて…感謝してるよ…。ありがとう…。」

 

「そ、そんなことで礼を言うな!消えないでくれよ、ロキ!!」

 

どんなに呼び留めようとも、もうロキ自身でさえ止めることはできない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間たちにも最期の言葉を伝えてほしいと頼むロキに、シエルは何もできずに言葉を詰まらせる。己の無力さに対し、悔しさが募る。

 

「いや!!」

 

そんな二人の耳に響いたのは、ルーシィの否定だった。このままロキを死なせるわけにはいかない。

 

「絶対助ける、諦めないで!あんたは星霊界にさえ帰れたら、生命力を回復できるのよ!!絶対帰らせてあげる!!」

 

星霊魔導士である自分ならそれが出来る。そう信じて疑わないルーシィの言葉に、ロキの目が見開かれる。だが、いかに優秀な魔導士であろうとそれは不可能。星霊界の掟は星霊にとって絶対なものなのだから。

 

それでも、ルーシィには納得できない。ロキが帰れなくなった理由として、どうしてもおかしいと思うのだ。ロキがアリエスを思ってしたことは、カレンを殺したことにはならないと。不幸な事故なのだと。だんだん消えかかっている部分が多くなっていくロキの身体に腕を回して、強く抱きしめながら、ルーシィは彼を助けようと必死に叫んだ。

 

「開け!獅子宮の扉!!ロキを星霊界に帰して!!…開いて…お願い…!!」

 

鍵を介して星霊が通る(ゲート)を開閉できる星霊魔導士。鍵は確認できないが、星霊自身の身体ならば通すことができると考え、彼を帰そうと魔力を放出する。しかし、彼女が何度呼びかけてもロキを戻る門が開かない。

 

「ルーシィ…もういいんだ…やめてくれ…」

 

「よくないっ!目の前で消えていく仲間を放っておけるわけないでしょ!?」

 

その言葉はロキだけじゃなく、シエルの心にも響く。今シエルは、ロキを助けるための行動が何一つできていない。星霊魔導士ではないから…そんなことは言い訳に過ぎない。目の前で仲間が消えるところを、指をくわえてみることなどしたくない。その気持ちはルーシィと同じだ。

 

「ロキ!ルーシィが、仲間がこんなに必死になってお前を助けようとしてるんだ!罪だ!?掟だ!?俺たち妖精の尻尾(フェアリーテイル)がそれよりも何を大事にしているのか、お前も知っているはずだろ!!」

 

物理的なことは何もできなくたって、彼に声をかける事ならできる。少しでもロキに希望を持たせる。それが今シエルにできる最善の事だ。シエルの言葉にも衝撃を受けた様子のロキの目の前で、ルーシィから発せられる魔力の量が増える。

 

「ルーシィ!!?そんなに一度に魔力を解放したら駄目だ!!」

 

発せられる魔力は金色の光の奔流と火花を生み出して、ルーシィとロキを包む。それに比例するようにルーシィの表情が苦悶に満ち、汗が次から次に噴き出す。だが彼女は止まらない。ロキを助けるまで、もう止めるつもりもない。

 

「言ったでしょ!絶対助けるって!星霊界の扉なんて、あたしが無理矢理開けてみせる!!」

 

「開かないんだよ!契約している人間に逆らった星霊は、星霊界には戻れない!」

 

止まるように懇願するロキの声も聞かず、扉を開こうと魔力を発する。すると、発せられる魔力の奔流が、一瞬のうちに更に強くなる。ロキだけでなく、ルーシィも驚愕した。ルーシィの両肩に手が触れる感覚を感じる。その正体はシエルだ。彼の身体を通して魔力がルーシィへと流れ込んだことで、一時的にルーシィが扱う魔力量が増えているのだ。

 

「シエル、一体何を!?」

 

「ルーシィ一人に負担をかけせるわけにいかないだろ…!俺にとってもロキは仲間だ!その仲間を助ける為なら、何だってやってやる!」

 

消費の激しい魔力を二人分で補えば可能性があるとふんだシエルも加わり、門を開けようと更に激しく奔流が強まっていく。二人の表情が苦しそうに歪んでも止まろうとはしない。

 

「待ってくれ、シエル!君の魔力量じゃ…!」

 

「開けぇ!!獅子宮の扉ぁ!!」

 

「開けぇええっ!!!」

 

更に強く。更に激しく。勢いよく発し、減っていく魔力。そして二人の身体も、魔力と共に何かが流れていくように形が揺らぎ始めていく。

 

「やめてくれ!星霊と同化し始めているじゃないか!!このままじゃ、君たちも一緒に消えてしまう!!」

 

「お前一人を消させるよりは、よっぽどマシだ!!今ここで仲間を救えなかったら、助けられなかったら!俺は魔法を覚えてきた意味がないんだ!!」

 

「っ…!!頼む…!これ以上、僕に…罪を与えないでくれーーー!!」

 

「何が罪よ!!そんなのが星霊界のルールなら、あたしが変えてやるんだから!!!」

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

あれほどまでに勢い良く、荒れ狂うとも言えた魔力の奔流が、一瞬のうちに消滅。3人の身体は弾かれるように少しだけ飛び上がって地に落ちる。その衝撃でロキがかけていたサングラスも宙を舞って…落ちたと同時に、空間全体に衝撃が走る。

 

ふと周りを見渡した全員がその光景に目を疑った。

周りを囲っていた滝の水がすべてその場所で時が止まったように動かなくなり、星がいくつも浮かんでいた空は、まるで星の日周運動を描いた図のように曲線を描いている星たちで埋め尽くされている。

 

まるで時の流れから外れているようだ。実際に、ロキたちの身に起きていた体の変化が全員止まっているのが証拠でもある。

 

そして衝撃はこれだけに終わらなかった。動きが止まっていた滝の水が一気に空へと引き寄せられていく。その水は一点のみが暗く染まった部分へと集結していき、ある存在の姿を象っていく。

 

「まさか…そんな…!」

 

シエルもルーシィも、その存在の事は知らない。だが、ロキだけは知っていた。星霊である彼だけが。それは、星霊界に住まう星霊ならば誰もが知っている。星の力を形作る星霊たちを統べる者。

 

 

 

「『星霊王』!!!」

 

その存在は一言で言えば荘厳な巨体。鎧甲冑に身を包み、表は新緑、裏は夜空を思わす黒の外套を羽織り、額の部分に五芒星を模した飾りと、二本の角がついた兜、赤く光る眼、そして何といっても特徴的なのは、鼻の下から肩幅にまでまっすぐ伸びた、立派な二又の髭。今までも立派な髭を生やした老人たちを数多く見たが、その中でもダントツと言える。

 

そんな存在が、腕を組んで宙に仁王立ちをしながら佇み、こちらを見下ろしていた。巨体であることも相まって、その威圧感は生半可なものではない。

 

「な、何でこんな所に…!?」

 

「星霊…の、王様…!?」

 

「それって、一番偉い星霊ってこと…!?」

 

唐突に登場したことによって、3人を困惑が支配する。名の通り星霊を統べる王である彼が、何故ここに現れたのか。その疑問に答えることも無く、彼は重厚感の溢れる声で彼らに語りだした。

 

『古き友…人間との盟約において我ら…鍵を持つ者ヲ殺める事を禁ズル…。直接ではないにせよ…間接にこれを行った獅子宮のレオ。貴様は星霊界に帰ることは許されぬ』

 

「ちょっと!それじゃあんまりじゃない!!」

 

星霊王の告げた内容に、最初は星霊王の姿を見て愕然としていたルーシィが、立ち上がって主張を叫ぶ。王である星霊王へ真っ向から意見するルーシィを見て、ロキは慌ててルーシィを止めようとする。

 

『古き友…人間の娘よ…。その“法”だけは変えられぬ…』

 

ルーシィの意見に対して淡々と返した星霊王の言葉を聞いて、ロキは一つの可能性を考えた。ルーシィが口にした「星霊界のルールを変える」という言葉。これに乗じて姿を現したのではないかと。だとしたら、こんな小さなことに対し、王自らが出向くことは前代未聞の出来事だろう。

 

「3年も…ロキは苦しんだのよ!?仲間の為に!アリエスの為に!仕方なかった事じゃないの!!」

 

『余も、古き友の願いには胸を痛めるが…』

 

「古い友達なんかじゃない!今、目の前にいる友達の事言ってんの!!ちゃんと聞きなさい!()()()()()!!」

 

「プッ!?」

『ヒゲ…!?』

「る、ルーシィ!!」

 

多分、昂った感情のままに告げたのだろう。星霊王に対してあまりにも無礼な物言いに、3人は各々別の意味で衝撃を受けている。言わずもがな、シエルはツボにはまって吹き出した。

 

「これは不幸な事故でしょ!ロキに何の罪があるって言うのよ!?無罪以外は認めないっ!!」

 

叫びに呼応するようにルーシィから再び光が発せられる。しかし、それを彼は…ロキは黙ってみていることはできなかった。

 

「もういい…ルーシィ…!僕は誰かに許してもらいたいんじゃない…!罪を償いたいんだ!このまま消えていきたいんだっ!!」

 

 

 

 

「そんなのダメーーー!!!」

 

「あっ!?」

『む?』

 

発せられる光が強くなると同時に、ルーシィの魔力が瞬間的に跳ね上がっていく。そしてそれに呼応するように、彼女の周りには、星霊王を見上げる形で彼女と契約をしている星霊たちが勢揃いした。

 

「あんたが死んだってカレンは戻ってこない!新しい悲しみが増えるだけ!罪なんかじゃない、仲間を思う気持ちは罪なんかじゃない!!」

 

ルーシィが契約している星霊の数は9体。その9体全員を一気に呼び出すという、カレンを始め、どんな星霊魔導士にも成し得なかったことを成したルーシィに、シエルもロキも驚きを隠せない。

 

「あんたが消えたら!今度はあたしが、アリエスが、ここにいるみんなが!また悲しみを背負うだけ!!そんなの、罪を償うことにはならないわ!!!」

 

星霊たちと共に今度はロキと向き合い、消えることを望む彼を引き留めようと声高に主張する。だが、その主張が終わった一瞬、魔力を持続させることができず、星霊たちは皆星霊界へと戻り、魔力を使い過ぎたルーシィはそのまま頽れた。

 

「おっと」

 

そんな彼女を、腹部に腕を引っ掛けることで支えたのはシエル。身長差の都合で抱えられたのは低い位置だが、十分に支えられているようだ。

 

「無茶するよ、ナツたちといて感染ったんじゃない…?」

 

笑みを浮かべながら告げるシエルに、力なく笑みを一つ返すと、ルーシィはロキの方を向いた。

 

「今姿を見せてくれたあたしの()()も、おんなじ気持ちよ…!」

 

友達。その言葉がロキの心に、胸にストンと落ちたような気がした。その合間にもまた告げる言葉があるのか口を開こうとしたルーシィに、シエルは制止をかける。

 

「これ以上は無理しないで。あとは俺が代弁するよ…」

 

自分の力で立つこともできないルーシィをロキに預け、シエルは一人星霊王へと足を向け、一歩ずつ歩きながら問いかけだした。

 

「星霊の王よ。あなたも、ロキ…レオやアリエスの気持ちは、痛いほどわかるはずです。彼女は…俺の仲間は、自らの危険も顧みず、種族の違いも超えて仲間を…友を助けようとしました。そして今、彼女は星霊魔導士でありながら、星霊を統べる存在であるあなたに、正面から自らの正しさを、友と共に証明したのです。

 

 

 

 

 

これを見てもまだ、彼女に異を唱えますか?法を守るために、仲間への想いを抱いた友を、切り捨てるつもりですか?」

 

シエル自身も、星霊と星霊魔導士に憧れを抱いた者。だが、その憧れを含んでも尚、己の仲間を、友の正しさを信じ、味方であることを選んだ。星霊を統べる王に対し、反発し、意見を主張することをしてでも…。

 

 

『……古き友たちにそこまで言われては…間違っているのは、“法”かもしれぬな…。同胞・アリエスの為に罪を犯したレオ。それを救おうとする古き友。その美しき絆に免じ、この件を「例外」とし、獅子宮のレオ…貴様に星霊界への帰還を許可スル…』

 

星霊王直々に、帰還の許可が出た。それはつまり、ロキが消えることはなく、星霊としてこれからも生きていけることを意味する。それを理解したロキは、自分の身に起きた恩赦に、大きな衝撃を受けていた。そしてシエルとルーシィ、二人の人間はその判決に喜びを表した。

 

「ありがとうございます!星霊王!!」

「いいトコあるじゃない、ヒゲオヤジ!」

 

人間二人からの素直な感謝と称賛を受け、星霊王は「ニカッ」と今まで動かしていなかった口元を動かし、歯を見せた笑顔を浮かべる。意外な一面だ。

 

『免罪だ。星の…いや、天と星の導きに感謝せよ』

 

外套を手に掴んで、自らの姿を覆い隠すように翻しながら告げた星霊王の言葉。それに対し、涙を浮かべながらロキは彼を呼び止めようとする。

 

「待ってください…僕は…!」

 

『それでもまだ罪を償いたいと願うならば…その友たちの力となって生きる事を命ずる』

 

星霊王の姿はもう見えず、彼がいた場所には四角星の形で輝く光のみ。声だけがその場に響き、頬を涙で濡らすロキへ、別の贖罪の方法を命じる。慈悲に溢れるとも取れるその贖罪。目から溢れる涙はより強くなっていく。

 

『それだけの価値がある友であろう…。命をかけて守るがよい…』

 

その言葉を残し、星霊王は完全に星霊界へと戻った。その証拠に、空は朝日によって白み出し、滝から消えていた水は元の場所へ。ずっと宙に浮いていたサングラスも、時が再び動き出したことで「カタン」と地に着く音を立てた。

 

「だってさ」

 

笑顔を浮かべてロキに声をかけるルーシィ。その時、ロキにはあるものが見えていた。崖の先端部分に建てられた墓の前で、寂しげな、だが心残りのないような笑みを浮かべながら、粒子となって姿を消したカレンの姿。何を思っていたのか、それはもう誰にも分らないだろう。だが、もうロキには迷いはなかった。

 

―――これで僕の罪が消えた訳じゃないけど…君たちには前へ歩き出す勇気をもらった…

 

―――ありがとう…。そしてルーシィ、これからよろしく。今度は僕が、君の力になるよ

 

「こちらこそ…よろしくね、ロキ…」

 

光の粒子となって、その姿を消していくロキ。だがそれは消滅ではない。その証拠に、ルーシィがロキを掴んでいた右手には、獅子宮を表す金の鍵が握られていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

フィオーレ王国・国内に、とある迷宮が存在する村がある。

その村はとある理由で10年もの間作物が思うように育たず、壊滅の危機に瀕していた。だが、その日の夜は、盛大な宴が、実に10年ほどの長い歳月を空けて、久方ぶりに繰り広げられていた。

 

村人たちは皆笑顔を浮かべ、踊り、歌い、話に花を咲かせ、唯一村人ではない一人の青年を崇めるかのように持て囃していた。そんな青年は、一度宴から席を外し、荷物の中にあった一つの魔水晶(ラクリマ)にて、通信を行っていた。

 

《お疲れ様。クエストの方はどう?》

 

「つい先ほど終わったよ。今は村人たちから感謝のもてなしを受けているところだよ」

 

《完了したの!?さすがね!》

 

通信先の相手は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の看板娘にして元S級魔導士のミラジェーン。どうやら親しい仲のようで、彼も妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーらしい。

 

「迷宮の中にいる間は通信繋がりにくいから確認できなかったんだが、一つ着信が入っていて気になったからかけたんだ。何があった?」

 

《それがね…》

 

ミラジェーンが青年に語ったのは少し前に起きた幽鬼の支配者(ファントムロード)との衝突の事件。彼にも救援要請を飛ばしていたのだが、生憎通信が繋がらず、彼自身も確認が遅れてしまい、今その詳細を聞かされたところとなったのだ。

 

「ファントムが!?そうか…すまなかったな、駆け付けられず…」

 

《連絡も通らなかったもの。仕方ないわ…。でも、幸いみんな最悪の事態にはならなかったし、あなたの方ももう帰ってこれるんでしょ?》

 

「そうしたいとこなんだが、何日かまだ続きそうな雰囲気でな…。ミラ、悪いんだけど伝言頼めるか?手紙も後で書いて飛ばしておくが、『幻想曲(ファンタジア)が始まるまでには必ず帰る』ってみんなに伝えておいてくれ」

 

ばつの悪そうな顔で伝言を頼んだ青年に対して、ミラジェーンは一つ笑みを零しながら「分かったわ」と返し、もう一つ付け加えて知らせてから、通信を切った。

 

《それと、シエルが正式にうちのメンバーとして認められたわ。早くあなたに会いたがってたから、出来るだけ急いであげてね?じゃ!》

 

その言葉を…正確にはミラジェーンが出した少年の名前を聞いた瞬間、青年の反応が明らかに変わった。そして、彼女の告げた言葉を心の中で反芻する。

 

「…そうか…。とうとうシエルが…」

 

口元に弧が描かれていることにも気づかず…いや、気づいた上で戻そうともせず、彼は魔水晶(ラクリマ)を荷物入れに戻し、宴の席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

その荷物入れの近くにある依頼書には、こう書かれていた。

「依頼書発行日:X773年1月23日」




おまけ風次回予告

シエル「青い空!」

ルーシィ「白い砂浜!」

シエル「照りつける太陽!」

ルーシィ「そして、何といっても…?」

「「海だーーー!!!」」

シエル「どーしよー!?何かすっごいテンション上がってきた!!」

ルーシィ「あたしもあたしも!根拠とか理屈とか分かんないけど、すっごく楽しいわ!」

次回『アカネビーチ』

シエル「まず何しようかな~?『スイカ叩き』?『ヤシの実バレー』?あ、『沖の先まで乗雲(クラウィド)レース』?ルーシィどれがいい!?」

ルーシィ「勿論全部…ってちょっと待って!?どれもなんかおかしい!テンション上がりすぎて変になってない!?」



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第3章 楽園の塔―呪いの枷に縛られし者―
第23話 アカネビーチ


活動報告に夕方ごろと書いていたのに気付いたらどう考えても真夜中になっていました。
お待たせして本当に申し訳ありません…。何で有言実行ができないのかな…?

そう言えばここ一週間で、UA数が2万突破、お気に入り登録数100人突破、評価バーに色がつく、等のめでたい出来事が一気に起こりました。誠にありがとうございます。(某座長風)

今回からついに楽園の塔。結構書きたいシーンはいくつかありますので、頑張りたいと思います。それではどうぞ!


「星霊だぁ!?」

「ロキが!?」

 

「まあ、そういうこと」

 

復旧作業が未だ続く魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)。そこには、星霊界への帰還が許され、ルーシィと新たに契約した星霊であり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属の魔導士でもあったロキが、ナツとグレイ、そしてハッピーに自分の事について話をしていた。大まかな話を終えたロキは、ここ最近の思い詰めたような表情とは打って変わって憑き物が取れたような表情だ。

 

自分が星霊であったこと、消滅しかかっていたところをルーシィとシエルによって助けられたことを簡単にだけ説明した。いきなり言われても実感が湧かないのかナツはいろんな角度からロキを見てみたり匂いで確認しているようだ。言われてみれば他の人間とはどことなく違うような、とか呟いている。ロキと交流が深かったグレイも「全く気付かなかった」と言うあたり、随分と人間界に溶け込んでいたようだ。

 

「でもよ、お前牛でも馬でもねーじゃねーか」

 

「ナツの知ってるバルゴだって、人の姿だろ?」

 

「いや…あいつはゴリラにもなれるんだぞ?」

 

「そう言えばそうだね」

 

「やめてナツ…思い出したくないもの思い出すから…」

 

ルーシィが契約している星霊は大体動物などの特徴が色濃く出ているのに対して、ロキはぱっと見はただの美青年だ。だからこその疑問だったのだが、乙女座の星霊であるバルゴもそれは同じ…という事を話に出すと、ナツがエバルーの屋敷で見た時、そしてシエルにとってはオシバナ駅で見たあの姿を思い出させる一言に、シエルはトラウマが呼び起こされて顔を青ざめた。あれ動物扱いでいいのか?

 

「ロキは獅子宮の星霊よ」

 

「「獅子!?」」

 

獅子と聞いてナツとハッピーがかの百獣の王の姿を思い浮かべる。特に大きく反応したのはネコ科繋がりで共通点のあるハッピーである。

 

「獅子ってあれだよね!大人になったネコ!!」

 

「そうだね」

 

「違う!!」

 

興奮混じりに尋ねたハッピー(ネコ)の質問に笑顔で肯定を返すロキ(獅子)。だが似ているようで全然違う動物たちを同じ括りにしたその肯定にすかさず所有者(ルーシィ)がツッコミを入れる。それを見ていたシエルは、あからさまに悪戯をするときの顔を浮かべると…。

 

「獅子座の星霊はね、普段は人の外見をしてるけど本気を出すときは巨大なライオンの姿になるんだよ?」

 

「おお!?なんかすっげぇ強そうだ!」

「カッコいい~!!」

 

「あんた、そんな適当なことを…」

 

全く聞いたことのない獅子宮のレオの特徴を語って、ナツとハッピーの脳裏に普段つけている青いサングラスをそのままに、巨大な獅子の姿へと変貌して雄叫びを上げるロキのイメージが浮かび上がって、更に興奮が高まらせる。だが勿論これは嘘。星霊について詳しいシエルがナツたちと、ついでにロキを揶揄おうと咄嗟に出た説明である。あっさりとそれを見破ったルーシィが呆れるように溜息をつく中、ロキはそれを否定…

 

「おっとシエル…それは誰も知らなかった真実…」

 

「「ええ!?」」

 

せずに意味深な態度でサングラスを指で上げる仕草と共に告げたロキの一言に、まさかの真実か、と驚愕するシエルとルーシィの声を聞いた瞬間。

 

「だったら面白かったね~」

 

してやったりと言いたげな満面の笑みで続けた彼の言葉に、二人はげんなりとした表情と変わった。ロキの方が数枚上手だったようだ。シエルの表情はどこか悔しげだ。

 

「つーかお前、身体の方は大丈夫なのか?」

 

「まだ完全とは言えないけど、みんなに挨拶したかったからね。それに、ルーシィの顔も早く見たかったし」

 

グレイからの問いに恥ずかしげもなく答えたロキの言葉に、ルーシィは思わず頬を赤く染めた。今まで星霊魔導士と言う理由で避けられていた反面、まっすぐな好意を思わせる発言に彼女自身慣れていないのが一番の理由だろう。そしてそんな反応を見て茶化さないという選択肢が存在しない者が、少なくとも二名。

 

「でぇきてぇるぅ~」

 

「巻き舌風に言うな…!」

 

一名は青猫ハッピー。そしてもう一名は…。

 

「成程、これが噂のどぅえきとぅえるるぅ~~」

 

「乗っかるな!」

 

勿論シエルである。どちらもあからさまにニヤニヤとした表情を隠そうともしないでルーシィ目がけて巻き舌混じりに声をかける。シエルの方はやけにその巻き舌に拍車がかかっており、元祖であるハッピーに「オイラの倍ぐらい巻き舌になってるよぉ」と苦言を与えられるレベルだ。

 

「そういう訳で、二人の今後について話し合おうか」

 

「ああっ!こらこら!!下ろしなさいよ~~!!」

 

流れるようにルーシィを横抱き(俗にいうお姫様だっこ)しながらギルドの外へと連れ出そうとしているロキに、ルーシィは慌てて逃れようとしているが、ロキは全く意に介さない。助けようとする者もおらず、ナツは呑気に「オレも星霊欲しいなぁ」と呟いている。どんな星霊が欲しいのか、興味本位でシエルが尋ねてみると…。

 

「そりゃやっぱり(ドラゴン)だろ!折角覚えた滅竜魔法、本物の(ドラゴン)で試さなきゃ甲斐がねぇもんな!」

 

「力比べが目的で呼び出される星霊が可哀想だわ!つか(ドラゴン)の星霊いね…え、とも限らないか…?」

 

基本星霊は魔導士の助けとなることが目的で契約の元に呼び出されるのに、所有者(オーナー)との力比べ目的で呼び出される前例など聞いたことない。と言うか有ってほしくもない。星霊魔導士のルーシィを差し置いてシエルの激しいツッコミが響く。

 

「その通り。星霊を呼ぶこと。それは愛を語る為に…」

 

「あんたもう帰りなさい…。まだ体調万全じゃないんでしょ?」

 

どさくさに紛れて甘い声で言い寄るロキに対して呆れながらも、彼の身体を気遣い獅子宮の鍵で彼を星霊界に返そうとするルーシィ。それに対して「ちょっと待って」と、コートの中に手を入れてあるものを取り出した。チケットのようで、数は5枚ある。

 

「リゾートホテルのチケットさ。君たちには色々と世話になったし、これあげるから、行っておいでよ」

 

ガールフレンドたちを誘って行こうと思っていたらしいが、人間界に長居する必要がなくなったために、使い道が無くなっていたのだそうだ。そのチケットに書かれている内容を見て、全員の目が見開かれた。

 

「あ、『アカネリゾート』!!?最高級のビーチと規模を持つリゾートじゃん!!」

 

「おおおっ!!?」

「ウパーーー!!!」

「海ー!!!」

「こんな高ェホテル、泊まったことねえぞ!!!」

 

普段であれば絶対手の届かないであろう高級ビーチを擁する最高級リゾートの招待チケットに、各人各様に大盛り上がりを見せる一同。ちなみにエルザにはすでに渡してあるそうで、最強チームの面々全員の手に渡っていることになる。そして噂をすれば影…。

 

「貴様等、何をモタモタしている。置いていかれたいのか」

 

レディース用のアロハシャツと麦わら帽子、果ては浮き輪をその身に着けて、いくつものキャリーバッグ、ビーチパラソル、ビーチバレー用のボール、替えの水着(マネキンごと)等のビーチを大いに満喫するアイテムを纏めて載せた台車を牽いたエルザが、カウンター前で待っている様子が目に映った。シエル、ルーシィ、グレイから「気、早ーーー!!?」と言うツッコミが入るのも無理はない。

 

「それじゃあルーシィ、僕はもう戻るけど、所有者(オーナー)である君がピンチになったら、いつでも駆けつけるからね」

 

「さしずめお姫様を助ける白馬の王子様ってところかな」と付け加えながら話すロキに、ルーシィは笑みを浮かべてこう返す。

 

所有者(オーナー)じゃないわ。友達よ!」

 

右手の甲を見せるようにサムズアップをしながら告げたルーシィの言葉に、少し驚いたような表情をした後、「そうだね」と穏やかに笑いながら答えた。そして「これからもよろしく」と告げながら、ロキは星霊界へと戻っていった。

 

「折角のロキの厚意だ、思いっきり楽しむぞ!」

 

『おおーー!!』

 

エルザの檄と共に、最強チームの一同はアカネリゾートへと出発した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

天候は雲一つない快晴。照りつける太陽の光は広大に広がる青い海と、白い砂浜に反射し、一つの芸術を生み出しているようだ。その海や砂浜には、遊泳の為に水着に着替えた観光客が大勢集まっており、遊ぶ者、泳ぐ者、くつろぐ者、食事をする者と、思い思いに過ごしている。そしてその中には、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強チームのメンバーも加わっていた。

 

「うーみだー!!遊びで来たのは初めてだーー!!ヒャッホーー!!」

 

「テンション高っ!?」

 

真っ先に海の方へと駆けだしていったシエルの姿を見て意外だと感じたルーシィが驚きを露わにする。普段は落ち着いた印象を持つ少年だが、今は至って年相応な反応なだけに、仕方ないとも言えるだろう。続くようにナツが駆けだしていくのを見届けながら、ルーシィは普段と違うシエルの様子に微笑ましいものを感じていた。

 

「ああして見ると、子供らしいって感じがするわね」

 

「実際子供なんだ。思う存分満喫した方がいい。私たちもな」

 

横に並びながら告げるエルザの言葉に一度首肯し、ルーシィは透明度の高い海の水を見てはしゃいでいるナツたちの元へと近づいている。すると徐にナツは提案してきた。

 

「よぉーし!!まずは泳ぎで勝負すっぞ!!誰が一番向こうまで行けるか競走な!」

 

「ええっ、いきなり!?」

 

「構わないぞ」

 

エルザやグレイは乗り気のようだが、そこにシエルが待ったをかけてきた。面白そうな提案ではあるが、どうせなら趣向を変えてみてはどうか、というものであり…。

 

「という事で『沖の方まで乗雲(クラウィド)レース』って言うのはどうかな?」

 

「それあんたしか出来ないでしょうが!!」

 

自分の魔法である乗雲(クラウィド)を駆使したレースを発案…したがルーシィにすぐさま却下された。操作できるのが魔法を使うシエル本人のみなので、結局のところ彼のさじ加減で勝者が決まってしまう。その後もシエル考案の変わった遊び方が提案されるたび、ルーシィに却下され続けては普通に遊ぶこととなった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

シエルたちは存分にビーチを楽しんだ。

 

ルーシィがスイカ割りをする時に面白がって破茶滅茶な指示をしたり、誘導してコワモテの男の頭部に当てて追いかけ回されるルーシィを見て笑ったり、そんな彼女が仕返しとばかりにジェットスキーにナツを無理矢理乗せて酔わせながら自分もおおいに楽しんだり、全員でビーチバレーをしたり、砂浜での競走もした。

 

魅力的な女性が水着でいたこともあって、ルーシィやエルザがナンパされることもあったが、その度にエルザがボコボコに撃退するという一幕もあった。男性陣が対応するよりも遥かに有効的である。

 

ビーチで思い切り遊び倒したため、すでに時は夕暮れ。オレンジの光に包まれた砂浜と水平線は、燦然と輝く日に照らされた昼間とまた違った幻想的な光景を生み出している。

 

そして今シエルたちがいるのは、宿泊するリゾートホテルの地下に存在するアミューズメントエリア。カジノやゲームセンター、バーが併設された、老若男女問わず楽しむことができるエリアである。

 

その中のゲームの一つに、シエルが挑戦していた。昼間の水着からは既に着替え、普段とは違った紺色のタキシード姿に身を包む姿は、少年らしさを残す整った顔立ちとは裏腹に、彼の落ち着いた雰囲気をより強調している。そんな彼がとある一点に集中している真剣な表情に、周りの女性たち(同年代も一回り年上の者たちも含めて)の視線を釘付けにしている。

 

そんなシエルの目線の先には、中心からいくつかの円が同心円状に描かれてた、外側の方につれて記されている点数が低くなっているボード。目線と同じ高さに上げている右手に持つのは小型の矢。そう、シエルが挑んでいるのはダーツだ。

 

ルールは至ってシンプル。ダーツの矢を5本投げ、その5本が刺さった点数の合計を競うというものだ。得点の割り振りは中心が100で、中心から離れるほど10ずつ低くなっていき、1番端の部分が10となっている。ダーツの矢はいずれも中心に近い90に刺さっており、数は4本。今シエルが手に持っているのが最後の1本だ。

 

そして彼は狙いを定めて、右手に持つ矢をボード目掛けて投擲。矢は空を裂いて飛翔し、吸い寄せられるようにボードへと真っ直ぐ突き刺さる。

 

 

その位置は中心。最後の最後に最高得点の100を叩き出した。瞬間、周りの他の観光客たちから称賛の歓声が上がった。それを耳にし、緊張から解放されたシエルは、応えるように笑みを浮かべて礼を述べている。

 

「いや〜上手くいった上手くいった〜!上々だよ」

 

シエル自身も結果に満足のようだ。気分も高揚して清々しい。どこからか「さっき17だったじゃねーかぁ!!」と言う聞き覚えのある悲鳴が聞こえる気がするが気のせいだと断定しておく。桜髪で白い鱗柄のマフラーが脳裏にチラついてなんかいない、うん。

 

他のみんなの様子見がてらエリアを歩いていると、バーのカウンターに見覚えのある後ろ姿を発見する。黒い髪で燕脂色のワイシャツ姿は先程別行動をとった服装の記憶と遜色ない。グレイだ。だが、彼の隣に見覚えのない人物が座って、話している様子が見えて、首をかしげた。

 

青いドレスを纏った水色の髪の少女のようで、詳しくは分からないが、少女の方からグレイの方に積極的に話をしているようだ。それを理解した瞬間、シエルは自分の口角が吊り上がったのを自覚した。いやむしろわざとかもしれない。どちらにせよ、この状況を目の前にして浮かび上がる選択肢は一つしか存在していない。グレイの名を呼びながらシエルは彼の背に近づき出した。

 

「こんなとこにいたんだ。いや〜グレイも隅におけないね〜。同じような観光客の女の子と、いきなり仲良くなっちゃ…って、あれ?」

 

存分に揶揄おうと思っていたシエルの目論みは思わぬ形で崩れた。呼ばれたことで振り向いたグレイに釣られて同じように振り向いた少女と目が合った瞬間、シエルは既視感を覚えたからだ。

 

「このお姉さん…どこかで…」

 

呟きながら記憶を中を模索していると同時に、相手の少女の方もシエルの顔を見て同じように既視感を感じていた。すぐそこまで出かかっているのだが、はっきりとは浮かばない。そして先に思い出したのはシエルだった。まだ記憶に新しい幽鬼の支配者(ファントムロード)との衝突事件において、彼は彼女の姿を見ている。ほとんど関わりがなかった為、思い出すのに時間がかかったのだ。

 

「あ!ファントムのエレメント(フォー)だった人!」

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)において幹部とされていたエレメント(フォー)の紅一点、ジュビア・ロクサー。4つの元素のうち、水を司る魔導士であった彼女とリゾート地で再び見えることになるとは思わなかった。

 

「今はフリーだそうだ」

 

「あ、そうか…ファントム今無くなっちゃったから…」

 

すかさずグレイの補足が入れられ、シエルは少し納得した。例の事件がきっかけで幽鬼の支配者(ファントムロード)は解散。マスターであるジョゼは聖十大(せいてんだい)()(どう)の称号を剥奪された。それに伴って元々ファントムに所属していた魔導士はフリーに…極端な括りで纏めれば職場を失ってしまったのだ。中には行き先が無くて途方に暮れている者もいるそうだが、実力がそれなりにあるものは理解のあるギルドに移ったという話もちらほらある。

 

そして今目の前にいる少女も、所属ギルドを失ったことで現在フリーの状態。今後どのように過ごしていくのか、という疑問は彼女の首から下げられたペンダントを目にしてすぐさま理解できた。正確には、ペンダントの先に着けられている純金で作られた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を象った飾りを…。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)への加入希望ってことか…」

 

なんと分かりやすい主張なのか…とちょっとだけ引きながらもシエルは自分の予測を告げた。何故わざわざ期間もほとんど空けずに敵対していた妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入りたいのか。その根本の理由も何となく察せる辺り、相当入れ込んでいる。最早予測じゃなくて確信の域だ。

 

シエルがジュビアに対して推測を立てていたのと同じ時間をかけて、ジュビアもようやく思い出すことができた。どこかで見たことのある顔で、今隣に座っている想い人(グレイ)と同じギルドのメンバー。一番最初に思い出した記憶は…

 

 

 

 

 

 

 

自分目掛けて能面のような無表情を浮かべたまま次々と雷を落としていく怖い子供(トラウマ)…。

 

「っ…!!!ごっ、ごめんなさいごめんなさいっ!!ジュビア、反省していますから!どうかぁ!!」

 

「「はぁ!?」」

 

唐突に涙を浮かべてグレイの背後に避難しながらシエルに向けて謝罪しだしたジュビアに、二人揃って驚愕の声を上げた。先程までほとんど反応を示さなかったはずの彼女が起こした突然の奇行にシエルもグレイも戸惑いを隠せない。「お前なんかしたのか?」と言うグレイの問いに全く心当たりがないと答えかけたシエルだったが、彼も思い出した。

 

ファントムとの衝突の際に自分が起こした“天の怒り”に巻き込まれた魔導士の中に、彼女の姿があったことを。そして逃げ惑う彼女を雷で追い立てていたことも…。

 

「“天の怒り”かぁ…」

 

「ああ…鉢合わせしたんだな…」

 

突然の奇行の原因が判明し、どこか気まずげに視線を下に向けるシエルの呟きを聞いたグレイはそれだけで察した。ファントムとの戦いでの時はジョゼによって途中で意識を刈り取られたので記憶がなく、後々になって話を聞いただけだったのだが、恐らくその時に“天の怒り”発動状態のシエルと遭遇したことは想像できた。気の毒である。

 

「あ、その…怖がらせちゃって、ごめんね?あの時は俺もほとんど意識が朧気でさ…。お詫びと言っちゃなんだけど、ここにはエルザもいるから、エルザを通してマスターに君をギルドに入れてもらえるようにお願いするから」

 

そんな彼女の恐怖心を少しでも和らげようと彼女の望むように妖精の尻尾(フェアリーテイル)への加入を滞りなく行えるように約束を持ちかける。思わぬ人物から思わぬ助けを与えられたジュビアは、怯えていた表情を驚愕のものへと変えてシエルを見ていた。まだ不安が募るのか、グレイの方へとふと顔を向けてみると彼は笑みを浮かべてフォローする。

 

「信じても問題ねえよ。こいつは悪戯好きだが、こういった状況で嘘を吐いたりする奴じゃねえよ」

 

そんな笑みと共に紡がれた言葉に頬を染めて「は、はい…!」と答えるジュビア。その光景を見ていたシエルはというと…。

 

「(おや?本日二度目の…どぅえきとぅえるぅ~?)」

 

片手でニヤついている口元を隠しながら確信めいた心の声を噛み締めていた。最初に気絶した状態の彼女の姿を見てから、グレイと何かしらの出来事があったとは予測していたが、これはもう確定だ。確実にジュビアはグレイに惚れている、とシエルも気づいたのだった。そんなシエルの様子に気付いたのかグレイがシエルの方を向いて訝しげな視線を向け始めた。

 

「ん?何、グレイ?どうかした?」

 

「いや、後ろ…」

 

否、グレイが向けていたのは、シエルではなくその後方。言葉につられてシエルは自分の背後に向けて振り返ると、そこにはグレイが向けていた視線の正体―――。

 

 

 

 

 

 

 

「シエル・ファルシー…そして、グレイ・フルバスター、だな?」

 

頭に白いターバンを巻きつけ、顔を覆うように髑髏の下顎を模したマスク、左目に黒い眼帯を着けた、エルフマンに匹敵する巨漢の男が、シエルを見下ろしていた。

 

 

―そして次の瞬間、バーのカウンターは彼の右目に浮かんだ魔法陣から放たれた魔法によって爆発を起こす。周りにいた観光客たちはパニック状態でその場から逃げていき、煙が晴れ始めた時には、グレイだけが破壊されたカウンターから身を起こしていた。

 

「シエル!ジュビア!…てめぇ、何者だ!?」

 

いきなり近づいてきたかと思いきや何の断りもなく攻撃を仕掛けてきたその巨漢に対して怒りを現しながら詰め寄るグレイ。しかし、その問いに答えようとはせず、男は逆にグレイに対して尋ねてきた。

 

 

 

「エルザはどこにいる?」

 

「何!?」

 

思わぬ名前が口から放たれたことに、一瞬怒りが薄まる程の衝撃がグレイに走る。何が目的なのか、何故エルザを探しているのか、分からないことだが、分かったとしてもそれに是と答えるわけにはいかなかった。

 

「エルザはどこだ?」

 

「教えると思うか…!?」

 

男に対していつでも攻撃を仕掛けられるよう構えるグレイの前に、拡散されていたかのように四方から水が宙を流れてきてグレイの前に集まりだす。それはやがて人の形…水に体を変えられるジュビアの身体を形づくって、彼を庇うように両手を広げて現れた。

 

「グレイ様には指一本触れさせない…。ジュビアが相手をします」

 

ジュビアの狙いは、エルザを探しているその男をエルザの元に行かせないためにグレイを向かわせることにあった。目的がはっきりとはしていないが、エルザの元に危険が迫っていることは確か。そのエルザの危険を遠ざけるためにも、今自分ができることを瞬時に判断したのだろう。

 

「おい、お前…」

 

すると男の背後に声と共に近づき、雷の魔力を纏った右手をかざすシエルの姿が見えた。シエルの表情にも明らかな怒りが宿っており、目の前にいる男に対して敵意を剥き出しにしている。

 

「いきなり手を出したと思ったら、エルザはどこだと?何者か、目的の一つぐらい聞かせてもらわなきゃ、言えるわけもねえだろ」

 

「い、いけない…!」

 

その状況をジュビアは良いものとして受け取れなかった。グレイと共に彼もエルザの元へ向かわせなければ、最悪手遅れな状況になってしまう。しかし、誰の問いにも答えるどころか反応もせず、左手の指を二本額の近くにかざして何者かとの会話を始めた。遠くにいる対象と会話を可能とする念話の魔法である。

 

「何、もう見つかっただと?…ほう、そうか…片付けてもいいんだな?了解…」

 

 

 

その刹那、シエルの視界は闇に染まった。

 

「な!?何だ、何をした、何をされた!?」

 

どこを見渡しても一面の暗闇。一寸先の自分の身体、輪郭さえ視認できない。そしてそれはグレイとジュビアも同様のようだ。少なくとも今いる空間の中全てが闇に包まれているという事だろう。

 

何も見えない闇の中で、男の声だけがやけに響き渡った。

 

「闇の系譜の魔法『闇刹那』」

 

その言葉を最後に耳にした後、その場にいたもの全ての意識も闇に包まれた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

シエルたちの意識が闇に包まれてから数分。ポーカーを行っていたフロアには、多く集まっていた観光客の姿はなく、数人組の男女と、ドレスに身を包んだ妖精の女性二人のみがその場に存在していた。

 

その内の一人、緋色の髪を後頭部に纏めているエルザを横抱きにしているのは、シエルたちに襲い掛かってきた巨漢、名は『シモン』。

 

猫の腕を模した数本の管でもう一人の少女ルーシィを拘束しているのは髪を猫の耳のようにセットして、鼻と口の形も含めて猫のような印象を持つ少女、名は『ミリアーナ』。

 

格好だけを見ればハードボイルドなマフィアを彷彿とさせる容姿で、目元にはサングラス、口には煙草、黒いテンガロンハットを頭にかぶっているが、全体的に何故か角ばった体つきをしている男性、名は『ウォーリー』。

 

そして、ディーラーの服装でこのフロアに潜入していた、褐色肌に逆立った金髪を持つ青年、名は『ショウ』。

 

ウォーリーが魔法で造り出した銃によって催眠弾を撃たれて意識を失っていたエルザ曰く、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来るより以前、仲間であった面々だという。突如周りの観光客の被害も厭わずエルザを無理やり連れていこうとする者達に、ルーシィは怒りを募らせることしかできない。

 

「目標確保。帰還しよう」

 

「ちょっと、エルザをどこに連れていくのよ!返しなさいよ!!」

 

管で拘束されながらも抵抗しようともがくルーシィだが、一向に緩まる様子が無い。むしろ、この管を生み出したミリアーナが指でルーシィを指すと、更に彼女の身体を締め上げていく。

 

「みゃあ。あと5分もしたら、その身体が反対側に曲がっちゃうよ~」

 

間延びしたような喋り方だが、その表情はどこか残酷な笑みを浮かべている。エルザにとってどちらも仲間と言える存在だが、本人たちから見れば赤の他人である故か。邪魔をしようとした存在を排除することに躊躇いが無い。

 

「そういやミリアーナ。君にプレゼントだゼ」

 

そんな彼女にウォーリーが近づきながら告げると、掌に無数のブロックが現れて、それがとある存在を形作る。作られたのはナツと共にゲームをしていたはずの青猫ハッピー。よだれを垂らして寝息を垂らしているそれを目にした瞬間、彼女の表情は今までの中で最高潮の喜びに染められた。

 

「みゃあっ!!ネコネコ~!!もらっていいの~~!!?」

 

外見が似ているために期待を裏切らず、彼女は愛猫家のようだ。ハッピーを両腕に抱きかかえて頬をすり寄せるその姿はただの猫が好きな年頃の少女にしか見えない。あまりにも興奮しているのか、エルザを拘束するように仲間から頼まれるも、聞こえていないようだ。

 

「姉さん…帰ってきてくれるんだね…!

 

 

 

 

 

 

“楽園の塔”へ…!!きっと、『ジェラール』も喜ぶよ…!!」

 

涙を流して心からの喜びを表しているようにも見えるショウの言葉。

“楽園の塔”と言う単語を、薄れかかっている意識で聞き取ったエルザは動揺していた。

 

 

その言葉が意味するのは文字通りの楽園か…。それとも…。




おまけ風次回予告

ハッピー「ねえシエル。シエルにとって楽園って何かな?」

シエル「楽園?ん~…そうだなぁ…。いざ言われると頭の中に浮かばないな…」

ハッピー「そうなの?オイラてっきりお肉がいっぱいある場所って答えるかと思ったよ。魚がいっぱいだったらまさしく楽園(パラダイス)になるオイラのように…!」

シエル「肉は好きだけど楽園じゃなくても食えるし…あとその楽園(パラダイス)は俺にとって絶望郷(ディストピア)だなぁ…」

ハッピー「意外と夢が無いよね、シエルって…」

次回『楽園の塔』

シエル「そうかなぁ?まあでも、今の妖精の尻尾(フェアリーテイル)での生活が一番充実してるし、そういった意味ではギルドが一番の楽園かな」

ハッピー「なんか凄くいい事言った!何でだろう、ずるい!!」


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第24話 楽園の塔

久しぶりに0時の投稿です!その分ちょっと中途半端な終わり方ですが…。書き進めていくとまた間に合わなくなりそうだったもので…。

来週は3連休に入りますが、地元でどうしても行きたいイベントがあるので、後進の方がスムーズに出来るかは不明です…。スムーズじゃなかったのは今更ではあるんですがね…。


ロキの厚意でフィオーレ内でも最大級のアカネリゾートを訪れた、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強チームの一行。だが、その内の一人であるエルザのかつての仲間たちが、シエルたちを襲撃。彼らにエルザ(とついでにハッピー)は連れていかれてしまい、チームのメンバーであるルーシィは全身を謎のチューブで拘束されて身体をエビぞりの形で締め上げられていた。

 

「んも~!こんなもの絶対ぶっちぎってやるんだから~!!」

 

必死にもがきながら床を転がるルーシィだが、拘束は全く緩む様子はない。傍から見ればただただ足掻いているようにも見えるが、彼女にはある策があった。体の位置を必死に変えながら揺らし、自分の懐からあるものを落とそうとしている。そしてその目当てのものは重力に従って、彼女の近くにポトリと落ちた。

 

彼女が契約している星霊を呼び出す鍵を収納したポーチである。

 

「よし!…開け、巨蟹宮の扉!キャンサー!!」

 

黄道十二門の一体、蟹座の星霊・『キャンサー』。

蟹の名を呈するように両手に鋏を常備した星霊であり、彼の持つ鋏を利用してチューブを切断してもらおうという考えだ。本来はスタイリストの服装をしていて、美容室で行っているメニューをこなす星霊ではあるが、その鋏は大抵のものなら切ることができる。

 

しかし、彼女の呼びかけに応えて現れるはずのキャンサーは一向に姿を現さない。

 

「あ…あれ?キャンサー!?じゃ、タウロス!!ロキ!!出て来てぇ!!」

 

他の星霊を呼び出そうとするも、誰を呼んでも召喚されない。時間だけが過ぎていき、彼女を拘束するチューブはさらにきつく絞めていく。呼んでも来ない…のではなく、今の自分に魔法が使えないのでは?自分を縛るチューブが魔法を阻害しているのだろうと彼女は結論付けた。だとすると、脱する方法はない状態。万事休すか…。

 

 

 

諦めかけたルーシィに突如それは訪れた。まず肌に感じたのは風、そして耳に入った「ゴウッ」と言う音。

 

「え、何!?」

 

すると、見開いた目が開けられないほどの強い一陣の風が彼女を囲むように吹きすさび、狙ったかのように彼女を縛るチューブにいくつもの切れ込みを入れる。それに気づいたルーシィは驚きながらもほぼ反射的に腕に力を込めて開いた。

 

そしてどんなにもがいてもちぎれなかったチューブは、切れ込みを起点に数本に分かれるようにちぎれ、魔法の効果が無くなったことで作られたチューブは消滅し、ルーシィは解放された。

 

「ほどけた!!けど、どうして…?」

 

気になることは多々あるが、とにかく体の拘束は解けた。エルザをこのままにしておけず、追うためにも、無事を確認するためにも、まずは仲間と合流すべきと考えた彼女は立ち上がって駆けだした。破壊されたバーに辿り着いたルーシィは、そこで信じがたい光景を目にする。

 

「!?グレイ、シエル…そんな…!!」

 

折れた木材にもたれかかるように倒れ、胸に鉄パイプが突き刺さった状態のグレイの姿。その近くには仰向けの状態で、壊れた石壁の一部に右足を潰された状態のシエルも見えた。その近くの床には人一人分の水溜りもあるが、ルーシィには目を向けている余裕がない。

 

「嘘でしょ!ねえ、しっかりしてよ!!」

 

目を疑う惨状にルーシィはグレイの身体を揺さぶって彼を起こそうとする。だが、彼女が触れたグレイの身体はとても冷たい。まるで氷のように…。

 

 

 

 

そして、身体全体に罅が入り、そのまま粉々に砕け散ってしまった。氷のように。

 

「いいやあああああっ!!?」

 

悲しみ飛び越えて驚愕を全面的に表したルーシィの悲鳴が木霊する。もしかして彼の身体は魔法の影響で氷になっていたのか、とでも思ったのか必死になって砕けた氷を繋ぎ合わせてグレイを元通りにしようとする…が、造形のセンスの問題か、あらぬ体勢と身体のつくりで、色々とあべこべ状態なグレイが出来上がる。そんなものが長く形を保っていられるはずもなく、再び砕けた時と同様にバラバラとなった。

 

「どーしよーーっ!?ねえ、シエルッ、お願い起きて!グレイがーーーー!!!」

 

錯乱状態となって未だに目を覚まさないシエルの肩を掴んで上下に揺さぶって起こそうとするが、それでも目を覚まそうとはしない。何という事だ、まさかこんな形で仲間を一人失うとは…と発狂気味になっていたルーシィの耳に、聞き慣れぬ声が届いた。

 

「安心してください」

 

床に溜まっていた水溜りが蠢き、両腕で身体を起こした格好で、一人の少女が形作られる。正体はジュビアだ。幽鬼の支配者(ファントムロード)のエレメント(フォー)として彼女と面識のあるルーシィは咄嗟に身構えるが、それを制止する声が響く。

 

「待て、ルーシィ!こいつはもう敵じゃねえ」

 

その声と共にジュビアに覆いかぶされる位置に姿を見せたのは、先程砕け散ったと思われたグレイだった。無事だったのだ。

 

「そうです、グレイ様はジュビアの中にいました」

 

「な、中…あはは…」

 

「あなたではなくジュビアの中です」

 

「うん…そ、そうね…」

 

何故かルーシィに詰め寄って自分の中と言うことを強調しているが…まあ色々とあるのだろう、彼女にも。何となく発言の内容に至っては危ないような気もするが、言及はしないでおこう。

 

それは兎も角、最初にルーシィの前で氷の()()()砕けたグレイは、本当に氷だったのだ。造形魔法で自分そっくりの偽物を作り出して様子を見ようとしていたところ、敵にバレないようにとジュビアが自身の技である『水流拘束(ウォーターロック)』で守ったそうだ。しかし、本人からは敵を逃がすことになってしまったため、余計なことだと一蹴されてしまい、ジュビアはショックを受けた。

 

「じゃあ、このシエルも、あんたが?」

 

「シエル?いや、オレは自分だけ作ったんだが…」

 

一向に目を覚まさないシエルも、グレイが作り出した偽物かと考えたルーシィだが、それは否定される。するとルーシィが肩を掴んで抱えていたシエルが、彼女の手から滑り落ちて床に背中から強打される

 

 

 

 

 

 

 

…と同時に「ポロッ」と、彼の頭部が体から外れ、床をコロコロ転がっていき、顔がルーシィたちから見えない方向に向いてピタッと止まった。

 

 

……………………………。

 

 

辺りに静寂が広がり、誰も声を発せずにいる。どこからか何回もの木魚を叩く音に続いてお(りん)の音が一回鳴る…。そんな幻聴が聞こえたような気がしたとか…。

 

「~~~~~~~~!!!?」

 

そのお鈴の音が鳴ったと同時に静寂を真っ先に破ったのはルーシィ。声にならない悲鳴を上げて涙が両目から溢れさせながら、現実を受け止められないでいる。

 

「あ、あなた…!!何てことを…!!」

 

「ち、違うの!いやあたしのせいかもだけど!でも!そんなつもりは~!!!」

 

こんな簡単に首が取れていいはずがない。勿論ルーシィにそんな意図はなかったが目の前の光景に対してジュビアが思いっきり引いている様子を見て、必死に何かしら弁明をしようとする。どっちにしろ少女二人は突如起きた惨劇に頭の中が混乱状態に陥っている。そんな中唯一比較的冷静になっているグレイが「いや、こいつは多分…」と、彼女たちに言葉をかけたその時。

 

 

 

 

「ルーーーーシィーーーーーーッ…俺の首ぃ…かーえーしーてーー…!」

 

「「きゃああああああ~~!!!?」」

 

ルーシィの背後から、じわじわと地の底から這い上がるような低い声としゃべり方で口を開くシエルの頭部を両手に抱えて、首と右足が失われたシエルの身体がゆっくりと彼女に迫ってきていた。その様子があまりにも怖すぎて、迫られたルーシィだけでなく近くにいたジュビアまでもが、涙を流して悲鳴を上げながらお互いを抱き合っている。そこに存在しないはずの身体の上の頭に向けて、グレイの手刀が軽く打ち込まれた。

 

「おいコラ、くだらねぇイタズラしてる場合かよ」

 

「え〜、グレイノリ悪いよ〜」

 

グレイの手刀と発言で、これ以上は騙せないと観念したシエルが魔法を解除した。幻影の自分を投影する魔法・蜃気楼(ミラージュ)。彼もまたシモンに闇を発生させる魔法を発動された際に、幻影の身代わりを用意していたのだ。外れていた首も潰れた右足も含めて、無傷の状態のシエルが幻影のいた位置に現れる。それにしたって…。

 

「ノリの有る無しじゃないわよこれぇ!!」

 

「し、心臓に悪すぎる…」

 

今までの中でも最大級に恐ろしかったシエルのイタズラに涙が引っ込まないまま怒鳴るルーシィと胸を抑えて膝を折るジュビア。さすがにやりすぎたと感じたシエルは「ごめん…」とこめかみをかきながら謝罪した。

 

と、その時ルーレットゲームが存在していたエリアの瓦礫の下から、赤い炎が勢いよく発せられた。

 

「あれは!!」

「「ナツ!!」」

 

瓦礫の中に埋もれていたナツが、瓦礫を炎で吹き飛ばしているところだった。駆け寄ってみると何やら口の中から煙が出ていて、激しく息切れしている。激しく動いたから、と言うわけではなく、あまりにも大きな焦りからのように見える。何があったのか聞いてみれば…。

 

「普通口の中に弾丸(たま)なんかぶち込むか!?ア!?(いて)えだろ!ヘタすりゃ大怪我だぞ!!」

 

「普通の人間なら、完全にアウトなんだけどね…」

「むしろ何で無事なんだろ…」

「今のナツこそ、ゾンビじゃねえだろうな…?」

「さすが火竜(サラマンダー)…」

 

口々に仲間からそんなツッコミを入れられるナツだが、最早そんな言葉を聞こえていない。今や彼の頭の中を支配するのは、自分に対して弾丸を撃ち込んだ、全身が角ばったハードボイルド気取りの男・ウォーリーへの怒りのみ。

 

「あんの四角野郎ォオーーー!!!逃がすかコラーーーー!!!」

 

そう叫びながらナツは脇目もふらずにアミューズメントエリアを駆け抜けて、外へと向かっていく。それを見たシエルとグレイはナツを追うことを提案する。

 

「追うって言ってもどこにいるのか…」

 

「あいつの鼻の良さは獣以上なんだよ」

 

「放っておくと見失う。早く乗雲(クラウィド)に乗って」

 

人数分の大きさで具現化された乗雲(クラウィド)に乗りながら告げたシエルに、3人は乗ることで応えた。そして乗ったことを確認してシエルは雲を発進し、ナツを追い始めた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

夜が更けていた頃から数時間も経ち、太陽が随分と登ってきた時間の中、シエルたちがいるのは海の上だ。ナツに追いついたのち、海の向こうに探している男がいると告げたナツの言を信じて、一行は小舟を一つレンタルして海へと出た。その途中で軍に今回の襲撃事件を報告したため、被害に遭った者たちの対応は任せてもいいだろう。

 

そして移動中の中で、一同の情報も共有することができた。

 

「ええ!?じゃああんた、エルザが連れていかれた時、あの場にいたの!?」

 

「みすみす逃がしちゃった形になったけど、俺一人ではエルザを取り返すにはリスクが大きすぎたんだ。情けないよ…」

 

一行の中で唯一自分が作り出した雲に座って、小舟に合わせて移動しているシエルから聞かれた内容に、ルーシィは驚愕していた。シモンたちがエルザを確保する際のポーカーエリアに、蜃気楼(ミラージュ)で姿を消したシエルが潜んで一部始終を見ていた。出来る事ならエルザがそのまま連れていかれるのを止めたかったのだが、動ける味方が自分しかいない以上、一斉に四人を相手にするのは分が悪いと考え、様子見で済ませた。

 

しかし、シモンたちの仲間の中にいる『ジェラール』と言う人物の存在、そして彼らが向かった先が“楽園の塔”と呼ばれる場所と言う情報を得られただけでも有益だ。ないよりもある方が有利に事を運べる。ついでに言えばルーシィを縛っていたチューブを切るきっかけとなった一陣の風。あれもシエルが起こした魔法によるものである。

 

「じゃあエルザの身に起きていたことを知った上で首落ち悪戯(あんなこと)したってわけ…?」

 

「いや…ホント…ごめん…」

 

睨みつけるルーシィの視線から逃れるように視線を逸らして再び謝罪するシエル。相当トラウマになったようで、しばらく根に持たれそうだ。

 

それはそうと、数時間ほど小舟で進んでいた一同は未だに辺りを見渡しても大海原が広がる景色のままでいることに、徐々に不安を感じている。

 

「つかよぉ、どこだよここはぁ!」

 

「ジュビア達、迷ってしまったんでしょうか…?」

 

今進んでいる方向で本当に合っているのか、唯一の手掛かりとなるナツの嗅覚が頼りではあるのだが…忘れてはいけない。小舟は乗り物。そして乗り物は彼にとって地獄であるという事を。淵に体を預けて吐き気を我慢しているナツに、再確認の余裕はない。

 

「オメーの鼻を頼りに来たんだぞ!」

「グレイ様の期待を裏切るなんて信じられません」

 

同上の目線を向けているシエルとルーシィとは対照的に、グレイとジュビアが怒り混じりに発破をかける。ジュビアに関してはグレイ中心の意見ではあるが…。

 

「シエル、あんたのその乗雲(クラウィド)に、ナツを乗せたら駄目なの?」

 

するとルーシィがシエルが今乗っている雲にナツも同伴させられないかと尋ねてくる。シエルが今具現している雲は魔法だ。自分の脚を動かす以外の移動手段にハッピーの(エーラ)を駆使して空中を移動すると言うものがあり、本人は乗り物では無く仲間なら酔うわけがないという謎の理論を持っている。ならば仲間であるシエルが作った魔法も対象になるのか、と聞いた質問だったのだが…。

 

「いや…クラウィドって『雲』に『乗る』魔法だからさ…ね…?」

「あ…うん、もうそれだけで察したわ…」

 

小舟も雲も結局変わらないのだ。ついでに補足しておくと乗雲(クラウィド)をギルドで初めて披露した時にテンションが上がったナツが「オレも乗せてくれよ!」と懇願したので一番目に同乗したことがあった。もって2秒だった。

 

「しかし、オレ達がのされてる間にエルザとハッピーが連れてかれるなんてよ。全く情けねえ話だ…!」

 

「でも…エルザさんほどの魔導士がやられてしまうなんて…」

 

「あ…!?やられてねえよ、エルザの事知りもしねえくせに…!!」

 

「ご、ごめんなさい…!」

 

「グレイ落ち着いて!」

 

ジュビアに対して睨みつけながら怒りを現すグレイを見て、ジュビアは怯え、ルーシィがグレイを窘める。対してグレイは舌打ちをしながら居座りを直し、グレイの発言を聞いたシエルが、視線を前に向けたまま口を開いた。

 

「俺たちだって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のエルザの事しか知らないよ。ギルドに来る前に、エルザが一体どんな場所で、どんな仲間と過ごしていたのか…。昔の仲間と言っていたあいつらにしか知らない、昔のエルザの事を…俺たちも知らない…」

 

ルーシィたちからはシエルの表情は見えない。しかし、心情はみんな同じだっただろう。ギルドに来る前のエルザの事を知らない、聞かされていない彼らにも、本当の意味でエルザを分かっていない、という思いが…。

 

「…うぅ…ん?何だ、この危ねえ感じ…?」

 

すると、ずっとグロッキー状態だったナツが珍しく意識をハッキリさせて船から立ち上がって周囲を警戒しだした。それにつられて場にいる全員が辺りに気を配る。だがその間にも自分たちの頭上を飛び回っていた鳥たちが、力を失ったかのように意識を失って次々と海に落ちていく。海に目を凝らせば絶命した魚たちが、海の表面を埋め尽くすように浮かんでいた。

 

それだけじゃない。魚に混じって所々に船の残骸と思われる木片も浮かんでおり、ある一つの木片に引っかかっていた旗はフィオーレ王国の国旗だった。王国軍の船の残骸と思われる。

 

「おい、あれ…」

 

更に船を進めてとうとうその姿を目にすることができた。塔と呼ぶには歪な形で建立されており、形容するとすれば巨大な蛇が体をくねらせながら天に向かって直立しようとしている。そこから全体的に機材や歯車が取り付けられた。そんな表現が似合う様相であった。

 

間違いない。全員が確信していた。楽園の塔であると…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

塔の外側には螺旋状に上下を一気に繋ぐかのように長い石階段が取り付けられており、そこには大勢の見張り兵と、薄皮が剥かれた様な様相をした目鼻がない四足歩行の獣が所狭しに埋め尽くされている。その兵たちから見えない岩壁からその様子を見ているひとりの影があった。

 

「見張りの数が多いな…。ナツたちなら一気に突破する、ってこともできそうだけど、ここから見た限りでは出入口も見当たらないし、エルザとハッピーが危険になる可能性も高い…」

 

影の正体はシエルだった。乗雲(クラウィド)で一足先に塔に向かい、敵地の様子を観察することが目的である。そして彼の予想通り、敵の見張りの数と塔の造りから、正面突破は分が悪すぎることが容易に判断できた。

 

すかさずシエルは乗雲(クラウィド)で船着き場のある桟橋へと向かう。そして桟橋に辿り着く頃には途中で分かれていたルーシィたちがもうすぐ着くところだった。

 

「どうだった?」

 

「思った通り見張りの数が多い。正面から突破しようとすればきっと次々と足止めが湧くか、エルザたちが危険になりそうだ」

 

「そりゃ分が悪いな…。しかも塔の方までちと遠そうだし…」

 

船からようやく解放されたナツは、覚め切っていない乗り物酔い状態においても「構わねぇ…突撃すっぞぉ…!」と力ない声で力強い発言をしているが、どのみち無理だと全員に一蹴される。するとシエルがふと気づいた。一人見当たらない。

 

「あれ、ジュビアは?俺が先行く時にはいたよね?」

 

「ああ、塔が近づいてきた時に自分も一足先に様子を見てくるって、海の中に…」

 

噂をすれば影。答えたルーシィの声を途中で遮って桟橋近くの海からジュビアが肩から上を出して上がってきた。

 

「お待たせしました。水中から地下への抜け道を見つけました」

 

「マジか、でかした!」

 

「褒められました!あなたではなくジュビアがです…!」

 

「はいはい…」

 

思った以上の有力な情報にグレイが告げたグッジョブに、何故かルーシィの方に詰め寄って自慢している。何で自分ばっかり詰め寄られているのか…訳が分からないルーシィには受け流すことしかできない。

 

「水中を10分ほど進みますが、息は平気でしょうか?」

 

「なんともねーよそんくらい」

「だな」

「俺はギリかなぁ」

 

「いや無理に決まってんでしょ!!」

 

どうやら常人は自分だけのようだ、とルーシィは感じた。10分も息を止められるとかどんな鍛え方したら出来るんだそんなこと…。そんなことを思っていると、ジュビアは右掌を横に上げて気泡が混じった水の球体を作り出す。混じっているのは酸素だ。これを被ることで水中内でも息をしながら行動できるらしい。とても便利だ。

 

「水の魔法ってだけで凄い汎用性だ。さすが元エレメント(フォー)…魔力だけで雨を降らせるのも納得だ…」

 

「え…?」

 

改めてジュビアが扱う水流(ウォーター)の能力と、水の魔法一つで様々な場面に対応する判断力を垣間見て零したシエルの言葉に、ジュビアは一つ気になった点ができた。今彼は何と言ったのか?長年自分が悩んでいた一つの点についてまるで知っているような…。

 

「あの…今…」

「おぉーっ!お前すげぇな!…つか誰だ?」

「!?」

 

シエルにそのことを追求しようとしたが、残念なことにナツから告げられた言葉のショックで、頭から抜けてしまった。彼が零した言葉の意味を聞くことができるのはいつになるのか…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

水中を移動すること約10分。抜け道から漏れ出る海水が浸る岩場に乗り上げ、塔の地下へと潜りこむことに成功したシエルたち。岩場だけでなく、天井近くには信仰の対象が彫られた柱や飾りなどが取り付けられており、作業段階の名残が見える、木で作られた足場が残されている。

 

「ここがあの塔の地下か?」

 

「ハッピーとエルザはどこだ?」

 

地下、という事はここから上の方に向かわなければどのみち二人を救出することも叶わない。上へと進む道を探さなければ。なんかジュビアが「ルーシィだけ酸素を少なくしたのによく息が続いた」とか何とか聞こえたが気のせいだろう、そう思いたい。

 

「侵入者だー!!」

 

しかし、思った以上に敵の動きも早かった。バレない様に海中から地下に侵入してきたというのに巡回していた兵士の一声で一気に地下の橋の上に埋め尽くさんばかりの兵士が現れる。こうなった以上やるしかないだろう。

 

「何だ貴様等は!!」

 

「『何だ貴様等は』だとォ…!?上等くれた相手も知らねえのかよ!!」

 

兵士の一人の言葉に、ナツが体から熱気を放ちながら炎を纏った拳を地面に叩きつけて一面を煙に包む。その影響で兵士たちが戸惑い、ほぼ全員に隙が生まれた。既にこちらが先手を取ったも同然。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ、馬鹿野郎!!」

 

同時に全員が勢いよく飛び跳ねて橋の上にいる兵士たちに攻撃を仕掛ける。ナツの噴き出す炎の息が相手を焼き、グレイが造った氷の槍が正確に敵たちを貫き、シエルが放った竜巻が兵士たちを蹂躙する。ルーシィも処女宮のバルゴを呼び出し、橋の上にいる兵士たちの足元を崩して一気に落としていく。

 

対してジュビアは激しく動こうとはしない。剣を持つ相手がジュビアを斬りつけてくるが、斬られた断面が水となり、彼女に対して手応えを感じることなくすり抜ける。

 

「け、剣が効かねえ!?」

「何だこいつ!?」

 

「なら魔法弾はどうだ!」

「撃ち込めぇ!!」

 

刃物が駄目ならば銃弾で。一斉射撃でジュビアを狙い撃ちにするも、それすら彼女の水の身体をすり抜けてダメージを与えられない。相手に対して打つ手のない兵士たちは恐怖で戦意を失っていた。

 

「『水流斬破(ウォータースライサー)』!!」

 

 

そんな兵士たち目掛けて斬撃へと変えた水で兵士たちを切り裂く。最早どちらが優勢なのか、一目瞭然だ。その後も炎の翼、氷の大槌、乙女の体術、黒雲からの雷、水による拘束をそれぞれ受け、埋め尽くすほどの規模を持っていた兵士たちは一人残らず戦闘不能となった。

 

「粗方片付きましたね」

「だな」

「大したことないや」

「こんなに騒いで大丈夫…じゃないよね…」

「お仕置きですか?」

「四角はどこだ!?」

 

全くもって苦戦した様子も無く、一同は一息ついた。すると壁に取り付けられていた顔を模した飾りの口の部分が開き、その中へと通じる道が現れた。上の階へとつながっているようで、上へ来いと言いたげである。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「四角ーーー!!どこだーーー!!」

 

上への通路を登り、塔の中へと入ることに成功した一行。その中でナツがウォーリーを、叫んで探していく。ルーシィが大声を出さないようにナツに注意するも、地下で散々派手に暴れた後では、最早バレていたとしてもおかしくないだろう。それよりも…。

 

「何食べてんの!?」

 

どうやら今いる空間は食堂のようで、ルーシィを除く全員が、上へと着いた瞬間目に着いた料理の山を、各々が手をつけて食べだしていた。ウォーリーを探していたナツでさえ、手掴みで次々に肉料理を口の中に入れていく。と言うか男三人全員肉ばかりに手をつけていた。

 

「先程の扉ですが、魔法で遠隔操作されていましたよ?」

 

「どう考えても気付かれてるね、完全に」

 

「だったら何で扉を?」

 

こちらを監視しているにも関わらず、地下での兵士たちを倒したら次のエリアへの道が開いた。まるでゲームのようだ。あるいはただ挑発されているのだろうか、と推論する。

 

「ところで姫、食堂でそのような格好ははしたないかと。お召替えを」

 

「はしたない!?って言うかここでかい!!」

 

実を言うと水中に潜った時からずっとルーシィは水着姿だった。(水着だったのはシエルもであり、グレイに至っては下着一丁だったが)この場での服装としては相応しくないという理由で、有無を言わさずバルゴに着替えさせられる羽目になった。唐突に起きた刺激的なシーンにグレイは顔を赤らめながらも凝視してジュビアに注意され、シエルは目に着いた瞬間口に含んで噛み切れてない料理を思わず飲み込んでしまい喉を詰まらせていた。

 

そして着替えたルーシィの服装は、星霊界特有の服装であるらしい深緑のバンダナに緑や翡翠色を基調としたドレス姿となっていた。ルーシィ自身も気に入ったらしく、自慢気にポーズをとっている。すると一番反応を示したものが一名。

 

「す、すっげぇ~~!星霊界の服!!マジで!?ねえねえバルゴ、男用のやつもある!?俺も着てみたい!!」

 

「承知いたしました」

 

熱烈な要望に応えてバルゴが用意したのはルーシィとデザインが細かく似ている深緑のターバンと緑と翡翠色を基調とした、貴族や王族が纏っているイメージのある服装へと変わった。着替え終わったシエルのテンションは鰻登りであり「似合ってる?ねえ似合ってる!?」とはしゃいで聞いてくる。

 

「どっちも似合ってんじゃねえか。ただ…なんかペアルックみてえだな…」

 

「そう?」

 

素直に感想を零すグレイであったが、二人が纏う星霊界の服の意匠が似ているせいかどことなくそう見えてしまう。そんな何気ない一言に、ジュビアは目を光らせて反応した。

 

「とっても似合ってますよ!()()()()()!!」

 

「何でそこ強調した…?」

 

そしてシエルたちに向けてやけに必死な形相で褒めて(?)きた。この女、必死過ぎである。

 

「どぅえきてるぅ」

「巻き舌風に言うな!」

「何で知ってるの?」

 

そんな様子を見て徐にバルゴが告げてきた。普段は星霊界にいる筈なのに一体どこで聞きつけたのだろう、そのハッピーの物真似…。そして役目を終えたバルゴはルーシィへの健闘を祈る言葉を残し、星霊界へと帰っていった。

 

「ところで、水になれるジュビアは兎も角、ナツとグレイはよく濡れたままの服でいられるわね?」

 

唐突に浮かんだルーシィの素朴な疑問。その答えは単純明快だった。全身から炎を発するナツの近くで、グレイはせめてもの着衣なのかズボンをはためかせながら「こうすりゃすぐ乾く」と答えた。

 

「あら!!こんな近くに人間乾燥機が!!」

 

「いつどんな時にもたった数秒で乾かせちゃう!人間乾燥機『ドラグニル』!77777J(ジュエル)!縁起のいいお値段となっておりますよー!」

 

「どっかの社長か!!」

 

ルーシィのツッコミで閃いたのかナツに手を向けて謎の裏声で紹介するシエルに対して重ねてルーシィの声が響いた。何なんだこれ本当に…。

 

「いたぞー!!侵入者だー!!」

 

するとタイミングが合っただけなのか、今のルーシィの声で気付いたのか、兵士の一団が食堂に乗り込んでくる。それを視認した一同はすぐさま身構えようとするが、それよりも早く兵士たちに数回の剣閃が襲い掛かり、吹き飛ばした。

 

剣閃の正体はエルザ。いつも彼女が纏う鎧姿で、兵士たちを一瞬で斬り伏せてしまった。

 

『エルザ!』

「無事だったのね!」

「か…カッコいい…」

 

「!?お、お前たちが何故ここに…!?」

 

囚われていたと思われたエルザと、シエルたちは合流することに成功した。しかし、彼女の表情には戸惑い、驚愕の感情が浮かんでいた。




おまけ風次回予告

ジュビア「あ、あの…ジュビア、少々聞きたいことがありまして…」

シエル「聞きたいこと?」

ジュビア「え、えと…先程の話…なんですけど…」

シエル「先程…エルザの事かな?そう言えばジェラールって言う人物とも何か訳ありな感じがするし…」

ジュビア「あ、いえそうじゃなくて、水中から地下に潜るとき…」

シエル「あ、分かった!グレイについてのあれやこれやとかが聞きたいのかな?(ニヤニヤ)」

ジュビア「それは確かに是非聞きたいです!!」

次回『エルザとジェラール』

ジュビア「でも、ジュビアが聞きたいのは、ジュビアがその…雨を…魔力で…」

シエル「ごめんジュビア、時間切れ…(汗)」

ジュビア「ジュビア焦れったい~!!」


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第25話 エルザとジェラール

原作キャラの過去話は色々説明のみだったり端折ったりしますが、原作を詳しく知らない人にもここだけは知っておくと今後の話で分かりやすいかな~ぐらいの表記はしている…はずです←

ちなみに前回の前書きで書いたイベントの件ですが、少々とある事情で行きづらくなってしまいました。不幸中の幸いこうして無事投稿できたわけですが…。

それではどうぞ!




最後に一言。コロナマジ早く滅べ。


「!?お、お前たちが何故ここに…!?」

 

驚愕と戸惑いの感情を表に出し、こちらに問いかけてくるエルザに、憤慨したように歩を進めていくのはナツだった。

 

「何故もくそもねえんだよ!舐められたまま引っ込んでたら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名折れだろ!あんの四角だけは許しておけねー!!」

 

詰め寄りながら怒りを隠そうともしないナツ。その後方にエルザには見覚えのない少女・ジュビアの姿を視認すると、それを感じ取ったジュビアが怯えながらも同行してきた理由を告げようとする。

 

「帰れ、ここはお前たちの来る場所ではない…」

 

しかし、ナツの憤慨も、ジュビアの主張も、エルザのその一言によって一蹴された。いつも堂々とした態度でいるエルザにしては珍しく、その面持ちは暗いように感じられる。だが、それで言われた通りに帰ろうとする者はここにいない。

 

「ハッピーが捕まってんだ!このまま戻れるか!!」

 

「ハッピーが?まさか、ミリアーナ…!」

 

もう一人の仲間であるハッピーも捕まっていることを伝え、連れ戻さなければならないと主張するナツの言に、エルザは心当たりがあった。ネコをリスペクトした容姿をしているネコ好きの少女、ミリアーナの事である。どこにいるのかを尋ねるも、それはエルザも知らない。それを聞くとナツは…。

 

「よし!分かった!!」

 

「え、何が?今ので?」

 

「ハッピーが待ってるって事だ!!今行くぞーー!!」

 

シエルの呆れたような疑問に、答えになってるのかわからないような発言を残して、エルザたちが来た方向へと走り去っていった。結局どこにいるのか分からないままなのにどこへ向かっているのだろうか…。

 

「あのバカ…」

「あたしたちも行こう!」

「それしかないね」

 

「ダメだ!」

 

急ぎナツを追おうとした一行を、手に持っている件で道を塞いで制止するエルザ。ミリアーナと言う人物は無類の愛猫家であり、ハッピーに危害を加えるつもりはない。ナツとハッピーは責任をもって連れ帰るからすぐさまここから離れろ、とシエルたちを一刻も早くここから帰らせようとする。

 

「出来るわけないよ!エルザも一緒じゃなきゃ!!」

 

「これは私の問題だ!お前たちを巻き込みたくない…」

 

ルーシィが食い下がり、それでもなおエルザは譲らない。自分の問題に仲間である皆を巻き込みたくないと告げて彼らに背を向ける。しかし、もうそんなことすら言ってはいられる状況ではない。

 

「もう十分巻き込まれてるんだよ。あのナツを見ただろ?」

 

「教えてほしい…。この塔の事、ジェラールと言う人物、エルザに関する事を俺たちほとんど知らないんだ」

 

グレイとシエルも、今回の問題の渦中に既に身を置かれてしまっている。ここまで来ては見て見ぬふりすることなどできない。だからこそ、知らなければならない。楽園の塔、ジェラール、エルザの過去にある重大なことを。

 

「言いたくないならいいんだけどさ…。あいつら、エルザの昔の仲間って言ってたよね。でも、あたしたちは今の仲間。どんな時でも、エルザの味方なんだよ」

 

「…か…帰れ…!」

 

震えながら声を絞り出し、意地でも彼らを留まらせない様に告げる。だが尚更彼らはエルザを放っておくわけがない。

 

「何度言われてもこのまま帰る気はないよ。震えてるじゃないか…そんな状態になってるのに、はい分かりましたって立ち去る程、薄情じゃないよ」

 

「全くだぜ。らしくねーなエルザさんよ…。いつもみてーに『四の五の言わずついて来い』って言えばいーじゃんよ。オレたちは力を貸す。お前にだって、たまには怖えと思う時があってもいいじゃねーか」

 

何を言おうと仲間たちに引き下がる気はない。仲間である自分のために、この先自分が原因で傷つくことが起きるとしても、承知の上で力を貸そうとする。巻き込みたくなかった。巻き込んでしまった。そんな自分の後悔も意に介さない彼らの言葉に…

 

 

 

エルザは左目に涙を浮かべながら仲間たちの方へと振り向いた。

 

いつも気丈として、弱々しい一面など一切見せようとしなかった彼女の、そんな姿を見て全員が二の句を繋げなくなった。グレイに至ってはどこか罪悪感を感じたのか胸に手を当ててたじろいでいる。

 

「この戦い…勝とうが負けようが、私は表の世界から姿を消すことになる…」

 

涙を指で拭いながら告げた言葉に、一行の表情には戸惑いが生まれる。どういう事なのか。それを尋ねる仲間たちに、エルザは続ける。これは抗う事の出来ない未来なのだと。

 

「だから…だから私が存在しているうちに、全てを話しておこう…」

 

そしてエルザは語り始めた。この楽園の塔の事…そして、彼女の過去を…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

楽園の塔―――。

またの名を“Rシステム”。10年以上前に黒魔術を信仰とする魔法教団が、禁じられていた“死者を蘇らせる魔法”を発動させるための塔の建設を始めた。政府も魔法評議会も非公認の建設の上、発動の為には多くの生贄が必要だったために、各地から攫ってきた人々を生贄兼労働力の奴隷として、塔の建設にあたらせた。

 

そして、幼かったエルザもその奴隷の一人だった。

 

脱走を企てた者、教団員に歯向かった者などもいたが、いずれもその後に消されてしまった。そのこともあり心が安らぐことも無く、その場で心を許せる友が出来たとしても、束の間の出来事だった。その頃に、エルザはシモンを始めとした仲間たち、そして一人の少年と出会った。

 

その少年が『ジェラール』である。

 

奴隷として働かされ、逆らえば容赦なく痛めつけられ、その反動で命を落とす者も少なくなかった地獄のような場所。環境の影響か、昔は気弱で臆病な性格だったエルザにとって、ジェラールは光のようだった。同じ地獄にいながらも前を向いていて、正義感が強く、仲間たちにとってリーダーと呼べる存在だった。そんな彼に憧れを抱いていたのだ。

 

ある日、ショウ発案で脱走を企て、実行していたところを見つかってしまった。「脱走計画の立案者一人のみを懲罰房行きとする」と告げられ、怯え泣くショウを庇おうと名乗り出ようとしたエルザを遮り、ジェラールが自分が立案者だと名乗り出た。しかし、エルザの言を遮って自分が罰を受けようとした行動は裏目に出てしまった。自分を庇うように立ち上がったジェラールを不安げに見つめるエルザの様子を見た教団員は、エルザが立案者だと断定して彼女を懲罰房に連れて行ってしまった。勿論阻止しようとジェラールたちは動いたが、魔法を扱える彼らに敵うはずもなく…。

 

エルザを助けるため、ジェラールは一人、教団員から武器を奪って見張りたちを襲撃。懲罰房に囚われていたエルザを助け出すことに成功したが、彼女を連れだしたところを別の教団員に見つかってしまい、エルザの身代わりに今度はジェラールが囚われてしまった。

 

仲間たちの元に戻ることができたエルザであったが、懲罰房で受けた惨い罰による悲惨な傷、右目を隠す眼帯、感情が抜けたかのような佇まいを垣間見た仲間たちの怒り、嘆き、苦しみ。それを嘲笑うかのように恐怖を植え付けようとする教団員。そんな時に、彼女を助けに来たジェラールのとある一言が頭に響き、彼女の運命を変えた。

 

『戦うしかない』

 

教団員の持つ武器を奪い取って彼らを薙ぎ払い、同じく囚われの身となっている者達へ向けて彼女は叫んだ。その姿はフランス史に今も名を残すオルレアンの聖女、味方を鼓舞することで自国の軍に勝利をもたらした“ジャンヌ・ダルク”のようだった。

 

『武器を取れ!従っても逃げても、自由は手に入らない。戦うしかない…!自由のために、立ち上がれええ!!』

 

一人の小さな少女の声が塔に響き、自由を求める奴隷たちの反乱が始まった。自由のために…そしてジェラールを救うために。しかし…。

 

「ある時を境に、ジェラールは別人のように変わってしまった。もし人を悪と呼べるなら…私はジェラールをそう呼ぶのだろう…」

 

結果として、エルザたちは勝利した。途中教団員たちが使役する魔法兵によって戦況は一方的に不利な状況となったが、元魔導士であるロブと言う老人がエルザを庇って盾となり、命を落としてしまう。彼から牢の中で教わった魔法の源である“心”。彼を失った悲しみの感情を心の力に変え、エルザは魔法を身に付け、反撃に移った。

 

そして掴み取った勝利と自由。囚われていたジェラールを救い出し、共に塔を脱出しようと仲間たちが奪った船に行こうとした…が、しかし、その時にはジェラールは変わってしまっていた。この世界に自由などない。本当の自由はここにあると。自分たちに必要なのは仮初の自由ではなく、本当の自由がある世界…

 

 

 

 

『ゼレフ』の世界だと。

 

 

囚われている間にジェラールもまた魔法を覚醒させていた。覚醒させた魔法を用いて自分たちを虐げてきた教団員たちを次々と始末していく。楽園の塔は自分がもらい、代わりに完成させる。エルザも共にとその建設に誘うも、脱出を優先するエルザに対してジェラールは告げた。

 

出ていきたければ一人で出ていけ、ただし他の者たちは楽園の塔の建設の人手としてもらうと。恐怖や支配で縛りはせず、服や食事、休みを与えて効率よく作業を行わせる。ゼレフと言う偉大な魔導士のために働く意味を与えると。そして外部に楽園の塔の存在が漏れたりすれば、働く者達と塔を消していく、目撃者が出た時点で一人ずつ始末すると。

 

 

 

―――仲間の命を背負って生きる。それがジェラールに与えられたエルザの自由だった…。

 

 

 

楽園の塔から一人追い出され、海を漂い、砂浜に打ち上げられたエルザが感じたのは悲嘆、後悔、自責、憤怒、孤独、そして絶望…。砂浜とともに自分を照らす月に、全ての感情を入り混ぜた少女の慟哭が響いた。

 

「私は…ジェラールと戦うんだ…」

 

全てを語り終えたエルザは、自分の感情を押し殺すかのように声を引き絞りながら、涙を落としながら、重ねた決意を口にした。誰もが彼女に秘められた過去、悲劇を耳にして言葉を失っている。そんな彼女に対して最初に声をかけたのは、他の3人よりもどこか動揺が大きく見える少年。

 

「…エルザ…今、ゼレフって…!?」

 

その名には聞き覚えがあった。魔法界の歴史上において最凶最悪と言われた黒魔導士。鉄の森(アイゼンヴァルト)が封印を解除した呪歌(ララバイ)を始めとした、『ゼレフ書の悪魔』と呼ばれる凶悪な生命体を生み出した存在。あの時も、そして今も、シエルはそのゼレフの名を聞くだけで、言いし得ぬ感覚を覚えていた。

 

「それだけじゃない。あの『デリオラ』も、恐らくはゼレフ書の悪魔の一体だ」

 

『デリオラ』―――。

その名を聞いて一番反応したのはグレイだ。10年以上前に数々の街を破壊しながら暴れまわった巨大な悪魔。その悪魔はかつてグレイの故郷も襲撃し、グレイはそれによって両親を目の前で失った過去を持つ。それだけでなく、親を失ったグレイを弟子として引き取った、彼に魔法を教えた女魔導士・『ウル』が、その命をもって封じ込め、10年と言う歳月をもってようやく倒すことに成功した、強大な存在である。

 

グレイやナツたちがガルナ島の依頼に行った際、その封じられていたデリオラを巡って、同じくウルから魔法を教えられた兄弟子である『リオン』と言う人物と対峙した経緯があるが、シエルがそのことを知るのは先の話である。

 

「ジェラールはそのゼレフを復活させようとしている、って事ですか…?」

 

「動機は分からんがな…。ショウ…かつての仲間の話では、ゼレフ復活の暁には“楽園”にて支配者になれるとかどうとか…」

 

「その、かつての仲間の事って、どうしても腑に落ちないんだけど…裏切者って、エルザじゃなくてジェラールの方じゃないの?」

 

「あの後エルザはすぐに楽園の塔から追い出された。という事は、何も知らない風を装って、ジェラールがそいつらにエルザが裏切っただのなんだの吹き込むことは簡単じゃないかな?」

 

ジュビアの問いの回答に含まれたかつての仲間たちの話題。ルーシィはエルザの話から裏切ったのはジェラールの方では、と疑問を問いかけるが、シエルが代わりに予測を立てていた。エルザの視点のみでしか情報はないが、容易に想像はできる。

 

「恐らくそうだろう。しかし私は8年も彼等を放置した。裏切ったことに変わりはない」

 

「でもそれは、かつての仲間(あいつら)の命を守るためだったんでしょう!?それなのに…」

 

「もういいんだ、ルーシィ…。私がジェラールを倒せば、全てが終わる」

 

エルザの制止にこれ以上は言葉は出せなかった。ルーシィは押し黙ったが、シエルとグレイは一つ懸念することがあった。先程の話の前にエルザが告げた言葉。「この戦いに勝とうが負けようが、自分は表の世界から消える」と。どういう意味なのか、それだけが妙に引っかかっていた。

 

「姉さん…その話…ど、どういう事だよ…?」

 

すると、エルザの後方から動揺を露わにした表情と声で問いかけてくるショウが、その場に現れた。思ってもいなかった内容を聞かされて、真実を受け入れられない。そんな言葉が口から出て来そうな…。そしてショウは真実は全然違うと主張する。8年前のあの日、エルザは船に爆弾を仕掛け、一人で逃げた。ジェラールがエルザの裏切りに気付かなければ全員海に沈んでいたのだと。

 

「ジェラールは言った!これが魔法を正しい形で習得できなかった者の末路だと!!姉さんは魔法の力に酔ってしまって、オレたちのような過去をすべて捨て去ろうとしてるんだと!!」

 

 

 

 

 

「ジェラール()()()()?」

 

「っ…!!」

 

シエルが反芻した言葉で、ショウは悟ってしまった。先程エルザがシエルたちにした話が真実で、ジェラールのあの時の言葉が嘘だった場合、辻褄が合ってしまうと。自分の目で確かめた訳じゃない、姉と慕っていた少女の凶行を鵜呑みにしたことを。

 

「あなたの知っているエルザは、そんな事をする人だったのかな?」

 

「お…お前たちに何が分かる!?オレたちの事、何も知らない癖に!!オレにはジェラールの言葉だけが救いだったんだっ!!だから、8年もかけてこの塔を完成させた!!ジェラールの為に!!」

 

ようやく手に入れたと思っていた自由。これからは仲間たち全員と自由に世界を生きていけると思っていたところに、姉と慕っていたエルザの裏切り。それによって傷ついた心に染み込んだのはジェラールの言葉だった。ジェラールに着いていけば、今度こそ自由を勝ち取れると、本気で信じていた…それなのに…。

 

「その全てが…嘘だって…?正しいのは姉さんで、間違ってるのはジェラールだとでも言うのか…!?」

 

 

「そうだ」

 

ショウの言葉に同意を返したのは、この場にいた誰でもない、新たな人物。魔法によって姿を隠していたその男はそれを解除して、誰もいなかったその空間に現れた。シエル、グレイ、ジュビアを襲撃してきた巨漢・シモンである。

 

「こいつ…!」

「てめえは…!」

 

「待ってください、二人とも!」

 

シエルとグレイがすぐさま身構えるも、それを止めたのは意外にもジュビアだった。しかし、彼女が止めたのにはちゃんと理由が存在する。

 

「この方はあの時、グレイ様が氷の人形(みがわり)と知ってて攻撃したんですよ。恐らくはシエルさんの幻影の方も。暗闇の術者が、辺りを見えてない訳がないんです」

 

ジュビアの言葉にシエルはすぐさま納得した。考えてみればシモンが扱う魔法の属性は闇。シエルが身代わりとして作った蜃気楼(ミラージュ)は幻影魔法の一種。幻を司る魔法は闇に近い。故に幻影と本体の区別を本来なら付けられる。それなのに幻影を攻撃したことは、今考えてみれば不可解だった。

 

「ジュビアがここに来たのは、その真意を確かめる為でもあったんです」

 

「さすがは噂に名高いファントムのエレメント(フォー)

 

あの襲撃の際、シモンは誰も殺す気は無かったのだ。他の仲間であるショウたちの目を欺くために気絶に留めようとしたが、グレイやシエルが氷や幻影であることを利用して、派手に死体を演出できると思ったと語る。何故そんなことをしたのか、ショウに問われれば彼らの目を欺いた上で妖精の尻尾(フェアリーテイル)を楽園の塔に招き入れる為だったと言う。

 

「ショウ…みんなジェラールに騙されてるんだ。機が熟すまで、オレも騙されてるフリをしていた」

 

涙を溢れさせて顔を俯かせるショウの肩に手を置きながら、宥めるようにシモンが語る。彼だけがジェラールの嘘と、エルザの真実を見抜いていたのだ。いや、正確に言えば…。

 

「シモン、お前…」

 

「オレは初めからエルザを信じている。8年間、ずっとな」

 

エルザへの揺ぎ無い信頼。彼女にとってはそれが何より嬉しかった。何も出来ずに8年間彼らを置いていってしまった、ジェラールによって変えられたと思ってしまった仲間たち。だが、一人だけ…たった一人だけとはいえ、ずっと会えなかった自分を信じてくれたシモンの存在が、エルザに大きな安堵をもたらしていた。

 

「会えて嬉しいよエルザ、心から…」

 

「シモン…」

 

握手を交わし、そして固く抱擁を交わす二人。その光景を見て、妖精の尻尾(フェアリーテイル)もまた心から安堵していた。もしも誤解が生じたままであったら、ジェラールの悪意によって衝突する未来があったのかもしれないのだから…。

 

「何で…みんなそこまで姉さんを信じられる…!何で…何でオレは姉さんを…信じられなかったんだ…!!」

 

こらえ切れぬ涙を零しながら声を漏らすショウの脳裏に、幼い頃にエルザの後を追いかけた、絶望の中の輝かしい記憶が蘇る。記憶の中にある彼女のままと信じられれば、シモンのようにエルザを信じることができていたなら…。

 

「くそぉおおおおっ!!何が真実なんだ!?オレは何を信じればいいんだあ!!!」

 

頭の整理が追い付かない。信じていたものに裏切られた。その裏切られた傷を癒してくれた存在は、嘘に塗れていた。裏切ったと思っていたエルザは、ジェラールによって貶められていた。ショウは理解が及ばずに、両腕を床に叩きつけて悔しさを滲ませてうずくまる。信じたいのに、信じるのが怖い。信じられるものが分からない。そんなショウの気持ちを痛いほど感じたエルザは、うずくまるショウを抱き寄せた。

 

「今すぐに全てを受け入れるのは難しいだろう。だが、これだけは言わせてくれ。私は8年間お前たちの事を忘れた事は、一度もない」

 

その言葉を聞き、ショウの慟哭が少しばかり収まった。エルザに縋る様に肩に手をかけて、昔自分が信じられた彼女を確かめるように。

 

「何も出来なかった…。私は…とても弱くて…。すまなかった…」

 

「だが今なら出来る。そうだろ?」

 

仲間の命を背負わされ、救いたくても救えなかった無力な自分はもういない。シモンの言葉に首肯で答え、覚悟を纏った表情をエルザは見せる。それを確認したシモンはこの場にいる全員を見渡し、己が目的を語りだす。

 

「ずっとこの時を待っていたんだ、強大な魔導士が集うこの時を」

 

「強大な魔導士…」

「…あたしも、かしら?」

 

 

 

「ジェラールと戦うんだ。オレたちの力を合わせて」

 

既に決意は固めてある。過去の因縁と決着をつけるため、仲間の想いを守るため、自分の想いを踏みにじった報いを与える為…。ジェラールに対しようとする魔導士たちの連合が今結成された。まず優先することは、別行動の為に事情を知らない火竜(ナツ)と、騙されていることに気付いていない四角と愛猫家(ウォーリーたち)の衝突を避けることである。

 

 

だが彼は知らなかった。

既にそれが起きてしまっていることを…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

楽園の塔の外壁には、局所に螺旋階段が設けられており、外部から別のフロアへと通じる近道の役割を持っている。その内の一つを今、シモンを先導にして一行は駆け上がっていた。

 

「くそっ!ウォーリーもミリアも通信を遮断してやがる!これじゃどこにいるのか分からねえ!!」

 

左手の指二本を額にかざしながら駆け上がるシモンは上手くいっていないのか悪態をついた。エルザを確保する際にも使用していた、思念伝達魔法の一つである。しかし、その通信が今、事情を知らせるべき二人に通じないそうだ。

 

「なァ…あいつ…本当に信用していいのか…?確かに、オレたちを殺そうとしなかったのは認めるが、あの時ナツとルーシィは死んでもおかしくねえ状況だった」

 

隣り合って走るジュビアとシエルに対してグレイは声を潜めて聞いてくる。少なくともエルザに対して信頼していることは間違いないだろうが、ウォーリーとミリアーナによってナツたちが一歩間違えれば命を落としていたことは否めない。全幅の信頼を寄せるには足りないものが多すぎる。

 

「言い訳をするつもりはない。あの程度で死んでしまうような魔導士ならば、到底ジェラールとは戦えない」

 

「聞いてやがったか」

 

声を潜めていたのだがどうやら聞き取られていたそうで、シモンは正直に答えを示した。その上でさらに確信があったと語る。「ナツは死なない」と。ルーシィがそのセリフで自分は死ぬかもしれなかったのか、と少しばかり背筋が凍ったのは言うまでもない。

 

「お前たちはナツの本当の力に気付いていないんだ。ナツに真の(ドラゴン)の力が宿る時、邪悪は滅びゆく」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として元から高い能力を有しているナツの、真の力。どのようなものなのか疑問を抱く者の方が多かった。

 

「ところで、ジェラールと戦うための強力な魔導士が集ってって言ってたけど、実際ジェラールの事を話伝手にしか聞いたことのない俺たちには、どれほど強いのか断定が出来ない。何者なんだ?」

 

ナツの事も気になったが、シエルはジェラールの事について改めて聞き出そうとしていた。エルザでさえ、8年経った今のジェラールがどれほどの魔導士なのか確証がない。何か少しでも判断となる材料がないかどうか、ジェラールの元にいたシモンたちなら分かるはず。

 

「ジェラールは、評議員の一人である『ジークレイン』の双子の弟だ。オレたち個人より確実に上だと分かるが、下手をすれば兄と遜色ない魔力を持っている可能性もある」

 

「『ジークレイン』!?聖十(せいてん)最年少でもある、あの!?」

 

シエルだけでなく、ルーシィやジュビアもその名前は知っていた。

 

『ジークレイン・フェルナンデス』―――。

評議員の一人にして、大陸で最も優れた魔力を持つ最強の10人の魔導士である聖十大(せいてんだい)()(どう)の称号を、最年少で獲得した天才魔導士。その上容姿端麗である故に週刊ソーサラーで特集を組まれたこともある。以前幽鬼の支配者(ファントムロード)のガジルが最初にギルドを襲った翌日の夜にシエルが語った聖十(せいてん)であり評議員でもある魔導士の話も、彼の事である。

 

だが、そんなジークレインに血縁が、それも双子の弟が存在していたという事実は、全く公表されていなかった。

 

「そ、そんなとんでもないような相手と、ホントに戦えるの…!?」

 

「やるしかねえだろ。寧ろ大したことのない奴だったら拍子抜けだ」

 

今更ながら怖気づいた様子のルーシィに、グレイが発破をかけるように呟く。話も交えながら外部の階段を登り切って次のエリアに通じる通路を駆けていくと、通路の壁や天井のそこら中から、人間の口が無数に出現した。

 

《ようこそみなさん》

 

「何だこの口は!?」

「気色悪ッ!!」

「しゃ…喋りましたよ!?」

 

突如現れた無数の口から放たれたのはまだ年若い男性の声。

 

「ジェラールだ。塔全体に聞こえるように話しているらしい…」

 

「塔全体にこの口が…」

 

想像するだけで鳥肌が立つ。あまり想像したくない光景だ。

 

《オレはジェラール。この塔の支配者だ。互いの駒は揃った、そろそろ始めようじゃないか…。『楽園ゲーム』を》

 

突如放送を流したと思えば、唐突に宣言をしたジェラールの言葉の内容に、ほとんどの者が疑問符を浮かべる。それも意に介さず口は語る。

 

ルールは簡単。ジェラール側はゼレフ復活の儀を行うことが目的。すなわち楽園への扉が開けばジェラールの勝ち。

 

そして、それを阻止することができればエルザ側の勝ち、と言う言葉通りシンプルな説明だ。

 

《ただ…それだけでは面白くないのでな。こちらは3人の戦士を配置する。》

 

「3人の戦士?何者だ…?」

 

新たに追加された3人の戦士。これに関してはシモンも心当たりがないようで、疑問の声を上げている。

 

《そこを突破できなければオレには辿り着けん。つまり3対9のバトルロワイヤル。最後にもう一つ…

 

 

 

 

 

 

評議院が衛星魔法陣(サテライトスクエア)でここを攻撃してくる可能性がある。全てを消滅させる究極の破壊魔法『エーテリオン』だ》

 

最後の最後にとんでもないルールが説明された。

 

『エーテリオン』―――。

エルザのみがその魔法の事を知っている。別名を「超絶時空破壊魔法」。様々な属性の魔力が同時に混在しているエネルギーを地上の標的に発射し、爆心地のあらゆる全てを破壊するほどの威力を持つ。一発落としただけで国を亡ぼせると言われるそれは、島程度であれば周囲の海ごと蒸発するらしい。

 

評議院のみがよっぽどの事態でなければ使用しない衛星魔法陣(サテライトスクエア)からの攻撃。それを理解した一同に一気に緊迫した空気が走る。残り時間は不明。エーテリオンが落ちる時、それは全員の死。勝者なきゲームオーバーを意味する。

 

「な…何考えてんのよ…!?自分まで死ぬかもしれない中で、ゲームだなんて…!!」

 

ルーシィはジェラールに対して正気とは思えないと主張するように声を上げる。楽園の塔ごと消滅する危険性まであるというのに、ゲームを実行するなど考えられない。同時にシエルは様々な疑問を感じていた。

 

「評議院からの、攻撃…?そこには兄であるジークレインがいるはず。本気で?いや、そもそも…」

 

様々な疑問を感じる中、シエルがより感じたもの。それは…

 

 

 

 

 

何故()()を知っているのかという事。

 

 

「エルザ!!」

「ショウ、お前何を!?」

 

思考の渦に沈みかけた瞬間、グレイとシモンの声でシエルは意識を現実に戻した。振り向いてみればショウがエルザの身体を自身の手に持つカードに魔法で閉じ込めていた。

 

《さあ、楽しもう…》

 

そしてその一言ともに、ジェラールからのゲーム開始の合図は終了。一方でショウは鬼気迫る表情を浮かべてエルザのカードを宝物のように強く確保している。

 

「姉さんは誰にも指一本触れさせない…ジェラールはこのオレが倒す!!」

 

そう言ってショウは一人駆け出して行った。一人では無理だとシモンが後を追いかけていき「ショウは自分が追うから、ナツを探してくれ」と頼み、その場を離れた。

 

「だーーっ!どいつもこいつも!!」

「ジュビアはグレイ様と向こうへ。ルーシィさんとシエルさんはあっちね」

「お前グレイと二人きりになりたいだけだろ!」

 

こんなところで更に戦力を分散させるわけにはいかない。しかもエルザはショウによって実質戦うことが不可能な状態だ。このまま敵と遭遇するのは危険である。

 

曇天(クラウィド)を使って二人の後を追う!後でシモンも乗せれば一気にショウに追い付いて合流することもできるし。3人とも、悪いけどナツの方は頼んだよ!」

 

「ちょ、待ってよシエル!」

 

シエルが二人を追えば6人だった人数が3:3で半分に分かれる。バランスをとって行動しながら敵との遭遇にも対抗できるはず、とシエルは瞬時に判断したのだ。ルーシィの制止の声も聞かず、彼は出現させた雲を発進させ、シモンたちの後を追いはじめた。

 

果たしてこの楽園ゲームが迎える結末は、楽園への道が開くのか、黒魔導士の復活阻止か、あるいは塔ごと全滅か…。

 

3つの未来が待ち受ける楽園ゲームの幕が、今切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおっ!!間に合ったけど腕がヤバいいいい!!」

「ってあれえ!?何でグレイ雲掴んでんのおっ!!?」




おまけ風次回予告

シエル「これ、一体誰がどうやって作ったんだろうな?」

グレイ「ん?何持ってんだシエル、それ、駒か?」

シエル「みたいだね。赤い竜の駒…ナツをモチーフとした駒みたいだよ」

グレイ「火竜(サラマンダー)だけに、か…。他にも色々あんのか?」

シエル「うん。ルーシィをモチーフとした鍵の駒、ハッピーをモチーフとした青い魚の駒。あ、グレイモチーフの氷の結晶もあるよ」

グレイ「はあ…ホントに色々とあんな…。これだけで盤上ゲームが出来そうだ…」

次回『楽園ゲーム』

シエル「ちなみに俺はこれみたい」

グレイ「…何だこりゃ…雲の下に雷と竜巻と…あと雨かこれ?混ぜすぎじゃね?」

シエル「これ作った人は相当の職人だよ…」


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第26話 楽園ゲーム

今回もちょっとだけ短めになってしまいました…。

書くには書いたんですけど、展開の都合上何を書こうかな~って迷っていたらもう時間が無くなっておりました…。

ひょっとすると後日ちょっと文が増える…かも?


そしてある意味フェアリーテイルの二次創作作品において、ほとんどの人が書いてないであろうあの人物との戦いが行われます。さて…どう書いていこうかな…?


楽園の塔の最上階に位置する開けたその空間に、天井にまで届きそうな背もたれが付けられた玉座が存在する。それがまるでこの塔を城に見立て、そこに座する王を表すかのように。そしてその王とも言える一人の人物が、盤上ゲームで使われる台と複数の駒を弄びながら、党全体の内部を傍観していた。

 

黒に近い青を基調としたフード付きのローブを纏って顔を隠したその男こそ、この楽園の塔の王と呼べるべき存在『ジェラール・フェルナンデス』である。

 

「開始早々に中々面白い展開になったな。ショウによってエルザは封じられて単独行動。それを追うのはシモン、そしてさらに天候魔法(ウェザーズ)の小僧と造形魔導士、か」

 

エーテリオンと言う全てを消滅させる超魔法によって、命の危機に瀕している中で、その命すらも賭けたゲームを面白そうに眺めている。その不敵な笑みに含まれているものは、余裕か、使命か、あるいは享楽か…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「グレーイ!?何やってんのさ!ナツ探しはどうする気!?」

 

「その前に上げてくれ…!腕が、つって…かなりキツイ…!!」

 

乗雲(クラウィド)を発進してすぐ、両手で雲を掴んで体が宙で揺れている状態のグレイを認識したシエルの叫びが響く。シエルだけじゃない、グレイよりも更に後方の少女二人からも驚愕混じりの叫びが聞こえる。

 

「何でグレイまでそっち行ってるの~!?」

「グレイ様ー!そちらに行かれるのでしたらジュビアも~!!」

 

「いや!オレはこのままシエルと一緒に奴等を追う!ナツを探すのはお前らに任せたぜ!!」

 

何か勝手に方針変えられてるのだが…。と心では思ったが口にはしなかった。言っても変わりそうにないし、グレイの言葉を聞いたジュビアが「お任せくださ~い!」と同意の返事をしてしまって、今更グレイを戻しに行くのにも色々と手間取ることになるから…。

 

「もう…勝手なことしないでくれよな…」

 

仕方なくグレイを雲の上に上げながらぼやくシエル。折角状況的に最善と思える行動をしようとしていたのに、出鼻を挫いてきた味方に対して苦言を零さずにはいられない。

 

「エルザの事がどうしても気になるんだよ。お前だってそうだろ?」

 

ようやく両腕の酷使による苦しみから解放されたグレイの言葉に、シエルは何も言えなくなった。シエルもグレイも、エルザが告げた「この戦いが終われば表の世界から自分は消える」と言う言葉が気になって仕方ないのだ。

 

さらに言えばエルザは現在ショウによってカードに閉じ込められており、自由が利かない。そのような状態でジェラール、あるいは彼が語った3人の戦士とぶつかればどうなるか分からない。合流を最優先にするべきだと判断した。その結果、戦力が些か偏ったような印象ではあるが…。改めて現状を把握したシエルは溜息を一つ吐くと観念したように呟きだした。

 

「…こうなった以上、いちいち考えたところで仕方ないか…。とにかくまずはショウとエルザを捜索。その後シモンと合流して3人の戦士の撃破に移ろう。ジェラールと戦う時に邪魔されると厄介だ」

 

「おう」

 

脱線しかけた方針を改めて変更し、すぐさま行動に移す。乗雲(クラウィド)のスピードを上げ、廊下を飛行しながら進んでいくと、開けた空間へと飛び出した。一部の壁から外に繋がっているが、そこ以外は照明もない空間。辺りに巨大な鳥籠がいくつも、太い鎖で吊られている。その鳥籠の一つの上に、先程別れた男の姿が見えた。

 

「シモン!?どうしたんだお前!」

 

「奴に、足止めを食らってたんだ」

 

エルザを連れて先走ったショウを追っていたはずのシモンだ。交戦したのか、既にボロボロになってしまっている。声をかけられたことで雲に乗って現れた二人に気付いたシモンは、一度視線をこちらに移し、その後再びその目線を戻した。

 

シモンの元へ近づき乗雲(クラウィド)を解除して降りた二人もつられて目を向けると、そこには、それぞれ鳥籠を飛び移りながらぶつかり合っている二人の人物。片方はルーシィたちに探すように頼んでいたナツ。まさかショウを追いかけている最中に見つけられるとは思わなかった。そしてもう一人の方は恐らくジェラールが用意した3人の戦士の一人だ。

 

 

一人…と言っても正直そう表現していいのかは迷う。その理由はその男の容姿だ。

体つきは上半身を露出した筋骨隆々の大男。シモンを凌ぐほどの巨体と立派な体つきだ。背中には二つのミサイルが取り付けられたジェットパックを背負っている。だが問題は頭部だ。元からそうなのか被り物なのか分からないが、その頭部は完全に茶色の羽毛を持った(ふくろう)そのものである。ご丁寧に両の二の腕からは梟の羽を模した飾りを着けている。ちなみに名前もそのまんま『梟』である。

一人と言うより一羽と数えた方がいいのだろうか…。

 

「何だ、あの梟男!?」

 

「見た目はふざけているが、奴は暗殺ギルド『髑髏会』に所属する『三羽鴉(トリニティレイヴン)』の一人(一羽)だ…!」

 

第一印象のインパクトに仰天したシエルの疑問に、シモンは答えた。

 

暗殺ギルド『髑髏会』―――。

闇ギルドの一つであり、まともな仕事が無く行きついた先が、暗殺依頼に特化した最悪のギルド。その中でも『三羽鴉(トリニティレイヴン)』と呼ばれる三人組は、カブリア戦争と言う戦いにおいて、西側の将校全員を暗殺した伝説の部隊である。その内の一羽が今ナツと交戦している梟である。

 

「こんな奴に足止め食らってる場合じゃねえぞ!ジェラールはエルザを生贄にするとか言ってるってのに!!」

 

焦りを孕んだグレイの声が響く。エルザが本気の状態であれば勝てる者もいないだろう。だが今のエルザは、ショウの魔法によってカードに閉じ込められているために無防備だ。何度も思い返している通り、この状態で梟と同じような戦士と遭遇してはまずい。

 

「ショウに全てを話す時期を誤った…。まさかこんな暴走を起こすとは…!」

 

「ナツ、一刻を争う!さっさとその梟を倒してエルザたちを…!」

「手ェ出すな!」

 

後悔に歯を食いしばるシモンを見ながら、シエルはここでの優先事項を判断する。今ここで足止めされている間にもショウは先を走ってジェラールの元へと向かっている。一刻も早く追いつくためには数の利を生かして目の前の梟を退けること、だがそれはナツ自身が真っ先に拒否した。

 

「こいつは気に入らねえんだ。暗殺なんて仕事があるのも、依頼する奴も受ける奴も、そんな奴等がギルドとか言ってるのも…オレが気に入らねぇ…!」

 

両の拳を握り締め、炎を宿し、その炎が燃え移るように全身からも発せられる。暗殺に特化したギルドが存在するという事実に対して怒りの炎を燃やすナツが、梟を睨みつけながら魔力を更に高めていく。

 

「だから、この鳥野郎はオレがぶっ潰す!!手ェ出すんじゃねえぞ!!」

 

闘志を炎と変えて燃え上がらせ、梟に攻撃を仕掛けていくナツ。その攻撃を「ホホウ!」と梟の名と容姿に違わぬ鳴き声のような掛け声で迎撃し、一進一退の攻防を繰り広げていく。

 

「何言ってんだこのバカ!今はそれどころじゃ…!」

 

時間が惜しいこの状況には不似合いな物言いのナツに反論しようとするグレイであったが、それはシエルがグレイの前に腕をかざして止める。何故止めるのか、問いただすグレイに対し、シエルは不敵に笑みを浮かべながら答えた。

 

「何を言ったところでナツは譲らないよ。だったら、俺達は俺達にできることをするだけさ。グレイ、もしナツに何かあったら頼むよ?」

 

「…は…?」

 

そう言うとシエルは解除していた乗雲(クラウィド)を再び出現させる。そして「合図をしたら目を瞑ってくれ」とだけ伝えると、塔の外の方へと飛行して今いる空間から抜け出そうとする。

 

「むむ!?ここにもルール違反者が現れたか!正義(ジャスティス)戦士として、見過ごすことは出来ぬ!ホーホホウ!!」

 

「んなっ!?待ちやがれ!!鳥ーー!!!」

 

そんなシエルを見た梟が、背中のミサイルジェットを噴射させて空中へ移動し、シエルを追い始める。戦いの最中に背を向けられたナツが怒りを露わにするも、梟は気にせずシエルを追いかける。

 

「生憎、お前の相手は俺じゃないんだ、ここで止まっててくれよ!ここだ!日射光(サンシャイン)!!」

 

追われる対象となったシエルはそれが読めていたのか雲の上で体を反転させて手を梟の方へとかざし、創り出した小太陽の光を発する。「ホホーウ!?」と真正面からその光を目に受けた梟の動きが一時的に停止した。

 

「おのれ!目眩ましとは卑怯な!!これ程の悪は今までの中でも数少ない…!」

 

「ぎゃあああっ!?目が!目がああっ!!」

 

光に視界を遮られて悪態をつく梟、その梟を追いかけて一緒に光の餌食となって、鳥籠の上を器用に転がるナツ。シエルから事前に忠告されて悲劇を回避したグレイとシモンはその様子を見て少なからず驚きを露わにしていた。

 

先程シモンは梟から逃れるために己の魔法・闇刹那を使用した。しかし、それは暗闇の中でも視覚が機能する梟には無意味であり、あっさりと追い付かれて一撃で戦闘不能にされた。だがシエルはその逆。過度な光に弱い梟の目を利用して、彼の動きを制限させることに成功したのだ。

 

 

ちなみにグレイは、シエルの魔法についてよく知ってるはずなのに、諸に日射光(サンシャイン)の被害に遭っていたナツに呆れていた。

 

「だが、正義の梟は見破るだけにあらず!」

 

視界が封じられながらも首を傾けたり回したりしながら周囲の音を聞き始める梟。フクロウは他の動物とは違って、耳の位置が左右対称ではない。如何なる場所の音も聞き分けるために、首を傾けたり回したりすることで、正確な音の位置を聞き分け獲物を狩るのだ。

 

事実この梟も今行っているように、目の機能を奪われながらも周りの空間、そしてシエルの位置を音で把握し、狙いを定めていく。

 

「捉えた!ホホウ!!」

 

少年に続くように外へと出てきた梟。その姿を視認したシエルは驚きを表しながらも瞬時に彼を阻むように次の魔法を放つ。

 

曇天(クラウディ)!!」

 

本来は上空に出現させる濃密な雲を、自分目掛けて飛んでくる梟の行く手に出現させて彼の道を阻む。しかし、視界が戻りつつあるうえに聴覚は未だ敏感な梟には焼け石に水だ。再びの目眩ましと判断した梟は雲の中に突っ込みながらも、シエルの位置を探る。

 

すると聞こえた。自分の横側を通っていく一つの音が。真っすぐに進むと見せかけて一度フェイントをかけることで逃れようとしているようだ。しかし、この方法は梟の前では悪手となった。

 

「狙った獲物は、一人たりとも逃さない!『ジェットホーホホウ』!!」

 

完全に位置を捉えられたシエル目がけて、ジェットミサイルの勢いと共に拳を突き出す。それによって小柄なシエルの身体は乗っていた雲から投げ出される。既に今の位置は塔の中層よりも少し高め。ここから海に叩きつけられれば小さな体は無事では済まないだろう。

 

「ホホウ、これでまた一つ、悪は滅びる」

 

少々予定がずれたが些末な誤差。敵側の魔導士の一人を討ち取ったと確信した梟は腕を組みながら、落ちていくシエルを見下ろしている。拳を当てられた痛みに歪み、落ちていく浮遊感を感じ焦燥の表情を浮かべる少年。

 

 

 

 

その少年の顔がしたり顔に変貌し、そのまま彼の身体は煙のように消えた。

 

「ホ!?き、消えた!!一体何が…!?」

 

突如として起きた予想もしなかった出来事に慌てながらも、梟は辺りの音を拾い出す。首を動かして視界も利用しながら、遥か上空でその音を拾うことに成功した。そう、上だ。見上げる梟の視界には何も映っていない。しかし、その音の発生している個所に目を凝らしてみると、己の闇を見破る目がその姿を捉えた。

 

先程消えたはずの少年が雲と共に、徐々に上へ向かっている。

 

「しまったホウ!!先程のは偽物か!!」

 

視覚ではなく聴覚を利用して位置を特定し始めていた梟。シエルはそれを大いに利用した。利きすぎる聴覚は蜃気楼(ミラージュ)の幻影が作り出す音も逃さず拾う。そして狙った獲物を必ず逃さず仕留めてきた梟はまんまとそれに食い付いた。暗殺者の中でも優秀だからこそ、聴覚に全ての神経を一時的に使っていたからこそ、シエルにそこを突かれてしまい、誘導させられたのだ。

 

「おのれ~!何の躊躇いもなく卑劣な手段をここまで重ねるとは、まさに悪逆非道!!あのような悪童は放っておけぬ!正義の名の元に、この私が成敗してくれ…ホホウ!!?」

 

敵前逃亡、光りによる目潰し、雲による進路阻害、そして騙し討ち。梟にとって許されざる数々の卑怯な手段に怒り心頭となっていたところを、何者かが攻撃し、先程までいた鳥籠の空間へと戻された。

 

その内の鳥籠の一つに直撃し首があらぬ方向に曲がってしまったが、元々フクロウ同様ほぼ自由自在に首を曲げられる彼には何の問題もない。すぐさま手で強制的に戻し、外部に繋がっていた壁を見ると、白い翼を生やして空を飛ぶ青いネコに抱えられた火竜(サラマンダー)がしたり顔で笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

 

「お前の相手はオレだろうが。余所見ばっかしてんじゃねえよ、鳥野郎」

 

「…ホウホウ…良いだろう…。貴様も含め、この場にいる全員を倒してから、あの悪童を追いかけ滅ぼしてくれる!ホーホホウ!!」

 

脱線はしたがこれで形勢は戻った。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツと、三羽鴉(トリニティレイヴン)の梟の激突が、ここに今再開された。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ショーウ!!どこだ、ショウーー!!」

 

雲で移動しながら塔の更に上の方へと入る事に成功したシエル。今彼は雲で移動しながらショウを、そして彼がカードに閉じ込めたエルザを探していた。まさかと思うがもうジェラールの元に着いてしまったのだろうか。そんな不安が胸中に過ったその時、一つの悲鳴がシエルの耳に届いた。

 

「この声、ショウだ!」

 

すぐさま声のした方に雲を向けて飛んでいくと、ある空間が見えた。まず目についたのは幾重にも並ぶ赤い鳥居。その下を通るは木製の橋。橋の両端には鳥居に挟まれるように橋の方向に顔を向けた狛犬の石像。橋の下には水が溜まっており、辺りに咲き誇る桜の花びらが舞い散り、水面に桜の絨毯を作り出している。

 

まるで異国…。いや、最早別の世界の風景を切り取ったかのような様式だった。

 

だが、そんな風景に目を奪われる余裕はシエルにはなかった。胸を十字に斬られて倒れ伏し、血を流すショウ。その奥に佇むのは一人の女だった。

 

鳳仙花村で度々見かけた、女性が身に着ける白い着物を、肩を露出するように着崩し、薄い桃色の長い髪を後ろで蝶結びの形で纏めている。緑色の瞳が収められた眼窩の下には、それぞれに一つずつ泣きぼくろがある。そして履物は深紅の高下駄、両手に持つは身の丈ほどある一本の長刀。一見すると異国の服装を身に纏った、美しい女性と言う印象だ。しかし…。

 

「あらぁ…これはまた、かいらしい坊ちゃんが来はったなぁ」

 

袖に包まれた手を口元に当ててこちらに微笑むその女性が、ただものではないこと、そしてショウに深手を負わせた犯人であることは明確だった。

 

「あの梟男の仲間か…?色々な意味で意外、と言うか…」

 

『この声、まさかシエルか!?』

 

すると、ショウの身体の方から探していた人物の声が聞こえた。思わず目を向けると、未だカードの中に閉じ込められた状態のエルザが、ショウの胸ポケットからその姿を覗かせていた。

 

『ショウ!今すぐ私をここから出せ!早く!』

 

「いやぁ、そんな所にいはりましたん?エルザはん」

 

エルザが入ったカードを視認すると、女性はまたも穏やかな笑みを深める。だがその穏やかな笑みはまるで、目当ての獲物を見つけたかのようにも見えた。それに気づいたのか否か、エルザは閉ざされたカードの障壁を叩いて必死に出ようともがく。

 

『今すぐ私をここから出せ!お前たちの勝てる相手ではない!!』

 

「姉さん…」

 

ショウにカードから出すように必死に頼み込むエルザの様子を見ていたシエル。だが、次の瞬間彼は直感で危機を感じ取りその場から飛び退いた。そして飛び退いたと同時に、シエルの足元に一つの斬撃痕と共に衝撃音が響く。

 

手に持つ刀を抜いた様子はなかった。だが、確実に今攻撃してきたのはあの女であることは分かる。

 

「あら、避けられましたわ。随分勘がよろしいみたいどすなぁ」

 

「挨拶代わりにしては物騒じゃないか?」

 

「すんまへんなぁ。うちのギルドではこの物騒な挨拶が普通でしてぇ」

 

女性の一挙手一投足に気を配り、動きを予測しようと、シエルは睨むようにして彼女に目線を固定する。今のは直感によって避けることができた、謂わば運頼みだ。二度も同じ奇跡が起きるとは限らない。

 

「お、おい…お前…!」

 

斬撃の衝撃で狛犬の石像に背をぶつける形となったショウがシエルに呼びかける。すると彼はある頼みを告げてきた。

 

「ね、姉さんのカードを…姉さんを連れていって、こっから逃げてくれ…!」

 

「!?」

 

それはエルザと共に避難することだ。少し対峙しただけでショウはあの女性の脅威を思い知ったのか、エルザを危険な目に遭わせない為にも、安全な場所へと逃がしてほしいと考えた。更に言えば、エルザの入ったカードにはプロテクトが施されており、いかなる魔法の攻撃を受けても、内部にいるエルザは傷つかない仕組みだという。それでも念には念をと、シエルにエルザの避難を頼み込んだ。

 

『何をバカなことを!シエル!私の事はいい!それよりも、ショウを連れてここから避難するんだ!』

 

対してエルザはショウの安全を優先とした頼みを提示してきた。カードから解放されれば自分があの女と戦い、その間にシエルたちが避難する時間を稼ぐことができると。今のショウは手負いで動けない。今ほとんど消耗していないシエルがショウを運ぶことは簡単なはずだと判断したからだろう。

 

「ダメだ…姉さんに危害を加えるような真似は、出来ない…頼む…!」

 

『シエル!私を置いてショウを連れていけ!命令だ!』

 

自分を犠牲にして大切な者を守ってほしい。互いに互いを想うがために、どちらかを犠牲にしてどちらかを助ける選択をシエルに託しているかのような状況。

 

ここでショウの願いを聞けば、エルザを追って目の前の女性は自分を追い詰めてくるが、エルザはシエルにとって同じギルドの仲間。

 

エルザの願いを聞けば、女性はエルザの方へと意識を向け、自分たちなど眼中になくなるだろう。そうすれば避難は容易だが、仲間を捨てて、ほぼ初対面の人間を優先することになる。

 

どちらを選んだとしても、シエルにとっては苦渋の決断となる。二人の正反対の頼みを耳にしながら思考をしていたシエルの選択は…。

 

 

 

 

 

 

 

「うるさい」

 

その一言で一蹴した。

これにはエルザも、ショウも、そしてシエルの前にいる女性も面食らう。

 

「エルザかショウ、どっちかを捨ててどっちかを助ける…?そんなの、俺にできるわけがないだろ」

 

そう言いながらシエルは左掌を上にかざして曇天(クラウディ)を発動。別世界の風家に暗雲が生み出される。その光景を目にした女性は「まぁ…」と面妖なものを見たような感嘆を零す。

 

エルザは同じギルドで長く共に過ごし、最近では同じチームとして活動を共にしている。大切な仲間だ。そしてショウは、自分とは関わりは薄いが、エルザにとって大切な存在であり、今はジェラールに対する共通の味方。

 

 

 

そのどちらかを見捨てる選択など、初めからシエルには存在していない。

 

「俺が今ここで、この女を倒して、全員でこの塔から脱出する。それが、俺にある唯一の選択肢だ!」

 

決意表明のようだ。エルザとショウ、そして自分自身に対しても表明するかのような、己を鼓舞するかのような、決意の表れ。誰からどう見ても、明らかに格上と思われるその女性を前に、虚勢にも等しいその啖呵に、エルザとショウは言葉を失い、女性はただただ微笑みを浮かべるばかりだ。

 

だが、虚勢とはいえここまで言い切ったこの少年に、一種の敬意を感じるのも、また事実であった。

 

「うちの名は『斑鳩(いかるが)』と申しますぅ。どうぞよしなに…」

 

「…妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属、シエル・ファルシーだ」

 

「暗殺ギルド髑髏会、特別遊撃部隊・三羽鴉(トリニティレイヴン)の隊長として…いざ、尋常に…」

 

シエルと斑鳩のぶつかり合いの火花が、今切って落とされる…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

髪を蝶結びの形で結い上げた女性を模した駒で、カードを模した駒にぶつけて倒し、その女性の駒の前に、雲から落ちる雨・雷・竜巻を模した駒を置いて、その斜め後ろに鎧をまとった騎士を模した駒を置く。

 

最上階から全ての戦いの様子を見ていたジェラールは、くつくつと笑いながらこの展開を面白げに観察していた。

 

「エーテリオン発射まであと22分…。次の対戦カードは、斑鳩対シエル・ファルシーか…。」

 

シエルの魔法は確かに強力だが、斑鳩のような格上の相手には分が悪い傾向がある。しかもその斑鳩は下手をすればエルザに匹敵するほどの実力の持ち主だ。正直言って、分が悪すぎる。

 

「くっくく…。勝負にさえ、なるといいな…?」

 




おまけ風次回予告

シエル「ねえルーシィ、ルーシィの方に、三羽鴉(トリニティレイヴン)のやつって来た?」

ルーシィ「ええ…来たわよ…。ものっ凄くうるさくて、最低で、キモいロン毛のやつが…」

シエル「うわぁ…特徴聞くだけでげんなりするよ…。ちなみに、名前とか聞かなかった?」

ルーシィ「確か…ヴィ…なんとか・タカ…とか言ってたような…?」

シエル「タカ…鷹?…それに梟、斑鳩…つまり(いかる)だから…」

次回『シエル vs. 斑鳩(いかるが)

ルーシィ「それで、一体何を考えてるの?」

シエル「…あいつら、三羽鴉(トリニティレイヴン)って名前で呼ばれてるのに、カラスって言える奴が一人も…一羽もいない…!(汗)」

ルーシィ「…ホントだあっ!!」


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第27話 シエル vs. 斑鳩(いかるが)

正午までに書き終えたかったのに家の都合でまーた遅れました。本当お詫びだけじゃ足りないや…。

後書きを書く時間も足りませんので、一旦は後書きが空欄のままの投稿になります。今日(12/6)中には編集で書き加えておきますね…。(汗)

12/6 21:10:後書きを追加いたしました。

そしてもうひとつお詫びが。次回の投稿は再来週になります。来週はまた書ける時間が確保できそうにないので…。今年までに楽園の塔終われるかなぁ…。年末で一気に書きたいところ…。


──今から数か月前…。依頼から帰りギルドの中で休んでいたエルザの元に、彼は訪ねてきた。水色がかった銀色の髪に一筋の金色のメッシュの入った、年齢よりも幼い容姿をした少年が。

 

「エルザ、実は頼みたいことがあるんだ」

 

「頼み…私にか?」

 

この時のエルザは依頼に向かう時もほとんど一人で行くことが多かった時期だ。誰かとチームを組むわけでもない上、S級魔導士として認められる確かな実力もある。同行者がほとんど必要なかったという理由も含まれているが、彼女はギルドでほとんど単独の行動をとることが多かったというのも一つだろう。

 

しかしギルドに加入した当時は兎も角、数年も経った今となっては新人にギルドのことについて教えたり面倒を見るぐらいにはなっている。そんな彼女に少年・シエルが頼みだしたこととは…。

 

「俺と、魔法で勝負してほしい」

 

それを聞いた瞬間、ギルド内全てに衝撃の声が上がった。「無茶だ!」「無謀だ!」「死んじまうぞ!」「オレだって勝負してぇ!」と言ったような、ほとんどがシエルを止めようとしている者達。

 

「どういうつもりだよ、エルザがどんだけ強いかは知ってるだろ…!?」

 

「だからこそさ」

 

一番近くにいたグレイが耳打ちするように彼に投げた質問にシエルは返した。そもそもこの勝負、自分が勝つことを目的としていないのだ。エルザがどれほど強いかを知った上で勝負を挑んだことに、周りの者たちは疑問符を浮かべる。

 

シエルが扱う魔法「天候魔法(ウェザーズ)」は実力が劣る格下相手ならば、大多数でも、むしろ大多数を相手にすれば絶大な効果を発揮する。しかし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)での仮加入期間の合間にこなしてきた依頼の中、彼の魔法は大きく差が開いた格上一人が相手の場合、有利に戦えないことが発覚した。これはシエルの弱点とも言える。

 

「そんな弱点を克服するためには、より格上と実際に戦って経験を積む事じゃないか、って思ってね。エルザには、勝負と同時に鍛えてもらえないか、お願いしに来たってわけさ」

 

「なるほどな…」

 

自らの魔法、そして実力を客観的に分析し、見つけ出した弱点を放っておかずに対処する。エルザへの挑戦に含まれた意味を説明され、勝負を挑まれたエルザも含め、周りは納得した様子を見せる。真剣な勝負と言うよりは稽古に近いようだ。それを聞いて幾分か安心した者もいるだろう。

 

そしてそんな勝負もとい稽古の相手に、エルザが選ばれた理由であるが、S級魔導士として確かな実力があることも理由になるだろうが、その条件を満たしているのはエルザだけではない。だが同じS級であっても、ラクサスは稽古を頼んだとしても受けてくれるとは思えない。ミストガンとはそもそもシエルからの面識はほぼ0と言っていい。ミラジェーンは魔導士を引退した身でとても頼めない。残る二人も依頼でギルドを留守にしていて、いつ帰ってくるか不明である。

 

どのみちどう足掻いてもエルザ以外にシエルの頼みを聞ける者がいないのだ。

 

「…よし、良いだろう。私に任せておけ」

 

「ありがとう、エルザ!」

 

「ただし、やるからには容赦はしないぞ。勝負も稽古もな」

 

エルザからの承諾を受けて表情を喜色に染めるシエル。だがその後に続けられた言葉に、彼は身を引き締めた。恐らく想像を絶するような厳しい試練となるのだろう。だがこれを乗り越えられなければ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士としての成長は望めない。厳しくなろうとも乗り越えなければ。シエルは既に覚悟を決めた。

 

 

 

そんな想像も覚悟も、斜め上…どころか垂直上昇とも言えるレベルの過酷さを極めることは、この時予想などできなかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

『ダメだシエル…!奴はお前の手に負える相手じゃないんだ…!!』

 

楽園の塔の最上階がもうすぐそこにまで迫ってきた異国風景が広がるそのエリアにて、シエルが対峙するは暗殺ギルド髑髏会・三羽鴉(トリニティレイヴン)の隊長であるその女性、斑鳩。彼女の一挙手一投足を見逃すまいと睨みを利かせているシエルに対し、余裕な佇まいを崩さない笑みを向けている。そんな笑みも含めて、なのだろうか…カード越しからでもシエルが今対峙している女性との魔力の差を感じさせられる。シエルが最も苦手としている、圧倒的な個の力を有した魔導士だ。

 

 

微かに笑みを深くした斑鳩は、剣の柄を握る右手を微かに動かす。

 

「っ!!」

 

身体の右側を後方にずらして身をずらしたと同時に、シエルにいくつもの斬撃が襲い掛かる。動かなければ確実に斬られてしまったであろうその斬撃を躱すことは出来たが、完全には躱しきれなかったらしく、服の右部分に切り傷が入ってしまう。

 

落雷(サンダー)!!」

 

態勢を立て直すと同時に雷の魔力を上空の雲に目掛けて放ち、落雷を発生させる。しかし、その落雷は後ろに飛び退かれることで簡単に避けられ、そのまま空中で斑鳩は再び剣を向ける。

 

右方向に飛び退きながら予感していた斬撃を躱し、シエルは次の攻撃を仕掛けていく。右手に向けるのは緑色の魔法陣から放たれる横方向の竜巻(トルネード)。だが…。

 

「無月流…『夜叉閃空』!」

 

着地と同時に抜刀し、巡りくる竜巻に斬撃を浴びせると、何と視認できる程の強風となっていた竜巻が剣閃によってバラバラに、そして勢いを殺されたまま霧散していった。

 

「た、竜巻を…斬った!!?」

 

「だったら!吹雪(ブリザード)砂嵐(サーブルス)!!」

 

人間技とは思えぬ芸当を目の前にして仰天するショウの声で事実を再確認し、それでもなお退かぬシエルは次の手を繰り出す。凍えるほどの雪を纏った嵐と、視界を遮る砂礫を纏った嵐。二種類の竜巻を同時に放って斑鳩の元へと襲い掛かる。

 

しかし、それに対しても斑鳩は余裕を崩すことも無く…。

 

「無月流『旋風(つむじ)独楽(ごま)』」

 

抜刀したまま己の身体をその場で一回転。するとたったそれだけの動作で二種の竜巻に引けを取らぬ斬撃の嵐がそれとぶつかり合い、一瞬のうちに両方を消し飛ばす。

 

「何だと…!?」

 

「うちに斬れないものはありません」

 

いとも簡単に自分の魔法が尽く打ち消されていく様子を、信じられないものを見るように驚くシエルに、斑鳩は言葉ともに再び斬撃を飛ばす。そして次の瞬間、シエルの右脇腹から左肩にかけて一閃が走る。悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされ、シエルは背中から床に叩きつけられる。やられてしまった。ショウは自分と同様簡単に斑鳩に敗れてしまった少年の姿を見て、そう確信した。

 

 

 

 

対して斑鳩は、浮かべていた笑みを、怪訝な表情へと変えていた。そして己の左側に視線を移したかと思うと、何もない視線の先にある虚空に向けて夜叉閃空を放つ。すると…

 

「ぐあっ!!な、にっ…!!?」

 

何もなかったその虚空からシエルの姿が切り傷とともに現れた。斬撃の衝撃を受けてシエルは足場となっていた水場に沈むような形で飛ばされる。そして、ショウが先程見ていたシエルの姿は溶けるように消えていった。蜃気楼(ミラージュ)である。

 

「え、え…?な、何だ、今何が…?」

 

状況が理解できずに戸惑うばかりのショウに対し、カードに閉じ込められているエルザは蜃気楼(ミラージュ)によって姿を消したシエルの位置を見破った斑鳩に驚きを表していた。自分も微かな気配で本物を見破った経験はあるが、それは事前に幻影の魔法があると知っていたから。対して斑鳩は全くの情報がないにも関わらず、本物のシエルの位置を特定し、的確に攻撃してきたのだ。

 

「びっくりしはりました?姿が見えていないことを利用して、うちに不意打ちしようと思わはったんでしょうけど…残念でしたなぁ~」

 

再び余裕を感じさせる笑みを浮かべてシエルに呼びかける斑鳩の声に対し、彼は沈んでいた水の中から勢い良く立ち上がる。その反動で、彼に押し上げられた水が勢いよく音を立て、滴り落ちる雫が周りの水面に波紋を立てる。

 

そして少年の顔には怒りと悔しさが混じった、険しい表情が浮かび上がっていた。

 

「あらぁ、いややわ~そんなに睨んで怖い…。かいらしい顔が勿体無いどすえ?」

 

そんな表情を見て怯えるどころか一層の余裕を感じさせる斑鳩の言動に、シエルは感情的になるのを抑え、身に纏っていた星霊界の服の内、外套と上着を脱ぎ捨てる。水分を多く吸収したうえ、斑鳩によって所々傷を入れられて台無しになったからである。

 

「折角バルゴが用意してくれたのに…あとで謝んなきゃいけねえじゃねえか…!」

 

怒りを滲ませながらもどこか心のゆとりを感じさせるその言葉。自分自身を安堵させるためのようにも聞こえるその言葉を独り言ち、シエルは一つ深呼吸を行う。その間に斑鳩は動く気配が無かった。まだ勝算はある。

 

日射光(サンシャイン)!!」

 

瞬間的に日光の魔法を斑鳩目掛けて放つ。相手の視界を封じて敵の行動を鈍らせる方法をとれば、戦況を有利にできるはず。事実、突如発せられた光に斑鳩は対応が遅れ、表情は驚愕、そして視界を封じられて苦悶のものへと変貌する。

 

「こ、これは…!また狡いこと…!」

 

余裕を保っていた斑鳩がここに来て調子を崩したことにシエルは思わず口角が上がるのを感じた。斑鳩の耳に届かないように無言で乗雲(クラウィド)を発生させ、橋の下を経由して斑鳩の背後をとる。そしてそのまま、落雷(サンダー)の魔力を雲に飛ばし、斑鳩を狙い撃つ。

 

しかし、雷とはどうあっても轟音を鳴らすもの。方向を悟られては避けられる可能性が高い。ならばどうすればいいか。実に簡単。純粋な数の暴力だ。斑鳩を囲むようにして落雷(サンダー)の魔力を飛ばし、あらゆる方向から雷で斑鳩を追い込むこと。

 

「(さあ、落ちよ雷たち!あの女に、逃げ場をなくせ!!)」

 

心の内に留めて雷を一斉に落とす。数ある天候の中でも屈指の速度と威力を有する雷を多数落とされれば、いかに差の広がりが多い格上の相手であっても対応はできない。しかも視界を封じられている今の斑鳩にそのような手段もあるはずがない。

 

 

 

ある()()が…なかった…。

 

 

それはシエルの、想像でしかなかった。

 

「無月流、夜叉閃空」

 

雷が直撃する寸前、瞬時に抜刀し、次の時には太刀を納めていた斑鳩。その身には一切の傷は存在しなかった。彼女の足元を囲むように、橋に焦げ目が入っているが、彼女の立っている場所、そして彼女自身の身体には何一つ、そのような痕が無かった。

 

「…え…?」

 

呆けるシエル。その僅かな呟きを耳にした彼女の次の行動は早かった。

 

彼の足場となっている乗雲(クラウィド)が縦方向に真っ二つに切り裂かれる。あの一つの言葉だけで、彼女はシエルの位置を特定した。目を閉じながらも迫りくる雷の気配を感じ取り、一つ残らず一刀のもとに切り裂き、自身への被害を皆無としただけでなく、シエルの方向へと再び斬撃を飛ばしてきたのだ。

 

「やばい!!」

 

足場を切られてバランスを崩しかけたシエルは咄嗟に雲から脱出。橋が繋ぐ双方の足場へと着地することに成功したが、その表情は驚愕と焦燥が入り混じっている。

 

視界を封じてもなお、雷による多方向の攻撃を対処し、あまつさえ自分に反撃もしてきた。暗殺ギルドの中でもダントツな実力者たちが集う部隊で、隊長と名乗る程の実力者。これほどまでの差があるとは、正直予想できなかった。

 

「うちの目を潰しただけで、うちに勝てると思っとったんどす?うふふ…舐められたもんどすなぁ」

 

小細工は最早通用しないだろう。圧倒的な力の前ではもう小手先の手で優位に立つのは不可能だ。瞬時に考えを入れ替えたシエルは、上空に依然として浮かんでいる雲に向かって、最後の手を使用する。

 

豪雨(スコール)竜巻(トルネード)!混ざり弾けて、この空間を蹂躙せよ!台風(タイフーン)!!」

 

上空を覆い密集する雲を経由して、視界と音を封じる雨と、辺りを蹂躙する暴風が起こり出す。エルザが閉じ込められたカードを必死に握るショウは、シエルが起こした台風に飛ばされまいと、狛犬を模した石像の一つにしがみつく。

 

純粋な威力を重視したこの技に、最早全てを賭けるしかない。シエルのそんな思いが感じられたのか、ショウは自分をも巻き込みかねないその技に対して文句を言わず、彼の勝利をどこかで信じている。

 

対して斑鳩は、太刀を納刀した構えの状態で、風に体を飛ばされまいと踏ん張っているようだ。これを見たシエルは追い打ちをかける。台風(タイフーン)が発動している大嵐の中に落雷(サンダー)の魔力を投入し、更なる破壊力を生み出しす。これが成功すれば、最早勝利も難しいものではない。

 

 

 

 

 

「無月流…『迦楼羅(かるら)(えん)』」

 

そんな彼の打算は無情に打ち砕かれた。斑鳩が抜刀と共に発したのは太刀すら飲み込む規模の炎。その炎は上空に密集する雲目掛けて放たれ、高温の炎をぶつけられた雲は斬撃を起点として瞬く間に蒸発。雨と竜巻、辺りを蹂躙した気候は雲とともに消滅し、先程までの悪天候が嘘のように静まり返った。

 

「…っ…!う…そだ……」

 

全くもって歯が立たない。正面突破も、少々こずるい手も、シエルの全てが斑鳩には届かない。あらゆる手段も通じず、打ち消されてしまった。

 

勝てる手立てが…ない…。

 

「坊ちゃんの割には、中々楽しめました。…でももう、終いどす」

 

斑鳩その言葉を告げた瞬間、シエルの体中の至る所に切り傷が走る。そしてそれと同時に赤い液体が傷から噴き出した。

 

「今度は…本物みたいどすな…」

 

ようやく視界が戻ったのか目を少し開いてシエルの姿を映し出す。それは、感情を失ったかのような表情のまま、血を流して目の目利に倒れ行く少年の姿だった。

 

『シ…!シエルゥウウウッ!!!』

 

薄れゆく意識の中で少年の耳に最後に聞こえたのは、カードの中に未だに囚われの身となっている、仲間(エルザ)の叫びだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

地面に背を付けて、身体を大の字にして寝転がりながら、未だ整う事のない荒い呼吸を何回も繰り返す少年を、呆れながらも優し気な眼差しで見下ろしてくる緋色の髪を持つ女性。

 

「どうしたシエル?稽古を申し出てきたのはお前だろう?もう終わりにするのか?」

 

「はあっ、はあっ…!まだ…やる、けど…!息が…中、々…戻ら、なく、て…!!」

 

へとへとの状態でありながらもこのまま終わらせるつもりはなさそうなシエルに、「そうか」と少し笑いながらエルザは返す。息が戻らないシエルに対して、彼女は息切れどころか汗一つすら出ていない。実力の差による違い、と言えばそこまでなのだが、エルザとの勝負、及び稽古はとんでもないと形容するにも生ぬるい程に過酷であった。

 

まず勝負自体は、互いにどのような魔法を使うのかは知っているので、その上でシエルは先手必勝とばかりに竜巻(トルネード)を繰り出した。しかし横方向に奔る竜巻は換装で装備した彼女の剣によって真っ二つに斬られて突っ込まれ、焦りながらも続けざまに出した吹雪(ブリザード)は再び換装魔法によって取り出した炎の大剣によって蒸発させられた。

 

身の危険を感じたシエルは蜃気楼(ミラージュ)を咄嗟に使って回避するも、幻影のシエルを斬った直後に違和感を感じたエルザは、微かなシエルの気配を感じ取って、気づけば彼女はシエルを組み敷いていた。あまりにも一方的で呆気ない勝敗である。

 

それからと言うもの、シエル自身の視点やエルザからの視点それぞれからシエルの魔法の弱点を補う方法を模索。そしてその方法を実用できるように鍛錬を始めたのだが…何かもう、常識的な視点から見れば、確実に一般人がこなすことすら出来ないハードメニューを何セットもやらされた、という事だけ記載しておこう…。

 

「覚悟自体は、決めてたんだけど…こんなに、きついなんて、思わなかった…!」

 

「これでも少し控えた方だぞ?何なら再開した際にはさらにメニューを追加するが」

 

「ヤメテクダサイシンデシマイマス」

 

エルザから告げられた宣告に息切れも忘れて虚ろな目となりながら早口で呟くシエルに、エルザはさらに笑みを深めて「冗談だ」と返してきた。こんな冗談も言えるのか…と言うより、冗談に聞こえなかったのは気のせいだろうか…と思わずにいられない…。ようやく息を整えられたシエルが上体だけを起こすと、エルザに目を向けて徐に尋ね始めた。

 

「…でもちょっと、意外だった」

 

「意外?何がだ?」

 

「頼んでおいてなんだけどさ、こんなに親身になってくれると思わなかったんだ」

 

エルザがギルドに来たばかりの頃は、周りに溶け込もうともせず、常に一人で何かしらの行動をしていた印象だったという話を、昔からギルドにいる面々から聞いたことがある。楽園の塔を作らせる奴隷として捕らえられていたこと、そこから解放される直前にジェラールに裏切られたことなどが原因となっていた。そんな彼女も時を重ねるにつれて比較的柔らかく、そして一人でいることが少なくなっていったのだ。だがそれでも、どこか他人と必要以上に関わろうとしないエルザが、自分にここまで親身になってくれているのは意外だったのだ。

 

「…そう、見えていたか…」

 

シエルに指摘された自分の印象を聞いたエルザは、どこか複雑そうな表情のまま先程とは違った儚げな笑みを浮かべた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

倒れ伏し動かないままの少年を見て、ショウは己の身体が震えているのを感じていた。圧倒的な力を目の前にいた、恐怖から生まれる震え…。

 

「だ、ダメだ…!強すぎる…次元が違い過ぎる…!!」

 

そんな彼の恐怖による呟きに意も介さず、斑鳩はショウの…正確にはショウが手に持つカードに閉じ込められたままのエルザに視線を移す。まずい。直感的にショウは斑鳩から離れなければいけない、と感じ取りエルザをしっかりと持って立ち上がり駆け出す。しかし、逃がす気のない斑鳩は彼にまたも刃を振るう。その剣閃は、彼の身を斬らず足元に亀裂を走らせる。だがその亀裂が走った途端、ショウの身体は力を無くしたように動かなくなり、その場に倒れ伏した。

 

「な、何だ…!?体が…動か、な…!」

 

「服も身も斬らずに神経のみを斬りました。うちの無月流ならば、こんなことも可能なんどす」

 

立ち塞がる少年、逃げようとした青年を斬り伏せ、斑鳩はついに目当ての人物の相手を目前とした。その目当ての人物は未だにカードに入れられたままだ。

 

『ショウ!今すぐここから私を出せ!』

 

「安心して…。そのカードはプロテクトしてある…。絶対に外から傷つけることは出来ないんだ…」

 

「へえ…」

 

その説明を聞いて何かが刺激された様子の斑鳩。カードの中のエルザ目掛けて彼女は剣を一閃する。斬られなかったカードの様子に安堵した様子のショウであったが、その中のエルザの様子を見て、驚愕に目が見開かれた。

 

カードの中のエルザに斬撃が渡り、己の剣で防ぎ切った様子が映されていたのだ。

 

「カードの中を…空間を超えて斬ったァ!?」

 

驚愕をするショウの言葉に確信を得た斑鳩の猛攻は続く。目にも止まらぬ早業を連続で繰り出していき、カードの中のエルザに襲い掛かる。エルザはそんなカードの中で、剣で防ぎ、身を引いて躱し、襲い来る斑鳩の剣劇に対処していく。

 

そして幾分かその拮抗を続けていったその時、カードが光を発し、収まることも無いままエルザの姿がそこに出現した。カードの中から出ることができたのだ。微笑む斑鳩と驚愕するショウに対し、聞かれる間もなくエルザは答えを告げた。

 

「貴様のおかげで空間に(ひず)みが出来た。そこを斬り開かせてもらった」

 

あっさりと言ってのけているがとんでもない方法だ。空間を超えてくる剣も相当だが、それによって生まれたわずかな歪を利用するなど見事としか言えない。ショウは先程の恐怖も忘れて、感涙に打ちひしがれていた。

 

「本来なら貴様に用はないと言いたいところだが、仲間をあのような目に遭わされて黙っているわけにもいかん…。斬り捨てさせてもらうぞ…!」

 

シエルに対して行われた所業に、怒りを隠そうともせず露わにするエルザ。対面した者が畏怖するほどの剣幕であるにも関わらず、斑鳩の笑みに変わりはない。「挨拶代わりどす」と、表情を変えずに告げると、エルザが纏っていた鎧に罅が入り、瞬く間に広がっていって砕け散る。

 

「あれぇ、もしかして…見えてませんでした?」

 

エルザにさえ見えぬ速さを誇る剣閃。その事実を垣間見た二人の顔にまたも驚愕が移された。ジェラールに対する怒りや、シエルを倒されたことへの怒り、様々な感情が交錯していて、まわりが見えなくなっていると、指摘される。

 

「うちは路傍の人ではありませんよ」

 

「…そのようだ、な…?」

 

ふと、エルザの様子が変わったことに気付いた。己を敵として見定めた、とはまた違う、何か呆気にとられたような表情。その目線は自分…ではなく自分の後方に向けられているように見える。確か後方には…いや、そんなはずがない、と自分に言い聞かせながらも斑鳩は後方に振り向いた。

 

 

 

 

 

そして目にした、先程まで倒れ伏していた少年が、満身創痍と言えるまでに傷ついた体のまま、立ち上がろうとしていた光景を。

 

自分の剣であそこまで叩きのめしたというのに、まだ立ち上がろうとする気力があったのか、と斑鳩は驚愕した。既に出血量を見ればいつその命を落としてもおかしくないというのに。

 

息も絶え絶え、目も満足に開けていない。だが、その細く開かれた目は、未だに斑鳩を捉えて諦めを映さない。自分の頭上に目掛けて右掌を伸ばすと、青い魔法陣が浮かび上がる。豪雨(スコール)と同じく雨の魔力を表すものだが、放たれたのはそれとは違うものだった。

 

「『慈雨(ヒールレイン)』…!」

 

放たれた魔力は小さい雲を作り出し、その雲から淡い光を発する小雨が、シエルにのみ降り注ぐ。一体何をしているのか、怪訝な表情を浮かべる斑鳩は、シエルの姿を見てその顔を驚愕に染めた。小雨に打たれるシエルの体中の傷が、次々と、見る見るうちに塞がっていく。そして体中に付いていた血は、雨によって洗い流されていく。

 

慈雨(ヒールレイン)』は視界や音を遮る豪雨(スコール)とは違って、優しげな小雨の魔法だ。回復力と治癒力を高める日光浴(サンライズ)と同系統の治癒に関する魔法だが、こちらは瞬間的な治癒専門。瞬く間に傷を癒して出血を抑え、身体の欠損の際にも瞬間的に塞ぐことができるほどの効力を持つ。さすがに体が欠損すれば再生することは出来ないが、それでも長い期間を要する細胞分裂による回復を一瞬で終わらせることができる性能だ。

 

しかし、これにはデメリットもある。魔力の回復もできる日射光(サンシャイン)とは違い、この慈雨(ヒールレイン)は魔力の消費量が他と比べても膨大なのだ。使いどころや頻度を間違えると、自発的に魔力欠乏症を引き起こす原因にもなってしまう。

 

「シエル!もういい、お前は下がれ!こいつは私が引き受ける!」

 

傷を治しはしたが、魔力はもうほとんど限界に近いと悟ったエルザはシエルを下がらせようと彼に呼びかける。だが、彼はそれを聞き入れようとせず、斑鳩に敵意の視線を未だ向けている状態だ。

 

「自分からこいつに勝負吹っ掛けといて…そんなあっさり引き下がってたら…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として、ギルドに名を連ねる者として、大恥でしかないじゃんか…!」

 

「実力差がかけ離れた相手に敗北することは、何の恥でもない…摂理とちゃいます?」

 

強がりにしか聞こえない。そんなシエルの言葉に対して余裕の笑みを引き戻した斑鳩の問いかけに、シエルは「ハッ」と鼻で笑う。その様子に斑鳩の笑みが一瞬歪む。

 

「かけ離れた…?バカなこと言うなよ。エルザだったらいざ知らず、お前を相手に実力差がかけ離れてる、だなんて言われる筋合いはねえよ。厚化粧女…!」

 

ブチッっという血管の切れる音を、斑鳩は自分自身で自覚した。目が鋭くなるのも、笑みを浮かべた口角が引きつくのも、全部。舐められたものだ。さっきまで自分を相手に全く歯が立たなかった癖に。直感で躱すことはあっても剣閃を見切れていたわけでもないのに。気が変わった。まずはシエル(こいつ)を絶対に斬る。今度こそ容赦しない。

 

「シエル、早まるな!!」

 

「心配しないでよ、エルザ。俺一人でやるわけじゃない」

 

気絶している間に、シエルは夢を見た。エルザに頼み込んで勝負と鍛錬をつけてもらったあの日の事を。親身になってくれたことが意外だと告げた時、複雑な表情を浮かべていたことを。あの時はエルザの過去に何があったのか知らなかったために分からなかったが、今は分かる。

 

エルザはこの塔で過ごした仲間たちと、自分たちを重ねていたのだ。失った者達、守れなかった者達、それらを再び失うのが怖くて、他人と必要以上に関わろうとしなかった。悲惨な過去を抱えることで涙することもあっただろうに、人前ではその涙を見せなかった。彼女は自分の弱さを見せないために、強さで飾った心の鎧をまとっていたのだ。ならば、自分たちがそんなエルザにできることは…。

 

 

「ここにいる俺は、エルザと出会って強くなれたシエルだ。守られるばかりの、ただ失うだけの仲間じゃなく、お前と共に戦える仲間(シエル)だ」

 

守るべき者じゃなく、共に戦える者。エルザと出会えたからその力を身に付けることができた者として、目の前の敵を倒す。それが、シエルの答えだ。

 

「見ててくれエルザ。お前が教えてくれた、俺達の強さを!日射光(サンシャイン)!!」

 

そう言うとシエルは右手を差し出して小太陽を創り出す。それを見た斑鳩は目を閉じて笑みを深くした。先程自分が対処できた方法と同じことをするつもりだろう、と。

 

「口だけは達者みたいやなぁ。目を潰されてもうちには効きまへん」

 

 

 

 

 

「『気象転纏(スタイルチェンジ)』!!」

 

『!!?』

 

シエルから放たれた聞きなれぬ言葉に斑鳩を始め、全員が驚愕に包まれる。驚く3人を尻目にシエルの言葉に反応した小太陽が輝きと共に動き出した。シエルが両腕を横に伸ばすと、小太陽が光りながら10を超える数に分裂していく。一度両腕を前にして右腕の身を自分の身体の方に、弓矢を番えて引き絞る動作をすると、またもその姿を変えた。

 

幾つも分裂した小太陽が一斉にシエルがひく右腕と共に、細く長くなっていき、彼の動きが止まった時には、太陽だった光球全てが矢の形へと変貌を遂げた。

 

「あ、あれは光の矢…?」

 

ショウが呟いた言葉こそ、まさに今シエルが具現化したものを物語っている。太陽の光が矢の形をもって作られた。今まで天候を変えることのみが彼の魔法だとばかり思っていたショウも、対峙する斑鳩も、不可解な現象に戸惑いを隠せない。ただ一人…。

 

「使いこなせるように、なったのか…!?」

 

その光景に心当たりのあるエルザだけは違う感想を零していた。

 

時に。太陽に限らず、光の速度は秒速およそ30万km。現実に分かりやすく言えば1秒で光は地球を7周半できる速さと言われている。大体の光は光量が少なく、距離が遠ければ遠い程弱くなっていき届かないという例もあるが、太陽は今いる星よりもさらに遠く離れた星に届くほどの圧倒的な光を有している。その距離は最早計り知れず、今も尚伸びているという話もある。

 

閑話休題。

 

そしてシエルが作り出した太陽も、それの例外とは言えない。斑鳩の放つ剣閃も肉眼で追うことは至難ではあるが、今シエルが番える宙に浮かぶ光の矢はそれに追いつけるのか?

 

「試してみるか、斑鳩さんよ?」

 

「その前に、あんさんを…!」

 

斬る、よりも先に動いたのはシエルだった。気付くよりも先に斬られてしまっては今この好機を逃すことになる。勝負は一瞬よりも、もしかしたら速かったかもしれない。

 

 

 

「貫け!光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

引いていた右腕を差し出す動作。それと同時に作り出した光の矢はそれぞれが縦横無尽に様々な方向から迫り、肩、肘、膝、足のつけ根と言った関節部分を貫通する。極小の穴を空けられたものの、そのダメージは思ったよりも大きい。斑鳩が気づいた時には、身体の各所が太陽の光による熱に侵された。たまらず悲鳴をあげながら剣の柄から手を離し、その場に蹲る。

 

落雷(サンダー)気象転纏(スタイルチェンジ)

 

その様子を見ても油断せず、シエルは次の行動に出た。雷の魔力は声と共に現れ、その雷は彼の右手を起点に伸びていき、ある形を象っていく。そして作り上げられたそれを確認したシエルは、前方に蹲る斑鳩に向けて構えた。それは迸る雷で作り上げられた刃…。

 

稲妻の剣(スパークエッジ)…!」

 

「…剣の使い手であるうちを相手に、最後に剣で挑む気どすか…?思わぬ深傷を追わされたとは言え、つくづくなめてくれますな…」

 

「それは違うな。剣を使うお前が相手だからこそ、最後に剣で決着をつけるべきだと思ったんだ」

 

剣を扱う相手の動きは、これでもかと見てきた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)において最強の名を冠する女魔導士の剣術を。系統は違えど彼女の剣捌きが今の自分に力を与えてくれている…。

 

 

「行くぞ!」

「受けて立ちます…!」

 

抜き身同然の雷の刃と、鞘に納めた居合の型。一見正反対である二人の構え。しかし互いに目の前の敵を斬らんが為、同時にその足を駆け出した。

 

 

そして、すれ違い様に互いに剣閃を交え、互いが背中を合わせた形で止まる。

 

 

 

「ぐっ!」

 

斑鳩の方には右肩に切り傷が少し入った程度。だがシエルは腹部を横一線に斬られていた。勝負あった。自分の勝ちを、斑鳩は確信した。片膝をつくシエルに振り返り、勝者の笑みを向ける。

 

 

 

 

 

 

その時、突如斑鳩に電流が走った。比喩ではなく、文字通り彼女の体を駆け巡る電流が。

 

「ああああああああっっ!!?」

 

シエルが持つ稲妻の剣(スパークエッジ)は常に電流が走っている刃だ。それに斬られれば傷口から微弱な電流を体に流し込まれ、血管に影響を及ぼす。さらに今斑鳩は先程の光陰矢の如し(サニーアローズ)によって所々の関節のある皮膚に穴が開いている。そこに電気が流れれば堪えきれぬ痛みと化すのだ。

 

「卑怯な手口ばっかですまねえけど…真っ向な剣の勝負じゃ、確実に勝てなかったんでね…」

 

自分自身が剣術に慣れてないことは自覚している。だが手負いの状態になっている目の前の女性が相手ならば、少し斬るだけで確実にダメージを与えられる、この雷の刃で対応できると考えた。想像を超えた結果を導き出せたことで、シエルは斑鳩に一矢報いることができた。

 

「…そ、そんな…。うちが…うちがこんな、年端もいかぬ子供に…負け、る…!?」

 

一方で斑鳩は今の現状を受け入れられずにいた。暗殺ギルドに加入してから、負けたことなどただの一度もなかった。それが、自分よりも格下である見た目が幼い少年を相手に、不覚をとるなど…いや…。

 

「(年端もいかぬ子供…その思い込みが…敗因…)」

 

女子供であろうと、魔法を扱い、ギルドに所属する一人の魔導士だ。エルザを前にして、ショウやシエルは彼女にとって前座だと、決めつけていた。まるでエルザの前に塞がる路傍の石として…。

 

『うちは路傍の人ではありませんよ』

 

自分がエルザに告げたあの一言が、よもや自分自身に帰ってくるとは…。

 

「(彼を侮った…。路傍の人と決めつけてたんは…うちの方…。その慢心が…この結果、どすか…)」

 

格下と思って油断し、手を抜いた。これが最初から本気であったら、シエルは今頃命も危うかっただろう。だが彼は彼女の慢心に食らいつき、勝利を勝ち取った。全てを理解した斑鳩は両膝をついて前のめりに倒れ行きながら…

 

「お見事…どす…」

 

一人の魔導士としてシエルを認め、自身の敗北を告げた。

 

シエルは勝った。大きな差を持つ実力者を相手に、大金星を納めたのだった。




おまけ風次回予告

シエル「斑鳩も倒して、三羽鴉(トリニティレイヴン)は全滅。後はジェラールただ一人、だね」

エルザ「本当に無茶をしたな。あの勝利は本当に奇跡と言っていい…」

シエル「心配かけたことは謝るよ。でも、きっとエルザが戦っても、簡単に勝てるとは思えなかった…」

エルザ「それは否定できんな…。お前のおかげで、私はほぼ万全の状態でジェラールに挑むことができる。感謝するよ、シエル」

シエル「ジェラールもそうだけど…エーテリオンも気になる、よね…」

次回『正義の光が落ちる時』

エルザ「心配はいらないさ、必ず決着をつけてくる」

シエル「…エルザ…死なないでね…?」

エルザ「…もちろんだ」


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第28話 正義の光が落ちる時

二週間お待たせしました!
今回は今までの中で文章量が一番少ない回となりました。
もう少し何かしら文字を増やせればよかったんたんですが、少々体調不良気味でいい言葉も浮かばず、次回に持ち越したい展開も多かったので断念。

将来的に加筆修正できればいいな…。

そう言えば皆さんのところは雪降りました?
僕が今いるとこは結構降って積もりまくってます。除雪車も通りました。

シエルが吹雪(ブリザード)でも使ったのかな?←


「これは…さすがに予想できなかったな…」

 

最上階で階下の様子を見ていたジェラールは、純粋に驚いていた。斑鳩が負けた。その事実だけならば特に驚きはしなかっただろう。彼が予想していなかったのは、斑鳩を打ち負かしたのがエルザではなく、シエルであったことだ。

 

斑鳩の実力はエルザに匹敵するものだと予測はしていた。そんな彼女と比べてシエルの実力はあまりにも不足。加えてシエルの扱う天候魔法(ウェザーズ)は斑鳩にほとんど通用しなかった。戦局は一目瞭然…となるはずだった。

 

「ふっ…これはこれで面白い…が、残念ながらゲームはもう終わってしまいそうだな…」

 

少しばかり心残りを感じさせる声でシエルを模した天候の駒を、女性の駒にぶつけて倒す。他の二人を模した駒も、既に倒された状態だ。

ギターの駒のモチーフとなったヴィダルダス・タカと言う床に付くほどの黒い髪と白塗りの顔でパンクファッションに身を包んだ男性は、ルーシィとジュビアの少女二人を相手にし、ジュビアを洗脳して味方に付けたが、ジュビアの心の声を感知したルーシィが彼女の身体を使ってアクエリアスを召喚。勢いそのままに二人は魔力を融合させ合体魔法(ユニゾンレイド)――信頼し合う二人以上の魔導士が文字通り魔力を融合させて放つ魔法――を発動。強大な威力を前に倒された。

フクロウの駒のモチーフとなった、ナツと対峙していた戦士梟。シエルが先に進んでいったあの後、ナツを飲み込んでその力を己に吸収しようとしていたが、その後グレイが想像以上の力を発揮して打ち倒された。

そしてつい先ほどの斑鳩。ジェラールが雇った3人の戦士はこれで全滅となった。

 

残りは支配者・ジェラールただ一人…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

倒れ伏した斑鳩。片膝をつくだけで持ちこたえたシエル。その光景を垣間見たエルザたちは茫然という様子を隠すこともできなかった。

 

「す、すげえ…勝っちまいやがった…!あのとんでもなく強い女に…!!」

 

ショウに至っては、圧倒的なまでに苦戦していた相手に逆転勝利をおさめたシエルの姿に感動さえ覚えていた。自分は全く為す術もないまま斬り伏せられたのに対し、同様に倒されるばかりと思っていた少年の想像を超える活躍に、心なしか胸が震えたのだ。

 

だがその時、片膝をついた状態だったシエルの身体がぐらりと傾き、倒れようとする。一番近くにいたエルザがすぐさま駆け寄り、地に着くよりも早くシエルの身体を抱き留めた。

 

「シエル!大丈夫か!?」

 

エルザの呼びかけに、微かにだけ目を開けたシエルは、ほとんど力も入れられない状態だ。もしかしたらこのまま…。そんな悪い想像すらしてしまうエルザの心配に対し、シエルはかすれるような小さい声で答えた。

 

「…魔力を…ほとんど、使い切った…かも…」

 

斑鳩との戦いにおいて次々と天気を変動させ、体中の傷を癒すために消費の激しい慈雨(ヒールレイン)の使用。そして気象転纏(スタイルチェンジ)。大幅に消費した魔力はしばらく時間をかけなければ回復できない状態だ。ここまで消耗してしまった彼の様子に、エルザは口元に笑みを浮かべて「本当に無茶をするな…」と呆れたような、安心したような言葉を零した。

 

「最後の最後に…上手くいってホント…良かったよ…。エルザのおかげも、あってね…」

 

エルザと斑鳩。二人とも女剣士という共通点がある。戦い方に差異はあれど、剣を扱う二人の動きには少なからず同じ部分がある。数ヶ月前からエルザの戦いを直に感じていたシエルは、その経験を糧にした。

 

さらに気象転纏(スタイルチェンジ)は、エルザとの修行期間の合間に思い付き、練習に練習を重ねた戦い方でもある。何回も酷い目にあってきたが、ついにこうして実戦でも活かせる程には精度も上げられた。エルザとの修行が無ければ、この勝利も掴み取れなかっただろう。

 

「…よくやってくれた…」

 

「ムグッ!?硬…くなっ…柔、らッ…!!?」

 

大きく差の空いた格上を相手に勝った。その功績が自分との手合わせを発端としているともとれる言葉をシエルから聞いたエルザは、彼の背中に腕を回し抱き寄せた。まだまだ未熟だった少年の成長を垣間見た彼女にとっては、嬉しいとしか言いようがない。

 

ところで、普段のように頭を胸に勢いよく抱き寄せては硬い鎧に押し付けられる、というのが今までのパターンだったのだが、今エルザの鎧は斑鳩の攻撃によって砕かれて、鎧の下に着ている私服の状態だ。そんな状態で抱き寄せられたシエルは、彼女の大きな胸に顔を埋めた格好になっている。思春期男子にとっての思わぬアクシデントに、彼の顔は真っ赤に染まった。

 

…ショウがどこか羨ましそうな目をシエルに向けているように見えるのは気のせいか?

 

「うちが負けるなんて…ギルドに入ってから、初めてのことどす…。シエルはん…でしたね…。ここまで強いとは、思いもしまへんでした…」

 

意識はまだ残っていた斑鳩の途切れ途切れの声が彼らの耳に届く。それに反応すると同時にエルザの拘束が解かれ、シエルも解放されると同時に斑鳩の方に振り向く。彼女が浮かべていた表情は笑み。嘲りはなく、純粋にシエルの強さを認めたための笑みである。

 

「…聞いてもいいか?あんたどうして暗殺ギルドになんか入ってるんだ…?」

 

突如尋ねられたその問いに斑鳩は少しばかり戸惑った。そんな質問をされたのは初めての事であり、今更気にするようなことでもなかったから。更に聞けば、斑鳩の実力があればわざわざ暗殺のみに限定しなくても正規の仕事で十分に実力を発揮できるはずだと、少年は語った。その問いの回答は、斑鳩にとっては特に難しい事ではない。

 

「無月流は暗殺剣の一種…。うちにこの剣技を教授してくれはった師匠も、闇の世界に生涯を捧げることを誓っとりました…」

 

人を殺めることに特化した技の数々。立ち塞がる全てを一刀を以って退け、必ずその獲物の命を刈り取る修羅の道。彼女はその剣技を身に付けた日から、これまでの過去、これからの未来、全てを人を殺める剣に捧げる勢いだった。それを身に付けたからには、己の人生は闇に染める事こそ意義のあるものだと、信じていたから…。

 

「技や魔法に善も悪もないだろ」

 

そんな彼女の価値観は、少年の一言をきっかけに崩れ始めた。驚愕に顔を染めてシエルの方へと見開いた目を向ける斑鳩に、シエルは続けて口を開いた。

 

「暗殺剣って言ってもさ、人を殺してきた剣技がそう呼ばれるだけで、その剣技を殺す以外の目的のために使ったらいけない、なんて決まりがあると思えないんだよな。黒魔術、破壊魔法、死霊魔法とかもそうだ。その魔法にしか適性が見いだせなかった魔導士もいると思う」

 

斑鳩だけでなく、ショウも表情に驚きを表してシエルの言葉に耳を傾ける。唯一表情を落ち着かせているエルザは、シエルの言葉に心当たりがあるのか笑みを浮かべて頷いている。

 

「けど、最後にその技の良し悪しを決めるのは、使い手の心だと俺は思うよ。俺が使う天候魔法(ウェザーズ)も、使い方を間違えれば世間から非難されるような魔法だし」

 

自分の魔法もまた、使い手によって左右される強力な魔法。暴走させれば周りに極度の危険を招く可能性も高い。それを嫌でも知らされているからこそ、シエルは知っている。魔導士の心次第で、魔法は善にも悪にもなり得ることを。だからこそ、斑鳩の剣も、人に仇なすだけでなく、守るために使うことができるはずだ。それがシエルの意見だった。

 

それを聞かされて面食らった様子だった斑鳩は、しばらくすると「ふっふふ…!」と吹き出したかと思うと笑い始めた。

 

「最後の最後に…坊ちゃんに教えられることがあるなんて、思いまへんでした…」

 

「最後の最後…?」

 

気になる単語を耳にしたシエル、そしてエルザがその言葉を反芻すると、あと13分、とだけ答えた斑鳩は右腕を天井へと伸ばして、言葉を紡いだ。

 

「落ちてゆく~正義の光は~皆殺し~」

 

その一句と、「ひどい詩…」と自嘲する一言を残して、彼女は意識を失った。13分…正義の光…。関連するものと言えば一つしかない。エーテリオンだろう。

 

「ショウ、ケガは平気か?」

 

「う、うん…なんとか…」

 

痛みが落ち着いてきているショウの元にシエルを運び、彼の身体をショウの方へと預けさせながら、エルザはさらに言葉を続けた。

 

「シエルを頼む。そして今すぐシモンたちや、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちも連れてこの塔を離れるんだ」

 

「で、でも…」

 

「私の言う事が聞けるな?ショウ…」

 

穏やかな笑顔で問いかけてくるエルザに、ショウは肯定の返事しかできなかった。そして背を向けて歩き出したエルザに、今度はシエルが彼女に声をかける。

 

「…エルザ…死なないでね…?」

 

「…勿論だ。決着をつけてくる」

 

その言葉と共にエルザの身体が光に包まれる。そして彼女の換装魔法は新たな装いを生み出していた。下半身には炎を象った意匠の袴。上半身は胸を白いさらしだけで覆っている。斑鳩と同様の東洋で見られる装束だ。

 

「姉さん…」

 

そして一人、ジェラールの元へと駆けて行ったエルザの背を見つめながら、ショウは彼女の無事と勝利を願った。

 

「エルザなら大丈夫…。それはショウたちも知ってるだろ…?」

 

「…ああ」

 

抱えられた状態のシエルが笑みを浮かべながらかけた言葉に、ショウは不安を拭いきれない、だが信頼を思わせる決意の表情で答えた。

 

「姉さんの言うとおり、オレたちは脱出しよう。…そうだ、シモンたちに連絡するからちょっとだけ待っててくれ」

 

「頼んだ…」

 

もう自分は限界だ。後はエルザに全てを託す他ない。そう言えば、三羽鴉(トリニティレイヴン)とぶつかっていた他の面々は無事なのだろうか…?

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ショウから通信が入った。シエルが最後の一人を倒して、三羽鴉(トリニティレイヴン)は全滅したらしい」

 

「オレ何もしてねえ!!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ショウによって連れられ、自分たちが乗ってきた小舟の元に戻ってきたシエル。既に小舟には、エルザ、ナツ、シモンを除く、エルザの仲間たちと妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々が乗っていた。

 

「みゃあ、ショウー!早く早くー!!」

 

「分かってる!…自分で動けそうか…?」

 

「うん…結構回復できた…」

 

道中、日光浴(サンライズ)を出して自分の体力と魔力を徐々に回復させながら移動したおかげで、シエル自身も大分動けるようになった。万全には程遠いが避難するには十分。最後に来たシエルたちが船に乗り込んだことを確認したウォーリーは、船を動かして桟橋から離した。船が動いたことに気付いたグレイが今すぐ戻すように言うが、ウォーリーたちにもそれはできない。

 

「でも、エルザがまだ中に…!ナツだって!!」

 

「姉さんなら、大丈夫…。信じなきゃ…!」

 

「それに、シモンだっている…何とかなるだろ…」

 

「何とかって!!何よそれ!」

 

塔の中に残された3人を連れ戻すために戻ろうとする者。指示に従って塔から離れようとする者。意見が二分され、互いの主張が場に響く。

 

「シエル、てめえ何でエルザを行かせた!!お前が一番近くにいたんじゃねえのか!!」

 

満足に動くことができないシエルの胸倉を掴みながらグレイが声を張って詰め寄る。戦いによって疲弊しているとはいえ、言葉だけでも彼女を止めることができたはずだと。だが彼は今この時にもエルザたちを思って戻ることを主張していない。このままでは塔の中にいる者は消滅してしまうと言うのに…。

 

「…約束させてきた…」

 

シエルから帰ってきたのはその言葉だった。その言葉にグレイは思わず「は…?」と呆けた声を漏らす。

 

「『死なないでね…?』って約束させてきたんだ。そのまま無理に止めようとしても、エルザを止められない。だから、生きて戻ってくることを信じるために、一方的に取り付けてきた…」

 

「そ、そんなの、本気でエルザが守ると思うのか!?」

 

「それを信じることが、今俺たちにできる唯一の事だ」

 

ただの口約束だ。しかし仲間であるエルザがそれに対して簡単に無碍にすることができないことを知っている。ただ信じるしかない。もう動くことすらままならない自分たちにできるのは…それしか…。

 

「そうだよ…信じなきゃ…!きっとナツはエルザを連れてきてくれる…!シモンだってそう言ったんだ…!!」

 

相棒(ナツ)が心配で、自分も戻りたい気持ちは同じだ。しかしハッピーはそんなナツやエルザを信じる。火竜(サラマンダー)が真の力に目覚めれば、ジェラールのような悪にだって、きっと…。

 

塔の中にいる3人を信じ、徐々に遠くなっていく塔を見ながら船で離れていく。そして塔の全てが視界に収まった頃、塔の上空に一際目立つ光が見える。

 

「あの光って…!?」

「エーテリオンだ…!!」

「みゃああ…っ!!」

 

目視でさえ確認できる全てを滅する正義の光。狙い撃つのは史上最悪の魔導士復活を目論む男が統べる楽園へと導く塔。光を放つ権限を持つ評議員に名を連ねる一人の男を頭に浮かべ、シエルは戦慄した。

 

「本当に撃つ気なのか、エーテリオンを…!自分の弟がいる塔に…正気か、ジークレイン…!?」

 

「ナツ…エルザ…!早く脱出して…!!」

 

涙を浮かべて願うハッピーの声も空しく、光は徐々に強くなっていく。上空に展開された複数の属性の魔法陣が、一つの基盤を作る魔法陣に集約され、そして脱出した者達の姿が一つも確認できないまま…

 

 

 

 

 

 

正義の光は落とされた―――。

 

「ナツ!エルザーーー!!!」

 

声を上げたのは誰だったか。誰もそれを確認する余裕もないまま、楽園の塔は落とされた極太の光線によって包まれ、着弾点にある海を勢いよく波立たせる。それによって起きた巨大な波はなるべく遠くに離れていたシエルたちの乗る小舟をいとも簡単に巻き込み、一同は船から投げ出された。

 

ジュビアが咄嗟に自分の魔法で全員を水の球体に包み込み、海の中に放られるという事態は避けられたものの、周りの海は未だ尚荒れ狂い、光が収まる気配もない。小さな島を、付近の海ごと蒸発させて消し去るエーテリオンの二次被害が、ここからどれほど広がるか、計り知ることもできない。

 

「そんな…!!」

「ナツ…!!」

「…エルザ…!!」

 

あれほどの威力を受ければ、巨大な塔は見る影もなくなるだろう…。そしてその内部にいる者たちも…。間に合わなかったのか。エルザに取り付けた約束は、無駄なものとなってしまったのか…。押し寄せる後悔に苛まれ、シエルは塔があったであろうエーテリオンの着弾点から目を離さない。

 

 

 

 

「…え…?消えて、ない…!?」

 

最初に気付いたシエルの一言が、全員に驚愕を走らせた。そう、エーテリオンは落とされた。それによって消えたはずの楽園の塔は、その形を残していた。

 

だが、あくまで塔の形として。その様相は先程とはまるで別の建物としてその姿を変えていた。一言で形容するなら、水晶の塔。機械仕掛けのように見えた先程のものとは打って変わって、全てが水晶によって作られたように見える、魔水晶(ラクリマ)の塔へと変貌していたのだ。

 

「ねえ、無事だよね…!?ナツもエルザも、シモンって人も…!」

 

塔の姿が健在ならば、中にいた者たちも生きているはず。動揺を隠せないまま、仲間たちの身を案じるルーシィの呟きも聞こえず、シエルは声を出した。

 

「あの魔水晶(ラクリマ)は…ショウたちは知ってる…?」

 

「ああ…あれはRシステムだ」

 

あの水晶の塔こそがRシステムの真の姿。建立に深く携わっていたショウたちも、その魔水晶(ラクリマ)で作られた姿に心当たりがあるようだ。そして、そのシステムが作動していることも、ミリアーナによって明かされる。

 

「作動って…まさか、ゼレフが復活するの!?」

 

「分からない…オレたちだって、作動してるのは初めて見るんだ…」

 

「ナツとエルザはあの中にいるのか…!?」

 

仲間たちの会話を耳に入れ、シエルは一つの推測を立て始めた。今までの会話を思い出し、この状況に行きついた原因を探る。

 

 

 

『この戦い…勝とうが負けようが、私は表の世界から姿を消すことになる…』

 

『禁じられていた死者を蘇らせる魔法を発動させるために、建設を始めた』

 

『ジェラールはそのゼレフを復活させようとしている、って事ですか…?』

 

『ジェラールは、評議員の一人であるジークレインの双子の弟だ』

 

『評議員が衛星魔法陣(サテライトスクエア)でここを攻撃してくる可能性がある』

 

『自分まで死ぬかもしれない中で、ゲームだなんて…!!』

 

『ジェラールはエルザを生贄にするとか言ってるってのに!』

 

『オレたちが造ってたRシステムの本当の姿だゼ』

 

『オレたちだって、作動してるのは初めて見るんだ…』

 

 

 

 

 

『そんなジェラールは、私にとって憧れだった…』

 

エーテリオン…複数属性の魔力を掛け合わせた膨大な魔力を誇る魔法…。

 

目に見える魔水晶(ラクリマ)の塔は、多くの魔力を放っている。この状態が本当の姿…。

 

(ジークレイン)がいる評議員がエーテリオンを放つことを(ジェラール)が知っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!!!ま、まさか…!!」

 

結論が出た。もし仮にこの推測が正しいものだったとしたら、自分たちは全員あの男たちの掌で踊る人形に過ぎなかったことになる。

 

そしてそれは、エルザも同様…。

 

 

「…ジェラール…!!くぅ…!!!」

 

自分にしては珍しいとも思う。これ程までの怒りを感じるのも、感情的な衝動に身を任せることも。昂った感情が尽きかけて少しばかり回復した魔力を、さらにそこからあふれさせるように高めていき、身体から放出されていく。その様子に仲間たちが驚愕の目を向けているが、今シエルにはそれを気にする余裕はなかった。

 

「ジェラァァアアアルゥウッ!!!!」

 

激昂しながら乗雲(クラウィド)を発現し、ジュビアの魔法で出来た水の球体を突き抜けて全速力で塔の最上階を目指していく。数分もせぬうちに辿り着けるような、今までの中でも最高速度の勢いだ。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「まさかあいつ!」

「シエル!待て、戻って来い!!」

 

仲間たちの動揺と制止の声に目もくれず、ただただ昇っていく。彼の中にあるのは最早、未だ対面すらしたことのないはずの男への嫌悪と怒り。荒ぶる、昂る感情のままに雲に乗る少年は夜空を突き抜けていく。

 

「てめえはどれだけコケにすれば…!

 

 

 

 

 

 

 

エルザを苦しめれば気が済むんだぁ!!!」

 

少年は吼える。邪悪とも呼べる男への怒りを。大切な仲間(家族)を救うため、絞り出した魔力へと変えた勢いのまま…。

 

妖精たちは刻一刻と楽園の最上階に集い始めていた…。

 




おまけ風次回予告

ハッピー「ねえシエル、“天体”って何?」

シエル「“天体”…って、星の事だよ。夜になると空一面に見えたり、遠くの方に観察できる星を全部ひっくるめた言葉だね」

ハッピー「それって宇宙の先にあるってことだよね?シエルが使う天候よりも凄いって事なの?」

シエル「ああ…それは、天候はあくまでその星一つに限定される現象だし…。けど、魔法の優劣は関係ない…はずだよ…!」

次回『天候魔法 vs. 天体魔法』

ハッピー「オイラ知ってるよ、それってフラグって言うんだ」

シエル「物騒なこと言うなって!大丈夫、きっと勝てる、天気の力を見せてやらぁ!!」

ハッピー「何かシエルがバカになっちゃった…」


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第29話 天候魔法 vs. 天体魔法

クリスマスは皆さん何をして過ごしました?
僕は仕事納めでした…。まさかこんなクリスマスを過ごす時が来ようとは…。

今後の予定ですが、年末年始のこの休みを利用して、年内に楽園の塔編を終わらせようと画策しています。言ってしまえばこの回を含めて後3話ぐらいで終われるはずです。

投稿日の目安は大晦日の0時、または18時頃。それより遅れる際はまた活動報告で知らせます。


ちなみに、今回の話を書く前にエデンズゼロの最新話を見たら、天体魔法、流星(ミーティア)七星剣(グランシャリオ)が出てきてメチャクチャタイムリー感感じましたw
そしてそのエデンズゼロに影響されたシーンも一部盛り込んでます。どの辺りか分かるかな?


機械と石造りを合わせた様な楽園の塔の外観は、エーテリオンの投下によって剥がれ落ち、水晶で作られた塔へと変貌を遂げた。そしてその最上階が存在していた空間で、二人の人物が激闘を続けていた。

 

「くあぁっ!!」

 

だが、激闘と言うには片方がもう片方を圧倒しているように見られる。圧倒されているのは妖精女王(ティターニア)の二つ名を持つ緋色の髪の女性エルザ。そしてそんなエルザを圧倒するのは、右目の上下に赤い紋様の刺青が入った、短い青藍の髪を持つ美青年。今まではフードの下に隠されていたその顔は、週刊誌にも度々とりあげられた評議員兼聖十大(せいてんだい)()(どう)であるジークレインと全く同じ。

 

この青年こそが楽園の塔の支配者『ジェラール・フェルナンデス』。エーテリオンが投下される前はエルザによって追い詰められていた彼が、とある出来事をきっかけにその形勢を完全に逆転させていた。

 

「さっきまでの威勢はどうした?あの小僧が斑鳩に勝ったことで、魔力にはまだ余裕があるはずだろう?」

 

挑発的な笑みと言葉を投げかけるジェラールに、エルザは吹き飛ばされた体勢を立て直してすぐさま武器を換装。刃の幅が広いグレートソードを片手にジェラールの名を叫びながら飛び掛かっていく。勢い良く振り下されるそれを魔力で受け流しながら苦も無く躱していくジェラールを、空けた片手に意匠の違った剣を喚び出し攻め立てるも、やはり攻撃は当たらない。

 

「今頃、評議院は完全に機能を停止している。ウルティアには感謝しなければな」

 

エーテリオンを投下したにも関わらず楽園の塔を破壊できなかったうえに、現在評議院はウルティアと言う名の人物によって崩壊の一途を辿っている最中だ。比喩ではなく、建物自体が文字通りに崩壊させられている。

 

協力者の一人であったウルティアは、楽園にて全ての人々が一つになれるのなら死をも恐れぬと語っていた。ジェラールが掲げていた理想、夢の為に命を差し出すことも厭わなかったという。

 

「まったく…馬鹿な女であることに感謝せねばな…」

 

「貴様が利用してきた者たち全てに、呪い殺されるがいい!!」

 

自らが利用してきた者たちを侮辱するような発言に、激昂しながらエルザは斬りかかる。しかし、刃がジェラールに届こうとした瞬間、彼女は背中に激痛を感じた。感じた刹那、身体に刻まれた蛇の紋章が這いずり、舐る様にエルザの右腕を起点として、胴体、左腕、そして体全体に広がって行くと、エルザの身体の動きを止めた。

 

「『拘束の蛇(バインド・スネーク)』。さっき抱き合った時に付けておいた」

 

「うっ…体が、動か…ぐああっ!!」

 

まるで巨大な蛇に巻きつかれて拘束されるかのように、エルザは身体の自由が利かなくなった。手に持っていた剣も持っていられず地に落とし、態勢を変えることもままならない。完全なる無防備だ。

 

「Rシステム作動の為の魔力は手に入った。後は生贄があればゼレフが復活する」

 

Rシステムによる人物の蘇生。それも元をたどれば魔法の一つ。その魔法を発動させるために魔力は手に入れることができた。そしてその魔力が蓄積された魔水晶(ラクリマ)にエルザの身体を融合させれば、エルザの身体は分解され、ゼレフの身体に再構築されるのだという。

 

魔水晶(ラクリマ)さえも意のままに操れるようになったジェラールはエルザの背後に一つの魔水晶(ラクリマ)を呼び寄せ、抵抗できない彼女の身体をその魔水晶(ラクリマ)へと押し込む。固いはずの水晶の中に、まるで水の中へと沈むかのようにあっさりと身体は飲み込まれ、引き寄せられていく。

 

「お前の事は愛していたよ、エルザ」

 

最期にかける言葉のつもりなのか。動かぬ体に歯噛みして悔しがるエルザを最後に見たジェラールは彼女に背を向ける。彼の目に映るのは水晶の塔の中から空けた穴。そしてその向こうに無数の星々が煌めく夜空。いよいよこの時が来たと。彼はまだ見ぬ黒魔導士に向けて言の葉を紡いだ。

 

「偉大なるゼレフよ…。今ここに!この女の肉体を捧げ…」

 

 

 

しかしその言葉は途中で遮られた。彼の目の前に遭った星空に介入してきた一つの影によって。人一人分の大きさの雲に乗り、自分の上半身を囲むように幾つもの光の矢を番えて、怒りの形相を浮かべた一人の少年が突如として目の前に現れた。さしものジェラールも、少年を視界に認識した時、あまりの驚愕に一瞬思考が停止した。

 

光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

自らの後方に控えていた右手を前方に勢い良く出すと同時に、ジェラール目掛けて一斉に光の矢が降り注ぐ。しかしそれは距離が遠かったのもあるせいか、後方に飛び退ることで、床に着弾。不意打ちに近い初撃は避けられてしまった。

 

「エルザ!!」

 

しかしそれも彼は予測済み。光の矢が着弾したことで舞い上がった埃を煙幕代わりに利用して、すぐさまエルザの元に雲で近づき、埋まりかけていた彼女の身体を魔水晶(ラクリマ)から引っ張り出した。

 

「大丈夫、エルザ!?」

 

「シエル…何故…?」

 

彼女を捕らえていた魔水晶(ラクリマ)から助け出し、その拍子に体を縛っていた拘束の蛇(バインド・スネーク)の効果も切れた。先程塔から脱出して離れていたはずの少年が自身を助けに来たことに彼女は驚きを隠せない。

 

「ショウたちから、今この状態がRシステムの本当の姿だって教えてもらった。そして推測したんだ。この楽園ゲーム…最初っから敵味方全員が死ぬ未来なんてなかったんじゃないかって……」

 

エルザの疑問に答えるように話すシエルは、そこで一度話を区切り、先程自分の初撃を躱した男の方を睨む。初対面ではあるが、何者であるかはもう分かる。ジークレインと同じ顔を持つあの男が、ジェラールであることを。

 

「双子の兄弟って言うのは本当らしいな…。評議院にいる兄貴に協力してもらって、こんなに多くの魔力を吸収させるなんて…!」

 

シエルが立てた推測は当たっていた。標的全てを滅ぼすほどの膨大な魔力を有するエーテリオンの魔力は、今この塔を形作っている空だった魔水晶(ラクリマ)によって、ほぼすべてを吸収された。数値にして27億イデア。大陸中の魔導士全ての魔力を集めてやっと到達できるかどうかと言える量。

 

ただでさえ禁じられている死者を蘇生させる魔法を、伝説として名を遺す黒魔導士・ゼレフを復活させるために使うという。確実に、膨大な魔力が必要となる。そこでジェラールが目に付けたのは、膨大な魔力を必要とする超魔法を使える特権を持つ評議会。どうやって協力を持ちかけたのかは不明だが、実の兄とも言えるジークレインがエーテリオンの使用を提案し、可決され、弟である自分の消失の可能性もあるリスクを承知で実行した計画だった。

 

 

 

だが、シエルの推測は一部誤りであったことが、エルザの口から明かされることになる。

 

「違う…。兄弟じゃ、なかったんだ…」

 

「え…?」

 

拳を握り締めてジェラールを睨むエルザの言葉にシエルは呆け、ジェラールは笑みを絶やさず喉を鳴らしながら含み笑いをする。それが更にエルザの怒りを刺激する。先程彼女も聞かされた、あの真実を思い出して…。

 

 

「奴等は…一人の人間だったんだ。評議員のジークレインは、ジェラールが作り出した思念体、自分自身だった!!」

 

それを聞いたシエルは戦慄した。思念体。対象となる人物の思考や声も含めて本人の意のままに操作できるが、その思念体を使って評議院に潜入、あまつさえ聖十大(せいてんだい)()(どう)に選ばれるほどの強力な魔導士として名を馳せるほどの実力者となれるなど、一体どれほどの魔力をジェラールは有しているのかと。そして、評議員ジークレインとして潜入し、ウルティアと言う女性と共に今回の計画を進行していたのが、真相だ。

 

「そういう事か…。兄弟間で通じ合ってるからエーテリオンの事も知ってるのかと思ったけど、そもそも両方本人だったなら尚更納得だ…!」

 

苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて鋭く睨むシエルを前にしても、ジェラールの表情から余裕は消えない。もうすぐ本願を達成できるところを邪魔されはしたが、目の前にいる少年は自分にとって脅威となりえないと判断している。

 

「シエル・ファルシー…よくも儀式の邪魔をしてくれたな。オレはお前に一目置いていたというのに」

 

「どういう意味だ…?」

 

「評議会でお前の話はよく耳にしていた。“天の怒り”による雷雨被害の元凶。そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも要注意人物の一人としてな」

 

ジークレインとして潜入している間にも、名の広まる魔導士の話はチェックしていた。自分と同じ聖十大(せいてんだい)()(どう)然り、各ギルドのエース然り、闇ギルドの幹部然り、さらにはナツやガジルと言った滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)然り。その中でも、子供ながらに“天の怒り”によって多くの被害をもたらしたシエルと言う魔導士も例外ではなかった。

 

「ただでさえ使い手がほとんどいない天候魔法…。それを暴走させた状態とはいえ、ギルド一つを破壊させるほどの威力で発動させられる魔導士…。これを切り捨てるにはあまりにも惜しいと本気で思っていたさ」

 

ジェラールが告げたのは評議会からシエルに言い渡された“天の怒り”使用を制限するための破門指令。評議会でもシエルの処遇に関しての議題は時間がかかり、即刻破門すべきと言う過激な意見まで出ていたそうだ。

 

そして警告と言う形でマカロフに渡されたシエルの破門指令。9人の評議員の中で賛成票6に対して反対票は3。ジークレイン(ジェラール)は反対側…つまりシエルへの破門警告に異議を唱えた側であった。

 

「残念ながら結果は知っての通り可決となり、以後“天の怒り”を使った際には破門とされる背水の陣を強いることとなってしまったのだが…まあ、オレの野望達成まであと一歩となった今となっては、それも大した問題じゃないな」

 

どこかで利用価値があるかもしれないと思い放置していたが、現時点の状況から見て今のシエルは自分の計画の障害に他ならない。シエルへと向けるその視線を鋭くし、狩人が獲物を見つけた際に見せるような、標的を定める目へと変わる。

 

「ここで潔く散ってもらおうか。天候魔法(ウェザーズ)の小僧!」

 

「シエル、逃げろ!奴は斑鳩と比べても桁違いだ!」

 

標的を自分からシエルへと変えたジェラールに気付いたエルザが彼に叫ぶように呼び掛けると、シエルは小さな太陽を創り出してエルザに投げ渡す。治癒力の向上に長けた日光浴(サンライズ)だ。これを使って魔力を回復させろ、と言うメッセージなのだろう。

 

「分かってる。きっと俺ではこいつに勝てない…。でもだからって、最初っから諦めるつもりもない」

 

実力の差が大きい事は実際に対面するだけで分かった。斑鳩の時にも感じてはいたが、目の前にいる青年との差はそれよりも大きい。更に言えばシエルの魔力は多少回復したとはいえほとんど残っていない状態だ。

 

だがそれでも、退いてはいけない戦いがある。勝てる見込みがないのであれば、ほんの僅かな勝機の鍵も見つけ出して掴み取る。斑鳩との戦いでも、それを為すことができた。

 

「せめてエルザに繋げるために、俺の全部を出し切って、食らいついてやる!」

 

叫びと共にシエルの魔法が発動された。魔力が宿った雲を生み出す曇天(クラウディ)。最上階の部屋の天井一面に浮かび上がり密集したそれは、シエルがその雲を起点に魔力を放てば様々な表情へと変える増幅器(ブースター)だ。斑鳩との戦いでそれはジェラールも見てきたのだが…。

 

「撃ってこい。一撃くらいは受けてやる」

 

あまりにも余裕の態度。攻撃の一つや二つを受けたところでどうという事はない、と言わんばかり。その挑発にシエルは感情的に反応はせず、好機と捉えた。両手に雷の魔力を集中させていき、いつもよりもその魔力を集中させていく。この一撃に全てを込めるほどの勢いで。

 

「落雷警報、発令しろ!!落雷(サンダー)!!」

 

開いた両手を合わせて上にかざし、溜め込んだ魔力を発射する。そして雲に包まれた魔力はその色を黒雲へと変貌させ、膨張していく。抑えきれなくなったその雷はジェラール目掛けて一筋の落雷となって降り落ちた。その威力は、これまでの落雷(サンダー)と比べても断然に大きいもの。あまりの威力と光量に、エルザが自身の目を覆い隠すほどにだ。

 

 

 

 

 

 

「それが全力…だなんて、まさか言わねえよな?」

 

「くっ…!!」

 

雷の直撃によって舞い上がった埃を手で軽く振り払い、青年はその姿を再び現した。無傷。シエルが放った一撃は全く通用せず、彼が纏う衣服に僅かに焦げ目を残すのみの結果となった。倒すことは出来ないと予想はしていた。だが、これ程までに次元が違うとは想定外だった。

 

「あれほどの規模を持つ天候魔法の力がその程度か…いや、これは使い手の問題かもしれんな」

 

「っ…こんなもんで終わる訳がないだろ…!」

 

「そうだな、終わりじゃない。むしろここからが始まりだ…。天候魔法の上位に位置するオレの魔法を、特別に見せてやるとしよう」

 

ジェラールの纏う雰囲気が少しばかり変わったところで、シエルはすぐさま動き出した。上空に残る雲から、今度は自分目掛けて雷を落とし、己の右手に雷を纏わせてその姿を変形させる。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)稲妻の剣(スパークエッジ)!!」

 

雷で生み出された刃を振りかぶりながらシエルはジェラール目掛けて飛び掛かる。少しでもこの刃で切り込みを入れればダメージを与えられずとも、動きを制限させることができるはず。それを狙っての選択であったのだが…。

 

「『流星(ミーティア)』!」

 

瞬間、ジェラールの身体が光に包まれたかと思いきやその姿が消え、シエルが降り降ろした刃は空を切る。突如姿が消えたことに驚愕していると、背中に衝撃が襲い掛かった。何が起きたのか、即座に振り向くもそこには何もない。だがそれを認識した次の瞬間に今度は右側に重い一撃を受ける。

 

「ぐうっ!な、何が…!?」

 

状況を把握するよりも先にあらゆる方向、死角から攻撃を与えられてしまうシエル。その攻撃の主は勿論ジェラールだ。星色の光を身体に纏った彼の魔法の一つ。自身の敏捷性を大幅に上昇させ、相手に防御、反撃の機会を与えるよりも先に物理的な攻撃を食らわせる、身体能力強化に分類される技の一つだ。目で追う事すらできない速度で、地上だけでなく、空中にさえ自由に動くことができるこの技は、ジェラールにとってはまだ小手調べでしかない。

 

「どうした?オレはこっちだぞ?」

「!!?」

 

背後から掛けられた声に反射的に裏拳で対応するシエルだが、その速度さえもジェラールは上回り、体を捻ったシエルのがら空きとなった部分に蹴りを浴びせる。痛みによって悲鳴を上げながら水晶の床を転がるシエルは、即座に体勢を立て直して右手に日射光(サンシャイン)を創り出す。目眩ましは効きそうにない。速さには速さで対抗する。

 

「こいつはどうだ!光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

即座に太陽を複数の光の矢へと変えて、ジェラール同様光の速さで飛ばす。迫ってきた方向目掛けて放たれたそれを視認したジェラールは表情に驚きを表す。

 

そして、即座に方向を転換してその矢たちはジェラールを捕らえることもできずに真っすぐ壁に着弾した。

 

「そんな!?がはっ…!!」

 

斑鳩さえ目で追えなかった技を躱されたことで動揺したシエルの後頭部に、容赦なくジェラールの踵が炸裂する。前のめりになって倒れ伏すシエルが顔を上げれば見える位置に着地したジェラールは、不敵な笑みを浮かべながら語り掛けてきた。

 

「今のは中々いい判断だった。見ろ、足の部分に一つ掠っている。初見の技だったら、ただじゃ済まなかっただろうな…」

 

指を指し示した左足の甲の部分に、確かに矢で削れたような焦げ目が付けられている。斑鳩戦、そしてエルザを助けるためにはなった初撃で、既にジェラールがこの技を見たのは3回目。どのような性質の技なのかを知っていたが故に行動できていたのだが、彼の言うように初見であれば、まともにこの技を食らっていた可能性がある。だが、あくまでそれは仮定の話だ。

 

「どうだ、これがオレの扱う天体魔法。と言っても、ほんの序の口でしかないから、天候魔法の上位に位置すると言われても、納得はいかねえだろうが…」

 

必死に食らいついて、それでもほとんど通用しない。今の攻防だけでも相当に消耗してきたシエルは、歯を食いしばって体に鞭を打って立ち上がろうとする。

 

「ほう…立つというのか…」

 

息も荒く、傷も多く、魔力も尽きかけている。少しだけでも、あとほんの少しだけでも食らいついて、後に戦うことになるだろうエルザに繋げようと、再び攻撃を仕掛けようとする。練習中の気象転纏(スタイルチェンジ)はまだ数多いが、不意を突くという点において有効打となるものもあるはずだと、魔力を集中させていき…。

 

 

 

「オレは斑鳩と違って甘くはないぞ?」

 

攻撃に転じるよりも先に、シエルの腹部にジェラールの拳が突き刺さった。突如受けた衝撃に、少年は口から思わず血を吐き出す。しかしジェラールの攻撃は終わらない。

 

「踊り狂え。『流星乱舞』!」

 

再び流星(ミーティア)を発動させて、動きを速めると次々とシエルの身体に攻撃を加えていき、途中から宙に投げ出された小さい体に容赦なく連撃を叩き込んでいく。あまりにも速い。1秒に10回は星の光と共に攻撃を加えているようだ。最後に、蹴りによってシエルの身体は再び床に叩きつけられ、その衝撃で床は抜け落ち下の階層へと落ちた。

 

「し…シエル…!!」

 

少年に対してあまりにも一方的、凄惨とも呼べる仕打ちを目の当たりにし、エルザは未だに回復しきらない己の身体を恨む。自分より五つも年下の少年に任せて、何もできない状態の自分に、そして仲間に容赦のない所業を行うジェラール()に対して怒りを募らせる。

 

一方のジェラールは流星(ミーティア)を纏ったままでシエルの元に降り立った。あれほどの攻撃を受け、更には床を突き破る程の衝撃を受けたのであれば死んでもおかしくはない。だが万が一のことがあると思い、彼はわざわざ確認しに来たのだ。

 

そして彼の眼下に見えたのは、意識が朦朧としていながらも痛みをこらえて歯を食いしばる少年の姿。

 

「驚いた…。想像以上に頑丈だな」

 

驚嘆半分、呆れ半分。今のジェラールのセリフに込められた感情を言い表すならばそれだろう。容赦なく攻め立てて尚立ち上がり、並の人間ならば既に殺せたはずの攻撃でもまだ死ぬ気配がない。もしかしたら、彼の聞いた話は…。

 

「シエル・ファルシー…『天に愛されし魔導士』…。まさかあの噂は本当だったのか…?」

 

朦朧とした意識の中で、ジェラールの声が耳に届いたシエルが、不意にその話に傾ける。それに気づいたのか否か、ジェラールの言は続いた。かつて、闇ギルドの魔導士の間でやけに名の広がった魔導士の噂を聞いたことがある。所属するギルドは大した知名度ではないが、ある一人の魔導士によってそのギルドは成り立っていると同義だった。

 

「その魔法はまさに天に、神に愛された者によるもの。だがそいつは、神からの贈り物であるその魔法を、闇の世界に捧げた反逆者…。

 

 

 

 

 

 

通称『堕天使のファルシー』」

 

その名を告げられた瞬間、シエルの目が見開かれた。思わず意識が引き上げられたかのように、ジェラールの言葉に驚愕を示したのだ。今となってはその魔導士の噂はピタリと止まり、本当に実在したのかどうかも怪しい伝説となった。

 

「もしもファルシーと言うのが、お前のラストネームからとられたものだったとしたら、正直言って拍子抜けだ。あれほどの噂となった魔導士が、この程度で、しかも年端もいかぬこんなガキであるなんて…」

 

どこか不満げに呟くジェラールは、一つ推測を立てた。名を騙った偽物か?たまたま親族にそのような人物がいる?本人だとしたら、何らかの理由で弱体化した?それを裏付けられる他の者たちが知らないファルシーと呼ばれた魔導士の噂の一つを、彼は知っている。そうだ。もしかしたらこれに関連しているかもしれない。顔に浮かべた笑みに嘲りを含んだジェラールは、その結論をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「堕天使が大きく弱体化したことが、唯一いた家族である()()()()()原因か?」

 

 

 

 

 

それを聞いた瞬間、シエルの感情が顔から抜け落ちた。

 

 

 

 

「ん!?」

 

 

 

 

突如乗雲(クラウィド)を発現させて急上昇を始めたシエルに、ジェラールは動揺のあまり反応が遅れてしまった。穴の空いた床から雲と共に飛び出してきたシエルにエルザは安堵するも、その様子が妙であることに気付いた。

 

その間にもシエルは上空に浮かび上がっている雲を伴って更に上昇。雲の高さをさらに上げたところで彼は両手を天高く上げて雷の魔力を集中させていく。

 

「これは“天の怒り”!?いかん、早まるな!シエル!!」

 

つい数週間前に幽鬼の支配者(ファントムロード)を崩壊させた暴走を再び起こそうとしている少年に、エルザは必死に止めようと呼びかけるも、はっきりとした意識を残していないシエルの耳には届かない。雷の魔力を集中させながら徐々に雲の勢力を拡大し、そしてとうとう雲に目掛けて雷の魔力が撃ち込まれた。

 

「まさか、あのガキ…!!」

 

遅れて上へと上がってきたジェラールは、彼の目論見を理解した。ゼレフが復活の儀式を行うよりも先に、自身の手によって楽園の塔を“天の怒り”を用いて消滅させる事であると。

 

「させるかぁっ!!!」

 

流星(ミーティア)でシエルに急接近し、彼の暴挙を食い止めようとするジェラール。それに気づいたシエルは能面のような表情を変えないままジェラールを視界に入れ、自身が操る雷雨たちをジェラール目掛けて落とし始めた。

 

「ぐっ!?」

 

思わず接近を止めて、防御に回った自分に、ジェラールは驚く。最初に撃ち込まれた落雷(サンダー)と比べてさらに威力が大きい。先程まで虫の息だった小さな少年が出すにはあまりにも桁違いだ。実感していると更にシエルの追撃がジェラールに、そして楽園の塔目掛けて振り落とされる。

 

「くそがあっ!!」

 

悪態をつきながらシエルを止めようと接近するも、乗雲(クラウィド)に乗りながら後退して度々雷を落としてくる少年に思うように近づけず、更には雷を回避することによって楽園の塔に傷が目立ってきたことも重なって、余裕を保ってきたジェラールに焦りと苛立ちが現れだす。8年もかけて作り上げた塔を、その8年の倍の年数も重ねていない少年に破壊されるなど言語道断だ。

 

「調子に乗るなよ、ガキ風情があ!!」

 

何を思ったのかジェラールはシエルの追跡をやめて一人で黒雲の方へと突っ込んでいく。それを見たシエルはジェラールを追うよりも楽園の塔の破壊を優先すべきと考え、再び黒雲からいくつもの雷を落とし、塔全体を揺らしていく。まだ塔にはエルザだけでなく、ナツやシモンもいるのだが、今のシエルは塔を壊すことを優先してしまっている。

 

このまま破壊を続けるままで終わるのか。エルザがそう考えていたその時…。

 

 

 

 

 

 

上空から雲を突き抜けて、シエルに襲い掛かる七つの光が降り落ちた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「あのガキ、図に乗りやがって…!オレが8年もの時をかけて完成させた塔をよくも…!!」

 

黒雲を突き破ってさらに上空へと辿り着いたジェラール。怒りに顔を歪めながら、彼は上空にそれぞれ七つの星色の魔法陣を描き、シエルがいるであろう雲の奥目掛けてその魔法を発動させる。上向きに五本指を開いた左掌に、人差し指と中指の二本を立てた右手を乗せながら、ジェラールはその技を発動させた。

 

 

天候の遥か上に存在する、天体からの光。これこそが、本当の破壊の魔法───。

 

「七つの星に裁かれよ…!『七星剣(グランシャリオ)』!!!」

 

その技の名を冠する北斗七星の形に魔法陣を並べ、上空から隕石にも匹敵する威力の七つの光が降り落ちる。その光は黒雲を突き破り、塔の方へと意識を向けていたシエルの身体を直撃した。

 

衝撃、更には発動者が大きなダメージを再び負ったことで、“天の怒り”を創り出していた黒雲は霧散。そして少年の身体は再び水晶の床へと叩きつけられた。その様子を見ていたエルザはシエルの元へ向かおうと、回復しきっていない身体に鞭を打って歩きだす。

 

「シエル…!」

 

生きているのだろうか。死なないだろうか。どうかその命を失わないでほしいと願い、覚束無い足取りで向かおうとしたエルザの前に、ジェラールが再び降り立った。しかも、彼が降り立った場所は、倒れ伏したシエルの身体。

 

「っ…ジェラールッ…!!」

 

「随分としてやられてしまった。これ以上Rシステムにダメージを与えるわけにはいかん」

 

シエルの身体を足で踏みつけにしているジェラールを睨みつけ、怒りを現すエルザに対してジェラールは先程の平静を取り戻している。シエルの“天の怒り”によっていくつもの壊れた箇所から魔力が漏洩し始めている。早めに儀式を執り行わなければならない…。

 

「その足を…どかせぇ!!」

 

一本の太刀を換装で呼び出しながら斬りかかろうとするエルザに対して、ジェラールは一つ笑いを零しながら彼女の身体ごと魔力で振り払う。彼女の身体も万全ではないのだ。床を転がってうめくエルザを眺めながらジェラールは彼女に「もう少しだけ待っていろ」と告げると、うつ伏せとなったシエルの身体を軽く蹴って仰向けの状態にする。

 

「僅かに息がある…。ここまで来ると人間であるかどうかも怪しいな…だが…」

 

腹部に右膝、左手を首にかけ、右腕を後方に引きながら、ジェラールは口角を吊り上げながら魔力を集中させていく。

 

「首を落とせばどんなに頑丈な奴でも、命はないだろう」

 

ゼレフ復活の儀式の最中にもし意識を取り戻して、再び“天の怒り”を発動されでもしたら厄介だ。そう判断したジェラールはこの場でシエルを仕留めるつもりだ。それを理解したエルザが再び立ち上がろうと力むも、ダメージが大きすぎて思うように体を動かせない。

 

「エルザ…お前を助けに来た仲間は、お前に繋ぐものを何も残せずに、ここで死ぬ…。その瞬間を目に焼き付けておけ…!」

 

「ジェラールゥ…ッ!!!」

 

最早誰にも止めることは出来ない。少年の命は、今ここで無情にも、亡霊に取り憑かれた男によって、摘み取られてしまうのか。勝利を確信し、エルザが絶望に顔を歪ませる姿を想像し、ジェラールはその口から笑いを零さずにいられない。そしてジェラールは右腕を勢い良く振り降ろすために、より高くに上げて…。

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?何だこれは…?」

 

突如起きたその異変に表情を怪訝のものへと変えた。その異変はシエル…正確にはシエルの首に手をかけている左掌にあった。その掌は黄色の光を放っている。怪しく思ったジェラールが首から手を離して確認すると、そこには魔法陣が刻まれていた。

 

「(魔法陣…?だが、この魔法は何の種類だ?どの書物にも、独自の魔法を使う魔導士にも、見覚えが無い…)」

 

聖十大(せいてんだい)()(どう)として数々の魔導書や、魔法の英才教育を受けてきた自分が、全く見覚えのない魔法陣を目の当たりにし、疑問を感じ出す。すると、己の下半身にも異常は現れていた。

 

右足の裏、甲、そして右膝にも、黄色く発光する魔法陣が刻まれていた。これにはさすがのジェラールも動揺を隠せない。

 

「何だ、何が起こっている…!?」

 

思わず体勢を立て直して立ち上がろうとし、その拍子で魔力が宿っていた右手から魔力を収めて、不意にシエルの身体に右手が触れると、先程まで浮かんでなかった魔法陣が右手にも浮かび出した。

 

シエルに触れた箇所が、皆一様に魔法陣を刻まれている。それも得体のしれない何かの魔法が。あらゆる推測を考えても答えが浮かばず、光はどんどん強くなっていく。そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一際光が強くなった瞬間、ジェラールの身体を中心として塔の最上階を激しく照らす光量と轟音を生み出す、爆発が発生した。

 

 

意識を失ったシエルも、呆然とするエルザもまた、その光の奔流に飲み込まれた…。




次回『終焉の楽園』


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第30話 終焉の楽園

取り敢えず一話分は0時投稿できました。
もう一話分はもしかしたら少々お時間いただくことになるかもしれません…。

後皆さんに一つお詫びがあります。前回の前書きであと2話ぐらいで楽園の塔編が終わる、と表記したのですが…。


新ギルドに帰還する話を含めるの完全に忘れてました…。(汗)
と言うかあれ含めていいのかな?BOF編の序章の扱いの方がいいのかな、そのへんどうなんでしょう、誰か教えてくださぁい!


激しい振動、響く轟音、それら全てによって揺れ動く視界。楽園の塔最上階を目指して歩を進めていたシモンは、何度もその感覚に襲われていた。だが今しがた、一際規模が大きい揺れと音を感知し、立つことすら難しい状態となっている。

 

「さっきから塔全体の揺れが激しい…。それほどの衝撃が伴う戦いが繰り広げられてる、という事か…?」

 

最早この塔にいる敵はジェラールしかいない。そのジェラールとこれ程の戦いを行えるのはエルザか、それとも先に最上階へと向かって言ったナツか。どちらにせよ、エーテリオンが落とされてからそれなりに時間が経過している今では、この塔自体が保つかどうかも怪しい。

 

今現在楽園の塔はエーテリオンと言う膨大な魔力を吸収し、一点に留めている状態。だがそもそも、膨大な魔力を一点に留めておくというのはあらゆる危険を伴うものだ。高エネルギーが一か所に集まり切れずに暴発した場合、そこを起点として大規模な爆発を起こしかねない。

 

「エルザ、無事でいてくれ…!そしてナツ…頼んだぞ…!!」

 

エルザを救い、ジェラールを倒せる可能性を持っているのは、もうナツを置いて他にいない。シモンは彼を信じながらも、自分も彼らがいるであろう最上階を目指して再び歩き始めた。

 

 

だが彼は知らない。知る由もない。

今ジェラールと戦っているのも、先程の一番衝撃が強い爆発も、既に前線を退いたはずの少年が原因であることを…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

先程の爆発によって起きた揺れと光が収まり、水晶の破片があちこちで転がり音を立てる中、光の奔流に巻き込まれた一つの人影が再び動こうとしていた。

 

「うっ…さっきのは、一体…?」

 

緋色の長い髪を持つ女性、エルザだ。衝撃を浴びはしたが身体がその風圧によって飛んだだけで、それほど大きい被害はないようだ。爆心地となったジェラール、そしてその足元にいたシエルはどうなったのだろう?体を起こして辺りを見渡し、光にやられて眩んでいた視界が回復してきたことで、ぼやけていた部分もはっきりと映るようになる。

 

すると、先程よりも大分離れた位置に、その姿を確認することができた。水色がかった銀色の短い髪に金色のメッシュが入っている少年シエルだ。彼も何とか無事だったようだ。意識は失ったまま。もしかして先程の衝撃で微かに残っていた灯火が消えてしまったのか?最悪の想像が過ったエルザに答えを示すかのように…。

 

「…っ…お、れ…どう…なって…?」

 

少年が薄らと目を開いたのを見て、エルザは安堵した。どうやら無事だったようだ。魔力を激しく消耗し、外傷も多く受けたが最悪の事態は回避できたようでよかった。

 

すると、エルザの目は不思議な光景が映していることに気付いた。床に敷き詰めらている水晶の、破損した部分から目に見える何かのエネルギーが少しだけ、ほんのちょっぴりと言える量がシエルの身体に流れている。

 

本来魔力の回復は空気の中に含まれている魔力の源『エーテルナノ』と呼ばれる物質を、自動的に体内に吸収することで人間の中にある魔力の器が満たされていく。そして楽園の塔の中に吸収されたエーテリオンも濃密なエーテルナノの集合体。複数の属性を混ぜ合わせて凝縮されたそれは、本来別属性の魔力を吸収した際に体調を崩すことがある。故に基本は別属性のエーテルナノは自動的に体に吸収されないのだ。

 

今シエルの身体にも微量のエーテリオンの魔力が流れ込んでいるが、シエルが扱うのは天候魔法(ウェザーズ)。光、水、雷、風、土と言った複数の属性を併せ持つ魔法が使えるため、数多の属性を一度に吸収している。だからエーテリオンの魔力を身体に入れても、理論上は問題ないのだ。そのおかげでシエルは意識が戻る程魔力を回復できたということなのだろう。

 

「エーテリオンを身体に取り込むとは…」

 

ここ最近のシエルに、エルザは本当に驚きの連続だ。気象転纏(スタイルチェンジ)は本人が練習と特訓を重ねて作り上げたものであるからまだ納得できる。しかし“天の怒り”と言う暴走状態、先程起こした謎の爆発、そして今エーテリオンの魔力を微量ながら吸収している状態。並の人間ならばおおよそあり得ない現象を引き起こしている。

 

「(シエル…お前は一体…?)」

 

すると、エルザの耳に一つの音が入ってくる。水晶の床を力いっぱい踏みつけるその音の方向に振り向くと、先程の爆発を一番近くで受けていたジェラールが、怒りを顔に滲ませた状態で立っていた。さすがに先程の衝撃は彼も堪えたのか、魔法陣が入っていた部分は血が出ており、衣服もローブと上着がボロボロで、中に着込んでいるノースリーブのインナーが見え隠れしている。あの規模の爆発で五体満足の状態でいるジェラールの姿はエルザとって衝撃的であった。

 

「このクソガキがぁ…!一体何をしやがった…!!」

 

思わぬダメージを負い、ふらつきながらシエルの元へと歩み寄るジェラール。その顔の怒りは、今まで以上に殺意の歪みを表に出している。対してシエルは意識は戻ってきたものの、動けそうな気配はない。まずい。直感的にエルザは理解し、彼を止めようと動く。

 

「待て…やめろ、ジェラール!」

 

しかし彼女の身体は未だに思うように動かすことができず、ジェラール自身も最早シエルの憎悪でエルザが見えなくなっていた。エルザの声にも反応せず、真っすぐにシエルの元へと向かっていく。

 

「(や、やばい…魔力はちょっと回復したみたいだけど、体のあちこちが、痛みで動かない…!)」

 

そして体を動かせないのはシエルも同じだった。このまま為す術もなくやられる未来を想像して、シエルは歯噛みする。一方のジェラールはシエルの近くに辿り着くと今度こそ彼にとどめを刺そうと腕を上げる。そしてそれを振り下ろそうと…。

 

「いや、待てよ…?」

 

したところで、その動きはピタリと止まる。彼に攻撃を加えようとしたジェラールは咄嗟に先程の事を思い出した。怒りと憎しみにかられて出来なかった冷静な分析と判断。この直前にそれを改めて行う余裕が出来た。

 

先程シエルが起こした爆発。だが、その時シエルは確実に気絶していた。これは彼自身の意志とは関係なく発動した者、つまり無意識下によるもの。次に発動条件。どういう原理なのかまでは分からないが、左掌、右膝、右足、そして最後に触れた右手に現れた黄色の魔法陣。気絶した後になってジェラールがシエルに触れた部分だ。直接的に接触すれば発動するもの…逆に言えば触れなければ先程の爆発は起こらないという事。

 

あの爆発がどのような魔法であるのかは不明だ。天候魔法(ウェザーズ)にそのような技が無い事も知っている。だが彼は聖十大(せいてんだい)()(どう)として認められるほどの魔導士だ。知識の量も群を抜いている。だからこそ初見であるあの現象の中で、どのような性質を持っているかを見破ることができたのだ。

 

「対処法が分かれば簡単だ。触れずに攻撃すればいい…」

 

そう言いながら振り上げていた右腕を一度後ろに引くと、ジェラールの右腕に光の魔力が形を作られ、六つの小さい星が浮かび上がる。一度下に降り、再び上に振り上げると螺旋を描くように上空へと浮かび上がっていく。やがて星は空中で円を描くように同じ高さを旋回し…。

 

「天体魔法・『六連星(プレアデス)』!!」

 

腕を振り下ろすと同時に六つの星がシエル目がけて降り落ち、光の柱を発生させてシエルを吹き飛ばす。最早悲鳴を上げることもできず宙に投げ出されたシエルに、ジェラールは追い打ちをかけていく。後ろに手を引いて念じれば、彼の背後に九つの光の剣が浮かび上がり、それをシエル目がけて投げ飛ばす。

 

「『九雷星(キュウライシン)』!!」

 

容赦なく突き刺さり、シエルの身体を衝撃で吹き飛ばしていく。響く轟音、起こる衝撃、そして悲鳴混じりのエルザの叫び。それら全てが再び遠のく感覚をシエルは感じた。

 

結局ほとんど何も出来なかった。エルザを助けようと、ジェラールを食い止めようと勇んできた結果が、このザマか…。己の無力に後悔を募らせながら、吹き飛んでいた小さな体は…。

 

 

 

「おっと」

 

床に叩きつけられるより先に、誰かによって受け止められた。

 

 

「うおっ、ボロボロじゃねえか、大丈夫かよシエル?」

 

聞き覚えのあるその声に、遠のきかけたシエルの意識は再び覚醒した。自分の身体を羽交い絞めする時の態勢で抱え上げるその人物の顔を見ようと振り向き、その姿をシエルは視認した。

 

「ナ、ナツ…?」

 

桜色の短い髪を持ち、白い鱗柄のマフラーを身に着けた火竜(サラマンダー)。ナツ・ドラグニルがついにこの最上階に現れた。

 

「いや~大変だったんだぞ?急に光ったと思ったらなんか塔の見た目変わってるし、急いで登ろうと思ったのに揺れまくって道塞がったり軽く酔ったりして…うぷ…」

 

「思い出して酔うな…!」

 

塔が衝撃で揺れるだけで酔うってどこまで酔いに弱いんだこいつ、と叫びたかったが上手く声も出せない状態だ。一方のジェラールは遅れてきた本命に口元に弧を描いて満足そうな様子だ。

 

「ようやく来たか、ナツ・ドラグニル。随分と遅い到着だったようだな?」

 

「お前がジェラールか」

 

ゲームを開催した張本人との対面。ジェラールに鋭い視線を向けたナツに向かって、エルザは絞り出すように声を張る。

 

「ナツ、頼む!シエルを連れて塔から離れてくれ!もう自分で動くことも限界なんだ!」

 

「お、俺は大丈夫、だから…エルザを…!」

 

「そんなの分かってるよ」

 

シエルは自分よりもエルザを守ってほしい、とナツに懇願しようとするが、それを言い切る前にナツから答えが返ってきた。初めから自分がやることは、分かっている。

 

「エルザは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間だ。あんな奴に渡すわけがねえ。絶対に連れて帰る。エルザもシエルも、みんな揃って妖精の尻尾(オレ達の家)に帰るんだ」

 

強い決心…と言うものではない。彼にとってそれは、ごく普通で当たり前の事。そんな当たり前の事を実現する為に一見無茶と言えるようなことさえも迷わず行うことが出来る。そんな姿勢がシエルには眩しく見えた。

 

「自信満々のようだな。守れるか、仲間を?そのガキは殺す。エルザは生贄とする。そんなオレから同時に、守れるのか?」

 

ジェラールの言葉はもっともだ。ナツが戦いの中でシエルを守ろうとすればエルザを狙い、エルザを守ろうとすればシエルに攻撃するだろう。戦えない味方が二人もこちらにいるとなっては、ナツとしても動きづらい…。

 

「シエル、魔力はあとどれくらいある?」

 

するとナツは突如彼に聞いてきた。共に戦えるかの確認だろうか?しかし、今のシエルは微量のエーテリオンで少々回復できているとはいえ、現状で使える魔法はごく僅かだ。正直に答えるとナツはさらに聞いてくる。

 

曇天(クラウィド)はどうだ?」

 

曇天(クラウィド)…?それなら…大きさにもよるけど、数回ほどなら…」

 

曇天(クラウィド)を使っての策でもあるのだろうか?ナツはあまり物事を考えるということには向かない。だが戦闘においては思わぬ視点から勝機を見出したり突破口を見つけ出して勝利に繋げる事を得意としている。頭の回転と状況判断は早いのだ。何か良い案があるのだろうかと、ナツの言葉を待っていると彼は口元に笑みを浮かべていた。

 

「なら十分だな!」

 

客観的に見れば不敵な笑みにも見えるその表情。だが、シエルはそれを見て何故か安心できなかった。むしろ嫌な予感がする。何をする気だ、何を考えているんだ?その答えはすぐに判明した。

 

すぐさまシエルの体を肩まで持ち上げて、最上階から外へと繋がる穴に向けて走り出す。ここまで来ればもう誰でも分かるだろう。ナツの思惑が。「待て待て待てナツぅ!」と言う制止の声も無視して彼は勢いよく飛び上がり…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「後は任せろ!交代だぁああああっ!!」

「ぎゃあああああああああっっ!!?」

 

塔の外へと思いっきりシエルの体を投げ飛ばした。嫌な予感が的中したことと、突如起きた絶望に、シエルは両目から涙を流しながら悲鳴を上げて落ちていく。

 

「ええ!?」

「は…?」

 

ナツがやらかした思わぬ奇行(もしくは蛮行)にエルザもジェラールも開いた口が塞がらない。エルザに至ってはちょっと可愛らしい声で驚愕している。

 

「ナァァァアアアアツゥゥウウウウウウッ!!!覚えてろよぉおおおおおおぉぉぉぉ………」

 

今までの傷の痛みと疲労も忘れて絶叫しながら、遠のいていく声と共に落下していくシエル。それを持ち前の視力で見届けたナツは彼の姿が見えなくなると「よし!」と両手を腰に当てて満足げな表情。何がよしなんだ、おい。

 

「…噂以上の傍若無人っぷりだな。身動きできない仲間を海へと投げ飛ばして…正直軽く引いたぞ、ここまで酷いとは…」

 

「失敬だな。オレはちゃんとあいつが無事に降りれるように魔力があるかどうか聞いたじゃねえか。本当に酷いやつなら確認もしないで投げ飛ばすだろ、なあ?」

 

「「いや、そう言う問題じゃないだろ…」」

 

若干引き気味のジェラールの言葉に心外だと言わんばかりに口を尖らせる。だが何のフォローもできそうにない屁理屈に思わず敵味方の垣根を超えて声を揃えてツッコミが入る。それだけナツの行動がおかしいと言える証明だ。

 

「シエルのことなら心配いらねえ。あいつなら絶対無事に下に行ける」

 

行動は酷いが、仲間への想いは本物だ。絶対にシエルは己の力で無事に下へと辿り着く。それを信じて、今自分がやるべき事をやるだけだ。

 

「今度はオレが相手だ。エルザは返してもらうぞ…!」

 

「いいだろう。一度お前の力を見てみたかったんだ…。来い、ドラゴンの魔導士…!!」

 

体から炎と熱気を放つ火竜(サラマンダー)、ボロボロになっていた衣服を破り捨て、上半身がインナーのみとなりながらも笑みを浮かべるジェラール。楽園の塔における最後の激突、その火蓋が今、切って落とされる。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それから数分後。楽園の塔周辺で荒れていた海は落ち着きを取り戻していた。そんな海の上をプカプカ浮きながら漂う一つの人影。どこか虚ろな目を浮かべているその少年はシエル。急降下状態で必死に曇天(クラウィド)を自分の下に展開しては勢いを弱め、海に着水する頃には飛び込み台から落ちる程度の威力にまで弱めることができた。

 

しかしその際の道中は生きた心地はしなかったし、必死になって曇天(クラウィド)を展開したから今度こそ魔力も空の状態だ。体全体が動かない。と言うか動く気にもなれない。

 

「今日だけで何度も死ぬかもって思ったけど…これが一番死に近かった気がする…」

 

取り敢えず無事に戻れたら覚えてろナツ…と心の中で決めながら、海上で待っていた仲間たちに発見されて引き上げられるまで、シエルは虚ろな目のまま楽園の塔、そしてその先の空を眺めて漂っていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「全くもう、一人で急に飛び出してどうしたかと思っちゃったわよ!」

 

海上を漂いながらも近づいてきた仲間たちに引き上げられ、シエルはようやく落ち着くことができた。と言っても、魔力が空になった状態ではほとんど動くことすらできない状況ではあるが。

 

「…なあ、大丈夫かこいつ?さっきから目が死んでるように見えるんだけど…」

「ネコネコに食べられてる魚みたいな目をしてるみゃあ…」

「上で一体何があった?…だゼ…」

 

心配を駆けさせたことでご立腹の様子なルーシィに反して、ショウたちはシエルの様子が飛び出す前と打って変わって別人のようになっている事実に、心配になっている。そんな彼の様子に何となく心当たりを感じたのはハッピーだ。

 

「ひょっとして、あのてっぺんのとこからナツに落とされた…とか?」

「…正解…」

 

それを聞いて一同が納得した。同時に同情した。何で敵であるジェラールではなく、仲間であるナツに危うく殺されかける事態になるんだ、と共感されるレベルだ。

 

「ナツはともかくとして、エルザは大丈夫だったよな?」

 

「…うん…しばらく戦うのも難しそうだったけど、ナツが戦ってる間は、大丈夫…」

 

仲間に心配され、先程の戦いを思い出し、そして胸の中に抱えていた愚痴を吐き出したことで虚ろ気味だったシエルの目は光を取り戻した。グレイに問われたエルザの安否を答えると、ひとまずは一同に安堵の空気が流れる。すると、楽園の塔に異常が発生した。

 

上空から何かの雄叫びのような声が響いたと思いきや、楽園の塔の中心が、何かが突き破ったかのように上から下へと爆発と轟音を起こしながら破壊される。そのおかげで塔全体から白煙が舞い上がり、下層の方は煙幕で包まれて何も見えない状態だ。何が起こっているのか戸惑いと共にどよめくショウたちに対し、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーはこの状況を理解していた。

 

「あれ、絶対ナツだ…!」

 

「うん、あたしもそう思う…!」

 

「暴れまくってんなあ、あいつ…」

 

ここまで暴れまわる必要のある強敵を相手に、きっと大丈夫だと信じたいところであるが、実際に何が起こっているのかは不明のままだ。シエルが落下していた時も、海上を漂っていた時も時折塔が揺れるほどの衝撃が起きていたが、その中でもこれ程の規模は恐らく一番だと思われる。

 

その証明なのか、今の衝撃を最後に楽園の塔は異常なほどに静まり返っている。だが、しばらくすると今度はまた違った異常が発生し始めた。白煙が晴れ切って姿を再び現した塔のあちこちから、水晶と同じ光が直線状に放たれ出す。まるで内側に溜め込んでいた何かがもうすぐ溢れ出して暴発するような…。

 

「あの光…凄まじい魔力を感じます…!」

 

「まさかエーテリオンが暴走してるのか!?」

 

「暴走!?何で!!?」

 

エーテリオンを楽園の塔が吸収した時点で、それを危惧していた者は何人もいただろう。27億イデアもの大きな魔力を一点に留めておくことは不安定。Rシステムを発動させればその心配もいらなかったのだろうが、ここまで来てしまえばそれも最早不可能。行き場を無くした魔力の渦はやがて弾け、その場で大爆発を起こす。

 

「ちょ!?こんなところにいたら、オレたちまで…!」

 

「中にいる姉さんたちは!?」

 

爆発に巻き込まれて自分たちまで危険な目に遭う未来が浮かんでしまう。そして爆心地と言える塔の中にいるエルザたちの身も危ない。だが、そんな危惧さえも覆る最悪の前提が残酷な現実を突きつける。

 

「誰が助かるとか助からないとか以前の問題だ…」

 

「ああ…。オレたちを含めて…全滅だ…!!」

 

シエル、そしてグレイの言葉は、一同に絶望を圧し掛からせた。今から遠くへ行こうとも逃れられない死に、彼らの空気は自分たちに降りかかる遠くない未来に対し、全てを諦めた絶望に包まれた…。

 

 

 

エーテリオン投下前にジェラールが示した楽園ゲームの結末。全員の死、勝者なきゲームオーバー。その結果がこのような形で示されることになろうとは…誰もが予想できなかっただろう…。

 

 

 

かくしてその時は訪れた。一際塔の輝きが強まり、その光は螺旋を描くようにして空の方へと向かう。爆発した。その事実にウォーリーやミリアーナは狼狽する。だが、いち早くグレイが気付いた。本来起こるはずのない不思議な現象に。

 

「エーテリオンが空へ…空中へ流れてる…!」

 

一か所に留まっていた魔力は、誰の被害も及ばない場所へと、空中へと流れ出ていく。もしかして助かったのか。誰もがそう考えていた次の瞬間、放出を終えて静まっていた衝撃の余波が塔を中心に発生し、水の球体で包まれた一同を付近の海ごと吹き飛ばす。

 

 

楽園の塔は、Rシステムは消えた。水晶色の光と共に、魔力は空へと流れゆき、外部にいた者たちの全てに影響を及ぼさず、完全に消滅した。だがそれは…。

 

 

 

「ナツー!!エルザァーー!!!」

 

 

 

彼らにとって大切な存在である二人の仲間も…消滅した可能性が存在するという事だ…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

勢いよく波に流されていき、水の球体に包まれた状態で、一同はとある浜辺に辿り着いた。その浜辺は楽園の塔…今は跡地であるが、そこから一番近い位置に存在するアカネビーチ。一行が楽園の塔へ向けて出立した場所だった。

 

生きて戻ることができた。しかし、その場にいる誰もが、表情に影を落としている。絶対に払ってはならない、大きな犠牲を払ってしまったからだ。

 

 

ショウたちにとっては8年以上仲間として共に生きてきたシモン。シエルたちにとっては家族のように過ごし、共に戦ってきたナツ。

 

そして、この場にいる全員にとってかけがえのない、共通の仲間、エルザ。

 

誰もがその場にいる者たちの無事を喜ぶことができない。彼らを救う事も出来ずに、自分たちだけがこの場に戻ってきてしまった後悔が大きく募る。受け入れられない現実に、涙を浮かべる者もいる。

 

「ごめん…」

 

謝罪の言葉を告げたのは、この場にいる中で最年少の魔導士。そしてこの場にいる中で最後に、ナツとエルザを助けられる可能性を持っていた少年だった。力を無くしたように膝から崩れ落ちて、波が押し寄せる浜辺に座り込んだその少年に、全員の視線が集まる。

 

「…俺が連れ戻すべきだった…。俺が…エルザたちを連れて脱出できる、最後の存在だったかもしれないのに…!」

 

あの時ジェラールと戦わず、エルザと逃げるべきだった。いや、そもそもエルザをジェラールのところに行かせたことが間違いだったかもしれない。ナツやシモンと合流してエルザを連れて逃げることができれば…そんな後悔が、今になってシエルに襲い掛かる。

 

自分のせいだと。自分が間違った判断をしたことで、仲間たちを失うことになったのだと、涙を浮かべ、嗚咽を交え、シエルは今いる仲間たちに詫びる。そんな少年を責めようとする者は、一人もいない…。

 

「しょうがないよ…あたしたちだって、動くこともできなくて…」

 

「ナツならきっと大丈夫だって…何があっても絶対、大丈夫なんだって…思ってた、のに…!!」

 

嘆き、悲しみ、彼らを失ったことによる慟哭は、心に大きな傷を残すことを表している。誰もがその悲劇に涙を浮かべ、誰もがその喪失感に打ちひしがれている。

 

 

 

失ったものはもう戻ることはない。一度は失った経験を持つ彼らにとって、その事実は絶望へと塗り替えられる…。

 

 

「……?…この、感覚は…?」

 

悲壮の空気を感じていた一同の、そんな絶望を払うきっかけは、水の魔導士であるジュビアが発端だった。突如何かに気付いたようにしゃがんで海の中に手を入れて集中する彼女に、全員の視線が刺さる。そして少しすると、ジュビアはある一点の方向へと顔を向ける。その表情は目を見開き、その目に映るものが信じがたいと言わんばかりに、驚愕に染まっていた。

 

「皆さん…あそ、こ…!!」

 

そして指を指した方向に全員が視線を向けると、全員がジュビアと同じ表情に一変し、その後、各々のタイミングでその表情を喜色へと染める。

 

 

 

同じ浜辺に、しかし幾分か遠くにその姿を現したのは、二人の人影。一人の青年が、もう一人の女性を横抱きにして仁王立ちしているところだ。

 

青年は桜色の短い髪に、首に白い鱗柄のマフラーを巻いており、女性は長い緋色の髪で、胸に白いサラシ、下半身は炎を模した意匠の袴。

 

 

楽園の塔のエーテリオンの暴走に巻き込まれたと思われたナツとエルザが、その命を保ったまま、彼らの前に現れていた。その姿を認識した時、一同は先程の空気を一転し、喜びを表しながら海の方へと駆けだしていく。

 

『エルザーーー!!!』

 

駆け寄って、己の名を呼ぶ仲間たちにエルザは、自分が生きていることに驚愕しているようだ。そして、己を抱えているナツに目を向け、さらにその目を見開く。まるで先程になって目を覚まし、状況を把握しようとしているかのように。

 

そこから、膝をつき、エルザを下ろしたナツが彼女に何かを語りかけているようだが、シエルたちは二人が無事であったことへの喜び、一刻も早く彼らの元に付きたいという一心で動かす足によって起きる水音で内容までは聞こえない。だが、彼女が浮かべる笑みと涙が、どのような言葉を紡いでいるのか、おおよそで感じさせてくれる。

 

涙を浮かべながらも、心からの喜びを思わせる笑みを、駆け寄ってきた仲間に見せるエルザに、ルーシィ、ハッピー、シエルが、真っ先にエルザの身体に抱き着いていく。

 

「よかった…無事だった…!!」

「どんだけ心配したと思ってんだよ!!」

「姉さん…!!」

 

「…みんな…」

 

自分たちの無事を喜び、涙を流す彼らに、エルザはさらに胸の奥が熱くなるのを感じる。そんな中で、シエルの涙混じりに自分の名を呼ぶ声が彼女の耳に届いた。

 

「約束…守ってくれて…よかった…!!」

 

「…!!」

 

彼のその言葉でエルザの頭にある一つのやり取りが蘇った。それは、シエルが斑鳩を撃破し、万全の状態でジェラールとの戦いに臨もうとしていた時。

 

『…エルザ…死なないでね…?』

 

『…勿論だ。決着をつけてくる』

 

実のところ、エルザはあの時心の中でシエルに謝罪をしていた。もしもの時はエーテリオンを利用してジェラールと共倒れになろうとし、その約束を反故にしてしまうかもしれなかったことを。そして、エーテリオンが暴走を起こしていた時、暴発による外部への被害を抑えるため、魔水晶(ラクリマ)と融合してエーテリオンの魔力をコントロールしようとした。その為に自分の身体は分解される可能性があることを承知で行ったことを。

 

その結果、どのような未来を辿ることになり兼ねなかったか、エルザは知っている。もう一つの未来を、見てきたかのように。否、彼女は実際に見たのだ。己の墓の前で悲しむ家族たちの姿を。自分の死を受け入れずに激昂するナツを、抑えようとする仲間たちを。そして、約束を守らずに死んでいった自分に、慟哭するシエルの姿を。

 

あの姿を、現実のものにするわけにはいかない。エルザは固く決意することにした。今度こそは…。

 

「仲間と交わした約束だ…絶対に、破りはしない…」

 

この場で真実は語らない。その代わり、今後の約束を、必ず果たすと誓う。仲間の為に死ぬのではなく、仲間の為に生きる。それが、幸せな未来に繋がると信じて…。

 

 

 

彼女の言葉に頷きながら笑みを浮かべて顔を上げたシエルの目に映ったのは、()()()()()涙を流して、こちらに微笑むエルザの姿だった。




※おまけ風次回予告

シエル「エルザが生きててくれたよぉおっ!!うわぁぁあああんっ!!(泣)」

エルザ「泣きすぎだぞシエル。その気持ちだけで、私は十分だ」

シエル「だって、だってさ、塔があんな風になったら、誰だって気が気じゃなくなるよ!ホントに、本当に生きてて…ううっ…!」

エルザ「やれやれ…。私としては、お前も生きていてくれたことに、安心しているんだ」

シエル「えっ…俺…?」

エルザ「ナツに海へと投げ飛ばされた時、本当に大丈夫なのだろうかと、心配したんだぞ?」

次回『強く歩け』

シエル「あ、そうだった、忘れるとこだった!ナツに目にもの見せてやらなきゃ!」

エルザ「ほ、程々にしておけよ?行動はともかく、ナツもお前を思ってだな…」

シエル「時にエルザ~ちょっと耳貸して~?(黒笑)」

エルザ「…?」


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第31話 強く歩け

間に合いました!年内で楽園の塔編完結!
色々と考えましたが次回予定の新ギルド帰還の話は、次章のはじめと言う扱いにすることに決めました。ほぼ閑話を挟む余裕もないですけれど…w

今年最後の一日、降雪は如何だったでしょうか?地元のニュース見たら最低気温-3.1℃、積雪量43センチだと記録されたそうです。ヤベェ…。

これが今年最後の投稿。今話に入っているシーンに涙した人も多いでしょう。

その感動が台無しになってないか不安ですが、どうぞお楽しみいただけると嬉しいです。
そして今年5月から書き始めてここまで来れたこと、大変嬉しく思います!ありがとうございました!また来年も本作品をよろしくお願い致します!よいお年を!


アカネリゾートが所有するリゾートホテル、そのスイートルームは現在妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名義で一週間貸し切りとなっている。その一室のベッドの一つで、大きないびきをかきながら三日間ずっと寝ている人物が一人。火竜(サラマンダー)の異名を持つ魔導士、名はナツ・ドラグニルだ。あちこちに包帯で巻かれた状態のまま眠りこけて丸三日。同室の仲間たちはそんな様子を呆れた様子で見ていた。

 

「大丈夫か、こいつ?」

「三日間寝っぱなしだしね、いつ起きるのか…」

「ナツ!ルーシィがメイドのコスプレで、歌って踊ってみんな引いてるよ!」

「そんなんで反応されて起きてもらってもヤなんだけど…」

 

呆れた様子のグレイとシエル。そしてハッピーがナツにかけたカオス極まりない状況を騙った嘘に、ダシにされたルーシィが苦言を呈していると、声は聞こえていたのか「ぷ」と寝ながら吹き出して、ルーシィから心外とばかりにツッコミが入る。

 

「もうしばらく休ませてやろう。仕方ない状況だったとはいえ、“毒”を食べたに等しい」

 

「エーテリオンを食ったんだっけか?だんだんコイツも化け物じみてきたな」

 

ナツはジェラールとの戦いの最中、エーテリオンが含まれている魔水晶を直接食らったそうだ。炎を食べることで魔力の回復、増幅を行える滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。エーテリオンに含まれている炎の魔力を喰らって力に変えようとしたらしい。しかし、エーテリオンには炎以外の属性も多分に含まれているため、下手をすれば自滅になりかねなかったのだが、彼はそれを乗り切った。自らが喰らったエーテリオンのエネルギーを取り込んで、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)としての力を覚醒させた。その覚醒させた力で、ジェラールを見事打ち倒したそうだ。

 

その結果、今のように三日間寝たきりの状態であるのだが、魔水晶(ラクリマ)に体を融合させて仲間を守ろうとしたエルザに説教できる立場なのだろうか、と彼女は思った。そしてふと、ナツ以外にもエーテリオンを取り込んでいた人物がいたことを思い出した。

 

「そう言えば、シエルは大丈夫なのか?お前もエーテリオンを取り込んでいただろう?」

 

「ああ…俺の方は特に…。むしろ斑鳩やジェラールにやられた傷の方が多くて、その辺り分かんないし…」

 

ナツやエルザ同様に包帯に巻かれた部分が多いシエルは、苦笑しながら自身の容態を口にする。彼の場合はエーテリオンを摂取した副作用よりも、それ以前に負った傷の方が重大だった。斑鳩との戦いによって出来たほとんどの傷は慈雨(ヒールレイン)で治癒できたものの、最後に彼女から受けた一撃、そして時間を空けてジェラールとの激闘。負担がかからない訳が無かった。

 

「ナツの事言えないじゃないの、あんた…」

 

「シエル、お前もしかしてナツ(こいつ)同様の化け物みたいになってたりしてねえか?」

 

「…じゃあ試してみようか?滅竜魔法!日光竜の~」

 

「ただの日射光(サンシャイン)じゃねえか!!」

 

何だかんだでシエルもナツとほぼ同じように無茶をしたと認識したルーシィとグレイからそんな風に言われてしまうシエル。だが、シエルはそれでめげない。むしろナツみたいに、と言うグレイの言葉にピンと来て立ち上がり、グレイ目掛けて右手に持つ日射光(サンシャイン)をかざしながら、滅竜魔法っぽい言い回しを言おうとして、視界を腕で覆ったグレイに突っ込まれた。その様子を傍目で見ているルーシィはおかしかったのか声を上げて笑っている。

 

「今回の件では皆にも迷惑をかけたな。本当に…何と言えばいいのか…その…」

 

「もう…そのセリフ何回言ってるのよぉ」

 

エルザはこの三日間の間、機があれば仲間たちに謝罪を述べている。自分たちがエルザの力になりたくてなっただけだし、放っておくこともできなかった。だから謝られる必要など一切ないのだが、エルザ自身、どうしても気になってしまうらしい。いずれは過去の事として平然としていられるようになることを祈ろう。

 

時に、エルザは一人姿が見当たらない人物がいることに気付いた。ファントムのエレメント(フォー)であったにも関わらず共に戦ってくれた少女の姿が。

 

「そう言えばあの娘は?」

 

「ああ…ジュビアか。もう帰っちまったよ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に一刻も早く入りてぇとか何とか」

 

エルザが大きく関わっていた出来事に、尽力してくれたジュビア。少なくとも今この場にいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーからの信頼は厚いだろう。特に反対意見を申し出る者もいなかったため、彼女は一足先にギルドに入るために向かったそうだ。

 

「そうか…。聞けば世話になったようだし、私からマスターに稟請しても良かったのだがな…」

 

「あ、多分その心配はないと思うよ。ジュビアに、マスター宛で手紙を渡しておいたから。あれを見せればきっとマスターも悪いようにはしないよ」

 

「そうだったの?用意良いわね…」

 

実は彼女が妖精の尻尾(フェアリーテイル)に向かう前に、ジュビアからシエルに話を持ちかけられた。ある一つの事柄に関してジュビアはどうしても気になることがあったらしい。その話を終えた後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入りやすくするために手紙を用意し、マスター・マカロフに渡すようにと彼女に告げていたのだ。

 

ちなみに、ジュビア自身にシエルからちょっとしたアドバイスも与えられたのだが、それについては後程という事で。

 

「そう言えば、エルザの方こそ寝なくていいの?」

 

シエルがふと思い出したように話題を変える。楽園の塔の事件が終結した翌日、エルザから聞いた話に一同は愕然としたことを覚えている。エーテリオンの渦巻く魔水晶(ラクリマ)の中に自ら入り込み、その魔力をコントロールして空中へと逃がしたことを。一歩間違えればそのまま体が消滅してしまった事実に、シエルが泣きながら怒って「嘘つきぃ!」とポカポカ殴り掛かってきたのを見て、エルザはより一層罪悪感を感じたとか。

 

そんなこともあってか、エルザの方もまだ休息が必要なのではないかと心配の声をかけるが、エルザ自身は見かけほど大した怪我ではないそうだ。

 

「エーテリオンの渦の中では、体は組織レベルで分解されたはずなのだがな」

 

「分解…奇跡の生還すら生温いレベルじゃん、それ…」

 

さも大したことではないかのように語っているが、本当にちょっとでも間違えればそのまま死に直行だったわけだ。改めて事の重大さに気付かされたシエルは、再び身体を震わせている。一方でグレイはエルザに感心すると同時に、同様の症状に陥っているナツを比較する。

 

「何はともあれさすがはエルザだな。勝手に毒食ってくたばってるマヌケとはえらい違いだ」

 

「今何つったァ!!グレーイ!!!」

 

すると今の今まで起きなかったナツが、グレイの自分を貶す言葉によって目を覚ました。勢いよく怒りを現しながら起き上がったナツに驚く様子も無く「素敵な食生活デスネって言ったんだよバーカ」と言い返してナツの言葉を詰まらせる。珍しく反論できないようだ。

 

「てかお前、フクロウの餌になってなかったか?食う方か?食われる方か?どっちだよ食物連鎖野郎」

「え、食われたの?あの梟男に?グレイその話詳しく」

「うぬぬぬぬぬぬぬ…!!」

 

詰め寄りながら問いかけてくるグレイの言葉の中に、初耳のからかい甲斐のある情報を見つけたシエルは詳細を聞こうとする。二人がかりで自分を貶めようとしてくる様子に、ナツは言い返せずに唸り続け…

 

「くかーー」

「「寝たーー!!」」

「絡む気ねえなら起きんじゃねえ!!」

 

パタリと再び寝始めた。言い返せなくなって不貞寝した感じではなく、力尽きて再び眠りに入ったように。ただ単にグレイの発言に怒って起きたのはいいが、身体の方は未だに休息を求めていたようだ。随分器用な身体だと感じながらも、一部始終を見ていたルーシィの笑い声、そしてそれにつられるように、ハッピーやシエル、グレイまでもが声を上げて笑う。スイートルームの一室は楽しげな喧騒に包まれた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その後、エルザがショウたちを連れてきて、改めて互いに紹介、そして交流を深め始めた。特にナツと彼らはほとんど面識が薄く、互いについてほとんど知らないことが多い。ハッピーを取り戻すために一度は衝突したが、ジェラールに騙されていたことに気付いた後は、事前に聞かされたシモンの説明もあって誤解も解けた。

 

ちなみにシモンの事だが、残念ながら楽園の塔で命を落としてしまったそうだ。エーテリオンの爆発に巻き込まれたからではない。ナツがジェラールと戦っている中で、塔を壊そうとしたことに怒ったジェラールが大技を発動。ナツの前に立って庇おうとしたエルザの更に前に立ち、二人を身を挺して守りきり、事切れた。エルザからその話を聞いたショウたちは悲しんだが、かつてシモンがずっとエルザの力になれることを、エルザの為にできることを望んでいたことを知っていたため、彼が最期にエルザを守れたことに、少なからず救われただろう。

 

シモンが残してくれた未来を進んでいく。過去は未来に変えて歩き出す。今日の一歩は明日に繋がる一歩になると、エルザは彼らに語り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に誘った。行く宛もないだろうし、何よりエルザ自身が、今度は共にいたいと感じているから。

 

 

そして残された宿泊期間の間で一同は親交を深め、寝食も共にしていた。カードの魔法が使えるショウの話を聞いて、同系統の魔法が使えるカナの話を伝えたり、ミリアーナはハッピーと特に仲良くなろうと積極的に話をしたり遊んだりしていた。

 

そしてウォーリーだが、意外にもシエルと一番意気投合したと言える。何でも彼には兄がいるそうだ。奴隷として一緒に囚われた後、離れ離れになってしまったようだが、もし今も生きているならば会いたいと若干涙ぐみながら話す彼に、シエルも自分の兄弟を話をした。兄弟がいる者同士、シンパシーを感じる部分が多かったのが理由なのだろう。

 

 

そしてチェックアウト…つまり滞在期間最終日の前日の夜。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の男性陣は自室にて談笑に浸っていた。とうとう明日はショウたちを連れてギルドに戻る日だ。思い出すと本当にあっという間だったと語る。まあ、初日の夜にショウたちの襲撃、エルザは連れてかれ、その後は丸一日楽園の塔で激闘に次ぐ激闘だったのだ。ほぼ二日分はビーチにいなかったに等しい。妙に早く感じる時の流れを自覚しながら、もうそろそろ休もうかと誰かが切り出そうとしたその時。

 

「あ、みんなここにいたのね!」

 

「ルーシィ、どうかした?」

 

「お腹減ったの?魚食べる?」

 

「減ってないしいらないし!」

 

突如部屋に入ってきたルーシィに全員の視線が向く。ハッピーのボケとそれに対するツッコミと言ういつも通りのやり取りもそこそこに、ルーシィはここに来た用件を告げた。

 

「それよりも、さっきエルザがね…」

 

ルーシィの話によると、ショウたちの姿がどこにも見当たらないと、エルザが慌ててルーシィの元に訪ねきたらしい。妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと一緒に向かう予定だったはずの彼らが突然何も言わずに姿を消したという事実に、3人も驚愕を露わにしている。探したほうがいいのだろうかと、すぐさま動こうとすると…。

 

「それなんだけど、エルザは『花火』の用意をしてくれって…」

 

「花火…もしかして…!」

「…なるほどな、そういう事か」

「んじゃ、派手に上げとかねえとな!」

「あい!」

 

「?」

 

花火。その言葉だけで全員がエルザの意図を察した。唯一心当たりのないルーシィのため、準備をするために外に向かう道中で、シエルは彼女に説明した。これから行う花火の準備について。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「本当にオレたち、やっていけるのか…?外の世界でよ…」

 

「みゃあ…」

 

「やっていかなきゃ!これ以上姉さんに、迷惑はかけられない」

 

夜更けのビーチで、小舟に乗って出立しようとしているのは、ショウ、ウォーリー、ミリアーナの3人。エルザと共に過ごした彼らは、何も告げずに3人で旅に出ることに決めた。ギルドでの生活も興味はあったし、何より大切なエルザ(仲間)と今度こそ共にいられることは魅力だ。だがそれでも、彼らはこの道を選ぶ。自分たちの自由を、見つける為にも。

 

「行こう!姉さんたちがオレたちに気付く前に出発するんだ!」

「だな!何とかなるゼ!!」

「元気最強ーー!!」

 

波止場から縄をほどき、小舟を止めるものが無くなったところで、今にも出発をしようとしたその時…。

 

「お前たち!」

 

3人の耳にその声は届いた。振り返らずとも誰かは分かったが、彼らは振り向かずにいられなかった。噂をすれば何とやら。出来れば見つかりたくなかったエルザに、あと少しのところで見つかってしまい、彼らの表情に焦りが見える。

 

一方のエルザは、真っすぐにこちらに目を向けたままそれ以上は何も語らない。引き留めに来たのかどうかは分からない。けれど、誰が何を言おうと、もう自分たちが決めたことを阻まれたくはない。ショウは意を決して彼女に伝え始める。

 

「オレたちはずっと塔の中で育ってきた。これから初めて外の世界に出ようとしている。分からないことや不安なことがいっぱいだけど、自分たちの目で、この外の世界を見てみたい」

 

塔の中の世界しか知らない自分たちは、夜がこれほど明るくなることも、物の売り買いや外の常識、何もかもが初めての事ばかりだ。不安は募るが、彼らはもう誰かに頼って生きる事も、誰かの為に生きるのも望まない。

 

「これからは自分自身の為に生きて、やりたいことは自分の手で見つけたい。それがオレたちの自由なんだ」

 

決意は固い。彼らは彼らにとっての自由を、自分たちの手で掴み取りたいと断言する。ショウだけじゃなく、ウォーリーとミリアーナも気持ちは同じようだ。その決意を感じ取ったエルザは、予感していたのか安堵をつく。

 

「その強い意志があれば、お前たちは何でもできる。安心したよ…」

 

笑顔を浮かべながら己の身体に光を纏い、換装魔法でその装備を変える。純白の地に金色の鳥を象った刺繍が所々に刻まれた、将軍格が身に着けている印象の豪華な鎧に、国王を彷彿とさせる絢爛な赤い外套を肩から棚引かせた衣装。そして左手には妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章が入った旗を持ちながら、彼女は彼らに言葉を告げた。

 

「だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を抜ける者には、三つの掟を伝えねばならない。心して聞け」

 

「ちょ…抜けるって入ってもねえのに…!」

 

加入することも叶わなかったのに抜けるものとして扱われていることに戸惑うウォーリーにも構わず、エルザは告げる。ギルドを抜ける、旅立つ者に送る三つの掟を。

 

一つ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の不利益になる情報は、生涯他言してはならない。

 

二つ、過去に依頼者に濫りに接触し、個人的な利益を生んではならない。

 

「三つ!例え道は違えど…強く力の限り生きなければならない!決して自らの命を、小さなものとして見てはならない!」

 

毅然とした様子で掟の内容を伝えていたエルザは、三つ目を伝える中で、涙が溢れるのをこらえようとしていた。永遠に別れるわけではない。望まずに離れるわけではない。彼らが自由に生きていくためにも、自分がこの別れを惜しむわけにはいかない。

 

だが、この掟を伝える中で、胸にの中にある感情が、掟の内容に共鳴し、涙となって溢れ出てくる。二つの掟に戸惑いを表していた3人も、エルザの様子と三つ目の掟の内容に、つられるように涙を流し始めていた。

 

「愛した友の事を、生涯忘れてはならない!!!」

 

今この時が、これからの旅路が、エルザと言う友と離れ、自分たちが望んだ道を進むもの。苦難や困難、予測の出来ない事態、そんなことも多々あるだろう。そんな中でも彼らは、命の限り強く生き、そして過去を共にした友の事がいたことを、忘れないでほしい。

 

それが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として、そして彼らの友としてのエルザからのメッセージ。それを理解したショウたちも、そしてそれを送ったエルザも、涙をこらえることは出来なかった。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)式壮行会!始めェ!!」

 

『おおっ!!』

 

エルザの号令に続いて彼女の後ろに現れたのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー。妖精の尻尾(フェアリーテイル)式壮行会。これこそが、エルザが用意を頼んだ花火の意味だ。

 

「お前らーー!!また会おーなーっ!!」

 

大声でショウたちに告げたナツは夜空に向けて三発、口から火球を吹き出すと、その日の弾は上空で花開き、炎の花火を形作る。その光景に涙を浮かべたまま、ショウたちは感嘆の声を零した。

 

「氷もあるんだぜ」

「あたしは星霊バージョン!」

「三人の旅路が快晴であることを願って!」

 

両手を合わせて上げられた氷で作られた十字型の花火、星霊の鍵の魔力で上げられた綺羅星が無数に散りばめられた花火、淡く輝く太陽の力で上げられた純白の優しい光を拡散させた花火を、妖精たちは次々と打ち上げる。煌びやかで、眩しくて、目を奪われるような光景に見惚れてしまう。

 

「私だって本当はお前たちとずっといたいと思っている。だが…それがお前たちの足枷になるのなら…この旅立ちを、私は祝福したい…」

 

「逆だよぉぉエルちゃぁん!」

 

「オレたちがいたら…エルザは辛い事ばかり思い出しちまう…!」

 

色とりどりの花火に見送られながら、小舟は旅立っていく。旗を天高く掲げて見送り、言葉を贈るエルザに、仲間たちの感極まった叫びが返ってくる。その言葉もまた嬉しく、そして彼らと言う存在が、エルザにとってはかけがえのないものである。

 

「どこにいようと、お前たちの事を忘れはしない。そして、辛い思い出は明日への糧となり、私たちを強くする。誰もがそうだ。人間にはそうできる力がある。

 

 

 

 

 

強く歩け。私も強く歩き続ける…!この日を忘れなければまた会える。元気でな…!」

 

「姉さんこそ…」

「バイバイ、エルちゃーん!」

「ゼッタイまた会おうゼ!約束だゼ!!」

 

 

「約束だ」

 

互いに目に浮かべる涙。それを照らすは妖精たちの花火。心に咲けよ、光の華。小さな小舟で自由に巡り、旅立つ彼らに祝福を。

 

呪いの枷に縛られていた女王とその仲間たちは、再び離れることになろうと、今度は心で繋がっている。どうか彼らの行く先が、希望と自由に溢れんことを。

 

妖精たちが上げる花火と、女王が届ける旗と言葉。光輝くそれらに見送られ、彼らの旅はここから始まった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

アカネリゾートでの宿泊も終え、一行はマグノリアに帰還するために、まずは船にて港町ハルジオンへと向かっていた。もう陸地は見えないところまで来ており、辺りは一面大海原が広がっている。船の欄干に腕を置いて海の向こうを見ながら、緋色の長い髪を風に揺らしているエルザの胸中は如何ほどのものか。

 

別れは済ませた。彼らの旅立ちを見送ったのは自分だ。しかしそれでも、一抹の寂しさは拭い切れなかったようだ。

 

「エルザ、ずっとあのままだね…」

 

「声をかけると普段のエルザなんだけど、誰もいないときはああしてるよね」

 

「やっぱあいつらの事、気にしてんのかな…」

 

影からその様子を見ているのはルーシィ、ハッピー、グレイ、シエルの四人(三人+一匹)。今度こそ共にいられると思った者たちが旅立ったことを、やはり気にしているのだろうかと、どこか心配そうに眺めている。時の流れと共にその寂しさも和らいでいくのだろうが、どれほどの時を要するのか…。

 

すると、エルザの元に意を決してシエルが歩み寄っていく。その姿を見たルーシィたちはエルザの寂しさを紛らわせる考えがあるのだろうかと、どこか期待しながら様子を窺う。

 

「エルザ、大丈夫?」

 

「シエルか。何だかみんな、私を心配してくれてばかりだな。すまない…」

 

「謝らないでよ」

 

エルザの謝罪の言葉に笑みを浮かべながら返すシエルは、エルザに隣り合うように欄干に腕を置いた。船の上という事で乗り物酔いになっているナツを除いて、今日は仲間たちが気を遣って話しかけることが多い。どこか申し訳なくなると同時に、嬉しくも思っている。

 

「ショウたちはきっと元気でやれるよ。俺が言わなくても、エルザなら分かると思うけどね」

 

「…ああ。そうだな、私が不安な気持ちでいては、ショウたちに失礼だ」

 

心配する気持ちが微塵もないわけじゃない。それでもきっと大丈夫だ。8年以上前から、彼らの事はエルザもよく知っているのだから。寂しさを抱え込んだままでもいられない。その意志は感じ取れたシエルはエルザの方に向き直すと…。

 

「エルザ…伝えたいことがあるんだ。とっても大事な話…」

 

真剣な表情と眼差しでそう告げた。きょとんとした表情のエルザとは対照的に、陰で見ていた野次馬たちはシエルの顔と言葉で一気に盛り上がりを見せる。

 

「は!?お、おい、まさかシエルが、マジで!?」

「嘘でしょ?全然気づかなかったけど、ほ、本当に…!?」

「で、でぇきてるぅ…!?」

 

場合によってはその騒ぎようで気付かれかねないが、距離があまり近くないからか野次馬たちの声は二人に届いていない。顔を紅潮させ、口元をニヤつかせながら事の顛末を見守っている。そして件のシエルは懐にしまってあった一枚の紙をエルザに手渡した。その紙の正体を色々想像して、野次馬たちのテンションはさらに上がる。そこにかかれていたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この前エルザが並んでまで買ったプレミアムイチゴショートケーキ喪失事件。犯人はナツだったんだ」

 

手掴みで満悦の表情を浮かべながら、後方にてマスター・マカロフと重要な話をしているであろうエルザが見てないことをいいことに、彼女が大事にとっておいたケーキを食べているナツの絵だった。手紙の文が書かれていたのではなく、絵が描かれていた。しかも補足として加えられた「ちなみにその絵はリーダスに描いてもらった」と言うシエルからの情報も相まって、その絵が現実であることを決定づける。

 

瞬間、エルザが紙を持つ手に力が入り、そこを起点に紙に皺が走る。陰で見ていた野次馬たちは先程のテンションと打って変わって、驚愕と焦燥が入り混じった表情のまま青ざめて絶句する。その時三人(二人+一匹)はこう思った。

 

「何で今それを言ったんだ!?」と。

 

 

「…ほ~う…?」

 

先程までの一抹の寂しさはどこへやら。僅かに顔を俯かせ、魔力と髪を揺らし、彼女の髪と同じ緋色のオーラを全身から発する幻覚まで見えるような激情を露わにしていた。

 

「今まで言えなくてごめん…。何時言うべきか迷ってたんだけど、こんなに遅くなっちゃって…」

 

「いや、お前が謝ることなど一つもない。むしろありがとう。伝えてくれて…」

 

文言とは裏腹にエルザの様相は先程から全く変わっていない。心なしか、声の抑揚がやけに強調されているようにも聞こえる。『触らぬ神に祟りなし』と言うことわざが存在するが、今まさにエルザは触れるべきではない神に等しい存在となってしまっている。

 

だがそんな状態にした張本人はそんなエルザを刺激しかねないリスクなどない訳で…。

 

「よかった~エルザからそう言ってもらえて~。あ、そうだ。ナツと話するならハルジオンに着いてからの方がいいよ?今船酔いで話どころじゃないしさ」

 

「そうだな、そうさせてもらおう…改めて礼を言うぞ、シエル」

 

その言葉を最後にエルザは甲板を後にした。唯一残されたシエルは周りに野次馬として見ていた仲間たち以外に誰もいないことを確認した後…。

 

 

「計画通り」

 

主人公がするとは思えない闇ギルドの魔導士顔負けのあくどい顔を浮かべて呟いた。この少年、最初からこれが狙いであった。その事実に気付いた野次馬たちは思い出した。シエルはナツに楽園の塔の最上階から投げ飛ばされたトラウマがあったことを…。

 

どうやって絵とか用意したのだろうとか、何でそれを知っているのだろうとか、気になることは多々あるが、ひとまず彼らに今できるのは…。

 

 

 

 

ハルジオンに着けばただでは済まないことが確定したことを唯一知らない犯人(ナツ)に、十字を切って祈りを捧げるだけだった。遠回しに死んだことになっとるやんけ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ちなみにその後…。

 

「着いたー!!陸地だー!!」

 

「ナツ、着いて早々済まないが、この事について話がある」

 

ハルジオンに着いて乗物から解放されて盛り上がるナツの背後にエルザは近づき、シエルから貰った絵を示してナツに見せる。途端、ナツの顔が一気に青を通り越して真っ白になった。この時点でもう未来は確定した。

 

「い、いや、これはその…エルザのだって知らなくて、その上腹が減りすぎて我慢できなくて…!」

 

必死に弁明をするナツであったが、エルザはそれに耳を傾けることなく、己の最強装備である煉獄の鎧とセットで付けられる大剣を手に持ったまま、低い声で彼に告げた。

 

「最後に言い残すことはあるか…?」

 

 

 

 

 

 

「トッテモオイシカッタデス…!」

 

 

その日、港町ハルジオン全域に火竜(サラマンダー)の断末魔が響き渡り、遠くにいたものは一斉に振り向き、近くで様子を見ていたものは一様に惨状から目を背けると言うちょっとした事件が発生した。

 

 

ちなみに相棒(ハッピー)は二度目の十字を切ったとか何とか。




おまけ風次回予告

ルーシィ「ねえ、あんたその絵どうやって用意したのよ…」

シエル「リーダスは知ってるでしょ?絵画魔法(ピクトマジック)を使う絵描きの魔導士。彼に描いてもらったんだ」

ルーシィ「書いてもらったのはリーダスだってことは分かったけど、ナツがケーキ食べてる最中のシーン、どうやって再現してもらったのよ…」

シエル「日頃からギルド内をよーく見てると、色んなネタ…じゃなくて事件を目撃しやすいんだ~(笑)」

ルーシィ「今ネタって言ったわよね、絶対!!?」

次回『HOME』

シエル「さ~て新築されたギルドは一体どんな事件が待ってるんだろうな~?」

ルーシィ「事件起こる前提で話さないでよ…って言うか、シエルとはまた違った嫌な予感が…!」


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第4章 バトル・オブ・フェアリーテイル
第32話 HOME


新年あけましておめでとうございます。
と言ってももう4日ですが(笑)
本年も本小説をどうぞよろしくお願いします!

さて実は、新年になって初投稿の今回。大晦日の年末連続投稿の事も考えて本来日曜の投稿が月曜まで伸びてしまったのですが…1/3(日)に、とんでもないことが起きました…。

先週のUA数が1620。
そして今週…正確には一日分のUA数が1274…。(23時までの時点)


…何があった?(汗)
ふと見てみたらビックリしましたよ。1時間の間にUA100行くなんて初めてでした。今回最大文字数更新したことが霞むレベルで…。

でもお陰様で累計UA30000突破しました。新年早々縁起がいいと考えておこう!


波乱に満ちたアカネリゾートへのバカンスから(約一名除いて)無事にマグノリアへと帰還を果たしたシエルたち。一週間ぶりの我が家(ギルド)は一同が唖然とするような変貌を遂げていた。自分たちが出発する前は、建設途中の部分も多かった、一度は壊される羽目になったギルドが…!

 

「完成したのか!?新しい妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

 

以前の木で造られたものとはまた違い、石と煉瓦を基調とした一つの城のようにも見える建物として、新たなギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)が完成していた。それも以前のギルドよりもさらに大きく建てられており、背の低いシエルは鐘楼部分のてっぺんを見上げるだけで首がつりそうになった。

 

早速外塀に囲まれた入り口から入ると、建物の前の開けた空間には長椅子と長机が一定間隔で置かれ、パラソルまでもが設置されている。そこにはギルドの魔導士たちが談笑をしながら食事を嗜んでいる。見た目から見れば完全にオープンカフェだ。

 

「よぉ、お帰りィ」

「ビックリしたろ?これがオレたちの新しいギルドだぜ」

「てかあれ?何でナツ大怪我してんだ?」

 

帰還したシエルたちが近くにいることに気付いた何人かの魔導士が、オープンカフェの長椅子に座ったままどこか自慢げに話してくる。本当にビックリした様子で呆けたナツにグレイが尋ねる。

 

「何だよナツ、言葉も出ねえか?」

 

「だ…だってよう…前と全然違うじゃねーか…」

 

「そりゃそうだよ。新しくするって話もあったし」

 

上に上げ過ぎてつった様子のシエルが、首を回しながらナツにそう返した。それでもナツはどこか納得いかない様子。

 

「入り口にはグッズショップまで!?」

 

「うわー!『マックス』が売り子やってる!!」

 

「いらっしゃい!つーかお前らか。おかえり~」

 

次に目についたのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)関連のグッズが販売されている屋台形式のショップ。黄土色のオカッパ頭をした砂の魔導士、『マックス・アローゼ』が店頭に立って販売している。彼はマスター・マカロフからの命令で販売業の修行の為にギルドを留守にしていたが、ギルド新築のタイミングと修業完了のタイミングがちょうど合わさり、こうして新設のショップを開店できたそうだ。実は週刊ソーサラーに掲載されるほどには有名な魔導士でもある。

 

ちなみにショップでは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)特製Tシャツ、リストバンド、マグカップ、タオル、オリジナル魔水晶(ラクリマ)などなど、多くの種類を取り扱っている。

 

「中でも一番人気はこの魔導士フィギュア。一体3000J(ジュエル)

 

「いつの間に作ったんだこれ?」

 

マックスが取り出したのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する魔導士が1/10スケールの大きさにされた精巧なフィギュアだ。本物そっくりな出来栄えに、どこに作る時間があったんだと疑問を感じずにいられない。

 

「見てー!ルーシィのフィギュアもあるよー!」

 

「えーーっ!!?勝手にこーゆーの作らないでよー!!」

 

ハッピーが手に取ったのは、金色の鍵を持ちながら片足立ちでポーズをとっているルーシィのフィギュア。知らない間にグッズのモデルにされたことで、ルーシィは羞恥から顔を赤くしている。

 

ちなみにキャストオフも可能で、外側に付けられた衣服部分があっさりと外れるとあら不思議。白い水着姿のルーシィに早変わりし、彼女の羞恥の悲鳴が響き渡った。せめて許可とろうぜマックス…。

 

勿論フィギュアはルーシィだけではない。ナツやエルザを始め、シエル、グレイ、ミラジェーンなどの有名所は余さずフィギュアとして作られており、売り上げも高いのだそうだ。

 

「ホントよく出来てるな~。自分の姿をしたフィギュアを見る機会が起きるとは思わなかった…あ、メッシュも入ってる!細か!!」

 

「一切妥協はしてないよ。売るからには細部までしっかり…ん?」

 

シエル自身は自分のフィギュアの出来に文句はないようでまじまじと手に取って眺めている。そんな様子を見て自慢げに、誇らしげに語るマックスだったが、ふと何かに気付いたようにシエルを凝視している。

 

「すまんシエル、ちょっとフィギュア見せてくれ」

 

「え?まあ売り物だし、良いけど…」

 

フィギュアを返されたマックスはそこから本物とフィギュアのシエルをしばらく見比べる。正確には顔の部分だろうか。「あれ…おっかしいな…?」と言う呟きが聞こえてくるが、それがどういう事なのかシエルには分からない。

 

「シエル、悪いな。お前のフィギュア、どうやらミスった部分があるみたいだ。作り直さなきゃ」

 

「そうなの!?そんな風に見えなかったけど…」

 

「オレも正確に作ったつもりだったんだけど…もう少し修行すべきだったか…?」

 

実際に本物と見比べて、何やら無視できない欠陥があったようだ。シエル本人からすればそんな部分は無かったのだが、実際に見比べたマックスが言うのだから間違いないだろう。どこか妙ではあるが、しょうがないと、シエルは己に納得させた。

 

「ついでにオレのも作り直してくれよ。最初から裸なのはおかしいだろ?何なら服だけでもいい」

 

「私もだ。甲冑には本物の鋼を使うべきだ。そもそも私の肌はこんなに硬くないぞ…」

 

「「ええ~…」」

 

するとシエルと違って己のフィギュアの出来に不満を持ったグレイとエルザが便乗してきた。だが二人とも中々に無茶な要望をしてくる。エルザの場合は仮に本当の鋼を使用したとして、何かの拍子に切創事故が起きかねないし、大抵のフィギュアには粘土や樹脂を使うため、どうしても人肌より硬くなってしまうのは無理もない。グレイ?脱いでいるイメージの方が強いからに決まってる。

 

そしてお次はギルドの中。門を潜るとそこに広がっていたのは、酒場と併設されたエリアが一階と二階を合わせた広々とした空間に、新築さながらの清潔な雰囲気が出されている。綺麗になった一階のフロアに、ルーシィを始め皆高評価のようだ。

 

「どーしたよ、ナツ?」

「前と違う…」

 

ただし約一名(ナツ)だけどこか納得のいっていない様子だ。

 

「ルーちゃん、おかえり~!」

 

「あ、レビィちゃん!」

 

一行が帰還したことに気付いたルーシィの親友でもあるレビィが彼女に声をかける。新しくなったギルドに感激している一同を目にし、レビィはギルド内を案内していく。

 

まず最初に移動していくと、ウェイトレスの服装が変わっていることに気付いた。服の部分が胸の半分から足の付け根部分までしかなく、ロンググローブとロングブーツも身に付けてはいるがそれが逆に色気を醸し出している。顔を赤くしたシエルやルーシィ、特に恥じらってないエルザがこれに反応する。

 

「随分大胆になったな…」

「可愛くていいじゃないか」

「マスターの趣味かしら…」

「違ってる…」

 

酒場の奥の扉から出ると、何と屋外プールがつけられている。先に入っていた者たちが全員水着姿で一同を迎えた。グレイとシエルはどこか呆れた様子だ。

 

「何でプールがあんだ?」

「これもマスター発案?」

「違ってる…」

 

更には地下に遊技場が搭載。ダーツやルーレット、すごろくのようなボードゲームまで存在していた。まるでアカネリゾートの縮小版が建てられたみたいに見える。エルザは感心しているようだが、ルーシィはどこかギルドの概念から離れてる気がしている。

 

「ほう…楽しそうだな」

「至れり尽くせりね…」

「違ってる…」

 

様々な反応が返ってきているが、ナツは新しい要素を見るたびにどこか不機嫌になっている。前との変わりようにどこか違和感を感じているようだ。

 

「そして一番変わったのは2階!誰でも2階に上がって良いことになったの!」

 

「2階に上がってもいいの!?」

 

新築された2階には、確かにS級魔導士ではないメンバーが上がっていて、こちらに挨拶してきた。話を聞いたルーシィは顔を輝かせていたが、ナツだけでなくシエルまでもはどこか複雑そうな顔をしていた。

 

「誰でも…2階に…。そう、なんだ…」

 

2階に上がれる=S級魔導士と言う方程式が頭に刻まれているシエルにとっては、あまり吉報とは言えない様子だ。それに気付いたのか、レビィは「S級クエストに行くにはS級魔導士の同行が条件」と言う補足とフォローを入れた。それを聞いたことで、多少気持ちを持ち直したようだ。

 

「帰ってきたか、バカタレ共」

 

レビィの案内を受けていた一同に声をかけてきたのは、このギルドのマスター・マカロフ。そしてそのマカロフの隣には、彼らにとって非常に見覚えのある人物が立っていた。

 

「新メンバーのジュビアじゃ。かーわええじゃろぉ?」

 

「よろしくお願いします!」

 

長かった髪はショートヘアーに、全体的にほとんど体を覆った暗い色だった服も、深い青色と白を基調とした肩出しのワンピースに帽子と言う明るい服装となり、満面の笑顔と少しばかり高めになった声が、今までの暗かった彼女の印象を大きく変えている。

 

「ははっ!本当に入っちまうとはな!」

 

「ジュビア、アカネでは世話になったな」

 

「シエルの手紙で話は聞いておる。仲良く頼むわい」

 

「もっちろん!」

 

元は幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士であったが、楽園の塔での事件にて味方として尽力してくれた旨を事前に知らせてあったおかげで、特に支障もなく妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入れたようだ。入ったばかりの今では全員が全員すぐに受け入れられるわけではなさそうだが、今の彼女を見れば時間の問題だろう。

 

「皆さんのおかげです!ジュビアは頑張ります!!」

 

「よろしくね!」

 

「恋敵…!!」

「違うけど…」

 

満面の笑みで張り切るジュビアは、ルーシィに声をかけられた途端どす黒いオーラと睨みをルーシィに向ける。…うん、受け入れられるだろう…そう信じるしかない…。

 

「それにしてもジュビア、随分印象変わったね?」

 

「!!」

 

そんなジュビアはシエルに話を振られると、ルーシィに向けていたオーラを引っ込めて、何かを思い出したような、驚いたような反応を見せる。

 

「そ、そうなんです!その、新しくギルドに入るなら…ジュビア自身も、新しくなるべき、だと思って…!…どうですか…?」

 

どこか慌てた様子にも見えるが、ジュビアは心機一転と思い切ってイメチェンをしたと公言する。そして、その場で体を一回転させて一同に向けて感想を求めてきた。マスター・マカロフは鼻の下を伸ばしていたが、それが答えなのだろう。

 

「うん、明るくていい感じだと思う!ねえ、グレイ?」

 

「は?オレ?」

 

「(き、来た!!)」

 

自分の感想もそこそこに、突拍子もなくグレイに感想を促すシエルに、本人は急に振られた話題に呆気にとられた。そんな様子を肩を震わせながら、前に手を組んで固唾を飲みながら答えを待つジュビア。実はこの状況、ジュビア自身が求めていたものだ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それは楽園の塔の事件が終わった翌日、アカネリゾート内でのことに遡る。傷の治療を終えて安静にし、気分転換で散歩と称して外に出ていたシエルの元に、ジュビアが訪れていた。

 

「どうしたのジュビア?グレイならまだ部屋にいると思うけど」

 

「勿論後ほどお伺いします。ただ、シエルさんに聞きたい事があって…」

 

ジュビアが気になっていたのは、楽園の塔の中に潜入する際のほんの僅かなやり取り。シエルが呟いた「魔力だけで雨を降らせる」と言う言葉だ。彼は自分に関して何か知っているのだろうか?そんな期待を抱きながらシエルの返答を待つ。すると彼は思い出したのか「あ〜あの時か…」とぼやく。どうやら知っているようだ。期待はさらに高まる。

 

「…まず確認なんだけど、ジュビアって物心ついた時から周りで雨が降ってたりしなかった?」

 

「っ!はっはい!何か知ってるんですね!?」

 

「まあまあ焦らない」

 

生まれてから最近に至るまでずっと悩まされてきた、自分の雨女としての体質。その原因が、克服した後とは言え発覚するかもしれない。今すぐにでも聞きたいとばかりに詰め寄ってくるジュビアを、特に焦りもしないでシエルは宥める。

 

「俺も、ある本に書いてあった事を思い出しただけなんだけどね?天候魔法(ウェザーズ)を習得するにあたって、天気に関する本を読み漁ってた時にある項目を見つけたんだ」

 

───この世界の人間の中には、生まれながらに魔の優れた者が存在する。

───その者、他よりも魔力を多く持ち、幼少の頃より神童として持て囃される事が多く、さらに極めれば世界をも動かせるほど。

───しかし、高すぎる魔は童には御し難く、心が未熟のうちは外部にさえその影響を及ぼす。

───かつて水の魔に優れた者は、水のエーテルナノを刺激し、無意識のうちに雨を降らせる力を有していた。

 

「ね、ジュビアに当てはまるでしょ?元エレメント4(フォー)でもあるし」

 

「た、確かに…!でも子供の頃ならまだしも、ジュビアは成人しています。最近まで影響されていたのは何故…?」

 

「う〜ん、魔力は精神力…心が源である説もあるから…子供の時から今になるまで心が強くなれなかったきっかけがある、とか…?」

 

物凄く、心当たりがある。幼少の頃から雨を降らせてしまう体質は、周囲の気分を暗くさせ、心ない言葉をかけられたり、自分だけが幸せになれなかったり、嫌な思い出に塗りつぶされている。そんな過去もあって、彼女は成人する前に己の幸せを諦めた。自分には友も愛も不要だと決めつけた事で、彼女の心は雨雲の様に暗く影を落としていった。

 

それが逆に、彼女の雨女としての体質を長引かせる大きな要因となった。

 

「けどそれも今はコントロール出来てる。正確には魔法という形で制御の基礎はできていたけど、最後の仕上げである心のコントロールができる様になった、と言うのが俺の見解。」

 

心のコントロールと言っても、簡単に言えば心が満たされている状態と思えば簡単だ。プラス、もといポジティブな感情はより良い方向に身を結ぶ事が多い。そうなれるきっかけがあったはずだと、シエルは告げた。

 

「心が…満たされる…」

 

その言葉を反芻してジュビアは頬を赤く染めながら思い浮かべる。黒く短い髪に少し外に垂れた目、鍛え上げられた上半身を晒しながらも不敵な笑みを浮かべ、低く甘い声で自分の名を呼ぶ、白馬の王子様……随分美化なイメージだがグレイの姿を。

 

「心当たり、あるみたいだね?」

 

「はわっ!?そ、そそそそれはその…何と言いますか…!!」

 

「グレイも隅に置けないな〜ホント〜」

 

「ええっ!?な、何故グレイ様だと!?」

 

何故って…気づかれないと思ったのか?素直にシエルはそう思った。グレイ“様”と明らかに特別扱いの上、事あるごとにグレイの行動に悶えるわ、彼と言葉を交わすだけでルーシィを「恋敵」と敵視するわ、むしろこれで気づかないのは相当の鈍感である。

 

 

その鈍感とはグレイ本人と、ついでにナツなのだが…。

 

「これも何かの縁だし、手伝おうか?グレイとも割と付き合いは長いほうだしね」

 

「え、良いんですか!?是非!!」

 

親切心…が無いこともないが、シエルはこれを機にグレイとジュビアをくっつければより面白くなりそうだ、とほぼ面白半分でジュビアに協力を持ちかけると予想通り食いついた。まず手始めにギルドを訪ねる前に印象を明るくさせて、後ほど来るグレイの反応を確かめる作戦を伝えた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

こうして実行されたこの作戦。予定通りシエルを起点としてジュビアのイメチェンについて話題に出し、半ば無理矢理にグレイの反応を聞き出す。脈絡もなく話を振られてはいるが、傍から見ても不自然な部分はない。

 

「まあ、いいんじゃねえの?似合ってると思うぜ」

 

あまり大袈裟な反応と言うわけではなかったが、ジュビアにとってはそれだけでも至福だった。組んでいた手を解いて口元に移し、嬉しそうに感涙すら浮かべて「ジュビア、嬉しい…!!」と打ちひしがれている。

 

シエル自身は思ってたより薄めな気がすると感じたがまだ最初の一回目だ。ひとまずは大健闘と言うところだろう。グレイが見えない位置からグーサインをジュビアに見せると、涙を流しながら同じサインを返してきた。謎の行動に「何してんの…?」とルーシィは小声でツッコんだ。

 

「もう一人の新メンバーも紹介しておこうかの。ホレ!挨拶せんか」

 

ジュビアの紹介も済ませると、マカロフがある人物へと話しかけるように告げてきた。ジュビアの他にもいたのか、とマカロフの方向へと一同は振り向く。少々離れた位置に、こちらに背を向けていたために何者なのか分からなかったが、「ガジガジ」と硬いものを咀嚼する音と共に振り向いたその人物を見て、一同に衝撃が走った。

 

「え!?」

「オ…オイ、嘘だろ!?」

「何でコイツが…!?」

 

そこにいたのは信じがたい人物。黒く長いハリネズミの様に逆立った髪と、獰猛な肉食獣を彷彿とさせる赤い目、そして所々に着けた釘を模したピアスが特徴的なその男。

 

「ガジル!!?」

 

「一体どういうことだよ、マスター!!」

 

「待って!ジュビアが紹介したんです!」

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)において最強の魔導士と呼ばれていた鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)鉄竜(くろがね)のガジル。そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)を襲撃し、レビィたちシャドウ・ギアの3人に深手を負わせた犯人である魔導士の姿を視認し、身構えるナツとグレイ、マカロフに説明を求めようと詰め寄るシエルに対して、慌ててジュビアが一同を宥めようとする。すぐさま激突するという流れは防げたが、ジュビアを除いた面々からはガジルに対して好印象はないに等しい。

 

「ジュビアはともかく、コイツはギルドを破壊した張本人だ」

 

「まあまあ。あん時はこやつもジョゼの命令で仕方なくやった事じゃ。昨日の敵は今日の友って言うじゃろーが」

 

「うん…私も全然気にしてないよ…」

 

怒りを現すエルザの言葉に、マカロフは依然として落ち着いている。マカロフの意思を尊重するように、後方の机に隠れながらレビィもルーシィに告げるが、やはりガジルに植え付けられた恐怖は拭われていない。遠くから様子を見ているレビィと同じチームメンバーのジェット、ドロイの二人はガジルに対しての敵意を抑えてすらいない様子だ。

 

「冗談じゃねえ!!こんな奴と仕事できるかぁ!!」

 

「安心しろ。慣れ合うつもりはねえ」

 

ガジルに詰め寄りながら文句を叫ぶナツに対して帰ってきたのはそんな言葉。売り言葉に買い言葉だ。案の定素っ気ない態度にナツはさらに怒りを募らせている。そんなナツに気付いているのか否か、立ち上がってナツを睨みながらガジルはさらに続ける。

 

「オレは仕事が欲しいだけだ。別にどのギルドでも良かった。まさか一番ムカツクギルドで働く事になるとはうんざりだぜ」

 

「んだとォ!!?」

 

尚も続く睨み合い。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と呼ばれる二人ではあるが、龍と言うより犬に見えると周りから思われていることにも気づかない。呑気に魚を食べるハッピーに至っては「ネコより程度が低い」とまで言われてる。散々な言われようだ。

 

「ガジルくんっていつも孤独で、ジュビアは放っておけなくて…。あ、あの…!!好きとかそういうんじゃないんです!!」

 

オドオドアワアワとしながらグレイにガジルの事を弁明するジュビアだが、多分ガジルを睨んでいる今のグレイの耳には届いていない。

 

「道を間違えた若者を正しき道に導くのもまた老兵の役目。彼も根はいい奴なんじゃよ…と信じたい…」

 

「おい、願望入ってたぞ、今」

 

「それがマスターの判断なら従いますが、しばらくは奴を監視してた方がいいと思いますよ」

 

「…はい」

 

どうやらマカロフも許可はしたものの実はまだ不安のようだ。エルザからの忠告に冷や汗を垂らしながら返事する。この先大丈夫なのだろうかと、シエルは思わずにいられなかった。

 

すると、ギルドの明かりが突如切れ、窓にもカーテンが引かれていき、辺りは薄暗く変化する。そして入り口から正面を向いて奥の空間の幕が横に引かれて証明が灯るとステージが現れ、そのステージにギターを持つギルドの看板娘、ミラジェーンの姿が現れた。何が起きたのか唖然としていたが、他のギルドのメンバーに促されて一同は各自近くの席に座る。

 

「あれ、ミラだ」

 

「よぉ、ただいま、ミラー」

 

《お帰り。ではナツ達が帰ってきたのと、新築祝いも兼ねて、歌いま~す》

 

軽く挨拶を交わし、そのままミラジェーンは手に持っているギターで音を奏で始める。それと同時に酒場の空間は一気に客席のムードへと変わり、魔導士は観客へと変わる。観客たちのミラジェーンを呼ぶ歓声に一瞬包まれ、落ち着いたバラード調の曲が流れるのにつられて少しずつ静かになる。

 

───あなたのいない~机を撫でて~♪影を落とす~今日も一人~♪

 

マイクによって広げられる彼女の歌声と演奏。一部盛り上がりを見せる魔導士もいる中、曲調に合わせて静かにうっとりと耳を傾ける者もいる。

 

───星空見上げ~祈りをかけて~♪あなた~は同じ今空の下~♪

 

同じように曲を聞きながら、マスター・マカロフは帰還したシエルたちの無事を喜んだ。それと同時に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する子供たちが順調に育ちつつあることを実感し、このギルドの未来を考えるべき時かもしれぬと思う。

 

───涙こらえ震える時~も闇にくじけそうな時でも~♪

 

かつてとある魔導士を大切な人として持つ者がいた。その者は今日も明日とも知れぬ危険な仕事に向かい、いつ別れが訪れるかどうかも分からぬもどかしい日々を送っていた。それでも信じて帰りを待つ。そんな思いを込めて、その者は魔導士に歌を贈った。そしてその歌は今も尚こうしてあらゆる魔導士たちの間に広まっている。

 

───忘れないで~♪帰る場所が~♪帰る場所があるから~♪

 

今の自分たちも、仕事と言うわけではないが危険な戦いを乗り越えて今ここに帰ってきた。歌を贈る者たちの想いに応えて、ここにこうして帰ってきたのだ。それを実感し、改めて耳から胸へ、そして心へと刻み込む。次の仕事に向かう時も、この歌による約束を守るために…。

 

───待ってる人~が~いるから~♪

 

歌い終えたミラジェーン。彼女に送られる賛辞と歓声。それらに応えて一礼をしながら照明は一度落とされる。どうやら他にステージで披露する者がいるそうだ。

 

「いいぞ~!次は誰だ~!?」

 

その声に応え落とされていた照明が再び点灯する。先程までミラジェーンがいたステージに代わる様にして現れたのは…

 

 

 

 

白いスーツ姿とテンガロンハットに、黒いサングラスをかけたスタイルでギターを持ったガジルだった。全員絶句した。

 

「ガジルー!?」

「ええーーっ!?」

「な、何だぁ!?」

「何やってのあいつ!?」

 

先程までガジルに対して睨みをきかせていたナツやシエルでさえ、ガジルの奇行に困惑を示している。と言うかあいつにスーツ姿似合わねえと思うのは自分だけか?

 

《オレを雇ってくれるギルドは、数少ねえ》

 

「うわ!何か語りだしたぞ!!」

 

会場が絶句してどよめきを生み出していることも気にせず、ギターを鳴らしながら語りだす。だがその音はお世辞にも上手いとは言えない…。

 

《飢えた狼だって、拾われたら懐くモンだぜ。例えかつての敵だったとしても、友と思い、歌ってみせよう…》

 

「ギター下手いけど何気に良い事言ってる…」

「頑張れガジルくん!」

 

楽器の技量はともかく言葉は結構深みある。しかも言葉の節々から妖精の尻尾(フェアリーテイル)を仲間として扱っているように思える部分もある。そのことを伝えたかったのだろうか?だがこんな方法で来るなんて誰が予測できただろうか…。

 

《オレが作った曲だ。『BEST(ベスト) FRIEND(フレンド)』…聴いてくれ》

 

「聴くかそんなもん!」

「つか何でスーツで決め決めなんだ!!」

 

歌い出してもいないのにいきなりヤジを飛ばされ物を投げられ大ブーイングだ。それすらも気にせずギターで曲を奏で始めてマイクで歌を紡ぎ出す。

 

《カラフルカラフル~シュビドゥバー♪恋の旋律~鉄色メタリック~♪》

 

楽器だけでなく歌も下手だった。とんでもない不協和音に聞こえるそれに、ほとんどの観客が真っ白になって罅が走るような感覚が襲い掛かる。しかし一部には気に入った者もいるようで「やるじゃねえか!」「いいぞー!!」と盛り上げる観客もいる。耳大丈夫か?

 

そんな一部を除いた観客一同から物を投げられても歌は続いていく。と言うか所々で「シュビドゥバー」を混ぜているのだが一体意味あるのか?

 

「こんな酷ェ歌初めて聞いたぞ!!」

 

すると様々なヤジを聞いても止まらなかったガジルが、ナツが耳を塞ぎながら叫んだ内容に反応し、ナツの顔面にギターを投げつける。そしてナツに向けて何かを叫んでいるようだが、何故か口にハーモニカを咥えながら叫んでいるので聴こえるのはその音だけ。だがナツにはなぜか通じたようで…。

 

「やんのかコラァ!!」

「シュビドゥバー!!」

 

互いに向けて飛び蹴りを放って激突し、そのまま喧嘩に発展し始めた。突如起きた喧嘩にマカロフが目に涙を浮かべ始めている。すると、ガジルと掴み合ってたナツの顔に酒の入ったコップが投げられ、当たってしまう。

 

「物投げたの誰だコラァ!!」

 

「ナツ!てめえ暴れんじゃねえ!!」

 

ガジルの喧嘩で暴れまくるナツに対して、我慢が出来なくなったグレイが立ち上がって叫ぶ。が、その拍子にイチゴケーキを堪能していたエルザの身体にぶつかって彼女の手からケーキが床に落ちてしまう。

 

「私の…イチゴケーキ…!」

 

だが悲劇はこれで終わらない。暴れるナツたちに更に我慢できなくなったエルフマンが走ってきて、ケーキを踏みつぶしてしまう。

 

「てめえら!漢ならギャーギャー騒ぐんじゃねえ!!」

 

「やかましい!!」

 

彼なりに注意しようとしたエルフマンは、哀れにもケーキの恨みで怒ったエルザに蹴り飛ばされてしまった。そこから更にナツとガジルは暴れまくって辺りを壊しまくり、その喧嘩に巻き込まれて他の魔導士たちも喧嘩をおっぱじめて大乱闘。新調したはずのギルドがいきなり荒れまくる大惨事だ。

 

「あらあら…もうバラードを歌ってる場合じゃなさそうね」

 

ガジルと変わったために舞台裏に引いていたミラジェーンが騒動に気付き、再びステージに姿を現す。すると変身魔法でバラード用に来ていた衣装を、音楽フェスで着る大胆な服装へと様変わり。穏やかに鳴らしていたギターを、今度は荒々しく弾き鳴らす。

 

《ロックで行くわよぉ!!》

 

「いよっ!待ってましたぁ!!」

 

「あ、あいつだけずりぃ!!」

「オレも乗せろぉ!!」

 

一転してロック調の曲を歌い出すミラジェーンを、天井近くにまで乗雲(クラウィド)に乗って上がっていたシエルが囃し立てる。それを見た下にいる男たちが喧嘩しながらシエルを羨ましがって叫んでいるが、気にしない気にしない。

 

喧嘩が続いたり、叫んだり、酒を呑んだり、騒いだり。結局前の時のギルドと変わらないような日常風景を改めて見まわしたナツは、先程まで不貞腐れていた表情とは一変。嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「こーゆー方が妖精の尻尾(フェアリーテイル)らビィ!?」

 

だが横から飛んできたガジルの攻撃をモロ横顔に喰らって再び喧嘩へと戻っていった。新築に伴い以前と変わった部分は多々あるが、やっぱり根幹的な部分は前と変わらない妖精の尻尾(フェアリーテイル)なんだと、ミラジェーンが奏でるロックに盛り上がりながらシエルは改めて感じた。その後、見かねたマスター・マカロフが巨大化して止めるまで、この大騒動は続いたのだった。

 

 

 

 

ちなみに、音楽系統はともかく白いスーツやサングラスのファッションは結構カッコよかったと感じたシエルの、ガジルへの好感度がほんのちょっとだけ上がったのはまた別の話。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「みんな注目ー!発表がありまーす!」

 

散らかったギルドを片付け、何とか昨日の状態に持ち直した翌日。ギルド内に集まる魔導士たちに向けて、ミラジェーンが二通の手紙を右手に持って掲げながら、響く声で呼びかける。発表という言葉も相まって、一様に魔導士たちの視線はミラジェーンへと向けられた。その視線を感じながらも、ミラジェーンは笑顔で今回の発表を告げ始めた。

 

「実は先日、ペルから連絡があって…

 

 

 

 

 

 

今回受けた10年クエスト、無事達成したと報告がありました!」

 

それを告げた途端、ギルド内は一瞬驚愕による静寂に包まれる。話があまりよめないルーシィが声を出そうとした瞬間、その静寂は一気に破れて歓声に包まれた。

 

「遂にやったか!」

「凄えぜ、あいつ!」

「マジかよ!」

 

「本当にやりやがった、ペルの奴…!」

 

「ぅううううおおおっ!!オレも負けてらんねええっ!!」

 

「えっ…ええっ!?」

 

ナツだけでなく、普段は興奮することが少ないグレイさえもどこかテンションが上がっている様子に見える。ますます分からない。喜びを露わにしていないのは自分や、先日加入したばかりのジュビアにガジルぐらいだ。ジュビアも自分同様キョトンとしているし、ガジルは興味なさげだ。

 

「それでみんな宛の手紙が来たんだけど、依頼先の村人達の厚意で少し長く滞在するけど、幻想曲(ファンタジア)までには戻るって伝えてほしいって!」

 

「そうか、もうそんな季節か」

「ペルが依頼に行ったのもそん時じゃなかった?」

「もう一年前か~」

 

季節?幻想曲(ファンタジア)?聞き慣れない単語が飛び交って疎外感を受ける。自分も妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ってそれなりの期間が過ぎたが、それでもまだ知らないことも多くある。こういう時大体説明をしてくれるのはシエルだ。彼に聞いてみようと姿を探すと…。

 

「シエル、みんな何の話、をって、あれ?」

 

先程までいたはずの場所に彼の姿が無いことに気付く。どこに行ったのか改めて探そうとしたら…。

 

「ミラ!!本当に!?帰ってくるの!!?」

 

「ええ。あなた宛の手紙も来てるわよ」

 

「あれ、いつの間に!?」

 

ミラジェーンがいた場所から随分離れた席に座っていたはずのシエルが、気づいたら手紙を持つミラジェーンの元に着いていた。そしてミラジェーンが持つ二通の手紙の内の一通を受け取り、逸る気持ちを抑えきれずに開封して即座に読み出す。周りの喧騒に目もくれずに一心不乱にその手紙を目に焼き付ける。

 

「帰って、来るんだ…!もうすぐ…!」

 

普段は落ち着いている印象の強いシエルが、待ち遠しいと言わんばかりに喜びを噛み締めている。アカネリゾートに着いてすぐの彼もそれなりにはしゃいでいたが、それすらも上回る盛り上がりだ。話を聞けるのだろうか?すると「こうしちゃいられない!」と突如叫んでギルドの外へと走りだしていく。

 

「ちょっちょっとシエル!?どこへ行くのよ!?」

 

「ごめーん!修行してくるー!!一日でも、いや一秒でも早く、更に強くならなきゃ!!」

 

呼び止めるルーシィにシエルはそう叫んで答えた。普段の彼からは想像がつかない変わりようだ。ペルと言う人物が何か関係しているのだろうか?

 

「シエルに負けてらんねえ!オレたちも修行だ!ハッピー!!」

「あいさー!!」

 

「ええっ!!ナツまで!!?」

 

一体なんだと言うんだ二人して。シエルに着いていく形でナツまでギルドの外へと駆けだしていった。他の者たちはそれを一切止めようともせず、寧ろ共感を覚えているような反応ばかりだ。この際誰でもいいから説明してもらわないといけない。

 

「あの…ペルって、一体誰なんでしょうか?妖精の尻尾(このギルド)にそんな人いました?」

 

「ああごめんなさい。ルーシィは知らなかったのね。ペル…私たちはそう呼んでるけど、ペルセウスって言うのが本当の名前で、S級魔導士でもある、私たちの仲間よ」

 

「ペルセウス!?それって、幻の魔導士って呼ばれてる、あの!!?」

 

ペルセウスと言う名前には、ルーシィも心当たりがあった。週刊ソーサラーを始めとしてありとあらゆる雑誌がその正体を追っている幻の魔導士。所属ギルドも年齢も不祥。魔法も詳細は明らかとされていないが、その魔法はまさに、天や神に愛されし者が扱う魔法と言われている。

 

そのペルセウスが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士!?未だかつてない衝撃の事実を聞かされたルーシィの反応とは別に、周りの者たちは「幻って呼ばれてたのか、あいつ」と笑い混じりに話が盛り上がる。

 

「知らないのも無理はないわ。ペル自身があまり自分の素性を公表させられるのを嫌っているから、避けていることも多いの」

 

「そうなんですか…。そのペルセウスが帰ってくる、って今までどこ行ってたんですか?なんか、10年クエストって言ってましたけど…?」

 

「S級クエストはもう分かるわよね?S級クエストよりもさらに難しい、『SS級クエスト』というものがあってね?」

 

「S級の上!?」

 

この時点でルーシィは次元の違いを思い知った。勝手に行くことも罰の対象となった高難度のS級の更に上のクエストが存在するなど、想像すらできない。だが、話はそれだけに留まらなかった。

 

「ペルが行っていたのはさらにその上。10年間どのギルドの誰もが達成できなかったクエスト。通称『10年クエスト』」

 

「じゅっ、10年間誰もぉ!!?」

 

最早スケールが違い過ぎた。ここ10年間で誰もが達成できなかったクエストが存在するという事実でもう眩暈がしそうなのに、よく考えてみれば、ペルセウスはそんなクエストを達成したというのだ。しかも一人で。

 

更に話を聞いてみると10年クエストとして登録される前に聖十大(せいてんだい)()(どう)の魔導士がそのクエストに挑戦したらしい。その魔導士は無事に帰還したのだが…「自分では達成することは不可能。魔力の量ではなく、質によって選ばれた魔導士でなければ、このクエストは永久に解決できぬであろう」と言わしめた程の難易度だそうだ。

 

「そ、そんな、とんでもない魔導士が…ウチにいたなんて…は、ははは…」

 

話のスケールが壮大過ぎてルーシィの脳内キャパシティがオーバー寸前のようだ。以前ギルドの最強候補の話がどうのという話題はあったが、もうペルセウスで確定ではなかろうか?とさえ思えてしまう。

 

だがルーシィは知らない。そのペルセウスさえも凌駕しかねない最強候補がもう一人いることを…。

 

「そ、そんな凄い人と…シエルってどんな関係ですか…?個別に手紙来るほど、仲良いんですか、あの子?」

 

乾いた笑いを零しながら、ギルド全員を一括した手紙一通に加えて、シエルに個別で手紙を書く優遇ぶり。どんな関係性があるのだろうかと疑問を抱くのも無理はない。だが、ミラジェーンから帰ってきた反応は笑顔だ。それも微笑ましいものを見つめる時のような。

 

「勿論よ。だって…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

少年は駆けて行く。街の外の森を突っ切り、広がった野原をただひたすらに。襲い掛かってくる猛獣を軽くのして未だスピードを緩めずに駆けて行くシエルの後方から、唸り声に近い雄叫びを上げながら近づく者が一人いた。

 

「うおおおおおおっ!!追いついたぞシエル!!」

 

「ナツ!お前もか?」

 

「おうよ!ペルが帰ってくるって聞いたら、いてもたってもいられねえだろうが!」

 

シエルのすぐ後ろにまで追いついたナツは同じスピードで駆けながら、彼に気合の入った返事をする。ナツもまたペルセウスの帰還に胸が膨らむのだ。エルザやラクサス同様のS級魔導士の彼の強さを知っている以上、自分も更に強くならなければいけない。そんな一心で共に走り抜けていく。後からついてきたハッピーが、思ったよりも速く進む相棒に(エーラ)によるスピードが追い付かずに少々バテているレベルだ。

 

「ペルが帰ってきたらまずは勝負だ!そして、今度こそペルに勝ってやる!!」

 

「無理だよ、ナツじゃ」

 

「んだとコラー!!」

 

闘志を燃え上がらせて意気込みを叫ぶナツへの、淡々としたシエルの返答。それを聞いたナツはあっさりと怒りを示す。だが、シエル自身もこれは譲れない。ペルセウスの強さは彼がよく知っている。ずっと見てきた。彼の活躍を聞いてきた。魔法にとって重要な、心の強さも垣間見てきた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来るより前から、ずっと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、俺の“兄さん”は妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも最強の魔導士だから。俺が追い付くまで、誰にも負けるわけがない…!」

 

果てしない高みに存在する己の兄・ペルセウス。どんなにその高みに行くまでに時間がかかろうと、憧れである彼の元に絶対に辿り着いて見せる。ギルドに来てから夢見た目標は、そう簡単に打ち破れるものではないのだ。その思いを感じ取ったのか、ナツは一度怒りを収めて歯を見せながら「そっか!」と笑みを浮かべる。

 

「だがオレは勝つ!ゼッテーにペルに勝つ!だから今シエルにも勝ーつ!!」

 

「あっ!ズリィぞナツ!!待てえっ!!」

 

「ああっ!二人とも待ってよ~!!」

 

いつの間にか競走に発展する少年と青年を、翼を広げながら猫が追う。その風景は誰の邪魔も入らない空間。兄に一歩でも追いつく為に、水色がかった銀色に、()()の金のメッシュが入った髪を揺らしながら、前の青年を追い越そうとさらに加速していくのだった

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ペルのフルネームは『ペルセウス・ファルシー』。シエルの実のお兄さんだもの」

 

「シッ!?シエルの…おにいさぁあん!!?」

 

ミラジェーンから明かされた二人の関係に、ルーシィの驚愕の声が響き渡る。それを耳に入れながら、マカロフは一人思い出していた。

 

「(あれから…もう、5年経つのか…)」

 

 

 

忘れもしない5年前の事。私用で近くの街に訪れていたマカロフは魔力が不自然に揺れる感覚を感じた。揺れの原因を探るためにその場所に行くと、それはとある闇ギルドの拠点だった。だが、そのギルドの面々は全滅。一人を残して、誰も生き残ってはいなかった。

 

その残った一人こそ、今妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるペルセウス。他の人間の残骸があちこちで転がっている中で、中央にて唯一の肉親であろう弟のシエルを抱えているところだった。

 

『こ、これは…』

 

突如入ってきた知らない人物。それから弟を守るために彼を庇うように動いた、当時少年だったペルセウスの姿、そして抱きかかえる弟の身体をよく感知し、マカロフは声をかけた。

 

『その子は弟か?早く診てもらわんと、命に関わるぞ』

 

その言葉に、兄は面食らったように驚きを露わにする。彼は、既に弟が死んだものだとばかり思っていた。だが、マカロフの言葉は弟が生きていることを示唆していた。生きてるのか?その問いにマカロフは笑みを浮かべて答えた。

 

『うむ。微かにじゃが魔力を感じられる。だが一刻を争うじゃろう。何ならワシが、信用してる医師の元へ連れてってやろう』

 

『…ほ、本当に…!?』

 

涙ぐみながら安堵した彼は、自分と会うまでに多くの苦しみを受けた事だろう。兄弟はお互いの為に命すら賭けられるほど信頼し合っている。改めて自分にできることは、彼ら兄弟の親として、その未来を守ることだと思い馳せるのだった。




おまけ風次回予告

ハッピー「妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強決定戦をやるとしたら、シエルは参加するの?」

シエル「俺?そりゃあ行けるところまでは行きたいなって思うけど、最強になるのは絶対に兄さんだ!」

ハッピー「シエルってナツとは違うベクトルで揺るがないよね。ナツったらエルザやラクサス、ペルにだって勝つつもりでいるよ?」

シエル「エルザやラクサスならともかく、ナツが兄さんに勝とうだなんて1000年は早いよ!」

ハッピー「じゃあシエルはナツと戦ったら勝つ自信はあるかな?」

次回『バトル・オブ・フェアリーテイル』

シエル「どうだろう…その時の運にもよるけど、まずナツが突っ込んでくるところを竜巻(トルネード)で迎撃して、その合間に豪雨(スコール)降らせて炎を軽減して、最後に台風(タイフーン)…あれ、意外といける?」

ハッピー「シエルの中のナツのヒエラルキーが想像以上に低いことは分かったよ…」


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第33話 バトル・オブ・フェアリーテイル

お待たせいたしました!ちょっと危なかったですが無事投稿です、そしてまたちょっと長い!前回ほどじゃないけど!

前回書き損ねましたが、BoF編はそれほど長く書く予定はありません。ラクサスが好きな方には申し訳ないですが…いやむしろ雷神衆の約一名が好きな方には…出番が、ねぇ…?


魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)依頼板(リクエストボード)には、今日も様々な依頼が貼り出されている。「魔物退治」や「深海の宝探し」など、実力のある魔導士たちの力が必要とされるものがほとんど。王国の中でも随一の実力者たちが集う妖精の尻尾(フェアリーテイル)に向いていると言えばそうなる。

 

「う~ん…あたし一人で行けそうな仕事、あるかな~」

 

だが、そんな依頼書たちに目を通して渋い顔をしているものが一名。星霊魔導士のルーシィ・ハートフィリアである。普段ならシエルやナツを始めとした最強チームの面々と共に報酬が高い依頼に行くことが多いのだが、今日に限っては彼女しかギルドにいない。

 

グレイは新人であるジュビアの面倒を見るようにマスターから言われたらしく、二人で依頼に行ってしまった。去り際のジュビアのどや顔は今でもルーシィの脳裏に焼き付いている。エルザは、壊されたために新調した鎧に不具合があったそうで、製造元である「ハートクロイツ社」に抗議をしに行った。補足しておくと、ハートクロイツ社は服飾専門の製造会社であり、衣服のブランドとして有名だ。インテリア方面にも製作をしているらしいのだが、エルザが換装で扱う鎧や武具などを作っているのもこの会社。だが本来、鎧や武具の発注は承っていない。作ってもらっているのはエルザのみだ。

 

そしてシエルとナツだが、数日前に修行と称して出て以来、未だに帰ってきていない。

 

「せめてどっちかだけでもいいから、帰ってきてくれればな~」

 

「あれ?あそこに見えるの、ナツとシエルじゃねーか?」

 

噂をすれば影。ようやく帰ってきた二人を迎えて早く仕事に向かおうと、すぐさまルーシィはギルドの入口へと駆けだしていく。取りあえず一言か二言ほど文句を言ってからじゃない時も済まない。そう心に決めていたルーシィであったが…。

 

「もー!二人ともどれだけ留守にしてたら気が…済む…の?」

 

その言葉にかかる圧は徐々にしおれていき、気づけば言葉も途切れ途切れとなった。その理由は今しがた帰ってきた二人の様子を見たから。表情がどこかくたびれていて、目の下にうっすらと隈が浮かんでいるシエル。そしてそんなシエルにおぶられて、全くもって活力を感じられない、生気を失ったかのような表情で体をだらんと預けているナツ。

 

「あ、ルーシィただいまー」

 

異常状態とも言える二人の様子に、唯一普段通りに見えるハッピーの挨拶が耳に届くまで、ルーシィの思考は停止していた。

 

「お、おかえり…何があったのこれ…?」

 

戸惑いながらも尋ねてきたルーシィの質問に、ぽつりぽつりとシエルが語り始めた。競走も含めて野外での修行を共に行い、特に何の問題もなく実行できていたのだが問題は突如発生した。ナツが昨日突然動こうともしなくなったのだ。体調不良を訴えるナツの魔力と体力を回復させるために火を差し出したりもしたのだが、食欲もないようで全く口にせず。修行どころじゃなくなったために、仕方なく帰ることにしたのだが…。

 

「初日に俺を追い抜いたナツが考えなしに走ったせいで、帰り道が分からなくなっちゃったもんだから…あちこち迷ってた…」

 

「本当に何してんのよ…」

 

もう怒りよりも呆れ果てた。更に聞けばナツが一向に動こうとしないので、移動中はシエルとハッピーが交代交代で運んでいたらしい。乗雲(クラウィド)に乗せて運んだ時もあったのだが、ただでさえ体調が優れない上に乗り物酔いが常時続くのは堪えたらしく、乗せてもずり落ちたりするので仕方なくおぶっていたそうだ。昼夜問わず移動していたために、ようやくマグノリアに到着した時には既に今のくたびれた状態だったわけだ。

 

「そんな訳だから今、物凄く、眠くて…ふぁ…」

 

「その隈を見る限りはそうなるわね…」

 

説明している間も時々こっくりこっくりと首を前後していつ眠ってもおかしくない状態だった。そしてナツもギルドに到着したというのにシエル同様身体を揺らして今にも再び寝てしまいそうな状態だ。本当に何があったのか。

 

「多分だけど、この前エーテリオンを食べた時の副作用が出たんだと思うんだ」

 

疑問に答えたのはナツの相棒であるハッピーだ。先日まで普通に活動できていたのに今頃になって副作用が出るとはどういうことなのだろう。だがそれ以外に理由は考えられないとハッピーは続ける。

 

「前にもラクサスの雷を食べたらこーなっちゃったんだ」

 

「火以外の魔法を食べちゃダメなのね」

 

元々魔法は食べれるものではないのだが、そこは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の他とは違う異質な点の一つと言うものだ。すっかり机に突っ伏して眠りだしたシエルとナツを置いて、ギルド内の話は続いていく。

 

「てか、何でラクサスの雷を?」

 

「ああ、昔ナツが勝負を挑んだんだよ。そん時に食ったんだ」

 

「まあ、瞬殺だったけどな」

 

ギルド内にいたナブやマックスといった他の魔導士たちがルーシィたちの話に加わってくる。しかしルーシィにはその内容に度肝を抜かれた。あれほど強い魔導士であるナツが瞬殺。全く歯が立たないとは、ラクサスはそんなに強いのかとぼやくほどである。

 

「あい、メチャメチャ強いよ。あ、でもエルザやペル、ミストガンだっているしな~」

 

「ペルって、シエルのお兄さんの?」

 

「そういやペルも、ナツにしょっちゅう勝負挑まれてたよな?」

 

「で、その度に毎回瞬殺されてよ」

 

エルザ、ラクサス、ペルセウス。ナツがギルドで最強候補と謳われた魔導士たちに、勝負を挑んでは瞬殺されるのが、最早恒例になってしまっているのだろうか?しかもペルセウスには何度も勝負を挑んでいるのによくめげないもんだとルーシィは素直に思うばかりだ。

 

「それにミラだって昔はヤバかったんだよ。『魔人』って呼ばれててね」

 

「ま…『魔人』!?ミラさんが!!?」

 

さらには予想もしなかった人物の来歴までもが公開される。常に笑顔で優しいイメージが強いあのミラジェーンが『魔人』などと呼ばれていた時期があったのか。ある意味ルーシィにとって一番の衝撃である。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強決定戦やったら、誰が優勝するんだろうね?」

 

「最強なのは兄さんだーー!!」

「いーやオレだーー!!」

 

「起きた!?」

 

ハッピーの一言に反応したのはずっと寝ていたはずの二人(シエルとナツ)。眠っていながらも聞き捨てならない言葉に反応して飛び起きた二人の様子に、即座に声を上げたルーシィ含め、ギルド内の全員が驚愕している。

 

「「くかー」」

 

『そして寝たー!!』

 

起きたかと思いきやまたも机に突っ伏して寝息をかき始めた二人に、今度はギルド内のほぼ全員のツッコミが響いた。「何か少し前にも同じもの見たような気が…」とルーシィはアカネリゾートにいた際のナツを思い出しながら呟いていた。

 

「けど確かに気になるな。やっぱラクサスが一番じゃね?」

「いやいやここはペルだろ。ギルド入った時から頭一つ抜けてたしな。」

「わ、私はエルザさんを推そうかな…」

 

一方で魔導士たちは、最強決定戦を実際に行ったら誰が勝つのか、各々予想を立て始めた。古株でもありマスターの孫でもある代表格のラクサス。ギルドに加入してから短期間で頭角を現したダークホースペルセウス。そして最早語るまでもなく最強の女であるエルザ。中には交流が深いという理由で名を出す者もいるが、応援の気持ちが入っているのかもしれない。

 

あちこちで「けどギルダーツ含めたら誰も勝てなくね?」とか「いやあのオヤジは人間枠じゃねえから」とか不穏な会話が聞こえてきたが、ルーシィは気のせいと思うことにした。

 

「ルーシィは誰だと思う?」

 

「え~。あたしは身内同士で優劣つけるなんて、やだなー…」

 

ハッピーからの質問に対して、どこか乗り気ではなさそうな反応を示すルーシィ。ナツを始めとした当の本人たちが主張する最強。これを実際に確かめる事自体、彼女は好ましくないようだ。過去にナツとエルザが勝負する際も止めようとした時のように。

 

「ぅう…やっぱ、調子悪ィや…帰ろ…」

 

すると寝ていたナツがフラフラとしながら立ち上がり、ぼやきながらギルドを出ようと動いていた。それを見てルーシィは自分がここに来ていた理由を改めて思い出した。仕事に行かなければいけなかったことを。

 

「え、ナツホントに帰っちゃうの!?待ってー!仕事行かないと家賃がー!!」

 

「…あれ…?前に俺と行った依頼の報酬は…?」

 

ナツが帰る意思を見せたことでついて行ったハッピー共々引き止めようと必死のルーシィ。そのルーシィのセリフを聞いてシエルは首だけルーシィに向けながら尋ねてきた。この間シエルと共にビショックイノシシの討伐をしたことで貰った報酬、及びイノシシの肉で手に入れた金はどうしたのかと。

 

「先月までは払えたけど、食費や衣服に本とか買う事を考えると、それでも今月ピンチなのよ…!シエルお願い一緒に行ってー!!」

 

「そうしてあげたいけど、ごめん今日は無理だ…。仕事にならない…」

 

どうやらルーシィの予算は早くも限界になってしまったようだ…。思わぬ収入が入ったことによる反動なのだろうか?そんなピンチにシエルの力を借りようと頼み込んでくるが、睡眠不足の状態である今ではそれも難しい。彼の返答を聞いたルーシィは泣いて項垂れた。このままではこの先も危ないかもしれない。

 

「あ…でもすぐお金が欲しいなら、あれだ、ミスコンがあるはずだよ…」

 

「ミス…コン…?」

 

そこにシエルから一つの提案が出された。『ミスコン』と言う単語を反芻するルーシィに何かを思い出した様子のマックスがルーシィに近寄って一枚の紙を手渡した。

 

「そうか、ルーシィ初めてだもんな。これ見てみなよ」

 

「ん…?『マグノリア収穫祭』のチラシ?」

 

主な産業が酪農や園芸農業のフィオーレ王国。その内の街の一つであるマグノリアも例外ではなく、実りの季節である秋に、街近郊の農業関連の地で作られた作物等の収穫を祝い、マグノリア総出で祭が開かれる。

 

それが『マグノリア収穫祭』――。

そしてこの収穫祭には妖精の尻尾(フェアリーテイル)も大きく関わるイベントが存在するのだ。その内の一つが、チラシの右下にあまり目立たないが確かに記されていた。

 

「『ミス・フェアリーテイルコンテスト』!?」

 

「そう。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する女の子たちの美の競演!」

 

「あと優勝者は賞金50万J(ジュエル)

 

その話を聞いてルーシィの沈みかけた気分は一気に盛り上がった、一月の家賃が7万のルーシィにとっては7ヶ月分。そして美の競演となればルックスに自信のある自分も勝機が存在する。ミラジェーンやカナなどの魔導士も出場を決めているが、ルーシィも負けてはいない。しかし週刊ソーサラーでグラビアの特集も組まれるミラジェーンが参加するとなれば手強い相手だ。

 

「で…でもあたしの方が若いし!フレッシュな魅力って事で…いける!いけるわ50万J(ジュエル)!!絶対優勝してやるんだから!!!」

 

「OK!ルーシィもエントリーって事で、登録しとくよ!」

 

先程まで身内同士の優劣がどうとか言っていたような気がしたがこの際蒸し返すのもよしておこう。物凄く意気込んだルーシィの様子を見ながら、コンテストの主催らしいマックスは彼女の名を登録し、シエルは首を向けながら「まあ…頑張ってねぇ…」と力なさげに声援を送った。

 

「シエル~~あたしん家に来な~い?お肉御馳走するよ~?」

 

「賄賂なんか無くても応援するって…」

 

突然シエルの背中に手を添えながら高い甘えるような声で誘ってくるルーシィ。少しでも票を獲得しようとする魂胆が見え見えだが、同じチームのよしみでシエルは元からルーシィを支持するようで意味はなさそうだ。呆れた様子で返したシエルにどこか釈然としない表情をルーシィは浮かべた。

 

 

 

だがこの収穫祭に、ある一人の男の野望が待ち構えていることを、この時誰も気付くことは出来なかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

早くも時は流れ、収穫祭当日―。

マグノリアの街は、祭に相応しい様々な飾りつけや出店、そして多くの人たちの声でより一層の賑わいを見せている。今ここに姿を見せている人々は、6万ほどいるマグノリアの住民のみならず、近隣の街からの観光客も数多くいる。その最大の理由は何と言ってもマグノリア、もとい妖精の尻尾(フェアリーテイル)が大陸に誇る収穫祭のメインにして最大のイベント、魔導士たちによる魔法を使った大パレード『幻想曲(ファンタジア)』を見る為であろう。

 

「祭りだーー!!」

「あいさーー!!」

 

数日経って寝不足が解消されたシエルが、ハッピーと共に盛り上がる。ここ数日のロウテンションとは打って変わってハイテンションのシエルに対し、ハッピーの相棒であるナツは未だに不調のようでフラフラとしながら歩いている。

 

「食えるもん…片っ端から食うぞぉ…!」

「「食うぞーー!!」」

 

それでもこの一大イベントをただ不調のままで過ごす気は無いのか食べ物を販売する屋台に向けて一歩ずつ近づいて行き、その後ろをシエルたちがついていく。その様子を後方の離れた位置から見ているのはルーシィ、そして依頼から戻ってきていたグレイとジュビアの3人。

 

「まだ調子悪そうね…」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「放っときゃいいんだよ、シエルもいるしな」

 

フラフラと歩くナツの様子に心配を向ける少女二人に対し、グレイは気にしていない。この前と違って逆に調子がよさそうなシエルが同行しているなら、何があったとしても問題はないとも判断した故かもしれない。

 

「相変わらずだな」

 

すると、ルーシィたちの後方から一人の青年が声をかけてきた。3人が振り向いた先にいたその青年は、黒い髪を七三分けに伸ばした、たらこ唇が特徴的だ。今しがた街に到着したようで、肩に荷物をまとめた袋の紐をかけている。この青年とはグレイのみ面識を持っていた。

 

「『ウォーレン』!久しぶりだな」

 

「収穫祭に何とか間に合ったよ」

 

念話(テレパシー)魔法の使い手であるこの青年、名は『ウォーレン・ラッコー』。彼は複数の仕事を一気に掛け持ち、それら全てをこなしていくギルド内でも上位の実力者だ。その功績は週刊ソーサラーにも掲載されたらしく、ルーシィも本物のウォーレンに会えたことに少しばかり感激している。新人であるルーシィやジュビアと互いの紹介も済ませたところで、改めて一同は街の中にいる人の数に圧倒されている。

 

幻想曲(ファンタジア)を見るために他の街からも集まってくるからな」

 

「大パレード!あたしも見たーい!!」

 

「お前参加する側だろ」

 

最初に幻想曲(ファンタジア)と聞いた時は何のことか分からなかったが、改めて説明を聞いてその興味が一気に湧いたらしい。客側として見たいと色めき立つルーシィだが、ほとんどの魔導士がパレードに参加する側だ。

 

「あれ?ウォーレンじゃん!久しぶり!」

 

「よ、久しぶりだなシエル」

 

すると出店で買いまくったらしい食べ物を抱えながらシエルがその場に戻ってきた。「どんだけ買ったの!?そして全部食べれるの!?」とルーシィからツッコミが入る程に大量だ。本当に今日のシエルはテンションが高い。

 

「何かシエル性格変わったか?妙に元気っつーか、いつもの落ち着きがないっつーか」

 

「ペルが10年クエスト達成したからもうすぐ帰ってくるって聞いてから、ずっとこの調子らしいぜ」

 

「ペルが!?成程な、そりゃシエルも嬉しそうなわけだ」

 

シエルのテンションの高さはウォーレンも一目見て気付いたらしい。理由を聞けばすぐさま納得するほどには、シエルと兄であるペルセウスの仲がどれだけ良好かも感じ取れる。普段のシエルからは想像できない様子に、微笑ましくさえ思えてくる。

 

「そう言えばルーシィ、もうすぐミスコン始まると思うけど、こんなとこにいていいの?」

 

「あ!そうだった!!ミス・フェアリーテイルコンテスト、早く行かなきゃ!!あたしの家賃ーー!!」

 

微笑ましくシエルを見ていたらそのシエルから忘れてはいけなかったコンテストについて問われて思い出し、開催場所であるギルドに全速力で走っていった。生活もかかってる。彼女も必死だ。

 

「ジュビア…ルーシィには負けられません…!」

 

「お前も出るのか…」

 

どうやらここにも参加者がいたようだ。十中八九グレイの心を動かすためだろう。そして恋敵(と一方的に思ってるだけ)であるルーシィに勝っていると証明するために。それを聞いたシエルはすぐさま動いた。

 

「ねえグレイ、誰が優勝するか賭けてみない?俺ルーシィに賭けるから、グレイはジュビアに賭けなよ」

 

「何でオレが賭ける奴までお前が決めてんの…?」

 

そんな大雑把なアシストをシエルが行っていることは、残念なことにジュビアは気づいていなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

新築された妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルド内にも、祭に相応しい装飾が施されており、新設されたライブステージの前には、ギルドに所属する魔導士のみならず、観客としてコンテストを見に来た人々が訪れている。そんな大勢の前で、堂々とタキシード身を包んで、襟首には大きな蝶ネクタイを着けた一人の魔導士が、マイクを片手に司会を進行している。

 

≪マグノリアの町民の皆さん、及び近隣の街の皆さん。え?このイベントを見る為に、死者の国から来たって人もいるの?終わったら墓に帰ってね≫

 

その司会の冗談に観客席から笑い声が響く。観客へのサービスも忘れない優れた精神だ。そんな司会進行、砂の魔導士マックスの声がギルド内に響いていく。

 

≪お待たせしました!我が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の妖精たちによる美の競演!ミス・フェアリーテイルコンテスト開催でーす!!≫

 

瞬間、会場となったギルドは一気に歓声に包まれる。美の競演と言うだけあって、美人揃いの魔導士たちを見る為に観客は男性がほとんどだ。ステージ前まで来て近くで見ようと迫ってくる客もいる。そんな中でテーブル席に座りながら遠目でも観覧しているメンバーの一部に、出店で買った食べ物を咀嚼しているシエルやナツ、そして同じテーブルにはハッピー、グレイ、エルフマンが固まっていた。

 

「売り子もやってたり主催もしてたり、色々大変だよねマックス」

 

「つーか、お前ら興味ないんじゃないのかコレ…」

 

黙々と食べてるナツは言わずもがな、シエルも普段女性に過度な反応を示す様子が見られない。その上、まだ子供と言える年齢の彼はあまり美人コンテストと言うものも興味が無いかとグレイは思っていた。だが、その意見はシエル本人から否定される。

 

「俺だって、綺麗なお姉さんとか、可愛い女の子とか見かけたら振り向きもするよ?男だもん」

 

「うむ、漢だ」

 

「そう、なのか?」

 

あんまりイメージがぱっと浮かばない。あとエルフマンはただそれを言いたいだけだからグレイは敢えてスルーすることにした。そんな雑談をしながらも、トップバッターである女性が登壇してきた。

 

≪エントリーNo.1!異次元の胃袋を持つエキゾチックビューティ!カナ・アルベローナ!!≫

 

こげ茶色のロングウェーブヘアーで、露出の高い服装をした大酒呑みでもあるカナだ。いきなりレベルの高い美女が現れて観客もヒートアップしている。

 

≪さあ…魔法を使ったアピールタイムだ!!≫

 

司会のマックスの声と共に、手に出したタロットカードの束を魔法で自在に動かし、己の身体を包み隠していく。数秒間包まれた後に一気にカードがばらけると…。

 

≪水着に着替えたーー!!≫

 

元から露出が高かったが今度はさらに面積の狭い、ストライプ柄の水着姿へと変貌していた。更に言うと彼女がとっているポーズも色気を増長させている。これによってさらに観客も盛り上がっていく。

 

「50万…いいえ、酒代はいただいたわ…」

 

言い直す必要あったのか。

 

「いきなり色仕掛け…」

 

「まあ、カナだしな」

 

「漢だ」

 

「「女だよ」」

 

エルフマンちょっと黙ってようか。

 

≪エントリーNo.2!新加入ながらその実力はS級、雨も滴るいい女!ジュビア・ロクサー!!≫

 

続いての出番はジュビア。得意である水流(ウォーター)で自分の首から下を流れる水へと変えていき、自分の周りを水で包んでいく。その演出を見た観客たちは、その珍しさに釘付けとなる。そして水が彼女の姿を再び現した時には、水玉模様の水着姿へと変わっていた。

 

≪おおっ!水着が似合う演出を作り出したー!!≫

 

「グレイ様、見てますかー!」

 

「だってさ、グレイ様?」

 

「オレに聞くなよ…」

 

ニヤついた顔で詰め寄るシエルから顔を背けるが、何だかんだでジュビアには視線を向けている。その結果更にシエルの笑みが深くなった。

 

≪エントリーNo.3!ギルドが誇る看板娘!その美貌に大陸中が酔いしれた…!ミラジェーン!!≫

 

「待ってましたー!!」

「優勝候補ー!!」

「本物だぁ!!」

「本で見るより可愛いなぁ」

 

3番手にして登壇したのは言わずと知れた看板娘兼グラビア常連の優勝候補。笑顔を浮かべて手を振るだけで、観客たちの声援がここに来て更なる盛り上がりを見せている。

 

≪さあ、アピールタイムだ!!≫

 

「私…変身の魔法が得意なんで、変身しまーす」

 

待ちに待ったミラジェーンのアピールタイム。彼女はどんな素晴らしいものを見せてくれるのか、観客たちの期待も最高潮に高まっている。

 

 

 

 

「顔だけハッピー!あい!」

 

瞬間、空気が凍り付いた。文字通りミラジェーンの可愛らしい顔のみを喋る青いネコのハッピーに変えて物真似を披露したことによって、思っていたものとかけ離れたアピールに、最高潮に盛り上がっていた観客のテンションは一気に下がる。ついでにマックスも固まっていた。しかもこれだけに終わらず…。

 

「顔だけガジルくん!」

 

最近加入した元ファントムのコワモテ、ガジルの顔にも変身したことで更に空気は凍り付き、何かを吹き出す音が二か所から発生した。一か所は変身のネタにされたガジル本人。彼もあまりこういうコンテストに興味を示さないかと思いきや、ちゃっかり来ていた。それがまさか自分の顔をネタにされるとは思いもよらなかっただろう。そしてもう一か所はと言うと…。

 

「ふっくっくっくっく…!み、ミラの身体の、上が、が、ガジルって、ひ、卑怯だ…!!」

 

「あははははっ!!」

 

「喜んでんのお前らだけだぞ…」

 

「姉ちゃん…」

 

シエル(ここ)だった。グラビアを飾る抜群のプロポーションを持つ女性の頭部が、明らかに肉食獣のような男と言う、あまりにもアンバランスな奇人を目にしたせいでドツボにはまり、机を叩いて突っ伏しながら笑っていた。ついでにハッピーも腹を抱えて大笑いしている。何がそんなに面白かったのか、苦笑いを浮かべながらグレイが呟く中、隣のナツは変わらず黙々と咀嚼しており、姉の醜態を垣間見た(エルフマン)はショックで空いた口が塞がらなかった。

 

優勝候補が思わぬ形で自滅した。その事実に舞台袖で見ていた一人の少女がほくそ笑んでいたことは会場の誰も知らない。

 

≪エントリーNo.4!最早説明不要の妖精女王(ティターニア)!!エルザ・スカーレット!!≫

 

「キター!!」

「エルザー!!」

「かっこいいーーっ!!」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女!!」

 

気を取り直してお次にきたのは、鎧に身を包んだ妖精女王(ティターニア)・エルザ。美と剛を兼ね備えた彼女の登場に、盛り下がっていた会場の空気は再びアップ。さすがの人気と言える。

 

「エルザ大丈夫かな…」

 

「肝心な時に緊張しちゃうもんね…」

 

以前の演劇の際のエルザを知っているシエルたちは正直不安だった。本番に弱いタイプである彼女が、前回同様観客が多くいるこの舞台で満足なアピールが出来るのか。

 

「私のとっておきの換装を見せてやろう」

 

だが以外にもエルザはいつも通りで落ち着いている様子。そして宣言と共に彼女の鎧が光と共に剥がれていき、収まった時には鎧姿とは違う、ある衣装を纏った姿となっていた。それは…。

 

 

 

 

 

 

黒を基調とした西洋形式の硬派とも見れるものと、少女らしさのあどけないものが加わった有名なファッションジャンル。ゴシック&ロリータ。縮めて…。

 

「まさかの『ゴスロリ』!!?」

 

鎧姿が基調の凛とした女性が、大人らしさと子供らしさを兼ね備えた可愛らしい服装に身を包むというギャップに、今まで以上に会場は湧きたった。その反応にも満足したのかエルザも勝利の笑みを浮かべている。楽園の塔の一件以来、彼女もキャラが変わったようだ。いい意味で。

 

「こ、これは…何つーか…」

 

「漢、だ…」

 

「正直、予想もしてなかった分、胸に刺さった…」

 

今まで平静を保っていたシエルたちも、これには耐えられなかった。今までのエルザを知ってる分、その破壊力は計り知れない。この後に続く参加者にとってかなりのプレッシャーだと思われる。

 

≪エントリーNo.5!小さな妖精!キューティ&インテリジェンス!レビィ・マクガーデン!!≫

 

「『立体文字(ソリッドスクリプト)』!!」

 

続くレビィのアピールは、魔法で指文字を描くことで、その文字にちなんだ様々な効果を発揮させる魔法・『立体文字(ソリッドスクリプト)』を連続で発動。SNOW()BUTTERFLY()METAL(金属)FLOWER()を自分の周りに出してアピールした。小柄で可愛らしい容姿に明るい笑顔も相まって感情からの反応もいい。

 

「「いいぞー!レビィー!!」」

 

約二名からの声援が特に大きいが、それもご愛敬。

 

≪エントリーNo.6!西部からのセクシースナイパー!ビスカ・ムーラン!!≫

 

黄緑色のロングヘアーで銃器の換装魔法である銃士(ザ・ガンナー)の使い手・ビスカ。手に持った4枚のコインを空中に投げて換装魔法でライフルを装備。そして照準を定めると銃弾を一発。それだけで4枚のコインは全て同じ中央を撃ち抜かれていた。見事な神業とも言える銃の腕に、一際歓声も大きく上がる。

 

「か、可愛い…!!」

 

約一名別の反応が見られるが、それもご愛敬。

 

≪エントリーNo.7!我らがスーパールーキー!!≫

 

「お、来たか!?」

 

コンテストもいよいよ佳境。残すところはあと一人となり、最初の紹介文のフレーズだけで、誰の出番なのかを察したシエルの反応も強い。

 

≪その輝きは星霊の導きか…!ルーシィ・ハート…≫

「だーー!!ラストネームは言っちゃダメーー!!」

 

「何だ?」

「可愛いなあの娘…」

 

遂に登場したのは、何故かチアガールの服装を着ているルーシィだ。だが紹介文を言い終わる前に彼女が飛び出してきたことで、戸惑いを覚える観客も多い。ハートフィリア財閥(コンツェルン)の令嬢であることがバレたら賞金が貰えなくなってしまうことを危惧しての事らしいが、気にし過ぎのような気がする。

 

「頑張れー!ルーシィー!!」

 

「妙に肩を持つけど、そんなに楽しみだったのか?」

 

「だってさ…魔法を使うってことは、星霊と一緒にアピールするって事だよ?見逃せないじゃん」

 

「それが本音か…」

 

やけにルーシィを支持していると思ったら狙いは星霊だったか、と聞いてきたグレイは納得した。この事を本人は知ってるのだろうか。多分知ってたとしても、家賃確保の為に同じことをしてただろう。

 

≪さあ、アピールタイムだ!!≫

 

「えーと…あたし、星霊たちとチアダンスをしまーす!」

 

どうやらそのアピールの為に衣装もチアガールにしていたようだ。どの星霊と共にするかまでは分からないが、観客たちは可愛らしい少女のチアダンスに期待が高まっている。掴みは良さそうだ。シエルもワクワクしながら彼女のアピールを待っている。

 

 

 

 

「エントリーNo.8」

 

どこからか突如聞こえた聞き覚えのない女性の声と台詞に、登壇しているマックスとルーシィ、更には会場にいる全員が困惑にどよめいた。まだアピールタイムが済んでいないルーシィは、突如中断されたことに若干苛立っている。すると、ステージの幕から、一人の女性が現れた。

 

「妖精とは私の事。美とは私の事。そう…全ては私の事…」

 

その女性は薄い茶色の髪を左側で纏め、眼鏡をかけており、右手に持ったカフの付いた扇子で口元を隠しながら、上品な立ち振る舞いを意識しながら歩んでくる。

 

「優勝はこの私、『エバーグリーン』で決定~♡ハ~イ、くだらないコンテストは終了で~す♡」

 

『え~~~!?』

 

突如乱入してきた女性、『エバーグリーン』によって中止を宣言されたコンテスト。ルーシィと共に、観客からも思わぬ展開で驚愕の声が響き渡る。だが、違う反応を示す者たちがいた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する魔導士たちだ。彼女もまた妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する魔導士であり、長い間留守にしていた彼女が帰還したことに反応している。

 

「ちょっと、邪魔しないでよ!あたし…生活がかかってるんだからね!!」

 

「ルーシィ!そいつの目を見るなっ!!」

 

「え!?」

 

グレイが注意を叫ぶのも空しく、ルーシィは意図を把握できずにその場で固まる。そしてエバーグリーンがかけていた眼鏡を外してルーシィの方へと向いた。

 

「なぁに?このガキ」

 

彼女の目を見たルーシィは、その瞬間衣服とともに体を石にされてしまう。神話上に存在する蛇の怪物・メデューサを彷彿とされる石化の目だ。突如起きた事態に会場も戸惑いを隠せず、アピールなのかと疑問を上げる声も出てくる。だが、これは決してアピールなどではない。

 

≪まずいぞ…!お客さんは早く逃げて!!≫

 

マイク越しのマックスの声に事態を把握した観客たちは、魔導士を残して全員ギルドから避難を始めた。無関係の観客たちへの二次被害はこれで抑えられるが、彼女の行ったことに、誰もが黙ってはいられない。

 

「何をする、エバーグリーン!!祭りを台無しにする気か!?」

 

「お祭りには余興がつきものでしょう?」

 

怒号を上げるマカロフに対し、エバーグリーンはステージにあった天幕を上げる。そこから現れたものたちに、全員が絶句した。

 

 

 

 

 

ルーシィの他にもコンテストに参加していた6人の女性たち全員が、ルーシィと同様の石像になってしまった姿だった。S級と呼ばれたミラジェーンやエルザまでもが被害に遭っている。

 

「バカタレが!今すぐ元に戻さんかいっ!!」

 

その惨状にさらに怒りを増長させるマカロフの言葉の直後、ステージに雷が一筋落ちてきた。落雷と共にその姿を現したのは、マカロフの孫にしてS級魔導士。黄色い短髪に特徴的なヘッドフォンを身に着けた男、ラクサスだった。

 

「よォ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)のヤロウども…祭りはこれからだぜ…」

 

「ラクサス!!」

 

突如として現れたラクサス。そして他にもう二人新たな乱入者が現れたことにシエルは気付く。一人は黄緑色の長い髪で、左右のてっぺんから稲妻方のアンテナのように一つずつ伸びている美青年。もう一人は口元以外を兜で覆っており、出した舌には黒の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章がついているラクサスよりも体躯が大きい男で、周りには小さいトーテムポールの人形が5つ浮遊している。

 

「『フリード』に『ビックスロー』!?ラクサス親衛隊・『雷神衆』が揃い踏み…!!」

 

それぞれの名と、エバーグリーンも含めたチームの名を叫びながら、今目の前にある事実を受け入れるのに精一杯だった。普段は不在であることが多い彼らが今この時に集い、何をしようとしているのか…。

 

「遊ぼうぜ…ジジイ…」

 

「バカなことはよさんか!まだ幻想曲(ファンタジア)の準備も残っとるんじゃ。今すぐ皆を元に戻せ!」

 

幻想曲(ファンタジア)は夜だよな?何人生き残れるかねぇ…」

 

言葉と共に、石像となったルーシィの頭上から雷が降り落ちてくる。マカロフの制止の声も聞かず、その雷は落とされた。

 

 

 

ルーシィの真横に、ギリギリ当たらない床を貫いて。その光景を見て、怒りを滲ませるもの、恐怖を感じる者に、魔導士たちが二分された。ルーシィの石像の肩に腕を回しながら、ラクサスはさらに続ける。

 

「この女たちは人質にいただく。ルールを破れば一人ずつ砕いていくぞ。言ったろ?余興だと」

 

「冗談で済む遊びとそうはいかぬものがあるぞ…ラクサス…!」

 

「勿論、オレは本気だよ」

 

祖父と孫が睨み合い、仲間の命に関わる範疇を超えた遊びの是非をぶつけ合う。そして今まで口を開かなかった雷神衆の二人が、ここに来て言葉を発する。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強は誰なのかを、ハッキリさせようじゃないか」

 

「―つう遊びだよ」

『アソビーアソビー』

 

フリードの言葉に続くように挑発的な物言いをするビックスロー。そして周りに飛ぶ人形たちも意志があるのか彼の言葉を反芻している。

 

「ルールは簡単。最後に残ったものが勝者。

 

 

 

 

 

『バトル・オブ・フェアリーテイル』!」

 

ラクサスが告げた遊び。『バトル・オブ・フェアリーテイル』という題名を聞いた瞬間、一つの机が炎によって吹き飛ばされる。その発生源を全員が知っていた。

 

「いいんじゃねえの?分かりやすくて。燃えてきたぞ!」

 

ここに来て復活を遂げた火竜(サラマンダー)。ナツ・ドラグニルが不敵な笑みを浮かべてそのゲームに賛同してきた。




おまけ風次回予告

ナツ「バトル・オブ・フェアリーテイルか~。ラクサスもいいこと考えるじゃねえか!」

シエル「どこかだよ!女の子たちを石にして、無理矢理仲間同士で戦わせて、いつもの喧嘩とは訳が違う!」

ナツ「ん?何も違わねえじゃんか。そりゃあ、ちょっとやりすぎじゃねえかな?って思わないこともないれどよ」

シエル「いやいや、明らかにやりすぎなんだって…!こういうところ、長所なのか短所なのか…」

次回『友の為に友を討て』

シエル「絶対許さない…ラクサス!俺たちで倒しに行こう、ナツ!!」

ナツ「ちょっと待て!何かオレ…外に出られねえんだけどぉ!?」

シエル「……へ?」


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第34話 友の為に友を討て

皆さん、大変お待たせいたしました。この回は結構急展開かと思われます。

今日も訳あって出勤でしたが何とか間に合わせることに成功しました、危なかった…。

そして前もって知らせておこうと思います。2月3月は仕事が繁忙期を迎えるため、後進速度が著しく低下致します。その合間にどれだけ進められるかも不明なままですが、少しでも先をお届けできるようにしますので、どうかよろしくお願いします…!


周りは唖然とし、空気が静まる中、その青年だけは不敵に笑みを浮かべながら目の前の男を見る。その様子を見たラクサスもまた口元に挑発的な笑みを浮かべながら語り掛けてきた。

 

「ナツ…オレはお前のそういうノリのいいとこは嫌いじゃねえ」

 

「ナツ…」

 

「祭りだろ、じっちゃん?行くぞ!」

 

不安げに見上げるマカロフに普段通りの笑みを浮かべながら、ナツは言うや否やラクサス目掛けてナツは駆けだしていく。それを見たウォーレンは過去を思い返しながら駆けていくナツに叫んだ。

 

「お前…昔ラクサスにひどくやられたの、覚えてねーのかよ!」

 

「ガキの頃の話だ!」

 

「いや去年くれーの話だよ!!」

 

「去年はガキだったんだァ!!」

 

ああ言えばこう言うとはこの事か。今やれば勝てると信じて疑わずに、拳に火を灯してラクサスのいるステージの上へと飛び掛かっていく。

 

「だが…そういう芸のねえトコは好きじゃねえ…」

 

今にも拳が当たりそうと言える距離にまで近づいて尚、ラクサスの余裕の笑みは崩れない。雄叫びを上げながら振りかぶるナツの後ろ姿を見ながら、シエルは唐突に呟いた。

 

「…賭けようか。ナツが勝てるかどうか…」

 

「いや…」

 

「そんなの…」

 

反応したのは近くにいたグレイとエルフマン。提案したシエルも含めて、その表情は何かを悟ったように、いやに落ち着いている。何故なら…。

 

「まあ落ち着けよ」

「びぎゃあああああああああっ!!!」

 

「「賭けるまでもねえだろ…」」

 

「デスヨネー…」

 

あと少しで届く…と言う所でラクサスの放った雷がナツに直撃。瞬殺だった。こうなる未来が見えていたから、分かり切っていたから誰も乗る気は無かった。シエル自身も言ってみただけでこうなることは知っていた。

 

「いや一人くれー心配しろよ!!」

 

「あ~あ、折角復活したのに」

 

瞬殺されたナツは、哀れ全身黒焦げ状態で気絶し、床に倒れる。不調から復活して早々ダウンすることとなった彼の姿を見て達観した様子の3人にウォーレンはツッコミ、唯一相棒であるハッピーが呆れながらも傍に近づいた。

 

「この娘たちを元に戻したければ、私たちを倒してごらんなさい」

 

「こっちは4人。そっちは100人近くいる…うっわあ!こっちの方が不利だぜ!!」

『フリダーフリダー』

 

先程までのナツの行動などなかったかのように、ゲームの事前説明が続けられる。女性たちを石に変えたエバーグリーン、周りに浮遊させる人形たちに反芻させながら嗤うビックスロー。そして更に恐ろしいルールが説明される。制限時間は3時間。それを過ぎてしまうと、石になった女性たちは全員砂となり、二度と元に戻らなくなる、と言うものだった。

 

本気(マジ)、なのかよ…!?」

 

「…正気とは思えない…!」

 

グレイの言葉に続くように戦慄しながら呟くシエル。それも意に介さぬまま、ラクサスから説明が続けられる。フィールドはマグノリアの街全体。ラクサス、及び雷神衆のいずれかを見つけ出したらバトル開始とのことだ。

 

「ラクサス…ふざけおってぇ!!!」

 

遊びとして余りに度が過ぎる。家族の命を賭けたゲームを実行しようとするラクサスに、マカロフは巨人化しながら怒りを露わにする。

 

「だぁから慌てんなって…祭りの余興さ、楽しもうぜ…」

 

終始余裕を崩さぬまま、ラクサスはマカロフに告げると同時に指先から閃光を発し、ギルド内を眩い光で埋め尽くす。シエルの日射光(サンシャイン)程ではないが、それでも一同が目を開けていられぬ程の光量。ステージの外にいる魔導士たち全員がその目眩ましに遭いながら、ラクサスが最後に告げた言葉を聞き取った。

 

 

―――バトル・オブ・フェアリーテイル…開始だ!!

 

光が収まり、視界が回復した一同がステージを再び見やると、既にラクサスと雷神衆の姿はなく、石像にされた7人の女性たちのみが残されていた。説明された内容から考えれば、既に4人はマグノリアの中。その中で鬼ごっこをさせるつもりなのだろう。

 

「くそぉぉっ!姉ちゃんたちを助けねえと!!」

 

自分の姉を人質に取られ、一刻も早く助け出すために真っ先に駆け出したエルフマン。それに続くようにほとんどの魔導士たちが一斉にマグノリアの方へと駆けだしていく。女性たちを助け出すため、ラクサスたちを倒すため、様々な思いが交錯する中、ギルドに集っていた魔導士たちが一斉に外へとばらけていった。

 

「俺たちも行こう!」

「おお!」

 

「ワシが…ワシが止めてやるわ!クソガキがっ!!!」

 

シエルの声かけに続くようにしてグレイも駆けだす。そしてその前方を憤怒の形相で本来の大きさに戻ったマカロフも外目掛けて駆け出していく。

 

 

 

だが、出入口を通り抜けようとした瞬間、マカロフはまるで壁に激突したかのように「ゴチーン!」と言う音を立てながらその場で止まってしまった。それを見たシエルとグレイは面食らったように驚愕し、足を止める。

 

「何やってんだじーさん!」

 

「す、進めん…!何じゃ!?見えない壁じゃ!!」

 

「見えない壁?…なんて、どこにもないよ?」

 

見えない壁とやらに顔と両手を押し付けながら、外に出ようと力むマカロフ。しかし、シエルが手を伸ばしながらマカロフよりも前に出ると、何の抵抗もなく外に手は出ていく。見えない壁など存在しないかのように。だが、マカロフも外に出ようと必死のように見えるため、嘘やふざけているとも考えられない。前方から見えるとパントマイムのようだ。

 

試しにグレイが彼の頭を掴んで外側に引っ張り、シエルが背中を押し込んでみたが、頭も体も見えない壁から1ミリも外へ出る気配がない。何故かマカロフにのみこの見えない壁が存在しているようだ。

 

「っ…何だ…!?空中に文字が…!」

 

すると、グレイがふと見上げた先…マカロフを遮る見えない壁に浮かぶように、文字が表示された。だがその文字は大昔に使われた古代の文字。今記されているものは『ローグ文字』と呼ばれているものだ。

 

「これは…フリードの術式か…!」

 

「そうか…結界の一種。フリードが得意の魔法だ…!」

 

マカロフから明かされたその魔法の名に、シエルも覚えがあった。

 

術式。踏み込んだものを罠に嵌める設置魔法。術式に踏み込んだものはルールを与えられ、それを守らなければ出ることが出来ないもの。おそらくはギルドを囲むようにローグ文字で術式が書かれているのだろう。どの出入り口から出ても、術式が通すことを許さない。そして今ギルドを囲んでいるルールはこう書かれていた。

 

・ルール:80歳を超える者と石像の出入りを禁止する。

 

「何だよ!?この言ったモン勝ちみてーな魔法は!!」

 

「術式を書くには時間がかかる。故にクイックな戦闘には向いとらんが、罠としては絶大な威力を発揮する」

 

「範囲が広ければ、勿論書く時間も更にかかる…。マスターの参加を初めから封じるために書いたんだろうね…」

 

術式の破壊はどのような強力な魔導士でも容易ではない。聖十(せいてん)の称号を持つマカロフでさえもそれは叶わない。ルールは絶対。「年齢制限」と「物質制限」の二重の術式を作り上げるほどにまで技量を上げたフリード。それがまさか障害として立ち塞がるとは思わなかっただろう…。

 

「こうなった以上、オレたちがやるしかねえな…」

 

「そうだね、マスターの分まで全部叩き込まないと…」

 

「グレイ…シエル…!」

 

既に何人もの魔導士がラクサスたちを探し回っている。だがラクサスの実力はギルドの中でも随一。高い実力を持つ者達が当たらねばあっさりと返り討ちにされる可能性が高い。自惚れを抜きにしても、自分たちがそれを果たさなければ。二人の胸中にその思いが湧き上がる。

 

「あんたの孫だろうが容赦はしねえ…」

 

「ラクサスを倒す。そしてこのふざけた余興を終わらせる…」

 

歯がゆい思いを抱えるマカロフを背にし、二人はマグノリアの街へと駆けだしていった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

街中を走りながらラクサス、または雷神衆のいずれかを捜索するシエル。グレイとはすでに別行動をとった。固まって探すよりも手分けし、見つけた際に合図を飛ばして他と合流する方が効率的だと判断したからだ。

 

過去の事もあってラクサスにはあまりいい思い出はない。それを抜いても、今回の彼の行動はあまりにも常軌を逸している。早く探し出して止めなければ。その一心で走り抜けるシエルの耳に、一つの戦闘音が届いた。誰かが戦っているようだ。

 

「ラクサスか?それとも雷神衆の誰か…?」

 

距離は少し離れている。移動している間に戦闘音もしなくなって静かだ。音がした方へと向かっていると、路地裏を曲がった先にある人物の姿を見つけた。右目が隠れるほどの黒く長い髪、両手にそれぞれ拳銃を握っている西部出身の魔導士・アルザックだった。激しい戦闘をしたようで、ボロボロだ。

 

「アルザック!誰と戦ったの。もしかして勝った!?」

 

「シ、エル…」

 

ボロボロではあるが、戦闘不能のようには見えない。自分の姿を確認したアルザックは壁に体を預けながら彼の横を通り過ぎようとする。質問にも答えられない程消耗しているのか、案じたシエルは日光浴(サンライズ)を出しながら再び聞き出す。だが、右手を差し出して日光浴(サンライズ)を拒否しながらアルザックは告げた。

 

「…ごめん…」

 

謝罪。その一言のみ。意味も意図も分からなかった。結局彼と戦ったのが誰なのかも不明のまま。戦闘が起きた場所に向かえばわかるだろうかと、アルザックが来た方へと進んでいく。そして、開けた場所に辿り着いた時、シエルの目に映ったのは、信じがたいものだった…。

 

「え、何で…どう言う事だ…!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ナツ!祭りは始まった!ラクサスはこの街(マグノリア)の中におる!!倒してこんかい!!!」

 

「おっしゃああああっ!!!」

 

一方、マスター・マカロフが術式で閉じ込められた妖精の尻尾(フェアリーテイル)。ギルドの中にはもう数人しか人はいなかった。確認できるだけでもマカロフを含め、先程まで気絶していたナツ。ナツの相棒ハッピー。ラクサスを恐れて物陰に隠れていたところを、マカロフに別の任務を託された直後のリーダス。以上の4人(3人+1匹)である。

 

目を覚ましたらラクサスを含めて他の魔導士たちが誰もいなくなっていた現状に戸惑い、マカロフに事態を聞こうとしたナツ。そんなナツにマカロフが告げた内容が上記のものだ。ラクサスを倒せるほどの強力な魔導士。エルザなら可能性も高いが、石像の状態ではそれも不可能。だがナツならば?滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)としての力を解放すれば、勝機も訪れるだろう。その可能性に、マカロフは賭けた。早速雪辱を果たすためにラクサスを探そうとナツは外へと駆け出していく…。

 

 

 

 

 

「待ってろラクサ…ブゥ!!?」

 

だが、マカロフも捕まった術式の壁に「ゴチーン!」と言う音と共に止められて、貼りついた。全く予想していなかった展開に、本人含めてその場の全員が驚愕の声を上げた。ここでルールをおさらいしておこう。

 

・ルール:80歳を超える者と石像の出入りを禁止する。

 

「どーなってんじゃあナツ!お前80歳か!?石像か!?」

 

「知るかァ!!何で出れねえんだよォ!!」

 

現在88歳のマカロフなら、条件に引っかかるからまだ分かる。しかしナツは外見年齢を見れば10代後半。明らかに80歳超えではない。ついでに今石像のわけもない。だと言うのに術式はナツの出入りを禁止している。どういうことなのか誰もが理解できなかった。相棒のハッピーが(エーラ)で浮遊しながら、外に出られないナツの周囲を旋回して首を傾げている。ハッピーは問題なく通れるようだ。ますます分からん。すると、ルールを記していた術式の壁に新たに文字が浮かび上がった。

 

「『バトル・オブ・フェアリーテイル途中経過速報』?ん…?」

 

ローグ文字で記されたその文にはこう書かれていた。「ジェット vs. ドロイvs. アルザック」と。ラクサスと敵対する側である3人が何故三つ巴で戦っているのか。理解する間もないまま、更に情報は更新された。そこには勝者としてアルザックの名が記されていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「な、何で…ジェットとドロイが…!?」

 

アルザックが歩いてきた方向に向かってみれば、そこにいたのは倒れ伏して気を失った状態のジェットとドロイの姿。瞬間、シエルは先程のアルザックが呟いた謝罪の言葉を思い出した。もしや、この二人と戦い、倒したのはアルザック?だが何故?推察している最中、シエルの耳に更なる戦闘音が届いた。乗雲(クラウィド)で上空へと昇り、マグノリアを見渡してみると、シエルは言葉を失ってしまった。

 

マグノリアの街の至る場所で、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士同士で戦っている。轟音と煙を発しながら、ラクサスも雷神衆も見当たらないにも関わらず、互いに魔法を使用し、本気でぶつかり合っている。

 

その光景に呆気に取られていたシエルは、一番近くで戦っているエリアを注視する。すると、一人の魔導士が吹き飛ばされた拍子に、見えない壁に背をぶつけてその場に倒れ伏した。この見えない壁にシエルは心当たりがあった。ギルドを出ることができないマスター・マカロフと同じだ。

 

「フリードの術式…!そうか…街の至る所に張り巡らせているんだ…!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士にのみ発動されているであろう術式が街中に存在している。そして恐らく術式に施された条件は「術式内にいる者で勝負し、勝った者のみが脱出できる」。或いはそれに近いものであることが想像できる。そこまで考え付いたシエルは拳を握り締め、歯を食いしばる。怒りと苛立ちを露わにした様子だ。その矛先は勿論、ゲームを仕掛けてきたラクサスたち。

 

「4人と100人近く…!?ラクサスたちを見つけたらバトル開始…!?ふざけやがって…!!」

 

思い出すのはゲームを始める前に行われた説明。だが、今眼下に広がっている光景はそれとはまったく違うもの。味方同士を強制的に争わせ、こちら側の戦力を意図的に消耗させている。これはただのバトルでもゲームでもない。

 

「これじゃまるで…共食いだ…!!」

 

妖精たちの共食い。これがバトル・オブ・フェアリーテイルに隠された本来の姿であった。グレイと別行動をとったのは結果的に最善の判断だったかもしれない。もしグレイと行動して彼ら同様に術式にはまってしまえば、グレイと潰し合うことになってしまったのだから。

 

術式にはまらない様に注意しながら雷神衆を探す事。それを最優先と決め、シエルは行動を再開した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時間が経過するとともに状況も大きく動いていた。ギルドを囲むように張られた術式にはバトル・オブ・フェアリーテイルの現状が逐一更新されて知らされており、そこには街中で仲間たちが戦いを始め、その結果による勝敗も知らされる。残り時間は2時間18分。だが残り人数は半数以下である42人にまで減少していた。

 

そして更に数分。戦況は大きく動き出した。術式のボードに「フリード vs. リーダス」、「ビックスロー vs. グレイ」、「エバーグリーン vs. エルフマン」の三つの戦いが記される。雷神衆が動き出したのだ。そして時間も経たないうちに、エバーグリーンによってエルフマンが戦闘不能にされたという情報が更新される。

 

「まさかエルフマンがやられるなんて…!」

 

「ぬうぅ…グレイはビックスローと戦ってやがる…!オレも混ざりてぇ…!!」

 

全身接収(テイクオーバー)をものにし、更に実力を上げたエルフマンがやられたことにハッピーが戦慄し、術式からなぜか出れないナツは刻一刻と変わる(本人にとっては)喧嘩祭りにウズウズしている。

 

そして更にはリーダスも、フリードによって戦闘不能にされたことが伝えられた。彼は石化された女性たちを解放させるために、東の森にいる顧問薬剤師・ポーリュシカの元に向かうようマカロフに頼まれていた。だが、感づかれたのか、フリードによって倒されてしまったようだ。

 

「どーしよー!これじゃ石にされた皆を治せないよー!!」

 

「治す事ねえよ、どうせハッタリだから」

 

頭を抱えて叫ぶハッピーにナツは冷静に返す。いくらラクサスと言えど仲間の命を脅かすような真似はしない。そう信じて疑っていないようだ。次々と潰し合いによって戦闘不能となっていく仲間の状況を見ながら、未だラクサスの事を仲間と言えるナツに、マカロフは自身の孫を信じきれない自分に対し少しばかり嫌悪感を抱くとともに、ナツに感嘆していた。だが、そんなナツの言葉に応えるかのように、彼らの後ろからその声は聞こえた。

 

「ハッタリだと思ってんのか、ナツ?」

 

後ろにいたのはラクサスだった。しかしそれは本体ではなく思念体。マグノリアのどこかにいるラクサスが、遠隔でこちらに思念体を送ってきたのだ。

 

「つーか何でオメーがここにいんだよ?」

 

「うっせえ!出れねえんだ!!」

 

どうやらラクサス自身もナツが未だにギルドに閉じ込められていることは予想していなかったようだ。マカロフはまだしも、何故ナツまで?彼にとっても理解が及ばなかった。と、それはひとまず置いておき、これまでの所業を行ったラクサスに対し、マカロフは怒りを滲ませて睨む。そんな祖父に睨まれていることも気にせず、ラクサスは挑発的な笑みを浮かべて語りかける。

 

「仲間…いやあんたは()()って言い方してたよな?ガキ同士の潰し合いは見るに堪えられんだろ?あ~あ…ナツもエルザも参加できねえんじゃ、雷神衆に勝てる兵はもう残ってねえよなぁ」

 

次々と潰し合い、やられていくガキたち。さらに動きを制限されているエルザやナツ。ラクサス、そして雷神衆に勝てる魔導士はもうほとんど残っていないに等しい。そうなれば、もう勝機は存在していないようなものだ。「降参するか?」と尋ねてくる孫に何も言い返せずに口ごもる。

 

「まだグレイやシエルがいるよ!グレイはナツと同じぐらい強いし、シエルだってナツといい勝負してたんだ!雷神衆になんか負けるもんか!!」

 

マカロフの代わりに反論したのはハッピーだ。日頃からナツと切磋琢磨しているグレイ。そして修行中の際に組手形式で戦い互角の力で食い付いてきたシエルを知っているからこそ、彼等ならばこの戦況を打破してくれる。そう思って彼は主張した。

 

ナツはグレイと同じと扱われて不満気に突っかかってきたが放っておく。

 

「グレイにシエルだぁ?ククッ、あんな小僧どもに期待してんのかよ」

 

「…あ奴等を見くびるなよ、ラクサス…」

 

二人を除けば実力の高い魔導士たちはもういなくなってしまったも同然。最早彼らに望みを賭けるしかないと、マカロフは覚悟する。

 

 

 

 

だが、現実は非情であった。術式のボードに勝者はビックスロー、グレイ戦闘不能、残り28人と記入された。グレイが負けてしまったのだ。

 

「ふはははははっ!だーから言ったじゃねーか!!」

 

ラクサスの高笑いが響く中、マカロフたちはその文字を見て愕然とする。希望を託した二人の内の片方が、一人も倒せずに敗れるとは…。

 

「嘘だっ!絶対なんか汚い手を使ったんだよ!!」

 

「ぬうぅ…!!」

 

非情な現実を否定するハッピー、参加できぬもどかしさと同じチームの仲間が敗北した悔しさに唸るナツ。その様子すらも、ラクサスは愉快と言わんばかりに口元を吊り上げている。

 

「あとは誰が雷神衆に勝てるんだ?」

 

「まだシエルが残ってるよ!」

 

「シエルねぇ…けどあいつ、さっきからずーっと名前が出て来ねえじゃねえか。気付かねえうちにやられちまってるんじゃねえか?」

 

嘲笑を交えながら告げるラクサスの言葉を胸の内で反芻し、マカロフは迷う。グレイは敗北が確定され、シエルは現在音沙汰無し。ラクサスの言うように既にやられてしまっているのだろうか?

 

「じゃ、じゃあガジルが…!」

 

「残念~!あいつは参加してねーみてーだぜ」

 

「オレがいるだろーが!!」

 

「ここから出れねーんじゃどうしようもねーだろ、ナツ」

 

後方で言い争う声にも耳を傾けながら、マカロフは決断した。こうすればもう、これ以上の不毛な争いを食い止めることができる。そして石にされた者達も救うことができる。

 

「分かった、もうよい…

 

 

 

 

 

 

降参じゃ。もうやめてくれ、ラクサス…」

 

「じっちゃん!!」

 

子を守るのが親の務め。そして今その子を守るためにできることは、敵側に頭を下げる事。その決意の表れである降参を告げたマカロフにナツが叫ぶ。これでいい。これで全てが丸く収まるのなら…。

 

 

 

 

 

「ダメだなぁ…天下の妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターともあろう者が、こんなことで負けを認めちゃあ…。どうしても投了(リザイン)したければ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターの座をオレに渡してからにしてもらおうか」

 

だがラクサスはそれを拒否した。見下す笑みを浮かべて告げたその内容に、マカロフは再び愕然とする。同時に理解した。このゲームの本当の真意を。強制的にマスターの座をラクサスに渡すように仕組むため、仲間の命と力を盾にし、脅迫してきた。

 

「女の石像が崩れるまであと1時間半…。リタイアしたければギルドの拡声器を使って街中に聞こえるように宣言しろ。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターの座を、ラクサスに譲る』とな」

 

マグノリアを拠点とし、代表とされるギルドのマスターが、その街、ひいては近隣住民の者たちにも伝わる様にそれを宣言してしまえばもう後には引けない。これはもう事実上のギルドの乗っ取りに他ならない。初めからラクサスの狙いがマスターの座であったことに気付いたマカロフは、その言葉に最早言葉を紡ぐことができなかった。

 

「よーく考えろよ。自分の地位と仲間の身、どっちが大事かをな」

 

それを最後にラクサスの身体にノイズが走り出す。思念体を解く前兆だ。にも関わらず怒りのままにナツはラクサスに殴りかかろうとし、振りかぶった拳はラクサスがいなくなったことで空をかき、勢いそのままに転がって行って柱に激突した。そもそも思念体だからどっちにしろ殴ることは出来ない。だと言うのにそれを実行するのはナツがナツたる所以だろう…。

 

「くそっ!オレと勝負もしねえで何が最強だ!何がマスターの座だ!!」

 

柱に激突して体の上下が反転したままナツは文句を垂れる。ナツは兎も角として、目的であるマスターの強制的な参加拒否、同士討ちを誘う罠、そして街中に周知させる様に誘う徹底ぶり。圧倒的に不利な状況を作り出しておいてマスターの座を寄越せと言うのは、傍若無人と言うにも有り余る。

 

「マスターの座など正直どうでもよい」

「いいのかよ!」

 

しかしマカロフにとっては然程問題ではなかった。彼にとって重大なのは、もっと別のこと。

 

「だが…ラクサスに妖精の尻尾(フェアリーテイル)を渡す訳にはいかん。この席に座るにはあまりにも軽い。信念と覚悟が浮いておる」

 

心に大きな問題を抱えている今のラクサスでは、マスターの座に就くのは不相応。今までの彼を見てきて、そして先代から教わったこの座に就くことの意味を鑑みる限り、簡単にラクサスに譲るわけにはいかないと、確固たる決意を表す。しかし、このまま公算もせぬまま時間が過ぎて行けば、石となった女性たちは砂となってしまう。ラクサスを倒せる者は他に見当たらない。ナツなら可能性はあるが外に出られない。万事休すか…。

 

 

 

 

と思われたその時、カウンターの奥で何かを漁る音が聞こえた。その音を聞いて一斉に一同はその方向を振り向く。「誰!?」と尋ねるハッピーの声に応えたのか否か、その人物はカウンターに肘を駆けながらその体を起こして姿を現した。ガジガジと言う音と共に鉄製の食器を喰らうその男は…。

 

「ガジルー!!」

「食器を食べんなー!!」

 

ラクサスから参加していないものとされていたもう一人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、ガジル・レッドフォックス。カウンターを軽やかに飛び越えて、悠々と歩きながら出入口へと向かっていく。

 

「も…もしや…行ってくれるのか…!?」

 

「あの野郎には借りもある。まあ…任せな」

 

驚きを露わにしながらも期待を込めて問いかけるマカロフ。それを聞いたガジルは振り向きはせずとも口元に弧を描いて堂々と告げる。実は数日前にシャドウ・ギア、そしてラクサスを交えて少々騒動を起こしていたのだが、わざわざそれを詳しくは告げない。リベンジを果たす時が来たと、そのまま街に出てラクサスを倒しに向かう。

 

 

 

 

はずだった彼を、術式の見えない壁は「ゴチーン!」という音と共に遮った。それを見たマカロフたちは本日二回目の驚愕を露わにする。ついでにガジルも困惑している。

 

『お前もかーーーーっ!!!』

「な…何だこれはー!!」

 

・ルール:80歳を超える者と石像の出入りを禁止する。

 

くどいようだがもう一度表記させていただいた。ナツ同様に条件に合っていると思えないガジルまでもが対象にされているらしい。あるいは身体を鉄化させられるガジルは石像と判断された?だとしたら理不尽すぎる。結局なぜ彼までもが出られなくなっているのか、誰も分からないまま時はまたもや過ぎていく。

 

「何でお前まで出れねーんだよ!マネすんじゃねー!!」

「知るか」

「腹減ってきたじゃねーかコノヤロウ!!」

「それは本当に知らんわ!!」

 

何故か術式から出られない二人が言い争っているのをよそに、ボートに記された情報には残り人数が3人と表記される。まだ1時間以上も残っている中で、たった3人のみが残るという事態…残り3人?この人数は恐らく自分を含めてはいない。マカロフはギルド内を見渡してみる。

 

 

1人目:ナツ

 

2人目:ガジル

 

3人(?)目:ハッピー…?

 

「こいつ等だけじゃとーーーっ!!?」

 

ラクサスは戦ってすらいない中、同士討ちと雷神衆の手によって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが全滅してしまったと言うのか?最早戦える魔導士は残っていない。打つ手がない。マスターの座を…明け渡すしかないのだろうか…?

 

 

 

 

「オイラは頭数に入ってなかったのか…」

 

その時呟いたハッピーの言葉に、マカロフは意識を戻された。その言葉はまるで、残る3人にハッピーが含まれていないという意味。実は他に残りがいて、今やられてしまったのだろうか、と考えてボートを確認してみたが、残り人数は減っていない。だが、代わりに新たに更新された情報が、その言葉を意味を物語っていた。

 

「そうか…残っていたのだな…!」

 

その名を目にしたマカロフはひとまず安堵した。まだ希望は潰えた訳ではなかった。聡い彼の事だ。無用の争いを避けて逆転の機を窺っていたのかもしれない。

 

「なーんだ、やっぱやられてなかったんじゃねえか。適当言いやがってラクサスの野郎」

 

「勝てんのか?そりゃ、あいつのヤバさはオレも知らねえ訳じゃねえが…」

 

確証はない。だが、託すとすればもうこの者しかいない。相手は未だに欠員0。その内の一人でも打倒することができれば勝機はあるかもしれない。マカロフの想いは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の運命は、全て委ねられた。

 

「頼むぞ…もうお主しか、おらんのだ…!」

 

固唾を飲んで祈るマカロフ、笑みを浮かべて信じるナツとハッピー、詳しくは知らないが記憶を呼び起こして思案するガジルが見上げるボードに、その情報は記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エバーグリーン vs. シエル 戦闘開始」

 




おまけ風次回予告

シエル『マスター…ここの人たちっていつも喧嘩してるけど、仲が悪いんですか…?』

マカロフ『んー?お前さんにはそう見えるか?見てみろ、仲が悪い、憎しみを込めたような表情に見えるかのう?』

シエル『ううん…怒ってるように見えて…でも、楽しそう?』

マカロフ『仲が良いものは、時として喧嘩をすることで分かり合うものじゃ。お前さんにもわかる時が来る。喧嘩が嫌なら悪戯とかどうじゃ?』

シエル『悪戯…か…』

次回『悪戯妖精』

マカロフ「な~んてことを教えたら、すっかり悪戯小僧になってしまったのう、あやつも…」

シエル「大変だ、マスター!ナツがまた街で大暴れ!」

マカロフ「何じゃとぉ!?」

シエル「する前にエルザと引きずってきた~♪」

マカロフ「心臓に悪い悪戯はよさんかぁ!!」


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第35話 悪戯妖精

ごめんなさい。(開幕謝罪)

いや、本当は今日、余裕をもって投稿に移るはずだったのに、頭の中で考えていたプロットから徐々に徐々に分量が膨らんでいって…まーた最大文字数更新、その上一時間遅れとなってしまいましたよ、それでもギリギリだったけど…!!

けどここまでは絶対書きたい!って言う思いの方が強かったからこれでいいと思ってます。後悔はない!でも反省します!!そして次週は休みです!←


魔導士たちが術式内に閉じ込められて同士討ちをし、減ってきたところを雷神衆の三人が追い討ちをかけていくことで更に数を減らしていく中。マグノリアの街を、時には大通り、時には路地裏をランダムに徘徊して様子を窺いながら移動する小さな影・シエルはある人物を探していた。

 

今回の敵陣営であるラクサスと雷神衆。その中で、彼は優先的に撃破しておくべき対象を既に決めていた。雷神衆の紅一点、エバーグリーンである。

 

「ここにもいない、か…。誰かがいたことは明確なんだけど…」

 

気絶して倒れ伏す仲間たちを確認したシエルはさらに移動を続ける。何故彼が優先的にエバーグリーンを倒すべきだと判断したのか。まず一つに人質の解放だ。現在人質として石像にされている女性たち。そもそもの石像化の元凶はエバーグリーンによる石化の眼である。つまり今この時において石像となった者たちを戻すことができるのは、その力を持つエバーグリーンを於いて他にいない。

 

既にバトル・オブ・フェアリーテイルの残り人数は3人。ほとんどの者たちが敗れているこの状況において、残されているのはシエルのみと言っていい。そのシエルが今するべきこと、出来ることは何か?

 

最終的な目標であるラクサスを相手にするには、シエルは力不足だ。更に術式魔法を駆使するフリードは、シエルの天候魔法(ウェザーズ)を封じてくる恐れがあるため避けておきたい。残されるのはビックスローとエバーグリーンとなるが、石像となった女性陣をいち早く解放してゲームのルールを無効化にするという意味でも、シエルはエバーグリーンの打倒をすることが望ましい。更に言えばだ。

 

思考しながら捜索を続けていたシエルは、空中からのその攻撃を感知し、咄嗟に身を引いた。彼目掛けて飛んできたいくつもの光の針が、彼がいた場所に突き刺さる。避けなければこの針の餌食となっていただろう。

 

「あ~らあんただったの?生き残ってる最後の一人って」

 

針が飛んできた、そして声がした方向へと目を向ければ、目的の人物が建物の上から眼鏡越しにこちらを見下ろしているのが確認できた。いや、見下していると言った方が正しいか。

 

「あんたみたいな子供(ガキ)がよくここまで残れたものね。まあ、私としては好都合なんだけど」

 

「奇遇だな、俺もここでお前とぶつかれるのは好都合だったんだ」

 

目当てとしていたエバーグリーンが向こうから襲来してきたことに、シエル自身も口角が吊り上がるのを感じた。ここで彼女を倒すことができれば石像となった女性たちを助けることができる。シエルが告げた言葉にエバーグリーンは怪訝な表情に変えたものの、すぐに余裕を持った表情へと戻る。

 

「ついこの前、ようやく正式にギルドの一員として認められたばかりの癖に、調子に乗ってるそうじゃない?」

 

そして見下しながら言ってきた言葉にシエルは溜息を吐いた。何を言われるかと思えばそんな事か。ギルドの一員として認められて喜んだことは事実だ。だが調子に乗っているなどと決めつけられるのは不本意である。

 

「依頼でギルドの外にいた時に、あんたの事を度々聞いたのよ。最近になってよく耳にする噂…」

 

「『天に愛されし魔導士』…だっけ?」

 

「そっちもあったけど、私が言ってるのは別の方よ」

 

何回か自分が世間でどう呼ばれているのかを耳にしたことはあった。奇しくも兄と同じような呼ばれ方をされていることに、むず痒いような、それを聞いていた兄の反応を思い出して複雑な胸中を抱いた覚えがある。だが彼女が言いたいのは違う方だと言う。他に呼ばれた覚えが無かったのだが、何かあっただろうか?そう考えるよりも先に、エバーグリーンの方からそれは明かされた。

 

 

 

「『悪戯妖精(パック)』。あんたの事をそう呼んでいる人たちがかなりいるそうよ」

 

それを聞いたシエルはどこか納得した。悪戯が大好きな、妖精に加わっている者。そう考えてみればこれ程己にはまっている異名も中々無いだろう。どこか他人事にも見える反応も気にせず、エバーグリーンは右手に持つカフが付いた扇子を畳みながら「気に入らないわね」と吐き捨てる。

 

「あんたと言い、妖精女王(ティターニア)だなんて呼ばれてるエルザと言い、ホントムカツクわね。私が世界で一番…妖精なの!」

 

そう言いながらエバーグリーンは背中から蝶のような翅を顕現させる。そしてその翅で羽ばたきながら、無数の粉を出してシエル目がけて飛ばしていく。ただの粉ではない。翅を形作るものと同じ性質…鱗粉だ。

 

「『妖精爆弾グレムリン』!!」

 

その声と共にシエルの近くに漂っていた鱗粉が発光し、爆発。シエルの周囲を爆発と煙が包み込む。ほとんどの魔導士たちはたったこれだけの事ですぐに戦闘不能になった。だが、あの子供ならどうか?それに答えるかのように煙から小さい影は飛び出した。乗雲(クラウィド)に乗った状態でシエルは右手に灰色、左手に黄色の魔法陣を展開する。

 

「天候は曇りのち雷!曇天(クラウディ)落雷(サンダー)!!」

 

エバーグリーンの頭上に、小規模ではあるが雲を出現させてそこから雷を落とす。彼女は焦ることなくその雷を回避し、距離をとりながら空中を移動する。

 

「雷神衆である私を相手に雷を撃ってくるなんて、生意気なお子様ね」

 

「雷が通じないとは言ってないんだろ?ラクサスはともかく、お前たちなら通じるはずだ」

 

攻め立てていくシエルに対して、避けに徹するエバーグリーン。奇しくも両者、空中を移動する魔法を習得している者同士で、必然的に空中によるせめぎ合いが展開されている。彼女の行き先を想定して所々に雲を展開して部分的に雷を落としていくが、彼女はひらりと躱していく。街を覆うほどの雲を出現させて雷を落としていけば避けるのも容易ではないはずだが、それをしないのには理由があった。

 

「マグノリアにいる人たちを巻き込まないで戦うのは、あんたにはきついでしょ?」

 

エバーグリーンから放たれたその言葉に、シエルの表情は初めて歪んだ。広範囲に影響を及ぼすシエルの魔法は、多数の敵を相手にするには非常に有効だ。しかし今回のように、無関係の町民、及び収穫祭で別の街からきている観光客が集まっている今の街中では、それは逆に巻き込む可能性が高いという事。既にバトル・オブ・フェアリーテイルによって起きた同士討ちによって、いくつもの被害を起こしてしまっている。術式に閉じ込められるのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士のみ。だから他の人たちは術式に阻まれることなく自由に動くことができ、その影響で巻き込まれる危険も高まっているのだ。

 

「対して私は、躊躇なくあんたを攻められる…。『妖精機銃レブラホーン』!!」

 

腕を交差して鱗粉を発動させると、その鱗粉が鋭い針状へと変わる。最初にシエルを不意打ちしようとした光の針の正体はこれだ。そして百にも届く膨大な数の光の針がシエル目掛けて襲い掛かってくる。それを確認したシエルは乗雲(クラウィド)で更に上へと急上昇して針を避け、エバーグリーンを更に追いかける。だが、それは彼女から見れば悪あがきにしか見えない。針の弾幕を放つ方向をシエルがいる上方向へと転換。再びシエルに多くの針が襲い掛かってくる。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

それを瞬時に緑色の魔法陣から出した竜巻を前方目がけて放ち、飛散させる。勢いの弱まった針の弾幕を突っ切って、更にシエルは進んでいく。だが、エバーグリーンの表情から余裕は消えない。

 

「意外とやるじゃない。でも倍ならどうかしら?」

 

空中で更に身を翻しながらエバーグリーンは宣言通り、針の数をさらに増やす。無数の域へと届いくのではと思われるその針を再び竜巻(トルネード)で吹き飛ばしたところで、第二波が襲い掛かる。そうなればシエルの身体には膨大な数の風穴が空くことになるだろう。想像しうる未来を予想し、エバーグリーンはほくそ笑んだ。

 

 

 

竜巻(トルネード)気象転纏(スタイルチェンジ)!!」

 

だがその未来は訪れなかった。両手に発動した竜巻(トルネード)は徐々に細く長くなっていき、前方に差し出した両手の中で廻り回る風が一つの棒状となって顕現する。そしてそのままシエルは風の棒を両手で回転させていき、通常の竜巻(トルネード)を遥かに凌ぐ突風を生み出す。

 

「『風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)』!!」

 

彼の背丈ほどの長さの風の棍が巻き起こす風によって、無数の光の針は一つ残らず吹き飛んだ。彼の身体には一切の傷さえも入っていない。予想だにしなかった現実に、エバーグリーンはここで初めて表情を驚愕に染めた。そして呆気にとられる彼女に反撃の隙を与えないまま、シエルは乗雲(クラウィド)のスピードを一気に上げ、勢いそのままに手に持つ風の棍を振り下ろし、彼女の身体を下にあった建物の屋根の上に叩き落す。エバーグリーンが彼の接近に気付いた時にはもはや回避不可能の状態だった。

 

「残念だったな妖精?俺の魔法が周りも巻き込んでしまうばかりだと思ってたんだろ?」

 

エバーグリーンを落とした屋根の上に降り立ちながら、シエルは得意気に告げる。個の力が強い相手に対して、天候魔法(ウェザーズ)の威力をそのままに、武器などの形に変化させてその力を振るう気象転纏(スタイルチェンジ)は、周りを巻き込まずに一点集中するにはうってつけだ。今回の相手であるエバーグリーンのみを狙ったように。

 

自分が知らなかったシエルの戦い方を垣間見たことで気が動転し、あっさりと攻撃を受けてしまったエバーグリーンは、起き上がりながらも苛立ちの表情を隠さずにシエルを睨みつける。少し前まで自分の方が明らかに実力が上だったのに、見下されているように感じて彼女は実に不愉快な思いを抱いていた。

 

「何よ、まさかもう勝った気でいるんじゃないでしょうね?一度だけ攻撃を当てられたからって調子に乗らないでよね」

 

服に付いた砂汚れを払いながら、彼女は毅然とした態度を戻して彼に告げる。そうだ、自分はまだ負けていない。多くの魔導士たちを相手に圧倒し、実力者であるエルフマンや女性たちを貶めたもう一つの魔法がある。

 

雷神衆には普段から扱っている魔法に加えて、二つ目の魔法を全員有している。それは各々目に宿しており、目に魔力を集中させることでその魔法を扱うことができるようになる。フリードは普段髪で右目を隠し、ビックスローは兜で目を覆い、エバーグリーンも眼鏡をかけて万が一暴走することが無いように保護している。と言っても、エバーグリーンはメインでもこの魔法を使用しているが、その効果は絶大だ。

 

「見た目だけなら、あんたも可愛い顔をしてるもんね…。だからこそ、その生意気な性格が美しさを台無しにする」

 

彼女にとっては、どんな醜いものさえも、石になり、彫刻となれば、美しき芸術として評価される。シエルも外見はエバーグリーンのお目がねにかなうが、己の神経を逆なでするあの性格だけが唯一と言っていい汚点。それすらも封じることができる一石二鳥の手が、自分にはあった。

 

エルフマン(あの野獣)は目隠しをして、嗅覚を頼りに私の位置を特定してきたけど、あんたはどうかしらね?選ぶといいわ。視覚を封じられても戦うか…美しい私に、身を委ねるか…!」

 

そして彼女は眼鏡を外し、シエルの方へとその目を向けた。目を合わせた相手を石にする魔法・石化眼(ストーンアイズ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日射光(サンシャイン)

「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁああああっ!!?」

 

シエルは食らうことなく小さな太陽の膨大な光をエバーグリーンに向け放った。ほぼ一点…エバーグリーンが目を開けた瞬間にその目に向けて放たれた光は彼女の視界を封じてみせた。視覚を封じて戦うか、目を合わせて石になるか?彼はどちらも選ばない。選ぶのは、相手の視覚を潰すこと以外にない!

 

「目が!目ぇがぁ!!ああああああっ!!!」

 

「バカだな~。目を合わせてはいけないことが確実に分かってる相手に、対策を考えないとでも思ってた?天気の魔法を使う俺がこんな手段を使ってくること、考えつかなかった?」

 

最早自滅に近い形で己の魔法の一つを潰されたエバーグリーンは、思わぬ大ダメージを受けた両目を手で覆いながら屋根の上を転がっている。美しさもへったくれもない。あんまりにも惨めな様子に、シエルは日射光(サンシャイン)を発動した時から半目でエバーグリーンを見下ろしている。

 

「ふ、普通子供がこんなえげつないことしてくると思わないでしょうが!あんたこんな卑怯な手を使って勝ち取った勝利が誇らしいわけ!?」

 

「目を合わせただけで相手を行動不能にできるお前には言われたくない」

 

若干視力が回復してきたのか、エバーグリーンがシエルがいる方向に顔を向けて目をつぶったまま怒鳴り散らしてくる。しかし、彼女の主張はシエルにはどこ吹く風だ。

 

「しょうがないじゃないの、私はこう言う魔法なんだから!てか太陽(それ)いい加減にしまいなさいよ!眩しいのよ!目が開けられないじゃないの!!」

 

「でもこれ消したらエバーグリーンは俺を石にしてくるじゃん」

 

「あんたがそれを消さないと私が圧倒的に不利なのよ!不公平よ!」

 

「じゃあサングラス付けたら?」

 

「そしたら私の石化眼(ストーンアイズ)が使えないじゃない!いいから消しなさいってば!!」

 

「やなこった」

 

「はあ!!?」

 

ああ言えばこう言う、と言う言葉が圧倒的に当てはまる口論を続けていく中で、シエルが拒否の反応を示したことによりエバーグリーンの苛立ちはさらに募る。それを見たからか否か、シエルは彼女が見えてないにも関わらず明らかに見下すような視線を向けて、口角を上げながら言葉を並べ始めた。

 

「戦いにおいて如何に自分の有利な状況を作り出すか、如何に相手の攻めの手を封じるかが勝利の鍵だ。敵が有効的な攻撃手段を封じられているところを一気に叩く。試合とは違うんだ、誰に何と言われようと俺はこの戦い方(スタイル)を変える気は無いよ?」

 

「ホンット可愛くないわねこのクソガキィ!!」

 

両者どちらも色々とメチャクチャなことを主張してはいたのだが、主人公らしかぬ表情と台詞にエバーグリーンがキレるのも無理はなかった。今なら世間から悪戯妖精(パック)と呼ばれている理由もよく分かるだろう。

 

仕方なく眼鏡をかけなおして、エバーグリーンは態勢を立て直すことに決めた。石化させる魔法を実質的に封じられたのなら、鱗粉の魔法で戦うしかない。そう考えて彼女は再び背中に翅を顕現させる。

 

「妖精機銃レブラホーン!!」

 

風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)!!」

 

再びシエルに襲い掛かってくる無数の針。するとやはり、シエルは再び風の棍を作り出して針を突風で弾き飛ばす。だが今度は違う。シエルの全方位を囲むように鱗粉を撒き、それら全てを光の針へと変える。

 

「受けてみなさい!!全方位から襲い掛かる、無数のレブラホーンを!!」

 

この時点で彼女は勝利を確信した。先程のような奇跡が起きる筈もない。彼の持つ風の棍でも防ぎきれない膨大な針によって、串刺しになるのだと。だがその期待は再び裏切られることになる。

 

吹雪(ブリザード)気象転纏(スタイルチェンジ)!!」

 

「ま、また!?」

 

それを聞いた瞬間エバーグリーンは驚愕した。まだ他に似たようなものが存在するのかと。驚く彼女を尻目に、右手に水色の魔法陣を展開させながら上に上げる。すると彼を囲むように吹雪が起き始め、包んでいく。すると同時にエバーグリーンが放っていた無数の針が彼を囲んでいた吹雪に被弾した。思わず彼女は目を凝らしてその様子を見る。

 

 

 

被弾したことによって起きていた煙が晴れると、そこには無数の針が串刺しにされた半円状の物体があった。エバーグリーンはそれを知らないが、外見を分かりやすく言えば穴のないかまくらである。そしてかまくらを形作る雪の壁に罅が走り、徐々に広がり、最後には完全に止まった針と共に崩れ落ちる。

 

その中から出てきたのはシエル。それも、一本たりとも針を受けていない無傷の状態だった。

 

「う、嘘でしょ…!?」

 

「『かまくら要塞(スノウシェルター)』。全方位からの攻撃も防御する鉄壁さ。最初の爆発を防いだのもこいつのおかげ」

 

驚愕の表情を隠せない彼女に、シエルは説明してみせた。エバーグリーンが先手として放ったグレムリンの爆発に無傷でいられたのも、瞬間的にこの魔法を発動していたからであった。彼女の使う技が尽く防がれてしまう。だが負けを認めるわけにはいかない。自分がこんな子供を相手に為す術もなく負けるなど、あり得ない。

 

「もう一度よ!妖精機銃…!!」

 

すると、彼女に異変が起こった。突如として彼女の翅が意志に関係なく消失。彼女は重力に従って屋根の上に落ちてしまう。

 

「な、何…!?何が起こって…!!」

 

どうして消えてしまったのか。その疑問はすぐに解けた。目の前に、いや街が映る視界全てがその答えを物語っていた。うっすらと街を覆う、先が見えるほど濃度は低いものの、確かに存在する、その気候が。

 

 

 

 

 

「ようやく広げられたか。『濃霧(ミスト)』」

 

そう、霧だった。マグノリアの街全体に、それほど濃くはない霧が広がっていた。町民や観光客は不思議がっているものの、不便と感じている者はいないようだ。中には大パレードである幻想曲(ファンタジア)の準備か、と結論付ける者もいる。

 

「ま、まさかこの霧…あんたが…!?」

 

驚愕に目を見開くエバーグリーン。その問いにシエルは笑みで答える。本来であれば視界さえも遮る濃度の霧を発生させるのが、シエルの『濃霧(ミスト)』だ。しかし、今この街にいる町民や観光客に視界を遮る程の霧を発動させてしまえば、間違いなくパニックになる。

 

そこでシエルが繰り出したのは、範囲を広く、かつ濃度を低めにした霧を様々な場所に行き渡らせること。エバーグリーンと戦闘を開始した瞬間から、シエルは気づかれない範囲で徐々に濃霧(ミスト)を発動させていた。隅々にまで霧が行き渡り、辺りが霧に包まれるまで、ずっと。その理由は、エバーグリーンの魔法に関連する。

 

彼女が扱うのは鱗粉の魔法。鱗粉を撒布することで任意の攻撃に発展させることを可能にする。しかし、粉の一種でもある鱗粉は水に流されやすい。空中に漂う微粒子の水分が濃密に集った霧は、その鱗粉の機能を無効にする。

 

日射光(サンシャイン)を使えば石化もされない。そして今この霧はお前の鱗粉も封じ込めた…。言ったろ?如何に相手の攻めの手を封じるかが勝利の鍵だって」

 

シエルがエバーグリーンを捜索していたもう一つの理由。それはシエルにとって、エバーグリーンは魔法の相性で、圧倒的有利に戦えるためであった。一切の攻撃手段を失ったエバーグリーンに、最早勝ち目はないに等しい。

 

「さあ、降参して石にされた皆を元に戻してもらおうか?それとも…」

 

そう言うと彼は、日射光(サンシャイン)を発動して形状を変化。光陰矢の如し(サニーアローズ)の準備を整える。太陽の光で作られた矢を複数本番えて構える少年を目の前にし、エバーグリーンは「ひいっ!」と怯えたような声を上げる。

 

「この状況でもなお、足掻いてみるか?」

 

どっちらが優位なのかは明白。しかし、彼女は降参をする気は無かった。形勢は不利でも、ある一点を除けば自分は優位に立てるのだから。

 

「ふっ、うっふふふ…!いいのかしら、このまま私を倒しちゃっても…」

 

尚も虚勢のように態度を変えない彼女に、シエルの表情は怪訝のものへと変わる。すると彼女の口からそれは説明された。

 

「私の石化眼(ストーンアイズ)には、もう一つの力があるのよ…。それは、遠隔操作」

 

それを聞いたシエルの目が見開かれるのを、彼女は感じ取った。人質の命を優先しているのであれば、確実に揺れることは明白。想像通りであった。エバーグリーンの遠隔操作を使えば、遠くにいる石像を粉々に砕くことも可能。それを駆使して彼女は逆に脅しをかけてきた。

 

「今すぐこの霧を消して、私の前に跪きなさい!さもないと…!」

 

そんな彼女の言葉は自身の後方の壁が貫かれる音によって遮られた。恐る恐る振り返ると、そこには自分の耳のすぐそばにあった壁にそれぞれ風穴が二つ空いているのが見える。再び前を向くと、シエルが番えていた光の矢が二本減っていた。まさか撃ったのか、今、人質に危険が迫っている中で。更に言えば、今シエルが浮かべている表情は、明らかに怒りのものだった。

 

「脅しをかけられる立場かよ…?本当にそんなことをしてみろ。同じギルドの仲間であるからって、もう命の保証は出来ねえぞ…!?」

 

あの目は本気だ。彼女は直感的に感じ取った。選択を間違えたのだ。シエルにとって仲間の命はそのように軽んじられるものではない。命を奪うという事は、自分の命を奪われる覚悟も決めているという事。これまでの人生において、彼はそれを身をもって知ってきたのだ。だからこそ、彼は告げる。彼女が石像を砕くときは、彼女自身の命も、散る時だと。それを聞いて戦慄するエバーグリーンに、シエルは目線を外さない。最早彼女に残された道は、降参のみ…。

 

 

 

 

 

 

そんな窮地に、その人物は現れた。

 

「!?」

 

エバーグリーンに意識を向けていたシエル目がけて、彼女の後方の建物の上からシエルへと攻撃を仕掛けてくる。細剣を突き出してきたその人物の攻撃を避けるために、シエルは飛び退く。その為か、先程までシエルのいた位置の屋根に、その細剣は突き刺さった。黄緑色の長い髪に、赤い軍服を身に着けたその人物は…。

 

「くっ!フリードか!!」

 

雷神衆のリーダーにして、ギルドを囲む術式をも作り出した術式のスペシャリスト、フリード・ジャスティーンであった。

 

「フリード、いいところに!!」

 

「随分と苦戦していたな、エバ。いや…エバを相手に優位に戦えるようになったシエルを、見事と褒めるべきか…」

 

絶望から一転、表情を喜色に染めたエバーグリーンを一瞥してフリードはシエルに向き直す。そしてすかさずフリードはシエルとの距離を詰め、彼に細剣を突き刺そうとする。左に飛び退いてそれを躱したシエルに、更にフリードは追撃。すかさずシエルも反撃に移る。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)稲妻の剣(スパークエッジ)!!」

 

右手に雷で出来た刃を作り上げ、シエルはフリードの細剣を受け止める。少しばかり鍔迫り合いをする両者。だが純粋な力で上回ったフリードがシエルを押し込み、後方へと飛ばす。態勢を立て直さねば、と考えたシエルが勢いのまま後方へと下がると、彼を囲むようにしてそれは発動した。術式だ。

 

「しまった!!」

 

手に持っていた稲妻の剣(スパークエッジ)は術式が発動した途端に消滅した。すぐさま術式から出ようとするが、それは見えない壁によって弾かれる。どうやら自分は出られない対象のようだ。何が記されているのか。それを見た瞬間、シエルは戦慄した。

 

 

 

 

ルール:この術式の中は如何なる魔法も無効化する。

 

ルール:戦闘終了まで14歳の者が脱出することを禁止する。

 

「に、二重術式結界!?」

 

ギルド前に張られている二つの制限をかけた結界ではなく、術式自体が一つの術式を囲むように記されている。しかも14歳の者…シエルのみを対象とした術式だ。彼にとって都合の悪い術式が、どうして記されているのだろうか。

 

「オレは術式を最も効果的に利用しているにすぎん。まあ、お前がエバを戦っている間に二つ目の術式を書き切れるかどうかは、正直不安ではあったな」

 

実はフリードがこの場に来たのはつい先程ではない。シエルとエバーグリーンが交戦しているのを目撃し、彼女が思った以上に苦戦を強いられていることに気付いたフリードがシエルを術式の中に嵌める為、急遽追加の術式を書いたのだ。それが、シエルの年齢である14歳の者を閉じ込めるもの。

 

「これによってお前の魔法はもう意味を為さない。霧もじきに晴れるだろう。形勢逆転、だな」

 

迂闊だった。そう思わずにはいられない。この中にいる限りはあらゆる魔法が無効化される。つまり、天候魔法(ウェザーズ)は今使うことが出来ない。よってシエルにこの状況を脱せる有効打が存在しないことを意味していた。無論、術式内のあらゆる魔法を封じられているという事は、雷神衆側の魔法も、シエルには届かないことを意味する。しかし…。

 

「物理的な攻撃ならば、与えることは可能だ」

 

するとフリードは自らが持つ剣をシエルの右肩へと突き刺した。痛みによって悲鳴を上げるシエルは、せめてもの反撃に左の拳をぶつけようとする。しかし、それは彼の左手によって受け止められ、腹部に膝蹴りを受ける。そして体を押し込まれたところを蹴りが炸裂し、術式の壁に叩きつけられる。

 

「天に愛されし魔導士と呼ばれたお前も、魔法が使えなければただの子供だ。…悪く思うなよ、これもラクサスの為だ…」

 

魔法が封じられ、鍛えているとはいえ子供の力では太刀打ちできずにへたり込む。もう少しで、石像にされた皆を元に戻せたのに。このゲームを終わらせることが出来たのに。悔恨を胸に抱いたシエルは後方にある術式の壁を右手で殴りつける。

 

 

 

 

その時ふと気づいた。

 

今シエルを囲っている結界は外側にシエルの脱出を封じる術式。そして内側に魔法を無効化する術式が張られている。つまり、その僅かな隙間は魔法の効果が及ぶという事だ。

 

「(賭けてみるか…?いや、どちらにしろ、これ以外にもう方法はない…!)」

 

フリードたちが見えない右手を後ろ手に、魔力を集中させていく。何の反応も返さなくなったシエルを怪訝に思っていたフリードは、その異常にすぐさま気付いた。術式の壁の隙間で魔法を発動させようとしてることに。神経を大幅に使うが、この一帯を覆うほどの魔法を扱えることが出来れば勝機はあるはず。なりふり構ってはいられない。シエルはもう覚悟を決めた。

 

「全てを吹き飛ばせ…強風、及び豪雨注意報…!台風(タイフーン)!!」

 

 

 

 

 

 

「『闇の文字(エクリテュール)“気絶”』!!」

 

シエルの魔法は不発に終わった。焦りの表情を浮かべながら、すぐさま後方へと周ったフリードが、髪に隠された右目を黒く染め、細剣で瞬時に紫の文字をシエルの背中に刻み込む。彼がこの目を起動した際に対象の人物に文字を刻み込むと、その文字は現実となり、刻まれた者の感覚へと変わる。“気絶”と刻まれたシエルはその時点でその意識を手放し、壁にへたり込む。そして彼が気絶したことによって戦闘不能。戦いは終了とみなされ、術式が解除される。それによって、シエルは先程まで見えない壁が存在した空間をすり抜け、そのまま倒れ伏した。

 

「…ふぅ…。あと数瞬遅ければ、オレたちもただでは済まなかっただろう…」

 

「冷や冷やさせられたわね…。ホント、最後までむかつくガキだったわ…」

 

動かなくなったシエルの身体をエバーグリーンは軽く蹴飛ばし、彼の身体は路地裏の方へ落ちていく。それほど高いところからは落としてないため、命に別状はないだろう。

 

「これでバトル・オブ・フェアリーテイル…残り5人となったか」

 

5()()?あのガキを含めてさっきは3人じゃなかった?」

 

シエルとの戦いが始まった時点では残り3人であったはず。それがどういう訳か人数が増えていることに、彼女は疑問を感じずにはいられない。だがその答えはすぐに判明した。

 

「―――が復活したそうだ。そして、残る二人も、ここに戻ってきている」

 

フリードから告げられたその事実に、エバーグリーンの目が見開かれる。残る二人は、やはりラクサスに屈する気は無いようだ。それに復活したあの女には、個人的に鼻を明かしてやりたい。

 

「ねえ、あの女は私に譲ってよフリード。あとはあんたやビックスローに譲るから」

 

「…好きにしろ。シエルのように油断していると、足元を掬われるぞ」

 

「分かってるわよ」

 

その会話を皮切りに、二人の雷神衆はその場を去った。路地裏に落ちた悪戯妖精(パック)に、見向きもしないまま…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その情報はすぐさまギルド前のボードに記入された。

 

「エバーグリーン vs. シエル、中断」

「フリード vs. シエル 勝者フリード」

「シエル戦闘不能 残り5人」

 

「シエルが…負けちゃった!!」

 

「くぅ…!マジかよ…!!」

 

悲鳴混じりに叫ぶハッピー、悔しがり唸るナツ。だが、その空気に絶望はなかった。ボードに記されている通り、今ギルドから出られないナツとガジルを除いて、3人の魔導士が味方として行動していることは周知しているのだから。

 

「…あの天気小僧が戦ってたのは、眼鏡女だったはずだろ?」

 

情報しか入ってこないギルド内では戦闘の詳細までは判明しない。だが、中断と表記され、代わりにフリードがシエルと戦っていたことを鑑みると、彼が乱入してきたことが想像できる。

 

「恐らくエバーグリーンは、シエルと戦ったことで少なからず消耗している筈じゃ。そうでなければ、わざわざフリードが乱入するとは思えん…」

 

そしてそれはマスター・マカロフも察知できていること。フリードが乱入するほどにエバーグリーンを追い詰めていたシエルに、心の中で「よくやってくれた…」と称賛を送る。そして、今自分の背後で待機しているある人物の方へと向き直り、マカロフは命じる。

 

「シエルが作り出した好機、逃すわけにはいかん!反撃開始じゃ、頼んだぞ…。

 

 

 

 

 

 

 

エルザ!!」

 

「はいっ!お任せを!!」

 

幼少の奴隷時代に潰された右目は、今は義眼が嵌っていた。それが石化眼(ストーンアイズ)の効果を薄め、時間の経過によってエルザは復活を遂げることが出来た。

 

 

悪戯妖精(パック)の無念と健闘を活かすため、今ここに妖精女王(ティターニア)が出陣する…!

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

『おいお前…そう、お前だよ、ペルの弟』

 

突然後方から声をかけられた少年が振り向くと、そこにいたのは金色の短い髪と、特徴的なヘッドフォンを付けた青年。マスター・マカロフの孫であるラクサスが立っていた。

 

『えっと、何でしょうか…?』

 

この時の少年、シエルは今とは違ってまだ完全にはギルドに溶け込めず、どちらかと言えば内気な性格であった。親身に接してくれるギルドのメンバーには少なからず心を開いているのだが、ラクサスのようにほとんど関りを持たない者には畏怖の念を未だ持っていることがほとんどである。

 

『お前…今魔法を覚えようと練習してるんだってなぁ?化け物みてえな強さした、ペルの弟がねえ…?』

 

当時のシエルはまだ魔法を使えなかった。幼少の頃から数々の魔法を扱える神童と呼ばれた兄に対し、弟であるシエルは、本当に血の繋がりがあるのか疑われるほどに、魔法の才能が無かった。そう思われている時期だったのだ。

 

『出来の良すぎる兄貴がいる奴は苦労するだろうなぁ…。兄貴と比べられるのはうんざりだろう?』

 

『そ、そんなこと、ないです…。兄さんがとっても凄い魔導士なのは、僕もよく知ってるし、僕はそんな兄さんが…誇らしい、から…』

 

口を弧に描きながら尋ねてくるラクサスに、怯えながらもシエルは答えていく。その言葉は、恐れと怯えを抱えながらも、揺らぐことはない。それを聞いたラクサスは目線だけを横に逸らすと何かを小声でぼやく。よく聞こえなかったが「昔の自分」という単語だけは辛うじて聞き取れたような気がする。

 

『じゃあお前、何で魔法覚えようとしてるんだ?自慢の兄貴が守ってくれるんだろ?』

 

『その…兄さんのような魔導士に、僕もなりたいって…昔から、憧れていたから…』

 

『けど魔法使えないんだろ?まず魔導士自体にもなれるかどうかなあ…』

 

シエルはどうしてこんな意地悪な質問ばかりしてくるのか分からなかった。ただ正直に答えているだけ。憧れの兄のようになりたいという自分の心に従っている。だがそんな思いをどうして否定するような物言いをしてくるのだろうか。

 

『仮に魔導士になれて有名になったとしても、ペルの弟だから、S級魔導士の弟だから、そんな評価ばかりで埋め尽くされるぜ?』

 

その言葉を聞いたシエルは、どこか違和感を感じた。何だろう…。まるで実際にそう経験したような口ぶりに聞こえる。それには敢えて言及せず、シエルは本心のまま彼の質問に答えていく。

 

『そうなったら僕は…むしろ嬉しいです。兄さんが凄いから、その弟である僕も凄いと、色んな人たちに思ってもらえると思うから』

 

そう返した時、ラクサスは思わず驚愕した。自分自身ではなく身内と関連付けて評価される。そのことは自分を見てくれないという劣等感を抱く元凶とも言える筈なのに、彼はそれを兄が評価される喜びだと告げている。考えられない。兄に妄信的と言わざるを得ない。そんな彼の態度が…。

 

 

 

 

 

 

何故か眩しいと感じる自分がいる。ラクサスはそう感じていた。

 

『そうかよ…。まあ精々頑張れや。最強とまでは行かねえだろうが、兄貴のような魔導士になるんだろう?』

 

背を見せてその場を立ち去ろうとするラクサス。これ以上は話をしたところで意味を為さない。そう結論付けてその場を後にしようとした。

 

『どうしてですか?』

 

それを、少年の一言が引き止めた。言葉の意味が分からない。今のどこに対して尋ねる必要があったのか?それは、ラクサスにとって思わぬ箇所の事を示していた。

 

『兄さんは最強の魔導士なのに、どうしてそんな矛盾したことを言うんですか?』

 

 

今こいつは何て言った?

 

思わずラクサスは自問した。シエルの言葉が、それだけ衝撃を受けるに値する事であったからだ。だが、それにいちいち突っかかっていては気力の無駄だ。せめて答えるだけの事はしておこうと、ラクサスは内心の苛立ちを隠して向き直った。

 

『確かにお前の兄貴は強え。けどな、最強とまでは行かねえよ。何故なら、このギルドにはオレがいるんだからな』

 

『…あなたが…?もしかして、あなたが最強だと言いたいんですか?』

 

『それ以外にどう聞こえる?』

 

自信満々と言った様子のラクサスに、シエルはもう恐れを抱いていなかった。ただ、彼を突き動かしていたのは意地だった。

 

『じゃああなたは、兄さんに勝ったことがあるんですか?』

 

『…ああ、勿論だ』

 

『嘘を言いましたね?』

 

『っ!?』

 

唐突な質問、そして断言に、再びラクサスは目を見開いた。そして畳みかけるように言葉を紡いでいく。

 

『兄さんの強さは、僕がよく知っています。もしも兄さんが誰かに負けたというのなら、きっと大怪我をして帰ってくるはず。けれど、僕が見ていて兄さんが怪我をしていた様子は、一切ない』

 

日頃から兄の事をよく見ているからこそ、ラクサスが咄嗟にシエルを納得させる嘘をついたのを見破った。シエルの表情はだんだん不機嫌になっていった。自分の事ならまだいい。だが、兄をバカにされた様な気がして、シエルは目の前の男の事を許せなくなっていた。

 

『あなたは自分が最強だと豪語している。けれど、それを証明できる者はいるんですか?』

 

『んじゃあお前はどうなんだよ?兄貴が最強だって証明できる、確固たる証拠はあんのか!?』

 

『実績』

 

『なっ!?』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した時から、兄のペルセウスが為し遂げてきた様々な実績を、彼は知っている。評議員からの感謝状、S級クエストの達成数、他にも目を見張るような功績をあげてきた。

 

『実際に強さを目にして、形に見えるものも残してる。口だけで最強を語るあなたとは違う。僕には兄の本当の強さが見える。そんな兄だから、僕は兄のようになりたいと思う…!』

 

これだけでも、既にラクサスは感情を抑えることが難しくなっていた。自分が魔法を使えない七光りの子供に言いくるめられている錯覚。そして、ついに彼は、その火蓋を切って下ろしてしまった。

 

『だから僕は、兄さんのような魔導士になってみせる!いつかは、あなたも超えて、兄が最強であることを証明してみせる!!』

 

 

 

それが、ラクサスの逆鱗に触れた。

 

 

体中から魔力を雷に変えて放出する。そのまま憤怒の表情を向けて、自分よりも一回りも二回りも小さいシエルを睨んで見下ろしてくる。

 

その様子を見たシエルは、ラクサスへの恐怖の感情が一気にぶり返された。顔から大量の汗を流し、恐怖のあまり呼吸が上手く整えられない。

 

『魔法も使えねえちっこいガキが…いっちょ前のクチをききやがって…!!』

 

そのままラクサスはシエルへの睨みを一層強くすると、彼目掛けて雷が襲い掛かる。恐怖のあまりに立ち尽くして動けないシエルに、無慈悲にもその雷が炸裂。衝撃で起きた煙が彼の身体を包む。その煙が晴れると、そこにはシエルともう一人、ある人物が立っていた。

 

 

『俺の弟に…何をしようとした、ラクサス?』

 

その人物は雷が当たる直前にシエルの前へと立ち塞がり、彼の雷を止めてみせた。彼の兄であるペルセウスである。恐怖と安堵が混ざり、シエルは兄の背を見上げて「兄さん…!」と呟きながら涙を流している。一方のラクサスは怒りに満ちていた顔を引っ込めて口元に再び笑みを浮かべる。

 

『なぁに、ただお前の話でヒートアップしちまっただけだよ。けどあんまり態度がなってねえな。弟の教育はちゃんとしておいた方がいいぞ、ペル?特に礼儀作法とかな』

 

皮肉も交えながらラクサスは今度こそ背を向けてその場を立ち去った。姿が見えなくなった瞬間、シエルはその場に膝から崩れ落ち、両目から溢れんばかりの涙を流し始める。

 

『シエル、すまん…もっと早くに来れればよかったんだが…』

 

『に、兄さぁん…!ひっぐ…!!』

 

縋りつく弟を優しく抱きしめながら慰めるペルセウス。怖い思いをさせてしまった。魔導士ギルドに入るためにギルドに来たいと願う弟の為に連れてきたことは、本当に正しかったのだろうか、と彼は思わずにいられない。

 

全員がラクサスのような人物ではない。彼がよく知る者たちは、寧ろシエルに好意的に接してくれる。魔法が使えるように奮闘するシエルを支えてくれている。だがそれでも、今日のようなことが再び起こることもあり得てしまう。その時、自分はここにいてあげられるのか、不安でしょうがなかった。

 

『兄さん…僕、悔しいよ…!』

 

『…悔しい…?』

 

だが、弟の涙の理由は恐怖だけではなかった。疑問に思ったペルセウスがそれを反芻すると、シエルは涙を浮かべた顔のまま兄と向き合う。

 

『僕は…ううん、俺は悔しい!兄さんをバカにされて、怖がって、結局は兄さんに守ってもらっちゃった…!』

 

ただただ悔しかった。無力な自分が。ラクサスに口で反論が出来ても、魔法が使えない自分では実力で対抗することが出来ないことを。だが今は無理でも、練習を重ねて、魔法を覚えて、いつか兄に並び立ちたい。

 

『俺は、兄さんを守れるようになりたい!だから魔導士になる。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入って、兄さんやギルドの皆を守るんだ!!』

 

決意の表明。兄の背に隠れて怯えるだけの自分との決別。これからは自分が兄を守る。その力をつけるために、強くなることを決意する。その強い思いを感じ取った兄は、驚愕に染めていた表情を、優し気な笑みへと変える。

 

『ああ。何年かかってもいい。いつか俺のような魔導士になった時には、俺やみんなの事を、守ってくれよ…』

 

頭を撫でながら告げたその言葉に、シエルは力いっぱい頷いて答えた…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

寝覚めは最悪だった。

 

それが今のシエルの感想だ。数年前のラクサスに植え付けられたトラウマと、兄に誓った決意。だが、今の自分はどうだ。ラクサスではなく、その親衛隊である人物に敗れ、どれだけの時間が経ったか分からない程に気を失っていた。状況を確かめたいが、未だその気力が戻ってこない。何より…。

 

 

「情けなさすぎる…!!」

 

その一言に尽きる。兄を守れるほどの魔導士になることを夢見たのに、蓋を開ければこの体たらくだ。もうすぐ帰ってくるはずの兄に、見違えるほど強くなった自分を見てもらおうと、あれほど修行を重ねたというのに…。

 

「…今の俺を見たら、兄さん…ガッカリしちゃう、かな…?」

 

己の不甲斐なさに涙を浮かべ、自己嫌悪に陥ってしまう。情けない自分の姿を客観的に見たシエルは、己をそんな風に評価せざるを得なかった…。

 

 

 

 

 

 

「いや、お前は立派に戦ったよ」

 

「!!」

 

突如、その声は聞こえた。それとともに、紫色のロングコートが彼の体に優しくかけられた。

 

「お前のその体の傷と、目からあふれる涙は、お前が力の限り奮闘した証だ。その雄姿を見ることは、残念ながら叶わなかったが、その証を示したお前を、俺は誇りに思う。失望など、断じてしない。」

 

嫌悪感を抱いていた自分の心に、すっと入ってくる、その言葉。聞き間違える筈がない。誰よりも彼と共にあったシエルには、その言の葉を紡ぐ人物を、知っている。

 

必死に声の方向へと目を向けると目に入ったのは、水色がかった銀色の長い髪は、うなじの部分で縛って纏めており、身に着けていたコートを脱いだことで、動きやすさを重視した軽装になっている。そして、整った顔立ちに、何より忘れてはならない妖精を象った紫の紋章を刻んだ、左頬。

 

兄に憧れを抱いた自分が、同じ位置に刻んだその紋章。

 

「後の事は俺に任せて、ゆっくり休め…」

 

優しく、だが確固とした決意を秘めた声と共に彼はシエルを背にして歩み始める。彼こそは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士、ペルセウス・ファルシー。

 

 

 

 

「ラクサスは、俺が止める」

 

バトル・オブ・フェアリーテイルに満を持して参戦した。

 

 




おまけ風次回予告

ラクサス「バトル・オブ・フェアリーテイル終了まであと10分を切った…。それでも降参する気は無しか…あの頑固ジジイめ…」

?????「随分苛立ってるようだな、ラクサス」

ラクサス「!!…くっくく…そうか、ようやくお出ましか…!随分と長いこと待たせてくれたぜ…ペル…!」

ペルセウス「心配はいらん。ここから先はもう長くはかけさせん。俺がお前を止めてやる…!」

次回『ペルセウス vs. ラクサス』

ラクサス「止めれるもんなら止めてみろ…!妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強が誰なのか、ここで決めようじゃねえかあ!!」


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第36話 ペルセウス vs. ラクサス

2月14日、バレンタインですね!またの名を乙女たちの祭典!そんな日に乙女がほっとんど登場しない回と言うのもどうなんだろう…。

番外編で何か特別な話を考えるであろう作者さんもいると思いますが、今の僕にはまだ書けません。シエルに予定しているヒロインが…ねえ…?



はっ…!そもそも今回、シエル名前しか出ていねえ!!?


『カルディア大聖堂』―――。

マグノリアの中心に(そび)え立つ、歴史的にも貴重な建造物であり、フィオーレに存在する大規模の教会・フィオーレ三大教会の一つ。この街の中でも随一の観光名所だ。荘厳な教会らしいその建物の広大な内部、そして礼拝を行う御前の段差に、その男は腰かけていた。

 

ラクサス・ドレアー。逆立った短い金髪に、右の目と眉に繋がるように稲妻のような傷をもつその男、現妖精の尻尾(フェアリーテイル)マスター、マカロフ・ドレアーの実の孫であり、今回起きている騒動、バトル・オブ・フェアリーテイルの首謀者だ。じっとその場を動かず、身体から溢れんばかりの魔力を体内に集中させ、精神統一を行っている。祖父であるマカロフと対峙しても打ち勝てるようにするためである。

 

フリードによってシエルが気絶させられ、エルザが復活してから戦況は大きく変わった。

まず、シエルが倒し損ねたエバーグリーンは復活したエルザが後任を務めるように対峙。既に少なからず消耗していたエバーグリーンはエルザに一切歯が立たず、その上石像を使って脅しをかけるも、シエル以上の容赦のない脅しで有無を言わさず石化の魔法を解かされた。

 

この時点で石になった女性たちは解放。ゲームは終了する…かと思われたが、ラクサスがルールを追加したことによって続行される。石化から解放された女性陣も、それぞれラクサスや雷神衆と対峙するためにマグノリアへ。人間の魂を人形に憑依させて意のままに操るセイズ魔法・人形(ひと)(つき)の使い手であるビックスローを相手にしたのはルーシィ。最初こそ苦戦を強いられたが、所有者(オーナー)の呼びかけ無しで人間界に出入りできる獅子宮のレオ、もといロキが彼女に窮地に参戦。共に戦い連携することで、見事に打ち勝った。

 

そして残すフリード。ジュビアとカナを下し、序盤に石化されて、女性たち同様に解放されたエルフマンと対峙し、これを圧倒。だが、彼を死の間際まで追い詰めたことで、姉であるミラジェーンの箍が外れた。二年前まで魔人の異名を持つS級魔導士であった彼女は、その名の由来とされた魔法、悪魔の接収(テイクオーバー)・サタンソウルを発動。数多の魔導士たちを打ち倒してきたフリードを、赤子の手をひねる様に圧倒した。しかし最後には、仲間を傷つけることに不本意であったフリードの真意を引き出し、互いに戦意喪失となった。

 

雷神衆は事実上の全滅。残る相手はラクサスただ一人となった。しかし、彼の味方は彼自身だけではない。それは“時間”だ。街の至る所に表示される術式のボードには、当初には加わっていなかったあるルールを表す文が表示されている。

 

「『神鳴殿(かみなりでん)』発動まであと10分――」

 

この『神鳴殿』と呼ばれる装置が、エバーグリーンによる石化が解けたことで、ラクサスが追加したルールだ。現在マグノリアの上空には街を囲むように、雷の魔力を凝縮させた魔水晶(ラクリマ)が多く浮遊している。その数、実に300。

 

ゲーム終了の時間になればこの魔水晶(ラクリマ)に凝縮された雷が一斉に放電し、街の至る所に降り落ちる。そうなれば街の建造物も、人々もただでは済まない。しかも収穫祭が開催されていることもあって、街中にいる人の数もいつも以上だ。どれだけの犠牲が出るか分からない。

 

魔水晶(ラクリマ)を破壊することも可能ではあるが、一つ一つに生体リンク魔法がかけられており、一個破壊するだけでもそのダメージの分が破壊した対象に雷の魔力となって返ってくるように設定されている。既にこれによってビスカとジュビアの二人が犠牲となった。

 

無理矢理破壊するには無謀。その為やはりどうしてもラクサスを下して停止させるしかない。まだ残っているエルザを始めとした妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは、ラクサスの捜索を続けているが、先程のボードに記された通り、残りは10分。時間がない。

 

「降参する気はねえってか…。相変わらずの頑固ジジイめ…」

 

だがその事に少なからず苛立ちを覚えていたのは、ラクサスも同じだった。ギルドの拡声器を使ってマスターの座を明け渡すと宣言するように告げたのに、一向にその様子が見られない。まさか街を捨てたのか?それほどまでマスターの座に固執するのか?ギルドと街を慮る祖父からは考えられない今の状況に、苛立っているのだ。

 

 

 

そんなラクサスの耳にふと、ある音が届いた。コツコツと規則正しく大広間に響くその音。それも時が経つにつれて少しずつ大きくなっていく。足音だ。それを理解するよりも先にラクサスは己の顔を上げる。

 

大聖堂に迷いない足取りで入ってくるその人影を確認して、ラクサスは己の口角が釣り上がるのを自覚した。目の前に立つその人物を実際に目にしたのは一年振り。しかし、最後に目にしたその時とほぼ変わらず、むしろ更に高められたであろう魔力を感じてその笑みは深くなった。

 

水色がかった銀色の、肩甲骨まで伸ばされた髪。うなじの部分で縛って束ねられているそれは、歩を進めるたびに揺れるほどにサラサラと流れている。普段コートに隠されている上半身は黒地に黄緑色の線が所々に入った軽装に身を包んでおり、下半身は、腰巻が歩を進める度に棚引いている。

 

そして、ギルドに属する最年少の魔導士と極めて似通った整った顔立ちと、彼と同じ位置である左頬に刻まれた、彼と同じ色の妖精を象った紋章。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属するその青年は、ラクサスと同じ、最強候補の魔道士の一人である。

 

「よう、おかえり…。どうだ、一年振りにマグノリアに帰ってきた感想は…」

 

徐々に近づいてきたその青年に対し、腰を上げて立ち上がりながらその言葉をかける。約一年振りに出会したその青年は己に向けてまっすぐ視線を向けたまま、ため息を吐いてそれに答える。

 

「街に入った瞬間閉じ込められたり、上空に趣味の悪い飾りがあったりしなければ、最高の気分だったんだがな」

 

「祭りを盛り上げるための余興だよ。お前にも楽しんでもらおうと用意しておいたんだが…気に入らねえか?」

 

睨みつけるように細めた目をラクサスに向けながら、青年は彼に皮肉も交えて返した。収穫祭で盛り上がりを見せる街にようやく帰ってこれたと思えば、入った瞬間術式に閉じ込められて街の外には出れず、上空には300もの雷の魔水晶(ラクリマ)が浮かんでいて、更にはあちこちで同じギルドの仲間たちが傷だらけで倒れている始末。期待が高まっていた分、反動で彼は不機嫌だった。

 

「余興にしては度が過ぎている。あれ、神鳴殿だろ。何の目的があって街を破壊しかねない真似をする?」

 

「言っただろ?これはゲーム、余興だって。最初は女どもを石にしてそいつらだけを人質にしてたんだが、エバがしくじったせいでルールが消えちまったんでなぁ…」

 

「…そういうことを言ってるんじゃねえよ…!」

 

さも当然のように語るラクサスの言動に、青年の睨みはより一層鋭くなる。仲間を、そして町や無関係の人々をも巻き込んでいるラクサスの態度に、彼は少なからず怒りを感じている。それを感じながらも、ラクサスは「それはともかくだ」と話題を変えてくる。

 

「お前も知ってるだろ?妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強が誰なのか…オレとお前、そしてミストガンの内の誰なのか噂されてることは。特にお前の弟は、ことある度にお前が最強だって口に出してるぜ、ペル?」

 

名を呼ばれたペル…もといペルセウスは彼が話に上げた弟の事を思い出して目線を下に向ける。想像が出来る。昔から弟にとって、自分はヒーローであり最強の象徴。過大評価し過ぎのように感じることもあるが、嬉しく思っているのは事実だ。自分自身がその名に固執などしていないとしても。

 

「俺自身は特に興味ない。けどエルザやギルダーツを差し置いて最強を決めようってのは、些か早とちりじゃねえか?」

 

「あいつらはダメだ。あのオヤジは()()()()()()し、エルザはいい線いってるが、まだ弱い」

 

「エルザが弱い、ねえ…。しばらく会わねえ内に、また視野が狭まってきたんじゃねえか、お前?」

 

「少なくとも一年いなかった奴よりかは、よーく見えると思ってるがなぁ…。オレはお前を認めてんだよペル。ついでにミストガンもだ。今この妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の座は、ここにいるオレたちとミストガン、3人のうちの誰かだ」

 

鋭く睨む銀髪の青年と、嘲るような笑みを浮かべる金髪の男。両者の会話は一向に交わることのない平行線だ。このゲームへの印象と、ギルド最強に関して。意見が一致することはもはやないだろうと確信したペルセウスは、溜息を吐きながらラクサスに向けて右手をかざしながら告げた。

 

「やっぱりお前の方が視野が狭い。これ以上の問答は不要だな」

 

「それには同感だ。最強の座は誰なのか、白黒はっきりさせようぜ」

 

互いに身体から魔力を溢れさせ始める。S級の称号を持つ、最強候補と呼ばれる両者が、今カルディア大聖堂を舞台にぶつかり合おうとしている。互いに戦闘態勢に入った。ただそれだけで、両者から発せられる魔力が空気を揺らし、大聖堂の上部に並ぶ窓ガラスが音を立て始める。

 

先に動いたのは青年の方からだった。

 

「換装…!」

 

その言葉を告げるとともに、彼の右手に青い魔法陣が浮かぶ。ラクサスは一年振りに見ることになるペルセウスの魔法を思い返していた。エルザやビスカも使用する、装備の換装魔法。戦いの幅を広げる為に様々な魔法を扱う彼であるが、メインとして、自身の代表格の魔法としてこの魔法を使う事がほとんどだ。

 

しかしペルセウスが扱う換装魔法はエルザのものとは違い、一般的に換装を使う者と同様、武器のみをストックして変えながら戦うスタイル。

 

「(そこだけを見ればエルザの下位互換だ…が、エルザにも、ましてや他の誰にもこなす事ができない異質な部分が奴にはある)」

 

笑みを浮かべながらラクサスが見据えている先、ペルセウスの右手に浮かんでいた魔法陣から、彼の身の丈を優に越える長い槍が顕現される。だがそれはただの槍ではない。

 

先は三又。その幅は広い上に矛先の一つ一つが鋭く尖っている。全体的に青く、流れる水の様な意匠が施されているそれは、一目見るだけで水属性を司る武器である事が分かる。そしてその槍を、ラクサスもよく知っていた。

 

「海王の槍・『トライデント』か…」

 

ラクサスが呟くと同時に、右手に持っていたその槍を振り回し、両手で持ち直して石突を床に強く叩きつけると、彼の足元に先ほど出てきたものを大きくした魔法陣が再び展開される。

 

「大いなる海よ、我が呼びかけに応え目前の敵を洗い流したまえ…!」

 

ペルセウスの詠唱に応えた槍は、魔法陣の輝きを一層強くしていき、そこから勢いよく膨大な量の水を放出。ラクサスを飲みこまんと勢いよく大量の水が襲いかかってくる。迫ってくる水は波となってラクサスを覆わんとするが、目前にまで迫ったところで彼は雷光と共に瞬時に空中へと回避。上空からペルセウスの位置を確認すると同時に、拳に雷を纏ってそれを飛ばす。

 

それを視認したペルセウスが槍を右手に持ち直して突き出すと、広い大聖堂の床を一気に埋め尽くした量の水が動き出し、彼を守る盾の形となって雷を阻む。彼の足元を避ける様に水が移動した為に、水に通りやすい性質を持つ雷は自然とペルセウスを避けていく。

 

「せぁあっ!!」

 

掛け声と共に雷が未だ流れる水の盾をラクサス目掛けて飛ばす。それに対して先程の雷よりもはるかに威力の高い魔力弾を複数浮かべてぶつける。水の盾は強力な雷の魔力を真正面にぶつけられて蒸発。霧となって散っていく。

 

「鳴り響くは召雷の轟き…!天より落ちて灰燼と化せ…!」

 

着地をしながら左腕を天に掲げて口上を告げると、今までよりもさらに高い魔力がラクサスの元に集う。それに気付いたペルセウスは焦ることもなく、手に持っている槍を光らせて「換装」と告げる。

 

「『レイジングボルト』!!」

 

襲い来る強烈な一撃。一般の者では見切ることすら不可能な速さを誇るその雷は、ペルセウスが立っていた位置に着弾し、爆発を起こす。その威力は余波のみで、大聖堂の分厚い窓を全て粉砕するほどだ。

 

直撃。無事では済まないと断定さえできる。爆発によって起きた黒煙は、ペルセウスの姿を包み隠していた。だがラクサスが浮かべている笑みは勝者の余裕から来るものとは断じて違う。分かっているのだ。対峙している者がこれくらいで倒れるわけがない事を。

 

彼を包んでいた黒煙に電流が走り出した。だがその電流はラクサスが操る黄金(こがね)色のものではなく紫苑…紫の雷だ。そしてペルセウスがいた位置から放出される紫電が黒煙を晴らし、その姿を再び現す。換装によって先ほど持っていた槍は、頑強な紫を基調とし、黄色い稲妻模様が彫り込まれた、彼の背丈の半分ほどの大きさを持つ大鎚に変化していた。そして先ほどから発している紫電も、その大鎚から放出されている。その銘は…。

 

「『ミョルニル』」

 

雷神(トール)怒鎚(いかづち)か…。それでオレの雷を防ぎ切ったわけだ。さすがと言ったところだな、『神器(じんぎ)使い』のペルセウス」

 

『神器』―――。

それが彼と他の換装魔法の使い手にある大きな違いだ。かつてこの世界に実在したという神々が扱っていたとされる、神々の魔力を込めた武具。人間とは違う質と、膨大な魔力を有していた神だからこそ使いこなす事が許される。本来であれば人間は手に持つだけで膨大な魔力を奪われ、魔力が少ない者は数秒もしない内に魔力欠乏症に陥る危険性がある。

 

だがペルセウスは違う。100年単位の期間を空けて、世界に一人しか現れない、神器を使用することを許された、膨大で特殊な質の魔力を有した魔導士である。生まれながらにしてその特異性を持っていた彼を、知る者は皆こう呼んでいた。

 

 

 

神に…天に愛されし魔導士と…。

 

「いや、それとも『堕天使』って呼んだ方がいいか?」

 

「その名前で呼ばれるのは好きじゃねぇ…。あんまり口に出してくれるな、ラクサス」

 

雷神の力を有した大鎚・ミョルニルを肩に担ぎながら険しい目つきで睨むペルセウス。彼にとってその名は、忌まわしい過去を表す唾棄すべき通り名だ。神に愛された証である魔法を、闇に捧げるも同然の行為を行なったことを揶揄された、その名を聞くだけで彼は気分を損ねてしまう。

 

「怖い怖い。しかし何だ…。お前にしちゃ随分とキレがないなぁ。強ぇことには変わりねえが、今までお前がやっていた戦い方にしちゃ、攻めが緩い」

 

肩を竦めながら告げるラクサスの言葉に、ペルセウスは口を噤む。青年の本来の戦い方が苛烈と言うわけではない。しかし今彼は然程ダメージを与えられると思える攻撃を頻発してはいない。ラクサスにとって相性のいい水の攻撃と、彼の雷を同じ属性の武器で受け止めたことぐらいだ。守りに徹していると見てもいい。

 

「俺がここに来たのはお前を止めるためだ、ラクサス。お前が仕出かしている最強決定戦などという遊びを、この場で止めるために」

 

「だったらそれこそ攻め込んでくるべきだろ?神鳴殿発動までもう7分を切っている。それを止めるにはオレを倒すか、ジジイが降参を告げる以外にはねえ」

 

何を思ってペルセウスが守りに集中した戦いをしているのかは定かではない。だがそれではラクサスの思うつぼだ。時間という味方を持っているラクサスにとって、相手側の時間稼ぎはむしろチャンスでもある。しかしそれでは面白くない。最強を決める戦いにしては、時間切れで幕を引くのは味気がない。だからこそ、ラクサスは彼を本気にさせるカードを使う。

 

「時にペルよぉ…知ってるか?お前の弟が“天の怒り”を再発させて、評議院に目を付けられたって話」

 

それを聞いた瞬間、ペルセウスの目が見開かれた。驚愕。それが今の彼に占められた感情だ。ミラジェーンからはシエルが正式にギルドメンバーとして認められたという報告だけを聞いていた。そして帰路についているときには弟を始めとしたメンバーの噂の数々を耳にしていた。

 

しかし、自分が10年クエストに向かう前に起きた事件の再来が発生していた事実は、兄である彼も知らされていなかったのだ。幽鬼の支配者(ファントムロード)による襲撃の際に、弟がそのような事態に陥っていたことも、そして次に同様の事が起きた時には、シエルが妖精の尻尾(フェアリーテイル)を強制的に破門させられることも…。

 

ラクサスから聞かされるまで、彼は誰からもその話を聞かなかったのだ…。

 

「(きっと、その時のシエルは大いに苦しんだに違いない…。そんな時に、俺は側にいてやることもできなかったのか…!?)」

 

ファントムの襲撃でギルドの仲間は辛いを思いをしていただろう。弟は己の無力さに苛まれていただろう。それなのに、連絡がつかなかったとはいえ、ギルドの外で仕事を優先していた自分に、不甲斐なさを感じた。

 

「ところで、外に浮かんでるあの神鳴殿なんだが…。

 

 

 

 

 

 

発動して街がメチャクチャになったら、一体誰のせいにされるんだろうなぁ?」

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、ラクサスのガラ空きだった腹部に紫電を纏った大鎚が叩き込まれた。

 

「ぐほぁあッ!!?」

 

呻き声を上げながらラクサスは大柄な体を飛ばされ、大聖堂の奥に存在する礼拝場に背中から突っ込み、その壁にクレーターが出来るほどの衝撃を受ける。反応が出来なかった。怒りに身を任せて攻撃に転じるところまで予想は出来ていたが、気づいた時にはその一撃が己を貫いているなど夢にも思うまい。

 

そして彼を叩き飛ばした青年は、ラクサスを親の仇を見る様な目で更に鋭く睨みつけており、その声は地の底からわき出そうとしている程に低く、ラクサスの鼓膜を揺らしていく。

 

「…いくら冗談だとしても、笑えるもんとそうじゃないもんとの区別もつかねえのか、お前…!!」

 

ペルセウスが激怒した。本気で己を倒しに来る。それだけを見ればラクサスの思惑通りだ。だが下手をすれば街を人質に取っている自分を差し置いて、こいつの手によって街一つが滅ぼせるのではないかと錯覚するほどの怒りを感じ取ったラクサスは、少なからず動揺する。

 

「相変わらず…テメェは弟の事となるとキャラが変わるな…!」

 

その動揺は顔には出さない。立ち上がったラクサスは不敵に笑ってペルセウスに向き直った。その笑みには本気で怒る青年との更なる激突に、少なからず期待を込めているのも理由になるだろう。身に着けていたファーコートとヘッドフォンを外して、己も本気の力を示そうとする。

 

「お前がそれを望むなら、こっちもそれに応えてやる。後悔すんなよ?」

 

「誰がするかよ。むしろ楽しくなってきたところだ…!!」

 

大鎚を向けるペルセウス、笑みを浮かべて構えるラクサス。互いに魔力を更に高めながら見据えて更に激突する雰囲気を纏っている。そしてここでも先に動くのはペルセウスの方だ。手に持っていた大鎚を再び換装魔法で新たな神器へと変貌させる。

 

魔法陣を展開し、大槌に代わってその手に顕現されたのは、一言で言えば木の枝を模した杖。いや、最早太い枝を根元から折っただけのそれにも見える。海王の槍(トライデント)雷神の怒鎚(ミョルニル)とは違って、神器と呼べるような代物には見えない。強いて言えば、枝の根元に近い部分に、深緑の宝珠のようなものがついていることが他と違う部分だろうか。そしてそれはラクサス自身も感じていた。

 

「(何だありゃ?木の枝…あれも神器なのか?初めて見る奴だ…)」

 

槍や大鎚と違って持つことも苦と思えない枝の杖。その杖で軽く床を二回つつくと同時に、青年は小さく呟いた。

 

 

「『ミストルティン』、縛り上げろ」

 

その言葉を紡ぐと同時に、宝珠から光が発せられる。そして次の瞬間、いくつもの木の根が石畳で作られた床を突き破って飛び出してくる。「何!?」と驚きの声を上げるラクサス目掛けて、木の根は一斉に襲い掛かる。

 

「チッ!!」

 

自身を貫こうとする木の根を跳躍して躱し、尚も襲い来る根に向けて雷を発射。焼却する。だが、すぐさま別の根が違う方向から迫りくるのを確認し、身体に雷を纏って回避しながら次々と反撃していく。しかし、どれだけ雷で焼き切ろうとも、際限なく木の根が迫りラクサスに襲い掛かってくる。

 

「根っこを…いや、植物を操る力があるのか、あの枝!?」

 

対処しながら叫んだラクサスの疑問に、ペルセウスは「その通りだ」と肯定で返した。今回の10年クエストに向かった際に手に入れた神器『ミストルティン』は、付近にある植物を活性化させ、自在に操る力を持つ。マグノリア中に植えられた街路樹のうち、カルディア大聖堂付近に設置してあるものから一本ずつ伸ばし、更に枝分かれさせて今この場に集わせている。

 

だがこの神器の能力はこれだけに留まらない。数回に及ぶ根との格闘の隙をつき、根の一本がラクサスの右足に巻き付いて捕らえる。

 

「しまっ…っ!?」

 

それによって更に出来た隙をついて残る両腕と左足、更には背後から胴体にも根が巻き付き、ラクサスの身体の自由を奪う。だが、縛り上げてラクサスの動きを封じただけで終わった事実に、驚愕を浮かべていたラクサスの顔は笑みに変わる。

 

「はっはははは!!両腕両足を封じたからなんだって言うんだ?こんな拘束すぐに解けば大したことぁ…」

 

「ミストルティンにはもう一つの特性があってな…」

 

「あぁ?」

 

己を縛る根も雷で焼き切れば容易に脱せると思っていたラクサス。しかしその思惑はペルセウスの言葉に遮られた。もう一つの特性、という言葉を聞いて男の表情は怪訝の者に変貌する。すると、その異常に彼はすぐに気付いた。急激に脱力感が襲い掛かってきたのだ。

 

「こ、これは…魔力が、吸われて…!!」

 

ミストルティンのもう一つの特性。それは魔力の吸収。縛り上げた生命の魔力や栄養といったものを吸い上げて己のものに変換する性質を持つ。如何に強力な魔導士と言えども体内にある魔力を急激に奪われればただでは済まない。ラクサスが本当の意味で行動不能となれば、神鳴殿の発動を中止させることも難しくはないはずだ。それこそがペルセウスの本当の狙い。

 

「いくらお前とて一溜りもないだろう。そのまま吸われ続ければ、魔力欠乏症にも陥る」

 

苦悶の表情を浮かべて力むラクサスに、青年は遠回しに降伏を促す。己の命か、地位か。ラクサスとてどちらを惜しむべきか理解できているはず。これでゲームを終わらせるしか、彼に残った道はない。

 

「今すぐに神鳴殿を止めて…なっ!?」

 

そう思っていたペルセウスが今度は驚愕の声を上げた。魔力を吸われて苦しんでいたラクサスの体中が放電を始め、彼を縛り上げる木の根に微かな火種を点けていく。まさか消耗し続けている状況の中で、これ程の魔力を発することが出来るとは予想外だった。

 

そしてそのまま放電が一層強くなると同時に彼を捕らえていた五本の木の根は完全に焼却される。そしてその勢いのままラクサスは瞬時にペルセウスに近づいて殴り掛かった。それに対して咄嗟に腕を交差して後ろに飛び退き、拳を受けた衝撃も利用して巨大な門扉の前まで後退する。

 

激しく息を切らして呼吸を整えるラクサスは、先程まで起きていたことに焦燥すると同時に、その窮地を切り抜けたことで動揺したペルセウスを見てほくそ笑んだ。先程の仕返しが達成したことで優越感を得たとも見える。

 

「今のは本気でヤバいかもって思ったぜ…。だが二度は食らわねえ。もうオレを止めることは出来やしねえぞ…!」

 

勝利を確信した。歪んだ笑みと言葉で堂々と告げる男に対し、ペルセウスは表情を落ち着かせて負けじとこう告げる。

 

「止めるさ。お前を必ず…。何人がかりでもな」

 

何人がかりでも?その言葉はどういう意味か、それを聞く前に…。

 

 

 

 

 

 

 

「『摩天楼』」

 

この場にいるどちらでもない、第三者の声が響いた。

 

 

 

響くと同時に、大聖堂の床を突き破って衝撃と白い光が上へと飛び出していく。驚愕するラクサスとペルセウスの両者を巻き込み、時間も経たぬ内に大聖堂は土台から爆発を起こして跡形もなく消え去る。衝撃によって上空に投げ飛ばされたラクサスは、何が起こったのかを理解できていない。

 

「何だ!?教会が…!…っ…ペルは、どこに行った!?」

 

気付けば遥か上空に唯一人。先程まで自分と対峙し、共に飲み込まれたはずの青年の姿も見当たらない。だが更にラクサスを困惑させる事態が発生する。大聖堂があった敷地を囲む四方からの光の奔流が、投げ出されたラクサスを更に天高くへと飛ばしていく。

 

そして遥か上空の先、宇宙との境目に位置するその場所に辿り着いたラクサスが上を見上げると、空間を割くように一つの穴が開き始める。その中から現れようとするのは、人間ならざる謎の手。どこからともなく伸びてきた幅広い革のベルトが、己の身体に幾重にも巻き付いて拘束される。

 

何もできないまま、両手で穴をこじ開けようとするその異形を見つめることしかできない。そして現れたのは竜の鱗を持った悪魔と呼ぶべき怪物。赤く光るその目でラクサスを射抜き、その身体に六本ある腕のうちの一本を伸ばしてくる。

 

「何だこれは!?魔法なのか!!?」

 

咆哮を上げながら迫りくる怪物。得体のしれない異形を前にして絶叫するラクサス。両者の声が響く中、ラクサスの身体を再び黄色い雷光が包み込み…。

 

 

 

 

 

 

 

空間が破れるように溶けた。溶けた先に広がっていたのは崩壊などしていないカルディア大聖堂。そして目の前にいる悠然とした様子で立つペルセウス。だが、ラクサスは気づいている。この場にいるのは、最早二人だけではないことを。

 

「ははははははっ!!くだらねえなぁ!!不意打ちでこんな幻覚をかけて、オレをどうにか出来るとでも思ったか!?ミストガン!!」

 

首のみを右に向けて見据えた先、そこには全身を覆い隠した、ラクサスが提示した最強候補最後の一人、ミストガンがいた。ペルセウスがラクサスと激闘を繰り広げている最中辿り着いた彼は、ラクサスの隙をついて攻撃に移るタイミングを計っていた。それに気づいたペルセウスも彼の思惑に協力していたのだが、結果はあえなく破られることとなってしまった。だが…。

 

「魔力を多く消費しているというのに、見事という他ない。だが気付くのが一瞬遅かった」

 

幻覚魔法をかけている間にも、ミストガンが行動に移っていた。ラクサスの真上に五色それぞれの属性を帯びた魔法陣が上下等間隔に並べられて浮かんでいる。幻覚をかけられている間にこの魔法を食らわせることが理想ではあったが、今の状態でも十分な効果は得られる。

 

「眠れ。『五重魔法陣・御神楽』!!」

 

発動を始める五重の魔法陣。受ければ相当のダメージを期待できる。今にもラクサスにその魔法が降り落ちようとしている。

 

「ミストガン、その場から離れろ!!」

 

だが、同じ場にいる味方からの声で、ミストガンは自分の状況に気付いた。足元に浮かんでいる黄金(こがね)色の魔法陣。雷属性のものだ。ミストガンが気付かぬうちに、ラクサスもまた攻撃を仕掛けていたのだ。その異常に気付いたペルセウスがすぐさま声をかけたが時すでに遅し。

 

仲間(ひと)の心配してる場合か、ペル?」

 

不敵な笑みを浮かべてそう告げたラクサスの言葉で、ペルセウスも気付いた。ミストガンに仕掛けられたものと同じものが、自分の足元にもあることに。一瞬で二人同時に攻撃を仕掛けてきたラクサスに、少なからず驚愕する。

 

そして、五重の魔法を合わせた魔法陣からの攻撃、純粋な雷の攻撃をそれぞれ真面に食らい、再び大聖堂に爆音と爆発が響き渡る。雷を受けた二人は上空に投げ出され、五十魔法陣を受けたラクサスは地上で余裕の姿勢を見せている。先程魔力を多く吸われたとは思えないタフネスだ。

 

滞空しながらもミストガンが両手の指先に魔力を込めると、ラクサスの足元にある床の形を液状に変えて彼を拘束しようとする。だがその攻撃は、身体に雷を纏って瞬時に回避される。

 

「抜けた!?」

 

雷の状態のまま壁や柱を縦横無尽に駆けて行き、ミストガンを目前としたところで雷を飛ばす。だがそこを、ミストルティンで再び木の根を操作し始めたペルセウスが、ミストガンを囲むように伸ばしてその攻撃から庇う。それを見たラクサスは標的を瞬時に変えてペルセウスへと雷を帯びながら殴り掛かる。そこに、己を囲んだ木の根を足場にして跳躍し、ペルセウスを突き飛ばして自身がその攻撃を受ける。ミストガンの名をペルセウスが叫ぶが、彼の身体は直撃すると同時に霧散。霧を元に作った幻覚で己と仲間の身を守ったのだ。

 

時間にして僅か数秒。一瞬の油断も命とりな状況下で、3人は再び先程と同じ位置に立って体勢を立て直す。

 

「やるじゃねーか」

「ペル、無事か?」

「おかげさんでな」

 

場にいる者は全てS級。だがラクサスはミストルティンで魔力を大幅に奪われた上に、二人を同時に相手していてもほぼ互角。最強を豪語するだけあって、高い実力があるのがよく分かる。

 

 

「「ラクサス!!」」

 

すると、大聖堂の門扉から二人分の声が響いた。その声は男女一人ずつ。男の方は桜髪に白い鱗柄のマフラーが特徴の青年。女の方は緋色の長い髪に鎧姿の女性。ペルセウスは一年ぶりに見たその人物たちの出現に、少なからず驚愕した。

 

「エルザ!!」

「ナツ、出られたのか!!」

 

術式によってギルド内に閉じ込められていたナツが何故ここに来られたのか。それは石化から復活した、文字魔法に精通している少女・レビィのおかげである。フリードが記した術式を解読してその内容を書き換え、ナツとガジルの二人を無事にギルド内から出す事に成功したのだ。

 

「エルザにナツ…お前らは無事だったのか」

 

「ペル!やっぱお前だったか、匂いで分かったぜ!」

 

「もう一人は…ミストガンか?」

 

鼻が利くナツはペルセウスが帰還していたことに、前もって気づいていたようだ。エルザの方は少なからず驚いていたようだが、彼女が気になったのはもう一人のミストガン。同じS級魔導士であるが、向こうがほとんど顔を合わせようとしなかったため、エルザやナツも彼の素性をほぼ知らないのだ。

 

そんなミストガンはエルザを視界に入れて、今までないほどに動揺していた。それを横目で見ていたペルセウスは内心穏やかではいられない。

 

「(よりによって、今エルザが来ちまうとはな…)」

 

戦況だけを見れば、エルザほどの戦力がこの場にいることは非常に好ましい。だが、手放しにそれを喜べない理由が、ミストガンにも、そしてペルセウスにも存在していた。素性を知られない様にとエルザから顔を隠すように手を覆ったミストガンを見て、ラクサスはすぐに仕掛けた。

 

「隙あり!!」

 

手から発射された雷の魔力弾がミストガンの頭部を直撃する。その衝撃によって、彼の顔を覆っているマスクが破れ、外れてしまった。

 

「しまった!」

 

ペルセウスが焦ったように叫ぶが、時既に遅し。隠されていたミストガンの顔が、この場で晒された。

 

髪は短めでその色は青藍。ペルセウスにも負けないほど整った顔立ちをした美青年。そして右目と頬に繋がる、特殊な紋様の赤い刺青。その顔はナツと、そして特にエルザに衝撃を走らせた。それは紛れもなく…。

 

「ジェラール!?」

 

「おまえ…!!」

 

エルザにとっては人生を左右するほどに因縁深い、ナツにとっては楽園の塔にて激闘を繰り広げたその男、ジェラール・フェルナンデスだった。

 

かつてはゼレフ復活の為にかつての仲間の人生を狂わせ、評議会すら手玉に取り、エルザに大きな悲しみを与えるほどに歪んだ人格を持っていたジェラールであったが、今目の前にいる青年は、物憂げな悲しさを孕んだ表情を浮かべて、エルザやナツから顔を背けている。

 

「い、生きて…!」

 

かつてジェラールに淡い想いを抱いていたエルザは、両目に涙を浮かべて彼の生存に心を震わせている。自分と同じようにエーテリオンの暴発に巻き込まれていたはずの人物が目の前で生きていた事実に、感激しているようにも見える。

 

「お?知ってる顔だったのか?」

 

「ど、どうなってんだ…!?ミストガンがジェラール!?」

 

ラクサスはと言うと、素顔を晒した青年に対する反応を示すナツやエルザに、特に感情が籠ってもいない調子で尋ねる。一方のペルセウスはナツが告げたその名を聞いて、驚愕を露わにしている。

 

「ナツ、どうしてお前がその名を…」

 

その呟きにナツも、そしてエルザもペルセウスの方へと向き、目を見開いた。まるで彼はミストガンの素顔も、ジェラールであることも知っていたかのような。どういうことなのか彼に問い出そうとするナツたちが口を開く前に、ミストガン(ジェラール)が言葉を紡ぎ始めた。

 

「エルザ…()()()にだけは見られたくなかった…」

 

「え?」

 

それはエルザが更に動揺するには十分すぎた。エルザの記憶にあるジェラールが、決して自分に向けて言わないであろう二人称が、告げられたのだから。その動揺から戻れない中で、さらに彼は言葉を続ける。

 

「私はジェラールではない。その人物は知っているが、私ではない」

 

自分が知っているジェラールではない?目の前にいるのは確かにジェラールのはずなのに、本人から告げられるその言葉が、否応にもそれが真実であることを理解させられてしまう。涙を浮かべて立ち尽くしているエルザから目を背けて「すまない、あとは任せる」とだけ告げ、ミストガン(ジェラール)は霧となってその場から姿を消した。状況が全く理解できないまま消えていくミストガン(ジェラール)に「おい!」とナツがツッコむように叫んで呼び止めるが、既に彼の姿は跡形もなく消えている。恐らく何を言われても留まりはしなかっただろう。

 

「だーーっややこしい!後回しだ!!ペル、あとで聞くから絶対話せよ!それとこれが終わったら、オレと勝負だ!いいな!!」

 

「…ああ、分かったよ」

 

「よっし、絶対だかんな!ラクサス、勝負しに来たぞ!!エルザ、いいよな!オレがやる!ペルも手ぇ出すんじゃねえぞ!!」

 

気になることや聞くべきことは多々あるが、あまり物事を深く考えることはナツの性に合わない。ひとまずミストガンに詳しそうなペルに勝負ついでに聞けばいいかと結論付け、ナツは一方的に約束を取り付ける。肯定の返事を聞いたナツはそのままラクサスに向き直り、未だ立ち尽くすエルザにも声をかけるが、呆然とした様子で未だ立ち尽くす彼女には、その声が聞こえていない。

 

「エルザ!!」

 

返事をしないエルザに痺れを切らしたナツがもう一度彼女の名を呼ぶ。だが、帰ってきたのは返答ではなく悲鳴。ラクサスが放った雷がエルザの身体に直撃したのだ。

 

「似合わねえツラしてんじゃねえよエルザ!ホラ来な!!」

 

拳を突き出して追い討ちをかけながらエルザの身体を突き飛ばす。彼女の身体は抵抗もなく床を転がってしまった。

 

「ラクサスお前!!」

 

「おっとそうだ、まだペルが残ってたな。いけねえいけねえ、取りこぼすとこだったぜ」

 

放心状態だった無防備のエルザに向けて、容赦なく攻撃したラクサスに向き直って睨むペルセウスを見据え、再び戦闘態勢に入るラクサス。楽しみが残っていたことに喜色を浮かべる子供のようにも見える。

 

ミストガンが離脱はしたが、まだこの場には強力な魔導士が揃っていることに変わりはない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強決定戦とも呼べるバトル・オブ・フェアリーテイルはついに、佳境を迎える。

 

「ラクサーース!!オレが相手するって言ってんだろ!!この野郎ッ!!!」

 

「ん?いたのか、ナツ」

 

「カチーン…!!」

 

果たして勝者は、誰になるのか…!?




おまけ風次回予告

ナツ「ラクサスのヤロー!!舐めるのも大概にしやがれってんだ!!」

シエル「ここまで来るといっそ哀れに思えてくるよ。どんだけ眼中に入れられてないのさ、ナツ…」

ナツ「んだとぉ!?今に見てろよ、ゼッテーラクサスに勝ってやるからな!オレが勝負するんだ!!」

シエル「また勝手に…って言いたいとこだけど、ナツがラクサスと戦うって言うんなら、俺達は俺達にできることをするよ」

ナツ「ん?お前ら、一体何をするつもりだ?」

次回『神鳴殿を破壊せよ!』

シエル「今の俺達に出来るのはこれぐらいだ。だからそっちは、任せたよ」

ナツ「…おう!!」


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第37話 神鳴殿を破壊せよ!

ここ最近、投稿するたびにお気に入りの登録数が減っていく現象が起きているのですが…何が原因でしょうか…?
あれこれとちょっとネガティブに考えることが増えてきている今日この頃…。

でも何とか失踪せずに定期的な更新をしていきます。頑張るぞー!!


マグノリアの収穫祭で盛り上がる、町民や近隣からの観光客などを含めた大勢の人たちが街中を行き交う中、その雰囲気とはかけ離れた雰囲気を放つ一人の人物が右肩を押さえながら、覚束無い足取りで何かを探すように移動している。一見すれば幼い子供にも見える少年の奇怪な行動に、その姿が目に入った者達は一様に妙なものを見るような視線を向けてくるが、少年は意に介さない。ただただ目的のものを見つけるまで、少年は立ち止まろうとはしない。

 

「空中に浮かぶ雷の魔水晶(ラクリマ)…神鳴殿…。あれを放っておいたら、多分、この街は…」

 

先程まで気絶したこの少年は、改めて見回した街を囲むように、空に佇む数百に及ぶ魔水晶(ラクリマ)を視認した。そしてその魔水晶(ラクリマ)一つ一つに、多くの魔力が溜め込まれていることにも気づいた。

 

あれら全てを破壊するには己の魔力では恐らく足りない。仲間の力が必要だ。その為にも、多くの仲間と一気に連絡を取り合うための手段が必要。その手段を持つ、とある仲間を探して、少年はフラフラになりながらも、途中で体勢を崩して転倒を繰り返してでも、その者を見つけ出す必要があった。

 

「どこに…今、どこにいるんだ…!!」

 

一歩一歩高台に通じる階段を上っていた彼は、最後の一段を登りきったところで、目の前に広がるその光景を前に、とうとうその目的の人物を目に映した。

 

「み、見つけた…!!」

 

少年が見つけたその人物が、この街の命運を左右していた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「オレと勝負しろやァ!!ラクサス!!」

 

右の拳に炎を纏いながら飛びあがり、ラクサスへと殴り掛かっていくナツ。それを紙一重で躱しながら、右の掌を向けて魔力を集中させて反撃に移る。

 

「てめえのバカ一直線も、いい加減煩わしいんだよ。失せろ、ザコがっ!!」

 

放たれる雷撃。それを避けながら接近していき、今度は右足に炎を纏ってラクサスへと振るう。

 

「火竜の鉤爪!!」

 

拳よりも威力の勝る、脚による鋭い一撃。しかしそれを難なく腕で防御し、彼の身体を振るって弾き出す。飛ばされながらも体勢を立て直して着地し、ラクサスの方へと目を戻す、と同時に彼が目前へと近づいて雷を纏った足で蹴り飛ばしてくる。だがこれだけでは終わらない。のけ反ったナツの右手首を左手で掴んでその場から動かさないように固定する。

 

「逃がさねえぞコラ」

 

空いている右手に雷を纏い、ナツの顔面へとその拳を何度も振るっていく。だが数発も撃った後に、捕まれていたナツの右手が、逆にラクサスの左手首を掴んで固定してきた。その事に一瞬たじろいていると、獰猛な笑みを浮かべながらナツは「逃げるかよ」と呟きながら開いている左手に炎纏いながらラクサスの顔面へと振るってくる。

 

「てっぺんとるチャンスだろ!!」

 

何度も挑んではあっさりと敗れてきたラクサスへのリベンジ。ギルド最強であることを懸けたこの戦いに絶対に勝ってみせるという気迫でナツはその拳を振るった。一度はその衝撃でのけ反ったラクサスであったが、ナツを掴む手に力を入れて再び何度も拳を打ち込んでいく。何発か殴れば今度はナツが固定し直して振るってくる。

 

互いにノーガード同然。炎と雷の拳を互いに叩き込んでいくだけとも言えるその勝負。それを途切れさせたのは、雷の方だ。掴んでいた己の左手を思い切り引いて自分の足元へと倒れたナツに、先程よりも威力のある一撃を叩き込もうとする。それを回避するために足を払おうと鉤爪を振るおうとするが、ナツの一撃を見切ったラクサスは体勢を保ったまま跳躍してそれを躱し、雷を纏った足で彼を踏みつけようとする。

 

「換装、『レーヴァテイン』!!」

 

しかしその攻撃は第三者によって遮られた。激しく燃える炎を象ったような意匠の紅き剣に換装したペルセウスから放たれた、剣と同じ色の業炎の波動がナツとラクサスを飲み込む。咄嗟にナツを放して防御に徹することしかできなかったラクサスを炎が包む。同様にナツも炎に巻き込まれるがそこは心配いらない。火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツは、同じく火の魔法を無効化する。しかし…。

 

「ペルー!!邪魔すんな!ラクサスはオレが相手するって言ったろうが!!」

 

「俺はそれを了承してない。時間が限られているんだ。悠長にしてはいられないだろ」

 

「だからってオレごと攻撃すんなよ!レーヴァテイン(その剣)の炎は何故か食えねえんだからよぉ!!」

 

炎を喰らうことが出来、その分己の体内の魔力を回復、及び増強させることが出来る滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。しかし、ペルセウスが扱う神器から出される炎を、何故か彼の身体は受け付けないそうだ。ダメージ自体はないようだが、己が食べられない炎をまともに受けるという経験はあまり気持ちのいいものではない。

 

「やってくれんじゃねえか…ペル!」

 

すると、声がした瞬間にペルセウス目掛けて一つの雷撃が放たれる。ほんの一瞬とも言えるその攻撃は、ナツが目視するよりも先に彼の身体に直撃する。身を案じて名前を叫ぶナツであるが、想像していた事態になっていない。紅炎の剣でその一撃を耐え凌ぐことに、彼は成功していたのだから。

 

「安心しろよ、てめえの事も逃がしゃしねえからよ」

 

ラクサスが獰猛な笑みを浮かべながらペルセウスの方を見据えている。対して彼も、一切表情を崩さずに、ラクサスの次の行動に対応しようと考えていることだろう。その事実に除け者にされていると判断したナツが、苛立ちに顔を歪めているのに二人とも気付いてすらいない。

 

「ラクサス!!」

 

するとナツでもペルセウスでもない人物が、ラクサスの名を呼びながら手に握る剣で攻撃を仕掛けてきた。二枚一対の黒い翼を模した鎧・黒羽の鎧に身を包んだエルザだ。ミストガン(ジェラール)の素顔によって動揺したままであった彼女だが、今優先すべきはラクサスの方であると言い聞かせ、反撃に加わってきた。

 

「あの空に浮いているものは何だ!?」

 

「神鳴殿…聞いた事あるだろ?」

 

S級魔導士であるペルセウス、ミストガン、そしてエルザなどはその存在を聞いたことがあった。空に何百と浮かぶ雷の魔水晶(ラクリマ)によって、街の全てが攻撃対象にされている。仲間を石にしたと思えば、次は街全体に危害を加えようとしている。「本当は自分も心が痛む」と、本心とは思えない笑いと共に告げる彼に対し、嫌悪を感じずにはいられない。

 

「貴様!!」

 

怒りのままに左足で彼に蹴りを入れるが、それは彼の掌によって防がれる。更に残り時間は二分。その事実を聞いただけで彼女に焦りの表情が浮かぶ。

 

「ナツ、あの魔水晶(ラクリマ)を壊すことは出来ないのか?」

 

「ダメだ!いや、壊せるんだけど、壊したらこっちがやられちまうんだよ!」

 

「なっ!生体リンク魔法か!?」

 

一個の魔水晶(ラクリマ)を破壊すれば破壊した威力と同等の魔力となって、本人に返ってくるようにかけられた生体リンク魔法が、どうしても全ての魔水晶(ラクリマ)破壊を躊躇わせてしまう。誰にも手出しは出来ない。それが神鳴殿の脅威。

 

「お前もオレの雷で消えろぉ!!」

 

掴んでいた足に力を込めながら、エルザの身体に電流を流して吹き飛ばす。だがその瞬間、彼女は換装を使って別の鎧をその身に纏っていた。色は青雷を彷彿とさせる明るい水色。所々には黄色い雷を模した模様。四肢に肩、胸を甲冑で包み、緋色の長い髪は三つ編みに纏められている。右手に持つのは青い柄と二又に分かれる仕組みになっている槍。

 

名を『雷帝の鎧』。雷属性の魔法の耐久力が上がり、自身が振るう雷の武器の威力を底上げすることが可能となる鎧である。

 

「そんなものでオレの雷を防ぎきれるとでも?」

 

エルザ目掛けて雷を飛ばすラクサスの攻撃を跳躍して躱し、エルザは槍を振り回してその矛先をラクサスに向ける。すると槍の先が二又に分かれ、その先に展開された魔法陣から青雷を発動してラクサスに飛ばす。

 

「防ぐだけではないぞ、ラクサス!!」

 

その青雷を左手に纏った雷で受け止め、その雷を今度は全体に纏う。彼自身の身体が雷になったかのように全身が放電して、その魔力を高めていく。一方で着地したエルザは前方に槍を構えて、青雷で作られた障壁を作り出す。迎え撃つつもりだ。

 

「防いでみろ、エルザアッ!!」

 

黄金の雷と青き雷。二色の雷がぶつかり合い、混ざり合って辺りに電光が走る。互角だ。ペルセウスのミストルティンによって魔力を消費しているにも関わらず、エルザと渡り合っているラクサスに、ペルセウス自身は内心少しばかり驚愕している。

 

「やるじゃねーか…」

 

「同じ属性の魔法同士がぶつかるとなると、その優劣を決定づけるのは…」

 

「魔力の高さ、そして技術と経験…だろ?」

 

「そして心だ!貴様もマスターから学んだはずだろ!!」

 

「学んださ。大事なのは力だってことをな…」

 

互いに構えを解かずに行われる会話。その話はほぼ平行線と言える。ラクサスは言葉を紡ぐ度に、歪んだ笑みで口角を吊り上げ、それを聞くたびにエルザの表情が険しくなっていく。祖父であるマカロフの想いを反面教師としているかのような物言いに、エルザの声に更に怒気が籠る。

 

「エルザ!何やる気満々になってやがる!ラクサスとはオレがやるっつってんだろ!!」

 

苛立ちを前面に出してエルザの後方からナツが告げる。それを聞いて振り向いた彼女は彼の顔を見た。彼が告げた決意は、最早言葉だけで揺るがすことは不可能。譲ることは出来ないという意思を感じるその表情を見たエルザは、笑みを浮かべながら「信じていいんだな?」と告げ、それに呆けたナツを尻目に大聖堂の出入口へと駆け出していく。

 

「オ、オイ!どこ行くんだよ!!」

 

出入口の前へと辿り着いて一度足を止めるエルザの背を見ながら、ナツは察した。神鳴殿を止めようとしていることを。だが、そんなエルザをラクサスは一笑する。今マグノリアの空には、雷の魔水晶(ラクリマ)が300個近く浮かんでいる。時間も残されていない。そんな状況で止めることが出来るものかと。そう告げるラクサスに、エルザは微塵の迷いもなく答えた。

 

「全て同時に破壊する」

 

「不可能だ!出来たとしても確実に命はないっ!」

 

そう。出来るわけがない。一個の魔水晶(ラクリマ)を破壊するだけでも、ビスカやジュビアは意識不明の重体となった。下手をすれば命に関わる。それを300近く同時に破壊することは、300人分の命を払うと同義。いくらギルド最強の女魔導士であろうとも…。

 

「だが、街は助かる」

 

出来る筈がないのに、何の躊躇いも感じさせずに彼女は外へと駆け出していく。本気で破壊するつもりだ。己が定めたゲームのルールを、再び壊そうとしているのだ。その様子に、思わず戦慄を覚えた。

 

「て、てめえ!!」

 

すぐさま追いかけようとするラクサス。だが、大聖堂の出入口の大きな門扉があった場所に、突如炎の壁が現れた。火の耐性が強いわけではないラクサスは、それを突っ切ることが出来ない。大聖堂に閉じ込められたと同義だ。そんな炎の壁を起こした原因は、ペルセウスが持つ紅炎の剣。何者にも消すことは出来ない神の力を込めた炎が外との繋がりを遮断している。

 

そしてその剣を持つペルセウスは、炎の壁の外側に出ていた。

 

「そこまで言ったんだ。ナツ、ラクサスの事はお前に任せた」

 

「ペル…てめえまで…!!」

 

エルザと同様、ペルセウスも神鳴殿の破壊を行うことを決断したようだ。S級魔導士二人が揃えば、300近くある魔水晶(ラクリマ)の破壊も不可能ではない。追う事すらも防がれたラクサスの表情はさらに怒りに歪んでいく。

 

「こっちも信じていいんだな、エルザ、ペル」

 

炎の壁で遮られながらも声を聞いた二人は、彼に背を向けたまま立ち止まる。

 

 

 

「可能か不可能かじゃねえぞ…!お前らの無事をだぞ!!!」

 

ナツのその問いにエルザは首肯で、ペルセウスは空いている左腕を高く上げることで応えた。元より命を捨てる気は無い。特にエルザは、ナツに一度救われた命を、粗末にする気は無かった。

 

「クソが…!こんな壁すぐにでも打ち破って…!!」

 

「火竜の咆哮!!」

 

雷を纏って炎の壁を消そうと試みるラクサスに、ナツが口から放出した咆哮が直撃する。既にいくらか消耗している両者は、意地でも相手の思い通りにさせまいと、睨み合う。

 

「オレは…お前を倒す…!」

 

「この…ガキがぁ…!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

大聖堂から少し離れた箇所。マグノリアの中央地点とも言えるその場所に、背中合わせで立っている存在が二人。一人は緋色の長い髪を持ち、翼のような装飾が施された鎧・天輪の鎧を纏う妖精女王(ティターニア)のエルザ。

 

そしてもう一人は左手に、自身の身の丈ほどの長さがある、上半分が金色、下半分が銀色を基調とし、中央を満月、そして端に行くたびに金には上弦、銀に下弦の月の刻印が入った意匠の長弓を持つ、神器使いのペルセウス。そして右手に番えられた魔力で出来た光の矢は、時が経つにつれて、先端が枝分かれして増えていく。

 

そしてエルザの方も、自身の周りに武器が次々と出現させている。今彼等は空中に浮かんでいる神鳴殿の魔水晶(ラクリマ)約300個を二人で全て破壊しようとしている。魔法剣を複数本同時に操ることを可能とした天輪の鎧。そして魔力の矢を扱うことで変則的な弓矢の使用を可能とする月と弓矢の女神・アルテミスが扱った『イオケアイラ』と呼ばれる弓を駆使し、複数の魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊しようという算段だ。

 

だが問題が残っている。それは時間だ。残存する魔力を考えれば300の魔水晶(ラクリマ)を破壊するほどの数を揃えられるだろうが、残り二分を切っている現状、悠長に魔力を集中して数を揃えるには時間が足りない。

 

「ペル…今いくつだ…!?」

 

「今、100本目を出したところだ…エルザはどうだ…!?」

 

「私も、ようやく100だ…。全て破壊するには、あと50ずつ必要になる…!」

 

「…出せるには出せそうだが、時間がもうない…」

 

エルザの周りに顕現された100の武器。ペルセウスが番える100に分岐する矢。だがこれもまだ足りない。残り3分の1を稼ぐには、時間が圧倒的に足りない。出現できたとしても、間に合うかどうか…。

 

 

 

 

 

 

《おい!皆聞こえるか!!一大事だ、空を見ろ!!》

 

絶望的と言える状況の中、二人の頭に突如その声が響いた。二人にとって、久々に聞いたと言えるその声を主に、心当たりがあった。

 

「ウォーレン?」

「あいつの声…念話(テレパシー)か」

 

念話(テレパシー)を得意とするウォーレンの真骨頂。ほぼ街全体にいる魔導士たち全員にその声を届けることが出来ることだ。今彼はマグノリア中にいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちに向けて、念話(テレパシー)を送っている。

 

《くたばってる奴はさっさと起きろ!ケンカしてる奴は、取りあえず中止だ!!》

 

彼が今どこにいるのか、何のために念話を飛ばしているのか、疑問に思う二人であったが、それを解消するかのように、ウォーレン自身からその答えになる説明が続けられる。

 

《あの空に浮かんでる物をありったけの魔力で破壊するんだ!!一つ残らずだ!あれはこの街を襲うラクサスの魔法だ!時間がねえ、全員でやるんだ!!》

 

ウォーレンの狙いは神鳴殿の破壊を全員に通達する事だった。だが疑問が残る。いつから意識を戻していたのかは定かではないが、ウォーレンも戦闘不能にされていたはず。なのにここまで詳細に神鳴殿の事を知っているのは何故なのか、と。

 

「ウォーレン、お前…何故神鳴殿のことを…」

 

《その声はエルザ!?良かった、戻れたんだね!!》

 

ウォーレンに尋ねたその疑問に答えたのは、彼ではなく別の人物だった。その声を聞いた瞬間、エルザは背中合わせに立つ仲間が明らかに反応したことにも気づく。間違いない。

 

「シエル!?そうか、お前が…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

とある高台の上、そこに念話(テレパシー)を繋ぐウォーレンと、彼を探し出した少年・シエルがいた。

 

「昔、兄さんに話で聞いたことがあったんだ。覚えといて良かった」

 

ウォーレンを探しだして神鳴殿の説明、そして念話(テレパシー)で全員にその情報を共有する。それを思いつきすぐさま行動に移ったシエルが、今この状況を作り出した。それによってエルザが石化から解放されたことを知った魔導士たちからあまり多くはないが歓声と安堵の声が響く。

 

そしてエルザが無事に解放されていたことを知った者達は、必然的に他の者達がどうなったのかを聞く。全員命に別状がない事を知り、特定の女性たちに強い思いを抱く者達は、大きく安堵した。

 

「すまねえ、オレの念話(テレパシー)じゃギルドまでは届かねえ。これが聞こえている奴だけでいい!あの空に浮かんでいるものを…」

 

《ウォーレンてめえ!オレに何したか忘れたのかよ…!》

 

「マックス!!」

 

神鳴殿の破壊を優先するべく皆に呼びかけるウォーレンであったが、術式に嵌められた際に彼に敗北したマックスが、彼に突っかかった。怒りを滲ませるその声を念話越しで聞いたウォーレンは途端に慌てふためきだす。

 

「あん時はすまなかったよ…だって、女の子たち助けるために必死で…」

 

術式によって強制的に戦うことを仕組まれたとはいえ、感情的な問題ではそのまま水に流すことは出来ない。マックスの抗議を起点として、念話越しに彼らのたがいの抗議が始まってしまった。

 

《ドロイだ、聞こえるかアルザック!!》

《き、聞いてるよ…さっきはごめん…》

《ごめんで済むか!!不意打ちなんかかましやがって!!》

《てめえもだ、ワカバ!!》

《さすがにラキは許せないわよ!!》

 

念話越しに口論が飛び交い、諍いが更にますますヒートアップしていく。こんな事の為に念話(テレパシー)を使ったわけでもないのに…とウォーレンが悲しげな表情を浮かべている中、彼の肩を掴んで念話の繋がりを強固にしていたシエルの力が増すのを感じた。

 

「ゴチャゴチャうっさぁい!!喧嘩すんなら後にしろォ!!!」

 

『『お前が言うなぁ!!!』』

 

「お前が言うな!?俺がいつお前らの喧嘩に混ざったんだよ!」

 

《喧嘩してねえけど悪戯しまくってるだろうが!》

《オレのキセルに水ぶっかけたのまだ許してねえぞ!》

《この前の失敗談レビィにチクったのてめえだろ!?》

《お前が余計な事言ったせいでエルザからの睨みが痛えんだよ!》

《ナツの怒りの矛先、オレたちに向けさせんなぁ!!》

 

「…うん、返す言葉も無いな…」

 

ウォーレンの鼓膜が破ける程の大声で叫ぶシエルの主張を起点に更なる口論が勃発してしまった。売り言葉に買い言葉で魔導士たちに反論を叫び返すシエルであったが、これまでの数々の悪戯のツケが回ってきたのか、反論する余裕もないまま力なく呟くしかできなかった。そしてそのまま口論は尚も続いていく。

 

ちなみに両方から色んな怒号が飛び交うせいで、ウォーレンの耳が限界であることにはシエル含めて誰も気づかない。悲しいかな…。

 

《皆聞いて!!》

 

その口論は、ある一人の声によって一気に収束した。その声の主は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも新人に分類されるルーシィだ。

 

《今は喧嘩をしている場合じゃないの!このままじゃ、街の人たちまで危ないのよ!?みんなで協力して、マグノリアの街を守らなきゃ!!》

 

他の女性たち同様に石にされていたルーシィは、その間にどのようなことが起きたのか、話伝手にしか聞いていない。しかし、今やらなければならないことは、喧嘩による口論ではないことは、確実に分かる。

 

《皆で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる!それをあたしは、ここに来て教わった!あたしはまだ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったばかりだけど…このギルドを思う気持ちは、誰にも負けないつもりよ》

 

かつて幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いがあった時にも、何度も絶望したり、諦めかけたりした。だがそんな時にでも、ギルドの仲間たちが力を合わせ、目の前の壁を打ち破ってきた。自分を受け入れてくれた場所が、すごく暖かった。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、ずっと昔からあたしの夢!あたしの憧れだった!!今でもそう…》

 

念話越しに聞いているシエルは、彼女の言葉を聞くたびに、その言葉を胸にしまっていく。恐らく他の者達もそうなのだろう。彼女が憧れていた、仲間を思う気持ちを大切にする、絆で結ばれたギルドの、家族の形を思い出す。

 

《お願い…皆力を合わせて…妖精の尻尾(あたしたちのギルド)を、マグノリア(あたしたちの街)を守ろう!!》

 

街全体に響くようにも聞こえるその主張。シエルは気付けばウォーレンの肩を掴んでいない左手を、己の左頬に近づけていた。妖精を象った妖精の尻尾(自分たちのギルド)を象徴するマーク。彼女によって改めて思い出した、自分たちの家がどれほど大切なのかを…。

 

「ルーシィ…」

 

 

 

 

 

《よく言った、新人!!》

 

その声を聞いた瞬間、シエルは息を呑んだ。街にいることは知っていた。だが、改めてその声を聞いて、本当にマグノリアに帰ってきているのだと実感した。それに気付かず、声の主は彼女へとさらに言葉を続けていく。

 

《いや、ルーシィ…と言ったな?自己紹介したいところだが、今はその時間も惜しい。諸々片付いてからでいいな?》

 

《え、えっと…?》

《ペルだー!!》

 

《ペルだって!?》

《帰ってきたのか!!》

《遅すぎだっての!!》

《今どこに!?》

 

聞きなれない声の人物が登場したことで困惑したルーシィの近くにいたらしいハッピーが、喜び混じりに騒ぐ声が聞こえてくる。それに始まってペルセウスの帰還に気付いた者達からの声が響くが、今の彼にそれを答えられる猶予はない。

 

《俺については後回しだ!それより、ここまで新入りに言われて情けなくないのか、お前ら!気に入らないことがあることは仕方ない、喧嘩だって日常茶飯事だ。けどな、今やるべきことを見失っちまうような奴等が、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か?違うだろ!》

 

まるで挑発的。だが発破をかけるような物言いで告げるペルセウス。誇らしげに笑みを浮かべる兄の表情が目に浮かんだシエルは、その表情に喜色を浮かべる。そしてその言葉を聞いた魔導士たちも、心構えを次々と変えていく。

 

《同感だね。ここまで言われちゃ、やらない以外の手はないよね?》

《もう新入りじゃねえ。オレたちの誰よりも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)らしいぜ!》

《ルーシィ、君の言うとおりだ。言い争いは後回しだ!》

《あそこまで言われちゃ、応えないわけにはいかねえ!》

《おかげで頭が冷えたぜ。どいつもこいつも…準備はいいかぁ!》

 

先程までいがみ合っていた仲間たちが、一人の少女の想いを聞いて、ようやく一つになった。思いを叫んだ少女は感涙を浮かべているだろう。それを予想して、シエルは自分の近くにある雷の魔水晶(ラクリマ)に目を移した。

 

《決着はあれ壊した後だ!》

《マカオ、お前にゃ無理だ!寝てな!!》

《んだとワカバ!ジジイの癖にはしゃぎ過ぎだよ!!》

 

「よし、やろう!俺達の街を守るために!!」

 

念話越しに聞こえてくる仲間たちの声を聞きながらシエルも準備にかかった。ウォーレンの肩から手を離した彼は竜巻(トルネード)を発動。そして気象転纏(スタイルチェンジ)によってその形を細長く変えていく。廻り風(ホワルウィンド)(シャフト)と形こそ似ているが、今度はその先端は鋭利な刃物のように鋭く尖っている。その姿はまるで、同じ長物の武器の一つで、突きに特化した槍の如く。

 

「『風廻り(ホワルウィンド)(スピア)』!!」

 

外すことが無いよう一点集中し、シエルは魔水晶(ラクリマ)に狙いを定めていく。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「北の200は、私とペルで引き受ける!!」

 

「残りは南を中心に全部撃破だ!頼んだぞ!!」

 

エルザとペルセウスの指示が飛び、街にいる魔導士たちは各々の魔水晶(ラクリマ)を狙って攻撃を仕掛ける。

 

《一個も残すなよぉ!!》

 

グレイからの声が響き、その攻撃の軌跡は地上から空中の魔水晶(ラクリマ)たちに向かうように描かれていく。

 

「行け、剣たち!!」

「射貫け、アルテミスの加護の矢よ!」

 

北側を中心に二分された200の魔水晶(ラクリマ)を半々したS級二人の武器や魔力の矢が意思を持ったように動き、武器は各々の元へ、矢は枝分かれした先から複数に何回も分離し、その数を増やす。

 

 

 

 

 

そして着弾。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちによる魔法が空中に浮かぶ全ての魔水晶(ラクリマ)を破壊し、マグノリアにその残骸が光の粒子となって降り注いだ。

 

街にいる者たちは花火だと認識し、目を輝かせているようだ。

 

「やったか…」

 

安堵の息をついて普段の鎧姿に換装したエルザが笑みを浮かべる。その背後で…。

 

「換装、ミョルニル!エルザ!」

「!!」

 

紫電の雷を発する大鎚を突如換装で呼び出したペルセウスが、その大槌を地面に叩きつける。それだけで彼女は意図を察した。神器を持てば魔力を吸われるため、エルザはペルセウスがミョルニルの石突に重ねてある両手の上からさらに己の両手を重ねる。

 

 

 

そして、黄色い閃光が、二人の身に襲い掛かった。

 

「ぐぁぁあああああっ!!」

「ぐっ…うううううぉおおおっ!!」

 

二人に襲い掛かる閃光が大鎚を伝ってその威力を吸収し、それでもなお抑えきれない分は地面に電流として流れていく。範囲はそれほど広くはない。一般の人的被害は皆無と言っていいだろう。そして二人合わせて200分の電流が収まった時には、立てない程に消耗しながらも、膝をついた状態で二人のS級は持ちこたえた。

 

「はぁ…はぁっ…!ペル、感謝する…。おかげで、まだ動くことが出来そうだ…」

 

「ふぅ…っ!神鳴殿はどうにか出来たが、まだやらなきゃいけないことは残ってるしな…」

 

恐らくラクサスはまだナツと交戦を続けているはずだ。ナツにラクサスを託したものの、彼の実力をよく知る彼らは、万が一のことがあることを危惧している。信頼がないわけではない。だが、今の彼がどこまで対抗できているのか、確かめなければ。

 

「皆は無事か?」

 

《…俺はもう、動けない…。兄さんとエルザは、大丈夫そう、だね…》

 

「一応はな。だがよくやった、シエル。それと他の皆もな」

 

《オレたちゃついでかよ…》

 

どうやらペルセウスたちを除いて、神鳴殿を破壊した者たちはまたしばらく動けそうにないようだ。無茶をする。その言葉を呟いたエルザに、グレイなどを始めとして、お互い様だと返す者たちがほとんどだ。その反応に、地に腰をおろしながらペルセウスは思わず笑みを零した。それにエルザが「どうした?」と問うと、彼は笑みをそのままに続ける。

 

「いや…本当にこのギルドは、最高だって思ってな」

 

「…私もそう思う…」

 

彼が微笑みながら告げた言葉に、エルザもまた笑みを浮かべて返した。その会話を聞いた者達もその話に入ってくる。

 

《ラクサスが反抗期じゃなかったら、もっとな》

《ははっ、言えてらぁ…》

《アルザック、大丈夫か?》

《ドロイ?…う、うん…ありがとう…》

 

本当に自分たちは恵まれた。強さよりも、規模よりも、仲間や家族との絆、繋がりを重視するこのギルドに入れたこと。その一員となれたこと。誇らしく思える。

 

そんなギルドを穢そうとした、反抗期を迎えている家族の一人に、そろそろ拳骨をお見舞いしてやる必要がある。

 

「魔力を少し回復させたら、すぐに戻るぞ…!」

 

「ああ。皆の頑張りを、無駄にはしない…!」

 

カルディア大聖堂の方を見据えながら二人はこの後にまた見えるであろう存在に、意識を集中させ始めた。マグノリアの街を巻き込んだバトル・オブ・フェアリーテイル。

 

いよいよ、終幕の時が迫る…!




おまけ風次回予告

ルーシィ「思ったんだけどさ、ナツやガジルが使う滅竜魔法って、元々竜迎撃用の魔法なんでしょ?エルザやラクサス、それとペルセウスさん?はよくナツを簡単に倒せるわね…」

シエル「魔法の強さ=魔導士の実力に繋がる訳じゃないしね。それに滅竜魔法を上回る魔法が存在していても何の不思議じゃないでしょ?兄さんが使う神器換装とか!」

ルーシィ「まだ見てないけど、神様の武器を使うって想像するだけでも凄いわね…!あれ、でもラクサスが使う魔法って、それに引けを取らないぐらい凄い魔法ってこと?」

シエル「正直俺も…雷に関する魔法を使うって事しか、知らないんだよね…」

次回『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

ルーシィ「そう考えるとラクサスって結構謎が多いのね」

シエル「そうだね…。もしかして、俺達も知らない何かが、ラクサスにはあるの、かな…?」


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第38話 滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

前書きのみ2/28 8:30更新です。
今話を書き終わったのが深夜3時半頃で、前書きを書く時間まで確保できませんでした…。少々で3時間もかからねえよな、普通…?

BoF編もついに佳境。後半深夜テンションのせいで文が変なことになってないか不安ですが、お楽しみいただけると嬉しいです。
あと、来週また休みです…。


神鳴殿、破壊により機能停止―――。

その情報は勿論カルディア大聖堂でぶつかり合う二人にも伝わった。その情報が記されたボードを見て、ラクサスは愕然とし、ナツは不敵な笑みを浮かべている。次々と情報は更新され、神鳴殿の魔水晶(ラクリマ)を誰が何個破壊したのかという情報の羅列が流れていく。ほとんどの者が一個ずつであるのに対し、エルザやペルセウスは100個ずつ請け負っている。桁違いだ。

 

大聖堂の出入口を封鎖していた炎の壁も、先程までの勢いが嘘のように、今は完全に消失している。ペルセウスの魔力が必要以上に消費されたことが理由だろう。

 

「ギルドを変える必要がどこにある。みんな同じ輪の中にいるんだぞ。その輪の中に入ろうとしない奴が、どうやってマスターになるんだ、ラクサス?」

 

ボードから視線を外して俯くラクサスに、ナツが問いかける。いがみ合ったり喧嘩することもあるが、目の前に壁が立ちふさがれば、手を取り合って、みんなの力を合わせてその壁を壊す。そうして続けてきたギルドを変えることが必要か?差し出される手を振りほどく者が上に立つ資格があるのか?

 

 

 

その問いは、彼の咆哮と共に発せられた雷がかき消した。内側から噴き出した魔力が大聖堂の空気を揺らす。迸る雷を身に纏い、憤怒に染めた表情でナツを睨みながら告げる。どうやってマスターになるか?その答えはもう決まった。

 

 

 

「支配だ!」

 

最初から回りくどい駆け引きなど不要。そんな小細工を使ったところで、頑固ジジイや生意気なガキども、誰も彼もが自分に抗い、その心を折ったりしない。だったらどうすればいいか。簡単だ。実にシンプルで単純な答え。

 

全てを己が力に任せる事。圧倒的な力こそが己のアイデンティティ。それがラクサスの結論だった。

 

「いい加減にしろよ…そいつをへし折ってやれば、諦めがつくんだな!ラクサス!!」

 

「やれるもんならやってみろよ…!」

 

拳に炎を纏ってナツが飛び掛かる。それを見たラクサスは表情こそ歪めたままだが内心では余裕があった。神鳴殿を破壊しようとするペルセウスたちを追わせまいと足止めしてきた際とは違い、真正面からぶつかった場合は確実に己の方が上。それも明らかに目に見えるほどの差がついた状態だ。ただでさえ何度も勝負を挑まれては返り討ちにしてきた。勝敗は見るより明らかだ。

 

「火竜の…鉄拳!!」

 

事実、その拳は確かにラクサスの顔面を捉えるも彼の身体はピクリとも…

 

「ぐっ!?」

 

動かない、はずだった。だが実際に起きたのはその真逆。クリーンヒットしたことによってラクサスの身体は大きく吹き飛ぶ。予想していなかった事態にラクサスは体勢を立て直すのに時間を要してしまう。そしてその隙に…。

 

「火竜の翼撃!!」

 

両手から発した鞭のようにしなる炎が叩き込まれる。少しばかりおされてはいるがそれがどうした。直ぐにでも逆転は出来る、と言わんばかりにナツ目がけていくつもの雷の弾を発射する。しかしナツはそれを駆け抜けながら全て避けていき、ラクサスとの距離を詰めていく。

 

「うぉおおおっ!!!」

 

驚愕に目を見開くラクサスに、ナツが連撃を打ち込んでいく。それを防ぎ、弾き、さばくことで直撃を避けてはいるが、妙な感覚を覚えずにはいられない。思わぬ苦戦を強いられている事実に苛立ちを抱え始めたラクサスが、ナツの拳を受け止めて脚に雷を纏う。

 

「鬱陶しいんだよ!!」

 

怒号と共にナツの顎を蹴り上げ、彼の勢いを一気に止めた。しかし怯んだのも数瞬。のけ反った体の勢いそのままにラクサスの額目掛けてナツは頭突きをぶつけた。これにはラクサスも数歩後ずさる。

 

「どうなってやがる…!体が思うように動かねえ…!!」

 

いつもと比較すれば明らかに不調と思われる戦い方をしているラクサス。ナツを相手に苦戦気味となっている原因が何なのか、彼が思い出したのはナツよりも先に自分と対峙した存在、ペルセウスとの戦いの時。

 

彼が扱っていた神器の一つである木の枝を模した杖によって操作された根に、多くの魔力を吸われた光景がよみがえった。

 

「(あん時か…!!)」

 

本来であったら、ナツがラクサスを相手に互角以上の力で渡り合うことはなかっただろう。だが、ペルセウスに魔力を多く消費させられた状態で、ミストガン、ナツ、エルザと次々に実力者を相手に戦っていたことで、彼自身も気付かぬ程力を消耗させられていたのだ。

 

「おりゃあ!!」

 

思考していたラクサスだったが、その意識をナツによって呼び起こされる。気合の声と共に再び自分に挑みかかってくる青年に、いくら素での実力が遥かに上回っているとしても、消耗しきっている自分では分が悪い。

 

「どうしたラクサス!随分疲れてるみてえじゃねーか!!」

 

脚に炎を纏い回転しながら振るうも、腕でそれをガードしたカウンターで今度はナツが殴り飛ばされる。

 

「ほざけぇっ!!」

 

両手を前に突き出してここ一番の威力を誇る雷をナツに発射するラクサス。着弾と同時に爆発を起こし、黒煙が浮かぶ。口に弧を描いて勝利を確信したラクサス。だが、次の瞬間に起きたのはそれとは程遠い出来事だ。

 

煙幕を突っ切って、然程のダメージが見られないナツが急加速で迫ってきたのだ。それを見て驚愕しながらも追撃を放とうとしたが、一歩遅く。

 

「紅蓮火竜拳!!!」

 

両方の拳に紅き炎を纏い、ラクサスの身体の至る所に叩きこんでいく。ガードすることもままならず為す術もないまま、ナツが繰り出す連撃を受けて彼の身体は吹き飛ばされた。礼拝場の壁に轟音と共に叩きつけられるラクサス。それを見ながら荒く呼吸を繰り返すナツは、息を整えるとともに、昂ってた感情を落ち着かせる。

 

これまで一度も勝てたことのなかった、ギルドの中でも最強の名にふさわしい強さを持っていたラクサス。そんな彼を、ついに自分は打ち破ることに成功した、という事実を噛み締めながら。

 

「よっしゃーー!!だっははは!!見たかラクサス、オレの勝ちだぁ!!」

 

両腕を天高く上げ、そのまま己の腰に当てながら勝ち誇り、高笑う。本当は彼の知らないところでラクサスは大きく力を減少させていたからこその結果だったのだが、今この場にそれを教えられる者はいない。

 

「しっかし、やっぱ強かったなぁ…。最初のあたりとかはほとんど効いてるように見えなかったし…」

 

おかげで体中がやけに痛く感じる。それほどまでに彼は強かったのだ。そんな彼を上回れたのは、間違いなく自分の誉れ。そしてナツはラクサスが倒れこんだであろう壁の方を見ながら、この後に祖父であるマスター・マカロフからどのような審判を下されてしまうのか、彼なりに想像した。

 

「…心配すんなラクサス。じっちゃんにお前がしたことを許してもらえるよう、オレからも言っておくからよ。だから…」

 

 

 

 

 

「だから…何だ?」

 

「!?」

 

それはナツを大きく動揺させるには十分だった。打ち倒したはずのラクサスの声が響き、それから間を置かずして、微弱ながらも電流を発しながら、倒されていた体をゆっくりと起こす男の姿が見えた。

 

「まさかあんな程度で…オレを倒せたとでも思ったのかよォ、ナツ…?」

 

バチバチと音を鳴らしながら体中に電流を纏い、口元を怪しく吊り上げながらナツに目線を向けている。手ごたえは大いにあったのに、かつてはガジル、そして幽鬼の支配者(ファントムロード)の本部を半壊させるほどの威力を有した技を真正面から受けながら未だに立ち上がれるなど、いくら最強候補に名を連ねるとはいえ、あり得ない。

 

「嘘だろ…何で…!?」

 

「何で?そいつは簡単な事さ…」

 

ナツがたじろぎながら呟いた言葉に答えるように、ラクサスは内側から発する電流の量を増やしていく。

 

「ジジイがうるせえから、ずっと隠してきたんだが…特別に見せてやろう、弱ってるとはいえここまでオレを追い詰めた褒美としてな…」

 

その言葉とともに、ラクサスの身体に変化が起き始めた。弧を描いた口元から覗いた犬歯は、ラクサスの言葉と共に牙と呼べるまでの長さに伸びる。さらに腕筋が肥大化して、袖が破れて露出し、前腕には竜の鱗のような模様が浮かび上がる。さらに筋肉の肥大化は進み、ラクサスの上半身に纏わっていた服はそれによって破れ切り、露出される。そして何より先程よりもはるかに上回る魔力をラクサスから感じさせた。

 

「ま、まさか…!!」

 

ここまでの変化を見て、ナツは理解した。同時に戦慄した。まさかずっと…自分がギルドに加入した約7年前からこの魔法を扱えていたのだと。

 

 

 

ずっと同じギルドに所属していた仲間が、()()()()()()()を使えたことを…!

 

「『雷竜の――』」

 

「お前も滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だったのか!!?」

 

「『―咆哮』!!!」

 

口元に収束された雷の魔力。息を吸い込みながら集められたそれは、彼の咆哮となって大聖堂の天井まで届くほどの規模をもってナツに迫る。極太の波動のようにも見えるそれを前にし、そして今まで明かされなかったラクサスの魔法を目の当たりにし、ナツはその場から動くことが出来ず、雷の波動に呑まれてしまった。

 

石の床をえぐり取る程の絶大な威力。そしてそれは出入口にまで届き、その余波が外にまで広がる程であった。雷の光によって輝いていた空間が、しばし時間を置いて収まった時には、まともにその攻撃を受けたナツの姿は、どこにも見えなかった。

 

「ナツぅ…このギルド最強は誰だ?」

 

姿が無くなった青年に向けて放たれた言葉。だがそれを返すものは、どこにもいない、声も聞こえない。それを理解したラクサスは、狂ったように大きく笑いの声を上げた。

 

「ハハハハハッ!!粉々になっちまったら答えられねーかぁ!!」

 

哄笑が大聖堂に響く。長い間ギルドで共にしていたナツを消滅させたことに何の感情も抱かぬまま告げたラクサスの言葉に、返すものはいない…はずだった。

 

「仲間…じゃなかったのか?」

 

その声がしたのはほぼ真横。ラクサスの右方向からだ。反射的に目線を負うと、そこには見覚えのある人物が立っていた。元幽鬼の支配者(ファントムロード)の魔導士であり、ナツと激闘を繰り広げた鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である、ガジル・レッドフォックス。

 

「それを消して喜んでるとァどうかしてるぜ…。ま、消えてねえがな。コイツを消すのはオレの役目だからよ」

 

咄嗟にナツが咆哮に飲み込まれる寸前で救い出していたガジルは、ナツの腰に巻いてある帯を右手で掴み上げていた。到着したと思ったら大技を喰らおうとしていたところだったため、本人もさすがに肝を冷やしたのは誰も知らないことである。

 

「ガジル…んがっ!」

 

「また獲物が一匹…ククク…消えろ、消えろぉ…!オレの前に立つ者はすべて消えるがいい!!」

 

右手に掴んでいた帯を離したことで床に叩きつけられたナツを見ながら、ラクサスは笑み混じりに叫ぶ。まるで何かに憑りつかれた様にも錯覚する。

 

「ラクサスはオレがやる…引っ込んでろ…!」

 

うつ伏せになった体を起こしながらナツは再びラクサスと対峙しようとする。だがそれをガジルが黙って見ることはない。今目の前で対峙しているだけでも、彼がどれだけの力を有しているかが伝わってくるから。

 

「コイツには個人的な借りがあるんだよ。だが奴の強さは本物のバケモンだ。マカロフの血を引いてる上に、オレたち同様滅竜魔法まで使ってきやがる… クソが…聞いてねえぞ、イワンの野郎…

 

絶対にラクサスと戦う姿勢を解かないナツに対してガジルはあくまで冷静に彼を分析している。最後の部分は何やらボソリと呟いていたが、耳のいいナツでさえもよく聞き取れないほどの小声だったため、何を呟いたのかは不明だった。

 

「気に入らねえがやるしかねえだろ…共闘だ」

 

「んなっ!?じょ、冗談じゃねえ!!ラクサスはオレが倒すんだ!!つーかお前となんか組めるかよ!!」

 

かつては敵としてぶつかり合った滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)二人の共闘。しかし本人たちにとっては、性格の相性的な意味で御免被る事態だ。勿論ナツからは抗議が入る。だがガジルも好き好んでそんな提案をしたわけじゃない。それはラクサスの様子から判断したことだ。

 

「ハハハ…!消えろ…消えろ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)ゥウ…!!!」

 

「あれがてめえの知ってるラクサスか?違う、あれはギルドの敵だ!ギルドを守るために、ここで止めなきゃならねえ!!」

 

放電しながら狂った人形のように嗤い、うわ言を繰り返すラクサス。滅竜魔法を解禁して肥大化した肉体も相まって、その姿は最早自分たちの知ってるラクサスとはかけ離れている。ガジルの言葉でそれを再認識させられたナツは、目の前のラクサスの様子が信じられなかった。

 

今のラクサスを止められる者はほとんどいない。ほぼ全員が神鳴殿の反撃を受けて動ける状態ではない。ここで止めなければ、ギルドも街もどうなるのか分かったものではない。その為に、最早意地や手段を鑑みるのは限界だった。それが、ガジルが共闘を提案した理由。勝負という概念から外せなかったナツも、理解せざるを得なかった。それはそれとして…。

 

「お前がギルドを守る?」

 

「守ろうが壊そうがオレの勝手だろーが!!」

 

以前の妖精の尻尾(フェアリーテイル)を鉄柱で串刺し状態にして倒壊させた張本人が妖精の尻尾(フェアリーテイル)を守る…と言うどこか矛盾な気もするような態度が、ナツは気になったらしい。本人も一応自覚はあるが、今は重要な事じゃない。

 

「この空に、竜は二頭いらねえんじゃなかったか?」

 

「いらねえな。だからまずは、一番邪魔な雷を起こす(ドラゴン)を叩き落とす」

 

「お前と組むのは今回だけだからな」

 

「当たり前だ!てめえとはいずれ決着をつける!」

 

互いに不敵に笑いながら話を進め、共闘することでどうにか落ち着いた。火竜と鉄竜、そして雷竜。3頭の(ドラゴン)による激闘が今ここに繰り広げられる。

 

「「行くぞ!!!」」

 

声を揃えて合図した瞬間、ナツとガジルの二人がトップスピードでラクサスに迫る。それを待ち受けるラクサスには余裕が消える様子がない。勢い良く攻め立ててくる二人の拳の連打をガードしながらも、その場から動く様子がない。

 

ナツが左の拳で殴り掛かってきたタイミングでラクサスも左手を差し出し、その拳を真っ向から止める。それにたじろぐのも束の間、ラクサスはナツに雷を浴びせながらガジル目掛けて投げ飛ばす。それを左腕で受け止めながら後ずさり、ナツを己の背中に持ちあげる。

 

咆哮(ブレス)だ!!」

 

ガジルの声に呼応してナツは口を膨らませる。そしてナツの背中の重点に、ガジルは自分の左肩をセットした。すると…。

 

「火竜の咆哮!!」

「鉄竜棍!!」

 

咆哮の勢いをブースターにし、いつもよりも遥かに速度と威力が上がった自身の技をラクサスにぶつけようとするが、ラクサスは着弾する直前で跳躍する。それを見たガジルがすかさず手の棍を引っ込めて、後ろ回し蹴りの要領で左脚を「鉄竜剣」に変化してラクサスに振るう。しかし、ラクサスは迫りくる剣を拳に雷を纏った状態で殴り、弾き返す。

 

「なっ!?」

 

「『雷竜方天戟』!!」

 

態勢を崩されたところに、すかさずラクサスが方天戟の形に作られた雷を投げつける。直撃したガジルの身体は勢いそのまま、壁に叩きつけられる。それを確認したラクサスの後方に、柱を伝って上に登り、ラクサスの上を取ったナツが構えていた。

 

「火竜の煌炎!!」

 

左右それぞれから発した炎を合わせ、それをラクサス目掛けて投げつける。滞空していたラクサスがそれによって吹き飛ばされるが、特に支障を感じさせずに着地する。

 

「『鉄竜槍・()(しん)』!!!」

 

そこへすかさず復帰したガジルが腕を槍の形に変え、いくつもの槍を飛ばす。それを腕を交差してガードしていくラクサスに、今度はナツが空中から体に炎を纏って追撃してくる。

 

「『火竜の劍角』!!」

 

紅き炎を纏った状態で頭からぶつかるナツ。それを受けたラクサスの表情からは余裕は未だ消えず。一際深い笑みを見せながらナツの身体を弾き返す。そして両手を組み、その両手に電撃を纏うと…。

 

「『雷竜の顎』!!」

 

そのままナツ目がけて振り下ろしてくる。すかさずガードをして後ろに飛ばされながら、ナツは口を膨らませる。それに続くようにガジルもまた隣り合って同じように構えた。

 

「火竜の…!」

「鉄竜の…!」

 

 

 

「「咆哮ォ!!!」」

 

全てを焼き尽くす炎と、全てを削り切る鉄。二頭の竜が放つ咆哮(ブレス)がもう一頭の竜へと迫る。しかし彼に焦りはない。この程度の威力を受けたところでたかが知れてると知っているから。その上で、その力を上回る力を見せつける。

 

「雷竜の咆哮!!!」

 

火と鉄、雷が真正面からぶつかり合い、拮抗を生み出す。しかし拮抗も束の間、二頭分の力が加わった咆哮(ブレス)は一頭の雷によって飲み込まれ、一気にその勢いは消失する。驚愕の表情を浮かべながら、二人は雷によって飲み込まれてしまう。

 

着弾したことによって起きた爆発。それによって発生する煙。それが晴れた時にラクサスが目にしたのは、彼の雷によって体が痺れ、うつ伏せの状態から動けなくなっている二人の姿。

 

「まだ生きてんのかよ…いい加減くたばりなぁ…!!」

 

しかし形が残っていることが気に入らなかった様子のラクサス。彼は両手にそれぞれ雷で創った方天戟を顕現し、それぞれに照準を合わせる。

 

「これで…跡形もなく、消え失せろぉ!!」

 

二頭の(ドラゴン)に投げつけられる雷竜方天戟。今の彼らに対抗する術はない。このままでは両者共にこの方天戟の餌食となる…。

 

 

「「換装!!」」

 

そんな窮地を救ったのはその声の主たちだった。

 

ナツの前に立ったのは、青雷を生み出す雷帝の鎧に身を包んだ緋色の長い髪の女性。そしてガジルの前に立ったのは両端には翼を象った装飾が施された、鏡のように輝く光沢を持つ盾を構えた水色がかった銀色の髪を持つ青年。

 

「エルザ!!ペル!!」

 

それに気づいたナツの呼びかけが響くと同時に、彼らを守らんがために立ち塞がった者達に雷の方天戟が突き刺さった。衝撃で後方に弾き飛ばされそうだが、残された魔力を解放することでこらえる。

 

そして時間にして10秒ほどの長い時間。方天戟の勢いは止んで、完全に消滅。止めきることに成功した。しかし消耗も激しかったようでエルザは雷帝の鎧から普段の鎧へと戻ってしまい、両膝をついた。

 

「エルザ!」

 

「大丈夫だ…魔力を少し、使い過ぎただけだ…」

 

一方のペルセウスは盾自体に一切傷がないが、本人の消耗は中々に激しく、片膝をついて息を整える。

 

「な、何でオレを…」

 

「仲間を守るのに理由はねえだろ?…って、どっかで見た顔だな…?」

 

今度こそ二人を消滅させるつもりだったラクサスは土壇場で戻ってきたS級二人の登場に、一気に機嫌を損なう。忌々し気に睨みつけながら、ラクサスは己の魔法を防ぎ切った二人の様子を見ている。

 

「雷帝の鎧に…絶対防御の盾『イージス』か…。くたばりぞこないが…!!」

 

損なった機嫌は苛立ちに、苛立ちは怒りに、そしてその怒りが、彼の奥底に眠る更なる魔力を引き出していく。

 

「おまえら4人も、ミストガンも、ジジイもギルドの奴らも、マグノリアの住人も…!すべて消え去れェッ!!!」

 

咆哮と共に彼を中心として魔力が発せられる。その魔力は雷と光となって辺りに行き渡り、魔導士たちに否応なく畏怖を植え付ける。

 

「な…なんだこのバカげた魔力は…!」

 

余りにも膨大な魔力に戦慄しているガジル。だが他の3人は別の点に着目していた。知っているからだ。この魔力と同じものを。

 

「この感じ、まさか…!」

「じっちゃんの…!」

「ま、まずい…!」

 

そう、マスター・マカロフが使用した、あの魔法と同じ。

術者が敵と認識した者すべてが標的となる、超絶審判魔法・妖精の法律(フェアリーロウ)

 

彼の孫であるラクサスもまた、その魔法を使う資格があってもおかしくはないのだ。解放した魔力を一点に集めるため、左手は上に、右手は下に向けるように両手を合わせる。

 

「マスター・ジョゼを、一撃で倒した、あの…!!」

 

味方に対しては温かな光を与え、敵に対しては圧倒的な破壊力をもたらす妖精の法律(フェアリーロウ)。マスター・マカロフが使用した際はギルドの為に使用されたものであったが、今のラクサスが使えば、恐らくそれは果てしない脅威と変わる。

 

「よせ!ラクサス!」

 

エルザが制止させようと彼の名を呼ぶも止まらない。上に向けていた左は下に、下に向けていた右を上に、両手を動かすことで集中していた魔力がさらに膨らんでいく。

 

「街にいる無関係の者たちまで巻き込んで、本気なのか、ラクサス…!!」

 

雄叫びを上げて魔力を集中させるラクサス。ペルセウスの呼びかけにも反応する様子はない。もう彼の耳には、かつての仲間の声など届かない。

 

 

 

「やめてーっ!ラクサス!!」

 

その声は、場にいる誰にとっても予想外の声だった。大聖堂の出入口に佇むその声の主である少女。濃い青のショートヘアーを持つ、文学に精通する彼女の名は…。

 

「レビィ!?」

「何故お前が…!?」

「バカが!何しに来た!!」

 

レビィ・マクガーデン。ナツとガジルを、術式の壁から脱出させた彼女が、何故今ギルドを出てこの場に来たのか。それは、誰もが想像だにしない、とある事態を知らせる為だった。

 

「ラクサス!!マスターが…!!」

 

呼び留めようとする彼女の声も無視して、ラクサスはその魔力をどんどん高めていく。いまさら何を言われようと、止まる気は無い、その一心で…。

 

 

 

 

 

 

「あんたのおじいちゃんが…危篤なの!!」

 

 

 

その言葉が、この場にいる者たち全員の思考を、一時的に停止させた。魔力を貯めることに集中していたラクサスでさえ、正気を失っていたかに見えた目の色を取り戻している。

 

「だからお願い!もうやめて!!マスターに会ってあげてぇ!!」

 

悲痛な叫びと懇願。親であるマスター・マカロフの危篤の知らせ。ラクサスだけでなく、この場にいるもの全員に衝撃が走っていた。

 

「危篤…?」

「マスター、が…」

「…死ぬ…?」

 

「ラクサスゥ!!!」

 

エルザも、ペルセウスも、ナツも言葉が他に出ない。祖父であるマカロフの火急の事態に、ギルドを乗っ取ろうとするこの騒ぎをしている余裕はない。レビィの叫びが届いたのか、ラクサスが溜め込んでいた魔力が起こした光の奔流は徐々に小さくなっていく。そして…

 

 

 

 

「丁度いいじゃねえか。これでオレがマスターになれる可能性が、再び浮上したわけだ…!」

 

残酷にその言葉をラクサスは告げた。血の繋がった実の祖父が今にもその命を落としかねない事態だと言うのに、彼はどこまでも独善的な主張を続けていた。その返答にレビィは涙を流しながら息を呑み、ガジルやエルザもラクサスを睨みつけている。

 

「…何だ…この違和感…?」

 

ただ一人、ペルセウスだけがラクサスから妙な違和感を感じ取っていた。だが、その違和感がどれの事を指しているのか、自分でも察知できない。

 

「ふははははっ!!消えろ妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!オレが一から築き上げる!誰にも負けない!皆が恐れ戦く最強のギルドをなァ!!!」

 

翳していた両手を上に向け、あとは合掌の如く手を合わせれば発動する。もう後に引くことはない。全てを壊して最強のギルドを作るためにも…。

 

「そんな…!」

 

「お前は…何でそんなに…!!」

 

泣き崩れるレビィ、怒りの形相で睨むナツ。そんな彼らを意に介さず、とうとうラクサスはその手を合わせた。敵とみなしたもの全てを滅ぼす審判魔法。

 

 

 

妖精の法律(フェアリーロウ)!発動!!」

 

その輝かしい光は、マグノリア全域を包んだ。大聖堂から発せられた、妖精の紋章を中心に刻んだ魔法陣から発せられるのは、一見すれば暖かな光。だが、術者が敵と定めた者たちを無慈悲にも裁くその魔法が行き渡る。

 

 

目の前に倒れる者、街の中で動けなくなった者、そして騒動も知らずに各々過ごす者。あらゆる者たち全てにあまねく光が届く。()を討滅するために…。

 

 

 

光がすべて収まった時、大聖堂に、街中に広がるのは倒れ伏した敵たち。それを想像し、魔法の手ごたえを覚えたラクサスは確信した。

 

「はぁ…はぁ…はっ…ははは…!オレは、ジジイを超えた…!!」

 

立ち上る煙が晴れぬ中、ラクサスは震えながらも確かに告げた。発動できた。妖精三大魔法の一つを。マカロフの孫とばかり呼ばれてきた自分はもういない。祖父をも超えた魔導士であるラクサスの誕生であると…!

 

 

 

「ゴホッゴホッ…!」

 

その確信は、あっさりと打ち破られた。煙が気管に入ったことで咳き込む声が、所々から聞こえてきた。思わず目を向けてみれば、そこには先程の位置から全く変わっていない、そして容体も全く変化していない妖精の尻尾(フェアリーテイル)の姿だった。想像していた光景とは真逆の事態に、ラクサスは激しく狼狽する。

 

「そ…そんなバカな…!!何故だ!何故誰もやられてねえ!!」

 

「皆…大丈夫か…?」

「オレは問題ねえ…」

「私も…平気だよ…」

「俺もだ…ナツ…も大丈夫そうだ…」

 

そう。大聖堂にいる誰一人として、倒されていないのだ。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のナツとガジル。S級魔導士のペルセウスとエルザ。更には肉体的な強さは然程ないレビィさえも…誰も被害を受けていないのだ。ラクサスには、どうなっているのか分からない。

 

「あれだけの魔力を食らって、平気な訳ねえだろ!!」

 

「ギルドのメンバーも、街の人も皆無事だ…。誰一人としてやられていない…」

 

愕然とするラクサスに現状をそう伝えたのは、彼にとって一番信頼のおける存在。ミラジェーンによって戦意喪失にされていた術式魔法の使い手、フリードだった。彼から教えられた事実に、困惑しながらラクサスは叫ぶ。確かに妖精の法律(フェアリーロウ)は完璧だったと。それもまた事実であろう。ではなぜ敵と認識した者を滅ぼす魔法で、誰もやられていないのか。答えは簡単だ。

 

「それがお前の“心”だ。ラクサス」

 

誰も倒さない。それがラクサス自身に宿っていた、本当の心だ。祖父であるマスター・マカロフから受け継がれていたのは力や魔力だけじゃない。仲間を思う心もまた、彼から色濃く引き継がれたのだ。そして妖精の法律(フェアリーロウ)はそんな術者が秘めていた心の内側を見抜いて発動した。それがラクサスが放った妖精の法律(フェアリーロウ)の真実だ。

 

「(そうか…。これがあの違和感の正体だったのか…)」

 

心の内側では仲間を大切に思っていた。だが周りからのプレッシャー、素直になれない自分、色んなものが混ざり合って邪魔をして、それが今回の騒動を巻き起こすほどにまで、表面上だけ歪めた結果というわけだ。それをどことなくペルセウスは感じ取っていた。

 

「魔法に嘘は吐けないな、ラクサス。これがお前の“本音”という事だ」

 

「違う!オレの邪魔をする奴は敵だ!敵なんだ!!」

 

柔らかく微笑むフリードの言葉。それを必死に振り払おうと、ラクサスは拳を握り締めて、自らの心に言い聞かせようとする。

 

「もうやめるんだ、ラクサス。マスターのところに行ってやれ…」

 

「ジジイなんかどうなってもいいんだよ!!オレはオレだ!ジジイの孫じゃねえっ、ラクサスだっ!!ラクサスだぁあーーーっ!!!!」

 

咆哮と共に、再び迸るラクサスの電撃。それは石床にも行き渡り、それに亀裂を生じさせ、破片が浮かび上がる。まるで子供の癇癪のような叫びを聞いて、立ち上がる者たちが数名。

 

「今更何を言うかと思えば…」

 

「そんなこと、皆知っている…」

 

「思いあがるなバカ野郎…じっちゃんの孫がそんなに偉ェのか…そんなに違うのか…」

 

ペルセウスがイージスから換装して再びミストルティンを装備。エルザは破損した雷帝の鎧ではなく、攻撃力重視の黒羽の鎧に。そしてナツは身体から熱く紅い炎を吹き出して立ち上がる。

 

「血の繋がりに勝手に引け目を感じて勝手に吼えるな!!」

 

「血縁であろうとなかろうと、俺達ギルドは家族だろう!!」

 

「てめえらに…何が分かる…!!」

 

「何でも分かってなきゃ仲間じゃねえのか…!」

 

各人各様、それぞれの魔力を放出させる。そして、最初にラクサスへと走りだしたのは、炎を纏ったナツだ。

 

「知らねえから互いに手を伸ばすんだろォ!!ラクサス!!」

 

「黙れぇえええええっ!!!」

 

炎と雷。互いに拳に魔力を込めてぶつかり合う。大聖堂内を縦横無尽に駆けながら、互いに一撃を入れては返され、入れては返されを繰り返す。

 

「オレの前から消えろーー!!」

「お前はオレが止める!!」

 

何回目かの打ち合い。ラクサスの拳がナツよりも早く当たり、彼の身体は吹き飛ばされる。しかし、次の瞬間にラクサスの身体を拘束するものがあった。ペルセウスがミストルティンで操る根が左足を覆うように締め付けている。

 

「お前にギルドは渡さん!!」

 

「ペル…ッ!!」

 

忌々し気に睨むラクサスの横から、一振りの剣を振るってエルザが近づいてくる。その剣を雷を纏った拳で受け止めるが、攻撃力を倍加させているエルザの一撃に、のけ反らされる。

 

「私たちの帰る場所は、必ず守る!!」

 

「エルザ…!どいつもこいつもォ!!」

 

剣を受け止めた拳を上に打ち上げて彼女の態勢を崩し、そのままもう片方の拳を彼女のガラ空きとなった腹部に叩きこむ。床を転がっていく彼女に一瞥もせず、ペルセウスに向けて口から咆哮(ブレス)を発射。それを見た彼は咄嗟に自分の前方を埋め尽くす根で壁を作って身を守る。咆哮(ブレス)を防いだ直後、後ろに雷の速さで回り込んだラクサスが現れ、蹴りを見舞う。前方に気をとられていたペルセウスは対処が間に合わず吹き飛ばされ、ラクサスがそれに追撃をかける。

 

「雷竜の顎ォ!!」

 

勢いよく組んだ両手で床に叩きつけられたペルセウスは息を激しく吐き出して痛みに耐える。さらに追い打ちをかけようとしてくるラクサスに、駆け出して詰め寄ってくる人物が一人。ナツが再び立ち上がって駆けだしたのだ。

 

「この…死にぞこないがぁ!!」

 

迫ってきたナツの顔面に一発、そして背中にもう一撃食らわせて地に叩きつける。だが、それでもナツは立ち上がろうと力む。もう体はボロボロ。魔力も尽きかけているというのに、ほぼ執念だけで戦おうとしている。

 

「ギルドはお前のもんじゃねえ…!よーく考えろ…ラクサス…!」

 

「黙れぇ!!『雷竜の崩拳』!!」

 

巨大な雷の拳を作り出し、ナツ目がけて撃ち出す。再び床を転がって投げ出されるナツの姿を見て、レビィにフリード、そして想像以上のダメージを抱えたガジルが息を呑む。

 

「ザコがオレに説教たぁ…100年早ェよ、アァ?」

 

蹂躙。まさにその言葉が似合う状況。圧倒的な力を前に妖精全員がもう立ち上がることもできない。そう思われても仕方ない状況で…。

 

まだ、立ち上がろうとする者が一人。

 

「ナツ…お前、まだ…!」

 

「もうやめて、ナツ…死んじゃう…!」

 

激しく呼吸を繰り返しながら、まだ立ち上がろうと踏ん張るナツ。しかし、ほとんど限界が近いのか、その足はフラフラで、再び倒れてもおかしくない。

 

「ガキがぁ~~…!!跡形もなく消してやる!!」

 

ラクサスが放とうとしているのは雷竜方天戟。しかし、先程から出したものとはさらに形状が異なる。言うなれば、方天戟からさらに改良された『方天画戟』。

 

「よせ!ラクサス!!今のナツにそんな魔法を使ったら…!!」

 

フリードが必死に彼を止めようとするが、聞く耳を持たない。迸る雷の方天画戟を、ナツに向けて彼は放った。

 

「『雷竜!方天画戟』ィ!!!」

 

ナツに動く気力は残されていない。防ぐことも、躱すことも不可能。フリードの慟哭、レビィの悲鳴が響く中、その一撃は無情にもナツを…

 

 

 

 

 

貫くと思われたが、彼を直前にして、不自然なほどに軌道が逸れた。外れたという次元を抜けて、ほぼ垂直にナツを避ける…否、その方向に引き寄せられるように。そこにいたのは、腕を鉄竜棍へと変えたガジル。その後方にはミョルニルを換装で装備したペルセウスもいる。

 

「ガジル!!」

「鉄…まさか自ら避雷針に…!?」

 

ラクサスの大技をその身にガジルが受け、後方にいたペルセウスと共にその雷を受ける。ミョルニルを介して両者のダメージも軽減し、負担は減らすことに成功した。それを目の当たりにしたラクサスはあと一歩のところを邪魔されて、愕然としている。

 

「ナツ!!」

 

そして、さらに別の方向から彼の名を呼ぶ声が聞こえる。エルザだ。彼女は今、耐火性能がある炎帝の鎧に身を包み、それとセットになっている炎属性の武器から、炎の魔法弾をナツに放った。それは見事に直撃。だがこの場にいる誰もが存じているだろう。彼に炎を与えることの意味を。

 

「あ、あいつ…ナツに、火を…!!」

 

最早全員、魔力が限界。全ての意思、想いは、この青年に託された。エルザから与えられた炎を食らい、先程のフラフラだった状態とは違う、確かに力の籠った状態で、立ち上がる。

 

「後は頼む…!」

「行け…!」

「お前が決めるんだ…!」

 

 

「おおっ!!」

 

仲間たちの激励に答え、その身体から今まで以上に炎を発する火竜(サラマンダー)。対してラクサスは、決まると思った大技を尽く不発に終わらせられ、他の者たち同様限界だ。

 

「火竜の…!!」

 

「お、おのれ…おのれェエエっ!!!」

 

立つのもやっとの状態であるラクサスに、力が漲るナツが飛び掛かる。

 

「鉄拳!!」

 

拳。

 

「鉤爪!!」

 

回し蹴り。

 

「翼撃!!」

 

両手の炎の鞭。

 

「劍角!!」

 

頭突き。

 

「砕牙!!」

 

手の爪。

 

「炎肘!!」

 

肘からの炎による拳と…次々に叩きこまれていく。その光景を見ながら、ペルセウスは思い出していた。かつて弟が呼んでいた本に書かれていた、そして弟が目を輝かせながら読んでいたその一節を。

 

――その魔法、竜の鱗を砕き…

――竜の肝を潰し…

――竜の魂を狩り取る…

 

その魔法の名は滅竜魔法。繰り出されるは、竜を滅する最強の奥義…!

 

 

 

「滅竜奥義!!『紅蓮爆炎刃』!!!」

 

両手から発せられる高温の炎。その勢いはまるで、紅蓮の刃の如し。その刃に斬られし者、尽く爆炎の餌食とならん。

 

ギルドマスター・マカロフの実の孫にして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強候補に名を連ねたその男、ラクサス・ドレアー。雷の竜の力をも解放した彼は、同じく竜を滅する魔を持つ、火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)によって、打ち倒された。

 

「オオオオオオオオオオオォッ!!!!」

 

カルディア大聖堂…ひいてはマグノリア全域に、火竜(サラマンダー)の勝利の雄叫びが響き渡った。




次回『幻想曲(ファンタジア)


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第39話 幻想曲(ファンタジア)

間に合わないかも…とか思いながらも指が進んで間に合いました。

遂にきました幻想曲(ファンタジア)!皆さん!ハンカチ、タオル、ティッシュの用意は大丈夫ですか!?←自分からハードル上げていくスタイル

そしてこの回でBoF編も終幕。次回からはオリジナルも交えた幕間の章に入ります。予定としては4話くらい。そしてその次は…。

ひとまずは今回もどうかお楽しみください!


バトル・オブ・フェアリーテイルが本当の意味で終幕し、一日が明けた。その日行われる予定であった大パレード・幻想曲(ファンタジア)は二日先…正確には現在より翌日の夜に延期となった。

 

前日に街中で大々的に騒ぎを起こしていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)。その騒動に何かしらの原因があったのではと、近隣住民や観光客たちはあたりをつけているそうだ。実際間違っていない。

 

そしてすでにマスター・マカロフの容態がよくないことも、噂として広まっているようだ。もしかして引退するのではないか?もしそうなったとしたら、次期マスターは誰になるのか?年配の者達はマカロフの孫であるラクサスを候補としてあげながら、彼の幼少の頃を思い出して時の流れを実感している者も多い。

 

そんなマカロフの現在の状態はというと…。

 

「ポーリュシカさんのおかげで一命はとりとめたそうだ。安心してくれ。マスターは無事だ」

 

騒動が収まり一同が応急処置を受けて集っている妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルド内にて、代表してマカロフの容態を聞いたエルザがメンバー全員にそう伝えた。そしてそれを聞いた瞬間、ギルド内にいたほぼ全員が喜びの声を上げる。

 

「良かったぁ!」

 

「一時はどうなるかと思ったよ」

 

「あのじーさんがそう簡単にくたばる訳ねーんだ」

 

同じテーブルの前に座っていたルーシィ、シエル、グレイもまた喜びを噛み締める。自分たちにとっては親も同然であるマスター・マカロフが無事であったことにようやく安堵できたと言ってもいい。勿論、メンバーに伝えたエルザも喜んではいるが、これまでの事を考えると、楽観的に考えるには尚早とも言える。

 

「しかし、マスターもお歳だ。これ以上心労を重ねれば、またお体を悪くする。皆もその事を忘れるな」

 

『アイサー!!』

 

日頃から問題を頻発させているギルドでマスターを務めるのは、やはり心の重圧を否が応にもかけさせてしまうようだ。分かっているのか否かは定かではないが、少なからず今後は自重を考えてメンバーは一斉に返事した。そして宴会さながらの盛り上がりでテーブルにある飲食物に手をつけ始める。

 

「でも、こんな状況で本当に幻想曲(ファンタジア)やるつもりなの?」

 

「マスターの意向だし、こんな状況だからこそ…って考え方もあるわよ」

 

暗くなりがちな気分を盛り上げて明るくするためにも、盛大なパレードで街やギルドの皆に光を見せる。マスター・マカロフの意向によって、中止ではなく、延期と街の中では周知させたのだ。最近になって妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入したジュビアは、その話を聞いて期待に胸を膨らませている。

 

「ジュビアも、幻想曲(ファンタジア)観るの楽しみです!」

 

「ん?ジュビアは参加する側だよ。聞いてないの?」

 

「ええ!?だってジュビア、入ったばかりだし…」

 

だがシエルから聞かされた内容にジュビアは驚き、困っているのか喜んでいるのか分からないような反応をしている。だが仕方ない部分もあるだろう。バトル・オブ・フェアリーテイルによって怪我をした者の中にはまだ完治の目処が立っていない者たちもいる。怪我が目立たない者や動ける者達は全員参加するようにと、通達されている。

 

「って事はやっぱあたしも?」

 

そしてそれはルーシィも同じだった。観る側の方で楽しむつもりだったが、参加しなければならないという事実に、二分された複雑な感情を見せている。ほとんど怪我をしていない彼女は、参加が確実だろう。人手も少ない。

 

「あんな状態でなけりゃ、ほぼみんな参加できるようなもんでしょ?」

 

呆れ顔でシエルが指を指した方向に、近くにいた者たちは一斉に視線を向ける。その先にいたのはラクサスと激闘を繰り広げた4人のうち2人。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとガジル。だがその身体は包帯でぐるぐる巻きにされており、ガジルは右足にギプス。ナツに至っては右手をコルセットで固定されて顔までもが包帯で覆われている。当然ながら一番の重傷だ。

 

「確かに…」

「あんなのじゃなぁ…」

 

「あんなのとか言うなよ」

「ふぁがふんごがあげがあんがぐぐ!」

 

口元も包帯で覆われているせいか、ナツの声が籠りまくって言葉として成立していない。

 

「何言ってるか分かんないし…」

 

「さしずめ(ドラゴン)のミイラだね」

 

「ふぃひふがふがふががあんがふがふぁぐぐふぁぐ!!」

 

「わー、全然言葉が通じて来なーい」

 

「そんな大したこと言ってないと思うよ」

 

シエルの「ミイラ」発言にキレてることは確かだが、肝心の言葉がなんて言っているのかが伝わってこない。こちらも何と返せばいいのか反応に困るところだ。

 

「そもそもミイラが喋れるかよ。ま、どのみちこのクズが参加するのは無理だろうがな」

 

「おがえがべおごおご…!!」

 

「それは関係ねーだろ!鬼かお前は!!」

 

「何で通じてるのかしら…」

 

「きっと大した話じゃないからだよ」

 

「時折さらっと酷い事言うよな、ハッピー…」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)同士で通ずるものでもあるのか、あるいは別の何かか。兎にも角にもギルド内で起きていたごたごたは、これで全て片付いたと言える。騒ぎ、笑い、共に今を謳歌する。いつもの妖精の尻尾(フェアリーテイル)に戻った。それを実感したエルザの元に、一人の男が近づいてくる。

 

「やっぱり妖精の尻尾(ここ)はこうじゃなきゃな。これでようやく、帰ってこれた実感が湧いてきたよ」

 

近づきながら声をかけたその青年にエルザは振り向いて、その姿を確認する。軽いけがをした様子ではあるが、動くことに支障はないように見えるその青年・ペルセウスの姿を。

 

「ペル…そう言えば、帰ってきたばかりであったな。本来なら10年クエスト達成の祝いでもしてやりたいところなのだが…」

 

「そんなのは幻想曲(ファンタジア)が終わってからでいいさ。マスターへの話も、その後にするつもりだしな」

 

「シエルとは話せたか?」

 

「今朝、少しばかりな。詳しい事とか土産話も、幻想曲(ファンタジア)が終わってからにすると、約束もしたし」

 

そう告げながら彼は弟の方へと顔を向ける。色々と聞きたいこと、話したいことは互いに多くあるが、今は収穫祭のメインイベントに目を向けるべきだと判断しての事だ。これから待っている出来事の何もかもが楽しみなのか、兄から視線を受けていることに気付いたシエルは、ペルセウスに「ニカッ」と言う擬音がつくような笑顔を向けた。それを見たペルセウスもまた目を細めて笑みを浮かべている。

 

それを微笑ましげに見ていたエルザだが、その表情に影を落としながら真剣な面持ちでペルセウスに言葉をかけてくる。

 

「実は私も、お前にはいくつか聞きたいことがあるんだ」

 

その言葉に疑問符を浮かべながらエルザに向き直したペルセウス。そんな彼にエルザは告げる。

 

「特にジェラ…いや、ミストガンの…」

 

だが彼女のその言葉は突如遮られた。その原因は、ギルドに入ってきた一人の人物が発端だった。その場にいるほとんどの魔導士がその姿を見て一気に警戒を強くし、緊張状態を作り出したことによって。

 

体中を包帯で巻かれた状態でありながらファーコートを羽織って悠然と歩を進めてきたのは、ラクサスだった。

 

「ジジィは…?」

 

マスター・マカロフに会おうとしていることが、その一言で理解できた。だが、昨日の彼の所業を知っているメンバーたちからすれば、マカロフに会うことを許せるはずもない。

 

「テメェ…!!」

 

「どのツラ下げてマスターに会いに来やがった!!」

 

『そーだそーだ!!』

 

怒りと非難の声で埋め尽くされるギルド。極少数人がそれを止めようとするが止まる気配はない。エルザが「よさないか!」と強い口調で声をかけたことで、ようやくそれは収まる。その声でエルザの方へとメンバーたちが視線を向けると、彼女の近くにいたペルセウスが彼女の代わりに答えた。

 

「奥の医務室にいる」

 

「お、おいペル!?」

 

場所をあっさり告げた彼に動揺の声が上がるが、ラクサスはそれを気にも留めず、医務室へと歩を進めていく。それを警戒しながらもメンバーたちは見ていることしかできない。

 

「んがーーーっ!!ふぁぐああーぐぅ!!」

 

そんな空気をぶち壊してラクサスの行く手を遮ったのはナツだ。それに気付いたラクサスは足を止めて彼を見る。そしてナツは空いている左手の人差し指を勢い良くラクサスに差しながら叫んだ。

 

 

 

「ぎがふぎがごごばはがごふぇ!ksbwmlkzくぁwせdrftgyふじこlp!!ふぁぐあぐ!!」

 

 

 

「何て?」

それが一同の心の声だった。ポカーンとしながらナツを眺める一同にも気づかず、言いたいことは言い切ったと言わんばかりに息を整えているナツ。ラクサスに通じたのかさえ分からない。彼の言葉を理解できるとすれば現状一人しかいない。という事でシエルは彼に任せた。

 

「ガジル、通訳よろしく」

 

「『二対一で、しかもエルザとペルも後から来た状態でこんなんじゃ話にならねえ!次こそはぜってー負けねえ。いつかもう一度勝負しろ!ラクサス!!』だとよ」

 

「え、勝ったんでしょ?一応」

 

話に聞いた程度ではあるが、最終的にラクサスを制したのはナツだ。しかしガジルとの二人がかり、更にペルセウスやエルザといったS級魔導士も戦いに参加していた状態でも拮抗していたあの状態では、ナツは納得出来ない。そしてそれはガジルも同じだ。

 

「あいつはバケモンだ…。ファントム戦に参加してたと思うとゾッとするぜ…」

 

最早過去の出来事とも言える幽鬼の支配者(ファントムロード)との抗争。当時ファントム側にいたガジルは、もしあの場にラクサスもいたとしたら、恐らく自分は手も足も出なかったかもしれない。ジョゼならば勝てただろうが、ラクサス一人を下すのに、どれだけの犠牲を払わなければならなかったのかも計り知れない。そう思わずにはいられなかった。

 

そのラクサスは、ナツの横を通り過ぎてそのまま医務室に向かっていく。無視されたのかととったナツは「ラクサス(ふぁぐぁぐ)!」と名を叫びながら振り向く。だが、去り際にラクサスは右手を上げてナツに見えるように示した。肯定の意だろうか。それを理解したナツは目を見開いて、そして喜びを包帯で隠された表情に表していた。

 

「さあみんな!幻想曲(ファンタジア)の準備をするぞ!」

 

「いいのかよラクサス行かせちまって!」

「大丈夫よきっと」

「てかミラちゃん!何でケガしてんだよ!誰にやられた!?」

「ナツ…お前ラクサスよりひでー怪我ってどーゆー事だよ…」

「んがごがー!!」

「『こんなの何ともねーよ!』だとよ」

「ナツー!血ィ!血出てる!!」

 

エルザの檄を起点に一気に盛り上がり、明日の夜に向けて準備や練習を始めるメンバーたち。その光景を見ながら、ペルセウスは笑みを浮かべ、そして奥の方へと足を向けて進んでいく。それにいち早く気付いた彼の弟はすぐさま尋ねてきた。

 

「あれ、兄さんどこ行くの?」

 

「ちょっとトイレだ。準備は手伝うから心配ない」

 

「…そう?」

 

どこか気になるが、兄の事だから深く追求する必要はない。そう結論付けてシエルは準備を始める仲間の輪に混ざっていった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

新しくなったギルドホームの内装は、彼の記憶の中とは大きく違う。まだ覚えたてではあるが、ペルセウスは迷うことなく目的の場所に着いた。弟に伝えたトイレ…ではなく、マスター・マカロフと、その孫であるラクサスがいる医務室。中に入ろうとはせず、扉の傍にある壁に、背中から体を預けて中の会話に耳を傾ける。

 

「全く…不器用な奴じゃの…。もう少し肩の力を抜かんかい」

 

聞こえてきたのはマカロフの声。ラクサスに語り掛けているであろうその声は、怒りを込めたものではなく、とても穏やかだ。家族に向けて話しかける時と、同じ…。

 

「そうすれば、今まで見えなかったものが見えてくる。聞こえなかった言葉が聞こえてくる。人生はもっと楽しいぞ」

 

ラクサスはこのギルドを…妖精の尻尾(フェアリーテイル)をもっと大きく、もっと強くしようとしていた。だがその根幹に存在したのは、彼に確かな愛情を向ける偉大な祖父(マカロフ)への想い。愛しい家族が愛する家を、誰からも守れるように。ただその一心だった。

 

しかしマカロフは、そこまでの高望みはしなかった。少しずつでも成長すれば、それで良かった。生きがいだった。強い力はいらない。賢くなくてもいい。ただ一つ。

 

「何より元気である。それだけで十分だった」

 

ラクサスの声は聞こえない。中の様子は見えないために、彼が今どんな表情で、どんな心情でいるのかは分からない。けれどペルセウスは確信していた。ラクサスもまた、ギルドの為を思っていること。家族を大事にしていること。誰の命も奪わなかった妖精の法律(フェアリーロウ)が、その確信を理由づけていた。

 

 

 

 

 

「ラクサス…お前を破門とする」

 

マカロフから下された処罰。家族でいられなくなってしまったその結果に、落胆しながらも反論の余地は感じられなかった。彼のとった行動は、家族や街にいる者達の命を危険に晒していたのだから。そしてそれはラクサスも同様に感じていた。だからこそ、彼もその処罰に反論しなかった。

 

「ああ…世話になったな…」

 

ラクサスのその声と共に、こちらに近づく足音。そして、小さいながらもしっかりと、彼の声は耳に入った。

 

 

 

「じーじ…体には気を付けてな…」

 

「出てい゛げ…!」

 

これまでの彼では考えられなかった穏やかな孫の声、涙混じりの祖父の声。それを最後に、ラクサスは祖父の元を去った。医務室から出てきたラクサスは、壁にもたれかかってこちらの会話を聞いていた様子のペルセウスを視界に捉える。

 

「聞いてたのか…」

 

「何となく、こうなるかもしれないとは思ったが…」

 

引き止めようとはしない。祖父であるマカロフも、破門をしたくてその決断を下したわけではない。苦渋のものだ。それに反論することは彼のその決断をふいにすること。そしてラクサス自身の贖罪の想いも無駄にすることになる。ペルセウスの前を通り過ぎていくラクサスは、すれ違いざまにこう零した。

 

「シエルに伝えてくれ。『今まですまなかった…』ってな…」

 

その言葉を残して立ち去っていくラクサスの背を、彼は何も言わずに見送った。どこか悲しげな表情を浮かべながら…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

フィオーレ王国のとある荒野の一角。岩山一つを中から抉り取り、住居兼拠点として作り上げた、建物と言うのも難しいその場所。何羽ものカラスが集い、まるで廃墟のような印象を受けるその拠点は、実は紛れもなくギルドの一つだ。

 

「カラスぅ~~お前は何故にそんなに美しい。あ?そりゃあ嫌われモンだからってよォ?よぉしよしぃ」

 

その拠点のバルコニーの手すりに止まっていた二羽のカラスに、一人の男がねっとりとした声を出しながら近づいていく。そしてその内の一羽を両手で抱える。随分と濃く蓄えられた黒い髭と、大柄な体を持つ中年の男は、傍から見ればただカラスを可愛がっているようにも見える。だが、抱えられていないもう一羽は何かを感じとり、その場から飛び去って行く。

 

そして男に抱えられていた一羽は、途端にその動きを止めると、一瞬で一枚の紙へと変貌し、床に力なく落ちていった。

 

「ぶはは!美しいものは儚い命だ」

 

「全くもってその通り」

 

カラスを紙に変貌させたその元凶の男の元に、二つの影が近づいてくる。その内の一つは男の呟きに同意を示し、口元に弧を描きながら長杖を片手にして近づいてきている長身痩躯の男。そしてもう一つの影は、一見すると怪我人だ。痛々しいものを見せるように体中に包帯が巻かれているその男は…。

 

「マスター・『イワン』。ガジルくんが訪ねられましたので、勝手では、誠に勝手ではございましたが案内致しました」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるはずのガジル・レッドフォックス。他の者達が幻想曲(ファンタジア)の準備を行う中、彼は一人でこのギルドを訪問していた。

 

「おーおーガジルちゃん!また随分と派手にやられちまったみたいで、可哀想になぁ~!」

 

「わざとらしい演技はよせや」

 

いかにも満身創痍に見えるガジルを心配する言動の男『イワン』に、顔を顰めながら素っ気なく返す。互いに知っている関係のようだ。

 

「さて、バトル・オブ・フェアリーテイル…あれから、一体あれからどうなったのか、教えていただけますか、ガジルくん?」

 

丁寧な口調が特徴のようである痩躯の男を皮切りに、このギルドにまで周知されていたバトル・オブ・フェアリーテイルの話がガジルから語られる。そして、ラクサスが破門されたことも含めて、全て伝えられた。

 

「そうか…ラクサスは破門されたのか…ぶははは!こりゃ好都合だな~」

 

「…そのラクサスの事だがな、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だったなんて聞いてなかったぞ」

 

ガジルから問われた内容を聞いたイワンは、それに吹き出し、突如大きく笑い出した。彼にとってはその問いはあまりに滑稽であったのだ。

 

「あれは()()()()。ニセモノちゃんよぉ…」

 

「ニセモノ?」

 

舌なめずりをしながら告げたその単語を、ガジルは思わず反芻した。何故この男がラクサスの事に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)についてこれ程までに詳しいのか。その理由は単純明快。

 

本名を『イワン・ドレアー』。元々は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士にして、ラクサスの実の父親である。数年前に、危険分子とみなされてマカロフに破門をされた後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)への報復を企んでギルドを新設させたのだ。

 

そして今、新設させた闇ギルド・『大鴉の尻尾(レイヴンテイル)』のマスターに座している。

 

「マスター・イワンのご子息であらせられるラクサス殿。彼は、そう彼は幼少の頃はとても身体が弱かったのでございます」

 

「それを不憫に思ったオレは、ラクサスの身体に魔水晶(ラクリマ)を埋め込んだ」

 

二人の男から説明されたその内容に、ガジルは驚愕する。身体に埋め込まれた魔水晶(ラクリマ)。それが何を意味するのかは、十分に理解できた。滅竜魔法を扱えるようになる代物。ナツやガジルとは別の方法で会得できる希少な存在だ。勿論珍しさも半端ではない。

 

「破門されたラクサス殿はここに、いずれここに来ることとなるでしょう」

 

「ああ、丁度いい。あの魔水晶(ラクリマ)は金になるって最近知ったところだ。それも信じられねえほどの金に」

 

それが一体何を意味するのか。ラクサスの身体から魔水晶(ラクリマ)を取り出し、資金とすることを目的としている。イワンにとっては元々息子のラクサスには過ぎた力。取り出した際にはラクサス自身がどうなるかは分からないが、最早知った事ではない。今やただの金と同義。

 

「お前はもう少し潜入を続けろぉ。いいか?万が一スパイだとバレてもこの場所だけは吐くんじゃねぇぞ」

 

「そんなヘマはしねぇよ」

 

勢いよく顔を近づけながら低い声で釘を刺してくるイワンに動じることなく、「ギヒッ」と獰猛な笑みを浮かべながらガジルは承諾したのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

マグノリアの収穫祭もいよいよ大詰め。二日ほど延期されていた一大イベントが、遂に開催される時が来た。

 

マグノリアを代表とするギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちによる、魔法を活かした大パレード。その名も幻想曲(ファンタジア)

 

雲一つない快晴の夜空を彩るは、様々な色彩の花火。暗い街に似合わない豪華な光に包まれて、様々なモチーフが施されたパレードフロートが直列に進み、その周り、またはフロートの上から魔導士たちが各々の魔法や特技を使ってパフォーマンスを行っている。

 

列の両端に集った観客たち、中には住宅の屋根の上から観覧している者達もいる。誰も彼もが輝くような笑顔を浮かべていた。

 

特に注目を集めていた演目を記しておこう。

 

最初に盛り上がりを見せていたのは、ミス・フェアリーテイルコンテストに出場していた女性魔導士たちのうち3人。ルーシィをセンターに、レビィ、ビスカと共に旗を両手に持って一糸乱れずダンスを披露。完成度の高さ、そして時折個性が感じられるアドリブパフォーマンスが、観客の視線を釘づけにしていた。

 

次に注目されたのはすぐ後ろを行進するフロート。ひびの入った石の塔をモチーフとしたフロートに乗っているのは、全身接収(テイクオーバー)獣王(ビースト)の姿となったエルフマン。フロートの柵の一つを剛腕で掴みながら客たちに向けて威嚇のように雄叫びを上げるその姿は圧巻。その迫力に歓声を上げる者も多い。さらに、石の塔の頂点に付けられた桃色の薔薇が花開くように解けると、まるで花の精を現すかのようにミラジェーンの姿が出現する。先程のエルフマンと合わせるとまさに「美女と野獣」。そして、そのまま彼女は変身魔法を使って、その姿を変化させた。

 

だがその姿がまさかの大蛇。石の塔を押し潰し、周りに威嚇していた野獣のエルフマンさえも尻尾を巻いて逃げだす(ように見える)変貌に、観客の一部、特にミラジェーンのファンは目を疑うように絶句していた。「美女と野獣、時々大蛇」。観たいような観たくないような作品が頭に浮かぶ…。

 

気を取り直して次に注目されたのは一見すると何も乗っていない青いフロート。だが、その先頭に乗っている青と水色の王子のような服を着たグレイによって、一瞬で大きな氷の城が出来上がる。そして、その周りをグレイと同じ色と意匠を模した姫のようなドレスを着たジュビアが城やフロートから水を吹き出させる。アイコンタクトで息を合わせ、城の頂点まで橋のように水流を起こすと、その上に「FAIRY TAIL」と氷の文字が作り出される。氷と水の幻想的なイリュージョンに、うっとりとしている者達も多かった。

 

そこからさらに盛り上がりを見せたのは忘れてはならない妖精女王(ティターニア)のエルザ。姫騎士を彷彿とさせる鎧姿の彼女の周りを、10を超える剣が等間隔に並んで旋回し、彼女自身もその中心で緩やかに剣舞を披露する。そしてしばらくすると彼女はその身体に光を纏って換装。凛々しい鎧姿から一転、妖艶的な踊り子の衣装を身に纏い、両手には石突にも細長い布を付けた曲剣をそれぞれ一本ずつ持ちながら艶やかに舞う。

 

そしてさらに後方に、他のフロートと比べても小さい、子供ぐらいの高さしかない小さなフロート4つと共にと歩で進みながら、紅蓮の炎を後に残して悠然と進む火竜(サラマンダー)。ナツを象徴する炎が、フロートそれぞれに付けられた煙突から噴き出される炎、ナツ自身が起こす炎と組み合わさり、温度が非常に高い。そのフロートを牽く四足歩行の謎の生き物を模した機械のうち一体に乗った、彼の相棒であるハッピーが観客たちに手を振っている。そして彼は大きく息を吸い込み、空中に炎を何発か飛ばす。それは空中で文字になり妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名を記して…。

 

「ぐはぁ!!」

 

途中で盛大にむせた。見たところまだ怪我は完治には程遠い。口周りの包帯が取れているだけ、回復は進んでいるようだがそれでも時間はかかりそうだ。そんな状態でも絶対参加すると言っていた結果らしい。その様子がおかしかったのか、観客たちからも笑いがこぼれている。

 

そんなパレードの様子を見ながら緊張の面持ちをしている者がいた。今回初参加の内の一人で、最年少のシエルだ。純白の法衣に近い衣装に身を纏った彼は徐々に近づいている出番に激しく緊張していた。

 

「つ、遂に来るか…ぅう~~!夢にまで見た初参加だけど…いざ来るとまだ震えが…!」

 

「そう固くなる必要などないぞ?」

 

そんなシエルに声をかけるのは彼の次の出番、最後尾のフロートを担当するマスターのマカロフだ。

 

「パレードは楽しいものじゃ。見る者も、行う者も、楽しく笑うことが出来る。じゃからお前らしいパフォーマンスを、心から楽しみながらやればよい」

 

パレードに参加できるほどまで体調が落ち着いたギルドの最年長の言葉は、最年少であるシエルの心にすっと落ち着いた。彼の言葉を噛み締めるように大きく深呼吸を一つ。もう大丈夫。震えは止まった。一言礼を告げれば、マカロフは歯を剥きながら笑みを向けた。

 

「次、スタンバイお願いしまーす!」

 

「あ、来た!じゃあ俺、楽しんで行くね!マスター!!」

 

「うむ、その意気じゃ!」

 

係の者に呼ばれ自分が担当するフロートに乗り込んだシエルを見送るマカロフ。その後方から彼に声をかけてくる人物がいた。

 

「マスター」

 

「ん?ガジルか」

 

所用でマグノリアの外へと出ていたガジルである。まだ怪我が完治している様子ではないが、無理をしてでもナツが参加しているところを見ると、彼も既に動く事なら問題ないはず。

 

「お前は参加せんのか?」

 

「ガラじゃないんでね」

 

「よー言うわ。『シュビドゥバー』の癖に!」

 

収穫祭の前に盛大に披露したガジルのあの姿を思い出して笑いを零しながら告げたマカロフに、ガジルはどこか羞恥心を感じた。BEST FRIEND(あっち)幻想曲(こっち)も大して変わりゃしないと言うのだろか?

 

「これを…」

 

するとガジルはマカロフに一枚の小さな紙きれを渡す。そこにはある場所について、細かくメモがされていた。その内容はというと…。

 

「マスター・イワンの、あんたの息子の居場所を突き止めた」

 

「すまんな、危険な仕事を任せて…」

 

「ま、気にすんな。抜かりはねぇよ。オレが“二重スパイ”だってのはバレてねぇ。それより奴は、ラクサスの魔水晶(ラクリマ)を狙ってる」

 

イワンがマスターを務める大鴉の尻尾(レイヴンテイル)。ガジルはそのギルドから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に差し向けられたスパイ…とイワンは思い込んでいるが、事実は違う。マカロフの方からイワンに接触するように指示を出され、二重スパイとしてガジルに潜入を任せたというのが事の真相である。ガジルから渡された場所のメモを懐にしまうと「よくやってくれた」とガジルを労った。場所さえわかれば後はどうとでもなる。好きにさせるわけにはいかない。

 

「マスター、準備できました!」

 

「んじゃ!行ってくるぞい!!」

 

真剣な面持ちから一転。どこかファンシーな衣装に身を包みながら、マスター・マカロフは最後尾のフロートと共に行進を始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

マカロフがガジルと話している間に、シエルの演目は進んでいた。フロートは土台が大きな白い雲、その後方には虹のアーチを中心に、雨や雪、太陽をモチーフとした光る装飾が施されている。そのアーチを潜って現れたのが、体を覆うような白い法衣に身を纏ったシエル。てるてる坊主をモチーフとした衣装だそうだ。

 

彼はまず小さめの曇天(クラウディ)をいくつも作り出して上空へと飛ばす。数は9個。その雲目掛けて様々な色の魔力の弾を飛ばして打ち抜いていくと、晴れ、雷、雨、竜巻、雪といった様々天候の魔力で作られた「FAIRY TAIL」の文字を作り出して夜空を彩る。観客たちの視線を釘付けにしながら、彼は次の行動に移った。

 

再び雲を作り出したシエルは横に集まる一つの家族に目を付ける。父と母、そして男女それぞれの幼い子供の家族だ。そこに三つの雲を早く、しかし早すぎない速度で近づけていく。先に二つの雲が子供たちの前に到着。好奇心旺盛な子供たちは目の前まで来た雲に疑問を抱きながらも手を伸ばす。途端、雲が弾けて男の子の方は雪で作った小さな雪だるま、女の子の方は優し気な太陽の光で作った一輪の花が現れた。それを目にした子供たち、そして周りの観客たちも一気に目を輝かせる。

 

そして今度は父親の方に、遅れてやって来た雲が近づいてきた。「お?パパにも来てくれたみたいだぞ~」と自慢げに告げる父親が雲に手を伸ばすと、突如雲が感電。微量の静電気が流れ、「いったぁ!?」と父親が叫ぶと同時に雲も弾ける様に消えた。それを見ていたシエルは握りこぶしを口元に持って行ってイタズラが成功したように笑う。そう、イタズラだ。それに気付いた観客たちがシエルを指さしてそれを父親に伝える。

 

「このイタズラ小僧~~!!」

 

父親の叫びに周りの観客たちはおろか、妻である母親も、子供二人も巻き込んで爆笑。悪戯妖精(パック)の名に恥じないパフォーマンスである。その姿を別の場所から眺めているのは、彼の兄であるペルセウスだ。本来なら彼も動くことが出来るので参加と命じられているのだが、弟の初の晴れ舞台をどうしても見たいがために、観覧側に持ち込むよう交渉したのだ。その甲斐あって、立派に成長したシエルの姿を目に焼き付けている。

 

「一年…たった一年で、本当に大きくなったんだな…」

 

身長自体はそこまで伸びてはいないが、魔導士としては本当に大きくなった。まだまだ頼りないところがあった部分もあるが、そこはまたこれからの成長が楽しみと言うもの。ふと視線を別の方向に向ければ、観客たちが賑わう列から外れた路地裏に、見知った影を見つける。

 

「もう街からも出ちまったのかと思ったけど、見に来てたんだな」

 

迷わず声をかけるペルセウス。その影の正体はラクサスだった。最後の最後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが集う幻想曲(ファンタジア)をこの目にしておこうという思いからであろうか。

 

「…お前は参加しねえのか?」

 

「シエルの晴れ舞台だからな。少々骨は折れたが、何とか説得できたよ」

 

「晴れ舞台」。その単語を聞いたラクサスはどこか、顔を俯かせて呟いていた。だが、それにペルセウスは気付かない。

 

「マスターだ!」

「マスターが出てきたぞ!!」

 

観客たちが騒ぎ出したその言葉に、二人の視線もパレード側に向けられる。一際大きいフロートの一番高い位置で、猫を模したキャップを被り、猫の尻尾も取り付けたマスター・マカロフが、片足を上げながら両腕を上下に高速で動かしながらあらゆる方角を向いて見せる。

 

「何か妙にファンシーだ!」

「ファンシーつーかファンキーじゃね?」

「似合わねぇ!」

「そのコミカルな動きやめてくれ~!」

 

どこか面白おかしいパフォーマンスに周りの観客たちも大いに笑っている。近くにいるペルセウスすら、口元に弧を描いて笑っている。そんな様子をラクサスは穏やかに眺めていた。

 

幻想曲(ファンタジア)。この一大イベントは、彼が妖精の尻尾(フェアリーテイル)として過ごした中で、縁深い思い出といっていい。10年以上前、ラクサスがまだ魔導士になるよりも前の頃、祖父との約束で幻想曲(ファンタジア)を一緒に見たこともある。まだ子供という事で背丈が低く、他の観客たちの背に埋もれてパレードが見れなかった自分を、祖父は自分を肩車しながら自分の下半身を魔法で肥大化させ、誰よりも高い位置からパレードを見させてもらった。

 

『どうじゃ、ラクサス!あれが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士じゃ!!』

 

『すげえ…すげえよじーじ!オレのじーじは、サイコーのマスターだあ!!』

 

あの時は純粋に祖父が、ギルドが大好きだった。それを一番感じさせてくれたのは、この幻想曲(ファンタジア)だ。記憶から呼び起こされたその光景を思い出し、感傷に浸りながら、ラクサスはその場を後にしようとする。

 

「ラクサス、あれ…見ろよ」

 

だがそれをペルセウスに呼び止められ、ラクサスは反射的にパレードの方を振り向いた。その目に映っていたのは、彼にとって大きな衝撃を与える光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

コミカルな踊りをしていたマスター・マカロフが、突如堂々とした立ち姿と表情で、右手の親指と人差し指を天高く上に上げている。

 

マカロフだけではない。パレードで行進していた全ての魔導士たちが、マカロフと同様に天高く親指と人差し指を立てた手を上げていた。

 

驚愕に目を見開いているラクサスに、ペルセウスは独り言のように話しだした。

 

「あのポーズ、マスターに意味を聞いたことがあるんだ。『たとえ姿が見えなくても、遠くに離れてても自分はずっとあなたを見ている。』そんな意味が込められたメッセージだと」

 

ギルドの者達が一様にとっている暗号のようなポーズ。ギルドの絆を感じさせるようなそのポーズを始めてみたペルセウスが前触れもなく聞いた時に、話していたことだ。

 

「いつ、誰が最初に考案したのか、結局は教えてもらえなかったよ。マスターが考えたのか?って聞いても『ワシではない』って。けどこれだけは感じたよ。このポーズを最初に考えた人は、ギルドの事が、家族の事が本当に大好きだったんだなって」

 

ペルセウスの言葉を聞きながら、ラクサスは頬に流れる熱いものを感じ取っていた。何故なら、そのポーズは…。

 

 

 

『じーじ!今回は参加しないの、幻想曲(ファンタジア)?』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入り、初めての幻想曲(ファンタジア)に参加するラクサスは、祖父に今回参加しないのかと尋ねていた。

 

『お前の晴れ舞台じゃ。客席で見させてもらうよ』

 

『じーじのトコ、見つけられるかなぁ…?』

 

『ワシの事などどうでもよいわ』

 

マカロフとしては、初の晴れ舞台となる孫の勇姿を見ることの方が大事だ。しかし、ラクサスもまた、マカロフに立派な姿を見せるために、彼の居場所は見つけたい。すると、彼は妙案を思いついたように指を鳴らした。

 

『じゃあさ、オレ…パレードの最中、こうやるから!!』

 

天高く右手を掲げ、親指と人差し指を伸ばしたそのポーズ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士ならば皆掲げたことのあるこのポーズを見たマカロフは、それに首を傾げた。

 

『なんじゃそりゃ?』

 

『メッセージ!じーじのトコ見つけられなくても、オレはいつもじーじを見てるって証!!』

 

それを聞いたマカロフは目頭が熱くなった。幼い時は身体が弱かった孫が、今では魔導士に、そして祖父想いの心優しい子に育ってくれたことに、感無量となっていた。

 

『見ててな!じーじ!!』

 

そしてその年の幻想曲(ファンタジア)。彼は祖父に宣言した通り、マカロフが見ている前で、そのポーズをとった。そしてそれはメンバーに伝わり、新しく入った者達にも受け継がれ、ギルドから旅立つ者達に、同じポーズをとって決意の約束を刻む証にもなっている。

 

それを作り出したのは、祖父と、祖父が造ったギルド、そこに属する家族を愛する、一人の少年。

 

「っ…じーじ…!」

 

頬を伝う熱いもの…涙を流しながら、彼らがとったポーズの意味をラクサスは理解した。

 

 

───たとえ姿が見えなくとも、たとえ遠く離れていようと、ワシはずっとお前を見てる。ずっとお前を、見守っている。

 

 

「…ああ、ありがとな…」

 

祖父の声が聞こえたラクサスは、流れる涙を拭うことはせず、彼らに背を向けて歩き出す。想いは受け取った。これ以上は言葉はいらない。マグノリアの外へと歩むラクサスに、ペルセウスは呼び止めることはせず、己の右手を掲げ、親指と人差し指を天高くに伸ばした。

 

「じゃあな、ラクサス…またな…」

 

呟くように零したペルセウスの言葉。届いたかどうかは彼には分からない。

 

 

 

「…またな…か…」

 

同じように彼らと同じように右手を掲げたラクサスにしか、それは分からなかった。

 

溢れる歓声。広がる笑顔。空を彩るは花火と、魔法で作られた「FAIRY TAIL」。

 

幻想を奏でるパレードはまだまだ盛り上がりを見せていた。きっとこの夜は、みんなの心に長く残るだろう…。




おまけ風次回予告

ペルセウス「さて、正式に合流もできたことだし、改めてよろしくなルーシィ」

ルーシィ「は、はい!こちらこそよろしくお願いします、ペルセウス…さん!」

ペルセウス「そんなに畏まらないでくれよ。それと、皆からは『ペル』って呼ばれてるから、そっちで呼んでくれる方がいい」

ルーシィ「す、すみません…幻の魔導士、なんて言われてる人を前にしてるんだって思うと、緊張しちゃって…」

ペルセウス「あ~…下手に噂を広められるのが嫌な性分だからな…そう広まってるのか…」

次回『ペルセウスという男』

ルーシィ「そんなに気にすることですかね…?」

ペルセウス「実際に目にするときと印象が違ってしまうもんだぞ。化け物ネズミを退治したコスプレ好きの財閥令嬢の上に鍵コレクターなんて…」

ルーシィ「あたしも噂より、実際に目にした方がいいと思います!はい!!」


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第4.5章 ファルシー兄弟冒険譚・始動
第40話 ペルセウスと言う男


またも遅れて申し訳ありません。

時間の余裕も見て順調に書いてたと思ったら、いきなりキーボードがバグって対処に時間かかりました…。やけに処理も重くなったし…。

そして今回の更新でタグをまた一つ追加しました。ホントはペル対ラクサスの回更新の時に追加する気だったのにすっかり忘れてましたごめんなさい。


マグノリアの収穫祭が終幕し、一週間が経った。バトル・オブ・フェアリーテイルによって荒れてしまったマグノリアは、ようやく落ち着きを取り戻したと言える。

 

しかし、ラクサスが破門された件については、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーたちに少なからずショックを与えたようで、特にナツは前日までマスターに散々抗議を続けていた。

 

「納得いかねーぞじっちゃん!何でラクサスを追い出したんだ!!あいつだって仲間だろ!?喧嘩したって仲間だろ!!?」

 

このように抗議を続けるナツの言葉を、マスター・マカロフは腕を組んで黙しながら聞くのみ。尚も抗議を続けようとしたナツは、エルザから止められるまでずっとこの調子を貫いていた。

 

さらに、マカロフは孫の責任をとるためにマスターの座をおりると告げ、ギルドを出て行くと言い出す。メンバーたちは勿論説得した。それでも決意は固く一向に応じようとしなかったのだが…。

 

「ラクサスの罪をこれ以上重くしないでください。マスターが辞めた事を、ラクサスが知ったら…」

 

長かった髪を剃り落とし「ボーズ」となったフリードの姿勢と言葉に、何とか思いとどまってくれた。フリード曰く、昔の者達は反省の姿勢を見せる時には「ボーズ」にするのが定番だったらしい。確かにどこか懐かしいが…。

 

フリードと言えば、雷神衆のメンバーたちはラクサスが抜けた後もチームを存続、ギルドの者達とも少しずつ打ち解けようとしていた。エバーグリーンはリーダスに絵のモデルになることを志願したり(彼女の方から描くように迫っているとも言えるが)、ビックスローはやけにルーシィに話しかけている様子が見られる(ロキとの関係について茶化しているようにも見えるが)。

 

それから収穫祭が終わってから、エルザが一人で物思いにふける様子もよく確認されている。恐らくミストガン(ジェラール)の事についてだろう。ミストガンの正体を見てから、頭のどこかで考えずにはいられないようだ。そしてこれはマスター・マカロフにも尋ねたことがある。

 

「まさかお前の知人と同じ顔だとは…。すまんがワシも奴をあまり知らん。無口な奴だからのう…」

 

マカロフでさえ彼を詳しく知らない。有力な情報はなし、かと思われた。

 

「だがミストガンがギルドに来る時、ペルだけが起きていた時が度々ある。あいつなら知ってるかもしれん」

 

それを聞いた時、エルザは驚愕するとともに思い出した。ペルセウスは彼についてよく知っているらしかったことを。そして当人から聞いた内容は…。

 

「確かにミストガンとはいくらか話したことがある。あいつの頼みで詳しくは教えられないが、一つだけ。多分お前が知っている『ジェラール』はあいつとは全くの別人だ…遠からずだが…」

 

ミストガンはジェラールとは別人。本人から確かにそう聞いてはいたが、それにしては顔が同じように見えるのはどういう事だろう。彼女が抱える悩みが更に増長されるだけに終わってしまった。

 

ラクサスの破門についてショックを受けていたメンバーの中には、彼とわだかまりを持っていた者たちも多い。そしてそれはかの少年も含まれていた。可能性は十分にあると考えてた。しかしいざ本当にそれが現実になると、自分でも驚くぐらい衝撃を受けたそうだ。

 

「ラクサスについての記憶は嫌なものしかなかったのに、何でかな…?」

 

消沈としながら兄に語ったシエル。そんな彼にペルセウスはラクサスからの言葉を伝えた。破門されたことを祖父に告げられ、医務室から出てきた時の彼に頼まれた謝罪の伝言を。

 

「…そんなの…最後に言うなんてっ…!俺だって、酷い事言ったのに…謝りたかったのに…!!」

 

今にも涙を流してしまいそうな悲しそうな表情を浮かべながら、後悔混じりに言葉を絞り出した。目の前の弟がラクサスとどんな会話をしていたのかは何となく察知できる。彼はただ、ラクサスの強さに対しても憧れを持っていた。最強だと信じて疑わない兄に匹敵する実力を持っているラクサスにも憧れを持っていたことで、いつかは追いつきたい、追い越したい。その思いが彼に対する反抗的な態度を形作っていた。頭の中では彼を嫌悪しようと、心では皆と同じように仲間であると認識していた。

 

目の前に高くそびえる大きな壁が、乗り越えようとして何度も挫けそうになったその壁が、突然目の前から消えてしまった。そうなって初めて、彼はラクサスが自分にとってどんな存在なのかを感じることになった。

 

様々な出来事が起き、過ぎていった一週間。容体も持ち直して快方に向かったマカロフは、カウンターに胡坐をかきながら目の前に座っているペルセウスの報告を受けていた。収穫祭とそれを巡る騒動によって流されかけていた10年クエストについての報告である。

 

「ともかく、無事に達成してこのギルドに戻ってきた。それだけで立派じゃ、よくやったな、ペル」

 

「ありがとう、マスター」

 

笑みを浮かべながら激励の言葉を述べ、それに己も笑みを返す。1年という長い期間留守にしていたこともあって、心配していた部分もあるらしい。こうして面と向かって話すだけでもマスター()としてはとても安心できる部分が多いのかもしれない。

 

「時に、これからどうしていくのか決めているのか?遠出が必須になる依頼(クエスト)もいくつかあるが…」

 

「いや…しばらくは長期の仕事は控えようと思う」

 

ふいに尋ねてきたマカロフの質問に答えた内容は、彼を少なからず驚かせた。今までは依頼に行くたびに時間をかけて遠出をする放浪癖を持っていた彼が、そう断言することが意外であった。だが、次の言葉と共にマカロフの疑問は納得に変わる。

 

「シエルの傍にいてやりたい。寂しがってただろうし、今どんな風に仕事をしているのかも見てみたい」

 

「…そうか」

 

穏やかな表情を浮かべているペルセウスにマカロフは笑みを浮かべながら答えた。彼にとっては最後の血縁でもある弟の事を案じている様子が微笑ましかったのだろう。ギルドのメンバーは家族のような存在だが、その中でも幼少から気にかけていた弟の存在は彼にとってとても大きい。

 

「うぁあああんっ!!シエルゥゥ!たすけーてぇ!!」

 

その時だった。大声で泣き叫ぶ少女が自分の弟の名前を呼んだのを耳にし、驚愕と共に反射的に振り返った。そして目に映った。(シエル)が座っている席のテーブルに突っ伏して涙を流しながら懇願している様子の金髪少女の姿。

 

「えーっと…何となく察しはつくけど一応聞くよ、何かあった?」

 

「ミス・フェアリーテイルコンテストォ!!家賃ゲットできなかったのよぉーっ!!」

 

苦笑しながら尋ねた問いの答えでシエルは納得した。というかやはりと言った感じだ。すっかり忘れられていたように感じていたミス・フェアリーテイルコンテスト。ちゃっかり集計はされていたのだ。だがルーシィが嘆いている理由はその結果。

 

1位:エルザ

2位:ルーシィ

3位:ジュビア

 

優勝はゴスロリ姿への換装で会場を大いに沸かせたエルザ。ルーシィは惜しくも2位であった。アピール途中で中断させられたにしては大健闘であったが、50万J(ジュエル)を獲得したのはエルザとなり、結局ルーシィは今月の家賃ピンチの現状から脱却できないままだった。

 

「お願い!シエルが頼みの綱なの!何でもするから!どうかお慈悲を~!!」

 

「分かった、手伝う!手伝うから!ミスコン2位がしちゃいけない顔になってるから落ち着いて!!」

 

涙に濡れまくった顔を晒しながら頼み込んでくるルーシィに根負けし、シエルは了承した。取り敢えず依頼板(リクエストボード)に向かおうと席を立ったところで、二人に声をかけてくる者がいた。

 

「頼りにされてるな、シエル。泣いて懇願される程とは」

 

「兄さん!」

 

「はっ!ペルセウス…幻の魔導士…!!」

 

シエルは純粋に兄が報告を終えてこちらに来たことに反応し、ルーシィは先程までの自分の醜態を彼に見られていたことに気付いた羞恥で顔を赤らめている。更に言えば顔写真すら公開されていなかった幻とまで言われたペルセウスを実際に目にして、落ち着かない様子にも見えた。

 

「そう言えばその声聞いて思い出したよ。君がルーシィだったか。念話(テレパシー)越しに聞いたあの言葉。胸を打たれたぜ」

 

「そ、そんな…あたしただただ必死で…!」

 

噂でしか聞いたことのなかった魔導士からそんな言葉をかけられるとは思わず、謙遜の姿勢でルーシィは慌てる。そんな姿に一つ笑みを零すとルーシィに向けて右手を差し出す。その差し出し方は握手のようだ。

 

「弟が世話になってるみたいだ。改めて紹介させてもらおう。シエルの兄で、『ペルセウス』だ。ギルドでは『ペル』と呼ばれてるからそう呼んでくれ」

 

「あ、こちらこそ…ルーシィです。よろしくお願いします、ペル…さん」

 

どうやらエルザのように敬語はすぐには抜けない様子だ。落ち着いた性格に感じるシエルの兄であるが故か、弟同様どこか落ち着いているような印象を受ける。そんな風に考えていると…。

 

「そーだっ!思い出したぁ!!」

 

ガタンと言う音と共に突然立ち上がって叫んだのは桜髪にマフラーが特徴のナツ。突如響いた彼の声に驚愕するものも何人かいるが、大抵はいつもの事として気にしていない者ばかりだ。そして彼がなぜ急に立ち上がったのかと言うと…。

 

「ペル!今すぐオレと勝負だ!!色々終わったらするって約束だったろ!!」

 

「え、だからっていきなり!?」

 

大体予想は出来ていた。ラクサスが破門されたことに対するマスターへの怒りで頭から抜け落ちていたのか、10年クエストを達成して帰還した魔導士が相手にも関わらず勝負を仕掛けていく。

 

「そんな突然勝負吹っ掛けたらペルさん迷惑じゃ…」

 

「いいぜ、かかって来い」

 

「いいの!?」

 

ナツを制止しようと彼の前に歩み出たルーシィであったがまさかの即答でOKが。それに驚くルーシィをよそに、ナツは拳に炎を纏って飛び出した。巻き込まれると察知してシエルが元居た席に何食わぬ顔で座り直したのを見て、ルーシィもあわてて避難する。

 

「火竜の鉄拳!!」

 

繰り出された拳を左足を軸にして体を時計回りの形で回し、難なく避ける。そして勢いそのまま回転し、横方向から右足でナツの脇腹目掛けてソバットを打ち込んだ。

 

「ごぺぇ!?」

 

そして吹っ飛ばされたナツは錐揉み回転をしながらその先にある柱にビダーン!という音を出しながら正面を打ち付けられた。一発KOである。

 

「ええーっ!?」

 

「はい兄さんの勝ち~!」

 

以前エルザやラクサス同様に瞬殺された相手にペルセウスの名が加わっていたことは知っていたが、いざ現実に目の前でその様子を垣間見せられると仰天の方が上回る。現に驚きを声に出さずにはいられないルーシィであった。ちなみにシエルはテーブルに足をかけた状態で、ナツを瞬殺した兄の右手首を左手で掴み、上に上げている。勝者を示す審判(レフェリー)のつもりだろうか。

 

「ひっさびさに見たな、この光景も」

 

「また腕を上げたのではないか、ペル?」

 

勝負が決まった瞬間、笑いに包まれるギルド。勝者であるペルセウスにグレイとエルザが、懐かしみながら、そして賞賛しながら近づいてくる。

 

「一年近く迷宮にこもるようなサバイバル生活してたから、そのせいかもな」

 

「迷宮…!?」

 

物凄くさり気なく現実離れしたワードが飛んだような気がしたが、ルーシィの呟きを拾う者は残念ながら誰もいない。そしてふと、ルーシィは率直に思った疑問を投げかけてみた。

 

「そう言えば、あたしペルさんがどういう人かどんな魔法を使うか、あんまり聞いたことないけど…」

 

今この場に集まっているのは、昔からペルセウスの事を知る者たちがほとんどだ。彼についてどのような力があるのかを聞いてみようと質問を口にする…前に耳を大きくしてそれに食い付いたシエルが答えた。

 

「あ、気になる?やっぱ気になる!?そうだよね気になっちゃうよね教えてあげよう!!」

 

「え、急に何…!?」

 

「始まった…シエルの兄貴自慢…」

 

テンションがやたらと上がった様子のシエルに戸惑うルーシィ。その様子を見てグレイは昔から度々見かけるシエルの兄自慢にスイッチが入ったことを察した。一言二言じゃ収まりきらない程にこれは長くなりそうだ。ちなみに当の本人は目線を逸らしていた。どうにも居た堪れない、と言わんばかりに。

 

「兄さんが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったのは5年ほど前!加入してから単騎での仕事を次々とこなし、僅か半年足らず、当時14歳の最年少でS級魔導士に!その魔法は天に、神に愛されているとも評される実力で、人々からは『天に愛されし魔導士』とも呼ばれているんだ!」

 

「す、凄い…!凄いけど、興奮しすぎ…」

 

いかに兄がどれだけ凄い人物なのかを力説する様子のシエルは、普段と違ってどこか見た目の年齢に違わぬ印象を与える。改めて内容を纏めてみると自慢したくなるのも分かる内容ではあるのだが、シエルの輝かしい顔と圧の方が印象が強くて正直頭に入りそうにない。ちなみにグレイもシエルの様子を見て視線をそっぽに向けている。エルザはシエルの力説に目を閉じながら所々で頷いている。昔を懐かしんでるようだ。

 

「あれ?5年前って…シエルはギルドに来たの、確か3年前って言ってなかった?」

 

「うん、俺は3年ぐらい前だよ?」

 

「シエルは事情があってペルよりも遅くギルドに来たんだ」

 

ルーシィが挟んできた質問に、興奮気味だったシエルが落ち着いてキョトンとしながら答えると、エルザが補足してきた。「事情?」とルーシィが聞き返すと、まるで他人事のようにあっけらかんとした様子で彼は答える。

 

「俺、昔は病弱だったからポーリュシカ先生のところに真っ先に運ばれたんだ。そんで2年近くは療養でお世話になったんだよ」

 

何ともあっさりと明かされたシエルのカミングアウトに、ルーシィは目も口も明けて衝撃を受けた。「ぐもぉ」と言う擬音が聞こえてきそうな感じで。

 

「病弱って…そうだったの!?」

 

「そんな驚くこと?そりゃちっちゃい頃は寝たきりでもすぐ体調崩すし、身体は思うように動かないし、たまに喘息止まらなくて過呼吸になったりしたけど昔の話だよ」

 

「どう考えても重病患者―!!」

 

下手すりゃ死ぬだろとまで言われかねない程の虚弱体質だった過去をあっさりと明かす辺り、病気に関する感覚がマヒしているのでは。そう思わずにはいられない。ちなみにこの発言に関してはペルセウスから後でしっかり怒られることになる。今はその病に苛まれることはない、と言う考えではいざと言う時に危険だ云々と言う内容で。

 

「まあ今は俺の話は置いといて、兄さんの魔法についてだよね?」

 

「あ、うん、そうそう…」

 

正直色々と衝撃の事実を知って頭が追い付いていないのだが、それでも気にせず続けるようだ。と、ここでペルセウスはシエルからその説明を引き継ぐことを申し出てきた。自分の魔法ぐらいは自分から話す、と言う主張らしい。

 

「俺が使うのは換装魔法だ」

 

「あれ?それってエルザと同じ?」

 

「原理は確かに同じだが、ペルには、私にはできない…いやペルにしかない一つの特徴がある」

 

「換装」と言う単語を聞いてエルザに目線を移すルーシィに答えるように彼女が告げると、それを証明するようにペルセウスは右手に一つの剣を換装で呼び出した。炎のような意匠を持った紅い剣。その剣を目にしただけでルーシィは気付いた。過去に読んだ本の中で、炎を模した剣が記されている文献が存在していたことを思い出したと同時に。

 

「こ、これってもしかして…レーヴァテイン!?神話上にしか出てきてない武器じゃ…!?」

 

「火のない所に煙は立たぬ。神話として記された煙には、必ずこういう火元となる存在があるもんだ」

 

「これ…ホントのホントに…本物の神器ってこと、ですか…!?」

 

本の中でしか読んだことのなかった神話上の武器を目にして、驚愕と興奮を露わにしているルーシィにペルセウスは何て事のないように相槌を打った。そして説明も補足する。神器が実在した神々の魔力を取り入れた武具であること、特殊な質の魔力を持つ者でなければ手に持つだけで多量の魔力を消耗すること、そして今現在それが確認されているのが、世界でペルセウス一人しかいないことを。

 

「ちなみに私も、試しに一つ持たせてもらったことがあるが…5秒ももたなかったな」

 

「(って事は…5秒近くはもつことが出来たってこと…?)」

 

懐かしみながらどこか悔しさも感じる笑みを浮かべながら呟いたエルザにルーシィは心に留めたが呆然としていた。彼女も大概化け物染みてる。

 

「んがーーーっ!!こんなの納得できるか!もっかい勝負だペルーッ!!」

 

「また!?」

「懲りないなあいつも…」

 

すると柱にぶつけられてしばらく意識を手放していたナツが起き上がり、再び勝負を仕掛けようとしていた。が、その問いかけに彼は…。

 

「勿論神器と言うのも多種多様の種類があってな…」

 

無視して話を続けている。それを見てナツが怒らない訳がなく…。

 

「無視してんじゃねえぞコラーー!!」

 

全身から炎を発しながらペルセウス目掛けて突っ込んでくるナツに、ペルセウスはレーヴァテインをしまい、別の神器を呼び寄せた。その瞬間雄叫びを上げるナツの口が、何かで塞がれ、驚愕の表情と共にその声を途切れさせる。更に束の間、両手両足も同様のもので拘束され、終いには身体ごと宙に浮かび上がり、その何かは天井に突き刺さった状態からナツを宙づり状態にした。

 

「モゴ!フガフゴモグァーー!?(な!なんじゃこりゃーー!?)」

 

ナツに仕掛けられたのは単直に言えば朱色の鎖だ。だが、その鎖は縛り上げられているナツが触れている部分から同じ色の炎を発している。一応ナツには火が効かないので、実質ただただ頑丈な鎖に縛られているようなものである。あっさりと拘束状態にされたナツを見て呆気に取られているルーシィを尻目に、仕掛けた本人から説明が告げられた。

 

「軍神と謳われた神・テュールが扱ったと言われている鎖・『グレイプニル』だ。神話上では凶暴な獣神を封じるために作られたものとされてるが…ま、使い方はある意味正しいな」

 

「グガムグゴーーー!!(んだとコラーーー!!)」

 

拘束して宙吊りにされた挙句に獣と同等の扱いをされたことに気づいたナツがその状態のまま暴れてグラグラと揺られ続けている。グラグラと…。

 

「ム…ウ…!(う…ぷ…!)」

 

「酔ったの!?あれで!?」

「日に日に酷くなってない?」

「ったく、だらしねえ奴だ…」

 

乗り物にカウントするのも怪しい鎖でグラグラと揺れただけで酔うとかもう乗り物酔いのレベルではない気がしてきた。

 

「ペル~、ナツにはオイラから言っておいてあげるから、もう助けてあげてくれないかな?」

 

「そうだな、話の最中に勝負をかけるもんじゃないって言っといてくれ」

 

「あい!」

 

「手のかかる問題児の保護者みたいな会話してる…」

 

「クッ…!や、やめろシエル…ツボにはまる…!!」

 

ナツの相棒(兼保護者)であるハッピーからの要請でナツを縛り上げていた鎖は異空間へと消えていき、そのままナツは床に叩きつけられた。大丈夫なのだろうかとナツの身を心配したルーシィが覗き込むと、落下した衝撃ではなく、酔いが覚めずにそのまま床に蹲っている様子だった。

 

「大丈夫そうね」

 

「ルーシィも段々慣れてきたね…」

 

最初こそ色々驚きもしたが、何か月も共にしていればさすがに慣れてくる部分もあるのだろう…多分。

 

ふと、シエルはあることを思い出した。過去に気になる兄の話題を耳にしたシエルが、兄が帰ってきた時に聞こうと思っていたことを。

 

「そうだ、話変わるけど兄さん。『ジョージ』って知ってる?」

 

その名前を聞いて反応したのはエルザ、そしてギルドに長く滞在しているベテランのメンバーたちだ。

 

「ジョージだって!?」

「随分懐かしい名前を聞いたな…」

「けど何であいつが知ってんだ?」

 

「どこで聞いたんだよシエル?」

 

「ファントム戦の時にジョゼが言ってた。義息子(むすこ)だって」

 

戸惑いながらもシエルに尋ねてきたマカオに彼は答える。幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いの中で、そのマスターであるジョゼがエルザに対して激昂しながら叫び語った内容。

 

『思い出すだけでも腹立たしい…憎たらしい…忌々しい…!ペルセウスと言うクソ野郎が、我々にした仕打ちが無ければな…!!』

 

『そいつの攻撃の後遺症で、ジョージは魔導士としても!男としても!再起不能の身体となってしまったのだ!!』

 

今でも思い出せる、向けるだけで人の命を奪えると錯覚するほどの憎悪と殺意を抱えたあのジョゼの様子を。その話を出したことで、更に会話に加わった者達がいた。

 

「その話、ジュビアも噂で聞いたことあります」

 

「うおっ!?どっから出てきてんだよ…」

 

音もなくグレイの背後から現れて参加してきたうちの一人は、水の魔導士ジュビア。

 

「ジョージ…確かマスター・ジョゼが思い出話をするときによく出てたな」

 

そしてもう一人は席こそ移動していないが、耳にした聞き覚えのある名前から加わってきた鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)ガジル。二人とも元ファントムの魔導士で、噂程度に聞いたことがあるらしい。

 

「そんなに有名だったの、そのジョージって人?」

 

何気なく聞いてきたルーシィの問い。ジョージとはどんな人物なのか。それに対して彼を知っている者はこう答えた。

 

「バカみてぇに強かったが、人間性は最悪だったな…」

「力任せに暴れまくるわ、明らかに相手をバカにしてくるわ…」

「極めつけは女をとっかえひっかえしてたそうだ。しかも無理矢理」

 

「マスター・ジョゼからは強ぇって事はよく聞いたが、あとは興味なかった」

 

「えと…古株の女性魔導士の方からは、女の敵…だとか…」

 

「強い以外にまともな噂が一つもない!!」

 

聞けば聞くほど魔導士としては優秀だったそうだがそれ以外の面ではとんでもなく酷評のようだ。元ファントムの二人からでさえ散々な言われようである。ひとまず周りから反感を買うような所業ばかりしてきたというのは伝わった。

 

「けど幽鬼の支配者(ファントムロード)には、ある暗黙の了解が存在していたんです…」

 

「暗黙の了解?」

 

「それって何なの?」

 

ジュビアから思い出したように告げられたその言葉に、グレイとルーシィが訪ねると、彼女は答えた。噂伝手でしか耳にしたことはないが、誰もが聞いたことのあるその決め事を。

 

 

「マスター・ジョゼの前では、『ペルセウス』と言う名前を絶対に口にしてはならない。口に出した人たちは、皆マスター・ジョゼによってギルドから消されたとも付け加えられました」

 

その言葉に、ほぼ全員が息を呑んだ。ジョゼにそこまで恨まれるようなことを、彼がしたという事か?そしてこれは、ジョゼの義息子であるジョージに、何かしらの攻撃を加えたことが原因。

 

「ペル…お前とジョージに何があったのだ?一体ジョージに、何をしたんだ?」

 

直接ジョゼからその事を聞いていたエルザが、先程から口を閉ざしているペルセウスに詰め寄るように聞いてくる。頭の片隅に存在していた疑問が、これによって明かされることになる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪ィ、全っ然心当たりねぇ…ジョージって誰…?」

 

ことはなかった。表情は困惑と疑問で染まり、頭からいくつもの疑問符を浮かべて言葉を発したペルセウスの様子にギルド内が騒然とした。驚愕で。

 

「知らねぇのかよ!!」

 

「あんだけ引っぱいといて!?」

 

「心当たりもないんですか、何一つ!?」

 

一気にペルセウスに対して詰め寄ってくる魔導士たちの質問に、腕を組んで記憶を絞り出そうとする。本気で分からないようだ。もしかして勘違いだったのではないか?

 

「確かジョゼは、6年前って言ってたから、前の場所にいた時じゃないかな?」

 

「前の…あの時のうちのどれか、か…」

 

正直彼ら兄弟にとっては思い出したくもない記憶だが、このまま放っておくのも寝覚めが悪い。6年前に起きた事と言うヒントを元にペルセウスは心当たりを探る。その様子を見て、半ば諦めムードが流れつつあった。

 

「やっぱマスター・ジョゼの勘違いだったんじゃねえか?散々憎んでた相手がこの様子じゃあ…」

「でも…確かに条件は一致するって…」

「少なくともバカみてぇに強かったつーその魔導士がそこらの奴にやられるか?ペルならともかく」

 

真偽も確定しない中でジョゼの勘違い説が濃厚となっていた…その時だった。

 

「あ、もしかしてあいつか?」

 

「思い出したの!?」

 

頭の上に電球が浮かび上がるような幻覚を醸し出しながら、ペルセウスは目処をつけた様だ。何があったのか、誰もがそれを聞こうと耳を傾ける。そして彼は語り始めた。

 

「ある依頼の帰り道だったな…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

6年前。マグノリアの隣に位置するその街を一人の少年が駆けていた。受注した依頼を終えてギルドに帰還し、報酬の薬を受け取って病の弟に与える。そんな毎日を繰り返している彼は少年の頃のペルセウスだ。

 

「(早く…早く戻らなきゃ…!シエルの薬を、早く…!!)」

 

急がなきゃいけない。自分が遅れてしまえば、弟のシエルは命の危機に瀕する。その一心で彼は大通りから、ギルドの唯一の近道となる一本の路地裏へと入る。そこは彼がいつも通るルートだ。

 

だがこの日、その路地裏に先客がいた。

 

「やだ…!お願いだから、やめて…やめてってば…!」

 

一組の男女だ。女の方は10代後半ほど。栗色の腰まで伸びた長い髪をして、顔立ちも美人な上にスタイルもいい。街を歩いていたらほとんどの男たちは振り向くだろう。そして男の方は、長身で細身だがよく鍛えられた肉体が服の上からでも感じ取れた。赤く全方向に逆立った髪に、それなりに顔も整っている。だが、その表情は獲物を舐るようなあくどいものを浮かべていた。

 

「何を拒否する必要がある?オレはな、いずれこの国で一番のギルドである幽鬼の支配者(ファントムロード)の頂点に立つ男だ。そんなオレの妻という栄誉を与えられるんだぞ?ありがたいと思うだろ?」

 

「っ…今まで散々、色んな女の人を無理矢理交際相手にして…飽きたら捨てるって繰り返してきたあなたの言葉なんて…信じられるわけないでしょ!?もし本当だとしてもイヤよ!私には心に決めた人がいるのに!!」

 

壁際に女性を押し付け、逃げられない様に両手を掴んで拘束しているらしいその男の誘いを、頑として聞こうとしない。外見に似合わず気が強い性格のようだ。

 

「あのパッとしない野郎か?あいつこそお前を捨てたクズじゃねえか。いつまでたってもお前を取り返そうとしないのがその証拠だ…」

 

嗜虐的な笑みを浮かべながら告げたその言葉。本来ならそれで精神的に追い詰められるだろうが、彼女の心はそれでも折れることはない。

 

「それはあなたが…彼を私の目の前で一方的に痛めつけたからでしょう!?今も彼は入院して、回復の兆しもない状態なのに…!」

 

「あんな程度でぶっ壊れるような弱い男なら尚更だ。地位も、力も、金も、全てが揃っているオレの元に来る方が賢い選択だと思わねえか?」

 

無理にでも女性を連れ込もうとする男と、涙混じりに抵抗する女性。本来であれば女性を助けるべきと言う考えが、浮かび上がるものが多いだろう。だがこの時ペルセウス少年に浮かんだ感情は、全く別のものだった。

 

 

 

 

 

 

「(邪魔だな…こいつら…)」

 

淡々と、機械的に感じたその思い。彼にとって目の前の二人は善も悪もない。自分にとって弟の命を脅かす障害物に他ならなかった。

 

 

だからこそ行動した。すぐさまに。

 

「おい、あんたら」

 

「ああ?」

 

お楽しみのところを邪魔されて不機嫌になった男が、絶体絶命の窮地に救いの手を伸ばされた女性が、同時にその方向へと向く。その姿を目に映した時、男には笑みが、女性には落胆の感情が顔に浮かんだ。助けが来たと思ったのが、年端もいかない子供だったからである。

 

「そこどいてくれないか?急いで戻らなきゃいけないんだ。ハッキリ言って邪魔なんだよ」

 

少年が先に告げたのは道を開けてほしいと言う頼みだった。だが、それに素直に応じるという思考はこの男にはない。

 

「ヒャハハハハハハ!!おいガキィ、誰にモノ言ってんだ?急いで戻るぅ?んなもんてめえが違う道に行きゃ済む話じゃねえのか?」

 

男からその言葉を聞いた少年は、それによって理解した。この男は話を聞くような部類じゃないと。そして、これ以上の話は無駄であると…。

 

「ガキは帰ってミルクでも飲んでな。今からオレたちがするのは、ガキが見ていいもんじゃねえんだよ」

 

空いている手で虫を払うような動作を向ける男に、少年は少しずつ一歩ずつ歩を進めて近づいてくる。それを見た男は瞬間舌打ちをして顔を歪めて少年に言い放つ。

 

「おいガキィ。オレを知らないようだから教えてやる、よーく聞け?オレはなぁ…このフィオーレで一番のギルド幽鬼の支配者(ファントムロード)の次期マスター・ジョージ…」

 

「どうでもいい。興味もない」

 

そう吐き捨てて少年は右手に紫の魔法陣を展開し、そして続けざまにこう告げた。

 

「どけよ。邪魔だって言ったんだ…!」

 

それに男が反応するよりも先に、少年の姿は消えた。そして次の瞬間、男の身体は少年が換装で顕現した紫電を発する大槌によって叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

股間を。

 

「ポグゥゥウウッ……!!?」

 

今まで優れた魔導士として活躍し来たこの男、ジョージ・ポーラ。天才的な魔力を有していたこの男は、人生の中でも最大級の痛みを思い知った。まるで全てがスローになったかのように視界がゆっくり進んでいく。

 

そんなスローの時間が終わったのは、叩きつけられた大槌を思い切り少年が振り抜いて横の壁を粉砕するほどに叩きつけた瞬間だった。ジョージの拘束から逃れた女性は慌てて身を屈める。

 

「…チッ…無駄に時間を食った…」

 

苛立ち気味に告げた少年はその後、路地裏の奥にある自分のギルドへと駆け足で戻っていった。突如目の前で起きた光景に唖然としていた女性は駆け足で路地裏を抜けていく少年を見て、我に返った。

 

「…あっ、待って…!お礼…言いたかったのに…」

 

その後、この女性によって病院に通報が入りジョージは入院。そしてこの出来事の後遺症がもとで彼は魔導士を引退することとなった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

『なんつーえげつないことしてんだお前ぇ!!!』

 

語り終わったペルセウス目掛けて男性陣ほぼ全員の悲鳴混じりの叫びが木霊した。電流流れる大槌を股に叩きつけられる。自分が経験したわけでもないのに想像しただけで背筋も股も凍る感覚に襲われた。そして叫んだ男性陣の多くが自分の股を両手で押さえて若干内股気味になっている。ちなみにマスター・マカロフもその一人だ。

 

「今にして思えば、さすがに悪いことしたなーって思いは感じてるよ、いやホントに…」

 

「なんだろう…これ俺のせいでもあるのかな…?」

 

弟の病気が頭を支配するあまり同じ男としてどれだけその痛みが計り知れないのかは分かるだろうに…。ジョゼが言ってた魔導士としても男としても再起不能って…遺伝子死亡のお知らせの(そーゆー)事ぉ!!?

 

ちなみに女性陣の反応はと言うとまばらであった。意味を理解していない者達は首を傾げ頭に疑問符を浮かべている。理解した者は唐突に告げられた下品なネタに顔を赤らめている。その中でも違う反応を示したのが二人いた。

 

一人目はカナ。何かツボにはまったようで大笑いしながら何度もテーブルを平手で叩いている。そしてもう一人はルーシィ。所在なさげに一同から目を逸らしていた。既視感を感じたらしい。彼の義理の父親(ジョゼ)の大事なところを騙し討ちで蹴り上げた記憶が鮮明に蘇ってきた。義理とは言え親子揃って大事なところを潰されるとは…ファントムの宿命だろうか…?

 

「一応ジョージが悪いと言うのが確定していたとはいえ…哀れだな…」

 

「意外とエグイ事すんな、ペル…」

 

「あい…」

 

エルザの呟きに、いつの間にか復活していたナツがハッピーと共にドン引きしていた。こんな大惨事を起こしておいて今まで忘れてたと言うのもどうなのか…。

 

「何か変な空気になったけど、切り替えよう!話切り替えようよ!」

 

「つか話もいいけど…お前らなんか忘れてねーか?」

 

「へ?」

 

この何とも言えない空気を払拭するためにシエルが腕を振って主張するのを見て、グレイが突如聞いてきた。何を忘れていたのか…ふと、シエルはルーシィと目が合い、そこでようやく思い出した。

 

「あたしの家賃!!」

「ルーシィの家賃!!」

 

同時に叫んだ。依頼を探すはずだったのにすっかり話し込んでしまった。既に昼時になろうとしている。依頼を決めなきゃ!準備をしなきゃ!と慌てふためきだした二人に苦笑しながらエルザが切り出した。

 

「仕方ないな。私たちも同行しよう。チームだからな」

 

「「マジで!?」」

 

それを聞いたナツとグレイが途端に嫌な顔をするが、それは「何か不満か?」と言うエルザの一喝で黙らせられた。

 

「はっはは、お前ら3人ともホント変わらねーな」

 

「なっ!私も入ってるのか…!?」

 

それを懐かしげに笑いながら告げたペルセウスに、エルザは意外と言った表情で返す。変わらない部分を見て、改めてギルドに帰ってきたと感じることが出来た。そして、ペルセウスは依頼を決めた様子のシエルたち、それに合流するナツたちを見て声をかけた。

 

「その依頼、俺も同行させてくれ」

 

帰還した一人の最強候補が、最強チームに合流した瞬間であった。

 

 




おまけ風次回予告

シエル「ふと気になったんだけどさ、ルーシィって料理するの?この前使わせてもらった台所、結構整ってたけど」

ルーシィ「そりゃあ一人暮らしだからね。炊事だけでもしておかなきゃ生活も困るし、ミラさんの料理も美味しいけど…一応有料だし…」

シエル「成程、節約術による賜物か…。それでもなお家賃に困っちゃうみたいだけど…」

ルーシィ「ナツたちがほとんど壊すから…。あ、そう言えばペルさんは料理できるのかしら?」

シエル「出来るよ。むしろ俺より上手いかも」

ルーシィ「そうなの!?」

次回『シエル、村を食う』

ルーシィ「すっごく気になってきた~!ねえねえ今度シエルたちの家に遊びに行ってもいい!?」

シエル「いいけど…不法侵入しないでね?」

ルーシィ「するかぁ!ナツたちと一緒にしないでよ!!」


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第41話 シエル、村を食う

前回の次回予告で察した人もいるであろう今回。
鉄の森(アイゼンヴァルト)編直後のアニメオリジナル回から引っ張ってきました。
今後もアニメとは違うタイミングでアレンジを加えながら書くかもしれません。

そしてこの週の間に、UA40000&お気に入り登録数200突破!ありがとうございます!
もうすぐ執筆開始してから一年…!思えば早く時が過ぎましたね…。

5月頭にはちょっとした企画も考えている最中です。そちらも楽しみにしてください!

最後に一つ。次話の投稿は二週間後になります


クローバー大峡谷の奥地の先には、入った者の数多くが迷い、二度と出られなくなった者達が大勢発生すると言うエリアが存在する。通称『蜘蛛の巣谷』とも呼ばれており、太古に起きたいくつもの地震によって、断層は無数に走っている。

 

「あーもう!ちょっとハッピー、まーた迷っちゃったでしょ!?歩いても歩いてもマグノリアの街に付かないじゃないのぉ!!この方向音痴ネコ!!」

 

切り立った崖の上から下を見下ろしている青猫ハッピーの背後から、叫びながら文句を垂れる少女ルーシィ。彼らを始めとした最強チームと評された面々に、新たに加わったS級魔導士・ペルセウスと共にクローバーの街での依頼を達成した帰りの道中だ。だがトラブルの発生により汽車での帰還が現状不可能となってしまったため、徒歩で帰路に就こうとしていたのだが…。

 

「よりにもよってこんな場所まで迷い込んじゃうなんてなぁ…」

 

「はぁ…腹減ったなぁ…」

 

「言うな…!余計腹減るだろうが…!」

 

もうほぼ全員が疲労と空腹で満身創痍だ。ナツが言葉に出したことで、グレイが苛立ちながら注意する。言葉にしてしまうと余計に意識してしまうから。だがナツがそれを素直に聞くことも無く…。

 

「減ったもんは減ったんだよ!!」

「だから減った減った言うんじゃねぇ!!」

 

「腹減りすぎていつも以上に喧嘩腰だなお前ら…減ったのは俺もだが…」

 

「「だーかーらー!!」」

 

いつも以上の剣幕で喧嘩を始める二人の様子を見て呟いたペルセウスの言葉に二人揃って抗議の声が上がる。あまりの空腹に腹の虫が中々鳴りやまない。シエルが荷物袋の中身を広げて確認するが、目ぼしいものはもう入っていなかった。

 

「ああ…行く前はいっぱい干し肉入れてたのに…」

 

「「やめろー!言うなーー!!」」

 

涙を浮かべて腹を鳴らしながら嘆くシエルの言葉にも抗議の声が上がる。非常食としてシエルが作って持参した干し肉も、すでに全員によって食べ尽くされた後だ。だがそれでも迷う時間が長く、空腹に戻るには十分すぎた。この中でも実力が高いペルセウスやエルザでさえ腹の虫が鳴り続ける。(エルザは頑なに認めようとしないが)

 

「あぁーーーっ!!」

 

すると崖の下を覗いていたハッピーが目を輝かせて歓声を上げた。何を騒いでいるのかとナツが聞いてみるとハッピーは指を指しながら全員の視線を向けさせる。崖下にいたのは、頭部は黄色、身体の部分は青い皮で、(えら)の部分から頭部と同じ黄色の一対二枚の羽を生やした魚の群れ。羽のお陰なのか空中を泳ぐように飛行している。

 

「幻の珍味、羽魚だ!!あれメチャクチャ美味しいらしいんだ!!」

 

「幻の珍味…」

「羽魚…」

「美味そうだなぁ…!」

 

魚に目がないハッピーからの説明を聞いて、エルザ、グレイ、ナツの3人もその羽魚の群れに目の照準を合わせる。未だ食べた事のない珍味を前にしたハッピーのテンションは限界突破しており「んまっ!んまっ!んまっ!んまーっ!」と連呼し続けている。その一方で…。

 

「魚かぁ…。じゃあ俺だけ食べられないなぁ…」

 

「そういやシエル、魚嫌いだったな」

 

「いや、あれは好き嫌い関係なく避けたいとこだけど…皆お腹空き過ぎじゃ…?」

 

目に見えたように落ち込んだ様子を見せる魚嫌いのシエルと、そんなシエルに声はかけるも狩人の目となって羽魚を見据えるペルセウス。対照的な反応の兄弟を見て呟くルーシィもまた、何も入れられない腹を鳴らしていた。

 

「よーし!釣るぞーっ!!」

 

人数分の釣竿を用意し、崖の上から釣り糸を垂らして群れの中の羽魚を狙う。食べることが出来ないシエルもひとまず持たされて、計7本の釣り糸が群れの中にあるが、一向に釣れる気配はない。避けられてる訳ではないので一見すぐに釣れそうだが、そう簡単にはいかないらしい。

 

「オイラ頑張るぞーっ!!」

 

それにしても黄色と青の二色の皮を持ち、その上飛行している間甲高い鳴き声を響かせている羽の生えた魚。一見するとあまり美味しそうには見えない。魚介全般が食べられないシエルでなくても本来なら避けたい見た目だと、ルーシィは独り言ちる。

 

「黙って釣れ。この際食えればそれでいい」

 

「そんなに腹減り!?」

 

「だが同感だ」

 

そんなルーシィの独り言に答えたエルザ。そして同意したペルセウス。もう皆限界に近いようだ。珍味だろうが何だろうが腹に入れれば皆同じ。そんな執念さえ感じる。

 

「羽魚食べたいぞぉ!美味しいぞぉ!幻の珍味だぞーっ!!」

 

味わったことのない珍味の魚を食すため、気合を入れて意気込みを叫ぶハッピー。その声は遥か上空、雲がかかる青空に反響して溶けていく…。

 

 

 

「飽きてきました」

 

「意思弱っ!?」

 

時間だけが過ぎていく事実に耐えきれなくなってとうとう釣竿を崖の上に置いてしまった。一番張り切っていたハッピーが一番最初に諦めるとは誰が予想しただろうか…。

 

「だって全然釣れないんだもん…」

 

「お腹空いてるんでしょ?だったら頑張ろうよ!諦めないで?」

 

項垂れて落ち込むハッピーを励まそうと優しい言葉と笑みをかけるルーシィ。そんな彼女にハッピーは…。

 

「ルーシィの意地悪ー!!」

 

「えーっ!?励ましたんですけどーー!?」

 

泣きながら背を向けて走り去っていった。何で泣かれた?意地悪ってどういうことだ?何が気に食わなかったのかも言わなかったのでただただルーシィは仰天した。そんなことをしているとシエルが「あ…」と唐突に声を発する。それを聞いて一同が彼に視線を向けると…。

 

「釣れた…」

 

「よりによってシエルの釣竿に…」

 

とうとう一匹釣り上げた。だが一番羽魚を食べたがらないシエルの竿にかかるとは皮肉である。そしてその一匹は一番食べたがっていたハッピーにあげることにした。たった一匹を分けたとして、結局腹は満たされない。むしろ余計に腹が減る。元から食べれないシエルと、気丈にも背を向けて食べる様子を見ようとしないエルザを除いた全員からの羨望の眼差しを受けながら、ハッピーは念願の珍味にかぶりついた。程よい火加減で焼かれた羽魚は丸々一匹彼の口の中に入っていく。

 

「こんな魚を美味しそうに食べれるなんて…あんた本当に幸せね…」

 

 

 

 

 

 

 

「まずーっ!!?」

 

「不味いんかい!!!」

 

どうやら珍味と言っても人を選ぶ…いや、舌を選ぶ味だったようだ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

魚が大好きなハッピーでさえマズイと評した羽魚。いくら空腹とは言え食べる気が起きない魚を諦め、一行は食料を求めて再び彷徨い始めた。すると石畳と石造りの住居で出来た村が一行の目に映った。村がある。家がある。それはすなわち…!

 

「食いもんだーーっ!!!」

 

叫びながら先導したナツを始めとし、村まで一気に駆け出す一行。食事にありつけるうえに、上手くいけば帰り道も判明するかもしれない。一石二鳥だ。すぐさま食料を恵んでもらおうと村の中に入った。

 

だが、村の中は異様な空気に包まれていた。廃れた様子はない。壊れた部分もない。比較的新しい村のはずだ。だが…。

 

「誰もいねぇぞ…?」

 

人の気配が存在しない。家の外には人っ子一人姿が見当たらなかった。あまりにも静かだ。

 

「おーい!誰かいねーかー!?」

 

「お腹減り減りですー!誰か食べ物くださーい!」

 

「出来れば肉ー!無かったら他のものでもいいですー!あ、魚介以外でー!!」

 

「そこの二人、露骨すぎるから…」

 

もう包み隠すこともしない約二名に呆れながらも、ルーシィは村の家から誰一人出てこないことに違和感を感じていた。昼寝か?だとしても村中全員が寝ているというのも不思議だ。あるいは酔いつぶれている?いや妖精の尻尾(フェアリーテイル)じゃあるまいし…。

 

「…この村、本当に人が住んでるのかな…?」

 

あまりにも静かだ。人が住んでいる村であるのかと言う疑問すら浮かぶほどに。どれだけ呼びかけても一人たりとも見かけないという部分を見れば、明らかにこの村は異常だ。

 

「メンドクセー!力づくでもなんか食ってやるー!」

 

「おいそりゃちょっとした強盗だろ!」

 

「って、お前もその気だろーが!」

 

「ちょっとナツ、グレイ!?」

 

「行っちゃった…」

 

痺れを切らしたナツとグレイが近くにある家へと駆け出していく。村に異常は感じられるが、やはり空腹には勝てない。どこかの家に誰かいるだろうと考えてそのまま家の中に入っていくのを見ながら、シエルたちも追いかける。

 

シエルたちが辿り着いた時には、鍵も掛けていない木のドアは開かれて、家の中にあるパンの一つを今にもかぶりつこうとしている様子のナツが見えた。他に人はいない。

 

「待て」

 

「な、何だよ?」

 

かぶりつく寸前、エルザがそれを制止した。妙な部分が多いのだ。テーブルの上に置かれている二杯のスープ。二杯ともにまだ湯気がたちのぼっている。先程まで家の中に誰かがいた証拠だ。迂闊に口に入れては何が起こるか分からない。

 

「この家の人たち、どこに消えたんだろ…?」

 

「知るかよ。取り敢えず食おうぜ、ハッピー」

「あい!」

 

疑問を呟くシエルをよそに、尚もナツはパンを食べようと口を開く。だがまたしても、今度は威圧のオーラを放っている状態のエルザに制され、今度こそナツは止まった。まずは村の様子を調べる必要がある。それがエルザの考えだ。

 

「今まで我慢してたんだ。もう少し我慢…」

 

目を鋭くさせて告げていたエルザであったが、彼女の腹の虫が再び活動を始めた。いくら彼女でもやはり本能には抗えないようだ。と言うよりやけに音の時間が長い。説得力ゼロだ。だがそれも構わず、エルザは一行に行動を指示した。

 

「ナツたちはキノコか何かを探してこい。村の食べ物には触るな。私とペルはその間に村の中を調べる」

 

「あ~あ、分かったよ」

 

「そうと決まったら近くの森の中に向かおうか」

 

「…何故キノコ?」

 

目の前に存在する確かな食糧を前におあずけを食らったことで不貞腐れたナツに、シエルが続いていく。だがルーシィは、何故キノコに限定しているのか不思議で仕方なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

村の近くに存在する森の中。少しばかり奥の方へ行けば何と一帯を埋め尽くすほどのキノコが群生している。大きさ、形、色や模様、千差万別の種類のキノコたちがそこかしこから生えていた。

 

「キノコだ」

「うん、どこ見てもキノコ」

「うほー!美味そー!!」

 

「何故キノコ…?」

 

数だけ見れば相当なもの。しかしキノコの中には幻覚作用を見せるものや人体に悪影響を及ぼすもの、下手をすれば命さえも奪う毒性を持つものが存在する。シエルは過去に見た事のあるキノコの図鑑の記憶から、確実に安全だと分かるもののみを採取しようと動き出した。

 

「う~ん…どれもこれも…安全と断言できそうなものが、ない…」

 

だが少々難儀しているようだ。確固として無毒と言えるキノコが見つからない。明らかに毒々しい見た目をしているものを除外しても、膨大な数の中から見つけるのは至難と言える。

 

「たかがキノコでも、こんだけ食えば腹は膨れそうだな」

 

難儀しているシエルの後方からナツの言葉が聞こえる。あれ?そんなに無毒のキノコが生えてただろうか?と振り向くと、ナツが抱えていた大量のキノコは、ほとんどのものが得体のしれない種類のキノコだった。ついでにいくつか口の中に入れられている。

 

「お、おい…まさか手当たり次第に食ってるの、お前…?」

 

「しょーがねーだろ、腹減ってんだから」

 

「いいから早く取れシエル。この際何でもいーじゃねーか」

 

よく見たらグレイもいくつか口に入れてた。マジか。こいつら毒の有無なんざ知らねぇと言わんばかりに口に放り込むほど空腹に耐えきれなかったのか。そう思わずにいられない。

 

「シエル、オイラ知ってるよ。この後二人ともワライダケ食べた時みたいになっちゃうんだ、お約束なんだ!」

 

「ワライダケレベルで済めば俺にとっても笑い話なんだけど…」

 

もしこれで命を落としてしまったらシャレにならない。その危険性を本当に考えはしなかったのだろうか?

 

「何言ってんだよハッピー。さすがにそんなことしねー…」

 

するとナツの言葉は途中で途切れた。キノコを飲み込んで少しばかり時間が経ったナツの身体に異変が生じる。突如顔色が悪くなったかと思いきや、苦しそうに喉を押さえている。

 

「ナツ、大丈夫!?」

 

「ほら!来た!!」

 

「ど、どうなっちゃうんだ!?」

 

場の者たちが固唾を飲んで見守る中、ナツの異変は目に見える形で発生した。

 

 

 

 

 

 

彼の頭のてっぺんからボリュームのある紫色のキノコが一瞬で生えた。

 

「ビックリした!」

 

「「こっちもビックリー!!」」

 

どのキノコを食べたのが原因だったのだろうか?心底驚いた表情で告げるナツに、ルーシィとシエルが声を揃えて叫んだ。ちなみにハッピーは予想と違ったことで落ち込んでいた。何故。

 

「なーに騒いでんだよ」

 

呆れながら振り向いたグレイを見てみると、彼の方にも大きめの青いキノコが生えていた。どうやらナツと似たようなキノコを食ったらしい。シエルに頭を確かめるように告げられた二人が互いの方を向くと、揃って同時に目を見開いた。

 

「だーはっはっはっはっは!なんだテメーそのキノコ!!」

「テメーこそ!ふざけたキノコ乗っけやがって!!」

 

そして同時に互いの頭から生えた巨大キノコを指さして笑いだした。何故か自分の方を棚上げしている。自分の心配はしないのだろうか?そう呟いたルーシィに対し、シエルはとりあえず命に別状は無さそうだと判断してもう一度キノコを探す。

 

「お?あれは…!」

 

少し離れたところに生えていた一本のキノコを目にしたシエルはすぐさまそこへ移動する。少し暗めの黄色い傘型のキノコ。これは記憶が正しければ無毒のものだったはずだ。ようやくまともなものを見つけたシエルは顔を喜色に染めて採取した。

 

「やった!ようやく一本目だ!」

 

「本当にそれ、大丈夫なの?」

 

互いに互いを笑ったために喧嘩を始めたキノコを生やした二人(ナツとグレイ)を放っておいて、ルーシィは彼に尋ねる。それに対して「間違いないよ!」と自信満々に笑みを浮かべながら一口で食べきる。味は素朴だが安全であることが確定しているものにようやくありつけて満足そうだ。

 

「んぐ!?」

 

「ちょ、シエル!?」

 

だが、そんなシエルにも異変が起きた。やはり何かしら毒性があったのか。焦りを見せるルーシィの声に反応して、喧嘩をしていた二人が一度中断してこちらに視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の瞬間、明るい黄色の傘型のキノコが一本、シエルの頭から生えた。

 

「いやぁーーー!!」

 

先程の二人と同じ現象が起きたことで、ルーシィが思わず悲鳴を上げる。何が起きた?と言わんばかりにシエル自身も焦りだすが自分では状況が読み取れない。

 

「シエルからもキノコ生えたぞ!!」

 

「お前、あのキノコ無毒だって言わなかったか?」

 

「どーなってんだこれー!?」

 

すっかり怒りも収まりシエルの頭を凝視する二人を言葉に、頭を抱えながら現実を受け止めきれない様子の少年。図鑑の記憶は誤りだったのか、それとも似たような別種のものだったのか、今となっては確かめる術もない。

 

「ねーみんなー!特大の見っけたよ!」

 

「えっ…あ、ホント!!」

 

今度はハッピーが、彼と同じぐらいのサイズの特大キノコを両手に抱えて持ってきた。先端が飛び出ていること以外は、茶色くて普通にでかいキノコに見える。相当に大きなサイズにルーシィを除く3人は釘付けになっている。これ一個で二日はもちそうだ。するとハッピーがシエルの方に視線を移した。突如視線を向けられたシエルがどうしたのかと尋ねると…

 

「シエル、さすがに二度目は寒いよ」

 

「そのキノコで思いっきりぶっ叩いてやろうか!?」

 

一体何目線なんだ今日のハッピーは。なりたくてこうなったわけじゃないのにそんなことを言われては心外である。青筋を立てながら、今彼が抱えているキノコを鈍器に使ってやろうか、などと物騒なことを叫ぶのも無理はない。

 

だがそんな脅しもどこ吹く風で、ハッピーは抱えていたキノコを一かじりした。唯一そのキノコを怪しく思ったルーシィが今すぐ吐き出すようにハッピーの身体を揺らすが、それに応えようとはしない。ついでに言うと味は美味しいらしい。だが、次の瞬間ハッピーもまたどこか苦しむような挙動をしたかと思いきや…。

 

 

 

 

 

 

ピンク色のキノコが頭の上に生えた。

 

「ひゃーーーー!?」

 

ルーシィの悲鳴が更に響く。この場にいるキノコを食した者達が尽く頭からキノコを生やすことになった。となると考えられることが一つ。

 

「結局、どれ食ってもこーなんじゃねーか?」

 

「村の連中、どーやって食ってたんだ?」

 

「或いは、村人全員今の俺たちみたいな感じだったりして…」

 

「ははは!そりゃ面白そーだな!」

 

「村の名前はきっと、『キノコ村』だな!」

 

本気なのか現実逃避なのか、突拍子もない会話を繰り広げられる被害者たち。そんな会話を耳にしながらハッピーはこの状況を把握した。ナツとグレイ、そしてシエルに続いて自分までもがキノコの餌食となってしまったこの現実を…。

 

 

 

「二度目どころか三度目だなんて!ダダ滑りもいーとこだよ!!」

 

「そーゆー問題じゃないでしょ!?」

 

涙を流して何故かどこかへ走り去っていくハッピー。どこにショックを受けているのだろうか。苦笑いを浮かべながら彼を見ていたシエルが、一つの別の異変に気付いた。

 

「あれ、ナツ…何か頭のキノコ、成長してない?」

 

「んん!?」

 

それはナツの頭から生えていたキノコが、柄は太く長く、傘も広く大きくなっていて、明らかに成長していることだった。何を養分にして成長したのだろう、このキノコ…。

 

「ずるいよ…ナツばっかりおいしいとこぉ…!!」

 

そしてやっぱり妙なところで悲しんでいるハッピーなのであった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方で手分けして村を調べて周っていたペルセウスとエルザ。入り口近くの広場にて合流した二人は互いの状況を伝え合う。

 

この村には村人らしき人間が、人影一つすら確認されなかった。ほぼ間違いなく廃村と考えていいだろう。だがつい最近まで人が暮らしていた形跡があった。何故一人残らず村人がいなくなったのか?推察しようにも手掛かりがほとんど存在しない。

 

ふとエルザが視線を下に落とすと、奇妙なものを見つける。

 

「この線は…何だ…?」

 

広場に置いてあるモニュメントから石畳に掘られたかのような一つの線…溝が入っていた。広場の逆方向に二人が視線を向けると、住宅の路地裏へとその溝は続いている。

 

「単なる石の隙間じゃなさそうだ。意図的に彫られている」

 

「向こうをもう一度見てみよう」

 

エルザの提案に首肯して溝を辿っていく。路地裏を抜けて別の広場へと出た際に目に映ったのは、広場の中心にもう一本彫られた溝。先程の溝と垂直に彫られたそれは、それぞれの着地点で交差している。

 

「ここには別の線が…」

 

「村の至る所に、同じような線がある…」

 

何の目的でこのような線を引いているのだろう。そんな疑問を感じていると、村のあらゆる所から、謎の音が響き始めた。まるで何かの生き物の声のような…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

謎の音は村の中から外の森にまで響いた。森の中にいたシエルたちにもその音が届き、一斉に村の方へと視線を向ける。すると、シエル、ナツ、グレイの三人の頭から生えていたキノコが突如光りだした。そして時間も置かずに、頭から生えていたキノコが解けるようにそこから取れて落ちた。ちなみにハッピーだけまだ付いたままである。

 

「おいしいけどこれはこれでヤだよー!!」

 

「兄さん!エルザー!!」

 

文句を叫ぶハッピーは無視して、シエルたちは村の方へと駆け足で戻る。先程村にいた時とで変貌している部分が一つあった。石畳に掘られた様に引いてある線が赤く発光しているのだ。広場の中で辺りを警戒しているペルセウスとエルザの姿を確認した一行は彼らの元へと駆け寄る。

 

そして赤い光は線だけでなく、線が引かれた石畳、そして建物の方にも移る。一際強く発光したと思いきや、建物や石畳がまるで波紋を立てる水面のように揺らめきだした。現実とは思えない光景である。

 

「何だこりゃ!?」

 

「何が起こってるんだよ、これ…!」

 

「オイラ、家が動くのなんて初めて見たよ!」

 

「何でそこがツボ!?」

 

状況が飲み込めない一行。その中でペルセウスだけが今この現象に何かを感じていた。今起きている事態に、心当たりがあるかのように。

 

「グレイ、待て」

 

「は!?何でだよ!」

 

衣服を脱いで臨戦態勢に入っていたグレイを、ペルセウスは言葉で止める。そして一行に、高いところに登るように指示を出した。確かめたいことがあるらしい。

 

 

 

村の外れにある岩の高台に登り切った一行の目に映ったのは、突如起こった光と共に、巨大な石色のタコや大蛇のような生き物に変貌を遂げた村の建物や石畳だった。先程まで村だった場所が巨大な化け物で埋め尽くされた光景に、一行は戦慄を覚えている。

 

「やはり…あの線は魔法陣だったか」

 

「魔法陣!?」

 

そんな中で冷静に村だった化け物たちを見ている兄から出てきた言葉に、シエルは言葉を反芻して驚愕した。エルザが村の中で見つけたいくつもの線は、村全体に刻まれていた魔法陣の一部。そして今この状況は、その魔法が発動されている影響なのだと言う。

 

「どういう魔法か分かるか?」

 

「封印魔法・『アライブ』。それしか思い当たるものはない」

 

「それ俺、本で読んだことある!!」

 

『アライブ』とは、今この村で起きている現象そのもの。本来生命を持たない無機物に施せば、生物化して動かすことを可能にする魔法である。恐らく村の住人はそんな禁断の魔法を発動させて、逆に化け物たちの餌食になったのだろう。だが、何故村の者たちがそんな危険な魔法を発動させたのか。それはエルザから明かされた。

 

「ここは…闇ギルドの村だ」

 

「何!?」

 

何故それを知ることが出来たのか。先程村の中を調べていたエルザが、納屋の中に魔法に使用する道具をいくつも見つけたらしい。そしてその魔法はどれもまともなものではなかったそうだ。闇ギルドの事だから、よからぬことを企てて自滅したのだろう。

 

「闇ギルドが自滅する分には自業自得。同情の余地なんかない。それはそれとして…」

 

闇ギルドにどこか嫌悪的な姿勢を示すシエルは、腕を組みながら告げた後、化け物と化した村を細めた目で見据えている。そして忘れたころにやって来た腹の虫が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「生き物って…大抵食えたよね…?」

 

「シエル早まっちゃダメーーー!!」

 

目から光を無くしたシエルが化け物たちを捕食対象として照準を定めた。ちなみにタコ型には目もくれていない。魚介とは思えないが念の為である。そしてシエルの言葉に顔をニヤつかせながら臨戦態勢に移るナツとグレイ。ミョルニルを換装して準備万端のペルセウス。真に受けた様だ。

 

「嘘でしょ!?ねえ嘘だと言ってよ!エルザ、みんなを止め…!」

 

本気で村から生物化した化け物たちを食べるのか?頼みの綱としてエルザに願い出るが、その肝心のエルザが両手に剣を換装で装備し、我先にと猛スピードで化け物たちに突っ込んでいった。

 

「エルザーー!?そんなに腹空きィ!!?」

 

「よっしゃー!!喰うぞーー!!」

「わーい、ご飯の時間だーー!!」

「その肉捧げて糧となれーー!!」

「この際、味がどうのとか言ってられねえ!!」

 

エルザに続くようにして下の方へと降り立っていく一同。もう全員がただ腹を満たすことしか考えていない。あんな化け物たちを本気で食べるのかと正気を疑うルーシィの肩を、未だ高台から降りなかったペルが手を置く。

 

「ルーシィ。食欲と言うのは、生き物の三大欲求の一つ。それに抗うことは不可能だ。それを少なからず満たすためなら…

 

 

 

 

 

 

 

人間はどんな倫理観も捨てることが出来る」

 

「カッコよくソレっぽいこと言ってますけど、それ人間としての尊厳を失うことになりませんか!?」

 

諭すような笑みを浮かべてルーシィに生き物の本質のような言葉を告げるペルセウス。言葉や佇まいを見ればどことなくカッコいい感じが出ているが、状況が状況なだけに色々と迷走しているようにしか見えない。分かってほしい、もう皆空腹で限界なんだ…!

 

「火竜の鉄拳!!」

「アイスメイク・『拳甲(ナックル)!!』」

「はあっ!!」

稲妻の剣(スパークエッジ)!!」

 

次々と化け物たちが魔導士たちによって調理(二重の意味で)されていく光景を見下ろしながら、ペルセウスもとうとう動き出した。

 

「それじゃ…俺もやろうか…!」

 

高台を踏みしめて高く跳躍。そしてタコ型の化け物目掛けて、換装で呼んでいた紫電の大鎚を両手に持ち直す。

 

「雷神の怒鎚…受けるがいい!!」

 

迫りくるいくつもの足を振り払いながら、化け物の頭に大鎚ミョルニルを叩き込むと、一気に地面へと叩き潰され、大鎚から放たれた紫の電流が近くの化け物たちにも襲い掛かる。一撃を食らった化け物は電流でこんがりと焼かれ、陥没した地面に埋め込まれる状態となった。圧倒的、とも言える光景を目にし、ルーシィは目を見開いて口をあんぐりとさせていた。

 

「よし、じゃあ早速いただくとするか」

 

調理が完了したタコの足を引き千切り、そのまま口に運ぶペルセウス。高台から降りて近づいてきたルーシィから「どんな味ですか…?」と聞かれると、引き千切った足からもう一部分を千切ってルーシィに投げ渡す。食ってみろ、という事だろ。躊躇わずにいられないが、ひとまず彼女も一口咀嚼した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

落雷(サンダー)竜巻(トルネード)、及び稲妻の剣(スパークエッジ)で程よいサイズに切り分けて調理した大蛇型の化け物を目の前に鎮座させるシエル。見た目はあまり美味そうには見えない。だが空腹が限界まで来ている現状では、四の五の言っていられない。例え好みの味でなくても、満たさなければ。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

律儀に手を合わせて化け物の肉を一口噛み千切る。そして口に含んで何回か咀嚼。その瞬間、シエルの体中に衝撃が走るような感覚が襲い掛かった。

 

「こ、これは…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『まっずぅーーーーーーっ!!!』

 

S級魔導士を除くほぼ全員の悲鳴混じりの絶叫が響いた。想像を遥かに絶するほど、不味いものだったらしい。口の中がかつてない混沌を生み出して、悶絶しているシエルの元に、次々とメンバーたちが集まってくる。

 

「おぉい!あんなの食えねぇぞシエル!!」

 

「不味いにも程があんだろ!!」

 

「ごめん…俺も今、思い知ったところ…!」

 

口を押さえながら地面に突っ伏している少年は、文句を叫びながら近づいてきた青年二人に同意しながら、目に涙すら浮かべて謝った。

 

「いくら空腹でも、あんなもんを口に含むのは無理があるな」

 

「ああ、食べられたものではない」

 

「あたしに食べさせてから言わないでくださいっ!!」

 

さり気なくルーシィに同じものを食べさせたペルセウスの言葉にエルザも同意する。彼女も同じ感想だったようだ。そして当たり前だが二次被害を被ったルーシィはペルセウスに涙混じりに抗議している。

 

その後方で、生物化した椅子に掴まりながらハッピーが岩に激突する瞬間が一行の目に映った。衝突の衝撃で、ハッピーの頭にずっとついていたキノコも、ようやく取れたらしい。

 

「ちょっと!どーして誰も止めてくれなかったんだよ!!ねえ、どうしてぇ!!」

 

集まっていた一同を見渡しながら涙を流して抗議の声を上げるハッピー。だがナツやグレイは、ハッピーが遊んでいるようにしか見えなかったらしい。さらに…。

 

「そう言えばハッピー、今までずっと何してたの?」

 

「確かに途中から見かけなかったな」

 

この兄弟からは自分が椅子と格闘していることも認識されていなかったらしい。かつてないショックを受けたハッピーは真っ白になってしまった。

 

最悪だ。友情も仲間もへったくれもない。目の前で化け物たちは実質的に食えないことが判明したという会話を続けている一行を眺めながら、何かが壊れるような幻聴が聞こえた。ついでに何かの生き物の声まで聞こえてくる。

 

否、化け物の声だ。ハッピーの背後から大蛇型の化け物が迫ってきていた。それに気づいて悲鳴を上げるハッピーを助けるため、ナツの炎を纏った一撃が炸裂する。しかし、気づけば四方を化け物たちの群れが囲みこんでいた。

 

「くそっ…不味い奴等の癖に…!!」

 

「腹が立つ…!」

 

食えないと分かれば最早遠慮はいらない。空腹で次々と湧き上がる怒りを、せめて発散させてやる。決めてからの行動は早かった。

 

「これで吹っ飛ばしてやる!火竜の翼撃!!」

 

ナツの両腕に纏ったしなる炎の一撃が。

 

「アイスウォール!!」

 

グレイが地上から拘束するように迫る氷が。

 

「はあっ!!」

 

天輪の鎧を纏ったエルザの無数の剣閃が。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

シエルが起こす緑色の竜巻が。

 

「換装!ミストルティン!!」

 

ペルセウスが装備した枝の杖に操作されて動く根が。

 

「あたしも!開け、金牛宮の扉!タウロス!!」

「久々にー!MO()ー烈!!」

 

ルーシィが召喚したホルスタイン柄の星霊タウロスによる斧の一撃が、次々に化け物たちを蹂躙していく。だがそれでも次から次に化け物たちが際限なく現れては襲い掛かってくる。

 

「ちっ…!キリがねーぜ…!」

 

このままではジリ貧だ。どうにか出来ないものかと考えたその時だった。

 

「こ、今度は何…!?」

 

地面が大きく揺れたと思いきや、化け物たちが蔓延っていた村の魔法陣が稼働し、紫色の光を発し始めた。稼働している魔法陣の中をどこか呻く様に暴れる化け物たち。赤く展開される魔法陣から発せられた紫の光が、妖しくも美しい光景を生み出している。

 

「うわーキレイ!」

 

「そーじゃないでしょ!?あんたのツボってさっきからどーなってんのよ!?」

 

何やら呑気に感動しているハッピーと、それにツッコむルーシィ。だが次第に魔法陣の発する光は強くなっていき、それに伴ってか、化け物たちが魔法陣の中にどんどん沈んでいく。しかし魔法陣の光はそれでもなお稼働を止めず、その余波は一行が足場にしている高台にまで広がっていく。

 

「逃げろ!!」

 

気付いたエルザが叫ぶのも束の間、足場は一瞬のうちに崩れ落ち、一行は悲鳴を上げながら魔法陣のある下の方へと落ちていった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

蜘蛛の巣谷を越え、どこかの荒野の道を徒歩で移動する最強チームの一行。しかし、その表情は未だにひもじさから抜け出せてはいない。

 

「あ~…腹減ったなぁ…マジで…」

 

「オイラもう歩けないよぉ…」

 

「俺も自分で動くの勘弁…」

 

「だからって自慢げに羽や雲を使うな!」

 

「な、何か訳わかんない…」

 

その内ハッピーは自分の魔法である(エーラ)で飛行し、シエルもまた乗雲(クラウィド)に胡坐をかきながら空中をゆっくり移動している。魔力を消費するが、空腹のままで徒歩移動するよりかは負担は減る。ルーシィはルーシィで、いつの間にか窮地から助かっていた現状に、混乱してばかりだ。そんな一行を後ろから追随しているペルセウスとエルザ、二人のS級魔導士が会話を交わしていた。

 

「ペル、やはり先程の説明では納得がいかんぞ」

 

「そうは言ってもなぁ…。あれ以上に言う事なんか他にはねぇし…」

 

それはいつの間にか村も、それを元にした化け物も消え、墜落しそうになった一行が何故か無事に着地できていた直後の事。今まで人っ子一人いなかったその場所に、突如何十人もの魔導士たちが現れた。

 

その魔導士たちこそ、あの村に住んでいた闇ギルドの魔導士たち。村に書き込んだ魔法陣を起動したところ、化け物が現れて魔導士たちは全員接収(テイクオーバー)によって体を取り込まれたのだと言う。外から来た一行が村に入ったことで魔法陣が刺激されて起動。そして何かしらの事が発生して、彼らにかけられた接収(テイクオーバー)が解除されたのだ。

 

このまま魔法陣を放っておけば次に何が起きるか分からない。だが、その時ペルセウスが告げた言葉は、その場にいる全員を驚愕させた。

 

『あの魔法陣が発動することはもう二度とないだろう。魔法の効果は既に解除されていたからな。五体満足であの化け物どもから解放されただけでも幸運に思え。これに懲りて、二度と馬鹿な真似をしないとこの場で誓えるなら、俺達はこの事を誰にも報告しない』

 

闇ギルドだった者たちは、あのような恐怖を味わうのは二度とごめんだと、もう二度としないことを誓った。それに対して満足そうに頷いたペルセウスの様子を見て、エルザはどこか含みのある視線を向けていた。何かを隠しているのではないかと、思うように。

 

「化け物たちが倒されたことで、あの魔法陣は発動し、全てを消去しようとした。だが、消去の魔法が発動されるまでの直前、私たちを助けた上に、闇ギルドたちの接収を解き、あの魔法陣そのものを消滅させた。そうだろう?」

 

あの一瞬の間に、ペルセウスが普段とは違う魔法を使っている魔力の反応を感じていた。あの場でそのようなことが出来るのは、きっとこの男だけだとエルザは確信している。そんな彼女にペルセウスは一つ溜息を零すと、こう答えた。

 

「気のせいじゃないのか?マスターじゃあるまいし」

 

ただ一言。だが真っ向から否定はしなかった。それをエルザは半ば肯定として捉え、それ以上は聞こうとしなかった。

 

「それにしても…」

 

 

 

 

 

 

 

『腹減った~~!!』

 

一行の心からの叫びと「グ~」と言う腹の虫が、荒野の空に響き渡った。




おまけ風次回予告

ナツ「おい聞いたかシエル!今度取材の奴が来るらしいぞ!」

シエル「ああ、確かに聞いたよ。週刊ソーサラーだよね?まさかあの週ソラからの特別取材が来るなんてな~!」

ナツ「いっつもオレが何かを壊したとか壊したとか壊したとか…悪く書きやがってぇ…!」

シエル「事実壊してばっかじゃん、ナツは…」

次回『妖精の尻尾(フェアリーテイル)COOL(クール)な密着取材』

ナツ「取材の奴が来たらガツンと言ってやる!覚悟しとけよコラー!!」

シエル「ああ…こりゃ取材の人の為のお詫び品を用意しておかなきゃ…」


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第42話 妖精の尻尾(フェアリーテイル)COOL(クール)な密着取材

祝!アニメ「EDENS ZERO」放送開始!!
とうとう放送開始されましたね!投稿時間が過ぎる頃にはもう1話放送まで1時間を切っているんですね…。録画してからゆっくり見なきゃ…w

まあ、僕は地方暮らしなんで放送されるのは金曜深夜なんですがねぇ…。

いや放送されるだけマシか…。FAIRY TAILやってた東京系なんて映りもしないし…。地方民は辛いぜ!!


突然だが諸君は、週刊ソーサラーと言う雑誌をご存じだろうか?

毎週水曜日に発売され、新しい魔法商品やホットなギルドの紹介、美人魔導士のグラビアなどで人気を博する魔法専門誌だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する看板娘・ミラジェーンもこのグラビアに多数出演したことがある。

 

そんな週刊ソーサラー、略して『週ソラ』にてこの度、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の大特集を組む企画が発案。その為にギルドへの取材が今日来ることになった。その事を知ったある人物が、取材に向けて入念にとある準備を行っていた。

 

「バッチリ、エビ」

 

「ヤバイ…今日のあたし、ちょっとカワイイかも…!」

 

星霊魔導士のルーシィだ。ミス・フェアリーテイルコンテストで二位を勝ち取った彼女は、自身を大勢にアピールするために、いつにも増して身支度に気合を入れていた。いつもとは違うファッションに、ヘアスタイルも変えて魅力的に映る様に。背中から蟹の足を六本生やしたスタイリストの服装とサングラスをかけている男性―――髪型を自在に変えられる蟹座の星霊である『キャンサー』が腕を振るった甲斐もあって、その出来栄えは自分自身も惚れ惚れするほどだ。

 

「ようやく初の出番って事で、いつも以上に張り切った、エビ…!」

 

「何の事かは分かんないけどありがとね、キャンサー!」

 

若干涙ぐみながら両手の鋏を構えてポーズを決めるキャンサーに苦笑しながらも感謝を伝えるルーシィ。そして腰かけていた椅子から立ち上がって意気込みを叫んだ。絶対に取材で大きく取り上げてもらい、大陸中に己の存在をアピールしてみせると…!

 

 

 

時に…キャンサーが蟹座の星霊でありながら、語尾が同じ甲殻類のライバル的存在の「エビ」であることに疑問を抱いた方。安心してください。その考えは正常です。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「取材?」

 

「そう、週ソラの記者が今日来るんだって。ミラが言ってたよ」

 

カウンター席で自然と席が隣り合う位置に着いたシエルとペルセウスの兄弟。シエルは看板娘であるミラジェーンから聞いた、今日ギルドを訪問する予定である雑誌の記者の話を期待と歓喜が入り混じった表情で兄に報告する。楽しみだ、と言う感情を表に出して笑みを浮かべる姿は微笑ましく見えるが、生憎今のペルセウスにそれを感じる余裕はなかった。

 

「俺今日はもう帰る…」

 

「待って待って待って!判断が早すぎるって!!」

 

そそくさと置いておいた荷物を抱えてカウンターを立ち、ギルドを出ようとする兄の腕を引いてそれを止める。

 

「俺が取材嫌いなのは知っているだろ?記者が来ると分かって大人しくしていると思うか?」

 

「でも週ソラだよ!?他ならともかくあの週ソラ!ずっと憧れてた雑誌なんだよ!」

 

週刊ソーサラーはシエル自身もよく好んで読んでいる雑誌だ。その雑誌に自分が乗る可能性があると考えただけで張り切ると言うもの。だがそれで自分も受けるという理由は存在していない。

 

「雑誌と言うものは、個々人の情報が漏れなく暴露されるものだ!プロフィールから出自、住所、お気に入りの店、最近ハマっているものから何まで全部だ!」

 

「さすがに偏見持ち過ぎじゃない?」

 

物凄い極論を大声で主張するペルセウスに、カウンターで仕事をしているミラジェーンもさすがに苦笑いを隠せない。だが一理はある。シエルもそれは理解しているが、これはただ憧れの雑誌に出れるという夢を叶える為だけのものではなかった。

 

「兄さんの気持ちも分かるよ。けどこのまま避け続けたって、どこかで兄さんの事は漏れる…。『幻の魔導士』って呼ばれてること、知ってるでしょ…?」

 

弟の言葉を聞いてペルセウスの表情が歪む。意図的に自分の事を赤裸々に公表されるのを避けているだけでは、もう収まり切れない。自分でも理解していることだ。

 

「それに、俺はもう兄さんに守られるだけの存在じゃないよ」

 

その一言で兄の目が見開かれた。それは彼が抱いていた懸念を払拭させる、その為の言葉。自分を掴まえているシエルの手をそっと離させてペルセウスは元居た席へと座り直した。

 

「そうだな、シエルは強くなった。そのご褒美に俺も付き合うとしよう」

 

その返答に、シエルは顔に満面の笑みを浮かべて喜ぶ。弟の望みを叶えられるのなら、兄としては喜ばしいものだと、改めて実感していた。

 

「Oh――――!!妖精女王(ティターニア)!!」

 

兄弟の一悶着が落ち着いた瞬間、ギルドの出入口から突如テンションの高い男の声が響いた。目を向けてみると一本角のヘルメットを彷彿とさせる、てっぺんだけが逆立った丸い髪型。額にサングラスを着けており、肩からはカメラ―撮影用の魔水晶(ラクリマ)の一種―についた紐と、肩にかけるタイプの鞄をさげている男の姿があった。興奮具合を見るに、先程の声の主は間違いなく彼だろう。

 

「ヤッベ…本物だ!クール、COOL(クール)、クゥール!!本物のエルザじゃん!クゥゥーール!!!」

 

出入り口近くに立っていたエルザ、そしておしゃれなファッションに身を包んでいるルーシィ目がけて、膝から勢いよくスライディングして近づき、両腕を前に掲げて大きく上下しながら興奮の声を上げている。物凄くテンションが高い。

 

「あの人が週ソラの記者…なのかな?」

 

「…やっぱ帰ろうかな…」

 

何とか保ってくれていたモチベーションが再び下がりそうな気配を漂わせるペルセウス。勿論必死にシエルは止めた。

 

「すまないな、少々散らかっている所で」

 

「ノープロブレムッ!!こーゆー自然体を期待してたんですヨ!!」

 

上がりまくっているテンションそのままに週ソラの記者――名は『ジェイソン』と言うらしい――による取材が始まった。近くにいたエルザにまずは照準を定め、カメラに彼女の姿を写していく。

 

「アタシ、ルーシィって言いまーす♡エルザちゃんとはお友達でぇ~」

 

「二、三質問に答えてくれないかい?」

 

「構わないが…」

 

「(スルー!?)」

 

何やらジェイソンにアピールを始めたルーシィであったが、当の本人には聞こえなかったようだ。エルザの撮影を一通り終え、彼女にインタビューを決行する。思ってもみなかった塩対応にルーシィは愕然となった。

 

「ルーシィは何やってるんだ…?」

 

「あ~…色々必死なんだよ、きっと…」

 

知り合って間もないペルセウスには解らないルーシィの心情、葛藤を何となく察したシエル。困惑する兄に対して、苦笑を浮かべながら適当に弁明した。

 

「換装できる鎧は全部でいくつあるんです?」

 

「100種類以上だ」

 

COOL(クール)!!一番のお気に入りは!?」

 

「バニーガールだな」

 

「バ…バニー!!?」

 

この答えにはジェイソンだけでなく耳を澄ませていたシエルも驚愕した。本人曰く「あの耳がカワイイ」とのこと。だがそれはそれとして…。

 

「鎧じゃないよねそれ!?」

 

「言ってやるな、エルザはそーゆー奴だ」

 

「COOOOOOOOOOL!!!」

 

思わず叫んだシエルとは対称に、冷静に弟をさとす兄。そして記者のこの男はテンションがさらに上がって両腕を更にシェイクさせている。彼の脳内には映ったのだろう。エルザのバニーガール姿が。

 

「好きな食べ物は?」

 

「チーズケーキとスフレは外せないな」

 

エルザへの質問はさらに続いていく。近くにいたはずのルーシィには目もくれていない。自分の知名度はこんなものなのかと、悔しくはあるが納得できない訳でもないので、尚の事歯がゆい。

 

「ぷふ」

「あんたに笑われたくないわ!!」

 

その様子を近くで見ていた青猫のハッピーがバカにするように笑みを一つ。だが知名度で言えば恐らく自分以下と思われる彼に笑われるのはとてつもなく心外だ。だが、そんな彼女に非情な現実が襲い掛かる。

 

「オーー!!ハッピー!君は何故、青いんだい!?」

「ネコだからです」

「負けた!!」

 

まさかのハッピー以下だった。信じがたい現実に近くにあった机に前のめりで倒れこむ。だがハッピーへの質問を終えたジェイソンは、何かに気付いたようにルーシィの方へと勢いよく顔を向けた。ようやく自分の番だ、と愛想笑いではあるが「ニコっ」とルーシィが笑みを向ける。

 

「グレイだー!!本物のグレイがいるーーーー!!!」

「ぎゃふん!!」

 

だがしかし彼女の視界に映ったのはルーシィの奥のテーブル席にいるグレイだった。一つの対象に目を向けると周りが見えないらしいジェイソンに、ルーシィは哀れ突き飛ばされた。

 

「何だお前?」

 

「ほら…雑誌の記者ですよ」

 

グレイの前の席に座っていて、彼に説明をしたのはジュビアだ。ちゃっかり彼の近くでよく共にしている。元幽鬼の支配者(ファントムロード)のエレメント(フォー)であるジュビアの姿を目にしたジェイソンのテンションはさらに上がっていた。

 

「グレイ!何故君はすぐ服を脱ぐんだい!?」

 

「脱がねえよ!!人を変態みてーに!!」

 

「グレイ様下ーーー!!」

 

問われた質問に心外と言わんばかりに机に乗り上げて抗議を叫ぶグレイだったが、下半身に纏っていたのは下着のみだった。説得力ゼロの為、案の定顔を真っ赤にしたジュビアに指摘された。

 

「なんかあっつーい。あたしも脱いじゃおっかなー」

 

「…ルーシィは何を…」

 

「言わないであげて、あれでも真剣なんだよきっと…」

 

若干兄が引き気味になっているのだが一応フォローはかけておく。彼女も必死なのだ。懸命にアピールをしているだけ、そうそれだけのはずだ。

 

「だぁーーーらぁーーーっ!!!記者ってのはどいつだーーー!!!」

「きゃあー!?」

 

そんなルーシィの背後から怒り心頭の状態で、近くのテーブルを卓袱台返ししながら怒号を上げたのは、怒りを炎に変える滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)・ナツ。そして近くにいたルーシィは巻き込まれ、テーブルと一緒に宙を舞う事となった。

 

「ナツ!!火竜(サラマンダー)のナツ!!!オレが一番会いたかったまどうひびがぼぁクォーーール!!!!」

 

国中に広まる程噂となっているナツを見れたことで興奮が更にヒートアップ状態。興奮しすぎて舌を噛んでしまうほどだ。よっぽど会いたかったのだろう。

 

「やいやい!いっつもオレの事悪く書きやがって!!」

「YES!!」

 

「オレが何か壊したとか壊したとか壊したとか!!!」

COOL(クール)COOL(クール)!!COOL(クール)!!!」

 

会話が成立していないだとか、双方ツッコミどころ満載だとか、もうそんな一言じゃ片付かないぐらいのカオスな会話だ。ただ言えることがあるとするなら一つだけ挙げておこう。

 

週ソラが記したナツの数々の暴挙はすべて事実である。

 

「ヤッベ…本物だ…!!超カッケェ!!」

 

自社他社問わず様々な記事に取り上げられてきたナツにとうとう会うことが出来た。あまりにも感動して、ジェイソンは今、自分が記者ではなくナツと言う魔導士のファンの一人として動いた。緊張に手を震わせながら、顔に喜びの笑みを浮かべながら、ナツに向けて右手を差し出す。

 

「あ…握手してください!!」

 

 

 

 

 

 

 

「うっせぇ!!!」

「COOOOOOOOOOL!!」

 

だがナツはあろうことかジェイソンを殴り飛ばしてしまった。あまりの勢いに時計回り錐もみ回転するジェイソン。そしてそのまま床を転げまわりながら、手に持つ手帳とペンを使って今の出来事を記した。

 

「ヤッベ!カッコよすぎ!!さすが、ヒーロー!!!『こんなCOOL(クール)な握手は初めて』…と」

 

握手を求めただけで思いっきり左頬を殴られたのに、それにすら感動して記録していく。これがプロと言うものなのか。シエルは魔導士でもない一般人よりのはずであるジェイソンに戦慄していた。

 

「バカとも言える気がするが…」

 

戦慄を覚えている弟に、兄の冷静な指摘が入った。

 

「あ…あの…記者さん?あたしに質問とか…」

 

「あ!エルフマンだー!COOL(クール)!!」

 

「ああん…」

 

すぐさまジェイソンは次の人物に照準を当てて駆け出していった。その度にルーシィがスルーされているのを見ると、なんだか段々可哀想になってくる。しかしジェイソンは一向にルーシィには気づかず、次々と注目している魔導士たちにインタビューをしていく。

 

「エルフマン!あなたにとって漢とは!?」

 

「その答えは…漢だ!」

 

COOL(クール)!!」

 

訳分からん。漢とは何かという質問にそのまま答えたエルフマンも、それに興奮するジェイソンも。

 

「チームシャドウ・ギア!三角関係って本当!?」

 

「?」

「「ノーコメントだっ!!」」

 

「ヤッベ!サイッコーー!!」

 

次に質問したのはレビィをリーダーとした三人一組チーム、シャドウ・ギア。だがこの質問はレビィが意図が分からず首を傾げている間に男二人が叫びながら回答した。どうやら心を抉られる質問だったらしい。

 

「カナ!今度、グラビア出てよー!!」

 

「いいからここ座って呑め!!」

 

次は食事中だったカナだ。と言うよりこの場合は質問ではなくオファーだったが。ついでに言えば自分の隣のテーブル席に座らせようとしているカナ、今彼一応仕事中だからそういう誘いはどうかと思う。酔っているからとは言え…。

 

「マスター!!最近新しくなったことによるギルドの抱負を!!」

 

「あ…えーと…『愛と正義を胸に日々精進』…」

 

嘘くせぇ。思いっきり緊張しているのか頓珍漢なことを口走るマスター・マカロフ。今更抱負を聞かれても他に良いことが浮かばなかったというのも含まれていそうだ。

 

「チーム雷神衆!ラクサスがいなくなったって聞いたけど、もしかして解散!?」

 

「いや…」

「んなわけねえだろ?」

「ラクサスの分まで頑張りまーす♡」

 

ラクサス親衛隊である雷神衆。ラクサスが抜けたことで存続するかどうか危ぶまれていたようだが、本人たちはむしろ奮起しているようだ。いつでもラクサスが戻ってきた際に傍にいれる実力を持てるように。

 

「ラキー!!イメチェンしたの!?」

 

「次のミスコンは入賞狙うから!」

 

メガネをかけた紫髪の女性ラキ。彼女は以前までポニーテールだったのだが、髪を切ってショートボブにイメチェンをしたことで印象が大きく変わったらしい。男たちの視線を釘付けにしたこともあるとか。ちなみに今のジェイソンもその一人だ。

 

「お二人とも!ご無沙汰です!」

 

「でっかくなったなお前ー!」

 

「お手柔らかに頼むぜ、おい?」

 

「勿論ですよ!!」

 

そしてギルド内でもベテランの魔導士、マカオとワカバはジェイソンが若手時代の時から顔見知りのようだ。二人並んでいる姿をあらゆる方向からカメラで写真に収めていく。だが、次々と取材を受ける者たちが増えていくことで、色んな意味で限界を迎えている人物がいた。

 

「うわーん!全然あたしになんか構ってくれない~!!」

 

折角目を惹くためにオシャレもして、キャンサーに頼んでこれ以上ない程の出来栄えに仕上げてもらったというのに、これでは骨折り損だ。その場で膝を折って俯くルーシィに、陰が差しているようにも見える。ここまで哀れな目に遭うとはだれが予想しただろう…。

 

「そーだ、忘れるとこだった!今回の取材で、絶対におさえておきたい魔導士がいるんですよ!」

 

「ほー?誰の事だ?」

 

思い出したように目の前のマカオ達に話を振ってくるジェイソン。もしや自分か?と一瞬期待したルーシィだが、あそこまでアピールして全然靡かなかった様子を見るとどうせ違うだろうと諦めムードを漂わせている。

 

「その人は、最近ギルドに入った新人で…!」

 

最近入った。確かに数か月ほど経つが、自分が加入したのは割と最近だ。

 

「けれども、色んな場所でCOOL(クール)な噂が多数存在してて…!」

 

噂。色々と尾ひれがついてはいるが、確かにルーシィは多数噂が存在している。

 

「他の人には滅多に見られない珍しい魔法を使ってて…!」

 

これも当てはまる。星霊魔法は今まで出会った中でも数人ほどしか彼女に心当たりがない。

 

「なーんと極めつけには!あのナツやエルザともよく依頼(クエスト)に行っているとか!!」

 

ここまでくれば最早確定だ。ナツとはほぼ常に行動していると言っても過言じゃないし、エルザも含めて自分も最強チームの一員だ。むしろこれを聞いて他に候補がいるなら誰がいるのだと言わんばかりに。これは猛アピールのチャンス!ルーシィはすぐさま行動に移した。立ち上がってジェイソンの背後から輝かしい笑顔と声で近づいていく。

 

「はいはーい!!それ、あたしのことでー…!!」

 

 

 

 

 

 

「名前はずばり!!シエルゥ!!」

「ズコーーーーーー!!!」

 

だがその名を聞いた瞬間ルーシィはジェイソンの傍を横切る形で床を滑った。

 

「はーい、シエルはここでーす!」

 

「!COOL(クール)!!クゥーール!!会えて嬉しいよー!!」

 

ルーシィを哀れに思いながらも、名を呼ばれた本人はカウンター席からジェイソンに呼びかけた。それを聞いて顔を向けるや否やジェイソンは更に興奮しながらシエルたちのいるカウンター席に駆け寄っていく。それを見ながらルーシィは涙を流していた。またも自分がスルーされた。だが考えてもみれば…。

 

最近ギルドに加入した(正式加入はルーシィの三日前)多数の噂が存在する(天に愛されし魔導士とか悪戯妖精とか)他の人には滅多に見られない珍しい魔法(そもそも天候魔法を一人で扱う唯一例)ナツやエルザと共によく依頼に行く(彼もまた最強チームの一人)。自分以外に当てはまる魔導士…いたよ、すぐ近くに。

 

「まあ…うん…何となくこうなると思ってた…」

 

涙を流しながら呟いた言葉を拾う者は誰もいなかった。予測はしていたけれど、それでもどこか期待していた。夢ぐらい持ったっていいじゃないか、と思わずにいられない。

 

「こうなったら…やるしかない…!恥ずかしいけど、アレやるしかない!!」

 

シエル、そして傍にいた兄のペルセウスがインタビューを受けているのを一瞥した後、ルーシィは決意を秘めた表情を浮かべて衣裳部屋へと駆け出していった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

さて、ここでシエルたちの取材風景の方を見てみよう。興奮冷めやらぬ様子でシエルたちのいるカウンター席に近づいてきたジェイソン。「COOL(クール)!!」と叫び、両腕を上下しながらも、手に持っている手帳とペンを構えてインタビューの準備は万端だ。

 

「君にはいくつも聞きたいことがあるんだ!!」

 

「答えられる範囲でよければ」

 

「じゃあ早速…!!?」

 

笑みを浮かべながら受ける気満々のシエルに質問をしようとしたジェイソンだが、ふと隣に座っているシエルによく似た青年を目にしてジェイソンは固まった。それに対して所在なさげに目を逸らした青年を改めてよく見るジェイソン。そして、記憶に見たことあるその人物を理解した瞬間、彼の停止した思考が再起動した。

 

「ペェー!?ペッペペペペペッペッペッペ!!ペルセゥウーーースッ!!?」

 

そして天井を仰ぎ見るほど体を仰け反らせて絶叫し、これでもかと言うほど両腕を上下に動かしまくる。今までの中でも最高潮と言えるハイテンションぶりにペルセウスはもとよりシエルまでもが呆然としてジェイソンの姿を凝視する。

 

だがそれも無理はない。今までどの雑誌の取材も断り、世間に表立って出る事のなかった幻の魔導士。会社に資料として写真だけなら存在していたが、どのギルドに在籍しているのか、経歴はどういうものか。そう言った個人の情報を絶対に公開はしなかった存在が目の前にいる。それを認識したら少なからず感情が揺れ動かさずにはいられないだろう。普段からテンションが高いジェイソンのような人物なら尚更だ。

 

「あ、あの!幻の魔導士として、雑誌界では色んな意味で有名な!ペルセウス!!?」

 

「…ああ、そうだが…」

 

「超!COOOOOOOOOOL!!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)の所属じゃないかって噂も本当だったんだぁ!!?」

 

どうやらシエルの懸念通り、避けていても明かされる情報は割とあるようだ。目立たない様に行動を続けていても、逆にそれがミステリアスなキャラとして噂がどんどん広まっていく。現にルーシィがペルセウスの事を知っていたのもその噂からだし。実在していた幻の魔導士に、まさかこんなところで会えるとは。未だ興奮が冷めないジェイソンだったが、隣り合って座る少年と青年を見比べて、ある憶測が浮かび上がる。

 

「あれ?そう言えば二人って…どこか似ているような気がするけど…」

 

「実は兄弟なんだ、俺たち」

 

「兄弟!?ブラザー!!?幻の魔導士と!スーパーリトルルーキーが!まさかの、ブ!ラ!ザ!クゥオーーール!!」

 

まだ質問もほぼ始まっていないのに明かされる情報が目玉級のものばかり。最早彼のテンションは鰻が川どころか滝を登っているレベルで上がりまくっている。だがいつまでもこのままでは長くなりそうだ。

 

「盛り上がるのはいいけど、取材は?」

 

「あーっとごめん!!あんまりにもビッCOOL(クール)だったものだから!」

 

「誰が上手い事言えと…」

 

「じゃあ気を取り直して、折角だから君たち兄弟に、個別、共通でいくつか聞かせてもらってもいいかな!?」

 

シエルは元から乗り気だ。今にどんなことを聞かれるかワクワクしている様子。それを見てペルセウスも改めて覚悟を決めることにした。答えられる範囲で、と言う条件を付けてファルシー兄弟へのインタビューが始まった。

 

「まずシエル!天気の魔法を使うって聞いたけど、一番好きな天気は?」

 

「やっぱり晴れかな。日向ぼっこしてると暖かくて気持ちいんだ~」

 

「Oh!COOL(クール)でキュートな答え!頭のCOOL(クール)なメッシュはオシャレかい!?」

 

「いや?特に手は加えてないけど…多分生まれつき」

 

「ワオ!COOL(クール)!!じゃあ次はペルセウス!ずばり何の魔法を使うんですか!?」

 

「神器の換装魔法だ」

 

「神器…神?」

 

「大昔に神が実際に使っていた武器の事だよ」

 

「スケールが超ビッグ!!COOOOOOOOOOL!!」

 

何だかんだでペルセウスも律儀だ。問われた内容に細かく一つずつ回答していく。そしてその度にジェイソンがテンションを上げて叫ぶのにもそろそろ慣れてきた。

 

「兄弟の仲は?」

 

「強くて頼れる自慢の兄さん!」

「努力家で兄想いな理想の弟」

 

「まさかの即答!しかも同時!!逆に直してほしいと思う所は?」

 

「いつも俺の方を優先させるから、たまには自分の事も大事にしてほしいかな」

 

「それを言うならお前もだぞ?あと、俺の事を神格化しているところは、何とかならないかと思ってる…」

 

「仲良すぎかよっ!!COOL(クール)COOL(クール)COOL(クール)!!」

 

問題どころか妙に良すぎる兄弟の仲を垣間見るやり取りにツッコミながらも興奮してペンを持つ手を止めないジェイソン。ヒートアップする感情のままに更に続いていく。

 

「シエルは悪戯妖精(パック)とも言われているけど、やっぱり悪戯は好き?」

 

「聞くまでもないでしょ?」

 

「やっぱね!じゃあじゃあ、最初にした悪戯ってどんなのか覚えてる?」

 

「えーっと、ギルドに初めて来たのが3年ぐらい前で…その数日後に、あそこにいるマカオが飲んでいた酒を、空のコップと入れ替えたのが始まり」

 

「…あったなそんなこと…」

 

シエルが答えた最初の悪戯に反応したのは、被害者のマカオだ。何杯も飲んで出来上がっていたところを、もう一杯飲んでいたはずのコップにあった酒が空になっていたことに困惑し、酔いが覚めた事を思い出した。それが一つの狙いでもあったのだが。

 

「ちなみに、今までやった悪戯の中で、シエル的にはどれが一番面白かった?」

 

「そうだな…。あ、割と最近なんだけど…」

 

そう言ってシエルは荷物が入った袋を開いて漁ると、一枚の紙を取り出した。折りたたまれたそれを開くと…。

 

「ナツがエルザのケーキをつまみ食いしてさ。それをエルザに報告した後にしばかれたナツが一番だった!」

 

「あれテメーの仕業かぁ!!!」

 

楽園の塔の騒動があったアカネビーチからの帰路の事。リーダスに描いてもらった、エルザが見ていない間に彼女が大事にとっておいたショートケーキをつまんでいるナツの絵を見せながら、当時の光景を思い出して笑っている。被害者となったナツは笑い事じゃなかったので抗議の声が上がったが、その声はエルザが怒りの圧を放って強制的に黙らせた。

 

「次はペルセウス!魔導士としてはどれくらい長いの!?」

 

「物心ついた時には初歩的な魔法は見ただけで使えてた…と聞いたことはある」

 

COOL(クール)!!まさに神童!!って事は、神器の換装以外にも、色々使えたり!?」

 

「簡単な魔力弾、物体浮遊、調合、あとはそうだな…珍しいやつなら解呪魔法なんてのも…」

 

「ワーオ!COOOOOOOOOOL!!」

 

続いて聞かされたペルセウスの扱う魔法には、何度目にもなる絶叫を出させた。神器の換装、だけでも凄まじいと言うのに他にも様々な魔法を扱える。その事実に改めて彼が天に愛されたと言える存在であることが伺える。一方で、彼が提示した魔法の中に、心当たりを感じたエルザが、少し前に起きた出来事に関して納得していたのは、また別の話。

 

「色々聞いてきたけど、最後の質問!二人共に聞きたいことを思い切って聞いてもいいかな!?」

 

「もうこの際ドンと来いだよ!」

 

「内容によるがな」

 

どうやらペルセウスも、もう取材に関しての嫌悪感はないに等しい。どのような質問が来るかにもよるが、順調に進んで終わりを迎えそうだ。しかし…。

 

COOL(クール)な顔立ちをした二人ならきっと!女の子たちも注目する!ハズ!ズバリ!!好みの女性のタイプは!!?」

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、シエルの顔が衝撃を受けたように引き攣り、ギルド内にも同様の感覚が走る。あれほどまで騒がしかったギルドの中があっという間に静まり返ってしまった。一部、唐突に静かになった様子のギルドに困惑している者もいるが、大半は言葉を失っている。

 

「…えっ…あれ?もしかして、タブーだった?」

 

そしてその空気に困惑しているのはジェイソンも同じだった。そんなつもりはなかったし、年頃の若者は大比率で恋愛の話題は興味を持つもの。だがそれがギルドを静まり返るような話題になるとは思ってもみなかった。聞いてはいけないことだったのかと、謝罪しようとするジェイソン。それに対してシエルも口を開こうとするが…。

 

「いや…そんな事ない。変な気を遣わせてすまないな」

 

「…そ、そう…?」

 

ギルドの中同様に口を噤んでいたペルセウスがそれを真っ先に否定した。先程とは違ってどこか恐る恐ると言う様子のジェイソンに、ペルセウスは質問の内容を確認しながら答えた。

 

「好みの女性…だったな。優しくて元気で、笑顔が似合う…そして家族想いな子…かな」

 

悲し気に笑みを浮かべながら告げた答えに、隣に座るシエルは兄から目を逸らした。近くにいる魔導士たちも、複雑な感情を込めた目でペルセウスの方を見ている。

 

そんな中で特に、ミラジェーンとエルフマン、そしてナツとハッピーが特に悲しそうな表情を浮かべていた。

 

「素敵な女性像だね。詳しく聞きたいところだけど、それはまた保留にしておくよ」

 

「すまないな…」

 

「いやいや、それはこちらもだよ」

 

記者としても個人としても気になるのは本音だ。だが、本人の表情を見てそれを追求したいとは思えない。記者のジェイソンは真実を知るよりも、彼の想いを優先することにした。それは開けるわけにはいかないパンドラの箱のようだと、感じたから。

 

「気を取り直して、シエルはどうかな?答えたくないならそれでもいいけど」

 

先程の兄の様子を見て少々探りを入れながらではあるが弟にも同様の疑問を投げかける。シエルの方はと言うと、ペルセウスのように悲しげな表情ではなく、悩んでいるような表情を浮かべている。

 

「俺は…う~ん、どうかな~?そりゃ可愛い子とか綺麗な人とか見かけたら目で追う事もあるけど…恋愛に発展するかどうかと言われたら、微妙かな…」

 

「そうなのかい?あまり興味がない、とか?」

 

「ないわけじゃない、と思う…。他の人たちの恋愛とかは分かるし、見ていて面白いと感じたりもするけど、いざ自分がその立場になるかと問われると…まだよく分かんない…」

 

さり気なく人の恋路を面白いとぶっちゃけたシエルの答えに、まだまだこれからと言った様子を感じたジェイソン。答えになったかは定かではないが、現状ではこれが最適解だろう。だが、シエルは思い出したように手を打って彼に告げた。

 

「あ!恋愛とは別になると思うけど、一緒にいて楽しい女の子ならいるよ?」

 

「本当かい!?それはどんな子!?」

 

「ルーシィって言うんだけど…あれ、ルーシィ?」

 

この際流れに乗っかってルーシィへの興味を向けさせる行動に出ることにした。しかし肝心のルーシィがギルド内のどこにも見当たらなくなっていたことにようやく彼は気付く。誰か見た者はいないか、と尋ねようとしたその時だった。

 

「みんなー!注目~♡あたし歌いまーす!!!」

 

「ええーーーっ!!?」

 

探していたルーシィがギルドの奥にあるステージの上にいた。が、問題はその格好だ。ピンク色のレオタードを身に纏って同じ色のうさみみカチューシャを頭に。首元には赤い蝶ネクタイ。そして脚には網タイツ。俗にいうバニーガールの服装でギルド内全員の注目を集めていた。話題に出していた少女が突然の奇行に走ったことにより、シエルが真っ先に悲鳴に似た絶叫を上げる。

 

「バ、バニーガール!!?もしかして、彼女がさっき言ってたルーシィ!?」

 

「え、いや、あの、その…」

 

答えづらい。もしこれでYESと答えた際に、何かがまかり間違って「シエルの好みは年上のバニーガール」なんて不名誉なレッテルを貼られてしまっては色々な意味で立ち直れない。

 

「…ルーシィはな…」

「俺が聞きたい、ホントに何してんの?」

 

兄の言葉を遮ってまでシエルはこの困惑を早口で告げた。背水の陣さながらの窮地に陥っているシエルの事など露知らず、ジェイソンが己の名を呼んだことでついに自分に意識を向けてくれたと認識したルーシィは心の中でほくそ笑んだ。ちなみになぜバニーガールをチョイスしたかと言うと、エルザの質問で聞いたバニーガールに過剰な反応を示していたからである。

 

このチャンスを無駄にはしない。記者も含めて会場を魅了すれば、とうとう自分の時代が訪れる!驚愕している仲間たちを前に存分にアピールを開始しようと動き出したその時だった。

 

「歌ならオレだ!!シュビドゥバーー!!!」

「きゃあ!?」

 

「「ガジルーー!!?」」

「「またお前かァーー!!!」」

 

「うぉあーーー!!キッターー!!鉄竜(くろがね)のガジルゥ!!!COOOOOOOOOOL!!!」

 

いつの間にか白統一のスーツと黒いサングラスで、ギターを両手に持ってかき鳴らしながらルーシィを突き飛ばして現れたガジルが、ルーシィが集めた注目を全てかっさらった。雷神衆はガジルの奇行に驚愕し、過去に似たものを見た者たちからは絶叫が木霊し、ジェイソンは元幽鬼の支配者(ファントムロード)のエースの登場に興奮している。

 

《正しい(モン)がバカを見るこの世界で、お前はいつもバカを見ていたよな?》

 

ハーモニカを一つ吹いた後に、ギターを鳴らしながら突如謎の弾き語りを開始するガジル。一部を除く全員が絶句しているにも関わらず、ガジルは続けていく。

 

《それってつまり…バカは正しいって事だろ?》

 

言ってることは謎過ぎるし、ギターの音は下手くそだし、一体何を見せられてるんだろう…。絶句している者達の中で、ペルセウスはそう思わずにはいられなかった。

 

《おい相棒、聞こえるかい?オレの魂の詩が…》

 

「痺れまくりビシビシだぜェーーーー!!!」

 

その中で唯一感動した様子のジェイソンが叫んだ。大丈夫だろうか、こいつの感性。そう思わずにはいられない。

 

「相変わらず音楽関係はグダグダだなぁ…。服装はカッコいいのに」

 

「え?」

 

おい(シエル)よ。今何つった?聞き間違いか?聞き間違いであってくれ、頼む。

 

「うっせぇ!ガジル!!」

 

シエルの発言に現実逃避をしていたペルセウスは、ナツの怒号によって現実へと引き戻された。怒号と共に出入口の近くまで殴り飛ばされ、その衝撃で服がボロボロになったガジルが殴った張本人を睨みつける。

 

「下手な歌うたってんじゃねぇ!!オレはこいつに用があんだよ!!」

 

「まだ歌ってねえ!!歌わせやがれ、火竜(サラマンダー)!!」

 

それを発端に、ギルド内でナツとガジルの喧嘩…もといガチバトルが始まってしまった。まだ取材中という事でミラジェーンが止めようとしたが、ジェイソンは逆に目の前で始まったバトルに再び興奮し、その一瞬一瞬をカメラに収め始めた。

 

「あっちゃー…」

 

こうなってはもうやるとこまでやらせるしかないかもしれない。最早諦めの境地となったシエルたち兄弟に、トボトボと影のオーラを纏いながらルーシィが近づいてきた。ちなみに格好はまだバニーのままだ。

 

「ねえ…二人とも…あたしって、魅力ないのかしら…?」

 

涙を流しながら尋ねてきたルーシィに、どう答えるべきか互いに目配せして迷う素振りを見せた後、その答えを提示することにした。

 

「ルーシィに無いのは魅力じゃなくて…」

 

「運…じゃねーか…?」

 

「…運…かぁ…」

 

考えてみれば、今日これまでのルーシィがそれだけアピールしても気付かれず、ようやく目にしてもらったと思えば注目を横取りされ、あまつさえタイミングが色々と噛み合わない。カナに後で占ってもらう事に決めたルーシィなのであった。

 

 

ちなみにその後、改めてルーシィは取材を受けることに成功。後日発売された週ソラに、小さくだが掲載されていた。ただ、その週ソラが発売された後、またも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の悪評が広まったのは、言うまでもない…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

フィオーレ王国の中に存在する自然の魔境の一つ。鬱蒼と生い茂る無数の木々。樹海と称されるその地域にもしっかりと名前が記されている。その名を「ワース樹海」。

 

その樹海の端から少し離れた場所に、一つの孤立した集落が存在する。その内の一軒の建物の中で、街に遠出した時に買った土産の内の一つ・週刊ソーサラーを輝かしい笑顔を浮かべて読んでいる少女が一人いた。

 

「わぁ…!スゴイなぁ~」

 

一枚一枚のページに写る者たちは世間から見れば騒がせて迷惑をかけるギルドに見えるだろう。だが少女は違った。自分では想像もできない冒険をしていて、想像もできない地に赴き、そして想像もできない魔法を駆使している者達ばかり。彼女にとって、その者達は憧れだった。

 

特に以前から一番注目しているのは、白い鱗柄のマフラーを首に巻いた、桜色の髪の青年だ。だが今回はそれだけではなかった。

 

「さっきから何読んでるの?」

 

すると、少女に向けて声をかけてくる存在がいた。少女はまだ幼い外見をしているが、声をかけた存在は彼女よりもさらに目線を下に向けるほどに小さい。

 

「あ、うん。今週号の週ソラ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の特集をしてるの!」

 

「ああ…アンタがよく話に出してる…」

 

一度表紙に写る妖精を象った紋章を刻んだ魔導士たちを見せて、高揚しながら勧めてくる少女に、声をかけた者は納得していた。以前からそのギルドの話は聞いていたから。

 

「実はね、今回載ってた特集の中に…あった、ほら!」

 

そう言って少女が見せたのは、水色がかった銀色の髪をした青年と少年の兄弟。兄の方は長いサラサラの髪を縛っており、弟は短めで左目の上に二筋の金色のメッシュが入っている。そして兄の方は口に弧を描いてこちらに目を向けており、弟の方は左手にピースサインを作って歯を見せた笑みを浮かべている。

 

「この人、私とほとんど歳が変わらないのに、スゴイ魔法を使って活躍してるんだって!スゴイよね!!」

 

「ふ~ん?私には、生意気なガキにしか見えないけど」

 

随分手厳しい。相棒と言えるその者に少女は苦笑いを向けることしかできなかった。だが、少女にとってはこのギルドは、そしてそこに属する者たちは雲の上のような憧れの存在だ。誰に何と言われようと、それを曲げるつもりはない。

 

「シエルさん、かぁ…それにナツさんやエルザさん…。妖精の尻尾(フェアリーテイル)…いつか会えると良いな~」

 

上を見上げなら少女が言葉に紡いだ細やかな願い。

 

 

 

だが、その願いは遠くない未来に叶う事となる…。




おまけ風次回予告

ルーシィ「さっきから随分機嫌がいいけど、何かあったの?」

シエル「ふっふっふ~、実はね…今度兄さんと二人で依頼に行くんだけど…その行先が何と!『クロッカス』なんだよ!!」

ルーシィ「『クロッカス』…って!王都クロッカス!?花咲く都の!?」

シエル「そう!兄さんに誘われて、王都に行くことになったんだよ!今から楽しみだな~!!」

次回『花咲く都に迷い子二人』

ルーシィ「けど王都ってすっごく広いんでしょ?迷ったりしないかしら?」

シエル「さすがに14にもなって迷ったりしないよ!地図で確認したりすれば済むんだし!」

ルーシィ「…あ、これ、お約束ってやつ…なのかしら…?」


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第43話 花咲く都に迷い子二人

エデンズゼロのアニメ一話を見ました。SEとかノリとか、所々でフェアリーテイルを思い出させる部分が存在していてちょっと感動しました。(笑)
あとシキ役の寺島さんって、こんな声も出るんだな~ってちょっと意外に感じたり。(笑)

そして次回についてですが、多分今日の昼頃更新予定のキャラ設定の後書き辺りに詳細を書かせてもらいます。色々と頑張らなきゃいけないのでちょっと緊張すらしてます。(笑)


フィオーレ王国のほぼ中心に位置する首都・クロッカス。

 

周囲を山々に囲まれた場所に存在するその都市は、フィオーレの中でも最大規模の広さを有する、まさに国の中心地。街の至る所には生垣、街路樹問わずに咲き誇る花々が人々の視界を潤し、その香りは人々の嗅覚を癒す。またの名を『花咲く都』。

 

石畳で舗装された道、建物、アーチの橋。立ち並ぶ店はフィオーレの中心地だけあって、他の街では見られない珍しいものや、多くの人々が存在し、全てに至るまで際限なく行き交っていく。ここを見て周るだけでも一日を簡単に費やしてしまえるほどに、広大で、濃密な街。それがこの王都なのだ。

 

そんな王都の一角に、水色がかった銀色で、左目の上に金のメッシュが入った短い髪をそよ風に揺らし、両手に地図を広げた小柄の少年が一人、迷いなく歩を進めている町の人々とは違って、ゆったりとその足を動かしていた。

 

しかし、しばらく歩を進めていたその少年は、ふとその足を止め、地図から視線を外して前方に戻す。そして左右それぞれに首を動かして辺りを見渡し、再び地図に戻して、しばし硬直した。その表情には、困惑と焦燥、混乱が入り交っている。それは何故か。

 

「…ヤバイ…今どこにいるか全っ然わかんない…!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士、シエル・ファルシー14歳。王都クロッカスにて現在、迷子であった。

 

そもそも何故王都で迷子になっているのか。それは前日の妖精の尻尾(フェアリーテイル)での出来事にまで遡る。

 

その発端は依頼板(リクエストボード)に張られていた一枚の依頼書を持ってきた、シエルの兄であるペルセウスからの誘いだ。「この依頼を二人で受けないか?」と尋ねながら差し出された依頼書を見て、シエルは驚愕していた。

 

『依頼主の場所…クロッカス!?あの王都!?』

 

フィオーレ王国に住む者なら大半は知っている大都会とも言うべき土地だ。数年前までこのような場所に行くことすら現実離れしていたシエルにとって、これは滅多にない機会と言っていい。依頼と言う名目でそんな夢にまで見た場所に行けると言う事実に彼のテンションは大盛り上がりだ。

 

移動距離が非常に長いため、その日、半日をかけてクロッカスへの移動。王都の中にある宿に荷物を置いてから依頼を受けて、終わらせたのが夕刻だ。依頼内容はイベント用に使われる庭園(それだけでも相当な広さ)の花の手入れを手伝ってほしいと言うもので、ミストルティンで植物を操れるペルセウスと、天候魔法(ウェザーズ)で日光操作、雨による水やりが行えるシエルにとっては時間をかけるものではなかったので早々に終わらせることが出来た。

 

想像よりも早くに済ませることが出来たために、とっていた宿で一泊し、帰る前に王都内を観光することにした兄弟。当初は二人一緒に散策していた。だが、今この場にいるのは弟のみ。はぐれてしまったのだ。しかしこのような不測の事態が起きることは想定していたため、兄弟間で取り決めをしていた。

 

『はぐれてしまった際は、一度宿泊していた宿の前に向かう』と。

 

宿の外観も覚えている。近くには数軒花屋があったことも目印になる。だからこそそこに一度向かえば兄と合流することも容易…。

 

「そう思っていた時期が俺にもありました…」

 

街の中心に聳え立つ王宮――『華灯宮メルクリアス』――の敷地前に存在する庭園の生垣の前に座りながらシエルは項垂れて呟いた。

 

ルーシィやミラジェーンから「王都は凄く広いらしいから迷わないように気を付ける事」と念を押され、14歳にもなって地図もあるのに迷ったりはしない、などと返答していた昨日の自分に風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)を叩き込んでやりたい気分だ。最悪地図を読めば花屋が密集している地区に向かえる、今の自分の場所を把握できる、等という考えが甘かった。

 

花咲く都などと呼ばれている場所において花屋なんて、王都の民家とほぼ五分五分に近い頻度で点在しているのだから、実のところ何の目印にもならない。その事実に迷ってから気付くことになるとは誰が予想できたか…。

 

更に言えば…兄とはぐれた理由と言うのが、露天商に置かれていたマグノリアにはまだ発売されていない小説の最新刊が陳列していて、王都の凄さを実感するとともに、その本に目を奪われて立ち止まってしまったのが原因と言う、迷子になる子供の行動原理と同じなのだからより一層気分は暗くなる。

 

「今頃兄さんは必死に俺の事探してるのか…それとも宿の前について一向に現れない俺をもどかしく思ってるのか…どっちかだろうな…」

 

何回したか分からない溜息を再び吐きながら少年は再び項垂れる。自分が浮かれ過ぎていたことが原因で現在地すらわからなくなってしまうとは思いもしなかった。このまま自分は兄やギルドの仲間が待つ場所に戻れなくなってしまうのだろうか?

 

思考が段々悪い方へと向かっていったシエルの背後から、物音が突如聞こえたのはその時だった。普段から少しでも判断を間違えれば生死にかかわるような現場を潜ってきたために、その場をすぐに離れて音がした背後へと振り向いて警戒の態勢をとる。動物だろうか?それともこんな街の真ん中に魔物の類が入り込んできたのか?色々と可能性を探りながら揺れ動く生垣の一部に視線を向けていると、その正体は明かされた。

 

「ぷはっ!出られた?」

 

「へ…?」

「ん…?」

 

思わず呆けた声を発した。人間だ。それもシエルと歳が変わらないような若い少女。頭のみを出していて全貌は分からないが、翡翠色の長い髪を後ろに丸めて縛りまとめた髪型をした可愛らしい顔立ちをした少女だ。まさか自分と同じぐらいの年の女の子が生垣の中から出てくるだなんて、と呆然としてしまっている。

 

「あなた、何をしてるの?」

 

「いや…それ俺のセリフなんだけど…」

 

自分の前で警戒態勢をしているシエルに対して首を傾げながら尋ねてくる。だが、シエルからすれば彼女の方が何しているんだと言いたい。王都に住んでいる子なのだろうか。

 

「生垣の中から出てくるなんて…かくれんぼでもしてたの?」

 

「あ…うん、そう、かくれんぼ。一人でだけど…」

 

何故か視線を外して曖昧気味に答える少女の姿を見て、彼女に向けるシエルの目線は怪訝なものへと変わった。確実に嘘だ。何か誤魔化してる。だが初対面の少女に対してそんな尋問をする時間も意味もないのでそれ以上は聞かないことにした。

 

「そういうあなたは?」

 

「俺は…観光に。けどその、道が分からなくなっちゃって…」

 

逆に尋ねてきた質問に、若干答えるのを渋る。だが誤魔化したところで何にもならないので正直に答えた。すると…。

 

「あ、迷子か!」

 

パッと顔を明るくして容赦なく言い放ったその言葉の刃はシエルの心に突き刺さった。多分悪気は無かったのだろう。それにしたってストレート過ぎやしないだろうか。事実だけれども。

 

「けどしょーがないじゃん…こんな広いトコ来たの初めてだし…」

 

不貞腐れながら呟いた言葉を聞きながら、シエルが手に持っていた地図に少女は気付く。そう言えば先程観光と言っていたような…と思い出した少女は生垣から出てきてどこに行きたいのかを尋ねてくる。

 

先程まで生垣で隠れていた全貌が明かされたが、茶色いフード付きのローブでほぼ全身を覆い隠しているという、一般の少女からはかけ離れた服装だ。妙な服装をしているな、と言う感想もそこそこにシエルは地図を広げて兄と宿泊していた宿を指し示す。

 

「成程、そこだったら…」

 

「え、分かるの!?」

 

どうやらこの少女はクロッカスに住んでいる少女のようだ。現地の住民であるなら土地勘もある。これは幸運だったかもしれない。と、喜んだのも束の間だった。

 

「あれ…?えっと…」

 

キョロキョロと周りを見渡してもう一度地図を確認する。何度かそれを繰り返したのち、恥じらうようにはにかんで彼女は口を開いた。

 

「ここどこだろ?」

 

「お前も迷ったんかい!!」

 

目を剥いて口を半開きしながらシエルは叫んだ。現地民(かは定かではないが)と邂逅できたと思いきや彼女も実は今の場所が分からない状態だったようだ。迷子二人が揃ったところで今の現状を打開できるわけがない、むしろ悪化する。どうしたものかと溜息混じりに地図を見ながら困り果てていると、少女は少し考える素振りを見せて、何かを思いついたように顔を上げた。

 

「じゃあ、観光しましょう!」

 

「え?」

 

突然の提案にシエルは面食らった。何故?今?この状況で?

 

「ここでじっとしてたり闇雲に宿を探したりしてたら勿体ないもの!だったら、街を見て周って楽しみながら、分かる道が見つかったらそこに向かえばいいの!いい考えでしょ?」

 

「な、なる…ほど?」

 

詳細を聞いて一理あるとは感じた。彼女の言うとおりだ。迷子になってフラフラと街を回っても見つからず、合流することに意識を向けていて観光する余裕もなかった。だが本来はぐれなければ兄と二人で見て周っていたのだ。楽観的のように見えるが、折角の王都だ。このままただ時間を潰すと言うのも気が引ける。

 

「私も見てみたいものが沢山あるの!一緒に行きましょう!」

 

「え、ちょっと!?一緒にって…君も!?」

 

シエルの反応を肯定と受け取った少女は徐に、シエルの地図を持っていない方の手を取って引っ張っていく。人が行き交う通りへとされるがままに引かれて、少年少女の奇妙な出会いを切っ掛けとした王都観光が始まった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

最初は少女に引っ張られるだけで戸惑っていたシエルであったが、王都の中にある魔法用の小道具を始めとして、書物や花などの露店、さらに街の至る所で目にする魔法の大道芸などを見ているうちに、彼もまた目についたものを少女に伝えて共にする、と言うパターンが増えてきた。やはり物珍しいものを目にすれば、彼はそちらの方へと興味を惹かれる。

 

「さすがは王都だな~。見て回るだけでもこんなに楽しいだなんて」

 

「私も!王都がこんなに賑わっているなんて、想像以上だった!」

 

「あれ?君、王都の外から来たの?」

 

「ううん、私は普段お…っ!!」

 

すると普通の雑談をしていたはずなのに突然口元を手で押さえて顔を背ける。度々こうだ。話の途中で顔が強張ったり、何かを言いかけて飲み込んだり、言ってしまえば怪しい挙動が目立つ。

 

「お?」

 

「お、お!お家の中で過ごすことが多いから!あんまり外に出ないの!」

 

不思議な家庭もあるんだな~と、挙動不審になってる少女の様子は隅に置いといて口に出しておいた。納得したわけではないがあんまり詮索しない方がいいだろう。観光自体は楽しめているため文句がある訳でもない。

 

「(けど女の子と二人で街を歩くだなんて、今までの中では無かったなぁ…)」

 

ほとんど自分と背丈も変わらない少女(ローブを被ってなぜか姿を隠しているが)が、自分と共に観光をする光景は今までになかった。年が割と近い女性ならギルドにも大勢いるが、男女合わせても最年少である自分には近い年の少女の存在は稀有とも言える。ふと、思い出したようにシエルは隣を歩く少女に声をかける。

 

「そう言えばさ、俺達まだ名前も教え合ってなかったよね?」

 

「えっ…」

 

すると何故か少女の表情が強張った。またか。今度は名前を聞いただけで。名乗ることすら不都合なのだろうかと訝しんだが、いつまでも「君」などと呼ぶのもどうなのかと言う話だ。こればかりは聞かせてもらおう。

 

「俺はシエル。妖精の尻尾(フェアリーテイル)って言う魔導士ギルドの一員だよ」

 

「え、妖精の尻尾(フェアリーテイル)!?あなたって魔導士だったの!?」

 

「あ、そう言えばそれ言ってなかったっけ」

 

考えても見れば自己紹介もしていないのに一緒に観光していたのか自分たちは。今更ながら無防備すぎやしないだろうか、二人揃って。

 

「私、あんまり魔導士ギルドって詳しくないけれど、あなたのところはよく聞いたことがあるの」

 

「そうなんだ!」

 

それを聞くと少し嬉しさが込み上げてくる。自分が所属しているギルドが王都でも評判と言われている事実。そこに所属する一人としては鼻が高い。

 

「『いつも何かを壊したり、被害を出したり、迷惑も大きくかけている荒くれ集団』だってへい…家の人たちが言ってたよ!」

 

前言撤回。申し訳なくなってきた。衣服を脱ぎ捨てて裸になるやつとか、あっちこっちで女性をナンパするやつとか、経費とか言って酒場の酒を飲み干しまくるやつとか、あと行く先々で物を壊すわ物を燃やすわ物を壊すわと繰り返すやつとかの姿が脳裏に浮かび上がる。広まってると言っても悪い意味のようだ。自分もその中にカウントされているのだろうか、解せぬ。

 

あとまた何か言いかけて訂正したようだが、そこもあえて気にしないことにする。

 

「私よりも年下なのにあなたって凄いのね」

 

「あ、俺外見で下っぽく見られるけど、一応14なんだ」

 

「え、同い年!!?」

 

背丈がほとんど変わらないこともあって自分よりも年下なのでは?と思っていたらしい。同い年、という事は彼女も14歳なのだろう。近いとは思っていたが同じとは。

 

「男性ってもっと大きい人ばかりと思ってた…。あ、でもお父様は私より小さいからそうでもない…?」

 

独り言のようにぶつぶつと呟く少女。確かにシエルの周りにもそれなりに背丈が高い男性陣が揃っている。最年長であるマスター・マカロフは子供よりもさらに低いが、巨人化(ジャイアント)を使えば全人類最長と言えるだろうか。いやそれは反則か。

 

「それで、君の名前は?」

 

終始独り言を続けていた少女が、シエルの問いで我に返った。目を泳がせて「えっと…その…」と口ごもって、誤魔化そうとしているのがよく分かる。だがせめて名前だけでも聞いておかなければずっと妙な空気に襲われるし、何かと不便だ。しばらくしどろもどろになっている彼女の表情を半目で見ながら黙していたシエルに、何か閃いた様子で名を告げた。

 

「『メラル』!そう、メラルって言うの!」

 

「メラル…」

 

本名…なのだろうか?正直先程までの反応で疑ってしまうのも無理はない。名を反芻したシエルに対して、ぎこちない笑みを浮かべながら頷いている。真偽はともかく当初の予定通り互いの名を教え合ったのだから、これで良しとしておこう。

 

「じゃ、次はどうしようか、メラル」

 

「え、ええ…そうね…」

 

何か目についたものの中で候補は無いか辺りを見渡すメラル。すると、目に止まったのか視線が一点に定まる。その視線の先にシエルも目を向けると、アイスクリームの露店が目に映った。店の前の看板には「クロッカス限定ハニードロップ発売中!」と記されている。

 

ハニー―蜂蜜―と聞いてシエルは思い出した。このクロッカスの近くには養蜂場が存在していることを。無数の花が咲き誇るクロッカスの近場に蜜蜂の生息域を作ることで、クロッカス中の花の蜜から作られた蜂蜜を効率よく納品できる仕組みとなっているわけだ。王都に点在しているスイーツの店ではその蜂蜜を使ったメニューが豊富だったと記憶している。

 

「ハニードロップかぁ…そう言えば腹減ってきたな~」

 

「それじゃあ決まりね!」

 

シエルが呟いた一言に反応して、メラルは目を輝かせながらシエルの手を引いて駆け寄っていく。大半の女子がスイーツに目がないことは無類のスイーツ好きであるエルザを代表として知っていたが、彼女も例に漏れないようだ。店の前まで辿り着いた二人を目にし、店主と思われる男性が声をかけてきた。

 

「いらっしゃい!どの味にするんだ?」

 

「ハニードロップ味を二つお願いします!」

 

嬉々として味の指定を伝えるメラルの横で、財布を出そうと荷物袋を漁りながらシエルはふと疑問が浮かんだ。そう言えば、今まで行ったところはほとんど金がかかる場所ではなかったような…?

 

「メラル、今更なんだけど…お金あるの?」

 

「え?」

 

とぼけた表情でシエルの方へと向き直したメラル。その表情は「勿論持ってる」と言う肯定の意味でも、「持っていない」と言う焦りの顔でもない。そもそも「何を言っているの?」と言ったような売買を知らない者がする顔であった。それを理解した瞬間自分の顔が引きつるのを自覚した。なんてこった。大体王都の中に存在する裕福な家庭のものではないかとあたりをつけていたのだが、まさかの世間知らずでもあったとは。

 

仕方ない。ここは彼女の分まで自分が負担するしかない。そう決めて店主が告げた値段の分を財布から出そうとした瞬間、彼女自身から待ったがかかった。

 

「ごめんなさい、そう言う決まりだったのを知らなくて…私が何とかするから、シエルはちょっと待っててくれる?」

 

「え?何とかって、どうやって…?」

 

所持金もないのにどうするつもりなのか?「いいからいいから」と何故か店から少し離れた場所で待機させられることに。

 

すると店主の元へと戻ったメラルが手招きで彼に近づくよう願い出る。そして、周りから見えないように被っていたフードを取ると、店主は途端に驚愕の表情を浮かべる。これだけで終わらない。口元に人差し指を近づけて静かにさせると、両手を合掌させて何かを小声で頼み込む。そして一分もしないうち…。

 

「お待たせ!はい、どうぞ」

 

「あ…うん、ありがと…」

 

一切金を払わずハニードロップ味のアイスを二人分持ってきて片方をシエルへと差し出しながらメラルが戻ってきた。色々と気になるところ…と言うかツッコミどころが満載なのだが、聞いたところでどうせ話してくれないだろう。シエルは色々考えるのをやめた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その後も時々地図を確認しながら王都を巡っていた二人。ふと、目に映った広大な空き地に術式が記されているのを見たシエルが声を上げたことで、隣の少女も同じ方向に目を向けた。

 

「『超大型レジャースポット建設予定地』…?」

 

そう書かれていた術式の中には、まだ土台だけではあるがおおまかに印が刻まれている部分や、完成予定地図などが記されている。数年後には完成して多くの客で賑わうことになるのだろうか?

 

「ああ。大きいプールや水族館を建てる予定だって聞いたことがあるわ」

 

「そうなの?」

 

囲んでいる術式にはそこまで細かいところは書かれていなかったのだが、彼女は知っているようだ。街の住人たちにっては周知の事なのだろうか?

 

と、ここでシエルは一つの可能性に気付いた。建設予定地という事で大きく開かれた敷地。そして手に持っている地図は割と最近のものを記している。そこで予測をつけてシエルは地図を広げて目当てとなるはずの部分を探し出した。そして…。

 

「あった!ここだ!地図の中で一番大きく書かれた空白!」

 

念の為に空白の周りの建物や道などと照らし合わせても確かに合致している。そしてそこから約束していた宿との距離を測ると…ここからまっすぐ行く先にある広場を抜ければほぼ目と鼻の先の位置だった。

 

「しかも割と近い!よかった~!これで兄さんと合流できる!」

 

「よかったね、シエル!」

 

地図を掲げながら安堵するように叫ぶシエルに、ここまで付き添ってもらったメラルも同様に喜んでくれている。考えてみれば、最初に迷ったときにメラルと会わなければ今も尚迷っていたか、心細い気分を抱いていた可能性がある。そう考えると彼女には随分救われた。

 

「メラル、ありがとう。ここまで一緒にいてくれて、すごく助かったよ!」

 

そのお礼の言葉を言われ、メラルは目を見開いた。改めて礼を告げられるとは思ってもみなかったと言える。純粋な感謝の気持ちを向けられて、彼女は何だかむず痒い感覚を覚えた。

 

「そんな、私こそ…一緒にいてくれたから、すごく楽しかったし…それに…」

 

だが、彼女の次の言葉をシエルは聞くことが出来なかった。

 

 

 

 

「きゃああーーーっ!!?」

 

道の先ある広場の方向から、女性の悲鳴と何かの破壊音が聞こえ、遮られたからである。それを耳にした二人は揃って広場の方へと顔を向けると、そこから十数人の男たちが遠距離用の魔法を無作為に放ちながら暴れていた。

 

「どけどけ!オラァどきやがれぇ!!」

「邪魔すんじゃねェ!ぶっ殺すぞ!!」

 

何やら大量に物が入った袋を一人一つずつ持ちながら、後方に見える王国の軍から逃げている様子だ。数人の男たちの露出した肌に、所々山の形を模した紋章が刻まれているのが見える。ギルドの魔導士だ。そして民間人に危害を加え軍に追われている、という事は…。

 

「闇ギルドか!?」

 

そう叫んだシエルの言葉に、メラルが息を呑む。彼女は力を持たない一般人。その反応は当然と言える。本来ならば一刻も早く避難するべきであったのだが、それを行うには遅すぎた。闇ギルドの男の内の一人がシエルたちを目につけ、その顔を醜悪な笑みで歪める。標的にされた。

 

「てめーら!ガキどもを囲め!!」

『おう!!』

 

筆頭格と思われる男の指示に迷いなく男たちが動き、シエルとメラル、子供二人はあっという間に逃げ道を絶たれた。今までこのような危機に立ち会ったことのないメラルは恐怖で体を震わせながらフードを深く被り直している。

 

「軍のてめーら!!これ以上動くんじゃねえ!でねーとこのガキ二人の命はねーぞ!?」

 

逃げ遅れてしまった子供二人を人質に取られてしまい、追いかけていた軍の兵士たちは思わず足を止めてしまう。一般人を、それも小さい子供たちを巻き込んでしまったことに対しての動揺、そして悔恨を露わにしている。

 

「運が悪かったな。坊主と嬢ちゃんでデート中だったか?悪ィがそれも終わりだ、軍の奴らが見えなくなるまで着いてきてもらうぞ?」

 

「ひっ!?」

 

囲んでいるうちの男一人の声を聞いてメラルがさらに恐怖に引き攣った声を漏らす。そして今更ながらに彼女は後悔していた。家の外に出てしまったことを、悠長に観光を楽しんだことを、大人たちの忠告を無視してしまったことを。こんなことになるのなら、ずっと閉じこもっているんだったと、強く後悔し、負の感情で埋め尽くされる。

 

目に涙が浮かび、歯が震えて打ち鳴らされ、体中の震えが止まらない。こんな恐怖を体験したことはない。もうどうしようもないのか。このまま闇ギルドと言う恐ろしい者たちに連れていかれてしまうのか…?

 

「メラル」

 

その恐怖に支配された感情を一声で和らげてくれたのは、同じように危機的状況にいる筈の少年だった。

 

「俺が合図をしたら後方にいる兵士さんたちの元まで走るんだ」

 

「…え…?」

 

一瞬その言葉の意味が理解できなかった。小声で呟かれたそれの意味が、そして兵士が前方だけでなく、後方にいると何故分かるのか?だが、彼女はその疑問を口にする余裕は無かった。

 

「別れの挨拶にしては随分過激になるけど、俺も今日すごく楽しかったよ。もしまた会えたら今度は仲間たちにも会わせてあげる」

 

「で、でも…」

 

彼は怖くないのだろうか?今の危機よりも次回の話をしている彼に、どこか異質な雰囲気を感じさせる。いくら彼が魔導士とは言え、自分と同じ年、同じ背丈の少年である彼に、何とか出来るのだろうか?

 

「大丈夫だよ。俺を信じてくれ」

 

不敵な笑みを見せて告げる少年に、彼女の震えは既に止まっていた。恐怖は消えていない。だが不思議と、先程と比べて十分に和らいだように思う。

 

「おい、さっきからコソコソ何話してやがるんだよ?」

 

すると小声で話をしている子供二人を目につけた一人の男がライフルの銃口をシエルに向けて脅しをかける。それを見たメラルが再び息を呑むのに対して、シエルの表情は変わらない。むしろ余裕と告げるような笑みのままだ。

 

「あ?何笑ってんだこのガキ…!」

 

男はそのままライフルの引き金に指をかけて撃とうとする。だが、それが撃ち込まれることはなかった。

 

「ちょうどいいや。新技の実験体ぐらいにはなってもらおうかな…?」

 

ぼそっと呟いたその言葉を聞いたのは、メラルと、シエルに銃口を向けている男のみ。何のことか分からずに呆けている間に、それは実行された。

 

落雷(サンダー)気象転纏(スタイルチェンジ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷光(ライトニング)』…!」

 

小さい雷の魔力を右手に集めてそれを握り潰すと、その魔力がシエルの身体を包み込む。そしてその変化に誰も気付く間もなく、男の持っていたライフルを弾き、顎目掛けて膝蹴りを食らわせて男を気絶させた。

 

人質にしていたはずの子供からの予想外の奇襲を理解する間もなく、後方を囲んでいた魔導士二人にシエルは一瞬で近づくと一人は左手で顔面を殴り飛ばし、もう一人には鳩尾に右脚の蹴りを叩き込んだ。

 

「今だ、走れ!!」

 

何が起きているのか理解できずにいるメラルにその合図だけを送ると、彼女は開いた道を縫って一気に駆け出した。今はとにかく彼が言ったとおりにするべきだと本能に言い聞かせる。

 

「なっ!?ま、待ちやがれ!!」

 

ようやく思考が追い付いた男たちがメラルを追いかけようと駆け出すが、先頭に立っていた男の正面に、雷の光を纏ったシエルが突如現れてその足を止める。

 

「眠ってろ」

 

告げるや否や男の体中に拳のラッシュを叩き込み、最後の一突きで後ろにいる集団へと突き飛ばす。時間にして僅か10秒足らず。たった一人の少年を相手に、形勢を逆転されてしまった。

 

「な、何だこのガキは!?」

「速過ぎて目が追えねぇ…!」

 

ただの子供と思っていたのに一気に4人もの戦力を失った。雷のような速さと鋭さを持つ実力を見せるシエルに、闇ギルドたちはただただ動揺を隠せない。

 

一方でシエルは体に感じている感覚を確認していた。右手を握って開くを繰り返し、先程の攻撃の感覚を思い出す。

 

「まだまだと言ったとこだけど、体感速度の高速化も大分馴染んできたみたいだ。いずれはズレ0秒で動けるようにしなきゃな」

 

シエルが使用した魔法『雷光(ライトニング)』――。

実はこの技にはモチーフがある。シエルが楽園の塔で対峙し、圧倒的な力を見せつけてきた天体魔法の使い手、ジェラール。彼が使う技の一つ・流星(ミーティア)をヒントにして、似たような戦法を確立するために編み出した技だ。

 

自身の感覚と敏捷を高速化、これによって相手に攻撃、防御両方を実施させる前に物理的な打撃を打ち込むことが出来れば、更に有利な戦いが出来る。更にこの技は流星(ミーティア)とは違う、この技のみの特性がある。

 

「くそっ!どきやがれ!!」

 

腕に魔力を込めて打ち込もうとする男の攻撃を容易く躱して懐に潜り込み、胸の部分に掌底を打ち込むと、男の身体に数瞬雷が迸る。物理攻撃に雷属性を付加(エンチャント)できるのだ。純粋な物理攻撃が効かずとも、与えられる有効打が増えるという事になる。

 

「さ~て…まだまだ練習に付き合ってもらうぜ?それが嫌なら軍に自首するんだな」

 

「ふ、ふざけんな!オレたち『無音の丘(サイレントヒル)』がてめーみたいなガキ一人に潰されてたまっかよぉ!!」

 

シエルが告げた忠告…もとい挑発に、筆頭格である男が怒りの声を上げる。引け腰になっていた他の面々に奮起する形で大の男が小さい子供一人に複数人でかかっていく。だが、彼らは気付くべきだった。彼の左頬に刻まれている紋章が、闇ギルドなんざ関係ねぇと言わんばかりのとんでも集団ばかりのギルドのものであることを。

 

 

 

沸き立つ一般の観衆、唖然とする王国軍が見守る中、闇ギルド『無音の丘(サイレントヒル)』はたった一人の少年魔導士によって一人残らず気絶させられた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「シエル!何やってるんだこんなところで!」

 

「ご、ごめん兄さん…道、外れちゃったみたいで…」

 

軍に闇ギルドの者たちを預け、観衆となっていた住民たちに囲まれていると、騒ぎを聞きつけたペルセウスが場にやってきて、はぐれていた弟を発見し意図しない形での合流となった。

 

「しかも聞けば、闇ギルドの一団相手に一人で戦ったそうだな!さすがに無茶が過ぎるぞ!怪我はないのか!?何か妙なものを食らってないか!?」

 

「だ、大丈夫だよ!何一つ攻撃は当たってないから!!」

 

シエルの身体を隅々まで確認して心配しまくる兄の姿を困惑気味に宥める。予想はしていたが相当心配をかけさせてしまったようだ。何度も辺りを捜索しては宿に戻るを繰り返し、あまつさえ神器による合図さえ王都内で飛ばそうとも考えていたそうだ。色々な意味で合流できて本当に良かったとシエルは思う。

 

「残念だが、満足に観光する時間は無さそうだ。そろそろ帰らないとギルドに戻る時には日が暮れちまう」

 

「そうなの?じゃあ急がないとね!」

 

少しばかり落胆の表情で告げたペルセウス。恐らく弟をがっかりさせてしまうだろうと覚悟して言ったその言葉に、意外にもシエルは素直に従った。あんまりにもあっさりなので「本当にいいのか?」と思わず聞き返すほどにだ。

 

「実は、迷ってる最中に、王都を満喫したんだ。兄さんを置いてけぼりにしちゃった感じで申し訳ないんだけど…」

 

いつの間に。素直にそう思った。だが同時に彼が幸せそうならば、それもまた悪くないと結論付けた。表情からは不満と感じる部分も見当たらないし、良しとしておこう。

 

「そうか、それならいい。んじゃ帰るとしよう。土産ならついでで買っておいたから心配もいらん」

 

「兄さんもちゃっかり見て周ってるじゃ~ん!」

 

軽口を叩き合いながら帰路の道へと着こうとしている二人。その二人を遠くから見ている一人の少女にシエルは気付く。その表情はどこか寂しげなものを抱えているように見える。それを見たシエルは右手を挙げて大きく数回手を振った。

 

「…!!」

 

それだけで少女は顔を明るくして、シエル同様に大きく手を振った。たったそれだけだが、十分だろう。きっとまた会える。彼女はそう信じて隣り合って歩く兄弟の背を見送った。それを望むように笑みを浮かべながら。

 

すると、自分の身体に突如浮遊感を感じた。突然の事に驚愕すると、その原因と言える人物からの声がかかった。

 

「見つけましたぞ。全く、お転婆にも困ったものです」

 

「あ…ご、ごめんなさい…」

 

周りの兵士とは違う鎧甲冑に身を包んだ大柄の男性だ。鼻は妙に高く、髪型はボリュームがあってキノコの一種を彷彿とさせる。その男性は少女メラルを丁重に、かつやや無遠慮に片手で抱き上げている。周りの兵士から「た、隊長…!?」と驚愕と共に呼ばれているため、それなりに高い地位にいるようだ。

 

「お父上も心配為されています。もうお戻りになってください」

 

「…はい…」

 

苦笑を浮かべながらも肯定の返事を示した彼女に満足したのか、彼女を下ろして地に足をつけさせる。「帰還するぞ」と言う男性の指示に兵士たちが応え、彼等もまた帰路についていく。少女も兵士たちに着いていくように歩を共にする。

 

「此度の王都巡回、随分と楽しまれたようですな?」

 

「ええ、今までお話にしか聞かなかったものを実際にこの目で見れて、とても幸せな時間でした」

 

実際彼女が体験したこの観光、とてもいい経験となった。街の人たちの声を聞き、その暮らしを見て、どのような者たちが生きているのか、そしてどのようなものに人が惹かれるのか。それら全てを自らの肌で経験することが出来た。これ以上にない貴重なものだろう。

 

そして、そんな時間を共に過ごすことが出来たあの少年との思い出も…。

 

 

 

 

「ねえ、『アルカディオス』?妖精の尻尾(フェアリーテイル)のシエルって知ってる?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王都から馬車。そして近場の街で降りてから汽車に乗り換えて帰路についているペルセウスとシエルの兄弟。規則的に揺れ動く汽車の座席に座りながらうたた寝している弟の姿を見て、兄の頬は緩んでいた。王都でいい思い出が出来たようで何よりだ、と彼自身も安堵している。しばらくは起こすべきではないと、ずっとそのままの時間を過ごしていた。

 

《間もなく、アカリファ~。アカリファに到着いたします。お降りのお客様は、お忘れ物のございませんよう、ご注意ください》

 

車掌のアナウンスを聞いて、ペルセウスは動き出した。忘れ物がないように荷物を纏めながら未だ夢の中にいる弟に声をかける。

 

「シエル、そろそろ起きろ。もうすぐ降りるぞ」

 

「ん…?もう着いたの、マグノリア…?」

 

ギルドホームが存在する街にもう着いたのかと寝ぼけまなこで返事するシエルに、ペルセウスは含み笑いを浮かべて返した。「降りればわかる」と。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

『アカリファ』――。

フィオーレ王国でも名の知れた商業ギルド『LOVE&LOCKY』の本部が存在する街だ。街自体はさほど大きくないが、そのギルドの存在があるおかげか、様々な者たちが町の内外から訪れ、商業界の中心を担っている。

 

現時刻は既に夕方。そろそろ帰るべきと言えるこの時間帯に、何故立ち寄ったのか?その疑問に答えるようにペルセウスは語り始めた。

 

「シエルは、俺に放浪癖がつき始めているって話を聞いたことあるか?」

 

「ああ…マスターがぼやいてたことがあるよ。昔はそうじゃなかったのにって。それが?」

 

「実は依頼で街の外に出ていると、色んな人や場所から様々な情報をもらうことがある。俺が扱う神器の事から…厄介な闇ギルドの事についてまで…」

 

それを聞いてシエルは納得した。依頼で旅に出てから神器の数が増えたり、評議員の依頼で闇ギルドの殲滅を行ったりするための情報を仕入れていたり。これまで兄がギルド外で行っていた行為の一端に、今自分も関わっているのだ。

 

「そして汽車に乗る前、アカリファの商業ギルドにとある武装集団が押し寄せてきたという情報を耳にした。更に噂を聞いてみると、闇ギルドの一つだってことまで」

 

「ここでも闇ギルドが!?」

 

王都で大規模に略奪を行った無音の丘(サイレントヒル)に続いて、この街にまでその被害が及んでいる。闇ギルドにいい思い出がない彼ら兄弟にとって、この事態は見過ごせない。

 

「じゃあ、その闇ギルドの奴ら…」

 

「ああ、とっちめてやるとしよう」

 

本来であればギルド間抗争禁止条約によって闇ギルドとの争いも禁止対象となっている。だが、今回のように被害が出ようとしているときには不可抗力として主張が可能だ。結論を定めた二人が商業ギルドまでもう少しと言ったところまで進むと、予想もしなかった光景が広がっていた。

 

 

 

「もう大丈夫です!」

「安心してくださいー」

「隊長!何人か逃走しました!!」

 

「「あれ…?」」

 

闇ギルドによって占拠されているはずの商業ギルド「LOVE&LOCKY」は、既に助けられていた。入り口前で人質になったと思われるギルド員を介抱する者や、捕らえた闇ギルド員たちを見張っているものなどに分かれている軍隊の兵士が密集している。

 

「どーなってるの…?」

 

呆けた表情でうわ言を告げるシエル。状況を整理するために、街の者たちや軍の者たちに話を聞けないだろうか。そう考えたペルセウスがギルドの中にいる軍に聞きに行った後、シエルも街の人たちに話を聞くことにした。すると…。

 

「闇ギルドを相手に果敢に立ち向かった女の子がいたんだ!」

「その人のお陰で、私たちも助かったのよ!」

「あ、君妖精の尻尾(フェアリーテイル)!?君と同じギルドの魔導士だったんだ!」

 

このような話を聞いた。どうやら知っている内の誰かが既に解決したらしい。もしかして近くにいるのだろうかと見渡していると、いた。思いっきり知っている人物が。だが、それは色々な意味で意外な人物だった。

 

金色の髪を右側でサイドテールに纏めた少女。彼にとって交友も深い星霊魔導士。

 

「ルーシィ!?」

 

「え、シエル?あんた何でここに!!」

 

「それはこっちの…」

 

互いになぜここにいるのか意外と言える反応を示す二人。よく見ると、ルーシィともう一人、やけにくたびれた身なりをしている、ルーシィのものよりも濃い金色の髪と濃く蓄えた髭が特徴的の男性も見える。シエルは知らないのだが、彼はジュード・ハートフィリア。ルーシィの父であり、ハートフィリア財閥(コンツェルン)の代表()()()人物だ。

 

「ルーシィ!無事かーっ!?」

「どーしたんだ一体ー!!」

「あれ!?シエルもいるよー!?」

 

「何か突然賑やかになった…!!」

 

そして状況を整理するよりも先に、アカリファの街の入り口から轟音と地響きを鳴らしながら近づいてくる一行の姿があった。ナツを筆頭に、シエルとルーシィたちが加わっている最強チームの面々だ。どうやらシエルとペルセウスがいない中でも仕事に向かおうとしていた時に、突如ルーシィが飛び出したそうだ。

 

と言うかこれどこかで見たような構図なのだが…どこだっただろうか?その時は自分も含まれていたような…?と考えているのをひとまず置いておいて。

 

「成程、闇ギルドによって占拠された商業ギルドを助けたのはお前だったのか、ルーシィ」

 

「ペルさんまで!?」

 

軍からの事情説明を終えて戻ってきたペルセウスが言葉と共に近づいてくる。意図せずに最強チームが勢揃いとなった。一人で闇ギルドを相手に圧倒したという事実にエルザが驚愕と関心を向けていると、ルーシィは困ったように後ろにいる父親へと目を向ける。そんな娘に対して、ジュードは一つだけ頷いた。もう誰かに縛られる必要はない。自分の道を歩んで行けばいい。そんなメッセージを込めて。

 

「元気でね、お父さん…」

 

右手を掲げて甲に刻まれた紋章を見せて、その言葉を告げて仲間と共に去っていく。父はそんな娘の背中を、優し気に見送った。

 

「しかし、ペル達も来ていたとはな、依頼はいいのか?」

「そっちは昨日のうちに片付いた」

「それよりもルーシィだよ、何かあったの?」

「わっかんねーんだよ、どーしたんだ、急に?」

「何でもなーいの!」

「何でもねー訳ねーだろ!」

「仕事キャンセルしちゃったんだよー!」

「ごめんね~!」

 

夕焼けのアカリファを共に歩みながら話に花を咲かせる一行。楽しく、賑やかで、そして優しい仲間たちに囲まれた娘の姿に、彼はまた己が愚かだったことに気付かされた。これからは変わっていこう。ギルドという家族を見つけて、前向きに変われた娘のように。

 

 

 

 

「(それにしても、『裸の包帯男(ネイキッドマミー)』か…)」

 

一方で、ペルセウスは胸中で今回の事件について振り返っていた。王都で騒いでいた無音の丘(サイレントヒル)。アカリファの裸の包帯男(ネイキッドマミー)。どちらも闇ギルドであるが、それ以外にもある共通点が存在していた。そして、他にも活動が活発になっているギルドには、上記二つのギルドと同じ部分がある。その共通点は…。

 

 

 

 

 

 

「(全部、『六魔将軍(オラシオンセイス)』の傘下…。奴等…何を企んでやがる…?)」

 

今までの闇ギルドたちは、精々下っ端と言わざるを得ない。本当に恐ろしい者たちが、彼らの上に存在しているのだ。その内の一つであるその者たちが関与していないとは思えない。

 

 

 

六魔将軍(オラシオンセイス)』―――。

六つの祈りを冠した者たち。その祈りの為に何を為そうと言うのか…。

 

 

 

 

 

 

 

「聴こえるぞ…。時代の変わる音、目を開ける音、始まりの音…。光崩し…!」

 

 

 

 

 

闇の絶対支配者・六つの悪しき祈りが、光を押し潰さんとしていた…。




おまけ風次回予告

ミラジェーン「闇ギルドクイーズ!闇ギルドたちの頂点に立っている三つのギルドを纏めて?」

シエル「はい!『バラム同盟』!!」

ミラジェーン「正解!!じゃあ、その中でも規模だけを見れば一番少ないのは?」

シエル「『六魔将軍(オラシオンセイス)』!!」

ミラジェーン「またまた正解!それじゃあ『六魔将軍(オラシオンセイス)』の傘下に入っているギルドは全部でいくつ?」

シエル「…えっ!?」

次回『バラム同盟』

シエル「数えたことも無い…一体いくつなんだろ…?答えは?」

ミラジェーン「正解は、『増えたり減ったりしてるので不明!』でした♪」

シエル「んなもん分かるかぁーーっ!!」


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キャラクター紹介 Ver.3(オリジナルキャラ)

4.5章も終了したため、キャラクター設定もバージョンアップさせました!

後書きには次章についての発表もあるのでどうぞ最後までお楽しみください!


■シエル・ファルシー

 

性別:男

 

年齢:14

 

身長:151

 

容姿:短い水色がかった銀髪で、左目の上部分のみ金色のメッシュが入っている。目の色は黒。

 

ギルドマーク:左頬に入っている。色は紫(兄とお揃い)

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

好きなもの:家族、肉、イタズラ

 

嫌いなもの:闇ギルド、家族を侮辱されること、魚介類

 

魔法:天候魔法(ウェザーズ)

 

趣味:仕事休みの時の日向ぼっこ

 

・詳細

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であり、同じギルドに所属しているS級魔導士のペルセウスを兄に持つ。

 

他の同年代の者たちと比べると背は低く、顔も幼く見えるため、10歳を過ぎているかどうかも疑わしいと思われているが、本人はその見た目を利用して買い物の値切りや、盗賊等の悪党へのだまし討ちなど、有効活用している。

 

性格は普段から見ると荒くれ物揃いの妖精の尻尾(フェアリーテイル)では珍しく、落ち着いていて初めて見るルーシィの様子を見てすぐに加入希望者だと判断できる程には観察眼に優れている。

だがそんな普段とは裏腹にイタズラ好き。軽度なものではあるが同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーに仕掛けては周りを笑わせるか盛り上げたりしている。ルーシィが加入してからは、そのイタズラに拍車がかかることになった。

 

またその観察眼とイタズラ好きの性格を利用して、他のメンバーが喧嘩の最中に巻き込まれないように避けたり、物を使って防いだりなど、危機回避などにも有効活用している。(一例をあげるとプロローグで襲い掛かるナツを、近くにいた別のメンバーを空き瓶で転ばせて衝突させることで意識を逸らしたりする。)ちなみに観察眼と推理力が優れている理由は、彼が昔から読んでいる推理小説『シャーロット・アーウェイの謎』シリーズを愛読しているうちに、普段から視野を広げていた結果によるものであったりする。

 

現在のギルド内では最年少と思われるが、家族のような暖かい空気と、いい意味でも悪い意味でも遠慮のない雰囲気に影響されてか、ほとんど同等の立場でメンバーと接している。

 

実は幼少の頃、生まれつき身体が弱く体調を崩しやすい体質だった。命に関わる重い病に侵されながら、兄であるペルセウスに支えられていた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に兄が加入した後も、ポーリュシカの元で二年間療養生活を送っていた。

 

療養生活の甲斐あって健康体となったことで、兄同様にギルドの魔導士になることを志願。まだ万全とは言えないために渋るものも多かったため、試用期間が設けられていた。単独での依頼を受けずに、常の他のメンバーと共に依頼で行動することを義務付けられていた。

そして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にルーシィが加入するとほぼ同時期に、単独での初依頼を達成し、正式な妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーとして受け入れられるようになった。

 

兄ペルセウスとの兄弟仲は良好。良好過ぎて兄を神聖視している様子が見られる。

 

 

 

 

・魔法『天候魔法(ウェザーズ)』について

天気に関する魔力を扱い、掌サイズの小さな太陽や雲を作ることは勿論、外の天候を雨にも雪にも自分の意志で変えることが可能な人智を超えた魔法。

古代にも天候を変える魔法を開発した記録はあるが、優秀な魔導士たちが数人がかりで長い時間魔力を集中させてようやく発動できるもので、時が経つにつれて扱えるものが存在しなくなってしまった古代の魔法・失われた魔法(ロストマジック)の一つでもある。

 

シエルにはその魔法にのみ適性が見つかり、練習と研鑽を重ねて扱えるように仕上げた。

さらに、複数の技を組み合わせることによって別の強力な技を発生させることもできる。

 

 

主な技

 

 

日射光(サンシャイン):天候は晴。掌に乗るほどの大きさの太陽を作り、激しい光を意図的な方向に向ける

 

日光浴(サンライズ):天候は晴。日射光(サンシャイン)と同じ太陽の魔法だが、こちらは光は弱く優しい。近くにいる人物の治癒力と回復力を向上させる

 

曇天(クラウディ):天候は曇り。上空に雲を作り出す。この雲は魔力の塊でもあり、後述の豪雨(スコール)落雷(サンダー)の威力を最大限発揮する役割を持つ

 

乗雲(クラウィド):天候は曇り。人が乗れる雲を作り、空中を移動することができる。魔力量によって大きさを変えられ、数人を乗せることも可能

(イメージとしては某西の国に向かう僧侶のお供にいる猿の妖怪の乗り物)

 

豪雨(スコール):天候は雨。視界と音を遮る量の雨を降らせて相手を襲う

 

落雷(サンダー):天候は雷。読んで字の如く、相手目掛けて雷を落とす。豪雨(スコール)発動中に放つと威力は倍増する

 

蜃気楼(ミラージュ):本体である自分の姿を消して、別の場所に幻影の自分を作り出す。自分以外のものを幻影で作ることも可能

(エリゴールが持っていた呪歌(ララバイ)を掠め取って偽物を持たせたのもこの魔法)

 

竜巻(トルネード):天候は竜巻。縦方向に巡るものが多いが、横方向に射出して一点を狙うこともできる

(横方向版のイメージはウェンディの天竜の咆哮が掌から出る)

 

砂嵐(サーブルス):天候は竜巻。だが砂を混じらせているため砂属性に区分される。これも読んで字の如く、砂嵐を発生させる

 

吹雪(ブリザード):天候は雪。上に向かって巡りながら上昇する上記二つの魔法と違い、ほぼ横一直線に吹雪を発生させることが多い

 

慈雨(ヒールレイン):天候は雨。治癒特化の魔法。外傷をすぐさま治すことが出来る分、魔力の回復効果は無い。更に魔力の消費も激しい

 

濃霧(ミスト):天候は霧。視界が機能できない程の濃霧を発生させ、周囲を混乱させる。場合によっては相手に魔法を無効化できる

(エバーグリーンの鱗粉魔法など)

 

 

アレンジ

 

 

台風(タイフーン)曇天(クラウディ)豪雨(スコール)竜巻(トルネード)を重ねて発動させることで、台風を生み出すことができる。本物の台風同様中央は凪地帯であり、シエル(発動者)本人は基本的にそこにいる

 

帯電地帯(エレキフィールド)豪雨(スコール)によって水が溜まった地面に向けて、落雷(サンダー)に使う魔力を直接放つことで、周り一帯に電流を走らせる。しかし場所に限りがあるため、主に対人戦などで使うことは少ない

 

 

気象転纏(スタイルチェンジ)

天候魔法(ウェザーズ)で発動した技の形状を変化させて武器の形にして振るう技法。

数か月にわたるエルザを相手とした稽古によって身につけたもの

 

 

日射光(サンシャイン)

→ 光陰矢の如し(サニーアローズ):太陽を分裂させて複数の矢の形に変えてから放つ。現状最速の速さを誇る

 

落雷(サンダー)

→ 稲妻の剣(スパークエッジ):雷の刃を手に持って振るう。斬られたものは傷口から微量の電流を体内に流し込まれる

→ 雷光(ライトニング):体中に雷の魔力を纏い、敏捷性を大きく上げる。ジェラールの流星(ミーティア)を参考にしているが、物理攻撃に雷属性が付与される

 

竜巻(トルネード)

→ 風廻り(ホワルウィンド)(シャフト):竜巻を細く長く変えて棍の形にして振るう。回転させれば更に強い風を起こせる

→ 風廻り(ホワルウィンド)(スピア)(シャフト)に似ているがこちらは投擲専門。対象を捉えるまで速度が落ちることも無い

 

吹雪(ブリザード)

→ かまくら要塞(スノウシェルター):自分の周りに雪によって作られた高硬度のかまくらを作って身を守る

 

 

 

 

 

天の怒り

仲間である妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちが蹂躙され、それを嘲笑う者達に対する怒りが頂点に達した際に、シエルが暴走状態になると共に発動される魔法

 

一瞬のうちに空は一面雲に覆われ、その雲が晴れるまでシエルがいる場所を中心に無数の雷が際限なく振り落ちる。過去にはとある盗賊たちが拠点としていた廃村、最近では六足歩行ギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)がその被害に遭い、あまりにも甚大な被害をもたらすそれを、評議院は危険視してシエルを要注意人物として定め、マスター・マカロフからは禁忌とすることを命じられた。

 

 

 

■ペルセウス・ファルシー

 

性別:男

 

年齢:19

 

身長:179

 

容姿:弟と同じく水色がかった銀髪で、肩甲骨までの長さを、うなじのあたりで縛っている

 

ギルドマーク:左頬

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

好きなもの:弟、妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

嫌いなもの:闇ギルド、蛇

 

趣味:神器のメンテナンス

 

・詳細

シエルの実兄で妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士の一人。5年前に加入し、その年のS級魔導士昇格試験で、ギルド加入期間最短&昇格時年齢最年少の合格記録を持っている。

 

シエルの兄だけあって性格は冷静。だが冷徹であるわけではない為仲間との信頼関係も重視している。ナツやグレイが喧嘩をしているときは決まってエルザが仲裁するため、ギルド加入時からそんな姿を眺めるのが密かな楽しみでもある。

 

面倒見もよく、ギルド内に新人が入るとそれとなくフォローをしたり話を聞いたりするなどをする姿が見られ、特に実弟のシエルに対してはそんな態度が顕著に現れている。

 

幼い頃より、各種様々な魔法を物心ついた時には使用できるほどの才能を持ち、周りからは神童と持て囃されていた。だが、自分とは正反対に魔法の才能がなく、病弱であった弟のシエルの為に、表向きとは思えない仕事を強要されて、その稼ぎで薬をもらっていた過去がある。当時は仲間と言う存在を本当の意味で知らなかった、弟以外の全てを必要としない無感情な性格だったため、昔と今とで別人みたいだ、とシエルを始めとして昔から彼を知るメンバーは語っている。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入してから徐々に放浪癖が増え始め、マスター・マカロフからも「一体誰に似たんだか」とぼやかれるレベルにまで深刻化しているらしい。だがその放浪癖は、旅の合間に手に入れた神器の情報をもとにそれの調達。または活動している闇ギルドの情報を収集し、評議院に報告するための行動である。

 

ちなみに好みの女性は「優しくて元気で笑顔が似合う、そして家族想いな子」。まるで実在する人物を例えたような女性像だが…?

 

 

 

 

・神器の換装魔法

遥か昔に実在していた神が戦いの際に用いたと言われており、その能力と魔力を込めた武器・神器を換装しながら戦う。

 

換装魔法自体は珍しくはないが、神器を自在に使いこなすには魔力量だけでなく、魔力の質にも関わってくる。そのため使い手は100年単位の期間を開けなければ現れない。事実、ペルセウスの先代は400年前の人物であったらしい。

 

 

・神器一覧

 

 

トライデント

海王と称されたポセイドンが扱っていた三又の槍。基本色は青

水の放出、更に自由自在に操作することが可能

 

ミョルニル

雷神トールの紫電の大鎚。基本色は紫

紫の雷を常に放出している。基本小細工いらずで振り回す

 

ミストルティン

様々な神に関わっていたという逸話がある、枝を模した杖

周辺の植物を操って、木の根を伸ばし、枝分かれさせたりして拘束する。魔力吸収能力もある

 

レーヴァテイン

炎神と呼ばれたスルトが扱った炎を模した形と意匠の剣。基本色は紅

紅い炎を発し、炎の斬撃や火炎弾の発射、使い方次第では相手の出入りを遮る炎の壁も出せる

 

グレイプニル

かつては獣神が暴走を起こした際に拘束用で作られた炎の鎖。基本色は橙

魔力の操作で手に持たなくても操作が可能。敵を拘束し、橙の炎で身動きを取らせないまま焼き焦がす

 

 

 

■ジョージ・ポーラ

 

性別:男

 

容姿:赤く全方向に逆立った髪で細身ながらも筋肉質な身体

 

所属ギルド:幽鬼の支配者(ファントムロード)(現在は退団)

 

・詳細

6年前まで幽鬼の支配者(ファントムロード)最強の魔導士として名を馳せた、マスター・ジョゼの義理の息子。ジョゼからは本当の息子のように可愛がられていた。

 

孤児の身でありながら高い魔力を有しており、幼少時代に盗みを働きながら生活していたところを、魔力に目をつけたジョゼに拾われて養子となる。ちなみにジョージの名付け親もジョゼである。ジョゼによる教えに従い、数々の魔法を会得。その才能を見る見るうちに開花させてあっという間に最強の名を恣にする強力な魔導士になった。

 

しかしジョゼからの悪影響を受けたのか、人格面では問題は多々あった。自分に強力な魔法が備わっていることにかこつけて態度は傲慢なものとなり、他のギルドに対して見下すような言動をしたり、目障りと言う理由で容赦なく排除しようとしたり、女癖も酷かったのか様々な女性(恋人の有無も関係なく)を無理矢理連れてきてはとっかえひっかえをしていた。

 

同じギルドの者達からも恐れられていたため反論できず、唯一彼を従わせられるジョゼからは「仕事は出来ているのだからほかに文句はない」と彼の行動を注意する気さえないため、その行動はさらにエスカレートしていった。

 

しかしそんな彼に予想外の事態が訪れる。6年前、様々な女性をとっかえひっかえして従順になったところを捨てる、という行為を続けてきた彼は、一向に折れない一人の女性を気に入り、一方的に結婚を迫る。だがその場に鉢合わせたペルセウスによってそれは邪魔されてしまい、更には弟の為に障害を排除しようとすぐさま動いた彼のミョルニルの攻撃を、思いっきり股間に叩きつけられてしまう。

 

神器による超強力な一撃を受け、魔導士として戦う力も、男として遺伝子を残す力も失ってしまったジョージはやむなく魔導士を引退。今も半ば植物状態のままで養護施設にいるらしい。

 

余談だが、義父であるジョゼには婚約者と伝えてはいたが、その実は一方的なもの。そしてそれはジョゼも何となく予想していたが、ギルドの更なる飛躍に繋がるとして黙認していた。

 

多分今後も名前や回想ぐらいにしか出番がない←




いかがだったでしょうか?
今回の設定には本編では説明しきれなかった分(主にジョージ)についてなどの記しました。頭の中には色々とあるんですけど本編で説明するとすっごく長くなる…。(汗)
あと表現も難しいですね。結構抑えたんですが下手をするとR規制かかっちゃいます←



さて、次章は多分皆さんも大きく記憶に残っているであろう「ニルヴァーナ編」が開始いたします。そしてついに彼女も…!

5月の初め・ゴールデンウイークにも差し掛かるので思い切って企画いたしました。
ニルヴァーナ編突入記念&GW特別企画!約一週間隔日連続投稿を実施します!

具体的に言うと、5/1(土)~5/9(日)の奇数日の深夜に、それぞれ連続で投稿していくという企画です。それに伴って、ニルヴァーナ編の投稿開始日が5/1からになります。

少々お時間をいただきますが、諸事情で外出が出来ないゴールデンウィーク中に、ささやかな楽しみとしていただけると幸いです!頑張ります!


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第5章 六魔将軍(オラシオンセイス)討伐作戦
第44話 バラム同盟


お待たせいたしました!ついに始まるニルヴァーナ編!そしてGWの奇数日隔日投稿開始です!スケジュール半端なく忙しそうだけど頑張りまーす。(遠い目)

そしてこのニルヴァーナ編を皮切りに話数がべらぼうに多くなりそうな気がする…。来年天狼島行けるのか…?


港町ハルジオン――。

漁業と航行などで盛んとなっているこの街に、最近とあるレストランがオープンされた。

 

その名も『8isLand(エイトアイランド)』。この店ではシェフが魔法料理を創作して振舞っており、開店直後からそれなりに客足も多い。その魔法料理自体も有名だが、何よりも従業員の対応が優秀であることも人気の高い理由だ。

 

その内の一人は一見するとただの子供。髪は所々が逆立っていて、水色がかった銀色。左目の上部分には金色のメッシュが二筋。開かれた黒い大きい目や顔立ちは実年齢よりもさらに幼く感じさせるが、将来美形になることが確約されていると断言できる。

 

そんな少年は白いシャツに黒いベスト、そして腰には黒いソムリエエプロンを身につけて、大人も顔向けの真っすぐな姿勢で両手にトレイを持ちながら料理を運んでいる。

 

「お待たせいたしました。ご注文いただいた『ラッテアピッツァ』と、付け合わせのサラダでございます」

 

「お、ありがとう!」

 

営業に欠かせない、子供らしさを感じさせる満面の笑みを浮かべながら完璧とも言える言葉遣いと佇まい。彼から料理を受け取った男性客のお礼に、会釈をしながら「どうぞごゆっくり」と速やかに席を離れて次の業務へと戻っていく。

 

少年の名はシエル。現在この「8(エイト)アイランド」の従業員でウェイターを務めている。まだまだ新人であるが、他の者よりも頭一つ抜けていることは明らか。彼のウェイターとしてのサクセスストーリーは、まだまだ始まったばかりだ……!

 

「って!何やってんのよあたしたちはっ!!」

 

突如としてそう叫びながらトレイを床に叩きつけたのは従業員の一人であるウェイトレスの女性。金色の髪を二つ結びにし、頭にはホワイトブリム。服は白いレースが裾にあしらわれた明るいオレンジ。腰には白いエプロン。そして脚には白の二―ハイソックスをつけている。名前はルーシィ。

 

「何って、仕事だよ?」

 

「こんなの全っ然魔導士の仕事じゃないじゃない!!ってかこの恥ずかしいコス何!?」

 

「しょうがないじゃん、仕事服なんだから」

 

「男のあんたはいいわよっ!割と真面で!ってか、思いっきりあたしたち魔導士じゃなくてウェイター業扱いされてるんだけど!!?」

 

「……誰に?」

 

実は彼らは従業員を募集依頼を出したギルドから派遣された魔導士だ。魔法料理を作っているここのシェフの意向で、ウェイターたちも魔法を使える者達が望ましいと、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に依頼がかかったのだ。そしてこの場にいる魔導士たちは二人だけではない。

 

「文句ばっか言うなよルーシィ。オレたちも手伝ってやってんのに」

 

「客の料理食うなー!!」

 

シエル同様のウェイター衣装と、いつものマフラーを巻いているナツがルーシィに注意するが、運んで来た骨付き肉の定食を注文した客の前でつまんでいる。待っていた料理を店員に食われて絶句している客が可哀想だ。

 

「たまにはウェイターの格好もいいもんだぜ」

 

「服着てから言って!!」

 

ドリンクを運びながらグレイもそう話しかけるが、彼の場合はその恰好を既に脱いでおり、着けているのは自前の下着と蝶ネクタイのみ。ある意味いつもより変態味が増してしまってる。二人揃って営業妨害もいいとこだ。店側なのに。

 

「今日も忙しそうだね、ルーシィ」

 

「そう思うんならあんたもこいつら止めてよ!」

 

そしてシエルはと言うといつものようにツッコミを入れるルーシィの様子を見て呑気にぼやく始末。普段は彼も比較的常識人ポジにいる筈なのに自分一人にだけ負担かかせてるとはどういうことか。

 

「おいおい、誰の家賃の為にやってんだ?」

 

「あう……ごめんなさい……」

 

しかしそんな彼女もグレイから家賃の事を話に出されて押し黙るしかできなかった。話に聞く通り、ルーシィの家賃不足で良さそうな依頼が無いかを探し、見つけたのが今回の依頼だ。発見した昨日の時点でどうしてこんな依頼が受注できるのか色々と不可思議な点はあったらしい。だがそれはそれとして、店員をずっと裸同然の格好にさせるわけにもいかないので……。

 

「グレイは通報される前に服、着直しておいてね」

 

「お、おう……」

 

氷の魔導士も背筋が凍る、絶対零度の眼差しを向けて忠言することで言う事を聞かせた。いそいそと脱ぎ捨てていたウェイター服を着ながら、グレイは「あとあれ見てみろ……」とルーシィにある方向へと目配せさせると、彼女の表情は唖然といった様子で固まった。その理由は……。

 

「注文を聞こうか」

 

ルーシィと同じデザインのウェイトレスの服に身を包み、緋色の長い髪をポニーテールで一つに纏めたエルザが、テーブルに片足を乗せて男性客に迫りながら尋ねてくる。

 

「何が欲しいんだ?さあ、言ってみろ……」

 

「え、ええと……!!」

「ほ、欲しい……!!」

「そりゃもう……!!」

 

どこか蠱惑的な姿勢と声で迫ってくる美人店員に、顔を上気させて鼻息を荒くしながら興奮するのを抑えられない。そして気付けばテーブル席に座っていた男性三人は叫んでいた。

 

『料理全部くださーい!!!』

「そうか、それは助かる。礼を言わせてもらうぞ」

『こちらこそ~!!!』

 

「あんな、ノリノリなやつもいる……」

 

「あたしも、頑張ります……」

 

「無理はしないでね……」

 

まさかのフルオーダーを獲得した。色気を存分に利用した、傍目から見ればこずるい接客に見えるが、これでエルザ自身が普通に注文を取っているつもりだと本気で思っているのだから不思議だ。多少の問題が発生しようがエルザが度々フルオーダーを獲得すれば、きっと黒字だろう。だが、店を間違えてないか?それだけがどうも不安点だ。

 

「すいませーん、注文いーですかー?」

 

「!はい、ただいまお伺いいたしまーす!!」

 

すると後方にいる女性客からオーダーが入り、すぐさま反応したシエルが尋ねに行った。素早い対応の速さにルーシィは再び苦笑して「あの子もノリノリね……」と零している。

 

「『モンドハンバーグセット』を一つ。ライス付きでお願い」

 

「ウチは『ゴールデンオムレツ』と『ゼノブレッド』でー!」

 

「かしこまりました。モンドハンバーグセットはソースをつけることもできますが、いかがいたしますか?おすすめは『メールソース』になりますが」

 

「じゃあそれでお願いね」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

注文を聞きながらさりげなくおすすめの付け合わせの説明、そしてお礼と共に営業スマイルを向けることも忘れない。事実幼さが抜けない可愛らしいと言える顔立ちをしたシエルの満面の笑みは、向けられた女性客の顔を赤く染めるほどの威力だ。

 

「……なんか、初めてにしてはやけに小慣れてない……?」

 

「ルーシィ、『蒼天ミートソース』と『ホーリーソーダ』あがったぞ」

 

「あ、はーい!」

 

やけに接客に慣れているように見えるシエルを見ていたルーシィに、厨房側から声がかかる。ホールスタッフとして接客している6人(5人+1匹)に加えて、調理スタッフに入って、白のコックコートを着ているペルセウスだ。手際よく作ったと思われる料理をトレイに載せながら、ルーシィは厨房から顔を覗かせているペルセウスの様子を見て、口元が引きつるのを自覚した。

 

「ところで……ペルさん、大丈夫ですか?」

 

何故そんな言葉をかけたのか、それは今の彼の表情に理由がある。一言で言えば、目の下に大きな隈が出来ていて、心なしか顔がげっそりとしているのだ。今回調理スタッフに彼が入ったのは客にこの顔を見せるわけにはいかないと言うのも一つである。だがそもそも何故こんな事になっているのかというと……。

 

「ああ……昨日、シエルが初めて接客の店員を経験できると張り切ってな。憧れの一つでもあって、失敗したくないからと、俺を相手に数十パターンのシュミレーションを最低十回ずつ練習してたんだ……。深夜3時は軽く超えてた気がする……」

 

「たゆまぬ努力と尊い犠牲の結晶だった!?」

 

シエルは幼少の頃、同じ年頃の子供たちがやっていることすら出来ない病弱な身体だった。そのこともあって、兄と同じ魔導士のみならず、演劇の役者や飲食店のスタッフなどと言った、人前に立つような仕事にも同様に憧れを抱いている。

 

だからこそなのか、憧れていた接客業を仕事の依頼とは言え、経験する機会となった今回、シエルは万が一の事も考えて様々なパターンを考えた。どんな客が来るのか、トラブルが起きた時対処できるのか、その客の好みは分かるか、おすすめは何か、ありとあらゆる状況にも対応できるように練習してきた。兄を道連れにして。

 

「それで何故か妙に板についた感じなんですね、シエル……」

 

「あいつが楽しそうなら俺も本望さ……」

 

「けど、そんな寝不足で調理スタッフって……危なくないですか?」

 

刃物や高温のものを取り扱う調理という工程において、判断ミスを誘発される寝不足の状態では満足なものを作れるとは思えないのだが、本当に調理場の方を手伝っていいのか、というルーシィの疑問はもっとも。それに対してペルセウスは若干うつらうつらとしながら……。

 

「まあ……体が覚えてるから……何とかなる」

 

睡魔に苛まれているような眠たげな表情と声をしながらも、まな板にセットしたキャベツを目にも止まらぬ速さでせん切りしながら呑気に答えるペルセウス。物凄く危ないようにしか見えないのに、本人は一切そんな様子を見せずに続けている。兄弟揃ってどこかぶっ飛んでいるように感じずにはいられない。あともう一つ強いて言うなら……。

 

「ペルさんがこんな状態なのに、同じ時間しか寝れてないシエルは、何であんな元気なのかしら……?」

 

そう言ったルーシィの視線の先には、会計を済ませて店を後にする客に向けて、寝不足とは思えない輝かしい笑顔を浮かべながら挨拶をするシエルの姿だった。

 

「ありがとうございましたー!またのご来店をお待ちしております!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「いやー、お疲れ様。スっかし最近の子は働きモンだねぇ。またいつでも来なさいよ」

 

すっかり日も暮れた夕方。閉店時間を過ぎた店の裏口前にて、8(エイト)アイランドのオーナーシェフの老人、マスター・マカロフの知己でもあるヤジマが笑顔で、今日来てくれた魔導士たちを労ってくれていた。

 

「はい。今日は勉強になりました」

 

「貴重な体験をさせてもらって、ありがとうございます!」

 

一同を代表してエルザが(気に入ったのかウェイトレスの制服を着たまま)その言葉に返し、続けてシエルが満足そうに笑みを浮かべながら告げる。後方の木箱には疲れ切った様子のグレイ、勝手に料理を食べまくって腹が膨れたナツ、業務から解放されてうたた寝しているペルセウスがそれぞれ座っている。

 

「ミラちゃんの気持ちが少しは分かったよ……」

 

「ふぅ~食った食った~!」

 

「あんた店のモン食べすぎ!!」

 

グレイやペルセウスはともかく、ナツに至っては何度も料理を作り直す羽目になって色々と手間どったり食材の無駄になってしまった。ルーシィに注意されるがナツは反省する気なしだ。その態度が更にルーシィの怒りを増長させる。

 

「そう怒ることないよルーシィ。ナツの分の報酬だけ店に返せばそれで済むし」

 

「んなー!?そりゃねーだろ!!」

 

「自業自得よ!!」

 

そんなナツに対して、シエルは悪戯の笑みを浮かべながら告げた。絶望したかのような表情でナツはすぐさま抗議するが、誰もナツには味方しない。

 

「それにしても、評議会が大変なことになってる今、レストランを開くなんて思い切ったことしましたね、ヤジマさん?」

 

「ん~……ワスはもう引退スたからね~」

 

「引退!?」

「「評議会!?」」

 

8(エイト)アイランドのオーナーであるヤジマは元々、評議員の一人だ。そんな彼がレストランを開いてオーナーになったと聞いた時、実はシエルは疑問を感じていたのだ。評議員として潜入していたジークレイン……もといジェラールと、ウルティア。彼らによって評議会は一度機能不全となった。それで立て直しをしなければいけないこの時期に、何故より時間を割く飲食店の経営を始めたのかと。その理由は簡単だった。もう彼は評議員を辞めていた。

 

ちなみにナツとグレイは、彼が評議員であることすら知らなかった。

 

「この二人はともかく、あんたヤジマさんが引退したの知らなかったの?」

 

「……そう言えば最近、評議員の話怖くて聞こうとしてなかったような……」

 

それを聞いたルーシィは思わず呆れた。“天の怒り”と言うシエルの暴走状態による被害に関連した事件がきっかけで、評議会に関する話題を無意識に避けていたことさえ自分でようやく気付いたようだ。

 

「ズーク……いや、ズラールだったかの?」

 

()()ラールです……」

 

「そう!そのズラールとウルティアの裏切りで、大変な失態(スったい)をスたからねぇ。今は新生(スんせい)魔法評議会を立ち上げるべく、各方面に根回ススとるみたいよ」

 

ジェラールと言う名を聞いてシエルは思い出していた。楽園の塔の頂上にてジェラールと対峙した時の記憶。手も足も出なかった。少しでもエルザの助けになればと挑みかかったのを嘲笑うように、シエルの攻撃をものともせず圧倒してきた。

 

「君たちにも本当に迷惑をかけたね。申ス訳ないよ」

 

「いえ……ヤジマさんは最後までエーテリオン投下に反対されていたと聞きました。行動を恥じて引退など……」

 

「ワスに政()は向かんよ。やはり……料理人の方が楽スいわい」

 

魔法でフライパンを取り出しながらそう思い返す。評議院にいる時は、重責や討論などで肩身も狭かったのだろう。今は大分生き生きとしている表情にも感じる。

 

「時に、スエルくん」

 

「……()エルです……」

 

「“天の怒り”に関する()置の(はなス)はもう聞いてるかな?」

 

ヤジマが語ったのは、今後彼が“天の怒り”を使用して被害が出れば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を破門されてしまうことになったあの書状。それを決定づける評議についての話だった。一度機能不全となってしまった評議会だが、彼に送られた決定自体は未だ続行されているそうだ。さらに、当時9人の評議員で決められた賛否の結果も、以前と今では大きく異なってくる。

 

「反対スたのは3人。ズラールとウルティア、そしてワスだった。つまり、今や君の破門を反対する者は、評議員にいなくなってしまったと言っていい」

 

これは忠告だ。シエル自身が“天の怒り”による暴走を引き起こすことのないように、本人も、そして周囲にいるメンバーも十分に注意しておくことが必要となる。そしてこれを心に刻むべきは、シエルのみではない。

 

「そしてナツくん、グレイくん」

 

名を呼ばれた彼らは二人揃って体を震わせる。元評議員だと聞かされて想像以上にビビっているようだ。それも気にすることなくヤジマは彼らに念を押した。これから評議院は新しくなり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を弁護していたヤジマもいない。もはや評議院には、自分たちの味方はいないと同義であると。

 

「その事をよーく考えて行動スなさい」

 

「はい……!」

「「行動スます!」」

 

シエルは言葉を噛み締めながら、ナツとグレイは慌てて首を縦に高速で振りながら返事した。その答えに満足したのか、ヤジマは笑みを浮かべて頷いている。

 

そして夕焼けで赤く染まるハルジオンを、ヤジマに見送られながら馬車に乗って帰路についていった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ヤジマからの依頼を達成した翌日のギルド。メインステージの前にて、光筆(ヒカリペン)で大きく描かれていたのは、闇ギルドの組織図だ。中心に大きく括られた三つのギルドから、複数のギルドに線が枝分かれされている。改めて見ると、膨大な数の闇ギルドが存在していることが示唆されている。ちなみに書いたのはリーダス。控えめながらも主張していた。

 

「闇ギルドの組織図……?なんでまた?」

 

「近頃、動きが活性化しているみたいだからね。ギルド同士の連携を強固にしないといけないのよ」

 

元S級魔導士であり、看板娘のミラジェーンから説明を受けていたルーシィは、あまり実感が湧いていないようだ。実際に闇ギルドによる被害がここ最近増えてきており、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にもその報告がされている。組織図の中に大きい括りがあるのに気づいたグレイが、その疑問を声に出した。

 

「この大きい括りはなんだよ?」

 

「ジュビア、知ってます。闇ギルドの最大勢力・『バラム同盟』」

 

闇の最大勢力と言われている『バラム同盟』は、『六魔将軍(オラシオンセイス)』、『冥府の門(タルタロス)』、そして『悪魔の心臓(グリモアハート)』と呼ばれる強大な三つのギルドから構成されている。それぞれがいくつかの直属のギルドを持ち、闇の世界を動かしているらしい。そして、それとは別に、いくつかの闇ギルドが独立していて、ラクサスの父であるイワンがマスターをしている大鴉の尻尾(レイブンテイル)がその一つだ。

 

「あれ?鉄の森(アイゼンヴァルト)って……!」

 

「そうだ、あのエリゴールがいたギルド」

 

見覚えのある闇ギルドの名前にバツ印がされていたのにルーシィが気付いて声を上げた。既に壊滅したギルドではあるが、かつては呪歌(ララバイ)と言う集団呪殺魔法を用いて、ギルドマスターたちを殺害しようとした鉄の森(アイゼンヴァルト)だ。六魔将軍(オラシオンセイス)と線で繋げられており、そこの傘下だったことが分かる。

 

他にもメンバーの中には覚えのあるギルド、かつては正規だったギルド、更に雷神衆が評議員からの依頼で壊滅させた『屍人の魂(グールスピリット)』と言うギルドも六魔将軍(オラシオンセイス)傘下だそうだ。

 

「あ、無音の丘(サイレントヒル)って確か……」

 

「王都でシエルがボコった一団のギルドだな。こいつらも六魔の傘下だ」

 

数日前に王都で迷ったシエルが、成り行きで叩きのめしたギルドの一団も、同様の傘下であったことをペルセウスが説明する。因縁のあるギルドが六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下である確率がやけに高い。しかもこれだけじゃなく……。

 

「ジュビアもガジルくんも、ファントム時代にいくつか潰したギルドが、ぜ~んぶ六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下でしたー」

 

「笑顔で言うな、笑顔で……」

 

可愛らしい笑顔と声でサラっと恐ろしい過去を暴露するジュビア。グレイは苦笑交じりに返すことしかできなかった。前のギルドの話とは言え、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは散々六魔将軍(オラシオンセイス)に喧嘩を売っているのと同義の行動をやらかしていることになる。それを考えたら恐怖心が湧いてきた。そうルーシィが考えていると、一つ気になった点を見つけた。

 

「ん?このギルドって、独立してたとこなの?」

 

その言葉に全員の視線が集中した。ルーシィが指を指して示していたのは、大鴉の尻尾(レイブンテイル)の近くに記された、どのギルドとも線が繋がっていないギルド。そして既に壊滅したのか、バツ印が書かれていた。名は『鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)』。

 

「ああ、そのギルドは隠れてた闇ギルドだ」

 

「隠れてた?」

 

その問いに答えたのは古株であるマカオだ。何でも、表向きにはほかの正規ギルドと変わらず、評議院にバレない範囲で、裏では闇の仕事を請け負っていたことが判明したギルドだそうだ。それが判明したのは5年前……ギルドに所属していた魔導士たちが、襲撃されたのか全滅していた。その後評議院での内部調査で、悪事のほぼすべてが明るみに出たという。当時のマスターは逃亡したのか、消息不明らしい。

 

「何、そのおっかないトコ……!」

 

「色々と分かんねーことだらけなんだ。どこの傘下だったかの情報もねーし」

 

「そこのマスターが生きてんなら噂にもなるはずなんだが、全くそれも聞かねーしな」

 

マカオ、そしてワカバからの説明を聞いたルーシィは再び恐怖で縮み上がっていた。もし仮に六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下だとしたらどうなるのだろう。いくつも傘下ギルドを潰していて、怒っているのだろうか、恨みを買って襲われて、巻き添えを食らってしまわないだろうかと、不安になってしまう。

 

「ルーシィ、お前確かアカリファで、『裸の包帯男(ネイキッドマミー)』ってギルドを相手に一人で返り討ちしてなかったか?」

 

「返り討ち、とはちょっと違うんですけど……でもそれが何……はっ!!」

 

途中からどこか静かだったペルセウスから、アカリファで自分がしたことを確認される。初めは何故そんなことを聞かれるのか疑問だったが、話の流れから推測して、嫌な予感を感じとった。そして視線を闇ギルドの組織図に戻すと、シエルがルーシィに見えるように指を指していた。

 

 

そしてそこには確かにあった。「六魔将軍(オラシオンセイス)傘下・『裸の包帯男(ネイキッドマミー)』」が。

 

「オーマイガーーッ!!!」

 

思いっきり自分も六魔将軍(オラシオンセイス)に喧嘩売っていたことが判明したルーシィの絶望の叫びが響く。ある者は同情、ある者は畏怖、そして一部からは羨望の眼差しを受ける中、彼女自身は項垂れて、ギルドの床に四つん這いの姿勢で落ち込んだ。この世の終わりでも見たかのような絶望感だ。

 

「き、気にすることねーって!ルーシィ!!」

六魔将軍(オラシオンセイス)は、たった6人しかいねーらしいぜ!?」

「どんだけ小せぇんだよって!なぁ!?」

 

ルーシィを励ますと同時に六魔将軍(オラシオンセイス)がどれほど規模が小さいギルドであるのかを教える周りの魔導士たち。物凄く必死だ。その甲斐あってか(?)ルーシィの顔色に僅かだが希望が芽生え始める。

 

「呑気なもんだ。逆に言えばたった6人で、最大勢力の一角を担える実力者が揃っているという事だぞ。しかも、他の二つと違って数年前に出来たにも関わらずな」

 

だがそんな気分も、呆れた様子のペルセウスから告げられた残酷な現実で打ち砕かれた。容赦ないように聞こえるが事実そうであるのだから、誤魔化したところで何の得にもならない。ルーシィだけでなく、励ました魔導士たちもその現実に落胆の様子を見せているが、一部の魔導士は別のところに着目していた。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)って、数年前に出来たギルドなのか?」

 

「うん、割と最近の方って聞いてるよ。悪魔の心臓(グリモアハート)は数十年前。そして冥府の門(タルタロス)は百年近く前から存在が確認されてるけど、そんな二つと同列に並べてるから、規模や年数は宛にならない」

 

「シエルくん、詳しいですね……」

 

たった6人しかいない上に、他二つと比べて年季も短い。だがそれでも最大勢力の3ギルドとして闇のみならず、光の者達にもその名を知らしめている。そう考えるだけでも脅威と言えよう。ちなみに冥府の門(タルタロス)が何気に百年近く存在しているという情報は、ほとんどの者が愕然としていた。

 

「その六魔将軍(オラシオンセイス)じゃがな……。ワシらが討つ事になった!!」

 

するとギルドの出入口から、定例会に参加していたマスター・マカロフが、その言葉と共に帰還した。今しがた話題に出していた六魔将軍(オラシオンセイス)。それを相手に戦うと宣言したマスターの言葉に、場にいた者たちのほぼ全員が驚愕で目を見張り、息を呑んだ。

 

「お帰りなさい、マスター。定例会、如何でした?」

「違うでしょ!!」

 

そんな中笑顔で通常運転のミラジェーンは改めて大物だと実感できる……。

 

「マスター……一体どういう事ですか?」

 

騒然となるギルド内。代表してエルザが尋ねると、マカロフは語りだした。今回の定例会で上がった議題が、何やら動きを見せている六魔将軍(オラシオンセイス)。無視はできないという事になり、どこかのギルドがそれを叩くことになったのだそうだ。

 

「またビンボーくじ引いたな、じーさん……」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)がその役目を……?」

 

「いや……今回ばかりは敵が強大すぎる。ワシらだけで戦をしては、後々バラム同盟にここだけが狙われる事になる」

 

話を聞いて辟易とするグレイと、流れを感じて尋ねてくるジュビア。だが、最大勢力の一角ともなると、一つのギルドのみで対峙するには荷が重すぎる。

 

「そこでじゃ……我々は連合を組む事になった」

 

『連合!!?』

 

地方ギルドマスターたちの協議の結果で決まった、連合軍の結成。それが六魔将軍(オラシオンセイス)への対抗する手段だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけではない。青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケット・シェルター)と言う、計四ギルドからメンバーを選出して、六魔将軍(オラシオンセイス)を討つ即席のチームを作る。

 

「(天馬も蛇姫(ラミア)妖精の尻尾(ウチ)に匹敵する有名所だ……!化猫の宿(ケット・シェルター)……は、聞いたことないけど……)」

 

「オレたちだけで十分だろっ!てか、オレ一人で十分だ!」

 

「馬鹿者。マスターは後々の事を考えてだな……」

 

連合を組む他ギルドの名前を聞いて、錚々(そうそう)たる顔触れが揃う予感をシエルは感じていた。一つは聞き馴染みはあまりないが、この連合に参加するという事は半端なところではないだろう。しかし、連合の意味と意図を把握できていないナツが一人で相手をしようと意気込んでいるのを見て、エルザがそれを注意している。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)がどんだけやばい奴らなのか知らないからそんな事言えるんだよ……」

 

「知ってても関係ねーよ!6人全員オレが相手してやる!!」

 

「話聞いてなかったのかよテメーは……」

 

これは頑として聞かなさそうだ。彼を納得させるため、彼にも分かりやすくシエルは六魔将軍(オラシオンセイス)がどのような者たちなのかを説明することにした。

 

「じゃあナツ。想像してみようか……」

 

「ん?」

 

「エルザがずーっと楽しみにしていたケーキを誰かに食べられて物凄く不機嫌です。目についたナツを犯人だと思って、襲い掛かってきました。それが6人います。そのレベルのヤバさが今から相手する六魔将軍(オラシオンセイス)です」

 

淡々と説明口調で告げたシエルの言葉に意気揚々としていたナツは、一転してその顔を絶望に染めた。よーく分かったみたいだ。

 

「そんなの全ギルド束になっても勝ち目ねーじゃねーかぁ!地獄だぁ!!この世の終わりだァアーーーッ!!」

 

「……おい……」

 

自分を例え話に置き換えられて、何故か勝手にスケールを大きくさせられたエルザ本人は怒りよりも先にショックを感じた。冗談抜きで世界が終わると騒ぎ立てるナツを、大袈裟だとたしなめるものが誰もいないことが更にショックである。更に言えばグレイも同レベルの絶望を抱えた顔になっているのもその一因だ。

 

「てか……ちょっと待ってよ……相手はたった6人なんでしょ……?何者なのよそいつら……本当にエルザレベルのヤバい奴らが勢揃いなの……!?」

 

「ルーシィ、お前もかっ!!?」

 

小さい規模でありながらもこれほどまでに場を震撼とさせる最大勢力の一角・六魔将軍(オラシオンセイス)。その者達の目的は一体何か。そしてこの連合軍の結成、今回の作戦をきっかけに……。

 

 

 

 

今後の未来を左右する出会いが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に待ち受けていた。

 

 




おまけ風次回予告

ハッピー「六魔将軍(オラシオンセイス)が、怒ったエルザ6人分ってシエルが言ったせいで、ギルド内での共通認識が広まっちゃったね…」

シエル「ナツに危機感を持ってほしくて適当に設定したはずだったんだけど…迂闊だった。妖精の尻尾(ウチのギルド)でのエルザがどんだけ恐れられているのか思い返すべきだったな…」

ハッピー「何かエルザもショック受けてるみたいだし、この後連合軍で合流するの、大丈夫かな?」

シエル「ま、まあ何とかなるよきっと。エルザにはあとでケーキ買ってあげて元気でも出してもらうし」

ハッピー「さり気なく賄賂で解決しようとしてる!?」

次回『連合軍、集結!』

シエル「折角だしハッピーも買っといたら?きっとご機嫌になってくれるよ」

ハッピー「…じゃあオイラは…プレゼントの魚用意しておかなきゃ…!」

シエル「え、誰に…?」


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第45話 連合軍、集結!

連続投稿二回目!今回は急展開に次ぐ急展開が巻き起こる回になります。まあ、初登場のキャラいっぱいいますし。ガルナ島をすっとばしたせいで出番先送りになったキャラもいますし。

それとちょっと謝罪を。前回更新時に章管理で追加するのを忘れていました。今はもう修正していますが、混乱をした方、申し訳ありません。




それと、今回の話を読み終えた後、同時期に更新している活動報告の方に、お目通ししていただくようお願い申し上げます。


闇ギルドの最大勢力・バラム同盟。

 

その一角を担うギルドの一つが六魔将軍(オラシオンセイス)

 

ギルドマスターの定例会で、4つのギルドからメンバーを選出して連合を組むことになった。そしてその中には、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者達も加わっている。鬱蒼とした木々が生い茂る『ワース樹海』の中を走る豚車に、その代表メンバーが乗車していた。

 

「何でこんな危ない作戦に、あたしが参加することになったのー!?」

 

理解できないと言った様子で混乱しながら、顔に手をつけてルーシィは叫んでいた。乗っているのはルーシィだけでなく、最強チームの面々もだ。しかし最近チーム入りしたペルセウスのみ、この場にいない。

 

「オレだってめんどくせーんだ。ぶーぶーゆーな」

 

「最大勢力の一角を相手取る作戦をめんどくさいって……」

 

納得できないと言わんばかりのルーシィにグレイが言うが、六魔将軍(オラシオンセイス)と言う強大なギルドを相手に戦う作戦への参加を、面倒と感じるのもどうだろうか……。

 

「マスターの人選だ。私たちはその期待に応えるべきじゃないのか?」

 

ルーシィは怖がっているし、グレイは気怠そうにしているし、ナツは乗り物酔いになっている中、いつも通りの状態であるのはシエルとエルザ、そしてハッピーぐらいだ。こうして選ばれた以上はその務めを果たすべきと主張するエルザに対して、やはり恐怖心の方が上回るルーシィは乗り気ではない。

 

「でも、バトルならガジルやジュビアだっているじゃない」

 

「二人とも別の仕事入っちゃったからね」

 

「片方は泣きながら引きずられてったけど……」

 

出発する前、ギルド内でこちら側に同行しようとしていた片方(ジュビア)をイラつきながら引きずって仕事に向かっていったもう片方(ガジル)の組み合わせを思い出してシエルは笑みを引きつらせていた。どうしてもグレイと離れ離れになるのは嫌だったことがよく分かる。

 

「って言うかシエル……今回の作戦、ペルさんも参加するはずじゃなかったの?何でいないのよぉ……!」

 

「何かどーしても先に寄っておかなきゃいけないところがあるらしいって……現地で合流する予定だからそれまでは待ってて欲しいってさ」

 

この場にシエルの兄であるペルセウスがいない理由。それは今朝、ギルドに言伝を残してどこかへ外出したからだ。どこへ向かったのかはマスター・マカロフにしか知らせていないらしく、弟であるシエルさえも知らない。だが今向かっている集合場所で合流することは確かのようだ。

 

「てか……まだ……着かねー……の……か……?」

 

大分長い時間荷台に揺られていた影響で、ナツも限界が近そうだ。そろそろ着く頃じゃないかと思いながらも、ルーシィは今回向かうメンバーを改めて確認して「いつものメンバー」であることを実感する。

 

「その方がいいだろう?今日は他のギルドとの初の共同戦線。まずは同じギルド内の連携がとれている事が大切だ」

 

「あ、見えてきたよ!集合場所だ!」

 

話をしているとあっという間。樹海の中には似つかわしくないある建物に到着した。六魔将軍(オラシオンセイス)に対抗するために結成する連合軍の集合場所に指定されたのは、装飾や窓ガラスなど、至る所にハート形の意匠が施されている石造りの洋館。

 

「趣味悪いところね……」

 

豚車から降りて洋館の中に入った妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一行。外装もさることながら、内装もハート形をあしらわれている部分が多く、ルーシィが表情を歪めながら呟いている。

 

青い天馬(ブルーペガサス)のマスター・ボブの別荘だ」

 

「あいつか……」

 

マスター・ボブ。その名を聞いて思い出してしまうのは、女性ものの格好と化粧をした、ずんぐりむっくりの体型で、その上オネエ口調で話しかけてきた中年男性。それを思い出すだけで、グレイもシエルも寒気を感じた。

 

「ちょっと苦手だ、あの人……」

 

「ま、まあそう言うな。あれでも、うちのマスターが手を焼いた実力者だからな……」

 

「そうなんだ……」

 

「ま……まだ……着かねえのか……?」

「着いてるよ、ナツ……」

 

伊達にマスターを務めているわけでもない実力者、そして人格的にもいい人であるのは分かるのだが……生理的な意味で、苦手意識が強く感じてしまう事は否定できない。今でもあの熱い視線を思い出してしまうだけで、自分の身体が反対に凍える感覚を感じる。

 

「はい、到着!」

「「到着!」」

 

既に乗物から降りて別荘内に入ったにも関わらず、未だに酔いが覚めないナツを放っておいとくと、どこからか何人もの男性の声が別荘内に響く。タンバリンや手拍子を鳴らす音と共に「ハイハイ!」とテンションの高い声が続け様に響いてくる。

 

「ようこそ!」

「「ようこそ!」」

 

妖精の(フェアリー)……」

「「妖精の(フェアリー)……」」

 

尻尾(テイル)の!」

「「尻尾(テイル)の!」」

 

『皆さーん!!』

 

呆気にとられる妖精の尻尾(フェアリーテイル)。ホールの奥にスポットライトが当てられて、三人の人影を浮かび上がらせている。

 

「お待ちしておりました。我ら……」

青い天馬(ブルーペガサス)より」

「選出されし……」

 

『トライメンズ』

 

薄暗い空間の中に一つだけ照らされていたスポットライトが一度落ちると、先程まで暗かったホール内が再び明るく点灯する。そして露わとなったのは、『トライメンズ』と呼ばれる3人の男たち。

 

一人目は明るい茶髪のショートヘアに、正統派と言える顔立ちをしたイケメンの青年。

 

「『百夜のヒビキ』!」

 

二人目は金色のストレートショート。低い背丈に幼い顔立ちをした可愛い系イケメンの少年。

 

「『聖夜のイヴ』」

 

三人目は褐色肌で頭頂部で縛った黒い髪。背丈は一番高く、他の二人と比べると目つきが鋭いが、クールな印象を与えるイケメンの青年。

 

「『空夜のレン』……」

 

全員が左肩に青い天馬(ブルーペガサス)の紋章が入った黒地のスーツを身に纏っていて、輝くオーラを纏っているように幻視させられる。自分たちの個性を現すポーズをとっているのもその要因だろう。

 

「か……かっこいい……!!」

 

週刊ソーサラーでしか見た事のない美形揃いの一団を目の前に、ルーシィが顔を赤く染めている。中でもセンターにいるヒビキは、彼氏にしたいランキングでずっと上位に君臨している魔導士だ。それが目の前に現れたとなれば、彼女の気分が舞い上がるのも無理はない。

 

「しまった!服着るの忘れた!!」

「今さっき脱いでたよ、はいこれ」

「うぷ……」

 

「こっちはダメだぁ……」

 

ルックスも仕草も佇まいも完璧な青い天馬(ブルーペガサス)とは対照的に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)から選ばれた男たちはと言うと脱ぎ癖で上半身裸になってるわ、酔いが抜けずに柱にもたれかかってるわ、まともな様子の少年は悪戯小僧だわで、月とスッポンである。

 

「噂に違わぬ美しさ……」

「初めまして。妖精女王(ティターニア)

「さあ……こちらへ……」

 

流れるようにエルザを囲み、彼女をエスコートするトライメンズ。表情には出ていないがエルザも戸惑いを感じており、されるがままとなっている。ヒビキに手を引かれ、迅速な動きでイヴとレンが用意したソファーに座らされる。

 

「おしぼりをどうぞ」

 

「お腹空いてない?」

 

「……いや……」

 

跪いておしぼりを差し出すヒビキ、テーブルを用意してすぐに彼女の隣に座るイヴからの対応に、エルザは生返事しか返せない。

 

「さあ……お前も座れよ」

 

「うわぁ……!」

 

そしてルーシィもまた、レンによってエスコートされてしまった。連合として集合したと思いきや予想もしていなかった展開に、男性陣は茫然としている。

 

「何なんだ、あいつらは……!」

 

「あー言うギルドなのかな、天馬って……」

 

あっという間に女性陣を連れてってしまった美形魔導士たちの様子に苛立ちを隠せないグレイと、魔導士ギルドにしては随分と異色に感じる対応の仕方に推測をたてるシエル。ちなみにナツはまだ顔色が悪い。

 

その後もイヴが上目遣いで庇護欲をかきたてられるような仕草と台詞を向けたり、レンがドリンクを差し出しながら何故かツンデレなセリフを吐いて対応する。

 

「さあ、長旅でお疲れでしょう。今夜は僕たちと……」

 

『フォーエバー♡』

 

終いにはトライメンズのリーダーのポジションなのか、ヒビキの声に続くようにして3人が手を差し伸べながら告げる。キザったらしい姿勢の美青年たちに、女性二人の反応は正直言って微妙だった。重要な作戦前とは思えない。

 

「君たち、その辺にしておきたまえ」

 

すると、奥の階段の上から聞こえてきたのは、低く甘い男性の声。まるで輝く光のような、華やかさも感じさせるようなその声は、聞くだけでその女性を虜にしてしまえるような……。現にルーシィも、その声を聞くだけで再び顔を紅潮させている。

 

「『一夜』様!」

 

「い、一夜……!?」

 

その人物もまた、青い天馬(ブルーペガサス)の魔導士らしい。レンから様付で呼ばれているという事は、相当上位に位置する者でもあるのか。だが、『一夜』と言う名を聞いたエルザは、何故か途端に顔を青ざめさせて、身体と顔を震わせている。

 

「久しぶりだね、エルザさん……」

 

「ま……まさか……お前が参加してるとは……」

 

エルザとも知り合いであるらしいその男性は、階段を一歩一歩降りながらホールへとその姿を現した。白に統一されたスーツ、左胸には青薔薇のコサージュを付け、セットした尖ったオレンジ色の髪をしている、が……。

 

「会いたかったよ、マイハニー。あなたの為の、一夜でぇす」

 

体格は寸胴短足で、角ばったデカい鼻と、青髭が残る、お世辞にも美形とは言えない……と言うか不細工と言ってしまえる顔立ちをしている。そんな男が、エルザに向けてウィンクをしながら告げた言葉が、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に衝撃を与えた。

 

『マイハニー!!?』

 

つまり、恋人という事だ。あのエルザがこんな男と交際している?と一瞬でも感じた疑問は彼女の様子を見て杞憂のものだと察した。顔中汗まみれでガタガタと震えながら、悍ましいと感じている様子で一夜に顔を向けていた。一夜から一方的に恋人扱いされているだけのようだ。それはそれとして、こんなエルザ見たことない。

 

「まさかの……」

『まさかの!?』

 

「再会……!」

『再会!!』

 

そして一夜はと言うと、階段のスロープを片足立ちで滑りながら、トライメンズの3人と謎の掛け合いを繰り広げている。そのクラッカーどこから出したそこの美形3人。

 

『一夜様の彼女さんでしたか!それは大変失礼を……』

 

「全力で否定する!!!」

 

勘違いをしている様子のトライメンズにすかさず訂正を申し出るエルザ。心底嫌なようだ。気持ちは大いにわかるが。

 

「片付けろ!遊びに来たんじゃないぞ!」

 

『ヘイ、アニキ!!!』

 

「さっき“一夜様”って呼んでなかったっけ……?」

 

「一貫してないんだね」

 

一夜から叱られてすかさずソファーとテーブルを驚く速さで片付けるトライメンズ。相当訓練されているような動きだ。呼び方は都度都度変わるみたいだが。

 

「君たちの事は聞いてるよ。エルザさんに、ルーシィさん……その他」

 

「雑っ!!」

 

紳士的に対応した女性陣に対してとは違い、男性陣には分かりやすいほどぞんざいだ。更には、ルーシィの方へと視線を向けると「クンクン」と鼻を動かして匂いを嗅ぎ……。

 

「いい香り(パルファム)だ」

 

身体を回転させながら彼女へと近づき、決めポーズと共にその指を向けた。先程の美形たちとは違い、正直悍ましさしか感じられない。

 

「キモいんですけど……!」

 

「スマン……私もこいつは苦手なんだ……。凄い魔導士ではあるんだが……」

 

「そんな風には見えないんだけど……」

 

鳥肌を立たせながら自分の身体を抱えて震え上がるルーシィ。そしてエルザでさえ苦手意識を持たせる一夜は、ある意味凄いと言えなくも無いかもしれない……。

 

青い天馬(ブルーペガサス)のクソイケメンども。あんまりうちの姫様方に、ちょっかいださねーでくれねーか?」

 

イケメンたちの行動に痺れを切らしたのか、ここでグレイが口を開いた。ここまで自分のギルドの女性陣を困惑させられては、黙ってもいられない。そんな彼の言葉に、青い天馬(ブルーペガサス)はグレイに睨むような視線を向ける。

 

「帰っていいよ、男は」

「「お疲れ様っしたー」」

 

そしてこの扱いである。代表した一夜の言葉に続く様に頭を下げて帰らせようとするヒビキとレン。さっきも感じたが男性陣への扱いがあまりにも雑だ。グレイの苛立ちが更に助長している。

 

「この作戦がどういうものか分かってんのか、こいつら?」

 

さすがのシエルも今の発言には思う所があったのか、こめかみをひくひくと痙攣させて青い天馬(ブルーペガサス)の女尊男卑な言い草に嫌悪感を抱いている。すると、トライメンズの一人であるイヴが、いつの間にかこちらに近づいてきていた。

 

「な、何?」

 

目を細めてどこか観察するかのようにじっとこちらを見てくるイヴ。戸惑い気味にシエルが尋ねると、徐に彼は言い放った。

 

「君、僕とキャラが被ってるよね?」

 

「は?」

 

その言葉を聞いて思わずシエルは呆けた。曰く、低身長で童顔、それもかなりの美形で、声もまだ幼さから脱却していない。言ってしまえば、二人とも可愛い系の美少年だ。

 

「絶対そうだ!僕のポジションを狙いに来てる!」

 

「ふむふむ、言われてみれば……」

「お前、イヴに似過ぎだろ」

 

「知らねーよ!!」

 

イヴの叫びを聞いてヒビキとレンもシエルの顔を観察してその内容に納得している。だが本人からすれば言いがかりだ。確かに自分の容姿を日常的に利用していることもあるが、別に誰かのポジションを狙ったりしたことなどないし、欲しくもない。

 

「決めた!君を今日から僕のライバルにするよ!」

 

「勝手に決めんな!」

 

だがシエルの主張も聞かずに、イヴはシエルに指を指して大々的に宣言した。迷惑極まりない話である。「あの子も変なのに絡まれたわね……」とルーシィのぼやく声が聞こえる。

 

「こんな色モンよこしやがって……やる気あんのかよ!」

 

「試してみるか?」

 

「ライバルの君にだけは負けないよ」

 

「ライバルじゃねえって!」

 

「ケンカか!?混ぜてくれーっ!!」

 

腕が立つように見えない振る舞いを見せる彼らの様子に苛立ちを隠せないグレイ。彼の発言をきっかけに、双ギルドの間に火花が走り出す。そしてこのタイミングで乗り物酔いから回復したナツが、ケンカと聞いて乗り気になる。早速不和が起きることを危惧したエルザがそれを止めようとするが……。

 

「エルザさん。相変わらず、素敵な香り(パルファム)だね」

 

彼女の背後から匂いを嗅ぎながら近づいてきていた一夜。その存在に気付いたエルザに鳥肌が走る。そして……。

 

「近寄るなっ!!」

「メェーン!!」

 

思いっきり彼を殴り飛ばしてしまった。やってしまった。よりによって仲裁役であるエルザが一番最初に手をあげた。ルーシィがそう思いながら仰天し、トライメンズも飛んでいく一夜を呆然とした様子で見ることしかできない。そして別荘の出入口の開かれた門から外へと飛んでいこうとしている一夜。

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼を、門の前に立っていた一人の人物が片手を差し出し、頭から突っ込んできた一夜を止める。それと同時に、一夜の頭部が氷によって包まれた。

 

「こりゃあ随分ご丁寧な挨拶だな」

 

一夜の頭を凍りつかせた魔力、そして遠目から見えるその人物のシルエットと声。一番最初にその人物に反応を示したのはグレイだった。

 

「貴様等は蛇姫の鱗(ラミアスケイル)上等か?」

 

露わになった姿は、右サイドに逆立った薄い水色の髪に、切れ長の目を持った青年。口ぶりからすると連合に参加するギルドの一つ、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の魔導士のようだ。

 

「リオン!?」

「グレイ!?」

 

「知り合いなの?」

 

「グレイと同じ師匠に、魔法を教えてもらった兄弟子なんだって」

 

名を『リオン・バスティア』。グレイに氷の造形魔法を師事した魔導士・ウルから、同じように造形魔法を教わった過去を持ち、ナツたちが以前ガルナ島のS級クエストに勝手に行った際に対峙した人物でもある。疑問の声を上げたシエルに、彼の事情をガルナで知ったルーシィが代わりに説明した。

 

「お前……ギルドに入ったのか?」

 

どこか嬉しそうにも見えるナツの問いかけに答えようとはせず、頭を凍りつかせた一夜をこちらへ向けて無造作に投げ捨てる。投げ捨てられた本人は「メェーン!」と言う悲鳴を上げてグレイたちの近くの床をワンバウンドした後、トライメンズの前で停止した。

 

「何しやがる!」

 

「先にやったのはそっちだろ?」

 

それは確かに。そんな感情を込めてシエルはエルザにジト目を向ける。それに気付いたのか、彼女は目を伏せて肩身を狭くしていた。

 

「つーか、うちの大将に何しやがる!」

「ひどいや!」

「男は全員帰ってくれないかな?」

 

一方で、自分たちのリーダーである一夜に危害を加えられたトライメンズからも、抗議の声が上がる。しかし、そんな彼らの抗議に返答したのは、この場にいる誰でもなかった。

 

「あら……女性もいますのよ?」

 

新たに聞こえた女性の声とともに、出入口から階段まで敷かれている赤い絨毯の一部が、一人でに膨らみ、動き出す。そして、ある人物に向けて頭の部分のサイドにリボンを一つずつ付けた人形と化した絨毯が襲い掛かった。

 

「『人形撃、絨毯人形(カーペットドール)』!!」

 

「あたしィ!!?……てか、この魔法……!」

 

襲われた人物……ルーシィが悲鳴をあげながらその場を退避し、そして今自分に仕掛けられた魔法に既視感を覚えた。その魔法を使う魔導士は、笑みを浮かべながらリオンの隣に立つようにして現れる。ボリュームのある長い薄紅色の髪を後ろから縛った、化粧が施されている女性だ。

 

「『シェリー』!あんたも蛇姫の鱗(ラミアスケイル)に!?」

 

「また俺が知らない人……」

 

『シェリー・ブレンディ』。彼女もまたシエルを除く今いる妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーとは顔を合わせた人物だ。リオンの下で数人の魔導士たちと共に彼の理想を叶えるため、妖精の尻尾(フェアリーテイル)側のルーシィたちと、ガルナ島にて対峙した、リオンを慕っている人物である。

 

「私を忘れたとは言わせませんわ。そして……過去の私は忘れてちょうだい」

 

「どっちよ!」

 

「私は“愛”の為に生まれ変わったの」

 

どうやらルーシィに因縁があるようだ。ガルナ島のクエストにはシエルは行っていないため、リオンとシェリー、彼らと自分の仲間たちの間にどのようなことが起きたのか推し量ることが出来ない。謎の疎外感を感じる。

 

「もっと……もっと私に香り(パルファム)を……!」

 

「く……来るな!斬るぞ!!」

 

懲りずにエルザに近づこうとしている一夜に、彼女は長い槍を構えて警戒を露わにする。

 

「リオン……!」

 

「グレイ……」

 

互いに睨みをきかせるグレイとリオン。

 

「君の相手は僕だよ。ライバル!」

 

「だから勝手に決めるな!!」

 

対抗心を向けるイヴに辟易しながら睨み返すシエル。

 

「かかってこいやー!!!」

 

嬉々としながらケンカを繰り広げようとするナツ。

 

男性陣ほぼ全員に敵意を見せるヒビキとレン。

 

「あなたは愛せない……」

 

「あたしも嫌いよっ!!」

 

露骨な嫌悪を互いに口にするシェリーとルーシィ。

 

3つのギルドの魔導士たちの雰囲気は一触即発。強大な闇ギルドに対抗する前に、無益な潰し合いが勃発してしまう。

 

 

 

 

 

 

「やめい!!!」

 

その雰囲気を、たった一声で払拭する声がホール内に響き渡った。その声の主は新たな人物。出入口の前で長杖を左手に持ち、スキンヘッドで体躯は大柄。今ここに集っているすべての魔導士の中で一番と思われる。そして顔つきも厳格なもので、数々の修羅場を潜ってきた実力者であることが一目見ると分かる。

 

「ワシらは連合を組み、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒すのだ。仲間内で争ってる場合か」

 

「『ジュラ』さん……!」

 

「ジュラ!?」

 

その名前は、この場にいるほとんどの者たちが知っていた。『ジュラ・ネェキス』。蛇姫の鱗(ラミアスケイル)に所属する最強の魔導士にして、何とマスター・マカロフと同じ聖十大(せいてんだい)()(どう)の称号を持つ一人でもある。人呼んで『岩鉄のジュラ』。

 

「全くお前らは……どこにいても問題を起こさずにはいられないのか?」

 

そしてジュラの背後から後続するように出てきた人物に、シエルを始め、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちが驚愕した。水色がかった銀色の長い髪のその人物は、自分たちがよく知る男。

 

「兄さん!何で、ラミアと一緒に!?」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士でシエルの兄であるペルセウスが、この場で合流を果たした。しかし気掛かりなのが、ジュラと同じタイミングでこの場に辿り着いたという事。

 

「兄さん……!?ってことは、こいつがペルセウスの弟?」

 

「え、知ってるの!?」

 

驚愕するリオンの言葉を聞き、兄と面識があるような口ぶりと感じたシエルが反応する。それに答えたのは、歩を進めながらこちらに近づいてくるジュラだ。

 

「ペルセウス殿は、ワシが達成できなかった例のクエストについて、わざわざ報告をしに来てくれたのだ」

 

「あ、そうか10年クエスト……!」

 

ペルセウスが一年かけて達成した10年クエスト。彼の前に一度、聖十(せいてん)の魔導士が受注し、自分では達成不可能と告げていた補足情報を思い出した。その魔導士と言うのが、まさかジュラの事だったとは。そしてその事実に気付いて驚いているのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけではない。

 

「10年クエストをクリアしただと……!?」

 

「話には聞いていたけど、彼が幻の魔導士・ペルセウス……」

 

「そんな魔導士の弟だったなんて、さすがは僕のライバル……!」

 

「だから勝手に決めんなって!」

 

トライメンズの面々。彼等もまた高い実力者の登場に衝撃を受けているようだ。イヴに関しては未だにシエルへの対抗心を燃やしているようだが。

 

「まさか君とここで会うとは思わなかったよ。久しぶりだね、ペルセウス君」

 

槍の矛先に襟を引っ掛けられて宙吊りになっている一夜が、彼の姿を視認してそう告げる。どうやらジュラのみでなく、一夜とも面識があるらしい。だが、彼らが聞いたのはそれ以上の事だった。

 

「いや、こう呼ぼうか。我が生涯のライバルよ……!」

 

「はあっ!?ライバル!!?誰が、誰のぉ!!?」

 

その発言に一番過剰に反応したのは弟のシエルだ。嘘だ、嘘だそんな事。自分が憧れてやまない偉大な兄のライバルが、美形とかけ離れた容姿をした変なオッサンだなんて、と失礼なことを叫びながらシエルが詰め寄る。問われたペルセウスは言いづらいのか何かを言い淀んでいる。

 

「だがちょうどいい。今回の作戦ではっきりさせようじゃないか。どちらが、エルザさんに相応しい真のイケメンであるかを……!」

 

「一夜……何度も言ってるが、俺とエルザは別にそんな関係じゃないぞ?」

 

宙づりになりながらもキラキラオーラを纏いながら決めポーズをする一夜に、おずおずと手を差し伸べて説明するペルセウス。ライバルと言っても恋愛関係での意味だそうだ。それも一夜が勝手に勘違いしている。

 

と言うか一夜と言いイヴと言い、ライバルと決めつけるの好きだな青い天馬(こいつら)……。

 

「兄弟揃って大変ね、あんたら……」

 

「他人事だと思って……」

 

ルーシィが同情するようなセリフをかけてくるが、当の本人たちからすればたまったものではない。本当にどうしてこうなった。

 

「ペガサスは4人、妖精は6人……。随分大所帯ですわね。私達は3人で十分ですわ」

 

「むぅ~!」

 

するとシェリーがルーシィに近づいてきてイヤミったらしく告げてくる。少人数でも十分に対抗できると言う自信の表れを誇示するような口ぶりだが、悪戯妖精(パック)と呼ばれている少年がそれをただ聞き逃すわけでもない。

 

「逆に言えば、六魔将軍(オラシオンセイス)に対抗できそうな魔導士が3人()()しかいないって意味にもなるんじゃないか?聖十(せいてん)の一人に戦力が集中し過ぎて、他に目ぼしい奴らがいないんじゃない?」

 

「なっ!何ですのこの生意気なお子様……!!」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべながら煽るシエルに、呆気なく嫌味を返されて、シェリーの顔が悔しさに歪む。ちなみにルーシィはその様子を見てざまあ見ろと言わんばかりに舌を出している。

 

「シエル、初対面に対してあまり失礼をするんじゃないぞ?」

 

「は~い」

 

先に煽ってきたのがシェリーとは言え、弟の小馬鹿にするような言動に、兄として一応の注意はしておくペルセウス。そしてついでにジュラに対して軽く謝罪を述べると、お互い様だとジュラの方も特に気にしていないようだ。

 

「ともかく、これで3つのギルドが揃った。残るは化け猫の宿(ケット・シェルター)の連中のみ」

 

4ギルドによる連合の内、あと一つのギルドだけが未だここに姿を見せていない。更に言えば、あまり名を聞いたことのないギルドで、どのような人物が来るかの見当もつかない。しかし、その残るギルド・化け猫の宿(ケット・シェルター)に関して、驚くべき情報が共有されることになる。

 

「“連中”と言うか……一人だけと聞いてまぁす」

 

未だにエルザの槍からぶら下がっている一夜のその情報に、ほぼ全員に衝撃が走った。バラム同盟と言う強大な闇ギルドたちの一角と対峙するための連合。その作戦にギルドから送られる戦力が、たったの一人……!?

 

「こんな危ねー作戦に、たった一人だけをよこすってのか!?」

 

「逆に言えば、対抗できると思える戦力が、一人だけ……?」

 

「ちょ、ちょっと……!どっちにせよ、どんだけヤバイ奴が来るのよぉ~!!?」

 

場は震撼し、一気に緊張感が漂う。謎の多い化け猫の宿(ケット・シェルター)。そこから派遣されるたった一人の魔導士。ルーシィの悲鳴混じりの叫びがホールに響く中、最後の一人を待つその場に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ!!」

 

可愛らしい悲鳴と共に、身体を床に叩きつける音が響き渡った。すぐさま全員の視線がその一点に集まる。床にうつ伏せで倒れこんでいるその小さい人物を見て、多くの者が先程の悲鳴と音が、転んだことによるものだと理解した。

 

「うぅ……痛ぁ……」

 

痛みをこらえながら両腕を使って立ち上がり、服に付いてしまった埃を払い落す。腰まで伸ばされた藍色の長い髪、口から漏れ出る声は高めの少女の声。小さい白い翼をあしらった飾りと、青と黄色のウェーブ柄が交互に描かれた独特なデザインのワンピースを纏い、胸元に大きな白いリボンを付けているその人物は、屈んでいた上体を起こす。その背丈は、この場にいる中で一番小柄だったシエルよりも更に下。一番小さいと言っていい。

 

「あ……あの……遅れてごめんなさい……」

 

内気な性格なのか、オドオドとしながら謝罪を始め、先程の痴態を恥じながら、自身の名を告げた。小柄な少女だ。しかし、彼女の右肩には青い三又の尻尾の猫を模したギルドマークが刻まれている。

 

化け猫の宿(ケット・シェルター)から来ました……『ウェンディ』です。よろしくお願いします!」

 

「子供!?」

「女……!?」

 

肩に刻まれた化け猫の紋章。そして彼女自身の口から告げられた化け猫の宿(ケット・シェルター)の名。最後の一人、誰もが予想だにしなかった幼い少女の魔導士。

 

「……ウェンディ……?」

 

初めて聞くはずなのに、何故か聞き覚えがあるような、既視感を感じるナツを含めて、まだ誰も知らなかった。この少女……『ウェンディ』との出会いが、今後の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の未来を左右する大きな出会いとなることを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(かっ……!?可愛いっ……!!!)」

 

自分の技の一つである落雷(サンダー)をその身に受けたような衝撃を受け、大きく目と口を開いたこの少年も、まだ知らなかった……。




おまけ風次回予告

ペルセウス「ペガサスは一夜、ラミアからはジュラさん、そして化け猫の宿(ケット・シェルター)からは謎の女の子…人の事を言えないが、随分と凄い奴らが集まったな」

エルザ「一夜に関しては私も驚いた…。まさかあいつが参加しようとは…」

ペルセウス「色んな意味相変わらずだったしな…。他の奴ら…特にナツはこんな濃い面子と本当にうまくやっていけるのかどうか…」

エルザ「何とか私たちで、仲裁役を果たさなくてはな。それが比較的年長者である私たちの役目だ」

ペルセウス「確かに。シエルよりも年下の子も参加することだしな」

次回『ニルヴァーナ』

エルザ「ところで…先程からシエルが固まっているのだが、どうかしたのか?」

ペルセウス「ん?…何だ…?こんな様子は初めて見るぞ…!?一体何があった!?」


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第46話 ニルヴァーナ

三回目!前々回と前回が程よい長さになったのに、今回はめっちゃくちゃ長くなってしまった…。

そして今回の更新でタグを二つ追加しました。何を追加したかは前回読んだ方は察しているはず。(笑)
反応も良くて嬉しかった、史上最高速度で感想が来てビックリしました。(笑)


正直言って、これは自分とは無縁の感情とばかり思ってた。

 

別に、異性に興味がないわけではない。自分だって健全な男子だ。同年代で可愛らしい女の子や、年上の魅力的な女性を見て、目で追ってしまう事だってあった。同じギルドにいる女性たちも、レベルが高いと考えたこともある。

 

しかし、互いに両片想いの感情を抱いているスナイパーの男女コンビ。同じチーム内でありながら男二人が女一人に思いを寄せて、二人とも同じようにフラれた三人一組(スリーマンセル)のチーム。最近では、元々敵対していたギルドの魔導士が、ある一人の魔導士に明らかなハートマークを飛ばしている様子を見て、面白おかしく眺めている。

 

自分にとって恋愛とは、そんな感情で終わるのだと思っていた。

 

いつだったか取材の記者に聞かれた時もそうだ。あの時は、兄がそう言った感情を向ける対象が、とある事情があっていなくなってしまった悲しい過去で流されがちだったが、自分自身がそう言った感情を持ったことがある、と言う自覚がなかったため、答えあぐねたのだ。

 

自分はそういう人間なのだろうか。まだまだ他の者たちと比べると迎える人生は長い。その中で出会いがあったとしても、自分は感じ取れないのだろうか。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

今目の前にいる少女を、この目に映すまでは……。

 

 

 

化け猫の宿(ケット・シェルター)から来ました……『ウェンディ・マーベル』です。よろしくお願いします!」

 

頬を微かに赤くし、オドオドとしながら名乗る、腰まで伸びた藍色の長い髪を持った、可憐な少女を見て、自分の身体に落雷(サンダー)が直撃したかのような衝撃が走る。そしてそれと同時に、自分の顔に一瞬で熱が集まり、胸の中にある心臓の鼓動が早まる。

 

何だこれは。今までも異性を目に映すことは多かったし、何なら予期せぬ事故で裸体を目に映してしまったこともある。だが、これほどの衝撃は今までに感じたことがない。

 

「(かっ、可愛い……!何だこの子は……!?ま、まるで……!)」

 

シエルには見えていた。目の前に佇む藍色髪の少女の背中から、一対二枚の白い翼が生え、頭には輝く光輪を浮かべ、こちらに向けて慈愛の笑みを浮かべている光景を……。

 

 

 

 

 

―――まるで、この世に舞い降りた、天使か、女神……!!

 

 

 

 

 

※この小説は『FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~』です。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

連合軍の前に現れた最後のギルドの代表の一人。その姿を見て、一同は大きく驚いていた。

 

「「女!?」」

 

「「子供!?」」

 

この場にいる最年少だったシエルよりも更に幼く見える、更に言えば気弱な性格と思われる少女。『ウェンディ』と名乗った少女は、遅れて到着してしまったことに加え、先程何もないところで躓いて転んでしまったことによる羞恥で身を縮こまらせている。

 

「ウェンディ……?」

 

そしてそんな彼女の名を、どこかで聞いたことがあるような反応を見せるナツが反芻する。思いもよらなかった衝撃を垣間見た連合軍はほとんど言葉を失っている。

 

「これで全てのギルドが揃った」

 

「話進めるのかよっ!!」

 

誰も何も発せない空気の中堂々と告げるジュラ。さすがは聖十(せいてん)。大物足り得る胆力である。

 

「それにしても……」

 

「この大掛かりな作戦に、こんなお子様一人をよこすなんて……化け猫の宿(ケット・シェルター)はどういうおつもりですの?」

 

リオン、そしてシェリーが緊張して所在分からずにアワアワとしているウェンディに視線を向けながらそんな疑問を投げる。言っては何だが、好戦的と言う訳でもないのに、強大な闇ギルドの討伐作戦に一人だけ加わると言うのはあまり適切な判断とは思えない。

 

「あら、一人じゃないわよ。ケバいお姉さん」

 

そんなシェリーの疑問に答えるようにして現れたのはまた別の人物。

 

いや、人物と言うには正しくない。何故なら少女の後ろから出てくるようにして現れたその存在は、人間ではなかったからだ。

 

言ってしまえばネコだ。それもハッピーと同様二足歩行で、人語を話す白い毛皮で綺麗な目をしているネコ。ただしハッピーとは違って衣服を着ており、腕(前脚?)を組みながらすまし顔を浮かべている。

 

「ネコ!?」

「だな……」

「ハッピーと同じだ……!」

 

ハッピー以外に二足歩行で人の言葉を話すネコを見たことが無かった一同が、突如現れた白いネコに再び驚きを露わにしている。一番ハッピーと付き合いが長いナツでさえ驚いている。

 

「酷いですわ、ケバいだなんて……」

「そっち!?」

 

ちなみにシェリーは別のところで傷ついていた。

 

「『シャルル』!着いてきたの!?」

 

「当然よ。アナタ一人じゃ不安でしょうがないもの」

 

『シャルル』と呼ばれたその白いネコは、共に来た少女とは違ってやや強気なのか彼女に向かってそう告げ、視線を逸らす。

 

『ネコ!?』

「今頃!?」

 

そして今頃その存在に気付いたのかトライメンズの3人もそれぞれ何故かポーズを決めながら驚愕する。同じようなネコならハッピーもいたのだが、眼中になかったのか……。

 

「(キュピィーーーーーン……!!!)」

 

そしてそんなハッピーは、本日二人目であろう落雷(サンダー)に直撃したかのような衝撃を受けていた。更には両目にハートマークが浮かんでいる。同じネコ型の生物としてどうやら一目惚れしたようだ。

 

「エルザ、気づいたか?」

 

「その口ぶり……お前もだな?」

 

「ああ……あの子、ただの気弱な子じゃなさそうだ」

 

一方で、一夜を踏みつけにしていたエルザにペルセウスが耳打ちをしてきた。一部を除いた者たちは、幼い少女が作戦に参加することに疑問を抱いたり困惑している様子が目立つが、S級魔導士として名を馳せるこの二人は、別の印象を抱いていた。

 

二人とも感じている。目の前にいる少女が只者ではないことを。確かに魔力の量はさほど大きくはない。しかし、着目するべきはその魔力の質。一般の魔導士とは確実に異質な何かを秘めている。

 

化け猫の宿(ケット・シェルター)にどんな意図があるかは分からねぇが、もしかしたら彼女の存在がこの作戦の命運を分けるかもしれねぇ……」

 

実力者だからこそ共感が持てる視点。ペルセウスが呟いた推論に、エルザも首肯で答えた。見た目は確かに幼い。背丈もシエルより低いから、恐らくは彼よりも年下。この作戦に参加する魔導士で最年少だろう。弟も特殊な魔法を使うため、断定するには早計だ。

 

「……ん?」

 

そう思考していたペルセウスがふと隣にいる弟に目を向けると、妙なことになっていた。口を半開きにして頬を赤く染めており、その目は件の少女・ウェンディの方を捉えて離さない。ひょっとするとシャルルの存在に気付いてすらいない。普段の彼からすれば珍しい状態だ。

 

「シエル、どうした?……おいシエル、聞こえるか?」

 

「へッ!?」

 

兄の呼びかけにどこか上の空に近い状態だったシエルが、裏返った声で反応を返した。「な、何?何だったっけ?」と裏返った声が戻らないまま兄に尋ねてくる。やっぱりどこかいつもと違う。

 

「いや、ずっとあの子を見てボーっとしてたようだが……」

 

「っ!せっ!?そ、そうかなっ!!?そう見えた!?」

 

素直に先程までの状態を指摘されると、赤くなった顔に更に熱がこもって両腕を振り回しながら慌てふためく。本当にどうしたんだ弟よ。そして兄に背を向けて胸に手を当てながら何度か深呼吸を繰り返す。

 

すると、シエルの目にハッピーがキラキラした表情で何かを見つめて、その直後に何かショックを受けるような反応を見せた。ハッピーの視線の先に目を移すと、先程自分が見つめていたウェンディの近くに、ハッピーと同じ種族と思われるシャルルがいることに気付いた。顔立ちや佇まいを見るに、メスなのはよく分かる。

 

「ハッピー、お前もしかしてあの白い子が気になるの?」

 

「へ!?そ、そのぉ……」

 

ハッピーに近づいてしゃがみながら聞いてきたシエルの質問に、目に見えるように動揺を露わにし出すハッピー。だが、それも数瞬。顔を赤くして照れた様子で今自分が感じていることを、正直に吐露し始める。

 

「オ、オイラ……あんなにも可愛い子を見たの初めてだから……!心臓がドキドキしちゃってるよ……!」

 

「可愛い子……」

 

そのフレーズだけを抜粋して改めてシエルは化け猫の宿(ケット・シェルター)から来た二人……正確にはウェンディの方へと目を向ける。その姿を視界に入れるだけで再び鼓動が早まるのを感じる。激しく共感を覚えた。

 

「その気持ち分かるな……。俺も初めて見たよ、こんなに心臓がドキドキしちゃうぐらい可愛い子……」

 

「えッ!!?ま、まさかシエルもあの子を!?オイラのライバルなわけぇ!?」

 

「違ーよ!まず種族が違うだろーが!!隣の青髪の子の事だよ!!」

 

「なーんだそっか……隣の子の方か……え?」

「あっ」

 

とてつもない勘違いを口走ったハッピーに思わず自分も声を荒げてとんでもないことを口走った気がする。だがもう遅い。ハッピーの耳にはバッチリ聞こえていた。ついでに言えば確実にもう一名にまでその声が届いていた。

 

「何々~?あんたたちもしかして、二人揃ってそれぞれ一目惚れしたの~?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべてそれを隠そうともせず、シエルとハッピーの元にルーシィが近づいてきた。普段はルーシィをおちょくったりしている二人が、今度は逆に彼女に揶揄われる立場になっている。

 

だが二人にそれを反論する余裕はない。未だかつて感じた事のない感情と衝動。これが本当に一目惚れなのか、まるで自分が自分じゃなくなったみたいだと、顔や胸に手を当てて逡巡としている二人に、ルーシィはさらに追い打ちをかけてきた。

 

「どぅぇえきとぅえるるるぅう~~!」

 

「オイラのパクリだーー!!」

「しかも本家(ハッピー)より三倍は巻き舌ーー!!」

 

ここぞとばかりに持ちネタを使って揶揄われる。しかも何で本家よりも巻き舌に拍車掛けてきてんだ。倍返しか?

 

「あ……あの……私……戦闘は全然出来ませんけど……皆さんの役に立つサポートの魔法は、いっぱい使えます……。だから……だから仲間外れにしないでください~……!」

 

「そんな弱気だからなめられるの!アンタは!」

 

「ご、ごめん……」

 

「だからすぐ謝らないの!」

 

「ごめん!」

 

「ハァ……」

 

あまり歓迎されてないのかと解釈したウェンディが少し涙混じりに主張する。それを見て呆然としている一同に対し、同じギルドであるシャルルから注意されている。引っ込み思案で弱気なウェンディと、堂々として強気なシャルル。正反対だが寧ろそれがいいコンビに見えてくる。

 

余談だが、そんな彼女の様子を見ていたシエルが再び顔を赤くして見惚れていたのは誰も知らない。

 

「すまんな……少々驚いたが、そんなつもりは毛頭ない。よろしく頼む、ウェンディ」

 

彼女の心中を察したエルザが、ウェンディを安心させるために最初に声をかけた。落ち着いた笑みを浮かべながら彼女を歓迎するように告げるエルザの姿を見て、自信なさげに蹲っていたウェンディはその状態のまま、表情を喜色に染めてエルザを見上げる。

 

「うわわ……!エルザさんだ……!本物だよ、シャルル……!」

 

「思ってたよりいい女ね」

 

さすがと言うべきか、妖精女王(ティターニア)として名の知られるエルザは、同じ女性として少女にとっての憧れと言える存在。今まで雑誌でしか見た事のなかった本物を目にし、感動しているようだ。

 

「ねえねえ……オイラのこと知ってる?ネコマンダーのハッピー!」

 

早速シャルルに話しかけるハッピーだが、当の彼女は興味がないのかぷいっとハッピーからそっぽを向く。だがそれだけの事では彼はめげない。

 

「照れてる……!可愛い~!」

 

「相手にされてないようにも見えるけど?」

 

「積極的だな……」

 

ほぼ同時にそれぞれ一目惚れを経験したはずなのに早速アピールをしていくハッピーにシエルは感心した。普段ならこの程度に凄みを感じることはないのだが、熱くなる顔と早まる心臓の音を抑え込んで異性に話しかけるには相当勇気がいる筈だ。今なら分かる。

 

「それならあんたも、あの子に話しかければいいんじゃない?」

 

「っ!?無理無理無理無理!会ったばっかでそんな馴れ馴れしくしたら一発で不審がられる!嫌われる!」

 

「大袈裟じゃない?いつものあんたはどこいったの……」

 

動揺するあまりに軽くキャラが変わって尻すぼみするシエル。その変貌にルーシィは最早何とも言えない表情を浮かべていた。頭と心の整理が全然追いつかない。自分でもらしくないことは分かるのに、どうしたらいいのか分からない。

 

「オレンジジュースでいいかな?」

「お前、正直可愛すぎるだろ……」

「おしぼりをどうぞ」

 

「あ、あの……」

 

「何なの、このオスども!」

 

シエルが頭を抱えている間に、その感情の矛先であるウェンディはトライメンズの3人にエスコートされ、戸惑うままにソファーへと案内されていた。それに気付いた時に先程まで存在しなかった(あくまで比較的だが)嫉妬と怒りを覚えたのは言うまでもない。

 

「あ、あいつら……呼吸するように連れ去っていきやがった……!翼引き千切ってただの馬にしてやりたい……!」

 

「落ち着けぇ!!」

 

怒りのあまり物騒なことまで口走ったが、そこはルーシィにツッコミと共に止められた。ダメだこいつ、早く何とかしないと……。

 

「あの娘……何と言う香り(パルファム)だ……。只者ではないな……」

 

「気付いたか一夜殿。あれはワシ等とは何か違う魔力だ……。エルザ殿とペルセウス殿も気付いているようだが」

 

「さすが……」

 

その一方で、妖精のS級二人以外に、ウェンディの秘めたる何かを感じとった者たちがいた。ジュラは言うまでもないが、一夜も見かけと性格によらず、青い天馬(ブルーペガサス)において上位に君する優秀な魔導士だ。肉体的な強さは然程ではないが、独自に開発したとある魔法においては、他の追随を許さぬほど。そんな強者と呼べるべき者たちは、真っ先に彼女の異質さに気付いていた。

 

「う~ん……ウェンディ……どこかで聞いたことがあるような……ないような……?」

 

「あん?お前、あの子の事知ってんのかよ?」

 

腕を組んでずっと何かを思い出そうと唸っているナツ。それを見ていたグレイが、彼女の事を知っているのかと尋ねてくる。しかし、いくら頭をひねっても、記憶を掘り起こそうとしても浮かんでこない。聞いたことはある気がするのだが……。

 

「思い出してくれねーか?」

「知るか!!」

 

考えても思い出せないのでグレイに変わりを頼むナツ。だが敢えて言おう。グレイのみならず他の誰に聞いたところで思い出せるわけがないと。結局いくら唸っても思い出せない。ナツはウェンディの……正確には彼女を取り囲んでいるトライメンズを怨嗟のこもった視線で睨むシエルの方に目がつく。

 

「なあシエル、お前なんか思い出してくんね?」

 

「だから他の奴が知る訳ねーだろ!」

 

懲りずに他の者たちに聞こうとしたナツの問いかけにシエルはようやく意識を外してナツの方を見る。先程までのナツたちの会話が聞こえていなかったので、勿論シエルには何のことか分からない。

 

「いや~ウェンディの事、なんか思い出せることねーか?」

 

「ウェッ!?お、もっ!?思い出す!?」

 

その話題がウェンディに関することと知ったシエルが再び動揺を露わにする。ナツだけでなくグレイも怪訝な顔を浮かべてシエルを見るが、彼は今現在混乱状態だ。「あんな可愛い子を一目見たら絶対忘れるわけない……じゃなくて思い出すってなんの事……!?」とぶつぶつと早口で呟きながらしばらく続き……。

 

「あ!き、昨日の晩飯はビショックイノシシで作った豚丼でした!!」

 

「何ー!?そんな美味そうなのを食ったのか!?ずりーぞシエル!!」

 

「だぁーっ!!ツッコむのもメンドクセー!!!」

 

妖精男子三人衆のコントが繰り広げられる謎の現象が発生した。何故思い出すと言う言葉から連想されたのが昨日の晩飯だったんだ。確かにメジャーな話題なのだが……。

 

それで気付いたのか否かは定かではないが、トライメンズに囲まれてたじたじになっていたウェンディが、ナツとすぐ近くにいるシエルへと目線を向ける。視線に気づいたナツが彼女の方へと向き、つられるようにしてシエルもそちらの方を見る。

 

 

 

 

 

 

 

そして、ウェンディは何かを思ったのかニコっとナツたちの方へと可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「~~~~~!!!?」

 

直後、心臓を銃弾のような何かで撃ち抜かれ、声にならない悲鳴を上げて頬どころか顔全体が耳も含めて赤く変色させるシエル。ナツは特に何ともないので、シエルの突然の奇行に疑問符を頭の上に作ることしかできない。そしてマッハにも及ぶ速度で、シエルは少しばかり遠くにいたペルセウスの元へと向かい、彼女から死角になるような位置にその身を潜めた。兄のみならず、近くにいた者たち全員が何事かと驚愕する。

 

「なななな何だこれあんなの反則だ胸がうるさい顔が熱い頭が沸騰しそうだ死ぬのかな俺死んじゃうのかなどうにかなっちゃいそうでもそれが嫌じゃない自分がいるこんなの知らない怖い自分じゃなくなりそう訳分かんない分かんないあぁあぁあぁあ~~~……」

 

許容量(キャパシティ)オーバーヒート。可憐と言う言葉が似合う美少女の満面の笑みをその目に刻んでしまったシエルは、最早短時間での復帰は不可能になった。初めて感じた確かな恋慕は、漠然と第三者からの視点でしか見た事のなかったシエルには刺激が強すぎた。

 

顔全体を赤くして目を回し、自分の近くに避難してきた弟に困惑しながらも、ペルセウスは先程までシエルが視線を向けていたウェンディの方へと一度自分も向けてみる。

 

「な、何か変なことしちゃったかな……」

 

「やたらと男に微笑むからよ。あのガキに気があるって思われたらどうすんの?」

 

「そ、そんなつもりじゃ……!」

 

シエルが自分を避けたことで少し落ち込んだ様子を見せ、隣にいるシャルルに指摘されて自分の行いに気付いたのか慌てて弁明をしている。そして再び弟の方へと視線を戻すと、未だに息継ぎなしで今の自分の状態をうわ言のように繰り返している。そんな二人の様子を交互に視線を移しながら、ペルセウスは確信した。

 

「……ほぉ~……なるほど、そういう事か……」

 

先程まで疑問符が浮かぶばかりだった表情を、確かな確信を抱いたものへと変えながら呟いた。それを聞いていたエルザが「何の事だ?」と尋ねてくると、しみじみといいたげな表情で彼は答えた。

 

「いや、ついに春が来たんだなと思ってな……」

 

「春?今は秋だぞ?」

 

「エルザ……そーゆー意味じゃなくてね……?」

 

どこか噛み合ってないその会話に、ルーシィはすかさず遠慮がちにツッコんだ。

 

「さて……全員揃ったようなので、私の方から作戦の説明をしよう」

 

未だにウェンディに絡みにいっていたトライメンズを鶴の一声で撤収させ、ようやく本題の説明へと移行する一夜。何故かその際に再び決めポーズをとっていたのだが、もう敢えて指摘はしまい。

 

「まずは……六魔将軍(オラシオンセイス)が集結している場所だが……

 

 

 

 

 

―――とその前のトイレの香り(パルファム)を……」

 

「オイ!そこには香り(パルファム)ってつけんな!」

 

『さすが先生!!』

 

結局また本題は先送りとなった。そしてここでもトライメンズの一夜の呼び方が変化している。先程撤収する時も『かしこまりました、お師匠様!』だった。ここまで一貫性がないと寧ろ天晴である。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ここから北に行くと、ワース樹海が広がっている」

 

トイレから戻り、ようやく本題に移った一夜が説明を始めた。ちなみに一夜のトイレが運よくクールタイムとなったのか、シエルの様子も今は落ち着いている。

 

そして一夜の話によると、そのワース樹海には古代人が封印したとされる、ある強大な魔法があると言う。その魔法の名は『ニルヴァーナ』。

 

「「『ニルヴァーナ』?」」

 

声を揃えて反芻したナツとルーシィを始め、聖十(せいてん)のジュラ、魔法に関して多く知識を持つファルシー兄弟でさえ、その名を聞いたのは今が初めてだ。誰もがその魔法の事を知らないらしい。

 

「ニルヴァーナって知ってる?てか魚いる?」

 

「結構」

 

どさくさに紛れてリボンを付けた魚をシャルルにプレゼントしようとするハッピー。本当に積極的だ。邪険にされていることに目を瞑れば……。

 

閑話休題。

 

そんなニルヴァーナとは、古代人が封印するほどの強力な破壊魔法……と言うこと以外は、どのような魔法であるかも含めてよく分かっていないらしい。そして六魔将軍(オラシオンセイス)は、そのニルヴァーナを手に入れるために、最近このワース樹海の近くにいるらしいという情報を掴んだとのこと。

 

「我々はそれを阻止するために……」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)を討つ!!』

 

一夜に続くようにトライメンズも加わって、それぞれポーズを取りながらそう告げる。もうツッコむのも面倒だ。何も言わない方がいい。

 

「こっちは14人。敵は6人」

 

「だけど侮っちゃいけない……」

 

「この6人が、またとてつもなく強いんだ」

 

レン、イヴ、そしてヒビキへと繋ぐ様に説明が告げられ、そしてヒビキによって、何もない空中に丸型のモニターとキーボードのような二つの魔法陣を出現させる。

 

「『古文書(アーカイブ)』!」

 

「話には聞いたが初めて見たな、珍しい魔法だ」

 

一目見ただけでどの様な魔法なのかを確定するジュラとペルセウス。さすがだ。情報を検索、処理、そして圧縮して伝達することに特化した新しい方に区分される魔法。それが『古文書(アーカイブ)』だ。

 

「これは、最近になってようやく手に入れた、奴らの映像だ」

 

そして彼が表示したのは、六魔将軍(オラシオンセイス)と思しき、6人の男女の魔導士の姿だ。

 

まず一人目は、身の丈ほどもある体躯の、紫色の大蛇を伴い獰猛な笑みを浮かべる、逆立った赤茶色の髪を持った褐色肌の男。毒蛇を使う魔導士『コブラ』。

 

「悪そーなツラしてんなー、このつり目野郎」

「「お前も似たようなもんじゃねーか」」

 

自分を棚上げして感想を述べるナツに氷の魔導士二人がすかさずツッコむ。

 

「毒蛇……気に入らねぇなコイツ……」

「同感」

 

そしてファルシー兄弟からの評価もかなり悪いようだ。特にペルセウスからすれば蛇と言うだけで気分を害する。

 

二人目はライダースーツに身を包み、トサカのような尖った金のモヒカンと、鳥の嘴の様に鋭く伸びた鼻、目元にはバイザーゴーグルをかけている男。その名からしてスピード系の魔法を使うと思われる『レーサー』。

 

「ほぉ……何だっていーが、気に食わねぇツラだな」

 

「同感だな」

 

ここでも氷の魔導士二人が反応を示した。何かしらの本能が嫌悪感を抱いたらしい。

 

三人目は教会の修道服を身に纏い、ボリュームのあるオレンジのパンチパーマで、彫刻の様に角ばった顔をしている大柄の男。大金を積めば一人でも軍の一部隊を壊滅できる程の魔導士『天眼のホットアイ』。

 

「お金の為……?」

 

「下劣な……」

 

「(随分と顔が角ばってるな……ん?何かどこかで似たようなことが……)」

 

金の為に動くと言う情報に、シェリーとジュラが反応する。俗物と言う認識なのだろう。一方でシエルは心に留めるだけにしたが、ホットアイの彫刻のような顔立ちを、何故か初めて見た気がしない。

 

四人目は紅一点。白い羽を模した露出の高いワンピースを纏った、銀髪のおかっぱの女性。頭頂部の髪が不自然に円を描くほどに立っており、濃い青のカチューシャを着けている。心を覗けると言う女『エンジェル』。

 

「何か本能的に苦手かも……こーゆータイプ……」

 

映像を見ただけでルーシィは少し鳥肌が立った。出来れば関わりたくないと一目見ただけで感じる程に。

 

五人目は短い黒髪の男。浮遊している絨毯の上で胡坐をかき腕を組んで、寝ているのか、俯かせているその顔を見ることが出来ない。情報は少ないが『ミッドナイト』と呼ばれているらしい。

 

ミッドナイト(真夜中)……?妙な名前だな……」

 

これに反応したのはエルザだ。眠っているし名前も如何にもだと言う感想だ。だがそれは前者数人にも言えることのような気がする。特に最初の二人。

 

そして最後の六人目。白く長い髪を垂らし、コブラよりもさらに濃い褐色の肌、右手に魔水晶(ラクリマ)を口に入れた髑髏がついた杖を持った壮年と思しき男。顔には妙な黒い線がいくつも描かれている。六魔将軍(オラシオンセイス)の司令塔『ブレイン』。

 

「司令塔……実質は奴らのマスターってとこか……」

 

ブレインの説明を聞いてペルセウスがそう推測を立てる。6人しかいないギルドにおいて、司令塔がトップと考えても不思議ではないだろう。

 

「それぞれが、たった一人でギルドの一つくらいは潰せるほどの魔力を持つ。我々は数的有利を利用するんだ」

 

「あ……あの……あたしは頭数に入れないで欲しいんだけど……」

 

「私も戦うのは苦手です……!」

 

「ウェンディ!弱音吐かないの!!」

 

説明を終えたヒビキが告げた内容に、全くもって自信がない様子のルーシィとウェンディ。頭数では二倍以上の差を付けているのだが、その頭数に入れる気がしない。だが、その心配をする二人を安心させることも含めて、一夜が作戦の続きを説明し始める。

 

「安心したまえ。我々の作戦は戦闘だけにあらず。奴らの拠点を見つけてくれればいい」

 

「拠点?」

 

今はまだ六魔将軍(オラシオンセイス)の捕捉が出来ていないが、樹海には奴等の仮説拠点があると推測される。その拠点の場所を把握し、6人全員をその拠点へと集めることが今回の作戦の内の一つだ。

 

「集めるってどうやって?」

「殴ってに決まってんだろ!」

「結局戦うんじゃない……」

 

どこまでも思考がバーサーカーのナツ。集めると言う目的ならば手段は他にも色々ありそうだが……まあ、それがナツです。そして、奴らを拠点まで集めてどうするのかと言うと……一夜は天高く人差し指を掲げて、堂々とこう告げた。

 

「我がギルドが大陸に誇る天馬……その名も『クリスティーナ』で拠点諸共葬り去る!!」

 

その名前には一部の者に聞き覚えがあった。青い天馬(ブルーペガサス)が所有している天馬を模したデザインの巨大な魔導爆撃艇。これの超強力な攻撃によって、六魔将軍(オラシオンセイス)を即撃破する。これが最終的な目標となるだろう。

 

「てか……人間相手にそこまでやる……!?」

 

「そういう相手なのだ!」

 

わざわざ6人の魔導士を相手に、巨大な兵器と言えるクリスティーナまで使用するとは、ルーシィにとってはスケールが大きすぎる。だが奴等は人間として扱うには強大であり脅威。人の形をした兵器と呼んでも差し支えない。ならば目には目を、兵器には兵器だ。

 

「よいか!戦闘になっても、決して一人で戦ってはいかん。敵一人に対し、必ず二人以上でやるんだ」

 

ジュラからの忠言に一部を除く全員が首肯で応える。その一部とは、物凄く物騒な現状に涙混じりに震えるルーシィとウェンディ。そして更にもう一人……。

 

「おっし!燃えてきたぞ!!」

 

拳に炎を纏って掌にぶつけ、やる気を炎と共に漲らせるナツ。そして彼はそのまま別荘の出入口の扉を突進で突き破り、真っすぐ北の方向へと走っていった。

 

「6人まとめてオレが相手してやるァーーー!!!」

 

いつものように一人で真っ先に突っ走っていった。つーか……アイツ作戦全然分かってねぇ!!

 

「それがナツです」

 

「おいおい……」

「ひどいや……」

「扉、開けてけよ……」

 

この猪突猛進ぶりにはトライメンズも呆れ果てている。しかも別荘の扉は二枚揃って外側に吹っ飛んでいる。早速物壊しやがった……。

 

「仕方ない、行くぞ!」

 

「ったく、あのバカ!」

 

「うえ~ん……!」

 

先走って行ったナツを追いかけ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々がファルシー兄弟とハッピーを除いて追随していく。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)には負けられんな。行くぞ、シェリー!」

 

「はい!」

 

「リオン!シェリー!」

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)もジュラを置いてリオン達が先に追いかけていく。制止するようにジュラが名を呼ぶが止まる様子はない。

 

「オレたちも行くぞ!」

「うん!!」

「エンジェルかぁ♡」

 

青い天馬(ブルーペガサス)のトライメンズも更に続いていく。だが約一名、何だか集中しているように見えない……。

 

「あわわわ……!」

「ほら!しっかり!」

 

そして残された化け猫の宿(ケット・シェルター)。未だ恐怖心が宿って足がすくむウェンディを、シャルルが叱咤激励している。そこにすかさず同じく残っていたハッピーが声をかける。

 

「大丈夫!オイラがついてるよ!!」

 

シャルルにいいとこを見せようと奮起した様子で自信満々に告げるハッピー。カッコいいところを見せられるチャンス、逃すわけにはいかない!

 

「ウェンディ、行くわよっ!!」

 

だが悲しいかな、シャルルはハッピーには目もくれずウェンディの手を掴んで引っ張り、一行を追いかけていく。背丈に大きな差があるため、ウェンディの態勢が前のめりすぎて逆に走りづらそうなのは敢えて指摘しまい……。

 

「待ってよ~!置いてかないでよ~!!」

 

無視された上に置いてけぼりにされた事実から一瞬フリーズしていたが、すぐに我に返ってハッピーは彼女たちを追いかけた。あっという間に過半数が樹海へと走り去ってしまい、残っているのは兄弟二人と一夜にジュラ。このままでは出遅れてしまう。

 

「お、俺達も追いかけないと!」

 

「待てシエル」

 

どこか上ずった声ですぐさま追いかけようとしたシエルを、兄であるペルセウスが制止した。それに疑問を感じながらも振り向いた彼に向けて、兄は「よく聞けよ」と念を押してから話し始めた。

 

「今お前は、これまで生きてきた中で感じた事のないものに気付いたと思う。だが、今ここに俺達が集められた理由は、忘れていないよな?」

 

「え?そりゃ勿論、六魔将軍(オラシオンセイス)……だよね?」

 

質問に対する弟の答えに首肯してさらに彼は続ける。強大な闇ギルドの一角である六魔将軍(オラシオンセイス)。今まで彼らが相手した中でも、桁違いの強さと恐ろしさを持っている。勿論シエルもそれは承知済みだろう。

 

「けど、ついさっきまでの混乱と動揺で染まり切っていた状態で、満足にそいつらに対抗できると思うか?」

 

その言葉を聞いてシエルはハッとした。つい先程までたった一人の女の子を目にするだけでいつもの自分とは違う衝動に混乱し、頭の整理が追い付かなかった。あくまでもしもの話だが、もしその時と同じような、言ってしまえば気が緩んでしまった状態で六魔の誰かに遭遇したら?本調子で戦っても勝てるのか怪しいのに、結果は考えるまでもない。

 

「別に、その感情が悪とは言わない。むしろ人間にとっては重要なものだろう。兄貴としても、お前がそれを感じたことは嬉しく思う。だが今は、目の前の脅威に集中するんだ。気を緩めてその脅威に押し負けてしまっては、その感情を教えてくれたあの子にも危害が及ぶ」

 

シエルはそれに思わず、視線を下に移して手を胸に置いた。想像するだけで心臓が引き裂かれそうなほどに辛い。ヒビキによって見せられた映像の魔導士たちが、藍色髪の少女へ向けて無慈悲な攻撃を行う光景を、想像しただけで……。

 

それを現実にしないように、兄は忠告をしてくれたのだ。初めて抱いた感情を捨てることなく、だが今は、目前に迫っている悪を打ち倒す。

 

「ありがとう、兄さん。ようやく頭が冷えたよ」

 

シエルが浮かべた表情に、最早動揺も混乱もなかった。彼が今できることを、ここに呼ばれた目的を為すために動き出す。その顔を見て安堵の笑みを見せたペルセウスを背にし、シエルは今やるべきことを頭の中で整理する。まずは一人で突っ走ったあのバカ(ナツ)に追いつく。

 

乗雲(クラウィド)!!」

 

その魔法の名を叫び、彼の足元に数人分乗れるスペースがある白い雲が現れ、立っている少年をそのまま宙へと浮かび上がらせる。噂にしか聞かなかった天候魔法(ウェザーズ)を始めて見たジュラと一夜が関心の声を上げる。

 

「俺、先に行くよ。いいかな、兄さん?」

 

「ああ、すぐに追いつくから、気にするな」

 

兄弟の簡素なやり取り。それを済ませた後、シエルは雲を驚異的なスピードで飛ばし、北へと真っすぐ向かい始めた。その背中を見つめながら、ペルセウスは優し気な笑みと眼差しを向けている。

 

「そなたらは、互いに良い兄弟を持ったな」

 

「ああ、自慢の弟だよ」

 

微笑まし気に告げるジュラの言葉に肯定しながら彼は答えた。それはさておき、事ここにおいてはもう動くしかない。作戦開始だ。直ぐに追いつくと言った手前、早くに動かなければ長く待たせてしまう。

 

「さて、我々も行くとしよう」

 

「その前にジュラさん」

 

だが一刻も早く動くべきこの状況で、一夜はなぜか待ったをかけた。聞けば、聖十大(せいてんだい)()(どう)の一人であるジュラが、どれほどの実力者であるのか確認を取りたいようだ。

 

「その実力はペルセウス君のギルドのマスター・マカロフにも匹敵するので?」

 

「滅相もない。聖十(せいてん)の称号は評議会が決めるもの。ワシなどは末席。マスター・マカロフと比べられたら天と地ほどの差があるよ」

 

ジュラのその言葉は、この場にいるペルセウスに気を遣ってのものではない。彼自身の本心からの言葉である。大陸で最も優れた10人の魔導士に送られる聖十(せいてん)の称号。実際にジュラはその内の末席……つまり聖十(せいてん)で一番下に位置している。最も、つい最近その内の一席に座っていた一人が、除籍となり、場合によっては繰り上げの可能性も無きにしも非ずだが。

 

「だがそれでも、俺らからすればこの上ない頼もしい存在だよ、ジュラさんは」

 

「世辞はよしてくれペルセウス殿。現にワシは、全うできなかったクエストを貴殿に押し付けることしかできなかった未熟者だ」

 

確かに聖十(せいてん)では一番下かもしれないが、それでも大陸で見れば10番目。数多いる魔導士の中で10位と言うのは誇ってもいい数字だ。それでも謙虚な姿勢を崩さず、ペルセウスに押し付けてしまった(と思っている)10年クエストの事を引き合いに出してくる。だが、こればかりは仕方がないとペルセウスは考えていた。

 

「それはあんたが未熟だったからじゃなくて、そのクエストが……」

 

「うっ!?」

 

しかし、会話の途中でジュラは突如鼻を押さえてその場に蹲る。何もしていないはずなのに苦悶の表情を浮かべて何かに耐えている様子だ。目の前で謎の不調を起こし始めたジュラ。ペルセウスもその光景に驚愕を見せている。

 

「な……何だ……この臭いは……!!」

 

「臭い……?まさか!?」

 

その不調の原因が臭いだと聞いたペルセウスは気付いた。だが、それは信じられない事でもある。何故なら臭いに関する攻撃手段を持っている者は……。

 

 

 

 

 

 

 

味方である一夜ただ一人なのだから。

 

「その話を聞いて安心しました。マカロフと同じ強さだったらどうしようかと思ってまして……」

 

「一夜!一体これはどういうことだ!?」

 

困惑と怒りを混じらせた声で一夜に詰め寄ろうとするペルセウス。それを見た一夜は怪訝な表情を見せてペルセウスの方へと目を向けた。

 

「これは相手の戦意を喪失させる魔法の香り(パルファム)……なのに何故君には効いていない?今までこんな相手がいた情報もないはず……」

 

その言葉を聞いて、ペルセウスは妙な違和感を感じていた。彼の言い放ったセリフの中に感じられる妙な違和感、そして味方であるはずのジュラへの攻撃……。警戒を強め、ペルセウスは換装で三又の槍・トライデントを装備し、一夜に向けた。

 

「……一夜……本当にお前か……?」

 

その問いは一体何を意味しているのか。一夜はそれに答えもせず、一つ笑みを浮かべて腰に着けているホルダーから一つの瓶のコルクを外す。

 

「ピーリピーリ……」

 

謎の言葉を発しながら笑みを深くする一夜。いや、あれは本当に一夜なのか?その疑問を頭に巡らせていると、後方にいたジュラから更に悲鳴が上がる。その悲鳴に思わずペルセウスは振り向くと、体中に激痛が走って身を捩らせて苦しむジュラの姿が映る。今周りに漂っているこの香りが原因か……?

 

「更にこれは、あらゆる痛覚を刺激して、全身に激痛を走らせる香り……じゃなくて香り(パルファム)……だってさ!」

 

痛みに耐えられず倒れ伏すジュラ。そしてどこか子供らしい口調となって、その姿を煙に包ませる一夜……いや、一夜ではない。既にその姿を別のものへと変化させていた。

 

「ふう……」

「戻ったー」

 

その姿はまるで全身が水色の丸を基調とした二体の人形。簡素的な目と口のみが顔に描かれて、二体揃って両手と両足を交互に降りながら浮遊している生命体。

 

「あれは……!まさか一夜の姿をコピーしたのか!?」

 

「正解。さすがは堕天使、勘がいいゾ」

 

ペルセウスの言葉に答えるように姿を現したその人物を見て、彼は驚愕の表情を浮かべた。先程ヒビキの古文書(アーカイブ)に映されていた映像にあった、6人の魔導士の内の一人、白い羽を模した露出の高い服を着ている女……。

 

「エンジェル……!?」

 

「あのキタナイ男をコピーさせてもらったおかげで、アナタたちの作戦は全部分かったゾ」

 

「僕たちコピーした人たちの~」

「考えまで分かるんだ~」

 

策戦を説明する前にトイレに行って退室した一夜。恐らくその間にすり替わったのだろう。つまり作戦を説明したのもコピーされた一夜。こっちの思惑は筒抜けだったという事だ。その事実に気付き、ペルセウスは悔しさを滲ませている。

 

「それにしても、ジュラは倒せたのにどうしてアナタは何ともないのかしら?それも神に愛された賜物ってやつ?」

 

「……テメェに教えてやる義理はねぇ……!」

 

不可解と言わんばかりに首を傾げるエンジェルに対し、早くも味方を倒されたペルセウスは怒り心頭だ。それもこちらの懐にあっさりと侵入してきた上で。今にも目の前にいる女をこの槍で突き刺したい衝動を抑えている。

 

天使(エンジェル)と堕天使……相反する対面……いい絵になるゾ」

 

「その名前で俺を呼ぶな……!」

 

予期せぬ場所、予期せぬタイミングで光と闇がぶつかり合おうとする。しかし、余裕の笑みを浮かべていたエンジェルは手に金色に光るものを取り出して、残念そうに口を開いた。

 

「個人的にはこのまま倒してもいいけど、時間がないから失礼するゾ♡」

 

「逃がすと思うか!!」

 

トライデントを前に突き出して水の激流を巻き起こす。しかし、手が金色に光ったと思いきやエンジェルを優に超える高さまで、桃色の綿のようなものが立ちはだかる。一見するとすぐに洗い流されそうなそれは一瞬拮抗し、流すまでに少し時間を取った。

 

そして綿が流された時には、既に女も、人形のような小人二体もいずこかへと消えていた。

 

「まずい……後手に回った……!シエル、無事でいてくれよ……!!」

 

一夜、ジュラ。いきなり実力者を二人も下されてしまった連合軍。この激闘で最後に笑うのは、光か?闇か?




おまけ風次回予告

ハッピー「ねえねえシエル。オイラのお魚、シャルルに渡してきてくれないかな~?」

シエル「俺が渡してどうすんだよっ!?こーゆーのは自分でやらなきゃ意味ないじゃん!」

ハッピー「分かってないな~。シャルルの近くにはウェンディがいるんだよ?つまりシャルルに近づくことが出来れば、ウェンディにも近づけるんだよ!」

シエル「そ、そうか…!将を射んとする者はまず馬を射よ、ってことか…!」

ハッピー「よく分からないけど…多分そんな感じだよ!」

次回『六魔将軍(オラシオンセイス)現る!』

シエル「そういう事なら俺頑張るよ!他の男にプレゼント渡しを任せると言うダメなイメージもたれるかもしれないけど、ハッピーも頑張って!」

ハッピー「え!?ま、待って!やっぱ今の話無し~!!」


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第47話 六魔将軍(オラシオンセイス)現る!

更新できないかも、と思っていたけど何とか間に合った四回目!

ほぼ原作の一話分が今作の一話として描写しないと収まりきらないボリュームに…。どうしてこんなにも長く書くことになってしまったのか…。それもこれもシエルが一目惚れしたせいです。(笑)

シエル「!?」


ワース樹海へ向けていの一番に駆け出して行ったナツと、それを追って次々と連合軍の魔導士たちも走って向かっていく中、比較的ペースが遅めの一団がある。化け猫の宿(ケット・シェルター)から参加した少女ウェンディとネコのシャルル。

 

「ウェンディ!もたもたしない!!」

 

「だってぇ~!」

 

「オイラも!頑張るからねー!!」

 

シャルルに手を引かれて前のめりに走りながら、自信なさげな声をあげるウェンディ。その少し離れた後方から、シャルルに良いところを見せようと張り切った様子のハッピーが追いかける。

 

するとハッピーの更に後方から、猛スピードで迫ってくる者がいた。風を切って飛行するようなその音を聞いて、一番音に近いハッピーのみならず、ウェンディ達も後ろの方へと気を取られて振り向く。目に映ったのは、人が数人乗れそうな大きさの白い雲に乗り、急激な速度でこちらに追随してくる水色がかった銀の短い髪に、左目の上に金のメッシュが入った少年。

 

「二人とも、乗って!!」

 

「アンタは!」

「シエルさん!」

 

前方に見えたウェンディ達に向けてそう叫び、彼女たちの前方で急停止する。そのまま走るよりも、彼が扱う雲に乗って移動すれば、確実に早く目的地に辿り着ける。遅れを取り戻すことを優先し、シエルの説得に仕方なくと言った感じでシャルルが乗り込み、ウェンディも礼を告げながら乗った。

 

「よし、少し飛ばすよ。しっかり掴まってて!!」

 

二人が乗り込んだのを確認したシエルは、再び雲を発進する。人間では絶対出す事の出来ない速さで飛行する雲の上に乗るウェンディ達は、触れることができる雲をしっかりと掴んで、その速さに耐える。

 

「うわ~!シエルちょっとスピード落として~~!!」

 

その雲の最後尾部分を、置いていかれまいと必死にしがみついてきたハッピーがブラブラと身体を宙に揺らされている。だが残念なことに彼はその主張に従う気は無いようで、前方の集団に追い付こうと必死だ。ただし相乗りしている少女が耐えられる速度は意識しているが。

 

「凄い……!これが、天候魔法……?」

 

最初の内は猛スピードで巻き起こる風に目を閉ざして耐えていた少女が、しばらくして慣れてきたのか驚くべき速さで変動していく景色に目を奪われている。シエルの事を()()()知っていた彼女も、彼の魔法の一端に驚嘆している。そしてシャルルは、そんなウェンディの様子を何故か面白くないと感じていた。

 

「ちょっと……!皆、足速すぎ……!!うひゃあッ!?」

 

そしてまだ前方を先行しているらしいナツたちのスピードに着いていけず、既にへとへとの様子を見せながら弱音を吐いているルーシィを気付かぬうちに追い越し、その勢いで起きた突風で彼女に悲鳴をあげさせる。ついでにルーシィの近くまで一緒に並走してきたトライメンズも、物凄い速さで飛んでいく雲にそれぞれ驚愕の声をあげた。

 

「ちょ!?シエルー!!それあたしも乗せてよー!!」

 

「あ、ごめんルーシィ!あんまり余裕ないから戻れない!頑張って!!」

 

呼び留めようと必死に叫ぶ彼女の声に気付いて振り向くも、今引き返すのは時間の大幅ロスと考えて、謝罪しながら前進を進めて飛んで行った。その言葉と結果に、ルーシィはショックを受けて涙混じりに叫ぶ。

 

「ウェンディ達は乗せてってるのにー!?贔屓よ贔屓ー!!」

 

これが惚れた弱みと言うやつなのか、その理由だけで同じ女子の中で格差をつけるのかと、ルーシィはシエルに見せつけられた非情な現実にさらに悲しくなった。

 

「じゃあ僕が手を繋いであげるよ!」

「それともお姫様抱っこにする?」

「オレから……離れんじゃねーよ……」

 

「うざい!!!」

 

シエルに見捨てられた(と解釈して)所を、ライバルを自称するイヴが真っ先にルーシィにそう手を差し伸べる。それに続いてトライメンズの他二人もそれぞれ彼女をエスコートしようと声をかけるが、さすがに何度も似たようなことをされて、ルーシィは悲しみも忘れて一蹴した。

 

一方で最前線のナツ。後先考えずにワース樹海へとトップスピードで走る彼に、グレイとエルザがようやく追いついた。そして今いる切り立った崖から、一層木々が鬱蒼としているのを目にすることが出来る。

 

「見えてきた!樹海だ!」

 

「待てよ、ナツ!!」

 

「やーだねーっ!」

 

「馬鹿者!一人で先走るんじゃない!」

 

ナツの後ろから一人で先行く彼を落ち着かせようとするが、全くもって聞く耳を持たない。それどころか、彼らの言葉を別の焦りから出た言葉だと解釈したらしく……。

 

「へっへー!オレに先取られんのがそんなに悔しいのかよー!!」

 

あろうことかエルザに向けて挑発すると言う余裕ぶりだ。だが勿論これにエルザが何の反応も示さないことはなく……。

 

「貴様と言うやつは~~!!」

 

ナツにかける圧をいつも以上に増しながら怒りの声をあげる。さすがにビビったのか彼女から逃げるように慌てて前方を見ていなかったのがあだとなった。崖の方へと背中を向けていたため、既に地面が無くなった場所にナツはその身を投げ出した形となる。そして情けない悲鳴をあげながら、樹海の方へと背中から落ちていく。

 

「落ちたぞ、おい!」

 

「せっかちな奴め……」

 

それに呆れた様子を見せるグレイとエルザ。だが、次の瞬間何かが猛スピードで横切っていき、樹海へと落ちていくナツの方へと向かっていく。その何かに驚いて正体を確認する間もなく、それはナツの元へと辿り着いて地面に直撃する寸前に彼を助け出した。正体はシエルたちが乗る乗雲(クラウィド)だ。

 

「シエル!助かっ……うぷっ!乗雲(クラウィド)じゃねーか……!」

 

「ふぅ~ギリギリセーフ……」

 

ようやく追いついた。雲を操作するシエルに加え、ウェンディとシャルル、後方にハッピー、そして今しがた乗せて酔ったナツを加えて現在乗雲(クラウィド)は満員状態だ。

 

「あの……ナツさん、大丈夫ですか……?」

 

「大丈夫だよ、いつものことだから」

 

「あい」

 

雲に乗った瞬間グロッキーになったナツを心配してウェンディが声をかけるが、見慣れた光景であるシエルが説明して、やっと止まったことによってよじ登ってきたハッピーが同意する。

 

「し、下まで着いたら……降ろしてくれ……」

 

「そしたらまた突っ走るでしょ?みんなが来るまでこのままな」

 

酔いが回って動けそうにないことを利用して、そのまま雲に乗りながらさっきと違ってゆったりとしたペースで奥へと進んでいく。崖の上にいたエルザたちがこちらに合流するのも時間の問題だろう。生い茂る木々が光を遮って薄暗い空気を作る樹海の中を進みながら、シエルはあるものを感じとっていた。

 

「妙な感じだ……」

 

「え、何が?」

 

樹海に入った瞬間、シエルが感じとったのは空気の変化。形容しがたいが、普段感じているものと比べて明らかに異質。良し悪しの区分けはともかくとして、確実に何かが違う事を感じとれる。ハッピーにはよく分かっていないようだ。

 

「確かに……この辺りから、何だか空気が全然違います……」

 

「ウェンディも分かるの?」

 

「この子は人一倍空気に敏感なのよ」

 

シエルが気付いた空気の変化に、怯えながらウェンディも同意を示す。彼女も気付いていたことに聞き返すと、こちらから視線を外しているシャルルが代わりに答える。いずれにせよ、警戒を怠らない方がよさそうだ。

 

「シエル、でかした!その場で待ってろ!!」

 

ゆっくりと進みながら一度木々の中から出て、植物が入らないような開けた岩場に出たタイミングでエルザたちが合流した。大分後ろの方だがルーシィたちの姿も見える。ナツが随分とヤバそうではあるが降ろしたらまた一人で行きそうなのでそのままである。

 

そして合流を果たした一同に、後方から巨大な影が差し込んだ。何事かと思い上空を見上げると、この場にいる全員を影で覆えるほどの大きさをした、船首を馬、左右の舷からそれぞれ一対二枚の翼がついた、青と白を基調したデザインの飛空艇が目に入った。

 

あれこそが『魔導爆撃艇・クリスティーナ』。噂の天馬。今回の作戦の要と言える存在である。

 

「凄い……!」

 

「おっきいね!」

 

「ちょっとは期待できそうね」

 

上空を飛行する巨大な(ふね)を見て、感嘆の声を漏らす一同。この艇から放たれる一撃を放つためにも、六魔将軍(オラシオンセイス)の拠点を探さなくては。爆撃艇を目にし、乗雲(クラウィド)を解除して解放されたナツも加えて、作戦通りに動き出そうとする。

 

「よし、手分けして奴等の拠点を探すぞ」

 

「ん?何のことだ?」

 

「お前なぁ……」

 

しかし、彼らの感激の声はそこで止まった。突如何の前触れもなく、クリスティーナが内部から爆発を起こしたのだ。それも一回だけではない、あらゆる場所から何度も爆発を起こして破損していき、飛行を維持できなくなった艇は落下を開始する。

 

「そんな……!」

 

呆気に取られて両手を口元に持って来たウェンディの嘆きの声。それに呼応するかのように、クリスティーナは今彼等がいる場所からさらに下にある樹海へと墜落。そして大きな発光を起こしながら爆発した。

 

要であるはずのクリスティーナがあえなく墜落。その事実に呆気にとられ、言葉を失う連合軍。爆発によって起きた煙を眺めて困惑しながら、臭いで察知したナツを始め、煙の中からその存在を確認し、一斉に警戒を露わにしだした。

 

「誰か来たぞ!気ィ抜くなよ!」

 

「ひえーっ!」

「ウェンディ!!」

 

その中で戦闘に自信がないウェンディは、近くにあった岩の陰へ速やかに避難。その姿を隠し、シャルルに怒られていた。だが彼女以外にウェンディの方に意識を向ける余裕はない。火の粉混じる黒煙が徐々に晴れていき、その中に立つ者たちの姿を浮かび上がらせる。

 

別荘の中にて見せてもらった映像にあった、6人の男女。誰一人その映像と違わぬ容姿を持って、連合軍の前にその姿を現した。間違いない。六魔将軍(オラシオンセイス)である。

 

「こいつらが……!」

 

「けど、何故クリスティーナに……!?」

 

早速姿を現した今回の敵。だが、彼らを討つために準備された魔導爆撃艇、それに気付いて侵入、破壊に及べたのかが不可解だ。双方に睨み合う、若干の膠着状態を、敵側の司令塔である男、ブレインが連合軍の魔導士たちを一瞥して鬱陶しそうに呟く。

 

「フン、蛆共が……群がりおって……」

 

「君たちの考えはお見通しだゾ」

 

「ペルセウスは倒し損ねたけどー」

「ジュラと一夜はやっつけたぞー」

 

「何!?」

「バカな!!」

 

クリスティーナの発見、破壊を行った要因であるエンジェル。そして彼女に付き従う、他人の姿と思考をコピーする謎の小人二体が告げた内容に、天馬とラミアの魔導士は特に動揺する。それぞれのギルドにおける最強の戦力が、最初の段階で倒された。信じられない。だが真偽はともかくそれは彼らの心を揺り動かすのに十分だった。

 

そしてペルセウス。倒し損ねた……とは言っているが、現状彼がどのような状態になっているかは分からない。少なからず妖精の尻尾(フェアリーテイル)にも動揺が走る。

 

「動揺しているな?聴こえるぞ」

 

「仕事は速ェ方がいい。それにはアンタら……邪魔なんだよ」

 

「お金は人を強くする、デスネ!いいことを教えましょう。“世の中は金が全て……そして……」

「「お前は黙ってろ、ホットアイ」」

 

目に見えて動揺する連合軍を見て、笑みをさらに深くするコブラ。連合軍に指を指して、敵意を向けて告げるレーサー。そしてホットアイは、金に執着して出来上がった持論を声高々に教えようとして前述の二人に遮られた。物凄く余裕を見せている。

 

だが余裕と言えば、一番隙だらけの人物が一人いた。映像に映っていた時と同様に、浮遊した絨毯に胡坐をかいて腕を組み、寝息を立て続ける黒髪の男……ミッドナイトだ。

 

「何か、眠ってる人いるんですけど……」

 

仮にも敵を目の前にして余裕綽々と言った様子の六魔将軍(オラシオンセイス)。数では圧倒的有利のはずなのに、まるでこちらなど眼中に無さそうだ。

 

「まさかそっちから現れるとはな」

 

広い樹海の中で、拠点、及び彼ら自身を探そうとしていたところに、一同勢揃い。当初の予定では拠点に追い込んで爆撃艇で一網打尽だったが、それが撃墜された今、最早作戦どころではない。撃墜された時は驚いたが、目当てとなる敵が今目の前にいる。その事実にナツとグレイが笑みを浮かべて互いに視線を合わせる。その様子を見て、シエルも動く準備を整えた。

 

「聴こえるぞ……!」

 

「「探す手間が省けたぜーーっ!!」」

 

真っ先に相手側へと攻撃を仕掛ける為、駆け出した二人。戦闘開始だ。相手は6人。人数ではこちらの方が多いが、多人数相手に力を発揮できるシエルはいつでも攻撃に移るため準備にかかる。

 

「天候は本日、一面曇り空!曇天(クラウディ)!!」

 

天高く掌を突き出して辺り一面を灰色の雲が覆い尽くす。何人かが快晴だった空を一瞬で曇天にしたシエルの魔法に意識を向けるが、ブレインはそれを一瞥するとすぐに指示を出した。指示と言っても「やれ」の一言のみ。

 

「オーケー」

 

それを聞いてすぐに反応したレーサーが、一瞬でその場から消えた。

 

「モォタァ!!」

 

「「ぐあっ!!」」

 

そして残像も残さず、駆け出しているナツとグレイの背後に、身体を上下反対にした状態で現れると、そのまま横に回転して彼らを勢いよく拳と脚で吹き飛ばす。

 

「「ナツ!!グレイ!!……えっ?」」

 

吹き飛ばされた彼らを案じて名を呼ぶルーシィ。だが妙なことが起きた。何故か二重になって聞こえた自分の声。聞こえた方に視線を向けると、そこにいたのは何故かもう一人の自分。ルーシィは二人揃って突如現れたもう一人の自分に困惑する。

 

「ばーか!」

 

「な……何コレェ!?あたしが……え?ええ!?」

 

しかし片方のルーシィが唖然としているもう片方を鞭で攻撃する。何がどうなっているのかも分からないまま攻撃されているルーシィを見て、向こう側にいるエンジェルがほくそ笑んでいる。

 

「シェリー!」

「はい!」

 

遅れてリオンとシェリーも、ホットアイと対峙する。駆けて行くラミアの二人に対して、ホットアイは一度目を閉じると目元に左手の指二本を近づける。

 

「見えた……デスネ!」

 

そして開眼し、何かを発見した様子のホットアイが目元に寄せていた指を手と共に勢いよく前へ差し出すと、賭けていたラミアの二人の脚が突如地面に沈む。勢い良く沈んでいく自信の身体に異変を感じるよりも先に、ホットアイはそこから追撃していく。

 

「愛など無くとも金さえあれば!デスネ!!」

 

「な……何だっ!地面がっ!!?」

 

「愛の方が大事ですわ~!!」

 

あっさりと身体が沈み込むほどに柔らかくなった地面に体の自由を奪われ、その上で激しく動き出す地面に抵抗も空しく沈みこんでいく。

 

「(やっぱりどいつも規格外の強さだ……。けど、戦闘に参加していない、隙だらけの奴を攻撃できれば……!)」

 

この数瞬の戦闘だけで六魔将軍(オラシオンセイス)の強さを実感したシエル。ならばと、当初の予定通りの一手に移る。最初に発現させた雲はフェイクの為だ。上空に展開させた雲に意識を傾けさせ、その隙をついて司令塔であるブレインに光速の奇襲をかける。光の矢を番えて発射するために、まずは元となる小太陽を創る。

 

日射光(サンシャイン)気象転纏(スタイルチェンジ)!!」

 

「聴こえてるぜ、テメェの思惑」

 

矢を作り上げる直前、彼のすぐ横からその声が聞こえた。毒蛇と共にこちらに接近していたコブラがシエルの脇腹に蹴りを入れる。声に反応する余裕もないまま受けた衝撃に、大きく息が漏れる。気づかれていた?意識は確かに雲に向けるよう仕向けていたのに。

 

「その腹づもりで雲を出していたのも聴こえていたぜ」

 

頭によぎらせていた考えに答えるような口ぶり。まさか心の声が読める?それは確かエンジェルが呼ばれていた異名だったはずだが。

 

「あいつのはまた別だ。オレは聴こえるんだよ、テメェの思考も、息遣いも、筋肉の収縮から全て」

 

「出鱈目かよ……!」

 

動こうにも全て読まれて対応される。何もかもが通じずに対抗されるのは本当に厄介だ。ならば考える前に直感で動く!

 

「無理な話だ。聴こえるぞ、テメェのようなタイプは特に()りやすい」

 

獰猛な笑みを向けて余裕を表すコブラに、まずシエルは日射光(サンシャイン)を彼に向けるが、それを彼は簡単に目を瞑って回避。だが目を閉じている隙に至近距離から雷の魔力を拳に乗せる。

 

「目潰し、からの追撃」

 

しかしそれをあっさり避けて、帯びている魔力を刃に変換。それをもう片方でも作り出して振り抜く。

 

「振り向き様に斬りかかる。それを2回」

 

「おおおっ!!」

 

雄叫びを上げながら右腕を大きく振り下ろすもあっさり手首を左手で掴まれて拘束される。

 

「声と動きを大きくしてオレの耳を撹乱……。

 

 

 

 

 

 

 

その死角から右の膝蹴り!」

 

体を大きく捻ってコブラから見えない右脚の攻撃を繰り出すが、これも防がれてしまう。

 

「(嘘だろ……!?全部……!!)」

 

「そう、全部聴こえてんだよぉ!」

 

動揺して一瞬体が硬直したシエル。その隙をついて彼の左側から大蛇が頭突きを食らわせて、その小柄な体を地面に転がす。戦いながら瞬時に状況を見極めて数パターンの動きを想定するシエルにとって、全てが筒抜けになるコブラはあまりに戦い辛く、逆にコブラにとっては手玉に取りやすい相手だ。様々な考えをめぐらす彼の更なる裏をかけばいいのだから。

 

「シエル!くっ……換装!舞え、剣たちよ!!」

 

大きく飛ばされたシエルを見て今度はエルザがコブラに攻撃を仕掛ける。天輪の鎧に換装し、いくつもの剣を操作してコブラがいる範囲を埋め尽くす。

 

「聴こえるぞ……」

 

しかし、ランダムに飛ばしたはずの剣の大群を、コブラは最小限の動きで次々躱していく。中には少しでもずれれば掠めたりするものもあるのに、一切のブレなく無傷だ。シエル同様に、エルザの攻撃も全て聴こえているようだ。驚愕しているエルザに今度はレーサーが彼女の隙をついて攻撃を仕掛ける。

 

「換装!『飛翔の鎧』!!」

 

スピードにはスピードで対抗する。チーターの耳を模した飾りを頭に、そして同じ柄のプロテクターを関節部分と胸当てにつけ、両手にそれぞれ剣を装備。速度重視に特化した鎧ーーー『飛翔の鎧』へと換装し、レーサーを追い立てて連撃を開始する。凄まじい速さで自分に肉薄してくるエルザを見て、焦ることなく、だが感心するようにレーサーが避けていく。

 

「おっ!速ェな、速ェことはいいことだ!!」

 

「だがな、聴こえてるぞ……妖精女王(ティターニア)……次の動きが!!」

 

レーサーに対応していたエルザが意識を逸らしていたところを、その場からほとんど動いていなかったコブラが突き出した脚がエルザの腹部に直撃する。速さに対応したわけじゃなく、次の動きを聴いたことによって出来ることだ。今いる中では一番と言っていい実力者のエルザも、ギルド一つを相手に戦える魔導士を二人同時に相手するのは、さすがに不利のようだ。

 

「お前ー!!何寝てんだコノヤロウ!!起きろやコラァ!!」

 

一方で、最初にレーサーに蹴り飛ばされていたナツが、一向に起きる様子のないミッドナイトに苛立ち、勢い任せで咆哮を放つ。そのまま行けば直撃は必至。しかし炎の咆哮(ブレス)は彼を避けるようにして曲がり、彼の背後で直線軌道に戻って空を切った。

 

「なっ!?何だ今の……魔法が当たらねェ……?」

 

「よせよ、ミッドナイトは起こすと怖ェ」

 

魔法が当たらず困惑するナツに、レーサーは再び攻撃を仕掛ける。後ろから、前から、横から、縦横無尽に駆け回って次々と拳や脚の攻撃をぶつけていく。

 

その後もグレイが攻撃を仕掛けようとすると、背後から小人二体がグレイに変身して逆にその攻撃を当てられたり、リオンとシェリーの連携攻撃を、ホットアイが土の波を起こして諸共飲み込んだり、ナツを行動不能にしたレーサーがすかさずトライメンズを追撃して、同様に倒したりと、圧倒してくる六魔将軍(オラシオンセイス)

 

次々と倒されていく連合軍を、ミッドナイト同様戦闘に参加していないブレインが笑みを浮かべて眺めていると、唯一拮抗して戦意を失っていないエルザに目線を移す。速度を上げて目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛けていく彼女だが、動きの全てが聴こえているコブラはどれも最小限の動きで躱していく。

 

「ほぅ……これがエルザ・スカーレットか……」

 

コブラの方が余裕を持って対応しているため、どちらに利があるのかは明らかだ。しかし、その動きを間近で見ていたブレインは、彼女の戦いに感心している。その言葉に込められた感情はどのようなものか……

 

「しめた!エルザがあいつを相手してる隙に……!」

 

「おっとそうはいかねぇ」

 

考えを聴いて攻めてくるコブラを、エルザが対処し、狙っているブレインもエルザの方に意識を向けている。攻撃するなら今だと構えるシエル。しかし急激な速さで彼の背後をとったレーサーに、背中を蹴り飛ばされて阻止される。更にそのスピードであらゆる方向から打撃を次々と撃ち込まれる。反撃をする隙も無い。

 

「ここはガキの遊び場じゃねーんだよ」

 

連撃を受けて倒れ伏したシエルに、レーサーはそう吐き捨てる。己の速さに対応もできない子供が、何故この場にいるのか理解に苦しむ。

 

「隙あり!!」

 

だが、エルザと対峙していたコブラが、突如エルザから距離を取って何かに動揺した様子を見せる。その隙をついて反撃に移ろうとしたエルザは、ホットアイが隆起させた地面によってその身体を宙に飛ばされる。

 

「コブラ!もたついてんじゃねーぞ!!」

 

それに気付いたレーサーがすかさず空中で身動きの取れないエルザに蹴りで追撃。一瞬の動揺から戻ってきたコブラは、レーサーの声ですかさず動いた。

 

「ちっ、『キュベリオス』!!」

 

右手を差し出して自身の身体に絡ませていた大蛇・『キュベリオス』に指示を出すと、その大きな身体を伸ばしてエルザの右肩に喰らいついた。エルザは悲鳴をあげながら両手から剣を手放し、その後大蛇に投げ出されて地面に叩きつけられる。

 

「キュベリオスの毒はすぐには効かねぇ。苦しみながら息絶えるがいい……」

 

蹂躙。まさに圧倒的。誰一人有効打を与えられぬまま、連合軍は一人残らず倒れ伏してしまった。これが最大勢力バラム同盟。その一角である、六魔将軍(オラシオンセイス)……。

 

「ゴミどもめ。まとめて消え去るがよい……」

 

動くことのできない連合軍を嘲りながら、今まで動かなかったブレインが最後の仕上げに手に持つ杖を構える。闇属性の魔法陣が杖についた髑髏の口ある魔水晶(ラクリマ)から浮かび上がり、地面からその魔力を吸い出して黒と緑に彩られた波動を収束させていく。

 

「『常闇回旋曲(ダークロンド)』……」

 

「(させるか……!せめて、一撃……!!)」

 

痛みの引かない身体に鞭を打って、一矢報いようと力を籠めるシエル。右手に展開した雷の魔力を握り潰し、無理矢理にでも力を湧き上がらせる。

 

「レーサー!あの小僧、速さを上げて突っ込んでくるぞ」

 

「ほう?」

 

やはり彼の思惑はコブラに筒抜け。しかし読まれていようがもう実行する他ない。真っすぐに雷の如き速さで突っ込んで、ブレインの攻撃を阻止してみせる。

 

雷光(ライトニング)!!」

 

雷を全身に帯びて、立ち上がると同時に踏み込み、ブレイン目掛けて肉薄する。想像よりも素早い動きにブレインは僅かばかり動揺を見せる。しかし……。

 

「そらっ!」

「ぐぁあっ!?」

 

下の方向からレーサーに蹴り上げられ、ブレインにまで達することは出来なかった。速度を上げても、それ以上の速さで対応される。レーサー以上のスピードを出せなかったシエルに、ブレインから動揺は消え、嘲笑が浮かぶ。

 

「結構速かったぜ。さっきの侮辱は撤回してやる」

 

一方でレーサーはシエルの攻撃に素直に感心した。こんな子供が自分たちを相手に戦えるわけがないと思っていたが、今の攻撃はコブラが事前に把握して伝えなければ対応できなかっただろう。せめてもの敬意のつもりに、蹴り上げられて宙を舞うシエルの身体を、全力で向こうに蹴り飛ばした。最早悲鳴を上げることもままならないまま空を吹き飛び、地面に叩きつけられ、何度も跳ねて転がる。

 

そしてようやくそれが止まったのは、開けた岩場の中に唯一存在する隆起した岩にぶつかった時だった。

 

「うわぁ!?」

 

その岩の近くには、連合軍の中で戦闘に参加しなかった……否、出来なかった者たちが隠れている。二足歩行のネコのハッピーにシャルル。そして……。

 

「シ、シエルさん……!!」

 

凄惨たる光景を見て怯え震えながら、自分と一番年の近い少年の痛々しい姿を見て恐怖を抱きながらも、彼を案じてその名を呼ぶ少女。

 

「ん!!?」

 

その少女を遠くから目に映したブレインは目を見開いた。そして極限まで集めていたはずの魔力は、何故か途端にその勢いを弱め、辺りに霧散する。そしてその表情には、今まで感じなかった驚愕と動揺で染められていた。

 

「どうしたブレイン?」

 

「何故魔法を止める」

 

その手を止めて魔法を解除するほどにまで衝撃を受けた理由。それは今まで隠れていたーーー一人の少年の身を案じて乗り出し、現れた少女にあった。

 

「……ウェンディ……!!」

 

「え……?え?」

 

連合軍の魔導士のほとんどに興味を示さなかったはずのブレインが、戦闘に参加しなかった少女の名を告げる。それに対して、ウェンディはただ困惑することしかできなかった。

 

「間違いない……『天空の巫女』だ……!」

 

『天空の巫女』。

その聞きなれない単語に、六魔将軍(オラシオンセイス)も連合軍も、そして当の本人であるウェンディも首を傾げる。

 

「何それ~……!?」

 

特にウェンディは、彼らに対する恐怖、自分自身がそう呼ばれていることによる困惑、様々な感情が入り混じって混乱している。

 

「こんなところで会えるとはな……これはいいものを拾った……。来い!」

 

そう言って杖を前へと差し出すと、先程の黒と緑が入り混じった魔力の波動を飛ばし、ウェンディ目掛けて迫っていく。

 

「させ……るか……!」

 

狙いがウェンディであることが分かっている以上、今の自分の体力を考えている場合じゃない。魔力を引き絞り、迫りくる波動に対抗する。

 

竜巻(トルネード)……!」

 

緑色に巡る竜巻が自身と岩、そしてウェンディ達を囲むように巡り、どの方向からでも対処できるようにする。簡単に手出しは出来ない。

 

「小癪な……!」

 

しかし、忌々し気に呟いたブレインが波動を操作すると、それに回転が加わって、シエル目掛けて横方向から襲い掛かる。無理矢理に竜巻を突っ切ってシエルが突き飛ばされ、竜巻が解除された。ハッピーとウェンディがシエルの名を叫ぶが、その間にも脅威は迫っていた。

 

シエルを突き飛ばした波動の先端が手の形に変わり、小柄なウェンディの体を掴み上げる。悲鳴を上げながら、彼女は身動きを取ることもできずに連れ去られて行ってしまう。

 

「「ウェンディー!」」

 

「っ……ウェン、ディ……!!」

 

為す術無くウェンディを連れ去られてしまったネコたちと、抵抗もあえなく破られてしまったシエルが彼女の名を呼ぶ。しかしそれで止まることはなく、シャルルとハッピーは連れ去られていく彼女を助けようと追いかける。

 

「何しやがる、この……!」

 

「金に……上下の隔て無し、デスネ!!」

 

ナツが阻止するために起き上がろうとするも、ホットアイによって地面を盛り上げられ、他の魔導士共々身を投げ出される。

 

「シャルルー!!」

「ウェンディー!!」

 

互いに手を伸ばして呼び合い、窮地を脱しようとする。そしてようやく届いたのか、ウェンディはそのネコの腕(前脚)を掴むことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

白ではなく、青いネコの方を。

 

「あ」

「あれ?」

「ちょ、アンタ!?」

 

気付いた時には既に遅し。

 

「きゃあああっ!!」

「ナツーーうわーー!!」

 

引きずり込まれた少女と青ネコ。髑髏の口にある魔水晶(ラクリマ)の中へと、その姿を消されてしまった。

 

「ウェンディー!!」

「ハッピー!!」

 

消えて閉じ込められた相棒の名を呼ぶも、彼らにそれを応えることは出来ない。予想外であったが目的を達成したブレインは、今度こそ連合軍を仕留めにかかる。

 

「うぬらにもう用はない、消えよ!常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

杖から発せられる黒と緑に彩られた波動。無数に拡散されたそれは、上空から倒れ伏している連合軍目掛けて襲い掛かっていく。

 

「伏せろォーっ!!」

 

その号令に各自直撃を避けるために這う這うとなりながら対応していく。しかし約一名、少年一人のみが最早体に限界が来て動けそうにない。

 

迫りくる無数の波動。このままでは数人はその命を狩り取られてしまう。そんな窮地に、ある男たちが駆けつけた。

 

「『岩鉄壁』!!」

 

まず一人は、ホットアイが盛り上げて変色した地面を利用し、頂点部分からいくつも硬い石の柱を顕現させ、彼らに迫りくる波動を完璧に抑え込む。しかし、回避しきれない様子の少年に、隙間を縫った何本かが襲い掛かる。

 

「換装、イージス!!」

 

しかしそこでもう一人の男が、少年を背後に立ちはだかり、鏡のような光沢をした巨大な盾でその波動から守り切る。連合軍の絶体絶命のピンチを、たった二人で抑え込み、守り切った。

 

「間一髪……」

 

「皆無事だったか!?」

 

「ジュラ様!!」

「ペル!!」

 

倒されたと聞いていた聖十(せいてん)のジュラ、そして状況不明だったペルセウスがようやく合流した。

 

「兄さん……」

 

「随分やられてしまったみたいだな……大丈夫か?」

 

あちこちにケガやあざが出来た様子の弟を、悲し気な表情を浮かべながら安否を確認する。しかしそれに答えるよりも、シエルは先程まで奴等が存在していた場所に目を移した。そこにはもはや誰もいない。自分たちを圧倒してきた奴等も、そして守りたかった女の子も……。

 

「ウェンディ……!俺……守れなかったっ……!!」

 

両の拳を握り締め、歯を食いしばって俯く弟の姿を見て、何が起きたのかを大体把握した。励ましの言葉をかけようにも、何も思いつくことが出来ない。それは弟が抱く、今の自分への自責を刺激するだけになるのだから……。

 

「チクショウ……!チクショオ……!!」と涙を流して悔いを告げるシエルを、兄はただ見守ることしかできなかった。この最初の激闘、連合軍は完全に敗北した……。




おまけ風次回予告

グレイ「くそっ!まさか手も足も出ないままやられちまうとは、情けねぇぜ…!」

ペルセウス「俺もすぐに駆け付けられれば良かったんだが、あいつらの方がいろんな面で数枚上手のようだ…」

グレイ「ハッピーもウェンディも連れ去られちまうし、エルザは毒にやられちまうし、このままじゃ…!」

ペルセウス「焦る気持ちはわかるが、今は落ち着こう。そして、何をするのが最善か決めて、迅速に行動するんだ。ウェンディ達もエルザも助けるためにはな」

グレイ「ウェンディ…そういやあいつら、妙なことを言ってたな…」

次回『天空の巫女』

グレイ「連れ去られたのはそれが原因のようだが…」

ペルセウス「詳しく知っていそうなのは…一人だけいるな。そいつから聞いてみるとしよう」


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第48話 天空の巫女

連続投稿最終日!無事に全て完了いたしました!!大変だった…。(笑)

長かったような短かったようなGWももう終わりですね…。翌日から仕事だぁ…。

そしてタイトルがウェンディの事を示しているのに、肝心の本人が名前しか出ていない現実…。書いている本人が言う事じゃないけど、次回までウェンディがいないの寂しい!!


聖十(せいてん)のジュラ、そしてペルセウスが駆けつけたことにより、危うく全滅するところを免れた連合軍。強力な魔法をほぼ完全に防ぎ切ったジュラに、各魔導士から賞賛と謝礼の言葉がかかる。しかし、一部の者たちは彼らを気にかける余裕は無かった。

 

「くそっ、あいつらは!?」

 

「消えちまったみてーだ……」

 

「んだとコラー!!」

 

その内の一人であるナツは六魔将軍(オラシオンセイス)の姿を探すが、先程いた場所には、既に彼等の姿はない。相棒のハッピーを攫われたまま逃げられたことに気付き、憤慨の声をあげる。

 

「ウェンディ……」

 

そして、同様にウェンディを連れ攫われたシャルルは、悲嘆の表情を浮かべて彼女の名を呟く。理由も分からないまま一方的に連れて行かれたショックは、計り知れない。

 

そして彼女を連れ攫われ、ショックを受けている者がもう一人。彼女と最も歳が近い少年は、自分の力が一切通用せず、大切だと感じさせる少女を守れなかったという自責に苛まれ、涙を流して俯いている。すぐ傍にいる兄は、弟が深く悲しんでいる様子を見つめることしかできない。

 

「完全にやられた……」

 

「あいつら強すぎるよ……」

 

たったの6人。しかしその一人一人があまりにも規格外で、更に言えば先程の戦いで本格的に対峙したのは4人。一人はウェンディを連れ攫う事と最後のトドメ以外では手を出しておらず、あと一人に至ってはずっと寝ていて参加すらしていない。にも関わらず圧倒された。想定以上の魔力だったと連合軍側に後悔が募る。

 

更に言えば、頼りにしていたクリスティーナまで破壊されたのは大打撃と言える。六魔将軍(オラシオンセイス)に対して使用するはずだった兵器を、先んじて封じられたのだから。見るも無残な姿になってしまった艇を見て、落胆はさらに強いものになる。

 

「あの心が覗けると言う女が言っていた。ワシらの作戦が全部分かったとな」

 

心が覗ける女―――エンジェルから聞いた話を共有するジュラ。彼女が従えていた二体の小人が変身した一夜から、クリスティーナの事を知り、そして事前に破壊を行ったのだろう。その時点で既に先手を打たれていたことになる。

 

「あの……クリスティーナ(あれ)に乗ってた人たちは?」

 

「それなら心配ない」

 

爆撃艇を操作する操縦士がいたと推測して、心配になったルーシィが尋ねるが、その心配は杞憂であることが青い天馬(ブルーペガサス)から告げられる。クリスティーナは遠隔操作で目的地に向かうことが出来る。つまりあの艇が爆破された時、六魔の者たち以外は無人だった。不幸中の幸いである。それを聞いてルーシィは安堵した。

 

「ジュラさんも無事で良かった」

 

「いや、危うい所だった」

 

エンジェルによって倒されたと聞いたジュラが、こうしてこの場に立っていられる姿を見てリオンがそう声をかけるが、そのジュラは身体全体に細かな傷が入っている。本来であれば動くだけでその怪我が響くだろう。

 

「今は一夜殿の“痛み止めの香り(パルファム)”で、一時的に抑えられているが……」

 

遅れて到着したのか、いつの間にかいた全身傷だらけの一夜がポーズを決めて既に姿を消した六魔将軍(オラシオンセイス)がいた場所に視線を向け、堂々と告げ始めた。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)め!我々が到着した途端に逃げ出すとは……。さては恐れをなしたな!」

 

「あんたボロボロじゃねーか!!」

 

ちなみにコピーされた直後、エンジェルによってボコボコにされた一夜がトイレで気絶しているところを、ペルセウスが見つけたらしい。この場にいる誰よりも身も服もボロボロなのに威勢は人一倍だ。

 

「これしきの怪我何でもない!みなさんにも、私の痛み止めの香り(パルファム)を!」

 

グレイからのツッコミに強がって返答する一夜は、すぐさまジュラにも使用した魔法の香りが詰まった瓶の栓を開ける。その匂いを嗅ぐだけで六魔に受けた傷や痛みが徐々に和らいでいく。

 

『さすが先生!!』

 

「また呼び方変わった!?」

 

一体何パターン用意されているのか。もう一つ疑問を上げれば、トライメンズはどうやってその時の呼び名を同時に呼ぶことが出来ているのだろうか。

 

「ペルさんは大丈夫だったの?倒し損ねたって聞きましたけど……」

 

「攻撃手段が、一夜に化けて能力低下(デバフ)効果の魔法だったことが功を為したよ」

 

一方で無傷の様子のペルセウス。話を聞いたルーシィたちによれば、彼もジュラ共々倒されてもおかしくなかったかもしれない。だが彼にはコピー化した一夜の攻撃は効かなかった。その理由は、ペルセウスが普段から首につけているあるものによるのだと言う。

 

そう言ってルーシィに見せたのは、白地に赤い一つの丸が描かれた独特の模様をしたCの字形に湾曲した、玉から尾が出たような形の謎の飾り。この場にいる者たちはよく知らないが、東洋ではよく見られる“勾玉”と言う飾りである。

 

「こう見えてもれっきとした神器の一つだ。銘を『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』と言う」

 

「やさ……か……何て?」

 

全然聞いたことがない上に言い辛い名前の神器に、ルーシィだけでなく連合軍のほとんどが全くピンと来ていない。名前のインパクトが強い上に難解過ぎて流しそうになったが、説明によるとこれを装備している間は常に魔力を消費するが、状態異常を引き起こしたり能力を著しく低下させる魔法の効果を一切遮断することが出来るものらしい。

 

他の神器の特性に違わずペルセウスのみが装備でき、彼以外では持つだけで魔力を大きく消費してしまう。反則級の性能をしているが、普段からこれを装備していることで魔力消費に耐えるためのギプスの代わりにもなるらしい。

 

「ペルセウス殿があの攻撃に何とも無かったのは、そのためだったか」

 

「だが効果が及ぶのは俺一人。ジュラさんへの被害は、残念ながら防げなかった」

 

エンジェルと一手のみ交戦をした後、ジュラに応急処置を施し、一夜の目が覚めるのを待っていたため、これ程時間がかかってしまったようだ。治療効果を施せる神器があればもっと早く駆け付けられたのだが、生憎まだ彼は手に入れていない。

 

「あいつら~……よくもウェンディとハッピーを……!」

 

痛み止めの効果が出たのか、苛立ちを抑えず六魔将軍(オラシオンセイス)を追いかけようとナツは駆け出して行く。だが、そんな彼のマフラーを引っ張って、強制的に止める者がいた。突如首のみ後方に引っ張られたナツは勢いそのままで背中から地面に倒れこむ。

 

「全くもう……少しは落ち着きなさいよ」

 

一対二枚の白い翼を背中から生やした白ネコのシャルルが、呆れるような視線を向けながら空中を浮遊していた。

 

「羽?」

「ネコが飛んでる……」

 

「これは(エーラ)って言う魔法。ま、初めて見たなら驚くのも無理ないですけど」

 

羽を生やして空を飛ぶネコ。確かに物凄く珍しく、人によっては見た事すらないと思うのがほとんどだろう。しかし妖精の尻尾(フェアリーテイル)は知っている。その魔法を。

 

「やっぱり同じ種族みたいだな。ハッピーも同じものを使うぞ?」

 

「ああ、かぶってる」

 

「何ですって!?」

 

「自分が驚いてるじゃないの……」

 

得意気に説明してたのに「かぶってる」などと言われて物凄く心外そうな表情だ。しかしここまでハッピーとの共通点が多いとやはり無関係とは思えない。似たような種族が他にいて、共通した魔法が元から使える。そう断定してもいい程にだ。

 

「とにかく、ウェンディとオスネコの事は心配ですけど、闇雲に突っ込んでも勝てる相手じゃないって分かったでしょ?」

 

「シャルル殿の言う通りだ。敵は予想以上に強い」

 

シャルル、そしてジュラの告げた言葉に、全員が納得せざるを得ない。たった今その強さをその身で実感させられたのだから。そして、闇雲に奴等を探してはいられない理由がもう一つ。

 

シャルルが指し示した先にいたのは、先程コブラが操る毒蛇に嚙まれた右腕を抑えて、苦悶の表情を浮かべているエルザ。目に見えて分かる程紫色に変色しており徐々にそれが広がっていく。コブラが言っていたように毒が回っているのだ。

 

一夜が漂わせている痛み止めの香り(パルファム)は解毒作用も働いているのだが、今エルザを襲っている毒はそれを遥かに凌ぐほど強力のようで、効いている様子は見られない。

 

「シエル、あんたの日光浴(サンライズ)で毒を治せないの!?」

 

「あれは傷や疲労、魔力の回復力を増加させることは出来るけど、毒のような体調不良を起こすものには効かないんだ……」

 

一夜以外に治癒の魔法を扱えるシエルなら治せないかと尋ねるルーシィだが、本人が言った通り日光浴(サンライズ)にも慈雨(ヒールレイン)にも解毒効果は備わっていない。このままではエルザが毒によって命を落としてしまう……。

 

「しっかりしろ、エルザ!」

 

「どうしよう……!」

 

彼女の身を案じて仲間たちが近づく。するとエルザはあることを思いつき、すぐさま行動に移った。

 

「ルーシィ……すまん……ベルトを借りる……」

 

ルーシィが付けていたスカートのベルトを掴んで引っこ抜き、その拍子で彼女が付けていたスカートがずり落ちる。突然起きた出来事にルーシィは悲鳴を上げ、トライメンズの3人はそんなルーシィの下半身に視線を向ける。

 

「見るな!!」

 

そして勿論激怒してスカートを両手で押さえたルーシィによって蹴り飛ばされた。そしてエルザはルーシィから借りた(というか無理に引き抜いた)ベルトでまだ毒が回っていない部分から、右腕を固く縛る。何をするつもりなのか。それに対して答えた彼女に、誰もが衝撃を受けた。

 

「このままでは戦えん……。斬り落とせ」

 

地に座り、口に布を噛み、右腕を伸ばして迷いなく告げる。毒で苦しみ戦う事も出来ぬまま死にゆくぐらいなら、腕一つを犠牲にしてでも生き延び、戦うと言う覚悟を決めた。しかし、それは他の者たちには、特に同じギルドの仲間としては簡単に見過ごせるようなことではない。

 

「バカなこと言ってんじゃねえ!」

 

「頼む……誰か……!」

 

エルザは本気だ。仲間が止めようと声をかけるも、その決定を覆すことは難しい。エルザが自分の前に突き刺していた剣を、覚悟を決めて手に取るものが出てくる。

 

「分かった。オレがやろう」

 

「リオン、やめろ!!」

 

「やれ……!」

「よせ!!」

 

彼女の言に従い、剣を持って右腕に狙いを定めるリオンを、グレイが遮って止めようとする。今自分たちはエルザを失う訳にはいかない。腕を失えば思うように戦えないかもしれないが、命を落とした際はその戦力自体が消失してしまう。彼女の覚悟に応え、そしてこの状況を打破するためにも……。

 

「シエル、慈雨(ヒールレイン)の準備をしておけ」

 

「に、兄さん!?」

 

断固としてエルザの腕を斬ることに反対する妖精の中で、唯一ペルセウスだけが彼女の意を汲んで同意する。そして斬り落とした後に出血を減らし、かつ傷口を瞬時に塞ぐための慈雨(ヒールレイン)を用意するよう、弟に呼びかけた。その弟は、未だにどちらが最善であるのか決められていない。

 

「そんな……ペルさんまで!?」

 

「ダメだ!そんなことをしなくても他に方法が!」

 

「エルザ殿の意思だ……!」

 

他のギルドの者たちにも意見が二分される。青い天馬(ブルーペガサス)はエルザの腕を斬り落とすような惨いことをせずとも他に方法があるはずだと反対し、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)はエルザの意思と覚悟、そして命を優先して賛同している。どちらが正しく、どちらが間違っているか、一概に決定づけることは出来ない。

 

意見が対立し口論が続く。そしてその間にも、リオンはエルザの元へと近づき、彼女が望むようにその右腕を断ち斬らんがため、両手で握りしめたその剣を振り下ろす。

 

「エルザッ!!」

 

悲鳴を交えたシエルの声と同時に、その音は響いた。それは剣によって斬られた肉の音ではなく、氷を砕いたような音。リオンとエルザの間に割り込んできたグレイが、氷で包んだ己の手で、その剣を受け止めた音だった。

 

「貴様はこの女の命より、腕の方が大事か?」

 

「他に方法があるかもしれねえだろ?短絡的に考えるなよ」

 

片方を非情だと、片方を甘いと断じる者もいるだろう。しかし彼らの意思はどちらかに傾くことはない。そしてその間にも、最早意識を保つ事さえ限界に達したエルザが、その場に倒れこんでしまった。

 

「まずいよ……このままじゃ毒が体中に回って……!」

 

「何か……何か方法は……!!」

 

このまま放っておいてはいずれエルザにも限界が来る。今この場には解毒の魔法を使える者はいない。万事休すか……そう誰もが思った時だった。

 

 

 

 

「ウェンディなら助けられるわ」

 

その言葉に全員がシャルルの方に振り向いた。ブレインによって連れ攫われたウェンディならば、エルザを助けられる。確かに彼女はそう言ったのだ。

 

「今は仲間同士で争ってる場合じゃないでしょ。力を合わせてウェンディを救うの。ついでにオスネコも」

 

「あの小さい()が解毒の魔法を使えるの?」

 

「凄いな……」

 

そう言えば彼女は、戦う力はもっていないが、サポート特化の魔法はいっぱい使えると自分で言っていた。まさかその中に解毒の魔法が加わっているとは。だがシャルルから明かされたのはそれだけじゃない。

 

「解毒だけじゃないわ。解熱や()()()()、傷の治療も出来るの」

 

日光浴(サンライズ)慈雨(ヒールレイン)の上位互換じゃん……!」

 

「な、何か……私のアイデンティティーが脅かされているような……」

 

特に痛み止めなんてさっき自分も披露したばかりだ。それに比べたら治癒力と魔力の回復や欠損部分の即時修復が出来るシエルや、それよりもさらに上位の治癒魔法が使えるらしいウェンディの方が遥かに優秀だと錯覚を覚える。一夜現在29歳。自分の半分ぐらいの年の子供に劣っているのではと激しい危機感を感じていた。

 

それはそれとして疑問も浮かぶ。治癒魔法は現在失われた魔法(ロストマジック)の一つとして知られている。希少性が高く、魔力の消費も激しいために今や使い手はほとんど見られない。あの幼い少女がそんな魔法を使えることはとても珍しい。ブレインが言っていた“天空の巫女”と言う言葉が、それに関係しているのだろうか。

 

 

 

「あの娘は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)・『(てん)(りゅう)のウェンディ』」

 

そして明かされたのはそれ以上の真実だった。ナツ、ガジル、そして特例ではあるがラクサス。この三人に次ぐ、更なる滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。小さい少女だとばかり思っていた彼女の意外な正体に、一同衝撃が走った。

 

特に、自分と同じ系統の魔法を扱うナツは、一番衝撃的だっただろう。

 

「詳しい話は後!ってゆーか、これ以上話す事は無いけど。今私たちに必要なのはウェンディよ。そして目的は分からないけど、あいつ等もウェンディを必要としてる」

 

そうなればやるべきことは自然と導き出せる。六魔将軍(オラシオンセイス)への反撃の為にも、そして何よりエルザの命を救うためにも、連れ去られたウェンディを助けることは必要不可欠。彼女の居場所……すなわち六魔将軍(オラシオンセイス)の仮設拠点を見つけ出してハッピーも含めて救出。それからエルザの治療を施す。

 

目的は決まった。不和が発生していた連合軍の意思は、遂にここで一つとなった。

 

「おっし!行くぞォ!!!」

『オオッ!!!』

 

ナツの号令と共に腕を掲げて応える連合軍。その中に含まれている少年は、より一層これから行う事に関してやる気を見せていた。

 

「ウェンディ……絶対に助けてみせるから……!!」

 

細かい場所はまだ特定できない。しかし囚われているはずの彼女の身を案じ、その目に闘志を燃やしていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

連合軍は一度、数組に分かれ分散してウェンディを探すことにした。動けないエルザの近くにはヒビキとルーシィ。それから捜索班にナツ、シエル、グレイ、シャルルの組。リオンとシェリーのペア。一夜にイヴとレンの組。そしてペルセウスとジュラの強力コンビ。

 

その中でシエルたちは、(エーラ)を発動して飛行するシャルルを先頭にして、走りながら捜索していた。

 

「天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)ってさぁ……何食うの?」

 

「空気」

 

走りながら徐に尋ねるナツ。それに対して実に簡素な答えで返すシャルル。美味いのか?と聞かれても彼女自身もピンと来ていないらしい。炎や鉄と比べると、どこにでもあるありふれたものだからか、あまり食べるという想像がつかない。

 

「それ、酸素と違うのか?」

 

「二酸化炭素も含まれるのかな?」

 

今この場に本人がいない為それを確かめることもできない。だが周りに魔力を補給するためのものがいくらでもあると言うのはこの上ない利点と言える。

 

「あの娘、あんたに会えるかもしれないってこの作戦に志願したの」

 

「オレ?」

 

「同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)でしょ?聞きたいことがあるらしいの。あの娘に滅竜魔法を教えてくれたドラゴンが、7年前にいなくなっちゃったんだって。あんたならそのドラゴンの居場所、知ってるかもって」

 

「ウェンディも……ナツと同じ……!?」

 

シャルルの話を聞いてシエルも驚いた。そう言えばこの前、ガジルも同じ境遇だったと聞いた気がする。

 

ナツたちを始めとした滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。彼らに滅竜魔法を教えたのは、何と本物の(ドラゴン)らしい。幼い頃に一人だったナツは、『火竜イグニール』に拾われ、滅竜魔法と文字の読み書きなどを教えてもらっていた。彼にとってイグニールは、ドラゴンではあるが父親のような存在だった。

 

しかしある日を境に、イグニールはナツの前から姿を消した。どこに行ったのか何も告げないまま、何日待っても帰って来ず、探しに行ったが見つからず。目撃情報が無いか街に行って尋ねても「ドラゴンなんていない」と笑われてバカにされて、時には偽物の情報を掴まされることもあった。

 

そんなイグニールが姿を消した日と言うのが、X777年7月7日。今から7年前の話である。ガジルに滅竜魔法を教えたドラゴン『鉄竜メタリカーナ』も、同じ日にガジルの前から姿を消した。同じ年の同じ日に、人間に魔法を教えていたドラゴンが姿を消した……。もしそれが、二頭だけではないとしたら?

 

ウェンディに魔法を教えたドラゴン『天竜グランディーネ』もまた……7年前の同じ日に姿を消していたとしたら……?

 

「7年前……ドラゴンたちが姿を消した……何かが起きていた……?」

 

シエルは実際にドラゴンを見た訳ではない。だが、ナツから聞いたドラゴンの話を疑ったことはない。最初こそ、本の中でしか読んだことのないドラゴンに会うどころか、拾われて育てられたと聞いた時は信じられなかった。しかし、懐かしむような、純粋に当時の感動を語り、時折寂しそうな笑みを浮かべるナツを見て、彼は本当にそのドラゴンの事が好きなんだという事が伝わってきた。

 

だから再びイグニールに会いたいと願うナツに、少しでも助けになれるのならその協力を惜しむつもりはない。そしてナツたち3人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を育てた3頭のドラゴンが消息を絶った理由。少しでもヒントを手に入れられないか考えを巡らすが、浮かんでこない。

 

「そう言えば、ラクサスも滅竜魔法を使えるんだっけ?」

 

「ああ、じーさん言ってたな。けど、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)じゃねーんだろ?」

 

ラクサスも雷の滅竜魔法を扱うが、彼の場合はナツ達とは違う。幼い頃に父のイワンによって滅竜魔法を使えるようになる魔水晶(ラクリマ)を埋め込まれた結果、彼等とは違う方法で身につけた。

 

「ラクサス……滅竜魔法の魔水晶(ラクリマ)……。んがっ!!」

 

何を思ったのか反芻したナツは、余所見していたことによってちょうどアーチ状に伸びた大木の根に顔面から激突して仰向けに倒れこんだ。「大丈夫か!?」とシエルが声をかけてナツの元に駆け寄ると、彼は痛みをこらえるものではなく、何かを思い出しかけているような表情を浮かべていた。

 

「何か……ラクサスの話を聞いた時、どっかで聞いたことある気がした……」

 

そう呟いたナツの言葉に、シエルは軽く目を見開いた。今の言葉はどういう意味なのか。シエルはそれを聞こうとしたが、それはシャルルの驚愕の声で遮られた。

 

「な……何コレ!?」

 

その声に反応した全員が視線を移すと、世にも奇妙な光景が目に映った。すぐ目の前に存在する樹海の木々が、葉も幹も黒く変色している。そしてそれがここから確認できないほど奥にまで広がっている。周りには同じように黒い靄が漂っていて、正直気持ち悪いと思わざるを得ない。

 

「ニルヴァーナの影響だって言ってたよな。『ザトー』兄さん」

 

「ぎゃほー!あまりに凄まじい魔法なもんで、大地が死んでいくってなァ。『ガトー』兄さん」

 

その二つの声は彼らの後方から聞こえてきた。『ガトー』と呼ばれた男は、薄い黄緑色のモミジのような髪型で、てっぺんのみが妙に逆立って伸びている。更に耳はやけに大きく広がっていて、大きく角ばった鼻にギルドの紋章が入っている。一方の『ザトー』と呼ばれた男は、黒に近い紫色のアフロに紋章が入っており、先が尖っている耳に、目元にはサングラス。口に金歯、顎はケツアゴ。両者共に大柄な体をしていた。

 

「誰だ!?」

 

「みんな!周り見て!!」

 

グレイが後ろの二人に気を取られていると、シエルはあることに気付いた。先程まで気配も感じなかった周りに、突如何人もの魔導士が現れた。色はバラバラだが似たデザインのジャケットと、妙に顔立ちがサルに見えることが共通点。そして何よりジャケットに刻まれている紋章がどれも同じ。しかも最初に現れた巨漢二人と同じものだ。

 

「ちょ……ちょっとぉ……!囲まれてるわよ!!」

 

茂みから現れたり、木々の上に乗っていたり、サルの鳴き真似と動きで興奮した様子でこちらを取り囲んでいた。

 

「ニルヴァーナの影響だってな」

 

「さっき言ったぜ、ガトー兄さん」

 

「そうだったかい?ザトー兄さん」

 

「うほぉ!!サルだ!サルが二匹いんぞオイ!!」

 

何故か二人とも互いを“兄さん”と呼んでいるリーダー格と思われる二人の男を目にし、ナツは何故か妙にテンションを上げだした。わざわざサルの真似をして。

 

「こいつら妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ!!こいつらのせいで……!!」

 

「オオ!もう一匹増えたー!!」

 

もう一匹……否もう一人スキンヘッドのサル顔魔導士が、怒り心頭の様子でこちらを指さしている。奴等は闇ギルド裸の包帯男(ネイキッドマミー)六魔将軍(オラシオンセイス)傘下の一つであり、かつて六魔への上納金を確保するため、アカリファの商業ギルドLOVE&LUCKYを強襲した。しかし、その計画はルーシィによって阻止され、実行した一団は一部を除いて軍に連行された。

 

その内の逃げた一部の一人が、このスキンヘッドの男である。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)傘下、裸の包帯男(ネイキッドマミー)

 

「ぎゃほおっ!!遊ぼうぜぇ」

 

リーダーであるガトーとザトーがこちらに拳を向けて戦闘態勢を見せる。どうやら六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下ギルドが、彼らの命によって集められているようだ。そして恐らく狙いは、連合軍の始末。

 

「やられた……!敵は6人だけじゃなかったのね……!」

 

多勢に無勢。六魔のみなら数的有利を利用できていたのに、今度は逆の立場となった。それもこちらは戦える魔導士3人に対し、明らかに十倍以上の差が存在する。しかし、シャルル以外に焦る者はいなかった。むしろその逆だ。

 

「丁度良かった、運がいい……!」

 

「はぁ!?」

 

挑発的な笑みを浮かべて言い放つシエルに、シャルルは彼の正気を疑う。だが残り二人もシエルと同じだった。

 

「全くだ」

「ウホホッ!運がいいウホー!!」

 

「何言ってんのよアンタ達!早く突破して逃げないと!!」

 

「逃げる必要がどこにあんのさ?」

 

焦りを孕んで3人に告げるシャルルに、自信満々に返しながら、シエルは右手に展開した雷の魔力を握り潰す。そして体全体に雷の魔力を纏わせた。そしてナツとグレイも、それぞれ片手に炎と氷を纏い、周りの奴等に対して戦闘態勢を整える。

 

「折角向こうから出てきてくれたんだ」

 

「奴等の拠点の場所を聞き出す」

 

「待ってろよ、ハッピー!ウェンディ!」

 

その口ぶりを聞いていた裸の包帯男(ネイキッドマミー)も、更に敵意を剥き出しにしていく。明らかにこちらをなめたような態度。それに対して苛立ちを抱かない訳がない。

 

「なめやがってクソガキが……」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)傘下、裸の包帯男(ネイキッドマミー)

「何で二回言うんだ!!」

 

「ぎゃほほ、終わりだぞテメーら」

 

その言葉を皮切りに、裸の包帯男(ネイキッドマミー)は更に興奮を高めていく。サルの鳴き真似でリズムを取りながら、こちらを挑発するように笑みを浮かべて追い詰めていく。だがそれを見てもなお妖精3人の余裕を感じさせる笑みは消えない。

 

「何なのよ……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士は……!こんな大勢相手に勝てると思ってるの……!?」

 

数の不利を全くもって気にしていない妖精たちに、唯一戦う力を持っていない彼女はただただ戦慄することしかできなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そして、傘下闇ギルドの襲撃を受けているのはシエルたちだけではなかった。

 

聖十(せいてん)と堕天使を討ちとれぇーー!!」

 

一人の男が号令を出すとともに、一斉に武器や魔法を携えて二人の男に向かって駆けだしていく。その数は百に及ぶ。しかし、相手があまりにも悪すぎた。

 

「岩鉄壁!!」

 

聖十(せいてん)の魔導士が操る地面から現れた固い岩の柱に、ある者は打ち上げられ、ある者は地に埋め込まれ、ある者は横に吹き飛ばされる。

 

「行け、グレイプニル!!」

 

神器使いが操るは橙の炎を灯した鎖。彼の意のままに宙を動くそれは近づいてくるものを縛り上げて炎に包み、時として激しくしなり闇の者たちを吹き飛ばしていく。

 

あまりにも次元が違う。魔導士の中でも規格外の強さを持つ二人の魔導士に、六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下のギルドたちは、完全に勢いを殺され怖気づいている。

 

「ば、バカな……!我ら無音の丘(サイレントヒル)に加えて、ギルド三つ分の戦力を揃えているというのに……!」

 

指示と激励を飛ばしていた男は、次々と気絶した者の山を築いていく二人の魔導士に対して、戦意を喪失していた。三つの闇ギルドを同時に相手して、たった二人にそれを圧倒されるなど、考えてもいなかった。

 

「さて、残るは一人……」

 

「ひっ!!」

 

「覚悟はいいか?」

 

そしていつの間にか自分以外の全員を倒されたことに気付いたその男。最早彼に安寧の選択肢は用意されていなかった。




おまけ風次回予告

シエル「天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)かぁ…。気のせいかな、“天”に関する言葉をここ最近よく聞いている気がするんだよね」

ナツ「そうか?そんなに多かったっけ?」

シエル「まず俺が使う天候魔法。少し前に戦ったジェラールの天体魔法。それから兄さんも天に愛されし魔導士なんて呼ばれてて、結構よく聞くんだよね…」

ナツ「あ、そういやオレも聞いたぞ!聖テン大魔道もその一つだよな!」

シエル「それは“テン”違いだよ…」

次回『ウェンディ救出戦線』

ナツ「ん?違うのか?じゃあテントウは?トクテンは?マグノリアテンとか…そうだ、テン丼はどうだ!?」

シエル「ここまで色々ズレてると俺がテンを仰ぎたくなるよ…」


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第49話 ウェンディ救出戦線

今日でついに、この作品を初投稿してからちょうど一年を迎えました!

出来る限り一週間に一話。あらかじめ決めておいたルールで今も尚続けられていること、すごく感慨深いです。
けど書きたいシーン、頭に浮かぶシーンは未だ多々存在するので、何とかこれからも続けていきたいです。

仕事とか他にも色々なものに振り回されて遅れるかもしれませんが、よろしくお願いします!


樹海の一角。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の三人に対して十倍以上の物量差で囲んでいるのは闇ギルド裸の包帯男(ネイキッドマミー)。その中のリーダーである二人の男、ガトーとザトーは数的不利であるはずの妖精たちを様子見しながら雑談していた。

 

「オレたち裸の包帯男(ネイキッドマミー)の恐ろしさ、思い知らせてやろうぜ……ザトー兄さん」

 

「ぎゃほー!さて早いトコやっちまおーぜ、ガトー兄さん」

 

「そーだな、オレたち裸の包帯男(ネイキッドマミー)の恐ろしさ、思い知らせてやろうぜ……ザトー兄さん」

 

「それさっき言ったぜ……ガトー兄さん」

 

「そうかい?ザトー兄さん……だが裸の包帯男(ネイキッドマミー)の恐ろしさを……」

 

「野郎どもやっちまえ!!」

 

よく分からない兄弟漫才(何故かどちらも兄のようだが)もそこそこに、ザトーの号令で一斉に囲んでいた魔導士たちが3人目掛けて駆け出してくる。しかし妖精たちに焦りはない。むしろようやくかかってきた闇ギルドの者たち相手に待ちくたびれていたと言わんばかりだ。

 

「うおおおおっらあっ!!」

 

迫りくる魔導士たちに対してすぐさま散開した三人。その内の一人であるナツが拳に炎を纏い、密集する地帯を殴りつけ、その位置に群がる一団を爆炎で吹き飛ばす。

 

「せっ!やああああっ!!」

 

辺りに土煙が舞い上がり、視界が悪くなった隙をついてナツの背後から一人の男が剣を振りかぶろうとするも、雷の速さでシエルが男の腹に拳を突き立て、そのまま後ろにいる集団へと自ら突っ込み、感電させる。

 

「おおおぉらよぉ!!」

 

それを遠くから見ていた一人が魔法銃を構えて照準を合わせたところを、グレイがその男の顔面を掴んで氷漬けにし、その勢いのままさらに密集している者たち目掛けて氷結の河を発動し、打ち上げる。

 

両腕に炎を纏って振り回すナツ。造形でいくつもの氷山を作り上げて一蹴するグレイ。そしてシエルはここぞとばかりに裸の包帯男(ネイキッドマミー)の者たちを恐怖に陥れる。

 

「天候は雷……後!台風(タイフーン)!!」

 

樹海の中に突如として吹き荒れる雨風。闇の者たちは紙切れの如く吹き飛ばされ、次々と樹海の木々に叩きつけられる。これだけでも相手にとっては大きな絶望を与えられる仕打ちなのだが、雨風を耐えようとしている者には、雷光となったシエルが物理攻撃で追撃して更なる犠牲が増える。

 

「ナツ!グレイ!ボスザル二匹はそっちに任せる!残りの雑魚共は俺が引き受けた!!」

 

『なぁっ!?』

 

蹂躙しながら二人に告げた言葉に、当事者のみならず物陰に避難していたシャルルも衝撃で声をあげた。

 

「な、何言ってるのよあいつ!ただでさえこっちが数少ないのに、まだあれだけいる人数を一人で請け負う気!?」

 

初撃で大分数を絞れたとは言えまだ半数以上残っている。それらを全て一人で相手するのはあまりにも無謀だ。少なくともシャルルはそう思っている。他の二人と先程のように連携しながら対処する方が確実な方法だと思うのだが……。

 

「ふざけんな!お前ばっかおいしい思いすることになんだろ!」

 

「オレにもよこせー!!」

 

「そうじゃないでしょ!?バカしかいないの、このオスども!!」

 

やはり無謀と感じていたのはシャルルのみだ。後の二人は取り分を根こそぎ横取りされるとしか思っていない。とんでもないバトルジャンキー思考の男たちに、彼女の声を荒げた叫びが響く。

 

「別にそれでもいいかもしれないけどさ、ここでモタモタしていたらウェンディ達に何が起こるか分からないだろ?」

 

掴みかかるようにシエルに迫っていた二人は、本人から告げられた言葉に、不満を現した表情を引っ込める。シエルの魔法は多人数相手に真価を発揮する。奴等の中で実力の高いザトーとガトー相手にどれだけ対抗できるかは不明だが、タイマンで戦いなれているナツとグレイがそれぞれを相手にし、その他の者たちを先程の台風(タイフーン)のように一掃した方が戦力と時間、効率を鑑みて最適解だ。

 

手っ取り早く奴等を下し、六魔の居場所を突き止めて彼女たちを救出する。それがシエルが考えて導き出した結論である。これには不満気な顔をしていた二人も反論できない。反論したくても言葉が出てこない。その間に更なる増援が彼らの元へと一斉に襲い掛かってくる。

 

「ずっと無言って事は肯定と了承と捉えるね。そんじゃよろしく!」

 

「「あ!!」」

 

雷光を纏ったまま垂直に急上昇して消えたシエルに目を剥いて固まるナツたち。その間に再び雲を具現し、雷の魔力を射出。落雷(サンダー)を発動してシエルから見て前方に迫りくる一団に炸裂させた。

 

「まだまだぁ!」

 

方向を転換し、後方から来ていた敵には砂嵐(サーブルス)で纏めて吹き飛ばす。そしてすかさず空中を移動してさらに奥に待機していた一団へと向かい、竜巻の魔力を細長い槍の形へと変化させる。

 

風廻り(ホワルウィンド)(スピア)!!」

 

勢いよく投擲された風の槍が地に突き刺さり、そこを起点に激しい風が舞い上がる。近くにいた者たちは当然上空へと投げ出され、追い討ちに雷光の速さで打撃を食らって地に叩きつけられていく。

 

「おのれぇ……あのガキ!!魔導散弾銃でもくらいやがれっ!!」

 

魔法の効果で滞空しているシエルに向かって、スキンヘッドのサル顔魔導士が散弾銃を乱射する。少年の顔や胸目掛けて飛来してくる銃弾を確認し、シエルはその表情を微かに驚愕で染めた。そしてその表情を変えぬまま手を胸や顔の前に何回か動かす。その行動の意図が分からず、銃弾を当てたはずのサル顔魔導士は「は?」と間抜けな声を漏らす。そしてシエルが握っていた右手を開くと……。

 

 

 

 

「出来ちゃった」

 

その右手には男が乱射した魔法弾が一つ残らず収まっていた。まさか素手で受け止められるとは。自分の反応速度も速くできる雷光(ライトニング)の効果で銃弾が遅く感じ、思わず止めてみたら本当に出来てしまった。自分でもビックリだが、もっとビックリしているのは散弾銃を撃ったサル顔魔導士の方だろう。

 

「ば、バケモノォ……!!」と引き攣った悲鳴を上げるその男は、雷光を纏ったまま急接近したシエルの踵落としを脳天に食らい、地に埋められた。

 

「はあ……しゃーねーな。ここはあいつの言う通り、あのボスザル二匹で我慢しとくか」

 

「うっし!さっさとぶっ飛ばしてシエルに加勢してやろーぜ!」

 

宣言通りに一人で魔導士たちを蹂躙していくシエルの姿を見て、残る二人は彼の提案通りにボスザル二人と向かい合う。対峙している方は、先程の少年も含めて完全にこちらを下に見ている発言に多少の苛立ちを感じながら、ナツたちに向き合っている。

 

「ザトー兄さん、あのチビもこいつらも舐めてやがるよ」

 

「みてーだな、いっちょやってやろうぜ、ガトー兄さん」

 

「あのチビもこいつらも舐めてやがるよ」

 

妖精二人とボスサル二匹。多数を相手に大暴れする少年を背景に、ぶつかり合いが始まった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

結論から言えば、ボスザル二匹は他と違って確かに強かったが、ナツとグレイには遠く及ばなかった。周りの、シエルが倒したと思われるギルド員たち同様に、地面に横たわって再起不能の状態となっているザトーとガトー。倒した二人は多少消耗しているが、余力はまだまだ十二分にある。

 

「おっしゃ!ようやくぶっ倒したぞ!!」

 

「ふぅ、意外とやるじゃねーか」

 

両腕を掲げて高笑いをするナツと、思った以上に実力があった二人に対してひと息を吐くグレイ。だが彼らにとってこれは終わりじゃない。親玉は叩いたが、まだ他のメンバーたちが残っているはず。

 

「おいシエル、ボスザル共は片付けたぞ!今加勢に……ってこっちも終わってるーっ!!?」

 

まだまだ戦い足りない様子のナツが少年の方に振り向くと、彼も既に戦いを終えていた。彼の魔法によって再起不能になった魔導士たちの山の頂上に腰掛けながら、「おつかれー」とこちらに腕を上げて声をかけている。彼もまだ余力はあるようだ。

 

「嘘だろ……裸の包帯男(ネイキッドマミー)が、たった3人の魔導士……しかも大半はチビ一人にやられるなんて……」

「嘘だろ……裸の包帯男(ネイキッドマミー)が、たった3人の……」

「それさっき言ったぜ、ガトー兄さん……」

 

こんな結果は万に一つも想像できなかったらしいザトーとガトーが、漫才をしながら今の現状に嘆く。特に一番弱そうに見えたシエルが、ギルド員の大半を災害級の魔法を連発させて蹂躙してくるとかどうやって予想しろというのか、と言いたくなる。

 

「な、何なのよこいつら……!相手はギルド一つだったって言うのに……!!」

 

木の陰に隠れて様子を見ていたシャルルはただただ驚愕していた。たった3人の味方が何十人もの魔導士で構成されたギルド一つを圧倒した光景。この世のものとは思えなかった。特に度肝を抜いたのは、大半の物量を受け持ち、宣言通りに全滅させた少年だ。

 

最初の印象は生意気なオスのガキ。凄い魔法を扱って大活躍していると、彼女の相棒である少女が言っていたが、あの大立ち回りを見せられれば否が応にも納得させられてしまう。

 

「さて、次は……」

 

屍の山から降り、ボロボロになったボスザルの片割れ、アフロヘア―のザトーの近くまで歩いてきたシエルは、彼の胸ぐらを右手で掴み上げる。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)の拠点の場所はどこなのか、教えてもらおうか?」

 

「言うかバーカ、ぎゃほほほ……」

 

当初の目的だ。闇雲に探すよりも確実に特定することが出来る。しかし彼らも六魔の傘下だ。そう従順になって教えるわけもない。予想通りとも言える返答にナツが顔に怒りを募らせて殴り掛かろうとしていたが、それよりも先にシエルが動いた。「そうか……」とだけ呟き、左手で彼の襟首を持ち直してから右手を離し、横たわっている状態の裸の包帯男(ネイキッドマミー)のギルド員たちに見えるようにザトーの正面を向ける。

 

日射光(サンシャイン)気象転纏(スタイルチェンジ)光陰矢の如し(サニーアローズ)

 

彼の行動に敵も味方も意図が読めず首を傾げていると、右手で小太陽を創り、器用に何本もの光の矢へと変化させる。そして倒れている敵側に向かって黒い笑みを浮かべながらこう言った。

 

「誰でもいい。奴等の拠点の場所を吐いてもらおうか。拠点のこと以外の無駄口を叩いたら……無駄口一つにつき一本、ザトー(こいつ)にこの矢を突き刺していく」

 

『何ィ!!?』

 

身体は動かないが口は動かせる者たちの声が響いた。ついでに味方も驚愕の表情だ。

 

「ま、マジで言ってんのかあのガキ!?」

 

「やるわけねぇ!ハッタリに決まってる!!」

 

自分たちのような闇ギルドの魔導士じゃあるまいし。しかもあんな子供がそのような拷問をするわけがない。そんな前提知識を持っている者たちがまるで自分たちに言い聞かせるかのように叫ぶ。だがしかし。

 

「無駄口叩いたな?んじゃ一本目」

 

何の抵抗も無く躊躇いも無く。特に感情的な表情も浮かべずに矢の一本を指で動かしてザトーの背中に本当に刺した。当然高熱の細長い光を差し込まれたザトーは「ぎゃほおっ!?」と痛みを訴える悲鳴を上げる。その光景に再び敵味方含めて驚愕の声が上がった。

 

「や、やりやがった!!ホントにやりやがったぞあのガキィ!?」

 

「あ、また無駄口。もう一本追加ね」

 

「ぎゃほほおっ!!?」

 

「あ、そう言えば一本刺す前、無駄口叩いたの二人いたな。追加で一本刺しとくか」

 

「ぎゃほほほほお~っ!!!」

 

あっという間に光の矢を三本刺されるザトー。苦悶の悲鳴を上げまくる自分たちのボスを何の躊躇も無く痛めつける子供の姿に裸の包帯男(ネイキッドマミー)の魔導士たちは一気にその顔を青ざめさせていく。

 

「ふ、ふざけんじゃねーぞクソガキぃ!!これが人に何かを尋ねるような態度かぁ!?」

 

「はいまた無駄口叩いたからもう一本」

 

「ぎゃあほおっ!?オレもかよお!!?」

 

痛みに悶えて苦しみながらも自分の仕打ちに対して反論するザトー。しかしそんな言葉もどこ吹く風。機械的にもう一本光の矢をブスリと差し込んで強制的に途切れさせた。

 

「テメェ、ザトー兄さんに何しやがんだ!」

 

「おいガトー兄さん!今は余計な事言わねーでくれ!!」

 

「無駄口二つ出てきたから二本追加ね~」

 

「あぎゃほぉうおーっ!!」

 

兄(?)に対する仕打ちに我慢ならなかったガトーがそう告げたためにさらに二本同時に刺されると言う事態に。いくら敵側の……闇ギルドの者たち相手だからってこれはもう見てられない。拠点の場所を聞き出すにしては度が過ぎている。そう思った味方側の内の一人、グレイが恐る恐るシエルを止めようと動いた。

 

「お、おいシエル……さすがにそりゃあやりすぎなんじゃ……」

 

「あ、また無駄口出てきたからもう一本……」

 

「いやオレ味方なんですけどーっ!!?」

 

しかしグレイの声を耳にした瞬間またも一本ザトーに矢を突き刺していく。ダメだこりゃ。誰が止めようと動いても全然聞きそうにないぞこれ。

 

「テメェ、ザトー兄さんに何しやがんだ!」

「さっき言っただろガトー兄さん!!!」

「あれそうだったかい?ザトー兄さん」

 

「三本追加~……」

 

「わ、分かった!分かりました、言います!!言いますからもう勘弁してくださいお願いしますぅ!!!」

 

どこか目が怪しく光っているように見えるシエルが、指を三本立ててザトーの背中を狙っているのを見ながら、恐怖で涙を流したスキンヘッドのサル顔魔導士は完全に心を折られて六魔の拠点の場所を告げた。彼も含め、裸の包帯男(ネイキッドマミー)にはトラウマが植えつけられることとなった。

 

「あいつ……ここまでするような奴だったっけ……?」

 

「もうどっちが闇ギルドなのかわかりゃしないわ……」

 

あまりにも無慈悲な()問を行った少年を見て、思いっきりナツやシャルルがドン引きしていた。無理もない。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

四方を滝で囲まれ、それによって流れてくる川と、それが集う池。その池に一つの小島が浮かび、滝側の洞窟に行けるように点々と岩の足場が設けられ、大昔に人が住んでいた形跡が残っている。

 

裸の包帯男(ネイキッドマミー)に吐かせた、西にある廃村。かつては古代人の都があった場所であり、丸太を縦に組んで作られた扉が付いている洞窟は、村の神事の際に巫女が籠り、神託を得たと言われている。

 

「ここがその村か……」

 

「ちっと時間がかかっちまったな……」

 

ようやくたどり着いた、と言いたげなこの反応。実を言うとここに来るまでにもう一つ戦闘があった。戦った相手はかつて、呪歌(ララバイ)を利用してギルドマスターたちの呪殺を企んでいた闇ギルドの鉄の森(アイゼンヴァルト)で、唯一軍の手から逃れていた元エースの死神エリゴール。鉄の森(アイゼンヴァルト)亡き後、六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下ギルドを用心棒として点々としながら力をつけ、自らの野望を打ち砕いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ復讐する日を待ち望んでいた。

 

しかし力を上げていたのはかつて彼と対峙したナツも同様であり、更に言えば現時点のエリゴールすらも大きく上回っていた彼の力によって、エリゴールは大敗を喫した。しかし以前の様にギルドマスターへの報復と、力を求めて凶行に走った狂気はなりを潜め、ナツの言葉を聞いて気付かされたとは言え、一人の魔導士としてナツという相手に勝とうと戦った彼は、どこか清々しい表情すらしていた。

 

激闘を終えて移動し、ついに六魔将軍(オラシオンセイス)の拠点があると言っていたこの廃村に着いた。

 

「ハッピー!ウェンディー!」

 

「ちょっと!敵がいるかもしれないのよ!?」

 

廃村があるのは滝の下。滝が流れる崖上の高台からナツが囚われている二人の名を呼ぶ。奴等の拠点という事は勿論誰かしらそこにいると仮定される。それを考えずに名を呼んだナツに、シャルルは焦りだす。だがもう遅い。ここに自分たちが辿り着いたことは恐らく気付かれた。敵がいつ来てもいいように警戒しながら、崖下の廃村まで降りる方法を考えねば。

 

 

 

 

しかしそれよりも速く、こちらへと攻撃を仕掛けてくるものが現れた。目にも止まらぬ速さでこちらに打撃を打ち込んできたその男は、先程もその驚異的なスピードでこちらを圧倒してきたレーサーだ。

 

「またあいつだ!」

 

崖下から超スピードで駆け上がり攻撃を仕掛けてきたレーサーの姿を見て一気に警戒する3人。一方のレーサーは自信に満ちた様子で木の枝に立ちながらこちらを見下ろしている。

 

「コイツの相手をしてる余裕もないのに……!」

 

「ここは任せろ!お前らは早く下に行け!!」

 

一刻も早くウェンディ達を助ける為にもレーサーの足止めを買って出るグレイ。それに応え、下に向かおうとする二人をこの男が見逃すわけもない。

 

「行かせるかよ」

 

枝から急降下してシエルとナツの動きを止めようとするレーサー。しかし、その足が彼等には届くことはなかった。

 

「おっ!?ぎゃ!!」

 

下りるために伝った木がグレイによって氷に包まれ、その影響で足を滑らせてしまい、背中から落下した。これはまたとないチャンスだ。レーサーが起き上がる前に崖下へと向かうため、すぐさまシエルたちは動く。

 

「今だ、乗雲(クラウィド)!!」

 

すぐさま移動するために浮遊する雲を具現し、向かおうとするシエル。そしてナツも、ハッピー同様(エーラ)で飛行できるシャルルに運んでもらおうと振り向く。

 

「シャルル!羽……あ……!」

 

だが先程レーサーから受けた一撃で、シャルルは目を回して倒れていた。直ぐの復帰は難しそうだ。レーサーが起き上がるよりも先に起きてくれることも無いに等しい。

 

「シエル、シャルルを連れて行け!」

 

「わ、分かった!」

「え、何!?」

 

正直迷ったが、ナツはグレイと共に残ることを選んだ。雲の上に乗るシエルにシャルルの身体を下投げで託し、託されたシエルはそのまま一直線で崖下の廃村へと向かっていく。その勢いで意識だけは戻ったシャルルが、突如感じた思わぬ急降下に悲鳴を上げる。

 

「てめぇ……このオレの走りを止めたな……」

 

「滑ってコケただけだろーが」

 

「何ならもっかいコケとくか?」

 

自分の走りを止められたことで苛立ちを感じるレーサーに、不敵に笑いながらグレイとナツは再び彼と向き合った。

 

一方崖下に到達し、雲を解除したシエル。回復した様子で(エーラ)で飛行するシャルルと共に廃村内を捜索していく。

 

「ウェンディー!ハッピー!どこだー!?」

 

「ウェンディー!」

 

見渡す場所には二人の姿も、レーサー以外の六魔も見当たらない。どこかの屋内にいるのか。名前を反芻して彼らの姿を探す。すると、洞窟の中からその声は聞こえた。

 

「シエルー!!」

 

「この声は!」

 

「あの中よ!」

 

反響してこちらに届いたハッピーの声。方向から察するに、少なくともハッピーがあの洞窟の中にいることは間違いない。すぐさま岩の足場を飛び越え、洞窟の中へと二人は駆け足で入っていく。

 

「な……何だ、コレ……?」

 

足を踏み入れた瞬間、二人は言葉を失った。洞窟の最奥。儀式を行う祭壇のような飾りやいくつもの蠟燭に火が灯っているその空間。奥地には髑髏の杖を持つ男ブレイン。比較的近い場所で横たわりこちらに涙を浮かべた目を向けるハッピー。蹲り、涙を流して謝罪の言葉を繰り返しているウェンディ。それ以外に、六魔とも連合軍とも違う一人の人物が立っていた。

 

背は比較的高く、髪は短く色は青藍。上半身に纏っているのは黒のインナーのみ。後ろ姿でしか視認できないが、シエルはその人物に見覚えがあった。それも、記憶に新しくとても印象的な姿。

 

「お前は……!!」

 

その声に反応するようにこちらへと振り向いたその男。

 

 

 

 

右目の上下に紅い紋章のような刺青が刻まれた美青年。

 

それはシエル、そしてエルザやナツにとっても忘れることが出来ない因縁深い人物。

 

 

「ジェラール……!!?」

 

ジェラール・フェルナンデス。楽園の塔にてシエルを大いに苦しめ、圧倒した、天体魔法の使い手。エーテリオンの暴発に巻き込まれたはずのその男が、今ここに生きて存在していた。

 

「ごめんなさい……!っ……ごめん……なさいっ……!この人は私の……恩人……な、の……!!」

 

涙を流し、嗚咽混じりにその青年を見上げて告げるのは、ブレインによって連れ去られていたウェンディ。しかし、今のシエルに彼女のその言葉が届いたかどうかは非常に怪しい。

 

「ウェンディ!あんたまさか、治癒の魔法を使ったの!?何やってんのよ!その力を無闇に使ったら……!!」

 

シャルルはウェンディが告げた言葉に、今彼女の近くに立っている青年に治癒の魔法を使ったと想定し、声を荒げる。魔力の消費が激しい治癒の魔法。その力を頻繁に使えばその魔力の消費は激しい。

 

それを体現するように、涙を拭って謝罪の言葉を告げていたウェンディは意識を失い、そのまま倒れてしまった。それを見て彼女の名を叫ぶシャルル。それを耳にし、そして倒れこむ彼女の姿を目にし、シエルは衝撃を受ける。

 

そして唐突に蘇ってきたのは、楽園の塔でのこと。8年という歳月、かつての仲間を騙して塔を作らせ、ゲームと称して自分たちを暗殺ギルドの者たちと戦わせ、評議員に潜入し、エーテリオンと言う破壊魔法を利用して己が野望を叶えるため、エルザやかつての仲間、自分たちを己の掌で踊らせ、その心を弄んだ、今目の前にいる男の所業を……。

 

「ジェラール……お前ぇ……!!」

 

あの時感じた怒り、湧き上がった憎悪、それが再び蘇り、さらに彼の近くには倒れこんだウェンディの姿。心の奥底から噴火するように爆発した激情のまま、右手に雷の魔力を具現して握り潰す。すぐ横で少年の異変を察知したシャルルが驚愕して声をかけるのも相手にせず、雷光を纏い地を踏みしめて、一気に駆け出した。彼の目に映っているのは、討つべきその敵。

 

 

「ウェンディに何をしたァアーーーーッ!!!」

 

拳を振り被ってその青年を殴り飛ばそうとするシエル。地を蹴ってから肉薄するまでの時間はまさに一瞬。終始余裕の表情を浮かべていたブレインが、目で追えていないらしく突如消えたシエルに驚愕している。気付いた時には彼の雷の拳がジェラールを捉える……

 

 

 

 

 

 

よりも先に、ほぼ同時に掌を差し出していたジェラールの閃光の波動が、シエルを飲み込んでその身体を吹き飛ばした。

 

ほぼ反射的。己の身の危険を感じとったジェラールの本能がその身体を動かしていた。眉一つ動かさずに、何の動揺も浮かべないまま小さな少年の攻撃に即座に反撃を行った。

 

そして攻撃を受けたシエルは悲鳴を上げることもできないまま岩の壁に叩きつけられ、その勢いで崩れた瓦礫に半身を埋めることになった。

 

「……相変わらず、凄まじい魔力だな」

 

ようやく、シエルが攻撃を仕掛けてジェラールに反撃された事実を理解したブレインが、彼に向けてそう告げる。だが、声をかけてきたブレインに対して、ジェラールは腕を振るう。するとブレインの足元が突如崩落し、彼は驚愕の声をあげながらジェラールが作った穴に落ちて行った。

 

あっという間に二人を行動不能に陥れたジェラールは、シエルを案じて駆け寄るハッピー、ウェンディを案じて近くまで来たシャルル、そしてこの騒動の中で唯一目を覚まさず眠り続けているミッドナイトに目もくれることなく、真っすぐに洞窟の外へと歩いて行った。

 

「シエル、しっかりして!」

 

彼の後ろ姿を呆然と眺めて見送るシャルルは、ハッピーの声でその視線を外す。痛みをこらえながら瓦礫をどかし、先程自分に反撃したジェラールに苛立ちながらその名を呟く。

 

「くそっ……あいつ……!!」

 

頭を手で押さえながらシエルは辺りを見渡すも、既にジェラールの姿はどこにも見えない。あのまま放っておいたら何をしでかすか分かったものではない。無視するわけにはいかないとジェラールが行ったであろう洞窟の出口を睨みつける。

 

「あいつが何者なのか知らないけどね、今はウェンディを連れて帰ることの方が重要でしょ?」

 

シャルルもようやく混乱から立ち直り、現時点で優先すべきことを告げると、シエルの目は見開かれる。そうだ。今自分たちがここに来た目的は、ジェラールではない。

 

「エルザを助ける為……ウェンディを、連れて戻る……」

 

「……分かってるならよろしい」

 

表情を様々なもので埋めて歪め、気絶しているウェンディに視線を向ける。そして紡いだ言の葉を聞いたシャルルは、彼が理解していることを察し、それ以外に何も口には出さなかった。ジェラールを置いておくわけにはいかない。だが今は、エルザの命を助ける為にも、ウェンディの身の安全の為にも、彼女を連れ戻すことが先決だ。

 

「シャルル、ウェンディをお願い。ハッピーは俺を抱えてくれる?」

 

「あいさー!」

「言われなくても!」

 

そうと決まれば即行動。シエルをハッピーが、ウェンディをシャルルがそれぞれ白い翼で抱えて飛び立つ。とにかくまずは、ウェンディをエルザの元へと連れていくことが最優先だ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方でレーサーと対峙しているナツとグレイ。だが二対一で戦っている彼らは苦戦を強いられていた。大木の幹に背中を叩きつけられたグレイは、高速で迫り蹴りをぶつけようとするレーサーの攻撃を、咄嗟に体を捻って躱す。

 

「おらぁ!!」

 

そこをすかさずナツが炎を纏って腕を振るうも、またも高速で動いて攻撃を避け、そのまま高い木の枝に着地する。ずっとこのパターンだ。超スピードで撹乱してくるレーサーの攻撃を受け続け、こちらの攻撃は瞬時に躱される。二人の攻撃は未だにレーサーの身体を一切捉えていない。

 

「オレのコードネームは“レーサー”。誰よりも速く、何よりも速く、ただ走る」

 

「くそ!あんのトサカ野郎……!っ!?」

 

忌々し気に木の枝で仁王立ちするレーサーを睨みつけているナツ。しかし突如目を見開いて後方を勢いよく振り向いた。何かを察知して衝撃を受けたような、驚愕の表情を浮かべながら。

 

「この……匂いは……!」

 

「よそ見とは余裕だな」

 

明らかな隙。それを突かない理由はない。瞬時に肉薄したレーサーの声に気付くも遅し。顔、腹、胸の順に拳と蹴りの乱打を受け、ナツの身体が後ろに飛んでいく。

 

「何やってんだクソ炎!!」

 

敵から意識を外して油断していたナツにグレイの怒号が飛ぶ。それに一言文句を言おうとしたナツは、目に映ったある光景にその言葉を飲み込んだ。

 

木々の隙間から見える空に、二匹の空飛ぶネコに抱えられた、小さな体の男女。それが飛行して横切るのを見たナツが、途端に表情を喜色に染める。

 

「ハッピー!ウェンディも一緒だ!」

 

「助け出したか!」

 

ナツの声で続いて気付いたグレイも、表情に喜色を浮かべる。上手くいったようだ。単身で乗り込んでいったシエルに若干の不安があったが、無事な姿を実際に目にすると安堵が強くなる。

 

「バカな!?中にはブレインがいたはずだろ!どうやって!?」

 

そしてもう一人、レーサーもまた彼らの姿を見て表情と声に驚愕を込める。自分たちの司令塔がいた仮説拠点から、何故無事に治癒魔法使いの女を助け出せたのか、彼には分からなかった。

 

「決まってんだろ!シエルがぶっ飛ばしたんだ!」

 

「あいつ……怒らせると相当こえーからな」

 

一方でナツたちはあの少年が勝ったことを疑わない。特にグレイには先程裸の包帯男(ネイキッドマミー)に行った仕打ちが記憶によく残ってるらしい。あの状態ならブレインを倒せてもおかしくないと断言できる。

 

「くそっ!行かせるか!!」

 

「シエル!避けろぉ!!」

 

慌ててレーサーは大木を伝って一気に駆け上がる。彼の意図を理解してグレイがシエルにそう伝えるも、対処するには遅すぎた。シエルが、グレイの声に反応しレーサーの存在に気付いた時には、四人揃って彼に蹴り落とされてしまった。このままでは激突する。それぞれバラバラの位置に落下しそうになるのを理解したシエルが即座に動いた。

 

「くっ、乗雲(クラウィド)!」

 

落下中に自分の下方向へ雲を具現して受け止め、その後すぐに気絶したままのウェンディの元へと向かう。自分が普段移動するよりも速く移動できる雲で先回りしたため、彼女を地面にぶつけることなく受け止められた。一安心。

 

「ハッピー!シャルル!」

 

「問題ねぇ!急げ!!」

 

そして後回しにしてしまったネコ二匹は、いつの間にか駆け寄っていたナツによって受け止められていた。しかし先程のレーサーの攻撃で両者気絶してしまっている。

 

「行かせねえって言ってんだろ!!」

 

しかしそれを黙って見ている程レーサーも甘くない。即座にウェンディを奪い返そうと超速でこちらに向かってくる。

 

「アイスメイク……『城壁(ランパート)』!!!」

 

しかしその走りは、グレイによって再び止められた。シエルたちを庇うように前方に出たグレイが、高さ十メートル、横幅数十メートルはあろう巨大な氷の壁を造り上げる。その規模はさらに横方向に広がり、如何に超速を誇るレーサーであろうと向こうに行くことは出来ない規模になった。

 

グレイとレーサー、二人がいる氷壁の向こう側に隔てられたシエルたちは、それを見て驚愕に目を見開いた。

 

「「グレイ……!」」

 

「行けよ……!こいつは、オレがやるって、最初に言ったろ……!」

 

今発動した大規模な魔法で急激に魔力を消耗。それによって息を切らしながら告げたグレイ。二人がかりでさえ苦戦した相手に一人で、それも魔力を使い過ぎて消耗したばかりの状態で対峙すればただでは済まない。

 

「ならオレも残るぞ!シエルがウェンディを連れて行けば、エルザも……」

 

「いいから行きやがれ!」

 

ここでシエルだけがエルザの元にウェンディを送り届ければ、グレイに加えてナツもこちらに集中できるだろう。しかし、グレイはそれを拒否した。これは彼の意地でもある。

 

「ここは死んでも通さねェ!行け!!エルザの所に!!!」

 

彼の覚悟を込めた言葉。そして城壁を保つために両手を広げるその後ろ姿。悲痛と心配を込めた表情でそれを見届けながら、二人もまた決断した。

 

「ハッピーとシャルルは任せろ!シエルは急いでエルザのとこに行け!」

 

「ああ!絶対……エルザを助けてみせるよ、グレイ!!」

 

ナツに応えてからグレイに告げ、ウェンディを乗せた雲と共に出来る限りの最速でエルザがいる方角へと飛行していくシエル。そしてナツもまた、グレイに背を向けながら、両脇に気絶するネコ二匹を抱え、静かに告げる。

 

「エルザは必ず助かる……だからお前も!あんな野郎に負けんじゃねーぞ!!」

 

「……当たり前だ……」

 

それだけを聞いて、ナツもまた駆け出した。シエルが先に向かった、エルザの元へと。仲間たちを背にし、確かに希望を託したグレイ。そんな彼が相手するのは、二度も走りを邪魔されたことで、怒りを表す最速の魔導士。

 

「貴様……二度もこのオレの走りを止めたな……」

 

「何度でも止めてやんよ。氷は命の“時”だって止められる」

 

膝をついて憎らしげに氷の城壁に手を置いて、グレイが告げる言葉に歯を食いしばって怒りを募らせる。レーサーにとって最大の屈辱だ。誰も追いつけない、逃れられない自慢のスピード。それを止められ、自分が追い付けないものをただ眺めることしかできないことは。

 

「そしてお前は永久に追いつけねェ。妖精の尻尾でも眺めてな」

 

仲間の背を追わせやしない。ここで確実に、奴の自慢の足を凍らせて止める。決意を胸に秘めた氷の魔導士が、速さを求める祈りに挑む。




おまけ風次回予告

ナツ「チクショー!グレイの奴、カッコつけた上においしいところまで持っていきやがって!」

シエル「いや~あれだけの事をされたら、確かにウカウカしてられないよね。俺達も負けないようにしないと!」

ナツ「おうよ!まずはエルザを治したら、すぐにグレイんとこに戻って加勢に行くぞ!」

シエル「そん時にはもう終わってるかもよ?俺に加勢しようとした時みたいに」

ナツ「何だとー!?」

次回『笑顔の魔法』

ナツ「つーかお前、さっきから何ニヤニヤしてんだ?ちょっと気持ち悪ィぞ?」

シエル「きもっ!?べ、別にニヤついてなんかいねーし!(ウェンディと)二人きりだからってテンション上がってなんてねーし!?」

ナツ「…やっぱ気持ち悪ィぞ、お前…」


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第50話 笑顔の魔法

何だかんだで50話目!週刊誌にして一年分!まあ、実質一年経ってるんですけどね。(笑)

今回はちょっと自分で書いといてあれですけどニヤニヤしながら見てました。(笑)
そして気付いたら文字数がまた凄いことになってました。でも間に合ってよかった!


樹海の中を走りながら、西の方角へ進む。うなじの近くで縛った、水色がかった銀の長い髪を揺らしながら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のペルセウスは一人、連れ去られたウェンディ達を助けるために駆けている。

 

「(奴等と衝突してから一時間……いや二時間は経過したか……。エルザの容態がどうなっているか、気になるところだが……)」

 

ジュラと二人で行動していたはずの彼が、何故今は単身で行動しているのか?それは、六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下ギルド三つを返り討ちにし、そのメンバーから六魔の拠点を聞き出した直後の事だ。ジュラはウェンディ達の救出をペルセウスに任せ、一人その場に残ることを決めた。大きな魔力が近づいていることに気付いたからである。

 

『ワシはここで、その六魔の一人を迎え撃つ。ペルセウス殿は西へ向かい、ウェンディ殿の救出を……』

 

奴等の内の一人が近づいていたのなら、自分も残り共に戦う事も一つの手だった。しかし今は毒に冒されたエルザを治すためにも、ウェンディの救出が最優先。故に六魔の相手をジュラに任せ、自分はウェンディが囚われている六魔の拠点へと急いで向かっていた。急がなければ。ウェンディの身に何が起きるかも分からない。時間をかけ過ぎたらエルザの命も危うい。その一心で必死に足を動かす。

 

 

そんな彼の耳に、空を切るような聞き覚えのある音が聞こえた。反射的に上空へと視線を移すと、その正体はすぐさま判明した。

 

「シエル!?それにあれは……」

 

人を乗せることが出来る雲で空中を移動する魔法、乗雲(クラウィド)に乗って上空を横切る弟。人間が移動するより大きく上回る速度で過ぎて行った弟の操る雲には、彼以外にも何者かを乗せていたのが見えた。

 

地上からでは、風に棚引く藍色の髪しか見えなかったが、その髪の人物には心当たりがあった。と言うより、一人しか当てはまらない。

 

「ウェンディを助け出せたか!」

 

これはまたとない好機。その上助け出し、今エルザの元へ彼女と共に向かっているのが弟であることを知り、ペルセウスは鼻が高くなるのを感じた。そしてこれで、もう自分が西に向かう必要がなくなったという事だ。となればやることは決まった。

 

ウェンディとエルザはシエルに任せ、六魔と一人対峙しているであろうジュラに加勢するため、ペルセウスは先程まで通った道を反転し、ジュラの元へと急いで戻りだした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

樹海の上空を雲に乗りながら移動し、気を失ったままの少女に淡い光を放つ小太陽をかざし続けるシエル。彼女が雲の上から落ちないように気を配りながら、エルザたちが待っているであろう地点を目指す。

 

淡い光を放つ小さな太陽――日光浴(サンライズ)――をウェンディに当て続けるのは、彼女の魔力を回復させることが主な目的だ。シャルルの話によれば、彼女が扱う治癒の魔法は魔力を大きく消費する。もしこのままエルザの元に早く辿り着いても、彼女の魔力が不足していることで満足に治癒効果が発揮できない可能性がある。それを解決するために、移動しているこの時間を利用して、彼女の回復を行っているのだ。

 

「方角は……こっちであってたかな……?」

 

樹海を駆けていた時の記憶を頼りに大まかな方角へと雲を向けて進んでいく。見渡す限り鬱蒼と茂っている木々が先の先まで続いており、正確な位置が特定できそうにない。仕方なく先へと進み、一刻も早くエルザの元に着こうと考える。

 

「ん……うぅん……?」

 

光に当て続けてから10分ほどが経った頃だろうか。雲の上で横になっていた少女が身じろぎ、徐々にその瞼を開こうとしていた。魔力が回復してきたことによって、意識を取り戻したと思われる。

 

「ウェンディ、気が付いた?良かった!」

 

彼女の意識が戻ったことに気付いたシエルが表情を喜色に染め、彼女に目を合わせる。戻りかけの意識でシエルを視界に入れた少女は、その瞬間突発的に覚醒して、すぐにその身を起こした。

 

「ひゃあっ!!」

 

驚愕からか、それとも怯えからか、少年を避けるようにしてすぐさま後ずさるウェンディ。しかし、人を乗せれるとはいえ狭い雲の上。今の状態を理解する暇もなく急に移動したウェンディは、後ずさったその場に何もないことに気付くのが遅れた。

 

「えっ」

「危ない!!」

 

少女が漏らした声と、慌てた少年の声が同時に響く。幸いにも咄嗟に彼女が伸ばした右手を掴むことで、落下を避けることは出来た。既に雲も停止しており、状況が把握できずに呆けた様子のウェンディを、シエルは両手で彼女の腕を掴みながら引き上げる。

 

「え、え!?私、何が、どうなって……!?」

 

「順を追って説明するから、まずは乗り直して……!」

 

咄嗟に手を掴んで落下を阻止したため、今のシエルは力をうまく出せない体勢だ。本来ならウェンディの様に華奢な少女を引っ張り上げるなど訳ないのだが、状況が状況だ。ひとまず雲の上に戻るために、ウェンディも空いている左手や足を使って這いあがり、無事に乗り直すことに成功する。正直心臓に悪かった。ウェンディを引っ張り上げたシエルは安堵の一息を吐く。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ううん、気にしないでよ。あんな状況じゃビックリもするだろうし」

 

「それもですけど、私……」

 

雲の上に座り直して顔を俯かせながら謝るウェンディ。起きた瞬間雲に乗って飛んでいた、などと予想するのは無理があるため、シエルも笑みを浮かべて返すが、彼女の面持ちは晴れない。それは、先程迷惑をかけたこと、それ以外も含まれているような、悲痛とも言える顔。聞かなければいけないことがあるみたいだ。

 

「取り敢えず、色々と聞きたいけど移動しながらにしよう。再発進させるから、落ちないようにしてて?」

 

「……はい……」

 

一拍置いてから肯定の返事をするウェンディの声を聞き、シエルは告げた通り雲を発進させる。それから先程ウェンディが落下しそうになった拍子に解除してしまった日光浴(サンライズ)を再び具現してウェンディに手渡した。

 

「それ、持ってて。まだ魔力が回復しきってないだろうから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

言われるがまま受け取り、両手の上で浮遊する小さな太陽を眺めると、不思議なことに徐々に体が温かくなり、自分の中の魔力が少しずつ回復していくのを感じとることが出来た。その実感を感じていると、前方に視線を戻したシエルから現在の状況を告げられる。

 

「エルザが敵の毒蛇に噛まれて動けないんだ。毒を治すには、治癒魔法を使えるウェンディの力が必要だってシャルルから聞いて、今こうして君を助けてエルザの元に向かってる」

 

「毒……」

 

「治癒の魔法は魔力を大きく消費するって聞いたから、その日光浴(サンライズ)の光を受けていれば、消費した魔力を少しでも回復できると思う。無理をさせてしまう事になるけど……」

 

そこで一度言葉を切り、後方に座るウェンディの方へとシエルは身体を向け、姿勢を正して座り直す。その行動に目を見張る少女を視界に入れながらも、彼はウェンディに頭を下げて懇願した。

 

「お願いだ。エルザの毒を治してほしい……!放っておいたら、エルザを失う事になってしまう……!!」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と戦うためにも、エルザの力は必要だ。それ以前に、シエルにとってはギルドの仲間。家族と同様に大切な存在だ。特にエルザは彼にとって姉のようでもあり、稽古をつけてくれた師でもある。絶対に失う訳にはいかない。自ら頭を下げてまでそれを懇願する少年を見て、ウェンディはすぐさま答えた。

 

「も……勿論ですっ!やります!」

 

張り切った様子で告げた少女の答えに、シエルはすぐさま顔を上げて笑みを浮かべる。「ありがとう!」と屈託のない笑顔で礼を告げると、ウェンディはどこか申し訳なさを感じるように、顔を背ける。どんな感情を今抱いているのだろうか。しかし、シエルはその変化に気付かず再び前方へと視線を戻し、エルザの元へと急ぐ。

 

「よし、そうと決まれば早いとこ向かわないとな!」

 

徐々に雲の速度を上げながら樹海の上空を進んでいく。六魔将軍(オラシオンセイス)と激突する前にも同じように雲に乗せてもらったが、改めて目の当たりにすると彼の扱う魔法の多彩さに、少女は目を見張るばかりだ。今自分が両手に持っている小さな太陽の光のおかげか、どこか心にも余裕が生まれているらしく、気づけば彼女は少年に尋ねていた。

 

「スゴイですね、シエルさんって……」

 

「え?」

 

唐突に言われた言葉に、シエルは思わず返事をする。自分では彼女にそう思われるようなことをした自覚が無いのだが、どの辺りなのだろうか。

 

「だって、私とほとんど歳も変わらないのに、天候魔法一つでいろんなことが出来るし、それでいろんな活躍をしてるし……今もこうして、助けられてばかり……」

 

シャルルからも聞いた話だが、ウェンディはこの作戦に自分から志願したそうだ。その理由は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも一番と言っていい程噂で広まっているナツ。自分と同じように滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である彼と、一度会ってみたいという思いからだった。彼だけじゃない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)には彼女が憧れた魔導士はまだまだいる。エルザもそうだし、その中にはシエルの名もあった。

 

特にシエルは自分と2つしか歳が離れていないにも関わらず、同じギルド内でも上位に食い込むほどの活躍をしていると、最近購入した雑誌にも掲載されていた。事実彼女が目にしたシエルの天候魔法(ウェザーズ)は、一概に天気を操作するだけでない多様性を披露している。自分と同年代の魔導士が大きく有名になっている。同じような立ち位置と言えるウェンディにとっては、彼もまた憧れたり得る存在だ。

 

「でもウェンディは、俺よりも優れた治癒魔法を使えるって聞いてるよ?魔力や傷の回復なら俺もできるけど、毒とかを治せたりはしないし」

 

「サポートや治療なら得意なんですけど、戦うとなるとやっぱり怖くて……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なのに、攻撃系の魔法だって使えませんし……」

 

きっとこれは本心だろう。後方支援を専門とする魔導士も確かに存在するし、彼女の話だけを聞けばそう言う部類だと断定することもできる。だが、ナツやガジルの戦いを見ていたシエルは、どうも腑に落ちない。滅竜魔法と言われる竜迎撃用の魔法が、サポート特化のみで終わるものなのか?

 

「ウェンディの魔法って、天竜グランディーネ、だっけ?その(ドラゴン)から教わったんでしょ?サポートの魔法だけだったの?」

 

「あ、いえ……攻撃の魔法もいくつかあったんですけど、私には使えなかったんです……」

 

グランディーネから一通りの魔法を教えてもらっていた彼女は、サポートや治癒の魔法は比較的早く習得できた。しかし、攻撃の魔法は彼女に合わなかったのか、上手く発動できなかったらしい。才能の問題なのだと、ウェンディは結論付けているようだ。

 

「それ以降はグランディーネも、教えてくれるのはサポートの魔法だけだったから……私が攻撃の魔法を使えないからだったと思います……」

 

「多分だけど、ウェンディが攻撃魔法を覚えられなかったのは、才能の有無じゃないと思う」

 

だが少年が告げた言葉に、ウェンディは驚愕と疑問を顔に浮かべた。何故そう言い切れるのか、その考えに至ったのか、彼女が尋ねるよりも先にシエルはその言葉の意味を語りだした。

 

「俺がよく聞いていることなんだけどさ、魔法は心に左右されるんだ。心の持ち方一つで、魔法の在り方や強弱などが変わってくる。ウェンディが攻撃よりもサポートの魔法を得意としてるのも、その影響じゃないかな?」

 

「それって……私がいつも弱音吐いたり怯えたり逃げたりするような意気地なしだから、ですか……?」

 

「違う違う。てかそこまで自分を卑下しなくても……」

 

シエルの説明をマイナスイメージで解釈して、物凄く後ろ向きな考えを泣きながら吐露するウェンディに、困惑しながらもシエルはフォローした。放っておいたらずっとネガティブな発言してそうだこの子……。

 

「戦うのが苦手、って言ってたでしょ?でも治療や補助の魔法が出来るってことは、正確に言えばウェンディは、自信がないのに加えて『誰かを傷つけたくない』とか、『誰かが怪我するのを見たくない』って想いが強いんじゃない?」

 

その言葉を聞いたウェンディには心当たりがあった。思えばギルドで依頼をこなす時、ほとんどが怪我や病気の治療と言った、誰かが苦しんでる姿を見て助けてあげたいという気持ちから行動することがほとんどだ。

 

逆に戦闘に関しては、自分の手で誰かが怪我するところや、自分の知っている人たちが傷つけられてしまう事に抵抗感が強い。その想いが強いから、(ドラゴン)に対して有効打を与える攻撃用の滅竜魔法が上手く使えない、と解釈したシエルの言葉は彼女の胸の内にストンと落ちた。

 

「みんなの支援に回って役に立つ。それもまた一つの戦い方だ。けどそれだけがイヤなら……自分も戦ってでも助けたいなら、『守るために戦う』という想いを持ってみたらどうかな?」

 

「守るため……」

 

後ろで支えるだけの戦い方。間違っているわけではないが、限度が存在するだろう。本人がそれを望むならそれ以上は言わないが、もしそうじゃないならば、その道標になり得る考えをせめて伝える。シエルに出来るのはそこまでだ。

 

そして少年から教えてもらった言葉と想い。それを口に反芻し、心の中に留める。この作戦に参加してから抱いていた悩みを解決してくれたシエルに、ウェンディは口元に笑みを浮かべながら彼に告げた。

 

「ありがとうございます。シエルさん、雑誌で読んだイメージだとイタズラが好きだって書いてありましたけど……優しいんですね」

 

安心しきった様子の笑顔を向けて言葉をかけた瞬間、シエルの心臓が跳ねた。さらに言えば顔に熱が籠った。彼女に言葉をかけるうちに後ろに向けていた顔を勢いよく前方に戻しながら「そ、そうかな!?イタズラ好きは、一応、ホント、だけど……!」と上ずった声で返事をして、その豹変の仕方にウェンディは疑問符を浮かべる。

 

作戦開始の時に兄に言われた言葉で落ち着いていた気分が再び浮上してきてしまった。よくよく考えてみれば、今この空中を移動しているのは自分と、後ろのいるウェンディの二人のみ。

 

()()()()だ。つまり二人っきりである。

 

その事実に気付いた瞬間、心臓の鼓動と顔の熱がさらに上昇する。先程まで普通に話していたはずなのにもう次の言葉が出てこなくなっている。急に背を向けて何も発さず押し黙るシエルに向けられる困惑の視線。それが尚の事彼に焦りを生み出してより一層言葉に詰まる。思考と一緒に目がグルグルと廻るのを感じる。こういう時はどうすればいい?なんて言葉をかければいい?

 

 

 

 

《シエルくん、聞こえるかい?》

 

「ぅわっひゃーおぉ!?」

 

戸惑いまくって混乱していたシエルの頭の中に、突如声が響いたことで思いっきり変な声を出して体を震わせる。そしてシエルのへんな声のせいで後方にいたウェンディも大きく体を震わせて驚愕している。ついでに言えば、操作する者が混乱したせいで再び雲は急停止した。

 

《えっと……大丈夫かい?》

 

「なななな何だ!?頭に声……念話(テレパシー)!?」

 

《静かに!敵の中には恐ろしく耳のいい奴がいる。僕たちの会話は筒抜けている可能性もある。だから、君の頭に直接語り掛けているんだ》

 

念話(テレパシー)で会話を飛ばしてきているその声の男性を、シエルは思い出した。連合軍の仲間の一人である青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキだ。今はルーシィと共にエルザの近くに待機してたはずだ。彼の扱う魔法・古文書(アーカイブ)には念話も備わっているのかと感嘆する。

 

《それにしても良かった、シエルくんともつなげられて。ナツくんから、ウェンディちゃんは君と一緒にいると聞いて、どうにかしてつなげられないか色々と模索していたんだ》

 

ヒビキの言葉から察するに、シエルよりも先にナツと連絡が取れていたらしい。そのナツから、エルザを治せる存在であるウェンディは自分と一緒にいることを聞いたのだろう。

 

《それで、ウェンディちゃんは?》

 

「ああ、ここにいるよ」

 

「あの……先程から、誰かとお話してるんですか?」

 

ウェンディが尋ねてきた言葉に、シエルは疑問を感じた。彼女にはヒビキの声が聞こえていない。今念話を繋げているのは自分だけなのだろうか?その疑問を察したヒビキが、続け様に答えを示した。

 

《安心したよ。どうやら魔力の低下でウェンディちゃんとはつながらないみたいだね》

 

日光浴(サンライズ)である程度は回復したようだが、念話がつながるほどの魔力には至っていないらしい。それを理解したシエルは、ウェンディにヒビキと念話を繋げていることを簡単に説明しておいた。

 

《ナツくんには既に送ったんだけど、君の頭にもこの場所への地図をアップロードするから、それを頼りに急いで戻ってきてくれ》

 

「地図を……アップロード……?」

 

地図はまだしも、『アップロード』と言う聞きなれない単語に首を傾げて反芻するシエルに、ある変化が起きた。頭の上に青い横向きの棒――分かりやすく言えばアップロードバー――が浮かび上がり、左から朱色の光が徐々に棒を埋めていく。そして棒の色が青から朱色に変化が終わった時、シエルの頭の中に、樹海の全体図と自分たちの現在位置、そしてヒビキたちがいると思われる地点が表示されている絵が記憶される。

 

「おお!?何だこれ、自分の場所もエルザたちがいるところも手に取るようにわかる!」

 

念話がつながっていないウェンディは、会話が追い付かないところに、何故か興奮気味に騒ぎ出したシエルに最早困惑から戻ってこられない様子だ。意中の少女が目を点にして自分を見ていることにも気づいていないシエルは、佇まいを直し、自分の現在地とエルザたちのいる地点から見てその方角へと向きを変える。

 

「この方角と距離なら……近いぞ!目と鼻の先だ!」

 

《え、徒歩で10分以上はかかる距離だと思うんだけど……?》

 

「問題ねぇ、40秒で辿り着く!」

 

得意気にヒビキに告げたシエルは後方にいるウェンディに向き直す。再び雲の速度を上げるために、後方にいるウェンディにしっかり雲を掴まっていて欲しいと伝えるためにだ。その為に彼女の名を呼んだシエルであったが……。

 

 

 

樹海の一角に眩い閃光が走り、轟音と地響きが響き渡った。まるで大規模な爆発が起きたかのような現象に、シエルもウェンディもその方向へと視線を奪われた。連合軍と六魔将軍(オラシオンセイス)の内の誰かが交戦していることが原因か。そしてその人物について、シエルは一人心当たりがあった。

 

「(まさか、グレイ……?)」

 

レーサーの追跡を食い止めるため一人残って対峙することを決めたグレイ。レーサーが何かをしたのだろうか、グレイは無事なのか。気になることは多々あるが、今自分たちが優先すべきことは別の事だ。

 

「ウェンディ、また飛ばすから、しっかり掴まってて!」

 

「は、はい!」

 

困惑から回復し、ウェンディに改めて告げたシエルは「行くぞ!」という声と共に一気に雲を急発進させる。それに伴ってシエルの頭に記憶されている地図の現在地も移動している。便利だ。そして先程の宣言通り40秒近くで地図に記された地点に近づいたシエルは、目当ての人物たちの姿を探す。

 

「来た!おーい、シエルこっちー!!」

 

「ルーシィ!!」

 

先に姿を捉えたのは向こう側だった。上空を移動する雲に乗る二人を見つけたルーシィがこちらに呼びかける。すぐさま雲を地上のルーシィたちの近くまで降ろし、ウェンディが降りたのを確認してから解除する。

 

「本当に40秒で来た……」

 

面食らった様子で呟くヒビキを尻目に、シエルはエルザの状態を確認する。既に右腕はほとんど毒によって紫に変色し、その毒は肩、そして顔の右端にまで及んでいる。どれほどの猶予が残っているかは分からないが、一刻を争う。ウェンディもエルザの姿を見て、その重大さを認識しているようだ。

 

「ウェンディ」

 

「任せてください!」

 

移動中に説明をしていたことで、事情の把握は既にできている。横になっているエルザに近づくと、両手を彼女にかざし、清浄な青白い光を発する。その光に当てられたエルザの変色している部分は、徐々にその色を元の健康的な肌色へと戻していく。

 

全員がそれを固唾を飲んで見守っていると、別方向の茂みから、何者かが搔き分けているのかガサガサという音が鳴る。治療に専念しているウェンディを除く面々がそれに反応して振り向くと、音を立てていた正体がその姿を現した。

 

「着いたー!!」

 

気絶した状態のネコ二匹を抱えた桜髪の青年・ナツだ。彼もまたヒビキから地図を記憶に入れてもらい、それを辿ってここまで移動していた。

 

「どうなってんだ!?急に頭の中にここまでの地図が……」

 

「あの地図ホントに便利だね。あれがなかったらもっと時間かかってたと思うよ」

 

「お、シエル!ウェンディは!?」

 

合流を果たしたナツがシエルの姿を捉え、彼と共に移動していた少女の姿を探す。そんな彼にシエルがエルザの治療を行っているウェンディの方へと指し示す。それを見て、ナツは表情に喜びを浮かべた。

 

彼女の集中を切らさない為にも無言で治療の様子を見守る一同。気絶から目を覚ましたハッピーとシャルルも加わってその様子を眺めている。そして……。

 

「終わりました。エルザさんの体から、毒は消えました」

 

額に浮かんだ汗を腕で拭いながら振り向き、治療の完了を告げるウェンディ。その言葉を聞いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々がエルザの容態を確認する。毒によって苦しんでいた顔色は良くなっており、変色した部分も完全に消えている。そして呼吸も安定していて、しばらく休めば回復は時間の問題だろう。それを理解した一同は途端に歓声を上げた。

 

『おっしゃーっ!!』

 

「ルーシィ、ハイタッチだーっ!!」

「良かった~!うわ~ん!!」

 

「シャルル~!!」

「一回だけよ!」

 

喜びを前面に表してハイタッチの形にするナツとルーシィ。それに感化されてハッピーもシャルルの元に駆け寄って促すと、態度こそつっけんどんだが応えていた。それを見たシエルもすぐさま行動に移す。

 

「ウェンディ!」

 

左手を上向きに差し出して治療を行ってくれた少女の名を呼ぶと、戸惑いながらも右手を出してシエルとのハイタッチを交わす。

 

「改めて、ありがとう!」

 

「オレからもありがとな!」

 

笑顔を向けながらウェンディにお礼の言葉をかけるシエルに、後ろから肩に腕を回しながらナツもウェンディに礼の言葉をかける。急に肩を組まれたことで少しばかりシエルは驚いた様子だったが、喜びの感情の方が強かったため、それ以上は気にしなかった。

 

「しばらくは目を覚まさないかもですけど、もう大丈夫ですよ」

 

どこか困っているようにも見えるが、ウェンディは口元に笑みを浮かべながら答えた。そう言えば、意識が戻った後、最初はどこか自分に対して恐る恐ると言った態度だったような……。今現在そんな印象を感じさせる。

 

「凄いね……本当に顔色が良くなってる……。これが天空魔法……」

 

「近すぎ!!」

 

一方ヒビキはというと、顔色がよくなったエルザの容態を確認するためだけに、彼女の顔を至近距離から眺めていた。あと少し近づくと口づけしてしまうほどの近さだ。この状態でエルザが目覚めたら……いややめておこう。

 

「いいこと?これ以上天空魔法をウェンディに使わせないでちょうだい。見ての通り、この魔法はウェンディの魔力をたくさん使う」

 

「私の事はいいの!それより、私……」

 

見るからに消耗している様子のウェンディだが、彼女はそれよりも気にしていることがあるようだ。先程から言おうと思っていることは伝わるが、中々そのタイミングが無いように見える。

 

「後はエルザさんが目覚めたら、反撃の時だね」

 

「うん!打倒六魔将軍(オラシオンセイス)!!」

 

「おーーっ!!ニルヴァーナは渡さないぞぉ!!」

 

張り切る様子を見せる連合軍。後手に回ってしまったが、まだ立て直しがききそうだ。今の戦況がどうなっているかは不明だが、ニルヴァーナが奴等の手元に渡らない限りはこちらに勝機はあると思っていい。

 

 

 

 

だが、そんな彼らの奮起を、樹海の奥深くから突如上がった膨大な光が、それを驚愕へと塗り替えた。

 

「何!?」

 

一斉にその光の方へと目を向ける一同。天高くへと昇る巨大な光の柱。それに集う樹海のあちこちから溢れ出る黒い魔力。光という形容でありながら、その色は黒にも見える。

 

まさか。その場にいる者は一様に感じ取っていた。あの光の柱から発せられる魔力を。そしてその正体を。

 

「あれは……ニルヴァーナ!!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

巨大な黒き光の柱。樹海のどこからでも確認できるそれを、連合軍と六魔将軍(オラシオンセイス)、両陣営が目視していた。そしてそれは、現在対峙している両陣営からの魔導士たちも例外ではない。

 

「あれは……一体……!?」

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)から代表で選出された聖十(せいてん)ジュラ。それに対するは六魔将軍(オラシオンセイス)の一人である修道服を着た大柄の男・ホットアイ。土を固くして攻撃するジュラと、柔らかくして攻撃するホットアイ。対称的な魔法を扱う二人も、謎の光の柱を目撃して一時戦いを止めざるを得ない状況となる。そして、ホットアイのみが、あの光の柱の正体を確信していた。

 

「ニルヴァーナ……デスネ!」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)が狙う、古代人が封じた魔法の封印が解かれた。ホットアイの話によれば本体はまだ起動していないらしいが、ジュラは焦りを顔に表す。ニルヴァーナが復活してしまった今、目の前にいる男と戦っている場合ではない。しかし、この男は六魔将軍(オラシオンセイス)の一人。今回の任務で討伐するべき対象である。

 

ホットアイと戦うべきか、ニルヴァーナを止めに向かうべきか。選択を迫られている状況の中で、この場にもう一人の来訪者が現れた。

 

「ジュラさん、あの光は見たか!?」

 

木々をぬってその姿を現したのは、先刻別行動をとっていたはずのペルセウス。西の廃村に向かっていたはずの彼が何故ここにいるのか、彼はさらに驚愕を表情に表した。

 

「ペルセウス殿!?ウェンディ殿たちは……!?」

 

「心配ない。ウェンディはシエルが助け出していた。今頃は、エルザの毒も治ってる頃さ」

 

「そうか……ひとまずは安心だ……」

 

懸念の一つであったウェンディの救出とエルザの解毒。これが解決した今、おのずと有効策は限られてくる。ジュラとホットアイの激突は、一見すれば五分と五分。そこにペルセウスと言う実力者が介入すれば大きく戦況を動かすことが出来る。

 

「片や聖十(せいてん)の魔導士、片や幻とも呼ばれた堕天使……。正直言ってこれは不利……しかし!ニルヴァーナの封印が解かれた今、私たちが金持ちとなり、勝利する未来に大きく近づいた……デスネ!」

 

戦況は不利と感じながらも、ニルヴァーナの封印を解かれたことで優勢に感じ、余裕を見せて含み笑いをするホットアイ。それを見ながら、ペルセウスは換装でミストルティンを呼び出し、ジュラの隣に並び立つ。

 

「あの光の柱がニルヴァーナか……。なら、手っ取り早くこいつを倒して」

 

「うむ、ニルヴァーナを止める!」

 

戦闘態勢。準備は万端。トップクラスの実力者たる二人を前にしても、近い未来に感じる金のニオイと気配に、ホットアイは零れる笑いが未だに止まらない。

 

「金!金!!金のニオイがプンプンする……デスネ!金さえあれば、そう、この世は金が……っ!!?」

 

狂ったように執着を見せるホットアイ。しかし、突如その様子は急変した。両手を広げた態勢で静止し、小刻みにその巨体を震わせる。それを見てペルセウスたちが怪訝の視線を向けていると、両手で顔を覆い、突如苦悶の叫び声を上げだした。

 

「な……何だ今度は……!?」

 

「何が起きている……!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ニルヴァーナ……?あれが、そうなのか?」

 

「まさか、六魔将軍(オラシオンセイス)に先を越された!?」

 

ヒビキが口にした言葉によってあの光の柱がニルヴァーナによるものだと理解できたシエルたち。その中で、ナツはあるものを感じとっていた。ウェンディ達を助けに行った時、レーサーと対峙していた際に感じていたニオイ。

 

「シエル……まさかここに、あいつがいるのか……?」

 

静かに尋ねるナツの問い。ルーシィたちはその問いがどういう意味を持つのか理解できない。しかしシエルは気付いた。ナツが聞きたがっているのは、あの男に関することだと。

 

 

 

 

「……ああ、いる。この樹海に……ジェラールがいる!」

 

それを聞いた瞬間、ルーシィ、そしてウェンディに衝撃が走った。楽園の塔の事件で大きく関与した男の名を聞いたルーシィは、その名を反芻して叫ぶ。そして、シエルの答えを聞いたナツも、すぐさま動いた。

 

「やっぱりか……!!」

 

怒りを滲ませて歯を食いしばり、光の柱が昇る方角へとナツは駆け出した。それを見てルーシィが呼び止めるが、ナツは止まろうとはしない。あっという間に奥の方へと姿を消していく。

 

「シエル!ジェラールってどういう事!?」

 

「俺も正直詳しくは分からない。でも確かにいたんだ。そして……六魔の奴等と同行してた……!」

 

実際に彼は見ている。ジェラールがブレインと同じ場所にいて、ウェンディに何かしらのことを強いていたことを。奴らがどういう関係で、ジェラールが何をしようとしているかまでは判断できない。だが、このまま放っておくわけにもいかない。

 

「とにかくナツくんを追うんだ、今できるのはそれしかない」

 

「ああ、ジェラールの事も気掛かりだし……」

 

「あーーっ!!!」

 

ヒビキの提案を受けてすぐさま行動に移ろうとする一同。しかし、それをシャルルの声が突如遮った。反射的にその方向へと目を向けると、その視界に映った光景と彼女が告げた内容に、再び一同に衝撃が走った。

 

「エルザがいない!!」

 

「ええっ!?」

 

解毒を済ませ、安静にしていたはずのエルザが姿を消していた。まさか、今の会話を聞いていたのだろうか?ジェラールの名に反応し、自分もすぐさま行動した?

 

「あ……ああ……!!」

 

ニルヴァーナの封印が解け、ナツもエルザもジェラールを追って姿を消した。次々と起こる事態を目の当たりにし、ウェンディは両手を顔に持っていき、その現状に絶望を抱いていた。

 

「何なのよあの女!ウェンディに一言の礼も無しに!」

「エルザ……もしかしてジェラールって名前聞いて……」

「そんな!まだ治ったばかりなのに……!」

「二人を早く追わないと……ウェンディも早く!……ウェンディ?」

 

悪化していく事態。仲間たちの声も、今の彼女の耳に入っていない。視界が黒くなっていく……。

 

「どうしよう……私のせいだ……!!」

 

そして唐突に思い出すのは、ブレインによって連れ去られていた間の記憶だった。

 

『この男はジェラール。かつて評議院に潜入していた』

『ジェラールって、あのジェラール!?』

『うぬにとっては恩人だ』

『ジェラールは悪い奴なんだよ!ニルヴァーナだって奪われちゃうよ!!』

『それでも私……この人に助けられた……』

『時間だ、うぬなら治すのは簡単だろう?』

『ウェンディに何をしたァアーーーーッ!!!』

 

「私の……せいだっ……!」

 

自分があの時ジェラールを治したせいで。一緒にいたハッピーにあれほど言われたのに、それでも信じたくて。悪い人たちに力を貸したくは無かったけど、自分にとって彼は恩人で。でもそんな彼がニルヴァーナを見つけて封印を解いてしまった。そのせいで、あの二人も彼の元に向かっていってしまって。

 

こんな風になってしまうのを望んでいなかった。けれど、事態が悪い方向にばかり行ってしまったのは、あの時自分が彼を治したから。あの時治さなかったら……あの時連れ去られなかったら……この作戦に、参加なんてしなければ……!!

 

 

 

 

 

パァン!!

 

「っ!!」

 

黒く塗りつぶされかけた思考は突如目の前で響いた破裂音によって、一瞬霧散した。ただただそれに驚いて目を向けてみれば、目に映ったのは妖精の紋章を左頬に刻んだ少年。自分の目の前で両手を合掌するように合わせているのを見て、今の破裂音が彼によって鳴らされたものだと理解した。

 

「シエル、さん……」

 

思わず名前を呟くと、彼は合わせていた手を開いて、先程も自分の魔力を回復させてくれた、淡く輝く小さい太陽を具現する。その光を目に映すだけで、心と思考に塗りつぶされそうになった黒い感情が和らいだ気がした。

 

「大丈夫?何があったのか、話してくれるかな?」

 

穏やかな笑みを浮かべながら、安心できるような声で尋ねてくる少年に、先程の黒い感情が薄れていくのを感じながらウェンディはポツポツと話し出した。

 

ブレインに連れ去られた後、奴らの仮設拠点で、天空魔法を用いてある者を治すように強要された。そしてブレインの指示によってレーサーが連れてきたのが、楽園の塔の事件によって、エーテリオンのエーテルナノを浴びすぎて重傷を負ったジェラールだった。

 

「それで、あいつらに脅されてジェラールを?」

 

「違う……。ジェラールは、あの人は、私の恩人だったの……」

 

シエルたちにとっては、エルザを始めとした多くの人々を苦しめた男。だがウェンディにとっては、ジェラールは恩人。今よりも幼い頃に一人でいたところを助けてもらった経緯があるらしい。

 

誰も彼もがジェラールが悪人だと決め、憎悪を向ける者たちもいる。でも自分は信じたかった。あんなに優しかったジェラールが、助けてくれたジェラールが、そのような悪事を行ったことなど。だがその結果、みんなが恐れていた事態が起きてしまった。薄れていた黒い感情が、再びウェンディの心を侵食し始める。

 

「私がジェラールを治したから……!誰も傷つけたくないって思ってたのに、私の魔法が……みんなを……!!」

 

 

 

 

 

「違う!」

 

そう叫びながらシエルは、ウェンディが顔に持って行っていた両手を引いて優しく握る。断言しきった少年の言葉に、彼女に纏わっていた黒い感情が再び鳴りを潜める。

 

「君の魔法は、俺達を確かに助けたよ。だって……君がいなかったら、エルザは今も毒に苦しんでいた」

 

ウェンディは再び目を見張った。誰かを思うウェンディの心から生まれた魔法が、彼らの大切な存在であるエルザを、確かに救った。

 

「あの時君にかけた感謝の言葉に嘘なんて一つもない。あの笑顔にも嘘は一つもない。君の魔法は、誰かを傷つけるものじゃない。俺達を、みんなを笑顔にしてくれる魔法なんだ」

 

「……みんなを……笑顔に……」

 

エルザの解毒が完璧に済んだ時に、仲間たちは大いに喜んでいた。そして分かち合っていた。輝かしい笑顔。それを作り上げたのは、紛れも無くウェンディの天空魔法だ。誰かが傷つくのを望まない、心優しい彼女が扱う魔法は、みんなを笑顔にしてくれる“笑顔の魔法”。

 

「確かに今の状況がいいものとは言えない。でも、今するべきことはその事態を引き起こしたことを責めるんじゃなく、ここからどうしていくのか。後ろを向いて後悔するんじゃなく、前を向いて挽回していくことだ」

 

気を引き締めて告げていた彼は言い切った後、再び笑みに戻し、彼女に発破をかける為次の言葉をかける。

 

「俺達仲間が一緒なら、きっとそれが出来る。勿論、ウェンディも」

 

「私も……?」

 

「俺もみんなも、そしてウェンディも、みんなが笑顔になるために、今できることをやるんだ」

 

それが、みんなを笑顔に出来る自分が、出来る事。後悔ばかりはしていられない。これ以上の悲しみを引き起こさない為にも前へと進む。

 

彼の言葉と、小さな太陽の光は、少女に纏わりついていた闇を打ち払った。陰を帯びていた瞳に光が完全に戻り、両の目から涙を流しているが、悪い感情によるものではないことが分かる。溢れる涙を右手で拭いながら落ち着いた様子のウェンディは改めてシエルに向き直った。

 

「あの、ありがとう……シエルさん……私、シエルさんに迷惑かけてばっかですね……」

 

「これくらい迷惑にならないし、今は仲間なんだから、気にすることないよ」

 

互いに笑顔を浮かべながら伝えあう二人。もう暗い感情は感じさせない。ウェンディに突如闇のような黒い何かを感じて咄嗟に移った行動は、どうやら効果的だったようだ。一安心だとシエルは再び笑みを零す。

 

 

「「どぅえきとぅえるる~!!」」

 

「うっ!うっさいな!!」

 

思った以上にいい雰囲気を醸し出していたらしく、思いっきりニヤついた顔を浮かべる金髪少女と青ネコの煽りに顔を一瞬で赤くした少年の反論が響いた。

 

「てゆーか……いつまでそうしてるつもりなのよアンタ!」

 

一方でどこか不機嫌な様子の白ネコの声に「へ?」と呆けた声をあげながらシエルは視線をウェンディの、正確には彼女の顔から下の方へと向ける。涙を拭うための右手は解放されていたが、もう片方の左手は、未だに自分の両手の中に納まったままだ。視界に入れて理解したシエルは再び顔を赤く染めて慌てて彼女の左手を解放した。

 

「あっ!?ご、ごめん!ずっと握りっぱなしで!!」

 

「いえ……()()気にしてませんよ?」

 

だがその直後彼女の無自覚な言葉の刃がシエルの心臓に突き刺さった。主に()()という部分が堪えた。これにはさしものルーシィたちも同情を禁じ得ない。

 

「シエルくん……君はまさか……」

 

すると、ここまで言葉を発さなかったヒビキが、驚愕の表情を浮かべながら彼に近づく。予期せぬ刃に若干悲しみを抱えているところに言葉をかけられ、若干涙目状態だが。

 

 

 

「まさか知っているのか?ニルヴァーナが、どういう魔法なのかを……!」

 

だが彼から告げられた言葉は、その場にいる全員を震撼させるものだった。今のやり取りの中で、それを決定づける何かがあったという事だろうか?そしてシエルは、誰もが知らなかったはずのニルヴァーナを知っている?驚愕の表情を込めた一同の視線を一身に受けながら……。

 

 

 

 

「……ん……?」

 

本人もまた、驚愕や困惑と言ったものを抱いた表情で首を傾げていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「おおおおおおっ!!金……!金……!!金ぇ……!!!」

 

両手で目を覆い隠し、金という言葉を連呼しながら苦しむホットアイ。何をしているのか、奴に何が起きているのか、状況が全く把握できず、ペルセウスもジュラも警戒を強めることしかできない。そして……。

 

 

「おおおーーーーーっ!!!金ェーーーーーーーーーーッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

など!いらないの……デスヨ……」

 

 

 

「「はぁーーーっ!!?」」

 

先程まで見せていた金への執着を一切捨て去った輝かしい笑顔で断言したホットアイ。その顔と言葉を見聞きした二人の実力者の間抜けな声が、辺り一帯に響き渡った……。




おまけ風次回予告

ルーシィ「『俺達を、みんなを笑顔にしてくれる魔法なんだ』…だって!いや~カッコいい事言うわねシエル~!(笑)」

シエル「蒸し返すな!改めて言われるとものすっごく恥ずかしいんだよ!!///」

ルーシィ「でもでも、おかげでウェンディからのイメージもより良くなったんじゃない?こっからもっといいとこ見せていけば、いずれは可能性あるかも?」

シエル「そ、そうかな…?よし、作戦に集中しつつ、それとなく機を見ていこうかな…少しぐらいは意識されたいし…」

ルーシィ「あ、やっぱ気にしてるのね、ウェンディのあれ…」

次回『共同の天、対立の星』

ルーシィ「きっと大丈夫よ!シエルはイタズラ好きなのが玉に瑕だけど、物件としては優良なんだし!」

シエル「…そういやルーシィも結構スペック高いけど、その手の話聞かないの何で?」

ルーシィ「知らないわよっ!慰めてあげたのに何その質問!!?」


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第51話 共同の天、対立の星

お先に謝罪しておきます。
予定していた展開よりも随分文字数多くなって中途半端なところで切れてしまいました。

もう一つ言うと次回の投稿は二週間後になります。

ニルヴァーナ編…ナツ、じゃなくて夏の合間に終わるかなぁ…?後半のオープニングが思いっきり夏題材なんだけどなぁ…。

一週間で数話も投稿出来てる方々が羨ましい上に尊敬します…。


黒い光の柱が屹立する位置を目指して、数人の男女は樹海の中を駆けて行く。青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキを先頭に、シエルたちは先走っていったナツたちを追っている最中。色々と話はあるようだが、彼らを追いかけながら話した方が無駄に時間を使わずに済む。

 

「もう一度聞くようで悪いけど、シエルくんはニルヴァーナの事を、本当に何も知らないんだね?」

 

「ああ、名前すら今回の作戦で初めて聞いたよ。ましてやどんな魔法かなんて…」

 

シエルとしては、先程ウェンディが自分を責め続けて黒い感情に苛まれているように見えたのを、何とかしてあげたいと言う一心からの行動をしたつもりだ。それが、ニルヴァーナがどういう魔法であるかを知っているのか否かに繋がるとはどういう事だろう。何でそう判断したのか、ルーシィが聞くと驚くべき答えが返ってきた。

 

「本当のことを言うと、僕はニルヴァーナという魔法を知っている」

 

ほとんどの者たちがその答えに目を見開いて驚く中で、シエルは納得のいく表情を浮かべていた。それもそうだ。知っていなければ、自分に対してニルヴァーナという魔法がどのようなものかを知っていたのでは?と聞いてくるわけがない。

 

ではなぜ今になるまで誰にも言わなかったのか?それはこの魔法の性質に問題がある。意識してしまえば余計に危険であり、マスター・ボブからヒビキのみに説明された。他の参加者である一夜も、レンとイヴも知らされていない。

 

「どういう魔法なんだ、ニルヴァーナは…」

 

「とても恐ろしい魔法さ…。光と闇を入れ替える。それがニルヴァーナ」

 

光と闇を入れ替える。

それが意味するのはどういうことなのか。一同に困惑が広がる中で、一人その言葉を聞いた覚えのある者がいた。

 

「それ…ブレインって人も言ってました。どういう意味なのかは分からなかったけど…」

 

シエルの斜め後ろを追随しながら走るウェンディは、ブレインにさらわれていた間に彼の口からも同じ言葉を聞いていた。しかしブレイン自身も詳細を話そうとはしなかったため、具体的なことは彼女も分からない。彼女も含めて、自分以外に誰一人知らないことを認識しながら、ヒビキは説明した。

 

光と闇が入れ替わる、と言ってもそれは最終段階の話だ。まず封印が解かれると、今起きている通り黒い光が上がる。その黒い光は手始めに、光と闇の狭間にいる者を逆の属性へと変える。例えば、強烈な負の感情を持った光の者はその負の感情に支配されて闇に堕ちる。

 

「今だから言うけれど、シエルくんがウェンディちゃんを元気づけてくれなかったら、僕はウェンディちゃんを気絶させていた」

 

『え!?』

 

続けざまに告げられたカミングアウトに全員が声をあげた。このようなことを言えば、彼女を大切に思うシャルルが真っ先に抗議するが、先程のニルヴァーナの説明を聞いてその言葉の理由を察することが出来た。

 

「さっきウェンディが持っていたのは“自責の念”…。それも負の感情の一つだったから?」

 

「その通り。あのままじゃ闇に堕ちていた可能性もある」

 

自分のせいで。その自責が彼女に負の感情を持たせる要因となった。それを放置したままニルヴァーナの光に当たっていれば闇に堕ちていたかもしれないとヒビキは推測している。もしそうなっていたらと思うと…。起こり得たかもしれない可能性にウェンディは脳裏に嫌な想像を浮かべてしまう。

 

「あくまで可能性だよ。今ここにいるウェンディはそうなっていない、でしょ?」

 

そんなウェンディに走る速度を合わせて隣についていたシエルがそう言って再び励ました。その言葉に彼女の心は落ち着き、そしてはにかむような笑みで彼に首肯した。

 

「ちょっと待って!それじゃ“怒り”は!?ナツもヤバいの!?」

 

「…何とも言えない…。その怒りが誰かの為なら、それは負の感情とも言い切れないし…」

 

ジェラールに対して激しい怒りを表していたナツ。怒りもまた負の感情と言えるが、怒りと大きく括られたものの中にも、他者を思う義憤、無関係の者へと向けられる八つ当たりなど、善とも悪とも言える区分けが存在している。一概に今のナツの抱く怒りを負と断定することもできない。

 

「どうしよう~!意味が分からない…!!」

「あんたバカでしょ」

 

どうやらハッピーには全く理解が追い付いていないようだ。要約すれば、今現在の様にニルヴァーナが封印から解かれた時に、正義と悪とで心が動いている者は、今の性格とは真逆のものになってしまう、という事だ。正しい心を持つ者が負の感情を抱いていれば闇に染まり、悪しき心を持つ者が自らの行いに罪悪感を感じていれば光に染まる。

 

「それが、僕がこの魔法の事を黙っていた理由。人間は物事の善悪を意識し始めると、思いもよらない負の感情を生む。

 

『あの人さえいなければ…』

『辛い思いは誰のせい?』

『何で自分ばかり…』

 

それら全てが、ニルヴァーナによりジャッジされるんだ」

 

「質が悪いな…。全部ニルヴァーナのさじ加減って事かよ…」

 

自己を防衛するために、誰しもが一度は抱えてしまうような感情ばかり。その感情を抱いて心を揺り動かしてしまうだけで、ニルヴァーナの光はその者達の心を闇に移してしまう。シエルの言う通り、質が悪い魔法だ。

 

「そのニルヴァーナが完全に起動したら、あたしたちみんな悪人になっちゃうの…?」

 

「でも…逆に言えば、闇ギルドの人たちも悪い人からいい人になっちゃいますよね…?」

 

「確かに…善悪が反転してしまうなら、闇ギルドの奴等がわざわざ狙う理由が分からない…」

 

単純に善と悪が反転するような魔法を、何故闇ギルドの者たちが狙うのか?しかも、ウェンディはブレインからニルヴァーナの性質を知ってるかのような言葉を聞いている。尚更分からないが、ヒビキにはその答えに心当たりがあった。

 

「原理的にはそういう事も可能だと思う。ただニルヴァーナの恐ろしさは、それを意図的にコントロールできる点なんだ」

 

それが闇ギルドの奴等がニルヴァーナを狙う最大の理由。コントロールさえ出来れば、光の者たち全てを闇に引きずり込むことが可能。そしてもしもこの反転魔法がギルドに対して使われれば…仲間同士での躊躇なしの殺し合い、他ギルドとの理由なき戦争といった、人道から外れた狂気によって起きる事態が簡単に為せてしまう。

 

「一刻も早く止めなければ、光のギルドは全滅するんだ」

 

ここに来てようやく実感させられた。ニルヴァーナという魔法の脅威と、それが闇ギルドに渡ればどのようなことが起きてしまうかという危険性を。一刻を争う。早くナツとエルザに追い付き、共にニルヴァーナを止めるべく行動しなければならない。

 

「今のナツがどんな状態かも気掛かりだな…。ジェラールに対する怒りが、負の方向に向いてしまった場合…」

 

「そのせいでナツが闇に堕ちちゃったら…!!」

 

先走って飛び出したナツがニルヴァーナの影響を受けてしまった場合どうなってしまうのか、彼をよく知る妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々は、その姿を想像できてしまった。

 

 

『誰でもいいからかかって来いやーっ!!全員ぶっ飛ばして、全部ぶっ壊してやっぞコラァーーーッ!!!』

 

「ええっと…」

「いつもと大して変わらない気がします…」

「エルザが一喝したらすぐに光に戻ってきそう…」

 

燃え盛る炎をバックに額に“悪”と言う字が浮かんで衝動のままに暴れ回るナツ。うん、普段とそう変わらない。

 

「皆さん、ナツさんに対してどんなイメージが…」

 

「正義も悪も関係ないって事ね…」

 

化け猫の宿(ケット・シェルター)の二人も、これにはあまり言葉が出てこない。特にナツに対して憧れを抱いていたウェンディは、そんなナツが闇に堕ちたところで大した問題に見えないと判断されたことで色々と複雑そうである。

 

「ま、まあナツが闇に堕ちたらどうなるかは兎も角、今の俺達も油断しないように気を付けておこう」

 

「そうだね。手遅れになる前に、ニルヴァーナを止めないと」

 

現段階でも心が揺れ動けば、光と闇が入れ替わってしまう。今この場にいる者たちに闇に堕ちた者がいないのを見ると、そう簡単に傾くことはないだろうが、恐らくそれは向こう()も同じ。闇の者たちが光に行くことがないことを前提にし、味方が闇に堕ちる前にニルヴァーナを止めるべくさらに足を速く動かす。

 

しかしこの時彼らは知らなかった。考えてもいなかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

闇の中で唯一人、光の道へと目覚めた者がいた事を。

 

「世の中は愛に満ちています!!おお!愛!!!何と甘美で慈悲に溢れる言葉でしょう!!この世に愛がある限り!不可能は無いの…デスヨ…!」

 

その者の名はホットアイ。六魔将軍(オラシオンセイス)の一人であり、金に対して異常ともいえる執着を見せていた、ギルドでも一番の大男。しかし今の彼はその金への執着を一切捨て去り、滂沱の如く涙を両目から流し、菩薩のような笑顔を浮かべながら、愛という言葉にただただ感動して声をあげている。

 

ペルセウスとジュラがそれを見てフリーズしていることも気付かずにホットアイはさらに語る。生き別れた弟を探しすのに必死だったこと。金があれば弟を見つけられると信じていたこと。だが今しがた、それは過ちであることに気付いたことを。

 

「さあ!争う事はもうやめにする…デスヨ。そして、私のかつての仲間の暴挙を止めましょう!!彼らに愛の素晴らしさを教えるの…デスヨ」

 

「…えーと…」

「何が何…だか…」

 

そして涙と笑顔と感動を抑えず、フリーズしていた二人を纏めて腕の中に抱き留め意気込むホットアイ。彼の目から溢れ出る涙が二人の頭部に滝のように当たっているのを感じながらも、唐突なホットアイの変化に理解が追い付くことは出来なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

更に一方で、ジェラールの存在に気付き、彼がいるであろう光の下へと向かっていたナツは現在、大ピンチを迎えていた。

 

「お、お前…グレイ…!!」

 

蹲って立つこともままならない状態となっているナツ。そんな彼が見上げるのは、こちらに嘲笑を向けて佇む、いつもとは様子が豹変した様子のグレイ。何が起こっているのか、それは今彼等が立っている場所が大いに関係してた。

 

「お…おぷ…揺れる…!」

 

ゆるやかに流れる小川。その上をゆっくりと流れに沿って揺れ動くイカダ。そう、乗り物の上、ナツにとって何よりも弱点となる場所であった。

 

「かかったな、ナツ。確かお前の弱点は乗り物だ」

 

「て、テメー…何をしやが…!」

 

「うぜーんだよ。とっととくたばりやがれ、乗り物酔いのツリ目野郎…なんてな…。いつもの喧嘩ってヤツも、これで終わりだ…!」

 

動くこともままならないナツの頭を踏みつけながら、氷で作り上げた槍を構え、突き刺そうとするグレイ。仲が悪く喧嘩することも多々ある二人であったが、今のグレイは普段では全く見られない様子を見せている。彼に何が起きたのか疑問を浮かべる余裕もないまま、ナツに氷の凶刃が襲い掛かる。

 

 

その寸前に、一本の矢が氷の槍を貫き、粉砕した。

 

「誰だよ!?」

 

思わぬ横槍を入れられたグレイが、苛立ち混ざりに矢の飛んできた方向へいくつもの氷の槍を射出する。宙を駆ける槍たちはその刹那、今度は光で作られた無数の矢によって貫かれ、一本残らず消滅した。

 

「何してんのよ、グレイ!」

 

「であるからして~もしもし」

 

ルーシィの召還に応じて現れた人馬宮のサジタリウス。そしてシエルの光陰矢の如し(サニーアローズ)による射撃であった。仲間の凶行を横目で確認し、いち早くそれの阻止を行うためだった。

 

「お、お…!シエルー…シィ…うぷ…!」

 

「名前呼んでから吐きそうになるの、やめてくれないかしら!?」

 

「つか“シエルーシィ”って何だ…?勝手に繋げんなよ…」

 

折角助けたのに何だか色々と不本意だ。ルーシィは泣きながら、シエルは困惑しながらナツの言動にそう主張した。

 

「てかヒドいよグレイ!いくら何でもやりすぎだよ!!魚横取りされたとかなら分かるけど!!」

 

「魚なんかで命とる方が理不尽だろ!ここはやっぱ肉だ!!」

 

「どっちもどっちよ!!」

 

川から突き出ている折れた木にぶつかってイカダが止まる中、その上に乗っているグレイの行動にハッピーが抗議の声をあげる。しかし後半はどこか共感しづらい。ついでにシエルも。いくら食べ物の恨みが恐ろしいからとは言え…。

 

「っせーんだよテメーら。ウゼーっての。ナツ(こいつ)片付けたら相手してやっから邪魔すんじゃねーよ」

 

めんどくさそうに告げたと思いきや、どこかあくどい笑みを浮かべて続けたグレイの言葉に違和感を感じずにはいられない。まさかニルヴァーナによって闇に堕ちた?だとしたら分かるが、それでもまだ違和感が消えない。

 

「な…流れる…揺れ、てる…」

 

「止まってるからしっかりしなさい!」

 

「ナツ!今助けるよ!!」

 

イカダの動きは止まったはずなのに微妙な揺れで未だ酔い続けているナツ。それを助けるために(エーラ)を発動してすぐに駆け寄ろうとするが、そこをグレイがすかさず手を差し出してハッピーの身体を氷に閉じ込めた。

 

「オスネコ!」

 

「ハッピーに何すんだ!」

 

困惑を隠せないままシエルが彼に問いかける。しかしその問いに答えるつもりなのか、または別の思惑があるのか、グレイが口にしたのは妙なものだった。

 

「ハッピーは空を飛ぶ。運べるのは一人。戦闘力は無し。情報収集完了」

 

「は…?」

 

「何言ってるのよグレイ…しっかりして…」

 

これが闇に堕ちた者の姿なのだろうか。仲間であったハッピーに関する情報を羅列して呟きながらこちらの様子を見てきている。明らかに様子がおかしいことは分かるが、ニルヴァーナと本当に関係があるのだろうか?

 

「グレイから見たシエル。イタズラ好きのイタズラ小僧。割とコワいもの知らず。ペルセウスの弟…へぇ、こいつが…」

 

「…?お前…」

 

シエルの方へと視線を移して再び羅列を呟き始めたグレイ。その中の一つに、シエルは更なる違和感を感じた。例え闇に堕ちたとしてもグレイとは極めて異なる、違和感を。

 

「天気を変える魔法の使い手。星霊と星霊魔導士が憧れ…ほう?」

 

さらに続けていくと、今度はルーシィの方へと視線を向ける。そしてそこからは同様だ。

 

「グレイから見たルーシィ。ギルドの新人。ルックスはかなり好み。少し気がある」

 

「へあ!?な、なによそれ…!」

 

「見た目によらず純情。星霊魔導士…成程こいつか…」

 

唐突に明かされたグレイの暴露に思わずルーシィの顔が赤くなって鼓動が早まる。さっきグレイも言った通り意外と純情な部分がある。そしてそんな彼女にもお構いなしに、先程シエルが憧れを抱いているという星霊魔導士が彼女の事であることに気付くと、彼女に照準を向けて魔法を放とうとする。

 

「させるか!!」

 

それを雷の魔力を纏ったシエルが肉薄し拳を振るう。それに気付いたグレイはいち早く造形で氷の盾を展開し、それを防いだ。仲間に向けて攻撃を仕掛けたことに、後方にいるヒビキを除いた一同は驚愕に目を見開いた。

 

「シエルさん、何を!?」

 

「グレイから見たウェンディ。化け猫の宿(ケット・シェルター)の魔導士。女の子供。かなり臆病。ナツが何か知ってるらしいが詳しくは不明…ちっ、こっちが持ってるよりもさらに少ねぇな…」

 

その勢いで前方に出たウェンディの姿を見てまた何かを呟いたが、思ったようなものではなかったらしい。どこか期待外れと言いたげな表情だ。しかし、シエルは目の前にいるグレイに対してある種の確信を抱いていた。

 

「お前、グレイじゃないな?」

 

「グレイじゃない!?」

 

「やはりそうか。妙な部分が多く見られたから、もしやと思ってたけど…」

 

シエルが呟いた一言にルーシィが真っ先に声をあげて驚き、唯一その様子を見せなかったヒビキがシエルの言葉に同意した。だが考えても見ればそうだ。ニルヴァーナが善悪を反転させるのは、現時点において光と闇の狭間にいる者。自分が知ってるグレイは、そんな簡単に負の感情に揺れるような男ではない。では、目の前にいるグレイは何者か。

 

「もうバレたんだ。その姿を元に戻したらどうだ。それとも…

 

 

 

 

 

 

 

 

どっかで隠れて見てる、お前の“所持者(オーナー)”に出てきてもらうか?」

 

それさえも確信している様子のシエルの言葉に、今度はヒビキも含めて全員が驚愕した。対してグレイは、口元に弧を浮かべながら感心するかのようにその口を開く。

 

「へ~?星霊に憧れてるって言うだけの事はあるなぁ…」

 

クツクツと笑いを交えながら呟いたその言葉。だがそれは末の方へ行くに連れて、どこか声色を高くしていく。終いには一度俯かせて上げたグレイの顔。そこに映るグレイの目は、黒目の中心に白い瞳孔という、本来の彼のものとは異なる目となっていた。

 

『ピーリピーリ』

 

そしてグレイの姿が一度煙に包まれると、その姿を変化させていた。その姿は、今この場にも存在している金髪の少女。

 

「あ、あたし!?」

 

そう、ルーシィだ。しかし今この場でルーシィに変身したところで、何のメリットがあるのか分からない。

 

「君、頭悪いだろ?そんな状況でルーシィさんに変身しても騙される筈がない」

 

「そうかしら?あんたみたいな男は女に弱いでしょ?」

 

現にヒビキも最早呆れている様子ではあったが、どうやら変身したルーシィの目的はどうやら別にあった。不敵な笑みを浮かべながら、変身した方のルーシィは自分の服の裾を両手で掴む。その時のある人物の行動は早かった。一瞬にして目の前にいる方のルーシィの思惑を察知し、理解して顔を赤く染めながらも…。

 

「く、曇天(クラウディ)!!」

 

「ありゃ?」

 

たくし上げてその豊満な胸を晒そうとしたルーシィの大切な部分を、先手を打って灰色の雲を顕現させて隠した。どの角度から見ようが見えない様に。

 

「「ええーーっ!!?」」

「はわわわわ…!!」

「きゃあ!ギリセーフ!シエルナイスゥ!!」

 

その光景を見てようやくその現実を理解した一同の三者三様の反応が木霊する。ヒビキとサジタリウスはどこか残念そうな声をあげ、ウェンディは大胆にも自分の身体を晒そうとした偽ルーシィの行動にただただ恥じらいを感じ、そしてルーシィは自分の痴態を晒されそうになったところを阻止されて、羞恥を表しながらも心からシエルへの感謝を叫んだ。傍から見れば阿鼻叫喚である。

 

「何?あんた妙なところで律儀なのね?年頃の男ってこーゆーの興味あるんでしょ?」

 

「どこぞのケダモノと一緒にすんな!それに仲間の姿を借りて痴女みたいなことされるのは色々と見過ごせねーだろ!!」

 

「何か聞き捨てならない事言ってない!?」

 

イタズラ好きと言っていたからてっきりこういう色仕掛けにも乗ってくるかと予想していたらしいが、それは偏見である。一応シエルも健全な男子ではあるが、なんかこう、色んな意味で尊厳が損なわれそうだと感じたようだ。

 

あとこれでルーシィの裸に釘付けになったところをウェンディに見られたとしたら色々と終わる気がした。直感で。

 

「ありがとうシエルくん…おかげであっちのルーシィさんに、ペースを乱される事態を避けることが出来た…!!」

 

「も、もしもし…!!」

 

「表情と言葉が一致してねーよ、お前ら…」

 

「このオスどもは…」

 

一方でヒビキは、言葉こそ偽ルーシィの行動によって起きる不測の事態を回避できたことに感謝を告げながらも、その表情はどこか悔し気と言うか遺憾を感じさせる歪んだものを浮かべていた。ついでに後方のサジタリウスは敬礼をしながらも下唇を嚙んで涙を流している。大丈夫?闇に堕ちたりしないか?

 

「はわわわわ…!」

 

そしてウェンディ。雲によって大事なとこは隠れてたはずなのに未だに衝撃から抜け出せてないようだ。幼い彼女にはこれでも刺激が強かったらしい。

 

「ま、いいや。星霊情報収集完了。へえ、スゴイ…結構鍵持ってるんだ?」

 

ここで偽ルーシィの本来の目的と言える言葉がここで明かされた。どういう原理かは不明だが、どうやらルーシィが持っている星霊の鍵の情報が目的だったらしい。更にはもう一つ別格の情報もおまけでついてきている。魔力はさほど高くないと言うのに、星霊王と謁見まで果たしているらしい。歴史上でもそのような魔導士が一体何人いただろうか。

 

「それじゃサジタリウス。お願いね?」

 

偽ルーシィが呟くと、衝撃的な出来事が起きた。彼女の言葉通りに、突如サジタリウスが味方であるはずのヒビキを狙って射撃。数発の鋭い矢が彼の身体を抉った。

 

「サジタリウス!?」

「何よ!この裏切り馬!!」

 

「ち、違いますからして…!それがしはこんなこと…しようとは…!!」

 

突如として凶行に走ったサジタリウス。だがそれは本人も多いに困惑を露わにしている事態だ。自分と契約している星霊であるサジタリウスが、自分の意思とは関係なく行動させられた?

 

「ヒビキさん、今治療を…!」

 

「っ!ウェンディ!!」

 

思いがけずダメージを受けたヒビキを回復しようとウェンディが駆け寄るが、異変に気付いたシエルが高速で移動し、ウェンディを抱えて横に跳ぶ。その勢いでウェンディから悲鳴が漏れるが、彼女が向かっていた位置に、サジタリウスの矢が数本襲い掛かった。これもまた本人の意思とは関係のない行動である。

 

「あんたまさか、あたしの星霊を操って…!?」

 

「そう、今のあたしはあんたと同じことが出来るのよ」

 

姿や能力はルーシィと同じ。そして契約に従ってその力を行使する能力もまた、本物である彼女と同等らしい。今のサジタリウスは、自らの意思に反して、身体が味方である本物のルーシィたちに牙を剥いてしまっている状態だ。

 

「くっ…!シャルルはウェンディを連れてこの場を退避!ルーシィ、サジタリウスを閉門するんだ!」

 

「待って!私もサポートなら…!」

「ウェンディ!ここは言う通りにするわよ!!」

 

「確かに、こいつヤバイ…!サジタリウスを強制閉門!!」

「申し訳ないですからして、もしもし…」

 

状況を判断してすぐさまシエルがそう指示を飛ばす。変身した相手の能力を行使できる敵に対して、ウェンディがこの場にいるのは危険すぎる。そして今操られている状態のサジタリウスをこの場に残すのも厄介だ。そう考えて出した指示に従い、シャルルはウェンディの身体を抱えてすぐに飛び上がり、ルーシィはサジタリウスの鍵を手に持って彼を星霊界に帰す。ここからどう形勢を覆すか、考えるよりも先に、向こうのルーシィが動き出した。

 

「開け、人馬宮の扉。サジタリウス」

 

「お呼びでありますか~もしもし!…ってあれ?」

「えーーっ!?」

 

「しまった、考えてみりゃそうだ!」

 

失敗した。本物さながらの口上を告げて鍵を差し出せば、先程星霊界に帰ったはずのサジタリウスが向こうのルーシィの召喚に応じて現れる。ルーシィの能力を丸々使用できるのなら、本物同様呼び出すことも可能だ。その可能性に気づけなかった自分が情けない。

 

「これは一体…如何なることで、もしもし?」

 

「あんたを呼び出したのはあたし。だから、今はあたしがあんたのオーナーよ♡」

 

「確かにその通りでありますがもしもし…」

 

しかも今度は本物が呼び出した星霊を操るのではなく、向こうが呼び出した状態だ。その命令による力は先程よりも強力になるだろう。これ以上放置するのはマズイ。姿や声、喋り方が本物と同等の為に抵抗はあったが、仕方がない。

 

「ルーシィごめん、ちょっと気分を悪くさせる!」

 

「え!?」

 

驚愕の声をあげる本物のルーシィ。それを尻目に、雷を纏ったシエルがサジタリウスに指示を出そうとしている偽者のルーシィに蹴りを放つ。咄嗟に体を庇う事しかできなかった偽者は忌まわし気にシエルを睨みながら後方に飛ばされ、向こう岸に着地する。だが口元に弧を描いたかと思うと「こっちの方が使えそう…」と呟き、再びその姿を煙で包んだ。

 

「まさか…!」

 

その拍子にサジタリウスの姿も消えていき、ルーシィは再び姿を変えようとするその存在が、誰に変身するのか予測がついた。そしてその予想は当たる。先程自分と同じ姿をしていたその存在がいた場所には、目の前に背を見せる少年と同じ姿となっていた。

 

「今度は俺か。そこまでして他人の姿でいるのが好きか?黄道十二門の一体・『双子宮のジェミニ』!!」

 

「『ジェミニ』!?」

 

本物のシエルが告げた正体に、ルーシィは驚愕の声をあげた。シエルの記憶から呼び起こされたのは、六魔将軍(オラシオンセイス)の一人、紅一点である女性に付き従っていた二体の小人。その小人はあの乱戦の中でルーシィ、そしてグレイの二人の姿に化けて、こちらを撹乱してきた。

 

あの時は乱戦状態の上、戦いが終わった時にはウェンディが連れ去られていたために考えられる余裕も無かったが、次々と姿を変えていくその存在を、シエルは本で読んだことがあった。それが双子宮のジェミニ。二身一体の黄道十二門が一体である。

 

「この方が何かとやりやすくてさ。それに、使える手札が多そうな奴ほど、色んな状況に対応できるだろ?」

 

シエルの姿をした偽者…ジェミニが本物同様のイタズラをするときの笑みを浮かべながら、掌に小さな太陽を創り出す。そしてその太陽は彼の動きに合わせて分裂し、形状を細長くしていく。

 

光陰矢の如し(サニーアローズ)…!?くっ…!」

 

自分が出せる最速の技を先手で発動されて焦りながらも、シエルは雷光(ライトニング)の効果で速くなったことで回避するために身構える。

 

だが、ジェミニの狙いは目の前の本物ではなかった。

 

「ホントは、サジタリウスに任せりゃ確実だったんだけどな~」

 

そうぼやきながら上空の方へと視線を向けるジェミニ。確かその方向にいたのは…!

 

「お前…どこを…誰を狙って…!?」

 

「そんなの決まってるだろ?」

 

目を見開いて尋ねるシエルに対して、同じ姿のジェミニがあっけらかんとしながら答える。光速の矢で狙うのは、先程退避させた少女と、相棒のネコ。ネコの方は兎も角、少女の方は自分の主人の仲間が捕えていた貴重な存在。それを奪い返すためには邪魔となる存在は消さねばならない。そう判断して、一番効率がいい光の矢を選んだ。

 

狙いを定めて矢を番え、右手を突き出せば発射される。収集中の情報をもとにして行動すれば初めて扱うものでもコピーした魔導士と同じ要領で扱える。逃がしはしない。淡々と思考を巡らせてその腕を動かして矢を発射する。

 

「ふざけんなぁあっ!!!」

 

直前。憤怒の表情を浮かべた本物の拳が、偽者の左頬を捉え、その身体を大きく吹き飛ばした。雷を纏った状態の中でも、今までで最速。最早一瞬の出来事。歯を食いしばって己と同じ姿をした存在を睨みつけるシエルに、ジェミニは痛みをこらえながらも起き上がって気怠そうに口を開いた。

 

「いっつつ…!どうもお前は集めた情報とは微妙に違う動きをするなぁ…。グレイやルーシィが見てきた俺は、ここまで感情を爆発させては……ああ、成程…?」

 

困惑のようにも見える表情を浮かべながら随時シエルの情報を取り入れていくジェミニ。だが、その途中で今の怒りに納得がいくような情報が更新されたのか、その顔をイタズラをするときの顔へと変貌させる。見慣れた自分の顔ではあるが、この時ばかりはその顔にも苛立ちさえ覚えてしまう。

 

「もういいゾ。ニルヴァーナが見つかったって事は、あのガキの役目も終わってるって事だゾ」

 

「それもそっか」

 

すると、ルーシィたちから見て向こう岸の木陰から、一人の人物が現れる。それはシエルがジェミニを従えていると推測した人物と同じ。銀色の髪を持つ、六魔将軍(オラシオンセイス)の紅一点。心を覗ける女、エンジェル。彼女が姿を現しながら告げた言葉を聞いたジェミニは、納得した様子を見せながらその姿を三たび煙で包む。

 

そして現した姿は、最初の乱戦で姿を見せていた二体の小人。ジェミニ本来の姿である。

 

「「ピーリピーリッ!」」

「は~いシエルくん、ルーシィちゃん。エンジェルちゃん、登場だゾ」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)…!」

 

「ようやくお出ましか…」

 

やけに馴れ馴れしく挨拶してくるエンジェルに、ルーシィもシエルも警戒を強くする。ジェミニ一体だけでこちらのペースをかき回されたことにより、やはり向こうの方が戦力が上であることを実感させられる。

 

「先程シエルくんが言い当てた通り、このコたちは相手の容姿・能力・思考全てをコピーできる双子宮の星霊・ジェミニ」

 

「『ジェミー』だよ~」

「『ミニー』だよ~」

 

「あいつも…あたしと同じ星霊魔導士…!!」

 

自分と同じく星霊魔法を扱う魔導士。闇にその身をやつしながらも天使(エンジェル)を名乗り星を操るその女に、天に愛された少年と、星を愛する少女が覚悟を持って対立する。




おまけ風次回予告

シエル「よくよく考えてみたら、俺今、スゴイ現場に立ち会ってることになるよね?」

ルーシィ「へ?スゴイって…どういうこと?」

シエル「だってさ、ルーシィは既に黄道十二門の半数・6体と契約してるんでしょ?そんで向こうの星霊魔導士も黄道十二門複数体持ってるから…世界に12本しかないはずの金の鍵がどんだけこの場に揃ってるのって思うわけ!!」

ルーシィ「それは確かに分かるけど、やけにテンションたっかいわね…」

シエル「どうしよう…このまま順調に12本の鍵が同じ場所に揃ったら…!」

次回『星霊合戦』

シエル「あ〜ヤバい!想像しただけで身体中震えてきた!何か開きそう、世界の扉が開きそう!!」

ルーシィ「多分あんたが言ってるのは、開けちゃいけない世界の扉じゃないかしら!?」


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第52話 星霊合戦

二週間ぶりです。
今回は結構難産でした…。原作通りのままだと新鮮味ないし、変更できる箇所は~って考えながらやってると結果的に凄く長くなります。(笑)

あとこれ、多分小説書いてる人たちにとってあるある何でしょうけど、先の展開で書きたい箇所があっても、それまでの途中の展開で行き詰まる…。この回とかが顕著かもです。(笑)


一つの河を挟んで睨み合う光と闇。その狭間にいる者を逆の属性へと変えるニルヴァーナの光を浴びて何の変異も感じさせないという事は、目の前にいる女性、エンジェルがその狭間に立っていない証。やはりそう簡単に六魔将軍(オラシオンセイス)の者が光に移ることがない。今この場においてニルヴァーナの光は意味を為さないのと同義だ。

 

「(ヒビキもナツも、今は戦えない…。戦えるのは、あたしとシエルの二人…でも、やるしかない!)」

 

少なからず不安はあるが、ここで退いては味方が危ない。自分たちが戦うしか切り抜けられる方法は無いのだ。

 

「私…ルーシィちゃんが持ってる鍵が欲しいの。君を始末して星霊をいただくゾ」

 

「そうはいかないわ!」

 

「簡単にやられると思うなよ…!」

 

笑みを浮かべながら告げるエンジェルに対し、表情険しく彼女に対して敵意を剥きだす二人。特にシエルは言葉を告げながら竜巻の魔力を両手に集めて放出しようとしている。

 

「ジェミニ、もっかいお願いね」

 

「「ピーリピーリ!」」

 

それを見たエンジェルが指示を出すと、小人に体が互いにぶつかり、その姿を再びシエルに変化させる。そして目の前にいる本物同様、両手を合わせて風の魔力を集中させる。

 

「竜巻注意報…竜巻(トルネード)!!」

 

横に廻って放出される緑の竜巻。二人のシエルが互いに向けて放ったそれが真正面からぶつかり合い、その余波で周囲に突風が巻き起こる。勢いよく吹き荒れる風のせいでルーシィが腕をこの前に出して堪えている中、シエルは先程放った竜巻の魔力を再び集め直す。

 

風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)!!」

 

「無駄無駄。今の俺はお前と同じことが出来るんだぜ?」

 

集めた魔力で棍の形に作り直せば向こうも同様に行動してくる。棍同士でぶつかり合えば先程竜巻同士でぶつけ合った時と同じことの繰り返しだ。その事には勿論既に気付いている。だから…。

 

「せやっ!!」

 

自分の足元の川に、風の棍を思い切り叩きつけ、激しい水しぶきを起こす。直接的な攻撃で仕掛けてくると身構えていたジェミニは表情に驚愕を浮かべる。大きく舞い上がった水が互いの姿を遮断し、ジェミニ、そしてエンジェルから自分の姿が見えなくなる。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)風廻り(ホワルウィンド)(スピア)!!」

 

そして棍の形をしていた風を槍へと変化させ、水しぶきの向こう…エンジェルが立っていた方向へと狙いを定める。ジェミニは星霊。召喚した星霊魔導士が大きくダメージを受ければ顕現することも難しくなると考えた。槍を握る右腕を大きく後ろに引き、エンジェルがいた場所目掛けて投擲する。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

しかし、それをジェミニが阻止した。風の槍が飛んでいく延長線上に竜巻を発生させて、その槍を吸収。消滅させたのだ。防がれるとは思わなかったシエルは、思わず声をあげて驚く。

 

「ちょっとビックリしたけど、狙いが分かれば対処は可能だ」

 

「ジェミニの力を忘れたのかしら?コピーしている間は、思考すらも手に取るようにわかるんだゾ」

 

口元に弧を描きながらシエルの行動を見切ったエンジェルとジェミニが告げた通り、ジェミニは容姿と能力、そして思考すらも完璧にコピーすることが出来る。それによって、シエルが起こした行動の意図を先読みし、それを防いで見せた。

 

「今度はこっちからだ。吹雪(ブリザード)

 

笑みを崩さないまま掌を掲げ、妖精側に吹雪を発生させるジェミニ。急激に温度が下がって、自分の魔法による耐性が備わっているシエルは兎も角、後方にいるルーシィは己の身体を縮こまらせている。

 

「さ、寒いぃ…!!」

 

「くっ…!豪雨(スコール)で洗い流せればいいんだけど、下手したらそっちが凍らされる…!!」

 

雪に対して大雨。そうすれば雪を融かして威力を弱めることもできるかもしれないと考えたが、急激に下がった気温の中で豪雨(スコール)を使ったら、逆に雨粒たちが氷に変じて逆効果になる可能性もある。それを考えると迂闊に使用することが出来ない。

 

だが、洗い流して融かす。その言葉に、ルーシィは閃いた。今近くにあるのは川…つまり水。この条件下でのみ呼べる、特殊な星霊が存在する。

 

「あ、あたしに任せて!開け、宝瓶宮の扉!!」

 

持ち手は水瓶、先は流れる水を象った金色の鍵を川の水につけて魔力を解放。少々かじかんだが口上も完璧だ。その呼びかけに応えて現れたのは、明るい水色の長い髪をした、上半身は水着を着た女性。下半身は水色の鱗を持つ魚。片手には両手で扱うように作られた大きさの水瓶を持った、人魚とも呼ぶべきその存在。

 

「『アクエリアス』!!」

 

「あれが『アクエリアス』…!ルーシィが契約している、最強の星霊…!!」

 

少々目つきが鋭いが、美女と呼ぶのに相応しい容姿と佇まい。そして感じさせる威厳は他の星霊と比べても確かに上位に入るだろう。しかし、そんな彼女に関する難点がいくつかある…。

 

「やっちゃって!あたしたちも一緒で構わないから!!」

 

「最初からそのつもりだよ」

 

「最初からって…」

 

「え、ちょっと待って、今『あたし()()』って言った!?」

 

この星霊アクエリアス、綺麗な顔立ちに似合わずかなり苛烈な性格であり、所有者(オーナー)であるはずのルーシィに対しても不遜な態度で日常的に接している。その上言う事を聞かないわ、強制閉門されたわけでもないのに自分から星霊界に帰るわ、彼氏とデートするからしばらく呼ぶなと告げるわ、色んな意味で異彩を放っている。

 

そして最たる例は水を扱った超威力の攻撃を放てば、呼び出したルーシィも巻き添えを食らう事である。というよりルーシィを中心に攻撃していることが大半である。それは今回も同様であり、この場にいるシエルはほぼ無関係なのにアクエリアスの攻撃に巻き込まれることが確定してしまった。南無。

 

「全員まとめて吹っ飛びなァ!!」

 

澄まし顔だった表情を豹変させながら、水瓶を両手で持ち上げてそこから大量の水を放出させ始める。この規模なら確かにこの場にいる全員が簡単に吹き飛ばされるだろう。巻き添えを食らう事も覚悟してシエルはその衝撃に備えようとする。

 

しかし、それはジェミニとは別の金色の鍵を持ったエンジェルによって未遂に終わった。

 

「開け、天蠍宮の扉」

 

鍵先が二又のサソリの鋏を模したその鍵。その鍵で呼び出される星霊がどのようなものか、この場にいる全員が感づいた、しかもこの女…。

 

「天蠍宮…黄道十二門!?」

 

「しかもこいつ…二体同時に開門を!?」

 

「え…!?」

 

双子宮のジェミニに続いてもう一体の黄道十二門。しかも魔力の量が一定以上高くなければ為すことが出来ない二体同時の開門までも可能にしている。その事実に勢い良く攻撃を始めていたアクエリアスもまた、驚愕の表情を浮かべて静止する。

 

「『スコーピオン』!!」

 

「ウィーアー!!イェイ!!」

 

現れた蠍座の星霊・スコーピオン。その容姿は褐色肌で顔の整った男性の姿だ。髪は左が白で右が赤の坊主に近いほど短い髪。目はそれぞれ下の方に突起のような形で尖っている珍しい形。赤色を基調とした服を纏い、腰部からはサソリの尻尾を模した鉄製のバズーカを生やしている。呼び出された瞬間、両手の中指と薬指を除いた三本の指を立てながら腕を交差し、テンション高くポーズを決めている。

 

だが、敵側の星霊として現れたスコーピオンに、一番真っ先に反応したのは意外な人物だった。

 

「スコーピォおおん♡」

「「はいいっ!!?」」

 

先程まで場にいる全員を薙ぎ払う気満々の険しい顔と声を発していたはずのアクエリアスが、両手を組んで顔の近くに持っていき、甘えるような声と赤くした顔で近づいていった。唐突なアクエリアスのキャラ変貌に妖精側二人は驚愕の叫び声をあげる。だがそんなことも気にせず、アクエリアスはスコーピオンの身体にべったりとくっつきに行き、対してスコーピオンも少しばかり驚きこそすれど、そんな様子のアクエリアスを普通に受け入れている。一体何が起こってるんだ…。

 

「ウィーアー、元気かい?アクエリアス。久しぶりだな、イェー」

「私…さみしかったわぁ…!ぐすぐす」

 

「ま、まさか…あんたの例の彼氏って…!」

 

何が起きているのか全く理解できないシエルに対して、ルーシィは心当たりがあった。度々彼氏の話題をそれとなく聞いたことがあった。普段の彼女からは信じられないような態度を見て、まさかと思い尋ねてみれば…。

 

「そう、スコーピオン(このヒト)♡」

「ウィーアー!初めまして、アクエリアスの所有者(オーナー)。イェー」

 

「キターー!!」

「ってか、さっきとキャラ変わりすぎ…!!」

 

大正解だった。メロメロ状態になっているアクエリアスからの紹介に応え、ファンキーな見た目と裏腹に律儀に挨拶をするスコーピオン。まさかこんな場面で噂の彼氏とご対面とは思わなかった。と言うか本当にさっきのアクエリアスと同一人物なのかと衝撃を抱えていると、瞬間アクエリアスがシエルたちの元へと近づいて小声で伝えてきた。

 

「スコーピオンに余計な事言ってみろ…!てめえら、再起不能どころじゃねーぞ?分かってるな…あ…!?」

「「アイサー…!」」

 

伝えてきた、と言うか脅してきたである。思わずハッピーと同じ返事の仕方をしてしまうほどにまでドスの利いた声と圧を向けてきたためにから返事しかできなかった。マジの目だった。下手をうてば確実に彼女に始末される。そんな確信があった。

 

「ねぇん、お食事に行かない?」

「ウィーアー。オーロラの見えるレストランがあるんだ。そういう訳で帰っていいかい、エンジェル?」

 

「どうぞ~」

「えっ!?」

 

そしてアクエリアスはそのままスコーピオンとラブラブな雰囲気を醸し出しながら星霊界へと帰って行ってしまう。軽い調子でエンジェルが肯定して、気付いた時には既に遅し。引き止めようとするルーシィの声も届かないままその場から星霊カップルは消えてしまった。

 

「いやーーー!!」

 

ルーシィが信頼する最強の星霊、まさかの封殺。まともに戦ってもいないのに二体揃って戦線を離脱してしまった。あの様子だと鍵で召喚しても来てくれそうにない。思いもよらなかった事態に彼女の悲鳴が木霊する。

 

「つーか、星霊同士でカップルとか夫婦とか、アリだっけ?」

 

「アリなんじゃね?良く知らんけど」

 

思わず敵側である黄道十二門のジェミニにシエルが尋ねると、首を傾げながらそう答えた。その気になれば男女どちらにも変身できるジェミニには特に気にする話題でもないらしい。

 

「星霊同士の相関関係も知らない小娘は、私には勝てないゾ」

 

「っ!させるか!!」

 

ショックを受けて呆然としていたルーシィに近づいて攻撃を仕掛けようとするエンジェル。それに気付いたシエルが、すぐさま日射光(サンシャイン)を発動して、小さな太陽をエンジェルの前に投げつける。眩い光に目を覆う事しかできなくなったエンジェルは舌打ちを漏らして攻撃を中断。その隙をついて雷光(ライトニング)を発動し、物理的な攻撃を食らわせようとする。

 

「がはっ!?」

 

しかし、移動を開始したシエルの背に、同じ魔法を発動したジェミニが蹴りを叩き込んだ。またも思考を読まれた。飛び上がって移動しようとした矢先であったため、勢い余って川の中にシエルの身体が沈み込む。それに気付いてルーシィが彼の名を呼んで案じる。ジェミニが存在することで、数の利を封じられているのも同然。加勢をするべきであるのは重々承知だが、アクエリアス以上に強力な星霊は、ルーシィと契約している中にはいない…。

 

 

 

 

と考えたところで、それは否であると考えなおした。いる。アクエリアスに匹敵する最強の星霊が、もう一体。

 

「開け、獅子宮の扉!」

 

獅子の鬣をイメージした意匠の金色の鍵を天高く掲げ口上を叫ぶ。そして現れたのは獅子の鬣と耳を象った茶色の髪、目元には青いサングラス、そして全身に黒いタキシードスーツを纏った美形の青年。かつて人間と偽って妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として行動していた、黄道十二門のリーダー。本名を獅子宮のレオ。またの名を…。

 

「ロキ!!」

 

「王子様、参上!」

 

「ろ、ロキ…!」

 

「久しぶりだね、シエル。あの時以来か…」

 

腕を組んで堂々と立ち、ルーシィに付き従う最強の星霊の一体が、彼女の呼びかけに応え参上した。川の中から上がってきたシエルがその姿を確認した時、最後に会った、ルーシィの星霊として生きていくことを誓った彼の姿を思い出して、表情を和らげた。

 

その様子を見て、困惑の感情を抱いている者がいたことは、誰も気付かない。

 

「お願い!あいつを倒さないとギルドが…!!」

 

「お安い御用さ」

 

ロキは女性にだらしがない一面を持ってはいるが、基本的にはルーシィに忠実だ。以前まで星霊魔導士を避けていた時とは一変して、ルーシィに対して呆れるほどの愛を表すような部分さえある。先程のアクエリアスの様に、自分の都合で戦線を離脱するようなことは起こり得ないだろう。

 

「クス…言わなかったかしら?大切なのは星霊同士の関係」

 

しかしエンジェルからは余裕が消えない。アクエリアスを封じるためにスコーピオンを呼んだように、レオ(ロキ)を封じるための手段も、彼女には存在していた。

 

「開け、白羊宮の扉」

 

その口上を耳にし、彼女が手に持っている羊を模した金の鍵を見て、ルーシィも、シエルも、ロキもその顔色を変えた。

 

 

 

「『アリエス』!」

 

「ごめんなさい…レオ…」

 

「…アリエス…!!」

 

薄桃色の毛先が膨らんだボブカットヘアーの頭部から生えた小さい羊の角。白いウール素材のマイクロミニスカートを纏った色白の美少女。そんな外見を持った星霊・『アリエス』の姿を見たロキに、明らかな動揺が走る。

 

白羊宮のアリエスは元々、3年前に命を落とした青い天馬(ブルーペガサス)の魔導士であるカレンと契約していた星霊だ。そして当時ロキ―レオ―もカレンと契約を結んでいて、アリエスに対する非人道的な仕打ちを見かねたロキが、自分の魔力を使って人間界に無理矢理顕現し、カレンが他の星霊を呼べないようにした。

 

そのおかげで仕事が出来なくなってしまったカレンは、3ヶ月ぶりに向かった仕事で二体同時開門に賭けるも失敗し、そのまま命を落としてしまった。アリエスを守るために行った行動はカレンを失う結果となってしまい、激しい後悔に苛まれ、更には3年もの間ロキは星霊界に帰還することを禁じられて、あわや消滅するという運命だった。

 

その事に関してはルーシィ、そしてシエルの奮闘によって解決したのだが、かつて同じ所有者(オーナー)の元に仕え、アリエスにとってはロキは恩のある相手でもある。そんな間柄の二人が、まさか敵味方として3年ぶりの再会を果たしてしまうとは…。

 

「そんな…これじゃ、ロキまで戦えないじゃない…!!」

 

「どうしてカレンの星霊だったアリエスが、こいつのところに…!?」

 

ただでさえ世界に12本の黄道十二門を3本。しかも、少し前には別の魔導士と契約していた星霊の鍵を持っているのか。次の契約者が現れるまでは自動的に星霊界に戻るのが星霊のルール。そこから世界のどこかにその星霊の鍵が現れ、次の所有者(オーナー)と契約されるまではフリーの状態になる。どこかで見つけたと考えるのが普通ではあるが、目の前にいる女は、それに区分されるわけがなかった。

 

「カレンを始末したのは私だもの。アリエス(これ)はその時の戦利品だゾ」

 

アリエスと契約しているカレンを殺し、自分の星霊とした。それがアリエスがエンジェルの元にいる真相であった。二体同時開門に失敗した時にほぼ自滅の状態に近かったそうだが、トドメをさしたのはエンジェル自身だと語られる。

 

エンジェルは今まで数々の星霊魔導士を己の手で始末し、その魔導士が扱う鍵を奪ってきた。そして彼女の今回の標的はルーシィ。ジェミニを通じて手に入れたルーシィの鍵の数は、今までの中でもずば抜けて多い。黄道十二門に至っては12本中6本、半数だ。自分から見れば大した魔力を持たないルーシィは、まさに棚から牡丹餅と言える獲物である。

 

「(カレンを…殺した…!?この女が…カレンを…僕の恋人を…!?)」

 

その会話を聞いていた一人の青年・ヒビキは先程から衝撃的な真実を与えられ続けていた。当時自分と恋人同士であったカレンが契約していた星霊・レオ(ロキ)がルーシィの星霊として現れたと思えば、もう一体のアリエスがエンジェルの星霊として召喚された。3年前に死んだはずの彼女の星霊が何故この場にいるのか、疑問を感じていたところに突きつけられた、カレンを始末したエンジェルの言葉。

 

大事な人だった。人間として難があったことは否定できない。それでも自分は彼女に確かな愛を感じていた。だが彼女の命はある日突然失われた。それは何故か?目の前にいる女が…星霊魔導士が、奪った…。あの女()()、星霊魔導士が…。こいつらのせいで…!

 

「(っ!?ダメだ…!憎しみに囚われたら、ニルヴァーナに心を奪われてしまう…!!)」

 

考えてはいけない。闇に落ちるわけにはいかない。黒く塗りつぶされそうになった感情を理性で無理矢理抑え込む。今のヒビキはそれで精一杯だ。

 

「折角会えたのに、こんなのって…」

 

このままロキをアリエスと戦わせることは出来ない。ロキの力に任せるよりも、彼の心を優先したい彼女は、ほぼ迷いなくその決断を下した。ロキを星霊界に戻すために鍵を差し出そうとするルーシィ。だが、その手をロキ自身が止める。

 

「見くびらないでくれ、ルーシィ。例えかつての友だったとしても…所有者(オーナー)が違えば敵同士。主の為に戦うのが星霊」

 

「例え恩ある相手だとしても、主の為なら敵を討つ」

 

星霊同士に憎しみの感情などない。寧ろ、彼らは互いを思って行動することが出来る間柄だった。それは互いに理解している。本来争うべき相手ではない。だがそれでも、主たちが敵対すると言うのであれば、仲間でも、友でも、主に仇なす敵として、この力を振るう。

 

「それが僕たちの…誇りだ!!」

「それが私たちの…誇りなの!!」

 

両の拳に王の光(レグルス)の光を纏った獅子と、両の掌を合わせて桃色のもこもことした煙を湧き出させた白羊が衝突を開始する。互いに主の為にその力を遺憾なく発揮させる。

 

「あっれ~?やるんだぁ?ま…これはこれで面白いからよしとするゾ」

 

「(違う…こんなの…間違ってる…!)」

 

しかしその光景は、ルーシィにとっては胸が張り裂けるほどに苦しいもの。アリエスの起こす桃色の煙がロキの身体を縛る度、光を帯びたロキの拳がアリエスの身体を穿つ度、少女は身体を震わせてその目元に涙を浮かべている。

 

「こんなこと…ロキにやらせるわけには、いかない…!」

 

友と戦い、友を傷つける。互いに傷つけてしまう光景に耐えきれず、いっそ自分の手でアリエスを行動不能にさせなければと、シエルは駆け出そうとする。

 

稲妻の剣(スパークエッジ)

 

しかしその行く手を、雷の刃を手に持ったシエルが遮った。邪魔をしてくる自分と同じ容姿をした星霊に風の棍を顕現させて振るいながらシエルは押し込もうとする。

 

「どけよ!ロキは…あいつは散々苦しんできたんだぞ!ようやく再会できた友達を手にかけさせるくらいなら、俺が…!!」

 

「『レオが本当にそれを望むかな?』」

 

「っ…!?」

 

一瞬、目の前にいる自分に化けた存在が、まるで素の状態で話しかけたような、そんな気がした。

 

「う~ん…さすがに戦闘用星霊のレオじゃ分が悪いか…。ジェミニ」

 

名を呼ばれたジェミニは、一瞬表情を歪めたかと思うと、鍔迫り合いの状態だった少年を蹴りで突き飛ばし、そのまま雷の剣を再利用して雷光(ライトニング)を発動。動揺してがら空き状態だった少年の鳩尾を殴り、その小柄な体を飛ばす。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)風廻り(ホワルウィンド)(スピア)…」

 

「シエルッ!?」

 

そして竜巻の槍を作り出すとそれを構えてシエルに狙いを定める。それを傍目で目視したルーシィが悲鳴混じりの声で少年の名を叫ぶと、ロキも彼が今窮地に陥っていることを理解する。

 

「まずい…!」

 

「行かせないっ…!」

 

シエルの加勢に行こうとしたロキを、アリエスが行く手を塞ぐことで食い止めようと前に出る。それを見たエンジェルの笑みがさらに深くなる中、雷光(ライトニング)の効果で雷の属性を帯びた風の槍が、ジェミニによって投げ放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

180度回転しながら投げ放たれたそれは、一瞬のうちにジェミニの後方にいた()()()()()()()()()貫いた。

 

「なっ!!?」

 

竜巻と雷が混じった強力かつ高速な槍。アリエスの背中と、ロキの腹部を一瞬にして貫き、二人の身体に風穴が発生する。予想もしなかった展開と光景にルーシィは最早言葉が出てこない。

 

「あははっ!うまく行ったゾー!よくやったねジェミニー♡」

 

心から愉快に高笑いをするエンジェルに、ジェミニは口元に弧を描いてそれに応える。だが、ルーシィの目には消えかかっているロキとアリエスしか目に映っていない。

 

「すまない…ルーシィ…!!」

 

「…いい所有者(オーナー)に会えたんだね…。良かった…」

 

互いに消えゆく共に手を差し伸べながら、主の期待に応えられずに悔恨を告げるロキへ、今の彼が幸せであることを確信したアリエスが安堵の表情を浮かべる。そして互いに伸ばした手が触れることも無いまま、両者共に星霊界へと戻っていった…。

 

「どう?これが二体同時開門のメリット。一体に相手の意識を集中させておけば、その隙をもう一体でつける。強力なレオはこれでしばらく使えないゾ」

 

ルーシィが扱える星霊は、もうほとんどが無力化されている。特にロキやアクエリアスは戦闘特化。それが封じられているとなればここからの逆転は望みが非常に薄い。しかし、今のルーシィには、その事を考えられる余裕は無かった。

 

「…何で…味方の星霊も…アリエスもいたのに…?」

 

「何でって?その方が確実にレオを仕留めることが出来たから、かしら?」

 

「…信じられない…、分かってて、アリエスまで一緒に…!?」

 

「どうせ星霊なんて死なないんだし、いーじゃない」

 

「でも…痛みはあるんだ…!感情もあるんだ…!!

 

 

 

あんたそれでも星霊魔導士なのっ!!?」

 

味方の星霊でさえ傷つくことをいとわずに攻撃することに、何の罪悪感も感じさせない態度に、ルーシィは怒りを爆発させる。彼女は知っている。星霊が人間と同様に笑ったり、怒ったり、悲しんだり、悩んだり。人間と違って外傷による死とは無縁かもしれない。だがそれでも、受ける痛みは、抱える苦しみは、人間と何も変わらないことを。

 

それを感じさせるルーシィの叫びを聞いて、ロキたちを手にかけたジェミニは、まるで衝撃を受けたような表情で固まった。

 

「…熱くなっちゃって、バッカみたい。使えるものを効率よく使って、何が悪いの?」

 

だがしかし、エンジェルはそんなルーシィの主張を一笑に付した。背丈の低い少年となったジェミニの頭に手を置きながら告げた言葉に、ルーシィは内にある怒りをさらに増幅させ、ジェミニはその表情に影を落としてどんな感情を抱えているか分からなくなっている。高笑いをこらえもせずに続けているエンジェルに、ルーシィが怒りのまま新たな星霊を呼び出そうとし…。

 

 

 

 

 

 

「黙れ」

 

思わずその手が、口が止まった。決して大きくないはずの、呟くようなその声を耳にし、ルーシィの激情が、エンジェルの哄笑が、ピタリと止まった。その声は少年の声。今ジェミニが変身している少年のもの。思わずエンジェルが困惑気味に隣にいるジェミニを見るが、本人は自分ではないと否定のジェスチャーをしている。

 

それはつまり…とジェミニが先程突き飛ばした少年がいた方向へと目を向ける。何度も川の中に身を投じたことで髪も衣服も濡れたまま。足はしっかりと川の底を踏みしめて立っているが、肩や首はだらんと重力に従って垂れている。

 

そんな彼の首が上へ向くと、陰を帯びたその表情が露わになる。

 

「耳障りだ…お前の声は…」

 

瞳の光を無くした、能面のような無表情。それが今のシエルの様子だった。それを見た瞬間、ルーシィは背筋が寒くなった。こんなシエルを、ルーシィは見たことがない。彼に対して確かに感じる、恐怖の感情。だが、そこまで感じて、一つの可能性がルーシィの頭に浮上する。

 

「(シエルが…まさか、闇に落ちた!?)」

 

何かしらの負の感情をきっかけに、ニルヴァーナによって闇に落ちてしまったということ。星霊と星霊魔導士に憧れを抱いているシエルが、エンジェルのような、星霊を道具として扱う魔導士に対して失望し、その感情がニルヴァーナによって増幅させられた、と言う可能性がある。今の彼がどのような行動を起こすか分からない。本当に闇に落ちてしまったのなら、自分も、そして他の仲間たちにも危険が生じる。

 

「(な、何だこいつ…。これは…)」

 

だがその可能性は、エンジェルの中では皆無だった。何故なら、光も闇も経験をしたことのある自分には、確信があったから。今シエルが抱えている感情は、どう言うものなのか分かるから…否、正確には分からない。だが分からないことが、エンジェルにとってシエルがどのような状態であるかを確信させていたのだ。

 

「(今のこいつには、光も闇も無い…。どっちにも干渉されない…“無”…!)」

 

これは彼女にとっても得体のしれない事だった。正の感情を占めれば善に、負の感情を占めれば悪に、どちらか一方に反転させるニルヴァーナにも干渉できない無の状態。それが今のシエルなのでは、と仮説を立てる事しかできない。

 

気付けばエンジェルは、シエルから距離をとっていた。自分でも気付かない間に、本能的にシエルが如何に脅威であるかを察知していたが故の行動。今の彼と対峙するべきではないと身体が感じていたのだ。

 

 

 

 

 

「お前は、消えろ」

 

そう告げた瞬間、雷の速さで急接近したシエルは、まずジェミニの身体を蹴り飛ばす。今までの中でも最速と言えるその攻撃に反応する間もないままジェミニはその身体を川の中に落とす。

 

「ちっ!!」

 

慌てて自分の持つ鍵を使って別の星霊を呼び出そうとするエンジェル。だが、それよりも速く、身を翻した少年の右拳がエンジェルの腹部を捉え、殴り飛ばす。

 

「かっは…!?」

 

川の中から岸の上へと殴り飛ばされたエンジェルに向けて、今度は両手を前方に翳し、一瞬でいくつもの魔法陣を展開する。雨、竜巻、雷、雪、太陽、あらゆる天候の属性を司る魔法陣を、幾重にも…。

 

「な、何…これ…!?」

 

ルーシィに攻撃がいかないところを見ると、現時点ではエンジェルのみにその標的を絞っている。こちらの事をまだ味方と認識しているのか、それともエンジェルにしか意識が向いていないのか…。

 

「終わることなき天の裁き…荒れ狂う怒りのままに…場にいる全てのものを無へと誘え…」

 

淡々とした口調で詠唱を唱えながらも、その目線をエンジェルから外すことはない。まずい。直感でそう判断したエンジェルはすぐにその場を退避しようと試みる。しかし、それよりも早く、シエルが具現した魔法陣から光が発せられ、その射程内の空間の空模様だけが、不自然なほどに変化を繰り返していく。まるで、世界が終わりを迎える時は、このような空になっていそうな…!

 

「や、やめっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天変地異(ディザスター)…!」

 

まさに災害。その言葉しか、ルーシィには出てこなかった。

 

吹き荒れるいくつもの竜巻。その中に迸る無数の稲妻。石をも即座に穿つほど容赦なく叩きつける雨。体の芯まで凍り付かせる氷点下の空気。時折無慈悲に行き交うのは凝縮した太陽の光線。

 

全ての生物を消滅させてしまえるような濃縮された災害の空間が、ワース樹海の一角を蹂躙した。

 

 

 

 

木々は倒れ、地面は抉れ、中には根元から消滅したような跡が所々に目立つ。もしもこの中に自分がいたらと思うと…そんな想像すらしたくない。

 

「(こんなとんでもない技を受けたら、さすがにあいつも…)」

 

ほぼ確実に命はない。いくら相手が闇ギルドの上位に存在するもので、星霊に対して非道なことを行っていた人物でも、自分の仲間が体一つも残さないような技で命を奪ったことに、言葉に出来ない感情を抱える。

 

 

 

「ぅ…ぐぅ…!」

 

「っ!?」

 

だがそんな感情が杞憂であったと証明される。なんとまだエンジェルは生きていた。衣服がボロボロになり、体のあちこちが傷だらけになっているが、戦意がまだあるのか立ち上がろうとしている。

 

「はぁっ!はぁっ!!あ…危ない、所だった…!!」

 

本来であれば彼女も無事では済まなかったが、エンジェルはシエルが天変地異(ディザスター)を発動した直前、銀の鍵で呼び出せる星霊を呼び出し、自分の盾とした。星霊に対しての愛情を持たないが故の咄嗟の行動により、辛くも危機を回避していた。だがそれでも防ぎきれなかった分を受けたことによって、相当なダメージを負ってしまった。もう一度同じような魔法を食らった場合は、今度こそ命はない…。

 

そう思考を巡らせた矢先、こちらに向けて歩を進める少年の、水をかき分ける音が耳に届く。またあの技を食らう訳にはいかない。最悪他の星霊やスコーピオンを使ってでも逃れなければ。その一心で鍵に手をかけながら後ずさるエンジェルの目の前に来ようとしている少年は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岸に辿り着いた瞬間、前のめりに倒れ伏した。

 

「……!!っ…くっくふふっ、あっはははははっ!!!」

 

エンジェルはそれを理解した瞬間、恐怖や焦燥と言った感情は消え去った。代わりに湧きだしたのは、勝利への確信と少年への嘲笑。

 

「し、シエル…!?」

 

最早エンジェルは満足に戦える状態じゃない。そこまで追い込んだはずの少年は、倒れ伏したまま動かない。一体どうしたのか、ルーシィは転々とする状況に理解が追い付くことが出来ない。

 

「全く…本当バカな奴だゾ…。ただでさえ、おまえらの中で()()()()()()()()癖に、大技をバンバン使ったりするから…」

 

「えっ…?」

 

フラフラと立ち上がって見下しながらエンジェルが告げた言葉が、ルーシィの耳に、やけに鮮明に伝わった…。

 

 




次回『絆の光』


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第53話 絆の光

中々浮かばなくて焦りましたが、割と余裕をもって投稿できました。

今回の話書いて改めて感じた事…。シエル(主人公)、物理的な意味で痛い目に遭い過ぎてる…。
いや、他意はないんですけど、頭の中で行動するキャラがもう誰も彼もがシエルをボコボコにしてくんですよ…。なんてヒドイ奴等なんだ!←一番ヒドイ奴


─────何で…どうして出来ないんだ…!?

 

その一室は、微かな光しか差し込んでいない薄暗い空間。その中には息を切らして呼吸を繰り返し、顔に汗を滲ませて、疲労困憊と言った様子の少年が一人。

 

─────兄さんは、もっと小さい頃からどんな魔法も使えてたのに…!

 

その少年を中心として、周りに乱雑と散らばっているのは、魔法が記された書物…魔導書だ。それが何十冊も存在している。

 

─────どうして僕は…簡単な魔法もできないんだ…!どうして僕には…魔法が使えないんだ…!!

 

何度も読み返し、何度も試したものが多数。兄の仲間にも教えてもらった魔法も多い。だがそれら全て、少年には一切使用することが出来なかった。

 

 

 

天才的な兄に対して、弟である自分には魔法の才が、無かった…。

 

 

─────兄さんや…マスターが…言ってたこと…本当なの…?

 

 

 

 

 

─────僕は、他の人よりも圧倒的に魔力が少ないの…!?

 

齢にして僅か11歳。それが、少年シエルに突きつけられた、残酷な現実であった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

うつ伏せのまま川岸に倒れ伏し、動くことがままならない状態となっている少年を見下ろし、嘲笑を浮かべたまま言い放ったエンジェルの言葉。それに対してルーシィはただただ困惑していた。彼の魔法を初めて見た際に聞かされていた「世界の理さえ変える魔法」と言われた魔法を使うシエル。彼の魔力が、自分たちの中で一番少ない、と言うのはどういう事であるのか。

 

「ルーシィも聞いたことあるはずだよ?俺には天候魔法(ウェザーズ)以外の魔法が使えない、そしてそれを扱うにも、魔力の消費を抑えながら力を発揮できるようにしたって」

 

そう答えたのはシエル…に変身した状態のジェミニだ。思考もコピーするジェミニがシエルの記憶から読み取って、かつてルーシィがシエルの魔法の事について説明を受けたことがあることを思い起こさせる。そしてルーシィ自身もいくつか思い出していた。シエルに関する、妙に感じていた部分を。

 

『あいつは他の魔法に関してはからきしだ。だがこの魔法にのみ適性が見つかり、しかも本来よりも少ない魔力量で使いこなすことに成功している』

『待ってくれ、シエル!君の魔力量じゃ…!』

『俺、昔は病弱だったからポーリュシカ先生のところに真っ先に運ばれたんだ』

 

 

「生まれつきだった。他の人たちと比べても魔力が著しく低かったことで体調をよく崩し、健康体になっても全然魔法を身につけられない。天候魔法(ウェザーズ)に辿り着けなければ、きっと今も非力な子供のままだった」

 

飛び跳ねるようにシエルの魔力に関する話を思い出したルーシィに、ジェミニが教えるように語りかける。多人数を圧倒することが出来る天気を自在に変化させる魔法。それが扱えることは、間違いなく才能の一つだった。他の才を犠牲にして手に入れた力と言ってもいい。

 

最初の内は一つの技を使うだけでもすぐに魔力が切れていた。だがシエルは、試行錯誤と分析、改良などのあらゆる方法で己の魔法と自分の身体を馴染ませていき、今では本来の威力をそのままに、限りなく抑えた魔力量で発動できる領域にまで至った。今までの戦いでもその力は十分に発揮できていた。

 

しかしシエル自身も気付いていない点があった。それは今回の六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いにおいて、彼は今までの中でも一番と言えるほどに魔法を多用していた。

 

真っ先に飛び出していったナツに追いつくために、ウェンディと合流して急速度の乗雲(クラウィド)

その後すぐに連合軍と六魔将軍(オラシオンセイス)の総当たり戦。コブラやブレインに向けて放った魔法の数々。

ウェンディ救出の為に遭遇した裸の包帯男(ネイキッドマミー)との戦闘。それも大多数を自分で引き受けて乱発。さらに六魔の拠点を聞き出すためザトーを拷問(光のハリネズミ化)するための光陰矢の如し(サニーアローズ)

拠点に着いた後も乗雲(クラウィド)を使用し、そこで再び見えたジェラールに向けての雷光(ライトニング)

ジェラールは逃がしたものの最優先すべきウェンディの救出には成功したため、そこから乗雲(クラウィド)で移動しながら日光浴(サンライズ)を使用してウェンディの魔力を回復。

エルザの解毒を済ませた後も、ニルヴァーナの影響を受けかけたウェンディを助けるべく、日光浴(サンライズ)を使用。

そして現在対峙しているエンジェルとの戦い。この戦いにおいてもシエルは攻守両面で様々な魔法を多用している。

 

そして極め付けは、最後にはなった大技である天変地異(ディザスター)だ。樹海の一角の風景を一変させてしまう災害と呼ぶべきこの魔法は、どう考えても使用者自身の魔力を大きく消費する。

 

「ただでさえ積もりに積もった魔力の消費、そしてそれにトドメをさしたのが先程の技。もうこいつには、一番弱い魔法すら出せる余力も残っていないゾ」

 

自らもボロボロになっている体に鞭を打って立ち上がり、手持ちの鍵の一つを取り出して加虐的な笑みを浮かべながら、エンジェルは全く動ける様子を見せないシエルを見下ろしている。そして彼に対してそのまま放置をするわけもなく、手に持った銀を鍵を構えて彼女は告げた。

 

「開け、彫刻具座の扉。『カエルム』」

 

呼びかけに応えて現れたのは、一見すると銀色の機械仕掛けの球体。中心には境目の様に横線が入っており、前方には目のようなレンズが見え、上には天使のような光輪が浮かんでいる。ロボットのように見えるが、れっきとした星霊の一体である。

 

「一思いに始末するのは簡単。でもそれじゃ面白くない。さっきのお返しに存分に痛めつけてから殺してやるゾ」

 

彼女がそう告げると、カエルムが光に包まれてその姿を変形させる。これはカエルム自身の能力だ。時には魔力を込めたレーザーを放つ砲台に。ある時は自身の大きさを超える長さの剣へと姿を変える。今変わったのは剣の姿。しかしその剣には刃がなく、切断の役割は持ち合わせていないように見える。

 

巨大な剣になったカエルムの取手をその手に取ったのはシエルの姿となったジェミニ。彼も口に弧を描きながら、うつ伏せとなっている少年へと歩を進めていき、剣の状態になっているカエルムを構える。

 

「やれ」

 

短い命令。それに忠実に応えるように、ジェミニがカエルムを振り被って右から左へとシエルの身体を撃ち飛ばした。勢いよく飛んだ小柄の身体は近くにあった大木に叩きつけられ、その元へと再び倒れ伏す。

 

「シエルッ!!」

 

ルーシィが少年の名を叫ぶも、ジェミニの攻撃が止むことはない。動くことのない身体をカエルムで叩き、悲鳴を上げることもしない少年の身体が転がる。だが、それを見ていたエンジェルは物足りなさを感じていた。死んでいるも同義の状態に陥っている者を甚振ったところで、面白みは薄い。

 

「う~ん、せめて意識だけでも戻せないか…」

 

そう呟いた彼女の意に応える為か、ジェミニがシエルの腕を掴み、川目掛けて顔が浸かる様にして投げ飛ばした。その光景にルーシィは、何度目か分からなくなるほどに目を見開く。しばらくして浸かったままだった頭を掴み上げて川から引き出せば、反応のなかった少年の咳き込みが響く。身体は兎も角、意識は戻ったようだ。それを確認して笑みを浮かべたエンジェルは、続けるように指示を出す。

 

「これ以上…好きにさせない…!」

 

人道から外れた行為を見ていたルーシィは、衝撃で呆気に取られていた状態から我を取り戻す。そして、手に持っていた斧を模した金の鍵を掲げ、その鍵で呼び出せる星霊を召喚する。

 

「開け、金牛宮の扉!タウロス!!」

 

MO()ーーー!!」

 

ホルスタイン柄の牡牛座の星霊であるタウロス。力自慢である彼を呼び出した様子を見て、エンジェルは一時標的を変更した。

 

「お願い、タウロス!シエルを助けて!!」

 

「お任せを!ナイスバディの頼みであればどんなこと…MO()?」

 

ルーシィからの懇願を快く引き受け、自慢のパワーを発揮しようと意気込むタウロスであったが、次の瞬間その目を点にした。何故なら…。

 

「おいで~モーモーちゃ~ん♡」

「ルーシィさぁ~~ん!!」

 

「きゃあーーーっ!!!」

 

タウロスが出てきた時点でシエルからルーシィの姿へと変身したジェミニが誘惑のポーズをとっていた。それにあっさりと引っかかって駆け足で近づいていったタウロスは、あっさりとカエルムを振るったジェミニの一撃で吹き飛ばされた。ガラ空きで油断しきっていたタウロスはその一撃をモロに受け、だが嬉しそうに叫びながら星霊界に帰ってしまった。

 

「タウロス!…え?」

 

あっさりとタウロスを撃破されたルーシィ。すると彼女の身体に突如力が入らなくなり、川の底に膝と両手をつく。著しく魔力を消耗してしまったせいだ。シエルほどではないが、彼女も魔力がとりわけ多いわけではない。だが強力な星霊を何度も召喚したことにより、彼女が想像していたよりも多く魔力を消費してしまったのだ。この状態では、しばらく満足には動けない。

 

「心配しなくても、こいつを片付けたら次はあなたを始末してあげるゾ」

 

最早脅威は何もない。そう言わんばかりにエンジェルはジェミニに、シエルへの攻撃を再開するように命じる。姿はルーシィのまま、微かに意識が戻ってきている様子のシエルに、ジェミニは一発蹴りを繰り出す。

 

「やめて…!!」

 

彼女の懇願に答える者はいない。武器となったカエルムを振るい、時には少女の姿で蹴りを入れたり拳を入れたり。自分の仲間が自分の姿をした敵に蹂躙されている姿を見て、ルーシィの心が張り裂けそうな痛みで叫んでいる。

 

「お願い、やめて…!!」

 

衝撃を受ける度に少年の苦悶の声が漏れる。もう彼も戦えない状態だ。だと言うのに必要以上に嬲られて、傷つけられて、痛めつけられている光景を見ていたくはない。

 

「もうやめてぇ!!」

 

上手く力を入れることが出来ない身体を必死に動かし、シエルに尚攻撃を加えようとしているジェミニ目掛けて駆け出す。それに気付いたジェミニが振り向き様にカエルムを振るい、彼女の身体を突き飛ばす。苦悶の声を漏らしながら、川の中へと再び落ちるも、痛みを堪えながら体を起こし、そして彼女は言葉を告げ出す。

 

「これ以上シエルを、傷つけないで…!大切な仲間なの…!!」

 

再び懇願するルーシィ。対してこれといった反応も示さないエンジェルたちにも気づかず、必死にルーシィはその言葉を口にする。

 

「その子…あたしに憧れてるって、言ってくれたの…!星霊の事、本当に大好きなの…!」

 

「!!」

 

反応をほとんど示さなかったジェミニが、ルーシィのその言葉に、目を見開いて反応する。

 

「あたしが星霊の事を話していると、目を輝かせて聞いてくれて…入ったばかりのあたしに色々教えてくれて…イタズラをしてきて、困ることも多いけど…どんなに弱音を吐いても幻滅しないで、あたしと星霊の力を信じてくれてる…!!」

 

自分がギルドに入ってから何かと気にかけてくれたり、憧れていた星霊の話にはよく食い付いて聞いてくれたり、趣味も合うものが多くて、気が付けばよく話をするような仲になっていた。たまにイタズラで揶揄ってきたり、今度は自分が揶揄う側になったりもするが、それでもシエルは、ルーシィにとってかけがえのない存在の一人だ。

 

「だから、これ以上シエルに手を出さないで…!これ以上…その子が憧れている星霊を、不幸にしないで…!!」

 

涙を流しながら懇願を続けるルーシィを見て、ジェミニの表情が徐々に困惑に包まれる。星霊として、今の言葉に思う所が存在しているように。対してエンジェルは、彼女が告げた言葉の一つが気になったようだ。

 

「星霊を不幸にしない…?それって、どういう意味?」

 

「…アリエスを解放してほしい…!あの子、前の所有者(オーナー)にいじめられてて…!」

 

それを聞いてエンジェルは肩を竦めながら呆れるように言葉を告げた。実際に呆れているのかもしれない。

 

「人にものを頼むときは何て言うのかな?」

 

「お…お願い…します…!」

 

仲間の為、星霊の為、強気な態度を変えなかったルーシィは、シエルを守るため、アリエスを助けるため、敵であるエンジェルに頭を下げている。それも躊躇なく。一見すれば意気地なしと思えるような行動だが、彼女は自分ではない誰かの為にその頭をすぐに下げられるとも捉えられる。

 

「アリエスとレオ(ロキ)を一緒にいさせてあげたいの…!それが出来るのは…あの子の憧れる星霊魔導士だけなんだ…!!」

 

絶望的な状況であっても、星霊の事を、仲間の事を想うことができる。世界中でも、こんな風に行動できる人間がどれだけいるのだろう…。

 

「ただで?」

 

「な、何でもあげる…!鍵以外なら、あたしの何でもあげる!!!」

 

悲痛な声と共に断言するルーシィに、ジェミニの困惑の表情が更に歪む。鍵を除くどれでも。彼女は確かにそう言い切った。一体彼女はどれほど…。

 

 

 

 

「じゃあ命ね」

 

だがエンジェルは無慈悲にもそれを切り捨てた。元からルーシィの懇願など聞いてやる義理はない。この場でルーシィの命を切り落とし、鍵を奪い、更には自分を大いに痛めつけた小僧も始末する。ルーシィの願いは、何一つ叶うことはない。それがエンジェルによって決められる非情な現実だ。

 

「ジェミニ、やりなさい!」

 

そしてそんな非情な一撃を命じられ、ジェミニはカエルムを振り下ろすために持ちあげた。命を刈り取る一撃を覚悟し、ルーシィが固く目を瞑ってその衝撃を受けようとする。

 

 

 

だがいくら経っても、ジェミニはカエルムを振り下ろそうとしない。持ち上げた状態のまま、静止している。それに対してさすがに妙だと感じとったエンジェルがジェミニの名を呼ぶと、声も体も振るわせながら、その口を開いた。

 

「『き、キレイな声が…響くんだ…』」

 

ルーシィの姿をコピーし、その記憶を読み取れるのがジェミニの能力。その記憶から読み取ったのは、淡々と羅列される情報だけではない。頭の中に先程から響く、穢れのない純粋でキレイな声。

 

『ママ!あたし、星霊大好き!!』

『星霊は盾じゃないの!』

『目の前で消えていく仲間を放っておけるわけないでしょ!?』

 

ルーシィの記憶にある言葉。その言葉を告げた心にも嘘偽りは存在しない。星霊の事を心から愛し、仲間として彼らと接してくれている。そしてそれは彼女だけではない。

 

『鍵が見えた時、まさかな、とは頭の中で思ってたんだけど、本物に会えるなんて…!』

『ルーシィ一人に負担をかけせるわけにいかないだろ…!俺にとってもロキは仲間だ!』

『俺も、ナツも、みんなもいる。みんながルーシィの味方で、家族だよ』

 

星霊魔導士ではない少年もまた、自分たちの事を心から大切に思ってくれている。星霊に憧れを抱き、星霊を愛する少女にも憧れ、仲間として心から信頼を置いている。二人とも星霊を愛して、互いも心から信頼し合っていることが、ルーシィからシエルへと姿を変えたジェミニには伝わってくる。

 

『だから今度はあたしが言うね。ナツもグレイも、ハッピーもエルザも、勿論あたしもいる。みんながいる。みんながシエルの、仲間で家族よ』

 

シエルとルーシィ。二人の魔導士のそれぞれの記憶から感じたキレイな声に、ジェミニはコピーした人物ではない、自分自身の心からあふれる涙を止めることが出来なくなった。

 

「『出来、ないよ…!ルーシィたちは、心から愛してるんだ…!!僕たち、星霊を…!!』」

 

思いもしなかった命令への反抗を聞いたエンジェルがそれに絶句し、自身の感情としてその想いを告げたところを垣間見たルーシィは、その言葉を聞いて感情が伝播したように名を呟いた。

 

「消えろォ!この役立たずがっ!!」

 

思い通りに動かなかったジェミニに対して苛立ちながら、エンジェルはジェミニを強制閉門する。その影響でシエルの姿をしたままだったジェミニの身体が揺らめきだす。それを見たルーシィが思わずジェミニに呼びかけると、刹那の間…ジェミニは涙に濡れた表情のまま、笑みを浮かべて彼女に告げた。

 

「『ごめんねルーシィ…そして、ありがとう…』」

 

そしてそのまま、彼は星霊界へと強制的に帰された。今の言葉がジェミニ自身のものだったのか、または自分が助けようとしたシエルのものだったのか、どちらのものかはもう分からない。

 

「ルー…シィ…!」

 

衰弱しきったような少年の声が耳に届き、ルーシィの意識はそちらに向いた。満足に態勢を動かすこともできないシエルが、こちらに顔を向けて呼びかけているようだ。ヒドイ怪我だが生きている。簡単に命を落とすことが無いように甚振られていたのが逆に助かったようだ。一安心と安堵する。

 

「うし、ろ…!」

 

だが、その安堵は次に続いた言葉と、背後から自分に近づいて首に両手をかけようとするその人物に気付いたことで消え失せた。微かに動かせる首と目でその姿を目にしたルーシィは驚愕する。青い天馬(ブルーペガサス)の魔導士であるヒビキが、怪し気に口元を吊り上げていたのだから。

 

「まさか…!闇に落ちたのかこの男!!あははははは!!」

 

恋人であるカレンを手にかけたエンジェルへの憎悪によって闇に落ちようとしていたヒビキ。それが進行し、ニルヴァーナによって本当に闇へと落ちてしまったのだろうか…?ルーシィはその事にショックを受け、シエルはヒビキがルーシィに手をかける光景を見ていることしかできず、エンジェルはそれを見て愉快に笑い声をあげている。光の者たちはもう誰も戦えない。もう、希望は失われてしまった…。

 

 

 

 

「じっとしてて…」

 

そんな懸念を、ヒビキの声は打ち砕いた。首に回していた手を彼女の肩に置き、その両手に黄金色の魔力を纏わせる。ダメージと疲労によって脂汗を顔に滲ませながらも、ヒビキの表情は闇に染まってなどいない光を感じさせる不敵な笑みだ。そう。彼がルーシィの元に来たのは、闇に落ちたことで彼女を始末しようとしたからではない。

 

 

 

「僕の魔法“古文書(アーカイブ)”が、君に一度だけ…超魔法の知識を与える…!」

 

それは、魔法による知識のアップロード。両手の位置をこめかみに変え、ルーシィの足元から金色に輝く、中心に五芒星が描かれた魔法陣が展開される。それと同時に、ルーシィの頭の中に次々と魔法を発動させるための知識が装填されていく。

 

「こ、これ何…!頭の中に、知らない図形が…!!」

 

唐突に膨大な量の知識を与えられることで脳の処理が追い付かず、眩暈を覚えるルーシィ。しかしそこは古文書(アーカイブ)の特性の一つなのか、パニックになりながらも、ルーシィの頭の中に一つ一つピースがはまる様に収まっていく。彼女の顔の周りを浮遊するいくつものアップロードバーがそれを物語っているようだ。

 

正直に言えば、あと一歩違えればヒビキは闇に落ちるところだった。しかし、そうならなかったのは、懸命にルーシィがシエルやアリエスの事を思って主張した言葉。仲間と星霊の為に、鍵以外の自分のどれかを捨てられる心を持つ彼女の言葉が、ヒビキに寄っていた闇を晴らした。

 

「(君と星霊…そしてシエルくんと言う仲間との絆。それが光となって僕を包んでくれた…。君ならこの魔法が…)」

 

彼を包んで闇を晴らした絆の光。その光を発することが出来た彼女ならば発動できる。星々に愛された者が発動することのできる超魔法を…。

 

「おのれぇ~~!カエルム!!」

 

エンジェルは本能的に察知した。このまま発動させられたら確実にまずいと。その前に封じなければ。そう感じてカエルムの形を砲台へと変化させる。一撃で仕留めなければ、少しでも間違えば確実にやられる。

 

「頼んだ…ルーシィ…」

 

アップロードバーの更新が次々完了していき、憑りつかれたかのように瞳から光を無くした状態のルーシィの足元から、螺旋に廻る魔力の奔流が湧きあがる。そして、最後のアップロードが完了した瞬間、世界は一変した。

 

 

 

一言で言えばそれは宇宙。銀河の中心に置いていかれたかのような、様々な色の恒星と、それらに照らされる様々な色に光った惑星が辺り一面に広がり、ゆっくりと星たちが宙空を漂う。

 

「何だこれ…。これを、ルーシィが…!?」

 

一部始終を眺めることしかできなかったシエルは、ただただ驚愕している。この世のものとは思えない光景を自らも作り出してはいたが、今目の前に広がっているのはそれを遥かに凌駕しかねない。

 

 

 

 

─────天を測り天を開き…あまねくすべての星々…その輝きをもって我に姿を示せ…

 

─────テトラビブロスよ…我は星々の支配者…アスペクトは完全なり…荒ぶる門を開放せよ…

 

 

彼の耳に届いてきたのは、まるでこの空間の全てから反響によって伝わるような、静かではあるがハッキリとした声。その声の主がルーシィであることは分かるが、別の何かに憑りつかれた様に口を開くその様子に、今の彼女が本当にルーシィであるのかも疑問を禁じ得ない。焦りを露わにしてエンジェルがカエルムに攻撃を指示するが、もう何もかもが手遅れだった。

 

 

 

「全天88星…光る!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウラノ・メトリア』!!!」

 

 

 

閉じられていたその目を開いたとき、瞳に映していたのは五芒星の魔法陣。

 

彼女が魔法の名を告げると共に、周辺に行き交っていた星の光が彼女の元へと一気に収束。

 

そして辺り一帯を縦横無尽に、88星もの光が駆け巡り、闇に身を落とした天使の身体を大きく蹂躙して吹き飛ばした。

 

 

唖然として口を半開きにするシエル。確信が現実となったことで笑みを浮かべるヒビキ。そして魔力の奔流が収まり、瞳に光が、そして意識も戻ってきたルーシィの目の前で、シエルの天変地異(ディザスター)を受けた時の倍ほどボロボロになったエンジェルが落下する。

 

「ヒイッ!?…あれ?」

 

状況が掴めずキョロキョロと辺りを見渡しながら、ルーシィは首を傾げていた。先程まで自分が何をしていたのか、そして何が起こったのか、全然把握できずにいる。気絶したのか川にまで伸びた木の根に背を置いて寄り掛かっているヒビキ。氷漬けにされたままのハッピー。そして陸地にて傷だらけで横たわっているシエル。意識があるのはシエルのみだ。

 

「シエル、大丈夫?」

 

「全身痛むけど、問題は無さそうだよ…」

 

「…あ、そうだ、ナツ!」

 

エンジェルを撃破した今なら、これ以上の危険に晒されることは現状ない。シエル自身の容態は心配だが、他にもすぐさま助けねばならない人物がいるのを思い出す。ずーっと(2話ぐらい)前から止まっているはずのイカダに揺られてグロッキーになっているナツだ。せめてイカダから降ろさなければ。思うように力が入らない身体を必死に動かし、イカダに乗るナツの元へと歩を進める。

 

「ナツ、今降ろすから…!」

 

近くまで辿り着いたルーシィがナツの身体を引っ張ろうと手を伸ばす。その後方に川の中からゆっくりと起き上がる影があった。

 

「負け…ない…ゾ…!!」

 

「!ルーシィ!」

 

その影を見たシエルが叫び、ルーシィは反射的に振り返った。もう立つことすら出来ない程に消耗し、ボロボロになったエンジェルが、カエルムに手をかけながらルーシィを睨みつけている。先程の超魔法を受けて尚、その戦意を失っていないようだ。いや、彼女ももはや限界であることは察している。だが、このまま呆気なく退場しては、六魔将軍(オラシオンセイス)の名折れ。

 

「一人、一殺…朽ち果てろぉ…!!」

 

絞り出すように声をあげ、砲台と変じたカエルムの光線がルーシィ目がけて放たれる。次の瞬間に訪れるルーシィの悲惨な光景を想像してシエルが声を張るが、もう間に合わない。人間の反応できない速度で迫ってきた光線がルーシィを…。

 

 

 

 

 

避けるようにして軌道を曲げ、彼女の後方にあったイカダを止めていた流木を撃ち抜いた。

 

「な…!外…した…まさか、あんたまで…!!」

 

カエルムもまた星霊。その星霊に対して心からの愛を示したルーシィを討つ事を、一体の星霊として拒否した結果であった。それを示すかのように二つの発光部分が赤く二回光り、カエルムは自力で星霊界へと帰って行った。支えと戦力を失ったエンジェルは、怒りに歪んだ顔を悲しげな表情に変え、前のめりになって川の中へと消えていった。

 

「ナツ!しっかりしなさい!!」

 

イカダを止めていた流木が破壊され、川の流れに従ってイカダが移動を再開。そのせいで縮まっていたナツとルーシィの距離が更に離れていく。意識があるシエルがイカダを止めることが出来ないか画策するが、身体も動かず魔法もほぼ使えない自分に出来ることは、皆無と言える。歯痒くて悔しくて、ルーシィに託すことしか今のシエルにはできない。何とか追いつき、互いに手を伸ばしてナツの腕を掴むことに成功するルーシィ。だが、引っ張ってイカダから降ろそうと動いたルーシィを、予想だにしないことが襲った。

 

引っ張り上げようとしていたところで、小さな滝のような段差がイカダを傾けて、ナツの腕を掴んでいたルーシィはそれに引っ張られて何故かナツと同じようにイカダに乗る羽目に。そして、そこから川の流れが急流に変わっていた。

 

「きゃあっ!?何よ、急流~~!!?」

 

悲鳴混じりのルーシィの叫びを最後に、ナツとルーシィの二人を乗せたイカダは勢い良くその場を離れていってしまった。運がいいのか悪いのか。ひとまず二人の無事を祈りながら、今の自分は自分に出来ることを考えて行動する。

 

「せめて、これだけでも…」

 

身体を無理に動かすことは出来ない。今の自分に必要なのは体力と魔力の回復。その為にはある魔法を発動しなければ。矛盾しているが、今後も続く激闘を潜り抜けるにはこれしかない。

 

日光浴(サンライズ)…!」

 

淡く優しい、体力と魔力の回復を増長させ、傷の修復力も少々とは言え増幅させる光を発し、自らの身体にその光を当てていく。優しい光に包まれながら、なるべく早い回復を望んで、シエルはその場で保っていた意識を失った。




おまけ風次回予告

ナツ「何か知らねーけど気付いたらまた一人倒されてるじゃねーか!シエルーシィだけズリーぞコノヤロー!」

ペルセウス「それまさか、シエルとルーシィのことか?何で名前繋がってるんだよ…。しかしあの女、やっぱり星霊魔導士だったんだな。ジェミニを見た時にまさかとは思ったが…」

ナツ「くっそー…!トサカの奴はグレイに取られるし、オレが先に戦ってたのに横取りしやがってェ…!」

ペルセウス「お前が戦ってたのはイカダとだろ?」

ナツ「イカダ!?じゃあイカダをぶっ壊せばオレの勝ちなんだな!?」

次回『破滅の行進』

ペルセウス「あ~、もうそれでいいからさっさとイカダを壊しとけ」

ナツ「よっしゃー!覚悟しろよイカダァ!火竜の…!」

ペルセウス「おっとトライデントが暴走したー(棒読み)」

ナツ「え、ちょっと待て!?急に波がおうっぷ…!!」


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第54話 破滅の行進

話の視点が二転三転して描写迷いました。(笑)
それでも文字数そこまで多くないと言う…。

それと、今回の話を読んで「あれ?ニルヴァーナの〇って〇〇じゃなかったっけ?誤字?」って思われる箇所がありますが、誤字ではありません。本作の仕様です。

その理由は…まあ、勘のいい方はすぐ気づくでしょう。←


黒き光の柱を立ち昇らせるニルヴァーナへと向かっている一団の中に、一際実力者が集っているのは、やはりこの者たちだろう。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士にして、幻と謳われたペルセウス。蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のエースにして聖十大(せいてんだい)()(どう)の一人、岩鉄のジュラ。そして六魔将軍(オラシオンセイス)の身でありながらニルヴァーナの影響によって善の心()に目覚めたホットアイ。

 

「なんと…!?ニルヴァーナとは人々の性格を変える魔法だと言うのか!?」

 

「その通り…デスヨ」

 

黒光の元へと駆け足で向かいながら、ペルセウスとジュラの二人はホットアイからニルヴァーナに関する仔細を聞かされた。封印が解かれた際に立ち昇る黒い光。それを浴びた者は光と闇の狭間で揺れ動いている時、強制的に本来とは反対の属性にしてしまう事を。だがそれは同時に、ホットアイ自身が今どの様な状態であったかの説明も兼ねている。

 

「するとお前も、光と闇の狭間にいたって事か?」

 

「お金を稼ぐ為とはいえ…ちょっぴりいけない事してる気持ちありました…デスヨ」

 

「随分調子よく聞こえるぞ、それ…」

 

悪事を働いていたことは確かだが、善の心に目覚めた瞬間これである。咎めるべきなのか否か迷うところだが、ホットアイは憑き物が落ちたように晴れやかな表情を浮かべて言葉を続ける。

 

「生き別れになった弟の為…!弟を探す為にお金が欲しかった…デスヨ」

 

「…俺も人の事を言えないな…。弟を救う為に、何度手を汚してきたか…」

 

ペルセウスはホットアイに、思わぬ共通点を見出していた。弟がいる兄であること。そしてその弟の為に、悪事を行うことも厭わなかったこと。そして今、それに罪を感じ向き合おうとしていることも加わったと言える。

 

「あなたにも弟が?」

 

「この作戦に参加してる。体は小さいが、天気を変える魔法を駆使する魔導士だ」

 

「おお、言われてみれば面影がある…デスヨ」

 

つい先程まで対立していた者たちの会話とは到底思えないが、ニルヴァーナの事を差し引いても、大事にしている弟を持つ兄としてシンパシーを感じているのだろう。互いに笑みを浮かべながら弟の事を話題に出している様子の二人を見て、ジュラの表情も柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「ジュラ、あなたを見ていると、昔の事を思い出しマスネ」

 

「まさか…ワシがぬしの弟殿に似ているとでも?」

 

彼が弟と最後に会ったのがいつの頃かは分からないが、それなりに歳を重ねているジュラを見て弟の事を思い出すような部分があったのだろうか。まさかとは思いながらもジュラが聞くと、ホットアイは一つ笑みを零して微笑みながらその真相を語った。

 

「昔、弟と食べた()()()()()にそっくりデス!」

 

「野菜ーッ!!?」

 

「(こらえろ…!こらえるんだ、俺…っ!!)」

 

物凄くいい笑顔でまさかの真実を駆ったホットアイに思わずジュラの叫びが辺りに響く。思い出したのは弟本人ではなく弟との思い出の一つ。だがよりよってじゃがいも…ジュラのスキンヘッドを見て連想させられたものだった。思わぬ方向からの襲撃に、ペルセウスは吹き出しそうになったのを必死にこらえて口元を思いっきり引き攣らせている。ここで笑ってはジュラの威厳が台無しになってしまうと言う一心で。

 

「さあ!愛の為にブレインたちを止めるの…デスヨ」

 

「ウ…ウム…」

 

少々釈然としない雰囲気となったが、とにかくニルヴァーナを止めることが最優先。黒い光の元へと、三人は速さを上げて向かっていった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「私…来なきゃよかったかな…」

 

沈もうとしている夕日に照らされた樹海の中で点々としている切り立った岩場の一つに、一人の少女と一匹の白ネコが座していた。少女ウェンディは膝を折って座っており、今の状況となったことに対する後悔の言葉を零している。

 

「まーたそういう事言うの?ウェンディは」

 

「だって…」

 

「ネガティブな感情は闇に心を奪われちゃうのよ」

 

不安を漏らす少女を諫めるように、白ネコのシャルルが注意するが、その表情は優れない。思い出すのは先程交戦していた者たちの場から離れた時の光景。

 

「私…シエルさんたち置いて逃げちゃったでしょ?」

 

「あのままいても、奴らの格好の餌食だったからね」

 

エンジェルが呼び出したジェミニは、逃げ出していたウェンディを再び捕らえようと動いていた。真意を知ることは出来なかったものの、狙われていることを察していたシャルルは、シエルからの退避指示に即座に従った。結果、あの場からウェンディ達は逃げた形となってしまった。あのままいれば自分が危なかった。だからこそ余計に後ろ向きなことを考えてしまう。

 

「やっぱり私…」

 

「あのオスガキが言ってたでしょ。あんたがいなかったら、今もエルザは毒に苦しんで…いえ、それどころか死んでたわ。…あいつに同意するのは癪だけど…」

 

だが確かにウェンディが参加したことで、失いかけたエルザの命を救えたことは事実だ。彼女がいたからエルザを助けられた。自分たちを笑顔にしてくれた。シャルルにとっては非常に、ホント非常に不本意であるがあのシエルの言葉に同意せざるを得ない。

 

シャルルの言葉を聞き、シエルに励まされた時の言葉を脳裏に浮かべる。闇に襲われそうになった自分の心を助けてくれたシエル。とても暖かな気持ちになったし、感謝している。しかし同時に思い出すのは、ニルヴァーナの封印を解いたであろう自分の恩人に対して、怒りと憎悪を孕んだ叫びを発しながら攻撃を仕掛けてきたこと。

 

「…でもきっと、ニルヴァーナも見つからなかったよ…」

 

「それはどうかしらね」

 

ジェラールを復活させたことがニルヴァーナの封印が解除された要因の一つなのは確かだが、六魔将軍(オラシオンセイス)のいずれかが見つけ出して封印を解除する可能性だってあった。遅かれ早かれ…と考えていたとしても無駄ではない。

 

ふと、シャルルは今回の事で感じていた疑問を彼女にまだ聞いていないことに気付いた。彼女自身がウェンディと初めて会ったのは6年前。その中でジェラールと言う人物の事を、ウェンディの口から聞いたことがないことを。

 

「ねえ、あのジェラールって何なの?昔助けられた恩人ってところはさっき聞いたけど、それ以外は私、ほとんど知らないわよね?」

 

「そうだね…話してなかったね…」

 

 

それはウェンディを育てたドラゴン・天竜グランディーネが姿を消した7年前。一人路頭に迷って、姿を消してしまったグランディーネの姿を探して、寂しくて泣きじゃくってばかりだった日々。

 

そんな時に出会い、助けてくれたのが旅の少年であったジェラール。もっとも、ジェラールも宛てのない旅の途中で、道に迷っていたらしい。出会った縁という事もあり、ウェンディとジェラールは一月程共に旅をしていた。

 

一人で路頭を迷っていたウェンディにとっては寂しさを紛らわしてくれる存在でもあり、食べ物をとってきてくれたり、気を配ってくれたり、優しくて頼りになる兄のような存在だった。

 

しかしある日の事。ジェラールは突如“アニマ”と言う謎の単語を発し、険しい表情を浮かべることが多くなった。そして数日もしないうちに、突如別れなければいけないことになった。このまま自分に着いていくのは危険だ。近くにギルドがあるからそこに預けていく。それを聞いて素直に応じることなく、ウェンディはジェラールと共にいることを懇願した。

 

「でも…結局私はギルドに預けられて…。それが化け猫の宿(ケット・シェルター)

 

「で…ジェラールはどうなったの?」

 

「それきり会ってないの…」

 

忘れた事は無かった。あの時彼がいてくれたから、今自分はギルドにいることが出来ている。せめてもう一度会って、礼を言いたい。しかしその後に、噂でジェラールにそっくりな評議員の話や、最近では大事件を引き起こして大罪人になったという事も聞いた。到底信じられない。しかし、自分が憧れたナツやシエルのジェラールへの反応を見ると、本当の事なのかと現実を突きつけられているような気がしてしまう。

 

でも確かに、7年前に自分を助けてくれたときは、本当に優しい少年だった。

 

「ジェラール…私の事、覚えてないのかなぁ…?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ウェンディが追憶のジェラールに思いを馳せている頃、同時刻ではニルヴァーナの封印を解除して起動させた現在のジェラールが、ある人物と対面を果たしていた。

 

激しく立ち上る光の柱。それによって巻き起こる強風がその人物の髪を大きく棚引かせる。燃えるような緋色の長い髪。身体に纏う鎧姿。驚愕に目を見開いてこちらを見てくるその女性。

 

「ジェラール…おまえ…どうして…ここに…」

 

その女性エルザが、今目の前に存在するジェラールに問いかける。楽園の塔の暴発に巻き込まれ、その命を失ったのではないかと思われた。そんな彼が今こうして生きて目の前にいる。どのような心境で彼と言葉を交わせばいいのか分からないまま、彼女は尋ねることしかできなかった。

 

「わからない…」

 

だが、それは彼もまた同じだった。そう、分からない。分からないのだ…。

 

「エルザ…。エル、ザ…」

 

自身の名を呼ばれ、その呼び方にどこか違和感を感じる彼女。そして、次に告げられた言葉は、予想以上に、そして予想の範疇を遥かに超える衝撃となって彼女に襲い掛かった。

 

 

 

「その言葉しか覚えていないんだ…!」

 

「えっ…!?」

 

更なる驚愕にエルザが固まるのに対し、ジェラールは両手で頭を抱え、表情を苦悶に歪め、そして何かを求めるかのように、しかし力なく縋る様にして声を絞り出す。

 

「教えてくれないか…オレは誰なんだ…!?()はオレを知っているのか…!?エルザとは誰なんだ…!?何も、思い出せないんだ…!!」

 

楽園の塔で見せた狂気など微塵たりとも存在しない、純粋に己に関する物事を求める青年の懇願する姿を見て、エルザは両目に涙を浮かべながら彼の名を切なげに呟くことしかできなかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

─────…ッ!…エ…ゥ!!おね……、…きてよ…シエ……!!

 

誰かが呼びかけている。多分、自分の事を。誰だ、仲間の内の誰かか。起きなきゃ。そうだ、起きなければ。やらなければいけないことが、残っているのだから。

 

まだ体中に痛みや倦怠感が残っている。瞼も重い。だが、この目で見なければ。己に呼びかけている何者かの存在を。

 

「っ…う、うう…っ?」

 

その一心で意識を覚醒させ、重たい瞼を微かに開く。黒一色に染まっていた視界に色が映りだす。シエルの視界に映った色は、ほとんどが青だ。他はオレンジが目立つが、オレンジの光に照らされた青が大半。その色は徐々に鮮明になっていき、ある者の形を形成していく。

 

「シエル!良かった、全然起きないからオイラ心配しちゃったよぉー!!」

 

ネコだ。二足歩行で人語を話す青いネコ。この特徴で当てはまるのは一匹しかいない。ルーシィと一緒にイカダで川を下ってしまったナツの相棒、ハッピーだ。

 

「……今、どうなってる…?」

 

「それが…オイラにもよく分かんなくて…」

 

どれだけの時間意識を失っていただろう。その間にも日光浴(サンライズ)で傷と魔力をそれなりに回復できたはずだが本調子には程遠いことは確か。後確認するべきなのはニルヴァーナがどうなっているのか。ハッピーに状況を聞きたいところだが、彼もまたその状況が理解できていないらしい。

 

「目が覚めたらシエルとヒビキ以外に誰もいなくなってるし、ヒビキは今も気絶したままで…ナツたち、無事だよね?」

 

「ナツなら、多分ルーシィと一緒だと思う。イカダが川を下って、一緒に流れてったけどあの二人なら大丈夫。それと、ウェンディとシャルルは、空から避難してもらった。もう一つ言うと、六魔を一人倒したぞ、ルーシィが」

 

「ええっ!?ちょっと待って、色々多くて頭追い付かないよ~!」

 

横になっていた体を上半身だけ起こしながら告げられたシエルの説明に、ハッピーは頭を抱えながら叫び出す。確かに少々情報が多いが、ハッピーが混乱しているのは別の理由だった。

 

「ルーシィが川を下って六魔を倒して、空から避難して…えっと、それからどうしたって!?ルーシィいつから人間やめちゃったの!?」

 

「俺がいつルーシィが『人間をやめるぞ宣言』したっつった?」

 

ルーシィが六魔の一人(エンジェル)を撃破したことがよほど衝撃だったのか色々と曲解して頭の中にインプットしたらしい。川を下って六魔を倒して空を飛んで避難するって、人間どころかどんな生物?

 

「ん?…あれ…?」

 

「どうしたの?」

 

「ニルヴァーナの光…色が変わってねえか?」

 

ふと向けた視線に映ったニルヴァーナの光。少なくともエンジェルと戦いを繰り広げている間は黒だった光の柱。だが、今目の前に映った光の柱は、白い輝きになってた。黒から白。確かな変化。初期の段階から次の段階へと移ったことによるものなのか。

 

ニルヴァーナの方も気になるが取り敢えず、まだ気絶した状態のままであるヒビキに、這って近づいて日光浴(サンライズ)を発動し、彼の傷と魔力を回復させる。少しでも回復すればいずれ意識も戻るだろう。しかし、ヒビキの傷に淡い光を当てるシエルを見て、ハッピーが彼を案じるように表情を歪める。

 

「ねえシエル、何か疲れてるように見えるけど、魔力は大丈夫?」

 

「気絶する前にも回復用に使っておいたから、多少は大丈夫だ。それにこれから、移動しながらまた回復すればいいし」

 

日光浴(サンライズ)に備わっている魔力の回復力の増加。それを利用して短時間での魔力の回復をはかる。今までも行ってきた方法だが、ハッピーにはそれが己を酷使しているように思えて仕方なかった。戦わなければいけない。その意志は確かに大事なものではあるが、あまりにも無茶をし過ぎではないかと…。

 

 

絶対に無理をしないようにしてほしい。せめてそう声をかけるだけでもしておかないと。そう決めてハッピーが意を決してシエルの名を呼ぼうとした、その時だった。

 

 

突如樹海全体に響くかのような轟音が起こり、光の柱が勢いよく増幅した。

 

「「なっ!なんだぁ!!?」」

 

シエルとハッピーの声が重なって響き、完全に意識がその光に移る。どう考えても異常な事態。これがニルヴァーナが復活した証左だというのか。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そして樹海のどこから見ても明らかに感知できるこの異常事態。勿論、ペルセウスたちもまたそれを確認していた。

 

「ホットアイ殿、これは!?」

「まさかとは思うが…!」

 

「ええ、始まった、デスヨ!最終段階…ニルヴァーナの復活が…!!」

 

間に合わなかった、という事だろうか。とうとう復活を遂げてしまうニルヴァーナ。もはや止めることは不可能なのか。離れていても感じ取れる。更に大きくなった光の柱から、異質な魔力を。

 

そして、何かを感じとったのか、ホットアイは右手の指を二本、目元に近づけ、全てを見通す天眼(てんげん)で地面の様子を見ている。何かが見えた様子のホットアイに二人が尋ねると、彼は答えた。

 

「何か…巨大なものが出てくる…デスヨ…!!」

 

「巨大なもの…!?っ!!?」

 

その巨大なものは、突如場に立つ3人を地面諸共持ち上げ、元の大地よりも遥か上空へと至らしめた。それはまるで石のパイプ。しかし問題はその規模だ。3人の男…それも二人は巨漢で、それをあっさりと持ち上げられるほどに太く、長さに至っては樹海のあちこちを盛り上げ、そこら中の地面を崩壊させていくほど。しかも、一部分だけではない。光の柱を中心にするように、四方八方から同じように巨大な石のパイプが現れていく。

 

いや、これは最早パイプではない。明らかになった全貌をその目にして、自分たちを持ちあげたものの正体を知ることが出来た。

 

超巨大な建造物。円柱型の土台から、左右対称に4本ずつ。計8本もの巨大な脚が生えている。そして、今ペルセウスたちが乗っている場所の正体だ。

 

「な、何と…!」

 

「これが…こんなバカデケェのが、ニルヴァーナだって言うのか…!?」

 

古代人が作り出し、封印した超強力な破壊魔法。それがまさか超巨大な脚のある建造物であったとは。一体誰が予想できただろう。脚から落ちないように、石の隙間に手をかけながらその全貌を目にし、言葉を失っている。

 

「止められるのか、これ程の規模を持つ魔法を…」

 

聖十(せいてん)であるジュラでさえこう言わしめるほど、物理的に巨大で規格外の魔法。止められる方法があるのかも分からない。もしかしたらこの時点で全てが手遅れなのか。意気消沈の雰囲気を感じさせてしまう。

 

 

「可能か不可能か。それは多分、あいつらの中には存在していない選択肢だろうな…」

 

突如呟いたペルセウスの言葉に、ジュラもホットアイも反応し、彼が向けている視線に、自分たちも向けてみる。自分たちのいる場所とは違う、別の足を勢いよく駆け上がっていく一団が見える。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

雄叫びを上げながら先導する桜髪の青年の後ろを、黒髪の半裸の青年と、金髪の少女が追随する。ペルセウスには確信があった。自分と同じギルドに名を連ねる彼等なら、どんな困難も乗り越え、どんな窮地も脱する希望となると。

 

「俺達も行こう。どうやってこいつを止めるのか、からくりはこの中に必ずあるはず」

 

上へ上へと駆け上がる三人の様子を見て、ペルセウスは不敵な笑みを浮かべながら二人へと声をかける。それを聞いた二人も口元に笑みを浮かべて首肯し、共に脚を伝って上へと登り始める。時折登りづらい箇所がある場所は、互いに手を伸ばして補い合う。

 

「(仲間同士で助け合う…これこそが“愛”!…デスヨ)」

 

決して最後まで諦めない。希望は常に繋がっている。ニルヴァーナを食い止める為、希望のギルドは上へと駆け上がっていく。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

8本の巨大な石脚で支えられた巨大な建造物に、宙を駆けながら徐々に近づいていく。仲間たちもきっとあそこにいる。そう信じて迷わずに、一対二枚の白い翼を背中から顕現して一人の少年を運ぶ青ネコは、真っすぐにその場所へと向かっていた。

 

「こうして近づくとホントでっかいね…!」

 

「ただ善悪を反転させる魔法だとばかり思ってたんだが…何だってこんなものを…」

 

善と悪を入れ替える。それがニルヴァーナと言う魔法の特徴と考えていただけに、まるで移動するような脚の付いた巨大建造物だとは予想できなかった。そもそも予想できるわけもない。

 

そして外見から推測される予想通り、8本もの巨大な脚を動かして、巨大な建造物が移動を始めた。

 

「動いた!?」

「そりゃ脚があるからな」

 

小ボケとツッコミもそこそこに、二人はニルヴァーナへの距離を更に縮めていく。すると、巨大な脚の一本に、見覚えのある一団が目に映る。そしてその内の一人が今にも足から落下しそうになっていた。

 

「あ、ナツ!!」

 

やはり無事だった。よく見ればルーシィとグレイもいる。だが不調気味に顔色を悪くしてナツが今にも限界を迎えようとしている様子だ。脚を動かして移動するこの建造物を、乗り物だと認識したのだろう。

 

「ハッピーはナツを!俺の事は心配しないで!」

 

「アイサー!!」

 

シエルのその指示を聞いてハッピーは掴んでいたシエルの体を離し、同じタイミングで脚からの落下を開始したナツに全速力で向かっていく。そしてシエルは乗雲(クラウィド)を発動し、向かっていったハッピーを追ってスピードを上げる。

 

そして情けない悲鳴を上げながら落下していくナツを颯爽と掴み、落下を防ぐとともにナツを空へと飛び立たせる。

 

「ハッピー!」

「あい!」

 

「ナイスキャッチ!」

「はぁ…ったく心臓に悪すぎるぜ…」

 

「ナツ!無事みたいだな!」

 

火竜を掴み飛翔する青ネコ、雲を操り宙を駆ける悪戯妖精。共に並んで飛行し、はぐれてしまっていた妖精たちが次々に合流を果たしていく。

 

「シエル、あんた動いて大丈夫なの!?」

 

雲に乗っている状態のシエルを見たルーシィがそう声をかける。恐らく少ない魔力の事を心配しての事だろう。そんな彼女を安心させるため、不敵に笑みをかけながらシエルは答えた。

 

「大丈夫!日光浴(サンライズ)に当たりながら一眠りしたから元気が有り余ってるよ!」

 

「…ホントに大丈夫かしら…?」

 

「本人がああ言ってんだ。大丈夫なんだろ」

 

未だ怪訝の表情を浮かべるルーシィに、グレイがそう答える。そして、シエルの近くにナツたちが来たことを確認して、更に声を張って伝えた。

 

「お前らはそのまま上に行け!オレたちはそこにある穴から中に入ってみる!」

 

「おう!」

「よし来た!」

「アイサー!」

 

脚の付け根から人間が通り抜けられる四角い穴を指さして告げたグレイに答え、3人は土台沿いに一気に急上昇。そこから土台の上へと辿り着き、見えた景色に一瞬言葉を失った。

 

眼下に広がっていたのは、まるで街。それも何百年単位で劣化しており、所々が荒れて崩れている。

 

「『古代都市』…って言うべき場所だな、如何にも」

 

「い、意味分かんね…」

 

詳しく調べれば細かい年数や材質、都市を創った意味も判明できそうだ。隣で飛んでいるナツたちは首を傾げてばかりだが。

 

「ん…!?このニオイは…!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

古代都市と言える街の中心に、ひと際高い建造物が存在し、その最上階は祭壇のような造りとなっている。その空間の名は『王の間』。かつて古代人が住んでいたこの都市を、自らの意思で動かすことが出来る空間である。

 

そして既に、髑髏の杖を持つ白髪の男、ブレインによって最初の標的…光崩しの始まりの地である場所へと行進を開始している。杖を掲げてニルヴァーナに組み込まれている魔法のシステムを起動し、祭壇を包むようにして無数の機械的な紋様が取り囲み、祭壇の奥に辿り着くときには一番大きな魔法陣が出現する。

 

「進め!古代都市よ!!我が闇を光へと変えて!!」

 

高らかに告げるブレイン。その傍らで笑みを浮かべながら佇むコブラ。この先に待つ未来を見据え、期待に胸を躍らせるこの二人に、予想外の出来事が起こる。

 

前方上空から一つの光が灯ったと思いきや、一人の人間が炎を纏いながらこちらへと向かってくる。

 

「オレが止めてやるァアアアッ!!」

 

「う…うぬは…!」

 

ナツの炎を纏った拳が祭壇に展開された大きい魔法陣を破壊する。そしてすかさずブレイン目掛けて咆哮を放ち、祭壇を破壊しながら襲い掛かる。慌てて魔力の壁を展開するがそれでも押し切られそうになっている。

 

「コブラ!ここで暴れさせるな!!」

 

「おう!キュベリオス!!」

 

ブレインが指示を飛ばすと、コブラは相棒としている大蛇のキュベリオスに攻撃の指示を出し、咆哮を続けているナツを頭突きで叩き飛ばす。

 

「んなもの…全部オレが燃やして…!!」

 

そう言いながらもう一度咆哮を放とうとするナツだったが、それよりも先にコブラが動く。キュベリオスの尻尾に乗り、勢いよくナツの方へと飛ばしてもらうと、勢いそのままでナツに掌底を食らわせる。想像以上の威力にナツたちの身体が縦方向に何回か回転するも、ハッピーが(エーラ)でうまく滞空し、その勢いを殺す。

 

「サンキュー、ハッピー!この…!!」

 

すぐさま反撃に移ろうとするナツだったが、それは思わぬものを見たことによって止められた。コブラを乗せた状態で胴体から一対二枚の翼を広げたキュベリオスが、ハッピー同様に空中を飛んでいる姿である。

 

「ぬあ!!?」

「ヘビが飛んでるよ!!」

 

自分の事を棚に上げて大蛇が飛行している事実にただただ驚愕しているナツたち。思わぬところで空中での戦いに発展することになった。

 

「てめえ…オレの聴こえた話じゃ乗り物に弱いと言われてなかったか?」

 

「ハッピーは乗り物じゃねえ!!」

「そうだそうだー!!」

 

「成程…だから常に飛んでると言う訳か…」

 

行進を続けるニルヴァーナに立つことが出来ないから、飛行魔法を扱える仲間(ハッピー)の力を借りて常に飛ぶことで戦闘を可能にする。それを理解して嘲笑を向ける。

 

その様子を見ながらブレインは、これから起きるであろう戦いに参加せず傍観の姿勢を決め込んでいる。相手はたかが一人。コブラを相手にして勝てるような相手にも見えない。その為、自分がわざわざ出る理由はない。

 

 

 

 

 

そう決めつけていた。

 

 

 

光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

「っ!?」

 

自身の後方からその声が響くまでは。

 

声に反応してすぐさま振り返ったが、既に遅かった。超速を誇る光の矢がブレインの身体にいくつも微細な穴を空け、傷を作る。

 

「ぐっ…ぅおおおおっ…!?」

 

思わぬ奇襲を受け、苦悶の声をあげる。痛みを堪えて前方を睨みつければ、そこにいたのはコブラと戦っている火竜(サラマンダー)と同じギルドのメンバーである少年。してやったりと言いたげな表情でブレインを挑発している。

 

「ブレイン!?くそっ!あの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に気を取られ過ぎてた…!」

 

接近していたのであれば自分の耳が拾うはず。だがコブラは目の前にいたナツの方に意識の大半を持っていかれ、シエルが王の間へと気付かれないうちに入り込んでいた音を拾うことが出来なかった。

 

「あれ、何でシエルがあそこに!?」

 

「あいつ、途中でいなくなったと思ったら…!」

 

ちなみにナツたちも突如ブレインへの攻撃を成功したシエルに驚きを隠せない。もしも作戦として伝えたら確実にコブラにバレる為、シエルは敢えて何も言わずにナツと別行動をとった。そしてナツの事だから絶対に真っすぐ攻め込み、コブラと激突することまで予測して。

 

「ようやく攻撃を当てたぞ。今度は相手してくれるよな?」

 

「小賢しい小童が…!!」

 

不敵な笑みを浮かべる悪戯妖精(パック)。それを睨むは多くの知識を取り入れし頭脳(ブレイン)火竜(ナツ)毒蛇(コブラ)も交えた異色の対戦。果たして最後に笑うのは誰か。




おまけ風次回予告

ナツ「やっぱ空飛ぶのって最高だよな~!ハッピーと一緒に飛んでると…こう、風になれるっつーの?なんかいいよな!」

シエル「その気持ちは分かるなぁ。乗雲(クラウィド)で感じる風も、中々いいもんだよ。トップスピードを出せばスリルも感じられるし」

ナツ「いや…乗雲(クラウィド)は遠慮しておきたいな、オレは…」

シエル「何だよナツー。初披露した時はあんなに乗せてくれーって頼んでたのに」

次回『空と駆ける火竜と青猫』

ナツ「けどその後乗ったら酔っちまったし…あ、ダメだ思い出しただけで酔いが…!」

シエル「しょうがないなぁ。じゃあ乗雲(クラウィド)の形をハッピーみたいに作り変えて…」

ナツ「おお!これなら酔わねー…わけもなか…った…!」


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第55話 空と駆ける火竜と青猫

シエル「FAIRY TAIL!前回までは!」

ルーシィ「闇ギルドの三大勢力・バラム同盟の一つである六魔将軍を、あたしたちを始めとした連合軍で倒すことになったの」

「聴こえるぞ…!」

ハッピー「合流を遂げる連合軍。その集合場所で、オイラとシエルはそれぞれ運命の出会いを果たしたんだ…!」

「まさに愛…デスネ!!」

グレイ「だが奴等は既にオレたちの作戦を察知して先手を打ってやがった。最初は全員による激突をしたものの結果は完敗…。エルザは敵の毒にやられ、ウェンディとハッピーまで拐われちまった」

「こやつがいれば…奴を復活させられる…!」

ペルセウス「エルザの毒を治すには、ウェンディの力が必要だとシャルルに聞いた俺たちはすぐさま行動に移った。手分けして奴等のアジトを探し、ウェンディとハッピーを奪還。シエルの乗雲(クラウィド)で移動時間を大幅に短縮できたおかげか、エルザの毒も治すことができた」

「速ぇ事はいいことだ」

エルザ「だが、ウェンディの力で復活した遂げたジェラールが、ニルヴァーナを起動。すぐさま反撃に移り、各地で激闘が行われた。その甲斐あってか、レーサー、そしてエンジェルの二人をまずは討ち取ることに成功する」

「…死んでないゾ…」

ナツ「けどニルヴァーナは復活しちまって、タコみたいになって動き出しやがった。上等だ!ニルヴァーナに乗り込んで、奴等もぶっ飛ばして止めてやんぞ!」

「ボクたちには勝てないよ、絶対に…」

シエル「やってみなきゃ分かんねぇ。光のギルドの底力、見せてやる!!」


はい、と言う訳でいつかはやってみたかったアニメ冒頭の前回までのあらすじ風w
久々に遅刻した癖に何言ってんだって感じですけど、大体前半部分が終わったんで後半突入の意味も込めました…。

鍵括弧前に名前のないセリフ…誰がどのセリフを喋ってるのか、書いてないのに分かってしまえる辺り、真島先生のキャラの付け方が凄いって度々思いますw


8本の脚で行進を続けているニルヴァーナの上で、空中と王の間、それぞれ二か所の空間で対峙する二組の影。

 

空中で対峙するのは白い翼を生やした青ネコが抱える桜髪の青年と、紫の翼を広げた大蛇に乗る赤茶色の髪と褐色肌の男。

 

王の間で対峙するのは水色がかった銀色の髪に二筋のメッシュが入った少年と、長い白髪を持った壮年の男。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツとシエル、六魔将軍(オラシオンセイス)のコブラとブレイン。それぞれ互いに敵対する者に対してその敵意の視線を向けている。

 

「くっ…おのれ小童が…」

 

余裕を感じさせる笑みを浮かべる少年に向けて忌まわし気に顔を歪めて睨むブレイン。ナツの方に意識を取られていたコブラ共々不意を突かれ、まんまと攻撃を当ててきた少年に対して苛立ちを隠せていない。

 

「くそっ!オレとしたことがあの小僧の接近に気付かねぇとは…!」

 

「シエルのやつ、いつの間にあんなとこに行ってたんだ…!?」

 

「よく分からないけどチャンスだよ!オイラたちでヘビの方を相手すれば、あっちをシエルが倒してくれる!」

 

ニルヴァーナを動かしているのは恐らくブレイン。そのブレインを撃破するためには、コブラの妨害を突破しなければいけない。だが、そのブレインとシエルが対峙しているとなれば話は別。妨害に来たコブラを逆に足止めし、シエルにブレインを撃破することを託すと言う戦い方が出来る。

 

「聴こえてるぜ。まあ、聴かずともやることは変わりゃしねぇがな…」

 

だがその考えはコブラには筒抜け。そして、ブレインが目の前の少年への対応を思考しているのも既に熟知している。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)

 

前触れなくブレインが放った黒緑の波動を、シエルは一瞬目を見開きながらも素早く回避。次いですぐさま反撃に出ようと魔力を込めていたところを、さらに魔力弾による追撃をブレインが仕掛けてくる。

 

「ちっ!雷光(ライトニング)!!」

 

迫りくる魔力弾の弾幕を敏捷を上げて全て回避。そのままブレイン目掛けて特攻を企てて突撃していく。

 

「聴こえてるぜ!」

 

しかし、あと少しの所を、コブラを乗せたキュベリオスの尻尾が横払いで止める。思わぬ攻撃を受けたものの、シエルはすぐさま体勢を立て直して再び攻めに転ずる。

 

「コブラ、奴らを始末しろ」

 

「あいよ、キュベリオスのエサにちょうどいい!!」

 

コブラが告げると共にキュベリオスが動き、その大きな口を開いてシエルの進行方向を的確に塞いでブレインへの攻撃を次々と遮る。どうやらどうあってもブレインは相手する気がないらしい。先程のシエルへの攻撃に苛立って自分の手で始末をつけると考えると思っていたが、それをしない理由があるのだろうか。

 

だが別の見方をすればこれは好機だ。各自分散して戦うより、ナツと二人がかりでコブラにかかり、足止めできている方が対峙してもう片方が随時ブレインに攻撃を仕掛けていく戦法を行える。キュベリオスによる噛みつきの攻撃を躱しながら、徐々にブレインから距離をとってコブラ共々引き離していく。そうすれば…。

 

「火竜の…!!」

 

ブレインに隙が出来たことに気づいたナツが攻める。拳に炎を纏って、ハッピーと共にブレインに狙いを定めてその攻撃を食らわせようと振り被る。これでブレインの方にも再びダメージが…。

 

「甘ぇよ!」

「ぐおっ!?」

 

シエルの方を攻めていたキュベリオスが、尻尾を使って後方にいたナツ目がけてコブラの身体を飛ばす。そしてその勢いでコブラはナツを突き飛ばして、ブレインへの攻撃を阻止した。

 

「嘘だろ!?」

 

距離も離れて、目には映らなかったはずのナツの攻撃さえ防いで見せたコブラ。そして彼の身体を飛ばした大蛇もまた長い身体をしならせてシエルの左足首を巻きとって拘束。それに気付いて状況を理解する間もなく、勢いよくナツが飛ばされた方向にその身体を投げ飛ばす。宙へと投げ出されながらも身体を翻しながら乗雲(クラウィド)を具現し、ナツたちと隣り合って滞空する。

 

「くっそ~!アイツが邪魔だな!」

 

「アイツはこっちの動きも考えも全部聴き取って対処してくる。作戦を考えても筒抜けになるし、体の動きまで感じとる。本当に()りにくい奴だ…!」

 

コブラの魔法はあらゆるものを聴くと言うもの。人の声は勿論、息遣い、思考、筋肉の収縮、そして遠方の微かな音も拾う。最初に激突した時も、シエルはコブラのこの魔法で手酷くやられた。

 

「そいつの言う通りだ。てめぇらの動きは聴こえている。オレに攻撃は当たらねぇよ」

 

「ああそうかよ、だったらこいつはどうだ!!火竜の煌炎!!」

 

挑発気味に笑みを向けて告げるコブラに向けて、ナツが両手を合わせて炎を集わせる。そして膨れ上がった炎の球体をコブラ目掛けていくつも投げ放つが、コブラとキュベリオスはそれを何の苦も感じさせない動きで次々と避けていく。

 

「一発も当たらねーっ!?」

 

「どういう事ーっ!?」

 

「全部聴き取られてるって言ったよな、俺!?」

 

炎の雨あられを振り落とせばどれかは当たると踏んでいたナツだが、結果とはしては着弾ゼロ。思いもしなかった結果に叫ぶナツたちに、上空に曇天(クラウディ)を出しながらシエルのツッコミが響いた。ちなみに雲を上空に展開した理由は保険の為である。

 

「このヤロッ…ぐほっ!?」

 

ナツの攻撃を全て躱したコブラに苛立ちを隠さず突っ込んでいく。だが、そんな攻撃をまんまと食らう訳もなく、接近してきたナツにキュベリオスが尻尾で彼の顔面を勢いよくはたく。

 

「落ちろォ!」

 

そしてそのまま真下目掛けて振り下ろし、ナツたちは勢い良く落下していく。落下すれば乗り物の上。戦えなくなってしまう。ハッピーに懇願するように叫んで体勢を立て直し、落下直前で持ち直した。

 

「危ねぇ!ナイス、ハッピー!」

 

「ん?あいつ、どこ行った?」

 

先程までコブラたちがいた方向に視線を向けると、既にその姿は見えなくなっている。どこに行ったのか、考えながら視線を元に戻すと、音もなく近づいてきていたキュベリオスが今にも食らいついてくる寸前の所だった。慌てながらもハッピーは急旋回してその攻撃を回避する。

 

「逃げろ逃げろ!狩る楽しみが増えるってもんだ!」

 

「くそっ!余裕かましやがって…!」

 

笑みを浮かべて悠然と追いかけるコブラと、焦燥しながらそれから逃れるナツ。対照的な空中での逃走劇を繰り広げる中、突如ナツたちがいるエリアに大雨が降り始める。

 

「うおっ!雨!?」

 

「シエルの魔法だよ!!」

 

突如降り出した大雨に慌てながら古代都市の建物の中に入り込むナツとハッピー。そして一方のコブラは大雨を降らせた原因である少年の方へと視線を向ける。その少年は雨を降らせた後すかさず次の一手に移っていた。

 

「天候は雨時々雷…!落雷(サンダー)!!」

 

けたたましく鳴り響く雨音。そして黒雲へと変える雷の魔力によって轟く雷鳴。普段と比べてその音はやけに大きく響いている。雷たちは所々に落ちるものもあるが、コブラを狙って落ちてくる雷は未だ存在しない。だがそれがシエルの狙いだ。

 

激しい雨音と雷鳴。この二つを辺り一帯に起こすことで、コブラの発達した聴覚を阻害する。微かな音すら拾うことが出来るコブラには、この騒音は確実に耳障りだ。その状況下でわざと雷の直撃を避け、いつ仕掛けてくるかも不明瞭にする。そうすればふとした瞬間にコブラへ攻撃を当てることが可能のはず。

 

「(と、考えてるようだが…オレには全部聴こえているぞ…!)」

 

しかし、コブラの方が上手だった。雷の落下地点もタイミングもランダムに仕掛けていたにも関わらず、自分を狙って落ちてきた雷を紙一重で、最小限の動きで回避する。

 

「くっ…どうなってるんだよお前の耳は!!」

 

「残念だったな、しかしよくここまでぽんぽん作戦を思いつくもんだ。オレが相手じゃなけりゃうまくいってただろうな」

 

耳を封じる作戦も失敗してシエルに、再びコブラを乗せたキュベリオスが襲い掛かる。乗雲(クラウィド)を駆使してそれを避け続けるが、動きを聴かれているせいでどこまでも攻め続けてくる。対してシエルは他に有効打が無いか模索するも、コブラに読まれていることを前提にするせいでどれも有効的と考えられない。一番手っ取り早いのはコブラから逃れてブレインの元へと向かう事だが、それも許してくれそうにない。

 

既に雷も雨も止んだ中で、シエルは都市の中のある建物の中へと追い込まれる。こうなれば賭けだ。入り組んだ建物の中を縦横無尽に駆け巡ってから脱出し、コブラが追いかけてこない内にブレインへと直行する。決めて即実行しようと雲のスピード上げたその時だった。

 

「そこだ食らえ!火竜の咆哮!!」

 

「うおわあっつぅ!!?」

 

聞き覚えのある青年の声と共に激しい炎を口から吐き出したナツが何故かこちらに襲い掛かってきた。慌てて急ブレーキをした後「何してんだお前えっ!!」と怒りの表情で叫ぶシエルを見たナツもまた、目的とは違う人物に攻撃していた事実に気付いて表情に困惑を示している。

 

「は!?何でシエルがここに来てんだ!?」

 

「あいつに追い回されてたんだよ!どういうつもりだ!!」

 

「オレはそいつに不意打ちかましてやろうと思ってだな…!」

 

そのまま困惑と怒りに任せて口論に発展する二人。そしてそれを両者の死角から迫る影が一つ。

 

「聴こえてたぜ!!」

 

「んがっ!!」

「うわっ!!」

「ぐえっ!!」

 

二人と一匹の細かい居場所を聞き取っていたコブラの膝蹴りが妖精全員を突き飛ばした。完全に掌で踊らされている。ナツが不意打ちしようとしていたのも聴いていたし、そんなナツのいる場所にシエルはまんまと誘導されていたことも彼の口から明かされる。

 

「それと小僧。入り組んだ建物の中でオレを突き離そうとしただろうが、どのみちお前の雲を飛ばす音が聴こえりゃ見失う事もねぇよ」

 

「それも既にバレてた…!」

 

「あとネコ。オレが女に嫌われるタイプが何だって?」

 

「そっちも聴こえてた!!?」

 

何もかもお見通し。地獄耳なんてレベルじゃない。実に厄介極まりない魔法を使う事を、改めてシエルたちは思い知らされた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方同時刻。ナツとシエルを先に行かせたルーシィとグレイも、8本の足で行進を続けるニルヴァーナの上に存在する古代都市へと足を踏み入れていた。超破壊魔法と思われていたニルヴァーナに、こんな街が存在するとは。それも廃墟ばかりで大分年数も経っていることが分かる。それを口に出したルーシィの言葉に、肯定の返事をする者がいた。

 

「その通り、デスヨ。ここは『幻想都市ニルヴァーナ』」

 

強調するような語尾で話すその男の声を聞き、二人は揃って声の下方向へと振り返る。そこに立っていたのは3人の男たち。

 

「グレイ、ルーシィ、お前たちも無事ここに来れたか」

 

「そなたたちもここにいたとは心強い」

 

「ペルさん!!」

 

「それにリオンとこのオッサンと…!」

 

妖精の尻尾(自分たちと同じギルド)のS級魔導士であるペルセウス、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)最強であり聖十(せいてん)の一人であるジュラ。ここまでなら彼らも分かるが、問題はもう一人だった。六魔将軍(オラシオンセイス)の一人として、敵対していたはずの大男、ホットアイが彼らと共に行動していた様子に、ルーシィたちはただただ困惑する。

 

「あ~待て待て。大丈夫だ。今は敵じゃねぇ」

 

「世の中、愛!…デスヨ」

 

「「ウソォ!!?」」

 

ひとまず誤解を解くために味方になったことを伝えるペルセウス。それを証拠づけるように、両手を大きく広げて高らかに告げるホットアイの様子を見て、二人は別の意味で驚愕していた。そりゃあ、あんなに金金と言っていた人物が慈愛に満ちた顔で愛を語るなど別人レベルの変貌である。グレイに至ってはジュラは悟りの魔法を使えるのでは?と邪推する始末だ。…ジュラのどこを見てその考えに至ったのかは敢えて言うまい。

 

これ以上混乱させないためにもホットアイはニルヴァーナの影響で善の心に移ったことを簡単に説明した。それを聞いてルーシィたちもようやく納得する。善と悪が入れ替わったことによる影響であると理解できたからだ。

 

そしてグレイから、シェリーも一度ニルヴァーナの影響を受けて闇に落ちたことを伝えられる。レーサーと対峙していたグレイは、途中で兄弟子であるリオンと合流。リオンの起点によってレーサーを撃破することに成功するも、レーサーは懐に隠していた強力な爆弾魔水晶(ラクリマ)を起動。それを使ってグレイたちを道連れにしようとする。

 

グレイ、そしてシェリーを庇ってリオンがレーサーごと崖から落ち、その爆発に呑まれてしまう。間違いなく命は保証できない程の轟音を立てていたその爆発に、愛する人を失ったシェリーは負の感情を抱えてしまった。誰のせいでリオンを失ってしまったのか、目に映った弟弟子であるグレイにシェリーは襲い掛かり、次いでグレイの仲間である妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士も手にかけようと動く。

 

しかし、結果から言えばグレイも、そしてリオンも無事だった。リオンはレーサーの身体に巻き付いていた爆弾魔水晶(ラクリマ)を寸前で剥がし、爆発の余波からは氷の壁で逃れていた。リオンが生きていたことを知ったシェリーからは負の感情が消え、ニルヴァーナによる反転がリセット。今は魔力を大きく消耗したために、リオンと共に樹海の中に残っているのだと言う。

 

閑話休題。

 

「それで、幻想都市ってどういう事?」

 

「ここは、かつて古代人『ニルビット族』が住んでいた都市…デスヨ」

 

そして話題はニルヴァーナに存在する古代都市の事へと変わる。

 

今から約400年前。世界では各地で戦争が頻繁に起こっていた。中立を守っていたニルビット族はそんな世界を嘆き、世界のバランスをとる為の魔法を作り出した。それが光と闇をも入れ替える超魔法。平和の国の意味を持つ、ニルヴァーナの名が付けられた。そして今この場所こそが、ニルビット族が作り出し、生活をしていた国ニルヴァーナ。

 

「皮肉なもんだな…。平和の名を持つニルヴァーナが今…邪悪な目的の為に使われようとしてるなんてよぉ…」

 

「でも…最初から“光を闇に”する要素を付けなかったら、いい魔法だったのにね」

 

「元々そのつもりだったのかもしれねぇ。だが、強力な魔法には何かしらの副作用があるものがほとんどだ。人の心を入れ替える魔法なら、尚更な」

 

「うむ…古代人も、そこまでは計算していなかったのかもしれんな…」

 

元は悪しき心を正しきに移すための魔法。だがその性質上、逆の作用が働いてしまう事は、仕方のないことだったとも言える。人間はどうしても、両極端ではその存在を保つことが難しい。

 

闇の中にいれば、どこを見渡しても延々と暗闇が続くばかりで道が見えない。だからこそ僅かばかりでも光を欲する。

 

逆に強い光の中にいれば、目に激しい刺激を受けて、満足に目を開けていられない。故に影を作り出して己の身を守る。

 

光と闇。一概にどちらかが全てとも言えない。ニルヴァーナと言う魔法は、まるでそれを物語っているようだ。

 

「とにかく、これが動いてしまった事は大変な事デス。一刻も早く止めねばなりません…デスヨ」

 

改めて事態を重く受け止めた一同は各々肯定して決意を固める。すると、都市の中央に存在する最も高い建造物の周りを囲む燭台に魔力が通ったのか、火がともり灯りとなる。

 

中央の「王の間」にいるブレインが、そこからニルヴァーナを動かしている。その間、ブレインは他の魔法を使うことは出来ない。これは叩くチャンスだ。

 

「動かすって…どこかに向かってんのか?」

 

「恐らくは…。しかし私は、目的地を知りませんデス」

 

「そうさ」

 

8本の脚で行進する時点でどこかに移動していることは察していたが、六魔将軍(オラシオンセイス)であったホットアイですら、今どこに向かっているのかは知らないそうだ。どこに向かっているのだろうか、その議題を上げるよりも先に、新たな介入者が現れた。

 

「父上の考えはボクしか知らない」

 

都市の建物の一つ、その屋根からこちらを見下ろして言葉をかけてきたその人物。短い黒髪、赤い目とそこから伸びた長い下睫毛。更に特徴的なのは濃い紫の唇。声こそ初めて聞いたものだが、姿はこの場にいる全員が知っている。最初の激突の際も、浮遊する絨毯に胡坐をかいて終始眠っていたその人物…。

 

「ミッドナイト…」

 

真夜中の意を持つコードネームを携えた六魔将軍(オラシオンセイス)の一人である。

 

「ホットアイ、父上を裏切ったのかい?」

 

「違いマスネ。ブレインは間違っていると気が付いたのデス」

 

「…何?」

 

建物から飛び降り、着地するミッドナイト。だが、気づけばミッドナイトの姿は、別の場所に現れては消えるを繰り返しながら、その位置を所々で変えていく。

 

「父上が間違っている…だと…?」

 

気だるげにも聞こえていたミッドナイトの声に、微かに怒りを込めた圧が加わる。そして、彼の場所は気付けば、彼らの背後へと変わっていた。

 

「いつの間に!?」

 

「つーか…父上って何だよそれ…!」

 

「こいつら、親子で闇ギルドか…?」

 

家族で同じギルドに加わるというケースは珍しくもないが、親子揃って闇ギルド…それも三大勢力の一角の一員と言うのも稀有であると言える。

 

「人々の心は魔法で捻じ曲げるものではないのデス。弱き心も、私たちは強く育てられるのデス」

 

ニルヴァーナによって心が移ったホットアイだが、闇に身をやつしている間にも感じた事実なのだろう。確固たる決心を持った表情で、ミッドナイトと向き合い己の心中を語りかける。

 

が、それに対するミッドナイトは一度目を見開いて、己の魔力を解放する。一同が驚愕する中、その異常は都市に存在する建物たちが何よりも雄弁に物語った。まるで何かに切断されたかのように周囲の建物は上下に綺麗に割れて崩壊し、辺りを土埃で埋め尽くす。そして、ミッドナイトの攻撃の範囲の中にいたペルセウスたちはと言うと…。

 

「な、何が起きたんだ…?」

 

「ひえー…」

 

「ホットアイが俺たちを助けてくれたみたいだな…」

 

「地面を陥没させて、咄嗟に庇ってくれたのだろう」

 

不自然に陥没した地面の中に避難させられたことで、ミッドナイトの攻撃からは逃れられたようだ。どのような魔法を使うのか、唯一知っているホットアイだからこそ瞬時に対応できたことだろう。

 

「あなた方は王の間に行ってくださいデス!六魔導士の力は互角!ミッドナイトは私に任せてくださいデス!!」

 

「…君がボクと勝負を?」

 

先手必勝とばかりに土の波を巻き起こし、ミッドナイトへと迫らせるホットアイ。それに対して腕を振りかざして波を拡散させる。六魔将軍(オラシオンセイス)の魔導士同士でぶつかり合うと言う展開。グレイとルーシィには、目の前の光景がつい先程まで信じられなかったものになっている。

 

「ホットアイ、お前…!」

 

その中で、ペルセウスは彼の身を純粋に案じている。善悪が反転してからホットアイとは数々のシンパシーを感じてきた。何事も無ければ友になれる可能性もある。そんな彼はペルセウスに背を向けながら、彼を送り出そうと魔力を集中させている。

 

「さあ!早く行くデス!!そして…私の本当の名は『リチャード』…デスヨ」

 

ホットアイ…否、『リチャード』が名を明かすときにのみこちらに笑顔を向ける様子を見て、ペルセウスも後を託すことを決めた。

 

「真の名を敵に明かすとは…本当におちたんだね、ホットアイ…」

 

「愛に目覚めた私にコードネームは必要ないデス!覚悟!!」

 

そのやり取りを最後に再び強力な魔法ぶつけ合う二人。その余波を感じながらも、陥没した地面から抜け出し、王の間と呼ばれる中央の建物へと視線を移しながら、ペルセウスは仲間に呼びかけた。

 

「リチャードを信じよう。俺達がニルヴァーナを止めるんだ…!」

 

それに3人は首肯で答え、ペルセウスを先導として激突を背に駆け出した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「オラァ!!」

 

炎を纏った拳で振り被るも、ひらりと躱されて空を切る。先程からずっとこの繰り返しだ。最早躱している側のコブラも、あまりに学習しないナツの行動に逆に困惑している始末だ。

 

「くっそ~!当たんねぇ!!」

 

「シエルが言ってたけど、本当にオイラたちの動きが聴こえてるの!?」

 

「さっきもそう言ったよ…」

 

呆れ顔を浮かべながら浮遊する雲の上に乗ってシエルが溜息混じりに呟く。一向にコブラの魔法の説明を把握せずに突っ込んでは避けられ、突っ込んでは避けられの繰り返し。隙をついてシエルが遠隔から攻撃を仕掛けたりもしているが、それさえもコブラは聴き取って回避したり防いだりするので未だに決定打を当てられていない。日射光(サンシャイン)でコブラの視界を封じながら戦うと言う手も考えたが、耳頼りのコブラには逆効果だ。

 

「そうだ、心の声が聴けるから動きも分かる」

 

「心の声か…」

 

「だったら…これが聴こえるか!!」

 

するとハッピーが徐にそう叫び、何かを心の中で考えだす。心の中の声なので辺りは静寂に包まれる。

 

 

 

その中で、彼の腹の虫が響き渡ったような気がした。

 

「テメェが魚好きだって事はよーく分かったよ」

 

「ホントに聴こえてるーー!!オイラ魚の事だけ考えてたっ!!」

 

ただただ魚の事を考えていたハッピーに、シエルはある意味納得した。だが、魚好きであることを知らないはずのコブラが言い当てたのは、確かに心の声を聴ける証拠だろう。

 

「ぬおぉーっ!!じゃ次オレなー!!」

「よく当たるよ!!」

 

「オレの魔法は見せモンか…?」

 

どこか遊ばれてる気がするコブラ。だが割と律儀らしく、ナツが心の中で考えている声に集中して聴こうとする。少しばかりの時間が経った頃…。

 

「ぷっ!」

 

突如コブラは吹き出し、そして腹を抱えてこらえるように笑いだした。

 

「く…くそ!意外に面白ェギャグじゃねーか、うはははっ!!」

 

「よっしゃウケた!!じゃなくて確かに聴こえてんな」

 

「え、何、今心の中で何て言ったの、気になるんだけど?」

 

思っている以上にツボにはまったらしく笑い続けるコブラを見て、シエルは逆に気になった。本当に何を考えたんだろうか。

 

「後で教えてやるよ。シエルもやってみろよ、すげぇぞ?」

 

「え、いや俺は…」

 

「いいからいいから!」

 

コブラの聴く魔法の脅威は身をもって味わっているのだが、ナツに勧められて自分なりにどうするか考えてみる。そして、コブラが聴いているであろう自分の心に、あることを中心に思考を始める。

 

 

 

 

「何だとテメェ!言わせておきゃあふざけやがってェ!!」

 

「「急にキレたぁ!?」」

 

ナツたちが見たことないような怒りに満ちた顔で怒鳴り散らし始めた。心の中で何を言ったんだ。ナツたちがシエルに聞いてみると、イタズラをするときの笑顔を浮かべ、指をある方向に向けながら答え始めた。

 

「あのヘビに関する悪口をとにかくいっぱい考えてやった」

 

「ヘビかよ!!」

 

コブラを乗せて浮遊しているキュベリオスの悪口を延々と考えていたらしい。心なしかそのキュベリオスの顔がどこか悲しそうに見えるが、ショックだったのだろうか?そして自分の相棒であるキュベリオスを悪く言われたことで、コブラは自分のこと以上に怒りを感じたらしい。

 

「目つきが悪くて何が悪い!体色が毒々しくて何が悪い!体がデカいことも!そこが寧ろコイツのいい所なんだろうが!!それから『翼を広げて飛ぶなんて最早ヘビじゃなくてモンスターみたいだな』とか言いやがって!いいじゃねーか、ロマンを感じて!つーかそれなら、そのネコが飛んでることの方がよっぽどおかしいだろーが!!」

 

「んだとー!?ハッピーの悪口言うんじゃねーよ!!」

 

「え、今の悪口?」

 

やけに饒舌になってキュベリオスがいかに魅力的なのかを語り叫ぶコブラ。それに乗じてネコが空を飛ぶことに対して異議を唱えたことを悪口と解釈したナツが突っかかるが、本人(ネコ)はさして気にしていないようだ。

 

「兄さんだったら小一時間はディスれるだろうけど、それはともかくやっぱり厄介な魔法だ…」

 

「ねえ、オイラいい考えあるんだけど、それも聴こえてるのかな?」

 

「『右に行くって考えてから左から攻撃』」

 

「「えーっ!!?」」

 

コブラの魔法の脅威を再確認したところで、どうやって奴と対峙するかを再び思案するが、やはり筒抜けだ。思考のプロセスを聴くコブラにとっては、どのような裏も通じない。その本質ごと全て聴き取ることが出来るのだから。

 

「お!成程な。色々考えてるな?三つ、四つ…小僧にも引けを取らねぇ作戦もあるが…筒抜けだ」

 

「ズリィぞ、てめえっ!!」

 

これは本格的に勝ち目が見つからない。ナツも戦いにおいては頭の機転が回る方だが、それすらも聴き取っているコブラには無意味。どうすればいいのか。思考しながら戦闘を行う癖のあるシエルには、コブラとまともに戦うビジョンすら浮かべられない。

 

「こうなったら正面から行くしかねぇ!!」

「あいさ!作戦T!」

 

「「『突撃(TOTSUGEKI)』ー!!」」

 

「ちょ、おいいっ!!?」

 

思考の渦に囚われかけていたシエルは、直情で突撃していったナツたちに反応が遅れ、制止も追いつかずに置いていかれる。真正面からかかってもコブラには同じことのような気がするが…。

 

「右フック。左キック。続けて右回し蹴り」

 

動き自体も聴き取って対応してくるコブラ。これは最初の激突の時にシエルもやられたパターンだ。その時に取った行動すらも聴き取って全て対処してくる。やはり勝てないのか、この男には…!

 

「返しの右ストレート…っ!」

 

が、ここで異変が起きた。確実に躱したと思っていたはずの右ストレート。しかし、コブラの左頬には、微かにナツの炎による火傷がついていた。それに気付いた直後、驚愕に目を見開くコブラの右頬に、ナツの炎を纏った左の拳が叩き込まれた。見紛うことないクリーンヒット。コブラも、そして距離をとった場所で見ていたシエルも、目を疑った。

 

「当たった!?何で!?」

 

混乱するシエルをよそに、ナツの進撃はさらに続く。身体を投げ出されたコブラを慌てた様子でキュベリオスが拾うが、コブラはナツの攻撃を躱すことが出来ずに顔への右拳、左拳、そして腹への蹴り。さらに縦横無尽にナツの炎を纏った攻撃を次々と食らっていく。

 

その間、ナツはまるで目の前にある障害をただただ破壊しようとする猛獣のような勢いで攻撃を叩き込んでいる。その様子を見てシエルは察した。

 

「まさか、何も考えていない…!?直感だけで攻撃している!?」

 

普通の戦いならば相手の裏をかき、予測できない攻撃を仕掛けたり、策を用いて戦う者の方が有利だ。真っすぐに直情的な攻撃を仕掛ける者は、すぐに対処されてしまう。

 

しかし、コブラの場合はその真逆。あらゆる攻撃方法を考えるからこそ、その思考を読まれてしまい、どんな裏も見抜かれて阻止される。だが、思考を全て投げ捨て、ただただ直感で攻撃を仕掛けられた場合、何も聴こえない状態からの攻撃は寧ろコブラにとって一番の脅威。

 

理屈は分かる。だが、そんなことを本当に実践できる者など一体どれだけいるだろう。少なくともシエルには不可能だ。否、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも、ナツを除いてあとどれくらいいるのかわからない。下手すればナツだけかも。

 

「バカなのか賢いのか…こんな奴は初めてだぜ」

 

そしてそれはコブラも把握している。ナツの右拳を右手で受け止めながら、彼はナツの計り知れない力を認める。そして彼の右手は…否、両手は人間だったものからその形を変え始める。

 

「成程な…小細工じゃどうにもならんか…」

 

それと同時にナツが纏った炎が消えていき、コブラの変形した手からは赤黒い霧が発生し始める。

 

「ぐあっ!?て、手が…!」

 

突如何かに焼かれたような痛みを訴えてコブラからナツが距離をとる。そして再び彼の姿を見ると、そこには驚愕の変化を遂げたコブラがそこにいた。

 

変形した両手は人間のそれではない。彼の髪と同じ赤茶色の、竜の鱗と尖った爪を持った、まさに竜の腕。そしてそこからナツの手を侵食した赤黒い霧を発生させている。

 

「『毒竜のコブラ』…本気で行くぜ」

 

竜の形となった腕。そこから噴き出す毒の霧。そして『毒竜』…。それはナツたちにとって衝撃の事実を十分に語っていた。

 

「こいつまさか…滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!?」

 

毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。それこそがコブラの正体であり、真の力だった。

 

 

 

 

 

 

「毒の…ドラゴン……スレイヤー…!?」

 

そしてその事実により驚愕を覚えているのは、雲の上に乗っている少年だ。

 

 

毒。

 

 

蛇。

 

 

スレイヤー系…つまり、毒を食らう。

 

 

赤黒い…血の色…。

 

 

 

 

 

逃れられない…

 

 

 

 

 

 

死の運命(さだめ)

 

 

 

 

 

 

 

 

───────大丈夫…何も心配することはない…。

 

 

 

 

 

 

 

───────君の病気を治す為の薬です…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────お兄さんの為にも…決まった数と、決まった時間…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────ワカッテイマスネ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飲まなきゃ…兄さんの為に…!そうじゃないと、兄さんはずっと…!

 

今ならまだ帰って来ない…。帰ってくるまでにはすべて終わる…!

 

 

 

僕がいるから…僕がいなければ…ずっとずっと囚われのまま…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕がいるから生きているせいでどうせ治らない死んだほうが兄さんの幸せがでも怖い死ななきゃいけない迷うな死にたくないダメだもう決めた事これをのめばおわるそうおわるなにもかもおわってしまういやだしにたくないだめだめかんがえるなしぬんだそうだこれがいちばんのほうほうこれがぼくがにいさんいやだこわいこわいこわいこわい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────ワタシノイウコトガキケマスネ…?

 

 

 

 

 

 

 

「うああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

響く絶叫。

 

絶え間ない慟哭。

 

焦点がぶれ、鼓動は早まり、不規則に息が続かない。

 

今自分はどうしてる?ここはどこだ?立っているのか?座っているのか?

 

俺は、僕は、どうして死んでいない?

 

兄さんの為に決めたんじゃなかったか?その決断をしたんじゃなかったのか?

 

頭を抱えていくつ振っても答えが出ない。

 

何故、どうして、自分たちがこんな目に、幸せになってはいけない?

 

全て終わる。あの時終わったはず、分からない、兄さんの為に自分は…。

 

 

 

「な、何だ…これは…!?」

 

コブラは、何年ぶりになるであろう感情を思い出した。恐怖だ。それは目の前に対峙する火の魔導士にも、天気の小僧に対してでもない。

 

天気の小僧の心に、瞬時にして浮かび上がったいくつもの声。ほとんどがその少年の声だったが、時折聞き覚えのない男の声が聴こえてきた。

 

「(声色は、低めの優男って感じだ…。だが、確実に分かる…この声の主は…異常すぎる…!!)」

 

聴こえてきたのは声だけ。だがその声だけでコブラは恐怖を覚えた。安心感を感じさせるように優しい声色で話しかけるその男。だが、その言葉に従った瞬間、安らかとは程遠い未来から逃れられなくなる、そんな感覚を覚えた。

 

「(あの小僧…一体、何者なんだ…!?)」

 

そんな男を知りながら、今こうして生きていられる少年に、コブラはあらゆる意味で、戦慄を感じていた…。




次回『毒を()む』


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第56話 毒を()

ポンコツパソコンが何度もフリーズするせいでこんなに遅くなっちまったチクショーメェ!!
決めた、次の更新までに絶対買い替えてやる。(戒め)

先週に引き続いて遅くなってしまい申し訳ございません。しかもコノヤロー、間に合わなくなったことが確定した瞬間調子取り戻しやがりましてね…。

次回は木曜から日曜まで連休…。二話更新とかできないかな~ってちょっと考えてます。←


シエルは思い出していた。突発的に、無意識に、本人の意思とは関係なく。

 

5年程前の事。兄が所属しているギルドの奥にある一室が、自分の部屋であり、生活圏だった。部屋にあるのは自分が横になるためのベット。そしてそれを取り囲むように様々な本が収納されている本棚がいくつも陳列しており、出入口の扉と一つの窓のみが、外界とこの部屋を繋げている。

 

薬を飲み、身体を安静にし、容態が安定しているときは本を読む。それが9年生きてきた人生の大半の日常だった。

 

そんなシエルはこの日、ある決心をした。兄はこのギルドが請け負った依頼を果たすために外出している。このギルドのマスターも、今日は何処かに出かけていて数日ほどかかるらしい。最早機会は今しか無かった。

 

己の左掌に収まる、10を超す錠剤を不安と恐怖が入り混じった眼差しで見つめ、水が入ったコップを持つ右手は微かに震えて、表面に波紋を起こしている。

 

正直に言えば怖い。本音を言えば嫌だ。

ごくごく自然の感情であるが、彼はもう引き下がることは許されない。そう自分で決めたのだから。

 

普段から決められた時間、決められた数を飲むように忠告されていたその錠剤を、少年は意を決して適量以上口に放り入れ、一つも零すことなくコップの水で流し込んだ。そして数秒ほどの躊躇いの後、ゴクリと入れ込んだ錠剤全てを喉に通してその身に収めた。

 

激しく深呼吸を数回ほど繰り返し、どれほどの時間が経過しただろう。数分か、数時間か、あるいはたった数秒だっただろうか。息も絶え絶えと言った様子に見えた少年に、その変化は訪れた。

 

『…ふっ…っく、うっ…かっ…!!!』

 

突如胸の奥を中心に、激しい痛みが全身を襲い掛かる。息も上手くできなくなり、頭の激痛は最早言葉にすることもできない。じっとすることが叶わず、寝床としているベットの上から身を捩らせて転げ落ち、激しい吐き気を催して口からそれを吐き出した。その液体の色は赤黒い。吐き出しても吐き出しても湧いて出てくるその赤黒いものは自分が蹲る床と、自分の服を赤く汚していく。

 

辛い。痛い。苦しい。しんどい。終わることのない地獄が体を蝕んで壊していく。早く…早く楽になりたい。その一心で自らに襲い掛かるそれらに耐えていく。きっともうすぐだ。もうすぐで自分も、兄も、あらゆるものから解放される…!

 

 

 

 

『シエル!?しっかりしろ、シエル!!!』

 

その時を待つばかりだった自分の耳に、その声は聞こえた。想定していた以上に早い。もう少し時間があれば、その時を迎えられていたのかもしれないが、とうとう見られてしまった。自分が唯一信頼する兄に。ゆっくりと抱えられて、身体を支える兄の姿が、微かに開いた目に映った。

 

『…に…兄、さん…?』

 

『無理に喋ろうとするな!!薬は…薬は飲んだんじゃ…!?』

 

袋に薬は既になく、水が入っていたであろうコップも転がっている。だが兄は知らなかった。自分が飲んだ薬がどのようなものだったかを。シエルも気付くのに時間をかけたが、実際に飲んでいた自分の方が、その異常さにいち早く気付けたと言っていい。それでも長い時間をかけていたのは、それだけ巧妙に隠されていたという事。

 

『バレ…ちゃった…。兄さんが、いない…間に…終われると、思ったのに…』

 

『は…?それ、どういう事だ…?』

 

上手く呼吸が出来ない。視界も徐々にぼやけてきて、兄の顔がブレ始めている。だが気付かれた以上、隠す意味もない。せめて伝えるべきだと彼は悟る。自分たちが奴等にとってどのような存在だったのかを。

 

『あの薬はね…毒が混ざって、いたんだ…。少量なら…死ぬこと、は…ないけど…それでも…とり続けていれば、決して治らない…毒…』

 

薬に混ぜられていた毒。

その言葉、そして事実を知った時点で、兄は言葉を失った。マスターが用意していた薬を飲めば、シエルの病気を治し、健康な体を手に入れることが出来ると、そう聞いていくつも汚れた仕事をこなしてきた。弟を助けるために、幸せにするために。

 

だが詳しく聞けば真実はその逆だった。マスターは…あの男はペルセウスたち兄弟を利用していた。類稀なる魔法の才を有していたペルセウスの力を手中にするため、そしてそれを永遠に収めておくために、延々と病弱のままでいる弟を傍に置かせることで、弟の為に動く兄を手足としていた。始めから奴は自分たちを解放する気など皆無。その命が尽きる日まで自分たちの手駒としようとしていたことを。

 

そして恐らく、マスター以外のメンバーも、その事を知っている。知っていながら自分たちに明かさず、ペルセウスがこなした仕事の利益で自らの欲を満たしている。

 

『僕の病気は…治らない…!少なく、とも…ここにいる、間は…!そうしたら僕だけじゃない…。兄さんも、ずっとここに、縛られて…ずっとあいつらの…駒のまま…!』

 

自分は足枷だと断定した。兄にとって枷になる自分がいることで、兄は永遠にここで囚われの身同然となる。それを良しとすることは出来ない。

 

 

だから決めた。

必要以上の数の薬を飲み、命を奪うほどの毒を抱えることでこの命を捨てることを。兄にかけられた枷を壊すため、兄を解放するために。己の抱える夢を、憧れを、未来を、全て犠牲にしてでも、兄に自由を与えたい。彼を縛るものは、もう何もないのだ…。

 

『そんなこと…!枷なんかじゃない…!俺にとって、お前は…俺の弟は、俺に残された全てなんだ…!それを…こんな…!!』

 

分かってる。この選択は兄を大いに苦しめ、悔やませ、悲しませることになることを。だからシエルは伝えたかった。もう自分の事で苦しむ必要がないことを。弱い弟と、それを利用する悪意の呪縛から解放されることを。目から光が消え始めたシエルは、残された力を振り絞って、兄に向けて口元に弧を描く。

 

『今まで僕を…守ってく、れて…あ、りがと…う……。兄…さん…』

 

その言葉と共に、シエルの目は閉じられ、彼の身体から力が抜ける。それが何を意味するのか、ペルセウスは理解したくなかった。だが、否が応にも分かってしまう。今まで同じようなことになった者を…同じようなものにしてきた存在を、幾度も見てきたのだから…。

 

だがそれでも…今自分が抱えているのは…自分の命に代えても、守り通したかった…唯一の肉親…!

 

 

 

『うおおあああああああああああああああっっ!!!!!』

 

響く慟哭。溢れる悲しみ。襲い来る後悔。そして…。

 

 

内側から侵食してくる…憤怒と絶望、そして憎悪。

 

 

 

神に愛されたものが扱える神の魔と、彼自身の今の負の感情が大いに宿った数々の武器が向かう先は、今も尚己の欲を満たす人の皮を被った外道共…!!

 

 

 

『な、何をしや…かっ…!!』

『おい、テメェ!…ごっぶ…!?』

『ヒッ!?やっやめ…っ!!』

 

 

今までは自分たちに下劣な嘲笑と煽りを向けてきていたそいつらを、耳障りな声を発する口と共に、その命を刈り取っていく。向かってくる者の首や胴を斬り落とし、動揺する者を頭から叩き潰し、恐怖に引き攣った者の身体に風穴を空ける。逃げ出そうと出入口に向かうものは特に容赦しない。遠距離にも対応する多くの矢で心臓を撃ち抜き、者によっては鎖で縛り上げてその炎で灰へと変える。

 

このギルドはもう終わりだ。この場にいる奴等は、誰一人として生かさない。苦しみを与えて地獄に落とす。

 

 

その苦しみでさえ、シエル(あいつ)が貴様等から味わった苦しみに比べたら、雀の涙にも満ちやしない…!!!

 

 

 

 

 

その日は、今まで誰にも感知されなかったある闇ギルドが、人知れず壊滅した日となった。

 

その一因が、同じギルドに所属してた一人の少年が、マスターを除くすべてのメンバーを一掃したことであるのは、世間どころか、評議員ですら、誰も知らない…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「やらなきゃ…けど、怖い…いやだ…ダメだ…考えるな…兄さん…!」

 

浮遊する雲の上で絶叫した後、頭を抱えてその場に蹲り、顔を青ざめさせて、汗を噴き出し、目から光が失せた状態でシエルがブツブツと言葉を告げて反芻している。仲間であるナツとハッピーは勿論、敵側であるコブラも、前触れなく豹変した少年に困惑を隠せない。

 

「シエル、しっかりしてよ~!」

 

「お前、シエルに何したんだぁ!!」

 

「何もしてねぇよ。少なくともしたつもりはねぇ…が…」

 

シエルの異常の原因がコブラにあると感じたナツが声を荒げるが、こればかりは当の本人もその気は無かった。毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)としての己の正体を明かした直後、目に見えて狼狽していたことから、恐らくそれに関する事なのだろうと思うが‥コブラにとっては全くの筋違いだ。自分の今の姿に、過去のシエルが似たようなトラウマを植え付けられたことぐらいしか分からない。

 

「元々あの小僧の攻撃も作戦も全部聴こえるから、どのみち放っておいても問題はねぇ…」

 

その上今のシエルに、自分と戦えるような精神は無い。彼は捨ておいて、自分の中で脅威だと感じる方に意識を集中する。

 

「ナツ、シエルをあのままにはしておけないよ!」

 

「分かってる!おい、しっかりしろシエル!!」

 

錯乱しているシエルの気持ちを持ち直すため、コブラを一旦置いてシエルの元へと近づこうとするナツとハッピー。だがしかし、その大きな隙を悠長に待つほど、毒竜のコブラは甘くは無かった。

 

「やすやすと行かせねぇぞ?」

 

シエルとの間に潜り込むようにして立ち塞がったコブラ。それを見て一瞬たじろいだナツたちに、禍々しい毒霧を纏った竜の腕を振るって弾き飛ばす。

 

「くっそ、あいつ…!どきやがれぇ!!」

 

それに対して反撃に炎の拳をぶつけようとするも、次々と避けられて逆に顔を毒霧を纏った脚で蹴り飛ばされる。先程の腕での薙ぎ払いと言い、蹴りと言い、食らった場所から徐々に痺れが酷くなっていくのを感じる。

 

「聴こえるぞ。テメェの痛みが…。毒竜の一撃は、全てを腐敗させ滅ぼす…」

 

「ああそうかい?焼き尽くしてやんよぉ、毒なんざなぁ…!」

 

互いに不敵な笑みを浮かべ、コブラは赤黒い霧、ナツは赤い炎をそれぞれ拳に纏って振り被る。

 

「そこどきやがれ!火竜の鉄拳!!」

 

「腐れ落ちろ!『毒竜突牙』!!」

 

深紅の炎を纏った拳と、拳から放たれた赤黒い竜の牙を象った毒がぶつかり合う。数秒ほどの拮抗の末、ナツたちの方が赤黒い霧に押し返されて弾き飛ばされる。

 

「くっそ…まだまだぁ!!」

「アイサー!!」

 

態勢を持ち直し、再び炎を両拳に纏って振るうが、思考も筋肉の動きも息遣いも聴こえるコブラには全く当たらない。奴を倒すことも重要だが、未だに錯乱状態から抜け出せないシエルも心配だ。

 

「ねえ、また攻撃が当たらなくなっちゃったよ!?」

 

「早くシエルのとこ行かなきゃいけねえって、どーしても考えちまうんだよ。それに、あいつが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)って分かってからも、なんか調子狂うし…」

 

コブラが己の力を開放する前に、考えずに特攻することで一時的に有利に戦えていたのだが、今はシエルの事も気掛かりになっているせいで、中々事を運べていない状態だ。

 

「シエルが心配なのは分かるけど、ナツの場合は何も考えない方がいいよ!何も考えない方が!」

 

「二回言うな!!つかどーゆ―意味だそれぇ!!」

 

「とにかく、まずはシエルを何とかしよう!」

 

ちょっとした言い争いこそあったが、ひとまずは目先にあるやるべきことを何とかしなければ。だがやはり立ち塞がるのはこの男だ。スピードを上げてシエルの元へと向かうナツたちの行く手を阻み、攻撃を仕掛けてくる。

 

「どけぇ!!」

 

拳を振るうも防がれたり、躱されたり、そして逆にカウンターを受けて再び身体の動きを鈍らされる。ハッピーが隙をぬって飛び立てばすぐさま追随してきたりと中々シエルの元へと辿り着けない。

 

「火竜の…鉤爪ぇ!!」

 

両脚に炎を纏い、空中で縦回転をしながら振るおうとするナツに、キュベリオスに勢い良く飛ばしてもらったコブラは同様に赤黒い毒霧を足に纏って振るってくる。

 

「『毒竜螺旋顎』!!」

 

ぶつかり合う両者の脚。コブラが聴こえた動きでは、これで十分にナツを押し返せるほどの威力だ。だが…。

 

「ぐっ…うおおおおっ!!」

 

気合の雄叫びを上げながら一瞬でその威力を上げたナツの一撃が、コブラを空中に投げ出す形で弾き返した。さしものコブラもこれには面食らい、キュベリオスに至急落下地点に来てもらうように呼び掛ける。

 

「今だ!!」

「あい!!」

 

しかしその隙がナツたちにとっては功を為した。思わぬところでコブラの妨害を潜り抜けたナツたちがシエルの元へと猛スピードで駆ける。だがそれはコブラに対して背を向けた事と同義。キュベリオスに拾われたコブラはすかさず、シエルの元へと駆けるナツたちに、狙いを定める。

 

「逃がすか!『毒竜鱗牙』!!」

 

前方に魔法陣を展開すると、赤黒い鱗型の魔力弾を無数に発射する。すぐさまハッピーがスピードをマックスにして掻い潜り、更にシエルとの距離を詰める。そしてついに到達したナツは、両手でシエルの肩を掴み呼びかける。

 

「シエル、しっかりしろ!どうした!!」

 

必死に呼びかけるも、シエルの様子は先程とあまり変化が見られない。ずっと頭を抱えて何かをぶつぶつと呟き続けているままだ。

 

「ナツ!後ろが!!」

 

すると、後方からコブラが再び鱗型の魔力弾を放ってきた。今自分が避ければ確実にシエルがその攻撃を受けてしまう。そう考えたナツの行動は迷いないものだった。

 

「ハッピー、オレを前に向けろ!!」

「え!?」

 

その声にハッピーが反射的にナツを魔力弾の前に向ける。だがその時には既に魔力弾は目と鼻の先。すかさず口から火竜の咆哮を放ってそれら全てを撃ち落とそうとする。

 

 

 

しかし全てには至らず、突っ切ってきたいくつかの魔力弾はすべてナツに被弾した。

 

「ナツーー!!」

 

苦悶の声をあげるナツ。それに対して悲鳴をあげるハッピー。その瞬間、頭を抱えてずっと何かを呟いていたシエルが飛び起きたかのように顔を上げる。光を失っていた目に、自分に背を向けて敵の攻撃を受け切ったナツの姿が映った。

 

「ナツ、大丈夫!?」

 

「お、おう…こんくらい、何ともねぇよ…!」

 

見るからにやせ我慢をしているように見えるナツの返事に、ハッピーが心配そうに声をかけるが、彼の目からは闘志は消えていない。

 

「ちっ、だったらこいつで終わりにしてやる!毒竜突牙!!」

 

そんなナツに向けて拳から竜の牙を模した一撃を放つコブラ。ナツはそれに対して拳に炎を纏う事で対抗しようとする。目前に迫りくる攻撃に対して腕を振り被ったナツは…

 

 

 

 

後方のシエルに、横方向に突き飛ばされ、自らその攻撃を受けようとしているシエルを目にし、思考が固まった。

 

「なっ…!?」

 

思わず声をあげた時には、もう遅かった。赤黒い竜の牙が、少年の小さな体を捉え、彼が足場にしている雲ごと突き飛ばす。予想だにしなかった行動に、ナツたちは勿論、コブラさえもそれに目を見開いている。しかし…。

 

「(あの小僧…何か狙ってる…!?)」

 

彼には聴こえていた。ただナツを庇うために起こした行動ではないことを。

 

「「シエルー!!」」

 

焦りを前面に出して呼びかけながら彼の元に辿り着くナツたち。苦悶の表情を浮かべているが、先程の錯乱した状態からはどうやら我を取り戻したらしい。雲の上で膝と両掌をつき、短く呼吸を繰り返しているが、重い怪我ではないようだ。

 

「シエル、大丈夫か!?」

 

「…うん…大丈夫…」

 

その言葉を聞いて二人の表情に安堵が宿った。だが、すかさずシエルが呟いた言葉に、二人の表情は怪訝のものへと変わる。

 

「それより、ナツ…よく聞いて…」

 

その言葉に感じた事は、作戦があるのかと言う疑問。しかし、どんな作戦もコブラの前では筒抜け。それはナツたちもよく分かっているし、シエルも熟知しているはずだ。だが、コブラは聴こえていた。今からシエルがやろうとしていることを。我を取り戻した瞬間に、咄嗟に思い付いたであろう行動を。

 

「(あ、あいつ…まさか…!)」

 

これはまずい。即座にそう思った。急いで阻止しなければ一気にこちらが不利になると。その為に、わざわざ攻撃を受けて自分から距離をとっていたのだと理解もした。コブラにそう戦慄させたシエルの策は…。

 

 

 

 

 

 

 

「何かを考えるなんてナツらしくないから、大人しく頭空っぽにして突っ込んだら?」

 

明らかにこっちをバカにするような笑みを向けて、シエルがナツにそう言い放った。内容が色んな意味で衝撃的過ぎて、一瞬二人の思考がフリーズし、シエルの言葉がどこか反響して聞こえる。

 

 

 

「んっだとコラァーーーーー!!!」

 

すると当然なことに、ナツが怒りを爆発させながら全身から真っ赤な炎を溢れ出させる。感情に比例して規模も熱量も先程とは桁違いだ。彼を抱えているハッピーからあまりの熱さに悲鳴が聞こえる。

 

「シエルー!?どーしちゃったのさ!?さっきの毒にやられておかしくなっちゃったの!?」

 

抗議も交えてハッピーがそう叫ぶと、今度はハッピーに対して表情を変えずにシエルは口を開いた。

 

「そー言えばハッピー、あのニセグレイにあっさり氷漬けにされて完全に出番削られてたよね?あの様子じゃシャルルのハートを掴める日なんて来ないんじゃない?」

 

「んだとコラーーーー!!!」

 

最早ブチ切れたナツの炎の熱さなんか忘れてナツ共々怒りの炎を燃え上がらせる。何でこんな事を言われなきゃいけないんだと言わんばかりにシエルを睨みつけている。コブラより先にぶっ飛ばしてやろうかとも考えるが、当のコブラは今最大級に焦っていた。

 

「(聴こえた通りだ…!あのガキ…!!)」

 

キュベリオスで必死にシエルたちに攻撃を仕掛けようとするコブラだが、彼らの会話の方が明らかに早い。そして、彼が聴いていた通りの行動を、シエルはとうとう起こしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「って、あいつが言ってたよ」

 

「(ナツ(あいつ)をキレさせて全部オレになすり付けるつもりだっ…!!)」

 

最早作戦と言えるかも怪しい他力本願の策である。コブラを指さしてあっけらかんとした表情を浮かべながらそう言うと、二人の怒りの矛先は瞬時にコブラの方へと移った。もう手遅れだ。シエルに対する怒りや、簡単にナツに丸投げする行動にドン引きの感情を抱えたまま、青筋を立てて口元を引きつらせる。

 

「「お前かぁーーーーっ!!!」」

 

そして簡単にシエルの嘘を信じたナツとハッピーがコブラに対して怒りを燃やしながら叫び、再び彼に対して敵意を剥き出しにする。

 

「上等だ、もう許さねぇ!あいつ消し炭にしてやるぞぉ!!ハッピー!!」

「アイサー!!!」

 

怒りによってただただコブラをぶっ倒すことを心に誓ったナツとハッピーが近づいてきていたコブラに先制攻撃で火竜の劍角を叩き込む。怒りによって火力も上がり、同時に速度も増した一撃はさしものコブラも聴き取れず、そのままキュベリオス諸共ニルヴァーナの都市へと叩きつける。

 

「こ、こいつ…本当に怒りで魔力が上がってやがる…!!」

 

シエルの心の声を聴いたことで判明した、ナツの特殊な力。感情に大きく左右される魔法の力は、強い心を持つことでその力を増す。己と言う存在を確固として持つことがこの場合当てはまり、強い怒りでその感情を大きく爆発させた際も、例外ではない。

 

更に言えば、ナツの扱う属性は火。怒りと言う激しい感情との相性はこの上なく合うと言っていい。その上、怒りのあまりに思考能力が低下するというデメリットが、思考を聞き取るコブラに対しては最善手であり、逆にメリットとなる。

 

「あのガキ…そこまで瞬時に計算して即実行しやがった…!けど普通、自分が怒らせたヤツの怒りをなすり付けるようなことやるか…!?」

 

コブラにとってはそれがある意味で理解しがたいことである。いくら最善手であったとはいえ、方法が方法だ。闇ギルドの自分たちでさえとるとは思えない他力本願万歳の策で勝利して、誇らしいのだろうか?

 

「なんて…考えてるだろうから一応答えておくか」

 

「!?」

 

突如自分の耳が拾った声に、コブラは目を見開いた。聴力が優れた自分の特性を理解し、遠く離れた場所にいる自分に声を届けている少年の声に。何の声も聴こえないナツの攻撃を防ぎながら、コブラはその声を聴きとった。

 

「俺は自分たちが守るものの為なら、仲間の命以外の何を利用しても勝利を勝ち取る方法を選ぶ。卑怯だとか汚いだとか言われようとも、相手の手札を削れるだけ削って戦い辛くなったところを一気に叩くのが勝利の鍵だ。ま、今回はもうナツしかまともに渡り合えそうにないから全部丸投げたけど、それ以外に勝てる方法がもう思いつかないから仕方ないね~」

 

「腹立つ!見えてねーのに小馬鹿にしたような表情を浮かべてるのが、分かる様に聴こえるのが余計に腹立つ!!」

 

声しか聴こえてないのに一言一句でシエルがどんな顔を浮かべているのか自然に分かってしまう。だからこそ頭の中でどや顔したり小馬鹿にしたり肩を竦めてやれやれとしているシエルが脳内で嫌と言うほど浮かび上がるため、コブラの苛立ちがより一層強くなる。

 

 

しかも、シエルの狙いはこれだけじゃない。それも聴こえたからこそ早々にシエルを止めなければいけない。キュベリオスにシエルがいた場所に戻る様に伝え、攻撃の準備をしていると、自分が聴こえない間に背後に近づいてきた火竜の声が聴こえる。

 

「逃げんじゃねーよ…!!」

 

「っ!?」

 

「オラァ!!」と雄叫びを上げながら殴り掛かるナツの拳を、竜の腕で受け止めて弾き返そうとする。しかし、すかさずナツは口から咆哮を発射。本能的に行動を起こしているナツの意図を聞き取るより早くその身に攻撃を受けてしまう。

 

「まだまだぁ!!」

 

今度は炎の脚で蹴り飛ばし、宙に投げ出されたところを両の拳によるラッシュを叩き込んでいく。対してコブラは腕を交差していくつか防ぎ、キュベリオスに指示を出してナツの横っ腹に頭突きを食らわせて解放される。

 

「まだだ…!火竜の…!」

 

「いい加減、これで朽ち果てろ!!『毒竜の咆哮』!!」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)特有の技。赤黒い毒の咆哮(ブレス)を真正面から受け、炎を全身に纏っていたナツとハッピーは悲鳴を上げる。だが、ナツはそれをものともせずに火力を上げ、咆哮を突っ切ってコブラへと肉薄していく。

 

「劍角!!」

 

動きを聴きとり、紙一重でその一撃をコブラは躱した。そして同時に勝利を確信する。今放った毒竜の咆哮(ブレス)はウイルスを身体に染み込ませる。そして徐々に、身体の自由とその命を奪うのだ。身体の調子が弱くなれば、動きもより聴きやすくなり、今度こそ攻撃は当たらなくなる。

 

「この咆哮(ブレス)を食らった瞬間、テメェらの敗北は決まって…」

 

「火竜の鉄拳!!」

「っ!?」

 

しかし、コブラの予想とは裏腹に、先程攻撃を躱されたナツがすかさず追撃を放ち、コブラの腹部に炸裂する。確かに咆哮(ブレス)は当たったはずだ。なのに弱っている様子が全く見受けられない。どういう事だ、理解できない。

 

「ゴチャゴチャとうるせぇんだよ…!!」

 

すると、先程自分を殴り飛ばしたナツの背から、炎で作られた翼が広げられる。同様に毒を受けて弱りだしたハッピーの(エーラ)を補助するかのように。そして…。

 

「毒なんか気にすんな!!ハッピー!!」

「アイサー!!」

 

まるで狂気。炎の熱と毒による熱で頭がおかしくなっているんじゃないかと疑うほどに、気力と熱量をさらに上げていく。

 

「(こ、こいつら…一体何をしたら止まりやがるんだ…!!)」

 

コブラの中に焦りの感情が強くなる。まずい。このままナツたちにばかり気を取られてはもう一人の厄介な存在を野放しにしてしまう。

 

「(あのガキを…早いとこ止めねーといけねぇのに…!!)」

 

コブラは聴いていた、シエルの狙いを。彼が自分をナツに任せて、行うべきと考えていたある策を。上空に密集している雲に両手をかざして、その手に雷の魔力を集中していく。

 

「(っ…!さっきあいつから喰らった毒の攻撃で、上手く集中できない…!)」

 

シエルが狙っているのは、今現在ブレインがニルヴァーナを操作している空間である王の間だ。だがすぐさまブレインを狙って撃破することはあまり得策ではない。確実にブレイン自身から抵抗があるし、思惑に気付かれては向こうも対策をとってくる。だが、今現在距離が離れているこの状況なら?そして、シエルが扱える天候魔法(ウェザーズ)で出来ることは?

 

そこから導き出した答えは“天の怒り”だ。だが、本来その力はシエル自身の魔力を大きく消耗し、かつ理性が薄れている状態で発動する。今のシエルは正気を保ったまま、その強力な力を発動させようとしている。だがそれは、ニルヴァーナ全てを破壊し尽くす雷群を生み出すわけではない。

 

「(一発でいい…!ボンヤリとだけど覚えている、あの強力な一撃を、いくつか結集させた一発…!それで、あの王の間のみを破壊すれば…!!)」

 

何もニルヴァーナ全体を破壊する必要はない。ニルヴァーナを操作することが出来る空間を破壊し、その操作を不能にすれば自然とニルヴァーナも停止し、機能しなくなる。更に言えば、遠方から攻撃をすることで、ブレインに気付かれることなく、彼も討伐できる可能性もあるという事だ。

 

雷の魔力を集中すると同時に、上空に展開している雲を王の間の上へと密集させる。これによって万が一別の場所から発動することになっても範囲を絞ることが出来る。

 

「(集中…もっと集中だ…!魔力を込めろ…!!)」

 

これは自分に課せられた今後の課題でもある。自分の意志で発動をコントロールできない“天の怒り”を己の意志で発動できるようになれば、今後評議院から“天の怒り”による危険性の削減として認識してもらう事もできる。今やらなければ。いずれ、周りを容赦なく破壊する力ではなく、皆を守るための力とするために…!

 

「あれ?ナツ、空が…!!」

 

「ああ?」

 

怒りのままにコブラを追い詰めていたナツが、相棒であるハッピーの言葉につられて空を見上げる。すると、目についてしまった。シエルが今行おうとしていることが、何であるのかを理解できてしまう光景が。

 

「あ、あいつ…まさか…!」

 

それによってハッピーからも、そしてナツからも怒りが消えてしまった。困惑が強くなってしまった事により、コブラにとっては好機となった。

 

「しめた!今ならあのガキを止められる!」

 

すぐさまキュベリオスと共にシエルの元へと向かい始める。対してナツたちはコブラを追いかけるも、シエルが狙おうとしていることの方に意識を向けてしまっている。

 

「ナツ…もしかしてシエルは…!」

 

「分かんねぇ…けどもし暴走してるんだとしたら、止めねぇと!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、上空の異変に気付いているのは、戦っている者たちのみではない。王の間にてニルヴァーナの操縦を行っているブレインもまた、その異変には気づいていた。

 

「何だ…?空の雲が…それもただの雲ではない…」

 

コードネーム:ブレイン。

彼はかつて、魔法開発局の一員だった。彼が編み出した魔法は数百にものぼる。数多の知識をもって開発に臨み、その(ブレイン)に記憶している魔法もまた膨大。その中で、魔力を持った雲を操作する魔法の使い手にも、彼は心当たりがあった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員である一人の少年。コブラに仕留めるように指示していたはずの少年が近くにいるのではとふんだブレインが周囲を見渡すと、その存在は確かにいた。両掌に雷の魔力を極限まで集中し、王の間上空の雲に照準を向けている光景を。

 

たったそれだけの動作で、ブレインはシエルの狙いに気付いた。闇ギルドの世界においても、かの事件は有名であるために。

 

「あれは…“天の怒り”か!?」

 

かつて盗賊が拠点としていた廃村に襲い掛かった異常気象。だが表向きに報じられたそれと、真実が異なることは、勿論ブレインは知っていた。

 

実際にそれを引き起こしたのはまだ年端もいかぬ少年。それが、かの少年であることは、昼間に対峙した時点で気付いていた。だがまさか、このニルヴァーナを止めるために自らその力を振るおうとするとは計算していなかった。

 

阻止しなければ。しかし、()()()()()()にも、距離が離れすぎている。恐らく自分の扱う魔法では距離が足りない。ブレイン自身ではシエルを止めることが出来ない。だからこそ、すぐさま彼は告げた。

 

「コブラ!天候魔法を扱う小童を止めろ!」

 

「今向かってるよ!!」

 

超絶的な聴覚を持つコブラにすぐさま指示を出し、シエルの魔法を阻止する。対してコブラは既にシエルの方へと向かっており、今すぐ彼を阻止しようとする。両手に赤黒い毒を纏い、いつでも彼に牙をむく準備を整える。

 

「(くそっ!ナツの足止めももう通じない…!今の内に撃つか…!?いや、あと少し…もう少しの力が無ければ…!!)」

 

「聴こえるぞ!!今撃っても期待通りの力を発揮できねぇ!つまり、テメェの準備が整うよりも、オレがテメェを仕留める方が早い!!」

 

ここに来て調子を取り戻した様子で、嬉々とした表情を浮かべながらコブラは嗤う。避難した方がいいか、だがここで移動に意識を向ければここまでためた魔力が霧散する可能性がある。チャンスはこの一度きり。ここで成功させないといけない…が…!

 

「こいつで終わりだ、天気の小僧!!『毒竜双牙』!!」

 

下から上に、振り上げられる二本の毒の刃。それがシエルの身体を引き裂かんと迫っていき……

 

 

 

 

 

「火竜の咆哮!!」

 

当たると言うすんでのところでコブラの前方部分を狙った炎の咆哮(ブレス)が彼の動きを止めた。その主は確認するまでもない。シエルは表情を明るくし、コブラは聴きとる余裕もないまま度重なる邪魔を入れられ、再び苛立ちと焦りを募らせる。

 

 

そして、ナツのこの一瞬の援護射撃が、彼らの勝敗を分けた。

 

「(再び集中…今だ!!)」

 

「っ、やめ…!!」

 

コブラが制止の声を上げたが、時既に遅し。彼の両掌から放たれた巨大な雷の魔力が、光速で王の間の雲へと着弾。一点に密集した雲が徐々にその色を漆黒へと変貌し、その身に稲妻を奔らせていく。

 

「ブレイン…!!」

 

思わず王の間にいる自分たちの司令塔へと顔を向けるコブラ。そのブレイン本人は、すかさず己が扱える中で最大の硬度を誇る防御魔法を展開する。

 

 

だが、シエルは確信していた。例え強力な防御魔法と言えど、かつては村一つ、そしてギルド一つを破壊したその魔法の威力が、それでは防げない程のものであることを…。

 

 

 

 

「降り落ちろ、“天の怒り”…!ニルヴァーナを、止めるんだぁ!!」

 

 

その声に応えるように、とうとうそれは降り落ちた。黄金の閃光を纏った、落雷(サンダー)とは比べ物にならない規模と威力を持ったそれは、目を見開いて驚愕の表情を浮かべるブレインの身体を光で包み、防御魔法ごと王の間が存在する中央の塔を飲み込んだ。

 

今までのシエルが扱った中でも最大級の威力。最早原型を留められるかも怪しいその威力に、ナツとハッピーもただ茫然と見つめ、コブラはその先に来るであろう未来に絶望の表情を浮かべている。

 

そして、発動した側であるシエルは、消耗しきってはいるが、やり切った笑みを浮かべている。

 

 

閃光が収まり、眼下に広がっていたその光景。塔の形自身はまだ原形を保っていた。しかし、王の間が存在していた頂上部分は完全に崩壊。ブレインの姿もどこにも見当たらなかった。下の階と思われる空間が、外に剥き出しとなっている。

 

「これで…ニルヴァーナは、止まる…。後は、六魔の残りを倒す、だけ…」

 

最後の気力を振り絞った。そして、その身体をナツを庇う形で受けたコブラの攻撃による毒が蝕んでいる。魔力を維持できず、己が立っている乗雲(クラウィド)が消滅し、シエルの小柄な体は重力に従って都市の方へと落ちていく。

 

「あ!!」

 

「あ、あのガキ…ホントにやりやがった…!!」

 

落ちていくシエルを視認し、声を上げるハッピー。自分たちの野望を奇策と禁術で打ち破られ、元凶を睨みつけるコブラ。その声を聞きながら、シエルは最後に伝えるべき言葉を、彼に伝えた。

 

「ナツ…コブラと…他の奴ら、は…頼んだよ…」

 

「シエルゥウウウッ!!!」

 

伝えられた火竜(サラマンダー)は、都市の方へと落ちていくシエルを見て、彼の名を叫ばずにいられなかった。




おまけ風次回予告

グレイ「おい、今の雷ってただの雷じゃなかったよな!?」

ペルセウス「ああ、一年前に、シエルが起こしたものと同等…いや、威力だけを見ればそれ以上か…!?」

グレイ「ナツもいたはずだが、あいつでも止められなかったのかよ…!あんのクソ炎が!」

ペルセウス「…だが、あの時とは明らかに色んな相違点があるような…。考えるのは後だ、今は一刻も早くアイツの安否を確認しなければ…!」

次回『危険な存在』

グレイ「他の六魔がどこにいるかも分からねぇし、確かに急がねーと」

ペルセウス「もしもシエルに必要以上な危害を加えていたら…あいつら地の果てまでも追い詰めて地獄も生温い絶望を与えて生き地獄を味合わせてやる…!!」

グレイ「いやこえーよ!?ホントお前(シエル)のことになるとキャラ壊れるな!?」


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第57話 危険な存在

4連休だから2話更新できるかな?とか考えてたら寧ろ1話分すら間に合わなかった…!

まあ、パソコンを買い替えるために色々と調べたり比較したりで日数使っちゃった結果なんですけどね…。しかもまだ決めきれてない…。


でもその代わり、と言ったら何ですが、今回の話は最大ボリュームとなっております。何とその字数18287文字!最大文字数更新です!!今後はめったに文字数更新できないレベルですね…。(汗)


王の間に降り落ちた巨大な雷。容赦なく屋上に位置していた王の間を破壊したその魔法を目にし、驚愕の表情を浮かべる一団があった。

 

「何だ…今の雷は…!?」

 

「ねえ、あれって…!」

 

「ああ、間違いないねぇ…“天の怒り”だ…!」

 

目視するのは初めてである蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のジュラ。そして少なくとも一度は確実に見たことがある妖精の尻尾(フェアリーテイル)のルーシィとグレイが、各々反応を示す。

 

そして、それに気付いて真っ先に行動を起こした者が一人。その人物は驚愕に顔を染める三人を尻目に、一度止めていた足を再び動かし、かつ先程よりもその速度を上げる。それを見て彼の名を呼んでそれを止めようとするグレイの声も聞かず、あの雷を落としたであろう少年の姿を思い起こし、彼の身を胸中で案じる。

 

「(発動したのは一発…。あの時とは明らかに何かが違うが…細かいことは後だ…!)」

 

その人物。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であるペルセウスは、縛っている長い髪を揺らしながら、王の間の近くへと徐々に距離を縮めていく。今彼の脳内にあるのは、ただ一つ…。

 

「(今はシエルの状態と、安否の確認が先決…!どうか無事でいてくれ…!!)」

 

彼の兄として、禁忌とされた魔法を使用したことによる暴走が起きていないか、あるいはそれを使わなければならない程の危険を味わったのか。それを己が目で確かめる事のみだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

全身に力を入れることが出来ない。視界を確認する目を開けることすらままならない。微かに聞こえる風切り音と、身体全体を震わす風圧が、今シエルが感じられる全てだ。足場に出来る雲の魔法の維持が出来なくなり、消失したことによってシエルの身体は重力に従って落下しているところだ。体の構造上、今下となっているのは背中側。腕や頭は比較的上の方に投げ出されている。

 

小さな体は空気以外のあらゆる抵抗を受けないまま、都市の方へと落下していく。そして廃墟と化していた一つの建物の上に背中の方から叩きつけられる。老朽化していたこともあり、屋根を突き破って、その廃墟の中へとさらに落下し、そこでようやくシエルの身体は止まった。

 

「(まだ…生きてる…)」

 

幸か不幸か。建物の屋上が少しばかり衝撃を和らげてくれたおかげで、落下による即死は免れた様だ。しかし、このまま放っておけば命に関わるし、それ以前にコブラの毒を受けてしまっている。どのみち処置をしなければ命を落とす。だが今のシエルに自信の身体を癒す手段はない。

 

「(全然力が入らない…。意識もほとんど朦朧としてる…。そういや、毒も喰らったんだっけ…?あの時と、似ている…)」

 

自ら致死量の毒を食らい、命を絶とうとしたあの時と、何の因果かほぼ同じような状況である。違う点があるとすれば、今は外的要因も手伝っている事だろうか。どのみち、このままでは自分が助かる可能性は、皆無と考えるべきか…。

 

だが不思議と後悔はない。“天の怒り”を一発だけとはいえ己の意志で扱い、ニルヴァーナを動かす王の間を崩壊させた。ナツたちが対峙しているコブラも、ナツたちならば倒してくれるはず。自分に出来ることは、やりきった。

 

自分がいなくなれば悲しむ者も多々いるだろう。しかしこの状況下でその命を拾うことが出来る確率は、絶望的と言っていい。心身共に虫の息であるが故に、シエルはその残酷な現実を受け入れようとしていた。

 

「……あ…こ!もし……た……!」

 

「待ち……い……ば!……ンディ!!」

 

その時、声が聴こえた。意識が遠くなっていくのを感じる中、シエルの耳に届いたその声。どちらも女性の様だが、目を開く力も残っていない自分には確かめる術がない。

 

「い…!や…ぱり…こだ……!シ………ん、……夫で……!?…っ!……ケガ…!!」

 

「…れに……もわ……わね…」

 

「こ…って…も……し……ルザさん……け…いた……!?」

 

「…いつ………ていたの………使い。そ………で同……に………けてい……してもお……くは…いわ…」

 

今度は声が近くなった。どこかで聞いたことがある様なその声の主は、自分に近づいてこちらに手をかざすと、優しい純白の光を発する。その光に身を照らされるとどこか心地よく、己を蝕んでいた痛みが徐々に引いていくのを感じる。

 

「お…い…!……覚ま…て…シエル…ん…!」

 

自分の名を呼んでいる。体から痛みも消えていき、意識も戻ってきているのを自覚する。その名を呼ぶ者を視界に収める為、軽くなった瞼を開くと、その目に映った。

 

「シエルさん!よかった…目を覚ましてくれて…!」

 

長い藍色の髪の少女が、顔に喜色を浮かべてこちらに笑みを向けているのを。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

少女ウェンディ、そして相棒の白ネコのシャルルもまた、ニルヴァーナが復活した際にシエル達同様乗り込んでいた。戦える力はないが、ニルヴァーナを止めるために出来ることがあるかもしれない。その想いが彼女達を動かし、行動に移した。

 

止めるための手段が、もしくは手がかりがどこかにないか?探るために都市の中を捜索していた二人に、ふとある光景が映った。巨大な一筋の雷によって崩壊する王の間。そして、ナツ同様滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であり、五感に優れている彼女の目が捉えた、空中の足場としていた雲が消失し、落下していく少年の姿。

 

シエルの名を呼び、突如駆け出した彼女は、置いていかれたシャルルの制止も聞かずに足を動かす。落下した時の地点を予測し、視界と足を頼りに捜索を続けると、数分の後に屋根が突き破られて未だ屋根から砂塵を巻き起こしている建物を見つけた。

 

「あ!あそこ!もしかしたら…!」

 

「待ちなさいってば!ウェンディ!!」

 

目的の建物の中に入ると、ようやく先程目にした少年の姿を再び捉えることが出来た。仰向けの状態で倒れたその姿を見て、半分は喜びに、もう半分は焦燥に満ちた声を上げる。

 

「いた!やっぱりここだった!シエルさん、大丈夫ですか!?」

 

呼びかけながら彼の下に駆けつけるが、少年の方から目立った反応が見られない。さらに、コブラとの戦闘や落下した際に出来たあちこちの傷や痣を目にし、ウェンディは息を呑んだ。その上徐々に酷くなっていく彼の顔色を目にしたことで、呼びかけに応えられないのが傷だけでないことに気付く。

 

「これって…もしかしてエルザさんも受けていた毒…!?」

 

「こいつが戦っていたのは毒蛇使い。その最中で同じ様に毒を受けていたとしてもおかしくはないわね」

 

致死性ではあるが即効性は薄い。まずは戦いで出来た傷や落下で打撲した部分を治すために、外傷を癒す魔法をシエルに使う。純白の優しい光がシエルの身体を包み込むと、彼の傷や痣は瞬く間に塞がっていき、元の状態に戻っていく。

 

傷を治した次は毒だ。エルザにも使用した状態異常を治療する魔法を続けて使用。シャルルからはあまり無理をしないようにと言われるが、今ここでシエルの治療をやめるわけにもいかない。

 

「お願い…!目を覚まして…シエルさん…!」

 

傷も見えなくなり、毒も消えて、少年の顔色は見る見るうちに良くなった。さらに枯渇気味になっていたらしい体力と魔力の方も回復させたからすぐに目を開ける筈…!

 

「…っ…あ…?」

 

先程まで瞼にすら力を入れられなかった少年の目が、ゆっくりと開くのを視認し、ウェンディは表情をパッと明るくさせた。

 

「シエルさん!よかった…目を覚ましてくれて…!」

 

そしてシエルも、目を開いた先にいたウェンディの姿を確認し、寝ぼけ眼のような目を向けて数秒、突如脳と共に覚醒に至ったのか、その目を見開いた。

 

「…?」

 

その様子に首を傾げながらウェンディもシエルの顔を見返すと、治癒魔法を使うために差し出していた両手を、シエルが両手で包むように掴んできた。

 

「天使…?本当に、いたんだ…?」

 

「へっ!?」

 

呆然とした様子で呟いたシエルの言葉。そして年が近い異性に両手を握られ、ウェンディの頬がほんのりと赤く染まる。だが、この場にいたもう一つの存在が、その言動によってある衝動を起こした。

 

 

ガリィッ!っという音が鳴った直後、シエルの顔に突如激痛が走った。

 

「ぎゃああああっ!!?」

 

「何をアホなことぬかしてんのこのオスガキィ!!」

 

正体はウェンディの相棒であるシャルルだ。手(前脚)に隠されている爪を立てて、ウェンディの手を勝手にとったシエル(不届き者)の顔を思いっきり引っ搔いたのだ。勿論シエルはそれによって悲鳴を上げながら両手を顔に持っていき、建物の中をのたうち回っている。

 

「い、痛い!痛みがある!死んでない!?生きてるの!?てっきり俺死んじゃって、天使が迎えに来たのかと!!」

 

「まだ言うか!もう一発喰らいたいそうね!?」

 

「お、落ち着いてシャルル~!」

 

どうやら一発だけじゃ今の現実を受け止めきれてないらしい。顔に数本引っ掻き傷の跡があるにも関わらず懲りない様子のシエル(オスガキ)にもう一回攻撃しようと詰め寄るが、残念なことにそれはウェンディ(被害者)に止められた。

 

取り敢えず混乱しているシエルと、怒り心頭な様子のシャルルをそれぞれウェンディが宥め、先程までほとんど意識が無かったシエルも、ようやく状況を理解することが出来た。

 

「そうか、妙に体が軽くなったと思った…。傷も毒も、ウェンディが治してくれた…俺を助けてくれたんだね、ありがとう」

 

「いえいえ、シエルさんにはお世話になりっぱなしですから、これぐらいは…」

 

笑みを向けて率直な礼を告げれば、両手を横に振って謙遜を告げるウェンディ。心からそう言っているのだろうが、それでも助かったことは事実だ。エルザに続いて、自分も彼女に命を救われたことになる。

 

「それにしてもアンタ、私があの時言ったこと…忘れてるんじゃないでしょうね?」

 

「え?」

 

するとシャルルが目を細めてこちらを睨むかのように見据えながらそう尋ねてくる。あの時に言ったこと…。どれの事だろうか?と考えていると、その答えをすぐに提示してきた。

 

「ウェンディは天空魔法を使うたびに大きく魔力を消費する。アンタを治すために使った魔力も、相当な量だったはずよ?」

 

それを聞いてシエルは息を呑んだ。そして思い出した。エルザの治療を完了した際に、確かに彼女の口からそう聞いていたことを。ウェンディ本人は自分の事を気にかける必要はないと主張していたが、シエルからすれば大きな問題だ。

 

「俺ってば大事なことを忘れかけてた…!ウェンディ、日光浴(サンライズ)で少しでも魔力を回復させて」

 

「で、でもシエルさんも魔力が…」

 

「君がそれを回復してくれたでしょ?これはお返しさ」

 

彼女に回復してもらった魔力を用いて、治癒力と回復力の向上効果を得られる日光浴(サンライズ)の優しい光をウェンディに差し出す。折角回復してもらった魔力だ。恩人に対して使わずしてどう使う。

 

少々問答を続けはしたが、結果的にウェンディは優しい光を放つ小さい太陽を再び受け取った。シエルに使った分の魔力が少しずつ回復していくのを感じられる。

 

「それで?さっきのあの雷は、アンタが出したものでいいのよね?」

 

「ああ、まだコントロールも満足にできないし、魔力も大きく消費するけど、威力は見ての通り」

 

シャルルの質問にシエルはそう答えた。王の間も崩壊したのは目にしたし、ニルヴァーナを操作するブレインも共に倒れたはず。じきにこの移動都市も機能を停止するはずだと補足として二人に説明する。

 

「あ、そう言えばナツたちは?まだコブラと戦ってるのかな?」

 

「私たちがここに来るまでにも、まだそれらしき音は聞こえてきましたけど…」

 

「今は分からないわね」

 

エンジェルを撃破したのはシエルも知っている。グレイが無事と言う事は彼が対峙したレーサーも倒したはず。コブラとブレイン、二人を更に撃破することが出来れば六魔将軍(オラシオンセイス)も残り二人。一気に勝利に近づくことが出来る。

 

その内の一人が味方側に付いている(愛に目覚めている)ことは今この場にいる誰も知らないのだが。

 

「取り敢えずここから出よう。いつまでもこんなとこにいるわけにもいかないし」

 

「はい」

 

「それには同感」

 

「ウェンディ、立てる?」

 

ずっと廃墟同然の建物の中にいても現状何をするべきなのか浮かばない。他の仲間と合流するにも、ナツたちの援護に向かうにも、まずは外に出なければ。そう告げながらシエルは立ち上がり、ウェンディに手を差し伸べて起立の補助をしようとする。

 

「あ、ありが…」

 

「わざわざアンタの手を借りる必要もないわよ」

 

少しばかり呆気にとられながらもシエルの手をウェンディがとろうとした時、シャルルがすかさず間に入り込んでその手を払った。間に入られた二人は揃ってシャルルの行動に面食らった様子。だがそんな二人を気にせず「ほら、ウェンディ」と彼女に声をかけると、それに応えて自力で立ち上がる。どうやら余力は十分あるようだ。

 

全員が動けることを確認した後、建物の外へと出た3人は空中で戦っている途中であろうナツを探そうと上に視線を向けながら周囲を見渡すが、その姿は見当たらない。

 

「既に決着がついて、降りたのかしら?」

 

「自分から降りることはないと思うよ。ナツは乗り物に極端に弱いから、動いているニルヴァーナに降りようとはしないはず…あ、でも止まった場合は降りても大丈夫なのか…」

 

「じゃあ、やっぱりどこかで降りてるんでしょうか?」

 

こうなっては都市の中もくまなく探す必要がありそうだ。かなり広大な規模を誇るこの都市の中から目当ての人物を見つけるのも至難だろう。他のメンバーたちの捜索も並行して行う方がよさそうだ。そう考えに結論を出して行動を始めようとしたシエルたちに、幾度か感じた重い何かが着陸する音が届く。

 

「…あれ?この音…」

 

「どうかした、ウェンディ?」

 

ずっと度々聞こえていたその音を聞いて、ウェンディはどこか違和感を感じていた。この音は確か何だったか。呆れた様子で、ウェンディに対してシャルルが口を開く。

 

「何って…ニルヴァーナの脚の音でしょ?さっきからずっと…聞こえ……?」

 

その言葉に、紡いだ本人も、耳にした二人も、気づいてしまった。そしてふと、一番近くに目にすることが出来る脚があるであろう方向に目を向けていると。その脚がコブラと戦っている間に見た時と同じように、ある方向へと進むために動いている。

 

 

そう、動いている。王の間を崩壊させて機能を停止したはずのニルヴァーナが、まだ動いているのだ。

 

「どういう事だ…!?何で…あそこはニルヴァーナの動力源じゃなかったのか…!?」

 

移動都市を意のままに動かせる空間を崩せばこのニルヴァーナも止まると思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。未だにどこかへと行進を続けているニルヴァーナは、王の間が崩れた後も何の滞りもなく動き続けている。

 

「おかしいわ、こんなの…!操作するための場所も、操作する存在もいなくなったのに、どうしてまだ…!?」

 

「操縦する人がいなくなって…暴走している、とか…?」

 

「いや、進行方向は変わっているように見えない。何か別の理由があるはず…」

 

気付くのに遅れてしまった無情な現実にシャルルとウェンディが混乱する中、シエルはいち早く思考を始めて憶測を立てる。王の間は操縦するための空間。だが目的地への移動は先程と同様に続行している。

 

「もしかして、設定した時点で自動的にその位置へと向かう?けど座標を見失った場合は…?ブレインも一緒に崩れたから、再設定をしようにも…ブレイン…?」

 

深く思考するあまり、口からそれが出ていることにも気づいていない。それを聞きながらウェンディ達も自分たちになりに予測するが目ぼしい答えが出てこない。だが、シエルが王の間を操作していた司令塔の名を口にした時、ある可能性が浮かび上がった。

 

「王の間を崩した時、ブレインの姿が見えなくなっていた…。消えた訳じゃなくて、見えなくなったとしたら…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…小童にしてはよく頭が回る…」

 

思考が口に出ていたシエルの疑問に答えるかの様に、その声はかぶせられた。反射的にその声の方へと目を向けると、そこに立っていたのは長い白髪で褐色の肌をした、髑髏の杖を手に持つ男。王の間にてニルヴァーナを操作し、シエルの雷を受けたはずだったその男が、五体満足の状態でこの場に現れていた。

 

「あ、あれほどの魔法を受けたはず、なのに…!」

 

「ああ…正直肝を冷やしたぞ。だが…運はこちらに味方した様だ」

 

実際に“天の怒り”を目にしていたウェンディの言葉に、嘲笑染みた笑みを浮かべて彼は答えた。“天の怒り”が王の間が炸裂した時、展開していた防御魔法にも限界が来ていた。しかし、それよりも早くに王の間が崩落し、ブレインは僅かに残った防御魔法と共に王の間のあった建物の奥へと墜落。だがそれが幸いし、目立つ様な外傷がないまま“天の怒り”による被害から自分自身は免れることができた。

 

「そしてうぬが王の間を攻撃しようとしたその時には既に、このニルヴァーナの操作権は全て私に移された。最早王の間はこのニルヴァーナには不要。ニルヴァーナの全ては、この私に委ねられたのだ」

 

ニルヴァーナが止まらなかった理由がここで明かされた。王の間で操作すると同時に、ニルヴァーナの力を解析していたのだ。そして王の間にいずともニルヴァーナを操作するための方法を発見し、完了したところでシエルからの“天の怒り”の準備が始まった。王の間を破壊することには成功したが、それではニルヴァーナを止めるには至らない。今もなおニルヴァーナはその脚を進めている。避けられない現実にウェンディはショックを隠せない。

 

「そんな…!」

 

「大丈夫さ、ウェンディ」

 

だが隣に立つシエルは、彼女とは対象的に強気だ。虚勢でも見栄でもなく、確信があった。口元を吊り上げて笑みを浮かべる様子が、彼の声を聞いて振り向き目に映る。

 

「あいつに操作権が移った…。それはつまり、あいつを倒せば今度こそニルヴァーナが止まるってことだ。まだ終わったわけじゃない」

 

「そう考えるのが自然よね。けど倒せると思う?アイツを…」

 

シャルルもブレインの口ぶりから止める方法には気付いた様だが、肝心なのはそのブレインを倒せるか否か。ここまで大半の六魔将軍(オラシオンセイス)と激突してきたが、ブレインはほとんど自分の実力を披露していない。魔法開発局にいた経歴を持つことから、本人も何種類か魔法を扱う。どの様な魔法が、どれほどの威力で発動されるのか、未知数な部分が多い。だがそれでも、諦めることなど出来やしない。

 

「勝ち目が薄くても、勝ちに行く。妖精の尻尾(フェアリーテイル)はそう言う奴らの集まりだからな…!」

 

不敵な笑みを崩さず、両掌に魔力を集中させるシエルの姿を見て、ウェンディは果敢に立ち向かう姿勢を見て何を思ったのか立ち尽くし、シャルルは少し前に闇ギルドの一団を相手に一人で圧倒した光景を思い出して呆れたように溜息を吐く。

 

「ふん、うぬは思った以上に実力がある。それは認めよう。だが小童に後れを取るような私ではないぞ?」

 

王の間で激突を仕掛けていたシエルとブレイン。あの時はコブラによって中断のような形となったが、今度はその邪魔が入る可能性も低い。互いに目を離さずどちらが動いてもおかしくないような状況。

 

「…わ、私も戦います!」

 

「え!?」

「ウェンディ!?」

 

シエル一人がブレインと対峙しようとしているのを見て、葛藤しながらも決断した少女の声が響く。攻撃するための力を持っていないはずの彼女の予想外の宣言に、シエルとシャルルは勿論、ブレインでさえ彼女の覚悟に対して驚愕の反応を示している。

 

「た、戦うと言っても…確かに私には攻撃の魔法は使えません…でも、回復やサポートなら…シエルさんを助けるぐらいなら、出来る筈…!それに、シエルさんが、教えくれたから…!」

 

そう告げる声は明らかに震えている。彼女の方へと目を向ければ身体も震えていて、恐怖を感じていることが分かる。だが、その表情は恐れを抱きながらも決して引かない覚悟を秘めたもの。

 

『誰かを傷つけたくない』『誰かが怪我をするのを見たくない』『守るために戦う』

その覚悟を決めるきっかけをくれた、目の前で戦うために前を向いている少年に、今のウェンディが出来る最大の前進だ。

 

「シエルさんは、何度もわたしを助けてくれた…。だから私…今度はシエルさんや、みんなを守りたい!守るために、私も一緒に戦わせてください!」

 

正直言えば、彼女にとってとても危険なことだ。実力が図れない相手と戦う事は、本当のことを言えば推奨できるようなことじゃない。だが、決意と覚悟を秘めた言葉と表情が、誰よりも彼女の身を案じるシャルルの言葉を失わせ、想いを抱くシエルの心に響いた。

 

「ああ!戦おう、一緒に!」

 

「!…はいっ!!」

 

共に並び立ちブレインと対峙する小さな少年少女。対して相手側に立つブレインは、数の不利を不利と感じない笑みを浮かべたままだ。

 

「天空の巫女・ウェンディ…。奴が加わったところで、戦局は変わらぬ」

 

所詮は未熟な子供二人。大した脅威ではないと断定したブレインが髑髏の杖をこちらに向けて攻撃を放とうとする。それに対してシエルが身構え、ウェンディも表情を強張らせながらも必死にブレインの挙動に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

その時だった。都市全体に響くかのような、轟音とも咆哮とも呼ぶべき、その叫びが場にいる全員の鼓膜を震わせた。

 

「うるさっ!?」

「な、何だぁ!?」

「…ナツさん…!?」

 

「っ……!この感覚…まさか…!!」

 

各々突如耳や体全体が震わせられたかのような体験に戸惑う。ブレインがハッとした表情で後方を振り向き、同じようにシエルたちも同じ方向を見ると、何かを叫びながら両耳を押さえて落下していくコブラの姿が目に入った。

 

「ナツ…そうか、ナツだ…!」

 

「バカな…叫びだけでコブラを倒したと言うのか…!?」

 

遠くにいるだけでも耳を押さえたくなるほどのとてつもない声量。それは最早、紛れも無き(ドラゴン)の咆哮。恐らくコブラはそれを至近距離で聴いてしまったのだろう。心の声すら聴きとることが出来るコブラは、その声量に耐えきれなかった。鼓膜が破れ、振動は脳も揺らし、しばらくは前後不全にも陥るだろう。規格外に発達した聴覚は、今回ばかりは仇となったようだ。

 

「どいつもこいつも無茶苦茶ね、妖精の尻尾(フェアリーテイル)…」

 

「でも、本当にスゴい…!ナツさん…!」

 

「いや、まあ、ナツは妖精の尻尾(ウチ)の中でもずば抜けて変わってるから…」

 

ナツの暴れぶりが規格外なせいで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士=大体ナツレベル、みたいな方程式を作られるのは色々な意味で勘弁願いたい。今のシエルはその一心だ。

 

「レーサー…エンジェル…更にコブラまでもが…。六魔も半数を失い、地に落ちたか…」

 

「残り半数も直に落ちることになるぜ?」

 

愕然とした様子で表情に影を落とし、俯くブレイン。更に優位に立ったことを自覚して笑みを深くしながらシエルは挑発するが、それに対して答えたブレインの言葉は、シエルたち3人を逆に戦慄させることとなる。

 

「まあいい、正規ギルドに敗れる六魔などいらぬ。所詮は偽りの存在よ」

 

「なっ!?」

 

闇ギルドは闇なりに仲間の意識を多少はもっているものと思っていたが、ブレインから見れば少なくとも、既に敗れた3人は駒のような存在だったという事になる。あっさりと切り捨てたブレインの言動に戦慄しながらも「仲間だったんじゃねえのか…!?」とブレインを睨みつけながら告げるシエルを、鼻で笑いながらブレインは返した。

 

「仲間などこの先いくらでも増やせる。ニルヴァーナの力でな」

 

光の魔導士をニルヴァーナで闇に変えれば、強力な魔導士も仲間に引き込めるという算段だろう。だがそれは仲間ではない、操り人形と同義だ。今向かっている先にそう言った存在…もしくは最初の標的となるものがいるという事なのだろうか。

 

「……アンタたちが言う仲間って、どのギルドの事を言ってるの…?」

 

すると、絞り出すような声でブレインに問うてきたのは、後方で戦闘に巻き込まれないようにしているシャルルだ。その声を聞いて振り向いてみると、衝動を抑え込んでいるのか、手を強く握って、身体を震わせている。そして自分の隣に立つウェンディも、顔を俯かせていて悲痛な表情を浮かべている。何故そのような状態になっているのか、シエルは分からなかったが、それは彼女の口から明かされる言葉によって判明することになる。

 

「ニルヴァーナは今、どこに向かっているの…?」

 

シャルルはニルヴァーナにウェンディと共に乗り込んだ後、移動都市が進行している方角を見て愕然とした。それは、自分たちがこの作戦に参加するにあたって集合した、マスター・ボブの別荘に向かう道の、ちょうど真反対だったから…。

 

 

 

 

「この都市が移動する方向には…私たちのギルド・化猫の宿(ケット・シェルター)があるわ」

 

その一言は、シエルにも大きな衝撃を与えた。ウェンディとシャルルが所属する化猫の宿(ケット・シェルター)が、最初の標的…!?正規ギルドなら、他にも樹海を横に逸れれば多々あったはずだが、何故わざわざウェンディ達のギルドを狙うのか…?

 

「そうか、うぬらも化猫の宿(ケット・シェルター)であったな。だが、何故狙われているのかは知らないと…ククク…」

 

「じゃ、じゃあ…やっぱり…!」

 

「その通りだ。もうじきニルヴァーナは第一の目的地…化猫の宿(ケット・シェルター)へと到着する」

 

そして確定した。ニルヴァーナが向かう先は確かに化猫の宿(ケット・シェルター)。そしてそのギルドが、善悪反転魔法の最初の標的になるという事を。

 

「目的は何!?どうして私たちのギルドを狙うの!?」

 

「うぬらにそれを語る意味はない。まあ、知ったところで止められるはずもないわ」

 

理由を吐くつもりもないらしい。そんなブレインに対して、シエルは瞬時に小さい太陽を創り出して、それを矢の形に変えると躊躇なくそれをブレイン目掛けて光速で飛ばす。その僅かな時間で状況を把握したブレインは杖を突きだして水の膜を作り出す。初歩的な水の魔法であるが、それに触れた矢は屈折して元々狙っていた部分から大きく外れた。瞬時の攻防とは思えない。

 

「止めてやる…!お前をぶっ倒せばそれで終わりだ。化猫の宿(ケット・シェルター)を狙う理由を聞き出しながら叩きのめしてやる!」

 

先程よりも遥かに大きな敵意を抱えながら睨むシエルに、ブレインは言葉を返すことも無く笑みを浮かべる。それは一つの開戦の合図でもあった。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

まずシエルが掌を向けてそこから横に廻る竜巻を放出。それに対してブレインは髑髏の杖から緑と黒の禍々しい魔力の波動を放つ。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

竜巻と波動が真正面からぶつかり合い、微かに上回った波動が竜巻を飲み込む。シエルのいた場所にそれが着弾し、砂煙が巻き起こる。思った以上に呆気ない。そう胸中で呟いたブレインの耳に少年の声が届いた。

 

雷光(ライトニング)

 

それに気付いて反射的に振り向くが、雷の速度となっているシエルは振り向いている途中のブレインの左頬を右の拳で殴り飛ばす。呻き声を上げながらたたらを踏んだブレインに対し、今度は裏側に巻き込んで回し蹴りを打ち込み、再び場を退避。そっから急速に接近と退避を繰り返して攻撃を打ち込んでいく。

 

目にも止まらぬ速度を生み出すレーサーや、心の声まで聴き取るコブラでもない限り、シエルの雷光(ライトニング)は対処不可能な技である。

 

「小童め…図に乗るな!」

 

対するブレインは杖の先端を地面に刺して魔力を込めると、杖の先端を中心にブレインを包むように緑と黒の魔力の膜を作り出す。その中にシエルが突入すると、膜を通った途端、シエルの身体を纏っていた雷の魔力が霧散してしまう。それに伴って、スピードも急激に落ちてしまった。

 

「雷の魔力のみを遮断するバリアだ」

 

口を弧に描いて呟くと同時に、無防備となって驚愕していたシエルの身体を空いている左手で突き飛ばす。苦悶の声を上げてもう一度ブレインを見据えるが、先程の膜の効果を身をもって味わったせいで、踏み込むことが出来ない。雷の魔力を遮断するという事は、雷光(ライトニング)による攻撃はバリアがある時点で封じられたに等しい。

 

「天を駆ける俊足なる風よ…『バーニア』!!」

 

そこで動いたのはシエルの援護として共闘を名乗り出たウェンディだ。シエルの足元に魔法陣を展開し、純白の風がシエルの身体を包み込むと、雷光(ライトニング)とほぼ同等の身体の軽さを実感した。

 

「この感覚…もしかして、『付加術(エンチャント)』か…!?」

 

対象の能力を上昇、または下降や能力の付与など多彩にバフとデバフを付け加えることが出来る魔法。それが『付加術(エンチャント)』だ。これも天空魔法の一種として、ウェンディが天竜グランディーネから教えてもらった魔法の一つである。

 

「よし、これなら…!」

 

対象の敏捷性を大幅に上げる『バーニア』によって身軽となったシエルはその場で踏み込み、目にも止まらぬ速さでブレインに特攻。今度はウェンディの天空魔法によって能力を上げているため、対象とは別の魔力を遮断できないバリアは脅威となり得ない。即座に近づいて飛び蹴りを放ってきたシエルの一撃を、腕を交差して防御したブレインに、再び焦りが見え始める。

 

「おのれ小癪な…!」

 

だがそれでもバリアは未だに健在で、そのエリアからブレインの身体は出ていない。どうやら先程のバーニアは雷光(ライトニング)とは違い、攻撃力を上げる効果は持っていないらしい。少々威力不足が否めないとシエルが呟けば、それを聞きとったウェンディが次の行動に移る。

 

「だったら…天を切り裂く剛腕なる力を…『アームズ』!!」

 

「おっ…?力が漲ってくる…!?」

 

バーニアと同様にシエルの足元に浮かんだ魔法陣が彼の身体全体に赤い光を纏わせ、いつも以上の力を漲らせる。今度は攻撃力を増加させる魔法だ。ウェンディから簡単に説明を聞いたシエルは、雷光(ライトニング)の時と同様に動き、再びブレインに対して一方的に攻撃を加え始める。

 

「くっ!常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

このままでは分が悪いとふんだか、再び杖を手に持ってバリアを解き、再び波動を放つ。しかし、体感速度も速まっているシエルには避けるのは造作もない。ただでさえ小柄な体に速まった速度、そして子供とは思えないほどの威力の攻撃に徐々に追い詰められていく。

 

竜巻(トルネード)気象転纏(スタイルチェンジ)風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)!!」

 

そして竜巻の魔力を両手に集めて棍の形へと変えると、ブレイン目掛けて振り被る。それに対して手に持つ杖で真正面から受け止める。竜巻の力で作られた棍は本来であれば木製の杖を相手に拮抗などしないが、ブレイン自身の魔力も込められているのか、意外にも鍔迫り合いは拮抗している。だが、少年と壮年男性では贅力に差があるのかブレインの方が若干押している。アームズで攻撃力を上げていてもこれ程か。

 

しかし、ブレインの狙いはこれとは別にあった。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!」

 

鍔迫り合いを続けていた最中、髑髏の口にある魔水晶(ラクリマ)をシエルに向けるとそこから波動を発射。態勢を立て直す余裕もないまま、シエルは真正面からそれを食らい、吹き飛ばされてしまう。

 

「今治します!『ヒール』!」

 

吹き飛ばされて地面を少し転がった先に、ウェンディが駆けつけてシエルが負った傷を塞ぐ。決して少なくはないダメージも、これで上書きできる。

 

「分かってはいたが、やはり相手にすると厄介だな…ウェンディ…」

 

天空魔法による治癒と付加術(エンチャント)。味方のシエルにとってはこの上なく頼もしい存在だが、敵であるブレインからすればこちらのペースを乱される邪魔な存在だ。頭脳を意味する名を持つ彼にとっては、効率の良い戦い方の方が性に合っている。故に、その為ならば手段を選びはしない。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

再び放たれる黒緑の波動。その狙いは勿論、天空魔法の使い手であるウェンディ。

 

「危ない!」

 

「大丈夫です!バーニア!!」

 

シエルの声を聞きながら自分自身にも敏捷力を上げるバーニアをかけ、危なげなくブレインの攻撃を避ける。しかし、避けた後の顔には疲労の色が見え始め、口からは息切れによって呼吸音が聞こえる。

 

「ウェンディの魔力が、そろそろ限界よ!」

 

「これ以上は時間をかけられないか…。一気に終わらせる!雷光(ライトニング)!!」

 

速度と攻撃力が上昇している状態で、更に己を雷と同様の状態にする魔法をプラスする。ブレインが次の攻撃を既に発動しようとしているが、それを躱して自分の攻撃を当てることぐらいは難しくなさそうだ。

 

「終わらせるのはこちらのセリフだ…。消えよ、『常闇奇想曲(ダークカプリチオ)』!!」

 

ここに来て見た事のない技を発動してきた。先程と同じような黒緑の魔力は先端が鋭くなり、それに炎のような細い魔力が螺旋となって巻き付いている。貫通性の魔法のようだ。しかし、速度はそれほどない。シエルは勿論のこと、ウェンディもこの一発は容易に避けることが出来る筈。すぐさま回避して回り込んだシエルは、全力の一撃をブレインの背後に喰らわせようと拳を握り締め…。

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

目に映った光景に絶句し、一瞬思考が停止した。ブレインが放った攻撃を、ウェンディは無事に退避している。だが、そもそも前提の話が異なっていた。放たれた攻撃が狙っているのは、シエルとウェンディ、そのどちらでもない。

 

 

 

「シャルル!!」

 

この場にいたもう一匹の存在。狙われると思わなかった彼女が愕然と立ち尽くしているのを視認したシエルが、彼女の名を呼ぶと同時にすぐさま狙いを変更して駆け出して行く。ウェンディもまた、シエルが自分の相棒の名を呼ぶのが聞こえ、そちらの方へと目を向け、動揺している。

 

 

 

 

この場にいる誰よりも速く動けるシエルはすぐさま貫通性のある攻撃に追い付き、シャルルを抱きかかえて上空へと跳んだ。そしてほぼ紙一重と言ったところにその波動は通り過ぎ、延長線上にあった建物のいくつかに風穴を作り出した。

 

「(かかったな!)」

 

そして今この状況こそが、ブレインの狙いだった。正規ギルドにとって最大の武器となるのは結束と信頼。それは違うギルドであっても、目的を同じとする仲間の内で発生することもある。

 

だが、それは武器と同時に弱点にもなる。味方が窮地に陥れば、奴らは確実にその仲間を助けるために、盛大な好機もかなぐり捨てる。そして、一人の仲間を助けるために生み出された隙が、己の窮地を招くもの。

 

「所詮は生温い正規ギルドでぬくぬく育った、半端な小童よ!ネコ一匹すら捨て置けぬとはな!」

 

明らかな歓喜を表情に出しながら、黒緑の魔力を杖から放出し、シエルとシャルルの二人を捕らえ、動きを封じる。ウェンディを連れ去った時にも使用した拘束の魔法だ。シエルたちが気付いた時には既に遅し。二人とも肩から上以外の自由を完全に奪われ、身動きが取れない。

 

「シャルル!シエルさん!」

 

「ウェンディ、来ちゃだめだ!」

 

唯一逃れられたウェンディが二人を助けようと駆け寄るのをシエルが制止する。しかし、その忠告も間に合わず、二人を拘束している魔法からさらに腕の形をした魔力が飛び出し、ウェンディも同様に拘束した。

 

「「ウェンディ!!」」

 

「これでうぬらは最早戦えまい。ニルヴァーナで心を闇に染めるまでは、大人しくしているのだな」

 

自由が利かなくなった三人が脱出しようと力むも、一向にその拘束が解かれる様子がない。ブレインの勝利が確実と思われたが、気になる言葉を聞いたシエルは、それに反応を示した。

 

「俺達も…ニルヴァーナで闇に落とすつもり、なのか…?」

 

「希少な天空魔法を扱うウェンディ。そして、小童でありながら天候魔法(ウェザーズ)を一人で扱い、“天の怒り”と言う全てを滅する魔法を扱ううぬを、このまま放っておくとでも?」

 

先程名を上げたウェンディ、シエル、そしてコブラを下したナツ。ブレインはこの3人を空きが出来た新たな六魔として迎えようと言う。シエルやナツなら闇ギルドも顔負けの部分も確かに存在するが、まさか本当にスカウトを受けるとは。

 

「特にウェンディ。化猫の宿(ケット・シェルター)をニルヴァーナによって闇に染め、その様を見せれば、更にその闇は深く濃くなることだろう。そして小童…いや、シエルよ。うぬが扱う“天の怒り”を、正規ギルドに置いて野放しにするのは実に惜しい。闇の世界でこそ、うぬの力は大いに発揮できるのだ」

 

「勝手な事言いやがって…!!」

 

「や、やめて…!化猫の宿(ケット・シェルター)を…私たちのギルドを…!」

 

心底反吐が出るような言い分を聞き、怒りを滲ませるシエルと、涙を浮かべながら懇願するウェンディ。そして勿論、ウェンディの相棒であるシャルルもまた、ブレインの言動に腹を立てない訳がない。

 

「オスガキはともかく、ウェンディをアンタたちみたいな奴らの仲間にするだなんて、絶対認めないわよ!!化猫の宿(ケット・シェルター)を狙って、ウェンディを闇に落として、どんな目的があるのか知らないけどね、アンタたちの思い通りになんか、絶対させるもんですか!!!」

 

彼女にとって、ウェンディは何にも変え難い特別な存在なのだろう。言葉の節々からその想いがシエルにも伝わってくる。ウェンディもまた涙を浮かべながらシャルルの名を呟いて、彼女の方へと目を向けている。

 

 

そんなシャルルに対し、ブレインは口元の笑みを解いて一変、不愉快と言わんばかりの表情を浮かべると、左手を彼女の首に持っていき、絞め始めた。

 

「シャルル!?お願いやめて!!」

 

それを見て悲痛な表情になったウェンディが名を叫ぶが、ブレインはその声に耳を貸そうとしない。

 

「随分と喧しいネコだ…。化猫の宿(ケット・シェルター)を闇に染めてから()()しようかと思っていたが、どのみち同じだ。今この場で実行するとしよう」

 

 

 

 

今…この男は何と言った?

 

シエルもウェンディも、その言葉が胸中で響いた気がした。

 

処分?シャルルを…処分すると言ったのか?

 

「…おい…それ、どういう事だ?」

 

掠れた声で尋ねてきたシエルの問いに、特に感情を抱えるでもなく淡々とブレインはそれに答え始めた。

 

「言葉通りの意味だ。羽を出して空を飛ぶだけの喋るネコなど、利用する価値も存在しない。現にうぬらがこうして捕まっているのも、このネコが原因であろう?だから、一つだけある利用方法を実行するため…」

 

意味深に言葉を途中で切り、今度はウェンディの方へとブレインは視線を向けると、一転して口元に弧を描き、醜悪な笑みを向けながら無情に言い放った。

 

 

 

「こやつに並々ならぬ感情を抱いたうぬの前で惨たらしく始末すれば…うぬの闇はより一層深まるだろう、ウェンディ?」

 

それは最早、ウェンディの心を既に壊しかけるような、残酷な宣告だった。

 

シャルルを…一番の友達を…自分の目の前で…殺す…?

 

「…ヤダ…やめ、て…お願い…シャルルを…シャルル…いや、いやだ…いや…!」

 

目からは次々涙が溢れ、その目に映った光が失われていく。そして紡がれる言葉はただただ羅列した者となってしまっている。だが、その様子を見たブレインは寧ろ浮かべている笑みをさらに深くする。

 

「いいぞ…そうだ、その感情だ。その負の感情が、うぬの心を闇に染めていく…!ニルヴァーナの力を使う時が楽しみだ…フハハハハ…!」

 

狂気に染みた笑いを漏らしながら、ブレインはさらにシャルルにかけている力を込める。その勢いでシャルルから微かに聞こえる声に更に苦悶が満ちる。

 

「ダメ…!やだやだヤメテ…!シャルルがぁ……!」

 

狂った笑いを上げるブレイン。徐々に命が薄れていくシャルル。心が壊れそうなほど絶望を零すウェンディ。

 

それを垣間見たシエルは、停止していた思考に、心の奥底から溢れ出る感情を実感した。

 

 

怒りや嫌悪、憎悪と言った、平気な顔で少女の心を壊そうとしているブレインに対する負の感情が溢れ出てくる。

 

何故こんな奴に、彼女は泣かされている。

 

何故こんな非道な仕打ちをして、笑っていられる。

 

 

何故こんな状況で、自分は何も出来ずにいる。

 

 

 

ありとあらゆる事柄に対して自分自身も、荒ぶる衝動を感じとれるのに、それを振るう事も出来ない。どうしようもない無力感。それが次第に絶望へと変わっていく。

 

どうしたら、彼女たちを助けられる。

 

どうしたら、その下卑た笑いを潰すことが出来る。

 

 

どうしたら…!

 

 

 

 

 

 

そんな思考を繰り返していたシエルに変化が起きた。

 

「ん…?何だ…?」

 

いや、正確には、シエルたちを捕らえている拘束の魔法。その中のシエルの周辺だ。取り囲むように浮かび上がった黄色に輝く魔法陣。その変化にいち早くブレインが気付き、それに伴ってシエルも、そしてウェンディも思わずその方向に顔を向けた。徐々に発光する力は強くなっていき、異様な雰囲気を漂わせる。

 

「こ、これは…!?」

 

何かに気付いたブレインが思わず掴んでいたシャルルの首から手を離したと同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、シエルたち3人を捕らえていたブレインの魔法が内側から爆発。捕らわれていた3人はその衝撃でそれぞれ悲鳴を上げながら身体を投げ出される。

 

「っ…ケホッケホッ…!!」

 

「あっ、シャルル!大丈夫!?」

 

「うっ…今、のは…!?」

 

どうやら存外大きな被害はないようだ。相当な威力を発していたように見えたが、爆発したのが内側からだったために、幾分か衝撃は緩和されたらしい。

 

 

しかし、ブレインは3人の拘束が解けた事よりも、もっと着目した部分がある。今までの憮然とした態度からは想像できない程に、焦燥し、狼狽している。

 

「(今のは…シエルか!?だが、天候魔法(ウェザーズ)にあのような力はない。いやそれ以前に、先程の魔法陣…この私ですら()()()()()()()ものだった!!)」

 

魔法開発局に務め、数多の魔法を造り上げてきた自分が、その過程で様々な魔法をその頭脳に収納してきた自分が、一切見覚えのない魔法陣。発動条件も、詳しい効果も何一つ不明。だが、それを差し引いても、使いようによってはあらゆるものを破壊するほどの規模と威力。まさかこのような力を隠して…いや、本人も困惑していることから、誰も知らぬ得体のしれない力を持っているとは。

 

「(私は何と愚かだったのか…!このような力をもし、ニルヴァーナで闇に染めた時に覚醒していたとしたら…!最早私の手に負えぬ、光も闇も、全てを無へと帰す、恐ろしい存在となっていた…!!)」

 

事ここに至っては、何よりも優先するべきことが出来た。幸い、自由の身となった3人は、まだ満足に動けるようになるには時間がかかる。

 

「シエル・ファルシー…!貴様は危険な存在だ…生かしては置けぬ…!!」

 

焦りを隠そうともしないまま、シエルに明確な殺意を抱き杖にその魔力を大きく溜め込んでいく。それに気付いたシエルはすぐさま回避しようとするが、何故か先程まで感じなかった大きな倦怠感が体に襲い掛かり、立ち上がることもままならない。

 

「や、ヤバイ…体が…!!」

 

 

 

「跡形もなく消え失せよっ!!『常闇奇想曲(ダークカプリチオ)叫声(スクリーム)』!!!」

 

今までの技の中で最大最高の威力を誇るその技が、ブレインの杖から放たれる。

 

「オスガキ!!」

「シエルさん、逃げてぇ!!」

 

ウェンディ達の声を聞いて動こうにも、力が入らない。絶体絶命。シエルは困惑を隠しきれないままブレインの放った攻撃を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

その身に受けるより早く、間に乱入したある存在が、巨大な盾を以てその魔法を防いだ。

 

「何ッ!!?」

 

貫通性のある、最大威力の己の魔法。だがしかし、突如乱入してきたその存在が構える盾は、あっさりとその一撃を防ぎ切り、完全に勢いを殺しきった。鏡のような光沢を持つその盾には、罅どころか傷一つ入っていない。

 

そして、攻撃を防ぎ切ったことを確認したその人物は、前方にいるブレインに向けて、明確な敵意を持った目で睨み、魔法によって起きた風圧が、彼の長い水色がかった銀色の髪を揺らす。

 

「シエル、よく持ちこたえてくれた」

 

ブレインに睨みをきかせたまま、その人物はシエルに優しい声をかける。手に持っていた盾が光に包まれて消え、代わりに全体的に漆黒で彩られた一振りの直剣へと装備を換える。

 

「後は…兄貴に任せておけ…!」

 

「兄…さん…」

 

目に見えて怒っている。そう実感しているシエルは、感激よりも呆然という言葉の方が、あてはまる。同じような表情をしたウェンディとシャルル。そしてその3人とも違う、怒りと苛立ちを前面に押し出したブレインからの視線を受けながら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のペルセウス・ファルシーが(ブレイン)に向けてその剣を掲げた。

 

「堕天使…ペルセウスゥ…!!」

 

「その名を口にすんな、腐れ外道が」




おまけ風次回予告

ルーシィ「そう言えば、ペルさんって実はヘビが嫌いってホントなの?」

シエル「ああ…うん、ホントだよ。俺もなんだけど、ヘビにはいい思い出が全然なくてさ…」

ルーシィ「何か意外よねぇ、ペルさんにも人並みに苦手なものが存在するって事なのよね…?」

シエル「兄さんが人間から外れてるような言い方やめろよ…。(汗)それに、苦手って言うより、ヘビを目にした瞬間、有害無害関係なく神器を取り出して『速攻駆除だあ!』って大暴れするタイプの方だし」

ルーシィ「嫌いってそっち!?てかそんな事の為に神器使うの!?」

次回『対魔の(つるぎ)

シエル「あまりにもヘビに対して見境がないその姿は、ギルド内で滅蛇魔導士(スネークスレイヤー)モードって呼ばれてるレベルなんだよ」

ルーシィ「それ語感だけで名付けたでしょ!?てかそれだとペルさん自身がヘビの力を使う魔導士って事にならない!?」


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第58話 対魔の(つるぎ)

パソコン、買い替えました。今までのと違ってサクサク動作が進んで凄い快適ですw

ただ付属で付いてたキーボードがやけに打ち間違いというか…他のキーを巻き込んで使いづらいので、これだけ変えようかなとか思ってたり…。

そして遅くなった原因はこの買い替えとデータ引継ぎなどで時間がかかったからです、ごめんなさい。


シエルたちがブレインと対峙しているのと時を同じくして、もう一人奮闘を続けている者がいた。コブラを下し、未だ行進を止めないニルヴァーナに相棒共々墜落して、現在乗り物酔いと()()している火竜(サラマンダー)

 

「何で…止まってねぇんだ…コレ…うぷ…!」

 

このニルヴァーナを動かしているのは、王の間にいるブレインだったはずだ。その王の間はシエルによって破壊され、ブレインも巻き込まれたはず。ナツの記憶で確認できるその事象は、確かに今動いているこの都市を止められる要因のはずだ。

 

だが彼は知らなかった。ブレインは今も尚健在でシエルたちと対峙しており、そのままの状態ではニルヴァーナを止めることが出来ないという事を。既に墜落してから数分は経っている。コブラと戦った際に喰らった毒も体に回ってきて、危険な状態だ。

 

更にナツの受難は終わらない。ナツの雄たけびによって耳に大きなダメージを受けたはずのコブラが立ち上がり、満身創痍の状態から彼にとどめを刺そうと迫ってきた。

 

「六魔の誇りにかけて…てめえを倒す…!」

 

息も絶え絶えで身体もボロボロ。それでもバラム同盟の一角を担うギルドの者として、ただでやられるつもりはないと言う意志の現れだろう。今のナツは毒が体に回り、加えて乗り物酔いもあるために動くことができない。毒竜の腕に変じたコブラの一撃が、倒れているナツの身体を貫かんと迫る。

 

「聴こえるぞ…テメェの命の終わりが…!消えろ!旧世代の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がァア!!」

 

万事休すか。さしものナツも迫りくる攻撃に対して、目をつぶってその攻撃を受けるしかできることがない。訪れる痛みを想像して何も出来ないまま果てるのか。

 

 

 

 

 

 

その未来を否定するように、ナツを貫こうとしたコブラの腕は、二人の間に挟まるようにして突如出現した石の壁に阻まれた。それも並大抵の硬度ではなく、赤黒い霧を纏って威力を底上げしていた攻撃は、あっさりと弾き返される。

 

「何ィ!?」

 

弾かれたコブラ。そして九死に一生を得たナツも、突如起こった出来事に動揺を隠せない。だが、彼の窮地を救ったのが誰なのか、それはすぐさま響いた声によって明かされた。

 

「間一髪であったな、ナツ殿」

 

その声に反応しすぐさま目を移せば、そこには連合軍の中でも一、二を争う実力者である魔導士・ジュラの姿があった。二本指を立てて、岩壁を出現させることによって、その毒牙から守ったのだと推測できる。

 

「お、おっさん…!!」

 

聖十(せいてん)の…ジュラだと…!?」

 

あと少し早ければ一人を確実に倒せていたというのに、よりにもよって現れたのが聖十(せいてん)の魔導士。さらに彼の近くには妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であるグレイとルーシィの姿もある。

 

コブラは悟った。最早自分に勝ち目など、塵一つ分さえ存在しないことを。

 

「手負いの者を相手に追い討ちをかけるのは少々気が引けるが…悪く思うな」

 

「っ…!くそぉお…!!」

 

心の底から悔恨を孕んだ声を発し、そしてジュラが掌を突き出すと同時に一部の岩の破片が浮かび上がり、こちら目掛けて一斉に襲い掛かる。そうしてコブラは何一つ抵抗することも出来ぬまま、その意識を失い、背中から地に倒れた。

 

「し…死んじゃった、の…?」

 

「気絶に留めた。しばらくは目を覚まさぬはずだ」

 

思った以上に威力を感じさせる技をその目にしたルーシィが思わず呟く。勿論ジュラにそのような意図はない。気絶こそすれど、命に別条が及ばない範囲で威力を抑えた。百戦錬磨の強者だからこそできる芸当である。

 

「んで?こいつは大丈夫なのか?」

 

気絶している状態のコブラに毒蛇のキュベリオスが悲しげな表情を浮かべながら寄り添っているのを一瞥してから、グレイがナツのほうへと歩み寄りながら尋ねる。目前の危機は去ったものの、今もなお毒と乗り物酔いのダブルパンチで容態は最悪の一言だ。特に彼にとっては乗り物酔いのほうがきつい。毒なら気合で抑え込めるが酔いは無理だ。無茶苦茶な理論だが、それがナツなので仕方ない。

 

「体調が悪そうだな」

 

「ナツは乗り物に弱いの。それに毒も受けちゃってるみたい…。ハッピーも…」

 

少し離れた場所でナツと同じように倒れ伏しているハッピーも、顔色が凄く悪い。こっちは純粋に毒でやられているようだ。戦っている間は何とか動けたようだが、今はその気力もないらしい。

 

「どうしよう…ナツの乗り物酔いはともかく、毒を治すにはウェンディしか心当たりがない…」

 

「都合よくここに来てるとも限らねぇしな…」

 

ナツたちが受けている毒は、最初にエルザが毒蛇に嚙まれた時に受けた毒と同等のもの。ならばそれを治すことができるウェンディがいれば…と話が展開しているが、彼らはまだウェンディがこの場にいるか否かも知らない。更に言えば、毒で消耗しながらも意識があるハッピーからもう一つの報告があった。

 

「実は…シエルも、毒を食らってるんだ…。オイラたちよりも先に毒が回っちゃって…」

 

その報告が場にいる三人を驚愕させるのは容易かった。王の間を破壊した雷の魔法を放ったシエルもまた毒を食らっていたこと。そして今周囲にそのシエルの姿が見当たらない…つまり場合によっては毒を受けたまま長時間過ぎていることが懸念される。

 

「ペルが真っ先に飛び出していったが…毒をどうにかできるわけでもねぇし…」

 

「うむ…如何したものか…」

 

現状の打開策をいくら考えても浮かび上がらない。仲間が毒に侵され、さらに行方が分からない者もいる。ニルヴァーナが止まる気配もない。打つ手は存在しないのか…?一行に諦観の空気が流れつつあったその時だった。

 

 

 

 

 

「ぐあああっ!!」

 

激しい轟音を立てながら爆発の様な崩壊をした建物の壁。そこから突き抜ける様に、苦悶の悲鳴を上げながら何者かが飛び出してきた。

 

「ひぃっ!?な、何!?」

 

引き攣った声を上げたルーシィ。一方のグレイとジュラは現れた人物の姿を見て、一気に警戒を強めた。

 

ブレインだ。六魔将軍(オラシオンセイス)の司令塔である彼が現れたことで咄嗟に身構えたが、すぐにその様子を見て表情を驚愕に染める。

 

「ぐ…うっ…!お、おのれ…!」

 

何事にも動じなさそうな普段の様子とは一変して、身体中がボロボロな上に、表情には焦燥が浮かんでいる。敵である彼が満身創痍となっている。一体何が起きているのか。聖十(せいてん)の魔導士であるジュラでさえも理解が追いつかない。

 

「誰かと戦ってるの…?」

 

「考えられるのは…多分あいつだろうな…」

 

疑問の声をあげた妖精二人の声を耳にし、ブレインの視線がそちらに移る。そして彼の焦りはさらに増長した。最悪の事態だ。ただでさえ今対峙している男に追い詰められているのに、更に他の敵がこちらに合流してきた。大した事のない魔導士がいくら来ようが問題は無い。だが一人は大陸最強の10人の一角。奴に加えてジュラまでもが向こうに加勢してはいよいよもって勝ち目は無い。

 

「よそ見してんじゃねぇよ」

 

思考に入っていたブレインの耳に入った声が、彼の顔を弾く様にその方向へと持っていった。それにつられ、ルーシィ達の視線もその声がした方へと向けられる。

 

ブレインが突き破った建物から現れたのは、剣身も柄も漆黒に塗られた様に見える、それ以外を除けば一見すると何の変哲もない一振りの剣を右手で持ちながら、コツコツと足音を立ててゆっくりと歩いて近づいてくる、水色がかった銀色の長い髪を揺らす青年。ブレインに確かな敵意を宿した鋭い視線を向け、表情は明らかに怒りを孕んだものを浮かべている。

 

「まさかまだ自分が余裕を持てる様な立場にいるだなんて、思いこんでんじゃねぇだろうな?」

 

その口から発せられた、不機嫌であることを察してあまりある低い声。それを耳にし、その姿を目にし、自分たちの仲間であるペルセウスがブレインを壁ごと突き飛ばした正体であることを、否が応にも理解させられる。

 

「な、なんかペルさん…怒ってる…?」

 

「そのようだな…しかし、それだけで六魔の一人を圧倒するとは…」

 

ルーシィが目にした事のない怒りの様相に恐々とし、ジュラはその上でブレインを圧倒している事実に感嘆している。それを裏付けるものは、やはり彼が右手に持つ剣が最たる理由だろう。外見からは想像がつかないが、あれもまた神器。それも、剣から発せられるその魔力はそれを踏まえても明らかに異質であることを感じる。

 

「『ダーインスレイヴ』だ…!」

 

「え?」

「む?」

 

グレイが呟いた一言…今ペルセウスが使用している神器の名前と思われる単語を口にし、ルーシィとジュラが二人揃ってグレイに視線を向ける。彼は知っている。今ペルセウスが扱っている神器がどの様なものか。

 

「ペルが使う神器の中でも、相当強力なやつだ。その分消費する魔力もデカイし、あまりにも強力すぎて、あいつ自身がそれを使う事を控えるほどにな」

 

「そう言えば聞き覚えがある。神話上の神々でさえ、その剣は手に余るほどの代物だったと」

 

昔からペルセウスのことを知るグレイからその説明を聞き、ジュラは思い出した。その剣は特定の使い手は存在せず、神々の手元を転々としてきた。その理由は極めて単純。使いこなせる神が存在しなかったのだ。

 

「え、神器って神様の武器なのに、神様でも使えないの!?」

 

「使えない…と言うより、制御できないっつった方が正しい…って聞いたな」

 

グレイはペルセウスから実際に話を聞いたことがある。かつて神器を生み出すことが出来る神が、あらゆるものを斬り裂く為の剣を作り上げた。しかし、「斬る」という概念を込めすぎた結果、その剣は一度鞘から抜けば、何かしらの生物を斬るまで絶対に鞘に戻ろうとはしない性質を備えたものとなった。

 

神々が戦争を起こした時も、ダーインスレイヴを手にした神が我を失ったかのように次々と命あるものを斬り伏せて、地獄のような光景を作り上げた…という一説も存在している。

 

「何それ怖すぎ!!ってか、そんな剣を何でペルさんが持ってんのよ!?」

 

「神器である以上、それを換装で扱えるペルは持つ資格がある。それに言ったろ。あいつ自身も滅多に使うことがねえと」

 

ダーインスレイヴについての話が進んでいる間も、ペルセウスは表情と気迫を変えぬまま、ブレインの方へと歩みを進めている。

 

「くっ…!はあっ!!」

 

髑髏の杖を構えて魔力の波動を放つブレイン。それをペルセウスは避けようとせず、真正面から迫りくる魔力の波動に対して剣を向ける。そしてギリギリまで近づいたところを瞬時に上から下へと斬り下ろすと、まっすぐと伸びていた波動は左右真っ二つに分かれ、徐々にその勢いを無くして消滅する。

 

「魔法を…斬った!?」

 

斬られた方のブレインは言わずもがな、ルーシィも驚愕の声を上げ、ジュラも少なからず驚きを表情に出している。ブレインに至っては先ほどから同じような光景を見せられて、最早気が狂いそうになっている。だがこれは、ダーインスレイヴだからこそできるものだ。

 

ダーインスレイヴのもう一つの特性は、魔力の宿ったものならばたとえ大気であっても斬り裂くことが出来るというもの。魔力の差に左右こそされるが、攻撃魔法も簡単に防がれ、防御魔法は意味を持たないものにされる。

 

あらゆる魔を斬る。魔法であろうと、魔導士であろうと。むしろ魔導士を相手にするならば、この剣はまさしく最強の神器となる。如何なる魔法にも、魔導士にも対することが出来る魔剣。

 

 

それが、対魔の(つるぎ)・ダーインスレイヴ。

 

「その特性上、いざという時じゃなければ絶対に使わないようにしていると、本人から聞いてるが…」

 

「いざって…たとえば今みたいな?」

 

一刻も早くニルヴァーナを止めるため。そう考えると確かにいざという時に分類されるだろう。だがグレイには確信があった。根本的に別の理由があることを。

 

「相手がそれだけ強い時、または時間がねぇ時もあるんだろうが…今回はやっぱあれだろ」

 

グレイが何かを示すかのように視線を投げかけると、ペルセウスを追いかけてきたであろう少年、それに追随する少女とネコの一団が、こちらに呼びかけながら走りかけてくる。

 

「シエル!ウェンディとシャルルも!!」

 

「あのヤロウが(シエル)に何かしら危害を与えた…となれば、あいつにとっちゃ、あの剣を抜く理由には十分になっちまう」

 

寧ろそれがなによりも最優先される理由になってしまうだろう。そうでなければ今もなお怒りに満ちた目をブレインに向けて居たりはしない。腰を落として剣を構え、すぐさまブレインに斬りかかる準備ができているペルセウスに、対峙している本人は大人しく受け入れる様子もない。

 

「このような事…認めん!認められるかぁ!!常闇奇想曲(ダークカプリチオ)叫声(スクリーム)!!!」

 

己の最大の威力を誇る魔法を髑髏の杖から発する。せめて僅かばかりでも抵抗する。()()()()に残された道はこれしかない。その一心で放った魔法に対し、ペルセウスは敢えて真っ向から突っ込んでいく。

 

そして尖っている先端目掛けて手に持っている剣の刃をぶつけると、何の抵抗も感じずに上下真っ二つに割れていく。そのまま魔法の波動を横目にブレインに肉薄。驚愕、焦燥、絶望といった感情に支配された表情で思考も身体も固まり、気付けばすべてが終わっていた。

 

 

 

「六マ」と言う六魔将軍(オラシオンセイス)のギルドマークが刻まれた胸板を、X字の剣閃が走り、そこから鮮血が噴き出す。最早ブレインに悲鳴を上げる余裕すらなく、そのまま背中から地に倒れこんだ。

 

「感謝するんだな。未遂で済んだからその程度にしてやったが…シエル(あいつ)が本当に消えていたら、てめぇはまともな死に方もできなかった…!」

 

勝負あり。

ブレインを斬ったことで満足したらしい魔剣も、ペルセウスの意思に関係なくその姿を消した。彼のストック空間が今の鞘の代わりになっているようだ。

 

「す、凄かった…!それと同時に怖かった…!」

 

「俺もダーインスレイヴ見るの、久々な気がするよ…」

 

「あの人…シエルさんと二人で戦っても敵わなかったのに…あっさりと…」

 

いつの間にかルーシィたちの近くまで合流したシエルたちも一緒になって、ペルセウスの圧倒的なまでの戦いに、色んな意味で身体を震わせている。気迫も神器も声も、何から何まで殺意がこもっているように見えたのだから仕方ない…。

 

「分かっちゃいたが、やりやがった。こいつ、六魔将軍(オラシオンセイス)のボスだろ?」

 

「うむ、見事という他あるまい」

 

司令塔であるブレインを下したことで、六魔将軍(オラシオンセイス)を指示するものが失われたも同然。これで連合軍の勝利にさらに一歩近づいたことになる。

 

「操作権を持つブレインを倒した。つまりこれで、ニルヴァーナも止まるはずだ」

 

「え、本当!?」

 

「よかった…!」

 

ブレイン自身が言っていた情報を頼りに整理し、さらに共有も兼ねてそう口にしたシエル。同じように聞いていたウェンディも、安堵の息を吐いている。だがシャルルはどこか納得がいかないと言いたげな表情だ。

 

「けど、こいつが化猫の宿(ケット・シェルター)を狙っていた理由は、まだ分かっていないのだけれど」

 

「何!?」

「それは真か!?」

 

それもまたブレインから…そして狙われているギルドから選出されたシャルルから判明した情報。ニルヴァーナが第一の目的地として目指していたのは、化猫の宿(ケット・シェルター)。何故狙ったのかを問い詰めようとしたが、ブレインはその情報を割ることはしなかった。今ならまだ聞けるだろうか?しかしどうせ止まるのなら同じことかもしれない。

 

「ぐっ…堕天使の力…これ程とは…!ミッドナイトよ…後は頼む…!六魔は決して倒れてはならぬ…!!」

 

まだ微かに意識が残っているブレインから、そのような声が漏れているのが聞こえてくる。周りの声に耳を傾けてはいない。今彼の脳裏にあるのは、最早唯一残っていると言える六魔の一人・ミッドナイトへの懇願。

 

「六つの祈りが消える時…『あの方』が…!!」

 

その言葉だけを言い残して、ブレインの意識は落ちた。気のせいだろうか、彼の顔に刻まれていた黒い線のような模様が、一本消えたような…?

 

「『あの方』…?」

 

その言葉を聞いた一同の中で、ペルセウスがその言葉を反芻する。誰かのことだろうか。司令塔であるブレインが、このギルドでの最上位の存在ではなかったのだろうか?その疑問に答えられる存在は、今この場にはいない。

 

「…妙に気になるな…。どういう事だ?」

 

「多少気になるとは思うが、とにかくこれで終わるのだ」

 

王の間は破壊され、司令塔のブレインも落ちた。残る一人…ミッドナイトの存在が気になるがそれもどうにかなるだろう。ニルヴァーナさえ止まればこちらのものだから。

 

 

 

 

 

 

「終わってねぇよ…これ、止めてくれぇ~…!!」

 

「あ、ナツのことすっかり忘れてた」

「な、ナツさん…!まさか、毒に…!?」

「オスネコもよ!全くだらしないわね!!」

 

しかしそこにグロッキー状態のナツが情けない声を上げながらそれを否定した。酔いから覚めないようだ。ついでにハッピーもずっと倒れこんでいてシャルルに叱咤されている。

 

「…あれ?ちょっと待って…?」

 

すると、何かに気付いたルーシィがそう声を出した。違和感を覚えたらしい。今起きているこの違和感を…。

 

「ホットア…じゃなくて、リチャードから聞いたけど、ニルヴァーナを制御するのは王の間って場所よね?」

 

「うむ、確かに言っていた」

 

「え、それってホットアイのこと?」

「実はかくかくしかじかでな」

 

ニルヴァーナの初期段階で光に染まった(愛に目覚めた)ホットアイことリチャードからの情報。味方となった彼から、噓の情報を掴まされるとも思えない。

 

「でも、王の間はシエルが壊して、もう機能はしていないはず…」

 

「そこはブレインも言ってたよ。操作権が自分に移って、王の間はいらなくなったって」

 

「そしてそのブレインが倒された。気絶した状態でも操作ができるとも考えにくい…なのに…」

 

そこまで言ったことでシエルを始めとして、全員が気付いた。ずっと感じていた違和感を。

 

 

 

 

 

 

 

まだニルヴァーナが止まっていないのだ。操作する場所も人物も、もう存在していないのに、この巨大都市はいまだに移動を続けている。

 

もしかしたら止めるための装置などは他のどこかに存在しているのではないかとも考えられるが確証もない。

 

「まずはリチャード殿が言っていた、王の間のあった場所へ行ってみるとしよう。手がかりがあるはず」

 

ジュラの提案に全員が頷き、そのまま移動を開始した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王の間が存在していた建物の中から、所々に存在する崩れた跡に注意しながら上へと進んでいくと、屋根が剝き出し状態になった部屋にまで辿り着いた一行。おそらくここが、残された中での最上階になる。

 

「見事に何もないな…」

 

「ここに来るまでの道も注意して進んでみたが…」

 

「それらしきものが、全然見当たらない…」

 

一縷の望みをかけて来たはよかったが、結局止める方法が見つからない。いや、そもそも明らかにおかしいのだ。操縦するための王の間が崩れて、操縦者のブレインが倒れたというのに、未だにこの都市は行進を続けている。ふと、シエルは最初にニルヴァーナが止まるはずと思っていたのに止まる気配がなかった時、もう一つ推測を立てていたことを思い出した。

 

「この都市…一度設定したら自動的にそこに向かうようになってるんじゃ…!?」

 

「自動操縦か!?ニルヴァーナ発射まで、セットされてるってことかよ!?」

 

そう考えると他の止める方法が分からずじまいだ。本当に他にないのだろうか?これだけの巨大な都市。一概に動かすとしても、何か動力源が存在していないとおかしい。王の間がそれとは違うとなると、もっと別のことに目を向けるべきか…?

 

「そんな!どうして…?」

 

「ウェンディ!?」

 

思考の渦に入っていたシエルは、切羽詰まった様子の少女の声を耳にして反射的に彼女の方へと振り返る。ニルヴァーナを止める方法が見つからないことへのショック…とはまだ違ったような印象だ。何か起こったのだろうか?確かめるためにも目を向けてみると…。

 

「解毒の魔法をかけたのに、ナツさんが…!」

「お、おお…!」

 

「…ああ…うん…」

 

コブラから受けた毒を治療したにも関わらず一向に元気になる様子がないナツに、ウェンディは動揺と混乱を隠せていない。だがこれに関しては…シエルは苦笑せざるを得なかった。ついでにシエルの後方にいた兄や仲間たちも同じ反応をしている。

 

「そんなに心配することじゃないよ。乗り物に極端に弱くて、酔ってるだけだから」

 

「乗り物酔い…?」

「情けないわね…」

 

この反応になるのも無理はない。そう言えば最初に飛び出していったナツを乗雲(クラウィド)に乗せた時もこうなっていたことを彼女は思い出す。すると、彼女は何か思いついたのか両手を構えて魔力を集中させ始める。

 

「だったら…バランス感覚を養う魔法が効くかも…。『トロイア』」

 

仄かに白く光るその両手で、ナツの顔を挟むように包み込む。包み込んだ瞬間、シエルが一瞬目を見開き、同時にナツを羨望と嫉妬を込めて睨みつけていたが、彼女は気づいていない。両手に纏った光がナツの顔全体も包み込んでいき、光が消えた瞬間、ナツは己の体の変化に気付いて即座に飛び起きた。

 

「お…お?おお!?」

 

未だ轟音を立てて行進を続けるニルヴァーナ。それによって激しく揺れる都市。そこに足をつけて立っているのに揺れを感じない、気持ち悪くならない。

 

「おおーーっ!平気だ、平気だぞっ!!」

 

乗り物の上なのに酔うことが無いという未知の体験に、ナツはテンションが上がりまくっている。心の奥から感じる歓喜のままにその場を何度も飛んだり跳ねたりしている。今までどんな酔い止めの薬も効かなかったナツの乗り物酔いを、あっさりと解決してしまえるとは…。ウェンディの天空魔法に、シエルは改めて驚かされた。

 

「よかったです、効き目があって」

 

「すげーな、ウェンディ!その魔法教えてくれ!!」

 

「天空魔法だし、無理ですよ…」

 

すっかり元気になったナツに安堵していると、両手で肩を持ってウェンディに頼み込むナツ。しかし元々は天空魔法の一つであるため、それが使えないと覚えることも出来ない。それでもめげないナツは次にシエルの方へと尋ねだした。

 

「これ…乗り物って実感ねーのがアレだな!よし、シエル!乗雲(クラウィド)に乗せてくれよ!今ならすっげー楽しめる気がする!!」

 

思い出すのは最初にシエルが乗雲(クラウィド)を完成させてギルドの皆に披露した記憶。あの時はシエルが楽しそうで、自分も同じような経験をしたいと一番最初に乗せてもらったのに、あっさり酔ってグロッキーになった。だが今ならそんな事にもならないと確信できる。だから試運転も兼ねて頼み込んだ…が…。

 

「んなことしてる場合じゃねーだろ、空気読め」

 

「!?…あい」

 

何故か滅茶苦茶機嫌が悪そうなシエルに絶対零度の表情と声色で却下された。その様子が例の女騎士を思い出させられ、思わずハッピーみたいな返事をしてしまう。でも何で怒られてるのか、ナツには皆目見当がつかなかった。

 

「あれ…絶対私怨が混じってますよね…?」

 

「間違いなくな。まさかこうも分かりやすくなるとは…」

 

後方でルーシィとペルセウスが苦笑混じりの声でそんな会話をしてくるのが耳に入ってくるが、結局ナツには何のことやらさっぱりである。

 

「しかし、どうすりゃいいんだ?発射から何まで全部自動になってるもの、どうやって止めるんだよ?」

 

「このまま放っておけば、こいつは確実に化猫の宿(ケット・シェルター)を攻撃する…。そうなれば…」

 

声を発したグレイとペルセウス。止めようにも止め方が分からない。このまま手をこまねいていればいずれ化猫の宿(ケット・シェルター)へと辿り着き、そしてギルドは…。

 

「私たちの…ギルドが…!」

 

考えたくもない想像をしてしまい、ウェンディの目から涙が零れ出す。打つ手もなく、このまま化猫の宿(ケット・シェルター)はニルヴァーナによって蹂躙されてしまうのだろうか…。

 

「止めてみせるよ、絶対」

 

そんな彼女に歩み寄り、表情に決意を宿したシエルがそう声をかける。それを聞いて目線をシエルに向けると、それを感じた少年は更に言葉を続けた。

 

「きっと止める方法はある。ウェンディたちのギルドは、絶対にやらせない…!」

 

まっすぐにこちらに目を向けて告げられた言葉に、ウェンディから溢れようとしていた涙は少し収まったように見える。彼女を励ますための虚偽ではない。決心にも似た約束ともいえる言葉。

 

「オレもだ。この礼をさせてくれ。必ず止めてやる…!」

 

ナツもまたトロイアの礼という名目で、彼女のギルド(住む場所)を守るために決意する。その言葉を聞いて彼女の目からは再び涙が流れ出した。絶望からの涙ではなく、希望を感じたが故のものを。

 

「止めるって言っても、どうやって止めたらいいのか分かんないんだよ」

 

「壊すとか?」

 

「またそーゆー考え?」

 

「こんなでけーもの、どうやってだよ?」

 

だが現状手詰まりなためか、物理的な考えに考えがシフトされてしまう。普段から物を壊しまくっているから可能性はあるだろうが、いかんせん今回は規模が規模だ。

 

「8本の脚を壊して機動力を封じるって手はあるぞ?俺の神器をフル動員させれば、ワンチャンいける」

 

「よし、オレもやらせろ!」

 

「滅茶苦茶な理論だな!?けど一理あるし…オレも一本ぐらいならヨユーか…」

 

「いや無理があるでしょ!?」

 

「そして何で乗っかろうとしてるのよこいつら!!」

 

するとペルセウスからの提案で、都市を移動させている脚を物理的に封じるという提案が出される。思いっきりごり押し重視の提案を彼がしたことにも驚きだが、ルーシィとシャルルから勿論却下された。兄に盲目的な尊敬を向けているシエルでさえ、無茶があると思わせる提案である。

 

「んじゃあ他に何かあんのかよ?」

 

「これだけデカい都市を動かすには、こことは別に動力源がある…って考えられるけど…」

 

「それも含めて、ブレインに聞くのが早そうだな…」

 

「簡単に教えてくれるかしら?」

 

シエルの推測が当たっているとも限らない。確実に何かを知っているはずのブレインから情報を聞き出す方がよさそうだが、奴の性格上素直に教えるとは考えにくい。

 

「もしかしてジェラールなら…」

 

「何か言った?」

 

「っ!ううん…何でもない…」

 

するとウェンディが何かに気付いたらしいが、どこか言い淀んでいるようだ。ルーシィに尋ねられたところで言葉を濁している。言いづらいことだろうか。

 

「私…ちょっと心当たりあるから、探してきます」

 

「ウェンディ!待ちなさい!!」

 

そして追及するよりも早くウェンディは今いる部屋を出るために、下の階段へと向かっていった。(エーラ)を発動したシャルルもそれに続いていく。おそらくこの建物の外に出るつもりだろう。どうしたのだろうか。一同がそう考えている中で、最も心配そうな表情を浮かべているシエルに、兄であるペルセウスは声をかけた。

 

「気になるよな?」

 

「え…うん…」

 

どんな心当たりを想定しているのかは不明だが、もし何か間違って、六魔で唯一残っているミッドナイトに遭遇してしまったら…。そう考えると、不安の気持ちがさらに高まっていく。

 

「だったら追いかけるといい」

 

「えっ?」

 

「六魔はもうほとんど残っていない。俺たちも俺たちでこれを止める方法を探る。ウェンディの方は、お前に任せたぞ」

 

思わぬところで兄から背中を押されたシエル。少しばかり言葉を失ったが、その後笑みを浮かべて「分かった、行ってくる!」と告げて、彼女の後を追うように階段に向かっていく。そして今降りようとしていたタイミングで…。

 

「シエル!」

 

背中を押した兄から呼び止められて思わず振り返る。何かほかに伝えることがあっただろうか。そう考えながら兄の様子を見ていると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(頑張れよっ!)」

 

そんな声が聞こえてきそうないい笑顔と、右手で作ったグーサインを弟に贈る。察した。兄が一体何を狙ってシエルを送り出したのか。理解した瞬間、シエルの顔が茹蛸の様に真っ赤になった。

 

「なっ!?ちょっとそれどーゆー意味でうわあっ!!?」

 

動揺していて後ずさったせいで、近くに階段があることを忘れていたシエルはそのまま足を滑らせ、悲鳴を上げながら階段を転げ落ちた。何か断末魔みたいな感じで「バカ兄貴~!!」とか何とか聞こえたような気がしたが、気のせい気のせい。あの子はそんなこと絶対言わない。

 

「あの…今の何ですか…?」

 

「とりあえずろくでもないことを考えてることは分かったけどよ…」

 

「そんなことないぞ?」

 

呆れたような視線を向けて告げるルーシィとグレイの言葉もどこ吹く風である。やっぱ兄弟だこいつら…。

 

《皆さん、聞こえマスか?》

 

その直後のことだった。今、場にいる全員に向けて頭の中に声が響いてきたのは。

 

《私デス。ホットアイデス》

 

「リチャード!?」

 

どうやらこの場にいる全員に向けて念話を飛ばしているようだ。唯一誰のことかわからないナツはどこか警戒している。

 

「無事なのか、リチャード殿!?」

 

《残念ながら無事ではないデス…。ミッドナイトにはやはり敵わなかった…!》

 

念話の中でリチャードは、ミッドナイトに敗れたことと、このニルヴァーナを止める方法を伝えてきた。生体リンク魔法で動いているらしく、ミッドナイトを倒せば魔力の供給が止まり、都市も停止するはずだと言う。全員で力を合わせればきっと勝てるはず。

 

《奴は崩壊した王の間の真下にいマス。気を付けてください…。奴はとても…とても強いデス》

 

「リチャード殿…」

 

「この真下!?」

 

「おし、希望が見えてきたぞ!!」

 

リチャードの身を案じるジュラ。対してニルヴァーナを止める方法が見つかったことで希望を感じるルーシィたち。しかしその中で、ペルセウスだけはどこか違和感を感じていた。

 

「(何だ?この感じ…どこか妙な感じが…)」

 

《六つの祈りは残り一つとなりました…。皆さんを信じマス…!必ず勝って、ニルヴァーナを止めるの…デス…!お願い、します…ぐぅっ!》

 

「リチャード殿!!」

 

どうやら力尽きたらしく、念話が切れてしまった。気になることは多々あるが、ナツたちは既に真下の方へと向かいだしている。ペルセウスも、違和感を拭いきれないままだが彼らの後についていった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王の間の真下。

そこは地下に存在する部屋のことだったらしい。重厚そうな二枚扉にそれぞれ顔が描かれたデザインの扉だ。

 

「あそこか!」

 

「よーし!!出てこい居眠りヤロォ!!」

 

気を急いて二枚扉の取っ手を引き、部屋へと突入しようとするナツ。しかし、扉を開け放とうとした矢先、僅かばかりに開いた扉から、不自然な閃光が溢れ出す。

 

「まずい!!」

 

「罠だーーー!!!」

 

状況が呑み込めず呆然とする妖精たち。いち早くそれに気づいたペルセウスとジュラの叫び。

 

そのすべてを呑み込んで、大規模の爆発が王の間の真下から発生し、爆音と爆炎があたりを包んだ。




おまけ風次回予告

シエル「王の間を壊しても、六魔が全員倒れても、それでもニルヴァーナが止まらない…!どーなってんだよこの都市はぁ!」

エルザ「それでもきっと止める方法がある。おまえ自身がそう言ったのだろう?」

シエル「それは、そうだけど…考えられる可能性が次々と外れてるから、なんかちょっと、自信なくなってきて…」

エルザ「可能性が0でなければ、きっとどこかにそのヒントがあるはず。シエルなら、それを見つけ出して割り出すことも出来るだろう?」

次回『ゼロ』

シエル「そう、だね。うん、そうだよ。ウェンディにも言い切ったんだ、最後の最後まで諦められるか!」

エルザ「その意気だ。ところで…何故そこでウェンディの名前が出てくる?」

シエル「あ、いや…それはですね…///」


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第59話 ゼロ

今回の話…書き終わった時間…0時9分…。

数分遅れでした…。終わり間際かなり走り書き状態だったのに…!

そして現在考案しているプロットだと、少なくとも今回含めてあと7話分あるんですよね…。絶対夏まで終わる気がしねぇー!!


それと、猛暑日と台風のダブルパンチで気候がバグっている今日この頃、どうか皆さんも体調などにはお気を付けください。バグの修正はうちの主人公に任せます。

シエル「そっちの世界に行けたらな」


突如耳に響いてきたその轟音。先程まで自分がいた王の間の真下から聞こえた来たその音に、思わずシエルは振り返った。何か手掛かりを知っているらしいウェンディの後を追い、彼女と合流しようと移動をしている矢先のことだった。

 

「今の音は…それに、王の間の下部分から煙も出てる…!」

 

記憶が正しければ、あそこにはまだ兄を始めとして仲間たちがまだ点在していた場所のはず。みんなは大丈夫だろうか。多少の不安は感じるが、ウェンディの方も気がかりだ。今自分ができるのは彼女のもとへと急ぐこと。

 

「兄さん…みんな…きっと無事だよな…?」

 

自分に言い聞かせるようにそう呟きながら、少年は都市を、建物の屋根を跳び移りながら移動を再開した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王の間の地下空間。ホットアイからは六魔最後の一人であるミッドナイトがいる場所として教えられたその場所。しかしそこに仕掛けられていたのは大規模な爆発を引き起こす爆弾。明確な殺意を感じさせる罠が仕掛けられていた。

 

「うう…痛え…!」

 

しかし、爆発に巻き込まれたはずのナツたちは、薄暗い空間となったその部屋の中で痛みに悶えて横になっていた。意識を失っている者さえ、この場には確認できない。強いて言えば、ジュラのみがどこにも見当たらないというべきか。

 

「お前たち、大丈夫か…?」

 

「お、おお…生きてるみてぇだ…」

 

「あい」

 

声をかけたペルセウスに各々が返事をし、生存を確認する。それと同時に困惑していた。建物から衝撃も溢れ出すほどの大規模な爆発を受けて、命があることも奇跡だが、ほとんどそれによる外傷も感じられない。

 

「痛!」

 

すると起き上がろうと頭を上げたルーシィが、妙に低くなった天井に頭をぶつけて小さく悲鳴を上げる。生き埋めにされたのか?だが崩れた瓦礫に埋もれたというより、岩がドーム状の形となって自分たちを包み込んでいる、と言った方が正しい。

 

「これはまさか、ジュラさんの…!?」

 

そして、この岩のドームを作れる人物に、一人だけ心当たりがある。先程まで共にいた聖十(せいてん)の魔導士。しかし、ドームの中にはその姿が見当たらない。ならば外にいるのか。確認と脱出も兼ねて、ナツがドームの天井に鉄拳で罅を入れ、そこから上半身で突き破る。

 

そして、ナツが突き破った穴から出てきた一同が目にした光景に、絶句した。

 

ドームの中で危機を回避できた自分たちと違い、前方を固めた岩で遮るのみで済ませ、更には自分たちの方に爆発の余波が渡らないように両腕を広げてこちらを庇うような態勢をとった状態のジュラ。

 

あの爆発のほとんど受けたことにより、全身に傷や火傷がついて、激しく息を切らしている。一番最初に罠であることに気付き、即座に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちを守るために庇ったことは見てとれる。

 

「おっちゃ~~ん!!」

 

立つのもやっとであろう深刻なダメージを受けたジュラ。白目をむいて最早意識も保てそうにない。だが、後方からナツの叫びを聞いたジュラは、それに対して安堵した。

 

「元気がいいな…若い者は…」

 

自分よりも一回りほど年若い者たち。まだ、先の未来が存在している彼らは、このような場所で、このような散り方をするべきではない。未来ある若者を守り切ることが出来たことを認識したジュラは、そのまま後ろに倒れていく。

 

「無事で…よかっ…た…!」

 

「おっさん!」

「しっかりしてーー!!」

「ジュラーー!!」

 

倒れ行く年長者の姿を目にしながら彼に呼びかける妖精たち。それを見てペルセウスは後悔していた。仕掛けられた罠にジュラとほぼ同じタイミングで気づくことが出来たにも関わらず、彼と共に被害を最小限に抑えるための行動が出来なかった。

 

無敵の防御力を誇る盾・イージスの力を使えば無傷で全員を守れたかもしれない。だが、より早く状況を判断して動いたジュラが、彼も共に守ったことが逆に己の身を亡ぼす結果になってしまった。

 

「ジュラさん…すまないっ…!」

 

「くそーーー!!!」

 

悔し気に声を漏らすペルセウスと、抑えもせずに叫ぶナツ。連合軍で最大級の実力を誇る聖十大(せいてんだい)()(どう)のジュラは、思わぬ形で戦闘不能となってしまった。

 

「どうしよう…ひどいケガ…!」

 

「死ぬんじゃねえぞ、おっさん!!」

 

「シエルを別行動させたのは失敗だったか…」

 

姿勢を楽にさせて横にしたものの、やはり外傷はとてつもなく大きいように見える。シエルがいれば日光浴(サンライズ)慈雨(ヒールレイン)でこの傷も治せたが、彼は今ウェンディと同じ方向へと進行を続けている。思わぬところで痛手となって響いてきている。

 

「うう…さっきの念話…罠だったんだ…」

 

「あのデカブツが騙してたってことか?」

 

「けど、ニルヴァーナで性格が変わって味方になったのに、また裏切ることってあり得るの?」

 

王の間の真下へと誘導するように念話で知らせてきたのはホットアイ(リチャード)。愛を主張するようになり、ミッドナイトとの交戦も買って出た彼が、今更六魔側に寝返る可能性も低いが、なぜこのようなことになったのか。

 

「違う…あの念話はリチャードじゃねえ」

 

「どーゆーこった!?」

 

「違和感はあったんだ。どこかリチャードのように思えない部分が、な…」

 

ペルセウスが結論付けた真相は、あの念話がリチャード本人からのものではないということ。まず最初に、念話を繋げた際に彼はコードネームの方であるホットアイと名乗った。ミッドナイトと戦う際にコードネームは必要ないと、自分から告げたのにも関わらず。そして話し方にも、今までのリチャードが使っていた言葉遣いに差異を感じ、何よりも王の間のブレインを止めればニルヴァーナは止まると教えたリチャードから、別の方法が明かされたこと。

 

止める方法が見つかったことへの歓喜で見過ごしかけたが、思い返せば違和感が多すぎる。そして結果はジュラの損失だ。十中八九、リチャードの名を騙った何者かによる策謀だろう。

 

「あの居眠り野郎の仕業か!?」

 

「かもしれないし…別人物の声に変えての念話なんて高度な手法なら、ブレインの方が出来そうだ。存外しぶといぜ、あいつも…」

 

確証は得られないが、ほとんどブレインが元凶と考えても差し支えはないだろう。それに気付くことが出来れば止められたかもしれないと考えると、また後悔が募りだす。身じろぎ一つすらせずに眠り続けるジュラを、囲むようにしてその容態を見ていたペルセウスたちの耳に、突如その声は聞こえてきた。

 

「やれやれ…ブレインめ…最後の力を振り絞って、たった一人しか仕留められんとはな…」

 

頭の中にまで響いてくるような、人のものとは思えないその低い声。その声を聴いた瞬間、全員が警戒を強め、周囲を見渡し、声の出所を探る。

 

「あそこ!」

 

最初に気付いたのはハッピー。彼が指さした方向に全員が目を向けると、目の部分と思われる二つの光と、その間の下にもう一つ同じ光。その光によって照らされた姿に、全員が言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

『え…?』

 

それは、人間の姿ではなかったから。というか、先端が髑髏の杖だった。

 

「情けない…六魔の恥さらしめ…」

 

同じような声が、一人でに宙を浮いている髑髏の杖から発せられる。声の主は間違いなくこの杖であることが分かる。ポカン…と言う擬音が聞こえそうな沈黙が妖精たちの間で流れる中、それも気にしない杖は浮遊しながらこちらに近づいてくる。

 

「まあ、ミッドナイトがいる限り我等に敗北はないが…貴様らくらいは私が片付けておこうか」

 

告げながら近づいてきたその杖に警戒しながらも、一同の心の声はある一言に統一されていた。

 

「杖が喋ったーーーーっ!!?」

 

「アンタだって喋ってるでしょ…ネコだけど」

 

その代表代弁をハッピーが絶叫と共に発する。しかし、杖同様に本来人の言葉をしゃべらないはずのネコがそれを代弁するのもどうかと、ルーシィからすかさず突っ込みが入った。

 

「ブレインが持ってた杖、だよな?まさか生きてるとは…」

 

「どーなってんだよ…?」

 

口に魔水晶(ラクリマ)がはめ込まれた杖を用いて、ブレインは魔法を使用していたのは記憶に新しいが、その杖がひとりでに動いて、言葉を発する生きた杖であることは、さすがに誰も予想することが出来なかった。どういう原理か、何者か、どのような目的でここに来たのか、何一つわかりはしないが、不気味に感じる声で高笑いをしながらその杖はこちらを見下している。

 

「オラオラオラオラオラオラオラ!!」

「ぐぽぽぽぽぽぽぽぽ!!」

 

すると、高笑いを続けていた髑髏の杖の持ち手部分をナツが掴むと、そのまま何度も地面に叩きつけ始めた。先程の不気味な声がやけに慌てた様子に聞こえるのを見ると、一応有効打のようだが、ルーシィからは何者かも分からないのに迂闊な行動をしたナツを咎めようとしている。

 

「このデケェ街止めろ!棒切れ!!」

 

「ぼ、棒切れとは失敬な!“棒”はまだ許すが、“切れ”とは何だ“切れ”とは!!」

 

ぞんざいな扱いの上に棒切れ呼ばわりされたことが心底不服だったらしい。気にするようなところも若干違うが、憤慨しながらその杖はナツに詰め寄ってきた。

 

「我が名は『クロドア』…。七人目の六魔将軍(オラシオンセイス)。貴様等を片付けるために眠りから覚め…」

「止~め~ろ~よ~!!」

「さめっさ、さめ…ちょっ、まだ話のと…ちゅ、ちょっと、聞いて!?」

 

気を取り直して自らのことを語ろうとする杖・『クロドア』は、ナツに再び地面に何度も叩きつけられることによって話を遮られる。随分人間味が溢れている言動である。

 

「あれ?六魔将軍(オラシオンセイス)って六人よね…?」

 

()魔将軍、って銘うってるし、確かに変だな…」

 

「七人だったら()魔将軍だもんね…」

 

「てか…杖が喋ってることは、もう置いといていいのか?」

 

一同が各々そのような感想を告げているように、色々と突っ込みどころが難しい存在である。

 

「ぬぇいっ!…凶暴な小僧め…」

 

ひとりでに動くことが出来るゆえか、ナツの手から勢いよく飛び出す要領で、ようやくクロドアは解放される。そして、爆発によって外に繋がる壁が崩壊したことによってできた穴から、外界の様子を見ているクロドアから更に言葉が発せられる。

 

「そろそろ奴等のギルドが見えてくる。早めにゴミを始末しとかんとな…」

 

「それって、化猫の宿(ケット・シェルター)!?」

 

ギルドという単語を聞いてルーシィが尋ねた。ブレインと交戦していたシエルやウェンディたちから聞いていた通りなら、狙われているギルドは化猫の宿(ケット・シェルター)のはず。

 

「その通り…まずはそこを潰さんことには始まらん…」

 

「どういう事だ?一体何の目的があって化猫の宿(ケット・シェルター)を狙う?」

 

「その昔…戦争を止める為にニルヴァーナを作った一族がいた。ニルビット族と呼ばれている奴等だ」

 

ニルビット族。その名はリチャードからも聞いたニルヴァーナを作り出した一族の名だ。かつては平和の象徴として作り出されたニルヴァーナ。それを作り、そして住み着いた一族。

 

しかし、ニルヴァーナは一族にとっても想像以上に危険な魔法であった。故に自らの手によってニルヴァーナを封印し、悪用されるのを恐れ、何十年、何百年とその封印を見守り続けた。

 

そのニルビット族の末裔のみで形成されたギルドこそが、化猫の宿(ケット・シェルター)である。

 

「奴等は再びニルヴァーナを封じる力を持っている。だから滅ぼさねばならん」

 

そして六魔にとってこれは見せしめでもある。中立を好んだニルビット族に戦争をさせる。ニルヴァーナの力で心を闇に染め、理由もない殺し合いをさせる。それが化猫の宿(ケット・シェルター)を最初の標的として選んだ理由…。

 

「止まりはせん…もう近いぞ…!化猫の宿(ケット・シェルター)!」

 

「ふざけんな!ゼッテー止めてやる!オォラァア!!」

 

勝手な言い分に業を煮やしたのか、怒りのままにナツが両手に炎を纏ってクロドアへと殴り掛かる。しかし、杖の体を活かして器用にその攻撃をよけ、逆に避けた勢いのまま一回転して、自分の先端部分を叩きつけて吹き飛ばす。

 

「ナツ!くそ…!」

 

先制攻撃をカウンターによって返され、転がっていったナツを一瞥し、グレイが両手を合わせて冷気をためていく。だがその隙をついてグレイの腹に頭突きを一発。後方へと飛ばされていくグレイに満足げな反応を示す。

 

「捕まえた!」

 

「うお~!?」

 

しかしその隙をつかれ、ナツに持ち手の部分を両手で捕まれる。やけに細身のおかげで躱されたり隙を突かれたりしているが、捕らえてしまえばこっちのもの。今のうちに袋叩きにしてしまおうとグレイが復帰して近づいていくが、その瞬間自在に体(棒の部分)を曲げられるクロドアが、グレイの顔面に頭突き。さらに次にナツに頭突き。押さえているのに滅茶苦茶暴れまくるクロドアにナツもグレイも振り回されている。

 

「ちゃんと押さえてろボケェ!!」

 

「ちゃんと避けやがれコラァ!!」

 

「はい、ファイトォ!!」

 

そして発展したのは何故か味方同士での喧嘩。審判気取りのクロドアのゴングでタイミングよくおっぱじまり、それを思い切りクロドアが煽るという構図が見事に出来上がる。

 

「あいつら、敵味方忘れてやがる…」

 

「何て醜い争い…」

 

傍目からその様子を窺っていたペルセウスとルーシィが、冷ややかで呆れたような目線を向けているにも関わらず、一向に喧嘩が収まる気配はない。

 

「ん?あいつどこ行った?」

 

「え?」

 

ふと視線を戻すと、ナツとグレイの喧嘩を煽っていたはずのクロドアの姿が消えていた。辺りを見渡すが姿が見当たらない。すると、ルーシィは自らの身体の異変を感じとった。主に後方の部分。確かめるために振り向いてみると…。

 

「ほう」

 

「きゃあああああああっ!!ヘンターイ!!」

 

いつの間にかルーシィのスカートを捲ってその中を確かめていた。勿論これに怒ったルーシィは殴り掛かるも、嘲笑混じりのクロドアにあっさりと躱されてしまう。

 

「小娘の下着など見ても萎えるわ」

 

「ひどっ!!」

 

しかも覗いた癖に評価は辛口。最低だ、いろんな意味で最低だこの杖…。

 

「いい加減大人しくしろ!」

 

好き勝手に暴れまわるクロドアに今度はペルセウスが魔力弾を撃ち放つ。しかし、先程同様身体をしならせてそれを次々と躱していき、ペルセウスにも頭突きを食らわせようと急接近する。

 

「ふははっ!甘い甘いわーーっ!!」

 

 

 

「グレイプニル」

 

「ぎょえーっ!!?」

 

だが一瞬。己に攻撃するために近づいてきた瞬間、橙の炎を纏った鎖がペルセウスの体を守るように現れ、クロドアを弾き飛ばす。そして、魔力操作で器用にクロドアの体に巻き付いていき、その熱量に混乱しながら慌てふためく髑髏の顔を掴んだ。

 

「ようやく捕まえた。随分暴れてくれたな」

 

「おっしゃ!ナイス、ペル!!」

 

「そのまま離すんじゃねぇぞ!!」

 

「絶対許さないからね、このエロ杖…!」

 

何とか優勢に進んでいたのに一気にピンチに陥るクロドア。肌も水分も無いはずの髑髏の顔から汗が噴き出してくる。一仕事終えた様子のペルセウスを筆頭に、悪い顔を浮かべて近づくナツとグレイ、羞恥で顔を赤くしながらも怒りを表すルーシィに距離を詰められてその焦りはさらに強くなる。

 

「お、おのれ…!伊達にブレインを圧倒するだけのことはあるな、堕天使…!」

 

「その名で呼ぶな。その頭蓋潰すぞ?おお?」

 

「あががががギブギブギブゥ…!!」

「コエーよ!?」

「何か、ちょっと前にも見たぞこの光景…?」

 

この作戦に参加してからというものの、聞きたくもない方の呼び名で示唆されることが多いからか、ペルセウスの機嫌は最悪の一言である。現に今もクロドアにそう呼ばれたために捕えている手に込めている力を強めて、骨だけになってる頭蓋を握り潰そうとする勢いだ。グレイはそれを見て数時間前の弟の方をぼんやり思い出したような気がした。

 

「てか…堕天使って、何…?」

 

「る、ルーシィ…!それを聞いちゃうんだ…すごいなぁ…!オイラには絶対に出来ないよ…命を懸けてでも聞こうとするだなんて滅多にできることじゃないよ…!」

 

「え、何!?滅茶苦茶怖いんだけど!聞きたいけどやっぱ聞きたくない!!」

 

素朴に思った疑問を口に出しただけなのにハッピーはまるで地獄の門を開けるか否かのような焦燥した雰囲気でルーシィに告げる。そのリアクションを見たことで、ルーシィは一気に恐怖心の方が勝って聞くに聞けない状態となった。

 

「む!?」

 

すると、ペルセウスに鷲摑みにされていたことで苦悶の表情(分かり辛いが)を浮かべていたクロドアが、痛みも忘れてある事実に気付き、その衝撃を受けていた。

 

「な…!?ろ、六魔が……!六魔が全滅!!?」

 

口に咥えた魔水晶(ラクリマ)に伝わったのは、信じがたい光景。レーサー、エンジェル、ホットアイ(リチャード)、コブラ、ミッドナイト、そしてブレイン。六人の闇の魔導士たちが、意識を失って倒れ伏す姿。

 

そう、六魔将軍(オラシオンセイス)が全員倒されたことが明かされたのだ。それを実感したクロドアの動揺は凄まじく、咥えていた魔水晶(ラクリマ)が零れ落ち、落下の勢いで粉砕しても気に留めることなく慌てふためいているほどに。

 

「い、いかん…いかんぞ…!あの方が来る…!!」

 

「あの方…!?」

 

そして呟いたその言葉に、ペルセウスは心当たりがあった。それは、自分がブレインを下した直後、彼自身が発していた言葉。

 

『ミッドナイトよ…後は頼む…!六魔は決して倒れてはならぬ…!!六つの祈りが消える時…あの方が…!!』

 

六つの祈りが消える時…つまりは六魔が全滅した時に現れると思われる『あの方』の存在。ブレインより上位の存在がいるのだろうかと予測はしていた。だが、問い詰める前にブレインが意識を失ったため、結局知ることが出来なかった。

 

「おい、あの方って…一体誰のことを言っている?」

 

「…ブレイン…奴にはもう一つの人格がある…!」

 

ペルセウスの質問に意外にも律義に答えだしたクロドアによると、司令塔であるブレインには普段とは別の人格が存在している。知識を好み“(ブレイン)”のコードネームを持つ表の顔と、破壊を好み“(ゼロ)”のコードネームを持つ裏の顔。あまりにも凶悪で強大な魔力のため、ブレイン自身がその存在を六つの鍵で封印した。

 

ブレインの顔に刻まれていた黒い線のような模様。それこそが、生体リンク魔法によってかけられていた鍵。ブレイン自身が倒れた時も、その顔の模様が一つ減っていたのがその証拠。六つの“魔”が崩れた時…“(ゼロ)”の人格が再び蘇る。

 

「『ゼロ』…か…」

 

「面白そーじゃねぇか!」

 

不吉なコードネーム。それを呟くペルセウスに対して、最後の最後に特大の敵が待ち受けていることに奮起するナツ。

 

 

 

そんな彼らのいる空間の壁が一部、突如前触れもなく崩壊した。反射的に崩壊した壁の方へと目を向ける一同。そして崩壊したことによって巻き起こった土煙にうっすらと映し出される影。

 

そして感じるのは、明らかに今までの六魔たちとは一線を画す、その魔力。

 

「(こっ…!こいつは…!!)」

 

「おっ…おかえりなさい!マスター・『ゼロ』!!」

 

ガタガタと震えながらも器用に頭を垂れて、マスター・ゼロという人物へと挨拶を叫ぶ。対してその男は悠然と歩を進めながらこちらに近づいてきて、頭を垂れている髑髏の杖に目を向けている。

 

「随分面白ェ事になってるな、クロドア。あのミッドナイトまでやられたのか?」

 

「はっ!も…申し訳ありませんっ!!」

 

厚顔無恥な態度をしていたクロドアがこれほどまで腰を低くしているその人物。表の顔を見せていた時は丁寧に落ち着いた様子で語っていたその男は、声こそ同じであれど、喋り方や佇まいは比にならないほど粗暴の印象を受ける。

 

「それにしても…久しいなァ、この感じ…。この肉体…この声…この魔力…。全てが懐かしい…」

 

もう長いこと活動していなかったらしい。噛みしめる様に己の肉体から魔力まで隅々実感し、拳を握り力を入れれば、腕の周りに雷の様に魔力が溢れ出していく。

 

「あとはオレがやる。下がってろ、クロドア」

 

「ははーっ!!」

 

簡単にそう告げながら、ブレインの身体をしたその男は、身に纏っていた白いコートを脱ぎ捨てる。そして魔力を開放すると、換装魔法の一種で何も纏っていたなかった上半身に、迷彩柄の軍服を模した衣装を纏う。

 

行動したのはそれだけ。ただそれだけなのに、妖精たちはその男の行動を十二分に警戒している。溢れ出ている魔力を感じるだけでわかる。この男は、今まで戦ったどの敵も、はるかに凌駕していると。

 

「小僧ども…随分とうちのギルドを食い散らかしてくれたなァ。マスターとして、オレがケジメをとらしてもらうぜ」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)のギルドマスター・ゼロ。

こうして相対すると、ブレインと本当に同一人物なのか疑うほどに桁違いだ。

 

まず外見からして相違点がある。生体リンク魔法が解除されたために、顔にあった黒い線の模様は一切消えており、褐色だった肌も色白に、目に至っては充血したかのように真っ赤に染まっている。髪の色や長さは変わっていないようだが、全体的にうねりが加わっており、印象を大きく変えている。

 

そしてより違いを感じるのは、魔力をその場で解放しただけで、辺り一帯に地鳴りを起こす。量だけでもとてつもないことが分かるが、何よりその質にも着目すべきものがある。

 

「燃えてきたろ…ナツ…!?」

 

「こんな気持ち悪ィ魔力…初めてだ…!」

 

思わず体が震えてしまう。それほどに異質で膨大。マスターを名乗るほどに大きな実力を持っているのは確かであることが窺える。

 

「(まずい…このままじゃ…!)」

 

ジュラが倒れた今一番の実力者である青年は、ある一つの結論を瞬時に導き出した。そのことには誰も気づかず、ゼロは対峙している一同を見渡してから行動を判断した。

 

「そうだな…まずは、そこで寝っ転がってるボウズから消してやる」

 

何の躊躇いもなく、動くことすらできないジュラを最初の標的に決定した。その言動に一同の間に驚愕が走る。

 

「動けねえ相手に攻撃すんのかよてめぇは!!」

 

「動けるかどうかは大した問題じゃねェ。形あるものを壊すのが面白ェんだろうが!!」

 

そう告げながら右手に魔力を集めると、ジュラの方へと黒緑の波動を放つ。ブレインが出していたものと比ではないその魔法を、グレイが(シールド)で受け止めようとする。

 

 

 

 

 

 

その合間を、鏡の光沢を持った盾を構えたペルセウスが入り込み、ジュラとグレイの前方でその魔法を受け止める。

 

「ペル!?」

 

盾自体は破れない。神話上でも一度として壊れたことのない女神の盾・イージスの防御力は、彼の扱う神器の中でもダントツだ。しかし、問題は盾自体の破損はなくても、それを扱うペルセウス自身がその余波に耐えれるかどうかということ。大技でも何でもないはずのその魔法に抑え込まれ、盾を構えているペルセウスがどんどん後方へと押し込まれる。

 

攻撃を受け切った頃には、何とジュラが横になっているほんの数センチの位置まで、二人そろって押し出されていた。

 

「ほう?耐えきったか。これ程とはな、イージスの防御力…壊しがいがあるじゃねぇか…!」

 

今の少しだけの攻防だけでも、突きつけられた現実をルーシィはこの時感じ取っていた。あのペルセウスでさえ、このゼロに勝てるか否かは不明ということだ。ブレイン相手に圧倒出来ていた彼が攻撃一発を受けただけで、多くの魔力を消費している。今この場で戦える味方で一番強い彼がこれ程の苦戦を強いられるのだ。自分はおろか…ナツとグレイでも太刀打ちできるとは到底思えない…!

 

「お前ら…よく聞け…!」

 

すると、イージスを左手に持ち、もう片方の右手に海王の槍・トライデントを換装で装備したペルセウスがナツたちに向けて言葉を紡ぐ。

 

「今すぐジュラさんを連れて、ここから離れるんだ…!」

 

「でも、ゼロはどうするのさ!?」

 

全員がその言葉に驚愕しながら、代表としてハッピーが彼に向けてそう尋ねる。すると、覚悟を決めたような眼差しで、ペルセウスはゼロを睨みながら告げた。

 

「俺がゼロを食い止める…!その合間に、エルザに知らせるか、ジュラさんを回復して戦線に復帰させてくれ…!」

 

一人でゼロに立ち向かい、勝つための時間を稼ぐ。それが彼が思いついた最善の方法。しかし、それにナツたちが異論を唱えないわけもなく…。

 

「な、何言ってやがんだ!」

 

「お前ひとりにやらせるかペル!オレだってぶっ飛ばして…!!」

 

 

 

 

「今のこいつにお前らが敵うわけがねぇ!!それも分からねぇのか!!!」

 

しかしその異論も、普段では想像がつかないペルセウスの剣幕が、ナツとグレイの意見を封殺。言われた側ではないルーシィとハッピーもまた、それを見て表情に恐怖を浮かべている。

 

「賢明な判断だ、ペルセウス。確かにそれなら…()()可能性はある…」

 

一方で全くもって様子を変えないゼロが、感心した様にそう呟くが、その次の瞬間、歪んだ笑みを浮かべながら再び魔力を集わせていく。

 

「だが!それでみすみす逃がすわけがねぇだろ!?一人残らず破壊してやるよォ!!!」

 

その叫びとともに再び魔力の波動を放とうとするゼロに、ペルセウスは先んじてトライデントによる大波を起こす。それに対して真正面に波動を放てば、全てを飲み込もうとする高波はあっさりと貫かれ、再びペルセウスが持つ盾に襲い掛かる。

 

「ぐっ…!行け!!早くエルザかシエルたちのところへ!!」

 

その声で弾かれるように妖精たちが息をのみ、ルーシィとハッピーがまず先んじてジュラの体を起こそうとする。

 

「ナツ!グレイ!ペルさんの言うとおりに!!」

 

「早く~!!」

 

「っ…!くっそぉ…!!」

 

先に行動した二人の説得で、渋々、悔しげに表情を歪めながら、グレイがルーシィたちとともに避難を始める。

 

「ペル…!」

 

本当なら、倒すべき相手が目の前にいて逃げるなど、屈辱でしかない。しかし、再び攻撃を耐えきり、反撃に移ったペルセウスの攻撃を、何てことないように防ぐゼロの姿を見て、ナツは悟った。

 

今の自分では、ペルセウスの言うとおり、ゼロには敵わない…。

 

 

その事実が悔しくて、情けなくて、認めたくないのにそうせざるを得ない。余計に心の内にある炎を燻ぶらせていきながらも、ナツはゼロに立ち向かっていくペルセウスに向けて叫んだ。

 

「ペル!ゼッテー負けんじゃねぇぞ!!」

 

それが彼に対してナツができること。このままで終わるつもりは毛頭ない。エルザを連れてくるか、ジュラを回復させたときは、自分もゼロと戦う。敵うか否かではない。勝たなければいけない。それだけの為に、戦う。

 

「残念…逃がしちまったか…。まあいいや、テメェにはブレイン(この身体)を痛めつけられた借りがある。他のガキどもはテメェを片付けてからにしようか…!」

 

「お前なんかに…壊されてたまるかよ…!!」

 

そう告げると、ペルセウスはすぐさま行動に移った。イージスとトライデント、二つの神器を一度戻し、新たに別の神器を換装で呼び出す。それは槍だ。己の身の丈を優に超える長さだが、先程しまったトライデントよりは細く、紫に光る刺突部分と螺旋を描くようにうねる刃が先端についている。

 

「この槍の名は『グングニル』…!狙った獲物を必ず貫く必中の槍…!」

 

どれほどの攻撃も防ぐというのなら、防ぐことが出来ない攻撃で突破する。単純明快ではあるがこれ以上に理にかなった手法は現時点では思いつかない。

 

「グングニル…面白ェ…やってみろよ!!」

 

指先から螺旋状の波動を撃つゼロに対して、ペルセウスは手に握ったグングニルを投げつける。すると、槍はひとりでに動き迫りくる波動も貫いてゼロのもとへと真っすぐ向かっていく。高速で迫ってくるその槍を最小限の動きで身体を捻り、それを躱す。しかし、躱された方の槍は瞬時に方向を転換し、再びゼロのもとへと迫ってくる。

 

「なるほど、そういう性質か」

 

慌てるわけでもなく冷静な判断で、グングニルに向けて重力場を発生させる魔法を発動。するとゼロのもとに向かっていたグングニルは地に押し付けられ、その場から動かなくなる。躱しても迫ってくるのならば、動きを封じ込める。ブレインと記憶も魔法も共有しているゼロにとって、的確な状況の判断から即行動に移すなど児戯に等しい。

 

「おっと」

 

そしてグングニルに気をひかれている間への奇襲も読めていた。右手に炎を模した紅の剣。左手にブレインを斬り裂いた漆黒の剣を持ちながら素早い動きで連撃を加えようと迫ってくる。しかしそれを躱し、逆にペルセウスの腹に拳を打ち込むと、その体は風の前の紙切れの様に吹き飛んでいく。

 

しかしペルセウスは表情に苦悶を浮かべながらも諦めていない。新たに橙の炎を発する鎖を呼び出して、自分が飛ばされている延長線に伸びた状態で具現させる。そして、態勢を変えて脚をかけると、吹き飛ばされた勢いで鎖は形を変えていき、ゴムのようにしなっていく。

 

「ああ?」

 

それを見て訝しげな表情を浮かべながら首を傾げるゼロ。だが次の瞬間、勢いよく伸ばされたグレイプニルの反動で空中をペルセウスが猛スピードで飛んでいく。標的は勿論ゼロ。一般の者には目に留まらない速度だが、ゼロにとっては対処可能。すぐさま反撃のために腕を掲げようとする。

 

「ん!?」

 

しかし、その異常にゼロは気づいた。揚げようとしていた腕が、いつの間にか木の根のような植物に巻き付けられていることに。そして、少し離れたところには、その植物の原因である木の枝を模した杖が刺さっている。この程度であればすぐにでも引きちぎれるが、そのためのタイムロスが、命運を分ける。

 

「斬ッ!!」

「ぐおおっ!!?」

 

レーヴァテインとダーインスレイヴ。二つの神剣による交差の斬撃がゼロの体に刻まれる。更に、ダーインスレイヴはあらゆる魔法を斬り裂く剣だ。ゼロが発動していた魔法も、一時的に解除される。

 

「そして貫け…グングニル!!」

 

重力の魔法から解放された紫の槍が、ゼロの背後からその体を貫かんと突き刺さった。波の魔導士ならば身体ごと貫通して即死だが、バラム同盟の一角のマスターは、それではやはり倒しきれない。相当なダメージを与えたとは思うが、まだまだ余力は残っているようだ。自分の方は、かなり消耗が激しいというのに。

 

「くっはははは…!!オレとここまで渡り合えるとはな…やるじゃねェか…面白ェ…!」

 

「俺はちっとも面白くねぇがな…」

 

愉快そうに笑うゼロに対してペルセウスは忌々しげに吐き捨てる。破壊の権化ともいえるような奴に褒められたところで、感じるのは嫌悪感のみだ。そんな彼の胸中も考えもせず、再び笑みを浮かべながらゼロはその口を開きだす。

 

「時によォ…ブレインが研究していた魔法の中に、面白ェ魔法があったんだが、気にならねぇか?」

 

「知るか、お前なんかの口から出るなんて、まともじゃねぇだろ?」

 

「まあそう言うなよ…テメェにとっても悪いもんじゃねぇ…。『リミッター』って…知ってっか?」

 

リミッター。それは魔法が溢れているこの世界のみならず、様々な世界の人間や生き物に存在するもの。リミッター…つまりは制限。生き物が活動するにあたって、必要以上の力を発動できないように、本能に刻まれた本来の力を抑えるための機能だ。

 

このリミッターがあるからこそ、普段の日常生活で不自由なく行動を起こすことが可能であり、本来の完全な力を発生させた際に身体の神経が壊れてしまうのを防ぐブレーキにもなる。

 

ゼロが語るブレインが研究していた魔法というのは、そのリミッターに関することだった。

 

 

 

ずばり、リミッターを意図的に発動させなくする魔法である。

 

「身体がぶっ壊れるリスクを背負いながら、本来以上の力を発揮することが出来る。それによって、戦争に使う兵士の基礎能力を上げることが目的で開発したそうだ」

 

「……で、その魔法を、なんで今語った?」

 

「思ったより鈍いなぁテメェは…んなもん…答えは一つに決まってんだろ?」

 

その瞬間、ゼロから発せられる魔力の奔流が、さらに強くなるのを感じた。ブレインの開発した魔法は、ゼロも共有できる。つまり、今先程話したリミッターを発動させない魔法も…。

 

 

 

 

 

「『制御不全(アンチリミッター)』…発動…!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王の間からの脱出に成功したナツたちは、ジュラの体を抱えながら急ぎエルザたちの捜索に当たっていた。今はグレイがジュラの体を背負って、一歩一歩進んでいる。

 

「エルザー!シエルー!!どこーー!!?」

 

「おーい!!返事しろーーー!!」

 

声を張って呼びかけるがそれに応じる者たちは近くにいないらしい。こうしている間にもペルセウスはゼロとの激闘を繰り広げているというのに…時間だけが過ぎていくようでもどかしさを感じずにいられない。

 

「ハッピー!エルザたちはいた!?」

 

「誰も見つからないよー!!」

 

(エーラ)で空から捜索していたハッピーもまた、望みの者たちを見つけられずにいるらしい。どこに行ったのだろうか。急いで見つけなければいけないと再び捜索を始めようとした、その時だった。

 

王の間からひと際大きい轟音が起きたかと思えば、こちらに向かって、何かが飛んでくるのが視界に写る。

 

「な、何だ!?」

 

「何か飛び出してきたよ!?」

 

その中でも、一番視力が発達しているナツがその姿を認識すると同時に、表情に驚愕を移しながら、そこに向かって駆け出した。

 

「まさか…嘘だ…っ!!」

 

絶対に負けるなと、言ったのに。彼なら持ちこたえられると、思ったのに。突きつけられた現実は、自分たちが思い描いた理想を、嗤いながら壊していく。王の間のあった建物から飛び出したその人物…

 

 

 

 

 

 

 

全身を傷だらけにされ、意識を失ったペルセウスを受け止めたナツは、ただただその現実を受け止めることが出来なかった。

 

「ペ、ペル…!?」

「そんな…嘘、でしょ…!!?」

「ペルが…ボロボロに…!!」

 

遅れて合流してきたグレイたちも、目の前に写る惨状に理解が追い付いていない。それを理解するよりも早く、飛び出てきたペルセウスを追随するように降り立った影が、彼らをさらなる絶望へと叩き落す。

 

「ぇ…な、何、これ…!?」

 

その影の正体はゼロ。しかし、先程のゼロよりもさらに魔力を迸らせて、狂気に走ったような目を向けながらこちらを見下ろし、視線だけでこちら全滅させかねない圧を放ってきている。

 

「ちょうどよかった…壊した先にさらに壊しがいのある奴等が、目の前にいるとはなァ…!」

 

ペルセウスはすでに戦える状態じゃない。そして、目の前にはそんなペルセウスをここまでボロボロにしてしまうほどのゼロ。恐怖にかられながらも、絶望を感じながらも、ナツとグレイは、次に何をするべきなのか、理解していた。

 

「「うぉおおおおおっ!!」」

 

ゼロ(こいつ)を倒す。仲間をやられたのなら、その仇を討たねばならない。恐怖に打ち克った勇ある魔導士の姿…と言えば聞こえはよかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼らを、全員まとめてゼロの魔力の波動が一撃で飲み込んだ。いくつもの建物がその余波のみで崩壊していく。地面はえぐれ、塵一つも残らないほどの圧倒的な威力。飲み込まれた妖精たちは、一人残らずその意識を奪い取られていた。

 

「…ああん?何だよ、思った以上に骨がねぇなァ。もう終わりかよ?」

 

ペルセウスが大いに楽しませてくれただけに、他の奴等の何と脆いことか。正直落胆を感じていたゼロは、途端に全身を襲い掛かる神経の痛みを感じて、理解した。

 

「そうか、制御不全(アンチリミッター)を解除し忘れてたからか」

 

リミッターを再びつけ、目の前に転がっている妖精たちを見下ろしながら、ゼロは思わずため息を吐いた。もう少し楽しませてくれるかと思った奴等があっさりとその意識を失ったことに、落胆せざるを得ない。

 

だがそうだ…意識は失ったが、形はまだそこに残ってる…。まだ…生きている…。

 

「そうだ…まだ死んでねえ…まだ死んでねえよなァガキどもォオオ!!だって形があるじゃねえかァ!!!」

 

そこから先は、最早言葉にするのも悍ましい、地獄だった。必死になって追いかけてきたクロドアが、最早再起も困難な状態となった魔導士たちを、衝動のままに破壊する様を見て、恐怖に引き攣った声を上げるほどに。

 

 

 

破壊。それこそが、ゼロの存在意義。

 

その二文字の衝動の餌食となった妖精たちは、ただただゼロのおもちゃとして、いたぶられていくのだった…。




おまけ風次回予告

シエル「青い天馬(ブルーペガサス)でちょっと思い出したんだけどさ…呪歌(ララバイ)の事件で会ったカゲって、今どうしてるんだろ?」

エルザ「カゲ?何故青い天馬(ブルーペガサス)で思い出したんだ?」

シエル「ほら…あそこのマスターに、何かやけに気に入られたみたいでさぁ…釈放されてたとしたら、もしかしてホントに天馬に入ってるのかなぁ…って思って…」

エルザ「そうだったのか!?知らなかったな…。まあ、カゲならきっとうまくやることだろう」

シエル「だと良いけどね…。一夜たちにちょっと聞いてみようかな?」

次回『天馬から妖精たちへ』

エルザ「一夜たちに、か…。都合が悪ければ私が聞きに行こうか?」

シエル「…そんな震えてるエルザを行かせるわけにもいかないよ…」

エルザ「…すまん…」


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第60話 天馬から妖精たちへ

大遅刻しましたすみません!!
…え、まだ土曜日だって?いっけね、フライングしちまった☆

って、言えれば良かったんですけど、実はひそかに盆休み中に二話更新を狙ってたんでそういう意味ではある意味失敗です…。

本来の予定では今日の正午に今回更新。そして月曜になった深夜にもう一話を投稿する予定でした。

けど画策していた予定をオーバーしちゃったので二話目も予定通りにできるかは現時点で不明です。グダグダでホントすみません…。(汗)


跳んで、駆けて、跳んで、周囲を見渡してまた駆けて。大規模な都市の建物の上を伝いながら目的の人物の後を追っていたその少年は、長い時間その行動を繰り返していたのだが、しばらくして動かしていた足を徐々に緩め、そこから下を見下ろしながら、先程から頭に過っていたその思いを口に零した。

 

「…何で…どこにもいないんだ、ウェンディ…?」

 

中央の塔から出る時に階段を転げ落ちるというアクシデントからの復帰で思わぬ時間を使った後、すっかり目的である少女・ウェンディの姿を見失ってしまったシエル。そこから周辺を隈なく捜索し、距離や方向も考慮して探し回ったのだが、全くもって見つからない。そもそも都市全体をまず探しきれていない。あまりにも広すぎる。

 

「ニルビット族って、一体何人いたんだよ…?1000人どころじゃまだ足りない気がする…」

 

何人もの人がいて、何年もの年月を経ればこれだけの広大な都市を、しかも移動することも出来る強大な魔法として造り上げることが出来るのか、純粋な疑問と共に少年は落胆していた。これだけ広い都市から目的の人物を探し当てるのは本当に至難だ。

 

「せめてウェンディが言っていた心当たりっていうのが分かれば…いや、俺の知らないようなことなら結局その場所も分からないままだし…」

 

彼女自身が言っていたその心当たりについて考えようともしたが、そもそもニルヴァーナに関する情報は自分はほとんど持っていない。ウェンディ、もしくは彼女と共にいるシャルルだけが知っている何かがその心当たりになるだろうが…。

 

「…シャルル…?」

 

思い返してみて気付いた。そうだ、彼女には相棒であるシャルルが共にいた。ハッピー同様に背に翼を現して空中を飛行できる彼女が。つまり、場合によってはウェンディたちは空中を移動してその場所に向かう、もしくは探すことがあるということ。

 

「そうだよ!何で気付かなかったんだ俺!?」

 

頭を抱えながら結論に今更気付いたことに自分で自分に失望して叫ぶシエル。考えてみればすぐわかるような単純な事実に、どうして今の今まで気づかなかったのだろう。ナツみたいにとりあえずぶっ壊したり、兄の様にいざとなったら物理で解決するといった脳筋思考じゃないと自負していたのに…。

 

となると、捜索範囲は一気に広まる。本来なら空中も移動することを考えると、さらに探すのは難航するだろう。()()…であれば。

 

乗雲(クラウィド)!」

 

足元に意のまま移動できる雲を顕現して上昇。都市の全貌を見渡せる高度に達してから改めてその都市を見渡し、目的の少女を探し始める。建物で死角になっているとしても、ゆっくりと移動しながらその姿を探せば見つかるはず。広大な上に夜で目も効きづらいが、白い毛に覆われたシャルルの姿ならば目立つし、彼女の藍色の髪を見落とさない自信もある。

 

空からの捜索を行ってどれほど経っただろう。王の間から更に向こう側だろうか?方向を転換して反対側を探そうかと考えながら首を動かすと、視界の端に探し人の特徴である藍色と白が映ったことにシエルは気付いた。

 

「いた!」

 

都市の中でも目立つその二色に視線を集中すれば、都市の大通りにあたる道を駆けていく少女と白ネコの姿。表情を喜色に染めながら雲の高度を下げていき、彼女たちとの距離を縮めていく。

 

急に空から声をかけては驚かせてしまうだろうと思い、手ごろな距離の位置で雲から飛び降りて、雲自体も解除する。改めて目にすれば、ウェンディたちは駆けていた足を止めて、他にもその場にいるらしい誰かと話をしているらしい。

 

「ウェンディー!シャルルー!」

 

距離が近づいたところで口元に手を当てながら少女とその相棒の名を呼びかける。それに気付いた少女は反射的に振り向き、駆け寄ってくるシエルの姿を目にし、意外そうに狼狽し始めた。

 

「えっ?シ、シエルさん!?どうしてここに…!?」

 

「アンタ…追ってきたの…?」

 

シャルルがこちらに半目を向けながら呆れたように呟くが、それに対してシエルははにかむように笑みを浮かべながら「やっぱりちょっと心配だったから…」と返す。そして距離が近づくにつれ、ウェンディたちの他にいた者たちの姿もくっきり映り始めていた。そのうちの一人は、紫色を基調とした着物に近い装束――悠遠の衣――を身に纏っている緋色の長い髪の女性、エルザだ。

 

「シエル、お前も無事だったか」

 

「エルザも!それに…っ!?」

 

傷だらけではあるが大事には至っていない様子の彼女を見て安堵するのも束の間、もう一人いたその人物の姿を目にし、シエルは思わず息が止まるほどの衝撃を受けた。

 

 

 

青藍の短い髪に、右目の周りに紅の刺青が入った美青年。六魔将軍(オラシオンセイス)が拠点としていた廃村で存在を確認したその男の姿を。

 

「ジェラールッ…!!」

 

瞬間、驚愕と憤怒を顔に表して警戒の態勢を構える。向こうはこちらに対してどこか驚いたような表情を浮かべて呆然としている。攻撃するならば今だと、己の魔法を発動させようと魔力を集中する。

 

「待って!」

 

だが、敵意を込めた視線で睨みつけるシエルを遮るように、ウェンディが二人の間に入って、両手を広げながらジェラールを庇う。焦りや怯えの感情を宿しながらも割り込んできた想い人にシエルは一瞬たじろぐが、いま彼女が庇っているその男をみすみす放っておくわけにはいかない。

 

「どいてくれ、ウェンディ!君にとっては恩人かもしれないけど、こいつはエルザを…!」

 

「どきません!お願いです、私たちには今、ジェラールが必要かもしれないんです!だから…傷つけないで…!」

 

「けど…!」

 

ジェラールはウェンディにとっては恩人。それは彼女自身の口から聞いたことのため、それに関しては信じていないわけではない。だが、シエルの知っているジェラールは、楽園の塔で仲間を苦しめ、自分たちを掌の上で動かし、そしてエルザに深い悲しみを刻み付けた怨敵と言える存在。更に言えばどんな繋がりがあるか定かではないが、六魔将軍(オラシオンセイス)と行動を共にしていたことも目にしている。このまま放置していい存在ではない。

 

「私からも頼む」

 

「エ、エルザ!?」

 

しかし、ウェンディの前に立つ形でシエルに頼み込んできたエルザの言葉を聞き、彼は耳を疑い、激しく動揺を露にした。ジェラールに対してこの場にいる…いや、全世界の人間で一番因縁深い人物であるはずのエルザが、ジェラールを庇うような言動をするとは思わなかった。どう言うつもりなのか。楽園の塔でジェラールが行ってきたことを忘れたわけじゃないのに…と視線を向けるシエルに、エルザはジェラールの現状を語りだした。

 

「今のジェラールは記憶が混乱している…。私たちの事も、そしてウェンディの事も憶えていないらしい…」

 

「記憶が…?」

 

どうやらジェラールは楽園の塔の一件の際に発生した、エーテリオンの暴発に巻き込まれ、その衝撃で記憶をほとんど失ったらしい。基本的な魔法の使い方や、一部の事などは覚えているらしいが、それ以外は何も思い出せないとのこと。

 

元々は評議院に潜入していた中で、ニルヴァーナの隠し場所と封印解除の方法を聞き出すために六魔将軍(オラシオンセイス)にその身柄を保護されていたらしい。奴等にさらわれていた間に、ウェンディたちがブレインから聞いたとのことだ。

 

「シエル…ウェンディ…オレの知り合い…だったのか?」

 

知り合い。その単語に、シエルの表情は曇った。かつては互いに敵意を剥き出しにして戦い、そして一方的に痛めつけられて、下手をすれば殺されかけた相手だ。だが彼を恩人と呼ぶウェンディを前に正直に告げるのははばかれる。「俺とは敵同士だったよ」と一言だけ告げてそっぽを向くだけに留まった。

 

「…すまない…。思い出すことはできないが、その様子だと随分とヒドイことをしてしまったらしい…」

 

誰が見ても機嫌が悪そうに見えるシエルの態度に、ジェラールは己に向けられた感情を察したらしい。記憶を失ったことで人格にも影響が出ているのかと、以前とは別人のようにしおらしくこちらに謝罪を告げるジェラールを見て、どこか居心地悪そうに表情を歪める。謎の罪悪感が心の内から込み上げてくる。

 

「見ての通り、今のジェラールにこちらへの敵意はない。すぐには無理かもしれないだろう。だが今は、ジェラールも味方として、受け入れてくれないか?」

 

そしてエルザからの直々の頼み。恐らく記憶を失った状態のジェラールと、ニルヴァーナにいる間行動していたのだろう。まっすぐにこちらを見つめてくるエルザ。悲しげに、そして申し訳なさそうに視線を向けるジェラール。震えながらも懇願するようにこちらの様子を窺うウェンディ。傍らから変わった様子もなく、ただ一点とシエルを見据えるシャルル。

 

三者…ならぬ四者四様の視線を一身に受け、心の内で葛藤に苛まれる。数秒間せめぎあった後、固く目をつぶってこらえ、そして絞り出すようにシエルは「あ~~!!」と叫び声をあげる。ウェンディのみがそれに対して軽く肩を揺らしたことも気づかず、後頭部を右手でかきながらシエルは言葉を告げた。

 

「記憶がないんじゃ、今のジェラールに怒りをぶつけても空しいだけだ。それに、一番ジェラールに因縁があるエルザがそう決めたなら、俺から何か言う資格はねえ!」

 

それを聞いたエルザ、そしてウェンディの顔に安堵が浮かび上がる。対してジェラールは意外そうに目を見開いてシエルの方を見ている。あれほどの剣幕を向けていた少年が、不本意そうではあるが自分が同行していることを受け入れてくれたことに、驚愕したようだ。だが、続けざまに「だけど!」とジェラールに向けて指を向けたことで、シャルルを除いた他の三人は再び表情に緊張感を宿す。

 

「記憶が戻った際に、ウェンディやエルザ、それから俺の仲間たちに危害を加えるような真似をしたら、誰が止めようとお前を討つからな!」

 

記憶がない状態の今、敵対する気がないのならこちらも手出しはしない。だが危険が及ぶようならば容赦はしないという警告。それを告げられたジェラールは数瞬呆気にとられるも、すぐさまその表情を引き締め、まっすぐにシエルを見ながら返す。

 

「勿論だ。そのような真似はしないと誓う。もし破ったときは、どんなことをしてでも止めてほしい」

 

こちらを欺くための演技には到底見えない。つくづく敵だったころのジェラールと同一人物なのか疑わしい。ひとまずの衝突を避けることが出来たために、エルザから「ありがとう」と感謝の言葉が告げられる。エルザの意思を尊重したまでだと、どこか膨れ面でジェラールから視線を逸らした。

 

「私たちがアンタを探してたのは、ニルヴァーナを止める方法を知ってるんじゃないかって思ったからだけど…アンタ、もしかしてその方法も忘れちゃったんじゃないでしょうね?」

 

「そ、それは…」

 

話に区切りがついたことを察知したシャルルが本題に入った。ニルヴァーナの封印場所と解除方法を知っていたジェラール。ならばそれを止める方法も知っているはずだと思い立ったウェンディが、ジェラールをこの都市の中で探していたことになる。

 

だがその方法を知っているはずのジェラールの表情は暗い。方法がないわけではないし、微かに思い出した記憶ではニルヴァーナ自体を『自律崩壊魔法陣』で消滅させることが可能であり、それを実行した。

 

しかし、魔法陣を刻んだ対象を自動で滅する効果を持つその魔法は、ブレインがジェラールに教えたもの。ブレインによって魔法陣を解除するコードを入力せずとも、魔法陣そのものを無効化されてしまった。そしてジェラールの中に今ある記憶では、これ以外にニルヴァーナを止めるための方法が存在しない。

 

「これ以上打つ手がないんだ、すまない…」

 

「そんな…!」

 

「それじゃ、私たちのギルドはどうなるのよ!もう…すぐそこにあるのよ!?」

 

苦々しい顔で残酷な現実を告げるジェラールの言葉に、化猫の宿(ケット・シェルター)の二人の心は重く暗く沈んでいく。本当に打つ手はないのだろうか?この都市を止めることは最早不可能なのか?

 

「何か他に動力源があったりしないのか?こんなデカい都市を動かすには、何かしらのエネルギーが必要だろ?」

 

「…動力源…魔力を、どこからか…うっ…!」

 

何かしらヒントにならないかと、自分の推測をジェラールに伝えてはみるが、記憶を呼び起こすほどのものではないらしい。一向に状況が好転しないまま、時間だけが過ぎて行ってしまう。

 

 

そして、移動を続けていた都市が、突如ひと際激しい音と揺れを発する。都市全体が揺れ動くほどの振動と共に、進行していた方向から黒と白が入り混じった光が差し込んでくる。

 

光が発せられている方向へと駆け寄ると、黒白の光はニルヴァーナの元へと集まってきており、すぐ先にはネコの頭を模したテントのような建物を中心に、いくつか住居のようなものが存在する集落が見える。

 

「あれは…!!」

 

化猫の宿(ケット・シェルター)です!!」

 

集落を目にしたウェンディがその場所が自分のギルドであることを伝えた。到着してしまった。そして、集められている黒白の光。特殊な魔力が集っていることは明白だ。何か巨大な魔道砲を発射しようとしている風にも見えるその光景は、善悪を反転させるニルヴァーナを発射しようとしているようにしか見えない。

 

「間に合わない…っ!!」

 

砲撃を止めようにも、それを止めるための魔法を発動するのに時間がかかる。発動する前にもうニルヴァーナは発射されてしまう。

 

「やめてぇーー!!」

 

自分のギルドが、家族が、悪意を持った一撃に蹂躙される。最悪の未来が目前に迫った少女の叫びも空しく、黒白の光は化猫を飲み込まんと発射される。誰もが間に合わなかったと、絶望を抱えて標的とされたギルドの方へと目を向けている。

 

 

 

 

そして光が化猫を貫こうとした直前、天空から一筋の白い光が降り落ちて、脚の一本を曲げるように着弾。相当な威力を受けたことによって都市も傾き、照準を定めていたニルヴァーナの砲台も傾いて、黒白の光は建物と集落の上をギリギリ通過した。

 

大きく傾いたことで都市の中にいる者たちもどこかにしがみついたり、互いに支えあってその揺れにそれぞれ対応する。その合間にも魔力を使い切ったのか、ニルヴァーナから黒白の光は消え去り、化猫の宿(ケット・シェルター)は辛くもその難を逃れた。

 

「何が…!」

 

何が起こったのか。傾きが元に戻った後、周りを見渡していると、空から機械の駆動音が聞こえ始め、全員の視線は一様に上へと向けられる。そこには見覚えのあるものがあった。樹海の入り口付近で無残にも墜落させられてしまった空を駆ける天馬…。

 

「あれは…魔道爆撃艇…天馬(クリスティーナ)!!」

 

六魔によってボロボロにされたままだが、まさか飛べるほどの機能が残っているとは驚いた。船体はところどころ穴はあるし、右側の翼は元々のものとは違うもので出来ているようだが、樹海の入り口からここまで飛行できたことは驚嘆の一言だ。

 

「すげぇ…!」

 

「味方、なのか…?」

 

シエルもあの状態で駆けつけてくれたことに感動し、クリスティーナを見たことのないジェラールはエルザたちの反応から敵ではないと悟って言葉をこぼす。そして、その場にいる一同の頭に、その声は響いてきた。

 

《聞こえるかい!?誰か…無事なら返事をしてくれ!!》

 

「ヒビキ!?そっちも大丈夫か!?」

 

古文書(アーカイブ)の使い手である天馬の一人。エンジェルと交戦した際に負傷し、シエルがハッピーと共にニルヴァーナへと向かった際にはまだ意識を失っていたのだが、どうやら幾分か回復したらしい。

 

《シエルくん!?エルザさんとウェンディちゃんも無事なんだね!!》

 

《私も一応無事だぞ…》

 

《先輩!よかった!!》

 

シエルの声を聞き、そして近くにいるエルザたちの存在にも気づいたヒビキが喜びを表す。そして間髪入れずに行方が知れなかった一夜の声も聞こえてきた。…つか、あいつ今まで何をしてたのだろう…?

 

「どうなっている?クリスティーナは確か、撃墜されて…」

 

《僕たちは即席の連合軍だが、重要なのはチームワークだ》

 

六魔に撃墜された際に、翼は片方壊れ、船体もバラバラにされてしまっていた。だがそこは人数でカバーする。リオンの造形魔法で壊れた翼を補強し、船体はシェリーの人形撃、レンの空気魔法でつなぎとめている。そしてニルヴァーナの脚を撃った一撃は、イヴの雪魔法と、クリスティーナが本来持っている魔道弾と融合させた強力な一撃だ。

 

《だけど…脚の一本すら壊せないや…。それに…今ので…もう…魔力が…》

 

《イヴ!しっかりしろ!》

《こっちも、厳しいですわ…!》

《まだだ…もう少し…!》

 

戦線を離脱した者たちがほとんど。だがそれでもニルヴァーナを止める、ひいては六魔将軍(オラシオンセイス)と戦うという共通の目的のもとに集った連合軍として、出来る限りのことをしようと奮闘してくれている。

 

「ありがとう…みんな…!」

 

そしてその奮闘が、化猫の宿(ケット・シェルター)を守ってくれている。優しく強い仲間。そんな彼らの行動にウェンディは涙を浮かべながら感謝の言葉を口にする。

 

《聞いての通り、僕たちは既に魔力の限界だ。もう艇からの攻撃は出来ない》

 

艇をよく見てみると、徐々にその高度が下がってきているうえに、心なしか再び船体の破片が飛んでいるように見える。限界であることが目に見えて明らかに映っている。いつまで飛んでいられるかも分からない。

 

《僕たちのことはいい。最後にこれだけは聞いてくれ…!時間がかかったけど、ようやく“古文書(アーカイブ)”の中から見つけたんだ!ニルヴァーナを止める方法を!!》

 

都市の中にいる者たちに、衝撃が走った。止める方法を見つけた。古文書(アーカイブ)の中から見つけ出した、今度こそ確固たる手法。それを実行すれば今度こそニルヴァーナは止まるはずだ。

 

《ニルヴァーナに、脚のようなものが8本あるだろう?その脚…実は大地から魔力を吸収しているパイプのようになっているんだ》

 

ただ移動のためだけでにつけられたと思っていた巨大な8本の脚。移動以外にも魔力の供給を目的とした設計になっていたらしい。そしてそれを制御する魔水晶(ラクリマ)が、各脚の付け根付近にある。その8つの魔水晶(ラクリマ)を、同時に破壊することでニルヴァーナの全機能が停止するとのことだ。

 

《一つずつではダメだ!他の魔水晶(ラクリマ)が破損部分を修復してしまう》

 

「8つ同時にって…どうやって!?」

 

クリスティーナの一撃でさえ脚の一本も落とせないほどに頑丈だ。その脚の付け根にある魔水晶(ラクリマ)を8つ同時に破壊する。それも生半可な一撃では壊れないだろう。それぞれ離れた位置に存在するそれらを、同じ時間で、それぞれの魔導士が破壊を実行しなければ成功しない。

 

《僕がタイミングを計ってあげたいけど…それまで念話がもちそうにない…》

 

念話を通して同時に壊そうとするのは無理がある。しかし、ヒビキの古文書(アーカイブ)を駆使すれば、他にもやりようは存在する。場にいる者たち全員の頭上に、ヒビキから情報が送られている証のアップロードバーが出現する。その情報は時計だ。タイマーのような形で、頭の中に鮮明に映し出されている。

 

《君たちの頭にタイミングをアップロードした》

 

そしてバーの変動が完了した時、タイマーも作動を始めた。その時間は20分。ニルヴァーナの次の装填が完了する直前だそうだ。それまでに、各自分散して8つの魔水晶(ラクリマ)を破壊しなければいけない…。

 

《君たちならきっとできる!信じてるよ…!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《無駄な事を…》

 

その時、本来なら聞こえるはずのない声が頭に響いた。声には聞き覚えがある。六魔の司令塔であるブレインだ。しかし、その声質はどこか別人のように聞こえる。念話をつないでいる光の魔導士たちに一気に緊張感が走り出した。そして本来仲間内にしか繋げていないはずの念話を“ジャック”して割り込んできたことが分かる。

 

《オレはゼロ。六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター・ゼロだ》

 

破壊を好み、全てを(ゼロ)にするブレインに隠されたもう一つの人格。それが六魔将軍(オラシオンセイス)のマスターを務めるゼロ。予想だにしていなかった存在の登場に、連合軍に大きな動揺が走る。

 

《まずは誉めてやろう。まさか、ブレインと同じ“古文書(アーカイブ)”を使える者がいたとはな…》

 

どうやらヒビキだけでなく、ブレインも古文書(アーカイブ)を使用できたらしい。そこからニルヴァーナの存在を見つけ出して、今回の動きを見せたという事か。

 

《聞くがいい!光の魔導士よ!オレはこれより、全てのものを破壊する!!手始めに、テメェらの仲間を4人破壊した。最初に破壊したのは…堕天使ペルセウス》

 

「っ!!?」

 

その名を耳にした瞬間、シエルは過去の中で一番といっていい衝撃を受けた。シエルだけじゃない。念話を繋げている者たちのほぼ全員がその言葉に耳を疑っている。

 

「ペルがやられた…だと!?」

 

《バカな…!?》

 

《その他には…滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に、氷の造形魔導士、星霊魔導士。それとネコもか》

 

《ナツくんたちまで!?》

 

「ふざけんなっ!そんなのでたらめだ!!」

 

更にはナツたちまでもがゼロによってやられたという。自分が知る中で最強である兄や、強力な仲間たちが簡単に負けるわけがない。シエルが怒りに満ちた顔と声を上げながら念話越しにゼロに噛みつくが、本人はどこ吹く風だ。

 

《テメェら、魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊するとか言ったなァ?オレは今、その八つの魔水晶(ラクリマ)のどれか一つの前にいる!フハハハハハ!!オレがいる限り、八つ同時に壊すことは、不可能だ!!!》

 

そして強引に念話を切ったのか、ブツンと言う音ともにゼロからの声はそこで途切れた。ヒビキからもその旨がこちらに伝えられる。

 

「ナツさんや、ペルセウスさんが…やられた、って…!」

 

「嘘に決まってる!!」

 

ゼロが言っていた言葉を反芻するウェンディに、すかさずシエルが顔を俯かせながら反論する。強く拳を握り締め、歯を食いしばり、体中を震わせながらその衝動をこらえている。しかし、その表情はひどく狼狽していて、目の焦点が合っていないようにも見える。

 

「やられるわけが…負けるわけがないんだ…!兄さんが…兄さんが簡単に負けるわけが…!!」

 

まるでそれは、自分に言い聞かせるているかのようだ。ゼロが自信満々に告げたその言葉を聞くと事実であるようにもとらえられる。頭で理解できてしまうからこそ、自分の心にそれはあり得ないと言い聞かせている。

 

「8か所の魔水晶(ラクリマ)を全て同時に壊す…となれば全員が手分けしてそれぞれの場所に行くしかないが…」

 

それを告げるのはジェラール。ニルヴァーナを止めるにはもうその方法しかないが、どれか一つはゼロが守っているとなると、彼に当たる確率は8分の1。この場にいるシエルやウェンディでは明らかに役者不足。ジェラールも本調子とは程遠い。エルザ以外では勝負にならないとみていい。だが、それ以前の問題が、彼らにはまだ残っていた。

 

「ちょっと待って!?8人もいない…!魔水晶(ラクリマ)を壊せる魔導士が、8人もいないわ!!」

 

それは魔水晶(ラクリマ)を破壊するにあたって必要な人手。根底的な問題だった。明らかに人数が不足している現状ではどうあってもそれを実施することが出来ない。

 

「わ…私…破壊の魔法は使えません…!ごめんなさい!」

 

さらに、ウェンディはサポート特化だ。シエルとの共闘では彼が攻撃を行い、それをウェンディが補佐していたから戦えていたが、攻撃のみが必要となる今回の作戦では、数には入れない。となると今いるのは、エルザ、シエル、ジェラールの3人のみ。

 

「こっちは3人だ!他に動ける者はいないか!?」

 

《マイハニー。私がいるではないか…。縛られているが…》

 

正直忘れかけていた一夜が真っ先に声を上げる。少々気になる言葉も聞こえたが、彼もその気になればパワーが存在する。これで4人。あと半数だ。

 

《まずい…僕の魔力が…!念話が…切れ…!》

 

ヒビキが念話を保つのもそろそろ限界だ。他に誰かいないのか、エルザが問いかけるが、クリスティーナ組はもう高度を保つことさえできず、徐々に落下していく。彼らの中から選出するのも難しい。

 

《グレイ…立ち上がれ…!お前は誇り高き、ウルの弟子だ…!こんな奴等に負けるんじゃない…!》

 

グレイに向けて言葉を贈るのはリオン。かつてはデリオラを巡って対立した二人。師匠(ウル)の教えを反故にしようとした自分と、対して思いに応えようとしたグレイ。その時に自分をも上回った弟弟子に、今は確かな信頼を寄せている。

 

《私…ルーシィなんて…大っ嫌い…。ちょっと可愛いからって、調子に乗っちゃって…バカでドジで、弱っちい癖に…いつも一生懸命になっちゃって…!死んだら嫌いになれませんわ…!後味悪いから、返事しなさいな…!》

 

悪態をつきながらもルーシィに発破をかけようとするシェリー。互いを憎たらしく思いながらも、根底では共に戦う者としての情が確かに存在している。涙混じりの声で彼女にそれを伝えようとしている。

 

「兄さん…負けないよね…?俺たちの声…きっと、届いてるよね…!?」

 

誰よりも兄の強さを信じて、疑わない弟。たとえ本当に倒れたとしても、そのままで終わるような存在じゃないはず。必ず立ち上がると、もう一度戦おうと奮起すると、自分が信じなくてどうする。

 

「ナツさん…!」

 

「オスネコ…」

 

「ナツ…!」

 

そしてこれまでも、遥か上に存在する敵を相手にして勝利を掴んだナツ。彼がここで倒れたまま終わるわけがない。彼に憧れた少女が、彼の成長を見てきた女性が、立ち上がることを望み、声を出す。

 

《聞こえるかい…僕たちの、声が…》

 

 

 

 

 

 

 

《聞こえてる…!!》

 

床を殴りつけたのだろうか、一つの炸裂音を響かせると同時に、消耗した様子を感じさせるも、力強い声で火竜(サラマンダー)の返事が念話を通じて聞こえてきた。それを聞いて、場にいる者たちの表情が明るくなる。

 

《8つの脚に、8つの魔水晶(ラクリマ)…!!》

 

続けて響いた声に、シエルの表情がさらに明るく、そして少しばかり目に涙が浮かぶ。聞き間違いようのない、憧れの兄の声。

 

《それを全部、同時に壊す…!!》

 

《運がいい奴は…ついでに、ゼロも殴れる…でしょ…?》

 

氷の魔導士、星霊魔導士もまた、立ち上がったことを示すように声を出す。落ちていく爆撃艇に乗っている魔導士たちが、安堵の表情を浮かべていることだろう。

 

《あと18分…急がなきゃ…!シャルルとウェンディのギルドを、守るんだ…!!》

 

そして破壊のための魔法を待たずとも、確固たる意志を宿して立ち上がるのは火竜の相棒。彼もまた己に為せることを行うために痛みを訴える身体に鞭を打って奮起する。その言葉に何かを感じたのか、シャルルは顔を下に向けた。

 

《も…もうすぐ念話が切れる…頭の中に、僕が送った地図がある…。各…魔水晶(ラクリマ)に、番号を付けた…全員がばらける様に決めて…》

 

ヒビキからの声が途切れると同時に、爆撃艇が崩れ落ちる音が、念話越しでも伝わってくる。それを耳にした者たちは、もう時間がないことを察した。ゆっくりと話し合って決める時間はない。魔導士たちは、早急に己が担当する番号を決め始める。

 

《1だ!》

 

《2!》

 

《俺は3!》

 

《4に行く!ゼロがいませんように…!》

 

まずは復活した魔導士達が我先にと指定する。最初は食い気味に指定してきたナツ。続けてグレイ、ペルセウス、ルーシィの順番だ。

 

《私は5に行こう。ここから一番近いと香り(パルファム)が教えている》

 

「教えているのは地図だ」

《そんな、マジでツッコまなくても…》

 

続いては一夜。アップロードされた地図と自分の位置関係から察知したのだろう。そして彼自身の言動に関する指摘もそこそこに、エルザがそれに続くように告げる。

 

「私は6に行く」

 

《エルザ!元気になったのか!》

 

「ああ、おかげさまでな」

 

ナツ達にとっては毒が治った直後ジェラールの元へと向かったために安否不明だった故か、彼女の声を聞いてナツが真っ先にそれに反応を示した。ウェンディのおかげという意味を込めて彼女の方に笑みを向けると、謙遜するように彼女は手を掲げてエルザに向けた。

 

「じゃあ俺は7に行くよ」

 

シエルは7を指定。残すは8のみだがほとんど決定しているものと言っていい。

 

「ではオレは…!?」

「お前は8だ…」

 

《他に誰かいんのか!?今の誰だ?》

 

残されたジェラールが口を開けようとすると、すかさずエルザがそれを遮って数字を指定する。ナツはまだジェラールが敵だと認識している。シエルのように敵対心を剥き出しにしてくるだろう。それを危惧しての措置だ。エルザが声を出さないようにと小声で伝えると、ジェラールは事情を理解して首肯で答えた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

シエルたちがいる場所から比較的遠く離れた場所。ゼロによって蹂躙されてからそう距離が離れていないところで集まっているナツたちは、最後の力を振り絞って飛行していた爆撃艇が墜落した音と共に、念話が切れてしまったことに少なからず動揺していた。

 

「お、おい!」

 

「…だめだ、念話が切れた…」

 

「限界…だったんだ…」

 

目覚めたと同時に、ヒビキからタイマーと地図の情報が頭の中に送られてきた。今も刻一刻とその時間は迫ろうとしている。悲嘆してばかりいる場合ではない。

 

「とにかく、ちゃんと8人いるみたいだ…!行こう!ゼロに当たったら各自撃破!みんな持ち場があるから加勢は出来ないよ!!」

 

身体を震わせながらもハッピーが告げる言葉に、全員が気を引き締める。チャンスは一回のみ。しかも誰かはゼロという圧倒的な実力者も相手に時間を気にしなくてはいけない。失敗すれば、今度こそ化猫の宿(ケット・シェルター)は闇に染まる。六魔将軍(オラシオンセイス)との本当の意味での最後の激突が、始まろうとしていた…。

 

「ナツ…」

 

それぞれの持ち場にそれぞれが向かおうと動き出した時、ペルセウスがナツを呼び止め、彼はそれに対して振り向く。

 

 

 

 

 

「限界を超えろ。でなければ、奴には勝てねぇぞ」

 

「…おう!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

爆撃艇が再び墜落していく光景を見て、それに搭乗していた者たちを案じながらも彼らも各々で動こうとしていた。タイマーと地図を確認しながら、機を見て行動を起こす必要がある。

 

「あとはゼロがどの魔水晶(ラクリマ)にいるかってことだけど…」

 

シャルルが懸念するのはゼロの存在。半端な者達ではゼロには決して敵わない。ペルセウスが向かった3か、エルザが担当する6ならば、可能性もあるだろうが、シエルとエルザはほぼ確信していた。

 

「多分、ゼロは1にいると思う」

 

「ナツさんのとこだ…!」

 

シエルの言葉にエルザも無言で首肯し、ウェンディは声を上げる。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツは五感が竜並みに優れており、特に鼻はよくきく。ゼロの匂いを覚え、そこから地図の位置と照らし合わせたのだろう。そして自らゼロを倒すためにいの一番で1を選んだ。

 

しかし、一度はゼロに敗北しているナツが再び対峙して勝てるとは考えにくい。

 

「だったら加勢に行こうよ!みんなで戦えば…!」

 

「ナツを甘く見るな」

 

ナツ一人に託すより多数で攻めれば勝機はあるとふんだウェンディが提案するが、エルザによってそれは遮られた。

 

「あいつになら、すべてを任せて大丈夫だ」

 

普段から見れば、ペルセウスやエルザには及ばないナツだが、ここ一番という場面や、絶対に負けられない戦いの中において、彼は本来以上の力を発揮し、限界を超えていく。エルザは今回も、そのナツの可能性にかけて、すべてを託した。

 

シエル自身も、兄を追い詰めたゼロに一矢報いたいという気持ちがあったが、恐らく自分では敵わない。その代わり、奴らの目的であるニルヴァーナを止めて、その意趣返しを果たしてやろうという気持ちを持つことにした。心配げな視線を向けるウェンディに、安心するように笑みを向けて首肯することで、シエルも返事とした。

 

「私たちも持ち場に行くぞ。私は6、シエルは7、そしてジェラールは8だ」

 

「ああ!」

 

そう告げてエルザが、そして力強く返事したシエルも地図に従ってそれぞれの持ち場に向かおうと足を動かし始める。しかし、ジェラールは何かにとり憑かれたように立ち尽くしていて、動こうとしない。

 

「…ジェラール…?」

 

「…いや…何でもない…」

 

エルザに声をかけられて気付いた様子で、左手を顔に当てながらようやく彼も歩を進め始めた。足取りは重くフラフラとしていて少々危なげだ。大丈夫だろうかと内心感じながらも、エルザとシエルはそれぞれの場所へと向かい出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナツ…ドラグニル……!!」

 

まるで呪詛を呟くようにその名を口にしたジェラールに、二人は気づくことが出来なかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ここは1番魔水晶(ラクリマ)。シエル達の予想通り、ナツが向かっているその空間に、白い髪を垂らして、赤く染まったその目を細めながら、獲物を待ち構えていた。

 

「くっくくく…ニルヴァーナは止まらねぇ…。止められやしねぇ」

 

己に破壊される奴がどのような奴か想像しながら、ゼロは怪しく笑いながら言葉を告げる。そうだ、自分に勝てるような者は、壊せない者は存在しない。仮に隙をついて魔水晶(ラクリマ)を壊すことが出来たとしても、光の思い通りにはならない。

 

「テメェらをぶっ壊すのは、何もオレだけじゃねぇ。エルザあたりが当たって、壊されないことを精々祈ってやがれ、小僧ども…!」

 

その言葉に反応したかのように…こことは違う魔水晶(ラクリマ)が存在する部屋で、目のような二つの小さな光が、怪しく蠢いていた…。




おまけ風次回予告

ハッピー「シエルが選んだのって7番の魔水晶(ラクリマ)なんだよね?7って、大体ラッキーな数字だって言われてるの知ってる?」

シエル「もちろん。何が由来になってるのかは分からないけれど、昔から7は幸運だとか、安息を表す数字って言われてるね」

ハッピー「ナツが、イグニールがいなくなった日は777年7月7日だっていうし…」

シエル「他にも一週間は7日間…他にも七元徳っていう教義も存在するし…」

ハッピー「こうしてみると、意外に7って結構見られてる数字なんだね」

次回『(セブン)

シエル「そうだ、天気にも7に関連するものがあったな」

ハッピー「あ、そういえばそうだね!もしかしてその魔法もシエル使える?」

シエル「勿論!けど結構難しくてさ…かくかくしかじか…」


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第61話 (セブン)

間に合いました…。なんか、久々にすっごい達成感…!
予定よりも長くなったのに、やっぱり集中して、余裕を持って行動するのが一番ですね、はい。

今回、一部ちょっとツッコミどころがあるかもしれません…。面白いと思って衝動でかいた部分なので、否定的な意見があったらすぐさま修正します…。(思ったより神経質…。)


傷だらけの体に鞭をうち、目的の場所である魔水晶(ラクリマ)のある部屋へと辿り着く。念話で送られたヒビキからの地図で自分が選んだその場所。そう、知っていた。気付いていた。この場所に、奴がいることは…。

 

「まだ生きてやがったのか。何しにきた?クソガキ」

 

両手に手を回して組み、仁王立ちで獲物を待ち構えていたその男。六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター・ゼロ。破壊したと思っていた目の前で絶え絶えの息を整えている火竜(サラマンダー)を前にして、疑問を投げかける。リミッターを解除していた状態とはいえ、あまりにもあっさりと、呆気なく倒されたこの小僧に、今更できることなどない。

 

「…へへっ…!」

「あ?」

 

だというのに、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見据えてくる。先程のような敗北を微塵も考えていない、自信に満ち溢れた、熱い炎を幻視させるその顔で…。

 

「壊れんのはオレとお前か…どっちだろうなぁ…!?」

 

光を司るは、太古の支配者たる竜の力を宿した青年。

 

闇を司るは、破壊という言葉を体現した絶対的強者。

 

光と闇の最終決戦。ここに開幕。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

石のレンガで組み立てられた、長い通路を歩いて先へと進む。自分の位置と示された地図を見比べながら、7という数字が指定されたその部屋へと歩を進めていく。ゼロがいるのは、ナツがいの一番に指定して向かった1番。自分の元には敵がいないことが遠回しで判明している。

 

「着いた…ここか…」

 

通路を抜ければ、球状になっている似たような造りの空間。そして中央には、かつて幽鬼の支配者(ファントムロード)の本部が有していた魔導収束砲・ジュピターを発射するために備えられていた魔水晶(ラクリマ)と、似たものであるがさらに大きなもの。これが、ここ以外にも7つ存在しているということになる。

 

「そして、1番にはナツと戦っているはずのゼロが…ん!?」

 

瞬間、シエルはすぐさま何かを察知し、すぐにその場を飛び跳ねて回避。すると、ブレインも使用していた黒緑の波動が先程シエルがいた場所へと襲い掛かる。回避しなければ、その不意討ちにかかっていたことだろう。

 

「今のは…!?ゼロは1番にいるはずじゃ…!?」

 

ブレインと同じ身体、同じ魔法を共有しているゼロ。今の攻撃はゼロのものか?ナツが向かったはずの1番にいると予測していたが、外れてしまったのだろうか?

 

「ふっふっふ…。避けたか…随分と勘がいいな、小僧…」

 

空間に反響するように聞こえたその声。その声はブレインでも、ゼロでもない、別のもの。地の底から湧き上がるような低い声を耳にして、シエルはさらに警戒を強める。

 

「ゼロじゃない…?どこにいる、何者だ…!?」

 

死角から攻撃してきたであろう先程の攻撃。その追撃が来ても回避できるように周囲を注意深く察知する。しかし攻撃は訪れず、彼の耳に届いたのは先程と同じ声だった。

 

「貴様等は確か…ここを7番魔水晶(ラクリマ)と銘づけていたな?“7”…今の時代では幸運の数字として世に知れ渡っているという。しかし、貴様にとっては不運の数字となったようだな?」

 

姿も現さず、声だけを響かせる謎の敵。先程の念話をゼロ同様に聞いていたらしいその敵の姿を探すが、それらしき人物はどこにも見当たらない。

 

「何故なら貴様は…ここでこの私に打ち倒されるからだ…」

 

すると、辺りに響かせていたその声は、シエルの頭上付近から発せられるものへと変わる。反射的に上を見上げたシエルの目に、ようやくその敵の姿は映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この“七”人目の六魔将軍(オラシオンセイス)である、このクロドア様の手によってなぁ!!」

 

 

 

 

映ったのは、先端が髑髏になっている杖。ブレインが持っていた、魔水晶(ラクリマ)を咥えていた(今は無いが)あの杖が、言葉を発して浮遊しながらこちらを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

「えぇーーーーっ……」

 

「なんだそのあからさまにガッカリしたような反応はぁ!!失礼だろ!!」

 

喋る髑髏の杖、クロドアが言うように思いっきり表情をガッカリと言いたげな暗いものへと変えて、低い声を絞り出しながらあからさまに落胆した様子を見せるシエル。あんまりともいえる反応に思わずクロドアは先程の重厚そうな声をかなぐり捨てて大声で主張した。

 

「いやさ…正直ガッカリ感が半端ないじゃん?見てみ?画面の前の読者さんの顔。『お前かよ…』って言いたそうにしてるよ…?」

 

「誰だ読者って!?訳わかんないけど…何か物凄く失敬だし、色々と危ない気がするぞ!?」

 

だが主張するクロドアに対して、何も無いはずのあらぬ方向を指さして視線を向けながら、遠回しにクロドアをおちょくっている。これが奴を動揺させる作戦なのか、はたまた本気でそう思っているのか、本人しか分かりえないだろう。

 

「てか、何でブレインが持ってた杖が動いて喋ってるんだ?あと六魔将軍(オラシオンセイス)って六人だろ、何だ七人目って?」

 

「それは先程、貴様の兄とその他にも言われたぞ…。揃って同じところに反応しおって…」

 

前々回でおんなじリアクションとツッコミをいれられたことを思い出しながらうんざりと言いたげな表情(分かり辛いが)をしながらそう返す。気持ちはわかるが、ひとまず今気にするべきところはクロドア自身の事ではない。六魔将軍(オラシオンセイス)を自ら名乗っているということは、ニルヴァーナを止める自分たちを邪魔する側だ。

 

「ここの魔水晶(ラクリマ)を守っているのがお前…って事でいいんだよな?」

 

「そうだ。マスター・ゼロお一人でも十分ではあるが、どのようなことが起こるかは分からないのでな…。この私にも機会が巡ってきたのだ…!」

 

質問したこと以上にすらすらとクロドアの口(髑髏だが)からここに至った経緯が語られる。化猫の宿(ケット・シェルター)をニルヴァーナで攻撃するために移動し、辿り着いた矢先、クロドアは破壊のみを重点に置いているゼロに、化猫の宿(ケット・シェルター)を狙っていた理由…ニルヴァーナを再び封印されないためであることを確認として口にした。しかし、それがゼロの苛立ちを生む原因となり、クロドアはゼロによって一度粉々にされてしまった。

 

しかし、初撃をクリスティーナによって妨害され、もう一度発射するための時間を稼がれてしまったゼロは、あることを思いついた。連合軍側の希望を、一片も残さず壊すことである。

 

「マスター・ゼロが敗れることなど万が一にも…いや、億が一にもあり得ぬことだが、あの方にとってはそれでは足りぬ…。全てのものを破壊することを望まれたあの方は、その億が一のことが起きたとしても、貴様らの思惑があっけなく砕け散ることをお望みだ…」

 

それはつまり、例えナツがゼロを倒して魔水晶(ラクリマ)を破壊できたとしても、クロドアがシエルを邪魔して魔水晶(ラクリマ)の破壊を阻止すれば、ニルヴァーナを止めることは叶わず化猫の宿(ケット・シェルター)は今度こそ蹂躙される。連合軍に残されている勝機を壊すことで、更に己の欲を満たすために、クロドアはゼロに復活させられたわけだ。

 

「先程はしくじったが、今度はもう失敗せぬ。マスター・ゼロの御為に、貴様をここで始末させてもらうぞ…!!」

 

「随分自信があるみてえだな。ブレインの時には手酷くやられたけど、俺もその時のリベンジ、させてもらうぜ…!」

 

一見すれば髑髏の杖。戦闘能力がそこまで高いようには見えないが油断は禁物。対象は細長いから一点を集中する魔法は躱されたり当たらない可能性もあるし、魔法自体がどれほどの威力か、どんな魔法を使うか、他の六魔と違ってすべてが未知数だ。残り時間も限られている。あまり長引かせるわけにもいかないから、相手の出方を窺うよりもまずはこちらから仕掛けてその迎撃を誘う。

 

「先手必勝、暴風警報!竜巻(トルネード)!!」

 

掌から緑色の竜巻を発射し、クロドアの元へと迫っていく。だがクロドアはこちらに襲い掛かってくる横方向の竜巻を前に表情をにやりとした不気味な笑みに変えて一言…。

 

「ブレイン、か…」

 

呟いたと同時にその姿は突如消え、竜巻は何も捕らえられずに通過する。思わず目を見張ったシエルは直後、背中から頭突きを食らわせたクロドアによってその体を吹き飛ばされる。

 

「つっ…速い…!?」

 

細長い体を活かした超スピード、と言ったところか。ならばこちらも速さには速さだ。すぐさま雷の魔法陣を手に浮かべてそれを握り潰し、敏捷力を上げる雷光(ライトニング)を発動させる。

 

「無駄だ、その技の対処法は既に知っている!」

 

だがクロドアは一声上げると同時に魔力の膜を展開する。そこを通過すると、シエルが体に纏っていた雷の魔力は途端に霧散。さらに落雷(サンダー)を発動させることが出来なくなってしまった。

 

「これは…ブレインがやっていた…!」

 

ブレインと激突していた際に雷光(ライトニング)を封じた雷の魔力のみを遮るバリア。まさかクロドアまでこれを使ってくるとは、と驚愕していたその時、更に攻めの手を激しくしてくる。

 

「これだけではない…常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

呆気に取られているシエル目掛けて黒緑の波動を撃ちだしてきた。必死に回避するも怒涛の連射で反撃する隙も見当たらない。それも、ブレインが放ってきたものよりもさらに威力が上だ。

 

「ふははははっ!素晴らしい!これがマスター・ゼロからお譲りいただいた力…想像以上の破壊力!!」

 

「ゼロから…!?」

 

ゼロによって復活された際に、どうやら更に何かしらの強化を施されたようだ。本人には遠く及ばないであろうが、それでも彼の半分近くの実力を有しているといったところ。クロドア本人から自慢気にそのような推測が語られる。

 

「まだまだ終わらんぞ?常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

そして続けざまに放ってきた波動をシエルは走りながら回避していく。その間に彼は小さな太陽を創り出して、逃げながらもそれを何本もの矢の形にしていく。そして波動の一つを回避した瞬間、クロドア目掛けてそれを放つ。

 

光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

光速で放たれた矢。ほぼ一瞬で貫くであろうその攻撃を視認し、慌ててクロドアはその場を急上昇で退避。速さに特化されていると実感していたが、まさかとっさとはいえ回避されるとは考えられなかった。

 

「あ、危なかったぁ…!おのれ小僧めが…!!」

 

焦りを見せながらも、途端に怒りを露にした表情で持ち直し睨みつける。そして多数の黒緑の魔力弾を乱射してシエルを蹂躙しようとするのを、慌てて彼はその場を跳躍して躱す。

 

「馬鹿め!私と違って空中を自在に飛べない小僧が!常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!!」

 

しかし空中に身を置いたシエルの判断を嘲笑し、貫通力に特化した技を放つ。狙いは少年の中心、どてっ腹に風穴を開ける目的だ。その狙い通り、クロドアが放った螺旋の波動は表情を驚愕に固めるシエルの腹部を貫通した。そしてそのまま空間の石床に叩きつけられる様を見てほくそ笑みながら勝利を確信する。

 

風巡り(ホワルウィンド)…」

 

「え?」

 

すると、先程仕留めたはずの少年と同じ声が後方から聞こえてくる。油断していたクロドアが何の警戒もなく振り向いた瞬間…。

 

(シャフト)!!」

「ごぺぇ!!?」

 

後方から…正確には振り向いたことで位置関係が正面となり、シエルが振り上げていた風の棍で真正面から思い切り叩きつけられる。そして勢いそのまま真下の石床に思いっきり衝突して土煙を起こした。

 

先程クロドアの魔法で貫かれたシエルはそのまま音もなく消えていき、本物のシエルが雲の上に乗りながらしてやったりの笑みを返した。

 

「生憎空なら俺も飛べるんだよ。知らなかっただろ?」

 

その声を聞きながら、壊れて瓦礫となった石床から這い出て、怒りを表すかのように二つの空の目に光を灯す。それと同時にクロドアを中心に魔力が迸り、空間内の空気を揺らす。今までのはまだ奴の本気ではなかったのか…?笑みを引っ込めたシエルが、それを肌で実感する。

 

「舐めるなよ、小僧…!マスター・ゼロから授かった力が、この程度で終わるわけがなかろう…!」

 

雲の上にいる状態をキープしながら、シエルはクロドアの次の動きを警戒する。何が来ても対処ができるように、退避、迎撃、防御、それでも転じれるように。

 

「『常闇回旋曲(ダークロンド)七重奏(セプテット)』…!」

 

開かれた口の中から多くの魔力が放出され、それが七つに枝分かれする。そしてそれぞれ異なる方向から空を移動する雲に乗るシエル目掛けて攻め立てていく。顔に汗を滲ませながらも紙一重でそれぞれの波動を回避し、最後の一つも迫りくる上空から避けて、下降しながら躱した。

 

「まだまだ!『再演奏(アンコール)』!!」

 

だがその軌道を読んだクロドアによってもう一発波動が撃ち出され、反応して行動を起こす間もなく衝突する。雲が消滅し、宙に投げ出されたシエルに容赦することなく、髑髏はさらに追撃を重ねる。多数の魔力弾を発射してシエルを蹂躙しようとするも、咄嗟にシエルは吹雪(ブリザード)で迎撃。相殺させる。

 

「さらに気象転纏(スタイルチェンジ)かまくら要塞(スノウシェルター)!!」

 

再び魔力弾を撃ってこようとしたクロドアをすでに認識し、今度は防御に徹する。予想通り、発射された魔力弾は硬質なかまくらに一切傷をつけられていないが、クロドアに焦りはない。寧ろ不気味に笑みを浮かべながら次の技の準備を進めている。

 

「たかが雪の要塞で、これを防げると思ったか?常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!!」

 

発射される螺旋の波動。本来であればどんな攻撃も通さない鉄壁であったはずのかまくらは、呆気なく穴を空けられて貫通。中で身を固めていたシエルにもその牙を剝く。

 

「うあっ…ぐっ…!!」

 

貫通されたところを目撃し、咄嗟に身を捻って躱そうとしたが間に合わなかった。シエルの左脇腹に少しばかり当たったようで、服と身が削り取られ、そこから赤い血が流れ出している。

 

「ふははははっ!その傷ではもはや満足に戦えまい!最早貴様に…勝ち目はないぞ、小僧!」

 

勝利を確信して高笑いを上げるクロドアを睨みつけるも、痛みをこらえて表情を歪めている今のシエルを見て髑髏が抱くのは、優越感のみ。そしてさらに魔力を練り上げながらシエルに近づくと、青白く光らせたと思えば、同じ色の雷撃がシエルに襲い掛かる。

 

「ぐぁああああああっ!!」

 

髑髏の高笑いと少年の悲鳴。誰も予測できなかった7番魔水晶(ラクリマ)での戦い。年若き光が闇に押し潰されようとしていた…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「っ!?何だ…?妙な胸騒ぎがする…?」

 

ここは3番魔水晶(ラクリマ)。7番で激闘を繰り広げている少年の兄が、頭の中で刻一刻と秒を刻むタイマーに意識を向けながら、脚を組んで瞑想をしていた。しかし、突如虫の知らせのように謎の胸騒ぎが起きたことを自覚した。

 

こういう時は決まって、唯一の肉親である弟の身に何か危険が迫っている。今までの経験で何度かそのようなことが起きていた。しかし、弟が名乗り出ていたのは7番。ナツがいの一番に選んだ、ゼロがいると思われる1番とは、距離も離れている。

 

だと言うのに、何故こんな胸騒ぎを感じたのか。今自分がこの場にいて、本当に大丈夫なのか、不安はどんどん高まっていく。しかし、残り時間はほとんど残っていない。この3番魔水晶(ラクリマ)は、位置関係上、最も7番から離れているといっても過言ではない。いくら神器の力を借りても、シエルを救助し、またこの場所に戻ってくる頃には、ニルヴァーナは発射されてしまう…。

 

「(シエル…!)」

 

もどかしい。だが今の自分にできるのは、弟を信じ、自分の持ち場で力を振るう事だけだった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

1番魔水晶(ラクリマ)での激闘。そこではやはりと言うべきか。ゼロの方が圧倒的優勢で立ち回っていた。炎を纏って攻撃を仕掛けてくるナツを、ゼロは確実に動きを見切って全て回避している。そして時折こちらから繰り出す攻撃は、確実にナツの体力を削っていく。

 

常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!」

 

そして今もそうだ。全てを貫通する魔法を指先から発射し、更にはブレインの時には行えなかった操縦機能まで備わっている。時には地中に潜らせて真下から、時には空中を縦横無尽に飛ばして死角から。ナツの体を次々と甚振っていく。

 

「壊れんのはどっちかって?テメェに決まってんだろうがーーーっ!!」

 

制御を解除するまでもない。ペルセウスよりも圧倒的に劣る魔導士相手に、余裕の態度でナツを圧倒していく。

 

「火竜の…鉄拳!!」

 

だが何度目かになった攻撃に対して、ナツは真正面から拳に炎を纏ってそれを撃ち付ける。勢いが強いために身体が後方へと引きずられていくが、10秒近くの攻防を制して、その魔法を消滅させる。

 

貫通性の魔法を止めた。その影響で繰り出していた左の拳から血が噴き出しているが、止めただけでも大したものだ。ゼロは少しばかりナツへの評価を改める。ペルセウスほどではないが面白い戦いになりそうだ。

 

だが恐らく彼は知らない。自分だけが戦い、勝てば光側全員の勝利同然と思っている。その事実は全くもって違うことを。

 

「そういやさっき、言い忘れたことがあったな」

 

いきなり何の話だと、ナツが不機嫌そうに返事をする中、ゼロは愉快な笑みを浮かべながらナツに自分が()()()隠していたもう一つの事項を明かした。

 

「テメェらは8つの魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊するためにそれぞれ分かれた。そしてここにはオレがいて、テメェを邪魔するために、破壊するためにこうしている。だが…他の場所に、もう一人いるんだよ。オレが用意しておいた刺客がな…!」

 

それを聞き、さしものナツも大きく反応した。ゼロが用意した刺客。本人ほどではないが強力な力を有しているその存在を聞かされて、他の誰かが自分同様に戦っているという事実を認識させられたのだ。

 

「確か…ここが1番って決められてたなぁ…。つーことは…7番。その魔水晶(ラクリマ)がある場所にそいつはいて、テメェの仲間を邪魔してるわけだ」

 

『じゃあ俺は7に行くよ』

 

その数字を聞いたときに真っ先に思い出した念話越しの会話。シエルがもう一人の敵と戦っている。それを理解した瞬間、ナツは思わず呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「何だ…だったら問題ねえな…」

 

静かに呟いた声だったが、ゼロはそれに首を傾げた。状況的には悪くなったはずなのにそれを感じさせないような、自信に満ちた声。少しばかり絶望するかと予想していたのに実際は真逆の反応を、ナツは返していた。

 

「だって…あいつは…!」

 

笑みを浮かべながら次の言葉を発そうとする。だがそこに、ナツ目掛けて魔法の攻撃が第三者から発せられた。消耗しているナツはそれを躱せず、そのまま後方に倒れこむ。勝負の邪魔をされたことで少々不機嫌になったゼロが「誰だ!?」とドスのきかせた声を上げながら振り向くと、そこには意外な、だが納得するには十分な人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

ニルヴァーナを復活させた張本人であり、もう一人の自分(ブレイン)が魔法を教えた人物の一人。青藍の短い髪をした美青年、ジェラール・フェルナンデスが、掌に炎の魔力弾を構えながら悠然と立っていた。

 

「ジェラール…!!!」

 

口元に弧を描き、ナツに向けて攻撃を放った。その行動を起こした理由を、ゼロは理解するのに時間がかからなかった。

 

「貴様…記憶が戻ったのか」

 

「…ああ」

 

エーテリオンに巻き込まれたことで記憶を失っていたジェラール。しかし、それが戻ったという問いに肯定を返した。それはつまり、エルザたちと敵対する側としての記憶まで戻ったということになる。そして、今この瞬間、ジェラールという存在がいることを許容できない人物がいた。

 

「ジェラァアアアアアル!!!」

 

ナツだ。楽園の塔で彼がしたことを、それが原因でエルザが深く悲しみ、泣いていたことを、彼は断じて許していない。憎しみと怒りのままに彼へと詰め寄っていくナツを、ジェラールは表情を変えないまま手に具現させていた炎をナツに放つ。

 

しかし、ナツには炎は効かない。火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である彼には、炎の魔法を逆に食らい、己の力とする特性が存在する。衝撃で後ずさりながらも主張を叫ぶナツに、静かながらもはっきりした声でジェラールは答えた。

 

「知ってるさ。思い出したんだ」

 

その声と言葉に、ゼロは妙な違和感を覚えた。炎が効かないことを知っていながら、何故炎の魔法を放ったのか。だが、それは彼の次の言葉で明かされた。

 

 

 

 

「『ナツ』と言う希望をな」

 

「何!?」

「ア?」

 

彼がこの1番魔水晶(ラクリマ)に来たのは、ナツの体力と魔力を回復させるためだった。記憶の中にある「ナツ」という希望にかけ、彼の力を最大限に引き出すために。だが、ジェラールもまた魔水晶(ラクリマ)の破壊のために自分の持ち場へと向かうはずだった人物だ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その担当する持ち場、8番魔水晶(ラクリマ)に向かっていたのは、何と羽を生やして飛行する白ネコに抱えられながら移動する、藍色髪の幼い少女、ウェンディだった。ほとんど魔力が残っておらず、体力も消耗した状態で苦し気に声を上げながらも、少女の体を抱えて飛ぶ力を緩めないシャルルに、ウェンディは感謝を告げる。

 

「ありがとう、シャルル。ジェラール…大丈夫かな…?」

 

「他人の事より自分の事よ。ホントに出来るの、ウェンディ?」

 

「うん!これは…私がやらなきゃいけない事なんだ」

 

心配そうに悲し気な顔を浮かべるシャルルに、ウェンディは決心した表情でそれに答える。ジェラールが担当するはずだった8番の魔水晶(ラクリマ)に、なぜ彼女たちが向かっているのか。それは数分程前の出来事に遡る。

 

 

左手に顔を置きながら時々苦しそうに呻き声をあげるジェラールを心配し、ウェンディが彼のあとを追って声をかけたことが発端だった。

 

『ジェラール、具合悪いの?』

 

『いや…』

 

彼女の問いには否定で返したが、ジェラールはウェンディから聞いていた彼女自身が扱う魔法について、思い出していた。彼女ならもしかすれば…。そう考えてジェラールは彼女に質問をしてきた。

 

『君は確か、治癒の魔法が使えたな?ゼロと戦うことになるナツの魔力を、回復できるか?』

 

『それが…』

 

『何バカな事言ってんの!!今日だけで何回治癒魔法を使ったと思ってるのよ!!』

 

申し訳なさそうに顔を俯かせるウェンディの代わりに、シャルルが憤慨しながら返答した。シエルが扱う魔力を回復させる魔法を、何度かかけてもらったおかげでいつも以上に治癒の魔法を使うことが出来たが、そのシエルと共闘する際にもサポートの魔法をいくつか、治癒の魔法も高頻度で使ったのだ。実を言うと、あと一回治癒をかける余裕も最早残っていない。

 

『これ以上は無理!元々この子は…!』

 

『そうか…』

 

それに対してジェラールは、特に落胆した様子も見せず、シャルルの言葉を遮って、更に言葉を続けた。

 

『ならば、ナツの回復はオレがやろう』

 

『『え?』』

 

顔を押さえていた左手をそっと下ろしながらジェラールは答えた。ナツという男の底知れぬ力を、希望の力を思い出したことを。ウェンディに治癒魔法をかける余裕がないのであれば、別の方法で自分が行う。そのための方法も、彼は思い出していた。

 

『君はオレの代わりに8番魔水晶(ラクリマ)を破壊してくれ』

 

『え、でも、私…』

 

『君になら出来る。滅竜魔法は本来(ドラゴン)と戦う為の圧倒的な攻撃魔法なんだ』

 

破壊するための攻撃魔法を使えない。そう思っていた自分にそう教えてくれるジェラールの言葉を聞いて、ウェンディは昼間にシエルから言われた言葉を思い出した。ウェンディの優しい性格で、攻撃よりもサポートや回復の方に比重がかかり、上手く扱えないのではないかという推測を。

 

『空気…いや、空を…“天”を喰え。君にも(ドラゴン)の力が眠っている』

 

『“天”を…』

 

 

 

その言葉を思い出しながら、到達した開けた空間。8番としていた魔水晶(ラクリマ)を前にし、内気で臆病だったウェンディは、その面影を感じさせない、まっすぐに前を見据えてやる気を奮い立たせている。

 

(ドラゴン)の力…私の中の…」

 

一度目を閉じながら、彼女は思い出していた。ある二人の人物から自分に告げてくれた言葉を。

 

『自分も戦ってでも助けたいなら、「守るために戦う」という想いを持ってみたらどうかな?』

 

「シエルさんが…教えてくれた…」

 

『空気…いや、空を…“天”を喰え。君にも(ドラゴン)の力が眠っている』

 

「ジェラールが…背中を押してくれた…」

 

そして、幼い頃にジェラールと別れ、その後に預けられたにも関わらず、本当の家族のように接し、自分を育ててくれた化猫の宿(ケット・シェルター)。そして自分のギルドを助けるために尽力し、今もなお共に動き、戦ってくれている連合軍。そして最大の敵、ゼロに自ら戦いを挑みに行った、ナツ。

 

彼らに守られてばかりではいけない。自分にはそのための力がある。想いを力にすることを教えてくれた、自分の中の可能性を信じてくれた、守りたい人たちのために…!

 

「自分のギルドを…みんなを…今度は私が守る!『守るために戦う』!お願い!グランディーネ!!私に力を貸してっ!!」

 

そして少女は、一つ深呼吸をし、長く、長く息を吸い始めた。いや、ただ吸っているのではない。空間の中にある空気を…“天”を喰らい始めた。

 

少女は天竜。天を喰らいし時、心優しき彼女の中に眠る、竜の力がその目を覚ます。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方。8番魔水晶(ラクリマ)から一番近い位置にあると言える7番魔水晶(ラクリマ)の中で、激闘を繰り広げていたはずのその空間は、今は静まり返っていた。激しい戦闘の跡を思わせる土煙で充満しており、その中で、荒く深呼吸をしている存在が一つ。

 

「ゼーッ…ゼーッ…!こ、ここまで手こずらせるとは…!ゼーッ…ハァ…」

 

その存在は喋り浮遊する髑髏の杖・クロドア。外傷はほとんど目立っていないものの、それなりに魔力を消耗したらしく、髑髏の顔でも分かるほどの疲労が見える。しかし、息を整え終えた後、視線の先に映るその存在を見て、彼は目元と口角を吊り上げていた。

 

 

 

その先にいたのは、全身が傷や痣だらけになり、特に左の脇腹が少しえぐれるという重傷を負った状態でうつ伏せに倒れる小さな少年の姿。

 

ニルヴァーナ発射まで残り5分。7番を担当していたシエルは、外見に似つかぬ強力な使い手である杖を前に奮戦するも、とうとう力尽きてしまった。

 

「ウワーハッハッハ!!しかしやったぞ!最早小僧は立ち上がることも出来まい!!私の勝ちだー!マスター・ゼロ~!やりました!私はやりましたよーー!!」

 

勝利を確信して一人大盛り上がりのクロドアの歓声。それを耳にしながらも、シエルは己の体を動かすことが出来ずにいた。

 

正直油断があったのかもしれない。ブレインの有した知識と、ゼロから渡された力が合わさり誕生したと言ってもいいかの存在が、半端な強さを持っているわけがないことに気付けなかった。その結果がこれだ。

 

ゼロと戦うことになるのがナツとなり、自分は魔水晶(ラクリマ)を破壊すればそれでよし。そんな考えもどこかであったのだろう。普段は物事を深く考える癖があるシエルのその慢心は、この敗北につながったのかもしれない。

 

これではゼロの思惑通りだ。ナツがゼロを倒し、魔水晶(ラクリマ)を破壊できたとしても、自分がずっと倒れ伏したままではニルヴァーナは止まらない。だが、身体は動く気配がない。ゼロでもない髑髏の杖を相手に敗れ、連合軍は敗北してしまうというのか…?

 

「(ちくしょう…!本当に…ここまで、なのか…?俺は…?)」

 

意識を保つことがやっと。抗う力も徐々に消えていく。重くなってきた瞼と、遠くなってきた意識に対抗することが出来ずに、そのままシエルはその目を閉じようとしていた。

 

「(ごめん…みんな…。ごめん…兄さん…)」

 

浮かんでくるのは消耗していると思われる仲間たち。ゼロによって負傷したと聞いた兄。そして…。

 

「(ごめん…ウェンディ…)」

 

自分にとって初めて、かけがえのない感情を教えてくれた少女の姿を、脳裏に浮かべながら、少年は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私たちの…ギルドが…!』

 

『止めてみせるよ、絶対』

 

 

 

「っ!!」

 

記憶に新しいその会話を思い出し、閉じかけていた瞼を開き、薄れかけた意識を無理矢理覚醒させた。そうだ。何を諦めている。約束したじゃないか、あの子と…!!

 

「ハーハッハッハッハ!ハーッハッハ…は!?」

 

大騒ぎしながら高笑いを続けていたクロドアは、目に入ってきた光景を信じられなかった。誰が見ても再起不能なボロボロの状態にされてもなお、痛みをこらえ、身体に鞭を打ち、四肢を使ってその体を起き上がらせようとしている。

 

「ば…バカな…!?こいつ本当に…人間か…!!?」

 

最早衝撃を通り越して恐怖すら覚え始めるクロドア。吹けばまたすぐにでも倒れそうな状態になっている少年は、脚をふらつかせながらも、息を激しく繰り返しながらも、しっかりとその脚を地につけ立ち上がる。そしてその目に宿した光は、これまで以上にひどく輝いているように見える。

 

「絶対…止めてみせる…!!確かな方法が、あるんだ…!!」

 

そして彼は思い返す。自らが育ったギルドに迫る脅威を想像し、涙を流した少女と交わした約束を。

 

「ウェンディたちのギルドは、絶対にやらせない…!!例え手や足がもがれても…絶対に!やり遂げる!!!」

 

「な…な…!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

1番魔水晶(ラクリマ)。楽園の塔での遺恨によるいざこざがあったが、ジェラールはナツに、己に宿った最後の魔力を炎とすることで、彼に大きな力を分け与えることに成功した。ジェラールの魔力を込められた、金色に輝く“咎の炎”。同じ罪を背負いながらも、罪に慣れている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士は、本当の罪を自覚していた。

 

それは目を逸らすこと。そして誰も信じられなくなることだと。

 

咆哮と共に攻撃を仕掛け、今までとは段違いの力を発揮して、圧倒されていた時とは打って変わって優勢に攻め立てるナツ。

 

その力を垣間見たゼロは、ナツの体から溢れるその大きな力を、ブレインの記憶から割り出していた。圧倒的な力を有した(ドラゴン)に近い実力を発揮し、己の力の何倍もの力を発する、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の最終形態。

 

 

 

『ドラゴンフォース』

 

「そういや…オレも言い忘れてたな…」

 

一転して自分を圧倒してきたナツが徐に口を開く。怪訝そうな表情でそれに反応を示せば、こちらをまっすぐに見据えながらも、ジェラールによって結果的に遮られた言葉を彼は口にする。

 

「7番に向かったあいつは…絶対に負けやしねえよ。何故なら…」

 

この時、ナツも思い出していた。涙を流す少女に歩み寄り、必ず彼女のギルドを守るために約束を決心した、あの少年を。

 

 

「あいつには、負けられねえ理由がある。何に変えても、無駄に出来ねえ約束がある…!」

 

ナツは信じてる。少年の力を、可能性を、そして彼がどれだけ、想いの力を信じているのかを。

 

「シエルなら勝てる…。だからオレも…この力で、お前に勝つ!!」

 

仲間の勝利を信じて疑わず、自分は勝利へと前に向かう。決意と覚悟、それを裏打ちする(ドラゴン)の力。それを前にしてゼロはただただ笑う。嘲笑ではない。彼を強者と認め、高ぶる己の感情と力に高揚感を得ているからである。

 

「面白い!これならオレも全力を出せそうだ、来い!(ドラゴン)の力よ!!制御不全(アンチリミッター)!発動!!」

 

「行くぞぉ!!」

 

竜の力と無の力。互いに最大限に高まった力同士が、さらなる激闘を表すようにぶつかり合う。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「くぅ~~!!憎たらしい小僧めぇ…!!」

 

あまりにも眩しすぎる。闇の世界に身をやつしている自分にとって、憎たらしいことこの上ない。そんな瞳を宿したシエルに苛立ちを隠さずに、クロドアは己の力を再び解放する。

 

「いいだろう!こうなったら望み通り、手足も何もかもバラバラにしてやる!あの世で後悔するといい!小僧がぁ!!」

 

最早一撃食らうだけでも命に関わる。今やシエルの魔力は限界。魔水晶(ラクリマ)を破壊する余裕すら存在していない。このままいけば、確実にシエルには勝ち目はないだろう。

 

 

 

「(一つだけを…除いて…!)」

 

一つ深呼吸をして、少しばかり足を開き、両手を前方へと差し出してシエルは構えた。一つだけ。自分が扱える魔法で、一つだけ、この状況を打開できる術がある。

 

「(残されたのは…この技しかない…。お願いだ、みんな…!

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなの力を、俺に分けてくれ!!)」




次回予告

「絶対にこれで決めるんだ!!」

「時間だ!みんな、頼むぜ!」

「ただ、みんなを信じて、やり抜くだけだ…!」

「諦めない…!あたしは絶対に、諦めない…!」

「皆が期待してくれている…その期待に!必ずや!応えねば!!」

「この一撃に…残された魔力をすべて込める!」

「(力が…力が私の中に漲ってくる…!)」

「全魔力解放!!」

「消えろ!ゼロの名の下に!!」

「我ら六魔将軍(オラシオンセイス)の!勝利だぁーーっ!!」

次回『RAINBOW』

「予報する…30秒後の天気は、闇に染まった暗雲、(のち)…!!」


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第62話 RAINBOW

ついに来ましたこの時が。ニルヴァーナ編で絶対書きたかったシーンベスト3に入るこの回。ちなみに他の二つは「笑顔の魔法」と、これから書く予定である最後の最後。

多くは語りません。どうか、お楽しみください。


ニルヴァーナ発射まであと5分。クロドアによって満身創痍の重体とされているシエルが倒れていたころ、各魔水晶(ラクリマ)には次々と魔導士たちがそれぞれの持ち場に到着し始めていた。そのうちの一つである4番に指定された魔水晶(ラクリマ)には、星霊魔導士のルーシィが、満足に動かせない身体を壁に寄りかからせながら進み、同行した青ネコのハッピーとともに、ようやく到着した。

 

「ルーシィ、大丈夫?」

 

目の前の部屋の中心に佇む巨大な魔水晶(ラクリマ)を目の前に、消耗が明らかな様子で呼吸を続けながらへたり込んだルーシィを案じ、ハッピーが声をかけると、彼女は悔しそうに声を絞り出しながら答え始めた。

 

「見栄とかはってる場合じゃないのに…『できない』って言えなかった…!」

 

実はもう、ルーシィには魔力が全くない状態に陥っていた。ただでさえ、ウラノ・メトリアと言う超強力な魔法を使用したことで大きく魔力を消費し、回復しきらないままニルヴァーナへと移動し、ゼロと遭遇。彼女が抱えている余裕は皆無だった。魔水晶(ラクリマ)を破壊するほどの力を持つ星霊を呼び出すことすらできそうにない。

 

それでも彼女はただただ任せるばかりでいるのが嫌だった。自分も、ウェンディのギルドを守るために何かをしたい。こんなところで倒れていられない。見上げればすぐそこに存在する魔水晶(ラクリマ)を、体当たりしてでも壊さなきゃ。

 

「諦めない…!あたしは絶対に、諦めない…!」

 

残されている力がほとんど無くても、今持っている力で出来る限りのことをしてでも、諦めることだけはしたくない。誰かの力になりたいというルーシィの想いは…。

 

 

 

「「時にはその想いが力になるんだよ」」

 

とある双子を動かすほどの力となって、彼女の前に現れた。水色の肌をした人形のような外見をした双子の小人。双子宮の星霊・ジェミニが、星霊界から所有者(オーナー)とは違う星霊魔導士の為にルーシィの前に現れたのだ。

 

「あの時、聞いたからね」

「君とあの子の想いを聞いたからね」

 

「ジェミニ…!?どうしてあんたたちがここに…!?」

 

ただただ驚いてジェミニにそう尋ねるルーシィ。すると彼らの姿が煙に包まれ、すぐさま晴れると同時に、エンジェルと対峙した時と同じ状態のルーシィの姿となっていた。対象の人物の姿形をそのままコピーすることが出来る能力を持つジェミニ。目の前でルーシィの姿へと変身したジェミニに呆気にとられるルーシィとハッピーに、ジェミニは笑みを向けながら告げた。

 

「僕たちが、君の意思になる。5分後に、これを壊せばいいんだね?」

 

「ありがとう!」

 

想いは届いた。彼女の姿となって、彼女の力となって、彼女の想いを受け継ぎ、それと共にする。ルーシィとハッピーが涙を浮かべながら喜びを表しているのを背景に、ジェミニは笑みを浮かべながら頭の中に刻まれたタイマーに意識を向け、魔力の集中を始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

残り時間は3分を切った。1番ではきっとナツとゼロの激闘はまだ続いているだろうし、各々も魔水晶(ラクリマ)の破壊を行うためにそれぞれの準備をしていることだろう。そう予測を立てながら、シエルは仁王立ちをしながら前方に突き出した手に魔力を集中させている。

 

「今更何かしようとしたところで無駄よ!常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

叩きのめしても諦めようとしない少年に苛立ちを向けながら、クロドアが開いた口から黒緑の波動を発射。無防備の少年にそれが命中すると、シエルは苦悶の声を上げながら数歩後ずさってしまう。このまま倒れるか?とクロドアが期待の表情で少年を見下ろしていたが、彼の期待に応えず、シエルはそのまま踏みとどまり、同じ構えを行った。

 

「くっ…!このガキめ…!!」

 

苛立ちがさらに募り、それが声にも表情にも分かり辛いが浮かび上がる。だがシエルはそこに意識を向けることはない。これ以上クロドアの相手をしている余裕はないと、既に判断しているのだ。考えるべきは魔水晶(ラクリマ)の破壊のみ。

 

「(集中するんだ…!少しでも多く、みんなから、集めるために…!)」

 

既にシエルの魔力は限界寸前。これまでなら日光浴(サンライズ)を使用して自分の魔力を回復させることで繋ぎ止めることが出来た。しかし、残り時間を回復に費やしても満足な量は確保できない。その上クロドアはそれを食い止めようと邪魔してくるだろう。

 

だがシエルには、もう一つ状況を打破する方法を考えついていた。

 

その根拠は、ヒビキからの念話で伝えられたニルヴァーナに関する情報の一つ。八つの魔水晶(ラクリマ)は同時に壊さなければ、破損した箇所を別の魔水晶(ラクリマ)が修復してしまう。つまり、それぞれの魔水晶(ラクリマ)はそれぞれの脚とは別に、魔水晶(ラクリマ)同士でも魔力の経由で繋がっていると言うことだ。

 

ニルヴァーナは地面から吸収した魔力を、主砲に集中させて発射させることができる。全ての魔水晶(ラクリマ)が魔力を経由する繋がりを持っていて、それを主砲に集めている仕組みであることがわかる。

 

なら、魔水晶(ラクリマ)が存在する空間に漂う魔力は?微力とはいえ、それも吸収し各魔水晶(ラクリマ)に経由する魔力となっていたとしたら?

 

「(今俺の中にある魔力を基盤に…他の魔水晶(ラクリマ)を破壊するみんなの魔力を、あの魔水晶(ラクリマ)を通して少しずつ吸収する…!)」

 

魔導士が魔法を使った際に消費した魔力は、空気中に存在するエーテルナノを自動で吸収し、空いた器が満たされるまで供給されるのが、この世界の魔導士の身体の仕組みだ。

 

身体の本能に刻まれた機能のためそれを操作できる魔導士はほとんどいない。シエルがそれを実行できるようになったのは、天候魔法(ウェザーズ)の習得をしている際に、今から発動しようとしている技を練習してからのことだ。

 

この魔法の元となったあの気候を初めて見た時のことを、シエルは今でも思い出すことが出来る。

 

 

 

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まだ魔法を覚えようとして、様々な魔法の習得に躍起になっていた頃。マグノリアに降り続いていた豪雨が上がり、暗い雲の隙間から明るい日差しが差し込んできた光景を、ギルドのほとんどの者たちがそれを見てはしゃぐ様子とともに見ながら、シエルはただ呆然とそれを眺めていた。

 

『どうした、シエル?』

 

『兄さん。…僕、初めて見たよ…!今まで、本の中でしか知らなかった…!』

 

それは身体の調子が良くなって、比較的自由に動けるようになってから己の目で見ることが出来るようになった光景の一つ。初めて見た時はまさか本当に見られるとは思わなかったとまで言える。

 

『これから何度も見ることが出来るさ。晴れているのに雨が降ったり、冬になれば一面が雪に包まれたり、ここよりも更に外に出れば、雲の上に城が立っているような景色だって見れる』

 

兄から聞いたその風景に、更に目が輝くのを自分で感じることが出来た。その光景たちも見るのが楽しみだが、今は目の前に見えるものだ。雨が降り続き、そこから雲が晴れだして、日の光が当たることで初めて見れる。そんな“奇跡”のような光景。

 

 

 

あの7色の線で彩られたようなアーチのような天上の橋がかかる、選ばれた時間と場所でしか見れないような光景を…きっと自分は一生忘れない。

 

 

 

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あの時の、あの風景の様に、この技は奇跡をもたらすような技だ。消費する魔力も勿論多いが、それに相応しい効果を発揮することは確実にわかる。今のシエルでは扱えずとも、自分と共に戦っている仲間たちの力を合わせれば…!

 

「(頼む、みんな…!俺に力を…みんなと一緒に守れる力を、与えてくれ…!!)」

 

徐々にカウントダウンは過ぎていく。もうすぐ1分を切ろうとしているところだ。だが、それが逆にチャンスでもある。時間が近づいてきている、と言うことは各魔水晶(ラクリマ)を担当している各々も、それぞれの準備を始めようとしているところだろう。

 

少年は願う。今この窮地を脱するための、奇跡をもたらす力を…!

 

 

 

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2番魔水晶(ラクリマ)。そこを担当するのは黒い短髪の垂れ目の青年。晒した上半身は傷だらけではあるが、魔水晶(ラクリマ)を見上げる視線と、地につけている脚はしっかりとしていて、頭に浮かんでいるタイマーの時間と己の魔力を計算しながら、その時を待っている。

 

「そろそろか…」

 

そして、1分を切った頃、時間と合わせて最大の威力をぶつけるために、右の拳と左の掌を合わせ、凍てつく魔力をその手に集中させていく。

 

「失敗は出来ねえ…必ず成功させてやる…!」

 

クールな印象を与える佇まいと魔法。しかしその心の内は確かな熱さを秘めている青年、グレイ。彼が扱う冷たくも熱い氷の魔力が、空間に漂い出す。

 

その色は…青。

 

 

 

3番魔水晶(ラクリマ)。そこを担当するのは水色がかった銀色の長い髪をうなじあたりで縛って垂らした青年。天候を扱う少年を弟に持ち、神に愛された彼はその力に慢心せず、この場にいない仲間たちの身を、特に弟を案じながらも、彼らを信じて持ち場から離れずにいた。

 

「換装…グングニル…!」

 

対象の全てを貫く強大な紫の槍。右手にしっかりと握りしめるように構えながらその時を待ち、一点集中という言葉を体現するように魔水晶(ラクリマ)を見据えている。

 

「不安は拭えていない。けどここで俺が離れれば、この作戦は達成できない…」

 

先程の胸騒ぎから抱えていた不安は結局払拭は出来なかった。しかし、ここで自分がやるべきことを見失うわけにもいかない。今自分が出来るのは、もはや一つしか残されていなかった。

 

「ヒビキが託した希望を、俺たちが成し遂げる…!ただ、みんなを信じて、やり抜くだけだ…!」

 

覚悟を決め、己がなすべきことを成し遂げる。弟を、仲間を信頼し託すこと、それもまた信じるということの一つであると実感した青年・ペルセウスに応えた神の槍は、内側に抑えきれないほどの魔力を空間の中に発していた。

 

その色は…紫。

 

 

 

4番魔水晶(ラクリマ)。そこを担当するのは金色の長い髪を、今は側頭部から二つ結びをしている少女。魔力の枯渇したルーシィは、彼女の思いに応えて現れたジェミニと共に、魔水晶(ラクリマ)の破壊を試みる。

 

「「開け、金牛宮の扉!タウロス!!」」

 

共に口上を述べ、呼びかけに応じたパワー型の星霊であるホルスタイン柄の筋骨隆々の牛が自前の斧を意気揚々と構える。

 

「「頼んだからね、タウロス!!」」

 

MO()ー!お任せあれ、二人のナイスバディ!!」

 

同じ姿の少女二人に託された星霊一の力自慢。よりやる気を漲らせて構えるタウロスと、歓喜にはしゃぐ青ネコの声を聞きながら、ルーシィは心の中で懇願する。成功してほしいと願う。守り切ることを願う。その想いがジェミニが発した己の魔力と混ざり、さらに力と変わる。

 

その色は…黄色。

 

 

 

5番魔水晶(ラクリマ)。作戦が開始してしばらく、闇ギルドの者たちによって捕らえられ、手足を棒と一緒に縛られたまましばらく身動きが取れなかった、尖ったオレンジ色の髪をした小太りの男。だが縛られた状態のままでも懸命に体に鞭を撃って持ち場に向かい、先程ついに到着。そして、ここから彼の真骨頂が披露されることとなる。

 

「見せてやるぞ…我が力の香り(パルファム)を…!!」

 

ホルダーから試験官の一つを器用に取り出し、己の鼻の近くでコルクの蓋を取る。そしてその香りを鼻から吸収すると、何と一夜の身体が見る見るうちに盛り上がり、だらしないように見えた体が見違えるほどの筋骨隆々の体へと大変貌を遂げる。

 

「皆が期待してくれている…その期待に!必ずや!応えねば!!」

 

今や動ける魔導士はギリギリ。その中で自分にも白羽の矢が立てられた。普段は己をイケメンと自称し、どこか敬遠されがちな言動が目立つ彼ではあるが、その根底は青い天馬(ブルーペガサス)と言うギルドのために、その力を遺憾なく披露、発揮させようと、自分と志を共にする仲間たちの力になるため、想いに応えるために尽力する。

 

外見ではない。彼の心は、間違いなくイケメンそのものだ。

 

青い天馬(ブルーペガサス)の一夜!真の力を!今こそ見せる~!!!」

 

服の中に収まりきらなくなった筋肉を震わせ、晒された上半身に力を込めながら気合を入れる。同時に、彼の香り(パルファム)も彼の気合と共にその力をさらに発揮しようとする。

 

その色は…緑。

 

 

 

6番魔水晶(ラクリマ)。担当するのは、言わずと知れた妖精女王(ティターニア)。換装魔法で身体を光に包み、攻撃力を倍加させる黒羽の鎧をその身に纏い、その時を待つ。てっぺんで縛られた緋色の長い髪をたなびかせながら、彼女もまた己の魔力を高めていく。

 

「この一撃に…残された魔力をすべて込める!」

 

確実に一撃で破壊することが出来るだろう。そして、他の者たちも、ゼロと戦っているナツを、信じて力を奮う事が、今自分にできる唯一のこと。

 

「頼むぞ、ナツ…!」

 

誰よりも強くあろうと、そして信頼を心掛ける気丈なる女騎士。エルザが高ぶらせる魔力が、彼女の緋色の髪を揺らす風の様にゆらゆらと空間を支配していく。

 

その色は…赤。

 

 

 

8番魔水晶(ラクリマ)。場にいるのは幼い藍色の長い髪の少女。憧れの少年に教えてもらった想い、それを実現させるよう背中を押してくれた恩人。二人の期待に応えるために“天”を喰らい、その力を高めていく。

 

「ウェンディ…」

 

傍らでそれを見守るのは、彼女の相棒である白ネコのシャルル。今ウェンディの周りには、彼女が喰らいその力の証とも言えるような純白のそよ風が包むように吹きすさび、少女の髪と衣服を揺らす。しかし、まだ足りない。もっと集中して、少女は天を喰らい続ける。

 

「(力が…力が私の中に漲ってくる…!)」

 

この調子ならば。今まで戦うことを避けてきた優しい少女が、初めて破壊を行う。だがそれは何かを傷つけるためじゃない。自分の守りたいものを守るために、戦う為の力。

 

「(グランディーネ…力を貸して…!!)」

 

自分を育ててくれた母代わりの竜に想いを馳せながら、彼女のような力を守るために振るう心。彼女が喰らう天の力は魔水晶(ラクリマ)にも徐々に伝わっていく。

 

その色は…藍色。

 

 

 

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そして1番魔水晶(ラクリマ)が在する脚の付け根部分では、魔水晶(ラクリマ)がある空間の下の階層にまで激闘が続いており、二人の人物の戦いによって辺りの岩壁が破壊された跡が目立つ。その空間の一室で、仰向けになって倒れた状態でいるナツを、身体に時折感じる激痛をまるで気に留めない様子で、首を鳴らしながら仁王立ちで見下ろすゼロの姿があった。

 

「オレは六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター・ゼロ。どこか一ギルドのたかが兵隊とは格が違う。」

 

二人の力はほぼ互角だった。ドラゴンフォースの力はゼロにも匹敵するほどのパワーを確かに誇り、制御不全(アンチリミッター)を発動させたことでリミッターなしの力を振るうゼロを相手にしても拮抗するほどに。現にゼロの方も至るところにナツによってつけられた傷が存在している。

 

だがしかし、ゼロには一歩及ばなかった。己に課したリスクも顧みず遠慮なしに攻め立ててくるゼロの猛攻に次第にナツは押されていった。かつてナツが振るった力は楽園の塔にてジェラールさえも圧倒するほどのものだったのに。バラム同盟の一角、そのギルドのマスター。ゼロの力には、やはり及ばないのか…?

 

「てめえごときゴミが、一人で相手できる訳がねーだろうが」

 

しかし、ゼロのその言葉を聞きながら、ナツは満身創痍の体を起こし、立ち上がろうと踏ん張っている。激しく息を切らしながら、四肢に力を込めてその身を起き上がらせようと力を入れている。

 

「一人じゃねえ…伝わってくるんだ…!」

 

「ん?」

 

「みんなの声…みんなの気持ち…オレ一人の力じゃねえ……みんなの想いが、オレを支えて…オレを、今ここに立たせている!!」

 

ナツには聞こえてくる。自分を信じて、それぞれの力で困難に立ち向かおうとする仲間の声が。自分たちにすべてを託して、ニルヴァーナを止めると信じてくれる仲間の気持ちが。自分と共に戦い、託してくれる仲間の想いが、伝わってくる。思い出せる。

 

エルザの毒を治すために自分とシエルを先に進ませ、一人残ったグレイ。

 

突然の願いを快く引き受け、エルザを治療してくれたウェンディ。

 

イカダに揺られて動けない自分を懸命に助けようとしてくれたルーシィ。

 

ニルヴァーナを止めようと、危険な“天の怒り”を使って王の間を破壊し落ちてったシエル。

 

毒にやられながらもコブラを倒すその時まで自分を抱えて飛んでくれたハッピー。

 

ブレインに嵌められ全滅しそうだったところを、その身をもって自分たちを庇ってくれたジュラ。

 

ゼロの危険性をいち早く察知し、重体のジュラを自分たちに任せて一人足止めを買って出たペルセウス。

 

最後の力を振り絞って初撃から化猫の宿(ケット・シェルター)を守り、ニルヴァーナを止めるための方法を自分たちに託したヒビキたち。

 

そして、全てを自分と言う希望に託し、今この力を発現させてくれた、ジェラール。

 

「仲間の…仲間の力が!!オレの体中を巡っているんだ!!!」

 

今ここにいる自分は、仲間の手によって導かれた自分。それは確かな大きな力となり、彼の炎のように燃える心は、ジェラールから託された金色の炎と混じり、彼の迸る炎と体を金色に輝かせる。

 

ナツ・ドラグニル。炎の竜の力を開放した彼の膨大な魔力は、彼が壊すべき1番魔水晶(ラクリマ)にも届き、ある魔水晶(ラクリマ)の元へと自然に流れ込んでいく。

 

 

彼が扱う赤き炎。そこにジェラールの咎の炎による金色が混じり、色を変える。

 

 

 

その色は…橙。

 

 

 

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「(来た!!)」

 

こことは違う7つの魔水晶(ラクリマ)から集まった、彼らが扱うそれぞれの魔力。一人一人の異なる色の魔力が、シエルが練り上げている魔力に集い、一つとなっていく。

 

集中するために閉じられた目をカッと開くと、前方に掲げていた両手に魔力が可視化され、それぞれの7つの色が混じりあったそれが、シエルの体を螺旋状に巡り始める。

 

「んなっ!?な、何だ!?何が起こっている!!?」

 

先程まで死にかけ同然の消耗を見せていた少年からとてつもないエネルギーを垣間見たことで、何かを仕掛けてきたら邪魔してやろうぐらいの気持ちでいたクロドアは、目玉が抜けた目の部分を思いっきり見開いている。

 

対してシエルは自分の狙いが上手くいったことに対する喜びを片隅に一度置いてから、このチャンスを逃すまいと更に集中力を高める。前に突き出していた両手をゆっくりと左右に動かし、自分の周りを巡る7色の魔力をそれぞれにまた集わせようと動かす。

 

「こ、これはいかん…!今すぐにでも止めなければ…!喰らえ、常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!!」

 

さすがに危険だと断じたクロドアがシエルに向けて螺旋の波動を発射する。しかし、彼を守るように巡る7色の魔力にそれが触れると、あっさりと波動は消滅してしまった。

 

「ええっ!?どういうことだぁ!?」

 

全くもって予想外の出来事にクロドアの動揺は止まらない。だが、先程の光景を思い返すと、弾かれたことで消えたというより、あの魔力の中に吸い寄せられたと見た方がしっくりくる光景だった。つまり、今シエルの邪魔をしようと魔法を撃てば、それは逆にシエルの力として吸収されてしまうということだろう。

 

「(なんて厄介な魔法を…!)」

 

こんなとんでもない魔法を放たれたら自分も魔水晶(ラクリマ)も確実にもたない。どうすれば阻止できるか、唸りながら頭をひねると、彼は妙案を思いついた。そしてすぐに実行する。シエルの後方。つまり、魔水晶(ラクリマ)の正反対の向きに己のポジションを変えて、シエルに向けて叫び出した。

 

「撃てるものなら撃ってみろー!私はここだぞー!さ~こっちに向いて撃ってくるがいい!!」

 

要は魔水晶(ラクリマ)が壊されなければこちらの勝ちだ。シエルの攻撃が魔水晶(ラクリマ)から外れればもう一度それを撃てる余裕はなくなる。それを狙ってシエルを煽るクロドアだったが…。

 

「……あの~…聞いてます、坊ちゃん…?」

 

クロドアの声が耳に入っていないのか、あるいは聞こえているけど無視しているのか、全く動じることなくシエルの視線は魔水晶(ラクリマ)に固定されている。

 

「(あ…駄目だ…。こいつ、もうあれを壊すことにしか意識向けてねぇ…!!)」

 

まずい、非常にまずい。このまま放っておけば確実にシエルは魔水晶(ラクリマ)を破壊し、自分もその影響で同じく倒されてしまうだろう。もしもそうなれば、今度こそマスター・ゼロによって破壊されることは明白。嬉々としたような、狂ったような笑いを上げながら自分を壊そうとしてくるゼロの姿を脳裏に浮かべ、クロドアはこれでもかと青ざめる。皮膚がないから青くなるはずもないが。

 

そんな葛藤を続けていると、シエルの周りを巡っていた7色の魔力がすべて両手に集まり、辺りをそれぞれの色に光で染めていく。凄まじいほどの魔力が込められていると実感する。シエル自身も想像以上。そして確信していた。これなら行けると。

 

「予報する…30秒後の天気は、闇に染まった暗雲、(のち)…!!」

 

頭に浮かんだタイマーから残り時間がもう僅かだと教えられる。そして一切反応を示さなかった少年の声を聞いたクロドアが我に返り、シエルの方へと目を向けて反応する。

 

「光差し込む…希望の虹だ…!!」

 

予報は告げられた。後はその通りに天気を変動させる。それが天候魔法(ウェザーズ)を扱う自分の責務。両掌を合わせるように胸の前に運び、二つあった虹の魔力を一つに再び合わせていく。

 

「架かれ、『輝虹(レインボー)』!そして…気象転纏(スタイルチェンジ)…!!」

 

言葉に従うように前方で練り上げられた虹色の魔力が、シエルが差し出した右手に集いだす。膨大な量だった魔力が徐々に小さく…いや、密度が上がって集中していく。

 

「何が予報だ!そんなもの大外れにしてくれるわ!!」

 

対してクロドアは怖気づくことなく自らの立ち位置を再び魔水晶(ラクリマ)の前へと移す。そして大きく口を開けると、今までよりもさらに多くの魔力を集中させていく。

 

「こうなったら真っ向から迎え撃つ!私に残された力全部をもって貴様を打ち倒してくれるわ!!」

 

どうせこのまま失敗すれば、どのみちゼロによって破壊されるのだ。だったらゼロから授かったすべての力を放出して、シエルの大技を打ち砕く。

 

「みんなから分けてもらったこの力…絶対無駄にするわけにいかない…!!」

 

虹の輝きを凝縮した右手を握り締め、その魔力から感じる仲間たちの想いが、シエルの体にも伝わってくる。さらに迫りくる時間を見比べながら、シエルは右腕と右足を後方へと引き、拳を突き出す構えをとった。

 

輝虹(レインボー)』。奇跡のような光景とも言える虹をヒントに編み出したこの技。その特性はずばり、奇跡を起こせる自由性。7色に途中で色が変化する、七変化ともいえる虹の特徴から、その効果もまさにシエルのさじ加減によって大きく変わるのだ。

 

ある時はどんな攻撃も通さぬ結界の魔法。

ある時はどんなケガや病気も一瞬で治す超回復。

ある時は対象となる者たちの身体能力を一時、爆発的に上昇させる。

またある時は天に架かる橋の外見通り、空中で本当に足場にすることも。

 

そして今回発動した輝虹(レインボー)の特性。それは勿論、膨大なエネルギーを用いた、あらゆるものを破壊する特性。それが今、シエルの右拳に集約している。

 

「絶対にこれで決めるんだ!!」

 

両者意味合いは違えど秘められた覚悟は相当。残り時間15秒。最後の攻防が始まる。

 

 

 

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そして時間が迫った頃、各々の場所でもその動きを見せていた。

 

「時間だ!みんな、頼むぜ!氷雪砲(アイスキャノン)!!」

 

グレイが造り上げた肩に担ぐ大きなバズーカ砲から、氷の魔力の砲弾が撃ち出され、2番魔水晶(ラクリマ)に着弾。見事に粉砕する。

 

 

 

「貫け!グングニル!!」

 

ペルセウスが紫の槍を勢いよく投擲すると、高速で回転しながら迷うことなく3番魔水晶(ラクリマ)へと飛んでいく。そして、何の抵抗もなく貫通し、そこを起点にひび割れて、破裂。

 

 

 

『行っけーーーっ!!』

MO()ーー烈!!」

 

二人のルーシィ、そしてハッピーからの声掛けに応えたタウロスが斧を振り回しながら大きく跳躍。そして持ち前のパワーで4番魔水晶(ラクリマ)に叩きつければ、勢いよく崩壊する。

 

 

 

「キラメキ!無限ダーイ!!」

 

横に回転しながら飛翔し、全開の力の香り(パルファム)で勢いよく右拳を振りかぶって5番魔水晶(ラクリマ)を殴りつける一夜。サイズから壊せるか不安も否めないが問題はなく、殴った部分から罅が入り見事に倒壊。

 

 

 

「うおおおおおっ!!『黒羽・月閃』!!」

 

威力を倍増させた黒羽の鎧によるエルザの一閃。数多の強敵を相手にしてきたエルザにとって6番魔水晶(ラクリマ)を壊すことは造作もなく、真っ二つに切断されてそのまま粉々に砕け散った。

 

 

 

「『天竜の咆哮』ーッ!!!」

 

覚醒した天竜による初めての攻撃。それは彼女の膨らませた頬から口を通って発せられる白い竜巻。小さい体から発したとは思えない強大な威力の咆哮は、見事8番魔水晶(ラクリマ)を破壊することに成功する。

 

 

 

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「ううおおおおおおおっ!!滅竜奥義…紅蓮爆炎刃!!!」

 

金色の焔の刃を彷彿させるほどの炎を纏いながらゼロに迫るナツ。しかし、ゼロに焦りの表情はなく、両腕を時計回りの方向で廻しながら黒緑の魔力を集中させていく。螺旋を描くようにうねった魔力を纏いながら離していた両手を合わせようと近づける。

 

「我が前にて歴史は終わり…無の創世記が幕を開ける…」

 

発動したタイミングはともに同じ。迫りくるナツ。魔力を高めるゼロ。先にその攻撃を当てるに至ったのは…。

 

 

 

「『ジェネシス・ゼロ』!!」

 

ゼロの方だった。貯めこんでいた黒緑の魔力は技の名を告げた瞬間その色を禍々しい紫へと一瞬で変貌する。そしてその魔力から、無数の同じ色の手が伸び始める。

 

「開け!鬼哭の門!!」

 

その手の出所は、手と同じ数の無数の影。人としての顔を思わせる目と口は見えるものの、皆一様に苦しげな表情で、迫りくるナツへとその手を伸ばし、苦痛に歪むような声を発している。その様相はまるで怨霊…。

 

「無の旅人よ。その者の魂を、記憶を、存在を喰い尽くせ!!」

 

ゼロの言葉に従うように、無数の紫の怨霊たちがナツ目掛けて襲い掛かっていく。その量はナツの視界をほとんど埋め尽くすほどに多く、回避することは絶対に不可能であることを理解させられる。

 

「消えろ!ゼロの名の下に!!」

 

伸ばされた手によって体を捕まえられ、押し潰され、口で噛まれ、ナツは苦悶の声を上げながら必死に抵抗しようとするも、あまりにも多すぎる怨霊たちの前に成すすべなく流されていく。怨霊の波にのまれ、とうとうその姿を埋め尽くされ、ゼロが開いた鬼哭の門へと押し流されていく。

 

 

 

そして、最早声も届かないまま、ナツはその空間から完全に姿を消した…。

 

「これでお前も、無の世界の住人だ。終わったな」

 

次にこの技を使う時は、ナツも無の旅人の一人として立ちふさがる存在を喰い尽くすことになるだろう。それがどれなのかゼロに知る術はないが、これで光は完全に終わりを迎えたことになる。

 

 

 

 

 

だが、門が閉じたと思われた空間に罅が入り、そこから金色の光が漏れ始めた。その勢いは一瞬で増幅していき、目を見開いて状況を理解するときには、そこで大爆発が発生した。

 

「な、何だ!?」

 

何が起こったのか。今までこの最強の技を使って起きた状況の中で、一切心当たりがない現象。そして目の前に映ったのは、とても信じがたい光景だった。無の旅人である怨霊たちが、ナツが発する金色の炎によって苦しみ、次々と体を黒く焦がされて消滅していく光景。

 

先程までナツを捕らえようと腕を伸ばしていた怨霊たちが、ただただ苦しみもがきながら消えていく。まさか、自分の最強の魔法が燃やされて無効化されるなど、今目にしている光景であるにも関わらず信じがたい出来事が起こっている。

 

「うおおおおおらあああああああっ!!!!」

 

燃え盛る金色の炎。それを発しながら再び自分の方へと走りかけてくるナツの姿を見た時、ゼロは再び目を疑った。

 

 

彼の傍らに、(ドラゴン)がいたのだ。

彼が吠えると同時に咆哮を上げ、こちらに向けて明確な敵意を感じさせる、彼の何倍もの体躯を持った赤く強大な竜が。

 

─────(ドラゴン)を倒す為に…(ドラゴン)と同じ力を身につけた魔導士…

 

─────これが本物の、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!!

 

咆哮を終え、ナツは再びゼロの元へと迫ってくる。その姿を確認しながらゼロはすぐさま反撃に移った。最大の技を無効化されたのには驚いたが、先程までの攻撃を受けてナツは今限界のはず。魔力が続く限り魔法を打ち込めば確実に勝てるはずだ。そう考えてすぐさま彼は魔力を練り上げようと腕を構えた。

 

 

「ぐっ!!?」

 

だが、瞬間突如己の体に激痛が走り、貯めようと考えていた魔力が霧散してしまう。ナツの攻撃はまだ届いていない。制御不全(アンチリミッター)の反動にしては、全身を襲うような感覚とは違い、胸の部分でひと際強い痛みを感じる。

 

「(まさか…あの時の…!!)」

 

ゼロは思い出した。激痛が走った胸の部分は、ブレインの時も、そしてゼロとして復活した時も同じ男の同じ剣によって斬られた箇所であることを。

 

こちらを睨みつける堕天使の姿を思い出して歯ぎしりを一つ起こしているうちに、ナツの拳はもうすぐそこまで迫っていた。

 

「しまっ……っ!!」

 

全力の拳によって顔を大きく殴り飛ばされる。そして発生した大きな隙。残り時間も見据えたナツは最後の最後、その強大な力を遺憾なく発揮させる。

 

「全魔力解放!!滅竜奥義…“不知火型”…!!!」

 

身体に纏う炎は、今までの中でも比にならぬほど多く、溢れ出る熱量も、今までのどの炎よりも熱く、巡り集った炎は、彼の背から生える炎の翼を思わせ、力を溜め込んだ足が彼の跳躍をさらに勢いよく増加させる。

 

 

「『紅蓮鳳凰劍』!!!!」

 

その跳躍は炎の出力で更に勢いがつき、そしてがら空きとなったゼロの腹部へと頭から炸裂する。その様相はまるで、天高く舞い上がろうとしている燃え盛る鳳凰を模した、巨大な(つるぎ)

 

その勢いは衰えず、空間の天井を次々と打ち破りながら突き進んでいく。

 

ゼロが発する苦悶の声、ナツが発する雄たけび。二つの正反対の声があたりに響きながらも、ナツはゼロと共に自らが担当している1番魔水晶(ラクリマ)へとまっすぐ突き進んでいく。

 

 

 

そして衝突。ゼロを挟む形で魔水晶(ラクリマ)に撃ち込まれた最大の技は、それと共に見事ゼロを撃破することに成功した。

 

「(ナツ…やはり期待以上の男だった…!)」

 

その瞬間を垣間見たジェラールは、その身を横たわらせたまま、笑みを浮かべて彼を見ていた。

 

 

 

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「はぁあああああ…!!!」

 

そして右手に虹色の光を密集させて狙いを定める少年と、黒緑と赤い魔力を口に溜め込んでいる杖の激突も終幕が迫っていた。残り時間はもう数えるほど。互いに最後の一撃にすべての力を込めようとしている。

 

「受けるがいい小僧!これが私の、最大、最高、最強のォ…!!常闇奇想曲(ダークカプリチオ)叫声(スクリーム)!!」

 

発動する最大威力の螺旋の魔力。それを視界に入れながらも、シエルが狙うべきはただ一つ。ニルヴァーナを動かしている動力源、ただ一つ。

 

「闇に染まった雲の空…それを引き裂き、光をもたらせ…この一撃は、希望の明日へと繋がる未来への架け橋…!!」

 

右手に纏った虹の光が今度は勢いを強め、振りかぶったシエルの意思に従うように一気にその勢力を放出させようと動き出す。迫りくる螺旋の波動に対して、少年は思い切りその右拳を振るった。

 

 

─────残り5秒

 

 

「『纏虹拳(セブンスストライク)』!!!!」

 

勢いよく差し出された拳から、虹色の波動が放出される。それは徐々に形を変え、虹の輝きで巨大な拳を形作る。闇の一撃と光の一撃。それを象徴するかのような技同士が、正面からぶつかり合う。

 

「ぬおおおおおおおっ!!」

「うおおおおあああっ!!」

 

威力は拮抗。どちらも限界まで振り絞った一撃ゆえか。しかし、徐々にシエルが作り出した虹色に輝く拳が押し込まれようとしていく。

 

 

 

─────4

 

 

それを実感したクロドアは、一気に気分を舞い上げ、大声で笑い始めた。

 

「フハハハハハ!!このまま貴様を仕留められずとも、この状態を保てばニルヴァーナ発射は止められぬ!そうなれば、私の勝ちだ!貴様らの負けだ!我ら六魔将軍(オラシオンセイス)の!勝利だぁーーっ!!」

 

さらに勢いは強くなる。一瞬、虹の拳を発し続けるシエルの表情に苦悶が過った。

 

 

─────3

 

 

「っ!!」

 

だが、再び足に力を入れ、右の肩、拳にもより力を入れる。負けるわけにはいかない。ここで押し負けては、みんなからもらった力が無駄になる。そう、自分は一人じゃない。みんなと共に戦い、今みんなと共に、ここに立っているんだ!

 

 

─────2

 

 

『行っけぇーーーーーっ!!!』

 

 

少年の姿に、ここにはいない7人の姿が順々に重なり、その力をまた瞬間的に増幅させる。そしてより高く突き出された拳に呼応するように、虹の拳の勢いも強くなり、一気にクロドアが発していた螺旋の波動を飲み込んで、虹色の波動となって彼に迫る。

 

「んなっ!?そ、そんな馬鹿な、あ、あああああああっ!!?」

 

そしてそのまま遮ることも出来ず、大きく開かれた髑髏の口へと虹の波動が襲い掛かり、そこから彼の顔を真っ二つに叩き割った。

 

 

─────1

 

 

だが虹の波動はそれでも止まらない。7色の線が合わさって螺旋を描くように進んでいた波動はクロドアを起点に拡散。それぞれ7本7色の拳をかたどった波動へと変化し、7番魔水晶(ラクリマ)へと囲むようにして迫っていく。

 

そして、シエル側から見て右側に上から青、紫、黄色が、左側に下から緑、赤、藍色の拳が順番に突き刺さる。そして数瞬遅れて、6つの拳のちょうど中間の位置に、橙の拳が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

─────0

 

 

 

膨大なエネルギーを一瞬のうちに内側から放出された魔水晶(ラクリマ)が、原形を留めることが出来ずに内側から爆発。その勢いで魔水晶(ラクリマ)は四散。ジャストのタイミングで魔水晶(ラクリマ)の破壊に成功したのだった。

 

「そ、そんなぁ…魔水晶(ラクリマ)が…壊された…!!」

 

その光景を、顔上半分のみに存在する目で確認したクロドアは悲しみの表情を浮かべながら、その顔をぐずぐずと崩していく。

 

「まさか私が…7人目の六魔将軍(オラシオンセイス)であるこの私が…マスター・ゼロから、直々にお力をいただいたこの…私がぁ…!あんな子供なんかにぃ…!!」

 

折角いただいたチャンスをふいにされただけでなく、まだ年端もいかない少年であるシエルに敗れたという現実。それに深く悲しみ、嘆きながら、クロドアは重力に従って落ちていく頭が地に落ちる間もなく崩れていき、そしてそのまま消滅していった。

 

「はあっ…はっ…っ…!ど、どうなった…?」

 

もしも全員が成功していれば、今自分が破壊した魔水晶(ラクリマ)が修復されることはない。魔力も体力も集中力も使い果たした。微かに残された気力だけで、シエルは先程魔水晶(ラクリマ)が存在していた場所へと首を動かして目を向ける。

 

 

 

轟音と地響きが辺りに響く中、破壊された魔水晶(ラクリマ)は元に戻る様子がない。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

各々破壊を請け負った魔導士たちも、轟音と地響きを起こしているニルヴァーナと、いつまでも修復しない魔水晶(ラクリマ)を確認して、作戦が成功したことを確信していた。

 

「やったのか?みんな、同時に…」

 

「…よかった、杞憂だったか…」

 

「「やったーーっ!!」」

「「MO()ー烈!!」」

 

「エルザさん、みんな…グッジョブ…!」

 

「ナツ…やったか」

 

喜びを噛みしめる者、安堵する者、実感があまり湧かない者。多様の反応を示す魔導士たちだが、自分たちのギルドが守られたことで、涙を浮かべて喜ぶのは化猫の宿(ケット・シェルター)から来た二人だ。

 

「止まった!ウェンディ、止まったわよ!!」

 

「うん!…ニルヴァーナが…止まった…!!」

 

一方で、1番魔水晶(ラクリマ)を破壊することに成功したナツもまた、自分が破壊した魔水晶(ラクリマ)が修復されないことを確認した。

 

それを見て確信した。全員が成功したことを。そして、もう一つの事実を。

 

「へへっ…」

 

「ナツ…?」

 

いつまでも直る様子のない魔水晶(ラクリマ)を見て、突如笑ったナツに疑問を感じたジェラールが彼の名を呼んで尋ねると、表情を変えないまま「そっか…」と呟き、視線をさらに上へと向ける。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

魔水晶(ラクリマ)が、直らない…ってことは…!」

 

そして同時刻、シエルも確信した。目の前にあったものが戻らない。全員が破壊することに成功したことを意味するその現象。そして、もう一つの事実に、シエルは気づいた。

 

 

 

 

「勝ったんだな、ナツ!!」

「勝ったんだな、シエル!!」

 

遠くに離れた別々の場所にいるシエルとナツ。だが、寸分違わず同時に、自分と別の激闘を制した仲間の勝利を、心から喜んだ。

 

 

 

 

 

が、その喜びも束の間。轟音と地響きが強くなり、シエルはその身体を正常に保てなくなる。立っていることも出来ずにいる中で、天井や床が次々と崩れ始めた。

 

「やばい…このままじゃ生き埋めにされる…!」

 

事態をようやく察知することが出来たシエルは、何とかして脱出を図らねばと焦り始める。すぐさま来た時の道を戻ろうと、這う這うの体となりながらもその道を目指そうとする。

 

 

 

「…え……?」

 

だが、シエルは思わず呆けたような声を上げてしまった。動かない。身体どころか、手足の爪先に至るまでどこを動かそうとしても言うことを聞かないまま、気付けばシエルはうつ伏せで倒れこんでいた。何をしているんだ自分は。このままではこの都市の中にずっと埋められたままになってしまう。動かなければ…!

 

「(うっ…全然…力が…早く…動か、ないと…でも…目が…!!)」

 

まるで身体全体に重りがかけられたように体は動かず、同様になった瞼を開いていられず、崩れ行き増えていく瓦礫と、未だ響く轟音を最後に、シエルの意識はそこで落ちてしまった…。




おまけ風次回予告

エルザ「ついに止まったのだな、ニルヴァーナが」

ペルセウス「ああ、ホントに大した奴だよ、ナツは。今回ばかりはシャレにならないと思ったが…」

エルザ「しかし、ゼロとの戦いでナツは激しく消耗しているだろう…。崩れていくニルヴァーナから、脱出できるのか?」

ペルセウス「ナツの心配ばかりもしてられないだろう。今まさに、俺たちも下手すれば無事で済まないような状況だ。…胸騒ぎも、何故か未だに消えねぇし…」

次回『約束したから』

エルザ「とにかく今は脱出に専念しよう。皆のことは、信じるしかない…」

ペルセウス「…そうだな…。大丈夫だよな、シエル…?」


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第63話 約束したから

【8/29 12:27追記】
お待たせしました!ギリギリ書ききれたけど前書きと予告までは余裕がなかったので先んじて本文だけ投稿してました。

活動報告にも書いたのですが、某ウイルスのワクチンを接種しました。その副反応で若干体調不良ですが、何とか書けました。

今回の話…実は先週に投稿できたら物凄くタイムリーな感じが出せたのになぁってちょっと残念がってたりもしました。何でかって?先週のテレビ欄と今話のある人物の登場時のセリフがヒント…デスヨ。

最後に、次回投稿は二週間後になります。やっぱり夏には終われなかったよ…。


激しい揺れ、響く轟音、あちこちで巨大都市を支えていた数多のものが崩れ落ちていき、大小様々な瓦礫が天井から降り落ちて、通路の床は罅が走り、中にはすでに崩れて外界と繋がっている部分も存在している。

 

3番魔水晶(ラクリマ)の空間と繋がっていたその通路を駆け抜けていく長髪の青年は、その異常事態を迎えた空間から脱出を図ろうと、残された全ての力を使って脚を動かしていた。

 

「くそっ!思った以上に崩壊が早ぇ!」

 

ニルヴァーナの機能が停止し、都市全体が激しく揺れ出した瞬間、この都市の命運を察するのは簡単だった。そして、その中に自分たちが点在していたらどうなるかも。

 

理解した瞬間に行動を起こしたが、駆け抜けていた通路の先は既に崩落したのか、大きな穴が開いていて、このまま進めば下に見える樹海へと真っ逆さまに落ちることになるのは明らかだ。

 

「トライデント!」

 

小さく舌打ちした後、青い大振りの槍を換装で呼び出し、石突を床に叩きつけてそこから激しい水流を湧き出させる。すると噴水の様に水が湧き出して、その勢いで槍と共にペルセウスは宙へと浮かび上がり、横に向けた槍の上にサーフィンの様に乗り上げて、大穴を飛び越える。

 

さらに勢いは止まらない。後方から止むことのない水流に乗りながら天井を突き破り、崩壊していく脚の上を器用に滑走。トライデントによる疑似的なサーフィンで一気に脚の上を駆け抜けて地上へと向かっていく。傍目から見れば滑り落ちているように見えるほどのスピードであったが、樹海の木々の間をぬいながらその速度を徐々に落としていき、無事に脱出を遂げることが出来た。

 

「他の奴らはどうなった…!?」

 

自分と同じように崩落から逃れようとする仲間たちの安否を気にし、ペルセウスが辺りを見渡す。すると雄叫びのような大声を上げながら一人の青年が崩れていく脚から飛び出してくる。勢いを無理に殺そうとせず斜面を転がりながら駆けていくその青年は、上半身を晒している氷の造形魔導士、グレイだ。

 

「危ねえ!」

 

「グレイ、無事か!」

 

「おお!他のみんなは!?」

 

勢いを何とか抑え、脱出に成功したグレイにペルセウスが声をかけるとともに安否を確認する。ひとまず互いの無事は確認できた。あとは他の者たちだが、別の方向から二人こちらに向かってくる者たちがいた。

 

「ペル!グレイ!」

 

「エルザ!」

 

「…と、もう一人は…?」

 

一人は緋色の長い髪を持つエルザ。もう一人は…崩壊の土煙でシルエットしか見えないが随分大柄だ。ペルセウスたちの元に着いたエルザは今気づいたのか、そのシルエットの正体を二人と共に確かめようと視線を向ける。

 

 

 

「エルザさ~ん!!無事でよかったー!!」

 

土煙が晴れると、身体全体がムキムキとしていて、纏っている服は腰周りのみ。そして顔は所々がたんこぶや痣のようなもので膨れ上がった人間らしき謎の生命体が、やけに甘い男性の声を発しながらこちらに駆け寄ってくるのが見えた。あまりにも悍ましい外見に「げーーーっ!!?」と3人の悲鳴がその場で木霊する。

 

そして反射的にペルセウスがミストルティンを呼び出して謎の存在を一瞬で縛り上げると、「メェーン!?」と言う悲鳴と共にあっさりとその動きを止めた。

 

「よし、いいぞペル!貴様、何者だ!?」

 

「敵か!?そしてキモイ…!!」

 

「…ん?何かどっかで聞いた声とセリフ…」

 

植物の根によって縛り上げられたその存在に向けて、それぞれ長い槍を構えながら後ずさるエルザと、両手で造形の構えをとるグレイ。だが、縛り上げた瞬間に聞こえた悲鳴を耳にし、ペルセウスはどこかで聞いたような既視感を感じた。そういえば念話にも存在が示されていたような…?

 

「お、落ち着いてください、お三方…!あと…できれば助けて…!」

 

「…まさか…お前一夜か…?」

 

ミストルティンで操作した根から一夜を解放しながら告げたその言葉に、エルザとグレイの目がさらに驚愕で見開かれる。そして自由の身となった一夜と呼ばれた存在が、「その通り!」と叫びながら残っている衣服に装備している試験管の一つを取り出してコルクを外すと、痛み止めの香り(パルファム)を全身に振りまきながらその場を回転し始める。

 

「今は力の香り(パルファム)にて、姿形は違えども!中身はいつもと寸分違わぬこの私…あなたの為の!一夜でぇす…!!」

 

そしてたんこぶや痣がすべて消え去り、角ばった鼻が強調されたいつもの一夜の顔へと戻ったことでようやく彼が一夜であることが証明された。それはそれとして、普段の彼とは別人過ぎて違和感がとてつもなく激しい…。

 

「確かに変わらねぇな…こいつ…」

「お前もえらいもんに好かれたもんだな…」

「あ、ああ…頼もしい奴ではあるんだが…」

 

妙な空気が妖精たちに流れる中、一夜はと言うと元に戻らない肥大化した体のままポーズを何度も変えている。何がしたいんだろう…。

 

「『いや~!目が回るぅ…!』と、申しております」

 

そんな空気を壊すように、どこか気の抜けるような声を発しながら落下してきたのは、動く柱時計だ。その柱時計の針盤の横からそれぞれ左右一本ずつ黒く細長い腕が現れ、頭頂部からは家の形をした細目と細長い髭を持った顔が飛び出して言葉を発する生命体である。

 

一夜が新手の登場かと身構えるが、ペルセウスはその存在に見覚えがあった。弟が見せてくれた星霊の本に、書かれていた記憶がある。そして見覚えがあるのはエルザたちも同様だった。

 

「こいつ…たしか星霊だったような…?」

 

「ああ、ルーシィの星霊だ!」

 

彼は時計座の星霊、『ホロロギウム』。戦闘の能力は持ち合わせていないが、彼の体の中…本来の柱時計でいう振り子が存在する空間は、あらゆる次元からの干渉を遮断することが出来る特異空間となっており、崩壊するニルヴァーナから五体満足で脱出するに最適な存在である。

 

その証拠に魔水晶(ラクリマ)を破壊した直後から一切消耗した様子のないルーシィが、彼の体からハッピーと共に出てきて礼を告げた。

 

「ありがとう『ホロロギウム』!てかあたし、いつの間に…?」

 

「いえ…私が勝手に(ゲート)を通って参りました」

 

魔力がほとんど残っていないはずのルーシィがホロロギウムを呼んだのではなく、所有者(オーナー)の身の危険を察知して、星霊自身の意志と魔力でここに来たのだそうだ。ロキやバルゴもよくそれを使って人間界を訪れているらしい。

 

「ルーシィ様の魔力が、以前より高くなっているので可能になったのです。ついでに酸欠や虫刺され、お肌の荒れ、かゆみやシミも収まります」

 

「何と!シミまで!?」

「便利、なのかしらね…?」

「ま、また私のアイデンティティが…!!」

 

一番過剰に反応したエルザを始め、女性とってはこれほど嬉しい存在はいないだろう。一家に一体ホロロギウム、なんてキャッチコピーがどこかで作られていてもおかしくない超万能星霊である。香り(パルファム)魔法とどこかかぶっている印象が否めないのか、一夜としてはあまり嬉しくないことのようだが。

 

「皆、無事だったか!」

 

更に聞こえてきた声に目を向ければ、同じように脱出できていたジュラ、そしてウェンディとシャルルがこちらに向かってきていた。一番重傷だったように見えたジュラ。どうやら魔力が回復したことによって動けるようになったらしい。

 

「ついでにオスネコも」

 

「ナツさんは!?ジェラールにシエルさんは!?」

 

脱出に成功し、集まったメンバーを見渡して、残された者たちの名を呼ぶウェンディだが、その姿はどこにも見当たらない。崩落したニルヴァーナの中に、まだいるのだろうか?

 

「シエル…何故まだ来ないんだ…!?」

 

「ナツ…!」

 

「あのクソ炎、何してやがんだ…!!」

 

未だに現れない他の仲間たちの身を案じ、辺りを呼びかけるが反応が返ってこない。既にニルヴァーナの崩壊は終わり、巨大都市の残骸が樹海の一部を侵食している。まさか、本当にあの中に取り残されたのか…?

 

「(ナツ…シエル…ジェラール…何をしている…?)」

 

崩壊した都市の残骸を見据えながら、未だ来ない仲間たちの身を案じるエルザ。自分たちも先程までいた大都市の崩落に巻き込まれたのではと不安な気持ちが募る。そんな彼女の視界に、まだ少しばかり巻き起こっていた土煙からある人影を映す。その正体を認識するとともに、エルザは表情に驚愕、そしてそこから喜びを表した。

 

「無事だったか、お前たち…!」

 

その正体は二人の青年。青藍の髪をした美青年に背負われ、桜髪の青年が歯を剥きながら誇らしげに笑みを浮かべている様子だった。エルザからの言葉に反応を示し、ジェラールは頷き、ナツも左腕を上げて己の勝利を主張する。

 

「ナツさん!ジェラール!」

 

「お、ウェンディ!やったな!」

 

ゼロとの激闘を制し、無事に合流出来たナツの存在に全員が気付き、ウェンディがナツたちの元へと真っ先に駆け寄っていく。残された魔力と気力を振り絞り、ジェラールがナツと共に脱出を図ったことが功を奏したそうだ。憧れの人物と恩人が無事だった事実を噛みしめ、ウェンディの目元から涙が溢れ出し、口元に笑みがこぼれる。

 

「ちょっと待て…今、ジェラールっつったか!?」

 

「あの人が!?」

 

一方でナツが無事だったことに安心したところで、別の衝撃の事実を叩きつけられた者が数名。楽園の塔での事件に関わっていたルーシィとグレイが、ナツを背負った青年の名を聞いて大いに困惑している。特にグレイは今の今までジェラールが生きていたことも知らなかったのだから余計にそうだろう。

 

説明する必要があるが、一同にはもう一つ重大なことが残っている。ナツたちの無事を喜び一度は安堵の表情を浮かべていたウェンディは、もう一人ここに足りない人物がいることに気付き、周囲を見渡した。

 

「あの、二人とも、シエルさんを見なかった?」

 

「…いないのか?」

 

7番魔水晶(ラクリマ)の破壊を担当した天候魔法(ウェザーズ)を使う少年。ここにいないのは最早彼のみだ。ジェラールの様子を見ると、彼もシエルの行方を知らないようだ。それを理解した一同が、特に彼の兄であるペルセウスが一気に動揺を露にする。

 

「シエル…ッ!!」

 

「ペル、どこに行く!?」

 

瓦礫の山と変貌した大都市の方へと、焦燥の顔を隠そうとしないまま駆けだしていくペルセウスに、エルザが咄嗟に声を張ると「シエルを探す!」と焦りと衝動を乗せた声で返す。だが大都市としてのニルヴァーナも壮大な広さを誇っていた。それが崩れた中から一人の少年を探すには相当な時間を浪費する。いくら彼でも無茶だと仲間から声がかかるが、ペルセウスは聞く耳を持たない。

 

「そう言えば、ゼロと戦ったのって、誰だったの…?」

 

「ナツ、のはずだが…」

 

一向に現れる様子のないシエル。それの原因を最初にルーシィが予測した。もしやゼロと戦い、魔水晶(ラクリマ)を破壊できたものの、そのゼロによって動くことも出来ない状態に追いやられてしまったのではないかと。だがそれは当たらずも遠からずだ。

 

「ゼロが言ってた。シエルがいるところに、もう一人アイツが用意してた刺客がいたらしい」

 

「敵はゼロだけではなかったのか…?」

 

ナツが語ったのはゼロから聞いたもう一人の刺客(クロドア)の存在。シエルは勝てたようだが、その後に彼がどうなったのかまでは現時点で明らかになっていない。都市の残骸の山に、本当に生き埋めになってしまったのだろうか?

 

「…オレたちも探すか?」

 

「この人数で探しても、上手く見つけられるか…」

 

「だが、時間が過ぎればそれだけシエル殿の命も危うい…」

 

「メェーン…」

 

残骸からの大捜索。ペルセウスの後に続くように行うべきか否かで話が進んでいく。それを耳にしながらウェンディは表情を曇らせて顔を俯かせる。今回の作戦で初めて会った時から、何かと自分に気を配ってくれた、前へ進むきっかけをくれた少年の姿を脳裏に浮かべ、無事を祈ると同時に、嫌な想像が過ってしまう。

 

「大丈夫だ」

 

しかし、彼女が浮かべた嫌な想像を、決して大きくはないが力強く聞こえるその声が打ち払う。ジェラールの背中から降りていたナツが、ウェンディに聞こえる様に声をかけていた。

 

「シエルは絶対に無事だ。だって、約束したからな」

 

約束したから。それによって真っ先に思い出したのは、シエル、そしてナツがウェンディと共に誓った約束。ニルヴァーナを止めること。方法はきっとあると励まし、絶対に止めると約束したあの時のこと。

 

「約束したなら、オレたちは絶対その約束を守る。アイツならきっと、同じように守るはずだ」

 

きっとシエルなら無事に戻ってくる。仲間故の信頼、そして彼自身がどういう人間か知っているからこその確信。ナツから言われたその言葉に、ウェンディは俯いていた顔を上げ、彼の表情を見た。その表情は焦りでも、嘆きでも、そして嘘を吐くようなものでもない、真っすぐに瓦礫の方へと確信めいたものを浮かべていた。

 

ただ信じて少年を待つ者。瓦礫をどかして少年の姿を探そうとする者。不安な表情を浮かべる者。各様の心持ちを抱えながら、沈黙にも似た静寂がその空間を支配している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?うわぁ!?」

 

そんな静寂を切り裂いたのはハッピーの声だった。突如彼の足元の地面が盛り上がり、彼の小さな体は少し打ちあがり、近くにいたルーシィは驚愕で思わず倒れこみ、地面に尻餅をつく。突如起きた謎の現象に場にいる全員の視線がそこに集中する。そして全員の目に映ったのは…。

 

 

 

 

 

「愛は仲間を救う!…デスヨ」

 

修道服を着たオレンジのパーマの大男、ホットアイことリチャードが、ある一人の少年を右腕で抱えながら地中を盛り上げて現れた光景だった。それにほぼ全員が驚愕で目を見開き、一番遠くで瓦礫をどかしていたペルセウスが、誰よりも過剰に反応を示した。

 

「リチャード!?まさか、お前が抱えてるのは…!!」

 

「ええ、あなたの愛する弟、デスヨ」

 

そう、リチャードが抱えていた少年こそ、気絶していて意識こそないが、最後の一人であるシエルであった。逃げ遅れた者がいないか、自らの魔法で地面を移動しながら捜索し、奇跡的にリチャードはシエルの発見に成功していたのだ。

 

「リチャード…あんたって人は…!!」

 

同じように、弟を持つ兄として助けられてよかった。そう笑みを向けるリチャードに、ペルセウスはシエルの元へと駆け寄りながら、少しばかり涙を浮かべてそう告げる。間違いなく彼は恩人だ。とても大きな恩が出来てしまった。

 

「あいつ…ホントに味方になってたの!?」

 

話には一応聞いてはいたが、六魔将軍(オラシオンセイス)の一人だった人物が本当に味方になるとは…と意外だという風にシャルルが声を上げ、それに対してジュラが首肯を示す。そして気絶していたシエルはと言うと、少しばかり身じろぎ、重く閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

 

「目が覚めたようデスネ」

 

「あ…あれ、俺…どうして…?」

 

魔力と気力を使い果たして意識を失ってから、自分が今どのような状況なのかあまり自覚できていない様子だ。意識を取り戻し、リチャードにそっと身体を下ろされながら、シエルは歓喜の表情を各々浮かべている仲間たちを見渡す。リチャードに助けてもらったこと、そして自分が脱出した最後の一人だったことをここでようやく理解できた。

 

「よかった~…!」

「ったく、ヒヤヒヤさせやがって」

「ともかく、無事で何よりだ」

 

同じギルドの仲間たちからそれぞれ安堵の表情と言葉を向けられる。これだけじゃない。表情に歓喜を浮かべて再び涙を目元に浮かべる少女に、ナツが満面の笑みを向けながら言葉を告げた。

 

「な!オレの言ったとおりだったろ?」

 

「はい!」

 

ナツに返事をし、再びシエルの方を向いたウェンディはたまらず彼の元へと駆け出していく。心配をかけたことで目尻を下げながら仲間たちに謝っていたシエルは、駆け寄ってくるウェンディを目にして、彼女に声をかけようとするが、それは途中で遮られた。

 

「シエルさん!」

 

ウェンディが、シエルに駆け寄った勢いのまま、彼の身体に飛び込み、抱き着いて来たからだ。ほとんど身長差がないためか彼の肩に顔を埋める形で、胸の部分から両腕を彼の背中に回している。

 

とうの本人はと言うと、突如意中の少女に抱き着かれたことにより、史上最大級に動揺している。抱き着かれた瞬間にも一瞬で頬が赤くなったが、数秒もしないうちに頬どころか顔全体が赤くなり、目は白目をむいていて、行き場所のなくなった腕は直角に曲がって上に向いており、万歳とか降参の態勢になっている。大きく開いた口からは「え、は、へ、えっ…!?」と一文字ずつしか漏れ出てこないレベル。

 

「本当に…約束、守ってくれた…!!」

 

しかし、涙混じりの彼女の声を聞いて幾分か熱が落ち着いたようで、シエルは顔に笑みを浮かべながら彼女の肩にそっと手を置いて、身体を離しながら告げる。

 

「仲間との約束だからね…破らないさ、絶対に」

 

シエルのその言葉に、ウェンディ以外に反応したものが一人いた。それはエルザだ。今彼が呟いた言葉は、自分にとっても心当たりがあったものである。

 

『仲間と交わした約束だ…絶対に、破りはしない…』

 

楽園の塔から奇跡的に生還した際、シエルに向けて自分が言った言葉。もしかしたら覚えていたのだろうか。だとすれば、彼はエルザに告げられた言葉を、自分も大切にしようと考えていたのかもしれない。自分の言葉がシエルの力となっていた。エルザはどこか、それが嬉しくもあり、誇らしくもある気持ちになった。

 

「それに、俺一人じゃきっと上手くいかなかったよ。みんなのおかげさ」

 

「みんなの…?」

 

ここにいる誰もが…いや、この作戦に参加した連合軍全員が…誰か一人でも欠けていたら、化猫の宿(ケット・シェルター)を守ることは出来なかっただろう。シエルたちに笑みを浮かべながら、全員がギルドを守るために戦ったことを示している。そしてその全員の中にはもちろん…。

 

「そしてウェンディ、君の力もあったからだ」

 

「…シエルさんたちが、背中を押してくれたから…!」

 

「それでも、紛れもなく君の力だ」

 

シエルに守るために戦う力を教えてもらえなかったら、上手くいかなかったかもしれない。それを言葉にするも、彼女の中に確かに存在していたもの。シエルからの返答を聞き、ウェンディは大きく頷いた。

 

「そうだぜ、ウェンディ。オレたちみんなの力を合わせたから出来たんだ」

 

シエルに同意しながら、彼等の元に歩み寄ってきたナツがウェンディにそう声をかける。それに二人が彼の方へと目を向け、それを受けた方のナツは笑みを向けながら告げた。

 

「今度は、元気よくハイタッチだ!」

 

それを聞いて二人はすぐに察知した。どちらからともなくそれぞれシエルは右の、ウェンディは左の手を掲げる。

 

「ウェンディ!!」

「はい!!」

 

少年と少女の手が勢いよくぶつかり、一つの乾いた音を響かせる。昼間にも一度行ったハイタッチとは打って変わり、互いに笑顔を浮かべた明るいもの。微笑ましいものを見るような目を向けながら、ペルセウスはその様子をただ見守っている。

 

「本当に…俺が知ってる頃よりも強くなったんだな…身も心も…」

 

その表情は穏やかな笑み。しかしその中にはどこか、一抹の寂しさを感じられるような、そんな表情だ。

 

「お兄さんとしては、やっぱり寂しいですか?」

 

「…違うと言えば嘘になるが…それ以上に、嬉しくも思う」

 

どこかからかうような素振りにも見えるルーシィの質問に、ペルセウスは正直に思ったことを口に出す。今まで自分の存在がなければ出来ることも少なかった弟が、魔法を覚え、強くなり、そして一人の女の子との約束を果たすほどに奮闘した。傷だらけになりながらも決して諦めず、勝利を掴み取った。

 

自分の元から少しずつ弟が離れていくようで、寂しさがないとも言えない。だが、それは弟が確かな成長を歩むことが出来ているという証左の一つでもある。それを改めて実感する兄は、立派に成長を示した弟の雄姿を目に収めると、その目から徐々に涙が溢れ始める。

 

「あの頃から、本当に…本当に…強く、大きく、なってっ…!!」

 

徐々に様子がおかしくなっていくペルセウス。少しばかりからかうつもりだったルーシィはその変わりゆく様子に目を点にし、近くにいるグレイやジュラ達さえもその様子に目を向けている。そして…。

 

 

 

「うぉお~~~っ!!シエル~!!お前は俺の自慢の弟だぁ~~~!!!」

 

「うわぁ!泣いたァ!?」

「しかも号泣かよ…」

「ホントペルってシエルのことになるとキャラ変わるよね…」

「ま、まあ、これも兄弟の絆故…なのだろう…」

「何ともまた、意外な香り(パルファム)…」

「これぞ兄弟愛!デスネ!!」

 

顔を大きく上にあげて、両目から噴水の様に涙を噴出しながら感激に咽び叫ぶペルセウス。いつもの彼からは想像もつかない意外(?)な一面を垣間見て、各者各様に困惑を示している。約一名、立場が似ているリチャードのみ、ペルセウスに負けず劣らず涙を流していたのだが。

 

ちなみに兄が感激している様子を、弟であるシエルは幸か不幸か見ていなかった。彼と雑談を続けて楽しんでいる様子のウェンディとナツも同様である。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「全員無事で何よりだね」

 

「皆、よくやってくれた」

 

「これにて作戦終了ですね」

 

改めて全員の無事を確認し、作戦の成功を実感する連合軍。一人の犠牲者も出さずに六魔将軍(オラシオンセイス)を撃破し、彼らの目当てであったニルヴァーナも崩壊させた。これ以上にない大勝利と言っていい。

 

別人のように変貌していた一夜を見たルーシィが、「キモッ!」と声を上げていたことにはあえて目をつむろう…。

 

「しかし…まさかこんなとこにジェラールがいるとはな…」

 

だが、連合軍が集まっている場所から一人離れて立っているジェラールに意識を向けながら、グレイが何とも言えないような表情を浮かべて呟く。楽園の塔では対面することがなかったグレイ、そしてルーシィがこの場にジェラールがいることに対して不安げな声をあげるが、それを宥めるのはエルザ、そしてウェンディの二人。過去にジェラールと交友を深めた二人だ。

 

「今のあいつは、私たちが知っているジェラールとは違う」

 

「記憶を失ってるらしいの」

 

「そう言われてもよぉ…」

 

「大丈夫ですよ!ジェラールはホントはいい人だから」

 

そんな会話を聞きながら、激闘を重ねたことで身体を横にしているナツはどこか不貞腐れた顔を浮かべ、その近くで腰を下ろしているシエルも微妙と言いたげな表情を浮かべている。

 

「ジェラール、か…」

 

シエルの近くで弟の容態に気を配りながら立っているペルセウスは、遠目からそのジェラールを視界に収め、一言ぼやくように呟く。

 

「(なるほど、確かに()()()()だな…)」

 

誰にも聞かれないように心の内で留めたその言葉を、聞き返す者も言及する者も存在はしなかった。

 

一方で、ジェラールの元にはエルザが向かっていった。何かを話し込んでいるように見えるが、ここからだとうまく聞こえない。ウェンディたちはと言うと、彼がエルザとどのような関わりがあるのか気になった彼女が、ルーシィたちに話を聞いているところだ。と言ってもエルザから聞いた範囲のみではあるが。

 

そんな彼女たちの会話を耳に入れながら、緊張感が走る戦いが終わったことによって気を緩ませたシエルの胸中に、ある事柄が浮かび上がった。

 

「ジェラールは呼び捨てなんだ…」

 

ぼそりと呟かれたその言葉。謙虚で礼儀正しいウェンディは、自分たち連合軍の魔導士たちに敬意を払って接している。それ自体は美徳と言える事柄であるが、同時に少し距離を感じてしまう。幼い頃に親しくなったジェラール、昔からの親友であるシャルルを除けば。

 

シエルからすれば、ウェンディとは今より近しい関係になりたいという想いもあるが、それを抜きにしても、シエルにとっては同年代の魔導士の仲間、他の言い方をすれば友達と言う存在は今までいなかった。二つほど歳は離れてるとはいえ、ほとんど同じ年代と言っていい存在である彼女に、いつまでも他人行儀のような態度をとられるのも、あまりいいものではない、と言うのが彼の心情だ。

 

そんな弟の呟き一つから、彼の心情を読み取ったペルセウスは、顎に手を当てて何かを思案し始める。即決した。もうしばらく落ち着いたらそれとなくウェンディに伝えてみようと。兄弟のためのおせっかいである。

 

 

 

 

 

「痛メェーン!!」

 

突如、一夜の苦し気な叫び声が、場にいる全員の意識を持って行った。

 

「どうした、オッサン!」

 

「トイレの香り(パルファム)をと思ったら…何かにぶつかった~!」

 

まるで見えない壁がそこに存在して、一夜がそれに阻まれているかのような状態。地面に目を向けてみると、何か文字のようなものが連合軍の魔導士たちを取り囲むように書かれている。それを見たほとんどの者たちがこれの正体に気付いた。特に妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、少し前にその脅威を味わったばかりだ。

 

 

術式魔法。あらゆる効果や条件を発揮し、対象となるものに絶大な効果を及ぼす罠に近いものとして分類される魔法だ。

 

「いつの間に!?」

 

「どーなってんのさー!?」

 

「しかもこれ…フリードと同等か、それ以上の魔力だ…!」

 

「閉じ込められた!?」

 

「誰だコラァ!!」

 

敵は全員倒したと思っていたところで、まさかの事態。誰が何の目的のために自分たちを閉じ込めたのか。その疑問を解消するかのように、こちらに数十、いや百を超えるほどの同じ服装と長杖を携えた者たちが、こちらを取り囲むように現れる。

 

「な…なんなの~…!?」

 

「もれるぅ…!!」

 

一夜がかなりヤバそうな状態だが、それを伝えても大人しく術式を解除してくれるような雰囲気には見られない。まるで組織のような彼らの動き、そしてどこかで見覚えのある彼らの制服を目にしたシエルは、一つの可能性に感づいた。

 

「あいつら、まさか…!」

 

知っているのか?という仲間たちからの疑問が声になるより先に、彼等とはひと際異なる服装の一人の男性がこちらに歩いてきた。

 

「手荒なことをするつもりはありません。しばらくの間、そこを動かないでいただきたいのです」

 

黒く長い髪を後ろにまとめて縛り、眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな男性。他の者たちとは違って白い外套をつけ、ある組織の中でも上位に位置する人物であることが分かる。

 

「私は新生評議院、第四強行検束部隊隊長『ラハール』と申します」

 

「んなっ!?」

「新生評議院!?」

「もう発足してたの!?」

 

そして名乗った評議院の『ラハール』。シエルの予想は大方当っていた。幽鬼の支配者(ファントムロード)との激突が終わった直後にも、事情聴取のために自分たちを捕らえに来た強行検束部隊、ルーンナイトが纏っていた服と、目の前にいる者たちの服がほぼ同じだからだ。

 

とはいえ、予想を遥かに上回る速度で評議院が再興されていたことに驚いたのも事実である。

 

「我々は法と正義を守るために生まれ変わった。如何なる悪も決して許さない」

 

「オイラたち何も悪い事してないよ!!」

 

「お…おう…!」

 

「そこはハッキリ否定しようよ…」

 

外見通りの真面目な人物のようで、どんな理由があっても悪人を許そうとはしない主義らしい。だがいつもならばともかく、今回自分たちは闇ギルドを相手に戦い打ち倒した側の人間だ。一般に迷惑をかけたわけじゃない。…だが条件反射と言うものだろうか、ナツはやけに怯え切って言葉にあまり覇気がない。本当に今回は何も悪くないのだ、今回()

 

「存じております。我々の目的は、六魔将軍(オラシオンセイス)の捕縛。そこにいるコードネーム・ホットアイを、こちらに渡してください」

 

怯えるナツには目もくれず、ラハールは今回の目的が連合軍ではなく、六魔将軍(オラシオンセイス)のメンバーであるホットアイ…リチャードであることを告げた。彼にはもう脅威と言える部分は確かにない。だが、評議院から見れば、彼の身柄は確保しなければいけない重要な案件である。

 

「待ってくれ!」

 

「いいのデスヨ、ジュラ」

 

味方となって共に戦ってくれたリチャードを連行しようとする評議院にジュラがすぐさま抗議の声を上げるが、それは彼の肩に手を置いたリチャード本人に制された。確かに彼は善意に目覚め、愛を尊重するようになった。しかし、それで過去に犯した悪行が消えることはない。だったら自分は一からやり直すことを選ぶ。

 

「その方が弟を見つけた時に堂々と会える…デスヨ」

 

リチャードの主張を聞いたジュラは、それ以上引き留めることはしなかった。罪を償う為に自ら選んだその行動を、彼は止めるべきではないと判断したのだ。

 

「ならば、ワシが代わりに弟殿を探そう」

 

「俺もだ。同じ兄貴の立場として、ほっとけないしな」

 

「本当デスカ!?」

 

彼が罪を償っている間に、彼の弟が今どうしているのか、どこにいるのかを探し出せれば、きっと再び外に出た時にすぐに会えるはず。その為の仕事を買って出たジュラとペルセウスに、リチャードは顔に喜びを表す。ペルセウスがシエルにも顔を向けると、彼も乗り気のようで笑みを浮かべていた。

 

「少しでも手掛かりが欲しい。弟の名前は何て言うんだ?」

 

探すためにも重要となるのは情報。行方や外見が分からずとも、名前を手掛かりに探せば見つかる可能性も高まるだろう。しかし、その答えで告げた名前は、意外な者たちの反応をもらうことになった。

 

 

 

「名前はウォーリー。『ウォーリー・ブキャナン』」

 

 

 

 

「……えっ!!?」

 

「ウォーリー…!?」

 

ここで出てくるとは思わなかった名前に、シエルとエルザが即座に反応を示した。そして少しばかり遅れて他の者たち…ナツ、ルーシィ、ハッピー、グレイが少し頭を捻って思い出した。ハードボイルドな服装で、体全体がどこか角ついていた、楽園の塔の事件をきっかけに会った男性が、「ダゼ…」と言う語尾を告げる様子を。

 

 

『四角ーーっ!!?』

 

四角と言う共通認識で覚えていた一同の驚愕の声が響く。まさか二人が兄弟だったとは。だが、そこでシエルはフラッシュバックが起こったように思い出した。互いに同じように兄がいるという立場で意気投合したこと。兄のことを語るウォーリーの表情から、本当に仲が良かったのだと実感したこと。更に言えば、彼等にはいくつか共通点が存在している。

 

 

 

まず、身体全体がどこか角ばっていること。彫刻のような顔立ちの兄と、ブロックのような体の弟。

 

次に語尾。「デスネ、デスヨ」と最後に告げる兄と、「ダゼ」とつける弟。

 

最後に分かり辛いが、声も思い返せばかなり似てる。同じ人物(中の人)から発せられてると言っても、過言じゃないほどに。

 

「これだけの共通点があったのに…何で今の今まで気付かなかったんだ俺ーーっ!!?」

 

「え、まさかお前…知ってるのか!?」

 

「えっ…!?」

「なんと!?」

 

その場にしゃがんで頭を抱えながら、数々のヒントに気付かずにそのままでいた自分に少しばかり失望しながらシエルは叫んだ。考えても見れば、ヒビキによってリチャードの映像を見せてもらった時から角ばった顔立ちをどっかで見たことあると既視感を感じていたのにも関わらず…。

 

そんな叫びを発する弟に、心当たりがあるのかとペルセウスが尋ねると、リチャードたちもそれに反応を示す。

 

「私もその男をよく知っている。私の友だ。今は元気に大陸中を旅している」

 

そして彼と一番親交が深いエルザから、その言葉が告げられた。きっと今も、友と共に大陸を自由に見て回っているだろう。それを聞いたリチャードは、弟が無事に、そして自由に過ごしている事実を理解し、喜びと感動に打ち震えている。

 

「そのウォーリーからだけど…俺に、あんたの話をしてくれたんだ。『今も生きているならば会いたい』…涙を浮かべながら、そう言ってたよ」

 

そしてシエルからも、弟もまた自分と会いたがっていることを教えてもらい、目元に浮かんだ涙がさらに溢れ出始める。何と言う奇跡だろうか。敵として見えた彼らから、善に目覚めたことによってもたらされた、愛する弟の無事と気持ち。

 

「これが…光信じる者だけに与えられた、奇跡と言うものデスカ…!!」

 

膝から崩れ落ち、雲が晴れて差し込んだ月明かりに照らされながら、リチャードは涙を流しながら言葉を紡ぐ。深く、深く感謝した。彼らと巡り会えたことに、善に目覚めることが出来たことに、弟を探すことを名乗り出てくれたことに、そして弟の無事を知らせてくれた彼らに。あらゆる全てに感謝の言葉を告げ、リチャードは評議院によって連行されていった。

 

「なんかかわいそうだね…」

 

「あい…」

 

「仕方ねえさ…」

 

弟の無事を確認できた。彼にとってはそれだけで幸せであろう。あとは弟に堂々と会う為にも、その罪を償うのみ。シエルたちに出来るのは何もない。せめて、彼の罪が許され、無事に兄弟の再会を果たせることを祈るのみだ。

 

「も、もうよいだろ!術式を解いてくれ!もらすぞ!!」

 

「やめて!!」

 

本当に限界寸前である一夜が術式の壁に張り付いたまま決死の叫びをあげた。台無しである。

 

「いえ…私たちの本当の目的は、六魔将軍(オラシオンセイス)()()()ではありません」

 

だが、ラハールから発されたそのセリフは、連合軍全員に衝撃を与えた。みんなが決死の想いと覚悟で対峙し、ようやくと言った想いで打ち倒した六魔将軍(オラシオンセイス)を…三大勢力の一角を『ごとき』と断言したのだ。しかし、彼らは決して六魔を侮っているわけではない。比喩の問題だ。今彼等の目の前には、六魔が可愛く見えてしまうほどの最重要と言える危険人物が存在しているから。

 

「評議院への潜入…破壊…エーテリオンの投下…。もっととんでもない大悪党が、そこにいるでしょう」

 

その者を表す罪状。全員が理解した。出来てしまった。誰のことを表しているのか…。

 

 

 

 

 

「貴様だ、ジェラール!来い!抵抗する場合は抹殺の許可も下りている」

 

記憶を失っている、連合軍とは別の青年。ニルヴァーナを止めるために同様に尽力こそしたが、六魔の誰をもしのぐ罪を犯してしまった彼を、評議院は決して許そうとしない。

 

「その男は危険だ。二度とこの世界に放ってはおけない。絶対に!」

 

ほとんどの者たちに動揺が走る中、捕縛を断じられた件の青年は、静かに表情に陰を落としながら俯いていた。




おまけ風次回予告

ルーシィ「ペルさんとシエルの髪の色って…なんだか空の色に似てませんか?」

ペルセウス「空か…確かに似てるな。俺よりもシエルの方がよく言われる」

ルーシィ「そう言えば『シエル』って異国だと空を意味するんですよね。そこからとったのかな?」

ペルセウス「シエルが生まれた時に、確か親がそんな意味を込めて名付けたんだっけな…。あのころから、本当に大きくなって…!」

ルーシィ「赤ん坊の頃からなら誰だって大きくなりますよ…(汗)」

次回『緋色の空』

ペルセウス「いつかはシエルももっと背が伸びて力も強くなって恋人が出来てその後に結婚して子供が出来てその子供がさらに成長して…その時が来たら俺、どうなってるんだっ!!?」

ルーシィ「ペルさん…未来見すぎです!!」


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第64話 緋色の空

ギリギリ滑り込みました…。いや正確には前書きと予告間に合わなかったんですが…。文字数少なめなのに何でこんなことに…。

そしてついにニルヴァーナ編も残すところこれを含めて二話!
次週の執筆はより気合を入れて書かせていただきますよ!


「ジェラール・フェルナンデス。連邦反逆罪で貴様を逮捕する」

 

抵抗の姿勢も意思も見せぬまま、ルーンナイト数名に包囲され、その両手に枷をつけられたジェラール。表情に影を落としたままされるがままの状態になっている彼の様子を、連合軍はただ見ていることしかできない。

 

「待ってください!ジェラールは記憶を失っているんです!何も覚えていないんですよ!!」

 

「刑法第13条により、それは認められません。もう術式を解いていいぞ」

 

「で、でも!」

 

「いいんだ。抵抗する気はない」

 

唯一反論を叫ぶウェンディの意見も一蹴し、部下にそう指示を出すラハール。それでもどうにかしてジェラールの連行を止めようとウェンディが声を張るが、他ならないジェラールがそれを止めた。

 

「君の事は最後まで思い出せなかった…。本当にすまない、ウェンディ…」

 

今にも涙を流しそうな表情を浮かべながらこちらを見るウェンディに、ジェラールは謝罪の言葉を述べた。エルザの名、そしてナツと言う希望。失っている記憶で確実に思い出せている事柄がそれだけだ。必死に自分が連行されるのを止めようとしてくれている少女のことを、思い出すことが出来ないことがとても歯がゆい。

 

「このコは昔、アンタに助けられたんだって」

 

「…そうか…。オレは君たちにどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けた事があったのは、嬉しい事だ」

 

話でしか聞けなかった過去の自分。多くの者に迷惑をかけた中で、少なくともウェンディにとっては恩人であったことを、ジェラールは素直に喜んでいるようだ。大きな罪悪感に苛まれる心が、僅かばかりに和らいでいくような感覚を覚える。

 

そしてジェラールは、目覚めてから一番長く共に過ごしているエルザの方に目を向ける。つられてシエルがエルザの方を向けば、彼女は少し顔を俯かせて口をつぐんでいる。本当は止めたいのだろう。ようやく悪夢の牢獄から解放されたジェラールが、再び暗い闇の中へと引き戻されるのを、ただ見ているだけで終わらせたくない。

 

しかし、彼が重い罪を犯したのも事実。止めることを否と告げる自分も存在している。

 

「エルザ。色々、ありがとう」

 

彼女がいてくれたからこうして自分はここにいることが出来ている。またも離れ離れになってしまうが、微笑むジェラールの表情はどこか晴れやかにも見えた。罪を犯した自分には報いを受ける。だがそれより先に彼女に助けられたことは、本当に幸運な事だったと心から思っている。

 

ルーンナイトに連れられ、リチャードも収容された牢馬車へと歩いていく。涙が溢れそうなほどに悲しげな表情を浮かべるウェンディ。両手を握り締めて目を伏せながらこらえる様子のエルザ。二人の姿を見て、シエルの胸中にも戸惑いのようなものが生まれ始める。このまま本当に見送ってしまっていいものなのかと。

 

だが、今更自分たちが何を主張しても、ジェラールの罪が消えることも、彼が連行される決定を覆せることもない。今のシエルに出来ることは、何もない。それが彼の表情をさらに曇らせる。

 

「他に言う事はないか?」

 

「…ああ」

 

「死刑か無期懲役は、ほぼ確定だ。二度と誰かと会うことは出来んぞ」

 

ジェラールとすれ違いざまに、ラハールが残酷な現実を口にした。せめて親しかった者たちとの最後の会話を設けてやりたかったのであろう。ラハールにとっての最大の譲歩に、ジェラールは顔を俯かせながらも、伝えるべきことは伝えた様子で再び馬車への歩を進み始める。

 

「そんな…」

 

「いや…!!」

 

ラハールが告げたジェラールへの判決を耳にした連合軍も、ほとんどが言葉を失っている。特にウェンディは、二度とジェラールと会うことが叶わなくなってしまう現実を受け止められず、悲痛な声を漏らしている。

 

そしてもう一人、連合軍の中で最もジェラールに関わりが深いエルザは、ギルドや世間の為を思って抑え込んでいた感情が、限界に達し始めた。「行かせるものか!」とこらえて閉じていた目を開き、評議院を睨みつけて動こうとしたその時だった。

 

「行かせるかぁっ!!」

 

ジェラールを囲もうとしていたルーンナイトたちを押しのけて飛びかかったナツの声がその場に響いた。ルーンナイトは勿論のこと、ジェラールも、今にも動こうとしていたエルザも、そして連合軍の魔導士たちもナツの突如起こした行動に目を見開いて驚愕している。

 

「な!?」

「ナツ!!」

「相手は評議院よ!?」

 

戸惑っていた大勢のルーンナイトが、取り押さえようとナツを取り囲むが、それに対して力づくでどかそうともがき、ジェラールの元へと行こうとするナツは数の不利をものともせずに次々と押しのけていく。

 

「どけェ!そいつは仲間だぁ!!連れて帰るんだーーっ!!」

 

何か感じるものがあったのか、ジェラールを仲間として取り戻そうと声をあげるナツ。未だ驚愕から戻らない連合軍、震える声でナツに「よせ…!」と絞り出すジェラールとは対照的に、停止しかけていた思考を取り戻してラハールが隊員達に指示を出す。

 

「と…取り押さえなさいっ!」

 

その指示に従って、後方にいたルーンナイトがナツを止めようと一斉に向かっていく。最初に迫り来ていた隊員達を倒したナツが次の部隊を迎え撃つために駆け出し、衝突しようとすると…。

 

「行け、ナツ!!」

 

ナツの進む先にいた一人の隊員を突き飛ばし、彼の道を作ろうと、グレイがナツ同様ルーンナイトを相手にし始めた。再び場にいる者たちに衝撃が走る。

 

「こうなったらナツは止まんねえからな!」

 

ナツ一人を押さえようと動いていたルーンナイトは、更なる乱入者の登場で戸惑い、人員が自動的に二分される。だが、個々の力の差が大きいからか、魔法も使っていないナツとグレイに次々とルーンナイトは突き返されていく。

 

ジェラールが、そしてエルザがその光景を見て言葉を失い、立ち尽くすことしかできずにいた。

 

「気に入らねえんだよ!ニルヴァーナを防いだ奴に…一言も労いの言葉もねえのかよっ!!」

 

グレイのその叫びを耳にし、シエルは思い出すかのように衝撃を受けた。そうだ、今のジェラールは記憶がなくとも、自分たちと共にニルヴァーナを止めるために力を貸して、手を尽くしてくれた。今の自分との因縁があるのは記憶を失う前のジェラール。

 

心から自分の罪を悔い、傷つけた者たちに対して向き合い、記憶を失いながらも過去の自分の責任を背負おうという姿勢を見せている。だが、そんな彼に待ち受けているのは…容赦のない断罪か、命尽きるまで永遠に続く孤独。

 

そんなの…そんなことは…!!

 

「それには一理ある…その者を逮捕するのは不当だ!」

 

「悔しいけど…!その人がいなくなると、エルザさんが悲しむ!!」

 

グレイの言葉を聞いて、ジュラと一夜も思うところを感じたのか、彼らと同様、ジェラールの連行を阻止するために評議院に対峙し始めた。聖十(せいてん)と言う強力な魔導士であるジュラと、力の香り(パルファム)で肉体が大幅に強化された一夜の攻撃は取り押さえようとするルーンナイトをものともせずに退けていく。

 

しかし、倒しても倒しても湧き出してくるルーンナイトの物量に、最前線のナツが次第に押し戻されていく。四方から体を押さえつけられそうになって、徐々に動きを封じられていきそうになる。

 

「うおおっ!!」

 

しかし、ナツを取り押さえていたルーンナイトの一人の顔に、シエルが飛び蹴りを喰らわせることによって、ナツにかかっていた拘束が緩んだ。「今だ、ナツ!」と叫べば、それにすぐさま応えてナツはそこから脱出に成功する。

 

「ちょ!シエルまで!?」

 

日ごろから問題を起こそうとはしないシエルまでもが評議院に手を出したことに、ルーシィが悲鳴に似た声をあげるが、今の彼にはそんなもの関係ない。

 

「どうしてお前らは…『今』を見ようとしないんだ!」

 

小柄の少年を取り押さえようとする大人たち。本来ならすぐに捕まるような対比だが、小柄な体を利用して合間を搔い潜り、拳や蹴りを次々と食らわせて気絶させていく。それと同時に、シエルは叫んだ。評議院が強行しようとしている事に関しての不満を。

 

「過去の凶行や罪にばっか目を向けて、今やり遂げたことに見向きもしないで、決めつけて!過去の自分と向き合おうとしている無抵抗の人間に対して、そんな判決、あんまりだろ!!」

 

自分にも経験がある。仲間を傷つけられて、侮辱されて、嗤われて、そんな光景を見てあらゆる存在への怒りを、暴走と言う形で起こしたことで、次が起きれば問答無用で居場所を奪われる。

 

暴走させないように、コントロールをするためにやれることは勿論やっている。仲間の存在もあるから、どんな試練も乗り越えられる。だが今のジェラールはどうか?償いの機会も、試練も与えられないまま、有無を言わさずに世間から弾かれるだけで済まされるのか?

 

シエルが抱いた答えは、否だ。

 

「ジェラール!自分が許されない存在だと思うのなら!やるべきことはただ連れていかれることじゃない!そんなのは、自分の罪から、それによって傷を負った人たちから、逃げているのと変わらないぞ!!」

 

掻い潜ってナツと共にジェラールの元へと駆け寄ろうとするシエルの言葉に、ジェラールの表情がさらに歪む。その間に少しでも近づこうと駆けて行こうとするが、彼の両側からそれぞれ二人の男たちが腕を掴んでそれを止めようとする。捕まってしまえば、子供と大人の圧倒的な力の差が生じる。無理矢理押さえつけられて苦し気な表情を浮かべる少年。それを押さえようと負けじとシエルの体を押さえる二人の男の背後から、別の人物の両手が、それぞれの男たちを後ろから掴む。

 

違和感を覚えたのは一瞬。その次の瞬間に、男たちは背後から来た人物にそれぞれ頭を勢いよく衝突させられ、そのまま気絶し、シエルの拘束をほどく。

 

「シエルの邪魔はさせねえぞ」

 

その人物、少年の兄であるペルセウスが、弟を捕らえようとするルーンナイトに睨みをきかせる。その気迫はある意味、ジュラや一夜を凌ぐほどのものだと、その場にいた者たちは一様に思い知らされた。

 

「もう!どうなっても知らないわよ!!」

 

「あいさー!!」

 

場は一気に混戦状態。口ではそう言いながらも、ルーシィは周りのルーンナイトたちに腕を振り回して抵抗し、ハッピーはその傍らで幾度も爪を振り回す。少しでもナツたちへ向かう頭数を減らすために。

 

「お願い!ジェラールを連れて行かないで!!」

 

目元に涙を浮かべながら訴えるウェンディ。彼女もまた取り押さえられようとしているが、相棒のシャルルがそれを必死に食い止めようと抵抗している。

 

「来い!ジェラール!!お前はエルザから離れちゃいけねえっ!!ずっと側にいるんだ!エルザの為に!!」

 

「そうだ!エルザの事を想うなら、今度こそ隣で歩くんだ!記憶が戻った時の事が怖いなら、エルザも、俺たちだってついてる!!」

 

必死にルーンナイトを押しのけてジェラールに近づこうと奮闘する二人の声。それが耳に届くたびに、ジェラールは心が揺れ動くのを自覚した。それと同時に身体は震える。自分は裁かれるべきだと頭の中で理解している。だが彼らは、そんな自分を仲間として連れ戻そうとしてくれている。しかしそれは、自分のせいで彼らもまた評議院に危険分子とみなされてしまう事となる。

 

応えるべきではない。だが彼らの声に応えたい。そんな葛藤がジェラールを支配していく。

 

「全員捕えろォオ!!公務執行妨害、及び逃亡幇助だ!!」

 

更に勢いが強まっていく反抗にラハールが声を張り上げて指示を出す。現場にいるルーンナイトほぼ全員が連合軍を捕らえようと一気に駆け寄り、物量をさらに多くする。状況はさらに混迷を極め、更に囲まれる者もいれば、めげずに撃退していくものも存在する。

 

「…生きることから…!逃げるなっ、ジェラールゥ!!」

 

伸ばされる手を振り払い、抜け出し、シエルは更にジェラールとの距離を詰めていく。長杖から魔法を放とうとする者たちを、援護に出ている兄が先んじて沈めていくのを目もくれず、更に駆け寄っていく。

 

そしてその距離がもうすぐ触れるか触れないかまで近づいたその時…。

 

 

 

 

 

「もういい!!そこまでだ!!」

 

その一喝が、騒動を一発で鎮静化させた。その声の主はエルザ。右腕を払うように横へと上げながら、場を制止させる仕草でその声を響かせたのだ。

 

連合軍から見れば思ってもいなかった人物によってストップがかけられたことにより、ほとんどが驚愕に目を見開いている。

 

「…騒がせてすまない…責任は、全て私がとる…」

 

振り絞るように震えた声で、仲間が起こした騒動の責を一身に受けるという発言に、ラハールをはじめとした評議院の面々は呆然と言った様子を見せる。そして彼女は告げた。もう後戻りすることが出来ない、覚悟を決めた言葉を。

 

「ジェラールを…連れていけ…!!」

 

顔を俯かせながら零すように告げたその言葉に、ジェラールは悲しみを帯びながらも安堵したような表情を浮かべて彼女に再び背を向ける。そう、これでいい。これが自分が迎えるべき業なのだと、言いたいかのように。

 

「エルザ!!」

 

「座ってろ!!」

 

「はいっ!」

 

その決断に当然のようにナツが反論を叫ぼうとしたが、それよりも早くエルザが彼を黙らせた。思わず条件反射でその場に正座で座り込む。

 

「エルザ…」

 

そしてもう一人、シエルはエルザに疑問と悲痛で歪んだ表情を向けている。本当は彼と共にいたかったはずなのに、それを押し殺して、別の罪を問われてしまうギルド(家族)を守るための苦渋の決断。分かってる。分かってはいるが、はたから見るだけのシエルにも、エルザの様子は胸が張り裂けそうな思いを抱かずにいられなかった。

 

今度は誰にも遮られることなく、牢馬車へと連れられて行くジェラール。しかしふと、「そうだ…」と思い出したように一言呟き、一度歩を止めてエルザの方へと振り向く。

 

 

()()の髪の色だった」

 

 

たった一言。しかしその一言は、エルザにあることを気付かせるには十分だった。そしてその一言を最後に、ジェラールは牢場所の荷台の中に、自ら入っていく。

 

 

 

───さよなら…エルザ…

 

「…ああ…」

 

罪人二人を乗せた牢馬車は厳重に施錠され、用件が済んだとばかりに連合軍を残してルーンナイトは評議院へと帰還していった。風が彼らの衣服や髪を揺らす中、しばらく誰一人として、言葉を発せるものはいなかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それからそれだけの時間が過ぎただろう。いくつもの星と月が淡く照らしていた真っ暗な夜空が、東の方から少しずつ赤みを帯びた光に塗り替わっていく段階。

 

とてつもなく長く感じた夜が明けようとしている。しかし、近くで休息をとっている連合軍たちの表情は、徐々に明るくなる空とは対照的に暗いまま。ニルヴァーナを破壊できた喜びも、作戦を完遂した達成感も、今となっては微塵も湧いては来ない。

 

「エルザ…どこ行ったんだろ…」

 

「しばらく、一人にしてあげよ…?」

 

「あい…」

 

今この場にいる者たちの中で、エルザだけが遠くへと歩いて行ったきり、まだ戻ってくる様子がない。気丈に振舞おうとする癖がある彼女の事だ。ジェラールと二度と会うことが出来ない悲しみに暮れる姿を、誰にも見せたくないのだろう。

 

他のみんなから少し離れた、しかし視界に十分映る場所に膝を折って座り、その膝に顔を埋めた状態で固まっているシエルの近くに、兄であるペルセウスが近づいてくる。だが、近づくだけで声をかけたりはしない。今どんな言葉をかけたとしても、今のシエルの沈んだ気持ちを晴らすことは出来ないと、分かっているから。

 

「どうにも…出来なかったのかな…」

 

兄が近くに来たことに気付いたのか、それとも独り言なのか、シエルのくぐもったような声が、発せられる。ジェラールは確かに罪を犯した。記憶が失ってもそれが消えるわけではない。だがそれでも、今のジェラールにあの頃のような狂気じみた感情は見られなかった。

 

エルザが昔の事として語った、かつての頼りがいのあるリーダー的な存在だった頃のジェラールのようだと考えれば、納得できるほどに。憑き物が落ちた様子に見えるジェラールを、助けることが出来なかった。聖十(せいてん)やギルドでも最強格である魔導士がいたのに、ジェラールの連行と言う決定を覆せなかった。

 

数年前のシエルならば出来なかったことも、今では出来るようになった。見違えるほどに強くなった。憧れの兄に追いつくために、もっと強くなりたい。普段からそう考えているのは事実だ。

 

だが強くなっても、守りたいもの全てを、守り切ることが出来ないのだろうか?そんな胸中を口に出して顔を上げる様子のない弟に、ペルセウスは陰を落とした表情のまま、空を見上げて呟いた。

 

「強くなければ、守りたいものを守れない。強くなればなるほど、色んなものを守れるようになる。だが時として、守りたいものは簡単に手の平から零れ落ちて、拾えないところに行ってしまう…」

 

兄が語りだしたその言葉に、シエルは心当たりがあった。自分たち兄弟は、色んなものを失ってきた。非力だった時も、力をつけ始めた時も、強さを手に入れた時も。守れるものは増えたはずなのに、本当に大切なものはある日突然理不尽に奪われていく。

 

「じゃあ…どうすればいいのかな…?」

 

少しばかり顔を上げたシエルは、強さがあっても守ることが出来ないなら、どうすればいいのか分からなくなっていた。強くなることに意味があるのか、力をつければ何か得られるのか、守りたくても守れない理不尽を、受け入れるしかないのかと。

 

だが、彼の頭に手を置いた兄は、優し気に笑みを向けながらそれを否定した。

 

「今目の前にあるものを守ればいい。全部を守り切ろうとするなんて限度があるさ、人間はその一面がある。だからこそ、俺たちはギルドの仲間を大切に思い、仲間と共に守りたいもんを守るんだろ?」

 

一人で自分の守りたいものを請け負うには普段が大きい。だがギルドは、そんな負担を共に背負ってくれる。互いに守り、守られることが、仲間としての姿だ。多くのものを守るなら、多くの者と共にその力とする。そして、目の前にあるものを守る…その言葉の真意は…。

 

「お前自身が、絶対に守りたいと思えるような存在を、決して手放さないようにすること。今は、その一つを重点的に考えていけばいい。…それは、俺にも出来なかったことだ…」

 

兄にとっては、きっとその存在を失ったことが戒めであり教訓だろう。自分と同じ轍を踏んでほしくない。その願いを託されると共に、シエルは今自分が絶対に守りたいと思える少女がいる場所に目を向けた。

 

その少女もまた、大切に思っていた存在を失って流した涙で濡れた目を、ある一点の方向に向けながら、同じ方向へと歩を進め始めているところだった。その方向は、エルザが向かって行った方向と同じ。

 

悲しみに暮れる者。自らの無力に後悔する者。様々な葛藤に苛まれていながらも、昇り始めた日の光は、平等に彼らを包んでいく。今までに見たことのないような美しい緋色に染まった朝焼けの光を目に焼き付けながらシエルは誓う。

 

もしも彼女に危険が迫ることがあるなら、必ず自分が守り抜いてみせると。ギルドの違いで遠くにいても、必ず彼女のところに駆けつけてみせると。

 

エルザの髪の色を彷彿とさせる空の色を見据えながら、同じ色に照らされた空色の髪を風に棚引かせ、ただ目を細めて、立ち上がった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

目の前にあるのは姿見。そこに写った自分の格好を改めて確認する。所々にネコの頭や肉球を模した文様が入った、袖なしのロングパーカーに、同じ意匠のハーフパンツ。どことなく普段のナツの格好で、トップスの前を閉めたようなデザインのその服を纏ったシエルは、「へぇ…!」と感嘆の声をあげた。

 

「結構着心地いいなこれ!デザインも特徴的っていうか…」

 

「似合ってるぞ、シエル」

 

今現在、すっかり日も昇りきって朝どころか昼も過ぎた時間帯。連合軍の面々は化猫の宿(ケット・シェルター)の建物の一つで、彼らが織り上げた衣服をいただいていた。

 

あれから少しばかり休息をとり、連合軍のギルドで一番近くの化猫の宿(ケット・シェルター)に一度集合して傷の手当と再びの休息。全てが完了した時には既に昼頃を過ぎていたのだ。墜落したクリスティーナに乗っていたトライメンズ、リオンとシェリーも無事に合流している。

 

そして今シエルたちがいるのは男性用の衣服がある更衣室。女性陣は女性用の衣服がある建物にいるため、別行動中だ。

 

「ギルドの者からの話によれば、化猫の宿(ここ)は集落全てがギルドとなっていて、織物の生産が盛んのようだ」

 

そう告げたのは、シエルたち同様特殊な衣服に着替えた後のジュラだ。案内してくれたギルドのメンバーから聞いた化猫の宿(ケット・シェルター)の事について周知してくれる。

 

「ニルビット族に代々伝わる織り方…って事なのかな?」

 

「かもしれんな」

 

ニルビット族の末裔のみで構成されたギルドである化猫の宿(ケット・シェルター)。ウェンディたちだけ違うようだが、外部では見かけたことのない意匠と織り方から察するに、その可能性が高いだろう。

 

「すっげえなこの服!どれもこれもハッピーのマークが入ってんぞ!」

 

「あい!」

 

「いや、普通にネコってだけだから…」

 

どこか着目する点がおかしいナツとハッピー。それを言うなら、集落の中心に建っていたネコの顔を模したテントもハッピーだとか言いそうな予感がする。

 

「たまにはこういう服も悪くねえな」

 

「同感だがグレイ、せめて着てから感想を言え」

 

「そういうあんたもだよ、似たもの兄弟か」

 

「「一緒にするな!!」」

 

そして氷の造形魔導士の兄弟弟子たちは上半身を晒したままで服の感想を語る頓珍漢な事をしていたので指摘しておいた。どっちも心外そうな表情で反論をしていたが、どんぐりの背比べでしかない。

 

「そんで…お前らはいつものカッコなのか…」

 

「これこそが青い天馬(我々)の仕事服であり、勝負服であり、私服なのでね。ご厚意だけいただくことにしたのだよ」

 

『さすが師範!!』

「メェーン」

 

一方で青い天馬(ブルーペガサス)の一夜とトライメンズは、作戦が始まった時と同じデザインのスーツ服のままである。彼らの分も用意はされていたのだが、アイデンティティーとも呼べる服装を変える気はなかったのか、遠慮したらしい。トライメンズの息の合った称賛に謎のポーズで答える一夜を見て、尋ねたペルセウスは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「さて、そろそろ皆のところへ向かうとしよう。化猫の宿(ケット・シェルター)の方々をいつまでも待たせるわけにもいかんだろう」

 

ジュラが言うと、着替え終わった全員が建物の外へと出る。そう。ひと段落した後、化猫の宿(ケット・シェルター)のメンバーたちが、直接礼を言いたいという要望を出したため、それに応えるべく今彼らの元へと向かおうとしているところだ。そして建物の外に出ればちょうど合流地点で、女性陣もそれぞれ着替えを終えた状態で目に入った。

 

「あ、来た来た!」

 

どうやら先に来たのは女性陣だったようで、率先してルーシィが男性陣へと手を振っている。それぞれが貰った服に関しての話題などを出す中、シエルも目当ての人物と会話を交わす。

 

「ウェンディ、ありがとね。なんか色々世話になったみたいで」

 

「そんな、私は特に何も…こちらこそ、いっぱい助けてくれて、ありがとうございました」

 

疲れ切った身体を休めるための寝床だけでなく、彼らが織り上げた衣服までもらえて化猫の宿(ケット・シェルター)には親切にしてもらった。その一員であるウェンディにもお礼の一つを告げたが、彼女らしい一面と言うべきか、謙遜して逆にお礼の言葉を返すという図になってしまった。

 

ちなみに、今のウェンディはシエルたち同様に着替えたのか、緑の生地を基調とした袖のないワンピースを着ている。

 

「でも…みんなとはこれでしばらく、お別れ…なんですよね…」

 

突如悲しそうな表情を浮かべながら、伏し目がちに連合軍の面々に目を向ける。そうだ、元々これは六魔将軍(オラシオンセイス)を打ち倒すために4ギルドで構成された一時的の連合軍。それが果たされた今、各々はそれぞれのギルドへと帰らなければならないのだ。

 

つまり、ジュラや一夜たち、そしてウェンディとも、しばしの間お別れとなってしまうのだ。特にウェンディはギルドから選出された唯一の存在。たった一日だけとはいえ共に戦った者たち全員と一時的に別れることは、どこか物寂しいのだろう。

 

 

 

その心中を察したシエルは、気付けばこう口にしていた。

 

「…手紙…」

 

「え?」

 

「そ、そう手紙…書くよ!その日にあったこととか、どんな仕事したとか、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の事も、たくさん…!」

 

思わず口に出していたことに少しばかり戸惑って顔を赤く染めながらも、誤魔化したりせずにシエルは心のままに思いついたことを伝える。遠くに離れて会えないのならば、互いにどのようなことがあったのか、どんな人たちと過ごしているのか、手紙を書いて送りあう。

 

シエルにとっては、同じ年代の魔導士と会って、こうして仲良くなれた存在はウェンディが初めての事で、この連合のみでの関係で終わらせたくない。と言った半ば建前のような主張を少しばかり早口で伝えながら、シエルはキョトンとした表情でずっと喋らずにいるウェンディに不安を感じ出し、「駄目、かな…?」と思わず問うた。

 

「…駄目じゃないです。手紙、楽しみにしてますね!私も色んな事、いっぱい書いて、シエルさんに送ります!」

 

一度だけ首を横に振り、嬉しそうな笑顔で返事を告げる。その表情を見てシエルは何度目かになるほどに心臓が跳ねたが、それ以上に喜びが溢れ出した。約束だ。そう告げたシエルにウェンディは笑みを浮かべて首肯し、「そろそろ行きましょう?」と自分のギルドの者たちが待つ場所へと小走りで向かっていく。

 

その後姿を見ながら、シエルは胸に手を置いてしばしその喜びを噛みしめていた。

 

 

 

「で…途中から姿が見えなくなってたけど…何してんだよ…?」

 

だが数秒もしないうちに顔が赤いまま思い切り顔を不機嫌そうに歪めながら首を横に向けると、ある者は微笑ましそうに、ある者はニヤニヤと口元を吊り上げながら、またある者(リオン)はいたたまれない表情を浮かべて、ある者(シャルル)はシエル以上に不機嫌そうに睨みつけながら、ある者(ナツ)は特に普段通りの様子で物陰に隠れながら一部始終を見ていた。いつの間にどうやってそこに隠れたのか全くもって分からない。

 

「いやなに、若人の青春の一幕。これを邪魔するのは無粋かと思ったに過ぎないさ」

 

『さすが先輩!』

 

「オレたちまで隠れる必要があったのか…?」

 

「それもまた“愛”ですわ」

 

「若いことはよい事だぞ」

 

身内ではない者たちから次々にそんな言葉をかけられるが、邪魔するのが無粋なら覗き見るのは無粋じゃないのか?と突っ込みたい衝動に駆られる。あとリオンが浮かべている表情の理由が分かった。シェリーに強要されたな?

 

「言っとくけど、変な事手紙に書いたら絶対許さないからね、オスガキ?」

 

「手紙は許すのか?」

 

「成長したようで兄貴は嬉しいぞ、シエル…!」

 

シャルルだけがどこかウェンディと仲良くなる様子に否定的のようだが、ウェンディ自身が手紙自体を楽しみにしている以上、そこまで邪魔をする気にはなれないようだ。そして兄はしみじみと言った様子で感動している様子。目元にまた涙が浮かんでいるように見えるが、涙腺緩んだのか?

 

「「どぇきとぅえるぅう~~!」」

 

「昨日も散々やっただろそれは!!」

 

そしてハッピーとルーシィ…こいつらに関してはただ単に揶揄いたいだけなのが見え見えである。巻き舌風におちょくってくる二人に、口を噤んで黙っていたシエルはとうとう叫ばずにいられなかった。

 

「…なあハッピー?」

 

「ん?どうしたの、ナツ?」

 

すると、他の面々と違っていつもと変わらない様子のナツが突如ハッピーに声をかけた。恋愛関係には疎いナツの事だ。大方どうして隠れる必要があったのだとか、手紙を送りあうだけでこんなに動揺するのは何故かとか、よくわかっていないようなことを聞いてくるのだろう。そう、ハッピーは確信していた。

 

 

 

 

 

 

「お前、おんなじように昨日会ったのに、シエルに大分先こされてるけど、自分はいいのか?」

 

「!!!?」

 

だが予想の斜め上の質問をされ、ハッピーは大きな衝撃を受けた。いや、ハッピーだけじゃない。周りの魔導士たちも、それこそシエルもそうだ。だってそうだろう。シエルは着々とウェンディと距離を縮めている。だがハッピーはどうだろう?明確にシャルルとの距離が縮まった様子が見られない。それだけでも衝撃的だったのに、よりによって…!

 

「よりによってナツに気付かされるなんて~~!!?」

 

「どーゆー意味だっ!!」

 

大きな絶望を抱えたような叫びをあげるハッピーにナツが心外とばかりに叫ぶ。それによって一同の間に笑い声が響いた。

 

 

少年少女のささやかな約束。一見すれば微笑ましいこの約束は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶わぬものとなってしまうことを、まだ誰も知らなかった…。

 




おまけ風次回予告

シエル「化猫の宿(ケット・シェルター)って、ニルビット族の末裔だけで構成されてるって聞いたけど、ウェンディとシャルルは違うんだよね?」

ウェンディ「私は後から入ったんです。それから7年の間、ずっと私を本当の家族のように大切にしてくれたんですよ」

シエル「本当の家族のように…その点は妖精の尻尾(フェアリーテイル)も同じだな。血の繋がった家族は兄さんがいるけど、ナツたちの事も、本当の家族みたいに感じてるし」

ウェンディ「私も、ギルドのみんなは大切な家族だって思ってます!」

次回『たった一人の為のギルド』

シエル「ウェンディの育ったギルド…どんな人たちがいるのかな?」

ウェンディ「みんなとっても優しいんですよ。シエルさんにも紹介しますね!」

シエル「楽しみだな~!」


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第65話 たった一人の為のギルド

ついにニルヴァーナ編ラストの回!書いてる途中涙で画面が見えなくなるという非常事態に見舞われながらもなんとか書ききりました!

タオル、ハンカチ、ティッシュなどを用意してからお読みください!←自分からハードルをry)

そして次回の事ですが…本編をお休みさせていただきます。
…本編は。

ではどうぞ!


魔導士ギルド・化猫の宿(ケット・シェルター)

ワース樹海の木々や自然に囲まれ、地理的に考えれば外界との交流を避けた排他的な集落と言う印象。だが実際はそのような事はなく、むしろ自分たちの先祖が作った負の遺産と言えるニルヴァーナを、破壊してくれた連合軍を快く迎え入れ、世話をするほどの良心的な人々ばかりだ。

 

一つのギルドとなっている集落の中心。大広場にて、奥地に立つ大きなネコの頭を模したテントを背にギルドの者たちが、それに向かい合う形で他ギルドから来た連合軍の魔導士たちがその場に集まっていた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)…そしてウェンディにシャルル…。よくぞ六魔将軍(オラシオンセイス)を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表して、この『ローバウル』が礼を言う」

 

連合軍にそう伝えたのは化猫の宿(ケット・シェルター)のマスターである『ローバウル』。口元と顎からは立派な白い髭、頭にはびっしりと鳥の羽飾りがつけられた頭巾。ニルビット族に伝わると思われている民族風の格好をした老人である。そして彼は先ほど伝えた通り、手を胸元に充て、深々と感謝を表すように礼を告げる。

 

「ありがとう。なぶら、ありがとう」

 

「どういたしまして!マスター・ローバウル!!」

 

“なぶら”と言う妙な口癖も交えて告げたローバウルに、真っ先に返事を返したのは青い天馬(ブルーペガサス)の一夜。食い気味に感謝の言葉を受け取り、彼の前へと誰よりも早くに飛び出してきたかと思えば、最早見慣れた…見飽きたともいうべきの謎のポーズをとりながら堂々と語り始める。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)との、激闘に次ぐ激闘!!楽な戦いでは、ありませんでしたがっ!!仲間との絆が我々を…勝利に導いたのです!!!」

 

『さすが先生!!』

 

ビシッとポーズをとった一夜にトライメンズが一様に拍手で称える。ちゃっかりおいしいところを持っていく男だ。六魔の誰かと戦ってなどいたか?とルーシィが疑問を呟くが、そこは意外な人物が彼をフォローした。

 

「まあまあ、好きにさせてあげなよ。嘘は言ってないんだし」

 

「あれ?珍しいわね。シエルなら一言鼻を折るようなこと言いそうなのに」

 

笑みを浮かべながらグレイたちをたしなめたシエルを見て、ルーシィは意外そうな反応を示す。てっきり彼の事だから、六魔を倒すどころか戦ってすらいない一夜にそれを指摘して、伸びきった鼻っ柱をへし折るものかと思っていたから。

 

だが、シエルは知っている。一夜の力もあったからこそ、自分は魔水晶(ラクリマ)を破壊できたし、ニルヴァーナを止めることも出来たことを。その恩を思えば、多少の誇張は目を瞑っていいだろうと思っている。

 

「終わりましたのね」

 

「お前たちもよくやったな」

 

「ジュラさん…!」

 

「この流れは、宴だろー!!」

「あいさー!!」

 

そして喜びを表しているのは青い天馬(ブルーペガサス)だけじゃない。蛇姫の鱗(ラミアスケイル)妖精の尻尾(フェアリーテイル)も各々自分たちの勝利に喜びを露にしている。

 

「一夜が!」

『一夜が?』

 

「活躍!!」

『活躍!!』

 

「それ、ワッショイ!ワッショイ!」

『ワッショイ!ワッショイ!』

 

ナツの宴と言う言葉に反応し、青い天馬(ブルーペガサス)が真っ先に反応して踊り出す。テンションがやけに高いように見えるがそれに関しては誰も指摘しない。高揚した気分に水を差そうと考える者がいないともいえる。

 

「宴かぁ…!」

「脱がないの!!」

 

「フフ…」

「あんたも!!」

 

こっちはこっちで氷の造形魔導士の二人がまたも服を脱いでいてルーシィに突っ込まれてた。宴での脱衣芸を披露しようと考えて既にやってしまったか?

 

「さあ、化猫の宿(ケット・シェルター)の皆さんもご一緒にィ…?」

 

最早盛り上げ隊長のような位置に立った一夜が、化猫の宿(ケット・シェルター)の一同も誘い、さらに盛り上げようとする。それにつられてか、エルザとペルセウスを除いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーも、天馬と同じ踊りをしながら盛り上がる。楽しそうだ。

 

そんな楽しそうな光景を見て同じように気分が高まったのか、同じように連合軍として参加した少女ウェンディも「ワッショイ!」と一度だけ両手をあげながら飛び上がる。可愛い。だが、一度やった後は何かに気付いたのか顔を赤くして恥ずかしそうにその動きを止める。

 

動きを止めたのはウェンディだけではない。いの一番に盛り上がっていた一夜たちも、それにつられたシエルたちも、全員顔を唖然としたものに染めながら硬直していた。その理由は、化猫の宿(ケット・シェルター)の面々が彼らのハイテンションな様子とは正反対な、一様に目元を伏せ、俯いているような表情で全くと言っていいほど反応を示さなかったからだ。こんな空気を醸し出されては、喜びに盛り上がっているこっちが道化のように感じてしまう。

 

どこか空気が凍り付いたような感覚に連合軍が困惑し、神妙な顔つきで俯いているローバウルの様子に首を傾げながらウェンディとシャルルは横から彼を見ている。しばらくの間続いていた沈黙を破ったのは、盛り上がる連合軍を見ながらもその口を閉ざしていたローバウルだ。

 

「皆さん…ニルビット族の事を隠していて、本当に申し訳ない」

 

出てきたのは謝罪の言葉。ニルヴァーナがどういう魔法だったのか、それを作り上げたニルビット族とは、彼らの末裔である化猫の宿(ケット・シェルター)は、ウェンディたちを除いてそれを全員知っていた。それを知っていながら連合軍に一切を知らせなかったことに対する謝罪だろう。

 

「ンな事で空気壊すのかよ?」

 

「俺たちみんな気にしてませんって…」

 

「あい」

 

だが連合軍の者たちにとっては些末な問題である。確かにあらかじめ知っていればより有利に事を運べていたかもしれないが、結果的には作戦が成功したのだからそれで良しと言う考えの方が強い。終わり良ければ全て良しだ。

 

「マスター、私も気にしていませんよ?」

 

そしてそれはウェンディも同様だ。彼女も自分だけがギルドの秘密を知らなかったことに、特に機嫌を損ねたり、疎外感を受けていることはなく受け入れている。だがそれでも、ローバウルの表情は晴れないままだ。それはもう一つ、自分たちが明かしていないあることを伝えるため…。

 

「皆さん、ワシがこれからする話を、よく聞いてくだされ…」

 

今度は連合軍が彼の言葉に硬直する番だった。彼らが隠していた、隠さざるを得なかった、化猫の宿(ケット・シェルター)のもう一つの事実を…今語るとき。

 

「まずはじめに…ワシ等はニルビット族の()()などではない…」

 

「え…?」

 

「ニルビット族()()()()。400年前、ニルヴァーナを作ったのは、このワシじゃ」

 

その言葉は、最初に反応を示したウェンディだけでなく、連合軍全員を驚愕させた。400年前にニルヴァーナを作ったニルビット族。目の前にいるローバウルはその末裔の一人ではなく、当時のニルビット族その人なのだという。遥か昔に存在していたはずの人間が何故今も目の前にいるのか、それも含めてローバウルは語りだした。ニルビット族の真実を。

 

400年前、世界中に広がった戦争を止めようと、ニルビット族は善悪反転の魔法ニルヴァーナを作った。ニルヴァーナは彼らの国となり、平和の象徴として一時代を築いたという。

 

「しかし…強大な力には、必ず反する力が生まれる」

 

闇を光に変えた分だけ、ニルヴァーナはその“闇”を纏っていった。光と闇。二つの相反する力は互いを打ち消しあうことがあれど、傾くことはないバランスをとっている。人間の人格を無制限に光に変えることは不可能。闇に対して光が生まれ、光に対して必ず闇が生まれる。

 

「そう言われれば、確かに…」

 

それを聞いてグレイは思い当たる節があった。何よりも愛を尊重したシェリーが憎しみに染まって危害を加えてきていたのと入れ替わるように、金に執着を見せていたホットアイ(リチャード)が愛に目覚めて味方になった。光の魔導士が闇に落ちれば、闇の魔導士も光に変わる。

 

「人々から失われた闇は、我々ニルビット族に纏わりついた」

 

ニルヴァーナが光に変えた分、今までそれに蓄積されていた闇は行き場がなかった。行き場がなくなっていた闇がその矛先…流れる場所となっていたのは、ニルヴァーナに国を築いていたニルビット族。中立に立ち、平和を願い、そのための魔法を作り出したニルビット族の末路。ここまで聞けば大方の予想がつく。理解した一人であるウェンディは、信じられない…信じたくないと言いたげに動揺を露にしていた。

 

「地獄じゃ。ワシ等は共に殺し合い、全滅した」

 

彼は今でもその様子を思い出せる。その身に纏わりついた闇の感情に翻弄され、衝動のままに武器をとり、つい先刻まで笑顔を向けながら談笑していた者を、親しい友を、大切な家族を、何の躊躇いもなく命を奪い合う標的と定め、その手をかけた。

 

「生き残ったのはワシ一人だけ…いや、今となってはその表現も少し違うな…。我が肉体はとうの昔に滅び、今は思念体に近い存在…」

 

それはつまり、400年前からいくつかの年を重ねた後、自らの寿命も迎えたという事だろう。それでもなおこの時代まで思念体の状態で存在した理由。それは自らの過ちの象徴であるニルヴァーナを作り、一族を滅ぼした罪を償うため、そして力なき亡霊となった彼の代わりに、ニルヴァーナを破壊できるものが現れるまで、ずっと見守り続けた来たのだと。

 

「今、ようやく役目が終わった…」

 

ずっと硬い表情を浮かべながら語った話を終え、最後の一言と共に、ようやくその表情に笑みを浮かべた。400年余りの長い時間。ただただ見守ることしかできなかったその永久にも感じる時間は、ようやく終わりを迎えることが出来たと言わんばかりに。

 

「そ…そんな話…!!」

 

しかし、現実から大きく外れたその話に連合軍が言葉を失っている中、両手を強く握りしめながら俯き、ローバウルの語った真実を受け止められない存在がいた。今までずっと、彼ら化猫の宿(ケット・シェルター)の魔導士として過ごしてきたウェンディだ。不安そうに見上げるシャルルの視線も気づかずに、ぐっとこらえるような表情を浮かべている。

 

だが、ウェンディが言葉を発そうとしたその時、ローバウルは何かを一つ念じると、彼の身体が突如微かに光り出した。そしてその直後だった。彼の表情にリンクするように、悔いを抱えた表情から、穏やかな笑みを一様に浮かべていた化猫の宿(ケット・シェルター)の魔導士たちが、ローバウル同様に微かな光を発したと思いきや、一人、また一人と光と共にその姿を影も形もなく消してゆく。

 

「何これ…みんな!?」

 

「アンタたち!?」

 

「マグナ!!ペペル!!」

 

同じギルドにいた家族同然だった仲間たちが突如消えていく現象に、ウェンディとシャルルは勿論、連合軍の魔導士たちも一様に動揺している。

 

「何だこれ…人が消えていく!?」

 

「どうなってるんだ…!?」

 

「イヤよ…みんな…!!消えちゃイヤァ!!!」

 

まるで現実とは思えない光景を目の当たりにしながらも声を発したシエル、そしてペルセウスの動揺の声を耳にし、自分の錯覚ではないことを実質的に理解させられたウェンディは、涙を浮かべながら懇願するも、その願いは届かず笑顔を浮かべながら仲間たちは消えていく。

 

「騙していてすまなかったな…。ギルドのメンバーは皆…ワシの作り出した幻じゃ…」

 

「…!?」

 

「何だとォ!?」

 

消えていく仲間を目にしながら告げられた、ローバウルからの真実。ウェンディにはそれが残酷なものに聞こえた。家族として過ごした大事な仲間たち、ギルドのみんなが、本当は存在していない幻の存在。そしてそれは連合軍にとっても大きな衝撃を与えた。既に肉体は滅びたはずの老人が作ったその幻は、生きている人間と遜色の無い自我と意思、感情を有していた。

 

一人だけでも相当な魔力を有するはずだ。それをギルドとして構成できるほどの人数を、しかも人格は千差万別で作り出す。聖十大(せいてんだい)()(どう)と同等…下手をすればそれ以上の魔力の持ち主なのだろうか…。

 

「ワシは、ニルヴァーナを見守る為に、この()()()()で住んでいた…。7年前のある日、一人の少年がワシの所に来た」

 

7年前…少年…その二つの単語を聞いたとき、ウェンディは気づいた。その少年とはきっと、ジェラールの事なのだと。

 

『この子を預かってください』

 

そう告げながらこちらに向けた、あまりに真っすぐな眼にローバウルはつい承諾してしまったのだと言う。一人でいようと、決めていたのに…。承諾した後、再び旅立ってしまった少年にウェンディを託されたローバウル。だが、勿論最初は鬼門であった。ずっと一緒にいた兄のような少年が突如いなくなり、廃墟同然の建物に老人一人と言う場所で目が覚めれば、彼女はとても不安になっただろう。

 

『おじいちゃん…ここどこ…?』

 

『こ…ここはじゃな…』

 

『ジェラール…私をギルドに連れてってくれるって…!!』

 

正直、どう説明すればいいのか分からなかった。まだ幼い身で孤独な少女に、ここが廃村で、自分は亡霊であることを告げるわけにもいかない。非常に心苦しいが、彼女が膝を抱えて頭を埋めながら呟いた言葉を利用することにした。

 

『ギ…ギルドじゃよ!ここは、魔導士のギルドじゃ!!』

 

『本当!?』

 

『なぶら!外に出てみなさい!仲間たちが待っているよ』

 

咄嗟に出てきた嘘であったが、幼い彼女はそれを疑うことはしなかった。そして幻を駆使して廃村を集落に見せ、本来実在しない仲間を作り出した。全ては、幼くも孤独となった少女を、独りにしない為、彼女の不安や寂しさを、取り払ってあげる為。亡霊の優しい幻が作り上げた、たった一人(ウェンディ)の為に作られたギルド…それが化猫の宿(ケット・シェルター)なのだ。

 

「そんな話聞きたくないっ!!バスクもナオキも消えないで!!!」

 

彼女一人の為に作られたギルド。それを受け入れたくないウェンディは、耳を押さえながら涙混じりにそう叫ぶ。嘘であってほしかった。本当だったとしても、ずっと騙されてもいいから消えないでほしかった。頭の中で浮かぶ言葉は、目の前にいるローバウル()によって、それが不要であることを告げられる。

 

「ウェンディ…シャルル…もうお前たちに偽りの仲間はいらない…」

 

とうとう周りの幻たちがみんな消え、ローバウルただ一人を残すのみ。彼は諭すように笑みを向けて彼女を…正確には、彼女の後方を指さして告げる。

 

 

 

 

 

「本当の仲間がいるではないか」

 

そこにいたのは、六魔将軍(オラシオンセイス)を共に打ち倒し、ニルヴァーナを止めた連合軍の魔導士たち。彼が作り出した幻ではない、確かに存在している本当の仲間たち。もう少女は孤独ではない。強くて、優しくて、頼もしい仲間たちに囲まれた。400年もの役目を役目を終えた。7年前に託された少女の憂いも消えた。となればもう、亡霊(自分)の存在意義は皆無。後腐れなく、ここを去ることが出来る。

 

それを示すかのように、笑みを深くしたローバウルの身体が先程消えていった幻たち同様光を放ち始める。

 

「お前たちの未来は…始まったばかりだ」

 

「マスターー!!!」

 

老人の身体が徐々に透けていく。別れの時が近い。それを理解したウェンディはたまらず彼の元へと駆け出していく。しかし、彼女が前へと伸ばした両手がローバウルに届くことなく、彼はその姿を無くし、無数の光の粒子となって、空へと昇っていく。

 

───皆さん…本当にありがとう…。ウェンディとシャルルを頼みます…

 

天高くへと消えていく光の粒子。それと同時に、ウェンディの右肩に刻まれていた三又のネコを模した紋章も、光の粒子となって消えていく。もう幻で作られたギルドではなく、本当の仲間たちと歩めるようにと言う、マスター・ローバウルからのメッセージの様に…。そしてシャルルもまた、背中に刻んだ同じ紋章が消えているのを、涙を浮かべながら感じている。

 

「マスタァーーーーーー!!!!」

 

光の粒子が完全に空に溶けて消えたと同時に、ウェンディは膝からその場に崩れ落ち、天へと消えた親への慟哭を叫ぶ。大好きだった。本当の家族の様に思っていた。例え亡霊でも幻でも、確かに彼女は彼らと仲間だったのだ。

 

涙に濡れ、止むことのない嘆きの声を聞きながら、シエルは目を伏せながら、悲しみを思わせる表情を浮かべながら、彼女に声をかけようとする。

 

だが、言葉が出てこない。悲しみに暮れる少女を支えたい、慰めたい、そう心では思っているのに、口から彼女を立ち直させる言葉が出てこない。

 

彼女と自分は似ているようで違う。かつて自分も、今までいたギルドの者たちを失ったことがある。だが彼女とは根本的な部分で違う箇所がある。彼女が失ったのは確かに亡霊と幻だ。しかし、その心は本物であり、彼女は確かな愛を受けてそのギルドで育ち、家族と同じような繋がりを持っていた。一方で自分はそんな愛など皆無だった。自分はただ利用するための人質であり駒。実在する人間たちが同じギルドにいたというのに、仲間とも思えない者たちばかり。実の兄のみが、自分が信じられる存在であった。

 

だからこそ、彼女の深く傷ついた心を、悲しみを、本当の意味で理解し、寄り添うことが出来ない。自分が経験したこともないような出来事を受けたウェンディに、どんな言葉をかけても気休めにすらならない。自分では何もできないという無力感に苛まれながら、ただ慟哭するウェンディを、見ていることしかできない…。

 

 

 

そんな彼女の肩に、後ろから優しく手を置いた存在に、シエルを始め、全員が気付いた。

 

「愛する者との別れの辛さは…仲間が埋めてくれる」

 

それはエルザだった。彼女は知っている。ウェンディと同じ悲しみを。楽園の塔で奴隷として働かされた時も、敵になったジェラールと死闘を繰り広げた時も、そして作戦が終わった直後も、エルザは数多の大切な存在を、目の前で失い、そのたびに深く傷ついてきた。

 

だが、だからこそ知っている。どうやってそこから立ち直ってきたのか、仲間の存在が、どれだけ自分の助けになったのか。だから今度は自分が、自分たちがその助けになる。同じように深い悲しみを抱えたエルザの声で振り向いたウェンディに、彼女は優しく告げた。

 

 

「来い、妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

周りは一面大海原。巨大な帆船は穏やかな波をかき分けて順調に目的地へと進んでいく。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々を乗せた船の欄干に手を置きながら、ある一人の青年が桜髪と白い鱗柄のマフラーを潮風に揺らしながら、それを存分に堪能していた。

 

「ああ…船って潮風が気持ちいんだなぁ…」

 

そう、本来であれば乗り物全般に極度に酔いやすい体質のはずであるナツが、船の上にいながらその揺れと船ならではの解放感を味わっているのだ。普段であれば絶対に見られない稀有な光景である。

 

それもこれも、彼らと同じ船に乗船している少女、天空魔法の使い手であるウェンディのおかげだ。彼女の魔法の一つであるトロイアは、平衡感覚を養い、乗り物に酔わなく出来るものだ。今まさに、ナツはその効果を実感しているのである。

 

「うぉお~~!乗り物っていいモンだなぁ~~!!」

 

普段できない体験にテンションが上がりまくりのナツが、はしゃぎながら甲板を走り回る。魔法をかけた本人であるウェンディは微笑まし気にそれを見ていたが、船に乗る前に魔法をかけた時間と、今の時間帯に気付いて声をかける。

 

「あ、そろそろトロイアが切れますよ」

 

「おぶぅ…!」

 

言い終わるや否や狙いすましたかのように顔色を悪くして倒れこむナツ。もう一回トロイアを所望してきたが、この魔法は連続してかけると効果が薄れてしまうらしい。仕方ないのでナツにはしばらくの間我慢してもらおう。場にいる者たちの意志が満場一致になった。

 

「本当にウェンディとシャルルも妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来るんだね」

 

「私は、ウェンディが行くって言うからついていくだけよ」

 

「楽しみです!妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

 

エルザからの誘いを受けたウェンディ、そしてシャルルは彼女に応え、妖精の尻尾(フェアリーテイル)として今後は活動することを決めた。ハッピーからの返答の通り、シャルルはどこか理由をつけて素直な返答をしなかったが、ウェンディは素直に楽しみなようだ。

 

化猫の宿(ケット・シェルター)との悲しい別れがあった後、連合軍として組んでいた3ギルドは、それぞれのギルドへと戻っていった。

 

青い天馬(ブルーペガサス)は、主にエルザとルーシィに対してであったが、今度自分たちのギルドに遊びに来ることを歓迎。

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)は、ジュラからはマスター・マカロフによろしく伝える様にと、リオンからはグレイに脱ぎ癖を治すようにとそれぞれ伝えていた。ちなみにリオンは言ったそばから自分で脱いでいた。

 

ちなみに余談だが…いつどこで何があったのか、天馬のレンとラミアのシェリーが、別れ際に顔を赤くしながら見つめ合い、ツンデレな態度で会話をしているシュールな光景が繰り広げられた。イヴとリオンにそれぞれ呼び出されるまでずっとそのままだった。どぅえきとぅえるぅ。

 

「そう言えばルーシィ、エンジェルと契約してた星霊が、ルーシィのとこに来たんだって?」

 

「うん、そうなの。黄道十二門の星霊が、()()とも来てくれて…」

 

「3…人…?」

 

シエルの質問に答えた通り、今ルーシィには新しく三本の鍵がある。エンジェルが評議院に捕まったため、自動的に契約が解除されたのだ。本来であれば新しい所有者(オーナー)は自動的に鍵を見つけた者がそうなるのだが、先程挙げた黄道十二門の3体、双子宮のジェミニ、天蠍宮のスコーピオン、そして白羊宮のアリエスは、自ら人間界に赴いてルーシィを新たな所有者(オーナー)として望んだらしい。

 

更なる強化にルーシィ自身も喜んだが、シエルが気になったのは彼女が告げた単語だ。星霊の数え方は一体、二体。人間と同じ数え方はしないはずだ。それはシエルも知っているので疑問を感じたのだが、それを察したルーシィは聞かれるよりも先に答えた。

 

「前の数え方、やめたんだ。ほら、ロキとか人みたいでしょ?物みたいな数え方に、抵抗できちゃってね…」

 

はにかむように笑みを浮かべながら語った理由にシエルは納得した。なるほど、彼女らしい優しい理由だ。エンジェルとの戦いは、彼女自身の魔法や力だけでなく、心も成長するきっかけになったと言える。そういう意味では、自分も今回の作戦で成長できたのだろうか。

 

「シエルさん」

 

と、ルーシィと話していたシエルの元に、ウェンディが声をかけてきた。初めに会った頃と比べれば大分慣れてきたのか、彼女が突如話しかけてきても動揺することが少なくなってきた。嬉しくなるのには変わりないが。

 

「どうしたの、ウェンディ?」

 

そんな彼女に笑みを浮かべたまま答える。視界の端で、口元に弧を描きながら音もなくその場を離れたルーシィは敢えて放っておいて。すると、ウェンディは途端に眉根を下げて、少しばかり落ち込んだ様子で顔を俯かせる。一体どうしたのか、聞こうとした彼よりも先に、ウェンディは少し頭を下げながら告げた。

 

「その…ごめんなさい。手紙の約束…守れなくなっちゃって…」

 

それを聞いてシエルは気づいた。遠くに離れても手紙を送り合うと約束をした矢先、化猫の宿(ケット・シェルター)は実質的な解散となった。そのことに心底申し訳なさを感じていたウェンディは、こうしてシエルにわざわざ謝罪を告げに来たのだと察する。

 

「ウェンディが気にすることないよ。あれはウェンディの…ううん、誰かが悪いとか、そういう話じゃないし」

 

「でも…」

 

「それにさ、悲しい事ばかりじゃないよ?」

 

シエルのその言葉にウェンディは俯かせた顔をあげて「え?」と声を出す。別れは確かに辛い。だが彼女を誘った時に告げたエルザの言葉の通り、その辛さは仲間が埋めてくれる。その仲間の一人として、シエルは彼女に自分が告げた言葉の意味を伝える。

 

「ウェンディが化猫の宿(ケット・シェルター)で過ごした日々は、君が忘れない限り消えることはない。手紙を送らなくても同じ場所にいればその日一日で何が起きたか話すことも出来る。これから、新しい思い出を作っていけばいいんだ。俺たちと一緒に」

 

一つの約束は果たされなかった。だがそれとは別に、今度は共通の思い出を、シエルだけでなくギルドのみんなと作ることが出来る。それを想像すると、ウェンディは先程までにも感じていた期待とワクワクがさらに高まるような感覚を覚えた。

 

「ともあれ、今更になるけど…俺たちはみんな歓迎するよ。これからもよろしくね、ウェンディ!」

 

「はい!こちらこそ…」

 

落ち込んでいた気分も戻った様子でシエルの言葉に答えようとしたウェンディは、途中で何かに気付いて区切った。その様子に、シエルも疑問を感じて首を傾げる。

 

そして思い返していた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)でもギルドの者たちは家族同然と言う間柄。自分にとってはほとんどが敬意も抱くべき人物であり、それを込めた接し方がほとんどだ。ナツやエルザ、そしてシエルも例外ではない。

 

しかし、彼女が思い出していたのは、ジェラールが連行される少し前の何気ない一言。

 

 

 

『ジェラールは呼び捨てなんだ…』

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるウェンディは五感が優れている。それは聴覚も例外ではなく、微かな音も拾うことが可能。彼が呟いた何気ない一言。聞こえた時は特に意識をしていなかったが、これからは同じギルドの仲間であり家族。それもシエルにとっても、ウェンディにとっても、同じ年頃の魔導士だ。今までは年上であり憧れだったからこその対応だったが、関係が変わり、彼自身もどこか現状に不満気と思わせるその一言。

 

それを頭の中で整理したウェンディは、小さな決断を行った。

 

 

 

 

 

 

「こちらこそ…よろしくね、『シエル』!」

 

明るい満面の笑みを向けながら、憧れの人から親しい仲間へ、そんな表現が似合う言葉をシエルに告げたウェンディ。それを見聞きした途端、シエルは一瞬虚を突かれ、だがその後に輝かしい目と頬を染めた表情で「うん!」と大きく頷く。

 

その様子を横目にしながら、彼の兄であるペルセウスは穏やかな笑みを浮かべながら見守っていた。少しばかりおせっかいも考えていたが、どうやら不要だったようだと心に留めながら、同時にこうも願った。

 

どうか弟の幸せが実り、それがいつまでも続いてくれるようにと…。

 

そして、ふと視線を向ければ、幾度も船旅からの帰りで見慣れた港町が、徐々に近づきつつあった。

 

「ハルジオンが見えてきたぞ」

 

そう言葉に出せば、ほぼ全員がその方向へと目を向ける。帰ってきたことを実感させられる光景を目にしながら、一同は話をさらに盛り上げていく。

 

「何か帰って来たって感じする~!」

 

「や、やっと着いた…のか…!」

 

「でもマグノリアまで今度は列車だよ?」

 

「アァ~~…!!」

 

「もういっその事置いてこうぜ?」

 

「まだしばらく我慢するんだぞ、ナツ?」

 

約一名が随分ヤバそうだが、彼らはここから更にギルドに戻った後の事を考え、楽しみに感じていた。

 

一つの冒険が終わり、悲しい別れと、新たな仲間、そしてその先には一体どんな未来が待っているのか…。

 

ウェンディと親しげに話し続けるシエルに業を煮やしたシャルルが何か文句を言いながら近づいていき、シエルが狼狽え、ウェンディは苦笑を浮かべながらなだめる様子を見ながら、ルーシィはウェンディとシャルルの未来が、明るいものであることを、人知れずに願うのだった。




おまけ風次回予告

ウェンディ「化猫の宿(ケット・シェルター)のみんなとお別れするのは寂しかったけど…私、これからは妖精の尻尾(フェアリーテイル)として頑張っていきます!」

シエル「気合十分だね。でも張り切りすぎずに、リラックスしていいからね?みんな気前のいい人たちばかりだから」

ウェンディ「ありがとう!でも、都会のギルドってあんまり来ることないから、ちょっと緊張しちゃって…」

シエル「そうだ、ギルドに着いたら俺が案内するよ!きっと驚くものがいっぱいあるよ?」

ウェンディ「本当?じゃあ、お願いします」

次回『天竜歓迎会』

ウェンディ「ライブステージに遊技場…外にはプールも!?都会のギルドってスゴいんだね!!」

シエル「都会って言うか…ウチぐらいなもんって言うか…(汗)」


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番外編①

タイトルから察した方もいるでしょう。今回は本編をお休みして、本編で入れられるタイミングが見つからなかった番外編をお送りいたします。

どんくらいの長さにするとか全然決まってなかったのですが、普通に本編と同じ長さになっちゃいました。これ癖かな?

最後の方には、本作で初めて使用するアンケートを作りました。正確な情報はあとがきにありますのでそちらを参照ください。


え、今回遅刻するのにあたって連絡もなかった理由?ラストスパート目前で寝過ごしてました、ごめんなさい…。


フィオーレ王国の一角にある町・マグノリア。

その町の代表的なギルドと問われれば、ほぼ全員がその名を答えるだろう。魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)。問題も多々起こすが数十年前からマグノリアと共に歩んできたと言っても過言ではない。

 

そんな妖精の尻尾(フェアリーテイル)には近年、若い者たちが…と言うより幼い者たちが魔導士として加入するというケースが、多くなっている。

 

「オイコラ、ナツ!今てめぇ何て言った?あ?」

 

「何度でも言ってやんよ!すぐ服を脱ぐ変態野郎!」

 

そんな幼い者たち…齢にして11~13程の少年が二人、互いを睨みつけながら憎まれ口を叩き合い、喧嘩に発展していた。一人は桜色の短い髪で白い鱗柄のマフラーを首に巻いた少年。もう一人は黒い短い髪で上に何も着ずに上半身を晒している少年。

 

一方をナツ、もう一方をグレイと言うこの少年二人はどことなく相性が良くないのか、その場にいあわせると高確率ですぐさま喧嘩に発展するような仲である。最初は口喧嘩。そしてヒートアップしていけば殴り合い。時には周りに被害を及ぼす魔法を使う始末。だが、そんな二人が喧嘩を始めても、周りにいる同じギルドの魔導士たちは止めようとはしない。

 

「また始まった」と呆れる者。程よい刺激に「もっとやれ~」と煽る者。どっちが勝つのか軽く賭ける者。様々だ。それもこれもこの二人が喧嘩をすることが日常茶飯事だからである。大人たちは勿論、子供たちもそれは百も承知である。

 

「ナツったら…またグレイと喧嘩してる…」

 

「あい、いつものことです」

 

その中に、ある一人の少女も含まれていた。白銀の髪をショートボブで切り揃えており、テーブルに座って両腕で頬杖を突きながら、呆れた様子でナツたちの喧嘩を遠目に眺めている。近くには小さめではあるが、人間の言葉を発する青いネコが、魚を咥えながら同じ感想をこぼしていた。

 

「また物が壊れちゃうな…」

 

「好きにやらせてやれよ、どうせ止まりゃしないんだ」

 

そのテーブル席の近くには、彼女と同じ髪色の少年と少女がそれぞれ一人ずつ。本を読んでいる大人しそうな雰囲気を持つ心配性な少年と、言動から分かる通り荒っぽい印象を与えられる少女だ。ギルドの仲間を家族と称している妖精の尻尾(フェアリーテイル)において、今挙げた3人は血の繋がった兄弟姉妹の珍しい例である。

 

その3人の中で末妹にあたるショートボブの少女――名はリサーナ――は、比較的仲がいいと自負している桜髪の少年が、若干押され気味になっている様子を見て少しばかり肩を竦めながらも、口元に笑みを浮かべてそこに両手を持ってくると…。

 

「ナツー!頑張れー!」

 

と、一言応援をかける。近くで聞いていた兄であるエルフマンが「リサーナまで…」とどこか落ち込んでいるような声色で呟くが、彼女は気にしない。いつも通りの日常、いつも通りの風景。今日一日もそんな風になるのかと思っていた。

 

「お~い、今戻ったぞー!」

 

「マスター!おかえりな…さい、ませ?」

 

所用で外出していた妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフがギルドに帰ってきた。いち早くそれに返答をした鎧姿の少女・エルザが視線を出入り口に向けると、マカロフの他に見慣れない人影が映ったことによってエルザの言葉は途切れ途切れとなってしまう。

 

他の面々もそれに気付いたのか、各々首を傾げながらマカロフとその隣に立つ人影へと視線を移す。喧嘩をしていたナツとグレイも一時中断して揃って同じ方向へと目を向けている。

 

「今日から妖精の尻尾(ここ)の魔導士として過ごすことになった、新しい家族じゃ。みんな、仲良くするんじゃぞ」

 

大方の予想通り、ギルドに新しく加わることになった新人だった。歳はナツたちとほとんど差が見られない。また子供の魔導士か、と比較的古株の者たちからは半ば呆れるような視線を受けているが、それを向けられた本人は意に介そうとしない。

 

 

水色がかっていてサラサラした、うなじ辺りまで伸ばされた銀色の髪と、子供が抱えるにしては重すぎると思わせるような暗い影を表情に表していた、顔立ちがやけに整ったその少年。

 

遠目からその少年を見ていたリサーナは、何故かは分からないが彼から目を離すことが出来なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

X779年・妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 

 

ほぼ言われるがまま老人に連れてこられたそのギルドにて、自分がここに新しく加入して仕事をすることは何となく察しがついていた。そしてその予感も的中。見知らぬ存在である自分を連れて帰ってきたことによって、ギルドにいる魔導士たちの視線が自然と老人と自分に集中していることはいやでも伝わった。

 

目を伏せて視線を下に向けながらも、少年がそれを感じ取るのはあまりにも容易であった。

 

「さ、皆に挨拶ぐらいはせい。これからはお前の家の、家族になるんじゃからな」

 

顔をこちらに向けながらそう諭すように語り掛ける老人…このギルドのマスターであるマカロフにそう言葉をかけられた少年は、若干下に向けていた視線を上げて、ギルド内の魔導士たちにそれを向ける。彼の言葉の通りに、その時まで噤んでいた口もそのまま開いて言葉を発し始めた。

 

「名前は『ペルセウス』…。一応いくつか魔法は使えるし、こことは違うギルドでも仕事はしてたから、戦うことに支障はない」

 

一度向けていた視線を外しながらも、淡々とした口調で自分について語る少年、ペルセウスの言葉に、またも子供ながらに魔導士として戦う者が増えたことに関して、関心を示す大人たち。どのような魔法を使うのか、どこから来たのか、それから違うギルドとはどんなところなのか、色々と聞きたいことはあるがまずは一通り紹介を聞いてからだと、口を挟まずに一同が静寂を保っていると…。

 

 

これ以上話すことはないと言いたげに、ペルセウスは以降の言葉を一切発さずそのまま立ち尽くしていた。

 

「「終わりかよ!?」」

「短っ!!」

 

何とも短い自己紹介を済ませたことを察したナツとグレイ、そしてリサーナが声を揃えてそれぞれ叫ぶ。分かりやすいリアクションを示した3人に対して、他の面々はと言うとペルセウスに対する印象が不愛想な子供であると自然にインプットされた。横にいたマカロフも何て言っていいか分からないと言いたげな微妙な表情を少年に向けている。「もうちょっと何か言うことないかの…?」と表情そのままに問われたが「別に…」と素っ気なく返すあたり、何言っても同じだろう。

 

「で、仕事は何をすればいい?」

 

「む、早速か?その前にお前さんにギルドマークをつけねばならんのじゃが…」

 

「…わかった」

 

来て早々に依頼を受ける意思を示したペルセウス。だがその前に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入したことを示すための登録作業が必要となる。それがまず必要だと伝えれば、素直に応じて受付嬢の元で簡単な手続きを行う。

 

そして最後の仕上げである妖精をかたどった紋章を、己の左頬に刻んでもらい、いよいよもって正式に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員として登録された。これでするべきことは済ませた。

 

「それで、仕事は?」

 

「あそこにある依頼板(リクエストボード)の中から、自分で受けたい仕事を選んで、ワシか受付に持っていけば受けられるぞ」

 

依頼板(リクエストボード)を指さしながらマカロフが答えると、彼は微かに目を見開いて驚愕を表しながら、少しばかり声にも乗せて口を開く。

 

「…どれでもいいのか…?」

 

「そうじゃ」

 

あまり感情を表に出さないために分かり辛いが、少年は心底驚いた。自分で受注したい依頼を、一覧から見て自分で選ぶ。他のギルドでもやっているこの受注システムを、ペルセウスは初めてその目にしたからだ。前にいたギルドでは、自分から依頼を選ぶ権利など、少なくとも自分には存在していなかった。

 

多少戸惑いながらも、依頼を選ぶために依頼板(リクエストボード)へと歩を進め始めるペルセウス。だが、その進路をふさぐように突如彼の前に桜髪の少年が割り込んできた。

 

「なあなあ!お前、前のギルドでも仕事してたんだって?もしかして強ェのか?オレはナツだ!オレと勝負しろ!!」

 

「いきなり!?」

 

初対面にも関わらず早々になぜか勝負を吹っかけてきたナツ。唐突な展開にペルセウスが「訳が分からない」と言いたげな顔をナツに向けるが、本人は全く意に介さない。と言うか気付いているかも怪しい。周りの者たちもいつもの事だと特に気にしている様子はない。ツッコミを叫んだリサーナを除いて。

 

わざわざ勝負の相手になる意味もない。そう判断して、ペルセウスは遮ったナツの横を無言で通り過ぎようとする。

 

「おい!無視すんなよ!!」

 

そんな対応に勿論ナツが放っておくわけもなく、そのまま依頼板(リクエストボード)へと向かうペルセウスの後を追いながら叫ぶ。「勝負しろって言ってるだろ!逃げるのか!?」と言いながら止めようとするが一切反応を示さない。

 

ギルドの者たちは諦めた方がいいんじゃないか?とナツに言葉をかけるが、それも聞かずにめげずにペルセウスと勝負したいのか彼の腕をつかんでその足を止める。無理矢理止められたことによってただでさえ不機嫌そうに歪めていた表情をさらに嫌悪に染めながら、ペルセウスはようやくナツに反応を示した。

 

「なんで俺がお前と勝負しなきゃいけないんだ、俺に何のメリットがある?」

 

「メリット…?知らねーけど…とにかくどんだけ強ぇのか知りたいんだよ!!」

 

「俺はお前なんかと勝負する余裕はない。仕事に行くから邪魔するな」

 

そう言いながらナツに掴まれた腕を無理矢理振り払って、ペルセウスは今度こそ依頼を受けようと歩を進める。さすがにもう諦めるだろうと、彼はナツに背を向けて歩いていくがその考えは甘い。どうあっても勝負がしたいナツにとって、口だけで大人しくさせることは不可能に近い。怒りと苛立ちを隠そうとせず右の拳に炎を灯すと、勢いよく彼の背中目掛けて飛びかかる。

 

「いいから勝負しろーっ!!火竜の…!!」

 

実力行使。先制攻撃を仕掛けて是が非でも勝負に繰り出すことにしたナツにさすがのギルド内も目を見張る。しかし、同様に仕掛けてくると思わなかったペルセウスは半ば反射的に振り返ると同時に右手に青い魔法陣を展開してそこから身の丈を超す青い長槍を顕現する。

 

「換装…!?」

 

ペルセウスが扱った魔法に、エルザが真っ先に気付いて反応を示す。その魔法は自分と同じ系列のものであり、周りの者たちも年少組で頭一つ抜けた実力者であるエルザと同じ魔法を使用した少年に驚きを示している。そして…。

 

「ぐっふぉ!?」

 

そのリーチを活かして、こっちに飛び掛かってきたナツの横っ腹を長い柄で思い切りぶっ叩き、そのまま飛んで行ったナツの身体がギルドの壁に激突する。勢い余って壁が突き破られてしまうほどの威力だ。

 

「「ナツー!!?」」

 

一撃。瞬殺。そんな言葉が似合う呆気ない結末。リサーナとハッピーがギルドの外へと吹き飛ばされたナツの名を呼びながら彼の元へと駆け出していく。それを認識したペルセウスは、自分が思わずとってしまった行動を自覚し、バツの悪そうな顔を浮かべた。向こうから仕掛けたこととは言え、衝動的に自分より年下の少年を己の武器で叩き飛ばしてしまった。

 

ギルドの中にいる者たちから、ペルセウスに視線が集中する。誰もが浮かべている表情は驚愕。突如起こった出来事に対する困惑。静まり返ったその空間を感じて、ペルセウスは後悔が過った。同じギルドにいる者に危害を加えた。元の場所がもう存在しない中、今の自分の居場所はここになる。だが、今の自分の行いは、その居場所から追い出されてもおかしくない事件だ。居たたまれない心情を抱えたペルセウス。この後起こることを様々想定して表情を暗くする…。

 

 

 

「ぷっ…ふふ、あっはははは!!なっさけねーな、ナツ!あっさりやられちまってんじゃん!!」

 

だが、彼の耳に聞こえたのは長い銀色の髪をてっぺんに纏めた粗暴の印象を持つ少女、ナツの元へと駆け寄って行ったリサーナの姉であるミラジェーンの笑い声。彼女も周り同様最初は目を見張っていたのだが、ようやく我を思い出したように状況を理解し、その瞬間我慢できなくなったように大声で笑い始めた。

 

「だっははは!全くだ!」

「思いっきし吹っ飛んでったな!」

「やるじゃねーか新入り!」

「てかその武器凄そー!」

 

想定していた状況とは全く違う出来事。ミラジェーンの笑い声から起点として、ギルド内の大人や子供も混じって笑い声に包まれる。一部は除くが、大体がナツがあっさり返り討ちにされたことに対してツボに入った者たちだろう。

 

そんな光景を前にして、ペルセウスは思わず呆然。何だここは。仲間が吹き飛ばされて笑っていられる…前のギルドでは自分がその笑われる対象であったのに、感じる印象は全くの別物。侮蔑と嘲笑に塗れた過去の場所と違い、ここではただただ愉快そうと言う印象だ。

 

「ナツ、大丈夫?」

 

「く、くっそ~…!!」

 

「思いっきり飛んでったね」

 

そして外へと飛ばされていたナツは助けられたのか、腹部を押さえながらリサーナたちとそんな会話をしている。意外に平気そうだ。ギルド内の愉快そうな会話はこの頑丈さが理由なのかもしれない。それを抜きにしても妙な光景を見ている気分だ。

 

とりあえず追い出されるということにはならなさそうだ。一撃とはいえ勝負もしたし、これ以上邪魔をされることはないだろう。そう判断して、ペルセウスは今度こそ依頼板(リクエストボード)から依頼書を一つとってマカロフの元へと持っていく。内容は近場で被害が出てるという盗賊の退治と言う()()()()()()ものだ。

 

「あ!次はゼッテー負けねぇからなーっ!!」

 

受付を済ませて手早くギルドの門を出たペルセウスに気付いたナツが、リサーナに傷を診てもらいながら彼に向けてそう叫ぶ。それに振り向きもしないでため息を一つつきながらその場を後にして目的の場所へと向かっていった。

 

「……」

 

そんな彼の後ろ姿を見ていたリサーナは、何を思ったのか彼のあとを追う。それを見たナツが「え、おいリサーナ!?」と声をかけるが、「ごめん!ちょっと話だけしてくる~!」と言う言葉だけ残し、そのまま駆け足で彼を追っていった。一体何のつもりだろう。あいつにどんな用があるのだろう。なんだか面白くない、と言った様子でナツの表情が膨れ面になっていく。

 

「あれ?ナツ、そんな顔してどうしたの~?」

 

「な、何でもねぇよ!!」

 

「どぅえきとぅえるぅ~!」

 

「巻き舌で言うな!!」

 

それを見たハッピーがニヤニヤしながら揶揄ってくるのを赤い顔で反論するナツ。この揶揄い方は割と前からあったらしい。

 

「にしても、なんか不愛想な奴だな…ペルセウス…だったっけ?言い辛ぇ名前だな…」

 

「だが実力は確かのようだ。扱っていた武器も、あいつ自身も。態度はともかく」

 

「同感だな。素っ気ねぇあの態度は、なんか気に食わねぇ」

 

「(お前ら二人にだけは言われたくねぇ…)」

 

依頼へと向かっていったペルセウスの第一印象を目にしたグレイ、エルザ、そしてミラジェーンが口々にその感想を告げる。だが、グレイからして見ればエルザたちもそれぞれギルドに来た頃の態度はペルセウスとほぼ同等のものだった。口にしたらボコボコにされるので絶対言わないが。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ペルセウスがギルドに加入してから早数日。彼はほぼ毎日ギルドに来てはいくつも依頼を受けて全て成功させるという驚異的なスピードで実績を積み重ねていた。今までの年少組も大人顔負けの魔法で活躍をしたものだが、彼は以前の経験があった故か、他よりもさらに頭一つ抜けている印象だ。

 

だがしかし彼は今、自分がこなしている功績に反して、どこか苛立ちを感じた表情で、ギルド内のテーブルで軽食を食べていた。何故そんな表情を浮かべているのか、それは一人の少年が原因だった。

 

「ペルセウスー!!オレと勝負しろーっ!!」

 

こちらが食事中にも関わらず両手に炎を纏ってこちらに駆け出してくるナツの声を聞いた瞬間、彼のこめかみに青筋が数本走る。またお前か。あいつのせいでギルド内ではまともにゆっくりできる気がしない。他の誰も止めようとしないし、一部の注意も聞く気がないし、正直彼はナツが勝負を挑まなくなる可能性を完全に諦めていた。故に…。

 

席を立ちあがると同時に彼が向かってくる方向においてある椅子を脚で押し出し、ナツの脚へとぶつける。走っていたナツはそれを躱すことも出来ずにバランスを崩して前のめりに。慌てて態勢を立て直そうとするが、それよりも早くにペルセウスは倒れそうになっているナツの下に魔法陣を展開。そこから現れた紫電の大鎚が彼の身体を天井目掛けて吹き飛ばす。

 

「だぁあ~~~!?」

 

そのまま天井すれすれまで飛んでいき、重力に従って落下。今回も一撃瞬殺。最早周りの者たちは見慣れた光景とばかりに一切驚かずに談笑に戻ったり愉快そうに笑っている。だが笑いがこぼれる周りとは違って、ペルセウスの機嫌は全くもってよくなる気配がない。

 

それもそのはず。ペルセウスがギルド内でナツと出くわすたび、ナツが自分に勝負を吹っかけてくるのだ。最初は適当にあしらって立ち去ろうとしていたのだが、こいつは本当にしつこい。

 

朝、ギルドに顔を出せば「今日こそオレが勝つ!!」

依頼を終えてギルドに戻れば「ペルセウス!勝負しろ!!」

それを返り討ちにして依頼の報告をし、次の依頼に行こうとすれば「まだまだ!オレは負けねぇぞ!!」

挙句の果てに、夜になってギルドから帰ろうとすれば「絶対オレが勝つ!勝負しろーっ!!」

 

以上の様に、そんな事が毎日続いているのだ。一々相手していられないのだが、相手しないと延々と勝負勝負とうるさいので仕方なく相手している。ひどい時には依頼先まで来るのだから本当に執念深い。いつになったら終わるのかと何度思ったか。

 

「今日もペルセウスの勝ちか~」

「てか、ナツもよくやるよな~」

 

外野は外野で他人事としてしか受け止めていないのが尚更腹が立つ。ナツがしばらく伸びている間に、ペルセウスは残っていた軽食を平らげ、食器をカウンターの方へと持っていく。大抵の者たちは放ったらかしにすることが多いのだが妙に律義な彼はそれをしない。

 

「随分となつかれたのう、ペルセウス」

 

「どこをどう見たらそう見えるんだ…?」

 

どこか微笑ましげな表情を浮かべながらカウンターに乗って胡坐をかくマスター・マカロフにそう言われ、心底不服と言いたげにペルセウスは表情を歪める。冗談でも勘弁願いたいものだ。一方的に勝負を吹っかけられて、何度弾き返しても戻ってくる迷惑小僧に、なつかれてるだなんて考えたくもない。

 

「それと、今日はもう終わりにするから」

 

「ん?そうか、今日じゃったか。わかった」

 

マカロフからの軽口に似たからかいをかわし、簡単に一言を告げると了承を得て、そのままギルドの外へと向かっていった。

 

何日かに一度はそうだ。早めに依頼を切り上げてどこかへと向かっている。そうして彼がギルドを出て数分。ずっとのびていたナツが目を覚ましてギルドの中を見渡し始めた。

 

「くっそ~!アイツ…どこ行った!?」

 

「今日はもう帰っちゃったよ?」

 

「何ー!?どこ行ったんだー!!」

 

起きて早々ペルセウスと勝負することで頭がいっぱいのようだ。ハッピーが背中に小さい白い翼を生やしながら飛行してきて告げた言葉に、ナツは文字通り怒りを燃やしている。

 

「ふむ…そうじゃのぅ…ワシもちと用事もあるし、ちょうどいい。ナツ!」

 

すると何かを思ったマカロフが、ナツをおもむろに呼び出すと、不機嫌そうな表情を引っ込めないまま「何だよじっちゃん?」と聞き返す。それに対して笑みを浮かべながらマカロフはこう告げた。

 

「ペルセウスがどこに行ったか、教えてやろう」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

マグノリアの東に位置する森の中を、マカロフの先導に従ってナツと、その相棒であるハッピーが後からついていく。

 

「こんな森の中に本当にあいつがいるのかよ、じっちゃん。つかどこ向かってんだ?」

 

「着けば分かる」

 

答えを尋ねても先程からこれだ。ついていけば分かるとしか、今の彼はマカロフから聞かされていない。ナツの顔がさらに憮然と言いたげなものへと変わっていく。だが、彼が不機嫌そうなのはさらに別の理由があった。

 

「ハッピーはともかく、何でお前もいるんだよ?」

 

それはナツの隣に立って同じ歩調で歩く白銀髪の少女リサーナ。マカロフについていくためにギルドの外へと出たナツに、追いかける形で彼女も同行してきたのだ。

 

「だって、私も『ペル』がいつもどこに行ってるのか、気になるんだもん。それにペルってどことなく放っておけない感じがするし」

 

「…『ペル』って…ペルセウス(あいつ)の事か?」

 

悪びれた様子もなく答えたリサーナ。だがナツが気になったのは別の部分。彼の名前を少し縮めたような呼び方をいつの間にかしていたことが、妙に気になった。

 

「だって、ペル、セ…ウス?ってなんか呼びにくいし、それにミラ姉みたいに可愛い呼び方でしょ?」

 

「可愛い…?」

 

呼びにくいことはともかく、ミラ姉…もといミラジェーンが可愛いと言うイメージを持ってるのは同意しかねる。ナツにとってミラジェーンはエルザと並ぶ凶暴な女魔導士だからだ。可愛いとは程遠い。

 

「呼びにくいのは確かだけど、可愛いか、その呼び方?」

 

「せめて呼び名ぐらいは可愛げがあってもいいのではと、私も思わなくもないが…」

 

「つーか何でお前らもいんだよ!?」

 

ナツたちの後方から口を挟んだのは、何故かリサーナ同様勝手についてきたグレイとエルザだ。何でこの二人まで来てるんだ。一体何をしに来た。そんな言葉を言いたげなナツの声が森の中に響くと、彼らもまた悪びれる様子もなく答えだす。

 

「あいつ新入りのくせにやたらと目立ってんだろ?そんなやつがコソコソと何してんのか気になるじゃねーか?」

 

「ペルセウスは私と同じ魔法を使うらしい。そこを起点に徐々に私も興味を持ち始めたのだ。普段どのような事をしてるのかをな」

 

二人もそれぞれペルセウスの行動がやたら気になっている様子だ。もっともらしい理由を述べてはいるが、マカロフに誘われたのはナツだ。ギルド内で依頼もあったはずなのに、それを押しのけてこっちの方に同行するほどの理由なのだろうか?

 

「…本音は?」

 

「「暇だったから」」

 

「帰れ、お前ら!!!」

 

と、突如振り返ったマカロフに問われた二人が即答した。そもそも依頼を受けてすらいなかった。あまりにも適当な本音を聞いたナツは鬼のような形相を浮かべながら思わず叫んだ。ハッピーは特に表情を変えていないが、リサーナは苦笑いだ。呆れてものも言えない。

 

「しかしマスター。確かこの先には、ポーリュシカさんの住処しか、めぼしいものはなかったはずですが…?」

 

「おお、そう言えばエルザは来たことあったのう」

 

「え、ばっちゃん家?」

 

そんなコントのようなやり取りはさておき、エルザが思い出したようにこの先に関しての話題を出した。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の専属顧問薬剤師である老齢の女性、ポーリュシカ。彼女は極度の人間嫌いであり、人里から離れた自然の中で生活し、薬剤の精製や研究を行っている。

 

逆に言えば、彼女以外に人間が立ち入ってまで行う用が思い浮かばないのだ。エルザはマカロフに連れられて通ったことのある道だから、気付くことが出来た。

 

そんなポーリュシカしか人間がいない森の中で、ペルセウスが数日おきに行く理由は…。

 

「どっか身体でも悪ぃのか?」

 

「そんな風には見えなかったが…」

 

「ケガとかしてるのかな…?」

 

彼自身の身体の異常を治療するため?と言った可能性が浮上するが、それを耳にしているマカロフは肯定も否定もしない。気付けばあっという間に目的地、ポーリュシカの住処である内部を切り抜いた大木で出来た家の前に着いた。

 

「さて…あやつは恐らく…」

 

そうぼやきながらマカロフは門扉ではなく、横の方にある窓の方へと歩を進めていく。頭に疑問符を浮かべながらも子供4人も後に続き、立ち止まって振り返ったマカロフが目的である窓を指さすと、4人は横一列に並んでその窓から中の様子をのぞき込む。

 

「それで、そこからどうなったの?」

 

「空中に浮遊させていた魔力弾を、一気に全方向から叩き込んだんだ。巨体だった分、的もデカかったから全弾命中してな。そいつはもうピクリとも動かなくなった」

 

「凄い…!やっぱり“兄さん”はすっごいや…!」

 

そこから見えたのは目的の人物であるペルセウス。だが、ギルドでは全然見せたことのない穏やかで、時に自慢げな笑顔を浮かべながら、彼を“兄”と呼ぶ、彼によく似た更に幼い少年と楽しそうに談笑している様子だった。

 

「「(だ、誰だアレーー!?)」」

 

「別人のようだ…」

 

「あの子…ペルの弟かな…?」

 

「かな…?」

 

声には出さなかったがナツとグレイにはその様子が物凄く衝撃的だった。ギルド内では陰のある表情で不愛想な印象を持つペルセウスが、あんな明るい表情が出来たことに、驚きを隠すことが出来ない。その衝撃はエルザも同等だが、顔にもあまり出さずに目を見開く程度で済ませている。

 

そしてリサーナが気になったのは、ペルセウスと話しているもう一人の少年だ。彼と顔立ちはよく似ているが、その顔色は蒼白で良好には程遠く、笑みを浮かべているがどこか力を感じない。髪は短めで色はペルセウスと同じ。だがよく目を凝らすと、左目の上の部分に金色のメッシュが一筋入っている。そして会話の内容から察するに、ペルセウスの弟であることは間違いない。

 

見るからに病弱そうな弟が、ベッドの上に横たわりながら兄を話す姿を見て、女子二人とネコ一匹はすぐに合点がいった。ペルセウスは普段寝たきりになっている弟の見舞いをするために、数日に一回ここを訪れているのだと。

 

「ねえ、兄さん…新しいギルドの人たちって、優しい人たちなのかな?」

 

「え、ど、どうした、いきなり…?」

 

すると弟が突然零した質問に、思わず彼の肩がはねる。あまりギルドの中で、自分は交流を持たないようにしていることを明かせば、きっと弟の表情はさらに暗くなることが分かっている。まだ自分の中で妖精の尻尾(フェアリーテイル)に信頼しきれていない部分がある故に。

 

「ほら…兄さん、前のギルドって、あんな感じだったから…。もし優しそうな人たちが多いなら、みんなと仲良くなれるんじゃないかって…兄さんと同じぐらいの年の人たちもいるんだよね?」

 

「ああ、まあ、な…。少なくともあそこよりはいいとこだと、思う」

 

前のギルドでは、兄弟共々まともな生活が出来なかった。依頼は指定されたものしか受けることが出来ず、それが犯罪に問われるようなことであっても、拒否することを許されなかった。報酬としてもらえるのは弟の薬のみで、貰えなければ弟の命もすぐに危うくなる。

 

おまけにギルドの中では誰一人味方がいなかった。ペルセウスがこなした依頼で手に入った報酬は自分たちが使い、感謝の言葉でなく嘲笑と侮蔑を浴びせられることがほとんど。

 

だがここでは違う。笑い合うことがあっても侮蔑なんて一つもなく、依頼は自分に合った好きなものを選べて、報酬もちゃんと自分の分として受け取れる。何と言っても、ギルドの仲間を本当に大切にしていることがよくわかる。

 

そして何より、無条件で弟の病気を治すために、尽力してくれる。

 

「頭の中ではわかってるんだ。あいつらは前のとは絶対違うって…。本当の本当に、仲間と言えるかもしれない存在なんだって…」

 

だが、今まで虐げられるばかりだった人生。急激に環境が変わって、心の整理が未だに追いつかないのだ。一歩踏み出せば変わるはず。けどその一歩が果てしなく重い。

 

「けどいつか…本当の意味で仲間になれたら、そしてお前の病気が治ったら、その時は紹介するよ。『俺の、今の仲間だ』って」

 

「うん!楽しみにしてるね、兄さん!」

 

今はまだ踏み出すための勇気が足りない。それでももし、その時が来たのなら…その時は自慢の一つとして弟に語りたい。本当の意味で仲間が出来たということを。

 

 

 

 

 

「ところで兄さん…さっきから気になってたんだけど…」

 

「…なんだ?」

 

「あの人たち、新しいギルドの人?」

 

話も一区切りついたと思ったら、弟から部屋の窓の方を指さされて思わずそっちに視界を移す、すると、ペルセウスは言葉を失って目と口を全開にした。

 

 

 

 

 

そこには目から思いっきり涙を流している妖精の尻尾(フェアリーテイル)内でも見かけた同世代の魔導士たちが窓からこちらを覗いていた光景だった。

 

「お、お、お前ら!何でここにいる!?何で覗いてんだ!!そして何でもれなく全員泣いてんだ!!?」

 

どこから見られていたのかも分からないからか、恥ずかしそうに顔を赤く染め、彼らに向けて怒号を放つ。

 

「す、すまない…今までお前がそんな苦労をしていたと知らず、勝手なことを…!だが安心しろ、ペル!誰が何と言おうとお前は私たちの仲間だ!」

 

「何を安心しろと!?そもそも覗かれてる時点で何も安心できねぇよ!!」

 

左目から次々溢れ出てくる涙を拭いながら、涙声でそう告げるエルザ。エルザの安心しろと言う言葉は、ペルセウスにはどうやら違う意味として伝わっているようで説得力がないらしい。

 

「オ、オレは別に…泣いてなんか…ねーし…!ちょっと胸にググっときて、目の中の氷が溶けてきただけで、泣いてなんか、ねぇ…!」

 

「どんな誤魔化し方だよ!つか泣いてるのと同じようなもんだろ!何なんだよおまえ!」

 

グレイは泣いていると言ってもどこかこらえようとしている様子だ。だがしかしこらえきれずにボロボロと両目から止まることなく涙が出てきて、全く収まる様子がない。

 

『うぉおお~~~~~ん!!!』

 

「そしてお前らはやけにうるさいな!何て言ってるのか聴き取れねぇよ!!」

 

ナツ、リサーナ、ハッピーはどうやら涙腺が崩壊したらしい。噴水の様に両目から涙を噴き出して言葉を話すことすらままならない。

 

各者各様に涙している様子を遠目に見ながら、ペルセウスの弟、シエルは呆然としていた。こんなにも自分たちを思って泣いてくれた者も、その反応に対してツッコミを入れる兄も、初めての事だ。少し前まで感じることも出来なかったであろうことに、彼は自然と自分の頬が緩むのを自覚した。

 

 

 

「やっかましいよあんたたち!!用がないならとっとと帰りなぁ!!」

 

「せ、先生!?すみませんっ!!」

「げっ!ばっちゃん、怒ってんぞ!?」

「あれ!マスターいなくなってる!?」

「身の危険を察知して先に避難されたか!?」

「じいさん一人だけ逃げやがったなぁ!!」

「お、お邪魔しました~!!」

 

すると部屋の外から家主であるポーリュシカが怒り心頭と言った表情で入り込んできた。その様子を見て身の危険を察知した妖精の少年少女は一斉に窓から離れてギルドの方へと戻っていく。

 

 

 

「なんだか、賑やかで…いい人たちだったなぁ…」

 

それがこの少年、シエルが抱いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)への第一印象。それから2年もの療養生活の合間に、窓から覗いていた彼らがシエルの見舞いによく顔を出すようになったのは、また別の話である。




今回の番外は、ペルが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した時の話でした。今後もちょっとした話…主に過去話で本編に入れるタイミングが分からないものを不定期で書くことがあります。その時はその時で楽しんでいただけると幸いです。

あと今後番外が増えたらそっちはそっちで別の小説枠としてまとめたいな…。


そして前書きにも書いたアンケートについてですが、二週間後から更新を始める幕間章は、主にアニメオリジナルの話を主軸に書く予定です。でも全部やると結構時間と話数がかかってしまうので、一話完結の回に関してどれか一つだけその幕間章で執筆したいと思います。
候補は同時期にやっていた3つから。一番多かったものを今回の幕間で、選ばれなかった残り二つは天狼島編前の幕間でアレンジを加えながら書いていきます。

では、また二週間後の幕間章で、お会いしましょう!


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第5.5章 妖精少女のウェンディ
第66話 天竜歓迎会


二週間ぶりでございます!そして始まりました5.5章。

今回の話はタイトルにある歓迎会に加えて、あの話を主軸にした回となってます。わかる人にはすぐにピンと来るはずw

今話を始めに、この幕間章は基本アニメオリジナルの話で進めていこうと思っています。ざっくりと説明すると…次回はダフネとドラゴノイド→チェンジリング(リメイクアレンジ)→アンケート一位の回、と進めてから次に新章です。なんかざっくりだけど先のこと話しちゃった、大丈夫かな…?(汗)


闇ギルドの中でも最大級の勢力を誇る、バラム同盟と呼ばれる三つのギルドの一つ・六魔将軍(オラシオンセイス)。たった6人の魔導士で構成された規模の少ないギルドでありながら、他の二つと同等の立場を担っていた彼らの目的であるニルヴァーナを破壊し、六魔将軍(オラシオンセイス)をマスターであるゼロも含めて撃破に成功した連合軍。

 

その連合軍が構成されていた4つのギルドの一つである妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、各々のメンバーにとって忘れることが出来ない出会いと別れを経験することとなった。その中でも一番変え難い出会いと言えば、やはりかの少女たちだろう。

 

「と言う訳で、ウェンディとシャルルを妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと招待した」

 

「よろしくお願いします!」

 

マグノリアに在する妖精の尻尾(フェアリーテイル)にて、新しく加わった少女はエルザからの紹介を受けた後、新たにお世話になるギルドのメンバーたちに向けて元気よく、かつ礼儀正しくペコリとお辞儀をしながら挨拶を告げる。過去にも幼い魔導士が加入することはあったが、明るく素直そうな少女の新入りはギルド内でも珍しい。故に…。

 

「かわいーっ!!」

「ハッピーのメスがいるぞ!」

「おジョーちゃんいくつ?」

 

一気に興味を惹かれ、ほぼ男性陣に囲まれるほどの大人気である。ウェンディと違って傍らでそっぽを向いているシャルルにも着目しているようだが、ほとんどがウェンディへの関心だろう。

 

「コラコラ!一気に詰め寄るな!ビックリさせるだろーが!!」

 

「うおっ!?いきなり何だよ!?」

 

突然大人数で声をかけては驚かせるという名目で、あまりウェンディににじり寄る男たちを近づかせたくなかったシエルは曇天(クラウディ)を出して彼らを押し返そうとする。思ってもみなかった人物からの行動に彼らは困惑するばかりだ。

 

「マスター」

 

「うむ、よくやった。これでこの辺りもしばらくは平和になるわい。勿論、ウェンディとシャルルも歓迎しよう」

 

チームの実質的なリーダーであるエルザから声をかけられたマカロフはみなまで聞かず、今回の作戦の成功を労い、新たに加入した二人も快く迎え入れる。心配はしていなかったが、マスター直々にその言葉を聞くとやはり安心感が強い。

 

「ウェンディ、もし何か変な事されたらすぐに言ってね?シャルルも」

 

「だ、大丈夫だよ、きっと…」

 

「大丈夫だなんて言いきれないけど、アンタなんかに頼ったりしないわよ」

 

「えぇ…」

 

少しばかり後々の事が心配になってきたシエルが、二人にそう言葉をかけるも、ウェンディは特に不安になっていないようだし、シャルルに至ってはてんで信用されていない。ちょっと心が傷ついた。

 

すると、突如ギルドに勢いよく水が出現して辺りが一瞬で水浸し…どころか小規模の海とか湖を彷彿とさせる洪水が起きた。

 

「ああ…グレイ様…!ジュビア心配で心配で…目から大雨が…!!」

 

「だあぁーっ!?」

「溺れるー!!」

「グレイ止めろーっ!!」

「何でオレがぁー!!」

 

水の魔導士であるジュビアが手を組んで両目から滝のように涙を流してギルドに洪水を起こしていた。閉じられた屋内では外に流れることなく一階のフロアを一気に水で埋め尽くしていき、ギルドのメンバーはそれによって川で溺れるかのように次々と悲鳴を上げながら流されていく。

 

誰かがグレイにジュビアを止める様に叫ぶと本人からは抗議の声が上がったが、ジュビアを止めれる奴はお前しかいないんだからさっさとやれ。

 

ちなみに一部、乗雲(クラウィド)に乗って自分と少女、白ネコを空中に避難させた少年と、水を操作することが出来る三又の槍を足場代わりにして、呑み込まれずに済んだ青年がいたのはまた別の話。

 

「んでよォ、ヘビが空飛んで…」

 

「ヘビが空なんか飛ぶかよ!漢じゃあるめーし!」

 

「漢…?」

 

「ヘビがいたってことは、ペルの奴ヤバくなってたんじゃ…!」

 

「そう言えば…ヘビの奴とは結局当たらなかったな…」

 

その後、どうにかギルド内の洪水も収まったが、ギルドの賑やかな雰囲気は変わらない。一角ではナツがコブラと戦っていた時の話を他のメンバーに語っている。ヘビがいたと言うことで、ヘビ嫌いのペルセウスが暴れたりしなかったのかと心配を向けた者もいたようだが、本人はコブラと顔を合わせることすらなかったのを思い出す。

 

賑やかとも、騒々しいとも言えるギルドの雰囲気をその目にし、シエルの雲から降りたウェンディは目を輝かせてギルドの中を改めて見渡した。そんな彼女の元に銀色の長い髪の受付嬢であるミラジェーンが近づいて言葉をかける。

 

「初めまして。ミラジェーンよ」

 

「わぁ~!シャルル、本物のミラジェーンさんだよ!!」

 

笑顔で挨拶をしてきたミラジェーンを見たウェンディは、雑誌でしか見たことのなかった有名な魔導士を前に感情が高まっている様子だ。エルザの時同様、同じ女性から見ても憧れと言える存在を実際に目にしたことで嬉しさが勝っているのだろう。

 

「シャルルは多分ハッピーと同じだろうけど、ウェンディはどんな魔法を使うの?」

 

「ちょっと!!オスネコと同じ扱い!?」

 

ハッピーと同じだろうと勝手に決めつけられたことに対して心底不服と言いたげに叫ぶシャルル。しかし実際のところ本当にハッピーと同じ魔法のみを使うので、それ以上の反論が出来ないのが彼女にとって悔しいところである。そんな彼女を一瞥し、ミラジェーンが尋ねた質問にウェンディは素直に答えた。

 

「私、天空魔法を使います。天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)です」

 

ウェンディがそう答えた瞬間、彼女に意識を向けて盛り上がっていた魔導士たち全員が衝撃を受けたかのように言葉を失い、場が一気に静寂に包みこまれた。ウェンディが思わず周囲を見渡すと、誰も彼もが浮かべていた笑みと打って変わって驚愕を露にしたような、虚を突かれたような表情を浮かべている。

 

「(…信じてもらえない、か…)」

 

まだ幼い自分が滅竜魔法を扱えるなど、そう簡単に信じてもらえるわけがない。考えてみれば普通はそうだ。明るくて賑やかな雰囲気につい自分も自然と口にしてしまったが、簡単に言うべきではなかったと、少しばかり後悔に苛まれる。

 

しかし、彼女の後悔は表情に出ていたのか、それを見たシエルが自分に優し気な笑みを向けているのを視界の端で確認する。その笑顔が何を意味しているのか。聞こうとするよりも先に、反応を示したのは先ほど静まり返った魔導士たちだった。

 

『おおっ!スゲェ!!』

 

「えっ?」

 

驚愕で固まっていた者たちが、一様に彼女の返答を理解して先程以上に盛り上がりを見せ始めた。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ!!』

 

「すげーっ!!」

「ナツと同じかっ!」

「ガジルもいるし、このギルドに3人も滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が!!」

「珍しい魔法なのにな!!」

 

衝撃で言葉を失ったのは最初だけ。だが、全員がウェンディの言葉を信じてくれた。ナツやガジルと言う前例と比べると意外ではあったが、すんなりと自分を受け入れてくれたギルドの面々にウェンディは思わず笑みがこぼれた。

 

更に言えばシエルの先程の笑顔の意味が分かった気がする。何も心配するようなことはないと、同じギルドの家族なら受け入れてくれると安心させるためのものだったことを。

 

「今日は宴じゃーー!!ウェンディとシャルルの歓迎会じゃーーっ!!」

 

『おおーーっ!!!』

 

日頃から何かにつけて宴をしているような気もするが、それを指摘するような無粋な者はこの場にいない。新たに加わった家族を歓迎するために、ほぼ全員が大いに盛り上がりを見せ始める。

 

「騒げや騒げーー!!」

「うおおおっ!燃えてきたぁぁ!!」

「きゃあああ!!あたしの服ー!!」

「いいぞー!ルーシィ!!」

「ミラ、こっちも酒一杯もらえるかー?」

「珍しいわねペル?いいわよー」

「グレイ様…浮気とかしてませんよね!?」

「な、何だよソレ…!!」

「シャルルー!オイラの魚いるー?」

「いらないわよっ!」

 

あっちこっちでどんちゃん騒ぎの大騒ぎ。物を食ったり酒を飲んだり、話に花を咲かせる者もいれば演奏や歌で大いに盛り上がる者も。

 

大いに騒いで盛り上がって。誰もが笑顔を浮かべて楽しそうにしている。これが妖精の尻尾(フェアリーテイル)…!ウェンディにとっては、何もかもが新鮮で、だが胸の奥の鼓動が高鳴って、暖かいものが溢れてきそうな感覚を実感している。

 

「どうかな、二人とも?妖精の尻尾(ここ)はいいとこでしょ?」

 

「うん!すっごく楽しいよ!ね、シャルル?」

 

「私は別に…」

 

シエルに聞かれた問いに笑みを浮かべて答えたウェンディ。その横にいるシャルルは素直じゃないからか本心からか、あまり乗り気ではない答えだ。だが、頭ごなしに否定するような感じではない。少しずつ慣れていってくれれば、とシエルは内心で願わずにいられなかった。

 

「おーいシエル、よかったなお前~!」

 

「わっ、な、何が…?」

 

と、そんなシエルにリーゼントヘアーが特徴のワカバが唐突に手を左肩に置きながらそう声をかけてくる。突然声をかけたと思いきや何のことを言ってるのか分からない。

 

「だってよ、ギルドじゃ一番ちっちゃかったのはお前だったのに、本当の意味で後輩が出来たじゃねーか。しかもあんなカワイー子でよ~!」

 

ワカバのその言葉を聞いたシエルは、思わず目を細めながらワカバの方へと怪訝の眼差しを向けた。今の彼の言動には、何だか色々と思うところを感じた。

 

「ワカバさぁ…いくら若い女の人に最近目が行きがちだからって、俺より年下の子にまでそんな目を向けるのはどうかと思うよ?」

 

「違ーよ、そういう意味で言ったんじゃねえ!単純に男から見れば華が増えるのはいい事っつーか…お前も少なからず嬉しいだろ!年の近い美少女だぞ!?」

 

ワカバ自身の節操の無さを疑うような発言をしたシエル。対して必死に反論をした彼が勢いのままに叫んだ内容。普段の彼ならばそれを言質に揶揄う要素として頭に記録するものだが、今回ばかりは違った。彼の発言を聞いて図星を突かれたためか、落ち着かせて誤魔化すよりも先に目を見開いて赤く染まった表情にそれをありありと示してしまった。

 

「…え…もしかして…マジ?」

 

瞬間気付いてワカバに見えないよう顔を逸らしたが時すでに遅し。唖然とした様子で確認をとるワカバに絶対反応を示さないように無言で顔の熱が引くのを待っていたシエルだったが、逆にそれは肯定の意味としてとられた。

 

「おーいみんなぁ!シエルの奴もついに…!」

 

「わあああっ!!ヤメロォ!それ以上喋ったらお前の奥さんにある事ない事吹き込むぞぉお!!」

 

「いやお前がやめろよ!!ない事まで言うな!!」

 

察したワカバによってギルドの全員にそれが伝播される前に、シエルは普段の様子の欠片もない慌てた様子で最早ストレートな脅迫をワカバに迫る。あんまりにも聞き流せない内容を聞いたワカバは急遽言葉を区切ったものの、どれだけの効果があるかは分からない。ウェンディが絡むとどうも残念になってしまうシエルである。

 

「あらあら、シエルがね…。もしかしてこれが理由?」

 

「そんなとこだ」

 

その様子を、ペルセウスの元に頼まれた酒を持ってきたミラジェーンはすぐさま察知し、シエルの兄である彼に頼んだ理由を確認する。明確に答えたわけではないが、ほぼほぼ正解を言っているようなものだろう。口元に弧を描きながら、ペルセウスは穏やかな心持ちでミラジェーンから受け取った酒を口に含んだ。

 

 

 

いつも以上に大騒ぎする妖精の尻尾(フェアリーテイル)。大広間と言える一階の様子を、二階から見下ろしている影が、それぞれ別の場所に二つ存在していた。

 

まず一つ…一人目は新人であるウェンディと同様の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるガジル。彼は柱を背もたれにしながら、一階にいる自分と同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である二人を…正確には、二人の近くに存在しているある存在に目を向けていた。

 

 

ナツの近くにいる、青いネコ・ハッピー。

 

ウェンディの近くにいる、白いネコ・シャルル。

 

「ネ…ネコ…!」

 

彼らの傍らにいる相棒のネコの姿を見たガジルは、顔から大量の汗を噴き出して、明らかな焦燥を露にしている。これは別に、ガジルがネコが苦手だとか、そんな理由ではない。

 

今までは、ナツの近くに二足歩行で言葉を発するネコと言う存在がいても、特に何とも思っていなかった。ハッピーを相棒と呼んでいるナツは変わり者と言う認識で済んでいたのだ。

 

だが今はどうだ。新たに加わった同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の少女には、ナツと同じようにネコの相棒が存在する。それはつまり、遠回しに滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)にはネコの相棒が付き物であるという事実を叩きつけられていることになる。

 

「(な、何故だ…同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なのに…何故オレだけネコがいねえ…!何故だ…!!)」

 

妙な疎外感を感じているガジルは、人知れず大きな葛藤をすることとなった。

 

 

 

そしてもう一つの影…珍しくギルドにいる者たちを誰も眠らせないまま陰から一階の様子を見ていたのは、全体的にその姿を覆い隠していたS級魔導士の一人・ミストガンだ。

 

彼は盛り上がる仲間たちの様子…正確には、新たに加わったという少女ウェンディが、シエルやナツたちと談笑している様子を無言でしばらく眺めた後、誰にも気づかれることなくその姿を霧に変えてその場を後にした…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ウェンディとシャルルの歓迎会から二日が経った頃。

 

「本日は晴天…それも快晴。プールには最適な天気だなぁ…」

 

雲一つすら見当たらない快晴の空の下、シエルは今屋外に存在しているプールに、泳ぐための水着を纏った状態で照り輝く太陽の光を実感している。

 

「本日は晴天なり…絶好の、プール日和だなぁ…」

 

「何で二回言ったんだよ」

 

どこか感慨深い様子で呟いた二度目の少年の言を、近くにいたウォーレンが思わず指摘した。彼もまた水着だ。しかし、手に持っているのはデッキブラシ。シエルも同様に手に持っているそれと同じデザインだ。

 

そう。今シエルを始めとした男性陣は、ほぼ全員がプールにいる。しかし広々とした屋外プールは今水が抜かれている状態で、魔導士たちが手に持ったデッキブラシでプールを磨いている。

 

今日は男性陣総出でプール掃除を行う日であった。本来ならこんなにも晴れ晴れとした日にプールで遊泳出来たら凄く楽しかったのだが、フタを開ければ待っていたのは地道な労働。先程のシエルの発言は、いわば現実逃避である。

 

「はぁ…何だかなぁ…」

 

不満を感じさせるような口ぶりだが、現実逃避中に止めていたデッキブラシを持つ手を再び動かして、シエルは掃除を再開した。何だかんだ言いながらも根は真面目である。

 

「メンドクセーなぁ。こんなでけぇプール作りやがって」

 

「まあそう言うなよ。こいつのおかげで妖精の尻尾(フェアリーテイル)女子一同の水着姿が拝めるんだからな!」

 

そして掃除自体に不満を呟いているナツと、邪な動機で掃除に張り切っているワカバの会話が聞こえてくる。動機はどうあれ、プールと言うギルドメンバーが扱う場所を清潔にしておくべきなのは確かだ。

 

「せーっかくだから楽しもうぜー!」

 

「ま、清潔にしておくわけだからな。悪くない」

 

「おーし、やるか!!」

 

自分の魔法で魂をデッキブラシやバケツに憑依させて動かしているビックスロー、そしてフリードやグレイもやる気を見せているようだ。だが、一つ問題がある。

 

「つーか、テメェは何か履いて来いっての!」

 

「女子の誰かがいたら大惨事だよ?」

 

「漢だ!」

 

「ぬおっ!?だぁぁああ~!!」

 

水着どころか一糸纏わぬ全裸姿で掃除に取り掛かろうとしていたグレイを、呆れた様子でナツとシエルが指摘すれば、今気づいた様子で股間を隠しながら脱衣場へと戻っていった。今この場に男性陣しかいなくてホントに良かった。シエルの言うとおり女子の誰かがいたらヒドイことになってただろう…。

 

「おい、マカオはどうした?」

 

「そう言えばハッピーやペルもいないな」

 

「あいつら逃げたな!?」

 

すると今この場にいないメンバーたちを思い出したワカバたちがそんな声をあげる。それを聞いたナツは面倒ごとから逃げ出したのではと怒りを表したが、シエルは今朝の記憶から一部の者たちが今どうしているのかを彼らに伝えた。

 

「兄さんは昨日マスターから呼ばれて、指名の依頼に行ったよ。二、三日ぐらいかかるかもって言ってたよ」

 

「二、三日…。ペルの事だから帰ってくるのは更に先かもな…」

 

「そんでハッピーは今日、ウェンディとシャルルが女子寮に入るから案内するって言ってた」

 

「女子寮を案内って、あいつオスだろ?」

 

「ネコだからセーフって言ってそう…」

 

ともかくペルセウスとハッピーは多分掃除に来れないだろう。残すマカオについてだが、これはシエルも知らないと一言だけ返ってきた。仕方なくワカバが探しにギルドの中へと向かっていった。

 

「ふぅ…結構磨いたと思うんだけど、こう広いと終わったかどうか分かり辛いな…」

 

「ならば、目に見えて掃除したことが分かるまでやってみるというのはどうだ?」

 

「…それってつまり、より多く磨くって事だろ?何かキリがないなぁ…」

 

満足がいくまで掃除をしていたら、きっと日が暮れても終わらないような気がする。フリードが言う事も最もだが、明確な終わりが分からないというのは結構きついものだ。

 

だが、ふとシエルに天啓が下りたようなアイデアが浮かび上がった。フリードの近くで魔法を使って掃除をしているビックスローの姿。そして先程彼も言っていた「折角なら楽しむ」と言う言葉。閃いた。早速シエルは笑みを浮かべながら実行に移る。

 

「まずは、曇天(クラウディ)!そして豪雨(スコール)!」

 

自分の目の前に小さめの雲を出現させ、そこからかなり勢いよく雨の魔法を発生させるシエル。それを見て周りの者たちは一斉に首を傾げてその様子を見ている。

 

「そして…乗雲(クラウィド)!」

 

次に自分の足元に空中移動できる雲を生み出して数センチほど浮かび上がった状態にする。準備は整った。雨が降り注いでいる位置にデッキブラシの先端をつけると、シエルは勢いよく雨雲と足元の雲を同じスピードで移動させる。

 

「イヤッホー!!時間も労力も短縮、アーンド楽しさ全開だぜー!!」

 

「うおスゲェ!スゲェけど…」

「これ…効果あんのか?」

「けど面白そうだな!!」

 

まるで何かしらのスポーツのような感覚でプールを往復しながら横断するシエル。一応ブラシで磨いてはいるので汚れは落ちそうだ。その甲斐があったのか、しばらくすればもうほとんど汚れは見られない状態にまで仕上がっていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「燃えてきたろ?今まで味わったことのないプールだろ?」

 

「ナイスアイデアだな!」

 

「漢はやっぱり温泉だ!!」

 

プール内の掃除がひと段落し、水を入れて泳ごうとしたのは良かったのだが、何故かプールの一角でナツが水を熱して温水プールへと変えていた。しかも温水通り越してエルフマンが言うように温泉に変わってしまっている。

 

「ったく、暑苦しい奴め。プールと言えばこうだろ?」

 

「冷たっ!?」

 

「プールと言うよりも氷そのものだな…」

 

「ヒャッハハー!こりゃいいや!!」

 

一方でナツの反対側にいたグレイはプールを氷漬けにしていた。彼の近くにいたマックスがその中に閉じ込められてしまっている。ここだけ季節が一気に冬になっていて、プールがスケートリンクのようだ。

 

「プール掃除はどうなったんだ?」

 

「一通り済んだからいいかな~って思ったんだけど…気づいたらこんなことに…」

 

「イカれてるぜ…」

 

「いいんじゃない?少しくらい息抜きもしないとね」

 

雨漏りした天井の修理のために別行動していたアルザックとガジル。ついでにプールに遊びに来た唯一の女性ミラジェーンも合流して、シエルとそんな会話を交わす。ちなみにミラジェーンは日焼けをするつもりなのかビーチチェアの上で横になって背中を日光に向けている。海にいる気分なのだろうか?

 

すると、何かに気付いた様子のナツが、徐にプールの中の一部分を見てみると、そこには不自然につけられた穴があり、表面はガラスがはめ込まれていた。まるでこの奥からプールの様子を見ることが出来るかのように。

 

「の、覗き穴!?漢にあるまじき行為!!」

 

「下に部屋まであんぞ」

 

「覗くって何をだよ?」

 

「そりゃお前、女子一同の水着姿だろうがよ~!」

 

「わざわざこっから覗く意味なんてある?」

 

ナツが見つけたことでそこを中心にメンバーが集まってくる。本当にここからプールの様子を覗く部屋だとして、誰が何の為につけたのか理解できない。女子の水着姿を見るにしても、プールで泳いでいれば自然と視界に入るものだが…。

 

プールの位置関係から場所を推測して探してみれば、掃除していた一同も知らなかった一室に辿り着いた。部屋の中は薄暗い石造りとなっていて、一角には潜水艇から外を見るような装置がプールの覗き穴と繋がっている。覗き部屋でどうやら確定のようだ。

 

「問題は、誰がこんな部屋を作ったのかってことだけど…新築した時にはもう出来てたのかな?」

 

「さあな?実際オレたちも存在自体知らなかったし」

 

「ぬああああっ!!許せんっ!!」

 

「すげーな!!いろんな角度で拝めるぜ!!」

 

「犯人じゃないとしても…一回ワカバはシバかれた方がいいかも…」

 

ギルドの建築に関わっていたのならば、マスターの許可なくこんな部屋を作ることは出来ないはずだが、候補が絞れない。シエルが告げる疑問に肩を竦めながら答えるビックスロー、怒りを表すエルフマンも勿論除外だろう。一方でワカバは部屋を作った犯人と同類のような反応を示しているから、どのみちロクな目にあわなさそうだ。

 

「お!誰かプールに入ったぞー!!」

 

興奮冷めやらぬ様子で騒いでいたワカバ。そんな彼を押しのけて、先程までぶつくさと文句を垂れていたはずのナツが覗き穴を見始めた。興味がない素振りを見せていたのにちゃっかりしている。

 

「ナツも人並みには男ってことか…?」

 

「イカれてるぜ…」

 

「ん~~…?」

 

誰かが入ってきたのならその姿が見えているはずだが、ナツは声を唸らせるだけでこれと言った反応を示さない。同じように興味があるビックスローが自分にも見せるように囃し立て、誰が見えるのかとガジルが問いかけるが、ナツもうまく見れていないようだ。

 

「泡ばっかであんま分かんねーぞ…」

 

全く中の様子が分からない者たちからすれば、煮え切らない答えばかり呟くナツにもどかしさを感じる。業を煮やしたのかグレイがナツを押しのけて覗き込めば、ようやくグレイの目にその姿が映った。

 

「誰だ…げっ!?」

 

しかし、プールに入った正体が誰なのか気付いたグレイが顔を青ざめて引き攣った声をあげる。誰が映っていたのか。「見てみろよ」とグレイに言われるがままに再び穴から見てみれば、ナツもその正体を認識できた。

 

「ん~…あ、何だじっちゃんか」

 

どうやらプールに入ったのはマスター・マカロフだったようだ。女性陣の誰かでもなくまさかの老人が入ってきたことで、場にいる者たちは特に盛り上がりを見せることはない。しかし、ナツはその後穴越しに奇妙なものを目撃した。

 

「え?じっちゃん何であんなに慌ててんだ?」

 

「慌ててる?こっちに気付いたの?」

 

「ああ、目が合ったぞ」

 

目が合った…つまり覗き穴が動いていることに気付いた。その上で慌てている…つまり動揺しているということは…。よくよく考えればマスターであるマカロフの許可もなしに作れないような部屋だが、そのマスター本人ならメンバーの誰にもバレずに作成することが可能。つまり…。

 

「確定…って断言はできないけど、十中八九犯人はマスターってことか…」

 

代表して言葉にしたシエルの言葉。それに対して他の者たちは誰も反論を示さなかった。そう考えるのが自然と言えるだろう。

 

「んげぇッ!!?」

 

「おいどうした、ナツ?」

 

すると、突如ナツが顔を青ざめ、体中から脂汗が噴き出し、ワナワナと身体を震わせ始めた。どうしたというのか?疑問を感じたグレイがそう声をかけるが…。

 

「ギ…ギ…ギャアアアアッ!!!目がァァアアッ!!!」

 

そう奇声混じりに叫ぶと同時に、両目を押さえながら口から炎を噴き出した。あまりにも動揺しているのか、その炎は周りにいる者たちにも被害を及ぼしている。

 

「やめろ、ナツ!」

「こんなところで火ィ吹くな!!」

 

「見ちゃいけねぇもんを見たぁ…!!!」

 

「だから何がだよ!!」

 

錯乱しながら未だに口から炎を発するナツを殴り飛ばして落ち着かせ、代わりにグレイが穴から外を覗き込む。だが、方向を変えた瞬間グレイも先程のナツと同じような反応を見せ…。

 

「グワァアアアッ!!!目がァァアアッ!!!」

 

両目を押さえながら今度はグレイが冷気を暴走させて辺りを氷漬けにしていく。一体何を見たのか全くもって分からない。炎と冷気を掻い潜って、今度はシエルが穴から外の様子を覗き見る。

 

「一体何が起きたって言うんだ…?」

 

そして持ち手を使って方向を調整し、シエルもそれを目にした。

 

 

 

 

 

 

海パンが脱げ落ちて一糸纏わぬ姿となったマカロフが「いやぁん」と身もだえるようなポーズをしながら水中を漂っている光景を…。

 

 

「………っ…!!!」

 

思わずシエルも言葉を失ってしまった。見ちゃいけないもの。確かにそうだ。先程のナツたちと同様に体全体から脂汗が噴き出して、体が震え始める。

 

「イギャアアアッ!!目がぁ!目ぇがァァアアアア!!!」

 

そしてシエルもまた混乱状態へと陥った。あまりにも混乱しすぎて自分の両目から日射光(サンシャイン)を発射して辺りを無作為に照らし出す。眩しさで他の者たちの目が眩むという地味に迷惑な暴走を起こす事態に。

 

ちなみに、シエルの直後にガジルも覗き穴からマカロフの姿を見てしまったのだが、意外にも一番平和的で、己の瞼にシャッターを作り出して視界を完全にシャットアウトするだけに留めていた。

 

しかし際限なく溢れ出る炎と冷気、そして時折行き交う眩しい光。覗き部屋一帯を埋め尽くす高魔力が限界に達し、覗き部屋から大規模な爆発が起こる。そしてその影響で、上にあったプールも爆発に巻き込まれ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)屋外プールは破壊されて瓦礫の山と化してしまった。

 

『さ、最低だ…!!』

 

瓦礫の山の下敷きになった男性陣。その内のシエル、ナツ、グレイは顔面蒼白の状態のまま引き攣った声で告げるしかなかった。

 

「もう!ダメでしょ、マスター!怒りますよ?」

 

「しゅみましぇえん…」

 

そして元凶であるマスター・マカロフは、唯一無事だったミラジェーンにしっかりと説教されたのであった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

大波乱のプール掃除がギルドで行われていた頃、マグノリア郊外の人気のつかないとある森の中を、ゆっくりと、しかし迷いなくその歩を進めている人影が一つ。優しげな木漏れ日を身に受けている動物たちが、その様子を遠目から見ているのも意に介さず、彼は目的とする場所へと向かう。

 

その人影の正体は、依頼を無事に終えて帰路についていたペルセウスだ。依頼を終えると各地を放浪する癖を持っている彼だが、今回それをする目的は、本来行う神器や闇ギルドの情報を収集するためではない。

 

しばらく真っ直ぐに進んでいたペルセウスだったが、周囲の様子が一変したと同時にその足は止まる。先程まで起こることがなかったはずの奇妙な現象が発生している。木漏れ日に照らされていた森の中を、ほぼ一瞬で視界を封じるほどの濃密な霧だ。一般の人間がこの光景を前にすれば、間違いなくパニックになるだろう。

 

「『我が目を奪う深き霧。されどこの霧は悪しきに非ず。アメノサギリよりもたらされた試練と思え』」

 

突如謎の言葉を口にしたペルセウス。その言葉を告げてからしばらくして、ペルセウスの前方から霧に紛れていたもう一つの影が彼の方へと近づいてくる。その風貌は、ターバンとマスク、そして外套で自らの姿を全て覆い隠した人物。

 

「ラクサスと戦りあった時以来だな、ミストガン」

 

「ああ…」

 

ペルセウスと同じく妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士として名を連ねているミストガン。今回ペルセウスが人気のないこの森に訪れたのは、彼と会う為であった。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)の討伐に、成功したそうだな」

 

「まあな。俺たち全員、そしてラミアや天馬の助けもあったおかげで。新人も加わったんだぞ?お前も見たと思うが」

 

ペルセウスからの言葉にミストガンはただ黙して聞いているのみ。だがしかし思い出していた。連合軍の作戦で会い、ギルドが解散になったことで妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入することになったと紹介された藍色髪の幼い少女の姿を。

 

「会いたがってたぞ、お前に…」

 

「っ…!」

 

敢えて視線を向けずに、だがミストガンに聞こえるように告げたその言葉に彼は思わず息を呑んだ。あの少女がミストガンに会いたがっていた。それは単純にS級として活躍する魔導士であるからか…それとも…。しかし、いかなる理由があったとしても、少なくとも今彼が会いに赴くわけにはいかない。

 

「…会えない…」

 

「…そうか…」

 

たった一言。だがそれで十分伝わった。彼は全てを把握しているから。ミストガンの立場も、心境も、使命も。知ったからには彼の不都合になるような事を自分がするわけにはいかない。

 

「ま、それはともかく。そっちの調子はどうだ?」

 

「その事だが…」

 

話を切り替えて問いかけたペルセウスに対し、ミストガンは目を細めながら杖を持っていない左手に力を込めて握りしめる。その様子からただならぬものを感じ取ったペルセウスは、何も口を挟まずに口を閉ざしながらも察しがついた。

 

「私一人では、最早対処しきれぬ規模にまで及び始めた…。それもほとんどが、マグノリア近郊で確認されるものばかり。恐らく…そう遠くないうちに…」

 

「マグノリアは飲み込まれる…」

 

ミストガンの言葉に先んじて被せたペルセウスに、彼は隠された表情を苦悶のものに染める。おそらく己の不甲斐なさに対する絶望と怒りを感じている事だろう。事情を知る者としてはペルセウスは力になりたいと思っている。しかし、彼が為そうとしていることは彼にしか為す事が出来ない。それは心構えの問題ではなく、その方法がミストガンにしか出来ないからである。

 

「無論このままただ見ているだけで終わるつもりはない。だがもしものことがあった場合…」

 

「分かった。マスターには俺から話す。そして、ギルドのみんなと街の人たちを避難させよう。タイムリミットは?」

 

「一ヶ月…いや、早めに見積もって20日後…といったところか…」

 

ミストガンが提示した期限。マグノリアに迫っている奇妙な脅威。長いように見えて短すぎるその期限を頭に収め、「20日…か…」と一言告げる。その後思考を巡らせているのか口を閉ざしているペルセウスに、ミストガンは隠している顔を俯かせながら呟いた。

 

「本当なら…お前が手を下さないで済むようにしたかった…。いや、今でもそう思っている。だがお前は…止まる気がないのだろう…?」

 

「…当然だ。お前には悪いが、俺はこの時を心のどこかで待ち侘びていたよ…」

 

悲しげな声色で語りかけるミストガンに対して、彼は目に宿していた光を陰らせ、握りしめる手にその力を込める。そこに宿っていた感情は…憎しみ。他者の都合など見ようともせず、自らの為だけに搾取した者たちへの怒り。

 

「あいつの仇を討つ…この時を…!」

 

光を曇らせ、怒りと憎しみを込めた目を空に向けながら、並々ならぬ激情を抑え込むように声を絞り出す。それを眺めるミストガンは目に悲しみを表しているが、それを止めようと考えてはいない。考えてはいけない。彼の怒りや憎しみは、抱えてはいけないと断ずることは決してできないものと知っているから。

 

「私もやれることは尽くす。せめて、マグノリアにいる人たちが避難できる時間は稼ぐつもりだ」

 

「…任せて良いんだな…?」

 

「無論だ」

 

この場にいる二人にしか理解できない、秘密裏で進められているこの戦い。普段ギルドの者たちですらほとんど交流もないミストガンが、ペルセウスには全幅の信頼を寄せている。その信頼に応えるという意味でも、自分自身のやるべきことの為にも、彼は既に決断している。そしてミストガンの行動も、彼は信頼をしている。

 

「信じているぞ、ペル…」

 

「ああ、お前も全力尽くせ、ミストガン…」

 

その言葉を最後にミストガンは霧の奥深くへと歩を進めていき、森の中に漂っていた霧と共にその姿を眩ませた。

 

「俺が今からすることをお前が見てたら…何て言うだろうな…」

 

ミストガンがその場から消えたことを察したペルセウスが、誰にも聞こえないような声でポツリと、空を見上げながらつぶやく。そして目を閉じて脳裏に浮かび上がってきたのは、白銀の髪をした少女が、記憶の最後に残った姿のままで、涙を流しながら自分を止めようと懇願している様子が、容易に浮かぶ。

 

きっと…いや、絶対止めようとするだろう。彼女なら…。

 

「それでも俺は…もう自分自身でも止められねぇよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

『リサーナ』…お前を奪ったあの国を滅ぼして…仇を討つまではな…」

 

閉じた瞼を開きながら告げたペルセウスの表情は、これまでと違った、今にも泣きだしそうなものだった。




おまけ風次回予告

シエル「あれ?ウェンディの姿が見当たらないな…どこ行ったんだろ?」

グレイ「ウェンディならナツたちと西の街に行ったぜ。何でも、ドラゴンに会ったというやつがそこにいるそうだ」

シエル「ドラゴンと!?そ、それって本当なのかな…!?本当だと良いんだけど…」

グレイ「あくまで噂だが、確かめて損はねえだろ?そう時間はかからねえはずだから、用があるなら待っとけよ」

次回『竜の誘い』

シエル「もし本当なら、ウェンディたちの親についてわかることがあるかも…!けど、何でだろう…嫌な予感がずっとよぎって、離れない…」


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第67話 竜の誘い

活動報告には未定って書いたけどまさか朝になるとは思わなかった…。まあ、小一時間ほど寝落ちしていたのが主な原因なんですが…。

それはそうと、アンケートへの多数の投票、まことにありがとうございます!一応まだ期間は設けているんですが、ほぼほぼ決定なんじゃないかな~って思うレベルで一位と二位の差が凄まじいですw 今から構想固めなきゃ…。


連合軍の作戦が終了した日…もといウェンディとシャルルがギルドに加入してから、一週間が経過した。まだ加入したばかりと言うことで女子寮への加入手続きや、ギルド内での空気に慣れることから始め、そろそろ彼女も依頼を受けて仕事に向かう事を考えていることだろう。

 

彼女に想いを寄せている少年シエルは、今日マグノリアにある一つの露店の前で、まるで対面する人物の証言に疑惑を抱えるかのような様相…目を細めて口元に右手をつけながら、露店に並ぶ品々を見ていた。そんなただならぬ少年の様相を見ながら、店主である男性は顔に苦笑いを浮かべていた。

 

側から見れば並んでいる品に偽物が混じっているのを見極めようとしている少年と、それがバラされそうになって内心恐々としている店主の図だ。が、別に店主には後ろ暗いことがあるわけではない。シエルにもそんな意図はない。では何故店主が少しばかり顔を引き攣らせているのか…?

 

答えは単純。シエルが購入する品を決めきれずに長考している為だ。かれこれ一時間である。更に言えばこの店では一時間だが、その前に二件ほど同じぐらいの時間見て回っていたりする。

 

「(ウェンディに合いそうなもの…どれがいいだろうな…?)」

 

そんな彼が求めているもの…それはウェンディへの贈り物だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の加入記念と言う名目で、シエルは彼女にプレゼントをしたいと考えている。少し前まではこのような行動もほとんど無かった。シエル自身もそれは自覚している。

 

だがそもそもは、前日のギルドでのある会話が発端だ…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ジュビア、ちょっと話があるんだけど…」

 

「はい?なんでしょう」

 

その日シエルはギルドで、珍しく一人で行動していたジュビアに声をかけた。いつもならグレイの姿を見つけてすぐさま駆け寄るような彼女にしては珍しかったが、シエルにとっては今は好都合だった。その場で話を聞こうとしていたジュビアだったが「ここじゃちょっと…」と手を招いて端っこのテーブル席の方へと移動して、向かい合って座ったところでようやく話に切り出せた。

 

「シエルくんの方からジュビアに声をかけるなんて珍しいですね。どうかしたんですか?」

 

「…ジュビアには、話しておかないとって思って…」

 

いつもであればグレイとのことについて相談に乗ってもらったり、アドバイスを受ける為にジュビアがシエルに声をかけることが多い。だが今回は逆だ。シエルの方からジュビアへの用件があること自体が、彼女にとっては珍しい。何かあったのだろうかと言うジュビアの疑問は、次のシエルの一言によって一瞬で解決した。

 

「…好きな女の子ができたんだ…。その、色恋的な、意味で…」

 

顔を赤くして俯きながら呟いた彼の一言に、ジュビアも同様に顔を赤くして目を見開き、口元に思わず両手を持って覆った。同時に理解もした。何故自分にその話をしたのかも。

 

「え、えーと…こういう時どう言ったかしら…あ、えと、おめでとうございます?」

 

「俺も分かんないけど、取り敢えずありがとう…」

 

何やら混乱しているようだが、取り敢えずジュビアから言われた祝福に礼を返しておく。まだ成就したわけじゃないのに…。

 

「ちなみにお相手は?」

 

「この前入った新人の子…」

 

「あぁ、確か…ウェンディ、でしたっけ?」

 

ジュビアの記憶から、藍色の長い髪をしたシエルよりも幼い少女が浮かび上がった。そして自分と同じように女子寮に引っ越してきたこともつい先日なのでよく覚えている。しかしまだシエルは、ウェンディと連合軍としての作戦参加の際に会ってからそれほど日が経っていない。それを思わず口に出してみればシエルは再び顔を赤くして片手で顔を覆いながら「え、と…その…」と声を漏らすばかりだ。

 

だがジュビアは謎の確信を得ていた。出会って日が経っていないのにこれほどまであの少女に対する好意が明確に現れている。だがそれは、自分も似たような経験があったから察することが出来た。可能性があるとすればたった一つだ。

 

「ひょっとして…一目惚れ…?」

 

言われた瞬間シエルの肩が跳ねた。そして図星を突かれたことで頭の上に両手を持って行って抱える様にして机に突っ伏した。絞り出すような声で「改めて言われるとスッゲー恥ずい…!」とも言っているし、相当惚れ込んでいることがジュビアにはわかった。

 

自分よりも年下で、子供にしか見えない外見でありながら、普段のシエルはそれを感じさせない大人らしい一面が目立っていた。年上である自分よりもしっかりしているのでは…と何度思ったことか。

 

だが今の、一人の少女に対しての感情一つに振り回されているシエルを見ていると、普段と違って年相応の少年にしか見えない。その様子がどこか微笑ましいとジュビアは感じていた。

 

「シエルくんも男の子なんですね」

 

「…他の人には言わないでね…。バレてるような気もするけど…」

 

覆い隠した手の隙間から目を向けながら、赤くなっている顔のまま呟いたシエルの言葉に、笑みを零しながら「はい、ジュビアは応援してますよ」とジュビアは答える。グレイに関することには暴走気味になる上にリミッターなんて存在しないジュビアであるが、それに目を瞑れば基本は誠実で仲間想いの少女である。グレイに関する相談ごとによく乗ったこともある事に加え、その一点がシエルがジュビアにウェンディのことを打ち明けた理由の一つだ。

 

「それで…早速相談なんだけど…」

 

そして打ち明けたもう一つの理由は、ある意味本命である恋愛相談だ。これまでジュビアのみが相談を持ち掛けてきたのとは正反対で、今度はシエルからの相談と言うことになる。

 

相談の内容と言うのは彼女との距離の縮め方だ。物語の世界でどのように恋愛が進むのか、と言うのはある程度知っている。しかし知っているのと、それが最適なのか否かを見極めるのは全くもって違う。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と戦っている際は、度々行動を同じにすることが多かったから話すことも必然的に多くなっていたからよかったが、こうしてギルドの中にいると様々な魔導士がウェンディに接していく。明らかに下心を見せている奴らならともかく、ルーシィやレビィと言った面々と過ごしているのに割り込むわけにもいかない。

 

ただ普通に話をするだけでそれが出来るわけでもない。焦っているわけではないのだが、何かできることがあるのではないか?と考え、中々アイデアが思い浮かばなかったためにこうして相談をするのに至ったわけだ。

 

日頃は自分が相談に乗ってもらっている立場である故か、真摯にシエルの相談事に耳を傾けてジュビアは思案する。そして思いついたのか「あ!」と声を出せば、彼にこう提案をしてきた。

 

「ではプレゼントを贈るというのはどうでしょう?」

 

「プレゼント…?」

 

ウェンディはギルドに来てからまだ日が浅い。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に新たに加入した記念と言うことで、彼女が喜びそうな何かを用意してプレゼントする。知り合って間もない間柄でのプレゼントは、何かと怪しまれそうな気がするが、記念と言う形にすればそれも自然な形に出来る。確かにこれなら上手くいきそうだ。正攻法の上に工夫も施されている。

 

だがそうなると問題は、プレゼントする物の内容だ。彼女が喜びそうなもの…基本女性が欲しがりそうなものを安易に選ぶわけにもいかないが…。

 

「ジュビアだったら、何が欲しいの?」

「ジュビアですか?それは勿論、グレイさ…」

「ごめん、ジュビアにこの質問した俺がバカだった」

「せめて最後まで言わせてくださいっ!?」

 

参考として目の前にいる少女に聞いてみた…のだがちょっと考えれば想像が出来た返答を最後まで聞くことなくバッサリと切り捨てた。赤く染めた頬に両手を当てて答えかけたジュビアは、全身で驚愕を露にしながら、心の奥から叫んだ。

 

「そ、そうだ!アクセサリーとかどうでしょう!?」

 

明らかに白けた様子の目をこちらに向けるシエルを見て、ジュビアは彼の質問の意図を改めて汲み取って焦りを感じながらもその答えを導き出すことに成功する。ネックレスやイヤリング、ブレスレットと言ったオシャレなアクセサリーは確かに女性が好むことも多いし、普段よく身につける小物類は貰い物として困る心配もほとんどないと言える。

 

「アクセサリーか…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ジュビアへの相談と数時間を優に超える長考の結果、ようやく目的のものを購入するに至ったシエル。丁重に包装紙で包まれたそれを手に持ちながらギルドへと歩を進めている。

 

「ウェンディ、喜んでくれるかな…?気に入ってもらえると良いな…」

 

今日起床してからまっすぐに露店商に向かって行ったため、ウェンディどころかギルドの者たちとはまだ誰とも会っていない。だが今シエルの脳裏には、自分が渡すプレゼントを受け取り、眩しい笑顔を浮かべながらシエルに礼を告げる少女の姿が浮かんでいる。

 

想像するだけでどうしても口元が緩んでしまい、気分も高揚してくる。誰かに見られたら十中八九怪訝な視線を向けられそうなものだが、その事実にシエルはまだ気づいていない。早くギルドに向かおうと、思わず動かしている足を速め駆け足気味になる。少しでも早くウェンディに渡したいという気持ちでいっぱいだ。

 

そして改築してからもう見慣れ始めてきたギルドの門を目に写したところまで来たところで、ちょうどそのギルドから出て小走りでこちらに来る者たちを目にして思わずシエルは足を止めた。

 

「あれ、ナツにウェンディ?」

 

まさにシエルが尋ねようと思っていたウェンディ。そして桜髪の青年ナツと、二人のそれぞれの相棒であるシャルル、ハッピーも共にいる。向こうも自分に気付いたようでシエルの名を呼んで彼の元で一度その足を止めた。

 

「お前、今ギルドに行くとこか?」

 

「うん、ちょっと買い物してて…みんなはどこ行くの、仕事?」

 

「ううん、ちょっと街の西にある荒れ地に行くところなの」

 

「西の荒れ地?」

 

何故そんなところに行こうとしているのか不明瞭だが、先程ギルドに来ていたグレイから凄い情報がもたらされた。何でも、マグノリアに今、ドラゴンを見たことがある人物が来ているらしい。

 

名前は『ダフネ』。街の中でドラゴンの事を得意げに話しているようで、最近会ったとも語っているとのこと。西の荒れ地にある『ライズ』と言う宿を滞在中の拠点にしているらしく、その人物からドラゴンの話を聞くために、魔法を教えてくれた親のドラゴンを探す滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の二人はそこに向かうところだったという。

 

「…もし本当だとしたら、凄い事だな…。そのドラゴンが、誰っていうのは?」

 

「そこまでは分からないみたいで…」

 

「けど、確かめてみる価値はあんだろ?」

 

「あい!」

 

魔法が溢れる世界でもドラゴンの存在は希少なものだ。数百年前は多くのドラゴンがいたとも言われているが、今の時代では目撃の情報が一切と言えるほど存在していない。故に人を引き付ける一種の魔力のような話題性が存在するため、ガセネタの可能性も捨てきれない。

 

だがそれでも、親を見つける可能性がある方に賭けたいというのが、ナツたちの想いだ。

 

「つうわけで、オレたちすぐにでも行かなきゃいけねーんだ。んじゃ行くぞ!」

 

「あ、待ってよナツー!」

 

「あっ、えっと、私たちもそろそろ行くね?シャルル」

 

「ええ」

 

ナツを皮切りにシエルに一言告げながら、4人はあっという間にその場を後にして西の方へと小走りで行ってしまった。「あ…」と声を漏らして去って行った一同…正確にはウェンディに手を伸ばしかけるが、残念なことに既に彼女の背中は遠くへと行ってしまい、届かなかった手を漂わせながらシエルは立ち尽くすことしかできない。

 

「……渡せなかった……はぁ…」

 

ドラゴンが絡んでいるとなればそちらを優先させたいという気持ちは分かる。だがそれはそれとして、先程まで浮かれていたシエルの気分は嘘のように沈み込み、トボトボと言う効果音がつくような動きで、ギルドへと足を運んで行った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それからしばらく時間が過ぎた。朝から数時間以上も長考してようやく選んだプレゼントを渡すタイミングを失ったシエルは、見るからに落ち込んでいますと主張する影のオーラを発しながらテーブルの一つに頭を突っ伏していた。

 

周りの魔導士が時々こちらに視線を投げかけてくるが、雰囲気が雰囲気だけにそれも少し憚れてしまう。話しかけてきたのはミラジェーンぐらいだ。だがシエル自身も大分ショックだったのか、単純に話すのを躊躇ったからか、「ちょっと、ね…」と言う一言以外ろくに発していない。

 

一部何となく気付いていそうな反応を示す者もいるが、今のシエルにはそれにすら気付かない。と言うか意識を向ける気力もない、と言うのが正しい。

 

「マスター、急ぎ報告したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん…?」

 

すると、ギルドに入って早々にマスター・マカロフの元へと足早に駆けつけて告げた鎧姿の女魔導士エルザ。真っ先にマカロフの元へと報告する様子を見るあたり、ただ事ではないことは明らか。妙な雰囲気にギルド内にいる魔導士のほとんどが、テーブルに頭を預けていたシエルも含めてそちらに注目した。

 

「今、マグノリアに妙な存在が潜伏しているようです。つい先ほど、私もその襲撃を受けました」

 

エルザが告げた内容は周りの魔導士たちを動揺させるには十分だった。この街中でエルザを襲撃する存在など、よほどの実力者か、無謀者のどちらか両極端。更に言えば街中と言う人気も多い場所でも堂々とかかってきたということは大胆とも見れる。その上少しばかり対峙した後、気付けば姿と共に気配も完全に消えていたという。

 

更に言えばその襲撃者は、エルザと同様に武器の換装を使いこなしてきたという。

 

「換装魔法を使う襲撃者…」

 

「無論、換装を使いこなす者は他にもいる。ペルもその一人だ。だが、私が気になるのはあの襲撃者から感じたニオイだ」

 

「ニオイ…?」

 

当時に感じたニオイ。その襲撃者から感じたそれは、獣のニオイと言うべきか…人の息遣いではなかったという。マグノリアの中で何やらまた妙な連中が動きを見せているという事だろうか。

 

「ならば、いずれ姿を見せる。焦らぬことじゃ」

 

「では、このままで良いと?」

 

「警戒は必要じゃが、気にすることもあるまい。相手がお前との対決を望むなら、いずれ現れる」

 

今現在で向こうの目的が分からない以上、一度襲撃されたエルザだけでなく、他の面々も襲撃を警戒しておく方が吉だろう。気を付ける様にしようという考えに、場にいる者たちは統一される。

 

「グレイ、ナツにも…あれ、グレイは?」

 

外出しているナツに伝えるよう願い出ようとして振り向いたルーシィは、先程までいたはずの青年がどこにも見当たらなくなっていたのに気づいた。周りの者たちもいつからいなくなっていたのか気付けていなかった。

 

すると、突如ギルドの床に波のような水があふれ始める。何だか一週間ほど前にも見たような光景…。

 

「グレイ様なら、行先も告げずにどこかへ行ってしまわれましたぁ…!!」

 

連合軍での作戦から帰還した後にグレイを思って流した時と同様の、洪水の涙を両目から溢れ出しながら、嘆きの声と共にそう説明をこぼした。仕事なのか?そう聞き返しても彼女すら分からないらしい。

 

「こんな時に一体どこ行ったんだよ…?」

 

ひとまず、行方も分からないグレイはともかく、ウェンディたちがギルドに戻ってきたら、襲撃者には注意するように伝えなくては。そう決めてシエルは彼らの帰りを待つことにした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

既に外は夕暮れも過ぎ去って夜に差し掛かった時間帯。だが、待てども待てども、一向にウェンディたちが帰ってくる様子がない。

 

「遅い…遅すぎるぅ…!何でウェンディたち帰ってこないんだーーっ!!」

 

「落ち着けよシエル…」

 

全く帰ってこないウェンディを心配して、頭を抱えながら叫ぶシエルに呆れた様子でマカオが声をかける。相当心配しているという風に見られているが、彼女たちを心配しているのは何もシエルだけではない。

 

「だが、シエルの言うとおりだ。あまりにも遅い。もう帰ってきてもいい時間だぞ」

 

「ドラゴンの話を聞くだけだもんね。確かに遅すぎるかも…」

 

エルザやルーシィも、シエルほど取り乱してはいないがさすがにおかしいと思っているようだ。まだ明るい時間帯で向かって行ったにも関わらず、外が暗くなった今もなお帰ってこないなど。ナツ一人が向かったならまだしも、ウェンディたちが共にしているのだから尚更だ。

 

「昼間、私を襲撃した者の事も気になる。もしや、ナツたちも…」

 

謎の襲撃者に、帰ってくる様子の無いナツたち。無関係とも思えないエルザがその推測を口にしている。もう一つ言えば、ナツたち以外のものにも心配を向ける人物がいる。

 

「ジュビアはグレイ様が心配です。何だか胸騒ぎがして…グレイ様に何かあったんじゃないかって…」

 

昼間にギルドでグレイの様子を見てから、どうにもジュビアはグレイの身を心配している。どこかいつもとは違った様子に加えて、何も告げずにギルドからその姿を消した。帰ってこないナツたちとのことも相まって、嫌な予感がするようだ。

 

「それこそ気にしすぎじゃねぇか?」

 

「直接家に(けえ)ったかも知んねぇだろ?」

 

「恋する女の直感に、間違いはありません!!」

 

あんまり深刻そうに受け止めていないベテラン二人組の言葉に、恋敵を見るような形相で断言をするジュビア。その様子に思わず二人は恐々としてしまう。

 

やはりこのままギルドの中でじっとしてはいられない。シエル自身もどこか嫌な予感を感じ始めた。

 

「俺、探しに行ってくる!心配で気が気じゃないよ…!」

 

「一人では危険だ、私も行こう。ルーシィも来てくれ」

 

「オッケー」

 

たまらず名乗り出たシエル。そしてそれを一人では無理があると窘めながらエルザも同行を名乗り出て、ルーシィも同行させようとする。

 

「なら、ジュビアも一緒に!」

 

「オレもついていこう」

 

「いや…お前たちはここで待機していてくれ。ここは手薄にしない方がいい」

 

そうして、シエル、エルザ、ルーシィの三人が、ナツたちの捜索のために西の荒れ地へと向かい始めた。ギルドの面々がそれを各者各様の感情を込めた目で見送った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

存在するのは植物どころか雑草一つすら生える様子の無い荒れた地面、そして所々から隆起した大きさのバラバラな岩の柱。ルーシィがグレイから聞いていたライズと言う旅人向けの宿がある場所はここのはずだったのだが…。

 

「何も見当たらない…」

 

「確か、この辺のはずなんだけど…」

 

そう、宿らしき建物が…と言うより、建物自体が見当たらないのだ。細かい場所が違っているのか?それを確かめるためにも一度乗雲(クラウィド)を使って上空から調べた方がいいだろうか?と考えたところで、ここまで閉口していたエルザが口を開けた。

 

「気をつけろ、二人とも」

 

「え?」

「どうかしたの…?」

 

「獣のニオイだ…」

 

エルザがその言葉を口にすれば、タイミングを見計らったかのように地面に魔法陣が出現。そしてそこから全身をフード付きのローブで覆い隠した人型の存在が現れる。

 

「な、何よこいつ!?」

 

「まさかあいつが、エルザの言ってた…!」

 

「ああ…襲撃者だ」

 

ナツたちが向かったと聞いていた宿があると思った場所に、エルザを襲い掛かってきた襲撃者の姿。やはり無関係ではなかったようだ。そして今この場に姿を現したということは、こちらに対して敵意があるという事。

 

「お前たちは離れていろ」

 

シエルとルーシィにそう告げながら、エルザは二対四枚の翼の装飾が特徴的である天輪の鎧に換装。同様に二本の剣を両手に換装した襲撃者と対峙する。そしてどちらからともなく剣を突き出し、つばぜり合う。

 

「目的はなんだ!答えろ!!」

 

そのまま押し込み剣を振り切れば、襲撃者が纏っていたフード付きのローブが切り刻まれる。だが、露になった頭を目にしたエルザはその驚愕を表情に表した。

 

 

 

その理由は、襲撃者の頭部が人間のものではなく、トカゲの頭そのものであったから。よく見れば、下半身には大きな尻尾も存在している。物語上で登場する二足歩行のトカゲの戦士『リザードマン』を彷彿とさせるような存在だ。

 

襲撃者もといリザードマンは、動揺でしばし固まっていたエルザに再び襲い掛かり、彼女にも負けない剣捌きを繰り出していく。

 

「加勢するよ、エルザ!竜巻(トルネード)気象転纏(スタイルチェンジ)!」

 

戦況が劣勢だと判断したシエルが彼女を援護しようと竜巻の魔力を細長い槍の形へと変えていく。風廻り(ホワルウィンド)(スピア)であのリザードマンを貫こうと照準を合わせようとすると…。

 

「シエル、危ない!」

 

ルーシィからの声が届き、反射的にその方向へと目を向ければ、エルザが対峙しているリザードマンとは別の個体が、シエルが作ったものと同じような風の槍を片手で構えながらこちらに投げようとしているのが目に映る。

 

「なっ!?くっ!!」

 

それを理解したシエルは標的を瞬時に変更し、風の槍を自分を狙うリザードマンへと投げつける。対して無効も風の槍を投げつけ、二つの風の槍は正面から激突し、その場で大きな竜巻となって相殺される。

 

「一体だけじゃなかったのか!?」

 

恐らく最初に出てきた個体同様魔法陣が出されて現れたのだろう。だがこの辺り一帯にどれほどの数が存在するかも見当がつかない。竜巻が発生している機に乗じて雷を纏ったシエルがリザードマンに急接近し、一体を素早く確実に仕留めようと考える。しかし、シエルの高速の攻撃は、同様に雷を纏ったリザードマンが同じ速度と威力で対抗し、防がれてしまう。

 

「こいつ…雷光(ライトニング)も使って…!?いや違う…!」

 

天輪の鎧を纏い二本の剣で戦うエルザに対して同じ二本の剣で対応。ルーシィの様子を見てみれば、近接戦闘を得意とするロキを相手に同じように近接戦闘で応戦。そして、自分に対しては、発動していた風の槍と、雷による身体強化。

 

「こいつら…俺たちと同じ能力をコピーしてる…!?」

 

相対している魔導士の属性に対して、同じ属性の力で対応するように自動的に組み込まれているように見える。見た目はトカゲで、言葉を発さず、機械的に行動する。意志のない人口生命体…ゴーレムと似た系統の存在であると推測が出来る。

 

「そういう事なら…カギを握るのはやり方、だな」

 

魔法の属性、威力はこちらと互角になる。ならばそれを超えるためにはどうすればいいか。オリジナルのシエルだからこそできる工夫である。まずは乗雲(クラウィド)を出してそれに乗り、リザードマンから距離をとった。すると、向こうも同じように雲を出現させてそれに乗り、距離をとろうとしているシエルを追いかけ始める。

 

隆起した岩の柱を避けながら空中をかけていく二人。後方を気にしながらスピードを上げていたシエルは、一瞥した後動きを見せる。

 

稲妻の剣(スパークエッジ)!!」

 

雷の魔力を刃に変えて右手に構える。勿論、後方にいるリザードマンも同様に雷の刃を構えるが、シエルはそれをリザードマンに向けはしない。気合の声をあげながら隆起した岩の柱を一本、雷の刃で通りざまに両断する。

 

そして斬られた岩の柱は、上の部分がそのまま崩れ始め、重力に従ってシエルが通った方向へと倒れていく。そこにちょうどいいタイミングでリザードマンが通りがかり、崩れた瓦礫が直撃。衝撃でリザードマンは下の方へと落下していく。

 

だがシエルの行動はそれだけで終わらない。リザードマンが瓦礫にぶつかった直後乗雲(クラウィド)を解除して雷光(ライトニング)でリザードマンの真上へと移動し、さらに纏っていた雷の魔力も解除した状態で、両手に魔力を集中させていく。

 

「さあくらえ!竜巻(トルネード)!!」

 

掌から横方向に巡る竜巻を発射。対するリザードマンもそれに対抗するように同様の竜巻を発射する。だが、シエルが上、リザードマンは下と位置関係上、下に向けて竜巻を撃ったシエルはともかく、上に向かって撃ったリザードマンは落下のスピードをさらに上げてしまって急降下。その勢いのまま地面に叩きつけられる。

 

地面が陥没する勢いで落下したリザードマン。これだけでもかなりの損傷だが、シエルの攻撃はこれだけに終わらなかった。自分自身が放った竜巻と、リザードマンが撃った竜巻によって起きた風を、改めて自分の手元へと集約させて作られた風の槍を右手に構えながら、口元に弧を描いて狙いを定める。

 

「同じ属性、同じ魔法でも、お前とは頭の出来が違うんだよ。トカゲモドキ!」

 

そして最後のトドメとばかりにリザードマンの胸目掛けて風の槍を投げつける。見事に命中し、刺さった部分から爆発のような突風が巻き起こって、リザードマンは破裂四散。無事撃破に成功した。

 

エルザとルーシィの様子も見てみると、二人ともどうやら各々撃破出来たらしい。謎の襲撃を退けたことで一息を吐いた…のも束の間だった。

 

突如辺り一体の空間が歪み始め、先程まで何もなかった空間に、巨大な物体が徐々にその姿を現し始めた。

 

「…え!?」

「はぁ!?」

「な、何だこれは…!?」

 

先程のリザードマンとは比較にならないほどの巨体、頭部や尻尾は似た系統であるようだが、何より差異を感じるのは両腕の様につけられた巨大な翼だろうか。その様相はリザードマンとは違う、純粋なドラゴンのよう。今まで影も形も見えなかったその存在を目の当たりにして、三人は口をあんぐりと開けて絶句している。

 

《ハイハイハイハイ!隠匿魔法解除!魔水晶(ラクリマ)コア、起動準備!各関節アンロック!神経伝達魔水晶(ラクリマ)、感度良好!》

 

すると巨大なドラゴンらしき物体から、妙にテンションの高い女の声が響き渡る。この物体…もしくは機械と言うべき存在を製作、操縦している人物なのだろうか?

 

火竜(サラマンダー)以外の不純物、とっとと出てけー!!》

 

その声と共に、ドラゴンの胸部分から、何かが避難するように飛び出てきたのがシエルには見えた。そしてよく目を凝らしてみると、翼を背中から生やした青ネコと白ネコにそれぞれ手を引かれてドラゴン型の機械から離れようとしている藍色髪の少女の姿が映った。

 

「ウェンディ!今助けるっ!!」

 

「え、ウェンディ!?どこ!?いた!?」

 

真っ先に気付いて雲に乗りながら少女たちの元へと向かったシエルに、ルーシィから驚愕の声が上がる。何であんな状況で遠目からなのに気付けたんだ…。

 

「おーい、みんな大丈夫かー!?」

 

「「シエル!」」

「オスガキ!」

 

気付いたすぐに接近出来たおかげか、特に大事がない様子でウェンディたちの救出に成功する。だが、あと一人、ナツの姿だけが見当たらない。

 

「ねえ、ナツは?何があったの?」

 

「じ、実は…!」

 

《ハイハイハイハイ!それじゃあ火竜(サラマンダー)の魔力、吸収開始!!…『ドラゴノイド』…起動!!》

 

雲の上に全員載せたところで質問したシエルにハッピーが答えようと口を開けるが、それを遮るように、再びドラゴンから声が響いた。火竜(サラマンダー)の…ナツの魔力を吸収と言ったか?

 

「まさかあの中にナツが!?」

 

「そのまさかだよー!!」

 

「エルザたちにも説明が必要だから、一度そこまで下ろしてもらえる?」

 

「分かった!」

 

『ドラゴノイド』と呼ばれた人工ドラゴン。それの起動による咆哮のような雄叫びの余波を何とか掻い潜り、シエルたちはどうにかルーシィたちの待つ地上へと到達することが出来た。その間にも中にいると思われる女がナツの魔力を得てドラゴノイドが完成したという話を声高々に宣言もしたが、シエルからすれば聞いてて気分が悪くなるような内容だ。

 

「お前たち、無事だったか!」

 

「ねえ、何がどうなってるの!?ナツは!?」

 

地上に着いてエルザとルーシィからそれぞれ今起きていることを問われると、ハッピーを起点として語られた衝撃の事実を三人は耳にすることとなった。

 

「捕まっちゃってるんだよ!グレイがダフネって奴と手を組んで、ナツを罠にかけたんだ!!」

 

『グレイが!!?』

 

突如姿が見えなくなっていたと思っていたグレイが、まさかここにきて、それも裏切りに等しい行為をしていたことに、声を揃えてその驚愕を表している。ダフネと言うのはドラゴノイドを操縦している女の事だろう。そのダフネに操られているのか、と言う疑問は残念ながら違うことが明かされる。

 

「操られてるわけじゃなくて、自分の意思だって…。私たちにも、よく分からないんです…」

 

一体どういうことなのだろうか。グレイは何考えてこのような事を起こしたのか。恐らく実際にその場にいたウェンディたちにも、それを理解することが出来ないだろう。

 

「っ!グレイ…!」

 

ドラゴノイドの頭部、そのてっぺんに腕を組んで佇み、こちらを見下ろしているグレイの姿を見て、いやが応にもそれが真実であることを場にいる者たちは理解させられてしまった。




おまけ風次回予告

シエル「ナツが捕まって、人工ドラゴンのドラゴノイドに取り込まれて、グレイも裏切って…何でこんなことになっちまってんだよ!?」

ハッピー「あのダフネって奴、物凄く勝手な奴なんだよ!ああいうのってマッドサイエンティストって言うんだよね?」

シエル「俺もそう思う。他人の魔力を勝手に使って、その成果をマグノリアの破壊で証明するとかほざいて、あったまくるぜ、全く!」

ハッピー「オイラも頭に来てるよ、絶対許せないよね、あれ!」

次回『ドラゴノイド』

ハッピー「だってあんなに体でっかい癖に空飛ぶんだよ!?空を飛ぶなんて卑怯だよ!許せないよ、ね!シエル!」

シエル「…あー、うん、ソウダネー。一旦魔法を使った自分鏡で見てみようかー」


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第68話 ドラゴノイド

ここ最近で一気に冷え込んできましたね。キーボードを打つ手がかじかんでうまく打てなくなってきています…。大丈夫かな…。

ドラゴノイドの話を更新している癖にこんなこと言うのもあれですけど…頭の中でエドラス編の話の構想ばかりが浮かんできちゃって、「ああ…早くエドラス編書きてぇなぁ…」って考える時が多いですw

12月から多分スタート…出来ると良いなぁ…。←


月明かりのみが場を照らす夜の荒れ地。人工型のドラゴンと称されたドラゴノイドの頭に乗りながら、月を背にしてこちらを見下ろしてくる青年。同じギルド、同じチームとして共に戦っていたグレイが、ドラゴノイドを作り上げたダフネに協力し、ナツを罠にかけたと聞いたシエルたちは、その様子を見ながら言葉を失い彼を見上げている。

 

「グレイ!貴様が本当に妖精の尻尾(フェアリーテイル)を裏切ったと言うなら、理由(ワケ)があるはずだ!!」

 

何の理由もなしに長年いたギルドを裏切るような行為をするとは思えない。彼の行動にはそうさせるだけの理由があるはずだ。しかしそれを尋ねたエルザに、ドラゴノイドから近くの岩場に飛び降りたグレイが告げた答えは、仲間たちをさらに絶句させる冷たいものだった。

 

「ねえよ。そんなもん」

 

「何…!?」

 

彼の言葉は本当なのか。だとしたら尚更理解が出来ない。グレイがダフネに協力するメリットが…ナツを貶めること以外に存在していないというのだろうか?

 

《ハイハイハイ!こうして私の研究の成果が実を結んで、ドラゴノイドが完成したってわけ!お前たちはそれを祝福すればいいんじゃなぁい?》

 

すると、ドラゴノイドが起動する際にも聞こえてきた女の声が、先程同様拡声器越しに聞こえてきた。やはりこの女がダフネで間違いないのだろう。

 

「速やかにナツを返せ!!」

 

《それは出来ない相談ね。このドラゴノイドがナツ・ドラグニルの魔力を吸い取って動いてるって、知ってんでしょ?その魔力を吸い尽くすまで、ナツ・ドラグニルは返してあげな~い》

 

「魔導士にとって、魔力は命にも等しいものなんだぞ…!?」

 

その魔力を吸い尽くすということは、ナツの生命力が枯渇するまで永遠に動力源として利用することだ。最悪の場合は魔力を吸い尽くされて、ナツが命を落とす可能性も大いにあり得る。

 

「どうしよう…このままじゃナツが…!」

 

「何とかあれを止めて、ナツを取り返さないと!」

 

「邪魔するつもりならやってみろよ。もっとも、お前らごときの力じゃ、チャージ完了までもたねぇだろうがな」

 

手遅れになる前にナツを助け出そうと意志を露わにするが、それに答えるようにグレイが挑発してくる。今までの彼からは想像もつかないような言葉が自分たちに向けられていることに、年単位で彼と過ごしてきたエルザやシエルの表情はさらに歪む。

 

「っ!ドラゴンマニアが高じて、人工的にドラゴンを作り出そうとしている、危ない魔導士がいるって…聞いたことがあるけど…!」

 

「それがあなたなの!?」

 

思い出したようにシャルルが口にした噂。明らかに目の前にいる人工ドラゴンとそれを作り出した女を示しているのは明白だ。ウェンディも気付いたようでその事実確認を伝えると、再び拡声器越しで質問に回答する。

 

《その失礼な噂はこう変わるわね。『天才科学者ダフネが人工的にドラゴンを作り出すことに成功した』ってね》

 

「最終的にナツの力に全部頼った癖に、過大評価も甚だしいぞ!」

 

《科学の“か”の字も知らないお子ちゃまに何と言われようと知ったこっちゃないわね。完成に至るまでは、本当に長い道のりだったわ》

 

ナツを動力源としないと動かせないようなものを作ったくせに、随分と自己評価が高いダフネに対して叫んだ嫌味も、どこ吹く風として返される。だがそれ以上に、ダフネが語りだしたドラゴノイド完成までの道のりは場の者たちの言葉をさらに失わせるものだった。

 

まず第一歩は人工ドラゴンの卵の孵化に成功したことから始まった。孵化したドラゴンたちの実験データをとるために、ダフネは自分が住んでいた街を何とそのドラゴンたちに襲わせた。街として規模もそれなりにあり、住人も多数存在していたことから、データをとるのには最適だった。それだけの理由の為に。

 

だが、その街の住人たちは、彼女自身も含め、皆自分の存在を感知させなくするための魔法――『隠匿魔法(ヒドゥン)』――を使うことが出来た。住人たちはこれを使用することによって、誰一人人工ドラゴンの犠牲になることなく、その身を隠すことが出来た。

 

しかしダフネにとっては、実験データの取れない街や住人など用無し。自分の邪魔をした罰と称して隠匿魔法(ヒドゥン)を自発的に解除できなくさせた。そして隠匿魔法(ヒドゥン)で姿を隠した住人を感知できない不完全なドラゴノイドも、互いに同士討ちをさせることによって遠回しに処分させた。

 

街の住人は姿を消され、人工ドラゴンも全滅。そして全ての用がなくなったダフネも、街を去った。その一日で何もかもが見えも聞こえもしなくなってしまったその街は、やがて『音無しの街』と呼ばれるようになったと言う。

 

《その後も研究を続けた私は、ついに気付いたの。ドラゴノイドを動かすには、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の力がいるってね…》

 

そして滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツがいるマグノリアにまで足を運んだ。全ては、己の目的であるドラゴノイドを完成させるため。だがその過程において、自らの価値観のみ尊重し、他者の犠牲などに一切罪悪感を持っていない様子の彼女に、とてつもない異常性を感じずにはいられなかった。

 

《ハイハイハイ!ナツ・ドラグニル…火竜(サラマンダー)よ!!命を賭して働くがいいわ…。この私と、私の野望の為に…燃え尽きろぉ!!》

 

ダフネが叫ぶと同時に何かを操作したのか、ドラゴノイドの胸の部分に埋め込まれている赤い宝玉と赤い眼が光り、その巨体を動かし始める。動かしたのは足一つ。一度浮かせてから地面にもう一度叩きつける。だが巨体故にその行動のみで辺りに衝撃を生み出し、砂煙が地上にいるシエルたちに襲い掛かる。

 

「何すんのよ!危ないでしょ!!」

 

「大きいうえに、物凄く迷惑な感じが…!」

 

砂煙によって目や口を閉ざして堪えることしか出来ない。近場にいる自分たちの存在など眼中にない…あったとしても、そこらへんにいる虫程度の認識での行動で、周囲に及ぼす被害など顧みないさまが、ルーシィの言うように激しく迷惑だ。

 

「貴様!こんなものを作り上げて、一体何をしようと言うのだ!!」

 

《ハイハイハイ!私の野望…それは究極のドラゴノイドを完成させることよ!これもまだ試作品に過ぎないの。まずは現段階での能力を、テストテストー!!》

 

そう言うともう一度ドラゴンの足を、今度は何度も上げ下げを繰り返して、周辺の地面を破壊し、砂煙を超し、振動を響かせる。悲鳴を上げながらも必死に妖精たちは回避に専念せざるを得ない。

 

《ハイハイハイ!脚部の動作がぎこちないわね!ハイハイハイ!徒歩での移動は無理っと!!》

 

「迷惑!物凄く迷惑な奴!!」

「オイラ知ってるよ!!こう言うの“マッドサイエンティスト”って言うんだ!!」

「最早“マッド”を通り越して“バッド(最悪)”なサイエンティストだよ!!」

 

これ以上暴走させればいつナツが魔力を吸い尽くされるか分からない。何とかして止めなければいけないが、中にいるナツの安全を確保したうえで止めるには、力づくで行うのは難しい。

 

「中にナツさんがいるんじゃ、迂闊に手出しできません…!」

 

「そう?別にいいんじゃない?」

 

「いやいや、そういうわけにも…」

 

ナツの身を危険に晒すわけにもいかないと言葉を出すウェンディ。だが、彼女の傍を飛行するシャルルはあっさりと、別に力づくでもいいのではないかと意見をぼやく。いくらナツが人並み外れた耐久力を持っているからと言えど、さすがに度外視して攻撃を与えるわけにも…と、考えて今までのナツの頑丈さを垣間見てきた瞬間が、シエルの脳裏によみがえってくる。シャルルに一度は言いかけた否定は徐々に薄れていき…。

 

「…なんか、ナツならアレが大爆発しても問題なさそうな気がしてきた…」

 

「シエルまでぇ…!」

 

信頼故か、ただ適当なだけか、ナツへの随分と大雑把な定義づけを苦笑をまじえて口にするシエルに、思わずウェンディが泣きそうな声で告げた。だって本当にそんな目にあってもケロッとしてそうだもん、あいつ。

 

「グレイ…これがお前の望んだことか…!?」

 

慌てふためき、どうすればいいか思いあぐねているこちらをただ見下ろして眺めているグレイに目を向け、エルザが独り言ちる。何故グレイはダフネのようなバッドサイエンティストの目的に加担し、協力を申し出たのか。彼女の独りよがりな言動から見れば、そんな気を起こすことはあり得ないというのに。

 

すると、住宅街の存在する方向から、猛スピードでこちらへと走ってくる魔導四輪が一台。それには、運転席に一人、乗車席に一人、そしてその乗車席の上・ルーフに仁王立ちをしているものが一人の、計三人の男が到着する。

 

「グレイてめぇ!!」

「とんでもねーことしでかしてくれたなぁ!!」

「漢として、貴様をギルドに連れ戻す!!」

 

マカオ、ワカバ、そしてエルフマンの三人がそれぞれグレイに告げ、ルーフに立っていたエルフマンがすかさず彼へと飛び掛かる。対してグレイは少しばかり目を見張り、抵抗する間もなくエルフマンのビーストアームによる一撃を腹部に食らい、その場で気絶する。

 

それを横目で見ていたシエルは、その光景に妙な違和感を感じたが、現時点でそれに気付くことは出来なかった。

 

「悪く思うなよ、マスターの命令だ」

 

エルフマンが言いながら、グレイの身体を抱える。エルザがマカオ達から話を聞いてみると、マスター・マカロフもどこからかダフネの情報を掴んだらしく、ドラゴノイドへの処分は、グレイの話を聞いてから決定するとのこと。その為、エルフマンたちがグレイをギルドへと連れ戻す役割を与えられたとわけだ。

 

「じゃあ、その間に俺たちはこいつの足止めを…って!?」

 

ドラゴノイドがこれ以上の動きをしない為にも足止めをしようと考え動こうとした瞬間、向こうもその動きを見せ始めた。大きな一対の翼を広げ、羽の部分が光り輝きだす。そしてその大きな翼を羽ばたかせると、徒歩での移動が出来なかったドラゴノイドの巨体が空中に浮かび出した。徒歩がダメなら飛行で。それを体現したかのような光景に、場にいる者たちは驚愕を表す。

 

「飛ぶなんてずるいぞーっ!」

 

「あんたが言わない!」

 

普段から思いっきり空中を飛行しているハッピーの発言は放っておいて、ドラゴノイドが飛んで行った方向を目にしたウェンディが気付いた。

 

「大変!あの方角は…マグノリアに向かってますよ!?」

 

「あのデカブツで、今度はマグノリアを壊すつもりか!?」

 

「おのれ…!!」

 

罪のない無関係の街や、その住人達にまで危害を及ぼそうとしているダフネの所業に、更に怒りが込みあがるのを感じる。このまま奴の思うとおりにさせるわけにはいかない。

 

「ルーシィたちは、ギルドに戻って皆に出動を要請してくれ」

 

「ハッピーたちの(エーラ)があればすぐに街に戻れるし、街の人たちを安全な場所に避難させてほしい」

 

マグノリアの街を守るために、ギルド全員で協力する必要がある。何が起きても対処できるように、先に街へと戻れる彼女たちに伝達と避難誘導を託す。だがそうすれば、ドラゴノイドは好き勝手に暴れまわるだろう。勿論そちらを放置する気もない。

 

「俺が、あのドラゴノイドの翼を止める」

 

目標は飛行している人工のドラゴン。実際のドラゴンを見たわけではないシエルだが、紛い物の存在に自分が扱う天候魔法(ウェザーズ)が通用しないはずがない。止められないとしても、足止めをすることは叶うはずだ。決意を込めた返事をすれば、ウェンディもルーシィも、それ以上の言葉を発することは出来なかった。

 

「…分かった…!行くよ、ハッピー!」

「アイサー!」

 

「私たちも行くわよ、ウェンディ」

「うん!…シエル、気を付けてね…!」

 

少女たちはそれぞれ翼を広げたネコたちと共に、そしてシエルは自分が具現化した雲にエルザと共に乗り、それぞれ街と、同じ方角を進むドラゴノイドを目指す。エルザがシエルと共に乗ったのは、彼女もドラゴノイドを止めようと志願したからだ。

 

「お前たち!グレイの事、頼んだぞ!」

 

「アイサー!」

「どっちもナツを頼んだぜー!」

「漢として!!」

 

「任せてくれよ!!」

 

並走してドラゴノイドへと近づいたマカオたちにグレイを託し、シエルは雲の高度を上昇。一気にドラゴノイドへと近づいていく。

 

「前方、竜巻注意報!竜巻(トルネード)!!」

 

ドラゴノイドの行く手を阻むように、両手を突き出して放てばその巨体をも押し出すほどの強風で巡る竜巻が発生。一定速度で進んでいたドラゴノイドの速度が、著しく低下しているのが見えた。

 

「エルザ!」

 

「ああ!」

 

速度が下がったところを見計らって、エルザが換装で直剣を呼び出しながら飛び掛かる。そして剣を振り上げた瞬間、間に入るようにエルザと同様の直剣を手に持ったリザードマンが現れる。

 

「またお前か!?」

 

「まだ残ってたのかよ!?」

 

再び現れたリザードマンに面食らいながらも、シエルは別の方向から仕掛けてくる存在に気付き、横方向に巡ってくる竜巻を雲を駆使して躱す。こちらにも同じ奴が現れた。

 

「くそっ!こいつに構ってる余裕はないのに…!!」

 

乗雲(クラウィド)を操作しながら次々と撃ってくる竜巻を躱していくうちに、最初の竜巻を突っ切ってドラゴノイドの進軍が再開されてしまう。

 

「もう一度だ!今度は曇天(クラウディ)追加!」

 

ドラゴノイド上空に灰色の雲を展開させれば、向こうのリザードマンも同様に雲を展開させ、いつもよりも密度の高い雲が一面を覆う。そしてシエルは雲を使ってドラゴノイドの正面へと進んでいけば、リザードマンも同様にシエルを追いかける。

 

竜巻(トルネード)!そして上空には落雷(サンダー)!!」

 

再びドラゴノイドの進路を阻害する竜巻。そしてそれに加えて雲からいくつも降り落ちる雷。シエル一人が発生するよりも規模が大きいそれは、リザードマンも同じように発生させたことによる影響だ。

 

やはりリザードマンの方には知能がないようだ。眼前の敵と同じ能力を扱ってそれを駆使して敵を倒すことにしか能がない。自分を作り上げた主人の足止めをしている自覚もないまま、シエルによって利用されている。

 

「構ってはいられないけど、利用することは出来るっぽいな、こいつ」

 

《ハイハイハイ、エルザ・スカーレットと違って、こっちのお子ちゃまの力は寧ろ邪魔になるのね…だったら!!》

 

拡声器越しにダフネの声が聞こえたのも束の間、シエルと対峙していたリザードマンが突如ひとりでに姿を消した。何をするつもりなのか警戒するとともに様子を見ていると、ドラゴノイドの背中から、竜巻と雷を突っ切って、三つほどの影がこちらに迫ってくる。

 

その影はそれぞれ、槍、大剣、斧を手に持ったリザードマン。それぞれが雷の光を纏いながら突っ切って飛び出してきたのを見たシエルは思わず目を見開き、その三体の攻撃をよける。

 

「こいつら…みんな雷光(ライトニング)の状態でエルザの武器を!?」

 

全員が手に持っているのはエルザが使用しているものと同じ形状の武器。そして身体に纏っているのは自分が使う敏捷性を上げて空中も移動できる魔法の効果。その二つが合わさった状態のリザードマンが三体と言う厄介極まりない相手を見て、シエルは激しい焦りを感じた。

 

《これまでの戦いでしっかりとらせてもらったデータを組み合わせて作った、ver(バージョン).2.5を超えるリザードマンよ?名付けてリザードマンver(バージョン).2.8…その恐ろしさを感じながら、地に堕ちると良いわ…!!》

 

身勝手で迷惑極まりないが、こういった人工生命体を作らせることに関しては、確かにダフネは優秀と言える。シエルの雷光(ライトニング)による敏捷の増加と雷の付加(エンチャント)。それに加えてエルザが扱う武器による攻撃。極めつけに物量差。シエル一人で相手にするのは明らかに分が悪い。エルザも自分が今まで使用した武器を装備している複数のリザードマンによって苦しめられている現状。一気に形成が悪くなってきた。

 

「くっ!雷光(ライトニング)!!」

 

相手のリザードマンの攻撃に対応するにも、まずは自分にも同じ措置を施し、回避に専念する。既に二度目の竜巻による足止めは突っ切られてしまい、ドラゴノイドは元の速度…どころか突っ切るためにさらにその場での改良を施したのか、速くなっている。このままではマグノリアに着くのは時間の問題だ。

 

「くっそぉ!!」

 

気象転纏(スタイルチェンジ)による攻撃を繰り出しながら迎撃を行うも、それぞれが避けたり防いだりで対処してくるうえ、さらに接近をして距離を詰められる。ドラゴノイドからも距離が離れる一方だ。

 

光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

太陽の光を矢の形へと変えて撃ち出せば、さすがに反応が遅れたのか身体の数か所を貫かれるリザードマン。それを確認したシエルは、これに突破口を見出す。

 

「徹底的に、光陰矢の如し(サニーアローズ)を撃ち込んでやる!こちとら、なりふり構っていられねえんだ!!」

 

いつも以上に光の矢を具現化させて、迫りくるリザードマンたちに連射していく。拡散さあせて逃げ道も与えずに撃ったおかげか、三体のリザードマンは次々と光の矢によって貫かれ、串刺しにされていく。激しい消耗が積み重なったおかげか、それとも急所に当たったからか、次々とその身体を消滅させ、シエルの脅威は取り除かれた。

 

何とか勝てた。しかし、その勝利を掴むために相当消耗をさせられた。身体に纏っていた雷の魔力が霧散し、重力に従って少年の身体が落下していく。

 

「くっ…乗雲(クラウィド)…!」

 

その途中で何とか生み出した雲によって墜落は免れた。だが安心してもいられない。マグノリアの方に大分近づいてきたドラゴノイドを追いかけるため、シエルは再び雲を操作し始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

シエルがドラゴノイドに追いついた頃、既にマグノリアまで目と鼻の先の距離まで詰め寄ってきていた。シエル自身との距離はまだある。エルザもまだ足止めを受けて苦戦しているところだろう。

 

「どうすれば…ん…?」

 

するとシエルは、ドラゴノイドから異変のようなものを感じ取った。胸の赤い宝玉が激しく点滅し、警報のような音が響いている。さらには、ドラゴンの口から激しく白煙が漏れ出した。まるで、人工ドラゴンの体内で火事が起きたような…。

 

「火事…?ナツ…!?」

 

ナツはドラゴノイドの動力源。ナツのエネルギーによってあれは起動することが出来ている。だが、そのエネルギーが強すぎれば、器となるドラゴノイドはそれを受け止めきれずに異常を起こすことがあるのでは?それはつまり、ナツがあのドラゴノイドでも消費しきれない魔力を発すれば、あるいは…。

 

シエルが推察していると、先程まで異常をきたして蛇行していた飛行が再びその体勢を持ち直していた。だがシエルは確信した。戦っているのは、ナツを助けようとしている者たちだけではない。囚われているナツ自身もまた、ダフネの思い通りにならないように、戦っている。

 

「そうだよ、ナツがこんなことで挫けるわけがない…。ナツがあんなやつに屈するはずがない…!」

 

どんな時でも、どんな敵にも、ナツは諦めずに食らいつき、そして勝利してきた。今回もきっと、ナツは最後まで諦めるつもりはないだろう。そんな姿に、シエルはいつの間にか影響を受けていたのかもしれない。自分も諦めない。ナツをドラゴノイドから解放して、一緒にギルドへ帰る!

 

「ナツを返しやがれ!イカレ科学者ぁーッ!!」

 

雲を操作してスピードを上げ、ドラゴノイドの前方へと再び位置どるシエル。そして右手に雷の魔力を具現させ、その状態のまま自分が乗っている雲の中に手を突っ込む。そして雷光(ライトニング)を発動させる時と同様に、その魔力を握り潰した。

 

すると、シエルの身体のみでなく乗雲(クラウィド)にも雷の魔力が迸り、少年とほぼ一心同体の状態へと変貌する。

 

「これでも、喰らえぇー!!」

 

そしてそのまま右拳を突き出しながら、雷の力によって急上昇した速度でドラゴノイドの鼻先目掛けて激突する。一人の人間と大型の人工ドラゴン。どちらが押し出すかなど一目瞭然だが、シエルはそれを速さでカバーする。大きく上昇させた速さと勢いを持って、少しでもドラゴノイドを押し返そうという考えだ。

 

数秒ほどの拮抗。大きく迸る雷の魔力が暗い夜空を照らし出し、明るく染めていく。

 

 

「ぐあっ!!」

 

だが、軍配が上がったのはドラゴノイドだった。雷の魔力も雲も解除され、シエルはマグノリアの街へと弾き返された。

 

《あ~ら残念。時間切れぇ…》

 

そしてマグノリアに着いたドラゴノイドはランディングの要領で減速をしながら、マグノリアへと着陸していく。どうせ破壊する街だからと言う意思の現れか、数件ほどの建物がそれに巻き込まれて爆炎を発生させている。

 

「う…ぐっ、あ…!!」

 

奇しくもエルザがシエルが落下していた場所の近くに、同様に落下していたらしく、横目に彼女の姿が見える。しかし、彼女に声をかける余裕は今のシエルになかった。その理由は、今のシエルの右手だ。

 

高速で勢いをつけ、自分の何十倍ともいえる巨体に激しい激突を行ったことにより、シエルの右手は親指を除いてあらぬ方向に折れ曲がり、甲の部分もいくつか骨が折れている。その影響で内出血が発生。所々が青く変色し、痛々しいものとなってしまっていた。

 

《ぺしゃんこにしてあげるわ、エルザ・スカーレット!!》

 

ドラゴノイドの巨体が動けない状態のエルザに近づいていき、その足で彼女の身体を踏みつぶそうとする。エルザもシエルも、何も出来ないまま蹂躙の幕開けを受けてしまう…と思われたその時だった。

 

「『ブラストブリット』!!」

「『スティンガーシュート』!!」

 

後方から、エルザを狙っていた足を押し返すように、スナイパーコンビであるアルザックとビスカの射撃魔法が撃ち込まれる。しかもそれだけではない。ドラゴノイドの身体目掛けて、別の場所にいる魔導士からも攻撃が仕掛けられる。

 

「『魔法の札(マジックカード)“爆炎”』!!」

「『水流斬破(ウォータースライサー)』!!」

「『砂の槍(サンドスピアー)』!!」

 

カナ、ジュビア、マックスの魔法がそれぞれ炸裂。その後も様々な魔導士からの攻撃が放たれ、ドラゴノイドはその動きを一時的にとはいえ止めている。

 

「お前たち、一体何を!?」

 

ドラゴノイドが脅威とは言え、ナツが中に入っているドラゴノイドに一斉に攻撃を仕掛ける仲間たちに、エルザは驚愕を表しながら問いかけた。

 

「マスターからの命令なの!どんな手を使っても、あれを止めろって…」

 

「マスターの…!」

 

ルーシィから返ってきたのはギルド内でマスター・マカロフより告げられた命令だった。マグノリアは妖精の尻尾(フェアリーテイル)と共に歩み、生きてきた街。それを必要以上に破壊させることは絶対に許されない。だからこそ、何をしてでもドラゴノイドを止めることを最優先にしろと言う。

 

「それが…マスターの命令…?」

 

「シエルッ!?その手、どうしたの!!?」

 

エルザの介抱をルーシィに任せ、シエルの様子を確認しに来たウェンディが、彼の右手を見た瞬間、切羽詰まったように声を張り上げる。それにつられてギルドのメンバーが視線を移せば、痛々しい状態になっているシエルの右手を見て、言葉を失ったり、心配の声をかけたり、自分の事のように痛がったり、各々反応を見せている。

 

「ちょっと、無茶して…。日光浴(サンライズ)で、治せると思うから、心配しないで…」

 

「心配しないわけないよ!待ってて、今私が治すから…!!」

 

「ウェンディ!アンタだってこれ以上使ったら危険なのよ!?」

 

シャルルによれば、ここに来る前にもリザードマンによって傷ついたエルフマンたちの治療のために大きく魔力を消費したらしい。ウェンディの天空魔法はただでさえ魔力の消耗が激しいから、これ以上使わせると、命にまで関わる。

 

「シャルルの言うとおりだ…ケガなら俺でも治せるから、ウェンディは自分の心配を…」

 

「シエルだって自分の心配をしてよ!ニルヴァーナの時だって…シエルの方が…!」

 

「お前たち、今はそれどころではないぞ」

 

ヒートアップしかけた二人の口論を冷静に窘め、エルザはナツが中にいるドラゴノイドの方へと向き直す。

 

「ナツ!マスターの命に従い、我々は全力でドラゴノイドを止める!!その前に…お前の意思を確かめたい!!声を聞かせろ!!」

 

マスター・マカロフの命令とはいえ、今から行うのは普段の喧嘩とは違う、ギルドの仲間一人を対象にした一斉攻撃。抵抗は存在する。もしもナツにそのことが原因で取り返しのつかないことになれば、手遅れだ。

 

だからせめて、ナツ自身がそれにどう感じているのか、エルザは知りたかった。

 

 

 

『へへっ…ああ…聞かせてやんよ…』

 

ドラゴノイドの中から聞こえてきたのは、ダフネとは違う、聞き慣れたナツの声。確かに聞こえた、互いの声が。

 

「ナツ…」

 

『いいか!耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ…!』

 

自分を止めようとしてくる仲間たち。身動きもほとんどとれない空間の中で、ナツは仲間たち向けて己の意思を口にした。決して揺らぐことのない、彼自身の覚悟に満ちた答えを。

 

 

 

 

 

 

『こいつを…オレごとぶっ壊せっ!!!』




おまけ風次回予告

シエル「唐突だけどさ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)って聞いたら、みんなは真っ先に何を思い浮かべるのかな?」

ナツ「は?みんなって、誰の事だよ?」

シエル「ギルドのみんなとか、街の人たち、あとは大陸中にいる人たちとか、みんなだね」

ナツ「どうだろうな~?オレは勿論大事な家族だって思ってるぞ」

シエル「俺もそうだね。あとは本当の居場所…それから凄く楽しい人たちって感じだな」

次回『妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士』

ナツ「あとは喧嘩だ!あれがないと妖精の尻尾(フェアリーテイル)って感じもしねぇよな!」

シエル「こういうナツみたいな人もいるから、人によっては問題児の集まり、いろいろぶっ飛んだ奴ら、壊してばかりの集団とか思い浮かぶんだろうなぁ…」


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第69話 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士

まさか昼頃までかかるとはさすがに思いませんでした…。そのかわりボリュームはかなりあります。アニメほぼ一話分ってこんなにあったっけ…?←

大変お待たせしてしまいましたが、来週は更新お休みとなります。まあ、前回も言った通りドラゴノイド編は今話で終了なのでキリはいいんですがw


『こいつを…オレごとぶっ壊せっ!!!』

 

多くの魔導士たちの攻撃を受けながらもビクともしないドラゴノイドの中で、張り上げたナツの声が響く。マグノリアの一角を破壊し、その位置で踏みとどまりながら告げた彼の言葉に、木の棒を構えているハッピーが抗議の声を出す。

 

「そんな事したら、ナツはどうなっちゃうんだよ!?」

 

『四の五の言ってんじゃねぇ!オレのせいでマグノリアがボロボロになっちまったら、寝覚めが悪ィだろうが!!』

 

ナツもマグノリアを破壊することを望んではいない。必死に抵抗しているようだ。だが、ドラゴノイドに向けられる攻撃は、尽くその巨体と強靭な外皮を前に防がれてしまう。このままでは街も危ない。だが破壊するに至る強大な攻撃を放てばナツ自身も本当に危うくなる。

 

「何か…本当に何か他の方法はないのか…?」

 

半ば潰れてしまった右手を自分の魔法である日光浴(サンライズ)、ウェンディの治癒魔法を二重にかけて治療を行いながら、シエルはドラゴノイドを見上げて呟く。多少のケガを負ってもナツならばいずれ再起できる。だがそれをふまえても彼を生かしたままドラゴノイドを破壊できる方法がないか、頭の中で考えを巡らせている。

 

《ああ~!!何と言うパワー!美しきこのパワー!あの時と…同じだわ…!!》

 

ドラゴノイドに攻めあぐねている魔導士たちを寄せ付けないまま強大な力を奮うダフネは、それを垣間見ることによって思い出す。彼女は見たことがある。一度だけ、この目で。

 

幼い頃にたまたま外に出ていた時の事。突如吹いた突風にあおられ、広大な草原を埋め尽くす影につられ上を見上げると、自分の何十倍もあろう巨大な体、一対の大きな翼、屈強で長い尻尾。どこまでも続いていくような大空をその翼で羽ばたいて飛行する存在に、ただただ目を奪われた。

 

何と言う恐ろしさ。何と言う猛々しさ。あんな美しいものを見たことはなかった。その日を境にもう一度見ようと同じ場所に何度も行った。だが竜は気まぐれ。同じ時、同じ場所に、その存在が再び現れる保証など一切ない。それを思い知らされた彼女は、一つの結論に至った。

 

《次にいつ会えるか分からないなら…自分で造るまで!!》

 

「そんなのって…!」

 

幼い頃に見た偉大な姿をしたドラゴン。それにもう一度会いたいが為に、歪んだ思想を持ってドラゴノイドを作り上げた。ドラゴンによって育てられた、親と言える存在にもう一度会いたいと願っているウェンディから見れば、同じ願いであるにも関わらず理解できない結論に至ったダフネに、沈痛な面持ちを浮かべている。

 

『くそぉー!!ふざけんなァ!!ドラゴンに会いてえのはテメーだけじゃねーぞ!!オレも、ウェンディも、ガジルも…!それをテメーは…!!』

 

《『ドラゴンなんていねぇよ』…》

 

同じように聞いていたナツの怒りが、ドラゴノイド越しにこちらにまで聞こえてくる。ウェンディ同様、ナツもまた純粋に親のドラゴンと会うという願いを持つ者だ。もっともな怒りを表すナツだったが、声を被せてきたダフネの言葉に、彼は途端、その声を止めた。だがそれは、ダフネからナツに向けられたものではない。

 

《『あれは全滅したんだ』…『目の錯覚だろ?』…『嘘つき』、『嘘つき嘘つき』!!誰にも信じてもらえず、笑われ、無視され…ドラゴンの存在を…あの力強さを…否定され続けた…!その悔しさ、アンタなら分かるだろ…?》

 

ナツは思わず同意しそうになった。いや、心のどこかで感じているのかもしれない。『ドラゴンなんていない』、『作り話だ』、『デカいトカゲがそう見えるだけ』…イグニールが目の前からいなくなった日から、心無い者たちに言われてきた侮蔑の言葉の数々。どれだけ主張しても、どれだけ怒ったり泣いたりしても、家族以外の者たちは、ほとんどがそれを信じなかった。

 

そういった意味で、ダフネは自分と同様の存在。今のナツはそう思わずにいられなくなっている。

 

《ハイハイ!そしてようやくここにお披露目できるように相なったわけ!!手始めにこの街ぶっ壊して、大陸中を飛び回ってやるわ~!》

 

言っていることが何だか滅茶苦茶だ。魔導士たちのほとんどがそうだっただろう。過去に見たドラゴンの姿をもう一度見たいがために、他者の何もかもを度外視し、ナツの自由も奪って、そして今やマグノリアを始めとしたあらゆるものに危害を加えようとしている。何度も好き勝手にさせるわけにいかないと考えたが、これほど何度も思わせるのも滅多にない事だ。

 

しかし咆哮を一つ起こすだけで、町全体にその余波が襲い掛かり、風圧と轟音が魔導士たちに襲い掛かる。本物のドラゴンを見たことが無いシエルには比較とする対象がないが、規模と威力、耐久だけを見れば、ドラゴン並みと言っても頷ける。

 

「ったく、オレも読みが甘かったぜ…」

 

すると、近くの高台の上から聞き覚えのある声がした。視線を向けてみると、そこに立っていたのは遠くの方で暴れまわるドラゴノイドを見据えながら、溜息をついて告げるグレイの姿だった。ギルドへと連れていかれていたはずの彼が、何の目的でここに来たのか。

 

「手短に真相を話す!信じるも信じないもお前らの自由だ!」

 

グレイから明かされたのは、今回の一連の騒動に関するものだった。

 

グレイがダフネと会ったのは、彼が仕事先で聞いた噂がきっかけだった。「人工的にドラゴンを造っている者がいる」というもの。グレイはその後すぐに接触し、ダフネからドラゴノイドの事について色々と聞いた。ナツを動力源にしようとしていること。ドラゴノイドを破壊するには、内部から滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の強力な力でなければ不可能であること。それだけが理由なら、ナツを渡さなければドラゴノイドはどのみち動くこともなかった。

 

だがグレイがドラゴノイドの破壊を目的としていたのは他の理由だった。ダフネの出身地である音無しの街。実は、ナツは7年程前…ギルドの魔導士になりたてだったころに一度、その街を訪れたことがあった。それも、ダフネが研究中だったドラゴノイドを放棄し、街の人たちの隠匿魔法(ヒドゥン)を解除できなくして、街を立ち去ったすぐ後に。

 

ナツは今も昔も、イグニールの事となると夢中になり、どこへでも突っ走って行ってしまう。その頃はそれがより顕著だった。ダフネのドラゴノイドが発する咆哮がドラゴンのものに近かったためか、ナツは同士討ちするドラゴノイドたちの声をイグニールのものと勘違いし、その街へと訪れたのだ。

 

しかし、その街にあったのはドラゴノイドの核の残骸のみ。ドラゴンどころか、街の人々も、何もかもが存在しなかった。そう、イグニールはいなかった。それに落胆していたナツに、ある存在が声をかけた。

 

それは隠匿魔法(ヒドゥン)を解除できなくなったことで、影と声のみでしか存在が確認できない街の住人の一人だった。その住人は、訪れた少年が滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である事を知ると、ナツにこう頼んだ。

 

「ドラゴンを操る者を倒し、街にかけられた呪いを解いてほしい」

 

ドラゴンを操るなんてできるわけないと言いながら、もし見つけたなら倒してやると、ナツは約束した。影でしかその存在が見えない音無しの街の住人たちは、全てをナツに託し、いつまでも待っている…そう告げて、一度夜の闇へとその姿を消していった。

 

ドラゴンを操る者…ダフネを倒す為に、グレイはナツを一度ドラゴノイドに取り込ませ、それを破壊し、音無しの街の住人を助けようとしていた…これが、裏切ったと思われたグレイの行動の真実だ。

 

ちなみに何故グレイが、ナツが交わした約束の事を知っていたのかと言うと、イグニールの事になると見境がなくなるナツを心配し、仕事先まで様子を見に行っていたことがあり、その時の事も、見聞きしたからである。

 

「何でその話を誰にもしなかったんだ?みんなにも話せば、すぐにダフネの手がかりとか…掴めたかもしれないのに」

 

話を聞いた魔導士たちがそれに耳を傾けていた中、一早く質問をしてきたシエル。事前に誰かへとそのことを伝えておけば、わざわざ誤解を招くようなことをしなくて済んだはずだと、仲間を苦しめることもなかったはずだと考えている。

 

「ナツならもっと、簡単に壊せると思ってたんだ。それに、これはナツが交わした約束だ。オレから言うのは筋違い…あいつがじいさん辺りに何かしら聞かない限り、オレも黙ってるつもりだった」

 

ギルドの魔導士として、一度自分が請け負った仕事は、自分主体でやるべきと言うのが暗黙の了解。それは何気ない約束でも同じだ。ナツが倒すと約束したのなら、そこまでの道程もナツ自身が先頭でやるべき。だからグレイも、ナツが何かしらの行動を起こさない限りは協力もしないつもりだった。しかし…。

 

「あいつ…今の今まで、その約束を忘れてやがったんだ…!」

 

 

 

 

『はぁ…?』

 

そのまさかの真実に、シエルだけでなく治療のために近くで聞いていたウェンディ、そして彼女の傍らにいたシャルルも、揃って素っ頓狂な声をあげてしまった。彼らだけではない。他の者たちも、一部を除いて同様である。

 

「わ、忘れてたぁ?そんな大事な約束を…!?」

 

「全く…相変わらずにもほどがある…!!」

 

ルーシィは愕然として身体が真っ白になっているし、エルザは怒りと呆れが入り混じってプルプルと震えている。そりゃそうだ。これではずっと待っている街の住人達が浮かばれない。

 

「良かったぁ!ジュビア、グレイ様を信じてました…!!」

 

そして真相を聞いて天にも昇りそうな歓喜を表している者が約一名。ギルド内のほぼ全員がグレイを責めていた時にも、唯一グレイを信じ、裏切るわけがないと心から思っていたジュビアだ。彼女の周りだけなんか光っているように見える。

 

「そっか、それであの時…エルフマンの攻撃をわざと受けてたのか…」

 

西の荒れ地ではエルフマンに奇襲に近い一撃を受けて気絶したグレイ。だがあの時、彼にしてはあっさりとしすぎていたため、妙な違和感を感じていたのだ。だが、グレイの本来の目的を聞いた今、ダフネに不審がられずにギルドへと戻る演技だったと考えれば納得もいく。

 

「こうするより他に方法がなかった。だが、今はあのデカブツを何とかするのが先だ」

 

「何とかするったって…」

 

ドラゴノイドを破壊する、頼みの綱であるナツは、今も動力源として捕らえられている。どうすればそれが叶うのか。それを考えている一同であったが、周りにいる魔導士の一人が突如声をあげた。

 

「おい!あそこ、誰かひとり倒れてるぞ!」

 

「あれはケーキ屋の!」

 

その声で近くの全員が視線を向ければ、魔導士ではないコック帽とエプロン姿の一人の男性が、何かを両手で持ちながらうつ伏せで倒れているのが見えた。いち早くエルザが気付いたが、彼女が贔屓にしているケーキ屋の店主らしい。

 

「逃げ遅れたんだ!」

「カバーしろ!」

「助けに行くぞ!」

 

ギルドへと避難させたはずの街の住人に、逃げ遅れた者がいたらしい。すぐさまシャドウ・ギアの3人が彼に被害が向かないように駆け寄って行く。エルザ、そして傷だらけの様子を見たシエルたちも、その場へと向かって行く。

 

ドラゴノイド周辺で迎撃していた魔導士たちに対して『リザードマンver.(バージョン)3.1』とやらを多数放出させてくるダフネの声が響く。ドラゴノイドに加えて厄介なものまで増やされてしまったようだ。

 

「こんな時に何をしていたのだ!?」

 

「店、踏み潰されちまって…何とか、これだけは…」

 

「!これを、わざわざ…?」

 

エルザが店主の身体を抱えると、両手に持っていた皿とケースに乗っているそれをエルザに見せて告げる。エルザが昼間、ウェンディたちの歓迎の為に注文した、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章が中央に入った、かわいらしいデザインのホールケーキだった。

 

「新人さんを、迎えてやるんだろ…?あんなデカブツに…負けんなよ…」

 

外傷は多く、体力も消耗しているが、重体ではなさそうだ。しかし、意識は限界だったようで、手に持っていたケーキをエルザに手渡すと、彼は一度気を失った。そのまま運ぶのも傷に響くと考え、シエルが日光浴(サンライズ)を左手に出して店主へと近づける。

 

「俺が治療するよ」

 

「私も手伝う!」

 

優しい光を放つ太陽を近づけるシエルの隣で、ウェンディもまた両手をかざして別のところを治療しようと魔法を使う。だが、先程から多くの魔導士に治癒魔法を使っていることで、彼女自身の魔力も相当減っているはずだ。

 

「ちょっとウェンディ!アンタもう魔力が!!」

 

「大丈夫。日光浴(サンライズ)と同時に使うと、魔力を多く使わなくて済むみたい」

 

「頼むぞ、シエル、ウェンディ」

 

傷の治癒のみでなく、魔力の回復効果も備わっている日光浴(サンライズ)の近くなら、ウェンディも普段より少ない魔力で治癒魔法を使用することが出来る。シエルの右手を少しずつ治療している際に気付いたことを活かし、その力を惜しむことなく使っていく。

 

「その…私、梅干しが苦手で…」

 

「「梅干し?」」

 

「はい、弱点なんです」

 

唐突に自分の苦手なものを喋ったウェンディに、思わずシエルもエルザも声を揃えて反芻する。梅干しは苦手なのか…と記憶に刻みながら、シエルはウェンディが語るのを黙って聞いている。

 

「どんなものにも、必ずあるはずです、弱点って…。私、まだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったばっかりで、何もかも始まったばっかりで…もっと、もっとナツさんと笑ったり、みんなと笑ったり、泣いたり怒ったり、したいんです…!」

 

治療を続けながら、口調や声は穏やかなものでありながらも、真剣な面持ちで告げるウェンディ。周りにいる者たちは皆、その言葉に自然と耳を傾け、彼女のその真剣な表情を見て、心から同意を寄せている。

 

「助けて…ナツさんを…」

 

「ウェンディ」

 

治癒魔法をかけ続けていたウェンディ。言葉に力が入っていないのを察知したシエルが、すぐさま彼女の肩に手を置いて、魔法を止めるように促す。それによって思わず止めれば、ウェンディの身体が前のめりに倒れ掛かる。

 

「大丈夫か!?」

 

「バカ!だから言ったのに!!」

 

正面からウェンディの身体を支えるエルザ。そして彼女の元に駆け寄るシャルルが声をかける。額に汗を浮かべながらも、気を失わずにその身体を起こして、口を開く。

 

「けど…シエルの手も、まだ治ってないし…」

 

「俺の方こそ大丈夫だ。もう痛みもないし、自分でも回復できるから」

 

「でも…」

 

少しずつ二人がかりで治療したおかげか、指は戻り、青あざも消えて、外見だけ見ればほとんど元に戻ったとも言える状態だ。実を言えば握ったり開いたりすることは出来ないほどの痛みは残っていたりするのだが、言えば確実に心配をする少女には、絶対に告げないようにする。

 

外傷が目立たなくなった右手を、甲と平を返しながら見せてそれを表すが、こちらを見上げる少女の心配気な眼差しは一向に変わらない。

 

「ありがとう、ウェンディ。その気持ちだけでも、今は十分だ」

 

痛みなど感じさせないような笑みを向けてそう告げれば、表情はあまり変わらないままウェンディは俯く。納得はしていない様子だが、ひとまず彼女にこれ以上負担をかける心配はなくなるはずだ。

 

少しでも回復させるために日光浴(サンライズ)を更に作り出す。それに右手を当て続けながら残る問題に意識を向ける。

 

ドラゴノイドは内部から、それもナツでなければ壊すことが出来ない。しかし、マスター・マカロフの命令は、ドラゴノイドに攻撃しろと言う。グレイがみんなにも話したことをマスターに告げていないはずもない。命令の変更がないということは作戦を続行させるということ。

 

ドラゴノイドを攻撃することが、ナツがそれを壊すきっかけになる…?

 

「…もしかして…?」

 

シエルは気づいた。一つの推測に。そして、それと同時に、エルザもまた一つの推測に気付いた様子だ。

 

「エルザ、じいさんはオレに秘策を…」

 

「だと思っていた。皆まで言うな」

 

マカロフに秘策とやらを託されたらしいグレイがそれを伝えようとした時、既に気付いた様子であったエルザが止めた。そしてその身に光を纏い、纏っていた鎧を天輪の鎧へと換装する。

 

「お前たちは全力を持ってリザードマンを排除しろ!私はドラゴノイドを倒す!!」

 

「でもエルザ…!」

 

「ナツはどうするのさ!?」

 

「それがマスターの…つまりは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の意志だ!いいか!この街は何としても守る!!ギルドの…私たちの魂と誇りをかけて!!」

 

エルザがはっきりと口にしたその方針に、ルーシィやハッピーを始めとして動揺が走る。本気だ。彼女は全力でナツが取り込まれているドラゴノイドを打ち倒そうとしている。

 

「分かってるよ…オイラだって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ…!でも…!」

 

「オスネコ…」

 

頭で理解はしている。でも、相棒であるナツごと、ドラゴノイドを破壊することに関して、心から同意できないと、体を震わせながらハッピーは言葉を零す。

 

「ナツ…オイラ、仲間なのに…オイラが助けなきゃならないのに…!!」

 

襲い掛かるリザードマン。それに対する仲間たち。ドラゴノイドに対峙するエルザ。それらを見聞きしながら、右手の治療を続けるのと並行して、シエルは頭の中で考えを巡らせる。

 

「(ドラゴノイドを破壊するには…ナツの力が必要…)」

 

彼は思い出す。これまでの一連を。それ以前にあった時の記憶も。

 

『ドラゴノイドを動かすには、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の力がいるってね…』

 

『マスターからの命令なの!どんな手を使っても、あれを止めろって…』

 

『あれを破壊するには内側から…』

 

『どんなものにも、必ずあるはずです、弱点って…』

 

『ナツならもっと、簡単に壊せると思ってたんだ』

 

『こいつを…オレごとぶっ壊せっ!!!』

 

『火事…?ナツ…!?』

 

 

「あっ…!」

 

分かったかもしれない。最も効果的で、最も可能性の高い方法が。思い出すのは、一週間ほど前にあった、ニルヴァーナを巡る六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いで起きた、ある一場面。

 

「そうだよ…エルザ、それじゃあれは壊せない…!」

 

「えっ?」

 

シエルの呟きを耳にしたウェンディが思わず反応を示す。彼女だけではない。シエルの近くにいたほとんどの魔導士がそうだ。しかしシエルはそれに意識を向けず、足元に一人分が乗れる雲を展開する。

 

「ミラ、ウェンディをお願い!エルザに教えなきゃ、あれを壊す方法を…!」

 

「分かったの!?でもどうやって?」

 

ミラジェーンに消耗しているウェンディを任せ、シエルはエルザが近くにいるドラゴノイドへと向かおうとする。方法を聞かれているが、説明している時間も惜しい。雲の高度を上げながらそれだけ伝えて一直線に向かおうとする。

 

しかし、その行く手を阻むように、更に取り押さえようとするように、リザードマンがシエル目掛けて飛び掛かる。

 

「シエル!!」

 

誰が名を呼んだのか理解するよりも前に、シエルは必死にその襲撃を躱そうと身構えた。

 

 

 

 

 

「ミストルティン!」

 

だが、シエルが行動を起こすより早く、聞こえてきた声とともに、周りの地面から植物の根が急激に伸び、シエルの周りどころか、周辺にて魔導士たちと対峙する全てのリザードマンを、胸の赤い核を貫く形で貫通。一瞬で全滅し、一片も残さず消滅する。

 

その現象を誰が行ったのか、誰もが確認せずとも理解できた。

 

「兄さん!」

 

「連絡をもらって超特急で帰ってきてみれば…思った以上に深刻な状況だな、こりゃ…」

 

一週間もの間依頼ついでに外出していたシエルの兄・ペルセウスがようやく帰還。やっと帰ってきただの、遅すぎだぞだの周りの者たちから声が上がるが、一応ミラジェーンから通信用魔水晶(ラクリマ)で連絡を受けてからすぐに帰路についた方である。

 

「で、今はいったいどういう状況だ?」

 

「イカれた科学者が人工ドラゴン造って、ナツが動力源にされていて、壊すにはナツじゃないと無理!」

 

「オーケー、把握」

 

「え、今のでわかったの!?」

 

説明を求める兄に向けて、簡潔に3行ぐらいで纏められた説明を叫ぶ弟。たったそれだけで真偽は不明だが理解したらしい。ルーシィの心からのツッコミが響く。

 

そうこうしている間にもエルザに攻撃されながらも暴れ続けるドラゴノイドが、また大きな咆哮を放ち、街中に衝撃波を撒き散らす。

 

「うるさーー!!」

 

思わず周りの魔導士全員が耳を押さえてしまうほどの騒音。だが、次の瞬間耳を押さえていた魔導士たちは、目を疑うような光景を目にした。

 

『チクショーー!!オレを壊せー!あ、いや!全部ぶっ壊してやんぞー!!じゃなくて!うぉおおおっ!!』

 

ドラゴノイドの動きに同調するように、ナツが錯乱したような叫びをあげる。それと共に、ドラゴノイド自身の動きも、頭を両翼で抑えたり、首を振ったりして、まるでナツ本人の動きとシンクロしているかのような様子を見せる。

 

「やべぇぞありゃあ…!オレには見える。ナツの魂が、あのデカブツに吸収されそうになってるのが…!」

 

その異常をより詳細に感じ取っているのは雷神衆の一人、ビックスロー。普段からつけている鎧兜のような鉄仮面を外し、彼の目に宿った魔法が、ナツの魂の様子を鮮明に映し出している。聞く限り、猶予はほとんどないに等しい。

 

『壊せー!じゃなくて、壊してー!!お?うおおっ!意味分かんねぇーっ!!』

 

足元では街を破壊し、頭と翼は、自分で自分の発する言葉が分かんなくなっている様子。ナツ自身の意思が、ドラゴノイドに同化しつつあるという事か。

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

その様子にナツの名を呼びかけて接近しようとするエルザだったが、それを阻むように現れたリザードマン。奴等にかまっている暇はないと言わんばかりに、循環の剣(サークルソード)で一気に薙ぎ払い退ける。

 

が、さらに場の者たちを混乱するような出来事が、ドラゴノイドに訪れる。

 

『ほらーエルザ怒ってんじゃんよ~。知ったことかよ!あいつも潰しちまえっての!何言ってんだよ、仲間だろ?関係ねーよ!ぶっ壊せってんだよ!…うるせぇっての!!ヒトの頭の上で揉めてんじゃねぇーっ!!!』

 

…何言ってんだ、あいつ?と、何も知らない者からすればそんな感想が浮かぶだろう。実際、ドラゴノイドから比較的穏やかなものと、不機嫌そうなものと、怒りのこもった表情と口調で、妙な一人漫才をしながら叫んでいる。ナツが憑依していると言っても同義なほどにだ。

 

「ど、どうしよう…今頃になって、ニルヴァーナの影響が…!?」

 

「んなわけないでしょ!!」

 

「だとしても遅すぎだろ」

 

善悪を反転するにしても、口調が色々とバラバラだし、もう一週間ほど前に壊した魔法だから、その線はほとんどないと言っていい。ハッピーの推測はシャルルとペルセウスにあっさり否定された。

 

ちなみに、シエルはペルセウスに状況を伝えた直後に、ドラゴノイドの元へと向かって行った。

 

「ともかく、デカブツの方はシエルたちに任せるとして…俺たちはこっちだな」

 

そう言ってペルセウスが振り向けば、更に増援となるリザードマンの集団がこちらに駆けてくるのが見える。まだ増援の余力が向こうに残っていたのか。周りはイライラとしながらも迫りくるその集団を迎え撃とうと構える。

 

すると、突如街にある川のあちこちから、激しい水しぶきが爆発したかのように沸き上がり、街中に水と氷でできたカーテンが空に浮かび上がる。そしてカーテンからつららへと姿を変化させると、つららの雨となってリザードマンに降り注ぎ、その姿を一体残らず消滅させていく。

 

『うぉお~~!?つめてーーー!!』

 

少なからずドラゴノイドにもダメージがあったのか、ナツの声で悲鳴を上げながら狼狽している。この魔力の感じ、感じたことのあるものだ。氷と水の合体魔法(ユニゾンレイド)…それが出来るとすれば。

 

「まさか、グレイとジュビア?」

 

「ぶっつけ本番で成功させたってことか…!」

 

「どぅえきてえるぅ~!!」

 

街中に及ぶ範囲、そして威力も見ての通り。研鑽をしても一生完成させられなかった者たちもいる中、一発で、それも練習もなしに成功させた二人。本当にあらゆる意味で相性が抜群なのではないかと思えるレベルだ。互いを信頼していなければ、決してできるようなものではない。

 

「さて、あとは…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

『やかましい!!うおおお!何かムカつく、モヤモヤすんぞ!だからこの街をぶっ壊せ!いやダメだって!』

 

グレイによってリザードマンが全滅したことによって、ドラゴノイドの中にいるナツが気を悪くしたのか、怒りの形相でその場で地団駄を踏みながらまたも一人漫才を繰り広げている。さっきビックスローが言ってた魂の同化が進行している影響だろうか。

 

「ナツー!!」

 

「シエル!?何をしに来た!?」

 

そんな彼の元に、雲で浮遊しながら彼の眼前にまで近づいてきたシエルがその名を叫ぶ。ドラゴノイドの周辺にいたエルザもそれに気付いて、彼に声をかけた。

 

「分かったんだ!こいつを止められる方法を!エルザが考えていた方法よりも、効率的なやつ!」

 

「何!どんな方法だ!?」

 

シエルの容態を考えて、ドラゴノイドの相手を一人で担っていたエルザだったが、シエルが告げた内容に目を見開いて、それを耳にしようとする。だが、シエルはエルザの質問に直接答えず、これから実行するかのようにナツの方へと顔を向けて呼びかけた。

 

「ナツ!今から俺の言葉を、絶対聞き逃すなよ!?」

 

突如として言われたシエルの言葉に、ドラゴノイドとほぼ同化しているナツは思わず、気になったのかシエルの方へと視線を向けている。どうやらまだ意識はナツ本人のようだ。好機を逃すわけにはいかないと、シエルは大きく深呼吸をするように息を長く吸い始めた。何をする気か。エルザもナツも、そして街中にいる魔導士たちが固唾を飲んで見守る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでそんなドラゴンもどきに捕まってるままでいるんだ!!お前の炎はマッチの火かぁ!!」

 

マグノリア中に、怒りをはらんだようなシエルの大声が響き、内容を理解した魔導士たちが、ほぼ全員一様に目を見開き、口を開けて、唖然と言った表情を浮かべるほどの衝撃を受けた。あのエルザやペルセウスさえ、虚を突かれたように言葉を失っている。

 

 

 

『何だとコノヤローー!!!』

 

同じように虚を突かれて言葉を失っていたナツが、一番最初にフリーズから戻って来たらしく、怒りの声をあげる。ドラゴンのような外見の巨体に凄まれれば恐怖もさらに上がるようなものだが、生憎シエルにはそれは通用しない。

 

『マッチって何だ!あんなもん小腹も満たさねぇちっぽけな火じゃねーか!!』

 

「そうだよ!そのマッチだ!肝心な時にお前が出せる炎は、マッチレベルだって言ったんだ!!」

 

『ああ!?』

 

何か…グレイと喧嘩してる時のナツを思い出させるような妙にレベルの低い罵倒である。それによって怒りをさらに燃え上がらせるナツもナツだが…。

 

「どうしたんだよ、ヒドイよシエル…あっ!!」

 

すると、突然の悪口を聞いてそれを咎めようとしていたハッピーが、何かに気付いた様子で声をあげた。それを見たルーシィやペルセウスは、何の事なのか気付けていない。

 

「いつも関係ないもんばっかり壊しまくるくせに!」

『あ!?』

「壊すことしか能のないくせに!」

『ああ!?』

「みんなの迷惑も考えないで一人で突っ走って!」

『あああ!?』

「自分で交わした約束まで、今の今まで忘れてたぁ!?お前の頭なんかドラゴンじゃなくて鳥だよ鳥!いや、いっそ鳥以下だぁ!!」

『そこまで言うかテメェーーー!!?鳥より下って何だよ!つーか、何で鳥?』

 

出るわ出るわナツへの悪口の数々が。今の今まで溜め込んでいたのかと言わんばかりに、洪水のごとくシエルの口から溢れ出てくる。外見だけなら子供っぽい主張に見えるのだが、普段のシエルからは想像できない…。

 

「シエルの言うとおりだ!口先だけのつり目野郎め!」

『グレイ!?』

 

すると今度は、別の方向からグレイがナツに向けて叫び出した。シエルの数々の暴言に同意するどころか、更に重ねてきた。

 

「手も足も出ないまま、デカい図体に溶け込んで、いつまで一人漫才やってやがる!!」

『んだとコラァ!?』

「てめぇが交わした約束を忘れやがって…!それでも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士かぁ!!そんなドラゴンもどき、とっととぶち壊せぇ!!」

 

シエルに続いてグレイにまで散々な言われようをされ、ナツが表情に困惑を浮かべている。何でここまで言われなくちゃいけないのだろうか…。

 

ちなみに、そんな二人の様子を見ていたルーシィが、ハッピー同様に何かに気付いた。

 

《ハイハイ、それが狙いだったの?グレイ・フルバスター。でももう手遅れってわけ。何故なら、火竜(サラマンダー)君は魔力と共に、その意識ももうほとんど吸収されているんだから》

 

グレイの言葉を聞いたダフネが、彼の本当の目的を察知した。何かを企んでいるということは彼女もどこか疑っていたが、やはりこちらに不利になるような行動だったと、どこかで予測していたのかもしれない。

 

『壊せりゃとっくにやってんだよ!あんな垂れ目野郎ぶっ潰してやんよ!』

 

他ならぬグレイにバカにされたことが、相当癪に障ったらしい。更に怒りを募らせていると、今度はシエルともグレイとも違う声が聞こえた。

 

「オイラ、ナツを見損なったよ!!」

『何ィ!?』

 

彼の相棒である青ネコのハッピー。彼までもがナツに向かって叫び始めた。勿論、内容を聞いたナツの怒りがさらに増える。

 

「だってそうじゃないか!今までどんなピンチでも必ずぶち破ってきたじゃないか!!『オレごと壊せ』なんて聞きたくないよ!!」

 

「そうよ!みんなが…妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみんなが!アンタを必要としてる!だから必死に頑張ってるのに、仲間の想いに応えないナツなんて、ナツじゃないよ!」

 

『っ…!!ルーシィ…てめぇまで…!ひっでーな!踏み潰すぞコラ!』

 

何やら妙な事になってきた気がする。ハッピーとルーシィも何かに気付いたらしいが故にこのような事をおこしているのだろう、しかしペルセウスは未だに意図が読めずにいる。頭に疑問符を浮かべているばかりだ。

 

「皆の言うとおりだ!手もなく捕らわれたまま、お前は簡単に諦めた!」

 

『オレがいつ諦めた!?いや諦めろ!じゃねーっつの!!』

 

「『オレごと壊せ』と言ったな?それが諦めだと言っている!そしてそれは、弱音以外の何物でもない!ならば望み通り、その巨体ごと葬り去ってくれる!!」

 

更にはエルザまでもがナツに対して煽るような、技と怒りを増長させるような言葉が告げられる。それに更なる力となって変換されたのか、胸にある赤い宝玉からスパークが発生したかと思うと…。

 

『やってみろやコラーーー!!!』

 

咆哮と共に巨大な叫び声を上げると、まるでナツそのものが巨大化し、火竜の咆哮を使えば…と言えるほどに特大な炎のブレスが口から発射された。幸い、怒りに燃え上がった結果首を上に向けていたことで、街には直撃せず虚空へと炎が飛んでいったため、人の被害はないに等しい。

 

今までのナツでも、これほどの規模は出せたことが無い。シエルは人知れずほくそ笑んだ。いい調子だ、だがもう一押しと言ったところだ。

 

『すんげぇ~…!』

 

自分で出したブレスの威力に驚愕して唖然としているナツ。それを、再びエルザが声をかけて引き戻す。

 

「自らの命を小さく見る者は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には必要ない!」

『んだとコラ!!』

 

下手をすれば街全体を飲み込みかねない威力のブレスを目にしても、全く動じず更に言葉を続ける。ある意味それが一番すごいような気がするが…。

 

「そんな中途半端な者に気高き竜は会いたいとは思わんぞ!会って懐に飛び込んだところで、殴り返されるのがオチだ!」

 

そして換装を用いて、エルザは黒を基調とした魔神を彷彿とさせる意匠の鎧である煉獄の鎧をその身に纏い、セットとなっている大剣を構えながら堂々と告げた。勿論、彼女の言葉に対してナツが何も反応しないわけもなく…。

 

『ふざけんな…!このパワーならエルザに勝てんじゃねーか!?…はっ!!おもしれーっ!!かかってこいやエルザ!!今日こそお前に勝ーつ!!!』

 

最早完全に同化してるんじゃないかと疑いたくなるレベルで、ドラゴノイドの動きや表情が動く。さっきまで支離滅裂だった言葉の端々が、徐々にナツの本来のものへと戻ってきてるようにも聞こえる。

 

「おいおい…あれ、ホントに大丈夫なんだよな…?」

 

それはそれとして、完全にドラゴノイドと同調している気がすることに対して、今やってることが効果的なのか分からないペルセウスが呟くと、同じように言葉を告げる者たちが。

 

「聴こえるぞ…!今のは限りなく本音に近い…!」

「デスネ!!」

 

「何呑気に構えてるのよ!」

 

何故か少し前に激突した六魔のメンバーの真似をしているハッピーとルーシィに、シャルルが思わずツッコミを入れる。本当何でこんな状況でそんなことしてられる…。

 

《あらら…!?ちょっと、勝手に動くな!!》

 

『ホラホラ!ビビったかエルザぁ!オラァ!』

 

「貴様と言うやつはぁ!!」

 

地団駄を踏みながらエルザを挑発し、調子に乗っているようにも見えるナツ。しかし、怒りの形相でエルザが胸の赤い宝玉に一度攻撃を当てると、途端にドラゴノイドは恐怖をその顔に浮かべる。

 

『うおお~~っ!!?やっぱコエーーー!!!』

 

どこか泣いているようにも見えるナツの表情と声。だが、まだまだだ。もっと…!

 

「どうしたナツ!そのデカい体はただの飾りか!?それともエルザの攻撃を喰らいたくなくて閉じこもってるつもりか!?」

 

『ううおおおおおおっ!!ふざけんじゃねーぞコラァーーー!!!』

 

最大級の怒りを表す声と共に、彼の感情の高ぶりと比例した熱い炎が、ドラゴノイドのあちこちから勢いよく漏れ出て噴射される。そして岩のような色をしていたドラゴノイドの身体は、赤い炎を滲ませて、深紅へと変化させていく。

 

《ちょっと!魔力の吸収が、要領超えすぎてる!?何で急に!!》

 

『どいつもこいつも!好き勝手こいてんじゃねぇぞぉおおーーーっ!!!』

 

夜にも関わらず、街を赤い光で包み込み、その熱量は、離れていてもよく感じ取れる。荒ぶる感情がそのまま炎と化して、彼を捕らえるドラゴン型の檻を焼き尽くすほどの勢いを見せる。

 

「ったく、イカれてるぜ。折角忠告してやったっていうのによぉ…。暑苦しい奴が余計に暑苦しい姿になりやがって」

 

魔導士たちが集まっている場所に、そう言葉を零しながら現れたのは、ナツとウェンディ同様に滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるガジルだった。今までギルドの中にいたはずだが、騒ぎを聞きつけてここに来たというのだろうか?

 

『ガジルゥ!?』

 

「手間ァかけてんじゃねぇ!!滅竜奥義!『業魔・鉄螺旋』!!!」

 

言うや否や、空中を跳躍して両足をドリルへと変化させながら激しく回転させる。そして胸の赤い宝玉をうまく狙い、回転による摩擦でその宝玉を破壊。そこから勢いよく炎が噴出される。

 

そして、核の部分である宝玉が壊され、そこに閉じ込められていたらしいナツの姿がようやくそこから現れた。

 

「上手くいったみたいだ」

 

「シエル、大丈夫だったか?」

 

「平気だよ。挑発して怒らせただけだし」

 

「ああなることを、分かった上でか?」

 

ドラゴノイドの機能がほぼ停止したとみてもいいため、雲に乗っていたシエルが元居た場所へと戻ってくる。すぐさま安否を聞いてきた兄に笑顔で答えながら、最後に尋ねられたことについても首肯で正解を表していた。

 

「ルーシィ!あの馬野郎を呼べ!ありったけの火を矢に集めて、ここにぶちこめぇ!!」

 

すると、赤い宝玉があった場所から、ガジルの声がこちらに届いてくる。それだけで、ルーシィを始め、誰もが彼の狙いを察知することが出来た。

 

「ナイス、ガジル!あとは任せて!」

 

「であるからして~もしもし!」

 

すぐさまサジタリウスを呼び出し、火の魔法を使える者たちに向けて、力を貸してもらうように懇願する。これは最早、あそこにいるダフネの命運は決定づけられたようなものだ。炎の技を使えないシエルと、あるにはあるが今回に関しては力になれそうにないペルセウスは近くでその様子を眺めているだけだ。

 

「ナツがそう簡単に動力源としてされるがままになるわけがない。それを理解できなかったのがあいつの敗因だな」

 

「だね。まあ、今からの事を考えると、ちょっと気の毒に思えるよ。同情も心配も一切する気ないけど」

 

何やら呑気に兄弟が会話している間にも、各々準備が整った様子で魔法の発射をスタンバイしている。

 

《ちょー!タンマタンマ!これ以上魔力は吸収できないってぇ!!》

 

過去一番と言った様子で焦りの声をあげるダフネだが、もう何もかもが遅い。サジタリウスが放った数本の矢へ向けて、レビィ、アルザックとビスカ、リーダス、カナ、マカオ、エルザがそれぞれ炎に属する魔法を放つ。

 

「受け取って!ナツ!!」

 

そして集った炎は数本の矢を巻き込んで、巨大な炎の矢と化してナツのいる場所へと直撃する。その余波でドラゴノイドが悲鳴を上げながら炎に焼かれていく。だがナツは違う。火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である彼に炎を与えることが、何を意味するのか、全員が知っている。

 

勢いよく燃えた炎をものともせず、それらを口の中へと勢いよく喰らい尽くしたナツ。炎を喰らう事で、魔力の回復、及び増加をすることを可能にした彼に、最早敵はいないと言っていい。

 

「食ったら力が湧いてきた!!」

 

そして勢いそのままに、激しい炎を身体から発しながら雄たけびを上げる。それによって、ドラゴノイドに更なる炎が移り、その造られた身体を焼き尽くしていく。

 

「“怒り”…それこそ奴の最大の力の源」

 

その光景を遠目から見ていた魔導士たちの元に、ゆったりと歩きながら、マスター・マカロフがその言葉と共に近づいてきた。

 

「自らを解放し、困難に立ち向かい、それを打ち破る原動力…。それには、ナツを怒らせるのが一番なんじゃよ」

 

「そうか、だからシエルは敢えて…」

 

「ナツを怒らせる…その方法はいろいろあるけど、これが一番効果的なんだ♪」

 

シエルが実行する前に思い出したもう一つの事は、ナツと共にコブラと対峙した時だ。怒りによって最大限の力を発揮したナツが、コブラの心の声まで聴く魔法でも聞き取れない激情のままに圧倒していたこと。その時に、自分がナツを怒らせたのとほぼ同じ方法を使えばいい、と考えついたのだ。

 

作戦を実行した際、「ナツを怒らせろ」と言う秘策を授かったグレイは、すぐさまシエルの意図に乗った。ハッピーやルーシィも、シエルやグレイの様子を見てすぐさま気付いたそうだ。ナツを怒らせることが効果的であることは、エルザも言わずとも気付いていたらしい。

 

「者共!!よーく見るがいい!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が、邪を祓うぞい!!」

 

マカロフの声を耳に入れながら、ドラゴノイドの方へとよく目を向けてみる。先程顔の部分に鉄拳で突き破りながら入っていったナツが今度は頭の部分を突き破って出てくる。そして、操縦をしていたダフネの元へと、とうとう到着し、その席へと入り込んでいく。燃え上がる激情のままにダフネのあの手この手をすべて壊しながら迫りくる姿を垣間見て、ダフネは恐怖に引き攣った表情でナツを見た。

 

「何でも隠しちまう技、使ってみろよ…。どんどん力が湧いてきてんだよ…!テメェの魔法じゃ隠し切れねぇ程になぁ!!」

 

そう言いながら炎を発し、更に勢いは膨れ上がる。その時ダフネは確かに目にした。ナツの後ろに控えるかのように、赤い炎を思わせる身体、強靭な爪、大きく広げた翼、そして剥けられる強大な牙。何という恐ろしさ、何という猛々しさ、あの時見たものよりも上回るほどに、圧倒的な存在感。

 

「(ああ…やっと、会えた…!)」

 

恐怖、畏怖、あらゆる怖れを抱きながらも、彼女はそれ以上に感激した。あの時見たものは、やはり本物だった。造る事でしか会えないと思っていた存在に、また会えた。自分が行きついた結論を実現こそできなかったが、その根底にある願いは、叶えられた。

 

「イグニールに謝りやがれぇ!!ドラゴンもどきがぁあっ!!!」

 

炎を纏った鉄拳を受けたドラゴノイドの頭は、その衝撃を受け止めきれずに、全体と共に大爆発を起こして崩壊した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「結局、ドラゴノイドの弱点ってのは…」

 

「動力源である、ナツそのものだった…か」

 

夜もすっかり明けて、崩壊したドラゴノイドも含めて太陽がマグノリアを照らし出す。ダフネを担いでその場に立っているナツを見据えながら、シエルはグレイとそんな風に結論を呟いていた。怒るたびにオーバーヒートを起こす動力源など、確かに弱点そのものだ。

 

「グレーイ!テメェよくもやってくれたな!?」

 

「元々テメェのせいだろーが!!」

 

突発的に昨日の出来事を思い出したのか、ナツが担いでいたダフネを放り投げてグレイに突っかかる。しかしグレイからすれば元々大事な約束も忘れていたナツの方が原因だろ、と言いたい話である。結局いつも通りの喧嘩の始まりである。

 

「そうだ!あとシエル!お前散々好き放題言ってくれやがったな!?」

 

「あ、あれ?ガジルが日頃愚痴ってた内容そのまま言っただけだよ?」

 

「おい!さらっと人に擦り付けてんじゃねぇ!!」

 

「んだとガジルコラー!!」

 

「信じんな!!」

 

ナツを怒らせるために色々と口にしていた暴言を、息をするように嘘をついてガジルに擦り付ける。怒りで単純になっているナツが本人に食って掛かると、ナツとグレイ、ガジルの三つ巴で喧嘩が勃発した。見慣れた光景に一人加わったことで、周りの魔導士から笑い声が起こる。

 

「みんな楽しんでるみたいだけど、あんまりいじめたりしちゃダメよ、シエル?」

 

「節度はわきまえてるよ。それに、俺は仲間の幸せの為なら、どんなことだって利用するやつだからね」

 

眉根を下げながらも笑みを浮かべているミラジェーンにそう言うと、彼女は「あらあら」と少し肩を竦めた様子で返す。だが自分をこんな風に言ってはいるが、大事なところでは仲間の為に、仲間以外のものを犠牲にしてでも尽力し、戦おうとしていることを知っている。治りかけている彼の右手も、その証拠の一つだ。

 

だがミラジェーンはこうも思う。ギルドの仲間たちは、誰か一人でも欠けるようなことがあってはいけない。だからこそ、自らが守ろうとしているものの中に、自分の事も入れてあげてほしいと。残された者の辛さを、彼女は痛いほど知っているから。

 

「あっそうだ…!」

 

シエルがふと、周りに視線を向けてみると、エルザがウェンディたちに歓迎のケーキをプレゼントしているところを見た。そこで思い出した。昨日は自分も、彼女に同じようなものを贈ろうとしていたことを。

 

「こ、壊れたりしてないよね…!?」

 

彼女に贈ろうとと考えていたプレゼントが入った包装紙を懐から取り出し、恐る恐る中身を確認する。店の前で見た時と変わらないまま包まれていたのを確認したシエルは、ほっと胸をなでおろす。

 

「ウェンディ、実は俺からも…歓迎の印に」

 

そして、ケーキを受け取って嬉しそうな表情を浮かべているウェンディに、シエルは近づきながら彼女に贈るプレゼントを両手に抱えてそれを示す。

 

「え、シエルも、私に…!?」

 

エルザに続いて渡されるとは思わなかったのか驚いた様子を見せながらも、渡されたケーキを一度エルザに預かってもらい、彼女はシエルから手渡されたそのプレゼントを受け取る。「開けてみてもいい?」と聞かれれば勿論と言う意思も込めて首を縦に振る。

 

「わぁ…!シエル、ありがとう!」

 

開けた中身をその目にすると、気に入ってくれたのがよく分かる笑顔でお礼を告げてくれた。その笑顔が眩しくて、飛び跳ねて喜びそうになるのを押さえながらも「どういたしまして!」と返す。贈って本当に良かった。心からそう思える。

 

波乱のある二日間となってしまったが、今回の件で、更にギルドの家族に絆が芽生えたと思える。これからもその絆が失われないように、もっともっと、強くなっていこうと改めてシエルは思った。

 

目の前の少女を、自分の力で守れるように…。




おまけ風次回予告

シエル「ナツー!大変だよー!」

ハッピー「とんでもないことになっちゃったんだ!」

ナツ「ん?どうしたんだよ二人揃って?」

ハッピー「落ち着いて聞いてよ?実は…!」

シエル「オイラたち、入れ替わっちゃったんだ!!」

ナツ「…は?」

ハッピー「ハッピーの姿をしてるけど、俺はシエルだし!」

シエル「オイラがハッピーなんだよ~!どーしよー!!」

ナツ「いや…今時そんなことで引っかかる奴いるかぁ?」

シエル・ハッピー「「ホントだってばぁ!!」」

次回『チェンジリング』

ナツ「まあ、とりあえずメシでも食って落ち着けよ。なんか食いたいもんあるか?」

シエル「勿論肉ー!」
ハッピー「勿論魚ー!」

ナツ「…どうせやるなら最後までやれよ、お前ら…」


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第70話 チェンジリング

大変長らくお待たせしました。まさか丸一日かかるとは…。

そして二話分の長さと言いましたが、文字数まさかの3万字超えです。ビックリしましたよ…前後編わけるべき?とか考えたぐらいに…。お時間があるときにどうかお読みください…。

あとすっかり設定忘れてましたが、現時点を以ってアンケートを終了といたします。たくさんのご投票、ありがとうございました!
結果は次回予告にて発表とします!


物語の舞台となっているフィオーレ王国。この世界では、魔法が人々の生活に根付いている。

 

だがしかし…今回お見せするのはとても不気味な魔法。この魔法が出ている間、あなたの意識はあなたの身体を離れ…魔法の中へと、入っていく…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

マグノリアに襲撃を仕掛けてきた科学者ダフネ、そしてドラゴノイドの騒動が収束した翌日。ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)では、仕事に向かった者がほとんどなのか人数はまばら。時間から見ると、まだギルドに来ていない者たちもほとんどかもしれない。その証拠に、ギルドで一番の新人である藍色髪の少女も、住まいにした女子寮からの徒歩で、たった今ギルドに到着したところである。

 

「おはようございます」

 

「あ、おはよう!ウェンディ…おお!」

 

ギルドに足を踏み入れ、一番近いテーブルに座ってエルザと雑談をしていたルーシィに向けてウェンディが挨拶をすると、振り向きながら返したルーシィは、彼女の姿を目にして驚くと同時に感嘆の声をあげた。

 

服装は、彼女がギルドに来た日と同じく緑のワンピースに近いものだ。だが特筆すべきは彼女の藍色の髪の部分。サラサラとしたきれいな長い髪を、いつもとは違って、左右てっぺんにそれぞれ赤い髪留めを用いて二つくくりに…ツインテールに仕上げていた。昨日までの彼女とはさらに打って変わった異なる印象を与えている。

 

「いつもと髪型変えたんだ!うん、こっちも似合ってるよ!」

 

「ありがとうございます」

 

ルーシィに褒められたウェンディが、照れくさそうに、でも嬉しそうにはにかんでお礼を返す。エルザも今のウェンディの髪型も似合うという感想を抱いたが、ツインテールを作っている赤い髪留めを見て、彼女は昨日の明け方の事を思い出した。

 

「もしやそれは、昨日シエルがプレゼントしたものか?」

 

「そうなんです!折角なので、早速つけてみました」

 

「オスガキにしては、悪くないものとは思ったけど、やけに気に入ったようなのよね…」

 

「へぇ~、シエルがねぇ~!」

 

シエルがウェンディのために用意し、プレゼントしたもの。それが今彼女がつけている赤い髪留めだ。プレゼントした翌日…渡したのが明け方だったためにタイムラグがあったものの、つけてみたところ、彼女自身も大いに気にいる出来栄えに仕上げられたようだ。

 

シエルからプレゼントされたことと、それを身につけていることを知ったルーシィが分かりやすく口元に弧を浮かべているが、それが何を意味しているのかまではウェンディは分からない。

 

「何よその顔。このコに変な影響与えないでくれる?」

 

「そんなつもりもないわよ!」

 

そんなルーシィの顔を見て何を思ったか、目を細めながら謎の忠告を告げるシャルル。まるで今のルーシィの表情がウェンディに悪影響を与えると言っているかのような言葉に、思わずルーシィがツッコミを入れる。「それはともかく…」と咳ばらいをしながらルーシィは再びウェンディへと視線を戻す。

 

「シエルにはもう見せたの?」

 

「いえ、まだです。これから改めてお礼を言おうと…」

 

「じゃ、今からでも行ってきたら?あそこにいるの、見えるでしょ?」

 

ルーシィがそう言いながら指をさした方向は依頼板(リクエストボード)。その前に立って依頼を探している様子のシエルを示してあげれば、ウェンディも気付いた様子でルーシィに一言礼を告げた後、彼の元へと真っすぐ向かって行く。

 

「ちょっと…余計な事しないでくれないかしら?」

 

ウェンディがシエルの元へと向かって行った直後、翼を出してルーシィの近くへと飛行しながら近づき、ルーシィに再びジトリとしたような目を向けながらそう告げる。それを聞いたルーシィは、一瞬どういう事かと考えが過るがすぐさま納得した。ウェンディの相棒と言う立場にいるシャルルにとって、少なくとも現時点でのシエルは彼女に近づかせたくない存在だ。彼の第一印象が何よりシャルルにその考えを固定させている。

 

「そりゃあ、確かにシエルってイタズラ好きだし、人をおちょくるようなことも言ってくるけど、悪い子ではないのよ?」

 

「だとしても、どうも気に食わないのよ、あいつ」

 

彼女なりにフォローはしてみるが、肝心のシャルルの返答は素っ気ないものだ。腕を組んでそっぽを向きながら、視界に入ったウェンディとシエルの様子を見て、顔をさらにしかめながら、間に割って入るつもりかそのまま二人の元へと飛びながら向かって行った。

 

「ウェンディとは仲良くなれたみたいだけど、シャルルは一筋縄じゃ行かなさそうね」

 

「何、同じ時を過ごしていれば、おのずと壁もなくなるさ」

 

これからシエルの片思いが実るには、意中の相手であるウェンディよりも、シャルルとの間にある壁の存在が彼にとっての難関になるだろう。今から待ち受けているであろう前途に、ルーシィは思わず苦笑を浮かべる。対照的に、エルザはゆっくりと今後を考えているような返答をした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「シエル、おはよう!」

 

「ああウェンディ…おは…!?」

 

依頼板(リクエストボード)の前で依頼を選んでいる最中のシエルに横から声をかけるウェンディ。彼はそれにすぐさま気付くと、挨拶を返すと同時に彼女へ視線を向ける。だが、その言葉は途中で不自然に途切れてしまった。

 

昨日の明け方に自分がウェンディへとプレゼントした赤い髪留めを用いて、ツインテールに髪型を変えている姿。その姿があまりにも愛らしく魅力的で、頬が真っ赤に染まり、息も呑みこむほどだ。その様子を見て、ウェンディは今の自分の髪に気付いたことへの反応と解釈し、はにかむように笑みを浮かべながらこう言った。

 

「プレゼント、ありがとう!早速つけてみたんだけど、どう?変じゃないかな?」

 

「あ、えっ、と、はい!とっても、似合ってマス!」

 

両手を止めている髪のてっぺん近くまで掲げながら尋ねた言葉に、しどろもどろになりながらもシエルは答えた。だが何故か微妙に片言で敬語交じりになっている奇妙な言動に、ウェンディの頭の上に疑問符が浮かぶ。

 

だがこうなるのも無理はない。今のシエルは『自分がプレゼントしてくれた髪留めを早速使ってくれているうえに、今までとは違う髪型をこちらに見せてくれている』と言う、本人からすれば喜びで打ち震えて延々とその衝動を叫びたいとさえ思える出来事だ。改めて思う。本当に贈ってよかったと。

 

何とか気持ちを落ち着かせたシエルが髪留めをつけたことで違和感を感じたりしていないかどうか聞いてみると、特に問題はなさそうだと返答も帰ってくる。更に安心した。プレゼント贈りは大成功と言っていい。

 

「そう言えば、何か依頼は見つかったの?」

 

「ああ、そうだね…。いくつか候補はあるんだけど、まだ絞り切れてなくて」

 

依頼板(リクエストボード)の方へと視線を移しながら、今日受けようと考えている依頼の話題を始める二人。シエルは既に行けると判断している依頼をいくつも候補として頭に入れているらしい。ウェンディにとっては、まだどの依頼も自分に出来るかどうか不安要素が多いというのに、さすがの一言だ。自分よりも歳は少し上、そしてギルドにいる時期も長く、実力も到底及ばない。

 

「やっぱりスゴイなぁシエルは…。私、まだ全然お仕事できていないよ…」

 

不甲斐ない。まさにその言葉に尽きると言わんばかりに溜息を吐きながら嘆くウェンディを見たシエルは、これを逆に好機ととらえる。頭の上に電球のエフェクトが見えるような閃きが、脳裏に浮かんだ。

 

「じゃ、じゃあ!俺と一緒に行かない!?最初のうちは誰かの依頼に同行して、経験をつけていくもんだし!!」

 

さり気無くウェンディとの仕事を取り付けようとする。共にしていけばより彼女と親しい間柄になれる。少々打算もありきであったが、ウェンディを支えたいという気持ちも本当だ。シエルからの提案にウェンディは驚きを見せながらも、そのお言葉に甘えようと返事しようとする、が…。

 

「やめておきなさい、ウェンディ」

 

「シャルル?」

 

シエルたち二人の間に割り込むような形で言葉を挟みながら、白い翼で飛行しながらシャルルは告げた。思わぬ存在からの思わぬ言葉に思わず何故かと聞き返すと、細くした目をシエルに向けながら答える。

 

「このオスガキのことだから、そこらの盗賊とか山賊を相手にイタズラと称して甚振る光景とか見せられるわよ、きっと」

 

「俺の事なんだと思ってんの!?」

 

何やら言いがかりに近いような偏見を持たれている気がする。さすがのシエルもこれには抗議の声をあげずにはいられなかった。だが「ニルヴァーナの時、アンタ自分が闇ギルドの奴に何したか忘れたの?」とジト目そのままに告げられれば、思いっきり心当たりのあるシエルは二の句が告げなくなった。そりゃそうだ。

 

「シャルル、シエルは確かにイタズラが好きみたいだけど、私たちの事をちゃんと考えてくれているのは間違いないと思うよ?」

 

「どうかしらね」

 

何も言い返せなくなったシエルの代わりに、ウェンディが窘めるようにシャルルに注意する。だが、シャルルは取り付く島もなさそうな態度のままだ。やはりまだまだ信用が足りていない。先は長そうだと、シエルは乾いた笑いで視線を依頼板(リクエストボード)に戻した。

 

「…ん?あれは…」

 

すると、ボードの端の方に、妙な依頼書が貼ってあることにシエルは気づいた。思わずそこに注視して近くまで移動すると、気になったのか、ウェンディとシャルルも同様の依頼書に目を向ける。その依頼書にはこう書かれていた。

 

『この文字の意味を解いてください。解けたら50万J(ジュエル)差し上げます』

 

「って、50万!?」

 

「文字の意味を解いたら50万って…スゴイね!」

 

「何だか胡散臭いわね…」

 

「確かに、一見簡単そうに思えるけど…あまり都合がいいわけでもなさそうだよ」

 

文字の意味を解くだけで50万もの報酬。それだけを聞くと簡単な割に超お得と言える依頼。もしくは誰かのイタズラとして貼り出されたもの、と言う認識のどちらかになるだろう。だが、シエルはその依頼書から50万の価値を彷彿とさせる要素を一つ見つけていた。

 

黒塗りにされた書面に白い文字。そして、中央に大きく書かれた逆三角形の上二つの角には大きな目。中央には全くもって見慣れていない文字の一文。全体的に不気味な印象を思わせる。

 

その中の、逆三角形の中央に書かれた文字の一文が、シエルが見つけた鍵である。

 

「これ、古代文字だよ。しかも恐らく、数がそれほど多くなかった当時の部族が使っていたものだ」

 

「え、分かるの!?」

 

「古代文字について書かれた本を、昔読んだことがあるんだ。これも確か読んだことある気がするんだけど…何だったかな…?」

 

依頼板(リクエストボード)から依頼書を外し、近くのテーブルで囲むようにして依頼書をまじまじと見てみる三人。シエルの記憶の中では、確か読んだことがあるような気がしたが、これが古代のどの文字で、どのような意味を持った言葉なのかは明確に思い出せない。

 

「何々?古代文字って聞こえたけど」

「やけに騒々しいな…」

 

「おお!50万だってよ!スゲーな!」

「あい!」

 

話を耳にして気になったのか、最強チームとして行動している魔導士たちが次々と集まっている。声を発しはしなかったが、グレイやペルセウスも含めてだ。

 

「う~ん、ギルドの書庫の中にあった、かな?俺、ちょっと探してみるよ」

 

「あ、あたしも手伝おっか?」

 

「大丈夫。ちょっとした記憶から探す方が早いから」

 

そう言ってシエルはテーブルから離れて書庫の方へと足を向ける。成り行きでルーシィの隣に近づいたグレイが身を乗り出して依頼書の古代文字を見ると、途端に顔をしかめた。

 

「見つけたとしても読めんのか、これ?」

 

「少しでも手掛かりがあればきっと…っ!?」

 

グレイの言葉に返そうとしたルーシィが彼の方に目を向けた途端、彼女の口元は引き攣って顔を青ざめさせた。その様子にグレイが怪訝な表情を浮かべているが、彼女はそれどころではない。何故なら…。

 

「(グレイ様に近づきすぎ…!やっぱりルーシィは恋敵…!?)」

 

「何か、また盛大な勘違いをされてる気が…!」

 

結果的にグレイと距離が近かったことにより、音もなく近づいてきていたジュビアがルーシィを怨嗟のこもった目で睨みつけていた。こんな目を向けられたら、本人じゃなくてもビビる。

 

「なあ、横に書いてあるのは現代語訳じゃないのか?」

 

「あ、そうですね、こっちは読めるみたいです」

 

「ホントか!?どれどれ…?」

 

依頼書をよく見てみると、右側には、中央に書かれている一分の現代語訳が書かれているそうだ。ペルセウスがそれに気付いて指摘すれば、ウェンディとナツも、それに気付いて注視してみれば確かに読めるように書かれた状態で単語が記されている。

 

「ああ、それ迂闊に読まない方がいいよ。古代文字って大抵その言葉を告げるだけで色んな魔法の効果が発揮されるから…」

 

「何々?『ウゴ、デル、ラスチ、ボロカニア』…だぁーっ!全然分かんねーっ!!」

「全く聞いてないわよ、あいつ…」

「迂闊に読むなっつったろバカぁ!!」

 

書庫に向かおうとしているシエルからの忠告を右から左に受け流し、口に出してそのまま読んだはいいが意味が分からずに騒ぐナツ。シャルルの呆れたような声とシエルの怒号を皮切りに、依頼書の近くにいた者たちの身体が、突如虹色に輝き始めた。

 

「何だありゃ?」

 

「最近の若いもんはスゲーな~。日頃から輝いて見えるとは思っちゃいたが、虹が出てくるほど輝くのか」

 

「それ、なんか違うだろ」

 

マカオとワカバのおっさんたちによるジョークはともかく。何やら虹の光を発した者たちは皆一様に呆けたような表情を浮かべながら固まっている。

 

そして、依頼書に記されていた()()()()()()が収まった時、呆然としていた者たちに、奇妙な現象が起こり始めた。

 

「っ…!さ、寒い…!何これ…体の中が異様に寒いぃ…!!」

 

と、両腕で身体を抱えて震わせながら、青ざめた顔でグレイが言葉にした。だが彼は氷の造形魔導士。寒さなどへっちゃらのはずだ。

 

「な…何か…重てぇ…!何か胸の辺りが非常に重てぇ…!こ、腰にくる…!!」

 

次に異常を告げ始めたのはルーシィ。だが、何やら普段の彼女と比べて声のトーンが低いし、口調もどこか荒い。胸の辺りが重い、と言うのは多分いつもの事のはずだが…?

 

「うっ!?な、何でしょう…?お腹の中が凄く熱い…!?まるでマグマのような…?」

 

今度はナツ。全身から汗が出てき始めて、両手で腹部を押さえている。腹部の中…つまり普段から食べたり、魔法として放出する炎の事だろう。だが、炎の熱さなど彼から見れば日常茶飯事のはず。

 

「ん?あれ、何だ雨漏りか?やけに雨粒が降ってくんな?」

 

すると今度はジュビアの上空だけ局地的な雨が降り始め、彼女のいる位置に、次々とギルドの屋根から雨漏りが落ちる。確かに彼女は以前高すぎる魔力が原因で雨女になっていたことがあるが、今では制御が出来ていたはずだ。しかも、彼女の上空のみなんて、妙に器用な真似、どうやって…。

 

「な、何?この感じ…随分空気の流れが伝わってくるような…なんか、モヤモヤするって言うか…」

 

少し離れた位置にいたシエルも、どこか様子がおかしい。顔をしかめながら手をこすったり顔に手を置いたりしている。だがそれと同時に何か違和感を感じたのか「ん?」と声を漏らして恐る恐る両手をその目に移す。

 

「あ、あれ?何か、いつもよりも視線が低いような…声も随分高い…って!?」

 

次に言葉を発したのはシャルル。首を動かしながらキョロキョロと視線を動かし、声に異常を感じたのか手(前足)を首の部分までもっていくと、肉球のついた己の手を見て驚愕を露わにしている。

 

「え、え?私、いつの間にこんなに背が高く…?でも、声は低い!?どういう事!?」

 

そしてペルセウス。普段の彼から想像もつかない弱気な印象を感じさせる表情と少しばかり高くなった声に、自分自身で何やら混乱しているようだ。

 

「どうなってんだ?なんか全員妙な感じになってるが…」

 

「一体何を騒いでいる!!」

 

突如異常な反応を示し始めた魔導士たち。それに対してただただ混乱しているマカオの言葉に被せるかのように、凛としたような口調で場を収めようとしている存在がいた。

 

 

 

机の上で仁王立ちをしながら表情をキリっとさせている青ネコ・ハッピーだった。何か、エルザみたいなセリフと佇まいなのだが…当のエルザはと言うと…。

 

「わぁ~!ナツ、見て見て~!」

 

「え、いや、あの…?」

「ん?何だよハッピー?」

 

「オイラの胸にカッチョイイおっぱいが二つ付いてるよ~!ほら、ほら!」

 

どこか子供らしい喋り方でナツの元へと駆け寄り、どこか困惑した様子のナツと、何故か反応したジュビアの前で、鎧を脱いだ普段着の姿のまま両手で自分の胸を持ち上げて披露している。ある意味男性陣にはご褒美だ。

 

「やめんかぁー!!」

 

それになぜか腹を立ててエルザ目掛けて飛び蹴りを放つハッピー。しかし、瞬時に鎧姿に戻ったエルザの甲冑にぶつかったことで、エルザにはノーダメージ、ハッピーのみが固い鎧の餌食となってしまうだけとなった。

 

何なんだこのネコ型体型は。と言うかこれはネコそのもの。自分は換装をした覚えなどないのに。と言った言葉が、落ち込んでいる様子のハッピーの口から出てくる。

 

「お、俺もいつの間にか…ネコになってる…!手に肉球、耳が頭の上、毛が真っ白で、更には尻尾!!どーしよ兄さん!これ、どうなってるの!?」

 

「え、シャルルってお兄さんがいたの?」

 

そしてもう一匹のネコであるシャルルも、何やら自分がネコではなかったかのような口ぶりで今の自分の状況を口にしている。そして、ペルセウスの方に向けて叫んだ“兄さん”と言う言葉に、シャルルに兄がいたことにどこか驚いた様子で尋ねてみれば、彼女とは別の存在がそれに返答をした。

 

「何言ってんの?いるわけないじゃない」

 

そう答えたのは、どこか憮然とした表情を浮かべ、何故か口調が女らしくなっているシエルだ。「てか、何で私は人間っぽい体になってんのよ?と言うか…イヤなやつと妙に似ているような…」とブツブツと呟きながら自分の手足をまじまじと見ている。それを視界に入れたシャルルは、まるで雷に撃たれたような衝撃の光景を目の当たりにしたかのような表情を浮かべる。

 

「お、俺ーーっ!?」

 

「へ?」

「は?」

 

シエルへと指さしながら叫んだシャルルに、同時に呆けたような声を発するファルシー兄弟。当人たちも、外野から見ている者たちも、何が起こっているのかさっぱり分からない状態である。

 

「これ一体どーなってんのよ!?なんだかとっても寒いー!!」

 

「寒いのですか、グレイ様!?逆にジュビアは今とっても熱いんです!ジュビアが暖めてさしあげます!!」

 

「は!?え、ちょっと何言ってんのアンタ!?」

 

更に状況はカオスを極める。何を血迷ったのか熱がっているナツが、寒がっているグレイを熱してあげようと両手を広げて近づいていく。謎の身の危険を感じたグレイが逃げ回って、傍から見ているルーシィの顔が青ざめている。ホントに何がどうなっているのやら。

 

と、さらに混迷を極めようとしていたこの状況を落ち着かせる…と言うか判明させる一言がハッピーから告げられた。

 

「まだ気付かぬのか!?私たちの心と体が…入れ替わっている!!」

 

『…えええぇぇぇっ!!?』

 

そこでようやく状況が少しばかり理解できた。心と体の入れ替わり。だから先程から普段とは違う奇妙な言動が続いていたわけだ。その事実をはっきりと宣言したハッピーにジュビアがすかさず近づいて確認をとろうとする。

 

「どういう事だ、ハッピー!?」

「私はエルザだ!!」

「ハッピーはオイラだよ~!ジュビアヒドイよー!!」

「あー、もううるさい!アンタは黙っててオスネコ!」

 

思わず外見通りの人物の名を呼んだジュビアが、ハッピーが入っているらしいエルザから抗議の声を受ける。だがこのままだと話が進まないと判断したのか、シエルが彼女を黙らせる。口調から察するにシャルルだろうか。

 

「と、とにかくまずは、状況を整理しよう!誰が、誰の体に入っているのか、確認しないと!」

 

まずするべき確認をとるために、シャルル…の中にいる事が分かったシエルが即座に冷静に対応を始める。その甲斐あってか、ひとまずは誰が誰と入れ替わっているのかを特定することが出来た。内訳は以下の通りだ。

 

シエル と シャルル

ナツ と ジュビア

グレイ と ルーシィ

ペルセウス と ウェンディ

ハッピー と エルザ

 

「まさか…私があろうことか、ハッピーと入れ替わってしまうとは…!」

 

「何で『あろうことか』なんだよ~!」

 

内訳を整理して説明を終えたシャルル…否、シエルがギルド中にそれを周知させると、さすがに予想外だったのか衝撃が走り、驚愕の声を上げさせる。そして改めて事実を確認したハッピー…否、エルザが項垂れながら告げた言葉はエルザ…もといハッピーにショックを与えることになった…。

 

何だか、誰かの体に入った誰かが行動するたびに、色々な意味で消耗している気がする…。

 

「おい!」

 

「どうしたのシャルル…じゃなくて、シエル、だっけ?」

 

「あ、ううん、何でもない、大丈夫…」

 

シャルル(シエル)に何かしら怒られたような気がするが、話を続けよう。ちなみに今彼を案じて声をかけたのはペルセウス(ウェンディ)だ。

 

「冗談じゃないわよ!何でよりによってオスガキと入れ替わっちゃったわけ!?てか、何をどうしたら心と体が入れ替わるのよ!」

 

シエル(シャルル)が怒り心頭と言った様子で叫んでいると、何かを思い出したのか「まさか…!」とシャルル(シエル)が依頼書が置いてあったテーブルの方へと駆け出す。それに周りが期待を込めたような目を向けながら見守っていると、彼は何故か、テーブルの前で立ち止まって、突如その場を何度もジャンプし始める。

 

「…何やってんだシャルル?」

 

「いや、今はシエルだから」

 

ジュビア(ナツ)グレイ(ルーシィ)がそう言っている間にも、ジャンプを続けていたシャルル(シエル)であったが、突如それを止めて、膝に手を置きながら息を整える。何をしたかったのか、そんな思いを視線を一同が向けていると、徐にネコの体を借りた少年は告げた。

 

 

「登れない…!」

 

「じゃあ最初から言え!!」

 

小さいネコの体になってしまった宿命か。テーブルの上に乗ることも出来ずにただ体力を消耗するだけだった。ペルセウス(ウェンディ)が彼の体を抱え上げたことで、ようやくテーブルの上に戻ることに成功する。

 

そして、先程まで囲っていた依頼書に記された中央の一文に目を通せば、突如彼によみがえってきた記憶と、確かに合致した。

 

「思い出した!これは『古代ウンペラー語』…!ってことは、言語魔法の一つ『チェンジリング』のせいだ!」

 

『チェンジリング!?』

 

シャルル(シエル)が告げた魔法の名。それこそが、今起こっている人格と体が入れ替わっている現象の原因だ。

 

『チェンジリング』―――。

この魔法は、ある呪文を読み上げると、その周囲にいた人々の人格が入れ替わってしまう。依頼書に書いてあったのは、まさしくそのチェンジリングを発動させるための呪文だった。

 

「こう言った言語魔法は、呪文を直接口に出さなければ効果は発揮しないんだ。けど、ついさっき…」

 

シャルル(シエル)が説明を続けるとともに、先程起こっていたあの出来事を振り返った。それは人格が入れ替わる直前…と言うよりその原因となったあの出来事。その中心にいた人物が中にいるであろう水魔法の使い手である少女の体へと目を向ける。

 

「おい、今お前がナツなんだよな?」

 

「あ、ああ」

 

ジュビア(ナツ)に近づきながら、念のために確認をしてルーシィ(グレイ)がその肩に手を置く。そして、ジュビアの中身がナツであることを確認すると、ルーシィ(グレイ)ジュビア(ナツ)の胸蔵を掴んで怒りを露にした。

 

「テメェ!何てことしやがった!!しかもシエルから言われた矢先だったのに!!」

 

「知るか!依頼書ちょっと読んでみただけじゃねーか!!つーか雨の音うるせーんだよ!!」

 

「それこそ知るか!!」

 

ナツとグレイの喧嘩などギルドの中では日常茶飯事なのだが、今傍から見ればルーシィとジュビアが思い切り暴言を叫びながら喧嘩をしている図だ。前者よりもやけに怖い気がする、と入れ替わっていない組は恐々としている。

 

「あの…あたしは、こっちの方が遥かに怖いんですけど…」

 

と、寒さ以外の理由でも顔を青ざめた様子のグレイ(ルーシィ)が指し示した先を見てみれば、誰もが恐れおののくような光景が広がっていた。その原因は…。

 

 

 

 

 

「恋敵ィ…!!何故ジュビアがナツさんで、ルーシィがグレイ様と入れ替わったの…!?今グレイ様の体にルーシィが、ルーシィの体にグレイ様が…心と体もグレイ様と一心同体になれるなら、ジュビアの方が大歓迎だったのに…!!恋敵、恋敵、恋敵ィイ……!!!」

 

先日のドラゴノイドの一件でダフネに向けていた怒りを軽く超えるような超高熱の炎を身体から発し、グレイの体を独占しているルーシィに向けて延々と呪詛の如き恨み節をブツブツと呟いているナツ(ジュビア)の姿。確かにヤバい、色々とヤバい。

 

「オスガキ!他に何か思い出せないの!?元に戻る方法とか!!」

 

「う~ん…確か、人格は入れ替わるけど、魔法はその身体が使っている物が適用される、とか…あと…」

 

「あと!?」

 

シエル(シャルル)がチェンジリングについて他に思い出せることが無いか自分の体に入っている少年に詰め寄るが、絞り出した記憶から現状を解決する策が思い出せない。何かなかっただろうか。捻りだした記憶から、シャルル(シエル)が次々と口にしながら小さく呟くと、途端に衝撃を受けたかのように彼は絶句する。

 

「何、一体どうしたの?」

 

「…思い出した…てか、思い出してしまった…!」

 

まるで思い出してはいけなかったこと。元に戻す方法どころか、入れ替わっている者たちを地獄に叩き落とす現実を、思い出してしまったのだ。

 

「30分…!」

 

「30分?30分経てば戻れるの?」

 

「違う…!この魔法は30分以内に呪文を解除しないと…

 

 

 

 

 

未来永劫、元に戻ることはない…なんて説が、あったっていう記述…」

 

誰もがその事実に絶望を示した。何故そんな迷惑な記述や事実ばかりが明かされるのか、そもそも何て迷惑な魔法なのか。

 

「あ、あれから何分経った!?」

 

「16分。あと14分ね」

 

「ちょ、既に半分切ってるじゃないの!!」

 

説明を聞いてすぐさま、ミラジェーンに時間を聞いてみれば残り時間が半分も過ぎていることにさらに焦りが助長される。思わずジュビア(ナツ)シャルル(シエル)の肩の部分を両手でつかみ、前後に振って揺らし始めた。

 

「シエルー!思い出せ!なんかあっただろ、元に戻る方法ぉー!!」

 

「そ、そんなこと言われてもぉ~!!」

 

「ちょっと!私の体に乱暴しないで!!」

 

中身は違うとはいえ、自分の体がぐらぐら揺らされ首が上下にガタガタしている光景はいやだったらしいシエル(シャルル)は、そんな彼を止めようとする。

 

「何じゃ、やけに騒々しい」

 

するとギルドの入り口から、ずっと外出していたらしいマスター・マカロフが、今しがたギルドに帰ってきた。今までどこに行っていたのかと言うと、昨日起きていたドラゴノイドの一件について、評議院に報告するために出かけていたらしい。

 

「ふむう、なるほどのぅ…チェンジリングか…」

 

「元に戻る方法はないのですか?」

 

「う~む、なんせ古代魔法じゃからのう。そんな昔の事はワシもよう…知らん!」

 

チェンジリングの事についてはさすがと言うか、マスター・マカロフも知っていた。だが残念なことにそんな彼をもってしても元に戻る方法は知らないという。更なる絶望となって被害者に重くのしかかってくる。

 

「なんてこった!ええい、こうなったら!!」

 

「いやーー!!ちょっと、それだけはやめてぇーーっ!!」

 

絶望に耐えられなかったのか、身につけている服を脱ごうと裾に手をかけるルーシィ(グレイ)。だが勿論それを見て見ぬふりなどできないグレイ(ルーシィ)が無理矢理に止めようとする。中身はグレイだから脱ぎ癖も中の人格に影響されているらしい。外野の男性陣が期待の眼差しを向ける中、再び嫉妬の炎を燃やしているナツ(ジュビア)もいたりと、かなり無茶苦茶である。

 

「…あれ?そう言えば…今私はペルさんの体になってるんだよね?」

 

「そうね…それが何?」

 

するとペルセウス(ウェンディ)が徐に口を開いて改めて自分の状況を確認する。いきなりどうしたのかとどこか憔悴した感じでシエル(シャルル)が返せば、ウェンディはずっと疑問にしていたある事について聞いてくる。

 

「私と今入れ替わってるはずのペルさんは?さっきから声も反応もないみたいだけど…」

 

そこで近くにいた者たちも気付いた。そう言えば。藍色の髪をツインテールにした少女の体に入っているはずの神器使いは、今どうしているのだろう?チェンジリングが発動してから全然反応が返ってきていない。周囲を見渡せば小柄の少女の姿となった兄を、いち早くシャルル(シエル)が見つけた…が。

 

「いるわけない…いるわけナイ…イルワケ、ナイ…」

 

何故か誰よりも絶望した様子で、ギルドの隅っこで体育座りをしながら同じ言葉をブツブツと呟いている。その時誰もがこう思った。

 

『一体何があった!!?』

 

思わず目にした全員が心に思ったセリフを叫び、絶望する兄の様子から何かに気付いた弟がすぐさま声をあげる。

 

「そうか!入れ替わったことに気付いていない状態で、俺の体に入っているシャルルが『兄なんているわけない』って口にしたのを聞いて、大きなショックを受けたんだ!」

 

「それかなり前のセリフよね!?今までずーっとあそこでうずくまってたわけ!?」

 

入れ替わったすぐ後に聞いたシエル(シャルル)の言葉がどうやらかなりのショックだったようだ。そりゃあ、己の命よりも大事な弟から「兄なんていない」なんて言葉を聞かされようものならショックもデカい。

 

「な、なるほど…体が入れ替わる魔法か。シエルたちも、俺もその魔法の影響を知らずに受けていたという事だな」

 

「知らずに受けたというか、あるバカのせいでね」

 

あの後シャルルの体をした弟が必死に慰めて説明をしたことでどうにか持ち直したウェンディ(ペルセウス)。体は小さくなったのに普段の佇まいが落ち着いているだけに、これまでのウェンディからは想像できなかった印象を与えられている。逆もしかりだが。

 

「何かしらの違和感とかはない?大丈夫?」

 

「視界が大きく下がって少々混乱はするが、あとは特にないな。強いて言うなら体が凄く軽くなったのと、時折体のどこからか風が吹き出るくらいか」

 

「言った傍からスカート捲れてるわよ!?」

 

「ペルさん、隠してぇ!!」

 

シャルル(シエル)から体に異常がないかどうか問われると、比較的冷静に今の体について分析をする。だが本人からすれば、特にデメリットに感じる部分はほとんどないようだ。だがそんな説明をしている間に、下の方から風が出てしまったのか、彼女のワンピーススカートの後方側が捲れあがってしまっていた。それに気付いた兄弟に入っている少女とネコがすぐさま指摘すると「うお!?すまん!」とすぐさま両手で抑える。

 

兄の前方にいたシャルル(シエル)は、幸か不幸かそのスカートの中は見えなかった。安心したような、残念なような…。あと一つ言えるとしたら、ガン見ていたウォーレン、後で覚えてろ。

 

「ウェンディは天空魔法で風が出るから、それで風も出てくるんだね。あ、そっか!」

 

「は、ハッピー!?何を…!!」

 

何かに気付いた様子のエルザ(ハッピー)。嫌な予感を感じてすぐさまハッピー(エルザ)が止めようとするが、もう手遅れだった。

 

「面白そうだな~!やってみよ~っと!!換装~!」

 

するとエルザ本来の魔法を使えると認識したエルザ(ハッピー)が自らの体を光に包む。換装魔法の発動だ。そして光が収まり、換装が完了するとエルザ(ハッピー)の姿は先ほどと確かに変化していた。

 

「どじゃ~ん!」

 

スク水に足ヒレ、魚モチーフの髪留めでツインテールにした髪型。手には釣り竿とバケツ。色々ゴッチャゴチャになった格好で完了していた。

 

『おお!これはこれで…!』

 

「やめろぉー-!!」

 

マニアックな格好だがそれはそれで男性陣からの受けがいい。だがハッピー(エルザ)本人から見れば放っておけない事態の為、殴ってでも止めようとする。だが、突き出ていた肘に顔面からぶつかってしまい、抵抗空しく力なく床に落ちた。

 

「な、何という事だ…S級魔導士としてのプライドが…!!」

 

「いや、そもそもこんな格好をストックしてる時点でプライドもへったくれもないだろ…」

 

「あれぇ?おかしいな~カッコいい鎧にするつもりだったのに」

 

四つん這いになって涙を浮かべながら、あまりの不甲斐なさにショックを受けているハッピー(エルザ)。だが、真顔を浮かべたウェンディ(ペルセウス)の言うとおり、そんな恰好をストック空間に入れている時点でどうなのかと感じる。

 

「魔法は確かに入れ替わってるみたいだけど…」

 

「使い手の中身が違うから、みんな中途半端になっちゃうのか…」

 

これまでの様子を見ていたペルセウス(ウェンディ)シャルル(シエル)がそんな推測を立てて口にする。今まで全員が使い慣れた魔法のみを使っていたために、いざ別の体で魔法を使おうと思っても加減や感覚が全く違う。故にどこか中途半端な出来になってしまうようだ。

 

「おお!成程、空を飛ぶというのはこんな感じか」

 

などと話していたらハッピー(エルザ)が背中に白い翼を生やして自由自在に飛び回っている。使いこなしてやがる…さすがはS級…!

 

「シエルも今はシャルルの体だから、もしかして飛べるんじゃない?」

 

「そ、そっか!他の魔法は俺の体じゃ使えなかったけど、(エーラ)なら…!」

 

ペルセウス(ウェンディ)からの言葉を聞いたシャルル(シエル)が、もしかしたら体の違う今ならできるかもしれないと、翼が出てくる背中に魔力の流れを集中してみる。

 

「お~~?何か行けそうな気がしてきた~~!!」

 

これはもしかしたら?と言う半ば期待の眼差しを受けながら集中を続けると、その甲斐があったのか白ネコの背中から見事に一対二枚の翼が現れた。それに周りが思わず歓声を上げる。

 

 

が、その翼は、本人がやるよりも随分小さかった。

 

「出た!けど、なんかちっちぇ!!」

 

「卵から孵ったばかりの頃のシャルルみたい…」

 

「と、とにかく羽は出せた…あとは飛ぶのみ!」

 

そして「とう!」と思い切り両脚を踏み込んでジャンプをすれば、その身体は地に落ちることなく、ギルドの天井を目指してその身体を羽ばたかせる。これにも周りからの歓声が上がったが…。

 

 

 

『遅っ!?』

 

推定秒速1cm。思い切り羽をパタパタと羽ばたかせて徐々に徐々にと空へと飛んでいくが、未だに近くにいるウェンディの体をした兄の背も追い越せていないほどに遅すぎる。エルザ(ハッピー)を始めとした一部が、その様子に妙な可愛さを感じてはいるが、本人はいたって真剣である。

 

そして数人ほどの背の高さに到達したところで、力と魔力の限界だったのか(エーラ)は消えてしまいテーブルへと落下した。

 

「な、なんてこった…!これじゃあウェンディや兄さんを運んで戦いの助けになることもできやしないじゃないか…!!」

 

「ああ…まあ、あんなスピードじゃあねぇ…」

 

テーブルの上で四つん這いになりながら嘆きの言葉を呟くシャルル(シエル)。何故だ。エルザは簡単に使いこなせていたのに…。これが経験と魔力の差なのか…。

 

「俺も、どちらかと言うとサポート寄りになってしまうのか…」

 

基本ケガや病気の治療や、能力を上げる魔法を使うウェンディ。中にいるペルセウスは、逆に扱ったことのない魔法だ。どう戦いに貢献すればいいのかため息を吐きながら呟くと、そのペルセウス(ウェンディ)が彼に声をかけた。

 

「あ、一応一つだけ。天竜の咆哮って攻撃技も使えますよ」

 

「咆哮…ブレスか。ナツの火竜の咆哮みたいなものだよな」

 

つい最近で身につけた攻撃魔法について教えれば、すぐさま実践に移るウェンディ(ペルセウス)。先程まで溢れ出る風の制御もうまく出来ていなかったが果たしてどうか。

 

「こんな感じか?スゥー……天竜の咆哮!!」

 

短く深く息を吸い込んで、ナツが放ってくる咆哮の動きを思い出しながらやってみると、小さい口から勢いよく白い竜巻が放出。だが予想に反して、少し前に魔水晶(ラクリマ)を破壊した時にウェンディが出したものの倍はあろう威力のそれが、ギルド入り口の上部分の壁に激突し、轟音を起こしながら貫通。風穴が出来た。

 

「あ、やべ」

『ギルド壊すなぁッ!!』

 

予想もしなかった特大威力の咆哮とその損害に、本人も少しばかりたじろぎ、周りの者たちは思わず声をそろえて叫んだ。

 

「う〜ん、これは加減や調節がモノを言いそうだな…」

 

「いや、そんな冷静に分析してる場合なの?てかこれってそう言う問題なの?」

 

「本物の私が使うより、威力が…」

 

「き、気にしちゃダメだよ!ほら、兄さん天才型だから!」

 

本物である自分を簡単に遥かに凌駕し、あまつさえ加減や調節が肝などと呟いているウェンディ(ペルセウス)を、シエル(シャルル)は唖然としながらそう声をかけ、ペルセウス(ウェンディ)は次元の違いに落ち込む。そんな彼女を元気づけようとシャルル(シエル)がフォローしたが、それはフォローになっているのだろうか?

 

「と言うか、こんな事をしている場合じゃ無いぞ!もう時間がない!」

 

「一体どうしたら…はぁ…」

 

ハッピー(エルザ)が焦りと共にギルド内を飛び回って混乱を表し、グレイ(ルーシィ)もまたため息をこぼす。だが、そのため息は氷の欠片と共に漏れ出てきて、口から氷を吐いている絵面に見える。

 

「ちょっとルーシィ!グレイ様の体で遊ばないで…ひゃあっ!火がぁ!」

 

「あんたも口から出ちゃってんじゃない…もうやだこんなの…!」

 

グレイの体で遊んでいると勘違いしたナツ(ジュビア)が即座に声を上げるが、ナツの体故か口から炎が涎のように出てきてしまっている。こっちの方が何だか下品だ。

 

 

「ルーちゃん、私に任せて!」

 

その声と共に、ギルドの入り口にかかったのは、3人の人影。比較的大柄の影が両端に、中心には小柄の影。

 

「お、お前たちは…!」

 

妙なリアクションをとりながらその3人組に声をかけるシャルル(シエル)。その正体は、三人一組でチームを組んで行動しているチーム・シャドウギア。どうやら仕事から帰ってきたところのようだ。

 

「レビィちゃん…!」

 

その中心にいた小柄の影、水色のショーヘアーの少女、レビィ・マクガーデンが笑みを浮かべてルーシィに目配せをしている。

 

「オレ達チーム・シャドウギアが来たからには必ず元に戻してやるぜ!」

 

「ああ、安心しな!という訳で…」

 

「「頼むぜレビィ!!」」

 

「いや結局のとこレビィ一人でやるんじゃねーか!」

 

両端にいたチームメンバーのドロイとジェットが、自信満々と言った様子で堂々と告げはしたが、実際手を尽くすのはレビィ一人だ。思わずシャルル(シエル)がツッコミの声をあげる。

 

「ありがとう、レビィちゃん!」

 

「ルーちゃんの為だもん、頑張る!ルーちゃんの小説、絶対読者第一号になりたいから」

 

レビィはルーシィが書いている小説を楽しみにしている人物の一人だ。読者第一号になりたいと願い出てきたのも彼女。そんな彼女の力になれるならと、この呪文の解除に名乗り出た。

 

「で、どうするんだ?」

 

「私、古代文字ちょっと詳しいんだ。だから、まずはこの依頼書の文字を調べてみる」

 

「時間がねぇ、間に合うのか?」

 

手持ちの本をいくつか取り出し、ものを読む速さを何倍にも引き上げる魔法アイテム『風詠みの眼鏡』をかけて、解読に移りだす。残り十数分と言う短い時間でうまくいくかどうか懸念はあるが…。

 

「とにかく!この場はレビィに任せよう!」

 

餅は餅屋。より専門的な分野に精通しているレビィでなければ解除は難しいだろう。任せる他にないとハッピー(エルザ)は告げるが…その口にはいつのまにか魚が咥えられていた。ネコの体による本能だろうか。

 

「何故私は魚を…!」

「美味しいよ?」

 

自覚がなかったのか気付かぬ内に魚を咥えてしまったことに盛大に落ち込むハッピー(エルザ)。ちなみにさっきまで代わりに咥えていた魚はエルザ(ハッピー)が口にしていた。

 

それはともかく、早速本を開きながら文字の解読を開始するレビィ。残る時間は約10分。いつの間にか現れていたプルーがどっからかプラカードを出して示している。読んだだけで魔法が発動する言語魔法を口に出して大丈夫なのか懸念があるが、こういった魔法は直接そのまま読みあげでもしない限りは発動もしないので大丈夫だそうだ。

 

「うおおっ!?何だこりゃ!?」

 

「ど、どうした、ナツ!?」

 

突如妙な声をあげたジュビア(ナツ)に、周りの魔導士たちが一斉に視線を向けてみると、度肝を抜くような状態になっていた。

 

「見ろ!何か分かんねぇけど、左手が取れちまった!!」

 

「キャアーーーーーッ!!?」

 

何と左手の手首から先が消えており、ドロッとした水がそこから溢れ出ていて、残っている右手で取れている左手を持って示している。自分の体の緊急事態にまるでモスキート音のような高い声がナツ(ジュビア)の口から発せられる。

 

「ちょっと!?アンタ一体何したのよ!?」

 

「分かんねぇ!なんか感覚おかしいな~って思って見たら取れてた!」

 

「何がどうしたらそうなる!?」

 

あまりにも予想外で場合によっては規制がかかりそうな光景に、グレイ(ルーシィ)ルーシィ(グレイ)も目を見開いて驚愕している。だがジュビア(ナツ)が感じている感覚は痛みが0で、でもどことなく左手だけが喪失している変な感じだそうだ。…つまりどういう事?

 

「あ、もしかしてジュビアの魔法の影響かもしれません。ジュビア、体を水にすることが出来ますから、くっつけようと思えばくっつくと思います」

 

「え、そうなのか?…おお、ホントだ、戻ったぞ!」

 

ジュビアの魔法の特性である水流(ウォーター)の影響で起きたことだったらしい。試しにとれた左手を元の位置に持ってくれば、違和感なくはまったのか左手を握ったり開いたりして感覚を実感している。

 

「全く人騒がせなんだから…」

 

「おい見てみろグレイ…じゃなくてルーシィ!」

 

ひとまず解決したとグレイ(ルーシィ)が再び溜息を吐く。しかしそこにすかさず再びジュビア(ナツ)が声をかけてこっちに視線を向けさせると…。

 

「今度は右手が消えた~」

「イヤァーーー!!」

 

何かしらの感覚を掴んだのか、今度は自発的に右手を手首から外して見せる。更に…。

 

「足も~!」

「ひえ~~!?」

 

両脚が水になって溶けたような状態で見せつける。その間も不気味な笑みを浮かべながらグレイ(ルーシィ)を怖がらせてどこか面白がっている。

 

「ウハハハハ!スゲーなこれ!!足がないのに動けるぞ!しかも早えー!!」

 

「人の体で遊ぶなー!!」

 

そして挙句の果てには水に変化した下半身をそのままにギルド内を駆け回る。その影響か、ギルド内の床が水浸しになっている。本人は面白がっているが傍から見たら軽くホラーだ。

 

「ナツさん、もうやめてください!ジュビアの体を好き勝手にしていいのはグレイ様だけって決まってるんですぅ!!」

 

「やめろその言い方!何かイヤだ!!」

 

一見自分の体でやりたい放題されているのを咎めているように見えるが、最後の一文のせいで微妙にその気持ちが伝わってこない。結局のところ、ナツ(ジュビア)の主張は届かなかった。

 

「いいな~ナツ、楽しそう~!よーし、オイラももう一回換…」

「だからやめんか…!!」

 

ジュビア(ナツ)のはっちゃけぶりを見た影響か、エルザ(ハッピー)がもう一度換装を試してみようとする。だが勿論そんなことを本人が許すはずもなく、背後に回って圧をかけながらそれを止めた。

 

すると、一通り本を読み終えたレビィが、依頼書に再び目を通した。もしかして何かわかったのだろうか?期待を込めてグレイ(ルーシィ)ウェンディ(ペルセウス)が尋ねてみると…。

 

「…わかんない…!」

 

なんてこった。あのレビィですら方法が掴めないというのか。入れ替わってしまったほとんどの者たちに落胆の空気がどんよりと漂う。

 

「そうか…私はこれから先“妙な羽の生えたネコ”として生きていくのか…」

 

「俺に至っては“満足に飛ぶことも出来ない喋るネコ”だよ…」

 

「オイラは妙じゃないよ!」

 

「満足に飛べないのはアンタの落ち度でしょうが…」

 

希望が断たれた一同に既に諦めムードが漂っている。特にネコになった二人の絶望感は言葉に形容することも出来ない。

 

「…ええいっ!!」

「だからやめてよぉ!!」

 

ルーシィ(グレイ)は絶望感が手伝ってまたも脱ごうとして阻止されるし、それによって男性陣は再び色めき立つし、一部を除いてみんな精神が壊れかかってきている。やべぇよ…。

 

「どうやら、お困りのようだな」

 

そんな一同の耳に、またも入り口の方向からその声は聞こえてきた。全員が視線を入り口に向けると、先程同様に三人の人影が映る。だが、今回は左端が大柄な以外は一般的な大きさの人影だ。

 

「お、お前たちは…!!」

 

「この反応、さっきもしてましたけど、何ででしょうか…?」

「ああ、お約束って奴だそうだ」

 

シャドウギアの時と同じような大げさリアクションをしているシャルル(シエル)を見たペルセウス(ウェンディ)ウェンディ(ペルセウス)とそんな会話をしていることは、本人には聞こえなかった。

 

「そんな小娘と違って、私たちの方が何倍も役に立つわよ?」

 

「その通り!オレたちに任せりゃ、ちょちょいのちょいだぜ!」

『チョイダゼ、チョイダゼー』

 

眼鏡をかけた女性エバーグリーン。鉄仮面のような兜を被ったビックスロー。そして、中心にて仁王立ちしている黄緑髪の男フリード。チーム雷神衆もまた、依頼から帰ってきたところでの登場だ。

 

「話は概ね理解している。お前たちにかけられた魔法の解除、雷神衆が引き受けた!」

 

「な、何だと!?」

「こいつはオレたちが先に名乗り出たんだ!横取りすんな!」

 

「いや実際力になってんのはレビィだけだろ…」

 

決め顔で堂々と告げたフリードに対して、先に解除を行っていたシャドウギアのジェットとドロイが抗議の声をあげる。だがウェンディ(ペルセウス)の言うとおり、実際解除に尽力しているのはレビィ一人だ。

 

「おいおい、おめーら忘れたとは言わせねーぜ?」

 

「うちらのリーダーであるフリードは術式魔法のスペシャリスト。言語魔法にも勿論精通しているのよ?」

 

フリードの扱う術式魔法。そのほとんどが古代ローグ文字と呼ばれる昔に使われた文字を扱う事で効力を発揮するもの。それをより扱うフリードの古代文字の知識は、確かにレビィと比べて勝るとも劣らない。今回の魔法の解除にもうってつけの人物だ。

 

「…けどそれってつまり…」

 

だがシャルル(シエル)はその言葉を聞いた瞬間、察した。

 

「つーことで…」

「お願いね、フリード!」

 

「任せておけ」

 

「やっぱ雷神衆(こいつら)フリード(一人)だけじゃねーか!!」

 

シャドウギアも雷神衆も頭脳派であるリーダーに丸投げである。戦力が増えたのは確かに心強いが他の奴らが何ともまあ図々しいと言わざるを得ない。

 

「おいそろそろ腹括った方がいいぞ?あと8分だ」

 

「ちょっ、シャレにならないわよっ!?もうアンタたち二人でとっとと調べて、とっとと解除させなさい!それでいいわよね!?てかやれ!!!」

 

「「は、はい!」」

 

マカオからの残り時間アナウンスを聞いたシエル(シャルル)が物凄い焦りと剣幕を見せながらレビィとフリードの二人に迫り、そう告げる。あまりにも切羽詰まった様子を垣間見た二人は思わず背筋を伸ばして返事し、取り掛かる。

 

「くそっ、同じ三人一組(スリーマンセル)として負けてらんねぇ…!ドロイ!」

「おうよ、ジェット!」

 

すると、何を思ったのかシャドウギア所属の二人がいそいそと何かを準備し始める。そして数十秒後にはそれぞれ少し違う意匠の学生服を纏った二人が、それぞれ片方が扇子を片手に、もう片方が太鼓を肩から抱えて構える。

 

「「フレー!フレー!レ・ビ・イ!!」」

 

「何すんのかと思ったらタダの応援要員かよ…」

 

調べることに不向きな二人がとった行動。レビィの応援である。だがこれ、場合によっては寧ろ邪魔にならないだろうか?

 

レビィとフリード。それぞれ風詠みの眼鏡で書物に目を通しながら依頼書に書かれた文字の解析を行っている姿を、ギルドに入ってきた一人の人物が目にし、数秒ほど立ち止まっていたことは誰も気付かなかった。

 

「もしずっとこのまんまだったらどうするよ?」

 

「ん?どうって何だよ?」

 

二人が解析を続けている間待機することしかできない入れ替わり組。突如ルーシィ(グレイ)が話題に出したのは、最悪の事態の先だ。

 

「この先この状態のまんま、仕事に行くつもりかよ?」

 

「そりゃ、元に戻んなかったらそうするしかねーだろ?ま、この身体結構おもしれーし、悪くないかもしんねーな」

 

「ジュビアにとっては悪いですよ!!」

 

どうやらルーシィ(グレイ)とは違い、ジュビア(ナツ)は深刻さがちょっと薄れかかっているらしい。今まで自分の体が溶けたり戻ったりしたことが無かった新鮮さが原因とも言えるが、まあ、ナツ(ジュビア)にとっては死活問題だ。現に未だに口からよだれのような炎が止まらない。

 

「オイラもナツと同じかな~。だって、黙ってれば見た目じゃ分かんない訳だからね」

 

「お、おい!!」

 

そしてジュビア(ナツ)と同様、深刻に受け止めていないエルザ(ハッピー)が呑気に言っている。

 

「そーゆー問題じゃないでしょ!このすっとこネコ!あたしは絶対そんなのイヤ…!」

 

グレイ(ルーシィ)はこの中でもより深刻な事態として受け止めているらしい。今も涙を流しながらこの現状に嘆き、溜息と同時に再び氷を口から吐く。

 

「グレイ…じゃなかったルーシィ、それマジでキモイぞ…」

 

「あたしだって!好きでこんなの口から出してるわけじゃないわよっ!!」

 

比較的楽観的に考えていたジュビア(ナツ)も、そんな光景はさすがに引いたのか、青ざめながら言葉を紡ぐ。しかし本来は彼女自身も出したくて出しているわけじゃない事を主張する。だが彼らは分かっていない。もっと根本的な問題を。

 

「つーかみんなさあ…仕事に行くとしても、もっとヤバい問題がある事、気付いてない?」

 

『へ?』

 

その言葉の皮切りはシャルル(シエル)だった。テーブルに乗りながらずっと俯かせていた顔を上げ、全員に見える様にやけに小さい(エーラ)を出現させてこう続けた。

 

「シャルルの体に入った俺でさえ、現状これが精一杯なんだよ?兄さんはまだしも、まともに攻撃魔法を扱えない状態になっているみんなが、満足に仕事ができると思う?」

 

その言葉を耳にした瞬間、ほぼ全員が絶句した。まともに体の持ち主の魔法を扱えているのはウェンディ(ペルセウス)ハッピー(エルザ)の二人だけ。しかもハッピー(エルザ)に至ってはただの移動手段のみだ。

 

遊び半分も混じったとはいえ、ふとした拍子で身体の一部が水となって取れるナツや、口から氷を吐き出すだけで造形のセンスがいまいちなルーシィ、同様に火がダダ洩れになってるジュビア、換装が残念な装備しか身につけられないハッピーに、星霊の召喚などやったことが無いグレイ、そして検証はしていないが、シャルルやウェンディも天気の操作や神器の換装が上手くできると思えない。

 

つまり総評…。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最弱のチーム!?』

 

どうやらこれで全員理解したようだ。役に立たない上に物凄くかっこ悪い。最大戦力が本家よりもパワーアップしているウェンディ(inペルセウス限定)とかどんな悪夢だ。

 

「やばい!確かにそう言われりゃ、かなりやばい!!」

 

「何故今の今までそんな単純な事に気付かなかったのだぁ!?やはりネコになってしまったせいかぁ…!?」

 

これまでジュビアの特性で楽観的になっていたナツも、ようやく事態の重さを把握したらしい。そしてこの現実に気付けなかった己の不甲斐なさをハッピー(エルザ)が自分の今の体のせいだと結論付けてる。勝手に。

 

「あの、エルザ?一番最初に気付いた俺も、ネコなんですけど…?」

 

「そりゃ、私とオスネコとじゃ頭の出来が違うもの。当然よ」

 

「ヒドイよー!シャルルにそんなこと言われるのもショックだけど、入れ替わってからのエルザは一々トゲがあるよー!うわぁ~ん!!」

 

遠回しに自分の頭脳をバカにされたエルザ(ハッピー)が泣きながら両手を広げて前のめりに飛び上がる。そしてそのせいで、落ちていく先にいたハッピー(エルザ)にのしかかり、そのまま下敷きとなってしまった。

 

多分、元の体の癖で飛んで出ていこうとしたけど、エルザの体じゃ羽が出なくてそのまま転んだのだろう。

 

「さて、オスネコは放っておいて…こっちはどうなってるのかしら?」

 

「ちょうどいい。今しがた判明したところだ」

 

『おおっ!!』

 

シエル(シャルル)エルザ(ハッピー)を放っておいてレビィたちの様子を尋ねてみると、タイミングが良かったのかフリードが笑みを浮かべながらそう答えた。エルザとハッピーを除いた全員が彼らに注目する。

 

「この古代文字は『ここに永遠の入れ替わりを以って幸せをもたらす』と言う意味で記されているのだ」

 

「おお、スゴイ!…ん?()()()入れ替わり…?」

 

何だろう、すごく嫌な予感がする。フリードの解説を聞いて、他の誰よりも早くシャルル(シエル)がその言葉に違和感を覚えた。

 

「うん!つまりこの魔法で入れ替わった人たちが、永遠に幸せに暮らせますって意味なの!!はぁ~!解けて良かったぁ!!」

 

「苦労した甲斐があったな」

 

やり切ったような表情で互いを称えあうレビィとフリード。凄く達成感溢れる光景だ…だけど…!!

 

「…二人とも…魔法の解き方は…?」

 

「…え?」

「ん?」

 

シャルル(シエル)が恐る恐るそう聞くと、まるで範疇の外の事を問われたかのように惚けたような反応を返してきた。全員察した。何も解決してない、むしろ悪化している。

 

「俺たちが求めているのは元に戻す方法だよ!てか、何だその一文の意味はぁ!!」

「それじゃこのままでいろって意味じゃねーかぁ!!」

 

思わずウェンディ(ペルセウス)ジュビア(ナツ)が、体の本人がしたこともないような怒り狂った表情で二人に詰め寄っていく。色々と未来がかかっているのにこの結果はあんまりだ。

 

「これじゃあ、依頼書の言葉の意味が分かっただけですよ、レビィさん…」

 

「あ、ホントだ!どうしよう!!」

 

「迂闊だった。オレたちとしたことが…!」

 

「ホントにそう思ってる?わざとじゃないよね?」

 

ペルセウス(ウェンディ)の困ったような声と共に言われた言葉に、自分たちの根本的なミスに気付いたフリードたちが頭を抱える。シャルル(シエル)から見ると、どこまでが本気なのか疑わざるを得ない。

 

「求められているのは魔法の解き方…。裏の意味を持った言葉を見つけるのを優先的に考えるべきか」

 

「そうだね、よし、気を取り直して!」

 

結局はほぼ振出しに戻った。改めて調べ始めたレビィとフリードに再び応援団の声が上がる。

 

「「フレー!フレー!レ・ビ・イ!!」」

「負けるな!負けるな!フ・リー・ド!」

『マケルナ、マケルナー』

 

「何か一人追加されてんぞ…。かえってうざくねーか、あの応援チーム?」

 

「いや、気合が入っていいと思うぜ!オレも参加してぇぐれーだ!」

 

「やめなさいよ、余計に暑苦しいから…」

 

トーテムポールのような魂を入れた人形と共に、何故かシャドウギアに混じってフリードの応援に入るビックスロー。声援が追加されて邪魔になりそうなものだが、エルフマンにだけは好印象のようだ。むしろビックスロー同様に混ざりたそうにしている。

 

「ああ、もうどうしよう!このままだと俺も、今までの食生活が変わっちゃうのかな!?肉中心だったのが、ハッピーみたいに魚中心に!?そもそも食えるかなぁ!?」

 

「どーでもいいわよそんなこと!ついでに言うと、魚は嫌いよ私は!」

 

色々精神が擦り切れたようで何故か食生活の事を考え始めるシャルル(シエル)に、シエル(シャルル)が怒気交じりで叫ぶ。更にどさくさに紛れて自分の好みの事も告げると、混乱していた彼は途端に落ち着いた。

 

「えっ…?」

 

「…ちょ、ちょっと、やめてその…仲間を見つけたみたいな顔すんの…」

 

謎のシンパシーを見つけて心安らぐ錯覚に陥ってる間にも時間は残酷に過ぎていく。

 

「こりゃマジでやべぇ!1分切った!!」

 

「さっきからテメェなんか楽しんでねーか!?ああ!!?」

 

「そ、そんな事ないって…」

 

プルーと一緒に紙に書かれた“あと1分”を見せつけてくるマカオに、ジュビア(ナツ)が鬼気迫る表情で詰めかかってくる。だが本気でこれ以上はまずそうだ。レビィたちも尽力し、もう少しで分かりそうだと告げているが、間に合うのか…!?

 

「フレー!フレー!レ・ビ・イ!頑張れ!頑張れ!フ・リー・ド!くぅ〜燃えるぅ!」

 

「あいつ似合いすぎだ…」

「暑っ苦しいわ…」

 

そして結局エルフマンもレビィたちの応援団に混じって応援を始めた。普段の格好や恰幅も相まって全く違和感なく溶け込んでいる。

 

「おや?まーだやっとるのか?」

 

すると再びマスター・マカロフが、騒然としているホールの中に現れて声をかける。それを見た一同は一縷の望みをかけて聞くことにした。

 

「マスター!他に思い出せることは、本当に何もないのでしょうか?このままじゃジュビアたちは…!!」

 

「う~む…お、そうじゃ!一つ思い出したぞ!!」

 

ナツ(ジュビア)の必死の懇願に、一つだけ心当たりを思い出したらしいマカロフが声をあげた。それに対して更なる期待を募らせる一同に、彼は答えた。まさかの事柄を。

 

「この魔法を解くときは、確か一組ずつしか解けないんじゃ。いっぺんに全員を戻すのは無理だったはずじゃ!」

 

「なぁにぃ!?」

 

「どれだけ正確かわかんねーけど、多分あと40秒!」

 

「多分って何だ多分って!!」

 

ここにきてとんでもない障壁だ。元に戻す組が一組ずつだとは。時間に余裕があるならまだしも、もう一分を切った段階じゃ、数にも限りがある。

 

「どのペアが最初だ!?」

 

「とーぜんオレたちだ!!なぁジュビア!?」

「は、はい!」

 

「そうはいかないわ!オスガキの体から一刻も離れなきゃ!!」

「俺もネコのままは勘弁!!」

 

「何言ってんの!最初はあたしたちよ!!」

 

「いや!俺たちが先だ、これは譲れん!来たばっかりのウェンディが可哀想だろ!」

「えっ!?わ、私は…その…」

 

「待て!私がずっとこのままだと妖精の尻尾(フェアリーテイル)はどうなる!?最初は私とハッピーだ!!」

「オイラはどっちでもいいよ~」

 

戻れるのが一組ずつだと分かった瞬間我先戻ろうと躍起になって言い争う。何と醜い。人間追いつめられると、こうまで怖く醜くなるのか…。

 

「あ、あの…!」

 

すると、オドオドとしながらもペルセウス(ウェンディ)が尚も自分たちを優先する者たちに小さいながらも声を張って主張する。一部の者たちがそれに着目していると、彼女は覚悟を決めた表情でこう告げた。

 

 

「私は…私はシエルとシャルルのペアが最初がいいと思います!」

 

 

『…え…?』

 

一瞬凍り付くギルド内。そしてそのすぐ後に、入れ替わり組を中心に驚愕の声が上がった。

 

「う、ウェンディ!?」

 

「ペルさん、ごめんなさい…それでも私は、一番の友達であるシャルル達に、不自由な思いをさせたくなくて…それで…!」

 

「っ!ウェンディ、アンタ…!」

 

少しばかり涙を潤ませながらそう告げるペルセウス(ウェンディ)の姿を見て、シエル(シャルル)が何か心打たれたように彼女の名を呟く。先程までの醜い争いを見た後だと、彼女の姿はまるで清らかな心を持った乙女そのものに見えてくる。いや、数名が既に彼女をそのように見ていることだろう。

 

自分だって元の体に戻りたいという思いはあるはずなのに、友たちの事を優先する彼女の姿勢に、ウェンディ(ペルセウス)も覚悟を決めた。ふっと笑いかけると、身長差の関係で自分の腹部に握りこぶしをこつんと当てて、彼はこう言った。

 

「そうだな、それがいい。俺が間違っていたよ。自分よりも大切な人を優先させる。その心こそが正しいんだよな」

 

「ペルさん…」

 

「俺もウェンディに賛成だ。最初はシエル達だ。俺たちは後回しで良い」

 

自分の事を優先的に考えてしまったことを悔い、大切な友や弟を優先させて自分たちを犠牲にするその言葉に、場にいる全員が言葉を失った。何と清らかで、気高き心の持ち主たちだろう。そして多数決方式で言えば、これで最初に戻れるのはシエルとシャルルと言うことになる。

 

 

 

「そんなこと聞いてやすやすと戻れるかぁ!最初は兄さんとウェンディだ!それでいいよね、シャルル!?」

「あったりまえよ!アンタたちを絶対戻してやるんだからぁ!!」

 

「「あれーーーーーー!!?」」

 

まあ、当の本人たちがそれで納得すればの話だが。最早分かり切った結果だっただろう。胸をうたれる自己犠牲の言葉を耳にして平気でいられるような薄情者ではない。大切に思う友や家族の為に優先させられた二人もまた最初の候補を変えた。

 

「何言ってるんだ!俺たちの覚悟を無駄にする気か!?」

「兄さんたちを差し置いて戻ったら色々と居たたまれないよ!」

 

そして始まる再口論。先程の醜い言い争いとは違い、最初の権利を譲り合うという、どう反応していいのか分からない。

 

「…決めました…!」

 

「え、おい?ジュビア…?」

 

すると、このやり取りをずっと見ていたナツ(ジュビア)もまた口を開いた。何だか嫌な予感がする。直感でジュビア(ナツ)は感じ取った。

 

 

 

「ジュビアは最初のペアを、グレイ様たちにすることを主張します!」

「おいーっ!!?」

 

当たってしまった嫌な予感。ジュビアの事だからやっぱりグレイ主体にものを考えてしまうだろうと、何となく察することが出来てしまったジュビア(ナツ)。だが制止空しく声高々にナツ(ジュビア)は告げてしまった。

 

「早まんじゃねぇジュビア!お前だって元に戻りてぇだろ!?」

 

「確かに戻りたくないと言ったら嘘になります…!でもそれ以上に!これ以上グレイ様がルーシィに独占されているのを見たくないんです!!それにグレイ様の為ならば、ジュビアはこの命を捧げることも出来る!!」

 

「重てぇよ!?あとオレの顔でそのセリフ言うのやめてくれぇ!!?」

 

数分前までジュビアの体で好き勝手やって彼女を困らせていたのとは完全に真逆になっている。ナツはようやく心の底から理解した。この女は、グレイの為ならばどんな苦難も乗り越え、甘んじる女だと。恐ろしや。

 

「15秒切ったよー?」

 

「あー!!分かった!」

 

と、このタイミングでついにレビィからその声が上がった。フリードと時折討論しながらようやく固められたもののようだ。…誰も気付かなかったが、何やら机の前にいる人物が一人増えている気がする。

 

「12!11!」

 

「レビィちゃん!フリード!」

 

「ようやくだがついに解けた。解説するとだな…」

 

「説明は後にして!早く!!」

 

解説を始めようとするフリードだが、一刻を争う為にシャルル(シエル)がそう告げる。

 

「9!8!ぐほぉ!?」

 

「鬱陶しいから黙ってろ」

 

いつの間にか机の前にいた人物であるガジルが、カウントダウンをしているマカオを鉄竜棍で殴り飛ばした。何人かが心の中で「ナイス!」と言っていたのは他の誰も知らない。

 

「よし、レビィ!」

「分かった、行くわよ!」

 

残り時間はわずか。レビィは依頼書の近くに手を置きながら、その呪文を唱えた。

 

「『アルボロヤ、テスラ、ルギ、ゴウ』!!」

 

言葉だけを聞くと、意味も分からないように聞こえる言葉の羅列。だが彼女がそれを唱えた瞬間、依頼書を中心に虹色の光が辺りを照らし、入れ替わった者たちの体を包み込む。呪文も一度だけじゃなく、何度も唱えることで、場にいる全員を元に戻そうと声を張り上げる。

 

 

 

 

そして、虹色の光が収まった後、場にいる者たちが呆然としながら立っている中、確かな変化を感じた者たちがいた。

 

 

「あ、元に戻った!!」

 

「オレもだ!やれやれ…」

 

その声をあげたのはルーシィとグレイのペア。どうやら彼らはうまく戻れた様子だ。ルーシィは喜びをあらわにし、グレイは九死に一生を得たことで一息ついている…が、入れ替わっていた時同様に、口から氷の欠片が零れ落ちた。入れ替わった後遺症は残ってるみたいだ。

 

「レビィちゃん、ありがとう!フリードも!!」

 

「やったぁ!」

「うむ」

 

喜びのあまり、レビィの元に駆け寄って抱擁するルーシィ。そして同時に、どうやって元に戻せたのかを聞くと、レビィは解説を始めた。

 

「言葉そのものに意味はなかったの。逆さ読みをやってみたんだ」

 

「今よりも古代は文字が少なかった。だから、色んな意味を伝える際に、別の効力を発揮するように作られていたのだ」

 

「そう!だから、呪文を逆さまに読んでみたら、魔法が解けたってわけ!」

 

合間に()()()が補足をつけて、解説を終えたレビィに、ルーシィとグレイは笑みを浮かべながら二人を礼を告げた。照れくさそうにはにかみながらルーシィと手を取り合うレビィの姿は微笑ましく見える。これにてようやく一件落着…。

 

 

 

 

 

「ちょっと待て!?オレたちは解けてねーぞ!?」

 

「「えーっ!!?」」

 

と思いきやジュビア…ナツの叫んだ言葉が、彼女たちに衝撃を与えた。解けてない?つまりまだ入れ替わったままだという事だ。

 

「私もだ!ネコのままだぞ!!」

「オイラはどっちでもいいけどね」

 

更にはエルザとハッピーもまた入れ替わったままのようだ。未だハッピーの姿であることに愕然としているエルザと、尚も楽観的なハッピー。何故?

 

「グレイ様ー!良かった、ルーシィから解放されたようで!ジュビアは安心しました!」

 

「ちょ、ナツの顔と声でそんなセリフ言うな!ちょっと気持ち悪ィ!!」

 

「きもっ!!?」

 

そしてナツがジュビアのままと言う事は当然ナツ(ジュビア)もそのままである。グレイが元の体に戻った喜びを全身で表すと、悍ましさが勝ったことで告げたグレイの言葉に大ショックを受けて固まった。

 

「どうやら僅かの差だな。残りは制限時間に間に合わなかったってことだ」

 

「そそそそんなぁ!?どーすりゃいーんだよぉ!!?レビィ、もっかいやってくれ!!」

 

「あ、あれ?何か、微妙に間違えちゃった…かも…」

 

ワカバが告げた言葉を聞いたジュビア(ナツ)にせがまれ、改めて依頼書を確認したレビィが力なく呟いた言葉に、ギルドほぼ全体から驚きの声が上がる。まさかの凡ミス。それがこの結果と言うべきか…。

 

「文字が少ないうえに、イントネーションを変えることで更に別の意味に変えているのも古代文字の特徴だ。どうやら、その微妙な違いも今回の呪文にあったのだろう」

 

「じゃあ、オレたちずっとこのままかよ!!」

「グレイ様に嫌われぁ!火も止まらないし、もういやぁ~!!」

「悪夢だ!悪夢以外の何物でもな~い!!」

「オイラはどっちでもいいけどね~!」

 

続けざまに告げたガジルの解説に更に一同から嘆きの声があがる。約一名を除いて絶望を抱えたような雰囲気を漂わせている中、これまでずっと言葉を発さなかった残りの組達もとうとう口を開いた。

 

「視線が元に…」

「戻ってる…?」

 

そう口にしたのは、ギルドで人間年少組のシエルとウェンディだ。その言葉を耳にした一同は「視線が元に戻ってる」と言う言葉の意味を瞬時に理解した。それはつまり入れ替わりから戻ったという事だ。

 

「シエルやウェンディたちも、元に戻れたってことか?」

 

「何ィ!?じゃあ何でオレたちだけが…!!」

 

「やっぱり、時間制限か?」

 

すぐさま理解して声を出したグレイの言葉、それに続くように嘆いたり呟いたりしている周りの様子を見て、当人たちも元に戻れたことを理解したようだ。「やったぁー!!」と互いに喜んで手を取り合う。

 

「良かった!元に戻れた!」

 

「うん!一時はどうなるかと…」

 

だが、そこまで告げたところで、何故か二人の笑顔は固まった。その奇妙な様子にほぼ全員が首を傾げてみていると…。

 

「な…!」

「何で…!」

 

 

 

 

「「何で(俺/私)が目の前にーーっ!!?」」

 

『今度はそっちかぁーい!!』

 

二人の叫びに全員が察した。どうやら本当の意味では元に戻れていなかったらしい。いつの間にか人格の位置がシャッフルされ、シエル(ウェンディ)ウェンディ(シエル)になってしまったらしい。

 

「って、ちょっと待て!?じゃあ、あいつらと入れ替わってた方は…?」

 

気になってグレイが、彼らと入れ替わっていたペルセウスとシャルルの方へと視線を移すと…。

 

 

 

 

明らかに絶望しているというオーラを抱えた当人たちの姿が見えた。あ、これ向こうもそれぞれ戻れないままになってるわこれ…。

 

「少女の次はネコか…やっぱ俺、将来マトモな死に方しねぇのかな…」

 

「オスガキから解放されたと思ったら、何で今度は(こっち)になってんのよぉーっ!!」

 

「既に入れ替わった者たちの間で更に入れ替わり?ふむ…どうやらこの呪文、まだ隠されている意味があるようだな…」

 

虚ろとなった目でブツブツと呟くシャルル(ペルセウス)と、更に悪化した状況に怒りの声をあげるペルセウス(シャルル)を見て、何故か冷静に状況を整理しているガジル。…何だろう、スゴイ違和感とイヤな予感を感じる。そう思ったレビィは、たまらず声をかけた。

 

「えっと…何かやけに詳しくなってない?ガジル…」

 

「……ん?」

 

すると、名を呼ばれた本人は若干のタイムラグを挟んで、こちらに反応を示した。まるで、今呼ばれたのが自分ではないことを表すように。

 

「はぁ?何言ってんだよチビ。つーか、何だかさっきから前髪がうぜぇな…」

 

すると、レビィの後方からやけに口調が荒くなったフリードが声をかけてきた。それを見たレビィとルーシィは、あまりの衝撃に口元が引き攣るのを自覚した。そしてフリードもまた、レビィたち…正確にはガジルの姿を見た瞬間、その表情を固め、目を見開く。

 

「え、おい…何でそこにオレが…!?」

 

「…そういう事か。オレとガジルも入れ替わったらしいな」

 

「「ええーーーーーっ!!?」」

 

またもイヤな予感が当たってしまった。どうやら先程レビィが唱えてしまった呪文が、予想もつかない効果を生んでしまったらしい。

 

「ふざけんなテメェ!オレの体返しやがれ!この前髪うぜぇんだよ!!」

 

「そうしたいところだが、これはもう一度方法を探すしかない。…ふむ、これが他人の体…滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の体か」

 

「何でそんなに冷静なの…?」

 

困惑しているフリード(ガジル)とは対照的に何故か妙に冷静に分析しているガジル(フリード)。ある意味正反対な様子の二人に、何とも言えない表情を浮かべることしかレビィにはできない。

 

だが、混沌はこれに留まらなかった…。

 

 

「まあまあ、他にも何か方法があるじゃろ…ん?」

 

「何だか…私背が縮んでない?…あ!」

 

「ええ!?まさかミラさんとマスターも!!?」

 

カウンターに胡坐をかいて座っているミラジェーンと、珍しく混乱しているマカロフ。この二人もまさかの入れ替わりの対象に。

 

「マジかよ!他の奴らまで入れ替わってんのか!?…ん?何だか体が酒くせぇ…?」

 

「おっかしいわねぇ~、酒が飲みにく…ってえ!?私がビックスロー!?飲みにくかったのって…そーゆーこと!!?」

 

ビックスローとカナも…。

 

「漢は諦めが肝心だぞ!ナツ!って、何だこのやけに高い声は?視界も妙だな…?は!?」

 

「ちょっと!?何で私がエルフマン!?ぜ、全然美しくない…!!」

 

エルフマンとエバーグリーンも…。

 

「おい、ドロイ…あっ!?」

「あ?何だよジェット…うぁっ!?」

 

「「オレたち入れ替わってんぞ!!?」」

 

「おいおい、こりゃ更にややこしくなって…ゲホッゲホッ!何でオレタバコ吸ってんだ!?」

 

「ん?って、マカオ!?もしかしてオレたちも入れ替わってんのか!?」

 

ドロいとジェット、マカオとワカバもどうやら入れ替わってしまったようだ。ただこういうのも失礼だが、この二組が変わったところで大して変わらない気がする。

 

「か、カオスだ…!それ以外の何物でもない…!!」

 

げんなりとした表情を浮かべて呟くウェンディ(シエル)。そんな彼の近くに、シエルと入れ替わっていた時とは違って、しっかりとした大きさの白い翼を背中に生やして飛んできたシャルル(ペルセウス)が、諦観の面持ちで弟に呟いた。

 

「シエル…不甲斐なくなった兄を、どうか許してくれ…。せめて…せめてお前を抱えて戦いの助けになれるよう、努力するから…!!」

 

「兄さん!?そんな後ろの方に前向きに取り組む発言やめてーっ!?」

 

最早戻ることを諦めたような発言を口にする兄に対して心の底から溢れ出たような叫びをあげる弟。だが、口から出てきたその声を聞いた瞬間、ウェンディ(シエル)は改めて自覚した。今自分の体は、想い人のものであることを。

 

「えっ…そう言えば冷静になって考えてみると…今、俺はウェンディの体の中にいるってことだよな…?それってつまり…ウェンディの体が、俺自身の意思で動かせているってこと…!?」

 

意中の少女と距離を縮めるどころか、その少女の体と入れ替わるというトンデモ体験が現在進行している事実に今頃実感を抱えた彼は、色々と脳内の許容量が抑えられなくなっていき、顔に集中した熱がオーバーヒートを起こして煙が噴出。そしてそのまま仰向けに倒れてしまった。

 

「ええー-っ!?し、シエル!?みんな大変!!シエルが急に倒れましたーー!!」

 

近くにいたシエル(ウェンディ)が何故か急に倒れた自分の体とその中にいる少年の身を案じて声を張るが、生憎近くにいたシャルル(ペルセウス)以外は、自分たちの身に起きている混乱で意識を向けられない。

 

「これはまた夢のよーなナイスバディ!!」

 

「きゃああっ!!レビィ、フリード、なんとかしてぇーー!!」

 

そんな中、妙に張り切ってグラビアポーズをとるミラジェーン(マカロフ)を必死に止めながらも助けを求めるマカロフ(ミラジェーン)の声。それを聞いたレビィ、そして自分の体を取り戻したルーシィとグレイは、留まることを知らないカオス空間に最早何の言葉も浮かばなかった。

 

「…もう…お手上げ、です…」

 

「わぁーい!みんな入れ替わったよぉ!面白ーい!!」

 

「喜んでる場合じゃねーっ!!」

 

乾いた笑いと同時に呟いたレビィの言葉。そしてこの混沌とした状況で唯一嬉しそうなエルザ(ハッピー)に怒りを表すジュビア(ナツ)の声を中心に、この日妖精の尻尾(フェアリーテイル)はカオスを大いに味わうのだった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

この魔法は決して、空想の中だけに存在するものではない。彼らが暮らす日常のすぐ隣で、ほんの少しバランスが崩れた魔法。

 

この世に存在する魔法の中には、まだまだ明かされていない不気味な魔法が存在している…。

 

 

 

 

てなわけで…また次回お楽しみに…。

 

 

 

シエル(ウェンディ)「え!?これで終わりですか!?」

 

ウェンディ(シエル)「投げっぱなしで何にも解決してないのに!?」

 

ジュビア(ナツ)「元に戻せーーーっ!!」

 

エルザ(ハッピー)「あい、おちまい」




おまけ風次回予告

シエル「…あれ?何かいつの間にか元に戻ってる?」

ウェンディ「色々と大変だったよね。ペルさん、背が高いから視界にあんまり慣れなかったよ…」

シエル「俺もシャルルの体、慣れる気がしないや…。慣れると言えば、仕事の方は大丈夫?ウェンディ」

ウェンディ「そのことなんだけどね。そろそろ外の町での仕事もやってみたいなって思うの」

シエル「外の町か…いいかもしれないね!」

次回『ウェンディ、初めての大仕事!?』

ウェンディ「それでね、ミラさんから早速外の町での仕事をもらったの!」

シエル「よかったじゃん!どんな依頼なの?」

ウェンディ「えっと…『ありがとうございます』…?」

シエル「…ん…?その喋り方は…!!」


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第71話 ウェンディ、初めての大仕事!?(前編)

と、言う事で、またすっごく長くなるので前後編に分けることにしました。←どういうわけだ。

このまま書き進めると、前回のチェンジリングと匹敵する文字数になるので、それまでお待たせさせる間に、一度前編扱いで公表することになりました…。(汗)

ちなみに後編の公開予定ですが、今のところ順調に進めて火曜日祝日を目途としています。今回の続きは、その時までお待ちくださいませ…。


「う~ん…」

 

「中々これってのがないわね…」

 

ある日の昼前の事。藍色の長い髪をツインテールで括った新人の少女ウェンディ・マーベルと、その相棒である白ネコのシャルルは、依頼板(リクエストボード)に貼り出されている依頼書に目を通して悩んでいた。討伐や採取、捜索や補助など多種多様な依頼が来ているが、彼女がこなせるようなものは現状見当たらず、どれもピンとこない様子だ。

 

「おかえり。もう次の仕事探してるの?」

 

そんな彼女たちの後ろから声をかけたのは、看板娘のミラジェーン。ウェンディたちはつい先程もマグノリア内での比較的簡単な依頼を済ませ、ギルドに帰ってきたところだ。そのすぐ後に依頼書に目を通して次の仕事に取り掛かる姿勢は立派なものだ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)での仕事に慣れてきたと、ミラジェーンは実感しているようだ。

 

「って言っても、この街の中での簡単な依頼しか、アンタが受け付けないじゃないの」

 

「ちょっとシャルル!」

 

「…でも、小さな仕事で経験を重ねるのも、大事だと思うから」

 

ウェンディがシャルルを窘めるように声をあげるが、その彼女の言い分も一理ある。新しく入った新入りであり、歳は最年少の12歳。少し前まで最年少の立場にいたシエルよりも下で、しかも女の子だ。ミラジェーンはそんな彼女を案じて、最初のうちはマグノリアの中で出てくる、簡単にこなせる依頼だけを受注させるようにしていた。いきなり危険を伴うような依頼を受けさせて大惨事が起きては遅い。故にそういった対応を行っていた。

 

しかし、ウェンディたちが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来てからそろそろ二週間近くだ。簡単なものとはいえ順調に依頼も行っているし、そろそろ次の段階に進んでもいいのでは、と言うのも事実。

 

「それはそれとして、そろそろデカい仕事を一つ、やってみてもいいんじゃないのか?」

 

「だよな!遠くの町からの依頼とか」

 

「魔物退治、とかそういうのじゃなきゃ、大丈夫だろ」

 

話に加わるように近づいてきたペルセウスがミラジェーンにそう提案を上げ、同じようにナツとグレイもそれに同意を示す。そろそろ更なる経験を、と言うのが男子たちの意見のようだ。それに対して、ウェンディも意欲的になる。

 

「私、早く大きな仕事が出来るようになって、皆さんのお役に立ちたいんです!」

 

「みんなの役に立ちたい、か」

「頑張れよ!」

 

声高らかに、両腕でガッツポーズを作りながら意気込む少女の姿。これを耳にしたギルドの中にいる魔導士たちは、微笑ましさを感じたのか素直な応援を贈る。

 

「こー言う素直で健気なコを見ると、応援したくなるねぇ」

 

「頑張ります!」

 

姉御肌気質のあるカナがそう呟けば、照れくさそうに頬を染めながらもさらに意気込みを見せるウェンディ。本当に微笑ましい限りである。妖精の尻尾(フェアリーテイル)には中々見られない人材だ。

 

「ルーシィもちょっとは見習ってほしいね」

 

「あたしだって素直で健気でしょう?」

 

そんな様子を見て突如そう呟いたハッピーに対して、不服と言わんばかりに当の本人が反論する。勝手に比較された上に素直と健気を否定されたことが気に食わないようだ。

 

「は…?どこが?」

「全部よ全部!!全身…素直と健気の塊じゃない…!」

 

全くもって理解できないと言いたげな反応のハッピーと、それでもめげずに自らをそう主張するルーシィ。しかし意見は平行線。それどころか、ハッピーの陣営に加勢する存在までいた。

 

「素直…?健気…?ぷふっ!」

「それってさぁ、自分で言うの、空しくな~い?」

 

思いっきり含み笑いを浮かべた悪戯小僧と青ネコを見て、今己がバカにされてることを理解したルーシィが怒りを表す。

 

「くぁーーっ!!何よーーー!!」

 

そして怒りそのままに少年と青ネコを少女が追随する追いかけっこに発展。対して逃げる側の二人はずっと笑みを浮かべたままだった。余談だが後のシエル曰く、「ルーシィの言葉が事実だったとしても、ウェンディを見た後だとどうも霞んで見えてしまう」との事らしい。どっちにしろひどい言い草だ。

 

「素直で健気、か…それならシエルにも当てはまる要素だよな」

 

「「えっ?」」

 

弟も交えた追いかけっこを眺めながらも、腕を組んでしみじみと言った表情を浮かべながら語ったペルセウスの言葉に、思わずナツとグレイが声を漏らす。あのシエルが…素直で健気…?会ったばかりの頃の彼ならともかく、悪戯を好んで行うようになってからは、ルーシィと五十歩百歩の縁遠い言葉になっているはずだが…。

 

「何だ?何か文句でもあるのか?」

 

「「いえ、無いです…」」

 

そんなことを小声で呟きあっていたら、聞こえていたらしいペルセウスが睨みながら低い声で詰め寄ってきた。反射的に答えた二人であったが、このとき彼らにはペルセウスに対する恐怖ではなく、肯定したらめんどくさいことになるという確信が、瞬間で察知できたらしい。

 

「でも、留守にしてる連中が戻ってきたら、驚くだろうな。こんな小さな子がいて」

 

「だな。ギルダーツとか」

 

話を切り出した絵画魔法(ピクトマジック)を扱うリーダスに、絵のモデルを頼まれてはにかみながら彼の前に立っていたウェンディ。だが、その後にウォーレンの口から出てきた『ギルダーツ』と言う名前を聞き、そちらに意識を傾ける。彼女にとっては聞き慣れない名だが、昔からいるメンバーにとっては勿論よく知る人物だ。

 

「ギルダーツか…。相変わらず音沙汰ねぇみてーだが…」

 

「もう何年になるかな、例の仕事に行ってから」

 

「3年…だっけか?」

 

ギルダーツとはどういう人物なのか、3年もの間どんな仕事に行っているのか、ペルセウスたちの会話を聞くだけでは到底想像が出来ない。しかし、彼らのどこか寂しいような、心配するような表情から察するに、自分の想像では到底追いつかないような仕事に行っているのだろうとウェンディは考える。

 

「心配ねぇだろ?オレたちならともかく、あのギルダーツだからな」

 

「そうそう。別格だからな」

 

3年もかかるような仕事も気になるが、それをこなせるほどの実力を持つギルダーツは相当信頼されているらしい。ウェンディから見ればナツやシエルを始めとした多くの魔導士は、自分よりも大きく上回る実力者。そんな彼らから見ても別格と言わしめる存在に、興味も惹かれる。

 

ギルダーツの話が上がった際に、カナが何やら暗い顔を浮かべていることも加えて気になるが、今は自分自身の事だ。

 

「そう言えば、ちょうどいい仕事があるわよ。」

 

話を聞いて思い出したのか、一枚の依頼書を持ちながら、ミラジェーンがウェンディへと声をかける。何でも心を癒してくれる魔導士を探してるそうだ。報酬はそこそこだが、ウェンディにはぴったりな内容の仕事だろう。

 

それを聞くだけでウェンディの表情はぱっと明るくなっていき、対照的にシャルルの表情はどこか不機嫌なものになっていく。

 

「ほう、オニバスか。まあ中々に大きめだし、ちょうどいいかもな」

 

「何々?ウェンディが受ける依頼?どんなの?」

 

依頼主の所在地を依頼書を見て読んだペルセウスの声に反応し、ルーシィとの追いかけっこから戻ってきたシエルが、彼女が受ける依頼に興味津々と言った様子で問いかける。どんな依頼が来たのか、ウェンディは両手で依頼書を持ちながらそこに記されている説明文を読み始めた。

 

「ええっと…『ありがとうございます』…?」

 

 

 

開幕一番に謎のお礼の言葉。それを聞いた瞬間、一部の者たちが凍り付いた。それは、本来なら、思い出したくもない苦さ通り越して吐き出したくなるあの時の記憶…。

 

「いきなり、お礼…?」

 

「かぁーーっ!!思い出したぁ!何か思い出してきたーーー!!!」

 

「うわぁ~!トラウマが…あの最悪のトラウマが蘇ってくるぅ…!!」

 

妙な既視感を感じてシエルたちへの怒りも消え失せたルーシィ、当時の記憶が蘇ってきてふつふつと怒りを燃え上がらせるナツと、記憶の奥底に封印したトラウマが蘇って頭を抱えだすシエル。突如起こした奇行に首を傾げながらもウェンディは依頼書に再び目を通して読み上げる。

 

「『劇団の役者に逃げられ、舞台の公演も失敗続き…。心も体もズタズタです。私を元気づけてください。ありがとうございます。ラビアン』…」

 

確定だ。思いっきり知ってる奴からだ。それもイヤな思い出しか残っていないあの依頼。グレイも改めて思い出したようで当時も感じた苛立ちが蘇ってきている。突如周りの者たちが怒りや恐怖の感情を露わにしている様子に、内心困惑しているペルセウスがついていけてない。

 

「『ラビアン』って、誰だっけ?」

 

「シェラザード劇団の座長…俺たちがこの前やった舞台公演の依頼主…」

 

「あー!『フレデリックとヤンデリカ』!!」

 

それはいつか、幽鬼の支配者(ファントムロード)との激突の影響でギルドを再築している間のこと。ミラジェーンがルーシィに向いている依頼でものを壊す心配もないもの、と言う事で紹介された劇団だ。だが、当時魔法による演出のみの依頼だったのが、劇団の役者が全員逃げ出してしまい、急遽シエルたち最強チームを出演者として舞台の公演を行った。

 

詳しい内容は第19話に記されているが、このラビアンと言う座長、口調こそ「ありがとうございます」と言うお礼が口癖で慇懃無礼な態度に見えるが、今回だけでも二度目であることから分かるように、その本性はブラック企業の社長タイプで低賃金、重労働、強制残業(日単位)を強いるとんでも座長なのである。

 

「ウェンディ、この依頼はやめた方がいい…ってかこいつからは受けない方がいい!!下手すりゃ生きて帰れなくなる!!」

 

「劇団の座長さん…なんだよね、この人…?」

 

鬼気迫ると言った様子で、ブラック座長からの依頼を断固阻止しようとするシエルの様子に、思わずウェンディはそうぼやいた。一体シエルたちに何があったのか、何で一劇団の座長からの依頼で生死に関わるのか、と言う疑問を拭えない。

 

「私も反対よ。何もそんな仕事じゃなくても…オスガキの言う事は大袈裟かもしれないけど、悪い予感もするし…」

 

元々シャルルは別の街で行う大仕事をいきなり引き受けることを良しとはしていない。ウェンディの今の力量や性格を思えば心配な部分も多いし、何より自分が今感じている悪い予感も懸念の材料だ。しかし、ウェンディにとってはギルドの一員として、より力をつけるための第一歩でもある。

 

「シャルルの予感はよく当たるけど、でも、私で役に立てるなら…」

 

「あなたは人が良すぎるのよ。大体、行ったこともない街で大きな仕事なんて、あなたにはまだ無理よ!」

 

「そんなことない!私もちゃんと依頼を果たしてみせる!!」

 

「なら、好きにすると良いわ!私はついて行かないから!」

 

「ちょっとちょっと!何であんたたちが喧嘩になるの!?」

 

どうしてもみんなの役に立つために依頼を引き受けたいウェンディと、荷が勝ちすぎると考えてやめておくべきと主張するシャルルの会話はいつの間にかヒートアップし、喧嘩のような口論にまで発展する。二人の間で宥めるルーシィも、他の面々も表情に困惑が浮かぶ。何とか落ち着かせようとルーシィが声をかけるも、先に意固地になったシャルルがウェンディからそっぽを向けてしまう。すぐに和解するのはおそらく不可能に近いだろう。

 

「私…このお仕事引き受けます!」

 

そんなシャルルの様子に少し寂しげに眉を値を下げながらも、すぐに気を引き締めて堂々と告げるウェンディ。だが今の口ぶりから察するに、シャルルさえ同行しない、本当の意味での単独での依頼と言うことになる。何事も経験だと、ウェンディは一人で受けるつもりでいるらしいが、周りが…特に一人の少年がそれを勿論放ってはおかない。

 

「分かった、ウェンディが決めたなら依頼については何も言わない。でも一人はさすがに危険だから、俺も行くよ!」

 

「よし、オレも行くぞ!」

「あたしも!」

「オレもだ。あんな野郎に一人で会わせたら何されるか分かんねぇ…!」

 

「え?で、でも…!」

 

仕事の変更はもう叶わない。ならばせめて、彼女の危険をなるべく無くすために同行を申し出る。シエルに続くように以前ラビアンに痛い目にあわされたナツ、ルーシィ、グレイも同行を名乗り出た。あのブラック座長にウェンディを会わせては、どんな悲惨な目にあわされるか分からないというのが大元だ。一人で仕事をこなす決意をしていたウェンディは勿論それに困惑するが、それでシエルが引き下がるわけがない。

 

「大丈夫!いざという時は、ウェンディだけでも絶対にここに帰すから!たとえ命に代えても…!!」

 

「座長さんを癒すお仕事なんだよね!?そして何でナツさんたちも、否定どころか全力で肯定してるんですか!!?」

 

ウェンディの肩に両手を置きながら、まるで戦場に向かう兵士の如き覚悟を決めた表情で決意を口にするシエル。その背後から、似たような表情で何度も首を縦に振るナツたち3人。依頼内容に見合わぬ覚悟を秘めた様子の先輩たちに、ウェンディは困惑のままに叫ぶしかできなかった。

 

「待て待て!」

 

すると、カウンター席の机の上に座っていたマスター・マカロフが制止と共に声をあげた。彼は酒の入ったコップを片手に持ちながらも、初めての大仕事を引き受けたウェンディに同行しようとする者たちにこう続けた。

 

「そんなに大勢で同行してはウェンディの成長には繋がらん。気持ちは察するが、お前たちが一々世話を焼いていては、いつまでたっても何も変わらんぞ?」

 

「ま、まさか…この依頼本当にウェンディ一人で行かせるつもり!?」

 

「そうも言っとらん。ようやくウェンディもここでのやり方に慣れてきたばかりじゃ。だからいきなり一人で遠くへやるわけにもいかん。かと言って、大人数が同行するのも悪手。せいぜい2、3人じゃ」

 

先程動向を名乗り出た全員がウェンディと共に行けば、ウェンディ自身の成長に、意図せずして妨げになってしまう。だが一人で行かせるのが危険であることも事実。だからこそマカロフが決定したのは、少人数の同行者の選定。

 

「一人は、前にも行ったことのある者…そうじゃな…」

 

「はい!はいはいはい!!」

 

前にも行ったことのある者…代表として真っ先に挙手をして主張をするシエル。ウェンディの依頼に同行したいという願望もあるが、今回は依頼主が依頼主なだけに、その脅威から守りたいというのも一つだろう。物凄く激しい自己主張にも見えるが、その気持ちはよく分かる。そんな彼の必死のアピールをマカロフは…。

 

「…ハッピー!」

「ズコォ!!」

「オイラ!?」

 

一切無視してシエルではなくハッピーを指名。それに対してシエルは勢いよく床に倒れこむが、当のマカロフと指名されたハッピーは全くもって意識を向けない。何も喋らずに転げ落ちた姿勢で固まっているシエルを見ているメンバーはいったい今どういう心境だろう。

 

「それに、フリード!お前も手が空いとったな、ついてってやれい」

 

「マスターのご指示とあれば」

 

更に指名したのは所在なさげにカウンターで飲み物をあおっていた術式魔法の使い手、フリード。彼は特に反対する理由もなく肯定を示す。

 

『何でフリード!?』

 

ウェンディ、ハッピー、フリード。誰も思い浮かばなかった、どうなるのかも分からない異色の組み合わせだ。そもそも何故フリードが同行者の一人に選ばれるのかも周りから見れば疑問の一つ。思わず周りから疑問の声が上がった。

 

「何でフリード…?そして何でオイラが…?」

 

「マスター!ハッピー、あんまり乗り気じゃなさそうだし、俺が同行しちゃダメなの?」

 

「ダメじゃ」

 

まさか自分が行くことになるなど思わなかったハッピーが呟いているのを聞いたシエルがメンバーに変わろうとマカロフに志願するが、その願いは生憎聞き入れてもらえない。予想よりも呆気なく断られてしまい、シエルの表情は更に愕然のものへと染まる。

 

「おぬしの事じゃから、ウェンディに必要以上の助けを加えてしまうじゃろう?今回ばかりはそれではダメじゃ。ここで大人しく待っておれい」

 

「けど…!」

 

マカロフの言い分が分からない訳ではない。むしろ本来のシエルなら同意する側の意見だ。だが、シエル自身の感情がどうにもそれに首を縦に振ることが出来ないと主張している。尚も食い下がろうとするシエルの言葉を、後ろから彼の右肩に手を置いたその人物が途中で止めた。

 

「シエル、ここはマスターの言うとおりにしよう。それに、過剰な心配はその人に対していいことに転ぶことはない。信じて送り出して帰りを待つ。それもまた信頼の形だ、分かるよな?」

 

彼の兄であるペルセウスが、弟を諭すように声をかける。危険と隣り合わせになるギルドの依頼を受けているのは、何もウェンディだけではない。自分だって、兄だって、ギルドに所属する誰だって同じだ。それでも彼らが無事に帰ってくるのを信じる。それはウェンディであっても同じことであると。優しげな声で教えられたシエルは、もはや反論の言葉を見つけることは出来なかった。

 

「…そう、だね…。ウェンディ、危ないと感じたら絶対にそれ以上踏み込まない。それだけは気を付けてね?」

 

「うん、ありがとう!」

 

不安げな表情を浮かべたままであったが、彼女を信じて待つことを決めたシエルの言葉に、ウェンディは笑みを浮かべながらそう頷いたのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それから約30分。ウェンディたちは依頼に向かうための準備を済ませ、ギルドの入り口前にて見送りをしに来た者たちと向かい合っていた。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

見送りに来てくれた彼らに元気よく告げるウェンディ、その少し後ろで佇んでいるフリード、そして暗い影を落としながら俯いているハッピー。組み合わせも珍しいが、これ程までチーム内の空気が全く違うというのも珍しい。

 

「フリード、ウェンディの事ちゃんと守ってあげてよ」

 

「心配無用だ。任せておけ」

 

カナに念押しでかけられた言葉に元よりそのつもりだったのか頷きながら答えるフリード。他のみんなも、ウェンディに気を付ける様にと声をかける者が多い。

 

「そう言えば、シエルは?」

 

「一階のフロアにいると追いかけてしまいそうだからって、書庫にこもってる。出入り口の見張りまで任されるほどだよ」

 

見送りに来た者の中に、ウェンディを人一倍気にかけていたシエルがいないことに気付いたルーシィがその疑問を口にすると、ペルセウスからその返答が返ってくる。自分の衝動を抑えようと本を読んで集中し、時間の経過を待つ算段だろうか。

 

「必要以上の手出しはいかんぞ。ウェンディの勉強にならんからな」

 

「あいさ~…」

 

再三にわたるマカロフからの忠告。だが半ば無理矢理にメンバーに選ばれたことに落ち込んでいるハッピーの耳にはちゃんと届いていないらしい。そして見送りのメンバーについてきたはいいものの、自分の忠告を無視して仕事に行くことを貫いたウェンディに向けていた視線を、シャルルは顔と共にその視線をそっぽ向ける。その行動に少しばかり悲しさを覚えるウェンディであったが、今は自分が行う仕事を優先させるべきと結論付け、フリード共にマグノリアの駅へと歩を進め始めた。

 

「ホントに大丈夫かなぁ…」

 

「フリードが一緒なら、心配ないと思うけど…」

 

「けどあいつも、変に融通利かないって言うか、マイペースなとこあるからねぇ…」

 

その背中を眺めながらルーシィ、リーダス、カナがそれぞれそう言葉にする。基本的に雷神衆か、ラクサスがいた頃は彼と共にいることが多かったフリード。生真面目な性格をしてはいるが、どこか頭が固い部分も感じられる。そんな彼と遠くの街で仕事を行う事は、もう決まったこととは言え、不安要素があることは否めない。

 

彼らの言葉を聞きながら、ウェンディからそっぽを向けていた白ネコも、心配そうな目を彼女の背中に向けていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

オニバスの街に向かう最短ルートは、マグノリア駅から発車されるオニバス行きの列車。これならばものの1時間ほどでオニバスに到着することが出来るのだが…。

 

《オニバス行きの列車は、線路の破損事故の為、運休です。繰り返します…》

 

「早速試練だな…。どうする?ウェンディ」

 

拡声器を使用して利用客に呼びかけている駅員からのアナウンスの通り、現在オニバスへと向かう為の列車は運休とのこと。列車が使えないとなると、オニバスに向かう移動手段も限られることになるが…。

 

「オイラ、飛べるからさ!一気に空飛んで連れてったげよっか?」

 

ハッピーの(エーラ)を用いれば、人一人は余裕で運べるし、オニバスまでの距離も列車と遜色ない速さで移動できるはずだ。しかし、ウェンディはその提案に首を横に振った。

 

「ううん、今度の仕事は出来るだけ自分の力でやり遂げたいの。だからオニバスまで、歩いて行こうと思うの」

 

「えぇーーーっ!?滅茶苦茶時間がかかるよ!!フリードも止めてよ~!」

 

列車でも1時間ほどかかる距離なら、徒歩での移動だと数時間は確実にかかってしまう。さすがにそれは無茶が過ぎる。同行者であるフリードにも、ハッピーが同意を求めていると…。

 

「確かに、その通りだな…」

 

「ほら!フリードもこう言ってる!」

 

「オレも歩こう」

 

「ええ……!!?」

 

一瞬自分に同意していると思っていたら、ウェンディの方に同意し、共に歩こうとしている。思わず愕然となって、翼を出しながらもショックで駅の床へと落下してしまった。

 

「この仕事は、ウェンディの意思を尊重する。マスターに言われた。それが謂わばルールだ。ルールは守らねばならん」

 

「ありがとうございます、フリードさん!」

 

「あ、頭固すぎ…」

 

他のメンバーから見れば融通が効かないとみられる節があるフリードだが、今回に関してはあくまでウェンディがメインと考え、その意思を尊重するつもりのようだ。言葉だけを見れば堅苦しいようだが、ウェンディに向けている表情は柔らかい。笑顔を浮かべて礼を告げるウェンディとそれを受けるフリードを見ながら、ハッピーはこの先に待ち受ける難関も予測して、少し憂鬱になりそうになった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)では書庫の前で、中にいるであろう弟の様子を何度か確認しながら、新聞を読んで時間を潰していたペルセウスは、一階のフロアで別の依頼から帰ってきていたエルザが、ルーシィたちと話をしているのを耳にした。

 

ウェンディたちが過去に演劇を行った劇団から再び依頼があったことを聞くと、「マスターの言う事も分かるがやはり心配だから」と言う名目で、発声練習や以前も使用した衣装と小道具の詰め合わせを準備したりと、演劇に参加する気満々の状態でついて行こうと名乗り出る。

 

これに対して止めるべきか否かを考えている内、ミラジェーンからオニバス行きの列車が現在運休しているという情報がもたらされ、自分たちも行った方がよさそうだとエルザは決定してしまう。こうなっては最早止められないだろう。そう考えて、シエルがいる書庫の方へと戻ろうとするペルセウスの耳に、その会話が聞こえた。

 

「そう言えば、シエルはどこだ?あいつも連れて行った方がいいと思うのだが…」

 

「あ、ええっと…シエルもシエルで、今調べ物が忙しいらしいから、あたしたちで行きましょ?」

 

「そうか…。あいつがいれば、より盛り上がると思ったのだが…」

 

この会話を聞いたペルセウスは、てっきりウェンディを特に心配していたシエルも共にさせた方がいいのではと考えたが故の提案…だと思ったのだが、最後にぼそりと呟かれた彼女の言、そしてあからさまに誤魔化したルーシィの様子を見て、彼にはある疑念が浮かび上がった。

 

誰もが演劇の話をするとイヤな思い出として語るというのに、唯一目を輝かせて今再びそれに参加しようとしているエルザ…演劇の間、シエルに何かしらの事をしたのではないのか?と言う疑念である。そう、彼はまだ知らないのだ。シエルの演劇におけるトラウマが、九割九分九厘エルザが原因であることを。

 

「これは…やっぱりあいつには知らせない方がよさそうだな…」

 

詳しい原因は分からないが、ペルセウスは結論を決めた。シエルには余計な情報を与えずにいようと。ウェンディたちの後を追って行ったエルザとルーシィ、そしてブツブツ言いながらも同行したシャルルを見送り、ペルセウスは今度こそシエルのいる書庫へと戻る。

 

「そろそろもう一回様子を見てみるか」

 

出入り口の扉の前に到着すると、ペルセウスはその扉にノックを三回。そして弟の名を一回呼んだ。

 

「…あれ?シエル~?」

 

一回だけでは返事がなかったので、もう一度。だがそれでも書庫からの返事は聞こえない。さすがに不審に思った彼は「開けるぞ?」という言葉と共に扉を開いて、中を見る。

 

「ん…?ど、どうなってるんだ…!?」

 

だが、彼が目にしたのは、信じがたい光景だった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「う~…まさかこんな距離を歩くことになるなんて…」

 

列車が運休のために徒歩を選んだウェンディたちは、オニバスへの徒歩における最短のルートである森を通過しているところだった。苦もない表情で歩き続けるウェンディとフリードに対して、ハッピーは沈んでいる気持ちも手伝っているのか、白い翼で飛んでいるのに見るからにヘトヘトと言った様子だ。

 

「正確に言えば、お前は歩くのではなく飛んでいるのだが」

 

「どっちもあんまり変わんないよ!」

 

「言葉は正確に使うべきだ。術式を使うオレには、言葉の大切さがよく分かる」

 

文句を垂れているハッピーに対して、言葉の使い方に違和感を覚えたフリードがすぐさま指摘をすると、苛立ちを露わにしてハッピーが反論する。しかしフリードの方も譲るつもりはないらしい。

 

「すみません、私の為にお二人まで…」

 

「仲間の為だ、気にするな」

 

徒歩で(ハッピーは正確に言えば長時間の飛行で)向かうことに不満を漏らすハッピーの言を聞き、申し訳なさが勝って謝罪を口にするウェンディ。対してフリードはウェンディの行動をメインとして動くように考えていたためか、不満一つ言う事なく同行している。今も、申し訳なさそうにしている彼女にフォローをするほどだ。

 

だが、一行が歩を進めていたその時、何かを察知した様子のフリードがその場で立ち止まり、周囲を見渡す。

 

「フリードさん、どうしたんですか?」

 

「…すまない、少しだけ待っていてくれるか?」

 

そう言いながら腰に差した細剣を抜き、地面に術式を書き始める。一体何をしているのだろうと、ウェンディとハッピーが首を傾げる間にも、かなり広範囲で書き続ける。そして範囲を書き切ったのか術式の始点に戻ったフリードがそれを完成させる。

 

「一体何の術式なの?」

 

「見れば分かる」

 

ハッピーの疑問にもあえて口には出さず術式を発動するフリード。発動までには時間がかかるこの魔法であるが、あらかじめ設定したルールはどんなものでも適用される自由性がある。そして、今彼が設定した術式に設定したルールも勿論、確実にその通りの効果を発揮する。今回発動されたルールは…。

 

『この術式の中では天候魔法(ウェザーズ)は全て無効化される』

 

 

「あれ?天候魔法(ウェザーズ)って…」

 

「確かシエルの魔法…」

 

書かれたルールを目にした瞬間、その魔法を扱う少年の姿を思い浮かべたハッピーとウェンディ。するとその時だった。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁああああああっ!!?」

 

術式内の天高くから、悲鳴と共にその少年が落下し、轟音と共に起きた衝撃の勢いで地面が陥没する。「シエルゥ!?」と少女と青ネコの驚愕に満ちた声が辺りに響いた。

 

「うっ…痛ったたたた…!!」

 

「やはりお前だったか、シエル」

 

落ちてきた少年に仰天としているウェンディたちに反し、フリードだけが納得したように反応を示して、彼に剣を向ける。今までどこにも見えなかったはずのシエルがどうして空から現れたのか。実を言うとオニバスへ行く列車が運休になり、徒歩のルートとして森を抜けようと向かっていた時から、シエルはウェンディたちの跡をついていたのだ。

 

ちなみに万が一にもバレないように乗雲(クラウィド)を用いて上空数十メートルを維持。更に姿が見つからないように蜃気楼(ミラージュ)を使って自分の姿を隠す徹底ぶり。だが、微かな空気の流れと魔力を感じ取ったフリードがそれに気づき、術式によってその二つの効果をまとめて消されてしまい、重力に従って、落下してしまったと言う訳だ。

 

「何故ついてきた?この依頼はウェンディとハッピー、そしてオレが引き受ける様にとマスターが決めたものだ」

 

今回のシエルの行動は、フリードにとってルール違反と同義のものである。マスター・マカロフが直々に指定した同行者。それに当てはまらないシエルがこの依頼に人知れず同行していたこと自体、見過ごせるものではない。

 

いきなりシエルに向けて剣を向けるフリードにウェンディとハッピーが息をのむも、シエルは反対に至って冷静で落ち着いている様子だ。

 

「マスターが定めたルールは、必ず守らねばならん。今すぐギルドに戻るというのならば、オレはこの件に関して何も咎めないと約束する」

 

遠回しではあるが、シエルにすぐにでもギルドに戻るようにとフリードは告げている。だが彼がここまでついてきたことには何かしらの理由があるはずだとウェンディやハッピーは考えている。そして、実を言うとその通りでもあるのだ。

 

「けど、俺はどうしても、このまま待っているのは耐えられなかった」

 

彼が零したその言葉に見守っていたウェンディとハッピーも、そしてフリードも各々の反応を見せた。最初に零した彼の胸中を表す言葉。そして、更にシエルはその言葉に続けていく。

 

「お願いだ、俺もついて行かせてほしい。依頼に同行するわけじゃないから、報酬だっていらない。勿論、命に関わる危険以外は、俺も一切手出しするつもりはない。ただ俺は、自分が知らないところで起こるもしもがあった場合、それにウェンディが巻き込まれるのが嫌なだけなんだ」

 

彼女に対する過度な心配が、結果的に彼女の成長を妨げることになる。それはシエルもよく分かってる。だが、ウェンディがもしも依頼先でその身が傷つくような危険な出来事に遭遇したら?そんな事が起きた時、その場にいなかったからと言う理由で阻止できなかったら、自分で自分が許せない。

 

たったそれだけ。だが動く理由としては十分だと自負するその理由から起こした行動だった。真っすぐにフリードへと向ける視線とその言葉。髪に隠れていない方の左目から向けられる眼光とぶつかり合う両者の沈黙。固唾を飲んで見守ることしかできないウェンディたちの視線も受けながら、フリードは一つ息を吐くと閉ざしていたその口を開く。

 

「如何なる理由があろうとも、ルールを破るという行為を見過ごすわけにはいかない」

 

「フリード!!」

 

その言葉にハッピーは、シエルの願いを却下したと理解し、思わず声を荒げた。どうしてもだめなのか、何とかシエルの想いも組んであげたいと思うハッピーが説得をしようと声をあげようとするが、彼の予想に反して、フリードはシエルに向けていた剣を鞘に収めた。

 

「確かにお前は、オレ達に気付かれないようにと上空で姿を消しながら様子を窺うのみだった。お前が言った言葉に嘘はないのだろう。だが、それとこれとはまた話が異なる」

 

そしてその言葉を告げた後、彼はウェンディの方へとその目を向けて、彼女に問いかけた。

 

「ウェンディ、お前はどうするべきと思う?」

 

「え?」

 

「先程も言ったが、この仕事はウェンディの意思を尊重する。シエルの同行を許すのか、それともギルドに帰すのか、オレではなくお前が決めるべきだ」

 

その問いは彼女だけでなく、シエルとハッピーも大きく驚いた。だが同時に、ある意味では彼らしいとも言える。彼にとってはマスターの決定が絶対ではあるが、今回の依頼で主に行動を起こすのはウェンディのため。そのウェンディが許可をするというのであれば、フリードがそれに反する理由もない。そして、その選択をかけられたウェンディが選んだのは…。

 

「シエル、私がそんなに心配、だったの?」

 

「…信じていない訳じゃないんだ。けど、ごめん、どうしても俺が心配だったから」

 

ウェンディにはまだ早いと面と向かって言っていたシャルルと、同じ気持ちを抱えさせているのだろうか。シエルにとっての自分はまだ守らないといけないと思わせている存在なのかと、ウェンディは考えている。

 

だがシエルから見れば、彼女が守られるだけの存在ではないことは既に承知の上だ。だが今回の仕事は遠くの街で行う大仕事。少女にとっては予想外の、初めての出来事だ。起こりうるアクシデントを前にどう動くのかがまだ彼にとっては分からないことが、シエルの心配の種。それに今は明かせないが、意中の少女が知らぬところで危険に遭うと知れば、放っておけるわけもない。

 

自分を信じてくれているが、それとは別に気にかけずにはいられない、と言った意思をシエルから感じ取ったウェンディ。ならばと、彼女は決めた。彼に対する選択を。

 

「…ありがとう」

 

唐突にウェンディから告げられたお礼に、シエルは思わず目を丸くする。そして優しく笑みをかけながら、ウェンディはその選択を伝えた。

 

「私なら大丈夫…って言っても、きっとシエルは納得してくれないと思う。だったら、私でもやれるんだってところを、見ていてほしい」

 

「!それって…!」

 

ウェンディが告げた言葉に、シエルもハッピーも、そしてフリードも理解できた。思わずシエルの表情が明るくなる。

 

「フリードさん、私はシエルにも来てもらいたいです。そして、今回のお仕事をやり遂げて、安心させてあげたい!」

 

「了解した。それがウェンディの決めた事ならば従おう」

 

ウェンディが決めた選択。そしてそれに従うと告げたフリード。シエルの同行の許可はこれでおりた。ハッピーの「やったぁ!」と言う声に続いて、シエルもまた「ありがとう!」と二人に向けて礼を告げる。

 

「あ、さっきも言ったけど、本当に危ないと感じた時は俺も加勢するからね?」

 

「きっと大丈夫だと思うけど…いいですよね、フリードさん?」

 

「事と次第によってはな」

 

やはりウェンディに対しては結構心配性な様子のシエル。ともかく、シエルも合流できたという事で、再び一行はオニバスへと向けて徒歩での移動を開始する。勿論、乗雲(クラウィド)での移動は今回禁止だ。ウェンディの意向で。

 

「そう言えばシエル、ペルの話では書庫にこもってたって言ってたけど、どうやってギルドを出たの?」

 

「あ、そう言えば…」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の内部にある書庫の出入り口は一つ。だがそこはシエル本人の希望で、兄であるペルセウスが度々見張っていたはずだ。それを掻い潜って、どうやってシエルは外に出てきたのか?ハッピーが零した疑問にウェンディも気になりだし、そしてシエルはそれに答えを示した。

 

「ああ、それはね…」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「本当にいねぇな…」

 

「どうなってるんだ?」

 

ギルドの書庫。そこにはペルセウスだけでなく、ミラジェーンやリーダスなどの、ギルド内にいた魔導士たちが入って、揃って首を傾げていた。その理由は、彼らを呼んだペルセウスの言葉から。

 

『シエルが書庫から消えた!!』

 

動揺を露にした彼のその言を、半信半疑で考えていた魔導士たちも、実際に書庫に入ってみてその姿が見えなくなっていることから、ペルセウスの言葉が真であることは理解した。だがそうなると次に浮かぶのは、どこに、どうやって消えたのか。

 

「出入り口は一つで、それもペルが見張ってたってことは、この書庫は密室だったのよね?」

 

「ああ…時折離れたりはしていたが、その時は扉の前にグレイプニルを設置していたから、出る余裕なんて無いはず…」

 

「何つーもん扉に設置してんだよ!」

 

「シエル自身がそうしろって言ったんだ」

 

出入り口の封鎖の為だけに神器を用いる手段はともかく、シエル自身もこの出入り口から出たという説は考えられない。となると、外部からの魔法を用いた可能性が?

 

「まさか…誘拐!?あの時の様に!!?」

 

「落ち着いてペル!まだそうと決まったわけじゃ…!」

 

一年以上前の、あの盗賊団の一件のようなシエルの誘拐が再び起きたと考えて、ペルセウスの顔色が見る見るうちに悪くなっていく。混迷を極めようとしていた謎のシエル消滅事件。こういった事象が起きた時に決まってシエルが推測を立てて解決することが多いのだが、よりによって今回いなくなったのがそのシエル。

 

今の自分たちでは手掛かりも掴めそうにない…と、考えられていたのだが…。

 

「出入り口はもう一つあるよ」

 

その声を聞いた瞬間、全員がその視線をその者に向けた。

 

 

声の主は、この書庫にも度々足を運ぶ読書好きの少女、レビィ。

彼女の言葉を聞いたペルセウスがすぐさまどういう意味かを尋ねると、彼女は一度宥めてから説明を始めた。

 

「実は、ギルドの改築に伴って、書庫から直接外につながっている非常用出入り口を作ってたんだよ。きっとシエルはそれを使ったの」

 

ガジルやファントムによって一度は破壊された妖精の尻尾(フェアリーテイル)。だが今ではご存じのように、改築作業を行って新しくされた。それに伴って書庫の床から地下に小さめの通路を作って、外に出れるようにした非常用出入り口が追加されていたのだ。これを知っているのはマスター・マカロフと、普段から書庫を利用している人物ぐらいだろう。

 

「確か、書庫の奥の方に…あ、ここだよ!」

 

移動したレビィが指さした方向に視線を移せば、確かに四角い溝が彫られた、不自然になっている一部分が床に刻まれている。だが、やはりシエルはここを使用していないというのが誰でも理解できた。その理由は…。

 

「出入り口、本で塞がれてんじゃん」

 

そう。四角の溝の中心に、様々なジャンルの本が数冊積まれた束が置かれており、明らかに脱出後ではありえない物理関係を表しているのだ。ここも使っていないという事は、また別の方法があったのでは?もしくは書庫のどこかに姿を隠しているのでは?と考える魔導士たち。だが、レビィの意見は違った。

 

「ううん、やっぱりシエルは、ここから出たんだよ。間違いない」

 

「…何で、そう言い切れるんだ?」

 

いくら書庫に一番詳しいのがレビィとはいえ、ここまであからさまに違うと言っているような出入り口の塞ぎ方を見れば、その考えにならないはずだ。しかしレビィには確信があった。それに対する解答が。

 

 

 

 

「『シャーロット・アーウェイの謎 第六章 密室の洋館にて起きた殺人事件』…!」

 

「「…何だって…?」」

 

ペルセウスだけでなくミラジェーンも思わず聞き返してしまった。

 

それはレビィだけでなくシエルも愛読している推理小説のシリーズ本の話。その中でシャーロットが解決した事件と言うのが、今回のシエルが消えた状況と大きく似ているのだという。

 

その時に発覚した事実は、犯人は目当ての人物を殺害した後、持ち前のものを浮遊させる魔法を用いて重い物体を持ち上げ、床に隠された出入り口から出ると同時に、その隠された扉を塞いで密室空間を作り出したというトリックだ。

 

 

確かに似ている。

 

「つまり、今回シエルが行ったのもそのトリック!この非常用出入り口から出ようと床の扉を開いてそこに入り、あらかじめ本の束を乗雲(クラウィド)に乗せて自分の頭上に持っていく。そして後は蓋を閉じて、上に出していた魔法を解除。見事に仮の密室を生み出した!間違いない!!」

 

「楽しそうだな、レビィ…」

 

どこか目をキラキラさせながら高らかに告げた己の推理。それを見た周りの魔導士たちは彼女の生き生きとした姿を見て困惑している。

 

「もしそれが合ってるとしたら、少なくともシエルは自分の意思で出たわけだな?はぁ…とりあえず安心だ…」

 

「けどちょっと待って?それってつまり…」

 

安心から胸を撫で下ろすペルセウス。だが、ここでミラジェーンは気づいた。シエルが起こしたこの行動の意味を。

 

回りくどいが、これはシエル自身が他の誰かにバレるのを避けて実行した仮密室。時間の問題ではあるが少しでも脱出が発覚するのを遅らせるための工作。まるで、自分を追いかける人物が出てくるのを妨げるような…。

 

 

 

 

 

 

『あいつ最初から待つ気なかったな!!?』

 

何が何でもウェンディが心配でついて行きたかった。それが元で起きたことを、全員がようやく理解したのだった。




シエル「てなわけで、後編へ続く」

ハッピー「何かどっかで聞いたことあるフレーズ…!?」


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第71話 ウェンディ、初めての大仕事!?(後編)

お待たせしました、後編です。
そう言えば前編で書き忘れましたが、今回の話を決めるアンケート、実は僕予想出来ていたんですこのウェンディメインの話が一位になるの。(笑)

でもまさか3つ選択肢があるのに投票数の半分を占めて一位になるのはさすがに予想できませんでした…。これがヒロインの力か…。

そしてこの回で、幕間章となる5.5章は終了です。次回からはメインの新章に入ります!


「―――っていう感じで出てきて、あとは乗雲(クラウィド)蜃気楼(ミラージュ)を使って追いかけたってわけ」

 

「なんでわざわざそんな回りくどいことするの…?」

 

足を動かしながらもシエルはここに至るまでの経緯を語った。わざわざ兄に出入り口の封鎖を願い出たのは、自分からギルドを出ることは絶対にないという事を、他の面々に前提として思わせることが狙い。その隙を突いて密室から誰にも気づかれずに抜け出した。

 

わざわざそこまで手の込んだことをしてまでウェンディたちを追いかける必要があったのか、そんな疑問があるにはあるが…。

 

「しかし、今頃ギルドでは大騒ぎになっているのではないか?誰かが書庫の中を確認しようものならお前の不在はすぐにバレるだろう?」

 

「ああ…兄さん辺りが大騒ぎしてそうだな…。あとは帰った後にめっちゃ叱られたりとか…」

 

「だ、大丈夫なの、それ…?」

 

共に話を聞いたフリードがふと抱いた疑問を口にすると、シエル自身も色々とまずいことは自覚があるのか、現状起きているであろう事件と帰った後に待ち受ける説教を思い浮かべて、辟易している。ウェンディから心配の声が上がっているが、多分大丈夫じゃない。

 

「ま、今更何言ったところで待ち受けてることが変わることもなし…今はこのままついて行くしかないよ」

 

「妙なところで肝が据わってるよね、シエルって…」

 

先に起きることが分かるからこそ、今くよくよ考えて目先の事に集中できなくては本末転倒。それが今のシエルの心情だ。切り替えて頭の後ろに両手を持っていきながらぼやいたシエルに、妙なずぶとさを感じ取ったハッピーであった。

 

シエルも加わって森の中を徒歩で移動。しばらく真っすぐに進んでいた一同だったが、時間が経つにつれて、シエルが上の方を気にする様子が度々見受けられるように。それに気付いたウェンディが声をかけた。

 

「シエル、どうかした?」

 

「あ…うん、ちょっとね…」

 

だが尋ねてみると妙に歯切れの悪い返事しか返ってこない。何かに気付いているのは確かだが、それを言うべきか否かで迷っているような…。と考えていると、彼女はふと思い出した。シエルが上の方を気にかけ始めた時に、自分も感じていたある違和感を。

 

「(もしかして…!)あの、もうすぐ雨が降りそうですから、少し急ぎましょう」

 

「!!分かるの…!?」

 

「うん、私、空気の流れが読めるから」

 

「まさか~?」

 

彼女が感じていたのは雨の予感。天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるウェンディは人一倍空気の流れに敏感だ。まだ何となくの範囲ではあるのだが、天候魔法(ウェザーズ)を扱う事で天気にはさらに過敏なシエルが上を気にしていた様子を見て、その予感は確信に変わった。

 

だが現在上空は雲一つない快晴。雨が降るようには到底見えないと、ハッピーがくたびれた様子でぼやいていた矢先、まるで意図していたかのように雨雲が流れ始め、彼らの上空から無数の雫が降り始めた。予報的中だ。

 

「何だこの天気~!?シエルのせい!?」

 

「俺は何もしてないよ!今は!!」

 

「早く雨宿りしないと!!」

 

ほぼ何の対策もしていなかった為に、雨風を凌げる場所が辺りにない状態でウェンディの言っていた通り降ってきた雨。それから逃れる為に一行は一気に駆け出し、どこか雨宿りができる場所がないかを探す。シエルの魔法を使えば雨を晴らすこともできるし、そうじゃなくても雨から逃れる術もいくらでもあるが、それは必要以上の手出しという扱いになってしまう。何か雨を避けるような場所がないか。シエルが森の中を見渡してそれらしいものを探す。

 

「あ、みんなあそこ!」

 

すると先にウェンディがシエル達に声をかけて指を指す。そこには十分なスペースが確保できる洞穴が見えた。不幸中の幸いだ。これで雨を凌ぐことができる。

 

「ふぅ…ひとまずここで止むまで待機だな」

 

多少濡れてしまったが、とりあえずずっと雨に打たれ続けるよりはいいだろう。降り出してから比較的迅速に行動したことが功を奏したようだ。洞穴の中に入ったシエルたちは一息つくことにした。

 

「ウェンディのおかげで助かったよ」

 

「だね…」

 

雨が来ることを察知し、そして洞穴をすぐさま見つけた彼女の活躍は、何気ないように見えるが非常に大きい。そのことを素直に口にすれば、彼女は口元に弧を描きながら首を少し横に振ってこたえた。

 

「ううん、シエルのおかげでもあるんだよ?」

 

「え、いや、俺は何も…」

 

シエルも彼女と同じように雨が来ることに気づいてはいたが、あまり手助けばかりしてはいけないと自分に言い聞かせて耐えようとしていた。だが結果的には、自分が読んだ空気の流れとシエルの様子から、その答えに行きついた。

 

彼女はそれを、まるでシエルが口に出さずとも自分に教えてくれたように語り、礼を示している。図星をつかれたような感覚に、思わず彼女から目を逸らしながらシエルが何かを呟いているそんな光景。

 

「(オイラは一体、何を見せられてるんだろう…?)」

 

目の前で言いしえぬ空気を醸し出している年少組二人を、どう形容していいか自分でも分からない表情で、ハッピーはただただ眺めていた。何だろう。この二人日に日に距離が近くなっているように見えるのは気のせいだろうか。非常に不服だが、自分はシャルルと距離を縮めようにも突っぱねられている現状だというのに。

 

だが、ハッピーの憂鬱はこれだけに留まらない。「それに…」と心の中で呟いてシエルたちから目を逸らして外の方へと着目すると…。

 

 

 

「ラクサーーース!!!」

 

「(あいつは何をしてるんだろう…?)」

 

雷まで鳴り始めた雨雲が覆う空に向かって、何故かラクサスの名を叫ぶフリードの姿。あいつの頭の中はどうなっているんだ。ハッピーは心の底から本気で思った。ついでに言えば、ウェンディが呼びかけるまで、フリードはずっと雨に打たれっぱなしだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

しばらくしてようやく雨が上がった頃には、既に太陽は西の方へと沈みかかっている途中で、夕焼けの光が森全体を照らしている。直に暗くなるだろう。そうなれば森の中を進むのは危険になる。

 

「今夜は野宿するしかないみたい…」

 

「寝床は、さっきの洞穴があるから大丈夫だと思うけど…」

 

「問題は食糧だな」

 

生憎オニバスに向かうのに列車以外の方法を考えていなかったため、ウェンディたちの荷物に食糧は入っていない。着の身着のまま彼女たちの後を追ってきたシエルも同様だ。なので食糧の確保は今からこの森の中で行うしかない。

 

「食べ物集めぐらい手伝ってよ。でないとお腹減って倒れちゃう」

 

「案ずるな。オレも己の為すべきこと、為さざるべきことはわきまえている男だ」

 

「一々言い回し固すぎ…」

 

食糧の確保に関してはさすがに必要最低限だと認識をしているフリード。何やらハッピーがフリードの言動にぼやくことが多いが、気にせずに彼は続けた。

 

「オレに食糧の心当たりがある。既に準備も終えている」

 

「本当ですか!?」

 

「さすがに用意周到だな!」

 

「いざという時は頼りになるね!」

 

雷神衆の一人として様々な経験を積んできているフリードの準備の良さに、3人の顔が明るくなる。そして彼は剣を引き抜くと事前に地面に記していた術式に魔力を込め、その術式を発動させる。恐らく食料となる生き物を捕まえるための罠が張られているのだろう。発動された術式を眺めながら、3人の期待値は大きくなっていく。

 

 

だが、術式に刻まれたルールを目にしたシエルは、「ん?」と言う声と共に怪訝な顔へと変わった。そしてそこに刻まれたルールをよく読んでみると…。

 

「『この術式に入った…羽魚は落下する』!!?」

 

「え、何で羽魚!!?」

 

羽魚。鰓の部分から一対二枚の羽が生えている空中を泳ぐ不思議な魚類。フリード曰く、この辺りは羽魚の回遊ルートであり、今の季節になると羽魚は産卵のために群れとなって登ってくるらしい。

 

そんな羽魚が、フリードの術式にかかって何十匹と言う規模で次々と落下してくる。魚が大量に手に入ることは本来なら嬉しい出来事だろう。魚が食べられないシエルはともかく、魚好きなハッピーには天国…のはずなのだが、彼の表情はどこか暗い。それもそのはず…。

 

「これ…食べられるんですか?」

 

「ううん、滅茶苦茶まずいんだよ…。オイラたち、前にひどい目に遭ったんだから…」

 

落ちてきた内の一尾を持ちながら尋ねたウェンディに、げんなりとした顔でハッピーが答える。少し前に街への帰路で全員が空腹に苛まれていた際に羽魚を釣って食べようとしたのだが、一番の魚好きであるハッピーでさえ、えずくほどのまずさである。正直食糧として機能はしない。

 

「…と思うのが、素人の浅はかさ。大方、焼き魚にでもしたんだろう?」

 

そんなハッピーの言葉を否定するように、フリードはそう言葉にしながら魔法を使って山積みになった羽魚のうちの一部を空中に浮遊させる。

 

「羽魚の調理には、コツがあるんだ」

 

そして言うや否や、空中に浮遊させた羽魚を、目にも留まらぬ剣捌きで、次々と身二つと背骨一つの三枚おろしにしていく。彼が手に持つ長い細剣で斬ったとは思えないほどの奇麗な出来栄えだ。

 

「おお…手際もいいしかなり早い…!」

 

「フリードさんって、お料理がお得意なんですか?」

 

「それ程でもないが、ラクサスや雷神衆と行動するときなど…たまにな」

 

そうしてフリードが作り上げた料理は、全て羽魚がメインの材料となっている刺身、カルパッチョ、天ぷら、甘酢あんかけ、羽魚のだしで作った湯豆腐などの豪華なレパートリー。外で作ったものとしてはクオリティの高い品々が、用意されたテーブルに並んでいた。

 

「「おいしそ~~!!」」

 

目を輝かせて歓声を上げる少女と青ネコ。しかし、唯一フリードの料理の腕を見て関心はするものの、料理自体を見てとくに食欲を湧かせられない少年が一人。

 

「…俺、自分の分は自分で取ってくるよ…」

 

「え、シエル、食べないの…?」

 

テーブル前に設置された椅子に座りながら、今か今かと食べたそうにしている二人に背を向け、一人森の方へと向かおうとするシエルに、ウェンディが声をかけるが彼は「うん、俺の方は気にしないで~」と返してそのまま奥の方へと入っていく。こんなに美味しそうなのに本当に食べないのか?と言う疑問が浮かんでいる。

 

「シエルは魚が嫌いなんだよ。勿体ないよね、絶対美味しいのに」

 

「やれやれ、あいつの食わず嫌いも困ったものだ。さ、お前たちは遠慮せずに食べてくれ」

 

目の前のご馳走を放って一人違う食材を探しに行ったシエル。気にはなるが本人もああいっていたことだし、ウェンディたちは早速テーブルにある料理を口につける。

 

 

 

だが、口の中に広がったのは予想していた旨味とは正反対の味。たった一口食べただけで顔が青ざめ、思わず手に持っていたフォークを取り皿の上にそっと置いた。

 

「やっぱ、調理法の問題じゃなかった…」

 

「私たちもシエルのとこに行きましょう。確か、向かった先には木の実があったはず…」

 

「あい…」

 

覆すことが不可能な羽魚の味を理解したウェンディとハッピーは、シエルが入っていった森の奥へと、彼を追いかける形で向かっていく。唯一黙々と羽魚の料理を食べ続けているフリードは、そんな彼女たちの様子に、半ば呆れるような面持ちで呟いた。

 

「先程のシエルと言い、好き嫌いは感心しないな。魔導士は体が資本だというのに…」

 

羽魚は人を…舌を選ぶ味だというのにそれを感じさせない。恐らくフリードがその最たる例と言う事だろう。羽魚を口に入れても微塵も苦しみを見せない彼の特殊さが、垣間見えた気がした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その後、シエルと合流して無事に夕食をとり、一夜を明かしたウェンディたちは、森の山道を抜けて今度は照り付ける太陽にさらされた砂漠を歩いていた。一気に風景がガラリと変わったが、オニバスへの方向は今のところ間違っていないらしい。

 

あまりの暑さにうんざりとした様子のハッピーと、少しばかり消耗している様子のウェンディに反し、シエルやフリードは普段通りの様子で砂漠の砂地を歩いている。

 

「ウェンディ、今のところ大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。シエルもフリードさんも、暑さに強いんですね」

 

「二人ともこっそり魔法で涼しくしてるんじゃないの~?」

 

度々ウェンディの体力を気にかけてシエルが声をかけるが、強がりなのか本当にまだ余裕があるのか、ウェンディは弱音を一切吐かない。その代わりなのか、ハッピーの方が砂漠の中で一切暑がりもしない二人に懐疑の視線を向けてきている。

 

「仲間を差し置いて、自分だけ楽をしようとは思わん。単に鍛え方の問題だ」

 

「俺の場合は太陽の光から自分の魔力に変換できるから、暑いと感じても、体力は減り辛いのが理由かな」

 

「そんなことも出来るんだ…!」

 

フリードは己の体力や体を鍛えていれば暑さなどどうにでもなると言った主張でハッピーに反論。シエルはある意味、自分の魔法の恩恵を受けている。魔法を覚える際にそうできるように仕組みを考えて己の力に変えてきたため、ベクトルは違うが、フリードと似たようなことか。まだまだ独自性が残されている天候魔法(ウェザーズ)の特性に、ウェンディが感嘆の声をあげる。

 

「うへぇ…もうダメぇ…」

 

「ハッピー!!」

 

砂漠特有の暑さと直射日光で体力の限界が来たのか、力なく空中から砂漠の砂地に落下するハッピー。目を回してその場に倒れ伏したその姿を見て、すぐさまウェンディが彼に近寄る。

 

「待ってて、私が元気にしてあげる」

 

「あ、ウェンディ…それなら俺が…」

 

何の躊躇いもなく体力を回復するための魔法を使用するウェンディに、使えば体力を激しく消耗することを知っているシエルが変わるために声をかけようとする。だが、その声は途中で自ら区切った。自分はあくまでただ同行している身。本来ならこの場にいなかった存在で、今の道中での行動を左右する立場ではない。

 

ハッピーの体力の回復なら自分でもできるが、それでは間接的に助けに入っていることになる。だが、このまま放っておけばハッピーの体力はますます消耗し、それに伴ってウェンディの魔力も削られていく。どうするべきか。どの判断が正しいのか。頭の中で整理をするが、正答が浮かばない。

 

折角共に来たというのに、今近くにいるのに、安易に助けを加えることも出来ない。歯がゆい思いを抱え、胸に右手を持っていきそれを握り締めてその想いに堪えていると、シエルの後ろからフリードが彼女の元へと近寄り、声をかけた。

 

「君が魔力を使う事はない。オレが何とかしてみよう」

 

その言葉にウェンディも、そしてシエルも、彼に何か妙案があるのかと言った表情で問いかける。それに対して笑みを浮かべながら、フリードはまず、剥き出しになっている岩場にハッピーの体を横たわらせた。

 

「まずこうして寝かせる。次に術式を書く」

 

そしてハッピーが横になっている岩を囲むように術式を書き、その魔法を発動させる。その内容は『この術式の中にいる者は、暑さを感じない』。これで砂漠による暑さからは逃れられるが、もう一つの問題があった。

 

「岩が熱くて焦げちゃうよぉ…」

 

日中は常に日光によって熱される岩が、とてつもない熱を放っているために、横になっているハッピーの背中から、焦げるような黒い煙が発生し始めている。これ、本当に大丈夫なのだろうか?

 

「術式を設定するには、時間がかかるんだ」

 

「て言うか、術式から出たら意味ないんじゃ…」

 

結局のところはその場凌ぎだ。何とか出来ないものかと頭の中で整理をしていたシエル。するとある事に気付いたのか「あ!」と声を発してフリードへと声をかける。

 

「ねえフリード。術式って、確か生物にも直接書くことが出来たよね?」

 

「術式ではなく、正確には闇の文字(エクリテュール)だが…それが…!そういう事か」

 

彼はトラップによく応用される術式魔法の他に、人物に直接魔法の文字を刻むことでその対象に感覚を与える魔法、闇の文字(エクリテュール)が使える。彼はこの魔法を基本、相手に対して痛みや恐怖と言った攻撃の文字を、自分には翼を始めとした強化、付与の文字を刻むことで戦闘を行う。

 

だが今の状況でこの話を切り出したシエルの意図を、フリードは少しばかり遅れながらも理解した。その魔法を今この状況においても活用できることを。

 

「この場合は…闇の文字(エクリテュール)“耐暑”及び“耐熱”!」

 

髪に隠れていた右目を黒くし、ハッピーに二回剣を振ってそれぞれ告げた二つの文字を刻む。それによって一瞬ハッピーは痛がる素振りを見せるが、刻まれた文字がハッピーに吸収されるように消えていくと、へとへとになっていた彼の表情がパッと覚醒する。

 

「わ~い!ホントだ!全然暑くなくなった~!!」

 

そして途端に(エーラ)で空に飛び立ちながら元気よく喜ぶ。どうやらばっちり効いたようだ。ウェンディが両手を合わせながらその様子を笑顔で見ている。

 

「スゴイですね、フリードさん!」

 

「いや、まだまだだ。シエルが気付かせてくれなければ、この方法も思いつかなかっただろう」

 

ハッピーを元気にしたフリードのもう一つの魔法を見てフリードにそう告げるも、そのフリードはシエルの功績として告げ、彼に向けて笑みを浮かべる。今回はウェンディのサポートとして同行したのに、後から来たシエルに助けられた。彼の観察力の高さは知っていたが、改めて垣間見ると目を見張るものがある。フリードは素直にそう思った。

 

「ハッピーも元気になったし、先を急ぎましょう!」

 

勢いに乗ってきたチャンスを逃さないように、張り切った様子のウェンディの声に各々が返事をして更に歩を進めていく。

 

 

広い砂漠地帯を歩き続けてどれくらいが経っただろう。もうそろそろオニバスに到着する頃だろうかと言うところで、突如反応を示したのはシエルとウェンディ。

 

「っ!この空気…!」

 

「嵐が来る!!」

 

共に空気の流れに敏感な二人。砂漠地帯で起こる嵐。つまりは砂嵐だ。しかもそれはただの砂嵐ではない。

 

「この地方特有の“呪いの砂嵐”だ…!」

 

「話に聞いてはいたけど、こんなときに発生かよ…!!」

 

呪いの砂嵐。それはまるで砂嵐自身が意思を持っているかのように、あらゆるものを飲み込もうと生物目掛けて迫ってくる、悪意のある自然現象。時折砂嵐に怪物のような顔が見えるという噂もあり、呑み込まれたら最後、二度と出ることが出来なくなるとさえ言われている。

 

「どっかに隠れなきゃ!!」

 

「この砂漠に、隠れる場所などない。逃げるんだ!!」

 

嵐に巻き込まれてしまっては終わり。身の安全を最優先し、一行がすぐさまその場から離れる。少しでも距離を長くとり砂嵐が収まるのを待とうという判断だ。呪いとまで言われている砂嵐だ。下手に手を出すと何があるかも分からない。

 

「あ、あれって!?」

 

すると、砂丘の一つのてっぺんで、人間らしき影が膝をついて何か下の方を覗き込んでいる光景が目に入る。遠目からでは分かり辛いが、視力の優れているウェンディは、それが誰なのかすぐにわかった。

 

「ルーシィさーん!!」

 

その場所にいたのはルーシィ。更に、盛り上がっている砂の影響で見え辛かったが、もう一つの存在にも彼女は気づく。それは彼女の相棒である白い毛を持ったネコ。

 

「あれ、シャルルも!?」

 

「…ぷい」

 

一緒には行かないと豪語していたシャルルだが、何だかんだで彼女も心配でついてきていたらしい。だが本人を前にすると素直になれないのか、ウェンディから顔をそむける。

 

「心配でついてきちゃ、って!何でシエルまでここに!?」

 

「あ、いや…一足先に追いついてね…」

 

「書庫にこもってたはずなのに!?何で!!?」

 

ギルドの書庫にずっといたはずの少年の姿を目にして、ルーシィの表情が仰天で染められる。彼女はまだ知らない。両者が愛読している推理小説のトリックの如く、彼が書庫から気付かれずに外へ出ていたことを。

 

それはともかく、ルーシィたちも知らずのうちに合流していたシエルも含め、全員無事のようだ。だが、現状一番危機にあっている存在がいることに、ハッピーとシエルがその目で気づいた。

 

「あれ!?エルザ!!」

 

「流砂に呑まれかれてる!?」

 

ルーシィが覗き込んでいた場所は、すり鉢状に出来た流砂。その中心に鎧姿で緋色の髪の女性が呑みこまれそうになっている。彼女を背後から地面を自在に移動できる星霊バルゴが抱きかかえているが、何故か持ち上がらないらしい。

 

「バルゴが抱えられないって、どういうことだ…!?」

 

「まずいな…。ここはもうすぐ砂嵐に呑みこまれる」

 

「ええっ!?」

 

シエルたちが逃げようと距離をとっていた呪いの砂嵐。再び見えるところまでその脅威が迫ってきており、ルーシィが引き攣った悲鳴を上げる。よく見てみると、確かに怪物さながらの怨嗟感じる顔のようなものが浮かんでいる。気のせいか唸り声も聞こえる。

 

「私に構わず、お前たちは行け!」

 

「何言ってんのよ!!」

 

さすがにエルザと言えど、あの悪意を感じる砂嵐に呑みこまれれば命の保証も出来ない。放ってはおけないとルーシィが声をあげると、エルザを抱え上げようとしているバルゴがいつもの抑揚のない声で今の状況を伝えてくる。

 

「不思議です、この重さ…。まるで巨大な鉄の塊のような…」

 

「鉄の塊…?」

 

確かにエルザは普段から上半身は甲冑のような鎧を身に纏っている。しかし、それ以外に彼女が身につけているものは重いものなどなかったはずだが…?

 

と、考えてシエルは思い出した。エルザは何かしら依頼に向かう時、やけに大荷物を牽いて来ることを。そこで聞いてみた。

 

「エルザ!今何か荷物を持ってきてるの!?」

 

 

 

 

 

「…芝居の道具を、ずっと握っている…」

 

「ええ!?」

「そりゃ重いでしょ!!」

 

いくら何でもまさか過ぎた。何より規律にうるさいエルザがどうしてウェンディたちを追いかけに来たのか、シエルはすぐに合点がいった。

 

「しかし…これが無ければ舞台が出来ん…!」

 

同時に、トラウマと怒りが込み上げてきた。主に、エルザの苦しげな声を共に発したセリフで。

 

「どのみちやらねーからな!!?今回の仕事は舞台の助っ人じゃねーんだよ!!やってたら帰れなくなるし、そもそもあそこでやるのはもうコリゴリだし!!あと一つ言っておくと俺はもう絶対にやらないし!!それが原因で今出られないんだろ!?捨てろ!今すぐそんなもん捨てろ!!命捨てるよりも何千万倍マシだぁ!!!」

 

「す…捨てろだと!!?私の大事な思い出なんだぞ!!そんなこと出来るか!!!」

 

「俺の心を壊しかけた思い出が人の命より大事であってたまるかぁ!!!」

 

「何の話をしている!!?」

 

怒りながらも青ざめた顔で次々とエルザに怒鳴り散らすシエルの勢いに、場にいる全員(バルゴを除く)がギョッと驚愕の表情でシエルを見て絶句している。その中でエルザが絶望を味わうような顔で懇願するように返すが、更に怒りが助長したシエルの怒号に突っぱねられる。あんまりにも必死に叫ぶ少年の様子に「以前舞台で何があったのだ…?」と思わずフリードが呆然と呟いた。

 

「エルザ!どのみちそこから出ないと、何も出来ないわよ!!」

 

「うっ…!くぅ…すまない…!私の思い出…!!」

 

シエルの主張では意固地になって手放せずにいたが、最後にルーシィが告げた言葉が結果的に後押しとなったのか、エルザは悲しそうに涙を流しながら、砂に埋もれた芝居道具を手放した。大きな枷がなくなったことで脱出が容易になった瞬間、バルゴが勢い良くエルザを抱えて飛び出し、無事に流砂から脱出を成功した。

 

「ああ…私の心の拠り所がぁ…」

 

「後で掘り出しゃ良いじゃない!!」

 

「お仕置きですね?」

 

未練がましく砂の中に埋もれていった道具たちへと手を伸ばしているエルザに、ルーシィもいい加減イライラしていたのか怒り交じりに叫んだ。しかし、彼女が脱出に手間取っている間に、状況は最悪の一言になっていた。

 

怨嗟の顔を浮かべた砂嵐が唸り声を上げながら、どんどんこちらへの距離を詰めていく。しかも距離と速度から考えれば、最早逃げる余裕もないに等しい。このままでは全員呑みこまれ、二度と外へと出ることが出来なくなる。考えている時間はなかった。

 

「俺が、あの砂嵐を消してみせる!」

 

「え!?消すって、出来るの!?」

 

「分からないけど、これは天候魔法(ウェザーズ)の魔導士である俺じゃないと出来ないことだと思うから…!」

 

命に関わる危険が訪れた場合は、躊躇いなく加勢する。それは最初に約束したことだ。あの呪いの砂嵐を前にしても何もしないままでいることは出来ない。唸り声を上げながら迫りくる悪意の砂嵐を前に堂々と立ちながら、シエルは両手を前に突き出して魔力を練り上げ始めた。

 

「シエル…。っ!」

 

そんな彼の後ろ姿を見ていたウェンディは、彼の名を小さく呟く。そして数瞬の思案の後、決意したように表情を変え、動き出した。

 

「天候は砂嵐、後に…!」

 

「シエル待って!!」

 

砂嵐に匹敵する竜巻の魔法を放とうと集中した魔力を撃ち出そうとしたその時、後ろにいたはずの少女からその声が上がる。思わずその手を止めて振り返るほどに、シエルは驚愕した。

 

「え、ウェンディ!?」

 

「私が、何とかしてみる!」

 

そう言うや否やシエルよりもさらに前方へと駆け足で出るウェンディ。彼らの更に後方にいたルーシィやシャルル達も心配の面持ちで見つめ、シエルも彼女の突然の行動に危険だと声をあげる。だが…。

 

「お願い。私にやらせて!」

 

振り返り、力強い眼差しと言葉をシエルに向けてみれば、少年は二の句が継げなくなった。彼女の相棒であるシャルルもまた、その名前を呟くことしかできない。そんなウェンディは、改めて迫りくる砂嵐の方へと視線を戻すと口いっぱいに周りの空気を吸い込み、膨らませる。

 

 

 

 

「天竜の咆哮ーー!!!」

 

そして放つは、純白の竜巻の如き咆哮。小さな身体から発されたとは思えない規模のその竜巻は、怨嗟の表情を映し出す顔の部分に直撃し、何と大幅に押し返すほどの威力を見せる。だが、もっと驚いたのはその後だ。

 

彼女自身に自覚があるのかは分からぬが、その咆哮に何かしらの治癒効果が付加(エンチャント)されており、砂嵐が浮かべていた怨嗟交じりの表情が、途端にパッチリと目がさえたようなものを浮かべたと思いきや、癒されたような気の緩んだ表情へと徐々に変化していき、そのまま白い竜巻と共に一片残らず消滅していった。

 

消えていく瞬間にいくつかハートマークが飛び散ったように見えたが、幻覚か?

 

「呪いの砂嵐が、消えた…!」

「やったぁー!!」

「ウェンディ…すごーい!!」

 

後方から聞こえてくるその声を聞きながら、シエルはただ茫然としていた。自分が対処しなければと思っていた災害級の自然現象を、守りたいと思っていた少女が、一人で解決してしまった。

 

一人の少女の活躍が、この場にいる全員の命を救ったのだ。

 

「すげえ…ホントにすげぇや、ウェンディ!」

 

心から素直に出てきたのはその言葉。色々と衝撃ではあったが、シエルはある種の感動さえ覚えていた。まだ入ったばかりで仕事に不慣れだと思っていた少女が、怯えることなく前に出て、脅威を払ってみせたこの事実に。

 

「ぁ…えへへ…!」

 

称賛の言葉をかけられて照れくさくなったのか、顔を赤らめて体をクネクネと捻じらせている彼女を、どこか安心したような顔でシャルルが見ていたのは、誰も気付かなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その後はトラブルも起こることなく(エルザが芝居道具をどうしても掘り起こそうとしていたので、仕方なくバルゴの手を借りて掘り起こしたが)、一向はオニバスに無事到着した。出発してから丸一日は経過しているため、遅れてしまったことに怒っていないか心配はしていたが、依頼主のラビアンが経営しているシェラザード劇団に到着すると、意外過ぎる光景が広がっていた。

 

「どうも、ありがとうございます!」

 

劇団の入り口は多くの観客で行列が出来ており、その入り口からひょっこりと顔を出している座長ラビアンが、満面の笑顔で来客を迎えている姿。確か依頼書には「公演で失敗が続き、心も体もボロボロだ」と聞いていたが…?

 

「何で元気なの…?」

 

「役者たちと仲直りして、舞台が出来るようになったんです。お客も大入り。ありがとうございます!」

 

依頼が発行されてからどれだけのタイムラグがあったかは分からないが、どうやら自力で立ち直ったようだ。本人からすれば良い出来事なのだろうが、苦労してようやくたどり着いた魔導士側からすれば、取りこし苦労である。

 

「折角苦労して掘り出したというのに…!」

「オイラ…ダメ…」

「はぁ~~…!」

 

結局舞台の助っ人がしたかったのに出来そうになくて落ち込むエルザ、そしてここまでの苦労が無駄足に終わって限界を迎えたハッピーとルーシィが、その場で座り込んだり、倒れたりする。

 

「まあ、でもこの分なら、これ以上問題は…」

 

ラビアンの機嫌の良さそうな雰囲気を見て、肝心のウェンディへの対応はひどいものにはならなさそうと確信したシエルが安堵を吐く。すると、彼も何故かその場に腰を下ろして、どこか疲れたような声を漏らす。近くにいたウェンディがそれを見てどうしたのかと声をかけると、彼はこう返した。

 

「あれ、何か…安心したからかな…?腰が抜けて…」

 

ここまでずっと張りつめていた糸が唐突に緩んだことで、彼の力も大きく抜けてしまったようだ。情けないが、自力で動けるようになるには少しかかりそうだ。

 

だが、不調を訴えた者はまだいる。突如口を押さえて顔色がどんどん悪くなっていくのは、まさかのフリード。昨晩羽魚を食べすぎたせいで、今になって気分が悪くなってきたらしい。

 

「うっ…いかん…!立ってられない…」

 

どうやら舌は特殊だが、胃袋までは特殊にはならなかったらしい。魚好きのハッピーでさええずくような味の羽魚を何十匹も一人で食えばそりゃそうなる。倒れ伏したフリードに慌てるウェンディの傍らで、シエルとシャルルが呆れて様な表情を浮かべている。

 

「おぉ~~~い…!」

 

すると今度は駅の方面から、こちらを呼んではいるがどこか力のない声が聞こえた。その声の主を目にしたウェンディは、再び驚きを露にする。

 

「ナツさん!?」

 

それはまさかのナツだった。エルザたちがウェンディたちを追いにギルドを出た後、彼女たちのみならずシエルまでもウェンディを心配して追いかけに行ったと聞いて、ナツも我慢をやめてウェンディたちを追いかけた。

 

だが、自ら葛藤を続けた末に選んだ手段は、線路が直って運行を開始した列車。しかし、乗り物に極端に酔いやすいナツは、オニバスに着いても自力で降りれず、マグノリアに戻ったりオニバスに再び行ったりと何度も往復をしていたことで、終始グロッキー状態だったという。

 

「ぅお…もう、ダメ…」

「ナツさん!!」

「何しに来たんだこいつ…?」

 

結局ウェンディたちの前まで到達した途端地面に倒れ伏すナツ。シエルが零したこの一言に尽きる状態だ。そして、その惨状を目の当たりにした依頼主であるラビアンは、突如表情を歪めると舌打ちを一つ。

 

「態度変わった!?」

「で、出たな裏の顔…!!」

 

さっきまでの慇懃無礼な態度から一変して不遜な感情をあらわにした顔を向けながら、劇団の前で倒れ、蹲る一行を見渡して、ラビアンは悪態をつき始めた。

 

「こんな場所で寝られちゃ営業妨害だ!キミ!!」

 

「はいっ!!」

 

あくどい顔を浮かべたままウェンディに向けて指をさし、入り口前の階段を下りて近づいてくるラビアン。シエルは残念ながら腰にまだ力が入らず庇おうとすることも出来ない。無理難題をこのまま押し付けられるのでは?と言う心配をよそに、ラビアンは表情変わらずこう告げた。

 

「こいつらを全部片付けてくれ!大仕事だが…報酬はちゃんと払う」

 

「えぇーーっ!!?」

 

本来の依頼と違う、予想外の頼まれ事で驚愕の声をあげるウェンディ。だが、逆にシエルは安心した。自分たちが受けてきた苦労と比べれば、遥かに優しく、しかも報酬まで保証してくれるという事なのだから…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時刻は既に夕刻。街灯の魔水晶(ラクリマ)が点灯を始めた頃。とりあえず邪魔にならないような場所にみんなを運び込んだウェンディは、落ち込んだように溜息を一つ吐いた。ちなみにシエルは、ウェンディの手を借りて何とか立ち上がり、今では十分に動けるようになっている。

 

「これが初めての大仕事だなんて…」

 

彼女が本来こなそうとしていた仕事とは随分予定が変わってしまった。何と言うか、やるせない気持ちでいっぱいと言う感じだ。しかし、彼女を手伝ったシャルルは、落ち込んでいる様子のウェンディに、フォローするような言葉をかけた。

 

「いいんじゃない?みんなあなたの心配してたけど、むしろあなたがみんなの役に立ってるわ。これも仕事の内よ。胸を張っていいと思うわ」

 

「そうかなぁ…」

 

動けなくなってしまった仲間を運び、介抱する。と明記すれば、確かに仲間の為に力となっていると言える。しかし、ウェンディ自身はどこか釈然としない様子だ。

 

「俺もそう思うよ。ウェンディのおかげで、すごく助かった。大変な仕事でもきちんとしっかりとできることは、見てる人はちゃんと見てるしね」

 

「…オスガキにしては、中々いい事言うわね」

 

劇団のある建物の隅っこで休みながらシエルがそう言葉にすれば、やはりまだ壁を感じるがシャルルも肯定的な言葉を更に続けている。

 

「(まあ、それだけじゃないんだけど…)」

 

同行していく中で、シエルはウェンディの行動一つ一つを振り返っていた。天気の流れをいち早く汲み取って行動に移し、自分から動いて避難も行い、大変な道のりでも弱音一つ吐かずに進んでいき、更には呪いの砂嵐にさえ物怖じせず立ち向かって退ける。あれほどの活躍をこの目にすれば、認められない訳がない。

 

それに、最後に大仕事を頼まれた後のあの行動も、シエルは思い返した。

 

『ウェンディ、乗雲(クラウィド)なら簡単に運べるけど、どうする?』

 

『ううん、大丈夫。私が頼まれたことだから。シエルは休んでて』

 

釈然としない大仕事だったが、それでもちゃんと自分でこなそうという姿勢は、中々出来るものじゃない。合流した時に彼女は言っていた。「自分でも出来るんだってところを見せたい」、「やり遂げて安心させたい」と。

 

「(改めて見させてもらったよ。もう君は立派な、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士なんだって…)」

 

気付けばシャルルと仲直りしていたウェンディが、満面の輝かしい笑顔を浮かべている様子を見ながら、シエルは心から彼女の今後が明るいものであることを確信していた。




次回予告

強力な力を持つ兄に、何度も挑んで、挑んで、その度に返り討ちにあうマフラーの少年。

そんな二人の勝負を、少年の相棒である青いネコと共に、自分と同じ位置から見ていた兄たちと年の近い少女。

少年が勝負を挑み、兄が勝ち、自分が兄を讃え、少年を少女とネコが慰め、そんな日常がずっと、続くと思っていた。


けどその日々はもう、戻ってこない。

次回『泡沫の夢』

もう夢でしか見れない、彼女の笑顔。

それもまた、泡のように消えていく…。


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第6章 並行世界・エドラス
第72話 泡沫の夢


今回は少々文字数少なめになりました。

いや、少なめつっても1万は超えてるんですけどね…。
最近のアニメオリジナル回の文字数が異常すぎたんや…!!


夢を見る。あの頃の、幸せなひと時の事を…。

 

 

夢を見る。まだ、その手の中に大事なものを掴めていた時の…。

 

 

その夢を見る時、決まって感じるのは、どこか深い海の中に、延々と沈み込んでいくような、そんな感覚。

 

 

周りに起こるのは、まるで自分の体から飛び出た空気が、水泡となって浮かび上がっていく、無数の夢の欠片たち。

 

 

一つ浮かべばその光景が写り。

 

 

一つ写れば次第に沈む体から離れていく。

 

 

そして見えないところの更に先で、写った景色は泡と一緒に弾けて消える。

 

 

 

 

 

まるであの時の…見えない場所で…

 

 

 

 

泡になったことも知らぬまま、消えていった彼女の様に…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

天候は一面の曇り空。普段は活気に満ちるマグノリアの街並みだが、太陽が一切目に映らない空模様では、幾分か落ち込んでいるように感じる。その街の大通りを歩くとある一団。その内の一人である桜髪の少年も、空模様に負けない程に不貞腐れたような、どこか陰りのある表情を浮かべていた。

 

「ちぇ~、ペルと一緒の依頼って言うから、S級クエストに連れてってくれるのかと思ったのによ~」

 

「まだそんな事言ってるの、ナツ~?」

 

口を尖らせてギルドへの帰路を歩きながら文句を垂れているナツに、彼の近くを歩く相棒の青ネコ・ハッピーが呆れた様子でそう言葉にする。仕事に行く前もそうだった。S級魔導士として活動するペルセウスが仕事に誘ってくれたかと思いきや、特に遠く離れた場所でもない、比較的簡単な地域での魔物討伐。別に普段からS級クエストのような難易度の高い仕事を受けたがっていたわけではないが、今回彼が不貞腐れているにはいくつかの理由があった。

 

「だってよ、リサーナたちはミラと一緒にS級に行ったじゃねーか」

 

「確かに置いてかれちゃったけどね」

 

数日前、ペルセウスと同様にS級魔導士と呼ばれているミラジェーンが、弟妹であるエルフマン、そしてリサーナを伴って、S級クエストに指定された獣王と呼ばれている『ザ・ビースト』の討伐依頼に向かった。出発前にそのリサーナたちがナツにその依頼の事を話してから出かけたらしく、S級クエストに自分と仲がいいリサーナが同行者とはいえ行くことを許可されたことを、ナツは羨ましがっていた。

 

その翌日に、話を小耳に挟んだペルセウスが、自分が行く予定としていた依頼に誘い、S級クエストだと認識したナツが快諾した。だがしかし、先程も記した通り、実際に受けた依頼はS級とは無縁のものだった。何故ナツを誘ってまで例の仕事を引き受けたのかと言うと…。

 

「俺だって、別にS級だったとしても構わなかったんだけどなぁ…」

 

その声は、ナツの隣で彼と同じ表情を浮かべながら歩く小柄の少年。ペルセウスと同じ髪の色を持った彼の弟であるシエルだ。彼はまだギルドの紋章を刻まれていない、正式なメンバーとは違う人物で、仮加入の立場にあるがれっきとした魔導士だ。自分の能力や経験を更に積むためにも、難易度が高いとされているS級への意欲は、他の魔導士に比べても大差がない。だが…。

 

「ダメに決まってるだろ。まだ正式に加入したわけでもないのに、S級なんて危険な仕事をシエルにやらせるわけにもいかねぇ」

 

一団の中で先頭を歩く一番の実力者である青年ペルセウスは、弟の告げた言葉に対してその考えを諫める。ある程度魔法が使えるようになったとは言え、シエルはまだ僅か12歳の子供。その上まだギルドの魔導士としての加入は保留の状態にされている特例だ。まあそうでなくても、ペルセウスは大事な弟であるシエルを大きな危険が伴うS級クエストに行かせることなど断じて認めようとは思わない。少なくとも現時点では。

 

「つーか、何でシエルも一緒に行くことになったんだよ」

 

「それも行く前に言ってたじゃん」

 

仮加入と言う立場にあるシエルは、まだ一人で仕事に行くことも許可されていない。簡単な仕事であっても、彼の行動を傍で見て、異常が起きたりしないかを確かめるための人員が最低一人必要だ。兄が依頼に行くという事でシエルも同行を希望したことにより、ペルセウスは彼を同行させるにあたって適度な難度の仕事を受注した。

 

肝心の同行者たちは歯ごたえが無さ過ぎて不完全燃焼であった。

 

「なんつーかこう…暴れたりねぇんだよ!もっと燃えてくるような、内側から湧き上がってくるような仕事をしたかったのによ!!」

 

「あ、でもナツだとそのまま暴れたらまた色々壊しそう」

 

「まず間違いなく壊すね」

 

不完全燃焼だったが故か、内側に燻ぶっている激情を今にも解き放ってしまいそうになって力んでいるナツ。だが、それを発散させるような仕事だった場合、ほぼ確実に何かしらのものを壊しかねないことをシエルたちは知っている。それが街中なら尚更。

 

「仕方ないな…。依頼の報告が終わったら、一つ勝負でもするか、ナツ?」

 

「勝負!?やるぞ!勿論やるに決まってんだろ!!」

 

不完全燃焼気味だったナツであったが、ペルセウスが溜息を吐きながらも勝負を提案するという珍しい行動に、シエルとハッピーが少しばかり驚いたような反応を示し、対してナツは先程までの様子が嘘のように張り切っている。

 

「いよーし!今日こそはオレが勝つぞぉ!!」

 

「とか何とか言っときながら、毎回すぐにやられてリサーナに慰められてるよね~」

 

「う、うっせぇよ!今日は絶対に勝てる!いや、勝つんだ!!」

 

「どうかな~?リサーナ帰ってきてたら伝えとかないとね。ナツがまたペルに返り討ちにされるって」

 

「何で返り討ち前提なんだよ!?」

 

ペルセウスとの勝負を控え大いに張り切り、勝利への意気込みを語るナツに対し、恐らく今回もナツに勝ち目はないだろうと断言し、いつものように彼に負けた後、よく共にすることが多いリサーナに手当やら励ましやらを受けることになると予想するハッピー。

 

「力や魔法の勝負なら何度も勝てるのに、一番勝ちたいことにだけ…勝てる気がしないな…」

 

そんな二人の口論を耳にしながら、ペルセウスは少しばかり表情に陰を落とす。どこか落ち込んでいるとも言えるその顔を、シエルはここ最近でよく見かけるようになった。その理由は彼にもよく分かる。

 

「兄さん、心配することないよ。ナツには何回も勝ってるんだし、それが続いていけば、リサーナだってきっと…」

 

「…だといいんだがな…」

 

それは兄が、リサーナと言う一人の少女に対して仲間以上の感情を向けていること。いつから彼がそんな想いを抱えていたのか、シエルは勿論ペルセウス本人も、気付いた時にはそうなっていたと語っていたことを覚えている。シエルとしては、いつかリサーナが義理の姉となり得るとしても一向に構わない。むしろペルセウス本人が望んでいるなら大歓迎だ。彼女はシエルの事をよく、弟のように接してくれるのも大きいから。

 

「ま、何をするにも、まずはギルドに帰ることが先だな」

 

「だね、ほら二人とも早く行くよ!」

 

「おう!」

「あいさー!」

 

兄が口にした言葉に弟は同意し、まだ口論を続けていたナツとハッピーに呼びかけながら、帰路を更に急ぐ。自分たちよりも先に外出していた彼女たち兄弟姉妹(きょうだい)はそろそろ帰ってきただろうか?すっかり日常の一部となっていたナツとペルセウスの勝負。それを脇から見るハッピーとシエル、そしてリサーナ。今日まで続いていたその光景は、きっとこれから先も何度だって起こる光景。

 

 

 

 

 

今日この日、この時まで、誰もがそれを信じて疑わなかった。

 

自分たちの家に近づいてきたところで、どこか暗く、寂しげな雰囲気が支配している空間を目の当たりにするまでは。

 

「え…?」

 

声を漏らしたシエルだけでなく、他の三人も、誰もが唖然となった。悲し気に涙を流しすすり泣く者。頭を抱えて落ち込む者。「何で…」と口にしながら現実を受け止めきれない者。一体、何がどうしたというのか。

 

「お前ら、帰ってきたんだな…」

 

言葉を失って立ち尽くしているシエルたちに、一人の魔導士が気付いて声をかけてきた。その声は震えていてどこかか細く、表情は悲しみに濡れていて、目元は赤く腫れている。先程まで、涙を流していたことが一目で分かる。

 

「…こん中だと、きっとお前らも信じられない…信じたくないことかもしれねぇ…。だから、落ち着いて聞いてくれ」

 

「な、何だよ…?」

 

嫌な予感は正直していた。誰もが涙ぐんだ声で悲しみに暮れている。奥の方に目を向けてみると、先程話に出ていたミラジェーンとエルフマンが、全体的に傷を負ったのか、所々治療された痕を主張しながら、それぞれの目に涙を浮かべて床に落としている。

 

 

いないのだ。彼女()()が。姉兄と共に、同じ仕事へと向かったはずの、彼女が…。

 

 

 

 

 

 

 

「リサーナが、仕事先で死んだ…。遺体さえ残らないまま、消えちまったんだ…!!」

 

その残酷な現実は、彼らに混乱と共に、絶望をその心に重く圧し掛けた。今すぐにでも思い出せる彼女の明るい笑顔。誰に対しても明るく優しく、誰よりも家族を愛して思いやりに溢れていたあのリサーナが…。

 

 

 

 

 

彼女のあの笑顔が、もう見れない…?

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

沈んでいく。どこまでも。

 

 

目を開けても映りこむのは、深い海にいるかのような闇。

 

 

そこを漂う小さな泡。

 

 

それに映りこんだ、あの少女に関する記憶。

 

 

『シエル、今日はどんな感じ?起きても大丈夫?』

 

『私の事はお姉ちゃんみたいに思ってもいいんだよ?』

 

『はいこれ!私が好きな本、持って来たんだ!』

 

『そしたらナツってば、またペルに負けちゃって~!』

 

『すっかり元気になったんだね!よかった!』

 

『今度は私の魔法を覚えてみない?』

 

『いつかシエルとも一緒に仕事ができると良いね!』

 

 

次々と浮かんでは、見えないところに行ってしまう。

 

 

あの水泡の中に入った記憶が、徐々に薄れていってしまう。

 

 

いつか彼女は言っていた。自分たちが忘れない限り、思い出の中にいる限り…

 

 

 

その命はずっと、生きているんだと。

 

 

 

 

だが、彼女は?自分の中に生きている彼女が、もし泡のように消えてしまったら…。

 

 

 

 

 

 

もう彼女の生きる場所は、失われるのか…?

 

 

 

 

 

───嫌だ…!そんなの、嫌だ…!!

 

───忘れたくなんかない…!あの時の悲しみも…!

 

───リサーナがいたことすべてが失われるなんて、そんなの…!!

 

 

 

零したものを拾おうと、必死に手を動かし、その泡を掴もうともがく。しかし、泡は手の中に収まることなく、弾けて分裂し、その隙間から抜けていってしまう。

 

 

───嫌だよ…逝かないで、リサーナ!!

 

───兄さんの隣で、みんなの近くで、もう一度、あの笑顔を見せてよ…!!

 

───お願いだから…もうどこにもいかないでよ…!!!

 

 

 

 

 

「姉ちゃん!!…っ!」

 

気付けば、そこは暗い海の底ではなくなっていた。ジャンルを問わず収納された本が詰め込まれている本棚。リーダスに描いてもらった兄や自分が写っている何気ない日常の絵。他に明記するものが見当たらない、今時の少年にしては質素な、自分の部屋。

 

「…夢…にしても、たちが悪すぎるにも程がある…」

 

自分たちが知らないところで、彼女がその命を失っていたことを知るあの時の夢。当時はあまりにもショックな出来事で、その後自分が何をしたか、よく思い出せない。気付けば、兄が自分を励ますように、抱きしめてくれていたことしか。きっと、リサーナを失ったショックは、自分よりも何倍も大きかったはずなのに、兄として自分を元気づけることを優先したからこその行動。

 

だからこそ、尚更罪悪感が募った。兄の心に寄り添うべきだったのに、自分の悲しみで精一杯だった。当時の自分が今でも恨めしい。

 

窓の外を見てみると、僅かに空が白んできた程度の明るさ。夜明け前。日によっては一番暗い時間帯ともされている暁の時。日が昇りきるまで再び布団に潜ることも出来たのだが、あの夢を見た直後ではそんな気にもなれない。

 

別室で寝ていると思われる兄を起こさないために、一つ一つの動きになるべく音を立てないまま、彼は玄関へと繋がっているリビングに入る。そこに「今日は先にギルドに行ってる」と言う書置きをテーブルに置いた後、他に何をすることもなく玄関から外に出る。

 

扉を開けて外に出た瞬間、その身に感じたのはひんやりとした冷たい空気。もう秋も終わりに近く、そろそろ冬が近づいてくる頃だ。そしてふと、シエルはもう一つ思い出した。それは、起きる前に見たあの夢にも関連すること。

 

「(そう言えば…リサーナの命日も、もうそろそろだったっけ…。だからか…あんな夢を見たのは…)」

 

思えば、去年の今頃も同じような夢を見た記憶がある。あの時は兄もいなかったためにとても心細い思いをしたような、と振り返りながら、シエルは起きている者がまばらなマグノリアの街を、ゆっくりと歩きだした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それから数時間が経ち、すっかり太陽が町中を照らす時間。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドホームでは、時間の関係もあって、既に何人かのメンバーが集まっており、仕事に行く者や、談笑をする者、趣味に時間を使う者など、様々な者たちが目立つ。

 

その中で、テーブルの一つに座り、魔法の事に書かれているらしい本を読みながら過ごしていたウェンディ。そして傍らにて、好物である(らしい)ダージリンティーを嗜んでいるシャルルに向けて、ギルドに到着したばかりのルーシィが、上着を脱ぎながら声をかけてきた。

 

「ウェンディもシャルルも、大分このギルドに慣れてきたみたいね」

 

「はい!」

 

「女子寮があるのは気に入ったわ」

 

先日の大仕事を経て、ウェンディは更に経験を積み始めている。分からないことだらけで困惑することも多かったが、良くも悪くも濃密なギルドである妖精の尻尾(フェアリーテイル)に既に2週間近くいれば、少なからず他ではできないような経験を詰めるというのも、ある意味事実だろう。

 

ちなみにシャルルが提示していた女子寮…フェアリーヒルズには、ウェンディとシャルルの二人で一部屋を借りている。常に一緒にいるし、何より人間と比べるとずっと小さいシャルルが一人分の部屋を使うには、色々と手に余る。

 

「そう言えばルーシィさんは、何で寮じゃないんですか?」

 

ふとウェンディはルーシィに聞いてみる。彼女も女子寮に入れる条件は揃っているのだが、そこではなく別の住居を選んだのは何故だったのか、素朴な疑問だ。ウェンディたちが女子寮に入る日、偶然入り口で会ったことから、女子寮の存在自体は知っているはず。

 

「女子寮の存在、最近…あの時初めて知ったのよ。てか寮の家賃って10万J(ジュエル)なのよね…。もし入ってたら払えなかったわ、今頃…」

 

その理由を聞いて苦笑を浮かべながら納得した。涙ぐましい。実際に目から涙を流して呟くルーシィの様子を見ると気の毒に感じてくる。そもそもルーシィがここまで家賃に苦しんでいるのは、ひとえに彼女と同じチームを組んでいるメンバーが一因である。

 

周囲の破壊行為に定番のあるナツ。無意識に衣服を脱いで裸を晒す露出癖のグレイ。生真面目そうな印象と裏腹に手加減と言う言葉を知らないエルザ。いざという時は力押し一辺倒で解決させようとするペルセウス。以上のメンツがなりふり構わず色々と壊すせいで、周囲の被害が甚大。それによって弁償も兼ねて報酬額を減らされることが茶飯事。何度シエルと一緒に方々へ頭を下げた事か、彼女すらもう正確な数を覚えていない。

 

「あのメンバーと比べると、オスガキって比較的まともなのね…」

 

「うん…イタズラ好きでたまに忘れるけど、ある意味一番常識的なのよ…」

 

よくメンバーにイタズラを仕掛けたり揶揄ったり、悪人相手にはその悪人もドン引きの真っ黒な行動を度々起こすシエルだが、周囲に対するリカバリーや気配りに関しては実は一番まともな思考をしている。本当に困っているときはよく手を差し伸べたりしてくれるし、相談があるときはちゃんと話を聞いてくれる。あと、ルーシィの部屋に入るときは、必ずドアから呼び鈴を鳴らして入るぐらいには常識人だ。

 

 

…あれ、ルーシィ不法侵入されすぎて感覚がマヒしてない?

 

「あ、そうだルーシィさん、シエルを見かけました?今日、一度も見ていないような気が…」

 

「え?そう言えば…どこにもいないわね。仕事に行ったのかしら?」

 

普段であればギルド内にいる事が多く、最近では兄やチームの誰かと仕事に行くのがシエルの行動。もしくは、ウェンディの近くにて過ごしているはずなのだが、今はギルド内に他のチームメンバーがいるにもかかわらず、少年本人の姿が確かに見当たらない。珍しく一人で仕事だろうか?

 

「まだ自分の家にいるんじゃないの?仕事せずに過ごす一日があるとか」

 

「そうなのかな…?」

 

ペルセウス辺りに聞いてみた方がいいだろうか。読んでいた本を閉じながら、そうと決まればと立ち上がって話を聞いてみようとすると、声が聞こえていたらしいミラジェーンがウェンディたちに声をかける。

 

「シエルを探してるの?だったら多分、あそこにいるんじゃないかしら?」

 

3人同時にミラジェーンへと振り向き、彼女が告げたその言葉に全員が頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。そんな3人の様子を見ながら、ミラジェーンは笑顔を浮かべながら、人差し指を一本立てて、上へと向けた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ギルドの屋上は、以前の木造様式が寄棟式と言われる斜面が四方についた広い屋根だったのに対し、石中心で作られた新築のギルドは、陸屋根と呼ばれる勾配の無い平たいもの。てっぺんにある鐘楼を囲む似たような斜面の屋根とは別の、ベランダ代わりにもなる設計で作られている。

 

そんなベランダ兼屋根の上で仰向けになりながら、燦燦と輝いて身を暖かくしてくれる日の光を浴びながら、シエルは穏やかな表情を浮かべてじっとしていた。うたた寝しているようにも見える。

 

「あ、ホントにいた…」

 

「日向ぼっこ、でしょうか…?」

 

「呑気なものね…」

 

そこに、ギルド内から出入り口を伝ってそっと顔を覗かせてシエルの様子を見に来たルーシィたち。ミラジェーンが言っていた通り、ギルドの屋上と言えるこの場所に、日向ぼっこの為に朝からずっとここにいたらしい。前に趣味の一つとして言っていたような気がしたが、本当にその様子を見ることになるとはさすがに思わなかった。

 

「あ、ちょっと待ってねウェンディ」

 

すぐにでも声をかけようとしたウェンディだが、それに気付いたルーシィになぜか待ったをかけられる。シエルが悪戯をする時と同じような笑みを浮かべながら、口元に指を近づけて静かにするようにとジェスチャーを送ると、足音を立てないようにゆっくりと横になっているシエルに近づいていく。

 

「いつもシエルにはイタズラされてるし、ちょっとくらい仕返ししてもいいよね…?」

 

「その発想自体がオスガキと同レベルね…」

 

距離を詰めながらも小声でそう口にするルーシィに、シャルルからただただ冷たい指摘が入る。しかしそんな事は気にしないしめげないルーシィ。徐々に確実に距離を詰めていき、もう少しでシエルの顔を覗き込める場所まで到達する。そして…。

 

「ばあっ!!」

 

ルーシィが仕掛けたイタズラとは、突然彼の顔の前に現れて大声を出して驚かせると言うもの。シャルルの目線がさらに冷たいものになり、ウェンディはただただに苦笑いを浮かべることしかできない。そして肝心のシエルはと言うと、微動だにしないでずっと目を閉じたままだ。

 

「…あ、あれ…?」

 

思わずウェンディたちの方へと視線を戻すルーシィ。もしかしてあまりに日向ぼっこが気持ち良すぎて眠りが深くなっているのか。目を覚ますにはちょっとやそっとの事じゃ起きないのか。もう一度確認しようとルーシィが再びシエルの顔に近づく。

 

「シエル、ひょっとして…」

 

 

 

「ワァア~~~~!!」

「キャアーーー!!?」

 

声をかけた瞬間、ルーシィの声に被せてくるように突如大声を出しながら両目と口を限界に開けるシエル。寝ていたと思っていた少年の目と口が突如として開き、追い討ちで自分以上に怖い声を発する姿に、ルーシィは思わずその場を跳ねて倒れこむ。

 

ルーシィほどではないが体をびくりとさせて驚いた様子のウェンディとシャルルを他所に、唐突な驚愕と怯えで腰を抜かしている様子のルーシィを見たシエルは、こらえもしないで愉快そうに笑い声をあげた。

 

「アッハハハハ!ルーシィ!どうせおどかすならもっと工夫しなきゃ!逆に驚かされてどーすんのさ~!!」

 

「あ、あんた起きてたの!?」

 

「いや?さっきまで確かに寝てたけど、あんな気配も消してないまま近づいてたら分かっちゃうって」

 

笑いを漏らしながらそうルーシィに言葉をかけるシエルに、彼女は少年が実は起きていたのではと疑いをかけたが、シエル自身が言ったとおり、ルーシィが近づいてきたことで意識は浮上してきていたらしい。

 

普通に声をかけてきたのならまだしも、予想通り自分への意趣返しとして驚かしに来ていた。だがそれを察知して見逃すシエルではない。逆に一枚上手の方法でルーシィを驚かすことにした。

 

「うぅ…!ちょっとは仕返しできると思ってたのにぃ…!」

 

「まあ、仕返しされたとしても更にもう一度仕返しの仕返しを考えるけどね」

 

「どっちもガキだわ…」

 

若干涙目になって悔しげに呟くルーシィに、笑みを浮かべながらそんなことを口にするシエル。そんな二人を見ていたシャルルはほとほと呆れ果てた。

 

「ところで、ルーシィもだけど、ウェンディたちもどうしてここに?」

 

「朝からシエルを見かけなかったから、どこに行ったのかなって。ミラさんがここのこと教えてくれたの」

 

「ああ…そういえば大分日が昇って来たな…」

 

ウェンディからそう聞いてみれば、ここに来た時と比べて太陽の位置が大分上に来ていることに気付く。もうそんなに長い間ここにいたのかと、やけに時間が早く過ぎていたことに、素直な驚きを感じていた。

 

「あんたこそ、ずっと日向ぼっこしてたって、何かあったの?」

 

「ん…?う~ん…ちょっと、夢を見て…」

 

「夢?」

 

ルーシィからそう問われれば、朝起きる前に見た夢の事を思い出して、自分の表情が自然と暗いものになっていくのを感じた。どんな夢だったのかそれとなく聞いてみる彼女だが、どこか顔を俯かせてそれに答えられる気分にならない。

 

しかし、どこか気になるといった顔を浮かべている少女たちの視線を受けながら、ベランダの塀に腕をかけ、少しばかり観念したように少年の口から言葉が出始めた。

 

「この時期になると、浮かんでくるんだ。二年前の同じころに死んだ、リサーナの事が」

 

「リサーナ…さん…?」

 

少しばかり曇った表情を浮かべながらシエルは語った。

 

リサーナは自分たちと同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で、ミラジェーンとエルフマンの妹だった。シエルがまだ病気の療養をしていた時に、何度も見舞いに来てはギルドでのことを教えてくれたり、本を持ってきてくれたりと親身になってくれていた。

 

しかし、二年前に姉が受けた仕事の同行者としてエルフマンと共に向かった際、エルフマンの暴走を止めるために身を挺したことでそれに巻き込まれてしまい、命を落としてしまった。

 

気付かない内に別れの言葉もかけられないまま、彼女はその命を身体ごと失ってしまったのだ。

 

「あの時は俺もそうだけど、ミラたちも、ナツも、兄さんもひどくショックだったよ。今まで当たり前にいるはずだった存在が、もう記憶の中でしか思い出せないんだから」

 

「そうだったの…」

 

シエルの話を聞き、ルーシィたちは沈痛の面持ちを浮かべる。自分たちも知らない、彼らにとっての大事な仲間。魔導士の仕事は時に命の危険と隣り合わせであることを痛感させられた悲しき事件。

 

「…ごめん、何か気を遣わせちゃったね」

 

「そんなこと…!」

 

困ったように微笑みながら彼女たちに謝るシエルに、思わずウェンディが声をあげる。だが、それ以上に告げる言葉が見つからず、詰まってしまう。

 

「ずっと悲しんでいるわけにもいかないさ。リサーナもきっと、それを望んではいないから」

 

悲しい出来事だった。そしてその悲しみは絶対に忘れてはいけないものだと心から思う。本当なら話すことも深い悲しみを思い出させる出来事だが、それでも彼女たちに話したのは、改めて自分にそれを決意させるためでもある。でもルーシィたちには、そんなシエルの表情が、どこか無理をしているようにも見えた。

 

 

その時だった。マグノリア中に響く、街の大鐘楼が、滞ることなく幾度も幾度も鳴り始めたのは。

 

「え、何?」

 

「鐘の音…?」

 

「時報の鐘…じゃない…?」

 

正午や夕刻などを知らせる為に町全体に響くように鳴らすことはある。だが、今のこの不規則のような鳴らし方。シエルの耳には聞き馴染みのないものだ。階下にいるみんななら何か知っているだろうか?と、考えて下に行こうかと思っていると…。

 

 

 

 

『ギルダーツだぁ!!!』

 

屋上にいる4人が耳をふさぎたくなるほどの大音量。中にいるほとんどの魔導士がそう叫んだことによって、ギルド全体が揺れるほどの錯覚を覚える。

 

「ギルダーツ…?」

 

「前にみなさんが話していたのを聞いたことが…?どんな人か知ってますか?」

 

「あたしも詳しく知らないの。会ったことないし…。シエルなら知ってるわよね?」

 

ちょくちょく話に聞くギルダーツと言う魔導士。今年入ったばかりのルーシィたちならともかく、3年前からこのギルドにいるシエルなら、何か知っているはずとルーシィが彼に問いかける。しかし…。

 

 

「実は、俺も会ったことないんだ。S級魔導士の一人ってことぐらいしか知らなくて」

 

「「えっ!!?」」

 

3年もギルドにいるはずのシエルでさえ会ったことのない魔導士。一体今まで、どこに行っていたのか。どのような魔導士なのか。この場にいる者たちにとって、全くの未知数。

 

 

 

彼らはまだ知らない。ギルダーツこそが、誰もが認めるほどの、ギルド最強の魔導士であることを。

 

その最強の男が、今帰還する…!




おまけ風次回予告

ウェンディ「S級魔導士のギルダーツさん…一体どんな人なんでしょうか…?」

ペルセウス「入ったばかりじゃわからないだろうな。ギルダーツはうちのギルドで最強の魔導士だ。ほとんどの奴らは、それで納得するほどの実力者だぞ」

ウェンディ「それって、ペルさんやエルザさんよりも強いってことですか?」

ペルセウス「俺達なんかじゃ話にならない。多分、二人がかりで挑んだとしても、勝てる気がしないな」

ウェンディ「ひぇえっ…!想像がつかない…!!」

次回『ギルダーツ』

ウェンディ「な、なんだか私、会うのが怖くなってきました…!」

ペルセウス「そう固くなることないぞ?強さはバケモンだが、人となりは近所に住む気さくなおっさんって感じだ」

ウェンディ「それはそれでまた想像がつきません…」


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第73話 ギルダーツ

最近めっちゃくちゃ寒いです。布団にこもりたくなります。そのせいで執筆が中々捗らなくなります。あ、ごめんなさい、言い訳ですねこれ…。

大体1話は1万字前後を目安にしているので、今回とかほぼほぼジャストになってるはずなんですけど、やっぱりこの前までの膨大な字数を目の当たりにしているせいでボリュームが少なく見えてしまう…どうしよ…。

ちなみにですが、来週の更新は休みになります。これ、エドラス入る時年越してない…?(汗)


ギルドの一階は大騒ぎ。ジョッキを片手に笑い、はしゃぎ、飛び跳ねて。いつも喧騒に包まれているギルドにとっては見慣れているはずのその光景は、何やらいつにもまして拍車をかけているように見える。

 

「うわっ…!いつも以上に盛り上がってる…!」

 

「お祭りみたいだね、シャルル!」

 

「ホント騒がしいギルドね…」

 

屋上から降り、その空間へと戻ってきたシエルたちは、目の前に広がる超ハイテンションな魔導士たちの姿を見ながら、若干引き気味に言葉を紡ぐ。ウェンディだけはより賑やかなことが好ましいのか、嬉しそうだが。

 

「あら、みんな戻ってきたのね」

 

「そりゃあこんな大騒ぎが聞こえたら見にも来ちゃうよ」

 

その声を聞いて気付いたのか、ミラジェーンがシエルたちへと振り向いて声をかけた。一階フロアの中の声が、屋上にいる自分たちが耳を塞ぎたくなるほどの声量で叫び声が届けば、そりゃ様子を見たくもなる。

 

「あの、ギルダーツって聞こえてきましたけどあたしたち会ったことなくて…何者なんですか?」

 

「ああそうか、ルーシィはもちろんだが、シエルも面識なかったか」

 

代表してルーシィがギルダーツの事を質問すると、日向ぼっこから戻ってきていたシエルに気付いた兄のペルセウスが、会話に加わる形で代わりに答える。3年前から妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるはずのシエルが会ったこともないという本人たちにとって謎多き人物。気になるのも当然だ。

 

「単刀直入に言うと、ギルダーツは妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の魔導士よ」

 

「最…強…!?」

 

「それって、エルザやペルさんよりも強いってこと!?」

 

続けるように答えたミラジェーンの言葉のうち、“最強”と言う単語にシエルが虚を突かれたように目を見開き、ルーシィも驚愕を表しながら確認する。シエルからすれば、兄を差し置いて最強と言わしめる魔導士がいたということ自体が衝撃だが、その他ならぬ兄と、近い実力を持つエルザの発した言葉に、その衝撃はさらに大きくなる。

 

「私たちなど足元にも及ばんさ」

 

「それどころか、二人がかりでかかったとしても勝てる気がしない」

 

「ど、どんだけヤバい人なのかしら…!?」

 

S級魔導士として各方々からその名を轟かせている最強候補と言われたペルセウスとエルザ。そんな二人が組んで挑んでも、そのギルダーツに勝てるビジョンが浮かばないというのだ。規格外にも程がある。戦慄するルーシィの横で、自分の兄がそれほどまでの戦力差を認めていることに関して、シエルは衝撃と動揺から、何も言葉が浮かんでこない状態にさえなっている。

 

「それにしたって、みんな騒ぎすぎじゃないですか?」

 

「無理もねぇよ。帰ってくるのは3年ぶり…シエルがこっちに来るちょっと前から外にいたんだからな」

 

帰ってくること自体が3年ぶり。だからシエルが彼と面識がないのも納得できる。だがそれとは別にもう一つの疑問が浮かんだ。3年もギルドの外で、一体何をしていたのかと言うこと。

 

「ルーシィは知ってると思うけど、S級クエストの上にSS級クエストって言うのがあって、更にその上に10年クエストがあるの」

 

評議院を通してギルドに出される依頼は、その内容によっていくつかの難易度に区分される。一般の魔導士なら誰でも受けられるものとは違った高い難度のクエストは、ミラジェーンの話にも出ていたが、本来はS級魔導士、もしくはマスターに許可された、S級魔導士に同行する者たちしか受注できない『S級クエスト』。

 

それよりも更に上の難易度に設定されている、S級魔導士でさえ簡単に受注の許可が下りない『SS級クエスト』。そこから更に上に設定された、依頼の発行日から10年間誰も達成できたものがいない、通称『10年クエスト』が存在する。ちなみに10年クエストの中には、ペルセウスが1年間かけて単独で達成したものもあった。

 

「ギルダーツが行っていたのは、俺が受けたやつよりもさらに上の難易度。

 

 

 

 

 

通称、『100年クエスト』だ」

 

『100年クエスト』―――。

これまでの説明から最早想像するのに難くない。100年と言う長い年月、誰も達成が出来なかったクエストを指す。今までも感じた驚愕や衝撃などと比べ物にならない別次元の話に、各々もそれぞれ言葉を失った。

 

《マグノリアを『ギルダーツシフト』へ変えます!町民の皆さん!速やかに所定の位置へ!!繰り返します!》

 

「それにしても騒ぎすぎじゃないかしら?」

 

外から拡音機越しに町全体に聞こえる様に流された放送がこちらにも聞こえてくる。様子を見るに、街中の方もかなり大騒ぎしているようだ。ギルド内だけでなく街の方までとは珍しい。

 

「『ギルダーツシフト』って言ってたけど…何のこと?」

 

「外を見てみろ。一発で分かる」

 

放送内容を耳にしたシエルが、気になった単語を兄のペルセウスに尋ねてみる。だが口元に弧を描いた兄から返ってきたのはそれのみ。百聞は一見に如かずと言う事か。その言葉通りに、出入り口からマグノリアの様子を見るために外に出るシエルたち初見組。すると、マグノリアを代表する巨大な教会・カルディア大聖堂の鐘が一回鳴らされた直後、目を疑うような光景がその目に映った。

 

ある区域は地面がせりあがり、ある区域は横へとスライドされ、街を行きかう河は橋の部分で壁が上がって一時的にその流れを止める。更に、ギルドの出入り口から真正面には、今まで存在しなかったはずの石タイルで出来たスロープのついた一本道が現れ、そこから街が真っ二つに割れた状態でそれぞれが密集。一本道からは絶対に登れないほどの高低差を残す。

 

「ま、街が…割れたぁーーっ!!?」

 

マグノリアの東にある森から、この妖精の尻尾(フェアリーテイル)を繋ぐ、街を分割にしてまで作られた一本道の出現。それがギルダーツシフトと呼ばれる、マグノリアのもう一つの姿である。

 

「う、嘘だろ…!?マグノリアが、真っ二つ…!こんなの知らなかったぁ…!!」

 

「俺も初めて見た時は夢かと思ったよ…」

 

愕然と言った様子で、3年近く住んでいた街のもう一つの姿を初めて見たシエルが、声を震わせながら告げる姿を見て、どこか遠い目をしながらそれに兄が同意する。きっと今の弟とほぼ同じ気持ちだったことだろう。

 

「ギルダーツは『クラッシュ』と魔法を使う」

 

「触れたものを粉々にしちゃうから、ボーっとしてると民家も突き破って歩いてきちゃうの」

 

「どんだけバカなの!?その為に街を改造したって事!?」

 

エルザとミラジェーンのそれぞれの説明を聞いたルーシィは、もう頭がおかしくなりそうだった。たった一人の男の為に広大な街を真っ二つにするような改造、どれだけの費用と時間を必要としただろう。そんな事をするくらいなら普通は本人に厳重の注意を払ってもらおうと考える。だがそれでも恐らく解決しなかったのだろう。街の被害額を毎回積み重ねるぐらいなら、いっそ一度の多額の出費を覚悟して今後の被害を最小限に抑えようと決定し、実行したのがこのギルダーツシフトか。

 

「すごい…!すごいね、シエル!!」

 

「は、はははは…うん、ホントすげぇよ…すげぇバカだよ…」

 

「全くもって同意だわ」

 

純粋に感動を覚えているのか、高揚した感情のままシエルに同意を求めてくるウェンディ。だが、そんな可愛らしい彼女の姿も映らないほどシエルは目の前の事実が衝撃的過ぎた。乾いた笑い零しながらつい出てきた本音はちゃっかり周りに聞こえており、同様に呆れた様子のシャルルがすぐさま同意を示した。

 

「来たーっ!!」

「あい!!」

 

そして並外れた視力を持つナツが、ギルドに繋がる一本道をゆっくりと歩いてくる人影を見つけ、喜びを露わにして声をあげる。それによって他の者たちも気付き、今か今かとその帰還を待ちわびる。

 

3年と言う長い期間。それも向かったクエストは100年もの間、誰一人達成できなかった史上最高難易度のクエスト。少なくとも彼を知る者が、この帰還を喜ばない訳がない。そして長い一本道を歩き終わり、とうとうその人影は開かれたギルドの門扉を潜り抜けた。

 

「…ふう…」

 

真っ黒なロングコートを羽織り、背中に荷物袋を背負いながらくたびれた様子で一息を吐くその男性。茶髪のオールバックで無精髭が目立つ、失礼だが一見するとどこにでもいそうな無気力なおっさんと言う印象だ。

 

「(こ、これがギルダーツ…見た感じは普通のおっさんに見えるような…。けど、マカオ達と比べるとどことなく雰囲気、と言うかオーラみたいなのが明らかに違う…)」

 

外観を見ただけでは判別が出来ない。隙だらけのような佇まいにも見えるが、一流の達人は敢えて隙を作ることで相手の油断を誘い、そこからすぐに反撃に移したり、意識せずとも長年の経験をもとに、体が危険を察知して、無意識のうちにその脅威を退けると言った戦い方をする者もいる。

 

断定はできない。だが、彼から微かに感じる魔力やオーラと言ったものから、最強の名に相違ないものを感じているのも事実。

 

「ギルダーツ!オレと勝負しろォ!!」

「いきなりソレかよ!?」

 

帰ってきたものに対して早速勝負を吹っかけるナツ。長い間ギルドを留守にしていたのだから少しは労ってやれと言わんばかりにエルフマンからツッコミが入るが、ナツも、そして吹っかけられたギルダーツもそれに意識を向けはしない。後者に至ってはまだボーっとしているのかナツの声に反応せず立ち尽くす。

 

「おかえりなさい」

 

「む?」

 

だが、迎えの言葉をかけたミラジェーンに気付いた彼は、雰囲気そのままに頭に疑問符が浮かんでいるような表情で彼女に尋ね始める。

 

「お嬢さん。確かこの辺りに妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってギルドがあったはずなんだが…」

 

「ここよ。それに私、ミラジェーン」

 

「…ミラ?」

 

彼女のその言葉に、ギルダーツは一瞬理解が遅れて首を傾げる。自分の記憶の中にある生意気な少女の姿をしていたミラジェーンと、今目の前にいる穏やかな笑顔が似合う女性。随分雰囲気が変わったが、言われてみれば面影がある。それに気付いたギルダーツは気だるげだった表情から一変して目を見開いて反応を示す。

 

「おお!随分変わったなァお前!!つか、ギルド新しくなったのかよー!!」

 

「外観じゃ気付かないんだ…」

 

雰囲気の変わったミラジェーンとギルドの様子を、先程とは打って変わってはしゃぎながらキョロキョロしながら叫ぶギルダーツ。外見からは想像しなかった子供っぽい反応だ。

 

「ギルダーツ!!」

 

すると彼の名を呼びながら走り駆け寄ってくる一人の青年。ミラジェーンと違い、3年前とそれ程雰囲気が変わっていないその姿を見たギルダーツは、今度はすぐさま気付いた。

 

「おおっ!ナツか!久しぶりだなァ」

 

「オレと勝負しろって、言ってんだろーー!!!」

 

言うや否やギルダーツ目掛けて拳を振りかぶり、飛び掛かるナツ。エルザやペルセウスが相手の時にもよく見かけた光景だ。そして従来通りならこの後も共通。飛び掛かってきたナツに対して、右手を差し出し腹にかけ、彼の身体を掴むと器用にその場でナツを何回も縦に回転させる。そしてそのまま勢いを利用して上に放り投げると、ナツは背中から大の字で天井にめり込んだ。いつものやつ(瞬殺)だ。

 

「また今度な」

 

今までも魔法を使わずに素手で返り討ちにされて瞬殺されることは多々あった。だがあまりにも流れるような動作でナツを戦闘不能にした彼の力の片鱗を目の当たりにし、初めて会った者たちを中心に再び驚愕が支配する。

 

「や、やっぱ…超強ェや…!」

 

しかしやられた方のナツは相も変わらず圧倒的な強さを見せるギルダーツの姿を見て目を輝かせる。自分も力をつけてきたが、それでもまだまだ壁は高い。だがそれが逆に、彼の強さへの意欲に火をつける。

 

「変わってねぇな、オッサン」

「漢の中の漢!!」

 

ナツだけじゃない。彼と同じ年代の男子にとって、そんなギルダーツの強さは少なからず憧れだ。第一印象からは繋げにくい、最強の魔導士と呼べるべきその強さは、一種のカリスマの一つとも言える。

 

「いやぁ、見ねぇ顔もあるし…ホントに変わったなァ…」

 

彼のいなかった3年で、ギルドが新しくなったり、抜けたメンバーや、新しく加わったメンバーもいる。そう言った変化を実感しながら、ギルダーツは己に向けられる視線を向ける者たちを一通り見渡していく。

 

「…ん?んん…!?」

 

すると、何かに気付いた様子で口を結び、目を細めてある者の元へとギルダーツは歩み寄る。その視線の先にいたのは、水色がかった銀色の短髪に、金のメッシュが入っている少年。

 

「え、な、何…?」

 

そう、シエルだ。数日のすれ違いでようやく初めて邂逅に至った二人。しかし、顔を互いに合わせること自体初めてであるはずなのに、ギルダーツは何故かシエルの顔をじっと見てくる。見定めるような視線を向けてはいたが、もしかして癇に障ったのだろうか?と、内心焦りながら生唾を飲み込んで彼と目を合わせているシエル。そんな彼に対してギルダーツは…。

 

「…ぷっ!」

 

何故か途端に吹き出して、口角を吊り上げた。どこかその表情はにやけているように見えていて、シエルはその顔を浮かべた意図が分からずポカンとなる。

 

「だーっはっはっはっは!!お、お前まさか()()か!?3年経ってんのにちっちぇままじゃねーか!!つか寧ろ、より縮んでねぇ!?」

 

そして何やらツボに入った様子で大笑いしながらシエルの肩を何度も叩いてくる。正直めっちゃ痛い。相当面白いのか肩を叩いていた右手を腹部に持ってきて、目には涙さえ浮かんでいるようにも見える。

 

「まあ、気にすることねーよ!幸い顔はいいんだ!子供っぽく見える奴って言うのもきっとそれなりにモテるさ、多分!」

 

「え、えーと…?」

 

呆然としている間に何やら変な方向に話が進んでいるような気がする。弁明する余裕すらも考えられないシエルに、見かねた兄が助け舟を出した。

 

「ギルダーツ。ペルセウスはこっちだ」

 

「え?」

 

明らかに勘違いしている様子のギルダーツに一発で分かってもらうために、本物のペルセウスがシエルの隣に立って彼に声をかける。すると、さっきまで抱腹絶倒寸前だったギルダーツの表情が、一瞬で目が点になったようなものに変わる。

 

「そいつはシエル、俺の弟だよ。何回か話はしただろ?」

 

「…弟?それって、病気で寝たきりだったっていう…?」

 

「ああ。この通り快復して、今は妖精の尻尾(ここ)の魔導士だ」

 

その説明を聞いてようやくギルダーツは自分の勘違いに気付いた。「あ~…」と声を漏らしながらバツが悪そうに頭をポリポリとかいて、ギルダーツは改めてシエルの方に目を合わせる。

 

「悪ィなボウズ…じゃなくて、シエルだっけか?昔のペル(兄貴)とあまりに似てたから、間違えちまった」

 

浮かべる表情は笑み。だが先程とは違い、己の間違いを反省した苦笑に近いもの。それを見て、そして言葉を聞いて、困惑するだけだったシエルは未だ戸惑いを残しているものの、我に返って両手を少し上げながら返した。

 

「あ、そんな、気にしなくても…ビックリしちゃっただけだし…」

 

たった数分の間だが、この男性についてどのような人物なのか、かなり分かってきたような気がする。強さを見れば確かに最強格だ。全貌を見たわけではないからまだ断定できる要素は少ないが、兄の言っていた自分より遥かに上に位置するという言葉も嘘ではなさそうだ。複雑だが…。

 

内面に関しては、今のところで言うと素直と言う印象。周りから見た体裁を気にせず、心から感じたことが表にすぐ現れて示す。そんな感覚。だが取り繕うともせずありのままの自分を出しているというのも、周りからの憧憬を受ける一因なのだろう。

 

「ギルダーツ」

 

「ん?おお、マスター!久しぶり!」

 

ある程度の会話が終わったところを見計らって、マスター・マカロフが彼に声をかける。呼ばれたギルダーツはその姿を見て再び顔と声に喜色を浮かべて反応を示した。

 

「仕事の方は?」

 

「ん~…がっはっはっはっは!!」

 

3年と言う長い間赴いていた100年クエスト。その結果の話をマカロフが尋ねてみれば、徐に頭に手をかけながら笑いだすギルダーツ。その様子を見て何かを悟ったのか、何も聞き返さずに無言でマカロフは目を閉じた。その様子を見て、シエルが首を傾げていると、ひとしきり笑ったギルダーツは告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ。オレじゃ無理だわ」

 

その言葉に、ギルド全体から衝撃が走った。何と、結果は失敗。誰もが認める妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の魔導士、ギルダーツをもってしても無理と言わせしめるそのクエスト。ナツはもちろんのこと、グレイやエルフマン、彼をよく知る者も、知らない者も、誰もが信じられないと言った様子で動揺する。

 

「オッサンでもダメなのか…」

 

「引き際の見極めも漢!!」

 

100年間誰も達成できないと言われる最高難易度のそのクエスト。その情報に関しては一切明かされてはいない。シエル自身ですら、この100年クエストは噂程度にしか存在を知らなかったのだ。

 

だからこそ感じる。100年クエストとはどのような依頼なのか。誰であれば達成できるのか。

 

 

「100年クエストはまだ早い。やめておけ」

 

「あっれぇー!?ワクワクしてるように見えましたぁ!!?」

 

何かエルザがルーシィに釘を刺している会話が聞こえてくる。彼女も同じように考えたのかもしれない。だがガルナ島の前科がある為にエルザの気持ちもよく分かる自分が存在したりする。

 

「そうか…主でも無理か…」

 

「スマネェ…名を汚しちまったな…」

 

「いや、無事に帰ってきただけでよいわ。ワシが知る限り、このクエストから帰ってきたのは、主が初めてじゃ」

 

失敗してしまったとはいえ、今までの受注者たちは恐らくその場で命を落としてしまったのだろう。だが今回、ギルダーツは生きて帰ってきた。それだけでもマカロフにとっては十分すぎる。もしも彼すらも失っていたら、また一つ大きな悲しみとなっていただろうから。

 

「オレは休みてえから帰るわ。ひ~疲れた疲れた…」

 

命も左右される超難度のクエストから戻ってきたとは思えない、気の抜けた声を出しながらギルダーツは歩きだす。行先も不明だが、恐らく長旅での疲れもあるのだろう。誰も止めようとせずに見送る中、彼は徐にナツへ声をかけた。

 

「ナツ、後でオレん家来い。土産だぞ~っ」

 

その言葉と共に豪快に笑いながら歩を進めるギルダーツ。彼の言葉を聞いてナツの表情がまた明るくなっていく。先程から思っていたが、随分親し気だ。ナツからはともかく、ギルダーツの方も、なんだかナツに対して一段と好意的に見える。

 

「んじゃ、失礼」

 

と、歩を進めていたギルダーツの先にあったのは、出入り口である門扉ではなく、横側の壁。

 

「あ、ちょっと出口はそっちじゃ…」

 

このままだとぶつかると思い、シエルが声をかける。しかしそれを言い切るよりも先に、ぶつかろうとしていた壁が突如光って凹んだと思いきや、途端に破裂して粉砕(クラッシュ)。ギルダーツが通れるサイズの穴を作り出し、作った本人は全く気にせずそのまま歩いて行った。

 

「ええーーーっ…!!?」

「あらあら」

「扉から出てけよ!!」

 

どこか掠れるような驚愕の声を上げながら目をひん剥いて唖然となるシエル。ルーシィも言わずもがな。ミラジェーンは困ったような笑みを浮かべ、ウォーレンが全員の声を代弁した。成程。これがギルダーツシフトの必要性の証明か。

 

「へへっ!土産って何かな~!楽しみだなっと!!」

 

「何でお前まで真似すんの!?」

「負けず嫌いだからな」

 

何故か負けじと火竜の鉄拳でギルダーツが空けた穴の隣を突き破り外へと出ていくナツ。何でわざわざ壊したんだというシエルのツッコミに、これまた何故か冷静なペルセウスが答えた。こっちからしたらはた迷惑以外の何物でもない。

 

「それにしても、ギルダーツってやけにナツと仲が良く見えるね」

 

「ああ。歳も実力もかなり差はあるが、ギルダーツはナツをえらく気に入ってるそうだ」

 

「ふぅ~ん」

 

ナツたちもギルドを出た後、シエルは気になっていた彼らの様子について兄に話を聞いてみる。自分はギルダーツの事をほとんど聞いたことが無かったため、ナツとあれ程までに仲が良さそうに見えたのは新鮮だった。実際兄から見ても、ギルダーツはよくナツの勝負に付き合ったり、釣りやキャッチボールと言った遊びに誘ったり、ギルドの仲間としてはやけに距離感が近く見えたらしい。

 

歳の差や、彼らの性格から、それはまるで親子を彷彿とさせるような。

 

「(兄さんの元に並び立てるようになっても、更に高い壁が、見えたような気がする…)」

 

最強の魔導士は自分の兄。そう信じて疑わなかった。だがそんな兄が自分を凌駕すると断言したギルダーツの存在。兄を目標にしていたシエルにとって、彼と言う存在はイレギュラーだ。目標にしていた兄に追いついたとしても、その遥か上に存在するギルダーツが、己の前にそびえたつ。

 

気が遠くなりそうだ。そんな胸中を抱えたシエルの心の声とは裏腹に…。

 

 

 

 

彼自身の口元は、彼も気付かないまま弧を描いていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ギルダーツが住処としている家は築数十年は建っているであろう所々がボロボロになった一軒家だ。規模も小さいが、人一人が住むには困らない範囲。立地場所は川辺が近い見晴らしのいいところである。

 

「よぉ!」

「お邪魔しまーす!」

 

「おお、来たか」

 

ギルダーツに招かれて、ナツとハッピーが今しがたその家に到着し、扉を開けると同時に挨拶をする。家主であるギルダーツはウッドチェアに腰掛けながら彼らを歓迎した。

 

「はぁ~ここ来んのも久々だなぁ~」

 

「3年ぶりだもんね」

 

「んで、土産って何だ?」

 

ギルダーツがいない間は一切手を付けていないために、ナツたちもこの家を訪れるのは3年ぶり。懐かしさも噛みしめながら、ギルダーツが恐らく海外から持ってきたであろう土産に、期待が高まっていく。

 

「それはともかく…おめえ、あれからリサーナとはうまくやってんのか?ん?」

 

「はぁ?」

 

「照ぇ~れやがってぇ、そんなんじゃペルに横から取られちまうぞぉ?がっはははは!!」

 

ギルダーツが話題に出したのはリサーナのこと。ナツと仲が良い印象が強く、度々いい雰囲気になっていたのは知っている。しばらくすると、いつの間にかペルセウスがその中に加わり、何かと彼に構うリサーナの様子を見てナツが不貞腐れるのをからかったことも記憶に新しい。

 

だが、彼は知らない。そう、3年不在にしていて、今日帰ってきたばかりの彼は、知る由もなかった。

 

 

 

 

「リサーナは死んだよ。2年前に」

 

「…なっ……!?」

 

からかい気味に浮かべていた笑みは一瞬で引っ込み、愕然と言った様子でギルダーツは絶句した。まさか…リサーナが…?自身が覚えている範囲ではまだ幼さが残っていたあの少女が、死んだ…?本来であれば信じがたいこと。信じられないことだ。だが、ギルドに帰ってきたときに迎えた彼女の姉の変貌を思い出したギルダーツは、どこか合点を覚えてしまった。

 

「ま、マジかよ…そうか、それでミラの奴…うおおっ、スマネェ、ナツ…」

 

「そんな話なら帰んぞ」

 

「ナツってば!」

 

突如突き付けられた現実による衝撃で、頭を抱えるギルダーツ。対して素っ気ない様子で家を出ていこうと踵を返すナツにハッピーが呼び止めようとする。しかし、ナツの足を止めたのはギルダーツの言葉。だがそれは制止のものではなく、本来ナツに伝えようとしていた土産話だった。

 

 

 

 

 

「ナツ、仕事先で…ドラゴンに会った」

 

ドラゴン。その言葉で、衝撃と共にナツは振り返る。そしてギルダーツが語るのは、ナツが探し求めている赤い炎の竜ではない。黒い…絶望を体現させたような、人類の敵となるドラゴンの話だった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その日の夜。結局仕事に行くことなく一日を終え、自室に帰ってきたシエルは就寝前に何か本を読もうと本棚を探っていた。魔導書でも読み返そうと目当ての本を引き抜くと、それが引っ掛かったのか、隣にあった一冊の本も一緒に引き抜かれ、床へと落ちた。

 

「あ、いっけねいけね…」

 

すぐに屈んで、落ちた本を本棚に戻そうとするが、その本の表紙を見て、シエルの動きはピタッと止まった。それは奇妙なタイトル。

 

そこに書かれていたのは星霊や星霊魔導士の事について。思えば、自分が星霊やそれに関することに興味を示し、憧れを抱いたきっかけもこの本だ。

 

「懐かしいなぁ…!確かこれ、元は父さんが大事にしていた本だっけ…」

 

ここで自分の目に留まったのは何かの偶然か運命か。元々読もうと思っていた魔導書を本棚にしまい、シエルは星霊に関して書かれたその本を読むことにした。何度も何度も読み返してきたこの本。店に売られていた様子は一切なく、今は亡き父も、その父や祖父母、先祖から大事に扱われてきた本だと言う。まるで筆者がタイトルに込めた名の如く、脈々と受け継がれてきた一冊の本。

 

星霊の事のみではない。いずれ世界に牙を剥くという、黒い竜の事や王家が保管しているとされる謎の扉のこと。正直今のシエルが読んでも何もピンとは来ない。だがその内容は、妙に頭の中に入ってくる。

 

 

 

 

最後の一節は『大いなる魔力満ちる時代の子へ。太陽と月が交差する時、十二の鍵を用いてその扉を開け』

 

 

 

そして本のタイトルは『TO OFFSPRING(我が子孫たちへ)




おまけ風次回予告

シエル「何て言うか…色々凄かったな、ギルダーツ…」

ナツ「そうか?まあ、確かにスゲー強ェけどよ!でもその分燃えてくるもんがあるだろ?」

シエル「強さだけじゃなくてさ…なんか色々と規格外な感じがするんだよ。俺、柄にもなくただただポカンとしてた気がするし」

ナツ「ん~そんなもんかぁ?ギルダーツっていつもあんな感じだから、規格外って言われてもピンとこねぇ」

次回『消えゆく街』

シエル「あ、そっか!成程な!!」

ナツ「どうした?」

シエル「ナツが周りのもん色々ぶっ壊す規格外な部分は、ギルダーツに影響されたんだ!!」

ナツ「そーだったのかーーーっ!!?」


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第74話 消えゆく街

ギリセーフッ!(前書きと予告はアウト)

文字数多くなるの分かっていながら、何故か余裕を持ったペース配分が出来なかった…。どうやったらやる気になれるんだろ、僕の体…。

でも書きたい部分まで何とか書けたので、次回はきっとエドラスに突入できる!はず!←


妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の魔導士であるギルダーツが帰還し、更に日にちが過ぎた日の事。分かりやすい日付の詳細を言えば、ウェンディたちが加入してからちょうど二週間が経過したところだ。

 

「ただいま~!」

 

「あら、おかえり二人とも。仕事はどうだった?」

 

「特に問題無く済んだ。ま、あの程度ならどっちかだけでも十分だったろうが」

 

カウンターで頼まれているであろう分の酒を注いでいる最中だったミラジェーンの元に、周辺の魔物討伐依頼から帰ってきたシエルとペルセウスの兄弟が報告も兼ねて声をかける。チーム全体で行動することもあるが、最近は兄弟二人で仕事に向かう頻度がよく増えている。

 

「それにしても…」

 

ちらりとシエルが後ろに振り向きながらぼやいた先には、昼間で、特に理由も無いはずなのにギルド内でどんちゃん騒ぎをしている数人の男性たちの姿。まあ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)においては日常茶飯事の光景だが、自分たちのように仕事に行かなくてもいいのか?と言う疑問が浮かび上がる。

 

そんな彼らにジョッキを片手に持ったカナが怒りながら注意するが、彼女も昼間から酒を何杯呑んでいるのやら。自分は迷惑をかけていないだろう、と言うのが彼女の主張らしいが。

 

「いつもの事だけど陽気と言うか、騒がしいというか…」

 

「それが妖精の尻尾(ここ)のいいところよ」

 

「シエルもよく分かってるだろ?」

 

「まあね」

 

キッチリと規則通りで仕事をするよりか、あのように迷惑のかからない範囲で自由にしていられるというのは、ギルドの利点の一つだ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)はそれが顕著すぎるような気もするが、兄も言うように、そこがまたいい事でもあると思っている。

 

「777年7月7日?」

 

すると、違う方向から聞こえてきたのはルーシィの声。つられるようにそっちへ視線を向けると、彼女だけでなくウェンディも同じテーブル席に座っており、近くにはシャルルもダージリンティーが淹れられたカップを両手で持っているのが見える。

 

「私やナツさんに滅竜魔法を教えた(ドラゴン)は、同じ日にいなくなってるんです」

 

(ドラゴン)を倒す為に特化した滅竜魔法を扱える滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。ナツやウェンディ、ガジルと言った魔導士たちは皆、親代わりであった(ドラゴン)からその滅竜魔法を教わった。その(ドラゴン)は突如各々の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちの前から姿を消したのだが、その日と言うのが先程ルーシィが反芻した日なのだ。それも3人とも。

 

「偶然ってわけじゃないとすると…その日付じゃなければいけなかった理由がある…?」

 

耳を傾けて、自分も気になったのかあらゆる可能性を考え始めるシエル。手を顎の近くに持っていきながら過去に聞いたことのある情報を照合しようとするが、これと言って思い当たりそうなことは浮かばない。777年の7月7日。数字が7で占められたこの日付が、(ドラゴン)たちに何か関係があるものなのか…。

 

「遠足の日だったのかしら?」

 

「何でっ!?」

 

「…ルーシィさんも、たまに変な事言いますよね?」

 

似たような仕草をしながら呟いたルーシィの推測を聞き、思わずシエルはその場でズッコケた。ウェンディもウェンディで苦笑いを浮かべている。(ドラゴン)たちの遠足って何だ。もしそうなら何でウェンディたちに何も言わずにいなくなった。そんな理由ならとっくの昔に帰ってくるはずだろ。色々と言いたいことは頭に浮かんだが口には出さなかった。めんどくさいしあほらしい。

 

「火竜イグニール、鉄竜メタリカーナ、そして天竜グランディーネ…だったか?」

 

その場で倒れこんだ姿勢でいたシエルの体を起こしながら、同じように会話が聞こえていたペルセウスが口にする。ナツたちをそれぞれ育てた(ドラゴン)たちの名前を。

 

「それなりに国内や、時には大陸内の外国に赴くこともあるが、てんで情報は見つからない。異大陸にいるのだとしたら、可能性はあるだろうが…」

 

「異大陸…」

 

フィオーレ国内、そしてそのフィオーレも内包するこの大陸のどこにもいないとなると、別の大陸にいるのではないかと言う可能性。(ドラゴン)であれば、その気になれば確かに海を渡って異大陸にも行ける。もしそうだったとしたら…。

 

「グランディーネ…今、どこにいるんだろう…?」

 

自分を育ててくれた天竜の名を呟くウェンディ。今どこにいるのか、急にいなくなった理由、聞きたいことや話したいことは色々とある。誰にも知りえない疑問に答えられる者は、残念なことに今ここにはいなかった。

 

「シャルル~!!」

 

すると、赤いリボンを巻き付けた魚を両手で持ちながら、ハッピーがシャルルの元へと駆け寄ってくる。そしてテーブルへと器用に飛び乗りながら彼女の近くに辿り着いた。

 

「これ、オイラがとった魚なんだ。シャルルにあげようと思って」

 

「いらないわよ。私、魚嫌いなの」

 

シャルルに好意を抱いているハッピーは、彼女へのアプローチの為に自身の好物である魚をプレゼントしようと準備していたらしい。だが、対するシャルルの返しはどこか素っ気ない。それにもめげずに、ハッピーは再び彼女に声をかける。

 

「そっか…じゃあ何が好き?オイラ今度…」

 

「うるさい!!」

 

しかしハッピーの言葉を遮り、シャルルは彼の拒絶を示した。唐突なその叫びと剣幕に、思わずハッピーも二の句を継げなくなる。

 

「私に、付きまとわないで!」

 

そのまま椅子を伝ってテーブルから降りると、ハッピーを遠ざかる様に出入り口の方へと歩いていく。

 

「シャルル、何もそんな言い方…」

 

さすがに見かねたシエルがシャルルにそう言葉をかけると、歩を止めて彼の方へと勢い良く振り向く。その顔に確かな苛立ちと怒りを込めた視線を向けられたシエルは、思わず口を閉ざした。シエルに対しても、自分に声をかけることを拒絶するかのように。

 

「シャルル!ちょっとひどいんじゃないの!?」

 

口を閉ざし、シエルが何も言わなくなったことを確認したシャルルは、そのまま外へと再び歩を進め始める。彼女の態度にウェンディが諫めるように彼女を叱るが、それに対しても彼女は何も反応しないままギルドの外へと出て行ってしまった。

 

「あ、待ってよシャルル~~!!」

 

一人出ていくシャルルを、慌ててハッピーが追いかける。ハッピーも一緒になってギルドから出ていく様子を、悲しそうな表情でウェンディたちは眺めるしかできない。

 

「何かシャルルって、ハッピーに対して妙に冷たくありません?」

 

「シエルにもどこか素っ気ないが…ハッピーに対しての方がやけに顕著なのは確かだな」

 

思えばシャルルの態度は、ウェンディ以外にはほぼ同じようなものだ。だが、相棒のウェンディに必要以上に近づくシエルはともかく、同じ種族と思われるハッピーに対してこうまで露骨に嫌悪を示すのは不可解だ。何がそこまで気に食わないのだろうか…。

 

「シャルル…」

 

心配するような声色でウェンディは相棒の名を呟く。視線は彼女が出ていった出入り口の方へと固定されたまま。ずっと長い間共にいた親友の事だから、心配するのも当然だろう。

 

「大丈夫かな、二人とも。もうそろそろしたら雨が降ってくるのに」

 

「え、雨…?」

 

同様に不安げな声と共に告げたシエルの言葉に、思わずルーシィが窓の外を見てみる。そこから見える上空には、確かに雲が集まってきているように見えるが、それを見るだけで雨が降ると確信することは難しいだろう。

 

しかしそこは天候魔法(ウェザーズ)を使える魔導士。微かな空気の流れを察知し、数時間や数分先の天候をピタリと当てることが出来る。地味にこのおかげで洗濯物などの通り雨で被害を出しやすい事態を回避してきたこともある。

 

「ホント戦いだけじゃなくて、日常でもすごく便利よね、アンタの魔法…」

 

「実際重宝はしてるよ。けどあらかじめ言っとけばよかったな…二人とも傘持ってないし…」

 

長く共にしているから忘れかけていたシエルの魔法の利便性を再認識して呟いたルーシィに、返事すると同時にシエルは少しばかり後悔する。誰も予測できなかったのだから仕方ないと言えば仕方ないが、シエルの言葉を聞いたウェンディは、目を見開いて思わずその脚を動かした。

 

「私、シャルルを探してきます!!」

 

「あ、ウェンディ!?」

 

心配になったウェンディがシャルルを探すためにギルドの外へと駆け出していく。思わずそれを制止しようと手を差し伸べるシエルだがそれに気付かなかったウェンディはそのまま出入り口を通り外へと出る。それだけならシエルは止めようともしないのだが…。

 

「…ウェンディも…傘忘れていってる…」

 

雨に打たれて風邪をひくであろうシャルルを心配して駆けだしたと言うのに、そのウェンディまで肝心な傘を忘れてしまった。ルーシィとペルセウスはその光景を見て何も言葉が出てこない。そしてその二人は何を言う訳でもなく、シエルにその視線を向ける。その意味を、シエルが理解できない訳がなかった。

 

「俺、傘届けに行ってくるね…」

 

「ああ、行ってらっしゃい…」

 

妙な空気となってしまったが、シエルもウェンディたちの後を追いかけるため、ギルドの外へと向かった。無論、傘は人数分持ちながら。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

外へと出てから少し時間が経った頃に、その雨は降りだした。先程の空模様とは打って変わった本降り。町全体を覆う暗雲から降りしきる無数の雫。町の中にある建物も街路樹も、通りに存在する石畳も濡らすその雨の中を、傘も持たずにキョロキョロと見渡しながら、ウェンディは探しているその存在の名を呼んでいた。

 

「シャルルー!シャルルー!どこなのー!!」

 

心配になって飛び出したはいいが、慌てていたのもあり傘を置いてきてしまったウェンディ。だが既に髪も服も雨に打たれてびしょ濡れになっているこの時では、気にしてもいられない。視線を前に戻してもう一度目を凝らしてみると、ようやく目的としていたその存在が目に入った。

 

「シャルル!やっと見つけた!」

 

「ウェンディ…アンタ、傘もささずに。風邪ひくわよ」

 

「シャルルもでしょ?」

 

前方からトボトボと言った様子で歩いていたシャルルに駆け寄り、お互いさまと言った会話を交わしながら、シャルルに視線を合わせるように膝を折って屈む。そして表情は少し怒り気味だ。シャルルがギルドを出る前に取っていたハッピーの態度に対して、彼女は怒っている。

 

「シャルル。私たち、ギルドに入ってそんなに経ってないんだから、もっとみんなと仲良くしなきゃダメだと思うの」

 

「必要ないわよ。アンタがいれば、私はいいの」

 

「もぉっ!またそーゆー事ばかり…!」

 

窘める様にウェンディが言うものの、シャルルは頑として聞き入れようとはしない。ギルドに加入してから約二週間。ウェンディ以外の者に対するシャルルの壁は未だに厚い。それも、彼女本人がその壁を下げようとしないことも一因だ。だがウェンディにとっては、友であり相棒であるシャルルがいつまでもギルドに馴染めずにいるのは放っておけないことである。考えを改めようとしてくれない彼女に、ウェンディは頬を膨らませた。

 

「まあまあ、話はギルドに戻ってからでもいいんじゃない?」

 

そんなウェンディたちの元に、声をかけながら歩み寄ってくる一人の少年。彼女たちの間の横から、開いた傘を一本差し出して彼女たちを雨から守る。もう片方の手で自分の分の傘を開きながら、彼はこちらを向いた彼女たちにもうひと声をかけた。

 

「こんな雨の中にずっといたら、本当に風邪ひくよ、お嬢さん方?」

 

「シエル…わざわざ追ってきてくれたの…?」

 

自分たちに傘を差しだしてきた少年の姿に気付いて、目を見開いてウェンディは驚きを露にする。戸惑いながらも差し出された傘を受け取りながら「ありがとう…」と礼を告げ、笑みを向けたシエルが「どういたしまして」と告げると、もう一本持っていた小さめの傘をシャルルに差し出す。

 

「…何なのよ、アンタは…」

 

顔を下げて、どこか絞り出すように出した声に、シエルは疑問を浮かべたような反応を示す。

 

「オスネコもそう!アンタもそう!付きまとわないでって言ったのに、どうしてそこまで構おうとするのよ!?」

 

「シャルル!」

 

まるで、悲痛な叫びを聞いてるかのよう。壁を作っているのにそれを乗り越えようとしつこく構ってくる彼らに対する苛立ち。自分の中にある何かを壊されそうになっている者の訴え。宥める様にウェンディが止めるが、怒気を孕んだシャルルの表情は変わらない。

 

「シャルルとも仲良くしたいからだよ。同じギルドの仲間になったのに、いつまでも距離があるのは、何だかイヤなんだ」

 

表情を変えることもなくシエルが告げた言葉を聞き、今度はシャルルが目を見開いて呆然とする。しかしすぐに表情を俯かせながら、彼女はシエルから視線を逸らした。

 

「アンタが仲良くしたいのは、ウェンディの方じゃないの…?」

 

「…ウェンディと仲良くなりたいのは、嘘じゃないよ。けど、ウェンディの友達を放っておいても、本当に仲良くなっただなんて言えないだろ?」

 

友達。その言葉を聞いてシャルルは再び言葉に詰まった。正直、今のシャルルはシエルに対する印象が混乱している。

 

生意気そうな第一印象。それに違わぬ生意気な部分がある癖に、ウェンディ(片想いの相手)や自分に対しては妙に素直。

 

悪人相手には無慈悲な一面がある癖に、仲間に対しては自分がどうなろうとも守り、励まし、必死に戦う。

 

イタズラを仕掛けることもあるのに、今この状況下では妙な優しさまで見せている。更に言えば、彼は心の底から仲間に対する思いやりが見え隠れしているのだ。ウェンディへのアピールの為の打算ではないかと邪推することも多くあったが、それを含めてもここまで彼が自分が張る壁を壊そうとすることに、真剣な目を向けるだろうか。

 

分からない。シエルと言うオスガキが、シャルルにとっては本当に分からないことだらけだ。今までの言動とも相まって、シャルルの心に、彼に対する苛立ちがさらに溜め込まれていくのを、彼女は実感した。

 

「…ん?」

 

彼女の内なる葛藤をくみ取れぬまま誰もが口を閉ざしている内に、もう一つの影が、シエルたちに近づいてくるのを、いち早くウェンディが察知した。

 

「誰…?」

 

全体的に正体を隠すような服装。降りしきる雨の中、先程のウェンディたち同様傘もささずにゆっくりとこちらに歩み寄ってくる人物。バンダナと覆面でその顔を隠し、背中に何本もの杖を背負ったその人物を見て、ウェンディたちは首を傾げ、シエルも少しばかり疑問符を浮かべている。

 

だが、少し思い返したところで、シエルは彼の正体に心当たりを得た。

 

「ひょっとして…ミストガン…!?」

 

「ミストガン…?」

 

噂で少しだけ聞いたことのある、ミストガンの話。外見だけを見れば正体を絶対悟らせないその特徴を、口にしていたことを思い出した。杖を何本も背中に背負い、自分の正体を覆い隠しているという、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士。兄と同じ立場の一人。

 

だが、今までギルドに訪れる際は必ず全員を魔法で眠らせていたミストガンが、堂々と姿を現した。一体、何が起きているのか。目を見張っているシエルたちの元に近づいてきたミストガンは、シエルを一瞬だけ一瞥ししてから、ウェンディの方へと視線を移し、隠された口を開けた。

 

「ウェンディ…」

 

「「え…!?」」

 

その一言で、シエルとウェンディは、同時に気付いた。そしてそれはシャルルも同様に。それは、つい最近も聞いたことのあった、ある人物と同じ声だったから。

 

「まさか君がこのギルドに来るとは…」

 

そう言いながらミストガンは、己の顔を覆い隠すターバンと覆面を外し、その顔を表した。短い青藍の髪、そして右目の上下に刻まれた赤い紋様の刺青が入った美青年。その正体を、シエルたちはよく知っている。

 

「なっ…!!?」

 

「ジェラールッ…!!?」

 

その顔は、ニルヴァーナを巡って六魔将軍(オラシオンセイス)と激突した際に、記憶を失った状態でありながら、自分たちに協力してくれた…そしてそれ以前起こした大罪によって評議員に連行されたはずの、ジェラール・フェルナンデスだった。

 

「ミストガン…じゃ、ないのか…!?でもジェラールは…!!」

 

「ど…どういう事!?アンタ確か捕まって…!!」

 

「それは私とは別の人物だ」

 

困惑を大きく露にする3人に、顔を表したジェラールは告げる。だが、彼の顔は確かにジェラールそのものだ。特徴的である右目の赤い刺青も、本人のものと同じである。それが赤の他人であるはずがないと思えるが、彼は再び告げた内容に、再び絶句することになる。

 

「シエル、君の予想は当たっている。確かに私は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のミストガンだ」

 

彼が噂から予想したことは正しかった。目の前にいるのは、S級魔導士の一人であるミストガンその人であると。しかし、彼らはさらに驚くべき事実を耳にする。それは一度シエルに向けていた視線を、再びウェンディに向けながら告げたこと。

 

「だが7年前は…()()()()の事はよく知らず、ウェンディには『ジェラール』と名乗ってしまった…」

 

「…えっ…?」

 

7年前…ウェンディの前からグランディーネがいなくなり、一人になっていた時期。そしてその後の旅を経て化猫の宿(ケット・シェルター)に預けられた年代。思えば、違和感に気付けるはずだった。

 

シエルが知っているジェラールの経歴は、8年前にエルザを追放し、そこから数か月前まで楽園の塔の建設にあたっていた。ウェンディが彼と会った時と、時期がかぶっている。

 

ゼレフの亡霊に囚われていたはずの彼が旅をしていたことなど、本来はあり得ない。ではウェンディが助けられたジェラールは一体何者なのか。その答えは、今ハッキリと明確にされた。

 

 

()()だったのだ。顔も名前も、声も同じと言う奇妙ではあるが、全くの別人。

 

「ま…まさか…!」

 

その事実に気付いたウェンディ。彼女の目からはじわじわと、雨に紛れながら涙が浮かび上がってくる。それにミストガン(ジェラール)が頷いて工程を表し、彼女の答えに確信を持たせた。

 

「あ…あなたが…!7年前の…あの時の、ジェラール…!!」

 

記憶を失ったことで、忘れられたと思っていた。もう二度と、暗闇の中に入った彼とは会えないと思っていた。だが真実は違った。彼は闇の中になどいなかった。今、ここに存在し、本当の意味で再会を果たせた。自分の事も、覚えていてくれた。

 

「ずっと…ずっと会いたかったんだよ…!!」

 

混乱が頭の中を占めながらも、嬉しさで心が溢れ、目から涙が溢れ出てくる。傘が彼女の手から離れ、石畳に落ち、転がっていく。

 

「ウェンディ…」

 

溢れ出る涙を両手で拭うも、次々と双眸から溢れ出す。せめて自分がさしている傘で彼女を雨から覆う。しかし、まさかジェラールと言う人物が二人存在するとは。自分が知っているジェラールが作り出した、ジークレインと言う思念体が存在したことを考えると、何とも数奇な運命である。

 

「会いに行けなくて、すまなかった…。だが、今は再会を喜ぶ時間はない…」

 

ミストガン(ジェラール)は泣いている彼女に申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪を口にする。しかし、その次に告げた言葉を聞いて、ウェンディも、シエルとシャルルも反応を示す。

 

「今すぐ…っ…!!」

 

苦悶の表情を浮かべると同時に、彼の身体が少しふらついた。何とか踏みとどまったようだが、苦し気な彼の表情は変わらない。心配になってシエルが声をかけるも、ミストガン(ジェラール)はそれも応えずこう口を開く。

 

「今すぐこの街を離れるんだ…!!」

 

そして随分と消耗しているのか、雨に濡れたその石畳に膝をついて蹲る。それを見たウェンディは解放をしようと声を荒げて名を呼ぶが、今の彼は一刻も早くこの事実を伝えようと更に言葉を続けた。

 

「私の任務は失敗した…!ペルと約束した日数さえ、稼ぐことも出来なかった…!」

 

「はっ…!?(何で、そこで兄さんの名前が…!?)」

 

思わぬ人物から聞いた兄の名前に、シエルは何度目になるか分からない驚愕をその顔に浮かべる。

 

「周辺にいくつも発生させたことで、“アニマ”は更に大きくなりすぎてしまった…。最早私一人の力では抑えられない…。

 

 

 

 

 

 

間もなく、この街(マグノリア)は消滅する…!」

 

その言葉を理解するのに、時間の有無は関係なかった。彼は一体何を言っているのだろう。アニマ?消滅?この街が…マグノリアが?

 

「ど…どういう事…?全然意味分かんない…!!」

 

同じように理解できないでいるウェンディが、混乱しながらも彼に問いかける。しかし、ミストガン(ジェラール)から告げられるのは同じ解答。何もかもが終わる。消滅は、確定しているのだと。

 

「せめて…君たちだけでも…!」

 

「待てよ…じゃあ妖精の尻尾(フェアリーテイル)は…!?ギルドや、街のみんなはどうなるんだ!!?」

 

シエルから叫ぶように問われたその言葉に、ミストガン(ジェラール)の言葉が詰まる。口を噤み、その答えを出さないようにしている。

 

「どうなるの!?ジェラール!!」

 

いつまでも答えないミストガン(ジェラール)に、ウェンディも問いかける。顔を俯かせて無言を貫いていた彼も、もはや避けられないと悟り、その答えを口に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員…死ぬという事だ…!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「雨やまないなぁー…」

「ね」

「ジュビアのせいじゃないと思う…」

「誰もそんな事言ってねーよ」

 

その頃の妖精の尻尾(フェアリーテイル)では、延々と降りしきる雨に、どこか消沈とした雰囲気が漂っていた。仕事に行く気にならず、ギルド内で暇を持て余す者がほとんだった。

 

「くかー」

「いつまで寝てんだ、ナツ」

 

椅子に座りながら、先程からずっと寝ているナツの様子を見て、エルフマンがどこか呆れた視線を向けている。それを見たグレイがマジックペンを取り出してニヤつきながら近づいていく。

 

「顔に落書きしちまおーぜ」

 

ナツが寝ているのにかまけてグレイがナツの顔に黒い髭のような落書きを書いていく。シエルがやりそうなイタズラだが、どこかクオリティが低い。それを見て、ルーシィが苦笑気味にグレイを止めようとしている。

 

「グレイ…シエルじゃないんだから、子供みたいなイタズラやめなよ…」

 

「誰が子供だコラ」

 

そう言いながら更に書き足し、目元がパンダのように黒く塗りつぶされ、額の左側には赤く怒りマークが書かれる始末。

 

「こ、子供以下だわ!!シエルでもやらない!!」

 

あまりにもひどい有様に思わずルーシィが叫んだ。すると、それで目が覚めたのか、ナツは突然飛び起きる。

 

「ケンカか!?オレも混ぜろぉ!!」

 

「あ~あ、何寝ぼけてんのよ…」

 

どうやら彼女のツッコミを喧嘩の最中と勘違いしたらしく、やる気満々の状態でナツが構える。しかし、対してルーシィは一瞬虚を突かれるも、呆れた様子で返し、そのまま手鏡で今の自分の顔をナツに見させる。

 

「なっ!?誰だ、これ書きやがったのは!シエルか!?」

 

「こんなのシエルでもやらないわよ。同じような誰かさんなら別だけど」

 

真っ先に悪戯妖精(パック)と揶揄される少年の仕業を疑ったナツだが、ルーシィから教えられたその言葉を聞いて、ようやく理解した。同じような誰かさん。自分だったら似たようなことをする相手、と言えば…。

 

「テメェか、グレイ!?」

「やんのかコラァ?イビキがガーガーうるせぇからお仕置きしてやったんだよ!!」

「んだとコノヤロー!!」

 

そしていつもの様にケンカに発展するナツとグレイ。最早見慣れた光景だ。それを少し離れた光景から、グレイのみを熱い視線で見つけめているジュビアも、最早見慣れた光景の一部だ。

 

「ぷはぁっ!雨の日は彼氏とデートに限るねぇ!!」

 

酒樽に入った酒を飲み干しながら満足そうな顔で彼氏(アルコール)を堪能する、酒好きのカナ。この日ずっと飲んでいるように見えて、ちょっと数えるだけでも5樽は飲み干していた気がする。

 

「その彼氏、一体何()目だよ、カナ」

 

そんな彼を見かねて、呆れた声色で声をかけるのはペルセウス。ナツとグレイの喧嘩を遠目でずっと見ていたのだが、カナの尋常じゃない飲酒スピードを見てそっちに意識を持ってかれた。

 

「うっ!?ぺ、ペル…!」

 

しかし、ペルセウスがカナに声をかけると、肩をびくつかせて、どこか顔色を青く変色させて恐る恐る振り返る。

 

「あんま独り占めすんなよ。他の客だって呑みに来るだろうしな」

 

「わ…分かってるよ…残せばいいんだろ、残せば…」

 

ペルセウスとしては普通に声をかけたつもりなのだが、何故かカナは彼からジリジリと距離をとり、生返事をした後にそのまま逃げるように違うテーブルへと移っていった。無論、酒樽は持参したまま。だが、そんなカナの行動を見て、ペルセウスは困ったような、戸惑うような表情で目をぱちぱちと瞬いた。

 

「あらあら、()()カナに避けられちゃたわね」

 

「…なあ、やっぱり俺何かしたか?カナ(あいつ)だけ妙に俺から遠ざかろうとしてるよな…?」

 

黒いダウンコートを上半身に纏ったミラジェーンがそんなペルセウスに声をかけ、彼女に向けてペルセウスは困惑気味に尋ねる。10年クエストから帰還してから初めてだが、ペルセウスは何故かカナによく避けられることが多い。それも露骨に。嫌われている…と言う訳ではなさそうだが、カナがペルセウスに話しかけられた際の反応は、どちらかと言うと怯えに近い。

 

しかし、ペルセウスは避けられているという事実は理解しているが、その理由はてんで分からないのだ。加入したての頃はペルセウス自身が周りを避けていたことはあったが、あれが理由なのか、と考えたこともあったが、慣れていけば普通に接していた時もあったためそれは違うだろう。

 

強いてあげれば、あそこまで露骨に避けられるようになったのは、780年の年明けの頃からだったというくらいだ。

 

「う~~ん…どうかしら?」

 

「お前…やっぱ何か知ってるだろ…?」

 

どこかいい笑顔ではぐらかしたミラジェーンの表情から、確実にカナが自分を避ける原因に心当たりがある事は察せる。だが、絶対にそれを明かそうとはしないのだ。あんまり避けられてばかりの日が続くのもあれなので、どうにかできないかと思っているが、解決は先になりそうだ。

 

「ところで、こんな雨の中どっか出かけるのか?」

 

「うん、ちょっと教会まで」

 

「教会?…!」

 

外出向きの服装で傘も持っているのを目にしたペルセウスが話題を変えながら聞くと、教会と言う単語を返すミラジェーン。何故?と言う疑問が一瞬過ったが、今の時期と彼女たちが教会に向かうこと自体を認識した結果、ペルセウスも気付いた。そんな彼を見て、一瞬悲しげな表情を浮かべながら無言で首肯し、ギルドの出入り口へと、ミラジェーンは歩いていく。

 

「…そうか…」

 

誰に告げるでもなく漏れ出たひと言。彼も忘れてはいない。忘れるわけがない。あの日が近づいていることを。

 

「エルフマン、行くわよ!」

 

「姉ちゃんからも言ってやってくれ!こいつら、この前仕事でヘマしやがってよォ!」

 

シャドウギアのメンバーであるジェットとドロイに、どこか熱い説教をしていた弟のエルフマンに声をかけるミラジェーン。するとエルフマンは噂で聞いていた彼らのこの前の失敗を姉に告げた。魔物の討伐に向かったものの、先に大ぶりの攻撃をもろに食らって戦闘不能になってしまい、結局レビィ一人で倒して、仕事を片付けたらしい。

 

結果的にリーダーとは言え女の子一人にすべてを任せてしまったことに、しかも二人揃って片想いしている相手に、カッコ悪いところを見せてしまったばかりか、そのしりぬぐいをさせてしまった事実に、耳が痛いし情けない。ジェットもドロイも何も言い返せない。

 

「ジェットもドロイも、頑張ってると思うわよ?」

「「ミラちゃ~~ん♡」」

 

「それなりに!」

「「ヒデェ!!!」」

 

これが上げて落とすという事か。いや、それとも飴と鞭か。…と、そんな事はどうでもいいとして。

 

「ミラさんとエルフマン…こんな日に教会へ、何だろう?」

 

わざわざ雨が降っている中で教会に向かう理由があるのか?そんなルーシィの疑問に、他のメンバーたちは心当たりがあったのか、彼女の一番近くで古代文字で書かれた叙述書を読んでいたレビィが言葉を出した。

 

「あ、そっか…もうすぐ、リサーナの命日だったね…」

 

「リサーナ…!そっか、それでミラさんたち…」

 

「ルーちゃん、知ってたの?」

 

その名前を聞いてルーシィはすぐさま思い出した。数日前にシエルから聞いた、二年前の同じころの時期に、仕事先の事故で亡くなった、ミラジェーンたちの妹。命日が近づくと、姉と兄である二人は教会に通い出すのだという。

 

「シエルとも、仲良かったって聞いてるけど…」

 

「うん。正確に言えば、ペルやナツとよく一緒にいたよ」

 

「ナツも?」

 

そう言えば、シエルはリサーナが死んだとき、ナツも悲しんでいたと言っていた気がする。今もなおグレイと喧嘩を続けているあのナツが、昔は女の子と仲良くしていた、と言うのは少々意外だ。

 

「シエルやナツと仲も良いし、何だかルーちゃんにちょっと似てたなぁ、リサーナは」

 

「そーなの?」

 

「うんうん!あ、そうだ…ここだけの話…実はペルって、リサーナの事が…」

 

にやけながらコソコソ話をするように掌を口元に添えてルーシィにだけ聞こえるように告げようとするレビィ。だが、それに耳を集中しようとしていたルーシィは、彼女の背後を見て、ギョッと目を見開いて硬直した。その様子を怪訝に思い、レビィが声をかけようとするが、その前に彼女の後ろから届いた声にそれは遮られた。

 

 

 

 

「随分盛り上がってるみたいだな二人とも。誰が誰にどうしたって…?」

 

その声を聞いてレビィも理解した。ヤバい奴に聞かれたと。壊れた絡繰り人形のような動きと音で首を後ろに向けてみると、満面の笑顔を浮かべていながらも、真っ黒なオーラを放出させたペルセウスが佇んでいた。「え、えっとです、ね…?」と歯切れ悪く言葉を紡ぐ彼女の肩に、ぽんと手を置けば、レビィだけでなくルーシィまでもが恐怖で肩を震わせる。

 

「怖がることないだろ?気にせず話を続ければいい」

 

正直に言おう。無理だ。一つでも失言したら自分の身がどうなってしまうのか分からない状態で、レビィはこれ以上下手な事を言えなくなってしまった。目線だけでルーシィに助けを求めるも、目を閉じて首を横に振り、無理であることを伝えることしかできなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

未だ降りやむ気配のない雨の中、ミストガン(ジェラール)が告げた非情な現実に固まっていた思考が戻っていくのを感じる。戻ってきた思考で考えついたこと。それを実行するために、シエルはいち早く行動に移した。

 

乗雲(クラウィド)!!」

 

傘を投げ捨てて、足元に展開した搭乗可能の雲。それに乗り込んだシエルを見て、ウェンディが真っ先に声を上げた。

 

「シエル!私も行く!」

 

「言うと思ってた、乗って!」

 

「ウェンディ!?」

 

シエルの行動の意図を察知して頼み込んだウェンディに、その行動に移ることを予感していたシエルが即座に了承。そしてシエルと同じ雲の上に乗ったウェンディをシャルルが呼ぶと、ウェンディは振り向きながら叫ぶ。

 

「みんなに知らせなきゃ!!」

 

「行ってはいけない!君たちだけでも、街を出るんだ!!」

 

今彼らに危機を知らせても、まず間に合わない。下手をすれば、ウェンディたち二人も共に消滅してしまう。だがそれでも、彼らはその言葉に従う訳にはいかない。

 

「仲間を置いて逃げるだなんて、冗談じゃない!!」

 

「そうだよ!私たちだけなんてあり得ない…!」

 

揺らぐことのない決意を込めたその声を聞いて、ミストガン(ジェラール)は言葉を失う。自分よりも小さい子供たちに、これ程の固い意志があるとは…。

 

「私はもう、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだから!!」

 

「行くよ、ウェンディ!兄さんやみんなを、絶対に死なせるもんか!!」

 

その言葉を最後に、シエルは雲を斜め上に滑空させ、最短ルートでギルドへと向かう。その姿はもう、既に見なくなっていた。

 

「シエル…ウェンディ…」

 

不安げに子供たちの名を呟くミストガン(ジェラール)。するとある異変に気付いて、彼は上空へと目線を向ける。

 

「ダメだ…もう、何もかもが遅い…!」

 

予想を遥かに超える速さ。マグノリアを覆っている雨雲が、ある場所を中心に渦巻いて、巨大な穴を形成している様子を見て、ミストガン(ジェラール)は力なく呟くことしかできなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ったく、あいつの話題が出るとすぐそっちに話が移る…」

 

とりあえずレビィに釘は刺しておいたからもう滅多に自分の片思いに関する情報が広まることはないと考えているペルセウス。だが、あの行動自体が図星をついているという事に、本人は気づいていないのだろうか。

 

「リサーナの事か?」

 

「ん?…お前まで聞いてくんのか…」

 

彼の声が聞こえてらしき打尋ねてきたエルザの問いに、ペルセウスは溜息を一つ吐く。正直何度彼女とのことに関して話題をぶつけられたかは、最早数えるのも諦めた。それほどまでに聞かれてきたのだ。しかし、エルザには他の者たちの様に茶化しで聞こうとする意図はない。

 

「いや、すまない。他人事とは思えなくてな…」

 

そう返してきた彼女の言葉を聞き、彼は理解した。エルザもまた、ある意味では、大切な人と二度と会えない別れを経験したという事実が共通している。彼女の近くにいたスナイパーコンビであるアルザックとビスカが、いつものように両片想いをこじらせて初心な反応を見せているのを見る限り、エルザも思い出したのだろう。彼女の大切な存在の事を。

 

「おい、エルザにペル、ちょっとぉ」

 

「はい、マスター」

「どうした?」

 

すると、テーブルの一つに胡坐をかきながら、書類と思われる紙を数枚、自分の前に広げていたマスター・マカロフが二人を呼び寄せる。それに応えて近づいたペルセウスたちに、マカロフが仕事に関して意見を求めてきた。

 

「例の100年クエストの件なんじゃがな…色々検討したんじゃが、やっぱり他に回そうと思う…。異論はないか?」

 

「賛成だ。ギルダーツでも手こずる依頼だし、ギルド間の共同も視野に入れるべきかもしれん」

 

「私も妥当だと思います」

 

ギルド最強の魔導士であるギルダーツでさえ匙を投げた100年クエスト。そう考えると1ギルドのみが請け負うには負担が大きすぎるという考えだ。実力者である二人にも、それに関して反論はないらしい。

 

「それとペル、主からの頼み事じゃが、町長と話し合った結果、5日後ぐらいから実行できるそうじゃ」

 

「5日後…ギリギリだな…」

 

「…何の話だ?」

 

次に話題に出したのはエルザにも心当たりのない内容。ペルセウスからマスター・マカロフに何かしらの願いをしていたようだが、彼女には心当たりがない。もっともな疑問を尋ねられたペルセウスは少しばかり唸りながら、彼女に端的に説明することにした。

 

「そうだな…まず一言で言うなら…。

 

 

 

 

 

『マグノリア一斉引っ越し計画』」

 

 

 

「…は?」

 

思わずエルザの目が点になった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「シエル、空が…!!」

 

「あんなの自然じゃあり得ない…くっそ!!」

 

トップスピードで雲を飛ばすシエルの後ろで、振り落とされないように掴まっているウェンディが、上空の様子を見て彼に状況を知らせる。いよいよもってまずい。今までで見たことのない空模様だ。

 

まるで台風の様に雲が集まって渦巻き状になり、その中心に空いた巨大な穴から、白い閃光が時々発せられる。しかもその穴の下には、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドホームだ。

 

「っ…!!これは…!!」

 

さらに焦りを増長させるのは、周りの光景。マグノリアの外から、石畳や建物が次々と浮かび上がり、白い光となって上空へと溶けていく。この世のものとは思えない光景に、思わずウェンディが息をのんだ。

 

「兄さーん!!みんなぁーー!!」

 

ギルドの前に到達し、乗雲(クラウィド)から降りてその扉をくぐろうとする二人。残りの短い距離を全力で走りながらも、少しでも、一人でも多くの魔導士たちに声を届けようと張り上げる。

 

「みんな今すぐ、街を出るんだ!!」

 

「大変なの!!空が…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その声が届くことはなかった。

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のホームが、突如陽炎のようにその姿を歪ませ、てっぺんの鐘楼がある箇所から、白い光となって粒子と化し、消えていく。

 

それに伴って、周りの建物も白く光り、上空へと吸い込まれるようにして消え始めた。

 

「な、何これ!?」

 

「兄さん!!」

 

消えていくギルドを見て兄も巻き込まれることを察知したシエルが危険も顧みずギルドへと飛び込もうとする。すぐさまウェンディがそれを止めようと名を呼ぶが、それと同時に、ギルドからひと際強い白光と共に突風が吹き荒れる。

 

「きゃあっ!!」

 

「っ!ウェンディ!!」

 

その突風で飛ばされながらも、同じように飛ばされたウェンディを助けようと、シエルは彼女に手を伸ばす。それに気付いたウェンディもまた彼が伸ばす手を掴もうと必死に手を伸ばして距離を縮める。あと数メートル、数センチ、数ミリと距離を詰めていた瞬間。

 

 

 

「うわっ!?」

 

「シエッ…きゃああ!!」

 

再び吹き荒れる風。そして辺りを埋め尽くす白い光。あと少しで触れようとしたところで、再び離れる二人の距離。

 

 

そしてその突風はやがて、街全体を飲み込む竜巻となり、その竜巻に呑みこまれたあらゆる物質を白い光の粒子に変えて、上空へと昇らせる。

 

 

眩いほどの白光が辺り一面を包み込み、全てが収まった頃には、空に空いた巨大な穴も塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

そして、真っ白な大地と、その大地から湧き出る謎の白い気泡。それ以外に何もない空間の中で、少しばかり意識を失っていた()()()少女が目を覚ました。

 

 

「…嘘…?ギルドが…消えた…」

 

目の前に見える光景は、まるで現実とは思えなかった。何もかもが失ったかのような、あらゆる全てが抜け落ちた光景。

 

さっきまで目の前にあったギルドも、周りにあった街も、そして傍にいたはずの少年も。

 

 

全て、消えてしまった。

 

「そんな…一体、何が起きたの!?」

 

何もなくなってしまった空間で、少女は一人狼狽える。

 

「シエル…シエルは!?シエルー!!どこぉー!?」

 

さっきまで一緒にいたはずの少年が、どこにも見当たらない。それだけじゃない。街の人たちもみんな。

 

「誰か…あれ?何で…?何で私だけ、ここにいるの…?」

 

そして気付いた。考えてみれば、おかしな現象に。街も人もすべて消えていた。《自分以外は》。自分だけが残っていた。

 

「街もギルドも全部…シエルだって消えちゃったのに…どうして私だけが…!」

 

何もかもが消滅した空間に、少女はたった一人、残された…。

 




次回『エドラス』


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第75話 エドラス

間に合いました!
この回にて、今年最後の投稿となります!けど予定していたよりもストーリーの進み具合があんまり…。

余計な部分を省くべきか、話数増やしてでも細かく書くか…悩みどころだ…。


そして次回…来年一発目の投稿についてですが、1日~3日の三日間、連続での投稿を考えております。この年末の間で頑張って書き上げる必要がありますが、必死こいて頑張ります!

さて、今回の話の展開…どんな反響になるかな…?


見渡す限り、真っ白の大地。そこからあちらこちらから湧き出ては、空に向かってゆっくりと上がっていく無数の気泡。

 

そこはもう、先程まで多くの人が住む一つの街であったことなど、微塵も感じさせない更地へと変わり果てていた。

 

「ギルドが…消えた…」

 

周りに存在したいたあらゆるものが抜け落ちた、何もないまっさらな光景を目にし、呆然とした少女はその呟きを零す。

 

ギルドだけではない。街も、そこにいた人間たちも、先程まで共にいた少年も。全て残らず消えてしまった。

 

「シエル…シエルは!?シエルー!!どこぉー!?」

 

声を張り上げ、少年の名を呼ぶウェンディの声が、街があったはずの空間に空しく響いて消えていく。

 

「他の人たちは…誰か、誰かいないの!?誰かぁーっ!!」

 

誰か一人でも。残っている人がいないか呼び掛けても、それに応えてくれる者もいない。空しい現実を叩きつけられ、声を張り上げていたウェンディは、力なく白い地面に膝をつく。

 

そして少女は気づいた。確かに周りには誰もいない。人も物も、何一つ失った街の中で、自分以外は何も残っていない。

 

そう、()()以外は。

 

「あれ?何で…?何で私だけ、ここにいるの…?」

 

自分の両掌を見下ろしながら、他には何も存在していないはずの空間に、自分と言う存在が確かにいる事実。安堵よりも困惑が強く、はっきりとこみあがってくる。

 

「街もギルドも全部…シエルだって消えちゃったのに…どうして私だけが…!」

 

両目に涙が浮かぶ。たった一人だけ、街の残骸であるこの空間に取り残されたことによって、孤独に押しつぶされそうな感覚を味わっていた。考えても何故なのか分かるわけもなく、その場で佇むことしかできない。

 

 

そんなウェンディの意識を別の方向へ向けるきっかけを与えたのは、彼女が佇んでいるすぐ近くの地面が、突如膨らみ、盛り上がる現象だった。意外にも地面は柔らかいのか、砂を搔き分けるような音と共に、徐々にその地面の膨らみは大きくなっていく。

 

「ひっ!」

 

何かが飛び出してきそうな奇妙な現象を目にし、ウェンディは怯み、後ずさる。そして、膨らんでいた地面はついに破裂し、その中に埋もれていた存在が、その地面から飛び出した。

 

「な、何だぁ…?」

 

状況が理解できない困惑した表情でそこから出てきたのは、桜髪のツンツン頭と白い鱗柄のマフラーが特徴的な青年、ナツだった。

 

「ナツさん!!」

 

「あ、ウェンディ…あれ、ここどこだ?」

 

目の前にいたウェンディに気付いた直後、周囲の景色をキョロキョロと戸惑い全開で見渡している。彼からすれば何が何だかさっぱりだろう。だが、ウェンディはナツの心情を汲み取るより先に、激しく安堵を浮かべた。

 

「(私以外にも、残ってた…!!)」

 

自分だけではなかった。少なくとも、何もかもがなくなった空間に一人投げ出されたわけではなかったことに、安心を覚えて、先程とは違う意味の涙が浮かぶ。

 

「何も…覚えてないんですか…?」

 

「寝てたからな」

 

状況が理解できていない様子のナツに質問してみると、埋まっていた半身を地面から抜き出しながら、あっけらかんと答える。今の今までギルドで寝ていたと思いきや、いきなり見覚えのない…と言うかほぼ何もない空間で目を覚ましたと言ったところだろう。改めて、ウェンディにここがどこなのか、ギルドのみんなを知らないか聞いてみると、ウェンディは目元に浮かべた涙を拭う事もなく彼に今起きたことを説明した。

 

「ここ…ギルドですよ…」

 

「は?」

 

「突然空に穴が空いて…ギルドも街も…みんな吸い込まれちゃったんです…!!」

 

だが、ナツはウェンディの説明を聞いて納得するどころか、彼女の言葉の意味が理解できていなかった。正直言うと、「何を言ってるんだこいつ?」と言いたげに顔を困惑に歪ませている。

 

「本当です!!一緒にいたシエルも消えちゃって…!残ったのは私たちだけみたいなんですよ!!」

 

信じてもらえていない様子を察したウェンディが、必死にこれが真実であることを伝える。しかしナツの表情や反応は変わらないまま…それどころか…。

 

「…ウェンディ…どっかに頭ぶつけた?エライこっちゃぁ…」

 

「ちーがーうー!!」

 

思いっきり憐みの目を向けながら、ウェンディの頭部を優しく両手で持ち、ケガとかコブとかがないか彼女の身を心配するように声をかける。だが彼女は正気だ。全然信じてくれないナツに両腕を振りながら必死に主張するも、状況は変わらないままだ。だが、ここでふとウェンディは気づいた。他の面々は皆いなくなったのに自分とナツだけが残っている。この二人に共通する特徴が、一つだけあった。

 

「もしかして…滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だけが残された!?」

 

「そうよ」

 

ウェンディのその言葉に同意を答えたのは、自分たち同様、吸い込まれていなかった存在。白い一対の翼を背中から出して浮遊しながら、ウェンディの相棒と言える白ネコ・シャルルが彼らの元に来ていた。

 

「シャルル!よかった、無事だったんだね!!」

 

「まあね」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である自分たちだけでなく、彼女も消えずに済んだことにウェンディは喜びを表して彼女の元に近づいた。続々と無事が判明する面々がここに集ってきているが、シャルルの面持ちはどこか暗い。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の特殊な魔力が幸いしたようね。よかったわ、あなたたちだけでも無事で」

 

「シャルル…」

 

「そりゃ聞き捨てならねぇなぁ。他のみんなはどうでも……って!本当に消えちまったのか!!?」

 

深刻な様子で語るシャルルの言葉から、ようやくウェンディが言っていたことが真実であることに気付いたナツが激しく動揺を表す。そんな彼の問いにウェンディが振り向いて首肯すると、ナツは慌てて周りを見渡して誰かいないか呼び掛ける。だがしかし、それに応えられる存在はもちろんいなかった。

 

「消えたわ。正確に言えば、アニマに吸い込まれて消滅した」

 

「アニマ…」

 

続けてシャルルから明かされたその説明にある、一つの単語。『アニマ』と言うものにウェンディは心当たりがあった。7年前に共に旅をしていたジェラール(ミストガン)が突如呟いていたものと同じ単語。そしてつい先程も、彼はその単語を口に出していた。アニマとは一体何なのか。それを問う前にシャルルは答えた。

 

「さっきの空の穴よ。あれは向こう側の世界…『エドラス』への門」

 

「『エドラス』…?」

 

今度は一度たりとも聞いたことのない単語が飛び出してきた。全くもって聞き馴染みのないうえに、向こう側の世界、と表現されたもの。彼女が一体何を言っているのか、ウェンディは困惑するしかできない。

 

「お前、さっきから何言ってんだよ!みんなどこどおぉはっ!?」

 

「ナツさん!?」

 

シャルルの話す内容に理解が追い付かなかったナツが、彼女に怒りを表して、詰め寄ろうとすると、ちょうど彼が歩いていた地面が突如盛り上がり、彼が出てきた時同様に膨らみだす。その拍子にナツが後ろ側に倒れこむが、ウェンディとシャルルはナツを一瞥してすぐに、近くで盛り上がっている地面に視線を集中させる。

 

他にも残っている者がいたという事か?そんな思考が過った彼女たちの目に、地面から出てきたその正体が映った。

 

 

 

 

 

「お、俺…一体、どうなった…?」

 

「っ…!シエル!!」

「お前もか!!」

「なっ…!?」

 

それはアニマによってともに消えてしまっていたはずの少年、シエルだった。思わぬ少年の登場に、三者三様の衝撃が周りで発生している。その中でも、ウェンディは再び目元に涙を浮かべて、「よかった…シエルも無事だった…!」と言葉にしながら口元を手で覆っている。

 

「(ど、どういう事…!?何で滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)でもないこいつが、アニマに吸い込まれていないの…!?)」

 

それとは対照的に、シャルルは目の前の光景にただただ困惑していた。アニマに吸収されない特殊な魔力を有しているのは、シャルルが知る限り滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとウェンディだけ。そこにシエルは当てはまっていないはず。だと言うのに、アニマが発動した時から一切変わった様子の無いシエル。これには、彼女自身もどうなっているのか分からなかった。

 

「ウェンディ!ナツにシャルルも!…他のみんなは?」

 

「お、落ち着いて聞けよシエル!実はここがギルドで、みんな消えちまって…えっと…あれ…あれ?何だっけ?」

 

「お前が落ち着け」

 

視界に映ったウェンディたちの姿を確認し、シエルは状況を把握するために周囲を見渡していると、慌てた様子でナツが説明をしようとするが、ウェンディやシャルルからされた説明でほとんど分かっていない状態のナツが言ったところで結局ほぼ何も分からなかった。終いには逆にシエルにツッコまれる始末。

 

「ここがギルド…ってことは、俺たち以外はみんな…!?」

 

空に空けられた穴によって、今この場にいる者たち以外の住人達は吸収されてしまったようだ。起きていた非常事態の凡そを把握していたシエルの問いに、ウェンディが首肯で答える。

 

「私とナツさんは、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だから無事で済んだみたい。けど、どうしてシャルルやシエルが無事だったのかまでは…」

 

まだ説明を聞いている途中だった。ウェンディの言葉を聞いてそれを察した少年は、ウェンディと共にこの状況に一番心当たりがあると思われるシャルルに視線を移す。

 

「…オスガキがどうして無事だったのかまでは、私にも分からないわ。けど…」

 

始めにシエルに関してはシャルルにとっても想定外であることを前提し、シャルルは今一度質問に答え始める。それとほぼ同じタイミングで、シャルルと同じように白い翼を背中から出した青ネコの声が響いてきた。

 

「ナツ~~!!何これ~!街がぁ~~!!!」

 

遠くの方から慌てた様子でこちらに飛んでくるハッピーを見て、人間たち3人は安心した。ある程度予測はしていたが、シャルルと同じ種族と思われるハッピーも、アニマの被害から免れていたようだ。

 

 

 

「私は向こう側の世界『エドラス』から来たの」

 

シャルルが告げたその事実に、ナツたちだけでなく、後から来たハッピーも言葉を失った。更にこれだけには留まらない。

 

「そこのオスネコもね」

 

「…え?」

 

シャルル、そしてハッピーは、エドラスと言う向こう側の世界から来た。衝撃の事実。それ以外の言葉が見つからない中、理解が追い付かないシエルがどういう事だと尋ねてみれば、恐らく一番動揺しているであろうハッピー、そしてシエルたちから目を逸らし、淡々と告げた。

 

「この街が消えたのは、私とオスネコのせいって事よ」

 

その言葉は、更に彼らに衝撃と混乱を与えた。街一つを飲み込み、消し去った魔法の残滓が空に未だに漂っており、雲に稲妻をいくつも走らせる中、シャルルは更に続けた。

 

 

 

『エドラス』―――。

今シエルたちがいるこの世界“アースランド”とは別に存在する、もう一つの世界。そこでは今、魔法が失われ始めていた。

 

アースランドとは違い、エドラスの魔法は有限…使い続ければ、いずれ世界からなくなってしまうものだった。その枯渇してきた魔力を救う為に、エドラスを統べている王は、別世界であるこのアースランドに目を付けた。無限の魔力が存在するアースランドから、魔力を吸収する魔法を開発したという。

 

それこそが、“超亜空間魔法・アニマ”。

空に穴を空け、街も人も呑みこみ、魔力と化させた魔法である。

 

魔法を開発し、計画を実行に移したのは6年前。アースランドの至る場所にアニマは展開され、魔力を吸収しようとした。だがしかし、思うような成果は上げられなかったらしい。何者かが、アースランドに開いたアニマを閉じて回っていたことが原因だそうだ。

 

口には出さなかったが、シャルルにはその何者かの見当はついていた。ジェラール…否、ミストガン。ウェンディから以前彼の話を聞いた時に、まさかとは思っていたが、実際に彼と対面して確信した。間違いなく、アニマを閉じていたのはミストガンであったと。

 

「だけど、今回のアニマは巨大過ぎた。誰にも防ぐ術などなく、ギルドは吸収された」

 

「何で妖精の尻尾(フェアリーテイル)を吸収したんだよ」

 

粗方の説明を聞いた後、ナツが疑問としていたことを聞いてきた。アニマは世界中のいたるところで展開された。他にも魔力が集う場所はあるはずなのに、何故マグノリアが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)が狙われたのか。

 

「アニマはこの世界から魔力を吸収するもの。どうせ吸収するなら、より多い方がいい…てことは…!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)には強力な魔導士がたくさんいる!だから狙われたってこと…!?」

 

シエルがシャルルの話から立てた推測。それを聞いてウェンディも気付いた。より多くの魔力を吸収するために、より多くの魔導士を抱えている魔導士ギルドである妖精の尻尾(ここ)が狙われたということ。

 

「随分勝手な奴らだなァ!オイ!みんなを返せよこのヤロウ!!」

 

魔力が多くとれるから。そんな理由で街の人もギルドの仲間も、ただの魔力として吸収されたことを身勝手かつ傲慢なものとして解釈したナツが怒りに燃えて空に叫ぶ。しかし、それで勿論向こうに声が届くわけでもなし、届いたとしても手に入れた魔力を手放そうと考えたりはしないと思われる。ナツの怒号は虚空に消えるしか道はなかった。

 

「そ…それがオイラとシャルルのせい…なの…?」

 

「間接的にね」

 

不安そうな声で聴いてきたハッピーの問い。間接的、と言うのはシャルル達が抱えている別の使命についてだ。その別の使命をエドラスの王国から与えられてこの世界に送り込まれたらしい。

 

しかし、それに否定を提示したのは、彼らを長年相棒として接してきたナツたち。

 

「そんなハズない!アナタ…卵から生まれたのよ!この世界で!!」

 

「ハッピーもだ!オレが見つけたんだ!!」

 

ハッピーはナツが。シャルルはウェンディが、それぞれ外で卵を見つけ、育てて孵化させたことで出会った存在だ。それぞれの名前も、ナツとウェンディ、それぞれがつけたもの。エドラスから使命を与えられて送り込まれるというのは、本来ならあり得ない話なのだ。

 

「先に言っておくけど、私はエドラスには行ったことがないわ。ウェンディが言う通り、この世界で生まれ、この世界で育った」

 

だがシャルルもそれは承知している。シャルル自身とて、その身で自分を送り込んだ世界に行って使命を貰ったわけではない。生まれた時から備わっているのだ。エドラスに関する知識を、自分に課せられた使命を、卵から生まれた時から、それを全部知っているはず。それがシャルル達のようなネコの種族だ。

 

「なのに…アンタは何で何も知らないの!?」

 

同じようにエドラスから送り込まれた、シャルルと同じ種族であるはずのハッピー。しかし彼には、エドラスの知識や使命を、一切知らないかのような言動をしている。だから、シャルルはハッピーに苛立ちを抱いていたのだ。

 

勢い良く振り向きながら指をさして糾弾するが、ハッピーは戸惑いを隠せないまま、何も言えないで俯く。ハッピー自身、シャルルの様にエドラスの知識や使命などが刷り込まれているわけではない。彼も困惑しているのだ。なぜ彼女と同じ知識が自分の中にないのか。

 

「とにかくそういう事。私たちがエドラスの者である以上、今回の件は、私たちのせい」

 

落ち込み俯いているハッピーを睨んでいたシャルルが、半ば諦めたように背を向けて告げる。

 

「さっき、別の使命って言わなかった?シャルル」

 

「……それは、言えない…」

 

体を震わせながら、ウェンディからの問いに一言で返すシャルル。恐らく彼女にはとても言えないようなものなのだろう。シエルはシャルルの様子から、それだけは感じ取ることが出来た。

 

「教えてシャルル…オイラ、自分が何者か知りたいんだ…」

 

「言えないって言ってんでしょ!自分で思い出しなさいよ!!」

 

自分の素性が未だにはっきりと判明しないハッピーが尋ねるも、シャルルからの答えは同じだ。特に彼に対しては当たりも強い。結局何も知れずにいるハッピーは、再びその顔を俯かせる。

 

 

すると拳と掌を勢いよく合わせ、唐突にナツは告げた。

 

「おーっし!んじゃ、話もまとまった事だし、いっちょ行くか?エドラスってトコ!」

 

「まとまってないわよ!!」

 

「そもそもナツ、今の話理解できた?」

 

どのあたりを聞いて話がまとまったと解釈したのだろう。いやきっとナツの事だ。細かいことを考えるより動いた方がいいとでも判断したのだろう。すると、ハッピーから、気の抜ける様な腹の虫が鳴り響いた。神妙な雰囲気が霧散して一気に脱力感が漂う。

 

「ナツ…オイラ…不安でお腹空いてきた…」

 

「そりゃ元気の証だろ?」

 

不安そうにナツを見上げるハッピー。そんな彼に対して、笑顔を浮かべながらナツは告げる。絶望的と言えるこの状況において、その明るさはある意味強さだ。

 

「エドラスにみんながいるんだろ?だったら、助けに行かなきゃな」

 

穴が開いていた空を見上げながら口にするナツの言葉を聞き、シエルとウェンディがシャルルに実際はどうなのかを尋ねる。恐らくはいるだろうとのことだ。

 

「だけど、助けられるかは分からない。そもそも、私たちがエドラスから帰ってこれるのか、どうかさえ…」

 

「ま、仲間がいねえんじゃ、こっちの世界には未練はねえけどな。イグニールの事以外は…」

 

「俺の居場所は、兄さんやギルドのみんながいるとこだ。どのみち取り戻さなきゃ、ここにいる意味はない」

 

「私も」

 

たとえ戻ってこられなかったとしても、仲間たちを助け出せれば、今いる世界でなくても構わない覚悟を全員持ってる。ナツも、シエルも、ウェンディも、その決意は変わらないようだ。

 

「みんなを助けられるんだよね、オイラたち…」

 

腹の音を鳴らしながら、ハッピーはまた不安そうに呟く。それを聞いたシャルルは少し口を噤みながら、ブツブツと言葉を出していく。

 

「私だって、まがりなりにも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員な訳だし…母国の責任でこうなった疚しさもある訳だし…連れてってあげない事もないけど…。いくつか約束して」

 

そう言ってシャルルが提示した約束事は、全部で4つ。まず一つ。シャルルがエドラスに帰る。それはつまり“使命”を放棄するという事になる。向こうで王国の者に見つかる訳にはいかないため、全員変装をする事。

 

「オレもか?」

 

「全員って言ったじゃん。でも何で嬉しそうなの…?」

 

「シャルルはそれでいいの?」

 

変装と聞いてどこか嬉しそうな様子のナツに呆れながらシエルはぼやく。使命を放棄してもいいのかとウェンディに問われるが、元から全うする気がないのか、もう決めた事だと返答する。

 

次に二つ目。これはハッピーに対してだ。シャルルとハッピーにエドラスから与えられた使命について、詮索しない事。またも不安そうに腹を鳴らしていたが、ちゃんと返事はしていた。

 

三つ目。シャルル自身もエドラスについては、与えられた情報以外に何も知らない。細かいナビゲートは出来ない事。これに関しても3人は了承した。そして最後の項目。これについては、今までの約束の、どれよりも深刻なものだった。

 

 

 

「最後に…私とオスネコがあなたたちを裏切るような事があったら…

 

 

 

 

躊躇わず殺しなさい」

 

これに関しては、シエルたちは勿論、ハッピーも言葉を失った。裏切る。本当にこの先でそれが起きるのか。だとしても、仲間であるシャルル達を…ましてやナツたちにとっては相棒である存在を殺すことなど、できるはずがない。

 

「オイラ…そんな事しないよ?」

ごぎゅるるるるるるる…

「てか、腹うるさい!!」

 

あんまりにも不安になりすぎて滅茶苦茶鳴り響くハッピーの腹の虫。要所要所で鳴らされたためか、シャルルは思わず叫んだ。渋々と言った様子でこの項目を胸にしまい込んだシエルたちは、目を合わせて小さく頷いた。

 

それを確認したシャルルは、背中から白い翼を顕現し、宙に浮かぶ。

 

「行くわよ。オスネコもナツを掴んで。オスガキは…雲に乗れる魔法があったわね。それでついてきて」

 

「空を飛んで向かうのか?」

 

「私たちの翼は、エドラスに帰るための翼なのよ」

 

シエルに問われて答えた、自分たちの翼の存在理由。それを聞いたハッピーが再びその言葉を失う。しかし、彼の相棒であるナツは、親指を立てて向けながら、自信満々に相棒に言葉をかける。

 

「行こうぜハッピー!お前の故郷(ふるさと)だ!!」

 

「…あい!」

 

そして、少女を掴む白ネコ、青年を掴む青ネコは、それぞれの翼で飛び立ち、それに追随する形で雲に乗った少年が続く。本来の時間はまだ昼間。それがまるで、太陽さえも抜け落ちたような薄暗い空に、三つの影は上を目指して上昇していく。

 

「オスネコ!魔力を解放しなさい!!」

 

「あいさー!!」

 

普段のスピードから更に一段階上へ。一気にマックススピードへと至った二匹と、それに抱えられる二人に追いつくために、シエルも己の魔力を更に込める。

 

「行くぞ…!!」

 

普段は己が耐えられるスピードより上の速度を出すことがないが、雲を横に、その真上に四肢をついて堪えることで、限界よりも上の速度に到達。先行している二組との距離を縮めていく。

 

「アニマの残痕からエドラスに入れるわ!私たちの(エーラ)で突き抜けるの!そのタイミングで、オスガキも続きなさい!!」

 

「おう!!」

 

雲がある高度まで到達し、巨大な穴の中へと入っていく三つの影。時折こちらを阻もうと迸る稲妻を潜り抜け、更に速度を上げながら上へと昇っていく。

 

「今よ!!」

 

シャルルの合図を聞き、ハッピーとシエルも一気にその穴へと突き抜ける。それによって刺激されたのか、穴からは眩い白光が発され、幾重もの円状の光の輪が空一面に広がる。そして10に満つか否かという数の光輪が広がった後、それらは収束されるように穴の中へと戻っていき、一際眩い光となって影たちを照らす。

 

その光景に言葉を失いながらも、一行はその光に包まれて、穴から湧き出してきた光の通路をくぐっていく。目を開けていられないほどの光量を目にし、固く目を閉じていた一行は、その光が収まると同時に、目を開けた。

 

「眩しっ…!ん…?おおっ!!」

 

その先に広がっていたのは、まさに先程とは違う別世界。

 

空の色は黄色と緑を混ぜたようなグラデーション。眼下に広がる光景には、空に浮かぶ島がいくつも存在し、恐らくい昼間と思えるほど明るい割に、月のような小惑星と思われる星がいくつも空に浮かび上がっている。島の一つ一つには森があるようだが、緑ではなく紫だ。自分たちが知っているあらゆるものとは異なる。

 

「ここが…エドラス…!!」

 

「オイラのルーツ…!」

 

想像だにしなかった、まさしく異世界。翼で飛行を続けながら、それぞれの相棒を掴んでいるネコたちは、衝撃を受けながらその言葉を零した。

 

島が浮き、見た事ない生き物が空を飛び、不思議な木や植物が群生していて、極めつけには川が空を流れている。

 

ネコたちだけでなく、人間の魔導士たちも、全く見たことのない珍しい光景に心を躍らせて興奮している。

 

「ちょっとアンタたち!気持ちは分かるけど、観光に来たわけじゃないんだから、そんなにはしゃがないの!」

 

「ぁはは、そうだね…」

「悪ィ悪ィ…」

 

最初は圧巻されていたが、気を取り直したシャルルが場にいる全員に注意を怠らないように忠告する。「全く…」と言いたげに溜息を吐きながらシャルルがぼやくと、ウェンディはこの場にいる存在に、妙な物足りなさを感じてふと周りを見渡した。

 

「どうしたのよ?」

 

「ねえ、シエルはどこ?」

 

ウェンディが呟いた言葉に、尋ねたシャルルも、そして聞こえたナツたちも思わず周囲を見渡した。そう言えば。一緒に来ていたはずのシエルの姿が、どこにも見当たらなくなっている。

 

「ホントだ。どこ行っちゃったんだろ?」

 

「まさか迷子か?ったく、あいつもしゃーねぇなぁ…」

 

同じようにキョロキョロと見渡すハッピー。対してナツは呆れたような表情を浮かべながらぼやいている。ほぼ一本道だったのに迷子も何もないと思うが…。

 

「も、もしかして、シエルだけ元の世界に置いてかれちゃった…!?」

 

「まさか…と断言も出来ないのよね…」

 

ウェンディは彼が実は一人だけアースランドに取り残されてしまったのではと考えてしまっている。さすがにそれはない…とシャルルも言いたかったのだが、如何せん情報があるとは言えシャルルもエドラスに関して何でも知ってるわけではなく、どの事柄に関しても絶対とは言えないのが現実である。

 

 

 

 

と、何の前触れもなく、二匹のネコ達に生えていた背中の翼が突如光って弾け、解けてしまった。

 

「「うあああああっ!!?」」

「「きゃああああっ!!?」」

 

勿論そんな状態で滞空を維持できる訳もなく、二人と二匹は重力に従ってそのまま落下。途中にあった風船のような弾力の謎の植物を何個も突き破って減速し、一番下にあった巨大な、同じ種の植物に、一部が埋まりながら墜落した。特に深刻な怪我はなさそうだ。

 

「きゅ、急に翼が…!」

「どうなってるの…?」

「ングー!ムグー!」

 

仰向けになって弱った様子のハッピー。横たわって困惑するウェンディ。そして器用に頭から上半身が埋まり、脱出できずにもがくナツ。何故急に(エーラ)が消えてしまったのか。唯一知っているのはシャルルだった。

 

「言ったでしょ。こっちじゃ自由に魔法は使えないって」

 

下半身を植物に埋めながらも、腕を組んで堂々としながら説明を繰り返すシャルル。それを聞いて改めて魔力を感じようとすると、確かにアースランド(元の世界)では無かった妙な感覚を感じる。

 

「あっ!ひょっとして、シエルも私たちのように落ちちゃったってこと…?」

 

「時間にやけに差があったけど、もしかしたら、ね」

 

落下する前に見かけなかった少年も、もしかしたら自分たちと同じような目にあってるのでは?そう結論に至ったウェンディに、シャルルも断定はしないが可能性は視野に入れる。そんな話をしている間に、ナツがようやく埋まっていた植物から脱出を果たした。

 

「ぷはっ!さ~て!みんなを探しに行くかぁ!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

探しに行くと意気込んでみたものの、周囲にはアースランドとはまるっきり違う植物に囲まれた森の中。どこから探せばいいのか、そもそもギルドのみんながどこにいるのか。全くもって手掛かりがない中では、それすらも難しいだろう。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)特有の発達した五感をもって、ニオイをたどって探そうともしたが、嗅いだことのないニオイばかりで全く分からないらしい。試しにウェンディが辺りの空気を食べてみると、味も少し違うとのことらしい。結局は当てもなく森の中を歩いてばかりだ。

 

「みんなも探さなきゃですけど、シエルも見つかりませんね…」

 

「何ならオイラ達、先に進んじゃってるもんね」

 

「まあシエルの事だし、きっと大丈夫だろ!」

 

「理由になってないわよ、それ…」

 

宛てもなく歩きながら、時折はぐれた少年の姿を探しながら、植物だけでなくモニュメントのような形の木も生い茂る森の中を歩いているが、仲間やシエルのみならず、エドラスに住んでいるであろう人間の姿すら見当たらない。

 

森ばかりで人里などなさそうに見えるが、どこに王国の目があるかも分からない。変装だけでもするべきだとシャルルは告げるが、この森の中でそれが出来そうなものはないだろう。

 

するとその時、ガサガサと音を立てて、一行の近くの木陰が揺れ動いた。「何だ?」とナツがその方向へ視線を向け、他の者たちも同様に移す。一番近くにいたウェンディが動物か、あるいは人だったりしないかと近づいていく。すると…。

 

 

 

 

 

 

「ウワァ~~~!!!」

 

「きゃぁーーーっ!!」

 

木陰から勢いよく、雄叫びと共に木の葉っぱで全身を隠した謎の生き物が飛び出した。突然の事でウェンディが悲鳴を上げ、彼女のツインテールの二房の髪がその驚愕を表すようにピンと立つ。

 

「ウェンディ!」

「うわあ!何あれぇ!!」

「このヤロォ!!」

 

突如襲い掛かってきたその謎の生物に、他の者たちも驚愕する。その中でもナツがその生き物を追い払おうと駆けだして、拳を振りかぶり…。

 

「ぁあって、え!?ウェンディ!?」

『へ…?』

 

襲ってきたはずの謎の生き物が、そんな声を上げながら突如硬直したことで、ナツの拳も、他の者たちの動きも止まる。と言うか、今の少年のような声、物凄く聞き覚えが…。

 

「その声…まさかお前…」

 

目を細めてナツが問いかけてみれば、その生き物はどこか気まずい雰囲気を漂わせて、顔の部分と思われる、目の部分のみが空いた大きめの葉っぱを、お面の様に取り外す。

 

 

 

そこから現れた顔は、水色がかった銀色の短髪に、左目の上部分に金色のメッシュが入った、整った顔立ちの少年だった。その表情はどこかバツの悪そうなものを浮かべている。

 

「「シエル!!?」」

「やっぱお前かよ!!」

 

はぐれていた少年とまさかの合流。ウェンディとハッピーが驚愕に目を剥く中、ナツもまた愕然とした顔を浮かべた。

 

「何をアホなことしてんのよアンタは!!!」

「ぐもぉ!?」

 

こんな時にこんな場所で妙な格好をしながらイタズラを仕掛けてきたシエルに対し、シャルルが、目を吊り上げて怒りを表しながら彼の右頬に両脚にドロップキックを叩きこむ。小さい体とはいえダメージは大きかったのか、思わずシエルはその場に倒れこんだ。

 

「だ、大丈夫…?」

 

「うん…あと、ごめん…驚かせて…」

 

すごく痛そうな攻撃を受けたことで心配したウェンディからそんな声がかかる。なんて優しい子だろう。非があるのは明らかに自分なのに。

 

「つーかお前こんなとこで何してんだよ?」

 

「こっちに来たと思った瞬間、乗雲(クラウィド)が消えちゃって、そのまま落ちちゃったんだ」

 

「やっぱりシエルも魔法使えなくなってるんだね」

 

移動に関してはシエルはこれ以上ない有効的な魔法があったのだが、彼も同じように魔法を使えない状態。となると、色々と不便である。ハッピーは明らかな落胆を見せていた。

 

「けど落ちてるとき、誰も気付かないで先に進んでいっちゃってたから、せめてナツとハッピーには仕返ししようと思って待ってたんだけど…」

 

「間違えてウェンディに仕掛けたってこと?呆れた…」

 

「っておい!オレたちだけかよ!!」

 

どうやら自分が落ちたことに気付かずに先に行かれたことを気にしていたようだ。だが結局ウェンディを一瞬とはいえ怖がらせてしまったことに、思いっきり罪悪感を覚えている。シャルルが肩を竦めて溜息を吐きながら呆れている。ちなみにナツたちに対しては物凄く悪意を感じた。

 

「それにしてもよく用意したよね、この格好…」

 

「森の中だし、簡単なものだけどね。そこら中に落ちてるから作りやすかったよ」

 

一方でハッピーが気にしたのはシエルが纏っていた葉っぱたち。全身を覆い隠すように貼り付け、所によっては蔓で縛ったりと、思ったよりクオリティが高い。

 

「確かに、シエルだって全然気づかなかったよ…」

 

ふとウェンディが零したその言葉。それを聞いたナツは、頭に電球が浮かんだように閃いた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ナツ…これはないと思うよ…?」

 

「がははははっ!」

 

ナツが閃いたもの。それはシャルルに散々言われていた変装のアイデアだった。シエルの分はそのままにして、今彼らが来ている服の上から、大きめの葉っぱを巻き付けて姿を隠したり、服っぽく見せたり、ハッピーに至ってはただでかい葉っぱを数枚巻き付けてるだけで、原型が見えなくなっている。ちなみにウェンディだけ葉っぱじゃなくて、何故か果物が擬人化したような格好だ。

 

「こういうの変装じゃなくて“擬態”って言うんだよ!!」

 

「いーじゃねーか!要は誰にも見つからなきゃいいんだろ?気にすんなっつーの」

 

ハッピーを始め、ほぼほぼナツの案は不評だ。しかし確かに見つかりにくいという点ではある意味的を射ているというべきか…。

 

「ごめんなさい…私が余計な事を言ったから…」

 

「いやいや…そもそも俺がこんな格好をしなければ…」

 

傍から見れば植物に身を包んだ珍妙奇天烈コスプレ集団だ。そのきっかけを作ってしまったことに罪悪感を感じて謝罪を告げるウェンディとシエル。物凄く顔色が悪くなっている。

 

「センスは悪いけど、アイデアとしてはいいわね」

 

「……いいんだ…?」

 

だが意外にも、シャルルからの評価はそれなりだ。ナツの言う通りバレなければ現常無問題と言ったところだろう。葉っぱがやけに群れてハッピーが文句を垂れているのを、シャルルが叱咤するのを聞きながら、合流したばかりのシエルは考えていた。

 

 

 

この異世界での珍道中…この先大丈夫なのだろうか?と…。




おまけ風次回予告

シエル「それにしても、ハッピーとシャルルがまさか異世界から来た種族だなんてなぁ…。今までも気になる部分は色々あったけど…色々と納得したよ」

ナツ「そうか?別に何だろうとハッピーはハッピーだと思うけどなぁ」

シエル「ナツから見りゃあそりゃそうだろ。それにしても、ハッピーたちの他にも、もしかして同じような存在が俺たちがいた世界に、いるのかな…?」

ナツ「それってネコがいっぱいいるってことだよな?ハッピーの友達とか増えんのかな~?」

次回『エクシード』

シエル「けど何だか、ハッピーもシャルルも、この世界じゃ恐れられてる存在みたいだよ?ほら、あの人たちも」

ナツ「んん?何か怖がるようなとこ、ハッピーにあったかぁ?」


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第76話 エクシード

新年、あけましておめでとうございます!
本年も当小説のご愛読を、何卒よろしくお願いいたします!

記念すべき今年最初の投稿となったこの回ですが、皆さんが恐らく気になっておられるエドラスのシエルとペルの兄弟。残念なことに、今回出ません。←

正式の登場は翌日に投稿する次回と言う事になります。

ちなみにこの回が投稿されている時点で…次回の進捗は既に完成済み。そして次々回の進捗はまだこれから執筆開始となっております。

最後に一言…この数日、超寒いっす…!


エドラス―――。

 

シエルたちが生まれ、過ごしてきていた世界・アースランドとは別に存在する、謂わば向こう側の世界。

 

アニマと呼ばれる時空を超えて干渉する魔法によって仲間を奪われたシエルたちは、アニマによって空いた空の穴からエドラスへと渡り、彼らを探すために行動を続けていた…のだが…。

 

「よ!ちょっといいか?」

 

「ひぃいいっ!!?」

 

こっちの素性がばれないように変装…と言うか植物で体を覆って擬態しておき、森の中を宛もなく歩き続けていると、空に向かって流れる川の近くで釣りをしている男性を発見。エドラスの第一住人は、自分たちとほぼ同じ容姿をしている人間であったことに安堵しつつも様子を窺っていると、いつの間にか男性にそのまま近づいていたナツが声をかけてしまい、案の定擬態中のナツの姿を見たその男性は、得体の知れない生き物を見た恐怖に怯え切って悲鳴を上げた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってギルドの奴ら探してんだ!どっかで見なかったか?」

 

「え、え!?ぎゃああああっ!!」

 

「あ、おい、待てって!!」

 

それに気付かず仲間の居場所を聞こうとするナツの言葉を聞いて、更に恐怖を感じた男性は垂らしていた釣竿を片手に、そのまま逃げていった。今現在変な格好をしていたのに妖精の尻尾(フェアリーテイル)と言うギルドと聞いたところで何の意味もない。案の定シャルルにナツは怒られた。

 

これだけに留まらず。先程の男性が王国に通報したら擬態も意味を成さない。変装の意味もなくなってしまう為一同は擬態を全て解いた。急いでみんなを探さなくては、と再び移動を開始したのは良かったのだが…。

 

「あ!魚だよ、ほら!」

 

「よーし!あれを捕まえて飯にでも…って…」

 

ツタで自然に出来た橋を伝って川を渡っている途中、その川の中からこちらに気付いて水面からその顔を覗かせているのが見えた。先程から腹の虫が鳴りっぱなしだったナツやハッピーが、それを捕まえようと意気込みを見せる…が、その魚が川の中から更にその身体を出すと、全貌が明らかになった。

 

 

その全長は、まるで家の一つや二つに匹敵するほどに巨大だった。

 

『デカーーー!!?』

 

あまりにも巨大。捕えて食糧に変えるとしてもかなり骨が折れそうだ。しかしナツは、その巨体に臆することなく3秒あれば十分だと告げて、巨大魚と対峙する。

 

「ちょっと待て!今俺たち魔法が…!」

 

「火竜の鉄拳!!」

 

思い出したようにシエルがナツに向けて声をかけるも、既にナツは拳を振りかぶって魚の脳天にその拳を叩きこむ。しかし、彼の右拳に普段は灯るはずの火は全く発生せず、基本火を発することでその威力を底上げするナツの攻撃は一切通らない。

 

「あれ?」

 

それを見て何かがおかしいことにようやく気付いたナツ。しかし時すでに遅し。魚に何故か存在する耳たぶのような謎の器官によって、彼の身体はペちんと言う効果音と共に叩き落とされ、川に落ちた。

 

「今エドラスにいる俺たちに、魔法を使うことが出来ないって…話したよね…?」

 

「したわよ!しかも二回も!」

 

念のためにシャルルにもう一度確認をとると、やっぱり話はしていた。つまり、ナツ(あいつ)がちゃんと聞いていないことが原因で起きた事故である。対抗できる手段は現状存在しない。つまり、今この場で出来るのは逃げることのみだった。

 

巨大魚に逆に食われないために必死に足を動かして逃げようとするが、その巨大魚は川から陸上に上がってきて、その後を追いかけてくる。重量の関係で、何十本もの木々がなぎ倒されて、後方から破壊音が止むことなく響いてくる。

 

「まだ追いかけてくる!!」

「魚の癖に水陸両用ってどうーなってんだ!?」

「知らないわよっ!!」

「どわぁああっ!魔法が使えねーとなるとこの先厄介だぞ!!」

「今頃気付くなんて遅いよナツー!!」

 

今も絶賛命の危険が伴っている状況だが、森の中とはいえこれ程までの騒ぎを起こしてしまうと、誰かに王国へと通報される可能性が高い。それでも何とか逃げてきた一同であったが、生い茂る木々の隙間を潜ってきた光景に変化が訪れる。徐々に木の量が減っていき、開けたところに出たと思えば…。

 

「げっ!?断崖絶壁!!」

「行き止まりですよ!?」

「ハッピー!飛んでくれー!!」

「魔法使えないんだってばぁ!!」

 

目の前に広がっていたのは切り立った崖。他に逃げられそうな場所もなく、唯一の行き場所である後方からは今なお巨大魚が迫ってきている。文字通りの崖っぷち。魔法も使えないとなると追い払うことも出来ない。

 

「みんな!俺が合図したらウェンディたちは左、ナツたちは右に避けるんだ!!」

 

勢い良く近づいてくる巨大魚の姿を見ながら指示を叫ぶシエルに、戸惑いながらも全員が反応を示す。そしてもう少しで食べられそうなほどの距離まで来たところで「今だ!」とシエルが声を張り、それと同時に全員が指示通りに、本人はウェンディたちと同じ方向に跳躍して回避する。

 

すると目当ての餌に逃げられた上に、切り立った崖から空中に投げ出された巨大魚は、そのまま戻ることも滞空することも出来ずに落下。ちょうど下の空中に流れていた川に落ちていった。

 

「ふぅ~…!何とか危機一髪…」

 

「くそ~!魔法使えねぇだけでこれか…!」

 

目前の危機からはとにかく脱せたことで、安堵の息を吐くとともに一同は思い知らされた。改めて今の状況が如何に不便かつ厄介であることを。そんな一同の中、ナツに向けてシャルルがわなわなと体を震わせながら口を開いた。

 

「アンタ…いい加減にしなさいよ…!変装もしてないのにこれ以上騒ぎを起こさないで!!」

 

「オ、オレのせいなのか…マジで!?」

 

「全部…って訳じゃないけど、今んとこほぼナツが発端だよな」

 

あまりピンと来てないのか、ショックを受けたように己を指さすナツに対して、若干苦笑気味にシエルがぼやく。行き当たりばったりで歩き始め、シエルがイタズラ目的で着ていた葉っぱから擬態を思いつき、その状態のまま考えずに釣り人に話しかけ、そして魔法が使えないのに下手に巨大魚を刺激した。文字にすると確かにほぼほぼナツが発端のようなものである。一部シエルの責も存在はするが…。

 

「王国の連中が私たちの存在に気付いたら、何をするか分からないのよ!?そうなったら、みんなを救出するどころか…私たちだってどうなるか分からないんだから!!」

 

「そ、そっか…何かよく分かんねーけどオレが悪ィんだな…」

 

「そこで何でよく分かんないのよ…!!」

 

ナツが珍しく落ち込みながら俯き、呟いた言葉に、さらに怒りの籠った声を発するシャルル。ちゃんと説明もしているのに、一向に理解せずに行動していながら心からの反省が見られないナツに業を煮やしている。

 

「しょーがないよ、ナツだもの。こういうもんだと思った方がいいって」

 

「限度ってもんがあるでしょうがーー!!」

 

どこか諦観を感じさせる表情でシャルルの肩の部分に手を置いたシエル。彼の告げた言葉に、シャルルがさらに烈火の如き怒りを爆発させたのは、言うまでもなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

再び森の中へと戻り、当てもなく歩き続けていた一行。先行するシエルとウェンディ、ウェンディに抱えられているシャルルの後方で、ハッピーが腹の虫を鳴らしながらもナツを元気づけていた。言葉選びはずれていたが。

 

すると先行していた三人が何かに気付いて声をあげ、上の方へと視線を移す。その先にいたのは、背中に荷物が入っていると思われる四角い箱を背負っている男性と老婆の二人組。商人の親子だろうか?それはともかく、またも目撃されてしまった。向こうの表情は何か衝撃的なものを目撃したと言いたげだ。

 

「え、えっと…オイラたちは道に迷っただけの旅の者です」

 

どうするべきか悩んでいるとハッピーがその親子に向けて説明する。一部を抜粋してはいるが間違ってはいない。エドラスの者たちと外見はほぼ変わらないことを考えるとその方が自然だ。おかしい部分は見当たらない。だが、彼らはハッピーが言葉を発したのを目にすると、顔から流れている汗を更に噴き出し…。

 

「ど…どうかお許しくださいませ!!」

 

「『エクシード』様!どうか命だけはご勘弁を!!」

 

二人してその場で(つくば)い、頭を垂れる。突如の奇行、そして『エクシード』という聞き慣れない単語を聞いて、一行の頭に疑問符が浮かぶ。こちらに向けてそう言ったように見えたが、誰の事を言っているのか…?

 

一行の中で唯一首を傾げることなく口を噤んでいるシャルルがいたことは、他の誰にも気づけなかった。

 

「あのよ~?」

 

「ぅわっ!ダメだよナツ!!」

 

「今更取り繕っても無駄だろ?」

 

未だに頭を下げている親子に対してフランクに声をかけるナツ。またも不審がられそうな行動ではあるが、完全に姿を見られた状態で取り繕っても無駄というのは、確かに一理ある。仲間の居場所、もしくは近くにある村や町の場所さえ聞ければ進展があるはずだ。そう思って聞こうとしたナツだったが、ハッピーが数歩ナツの元に近づいてきたのを見た瞬間…。

 

「「ヒィー!?お助け~~!!!」」

 

「…おいおい…」

 

恐怖に引き攣った顔を浮かべて悲鳴を上げながら、全速力で逃げ出してしまった。既視感を感じるが、先程とは全く異なる部分がある事は、見逃さなかった。

 

「あの人たち、妙な事を口にしてたな。『エクシード』…だったっけ?」

 

「それに、シャルルとハッピーを見て怯えてたようにも見えたよ?」

 

「ほれ!オレのせいじゃねぇじゃん!」

 

「それはそれだ」

 

またも有力な手掛かりを掴めず歩き出すシエルたち。掴めたことと言えば、ハッピーたちを目にして怯えてたことと、彼らをエクシードと呼んでいたこと。その呼称が何を意味しているのか、このエドラスの常識の一つなのだろうか?

 

「オイラ…そんな怖い顔してたかな…?」

 

「食われると思ったとか?」

 

「そういやハッピーずっと腹減ってたんだよね?捕食者の目になってたんじゃね?」

 

「お腹は今も減ってるけど、いくら何でも人間は食べないよ~!」

 

「だよね~」

 

普段怖がられるような経験がないハッピーが口にした疑問を起点に、冗談交じりに男子陣の会話が盛り上がる。どこか楽観的というか気楽すぎる印象だが、当てもなく歩き続けるのもさすがに辟易してきた部分があるからというのも加わっているだろう。次の住人と接触する際には、色々と気を配る必要がありそうだ。

 

「…ん?」

 

そんな事を考えていたシエルは、進めていた歩に突如違和感を感じた。何か地面とは違った、妙に柔らかいものを今、踏んだような…?

 

「シエル、どうかした?」

 

「…ごめん、みんな…今度は俺がやっちゃったかも…」

 

違和感を感じて歩を止めて、下に視線を移したシエルを不思議に思ったウェンディが声をかける。それに疑問を感じながらも他の者たちが同じように視線を下に向けると、シエルが踏んだと思われる足元には先程までの地面とは違い、大きなキノコの傘が存在していた。それも周囲に何個も存在しており、シエルが踏んだものを起点に、突如膨張を始める。

 

ナツ以外の全員が思った。イヤな予感がすると。その中でも、シャルルの目がどこか死んでいたような気がした。

 

 

 

ボヨーン!と言う音が聞こえるほどに、多くのキノコが一気に膨張して上に跳ね上がり、その勢いに巻き込まれて一行は空中へと投げ出された。

 

「だぁあーーー!!」

「やっぱり~~!!」

「何やってんのオスガキー!!」

「ホントすんませぇーん!!」

「また落ちるぅ~~!!」

 

各々が悲鳴を上げながら同じ方向に空を移動する。だが幸か不幸か、てっぺんが同じ性質のキノコが先行く先に何本も自生しており、かさに一同がぶつかって飛び跳ね、また次のキノコに当たって飛び跳ねる。何本か同じように跳ねて移動していると、巨大なカボチャを模した建物に屋根から落下してようやく勢いが止んだ。

 

「た、助かった…!」

「家の屋根を一つ、犠牲にしたけど…」

「全くもう…!」

 

落下してしばらくのびていた一同であったが、改めて建物の中を調べてみると、どうやら倉庫のようだ。日用品や薪に樽、奥の方には服も置いてある。

 

「今更どれだけ役に立つか分からないけど、とりあえずここで、変装用の服を拝借しましょ」

 

シャルルの意見に賛同し、各々倉庫の中を調べて服を探すことに。世界が違うとやはり文化も違ってくるのか、アースランドで見かけるものとは異なる様相の衣服が並んでいる。

 

「おおっ!面白ぇ服がたくさんあんぞ!」

 

「見てこれー!」

 

「う~ん、どれがいいかな…?」

 

普段異なるデザインの服をあまり着ないナツも、物珍しさから色々と物色している。ハッピーは既に決めたのか…と言うかどこにあったのかと不思議に思える、目の部分だけ穴が開いた兜をかぶっている。

 

「二人とも、こっち見ないでくださいね…?」

 

後ろから念を押すように告げたウェンディの声を耳にして、突如緊張感を覚えた。今の状況から察するに、ウェンディも変装の為に服を着替える必要がある。そして仕切りなどが存在しないこの倉庫の中では、必然的に同じ空間で実行しなければならない。

 

「(す、すぐ後ろで…ウェンディが着替え…!?ダメだ!やめろやめろ!考えるなぁ!!)」

 

胸の内側に沸き上がった欲を、頭を必死に振りながら振り払い、自分の変装用の服を探すことに集中するようにする。今後ろを振り返りでもしたら、それこそ彼女からの印象が悪化してしまう。更に言えばシャルルからの低い好感度も減る。確実に。

 

とにかく無心になりながらサイズの合う、かつ目立たないような色彩の服をチョイスしてそれに着替えようとするシエル。しかし、それに待ったをかける声が、意外な者から発せられた。

 

「お、おいシエル…お前、その服着るのか…?」

 

何故か顔を青くして引いているナツが言ってくる。それに対して今着替えようとしていたシエルが顔をキョトンとさせてその表情をナツに向けた。

 

「何か問題ある?」

 

問題…少なくともナツ、そしてハッピーから見れば問題だらけであった。色は白黒で目立たない色彩なのだが、何故かチェック柄がふんだんに使われたレザージャケット。さらにボトムスは暗い青と緑のグラデーションで占められたカーゴパンツ。

 

ハッキリと言おう。何でそんなものがあるんだというレベルで、ダサい服である。別の意味で目立ってしまうだろう。

 

「正気か…?」

 

「はぁ?いっつも同じデザインしか着ないナツにだけは言われたくないんだけど…?」

 

思わず正気を疑ったナツは、はっきり言って悪くない。年単位で同じようなデザインを身に纏ってはいるが、それでも感性は人並みだ。シエルがチョイスした服装が明らかに異常だとすぐに判別できるぐらいには。だがシエルは一切それに疑問を抱かず、寧ろナツの言葉を聞いて自分のセンスを疑われた事に対して機嫌を損ねている。

 

赤を基調とした長袖の服に胸元に橙のリボン、そして黒を基調に白いラインが入ったミニスカートという服装に着替え終わったウェンディも、シエルが選んだ服を見て思わずナツと同じ表情を浮かべた。やっぱりナツの方が正常らしい。

 

「えっと…他に気に入った服は、なかったかな…?」

 

「他?う~ん、これとか、あとこれなんかは選択肢に入れてたんだけど…」

 

他に選んだ服装にうまく誘導させようとしたウェンディ。しかし他の妥協案としてシエルが指さしで示した服も、今選んだものと比べて大して差異の無いデザインのものばかりだった。

 

「どれもこれも壊滅的だわ…何でわざわざ悪目立ちするようなものを選ぶわけ…!?」

 

「え、悪目立ち?そうは見えないと思うけど…」

 

「(シエル…今までの服どうしてたんだろ…?)」

 

思わず頭を抱えて目に見えて落ち込むシャルルの言葉に、信じられないと言いたげに目を見開いてシエルが手に持っている服を目に通す。本気で悪目立ちすると思っていない表情で首を捻るシエルに、これまでの彼の服がまともな部類だったことを思い返しながら、ハッピーは呆然とした顔で思わずにはいられなかった。

 

「ねえ、シエル…きっとこっちの方がいいと思うから、これにしてみない?」

 

「う~ん…(ウェンディが)そこまで言うなら…」

 

あんまり納得はしてくれなかったが、ウェンディが選んだという理由で、深緑を基調としたパーカーを羽織り、黒で足首が見え隠れする長さのジョガーパンツに履き替えることで落ち着いた。余談だが、シエルが今まで着ていた服のほとんどは、兄が着ていたお下がりである。

 

「ん?んんん!?」

 

「どうかしました?」

 

最後に着替えていたシエルを待っているのに退屈していたナツがふと窓の外にある者を見つけ、目の錯覚を疑って窓にへばりつき、それをよく注視する。ボトムスを着替え始めたシエルを見ないようにナツの方を見ていたウェンディが、気になって声をかけると、彼から驚きの単語が発せられた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)だぁ!!!」

 

『ええ!!?』

 

ナツが窓越しに見たのは、植物の根っこをくり抜いたような建物になってこそいるが、その根っこに繋がった糸によって張られた旗に、妖精を象った紋章が確かに刻まれている。間違いなく、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマークだ。

 

「何か形変わってるけど妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ!間違いねー!!」

「あいさー!!」

 

「あ、ナツさん!」

「ちょっと!!」

 

「待って!?俺まだ着替えてる途中…!!」

 

見るや否や倉庫を飛び出して走っていくナツ。それを見て後ろに続くハッピー。慌てて追いかけるウェンディとシャルルを見ながら、もうすぐで着替え終わりそうだったシエルも慌てて追いかけた。

 

そして中に入ってみると、内装こそ大きく変化しているが、吸収されたはずのギルドのメンバーはほぼ全員がその場にいた。別世界に送られたとは思えない、日常のような風景である。

 

「みんな無事だ!!」

 

「呆気なく見つかりましたね」

 

「…ん?でも、なんか…」

 

ギルドのメンバーが無事だったことに嬉し涙を流すナツ。ウェンディも安心したように笑みを浮かべている。しかし、シエルだけは、いつも通りの風景に対して、逆に違和感を覚えている。ギルドの内装も外の風景もまるっきり違うのに、いつも通り過ぎる。

 

「ギルドも、みんなも、随分雰囲気違うよな…?」

 

「やっぱり?オイラもちょっと思った」

 

「細けーことは気にすんなよ~!」

 

「気にしませんか、そこ…?」

 

どこか感じる違和感。ハッピーもウェンディも、そこは気づいているようだ。ナツだけは嬉しさからその違和感に全く意識を向けていないが、やはりどこかおかしい部分がある。確かめるために、近くのテーブルに身を潜めて観察を始めた。

 

「何でこそこそしなきゃなんねーんだ?」

 

「よーく見て…」

 

シャルルに言われたように、まず違和感の一つである依頼板(リクエストボード)に目を向ける。そこには、水色で先端が巻かれた髪をしている、薄着の少女が立っている。だがその顔は…。

 

「ジュビア、これから仕事に行くから」

 

「気をつけてな」

 

どこか雰囲気が変わっているが、その顔と声は間違いなくジュビアだった。しかし髪型も違うし、普段敬語を使う事が多いジュビアにしては口調も妙だ。さらに…。

 

「ま、待ってよ!ジュビアちゃん!!オレも一緒に行きてぇな~…なんて…」

 

一人で行こうとしているジュビアに声をかけて同行しようとしているのは、黒い髪に垂れ目の青年。いつもなら服を脱ぎ捨てることがほとんどのグレイ。しかし、声をかけたそのグレイは、いくつもの服を着こんでボールのような体型に見えている。

 

「暑苦しい…。何枚着てんの、服?」

 

これにはナツだけでなく、他の面々も言葉を失った。服を何枚も着込んでいるグレイが、ジュビアに対してデレデレとして、そのジュビアは逆にグレイを冷たく突き放している。普段の二人を考えると考えられない光景だ。というか正反対だ。

 

「もっと薄着になってから声かけて」

 

「ひ…冷え性なんだよぉ!!」

 

「グレイの奴、ベタベタしすぎだろ」

 

「恋する男ってのは、熱心なものだね~」

 

そのまま遠ざかっていくジュビアを必死に追いかけるグレイを見ながら、ウォーレンとマックスはまるでいつもの事だと言わんばかりに会話している。本当は逆のはずなのに…!ナツも思わず「何だこりゃーー!!?」と絶叫している。だが、衝撃の光景はこれだけではなかった。

 

「なっさけねぇなァ、エルフマン」

「また仕事失敗かよ~?」

「恥ずかしいっス…」

 

どこか強者感あふれる雰囲気をしたジェットとドロイが、気弱そうな雰囲気になったエルフマンに説教している。聞けばジェットとドロイは最強候補なのだとか。あのシャドウ・ギアの中でもレビィのおまけみたいな二人が…!?

 

「仕事仕事ー!!」

「ナブは働きすぎだろぉ」

 

さらにはいつも依頼板(リクエストボード)の前をウロウロしているナブが、依頼書を取って意気揚々と仕事に向かう。悪いものでも食ったか、ナブ…?

 

「カナさん。たまには一緒に飲みませんか?」

 

「こっちへ来てくださいよ~!」

 

眼鏡をかけてどこか礼儀正しい口調のマカオと、いつもは咥えているキセルどころか、タバコすら咥えていないワカバが、カナを飲みに誘う。自分たちの知るカナなら、この誘いに乗らない訳がないのだが…。

 

「何度も申しているでしょう?(わたくし)…アルコールは苦手でございますの」

 

「「ぶほぉっ!!?」」

 

服装、佇まい、口調、どれをとってもTHE☆お嬢様な感じになったカナが、やんわりとそれを断った。あんな24時間365日酒を飲んでるイメージの酒豪だったカナが!?

 

「ビスビス~ん♡」

「んな~にぃ?アルアル~♡」

 

「ひや~~!」

 

極めつけには、万年両片想いを拗らせていつまで経っても初心な反応だったアルザックとビスカが、人目も気にせずイチャイチャしてやがる。互いを謎のあだ名で呼ぶほどにまでラブラブしている二人を見て、思わずウェンディの顔が一瞬で赤くなった。子供には刺激が強すぎる…!!

 

「ど、どーなってんだコリャア!?」

 

「みんなおかしくなっちゃったの!?」

 

「何もかもが、正反対だ…!!」

 

とてもじゃないが信じられない。それほどまでに、いつもと知るギルドのみんなと違い過ぎる。これもアニマの…ひいてはエドラスに無理矢理連れてこられた影響なのだろうか…?

 

「おい、誰だてめーら?」

 

すると、こちらに気付いた様子の一人の少女が、俗にいうヤンキー座りで覗き込みながら声をかけてきた。他の面々の変貌ぶりが凄まじすぎて気付けなかったが、声に気付いて視線を向けた瞬間、全員が更なる衝撃を受けた。

 

「嘘ぉ!?」

「マジ!?」

「まさか…!?」

 

その少女のセリフで他のものも気付いたのか、ジェットやドロイにグレイと言った面々が、こちらに気付き、睨みを利かせ始める。

 

「ここで隠れて何コソコソしてやがる」

 

その顔を、その声を、知らない訳がない。同じチームを組んでいる金髪の少女。服装は不良のような黒を基調としたものだが、間違いない。

 

 

ルーシィだった。

 

「ルーシィ!!?」

「「―――()()!!?」」

 

思い切りこちらを睨みつけ、口調や雰囲気はまさに不良少女となってるルーシィ。どこか威圧を感じる彼女の雰囲気に、シエルとハッピーは思わずさん付けをしてしまう。

 

「これは一体…どうなってるの…?」

 

「ど、どうしちまったんだよ…?」

 

「ルーシィさんが…怖い…!」

 

その異様な空気を纏ったルーシィは、隠れていたシエルたちの中から、ナツに視線を移すと「ん?」と唸り、彼の顔を凝視する。

 

「ナツ?」

 

顔を近づけてナツの名を呼ぶルーシィ。その様子に一瞬虚を突かれ、生唾を飲みこむ。他の面々も緊張感を漂わせてその様子を見ていたが…。

 

「よく見たらナツじゃねーか、お前!!」

 

「ぐもっ!!」

 

突如嬉しそうな声と表情でナツに抱き着いた。だが、腕力が上がっているのか抱きしめられたナツの関節が何度もグキリと音を鳴り響かせる。睨みをきかせて警戒していたギルドのメンバーたちも、一人がナツであることに気付いて、警戒を解き始める。ただ、服装が妙になっていることに疑問を抱く者たちもいるらしい。

 

「ナツ…今までどこ行ってたんだよ…!心配かけやがって…」

 

「…ルーシィ…?」

 

口調はどこか荒くなっているが、その声からは妙に寂しさを感じさせる。ルーシィがナツに対してこのような反応を示したのも稀だ。やはり取り残されて心配をかけさせたのだろうか…。

 

「処刑だー!!」

「んぎゃあーーっ!!?」

 

「出たー!ルーシィの48の拷問技の一つ!『ぐりぐりクラッシュ』ー!!」

 

「えー!?何それそんな技知らない!!」

 

「ナツさーん!!」

 

突然肩車の様にナツの肩に乗っかって固定したかと思えば、ナツの頭に両手の拳を押し付けてぐりぐりと捻りだした。何気に物凄く痛そうである。周りにいる魔導士たちがそれを見て盛り上がってるが、そんな技知らない。しかも同じようなのが48個もあるとか…。

 

「あまりいじめては可哀想ですわよ」

 

「うぅ…!」

「「いつまで泣いてんだテメーは!」」

 

ニコッと笑顔を浮かべながらルーシィに告げるカナに、ずっと泣きっぱなしのエルフマン。どっちもらしくない。本当にどうなっているのか。

 

「とにかく無事でよかった。ねっ!ジュビアちゃん!」

 

「うるさい」

 

一瞬本来のクールな様子でナツの無事を安心するも、すぐさまジュビアにデレっと話しかけて、冷たく一蹴されるグレイ。こっちもやっぱり真逆だ。

 

「これ…全部エドラスの影響なの?何から何まで逆になってるよ…」

 

「……(本当に、ただみんなが逆になってるのか…?)」

 

ハッピーが何度も衝撃を受けすぎて混乱している後ろで、これまでのメンバーの様子を見ていたシエルが、頭の中で独り言ちる。どこかに、他の違和感を感じる部分があるかもしれない。

 

「ナツー!おかえりなさ~い!」

 

だがカウンターから声をかけてきた女性は、服装こそ違うが、髪型も声も、恐らく性格も元と同じのミラジェーン。笑顔を浮かべながらこちらに手を振ってくる彼女の様子は、いつもの彼女である。

 

「いつものミラだ…」

「ある意味つまんないね」

 

今まで変貌が凄まじかったのもあり、少なくともナツたちにとってはミラジェーンの変化の無さは少々拍子抜けだった。すると、ナツたちと共に行動していたシエルたちに、今度はマカオとワカバが目を向けて「ところで…」と尋ね出した。

 

「そこのお子さんたちとネコは誰です?」

 

「…ネコ?」

 

だが尋ねた答えを聞く前に、ワカバはマカオが尋ねた内容の一部を聞いて反芻。瞬間、二人で顔を見合わせて「ネコ!?」と突然焦りだした。

 

「ネコがいますよー!!」

 

「どう言うこった!!」

 

「何でこんなところに“エクシード”が!?」

 

マカオ達だけではない。ずっとハッピーたちと行動していたシエルたちを除いて、ギルドの全メンバーがネコ…エクシードがこの場にいることに衝撃を受けている。警戒する者と怯える者。大きく二分されているが、ほぼ全員がその存在を好意的に受け止めていない。

 

「まただ…“エクシード”…」

 

エドラスであった者たちも、ハッピーたちをエクシードと呼び、恐れているように見られた。そう言えば、エドラスから卵の状態で送られたとシャルルは言っていたが、同じような種族が、この世界により多く存在しているという事か?

 

「あの…“エクシード”って、ここに来るまでに何度か聞いたんだけど、何か知ってるの?」

 

「は?何言ってんだよボウズ」

「知ってるも何も、常識ではないですか」

 

シエルが少しでも何かを知ろうとメンバーに尋ねてみるが、常識として認識されているらしく、望んだ答えは残念なことに得られなかった。エドラスに住んでいる他の人たちにとっても、そうなのだろうか?

 

「ぷはぁ!あ~暑かった暑かった…」

 

「ちょ、おい!このタイミングで(それ)外すな!!」

 

「だって蒸れるんだもん、これ…」

 

「じゃあ何で被ったんだよ!」

 

喋るネコ=エクシードと言う認識がされている状況下で、まだ誤魔化せると思っていた変装を自分から解除したハッピーに、シエルが比較的小声を出しながら彼に近づく。焦りを見せてハッピーに説教するも、彼は逆に文句を垂れている。だがこればっかりはシエルが正論だ。

 

「ホントそっくり!あなたたちって、エクシードみたいね」

 

だが、そんな彼らを気にも留めず、ミラジェーンがハッピーとシャルルに向けて、しゃがみながらそう言ってくる。後ろの方で他の面々が「みたいと言うか…そのものなんじゃ…?」と言ったような会話が繰り広げられるが、続くエルフマンも「姉ちゃんの言う通りだよ」と姉の言葉を肯定する。

 

「エクシードにそっくりなだけだよ」

 

「それもそうね」

 

「けどどう見てもネコに見えるけどな…」

 

本心なのか、彼らを庇ったのか、定かではないが一応は警戒を緩めてくれたと言ったところか。ジュビアもあっさりと、ウォーレンを始めたとした他のメンバーも渋々ではあるが納得した。

 

「ええっと…」

 

「とりあえず被り直しなさい。蒸れるのは我慢するのよ!」

 

「でも…」

 

「でもじゃない!!」

 

何と言っていいか分からなくなっているハッピー。そんな彼に兜を被り直すよう叱咤するシャルル。そんな二人をシエルは見ながら、頭の中でエドラスに関する情報や言葉を整理し始めた。

 

「(エクシード…この事に関しては特によく知っておく必要がありそうだ…)」

 

心の中で呟くシエル。今後、彼らのような種族が大きく関わってくるという予測は、見事に的中することとなった。




おまけ風次回予告

ウェンディ「ギルドのみんなが無事だったのはよかったけど、何だか色々とおかしくなってるね…」

シエル「だよな…グレイは厚着してるし、エルフマンは泣き虫だし、カナはお嬢様な感じで酒も飲まないし…」

ウェンディ「ルーシィさんは…怖いし…!」

シエル「いつもの通りなのはミラだけ…その上、まだ全員がこの場にいるわけでもないみたい。兄さんや、エルザにガジルも…」

次回『異世界の妖精たち』

ウェンディ「ペルさんたちも、みんな逆の感じになってる…のかな…?」

シエル「う~ん、兄さんやエルザが逆…あの二人がどこか弱々しくなってるのは、あんま見たくもないような…」

ウェンディ「想像がつかないよね…」


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第77話 異世界の妖精たち

新年三日連続投稿、二回目になります。

お待たせしました、ついに今回エドラスのシエルたち兄弟が登場です!
さらにエドラスでのウェンディ(ヒロイン)も!あと、僕が作中で一番好きなキャラも!←何気に初公言。


けど…まあ…色々な意味でどんな反応が来るのか、今から楽しみです(笑)
自分で言うのもなんですけど…今回かなり内容が濃くて、反応するべきポイント盛り沢山で…。文字数も2万超えちゃってますし…。(笑)


ちなみに進捗報告。現時点で翌日更新予定の回。大体半分くらいは書いてます。…多分、半分…。←


エドラスにアニマによって吸収された妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間たちを探しに異世界にまで来たシエルたち。そこで妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を掲げたギルドの姿、そしてギルドの面々を見つけることに成功…したかと思ったのだが…。

 

「ん~~?」

 

黒を基調としたノースリーブの服を着て、髑髏の髪飾りをつけた少女、ルーシィが椅子に座ったナツの顔をじろっと凝視している。顔立ちは可愛いのに妙に威圧的で、ナツは思わず顔を引いている。

 

「ルーシィさんが怖い…」

 

このルーシィを筆頭に、今ギルドの中にいるメンバーのほとんどが、普段とどこか正反対の性格に変貌しているのだ。特にルーシィが不良少女そのものになってしまっているせいで、ウェンディが顔を暗くさせてしまっている。

 

「さあ言えよ。散々心配かけやがって、どこで何してたんだよ…!?」

 

「何って言われてもなぁ…」

 

「取り敢えず最初から…そうだな、エドラス(こっち)に来てからの事を順に説明すればいいんじゃない?」

 

視線はきついがナツの身を案じていたという事は察することが出来る。何を言ったらいいか答えあぐねているナツに、シエルがフォローも兼ねてそう伝えると、頭を捻りながら言葉に出し始めた。

 

「えーっと…まずはアレだ。森ん中に落ちて、ずーっと歩いて…そっからアレしてまた歩いて…そんでアレがアレで…」

 

「ほとんど“アレ”しか言ってねぇじゃねーか!ホントハッキリしねぇなお前は!!」

「ぐもぉ!!」

 

だがナツの理解力と説明力では納得させられる訳がなかった。もうほとんど“アレ”ばっかりの説明に業を煮やしたルーシィが、片方の腕と脚を両脚で固定しながら、こめかみに肘を押し付ける。勿論、ナツは再び苦悶の声をあげた。

 

「出たー!今度は『ぐりぐりヒジクラッシュ』!!」

 

「“ヒジ”がついただけじゃん…」

 

ネーミングセンスの欠片も感じられない拷問技の名前に、どこか脱力気味のシエルが呟く。だがこんな気分になるのは他の要因もある。

 

人目も憚らず終始イチャコラしているアルザックとビスカ。ジュビアに隙あらばアプローチを仕掛けるも、一切相手にされずに突っぱねられるグレイ。そして「次の仕事ー!!」と叫びながら再び依頼書を取っていくナブ。変化を受ける前の計五人がこの光景を見たら何て言うだろうか…。

 

そう言えば落ち込むグレイにマカオ達が話しかけていたが、どうやらリオンもジュビアにアプローチをしているらしい。面識あったっけ、あの二人?

 

「技の35!『えげつないぞ固め』!!続けて技の28!『もうやめてロック』!!」

 

こっちはこっちで更に大変だ。次々とルーシィの拷問技…と言うか関節技を決められて、ナツがずっと悲鳴を上げている。二つ目に行った技に至っては、ホントにナツが「もうやめて!」って叫んでる。つーかあれ、ただの逆エビ固めじゃ…?

 

「ルーシィさんが怖い…!!」

 

「俺もだんだん怖くなってきたよ…」

 

何か流れでテーブル席に座って飲み物をいただいているウェンディとシエルがぼそりと呟く。色々と状況について行くだけで精一杯だ。

 

「逃げんな、ナツ!どこに隠れた!?出てこい!新技かけてやっからさ!!」

 

隙を突いたナツが気付けば避難して、姿が見えなくなっている。ルーシィが嬉々としながら叫んでいると、ナツではなく別の人物が彼女に対して返答してきた。

 

「うるさいよ、このクソルーシィ!!」

「何だとコラァ!!」

 

「え、あれまさかレビィ!!?」

 

ギルド内の一角で何やら機械をいじっていた青髪の少女レビィ。文系寄りの彼女にしては珍しい上、スパナを片手にルーシィに怒鳴り散らす様子は、普段の彼女を知ってる身からは想像もできない。

 

「メンテ中だって言ってんでしょうが!この怪力ゴリラ女!!」

「だったらさっさとやれよぉ!このヒョロヒョロメカニックが!!」

 

本当は凄く仲の良かったはずのルーシィとレビィが、ナツとグレイのような喧嘩を繰り広げている。しかもあの感じは一度や二度の感じではない。魂入れ替わってるのか?チェンジリングか?

 

「ルーシィさんが怖い…!!」

 

「レビィも何か怖い…」

 

これがナツとグレイだったら殴り合いに発展するものだが、そうなる前にマカオとワカバが各々を宥めることで止まった。何やらレビィの技術がなければこのギルドは…と言う言葉が聞こえたが、どういう意味だろう?謎は増える一方だ。

 

「あれ?そう言えばエルザさんがいないみたいだけど…」

 

「ホントだ。それに兄さんも…あとガジルも見当たらない…」

 

すると、ギルドの中を見渡していたウェンディが気付いた。一緒に吸い込まれていたはずのエルザがいない。それを聞いてシエルも、自分の兄の姿、ついでにもう一人見知った人物が見当たらないことに気付く。確か彼らも同様だったはずだが…。

 

「ペルたちはともかくエルザとか冗談じゃねぇ」

 

「ねえねえ、こっちではエルザってどんな感じなのかな?」

 

「そりゃおめぇ…やっぱ逆なんだろうよ」

 

「つーか何してんの…?」

 

「ナツさん…」

 

気付いたらシエルたちが座っている席のテーブルの下に隠れていたナツ。近くにはなぜか一緒に潜んでいるハッピーが。話を聞いていたのか態勢をそのままにして会話に加わってきた。椅子から外れてその場に屈んだシエルとウェンディから、それぞれ声をかけられるがナツは気にしない。

 

「エルザの逆ってどんな感じさ?」

 

「ん~、そうだな…」

 

ハッピーに問われ、ナツは自分なりの逆のエルザを想像してみる。どんな感じになるのかというと…。

 

 

『バカモノー!!お前は何度言ったら分かるんだってーの!!』

 

『ごめんなさい!ごめんなさい!もう二度と、ナツさんの足は引っ張りません!!』

 

何か失敗ばかりするエルザがナツに叱られて、土下座しながら何度も謝っているイメージ。そして常に先を行くナツに尊敬を抱いている、と言ったものだった。

 

「それ単にナツの願望だよね?」

 

「んだとぉ?じゃあハッピー、お前はどうなんだよ」

 

「オイラはこう思うよ?きっと…」

 

思い切り普段のナツがエルザ相手に考えている願望を加えた想像に、ハッピーが苦言を申し立てる。ならハッピーはどう思うのか?問うてきたナツに、自信満々と言った様子で彼は答えた。

 

 

『ハッピー様!この(わたくし)が、必ずお守り致します!!』

 

『おう心強いぞ!行けぇ我が(しもべ)エルザよー』

 

『ははぁ!!』

 

強大な魔物から全力でハッピーを守り、ハッピーの剣となり盾となって忠誠を誓うエルザ。その後ろで、思い切りハッピーは休日の様にくつろいでいるイメージだった。

 

「いやいや…お前の願望の方が酷くねぇか…!?」

 

「どっちもどっちな気がする…」

 

そんな五十歩百歩な願望まみれの想像をしていた二人に、思わずシエルは呟いた。どっちも反対と言える印象とはどこか別な気がする。

 

「じゃあお前はどうなんだよシエル?」

 

「そうだよ。そこまで言うならシエルの想像を言ってみてよ」

 

「お、俺?そうだな…」

 

言われるがままシエルは想像してみた。エルザと言えば…そしてそれが反対になるとしたら…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

夜の荒野。そこに佇み一点に前を見据えている緋色の長い髪の女性。見慣れた鎧姿に身を包んでいる彼女を、そして自分達を取り囲むのは、数百を超える、この辺り一帯で活動してる盗賊団。

 

「行くぞ!私に続け!!」

 

『おお!』

 

シエル達が彼女の声に従い、一足先に駆け抜けたエルザに続いていく。それを合図に盗賊達も雄叫びをあげながらこちらへと迫り来る。最初の一団がエルザの元に辿り着き、一斉に襲いくるが…。

 

「はぁああああっ!

 

 

 

 

 

 

エルザパーンチ!!」

 

武器を呼び出す…こともせず、手甲がつけられた右拳を振りかぶり、盗賊達を殴り飛ばす。拳一つの威力とは思えない壮大な破壊力が、敵を紙切れのように吹き飛ばす。

 

「このアマァ!」

 

仲間をやられて逆上した盗賊達が、今度は後方から迫ってきた。しかし彼女はそれに怯むこともなく…。

 

「エルザキックー!!」

 

すぐさま後ろに振り向きながら回し蹴り。迫ってきていた敵のみならず、彼女の蹴りで起きた衝撃波が更に後続していた者達を吹き飛ばす。

 

「な、なんて強さだ…!」

「これが妖精女王(ティターニア)のエルザ…!」

 

「オレに任せろぉ!!」

 

たった二撃で多くの仲間を倒された事でさしもの盗賊達も怯む。だが、彼らの後ろから大きな地響きを鳴らしながら現れた男を見て、盗賊たちの表情に喜色が浮かぶ。その男の大きさは、一般的な人間の大きさを優に超え、2倍…いや3倍はあろう背丈と恰幅をしている大男。

 

「おおっ!頼むぞ!!」

「団一番の力自慢!!」

 

見るからに強そうなガタイ。シエルやナツのみならず、圧倒していたエルザでさえ、警戒心を強めて真っ直ぐに大男を見据える。それを気にせず、大男は人間一人を容易く掴めるその大きな手を振り下ろし、「潰れろぉ!!」とエルザめがけて張り手を食らわせようとする。しかし、エルザはギリギリまでその一撃を引きつけると、相手が巨体であることを利用して寸前で躱すと同時に、大男の懐へと潜り込む。

 

「何ィ!?」

 

避けられると思っていなかった大男が目を見開いている間にも、エルザは素早い動きで大男の背後に回り込み、背中から横腹を両手で掴み、何と二、三倍の体重はあるはずの大男の体を声を張りながら持ち上げた。

 

「エールーザー…!!」

 

「うわぁあああああああっ!!?」

 

そしてそのまま勢いに乗って、自らの体を後ろに反り、その影響で大男の体も後ろから横へと変わっていく。そしてその勢いは止む事なく…!

 

 

 

「ジャーマンスープレックスー!!!」

 

大男は後頭部から地面に叩きつけられ、衝撃に耐え切ることができずに白目をむいて気絶した。盗賊団一の力自慢と謳われた男が、攻撃が届かず、一撃で倒された光景を目の当たりにし、敵側の士気はもはや完全に失われた。

 

「ば、バカな!」

「あ、あの女バケモンだ…!!」

「逃げろ!全員逃げろぉ!!」

 

そして盗賊団は一人残らず蜘蛛の子を散らすように逃げていった。恐怖に引き攣り、涙に塗れながら逃げていく男達は、二度とエルザに逆らおうと考えはしないだろう。

 

「おお!すっげぇ!!」

「やったー!」

「さすがはエルザね」

「カッコいいです!!」

 

彼女の活躍を見ていた仲間達は、その戦いぶりに感激を示している。それほどまでに凄い活躍だったと言える。だが、唯一声を出さなかったシエルが、さっきから気にしていた事を彼女に尋ねた。

 

「でもエルザ、さすがにあの数の相手に武器を使わなくて、良かったの?」

 

その質問に、エルザは一瞬キョトンとしたように目を見開き、すぐにそれを閉じて笑みを浮かべると…。

 

「武器?ふっ…

 

 

 

 

 

 

 

 

武器などいらぬ!!!」

 

カッと目を見開き、力を込めたと思えば、彼女が身に纏っていた鎧にヒビが入り、膨張された上半身の筋肉が現れて鎧が粉々に砕ける。更に下半身の筋肉も膨張してスカートが破れ、彼女の体は上下の水着のみの姿と変わった。

 

「信じられるのは…己の肉体のみだ!!!」

 

「えぇえーーーーーーっ!!?」

 

どこか野太くなった声を張り上げ、筋骨隆々と変貌したエルザがポーズをとりながら宣言した。衝撃的な光景と発言に、シエルの驚愕の叫びが木霊するのだった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「首から下が別人になってるよ!!何でそんな風になっちゃったの!?」

 

「いやぁ…エルザと言えば武器と鎧で、その反対って考えたら……何故かここまで暴走してた…」

 

「本当に何でこうなっちゃったの…?」

 

終えたところで思わずウェンディからのツッコミが入った。彼女の言う通りだ。逆に武器を使わない、と言う項目からどこまで進んだら体一つで全てを退けるムキムキエルザが出来上がるのか。自分の想像力が理解できない。シエルの心境はその一言に尽きる。だがしかし…。

 

「何だぁ…シエルの想像力も大した事ないよね」

 

「だよな。いつものエルザと大して変わんねーじゃん」

 

「お前らいつものエルザにムキムキの(こんな)イメージ抱いてたのか!?本人がいたらぶっ殺されるぞ!!?」

 

ナツとハッピーが呆れながら告げた言葉は衝撃を与えた。あのマッスルポーズをとっていたムキムキエルザを見ていつもと変わんないとかどんな目をしてるんだ。いや、そもそもナツ達の中ではエルザってこうなのか!?

 

「う~ん…私はこう思います!」

 

シエルに続いてウェンディも自分なりに想像してみた。彼女が言う逆のエルザのイメージは…。

 

 

『ウェンディの為に腕によりをかけた。さ、遠慮なく食べろ』

 

『わぁ~~!!ありがとうございます!いただきます!!』

 

パティシエの格好をしたエルザが、大きさが様々なイチゴのホールケーキを大量に作って、ウェンディを出迎える。超巨大なケーキの上に一緒に乗っていたウェンディは、美味しそうなケーキの数々に両手を上げて大喜び、という内容だった。

 

『そう来たか!!』

 

今までとは大分毛色の違う想像に、場にいた男子全員の目から鱗が落ちた。成程、エルザはケーキを()()()ことが大好きな一面がある。その逆になるという事は、ケーキを誰かに()()()()()事が好きなエルザになると言うものだ。同じスイーツ好きなウェンディならではの発想である。

 

「揃いも揃ってつまんない事妄想してんじゃないわよ」

 

みんな一緒になってエルザの逆バージョンを考えていたら、シャルルに呆れられてこんな言葉をかけられた。ぐうの音も出ない。こんな事して何になる、と言われればそこまでと言えてしまう。

 

だが純粋に、この場で唯一会話に参加しなかったシャルルだったらどう考えるのか気になったシエルは聞いてみた。

 

「ちなみにシャルルだったらどう思う?」

 

「答えるわけないでしょ!!」

 

気になって聞いては見たが、やっぱりそうですよね〜と思ってしまう答えだった。素直に答えてくれるわけでもないし、そもそもつまんない事って本人が言ってたし。

 

「全く…」

 

 

 

 

 

 

 

 

『無礼者がぁー!!』

 

「!!?」

「シャルル…?」

「い、いえ…何でも無いわ…」

 

唐突に目を見開いたシャルルを心配してウェンディが声をかけてきたが、彼女はそれを明かさなかった。と言うか本人も困惑している。今、メイドの姿をしていたエルザが、どこかから現れて自分を始めとした数人を手刀で吹き飛ばした光景が、何故か唐突に浮かび上がった。どう言う事?

 

「でも、逆の感じのエルザさんって…」

 

「実際のとこ、どうなんだろ…?」

 

今エルザがどこにいるのかも分からないが、彼女のエドラスの影響を受けていたとしてらどうなっているのだろう?今自分たちが浮かべていた想像が当てはまっているのか否かも、断定できない。

 

「ナツ、見ーっけ!」

 

するとテーブルの下に隠れていたナツがとうとうルーシィに見つかった。そして腕を掴んで引っ張り出すと、新技をかけるために腕を大きく振って張り切る。だがさすがに何度も痛い目にあわされているナツも、我慢してばかりはいられない。

 

「やめろって!いい加減にしねーといくらルーシィでも…」

「へ~?やろうってのか…?」

 

ルーシィに抗議してやめるようにそう口にするが、その瞬間察知したルーシィが、据わった目で睨み返す。そして口元を吊り上げて不敵な笑みを浮かべたかと思うと…。

 

「上等だよ。ゴラァ!!」

「ぐっばぁ!!?」

 

元の彼女から想像もつかない肘や蹴り、拳、一つ一つが重たい打撃をもろに食らい、ナツは為す術もなく倒れ伏す。いつの間にこんなに強くなったんだルーシィ…。

 

「ナツー、生きてるか…?」

 

「一応…生きてっけど…死にそう…!!」

 

「根性足りねーんだよお前は」

 

相当やられた様子のナツに声をかけるシエル。生死の確認という内容が少々大げさではあったが、ナツ自身も相当ダメージがでかいようだ。そして勝者であるルーシィが、倒れているナツの上に座りながら得意げに言った。

 

「さあ言え!どこで何してやがった、あ?」

 

「だから…それが…ハッピー…助けて…!!」

 

最早ナツの心は折れたも同然だ。完全にルーシィに対して恐怖した彼は彼女の質問にうまく答えられず、相棒であるハッピーに助けを求める。

 

「…さっきからこの仮面が蒸れて力が出ません」

 

だがしかしあっさり相棒に切り捨てられてしまった。ここで歯向かったら次は我が身だとよく理解しているために。ハッピーが無理ならシエルは?と言いたげにナツの視線が今度は彼の方に向けられる。

 

「ゴホッゴホッ!あーちょっと今日は風邪気味みたいで調子が悪いなー」

 

「は、薄情者どもぉ…!!」

 

勿論シエルからも見捨てられた。こういう時は決まって保身を優先する二人に、かすれた恨み節を口から発することしかできなかった。哀れ、ナツ…。

 

 

 

 

 

「ルーシィ!またナツをいじめて!ダメじゃない」

 

その声を聞き、そして声の人物を目にした時、シエルは時が止まった感覚を覚えた。シエルだけじゃない。ナツも、そしてハッピーも同様だ。

 

「ちぇ、わーったよ…」

 

掴んでいたナツの胸倉を話しながら悪態をつくも、その少女の声に素直に従うルーシィ。自由の身となったナツだが、その視線は声の主である少女に固定されている。

 

「そんな、ま…まさか……!?」

 

目の前に見える少女の姿を見て、シエルは自分の目と耳を疑う。そんな彼の様子を見て、ウェンディは何が起きているのか分からずに困惑している。

 

「お、戻ったのか」

 

「おかえりなさい」

 

エルフマン、そしてミラジェーンに笑顔で迎えられたその少女は、彼ら姉弟と同じ髪色で、比較的短いショートヘア。そして目は、ミラジェーンのものとほぼ同じ。年齢は()()ナツと同じぐらいに見られる。

 

 

 

 

 

 

「―――リサーナ!」

 

「ただいま。ミラ姉、エルフ兄ちゃん!」

 

迎えられた少女・リサーナは、そんな姉と兄に笑顔を向けながら告げる。最後に会った時と比べると、失ったと思った2年間の成長は確かに見られるが、彼女は紛れもなく、自分たちが知らない間に死んだと聞いたはずの少女、リサーナ・ストラウスだった。

 

「リ…リサーナ…!?」

 

「嘘…?」

 

思わぬ人物を目の当たりにし、ナツとハッピーも言葉を失い、目元に涙を浮かべている。そしてその視線を向けられているリサーナはそれに気付かず、兄に説教しているジェットとドロイにいじめないようにと注意している。

 

その声や動作、顔立ち、そして恐らく性格も、何もかもが、二年前までずっと一緒にいた、姉のようだった彼女とそっくりで…。シエルの目元にも涙が浮かび上がり、今にも溢れそうになっている。そして思い出す。あの時の何気ない日常だった、彼女との日々を。

 

『シエル、こんにちは!』

 

『あ、こんにちは、リサーナさん』

 

『もぉ、“さん”はいらないっていつも言ってるのに』

 

『ご、ごめんなさい…まだちょっと、慣れなくて…』

 

まだ彼女も比較的小さかった頃。ポーリュシカの元で療養しているシエルの元に何日か置きに数人の魔導士が訪ねることが多かった時期だ。当時まだ控えめな性格だったシエルは、兄以外の者たちに対してどこか他人行儀と言う印象の対応をしていたため、今の様にリサーナからもっと親しげに話してほしいと言われることもしばしばだった。

 

兄弟姉妹(きょうだい)の中でも末妹であったリサーナにとって、シエルと言う存在は気付けば弟同然の存在。どこか姉っぽく振舞って世話を焼いたり、こうして彼の元に頻繁に来るのも、兄に次いで多い。他愛ない話や、ギルドでのこと、仕事の事や、そこでの兄の様子。リサーナが一つ話すたび、シエルの表情は輝いてきているのを見て、彼女は更に気分を良くして話題を増やす。

 

そうすることで時間はあっという間に過ぎていき、気付けば朝から始まった話はもう昼過ぎ近くにまで及んでいる。

 

『あ、私そろそろギルドに戻らないと』

 

『もうそんな時間でしたか…』

 

まだまだ話したいことは多くあったが、いつまでもここにいてはギルドにいる姉と兄を心配させる。さらに人間嫌いであるここの責任者であるポーリュシカも黙ってはいないだろう。名残惜しいが、またいつでも訪ねに来ることは出来る。

 

『それじゃもう行くね?シエル、お大事に』

 

『あっちょっと待って!』

 

そして帰ろうとして立ち上がったリサーナに、シエルは待ったをかけて呼び止める。その顔は少しばかり赤くなっており、リサーナはそれを見て首を傾げる。

 

『え、えと…ぉ…ね…』

 

『ね?』

 

何度もこの部屋に来てくれたリサーナ。そんな彼女がいつか言っていた。「お姉ちゃんみたいに思ってもいい」と。それを聞いて思い切って考えた。ペルセウスに向けて「兄さん」と呼ぶように、姉として振舞おうとする彼女を、兄が好感情を抱いているリサーナを「お姉ちゃん」と呼んだら、どんな反応をしてくれるのだろう。

 

気恥ずかしさが勝って口ごもってしまうが、それでも何とか振り切って彼はその口を開く。そして…。

 

 

 

『よぉー!シエル来たぞー!!』

『きたぞー!』

 

バタンと大きな音を立てて戸を開け放ち、大声を上げながら少年ナツ、そして小さい羽で飛ぶ青ネコハッピーが訪れた。唐突に大きな音を立ててやってきた二人に、シエルもリサーナも大きく肩を震わせた。

 

『もうナツ!ビックリするでしょ!』

 

『あ、悪ィ悪ィ』

 

普段リサーナに頭が上がらないナツは彼女に叱られると、バツの悪そうな顔を浮かべてこちらに謝る。家の奥の方からポーリュシカの怒鳴り声も聞こえてきて、彼らの表情がさらに怯えでこわばった。緊張感が一気に失われ、シエルに思わず笑みがこぼれる。

 

焦ることはない。無理に呼んでもきっと気を遣わせてしまうだろう。だが少しでもそんな未来が来ればと、その一歩を踏み出すためにシエルは告げた。彼女が望む言葉を。

 

『あの…また来るのを…待ってるからね、リサーナ!』

 

『!…うん!勿論また来るよ!!』

 

いつか、本当の意味で姉弟のようになれたら。その願いも微かに込めながら、距離を詰めた。あの時向けた笑顔も、時が過ぎて色々変わっていく中で、唯一変わらず、彼女に似合うものであり続けていた。

 

だが結局、一度も彼女を姉と呼べないまま、彼女はこの世から消えてしまった。

 

 

 

 

そう…思っていた。

 

「まさか…でも…!」

 

彼女に関する過去の記憶がフラッシュバックし、楽しかった思い出、失った時の悲しみ、あらゆる感情が思い返され、シエルは自分も気付かぬ間にその脚を動かしてリサーナに少しずつ近づく。

 

「リサーナ……姉ちゃ…!!」

 

「「リサーナァーー!!」」

「ひっ!?」

 

「ゴールァ!!!」

「「はぶぁ!!?」」

 

そして彼女に今まで呼べなかった呼び方を告げようとシエルが口を開くも、一足先にフリーズから立ち直ったナツとハッピーが、号泣しながら彼女目掛けて飛び出す。だがしかし、それを顔を険しくしたルーシィから、二人纏めて顔面目掛けて蹴りを喰らって阻止された。

 

「お前いつからそんな獣みてーになったんだぁ、ああ?」

 

「だっで…リサーナが生きて…そこに…!!」

 

「何言ってんだ、お前?」

 

蹴り飛ばされて再び胸ぐらを掴まれながらルーシィに問い詰められるナツ。だが、彼女から受けた蹴りとは違う理由で涙を流しながら、リサーナに指を向けて涙混じりに呟く。だがルーシィからすれば、ナツのこの言葉は理解できない様子だった。

 

感極まって泣き続けているナツを、今度はグレイが肩を回しながらテーブル席へと運んだ。こっちに来てから妙にグレイは親し気だ。語り合おうとか、友達だろ?とか、前の彼からは想像もつかないほどに。けどグレイにしてはずっと厚着しているためか、「服脱げよ…」とナツがぼやいている。

 

「ねえシエル…リサーナさんって、この前シエルが話してた…」

 

「…うん、ミラたちの妹…死んだ、はずの…」

 

ナツたちが思い切り蹴飛ばされたことで後に続くタイミングを完全に失い、呆然としながら立ち尽くしていたシエルの元に、ウェンディが耳打ちをしながら尋ねる。確かに二年前、依頼先で命を落としたはずだ。他ならぬ実姉たちが、打ちひしがれながら話していたのだから。

 

いなくなったはずのリサーナが、成長した姿で、内面はほとんど変わった様子もないままどうして存在しているのか?ナツの方へと視線を向けていた彼女が、こちらに気付いたのか微かに驚愕を見せている様子を、涙に目元を濡らしながらシエルは改めて答える。これに関しては、シエルにもどうなっているのか予測が立てられない。

 

「みんなが逆になってるわけじゃないって事ね」

 

するとシャルルがその解答を導き出せたのか、話し始めた。まず、ミラジェーンは服装以外には何一つ変わった箇所が見当たらない。他の者たちが顕著に変更しているのに、逆に不自然だ。更に…。

 

「決定的なのは、アレ」

 

そう言ってシャルルが指をさした方向にいた人物に、示された三人は驚愕した。藍色の長い髪を持った、肩とへそを出している大胆ながらも胸元にリボンを付けた服を着ているのは、スラっとした高身長で抜群なスタイルを持つ、だが物凄く見覚えのある女性。

 

「あの子、少しお前に似てね?雰囲気とか近いよな?“ウェンディ”」

 

「そう?」

 

「隣のボウズもどっかで見覚えあんな」

 

他の魔導士たちに確かに“ウェンディ”と呼ばれたその女性。同じ髪の色だし、大人っぽくなった顔立ちは、最早大人に成長したウェンディと言っても間違いない。

 

「私ーー!?」

「(な、何だあの超絶美人っ!!?)」

 

勿論そんな彼女を見た小さい方のウェンディはまるで未来の自分を見たような衝撃を受け、隣にいる少女に惚れているシエルは想い人が色々成長したような姿を見てもっと衝撃を受けている。何なら顔も真っ赤だ。

 

「って、ちょっと待て…?何でウェンディが…?」

 

と、ここでシエルは気付いた。自分たちはてっきりここにいる魔導士たちを、エドラスに吸収されたために逆に変化した仲間たちと思っていた。だが真実は違う。

 

「逆…じゃなくて()()のよ。この人たち…私たちが探しているみんなじゃないわ」

 

別人。エドラスで生まれ、育ち、今も尚このエドラスで暮らしている、顔と名前が同じであるが、アースランドにいた彼らとは全くの別人。それがこの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいる者たちの素性だ。

 

「別の世界にいる、別の世界の妖精の尻尾(フェアリーテイル)…?それってまるで、並行世界(パラレルワールド)じゃないか…!」

 

「そう思ってくれた方がいいわ」

 

並行世界(パラレルワールド)と表現したシエルの言葉はほぼ正解と言っているようなものだ。エドラスには独自の文化と歴史があり、ふとした拍子で魔導士ギルドが…妖精の尻尾(フェアリーテイル)が存在することだってあり得る。同じ世界を歩んできた歴史が、ある分岐点で枝分かれし、そこから何千何万の時を経て、世の中や生き物、人さえも、顔と名前は同じの別人として存在することだって、あり得ないとは言い切れない。

 

その結果と言えるのが、今自分たちが目の当たりにしている、エドラスに存在していた妖精の尻尾(フェアリーテイル)なのだ。

 

「じゃあ!オレたちの知ってるみんなはどこに行ったんだよ!?」

 

「知らないわよ!それをこれから見つけるんでしょ?」

 

ルーシィに腕を掴まれて「ごちゃごちゃ何言ってんだァ?」と問われていることも気付かず、ナツがそう聞いてくるが、これに関してはシャルルも分からない。

 

「見つけると言ってもどうやって?何の手掛かりもないんじゃ、結局は…」

 

「手掛かりなら、ありそうな場所に心当たりがあるわ」

 

つい先程までみんなの場所が分からずに当てもなく森の中を彷徨っていたのだ。それを思い出してシエルが彼女にそう尋ねるが、シャルルから出た答えはその停滞した状況を打破するものだった。

 

「王都よ!吸収されたギルドの手掛かりは、王都にあるはず」

 

王都…つまり自分たちの仲間を吸収し、魔力としようとした王国の本拠地。そこに辿り着けさえすれば、恐らく仲間がいるであろう居場所も目星が付く。そう判断し、シャルルはハッピーの手を引っ張って一刻も早くこのエドラスのギルドを出ようと動き出した。

 

その時だった。ギルドの奥の部屋へと通じる扉が開けられ、そこから一人の人物が出てきたことに、場にいる全員がその方向に目を移して、驚愕に目を見開いたのは。

 

「皆さん…」

 

その人物が声を発すると、真っ先に答えたルーシィが驚きながらもその人物を呼んだ。

 

「マスター!!」

 

「え、マスター!?」

「じ、じっちゃん…!?」

 

マスターと呼ばれたその人物。ギルドのメンバーも次々に驚きながらその呼称で彼を呼ぶ。所々から「起きてもいいのか!?」や、「無理すんなよ!!」と言った彼の身を案じる声が聞こえる。マスター…つまりマカロフの事か?とアースランドから来たみんなもその人物へと意識を向ける。

 

「ご心配なく…何やら、いつもより賑やかなようでしたが…?」

 

「心配しないわけないだろ!!」

 

マスターと聞いてマカロフを予想していたが、声は年若い男性のものだ。どこかで聞き覚えがあるような気がする。メンバーに囲まれて労られているその男性を目にした時、アースランドのメンバーが…特にシエルが言葉を失った。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

「あの人は…!!」

 

髪の色は水色がかった銀色。その長さは肩の位置まで伸ばされておりうなじあたりで縛られている。顔立ちは整っているが妙に青白く、一目見るだけで健康体とは程遠いことが分かる病弱の印象。右目のあたりには白縁のモノクルが装着されており、左手には妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマークが描かれた魔水晶(ラクリマ)が先端についた杖を支えとして持っている。

 

だがその顔を、見間違えるはずがない。顔色は良くないが、一目見るだけでみんなが気づいた。

 

 

 

「兄…さん…!?」

 

その顔はまさしく、シエルの兄であるペルセウスだった。周りのメンバーに介抱され、遠慮こそしているが、時折口元を抑えて数回咳をすることが頻繁のため、無理をするなと言われても仕方がない。

 

「おや?ナツくん。帰ってきていたんですね…無事で良かったです…」

 

自分が知っているペルセウスとは違い、力無い、穏やかで弱々しい声色でナツの帰還を喜んでいる事を示している。だが、言葉をかけられたナツはエドラスでの彼の姿に、大きく困惑してばかりだ。

 

「ペ、ペルが…マスター…?ぐへぇっ!?」

 

「はぁ〜〜!?今何つった、ナツ!!なんだその馴れ馴れしい呼び方はよぉ!?」

 

「ぎ、ギブギブ……!!!」

 

衝撃で思わず心の声が漏れ出たナツ。それを聞いたルーシィに、再び関節技を決められて、またもや苦悶に満ちた顔と声を発した。

 

「ルーシィさん。ナツくんと仲が良いのは結構ですが、程々にしてくださいね」

 

それを見ながら、再び穏やかな声でルーシィを窘めているペルセウス。彼もまたエドラスでは立場や性格は勿論、更には体質まで大きく異なるようだ。病弱体質。それを聞いた時、シエルは己の過去を思い出す。アースランドで育った自分は生まれつき病弱だった。しかしエドラスにおいては、兄の方が体が弱いらしい。世界の理と言えばそこまでだが、何と皮肉な事か。

 

「――…?じゃあ、やっぱり…」

 

「リサーナ?」

 

「う、ううん、何でもないよ」

 

何かに気付いてハッとしたリサーナと、彼女の名を呼んだミラジェーンの会話は、シエルたちに届かなかった。

 

「つか、ホントに起きてて大丈夫なのかよ、マスター?」

 

「ええ、ご心配なく。それより…ケホッケホ…」

 

「お、おい!!」

 

見るからに辛そうだ。顔色も悪いし、支えとしている杖がなければ満足に歩くことも出来ないだろう。すぐに彼が療養しているらしい部屋に連れて行くように誰かが言うが、ペルセウスはそれを手を上げて静止し、口元に持ってきていた手をそのままにして言葉の続きを告げた。

 

「大丈夫です…。それよりも、皆さん…また胸騒ぎが起きています…」

 

弱々しい印象を持ちながらも、その目に力強い意志を宿しながら、周りのメンバーを見渡し告げる。その言葉の無いように、場にいる魔導士たち全員が、突如緊張感を発し始めた。比較的近い位置に立つグレイが、彼の告げた言葉の意味を真っ先に汲み取る。

 

「それって…!」

 

 

 

 

 

「ええ…『妖精狩り』が、来ます…」

 

冷や汗にも見えるその雫を一滴現しながら口にした言葉を耳にしたギルドの者たちは、騒然としだした。『妖精狩り』と言う物騒な言葉。それを知らぬものは、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)には一人もいない。

 

「そこのネコ!どこ行く気だ!外はまずい!!」

 

「「え…?」」

 

ギルドの者たちがマスターと呼ばれているペルセウスに集中している隙を突いて、ギルドの外に出ようとするシャルルとハッピー。しかしそれを見てルーシィはすぐさま彼らを止める。怪しい彼らを逃がさない為ではなく、彼らの身に起きるだろう危険から遠ざけるために。

 

「マスターが言うんだ、間違いねぇ!!」

「チクショウ!!」

「もうこの場所がバレたのか!?」

「王国の方たち…また(わたくし)たちを追って…」

「「エライ事ですよーー!!」」

 

一気に騒然としたギルドの中で、その会話を聞きながらシエルは予測する。妖精狩り…妖精は恐らく妖精の尻尾(このギルド)の事だ。それを狩ると言う事は、彼らに仇なす存在。そしてその妖精狩りは、王国側の人間である事も察することが出来る。

 

「王国…?」

 

「私たちを、アースランドに送り込んだ奴等よ…」

 

「…オイラたち…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の敵なの…?」

 

そして同時に、シャルルたちエクシードを送り込んだのも、王国であることが判明する。これで色々と繋がってきた。エクシードが恐れられている理由。王国は何故か妖精の尻尾(フェアリーテイル)を狙っている。だからこそ、彼らはエクシードと言う存在に対して、非常に警戒したり怯えていたりしていたのだ。

 

「妖精狩りだぁあーーっ!妖精狩りが来たぞぉーっ!!」

 

「知ってるよ!」

「もうマスターが気付いてるって!」

 

「え!?そ、そうか…さすがはマスターだ…!!」

 

ここで出入り口から仕事に出ていたナブが帰還と共に知らせてきた。しかし既にペルセウスから周知されていたために、マックスとウォーレンにそれぞれ指摘される。大急ぎで知らせに来たのに若干不発に終わって、ナブは微妙にショックを受けていた。

 

「転送魔法陣はまだなのレビィ!!?」

 

「今やってるよクソルーシィ!!」

 

「遅いって!妖精狩りが来るんだぞ!!」

 

「だから分かってるって!!」

 

メンテナンスをしていた機械を操縦席に座りながら操作し、転送魔法陣と呼ばれたものを起動しようとしているレビィ。一刻も早く実行しなければと焦り、それが元で口論が始まる。だが口論しているよりも、起動することに集中してほしいと、ジェットとドロイが騒ぎ立てる。

 

「転送臨界点まで、出力40%!!」

 

そこからギルド全体、いや周辺に至るまで地震にも勘違いするほどの揺れが発生する。それだけでなく、地面にある無数の小石が、徐々に上へと浮かび上がっていく。出力が上がるたびに、石だけでなく周りのテーブルにある食器やジョッキも同様に浮かび上がる。

 

「大気が…震えてる…!!」

 

「王国の狙いは何だ…?どうして妖精の尻尾(ここ)まで標的に…?」

 

空気の流れに敏感であるウェンディが、この異常を一番よく察知している。シエルもまた、その大きな空気の乱れは察知していた。そしてそれ以上にまだ解消していない疑問がある。同じ世界に存在する魔導士ギルドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を、何故狙うのか。

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

「(私…!?)」

「(大人ウェンディ…!!)」

 

シエルが口にした疑問に答えたのは、エドラスに元からいた大人のウェンディ――通称をつけるとするならエドラスのウェンディ…エドウェンディだろうか――だ。周りが慌てふためいてる中、落ち着いて堂々と立ちながら、彼女たちから見てナツについてきた子供であるシエルたちに、自分たちの事を説明する。

 

「王の命令で全ての魔導士ギルドは廃止された。残ってるのは世界でただ一つ…ここだけだから」

 

魔導士ギルドの廃止。唯一残っている命令違反のギルド。その言葉を聞いて、シエルもウェンディも理解が追いつかなかった。いや、理解したくなかったというのが正しい。だが、彼女はそんな彼らに、非情な現実を叩きつける。

 

「知らないでナツについてきたの?つまり私たちは…

 

 

 

 

 

 

闇ギルドなのよ」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が…闇ギルド…!!?」

 

闇ギルドの存在を許せないシエルにとって、たとえ異世界でも、自分の居場所である妖精の尻尾(フェアリーテイル)が闇ギルドとして扱われていることに、言いしえないショックと衝撃を味わうことになった。

 

「来るぞおっ!!」

 

誰かが、その言葉を叫んだ瞬間、窓の外からそれは見えた。ギルドとしている植物のような建物を優に超える大きさをした、角の形をした耳に、ギザギザの形をした大きな口。手足の先は随分細いが、体に匹敵する翼が一対二枚、背中から生えている。アースランドではまず見かけたことのない、得体のしれない怪物が、ギルドめがけて突進してくる姿が。

 

「な…何だアレは!?」

 

「妖精狩り…!?」

 

あれが、妖精狩りと呼ばれている存在…?否、よく見ると、怪物の背中に、長い得物のようなものを携えた人影が見える。恐らく怪物は移動手段であり、真に妖精狩りと呼ばれているのは背に乗っている人物の方だろう。

 

「よし、臨界点到達!ショックアブソーバー稼働!!転送魔法陣…展開!!!」

 

するとレビィが操作していた転送魔法陣の準備が終わったらしく、操作席の左右に置かれていたレバーを勢いよく引くと、大気の揺れがさらに強くなり、ギルド内にいる者たち全員が宙へと浮かび上がる。

 

「今度はなんだぁ!?」

「か、体が~!」

「浮かんでくよぉ~!!」

 

唐突な浮遊感に襲われて徐々にその身体を浮かび上げられるナツたち。エドラス側の者たちもそれは同様だが、何度も起きているようで彼らは彼らで対処も心得ている。

 

「皆さん!何かに掴まってください!!っ…うわっ!!」

 

「危ない!!」

 

マスターであるペルセウスがメンバーに指示を飛ばし、各々が近くのものに手を伸ばして掴もうとする最中、浮かび上がる際にテーブルに足を引っかけて、態勢が大きく崩れかける。それに気付いたシエルがいち早く彼に手を伸ばし、ペルセウスが杖を持っていない右手を掴む。

 

「大丈夫!?」

 

「す、すみません…ありがとうござい…っ!?君は…!!」

 

「へ…?」

 

助けられたことに対して礼を告げようとしたペルセウスは、シエルの顔を見てその表情を驚愕に染める。どんな意図がそこにあったのか聞こうとするも、より振動は大きく、激しくなっていき、それをこらえるので精一杯だ。

 

「転送開始!!」

 

「きゃあ!!」

 

「あっ!ウェンディ、掴まって!!」

 

レビィの声を合図に、更に揺れは激しくなり、視界も白く眩い光を放ち、目も開けられなくなる。ちなみにナツは、激しい揺れを自覚した途端、乗り物酔いが起き始める。

 

そして気付けばシエルたちは、全て白い光に包まれた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

自らが搭乗し、最初の一撃を見舞うために移動目的としても従えていた怪物・『レギオン』によって、目的のギルドを押し潰そうとした。しかし、その攻撃が当たる寸前、巨大な植物のツタのようなギルドは、一時的にそのツタのように地面へと潜り込み、その姿を一瞬にして見えなくさせてしまった。

 

「転送…!?チッ、()()か…」

 

忌々し気に舌打ちを一つしたその人物は、まるで水着とも言えるような大胆な格好ながらも、佇まいからは一縷の隙も与えない、まさに女騎士と言う言葉が似合う女性だ。しかし彼女の機嫌は今悪い。これでもう何度目になるか分らないほど、標的の大元であるギルドを取り逃がしてきたのだから。

 

「んー、本当…逃げ足の速い妖精だねえ」

 

そんな彼女の耳に、聞き慣れた声が届いた。視線をそちらに向けるとそこには見知った人物がいた。金髪のリーゼントヘアに、特徴的な二つに分かれたケツアゴ。更には身に纏う鎧甲冑はピンクで統一されている。個性の塊だ。

 

「『シュガーボーイ』、いたのか」

 

「んーー惜しかったねぇ、妖精狩り(フェアリーハンター)

 

「やはり奴が作ったポンコツは信用ならん。場所を特定したところで、どれだけ速く動いても寸前で逃げられる」

 

「気持ちは察するけど、彼が作った発明品はどれも一級品さ。妖精たちの場所だって、一度だって外したことはなかっただろ?」

 

『シュガーボーイ』と呼ばれたピンク甲冑の男は、苛立ちを抑えないで文句を零しているその女性を落ち着いた口調で窘める。男は思う。いつにも増して機嫌が悪そうだと。

 

「それに奴等も転送できる回数は残り少ない。一匹残らず狩れる日が来るのは、時間の問題っしょ」

 

「だと良いがな…」

 

フォローも交えてそう説明はしたものの、やはり損ねた機嫌は戻らないようだ。「んー…」と肩を竦めて、困ったようにシュガーボーイは口元に弧を描く。

 

「それと、例の巨大アニマ作戦、成功したらしいよ。それで、魔戦部隊長は全員王都に戻れってさ」

 

「アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を滅ぼしたのか!?」

 

その話題に変えた瞬間、彼女の空気は少しばかり緩和したように見えた。国全体に関する朗報を聞けたのだから、ある意味では当然だ。正確には吸収したという事になるが同じようなものだろう。国王が行う事はスケールが大きい。

 

「吸収されたアースランドの魔導士はどうなった?」

 

「王都さ。巨大な魔水晶(ラクリマ)になっているよ」

 

「素晴らしい。それならエドラスの魔力は、しばらく安泰だろうな」

 

報告を聞いた女性の機嫌は、先程とは違ってよくなっているのが分かった。シュガーボーイにとってもこの朗報はとても喜ばしい。ひいては国、いや世界全体の繁栄に関わってくるのだから。彼女同様に彼も気分がよくなると言うもの。

 

「んー?」

 

するとシュガーボーイが懐にしまっていたあるものに反応が出る。小型の板のようなものに、いくつものボタンが配置されており、その上には円状に無数の穴があけられた形の機械だ。その内の、いちばん左上にある緑色のボタンを押してみれば、光が数瞬ごとに点滅し、電子音を響かせていたその機械の反応が止まる。いや、正確には起動した。点滅していた光が、今度は途切れることなく光り続けているのがその証拠。

 

「んー、こちらシュガーボーイ」

 

《シュガーか。こちら、『魔科学研』だ》

 

起動した矢先に自らの名を告げると、その機械越しに青年らしき声が返ってきた。だがその青年の声を聞いた瞬間、シュガーボーイは表情を凍らせた。余裕綽々と言った穏やかな笑みで固まってはいるが、実際の心境はその真逆。その最たる理由は、先程まで戻っていた機嫌が再び斜めに傾き、こちらを射殺すような鋭い視線を向ける女性にある。

 

「んー、君か…お疲れ~。一体どうしたのかな…?」

 

《なに…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の奴等はどうなったのか、報告を貰いたくてな》

 

「あー…それは巨大アニマの件、かな?」

 

《寝ぼけたことを言うな。妖精狩りと言う名前負けした称号を持った奴の仕事に関してだ》

 

更に視線が鋭くなった。それに比例するように、シュガーボーイの顔からいくつもの汗が噴き出してきている。それに気付いているのかいないのか、通話の先にいる相手は更に言葉を続けてくる。

 

《それにアースランドの奴等に関しては、俺も全面的に作戦に加担している。その結果をわざわざお前に聞く必要があるか?》

 

「…ない、ね…」

 

《…はぁ…その様子だと、また失敗したようだな。これで何度目だったか…》

 

どうにか誤魔化せないかと言う彼のちょっとした優しさは残念ながら裏目に出た。ちょっとした問答とシュガーボーイの声色から察し、妖精狩りの幾度目の失敗を把握する。本人からの殺意の目線がさらに強くなって、最早シュガーボーイの顔色は真っ青を通り越して白くなってきている。

 

「んー…それでも確実に奴等を追い詰めてきてはいるんだよ…?あと数回…いや、次こそはきっと…いや絶対妖精を狩り尽くせると思うんだ…!」

 

《どうかな。いつも惜しいところで、すんでのところで、ギリギリ取り逃がす。何度も繰り返したことで、どれだけ陛下の期待を裏切ったことになってると思う?》

 

「な、なにもそこまで言わなくても…!!」

 

必死に彼女をフォローしようと言葉を選んでいるのに、通話先の青年と言ったら、一体いくつ彼女の地雷を踏みぬくつもりなのだろうか。地雷原の上でタップダンスでもやってるのかこいつ…!?しかも視線をそのままにしてレギオンの上から飛び降りて着地する音が今聞こえた。その時点で、シュガーボーイの顔は魂が抜けかけていると同義である。

 

《あの女がいくら失敗しようが俺は構わないが、そんな奴を臣下に置いている陛下の心中も察してほし…》

 

「あっ!!」

 

通話先の青年の言葉を遮って、シュガーボーイの横から彼が手に持っていた機械をその女は奪い取った。シュガーボーイがそれに引き攣った声をあげることも意識を向けず、殺意に満ちた目を浮かべながら機械越しに限界まで低くなった声で話し始めた。

 

「おい。さっきから聞いていれば随分な言いがかりだな…。元はと言えば、貴様のポンコツに原因がある可能性の方が高いんじゃないのか…?」

 

自信過剰でいるわけではないが、妖精狩りと言う名前は何も、安易につけられたものではない。その名に恥じぬほど、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちを何人も屠ってきた。数の利さえも圧倒して返り討ちにしてきた。

 

だがしかし、この男が開発したという機械に従って妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドを攻めに行く時。その時に限っていつも、奴等が到着すると同時に転送魔法陣で逃げられる。こいつが今の地位になってからずっとだ。

 

()()()()()もあって、やはり裏切っているのではないか。謀反を企てているのではないか。何度も国王に進言したものの、取り入ってもらえなかった。王国軍全体の向上や、望み通りの開発を手掛けた彼の頭脳と忠誠は、最早国王からの絶対的な信頼を勝ち取っていたが故。

 

だからこそ気に食わないのだ。まるで自分を蹴落として、国王からの信頼を勝ち得たような出世街道を歩いているこいつが。あまつさえ…。

 

《…何を言うかと思いきや、責任転嫁も甚だしいな。俺が開発した妖精共の位置情報探知機能は、完璧なものであると自負している。実際に、奴らの居場所を特定し、一度でも外れたことがあったか?》

 

この態度だ。国王には一切歯向かわずにどんな無理難題も眉一つ動かさないでやってのける奴だが、他に対しては一切譲らず、自らの意見を変えることはほとんどない。ごく稀に己に非があれば素直に詫びるものの、腹の立つことに彼の言通りに実行したことはほぼ全てが良好に事が運ぶため、次第に彼に反論できるものがいなくなってしまった。最早自分が唯一と言ってもいい。

 

それはそれとして、彼女にとっては彼のその言葉の一つ一つが癪に障り、如何にも自分は間違っていないと、失敗の要因には一切関係ないと断言している。何かにつけて自分を貶めているように聞こえることも付け加えて。

 

《俺が行うのは奴らの居場所を特定すること。その後の事は前線に出るお前の仕事だろ?妖精を前にして取り逃がしてしまうのは、ひとえにお前の詰めの甘さに他ならないとしか思えない。俺に文句を通すのなら、次こそは妖精の奴等を仕留めてからにしろ。妖精狩りなどと言う大層な飾りが外れ落ちる前にな》

 

「き・さ・ま・と・い・う・や・つ・はぁ~~~!!!!」

 

殺意と怒りと憎悪と言った負の感情のオンパレードのオーラを全体から発しながら、彼女は手に持っている通話用の機械を握りしめる。握力だけで握り潰せそうで、小型の機械に徐々にヒビが入りだした。

 

「アーーーッ!!ストップストーップ!ホント壊れるからやめて!?それ高いんだから!!」

 

竜虎を幻視するような二人の会話をオロオロとしながら眺め聞いていたシュガーボーイは、自分が持つ小型の機械を破壊されそうになって、若干涙目になりながら必死に彼女を止めた。とんだとばっちりである。

 

「ふんっ!…いいだろう、次は絶対に失敗はない。必ず妖精(ハエ)共を根絶やしにして、貴様の鼻をあかしてやる…!!」

 

《…精々、陛下を失望させるな》

 

「貴様に言われるまでもない」

 

シュガーボーイの叫びを聞いて踏みとどまった様子の妖精狩りが、彼に向けて機械を投げ返して宣言する。それに帰ってきた言葉に、彼女は怒りを込めた目を向けながら答えた。

 

「んー…君さぁ…能力はホント一級品だけど…せめてもうちょっと言葉を選んでくれない…?」

 

《俺は事実しか述べるつもりはない》

 

「いやだからそれが…んーもういいや…」

 

ひとまず手元に帰ってきた機械に向けて懇願してきたシュガーボーイの言葉を、たった一言で一蹴し、逆に彼を説き伏せて…と言うか説得を諦めさせた。こんな彼でも国王に対しては本当に別人レベルで礼儀正しいのだ。

 

「けどあんまり彼女を苛めないでくれよ。彼女もウチにはなくてはならない存在なんだからさ…」

 

《俺とてあいつと事を構えるほど時間を無駄にしたくない。あいつが何かにつけて俺に突っかかってくるんだ》

 

「その原因が君にもあるんだけどさ…ま、程ほどにしてよね…。何たって彼女は魔戦部隊隊長でも最強格…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()・ナイトウォーカー』…妖精狩りのエルザだからね」

 

レギオンに乗り直し、一足先に王都へと戻っていく緋色の長い髪を持ったその女性、『エルザ・ナイトウォーカー』を見送りながらシュガーボーイは告げる。彼女は武力で言えば王国の中でも一、二を争う人材。彼女以外に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を排除させるにふさわしい者はいない。

 

「君と同じように、この国になくてはならない存在だよ。“魔法応用科学研究部”…通称魔科学研の部長…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()・オルンポス』…」

 

王都の中に存在する、機械で囲まれた研究室。その中で大型の機械から発せられるシュガーボーイの声を聞きながら、白衣に身を包んでいる、水色がかった銀色の短い髪と切れ長な印象を与える眼鏡をかけた青年、王国の中でも随一の知力を持つ人材が、それに答えることなく、左手の指で眼鏡の位置を整えるのだった。




おまけ風次回予告

ハッピー「エドラスに元からみんながいて、そのみんなが色々と逆の感じになってたなんて…」

シエル「こっちのウェンディがこの場にいるのに向こうにもウェンディがいるから、世界自体が別でも、同じ世界の中に存在することは出来るみたいだね。ってことは、俺やナツも、それぞれエドラスで過ごしている存在がいるってことか…?」

ハッピー「エドラスのナツやシエルかぁ…オイラに言いなりになってるナツとかだったりするのかな~?」

シエル「エルザの逆バージョン考えてた時の影響受けてないか?(汗)」

次回『魔戦部隊と魔科学研』

ハッピー「シエルはどう思う?エドラスのシエルってどんな感じかな?」

シエル「多分…ウェンディみたいに大人の姿になってるとは思うよ。ただ…」

ハッピー「ただ?」

シエル「こっちの兄さんが病弱なのに近くにいない…まさかの兄弟じゃないのか…それとも…?」


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第78話 魔戦部隊と魔科学研

新年連続投稿3回目!無事に達成できました!!
書き終わる位置をどこにしようか迷ったんですけど、余裕もって書いていたおかげでちょっと長めに出来ました。最初に予定していたシーンまで、なんですがね…。

それとタグを一つ追加しました。エドラスの兄弟も登場したし、他の方々の小説を読んでいて、ちょっと挿絵が欲しくなっちゃいました…。けど僕画力の才能皆無なので、描いてもいいよと言う方、もしいらしたら連絡ください…。←


エドラスのどこかにある砂漠。一面が砂で覆われ、所々から岩の突起が現れたその空間に、地中から巨大な植物のツタが湧き出てきた。そのツタはある程度の長さまで伸びると、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章が刻まれた旗を、繋がっている糸を引いて、勢いよく張る。森の中に存在していたギルドは、数十秒のうちにその拠点場所を変更させた。

 

「野郎ども、引っ越し完了だ!」

 

「助かった…」

「無事転送できたみたいだな…」

「みんな、無事か?」

「あたたた…!」

 

少女ルーシィの声が一つ響くと、あっちこっちで倒れ伏している魔導士たちから安堵の声が次々と聞こえ始める。

 

「引っ越し…?」

 

「ギルドごと移動したのか…」

 

ナツとハッピーもうつ伏せで倒れているが、それ以外で深刻なダメージを受けている様子はなさそうだ。シエルやウェンディも近い場所で倒れていたが無事らしい。

 

「転送魔法陣って言ってたね。まさか建物ごと全員を…」

 

「スゴイ…」

 

大気が…と言うよりギルド全体が震えていたのは、この植物を模しているギルドを最大限に活用した移動の為だったわけだ。何やら巻き込まれた形になってしまったが、ひとまず自分たちも危うく妖精狩りとやらの餌食になるところだったのだ。幸運と思う事にしよう。

 

それはそれとして、何か自分たちがいる場所の下が柔らかい気がする…?

 

「てめー!何モタモタしてんだよ!危なかっただろ!!」

「うっさい!たまには自分でやってみろ!!」

「大体何でこんなに揺れんだよ!!」

「てめーが太ったからだろ!?」

「んだとコラァ!!」

「ああ!?やんのかコラァ!!」

 

「まあまあ二人とも…今は全員の無事を、喜びましょう…」

 

「ん…?」

 

またもルーシィとレビィ…険悪な二人が睨み合いながら喧嘩腰で口論している。そんな二人をやんわりと仲裁するペルセウスの声が()から聞こえてくる。何か違和感を感じたシエルは、ふと視線をその方向に向け、ギョッと目を見開いた。

 

「「けどマスター!こいつが…って、ああああっ!!?」」

 

その原因を、ルーシィとレビィも彼に目を向けたことで目撃した。それは、うつ伏せの状態になっているペルセウス。それだけならまだマシだ。問題は横になっている彼の上に、何かが間違ってシエルとウェンディが二人とも器用に乗っかってしまっている光景だった。互いへの怒りもあっさり吹き飛ぶ大惨事に二人の絶叫が木霊し、それにつられて視線を向けた他の面々も各々驚愕したり、絶句したりと、過剰な反応を示す。

 

「おいコラー!何やってんだクソガキども、さっさと降りろぉ!!」

「うちのマスターに何てことしてくれてんだ!ええ!?」

 

「ひええっ!?ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

 

怒髪天を衝くほどの怒りで迫り来たルーシィとレビィ。ただでさえ自分たちの世界の彼女たちと比べて段違いに怖くなっているのに、それが激怒しながら迫ってくる様子を見て、ウェンディが泣きながら謝罪し、すぐさまペルセウスから降りて立つ。ついでにシエルも同じように退いた。

 

「す、すみませんでした…。さっきまで気付かず…」

 

「すみませんで済むかコノヤロー!マスターは滅茶苦茶繊細なんだぞ!!ぶっちゃけ弱さの塊だぞ!!」

 

「ただでさえ病弱な上に、虚弱で貧弱で脆弱で最弱!弱さを決める大会があったら間違いなく世界一だぞ!!もっと優しくしろ!!」

 

「うん、分かった。分かったからあんたらも優しくしてあげて。マスターのメンタルが、まさに砕け散りそうだから…」

 

改めて謝るシエルに対して凄みながらルーシィたちは如何に彼が気を遣うべき存在か騒ぎ立てる。フォローのつもりなんだろうが、彼女たちの言葉の刃は間違いなくそのマスター本人の心臓に深々と突き刺さっている。自分がどいた時より明らかに消沈としているようにしか見えないのがその証拠。メンタルポイントはもう0よ。

 

「な…何だったんだ、さっきの奴は…」

 

「どうしちゃったのナツ…久しぶりで忘れちゃった?」

 

「んな訳ねーだろ!!」

 

ギルドの引っ越し、と言う大移動を行う直前…こちらに襲い掛かってきた妖精狩りと言う存在を思い出していたナツに、ミラジェーンが少しばかり心配そうに聞いてくるのを、エドラスでは普通の体型で、かつ口調が随分荒っぽくなってるリーダスが何故か否定する。

 

「あれは王都魔戦部隊隊長の一人…エルザ・ナイトウォーカー。またの名を、『妖精狩りのエルザ』」

 

その肩書をつけられた者の名前を聞き、ナツも、シエルたちアースランドの者たちも全員衝撃を受けた。ここに来てから、何度この衝撃を受けたか、最早数え切れていない。

 

「何だと…!?」

 

「エルザが…敵…!?」

 

王国に仕える魔戦部隊の隊長。それも妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとっては、天敵とも言える妖精狩りと言う異名付き。それがまさかの、エドラスにおけるエルザだとは。心強い味方として彼女をよく知るシエルたちは、その現実を受け止めるのに長い時間を費やすことになった。

 

「どうしたんだよナツ。さっきかららしくないぞ?」

 

エルザが敵であることに言葉を失っているナツを訝しむグレイ。らしくない、と言うか今ここにいるナツは、エドラスの人間である彼らにとっては別人なのでそれも当然。しかしそれに気付いているのはアースランドから来た自分たちだけだ。

 

「マスター、(わたくし)の手を」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

「カ、カナさんに手をさし伸ばされるなんて…!!」

「マスター…なんて羨ましい…!!」

 

メンタルへのダメージによって物理的にも精神的にも回復が遅れていたマスター・ペルセウスに、カナが彼を案じて右手を差し出す。それに応じて彼は彼女に支えられながらなんとか立つことに至る。後方でマカオとワカバが羨ましがっていたが、シエルからすればその光景は異常だった。

 

「いつも兄さんを避けていたカナが…本当に別人なんだな…」

 

「…そうね…」

 

自分が知る限り、カナは昔から、兄のペルセウスをどこか避けるように行動していた記憶が強い。しかし目の前にいる令嬢の服装をしたカナは、兄を一切避ける素振りもなく手を貸して、さらには彼にお淑やかな笑みを向けている。その彼女の行動が、改めてここにいるギルドのみんなが別人であることを教えているようだ。

 

自分たちが知るカナの意外な一面にウェンディが驚愕していたが、今はその話をする時ではない。それを察してシャルルが彼に同意を示し、グレイに気をかけられているナツへと視線を戻す。

 

「やっぱり外で何かあったのか?話してみろよ」

 

「そーだ!どこで何してたのか聞かなきゃいけなかったんだ!!」

 

「あー…だから…えーと…」

 

心配そうな表情で尋ねるグレイを押しのけて、ルーシィが再び圧をかけながら彼に聞くと、やっぱり煮え切らない態度でナツが唸る。

 

「あーもう、ホント焦れってぇなお前は!!」

「うひぃ!!」

 

「待ってルーシィ!」

 

そんなナツに再び掴みかかって技をかけようとするルーシィに、ナツの顔がまたこわばる。だが、そんな彼女の行動をシエルが止めた。その声に彼女は彼へと振り向き、不機嫌そうに歪めながら反論した。

 

「何だよ、ってか…さっきから気になってたんだけど…お前やけに親し気っつーか…馴れ馴れしくねーか?…どっかで会ったかよ?」

 

このまま勘違いされたままでいるのは都合が悪い。かと言ってナツではうまく説明することが出来ない。できていたら今頃こんなにややこしくはなっていないから。ここはシエルが、そしてウェンディやシャルルも手伝って説明をする他、思いつかなかった。

 

「その事も含めて話すよ。みんなにも。俺たちの事…そしてここにいるナツの事も…」

 

その話の皮切りに、ルーシィだけでなくほとんどのギルドメンバーが頭に疑問符を浮かべた。どういう意味なのか、ナツと何が関係しているのか。しかし、浮かべなかった一人であるモノクルをつけた青年…エドラスにおける兄は、彼の言葉に真摯に耳を傾ける。

 

「是非お願いします。君たちから聞きたいことも、私にはいろいろありますから…」

 

自分たちを纏めるマスターでさえ、彼らの話を聞こうとしている。それを見せられては、無碍にすることは出来なかった。全員が自分の話を聞いてくれると理解したシエルは話し始めた。自分たちの事を。

 

まず始めに、自分たちは皆エドラスではなく、違う世界から来た人間である事。ここにいるナツもその世界で生まれ育ったナツで、彼らがよく知るナツとは別人であること。今ギルドにいるほとんどの者が、同じ名前と顔の別人として存在していること。この世界に来た理由は、エドラスの王国が発動した魔法によって、自分たちの仲間…アースランドに存在する妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちが、ギルドや街ごと吸収され、魔力にされようとしていること。

 

数少ない生き残りである自分たちが、彼らを助けに行かなければならない。今知っていること全てを、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちに語った。

 

「つーと何か?お前らはアースランドとか言うもう一つの世界から…」

 

「仲間を救う為にこの世界(エドラス)に来たってのか?」

 

「そっちの世界にも妖精の尻尾(フェアリーテイル)があって…」

 

「向こうじゃエルザが味方だって!?」

 

「ざっくり言うとね」

「あい」

 

荒唐無稽な話ではあったが、ひとまずは信じてくれるようだ。エドラスのナツがどのような人物かはシエルたちは知らないが、エドラス側の者たちにとっては、アースランドのナツとは全然印象が違うらしい。似てるのは顔だけだそうだ。

 

「成程…ここエドラスと君たちがいたアースランドは…謂わば並行世界(パラレルワールド)の関係、と言ったところですか」

 

「うん、それについても合ってる」

 

「ふむ…」

 

顎に指をあてながら思案する…自分も普段とっている仕草で考えを口にしながら頭で情報を整理している様子のマスター・ペルセウス。自分が知っている兄はあまりこういう仕草をとらないので、何やら物悲しさを感じる。

 

「この子がそっちの世界の私…!?」

 

「ど、どうも…」

 

「ぷっ!小っちゃくなったなウェンディ!!」

 

一方でウェンディも、正式にエドラスの自分と対面する。向こうから見ればその辺りの男よりも背の高いウェンディが、可愛らしい小柄の少女の姿で存在しているのは新鮮。ナブが吹き出しながら揶揄い気味に言うと、機嫌を損ねたエドウェンディが彼を睨みつける。

 

「では、坊っちゃんは一体どちら様で?」

 

「坊っちゃんって…」

 

「な〜んかどっかで見覚えある気がするんだよな〜…」

 

ナツ、そしてウェンディと来て、残っているシエルが一体誰なのか、気になった様子のマカオが尋ねてきた。目を細めてこちらを見てくる…と言うか睨んでくるルーシィの視線と言葉に気圧されないようにしながらも、少年は自分の名を名乗ろうと口を開く。

 

「シエル…。それが君の名前…ですよね?」

 

だが、それに先んじてペルセウスが穏やかに微笑みながら彼の名を言い当てた。問われたシエルのみならず、ナツたちもそれなりに驚きを示してペルセウスの方を見ている。一瞬呆けはしたが、無意識のうちに首肯して彼に答えると、更に笑みが優し気に変わる。その名を知っている、と言う事はやはり…。

 

 

 

『…シエルゥ!?』

 

そしてギルド内でも、彼の名を聞いた魔導士たちのほぼ全員が驚愕と共に反芻した。「こっちも小っちぇのかよ!?」とか「見覚えあると思ったら!」「言われて見りゃ似てる!」といった声があちこちで聞こえる。その盛り上がりに若干圧倒されながらも、固まっているシエルの代わりと言った様子で、ウェンディがペルセウスに質問する。

 

「やっぱり、シエルもいるんですか?」

 

「ええ、私の弟です。そちらの世界ではどうなんですか?」

 

「そこはオレ達の世界と変わんねぇな」

 

どうやらペルセウスの弟であることは、アースランドでもエドラスでも同じのようだ。考えてみれば、ミラジェーンたち兄弟姉妹(きょうだい)もこっちと同じように血の繋がった家族で順番も同じだ。そしてメンバーの者たちが知っているという事はエドラスのシエルも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なのだろう。

 

「あれが…シエル…」

 

ふと、そんな声が聞こえて視線を移すと、先程まで小さい自分の方に意識を向けていたエドウェンディがシエルに視線を固定し、愕然としたのか口を半開きにして目を見開き、1、2歩程後ずさっていたのが見えた。開けている口元に右手を持っていき、体を震わせているように見えるがどうしたのか?一足先に彼女に意識を向けたシエルがその様子に小首を傾げていると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこか面影はある気がしたけど、やっぱりそうだったんだ…!小さい頃の姿は絵にも残ってないってマスターも言ってたから諦めていたけど、まさか現実で見れるなんて…!小さいシエル、凄く可愛い…!あ、でも可愛いだけじゃなくてどこかカッコよさもあって…あの子も将来シエルみたいになるのかしら…!って、ダメダメ!名前も顔もほとんど同じだけど、あの子は私の知ってるシエルとは違うんだから…!」

 

唐突な豹変。目を輝かせて頬を赤く染め、時折ウットリしながら手を合わせたり、赤くなっている頬にその手を持っていきながら見惚れたり、自分に言い聞かせるように体を左右に捻じってくねらせ振り払ったりと…先程までのクールな印象を持っていた彼女とは思えない恋する乙女のような反応を見せて一向に止まらないエドウェンディを目の当たりにし、シエルの目が点になった。二重の意味で衝撃を受けたらしい。

 

「あ〜、ウェンディのやつま〜たトリップしてるよ…」

「あいつシエルのことになると別人になるもんな…」

「わっかりやすいレベルでシエルのこと好きだよな、ホント…」

「しかも気付いてないのは、当の本人であるシエルだけときた…」

 

そして聞こえてくるのはそんな彼女をよく知っているらしいエドラスのメンバーたちの会話。彼らの話から推測…しなくてもよく分かるが、どうやらエドラスにおける自分は、エドウェンディに相当ベタ惚れされているようだ。大勢の仲間が周りにいながら、彼の事を考えるあまり妄想している程に。

 

と言うか…同じようなパターンを、ついさっきも見たことある。

 

「(俺とウェンディはグレイとジュビアのパターンかよ…)」

 

アースランドではジュビアがグレイに惚れていて、アプローチを仕掛けるも相手にされていなかった。だがエドラスではその二人の立場は完全に逆だ。そしてこのパターンは自分たちにも当てはまる。ウェンディに一目惚れして周りにも気付かれるほどにあからさまな反応をするシエル。だが周りには気付かれているが、当の本人に一切気付かれないという点では、悲しいことに当てはまっているのだ。

 

「シエル…まあ、なんだ」

 

「人生色々だよ」

 

「ここで慰めんな!虚しくなるだろうが!!」

 

それに気付いたらしいナツとハッピーが、ガラにもなく励ましの言葉を投げかける。だがそれが逆に虚しさを倍増させることになっているのだが、多分そこまでは気遣いできないだろう。つーか今更だが…ナツにまで気付かれているほどわかりやすいのか、自分は…。

 

更に悲しいことを付け加えると、遠回しに自分の恋慕がウェンディに気付かれたのでは?と不安になって彼女の反応を見てみたら、大人の姿をした自分の豹変に困惑こそしていたが、照れたような感情が一切見られない。…これ、絶対気付いてないな、とどこか安心しきれない…虚無に似た感情が心の中を侵食した。

 

目から涙が溢れるのを自覚しているシエルに、ナツが左の肩に、ハッピーが右のくるぶしにポンと手を置いたのが、余計に悲しくなった。

 

「大丈夫ですか…?」

 

「うん、大丈夫、気にしないで…」

 

「は、はぁ…」

 

終いには別人とは言え、兄の名と顔をした青年に心配される始末だ。何でこんなに悲しい思いをしなきゃいけないんだ。シエルのメンタルポイントももう0よ。

 

「つか、そっちのシエルは今どこにいんだよ。仕事か?」

 

ふと、ナツが気になっていた事柄を徐に口にした。それを聞いたギルドの者たちは、皆一様に顔を俯かせて落胆を見せている。まさか…と嫌な想像が過ったが、彼の実兄であるマスター・ペルセウスは顔を下に向けながらも、その仔細を答えた。

 

「仕事…と言えば確かに…当たらずも遠からずでしょう。死と隣り合わせの、危険な仕事です」

 

その答えは、アースランドの者たちに更なる衝撃を与える。一歩間違えれば命はないと言いたげなその仕事…いったい彼は今何をしているのか。頭の中で浮かびつつも口に出てこないその問いに、ペルセウスは続けるように説明する。

 

「二年と半年は前からです。シエルは現在、王国所属の専門研究部門・魔科学研と呼ばれる組織のトップにいます」

 

「王国の!?」

「つー事はシエルも敵か!?マジかよ!!」

 

兄が妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターを務めていることから、てっきり弟であるシエルも魔導士なのだと思っていたが、事実は異なっていたらしい。しかも王国の人間…つまり兄が所属するギルドの敵と言う事。だがナツが叫んだ内容に、ペルセウスは首を横に振る。

 

「正確には違います。簡単に言えば、彼は“スパイ”です」

 

「スパイ…?」

 

「王国に潜入して奴らの動きを内部から掴み、人知れずあたしたちに知らせる。マスターが考案し、シエルが自分で志願、実行に移した、王国にバレたら即処刑の超危険任務ってことだ」

 

スパイ。その単語を反芻したウェンディに向けて、ルーシィが続けるように答える。王国側と表向きには見えるが、実際は自分たちの仲間を有利に立たせるための諜報活動と言う事だ。スパイと聞いて琴線に触れたのか、ナツとハッピーの表情がどこかキラキラしてる。

 

「事前に知らされていた目印や、手紙の送り先を何度も変えながら、シエルは私たちに王国の動きを知らせてくれていました。そのおかげで、王国による私たちの被害も、随分と減ったのです」

 

被害が減った…と聞けば喜ばしいことだろうが、それでも完全に被害を無くすにまでは至らなかったらしい。周りの魔導士は、どこか悔しげな表情を浮かべている。だが理由はそれだけではない。ペルセウスが「ですが…」と表情に影を落として続けた言葉にあった。

 

「一年前に最後の手紙が来て以来、シエルとの連絡は一切とれていません。裏切者が出たという噂すら聞かないことから、生きてはいると思うのですが…」

 

最後の手紙…一年前にあった王国の情報を最後に、それからのシエルの連絡は途絶えてしまっているそうだ。いつも文末に次の手紙の届け先を暗号化して記している彼が、最後の手紙は何の捻りもない言葉で「情報を流せるのは、これで最後だ」と書かれていた。そしてそれに対する謝罪の言葉も。

 

「どうして手紙を送れなくなったんでしょう…?」

 

「敵地のど真ん中だから…と言うのもあるだろうけど、立場が上になっていくと、隠れながら情報を流すのに、リスクが大きくなりすぎたからって考えも出来る」

 

ウェンディが抱いていた疑問に、シエルが推測で代わりに返答をすれば、「恐らくは…」と同じ考えらしいペルセウスが首肯する。今や王国の組織の一つを束ねる立場だ。そんな中で諜報を行うにはバレるリスクの方が大きいだろう。

 

「そう言えば、マカガカン…とか何とか言ってなかった?」

「“魔科学研”よ」

「何だそりゃ?」

 

魔科学研…と言う名前の組織のトップに立っていると確かに先程説明された。言い間違えたハッピーの言葉をシャルルが訂正したが、名前自体聞き慣れていないナツが、アースランド側のみんなが抱いたらしい質問を代弁する。それに答えたのは、先程までトリップしたたもののクールさを取り戻したエドウェンディだ。

 

「正式名称は“魔法応用科学研究部”。シエルが王国に潜入した際に、国王からの信頼を得るために設立した研究部門よ。彼はそこの部長として名を連ねている」

 

「魔法応用科学…だから魔科学か…どういうものなの?」

 

「言葉の通り、私たちが普段使っている魔法を様々な手法で組み合わせ、さらに独自の魔法を作り出し、戦力の増強や生活基盤のレベルを上げるもの。妖精の尻尾(ここ)にいる時から、シエルが得意としていた分野よ」

 

エドラスに存在している魔法をさらに強力なものとする為に彼自身が考案、そして研究を続け、開発にも惜しみなく尽力していたという。その特技を生かして、今や王都を中心に王国にもその知識や成果が浸透しつつあるのだという。エドウェンディはギルドにいた時の彼の事もよく覚えていて、その姿を思い出しているのか再び頬を染めている。

 

「はあ~~、エドラスのシエルって頭良いんだなぁ…」

 

「何か、俺がバカだって言い方に聞こえるんだけど…」

 

おおよそ話の理解が追い付いてないらしいナツがぼやく。だが言い方が少々語弊があるのでフォローしておくと、それぞれのシエルはどちらも知力が高いが、畑違い…つまり得意な知識分野が異なる点だ。アースランドのシエルは文系。書物や物語で培った推理力の方が優れていて、観察眼も鋭い。一方でエドラスの方は理系。トライアンドエラーを繰り返して理論を確立し、機械いじりに関しては右に出る者はいないと言ったところだ。暗記力と計算処理能力が優れている。

 

「君の顔を見た時、正直驚きましたよ。幼い頃のシエルにそっくり…むしろ瓜二つですから…」

 

ペルセウスがシエルに向けて告げた言葉を聞いて思い返す。転送魔法陣が起動した時、咄嗟に彼の手を掴んで顔を合わせた際、彼は驚愕していた。今思えば幼い弟と同じ顔をした少年が目の前にいることに困惑した、と言えば納得も行く。そして気付いたのだろう。自分たちにとっては様子の違うナツに、弟と、もう一人の仲間によく似た子供たち。その組み合わせでここに訪れた彼らが、ただのそっくりさんたちではないことに。

 

「シエル…いや、君の事はシエルくんと呼びましょうか。少しお顔を見せていただいてもいいですか?」

 

「う、うん…」

 

二歩ほどこちらに近づきながら問いかけるペルセウスに、少々戸惑いながらもシエルは肯定を返す。そして更に距離を詰めて、右手をシエルの左頬に近づけた。見れば見るほど、幼い頃の弟そのものだと実感する。記憶にある彼と比べるとまだ素直な印象を与える顔立ち。だが目の前にいるシエルを見て、その記憶が鮮明によみがえってきたペルセウスは、愛おしそうに目を細めて見つめている。

 

「本当の事を言うと…潜入計画は、企画した時点で切り捨てていたんです。それを唯一気付いていたシエルが、一番効率的だと…」

 

仲間の命をみすみす捨てに行かせるような危険な計画。頭の中で浮かびはしたものの、ペルセウスはこれを頭の片隅に投げ捨てていた。だが血の繋がった兄弟の事。弟はその兄が考案した計画を聞き出し、自ら実行者として行動することを決めた。その成果は十二分に出ている。だが本音を言えば…。

 

「そんな危険な真似をせず、ただここで…ギルドの一員として、過ごしていて欲しかったんです。もう自分を追い詰める必要はないって…」

 

ペルセウスにとっては血の繋がった家族。ギルドの者たちにとっても大事な仲間。そんな彼が今も、味方のいない危険と隣り合わせの状況下に置かれていることを、本当は誰も望まない。彼が危険を冒すことで生き残れているのを、理解できていても…。

 

懐古の念を感じ、呟くペルセウスの様子を見て、シエルは彼に兄の姿を見た。目の前にいるマスターの兄ではない。王国に仲間共々吸収されたと思われる、己の実兄を。正確には別人だ。口調も佇まいも全く違う、だがその顔と声は同じ。シエルはそれに今もなお囚われているも同然の兄を思い出して、その口を震わせながら…。

 

「に、兄さ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぐっふぉおっ!!!」

 

その名を呼ぼうとした瞬間、突如目の前の青年の口から赤い液体が飛び出し、シエルの顔面に真正面からかかった。はっきりと言葉にするなら、吐血した。

 

『えぇえーーーーッ!!?』

 

至近距離からその血を浴びたシエル以外の、アースランド側の4人がその光景に目をひん剥いて絶叫する。さっきまで普通に話して、何なら数秒前までもらい泣きしそうな光景を見ていたはずなのに、何で急にこんなホラー映像みせられてんの?唯一シエルが何の反応も見せないまま立ち尽くしているが、多分、今のシエル、目が死んでる。

 

「だぁー!?マスターが吐血したぁ!!」

()()()原因は何だ!?」

「きっと小っちぇシエルだ!懐かしくなってそのまま興奮しちまったから!!」

「やべぇ!マスターの顔色みるみる悪くなってる!!」

「ウェンディ!応急処置!今すぐ応急処置をぉ!!」

「は、はい!分かりましたぁ!!」

『いや小っちぇ方(そっち)じゃなくて!!!』

 

ギルド内は大騒然で大混乱。こっちのウェンディも巻き込んで阿鼻叫喚。彼らのやり取りや言葉から察するに、今に始まった事でもないらしい。病弱なのはやり取りからも外見からも話からも分かってはいたのだが、まさか時々とはいえ吐血するほど酷いものだったとは…。

 

「す…すみません…ご迷惑をおかけしました…」

 

「ホントだよ。滅茶苦茶ビビったかんな…」

 

「本当に大丈夫なんですか…?」

 

「ご心配なく…これくらい…大した事でも…ゴフッ…!」

 

「マスター、これ以上喋っちゃダメ!!」

 

テーブル席に腰を掛け、エドウェンディが用意した療養目的の為の魔道具らしい点滴を受けながら、蒼白になった顔を申し訳なさそうに歪めながらシエルたちに謝る。さしものナツも顔を青くし、ウェンディが不安そうな声で彼の身を案じる。それに対して強がっているものの、またも吐血しかけたペルセウスをエドウェンディが無理矢理安静にさせた。

 

「いつもすみません…ウェンディ…」

 

「そう思うなら無理はしないでって、何度も言ってるじゃない…」

 

「(エドラスでも治療はウェンディ専門なのか…)」

 

顔にべったりと血を浴びていたシエルは、貸してもらったタオルでそれを拭いながら思った。味方のサポートに特化した魔法を使うアースランドに影響されているのか、エドラスでもウェンディは治癒治療に秀でているらしい。何だか…苦労してそうだ…。

 

「こんな体でよくマスターなんてやってられるわね…」

 

「私は、代理に過ぎません。先代が王国に捕まり、処刑されたために、暫定で私がその席に座っているだけです…」

 

大惨事を目にして、シャルルが呆れながら呟いた言葉。それにペルセウスは自虐交じりに答えた。先代のマスターであった人物が王国軍に処刑された。その為に正式な引継ぎが行えず、現在ペルセウスがマスター代理としてこのギルドを引っ張っているとのことらしい。所詮は代理。肩書だけのものだと彼は言うが、他の者たちはそれを否定した。

 

「何度も言ってるだろマスター。あたしたちは、もう全員があんたをマスターだって認めてるんだ」

 

「そうです!あなたが我々を導いてくれなければ…!」

 

「今頃、私たちは全滅していたかもしれないんですから…!」

 

ルーシィを始めマカオにワカバ、誰もが彼をマスターと呼び慕っている。今更他にマスターになり得る候補が見つかるとも思えない。それが共通認識だ。ギルドの者たちに発破をかけられ、力ない笑みを浮かべる。

 

「そう言えば、魔導士ギルドって、王国から解散命令が出てるんだっけ…?」

 

「ええ、そうよ」

 

王国に狙われ、危うく全滅に。その話からエドウェンディから聞いていた内容を思い出したシエルは、改めて確認のためにも尋ねた。

 

エドラスでは魔力は有限。言いかえればいずれは無くなるものだ。そうなることを危惧したエドラスの王は、魔法を独占するために全ての魔導士ギルドに解散命令を出した。どのギルドも初めのうちは抵抗したが、王国軍の魔戦部隊を前に、次々と壊滅。残っているのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみ。

 

「向こうのエルザが隊長をやってるとこか…」

 

「君たちは…王都に向かうつもりですよね…。正直に言えば、あまりオススメは出来ません…」

 

仲間をエドラス王に吸収されているという話も聞いていたペルセウスは、恐らく彼らがその仲間を取り返す行動を起こすと予想し、その上で彼らを引き留めようとする。その言葉に、一切譲ることが出来ないナツが先んじて反論した。

 

「それでも行かなきゃならねぇんだ!仲間が待ってる!」

 

「王都にその仲間がいるはずだから、どうしても助けないと…!」

 

「早く助けに行かないとみんなが魔力に…形のないものになっちゃうんです!」

 

続くようにシエル、ウェンディがどうしても仲間の救出の為に行かなければならないことを伝えるが、それを聞いた者たちの表情は暗いまま。

 

「小っちゃい私やシエルには悪いけどさ、やめといた方が身のためよ…。さっきも話した通り、エドラスの王に歯向かった者の命はないわ。シエル…私たちが知ってるシエルだって、本当は凄く危ない橋の上にいるの…」

 

どうあっても国王に対して反抗の意思を見せる彼らに、エドウェンディは苦言を呈す。先程も話した通り、とてつもなく強大な国だ。唯一生き残っているギルドである妖精の尻尾(フェアリーテイル)も無傷だったわけじゃない。先代のマスターも処刑され、解散命令が出る以前の半分の仲間も失っている。

 

「逃げるのが精一杯なんだよ…」

 

「だから近づかねぇ方がいい。元の世界とやらに戻りな」

 

王国の脅威をよく知っている。潜入したシエルからの情報も途絶えてしまった今、戦うどころか逃げることさえ手一杯。そんな彼らだからこそ、囚われた仲間を諦めることを勧める。そうじゃなければ、命を無駄にするだけだから、と。

 

 

 

 

 

「仲間や家族を見殺しにするくらいなら、俺は死ぬことを選ぶよ」

 

決して大きくはないが決死の覚悟を秘めた声とその言葉に、エドラス側の魔導士たちは一瞬どよめくが、すぐさま言葉を失う。怯えるどころか、躊躇いもない。言葉の通り、仲間の身に何かあったとすれば命すら捨てかねないほどの決意。

 

「そうだ、だから教えてくれ!王都までの行き方!オレたちは仲間を助けるんだ、絶対にな!!」

 

ウェンディやシャルルさえ少年の躊躇いの無い覚悟に言葉を失っていた中、ナツのみがそれに同意を示し、彼らに懇願する。最早エドラスの者たちにも、彼らに牽制や注意を促そうとする者はいなかった。

 

「……レビィさん、現在地の情報と、王都までの方角と距離、徒歩での推定時間を教えてあげてください」

 

「ちょ、本気!!?」

 

「マスター…!!」

 

しばらく何も言わなかったペルセウスが、ギルドの位置情報を正確に把握できるレビィに王都までの行き方を伝えるように指示を出す。彼を解放しているエドウェンディも、動揺を露わにしながらその名を零す。

 

「恐らくもう、何を言っても聞きはしないですよ…。ならば、彼らに託してみようと思います。私たちの…そしてシエルの未来も…」

 

マスターであるペルセウスが決定したことに、アースランドから来た者たちはその表情を喜びに染める。エドラス側は完全に納得したわけではなさそうで表情を曇らせていたが、他ならぬマスターの決定を覆すことは出来そうにない。指示通り、レビィは転送魔法陣を扱った機械から、言われた通りの情報を教えるために動いた。

 

 

 

それと同時に、ずっと遠巻きから彼らのやり取りを見ていたリサーナがギルドの裏口の扉から出ていったことに、ナツ以外は誰も気付かなかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

エドラス王都―――。

国を…ひいては世界を束ねる王が住まう、謂わばこのエドラス最大の都市。その王都に存在するとある一室は、匣型の謎の機械が左右それぞれの壁に陳列されており、その数は10を超えている。そこから発せられているのか、空間の中は安定したリズムで電子音が鳴り、それとは別の電子音を鳴らしながら、数人の人間たちが宙に浮かぶいくつものモニターを操作している。

 

その中でも、部屋の最奥にある巨大なモニターと、その下に設置してある大型の機械を操作しながら、王都中の光景と思われる映像に目を通しているのは、水色がかった銀色の短い髪を持った、切れ長の目を強調するメガネと白衣を身につけている青年。

 

「シエル部長、例の作戦の為に必要となる魔法の量産進捗表のご確認を」

 

そんな青年に、紫色の髪をした女性研究員が近づき、自身が操作していたデータが添付されたリストが表示されている魔法陣を見せる。「ああ」とだけ返事をして青年がそのリストを5秒ほど凝視すると、女性研究員に視線を戻しながら答えた。

 

「このペースであれば問題はなさそうだ。有事の際も対応ができる。二日ほど経過を見て、余裕が見られれば生産数を上げることも視野に入れる様に報告してくれ」

 

「分かりました」

 

迅速な確認と的確な指示を受け、女性は再び持ち場へと戻っていく。その際に板のような機械を取り出してどこかに連絡を取り始めた。

 

「すみません、部長!『ヒューズ』様から“例のアレ”…をまたスゲェ強化を施してほしいとの依頼が…」

 

「あいつ…“例のアレ”と言えば通じるから、とか言ってきたんだな…。分かった、明日の午後一から取り掛かるから午前中に持ってくるように伝えてくれ。それと、わざわざヒューズの口癖を律儀に伝える必要はないぞ?」

 

「あ、すみません…気を付けます…」

 

今度は何か連絡を受けた赤茶色の髪の男性研究員から、『ヒューズ』と呼ばれた人物からの依頼を伝えられる。その内容に若干眉間に皺を寄せはしたが、律儀にも請ける様で彼にもその指示を飛ばす。依頼内容とは別に、男性研究員に移ってしまった口癖の矯正も忘れずに。

 

「ぐしゅしゅしゅ、今日も順調のようでしゅな…」

 

すると研究室として使用されている部屋の出入り口から、一人の老人が入室してくる。その老人は随分と小柄であり、顔は随分と老いが回っているのか目の上が垂れており、発している声もかすれた嗄れ声だ。眉毛は妙に長くて、三角形が出来上がるほど尖ってすらいる。

 

彼の名は『バイロ』。王国軍の幕僚長を長年勤めている老人だ。その立場はまさに国のナンバー2と言っていい。現に研究室にいるシエル以外の研究員は彼の姿を見てすぐさま挨拶をしている。

 

「…用件は?」

 

「つれないでしゅなぁ…。あなたの仕事ぶりは確かに陛下も私もお認めになっていましゅが、同じように研究を行う身としては親交を深めて損はないかと考えておりましてね…」

 

独特な笑い方をしながら語り掛けてくるバイロに、明らかに怪訝な視線を向けながら、何も言葉を発そうとはしない。だがその視線を受けてもバイロは気にも留めずまたも笑う。

 

「王国軍魔戦部隊の皆しゃんが、王都に帰還為されました。お顔を見に行かなくてもいいので?」

 

「必要ないだろ。シュガーとは連絡も取った、ヒューズは明日にもここに来る、あとの二人は俺がわざわざ出向いてまでの用件などないだろ。特にあの女と顔でも合わせたら、確実にまた突っかかってくる」

 

「ぐしゅしゅしゅ、相変わらずのようで」

 

表情も声色も特に変わった様子はない。ただただ目の前にあるモニターに目を配り、王都内での異常や欠陥を見落とさないように意識を向けている。そのまま語られたセリフに、またもバイロは不気味に笑った。

 

「まあ何にせよ、もうすぐ待ちに待った運命の日が来るわけです。我々の成果の集大成が、花開く時…」

 

垂れていて開きづらいその目を大きく見開きながら言葉を紡ぐバイロ。運命の日。その単語を胸の内に反芻しながら、青年は眼鏡の奥にある双眸を細めるのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「よぉーし…動くなよ~?とらぁ!」

 

広大な砂漠地帯。その一隅にて、ピンクの体皮に赤い斑模様が入って、背中に二枚のヒレと長い尻尾が存在する不思議なカエルを、何故か捕まえようと追いかけるナツ。それを見ながら呆れている子供二人とネコ二匹。一見するとこの集団の方が不思議だ。ちなみにナツは珍しいからルーシィへのお土産にするとか言っている。絶対喜ばねぇ…。

 

「王都まではまだまだかかるのかな…」

 

「さっき出発したばかりじゃない」

 

「5日は歩くって言ってたよね」

 

エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にて、王都までの方角と道筋、そして時間を教えてもらった一行。そしてそれに従って出発したはいいが、早くもハッピーはくたびれ始めている。移動に最適な手段である(エーラ)乗雲(クラウィド)が使用できる気配がない中、徒歩で移動するしかないみたいだ。

 

「先が思いやられるわね…」

 

「けど、立ち止まってもいられないよ。約束だってしたしね」

 

「そうだね」

 

シャルルが悩ましげに呟いた言葉に、励ましの意味も込めてシエルが奮起し、ウェンディもそれに同意を示す。それはギルドを出発した後、まだギルドが見える位置での事。

 

『待って!!』

 

その声に反応して振り向くと、こちらに追いつくために走ってきた藍色髪の女性が見えた。エドラスのウェンディである。彼女の姿を見て、シエルが顔を赤くしてはいたが、周りは誰もそれに気付かなかった。…視線が顔じゃない別の部分に思わずいっていた事も含めて。

 

『何だ?今更止めてもオレたちは行くぞ』

 

『そうじゃ…ないの…』

 

少しばかり切れた息を整えながら、ナツの言葉に否と答えて、彼女はこう続けた。

 

『もしも王都に行ってシエルに会えたら、伝えてほしいの』

 

それを聞いて、一部が気付いた。彼女が何のために今自分たちを追いかけてきたのかを。

 

『「すぐじゃなくてもいい。私たちはいつまでも待ってる。だから…必ず生きて、ギルドに戻ってきてほしい」って…』

 

王都にいるシエルへの伝言。それは彼への信頼と、無事を祈るためのもの。危険な計画を途中でやめることになっても、無事に戻ってきてほしい。何より彼女が強くそれを願っているからこそ、彼らに託した言葉。それを聞いた彼らの答えは既に決まっていた。

 

『伝えるよ、必ず』

『私たちに任せてください』

『あい!』

『まあ、会えたらね』

『おう!戻る気なさそうだったらぶん殴ってくるぞ!』

 

『な、殴る必要はないわよ!?』

 

快い返事を聞けたことで、その顔に安堵を浮かべるエドウェンディ。だがナツが告げた言葉にだけ、驚愕と共にそこまですることないと意味を込めた言葉を告げる。マスターが言っていたように、託すことにしたのだ。大切な人や仲間たちの未来を…。

 

『お願いね…!』

 

安心したような、嬉しそうな穏やかな笑みを浮かべた彼女を思い出し、未だカエルを追いかけているナツを除いた4人は、更に気を引き締める。

 

「さ、長旅になるけど…絶対にみんなを助け出そう!」

 

「うん!それと、エドラスのシエルの事も!」

 

「オイラも頑張るぞー!」

 

奮起を声に出してやる気を見せる3人。シャルルはそんな彼らを何も告げずに見つめている。その胸中に抱いているものは果たして…。

 

「どわぁーー!!?」

 

すると、唯一会話に加わっていなかったナツが、急に素っ頓狂な悲鳴を上げる。思わず視線を移してみると先程ナツが追いかけていたカエルがそのまま巨大な化したような特大個体に、逆にナツが追われて、こっちに向かってくる光景だった。

 

「何あれデカー!!」

「きゃあああっ!!」

「これさっきもあったパターーン!!」

 

追いかけた拍子にあの特大カエルにぶつかり、追い払おうとはしたが魔法が使えない為結局不発。またも逃げるしかできなくなったらしい。完全に巻き込まれて5人全員が砂漠を全力で疾走する羽目になった。

 

「シエル、ウェンディ!!お前らは魔法使えねーのか!?」

 

「無理だって!使えてたら乗雲(クラウィド)とっくに出してる!!」

 

「私も使えませーん!!」

 

困惑しながら残る二人にも魔法の使用が出来るか聞いたが、やはり例に漏れず二人も使えないようだ。そうこうしている内に「ウゲロー!」と言う鳴き声を発しながら一行を押し潰さんとカエルが跳躍し、迫りくる。それに悲鳴を上げていると、カエルのいる上空に別の人影が見えた。

 

 

 

「どぉ…りゃああっ!!」

 

その人影が何者かを認識するよりも早く、その人物は手に持っている魔力で出来た鞭を振りかぶり、思い切りカエルへとぶつける。効果は絶大だったようで「ウゲローー!?」と悲鳴にも聞こえる鳴き声を発して、そのまま吹っ飛ばされた。

 

「おおっ!!」

 

それにナツが歓声を上げ、カエルを今しがた撃退したその人物は砂地をダイナミックに着地することに成功。その人物は、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属している、この世界に元からいるルーシィだった。

 

「怖いルーシィ!」

「怖いルーシィさん!」

「怖いルーシィ!」

「略して合わせてコワルースリー!」

 

「喧嘩売ってんのかテメェら!特に最後ぉ!!」

 

ナツ、ウェンディ、ハッピー、そしてシエルが順々に彼女を呼ぶが、その呼び方は場合によっては確実に悪意を感じるものであったため、噛みつくように怒りを露わにした。特にシエル。これに関しては意味も分からん。

 

それはそれとして、吹き飛ばされたカエルはさっきの一撃で敵わないと悟ったのか、潔く逃げていった。それを見たルーシィは大したことがない奴だと、吐き捨てる。

 

「ありがとう、おかげで助かったよ」

 

「でも何でアンタが?」

 

さっきの訳が分からない呼び方はさておき、シエルは助けてくれたことに対して礼を告げる。一方で、シャルルはギルドに残っていたはずのルーシィが何でここにいるのか尋ねると、ルーシィは顔を赤くして彼らから目を逸らす。だが逸らした先にいるナツが笑顔を浮かべているのを見て、更に顔を赤くして彼女はもう一度目を逸らした。

 

「こ、この辺りは…お前らには危険だろうし…なんつーか、その…し、心配してるわけじゃねーからなっ!」

 

あれ?何このルーシィ、ツンデレかな?まあ、アースランドの方でも似たような反応をすることがあるにはあったと思うが、ここまで典型的なものは逆に新鮮だ。そんな彼女にナツは近づいて片手をルーシィの肩に持っていくと…。

 

「何だかんだ言ってもやっぱりルーシィだな、お前!」

 

「どんなまとめ方だよ!!」

 

「そーゆーツッコミとか!」

 

何か適当に聞こえるまとめ方をした。と言うかナツ、その言い方だとルーシィのアイデンティティはツッコミしか無いと言ってるように聞こえるが…。確かにルーシィに欠かせない要素、かもしれないけど…。

 

「ルーシィにこの怖いルーシィ見せたいね…!」

 

「どんな顔すんだろうなー?本物は…!」

 

「あたしは偽物(にせもん)かいっ!!」

 

ニヤニヤ顔をしながらこそこそと話をしていたナツとハッピー。しかししっかり聞いていたルーシィによって二人纏めて蹴飛ばされ、さらにナツに限ってはその身体を両腕で持ち上げられて、彼女の肩に背中をかけられて思いっきり反動をつけて反り上げられる。「技の12!『ボキバキブリッジ』!!」と言ってはいるが、言ってしまえばバックブリーカー(背骨折り)である。

 

「やっぱり怖い…!」

 

「これがあと5日も続くのか…」

 

「先が思いやられるわ、全くもう…」

 

思わぬ同行者も加えたエドラスの王都を目指す道中。だがしかし、目の前で繰り広げられるルーシィの拷問技ショーを受けるナツの様子を見ながら、残された3人は真っ暗に幻視する先の事に、不安を抱えるのだった。




おまけ風次回予告

シエル「しかしエドラスのルーシィ、ホント怖いというか、荒っぽいというか…俺たちの知ってる方とは随分違うよな…」

ナツ「そうか?こっちのルーシィも結構怖い気がするぞ?」

シエル「そりゃ、怖くさせるようなことをナツがするからそう思えるんだよ」

ナツ「いやいや、お前だって人の事言えねぇだろ…?むしろお前の方がルーシィを怖くさせてんじゃねーの…?」

次回『希望の鍵』

シエル「そう?面白い反応をしてくれるのは分かるけど、怖いとは違くない?」

ナツ「ああ、確かにそうとも言えるな」

シエル「そんなわけで怖いルーシィにもっと面白いことをしようと思うんだけど、ナツもどう?」

ナツ「お前さてはオレを盾にする気だなぁ!!?」


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第79話 希望の鍵

用事が多発して、もしかして間に合わないんじゃないかと思われた今回。

何とか書ききることに成功しました。まあ、もうちょっと先のところで切りたかったのが本音ですけどこの際仕方ない…。←

でもこのペースと、先の展開を考えると、エドラス編…下手したらニルヴァーナよりも長くなるんじゃ…。ペルとそのヒロインの再会がやたら長引くぅ!!←躊躇ないネタバレ


エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を離れ、一行は王都へ進む。案内役を買って出て追いついてきたエドラスのルーシィも加え、数日の徒歩移動。所々で騒がしくなったりハプニングも起きたりしたが、シエルたちは全員無事に初めての街へとたどり着いた。

 

「ほら着いたよ。見えるか?」

 

先導していたルーシィの声に従って前方を注視すれば、何も見当たらなかった荒野とは違って、屋根が丸みを帯びているものでほぼ統一された建物が密集している区域が眼前に広がっている。アースランドでは見たことのないタイプではあるが、確かに街のようだ。

 

「あの、来てくれて助かりました!」

 

「おかげでスムーズに進めてる気がするよ」

 

ウェンディとシエルがそれぞれルーシィに礼を告げると、性格上の問題か、彼女は照れてそっぽを向く。しかし拒否しているわけではないため、口ごもりながらもこう続ける。

 

「つ、ついてきな!魔法の武器も持たずにこの先旅を続けんのは無理だからな」

 

「ありがとよ!怖いルーシィ!」

「怖いルーシィ!」

 

「いちいち“怖い”とかつけんじゃねぇって!!」

 

素直とは言えない反応ながらも面倒見が良さそうな彼女の言葉。だがそれに、彼女にとっては悪意を感じる呼び方を懲りずに呼ぶナツとハッピーに、当然ながら彼女の怒りの声が響いた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

街の名前は『ルーエン』。花や植物の名前で統一されているアースランドのフィオーレ王国とは、また別の名付けられ方がされていることからも、改めてここが別の世界であることを主張している。

 

この街も例外なく、少し前までは王都を始めとした街と同様、魔法が普通に売買されていた。しかし王国のギルド狩りがあり、魔法の売買は禁止された。街の中にも、魔法を売っていたと思われる店が、今は封鎖され、長い間放置されていることが目に見えてわかる。今となっては所持しているだけで罪になるようだ。

 

「つーか、所持してるだけで罪って…」

 

「自分たちは独占してる癖に、横暴だよな…」

 

王国軍のみが魔法を使えるにも関わらず、他の一般人や魔導士たちに関しては魔法の所持を罪として定める。間違いなく独裁と断言できるその政治を行った王国に、未だ全貌が見えないながらも嫌悪を抱く。もっとも、仲間を勝手に魔力として奪われた時点で、いいイメージなど湧くこともなさそうだが。

 

「元から使える人はどうなるんですか?」

 

ルーシィの話を聞いて、ウェンディが気になった点を尋ねてみる。アースランドのルーシィやペルセウス、エルザが使う所有(ホルダー)系の魔法なら、その魔法を扱うアイテムが無ければ所持しているとは言えない。だがしかし、自分たちのような能力(アビリティ)系は元々道具いらず。この身一つで使用できる魔法だ。それはつまり、この世に存在しているだけで罪そのものと判定されてしまうものだが、弁明の余地なく処断されてしまうのだろうか。

 

「え?どうって…魔法を手放せばいいだけだろ…?つーか、『魔法を元から使える人』って、何だよそれ…?」

 

だがルーシィから帰ってきた答えは、質問の意図が伝わっていないようなものだった。帰ってきた言葉の中には、魔法は手放すことが出来るものであり、自分たちが知っている魔法が最初から使える者のことを、知らないと言いたげだ。質問をしたウェンディ、そしてナツも彼女のその返答に首を傾げるが、何かに気付いた様子のシエルが、ルーシィにもう一つ質問する。

 

「ねえ、ルーシィがカエルを追っ払った時に使ってたあの鞭って、魔法なの?」

 

「そうだけど…何で一々わかり切ったことを聞くんだよ…?」

 

特大サイズのカエルに襲われたところを助けてくれたときに使用した伸縮する鞭。魔力を帯びていたことから魔法アイテムの一種だとは思っていたのだが、ルーシィにとっては、彼女が愛用しているこの鞭自体が魔法と言う認識…正確に言えば、エドラスに住む者にとっての魔法の認識と言ったところか。これでシエルの推測は確信に変わった。

 

「なるほど…アースランドとエドラスでは、魔法の認識も違うのか…」

 

「どーゆー事?」

 

「私たちの知ってるものと違って、エドラス(こっち)の“魔法”は“物”みたいな感じって事…そうよね?」

 

ハッピーはシエルの言葉の意図が分からず首を傾げたが、彼と同じ確信を得た様子のシャルルがそれに続くように答える。確認をしてみれば、シエルもシャルルに向けて首肯する。

 

エドラスでは魔力が有限。それはつまり、アースランドの人間とは異なり、エドラスには体内に魔力を宿している者が一切いないという事だ。魔力を持っているのは魔水晶(ラクリマ)などの物質。それを武器や生活用品に組み合わせることで魔法の道具を造る。アースランドにおいては魔道具と呼ばれているものも、エドラスではそれらもすべて含めて“魔法”と総称されているそうだ。

 

「こっちの魔導士って、魔法の道具使うだけなのか?」

 

「少なくとも、エドラスの魔導士にとって、一般的な常識だと思う。例外がないとは言い切れないけど…」

 

エドラス側にとっては、魔力が宿った武器や道具が魔法そのもの。魔導士はそれを駆使する者。これまでのエドラス側にいた者たちの会話や説明からはそう予想されるが、確証はない。王国にはもしかすると、アースランドの魔導士のような魔法を使う者もいないと言い切れない。

 

そんな話をしていると、先導していたルーシィが、路地裏の影に隠れるように存在していた、地下へと続く階段の前に到着し、シエルたちに呼びかける。

 

「着いたよ。この地下に魔法の闇市がある。旅をするには必要だからね」

 

「闇市…」

 

王国が魔法の売買を禁止している為、隠れて魔法を売っている店も、勿論違法だ。だからこそ闇市と括られているのだが、ウェンディはその響きに少し顔を青くしている。その一方で…。

 

「しょーがねぇ!こっちのルールにのっとって魔法使うか!」

「あい!」

 

「郷に入っては郷に従え、って言うしね」

 

「順応…早いわね…」

 

男子陣は臆することなくルーシィの後に続くように、闇市へと続く階段を下りていこうとする。何の抵抗の素振りもない男たちに、シャルルは呆れを通り越して感心すら覚えた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「お~~!何か怪しいものがいっぱい並んでる…!」

 

「って言うかこの店、何かかび臭いわね…」

 

王国に見つからないように、目立たずに経営している店だけあって、中は薄暗く、陳列されている魔法らしき商品は、見慣れない上に個人的主観で見ると怪しいものが多い。中には魔力が入っているとは思えない骨董品も置かれているが、相当古いのか傷が入っていたりもしている。

 

「ぅおっほほほ~!そりゃなんてったって、歴史深い骨董品が多いですからなぁ~!カビとか、傷とか、ニオイとかは、所謂“味”と言うやつですよ、お客さん!」

 

「傷は分かるけど…カビやニオイは価値としてどうなんだ…?」

 

鼻にかけるだけの小さい眼鏡をした、店の印象とは違って随分明るくフランクな店主が、文句を呟いていたシャルルに声高らかに説明する。だがシエルが言った通り、カビやニオイがあるのは商品として良いのかどうか判断しかねる。ニオイはまだ…古さを思わせる、時代の流れを彷彿とさせるものであれば一部からの人気はあるだろう。だがカビはどう転んでも価値を下げてる気がする。

 

「“味”なんてどーでもいいんだよ。大事なのは使えるかどうか。結構パチモンも多いから、買う時はよく点検しな」

 

そして古き良き文化と言うのも、ルーシィにとっては二の次らしい。実用性第一な様子にシエルも自分で棚の中を見ながら周っているが、どんな魔法なのかを判別するのも難しい。

 

「こちらなんかいかがでしょう?エドラス魔法『封炎剣』!」

 

「ショボい炎だけど無いよりはマシか…」

 

ナツが選んだのは赤やオレンジの色合いで作られた、機械仕掛けの刃のない剣のようなもの。持ち手についているスイッチを押せば、刃の部分が炎となって放出する仕組み。『封炎剣』と言うらしい。

 

「これは『空烈砲』と言いましてなぁ…外見はただのカワイイ子箱ですが…!」

 

「わぁ!風の魔法だ!何かロマンチック…!」

 

ウェンディが選んだのは水色の出っ張りが両端についた、銀色の筒型の小箱のようなもの。小さくてカワイイという理由で選んだためシャルルから苦言を呈されたが、小箱を捻って真ん中から分断するように開けると、周囲に緩やかな風が起こり始める。名を『空烈砲』と言う。

 

ナツもウェンディもあっさりと決まってしまい、残るはシエルのみ。しかし棚を物色してもどの魔法がいいのか、やはり判断するのは難しい。ここは戦いで使えそうな特徴の魔法を店主に聞いてみることが最善手だろう。

 

「あのぉ…広範囲に攻撃できるものってありません?」

 

「広範囲、となればそうですね…こちらなどいかがでしょう?」

 

シエルのリクエストを聞いた店主が、ある棚から一つの魔法を取り出す。形は片方がコマのような、そこから細いもう片方に長い筒のようなものが取り付けられた形をしたもの。細い筒側の先端から紐のようなものが出ており、それを引っ張って使うのは想像がつく。

 

「ただのオシャレな形をした筒に見えますが、これは『電網砲』と言って、主に野生動物を狩る際に用いられるものです!」

 

「電…ってことは、雷属性?」

 

「はい!」

 

名前と説明から察するに、凶暴性の高いイノシシなどを狩る際、付けられている紐を引くことで、広い方の筒側から雷でできた網が放出。捕らえると同時に対象を感電させ無力化させるためのものだと言う。

 

戦いにおいても有効そうだ。そう判断したシエルは決めた。

 

「そんじゃ、俺はこれにしようかな」

 

「お客様、お目が高い!!」

 

一番時間がかかったがシエルもこれで決定だ。元より戦闘力がなかったハッピーたちの分を除いて、全員分揃ったことになる。

 

「よし!この三つをくれ!」

 

「はい!ありがとうございます!三つでしめて30000になりますが、おおまけにまけて27000あたりでどうでしょう?」

 

「あぁ…高ぇな…」

 

「なにぶん品物も少なくて貴重なので…」

 

そりゃあ魔法の売買が禁止されている中、入荷も望みが薄いし、買おうとする客も少ない。そんな中で生活するには、これでも限界なのだろう。そう考えるとこれ以上まけてもらうのは厳しい。

 

が、それ以前の問題があったことを、ルーシィが聞くまで、全員気付けなかったことが発覚する。

 

「つーか大事な事忘れてたけど…お前ら金は?」

 

『あ』

 

子供二人とネコ二匹が思わず声にあげて気付く。そう言えば…。そもそもエドラスではアースランドの通貨は使えるのだろうか?文化の違いがあるなら金銭の違いもある…ってことなら、持っていたとしても無意味だ。念のためにルーシィに確認して貰おうと、シエルは財布を取りだそうとする。

 

「えーっと確か財布…あっ!!」

 

だが、取り出そうと手を動かしたその時、彼はフラッシュバックのように思い出した。財布を入れていたのは外出の時に持ってくる荷物入れ。その荷物入れはアニマが発動する前、ギルドに置いてきた。そしてギルドごと人も物もアニマに吸い込まれた。

 

…つまり、今シエルは財布を持っていない無一文である。

 

「財布も荷物も全部アニマにとられたんだった…!ちくしょう、王国この野郎…!!」

 

「何で今頃になるまで気付かなかったんだろ…?」

 

「て言うか…王国への怒りの理由それでいいの、アンタ…?」

 

その場で膝をつき、床に右腕を悔し気に叩きつけながら怒り嘆くシエルの様子を、ハッピーとシャルルを始めとして、全員がポカンと呆けながら見ている。財布や荷物どころか仲間もほぼみんなとられてるんですがそれは…。

 

「ちなみにナツは?」

 

「ナッハハハハ!そんなん持ってるわけねーだろ!」

 

「笑いごとかぁ!!」

 

何とか気を取り直して顔だけ上げながらナツに尋ねてみると、本人は何故か堂々と笑いながら宣言する。よく無一文の状態で「魔法くれ」とか言えたよ…。

 

「私も…ポケットにビスケットしか…」

 

「むしろ何でビスケットが…?」

 

そしてウェンディは財布じゃなくて、何故かビスケットが入っていたらしい。おやつ用だったのだろうか?昔からよく耳にするあの童謡が頭の中に何故か流れてくる。一瞬彼女に和みかけたが、シエルはすぐさま疑問を口にした。

 

何はともあれ、アースランドの魔導士は揃いも揃って無一文と言う事だ。まあ、エドラスの通貨がアースランドと違った場合は、どのみち状況が変わらないし、しょうがないとも言える。とはいえ、このままでは魔法どころか、どの店のどの商品も買うことが出来やしない。

 

「よし、ルーシィ、払っといてくれ!」

 

「おいおい!」

 

とか色々と考えていたら、ナツが満面の笑みでとんでもないことを言い出した。自分のものでもないのにルーシィに全額負担させる気かよ。それも怒らせれば拷問技を仕掛けてくるようなルーシィにそんなことを言えば、また確実に技を決められるだろうに…。

 

と少しハラハラしながら考えていたシエルの推測は、意外にも外れた。

 

「……まあいい!ここはあたしが奢ってやるよ!!」

 

「え、本当にいいの!?」

 

何故か若干顔を赤くしながら、ルーシィはナツの言葉に応えた。とても意外だ。自分が同じ立場なら一度しばくと言うのに。どんな心境からそう決めたのだろう…。シエルが聞き間違いしたのかと確認をとってみると、腕を組んで目を閉じながら、「おう!」と堂々と返事する。本気のようだ。こちらとしては助かるが、疑問は残ったままだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ちなみにその後ルーシィが払うと聞いた店主は、彼女からはお題をいただくわけにはいかないと、魔法を無料で譲ってくれた。何でも以前、王国軍にガサ入れされそうになった時に、助けてもらった恩があるとか。

 

少々申し訳なさを感じたが、厚意を受け取らないのも失礼と言う事でありがたくいただいた。勿論お礼は忘れずに。そして広いところに戻ってきた一同は、先程のルーシィに関しての話題で盛り上がっていた。

 

「あっちのルーシィと違って、怖いルーシィは頼りになるね!」

 

「だから怖いをつけるなって!」

 

「しかも、こっちじゃ結構“顔”って感じだもんな!」

 

「おかげでずっと世話になってるよ!」

 

「ホント助かりました!」

 

正直彼女がいなかったら、まともにこのエドラスでの身の振り方も分からずじまいだったろう。魔法も使えない今では余計に。この世界に来てから、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に会えたことは一番の幸運と言える。全員が彼女に感謝を表した。

 

「ところでさ…」

 

そんな彼女はと言うと、実は密かに気になっていた事について、シエルたちに聞いてみることにした。その気になっていた事と言うのは…。

 

「『アースランド(あっち)のルーシィ』ってヤツの話に、興味があるんだけど…」

 

向こうの世界のルーシィ(自分)の事についてだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ぷっはははは!あーっはっはっはは!!あははははは!あ、あたしが小説書いてんの!?ひー-っ!そんで、お嬢様で…鍵の魔法使って…!あーはっはっはっは!!」

 

街の中に存在するオープンカフェの中で、アースランドのルーシィについて、エドラスのルーシィは話を聞いていた。出てくる情報の一つ一つが、自分と一切結びつかないもので、たまらずルーシィはギャップがありすぎて逆にツボにはまって大笑い。机をバンバンと叩きながら笑い続けていた。

 

主に話を出していたシエルがそんな彼女の様子を呆然と眺めていたが、ナツが「やかましいトコはそっくりだな!」と笑顔で言うと、途端に笑いが引っ込んで「やかましい言うな!」とツッコミを返す。確かに根本は似てる気がする。

 

「そう言えばあっちのルーシィ、小説どれくらい書いたんだろ?まだちょっとしか読めてないんだよなぁ…」

 

「ん?ああ、何かデケェ封筒三つくらいはあったぞ?」

 

「え、まさか読んだの!?」

 

小説を書いているという話で思い出したシエルが呟いた言葉に、まさかのナツから答えが返ってきた。最初にルーシィの家に泊まりに行って以来彼女の書いている小説に目を通せていないのだが、何故ナツが細かい分量まで知っているのか。どうやらルーシィの部屋を勝手に物色している際に、机の棚の中に大事に取っておいてるものを見つけたらしい。それも最近。

…ルーシィ、色々とご愁傷様…。

 

「…なあ…あっちのあたしって、ナツ(こいつ)とどーゆー関係…?」

 

「どぅえきとぅえるぅって言いたいけど…実際はナツが無遠慮なだけ…」

 

一切気にすることなく部屋に勝手に入っているというナツの言葉に、笑いもすっかり引っ込んで真剣な表情をしたルーシィがシエルに耳打ちで聞いてきた。そんな彼はからかい半分で答えようとも思ったが、それにしては度が過ぎてると感じたために、ちょっとだけぼかした。

 

「さっき買ったコレ…どう使うんだっけ…?」

 

「バカ!人前で魔法を見せるな!!」

 

ウェンディが会話に参加せずに、さっきの闇市で買った(貰った)空烈砲をいじりながら呟いていると、気付いたルーシィはすかさず隠すように注意する。今現在、世界中で魔法が禁止されているため、周りの誰かに見られては不都合が生じる。ウェンディは注意された瞬間、すぐさま机の下に隠して見えないようにし、謝罪を口にした。

 

「でも、元々魔法は生活の一部だったんでしょ?」

 

「そうだよ…。王国の奴等、あたしたちから文化を一つ奪ったんだ。自分たちだけで独占するために…」

 

シャルルの質問に答えた通り、エドラスは王国だけでなく、かつてはどの街のどんな人も、その恩恵をあずかっていた。だが、減っていく魔力に恐れ、自分たちだけがその恩恵をあやかるために、自分たち以外の魔法の使用を禁止した。それに対抗しているのが、残る唯一の魔導士ギルドである妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ。

 

「じゃあ王国の奴等やっつければ、また世界に魔法が戻ってくるかもな!!」

 

ナツが言いきったその言葉に、ルーシィは思わず言葉を失った。今彼が言ったことの内容が、理解できないといった様子で。

 

「まあ結論から言えばそうなるね」

 

「なっ!何バカな事言ってんだよ!!王国軍となんか戦える訳ねーだろ!!」

 

それに同意したシエルも含めて、ルーシィはテーブル席から勢いよく立ち上がって思わず叫ぶ。こいつらは何を言ってるんだ。何人も仲間を奪った強大な王国を倒すことなど、できるわけがないはずなのに。

 

「だったら何でついて来たんだ?」

 

「それは…王都までの道を教えてやろーと…戦うつもりなんか無かったんだ…!」

 

あくまで自分は案内するだけ。少しずつ尻すぼみながら言葉を続けたルーシィは、きまずげに目を逸らす。だが、ナツから帰ってきたのは、あまりにも楽天的な言葉。

 

「そっか!ありがとな!」

 

笑みを浮かべながらストレートに礼を告げるナツに、ルーシィは再び言葉を失い、またも顔を赤くして目を背ける。どうも彼女は、真っすぐな言葉には弱いらしい。王国軍という強大な敵に、怖れも抱かず真っ向から対抗しようとする姿勢も、眩しく見えているのかもしれない。

 

 

 

 

「いたぞ!街の出入り口を封鎖しろ!!」

 

すると、オープンカフェの中に、目以外を覆い隠す兜と、軽装の鎧に身を包み長槍を持った集団が押しかけてきた。王国軍だ。それをルーシィが告げると、場は一気に緊張感が走り出す。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だな!?」

「そこを動くな!!」

 

「もうバレたの!?」

 

王都からまだ距離が大きく離れている街の中とは思えない兵士の数に、驚きを露わにしながらもシエルたちは一気に警戒を強める。その一方で、王国軍の兵士たちは一網打尽にしようと一気にこちらへと攻め込んできた。

 

「よーし!早速さっき手に入れた魔法で!!」

 

ナツが自信満々の笑みを浮かべながら先程買った封炎剣を右手に構える。しかしそれを見たルーシィが「よせ!!」と制止するが、彼はそれを聞かずに一気に発動する。

 

「行くぞー!!ファイアー!!」

 

切っ先の方向を前方に構え、最大出力で炎を発射する。店の中で見た時よりも出力が大幅に上がった炎が、兵士たちに迫っていく。しかし…。

 

「『反射板』!構え!!」

 

隊長格と思われる一人の兵士の声に従い、5、6人の兵士が左手の小手につけられた宝珠型の魔水晶(ラクリマ)を前に突き出し、魔力で出来た盾が出現する。隙間なく展開された盾にその炎が当たると、一瞬吸収したかと思えばすぐさまその盾から威力が倍増した炎が、ナツの方へと返ってくる。

 

「は?えー--っ!!?」

 

高笑いをしていたナツは目の前の光景を前に思わず呆け、返ってくる炎に思いっきり巻き込まれる。炎に呑みこまれたナツの姿を見てルーシィが目を見開いて彼の名を呼ぶ。あれほどの熱量の炎を真正面から浴びて、無事でいられるわけがない。

 

 

 

 

「ぷはぁ!!ビックリした!何が起きた!?」

 

「はー-っ!!?こっちが何が起きたぁ!!?」

 

だがルーシィの予想とは正反対で、まるで炎に呑まれてなんかいなかったと言わんばかりの状態で、ナツが盾を展開している兵士たちを見て目を見開いている。だがルーシィにとってはそっちよりナツの方が目を見開くほどの衝撃だった。確かに今規模のでかい炎に巻き込まれたはず。だがその炎がナツの口の中に収束していったかと思えば、五体満足で火傷一つしていないナツが、焦った表情で立っていた。何が起きたはこっちのセリフである。

 

「な、何だ!?今あいつ…!」

「火を…食ってなかったか…!?」

 

しかし虚を突かれたのは幸いにも向こうも同じ。火を食ってその身に入れたことに対する衝撃が、兵士たちの行動を鈍らせたようだ。思わず前方にいる兵士たちが構えていた盾を解除してしまうほどに。

 

「今だ!喰らえ、電網砲!!」

 

その隙を突いて盾を解除してしまった兵士たちに向けて、ネットランチャーの形をした魔法を構え、紐を少しばかり強めに引っ張る。すると、電撃で作られた蜘蛛の糸のような形のネットが飛び出し、前方の兵士たちを感電させながら動きを封じる。ついでに動けなくなった前方側の兵士が邪魔で、後方側もこちらに近づけない状態だ。

 

「よし、今のうちに逃げよう!」

 

「その前にナツの奴どーなってんだ!?火を食ったよな!?何で無事でいられるんだ!?」

 

「俺も気になることはあるけど、話はここを切り抜けてから…!!」

 

すぐさま兵士から…いやこの街から出ようとルーシィに呼びかけるも、ナツに関する衝撃が大きすぎて状況が把握できていないらしい。シエルも王国の兵士が使った盾に関して疑問があるが、諸々の話は今の窮地を脱してからに限る。そう判断して行動に移そうとしたが、突如スポンと言う音が耳に入った直後、自分たちを取り囲むように竜巻が発生。一瞬で上空に打ち上げられた。

 

「何事だぁ~~!!?」

「これ空烈砲だー!!」

「何したウェンディー!!」

「ごめんなさ~い!!」

 

どうやら上手く扱えないまま空烈砲を使用しようとしたあまり、ナツと同じように最大出力を出してしまったらしい。それが竜巻を起こすほどの突風となって周囲を包み込み、彼らはそのまま上空をかけて、街の中にある一つの建物目掛けて墜落した。

 

「あの先だ!何としても捕えろ!」

「はっ!」

「他の奴等も逃がすな!特に()()()はまたとない好機だぞ!!」

 

彼らが墜落し行った先へと駆け付けながら、隊長格の男は指示を飛ばしていく。

 

 

一方でとある空き家の一つ屋根から墜落し、一時的にまくことが出来たシエルたち。しかし、周辺に王国兵が駆けまわっている為、動こうにも動けなくなっている。このままでは街を出られないだろう。

 

「なぁ、本当に大丈夫なのか、ナツは?」

 

「ん?ああ、火なら普段もよく食ってるし」

 

「お前…本当は人間じゃない何かなのか…?」

 

衝撃を受けていたナツに関する光景をルーシィが尋ねてみると、あっけらかんと答えてしまう事で、別の意味で心配になってくる。ちゃんとした説明が必要だと思い、シエルが変わりに簡単な説明をした。アースランドの魔法の一つであり、体から炎を発することが出来るうえ、炎を食べることが出来るようになるものだと。「言ってる意味がさっぱり分かんねえ…」とぼやいていたが、これ以外の説明が思いつかないため、ひとまず置いておくことに。

 

「しかし兵士でさえあんな魔法が一人一人使えるのか…。敵の魔法を跳ね返せるなんて…」

 

「ああ…『反射板』のことか。あれ、シエルの発明だよ」

 

「俺!?」

 

ルーシィの口から明かされたまさかの名前に、ギョッとした表情でシエルが叫んだ。シエル…エドラスの方で、魔科学研にいるスパイのシエルと言う事だろう。国王からの信頼の為に兵士全員に支給されている反射機能が入った盾。それが『反射板』だそうだ。他にもエドラスのシエルが開発して、兵士や隊長などに普及されている戦闘特化の発明は数多くあるらしい。

 

「なんつーめんどくせー事してくれてんだよ、エドラス(こっち)の俺…!!」

 

「一応、どんなものを開発して軍事利用するとかも、あたしたちに連絡はしてくれてたんだけどな…」

 

そりゃあエドラス妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは彼の開発した魔法をよく知っているんだろうが、こちとらエドラスの一般的な魔法もよく分かっていないのだ。そんな立場からすればめんどくさいことこの上ない。

 

「ところでよぉ…オレの魔法、何か出なくなったんだけど…」

 

すると今度は、手に持っている封炎剣が、スイッチを押しても炎が出ないまま煙が噴出しているだけの様子を見て、ナツが困惑していた。

 

「ここじゃ魔力は有限だって言ったろ?全部の魔法に使用回数が決まってるんだ」

 

「これ一回だけか!?」

 

「出力を考えたら100回くらいは使えたんだよ」

 

魔法の中に備わっている魔力の量が威力を左右する。使う魔力が多ければ多いほど威力が上がるため、何の考えもなしに最大威力を放出したことが、今回のナツの失敗のようだ。ちなみに意図はなかったとはいえ、ウェンディの空烈砲もそうだろう。ご利用は計画的に、というやつか。

 

「不便だなァ、こっちの魔法…」

「ですね…」

「俺も使う時は気を付けないと…」

 

アースランドの時とは勝手の違う魔法に、三人は四苦八苦だ。ナツが思いっきり使い切る様子を見なかったら、正直シエルも最大威力を放出してすぐに魔力を切らしていたかもしれない。そう考えるとあの失敗は有益のものだったと言える。

 

「しかし、どうすっかな…。街の出入り口も封鎖されてるっつってたし…」

 

「別の出入り口は?」

 

「難しいな…」

 

シャルルが王国軍も把握できない出入り口がないか尋ねるが、恐らく全て漏れなく封鎖されていると考えるべきという意見だ。まだ王都までの距離も長いのに、ここで捕まってしまうのだろうか…?

 

「いたぞ!妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ!!」

『ギクッ!!!』

 

すぐ外の方から一人の兵士の声が聞こえた瞬間、全員が背筋を伸ばす。気付かれてしまった。すぐさま身構えるが、次に聞こえてきたのは、思っていたものとは違うものだった。

 

「放してよ!!」

 

「…ん?」

 

聞き覚えのあるその少女の声に、ほぼ全員が首を傾げ、戸口を少し開いて外の様子を覗き見てみる。そこには、数人の兵士に取り押さえられている一人の少女の姿があった。だがその少女とは…。

 

 

 

「こっちに来い!」

「お前は“ルーシィ”だな!!」

 

「確かに“ルーシィ”だけど!何なの一体!?」

 

金色の髪をサイドテールにしていて、スカートには何本もの鍵が入ったホルダーと、護身用の鞭を付けている、“ルーシィ”と呼ばれている少女。

 

「ルーシィ!?」

「あたし!?」

 

ナツやシエルがよく知る、アースランドのルーシィだった。今こっちにいるエドラスのルーシィも、自分と瓜二つの少女の姿を目にして、ナツたち同様に目を見開いている。アニマに吸い込まれたはずのアースランドのルーシィが、何故ここにいるのか。混乱はしているが、強く取り押さえられて痛がっている彼女を、放っておくわけにはいかない。

 

「助けねーと!!」

 

「オイ!」

 

自分の魔法が使えずともルーシィを助け出さなければ。その一心でナツは隠れている空き家から飛び出して、兵士たちの元へと駆け出していく。エドラスのルーシィ…エドルーシィがそれに待ったをかけるが、彼はそれで止まる気はしない。

 

一方で兵士に訳も分からないまま取り押さえられているルーシィは、何とか抵抗してホルダーから一本の金の鍵を取り出して構える。

 

「開け、天蝎宮の扉!!」

 

「ルーシィ、ダメだ!ここじゃ魔法は使えないんだよ!!」

 

何も知らないまま魔法を使用するルーシィに、シエルも思わず駆け出しながら彼女に呼びかける。ナツ一人じゃ難しくても、二人がかりなら…とピンチになっているルーシィを助けるために近づいていく。

 

「スコーピオン!!」

 

しかしその声も届かず、ルーシィはその口上を言いきってしまう。そしてそれに()()()手に持っているサソリの鋏を模した金の鍵が同じ色の光を放ち、彼女の近くにその星霊は現れた。

 

「ウィーアー!!『サンドバスター』!!」

 

紅白に分かれた色の髪をした褐色肌の男性の姿をした天蝎宮の星霊・スコーピオン。彼は腰から生やしたサソリの尻尾を模した鉄製のバズーカから、ルーシィを抑えている兵士たちに向けて砂嵐を発射する。

 

普段通りに発動されたルーシィの魔法を見て、シエルたちが呆然としている中、スコーピオンが発した砂嵐によって、兵士たちは何も出来ないまま吹き飛んでいく。ルーシィを取り押さえていた兵士は勿論、その兵士の声を聞いて駆け付けた他の兵士たちもまとめて。

 

「魔法…!?」

「発動した…!」

「何で…!?」

 

「こ、これは…!!」

 

自分たちが使えなくなっていた魔法をルーシィが発動できたことに、そしてエドルーシィにとっては夢にも見た事ない光景を目の当たりにし、絶句している。そしてその光景を生み出した星霊・スコーピオンは「これからアクエリアスとデートなんで」と言い残し、星霊界に帰って行った。

 

「ルーシィ…」

 

「!!みんな!!…会いたかったぁ~~っ!!」

 

ナツの声に気付き、こちらへ振り向いてナツたちの姿を確認した瞬間、涙を浮かべながら笑顔でこちらに駆け寄ってくるルーシィ。再会を喜んでいるのは目に見えてわかるが、こちらにとっては、衝撃と困惑の方が大きかった。エドラスで自分たちの魔法は使えないと思いきや、違和感なく使える者が出てきたのだから…。

 

そして両手を振って喜び、こちらに駆け寄ってきていたルーシィは、見覚えのある面々の中に衝撃的な人物が混じっていることに気付く。

 

「あたしー--っ!!?」

 

アースランド、エドラス、二つの世界のそれぞれで生まれたルーシィが、初の邂逅を果たした。




おまけ風次回予告

シエル「まさかルーシィが魔水晶(ラクリマ)じゃなくて本人の姿でエドラスに来てるなんて…」

ハッピー「しかもオイラたちと違って魔法も使えるしね。一体どーなってるんだろ…?」

シエル「とにかく、今の俺たちの中で一番戦力として数えられるのはルーシィだし、頼りにさせてもらわなきゃ」

ハッピー「でも…きっとルーシィの事だし調子に乗ると思うよ…?」

次回『ダブルーシィ』

シエル「それはそれでいいんだよ。煽てて気分を良くしてあげれば、やる気一杯!大いに頑張ってくれるからさ!」

ハッピー「シエル…『しばらくルーシィに全部丸投げしよう』って顔に書いてあるように見えるの、気のせい…?」


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第80話 ダブルーシィ

ようやく書き終わりました…。その割にはあんま長くないです、ごめんなさい…。
上手い事筆が乗らなかった…。

それはそうと、今週は天気が色んな意味で大変でしたね…。おかげで車の運転に細心の注意を払う必要が…怖い怖い…。

無際限吹雪(エターナルフォースブリザード)!この魔法を発動した周辺地域の交通は死ぬ!!みたいな感じでした。シエルが使いそうだ…。(笑)

シエル「勝手に決めんな。と言うか何だ、その言い回し…」

え?シエルぐらいの年齢の少年少女が好きそうなセリフでしょ?

シエル「よく分かんないよ。そんな“大半の若者たちが封じ込めた忌まわしき漆黒に染まりし記憶(パンドラ)の箱”を刺激しそうなセリフ」

…君さては絶賛発症中だろ?


喜びを表して駆け出してきた、アースランドにいたはずのルーシィ。そんな彼女は、探し求めていたナツたちの傍にいた、自分そっくりの…もとい自分とまるっきり同じと言っても過言ではない少女の姿を見て衝撃を受けていた。

 

そしてそれは、エドラスに元からいる、ナツたちと共にいたルーシィも同様である。

 

「まさかこいつがアースランドの…」

 

「これが…エドラスのあたし…!?」

 

驚いているのは彼女たちだけではない。行動を共にしているシエルたちも同様だ。改めて見ると瓜二つと言える彼女たちもそうだが、アースランドのルーシィが何故ここにいて、魔法を使えるのか、その疑問の答えも分かっていない。

 

「いたぞ!あそこだ!」

 

だが王国軍は騒ぎを聞きつけたらしく、更なる援軍が彼らの前に現れ、囲んでくる。気になること、話しておくことは多々あるが、まずはこの場を切り抜けることが先決だろう。

 

「ナツ、早くやっつけて!!」

 

「どうやって?」

 

「あんたの魔法で!決まってんでしょ?」

 

こちらの事情を一切知らないルーシィは、こちらに迫ってくる王国軍の兵士たちに向けて指をさし、彼らを撃退するように告げる。しかしそれが出来ないことを知っているナツは、腕を組んで少々憮然としながら彼女に言うと、ルーシィは当然のような疑問を表す。

 

「それが、今俺たちみんな魔法が使えないんだよ」

 

「…は!?」

 

そんな彼女にシエルが簡単に今の自分たちの状況を話す。それを聞いたルーシィは、当然ながら衝撃を受けて目を見開く。

 

「つーか、お前は何で使えるんだ!?」

 

「知らないわよ!!」

 

ルーシィからすれば、どういう事だと言いたげな状況だが、それはシエルたちから見てもそうだ。誰一人魔法が使えない状況下において、どうしてルーシィだけが魔法を使えるのか。ルーシィ自身も心当たりはないようだが、それを詮索している余裕はない。

 

「ルーシィ、お願い!」

 

「あいつらをやっつけて!」

 

「ルーシィさんしか魔法を使えないんです!!」

 

今この場で唯一魔法を使えるのはルーシィのみ。エドラスの魔法(ぶき)を使いこなせていない他の者たちよりも、確実な戦力として数えられる。シエルやナツの話、ウェンディたちからの懇願。それを聞いて少しずつ状況を理解でき始めたルーシィの頭の中で、ある結論が導かれた。

 

 

 

「もしかして…今のあたしって最強…!?」

 

「いいから早くやれ!!!」

 

今までこれほどまでに頼られることがなかった、戦力的な意味で優越感を持ったことがなかったルーシィが、初めて感じた実感に酔いしれているのを、キレ気味にナツがツッコんだ。気持ちは分からなくもないけど状況が状況なんで取り敢えず早くしてくれません…?

 

優越感に浸っていたルーシィは、気を取り直して一本の金の鍵を右手に持ち、構える。その鍵に記されている紋章は牡羊座のものだ。

 

「開け、白羊宮の扉!アリエス!!」

 

「あ、あの…頑張ります…すみません…」

 

鍵に光が宿り、現れたのは星霊アリエス。牡羊座の星霊と銘うっているが、外見は白いウール素材のマイクロミニスカートを纏った、頭に小さい羊の角を持った美少女である。

 

「モコモコー!」

 

「スコーピオンに続いて二人目のニューフェイス!」

 

最初に王国兵を追い払ったスコーピオン、そしてアリエスは元々、六魔将軍(オラシオンセイス)の魔導士であったエンジェルと契約していた星霊だ。上記の二人にジェミニと言う双子座の星霊を加えた三人が、新たにルーシィの星霊として契約してから、今回がそれぞれ初の出番になる。

 

「な…何だこれは…!?」

 

「人が現れた!?」

「いや、魔物か!?」

「こんな魔法見た事ないぞ!!」

 

シエルたちから見れば星霊の召還自体は見慣れているものだが、エドラスの人間から見れば未知の光景だ。何もない場所から人とも魔物とも言えない生命体を呼び出した魔法を見て、明らかに動揺を露わにしている。

 

「アリエス、あいつら倒せる?」

 

「は、はい…!やってみます~!」

 

口調や佇まいからは気弱なイメージを彷彿とさせるアリエスだが、彼女も歴とした黄道十二門。所有者(オーナー)であるルーシィの期待に応えるためオドオドとしていた表情を切り替え、目の前にいる王国兵に攻撃を仕掛ける。

 

「『ウールボム』!!」

 

両手を引き、そこから桃色の綿を生み出して王国兵たちへと薙ぎ払うように投げつける。範囲は相当な広さ。だが柔らかそうなその攻撃が効果的なのかどうかという疑問がある。実際の効果はと言うと…。

 

「あ~~ん♡」

「優しい~!」

「癒される~!」

「あふ~ん」

 

目にハートマークを浮かべながら力なく兵士たちが綿に埋め込まれて飛んでいく。別の意味で効果覿面だった。喰らった兵士たちのリアクションは若干気色悪いが…。

 

「あれ?効いてるんでしょうか…すみません…」

 

「効いてる効いてる!続けて攻撃よ!!」

 

攻撃した本人さえも効果があるのか疑ってしまう光景だが、一応戦力を削げているので大丈夫だろう。テンションが上がっているルーシィの号令を受け、更にアリエスは行動を起こす。

 

「『ウールショット』!!」

 

「やられとるのに~」

「気持ちいい~!」

「もっとやって~」

 

突き出している右手からスポーツで使うボールほどの大きさの綿を弾丸のように撃ち出して、一人一人に当てていけば、その兵士たちがさらに綿の虜になって戦意を失う。まだ被害を受けていない兵士たちが一気に詰め寄ってきたときは、綿を壁のように出して自らを突っ込ませて、またも無力化。

 

確かに聞いているのだろうが、やっぱり兵士たちのリアクションが気色悪い…。

 

「みんな、今のうちよ!」

 

「こんな感じでよかったんでしょうか、すみません…」

 

ここまで行動を抑えていれば最早脱出は容易だ。機を見計らって、ルーシィは場にいる仲間たちに街の出口に向かおうと声を張る。

 

「これ以上にないベストプレーだよ!」

「モコモコサイコー!」

「ナーイスルーシィ!!」

 

「ああ…あたしも気持ちいいかも~!」

 

自信なさげなアリエスの言葉に超がつくほどのファインプレーだったことを返す仲間たち。自分の魔法によって難なくピンチを脱したことに、味わったことのない感覚を噛みしめて、ルーシィはともに街の出口へと駆け出した。

 

「これが…アースランドの魔法…」

 

その中で唯一、見たことのない魔法を垣間見たエドルーシィが、人知れず言葉を零したのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ルーエンの街から脱出を成功させた一行。兵士たちが来ていないことを確認し、街の外にある森の中へと身を隠し、ルーシィとの情報交換を行う事にした。

 

「しっかしお前…どーやってエドラスに来たんだ?」

 

「私たち、ルーシィさんも魔水晶(ラクリマ)にされちゃってると思って、心配していたんです」

 

「ホロロギウムとミストガンが助けてくれたのよ」

 

最初にルーシィの身に起きていたことについてだが、彼女が契約している時計座の星霊、ホロロギウムのおかげで、アニマの影響から免れたらしい。街をも呑みこむ亜空魔法からも逃れられるとは、本当に万能な星霊である。

 

だが無事だったものの、誰もいなくなってしまったマグノリアの光景に困惑し、何が起きたのかもわからない状態だったところに、ミストガンが現れたらしい。

 

「ミストガン…!?」

 

「ってことは、あいつも無事だったのか!」

 

ミストガンの名が出たことで、シャルルが大きく反応を示し、ナツも思わぬ人物も呑みこまれていなかったことに少なからず驚いている。そして、彼の名が出た時に、息を吞んだ反応をウェンディが起こしていたことに、シエル以外は誰も気付かなかった。

 

「で、一方的に事情を聞かされて…」

 

「ミストガンとエドラス(ここ)に来たって事…?」

 

「ううん、ミストガンは来てないの。あたしだけ飛ばされた」

 

まだミストガンは、アースランドに取り残されている他の仲間を探すために残っているらしい。そして彼から謎の丸薬のようなものを食べさせられた後、詳しく説明をしている時間がないと言いながら、半強制的にエドラスへと送られてきたそうだ。

 

「…で、誰か知り合いがいないかって、ずっと探してたのよ」

 

「何でミストガンはエドラスのこと知ってたんだろ…?」

 

「あいつは何者なんだ?」

 

「何も言ってなかったわ…」

 

聞けば聞くほど、ミストガンと言う人物に関する謎が深まる。少しぐらいの説明はしてくれてもよかったはずだが、それでも優先すべき何かがあったというのだろうか。そもそも、ハッピーやナツにとっては、ミストガンが何故エドラスの事について知っているのか、という疑問も残っている。

 

だが、シエルは知っている。正確には、これまでの情報から、彼の素性を少しばかり推測できていた。

 

「目的とかは分からないけど、何者かの推測はおおよそついてるよ」

 

「そうなの!?」

 

シエルの言葉に声を出して反応するルーシィ。他の面々も各々意識を向けている。シエルはこれまでの情報をもとに、ミストガンの正体についてたてた考察を話し始める。

 

「まず確認なんだけど、ルーシィはミストガンの素顔を見た?」

 

「あ!そうそう!最初見た時ビックリしたのよ!ミストガンの顔…ジェラールにそっくり…と言うか、そのものだった!!」

 

「ジェラールに!?」

 

マグノリアが消えた事や、別世界のエドラスについてで混乱する要素が多数あったことから意識が外れかけていたが、ルーシィは最初にミストガンの明かされた顔を見た時衝撃を受けていた。シエルたちも知っての通り、評議院に囚われてしまったジェラールと同じ顔を持っていたことに。それを聞いて、ハッピーもまた大きく動揺を示している。

 

「あ、そういやそーだったっけ…言われるまで忘れてたけど…」

 

「え、ナツ知ってたの!?」

 

「えっと、ほら、バトル・オブ・フェアリーテイルん時にな…」

 

だが同じように驚くと思われたナツから、実は見たことがあったという言葉を聞いて、思わずシエルがそのことに驚きを示す。ラクサスがきっかけで起きたバトル・オブ・フェアリーテイル。その際、ペルセウスと共闘する形でラクサスと対峙していたのだが、ラクサスの攻撃によって明かされたその素顔を、エルザと共に目撃して衝撃を受けた記憶が呼び起こされる。

 

大事な事だったから、と言うよりただ単に忘れかけていたのだが、まさか彼もそれを知っていたことに、少なからずシエルやルーシィは呆然とした。そしてハッピーだが、シエルは勿論、ウェンディとシャルルの反応を見て彼女たちもそれを知っていたことを思わせる者だったことを察し、理解した。「あれ…?この場で知らなかったの、ひょっとしてオイラだけ…?」と。

 

「ま、まあ今は知ってた知らなかったは置いといて…ミストガンはジェラールと同じ顔を持ってはいるけど、楽園の塔やニルヴァーナの時に会ったジェラールとは勿論別人だ。そして、化猫の宿(ケット・シェルター)に来る前のウェンディを助けてくれたジェラールと言うのは、ミストガンの事だった」

 

シエルのが告げた内容に、ウェンディから少しばかり話を聞いたハッピーとルーシィが驚きを示す。ここにきて、ウェンディが会いたがっていたジェラールと言うのが、まさかミストガンの事だとは二人も考えつかなかったのだろう。ハッピーが思わずウェンディに本当か聞いてみると、少しばかり悲しそうな表情を浮かべてウェンディは首肯する。

 

これを前提として、シエルが考察したこと。要所要所の会話に、ヒントは散りばめられていた。

 

まず上記の通り、エルザと過去に出会い、楽園の塔を建設してエーテリオンを落とし、記憶を失ってからシエルたちに力を貸してくれたジェラールと、ウェンディと一時期旅を共にし、その後ミストガンとして妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加わっていたミストガン(ジェラール)

 

別々に存在するものの、顔も声も、()()すらも一致する二人。エドラスの事を知る前だったら、こんな偶然が本当に存在するのか、と疑問を抱えた事だろう。

 

だが、それが成り立ってしまう要素が、現に今目の前に存在している。

 

「今俺たちがいるこのエドラスには、俺たちが知るアースランドのルーシィとは別の、エドラスに住むルーシィがここにいる」

 

「……ん、あたし!?」

 

会話に入る余地がなく、と言うか内容がほぼほぼ意味も理解も不能だったために話半分で聞いていたエドルーシィが、シエルに指摘されて慌てて居住まいを立て直す。話には出したが、残念なことに彼女が会話に入る余地は、相変わらず存在しない。

 

「同じ空間に…もとい同じ世界の中でちゃんとルーシィ二人の存在が確立している。そしてそれは()()()()()も同じだとしたら…もう答えは出てるよね?」

 

「…あの人は…『エドラスのジェラール』…」

 

エドラス、アニマ、異世界の事に関する知識を有していたことや、アニマに飲まれず…どころかアニマを通じてエドラスに対象を飛ばすことが出来る。それを考えると、元々はエドラスで生まれた人物であると仮定すれば、辻褄が合う。

 

ほぼ全員がその説明で気づけたのだろう。特に彼を恩人と慕っているウェンディは、7年越しに判明した事実に、色々と腑に落ちたのかどこか表情を伏せながら呟いている。

 

「けど…何故ミストガンがアニマの事を知っていたのか…何でアースランドに来て…多分アニマを塞いでいた、けどそれが何故なのか…。そこまでは考えるには情報が少なすぎるけどね」

 

「ま、これ以上分らないことを考えても、仕方ないわね…」

 

あくまで彼もエドラスの人間である事が分かったというだけだが、今欲しい有力な情報とは少し違う。後回しにしても問題はなさそうだ。それはそうと、もう一つ気になることがあるとすれば…。

 

「どうしてルーシィだけが、こっちで魔法を使えるのか、ってことだね…」

 

後から来たとは言え、ルーシィも本来であればこのエドラスにおいて魔法が使えなくなっているはずだ。にも関わらず、何故彼女はここで魔法が使用できるのか。ルーシィは「う~ん」と考え込む仕草を見せると…。

 

「もしかしてあたし、伝説の勇者的な――」

「無いな」

「…いじけるわよ…」

 

瞳を輝かせながら、天からの光を幻視するように横目を向けて言うルーシィだが、その言葉を食い気味にしてナツにバッサリ否定され、涙ぐみながら拗ねた。

 

「正直…わかんないわよ…。ナツやシエルが魔法を使えないんじゃ、不利な戦いになるわね…」

 

現状で戦えるのはルーシィのみ。王国軍の兵士は圧倒出来たものの、ルーシィばかりに戦いを任せるとなると、色々と手こずることになりそうだ。不安げに呟いているルーシィは、そんな自分をじっと見据えてくる、自分と同じ顔の存在に気付いて、目を向けた。

 

「てめーら…本気で王国とやり合うつもりなのか?」

 

不利な状況だとしても、戦う姿勢を変える気のないアースランドの魔導士たちに、エドルーシィは思わず尋ねていた。そしてその回答は、迷いなく返ってくる。

 

「とーぜん」

「仲間の為だからね」

「約束だってあるし」

 

「…ホントにこれ、あたし?」

 

迷いなく返したナツ、ハッピー、シエルの言葉に、エドルーシィは押し黙る。そんな様子の自分と同じ顔をした彼女に、ルーシィは思わずぼやいた。

 

「魔法もまともに使えねーのに、王国と…」

 

「ちょっと!あたしは使えるっての!!」

 

エドラスでの魔法を使いこなせなかった彼らの様子を思い返したエドルーシィがそう呟くが、唯一元の通りに使えているルーシィが、立ち上がりながら抗議する。そしてそのまま、己が今一番の戦力であることを、胸を張りながら自信満々に宣言し始めた。

 

「ここは妖精の尻尾(フェアリーテイル)(現)最強魔導士のあたしに任せなさい!!燃えてきたわよ!!」

 

「情けねえが…」

「頼るしかないわね」

「あい」

「現状それが一番だし」

「頑張れルーシィさん!!」

 

事実、今王国軍の兵士に見つかったとして、まともに戦えそうなのは彼女だ。調子づいているのか、声援を送り続けるウェンディに応えていくつか決めポーズをとり始めてる。天狗になっているような気がするが、指摘する気も起きないので、そのままにしておこう。

 

「(不思議な奴等だ…。こいつらなら、もしかしたら本当に世界を変えちまいそうな…そんな気がするなんて…)」

 

そんな彼らの様子を見ながら、言葉に出さず、エドルーシィは胸中で独り言ちる。今までこんな奴等を見たことはない。彼らなら、もしかすると…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ルーエンの街から南東へと進み、辿り着いた街の名は『シッカ』。武器としている魔法に魔力を補充し、その街のホテルで一泊することに決めた一行は、とれた大部屋の中で周辺の地図を広げ、現在地と王都までの距離を再確認していた。ちなみに地図は、ホテルの従業員から貰ったものである。

 

地図を見るとルーシィと合流したルーエンから、今いるシッカまでの距離がそう遠く離れているように見えない。しかし、ここまで移動するには、割と時間をかけていた。そして王都までの距離は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)からここまでの距離を、更に超えるほどの長さだ。

 

「王都までまだまだ遠いなぁ…」

 

「しかも、王国軍に見つからないように注意することを考えると、更にその分の時間を使うね…」

 

「到着までどのくらいかかるんだろう…」

 

一行の表情から、いかにこの先の雲行きが怪しいのかが分かる。早いところ仲間を助けたいが、その仲間の待つ王都まで、物理的な距離があまりにも離れすぎている。地道に徒歩で移動するしかできないのが、これほどまでに苦だとは。

 

「おい、見ろよ!」

 

「ん?…ってぇっ!!?」

 

難しい顔をして考え込んでいた彼らの元に、興奮気味な声でエドルーシィと思われる少女が風呂場から出てくる。だが、その方向に目を向けたシエルは、悲鳴のような声をあげるとともに、その顔を真っ赤に染めた。

 

「こいつとあたし、体まで全く同じだよ!!」

「だーっ!!そんな格好で出てくなー-!!!」

 

何も身に纏っていない全裸の状態でエドルーシィが出てきたところを、ルーシィが慌ててバスタオルをかけて隠すべきところを隠す。若干手遅れだったような気がするが。あとバスタオルのみの姿でもはしたないのには変わらないような…。

 

場にいる男子であるシエルはエドルーシィが出てきた瞬間首ごと目を逸らして対応したが、ナツは一切動じず、バスタオル姿のルーシィ二人を恥じらいもせずに見ている。いっそ清々しいぞこいつ。

 

「エドルーシィさん!!シエルもナツさんもいるんですよ!!?」

 

「別にあたしは構わないんだけどね」

 

「構うわ!!」

 

世界の違いか性格の違いか、一切恥じる様子の無い自分と同じ姿をしたエドルーシィに、ルーシィはやきもきしっぱなしだ。もしも彼女がこの場で裸を見せようものなら、自分の意思と関係なく自分の裸を見られているようなので、全力で阻止したいところだろう。

 

せめて思春期真っ盛りのシエルの前ではやめてあげてほしいところだ。真っ赤にした顔で「オレハナニモミテイナイ」とうわ言をループして、数秒前の記憶を思い出さないように自己暗示に必死になってるし。

 

「賑やかだね“ダブルーシィ”!」

 

「それ…上手い事言ってるつもりなの?」

 

やけに賑やかな二人のルーシィに、ハッピーが彼女たちを括った呼び方で例える。そんな彼にシャルルは呆れながら指摘された。一方ナツは、今になっても一切目を逸らすような気遣いをせずに、未だバスタオル姿のダブルーシィに目を向けている。

 

「何だナツ、見たいのか?」

「やめて!!」

 

揶揄い気味に自分のバスタオルをはだけさせようと指をかけて告げるエドルーシィ。勿論アースランドのルーシィはそれを見過ごさず止めようと声を張る。だが、次の瞬間ナツがとった行動は「ぷふっ」と吹き出して笑いをこらえると言うものだった。何がおかしいのだろうか。ルーシィはエドルーシィの方がスタイル良いとかいうボケをかましたいのかと邪推するが、実際は全く別の部分だった。

 

「自分同士で…一緒に風呂入んなよ…!!」

 

「「…言われてみれば…!!」」

 

何でわざわざ自分と同じと言える人間と風呂に入っているだと言う、考えてみれば奇妙な行動をとった二人に対して吹き出したらしい。確かにそうだ。どういう心境で入ってたんだこの二人。

 

「今頃そこ気付くのか…」

 

「それにしても、見分けがつかないほど瓜二つですね」

 

「まさかケツの形まで一緒とはな」

 

「そーゆー事言わないでよっ!!」

 

視線を逸らしたままだが会話だけは耳に入っていたシエルがぼやく中、ウェンディは改めてそっくりを超えているダブルーシィを見比べて感想を零す。強いて言うなら右手の甲にピンクのギルドマークがあるか、左の二の腕に黒い刺青が入っているかの違いぐらいだ。細かい体の部分まで共通しているという意味でエドルーシィが口にした言葉は、何度目になるか分からないが再びルーシィに声を張り上げさせる。

 

「お!鏡の物真似芸出来るじゃねーか!!」

 

「「やらんわ!!」」

 

「うわあ…息もピッタリ…」

「表情もポーズも一緒…」

「悲しいわね」

 

思いついたと言わんばかりにシャカシャカと鏡芸の真似を器用にやりながら提案するナツだが、当然ダブルーシィのツッコミによって却下された。タイミングが合い過ぎてシエル、ウェンディ、シャルルが何だか物悲しい空気のまま呟いた。

 

「てゆーかジェミニが出てきたみたい」

 

「ああ、言われてみればそうだね」

 

ハッピーの言葉を聞いてシエルも思い返し、納得する。他の人にそのまま変身できる力を持つ星霊のジェミニがいた時も、ルーシィやシエルに変身して、どっちがどっちか分からなくなる時があった。エドルーシィも気になった反応を見せると、ルーシィはジェミニの鍵を取り出して召還する。

 

「開け、双子宮の扉!ジェミニ!!」

 

「じゃーん!ジェミニ登場ー!!」

 

呼び出されたジェミニは既にルーシィに変身済み。星霊界から様子を見ていて、タイミングよく変身したかのようだ。ルーシィがもう一人増えて関心を示すエドルーシィ。3人揃って“トリプルーシィ”といったところか。

 

「すげぇー!これだけで、宴会芸のクイズに使えるぞ!!」

 

ナツがやけにテンション高く言うが、一体どんなクイズを…と考える間もなく、スーツ姿に着替えたハッピーがマイクを片手に高らかに司会を務め、ハッピーとトリプルーシィを除いた他のメンバーは、いつの間にか用意された匣型の解答席に座っていた。

 

 

 

「クイズ!『本物は誰だ!?』」

 

そして円形の台に乗って表れたのは、いつの間にか白いビキニ水着に姿に着替え、それぞれ1~3の札をつけた三人のルーシィ。パッと見はどれも同じに見えるが…。

 

「あたしがルーシィよ!」

 

溌剌とした元気な感じが印象の1番。

 

「あたしがルーシィよ」

 

比較的声が落ち着いたクールっぽい2番。

 

「あたしがルーシィよー!」

 

妙にハイテンションな感じの3番。

 

「さあ、本物は誰でしょうか!?」

 

ハッピーのセリフのすぐ後にウェンディとシャルル、一泊置いてシエルが1番を選択。そして少しばかり悩むそぶりを見せながら、ナツが3番を選択した。果たして正解は…!?

 

『これは芸じゃないっ!!!』

 

随分と長めのノリを経て、トリプルーシィのツッコミがナツに襲い掛かった。そもそもアースルーシィとエドルーシィは元から本物みたいなもので、変身しているジェミニのみが一応偽物と言う区分になるので、本物と言うのは少々語弊があるのだが…そこは置いておこう。

 

「息がピッタリ…」

 

「悲しいわね」

 

「と言うか、お二人さんそろそろ服着てくれませんかね…?」

 

「あ!忘れてたぁ!!」

 

声を揃えてツッコミを再び行っていたトリプルーシィのうち、ジェミニを除くルーシィ二人に、シエルが赤い顔のまま目を閉じて言うと、忘れていた様子のルーシィの声が部屋の中に木霊した。

 

 

 

ジェミニを閉門して星霊界に帰し、水色の寝間着に着替え終わったダブルーシィ。しかし、二人に戻ってもやはり見分けがつけにくい。普段着を着ている状態ならまだ判別が出来たが、同じ服で、髪を下ろしている状態だと、本当に分からない。すると、何か思いついたのかエドルーシィがルーシィに尋ねる。

 

「確か髪型をいじってくれる星霊もいるんだよな?」

 

「うん、蟹座の星霊!頼んでみようか?」

 

そうして呼ばれたのは、サングラスをかけて美容師の格好をした男性に見える、カニ要素が背中から生えた6本のカニの脚であるキャンサーだ。

 

「お久しぶりです、エビ」

 

「蟹座の星霊なのにエビ?」

 

「やっぱりそこにツッコむか~!さすがあたし!」

 

カニをモチーフとしながらも実用性のある散髪用のハサミを両手で持ちながら現れた彼の語尾に、さすがはルーシィと言うべきか、反応を示す。それもそこそこにエドルーシィからの要望で、長かった彼女の髪はすっきりするほどのショートヘアへと早変わりした。

 

「こんな感じでいかがでしょうか、エビ…!」

 

「うん、これでややこしいのは解決だな」

 

「でも…本当に良かったの?こんなに短くしちゃって…」

 

要望通りとはいえバッサリと切ってしまった事に、ルーシィはそう聞いてみると、エドルーシィの方は気にした様子もないまま、感じた疑問を尋ねる。

 

「アースランドでは髪の毛を大切にする習慣でもあるのか?」

 

「習慣と言うか…心構えみたいなもんかな?『髪は女の命』って言葉もあるし…」

 

「女の命…ねぇ…」

 

彼女の問いにシエルが代わりに答える。アースランドでは存在している言葉も交えて説明をすると、はにかみながら手を頭に持っていき、照れくさそうにする。だが、どこか悲しげな表情を浮かべながら、部屋の大窓の前に近づくと、また悲し気に心情を吐露する。

 

「こんな世界じゃ、男だ女だって考えるのもバカらしくなってくるよ。生きるのに必死で、髪なんかじゃなく、あたしの心ん中にある命を守るだけで精一杯だからな」

 

今まで彼女たちは何人もの仲間を王国に奪われてきた。その王国に、何度も追われ、逃げてきた。そんな日々の中では、命以外に執着するものが希薄となるのも、無理もないと言えるのだろう。

 

「でもこっちのギルドのみんなも楽しそうだったよ?」

 

「そりゃそうさ。無理にでも笑ってねえと心なんて簡単に折れちまう。それに、こんな世界でもあたしたちを必要としてくれる人たちがいる。だから例え闇に落ちようと、あたしたちはギルドであり続けるんだ」

 

ハッピーの問いに答えたエドルーシィの言葉を聞き、シエルは一つ、気付いた気がした。闇ギルドと聞くと、シエルはどうしてもアースランドに蔓延っていた、自らの為に他者を平気で傷つけるような奴らの集まりと認識していた。

 

だがこのエドラスでは違う。ここでの闇ギルドは、あくまで王国に…国王に逆らった者たちの事。闇として区分されているのはそこだけで、彼らの根本はアースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)と極めて似ているのだと。

 

闇だから悪ではない。正規だから善ではない。ギルドであろうとすること、仲間を尊重すること、互いを支え合う事。正規でも闇でも、シエルが思い描く理想的なギルドの形とは、そう言うものであったことを。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が闇ギルドであると聞いて少なからず受けていたショックは、人知れず払拭されたのだった。

 

「けど…それだけじゃダメなんだよな…」

 

「え?」

 

「いや、何でもねーよ」

 

ぼそりと聞こえない声量呟いたエドルーシィの言葉を、聞き取れた者はいなかった。夜ももう深い。一行はそのまま、眠りについて夜を明かすのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「信っじらんな~い!!何よコレーーー!!!」

 

翌朝。まだほとんどのメンバーが寝ぼけ眼の中、ルーシィの怒りを帯びた叫びが響いた。聞くと、エドルーシィが置手紙を残して逃げたのだそうだ。

 

『王都へは東へ三日歩けば着く。あたしはギルドに戻るよ。じゃあね、幸運を!』

 

「手伝ってくれるんじゃなかったのー!?もぉー!どーゆー神経してんのかしら!!」

 

「ルーシィと同じじゃないの?」

 

「うるさい!!」

 

地団駄を踏みながら怒り心頭と言った様子のルーシィに、何故か火に油を注ぐ様な発言をハッピーが零す。だが、エドルーシィ自体は、王国と戦う気は元々はなかったことを考えると、あり得ない行動でもない。

 

「まあしょうがないさ。王国と戦う事に関して、エドルーシィは消極的だったし」

 

「無理させられないですもんね」

 

「だな」

 

「あたしは許せない!同じあたしとして、許せないの!!」

 

比較的長く行動を共にしていたシエルたちは彼女の怒りを鎮めようと窘めるが、何より彼女自身が、エドルーシィの行動に納得がいかない様子だ。

 

「まあいーじゃねーか」

 

「よくない!ムキーーッ!!」

 

あっけらかんとしているナツに対して、まだまだ怒りが収まる様子の見られないルーシィ。「どうしよう…」と不安げな表情をシエルに向けるウェンディに、彼は苦笑を浮かべながら肩を竦めた。しばらく刺激しないでそっとした方が吉だと。

 

 

結局ホテルから出て、街にある書店に寄るまで、ルーシィの機嫌は斜めのままであった。




おまけ風次回予告

ハッピー「オイラって、一体何者なんだろ…?」

シエル「どうしたの、いきなり?」

ハッピー「だってさ、エドラスからシャルルと同じように卵で送られて、使命を与えられたはずでしょ?でもオイラには全然その情報が入ってこないから…」

シエル「うーん…その使命の事については、頑なにシャルルも話そうとしないもんね。気にはなるけど…」

ハッピー「オイラとシャルル…一体何が違うんだろ…?」

次回『自分は何者だ』

シエル「何が違うって…性別も色も好みも声も、何もかもが違うじゃん?」

ハッピー「オイラが聞きたいのはそーゆ―事じゃないんだけど…」

シエル「(そーゆー…何もかもが違うから、特別気にすることもないと思うけどなぁ…)」


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第81話 自分は何者だ

ギリギリですが間に合いました…。除雪作業がなかったらもっと余裕持てたり、長くできたのに…。

あと、次回予告だけまだ書けてないので、後で追記しておきます…。

今週エデンズゼロを読んでたら、前回出てたレーサー隊と呼ばれる政府軍の隊長?らしきキャラが、まんまソーヤーだったので目を見開きました。(笑)
ソラノはまだしも、こいつまで政府の組織にいるとは…ジェラール(ジャスティス)と言いソーヤーと言い、魔女の罪(クリムソルシエール)はいつの間に政府軍になったんだろう?←

【1/23 0:16追記】

次回予告の追加、完了でございます!


街の中をニコニコと笑顔を浮かべながら歩く金髪の少女。その後を続くのは彼女の様子を遠巻きから見るように視線を向ける三人の人間と二匹のネコ。ホテルを出発した時は明らかに苛立っていた少女ルーシィの変貌ぶりに、どこか呆れた様子でハッピーは口を開いた。

 

「もう機嫌直ってる…」

 

「本屋さんで珍しい本を見つけて、嬉しいんだろうね」

 

街の中にあった書店に立ち寄り、何か目を引くものがあったのか、それを購入してからずっとルーシィはご機嫌だ。鼻歌を唄いながら両手で一冊の本を抱え、先頭に立って歩を進めている。

 

「結局何の本を買ったの、ルーシィ?」

 

「こっちの世界の歴史書!あんたたちも、この世界について知りたいでしょ?」

 

「まあ…知っておいて損はないよね」

 

「オレは別に」

 

まだエドラスの事については未知の部分が多い。この先どんな知識が戦いの役に立つか分からない以上、知っておけば後々有利になるだろうと考えているシエル。それとは別に心の底から興味ないと主張しているナツは答えが素っ気ない。

 

「歴史書が物語ってるわ!この世界って面白い!!例えば、エクシードって一族について書いてあるんだけど…!」

 

「!!」

 

本を上に掲げながら、高まっているテンションのままルーシィが口にした言葉。それを耳にした瞬間、シエルは一瞬息を呑んでルーシィの持つ本にさらに意識を向ける。

 

「それ、どこに書いてあるの!?見せて!!」

 

「え、ええ。確かこの辺の…」

 

シエルが注目したのは“エクシード”。エドラスに来てからよく耳にしていた種族の名前だ。ハッピーやシャルルがそれにあたると思い、このエドラスにおいてどのような存在なのか、気にはなっていた。それを知れるチャンスが来たことに、シエルは思わず彼女に詰め寄って、本の内容を見せてもらおうと近づく。

 

「ぁ…そう言えば私も、エクシードって一族の名前を聞きました。凄く恐れられてる種族らしいですけど…」

 

「やっぱりそうなのね。ここにも書かれてるんだけれど…」

 

シエルの様子を見て少しばかり唖然としていたウェンディ。だが彼女もエクシードについて気になっていた為に、シエルと同じようにルーシィの持つ本の内容を見ようとする。

 

「だから興味ねぇって…ん?」

 

唯一、一切の興味を示さないナツが耳に指を入れながら呟く。すると彼の耳を、聞き慣れない機械の駆動音が刺激し、彼はそれに意識を向ける。ナツだけでなく、仲間たちも、街の人たちも同様に。音がするのは上空。そして周辺を突如、何か巨大な物体が飛行しているのか影が差し込み始める。それに気付き、視線を上へと向けてみれば、空中に浮かぶジェット噴射で移動を行うタイプの、巨大な乗り物が、影を作っていた正体だと分かった。

 

「飛行船!?」

 

街の一部を影が覆うほどの巨大な飛行船。自分たちを含め、街の人々が中々見られない乗り物に興味を示して上を見上げる中、飛行船を認知しているものの目もくれずに一転の方向へと駆け抜けていく集団がいる。全てが王国軍の兵士だ。

 

「急げー!」

「すぐ出発するぞ!」

 

「王国軍…!」

「隠れてっ!」

 

兵士たちが目に移り、警戒を強めるシエルたち。ウェンディがいち早く一行を柱の陰へと押し込んで共に隠れ、その甲斐もあってか、すぐにバレることはなかった。物陰から軍の様子を見聞きしてみると、街の上空に現れた飛行船は、どうやら王都に向かうらしい。

 

「あの巨大魔水晶(ラクリマ)の魔力抽出が、いよいよ明後日なんだとよ!!」

「それでオレたちにも警備の仕事が回ってきたのか!!」

「乗り遅れたら、世紀のイベントに間に合わねーぞ!!」

 

慌ただしく、飛行船の着陸場に集まってくる王国軍の兵士。その彼らの話を聞く限り、飛行船に乗らなければ、魔力の抽出を見ることが出来なくなる…つまり王都につけないということが分かる。

 

「巨大魔水晶(ラクリマ)って…」

 

「マグノリアのみんなの事だ…!」

 

「魔力の抽出が二日後…歩いて行ったら、確実に間に合わなくなる…!」

 

今から王都に向けて徒歩で行ったとしても三日はかかると言っていた。更に他の王国軍に見つからずにと言うのを考えるとさらに時間はかかる。そうなれば魔力抽出までに辿り着くのは不可能。抽出が始まれば、二度と元の姿に戻すことは出来なくなる。みんなを元に戻すため、助けるためにどうするべきか…。

 

 

 

「あの船奪うか」

 

その提案を告げたのはナツだった。船…つまり飛行船だろう。それを奪うと大胆にも言い切ったナツに、ウェンディをはじめ、ほとんどが仰天する。

 

「そこまでする必要ある!?普通『潜入』でしょ!!」

 

「隠れんのヤダし」

 

その内のシャルルが驚愕と共に言えば、ナツは何事でもないような調子で返す。隠れることを良しとせずに飛行船を奪う。過激な提案に思えるが…。

 

「そうだね。忍び込んでもし見つかりでもしたらリスクの方が高い。ナツに賛成だ」

 

「アンタまで…!?」

 

この中でも頭脳が秀でているシエルは、意外にもその提案に乗っかってきた。ナツが船を奪うと言った時も、シエルはたいして驚いたような反応を示さなかったため、元から否定的ではなかったのだろう。ナツはシエルの言葉に口元を吊り上げ、他の面々は意外な人物が賛成したことで、更に表情に驚愕を浮かべている。

 

「けどその為には、無駄なく迅速に行動する必要がある。急ごしらえになるけど、作戦通りに動いた方がいい」

 

表情を崩すことなく淡々と、シエルは一同を見渡しながら言う。それを聞き、驚いていたみんなも、やる気に満ちていたナツも、口を閉ざして彼の声に耳を傾ける。

 

「目指すは飛行船ただ一つ。ここから飛び出して真っすぐ突き抜けて、確保すること。勿論兵士は確実に邪魔をして塞いでくるから、戦闘及び切り抜け役は、ルーシィに任せたい」

 

「あたし!?ってそうよね…今、あたししか魔法が使えないもの」

 

「それで、俺とナツとウェンディは後続しながら、ルーシィのサポート。使い慣れてないエドラス(こっち)の魔法でも、それくらいはできるはずだ」

 

「おう」

「うん!」

 

「飛行船内部に到着したら、おそらく中にいる兵士もこっちを捕えようと襲ってくるから、可能な限り外へと追い払う。ただし…」

 

急ごしらえと言っておきながら、的確で効率を重視した作戦を口にしていくシエル。まず、今隠れている地点から最短距離で飛行船へと進み、ルーシィの星霊魔法でその道を塞ぐ兵士たちを撃退。魔法の質や威力自体はアースランドの方が進歩している節が見られるため、当然と言える。撃ち漏らしたり、隙を突いて攻撃しようとしてくる者たちは、シエルたち3人が援護で防ぐ。そして飛行船にいる兵士たちも、移動中の脅威を無くすために追い出すことも忘れない。

 

しかし、この件に関してはシエル自身から注意事項が追加される。

 

「最低でも2人。2人は飛行船に残しておく」

 

「全員じゃねーのか?」

 

「この中で、あの飛行船を操縦できそうなのがいるか?」

 

2人だけは兵士を残すという言葉に、代表して疑問の声をあげたナツの質問に、間髪入れずにシエルは答える。恐らく兵士に王都まで操縦させようという目論見だろう。自分たちで操縦できるならいいが、ただでさえアースランドの飛行船どころか、魔導四輪の運転経験さえ無さそうな人材しかいないのだ。現地人にやらせる方が早い。

 

「だとしても何で2人なの?操縦だったら1人でも出来ると思うけど…」

 

だがそうなるともう一つの疑問が浮かび上がる。ハッピーの言った通り、操縦自体なら別に2人も残す必要がないからだ。飛行船が複数人でしか操縦できないのならともかく、それが断定できないうちから二人に限定するのはどういうことか。

 

「その残った1人が素直に俺たちの言う事を聞くと思う?」

 

「ぶん殴りゃいーんじゃね?」

 

「そんな単純なわけないでしょ…」

 

そのハッピーの質問に、逆にシエルが問いかけると、真っ先にナツが握り拳を作りながら答える。すぐさまルーシィがツッコむが、シエルの問いかけはルーシィにとっても懸念として考えていたことだ。

 

「多分聞いてはくれないと思う…けど、それと何の関係が…?」

 

恐らく残された操縦する兵士は、自分たちが追い詰めようともこちらに反抗するだろう。場合によっては「自分を殺せば困るのはお前たちの方だ」と言って、国のための自己犠牲を払って敵を陥れる可能性だってある。シエルは、その可能性も視野に入れたうえで考えていた。

 

「1人だけ残したら、その兵士はどんな手を使ってでも俺たちの言う事に背く行動をとるだろうけど…言う事を聞かなかったときにもう1人の身が危ない状況だとしたら?」

 

『……え?』

 

先程から一切表情を変えずに淡々と口から出てくるその言葉。その意味を理解した時、ルーシィも、ハッピーとウェンディも思わず呆けてしまった。

 

「成程、もう一人は人質の為ね」

 

「ええっ!?」

 

対して、納得がいったようにシャルルは答えを零す。兵士として戦いに身を置いている者たちは自分への脅威には耐性がつけられている。だがしかし親しいもの、共に戦う仲間が危機に直面している場合はどうだろう。自分の行動次第で、仲間の生死が分かれるとしたら、その者は効率的な判断が出来るだろうか?

 

その者の人格にもよるだろうが、大半は仲間の命を選ぶ。自分一人ならばどうなっても構わないと国のために戦える者なら尚更だ。その心理を利用した作戦が、操縦者と、その操縦者を脅すための人質と言う事だ。

 

「人質を確保した後の脅迫は俺がやる。あとはみんな、兵士2人が妙な動きをしないか警戒して、飛行船で移動する。ひとまず最初はこんなものかな」

 

「いや…人質をとって脅迫するのが、“こんなもの”って…」

 

「お前…物騒なこと思いつくよな…」

 

結局終始感情の揺らぎもなく淡々と説明していたシエルの様子も相まって、仲間の為とは言えたてられた「飛行船強奪作戦」に、ルーシィもナツも軽く引いていた。気持ちは大いに分かるが…ナツ、その言葉はこの作戦のきっかけを作ったお前にブーメランとなって突き刺さってるぞ。

 

「けど…この作戦には、無視できない大きな問題が一つだけある」

 

「大きな問題…?」

 

最初に飛行船を奪う作戦の説明を終えたシエルが、補足として言い始めたことに、少しばかり顔を青くしながら苦笑いを浮かべていたウェンディが、表情を戻して言葉を反芻する。その大きな問題とは。彼はナツに視線を移して、その問題を提示した。

 

「ナツ…確認なんだけど、飛行船を奪って“乗る”ことを前提としているのは、分かってるよね?」

 

それはナツの体質だ。極度に乗り物に酔いやすい彼にとって、飛行船での移動中は大きな苦痛だ。それを味わってでも仲間の危機を脱することを優先とする覚悟があるのか、提案した身であるから勿論承知の上とシエルは思っているが、念のために彼に確認してみると…。

 

「ふっふっふ…忘れたのかシエル?ここにはウェンディがいるんだぞ。ウェンディのトロイアがあれば乗り物など…!」

 

「お前こそ忘れたのか?そのトロイアも…魔法全部が、ルーシィを除いて使えない事」

 

不敵な笑みを零しながら怖いものなどないと言わんばかりに宣言しようとしたナツ。だがしかし、それは元の世界であればの話だ。散々魔法が使えないことを身をもって思い知ったことが、どうやら頭から抜け落ちていたらしい。思わず表情が固まってウェンディへとその顔を向けると、ウェンディは彼に苦笑いを向ける。使えないのは、トロイアも例外ではない。

 

「…なあシエル…やっぱこの作戦、却下にしねーか…?」

 

「時間が惜しいから今更変更はなしだ。ルーシィ準備して」

 

「あ、うん…分かった…」

 

先程までの態度から掌を返して飛行船の強奪を止めようとシエルに要請したナツ。だがもちろんその要請が却下された。いそいそと電網砲を用意しながらルーシィに一言告げ、ルーシィも少々戸惑いながらも言葉に従う。今頃になってナツは後悔した。何で忘れてたんだろうと。

 

「行くよ!作戦開始!!」

 

飛行船に兵士たちが次々と乗り込んでいきそろそろ出発と言ったところで、シエルの号令と共にルーシィを先頭にして彼らは一気に走りだす。

 

「な、何者!!?」

 

「ルーシィ!!」

「任せて!開け、獅子宮の扉!ロキ!!」

 

突然こちらに向かって走り出してくるように現れた謎の一団に、兵士たちがどよめく隙を突いてルーシィは金の鍵を掲げて口上を叫ぶ。輝く鍵に導かれて呼び出されたのはスーツ姿の美青年であるロキ…

 

 

 

 

「申し訳ございません、姫」

 

「って…あれっ!!?」

 

ではなく、桃色髪のショートカットのメイド姿の美少女…乙女座の星霊バルゴだった。思わずルーシィだけでなく、後から続いていたシエルたちも、足が止まってしまう。

 

「ちょっと、どーゆー事!?」

 

()()()()()はデート中ですので、今は召喚できません」

 

「お…お兄ちゃん…?」

 

「はい。以前そのように呼んでほしいと、レオ様から」

 

「バッカじゃないのアイツー!!」

 

どうやらロキは完全私用の都合で召喚に応じれないため、代理をバルゴに頼んだらしい。鍵が違うのにどうやってそんなことが出来たのか疑問ではあるが、それが霞むくらいロキの自由奔放な…と言うかバカみたいな行動に、ルーシィは涙を浮かべて嘆きを叫ぶ。そりゃそうなる。

 

「あいつ、ルーシィだ!!」

「捕まえろ!!」

 

最初は混乱していた兵士たちも、先頭に立っているのがルーシィであることに気付くと、槍を構えて捕らえに来る。エドラスの方のルーシィと勘違いしているようだが、今はその事など些末な問題だ。

 

「どうしよう!?あたしの計算じゃ、ロキなら一気に突破も出来るかもって…!!」

 

「姫…僭越ながら、私も本気を出せば…」

 

当初の予定と食い違い困惑しているルーシィに対し、主の危機を察したバルゴが彼女の前に出て主張する。彼女の言葉…さては敵を一気に蹴散らせる力を、彼女もまた有しているという事か…?

 

 

 

「踊ったりもできます!」

 

「帰れ!!!」

 

そんなことはなかった。何故か敵前にて枷のブレスレットについている鎖をジャラジャラと鳴らしながら手足を動かして踊りだしたバルゴを、ルーシィは思わず怒りのままに強制閉門で星霊界に帰した。だが状況は結局バルゴが来てから変わっていない。兵士たちはルーシィ…そして後ろにいるシエルたちも含めて全員捕えようと迫ってくる。

 

「ルーシィ!他の星霊…タウロスとか、昨日呼べたスコーピオンとかは!?」

 

「無理!二人とも今日はダメな日なのぉー!!」

 

ロキは呼べない、バルゴは戦えないとなると他の星霊に頼む必要がある。だがこの状況を打破出来ると思われる星霊は、残念なことに誰一人呼べないらしい。アクエリアスも、水がない場所では不可能だ。

 

「ちょっと!作戦いきなり破綻してるわよ!?」

 

「こうなったらやるしかないか…」

 

頼みの綱と思われたルーシィは、まさかのトラブルにより戦力外だ。ならば作戦の一部変更をするしかない。シエルは事前に準備していた電網砲を両手で構え、ルーシィよりも前方に立つ。

 

「ナツ!ウェンディ!俺たちで道を切り開くよ!」

 

「しゃーねーけど、やるしかねーか!」

 

「大丈夫!使い方はばっちりだから!」

 

檄を飛ばしたシエルに、封炎剣を構えたナツと、空烈砲を手に突き出したウェンディが答える。少し難があるとはいえ、何もしないよりはマシのはずだ。それぞれ魔法(ぶき)を持ちながら、迫りくる兵士たちへと3人は駆けだしていく。

 

「二人は兵士を牽制!その隙に俺が動きを封じて、そこから突破するよ!!」

 

「おう!」

「うん!」

 

封炎剣と空烈砲による先制攻撃で兵士が怯んだところを、電網砲の網で行動不能にしてから飛行船へと乗り込む。すぐさま変更して周知させた作戦を実行するしか、ここを突破できる方法はない。その攻撃を行う為、距離を測りながらナツとウェンディが各々の魔法(ぶき)を振りかぶる。

 

「全体!『縮地足』用意!!」

 

『はっ!』

 

だが、まだ距離があるというところで、突如兵士たちが横一列に槍を前に構えながら並ぶ。後方にいるルーシィたちも、前線のシエルたちもその動きに疑問を抱くが、その動きを止めはしない。

 

「発動!突撃ー!!」

『えっ!?』

 

兵士たちの後ろにいるもう一人の兵士の号令と共に兵士たちが身につけている具足の踵から、魔力と思われるエネルギーが噴射され、並んでいる兵士たちが同時に一歩前に進むと同時に、人間とは思えない速さでこちらへと肉薄してきた。

 

「ウソー----!?」

「あれー----!?」

「いーやぁー--!!」

 

思わぬ光景に前線の3人が目を見開くも、次の瞬間には勝負が決していた。常人を超えた速度で突っ込んできた兵士たちに、3人は呆気なく弾き飛ばされてしまった。

 

「うわぁー!3人が全然ダメだぁ!!ルーシィよりはマシだけど!」

 

「ごめんなさーい!!」

 

作戦通りに動くどころか、普通に戦う事もままならない。唯一戦力に数えていたルーシィがまさかの戦力外になってしまったことが一番の計算外と言えよう。涙を流しながら謝罪を叫ぶルーシィをよそに、事態はより一層悪化していく。

 

「マズいわ!飛行船が!!」

 

狙いとしていた飛行船は既に離陸していて、今にもこの場を離れて王都に向かおうとしている。あれに乗らなければ間に合わない。だがしかし、弾き飛ばされた拍子に武器も手元から離れ、抵抗することも出来ずに仲間たちが兵士たちに取り押さえられ始める。

 

「う…くそ!!」

 

シエルが何とか拘束から逃れようとあがくも、それを良しとしない兵士が槍を近づけ、さらに動かれないように一人が彼の頭を地面に押さえつける。何とかして乗り込まないと。だがそんな想いを無情にも打ち砕くように、飛行船はスピードを出して、シッカの街から飛び立ってしまった。

 

抵抗も空しく。数の暴力で詰め寄られ、自分を含めて仲間も取り押さえられてしまう。最早この状況では、魔水晶(ラクリマ)になった仲間を助けるどころか、自分たちの身さえも無事では済まなくなる。

 

「抵抗するな!」

「大人しくしろ!」

 

「うあっ…痛っ…!!」

 

「クッソォーーッ!!!」

 

容赦なく自分たちを縛る兵士たち。小さな少女の痛がる声、青年の悔しげな慟哭。そして二日後には、人間としての姿も奪われた状態で、消滅させられる仲間たち…。

 

耳に届き、頭の中に浮かんだその事実が思い出され、シエルの中にふつふつと、怒りに混じった感情が湧き上がってくる。

 

 

 

自分や仲間たちを縛り付ける兵士たち、身勝手な理由で仲間を奪った王国、そして作戦を発案しておきながら、状況の打開どころか悪化へと導いた、自分の不甲斐なさ。

 

 

 

今や、魔法を使う力すら失われ、無力と化している自分自身…。

 

それらに対する…黒い感情が…。

 

怒りに混じった憎しみを、増長させていく。

 

 

 

 

「ん?何だ…これは…?」

 

何かの疑問を抱いたような兵士の声が聞こえたのは、その時だった。シエルの頭を押さえつけている兵士が、己の両手から謎の光が発せられていることに気付き、異常と感じたからである。よく見ると彼だけではない。シエルを直接掴んでいる者たちは、その部分に黄色く発光する謎の魔法陣を刻まれている。

 

「…あれ…って…?」

 

シエルはそれを目にして、既視感を覚えた。見たことのある魔法陣と、その光を。つい最近にも、似たようなものを見たような…。

 

そしてその光景は、場にいる仲間も、他の兵士も目にしていた。誰もがそれを異常に思い、謎めいたものとしてそれを眺めている。

 

「あ…!あの時の…!!」

 

その中で唯一、しっかりと覚えがあったのはウェンディ。彼女もまたその光景に既視感を抱いた。まだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士になるどころか、彼らと会ったばかりの時。そして、あの少年と共にとは言え、自らの意志で戦うことを決めた時と。

 

 

ブレインの魔法を無理矢理爆発させた時と、同じ魔法陣…!

 

「光が強く…!う、うわぁああっ!!?」

 

 

 

 

 

兵士の誰かが輝きが強くなっていく魔法陣を目にして悲鳴を上げた瞬間、魔法陣を刻まれていた兵士の体の一部を中心に、爆発が起きた。

 

光は街全体を照らすほどのもの。だが爆発自体は言うほどの規模はない。しかし、シエルを捕らえるために密集していた外側にいた兵士、そしてシエル自身もその体が爆発による勢いで吹き飛ぶ威力だ。突如爆発が起き、体を浮遊感が襲い掛かり、そのまま地面に叩きつけられたシエルが、うめき声と共に息を吐き出して咳き込む。

 

「ば、爆発した!?」

「あの子供、一体何をした!?」

「油断するな!まだ魔法を隠し持っている可能性がある!!」

 

シエルではなく、ナツたちを拘束している兵士たちは、今起きたことに対して更に困惑を叫んだ。一部は警戒を怠らないようにと注意を促す者もいるが、当事者たちには、その余裕はなかった。

 

「う…ああああああっ!!!」

 

それは…シエルを直接拘束していた兵士たちの悲鳴が、物語っていた。

 

「ど、どうした!…っ!?お、お前…腕が…!!」

 

悲鳴を聞いた兵士の一人が彼の安否を確認すると、思わず恐怖に引き攣った声をあげた。それは、シエルを掴んでいた左腕の状態。身につけていた鉄製の鎧が砕け散り、肘の部分で溶けたような跡となって途切れている。そして露出した前腕はほとんどが火傷を負っており、手に至っては原形が分からない程にひしゃげていて、言葉でこれ以上の形容は出来ないほどだ。

 

「な、何あれ…シエルが…やったの…!?」

 

敵側とはいえ、あまりにも凄惨な事態に陥っている兵士の様子を見て、ルーシィが目の前の光景が現実とはかけ離れているように思えた。それも、その事態に導いたのが、仲間である少年が関わっているかもしれないと考えれば、余計に。

 

「ケホケホッ…!これ…この前と…」

 

そしてシエル本人も、何が起きたのか半ば混乱しながら体勢を立て直そうとする。四肢をついて上体を起こすことは出来るようだが、二足で立ち上がろうにもうまく力を入れられない。更に言えば、兵士たちが阿鼻叫喚となって騒ぎ立てているのもその一因の一つだ。

 

「こ、こっちもだ!こいつは酷い…!」

「お、オレの槍も、先がなくなっちまってる!!」

「おい!一番の重傷はこいつだ!早く手当てを…!!」

「なっ!?…これ…両方、()()()()()()()()…っ!!?」

 

最早拘束が解けているシエルの方にさえ意識が向かないほどの大惨事。それも、会話の内容から察して、シエルは目にはしていないが想像が出来る無惨な光景が、近くで起きていることを理解した。

 

 

 

 

そしてそれを引き起こしたのが、他ならぬ自分であることを。

 

 

 

 

「(ブレインの時も…ジェラールの時も、そうだった…)」

 

ブレインの時は彼の魔法自体だった。内側から暴発したことで、幾許か威力が落ちていた。ジェラールの時は、意識が朧気だったため詳細は不明だが、それぞれ手足が血にまみれていた。彼の身体の高い耐久性ありきだろう。

 

 

だが今回はどうだ。鎧に身を包んでいる兵士ではあるが、魔力を持たない生身の人間。そんな彼らの体が、欠損してしまうほどの規模。厄介なのは、シエル自身の意思に全く関係なく発生していること。その条件も全く分からない。

 

 

更には、このエドラスでは魔法が使用できない。にも関わらず、シエルはそれを発生させた。魔法の一部であれば、同様に発生はしないはずなのに。どのような違いがあるのか、それもいまだ謎。そして、何より…。

 

 

 

 

 

「(この力は…俺に()()()()()()()ものを、例外なく爆発させるもの…!!)」

 

人だろうと、魔法だろうと、敵だろうと、味方だろうと。彼自身の意思に関係なく、彼に直接触れたものは、黄色い魔法陣を刻まれ、爆発の餌食となる。

 

何故こんな力があるのか。何のために存在しているのか。考えても考えても考えても、答えは一切出てこない。あるのは混乱と、己がこの力を抱えていることに対する、恐怖。

 

 

 

「(俺は……一体何者なんだ…!!?)」

 

 

 

他者であれば一切を傷つけかねないこの力を持っているのはどういうことか。下手をすれば命をも奪う力が何であるのか。シエルは、己と言う存在が、どういうものなのか、分からなくなっている。

 

地面にへたり込みながら、己の両手を見下ろし、シエルは答えの出ない自問を繰り返す。それに答えられる者は、この場にいない…。

 

「シ…シエル…?」

 

混乱に乗じて拘束が緩んだおかげで、未だ困惑する兵士たちから離れられたウェンディが、シエルの方へ一歩一歩近づきながら彼の名を呟く。彼女もまた、困惑しながらも、それ以上に混乱している様子のシエルを案じて、声をかけた。

 

「大丈夫なの…シエル…?」

 

「!!近づくな!危ない!!」

 

「っ!!」

 

彼女の声を聞いて気付いたシエルが、反射的にウェンディへと怒鳴り声をあげてしまう。恐れに引き攣った、高く裏返った声で近づくことを拒絶されたウェンディも、思わず表情に恐れを抱いて肩を震わせる。それを目にしたシエルは「あ…」と後悔を混ぜた悲痛な表情を浮かべ、だがそれでも目を悲しげに細め、歯を悔しそうに食いしばりながら、声を絞り出す。

 

「……ごめん…でも、ダメだ……俺に、触れたら…!!」

 

近づいてきた彼女から距離をとるように少し移動し、自分の体が万が一彼女に触れないように対処する。たとえその行動が、少女の表情に、更なる悲しみを帯びさせてしまう事になったとしても。

 

 

幸か不幸か、王国軍は今シエルを大いに警戒して、迂闊には動けない状態だ。触れただけで爆発してしまう。その結果をまさに味方の惨状で垣間見たことで、最大限の注意を払う事に、神経を集中しているのだろう。すぐにでもこの場を離れるべきだが、今のシエルの状態を考えると、難しい。

 

 

 

 

自分を、囮にするべきか…。その考えが頭に過って、実行に移すタイミングを考えていると…。

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおおっ!!」

 

何者かが動けずにいる自分の体を、全速力で駆けながら両腕で抱え上げて、街の外へと走り出した。その正体は…。

 

「なっ!?ナナナナナツゥ!!?」

 

「よく分かんねーけど逃げるチャンスだ!お前ら!取り敢えず街から出んぞぉ!!!」

 

一切の躊躇も逡巡もなく、触れたら爆発させる自分の体を担ぎ上げて全速力で逃げ出すナツ。困惑していた仲間も兵士も、その光景を見てようやく正気に戻り始めた。仲間はナツの名を呼びながら彼のあとに続き、兵士たちは逃げ出した魔導士たちを再び捕えようと動く。

 

「ちょっ、おまっ、何をやってんだ、ナツ!さっきの見てなかったのかよ!!?」

 

「あ!?見たけどそれがどーした!?ってか、お前魔法使えねーんじゃなかったのか!?」

 

「俺だって分かんないよ!つーか俺が聞きたいのはそーゆ―事じゃなくて!!」

 

兵士達の阿鼻叫喚になった様子は、ナツも勿論目にしていた。何だったら、さっきまで彼も目の前の光景が信じられないものであっただろう。今度は、ナツがその犠牲になってしまうというのに、何を悠長な…!

 

「俺に触ったら、今度はナツが爆発しちまうんだぞ!?そりゃお前の体は頑丈かもしれないけど、万が一なんかあったら…!!」

 

「じゃあお前今自分で走れんのか!?」

 

「それは……厳しいけれど」

 

せめて今すぐ自分を下ろせば、被害は増えないはず。だがそれもナツは却下するだろう。どうあっても、今ナツは恐らくシエルを放そうなどと言う真似は絶対にしない。仲間が動けなくなっているこの状況で、見捨てるに等しい行動は出来ない。

 

「体に触れたら爆発だ?んなことでお前を助けねー理由になるかっつーの!」

 

口元に笑みを浮かべながら、何事もないかのように断言するナツ。その言葉に、シエルは目を見開いて言葉を失った。自分自身でも己と言う存在が恐ろしく感じていたというのに、この青年は何て奴なのだろうか。自らの体が爆発するよりも、自分の身の安全を優先してくれると。断言さえする彼に、シエルはただただ呆然とした。

 

 

「つーか、いつまでも爆発しなくね?何でだ?」

 

「え?……そー言えば…何で?」

 

「言ってる場合か!!」

 

そうこうしてる内に、街の外に繰り出したところで、長い時間担いでいるのに結局爆発の予兆すら見られない状況に、逆に不思議がってナツが尋ね、シエルも訳が分からず疑問符を浮かべていたのを、追いついてきていたルーシィが思わずツッコんだ。

 

「どうしましょう!このままじゃ追いつかれちゃいますよ!?」

 

「だぁー!しつけーなあいつら!!」

 

しかし街の外へと出れたとはいえ、兵士たちはまだまだ追ってくる。街にいた時と比べると半数ほど減ったが、ほぼ戦う力を持っていない自分たちでは抵抗も出来ない。いずれ追いつかれるのは時間の問題…。

 

 

 

 

 

すると後方から、猛スピードで何かが轟音を立てて近づいてくるのを、彼らの耳が拾った。

 

「ん?何だ…?」

 

その何かはスピードを落とさないまま追ってくる王国軍のすれすれを通過して、彼らの態勢を崩し、逆に逃げるナツたちを器用に避けて、彼らの進行方向先へと出てから急停止する。赤を基調とした船の形をしたデザインの魔導四輪で、上部と前方席の扉に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章が入っている。

 

「ま…魔導四輪…!?」

 

突如前方を塞いだようにも見えるその魔導四輪。しかし、運転席の窓から運転手と思われる人物が発した言葉は、彼らの想像とは真逆だった。

 

()()()()から聞いてきた。乗りな」

 

『おおっ!!』

 

ギルドの紋章…ルーシィの名…。恐らくこの人物は、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー。そして口ぶりから察するに、味方で間違いない。歓声を上げた直後に全員が乗り込み、確認した運転手はすぐさまギアをチェンジして、アクセルをふかす。

 

「飛ばすぜ、落ちんなよ?GO(ゴー)!!FIRE(ファイア)!!!」

 

勢いよく後輪が回り、摩擦によって発火したような錯覚すら思わせる程の勢い。そして勢いそのままに、先程同様の猛スピードを出しながら走り抜けていく。たった数秒で、もうシッカの街が見えなくなってしまうほどの速さだ。

 

「すっごーい!あっという間に逃げきっちゃった!!」

 

「助かったわ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「それにしても、凄いスピード…」

 

「お…おおお…!」

 

前方助手席にルーシィとハッピー。後方座席に右からナツ、シエル、ウェンディとシャルルを乗せた魔導四輪を運転するその人物に、各々感嘆や感謝の言葉を向ける。そしてナツは案の定乗り物酔いを起こしていた。

 

「王都へ行くんだろ?だったらどんな乗り物でも、オレたちの速さには敵わねぇ」

 

自信満々と言った言動の、桜色のツンツン頭をした、バイザーゴーグルをつけている運転手。どこか既視感を感じるような…と頭の中で考えていた一同は、その運転手がゴーグルを上げてその素顔を見せた瞬間、衝撃を受けることになった。

 

「クク…妖精の尻尾(フェアリーテイル)最速の男…

 

 

 

 

 

『ファイアボールのナツ』とは、オレのだぜ」

 

その顔はまさに、後方座席でグロッキーになっているナツと、瓜二つのものだった。『ファイアボールのナツ』…つまり、エドラスのナツである。

 

『ナツーーーー!?』

 

「お…オレぇ…?」




おまけ風次回予告

ルーシィ「エドラスのナツって乗り物を物凄く乗りこなしてるのね…!あまりにも反対でびっくりしたわ…」

シエル「…そうだね…」

ルーシィ「エドラスのあたしも随分違ってたし、そー言えば、他のみんながどうなってるのか、あたしあんま知らないわね」

シエル「…うん…結構みんな、違ってる…」

ルーシィ「あのさ…何となく気持ちは分かるんだけど…予告の時だけでも、ちょっと元気出してこ?ね?」

シエル「…ごめんね…」

ルーシィ「……(汗)」

次回『希望の王都、悲痛の妖精』

ルーシィ「あ、ほら!きっとウェンディも、シエルが元気な方がきっと嬉しくなるわよ!ほらぁ笑顔笑顔!!」

シエル「……ふふ」

ルーシィ「こんな悲しい笑顔見た事ない…!相当重症だわ…」


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第82話 希望の王都、悲痛の妖精

余裕をもって間に合わせました!こんな日、いつぶりでしょう…?←

最近、ふと原作の先の方を確認がてら読み直していたりしてるんですが…クロッカスにあるリュウゼツランド。あれ、X777年にオープンした施設だって、完全に頭から抜け落ちてました…。

どうしよう…43話で完全に建設予定扱いにしちゃってた…!しくじった…!
まあ、7年後に入ってから考えよう。←

ちなみに連絡しておくと、来週の更新は休みとなります。と言うか2月中は仕事が多忙につき、二話しか投稿の余裕がありません…。下手するとさらに減るかも…。それまでどうか、お待ちいただけると幸いです…。


激しい駆動音を鳴らしながら猛スピードで荒野を駆ける一台の魔導四輪。それを運転している青年は、後部座席で酔いによりグロッキーになっている青年と同じ顔と声。エドラスにおけるナツだ。

 

「ナツ…!?こっちの…エドラスのナツ!?」

 

「ルーシィが言ってた通り、そっくりだな。で、アレがそっちのオレかよ?情けねえ」

 

驚愕と衝撃を受けているルーシィに目を向け、さらに後方にいる自分と同じ顔をしている、酔いでダウンしているアースランドのナツを見て、少しばかり呆れた様子を見せるエドナツ。同じ車内に同じ顔をした人間が二人いるのに、佇まいはまるで別人だ。

 

「こっちのナツさんは、乗り物が苦手なんです…」

 

「それでもオレかよ?こっちじゃオレは、『ファイアボール』って通り名の、運び専門魔導士なんだぜ」

 

アースランドのナツの様子を指摘されて同様に苦笑いを浮かべる仲間たち。その内のウェンディがエドナツに説明をすると、視線を前方に戻しながら自信満々と言った様子で語る。アースランド(知っている方)のナツはどんな乗り物に乗っても秒で酔うほど極端に弱かったのに対し、エドラス(この世界)のナツは逆に乗り物を乗りこなしてそれを仕事の一部に組み込む魔導士だそうだ。ナツが乗り物を乗りこなす…目の前に存在しているのに、現実離れしているようにシエルは感じた。

 

「そういえばこの魔導四輪、SEプラグついてないよ!?」

 

「SEプラグ…?」

 

「正式名称SELF(セルフ) ENERGY(エナジー)プラグ。運転手に装着して、魔力を燃料に変換する装置だよ」

 

エドナツの座る運転席を見たハッピーが、アースランドでよく見た装置がついていないことに気付いて声をあげた。基本アースランドでの魔導四輪は運転手の魔力を燃料に変換するためのSEプラグが付けられている。しかし、今エドナツが運転しているそれには、ついていない。

 

聞き慣れない単語を耳にして反芻したウェンディに説明をしながら、シエルも改めて後部から運転席を見てみると、確かにアースランドのものとは細部が異なっていることに気付く。そしてその理由も、少し考えればすぐに気付けるものだ。

 

「そっか…こっちじゃ人が魔力を持ってないから、SEプラグが必要ないんだ…」

 

「完全に魔法のみで走ってるって事?」

 

「なによ…車に関してはアースランドより全然進んでるじゃないの」

 

エドラスにはアースランドのように体内に魔力を有している人間が存在しない。だからルーシィが気付いたように、魔導四輪にはSEプラグはいらず、車自体に元から入れられた魔力で走行している。走行中の補給を必要としない点で言えば、シャルルが言った通りエドラスの方が優れているだろう。

 

だが、その話を耳にしながら、一切反応を示さず運転を続けていたエドナツは、突如前触れもなくブレーキをかけて急停止。慣性に従ってブレーキを踏んだ位置から大分前に進みはしたが、その場で停まってしまった。急な衝撃で身体を持ってかれそうになった一同の悲鳴が車内に響く。突如急停止したことにルーシィが文句を一言言ったが、それに介さずエドナツは口を開いた。

 

「…そうとも言えねえな…」

 

エドナツが口にした内容とは、先程までの車内での会話に対する補足だった。

 

「魔力が有限である以上、燃料となる魔力もまた有限。今じゃ手に入れるのも困難。だから、オレが連れてってやれるのはここまでだ。降りろ」

 

そして続けざまに告げた「降りろ」。王都まで連れて行ってくれるとばかり思っていた彼の冷たくも聞こえるその言葉に、乗せてもらったアースランドの面々が面食らう。エドナツが言うには、これ以上予定にないルートを走ってしまうと、ギルドに戻れるほどの燃料がなくなってしまうらしい。ただでさえギルドの場所を知らないうちに変えられたために、燃料の配分を考え直さなければならなかったのも理由だ。

 

「うおおお~~!!生き返った~~!!」

 

「早っ…!」

 

「もう一人のオレは物わかりが良いじゃねえか」

 

真っ先に魔導四輪から降りて大地を踏みしめながら声高らかに叫ぶナツを見て、呆然とするシエルたち。対してエドナツは何か勘違いしているのかそんなことを言っている。

 

「さ!降りた降りた!」

 

そして残るみんなもエドナツによって車外へと放り投げられる。投げられた側は、今どうやって外へと出されたのか理解する暇もなかった。ほぼいっぺんにやられた気がしたけど…本当にどうやって…?

 

「王国とやり合うのは勝手だけどよォ、オレたちを巻き込むんじゃねえよ。今回はルーシィの…『お前』じゃねえぞ。オレの知ってるルーシィの頼みだから仕方なく手を貸してやった。だが面倒はごめんだ。オレは…ただ走り続けてえ…」

 

こちらに…主にルーシィに目を向けながら淡々と話し、最後にはハンドルをその手で握りながら、エドナツは前を見据えて呟いた。やはりエドラスの魔導士たちは王国と戦おうという姿勢は一切ないようだ。

 

「オイ」

 

すると助手席側のドアの縁に腕をかけ、ナツが彼に声をかける。それに反応して視線を向けるエドナツであったが、その後アースランドのナツが起こした行動によって、その目が見開かれる。

 

「お前も降りろ!」

 

「バ…てめ…何しやがる!!」

 

運転席にずっと座っていたエドナツの襟首と腕を掴み、彼を外へと出して降ろそうとしている。彼の行動に気付いたエドナツが、驚きと焦りを表情に出しながら抵抗するも、素の腕力が上であるアースランドのナツを振り払えず、そのまま引きずられていく。

 

「同じオレとして、一言言わしてもらうぞ」

 

「よ、よせ…やめろ!オレを…オレを降ろすなァ!!」

 

手足を動かして必死に抵抗を続けるエドナツ。しかしそれも虚しく、エドナツは車外に引っ張り出され、呆然と見ているナツの仲間たち同様、地面へと降ろされた。そして、その影響で彼を見下ろす構図となり、ただエドナツに鋭い視線を向けながらナツは…。

 

「お前…

 

 

 

 

 

 

 

何で乗り物に強え?」

 

「そんな事かい!!」

 

「降ろしてまで言う事か!!」

 

関心と驚愕と疑問を入り混ぜた、点になった目を向けながら屈んで彼の顔を覗き込み尋ねた。本人以外からしたら至極どうでもいい疑問を。そんなことわざわざ引っ張り出してまで聞く必要があったのかと、こっちが疑問を抱かずにはいられない…。

 

「ひぐぅ…!!」

 

だが、その疑問も含めて、一気に吹き飛ぶような事態が起きた。魔導四輪から無理矢理降ろされたエドナツが、突如引き攣ったような、怯えたような弱々しい声をあげ、両腕で自分を庇うように体勢を変える。その変化に、ネコたちも、魔導士たちも意識を向けて頭に疑問符を浮かべていると、小刻みに体を震わせながら、注目されている本人は声を絞り出した。

 

「ご…ご、ごめんなさい…!()()にも分かりません…!!」

 

さっきまでの、性格的にはこっちのナツと特に変わらない口調をしていたエドナツが、弱々しい印象と声で、両目に涙すら浮かべながら返した。それを見た者たちは…ナツを筆頭に一斉に目を丸くする。え…こいつ、誰?って、言いたげに。

 

「…お、お前、本当にさっきの()()?」

 

「は、はいっ!よく言われます!!車に乗ると性格変わるって…!!」

 

「本来のエドナツはこれかぁーー!!」

 

ビクビクとしながら足を閉じて縮こまっているエドナツに、衝撃を受けながらもナツが確認してみると、今怯えているこの状態と違い、車に乗ると強気な性格になるということが分かる説明が告げられる。それを聞いて理解したシエルが真っ先に叫んだ。車に乗っているのが仮の性格で、本当はこの弱気なナツが本来のエドナツであると。成程、アースランドと真逆である。

 

「ひー--っ!!大きな声出さないでっ!!怖いよぉ…!!」

 

思わず叫んだシエルの言葉にすら怯え、両手で頭を抱えながら更に震えて縮こまるエドナツ。さっきと打って変わって情けない彼の姿を目の当たりにしたナツが、何か諸々のショックでフリーズしている。そんなナツの背後から、シエルによく似た悪い笑顔を浮かべたルーシィが「鏡の物真似芸でもする?」と煽ってきていた。昨夜の仕返しのつもりだろう。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!で…でも、ボクには無理です!!ルーシィさんの頼みだからここまで来ただけなんです…!!」

 

体育座りで頭を縦に振り、謝罪を表しながら説明をするエドナツ。怯え方はオーバーだが、強気の状態でも今の状態でも、王国と戦おうと言う気はなかったことには変わらないらしい。まあ、ここまで怯えている者を無理矢理戦力にするために連れていくのも憚られると言うものだ。

 

「いえいえ、無理しなくていいですよ」

 

「こんなのいても、役に立ちそうもないしね」

 

「シャルル!」

 

オドオドとしているエドナツに対して、ウェンディが優しくフォローの言葉をかける。それを聞いて少しばかり安堵の表情を浮かべていたのだが、続けざまにシャルルが零した言葉に、今度は少しばかり落胆を込めて俯く。しかし彼女の言に関しては、彼自身も少なからず自覚はあった。

 

それはそうと、優しい雰囲気を持った幼い少女の姿に既視感を覚えたエドナツは、心当たりがある人物を思い浮かべて彼女に尋ねた。

 

「もしかして…ウェンディさんですか?」

 

「はい」

 

「うわぁ…小っちゃくて可愛い…!」

 

エドナツにとっての『ウェンディ』と言えば、自分よりも背が高い、大人っぽい印象を与える女性の方だ。そんな彼女が、違う世界ではまだ幼く可愛らしい印象の少女であることは新鮮だろう。まさしく子供に向ける眼差しで呟いた言葉だったのだが…。

 

「む…」

 

「ひぃ!?ごめんなさい!!」

 

「こらこら、睨まないの…」

 

分かっていたとしてもちょっと気に入らなかったシエルが、明らかに不機嫌な目をエドナツに向けたことで本人が再び萎縮。すぐさま気付いたルーシィが彼を窘めた。

 

「あ、あれ?ひょっとしてそっちはシエルさん…?」

 

「ん?ああ」

 

「シエルさんも小っちゃいんですね…!ちょっと怖いところは一緒だけど…」

 

まだ会ったことはないが、エドナツの知るシエル…エドシエルも恐らくは大人の姿。彼は記憶に残っているエドシエルと、今目の前にいるシエルを比較して少し驚きを表している。だが彼にとっては共通点があるそうだ。ボソッと言っていたがバッチリ耳に入ってる。睨まれることは無くなったが、シエル自身の表情は若干不機嫌のままだ。

 

「本当は優しいんですよ?シエルって」

 

「(アンタにはね…)」

 

「あ、それ、こっちのウェンディさんもよく言ってました」

 

「そ、そう…なんだ…!」

 

そんな中、意中の少女に笑みを浮かべながら褒められ、向こうのウェンディも同じことを言っていたという情報を耳にしたシエルは、途端に上機嫌に戻ったのか赤くなった顔を逸らして、緩みそうになる口元を見られないよう手で隠した。だがこの行動の意図は恐らく、一部を除いてバレバレである。

 

「それで、そっちがアースランドのボク()()

 

「どこに()()付けしてんだよ」

 

「オイラはハッピー!こっちがシャルルだよ」

 

「ふんっ」

 

ほぼ流れではあるが今更ながらに自己紹介が始まる。妙なところについた『さん』はともかく置いといて、エドラスから送られてきていたハッピーがシャルルも含めて紹介する。そして残った一人は…。

 

「あたしは、もう知ってると思うけど…」

「ひー----!!ごめんなさい!何でもします!!!」

「ぁぁ………」

 

「お前さ…もっとオレに優しくしてやれよ」

 

アースランド(こっち)のルーシィに言っても意味ないと思うぞ…」

 

名乗ろうとした瞬間、今までで一番ビビりながら愛車の魔導四輪の陰に隠れて、切羽詰まった声で叫び、主張した。これは恐らくあれだ。エドルーシィに散々いじめられて築かれた条件反射だ。だからアースランドのルーシィはほぼほぼ無関係と言っていい。言うならエドルーシィに…いやダメだ。二人揃ってエドルーシィに技決められるのがオチだ。

 

「こっちのルーシィさんは…皆さんをここまで運ぶだけでいいって…だから、ボク…」

 

すると愛車の陰に隠れながらも呟いた言葉を聞いて、一同が周りを見渡してみると、今いる場所から下方向に、まるでその一帯を埋め尽くすほどの巨大な都市が見えた。マグノリアよりも、もしかしたら広いかもしれないと思えるほど。

 

「これって…!!」

「もしかして王都…!?」

「大きい…!!」

 

エドラス王国王都。今までの街とは桁違いの規模。そしてエドナツのセリフから察するに間違いないだろう。

 

「クロッカス程じゃないと思うけど…かなりの広さだ…!!」

 

一度兄と一緒に、自分の国の王都に行ったことがあるシエルは、記憶に残っているその光景と規模を思い出しながら、まだクロッカスの方が広かった感覚を思い出す。だがそれはあくまで比較の問題。実際に街の中へと入れば、広大であることは確かだろう。

 

ちなみに彼の一言を聞いて、「シエルってフィオーレの王都にも行ったことあるんだ…」と心の中で驚いていたのは彼女のみ知る。

 

「何だよ、着いてんならそう言えよ~!」

 

「うわあっ!ごめんなさい!!」

 

既に王都に辿り着いていた事を知ったナツが、エドナツに満面の笑みを向けながら彼の肩に腕を回す。しかしそれさえもエドナツには恐怖だったのか再び怯えながら謝罪を口にする。どうにも絡みづらい。人知れずナツはそう思った。だが何はともあれ、これはとてつもなくついている。

 

「いいぞ!こんなに早く着くとは思わなかった!!」

 

「あの王都の中に、魔水晶(ラクリマ)に変えられたみんながいるんだな…」

 

本来なら三日かかると思われた王都に、一日で到着することが出来た。あとは魔水晶(ラクリマ)にされたマグノリアのみんなを探し出して、元に戻す方法を見つけるのみ。「さっさと行くわよ」とシャルルが一足先に坂になっている大地を下り始め、その後をウェンディが慌てて追い始める。

 

「俺たちも」

「あい!」

「じゃ、ありがとな!」

「あたしによろしく!!」

 

その後へ続くように、シエルたちも足を動かして王都へと進み始める。いよいよだ。仲間を取り返すためには、恐らく王国軍との激突は必至。ほぼ戦力がないこちらには分が悪いが、それでも譲る訳にはいかない。改めて心にそう刻みながら、シエルはウェンディたちを追う形で王都へと急いでいく。

 

と、近くで走っているルーシィとハッピーのみを目にしたシエルは、一人足りないことに気付いた。気になって後ろを振り向いてみると、まだ少し離れたところで何故か後ろを向いて立ち止まっているその一人…ナツを見つけた彼は、口元に手を添えた声を張る。

 

「おーいナツー!置いてくぞー!!」

 

「悪ィー!今行くー-!!」

 

何をしてたのだろうか。そう思いながら目を凝らすと、こちらを不安そうに、だが少しばかり驚いたような表情で見てくるエドナツを見て、少しばかり察した。彼と何か話をしていたのだろう。そしてそれは恐らく、無謀にも王国軍に戦いを挑もうとしている自分たちが、どこか信じられないと言ったような。

 

それでも自分たちは止まれない。後から追いかけてくるナツを確認したシエルは、再び王都へと足を向け始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

エドラス王都城下町への侵入…と言うより、普通に堂々と王都に入ること自体は意外にも簡単にできた。魔力を独占し、魔導士ギルドを排した王国の統治下。そう伝え聞いていた自分たちにとって、その印象は目の前の光景と真逆だった。

 

町の空気は陽気そのもの。周りには魔法と思われる街頭やアーチ、外で元気そうに笑い声をあげながら、魔法で移動する木馬に乗ってはしゃぐ子供たち。行き交う人々も、ほとんどが笑顔を浮かべて、話に花を咲かせたりする者たちが多い。

 

「意外ですね。独裁国家の統治下って言うから…」

 

「もっと寂れたというか、くたびれてる町かと思ってた…」

 

「町の中にもあっさり入れたしな」

 

周りを見渡しながら城下を歩き回り、どこかに魔水晶(ラクリマ)が無いか探してみるも、思っていた印象とは正反対の賑わいに、逆に目を奪われるものが多々ある為、捜索も困難だ。

 

「ルーエンやシッカと全然違う…。遊園地みたい」

 

「こっちじゃ魔力は枯渇気味だったんだよね?少なくともここを見る限りは、そうは見えないけど…」

 

「魔力を奪って、ここに集中させているからよ。国民の人気を得るために、こんな娯楽都市にしたんだわ」

 

ルーシィ、そしてシエルの疑問に情報で理解しているシャルルが答える。呆れた国王だ。そのせいで魔導士が何人も犠牲になり、王都を除くほぼすべての街が衰退して寂れているというのに、それさえもお構いなしと言う事か。一国の…世界の王がとる政治とは思えない。

 

呆れたと言えば、町の子供たちも乗って遊んでいた宙に浮かぶ木馬。どっからか手に入れたナツが、何故かそれに乗って後ろからついてきている。どう見ても乗り物にしか見えないのだが…しばらくすると案の定酔っていた。

 

「ん?何か向こうの方が騒がしいですね」

 

「あ、ホントだ。凄い盛り上がり…」

 

「パレードとかやってんのかしら?」

 

するとウェンディが、横道の方に人だかりがいるのと、その人たちの歓声を見聞きして、仲間内にも伝える。先程遊園地みたいと形容していただけに、そのような催しがあっても確かに違和感はない。

 

「ちょっと見に行ってくるか!」

「あいさー!」

 

「アンタたち!遊びに来たんじゃないのよ!!」

 

そしてそんな賑わいを見せる催しがあったら反応してしまうのがナツである。相棒のハッピーも一緒になって一足先に行ってしまい、目的を見失いつつある二人にシャルルが叫んだ。

 

「何だ何だ?」

「待ってよナツ!」

「うわー!凄い人ごみ…!」

 

追いかけたルーシィやシャルルも一緒になって、大勢で賑わう人ごみの中を掻い潜って先へと進んでいく。ウェンディもその後を追おうとしたが、大勢の人を目にしたシエルが突如足を止めたのに気づき、不思議に思った彼女が振り向いて彼に声をかけた。

 

「シエル、どうしたの?ナツさんたち行っちゃうよ?」

 

どこか俯いている様子のシエルに、どんどん先に行ってしまうナツたちの方を指さしながら、ウェンディは彼を急かす。だが、シエルから帰ってきた返答は、思っていたものとは違った。

 

「俺、別のとこで待ってるよ」

 

「…え?」

 

予想していなかった彼のその答えに、ウェンディは目も口も思わず開いてしまった。一体どうしたのか。ウェンディが知る限りこのようなことを言うのは初めてだ。

 

「待ってるって…何かあったの…?」

 

「何かあったって言うより…何か起こすわけにいかないから、ね…」

 

思わず尋ねた彼女の問いに、左手で右の手首を掴みながら視線を下に向けて俯く。どういう意味の言葉なのかしばらく分からないままであったが、ふと少し前の事をウェンディは思い出した。シッカの街で突如シエルが起こした、兵士たちを吹き飛ばした爆発。未だ謎に満ちたあの能力を、軍相手ならともかく、恐らく一般人である王都の住人に意図せず発生させるわけにはいかない。

 

シエルが人ごみを避けるように待つと言った理由は、これしか浮かばない。

 

「ウェンディは行ってきなよ。ナツたちも見失っちゃうし」

 

「で、でも…」

 

「俺の方は気にしないで。じゃあ、また後で!」

 

そう言ってシエルは笑みを向けながら、ナツたちとは反対の方向へと向かっていく。困惑が強かったウェンディはそれを呼び止める間もなく、声をかけようとした時にはどこかで曲がったのかもう見えなくなってしまっていた。

 

走り去っていく直前に浮かべていたシエルの笑顔。あれはどう見ても、本心からのものではなかった。無理に浮かべたような、痛々しい印象を持つそれが脳裏に浮かび、ウェンディの胸の内が何かに締め付けられるように悲鳴を上げている気がした。

 

「ウェンディ、何してるの?」

 

シエルが去って行った方向を見ながら立ち尽くしていると、気になって戻ってきたらしいシャルルが彼女の背後に立っていた。声をかけられたウェンディは振り向き、彼女の名を力なく呟く。

 

「いつまでも来ないからはぐれたのかと思ったわよ…オスガキは?」

 

「え…っと…」

 

つい先程まで共にいた少年の事を言われ、言葉に詰まってしまう。どこまで言うべきか。どう言えばいいか。黙ってばかりいてもそれはそれで心配をかけてしまう。気付けば、彼女はそれを言葉にしていた。

 

「別のとこに…行くって…」

 

「……そう」

 

曖昧で要領も得ない、人によってはよく分からないと言った一言。だがシャルルはそれでもそれ以上何も聞こうとしなかった。長い付き合いであるウェンディの様子から、そして件の少年の事を思い返しながらある程度を察したからだろう。

 

「じゃあ早く行くわよ」

 

踵を返しながら、人ごみの方へと戻っていくシャルル。ウェンディもその後へとついて行くが、時折その意識は反対へと進んでいったシエルの方に持っていかれるのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ウェンディと一度別れた位置からそう遠くない隣接する民家の一つ。その屋根の上にシエルはいた。正確には、二つの民家の壁の隙間を伝って、登ってきたというのが正しい。

 

「ふぅ…改めて、魔法なしなのがどれだけきついのか実感するよ…」

 

乗雲(クラウィド)雷光(ライトニング)などで空中を移動できるシエルにとって、それが封じられることに対する不便性は他よりも少しばかり大きい。地道な方法は慣れているものの、魔法を使用することの方に慣れてきていた彼にとって、壁伝いに登る方法も少しばかり苦となっていた。

 

「さて…確かあっちの方に…」

 

ウェンディたちが向かって言ったと思われる方角に、屋根の上に立ちながら視線を向けると、人ごみが出来ていた最大の理由が、すぐに目に映った。

 

 

 

一言で言うならば、巨大な魔水晶(ラクリマ)だ。周りで警備している兵士たちと比べると、高さは優に10人分を超しており、シエルから見える限り、横幅もほぼ同じぐらいの長さだ。それがどれほどの密度になっているかは、最早確認のしようもない。

 

「まさかあれが…マグノリアの、ギルドのみんな…!?」

 

遠目から見てもはっきり視認できる巨大なその魔水晶(ラクリマ)。だが目を凝らしてみると、右側の方は切断されたかのように奇麗な断面が映っている。恐らくこれは一部分であり、まだこれと同等かそれ以上の魔水晶(ラクリマ)がどこかにあると予測できる。

 

その魔水晶(ラクリマ)の前に集まっているのは、まるで凱旋のように歓喜に盛り上がる王都の住民たち。そしてその歓声が一際大きくなる瞬間が訪れた。魔水晶(ラクリマ)の前に一つ置かれた魔水晶(ラクリマ)の半分ほどの高さの高台に登り、絢爛な装飾が施された長杖を片手に持つ、白髪に染まったうねりを持つ長い髪と、濃い髭を蓄えた老人。

 

身に纏う服は他の者たちと比べると、見るからに上質なものであるか分かる。十中八九、間違いないだろう。彼が両手を大きく広げると、歓声が一際大きくなった上、向こうのあちこちで「陛下ー!」という声が上がっている。

 

彼こそがエドラス王国の国王にして、マグノリアの住民と、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士を魔水晶(ラクリマ)に変えて奪った元凶。『ファウスト』である。

 

「エドラスの子らよ…我が神聖なるエドラス国は、アニマにより10年分の“魔力”を生み出した」

 

こちらにまで反響して聞こえる堂々とした声が、王都に住まう者たちすべての耳に届く。彼らは今、王国が素晴らしい魔法を用いて、自分たちの世界を救う為の魔力を生み出したと信じているのだろう。

 

その魔力が、アースランド(別の世界)の町や人間を奪い、それを元にして作られたことも知らずに。

 

「共に歌い、共に笑い、この喜びを分かち合おう」

 

他所の世界から勝手に奪い取ったもの。それを明かさず身勝手に行われる演説。そしてその言葉に心の底から湧き立ち、喜ぶ群衆。真実を知っている者たちからすれば、どちらも人を殺しておいて喜びたつ狂人にしか、見えなかった。

 

「エドラスの民にはこの魔力を共有する権利があり!また…エドラスの民のみが、未来へと続く神聖なる民族!我が国からは、誰も魔力を奪えない!!」

 

なおも続く演説。自然と己が拳を握り締めているのが分かる。あの場にいるであろう仲間たちも、恐らくはそうなのだろう。だが堪えなければ。今出て行ったところで、どうにも覆せることなど、出来やしないのだから。

 

民たちからの歓声を受けながら、国王ファウストは更にその言葉を続ける。そして張り上げていた声とは対照的な、少しばかり落ち着きを思わせる声で言葉を紡ぐ。

 

「そして、我は更なる魔力を手に入れると約束しよう」

 

 

 

 

その直後、ファウストは後方に存在する魔水晶(ラクリマ)に、右手に持った長杖を叩きつけた。

 

「これしきの魔力が、ゴミに思えるほどのなァ…!」

 

叩きつけたことにより、亀裂が走る魔水晶(ラクリマ)。その亀裂から、いくつかの破片が零れ、地へと落ちていく。

 

国王にとってはただの魔力。これからゴミになるであろうもの。

 

住民にとっては希望の象徴。この先10年の安寧を約束された結晶。

 

 

だが、自分たちにとってあの魔水晶(ラクリマ)は…ギルドの仲間…大切な家族…そのものである存在…。

 

 

それを、ゴミ同然のように、扱われた…。

 

 

 

「ッ……!!!」

 

シエルの中で、今まで以上の怒りと憎悪が湧き上がってくるのが分かる。今すぐにでも、あの忌々しい国王の顔を殴り飛ばしたいほどの衝動に駆られてしまう。限界まで目が開かれ、歯を食いしばり、それでも何も出来やしないと心に言い聞かせて堪える。

 

 

湧き上がる歓声。響く国王の哄笑。それを耳にしながら、握りしめる拳。彼の両掌から赤い血が溢れ出していることに、彼自身も気付くことはなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

日が暮れて、夕日が王都の街をオレンジ色に照らす中、仲間たちと合流したシエルはあるホテルの一室にいた。しかし、誰もが何を言う訳でもなく、静寂がその部屋を包み込んでいる。

 

時折シャルルが紙に何かを書く音と、思い悩むような彼女の唸り声が聞こえるだけだ。

 

シエルが彼らと合流した時も、全員がどこか心あらずと言った様子で、ルーシィがシエルを心配していたような言葉をかけ、それに対してどこか覇気のない返事で済んでしまった。

 

だが仕方ないと言えばそうだろう。昼間に目撃した国王の演説。傷つけられた仲間たち。それが頭の中を支配して、彼らから他の事に意識を向けるのを阻害している。

 

「やっぱり我慢できねえ!オレァ城に乗り込むぞ!!」

 

窓の近くに座りながら外の景色に目を向けていたナツが、突如その場を立ちながら口に出す。あんなものを見せられて、やはり我慢などできるはずがない。気持ちは大いに分かる。だが、そんな彼を制止させる者がいた。

 

「もう少し待ってちょうだい」

 

「何でだよ!!」

 

「ちゃんと作戦をたてなきゃ、みんなは元に戻せないわよ」

 

ずっとテーブルの上で、何かを紙に書きながら唸っていたシャルル。ナツの気持ちも分かるが、シャルルはその上で冷静に物事を考えている。いつものナツなら正面突破でもなんとかなる可能性はあるが、ルーシィ以外の全員が魔法を使えない現状では、あまりに無謀と言わざるを得ない。言い返す言葉も見つからないナツが、悔し気に唸り、シャルルに従う。

 

「みんな…あんな水晶にされちゃって…どうやって元に戻せばいいんだろう…」

 

場所は分かっても、戻し方もまだ分かっていない状況では、やはり迂闊には手出しできない。手詰まり。その単語が全員の頭の中に過る。一人(一匹)を除いて。

 

「直接聞くしかないわね」

 

「聞くって…まさか国王に…?」

 

「教えてくれるわけないよ」

 

「殴ってやればいいんだ!!」

 

シャルルが告げた方法。王国側の人間から聞き出すことだ。だが、国王を始めとして、軍の人間ならそう簡単に教えてくれるようには思えない。ナツはまた物理で解決させようとがなり散らすが、そんな彼らに「違うわよ」とシャルルが一言返す。

 

「一人だけいるじゃない。戻し方を把握していて、かつ私たちに教えてくれそうな奴が、王国に」

 

その言葉に、本人を除いた全員の頭の上に疑問符が浮かぶ。そんな人物が、確か存在していただろうか…?と首を傾げて考えてみるが、中々浮かばない。だが、ウェンディとハッピーが、同様に首を傾げているシエルを目にすると、ハッとした表情で思い出した。それを見てシエルが「ん?」と声をあげるよりも先に、二人の声が重なる。

 

「「あっ!エドシエル!!」」

 

その名前が出たことで、シエルも気付いた。異世界の自分の事であるために気づくのが遅れたが、気付いてしまえば説得力は確かだ。ちなみにナツは未だにピンと来ていない。ルーシィも同様だ。

 

「王国にスパイとして潜入して、魔科学研と呼ばれる部門のトップにいるエドラスのこいつなら、アニマの事も勿論把握しているでしょうし、ギルドの味方であることを伝えれば、悪いようにはしないはずよ」

 

「確かに!」

 

「希望が見えてきた!」

 

「えっ、エドラス(この世界)のシエルって、スパイだったの!?」

 

気付いた様子のシエルたちに向けて補足を説明するシャルル。ウェンディもハッピーも交えて表情を明るくしていると、シャルルの補足で初耳の情報を聞いたルーシィが困惑しながら聞いてくる。「そういやそうだった!」と彼女の質問に答えるタイミングでナツがようやく思い出した。

 

「エドラスの俺に会う事が必須なのは分かった。けど問題は…」

 

「どうやってエドシエルのところに行くか…よね…」

 

恐らくエドシエルの意向で、研究部門専用の研究室が、城のどこかに存在しているはず。彼がいるとしたらそこだろう。どこにあるかまでは把握できないが、そもそも城の中に入れなければ研究室を探すことも出来ない。兵士に見つからないようにするのも至難だろう。

 

「何かいい作戦無い、シエル?」

 

「う~~ん…」

 

ハッピーに尋ねられ、腕を組んで唸るシエル。こういう時、すぐさま状況を判断して作戦を組み立てられるのはシエルの得意技だ。今ある情報をもとにして、何が有効的なのかを割り出し、見つけ、組み立てる。その中で一番通用しそうなものは…。

 

 

 

「俺がエドラスの俺の生き別れた弟と偽って、どうしても会いたいと懇願して兵士に堂々と案内してもらう?」

 

「天才か!!?」

「確実に行けるねそれ!!」

 

「でもそれ、バレたら速攻で危ないんじゃ…」

 

「シエルも何だか自信なさげだし…」

 

対象が異世界の自分なら、自分自身の容姿を利用しようという魂胆だった。既にエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)から面影がある、よく似ていると太鼓判を押されている。だからそれを活かして、面識もまだないけど実は存在していた弟として接触する、というもの。即興にしては凝ってんな、やけに…。

 

だがしかし即興故か、シエル自身も考えはしたが、どうにも自信がないらしい。顎に拳をつけて首を横に傾げながら口にしていたため、思いっきり不安要素を感じさせるものになってしまった。思いっきり推しているのはナツとハッピーのみである。

 

「却下よ。アンタ一人だけはリスクが高すぎるわ」

 

そして呆れながらジト目を向けて、シャルルがズバッとその即興作戦を切り捨てた。これにはシエルも、ウェンディたちも否定しない。苦笑を浮かべるだけである。ナツだけは「いい作戦だと思ったんだけどなー」と不貞腐れていた。

 

「それに、近づける方法なら既にあるわ」

 

だが続けざまに言いながら、今までずっと何かを書いていた紙を手に持って、それをこちらに見せてくる。それを聞いた全員が、紙に書かれたものに注目して目を見開いた。書かれていたのは王都の簡易的な地図。中心に王城。そこから北西の方角の町外れに、坑道が存在していて、そこに向かう地図になっている。

 

元々この坑道は、城からの脱出経路だったらしい。つまり城の地下へと繋がっていて、正門の警備をすり抜けて、城の中へと入り込むことが出来るそうだ。

 

「すごい!何で知ってるの!?」

 

「情報よ。断片的に浮かんでくるの。エドラスに来てから、少しずつ地理の情報が追加されるようになったわ」

 

歓声交じりに尋ねたウェンディにそう答えるシャルル。先程から書いていた途中で唸っていたりしたのは、その情報を整理して紙に映していたからのようだ。だが彼女のその言葉を聞いたハッピーは、目に見えて落胆をその顔に浮かべている。

 

「オイラは全然だよ…」

 

シャルルには少しずつ地理の情報が浮かんでくるのに、自分はさっぱり。結局使命の事も思い出せないまま。どうして自分にはそれが浮かんでこないのだろう。ハッピーはそれがより不安となって圧し掛かる。

 

「とにかく、そこから城に潜入できれば、何とかなるかも!」

 

「上手く行けば、味方を一人増やせるだろうしね!」

 

城への潜入経路は把握できた。唯一王国の中で味方に出来そうな人物も判明している。後はその場で随時的確な判断をしていけば、希望はある。

 

「うぉーし!みんなを元に戻すぞー!!」

「はい!!」

「あいさー!!」

 

そうと決まったら行動あるのみ。やる気に満ちるナツを筆頭に、ウェンディとハッピーもそれに続く。

 

「待って」

「今度は何だよ!?」

 

だがその勢いも再びシャルルによって遮られた。一度目と違ってちゃんと作戦も立てたのに止められて、目玉が飛び出るほどのリアクションをしながらナツが叫ぶ。

 

「出発は夜よ。今は少しでも休みましょ」

 

言われてみれば、王都に着いてから精神的に波乱が多く、心休まらずと言ったところだった。更に言えば夜の方が人目につけられにくい。逸る気持ちを抑え、確実に成功させるために、夜が更けるまで一行はその身を休ませるのだった。




おまけ風次回予告

ナツ「よーし!王都にもついたし、みんなの場所も分かったし、あとはエドシエルから戻し方聞くだけだぜ!燃えてきたぁ!!」

シエル「ちょっとは静かにしてよ!夜中は声の反響がより伝わりやすいんだから…!」

ナツ「心配ねえって!誰もいないとこから入りこみゃいいんだろ?簡単簡単!」

シエル「その誰もいないところに誰かが待ち構えていたら、一体どうするつもりなんだよ…?」

次回『真夜中の潜入作戦』

ナツ「そん時ゃあれだ!あの…エドシエルの生き別れの弟って誤魔化して…」

シエル「それ俺の事だから!つかその作戦却下されたじゃん!」

ナツ「んじゃこっちのオレの弟ってことで!!(焦)」

シエル「お前ホントにみんな助ける気あんのか!!?(怒)」


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第83話 真夜中の潜入作戦

二週間お待たせいたしました!!
何だか随分と待たせてしまっているようで…お気に入りがやたらと減っていて物悲しさを覚えます…。

更に悲しいことに毎日毎日仕事の量が増えて言って全く片付きません…。来週の土曜も仕事…更新は休み…エドラス編終わるのいつになる…!?(泣)


昼間は魔法に溢れ、遊園地のような活気を見せていた王都。さしものこの場所でも、もうすぐ日が変わろうとしている深夜の頃になれば、人もおらず静寂が街の中を包み込む。本来であれば、街中に人など出てくることがない時間帯。だが、暗く静かな王都の中を、外へと向けて数人の影が駆けていた。

 

先頭には白い毛を持った二足歩行のネコ。その後ろを、それぞれ成人している男女と成人未満の男女、そして青いネコが追随する。

 

「坑道の入り口は、この先もうすぐよ!」

 

自らに与えられていた情報を頼りに書きだした地図を見ながら、先頭の白ネコ・シャルルが言葉を紡ぐ。しばらく彼女の進む通りについて行くと、木枠で通路が支えられた岩の通路…坑道の入り口が確かにあった。彼女の言っていた通りだ。

 

「ここか…?」

 

「ええ、間違いない」

 

「よ~し!」

 

シエルが確認のために尋ねると、確信を持った答えをシャルルが告げる。それを聞いたナツは、早速乗り込もうと坑道の中へと足を踏み入れる。

 

「待って」

 

「またかよ!?三回目だぞ!!」

 

しかし夕方の時同様先走って動き始めるナツをシャルルが制止し、対してナツも抗議のように声をあげる。

 

「逸る気持ちは分かるけど落ち着いて。明かりが無ければ進めないわ」

 

使われなくなってから随分時が経っている通路だ。勿論そんな道に明かりとなるものが置いてあるわけもなく、坑道の中は暗闇。故に道標を探すための明かりが必要となる。彼女のその説明を聞いたナツは意気揚々と右手を構えると…。

 

「そんなもん…オレに任せろ!!」

 

己の魔法で火を起こせば、明かりなどいくらでも作れる。そう思い至って前へと突き出す。しかし、その手には火の粉一つさえ起らず、それを目にして気付いたナツが「あ」と声をあげて固まった。

 

「ほら忘れてる。今の私たち、魔法が使えないのよ」

 

どうにも使えていた時の癖が抜けていないようだ。しばらく居心地悪そうに固まっていたナツは苛立ちながら近くにあった小石を蹴り飛ばし、坑道の奥へと飛んで行った石が、どこか虚しく反響音を響かせる。

 

「魔法を使えるのがルーシィだけじゃ、やっぱりちょっと頼りないね」

 

「悪かったわね、頼りなくて」

 

「あっ、ごめん、聞こえちゃった…?」

 

ナツやシエルが魔法を使えていれば、戦力的にも、今の明かりについても問題なかったのだが、意外と汎用性が少ないルーシィのみが魔法を使える状況に、ハッピーがぼやく。そんな彼の言葉はしっかり耳に届き、何かを持ってきたルーシィが声をあげるとハッピーは途端に狼狽する。

 

「ルーシィさん、それは?」

 

と、ルーシィがどこからか持ってきたそれに気付いたウェンディが尋ねれば、得意げに笑いながら彼女はそれを示した。

 

松明(たいまつ)よ!近くの小屋(あそこ)から持ってきちゃった!布を巻いて油を染み込ませてきたから、あとは火をつければ大丈夫!!」

 

「へぇ~、それで?ナツも今出せないその火は、どうやって調達するの?」

 

「そ…それは…」

 

両手に掲げて坑道の入り口から見えていた高床式の小屋を指し示し、残りは火のみが必要なところまで準備を整えていたことを語る。気が回ることは十分伝わったのだが、その松明を活用するための火が、結局どこにもないために、腕を組んで半目を向けながら告げたシエルに、ルーシィは言葉を詰まらせた。やっぱりノープランだったらしい。

 

 

 

そして彼らがとった方法と言うのは、木の板の上に細い木の棒を押し付けて回し、摩擦熱で発火させる原始的なもの、通称『キリモミ式』だ。ナツとルーシィがそれぞれ必死に両掌を使って木の棒を回し続けている。その様子を、板と棒の数の関係上、余ったウェンディとネコ二匹が眺めている。

 

「何でオレがこんな事しなきゃなんねぇんだよ…!」

 

「仕方ないでしょ…!?無くなって初めて分かる魔法のありがたみってとこよね…!」

 

坑道の入り口前でやる事にしては随分地味で手間のかかる作業だ。しかしアースランドの方でも魔法が発見される前の時代、この原始的な方法で古代の人々は火をつけていたのだ。その発想力と行動は、現代の人間から見れば凄いと思わせるものだ。

 

現にナツは力の入れ方を間違えたのか、棒の先が折れてしまい投げ出してしまった。

 

「んがー!全然ダメだ!」

 

「思ったより難しいものなのね…」

 

体感的にはかなりの時間を使ってこの作業を行っている。だが一向に火がつく気配がないため、ルーシィの方も半ばお手上げと言いたげの表情だ。

 

「ルーシィはともかく、火の魔導士のナツが火を起こせないって言うのも、なんだかおかしな話だなぁ」

 

「う、うっせ!つか、お前どこ行ってたんだよ…?」

 

坑道の入り口の森の中から、先程まで姿を消していたシエルがそう声をかけながら出てきた。「ちょっと探し物~」と言いながら森の中に入っていき、残された者たちが首を傾げていたものだ。それは見つかったらしいのか、先程まで持っていたなかった何かを両手にそれぞれ持っているのが見える。

 

「魔法も使えない。先人の知恵も上手くいかない。だったら俺たちに出来ることと言えば…今ある物で簡単にやりこなす工夫さ」

 

そう笑みを向けながら、彼はそれぞれの手に持っていたものを掲げてナツたちに見せてみる。それは…。

 

「紐を巻いた棒と…」

「石ころ…?」

 

右手に持っていたのは長さ10cm程の紐を、同じ長さの棒の両端に結びつけた棒。左手に持っていたのは少しへこみのついた握り拳大程の石。これがシエルの言う工夫に、どう関係しているのか?

 

ルーシィが火起こしに使っていた棒を受け取り、その棒を紐に通して一巻きしている形に。その状態で再び板の上に棒を置き、更にその上から石のへこんでいる部分を棒に固定、そこから紐のついている方の棒を前後に動かしていく。

 

「ここをこうして、それをあとは早く動かせば…!」

 

「さっきと比べると確かに点きそうだけど…」

 

「出来んのかよ?」

 

場にいる全員がシエルの火起こしを、ナツとルーシィがやっていた方法と比べると確かにやりやすそうなその方法を半信半疑で眺めている。

 

しばらく黙々と紐がついている方の棒を動かして摩擦させていると、少しへこみがついた板から少しばかり煙が出始める。

 

「あ、点きそうですよ!」

 

「よし、このまま…!」

 

声に出たウェンディ、そして他の面々も目を見張ってそれを見る中、シエルは棒を動かす速度をさらに上げる。最初は煙、その量は少しずつ増えていき、小さく火花が発生。そこから更に続けていくとついに摩擦していた部分が着火。成功した。

 

「点いた!」

「やった!」

「マジで!?」

 

その様子を見た一同が歓喜と驚愕に湧き立ち、着火させた少年はそれなりに腕を動かしたからか額の汗を腕で拭いながら一息つく。その間に、ルーシィが用意していた松明に火をつけると布の部分に燃え移り、染み込ませた油の力もあって十分な明るさを保ち出した。

 

「松明完成ー!!」

 

「やり方一つで簡単に出来るようになるもんだね」

 

「やるものねオスガキ。どっかの誰かとは大違い」

 

「いーじゃねぇか、シエルが出したんだから」

 

火のついた松明を掲げながら喜ぶルーシィ。工夫一つで簡単に火をつけたことにハッピーもシャルルも感心し、一言付け加えて呟きながらナツの方へと目を向けると、バツの悪そうな顔で目を逸らす。

 

「シエル、カッコよかったよ!」

 

「へっ!?い、いや~このくらいは~!あはははは…!!」

 

シエルが松明に火を移したため、種火となった方の板と棒の火消しをしていると、横からウェンディが顔を輝かせて彼を誉める。ストレートながらも彼を喜ばせるには十分すぎるそれは、途端にシエルの顔を赤くさせ、誤魔化すように視線をそっぽ向けてわざとらしく振舞ってる。

 

「ん~…」

 

「どうしたの?」

 

もう一本の松明を手に持ち、ルーシィが持っていた方から火を移して灯したナツが、勢いよく燃えている赤い炎を一点に見つめて何か唸っているのを、ハッピーが尋ねる。すると何を思ったのかその火を大きく口を開いてに含み、食べてしまった。思わずハッピーを始めとして場にいる者たちが驚くが、すぐにナツの意図は理解できた。

 

「あ、そっか。火を食べたらひょっとして…」

 

火を食べることで魔力や体力の回復、及び強化が可能であるナツの魔法。魔法が使えなくなったエドラスと言えど、火を食べることが出来たという事はその性質自体は適応されているのでは?と言う事は、火を食べた状態なら魔法を使えるのでは?と言う推察だ。もごもごと口を動かして飲み込んだナツ。魔法は使えるようになったのか?

 

「ここんとこが熱くなってきた」

 

胸と腹のちょうど中間部分を指さしながら答える。もしかしたらもしかするかも。ハッピーの期待がさらに膨れ上がる。

 

「それ魔法な感じ!?」

 

「感じ…かもしれねぇぞ!!」

 

「いいかもいいかも!行ってみよう、復活の狼煙!火竜の鉄拳!!」

 

ルーシィも加わって期待の眼差しを向けながら、いよいよ滅竜魔法の復活と言いたげに囃し立て、ナツのやる気に火が灯る。

 

「おう!行っけー-!!」

 

強く握りしめた右の拳を引き、思いっきり突き出して炎を纏った拳を突き出すナツ。そしてその拳は…。

 

 

 

 

 

 

火の粉一つとして出さないまま、虚空を切っていた。

 

「……はぁ…ダメか…」

 

火を食べても結局魔法は使えずじまい。期待外れとなった結果に、ナツは肩を落として落胆した。

 

「そう都合よくはいかないか~」

 

「そーゆーの、悪あがきって言うのよ」

 

同じように落胆を込めた苦笑いを浮かべたシエルと、初めから予感を感じていたシャルルがナツとすれ違いざまに口を挟んで坑道の入り口へと歩き始める。ちなみにナツが持ってた松明は、シエルが改めて火を点け直して持っていた。

 

「こっちの火食ったら、魔法が使えると思ったんだよ!!」

 

そんな言葉を叫びながら、落ち込んでいたナツが復活して、先に進んで言った仲間たちの後を追い始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

松明による明かりがあるおかげで奥へ奥へと進むことが出来ているが、坑道内の様子を見ると随分長く使われていないことがよく分かる。支えとなる木枠が一部腐食してとれていたり、作業に使われていたと思われるスコップやつるはし、酒が入っていたと思われる空き瓶の残骸などが散乱していて、荒れ放題と言う言葉がまさに似合う。

 

すると、地図を広げて先頭を歩いていたシャルルが突如立ち止まり、それを見たウェンディも、同じように立ち止まった。

 

「この先、照らして」

 

シャルルの言葉の通りに、ウェンディが持っていた松明で前方の先を照らし出すと、一見すれば何枚もの板と岩で封鎖された行き止まり。板の一枚には、作業の際の目印なのか、「KY-2c」と彫られている。

 

「ここよ」

 

どうやらこの先に、王城へとつながる道が続いているらしい。試しにルーシィが二回ほどその岩壁をノックしてみると、随分と鈍い音が耳に響く。かなりの厚さがあるそうだ。

 

「しかもこれ、魔法でコーティングされてる」

 

「これじゃ進めねーぞ」

 

「でも間違いないわ。この先に脱出経路があるはずなのよ」

 

他の道は見当たらず、シャルルの情報ではここで間違いないはず。だったら壊すしかなさそうだ。幸いナツたちはともかく、ルーシィになら、壊せる方法が存在する。

 

「こんな時こそあたしの出番よ!開け、金牛宮の扉!タウロス!!」

 

牡牛座のマークが入った金の鍵を掲げ呼び出したのは、ルーシィが呼べる星霊の中で一番のパワーを誇る筋骨隆々の体をした、ホルスタイン柄の牛。彼ならば分厚い石の壁であろうと破壊することが可能であるはず。

 

「そりゃあMO(モー)、ルーシィさんの頼みとあらば!!」

 

「思いっきりやっちゃって!!」

 

「やっちゃいます!!」

 

拳を鳴らしながら石の壁へと歩み寄り、タウロスは左の拳を引いて思い切り突き出し、壁を破壊し始める。強靭な膂力と剛腕によって生み出されるその破壊力は、ただの力押しとはいえ木枠で補強された石の壁を容易く粉砕していく。

 

「おおっ!スッゲェ!」

 

「いや~それ程です!」

 

純粋なパワーによる活躍を目の前にし、感心の声をあげるナツに対して鼻が長くなったように見えるルーシィがどや顔を決める。何回か拳を振りぬいたことにより、壁は最早跡形もなくなり、破壊の後には奥へと続く通路が現れた。シャルルの情報通りだ。

 

「ざっとこんなもんです、ルーシィさん!」

 

「ありがとう、タウロス!」

 

MO(モー)!?それだけですかぁ?」

 

一仕事を終えて自慢げでいるタウロスに対して彼女がお礼を告げる。だが、ルーシィのその言葉に、タウロスは物足りなさそうな反応を見せた。何かおかしかったのか?そんな思いを込めて一応ルーシィが確認をとると…。

 

「感謝の印に、是非とMO()~!」

 

「そのエロい目はやめてってば…」

 

個人的に如何わしいお礼を期待してスケベな目線を向ける彼を、ルーシィはすぐさま強制閉門で星霊界へと返した。頼もしいのだがこの性格はやはり未だに慣れる気がしない。

 

「ちゃんと城の地下に繋がってればいいけど…」

 

「情報は正しかったもの。この先だってきっと…」

 

確かに存在していた脱出への(みち)。あとは彼女がもつ情報の通りに城の地下へと繋がっているかどうか。懸念を呟いているシャルルに、ウェンディは彼女をフォローするように声をかける。だがそれでも懸念が晴れないのか、浮かない顔をしてシャルルは俯いた。

 

浮かない顔をしているのはシャルルだけではない。彼女と同じ種族であるハッピーも同様だ。

 

「ん?どうした、ハッピー?」

 

「……ねえ、何でオイラには“情報”ってのが無いんだろう?」

 

ハッピーが浮かない顔をしていた理由。それはシャルルが頭の中に浮かんでくるという情報の事。彼もまたシャルルと同じようにエドラスから送られ、使命を受けて生まれたはずの存在。だが、エドラスに来てからハッピーの中には、与えられた使命どころか、シャルルが受け取っているようなエドラスの情報さえも、一切浮かばない。

 

「その話はしない約束でしょ?」

 

「…あい…」

 

そんな彼にシャルルはエドラスに来る直前にした約束を話に出して、これ以上の事を言わせないようにする。それは分かっているが、ハッピーにとってはただ不思議で疑問に感じずにはいられないというのが本音。

 

「私にもわからないわ。アンタみたいなケースは」

 

とは言え、シャルル自身もまだ分からないことが多い。例外など存在しないはずの自分たちと言う存在において、ハッピーのように何一つ情報が与えられていない存在がいるとは、送られる情報の中にもなかったから。

 

「ハッピーの気持ち、ちょっと分かるよ」

 

するとシエルが、ハッピーに向けて言ってきた。ハッピーの例とはまた別ではあるが、シエルも直近で似たような思いを感じたことがある。

 

「どうして自分は他とは違うのか…。自分が一体、何の為に生まれたのか…。他にある物が無くて、他に無い物があって、自分って一体何なんだろうって感覚」

 

シエルがずっと疑問に感じていること。自分自身の中にある、謎の爆発を起こす力。今の今まで…それこそこの一年の間に何度も発生したその力は、一体いつから自分にあったのか。そもそも生まれた時から本当は備わっていたのか。だがそれに答えられる者がいない故に、得体が知れなくて不気味さを感じている。

 

ベクトルは違うが、ハッピーが感じているものは、それに似て非なるものではないかとシエルは思った。

 

「何だ。んなもん、簡単じゃねーか」

 

だがシエルとハッピーのその疑問と思いを、ナツはたった一言で一蹴した。その言葉を聞いて二人は、俯かせていた顔をあげ、彼に目を移す。

 

「ハッピーはハッピーだし、シエルはシエルだろ?それ以外に何があるって言うんだ?」

 

何てことない、と言いたげに口元を吊り上げて言い切ったナツ。それに対して二人は反論することが出来なかった。いや、そもそも反論できる要素がなかったとも言える。解決されていないように思えて、本当の意味で大事な部分はそうあるべきではないか、ナツの言葉からはそう感じ取れた。

 

「さ、そろそろ先に進みましょ」

 

彼らの悩みを幾分か払拭したナツに、どこか笑みを向けながらルーシィが言う。あまり長くここで時間を費やすのも意味がない。彼らは再び歩を進め始めた。

 

道なりに行動の通路を進んではいるものの、代わり映えがしない上、所々が長時間放置された故の風化によって削れている部分も目立つ。

 

「今にも崩れそうだな…」

 

「ふ、不吉な事言わないでよ!」

 

「でも、本当に古い坑道ですね」

 

「放置されてから十年以上は経ってそうだ」

 

「お化けとかいるかな…?」

 

あまりにも静かな上に薄暗い場所であるからか、良くない想像が飛び交い始める。崩れでもしたら生き埋めになってしまうし、奇妙な存在などが出てきたとして、対処できるかもわからない。すると、徐に歩を進めていたナツが立ち止まり、とある一点を見つめ始めた。

 

その表情は、何か衝撃的なものを目撃したかのような顔。

 

「ど、どうしたのナツ…!?何かあった…!?」

 

某叫びのような悍ましい何かを見る表情になったルーシィが彼に問うと、松明を持っているシエルに「ちょっとこっちに近づけてみろ」と指示を出す。言われるがままシエルがナツの近くに明かりを向けると、彼は横の壁の方へとゆっくり近づいていく。

 

「な…何何何何何よぉ~!!」

 

「動くなよ…?」

 

真剣な眼差しと声で彼らに告げるナツ。一体彼は、何を見たというのか。その答えはすぐに明かされた。

 

 

 

 

 

「『ウホ!ウホホホホ!ここはオレ様の縄張りだぁ!!ウホホホホホ!!』」

 

明かりを利用して恐竜のような影絵を作り出して遊び始めた。さっきまでの緊張感が一気に霧散するような空気が流れ始める。そして近くで松明を構えていたシエルは、何も口に出さずに右足を上げると、「ふん!」と言う声と共に遊んでいたナツの両手を石壁に踏みつけた。

 

「いってぇ~!?何すんだいきなりィ!?」

 

「縄張りの主が邪魔だったから踏み潰しただけだ」

 

痛みに悶えてシエルに詰め寄るナツに対して、一気に緊張感を無くされて苛立っていたシエルが答える。だからっていきなり踏み潰すことはないだろと抗議したが、遊んでいたナツが悪い、と満場一致で決定された。ナツの味方は誰もいなかったのだが、当然である。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「こっちよ……う~ん、次はこっち……そこ曲がって……あ、そこ左よ」

 

そこからは順調に進んでいき、シャルルの正確な指示の通りに歩を動かす。そして最後に木枠で補強された場所から随分と開けたところに出たと思いきや、とてつもなく広大な地下空洞の中へと出てくることが出来た。

 

「何か広いところに出たわね…!」

 

「どうやら、ここから城の地下へと繋がってそうね」

 

分かりやすい大空洞。辺りは自然に発生していると思われる、青や緑に発光するキノコが所々に存在している。そしてシャルルの言葉の通りなら、城のすぐ真下の位置になるのだろう。

 

「原理は分かんないけど、シャルルがいてくれて本当に助かったよ」

 

「私にも分からないわよ。次々と情報が浮かんでくるの」

 

「ありがとう、シャルル」

 

「礼を言うならみんなを助けてからにして」

 

ここまではシャルルにもたらされる情報のおかげで進むことが出来た。だがここからが本番。城の中に入ってからは、兵隊たちに見つからないように研究室へ。そしてそこでエドラスのシエルとコンタクトをとり、魔水晶(ラクリマ)から元に戻す方法を聞いてから気付かれずに脱出。万が一兵隊に見つかりでもしたら、勝ち目はないと言っていい。

 

「いざって時は、あたしの魔法があるんだけどねー!」

 

「あんま期待できねーけどな。シエルの作戦の方がマシだ」

 

「ぅぐっ…!!」

 

自信満々と言った様子でルーシィが堂々と告げるが、シッカの街でのことを根に持っているらしいナツが無気力気味にぼやく。ナツからすれば、エドシエルの生き別れた弟設定で演技する彼の作戦を応用する方が効果的に感じるらしい。

 

「忍び込んだところを見つかったらどのみち不審がられるけど…何とかするか…」

 

「ハッピー、行きましょ」

 

「……あい!」

 

小声でナツが言ってた作戦についてのリスクが存在することをぼやくシエルが通り過ぎる中、ハッピーはウェンディに言われ、決意を新たに彼らの後を追いかける。

 

 

 

 

 

だがその時、背後から白い触手の形のようなものが飛んできて、ルーシィの上半身を拘束する。唐突な出来事にルーシィは悲鳴を上げるも、避けることは叶わなかった。

 

「「ルーシィ!?」」

「ルーシィさん!?」

 

「な、何…これ…!?」

 

白いものは粘り気があり、気付けば別の方向にも伸びて彼女の動きを完全に封じる。触手と言うより、餅のようだ。しかもルーシィだけでは終わらない。

 

「っ!ウェンディ危な…うわっ!!」

「シエル!?きゃあ!!」

「シエル!ウェン…ふぉぼっ!?」

 

ウェンディを狙って飛んできた餅から身を挺して庇いシエルが、それを見て動揺したところを背後からウェンディが、そして更には何故か唯一口元にまで餅が飛んできたナツまでもが、同様に拘束される。

 

「う…動けない…!」

 

全く身動きが取れなくなった状態。そこに、鎧が揺れる音を響かせながら、こちらへと近づいてくる集団の姿が目に入る。ルーエン、シッカでも見かけた王国軍の兵士たちが、数十人もどこからともなく現れ、シエルたちを拘束している餅を、魔法と思われる杖で持っている者が計8人、それ以外は全員槍を構えて、こちらに突き付けている。完全に包囲された状態だ。

 

「兵隊!?」

「何でこんな坑道にこれだけの!?」

 

長い間廃棄されていたはずの坑道、そこから繋がる城の地下。そこに配するにしては不自然と言える規模の兵士の数。何故見つかってしまったのかと疑問を口にする者がいるが、シエルはある種確信していた。

 

「(こいつら…俺たちがここに来ることが分かっていた…!でも何故…!?)」

 

事前に予見していなければ絶対にこのような対処を行えない。にも関わらずピタリと自分たちの思惑を読まれていた。だとしたらどうやって。瞬時に頭を回転させたシエルは、思い至ってしまった。最悪の想像を。

 

『私は向こう側の世界『エドラス』から来たの』

 

『私たちには、エドラスの知識や自分の使命が刷り込まれてる』

 

『情報よ。断片的に浮かんでくるの。エドラスに来てから、少しずつ地理の情報が追加されるようになったわ』

 

『最後に…私とオスネコがあなたたちを裏切るような事があったら…躊躇わず殺しなさい』

 

そしてシエルの視線は、思わずシャルルの方へと向けられる。彼女の表情にあったのは困惑。彼女自身も、想定していた事とは違う出来事が起きていることに衝撃を受けているらしい。と言う事は、考えられるのは…。

 

 

 

「(シャルルを介して…シャルルを含む俺たち全員が嵌められた…!?)」

 

シャルルが告げた侵入経路は本物だった。だが侵入計画自体がもし、王国軍に筒抜けだったとしたら?

 

 

 

「こいつらがアースランドの魔導士か」

 

頭の中で情報を整理していると、彼らの耳に聞き馴染みのある女性の声が届いた。それは自分たちが知っている彼女と、ご丁寧にしゃべり方まで酷似している。

 

黒を基調としたビキニアーマーを装備に、少しうねりのある緋色の長い髪を、後頭部のてっぺんで纏めているその女性。知っている彼女とは恐らく別人。しかし彼女が誰なのか、すぐに妖精の尻尾(フェアリーテイル)は理解できた。

 

「エルザ!!」

 

王国軍第二魔戦部隊隊長…妖精狩りのエルザ・ナイトウォーカー。このような状況での、まさかの邂逅となった。

 

「ナツ・()()()()()…ルーシィ・()()()()()とは…本当に別人なのか…?」

 

聞き馴染みのないファミリーネーム。恐らくエドラスのナツとルーシィの事だろう。こちらのエルザも、知っている人物と何の違いもないアースランドの魔導士たちの姿を見て、少しばかり驚いている様子だ。すると、囚われている魔導士の中で、エルザはシエルを目に移すと、「ん…?」と声を出して彼の方へと近づいていく。

 

突如自分の方に近づいてきたエルザを見て、自分たちが知る彼女と重なって見えたシエルは、敵であることが分かっていてもどこか警戒が緩み始めていた。

 

「貴様…まさか()()()か?」

 

エルザから出てきたその言葉に、本人は勿論、仲間たちも僅かばかりに驚きを表した。パッと見るだけではエドラスの仲間たちも気付けなかった少年の正体に、少しばかり凝視しただけで気づけるとは思わなかった。シエルと言う名が出たことで、兵士たちにも少しばかり動揺が走っている。

 

「ふっふふ…これは滑稽だな。あの憎たらしい引きこもり男が、別の世界ではこんな子供の姿とは。とは言えよく似ている…」

 

彼らの反応から正解であることを察したエルザは、途端に表情に嘲笑を浮かべて、明らかにシエルの姿をバカにする言動を口にしている。やはり元の世界とは幾分か違うのか、と少しばかり落胆を抱えながらも表情には出さずに気丈に振舞っていたシエル。だが、見下すような目と笑みをさらに深くしたエルザを視認した時…。

 

 

 

 

 

 

彼女は何の前触れもなく、右の拳でシエルの左頬を思い切り殴った。

 

「シエルッ!!」

べべぇ(てめぇ)…!!」

「エルザ、どうして!?」

 

突如少年が殴られた事で悲鳴を上げるウェンディ、対してナツとルーシィはそれぞれ、唐突なエルザの行動に怒りと困惑を表す。一方で殴られたシエルは口を切ったのか左の端から血が出てきていて、エルザに向けて困惑、苛立ち、悲しみが入り混じった表情で彼女を見上げる。それを見たエルザは更に機嫌を良くしたような表情を浮かべながら…。

 

「貴様を甚振りたい気持ちはまだあるが、残念な事に時間がない。連れていけ」

「はっ!」

 

時間がないという理由と共にシエルたちを拘束している兵士たちに命じると、餅の魔法を所持している兵士たちが彼らの連行を始め、その影響で全員立っていられず倒れ、引きずられていく。

 

「はばへー!」

「エルザ…!話を聞いて!!ねえ!」

 

「ウェンディ!!」

「ナツ!ルーシィ!シエル!」

 

連行されていく魔導士たち。そんな彼らを、何故か拘束されていなかったネコたちが、助けようと駆け出していく。しかし手放され、落ちていた松明を間にし、彼らの行く手をエルザが阻む。身長差の影響で彼らを威圧的に見下ろす彼女の視線に、思わず二匹の足が止まってしまう。

 

突破できそうにない。助け出せないのか、同じように捕らえられるのか。そんな考えをしていたハッピーの予想は、まさかの形で裏切られた。

 

 

 

 

「エクシード…」

 

「「え…!?」」

 

何度もエドラスで聞いてきたその種族の名前を口にするエルザ。そして次の瞬間、周りにいたほぼすべての兵士たちが…シエルたちを連行している者たち以外の全兵士が、ハッピーたちに向けて片膝をつき、左手に胸を当てて首を垂れる。兵士だけでない。エルザも同様だ。まるで目上の者に…それこそ国王に対して行うような敬礼にも似た構え。

 

 

「おかえりなさいませ。エクシード」

 

エクシード。ネコのような見た目を持つ彼らに向けて告げられた種族の名。シエルが予感していた内容は、的中していたことになる。

 

しかし、魔戦部隊の隊長であるエルザが、最大限の敬意を示すような種族であることは、全くもって予想が出来なかった。

 

「ハッピー…シャルル…あなたたち一体…!?」

 

目の前の光景にただただ困惑し、絶句するアースランドの仲間たち。その中で、シャルルの耳に届いたウェンディの声、目に入った彼女の顔。それを理解し、そして予感したシャルルは、大きな動揺を露わにしていた。

 

 

「侵入者の連行。ご苦労様でした」

 

まるで彼女にかけられた言葉に、何か強い後悔を感じているような彼女の様子に、ハッピーは彼女に対して困惑を向けていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「んがっ!!」

「きゃ!!」

 

乱雑に蹴り飛ばされて、その空間に入った途端に上から歪な形の鉄格子が降り、青年と少女を閉じ込める。青年の方はすぐさま体勢を立て直して、自分を牢の中に今閉じ込めた一人の青年に向けて突っかかる。

 

「…んの野郎!みんなはどこだぁ!?」

 

「みんな?」

 

「シエルとルーシィさんと、シャルルとハッピーです!!」

 

捕まった方の青年と少女…ナツとウェンディは、自分たちを閉じ込めた青年に向けて他の仲間たちの所在を聞き出そうとする。それを聞いた青年は、ウェンディが告げた仲間たちの名前の一つに反応を示す。

 

「シエルだぁ?…ああ、ガキの方か。確かにスッゲェ似てたな!あれがシエルかよ、ウケる!!」

 

「答えてください!!」

 

紫色の短い髪に、右側のみが白いメッシュがかかった軽薄そうな青年は、恐らく知っているであろうシエルと言う名前の人物と、連行された少年の顔を脳内で見比べ、面影があるのに気づいたのか愉快そうに笑っている。しかしそれが癪に障ったのか、ウェンディは珍しく声を荒げる。

 

「確かエルザが、あいつを甚振って遊びたがってるから、最悪死ぬことはないんじゃねぇかな?で、ルーシィってのはあの女の事だろ?悪ィけどそっちはマジで用が無いんだ。処刑されんじゃね?」

 

片方は玩具代わりに、もう片方は容赦なく処刑。どのみち未来が見えない仕打ちに、ウェンディは顔を青くして言葉を失っている。対して、ナツの方は手に掴んでいる鉄格子に、勢いよく額をぶつけて、目の前の青年も、そばにいる兵士たちも少なからず驚かせる。

 

「ルーシィに少しでもキズをつけてみろ…!!てめえ等全員…灰にしてやるからな!!!」

 

強い勢いでぶつけたことによって血が出てくるも、彼は一切気に留めない。ルーシィの…仲間の命を危険に晒されていることに対して、大きな怒りを表している。親の仇を見るかのように睨みつけながらも、睨まれた本人は「おお!スッゲェ(こえ)ー」と意に介さなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

魔科学研が活動する研究室。その中にある机の上に書類をいくつか並べながら、一人の青年がそれに目を通して、思案をしていた。

 

「全てここにある計画通り、か…」

 

数年前…それこそ彼が魔科学研に…王国軍に入るより前に、()()()より言い渡された計画。その最終段階に入るための重要なフェーズを、昨夜達成したと連絡が入った。

 

それを朝早くに耳にした彼は、記憶の中に入っていたその計画が、寸分の狂いもなく進行されていた事に対して、どこか不気味さを感じてすらいた。だが、結果的にこの計画は自分たちの為にもなる。大いに利用させた貰おうと改めて決意し、その場から立ち上がる。

 

すると、まるでタイミングを計ったかのように一人の兵士がノックを叩き、研究室へと入室してきた。

 

「シエル部長!滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を収監したとの連絡が…」

 

「分かった、今向かう」

 

切れ長の目をその兵士に向けながらも、広げていた書類を丁寧にまとめ、束となったそれを机の端に置いておき、彼は研究室から退出した。

 

 

 

 

書類に書かれていたのは、エクシードと言う種族の、子供たちに刷り込まれた使命について書かれていた。一部の文字が横線二本によって消されており、突如の変更があったことを表している。

 

 

 

 

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)連行計画』

 

 

 

 

消されていた文字は…『抹殺』




おまけ風次回予告

ナツ「これか?それともこうか!?ん~違うなぁ…」

シエル「何やってんの、ナツ?」

ナツ「ほら!今のオレたち魔法が使えねーだろ?けどもし魔法が戻った時、元の通りに戦えなかったら困るからよ。今のうちに戻った時の練習してるんだ!」

シエル「けど、なんだか納得がいってないんだ?」

ナツ「そーなんだよ、何かが違うんだよな~」

次回『あなたは違う』

シエル「例えばどんな感じ?」

ナツ「そうだなぁ…こう本当ならメラメラと燃えるような…グレイ相手にも一撃で倒せる攻撃とか…エルザやペルにも…!」

シエル「ナツ…それは戻った時の前提が違うからだね…」


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第84話 あなたは違う

またも二週間、お待たせしました!
祝日を挟んでいたおかげか、文字数をちょっと多めに、余裕をもって投稿することが出来ました。今回はオリジナル要素を多めにしております。
次回もそうだけど…。

それで、来週も土曜日は仕事なのですが…進捗次第では来週ももしかすると投稿が出来る、かもしれません。予定が決まり次第、活動報告にて書かせていただきますね~。


―――……!…エ…!……、お……って…、シ…ル!!

 

真っ暗な意識の中に落ちていたところで、最初に聞こえてきたのはこちらに呼びかけてくる誰かの声。重くなっていた瞼を何とか開けてその声の主を探そうとすると、最初に視界に映ったのは石畳。その先には歪な形の鉄格子が出入り口を封鎖していて、奥の方に通路のようなものが見える。

 

「こ、こは…?」

 

絞り出すようなかすれた声で口を開いたシエルは、未だ朦朧とする意識の中で己の感覚に違和感を感じた。首元と両手首が、何かに固定されている感覚を。

 

「ん!?」

 

そして視線をそれぞれの手に映すと、その全貌が明らかになった。板一枚に、それぞれ頭の首と手首の三つを拘束されていて、天井からその板が鎖によってぶら下げられている。さらし台のような囚われ方だ。

 

「何だこりゃ!?すっげぇ動きづら!!」

 

「良かった、目が覚めて…!」

 

今の自分の状況に目を見開いたシエルの隣から聞こえた声に反応して横を向けば、そこには自分と同じ囚われ方をしている金髪の少女・ルーシィの姿があった。一足先に目が覚めていたらしい。

 

「あたしたち、地下から入ろうと思ったら軍に見つかって、そのまま眠らされたみたいなの。覚えてる?」

 

「…ああ、今思い出したよ…」

 

薄れていた意識では明確に状況を把握できなかったが、ルーシィの説明を聞いたと同時に鮮明に眠らされる前の記憶を呼び起こした。シャルルの情報通りに行動していたところを、王国兵に待ち伏せされていたことも。

 

「それと左頬、大丈夫?思い切りぶたれてたよね…?」

 

「頬の痛みはもう大丈夫だよ。心の方は、まだ癒える気がしないけど…」

 

捕まった直後、エドラスのエルザに左の頬を思い切り殴られた記憶も、今鮮明に浮かんでくる。捕まって大分時間が経ったのか痛みは晴れたが、エルザと言う存在にぶたれて、侮蔑の表情を向けられたショックは少なくない。珍しく気落ちしている程に。

 

「ウェンディとナツは?ハッピーたちは…こんなところにぶち込まれるわけが無さそうだけど…」

 

「あたしも起きたばかりで、何も分かんないの…。と言うか、こんな捕まり方、冗談じゃないわよ!ねえ!これ外しなさいよ!!誰か聞いてるー!?」

 

「…思ったより元気そうだね…」

 

少しでも状況を把握しようと、この場にいない仲間たちの安否を確認しようにも、ルーシィ自身も分からない事ばかりらしい。その上あんまりな拘束をされていることに怒り心頭で騒ぎ立てるルーシィに、シエルは妙に脱力感を与えられた。ちなみに牢部屋の入り口で見張っている兵士二人もげんなりしていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ちくしょう…!ハッピーが裏切るなんて…あるわけねぇ…!あるわけねーだろー!!」

 

一方、別の牢部屋に収監されていた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとウェンディ。自分たちを牢に閉じ込めた青年が告げた話の内容に、ナツが納得せず大いに怒りを表していた。鉄格子を何度も殴り、押し引きし、足蹴にし、牢の中から出ようと騒ぎ立てる。それを耳にしながら、少し前まで得意げに、その青年が語っていた内容を、ウェンディは思い出す。

 

エクシードに与えられていた任務。シャルルがその一切を頑なに明かそうとしなかった事柄に関してだ。その内容を端的に言えば、「滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の抹殺」である。

 

エクシードは、エドラスの人間たちを支配している上位に君臨する種族とのことで、そのエクシードが多数住まう国が存在しており、その国を統べる長である女王は、失われつつある魔力を正常化するために、人間の管理を行っている。著しく増加してしまえば不都合が生じるため、不要な人間を始末…殺しているのだという。

 

そして女王は、エドラスのみでなくアースランドの人間も管理の対象としており、アースランドに複数人存在する滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)…ナツやウェンディたちの抹殺を行う為に、100人のエクシードをアースランドに送った。卵から孵ったと同時に、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を捜索して抹殺するように“情報”を持たせて。それが6年前の事。

 

しかしその6年の間で状況が変わった。エドラスの人間が作ったアニマを利用し、アースランドの人間を殺すのではなく、魔力として利用すると言うもの。中でも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の魔力は別格となるため、任務の内容を急遽“抹殺”から“連行”へと変更した。

 

つまりエドラス、そしてエクシード達の本当の目的は、ナツとウェンディのようなドラゴンの魔力を持つ者たち。シャルルに与えられた情報は、自分たちを捕らえるためにエクシード達が送っていたもの。それが、先程の青年が告げたシャルル達の任務の内容だった。

 

「(あの人は、シャルル達が任務を完遂したと言ってた…けど…)」

 

「こんなものぶち破ってやんぞ!火竜の咆哮ー!!」

 

記憶の中で振り返っていた話を整理している中、ナツの声が再び耳に入ってくる。力押しではビクともしない鉄格子を、己の炎によって切り開こうと両手を口の前に持っていき、炎の息吹を放出…

 

 

 

 

するイメージでやってはみたが、やはりと言うべきか、魔法が使えない今のナツからは、炎はおろか火花一つさえ出てこなかった。握り拳を作った手を通って、空しい息の音が鳴るだけで終わる。

 

「やっぱり無理ですね…」

 

「かぁー--っ!!エドラスメンドクセーー!!!」

 

何度も思い知らされてきたが、今まで何の制限もなく使えていたはずの魔法が使えないとなると出来ることも自ずと出来なくされている。そして普段ならあっさりと破ることも出来る牢部屋からも一切出れないことに更なるイライラが募る。ぶつける場所も方法もないナツは、仕方なくその場で地団駄を踏むしかできなかった。

 

「シャルル…」

 

俯き気味に相棒の名を口にするウェンディ。任務を放棄すると言っていた彼女が、最後に見せていた表情を思い出す。困惑や後悔と言った、何かに打ちのめされたような顔色。シャルル本人は、きっと使命を本当に放棄したつもりだった。しかし何かが間違って、自分たちはあそこで発見された。きっとそうなんだろうと、ウェンディは言い聞かせた。

 

その時だ。ウェンディの耳に、石をコツコツと鳴らす音が徐々にこちらへと近づいてくる音が届く。

 

「ナツさん」

 

「ああ、誰か来たな」

 

近づいてくる音は足音。革靴のものと、鉄製の具足のものの二種類。それらが同じリズムで交互に聞こえて来ると言う事は、おそらく人数は二人。一人は兵士だろう。もう一人は今の段階では分からないが、王国軍の関係者で間違いないはず。二人は警戒しながら、その近づいて来る足音の主たちが何者かを見極めようとした。

 

「こちらです」

 

兵士と思われる者が先に鉄格子前に到着し、もう一人の人物を招く。その声に従って前に出てきたその青年の姿を見て、ナツとウェンディは思わず声を失い目を見張った。

 

 

 

 

 

服装は如何にも研究職と主張していると言っていい白衣姿。さらに目元には細いフレームのほぼデザイン性が無い眼鏡。それに影響されているのか、奥にある切長な目が更にその眼鏡によって強調されている。そして髪の色は水色がかった銀色で、長さは所々が逆立っていて短い。その髪の色と顔立ちには、彼らはすぐに気付けるほどに見覚えがあった。

 

「ペル…!?いや、それにしちゃ…色々と違う…」

 

一瞬よぎったのは仲間の一人である神器使い。しかし、雰囲気は少し似ているが髪の短さや目元などは本人とはパッと見ても判別がつきやすい。エドラスにおけるペルセウスとは既に面識がある為、彼がそうであるとも思えない。と言うことは…ウェンディはその後すぐに気付いた。

 

「もしかして、あなたはエドシエル…さん、ですか!?」

 

彼女が尋ねた質問でナツもそのことに気付いたようだ。王国にスパイとして潜入していると言う情報が確かなら、ペルセウスと兄弟であり彼に似ているエドラスのシエルがいても不思議じゃない。

 

「そう言うお前たちは、アースランドにおけるナツとウェンディ…だな?」

 

あえて質問に明確な答えは出さなかったが、こちらの…正確にはエドラスの妖精の尻尾にもいた人物たちの名を提示して質問を返したことによって、その事実確認は完了したと言っても同義だ。

 

ちなみに、まだ声変わりも終わっていないアースランドのシエルと違い、エドラスのシエルは外見通り比較的澄んでいる低い男性の声だ。ペルセウスのものとも違う。

 

「そうだ!ってことはやっぱお前がシエルなんだな?ちょうどよかった!ちょっと頼みがあるんだ!!」

 

「頼み?」

 

現れた青年の正体がエドシエルであることを知ったナツが、鉄格子を掴みながら彼に笑みを向けて脈絡もなく頼みを告げ始めた。そのことを聞いて怪訝な表情を浮かべる青年にも気付かず…と言うか気にせず、彼はその頼みの内容を口にしようとする。

 

ウェンディはその時直感で察した。放っておいてはまずいと表情に出るほどに、焦りを見せた。

 

「仲間を助けたいから、オレたちをこっから出しモゴゴ…!!」

「ナツさんストップ!ストーップ!!」

 

そして彼女の勘は見事に当たった。エドシエルは王国軍にスパイとして潜入している…つまりは王国に敵対する自分たちの味方。そんな彼ならば自分たちを解放してくれると考えて提示した頼みだろう。だが、ウェンディは今それを告げるのは危ないことに気付き、ナツの口を両手で押さえて、彼の声を届かせないようにする。

 

「何で止めんだよ!?」

 

「今お願いしたら危ないからですよ!!エドシエルさんだけならまだしも、兵士さんもいるんですよ!?」

 

解放されたナツが不服と言いたげに言うと、ウェンディは小声で叫ぶと言う器用なことをしながら彼にその理由を告げる。彼がスパイとして潜入していることは、王国側の誰も未だに気付いていないことであるはず。エルザは疑っている…と言うより一個人として妬んでいるようだが、他の者たちは違う。何なら国王には信頼さえされている。

 

この場に彼しかいないのであればまだ良いのだが、エドシエルをこの場に連れてきた兵士は、彼の身に危険が及ばないように、目の届く範囲で警備をしている。あの兵士の耳にエドシエルが反逆行為を犯したことが入れば、味方である彼の身も、囚われている自分たちも危険だ。機を間違えてはいけない。さしものナツも、それを聞いて納得はしたようだ。

 

「よし、じゃあまずはエドシエルにあいつをどっかいかせれば…」

 

「それはそれで怪しまれますよ…!ここは一度戻ってもらって、後からお願いした方が…」

 

「けどそれだとルーシィたちを助けんの、遅くなっちまうだろ…!?」

 

「そ、それは…」

 

そしてお互い小声のまま、どうやってエドシエルに助けてもらうのか作戦を考え始める。なるべく早くにここを出て仲間を助けたいナツと、確実に安全に脱したいと考えるウェンディ。二人の様子を黙して見ているままだったエドシエルが、溜息を交えながら閉じていた口を開いた。

 

「何かを期待しているようだが、俺はお前たちが望むことに応えるつもりはない」

 

「「え…?」」

 

その言葉を聞き、小声で会話をしていた彼らは思わず思考と共にそれを止め、エドシエルに視線を移す。決して小さく無い混乱と共に。その混乱を露わにするナツたちなど意に介さず、エドシエルは更に続ける。

 

「俺がここに来た目的は二つ。一つは報告の事実性を確認する為…。もう一つはこれから行なうタスクに用いる被検体の確認だ」

 

「被検…体…?」

 

自分の耳がおかしくなったのか?と錯覚させられるには十分と言える言葉が、エドシエルから次々と発せられる。だが、淡々と機械的に紡がれるその内容に、嘘が紛れているようにも見られない。

 

「『ヒューズ』…お前たちを連れてきたおしゃべりなやつが言っていただろう?お前たち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を魔力とするために捕えたことを。アースランドと言う別世界の人間は、ほぼ全員が体内に魔力を持っていて、半永久的に尽きることがないと聞く。そして…お前たちの魔力はその中でも別格だと」

 

眼鏡の位置を指で整えながらも説明を続けるエドシエル。それを聞く二人は未だに理解が追い付かないのか、呆然としながら耳を傾けるしかできない。

 

他の人間たち…アニマを通して魔水晶(ラクリマ)にされた者たちは、別の材質にすることによって、エドラスでも使用できる魔力に変換できるが、シエルやルーシィのように、何らかの要因で人間のままエドラスにいる場合は、体内から魔力を抽出する技術がまだ追い付いていない。だが…

 

「お前たち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は、人であって人とは違う。別の生き物として定義しその情報をインプットすれば、理論上は直接的に魔力を抽出することが可能。それを確認するための実験と言う事だ」

 

「ちょ、ちょっと待て!何言ってんだよお前!全然意味分かんねぇぞ!!」

 

説明の区切りをぬって、ナツが再び鉄格子を両手で掴みながら問いかける。意味が分からない、と言うのはエドシエルの説明自体に対してもだが、味方と認識していた人物が自分たちを助けるどころか、完全に王国軍側の人間としての言動をしている事に対して告げている。

 

「お前たちの理解など必要ない。これは決定事項だ。実験の成功を確認し次第魔力の抽出を開始。いずれも今日か明日には実行される」

 

「ふざけんな!勝手に決めんじゃねぇ!!」

 

だがナツの言葉など聞く耳も持たないエドシエルがそう告げれば、もちろん納得のいかないナツが反論を叫ぶ。鉄格子に額を再びぶつけて詰め寄る彼の後ろから、言葉を詰まらせていたウェンディが彼に呼びかける。

 

「あの、話だけでも聞いてください!」

 

ナツがこのままヒートアップしては自体が悪くなると予感した彼女が、エドシエルに自分たちの立場についてを知らせるべきと判断し、ナツを制止して、兵士に聞かれても誤魔化せる範囲で、その詳細を話し始めた。

 

「私たちは、あなたのことについて詳しく説明を聞かせていただきました。どんな立場にいるのかも知っています。…あなたのお兄さんから」

 

最後の一言だけを小声で呟き、エドシエルのみに聞こえるように。これである程度は伝わったはずだ。自分たちが彼の敵ではなく味方で、彼がスパイとして活動していることを知っていること。現に彼女が小声で呟いた内容を耳にし、エドシエルは微かに反応を示している。

 

「すぐは難しいことは分かってます。でもどうか、私たちを…」

 

 

 

 

「まさか、まだ俺が戻ってくると思ってるのか?」

 

返ってきた彼の言葉は、ウェンディたちの想像とは真逆のものだった。もう何度目になるか分からないほどの硬直を、ウェンディたちはまたも味わう事になる。そんな二人の事も目にくれず、呆れたように息を吐きながらエドシエルは呟きだした。

 

「あいつらも言っていたんじゃないか?俺からの連絡はもう途絶えたままになっていると。確かに最初は、王国に対して敵意を持っていたよ。それは認める。だが、ここで軍の一人として日々を過ごすうちに、俺は気付いたんだ。本当の意味でエドラスが救われるために、この国は…陛下は尽力してくださっているのだと」

 

彼が語る内容は、まるで演技としてではなく本当にギルドを裏切り、王国軍の、魔科学研の一員として心から思っているものと見える。

 

「その陛下の意向に背き続ける者たちは裁かれて然るべき存在だ。それが例え、かつての仲間…実の兄であったとしても」

 

「テメェ…本気で言ってんのか!?」

 

「例外など存在しない」

 

「ギルドの人たちは…あなたの帰りを本当に待っているんですよ!?」

 

家族同然であったギルドの仲間や、血の繋がった兄よりも、今仕えている国王を優先していることを頑として態度に表していることに、再びナツの表情が険しくなる。そしてそんなエドシエルの態度にウェンディも更なる困惑を見せながら思わず口に出していた。

 

「こっちの私…『ウェンディ』から、あなたに伝えてほしいと言われたんです。『すぐじゃなくてもいいから、必ず生きてギルドに戻ってきてほしい』って…!」

 

エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を立つ際に、もう一人の自分から伝えてほしいと頼まれていた言葉。己と、仲間たちの総意とも言えるべきシエルへの想い。あの時の、成長した自分の姿をした女性の表情を思い出しながら、どれほどの想いを抱えていたのかもウェンディは伝える。

 

心から無事を願っていた。帰ってくるのを信じていた。絶対に生きているんだと言い聞かせた。現マスターの弟であると同時に、彼と言う存在を、仲間として大事に思っていたから。

 

 

 

 

「呆れた奴だ」

 

 

 

そんな彼らの…彼女の想いを、エドシエルはその一言で踏みにじった…。心底呆れていると言わんばかりに溜息を吐きながら、億劫と言った様子で彼の言葉は続いていく。

 

「せめてもの情けで言葉を濁したのは失敗だったようだな。はっきりと、あの手紙に書いておくべきだったよ。俺はもう王国の人間で、二度とギルドの魔導士を名乗る気などないと。それで奴等に無駄な希望を持たせて、陛下の懸念を増やすことにつながるとは…」

 

もう、自分の耳が、脳が、正常に機能しているのかさえ、ウェンディは疑うようになってしまった。それほどまでに、彼が次々と語っている言葉が、信じられないものばかりであった。

 

何だ、この男は。一体何を言っているんだ。本気で、心からそう思っているのか?まだまだ言葉を発しているらしい彼の声は、次第に彼女の耳に届かなくなっていく。代わりに…エドラスに来てからの、ギルドの仲間たちの会話が、蘇ってきた。

 

『ただここで…ギルドの一員として、過ごしていて欲しかったんです。もう自分を追い詰める必要はないって…』

 

『マスターが考案し、シエルが自分で志願、実行に移した、王国にバレたら即処刑の超危険任務ってことだ』

 

『さっきも話した通り、エドラスの王に歯向かった者の命はないわ。シエル…私たちが知ってるシエルだって、本当は凄く危ない橋の上にいるの…』

 

『ならば、彼らに託してみようと思います。私たちの…そしてシエルの未来も…』

 

『すぐじゃなくてもいい。私たちはいつまでも待ってる。だから…必ず生きて、ギルドに戻ってきてほしい』

 

言葉の端々から伝わってきていた。エドシエルがどれだけ案じられているのか。心配されているのか。信頼されているのか。きっとそれらに応えられるような人物で、自分たちの事も悪いようにしない。そんな存在だと思っていた。だが…。

 

「まあ、あと数日もすれば思い知ることになるだろう。今のエドラスにギルドと言う存在が、いかに邪魔なものであるかを…」

 

「この野郎、いい加減に…!!」

 

 

 

 

 

 

 

その時、鉄格子を思い切り叩きつけたような衝突音が、辺り一体に響いた。その音に見張りの兵士が肩を上げて驚き、エドシエルは口を閉じてその音の原因へと視線を向ける。だがそれはナツではない。ナツ自身も、その音を鳴らした本人に向けて、一時的に怒りを忘れる程の驚きをあらわにしている。

 

ナツと同様に囚われた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)でありながら、彼とは違って大人しい印象を持つ少女が、外部との出入りを遮断する歪な形の鉄格子に、右の拳をぶつけている。先ほどの音が、彼女によって起こされたことがわかる状態だ。

 

「どうして…」

 

振り抜いている拳を下げず、殴りつけた時から下に向けている顔をそのままに、震えている声を絞り出してウェンディはエドシエルに言葉を投げかけ出した。

 

「どうして…そんな冷たいことが言えるんですかっ…!?」

 

そう問いかけると共にあげた彼女の顔はとても険しくなっていて、食いしばっている歯を見せながらエドシエルを鋭く睨みつけている。穏やかで心優しい彼女には珍しい確固たる怒りを表しているのが目に見えて分かる。隣で見ているナツでさえ、彼女のその様子を見て唖然としているが、正面からその顔を向けられている当の本人の表情は変わらない。

 

「…私の…私たちの知っているシエルは…!明るくて…一生懸命で…優しくて…イタズラが好きで、ギルドのみんなをちょっと困らせたりもするけど…本当は…!本当は、そんなみんなや、お兄さんを大切に想ってる…家族想いの、優しい男の子なんです…!!」

 

目を閉じながらウェンディは彼との記憶を辿り、その目に映った彼女の知るシエルの姿を浮かべ、震えた声をはっきりと出して答える。初めて会った時に、オドオドとしていた自分にも優しくしてくれた。困っているときに助けてくれた。兄の話をする時はいつもより表情が輝いていた。打って変わってイタズラを仕掛ける時はやんちゃで、でも楽しそうだった。

 

他の仲間たちが聞けば首を傾げることにもなるだろう。だがウェンディにとってシエルと言う存在は、周りからどのように見えていようが、心の奥底はとても優しい人物であると断言できる。他の人が困っている時は話を聞いたり、手伝ったり、一緒に考えてくれたり。

 

 

 

そして自分が追い詰められていても、周りを心配させまいと気丈に振舞う。そうしてしまうほどに、本当は優しい少年であると、彼女は思う。

 

「こっちの…エドラスのギルドのみんなは、私たちが知ってる人たちと、名前や顔は同じでも、色んな部分が違ってました。でも、心の奥底と言えるところは、私たちの知ってるみんなと同じだったんです…」

 

どこか関係性や性格、強さなどが反対になっていて、最初こそ混乱するしかなかった。しかし、エドルーシィを始めとして、ギルドでの仲間を心から大事にしていることが何となく伝わってきて、根っこの部分は変わらないのだと、彼女は感じていた。

 

「『シエル』なら…例えどうなったとしても、心の奥で仲間や家族の人たちを想っているんだって…!『シエル』だったら…信頼してくれている、『ペルさん』たちの言葉を、無碍にするわけがないって…!でも…あなたは違う!!」

 

閉じていた目を開き、キッと更に鋭くしながら、ウェンディはその声に更なる怒気をこめる。顔が似ていても、名前が同じでも、違う世界のその人物であっても、彼女の知る少年と目の前の青年は、断じて違う。

 

「あなたの身を案じてくれているみんなの事も、あなたを信じて託してくれているお兄さんの事も、あなたの帰りをずっと…いつまでも待っていてくれている『私』の事も!全部…全部裏切った!自分勝手な国の為に、家族を見放すなんて…彼だったら絶対にしない!!

 

あなたには!彼にあった暖かさが全くない!冷たい人です!!」

 

空間全域に広がったと錯覚すら覚える彼女の叫び。隣にいるナツは彼女のその様子を見て「ウェンディ…」と彼女の名を呟いていることしかできないほどだ。呆然とした様子なのは兵士も一緒。そして、ウェンディに鋭く睨まれ、悲痛と言える心からの叫びを向けられたエドシエルは…。

 

 

 

 

「言いたいことはそれで終わりか?」

 

その言葉の一切が、伝わりはしなかった。淡々と機械のように、冷たく返ってきたのは一言。ウェンディの表情に浮かんでいた怒りは一瞬のうちに抜け落ち、少しばかりの衝撃と、大きな絶望を表すものへと見る見るうちに変わっていく。対してナツは、これほどの主張を言い切ったウェンディへの冷たい態度を見て、再び怒りを表している。

 

「今更お前たちが何を主張しようと俺には無関係だ。今日か明日までの命、精々謳歌するんだな。そろそろ会議だ。戻るぞ」

 

「……はっ!」

 

「あっ、てめ!待ちやがれ!!こっから出せコラーー!!」

 

最後の最後まで冷たく言葉を投げかけ、最後は兵士に一言告げた後に牢部屋を離れていく青年。それに少々固まっていた兵士が我に返り、若干慌てた様子で彼のあとを追う。ナツが離れていくエドシエルを呼び止めようと怒鳴り散らすが、やはり聞く耳を持たない。猛獣のように唸り声をあげて怒りを表すナツであったが、すぐ隣でウェンディが重力に従ってへたり込んだのを見て、意識がそちらに向く。

 

「…っ…!く…ふうっ…!う、うぅ…っ!!」

 

「ウェンディ?」とすぐさま呼びかけてみると、すすり泣きの声が耳に届いて、彼女の顔から石床にかけていくつもの雫が落ちだしている。思わずナツは硬直した。泣いている。声を押し殺してはいるが、ぎゅっと目を閉じながらも、両目から留まることなく涙を溢れさせ、雫となって下の床を濡らしていく。

 

「な、泣くなよウェンディ…あ、いやあんな後じゃ泣くなっつーのもあれだけど…」

 

小さい少女が悲痛を味わって涙を流すところを目の当たりにし、ナツはたじたじとなっている。こういう時はどうしたらいいのか、なんて言ってあげたらいいのか、分からなくなってしまう。子供の扱い自体はロメオでどことなく慣れていたつもりだったが、今の原因となっているのは、色んな意味で複雑な事情だ。前例など存在しないために余計にどうしたらいいか分からない。

 

「あ、そっか!さっきこれ殴ったとこが痛いんだな?って、うおっ!血が出てんじゃん…!…オレが言えることじゃねーけどよ、あんま無茶すんなよ…?お前になんかあったら、オレがシエルに怒られちまう…」

 

和ませようとしたのか、それとも素なのか。だがナツが気付いたとおり、鉄格子を殴りつけた反動で、彼女の小さい右手の甲からは赤い血がにじみ出ている。これによる痛みで涙を流していると言われても疑いようがないだろう。

 

───痛い…とても、痛い…!

 

───手の痛みなんて感じられないほどに…胸の奥が、心が…痛い…!

 

───あんな…あんな冷たい人のために…ギルドのみんなが…ペルさんが…私が…信じていたのに…それを…!!

 

張り裂けそうなほどに胸の奥に痛みが生じている。そして、思い返していた。つい最近までの…ここまでの記憶を。シエルがリサーナの事を話して、自分も辛そうだったのにこちらの気を遣ったことに何も言葉をかけれなかったこと。エドラスに来て思うように魔法が使えなくなったこと。謎の力を発現したシエルに咄嗟に拒絶されたこと。一人で離れていった彼を呼び止めることが出来なかったこと。目の前で魔水晶(ラクリマ)となった仲間を傷つけられたこと。囚われの身となり、抵抗も出来ないままシャルルと離れ離れになったこと。

 

そして、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の想いを、エドラスのシエルの心に全く届けられなかった、つい先程の出来事。

 

───私は…何も出来ない…!!

 

両手を強く握りしめ、更に固く目を閉じるも、先程よりも目から溢れる雫の数が増えていく。激しい後悔と無力感に苛まれた少女のすすり泣く声は、その後もしばらく続くのだった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方…別の牢部屋に囚われていたシエルとルーシィ。彼らはつい先程まで両手と首を板で拘束されていたのだが、ルーシィがあまりにも文句を言い続けるので、根負けした兵士たちによって板による拘束のみ外された。代わりに両手首を繋ぐように、餅のようなもので縛られている状態だ。

 

「さっきより自由は利きやすくなったけど…これもこれでベトベトしてるから気分はよくないな…」

 

「そうよね…もしも~し!このベトベトも取ってほしいんだけど~!?どうせ逃げられないんだし~!」

 

両手首を縛るモチのような拘束もなんとか外してもらおうと、入り口前にいる兵士たちに向けて再び文句を叫び始めるルーシィ。一切反応が返ってこない兵士たちにもめげずに「ねえ、ちょっと聞こえてるんでしょ~!?」とか「無視ですか?暴れちゃうぞー!」とか次々と騒ぎ立てる彼女を見て、シエルは再び表情から力が抜けていく。

 

「うるさいなぁ…」

「アースランドの女の子って…みんなこーなのかね…?」

「小さいシエル部長の方が大人しいって…どーなんだよ…?」

 

そして見張りをしている二人の兵士も、再びげんなりとせざるを得なくなった。成人の女一人と子供の少年一人。本来騒ぎ立てそうな者と宥めようとする者の立場が、見事に逆転してしまっていることも相まって、アースランドの人間性に疑問が生じ始めている。行ってしまえば、アースランドでもエドラスでも、人間性の千差万別さは同じと思われる。

 

「何とか隙を見て脱出をしたいとこだけど…ルーシィ、鍵は…?」

 

「幸い没収はされなかったわ。でも、魔力の反応がどれもなくなってるの」

 

「今になって魔法が使えなくなった…って訳じゃなさそうだね…。ってことは原因は…」

 

「このベトベトしか、考えられないわね。あたしの魔力を封じてるってことだと思う」

 

一通り騒いだところでシエルが小声でルーシィの魔法が使えるかどうかを確認すると、やはりただの拘束具ではないらしい餅のようなものが、彼女の魔力の通りを阻害しているようだ。エドラスには魔力を持った人間がいないというのに、どうやって開発したのだろうか。

 

「みんな…大丈夫だよね…?」

 

「ウェンディたちも心配だ…。それに、エクシードと呼ばれてたハッピーたち…結局、まともにあの本を読めなかったから、細かいところまで分からないままだ…」

 

シッカの街でルーシィが買っていたエドラスの歴史書。あれにはハッピーたちエクシードの事についても記述がされている。その項目を読んでいた途中で飛行船が通りかかり、そこからは息を吐く間もなかったため、結局まともに本の内容に目を通せていないのだ。せめて少しでも情報を集められれば…。だが、本は恐らく没収されている…。

 

「あ、それなら持ってるわよ?」

「あるの!?」

 

と思われていたが、まだルーシィが持っていたそうだ。よく没収されなかったな…と思っていると、ルーシィは胸元が開いた服から、直接豊満な胸の谷間に両手を入れると、探していたエドラスの歴史書を取り出した。

 

「ほら」

「ちょっと待って!?なんつーとこに入れてんだよあんたぁ!!?」

 

歴史書を持っていた事実よりも、その収納場所が発覚した光景の方が衝撃的過ぎて、思わずシエルは顔を赤くして、上ずった声で叫んだ。何だか…某天下の大泥棒の一味にいる女泥棒がやっていそうなしまい方な上、目の前で恥ずかしげもなく取り出した妙な大胆さで動揺が隠せない。

 

「しょうがないじゃない。他にしまえそうな場所もなかったし」

 

「百歩譲ってそこはいいとしてもうちょっと躊躇おうか!?男の俺が目の前にいたの分かってたよね!?」

 

「あ~…そりゃあナツとかグレイがいたら『見ないでよ!』とか言ってたかもだけど…シエルは子供に見えるからいいかな~なんて…」

 

「忘れてると思うけど、俺14だからね!?あと一年しないうちに成人するからね!?」

 

「ごめんごめん、今度は気を付けるから!ってことではい、これ」

 

「(い、今の見せられたら、手に取るのすっごい躊躇うんだけど…!)」

 

外見年齢が幼い子供にしか見えない故か、ルーシィは特に気にした様子もなくそのまま歴史書をシエルに渡す。若干戸惑いながらもなんとか手にして本を開き、情報を入れようと目を通す。…最初の数分は思春期には刺激の強い光景が頭を支配してうまく進まなかったことは、墓場まで持っていこうと決めた。

 

「(い、一体どこに入れてたんだ…!?)」

「(ちょっと…勿体ないことした、かも…)」

 

余談だが、外で見張りをしていた兵士二人が、煩悩に苛まれていた事には、中の二人さえも気付かなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王城内の会議室。一番絢爛な上座の席には、国王ファウスト。その一番近くの席に、ファウストから見て左側に老人バイロ、右側には魔科学研部長シエル、残りの席にはそれぞれ魔戦部隊の隊長を務める者たちが座っている。一人だけ、第二魔戦部隊隊長のエルザだけが、この場にいないが。

 

「ぐしゅしゅ…やはり言い伝え通り、アースランドの魔導士は皆、体内に魔力を持っている事が分かりましたぞ」

 

捕らえたアースランドの魔導士の体を調べた結果、伝え聞いていた通りの事実が発覚したことを、幕僚長であり科学者の一人であるバイロが報告を行う。エドラスで生まれ育った彼らにとっては、珍しいとは比にならない大事だ。

 

「んー-、まるでエクシードのようだな~」

 

「だが、内包されている魔力の量は、エクシードの比にはならない。計測した結果、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は言うまでもなく、残りの二人も大きな魔力を有していることが分かった。ま、少々大差はあったが」

 

ピンクの鎧を纏った金髪のリーゼントの男、第四魔戦部隊の隊長であるシュガーボーイが感想を零す。それに対して、比較をすればエクシードよりも大きく上回っていると計測結果を出した魔科学研のデータを、シエルが提示して補足する。

 

「ああ、あのガキのシエルな!」

 

「もう一人のルーシィと言う女の子も?」

 

「でしゅな」

 

テンションが高くなっている紫髪の青年――ナツとウェンディを閉じ込めた彼――、第三魔戦部隊隊長である『ヒューズ』が少し吹き出しながら思い出し、バイロの近くで控えていた、何故か裸足でどことなく犬っぽい顔立ちと雰囲気を持った幼い少女…幕僚長補佐の『ココ』が同様に尋ねてくると、バイロがすかさず肯定する。

 

「しかしそれが本当なら、殺すのはスッゲェ惜しいだろ?」

 

「それはならん」

 

シエルの報告を聞いて疑問を感じたヒューズが、処刑予定であるルーシィを生かしたまま、半永久的に魔力を吸い続ければいいのではと言葉にするが、他ならないファウストがそれに異を唱える。

 

「エクシードの女王(クイーン)・『シャゴット』より、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)以外は抹殺せよとの命令が出ている」

 

女王(クイーン)の命令ですか…!?」

 

「んー-我々はエクシードには逆らえん…」

 

「あー!スッゲェもったいねぇよ、チクショウ!」

 

エクシードを統べる女王と呼ばれている女王(クイーン)・『シャゴット』。彼女の命令はエドラスを統べるファウストよりも権限が高いとされており、勝手に背くことは許されない。故に、彼らを始末せよという命令にも、逆らえないのだ。

 

「にしても、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)以外…と言う事は、アースランドのシエルも抹殺の対象にされているわけか…」

 

「あ、そーなるのか…いいのか、シエル?」

 

「俺自身とは関係ない奴の話だろ?どうなろうと構いやしないさ」

 

「うわ…スッゲェひでぇ…」

 

一方で、命令内容で一つの事実に気付いたシュガーボーイが、アースランドのシエルも対象に加わっていることを口にし、ヒューズが目の前にいるシエルにそれについての心境を聞いてみる。だが、淡々と自分自身とは無関係を貫く彼の言動に、尋ねたヒューズは軽く引いていた。

 

話を戻すと、ルーシィやアースランドのシエルの魔力を抜き出すのは、まだ魔科学研の科学技術をもってしても不可能だ。ならば滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)はどうするのか、と言う問いに移るが、シエルがナツたちに答えた通り、人間としてではなく竜として定義すれば理論上は可能である。

 

「既に実験は、魔科学研(うち)のメンバーが実行に移している」

 

「成功の結果が出れば、半永久的な魔力が手に入るでしょう」

 

「おお!スッゲェ!!」

「スッゲェですね!!」

 

シエル、バイロが出した言葉を聞き、ヒューズの表情が喜色に染まる。横からココも、ヒューズの口癖を真似して動揺に喜びを表しているようだ。

 

「いいぞ、バイロ、シエル、早急に結果を出すよう伝えろ」

 

「「はっ」」

 

「万が一に備え、アースランドの魔水晶(ラクリマ)の抽出も早々にやれ」

 

「では、私が指示しましょう」

 

科学者組と言われる二人のうち、バイロが広場にある魔力の抽出を速めるために動くことを告げる。シエルの方は引き続き魔科学研で進めている実験を進めるとのことだ。

 

「それと、魔戦部隊は引き続き、王城内にて怪しい動きをする者がいないか警戒せよと、女王(クイーン)からの命令だ」

 

「アースランドの魔導士はもう捕まってんのに?」

 

「んー-、どっかに生き残りがいる…とかかねぇ…」

 

最後に魔戦部隊への支持がファウストから下ったところで会議は終わり、指示を受けた者たちはそのまま自身に与えられた業務へと戻っていく。エドラスで枯渇しかけていた魔力が戻る未来を想像し、話に花を咲かせる者たちもいる。

 

そんな中、唯一浮かない顔をしていた、鎧と兜を装備した大柄の黒豹のような外見の男・第一魔戦部隊隊長である『パンサーリリー』は、席に座ったままである。

 

「どうした、パンサーリリー?」

 

「陛下…最近の軍備強化についてなのですが…」

 

彼が懸念していたことは、最近エドラスの王国軍の軍備を、より強固なものにしている動きだ。世界をほぼ全土掌握した中で強化する理由はないと言っていい。だからこそ謎であり、妙な違和感を感じる。

 

しかし、問われた側であるファウストは、何も答えないままパンサーリリーを見ているだけ。

 

「いいえ…失礼しました…」

 

聞きたかったことを胸の内にしまい、パンサーリリーはそのまま退室した。その様子をファウストは狂気のこもったような目で、唯一残ったシエルもまた、光が消えた目を細めながら見送った。

 

「いずれ分かる時がくる…。真のエドラスの繁栄が、約束される瞬間に…。ですよね、陛下?」

 

そのまま、静かに呟いたシエルの言葉に、答えるでもなくファウストは視線を変えたりしなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それからしばらくの時間が経った頃…。

エドラス王城の入り口前には、10人ほどの兵士が集まっており、順次交代しながら見張りを続けている。

 

「おーい!交代の時間だぞー!」

 

「おお。特にいつもと変わらず、異常なしだぞ」

 

交代の為に中から出てきたもう10人の兵士が既に出ていた者たちに呼びかけると、見張りの時間の間、特に異常がなかったことを伝える。アースランドから来たという魔導士たちは一人残らず牢の中。エクシードも彼らの国へと帰還し、これから行われる一部分の魔力抽出ももうすぐ始まる。全ては順調だ。

 

「だというのに、何でここまで警戒しなきゃいけないんだ?」

 

「聞いた話によると、『エクスタリア』の女王(クイーン)がそうするように命令したんだと」

 

女王(クイーン)からの…それじゃあやるしかねーよな…」

 

『エクスタリア』と言うのが、エクシード達が住まい、その女王が統べる国の名前である。エクシードは人間の上位に位置する種族の為、エドラス王国のものであろうと、エクシードの命令は絶対。故に、現在異常が見られない状況であっても、警戒をしなければならないのだ。

 

「魔戦部隊の隊長たちも、この後警戒態勢に移るそうだ。多分、見回りでこっちにも来るぞ」

 

「隊長たちが!?そりゃあもう、何が来ても怖くねぇな!」

 

軽口を叩き合いながら談笑を続ける兵士たち。警戒と言うのはほぼ形だけのようなものとなっている。だがそれでも事足りるほど、この王都内は平和そのもの。住民は不満を募らせることもないし、強力な戦力が揃っている王国軍を相手にしようと考える者もいないため、無理もないという話だ。

 

 

 

 

 

だが、この兵士たちの誰もが予想できなかったことが、この後すぐに発生した。

 

「…ん?」

 

その異常に最初に気付いたのは一人の兵士。民家や広場などがある方向から、こちらに真っすぐと歩いてくる一つの人影を視認し、目を向ける。それにつられて、近くの兵士たちも視線をそちらへと向けた。

 

歩いてくる者は、全身を灰色のローブで覆った長身の人間。恐らく背丈から見て男のようだ。フードを深くまで被っているために顔も見えないが、このまま歩いてくるという事は、王城の中が目的であることを示唆している。だがその風貌は、周囲を怪しませるには十分であり、勿論兵士たちはこのまま素通りさせるわけがなく。

 

「そこの者、止まれ!」

 

ほぼ全員が槍を構えてその人物を囲み、足を止めさせた。歩を進めなくはなったものの、全くもって動揺している素振りは見えない。

 

「何者だ?この城に何の用があって来た?」

 

「今現在、関係者以外は王城の中に立ち入ることを禁じている。さっさと戻れ!」

 

エドラスの歴史に名を残すと言えるイベントの真っただ中、万が一の事も防ぐために定めた決まりを提示して、追い返そうとする兵士たち。だが、その兵士の言葉に従おうともせず、その場で立ち尽くしているその人物は、深く被っているそのフードから、鋭く細めた目を、正面にいる兵士に向けている。

 

「何の用…か…」

 

そう一言だけ呟くと、その人物の右手に突如紫色の()()()が浮かび上がる。それを見た兵士たちが途端に動揺を露わにする中、彼の正面にいた兵士は、魔法陣の光で見えたフードの中身を視認し、いちばん強い動揺を示している。

 

「お…お前は…まさか、いや…バカな…!!?」

 

あり得ないと言いたげな表情で狼狽える兵士。他の者たちも、一気に最大限の警戒を意識して、槍を構える手に力を入れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国王の首を…落としに来た…!」

 

その言葉の直後、エドラス王城の正門が破壊されるほどの激しい爆発が発生。その余波による振動は、王城内のみならず、王都内にも広まった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「な、何だぁ!?」

「爆発!?どこで!!」

「見て!城の方から煙が…!」

「城が爆発したのか!?一体何故!!」

「陛下はご無事なのか!?」

 

突如として起こった王城からの爆発。勿論それに関して無関心を貫くことが出来ず、町に住む住人たちはいっせいに王城へと意識を向けている。住人だけでない。アニマによって作られた魔水晶(ラクリマ)を護衛している兵士たちも、そこから魔力の抽出を行っている者たちも、一様にその方角に意識を奪われる。

 

「始まったようですね」

 

「みてーだな」

 

その光景を、まるで分かっていたかのように傍観している奇妙な二人組の男たち。片方は黄土色のローブとフードで素性を覆い隠している荒い口調の男。もう一人は、黒を基調としたスーツ姿にテンガロンハットを被った、眼鏡をかけている丁寧口調の男と、正反対のイメージを与えられる。

 

「それにしても、彼は本当に城を…いえ、この国を…エドラスを滅ぼす気なのでしょうか…?」

 

「どこまで本気かは知らねーが…その気になれば、本当に国も世界も滅ぼせちまいそーな出鱈目なやつだってことは確かだ」

 

その会話は一般の者たちが聞けば明らかに異常と言える内容だろう。国どころか、世界すら滅ぼしかねないと言い切ってしまえる存在。そんな存在と、自分たちはつい先程まで行動を共にしていた。

 

彼の事を何も知らなかったなら、人の姿をした災厄と言う扱いをしていただろう。だが、彼のエドラスを滅ぼすという言葉は、文字通りの意味が込められているわけではないことが、伝わってきていた。

 

この騒動が、後々エドラスにどう影響されるのか、まだ分からない。先の長い未来の図を予想することなど、誰にも出来やしない。今の自分に出来ることは…。

 

「陛下の身が心配だ…急ぎ城へ戻るぞ!!」

 

「しかし、この場はどうすれば…?」

 

「3分の1の兵力だけ残せばいい!念のため、市民の避難も迅速にせよ!」

 

最初の爆発から、更にしばらくすると何度も城の中から同様の衝撃が発生したことにより、王城内の危険を感じ取った魔水晶(ラクリマ)の護衛達が、城の方へと向かっていく。さらに、世紀のイベントをこの目で見ようと集まっていた一般人たちも魔水晶(ラクリマ)から離されていった。

 

「さて、ここからはいよいよ出番ですね。そちらは任せましたよ」

 

「おう、いっちょ一暴れしてやろーじゃねーか。ギヒッ!」

 

口元に笑みを浮かべながら自分に背を向けて路地裏に入っていく丁寧口調の男に答えるように、掌と拳を勢いよくぶつけて、赤い獰猛な目をフードの中から覗かせながら、その男は笑みを零した。




おまけ風次回予告

???「ギヒヒ。ようやくオレの出番が回って来たな。ったく、なっがい間待たせやがって」

?????「燃えているところ悪いが、お前の出番、次回以降からまた数話ほどないらしいぞ?」

???「はぁ!?どーゆー事だよ!!ここまでやってきたこともまともに見せれなかったのに、この後のオレの活躍まで切るとは何事だ!!」

?????「その辺り色々と都合があるそうだし…取り敢えず出ずっぱりになるであろう俺は次回の準備でもしてくるか」

???「おい、ちょっと待て!ふざけんなぁー!!」

次回『襲撃者』

???「ってことはアレか!?今ここにいるオレが誰なのかも、あいつらには伝わってねーってのか!?ちくしょー!!」

?????「あ、そこはもうほぼ全員が気付いてると思うから心配ねーだろ」


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第85話 襲撃者

何度も何度も隔週投稿になってしまって、本当にごめんなさい…。けど今回はその分、気持ちボリュームを多めにして書き上げました!

けど今回…かなりショッキングな描写がありますので、ちょっと心の準備をしておくことを、オススメします…。あ、でもショッキングなのはプロローグの時もあったか←

来週からは比較的投稿できるはず!!


王城で謎の爆発が発生する少し前。ペラ、ペラと紙を捲る音だけが、今その空間を支配しており、その発生源である本に書かれている内容を無言で、しかし目をしっかりと通して確認するのは、年齢よりも幼い外見をした少年。

 

「……ふぅ…」

 

本の内容に最後まで目を通したようで、それを閉じながら一息を吐く。少年シエルのその声が耳に入ったルーシィが、「どう?」と彼の状況を尋ねてみる。

 

「情報を整理すると…まず、ハッピーたちが“エクシード”と言う事は推測通り。エドラスにおいて“神”の使い…すなわち“天使”のような存在であり、人間よりも上位。“神”と言うのがシャゴットと言うエクシードの女王で…彼女の言葉は例え生死を別つことであっても絶対であり、人間の数を管理するのが仕事。その口で“死”を宣告されればそれは絶対。逃れることは許されない…」

 

重要な要点のみを搔い摘み、ルーシィへの説明も兼ねて口に発する。牢部屋の中ではほとんど時間が有り余っているようなものだ。ならばいつどんな時でも脱出した際に行動が出来るように、歴史書に書かれている情報を整理して取り入れる余裕に利用する。その狙いが成就したようだ。

 

「改めて聞くとホント理不尽な掟よね。全く、バカバカしいわ!」

 

「ほう?よく調べたものだ、この世界の事を」

 

その時聞こえたのは、聞き馴染みのある女性の声。それを耳にして目を向けてみると、よく見知った緋色の長い髪の女性が映り、牢部屋の鉄格子を開けてこちらに入ってくる。

 

「「エルザ!」」

 

身の丈ほどの長い槍を片手に携えたその女性エルザ・ナイトウォーカーの姿を見た二人は、思わず彼女の名を呼んだ。だがシエルは、よく知っている人物と同じ姿をした彼女に、一度頬を殴られた記憶も蘇ってきて、僅かに身をこわばらせている。

 

「みんなは無事なの!?」

 

「ああ、全員無事だ」

 

「良かった…」

 

ルーシィの問いにエルザが答えると、他の者たちが無事であったという事に心からの安堵を表し、息を吐く。だが、エルザから見れば牢に繋がれ、敵である自分を前にしながらも安心しきっている様子の彼女の様子は異質に見える。

 

「よくそんな顔が出来るな。自分の置かれている立場が分かっているのか?」

 

「ああ…うん、そうだね…。顔も声も…あたしたちの知ってるエルザと同じだから、つい気が緩んじゃって…」

 

顔や声、姿、喋り方に至るまで、アースランドにて共に過ごしてきたエルザと酷似している。その事実が、立場上敵同士であると理解していても、どこか安心感を抱いてしまう。

 

「もう一人…そちらのシエルは逆に怖がってるようだが?」

 

「…別に。会って早々殴られてイライラしてはいるけどね…」

 

知っている人物と同じ顔をした者に出合い頭に殴られた恐怖が蘇るものの、それを表立っていう事はせず、目を逸らしてシエルは答える。しかしその強がりは気付かれているようで、エルザはシエルの様子を見てほくそ笑んでいる。

 

「そういうあんたこそ…そっちの俺の事が、随分気に入らないみたいだけど?」

 

「気に入らないなんてものじゃない…」

 

別人とは言えシエルだと認識した瞬間に殴ってくるような状態だ。詳しい事情を知らずとも確実に好感情を抱いてはいないことを察することは出来る。それを尋ねてみれば、エルザは笑みを潜め、顔を下に向けて呟く。

 

「あいつがここに来てから、あいつが作った発明とやらがあちこちで活躍する中、逆に私たち魔戦部隊の成果は目に見えて減っていった。その上私が妖精共を追っていると決まってすんでのところで逃げられるようにもなった。妖精共を探知できる魔法を作成したにも関わらずだ…!そして失敗の原因はすべて私に擦り付けられて、何度陛下に対して恥をかかされたことか…!!」

 

そして目を吊り上げ、強く拳を握り締めて体を震わせると同時に、腹の底から込み上げるような怒りに滲んだ怨嗟の声を彼女は発する。安堵の表情を浮かべていたルーシィが、目を見開いて縮こまり、シエルも別の意味で彼女に対する恐怖心が高められることに。

 

その後もブツブツとエルザからエドシエルへの怒りに満ちた愚痴が延々と語られていく。やれ口を開けばこちらをおちょくるようなことばかり、やれ自分と同じ隊長であるヒューズやシュガーボーイと呼ばれる人物たちは自分の魔法を強化してもらったりすることで懐柔されたり、やれ自分たちや幕僚長を差し置いて一番陛下に信頼されてる人物という噂が王都内で広まったり、と私怨がほぼほぼの、しかし有力と言えなくもない情報がどんどん出てくる。そりゃ理不尽に殴られる理由も理解しやすい。納得はしないが。

 

「知ってはいたけど、とばっちりじゃん…俺…」

 

大方そうなんだろうな、と思ってつい溜息混じりに出てきたシエルの言葉。だが、それを聞いたエルザは意外にも落ち着きを取り戻して、冷静な態度のまま彼らに告げる。

 

「それについては否定しない。だが、どのみちお前たち二人は抹殺が決定されている。今更どう扱おうと同じ事だろう?」

 

「「!?」」

 

あっさりと紡がれたその言葉を、シエルとルーシィは理解するのに数秒かかった。それを気にすることもなく、彼女は更に続けていく。

 

「エクシードの女王(クイーン)からの命令だ。お前たちは女王の下した決定に従って死ぬことになる。私としては、()()()を甚振る期間が短くなってしまったことは残念に思うが…命令とあらば、止むを得ん」

 

「な、何言ってるの…!?本気なの、エルザ!?」

 

こちらを排そうとすることに一切の躊躇を感じられない言動に確かな動揺を表すルーシィ。エルザと言う人物が言わないと思う言葉、そこから見られる非情さ。彼女の知ってるエルザとは、全くもって違う部分を見て、信じられないと言わんばかりに。

 

「本気?そもそも私がお前たちを生かす理由が、苦しみを与える以外に何がある?」

 

まるで見下すように目を細めてそう言えば、ルーシィは再びを虚を突かれたように言葉を失う。この言動であらためて思い知らされる。彼女が、自分たちの知る彼女とは別人だという事実を。

 

「ルーシィ、こいつは、俺たちの知る…俺たちの仲間であるエルザとは違う!俺たちの事を、ただただ邪魔者としてしか見ようとしていないんだ!」

 

「で、でも!あたしたちの知ってるエルザと、根の部分は同じのような気がするんだ…!エルザは人の不幸を笑える人間じゃ…!」

 

目の前にいるエルザの言動を見て、シエルは自分たちの仲間とは中身が似つかない敵としての印象を覚え、ルーシィはそんな彼女も仲間と同じ部分が彼女にはあるという異なる意見を互いに向ける。その内のルーシィの言葉を遮って、エルザは徐に彼女の頭…正確には髪を左手で、無理矢理に掴み上げる。

 

「痛ったっ…!」

 

「ルーシィ!」

 

唐突に髪を掴み上げられたことで苦悶に満ちた声を出し、苦痛に顔を歪めるルーシィ。それを見たシエルはすぐさま彼女を助けようと立ち上がるも、エルザが右手に持つ長槍の先端をシエルの目の前に持っていき、「動けば先に死ぬのはお前だぞ?」と彼を止める。そして口元を吊り上げながら、再び彼らに冷たく言い放った。

 

「お前たちの仲間であるエルザの事など、私は知らないし、関係ないことだ。多少意外だとは思ったが、精々それだけ。シエルが言ったように、私はお前たちと仲間などではなく、抹殺の対象としか見ていない」

 

そこで一度区切り、エルザは掴み上げているルーシィの頭を、横にある石壁に叩きつける。「あぐっ!」と言う痛みに堪えるルーシィの声を聞いて、シエルは目を見開き、槍を向けられていることも構わずそれを掻い潜ってルーシィを助け出そうとする。だが、すぐさま反応したエルザが、槍の先端をグワっと広げると、四つに分かれた先端の内側にびっしりとつけられた牙のようなものでシエルの体は捕まり、そのままエルザは鉄格子の方へと、彼の小さい体を投げる。

 

「が…かはっ…!」

 

「シ、エル…!!」

 

鉄格子を背にして力なく倒れたシエルを見たルーシィが掴み上げられたまま彼の名を呼ぶも、エルザの力は未だに緩む気配がない。

 

「それにもう一つ言えば…私は人の不幸など大好物だ。“妖精狩り”の異名通り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちを何人も殺した」

 

嗜虐的に笑みを浮かべ、シエルを放した長槍を構え直して、ルーシィへと狙いを定めるエルザ。最早彼女がルーシィの命を奪う事など、容易くできると言わんばかりの状況。それに対し、ルーシィは痛みで閉じていた瞳を開き、涙で滲ませてエルザの方に目を向ける。浮かべている涙は、死への恐怖によるもの…ではなかった。

 

「エルザの顔で…エルザの声で…そんな事言うな…!!」

 

強くて、かっこよくて、怖いと思う事も多いが、仲間からも頼られて、一方で可愛いものや甘いものが好きな乙女の一面がある、アースランドで共に過ごした妖精女王(ティターニア)のエルザ。そんな彼女と同じ顔と声を持つ者から発せられた残酷な言葉に、彼女は涙した。

 

「…じゃあな、ルーシィ」

 

そんなルーシィの言葉に一瞬反応を見せたものの、構わずエルザはルーシィ目掛けて槍を引き、貫こうと勢いをつける。鉄格子を背にして動けない状態であったシエルが悲鳴交じりに止めようと声も張るが、今の距離では間に合わないし、止める手段もない。このまま、ルーシィが彼女の槍の餌食になるのを見ているだけ…。

 

 

 

 

 

 

 

と思われた瞬間、ドゴォオーーン!!と言う轟音と共に、城全体が唐突な揺れを発した。

 

それによってエルザは槍の狙いを狂わされ、ルーシィではなくあらぬ方向にそれを突き刺す結果となる。そして狙われていたルーシィも、バランスを崩したエルザが手を離した為に床に投げ出され、何とか立ち上がろうとしたシエルも同様に足をもつれさせて倒れ込む。

 

「っ…!何事だ!?」

 

誰もが予想できなかった唐突な出来事。これが、静寂を保っていたエドラス城内を混沌へと誘う、エドラスの歴史上最大の激戦の狼煙となった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「な、何だ一体!?」

 

「正門の方からだ!!」

 

「爆発…!?」

 

そしてそれは勿論、城内を警備していた兵士たちに、瞬く間に周知された。城全体を…ひいては王都全体を響かせるその爆発は、確実に王都内にいる全兵士の警戒心を一気に最大に引き上げる。特に、正門から近い兵士たちはすぐさまその異常の原因を確認する為に、駆け足で爆発が起きたであろう正門の方へと向かう。

 

「何が起きた!?」

「分からん!今オレたちも確認に来たとこで…!」

「正門前にいた奴らは!?」

 

発生源があると思われる正門前に、続々と周辺に配置されていた兵士たちが集まって来る。肝心の正門を警戒していた兵士たちからは、魔科学研から支給された板型の通信用魔水晶(ラクリマ)で呼びかけても全く応答がない。状況が全くもって把握できない中、実際に目視で確認するしか方法はない。

 

そして正門に近づくと、そこは正門を潜った後に広がる玄関に当たる大広間。しかしそこは現在、様々なものが入り混じった土煙に包まれて、視界が役に立たない状態だった。このまま闇雲に進んでは危険だが、ここで足踏みしても原因は分からないまま。

 

「オレがまず様子を見てくる。後はお前も後方からついてきてくれ。残りはこの場で待機だ」

 

「分かった」

 

一人の兵士が勇敢にも煙の中に入って様子を見ようと言って先行し、その兵士についてくるように言われたもう一人の兵士も、他の者たちを置いて煙の中に入っていく。徐々に近づいてくるはずの正門。警戒しながら一歩一歩その中を歩いていくと、前方にいた兵士が何かに気付き、後方の兵士に向けて片腕を上げて制止させた。

 

「どうした!?」

「しっ!今、何か音が…」

 

制止させた前方の兵士に思わず声を張って尋ねると、どうやら何かの物音を拾ったらしい。警戒を更に強めて音に意識を向けてみると、こちらの方に近づいてくるコツコツと言う音が確かに聞こえてくる。足音だ。つまりこの爆発を何らかの方法で起こした人物である可能性が高い。そう考えて槍の持つ手にさらに力を入れ、構えていると…。

 

 

 

 

「「!?」」

 

煙で見えなかった奥から突然影に覆われた何かがこちらに突っ込んでくる。そして気付いた時には、その何かが持っていた、紫色の巨大な武器らしきものを二人揃って叩きつけられ、吹き飛ばされた。悲鳴をあげながら兵士二人は後ろへと飛んでいき、煙の前で待機していた兵士たちの元へと戻っていく。

 

「な!?どうした、中で何があった!!?」

 

様子を見に行っていたはずの兵士が唐突に吹き飛ばされてきたことに動揺を隠せず、狼狽する兵士たち。そんな彼らの胸中を一切無視し、未だ舞い上がっていた煙の一部が、紫の電流によって徐々に霧散し、晴れていく。その様子を垣間見た兵士たちが更に困惑を表しながら大広間の方向に視線を向ける。

 

そして煙が晴れると同時に、ようやく兵士たちは正門の爆発から、起きていた現象についての答えを理解した。誰かが立っている。頑強な造りをした紫の大鎚を片手で持ち、こちらに向けて一歩一歩近づいてきている、灰色のローブとフードを被った人物。それこそが、この騒動を起こしている張本人だとすぐに理解した。

 

「な、何者だ貴様!?」

 

「ここがどこか…そして己が何をしているのか、分かっているのか!?」

 

何者かはまだ分からない。だが、奥に微かに見える、正門を警備していたであろう兵士たちが為す術なく吹き飛ばされた後と思われる様子を垣間見て、更なる警戒を強め、槍を向けながらその人物の行動を制限しようとする。だが、槍を向けられているとは思えない程に逆に落ち着きを見せているその人物は、フードに隠した鋭い眼光を宿す目を兵士たちに向けると…。

 

「無論だ。なんせ俺の目当ては…この国、世界と…それを支配するくそったれな王の…終焉だ…!」

 

怒りと憎悪をこれでもかと詰め込んだような低くドスの聞いた声で告げた男(声の低さで断定できる)の言葉に、兵士たち全員が息を呑みこむほどに絶句する。正気の沙汰とは思えないその言動は、彼らを動揺させ、次の行動を制限するには十分だった。

 

その隙を…狙ったわけではないがつき、男は大鎚を自分の頭上へとゆっくり上げると、そこから紫色の雷を迸らせる。まずい。あれは放っておくわけにはいかない。それを頭で理解しても、目の前にいる狂人を自分たちでは止められないことを、場にいる兵士たちは本能で悟った。

 

「国王はどこにいる…」

 

「…え…」

 

呟くように口にしたその声に、一人の兵士が恐怖に塗れながらも呆けた声で返す。そしてその男はフードの中の目を両方ともカッと見開いて、手に持つ大鎚を更に振りかぶりながら叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「国王を出せぇぇぇえええッ!!!」

 

激情に身を任せた紫電の怒鎚(いかづち)。大広間の床を叩き割り、場には紫電が迸り、操る男以外の全てに、無慈悲な雷が襲い掛かる。壁や床を焼き焦がし、辺りの窓が全て割れるのは勿論、場にいた兵士たち全員に、叩きつけた衝撃による風圧や、流れ来る紫電の餌食となって紙の様に吹き飛んでいく。

 

その恐るべき一撃による被害は、一瞬などでは終わらない。大広間全体を覆い尽くすかのように紫電は広がり、少なくとも5秒、その場の全てを尽く蹂躙する。最早数秒前の絢爛な様相は見る影もなく廃墟同然。だがこの光景に変貌させた本人は、一切気を晴らせた様子もなく、吹き飛んでいった一部の兵士たちの方に目を向ける。

 

その中の一人は、己がどうやって吹き飛ばされたのか、目にすることは出来ても理解が追い付かず、混乱と恐怖で頭の中が埋め尽くされている。

 

「(な、何だ…!?何なんだこいつは…何の魔法…!?そもそもあれは魔法か…!?見たこともないし、こんな魔法が使える奴が、何故王国軍の中にいなかった…!?)」

 

エドラスに存在する魔導士ギルドは国王の命令で全て解散。残されたギルドは一つのみで、そのギルドの魔導士も、魔戦部隊と比べれば取るに足らない力と魔法しか持たない奴等ばかり。厄介とすれば先代が処刑された際に新たに就いたマスターが、軍師として、司令塔としての能力に秀でていることぐらいだ。

 

だと言うのに、目の前にいる男はたった二撃で城の中、引いては兵士たちに多大なダメージを与えている。ハッキリ言えば、あり得ないのだ。そんな存在が王国軍以外にいることが。

 

「もう一度聞くぞ。国王はどこだ?」

 

あまつさえ、そんな存在が国王の命を狙い、城に攻めてくるなど、考えつくわけがない。だが、ここで自分が仕える王の場所を告げるという背信行為など、断じてできるわけがない。誰が答えるものか、と死ぬ覚悟を決めて顔を上げると、先程の一撃で捲れ上がったフードから明らかになった男の素顔が、彼に更なる衝撃を与えた。

 

先程から見え隠れしていた目は黒く、怒りや憎悪と言ったもので更に濃く染まっているように見えるが、問題は別のところだ。顔立ちはよく整っており、髪は水色がかった銀色。それを背中に届くほど伸ばしており、うなじの位置で縛っている。そして左頬には紫色の妖精を模した紋章が刻まれていた。

 

その紋章を兵士は知っている。王国軍なら、特に魔戦部隊ならことさらに知っているだろう。だが同時に、何故と言う疑問が浮かんだ。その人物は本来、このような場所に単騎で乗り込めるような実力もないし、そんな無謀を起こす性格でもなかった。だが、間違いなく、この男は…!

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の…マスター・()()()()()…!!?」

 

エドラスにおいて唯一残された魔導士ギルド。そのマスターである男が、何故この王城に攻め込んできているのか。その兵士にとって、彼の素性そのものが、混乱の極みを招く存在であった。

 

「…ああ…そう言えばそんな事言ってたっけか…。ま、この際どう思われようが関係ねぇな…」

 

だが伝え聞いていた印象とは異なり、どこか面倒と言いたげな反応を示して息を吐く。すると、別の方向から鎧や槍によって起こる金属音をいくつも鳴らしながら、十数人ほどの兵士たちが迫ってきていた。

 

「あ、あいつはペルセウス!?」

「まさか…襲撃か!?」

「奴一人とは思えん、仲間がいるはずだ、警戒しろ!!」

 

こちらに走ってきながら、襲撃者と思われるペルセウスの顔を確認した兵士たちが各々口を開いて迫ってくる。そんな兵士たちに対し、ペルセウスはやはり動揺せず、右手で握っている紫電の大鎚・ミョルニルを再び構え直す。

 

「全体!縮地足用意!!」

『はっ!!』

 

だが、彼から少し離れた場所で横一列に並んだ兵士たちが同じように槍を構えて、己の具足に魔力を溜め始める。それを目にしたペルセウスは、すかさずミョルニルを換装でストック空間に戻す。一番近くにいた兵士がその現象に再び目を見張る間にも、槍を構えて並んでいた兵士の準備は整っていた。

 

「発動!突撃ー!!」

 

具足の踵から出てくるのは魔力による噴射。真っすぐにこちらへ向かってくるその速度は、対応が不可能とも言えるものだ。このスピードで横切られれば、無事では済まない。

 

 

 

だがそれは、使う側にとってもそうだった。

 

「イージス」

 

ペルセウスの前に出現した鏡の光沢を持つ盾。そのイージスに真正面から突っ込んできた兵士たち。だが、ペルセウスは盾に守られたため無傷。そして兵士たちのうち、4人は何が起きたか分からないまま、頑丈を通り越したイージスに、逆に制御不能のスピードで突っ込んだために槍は原型が分からない程に壊れ、本人たちも衝撃によってあっさりと気絶してしまい、その場に倒れ伏す。

 

「な、何!?」

「どうした!?一体何が…!!」

 

イージスを通り抜け、ペルセウスの背後に回る形になっていた残りの兵士たちは、仲間の身に何が起きたか理解が及ばず、思わず好機と捉えられる状況をふいにして彼らに呼びかける。だがその致命的な隙をペルセウスが放っておくわけもなく、一瞬で右手に緑色の装飾が施された柄が特徴的な短剣を手に持つと、後方にいた二人の兵士たちを通り抜けざまにそれぞれ一閃。彼らは鎧など無視して斬り裂かれ、その場に倒れ伏した。

 

「なっ…!」

 

「あ、あり得ん…!あのペルセウスに、これほどまでの力があるはずが…!!」

 

彼らが知っているペルセウスと言えば、頭脳は非常に厄介なほど特化しているが、生まれつき病弱なため、戦力としては一切数えられない存在、のはずだ。だが、正門と大広間の崩壊、そして縮地足を使用した兵士たちをあっさり返り討ちにする実力。報告に聞いていたとものとは正反対の、むしろ下手をすれば魔戦部隊に及ぶと言える実力を見せてくる。一体どうなっているのか。全く理解が及ばないまま、ペルセウスは顕現していた短剣を一度しまい、今度は身の丈を優に超す、全体的に灰色の鉄に染められた大剣を手に持ち、奥に見える兵士たちを見据える。

 

『っ!!?』

 

それを見て、兵士たちは思わず後ずさった。あれほどの実力差を見せつけられれば生物としては当然と言える。しかし、兵士である彼らにとっては、それは恥ずべき行動だ。

 

「ひ、怯むな!陛下がおられるこの城の中で、好き勝手な真似をさせるな!!」

『おおー!!』

 

小隊の中での隊長枠と思われる兵士が檄を飛ばすと、兵士たちも自らの体に鞭を打って奮起する。それを見たペルセウスは少しばかり感心した様子を表に出した。

 

「その意気は買ってやる価値のあるものだ。けど…一々相手にはしてられないな」

 

そう言うや否や、ペルセウスはその場で大剣を両手で持ち上げると、突っ込んでくる兵士たちには目もくれず、その場で高く跳躍する。高く飛んだことで驚愕する兵士たちを尻目に、彼は両手に持った大剣で己に迫ってきた天井目掛けて三回振りぬくと、石造りのはずの天井は豆腐のようにスパッと斬れ、三角形の穴を作り出す。

 

『ええ~~~~っ!!?』

 

信じられない光景を見た兵士たちが、一様に目を見開き、驚愕の声をあげる。その間にもペルセウスは器用に斬り裂いた穴から上の階へと登り、斬り抜かれた天井は兵士たちの方へと落ちていく。

 

「た、退避ぃ!!」

 

さすがにこれに対して真っ向から、と言うものは現れず、落ちてきた天井だった瓦礫から、蜘蛛の子を散らすように退避する兵士たち。何とか押し潰されるという未来は回避し、焦りを露わにする。

 

「な…なんて奴だ…!」

 

「あの…あいつは、本当にペルセウスなんでしょうか…?」

 

「そりゃあ、あの顔はそうだろう!…と、言いたいところだが、確かにペルセウスにしてはおかしすぎる…。顔だけが似ている別人のよう…そうか…!」

 

小隊の隊長が焦燥としながら彼が去って行った天井を見上げていると、兵士の一人がずっと抱いていた疑問を尋ねる。その疑問は小隊長も気にしていたことのようで、顔こそはペルセウスそのものだが、聞いていた情報と一切合致しない事ばかり起きるために困惑していた。だが、その疑問の答えに、その小隊長は己で辿り着いた。

 

「奴はペルセウスだが、エドラスの魔導士ではない!アースランドのペルセウスだ!」

 

彼が答えたその言葉に、兵士たちは驚愕の声をあげる。魔水晶(ラクリマ)にしたはずのアースランドの魔導士に、まだ生き残りが…しかも、あのような人知を超えた力を抱えながら存在していたことに、動揺を隠せなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そして天井を斬り裂いて上の階へと登ったペルセウス。彼は個人的に国王への用件があると同時に、もう一つの目的も達成する必要がある事を思い出す。

 

「雑魚の兵士ばかり相手にしても意味がない…。やはり隊長格をなるべく早く叩く必要がある。それなら…」

 

魔戦部隊の隊長とやらを戦闘不能に出来れば、自分がどれだけ脅威のある存在なのかを王国軍に知らしめることが出来る。魔法の武器のみを扱うだけの者たちに後れを取らない自負もあるが故の思考。そして、その為には魔戦部隊長に存在を認知される必要がある。と言う事で…。

 

「取り敢えず…」

 

視界を横に向けると剥き出しになっていて王都の様子が見れる、石柱が何本も立っているのを確認したペルセウス。そして両手に灰色の大剣――銘は『グラム』――を構え直しながら、彼は突如その刃を石柱に向けながら駆けだす。

 

「そらよっ!」

 

天井さえも豆腐のように斬り裂いてみせた大剣。それを石柱に向ければどうなるか、明白だろう。一切の抵抗も見せずに次々と柱は灰色の刃によって両断されていき、支えを失ったその廊下の天井が崩壊を始めていく。

 

「き、貴様何をしている!!?」

 

その音を聞いて駆け付けたらしい新たな兵士たちがペルセウスへと向かっていく。それを視認して胡乱気に舌打ちをすると、ペルセウスは大剣グラムを持つ手を振り上げて、一度後ろに引く。何をするつもりなのかすぐさま理解した兵士たちが慌てて場を退避しようとするも、手遅れだった。

 

「でやぁぁあああっ!!」

 

力任せに前方に向けてグラムを振り下ろすと、床は抵抗なくあっさりと斬り裂かれ、その勢いは兵士たちの足元にまで及ぶ。そして足場を維持できなくなったその床もまた、新たな崩壊を招き始める。

 

「し、城を破壊する気か!?この男ー!?」

 

退避することも間に合わず崩壊に巻き込まれる兵士の一人がそう言えば、唯一安全圏に避難したペルセウスは兵士に聞こえさせるように声を張って呼びかける。

 

「城だけじゃねぇ!俺はこの国…ひいてはエドラスと言う世界を滅ぼす気でいる!!」

 

崩壊に巻き込まれながらも聞こえてくるその言葉に、一同は虚を突かれたように目を見開いて、言葉を失った。そんな彼らの胸中も一切無視し、彼は一方的に言葉を放つ。

 

「俺を止めたいと言うなら、王国軍にいるという魔戦部隊とやらをこっちに向かわせろ!!あるいは、テメェらが捕えているアースランドの魔導士たち!魔水晶(ラクリマ)にされた奴等も全員含めて無事に解放しろ!!そのどちらかを果たさない限り、俺はこの城を、そして王都をいつまでも破壊し尽くす!!」

 

そこで一度言葉を区切ったペルセウスはグラムをしまい、紅の炎を模した剣へと換装する。そしてその剣に炎の魔力弾を溜め込み、今いる位置から狙える一番高い部分の屋根目掛けて発射。着弾してすぐに、その部分はごうごうと紅の炎に包まれた。

 

「こんな城なら、半日もあれば瓦礫の山に変える事なんて…造作もねぇぞ!!!」

 

脅迫にも似た警告。城全体を本気で破壊することが出来るという、自らの力と意思の表明。彼の姿を目にしていた者たちは、一様に混乱と恐怖、怒りと激情と言った感情を抱え始める。

 

「ふざけたことを!」

 

ペルセウスのいる位置に、再び兵士たちが押しかけてきて、彼を取り囲もうと迫ってくる。だが、それが暖簾に腕押しであることを、残念な事に彼の力の上澄みしか見ていない者たちは気付かない。

 

「換装、『フラガラッハ』」

 

その言葉と共に、炎の剣レーヴァテインを持っていない左手に、緑の柄を持った短剣・『フラガラッハ』を呼び出す。そして迫ってくる兵士たちに向けてそれを投げつけると、槍を構えて駆けてきた兵士たちの槍や鎧諸共次々と貫通し、一直線上にいた兵士たちの体に風穴を開けた。

 

「…え…?」

「あがぁあっ!!?」

「な、何だ…何が起きた!?」

 

いい加減に見飽きた反応だと毒づきながら、一仕事を終えたフラガラッハを魔力で操作し、緑色の旋風を起こしながら、弧を描いてペルセウスの元へと戻っていく。この神器は太陽の神と謳われたルーが使っていたものであるが、風に関する神の恩恵を受けている為、いかなる鎧も砕いて貫通することが出来る性能を持っている。

 

一瞬で絶命し倒れ伏す者、体の一部を失い痛みに悶える者、運よく直撃を免れ目の前の光景に慌てふためく者、様々な反応を示す兵士たちに、睨みつけながら言葉を紡ぐ。

 

「言っただろ?俺を止めたければ魔戦部隊長とやらを向かわせろと。それとも、死んででも俺を止めたいというのなら…望み通りにしてやるが?」

 

右手に持つ紅炎の剣をぶら下げ、左手に持つ風の短剣を逆手にして前方に向けながら彼は問いかける。大人しく言う通りにするか、もしくは死ぬか。圧倒的な実力差を持つペルセウスだからこそ投げかけることが出来るその問いかけは、彼らの耳に一切入らない。それほどまでに、兵士たちの焦燥は極致に至っている。

 

「な、何故だ…!?」

 

だからこそ、兵士の一人は逆に問うた。

 

「何故こんなことが出来る…!?こんな…何の躊躇いもなく、侵略同然のことが出来るんだ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…?」

 

その問いに、ペルセウスは今まで以上の怒りを感じた。それによって瞬発的に発せられた魔力の質は、魔力を持たないエドラスの人間でさえ、恐怖のどん底に叩き落とすほどの脅威を表している。

 

「テメェらが、それを言うか…!?」

 

瞳孔が開ききり、憤怒と憎悪以外の感情は既に抜け落ち、新たに殺意と呼ぶべきものが全面的に押し出された表情を浮かべながら、ペルセウスは地獄の底から這い出るような、これまで以上に低い声で告げ始めた。

 

「勝手に俺たちの世界から魔力を奪い、勝手に俺たちの家族を形の無い物にして、俺たちの世界からも、自分たちの世界からも、何もかもを奪って、搾って、目障りならば躊躇なく殺して、挙句の果てには…許可なく奪っていった俺の家族を、ゴミと罵って、考えなしに砕きやがった…テメェらが…!!!」

 

溢れる憎悪、込み上げる怒り、高められる殺意、それらすべては形となって現れる。彼の右手に持つ炎を模した剣が、ペルセウスの心の高ぶりを表すように紅の炎を発し、彼の身体を超すほどの勢いで燃え上がっている。

 

「ふざけんじゃねぇぞ…!奪うだけ奪っただけのくせに…数と力に任せて蹂躙してきたくせに…いざ、奪われる側、蹂躙される側に周ったら、掌返して正論をぶつけてきやがんのか…?」

 

この時になって、兵士はようやく気が付いた。自分が恐怖のあまり口にした言葉は、失言だったと。彼にとっては地雷を踏みぬく言葉であったと。だがもう遅い。弁明をしたところで彼は止まらない。むしろ弁明をすれば、彼を更に逆上させることになる。

 

「テメェらはクズの集まりだ…!命をとられる覚悟もねぇくせに、平然と奪って、捨てて、踏みにじる…!命を奪われる覚悟もねぇ奴等が!人の命を、軽々しく奪うんじゃねぇエッ!!!!」

 

左手にあった短剣は、すでに消えている。ペルセウスは激昂に染まった表情のまま、兵士たちに向けて昂られたその炎を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「『()(えん)(ばん)(じょう)』!!!!」

 

それと同時に放出される、全てを焼き尽くす紅の炎。最早逃げることも叶わず、彼らはその炎に呑みこまれた。それでも炎の勢いは止まない。近くの床や壁、天井を焦がすのみならず焼き尽くし、部分によっては溶解さえしてしまうほどの熱量。その周辺で警戒を続けていた兵士たちも、理解する間もないまま、炎に呑まれて消滅していく。

 

 

 

ペルセウスの周りは、もう城の一部ではなく、地獄絵図の一つと化していた。

 

「……くそっ…!」

 

行き場のない感情を炎に込めた後に残るのは、その結果でも変えられない、この国の犯した所業。どれほど兵士を屠ったとしても、隊長格を潰したとしても、世界を滅ぼしたとしても、もう戻ってくることのない、大切な存在。

 

失った者はもう戻ってくることはない。それが分かっていても、彼は止まることが出来ない。自らの繁栄のために、他者の犠牲を厭わない奴等を、討ち滅ぼすまでは。

 

「こんな奴等の為に…リサーナは…」

 

フラッシュバックしてくる、彼女の笑顔。彼女を失った後の姉と兄の姿。そしてその真相に行きつく情報をくれた覆面の親友。そして今もなお姿が見えない最愛の弟。

 

「…………」

 

ひどい虚無感に襲われながら、ペルセウスは立ち尽くす。この復讐を果たした先にあるものは、果たして…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「おいおい…マジかよ…。スッゲェとんでもねぇことになってんじゃん…!」

 

「んー-、これはまた…随分と手酷くやられたもんだ…」

 

城の一部が地獄絵図と化し、その中心にて唯一無傷で立っている青年の姿を遠目で確認にした二人の魔戦部隊隊長は、柄にもなくそんな月並みな言葉しか発せられなかった。国王軍に逆らうだけでも連行され、幽閉されれば御の字。下手をすれば即処刑だ。

 

だがこれ程の惨状を起こしたとあらば、彼一人の命では到底払いきれないエドラスにおいて最大級の罪だ。

 

「んで?あいつを止めたきゃ、どうしろっつったっけ?」

 

「はっ!魔戦部隊長の皆さんを向かわせること、あるいはアースランドの魔導士を、魔水晶(ラクリマ)化した者たち含めて全員を解放せよとのことです」

 

近くにいた兵士にペルセウスが提示した条件をヒューズが確認すると、的確に情報が伝達されているようで、兵士は流暢に答える。

 

「カハッ!んじゃあ、やることは実質一つしかねーよな?」

 

「ここまで好き勝手させられて、黙ってるわけにもいかないしねぇ…」

 

正面から堂々と襲撃を仕掛けられ、既に何十人もの兵士を無力化されている。王国軍としてのメンツもかかっている今、動かない訳にはいかんとヒューズもシュガーボーイも戦闘態勢を整えながら向かい始めた。

 

 

 

 

 

「襲撃者だと!?数は?」

 

「それが…一人と…」

 

「一人!?たった一人で、城に乗り込んできたのか!?いや、そもそも一人でこれ程の惨状を作り出せるというのか!?」

 

捕らえたアースランドの魔導士を始末しようとしていたエルザは、襲撃者が起こしたという爆発によって一度彼らを放置し、事態の沈静化の為に兵士からの報告を聞きながら急ぎその場へと急行する。だが、その兵士から聞いた報告に、エルザは開いた口が塞がらない状態だ。

 

「アースランドのペルセウス…!?つまり、捕えている方のシエルの兄…。弟を取り返すために単騎で突っ込んできたのか?いや、それにしては妙だ…」

 

考えを巡らせて、彼の狙いを模索するも、予想がつかない。弟が収監されている城内を暴れまわる理由も予測が立てづらい。だが、一つだけ思いついている策はある。

 

「もし万が一の場合は、弟を人質として目の前に晒してやる…。いかに強大な男であろうと、正気ではいられまい…」

 

分は自分たちにありと言わんばかりに笑みを浮かべながらエルザは駆ける。彼女の思い描くその奇策は、吉と出るか、凶と出るか…。

 

 

 

 

 

「襲撃者によって、捕らえに行った兵士はほぼすべて撃退され、死傷者も出ている模様!奴の狙いは、陛下の首と言う発言も…!すぐに避難の準備を!!」

 

一方で国王ファウストに緊急の報告と避難の提案をしに来た兵士たが一人。王の玉座に座りながら黙して耳を傾けていたその老人は、広げていた両の手を握り締め、目を血走らせながら唸り始める。

 

「何故だ?」

 

「…へ…?」

 

「何故ワシが、わざわざ避難しなければならぬ?」

 

思ってもみなかった返答をした国王に、兵士は思わず呆けた声を発してしまうが、そんな些末事を指摘したりせず、ファウストは言葉を続ける。

 

「ここには、最大の兵力、最大の武力、最大の化学力、そして最大の魔力が備わっている!たった一人の襲撃者に対し、ワシがここから離れる理由など、あるか?」

 

「そ、それは…しかし、その襲撃者…普通ではなく…」

 

この王城を差し置いて安全な場所など他にはない。そう言い切ってしまうほどの意味を宿した言葉と共に問われるも、兵士は襲撃者がどれほどに危険であるかを伝えようとする。だが。

 

「襲撃者など恐れるに足らず!魔戦部隊、魔科学班を含む全戦力に通達せよ!我がエドラス王国に歯向かう愚か者を、完膚なきまでに叩きのめせ!!

 

 

 

我等の力を、その襲撃者に知らしめよと!!」

 

「は、ははっ!!」

 

万に一つ、負けることはない。絶対的な自信の現れ。いざという時には、現在抽出を続けている滅竜魔法の魔力もある。たかが一人の襲撃者が、どこまで抗えるものか。高みの見物。その言葉が似合う様子の国王は、この先の栄華の未来のみを見据えていた。

 

 

 

 

 

「さっきから、一体何が起こってんのかしら…てか、見つかったりしないわよね…?」

 

大きな揺れが起きてから、何度も城全体を揺り動かしている謎の地響き。それに対して恐怖を抱えながらも、エルザが鍵をかけ忘れていたおかげで牢からの脱出に成功したルーシィとシエルは、兵士に見つからないよう、囚われの身となってるはずのナツとウェンディを探していた。

 

「…一応、ここには兵士もいないみたいね…。行くわよ、シエル!…シエル…?」

 

柱や壁の陰に隠れながら進んでいたルーシィ。兵士の姿も見えなかったことで先に進めると確信したルーシィがシエルに声をかけるが、シエルからは反応がない。怪訝に思い彼の方を振り向くと、先程城の一部を地獄絵図へと変えた紅の炎を見た時から、固まってその場を動かず、その光景を視線に固定していた。

 

「あれは…間違いない…レーヴァテインだ…!」

 

「レーヴァテイン…?って事は…まさか!?」

 

兵士たちにとっては大惨事であろう。だが、この時のシエルにとって、兵士たちを焼き払ったあの炎は、一つの希望を生み出した確信の要素となった。

 

「そうだ…いる!兄さんが…魔水晶(ラクリマ)にならず、今ここに…!!」

 

目元に涙を浮かべ、実兄の無事を心から喜ぶ弟。何故彼もエドラスで魔法が使えるのか、気になる部分はあるが、それも含めて、ナツたちの救出の為にも、彼との合流を最優先するべきと作戦を変更。すぐに移すため、彼らは再び行軍を始めた。

 

 

 

 

 

「上の方で、何があったんでしょう…?」

 

「ぐしゅしゅしゅ…他の事を心配される余裕がおありでしゅかな…?」

 

一方でどこかの地下空間。そこでは四肢を繋がれた状態ではりつけにされている滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の二人。その二人に憎たらしいニヤケ顔を浮かべながら装置を向けるのは、魔力の抽出の一時的な全責任を請け負ったバイロ。既に何回か魔力の抽出をされて、二人とも顔に疲労の色が見える。

 

だが、先程から上の方で激しい戦闘と思われる音が響いており、否が応にも意識を向けてしまう。ウェンディは心配を前面に出した表情を浮かべているが、ナツは反対に笑みを浮かべている。

 

「大丈夫だ!ウェンディ!きっとオレ達の仲間の誰かが助けに来たんだ!きっとここにも来る!だから諦めんな!!」

 

「ナツさん…はい!!」

 

「ぐしゅしゅ…威勢だけは人一倍のご様子…」

 

仲間と言うと、ルーシィか、シエルか。だが魔法を使えたのはルーシィだけのはず。可能性は低いと思えるが、ナツは心から仲間が来たことを信じている。それを聞くと、本当に希望が見えてきたように思えてくる。だからウェンディも諦めない。ナツが諦めない限り、その影響を受け、彼女もまた諦めようとはしない。

 

「ぐおおおおおっ!!絶対に…諦めねぇぞぉーーっ!!チクショーーーー!!」

 

再びバイロに魔力を吸収されていくナツ。それに苦痛の叫びをあげるが、彼の目には、諦めと言う文字は一片も入っていなかった。

 

 

 

 

 

「うわぁ!何これ!?城が滅茶苦茶になってる!?」

 

「誰のせいかは分かんないけど…ウェンディたちは、無事なんでしょうね…!?」

 

そして、天高くから舞い降りるのは、白い一対二枚の翼を背中から生やした青い毛のネコと白い毛のネコ。友の元へと飛び立つために、心の形を羽に変え、今度は絶対助けると誓う。

 

「とにかくみんなを探さないと!行くわよ、()()()()!!」

 

「あいさー!!」

 

決意を新たにしたネコたちは、まだあちこちで破壊音が響く城の中へと入っていく。混沌極める王城は、続々と変化していく。

 

 

 

 

 

 

「…余計な邪魔をしてくれる…」

 

城の一室・研究室で、王城内の様子を映し出したモニターは、その襲撃者の姿をしっかりと映し出している。それを見ながら、眼鏡の奥にある切れ長の目を細め、その青年は悪態をつく。

 

「俺があんたを止めてやるよ…()()…!」




おまけ風次回予告

ルーシィ「ペルさん…助けに来てくれてるのはいいけど、さすがにやりすぎ~!ナツたちが可愛く見えてきちゃう!!」

シエル「これ…多分だけど相当ブチ切れしてる時の暴れっぷりだよ…。まあ、でも無理もないか…仲間のみんな、勝手に取られてるんだもん…」

ルーシィ「それにしてもペルさん、あたしたちと同じようにアースランドに一度残されてから、こっちに来たのかな?てっきりみんな同様魔水晶(ラクリマ)にされてるのかと…」

シエル「それは俺も気になってた。俺たち兄弟二人とも…一体どうしてだろ?」

次回『堕天使vs.魔戦部隊』

シエル「あれ、ちょっと待てよ…?」

ルーシィ「どうしたの?」

シエル「俺たち同様、兄さんが俺たちも魔水晶(ラクリマ)にされてると思って、遠慮なしに暴れてるとしたら…?(汗)」

ルーシィ「それって…あたしたちも死と隣り合わせ(巻き添え)の可能性!!?(汗)」


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第86話 堕天使 vs. 魔戦部隊

何だかんだで難産だった今回。あんまり長く…もとい先に進めなかったなぁ…。

時に…今週この小説のUAが急激に上昇するという、これまでも何回かあった現象が起きていたんですが…調べている内に分かりました。

何と!この時日間ランキングの100位圏内に入らせていただいておりました!!
これも読んでくださる皆様のおかげでございます!本当にありがとうございます!確認した時には総合40位でした!

しかもその効果でお気に入りの件数もぐんぐんと伸びて…いまや500件突破!凄く嬉しかったです!

これからも出来得る限り更新を続けていって、完結目指します!!


轟音と共に城は崩れ、衝撃と共に兵は吹き飛び、それらを引き起こしているたった一人の青年には一切の傷どころか、疲れすら見られない。

 

青い三又の槍・トライデントが作る魔法陣から大波が発生し、そこら中にひびが入った王城内の兵士たちを更に流して数を減らしていく。

 

「バ…バケモノだ…!!」

 

「や、やはり…隊長たちに後を託すしか方法がないのか…!?」

 

膨大な量の水に流され、ようやく城の柱の一部にしがみつくことが出来るようなった兵士たちから、恐怖を前面に出した声が出てくる。その恐怖を向けられた青年が提示した、魔戦部隊の隊長がこの場に到着するにはまだ時間がかかる。その間にも城や兵士たちに攻撃を仕掛けて破壊し続ける男を少しでも食い止めようと、次々と槍や魔道具を携えながら兵士たちが抵抗を続けるが、今までの自分たちの魔法の常識を覆す…どころか粉々に打ち砕く人智を超えた力を思うがままに振り回す彼を、ほんの少しすら留めておくことも叶わない。むしろ、いたずらに被害を増やしているだけだ。

 

「隊長方は!?」

 

「ヒューズ様とシュガーボーイ様には既に連絡してある。エルザ様にも伝えたという連絡もあった」

 

「パンサーリリー様はまだ不明だが、これほどの騒ぎだ。恐らく自主的に向かっておられるはずだ」

 

「少しでもいい、これ以上城の被害を増やしてなるものか!!」

 

暴れまわる襲撃者の攻撃が届かない範囲で兵士たちが情報の交換を行い、更に城中の兵士たちが彼の元へと向かっている。誰も彼もが恐れながらも国のためにと決死の覚悟を持っての特攻。だがしかし、相手が悪すぎる。

 

「無駄な事だと、分からねぇわけじゃねぇだろ?」

 

十人を超す人数の兵士たちが一斉に襲い掛かっても一切動揺を見せず、ペルセウスは手に持っていた槍から再び水を放出。その水は先ほどと比べるとあまりに勢いが少なく、精々床が浸水した程度。その事を怪訝に思いながらも足を止めずにこちらに迫ってくる兵士たちを、見据えながら彼は石突を再び床に展開していた魔法陣に叩きつける。

 

すると、彼らの足元付近から気泡が突如現れ始め、数瞬が立つ頃には勢いよく人間一人を巻き込める量の水柱が吹き出した。間欠泉や噴水のような光景だが、その勢いはこれらを凌ぐとも言える。事実、あまりにも勢いが強すぎて、飲み込まれた兵士ごとそのエリアの天井が突き破られた。

 

「またさっきとは違う技を!?」

 

「一体、どれだけの手札を持っているんだ、あいつは!?」

 

それぞれの特性が異なる神器。そしてその神器の一つ一つが、使い方次第で様々な戦い方をすることが出来る。事あるごとに換装で別の神器を呼び出して、千変万化の戦い方をするペルセウスに、あらゆる意味で王国軍は翻弄されている。しかもそのどれもが下手をすれば簡単に命を奪われるほどの規模なのだから恐ろしい。

 

「遠くからなら狙えるか!?」

 

「多少威力は落ちるが、この際気にしては…!」

 

近接型の神器ばかりが目に入っていた為に、遠距離の魔法を用いて狙い撃ちにしようとする兵士もいたが、気付いた時には魔力で出来た光る矢によって彼らは逆に射抜かれていた。呻き声を上げながら倒れる兵士たちを確認しながら、彼は金と銀に分かれた、月が彫られた大弓・イオケアイラを今度は上空へと構える。

 

「降り注げ、月光の如く…」

 

20ほどの矢に分岐させてから空高くへと撃ち出せば、それぞれ別たれた光の矢は弧を描いて、城のあちこちを更に破壊していく。近距離ばかりじゃない。遠距離にも対応がされているという現実を見せられたことで、ただでさえ下がり切っていた兵士の士気はさらに低下していく。

 

「だ、ダメだ…!全くもって止められない…!」

 

「アースランドのペルセウス…!人間の所業とは思えない…!!」

 

ほんの少しも、それこそ小さい蟻ほどの誤差さえ変貌させることが出来ずにますます増えていく被害。最早兵士たちの心すら折れていると言っていい。そんな彼らの胸中など知りもせず…知ろうとも考えすらしない彼は大弓をしまい込むと、続いて銀の大剣を再びその手に出現させる。

 

「さて…王の場所だけでも分かれば直行したいんだが、皆目見当もつかねぇ。やっぱ上の奴等を叩いて聞きだすっきゃねぇか。それにはあと、どれだけ斬ればいいのか…」

 

手に持つ大剣を構えながら、今現在いる廊下の横の壁を斬り進もうとぼやいていたペルセウス。そんな彼の動きは、その耳にある音が近づいているのを感づいたことで一度止まり、その音の正体を瞬時に判断し、すぐさま対応した。

 

「はあっ!!」

 

その声をあげながらこちらに高速で突進してきたその存在を、銀の大剣で咄嗟に捌き、受け流す。縮地足を使ってきた兵士達よりもさらに速い。ペルセウスはすぐさま気付いた。この実力者は間違いなく今までの中でも一番強いと。だが、その存在の姿を視認するよりも速く、再び高速でこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 

「速い…!」

 

少しばかり驚愕を顔に出しながら、大剣でその攻撃をいなすペルセウス。しかし、速度に特化しているらしい相手に頑強な大剣で挑むのは無理がある。5度目の攻撃を受け流すと同時に、彼は換装で手に持つ武器を交換した。その手に持つのは、橙色の炎を発する鎖。

 

「縛り上げろ、グレイプニル!!」

 

その鎖、グレイプニルを己の体を囲むように広げ、次の攻撃が来た際に捕えられるように態勢を整える。だが、その存在は鎖に突っ込む寸前で後方に跳躍し、ペルセウスとの距離をとった。速さだけでなく反射も相当なものらしい。

 

「報告を聞いた時まさかと思ったが、本当に全く違う武器に変えられるのだな」

 

彼を攻撃してきたその者の声と顔を見聞きした瞬間、ペルセウスは戦闘の間際とは言え、衝撃のあまり目を見開いた。

 

両手に持つのは、尖った先端と、そのすぐ近くの絵は金色の風を象った意匠となった長槍。しかしそれを構えているのは、自分と同じギルドに所属している緋色の長い髪を持った女性、エルザ。声も口調も酷似しており、服装と手に持つ武器が違っていなければ、本人と間違えてしまいそうだ。

 

「エルザ!?…いや、エドラス(こっち)のエルザってところか…。まさか敵側にいるとはな…」

 

「貴様こそ、アースランドのペルセウスと言うのは本当らしいな」

 

片方は己を囲っていた橙の鎖を魔力で操作して前方に広げながら、もう片方は持ち上げる要領でいつでも攻撃に転じられるように槍を構えながら、目の前にいる脅威の存在と対峙する。

 

「ペルセウス・ファルシー。マスターでもない、ただのギルドの一員だ」

 

「私は王国軍第二魔戦部隊隊長、エルザ・ナイトウォーカー」

 

「そうか…魔戦部隊の隊長の一人は、お前ってことか。ちょっとばかしやりづらいな…」

 

「これ程の被害を我々に与えている癖に、ぬけぬけと言えたものだな」

 

まさか仲間と同じ顔をした存在が敵側にいるという事に少しばかり苦虫を噛み潰したように顔を顰めるペルセウスを、嘲笑を浮かべながらエルザは非難する。今は恐らく王都全体もパニックになっているであろう惨状を作り出した男が言えるセリフではないと言いたげに。

 

「貴様の望む通りに出てきてやったんだ。ここまで我々をコケにしてくれたことを、後悔させてやろう」

 

目を据えながらエルザが呟いたと思いきや、彼女が構えている槍の先端が突如光り、今度は炎を模した装飾が施されたものへと変化する。

 

「換装…じゃない…!」

 

「『爆発の槍(エクスプロージョン)』!!」

 

その変化を瞬時に分析していると、彼女は槍の先端から爆炎を放出。対してペルセウスは鎖から発せられた橙の炎を自分の前に展開して威力を相殺する。爆炎の威力と規模を見た彼はすぐさま右手にトライデントを装備して、お返しとばかりに大波ほどの水を放出する。

 

「火には水。そんな浅はかな考えが通用するとでも?」

 

自慢の槍であればたとえ大量の水であろうと簡単に蒸発させられる。そう考えてもう一度爆炎を発射するが、その炎はあっさりと大波によってかき消される。

 

「何!?っ…『音速の槍(シルファリオン)』!!」

 

これに動揺を表したエルザは、すぐさま槍の形状を先程のものに戻し、その場を高速で退避。そこから再びエルザは高速でペルセウスに斬りかかろうとする。

 

「甘いな」

 

しかし、彼を囲むようにして間欠泉のように水柱が発生し、エルザは足を止める。あまりにも規模が違う魔法に少しばかりたたらを踏んだものの、長い間軍の隊長として戦った彼女は、すぐさま起こすべき行動を起こすことが可能。

 

「『封印の槍(ルーン・セイブ)』!!」

 

槍の形状を再び変化させ、彼が起こした水柱の壁を一閃。するとそこを起点として見事に水が上下に分かれ、ペルセウスがいるであろう場所へと通じる。だが、その勢いのまま突き出した槍の先に、対峙していた青年はいない。

 

「っ!?どこだ…!?」

 

姿を見失った青年の姿を探し、首を向けているが、その姿は見当たらない。避難できる場所などないはずだが…と、一つだけスペースのある空間がある事に思い至る。その方向、上へと視線を向けると、予想通り彼はいた。

 

右手には三又の槍を持ちながら、左手には先程までなかった紫電を纏った頑強な大鎚を持ち、紫の雷を迸らせている。

 

「(誘いこまれたっ…!?)」

 

気付いた時には既に遅い。ペルセウスはエルザが入ってきた方とは逆の水壁に紫電が迸っている大鎚を叩きつける。電気を通しやすい水は四方八方に目にも留まらぬ速度で駆け巡り、水壁を突っ切ったエルザにもその紫電が襲い掛かる。

 

「しまっ…ぐあああっ!!」

 

即座に退避することも対応することも間に合わず、彼女は駆け巡ってきた電撃を受けた。想像を絶する痛みに思わず片膝をついてしまうほどに。まさか、魔戦部隊の隊長であり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちを何人も屠ってきた自分が、短時間での激突とは言え、苦戦を強いられ、片膝までつかされるとは。軍の人間として生きてきた中で、これほどの屈辱は初めての事とまで言える。

 

「換装、グラム!!」

 

「くっ!!『重力の槍(グラビティ・コア)』!!」

 

ペルセウスは銀の大剣を構え直して上空から降り下ろしてくるのを、エルザは重力を発生させるパワー型の槍に変化させて迎え撃つ。本来であれば最大級の威力を誇ると言っていいこの槍ではあるが、実際の重力を使用して叩きつけてくる上に、同じように重厚さを重視した大剣に加えて、容姿から想像しがたい贅力を持つペルセウスを受け止めるのは相当な力を要する。

 

現にエルザの足元は、ペルセウスを迎え撃った時点で陥没を始め、数秒もすれば下の階層に落ちてしまうほど崩壊しかかっている。

 

「ぐっ…うぉおおおおっ!!」

 

しかしそれに負けじとエルザは槍の力を最大限に引き出し、ペルセウスの大剣を押し返す。押し返したことで隙が出来たペルセウスに向けて、すぐさま槍の形状を再び変えたエルザはそこに追撃を重ねる。

 

「『真空の槍(メル・フォース)』!!」

 

槍の先端から暴風が発生し、彼の身体をそれによって吹き飛ばす。その影響によって彼の手から大剣が離れ、本人は長い廊下を飛ばされていく。

 

「フラガラッハ!!」

 

だがすぐさま、風の力を宿した短剣を出して己の体に風を纏わせる。壁や床に身体を打ち付けずに済み、体勢を立て直す。ちなみに、手から離れた銀の大剣は床に根深く突き刺さった。

 

「随分毛色が違うようだが、貴様の魔法、原理は私の『魔槍テン・コマンドメンツ』によく似ているようだ」

 

「槍の形状と一緒に本人の能力が変わるのは、俺より別の奴を思い出すがな」

 

ペルセウスもエルザも、今の攻防で互いの魔法について大分理解が及んだらしい。特にペルセウスはエドラスの魔法について説明を受けていたものの、その枠組みから外れているかのような彼女の槍に関して、魔法自体も使い手も相当なものであることを身をもって実感している。

 

「だが貴様は、このテン・コマンドメンツの本当の力をまだ見ていない。それに…」

 

一見すると互角。あるいはペルセウスが言って有利と言った状況。だが、エルザは勝利の確信があった。己の扱う槍にはまだ隠された力があり、その力を解放すれば確実に勝利を掴み取ることが出来る。更にもう一つは…。

 

「魔戦部隊長は一人じゃねーって事」

「んーー」

 

ペルセウスの後方からようやくの到着として現れたのは紫髪の白いメッシュが入った、小枝のようなタクトを持っている青年と、金髪のリーゼントにケツアゴ、そしてピンクの鎧に身を包んだ男。エルザと同じく魔戦部隊の隊長に名を連ねているヒューズとシュガーボーイだ。

 

「エルザと渡り合うなんて確かにスッゲェ強ぇみたいだけどよ」

 

「3人がかりとなれば、さすがに分が悪いと思えるんじゃないかな?」

 

彼らもまたエルザと比べれば劣るかもしれないが、隊長と言う立場についていることから生半可な実力者ではないことは確か。如何にペルセウスと言えどもこの数的不利には敵わないのではないか。今の魔戦部隊長達には、彼に負けるようなビジョンはなかった。

 

「まあでも、この城に一人で乗り込んだお前が悪いんだ」

 

ヒューズがタクトを掲げれば、彼の背後に控えていたらしい小型の機械がいくつも浮遊して狙いを定め…。

 

「ここで、大人しくなってもらおうかね」

 

シュガーボーイが腰に差していた、薔薇の形をした鍔が特徴の剣を引き抜く。共に浮かべているのは嗜虐的な笑み。同様の笑みを浮かべながらエルザも槍を構え直した。

 

「覚悟しろ。最早勝ち目などないぞ?」

 

三方向からペルセウスを取り囲み、どのような動きを見せても対処が効くように構える隊長たち。ここまでエドラス王国を翻弄してきたペルセウスの命運も、ここで尽きたか。

 

 

 

 

 

少なくとも、隊長たち()()はそう思っていた。

 

「勝ち目がない…?それが?」

 

一切緊迫した様子の無い、抑揚のない声で呟いたと同時に、彼の頭上…彼が立つ位置を囲むように大量の魔法陣が出てきたと思えば、今まで城の中を破壊してきた神器たちがそこから出現した。

 

その光景に余裕を思わせる笑みを浮かべていた隊長たちの表情が一瞬で凍り付く。それを意に介さず、ペルセウスは自分の足元付近に神器たちを一斉に発射。各々の力を持った強力な一撃が辺りを蹂躙し、辺り一帯の空間の床を完全に崩壊させる。

 

「ま、マジかよ!?あいつ自分ごとオレたちを落下させてきた!!?」

 

今の階層から更に何階か下にまで及ぶ崩壊。そこへの落下に魔戦部隊長も巻き込まれ、彼らはただただ驚愕に目を見張っている。あくまで直接的な攻撃ではなく足場を崩壊させるだけの攻撃だったが、この動揺はペルセウスが意図的に狙ったものだ。

 

崩壊する瓦礫を足場にして転々と飛び移り、床に突き刺さったままだったグラムを回収したペルセウスは、その勢いのまま、一番近くにいたヒューズに向けて振りかぶる。

 

「あっ!くそぉ!!」

 

焦りながらもタクトを振るえば、小型の機械がペルセウス目掛けて飛び掛かり、魔力と思われるエネルギーを放出しようと狙いを定める。だが、それよりもペルセウスが横斬りに大剣を振ると、いくつもあった小型の機械はどれも真っ二つにされて爆発四散。

 

「なっ!?」

 

更に動揺してフリーズするヒューズ。そこにペルセウスは再び大剣を振り、斬ると言うより刃の側面で叩きつける。彼の身体はそれで簡単に飛んでいき、庭園を横切って、別の建物の中へと叩きつけられる。

 

「ヒューズがあっさり…!?」

 

数的有利を作っていたはずが、一人を簡単に戦線離脱させられてシュガーボーイも動揺が走る。その隙を突いてペルセウスがシュガーボーイに向かって飛んでくる。ヒューズを飛ばした大剣を振るってくる彼に対して、シュガーボーイは自分の剣をぶつけてくる。

 

「オレの剣『ロッサエスパーダ』は…如何なるものも柔らかくしちまう…君のその剣も…へっ!?」

 

シュガーボーイが扱う剣・『ロッサエスパーダ』には、生物以外…無機物であれば魔法であろうと柔らかくすることが出来る。石も、鉄も、どんなものでも。だからペルセウスが振るってきた大剣であっても、柔らかくしてしまえば使い物にならなくすることが出来る…はずだった。今まで出来ていたはずの効果がまるで発動せず、鍔迫り合いを繰り広げられてる。

 

「俺の剣も…何だって?」

 

「そ、そんなバカなっ!?」

 

シュガーボーイの言葉に対して問い詰めるように声をかけるペルセウス。だがシュガーボーイはもう正常な思考が出来る状態ではない。競り合っていた剣にさらに力を込めると、ペルセウスの持つ銀の大剣は、ロッサエスパーダを逆に真っ二つに斬り裂いた。

 

そして絶望も交えた驚愕の表情を浮かべていたシュガーボーイは、直後左掌をかざしてペルセウスが飛ばした魔力弾に顔面を直撃され、横の壁へと叩きつけられることになった。

 

残るはエルザ。しかし、床の存在する最下層はもう近い。フラガラッハを換装で呼び出して自らの周りに風を発生。一度一番下の階へ着地を完了させる。

 

「ペルセウスゥ!!」

 

その直後、憤怒の表情を浮かべながら音速の槍(シルファリオン)で突撃してきたエルザの攻撃にも手に持った短剣で対処。逆にフラガラッハを彼女目掛けて投げつけ、右手にはレーヴァテインを装備する。

 

「くっ…!おのれぇ!!」

 

有利だったはずの状況をたったの一手を起点に逆転させられた。呼び寄せた魔戦部隊長も二人、何の抵抗も出来ぬまま戦闘不能にされた事にも怒りを隠せない。これ程までコケにされたことなど初めてだ。エルザは再び槍の形状を変えて彼に攻撃を仕掛ける。たとえどんな武器に向こうが変えようとも対処できるように。

 

封印の槍(ルーン・セイブ)!!!」

 

どのような魔法も斬り裂くことが出来る槍。これを用いれば、理解不能な彼の扱う武器であっても封じれる。そう信じて疑わず彼女は彼に向けてそれを振るった。

 

 

 

「換装、ダーインスレイヴ」

 

だが彼女のその自信は、一瞬で彼が変えた一振りの黒い剣によって打ち砕かれた。あらゆる魔法を斬り裂く封印の槍(ルーン・セイブ)が、逆に先端の部分を斬り落とされたことによって。

 

「…は…?」

 

これまで驚愕こそすれ思考が固まるほどの衝撃までは受けなかったエルザ。だが、今回に関しては未だかつてない程の衝撃と共に絶望さえ味わった。自分の扱う槍が…数多の反逆者をこの餌食にしてきた己の得物が…何の前触れもなく斬り落とされた。

 

そして目の前にいる青年は、勝者の誇らしさも、敗者に向ける嘲りも、一切感じさせない何の感情もこもっていない表情でエルザの顔の目の前に黒剣の先端を向ける。それによってエルザは息を呑み、体も硬直してしまう。

 

「勝負ありだ」

 

特に感情の高ぶりがあるわけでもない。軍の中でも強大な力を持っている自分たち魔戦部隊長を悉く打ち倒しておきながら、達成感も何もない、まるでこうなって当然とばかりの表情を浮かべているペルセウスに、エルザはどうしようもない怒りと悔しさが込み上げてきた。それと同時に、今まで軍の一員として国に仕えた者として、この現実に向き合う姿勢を彼女は見せる。

 

「殺すならさっさと殺せ…!貴様などに情けをかけられる筋合いは…!」

 

「そうはいかない」

 

だが、彼女のそんな姿勢は、言い切る前にペルセウス本人によって中断される。何を言い出すのか理解できないというような表情を浮かべている彼女に構わず、彼は次の言葉を発した。魔戦部隊を呼び寄せたことに繋がる、大元の目的を。

 

「国王の居場所を教えてもらおうか」

 

それを聞いたエルザは察した。この男が目的としているのは自分たちではなく、もっと上の存在だと。

 

「…知って…どうするつもりだ…?」

 

だが確認しなければならない。自分たちの王に近づこうとする者が、本当に自分が想像している通りの事を企んでいるのかと。その問いに対しても、彼は抑揚のない声で淡々と答えを示して見せた。

 

「簡単だ。あのロクデナシの国王の首を、斬り落とす」

 

「……!!」

 

確定した。この男は最初から、国王ファウストの首一つの為に単騎で突っ込んできたのだ。そしてこいつは、自分に王の首を差し出せと言ってるも同義の問いをしている。まさか、仲間を助けるために手っ取り早く大将首を取ることに思い立ったなど、考えつくことすら信じられないのに、実際にそれを実行してみせた。

 

「気は確かか…貴様…!!」

 

「狂ってるのは承知だ。だが、勝手に許可なく家族の命を取っていきやがったくそったれに(かしず)く程度の奴等に言われるのは癪だな」

 

明らかにこちらを見下している。それが分かっているのに、今のエルザには物理的な反撃をすることが一切できない。反撃しようものなら一矢報いる間もないまま斬り捨てられてしまうだろう。だが国王陛下に対して背信行為を働くような真似もごめんだ。国に対しての裏切りと同じこと。国に仕える者としてその選択も真っ先に排除している。

 

ならどうするべきか。頭の中で様々な解決策を考えていたエルザは、一つだけこの状況を打破できそうな要素があったことを思い出した。

 

「くくく…!」

 

それによって思わず笑いが込み上げた彼女に、ペルセウスは怪訝な目を向ける。何がおかしいと変化のない声を出したペルセウスに、彼女は嘲笑を浮かべて告げた。今に動揺に塗れた顔に変わるのが楽しみだと独り言ちながら。

 

「貴様がもしも、陛下の首を取ろうとしたのなら…貴様の弟は、どうなるのだろうな…?」

 

その瞬間、空気が変わった。

 

 

 

だがそれは、エルザが望んだようなものとは違った。

 

 

 

「――――っ!!?」

 

全身の鳥肌が、産毛に至るまで命の危険を告げるほどの悪寒。思わず彼女は呼吸が苦しくなり、全身から汗がにじみ出る。そして目の前にいる存在から目を逸らすことが、出来ずにいる。

 

そう。目の前にいる存在の纏う空気が、変わったのだ。

 

 

 

「おい…そいつは、一体…どういう意味だ…!?」

 

怒りと憎悪。まさしくその二つの感情のみが表情に現れ、纏う空気は並大抵の人間であれば向けられるだけで本当に死に至るほどの殺気。

 

エルザは間違えたのだ。弟を利用した脅迫は、彼自身の地雷を踏み荒らす行為に等しかったことを、彼女は知らなかった。

 

「シエルに何かしたんだとしたら…この世界中の全人類を根絶やしにすることも厭わねぇぞ…!!あ…!!?」

 

エドラスに住む者だからこそ、知らなかった。彼がどれほど家族を…特に弟を自らの命より大事に思っているかを。彼が家族の事に関して怒りを表せば、どれほどの恐怖を与えられるかを。彼が…闇の世界でかつて『堕天使』とまで言われるようになるほどの、強さと狂気を抱いていたことを。

 

さっきに気圧されて硬直するエルザに、答える意思がないと判断したペルセウスは、黒い直剣を上へと振り上げる。これ以上彼女に構っても時間の無駄と判断したペルセウスが、彼女の命を絶って他の者から王の場所を聞き出そうとするために。そしてそんな彼の動きを、呆然としながらエルザはそれを見ているだけ。最早、この場での死すらも受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

だが、それは彼らの横から炎の魔力弾がペルセウス目掛けて飛来したことにより、彼はその動きを中断。ダーインスレイヴでその魔力弾を斬り裂いた。他の兵士が使っていたものとは違う、高威力のもの。恐らく先程の彼らとは別の隊長だとペルセウスは結論付けていた。

 

「他にもいたのか、魔戦部隊…っ!!?」

 

だが、それは彼の予想とは全く違った人物だった。事実、彼に攻撃を放ったのは魔戦部隊に所属している者ではない。

 

 

 

「眼前の敵を前にして呆けているとは、武力ばかりが取り柄のお前が、それさえも放棄するとは呆れるな」

 

「…ま、まさか…!()()まで、王国の…!?」

 

現れたその人物が、エルザに向けてあきれ果てるようにそう言葉を零す。だがそれは、今の今まで一切揺らぐことがなかったペルセウスの表情を、これでもかと驚愕と焦燥に染め上げた。

 

水色がかった銀色の短い髪に、切れ長の目元にはそれを強調するメガネ、身に纏っているのは白衣で、いかにも研究者と言った風貌。だが、右手には赤、青、黄色、緑の宝珠が一個ずつ房のようになって、それが先端についている長杖。左手には、エルザが持っていたであろう槍と同じタイプのものを持っていて、先程ペルセウスに向けた攻撃は右手の長杖によるものだと推測できる。

 

顔立ちは記憶より大人びているし、声だって低いが、ペルセウスは一目見て気付くことが出来た。彼が何者なのかを。

 

「シエル…なのか…!?」

 

「あんたにこう言うのも妙な感覚だが、()()()()()。アースランドの兄よ。エドラス王国魔法応用科学研究部にて、部長を務めている、シエル・オルンポスだ」

 

動揺を隠せないペルセウスに対して、淡々と正確には初対面である異界の兄弟に挨拶を投げかけるエドラスのシエル。ペルセウスにとって、今までのどの事実よりも予想外だった。エドラスで自分は妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターを務めている。だが、その弟であるはずのシエルが、まさかの王国側の人間だと、信じがたい現実として、ペルセウスに襲い掛かってきた。

 

「シ…エル…!?」

 

魔法(ぶき)も失って茫然自失するのは勝手だが、今お前を失うのは国にとって無視できない損害だ」

 

シエルの登場によって意識が戻ってきた様子のエルザが目を見張ってシエルの方を向くと、相も変わらず彼女の癪に障る言動で告げる。だが、今の彼女はそれに反応することもない。どうやら相当堪えているようだと、シエルは心の中で思った。

 

「『アクアショット』!」

 

そしてその状態のまま、長杖の青い宝珠の部分を輝かせると先程とは違う水の魔力弾をペルセウスに撃つ。動揺を顔に出しながらも黒剣で斬り裂くペルセウスだが、シエルは魔力弾を撃つと同時に彼との距離を詰め始める。

 

「っ!」

 

長杖を振りかぶって彼を殴打しようとしたシエルに対し、ペルセウスは反撃も防御もせずに回避する。先程の魔戦部隊長と戦った時の覇気や異常さは微塵も感じられない。

 

「別人とは言え、()を傷つけるのはやはり気が引けるのか?兄貴」

 

続けざまに告げられた言葉に図星をつかれたのか言葉を失うペルセウス。それを横目にして、シエルは左手に持っていた槍をエルザに投げ渡した。

 

「この事態も想定に入れて製作していたテン・コマンドメンツの“レプリカ”だ。と言っても、機能は本物に劣りはしない」

 

「貴様が作ったものを手に、戦えと…!?」

 

「なら、その使い物にならなくなった本物を後生大事にするつもりか?」

 

どうやらシエルが持っていたのは、万が一エルザの武器が破壊された際の予備として作成していたものらしい。エルザからすれば、気に入らない男が製作した武器を手に戦うなど屈辱でしかないが、言い返せない正論を投げかけられたために、渋々ではあるがその槍を手に立ち上がる。

 

「奴は俺が相手をしておく。お前は別の場所に行け」

 

「別…?」

 

「広場の魔水晶(ラクリマ)が消失した。アースランドの他の仲間が元に戻したらしい。それと、捕えていた例の二人も、牢から脱出しているぞ」

 

「なっ…!?」

 

ペルセウスの襲撃によって意識を割かれていたが、この隙に広場にあった魔水晶(ラクリマ)がある者の手によって元の人間に戻され、さらにはアースランドのシエルとルーシィが脱獄していることが、モニターで確認していたエドシエルによって明かされる。その事に驚愕しつつも了承したエルザ。しかし、彼女には一つ懸念がある。

 

「だが、あのペルセウスは魔戦部隊長でも歯が立たない。貴様に倒せるのか?」

 

「倒すのは不可能だ。だが…」

 

ヒューズ、シュガーボーイ、エルザの3人がいても、あっという間に返り討ちにされた。遺憾ではあるが事実を伝え、魔科学班の部長であるエドシエルには荷が重すぎる相手ではないかと言う懸念。それに対して勝ち目はないことは、彼も承知。しかし…。

 

「負けることはない。俺が奴を狙い続ける限り」

 

彼の心情を大いに利用した、弟と同じ名と顔を持った非情なる科学者にその言葉と共に向けられた視線を受け、ペルセウスは表情を強張らせた。




おまけ風次回予告

シエル「そこら中から響いていた轟音と地響きが止んだ…」

ルーシィ「ひょっとして、ペルさんに何かあったのかしら?」

シエル「兄さんに何かあった、と言うより兄さんがどうしたのかが気になるなぁ…。音だけじゃ全然情報もないし、かと言ってウェンディたちも放っておけないし」

ルーシィ「いろんなところで混戦状態って感じ、よね…。何だか、城の外も騒がしいみたいだし」

シエル「兄さん…ウェンディ…」

次回『コードETD』

シエル「心配にはなるけど、今は出来ることをしよう!まずはウェンディたちだ!」

ルーシィ「そうね。ナツ…大丈夫、だよね…?」


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第87話 コードETD

大変長らく…長らくお待たせいたしました!!
二週間連続土曜出勤、さらに棚卸と言う激務付きの過酷スケジュールの後でしたが、書けました!書ききりました!!そんで眠いです!!←


お待たせしている間にUAやお気に入り登録がさらにどんどん増えていって、今回反動によって大幅減少するんじゃないかと言う恐怖もありますが、とにかく今後も更新は続けていきます。

それと、予定より更新が遅れている際は、活動報告に目を通していただけると幸いです。急な遅延の際は、大体そこで連絡させていただいておりますので。


王城内を圧倒的な力をもって破壊し続けていたペルセウス。そんな彼を止めようと動いたのはシエル。同じ名前と似た顔を持ちながら別人として区分けされる、エドラスのシエルだ。

 

実力だけを鑑みれば、実際の戦闘力においては前線で魔戦部隊として戦うエルザたちの方が上。そしてペルセウスはそんな魔戦部隊の隊長が3人いてもなお圧倒してきた、まさにバケモノ級の強さ。しかし、そんな彼を前にして、エドラスのシエルに焦りは一切ない。寧ろ焦っているのはペルセウスの方だ。

 

「(落ち着け…あいつは俺の弟じゃない…。シエルであることは間違いないが、俺と言う存在の弟は、あいつ一人だけ。奴は別人だ…!)」

 

己の前に現れた『シエル』と言う存在。自らの命よりも大切に想っている弟の異世界での人物と言う事実は、頭の中で別人と分かっていても、面影から自分の知るまだ年若い弟の姿を思わせる。

 

そしてその動揺は、本人も感じ取っていることだ。

 

「早く行け、エルザ。状況は更に動くことになる。ヒューズとシュガーは少しすれば復帰できるはずだ」

 

「……せいぜいしくじるなよ…」

 

ペルセウスに視線を集中させながら、後方にいるエルザにそう言葉をかけるシエル。癪ではあるが自分に出来そうなのはそれだけだと自覚し、エルザは二人に背を向けて脱獄した二人の捜索を開始する為に駆け出した。

 

「逃がすか…!」

 

黒い直剣を握り直して、背を見せるエルザに斬りかかろうと踏み込むペルセウスだが、それよりも早くエルザとの直線状にエドシエルが立ちはだかり、彼の足を止めさせる。

 

「それはこちらのセリフだ。暴れたいなら、俺が相手になろう。邪魔に思うなら、兵士や隊長たちにしたように叩きのめせばいい」

 

「っ…!!」

 

仏頂面の表情を変えないままではあるが、彼の言葉はまさに挑発。実際にエドシエルを一瞬で吹き飛ばすほどの力をペルセウスが持っているのは確か。だが、ペルセウスの胸中がエドシエルを撃退することを許容しようとしない。最早エルザの姿は見えなくなった。

 

「…お前がシエルだというのなら、国王が今どこにいるのか教えてくれねぇか?」

 

「我ら王国に…そして陛下に仇なす敵の要望など、一切聞き入れる意味などない」

 

同じシエルであるなら兄である自分に何かしら情報を明かしてくれないかと考えて尋ねはしたが、暖簾に腕押し。兄弟ではなく敵として認定され、突っぱねられてしまった。さらにエドシエルは手に持っている長杖の先端のうち、黄色の珠を輝かせながら構える。

 

「陛下に仇なす者はすべて…俺の討つべき敵だ…!」

 

その言葉と共に先端から現れたのは、鋭く尖った岩の数々。まるで槍の矛先のように鋭いそれを、前方に杖を差し出すと同時にペルセウス目掛けて発射させる。

 

「『ソルムランス』!!」

 

猛スピードで迫り来る岩の槍たちを、手に持っている黒い直剣を用いて全て漏らさず斬り砕く。シエルと言う人物からの攻撃で少々動揺しているものの、それを加えてもペルセウスにとっては十分対処できるものらしい。

 

「仕方ねぇか…!」

 

追加で更に飛ばされてきた岩の槍を斬り砕きながら、前へと走ってエドシエルとの距離を詰める。迷っている場合じゃない。エドラスの王国に属するものは敵。目の前にいるシエルもそれは例外じゃないと言い聞かせて、ペルセウスは長杖を構えている青年に斬りかかろうと振りかぶる。

 

 

 

 

だが、こちらを睨むようにして目を向けているその青年の顔が、一瞬、自分に笑顔を向ける幼さが抜けない弟の顔とシンクロした。

 

「っ…!!」

 

そのたった一瞬は、剣を構えていた彼の動きを完全に止めてしまう。振りかぶった姿勢のままで、映像を一時停止させたかのようにピタリと体を硬直させる。そして表情は、苦々しいものを口にしたかのように歪んでいた。

 

「やはり、弟と同じ顔の存在は斬れないか」

 

対して、こうなることを予測していた青年は、長杖の緑の珠を輝かせると、そこから風で作られた刃を作り出して、固まった状態のペルセウスにその先端を振りかぶる。

 

「『ウェントスエッジ』!!」

 

咄嗟に身体を後ろに引いたことで直撃は避けたものの、同様で顔に脂汗を滲ませたペルセウスの右腕を風の刃が掠り、傷を作る。だが、その傷を抜きにしても、ペルセウスはエドシエルとの戦いにおいて勝負にならないことを理解させられた。実力云々ではなく、ペルセウスの心が彼に攻撃することを拒否している。

 

そんな彼の心の隙を突いて、エドシエルは逆に攻め手を激しくさせてきた。

 

「『イグニスショット』!!」

 

すかさずエドシエルは赤い球を光らせて、そこから炎の魔力弾を撃つ。後方に飛びのいていたペルセウスが、先程の岩の槍同様その魔力弾を斬り裂く。その魔力弾を斬ったことで、手に持っていたダーインスレイヴは満足したのか、彼の手からそのまま消える。武器を失ったことで不利に見えるが、ペルセウスにとっては好都合だ。

 

「換装!トライデント!!」

 

すぐさま海王の槍を換装で呼び出して床に石突を叩きつける。するとその場に浮かんだ魔法陣から湧き出てきた大量の水が、ペルセウスとエドシエルの間を遮断する壁となって阻む。目くらましのつもりか、とエドシエルはすぐさま理解し、青い球を光らせて己の身に水の膜を張る。

 

「『アクアスフィア』」

 

そしてその状態のまま水の壁を飛び越える様に突っ切り、奥の方へと出る。乗り越えた先に目に映ったのは、既に粒ほどの小ささでしか確認できなくなるほど遠くへと逃げていくペルセウスの背中。エドシエルから遠く離れるために逃げに徹することを決めたが故の行動だ。

 

本来敵前逃亡と言うのは褒められた行動ではないが、ペルセウスがエドシエルを相手にまともに攻撃すらできないことがこの逃亡を決断させた一番にして最大の要因。その為であればこの行動さえも躊躇なく行うことが出来る。

 

「(この際、聞き出すのはやめだ。(しらみ)潰しになっちまうが、エドラスのシエルからの追跡を振り切りながら、国王を直接探し当てるしかなさそうだ…!)」

 

減った選択肢から、すぐさま起こすべき行動を決定する。目的の一つであった国王は、最早自分自身の手で探すしか方法はないと断定し、探しにかかる。更に言えばエドシエルから得た情報から、こちらの仲間が二人、囚われていたようだが牢を脱したという事を知っている。候補は検討がついている。エドラス(こちら)に送ってくれた人物、そして共に来たもう一人の仲間と共通している、二人の存在が最大の有力候補だろう。彼らと合流すれば、この状況も好転させられるかもしれない。

 

「(多少面倒になるが仕方ない。国王か、ナツたちか、どちらかを見つけ出さないと…!)」

 

頭の中で整理しながら王城内をかけていたペルセウス。だが、その時後ろから何かが噴射され、風切り音が鳴り響いた。更に言えば、その音は徐々に大きく…否、こちらに近づいてきていることが分かった。

 

その音に思わず後ろを向けば、踵の部分から魔力を噴出して、高速移動をしているエドシエルがこちらに追いつこうとしているのが見えた。全速力で走って距離を取れたと思いきや、一気にその差を埋められる。さらにエドシエルは距離が縮まってきたことを確認し、ペルセウスの背中を飛び越えようと床を蹴って彼の頭上へと跳び上がる。

 

「なっ!?」

 

「縮地足」

 

兵士にも導入しているその魔法を活用して彼の真上を取ったエドシエルは、次に手に持っている長杖の緑の珠を輝かせると、再び風で作られた刃を作り出してペルセウスに狙いを定める。

 

「ウェントスエッジ!!」

 

「っ!フラガラッハ!!」

 

風で出来た刃に対して、風の力を宿した短剣を呼び出して対抗。共に風の力を使用している為か、短剣と長杖は触れていないにも関わらず鍔迫り合いを起こしている。上を取っているエドシエルの方が優勢に見えるが、力量は互角だ。

 

「しっ!そこだっ!」

 

共に弾かれ、空中で身動きが取れない隙を、ペルセウスはすぐさま突いた。エドシエル本人ではなく、長杖の先の部分に短剣を投げつけ、四つの珠が付いていた部分を切り取った。これで少なくとも、エドシエルの主な攻撃手段は封じたに等しい。

 

「これなら攻撃もままならないだろ…?」

 

「…それはどうかな?」

 

事実的な勝利に対する余裕か、それとも安堵か。口元を弧に描いて口にしたペルセウスの言葉に、感情も揺らがせず淡々とエドシエルが告げれば、彼は長杖を持つ手を前に出しながら一言呟いた。

 

「『修復回帰』」

 

その瞬間、切り取られていたはずの長杖と、落ちていた珠の部分が白く光り、二つの光が合わさる様に、珠の方がひとりでに浮き上がって長杖の光に吸い込まれていく。そして光が弾けるように消えた時には、ペルセウスが短剣で切り落とした長杖は元通りになっていた。

 

「元に戻った…!?しかもこんな短時間で…!!」

 

エドラスの魔法は一部を除き、アースランドの者たちが扱うものと比べると随分水準が低いと認識していた。全てが所持(ホルダー)系で統一されており、エドラスの人間は全員が魔力を内包していない者たち。故に大幅に高い魔力をもつペルセウスからすれば、道具の魔力に左右されるだけのエドラスの魔法は取るに足りないものだった。

 

だが、今エドシエルが見せた、短時間による破損の修復は、アースランドの中でも希少と言える。今まで見てきたエドラスの魔法の中でもずば抜けていると言っていい程に。その動揺を感じ取ったのか、エドシエルは元に戻った長杖を構え直しながら丁重に説明を始めた。

 

「魔法応用科学。通称を“魔科学”と言うが…俺はその分野において前線に立っていると自負している。王国軍に加わり、研究を重ねて魔法を超える魔法を作り上げ、この国に貢献してきた」

 

先程見せた縮地足を始め、兵士や隊長にも普及されている強力な力。元から備わっていた力にさらに改良を重ねる。魔法と科学、本来相容れないその力を重ねたことによって出来上がったその技術は、王国軍を著しく強化させた事実。

 

「そして、この『エレメントゥムロッド』は、俺が携わった魔科学の全てを結集して作り上げた、謂わば集大成…」

 

彼が告げた言葉を現すかのように、先端についた四色の球全てが光ると、彼の後方にそれぞれ四色の魔力の光が顕現し、浮かび上がる。ペルセウスがその光景に目を見張ると同時に、彼は長杖を突き出してその魔力弾たちを撃ちだした。

 

「『クワトロショット』!!」

 

地水火風の四元素の弾が同時に襲い掛かる。舌打ちを一つしながらペルセウスは手に持っている短剣を振り、その力で起こした風を防御壁にして防ごうとする。火をかき消し、水を切り裂き、風を同じ力と認識して取り込んで防いだはいいが、唯一崩しきれなかった地の力がペルセウスに着弾。ダメージは大したことないが、今の技に対する脅威は十分に感じ取れた。

 

四つの属性全てを同時に打ち出すことによって、多様の守りを打ち崩すことが出来る性質を発揮している。今ペルセウスが発動させた風の力に、地の力は相性が悪い。他の三元素の力をかき消す際に微かとは言え守りを削がれたことも加味すると、大幅な脅威という他ない。

 

「(こいつを放っておけば後々厄介だ…!だが、俺には…!!)」

 

魔科学と言う分野のエキスパートが作り上げた魔法。その脅威を捨て置けば王国軍の優勢を覆すのは難しい。何より厄介なのは、それを操るのがシエルであるという事。自分の弟とどうしても重ねてしまうペルセウスでは相手に出来ないという点を見れば、彼以上に最悪な相手はいないだろう。

 

「考え事とは余裕だな?『クワトロランス』!!」

 

先程とはさらに異なり、地水火風の力で作られた槍がペルセウス目掛けて撃ち出される。容赦なく苛烈に、戸惑いを見せる兄と違って一切の躊躇も遠慮もなく、白衣の青年は攻め立てる。先程ペルセウスが起こしていたものとは違う魔科学研部長の攻勢による轟音が、王城内に響き渡った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

王城内で反響する音と、響き渡る振動を感知しながら、早足で王城内を周っていくその女性。妖精狩りの異名を持つエルザは苛立ちを現しながらも、先程脱獄したと聞いた例の二人を探し回っていた。

 

「あいつ…あのペルセウスを本当に抑えられているんだろうな…?その割には城の中を破壊して回っているように感じるぞ…!」

 

癪に障る口ぶりでペルセウスの足止めを買って出たエドシエルの様子を思い出して再び苛立ちを増長させると同時に、先程から感じる破壊と思われる音と振動を起こしていると思われることに、彼は本当にペルセウスを抑えられているのか疑惑を抱いている。

 

実際にはペルセウスを逃がさないように攻め立てている為に致し方ない被害なのだが、元からエドシエルに好感情を抱いていないエルザには、その発想は浮かばない。

 

だが、今はそちらを気にしても仕方ない。道中でペルセウスに武器を斬られた上に吹き飛ばされたシュガーボーイを見つけ、エドシエルから受けた伝言を伝えてある。通信が可能な板状の機械を介して、ヒューズにも連絡してくれることも聞いた。自分は今、自分が出来ることをするだけだと、エルザは更に歩を速めて目的としている二人の姿を探す。

 

「!…見つけたぞ…!」

 

思わず彼女は口元に弧を描いた。運がいい。剥き出しとなっていた通路の死角。柱の影を少しずつ移動していたらしいその二人の姿を、偶然にもエルザは見つけることが出来た。距離は少しばかり遠いが、気にすることはない。エドシエルから受け取ったテン・コマンドメンツのレプリカを構え、本物同様に扱ってみる。すると、彼女の意思通り速さに特化された音速の槍(シルファリオン)に変化を遂げる。

 

「不本意な上に癪に障るが、確かに本物と大差はないようだな。せいぜい利用させてもらおう…」

 

本物同様に使うことが出来ることに安心したような、不服に感じるような、複雑な心境を吐露しながら彼女はその場を思い切り踏み込み、駆け出し始めた。少しばかり離れていた少年少女の距離は、あっという間に縮まっていく。

 

「っ…!何だ、この音…!?」

 

「何だか…近づいて…?」

 

その異常に二人も気付いたようだがもう遅い。一早く気付いた様子で驚愕を顔に表した少年目掛けて槍の一閃をお見舞いしようと振りかぶる。降りぬいた一閃。その一撃は残念ながら反射的に身を捩って直撃にはならず。だが高速で突進してきたことによって衝撃は躱しきれなかったらしく、その少年は外側の柱に叩きつけられる様に吹き飛んだ。

 

「シエル!?…って、エルザ!?」

 

突如シエルを突き飛ばした彼女の姿を確認したルーシィの驚愕の声が聞こえる。二人が脱獄できた原因を思い返せば一つだけ。だがそれも、ここで彼らを抹殺すればすべて過ぎたことに出来る。アースランドのペルセウスの事は懸念だが、抹殺の命令はエクスタリアの女王からのもの。背くわけにはいかない。

 

「襲撃の合間に逃げられると思っていたか?残念だったな」

 

その言葉にシエルたちの表情が強張る。逆転の一手を取れるはずだった状況から一転。またも逃れられない脅威に晒され、万事休すと言う状況。ようやく逃れられたと思っていた絶望が再び襲い掛かってくるのを幻視する。どうすればいい。どうすることも出来ないのか。二人の頭の中にそんな諦めに似た思いが過った。

 

 

 

 

 

 

「シエルー!ルーシィー!」

 

そんな時だ。上空から自分たちを呼ぶその声が聞こえたのは。それを耳にして二人はすぐに誰なのか気付いた。同じように聞こえていたエルザは困惑を見せている。チャンスだ。

 

「ルーシィ、跳ぶよ!!」

 

「えっ、ちょっと!?」

 

「何っ!?」

 

そして何の躊躇もなくシエルはその場から吹きさらしになっている庭へと飛び降りる。その思い切りの良さに困惑と恐怖を見せながらも、彼を信じてルーシィも目を閉じながら彼に続く。突然の奇行にエルザが目を見開いて驚愕するが、既に二人は空中だ。

 

だがシエルは確信していた。今の声の主が、自分たちを助けるために駆けつけたことを。上空を見上げれば見えてくる。一対二枚の白い翼を広げて空を駆け、こちらに真っすぐ向かってくる青ネコと白ネコの姿が。

 

「ハッピー!シャルル!」

 

エクスタリアに帰還した、と伝え聞いていた仲間たち。その二人が友を助けるために、今まで広げられなかった翼を顕現して、彼らの元へと戻ってきたのだ。

 

「もう大丈夫だよ!オイラが助けに来たから!!」

 

一足先に落ちていくシエルに向かって、猛スピードで追いつこうと迫るハッピーの声を聞き、シエルの笑みが深くなる。彼を信じてその落下に身を任せ、そんなシエルをようやく追いついたハッピーは掴み…

 

 

損ねて横切っていき、王城の壁へと顔面から激突した。

 

「えーーーっ!!?」

 

笑みを浮かべていたシエルの顔が一気に驚愕と絶望に移り変わり、目前に迫った死を確信させられてしまった。どうしてこうなった。自分の予想では颯爽と現れた青ネコによってこの危機的状況を脱することが出来たはずなのに。

 

「ちょっ!?シエルがー!!」

 

「ハッピー!しっかりしなさい!!」

 

反対に危なげなくルーシィをキャッチしたシャルル。一人落ちていくシエルを見てルーシィも目をひん剥き、シャルルは激突してしまったハッピーに檄を飛ばす。

 

「ぎゃあーーー!!?」

 

もう地面まで目と鼻の先。勢いよく飛び降りたくせに情けない最期を晒すことを後悔しながら、シエルは目に涙を浮かべて絶叫した。今更ながらに手足をばたつかせて助かろうともがくも何もかもが遅い。そして…

 

 

 

 

 

 

地面まであと僅か10cm。すれすれと言える距離でシエルの体は急停止した。

 

「ごめん…久しぶりで勢いつけ過ぎちゃった…」

 

「……っ!!今ので絶対…寿命何年か縮まった……!!」

 

ギリギリ救助に間に合ったハッピーが苦笑交じりに謝るも、シエルは死に直面したスリルと恐怖で怒りも湧かず、普段とは違った弱々しい泣き言を呟く。心なしか、声もすごく震えてる。

 

「と、とにかく助かったわ、ありがと…。てか、あんたたち、羽…!」

 

「心の問題だったみたい」

 

シエルもひとまず無事(?)に助けられたことでルーシィから感謝の言葉がシャルルにかけられる。それと同時に、魔法が使えなかったはずの彼らの背中に(エーラ)が出ていることを不思議がると、シャルルからその返答がきた。

 

エクスタリアでひと騒動が起きた後、とあるエクシードの夫婦に匿ってもらい、そこで魔法が使えなかった原因に気付いたハッピーとシャルル。だがその話は、今のシエルたちは知りえない事であるため、シャルルはその一言で済ませた。

 

「これは…一体…!その者たちは女王様の命令で抹殺せよと…!!」

 

一足先にエルザのいる高度まで戻って来たシャルルに向けて、明らかに動揺を露わにしたエルザからそう問われると、極めて冷静な態度を示しながらシャルルは「命令撤回よ」と一言のみ返す。

 

「しかし…いくらエクシードの直命でも、女王様の命令を覆す権限は無いはずでは?」

 

この場を切り抜けるために、エクシードと言う立場を利用してシエルたちに手出しさせないようにしたのだろう。だが女王と言う絶対的な存在からの命令となれば、いくらエクシードと言えどそう簡単には命令の変更が出来ないらしい。遅れて戻ってきたハッピー、そしてそのハッピーに掴まれているシエルも、彼女の言葉を聞いて押し黙る。

 

「その者たちを、こちらにお渡し下さい」

 

女王の命令に従って抹殺しなければならない。その確固たる意志を感じさせる剣幕と、それとは裏腹に敬意を向けている者に対する礼儀を感じる言葉。それを向けられたシャルルは、なお動揺を見せずに返してみせた。それも、予想の斜め上を行く対応を。

 

「図が高いぞ、人間。私を誰と心得る?」

 

ルーシィを掴む手をそのままに、真っすぐエルザにその目を向けながら、威厳ある態度を示して告げたその言葉に、他の面々は目を点にした。

 

 

 

「私は女王(クイーン)シャゴットの娘。エクスタリア王女・シャルルであるぞ」

 

エルザから見て、光る太陽を背に堂々と告げた己の立場。それを認識した瞬間。エルザは勿論、ルーシィとハッピーも衝撃のあまり絶句した。シエルだけは何故か口元を引き攣らせた。

 

「はっ!申し訳ありません!!」

 

想像以上の無礼に気づき、エルザはすぐさまその場に跪き、頭を垂れる。ポカーンとしているルーシィとハッピーを置いといて、シャルルはエルザに問うた。

 

「ウェン…二人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)はどこ?」

 

「西塔の、地下に…」

 

西塔。そう言えば王城を囲むように東西南北の塔と、巨大な塀が存在していたのを思い出す。その内の西側の塔に二人がいるという事だろう。

 

「今すぐ解放しなさい」

 

「それだけは…私の権限では何ともなりません…」

 

「いいからやりなさい!!」

 

「はっ…!しかし…!」

 

リスクを負わず、敵側に仲間を解放させるために声を荒げるシャルル。魔戦部隊隊長と言えど踏み込めない領域であるが故に渋っているようだ。それでもどうにかしてやらせようともうひと声シャルルが飛ばそうとしたその時だった。

 

「エルザ!そのエクシードは“堕天”だ!!」

 

突如耳に入ってきたのは低い男性の声。目を向けてみれば、鎧甲冑に身を包んだ、黒豹を思わせる顔をした大柄の男。自身の部隊の兵士を引き連れながら襲撃者の対応に向かっているところであった第一魔戦部隊長・パンサーリリーが、伝え聞いた情報を叫んでいた。

 

堕天。エクシードを天使と揶揄しているエドラスにおいて、それはエクスタリアを追放された謂わば裏切り者に等しき称号。その情報を知らされたとあっては、最早これ以上敵側に仲間を解放させる手は使えない。

 

「逃げるわよ!」

 

「ちょっとあんた!姫なんじゃないの!?」

 

「追放されたならもう立場なんてないのと同じってことだよ!」

 

こちらに迫ってきていたパンサーリリーと兵士たちから逃れるため、ひとまず西の方向へとシエルたちはその場を逃げるように離れる。嵌められたことでエルザが怒りに震えていたことは、シエルたちも気付かぬところだった。

 

「とにかく、改めてありがとう、二人とも」

 

大分離れたところまで来たところで、シエルは助けに来てくれたシャルル達に、感謝の意を伝える。その言葉に対してシャルルは「怒ってないの?」と先程とは違ってどこか落ち込んでいるような態度で尋ねてきた。何の事だろう?

 

「捕まったのは私たちのせいだし」

 

「こうして助けに来てくれたなら、それ以上に言う事ないよ。ね、ルーシィ?」

 

「うん!全然怒ってないよ!」

 

そもそも、シャルル自身は裏切ろうと考えてすらいなかった。与えられた情報に従い、仲間を救う手立てを考えていた。それが罠だったとしても、それはイコールシャルル達のせいになるなど、シエルたちは一切思っていない。

 

最初から、シエルたちはハッピーたちが裏切ったなどと考えてすらいなかったのだ。

 

「それよりも、シャルルが女王の娘って方が驚きなんだけど!」

 

「オイラも知らなかった」

 

ふとルーシィが、先程シャルルが堂々と名乗っていた、エクスタリアの王女であるというカミングアウトに驚いたことを口にする。ハッピーも知らなかったと彼女に同意するように言うが…。

 

「え?あれってハッタリだと思ってたんだけど、俺」

 

「そうよ。ハッタリ。決まってんじゃない」

 

「「え!?」」

 

実は口から出た出まかせだったらしい。シエルがそれを聞いた時に口元を引き攣らせていたのも、考えればすぐ気づくハッタリに対し、笑いをこらえていたからである。悪びれる様子もなく真実を告げたシャルルに、ハッピーは何故か笑みを浮かべる。

 

「その顔何よ、ハッピー」

 

「ううん、いつものシャルルだな~って思って」

 

「う…うるさいわね!」

 

その時ふと、シエルとルーシィは気付いた。色々な事があって気付けなかったが、シャルルがハッピーを名前で呼んでいたのだ。今までは『オスネコ』と、どこか距離を感じる呼び方だったのに。何か彼女が心を開くきっかけがあったのだろうか。

 

そう考えると、思わず二人は笑みを浮かべ、同じことを思っていることに気付いた二人は更に向かって笑みを深めた。

 

「それより早く、ウェンディとナツを助けに行くわよ!」

 

「あ、シャルル。その前にちょっといいか?」

 

西塔の地下に閉じ込められているという情報は手に入れた。あとはそこに向かうのみ。と思って向かおうとした瞬間、シエルから何故か待ったがかかった。ウェンディたちを早く助けたいと逸るはずのシエルが何故止めるのか?疑問を感じていると、彼はその理由を明かした。

 

「実は今、ここに兄さんが来てるみたいなんだ。城があちこち崩れてたのが見えたと思うけど、きっと兄さんだと思う」

 

「え、ペルもいたの!?確かにやけに壊れてると思ったら…」

 

「それで、あんたの兄の話を出したのは、何を狙っての事?」

 

今、城にペルセウスがいること。そのペルセウスが王城内を暴れまわっていることを伝えるとハッピーからは驚愕、シャルルからはその上でシエルの考えを催促するような言葉が発せられる。シエルはシャルルからの催促に素直に返答した。

 

「すぐにでもウェンディたちを助けに行きたいけど、魔法…戦える手段が一切ないままで行くのは危険すぎる。でもここには魔法を使えているらしい兄さんがいるから…」

 

「成程ね。合流して、ペルセウスを先頭に正面から突破。そのままウェンディたちも助け出そうって魂胆ね」

 

考え得る限りの最強の味方が近くにいるのなら、合流しない手はない。それをシエルの説明の途中で把握したシャルルが、続けるように言葉を零す。二人の説明に似た問答でルーシィとハッピーも納得を示した。しかし、問題が一つある。

 

「でも、ペルさんは今どこにいるのかしら?」

 

「…そこなんだよな…」

 

兄がいそうな場所が、先程とは異なって把握できない事だ。空を飛行できるエクシード二匹が戻ってきてくれたことで、機動力は大幅に上昇したのだが、合流するべき人物の場所が割り出せないのは痛手だ。何故か兄が起こしているはずの分かりやすい破壊音や振動がピタリとやんでいるのもその一因である。

 

空を移動しながらペルセウスを探すことを決定した4人。だが、その時後方からいくつもの飛行音と、ネコの鳴き声のような音が聞こえ始める。

 

「何?この音…?」

 

全員がそれに気付いて振り向いてみると、上空から、屈強な体をした空を埋め尽くさんばかりのネコたちが、各々隊服らしき服に身を包み、武器を構えながら翼を広げてこちらに迫ってきていた。

 

「見つけたぞ!堕天ども!!」

 

彼らもまたエクシード。その中でも黄色い毛の、どこかで見た顔と聞いたことのある甘い声を発するネコが、周りのネコたちに指示を飛ばしながら大多数でこちらを追い詰めてくる。武器を持っている向こうに対して空中に留まり続けるのは危険。すぐさま降りようと下へと視線を向ける。

 

だが地上の方には、全兵士に通達されたことで滞空している自分たちを待ち構える様に夥しい数の兵士たちと、復帰したらしい二人を加えた、全魔戦部隊隊長がこちらを見上げている。

 

「くそ!逃げ道すら見つからない!!」

 

せめて魔法が使えれば…。ルーシィの星霊魔法は、未だに両手を拘束している餅のようなものによって封じられている。使えたとしても数えきれないほどの戦力を相手にどこまで戦えるのかも分からない。シエルの天候魔法(ウェザーズ)なら逆転できそうなのに、どのみち使用できないことが本当に悔やまれる。

 

「空にも…地上にも…どうすればいいの!!?」

 

救助や合流どころか、自分たちの安全確保もままならない四面楚歌。絶体絶命のピンチに、シエルたちは直面していた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

土埃が舞い上がり、封じられていた視界。だが青年は焦りを見せずに手に持った長杖を用いて風を発し、その煙幕を払う。追いかけていた異世界における兄の姿を探すために見渡すが、再び姿を眩ませたのかどこにも見当たらない。辺りは火で焼けた後、風で崩れた後、果てには植物の根があちこちから伸びていたりと、激しい魔法の応酬があったことを示唆させる光景が広がっている。

 

「何度目になるかな、この展開…」

 

姿を眩ませたのは一度や二度ではない。彼の追撃から逃れるために何度も戦線を離脱しようとしていたペルセウス。その為にエドシエルが繰り出した魔法を反撃で撃ち落としたり、目くらましに利用したりと工夫したが、すぐさま対応するエドシエルがその姿を探し当てていた。

 

そろそろ辟易としてきたものの、現状彼を倒しきるに至らない力のみを有している青年、シエル・オルンポスに出来るのは、彼の動きを縛り付けること。その為ならば大がかりであろうと姑息であろうと、使える手はすべて使うつもりだ。その一手を打つために、彼は再び長杖を構えてその魔法を発動させようとする。

 

だが、そのタイミングで彼が携帯している板状の通信機に、着信が入る。最重要と言えるべき襲撃者への対応を行っていたエドシエルは、少々苛立ちながらも左上のボタンを押してそれに応える。

 

「こちらシエルだ。何の用件だ?」

 

通信先は魔科学の恩恵を受けている小隊の隊長。数個しか作っていないこの小型通信機の使用権限を持つ数少ない存在だ。そしてその小隊長から届いた連絡は、彼に驚愕を与える内容であった。

 

《お取込み中失礼します、シエル部長!!陛下から『コードETD』の発動命令が下りましたため、至急お戻りください!!》

 

『コードETD』。その単語を聞いた瞬間、確かな異常事態であることを瞬時に理解した。

 

国家領土保安最終防衛作戦。恐らくエクスタリアからエクシードが降りてきたのだろう。ペルセウスの事も気がかりではあるが、通信先の小隊長が言うように、すぐにでも戻った方が良さそうだと判断したエドシエルは、姿の見えないペルセウスに「悪運の強い…」と捨て台詞のように吐き捨てながら、縮地足を用いて、持ち場に向かって行った。

 

エドシエルの姿が見えなくなったところで、天井に張られていた何本もの植物の根の一部が動き、その隙間からペルセウスが顔だけを覗かせてその場を離れたエドシエルの姿を確認する。

 

「(ようやく振り切れた…。何やら気になる単語を言っていたが、ともかく今は置いておこう。しかしどうするか…?)」

 

恐らくだが、シエルが向かった先にはすべての元凶である国王がいるはず。だが、エドシエルが近くにいる状態で国王を討ち取るのは難しい。こっからどう動くべきなのか、判断に迷っていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

あちこちから聞こえる角笛の号令。城壁から立ち上がる王国の紋章を入れた多くの旗。ただならぬ事態が起きていると認識できるが、それが何を意味するのかまではさっぱりだ。気になる点があるとすれば『コードETD』と呼ばれる謎の単語がそこかしこで飛び交っていることくらいか。

 

「何か危ない予感がする…!」

 

「建物の中に入るわよ!」

 

不安そうにつぶやくルーシィ。その間に兵士が行き届いていない建物の一つを見つけたシャルルがひとまずの避難場所としてハッピーたちと共に向かう。その間にもまるで照明器具のような形をした巨大装置を起動し、水色の光を照射して兵士たちは空中に照射を始める。

 

そう…()()だ。建物の中に入って逃れようとした自分たちではなく。

 

その光の照射はやがて一点を巨大な光の膜で包み込む。その光の膜の中に入れられているのは、ハッピーたちを追いかけてきた、エクシード達だ。

 

「狙いはエクシード…!?」

 

「どういう事!?人間にとってエクシードは、天使や神様みたいな存在でしょ!?反乱ってこと!?」

 

光の中に包まれたエクシード達は皆一様に苦しみ始め、動きも縛られているようだ。起きている事態の理解は追いつかないが、この混乱は利用できる。隙を突いてウェンディたちの救出の為にも、ペルセウスの捜索、合流の為に建物の中の捜索を開始する。

 

 

 

「陛下。エクシードの魔力化(マジカライズ)、理論値全てオールグリーン。想定通りの結果を示しました」

 

「うむ」

 

連絡を受けてすぐさま作戦に必要な魔法道具の発動結果に目を映した魔科学研部長が、報告すると共に中庭のバルコニーに立っている国王ファウストの元へと到着する。その返事を一つ返しながら、ファウストは上空にいるエクシード達の様子を見つめている。

 

「女王様が黙っていない」と恨み節を残しながら、大多数のエクシード達の姿は徐々に縮小していき、やがてはネコの形を模した巨大な魔水晶(ラクリマ)へと変換。そのまま中庭へと落下し、轟音を立てた。こうなることを予測していたとはいえ、兵士たちの動揺は大きい。強大な力を有した女王…神への反乱。その決定的な一打を行ったことで、この後に起こるであろうものごとに困惑を示している者が多いだろう。

 

「この世に神などいない!」

 

不安を前面に出す兵士たちに呼びかける様に、ファウストはその声を張って、全兵士たちに自らの言葉を伝え始める。自分たち人間のみが有限の魔力の中で苦しみ、エクシード達は無限の魔力を謳歌している。何故すぐ真上の国に…こんなにも近くにある“無限”を、自分たちは手に入れられないのか。

 

「支配され続ける時代は終わりを告げた。全ては人類の未来の為、豊かな魔法社会を構築する為、我が兵士達よ!今こそ立ち上がるのだ!!」

 

エドラスを束ねる王たるものの言葉。それは兵士たちにとって何よりも奮起させるに十分なもの。エクシードに対して畏まり、怯えるだけの社会を終わらせ、人間による人間中心の世界を作る。ファウストの思いは、次第に兵士たちの意欲にも火を点け、燃え上がらせ始めた。

 

「コードETD!『Exceed Total Destruction(天使全滅作戦)』を発動する!!」

 

その宣言を皮切りに兵士たちから歓声が沸き上がる。恐れることはない。自分たちの未来のために神や天使を必ずや落とす。そんな意思の現れが、集団となってさらに燃え上がる。

 

例えエクスタリアの軍事力がとてつもないものだとしても、こちらにはそれに対抗できる手段として、滅竜魔法の抽出を進めているところだ。

 

もう後戻りはできない。自分たちが滅びるか、天使たちを掃討するか、二つに一つ。

 

「襲撃者の件はいかがいたしますか?」

 

「コードETDを成功させれば、最早何をしたところで我らの勝利は覆らん。全てにおいて、今の作戦を優先せよ」

 

「承知いたしました」

 

唯一の懸念であるペルセウスさえも後回しにされるほどの最重要作戦が、今開始されたのだった。




おまけ風次回予告

シエル「ひとまず、ハッピーとシャルルが無事に戻ってきてくれて一安心だよ」

シャルル「安心するにはまだ早いわよ。ウェンディたちを助け出した時が、本当に安心できる時なんだから」

シエル「勿論助けるよ。本当は今すぐにでも行きたいけれど…」

シャルル「今のあんたじゃ助けられるものも助けられないから、ペルセウスの力を借りるんでしょ?」

シエル「うん。情けないけれど、それが現状の最善だとも思うからね」

次回『合流せよ、妖精たち』

シエル「それはそれとしてだけどシャルル、ハッピーの事…」

シャルル「今は合流することを考えなさい。それ以外に余計な事は考えない事!///」

シエル「…了解(何かあったんだね、やっぱ)」


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第88話 合流せよ、妖精たち

久々に余裕をもって投稿できました。忙しい時期も抜けたので、これからはちゃんと更新できていけるといいな…。

コロナのワクチンを3回目の接種も完了したので、多分体調不良をおこして明日の返信がより遅くなるかもしれません。まあ、普段書いてくれている方々以外あまりいないので、少しずつ返していくかもですが。(汗)

それと、GWの時期ぐらいを予定に、前後編に分けていた第71話 ウェンディ、初めての大仕事!?を統合させようかと考えています。当時の前書きとかもその時に多分違う形で残す、かも?


未だ止むことのない兵士たちの歓声を耳に拾いながら、ネコ二匹も加えてシエルたちは再びペルセウスの捜索を再開している。どこにいるのか見当もまだついてはいないが、ペルセウスが起こしていたと思われる爆発音が鳴っていた場所へと向かう。

 

「何か、大変な事になってきたね…」

 

「王国軍によるエクシードへの攻撃…人間とエクシードによる戦争の火蓋が切って落とされたことになる…」

 

「私たちには関係のない事よ。どっちもどっちだし…勝手にやってればいいのよ!」

 

エクシード側にかかりきりになっている間に、急ぎペルセウスと合流して滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の二人の救出。自分たちがするべきことは変わらない。自分たちに仇なす王国とエクシードが争ったところで、結果的につぶし合いをすることに繋がるから放っておく、と言うのがシャルルの意思らしい。

 

城内の通路を走りながら目的となる人物の姿を探すも、その目印にもなっていた城内の破壊音はやはり一切聞こえない。圧倒的な力を保持するペルセウスに限って、王国軍にやられたとは考えられないが、何があったのかと心配になる。

 

「あたしたち、ちゃんとペルさんに近づけているのかしら…?」

 

十数分前から途絶えている手掛かりを元にしているが故に、ルーシィは不安を感じずにはいられない。シエルも同感と感じているが、今はとにかく動かない事には始まらない。止めることなく足を動かし続けて、その青年の姿を探し続ける。

 

 

 

 

 

 

だがその行く手を阻むように、シエルたちのすぐ前方に一本の槍が飛んできて突き刺さり、その衝撃で彼らを吹き飛ばした。

 

「西塔の地下…あるいは散々暴れてくれたペルセウスとの合流。二つのうちどちらかに動くと睨んでいたぞ」

 

そう言葉を発しながら近づいてきた人物を目にし、シエルたちは顔を顰めた。いち早くこちらの動きを察知していたエルザが一個小隊を引き連れて追い付き、こちらをここで阻もうとしている。

 

「もう!あたしたちに興味無くしたんじゃないの!?」

 

エクシードと対峙するための準備でもしていて隙だらけならば、と思っていたのに、こちらを逃がす気は一切無さそうな様子だ。面倒なことこの上ない。ルーシィが思わず叫んだ内容に同意を示そうとシエルは顔をあげる。だが、あげた時に目に映ったのは、自分たちの目の前に突き刺さったままのエルザの槍が、突如光に包まれた光景。それに声をあげるよりも先に、その槍から爆発が発生し、再びシエルたちは吹き飛ばされる。

 

少年も少女もネコたちも、満足に戦う力を奮えない状況下で、最早抗う手段は残されていない。目の前に立ちはだかる最強格の武力を有するエルザに対抗できる者は、今この場に存在しない。

 

「これをまともに食らってまだ生きているとはな。だが、これで終わりだ」

 

突き刺さっていた槍を石床から引き抜き、彼女は一番近くに倒れているシエルに狙いを定める。ルーシィがそれを見てやめるように懇願するが、口元を吊り上げながらこちらに狙いを定めるエルザに止まる様子はない。もう少しだったのに。こんなところで自分の命は尽き果ててしまうのか。悔しげに表情を歪めながらシエルが彼女を睨むも、エルザの方は一切感情を揺るがせない。そしてその槍をシエルに突き刺そうとした瞬間。

 

「やめろーーっ!!」

 

(エーラ)を背中から出してハッピーが飛び上がり、突如動いたことで虚を突かれたエルザの腹部に激突。そのままハッピーと共に壁に背中から激突し、その拍子で離した手から槍が床に落ちると、先程同様に爆発を発生させ、床を破壊。その際に出来た穴からシエルたちは下の階層へと落下する。

 

悲鳴を上げながらも、気力を振り絞ったことで意識が飛びかけているハッピーの元にルーシィが近づいていき、彼の身体を抱える。近くではシエルもシャルルの身を案じて距離を詰めたが、下の方に見えた床への激突に身構え、一同は固く目を瞑る。

 

 

 

 

 

だが、石床に叩きつけられそうな位置まで近づいた瞬間、その場から青い魔法陣が浮かび上がり、勢いよく水が噴射。噴水の如く打ち上げられた水に落下の衝撃は押し返され、まるで水のベットのようなその上で彼らの落下は止まった。

 

「た、助かった…?」

 

シャルルが呆然とした声で呟くと、ある方向から一人分の足音が聞こえてくる。思わずその方向に全員が顔を向けると、途端にその表情は明るいものになる。

 

 

 

 

「シエル…だよな…?」

 

「兄さん!!」

「ペルさん!!」

 

何故か面食らったように固まった表情のままの、探し人・ペルセウスの姿があった。右手には、噴水を発生させた元となる水を操る槍、トライデントが握られている。

 

「そうか、魔水晶(ラクリマ)から元に戻れたんだな!良かった、本当に…!」

 

「え?」

 

探していた人物を見つけられたことに安堵していたシエルたちは、同様の表情に変わったペルセウスに言われた言葉を聞いて、思わず首を傾げた。魔水晶(ラクリマ)から戻れた?何の事だろう。噴水の勢いを少しずつ弱めて自分たちを降ろしながら告げた言葉に対しての反応に、ペルセウスの方も何やら困惑を示している。

 

「俺…魔水晶(ラクリマ)にされてないよ、兄さん?」

 

「……え?」

 

「理由は分かんないけど、アニマに吸い込まれずにアースランドに残って…そう言えば、兄さんも無事だったの?何でなのか分からない?それにどうして兄さんは魔法が…」

 

どうやらペルセウスはやはりと言うべきか、シエルは未だに魔水晶(ラクリマ)にされたままの状態だと誤解していたらしい。シエルもシエルで、兄が無事だったのを確認するまで、彼も魔水晶(ラクリマ)の状態にされていると思い込んでいたのだが。

 

兄弟揃って魔水晶(ラクリマ)にされなかったことに何か理由があるのでは?と考えてはみたものの浮かばない。兄なら何か知っているかもと聞いてみたが、その質問の答えが出る前に、何かに気付いたシャルルがその話題を切った。

 

「あんたたち、悠長に喋ってる暇はなさそうよ…」

 

そのシャルルの言葉を聞いて全員が彼女の向いている方向に目を向ける。早くも追いついて来たらしいエルザが率いる一個小隊の兵士たちが、こちらに…正確にはペルセウスの姿を見て一気に警戒心を高めて槍を構えていた。

 

「合流される前に仕留めておきたかったが…厄介な事になった…」

 

先程までの余裕そうな表情は引っ込み、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、ペルセウスの方を睨みつけている。その後ブツブツと「大層な口を叩いておいて結局放っておくとは、何をしているんだあの引きこもりめ…!」などと言った呪詛のような何かを自分にしか聞こえないような声量で延々と続けており、周りの兵士に意図せず恐怖を植え付ける。

 

彼女の記憶の中で、人智を超えたバケモノじみた魔法を使いこちらを圧倒するペルセウスの姿はまだ鮮明に残っている。そんな彼を、抹殺するように言われている彼の仲間と合流させてしまったことは最大級の痛手と言っていい。

 

「あの様子だと、エドラスのシエルはしばらく出てこれないみたいだな。好都合」

 

右手に握りしめる水を操る槍の矛先をエルザたちに向けながら、ペルセウスは戦闘の態勢に入る。自分を追撃する途中で戻っていったことと、エルザの様子から、エドシエルが再びこちらにすぐ戻ってくる線は薄そうだと判断する。

 

「話は長くなりそうだ。一度ここを切り抜けてから、色々と情報を交換する必要がある」

 

「今、俺たち魔法が使えないから、兄さんに任せるよ。それと、西塔の地下にウェンディたちが捕まってるから、そこに向かう道中で話も聞く」

 

「脱獄したのはあいつらじゃなかったのか…了解だ」

 

詳しい話はあとで聞くとして、今この状況を打破するために必要な項目だけは簡潔的に伝え、ペルセウスは弟が伝えたその状況を胸にしまい込む。こちらへの敵意を感じ取った王国軍の兵士たちに、一気に緊張が走り出す。

 

「エルザ隊長ー!!」

 

すると、シエルたちの後方。エルザたちがいる通路の反対側から、その声と共にもう一つ一個小隊が応援なのか駆けつけてくる。

 

「挟まれた!?」

 

「まずいわ…!このままじゃ巻き込まれるわよ!?」

 

これが単騎であれば、どの方向から来てもペルセウスは余裕で突破できただろう。しかし今この場には傷つけるわけにはいかない仲間たちが周囲に存在する。仲間を助けるための応援として合流は果たしたが、結局足枷となっていることにシエルは表情を歪める。

 

「ペルセウスと共にいる者たちは絶対逃がすな!」

 

挟み撃ちを狙えるという事ですぐさま指示を飛ばすエルザ。ペルセウスの動きを少しでも抑えられればこちらが有利に進める状況に持っていけるという思惑も込めてある。だが…。

 

「そ、それが、敵はそいつらだけじゃ…!」

 

焦燥を浮かべて何かを伝えようとした隊長格の兵士。だが次の瞬間、周り諸共床から飛び出してきた氷の柱によって突き飛ばされる。その影響で辺り一帯に冷気が流れ込み、エルザと他の兵士、シエルたちも含めてその顔を驚愕に染め上げる。

 

「いや、問題なさそうだ…」

 

ただ唯一、ペルセウスだけはその状況を起こした要因を、すぐさま理解した。流れ込んだ冷気は霧のようにあたりに充満する。そしてその霧の向こう…あとから来た兵士たちの後ろから二つの人影がこちらに向かってきていた。

 

「おいコラてめえら。そいつら、ウチのギルドのモンだと知っててやってんのか?」

 

「ギルドの仲間に手を出した者たちを、私たちは決して許さんぞ」

 

その人影は、こちらを警戒して槍を構えた兵士を前にしても一歩も引かず、片方が手をかざせば向けられた兵士が氷の中に閉じ込められ、もう片方は右手に持つ剣をもって兵士の槍を斬り、その意識を刈り取る。

 

その言葉と声、そして魔法を見聞きし、理解したシエルたちの表情は、驚愕から歓喜へと変わっていく。

 

「てめえら全員、オレ達の敵ってことになるからよォ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)のな!!」

 

氷の魔法を扱うは短い黒髪と垂れ目が印象的な、上半身裸の青年グレイ・フルバスター。

 

直剣を手に持つは緋色の長い髪をおろし、鎧を身に纏った凛とした女性エルザ・スカーレット。

 

「グレイ!」

「エルザ!」

 

両者とも自分たちの知る、アースランドに存在する妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士。頼もしき仲間の登場に、シエルとルーシィが表情に喜びを浮かべながら仲間の名を呼んだ。

 

「な、何だ!?エルザ様がもう一人…!?」

「あっちは、グレイ・()()()()()か…!?」

「違う!そこのペルセウスと同じ、アースランドの者どもだ!」

 

こちらに歯向かうように現れたその二人を、兵士たちは困惑しながらも見定めて、その正体を突き止める。魔戦部隊の隊長と同じ容姿の女性と、エドラスにも存在するギルドのメンバーの一人に酷似した者たちとはまた別の存在。異世界側の人間である事を、即座に判断している。そして自分と同じ顔をした女性の登場に、敵側であるエドエルザも、少なからず動揺を露わにしていた。

 

「グレイ!エルザ!いいタイミングで来てくれた!他のみんなは!?」

 

「いや、いねぇよ。()()()()()()だ」

 

「はっ?」

 

何やらペルセウスが彼ら以外の仲間の所在を聞いているが、グレイたちは自分たちだけだと伝えるとペルセウスの目が困惑で見開かれる。話が見えない為シエルとルーシィは尚の事だ。

 

「他のみんなはまだ見つかっていない。今私たちも探しているところだ」

 

「そう言う事だ。っつーわけで…」

 

エルザも加わって自分たちの状況を伝えるが、悠長に話している余裕もない。グレイは再び手を合わせて己の魔力を集わせていく。そして狙いはシエルたちを挟んだ向こうにいる兵士たちに向けられる。

 

「オレたちの仲間は…魔水晶(ラクリマ)にされた仲間はどこにいるんだ!ア!?」

 

床を伝って再び鋭い氷山を作り出すグレイ。攻撃を覚っていたペルセウスはシエルたちを瞬時に抱えて横に避難。驚愕に固まっている兵士たちのみを一気に吹き飛ばす。

 

だが唯一グレイの攻撃を跳躍して躱していたエドエルザが、天井を足場に空中からグレイ目掛けて貫こうと飛び掛かる。グレイはそれに一瞬驚愕を見せるも、間に入ったこちらのエルザが剣でその一撃を受け止める。

 

一瞬の静寂。その直後、辺りにとてつもない魔力の奔流が風となって周囲に吹き荒れる。

 

「エルザ対エルザ…!?」

 

片や王国の中で最強格と言われる女隊長、もう片方はギルドの中でも最強の女魔導士。共にエルザの名を持つ者同士の激突。激戦になることは今からでも察することは出来る。

 

「エルザ、加勢は!?」

 

「不要だ!この私は、私が相手をする!」

 

一度エドエルザさえも圧倒したペルセウスがそう尋ねるが、他ならないエルザがそれを拒否。自分と同じ顔と同じ名前の存在が、自分の仲間を傷つけていたことに思う事があったのだろう。それを聞いたペルセウスは特に反論もせず、シエルたちの方へと目を向ける。

 

「よし、俺たちは他のみんなを探すぞ。ナツたちは西塔の地下だったな?」

 

「うん!」

 

「じゃあ、早いとこ向かうぞ!道中でオレたちの話もする!!」

 

ひとまずはエドエルザの相手をエルザに任せ、シエルたちはペルセウスたちも加えて今度こそナツとウェンディの救出へと向かいだす。それを確認したエルザは、鍔迫り合いに発展していたもう一人の自分と一度距離をとる。

 

「まさか自分に邪魔されるとはな」

 

「妙な気分だな」

 

同じエルザでありながら妖精女王(ティターニア)と妖精狩り。相対する関係に立った二人のエルザの激突が始まった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「それで、まずは…兄さんはどうやってエドラス(ここ)に?」

 

西塔の地下目掛けて移動を開始しているシエルたち。両手首に付けられていた餅のような拘束具は、既にグレイが凍らせて壊してくれたおかげで解けている。そして道すがらまず最初に聞いたのはペルセウスの話だ。王城内で暴れまわっていたことは理解していたが、どうして無事だったのかまでは聞けていない。

 

「まず一つ言うと、俺の場合は大体予測がついている。アニマが発動した際に、俺が吸い込まれないように守ってくれた神器のおかげだ」

 

「神器が!?」

 

ペルセウスもまた、アースランドに取り残されたうちの一人。気付いた時には街も人も何もかもが消えていて、それがすぐに異常な事態であることは理解していた。そしてそのすぐ後、ミストガンにエドラスへと送ってもらったのだという。

 

それとは別として、アニマによって他のみんなが吸い込まれてから、換装でずっと呼び出せない神器が存在していることに気付いた。

 

「八尺瓊勾玉だ。アニマにまで効くとは驚いたが、その代わりしばらくは呼び出せなくなっちまった」

 

「まさか、あのアニマを状態異常と認識したってこと!?」

 

毒や体調不良を引き起こす魔法を自動的に遮断することが出来る神器・八尺瓊勾玉。その作用は、なんとアニマによる吸収、及び魔水晶(ラクリマ)に変える魔力化(マジカライズ)の効果を、状態異常とみなし、ペルセウスに及ばないよう遮断したようだ。

 

だが、神器と言えど万能とは言えず、許容量を超えるほどの魔力を遮断していくと、勾玉は破壊される。換装で呼び出せる武器が破損、または破壊された際には、魔導士のストック空間で修復されるまでは換装を使っても顕現することが出来ない。これはエルザの魔法も同様だ。故に、今のペルセウスは常に換装で出していたその勾玉を、今はつけていない状態なのだ。

 

「ミストガンからは、滅竜魔法の(特殊な)魔力を持つナツたち、エドラスから来たハッピーとシャルル、そしてあいつ自身が無事を確認したルーシィ以外は、みんな吸収されたと聞いていた。だから驚いたよ。シエルがルーシィたちと一緒にいたのは」

 

シエルの姿を見てやたらと驚いた反応をしていたのは、そう言った理由があったからかと、納得した。だが何故シエルまでもがアニマの影響を受けなかったのかまでは、結局のところ兄にも見当がつかないらしい。

 

「じゃあグレイとエルザは?二人も魔水晶(ラクリマ)にされてたはずだけど、どうして?」

 

「王都の広場に、デカい魔水晶(ラクリマ)があっただろ?」

 

「まさか…あれが!?」

 

次話題に出たのはグレイとエルザのこと。シエルたちの特殊な例を除いて、他の者たちは魔水晶(ラクリマ)にされているはずだった。そしてその推測は正しく、広場で厳重に警備されていた巨大魔水晶(ラクリマ)の一部。あれがそのグレイとエルザの分だったらしい。

 

「だが、まさかあのスケールでたったの二人か。いや…戦力を鑑みれば、相応のデカさだったとも言えるか」

 

その魔水晶(ラクリマ)の規模はペルセウスも目にしていたようで、十人ぐらいはこれで一気に解放されるだろうと思いきや、まさかの二人。ギルドにいた魔導士や街の人たちの事も考えると本体は相当巨大…しかも桁違いの魔力を有しているマカロフやギルダーツもいるのだ。あの二人、一個人分だけで広場の分といい勝負するんじゃないだろうか?

 

だが一つ気になるのは、魔水晶(ラクリマ)にされた者たちを元に戻す方法だ。何の手掛かりも無かった状態で、どうやって戻せたのだろうとハッピーが質問すると、グレイはその答えを代わりに応えた。

 

「ガジルが来たんだ」

 

「ええっ!?」

「あ、そっか!あいつも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だった!」

 

ナツたちと同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるガジル。彼もまた吸収されずにアースランドに残っていた。今にして思えば、滅竜魔法の特殊な魔力が関係しているという時点で考えつくべきだった盲点である。今の今まで何で気付けなかったんだろうと、シエルは少しばかりショックを受けた。

 

「そんで、俺と一緒にガジルも送られたんだ。王都までは一緒にいたんだが、魔水晶(ラクリマ)にされたグレイたちを戻す隙を作るために、俺が王城内を暴れまわってたってわけだ」

 

「ここに来るまで見てきたが、ひでぇ有様になってたぜ。どんだけ暴れたんだよ…」

 

私怨のままに暴れまわっていた惨状を目の当たりにして、グレイは引き気味にペルセウスの行動を理解したそうだ。ある意味引き付けるには最適ではあるが、それにしたってやりすぎの一言である。

 

「てか…あいつ何で自分はコッチに来ないわけ?」

 

「アースランドでやらなきゃいけないことが残っているらしく、そっちを達成したらすぐに向かうと言ってた。だが、日数を鑑みると、相当苦戦してるみたいだ」

 

ミストガンの事についてルーシィが尋ねると、ペルセウスがそう答えてきた。先程から不思議に思っていたが、ペルセウスはやけにミストガンに関して理解が深い気がする。こっちでは教えてもらえなかったことも、彼本人から伝えられているらしいし。

 

『私の任務は失敗した…!ペルと約束した日数さえ、稼ぐことも出来なかった…!』

 

「(そう言えばミストガン…兄さんと交流もありそうな口ぶりだったな…)」

 

ふと思い出したミストガンから呟かれた兄の事。あれを考えると、兄とミストガンは、自分も知らない交友関係が存在しているという事だろうか?同じS級だから、というのも理由としては弱い。それだったら今頃、エルザやギルダーツともミストガンは仲がいいはずだ。

 

「こっちの世界じゃ滅竜魔法は色んな役割を果たすらしくてな。魔水晶(ラクリマ)にされたみんなを元に戻すことが出来るんだよ」

 

「本当!?」

「そっか、それで…!」

 

そしてここで魔水晶(ラクリマ)を元に戻す方法も判明した。だからガジルがグレイたちを元に戻すことが出来たのか、と納得もした。滅竜魔法をどのように使ったのかまでは定かではないが、これは貴重な情報である。

 

「オイラ、みんなの魔水晶(ラクリマ)どこにあるか知ってるよ!」

 

「何ッ!?」

「マジか!ハッピー!?」

 

そして更に次なる情報が。ハッピーとシャルルは、切り取られる前の、本体と言える更に巨大な魔水晶(ラクリマ)を見つけていた。詳細は彼らも話さなかったが、王都の遥か上空。エクシードが住む国、エクスタリアが存在する浮遊する島とほぼ同じ高度に存在するもう一つの浮遊する島。その島全てを埋めるほどの大きさで、巨大な魔水晶(ラクリマ)が存在している。

 

その魔水晶(ラクリマ)を探すため、今ガジルは駆けつけた王国兵を相手に街中で暴れているそうだ。

 

「ガジルを魔水晶(ラクリマ)のところまで連れて行けるか?」

 

「ガジルならみんなの魔水晶(ラクリマ)を元に戻せるんだね?」

 

滅竜魔法を用いることで元に戻せるのであればナツやウェンディでも可能のはず。だが今彼らは囚われの身だ。どのみち助け出す必要があるから、ガジルに先んじて魔水晶(ラクリマ)を元に戻してもらった方が有効的だ。

 

「わかった!オイラがガジルをあそこに連れていく!!」

 

(エーラ)を背中に出して飛行し、ガジルのいる王都へと向かい始める。大丈夫なのか。ルーシィからはそんな不安を思わせる言葉が発せられる。

 

「大丈夫よ」

 

だが、そんな不安を吹き飛ばすように、シャルルが真剣な面持ちで答える。信頼の現れ。これまでハッピーを邪険にして来たシャルルがここまで言い切るのだ。だったら更に長い間ハッピーと仲間であった自分たちも、大丈夫と信じる他ない。

 

「そう言えば…ルーシィに兄さん、グレイ、エルザ、そしてガジル。みんなどうして、エドラスでは魔法が使えているの?俺とウェンディたちはさっぱりだったのに」

 

再びウェンディたちを助け出すために進み始めた一行。その道中でシエルが気になっていたもう一つの疑問を尋ねる。エドラスではアースランドと色々なものが異なる。空気中に存在する魔力があまりにも希薄なため、魔法が使えなくなってしまっている。だが、ミストガンに送られたルーシィ、ペルセウスとガジル。魔水晶(ラクリマ)から元に戻ったグレイとエルザはいつも通りに魔法が使えるのだ。その違いは何故なのか。

 

「まさか…シエル、こいつを貰わなかったのか?」

 

「…何それ?」

 

すると目を見開いて、ペルセウスが懐から小瓶を取り出した。その中には、ほぼ瓶一杯に入れられた小粒の赤い丸薬。正直に言って、初めて見たものだ。

 

「『エクスボール』と言って、こっちの世界でも魔法が使えるようになる薬ってところだ。俺とガジルは、この瓶をミストガンから貰ったんだ」

 

「んで、オレとエルザもガジルからこいつを貰った。ルーシィも魔法使えるなら、ミストガンから貰ってるんじゃねーのか?」

 

「あ……そう言えば、来る前になんか飲まされたような…」

 

ペルセウスの話に続くように、グレイも同じような『エクスボール』の入った小瓶を取り出して示す。そしてそれを見たルーシィは、ほぼ一方的に話を伝えられたことですっかり頭から抜けて…と言うか気にすることもなかったらしいが、朧気に残っていた記憶から確か何かを口に投げ入れられたことを思い出した。

 

「ルーシィが言ってた何か飲まされたもの…これの事だったんだね…」

 

「そ、そんなに重要なものだったなんて…」

 

一言ぐらいで済ませたものだったため、シエルも気付くことが出来なかった。まあ、ペルセウスやガジルと違って瓶ごと渡されたんじゃなく、一粒だけを口に投げ入れられただけなのではどのみち解決策になどならなかっただろうが…。

 

「過ぎたことを考えても仕方ない。ひとまずこいつを飲むんだ。これでお前の魔法も復活するはず」

 

一度立ち止まって手渡されたそれを、シエルは掌に置いて少しばかり凝視する。この小さな薬一つの有無が、このエドラスにおける自分の戦いを左右していた。こちらに来てから、己の無力を味合わされた数日。正直言って、相当悔しかった。

 

だがここからは、もう何もできない自分ではない。3年にわたって習得、研鑽を続けてきた己の魔法。それが今、再び使えるようになるのだ。その事実を噛みしめて、シエルは自分の口の中にその丸薬を放り込み、一気に飲みこんだ。

 

「!!ん~~~~……!!」

 

その丸薬を呑みこみ、体に取り込んだ瞬間、己の中に枯渇していた力が湧き出てくる感覚を覚えた。今まではどこか抜け落ちたような、何か一つぽっかりと穴が開いたような感覚をどこか否めなかった。

 

だがそんな虚無感は、エクスボールを一つ入れただけでだんだん満たされていく。己に空いていた穴を埋め尽くすように魔力が埋まっていく感覚を覚える。

 

「シエル…?」

 

突如頭を俯かせて両拳を握り、力むような態勢をとった少年にルーシィが心配になって声をかける。そして次の瞬間…。

 

「うぉおおおおおっ!!!」

 

体の奥底から湧き上がったものを放出するように、小さな身体から出たとは思えない大声を張り上げる。それに呼応してか、西塔付近の上空に突如として暗雲が集い、そこからいくつもの落雷が囲むようにして落ちた。

 

シエルの大声と、同じタイミングで起きた落雷に、ルーシィがおっかなびっくりと言う反応で後ずさり、グレイとシャルルも多少驚いたのか目を見張ってシエルを見る。唯一、兄であるペルセウスが復活を実感した歓喜する弟の胸中を察して、笑みを浮かべていた。

 

「これこれ…この感覚だ!よっしゃ!完全復活!もう何も怖くねえっ!!」

 

どこかフラグのように聞こえるが、実際シエルはようやく周りにいる仲間たちと堂々と肩を並べて戦えることを実感している。そう思えば無理もないだろう。どんな敵が立ちふさがっても、ウェンディたちを絶対に助けられると、自信に満ち溢れていた。

 

「久々に頼むぞ!乗雲(クラウィド)!!」

 

前まで出来ていたいつもの感覚で手をかざし、シエルは今この場にいる人数分の大きさで乗ることが出来る白い雲を顕現する。そして我先にと飛び乗りながら、シエルは声を張って仲間に告げた。

 

「これ以上は時間も惜しい!これで一気にウェンディたちの元まで突っ切るよ!!」

 

「おし!」

「うん!」

「おう!」

 

シエルの復活により、複数人を乗せて早く移動できる乗雲(クラウィド)を用いて先に進む時間を大幅に短縮しようという狙いだ。各々が返事するとともに雲の上へと乗ってくる。全員乗ったことを確認したシエルは、早速発進する。久々の為にスピードの調整に気を遣ってもいたが、すぐさま感覚を取り戻して全員が耐えれるぐらいの最高速度で進んでいく。

 

「(今助けに行くわよ…ウェンディ…!!)」

 

同じように雲に乗りながら、未だ囚われている相棒の少女を案じて、シャルルは心の中で彼女の無事を願った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

雲に乗って猛スピードで駆けていき、一気に西塔の地下に差し掛かる一行。現在実行されている重大な作戦、コードETDを続行させるには滅竜魔法は必要不可欠。何が起きてもいいように警備をしている兵士も大勢だ。突破しようとしてくる魔導士たちを食い止めようと、奥の方から数十人はいると思われる兵士たちが雪崩れ込むようにこちらへと迫ってくる。

 

「ここは通すな!」

「コードETDの為の魔力は、何人たりとも奪わせぬ!」

「ここで食い止めるぞぉ!」

 

兵士たちの言動から察するに、この先に捕えられているナツとウェンディがいると見て間違いないはず。そうと決まれば…シエルは操る雲を止めるどころかスピードもそのままにして緑色の竜巻の魔力を練り上げていく。続くようにペルセウスは換装で橙の炎を纏った鎖を呼び出し、グレイは右拳と左掌を合わせて、それぞれ構えると…。

 

『邪魔だぁ!!』

 

横に巡る竜巻、橙の炎が螺旋を描いて合わさり、その外側を無数のつららが追随した脅威の攻撃が、縮地足を発動しようとした兵士たちを容赦なく薙ぎ払う。紙切れの如く吹き飛んでいく兵士たちと、それらを作り上げた怒りの顔を浮かべる男たちの様相を見ながらルーシィは色んな意味で戦慄していた。とんでもない力を見せてくれるこの魔導士たちが味方で、心底よかったと。

 

魔法を使用できるようになった今、アースランドの魔導士たちは数ばかりを揃えている程度の兵士たちでは、足止めもままならない強大な戦力となっていた。

 

「あ、あの扉!!」

 

「きっとあそこね!」

 

飛ばされていく兵士には目もくれずシエルの雲で突き進んでいくと、最奥に縦に長い扉が一つあるのが見えた。恐らくここが奥の部屋。そしてこの先にナツとウェンディが囚われているはず。

 

「どりゃあ!!」

 

雲のスピードを少しずつ下げて、タイミングよくシエルが足を突き出して扉を蹴破る。そして開かれた扉の先の空間に、目的としていた者たちは確かにいた。

 

「ナツ!!」

「「ウェンディ!!」」

 

竜の紋章のようなものが刻まれた石板が二つ。その石板にもたれかかるように桜髪の青年と藍髪の少女が、憔悴しきった表情を浮かべたまま眠るように気を失っていた。雲を解除し、シエルとシャルルはウェンディの元に、ルーシィはナツの元にすぐさま駆け寄る。遅れてグレイとペルセウスも近づいた。

 

「ウェンディ!大丈夫!?しっかりして!!」

 

もたれかかった少女の体を少しだけ起こし、シエルは焦りを見せながら必死に彼女に声をかける。息はある。だが魔力を大幅に取られたのだろう。相当消耗していることは目に見えて分かった。

 

「ナツ!起きて、ナツ!!」

 

「二人とも意識がねぇ…」

 

「クソッ!!」

 

どれほど魔力を抜き取られたのか。必死な呼びかけも全く耳に届かず眠り続ける二人の様子に、ペルセウスもグレイも表情を歪めている。

 

「ごめんね…!ごめんね、ウェンディ…!!」

 

守ると決めたのに、危険な目に遭わせてしまった。何もかもままならず、友であり相棒でもあるシャルルは、気を失っている彼女にもたれかかるようにしながら涙混じりに謝罪を叫ぶ。シエル自身も、もう少しだけでも早く到着できていればと、後悔の念が湧き上がっている。

 

「おいナツ!!いつまで寝てんだ、いい加減起きろ、コノヤロー!!」

 

「ちょ、ちょっとグレイ…!」

 

「扱いの差が…」

 

シエルとシャルルが目を覚まさないウェンディを丁重に扱っているのとは対照的に、両肩を掴んで何度も前後に揺さぶってナツを無理矢理起こそうとするグレイ。同様に気絶してしまっているのに対応の違いが露骨すぎる…。

 

「シエル、ルーシィ。取り敢えずエクスボールを飲ませておくんだ。魔法を使えるようにできるこの薬なら、枯渇した魔力も補えるはず」

 

「成程…!分かった!!」

「は、はい!!」

 

ペルセウスがそれぞれに丸薬を投げ渡し、ルーシィがナツに、シエルがウェンディにそれを飲ませようとする。飲み込みやすいように、シエルは豪雨(スコール)を少量出して掌に水を貯め、エクスボールと一緒にウェンディの口の中に流し込む。

 

「ッ!ゴホッ!コホッケホッ!!」

 

飲み込んで体の中に取り入れられた瞬間、意識が戻り始めたのかウェンディが咳き込みだした。ほぼ同じタイミングで飲み込んだナツも、同様に。

 

「ウェンディ!」

「大丈夫?意識は!?」

 

シャルルとシエルが、それぞれウェンディに呼びかける。すると閉じていた目がうっすらと開いて、その目に二人の姿を映した。

 

「っ…シャルル…シエル…みんな…!」

 

そして少々かすれた声で、目に映した相棒と少年、後方にいる仲間の姿を認識する。無理はしないように。そう二人が呼びかける中、後ろから、何かの轟音が聞こえた。

 

「な、ナツ…!?」

 

「ぐっ…!と、止めねぇと…!!」

 

右拳を床に叩きつけ、復活した魔法による炎がそこから燃え上がる。近くにいるルーシィがそれに怪訝の反応を示すが、ナツには今、彼女の姿が見えていない。

 

「んがぁあぁあぁあぁあ!!!」

 

天井目掛けて吠えるように雄叫びをあげ、それと共に勢いよく炎が口から放射される。復活の狼煙のようにも見えるが、ナツの様子からはとてもそうには見えない。

 

「うぉおーーーっ!!!」

 

「ナツ!!」

「おいてめぇ!!」

 

そしてそのまま勢いよく叫ぶと共に出口へと駆け出していく。止めるとは何のことだ。一体何を知ったのか。その答えは仰向けになっていた態勢を起こそうと、シエルに支えられているウェンディの口から明らかにされた。

 

「動いて大丈夫なの?」

 

「うん…それより、大変なの…!ギルドのみんなが…!」

 

心配の声を向けるシエルにも、不安そうな視線を向けるシャルルにも、まず伝えなければいけないと体に鞭を打って、ウェンディはその脅威を伝えた。

 

「王国軍は…エクスタリアを破壊するために…巨大魔水晶(ラクリマ)を激突させるつもりなの…!」

 

巨大魔水晶(ラクリマ)…つまり、ギルドとマグノリアに在していた者たちの、命。それを、反乱を起こした対象であるエクシード達の国にぶつける。そうなれば何が起こるのか、すぐに全員が理解できた。

 

「私たち妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間を…爆弾代わりに使うつもりなんだ!!」

 

涙を浮かべながら、自分たちの魔力を抽出した老人から聞いたその企みを伝えるウェンディ。衝撃が強すぎる王国軍の目的に、シエルも、シャルルも、誰もが言葉を失っていた。

 

 

 

ただ一人…。

 

「(あの、クズ国王……!一体…どこまでっ…!!)」

 

歯を食いしばり、顔を俯かせ、目から一切の光を無くした神器使いは、傍若無人の国王への殺意を、より一層膨らませていた。




おまけ風次回予告

シエル「グレイにエルザにガジル。俺たち以外にも、ギルドの仲間がどんどんエドラスでの戦いに参戦していくね。不利ばっかだと思ってたけど、希望が見えてきた!」

グレイ「最初のうちはオレも混乱してたけどな。ガジルが二人いたりとか」

シエル「ガジルが二人…?あ、ひょっとしてエドラスのガジル?」

グレイ「ああ。妙に真面目そうな…喋り方も丁寧っぽい感じだったぞ。あそこまで違うんだな…」

シエル「真面目なガジル…イメージ浮かばないなぁ…」

次回『エドラス王都総力戦!』

グレイ「そういやエドラスにはオレもいるのか?」

シエル「うん、いたよ。何十枚も服を重ね着して、ジュビアにメロメロで、リオンとジュビアを巡ってアピール対決してる、みたいな」

グレイ「そいつはきっとオレじゃなくて別のそっくりさんだったんじゃねーか…?」


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第89話 エドラス王都総力戦!

大変長らくお待たせいたしました。
ようやく形に出来たものの、皆さんの納得がいく話の流れになっているのか若干不安です…。でもこれ以上重ねていくともっと時間がかかるのでちょっと次回にも回したりします。

集中力が高められる方法って…何かないですかね…?←


アースランドと隣り合い、存在している別世界、エドラス。似ているようで全く異なる要素を多く抱えているこの世界の特徴を、ざっと上げるだけでもキリがない。

 

空や木々の色。生息する生き物。人々に宿る魔力の有無。ギルドの存在意義。同じ人物が異なるものとして存在。エクシードと言う神の使いとされる種族。他にも様々であるが、今着目するべきアースランドとの相違点を上げるとすれば、この項目だろう。

 

それは浮遊する島々。王都が存在する巨大な大陸を除けば、多くの島が空中を浮遊して存在している。エクシードが住まう神の国・エクスタリアや、アースランドのマグノリアに住まう者たちを変換させた巨大魔水晶(ラクリマ)が存在しているのも、それぞれ一つの浮遊した島だ。

 

何故大きな島々が空に浮遊しているのか。どうやらエクスタリアの魔力で浮いているらしい。世界の魔力のバランスをとっているのだと、歴史書にも記されていた。

 

「そして今私たちがいる王都上空に、エクスタリアと魔水晶(ラクリマ)が浮いているのよ」

 

シエルとルーシィが得ていた情報を整理すると、シャルルから補足が入った。ちょうど王都の上空付近に二つの浮遊島があり、それぞれエクシードの国と仲間たちが存在しているということが判明する。

 

「その浮遊島に滅竜魔法を当てることで加速させ、エクスタリアに激突させるのが、王国軍の狙いなんです」

 

「そうすると…どうなるの?」

 

滅竜魔法を抜き取っていたバイロから聞いた王国軍の目的を話すウェンディ。抜き取った滅竜魔法の使い道に関することと言うのはすぐに分かるが、魔水晶(ラクリマ)をエクスタリアにぶつけることで何が起こるのか、と言う疑問が新たに浮かび、消耗がまだ見られる彼女を案じて日光浴(サンライズ)をあてていたシエルが尋ねると彼女は答えた。

 

「エクスタリアの魔力と、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔力がぶつかることで、弾けて融合し…永遠の魔力がこの国に降り注ぐって…」

 

それを聞いて、場にいるほとんどの者たちが絶句した。ぶつけられたエクスタリアと魔水晶(ラクリマ)の魔力が弾ける…つまり形の存在を維持できなくなるという事。そこから永遠に続く魔力が降り注げば、仲間たちを元に戻す方法は完全に失われる。

 

完全に消滅してしまう。

 

「(あの…クズ国王が…!)」

 

周りに悟られないように抑えてはいるが、この話を聞いていたペルセウスは内側から溢れ出ようとする激情を胸にしまい込もうとしている。それに気付いていたのは…。

 

すると、今いる部屋の出口の方からこちらの方に駆けてくる音が一人分聞こえてきた。

 

「誰か来やがった…!」

「敵…!?」

「注意しろ…!」

 

姿はまだ見えない。もしも敵だった場合はこの場で激突もあり得る。ペルセウスたち3人に、ウェンディの回復も一時中断したシエルも加わって警戒に移る。そしてその存在は足を止めることなくシエルたちがいる部屋に入って来た。

 

 

 

 

 

 

「イヤァァァァアアアアアアアッ!!!?」

 

その正体は顔を真っ青に染めてそこから汗も噴き出し、この世のものとは思えない何かを見たかのような絶望を露わにし、叫び声をあげて駆け寄る…と言うか逃げてきた桜髪の青年。とゆーか…。

 

「ナツかよ!!」

 

つい先程まで勢いよく外へと飛び出して言った青年が絶望を抱えて戻ってきたことにグレイからツッコミが入る。だが、それも耳に入っていないナツは駆けこんだ部屋の壁に一度激突すると、部屋の中を回転しながら動き回り、今しがた見てきた地獄絵図を口に出して叫び始めた。

 

「エルザが二人いたぁー!!何だよアレ!何アレ!?何なの!?怪獣大決戦か!?この世が終わるのか!?とうとうギルド全滅しちまうかぁ!?」

 

アースランドとエドラス、それぞれのエルザがぶつかり合っているところをたまたま目撃したのだろう。それを見て彼女に苦手意識を持つナツはありもしない想像を膨らませてしまっている。両手で頬を押えながら叫び倒していたナツだったが、ふと視線を移すとこの場にいなかったはずの存在に気付いた。

 

「グレイじゃねーか!!」

 

「しまらねーし、落ち着きねーし、ホントウゼェなお前」

 

ぐもっとこの場にいないはずの青年の姿を見つけて指をさして驚愕するナツに、呆れかえるグレイ。更にもう一人、シエルの兄である青年の姿を見つけるとその表情は更に焦燥を浮かべたものへと変化する。

 

「ペルもいんのかー!?こんなとこまで来たら危ねぇだろ!大丈夫か!?また血ィ吐いたりしてねーか!?」

 

「何の話だ…?」

 

思いっきり青ざめて焦りながらペルセウスの身を案じる言葉をかけていくナツ。これはどうやら目の前にいる二人がエドラス側の方だと勘違いしているものだと察知したシエルは、すぐさまナツに説明することにした。

 

「ナツ…この二人は俺たちが知ってる方…アースランドから来た方の二人だよ」

 

「何!?」

 

「色々あってこっちにいるんだ。エルザとガジルもな」

 

「エルザはさっきお前も見たから言う必要はねぇな。ガジルはみんなの魔水晶(ラクリマ)を探してるとこだ」

 

「ハッピーはそのガジルを連れて、魔水晶(ラクリマ)を止めに行ったわ」

 

先程までその場にいなかったナツに簡単な状況説明を行う。当事者として二転三転する状況下にいた自分たちはともかく、今までずっと魔力を抜き取られていたナツたちにとっては外界の状況はほぼ未知数だ。案の定驚愕を顔に表している。どこまで理解できたかは、不明だが…。

 

「あれ…?ホントだ!グレイさんとペルさんがいる!?」

 

すると、この場で最年少の少女から、全く悪気がない純粋な驚愕の声で告げられた言葉を聞き、グレイとペルセウスの表情がショックで暗くなった。

 

「え、もしかして…今気づいたの…?」

 

「うん…」

 

先程まで言葉も交わしていたと思っていたウェンディからのまさかのカミングアウト。シエルの確認にも否定せず、二人揃って今までここにいる存在を認識されていなかったらしい事実に、二人の体に影が生じ始めた。

 

「なあペル…ここ、地下で陽が当たんねーからかな…?オレ、影が薄く見えてきたぜ…」

 

「奇遇だな…俺も…影どころか、体が透けて向こうが映るように見えてきた…」

 

「あちゃあ…拗ねちゃった…」

 

少女からの予期せぬ精神攻撃に、二人とも涙を流しながらあらぬ方向を向いて呟くように嘆く。思った以上に深刻なダメージを受けた二人をシエルが宥め始め、ルーシィがショックを受けた二人に同情の目を向けた。

 

「もしかして、お前らがオレたちを助けてくれたのか!?ルーシィたちも無事だったんだな!!」

 

「あたしたちのことも今気づいたんだ…」

 

「わ、私ってば…一番最初に言わなきゃいけない事を…!あ、ありがとうございます!!」

 

「…いいって事よ…」

「…気にすんな…」

 

先程までの緊張感など忘れるほどの賑やかさが部屋の中に広がる。解放された滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちの意識に関しては少々不安はあるが、ひとまず現状は大丈夫と言えるだろう。

 

そんな中、唯一話に加わろうとせず顔を俯かせているシャルル。だがそんな彼女の様子を目にしたウェンディは、慰める様に彼女の体を抱き上げる。

 

「やっぱりシャルルも私たちを助けに来てくれた…ありがとう…!」

 

心の底から嬉しそうに、この場に来て自分たちを助けようと奮闘してくれたと分かる親友からの抱擁に、表情には出さずとも、どこか嬉しさと安堵がシャルルの心に生まれる。彼女たちの様子を見て、シエルは特に口を挟むことはせず、晴れやかに笑みを浮かべていた。

 

「どーでもいいけど服着ろよ、グレイ」

 

「うおっ!いつの間に!?」

 

「最初からだけどね…」

 

「ここ来るまで何で気づかねぇ…」

 

そんな彼らを尻目に、グレイの脱ぎ癖によるコントはいつも通りに繰り広げられていた。補足しておくと、ガジルによって魔水晶(ラクリマ)から元に戻った瞬間から、グレイの上半身は何も身についていなかった。

 

怪我の治療や魔力の回復、状況の整理などを終えた一同。進むべき方針は決まった。ギルドのみんなが変えられた魔水晶(ラクリマ)の、エクスタリア激突を阻止するべく、国王を見つけ出して止めさせることが優先事項となる。

 

魔法も使えるようになった今、国王を探し出すことも最早難しいことではない。ここからが反撃開始だ。勢いのまま一同は部屋を飛び出して城内を駆け抜ける。

 

「ぬぉっ!待て!そっちは怪獣が二匹もいる!!こっちだ!」

 

真っすぐに進もうとしたグレイやルーシィたちを呼び止めて、ナツが別の方向を指さしながら向かいだす。怪獣…エルザの事だろう。恐らくその方向にて激戦を繰り広げていると考えるべきか。

 

「エルザ…放っておいて大丈夫?」

 

「あのエルザだぞ?」

 

「相手もだがな…ま、大丈夫だろ」

 

エルザほどの実力者なら大丈夫…と言いたいところだが、相手をしているのは同じくエルザだ。正確には別人だから差はあるが、自分たちの仲間である以上、信頼は出来る。全員駆け出して、国王を探し始めようとしたが、ふとシエルは同行してこないウェンディとシャルルの様子が気になり、思わず足を止めて振り向いた。

 

「あれ?どうしたの、ウェンディ?」

 

足を動かさないウェンディの様子が気になり、シエルが尋ねた。シャルルも彼女を見上げてその様子を見ていると、意を決した様にウェンディは口を開いた。

 

「シエル、私はシャルルと一緒に、エクスタリアに向かおうと思うの」

 

その言葉を聞いて二人とも、特にシャルルが驚愕を見せた。「何で!?」と張り上げた彼女の声が響く。エクスタリアを標的として魔水晶(ラクリマ)の衝突を企てている王国軍の攻撃から、エクシード達を避難させる為らしい。

 

「私たちはその攻撃を止めるんでしょ!?」

 

「勿論止めるよ!絶対にやらせない!それは、シエルやナツさんたちを信じてるから!でも、王国軍は他にどんな兵器を持っているか分からない。万が一に備えて危険を知らせなきゃ!」

 

ウェンディの言葉はもっともだ。魔水晶(ラクリマ)を滅竜魔法を用いてぶつける。王国軍がその作戦のみを想定しているとは考えにくい。メインの作戦が破綻した際に、二手三手の力を蓄えている可能性は大いにあり得る。その危険性を考えて、ウェンディはエクスタリアへの避難警告をするべきだと提案しているのだろう。そしてそれが出来るのは、今の自分たちしかいない事も、分かっている。

 

「いやよ!戻りたくない!私…エクシードなんてどうなってもいいの!!」

 

しかし彼女は首を横に振る。エクスタリアで聞かされたこと、エクシードが人間をどう思っているのか、自分たちにどれほど非情な任務を一方的に与えたのか、それを思い出すだけで彼女は恐怖と怒りがぶり返される。同じ種族などと思われたくない存在の為に動くのなんてまっぴらだ。それが彼女が抱く、エクシード達への嫌悪感を作っている。だが…。

 

「人間とか、エクシードとかじゃないんだよ。同じ生きる者として…出来る事があると思うの」

 

膝を折って屈み、シャルルと視線を合わせながらかけられた言葉に、シャルルの心が大きく揺れ動く。エクシードなんて…そう思っていた彼女だが、思い浮かんだのは二人のエクシード。堕天と呼ばれ、追われていた自分たちを匿い、世話を焼いてくれた不思議な夫婦。ぶっきらぼうで口は悪いが、その奥からこちらを気遣っていたのが伝わる夫と、常に穏やかな笑みを浮かべて優しく話を聞いたり、大切な事を思い出させてくれた妻。

 

もしもエクスタリアに魔水晶(ラクリマ)がぶつかれば、きっとあの二人も…。

 

「同じ…生きる者…」

 

ウェンディの言葉は、シエルの心にも刻み込まれた。同じ生きる者。例え種族が違っても、人間を見下す者たちでも、その者たちが淘汰されようとしているのであれば、手を差し伸べ、助けようとする。以前から彼女はとても心優しい少女であることは知っていた。だが、自分たち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を抹殺…もとい連行させようとした国の者たちに対して、危険が迫っているから避難させようなどと、本来は考えられない感情だ。

 

それでも彼女はやろうとしている。今、生きている命を助ける為に、救う為に。自分がウェンディと同じ立場なら、きっとエクスタリアの危機など度外視し、仲間の身の安全だけを図った。眩しい。いざとなれば優先的なもののみを庇い、順位が低い存在から切り捨てることを厭わない自分にとって、ウェンディの姿勢はとても眩しく思えた。

 

「私がずっと傍にいるからね。怖くないよ。ね?」

 

「…分かったわ…」

 

そんな彼女の眩しさに心を動かされたシャルルは、観念したように返事をした。それを聞いたウェンディは立ち上がると同時にシエルへと振り向く。そして首肯を一つ。「こっちは任せて。だから、みんなをお願い」。そんな思いを伝えるかのように。

 

「二人とも、気を付けてね。俺たちも二人を信じるよ」

 

「シエルも!」

 

シエルも頷いて彼女に返す。そしてウェンディたちに背を向けて先に向かったナツたちを追いかける。後方からはシャルルが(エーラ)で羽ばたく音が聞こえることから、向こうも動き出したことだろう。大分時間を空けたためにどんどん先に進まれているだろう。そう考えていると、曲がり角の位置に、一人だけ自分を待っていた人物を見つけた。

 

「あ、兄さん!」

 

「ウェンディたちは?」

 

「別行動。エクスタリアに危険を知らせに行ったよ」

 

足を止めて、待っていた兄からの問いに簡潔で答える。彼女がとった行動にはペルセウスも少なからず驚いていたようで、「あんな目に遭わされたのに、か…」と少し目を伏せながらぼそりと呟いた。

 

待っていたのは兄だけであるの見て、他の三人は先に向かったことは察しがついた。時間も限られていることを考えると得策とも言える。

 

「俺たちも急ごう。国王のとこまで行ければ、止められるはず…!」

 

すぐさまナツたちを追いかけるために兄弟は駆けだす。しかし、シエルが言った一言を聞いたペルセウスはどこか顔を俯かせ、並走しながらもどこか思い詰めたような、苛立っているような面持ちを浮かべている。

 

「…?兄さん、どうしたの…?」

 

その異常に弟であるシエルが気付かない訳もなく、動かしている足を止めないまま尋ねた。同様にペルセウスも走る速度を緩めはしないが、数秒ほど沈黙を貫いたのち、弟に対する隠し事が出来なくなったのか、その重たかった口を開いた。

 

「シエル…今のうちに伝えておく…。俺はこのエドラスの、国王の首を落とすつもりでいる」

 

それは、弟のシエルを絶句させるに十分な、衝撃的なカミングアウトだった。国王の首を落とす。聞き間違いだろうか?それとも自分が思うものと別の意味があるのだろうか?衝撃的と言える兄の告白を聞いたシエルは、心中穏やかではいられなかった。

 

「そ、それって…どういう意味…!?」

 

「言葉の通りだ。国王を討ち取り、エドラスを終わらせる。ずっと前から決めていた事だ」

 

何かの誤りであってほしかったというシエルの願いも空しく、ペルセウスは淡々とも聞こえる声質で答えた。シエルはその様子に、かつての記憶が蘇ってくるのを自覚する。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来る前、兄弟である自分以外の何物も信じず、心を開こうとしなかった冷酷なあの時の兄。その時の彼と、極めて似ている。

 

更に、シエルは言葉に妙な箇所が存在することも疑問に感じていた。

 

「ほ、本気で…!?って言うか…ずっと、前…!?」

 

自分がエドラスを訪れてから4日ほどが経過している。恐らくペルセウスも同じぐらいの日数だろう。だが、その割にはエドラスの存在を、その目的を以前から知っていたかのような口ぶり。しかしその事に関しては、シエルはすぐに心当たりを思い出した。

 

このエドラスに送った、ミストガンと兄の関係。恐らく兄はミストガンからエドラスの事を事前に聞かされていたのだろう。だから自分たちと比べてエドラスの事について知っていることや王国の事についても把握事項が多かったわけだ。だがそれはそれとして、不可解な点はまだある。

 

「どうして、そこまでエドラスの憎むの…?そりゃあみんなを魔水晶(ラクリマ)にされたことは、俺だって許せないよ。けど、兄さんはまるで…それ以前から…」

 

ペルセウスがエドラスに向けている憎悪は、一朝一夕で積み重ねられたものとは違う。まるで長い間…それも年単位で蓄積されるほどの大きな憎悪。それ程の感情を向けられているエドラス王国が、一体兄に何をしたというのか。その答えを明かすように、ペルセウスは光を無くした目を真っすぐに向けて虚空を睨みながら、低く絞り出した声で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この国が…世界が…リサーナの“仇”だからだ…!!」

 

「……リサー、ナ…の…かっ……!!?」

 

リサーナ。兄弟にとっても、そしてナツたちにとっても、忘れられない…忘れてはいけない人物の名を聞き、シエルは脳内の処理が徐々に遅れつつあった。まさか…ここでその名前を聞くとは思わなかった。そして彼女が、エドラスに関わりが深いことも、考えつかなかった。正直なところ、ペルセウスにも彼女の仇である事については確証があるわけではない。だが可能性は大いに高いことが裏付けられている。

 

まず、彼女はその命を落とした際、遺体すらも残らず空へと消えていったと、姉であるミラジェーンは言っていた。全身接収(テイクオーバー)に失敗し、暴走したエルフマンの攻撃を受けて吹き飛ばされた()()にしては、その消え方は不自然である。

 

怪訝に思ったペルセウスは、その当時から他のメンバーと比べて交流が多かったミストガンに聞いた話を思い出す。6年もの間、エドラスは何度もアースランドの魔力をとろうとアニマを開いてきた。その度にミストガンに閉ざされ、不発となっていたのだが、彼が感知しきれない、多数の小さなアニマが存在していた。

 

エルフマンからの攻撃で消耗し、意識を失ったリサーナは、その小さいアニマによって吸い込まれ、その身体を失った。憶測ではあるが、そう考えると辻褄が合う。

 

「そして…アニマを通ると同時に魔力化(マジカライズ)も完了し、この世界の魔力…魔水晶(ラクリマ)となって現れる。そこから消費していけば…」

 

「もう…影も形も存在しなくなる…」

 

ゾッとする内容だ。今しがたその可能性を聞いたシエルも、あるわけがないと信じたい思いとは裏腹に、その辻褄が成立してしまう非情な現実を理解してしまう。つまり、エドラスが開いていたアニマが、本当にリサーナを吸収して、魔力として使用したという事に…。

 

「失ってしまった命は、もう二度と帰ってこない…。俺たちから…ミラとエルフマンからあいつを引きはがした…。その元凶が、アースランドの命をただの燃料としてしか見ていないクズどもだ…」

 

己の仮説を立てた時、少しでもあり得る話となるのか、ミストガンにも確認をとった。彼は答えた。0とは言えない。寧ろその仮説が一番有力であると、声を絞り出しながら答えていた。

 

「その時に決めた。一方的に、理不尽に、あいつの命を勝手に奪っていったこの国を…滅ぼすことを…。リサーナの仇を討つことを…」

 

動かしていた足は気付けば二人とも止まっていた。目に浮かんでいた光を閉ざして冷たく言葉を紡ぐペルセウスの姿に、シエルは言葉が浮かばない。もう彼は後戻りできない位置に立ってしまっている。兵士や魔戦部隊長相手に戦っていた時に、もう何人もの命を彼は奪った。理不尽に奪われた怒りをぶつける様に。

 

シエルが感じたのは大きく分けて二つ。兄が不必要に他者の命を奪うことを良しとしない感情と、リサーナを奪われたことに対する憎悪に共感する感情。心の中で、その二分された気持ちがせめぎ合っているのだ。兄にこれ以上誰かを殺めてほしくない。だがリサーナを失った元凶に対して許せない気持ちもある。

 

それだけじゃない。兄の表情は、ちょっとやそっとの言葉では覆らないものと言える確固たる意志を感じる。どうあっても止められない。兄は、生前好意を抱いていた少女の弔いの為、かつてのような修羅となる覚悟をすでに決めている。それを止めることは、弟である自分でも出来ない。結果、シエルは何も言えず、兄の言葉に対して顔を俯かせることしかできていないのだ。

 

「…すまん…お前にそんな顔をさせたくはなかった…。伝えるべきじゃなかったかもしれない…」

 

シエルの表情が目に見えて暗くなった事に気付いたペルセウスが、後悔したように呟く。隠しておけば弟に疑念を抱かれ、いつかは問われると思っていた。故に今この場で自分がしようと思っていることを告白した。だがそれは逆に、弟の表情を曇らせることになった。

 

「お前の事だから、俺にこんなことをしてほしくないと思っているんだろう…。だがこれは、言ってしまえば俺の自己満足でしかない。手を汚すのは…俺一人でいい」

 

弟であるシエルにも、仲間であるナツたちにも、同じS級であるエルザにも、ペルセウスは自分同様の血塗られた道に踏み込ませないように告げる。シエルたちは兄のすることに関与することなく、仲間のために全力を尽くすことを勧める。

 

いつも兄の背中を追いかけていたシエルだったが、今目の前に見える兄の背中は、いつもと比べるとどこか遠く、そして暗いように見えた。「そろそろ急ごう。ナツたちも待ってる」と言って先に向かった兄を追いながら、シエルは葛藤する。

 

自分はどうするべきなのだろう。兄の道を助けるべきか、それとも体を張ってでも止めるべきか。今の彼に、その選択を決めることは出来なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

心の中で葛藤を続けながらもナツたちの後を追っていたファルシー兄弟。だが今、目の前に広がっている光景を、二人揃って死んだような目を向けながら見上げていた。

 

「兄さん…俺、今なら兄さんがこの国滅ぼすって言ってた気持ち…分かる気がするよ…」

 

「……こんな事で共感してほしくはなかった…。て言うか、共感しないでほしい…」

 

先程まで兄弟の中に流れていた暗い雰囲気が、更に真っ暗になりそうな状況だ。しかし、それは目の前にある、予想の範疇を遥かに超えた光景が原因である。

 

 

 

その正体は、城壁のような石のアーチで出来た入り口と、そこを起点に柵で囲まれた広大な空間に、きらびやかな明かりに照らされた様々なアトラクションの数々が詰め込まれた、夢のような空間。

 

「E-LAND(ランド)」とでかでかと電飾で作られた文字が迎え入れる、どこから見ても遊園地そのものであった。

 

「城の構造がアースランドと違い過ぎて混乱してたことは確かだけど…普通城の中に遊園地作るか?ふざけてんのか、ここの国王…!!」

 

「シエル、頼むからそんなくだらない理由で、俺と同じことしようとしないでくれ…」

 

若干シエルの中で兄の復讐に全力で加担してやろうかと言う思いが込み上げてくる。そんな弟の胸中を察したペルセウスは逆に抑えてもらおうと窘めた。復讐への加担をシエルにしてほしくないのもそうだが、城の中の遊園地がその行動の発端になるのも、色んな意味で嫌だからと言うのもある。

 

すると遊園地内から突如轟音が響き、こちらにまで届いてくる。先行したナツたちが何か戦闘でも起こしているのだろうか?と言う事は王国軍の誰かと激突している可能性が高い。

 

「俺たちも!」

「ああ!」

 

すぐさま気を引き締めて、敷地内へと駆けていく。目の前に広がっているのは、巨大な機の船型ゴンドラと、メリーゴーランドの残骸が床に広がっている光景。遠くの方に目を凝らすと、誰かが高速で宙を駆け巡るジェットコースターに乗っているのが見える。そして周辺には、仲間の氷の造形魔導士が、金髪リーゼントのピンク鎧の男と激突しているのが見えた。

 

「グレイ!」

 

「ペルにシエルか!?遅ぇぞ!!」

 

「ごめん!ナツたちは!?」

 

激突していたグレイの元にシエルたちが到着し、今の状況を聞こうと尋ねる。今グレイが相手しているのは魔戦部隊長の一人であるシュガーボーイだ。

 

「あいつ…あの剣は確か、斬ったはずだが…」

 

ペルセウスは、その男が一度自分が吹き飛ばした男であることを思い出す。その際に、奴が今持っている剣も半身を斬って使い物にならなくしたはずだ。だが、今彼が持っている剣は、多少の意匠は異なるが、あの時持っていた剣と同じ刀身のものである。

 

「あの飛んでる奴にナツが乗せられてる。あっちはルーシィに任せてあるが…中々うまくいってねぇらしい」

 

グレイの説明を聞いて宙を駆けているコースターを見ると、確かにナツが乗せられていて、そのコースターからナツを外そうとルーシィも上から乗っているようだ。そしてグレイは、目の前にいるシュガーボーイと対峙しているらしい。

 

「んーー、アースランドのシエルはともかく…厄介な相手がまた来たねぇ…」

 

一方のシュガーボーイ。一度は苦汁を舐めさせられた相手であるアースランドのペルセウスと再び対峙することとなり、内心は焦りを募らせている。エドラスのシエルが精神に徹底的に攻め立ててようやく足止めできる程のバケモノじみた男。正直言って今戦っても勝機はないと認識している。

 

この状況に対して兄弟がどう動くかによって、戦況はガラリと変わっていく。シエルはグレイから聞いたナツたちの現状と、こちら側の状況を整理し、どう動くべきなのかを瞬時に判断する。

 

「兄さん、ナツの方を任せていい?あの調子が続けば、きっと勝負にもならない。加勢に入ってほしい」

 

「確かに…。分かった、ナツの回収と向こうの敵は請け負う。そいつは任せた。ものを柔らかくする剣に気をつけろ」

 

シエルからの要請を聞いたペルセウスは、戦力の分配の面を鑑みて即座に納得し、真っすぐナツたちが振り回されているコースターの方へと向かう。そしてシエルは、シュガーボーイの動きに注視していたグレイの隣に位置どると、雷の魔力を右手に浮かべて握り潰し、全身に巡らせる。

 

「時間が惜しい。二人で一気に片付けるよ、グレイ」

 

「ちっと気に入らねぇがその通りだ。援護頼んだぜ」

 

一部が崩壊した遊園地内での戦い。雷を身体に巡らせた少年と手を合わせて冷気を発する青年が、個性の塊と言える鎧の男を蹴散らそうと、魔力を高めていく。その二人の様子を見ながらも、一番の脅威が過ぎていき、男は余裕を見せながら「んー」と笑みを浮かべていた。




おまけ風次回予告

ペルセウス「ようやく助けられたと思ったら、今度は乗り物に捕まったり、それ以前でも色々失敗したり、こっちに来て散々な目に遭ってねぇか、ナツ?」

ナツ「あ~最初は魔法も使えなかったからな~。メンドクセー!って思ったこともあったけどもう心配ねぇ!魔法だって復活したんだ、燃えてきたぞ!!」

ペルセウス「そーゆーポジティブ思考はお前の強みだがなぁ…。実際、どーやってあのコースターから脱出する気だよ?」

ナツ「あ、そうだった…オレ今乗り物の上だ…ウップ…!」

ペルセウス「大丈夫か、この後…」

次回『搾取と報復』

ペルセウス「しょーがねぇ。今俺そっちに向かってるから、それまで気張ってろ」

ナツ「なるべく…早く…!」

ペルセウス「じゃあ手っ取り早く神器全解放してこの辺りを一掃…」

ナツ「しまったペルの悪い癖が出たぁー!!(汗)」


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第90話 搾取と報復

今回は続いた集中力!←
欲を言えばもっと文字数増やしたかった…。でも書きたいとこまでは書けたんでよしとしますか…。

そう言えば来週からゴールデンウィークですが…残念ながら去年のように連続投稿はちょっと難しそうです…。やりたいことが少々他にありまして…。その分、遅れないように頑張って次話は完成させます!!


エドラス王都、王城内に存在する魔力で動くテーマパーク。それが簡潔にE-LANDを表した言葉と言える。

 

エドラス軍の第三魔戦部隊隊長であるヒューズは、このテーマパークに存在しているアトラクション全てを操る魔法を、手に持っている『コマンドタクト』を用いて使用してくる。遊園地内に設置してあるアトラクションはすべて、彼の掌にあると言っていい。

 

前後に揺れる巨大な船・バイキング、ゴーカート、メリーゴーランドの模型馬、そして通常の10倍まで速度を上げられるジェットコースター・『ヘルズコースター』もその例だ。いま、ナツが乗せられているのもそうであり、どんな者が乗っても5分で気持ち悪くなってしまう。ナツは10秒もしないうちにグロッキーになったが。

 

「ナツ!しっかりして!!」

 

魔力の操作によって何もない空中にレーンを作り出し、滑走していくコースター。乗客が落下しない為のセーフティで降りることも出来ないナツを解放させようと、上に飛び移ったルーシィが必死に外そうとするが、固く留められているそれを外すことが出来ず苦闘している。

 

更にその上、ヒューズのタクトによってコースを縦横無尽に変えられていき、ルーシィは次々と己にかかるGの変化にどうすることも出来ず、逆にナツにしがみつきながら悲鳴を上げることしかできない。そして最終的には急な坂を滑り落ちる様に降下していき、広い池のような水溜まりへとダイブさせられた。その様子が面白かったのか、ヒューズは愉快そうに彼らの醜態を笑っている。

 

「た…助かった…」

 

グロッキー状態で水没したコースターに身を預けながら、ようやく止まったことに対して安堵を見せるナツ。全身がずぶ濡れになったルーシィは、どこか虚空を見るような目をしている。

 

「見てみアレ!」

 

そこに腹を抱えて笑いながら指をさすヒューズに気付き目を向けると、『ベストショット』と書かれた木枠で囲ったモニターに、グロッキー状態のナツに涙を流して叫びながらしがみつくルーシィと言う一瞬の様子が映し出される。どうやら滑走中に撮られたらしい。

 

「ご丁寧にどうも…」

 

色々と癪に障る演出に、ルーシィから怒りが混じった声が漏れ出た。散々好き勝手に振り回された上に、必死になっていた所をとられて笑い物にされたらイラつくのも無理はない。

 

「カハハ!スッゲェだろ!?これがエドラスの魔法だよ。こんな素敵な魔法がもうすぐ消えるだなんてさ、考えたくもねえじゃん?」

 

見る者に夢と希望を与え、楽しませること、喜ぶことを教えてくれるもの。そんな魔法が世界から消えるとなると、どれほどの悲しみが生まれることだろう。だから彼らは必死に魔力を集めている。他の町から、他の世界から、魔法をかき集めて繋いでいる。それだけ、魔法を失う事は恐怖以外の何物でもない。ヒューズを始めとしたエドラスの者のほとんどがそう思っていることだ。

 

「だから…殺すのか…?」

 

そんな彼の言葉に、項垂れていたナツがそう聞き返した。ヒューズも、ルーシィもそれに気付いて、身を預けていたコースターから離れて水の中を一歩一歩歩いてヒューズに近づくナツに視線を向けている。

 

「オレたちの仲間も、エクシードも…てめえらの都合で殺すのか…?」

 

「そうだよ。永遠の魔力を手にするための贄なんだ」

 

「ふざけんな…!!」

 

永遠に尽きない魔力。それを手にするために、別世界の人間も、天に住まう神のような存在も、一切躊躇もなく消そうとする。自分たちが恵まれるように、容赦なく実行しようとする彼らの言に、ナツは静かにその怒号を発した。

 

「オレの仲間は今生きてる…!エクシードも生きてる…!魔力があろうがなかろうが、大事なのは生きてるって事だろ…!!」

 

両方の拳から炎を灯し、その炎は腕を伝って背中へ、やがて全体へと行き渡り、彼の身体を赤く照らす。確かな怒りを表す炎。仲間を奪い、命の危険に晒されたこと、自分たちの都合で躊躇い無く他者の命を奪おうとしていること、本当に大事な事を、何一つわかっていない者たちへの怒りを燃やしながら、濡れた体を乾かしていく火竜(サラマンダー)は鋭い目つきを更に鋭くさせながら睨みつけた。

 

「命だろーが!!!」

 

激しい炎を発しながら憤怒の表情で睨みつけてくるナツを前にしても、ヒューズはまるでその言葉を聞き流しているかのように淡白な反応しか示さない。それが更にナツの怒りを焚きつけ、彼に攻撃を起こさせる。

 

「火竜の咆哮!!」

 

含みのあるような笑みを浮かべているヒューズ目掛けて口から勢いよく炎を放出する。先程ナツの攻撃を垣間見た時はエドラスの者と比べてあまりにも突飛したものであったそれに困惑するばかりであったが、一々驚くこともなくなってきた。だからこそ、対処もしやすくなっている。遊園地内のアトラクションを操作していた彼のタクトがナツの炎に向けられると、真っすぐヒューズに向かっていた炎は途端に横に逸れてヒューズを捉えることなく通り過ぎた。

 

「ナツのブレスが逸れた!?」

 

「何しやがったんだ…!?」

 

彼がタクトで操れるのは遊園地内のアトラクションのみと考えていた為に、それ以外の…ナツの攻撃魔法が彼の意思に従ったような挙動を見せたことで少なからず動揺を表している。対してこの光景を生み出した本人であるヒューズは得意気な顔を浮かべていた。

 

「驚いてるみたいじゃん?『コマンドタクト』が操れるのはこのE-LANDにある施設のみ…。前まではそう言われてた」

 

ルーシィたちの予測通り、本来では遊園地内のみ限定の魔法だったらしい。それがどうして、ナツの魔法までも操作できているのか。それは、あの男の存在が一因となっていた。

 

「細かいところはスッゲェ難しくて頭に入んなかったけどよ。オレのこの魔法(ぶき)は、魔科学の力を新しく手にしたことで、更にスッゲェ魔法に進化したってわけだ!」

 

「魔科学…まさか、エドシエル!?」

 

アトラクションを操作している原理が、その中に内包されている魔力を介して行っていること。つまり魔力が宿るものを自在に操作することが出来るよう調整できる。その点に着目したエドラスのシエルが、魔科学の技術を利用してアトラクション以外の魔力が宿るものも一時的に操作できるように改良させたのが、今現在ヒューズが持っている改良型のコマンドタクトである。

 

「あいつか…!」

 

ナツは思い出す。味方と信じていたのに冷たい目と言葉で自分たちの望みを突っぱねただけでなく、元々の自分たちの仲間の事も一切顧みない様子を見せ、ウェンディの心に深い傷を作った青年を。それによって抱えていた怒りがさらに増幅されていく。

 

「オレの魔法は進化した。魔力があるものならどれでも…つまり魔力そのものを操ることが出来る…!つまり、どんな魔力であろうと、全てはオレの意のままに出来るって事じゃん!!」

 

まるで己が全能となった時のように今の状況に酔いしれながら、ヒューズがタクトを掲げると同時に、どこからともなくアトラクションの一部と、遊園地内に潜めてあったらしい小型の飛行物体を呼び寄せる。

 

「魔科学の恐ろしさをその身に味わって、華々しく散るがいいじゃん!!」

 

先程ナツを苦しめたヘルズコースターに加えて、エネルギー砲を発射するいくつもの小型機械が総動員でナツとルーシィに襲い掛かる。ナツは迫りくるコースターを体術で壊していき、ルーシィは襲い掛かってくるエネルギー砲を、悲鳴を上げながらも避けていく。

 

「くそっ!コンニャロウが!!」

 

エネルギー砲を撃ってくる小型の機械に対して、ナツが右拳を振ると同時に勢いよく炎が放出される。だが小型の機械たちがそれに呑まれて焼き尽くされてもヒューズは動じず、迫ってくる炎を操って方向を転換。ルーシィの方へと照準を変える。

 

「ちょっ!?イヤァーーッ!!」

 

エネルギー砲をよけれたと思っていたルーシィが、次に迫ってきた炎を見て青ざめながらも飛びのく。だがその影響で再び顔から水溜まりの中にダイブする羽目になった。

 

「ルーシィ!てめえよくもルーシィを!!」

 

「半分、アンタのせいでしょうが…!」

 

危うく焼かれるところだったルーシィを見てナツが目を吊り上げてヒューズを睨む。その一方でルーシィはそもそもの元凶と言えるナツに対して、沈んでいた顔を上げながら若干苛立ちを吐露している。そんな二人の様子を見て、ヒューズは再び腹を抱えて笑っていた。

 

「!(そう言えば…ここ、水…!?)」

 

だがふと、今自分たちがいる足場が水溜まりであることに対して、ルーシィはある一つの項目に気付く。そう、水だ。水場であるという事は、彼女の中でも最強格の星霊を呼ぶことが出来る。

 

「ナツ、伏せて!!」

 

ヒューズの攻撃に再び備えようと構えていたナツにそう一言告げると、ルーシィはその水溜まりにその鍵をつけて口上を口にした。

 

「開け、宝瓶宮の扉!アクエリアス!!」

 

水色の長い髪を持った人魚の女性の姿を象った水瓶座の星霊。金色の鍵が光ったかと思いきや、何もないところから別の生命体が出てきたことで、ヒューズの顔に驚愕が浮かぶ。

 

「お願い!」

 

「分かってる」

 

ルーシィのその懇願に、珍しく素直に応えようとするアクエリアスは、両手に持った水瓶から勢いよく水を噴射させようと振りかぶる。だが、少しばかり棒立ちしていたヒューズが咄嗟にタクトを振るうと、今ルーシィたちが立っている水溜まりの様相が一気に変化する。

 

水がアーチを作るように外側から内側へと噴水のように動きだし、そこを通るかのように何本もの光が行きかう。まるで水上ショーのような光景。本来であれば見惚れてしまっても無理はないのだが、その真っただ中にいる彼らにそんな余裕はない。更に言えば、今までになかった不測の事態が発生している。

 

「水が…操れない…!?」

 

水を自在に操作できるアクエリアスの力でも、水上ショーを起こしているこの水溜まりを操れない。最強の力を持った星霊の力が通用しないという事実に、ヒューズを除く全員が困惑している。

 

「言っただろ?魔力のあるものは、全部オレの魔法(ぶき)だってな」

 

ただでさえ遊園地内の施設はすべて彼の掌の上。その上で魔科学によって強化されたその魔法に抗う術は、彼らには存在していなかったに等しい。

 

「ルーシィ!伏せろぉ!!」

 

勢いよく迫りくる噴水と光の矢。魔導士たちと星霊は抗うことが出来ずに、勢いよく迫って来た奔流に飲み込まれた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「う~ん…」

 

様々なものが破壊され、残骸の山となった光景を見ながら、この遊園地を統括している立場であるヒューズは頭を指でかきながら眉をひそめている。水上ショーに使用する噴水と光の矢を使って奴等を吹き飛ばしたはいいが、そのせいなのかどこまで飛んで行ったのかも分からない程に遠くまで行ってしまったらしい。

 

「スッゲェ派手に吹っ飛んでいきやがって…アースランドの魔導士ってのは、言う事もやる事も一々大袈裟だな…」

 

溜息を吐きながら面倒そうに彼はそう呟く。だが落胆してもいられない。まだ生きているんだとしたら放っておくと後々また厄介な事を起こしかねない。手間をとらせられるが、しっかりと死んでいることを確認しなければ。

 

「しゃーねぇな。探しに行くか」

 

 

 

 

 

 

「お前が探す必要はねえよ」

 

一歩その足を、飛んでいったと思われる方角へと向けて踏み出した瞬間、ヒューズの後ろからそんな声が聞こえてきたために、一瞬で彼はその顔に冷や汗を浮かべ、勢い良く振り向いた。

 

そしてその声の主は、彼の望みとは裏腹にヒューズの頭の中に浮かんだ人物その人。右手には木の枝を模した緑色の珠が先端についた杖を持っている、王城を大規模に破壊し尽くし、魔戦部隊隊長3人を相手に圧倒した、エドラス側から見ればまさに最凶最悪の魔導士。

 

「ナツがお前如きにやられるなんざあり得ねえとは思うが、あっさりとこの場で見逃す理由も存在しねえ」

 

彼の後方からゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくるその魔導士、ペルセウスの姿を見た時、ヒューズは正直心の底から大いに焦った。だが、必死に心を落ち着かせた彼は若干の焦りを残しながらも、口元に弧を描いて自信を取り戻す。

 

「カハッ!さっきはあっさりとやられたけどよぉ…いくらお前が相手でも、ここでオレと会ったのは運が悪かったな…!」

 

そう、恐れることはない。この遊園地は自分のホームグラウンド。自らの魔法を最大限に発揮することが出来る場所。この場で戦う事は、自分の勝利を確定させているものだ。さっきの手痛い屈辱を晴らすには、最高のシチュエーションでもある。

 

「どうせアースランドの魔導士のお前を生かしておく理由もないんだ。このオレの魔法の全戦力を使って、お前をぶっ殺してやる!!」

 

出し惜しみは絶対しない。そんなことをしたらやられるのは自分の方だ。それがよく分かっているからこそ、早速ヒューズはタクトを振るってペルセウスへの攻撃を開始する。どこからともなく数多のアトラクションや、浮遊する機械、先程の噴水と光の矢も総動員となって、ペルセウスへと襲い掛かっていく。

 

「本当はもっと早くに着いていた」

 

唐突に関係のない話を始めたペルセウス。その言葉に、思わずヒューズは呆けた声で反応を示した。

 

「ちょいと準備に時間がかかって、気付いた時にはナツたちがいなくなってた…。あいつら見つけたら謝んねえとな…」

 

一体何の話をしているのだろう。この状況にあっても、まだ自分の方が優位に立っているとでも思っているのか。だんだん苛立ちが強くなってきたヒューズは、構うことなくアトラクションたちへの攻撃を続行させる。そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「出番だ。ミストルティン」

 

彼の手に持つ杖、その緑の珠が光った瞬間、遊園地の敷地内のいたるところから、床を突き破って植物の根が何十、何百の単位で現れ、ペルセウスに迫っていたあらゆる無機物たちを貫き、縛り、阻害し、拘束や破壊を行った。

 

「はあっ!!?」

 

その光景を見たヒューズは思わず引き攣ったような声で叫ぶ。だがこれだけに留まらない。彼の周り、ヒューズの周り、否、遊園地全体に現れたその根が、ありとあらゆるアトラクションへと迫り、まとわりついて締め上げ始める。例外があるとすれば、シエルたちが激突しているであろう入り口付近と、ナツたちが飛んで行ったと思われる方向のみ、その被害を受けていない。

 

「な、何だよこれ…!?木の根っこ!?」

 

ミストルティン。周辺の植物を操って急速に成長、変化を促すことで攻防の手段とする神器。ナツたちの窮地にすぐさま助けに入れなかった理由は、ヒューズが扱う魔法の遊園地を無効化するため、ミストルティンの力を使って、王城周辺の街路樹の根をここまで伸ばすのに時間がかかったからだ。

 

そして徐々に伸ばした根っこたちがようやく近くまで来た瞬間、ペルセウスはこの場に姿を現した。何の準備もしなければ、()()()()()苦戦していたであろうために。

 

「こ、こんなもの…!」

 

焦りはしたものの、ヒューズは冷静になるように努め、手に持つタクトを再び振るう。ペルセウスが魔法で操っている気の根っこも魔法の一つ。ならば魔力が宿っている。つまり自分のタクトで操れない訳がない。そう思って根を操ろうとする。

 

だが、どれだけ振るっても、根はほどけるどころか、所々を更に締め付け始めている。その影響であちこちのアトラクションが潰されそうになっているのか悲鳴を上げ始めている。

 

「何で…何で操れないんだよ!?オレは、オレの魔法は全てを…!!」

 

全くもって理解が追い付かず、ヒステリックな声で叫びたてて何度もタクトを振るう。だが何をしても根も操れず、元から操れるものたちも動かせず、彼の抵抗は何一つ状況を動かせない。

 

「どうやら、エドラスの魔法や科学力は、アースランドの神には到底敵わないものだったようだな」

 

「か、神…!?」

 

「俺が使いこなす武器は、アースランドにかつて存在していた神々の力が込められている。他の魔力ならいざ知らず、神の力を使いこなすには、お前たちの技術は追いついていないってことだ」

 

アースランドに存在する神器を、換装と言う形で行使できる存在でさえ、同じ世界にはペルセウスを除いて他にいない。それが別の世界…それも魔力を持っている者が誰もいない世界の住人が開発した魔法や科学では、再現も出来ない上対応する技術も存在しない。シュガーボーイの武器であるロッサエスパーダが、ペルセウスが使った神器の一つ・グラムを柔らかくできなかったのは、そうした神の力が理由となっているのだろう。

 

「ふ…ふざけんな!何が神だよ!エクシードでもねえ、地上(アースランド)で魔力に困らずのうのうと生きてきたテメェが、偉そうにしてんじゃねえ!!魔力があれば偉いのか!?失う事のねえ魔法を使える奴は何してもいいってのか!?」

 

最早抗う術を持たない。だがヒューズは、恐怖も忘れて、ただただ怒りが込み上げ出していた。いつ失われるか分からない、希望と夢に溢れた魔力が存在する世界。アースランドは魔力を失う心配とは皆無の世界にいるくせに、自分たちは何故失う怖さを味わわなければいけないのか。

 

「オレたちから、楽しくて、夢があって、希望に満ちた魔法を…奪っていいって言うのかよ、てめえらはぁ!!?」

 

怒りや妬み、憎しみと言った感情が吹き出して叫び続けていたヒューズ。そんな彼の姿を冷めた目で見ていたペルセウスは木の枝の杖を振るうと、ヒューズの足元から木の根が飛び出して、彼の右足から右手、そして顔にまで伸びていき拘束。口元を抑えて何も喋れないようにした。

 

「っ!?……っ!!」

 

何かを叫ぼうとしているようだが、その言葉は木の根に阻まれて一切意味のあるものとして出てこない。右手を縛られたことでタクトがその手から離れて床に落ちたが、それを拾うことも叶わない。

 

「じゃあ、お前らには奪う権利があるのか?」

 

低く冷え切ったペルセウスの問いかけに、ヒューズの体は拘束されている部分も関係なくガチっと固まる。彼への恐怖がぶり返したのか、それとも紡いだ言葉に対して思い返すことがあったのか。それに意も介さず、ペルセウスはヒューズに問いかけていく。

 

「今この瞬間、俺に為す術もなくやられるような奴が、体内に魔力を持たず、アースランドの魔導士数人に国全体が揺るがされるような奴等が、他人のものをとっていくしか生きていけないような奴等が…何故アースランド(俺たち)より上に立ってると思ってる?」

 

一歩一歩、問いかけながらヒューズに近づき、彼を見下ろす位置にまで着いたペルセウスが、光の無い目で彼の恐怖に染まった顔を見下し、冷たく低い声で言い放つ。

 

魔力の価値を知らない地上人?

自分たちは選ばれた民族?

 

所詮他所から黙って取っていくことでしか生きられない寄生虫の如き行動を起こしている奴等が、よくものうのうと言えたものだ。

 

「上に立っているから奪っていいのか?俺たちの世界の魔力も、俺たちの世界に生きる人々も。失ったことも奪われたこともねえ奴等が、今まで搾取する側だった奴等が、いっちょ前に被害者面してんじゃねえよ」

 

畳みかけてくるその言葉に対し、口を閉ざされたヒューズはその有無に限らず何も言い返せない。その目には涙さえ浮かべている程に。生まれて初めて、彼は命の危機と言うものに直面した。今までは自分が何もかも奪う立場であったが故に知らなかった。今この時初めて、自らが命を奪われるという感覚を、思い知らされたのだ。

 

「理不尽に奪われるというのがどういうことか、お前らにも味わわせてやるよ。お前らが他の奴等にしてきたことを、そのままな…!」

 

今まで冷たく言い放ってばかりだったペルセウスの言葉に初めて怒気がこもり、杖に付いた緑色の珠が再び光を放つ。そしてその直後、それに呼応して、遊園地を締め付けていた根がさらに伸び、さらにアトラクションの悲鳴を響かせる。

 

「っ!!(ま、まさか…やめろ!やめてくれよぉ!!)」

 

ペルセウスが何をしようとしているのかを察知したヒューズが、叫べない状態でもがき、目で彼に何かを訴えているが、彼はそれを目にしても止まりはしないし、止める気もない。きっとペルセウスにヒューズの声が届いていたとしたらこう言っていただろう。

 

 

 

 

 

「その言葉を、お前らに奪われた人たちが言ってきたとき、お前らは素直にやめたのか?」と。因果応報。今ペルセウスが彼らに行っている仕打ちは、まさにそれを彼らに対して体現させたかのような行いだ。褒められたことではない事は、彼も分かっている。それでもやらなければいけなかった。それが、奴等に奪われた者たちの思いを込めた、せめてもの報復だ。

 

 

 

そしてヒューズの願いは届くこともなく、神の力を得た木の根は容赦なくあらゆるものを押し潰し、ほとんどの遊園地のアトラクションが破壊され、轟音を立てて崩れ落ちていく。

 

「ーーーーーーーーーーー!!!(うわぁああああーーーーーっ!!!)」

 

目元の涙を流しながら、エドラスの夢と希望を詰めた楽しさの象徴が見るも無残に崩壊する光景を目にし、ヒューズは地獄を見たかのような絶望に打ちひしがれた。何も出来なかった。何をすることも許されなかった。それほどまでにペルセウスが冷酷で、圧倒的で、こちらに対する積年の憎悪を募らせていたから。

 

そしてその凄惨たる光景を作り出したペルセウスは、特に感情を揺り動かしたりせず崩壊して瓦礫の山と化した遊園地を眺めている。エドラスの国民に愛されてきたこの場所も、気付かないうちに消えてしまっていた同郷の者たちが糧になっていたのではないかと思うと、如何にこの世界が異常であるかが理解できる。

 

そんな異常な部分を取り除くには、やはり…。

 

「…これでこいつはもう、戦線に復帰できない…が、念には念だ」

 

そして一切感情を揺らがせることもないまま、ペルセウスはヒューズが右手から落としたタクトに近づくと、右足で思い切り踏み潰し、真っ二つに折った。遊園地内ほぼすべてが機能を停止したとはいえ、それを操作する道具を破壊しても損はないだろう。

 

何なら、今ここでヒューズの命を散らしておくことも考えていた、が…。

 

「ショックで失神した、か…」

 

涙を流した状態で白目を剥き、ピクリとも動かなくなったヒューズ。首元に手を当てると脈はあったので、死んではいないと断定できる。さしものペルセウスもこれ以上彼に何かをする気は失せたのか、ミストルティンを操作してヒューズを拘束していた木の根をしまわせて、解放する。支えを失ったことで前のめりに倒れこんだが、ペルセウスはそれを一切気に留めることなく、ナツとルーシィを探そうと、彼らが飛んで行った方向へと歩き出した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

飛ばされた方向から推測し、捜索を続けていたペルセウス。辿り着いた先は、ミストルティンの範囲から外していた施設の一つ。名を『モンスターアカデミー』。本来この施設はモンスターの学園生活をのぞいてみようという目的で作られたアトラクション。お化け屋敷の一種だ。

 

「結構歩いたと思ったが、どこまで行ったんだ…?」

 

いかにもおどろおどろしい雰囲気のある入り口から入ったペルセウスは、未だに見つからない仲間二人の姿が中々目につかず、あちこちを歩いていた。一体どこまで飛ばされてしまったのだろう。もしや、今いるところよりもさらに遠くだろうか?あるいは間違えてミストルティンの範囲に入ってしまったとか…考えたくもない。

 

「この部屋はどうかな…?」

 

教室の一つと思わせるその一室の前まで来たペルセウスは中の様子を見ようと引き戸を開ける。その中では、魔力を操作して動くモンスターたちの模型が、教室内の机の席に座っている。だが、真っ先に彼の目がいったのは別の部分だった。

 

「は~い♡お兄さ~…あ」

 

髪を後ろで二つ結びにし、何故か水着姿に着替えたルーシィが、色仕掛けのポーズをとってこちらに見せつけている光景。こちらを誘うような撫で声を発していたものの、入ってきた人物がペルセウスだと気づくと、呆けた声を発して一気に顔色が青くなっていく。

 

「ペル…さん…!あ、いや、これはその…!!」

 

青くなった顔でどうやって弁明しようという焦りから言葉がたどたどしくなるルーシィ。見つかった仲間が何故か色仕掛けの格好で現れたことで虚をつかれた表情で固まっていたペルセウスだったが、ようやく我に返って彼女に言葉をかけた。

 

「ルーシィ…」

 

「は、はい…!」

 

 

 

 

 

 

「風邪ひくぞ」

 

「妙な優しさが逆に心に刺さる~~!!」

 

怪物たちの学校の中に、色々と空回りしたルーシィの嘆きの叫びが響き渡ったが、ペルセウスは無事ルーシィと、物陰に隠れていたナツと合流を果たした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

魔科学研が使用する研究室。

コードETDに使用する滅竜魔法の魔力抽出が完了し、それによって動かすことが出来る兵器・『竜鎖砲』の最終的な点検を完了させた部長のシエルは、今作戦とは別に、あるデータを基にして新たなる魔法を製作していた。

 

「シエル部長、それは…?」

 

「アースランドの兄貴…ペルセウスには大幅に被害を出されてしまったからな。あいつがこのまま籠っているわけもないとを考えて、次に遭遇した際の奴への打開策を作ってる」

 

紫髪の女性研究員から尋ねられた問いかけに簡単ながら説明を答えるエドシエル。王城内で盛大に暴れまわったペルセウスのデータは、王城内に設置していた映像魔水晶(ラクリマ)、そして自ら対峙して手に入れた。その戦闘と魔法のデータをもとに一から新たな魔法を製作している。研究員にはどのような効果の魔法なのか想像もつかないが、恐らく自分の考えつく領域を超えているのだろうと言う事だけは漠然ながら理解できた。

 

「竜鎖砲のメンテナンスを終えたところなのに…何と言うか…スゴイですね…」

 

「やれるだけの事をしてるだけに過ぎんさ」

 

キーボードのような魔法陣に触れる手を休めることなく、それによって次々浮かび上がる文字列や画面から目を離すことなく、集中力を大きく要するであろう作業中に話しかけられても一切作業を狂わせず、その状態で会話の受け答えまで出来ている。言葉にするだけで彼がいかに優れた人材であるかが分かってしまうほどだ。

 

せめて邪魔にならないようにと離れた研究員の顔は、最早人間に向ける目とは大きく異なっていたことは、本人含めて誰も知らない。

 

「……よし、あとはこの項目を埋めれば…」

 

どうやらずっと製作に尽力していた作業が佳境を迎えているらしく、ラストスパートをかけようと再び画面に向き合う。そして魔法陣に打ち込む手を再び動かそうと…。

 

 

 

 

「シエル部長!緊急事態です!!」

 

「きゃあ!?な、何!?」

 

動かそうとしていたところを、突如研究室になだれ込むように突入してきた赤茶色の髪の男性研究員が、焦りを前面に出した顔で報告をしてくる。唐突の出来事でシエルの近くにいた女性研究員を始めとして、室内にいたほとんどのメンバーが肩を跳ねさせて驚いていた。

 

「何があった?」

 

そんな彼に一切驚いた様子もなく、少々呆れ気味に溜息を一つしてから、振り向いて問いかけるシエル。だが、その内容は、彼にも予想できなかった内容だった。

 

 

「幕僚長補佐であるココさんが、竜鎖砲の鍵を奪い取り、城内を逃走中とバイロ様から!!」

 

「!?」

 

それを耳にした瞬間、普段と比べて珍しく、シエルの表情が驚愕のものとなった。目を見開いて、今男性研究員が告げた言葉に理解が追い付いていないかのような衝撃を受けている。勿論、他の者も言わずもがなだ。

 

竜鎖砲の鍵を奪われた。それだけでも一大事だが、アースランドの魔導士ではなく、味方であるココと言う少女がその犯人であること。なぜ彼女が?今すぐにでも竜鎖砲を撃てば、永遠の魔力が完全に手に入っていたというのに。

 

「……モニターからココの位置を割り出す。見つけ次第『通信札』で近場の兵士たちに連絡することも怠るな。絶対に取り返すぞ」

 

『は、はい!』

 

数秒ほどの沈黙の末、絞り出すような声を発しながら室内の研究員に指示を飛ばすシエル。それを聞いた者たちは、すぐに中央にあるモニターのチェックを始める。

 

すると、何かを叩きつける音が室内に響き渡り、何事かと研究員たちがすぐさま振り向く。その音の正体はシエル本人。特に何も載せていない机の上を、彼が腕で叩きつけていた音だ。苛立っている。他の者にしてみれば珍しくない行動だが、普段喜怒哀楽をあまり表に出さない魔科学研部長にしては、レア中のレアと言えるべき感情の変化だ。だが、状況が状況の為、それに注視しようとする者はおらず、すぐさまモニターのチェックに入る。

 

「(どいつもこいつも…もう少しと言うところで邪魔しやがって…!!!)」

 

声には出さなかったが、彼自身の…エドラスの望みがもうすぐ果たされるというところで、悉く妨害を入れられる事態の連続に、シエルは怒りを募らせている。滅多にない出来事が発生していて研究員たちが混乱する中、シエルは鍵を奪ったココを必ず見つけ出す、と決意するかのように、モニターのチェックを始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

───痛い…!痛いよう…!!

 

垂れた犬の耳のような帽子と、犬に似た顔立ちをした少女、ココは王城内を走り回る。駆けていく彼女の脚は、魔法による攻撃を受けたのか、両方とも傷と火傷の痕でボロボロの状態だ。走るだけでビキビキと痛みが襲い掛かってくる。

 

───走るのがこんなに辛いのは、初めてだよう…!!

 

竜鎖砲を起動しようとしていたバイロ、そして国王のファウストの前に、裸足で常に走りまわっていた少女は、目標の近くに友と認識している魔戦部隊長の一人・パンサーリリーがいることに気付いた。もし今起動すれば、彼もただでは済まない。だから、彼女は竜鎖砲の起動を止める様に嘆願した。だが…。

 

『それがどうした?』

 

『大局の為の犠牲はつきものなのだぞ!あんなエクシードくずれ、どうなっても構わんのだ!!』

 

尊敬する王が、直属の上司が、永遠の魔力の為に、平気な顔で仲間であり友であるパンサーリリーを見捨てようとしたこと。それがいやで、彼を失いたくなくて、思わずココはバイロから鍵を奪い取って逃げてしまった。

 

───私だって永遠の魔力が欲しい!でも、リリーが死んじゃうのはイヤだ!!

 

自分がしたことは本当に良かったのか。友一人を助けたいがために、国全ての想いを無為にしてしまって良かったのか。だが、今戻れば確実にその友は死ぬ。それも彼女にとってはイヤだった。

 

───どうしよう…!どうしよう…!!

 

彼女は走る。ただ走り続ける。常に彼女はそうしてきた。友のために、鍵を抱えてただ走る。

 

 

 

 

 

「やっぱ全然ダメかぁ~、お色気作戦。何かこう、色気が足りないんだよな~」

 

「まだ言うか!てゆーか、結局服戻らなかったし、どーしてくれんのよ!!」

 

「いいから早くシエルたちのとこに戻るぞ。魔水晶(ラクリマ)の衝突を止めるためにも」

 

 

 

 

───誰か…誰か!リリーを…助けて!!

 

走り続ける彼女に、誰も予想しえない運命の出会いが待ち受けていた。




おまけ風次回予告

ペルセウス「敵が来ると思って、相手の動きを封じるための色仕掛け、か…。でもルーシィ、あんま向いてないみたいだな?」

ナツ「そーなんだよ~。やっぱ足りないんだよな色気が!何がとは言えないけど、やっぱ足りない!」

ペルセウス「あとでルーシィにシバかれるぞ、それ。だが不思議なもんだな。ルーシィ、ルックスもスタイルも申し分ないから、圧倒的に失敗する要素が少なそうだが…」

ナツ「いやいや、ペル相手には失敗してたじゃねぇか」

次回『星の大河は誇りの為に』

ペルセウス「俺の場合はちょっと慣れてんだ。事故でミラの裸を見ちまったこともあるし」

ナツ「そーだったのか!?ちなみにどんな感じだった!!」

ペルセウス「二年以上前の事だったが…何故かミラとばったり出くわした直後の記憶が無くてな。気付いたら医務室のベットの上に…」

ナツ「お、おう…色々察したわ…」


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第91話 星の大河は誇りの為に

シエル「ねえねえ、今日何の日か知ってる?」

え?何の日だったっけ…?

シエル「ニルヴァーナ編が投稿開始してから、ちょうど一年の日だよ」

あ~そっか。ニルヴァーナ開始から一年か……へあっ!?もうそんな経ってたの!?

シエル「今頃気付いたの?」

いや…てっきり一年経った頃には、天狼島…は行かなくても、エドラス編は終わってるもんかと…。

シエル「むしろ折り返したとこじゃん…。まだいつ終わるか目途立ってないんでしょ?」

だだだだだ大丈夫!一話の文字数をちょこっとずつ増やしていけばストーリーも大きく進むはず…!

シエル「その結果一時間遅れじゃ、先行き結局不安だけどね」

おっしゃる通りです…。

と言う事で、書いてたらいつの間にかリミット過ぎてたの、申し訳ありませんでした…。夏休みまでにエドラス終わるかな…?


「うわぁ…見事にボロボロになってる…」

 

「城もそうだけど、壊し過ぎじゃねーか?」

 

「ナツにだけは言われたかねえ」

 

ナツとルーシィが飛ばされた先、モンスターアカデミーで二人と合流を果たしたペルセウス。そこから外に出て、ペルセウスのミストルティンによってほぼ崩壊したE-LANDの様子を見た二人は、話に聞いていた以上の惨状に若干引いている。ナツがペルセウスに向けて目を細めながら言った言葉はあまりにも不服だったのか反論しているが、正直言ってどっちもどっちだ。

 

ちなみにルーシィの服装だが、ヒューズに対して行おうとしてペルセウスに誤爆した色仕掛けの格好のままである。そもそも何故こんな格好をしているか、と言うと、モンスターアカデミーの中に設置してあった『なりきりアクターボックス』なる、早着替え用の魔法の箱の中に入って着替えたものだ。吹き飛ばされた拍子にルーシィがその箱の中へと入って閉じ込められ、ナツが開いた時には別の格好になってたという。

 

元の服に戻してもらおうとしたが、ナツがふざけてルーシィにコスプレ同然の服装を次々着させて遊んだり、仕返しにルーシィが同じような服をナツに着させたりとしている内に、ペルセウスの足音をヒューズのものと勘違いしたナツによって色仕掛け作戦が実行された。

 

結果は不発になった上、ペルセウスに一切通じなかったという骨折り損となったが。さらに彼女にとって不幸は続き…。

 

『いい加減にあたしの服戻してよ~!』

『わーってるよ。…って、どこに回せばいいんだ、これ…?』

『中々うまくいかないな…。取り敢えず叩いてみれば直るか?一昔前の映像魔水晶(ラクリマ)ならそれで直ったし』

『ちょっ!それ、嫌な予感しかしな…!!』

 

何が原因なのか不明だが、ルーシィの服装を元に戻すはずの機能が故障し、追い討ちでナツとペルセウスが箱を叩きまくったせいで完全に壊れてしまった。考えなしにぞんざいな扱いをしてくれた二人に対してルーシィが頭にチョップを食らわしたのだが、ナツはともかくペルセウスは涼しい顔して白刃取りで止めおった。彼女は余計にムカついた。

 

「こんな事なら乗るんじゃなかった、あんな作戦…」

 

「ルーシィの色気が足りなかったからな」

 

「うっさい!もっかいチョップするわよ!!」

 

そんな苦々しい直前の記憶を思い出してルーシィが溜息を吐くと、何度も何度も聞かされた屈辱的な言葉を挟むナツに再び怒りを表してルーシィが右手を構える。まるで己に女性の魅力が皆無と言われているような気がして本当に腹立たしいと感じるのだ。

 

「(何だろうな…。ルックスやスタイルは他と比べてもレベルが高いから見目は申し分ないんだが…。いや、顔立ちの割には態度が露骨だからか…?)」

 

一方でペルセウスは、ナツが言う「ルーシィは色気が足りない」と言う意見に対して胸中でその理由を模索していた。外見だけを見れば何人かの男は確実に振り向くだろうスペックを持つ上、元々令嬢だったが故の残された品や育ちの良さも垣間見える。それで何故色仕掛けが失敗するのかと。

 

思い至った結論を言えば、「まだ幼さの感じる童顔の彼女には不釣り合いな、大人の女性が誘惑するような仕掛け方をするために、背伸びしたがりな子供が大人の真似事をしているように見える」と言ったもの。だがその結論をペルセウスは敢えて飲み込んだ。多分今度こそチョップが当たる。

 

「ペルさんもナツに言ってやってくださいよ!」

 

「え……あー……ノーコメントだ…」

 

「ちょっとぉ!?」

 

だから下手な事を言うよりも黙秘を選んだ彼の行動は悪いことじゃない。そう信じたい、うん。

 

「もう!何よ何よ二人して…!!」

 

無遠慮に失礼な物言いをしてくるナツと、自分にフォローの言葉すらかけてくれないペルセウスに対して、不貞腐れたのかショックだったのか、明らかにご機嫌斜めと言いたげな様子を隠しもしないで大股になりながら先へと進んでいってしまう。

 

「拗ねちまったな…」

 

そんな彼女の様子を困ったような顔を浮かべながら少々疲れ気味に溜息を吐くペルセウス。一方で隣を歩いていたナツはルーシィが進んでいく先から、彼女とは別の何かが迫ってくる音が聞こえてくるのに気づいた。耳のいい彼だからこそ、真っ先に気付いたのだろう。

 

「おーいルーシィ。何か近づいてっから止まった方が…」

 

「え?きゃん!?」

「わうっ!」

 

だがナツの呼びかけは間に合わず、曲がり角で鉢合わせた何かと激突してしまった。ルーシィと一緒に、角の向こうから来たその何かは後ろへと倒れこんでしまう。

 

「あ~だから言ったのによ…」

 

「ん…?」

 

呼びかけたのに結局止まらず、漫画のワンシーンのような偶然の衝突を垣間見て、ナツは思わずため息を吐いた。その一方で、ルーシィとぶつかった方の少女を見たペルセウスは、一瞬でその表情を険しくし、気を引き締める。

 

「いたた…ん?アンタ誰…?」

 

「うう…もう走れないよう…」

 

犬のたれ耳のような帽子をかぶり、顔立ちもどこか犬に似ている少女。だがそれよりも更に目を引いたのは彼女の足だ。元からだったのかは不明だが靴下さえも履いていない裸足のままで、膝下に至るまで攻撃を受けたのかボロボロの状態となっている。現にその痛みは晴れていないのか彼女の目元には涙が浮かんでいる。

 

「アンタ…足、どうしたの!?凄いケガ…!」

 

「ルーシィ、下がれ!」

 

そのあまりにもひどい状態に思わずルーシィが彼女に寄ろうとしたところを、唐突にペルセウスが彼女を呼び止めて下がらせようとする。その言葉に彼女の動きが止まり、何故かと問おうと振り向くが、彼が手に持っている炎を模した紅い剣を目にして思わず絶句した。

 

そしてうつ伏せに倒れて足の痛みに苦しんでいる犬顔の少女の目の前に、その剣の切っ先を近づける。突如目の前に剣の切っ先を突き付けられたことに対して、怯えからか引き攣った声を少女は発する。

 

「お前…王国の人間だな?それでこっちの情を誘うつもりだろうが、簡単に乗る気はないぞ」

 

「ペルさん!?何してるの!!」

 

足を怪我した幼く見える女の子に向けるものとは思えないペルセウスの凶行に、目を見開いて抗議の声をルーシィは上げる。しかしそれに対してペルセウスは少女に向ける鋭い視線を変えることも、剣をおろすこともないまま言葉を続けた。

 

「こいつの服装は王国の関係者であることを現すものだ。そんな奴がケガをしたまま俺たちの前に突然現れれば、罠じゃないかと疑いをかけるのは当然」

 

「わ、罠って…!こんな…ウェンディと同じぐらいの子を利用してまで!?」

 

「いざとなったら女子供だろうと利用することはおかしくねえよ。その方が、相手の心を揺さぶりやすいからな」

 

ケガをした少女。その並びだけで、立場上は敵であってもその相手の情に訴えかける程の動揺を与えることが出来る。総じて守られるべきか弱い存在とイメージを植え付けられる女性や子供を使って、相手の油断を誘ったところをつくという戦法も過去に存在していた。

 

「何も出来ない弱者を装い、俺たちの懐から瓦解を誘う…。企んでるとすればさしずめこんなところか」

 

「企んでるって…本当にあたしたちに罠を仕掛けているのかも分かんないんですよ!?そんな決めつけるような言い方…!!」

 

「じゃあ、こいつのこのケガは俺たちを欺くため以外に何の要因で負ったものだと言える?王国の味方か?俺たちの攻撃の余波か?それとも無関係なもの?それこそ要領を得ないだろう」

 

「そうかもしれない…けど、この子がケガしたのが、罠じゃない別の何かだったとしたら、あたしはほっとけない!!」

 

少女に対する視点の違いで発展する口論。その対象にされている少女はと言うと、困惑を見せながらも自分を敵と認識しているペルセウスには怯えているが、怪我をしている自分を庇おうとしているように聞こえる少女の言を耳にして、彼女に不思議そうな目を向けている。

 

だが、少女は内心、焦りを抱えていた。それはペルセウスの言うような懸念とは違う。

 

「(この人たち…アースランドの魔導士だ…!どうしよう…もしこの鍵の事がバレたら…!)」

 

犬顔の少女・ココが左手に持っているのは、場合によっては両手で抱えられるほどの大きな鍵。持ち手の部分には竜を象った紋章が刻まれている。エドラスがコードETD発動させる際に必要な兵器、竜鎖砲を発動させるための鍵だ。

 

「そう言った優しさが美徳なのは確かだが、今この状況でもこいつを信じたら敵の…」

 

「よ!お前、王様どこにいるか知らねぇか?」

 

「どストレートに何聞いてんだお前はぁ!?」

 

ルーシィからの抗議に反論を続けていたペルセウスだったが、二人も気付かない間にココの近くにまで来てしゃがみこんだナツが、何の前触れもなく目的である国王の場所を聞こうとしていて、思わず驚きの声をあげた。さっきから会話に入ってこないから何してんのかと思ったら…!

 

「そーいや、お前それ、何持ってんだ?」

 

「!!」

 

しかしココが持っている鍵に目を向けて何気ない様子でナツが尋ねた瞬間、彼女の表情が変わった。混乱、焦燥、怯えと言った、鍵の事を隠しきれる自信の無さが表情に現れだす。どうすればいいのだろう。もしも鍵の事がバレれば彼らは確実にこれを壊そうとする。目の前にいる青年や少女はともかく、唯一こちらを信用していないペルセウスにバレた時には、確実にエドラスの未来は潰える。

 

 

 

 

「いたぞ、あそこだ!!」

 

だがその時、ココが来た方向と別の道から、小隊を組んでいる兵士たちがこちらへと迫ってきていた。ナツとルーシィは王国軍の兵士が現れたことで各々気を張り始める。

 

「(隠れていた…にしては方角と距離が妙だ。奇襲と言うより、今駆け付けたと言った様子…)」

 

一方でペルセウスは、ココを利用した奇襲かと警戒していたが、その割には兵士たちの出現場所がそれのようには見えず、頭に疑問符を浮かべる。だが相手の意図は分からずとも今こちらに王国側の少女がいることは逆に好都合だ。

 

「アースランドの奴等もいるぞ!?」

「急いで回収しなければ…!」

 

「やる気かぁ?上等だ、ぶっ飛ばしてやんよ!」

 

ココと違って確かな敵意を見せてくる兵士たち相手になら遠慮することはないと言わんばかりに、ナツが拳に炎を纏って床へと叩きつける。するとその炎が床を伝っていき、兵士たちへと襲い掛かる。慌てて回避行動をとった兵士たちだが、数人は躱しきれずに飛ばされていく。

 

「こ、これじゃ近づけない…!」

「どうする…!?」

 

魔戦部隊長でもない兵士たちにとっては、ナツが起こした簡単な攻撃でさえもかつてない程の脅威だ。そんな技を何発も放たれては確実にこちらが持たない。攻めあぐねてしまう。そんな言葉が過ったその時。

 

「見つけたぞ、ココ!」

 

「こ、今度は何!?」

 

次に出てきたのは、ココが来た方向と同じ通路からこちらに走ってきた小柄な老人。声に気付いてココが痛む足を我慢して振り向くと、予想していた人物がこちらに迫ってきていたのが見える。

 

「バ…バイロ…!!」

 

「ふう…ふう…早く鍵を渡せ…!」

 

「…鍵!?」

 

老体に鞭を打って走ったおかげか息を切らしているものの、睨みつける様に険しくしたその表情を向けてその言葉を発する。だが、その言葉に反応したのはココではなく別の人物だった。

 

「な、何であたしの鍵を狙ってるの…!?」

 

「は?」

 

()を持っているルーシィ。老人…バイロが渡すように言っているのはココが抱えている竜鎖砲の鍵なのだが、それを知らないルーシィが自分が持っている鍵が狙われていると解釈したのだ。

 

「(何か…思いっきり勘違いしてる気がするぞ…?)」

 

「あんたなんかにこの鍵は渡さないわよ!」

 

ココに向けた剣をそのままにしてはいるが、ペルセウスはルーシィに少々呆れたような視線を送っている。勿論、ルーシィ本人はそれに気付かない。

 

「お前たちはアースランドの魔導士…!?ヒューズとシュガーボーイはどうした!?」

 

「片方ならもう戦える状態じゃねえよ。後ろの遊園地、ボロボロだろ?」

 

「っ!!まさか、ヒューズが…!?」

 

こちらの存在に今気づいたらしい老人の問いに、ペルセウスが後ろを指さしながら答えを告げる。遊園地がほぼ倒壊している惨状に気付かされたことで、彼はその遊園地を操作しているヒューズが倒されたことに気付いた。バイロだけでない。ココも、ナツが相手している兵士たちも驚愕している。

 

「ヒューズ隊長が!?」

「ま、まずいぞ…!ココさんも敵の手にいるし…!」

「どうすれば…!」

 

竜鎖砲の鍵を持つココがペルセウスに剣を向けられていることを目視している兵士たちは、更に勢いが弱くなっている。目的が鍵とは言え、味方であるココの身の安全を確保できないまでは、思うように動けない。

 

「お前たち、構うな!鍵が無事であるなら、ココがどうなっても構わん!!やれ!!」

 

「なっ!?」

 

だが、そんな迷いを振り払うような言葉が、バイロの口から発せられる。直接的に、部下であるココの命を捨てるような発言。目的のものさえ無事であればどんな犠牲も厭わない彼の発言は、ナツたちに大きく衝撃を与える。

 

「(鍵…こいつが持ってる鍵か…あの焦りようから察するに、囮と言う訳もなさそう…。ってことは、こいつは本当に…)」

 

ペルセウスの頭の中では、バイロの発言が本心からの言葉であると理解し、ココ自身の身の安全など考慮していないと推測。最早彼女に必要以上の敵意を向けることもないと判断し、ナツの加勢に向かおうと剣を持ち直す。

 

「……てめぇら…仲間じゃねえのかよ…!」

 

バイロからの直々の命令で遠慮がいらなくなったことで、鍵目掛けて攻撃を仕掛け始める兵士たち。そんな兵士たちの様子を見ながら、ナツは体中から怒りを現すかのように炎を発しながら、震えた声で呟きだす。そして歯を食いしばると、両手に纏った炎を振るって、兵士の方へと一瞬で跳躍する。

 

「仲間を簡単に!見捨てるんじゃねえよ!!」

 

しなる鞭のように振るった炎が兵士たちを吹き飛ばす。火竜の翼撃。大きく広げる竜の翼の如き一撃は、迫ってきていた全ての兵士を容赦なく蹂躙した。それを発したナツの姿はまるで、怒りに燃える竜のよう。

 

加勢の必要はなかったか、と半ば目を見開きながらそう考えついたペルセウス。自分たちの仲間の命も簡単に見捨てるような輩たちを、彼らが許せるわけがなかったのだ。

 

「あたしも!開け、金牛宮の扉!タウロス!!」

 

ナツ同様に怒りを感じたルーシィも、反対側にいるバイロと対峙して両刃斧の形をした金色の鍵を手に持ち、口上を叫ぶ。そして現れるのは、筋骨隆々の大きい体を持ったホルスタイン柄の牛男。

 

MO()ーーーー!!その衣装最高ですルーシィさん!!」

 

「何じゃこりゃ!?牛!?」

「(これがアースランドの魔法!?でも…エロそうだよう…)」

 

呼びかけに応じて現れるも、早々にルーシィの服装を見て興奮し、鼻息を荒くするタウロス。ココはそんな様子を見て不安そうに見つめるが、バイロは突如現れた牛男に驚愕している。先程のナツの攻撃と言い、場内を暴れまわったペルセウスと言い、出鱈目な事が起きすぎている。

 

「この前のご褒美がまだですな」

 

「あいつをギャフンと言わせたら考えたげる!」

 

王城内に潜入を試みた時にタウロスが所望した褒美の話題が持ちかかると、ルーシィはさらっとバイロを指さして宣言した。本能に忠実で少々単純な思考をしたタウロスはあっさりその言葉を信じて背中に担いでいた斧を構える。

 

「ギャフンと!言えーーっ!!」

 

振り回して床に叩きつければ、真っすぐに亀裂が走り出し、石の床を隆起させる。バイロはそれをすれすれとは言え、老体とは思えぬ素早い動きで回避してみせた。「ヒィ!」と引き攣った声をあげはしたが、思ったより耄碌してはいないみたいだ。

 

「意外と素早い!!」

「ヒィ!じゃなくてギャフンと言え!!」

 

思ったよりも身のこなしの速い老人にビックリしながらも、ルーシィは続けざまにタウロスへ攻撃の指示を出す。再び斧を上へと振りかぶって攻撃を仕掛けるタウロス。しかし焦りながらも、懐から取り出した試験管に入っている赤い液体をタウロス目掛けて飛ばした。その赤い液体がタウロスにかかると、突如その液体が発火。タウロスの体が炎に包まれる。

 

「『フレイムリキッド』!」

 

「タウロス!何、今の魔法は!?」

 

「その液体に気を付けて!!」

 

液体がついた瞬間に全身が燃え出した。炎の属性が込められた液体と言う事だろうか。バイロの攻撃方法を知っているココがその注意を叫ぶという事は、まず間違いないだろう。

 

「火が出た…って事はオレの番だな!!」

 

液体がかかったことによって発火した。つまり相手の魔法は炎のもの、と認識したナツが、ルーシィの加勢に入ろうとルーシィたちを追いこして駆け出していく。ルーシィは止まるよう声をかけたが彼はお構いなし。それを見たバイロが再び試験管に入った液体を飛ばして対抗。今度は黄色い液体だ。

 

「オラァ!」と拳を振るって発火する液体を消そうとしたナツであったが、液体がついた瞬間、彼の身に起こったのは発火ではなかった。

 

「『サンダーリキッド』!」

 

「あばばばばばば!!?」

 

「ナツー!?」

 

火ではなく雷。先程とは違う攻撃を仕掛けてきたことで思わぬダメージを受けたナツが感電して悲鳴を上げる。何となく一種類だけじゃないだろうな、とペルセウスは予感していたので、ある意味予想を裏切らない結果に至ったナツに対して、彼は頭を抱えた。

 

「フン!『ストームリキッド』!」

 

そして今度は群青色の液体。この液体は、誰に付くこともなく、空中で突如姿を変えたと思いきやいくつもの横巡りの竜巻となってこちらへと迫ってくる。咄嗟に避けようとするルーシィだったが、竜巻の一つがココの方に迫っていることに気付いたルーシィはすぐさま彼女を庇うように覆いかぶさる。

 

「換装!」

 

痛みをこらえようと目を閉じて備えていたルーシィであったが、その窮地をペルセウスが救った。風を操る緑色の短剣に装備を変えた彼が起こした風の刃が、ルーシィたちに迫った竜巻を霧散させたのだ。

 

「や、やはり剣の形が変わった!?テン・コマンドメンツと同じ原理か…!?」

 

モニターで少しだけ見たペルセウスの魔法を直に目にし、混乱するバイロ。正確には別の空間に存在する武器を装備し直しているのだが、そんな発想をそもそも持っていないエドラスの人間からすれば、武器の形状が変わったという認識しか浮かばない。

 

「開け、処女宮の扉!バルゴ!!」

 

そしてその状況を理解して、ルーシィはすかさず別の星霊を鍵を持って召喚する。現れたのは桃色のショートカットでメイド服に身を包んだ少女の星霊、バルゴだ。地面から勢いよく飛び出して、バイロの小柄な体を殴り飛ばす。

 

「お仕置きします!『スピカホール』!!」

 

「ぐえっ!?」

 

そして両手を合わせて黄色い光を纏った直後、その光をバイロ目掛けて飛ばし、地面に激突。一直線に開けられた縦穴に、バイロは悲鳴を上げながら落ちていった。相当深かったのか、もうバイロの姿は目視では確認できない。真っ暗闇しか映ってない。

 

「やった!」

「姫!お仕置きですか?」

「何でよ!!」

 

「(凄い…!しかもお姫様だったんだ…!)」

 

窮地もあったのに、それを見事切り抜けてバイロを倒したルーシィたちの姿を見て、ついでにバルゴの呼び方を聞いて純粋にルーシィがお姫様だと信じたことで、彼女への信頼…もとい好感度が上がっている。さっきは王国の立場であると知りながらも自分を庇ってくれたのもあり、ココの中にある思いが生じ始める。手に持っている鍵を渡してしまおうか、と言う思いが。

 

だが、ルーシィたちに渡してしまえば永遠の魔力は手に入らない。かと言って国王に返せばパンサーリリーの命が危ない。どちらも捨てきれないココにとって、大きな選択。

 

「いってて…!あ?あれ、あのじっちゃんは?」

 

「この穴の中だ。ルーシィとバルゴがやったぞ」

 

「おお!やるじゃねーか、ルーシィ!」

 

雷の液体の攻撃を喰らって数秒ダウンしていたナツが起き上がった。さすがに老人を相手にした競争意識は浮かばなかったのか、案外あっさりとルーシィの勝利に感嘆の声をあげている。

 

「ペルさん、さっきの奴等を見て気付いたと思うけど、この子は王国からも味方として見られていない。それでもまだ、この子を疑うつもりなの?」

 

ナツから素直に誉められて少々照れていたルーシィだったが、ペルセウスの姿を見て彼女は先ほど、ココに疑いの目をかけていたこを再び話題に出し、鍵の為にココを捨てた王国に対する怒りもまじえて、まだ彼女を疑うか否かを問いかける。それを聞いたペルセウスはしばし無言を貫いていたが、やがて一つ溜息を吐くとこう告げた。

 

「確かに敵意もないし、隙も作ってはみたが何かしたわけでもない。ひとまずは敵じゃないと信じておこう」

 

まるで観念したかのような口ぶりだが、それでもルーシィの表情は明るくなった。ナツもそうだ。「良かったな!」とココに笑いかけていて、その様子を目にした彼女は困惑しながらも口元に弧を描いて笑みを返す。

 

 

 

だがその時、崩壊している遊園地全体を揺るがすような地響きが起き始める。突如起きたその異変に、全員が各々の反応を示した。

 

「何かしら?」

「お腹の音ですか、姫?」

「でっけぇ腹の音だな~」

「あんたらねぇ…」

「お仕置きですか?」

 

こんな時にもコントじみた会話をしている三人にペルセウスは何も言えなくなっている。強いて言うとすればバルゴ、何故そんなに期待の目をルーシィに向けている。

 

だが、そのやり取りも吹き飛ぶような出来事が発生した。穴の中から「ぐしゅしゅ…!」と言う笑い声が聞こえたかと思えば、ココの下から床を突き破って巨大なタコの足が現れ、彼女を巻き付けるように捕まえた。

 

「ひゃあ~~!!?」

 

「捕まえたぞ、ココ…!!」

 

うねうねと巨大な足を動かしながら、床を突き破って地下から出てこようとするその巨大なタコに、バルゴを除く全員が目を見開いて驚愕を露わにしている。

 

「何よコレ!?」

「タコの足です」

「見りゃわかる!!」

「でかーーーっ!?」

 

轟音を立てながら這いあがってくるように現れたその巨大ダコは不気味な笑い声を発しながらその全貌を明らかにさせる。

 

「『オクトパスリキッド』…自らあの薬を飲んだのだ…!!」

 

巨大な体。そしてその大まかな体はタコへと変貌している。人間の上半身に見える部分の両腕が一本ずつ、そして下半身はほぼ足のみで形成されていてその数は6本。タコと言うだけあって計8本の手足がタコのものとなっている。左手から変貌した足を使ってココを締め付けながら、巨大ダコは先ほど自分をコケにした魔導士たちを見下ろしている。

 

「これではいくら妙な魔法を使っても効かんぞ…!」

 

「ど…どうかしらね…!!」

 

「姫、少なくとも私たちの攻撃は効かないと思います」

 

「やる前から諦めてどーすんのー!!?」

 

ナツやペルセウスのような破壊力抜群の攻撃ならともかく、ルーシィたちの方はもう希望が無さそうな状態だ。ある意味潔い。

 

「つか…気のせいか…?若返ってる気がすんだが…?」

 

心なしか、全身タコへと変貌を遂げた衝撃が大きくて見逃しがちだが、浮かび上がっている顔が先ほどの老人のものと比べると、少しばかり若返って言うように見える。タコになったことによる影響…もとい目の錯覚だろうか?だが、よくよく聞いてみると、先程より滑舌もよくなってる気がする。

 

「この薬は、他のものと違って身体の強化を重点に作られている。近年取り入れた魔科学の影響も、ふんだんに取り入れてなぁ…!」

 

「また魔科学か…!!」

 

どうやらこのオクトパスリキッドは体を巨大なタコにする以外にも性能がいれられているようだ。若返ったように見えたのは実際にその薬の効果。そしてその効果は、エドシエルが普及させた魔科学が取り入れられている。どこまでも関わってくる魔科学と言うフレーズに、そろそろ辟易としてくる。

 

「デメリットと言えば人間の体を捨てること。だがそれを踏まえても余りある数々のメリットが存在する。若返ったことによる身体強化、更にプラスして魔法耐性付加、反射速度上昇、物理攻撃緩和、気配察知力向上、脳の回転率アップに加えて…

 

 

 

 

 

 

 

 

肩こり、腰痛、冷え性、節々の痛みを抑え、美肌効果や健康促進なども備えた、まさに万能薬…!」

 

「後半、温泉の効能が混じってっけど!?」

 

得意気にオクトパスリキッドに備わっていた様々な効果を語るも、妙な効果も混じっていたことにペルセウスからのツッコミが入る。それはともかく、前半だけを並べてみるととてつもない強化が施されているのは確かだ。

 

「ココは手に入れた。しかし、いつまでも貴様らを捨て置くわけにもいかん。オクトパスリキッドの脅威、見せつけてくれるわ…!」

 

ただでさえ巨体。さらに自由に動かせる手足が8本。その内の一本をココに使っているとはいえ脅威であることは変わりないのも事実。あまり俊敏に動けないルーシィはバルゴに横抱きにされながら、容赦なく押し潰そうとしてくる巨大ダコの足の攻撃を、各々が避けていく。

 

「確かに威力はすげぇな。けど、でっかい分、的もデケェって事だろ?」

 

横方向に飛んで交わした勢いを利用して、ナツは建物の壁を踏み台代わりにしてバイロへと突っ込んでいく。全身に炎を帯びて突撃する火竜の劍角。雄叫びを上げながら突っ込んできたナツを…。

 

「ふん」

 

「ぐべっ!?」

 

勢いよく足をしならせて横から撃墜させる。如何に強力な攻撃と言えど、守りも固そうな巨大ダコには中々届かない。

 

「だったら、捌ききれない攻撃を食らわせる!」

 

そう言いながらペルセウスは換装で金と銀に彩られた大弓を呼び出し、魔力の矢を装填する。しかし、それを把握していたバイロは足の一本を伸ばし、ペルセウスの足元から絡めるように彼の身体を縛り上げる。

 

「はっ!?な、何だこれ…気持ちわりぃ!!」

 

「ぐしゅしゅ…お前は特に放っておくと厄介だ。両手両足を塞がれてはさすがに何も出来まい?」

 

ただでさえうねうねしているタコの足に絡みつかれているうえ、全身を纏わりつくように縛られているため、嫌悪感が働いてペルセウスに魔法が使える余裕すらなくなっている。今までで彼をここまで苦戦させた存在も珍しいが、方法が方法である…。

 

「ざっけんな!俺がこんな目に遭っても誰も得しねーだろ!!普通こーゆーのはルーシィのポジションだろ!?」

 

「あたしの事なんだと思ってんですか、ペルさん!!ぎゃ!?」

 

何やら展開に文句を叫んでいるペルセウスの言葉を耳にしたルーシィが怒りの表情でそう叫ぶと、バイロの攻撃が当たって、どこかへと飛ばされていく。ほぼ残骸となったアトラクションの山の一つに突き刺さり、下半身が抜け出せなくなった。

 

「ちょっ!?これ…抜けない…!!」

 

「姫!これを!」

 

別の残骸の中に、ルーシィ同様下半身が埋まってしまっていたバルゴが、彼女に向けて何かを投げる。手に収まるサイズの謎の筒状のもの。それを戸惑いながらもキャッチに成功したルーシィに向けて、バルゴがそれについてに説明を始めた。

 

「伸縮可能な星霊界の鞭。『エリダヌス座の星の大河(エトワールフルーグ)』。役に立ててください。効かないと思いますが」

 

「何でそんなにマイナス思考なのよ!!」

 

最後の最後につけられた補足に、思わず声をあげるルーシィ。だが巨大ダコ(バイロ)の脅威はすぐそこまで迫ってきており、もう予断を許さない状況だ。ナツが必死に掻い潜りながら…所々ちょっと楽しみながら攻撃を食らわせようとするが、すんでのところで弾かれているのを見て、ルーシィも覚悟を決める。

 

「やってみなくちゃ分からないでしょ!!」

 

持ち手と思われる筒の部分に少し魔力を流し込めば、青い魔力の鞭に、黄色く細い螺旋の魔力が巻き付いた形の、まさしく星の大河を彷彿とさせる鞭が顕現。高所に存在するパイプに巻き付けて引っ張れば、埋まっていた下半身が、残骸の山からスポンと抜けて脱出に成功する。

 

「うお!?何だアレ、ルーシィあんなの持ってたか!?」

 

飛び込んできたルーシィと、彼女が手に持つ見慣れない色の鞭を目にして、ナツは思わず足を止めてそこに視線を向ける。気合の声を入れながらバイロ目掛けて鞭を振りかぶり、バイロの顔がある部分へ何発も鞭の連撃を当てる。

 

「ぶぎゃ!?」

「って!弱ー!?」

 

だが、痛くも痒くもないような反応を示したバイロにあっさり反撃を喰らい、ナツのぐもっとした叫びが辺りに響く。バルゴの言う通り、本当に効かなかった。ちょっとくらいは期待してたのに…。

 

「本当に効かないじゃない!役に立たないわよこんなモン!!」

 

吹っ飛ばされて再び別の山へと、今度は上半身が埋まったルーシィが、突き刺さった状態のまま苛立ちのままに騒ぎ立てる。何であのタイミングで渡してきたんだ、と言う思いが頭の中に浮かび上がる。

 

「どうした?もう妙な魔法は使わんのか?」

 

ココとペルセウスを締め付けながら余裕綽々と言った様子でルーシィに問いかけてくるバイロの言葉。それを聞いた瞬間、ルーシィはふと、ある事に気付いた。

 

魔法。ルーシィの扱う星霊魔法は、決して少ない魔力で発動できるものではない。色々な星霊と契約を結んできた彼女であるが、必ずしもその全員を一度の戦闘で召喚できるかと言われれば否だ。あまり多くはない自分の魔力量では、星霊魔法を連発するとすぐに魔力が切れてしまう。

 

だが、バルゴから貰った『星の大河(エトワールフルーグ)』は、ほとんど魔力を使っていないにもかかわらず発動することが出来る。魔力が切れる前に温存し、少しの力でも戦えるように。それが、バルゴがこの鞭をルーシィに授けた真意。

 

「ありがとう…。あなたたち星霊の気遣い…大切にするからね…!」

 

残骸の山から抜け出したルーシィは、再びナツを弾き飛ばしたバイロに向けて鋭い目を向けながら彼女たちに感謝の言葉を呟いた。直接的な攻撃が効かなくても、星の大河(エトワールフルーグ)をうまく活用すれば、どのような戦い方も出来るはず。

 

「次は貴様だ、小娘ー!!」

 

多くの足を振るってきたバイロ。だが、伸縮自在の鞭の特性を利用し、まずはバイロの足のうちの一本を巻き取るように操作。固定したところを鞭を縮めて跳躍。勢いを利用して先程の足場から退避して攻撃を避ける。その光景に驚愕しているバイロの足の一本に着地して、ルーシィは彼の顔の方へと駆け出す。

 

「その子を放しなさい!」

 

「はぁ?こいつは我が軍のものだ。貴様には関係なかろうて」

 

敵であるはずのココの身を案じる言動に疑問を抱えながらも、バイロは然程気にした様子もなく足を振るって落とそうとするが、彼女は再び鞭を伸ばして別の足へと避難する。

 

「痛がってるじゃない!」

 

「こうすればもっと痛がるぞ?」

 

ココを捕らえている足に更に力を込めながら締めると、ココの口から更に苦悶の声が発せられ、ルーシィの怒りがさらに高まっていく。

 

「あんたねぇ!仲間なら…守るべき者でしょ!?」

 

足の攻撃を掻い潜り、伝い、法則性なく動いていき、ルーシィは彼の背後へと降り立ちながらそう叫ぶ。その言葉を聞いたココは、痛みとは別の、確かに心に響いたその言葉に対して涙を浮かべている。

 

「ワシの体でチョコマカと…ん!?」

 

「そんな事も分からない人には…負けられない!!」

 

何かの異変を感じ取ったバイロだが、既にもう遅い。ルーシィが最後の仕上げとばかりに両手で鞭を掴み上げて引っ張ると、ココを捕えている足を除いた計7本が雁字搦めとなっていて、彼の動きが完全に止められていた。

 

「あ、足が…いつの間に…!!」

 

「ギルドの人間として…!」

 

体勢を崩して、仰向けに倒れてしまうバイロ。何とかほどこうともがくが、想像以上に固く結んでしまったらしく、なかなか抜け出せない。

 

「よく言ったルーシィ!」

 

その声が聞こえた瞬間、ルーシィはハッとバイロの足の方へと目を向ける。絡まったことで足と言う障害がなくなったバイロに、遠慮なく攻め込もうと駆けあがっていくナツ。

 

「よくもやってくれやがったな!仲間を大切にしねぇような奴等に…!!」

 

そして、大きく跳躍。両手にそれぞれ大きな炎のエネルギーを発し、バイロに狙いを定めていく。

 

「オレたち妖精の尻尾(フェアリーテイル)が負けっかよ!!」

 

防ぐ手段はもうない。無防備となってしまったバイロの顔に焦りが見え始めるが、唯一自由のままになっている足で締め付けているココを見つけてその表情があくどい笑みへと変わる。

 

「やれるのか?今攻撃を撃てば、ココも一緒に焼けてしまうぞ!?」

 

その行動に、思わずナツの体が固まる。歯を食いしばり、脂汗を流して躊躇いを見せてしまう。

 

「あいつ…!!」

 

ルーシィもまた、卑劣な手段を見せてくるバイロに、何度目かも分からない怒りを抱える。だが、彼女を助けようにも星の大河(エトワールフルーグ)と自分の腕力だけでは力不足だ。

 

 

 

 

その時、バイロの足が、ココを掴んでいる部分から何かで切断され、その切断した存在が、ココを抱えてその場を避難した。

 

「ぬぁにぃ~~!!?」

 

九死に一生と思いきや、その一生さえも潰されたことで最大級の驚愕の声を発するバイロ。そしてココを助け出したペルセウスが、右手に握った黒い直剣を振るって斬り落とされた後のタコの足を千切りにしてしまいこみながら、ナツへと叫んだ。

 

「こんな奴をタコ焼きにしたところでマズくて食えねぇ。遠慮なく消し炭にしてやれ、ナツ!!」

 

「おっしゃあ!ナイスだペル!!」

 

「ちょ!ちょっとタンマ!どうか…やめ…!!」

 

盾にされた存在がいなくなったことで躊躇いが消えたナツが、更に炎の温度を上げていく。命の危険さえを感じてバイロが止める様に頼み込むが、もう止まりやしない。

 

「右手の炎と、左手の炎…!二つの炎を合わせて…!!

 

 

 

 

 

火竜の煌炎!!」

 

左右の手に集った炎を合わせ、勢いある炎へと変化させる。そしてその炎の砲弾ともいうべきそれを、思い切りバイロの顔面へと投げつけた。勢いは顔面のみならず、全身にまで渡り、彼の大幅に強化されたタコの体を勢いよく炎上させた。

 

「さすがナツね…!」

 

為す術もなく焼かれ、断末魔を上げながら倒れ伏した巨大ダコを見ながら、ルーシィはその表情を晴れやかな笑みへと変えた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

巨大ダコになったバイロも下し、ココもペルセウスが助け出した。ひとまずは落ち着いたと言える。

 

「しっかしタコになれるなんて、エドラスの魔法もすげぇな」

 

「自分で体験はしたくないけどね…」

 

老体とは思えない身のこなしに加えて不思議な魔法薬品を作り上げる頭脳。幕僚長と言う前線とは縁遠い立場でありながら、意外にも厄介な相手だったと言える。タコになれる魔法に関しては、ナツとルーシィで意見が二分されていたが。

 

「それで?お前が持っているその鍵…このじーさんが相当欲しがってたみたいだが、どういうもんだ?」

 

その中で、自分が抱えたままのココが持つ、竜の紋章が彫られた鍵について本人に聞き出そうとするペルセウス。まだ彼自身に苦手意識はあるものの、ココはもう、この鍵に関する内容を彼らに隠すつもりはなかった。話そう。永遠の魔力は魅力的だが、それより大切にするべきことを、彼らの姿を見て気付けたから…。

 

「あのね…この鍵は…」

 

だが、ココがそのことを口にしようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如前触れもなく、遊園地全体を覆うほどの猛吹雪が発生したのだ。

 

「さ、さぶっ!?何なの急に!?」

 

「うほーっ!雪だ!吹雪が出たぞ!遊園地のアトラクションか!?」

 

「こ、こんなの…私もし、知らないよう…!!」

 

女性陣二人が寒さでかじかみ、ナツが妙にはしゃぐ中、ペルセウスだけはこの異変の正体を察知していた。

 

「これは、天候魔法…!シエルの吹雪(ブリザード)の強化版か…!?」

 

「あ、そっか!シエルもグレイもまだここに…!!」

 

ペルセウスが口にした内容に、ルーシィが思い出したように叫びながら、周囲を見渡す。すると、入り口近くの方向に、言葉を失う光景が、一同の目に映った。

 

 

「ええーっ!?」

「は、は、はわわ…!!」

「な、なっ…!?」

「何じゃありゃあーーーーーッ!!?」

 

一同があげる驚愕の声。その正体は…

 

 

 

 

 

吹き荒れた猛吹雪が集い、巨大な球体で出来た何かが、作り上げられていく光景だった。




おまけ風次回予告

シエル「遊園地がいきなり壊れたり、地響き鳴り響いたり、轟音が立て続けに発生したり、ナツたちも大分暴れてるね…」

グレイ「くっそ…あのアゴ割れ野郎の剣、厄介すぎだろ…!何かうまくやれる方法がねぇもんか…」

シエル「上手くやりたいところだけど、グレイと二人で共闘ってあまりないから、その辺りも考えなきゃだし…」

グレイ「ぶっつけ本番でやるしかねえ!やるぞシエル!」

次回『天候は氷砂糖』

シエル「ところでさ、あいつの名前って『シュガーボーイ』って言うらしいね」

グレイ「あ?そうなのか…それがどうした?」

シエル「もう明らかに“ボーイ”って年に見えないけど、その辺り親は考えてたのかな?」

グレイ「知らねぇよ!どーでもいいし!」


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第92話 天候は氷砂糖

ゴールデンウィークが足りない…!←

合間合間に仕事が入っていたおかげで、満足な休み方が出来なかった記憶ががが…!

それと一つお知らせです。この休みを使って、別の原作を元にして作った小説のネタを、短編として投稿を始めました。本当はもっと多くの作品を投稿したかったんですけど、時間の都合上、まだ一作しかできてません…。

FAIRY TAILとは別のものとして作っているうえ、チラシの裏に投稿しているので、機会があるうえで知ってる作品とかだったら是非読んでください!


時は遡り…ヒューズと対するためにペルセウスがミストルティンの準備を進めている頃から、魔戦部隊隊長の一人であるシュガーボーイとの戦いを繰り広げているのは、天候を駆使する少年シエルと、氷の造形魔導士の青年グレイ。しかし彼らは、二対一の状態にも関わらず思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「アイスメイク…槍騎兵(ランス)!!」

 

両手をかざして、複数の氷の槍を射出し、シュガーボーイを狙うグレイ。だが彼は右手に握っている剣を持ち直すと、迫りくる槍に対して剣を振りかざす。すると刀身が当たった氷の槍は当たった先から溶けた様に柔らかくなり、冷えた水滴となって、彼にダメージを通さない。

 

「んーー、冷たいねぇ…」

 

その光景、そしてシュガーボーイの余裕のある笑みを見ながら、グレイは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。どんなものでも柔らかくすることが出来る剣。氷と言う固体のものを操る魔法である自分とは相性が悪いと言わざるを得ない厄介な剣だ。

 

だが今度は、シュガーボーイの背後に回った雷を纏ったシエルが、その高速を利用して拳を突き出す。シュガーボーイに気付いている様子はない。雷の速さに反応が遅れていると言っていい。だがしかし。

 

「はあっ!」

 

彼の突き出した拳は、ひとりでに不自然に折れ曲がった剣の刃が、シュガーボーイを守るように立ち塞がるようにして阻む。直剣に見えた剣がひとりでに曲がってシエルの物理攻撃を防ぐ。先程からこの繰り返しだ。

 

「くっ…!気象転纏(スタイルチェンジ)風廻り(ホワルウィンド)(スピア)!!」

 

またも防がれたことに悪態をつきながらも、すかさず竜巻の魔力を生み出してそれを槍の形に。そして攻撃を防いだ直後のシュガーボーイに向けて投擲する。だが、後ろのシエルの存在に気付いていたシュガーボーイは焦る様子もなく、風の槍を剣で受け止め、柔らかくなったのか曲線を描きながら風が散開。そよ風となってシュガーボーイへと吹き渡る。

 

「んーー、いい風だ」

 

氷と言う固形物ならまだ分かるが、竜巻と言う形がはっきりとしていないものまで柔らかくしてそよ風に変える…と言う言葉にしてみれば意味が分からない現象を目の当たりにして、さらにシエルたちの表情が険しくなる。

 

「どうなってんだよあの剣は…。自分で曲がったり戻ったり、俺の天気まで弱体化させたり、無茶苦茶だ…」

 

何度攻めようと彼自身に届かず、彼の持つ剣によってあらゆる攻撃が阻まれている。まるで意思を持っているかのように動く。それだけならばまだ少しばかり理解が追い付いた。だが、見るからに鉄でできた直剣が不規則に曲がって彼の身を守るというのは、実際に見ても理解が追い付かない。

 

「気になるかい?そう言えば、君はアースランドのシエルなんだよね?なら、そう思っても不思議じゃないか」

 

「どういう意味だ?」

 

「オレたちが知ってるシエルによって、この剣が作られたから…ってことさ」

 

シュガーボーイ…彼が知るシエル…と言うと思い浮かぶのは一人だけだ。エドラスのシエル。まだシエル自身は面識もなく、実際の為人は全く分からない人物。少なくとも兄は彼と対面していたと聞いたが、どのような人物なのか聞く余裕はなかった。

 

そんな彼が作った…と考えると、恐らくエドシエルが関わっている分野・魔科学を用いた魔法と言う事だろう。兵士たちに搭載されているなら隊長たちにも取り入れられていても不思議ではないと思っていたが、本来の物理法則も魔法の概念も超越した性能の剣を作り出すのは、果たして科学の範疇で出来る事なのだろうか…?

 

「お前…なんつー厄介なもん作ってんだ…」

 

「俺じゃなくてエドラス(もう一人)の俺に言ってよ、そんな事…」

 

思わずげんなりした表情をこちら向けて言ってきたグレイに、同じような顔を浮かべながら返答する。自分は科学は専門外の為、同じようにあれを作れと言われたって絶対無理だ。

 

「子供の姿とは言え、シエルを始末するというのは少々抵抗があるけれど…仕方ないよね。せめて、魔科学で強化された『ロッサエスパーダ・改』の本来の力を見せてあげるとしようか」

 

『改』が付いただけだろう。と言うツッコミを挟む間もなく、シュガーボーイが直剣を構え直して何かを操作すると、刀身が突如光りだし、物理攻撃を阻んでいた時と同様に不自然な変貌を起こし始める。まるでヘビや鞭のようにうねりながら刀身を曲げ、その長さも伸ばしていく。

 

「伸びた!?」

「マジかよ!!」

 

「さ~、君たちに避けられるかな~?」

 

ずっと守りに入っていたシュガーボーイの攻めの時。剣と言うよりも鞭を扱う要領で、長くしなやかになったロッサエスパーダを大きく振る。一つ目の横払いは二人とも避けることが出来たが、伸びた刀身が周囲のアトラクションや床に当たると、アトラクションは支えの部分が柔らかくなって傾き、床も重力がかかっているシエルたちが埋め込まれる程に柔らかくなる。

 

「性能はそのまま…範囲だけが広くなってる…!やばい!!」

 

床に沈みそうになる足、そしてこちらに倒れこんでくるアトラクションを目にして焦りを表情に見せるシエル。横を見てみるとグレイも同様に床に足をとられて埋まりそうになっているのが見えた。このままでは二人とも、柔らかくなった床と固いままのアトラクションに挟まれておしまいだ。

 

乗雲(クラウィド)!!グレイも掴んで!」

 

だがシエルは咄嗟に機転を利かせる。二人の頭上に人や物を載せられる雲をそれぞれ顕現し、その雲に両手を伸ばして掴むと、雲を操作して急上昇。上手く引っ張られて両者の埋まりかけた体が床から抜ける。そしてそれぞれの雲をシエルが操作して、倒れてきたアトラクションを避けた。

 

「あっぶねぇ…!サンキュー助かったぜ、シエル」

 

「その場しのぎでしかないけどね…」

 

グレイが雲から着陸して、周囲を見渡しながらシエルに感謝を告げる。何とか凌いだが、次も同様の攻撃を行ってきた時にはどう対処するべきかまだ見えていない。

 

「おやおや…E-LANDがメチャメチャだね。んーーひどいことするじゃないか、君たち」

 

「「やったのお前だろ!!」」

 

自分で作りだした惨状を目の当たりにし、落ち込むように溜息を吐きながらぼやくシュガーボーイだが、まるでこちら側が壊したと言いたげな言動に、思わず二人のツッコミがハモる。

 

「くそ…懐に入れりゃあんな野郎どうにでも出来るが、そこに行くまで骨が折れそうだな…」

 

遠距離の魔法では剣に阻まれる。虚を突いて物理攻撃を当てようにも彼の剣自身が意思を持っているかのように守ってくる。だとすれば通用するのは、彼が剣を振るう暇も与えない、彼と剣の間に存在する懐。だが、範囲の広い刀身と、彼自身の力量が、それを許してくれるとは考えにくい。

 

「ねえ、グレイ」

 

「あ?何だよ」

 

「グレイはさ…ジャンプと三半規管に、自信ある?」

 

シュガーボーイの攻略法を頭の中で考えていたグレイに、シエルが突如謎の質問を投げてきた。一体何を意味しているのか?それは自分とグレイを脱出させるために呼び出した乗雲(クラウィド)を自分の元に集め出した後の行動で発覚する。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)!」

 

そう口にすると、シエルたちの前方の足元に用意してあった雲が突如10個以上に分裂し、別たれた雲たちはそれぞれ自分たちとシュガーボーイを囲むようにしてランダムの位置に配置される。床のみでなく、壁やアトラクションの一部。そして方向も内側に設置された踏み台のような形で。

 

「な、何だこりゃ!?」

「んーー…?」

 

唐突に起きた光景に、グレイもシュガーボーイも動揺を禁じ得ない。この雲が一体何なのか、シエルが何を狙っているのか、よむことが出来なくて理解が追い付かないと言える。

 

「行くぞ!」

 

そして声を張ると共に目の前にある雲に思い切り乗ると、しっかりとした足場になっていたはずの乗雲(クラウィド)は、まるでゴムのような瞬発する柔らかさを持ったようにシエルの足を沈める。そして元に戻る際にシエルの体を跳躍させた。

 

「『雲台跳躍(トランポリン)』!!」

 

飛び跳ねたシエルに驚いた様子の二人をよそに、シエルは飛んだ先にある壁に貼った雲に着陸して再び沈む。そして雲によって再び跳ねて、また別の雲に。それを使って跳ねて更に別の雲へと、次々と飛び移る。

 

「何を…するつもりなんだ…?」

 

味方であるグレイでさえ、シエルの行動が読めない。敵であるシュガーボーイはそれ以上だろう。ジャンプと三半規管。今、縦横無尽に雲を使って飛び回っているのがそれらを必須項目としている。それは分かったが、これによってシュガーボーイを攻略できるのか、と言う疑問が浮かぶ。

 

雷光(ライトニング)…!」

 

「ん!?」

 

無限に続くと思われた雲を使っての跳躍移動。シュガーボーイの後方左の雲に飛び移ろうとした瞬間、右手で雷の魔力を握り潰してその身に纏う。そして跳躍した勢いそのままに一瞬でシュガーボーイに肉薄して彼の左脇腹に右の肘打ちを打ち込んだ。

 

「んぐっふぅ!?」と言う悲鳴を上げながら、シュガーボーイはシエルと共に勢いよくアトラクションの一つへと突っ込んでいき、その影響で轟音を発生させた。

 

「す、すげぇ…!けど、シエルの奴大丈夫か!?一緒になって吹っ飛んでったが…」

 

状況の理解が追い付かないまま敵と共に飛んで行った少年の身を案じ、グレイはすぐさまその方向へと駆け出した。雲を踏むと弾力で跳ねてしまうので、避けるように気を配りながら。そして向かった先には、一部を貫通しながらアトラクションを破壊した跡の途中で、うつ伏せになって倒れているシエルの姿。

 

それを目撃して息を呑んだグレイは彼の名を呼んですぐさま駆け寄る。やはり勢いをつけた自爆特攻に等しい今の攻撃は、彼自身にも大きく負担がかかったのでは?嫌な予感を感じ、すぐさま彼の安否を確認しようと体を抱える。

 

「シエル!おい、シエル!しっかりしやがれ!!」

 

そしてうつ伏せになっていて見えなかった顔を見るために、身体を回してシエルの顔を見れる状態にする。そしてその少年の顔は…。

 

 

 

「はらほらくらら~~…」

 

「動き回って目ぇ回してんじゃねーか!!」

 

青くなっていて、目が回ったのかグルグルの模様がついているように見える状態になっていた。懸念があらぬ方向に裏切られて、思わずグレイは声をあげてツッコんだ。

 

「あ…グレイ…どう、見た…?一撃食らわせた、よ…」

 

「その一撃を食らわせるための代償が妙に重いだろ!!まるっきり自滅してんぞ!」

 

「けどその分…威力はあったでしょ…?それに慣れると…思ったより楽しい、し…うっ…!グレイもやってみなよ…?」

 

「ゼッテーやらねー!!」

 

グレイのツッコミを聞いて彼が追い付いてきていたことに気付いたシエルが、未だに戻らぬ視界にクラクラしながらも、若干弱々しくなっている声でようやくシュガーボーイに確実な一撃を与えることに成功したことを語る。だが、方法を見て、その結果も目撃したグレイはその後に続こうとは思えなかった。全力で遠慮した。

 

「でもまあ…確かに威力はとんでもなかった。あんだけぶっ飛んだならもう動けねぇだろ」

 

極限まで速さと瞬発をあげた上での死角からの攻撃。その結果がアトラクションをも吞み込むほどの規模。魔力が内包されているおかげで耐久力を高められるアースランドの人間ならともかく、全員が魔力を持たないエドラスの人間が受けては、ひとたまりもないだろう。

 

そんな予想をグレイが口にしていると、突如何の前触れもなく、今いる周辺にあちこちから植物の根が突き出て、辺りのアトラクションを縛り上げる様に伸び出した。

 

「今度は何だァ!?」

 

「これって…確かミストルティン…!?」

 

突如として起きた謎の現象を目にして、グレイはまだ自力で動けそうにないシエルを抱えてその場から全速力で避難。視界だけは回復してきたシエルは床を突き破って伸び始めている植物たちの正体に心当たりを見出して反応を示す。兄が操作する神器の一つに、この光景を生み出していたものを思い出しながら。

 

先程まで自分たちがいた部分は根が行き渡っていなかったため、どうにかその場所まで戻ってきたことで無事を確保できた。焦りのあまりに駆け出していた為、グレイは何度も呼吸を繰り返して息を整えている。そして、先程まで自分たちがいた場所…及び周辺付近以外の光景を見渡して、完全に回復したシエルも、落ち着いたグレイも思わず呆然となった。

 

「うわ~、もう元に戻せないなこれ…」

 

「城の中と言い、ここと言い、どんだけ暴れまわるつもりだ、ペルの奴?」

 

見るも無惨な光景にされた遊園地。その光景を引き起こした張本人と思われる兄に対してのグレイの言葉を聞いた時、シエルはここに来る前にしていた兄の話を思い出す。兄が元々エドラスの存在を知っていたこと、エドラスによって大切な少女が消えてしまった可能性が高いこと、そして兄がその仇を討つためにこの世界を滅ぼそうとしていること。

 

改めて考えても、まだ答えは浮かんでこない。目の前の事に集中しよう、と自分に言い聞かせながらシュガーボーイと対峙こそしていたが、落ち着いてその問題に改めて直面するとまだ迷いが晴れない。

 

「けど、ただでさえシエルにぶっ飛ばされた後にこの崩壊だ。あの野郎も無事じゃ済まねぇはず…」

 

崩壊した遊園地に半ば溜息混じりにグレイが呟いていると、奥の方から何かの物音が聞こえた。それは、先程グレイがシエルを見つけた方向と同じ…。

 

「な…!?まさか…!」

 

グレイもシエルも確信した。そして同時に驚愕もした。あれほどの崩壊に巻き込まれたというのに、まさか無事だったというのか…?次々と残骸の山が柔らかく変質しているのを目にしながら、少しずつゆったりと歩いてきているその影を目にして思わず息を呑む。

 

そして、左脇腹を押さえながら、そして響くダメージをこらえながらも、右手に持つ直剣で残骸を柔らかくしながら進んできていたケツアゴ金髪リーゼントの男は、その場に戻ってきた。

 

「んーー…!さっきのはかなり効いたよ…!アースランドの魔導士は、出鱈目なのが多いねぇ…。いや…この場合、君たち兄弟が…と言った方がいいかな…」

 

ダメージ自体は通ったが、倒しきるには至らなかったらしい。鎧にはヒビが入っているから十分効いているはずだ。少なくとも雲台跳躍(トランポリン)を利用した縦横無尽の動きは有効的。

 

「今度は仕留める…!もう一度!!」

 

迷っている場合じゃない。魔戦部隊の隊長を叩いておけば、自ずと魔水晶(ラクリマ)を爆弾代わりに使おうとしている国王の企みを止めることにもつながるはず。まだ設置した場所から消えていない雲にもう一度踏み込もうと駆けだした。

 

「もうその手は使わせないよ」

 

だがシュガーボーイは言うや否や、右手に持つ剣の刀身を再び伸ばし、まずはシエルが向かおうとしていた床にある雲に床ごと剣を当てる。すると必要以上に雲が柔らかくなって、床とほぼ一体の形へと変化してしまう。

 

「あっ!?」

 

シエルがその光景に思わず立ち止まってしまった間に、シュガーボーイは周囲に設置した雲たちにも同様に剣を当てて、さっきと違って使い物にならなくしてしまう。

 

「やべぇ…!一気に逆転された…!」

 

伊達に隊長を務めているわけじゃないという事か。少しばかり傾いた形勢がまたも逆転されてしまった。だが、伸びきっている刀身を見て逆に好機と判断したグレイは、両手を合わせて魔力を練り上げる。

 

氷槌(アイスハンマー)!!」

 

そしてシュガーボーイの頭上に氷のハンマーを出現させて、それで叩きつけようとするが、それを見たシュガーボーイは動じずにすぐさま刀身を戻してそれに対処する。氷のハンマーが溶けて冷たい水滴がかかる中、そこにすかさず追撃を重ねる者がいた。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

「ん!?」

 

シュガーボーイの足付近を起点として、シエルが竜巻を発生。溶けかけている氷のハンマーも巻き込んで勢いよく風が辺りに吹きすさぶ。削れた氷と水滴が辺りに飛び散り、一瞬視界がそれに埋め尽くされた。

 

「どうなった…?」

 

徐々に晴れていく氷の竜巻。その中心にいたはずのシュガーボーイは一体どうなったかと言うと…。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~~れ~~~!目が回るぅ~~~!」

 

字面の割にはまだ余裕がありそうな抑揚のない声で、何故か甲冑の胸部分を地につけながらその場でフィギュアスケート選手張りの横回転をしている最中だった。

 

「何でだぁ!?」

「そうはならねぇだろ!!」

 

この光景には思わず敵側のシエルたちも大きく目を剥いて驚愕の声を発する。そうはならんやろ?なっとるやろがい。

 

「んーー、これはこれで楽しめるけど、あまり調子に乗らせるわけにもいかないね…それっ!」

 

そして回転が徐々に収まったかと思いきや、シュガーボーイは一つ気合の声を入れると、何と胸部分の甲冑を床につけた状態で滑走を始めた。

 

「え、うわっ!?」

 

そのままシエルに斬りかかるも、すんでのところでシエルは躱す。続けざまにグレイにも同様にするが、予測していた故か、これも躱される。しかし、目の前の奇行に対して動揺が激しく、中々反撃に移すことが出来ない。

 

「何だよあれ!一体どんな原理で滑ってんだ!?」

 

「まさかあの鎧も魔科学で作られてんのか!?」

 

足から何かを噴射しているわけでも、鎧に車輪がついているわけでもないのに、まるでスノーボードのように床を自由自在に滑走しているシュガーボーイに対して、当然と言うべき疑問が二人から発せられる。二人の周辺を滑走し続けるシュガーボーイは、それに一瞬考える素振りを見せると…。

 

「オレにも分からねぇ!」

 

「そ…そうか…」

「ならしょうがないか…」

 

清々しい程のドヤ顔で言い切ってみせた。どうやらシエルの想定していた魔科学とは一切関係ないらしい。あんまりにもハッキリ言ってしまっているシュガーボーイの様子に、二人はそれ以上聞かなかった。

 

「さっきから振り回されてるな、俺たち…」

 

「調子狂うぜ…いちいち相手にもしてらんねぇってのに…」

 

妙に食えない彼の性格。そして剣自体の厄介な性能のせいで二対一なのに事態の好転が上手くいかない。こちらの想像の斜め上に持っていく彼の行動もその一因だ。彼の動きでも対処できない事態に持っていければ勝機は見えるのだが…。

 

「いや…もしかしたら…」

 

シエルには浮かんでいた。上手くいくかの確証はないが、恐らくシュガーボーイが相当な隠し玉を用意していない限り追い込むことが出来る方法が。

 

「グレイ、しばらくの間、時間を稼げるかな?」

 

「…なんか考えがあんだな?」

 

シエルの急な申し出に、今度は問いの意味を聞くまでもなく確認をするグレイ。それに首肯で答えてみせれば、グレイは笑みを浮かべながら拳と掌を合わせる。

 

「おーっし、任せときな!」

 

そしてシュガーボーイに目を向けて攻撃の態勢を構える。その隙にシエルは、合掌するような形で胸の前に手をかざし、そこに水色の魔法陣を展開して魔力を高めていく。大きく魔力を消費する代わりに天高くにも魔法を作用する際に集中する時と同じような構えだ。

 

「何をする気かは知らないけど、やらせはしないよ」

 

そしてそれを目にし、すぐさま本命がシエルであることを理解したシュガーボーイは、滑走の方向を転換し、シエルへと狙いを定めて急接近しようとする。

 

「こっちのセリフだ!アイスメイク“(フロア)”!!」

 

だが滑走で近づいてきたシュガーボーイの進路を、床を凍らせてグレイが覆う。このまま進めば、滑りやすくなった氷の床を思い通りに進むことは出来なくなる。だが、彼に焦りはない。手に持つ剣がその焦りを払拭してくれるから。

 

「どんなに凍らせたって無駄だよ?このロッサエスパーダ・改なら!!」

 

そうして迫りくる氷を柔らかくしながら強行突破しようとするシュガーボーイ。だが、柔らかくなった氷の上を通った瞬間、彼は違和感を感じた。突如進んでいた方向とは別の角度に傾き始めたのだ。

 

「ん?」

 

「柔らかくても性質は変わらねえ。『氷の床は滑りやすい』って性質はな!!」

 

彼にとっては想定外だったのか、体勢を立て直すこともままならないままそのまま滑ってアトラクションの残骸へと突っ込んでいった。

 

「更にダメ押しだ!氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

 

さらにシュガーボーイが滑って行った方向目掛けて両手を叩きつけ、床から間欠泉のように氷を突出させる。それが迫りくる中これまた焦りもしないで剣を伸ばして突き出し、ダメージを通さない。

 

「君も懲りないねぇ…“アイスボーイ”」

 

「変なアダ名付けんじゃねー!!」

 

ちょっとしたコントのようなやり取りもまじえながらも、シュガーボーイは伸ばした剣をシエルへと突き出し、その度にグレイが魔法でシエルに行き渡らないように一瞬のものとは言え防壁を作り出していく。氷自体は柔らかくなってしまうが、一瞬の勢いまでは殺せない。今しばらくの防戦一方ならば、こちらに分があると言う訳だ。

 

「(まだか…シエル…!!)」

 

だが、内包する魔力にも限りがある。連続で魔法を使っているおかげで、グレイ自身に疲労の色が見え始めているのだ。このままでは彼に限界が訪れて、その隙を突かれて二人揃ってやられてしまう。

 

だがそれよりも早く、シュガーボーイはグレイの隙を突いた。

 

「お疲れのようだねアイスボーイ…。そのおかげで…そら!!」

 

鞭のように剣をしならせて、グレイの後ろに渡っていた刀身で彼の背後から叩いてみせると、予想外の方向からの攻撃に、思わずグレイは倒れこむ。

 

「しまった…!!」

 

「残念だったね!これで終わりさ、シエル…いや“ウェザーボーイ”!!」

 

エドラスのシエルとの混合を防ぐために叫んだ妙なアダ名に反応する余裕もなく、グレイを通り越してシュガーボーイの伸ばした刀身がシエルへと襲い掛かる。危険を知らせるために彼の名を叫ぶも間に合わない。

 

 

 

そして伸びた彼の剣が、目を閉じて集中していた様子のシエルの胸を突き刺した。それに対して手応えを感じたシュガーボーイがニヤリと口に弧を描く。しくじった。グレイがシエルをみすみす攻撃させたことに後悔をしていると…。

 

 

 

 

剣を突き刺されたシエルが前触れもなく霧状となって消えた。

 

「そいつは蜃気楼(ミラージュ)。偽物さ」

 

「んなっ!?」

 

そしてそれと同時に、二人の横の方角にある残骸となったアトラクションに乗りながら、幻影同様に魔力を練り上げていた本物のシエルが得意気に笑みを浮かべながら口にした。それを理解した二人の表情は丁寧に逆転。シュガーボーイは自分が騙されていたことに驚愕と絶望を覚え、グレイは心の底から安堵した笑みを浮かべた。

 

「サンキュー、グレイ。おかげで、準備完了だ…!!」

 

すかさずシュガーボーイが伸びた刀身でシエルを斬ろうと動かすも、既に高め終えたその魔力を放出するのみに終わったシエルに、その攻撃が届くことはなかった。

 

吹雪(ブリザード)気象転纏(スタイルチェンジ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀ノ闇世界(ホワイトアウト)…!」

 

シエルがその技を告げた瞬間、シュガーボーイは己の目を疑った。瞬く間に広がる吹雪。目の前の光景すら覆い尽くす銀幕。急速に体温を奪われていくのを感じながら、シエルの姿も、グレイの姿も全く見えなくなってしまった。

 

「こ、これは…!」

 

「多少時間が掛っちまったが間に合ってよかった。これでお前はもう、自分から迂闊に攻撃することができなくなったはずだ」

 

視界が全く役に立たない、一面の銀世界を生み出す猛吹雪。あまりの勢いに、油断していると鎧に身を固めた己の体さえ持っていかれそうだ。そんな中、雪の中に紛れている敵の姿を捉え、ロッサエスパーダ・改を伸ばして攻撃を与えるのは至難の業。シエルの狙いはシュガーボーイのリーチの長い攻撃をさせない為。それには彼自身の認識範囲を狭めること。これで迂闊な攻撃をできなくさせたわけだ。

 

「だが読みが甘かったね…遠くじゃなくても、このロッサエスパーダ・改にかかれば…」

 

そう言いながら剣の長さをまた伸ばして振り回し、自分の周辺に降りかかる吹雪に刃を当てていく。すると無数に降ってくる雪が溶かされ、周辺の雪たちが水滴へと変貌する。その様子を見ながら、シュガーボーイは得意気に笑みを浮かべた。

 

「んーー、この通り、吹雪の中だろうと関係…」

 

だがしかし、水滴に変わった雪たちも含めて、際限なく吹き荒れる吹雪がまたもシュガーボーイの周辺を埋め尽くした。一瞬で光景が元に戻ったことで、ドヤ顔していたシュガーボーイの表情はポカンとしたものに変わる。

 

「逆だ。いくらその剣で雪を溶かそうと、この猛吹雪の中では関係ないし、意味がない」

 

吹雪の中を反響するシエルの声を耳にして、ハッと納得も混じえた驚きの表情を浮かべるシュガーボーイ。あらゆる抵抗も意味を為さない猛吹雪を前に、打つ手無しだと思い知らされた。確かに猛吹雪が続いている間は何も出来ない。だが彼は落ち込みこそすれ焦りはしなかった。

 

「けど…この猛吹雪だ。オレも君たちの姿は見えないが…君たちにもオレが今どこにいるのか分からないんじゃないかい?」

 

それは、視界を封じられている条件が互いに同じである事。こちらだけが見えなくて向こうが見えるならまだしも、これ程の規模なら恐らく発動者である自分自身も満足に見えていないはず。

 

「そうなんだよなー。あまりに真っ白だから俺も今どこにいるのか分からなくなってんだよ~」

 

「あれ?なんか軽くない…?」

 

予想通り、だったのだが、何やらそれを感じさせない、さほど問題と感じていない軽い調子で返答が帰ってきたため、シュガーボーイは若干たじろいだ。この余裕は一体どこから生まれるのだろうと。そしてそれは、本人の口から明かされることになった。

 

「俺自身は見えない。だから、俺に出来る事はもう存在しないよ。それは変えようのない事実。でもね…」

 

そう言って一つシエルが区切った直後、シュガーボーイの背後から、音もなく、迷いなく吹雪の中を進み彼に近づいてきた人物が、シュガーボーイの目に唐突に現れた。

 

「アッ…アイスボーイ!?」

 

「ガキの頃からこの程度の吹雪の中で過ごしたオレなら、テメーの場所も手に取るようにわかる…!」

 

不敵な笑みを浮かべながら現れたその人物・グレイは、彼にその姿を現した瞬間、両手を合わせて至近距離から己の魔法を放とうと狙う。そうはさせまいと、彼は刀身を戻した己の剣を振りぬいて返り討ちにしようとするが、その剣の軌跡に入ったのは、身代わりの術のように脱ぎ捨てられた彼が纏っていた上着のみ。

 

この時シュガーボーイが起こした咄嗟の判断は失敗だった。奇襲に対してオートで防いでくれるように設定されたロッサエスパーダ・改を、敢えて隙を作るように振りぬいてしまったことで、グレイに肉薄されてしまった。

 

「(しまった…!間違えた…!!)」

 

そして右手と左肘に、それぞれ氷で出来た刃を装着し、懐に入りこんだ好機を逃すまいと、連続で彼に斬りかかる。咄嗟の判断を誤ってしまった後悔が表情に現れてしまっているシュガーボーイに、もう打つ手はない。

 

「『氷刃・七連舞』!!」

 

「んがぁあああっ!!」

 

流れるように繰り出される氷の刃による七連撃。それは彼が纏った桃色の鎧をも打ち砕き、彼の身体を空中へと放り出す。

 

「あいつの意図はすぐに分かった。味方が誰も動けなくなっちまうような魔法を、意味もなく使う訳がねーからな」

 

役目を終えた氷の刃を解きながら、グレイは堂々とそう告げる。対してシュガーボーイはボロボロになりながらもまだ戦意を失っていないのか、握りしめている剣を使ってうっすらと見えているグレイを狙おうとする。だがその直後、吹き荒れていた吹雪の動きが急激に変化を起こした。

 

先程まで無差別に際限なく吹き荒れていた雪たちが、一か所に集まるように流れ出した。不自然な動きを見せている雪たちに疑問を浮かべながら、シュガーボーイもグレイも思わず雪たちが流れる方向へと目を向けてみる。

 

それを操るのは勿論シエル。そして彼の後方に、一帯を覆い尽くしていた猛吹雪の雪たちが集まりだし、徐々にその形を巨大な球体へと変えていく。突如出来上がっていく巨大な球体に二人とも驚愕を禁じえず、目を見開いてそれを目の当たりにしている。

 

「もういっちょ…気象転纏(スタイルチェンジ)…!!」

 

肘を曲げた状態で両手を頭の近くに持っていく姿勢を保ちながら、無数の雪の集合体を作り上げていくシエル。最初に球体を形作っていたものに、さらに上部に一回りだけ小さいほどの巨大な球体をもう一個作り上げる。とてつもなく巨大だが、その形には非常に見覚えがあった。

 

「『大雪男(スノーマン)!!』」

 

そう名付けられたそれは、とてつもなく巨大な雪だるま。戦いの最中に何故こんなものを作り上げたのか。最初、グレイはその考えが過ったが、シエルが意味もなく行動することは考えにくい。戦いにおいて何かを意味するものがあるはず。

 

「(このデカい雪だるまに、何か秘密があるってことか…!?)」

 

「これで本当に…終わりにしてやる…!」

 

魔力を相当使ったのか、シエルの顔に疲労が見える。だが、手負いとなったシュガーボーイには、あれほどの質量の雪だるまから繰り出される攻撃を避ける自信がない。自慢の剣で柔らかくするとしても限度がある。

 

「や、やめろ…やめるんだ、ウェザーボーイ!!」

 

「行っけぇーーーッ!!」

 

シュガーボーイの制止の声も聞き入れず、シエルの声に従って、巨大雪だるまが動き出す。その大きな巨体を傾けて、シュガーボーイの方へと倒れこんでいく。

 

「あ…ああ……!ああああーーーっ!!?」

 

あまりの恐怖で何も抵抗する素振りさえ見せない彼の叫び声が響く中、その巨大雪だるまは…。

 

 

 

 

「『ただの圧し掛かり(ボディプレス)』!!!」

 

無数の雪の集合体と言う点を生かして、質量に身を任せた圧し掛かり…と言うかただただ巨大な雪だるまをシュガーボーイの真上から押し付けた形に終わった。

 

「何の捻りも工夫もねぇ力押しだったぁーーー!!」

 

あれだけ大がかりな準備をしておきながら、披露した結果はまだかの力押し。予想の範疇をある意味遥かに超えた攻撃方法に、グレイの今日一番のツッコミが入った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

大量の雪の中に、狙ったのか偶然か顔だけが雪の端っこから無事に出ている状態で身動きが取れなくなったシュガーボーイ。恐らく溶けるまでは全く動くことが出来ないだろう。持っていた剣も近くにあるとは思うが手から離れているようで、せかせかと雪を柔らかくして脱出することも出来ない。

 

「しかしいいのか?こいつ相手に、結構魔力使っちまったんじゃねーのかよ?」

 

「どうだろ…出来るなら温存したかったのは確かだけど、性格と外見に似合わず手強かったし、負けるよりはいいかなって…」

 

シュガーボーイ一人を倒すのに二人がかり。それもシエル自身が大幅に魔力を消費してようやくの勝利だ。何とか下せはしたが、これで王国の作戦が成功してしまったら全て水の泡。何とかそうならない事を祈るしかない。最後の最後に神頼みと言うのも情けないが…。

 

「シエルー!!」

「グレーイ!!」

 

すると、壊れたアトラクションの合間を潜り抜けて駆け付けて来たのか、ナツとルーシィ。そしてペルセウスと、見慣れない犬のような顔をした少女がこちらに駆け寄ってきた。少女は足を怪我しているらしく、ナツがおぶっている。

 

「兄さん!みんな!そっちは無事?」

「何とか全員な」

「ヨユーだよヨユー!」

「何がヨユーだよ。ボロボロじゃねーか」

「ああ!?」

「はいはい、ケンカは後にして後に」

 

ひとまず無事だったことに対して互いに喜び合い、ナツとグレイはいつものようにケンカに発展しかけるも、ルーシィによって止められた。魔戦部隊隊長は二人とも撃破できたらしく、ついでに幕僚長のバイロと言う老人も下したとのことだ。

 

「で、こっちの子は誰だ?」

 

「王国軍の人間だ。が…何やら向こうと揉めたみたいでな。ひとまずは敵じゃない。今はな」

 

犬顔の少女・ココの事が気になったらしいグレイからの問いに、ペルセウスが未だ半信半疑と言った様子で簡単に説明をする。今すぐ敵対の必要がないとはいえ、ペルセウスから見ればまだ油断できない存在のようだ。

 

「(シュガーボーイもやられた…!何て強さなんだろう…!!これが…アースランドの…!!)」

 

そんな少女は、ヒューズ、バイロに続いてアースランドの魔導士に敗れたシュガーボーイを目にし、ただただ驚きを現した。エドラスにおいて魔戦部隊の隊長は世界中の魔導士と比べても上位に君する実力者揃い。それが揃いも揃って敗れていくのは少なからず衝撃だった。

 

「ねえ君…それ、一体何?」

 

「え?あっ…これ…」

 

ナツにおぶられているままのココが、何かの鍵らしきものを持っているのを見たシエルが、気になったのか尋ねてみると、少しばかり答え辛そうな表情を一瞬みせた後、決心したようにシエルの方を見て答えた。

 

「これは…あなたたちの仲間が死んじゃう装置の鍵…!」

 

「何だそりゃ…!?」

「それって…魔水晶(ラクリマ)をエクスタリアにぶつける為の…!?」

「あ!あいつが言ってた鍵って、こっちかー」

 

ココの告げた鍵の正体に、声に出したナツたちを含めて、全員が驚愕を露わにした。ウェンディが説明をしていた、マグノリアにいた人たちから変えた魔水晶(ラクリマ)を滅竜魔法を使って加速させ、エクスタリアにぶつける為の装置。その起動の鍵が、今ココが持っているものだそうだ。

 

「成程。だからあのじーさんが血眼になって取り返そうとしたわけか…。偽物と言う線もなさそうだ」

 

「つまり、この鍵を壊せば、魔水晶(ラクリマ)使った攻撃も止められるんだな?」

 

一瞬何故彼女がその鍵を持っているのか、その鍵が本物なのか疑いはしたが、少し前に対峙したバイロが、必死になって鍵を取り返そうと躍起になっていたのを思い出し、彼の様子から、彼女がどうやって手にしたかまでは不明だが本物の可能性が高いと踏む。そして続くように、グレイもこの鍵がどのようなものであるか理解したようだ。

 

「いいの?俺たち、仲間を助けられればそれでいいけど、これって裏切りに…」

 

エドラス王国が全てを賭してでも手に入れようとしている永遠の魔力。それを手にするための作戦を台無しにしようとしていることに、敵側でありながらシエルは問いかける。自国の未来を捨てる選択をした彼女に躊躇いはないのか。だが、彼の言葉に「いいの!」と被せるように、迷いを振り切るように叫んだことで、シエルは言葉を途切れさせる。

 

「私は永遠の魔力より…みんなと仲良く暮らしたいよう…!」

 

魔力溢れる理想の世界を捨ててでも、今失われようとしている友を助けたい。魔力が満ちていることが幸せじゃなく、一人や二人でも、心から信頼できる…大好きな人と一緒に過ごせる世界こそが、本当の意味で幸せな世界。涙を目元に溜めて、それに気付けた少女は告げた。そして懇願する。国を裏切ってでも、歩みたい未来のために。

 

「だから…この鍵、壊して…!お願いします…!!」

 

涙が零れ落ち、懇願する様子のココの姿に、思わず言葉を詰まらせてしまうアースランドの魔導士たち。その硬直から最初に抜け出したのは、恐らく彼女と一番年が近い少年のシエル。

 

「よかった。エドラスにも…王国にも…君みたいに、本当に大事な事に気付いて、こうして動ける人がいて」

 

王国に仕える者たちは、全員が全員、自分たちが豊かに暮らせるなら他者の命など度外視している者たちばかりと思っていた。だが、目の前にいる涙する少女は違う。最初こそ永遠の魔力を理想的と感じただろう。だが、その為に友が失われることを知った時、長く葛藤しながらも彼女は友を選んだ。

 

エドラスから見れば紛れもない裏切りだろう。だが、仲間を何より慮る自分たちにとって、彼女のこの決断は自分の事のように喜ばしいことだ。そしてそんな彼女が、結果的にだが自分たちの仲間を助ける手伝いをしてくれている。

 

「凄く嬉しいよ。本当にありがとう」

 

純粋な満面の笑顔を向けながら感謝の言葉をココに向ける。涙を流していたココは目を見張り、目元に浮かべていた涙も止まる。思ってもみなかった言葉を聞いて、彼女は大きな衝撃を受けた。

 

今、ココの目には、シエルの笑顔がとても輝いて見えていた。

 

「ナツ、鍵を壊すの、任せてもいい?」

 

「おーし!任されたぞ!」

 

ココを一旦背中から降ろして彼女から鍵を受け取ると、それを壊そうとナツが拳に炎を灯し始める。これでひとまずは、魔水晶(ラクリマ)のみんなに迫る危機から遠ざけることが出来るはず。

 

「ま、待て…!ダメじゃないか、ココ…!そんな大事なものを…敵に渡しちゃ…!」

 

「シュガー…ボーイ…!」

「こいつ目ぇ覚ましたのか!?」

 

その時、雪に埋もれたままになっているシュガーボーイが目を覚まし、鍵をナツに渡したココに、かすれた声でそう声をかける。だが、今更彼が何を言おうと、誰も鍵の破壊を止めることは出来ない。

 

「気にすることないよ。ナツ」

 

「おお!」

 

仲間たちの誰もが鍵を必要としない為にナツは遠慮なく鍵を壊そうとその拳を撃ちつける。だが、一発で壊れると思っていたのに鍵はビクともしていない様子だ。

 

「あれ?」

 

「ふ、ふふふ…!だが残念だったね…その鍵は、ちょっとやそっとで壊れるような代物じゃ…!」

 

思わず疑問の反応をあげるナツに、首だけ出しているシュガーボーイが不敵に笑いながら説明を告げる。どうやら相当強度の高いものなのだろう。思ってもみなかった障害にナツは顔をしかめると…。

 

「おらおらおらおら!!」

 

「人の話聞きなよ、ホットボーイ!?」

 

シュガーボーイの説明の途中に連続で右の拳を鍵に撃ちつけていく。ココもポカンとした顔で眺めているが、仲間はみんな気にした様子はない。だってこれがナツの平常運転だから。

 

だが何度も殴り続けていくうちに、竜の紋章が象られた持ち手の部分に、僅かだがヒビが入った。

 

「お?」

「ヒビが!」

「壊せそうだな」

 

「んなぁーっ!!?」

 

かなりの強度があったはずの鍵が壊されそうになっている。その事実を目の当たりにして、アースランド側には笑顔が、シュガーボーイには驚愕と焦燥が浮かび始める。

 

「ナツ、その調子よ!」

「さっさと壊しちまえ」

「わーってるって!よーし!」

 

「ウワァー!!待て待て!待つんだ!壊しちゃいかーん!!」

 

順調に破壊できそうな雰囲気に盛り上がるナツたちだが、要所要所で叫び声を挟んでくるシュガーボーイに、無視してしまえば済む話だが、いい加減鬱陶しく感じてきたナツたちは顔をぶすっとしながら文句を告げた。

 

「何だようっせーな」

「今更何言ったって、あんた、何が出来んの?」

「こっちは仲間の命がかかってんだ。もうぶっ壊すのは決まってんだよ」

 

「いいから待て!そして話を聞け!その鍵は君たちにとっても必要なものなんだ!!」

 

必死になって止めようとする姿に最早呆れ果てかけていたが、最後に叫んだ言葉に全員が疑問を向けた。

 

「それ、どういう事?」

 

「と、とにかくまずはその炎をしまうんだ、ホットボーイ!!」

 

「質問してるのは俺だ!一分で説明しろ、でないと鍵を壊すぞ!」

 

「ぐっ…わ、分かった…!!」

 

その中でシエルが真っ先に尋ね、ナツの炎を消そうとしている彼の頼みを遠回しに却下することですぐさま催促する。鍵を盾に取られて口ごもるシュガーボーイだったが、壊されるわけにはいかないとその催促に応えた。

 

竜鎖砲―――。

ナツたちから取った滅竜魔法を濃縮して撃ちだす魔法であり、魔水晶(ラクリマ)の土台に打ち込み、エクスタリアにぶつけることも出来るが、滅竜魔法を濃縮したこの魔法を魔水晶(ラクリマ)自体に撃ち込めばどうなるか。それは今存在しているグレイとエルザが物語っている。

 

グレイとエルザが変えられていた魔水晶(ラクリマ)にガジルが滅竜魔法をぶつけることで、二人は元に戻った。同じ滅竜魔法が込められた弾で魔水晶(ラクリマ)を撃てば、当然その魔水晶(ラクリマ)に変えられた人たちは元に戻る。つまり、魔導士たちも市民も助けられる。

 

「んなモン無くても、オレが元に戻せるっつーの!!」

 

「いざとなったらウェンディもいる!」

 

「ついでにガジルもな」

 

何故かナツが怒りながら、そして何故かシエルが鼻を鳴らしながらそれぞれ自信満々と言った様子で宣言する中、忘れられているような気がしてペルセウスが補足を挟む。三人も滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がいるなら、確かに竜鎖砲を使わずとも元に戻せるから不要だろう。

 

「何日かかるか知らねえだろ…?」

 

だが、シュガーボーイはニヤリと口元を歪めて告げる。明日になれば魔水晶(ラクリマ)の魔力化が始まり、エドラスの魔力となって空気に流れる。王国の作戦は、そうなる前にエクスタリアにぶつけること。三人もいれば確かに何人かは助かるだろう。

 

「だが全員は助からない!全員を助けたければ、君たちはこの鍵を壊してはいけない!!」

 

ここで妖精の尻尾(フェアリーテイル)は究極の選択を強いられることになった。全滅の可能性もあるが、仲間を全員助けられる可能性もある道と、確実に何割かを助けて、残った方を見捨てる道。しばし迷うような素振りを見せる一同であったが、彼の話を聞いて全員が方向性を固めた。

 

「ナツ、壊すのは一旦中止だ!みんなを助けられなくなる!」

 

「わ、分かった!」

 

全員を助ける為の賭け。それを決めて反対するものは誰もいない。シエルがすかさず鍵の破壊を中断するようナツに告げ、ナツ自身も落として壊さないようにしっかり両手で鍵を抱えた。

 

 

 

 

 

右手の炎を出したままで。

 

「「手の炎は消せーっ!!」」

 

思わずシエルに加わってルーシィもその行動にツッコミを入れる。ただでさえ炙ったりしたらヒビに作用したり変形したりする可能性があるのに何やってるんだと。

 

「壊しちゃいけないのよ!?なに壊そうとしてんのよアンタ!話聞いてた!?」

 

「だから壊さねぇように持ってんだろーが!」

 

「だったら炎を消せって!そんな手で持って劣化でもしたら装置が起動しなく…!」

 

まるで話を理解しているのか疑わしい様子のナツを責め立てながら手の炎を消すように迫る一同。ペルセウスまで焦りを見せて止めようと加わってるほどだ。ナツは少し焦りながらも周りの言う通りに左手に灯していた炎を解くとともに…

 

 

 

 

 

 

つい力が緩んで鍵から手を放してしまった。

 

「あ」

『え?』

 

その瞬間は…周りにはスローに映っていた。目の前の光景が信じられなくて、ほぼ全員が固まってしまっている。誰も咄嗟に動くことが出来なくて、重力に従って床へと吸い寄せられていく鍵を見ていることしかできない。そして…。

 

 

 

 

 

床に接触すると同時に、金属の破裂する音を響かせるとともに、鍵は木っ端微塵に砕け散った。

 

 

『ああああーーーっ!!!』

「鍵ーーーー!!!」

 

ほぼ全員の絶望の叫びと、信じられないといった様相のナツの叫びが辺りに響き渡る。やりやがった。絶対にやってはいけない事をやりやがった、こいつ。

 

「何つーことしてくれてんだナツゥ!!」

 

「これでみんな助けられなくなったらどーすんのよぉ!!」

 

「わざとじゃねーよ!さっきまで壊さなきゃいけなかったもんを急に壊しちゃいけねえって言われたら混乱するだろーが!!」

 

「そんな言い訳が通用するような状況だと思ってんのか!?いくらお前が日頃からバカとは言え、ここまでのバカだとはさすがに思わなかったぞ!!」

 

続々とナツを非難して責め立てる仲間たち。相当な怒りが伝わってくるものの、ナツ本人にとっても不服としか言いようがない物言いをしてくる為に、さすがに我慢できなくなっていた。

 

「オレばっかのせいにすんじゃねーよ!そもそもシエルが最初に鍵壊せって言ったから壊そうとしたんじゃねーか!!」

 

「一旦中止とも言っただろーが!責任転嫁すんなァ!!」

「ぐぼぉ!?」

 

怒りのあまりにシエルにも責任を負わせようとしたが、擦り付けられた本人から左頬に右ストレートを喰らう。

 

「アンタがいつもいつも気を付けないから大事な時にも余計な苦労がかかるんでしょーが!!」

「ごへぇ!?」

 

お次にルーシィから背中に飛び蹴りを食らわされる。いつも振り回されてる鬱憤晴らしも兼ねているのだろう。

 

「こーなったら責任もってみんなを戻せ!徹夜で戻せ!魔力が枯れ果てても全員戻るまで続けるんだぁ!!」

「がぁあぁあっ!!?」

 

更にはペルセウスから腕をガッチリ固められて肘や肩を極められるアームロックを食らわされる。肉体的にも精神的にも仲間からフルボッコにされてさすがにナツが可哀想に見えてきた。それ以上はいけない。

 

「ば、バカー!」

「何でだっ!?」

 

そして今の今までただ慌てているばかりだったココからにまで、脳天に両手のチョップを受ける羽目に。特に怒っているように見えない為、多分空気の流れで取った行動なのだろう。性格に似合わぬノリの良さが見えた気がした。

 

「し、信じらんねぇ…!ハッタリなんかじゃなかったんだぞ!?何やってるんだホットボーイ!!」

 

そして仲間内のみならず、一番絶望しているであろうシュガーボーイからも非難の声が上がる。色々な意味でフルボッコにされたところに言われたことで、ナツの表情に更なる怒りが乗りかかった。

 

「ああ!?そもそもテメエが早くみんなを元に戻せるって言わなかったからこーなったんだろーが、ケツアゴ野郎ー!!リーゼント燃やすぞコラァ!!」

 

「んががががが!!や、やめろぉ!髪は…自慢の髪だけはやめてくれぇ…!!」

 

両手で彼にリーゼントを掴みながら前後に振り回し、怒りのままに叫ぶナツ。大事な髪型を失いそうになった恐怖からか先程よりも弱々しさを感じる声でシュガーボーイは懇願した。

 

この場で口論しても仕方がないが、みんなを助けられそうだった方法を一つ失ってしまったことで全員の空気が重くなってしまっている。どうしよう…。そんな心の声が一つになりかけた時、この場で唯一怒りも取り乱しもしなかった人物が声をあげた。

 

「落ち着けよお前ら。まだみんなを助けることは出来るぜ」

 

それは、本来であれば一番この場のナツに文句を言うはずであるグレイだった。そう言えば妙に落ち着いている。何か理由があるのだろうか?そんな気持ちで仲間たちが顔を向けると、両手を合わせたグレイが氷であるものを作り上げた。

 

「忘れたのか?オレは氷の造形魔導士だぜ。何でも作れる」

 

それは、先程砕けてしまったものとまるっきり同じ鍵。氷で作られたものではあるが、形自体は完全に一致している、竜鎖砲の鍵だった。

 

『おおーーーっ!!』

 

絶望気味だった空気は一変。喜色満面の表情を浮かべるアースランドの魔導士たちの歓声が響き、鍵の所有権が本当の意味で敵側に移ったことを悟ったシュガーボーイは、自国の大失態を目に焼き写した後、敗北感を味わったまま白目を剥いて気絶した。




おまけ風次回予告

ルーシィ「敵の幹部みたいな奴等も三人倒したし、みんなをすぐに戻せる方法も見つかったし、いい感じじゃない?」

シエル「けど、肝心の兵器がどこにあるのか、あと警備体制とか、細かい問題は残ったまま。その辺をどうにかしないとぬか喜びになっちゃう」

ルーシィ「あ、それもそうね…。空の上にある魔水晶(ラクリマ)を狙う訳だから、空を飛ぶ手段も必要だし」

シエル「俺の乗雲(クラウィド)を使えば、みんなを乗せて飛ぶことは出来るけど…」

次回『終焉の竜鎖砲』

ルーシィ「ナツが顔を青ざめて首を横に振りまくってるんだけど」

シエル「…今回ナツのせいで危うく救出失敗になりかけたし、罰ぐらい受けてもらおうか」

ルーシィ「そうよね。まだ生温いけどそうしましょ」


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第93話 終焉の竜鎖砲

ちょっと危なかったけど間に合いました!!
ワンシーン程カットしてますが、それは次回に移します。←

そしてこの更新で、小説書き始めてから二年が経ちました。あっという間!!まだエドラス編なのがビックリ!!来年天狼島終わってないかもしれない!!←

取り敢えず一話一話を長く書くように努めて…第100話あたりでエドラス編が終わるのが、目標であり理想、ですかね…。


「バイロ様、ココ様両名の姿がモニターに映りません!」

「通達した部隊との通信、繋がりません!全滅した可能性が…!」

「E-LAND内のモニターの復旧不可能!やはり映像魔水晶(ラクリマ)が破壊されたかと!」

「入り口前のモニターのみ復旧しましたが、ほぼ真っ白で何も映っておりません!」

 

魔科学研が在する研究室内で、次々と巻き起こる映像のトラブル。魔水晶(ラクリマ)が破壊されたらしく一切その映像を映さなくなってしまったものや、白い何かに覆われて全く様子が映らないもの、映っていても探している鍵を所有している者たちが一向に映らなかったりと、どれも空振り続きだ。

 

「破壊される前の映像記録に映っていたこのツル…E-LANDごと映像魔水晶(ラクリマ)を壊したのか、兄貴、いや…ペルセウス…!!」

 

周りの研究員が混乱して対処しきれない中、残されている情報すべてに目を通して今の状況を打破しようと頭を巡らせるのは、魔科学研の部長の座についているエドシエル。だが、そんな彼をもってしても、現状で判明できているのは記録されていた映像が途切れる直前に映った、不自然に動く植物のツル。

 

そのツルを操作していたと思われる、異世界における己の兄にあたる人物の姿が頭に過り、彼の表情は更に険しいものに変わる。普段どんな時も感情を荒げたりはしないはずの彼がこれほどまで苛立ちを見せているのも珍しく、近くにいる研究員たちは、エドシエルが相当頭にきていることを察知して恐々としてる。

 

「(コードETDを実施するには竜鎖砲は必要不可欠。それを起動するためには専用の鍵が無ければ不可能…だと言うのに、何をしているのか理解できていないのか…ココの奴…!!)」

 

周りを恐々とさせる程に彼が不機嫌を現している理由は至極単純。エドラス王国の悲願とも言うべき永遠の魔力を手にするための一手を、アースランド側のものではなく、味方であるはずのココが奪い取って逃走を続けていること。裏切りにも等しい行為を何故行えるかが理解できない。

 

「このままでは埒が明かん…。E-LAND周辺以外の映像にココの姿は?」

 

「見当たりません…!」

 

「と言う事はE-LAND内で潜んでいる可能性が高いな。アースランドの者共も含めて…。鍵を壊されるという最悪の事態が起きていないといいが…」

 

これまでの苦労をすべて無に帰させる結果だけは避けたいところ。一番いる可能性の高い遊園地の区画へ自ら向かおうと立ち上がる。ここを見つけ出し、鍵を絶対に取り戻さねば。

 

「あ!シエル部長!こちらのモニターを!」

 

「ココが見つかったか!?」

 

「いえ、ココさんではなく…!!」

 

研究員の一人が確認していたモニターの一つをエドシエルに指し示すと、そこに映っていた場所と人物たちを見て、思わず彼は目を見開いた。

 

「あいつ…!」

 

純粋な驚愕を現した表情。そこに映っていたのは…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時は少し遡り…竜鎖砲の鍵をグレイの魔法で再現することで、使用権を完全に手にした喜びもそのまま、シエルたちは魔水晶(ラクリマ)にされた仲間たちを助けようと動き出そうとしていた。

 

「よっしゃあ!そんじゃ鍵使ってみんなを元に戻すぞー!!」

 

グレイが鍵を作れるという事で奪われる心配もなくなったことを理解したナツが、戦闘だって仲間を助けようと駆けだした。しかし…。

 

「ちょっと待ちなよ」

「ぐぅえっ!?何で止めんだよっ!?」

 

そんなナツを彼が常に身につけている白い鱗柄のマフラーを引っ張ることで止めたのはシエル。早いところ仲間を助けないといけないのに出鼻を挫かれたことで疑問を叫ぶ。

 

「その鍵で動く装置…竜鎖砲だったっけ?の場所…分かるの?」

 

それに答えたシエルの問いに思わず目を更に開けて「あ」と言葉を零すナツ。やっぱり。大事な事を考えもしないで勢いで突っ走ろうとしてたらしい。

 

「そう言えば…肝心の装置の場所が分からないままだったわね…」

 

「まあ、それに関しちゃ知ってそうな奴がこの場にいるが…」

 

よくよく考えれば、竜鎖砲がある場所はナツだけでなく、シエルたちアースランドの魔導士全員が存ぜぬ情報である。鍵を手にすることは出来ても場所が分からなければ使うことは出来ない。だが、幸運にも今こちらには、協力的になってくれた、王国軍だった少女・ココと言う存在がいる。

 

「えっと…あの鍵を取っちゃってから、私、ずっとまっすぐ走ってたよう。その後にお姫様とぶつかっちゃったから、多分そこに戻って真っすぐ行けば着くと思う」

 

「あ、あそこね!」

「「(お姫様…?)」」

 

そしてココからは期待通りの情報がもたらされる。初邂逅の際にルーシィと曲がり角でぶつかってしまった場所。そこに一度戻り、ココが来た方向へと向かえば竜鎖砲がある場所に辿り着くと言う事になる。

 

何やら気になる単語でルーシィを呼んだココについて、シエルとグレイが首を傾げたのは別の話。

 

「よーし、分かったぞ!じゃあ早速…!!」

「まだ待てよ」

「ぐえっ!?」

 

場所が分かったことで迷うことがなくなったナツが再び駆け出そうとするが、再びシエルがマフラーを引っ張って止めた。今度はなんだ。

 

「多分だけど、竜鎖砲の前は警備の兵士が多数いる。今の俺たちなら全員蹴散らせるかもしれないけど、正面突破はリスクも大きすぎる」

 

「何でだよ。全部ぶっ飛ばせばいいだろ?」

 

竜鎖砲は向こうの作戦の要。決して失ってはいけない装置である以上、それを守る警備の数も今まで以上だろう。今の自分たちの戦力ならそれを突破できる自信はあるが、それとは別にリスクも大きい。それは…。

 

「竜鎖砲ごとぶっ飛ばされたら本末転倒だからだよ」

 

『それは確かに』

 

「何でこっち見て言うんだ!!」

 

目の前にいる破壊の化身(ナツ)が勢い余ってその竜鎖砲も壊しかねない可能性が少なからずあるからである。鍵を壊した前科があるから尚更だ。

 

「その事なんだけど…竜鎖砲がある部屋の扉は『対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)』で出来てるから、魔法による突破は無理だと思うよう…」

 

対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)?」

「何だそりゃ?」

 

すると向こう側に詳しいココから別の情報が告げられる。『対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)』と言うのは外部からの魔法を全部無効化させる魔水晶(ラクリマ)のことであり、どんな強力な魔法も阻む性質を持っている為、魔法による力押しは通用しないのだそうだ。

 

「そんなのやってみなきゃ分かんねえだろ?」

 

「やってみてダメだったらどうすんのよ…」

 

「ナツ、もうお前シエルからの指示が出るまで動くな、おすわりしとけ」

 

「オレは犬かっつーの!!」

 

あまり話を理解していないナツが、相変わらず力押しで通ろうと考えている為、ペルセウスからまるで犬扱いのような言われようをされていることに憤慨ことに。そしてシエルはと言うと、どうすればその部屋に入れるのか考えてはいるが、魔法が通じないとなると良い案はあまり浮かばない。

 

ココが開けるように頼み込む…と言うのは、彼女が既に王国に反旗を翻したことが周知されているだろうから効果はない。魔法の余波のみを利用して強行…どの範囲までが魔法としてカウントされるかも不明の為却下。兵士をおびき寄せてその隙に侵入…も、扉を開ける方法が分からなければ結局徒労だ。色仕掛け…は多分失敗する。

 

「魔法が関係しない兵器とか生き物で扉を破壊…いや、そもそもそんなものないか…」

 

「生き物…あ!!」

 

次々と口に出しては切り捨てていたシエルが最後に呟いた項目を聞いて、ココが何かを思いついたように声をあげた。それにはシエルだけでなく、他の面々もココの方へと視線を映して注目する。

 

「だったらレギオンがいるよう!凄く体も大きくて力も強いから、扉も壁も壊せると思う!!」

 

「レギオン…?」

 

ココが提示したのは、レギオンと言う生き物を活かすと言うもの。レギオンとは、王国軍が主に空中移動の為に飼育、指導を行っている巨大な生物の事であり、王国軍の隊長や、レギオンの指導を行っている部隊などが搭乗する許可を持っている。各人に一体ずつあてがわれていて、育成の仕方にもよるが、基本主人と定めた者の指示は絶対に聞くのだと言う。

 

「もしかしてそれ、エルザ…ナイトウォーカーにもいるの?」

 

「うん!」

 

彼女の話を聞いてシエルにはレギオンについて心当たりがあった。ナイトウォーカー…エドラスのエルザが、エドラスに存在する妖精の尻尾(フェアリーテイル)に襲撃してきた時に窓の外から見えた、彼女が乗っていた巨大な生物。あれがレギオンと言う生き物だと。

 

「成程あいつか…確かにあの大きさなら、扉よりも壁を壊した方が早いかも!」

 

「お、行けそうなのか?」

 

「多分ね!」

 

光明が見えだしたような口ぶりを見せるシエルを見て、グレイがそれを察した。レギオンの力を借りることによって竜鎖砲の部屋内に突撃する。この際コソコソと動いても意味がないだろう。だが問題は、主人の指示には忠実だが、それ以外からの指示を聞いてくれるかどうか。ルーシィが不安気に呟いていると、それを拾ったココが笑顔を浮かべながら言い放った。

 

「大丈夫!私も自分のレギオンがいるから、その子にお願いするよう!」

 

「結構、上の立場にいたんだな…」

 

一般の兵士にはあてがわれないであろうレギオンを、ココもまた育てているらしい。彼らは知らなかったが、彼女は幼くして幕僚長補佐についた人物。魔戦部隊長や魔科学研部長には及ばないが、それなりに地位は高い。

 

「おし!じゃあそのレギオンってとこに…!」

 

取り敢えずレギオンを手に出来れば仲間を助けられる、と言う結論に至ったナツはそのまま駆けだ…そうとしてピタリと止まってシエルの方へと振り返る。その目に映っていたのは三度(みたび)彼のマフラーを掴んで止めようと手をさし伸ばしかけた状態で静止しているシエルの姿。

 

「お、さすがに学習したみたいだね」

 

「そりゃ何度も引っ張られりゃあな…。今度はなんだよ…?」

 

これまで二度にわたって走りだそうとしたらマフラーを引かれて止められたナツ。勝手に走り去ろうとした時に止められて首が締まる経験を何回もしてしまえば、さすがに懲りて立ち止まることを覚えたようだ。

 

「ここから二手に分かれようと思う」

 

唐突にシエルから提案された内容に、場にいる全員が首を傾げた。ここでどうして二手に分かれる必要があるのか。ココのレギオンを連れて、竜鎖砲の部屋に全員で特攻を仕掛けた方が確実なのではないかと思う者もいるが、あくまでシエルがこの行動を提案したのは万が一を考慮しての事だ。

 

確実に味方に出来るレギオンは一体のみ。もし仮に竜鎖砲の部屋の前にも別のレギオンが座していたら…?他の強力な魔法でレギオンさえも落とされてしまったら?レギオンがいると思われる空間に、別の兵士たちが警備していたら?

 

そんな万が一の際に一々後手に回ってしまってはハッキリ言って手間だ。そこでシエルが考えたのが…。

 

「ココをメンバーに入れたレギオンの確保をする班と、なるべく竜鎖砲の部屋の近場で遊撃する陽動班。陽動班に気をとられている内にココたちがレギオンを連れて竜鎖砲の部屋に突撃。その際に残りも部屋に入って、グレイが鍵を作り、竜鎖砲で仲間を助ける。取り敢えず簡単に作戦を挙げるとこんな感じかな」

 

「お、おお…?つまりどーすりゃ良いんだ…?」

 

「てめえの場合は、そのへんで暴れて、部屋の壁壊したらそこに行けってことだよ」

 

「おおっ!成程、簡単じゃねーか!!」

 

簡単に立てたシエルの作戦に全く理解が追い付かなくて顔をしかめていたナツ。代わりにグレイがナツにも分かりやすいように説明を代弁して伝えたところ、ようやく理解してくれた。自然な流れでナツを陽動班前提としたようにも聞こえるが、どのみちその方が適役なので誰も反論しない。

 

「グレイも陽動班をお願いできる?」

 

「鍵の係オレなんだが…遊撃でいいのか?」

 

「だからこそだよ。レギオンで突撃してきたメンバーに何かあると思わせて、その裏を突く。その代わり、部屋から一番近い場所で暴れててほしい」

 

「成程な。任せろ」

 

自動的に陽動班に組み込まれたナツに次ぎ、相手側の裏をかくという目的でグレイも陽動班に。鍵を作れるグレイがレギオンと共にはいらなくてよかったのかと言う疑問は、その思惑があったために納得へと変わった。

 

「で、あとは…どっちでもいいんだけど…」

 

「俺がレギオンの方に行こう」

 

残るはシエルたち兄弟とルーシィ。この3人に関してはどちらでも問題はないと思うが、数時間前まで王城内を暴れていたペルセウスは、意外にもレギオンの確保班に志願した。

 

「俺が暴れると、兵士を引き付けるどころか離れさせて、変わりにエドラス(こっち)のシエルが止めに入ってくる。そうなると思うように動けない」

 

「こっちのシエルってそんなに厄介なのか?」

 

「俺が()()()を無遠慮に傷つけられると思ってるのか…!?」

 

「それが理由かよ!!」

 

そしてその理由はエドシエルだった。倒されはしないが、どうしても己の弟に顔が重なってしまって思うように戦えない。そんな彼をおびき寄せてしまう事を考えると陽動班では足を引っ張ってしまうと言うのが彼の主張だ。まさかの理由にグレイが声をあげてツッコんだ。

 

「ココはそれでもいい?」

 

「うん、大丈夫だよう!」

 

その一方でペルセウスに一度は剣を向けられたことで、ココに彼に対する苦手意識がある事を懸念したルーシィから心配の声をかけられる。だが、意外にもここの表情からはペルセウスに対する恐怖はほぼ無くなっていた。一安心だが、なんだか不思議だとルーシィは思った。

 

 

 

最後に陽動班にはシエル、レギオン確保班にはルーシィが入り、二つの班でそれぞれ向かう事に。ココの先導でルーシィとペルセウスが向かい、シエルたち3人も、ナツが記憶を辿ってココと最初に会った場所へと駆け出していく。

 

「確か…お、ここだ。で、確か向こうから来て、ルーシィとぶつかったんだ」

 

「じゃあこの先が…」

 

覚えていられているか不安だったがひとまず大丈夫そうだ。ナツが指さした廊下の方向に竜鎖砲が設置されている部屋が存在していることになる。

 

「よし。じゃあ道すがらで王国兵を見かけたら、各自で暴れ始めよう」

 

「よーっし!燃えてきたぞ!」

「派手にやりゃ、いいんだな?」

 

少しでもココたちのレギオン確保がスムーズにいくように、各々魔力を高めて臨戦態勢に入る。一人王国兵を見つけて大技を放てばすぐさま別のところからも集まってくるだろう。混乱している状況であれば向こうも余裕はなくなるはず。3人は竜鎖砲があると思われる先を目指して通路を駆けだして…

 

 

 

 

 

行こうとしたところを、前方に鎧のこすれる音を立てながらこちらに歩いてくる人物の姿が見えた。

 

「こんな所にいたのか…」

 

疲労からか呼吸を合間に入れながら、その言葉をこちらにかけてきたのは、緋色の長い髪を持った女性エルザだ。だがその服装は、大胆な黒いビキニアーマー。エドラスのエルザが纏っていたものだ。

 

「っ!?エドラスの…エルザ!?」

「まさか……!!」

 

彼女は確か、自分たちの仲間の方である、アースランドのエルザと対峙していたはず。それがここにいて、自分たちを恐らくは探していた。と言う事は…

 

「オレたちのエルザが…負けたのか…!?」

 

信じがたい事実を証明する存在を前に、愕然としていたナツ。そんな彼が言葉を零した直後、彼はエルザによって吹き飛ばされた…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「着いたよう!お姫様、お兄さん!」

 

「こいつが…」

 

「お、思ってたより…!」

 

一方、レギオンの確保のために別行動をとっていたペルセウスたちは、ココの案内に導かれて、軍が所有しているレギオンの待機場所へと辿り着いた。作戦が上手くいっているのかは定かではないが、ここに来るまでにほとんどの王国兵とは遭遇しなかった。

 

何人かとは偶然出くわしたものの、ペルセウスによって一瞬で無力化されたため、ほぼ被害はなしと言っていい。そして、目前に広がる、背中に一対の翼を持った巨大な生き物たちを目の当たりにして、想像以上の体躯を持ったレギオンたちにルーシィが委縮している。

 

「こんな大きな生き物を飼ってるって…本当なのかしら、王国軍…!!」

 

「じゃなかったらここにこんな数いないだろうな…」

 

どうにも信じがたいと言った反応を示すルーシィに対して、ペルセウスは特に動じた様子もなく先に進んでいくココの後をついて行く。「こっちでーす!」と走って先導する彼女の後をルーシィも追いかけると、一体のレギオンの前で立ち止まり、振り返ってルーシィたちに説明した。

 

「この子が、私が担当しているレギオンです!」

 

ココの声で反応を示し、一声鳴いてその紹介に応えるココのレギオン。正直他の個体とあまり区別はつかないのだが、長年担当しているからこその違いが分かるのだろう。迷いなくその位置に来る辺り、信頼関係もあるように見える。

 

「『レギピョン』!私、この人たちの力になってあげたいの!陛下や、他のみんなを裏切っちゃうことになるけど…私、どうしてもリリーを…この人たちを助けたい!だからお願い!力を貸して!!」

 

主人と言える少女が涙を浮かべながらも訴えた己の心情。それを聞いていた彼女のレギオン…個体名『レギピョン』は、一瞬何も反応を示さなかったものの、まるでその願いを聞き入れたかのように力強く鳴き声を上げる。その答えも彼女に伝わったのか「ありがとう!」と笑顔を浮かべて感謝の言葉をココは告げる。彼女が言ってるのだから、協力してくれると認識してもいいようだ。

 

「上手くいったの?」

 

「うん!手伝ってくれるって!」

 

ココに念の為尋ねてみれば、笑顔で頷きながら返答が返ってきた。良かった。これであとはシエルが言っていた通りに竜鎖砲の部屋へと向かえば、みんなを助けられる可能性が上がる。

 

すると、その様子を見ていたペルセウスは徐にココの前に立つように近くへと寄ってくる。

 

「ココ…さっきはすまなかった」

 

「え?」

 

そして上半身を前へ傾け、頭を下げて謝罪を口にした。一瞬、何故謝られているのか理解できていないココとルーシィだったが、彼がココと会ってからの態度についてだと理解するのに時間はかからなかった。

 

かつてペルセウスは、大切な人をエドラスに奪われた。そして今、再びより多くの仲間たちを奪われようとしている。そんな国に対する憎悪や怒りで、そこに属するもの全てを敵とみなしていた。

 

だが、ココは魔力を求めるあまりに他者を顧みない国に属する者としては珍しく、近しい友の事を優先し、結果的に仲間たちを救うきっかけを与えてくれた。今も、自分たちに積極的に協力してくれている。

 

だから、けじめをつけなければと思った。レギオンと言う自分たち王国が所有する強大な生き物にも協力を仰いでくれる彼女に対して、今までの非礼を詫びないままでいるのは一人の人間としていただけないと考えたために。

 

「だから改めて、謝らせてくれ。そして、俺たちの仲間を助ける手助けをしてくれて、本当にありがとう」

 

「そ、そんな…お礼なんていらないですよう!!」

 

先程までの行動の侘びに加え、感謝までかけられて、ココは慌てて彼にそう返す。その様子をルーシィが笑みを浮かべながらただ眺めている。安心したというのもあるだろう。自分の仲間であるペルセウスが、目の前の少女と和解できたことに。

 

「……でも、ちょっと良かった。お兄さんに、敵だなんて思われなくなって…」

 

「あ~…ホントすまない…」

 

「あ、えと、そういう意味じゃなくて!!」

 

心の底から安心したように呟かれた少女の言葉に、罪悪感が少し蘇ったペルセウスが再び謝ると、何故か焦ったようにココがそれを訂正する。今の言葉が一体何の意味を持っていたのか。少しばかり首を傾げると…。

 

 

 

 

 

「だって…優しい方のシエルの、お兄さんには…悪い子って思われたく、ないなあ、なんて…」

 

 

 

「「……ん?」」

 

両手の人差し指をツンツンと合わせながら、頬を赤く染めて顔を俯かせながらも、照れくさそうな笑みを浮かべて呟いている犬顔の少女を目にして、ペルセウスだけでなく、ルーシィも思わず目が点になった。

 

優しい方のシエル…文脈から察すると、アースランドの、少年の方のシエルだろう。その際の名前の呼び方に…どこか熱が籠っているように、聞こえたような…?

 

「や、やっぱり何でもないよう!さ、二人とも!レギピョンに乗って!シエルたちのところに急ごうよう!!」

 

そんな二人の反応に気付いた様子のココは、少々慌てた様子で必死に誤魔化し、二人をレギピョンの背中へと案内しようと先んじて乗っていく。すぐさま後に続くべきなのだろうが…ペルセウスたちには、今正直それどころじゃなかった。

 

「ルーシィ…気のせいかもしれねえが、まさかココって…」

 

「あ、やっぱペルさんもそう思います?確かに、あの顔を見たら、無理もないような気もしますけど…」

 

ココのさっきの様子。明らかに今まで見ていた彼女の様子とは打って変わっていたように見えた。と言うか、あの表情は予想が正しければ完全にシエルへのそれを現わしているのと同義だ。まさかあの短い間で…?と思えなくもないが、とうの感情を向けられた少年も、一瞬で今の対象に心を奪われた存在なのだから無いとは言い切れない。

 

我が弟ながら恐ろしい男…と思うと同時に、この先に起こってしまいかねない惨事を考えると、若干気持ちが落ち込みかけた。

 

「(取り敢えず、ウェンディには絶対知らせないようにしないと…面倒な事になりそうだ…)」

 

別行動の為に何も知る由がない第一義妹候補の事を案じながら、ペルセウスはレギピョンの背中へとルーシィと共に向かった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

レギオン確保班が無事に事を進めている間、陽動班の作戦は結果的に失敗に陥っていた。作戦を開始しようとしていた矢先に現れたエドエルザの手によって、3人は捕えられてしまい、国王がいる竜鎖砲の部屋へと連れ込まれていた。

 

「エルザ、鍵を持ってきたというのは誠か!」

 

「破壊されたようですが、ご安心を」

 

右手には一振りの直剣とグレイが繋がれた縄、左手にはシエルとナツをそれぞれ繋いだ縄を持って捕えた者たちを引きずり、広大な空間の天井近くまで届きそうな巨大な装置…竜鎖砲のすぐそばで佇んでいた国王ファウストの問いに彼女は答える。

 

「こいつが鍵を造れます」

 

ファウストの前へ無造作にグレイを放り投げ、鍵を作れる存在だと説明をするエルザ。意識はまだ残っているらしいグレイは、どうすることも出来ない状況に悔しさを滲ませている。

 

「こやつは!?」

 

「アースランドの魔導士です。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の仲間ですよ」

 

見慣れない魔導士の姿を見たファウストが驚きに目を見張り、それと同時に広場にあった魔水晶(ラクリマ)が消えたことに関係している事にも当たりをつける。多少の魔力を無駄にされたとも言えるが、目前に迫った永遠の魔力と比べれば些末な事。そう判断して、広場の件に関してはこれ以上深くは尋ねようとしなかった。

 

「まあよい。さっさと竜鎖砲を起動させろ」

 

その命令に従って、エルザはまずグレイの拘束の縄を剣で斬って解放。そして彼が他のおかしな真似をしないように、左手でシエルを抱えながら彼の首元に剣を突きつける。目が覚める様子はない。

 

「立て、氷の魔導士。妙な真似はするなよ。竜鎖砲を起動させるんだ」

 

やむを得なく、エルザが命令する通りに、竜鎖砲に近づくグレイ。そして、想像していたものよりも大掛かりになっている竜鎖砲を見上げた。

 

「早くしないか」

 

シエルの首元に近づけている剣を更につきつけながらグレイを促すエルザ。それに「仕方ねえか…」と悔しげに呟きながらも、両手を合わせ、氷で竜鎖砲の鍵を作り上げる。敵である国王や王国兵たちは、思わず立場を忘れてその魔法の異質さに感動の声を漏らす。

 

その様子に悪態をつきながらも、グレイは氷で作った鍵を鍵穴に差し込み、右に回して竜鎖砲の起動を行う。言われるがままにしているように見えるが、その内心、グレイはチャンスを窺っていた。

 

起動したら素早く照準を変え、滅竜魔法の力を直接魔水晶(ラクリマ)に激突させる。そうすれば、仲間を全員助けられるはずだ。

 

鍵穴がある部分から、高くそびえる竜鎖砲全体にエネルギーの光が発され始め、やがては城全体…いや、広大な王都全体が揺れるほどの振動が発生し始める。屋内にいるグレイたちには知る由もないが、竜鎖砲の発射の為に、城全体が変形を始めているのだ。マグノリアのギルダーツシフトを彷彿とさせるほどに。

 

「陛下!」

 

その時、部屋の入り口から数人の兵士たちを連れて、白衣姿の眼鏡をかけた青年が駆け足で入って来た。映像魔水晶(ラクリマ)から、グレイたちを連行していたエルザの姿を確認していた魔科学研の部長・エドシエルである。

 

「おお、シエルか!見よ!竜鎖砲は起動した!これで我らの悲願は達成されるぞ!!」

 

高揚した気分のまま、国王ファウストが自慢気にこの状況を語る。鍵は見当たらなかったはず…と怪訝な顔で呟いた彼であったが、竜鎖砲の鍵穴に刺さっている鍵が、鉄製ではなく氷で出来ているのを見て、別の魔法で作られたものだと瞬時で判断した。

 

「(成程…最悪の状況は免れ、時間をロスしたものの、計画は順調に進められていると言ったところか…)」

 

冷静に分析を続けている間にも、部屋の内部さえ変形を始め、竜鎖砲の形状も徐々に変貌していく。天井は開き、装置からは砲身のようなものが伸び始め、天高くを狙う用意を進めていく。濃密な魔力エネルギーが赤い光となって空へと放たれていき、その異様な空気を醸し出している。

 

「(照準はどうやって変えるっ!?)」

 

そしてそれが進んでいくうちに、グレイの表情には焦りが見えだした。竜鎖砲の照準を変える方法が見つからないのだ。どこで変えるのか、操作する方法は、辺りを見渡してはいるが、一向に見つからない。

 

「発射用意!!」

 

声高らかに叫ぶファウスト。このまま行けば、彼らの思う通りに仲間が武器にされ、そして奴等のエネルギーとなって消滅させられてしまう。

 

 

「ここまでだ…。

 

 

 

 

 

 

 

ナツ!シエル!」

 

「おう!!」

「ああ!!」

 

その時、突如エルザがシエルの拘束を斬り、傍らに倒れていたナツにも向けてその名を叫ぶ。それに対してどよめく兵士たちをよそに、解放されたシエルが魔法陣を展開。

 

「砂漠じゃないけど、砂嵐に注意!砂嵐(サーブルス)!!」

 

解放された少年が魔法陣から砂嵐を発生。部屋全体に行き渡るほどの規模で吹き始め、兵士たちの視界を奪っていく。

 

「火竜の咆哮!!」

 

そしてその砂嵐に向けてナツが口から炎を放出すると、直撃した砂嵐を入り混じって、その場を中心として大爆発が発生。兵士たちのほとんどが余波で紙切れの如く吹き飛ばされる。

 

「な、何が起きている…!?」

 

「(疑似的な粉塵爆発…!?いや、それよりも…あいつは…!!)」

 

唐突に起きた出来事に理解が追い付かないファウスト。起きた現象を分析しながらも、今向けるべき要点を別のところに向けるエドシエル。だが、次に発生した出来事を、この場にいるほとんどの者が予想できなかった。

 

「発射中止だーっ!!」

 

ファウストの近くにいた兵士数名を斬り伏せ、彼の背後に回って首元に剣を突きつけたのは、まさかのエルザ。魔戦部隊長のまさかの凶行に、周りの兵士は勿論混乱。ファウスト自身も突如の乱心に困惑している。

 

「エルザ!?貴様…!!何の真似だ!!」

 

「…違う…」

 

その中で唯一、魔科学研の部長のみが、この行動を起こしたエルザの正体を看破した。その呟きは周りにも聞こえたらしく、どういう意味なのかをファウストが問いかけるよりも早く、エルザの体が突如として輝き出す。そして光が収まった直後、彼女の黒いビキニアーマーは、妖精の紋章を象った鎧を身に変わっていた。

 

「私はエルザ・()()()()()()!アースランドのエルザだ!!」

 

最初から、彼女はエドラスのエルザではなかった。戦いの最中でエドラスのエルザ本人の装備を奪ったのだろう。そして彼女の姿に化け、竜鎖砲の照準変更を狙っていた。味方と思っていた人物が別人だったことで、ファウストの表情は先程とは打って変わって焦燥に満ち始めている。

 

「悪ィ、危なかった。機転を利かせてくれて助かった!」

 

「かっかっかっ!これぞ作戦D!騙し討ち(DAMASHIUCHI)の“D”だ!!」

 

「もうちょっとマシな作戦名にしようぜ…」

 

そして勿論、アースランドの魔導士たちも彼女が味方の方であると本人から聞いていた。最初はエドラスの方と間違われたことで一度ナツがぶっ飛ばされたが、その後すぐさまこの騙し討ちを利用して竜鎖砲の起動、及び照準変更のチャンスを狙っていたわけだ。

 

そして今、敵の国の王の首元に刃を添え、いつでもその命を奪える状態。多少のトラブルはあったものの、こちらにとって大いに有利な展開だ。

 

「竜鎖砲の照準を魔水晶(ラクリマ)に合わせろ!」

 

「言う事を聞くな!今すぐ撃てぇ!!」

 

剣を突きつけられながらも、竜鎖砲の発射を優先させて声を張り上げるファウスト。自分の状況を顧みず、国の為を貫いているようにも見える。

 

だがそんな彼の前に、数本の輝く矢がセットされ、それを構えていると思われる少年が、残虐にも見える笑みを彼に向けている。

 

「余計な口挟まないでくれるか王様?こいつで縫い上げちまうぞ?」

 

太陽の光で出来た矢を近くまで持っていき、今すぐにでも発射されれば無事では済まないだろう。それを目にした兵士たちは、更に動揺を走らせる。

 

「うう…」

「ど、どうする…!?」

「卑怯だぞてめーら!人質をとるなんてー!!」

 

「それがどうした?」

 

「オレたちは仲間の為なら、何だってするからよぉ」

 

国王と言う一国のトップを人質にとるアースランドの魔導士たちを非難するも、一切揺らぐことなく堂々と宣言するグレイとナツ。シエルとエルザも、一切表情を変えたりはしない。仲間を助ける為、仲間以外の全てを捨てても必ず成し遂げる。それがこの妖精の尻尾(フェアリーテイル)のとてつもない原動力の源だ。

 

「早くしないか!」

 

「……」

 

更に剣を近づけて照準の変更を促そうとするエルザ。対して兵士たちは王をとるか、繁栄をとるかで迷いを生み出している。その中で、恐らくこの場で一番の決定権を持つ魔科学研部長に、兵士たちの視線が集中する。彼に対して、どうすればいいのかと言う指示の催促にも見える。

 

「陛下。一つだけ、お伺いしてもよろしいですか?」

 

青年の問いかけに、問われたファウスト、そして周りの者たちも少なからず怪訝を抱えた表情へと変わる。どういうつもりなのだろうか。

 

「陛下は、自らの命と、この世界の未来。どちらを優先としてお考えで?」

 

「決まっておる!この世界の未来!エドラスの、永遠の繫栄だ!…ぐう!」

 

「何のつもりかは分からないが、早く照準を変更せぬか!」

 

彼が問いかけたのは今のこの状況に関する究極の二択。そしてファウストは世界を選んだ。自らの命がここで尽きようとも、王としてこの世界を栄えさせる覚悟を示した。その問いかけも煩わしく感じたエルザが再び剣をファウストに近づけるも、エドシエルは一切動じない。

 

「では陛下は…例え御身が果てようとも、エドラスが永久(とこしえ)に、魔力溢れる世界であることを望むと?」

 

「そう言っておる!やれ、シエルよ!!ワシの事などよい!撃て!!エクシードを滅ぼす為に!!」

 

長い間夢見てきた、魔力が枯れることのないエドラス。それを実現するまでに費やした長い時間をふいにするくらいなら死んでも構わない。一国の王としての覚悟は見事なものだが、臣下としては国王の命を優先して考えるべきことだろう。一部の兵士も、今に照準の変更を行おうと待機している程だ。だからこそ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「承知いたしました。陛下の御心のままに」

 

 

彼の冷たく聞こえる声で告げられたその内容に、誰もが己が耳を疑った。

 

「なっ…何っ!!?」

 

真っ先に声をあげて信じられないと言いたげな表情を浮かべたのは、国王に剣を突きつけているエルザだ。傍にいるアースランドのシエルも、ナツやグレイ、周りの全兵士に至るまで、その言葉の理解が、追いつかなかった。

 

「聞こえたな、全兵士達よ。照準変更はなし。このままコードETDを続行。巨大魔水晶(ラクリマ)をエクスタリアに激突させる」

 

「シ、シエル部長…!?」

「しかしそれでは…陛下が…!!」

 

「その陛下のご命令だ。二度も言わせるな」

 

仕えるべき主の命の危機にも関わらず、淡々とした口調で主が望む未来のために指示を飛ばすエドシエル。兵士たちにも混乱が走る。だが彼はその国王の命であると一向に譲ろうとはしない。誰から見ても、異常としか思えなかった。

 

「ほ、本気か!?国王を人質に取られて、何でそんな平気な顔でいられる!?そんな簡単に見捨てられる!?」

 

「見捨てる?違うな。陛下は自らの意思でそのお命を世界に捧げようとしているのだ。ならば、その意思に応えるのが俺の役目」

 

「そんなのは詭弁だ!王の命を…仕えるべき方を守ることが、お前たちの役目ではないのか!?」

 

エドラスの自分が、まるでいとも簡単に国王を見捨てたことに驚愕を叫ぶシエル。その問いの答えに焦燥の顔を浮かべて反論を叫ぶエルザ。特にエルザの反論は、周りの兵士たちにとっても共感できるものだろう。仕えている王の命を何より優先するのが、臣下である自分たちの役目なのでは、と言う想い。しかしその言葉を聞いてもなお、冷徹な魔科学研部長の表情に揺らぎはなかった。

 

「…何か勘違いをしているようだな。王の命を守るのが臣下の役目?何よりも、自分よりも、王を優先することが忠臣?俺は違うと断言できる」

 

竜鎖砲の操作をしている兵士たちの元へとゆっくり歩きながら淡々と告げる言葉に、周りの兵士たちはまるで彼を恐ろしいものを見るかのようにどんどん距離を離していく。だが、それにさえ反応を示さず、彼は続けた。

 

「王を守るのが臣下ではない。我々臣下の役目は、王の務め、王の望み、王の願いを守る事だ。そして今、王は自らの命を捨ててでも、このエドラスが未来永劫栄えるために行動せよと仰せだ。ならば俺は、王の望みを、夢を叶える為に行動する。それが、王の為、ひいては国のためになるのだから」

 

傍から見れば異常にも見えるだろう。だが、兵士たちの中には、彼が堂々と告げた言葉に、気付かされた者も少なからずいた。例え王が力尽きても、王の遺志を継ぐことが、国を導く力となり、道標となる。彼の言葉は、それに気付かせてくれた。

 

「安心しろ。この場で陛下の命が果ててしまった際は、その一切の責任は全て俺が負おう。俺がそう指示したと言う形にすれば、兵士であるお前たちに、一片たりと責は生じない」

 

そして、国王がこの場で命を散らすことを前提として、兵士たちには全くの責任を負わせないという旨を宣言する。国王を死に至らしめた十字架を背負う事も辞さない。そう言いたげな彼の姿勢に、最早兵士の中で反論出来る者は現れなかった。

 

「イカレてやがる…!野郎…マジで国王を見捨てるつもりかよ…!!」

 

「どいつもこいつも…何でそんな簡単に、仲間や王様を切り捨てられるんだ…っ!!」

 

彼と敵対関係にあるグレイは、国の為と言う名目で王を見捨てた彼に心の底から恐れを抱き、ナツはそんな彼の非情さを見て怒りに打ち震えていた。何よりも仲間や家族を優先する彼らとは、決して相容れない覚悟故に。

 

「本気で言っているのか!?一国の王の命を差し出して、その後の国がまともに機能すると思っているのか!?」

 

王の遺志を継いだからとて、王の望みを叶えたからとて、その後の国が安泰である保証はない。王がいなくなった後、誰が導くと言うのか。その想いを込めたエルザの叫びが木霊する。

 

「一時期は混乱するだろう。だが、自らの命をもって民の生活を確かなものに導いた陛下の功績は、後世に語り継がれる。この世界に生きる人々、一人一人が王の意志を胸に刻めば、国が滅ぶことはない」

 

だが暖簾に腕押し。エルザの主張も全く意に介さない。彼は完全に、国王よりも国の未来に比重において、ただそれを実行しようとしている。

 

「まあ、お前たちにはわからないだろう。滅びを告げられた俺たちの苦しみなど、国としての覚悟など、言葉と脅しだけを用いて、未だに陛下の命を絶とうとしない甘い考えを持ったお前たちには」

 

あまつさえ、未だにエルザがファウストの命を奪おうとしない事に対して挑発すらしてきている。殺せるものなら殺してみろ、と言いたげに。命を奪う覚悟もないからこそ、望む通りの結果に傾かないと、言外で告げられている感覚を、エルザは覚えた。

 

「くく…くっはっはっはっはっ!!そうじゃ、それでよい!!見事よシエル!まさにお前こそ、このエドラスの為に、ワシの為に最善を尽くす忠臣!!責など負わせるものか!ワシが亡き後も、おぬしのような者がおれば、エドラスは安泰!いや、おぬしこそが永遠の魔力に満ちたエドラスを導く、歴史にその名を遺す英雄となるのだ!!ワシはお前のような忠臣を持てたことを、生涯の誇りに思うぞ!!」

 

「勿体なきお言葉…恐縮至極に存じます」

 

最早ファウストに、死に対する恐怖は微塵もない。死した後も、エドラスの為に確実に動くであろう忠臣を得ていた事。そしてその繁栄の未来が約束されていることに、喜びの感情の方が勝っている。最早我らの勝利は確定。そう確信できる程に、ファウストは舞い上がっていた。

 

「(狂っている……!!)」

 

そんな彼らを眺めていたエルザの胸中に現れたのは、その一言だった。

 

「発射用意、完了しました!!」

 

「照準は?」

 

「変えておりません」

 

「よし、撃て」

 

「させるかぁーーーっ!!」

 

竜鎖砲発射の準備を進めていた兵士の一人がシエルに告げると、淡々とした口調で彼は指示を飛ばす。その瞬間、止めようと駆けだしたナツ、それに続くグレイが魔法を使って力づくでも止めようとするが、すかさず4色の珠が付けられた長杖を構えたエドシエルによって、彼らを包囲するように岩の壁が床からせりあがる。

 

「くそっ!」

「やべぇ!」

 

動きを封じられた二人。しかしエドシエルはそれに安心感を覚えず、もう一つ岩でできた壁を違う方向にせり上げる。するとその岩の壁に光で出来た矢が数本突き刺さった。

 

「防がれた…!!」

 

アースランドのシエルの光陰矢の如し(サニーアローズ)。だがまるで予知していたかのように、エドラスのシエルは防ぎきってしまった。

 

「撃てぇ!!エクシードを滅ぼせぇ!!」

 

捕らわれている立場とは思えぬほどに生き生きとしたファウストの哄笑が響く。事ここに至っては最早彼を捕らえている理由も存在しない。だが、エルザはエドシエルから言われたある内容が頭の中で鮮明に残っていた。

 

『言葉と脅しだけを用いて、未だに陛下の命を絶とうとしない甘い考えを持ったお前たちには』

 

仲間の為なら何だってするとほざきながら、命を奪う事に躊躇を示す甘い考えの奴等だと言われているようで。大事な仲間に対する感情は、そんな甘い考えが優先される程度のものであると馬鹿にされているようで。人道的に踏み入ってはいけない事だと頭で理解はしていても、剣を握り締める右手に、思わず力がこもる。

 

「(止むを得ん…!!)」

 

そしてエルザは決めてしまった。狂ったように笑いながらエドラスの未来を夢見て「エドラスに栄光あれ!」と叫ぶ国王の首に、その直剣の刃を押し込もうとする。

 

「(エルザ…!!)」

 

その様子を、シエルは焦りを顔に現わして横目で見ている。せめて、仲間を危険に晒した元凶の首を取る。そう考えついたのかと心で思いながら、シエルは改めて前方にいる別世界の自分へと視線を向ける。

 

「……えっ?」

 

だが、その視線を向けた途端、シエルは己の目を疑った。何故なら…彼の表情は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スカーレットォーーッ!!!」

 

その時、空間の天高くから、聞き覚えがある、だが決して違うその声を耳にした。怒りと憎しみに燃えるようなその怨嗟の叫びと共に、己と同じ髪と顔をした存在へと、槍を振るう。

 

エルザだ。今度こそ、エドラス側のエルザ・ナイトウォーカーが、ここにきて乱入してきた。勢いよく振り下ろした槍に対処するため、ファウストにかけようとしていた刃を防御に移す。

 

その時、誰かが何かを呟いたような…小さい声が耳に入ったが、気にしている余裕はなかった。

 

「陛下の拘束が解けた!」

「好機だ!このまま発射しろ!!」

 

「撃てぇーーい!!」

 

まさかこのタイミングで。そうエルザが思ったのも束の間、とうとう発射された竜鎖砲。竜骨の頭を彷彿とする弾丸と、その首の下が骨のような鎖となっているその砲撃は、竜の咆哮のような雄叫びと共に舞い上がり、巨大な魔水晶(ラクリマ)が存在する浮遊島の土台へと噛みつくように突き刺さった。

 

「接続完了!!」

 

「エクスタリアにぶつけろォーー!!」

 

 

「やめろーーーっ!!!」

 

事態は最悪。何一つとして好転しなかった竜鎖砲を使った作戦。このまま、仲間の体が戻ることなくその命を散らしてしまうのか。

 

 

 

 

 

 

そんな絶望が頭に過った瞬間、部屋の壁が突然何かによって破壊された。

 

「みんなー!!乗って!!」

 

その何か…青い体に頭には二本の巨大な角、大きな二対の翼を持った巨大な生物。シエルは見覚えがあった。王国軍が使用している生き物、レギオンだ。

 

そんなレギオンから、何故かルーシィの声が聞こえてくる。

 

「ルーシィ!ナイスタイミング!!」

 

「る、ルーシィだと!?あれが!!?」

 

「お前…こんな姿になっちまったのか!?」

 

「ゴチャゴチャ言ってないで早く乗って!!」

 

連れて来たと思われる少女に目星がついていた為、すぐさまシエルは乗ろうと駆けだす。事情を知らないエルザはただ困惑していたが、何故か話を聞いていたはずのナツも、どこかボケに感じる反応を示して、実際には背中に乗っていたルーシィが怒りながら乗り出してきた。

 

「何故あの小娘がレギオンを…!?」

 

突如現れたレギオンに乗った見知らぬ少女。ファウストの困惑も最もだ。だが、そのレギオンを操る者の正体は、ルーシィのすぐ後ろに乗っていた。

 

「私のレギオンです!!」

 

「ココ……!!」

 

唯一アースランドの味方をしているココ。ルーシィ、ペルセウスと共に確保班として動いていた面々が合流してきたのだ。

 

「聞いていた作戦と違うが、何があった!?」

 

「ごめん、色々と誤算が生じて…!!」

 

「んなこと今はいいから、止めに行くぞ!!」

 

計算外の事が生じまくって、予定が大幅にずれてしまったが、今は考えている余裕はない。ココの指示を聞いて飛び上がったレギピョンは、そのまま竜鎖砲が繋げられた浮遊島が向かう先、エクスタリアへと向かいだす。

 

レギオンの勢いは誰にも止められず、狼狽える兵士たちをよそに飛び立っていく。

 

「とにかく今は…激突を止めなきゃ、絶対に!!」

 

「うおーーーっ!!急げぇーーー!!!」

 

繋がれてしまった破滅の鎖。仲間の命か、世界の繁栄か。アースランドとエドラスの、二つの世界をかけた激突は、最終局面へと向かっていた。




おまけ風次回予告

ナツ「魔水晶(ラクリマ)はゼッテーぶつけさせねえ!絶対止めてやんぞぉ!!」

シエル「みんなの命もかかってるし、危険を承知でエクシードを助けに行ったウェンディの気持ちも、無駄にさせない!!」

ナツ「仲間も、ネコたちも、全員守り切らねえと意味がねえんだ!やるぞ、シエル!!」

シエル「当たり前だ…!あいつらの好きにさせてたまるかってんだ!!」

次回『故郷を守るため』

シエル「王国軍も自分の国のために戦ってるって言うなら…」

ナツ「オレたちはオレたちの家族のために戦う!!」

シエル「……けど、(あいつ)は…本当に国のため…?」


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第94話 故郷を守るため

皆さんに、二つお詫び申し上げます。

まず一つは活動報告にもあった通り一時間遅れてしまいましたこと。

そしてもう一つ、100話までにエドラス編を終わらせるのが理想…って言っておきながらタイトル分けで整理してたら確実にオーバーすることが発覚してしまいました。

合わせてお詫びとさせていただきます…。


それとこれはちょっとした話なんですが、情報収集のためにROM専でTwitter登録してるんですけど、今週原作者の真島先生が配信で描かれたリクエスト絵に「ヤンデレのウェンディ」があったのを見まして…。
セリフが「今…お胸の話したの…誰ですか?」だったんですね。

一瞬で以下の会話を想像しました。
シエル「…ナツとグレイです」←顔から冷や汗を流しながらも若干引き攣った笑顔で二人を指差す
ナツ・グレイ「「ぅおおいっ!?」」←あっさり生贄にされて顔面蒼白

細かいシチュエーションまでは決まってないんですけどまず浮かんだのはこれでしたw


「みんなー!!乗って!!」

 

突如室内の壁を豪快に破って乗り込んできたレギオン。その上に乗っているのは、アースランドから来た魔導士の一人である金髪の少女。それに下からでは死角で見えないが数時間前に王城内を大いに暴れていたペルセウス。

 

そしてそのレギオンを担当している、幕僚長補佐であるはずの少女ココ。唯一エドラス側である彼女が、アースランドの者たちに力を貸し、自分たちの邪魔をしようとしている。

 

「ココ…!」

 

エドラス王国の…ひいては世界全体と言ってもいい望みである永遠の魔力を目前にして、それを食い止めようとしているアースランドの魔導士たちに加担するココに対し、エドラスのシエルは今日何度目になるか分からない怒りを覚えさせられた。

 

彼女は今、自分の行動が何を意味しているのか本当に分かってるのか?何故奴らに協力しようとしているのか?全くもって理解できない上に、腹立たしい。そこまで自分たちの邪魔をしたいのか。

 

「それがお前の答えか…」

 

自分以外はアースランドの魔導士たちのみを全員乗せて、自国の兵士たちを牽制しながら魔水晶(ラクリマ)の元に向かって飛んでいくココを見ながら理解する。その気ならばもう、躊躇いなどしない。とことん邪魔をしようと言うのなら、アースランドの奴ら諸共排する他に無い。国、世界、王にとって害となるものは、徹底的に排除しなければ。

 

「シエル!!」

 

そう考えていると、唐突にこちらに殺意さえ籠った怒りを浮かべながらこちらに大股で、早足で迫ってくる緋色の髪の女性。周りの兵士たちは慌てた様子でこちらに視線を向けるが止められないと分かっているのか動こうとしない。

 

「とうとう尻尾を見せたようだな…!」

 

「…何の話だ?」

 

「とぼけるつもりか!!」

 

怒りを浮かべたまま言ってきた言葉に、理解できないと言いたげに返すも、構わずにエルザはシエルの胸倉に掴みかかってさらに怒気を強める。目前で殺気と怒気をぶつけられながらも、彼の表情に焦りは一片も現れない。

 

「陛下が捕らわれ、その身が危険に晒されていながら、貴様は陛下を見捨てた!それもあっさりと!!これは紛れもなく陛下に対する背信!!貴様の裏切り…もしくはこれを狙った潜入行為に他ならない!!」

 

そしてエルザが主張するのは、国王であるファウストがアースランドの魔導士に囚われ、命まで奪われようとしていたにも関わらず、作戦を優先させたこと。それが国王への事実上の裏切りであると言う事。彼女から見れば、シエルが国王を敢えて排除しようと、アースランドの魔導士に囚われている彼をあっさり見限ったように感じたとしか思えないのだろう。

 

「ご、誤解です!エルザ隊長!!」

「シエル部長は陛下の命で…」

 

「言い訳など聞かん!!」

 

そして周りの兵士が彼女の誤解を解こうと言葉を出すも、全く聞こうとはしない。本人からの話でもないと言うのに、一切を聞き入れようとすらしない。王を危険から解き放とうとせず、見捨て、その命を脅かしたことは事実。そしてそれに一切動揺も見せずに作戦を進めようとしたこと。あまつさえ、アースランドの魔導士たちに王の命を奪ってみろと挑発。エルザからして見れば、明らかな裏切りだ。

 

「ならばお前は、先程と同様の状況になった時、奴らの言うままに竜鎖砲を魔水晶(ラクリマ)にぶつけたというのか?それこそ陛下への背信…」

 

「黙れ!貴様の虚偽に塗れた言い分など、断じて聞く気はない!!奴等に隙を見せ、陛下の身を脅かし、そして売りつけた!この揺るぎない事実は何一つとして変わらん!!」

 

呆れたように尋ねたシエルの言葉も聞く耳を持たず…寧ろ彼女の怒りを助長させている。話を逸らそうと御託ばかりを並べている、と断言している彼女の言葉に、シエル自身は呆れてものも言えないと言いたげに表情を微かに歪めている。

 

「申し開きも必要ない…!陛下の身を脅かし、その命を危機に晒した罪、ここで私が裁いてくれる…!!」

 

胸倉を掴んだ左手をそのままに、右手に握っていた槍を構えてシエルを貫こうと狙いを定める。やりかねないとは思ってはいたが、激情に駆られて引き起こそうとしているエルザの行動に、兵士たちの動揺とざわめきが一層強くなっていく。だが止めようにも自分たちの言葉など今の彼女が聞くとは思えない。シエル本人からなら尚更だ。この場で絶対に彼を亡き者にしようという気迫が伝わってくる。

 

 

 

「そこまでだ」

 

だが、そんなエルザを止められる唯一の存在がこの場にいた。先程まで捕らわれ、その命を奪われようとしていた国王ファウストだ。思わぬ人物からの制止を聞いたエルザは、怒りも抜け落ちたような呆然とした顔で彼の方へと顔を向ける。

 

「エルザ、シエルから手を放せ」

 

「それはできません、陛下。こいつは陛下を見殺しに…いえ、アースランドの者共を利用して陛下を貶めようとしたのですよ!!」

 

ファウストから一言にも聞こえるその命令が下る。だがエルザからすれば、先程までその国王を亡き者にしようとしていたシエルを解放することは、たとえ主からの命でも許容は出来ない。僅かばかり震えた声で主を想って彼女は叫ぶ。しかしエルザのその主張は通らない。

 

「違うな。ワシがシエルに命じたのだ。『エクスタリアに魔水晶(ラクリマ)をぶつけろ。ワシはどうなっても構わん』と。そやつはそれを忠実に実行したまでの事」

 

「陛下は騙されております!!こいつはギルドの…あの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だったのですよ!?魔科学を使って国内でも、魔戦部隊でも、あらゆる者たちに信頼されるように動いていたのは、きっと奴等の策で…!!」

 

「エルザ!!」

 

シエルが元々ギルドの人間だったことは既に周知されている。軍に入る際、国に逆らう事に意味を感じなくなったためにギルドを抜け、志願しに来たと、自らの口で伝えてきた。それこそが罠であると、シエルは自分たちを陥れようとしているに違いないと必死に伝えるが、他ならぬファウストから怒号を挟まれ、口が閉ざされる。

 

「貴様は……ワシの言葉に逆らうのか…?ワシの命令に…望みや願いに背き…裏切ると言うのか…?」

 

「そ、そのようなことは……決して……!!」

 

確かな怒りを孕んだ鋭い目で、静かに…だが強い語気で問いかけるファウストに、最早エルザが抱えていた怒りは霧散した。そして察した。自分の言葉は、主である国王には絶対に届かない。いくら自分がシエルが危険であることを伝えても、全くそれを信じてくれない。

 

逆に、自分の方が、王や国に反する逆徒として認定されかねない事を。

 

「ならば今すぐそやつから手を放せ。聞けぬと言うのなら…裁かれるのは貴様になるぞ…!」

 

今シエルの手を放してしまえば後々国にどのような脅威を招くか分からない。だがここで離さなければ、自分の首を絞めるだけ。王を守らんが為に動いておきながら、その王より裁かれるなど、想像だにしたくない。

 

数秒ほど葛藤を続けていたエルザだったが、強く歯を食いしばりながら突き放すようにシエルの掴んでいた胸倉から手を離した。

 

「シエル、エルザ、アースランドの奴等を追い、始末せよ。兵士はいくら連れても構わん」

 

「仰せのままに…」

「…かしこまりました…!」

 

たった数人程度なら、最早竜鎖砲に繋がれた魔水晶(ラクリマ)を止めることは不可能。だが奴等は散々こちらの思惑を邪魔し、魔戦部隊の隊長二人とバイロを下された。あまつさえ、ココが向こうについてしまっている。

 

王国に対していくつの罪を重ねてきたのかは計り知れない。ならば罰を受けさせる。それはもう決まっている。殲滅以外にあり得ない。

 

「全魔戦部隊レギオン隊!全軍出撃だ!!」

 

『は、はっ!!』

 

アースランドのエルザ・スカーレット、そして味方であるシエルに対する怒りと憎しみを抱えながら、自らの長い髪を槍で首の辺りから斬り落とし、他の魔戦部隊の隊長が不在の為にすべての隊へエルザが号令をかける。

 

「こちらシエルだ。魔科学研戦闘班に通達する。魔戦部隊レギオン隊と共に出撃の為、準備を急げ」

 

一方のシエルも、小型の通信魔水晶(ラクリマ)…『通信札』を取り出して、研究室にいる研究部の者に連絡をとっている。そんなシエルに、国王ファウストは再び彼に指示を出した。

 

「それとシエル。『ドロマ・アニム』の用意も命じよ。ワシも行く」

 

『ドロマ・アニム』。その言葉を聞いた瞬間、周りの兵士たちに動揺と衝撃が走った。王国に仕える者は誰もが知っている。その命令が何を意味しているのか。王直々にその命を下されたシエルは、一度通信札から耳を離してファウストに尋ね返した。

 

「よろしいのですか?あれは王国憲章第23条により、陛下自らが禁式と定め、固く使用を禁じたものですが…」

 

「用意せよ、と言っている…!!」

 

兵士たちと違い、動揺を微塵も感じさせない淡々とした様子と声で伺ったシエルに対して、ファウストは目を見開きながらその問いに答えを示した。周りの兵士たちはそれに恐れおののき口を閉ざしたが、シエルは一切揺るがない。

 

「失礼しました。ただちに」

 

先の自分の言葉を訂正し、会釈を一つして答えた後、改めて通信札越しの研究員にその命令を飛ばした。

 

「陛下からの勅命が入った。急ぎドロマ・アニムの点検と起動準備を。御自ら出撃なさるとのことだ」

 

その名をシエルから聞いた通話先の研究員が何やら焦りを孕んだ声で尋ね返しているが、再三に渡り「陛下の勅命だぞ」と知らせると、観念したかのように了承を答え、ドロマ・アニムとやらの用意にかかった。

 

「この国の全戦力をもって…アースランドの魔導士どもを…駆逐する…!!」

 

鋭く細めた、メガネの奥に存在する双眸には、自分たちの邪魔をする彼らへの怒りが、確かに宿っていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「じゃあ、完全に失敗しかなかったってこと!?」

 

ココが世話を担当する巨大な生き物レギオン…レギピョンの背に乗って魔水晶(ラクリマ)の元へと急ぎながら、陽動班として割り振られた3人、及びエルザからこれまでの話を聞いたレギオン確保班。その内の一人であるルーシィが驚愕の声をあげる。中でも驚いたのは、エドシエルの言動についてだ。

 

自分たちの主である国王が、今にも首を斬られそうになっているにも関わらず、王からの命と言うだけで、作戦を続行させ、実質的に国王を切り捨てた事。王を守るはずの臣下の言葉とは思えない為に、大きな動揺を露わにしている。

 

「国王も国王だ。国や世界の為に、まさかあれほどの覚悟を持っているとは…」

 

「にしたって、向こうのシエルもとんでもねえ奴だぜ。普通王様盾にされて、あそこまで冷静でいられるか?」

 

エルザとグレイも、エドシエルの先程の言動を思い返して、まだわずかばかり戦慄している。自分たちでは到底考えられない選択を、あの場で即座に出来るなど、予想もつかない。

 

「あんにゃろう…!」

 

魔水晶(ラクリマ)の方に目を向けてはいるものの、話を横から聞いていたナツは先ほどの彼の様子に加えて、最初にウェンディと共に邂逅した時のエドシエルの言葉と、その際にウェンディに深く傷をつけた彼の態度を思い出して苛立ちが再び膨れ上がった。

 

「ぐぁあああああっ!!チクショーー!!」

 

「ナツ、さっきからどうした…?」

 

「理由は特定できないけど、相当頭に来てるのだけは分かる…」

 

苛立ちのままに先程から何度か叫ぶのを繰り返すナツを見て、ペルセウスとシエルの兄弟が首を傾げている。エドシエル絡み…にも考えられるが、まだその時の事を二人とも話していないため、他の誰もその真意を知ることが出来ない。

 

「にしても、王を見捨てる行動が、国や王への忠義の高さから…と言うのも中々…。あらゆることに対して、容赦や情けと言うのが向こうのシエルにはないのか…?」

 

「私もシエルの…こっちのシエルの事は詳しくは知らないけど…何だか、冷たい人って感じだよう…」

 

レギピョンに詳しい位置を指示していたココが、ペルセウスが零したエドシエルに対する感想を拾い、補足のように口にした。冷たい。確かに今までの言動を考えてみると、どこか機械的に、無感情に国の目的を完遂しようとしている。そんな印象を持たされる。

 

「(冷たい…)」

 

だが、アースランドのシエルはその説明を聞いて口元に指を添えながら思考に入る。彼らの話や、竜鎖砲の部屋の中での出来事を考えると確かにそうかもしれない。しかしシエルには気がかりがあった。エドラスにおける自分が、一瞬だけ見せた表情が…。

 

「だからびっくりだったよう。もう一人の…ちっちゃい方のシエルは、こっちのシエルと比べて…凄く暖かいんだなって…」

 

「……」

 

「あの…?」

 

ほんのり頬を染めながら、視線をシエルの方へと向けたココがその言葉を告げる。だが、深く思考に入り込んでいたシエルからは、何の反応も返ってこない。思わず尋ね返したココにシエルは…。

 

「え?あ、ごめん、何か言った?」

 

「…ううん、何でもないよう…」

 

ようやく気付いたという様子でココの方に目を向けたシエルがそう聞くと、何故かココは若干涙目になりながら視線を前方へと戻した。「何か悪い事したっけ…?」と若干混乱するシエルに、兄であるペルセウスは思わず胸中で独り言ちた。「恐ろしい奴だ…」と。

 

 

 

そうこうしている内に、エクスタリアとの距離を、赤い光を伴って詰めていっている浮遊島に、近づいてきていることに一同は気付く。どうやら竜の鎖は、浮遊島自体の速度さえも加速させているようだ。

 

「鎖が繋がったままじゃ、力づくで止めるのは無茶か…なら!」

 

そう呟くと同時に、ペルセウスは換装で黒い直剣を呼び出す。ダーインスレイヴ。あらゆる魔法をも切り裂ける魔剣。それを構え、魔力を込めると、その刀身は魔力を帯びて長くなっていく。

 

「ま、まさか!?」

 

「ココ、レギピョン(こいつ)に鎖を横切るように言ってくれ。俺がぶった斬る!!」

 

「分かったよう!!」

 

ルーシィがペルセウスの行動の意味を察して声をあげる中、その本人はレギピョンの動きを調整するように指示を出す。そしてその指示を聞いたレギピョンが、彼の意志に応えるかのように竜の鎖のすぐ横に向けて飛行する。

 

「『(じん)()一閃』!!!」

 

そしてペルセウスが持つ黒剣が、見事竜の骨を模した鎖を、途中から断ち切った。魔導士たちが歓声を上げ、断たれた竜鎖はまるで竜の悲鳴のような雄叫びをあげると共に消滅していく。繋がるものが失われたことでその効力も切れたのだろう。

 

「これで止めやすくなったはずだ!!」

 

「よっしゃあ!ゼッテー止めてやる!!」

 

「ぶつける訳にはいかないんだ!!」

 

ほんの少しだけ迫りくるスピードが落ちたように見える浮遊島。だが止まったわけではない。ここからが本番だ。魔水晶(ラクリマ)とエクスタリアがある浮遊島の間にまで到達したレギピョンは、飛行スピードを維持したまま、その巨体を頭から激突させる。

 

「頑張ってレギピョン!!」

 

ココの声に応えて雄叫びをあげながら翼を羽ばたかせて押し返そうとするレギピョン。だが、二つの浮遊島の距離が縮まるスピードは、それほど落ちているように見えない。

 

「ダメだ!鎖も斬ったっつーのに!」

「全然止まる気配がねえ…!」

「私たちも、魔力を解放するんだ!!」

「お願い!止まってぇ!!」

 

勢いが収まったとは思えないほどの質量。それに押し勝つため、レギピョンの勢いに自分たちの魔力を上乗せし、彼の力に変えていく。

 

「止まれぇーーーーっ!!」

 

ナツはレギピョンの背中から駆け出し、頸、そして頭の上へと移動すると、自らの頭と両手を魔水晶(ラクリマ)の浮遊島にぶつけて、更に押し込む力に変える。だがまだ止まらない。向こうの勢いの方が強い。

 

「ナツーーー!!」

 

すると、浮遊島の上の方から聞き覚えのある声が響く。そこに目を向けてみると白い翼を一対生やした青ネコ、ハッピーが空を飛びながらこちらに近づいてきた。ガジルをこの島に運んでいた彼がこちらに合流してきたらしい。

 

「お、オイラ…あのさ…」

 

すぐにナツの元に駆けつけたかったハッピーだが、知らない間に彼を裏切ったように思われていたとしたら…と言う不安が、彼の翼を止めてしまう。何て声をかければいいか分からなかったハッピーに…。

 

「手伝えよ、相棒!!」

 

力みながらも不敵に笑いながら、ナツはただ一言そう言った。侘びや謝罪など不要。彼が生まれた時から一緒にいた、唯一無二の相棒が、自分を裏切るわけがないことなど、ナツは一切疑わない。だから余計な言葉はいらない。()()()()()()()の為に、ただ手伝え。ナツにとっても、ハッピーにとっても、言葉はそれで十分だった。

 

「っ…あいさー!!」

 

相棒の頼みを聞き、ハッピーは笑顔を浮かべて彼の元へと近づいて浮遊島を押し始めた。さらに魔力が上乗せされる。だがそれでもまだ、押し返すには足りない。

 

「ダメだ、ぶつかるぞ!!」

 

「くっ…!!」

 

最早背後にはエクスタリアの土台と言える壁が迫ってきている。このまま押し込まれれば、確実に自分たちも潰されてしまう。

 

「負けるかぁーーーっ!!」

 

だが、先んじて島を押し込もうと腕を伸ばしていたナツが後ろに迫ってきていたエクスタリアの土台に足をかけると、そこから少しでも離そうと押し込み始める。

 

「みんな!ナツに続こう!!俺たちも押し込むんだ!!」

 

咄嗟に指示を飛ばしたシエルの声を聞いて、全員が迷うことなく駆け出してナツと同じように押し始めた。スペースのある場所でレギピョンもその巨体で押し続けている。

 

押し込み始めた魔導士たち。するとペルセウスとエルザの近くに、上から降りてきた様子の見知った顔が一緒になって押しているのに気づいた。よく見ると結構ボロボロだ。特に顔部分が。

 

「ガジル!お前ずっとここにいたのに何やってたんだ!?」

 

「何故私たちのように魔水晶(ラクリマ)からみんなを元に戻さんのだ!?」

 

「黒ネコが邪魔すんだよ!!」

 

ハッピーに連れられてこの浮遊島まで来たはいいものの、どうやらその魔水晶(ラクリマ)の警備を任された第一魔戦部隊隊長の黒豹のような大男…パンサーリリーによって阻まれていたらしい。ちなみに他のものと比べてガタイはでかいのだが、彼も歴としたエクシードのようだ。

 

「どちらにしろ、今からじゃ時間がかかりすぎる!!」

 

「ここで止めるしかない!てか絶対止めてやるんだから!!」

 

「ここまで来たんだ!何が何でも止めてみせる!諦めるもんか!!」

 

今更ガジルが魔水晶(ラクリマ)からみんなを元に戻そうとしても、元に戻った直後で状況が理解できない仲間たちを巻き込んでしまう。元に戻すこと自体も時間がかかることを考えると、やはりここで止める以外に方法はない。

 

「ココ!?何故おまえが…!!」

 

「リリー!!」

 

魔水晶(ラクリマ)が存在する上部から、こちらを覗き込むように現れ、ココに声をかける存在。ガジルと戦った影響か、甲冑と兜は砕けて壊れ、外されたらしいが、黒豹の頭部とガタイのいいそのエクシード・パンサーリリーが、ココの存在に気付いたようだ。

 

「気付いちゃった!私…永遠の魔力なんていらない!永遠の笑顔がいいんだ!!」

 

友であるパンサーリリーが危険に晒され、仲間のために戦うアースランドの魔導士の姿を見て、胸の中に過った一つの願いに気が付いたココ。それに基づいた行動を誇らしく話しながら、その友に向けて眩しい笑顔を向ける。親しい人たちと笑っていけるなら、魔力が溢れていなくてもいい。

 

「何てバカな事を!!早く逃げろ、ココ!この島は何があっても止まらんぞ!!」

 

鎖が断ち切られようとも、加速に伴って起きた慣性は簡単に収まるものじゃない。このままでは自分と同じように二つの浮遊島の激突に巻き込まれ、消滅してしまう。せめて彼女だけでも逃げてほしいと願ってパンサーリリーは叫ぶが、その声に反応したのはココではなかった。

 

「止めてやる!!体が砕けようが!魂だけで止めてやるぁアアアアッ!!!」

 

体全体を燃え上がらせ、魔力を更に解放しながらナツは叫ぶ。その叫びを聞き、パンサーリリーはそれ以上の言葉が出てこない。

 

「ぐっ…腕が折れても、足が折れても、心だけは、折ってたまるもんかぁっ!!!」

 

ナツの叫びに呼応されたのか、シエルも大いに力と気合を込め、己の内側に込み上げる言葉を叫ぶ。そして、少しでも押し返すためにと、己の魔法の力の一部を呼び出した。

 

乗雲(クラウィド)気象転纏(スタイルチェンジ)雲台跳躍(トランポリン)!!」

 

自分の足場のみならず、他の仲間たちの足元にも、弾力がありながら強い反発力を生み出す雲を作り出し、勢いをつけさせようとする。普通の乗雲(クラウィド)で酔ってしまった過去があるナツは、念のため作ってはいない。

 

「いいぞシエル!みんな!こらえろぉ!!」

 

さらに強く押し込めるようになったことを自覚しながら、エルザが檄を飛ばして、それにみんなが応える。その抵抗が功を奏し始めたのか、少しずつ、ほんの少しずつだが勢いが弱まりかけている。だが、その分こちら側も消耗が見え始めていた。

 

「無駄な事を…人間の力で、どうにかできるものでは無いと言うのに…!」

 

圧倒的質量差。どうあっても人の力だけでは覆せないその差を目にしている為に、どうあっても止められないとパンサーリリーは思っている。自らも白い一対の翼を広げて激突を止めようとしている者たちを見下ろす中、エクスタリアの方から、一筋の明るい緑の光が、流れ星のように浮遊島へと向かっていくのを見て、再び目を見張った。

 

そしてその光は、浮遊島に向かう、ある存在の背から生えた翼の光。そしてその存在は浮遊島を止めようとしている者たちの中で、ハッピーのすぐ近くへと体全体で激突してきた。

 

「シャルル!!」

 

彼もよく知る白ネコのシャルル。ウェンディと共にエクスタリアに向かった彼女が、何故か一人で仲間たちの元へと戻ってきた。そして涙も浮かべたその表情には、今この状況を必死に覆そうと言う想いが浮かんでいる。

 

「私は諦めない…!妖精の尻尾(フェアリーテイル)も、エクスタリアも、両方守ってみせるんだから!!」

 

「シャルル…!」

 

別行動をする前は、エクスタリアなどどうなってもいいと叫んでいた彼女が、エクスタリアも守ってみせると言った。あの地で一体何があったのか。シエルが考える間もなく、シャルルの後に続くように、悲鳴のような気合のような叫び声をあげながら、もう一人のエクシードが激突してきた。黒くて、面長な顔立ちはどこか惚けているような印象だが、表情からはシャルルに似た必死さが出ている。

 

「アンタ…!」

 

「ぼきゅも…守りたいんだよ…!きっと…みんなも…!!」

 

エクスタリアにいたエクシードの一人と思われるその黒いネコを横目にしていると、後ろの方から、次々と似たような魔力が近づいてくるのを感じた。唯一背後を確認できるパンサーリリーは、その光景が信じられなかった。

 

 

絢爛豪華なエクスタリアの城が見えるその街から、街並みにも負けない美しい明るい緑の光が、数えきれないほどの数となって、こちらへと近づいていく。暗い夜空を彩る天の川を彷彿とさせるその光の正体は、全てが羽を背中から生やしたネコ。種族の名は、エクシード。

 

「これは…どういう事だ!?」

 

今までになかった、たった一つの前例もなかったとんでもない光景を目にし、パンサーリリーはその場に立ちすくむ。エクスタリアに住まう全てのエクシード達が、涙に濡れながらも覚悟を決めた、決死の想いを抱えた表情で迫りくる脅威の下へと向かう。その先頭を飛ぶエクシードは、真っすぐにその島を見据える藍色のツインテールをした人間の少女を抱えている。

 

人間を見下していた、自分たちが上位と思っていた者たちが、強大な力を持っているからと傲慢となっていた彼らが、そんな威厳を感じさせない必死な表情で飛んでいる。

 

「自分たちの国は、自分たちで守るんだ!!」

「危険を冒して、この国と民を守り続けてきた女王様の為にも!!」

「ウェンディさん!シャルルさん!さっきはごめんなさい!!」

 

「みんな!今はこれを何とかしよう!!」

 

エクスタリアでどのような事が起きたのだろうか。歴史書で知ったエクシードの印象とは全く違う、ハッピーやシャルルとあまり変わらないように思える彼らの力。だが今は、それを一つにまとめ、迫りくる脅威から故郷を守るため、団結して浮遊島へと己の体を激突させる。

 

「みんな…!ウェンディ…!!」

 

エクスタリアから最初に出て来たシャルルが、涙を流しながらその様子に感激しているように見えた。そして、彼女の相棒の少女もまた、シャルル、そしてシエルの比較的近い場所で両手をつき、浮遊島を押し返し始める。

 

「ウェンディ、シャルル!二人ともありがとう!二人がいなかったら…!」

 

「その言葉は!」

 

ほぼ隣に位置するところで押し始めたウェンディたちに向けて、シエルがエクシード達を一つにした彼女たちに感謝をかけようとする。だが、その途中でウェンディがその言葉を遮った。それに対して少し呆けると、ウェンディは彼に笑みを浮かべながら言った。

 

「これを止めてから聞かせて!!」

 

「…そうだね!分かった!!」

 

自分でも単純だと思う。彼女にそう言われただけで、絶対に止めてやると言う想いが俄然強くなった。だがこの変化を悪いものだと思いたくない。更に魔力を振り絞って、先程到着したウェンディとエクシード達の分の雲台跳躍(トランポリン)も作り出し、更に反発力を上げる。

 

そんな様子を見ながら、パンサーリリーは一人思い出していた。かつてのエクスタリアを。

 

彼もエクシード。彼も元々はエクスタリアに住まい、女王を守る兵士の一人だった。だがある日、エクスタリアの外に偶然出て、大怪我をした人間の子供を見つけた。治療と療養の為にエクスタリアに連れ帰ったが、人間を入国させてはならないという国の掟を破ったとして、パンサーリリーは堕天として国を追放された。

 

放っておけば命に関わる怪我をした幼い子供を助けただけで、国外追放。その後、彼はその子供を伴ってしばらく旅に出て、そして王国軍に拾われたのだ。その間に、エクスタリアやエクシードに対して、故郷や同族と言った感情は捨て去った。寧ろ忌むべきものだと考えた。

 

 

 

考えていた、のに…。

 

「『シャゴット』!!」

 

すると、そのエクスタリアとエクシードを束ねていた女王の名を耳にし、パンサーリリーは思わず顔をあげた。見れば、美しい容姿をした翼が左側しか出せなかったエクシードが、その翼を維持できずに落下してくる様子が目に映る。

 

そんな彼女を、パンサーリリーは両手で抱えるように受け止め、助け出した。

 

かつて追放された、人間の元で過ごしていたエクシードが、まさかこの場で追放された国の女王を助けるとは、女王であるシャゴットも、彼女の傍にいる長老たちも、思わず目を見張って驚いた。

 

「女王様…嘘をつくのに疲れたのかい…?」

 

「ごめんなさい…私…」

 

彼の問いに、シャゴットは別の謝罪で答えようとした。かつて人間の子供を助けた彼に、誤りはなかった。だが、種族を守るために定めた掟を破ることは出来ず、追放が決定されたパンサーリリーに、心を痛めることしかできなかった。その事を、彼女はずっと悔いていた。

 

「オレもさ…!」

 

だが、彼女の謝罪は彼の言葉によって阻まれた。心の底では憎んでなどいなかった。憎もうとしたけど、出来なかった。追放されはしたが、そこが、自分の生まれ育った故郷だったから。

 

「どんなに憎もうとも…エクスタリアはオレの国なんだ…!」

 

両目から涙を流し、悔しさに歯を食いしばり、その後悔が己の心を締め付ける。気付くには遅すぎた。あれほどの数のエクシードが束になっても、一度加速したあの浮遊島を止めることは出来ない。唯一止めることが出来た自分は、むしろ故郷を壊すことに加担してしまった。

 

「みんな、すまねえ!オレのせいだ!オレなら止められた!!人間たちを止められたんだ!!」

 

後悔から、声を振り絞ってその謝罪を叫ぶ。エクシードを危険に晒さずに止めることが出来たはずなのに。もう止めることは出来ない。そんな感情が支配している彼の腕に、シャゴットは優しく手を添える。

 

「想いは…きっと届くわ…!」

 

真っすぐに彼を見据え、その心に語る。シャゴットには分かる。一つにしたエクシード達の心…そして仲間と自分たちを救おうと奮闘する異世界の者たちの心が、想いがあれば…。

 

「止まれぇぇええええっ!!」

 

絶対にあきらめようとしないナツの叫びが。

 

「みんな頑張れーー!!」

「押せーー!!」

「オレたちなら出来るぞー!!」

 

故郷を守りたいという気持ちを前面に出すエクシード達が。

 

「負けるかよ!!」

「諦めて…なるものかっ!!」

「必ず止めるっ!!」

「ギィィイイ!!」

「止めるんだから…絶対に!!」

 

家族を失う訳に行かないと奮起する妖精たちが。

 

「私たちも押すのよ!!」

「あいさー!!」

 

エクスタリアを追われながらも、故郷を守るために翼を広げる夫婦のエクシードが。

 

「あいさーーー!!」

 

『あいあいさーーーー!!!』

 

ハッピーの掛け声と共に、その想いが一つとなっていく。その想いが光となって、まるで二つの浮遊島を隔てる壁のようになって張り巡らされる。

 

「お願い!止まってぇぇっ!!!」

 

家族を、友の故郷を助けたいと願う優しい少女の声が、その力をさらに強くしていく。だが、まだ足りない。もう一押しと言うところで、まだ押し返す力には至っていない。

 

「っ…うぅぅうがあっ!!」

 

その一押しになろうと、シエルが額を浮遊島に押し付ける。その一撃によって、彼の額に傷が出来るが、構いはしない。今、シエルの心に芽生えているのは、自分の中にある一つの力。

 

「(あの力…俺が何かしらの窮地に入っているときには、出ていたんだ…!だったら、今出ても、おかしくは無い…!!)」

 

それはエドラスに来てから、魔法が使えなくなっていた時にも出てきた、対象に魔法陣を刻んで爆発させるという謎の力。あれが今この場所でも使えれば、きっと最後の一押しになるはず。

 

しかし、どんだけ念じても、願っても、その力が今まで出ることがなかった。知らぬうちに浮かび上がり、無差別にその対象に襲い掛かる。本来なら、無意味に何かを傷つける力を欲したりはしない。だが…。

 

『他者のために、大切な者の為に振るう力は、決して悪とも言い切れない』

 

『技や魔法に善も悪もないだろ』

 

かつて兄が今の(マスター)から貰い、自分にも託した言葉。そして暗殺と言う道しか歩めないと言っていた女性にかつて自分がかけた言葉を、シエルは思い出していた。

 

そう。力自体に善悪などない。重要になるのは、その力の振るい方と、使用者の心。例え力に得体の知れない凶悪なものが宿っていたとしても、それを扱う己の心が悪に染まらない限りは、自分が正しいと思うこと、大切なものを守るために使う。

 

「(力を恐れちゃダメだ!受け入れろ!受け入れた上で、心で制する!そして心から求めるんだ!ここで、みんなを守るために!!)」

 

心の中で叫びながら、シエルは額を島から離し、再び勢いよく打ち付ける。その行動にウェンディが少しばかり驚いた様子を見せているが、最早それも聞こえない。

 

「俺の中に、眠ってるんだろ!?危ねえ時には、出てきたじゃねえか!!だったら、今ここで出ろ!!今出さなければ、いつ使うって言うんだ!!」

 

ウェンディだけじゃない。シャルルも、彼の兄であるペルセウスも、シエルのその叫びに耳を傾けている。力を持ちながらそれを発揮できなくてどうする。持てる力を、出せる時に出せなくてどうする。

 

「今、この瞬間!しばらく出せなくなっても構わないっ!俺の仲間、家族、()()を守るために!!」

 

浮かび上がる。兄に連れられて訪れた最初の頃、そこから色んな魔法を教えてもらおうと通ったこと、ギルドのメンバーとして魔導士になることを決意したこと、そして様々な出会いと別れをしてきたこと。

 

彼らは家族だ。血は繋がっていなくとも、ギルドの仲間は家族同然。そして同時にギルドが家であり、自分たち兄弟にとって、もう一つの故郷でもある。

 

 

 

そんな故郷を、今、壊されそうになって、今止めれなければそのままみんなが消えてしまう。そんなふざけたことが、あってたまるか!!

 

「俺に力を貸せえっ!!出て来いよぉオオオオッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その叫びが通じたのか。

 

 

 

シエルが額を打ち付けた部分に、例の黄色に光る魔法陣が、一つだけ浮かび上がった。

 

「シエルッ!!」

 

隣にいる少女の声で、反射的に目を開いたシエル。そして映る。あの時と同じものが。

 

「何だ、あれは…!!」

 

初めて見る魔法陣を目撃して、ペルセウスにも動揺が入る。他の者たちも、何人かはそれが目に映った。だが、それを長く気にする余裕はない。まだ魔水晶(ラクリマ)の浮遊島はこちらを押し潰そうと迫ってくる。

 

だが同時に、シエルが刻んだ魔法陣も光り始めた。今までと同じものならば、この後…。

 

「やっと…言うこと聞きやがった…!」

 

してやったりと言いたげな、少しばかり力が抜けた笑みを浮かべながらシエルが呟くと同時に、その魔法陣を起点として爆発が発生。その爆発は大きな力を生み、もう一押しと言われた浮遊島を、勢いよく押し返した。爆発の余波で数人ほどが飛ばされたりしたが、エクシードは自分の羽で、人間はそんなエクシード達に抱えられて何とか事なきを得た。

 

そして同時に、魔水晶(ラクリマ)に不思議な事が起こった。突如として光を発したと思いきや、浮遊島の天上と地上にまで達するほどの大規模な光の柱が唐突に走り、強力な風圧がそれぞれ上下に発生。浮遊島にしがみついていたエクシード達も次々と飛ばされていく。

 

 

 

目も開けていられないほどの眩い光が収まった時、場にいるすべての者たちの目に映っていたのは、予想だにしない光景だった。

 

先程まで、浮遊島の一つを占領するほどの大きさを誇っていた巨大な魔水晶(ラクリマ)が、消滅していた。浮遊島に残っているのは、魔水晶(ラクリマ)があったと思われる大きなくぼみのみ。そしてその浮遊島も、やがて光の粒子となって消滅していった。

 

魔水晶(ラクリマ)が、消えた…?」

 

「浮遊島も…どうなったの…?」

 

誰もが言葉を発せない中、グレイとルーシィだけが、混乱の最中でその声を発する。しかしその内の一人は、覚えのある気配を感じるとそこへ振り向き、やがてその表情に笑みを浮かべた。

 

「ったく…時間ギリギリにようやくの到着か…」

 

その人物、ペルセウスがその方向へと向きながら言葉を発したため、近くにいたウェンディも同じ方へと顔を向ける。そして、その目を大きく見開いた。

 

 

「遅くなってすまなかった。全てを元に戻すだけの巨大なアニマの残痕を探し、遅くなったことを詫びよう。そしてみんなの力が無ければ間に合わなかった。感謝する」

 

そこにいたのは、一般に見られるレギオンと違い白い体を持っているそれに乗った、全身を覆い隠す風貌と背中に数本の杖を背負った青年、ミストガン。

 

「ミストガン!」

「全てを元に…って!」

「もしかして…!!」

 

そして彼が告げた言葉の中にあったワードを聞いて、アースランドから来た魔導士たちに喜色の表情が浮かび上がる。これが意味することと言えば…。

 

「そうだ。魔水晶(ラクリマ)はもう一度アニマを通り、アースランドで元の姿に戻る。全て終わったのだ」

 

それを聞いて、一同は確信した。魔水晶(ラクリマ)に変えられた魔導士も、街の住人も、街自体も、全てがアースランドに帰り、元の姿に戻った。助けることが出来たのだ。仲間も全員。

 

そしてそれは、エクスタリアも同様。永遠の魔力の為の犠牲は一切出ない。守り切ることが出来たのだ。それを理解した瞬間、エクシード達から一斉に歓声が上がる。歓声を上げているのは彼らだけじゃない。仲間を無事に守れた妖精たちもそうだ。思い思いに喜びの感情を爆発させている。

 

「あ、あの!大変ですー!!」

 

だがそんな中、一人のエクシードが切羽詰まった声で喜ぶ彼らにその声をかけ、意識をそこに向けさせた。何故なら…。

 

「さっきからこの子、物凄く死にそうな状態なんです!助けられませんか!?」

 

『シエルーーー!!!』

 

必死に叫ぶエクシードに抱えられた少年が、額から血を流した状態のまま憔悴しきった表情で手足をぶらんと垂れ下げている状態。もうすぐ死ぬと言っても過言じゃない重症だったために、主に妖精たちから悲鳴混じりに名前が叫ばれた。特にペルセウスの表情が某叫びみたいになってる。

 

「な、何か…目の前が…クラクラして、来た…」

 

「そりゃ頭からそんだけ血ィ流せばそーなるわ!!」

「思いっきり頭打ちすぎでしょ!!」

「けどあんぐらいでそこまで血って出るか?」

「ナツと違ってシエルはデリケートだからね」

 

自分の症状を力ない声で訴え始めたシエルに向けて、グレイとルーシィがツッコミも含んだ心配の声を浴びせ、ナツとハッピーは別の部分を気にしている。

 

「もう!シエルはもっと自分の心配を覚えるべきだよ!!」

 

「ええ…ウェンディがそれ言う…?」

 

「どっちもどっちよ」

 

重症だったために怒った様子でシエルの元へとシャルルに頼んで近づきながら、ウェンディが彼に告げた言葉に思わずシエルも反論してしまう。自分より他人を優先して他人に心配をかけることに関しては呆れ果てているシャルルの言う通り両方同じだ。

 

「とにかく傷を治さないと…動いちゃダメだからね?」

 

治癒魔法を使えるのはウェンディとシエルの二人。そして患者がシエルの為、あまり魔力を使い過ぎるのもよくない。自然とウェンディが彼の額の傷を治す係となる、のだが…。

 

 

 

 

絶対にシエルが動かないようにウェンディが彼の顔を両手で包むように持ち、魔法をかけ始めた。

 

「……~~~ッ!?」

 

まさかの想い人の行動に一気に頭に血が上ったシエル。それが原因で、治療中の額からさらに多くの血が流れ始めた。

 

「きゃあーっ!!やっぱりシエル無茶しすぎだよ!!こんなに血が出ちゃって!!」

 

「(いや…確実にそれが原因じゃねえ…)」

 

その様子を治療中の本人は無茶がたたったと勘違いしたが、患者の兄はすぐさま原因を察した。と言うかこれは、仲間の誰もが原因を察せる。

 

再び意識がくらくらとしかけているシエルを必死にウェンディが呼び戻そうとしているのを見ながら、シャルルは思い返していた。

 

最初の頃こそ、ウェンディに不用意に近づくオスガキとして、シエルの事は気に入らなかった。性格もどこか食えないし、悪人には容赦がない。それなのにウェンディや自分に対しては妙に優しい。だからこそ余計に分からなくなっていた。

 

だが、今回エドラスで彼の行動を見たり、共にしていくうちに、その分からない部分も含めて、シエルと言う個人であることが、何となく分かった気がした。

 

考えてもみればシエルだけじゃない。ナツ、ルーシィ、グレイ、エルザ、ペルセウス。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは、一概にその者をどう形容していいか分からない人物ばかりだ。一面だけを見ていたと思ったら、全く知らない面が見える。そしてそれは、ずっと一緒にいたウェンディも、自分に好意を寄せているハッピーも。

 

そして分かった。彼は確かにウェンディと近づきたいと思うのは本心であり、打算も込みで自分とも壁の無い間柄になりたいのだろう。だがエドラスに行く前に彼は言っていた。「ウェンディの友達を放っておいても、本当に仲良くなっただなんて言えない」と。彼は最初から、真剣な思いを告げる時には、一切嘘などつかない。

 

生意気だけど優しい、イタズラ好きなのに気も遣える、飄々としてるのに時々分かりやすい、子供の割に大人のようで、でもやっぱり子供。言葉にするとあべこべだ。けどそれが、この少年、シエル・ファルシーと言う一人の人間の特徴なんだろう。

 

「(無茶してウェンディに心配をかけさせたのはいただけないけど…)私たちの故郷を必死に守ろうとしてくれたことには礼を言うわ、()()()…」

 

「…ん?シャルル、今何か言わなかった?」

 

「別に何も言ってないわよ?」

 

頭が蒸発しかけて朦朧していた意識もウェンディによって治癒され、ようやく回復してきていたシエル。そんな彼の耳に、ハッキリとシャルルの言葉は届かなかった。聞き返してもすました顔で彼女は何も答えない。

 

そんな二人の間にいるウェンディは、すまし顔のシャルルと、首を傾げるシエルを視界に入れながら、嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。そして彼女の視線は、自分たちにとっての家族と、友にとっての故郷を救ってくれた、昔からの恩人へと向いた。

 

「リリー。君に助けられた命だ…。君の故郷を守れてよかった」

 

顔を隠していたターバンとマスクを外しながら穏やかに笑みを浮かべるミストガン。あの時パンサーリリーが助けた人間の子供。それが彼、ミストガンだった。かつて自分が助けた少年によって、故郷が助けられた。パンサーリリーにとって、これ以上にない程の嬉しい出来事だろう。

 

「ええ、ありがとうございます…。()()

 

嬉しさから涙を流しながら告げたパンサーリリーの言葉を拾った耳のいいウェンディは、恩人のまさかの肩書に思わず驚愕が勝って、気付けば口に出した。

 

「王子…?ジェラールが王子様!?」

 

「え!?王子って…この国の!?」

 

ウェンディの驚愕の声を聞いたシエルもまた、同じように驚いた。どうりでアニマの事に詳しかったり、エクスボールと言う丸薬を持っていたり、エドラスの国事情にも詳しいわけだ。予想は出来なかったが、いざ知ってしまうと色々と辻褄が合う。そして彼自身の目的は、自分の国…ひいては父である国王の凶行を止めるため、と言ったところか。

 

この事も、兄は知っていたのだろうか…?互いに笑みを向け合うミストガンとパンサーリリーの様子を、どこか満足気に眺めている様子の兄に視線を向けながら、シエルはそう考えてみる。

 

 

 

 

 

 

だがその思考も、長くは続かなかった。王都がある方向からレーザー砲が放たれ、パンサーリリーの背中を貫通するのを目撃するまでは。

 

エクシードも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)も、誰もがその光景を疑った。

 

「なっ…!?」

 

「黒ネコ!!」

 

「リリーー!!」

 

涙に濡れながら地へと堕ちていく黒豹。そして、その黒豹を打ち抜いた元凶は、王都から何体ものレギオンを伴ってこちらへ迫ってきていた。それを従えるのは、槍の形状を大型銃のように変えて構え、首元まで緋色の髪を短く斬った、鬼気迫る顔を浮かべた妖精狩り。

 

「まだだ!!まだ終わらんぞ!!!」

 

異世界エドラスでの戦いは、本当の意味で最終章を迎える…。




おまけ風次回予告

シエル「ようやくギルドのみんなを助けられたと思ってたのに…!」

ウェンディ「エドラスのエルザさんにシエル…それに王様まで、あんな兵器もあるなんて…!」

シエル「しかもあの兵器、魔法が効かないんじゃ、対処のしようもない…ドラゴンっぽく見えるけど、どうしたら…!?」

ウェンディ「ドラゴン……だったら、私たちがやらないと!!」

シエル「大丈夫なの、ウェンディ…!?」

次回『ドロマ・アニム』

ウェンディ「うん!ナツさんとガジルさんもいるし、二人をしっかりサポートできれば…!」

シエル「敵そっちのけてケンカ始めたら、ウェンディ止められる…?」

ウェンディ「だ、大丈夫だよ!…きっと…多分…(汗)」

シエル「別の意味で心配だ…」


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第95話 ドロマ・アニム

最近急に暑くなりましたね…。もう家で過ごすときは半袖短パンの状態になってます。これから梅雨にも入るし…やる気が削がれないように気をつけないと…!

ちなみに今回は、昨今の回には珍しくちょっと短めです。キリのいいところはこの辺りだった…。


体を貫かれ、その力を失い、滞空することも出来ずに地へと堕ちていく。

 

屈強な黒ネコ・パンサーリリーが涙に濡れながら落ちていく光景を、誰もが驚愕の表情を浮かべながら目にしていた。

 

「リリーー!!」

 

かつて自分を救ってくれた恩人である彼の名を叫ぶミストガン。そして、彼を撃った張本人は、王都から飛び立った10を軽く超す巨大な生物群、レギオンの内の一体に乗り、こちらに巨大な砲台のように変形した槍を向けている、短く切り揃えた緋色の髪を持った女戦士。

 

「あいつ…向こうのエルザだ!」

 

「あのヤロー…よくも!!」

 

パンサーリリーを裏切者として撃ち抜いたエドラスのエルザ…ナイトウォーカーの仕業であることにナツも気付き、実はパンサーリリーを自分の相棒にしようと考えて居たガジルも、その相棒候補を手にかけられたことで怒りを募らせる。

 

「誰か…リリーを助けて!!」

 

「任せてください!!」

 

落下していったパンサーリリーを救助するため、シャゴットの声を聞いた一人のエクシードが翼を広げて彼の元へと向かっていく。その光景を見てシャルルに抱えられたウェンディも動こうとする。

 

「シエル!私たちも!」

 

「行きたいところだけど…あいつらが見逃すかどうか…!」

 

即死してはいないはず。ならば傷を治せる二人が向かって治療すると考えたのだろう。だが、王都から次々と現れてくるレギオンの群れを目にしているシエルは、その物量を潜り抜けるリスクの高さを感じた。

 

「スカーレットォォ!!」

 

「ナイトウォーカー…!」

 

そしてそのレギオンたちが操る兵たちを率いるエドエルザの激昂が響き、矛先となっているエルザが呟くように零す。またしても激突は必至。彼女を迎え撃たざるを得ないと考えていた瞬間、ミストガンが彼女を止めるかのように腕をかざす。

 

「エドラス王国王子であるこの私に、刃を向けるつもりか、エルザ・ナイトウォーカー!」

 

ミストガンから明かされた彼自身の素性、そして警告にも似た言葉に、王国に忠誠を誓うエドエルザは歯嚙みしながら彼と、その隣でエクシードに抱えられているエルザを睨みつける。王子と言う立場を盾にされては、彼女も無視できないようだ。

 

余談だが、今のミストガンの発言でエルザはようやく彼が王子であることに気付いて衝撃を受けた。もう一つ言えば、彼女を抱えているエクシードが、彼女が身につけている鎧の重さが原因で、実は色々と限界に近い状態である。

 

 

 

 

《フハハハハ…!王子だと?笑わせるでないわ!!ワシは貴様を息子などとは思っておらん!!》

 

すると突如、どこからともなく一人の老人の声が、辺り全体に響き渡る。国王ファウストの声。機械を通しているようで、肉眼ではその姿がどこにあるか確認がとれない。

 

《7年も行方を眩ませておいて、よくおめおめと戻ってこれたものだ…!貴様がアースランドでアニマを塞いで回っていたのは知っておるぞ!売国奴め!お前は自分の国を売ったのだ!!》

 

「どっから喋ってやがる…!?」

 

「オイ!姿を現せ!!」

「そうだそうだ!」

 

声の主が国王であることに気付いて敵軍の中から姿を探すも見つからない。据わった目を細めながらペルセウスが敵側の様子を見て呟き、ナツの叫びとハッピーの同調が加わる。

 

「あなたのアニマ計画は失敗したんだ。もう戦う意味などないだろう?」

 

アースランドから吸収して魔水晶(ラクリマ)に変えられていた者たちはすべて戻った。グレイとエルザもここにいて、他の者たちはアースランドで復活する。何もかも元通りに。エドラス王国の望みはもう果たされない。だからこれ以上は、ミストガンの言うように

争う理由など無いはず。

 

 

 

しかしそれを、王国側は許容しない。

 

 

《意味?戦う意味だと?》

 

声と共に真っ先に異常を発したのは、地上に存在する、闘技場跡と思わしき石壁に囲まれた空間。その中心から魔力の光が発せられ、大気を震わせる。

 

《これは戦いなどではない。王に仇なす者への報復!一方的な殲滅!》

 

その光から現れたのは、封印と思わしき鎖が何本も繋がれた、繭のような形の巨大物体。四肢がある何かの生き物が、丸く収納されている形にも見えるそれを、誰もが口を開けて眺めている。

 

《ワシの前に立ちはだかるつもりなら、例え貴様であろうと消してくれる…!跡形も無くなァ…!!》

 

そしてその巨大な物体は国王の声に呼応するように地上から浮かび上がり、その力で繋がれていた鎖を自ら引きちぎる。封印が解かれたことを示すかのように。

 

「父上…!」

 

《父ではない!ワシはエドラスの王である!!》

 

一縷の望みを抱えて自らの父に呼びかけるも、一切応えるつもりのないファウスト。その間にも丸まっていた巨大な物体は、その姿を解いて確かな形のあるものへと轟音を立てながら変化を始める。

 

《そうだ…貴様を始末すれば、アースランドでアニマを塞げる者はいなくなる。また巨大な魔水晶(ラクリマ)を造り上げ、エクシードを融合させることなど、何度でも出来るではないか…!!》

 

「あ、あれは…!!」

 

徐々に変わりゆくその巨大な物体の様相を見て、シャゴットが声を出した。彼女には心当たりがあった。彼女だけではない。エクシードの中でも古株である長老たちには、全員その兵器には見覚えがあったのだ。

 

鋼鉄で作られた巨大な体。黒鉄と白銀を重ね合わせたような、強靭な四肢と長い尻尾、重厚な身体、そして怪しく輝く赤い機械の目を輝かせ、口から咆哮にも似た魔力による大気の揺れを発する。その形はまるで…ドラゴン。

 

《フハハハハハハッ!!王の力に不可能は無い!!王の力は絶対なのだ!!》

 

見当たりもしなかった王の姿。だが、巨大な機械のドラゴンから聞こえてきたのは、間違いなくその国王の声。あの中に、国王自らが乗り込んでいることが、ようやく明らかになった。

 

「おぉ…あの姿…あの魔力…!」

「間違いない…!」

「な、何という事じゃ…!」

「あれは…あれは…!」

 

「ドロマ・アニム…!!」

 

そして心当たりがあった長老たちが、あの巨大な兵器に対して確信を持った。『ドロマ・アニム』。シャゴットより告げられたその兵器の名を耳にし、ミストガンもまた驚愕を受けている。

 

「ドロマ・アニム…こっちの言葉で『竜騎士』の意味…!ドラゴンの強化装甲だと!?」

 

「ドラゴンの…強化装甲とは何だ!?」

 

見目通り、ドラゴンに何かしら繋がりがあるとは思っていた。竜騎士の名を関する強化装甲。疑問を浮かべて口に出たペルセウスの問いかけに、王国軍の兵器に詳しいココがその答えを告げる。

 

対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)が外部からの魔法を全部無効化させちゃう、搭乗型の甲冑!王様が、あの中でドロマ・アニムを操縦してるんだよう!!」

 

竜鎖砲の部屋の門にも施された、あらゆる魔法を無効にしてしまう対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)。それが搭載された強化装甲の中にいるとなると、相手にするのも無意味であると言外に言われている。厄介なものが持ち出されてしまった。

 

更に、ドロマ・アニムの前方に、先程それを出した時と同様に、だが小さい魔力の光が数十を超える数で発せられる。何かと思い目を凝らしてみると、ドロマ・アニムと似たような素材と思われる小型の飛竜型の機械だ。そしてその上に一体一人ずつ上に乗っている、王国軍の紋章が刻まれたフード付きローブを纏った集団が出現する。

 

そして、その一番前方の飛竜に乗っているのは、水色がかった銀色の短い髪と、切れ長の目を持った、眼鏡と白衣を身につけた青年。

 

「エドシエル…!!」

 

「それに…あいつらは…!?」

 

「魔科学研の戦闘班…!シエルが作った魔科学兵器を使いこなせる、選抜部隊だよう!!」

 

前日に会った魔科学研の部長の姿を目にしたウェンディが、目を見開いて少しばかり怒りを込めて名を口にし、隣のシエルはその後方に同時に現れた集団に目を向ける。そして再びココから明かされたのは、一般の兵士達よりもさらに優れた、魔科学の力を大いに行使するエドシエル直々に率いる部隊について。部長のエドシエル以外は顔すら見えないが、兵としての練度は恐らく脅威は上と思われる。

 

「ドロマ・アニムの起動完了を確認。これよりエクシードの魔力化(マジカライズ)、アースランドの魔導士、及びエドラスを裏切った者共の掃討作戦を開始する」

 

冷酷かつ無感情な顔と声で淡々と伝え、自らが乗っている小型の飛竜型の機械を起動する。それに続くように、後方の戦闘班の者たちも各々の飛竜たちを起動させていき、翼をはためかせて飛行を始める。

 

《我が兵たちよ!エクシードを捕らえよ!!》

 

「仰せのままに!出撃だ!!」

『はっ!!』

 

砲身が備わっている竜の口を開きながら、国王からの命が下される。それに応え、長杖を前方に指し示しながらエドシエルが自分たちの部隊に指示を出すと、エクシード、及びアースランドの魔導士たちの元へと飛行で接近を始める。

 

「まずい!逃げるんだ!!」

 

魔戦部隊に加え、国王操るドロマ・アニム、そして魔科学研の戦力も加わって、こちら側を殲滅しようと襲い掛かる王国軍。脅威を感じ取ったミストガンがいち早くそれを避難指示として声に出し、エクシード達は恐怖を前面に出しながら各々散開して逃走を開始。しかし、それを見ておめおめと逃がすような敵ではない。

 

「魔科学研に後れを取るわけにいかない!逃がすなーっ!!」

 

散開したエクシード達に向けて、レギオンに乗っている兵士たちが大砲型の機械を肩に担いで、エクシード目掛けて青い光線を発射し始める。その光線にエクシード達が直撃すると、当てられてしまったエクシード達が次々と、小さいネコの頭を模した魔水晶(ラクリマ)へと変化させられる。

 

堕天としてハッピーたちを追いかけてきた近衛師団がやられた、魔水晶(ラクリマ)に変える光線と同種のものらしい。

 

仲間を魔水晶(ラクリマ)に変えられ、それを目撃したエクシード達は更に恐怖心を露わにしながら逃げていく。だが、どれだけ逃げようとしても、確実に追い詰められ、意思の無い結晶に変えられてしまう者たちが増えていく。魔戦部隊のみならず、魔科学研の者たちも同じ武器を使ってエクシード達を次々魔水晶(ラクリマ)に変えていくため、犠牲はさらに増えていってしまう。

 

「みんな、逃げて…!生き延びるのよ!!」

 

片翼で満足に飛ぶことが出来ないシャゴットが、長老のエクシードに支えられながら、逃げていくエクシードの身を案じて呼びかける。どうか自分の身を大事にしてほしい。一人でも多く生き延びてほしいと願いながら。

 

「逃がしはしない…一匹残らず世界の糧にする…。追うぞ!!」

 

シャゴットの願いを、そして彼らの恐怖を踏みにじるように、容赦なく逃げ惑うエクシード達を追いかけるようにエドシエルが指示を飛ばす。それに応え、声をあげながら、エドシエル率いる魔科学研戦闘班、エドエルザ率いる魔戦部隊レギオン隊が、容赦なく天使たちの蹂躙を続ける。

 

「っ……!!」

 

ココが操るレギピョンに合流するアースランドの魔導士たち。その中で、魔科学研を率いるエドシエルに対して憤りを感じるウェンディが、普段の優しい様子からは想像できない怒りのこもった表情で、エクシードを追いかけていった彼の後ろ姿を睨みつけている。

 

「王国軍からエクシード達を守るんだ!」

 

「エドラスの俺と、エルザたちを追撃して、意識をこっちに向けさせよう!」

 

「あのデカブツはどうする?」

 

「相手にするだけ無駄だよう!魔法が効かないんだから!!」

 

「だが、確実に邪魔はしてくるだろ?あんなモンまで持ち出してくるぐれえだ!!」

 

その様子を一部が気付きながらも、今優先するべきこと…エクシード達を王国軍から守ることを提示し、エルザとシエルの二人を中心に方針が決められる。だがペルセウスの懸念の通り、地上にいるドロマ・アニムに搭乗する国王が何もしないなど考えられない。かといって、魔法が効かないとなれば、足止めすら出来るかどうか。

 

「躱しながら行くしかない!今のエクシードは無防備だ!オレたちが守らないと!!」

 

下手に足止めをしようとすれば逆にこちらが危険。ミストガンは強行突破することに懸けた。エクシード達を追っていった部隊の後を、向かい始めたミストガンたちに国王が反応を示す。

 

《躱しながら?守る?フフフフ…!人間は一人として逃がさん!!全員この場で塵にしてくれる!!》

 

禁式とまで指定された兵器を前にして余裕さえ思わせる言葉を聞いた国王から、失笑と共に怒号が続き、機械の竜から、口内の砲身にエネルギーが集約されていく。そして逃げていく二体のレギオンに向けて、そのエネルギー砲が発射された。高速で迫るそれを目にし、全員が逃げられないと判断。白光を纏ったそれの眩しさに目を覆う。

 

 

そんなエネルギー砲を、場にいる全員の前に立って魔法陣を展開し、白いレギオンに乗った青年が食い止めた。

 

「ミストガン、お前…!?」

 

《ミストガン…?それがアースランドでの貴様の名か、ジェラール!?》

 

思わずペルセウスが彼に呼んだ名前を聞いた国王が、エネルギー砲を持続させながら問う。いや、問うと言うより皮肉を込めたのだろう。自国を裏切って、他の世界のために動くために、自らを偽った名前を語る息子に向けた…。

 

「ペル!今のうちに行け!!」

 

「……分かった、行くぞ!!」

 

「ペル!?しかし!!」

 

「それがミストガン(こいつ)の覚悟だ!!」

 

ドロマ・アニムの攻撃を、苦悶の表情を浮かべながら食い止め、先を急ぐことを優先させるミストガン。それを見捨てられないとエルザが声を張るが、ペルセウスは彼の覚悟を優先する。エクシード達の身の安全を考えて。

 

勿論ミストガンも、簡単にやられるつもりはない。展開した魔法陣は、彼が常に背負っているいくつもの杖によるもの。それらを操作して、食い止めている魔法陣に更に別の魔法を重ねていく。

 

「『三重魔法陣・鏡水』!!」

 

三つ重ねられた魔法陣がその性質を変化させ、ドロマ・アニムのエネルギー砲を反射させる。そしてその先は攻撃を行ったドロマ・アニム自身。跳ね返したのだ。強力なエネルギーを帯びた一撃を放つ兵器の攻撃は、放った自分自身に返り、着弾。大爆発を巻き起こす。

 

「やったか!?」

「スゴイ!これがミストガン!!」

「兄さんと並ぶ、S級の実力…!!」

 

跳ね返されたことに想定外の声をあげていた様子だったことで、それに対する迎撃は出来なかっただろう。押されていたと思っていたが、しっかりと反撃を実行する確かな実力に、彼をS級であると知っている妖精の尻尾(フェアリーテイル)から感嘆の声が上がる。

 

しかし、爆発で起きた煙が晴れた先には、こちらが予想していなかったものが映っていた。

 

《クッフッフッフ…!チクチクするわ…!!》

 

大破するどころか、傷一つすらついていないドロマ・アニムの姿。威力自体は確かなものだったが、魔法を一切通さない対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)の装甲を破ることは不可能。魔導士が相手になったところで、魔法の攻撃を無効化するドロマ・アニムの前では無力。こちらをバカにするように高らかに告げながら、ドロマ・アニムの攻撃が再びミストガンに襲い掛かる。

 

「ぐあああっ!!」

 

「「ミストガン!!」」

 

その攻撃を喰らったらしいミストガンが、白いレギオンから身を投げ出され、落下していく。ペルセウスとエルザの二人が彼の名を呼びかけるも、それに応える余裕もなく、彼は眼下の森の中へと落ちていった。

 

《ファーハッハッハ!!貴様には地を這う姿が似合っておるぞ!そのまま地上での野垂れ死ぬがよいわ!!》

 

機械越しの国王の嘲笑が響く中、耳を澄ましてみると兵士たちが放つ攻撃の音、それによって魔水晶(ラクリマ)にされていくエクシード達の悲鳴も聞こえてくる。予想よりも数多くのエクシード達が犠牲になっているようで、次々と地上にネコの顔をした魔水晶(ラクリマ)が落ちていく。

 

《おお…!美しいぞ…!!エクシードを一人残さず、魔水晶(ラクリマ)にするのだー!!》

 

「好き勝手に言いやがって…!!竜巻注意報…!!トルネー…うわっ!!?」

 

せめて兵士たちが足として使っているレギオンや小型竜を妨げようとシエルが魔法を狙うも、地上からのドロマ・アニムの攻撃が襲い掛かって、レギピョンがそれを回避。その影響で自分たちの足場も大きく揺れる。

 

乗り物酔いになりやすいナツが、レギピョンも仲間のようだと言う認識で酔わずにいるが、ここまで揺らされると、自分たちの方が酔いそうだ。

 

「くそ!あれを躱しながら戦うのは無理だ!!」

 

「人数分の乗雲(クラウィド)で分散して、各自攻撃…雲の操作に俺が集中すれば…何とか…!」

 

「それだとお前の負担が大きすぎるぞ!!」

 

「けど、他に方法が…!」

 

的の大きいレギピョンに乗りながら攻撃を行うには、ドロマ・アニムの攻撃が苛烈な限り難しい。ならば今いる人数、的を小さくして各々の雲の操作にシエルが集中するという案を本人が出すも、戦況把握、魔力操作、更に安全面を考慮するとシエル一人の負担が大きいと判断したペルセウスが反論する。それ以外で何かいい案があるか…考えを巡らせるも、再び地上からの攻撃が襲い掛かってくる。

 

「レギピョン、頑張って!!」

 

《逃がさんぞぉ!!》

 

すぐさまココが回避するように声をかけるが、すぐさま照準を変えて狙い撃ちをしてくる。このままでは直撃…と思われたその時だった。

 

 

 

 

 

突如ドロマ・アニムの首を折り曲げようとするほどの攻撃が上から降りかかり、その攻撃を中断させた。

 

《何ィ!?》

 

予想だにしなかった衝撃に、国王の顔が驚愕に歪む。だがこれだけじゃない。今度は胸部に大きく体を仰け反らせるほどの強い攻撃が加えられる。どちらも先程ミストガンに跳ね返された攻撃とは比にならない衝撃。

 

《誰だ!?魔法が効かんハズのドロマ・アニムに攻撃を加えている者は…!!?》

 

攻撃を加えている存在が、確かにいることは分かる。だがどこにも見当たらない。否、見つけられない。巨大な強化装甲に身を包んでいるが故に、この巨体を大きく動かすような存在がただの人間なわけがないと思っている為に。故に気付かない。更なる攻撃を加えようとしている小さな影が、空から飛来していることに。

 

「天竜の…咆哮!!」

 

その小さな身体から出ているとは思えない、巨体を飲み込むほどの純白の突風。その風は巨体をいとも簡単に動かして、10メートル以上は地を滑らせる。そしてようやく目に映った。自分のような装甲など纏っていない、生身で己の前に立ちはだかった三人の魔導士の姿が。

 

《き、貴様等はぁ…!!》

 

一人目は、桜色の短い髪と白い鱗柄のマフラーが特徴的な、不敵な笑みを浮かべた青年。

二人目は、逆立っている長い髪と肉食獣のような赤い眼を持った、不機嫌そうに顔を歪めた青年。

そして今攻撃を加えた最後の一人、藍色の髪を赤い髪留めでツインテールにした、警戒を止めずに機械の竜を見据える幼い少女。

 

「やるじゃねーか、ウェンディ」

 

「いいえ…二人の攻撃の方が、ダメージとしては有効です」

 

「ヤロウ…よくもオレのネコを…!」

 

《そうか…貴様等か…!!》

 

その3人が何者なのかは、誰もが知っている。魔法を通さぬ体に唯一有効打を与えられたその存在を。何の因果だろう。竜の形を模した特殊な装甲を打ち砕く可能性を秘めているのは、この世界においても特殊な魔力を有した、彼らのみと言うのは。

 

「ナツ!!」

「ウェンディ!!」

「ガジル…!!」

 

ナツとウェンディのそれぞれの相棒、そしてガジルと共にこの世界に来た青年が、その身を案じて彼らの名を呼ぶ。他の仲間も同様だ。しかし彼らに恐れは見えない。そしてエクシード達を諦めたわけでもない。

 

「行け、ネコたちを守るんだ」

 

「そっちは3人で大丈夫なの!?」

 

静かに、仲間たちに守るべき者たちを託し、迫りくる一番の障害に立ち向かう。ルーシィが心配そうに声を張り上げ、シエルも彼らの姿を心配そうな眼差しで見下ろしている。だが、下に降り立っている3人。その中でも、唯一小柄な少女の表情を遠くから見て、シエル自身も、迷いを振り払うように本来向かうべき方へと顔を向ける。

 

「大丈夫だ!信じよう!3人なら絶対に負けない!!」

 

仲間として、家族として、信じられずにどうしろと言うのだ。それにドロマ・アニムを倒せるとすれば、彼らを於いて他にいない。何故なら相手はドラゴン。そして対峙する彼らは、そのドラゴンに唯一対抗できる力を持った魔導士。

 

「ドラゴン狩りの魔導士…“滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)”!!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ドロマ・アニムをナツたち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が相手にしている間、エクシードの魔力化(マジカライズ)を食い止めようと追撃するシエルたち。ドロマ・アニムからの攻撃を躱すために時間を使われてしまったが、何とか速度を上げて、兵たちのすぐ後方にまで追いつくことが出来た。

 

「大変だ…!!」

 

「ここまで悲鳴が…!!」

 

エクシード達もまだ多く残ってくれているが、未だ王国軍によるエクシードの蹂躙は終わらない。道すがらで何度も結晶化されてしまった彼らを目撃した。早く止めなければ。

 

「しかし何て数だ…」

 

「関係ねえよ。片っ端から兵士共を叩くだけだ」

 

「ああ、私たちがやらねば、エクシードがやられる!」

 

思った以上の兵士の数にグレイが少々辟易しているが、ペルセウスとエルザは臨戦態勢だ。ハッピーとシャルルも、同族と故郷のために、出来ることをしようと覚悟を決めている。そしてシエルも、いつでも自分の魔法で兵士たちをレギオンから振り落とす準備を整えている。激突の時が近づいていることは、容易に想像していた。

 

 

 

 

 

「『八方包囲網』、展開しろ」

 

だが、彼らには次の瞬間で発生した現象に理解が追い付かなかった。突如として魔力で作られた網目状の壁が、空中に飛行する自分たちを大きく囲み、その動きを完全に止められてしまった。

 

「何!?何なのこれ!?」

「網か!?」

「まさか…誘いこまれた!?」

 

全員が目の前の状況を理解できずに混乱している中、シエルだけは気付いた。網目状の壁を展開しているのが、上下左右前後、8枚の壁を作り出している6点の位置を飛行する魔科学研の者たちが潜んでいたことに。それぞれ手に持つ機械を使って自分たちの包囲網を作り上げた。

 

罠だった。エクシード達を襲う兵たちの後方を常に位置どって、こちらが追いかけてくるのを、待ち伏せしていたのだ。

 

「策とも言えない稚拙な戦法だが…わざわざエクシードを守ろうとしている甘い連中には、十分効果的だろ」

 

網目の先でこちらを見下ろす…否、見下すような冷たい眼差しを向けながら、その罠をはった元凶である魔科学研部長の声が彼らに届く。こちらの心理を読んで行った罠に、あっさりとかかってしまった自分たちに、どこか呆れているかのようにも見える。

 

「待っていたぞ、スカーレット。仮にもエルザであるお前には、あんな男の狙いにいとも簡単にかかるような、無様な姿を晒してほしくなかったがな」

 

「くっ…!!」

 

同じように壁の外からこちらを見下してくる妖精狩り。嘲笑をまじえた、どこか落胆のようにも聞こえる言葉を耳にし、事実、自分の不甲斐なさに反論する気も起きないほどの後悔を見せる。さらに見ると、網目になっている壁の外側には、伏兵として待機していたそれぞれの兵士たちが武器を構えてこちらを狙っているのが見える。

 

「か、囲まれちゃってるよう!」

「逃げ場もねえ…やべぇぞ!!」

「ど、どうすればいいの!!?」

 

文字通りの八方塞がり。突破できる隙も自由も与えられないまま、王国軍はこちらを蹂躙しようと魔力を装填し始める。

 

「どのみちこの場でお前たちは終わる。アースランドの魔導士どもは勿論…お前もだ、ココ!!」

 

焦りを募らせて慌てだす魔導士たちに向けて、淡々と冷たくこちらの未来を宣告するエドシエル。だが、最後にココにまで向けて言い放たれたそれは、それまでの機械的な彼から想像できない怒気を纏った声となって、彼女の身体を震わせた。

 

「お前さえ、バカな真似をしでかしたりしなければ…今頃この世界は永遠の魔力によって満ち溢れた、豊かな世界になっていた…!それを、お前の勝手な行動が全てを無駄にさせたんだ…!万が一にも、陛下がお許しになったとしても、俺が絶対に許しはしない…!!」

 

これまで無感情に、機械のように国に従い、その責務を果たしてきた魔科学研部長が、ココ一個人に向けて異常とも言うべき憎悪を向けている。向けられていない周りの兵士たちでさえ恐怖と困惑を現わしてしまうほどの剣幕を、一身に受けている側であるココは、彼の名を震えた声で呟きながら、涙を浮かべてその恐怖に打ち震えている。

 

そんな彼女を庇うようにシエルが前に立ちながら、エドラスにおける自分の憎悪に歪んだ表情を真っすぐ目にし、何かを思考しているが、その胸中は誰にも察することが出来ない。

 

「国家反逆の罪人として、アースランドの魔導士諸共消え失せろ…!一斉掃射、放て!!」

 

怒りを込めたエドシエルの号令に一瞬戸惑いながらも、八方に展開している兵士たちの容赦のない攻撃が放たれる。逃げ場のない弾幕に誰もが絶望と言う言葉を浮かべ始めたその時、もう一人の自分に視線を向けていた少年が声を張った。

 

「グレイは“(シールド)”!!エルザは金剛!!兄さんはイージスで防御するんだ!!とにかく今は守りを固める!!」

 

「やるしかねえか!!」

「分かった!!」

「任せておけ!!」

 

吹雪の魔力を手に込めながら、防御の魔法を扱えるグレイ、エルザ、ペルセウスにシエルが指示を飛ばす。すぐさまその意図を察した三人も、彼に続くように魔力を込め始める。

 

そしてそれぞれが氷の盾、頑強な鎧と盾、鏡の光沢を持った盾を携えて、それぞれ二面から迫りくる攻撃を防ぎだす。そして残りの二面も、吹雪の魔力をかまくらで造った要塞を広く展開して攻撃を防ぐ。守りの魔法を扱う4人による八方に対する守護。未だに止むことがない弾幕に苦悶の表情を浮かべてはいるが、レギピョン含めて、その攻撃の餌食には誰も遭っていない。

 

「防ぎきれてる…!?」

「すごいや!!」

「でも、ここから出れなきゃ限界が来るわよ!?」

 

守りの中で身を屈めているルーシィたちは、その防御力の高さに歓声を上げている。だがシャルルが言う通り、肝心の網目状の壁をどうにかしなければジリ貧だ。

 

「…エルザ、守りの穴は分かるな?」

 

「貴様に言われるまでもない」

 

すると兵士たちを率いる二人のトップが、守りに徹底している敵の魔導士たちの様子から気付いた事に関して互いに一言ずつ呟く。それぞれレギオンや小型の機械竜を操作し、それぞれある方角から自らの得物に魔力を込める。それは両者とも、火属性の魔力。

 

「シエル!グレイ!狙われてるぞ!!」

 

それに気付いたペルセウスが声を張り上げるが、二人にはそれぞれに対処する余裕はなかった。

 

「『イグニスランス』!!」

爆発の槍(エクスプロージョン)!!」

 

エドシエルは矢のように火の槍を飛ばしてかまくらを貫き、エドエルザは炎を生み出す槍から爆炎を発射して氷の盾を消滅させる。それぞれ火に弱いもので守りを固めていたことが仇となり、4面を守っていた二人の守りが瓦解する。

 

そして再度その守りを展開する余裕が一瞬さえ存在しないまま、シエルとグレイ、さらに足場代わりになっていたレギピョンに、容赦なく攻撃が襲い掛かる。

 

「レギピョーン!!」

 

空中に投げ出される一行。しかも落下する先には魔力で作られた網。人間やエクシードはともかく、巨体のレギピョンが潜り抜けるのは不可能。このままでは危険だ。

 

「換装、ダーインスレイヴ!神魔一閃!!」

 

すぐさま態勢を立て直したペルセウスが黒剣を手に持って下方向の網を斬り裂く。それによって魔力の維持が難しくなったのか、網の壁は消滅。結果的には包囲網を脱出することに成功する。

 

 

だがここでペルセウスは一つ気付いた。

 

「あ…最初からダーインスレイヴ(これ)で強行突破すればよかったか?」

 

「気付くの遅すぎー!!」

「今言っても何の意味もねぇー!!」

 

いざとなったら物理で突破と言う軽く脳筋思考のくせして、肝心な時に鈍いところがある。真っ先に気付いてほしかった事柄だけに、落下しながらルーシィとグレイが苛立ちながら叫ぶのも無理はなかった。

 

乗雲(クラウィド)!!」

 

そして落下に対してどうすればいいかと言う問題も、まだ上の方にいるシエルが、下の方に大きめの雲を出して、人間たちを()()受け止める。助かった。(エーラ)を広げたハッピーたちも合流して、雲がゆっくりと降下していく。

 

「二人以上は無理そうだったから、助かったわね」

 

「ん…?シエルはどこだ?」

 

「あれ?そう言えばエルザも…?」

 

雲の上で束の間の一息をしていると、その雲を出したはずの少年の姿が見えない事に、兄がすぐさま気付いて周りを見渡す。ルーシィも、少年だけでなく、もう一人緋色の髪の女騎士の姿が見えずに、困惑している。

 

「王に刃を向けた者は生かしておかん。確実に仕留めるんだ!」

 

「往生際の悪い奴等だ…。総員、地上に降りるぞ!」

 

『はっ!!』

 

『八方包囲網』を結果的に突破され、下の方へと逃げていった者たちを一人たりとも逃がすわけにいかない。その場にいた全兵士たちが彼らが降りていった地上へと向かいだす。

 

 

 

「うわぁ!?」

 

だがその時、一体のレギオンの上に乗っていた兵士の悲鳴が響き、兵士たちの視線がそこに集中する。見てみると、そのレギオンの首に長い鎖が巻き付いており、それをエルザが掴んで乗り込み、兵士の一人を突き落としていた。そしてエルザはそのまま落下していくレギオンを足伝いにして跳躍し、エドエルザへと斬りかかる。

 

「スカーレット…!!」

 

「そろそろ決着をつけようか、ナイトウォーカー!!」

 

それを槍で受け止め、数瞬の鍔迫り合いの後に二人のエルザはレギオンから飛び降りる。王城内での決着を今この場で決めるつもりのようだ。

 

「あいつめ、勝手な事を…」

 

数の利を活かして一気に叩く方が効率的だと言うのに、直接1対1で決着をつけたがる妖精狩りに、呆れた様子で口を開くエドシエル。しかし、そう呟いた瞬間、辺り一帯に暴風が吹き荒れ始め、巻き込まれたレギオンや機械竜に乗っている兵士たちが落下し始める。エドシエルは踏みとどまっているが、この暴風を引き起こしている存在に心当たりをつけ、舌打ちを一つ打つ。

 

「これぐらいの風…すぐに…っ!?」

 

手に持つ長杖の緑の珠を光らせて、風の力を相殺させようとするが、突如何かに気付いて目を見開いて後ろへと目を向けると、暴風の中を掻い潜って雷を纏った自分とよく似た少年が高速で接近するのが映る。そして右脚で勢いよく蹴り飛ばそうとしてくる少年の攻撃を長杖で防御し、小型竜を後方へと飛行させることで威力を押さえる。

 

気象纏転(スタイルチェンジ)風廻り(ホワルウィンド)(スピア)!!」

 

しかし、シエルがすぐさま暴風を手元に集めて槍を作り出すと、エドシエルが足場代わりにしていた小型の竜の翼を貫いて、飛行力を低下させる。一点に魔力を集中させて、装甲が一番薄い翼を狙ったことに対して、彼は驚愕を隠せずにいる。

 

「うあああああっ!!」

 

そして再び急接近したシエルは、もう一人の自分に雷光を帯びた拳を突き当てる。咄嗟に長杖で防御したエドシエルだが、その勢いを抑えられる小型竜はもう機能せず、尚且つ体全体で自分の身体ごと浮遊させる目の前の少年に、そのまま空中を疾走させられる。

 

そして、エルザたちが降りたところとは、また別の浮遊島へと、二人のシエルが激突しながら不時着した。

 

「“エルザ”の真似事のつもりか…?」

 

背中から勢いよく島に激突させられておきながら、大して痛がる素振りもなく立ち上がり、顔を不機嫌そうにしかめて青年は問いかける。

 

「お前は俺が相手しなきゃいけないと思った。それに…」

 

そんな青年に向けて、少年は雷を纏ったまま返す。エルザがエルザと対峙しているなら、シエルを相手するべきなのもシエルである自分。だが、それはほぼ建前だ。

 

「個人的にも、お前には色々と聞いておきたい事がある…!!」

 

「これから死にゆく奴等の問いに、答えてやる義理などない…!」

 

すぐさま駆けられるように体勢を整えながら言い切った少年に対して、長杖を前方に構えた青年は変わらず冷たく突き返す。

 

シエル対シエル。互いに相容れない立場と性格の二人が、ここにきてとうとう衝突する。




おまけ風次回予告

ルーシィ「エルザは向こうのエルザ…シエルは向こうのシエル…何と言うか、二人とも別世界とは言え、自分を相手にすることに抵抗ってないのかしら…?」

ペルセウス「自分が相手だからさ。自分とほぼ同じ顔で、同じ名前をしているのに、仲間を傷つけられたり命を脅かされることが、我慢できなかったんだろう」

ルーシィ「そっか…あたしも確かに、あたしがみんなを傷つけるだなんて…考えたくもない…!」

ペルセウス「それに、シエルはきっと、別人とは言え“シエル”を相手にさせること、他のみんなにやらせたくなかったってのも、あるんだろう…」

次回『シエル vs. シエル』

ルーシィ「それって、あたしたちがシエルを攻撃してるようで、イヤだった、とか…?」

ペルセウス「いや、俺自身が向こうのあいつに攻撃できないから…別人だとはわかってるんだ、だがどうしてもチラついちまって…手合わせとかならともかく命の奪い合いをシエルとするぐらいなら俺は今ここで自分の首を」

ルーシィ「わぁーーっ!!(汗)色んな意味でシャレにならないんでやめてくださいッ!!!」


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第96話 シエル vs. シエル

どこまで書くべきか、あるいは引き延ばすか、延々と考えたけど確かな答えが出ないまま、あんま引き延ばしちゃいけないと結構短くまとめた状態で出来上がってしまった…。
実際どっちがよかったのか、まだまだ迷ってる状態でございます…。←


それと話は変わりますが、ROM専で使っていたツイッターアカウントに加えて、この小説…と言うかハーメルンで書いてる小説に関するツイッターアカウントを作成しました!URLはユーザーページに貼っつけます。

小説の進捗、裏話、用語等の由来、作中で書かなかった設定などを、思い立ったときに呟いていく…かもしれない!的なアカウントです。不定期に、何となく呟くかもなんで気が向いたら見てみてくださいwww


ゆっくりと4人と二匹を乗せている雲が降下を続け、木々に囲まれた森の中に存在する地面に近づいていく。全員が雲からそこに降り立つ時には足場となっていた雲はひとりでに霧散して消えていった。

 

シエルが生み出した乗雲(クラウィド)のおかげで急降下は避けられたものの、肝心のシエルの姿は今この場のどこにも見当たらない。滞空する術を持っているから未だ空中か、とも考えて上を見渡すが、影も形も見えはしない。

 

「シエルも…エルザも見当たらない…」

 

「二人とも、向こうの自分のトコロにいるみたいね」

 

雲から降りて、すぐさま弟の姿を探していたペルセウスが呟けば、それに答えを示すかのようにシャルルが声を出す。雲の上に乗っている間、シャルルはチラリとエルザがもう一人の自分に剣を振りかぶっていた瞬間を目撃していた。それを考えると、シエルの方も同じ行動を起こしているはず。

 

「っ!避けろ!!」

 

考えていたのも束の間、ペルセウスがすぐさま異変を察知して全員に声を張ると同時にその場を飛び退くと、四方八方を取り囲んでいた王国軍からの遠距離攻撃が襲い掛かり、先程自分たちがいた位置に着弾。それによって、囲まれていることに全員が気付いた。

 

「こいつら、ゾロゾロと…!!」

 

「数だけは本当に立派だな…!!」

 

「みんな、もうやめてよう…!!」

 

一人一人の練度ならば自分たちの足元にも及ばないのだが、それを補って余りある物量差。それを見たグレイが顔をしかめ、ペルセウスも銀色の大剣・グラムを換装で右手にとりながら、鋭く細めた目を周りに兵士たちに向けながら悪態をつくように告げる。ココは仲間である彼らに泣きそうな顔で懇願しているが兵士たちの耳には一切届かない。

 

「来るなら来い。何百、何千連れてこようが、全部叩きのめしてやる…!」

 

一人だけ前に出て、自分の身の丈も超えた大剣を持ち上げながら堂々と告げるペルセウスの姿を見て、兵士たちは各々手甲についた銃や、槍などを構えながらも、身体を震わせて一歩下がってしまう。数時間前まで王城内を暴れ回り、あの魔戦部隊隊長複数人を相手にしても圧倒したという前情報を聞いていれば、当然の反応だ。

 

ただでさえ残る隊長は一人だけ。しかもその本人はもう一人の自分との決着をつけるためにここには不在。自分たちでペルセウスに対抗できるのかと言う不安が否が応にも過ってしまう。

 

 

 

 

 

「今だ、放て!!」

 

だがその状況は一人の王国軍の声が発端で変動することになった。一方向に目を向けていたペルセウスたちの死角。ルーシィが立っていた右後方から聞こえたその声に全員が視線を向けると、ルーシィ目掛けて片手で掴めるほどの大きさをした機械の球体を投げつける魔科学研の戦闘班が見え、咄嗟の出来事にルーシィは状況が理解できずに立ち尽くしてしまう。

 

そんな彼女をペルセウスが後ろから横に押し退いて、手に持っていた銀の大剣でその球体を向こうに跳ね返そうとする。だが、球体はそれと接触した瞬間破裂し、黒い電流を発生させて大剣、及びペルセウスの全身に駆け巡る。予想だにしなかった痛みを感じて、思わず彼は声をあげながら膝をつく。

 

「ペルさん!!」

「大丈夫か!?」

 

自分を庇ったことで不要なダメージを追ってしまったペルセウスを見て、ルーシィが悲痛な顔を浮かべて彼を案じる。グレイも同じように声をかけるが、その声も届かない状況に、彼は陥っていた。

 

「な、何だこれは…!?体が…急に、重く…!!?」

 

自分に駆け巡っていた黒い電流は既に消えている。痛みも過ぎてみればそれ程ではなかった。だが問題は、その電流を受けた瞬間彼の身体に普段は感じない倦怠感を感じた事。膝をついた体勢からすぐに立ち上がろうとしても、体が全く言う事を聞かない。神器を握る右手から、力を必要以上に吸い取られる感覚。感じたことのない違和感に、戸惑うばかり。

 

()()()()に命中しました」

 

「よし、部長の事前指示の通りになったな」

 

「(最初からルーシィじゃなくて、ペルが狙いだったのか…!!)おい、今ペルが受けたのは何だ!?」

 

一方、ルーシィに向けて謎の球体を放った兵士たちは、狙いとは違う人物であるペルセウスが被害を受けたことも動揺せず、寧ろペルセウスに当てること前提にしていたかのような言動で落ち着いている。向こうの狙いがペルセウスであることに気付いたグレイが、彼が受けた謎の球体について王国の人間であったココに説明を求める。しかし…。

 

「分かんないよう!私も今のは、初めて見たの!!」

 

返ってきたのは、彼女も知らないという事実のみ。表情や声からは目に見えて混乱が宿っていて、彼女が嘘をついているようにも見えない。その事にグレイが驚きを露わにしていると、球体を投げつけていた魔科学研の一人が答えを律義に教えてきた。

 

「知らないのも無理はない。それはつい先程、シエル部長がペルセウス対策として作りあげた新兵器だからな」

 

そしてその答えに全員が言葉を失った。ペルセウスが暴れていたのは数時間前。その時の戦闘データを基にして、すぐさまそれに対抗するための兵器を新しく作り上げた。竜鎖砲の件も同時に並行しながらやり遂げてしまうと言うエドシエルの驚異のスペックを実感するとともに、恐ろしくも思えてしまう。

 

さらに驚愕したのは、兵器自体の性能だ。簡単に説明すると、ペルセウスの神器の魔法を封印し、完全に無力化させるものであると言うもの。数々の神器を換装して王国軍を蹂躙した結果、最後には己の首を絞めることになるとは、誰もが予想できなかったことだろう。エドシエルはこれに『アンチエーテルスフィア』と仮称を付けた。

 

「ペルセウスは無力化できた!このまま畳みかけるぞ!!」

 

『おおーっ!!』

 

アースランドの者たちの中でも随一と言える戦力のペルセウスを封じたことによって士気を上げ、王国軍は兵士、戦闘班問わず全員が一気呵成に攻めるために突撃してくる。動けなくなったペルセウスや戦える力を持たないハッピーとシャルルを守ろうとグレイやルーシィが身構え、ココもいつでも反撃できるように気を張っている。

 

「っ……うぉおおおおおっ!!!」

 

だが、一番最初に迫りくる王国軍に攻撃を始めたのは、魔法を封じられたはずのペルセウスだ。換装が解けていないままだったグラムを両手で持ち上げながら駆けだし、一番近くまで迫ってきていた兵士たちに向けて横に一閃。ペルセウスに反撃されると思わなかったその兵士たちは、困惑を前面に出しながら紙切れの如く吹っ飛ばされる。

 

「ど、どーなってんだァ!?」

「確かに魔法は封じたはず…!!」

「シエル部長の発明が、まさか失敗した!?」

「それこそあり得るのか!?」

 

これには敵も味方も目を剥いて驚愕を表し、勢いよく攻めようとした兵士たちの足は一気に止まる。やはり、いかに優秀な研究者が自ら作成したものであっても急ピッチで作り上げたものでは、欠陥が生じるのだろうか。

 

だが、大剣を振るった当の本人は目に見えて消耗しているかのように汗を噴き出し、肩を上下に動かしながら息を荒げている。押せばすぐにでも倒れてしまいそうだ。

 

「くそっ…確かに、力は封じられてるみてーだ…。本調子の一割も引き出せねぇ…!!」

 

「あ、あれで一割…!?」

「説得力がないわ…」

 

しかしそんな王国軍の動揺とは裏腹に、ペルセウスは自分が放った一撃を見て己の現状が如何に悲惨かを自覚した。他人から見ればどこがだ、と言いたくはなるだろうが、本人が明らかに消耗している様子で告げているのを見ると確かなのだろう。

 

ルーシィとシャルルが信じられないと言いたげな表情で呟くのとは対照に、グレイとハッピーが「言われてみれば…」といった若干の納得を帯びた顔を浮かべているのがその証拠。八尺瓊勾玉の修復が出来ていれば、こんな消耗はしなかったのに…と言う苛立ちが、彼の内側から募りだしていた。

 

「魔法を封じてもあれほどの強さ…!」

 

「ひ、怯むな!先程と比べれば天地ほどの差があるはず!!」

 

全力の一割にも満たないほどにまで弱体化されてもなお、強力な魔導士であるペルセウスに立ち止まっていた兵士たちが再び動き出す。それに対してグレイが氷の槍をいくつも発射して迎撃したり、ルーシィが星の大河(エトワールフルーグ)で遠距離の敵を叩き、ココも体術で迎撃していく。ペルセウスもまた、規模と消費魔力を鑑みてグラムから短剣フラガラッハへと換装して風の刃を用いて退けていく。

 

だが思ったような撃退には繋がらず、敵の数はまだまだ増えていく。更には一部の兵士たちがハッピーとシャルルの二人のみを狙って、青い光線を次々と放つ。互いに協力して避けることは出来ているが、横目にしているこちらから見ればハラハラする光景だ。

 

「何でハッピーとシャルルばっかり…!?」

 

狙い撃ちにされている二人。それに当然のようにルーシィが疑問を抱く。だがその疑問の声は、兵士たちの言葉によって明かされた。

 

「逃げたエクシード共はほとんど魔水晶(ラクリマ)に変えた!!」

 

「後はそこの2匹のみ。大人しく、我が国の魔力となれ!!」

 

自分たちが助けようと追いかけたエクシード達の魔力化(マジカライズ)がほとんど終わってしまっていたと言うもの。そして残されたハッピーとシャルルも魔力に変えようと、容赦なく狙いに来ているわけだ。

 

「自分たちの魔力の為に…エクシードはどうなっても構わねえってのか…!!それがこの世界の人間なのか!!」

 

身勝手極まりない王国のやり方に、何度感じたか分からない苛立ちが、再びグレイの中に募りだす。そして複数人で一気に仕留めようと攻めてきた兵士たちに対し、氷欠泉(アイスゲイザー)でまとめて全員吹き飛ばした。

 

「仲間はやらせねえぞ、クソヤロウども…!!」

 

10人単位で撃退しても、また同じ数の兵士たちが攻め立ててくる。しかし負けるわけには、諦めるわけにはいかない。グレイも、ルーシィも、ペルセウスも、自分の世界の仲間を信じて改めて兵士たちに向けて構え直した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

エクスタリア周辺の浮遊島は、かつてエクシード達が生息域として利用していた居住区の跡が、遺跡と言う形で遺っているものがほとんど。その浮遊島の内の一つに、遺跡となっている建物や壁を破壊しながら、同じ顔立ちと名前を持った少年と青年が激突していた。

 

落雷(サンダー)!!」

 

浮遊島の上空に発生した暗雲に向けて少年が雷の魔力を放てば、雲の中を一気に稲妻が走り出し、膨張した雷が弾ける様に青年目掛けて振り落ちる。

 

「『ソルムスフィア』」

 

対して青年は長杖の先端に付いた4色の珠の内、黄色の珠を光らせて、大地の膜を造り上げて己を囲む。すると少年が落とした雷撃が地の膜を伝って島の地面へと流れていき、青年の身には掠らせもしない。

 

「イグニスショット!」

 

反撃とばかりに今度は赤い珠を光らせて火の魔力弾を数発撃ち出す。それを目前にした少年もまた焦りを見せずに、右手に雨の魔力を溜め込んでその姿を変えさせる。勢いの強い雨を降らせる豪雨(スコール)気象転纏(スタイルチェンジ)させた新たな技。

 

「『雨垂れ石をも穿つ(ドロップバレット)』!!」

 

右の手首を左手で固定しながら、指鉄砲の形で人差し指から弾丸となった雨の魔力を撃ち出す。迫り来ていた火の弾を撃ち抜いて消火し、敵側である青年にも雫の弾丸を撃ち込もうとする。だが、青年は青い珠を光らせて水の膜を作ると、雫の弾丸を受け取りそのまま膜の一部にする。

 

戦況は拮抗。少年は天候を自在に操る魔法を駆使し、青年は地水火風の四属性を自在に操作する。外見、性格に違いは多々あるが、どちらも“シエル”の名を持つ者同士。戦い方には似通った部分があるようだ。

 

「つくづく…アースランドの魔法の異常さには驚かされる」

 

「そうには見えないけど?それに、そっちだって色々と厄介なものを作り出してるじゃないか」

 

嘆息するように呟いたエドシエルの言葉に対して、挑発的な笑みを浮かべながら少年のシエルは答える。エドラス側から見れば、道具を一切使わずに人智を超えた力を駆使するのには目を見張るものだが、魔科学に関してはアースランド側から見ても驚きの連続だ。そしてその魔科学の成果を次々生み出しているのが、目の前にいる自分だと言うのだから、シエルとしても色んな意味で複雑な心境である。

 

「お前の目的は、一体何なんだ?」

 

浮かべていた笑みを引っ込めて、睨むような細い目を向けながらシエルはもう一人の自分に尋ねた。元々エドシエルは、エドラスに元からあった妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属していた。更に言えば兄であるペルセウスは、昔の自分以上の病弱でありながらマスターを務める人物。そんな己の兄と家族を守るために、スパイとして王国軍に潜入していた。

 

だが、その後1年程の期間を経た後に自分のギルドへ情報を流すのを中断し、王国軍への貢献に力を注いでいたと聞いた。それが一体何故なのか?今までの情報を取り入れながら考えてはいたが、彼本来の目的だけが、見えてこない。

 

「一体何を狙って、この国に仕えているんだ、お前は?」

 

「何を聞くかと思えば…とんだ愚問だな」

 

彼の真意を深く探ろうと尋ねた事であるが、本人からすればくだらないと吐き捨てるような、分かり切ったもの。本来であれば答える必要性が無いと思えるが、釘を刺す名目でエドシエルは少年の問いに敢えてはっきりと答えた。

 

「俺の目的はこの世界の繁栄。魔力が枯渇することも、魔力を奪い合う事もない、この国や世界にとっての理想郷。陛下が望まれる、永遠の魔力に満ちた世界。

 

 

 

つまり、陛下の望みこそが俺にとっての望みでもあり、目的だ」

 

メガネの奥に潜む切れ長の目を向けて、一切の感情の揺らぎもない声での断言。その声には、一切の嘘など存在していないように聞こえる。

 

「……」

 

()()()()()シエルの疑問は晴れない。本当にそうなのか、と言う考えが拭えない。その言葉に嘘偽りが、本当に一切無いのだとしたら…。

 

「故に…その邪魔をしようとする存在は、どんな手を使ってでも…!」

 

思考の渦に入っていたことで、シエルは目の前の青年の動きに対応が遅れてしまった。青と黄色、二つの珠を光らせてそれぞれの魔力を集中させていき、それを槍の形として作り出す。

 

「デリートする!!」

 

そして放たれたいくつもの()の槍は反応が数泊遅れたシエルの元へと徐々に距離を詰めていく。地水火風のみを作り出すと思われた彼の杖から予想もしなかった属性の攻撃が出てきたことで、更にシエルの動揺は大きくなる。

 

「さ、日射光(サンシャイン)!!」

 

日光の熱を使って氷を融かすことを瞬時に考えついて行動に出たが、ただでさえ後手に回ったことで十分な解凍は出来ず、シエルの身体を氷の槍が掠り、いくつも切り傷を作る。

 

「(何で…氷の槍が…!?)」

 

「冷えた“土”の窪みに溜まった“水”は、やがて固まり“氷”へ転ずる」

 

シエルが心に留めた疑問の声を、まるで聴いたかのように答えを提示しながら、エドシエルは次の行動に移る。今度は光らせる珠を変えて、赤と緑を操作する。

 

「遥か“天”上にて燃える“火”は、あまねく全てに降り注ぐ“光”…!」

 

それと共に口上のように呟いたその言葉を聞いたシエルは、次に来る攻撃がどの属性かを察知した。それと同時に理解した。地水火風のみを扱うと思っていた青年の攻撃はそれに留まるわけではない。二つの属性を合わせることで、四属性とも違う属性の魔法を形作ることが出来ると。

 

「気付いたところでもう手遅れだ。『ルーメンシャワー』!!」

 

長杖を上に掲げながら技の名を叫ぶと同時に、まるで天候魔法(ウェザーズ)で発動したと見紛ういくつもの陽光が少年の元へと降りかかる。ほぼ一瞬。シエルがいた場所にいくつもの破砕音と振動を与えながら、無慈悲に光が降り注ぐ。数秒間に何十の光が降り注いだろう。少年の身体が無事か否かなど確かめる必要もない程の規模。

 

 

 

しかし、彼がかけているメガネから電子音がいくつか鳴った瞬間、エドシエルはその目を左へと向けた。と同時に、黄色の珠を光らせた青年が土で出来た壁を左側にすぐさま作り上げ、黄色い雷を纏った少年の蹴りを完全に防ぎきる。

 

「なっ!?」

 

高速で動くシエルの動きを完全に読んでいたかのような対応に、思わず驚愕の声が口から漏れ出る。

 

「奇襲を止められたことがそんなに意外か?」

 

一方で全てを見通しているかのような言動をしながら、青年は長杖の緑の珠を光らせて風の弾丸を作り出し、岩壁を貫いてシエルを吹き飛ばす。呻き声をあげながらシエルは一度距離をとり、すぐさまエドシエルの元に…は行かずに彼の周囲を無作為に回り始める。

 

どこから来るか分からないように、いつ攻撃が来るか悟らせないために動き続けながらシエルは右拳により強力な魔力を集めていく。雷光の速さを得ているシエルの動きを常人が読むのは不可能。そこにさらに威力を込めれば、地面の膜を体を覆うように張ってもそれごと貫いて攻撃を与えられる。

 

浮遊島の上を高速で動きながらシエルは相手の様子を窺う。視線を移したりはせず、攻撃を迎え撃とうとする態勢のままで止まっている。そこから考えられるのは死角からの攻撃に対してすぐさま防御の態勢をとる、と言ったところだろう。誰しもが自分の視界から外れた方向からの脅威を警戒するものだ。

 

それを読んだシエルは、敢えて相手の警戒を逆手にとり、正面から高速で迫ることを選んだ。つい一瞬前まで自分の周囲を旋回するように動き回っていた存在が前触れもなく真正面に来ることで、動揺と混乱を誘う。そして対応が遅れているところに一撃を食らわせる算段。

 

 

 

だがエドシエルはそれさえも一切の動揺を見せずに、先程同様に岩の壁を目の前に作り上げる。しかも一方向。シエルが来る方向を完全に見切った上で、どのような威力の攻撃も防ぐほどの質量を持った壁を作り出した。

 

 

 

だがシエルは更にその先を読んだ行動に移す。岩壁に拳が当たる寸前で体を右へと旋回。速さをそのままに瞬時に方向を変えて回りこみ、岩壁の奥にいたエドシエルの左側に回転も加わった強大な一撃を食らわせようと拳を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

少年のその強力な一撃を、青年は一切視線を変えないまま軽く後ろに跳躍して紙一重で回避した。

 

「……はっ…!?」

 

何故これでも当たらない。速さは圧倒的にシエルが上。防がれたり躱されたりすることも考えて数手先を読んで行動した。それなのに、その動きさえも最小限の動きで上回っていく。いくらなんでもおかしい。振りぬいてしまった右拳。その拳から逸れて自分の右側に位置どった青年の無感情の表情を、思考が停止した様子で目にした少年。

 

「貰っていくぞ」

 

その数瞬の間でさえ、エドシエルは容赦なく攻める手立てを緩めない。手に持っている長杖の、青と緑の珠を光らせながら、シエルが纏っていた雷の魔力をそこに吸い取っていく。魔力の吸収。これもまた、魔科学の力によるものなのか、などと考えながらも青年の動きに対抗する術が浮かばない。

 

「『トニトルスエッジ』!!」

 

そして長杖の先に作られた雷の刃が少年の身体を直撃し、岩壁へと叩きつける。その衝撃で岩壁は崩壊し、再び少年の身体が叩きつけられる。意識はまだあるが、想像以上に攻撃を受けていることでその痛みは生半可なものじゃない。

 

だが肉体的よりも、精神的にシエルは追い詰められていた。何故か自分の行動の全てが前もって読まれているかのような感覚。あらゆる攻撃が、何故か通用する気配もない。紙一重で高速の攻撃を躱される経験など、今まで一度たりとも存在していなかったというのに。

 

「(何をしてこようが無駄であることを、いつになったら気付くだろうな…?)」

 

左手でメガネの位置を整えながら、追い詰められている少年を見下ろして心の中で独り言ちるエドシエル。彼がシエルの動き完全に見切っている理由。これにはある一つの、たった一つのシンプルな答えが存在していた。

 

「(このメガネが、こいつの動きを自動で追跡し、その後を分析して次の動作を予測している。単純で、理不尽なそのたった一点に)」

 

それは彼が常にかけているメガネそのものが、魔科学によって作られた魔法アイテムであること。敵のあらゆる不意討ちも魔力の反応や位置分析機能で先読みし、逆に相手への反撃に繋げる。やられている相手からすれば実に理不尽で、それを封じるためにメガネを狙おうともその行動も筒抜けになってしまう。

 

並外れた頭脳。それによって作られた魔科学兵器の数々。それを巧みに操る本人の手腕。そしてチートとも言える予測機能持ち。ナツやペルセウスのような力押しをする相手はともかく、シエルのように頭脳特化で、技巧と工夫によって切り抜けるタイプにとってはこの上なく相性が悪い。

 

「最早お前たちに勝ち目は存在しないぞ。早々に諦めたらどうだ?」

 

「……諦める…?」

 

「見てみろ、地上を」

 

うつ伏せの状態で倒れていたシエルにそう言葉をかけてみれば、うわ言のように反芻した言葉が返ってくる。対して、自分の部下たちがいるであろう地上に目を向けるように告げれば、そこには信じられない光景がシエルの目に広がる。

 

 

 

 

今までにも見た事ない程に消耗しながら、風の力を持つ短剣で兵士を吹き飛ばす風を起こすことが精一杯の状態となったペルセウス。

 

氷の魔法を惜しみなく発動して兵士たちを凍らせていくが、一部の兵士の反射板によって押し返され気味になっているグレイ。

 

ロキを召喚することが出来たものの、兵士や戦闘班の持つ大量の魔法弾による弾幕を体中に受けて、地面に倒れこむルーシィ。

 

何頭もの巨大な生物レギオンによって、星霊の力も及ばず体躯の暴力に沈められていくロキ。

 

生身一つで果敢に攻め込むも魔科学で練度をあげられた兵士たちに何度も突き返されるココ。

 

気絶しているようで目を閉じて動く様子の無いシャルルを抱えながら、涙ぐんで周りのみんなを見渡すハッピー。

 

 

 

それに対するは、圧倒的な数の暴力でアースランドの者たちを追い詰めていく、王国軍。

 

 

「数より質、なんて言葉も存在するが、強大な質一つ(ペルセウス)を削ればあとは圧倒的数量で押し切れるものだな」

 

大局は決した。

 

まるで言外にそう告げられたような気分だ。眼下に広がっている数人の魔導士も、最早戦えそうには見えない。少年の力も、青年のあらゆる性能を前にしては無力同然。ここからどのように反抗しようが何も変えられはしない。そんな無情な現実を、突きつけるかのよう。

 

諦める…。

 

 

 

このまま戦っても、勝ち目がないのなら…。

 

 

 

「いや…違う…!」

 

そんな弱気になった心を、少年は振り払い、四肢に力を込めた。そうだ、ここじゃ終われない。終わるわけには、諦めるわけにはいかない。

 

勝ち目が無いから何だ。元々一国を相手にするという無謀を、仲間の命を守る為なら躊躇いなくやって来たじゃないか。

 

勝ち目がなくても勝ちに行くのが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士…!!

 

「まだ…誰も諦めていない…!諦める、わけがない…!!」

 

手を伸ばし、足を踏みしめ、折れかけていた心に鞭を打ちながら、少年は立ち上がる。体の痛みが晴れたわけじゃない。だがこの程度なら、いくらでも経験してきた。立ちはだかる青年を睨みつけながら、少年はまだ光を宿した目と声ではっきりと告げる。

 

「俺たちは…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ…!この命が尽き果てようが、諦めることを選びはしねえっ!!」

 

小さい体から出るものとは思えない大きな覚悟。そしてその覚悟を現すかのように告げられた言葉に、青年は数秒ほどの無言。そしてその後に「そうか…」とだけ呟くと、長杖を構え直して4色全ての珠を輝かせ始める。

 

「ならば…望み通りその命を尽き果てさせてやる…!!」

 

僅かな苛立ちが籠ったような声を発しながら、地水火風の魔力と並行して、残る4属性…氷、雷、光、闇の計8属性の魔力を結集させていく。エドシエルが作り上げた魔科学の武器の中でも、本人のみが使用することが出来る長杖・エレメントゥムロッド。その真髄は、如何なる属性をも自在に操り、その強大なエネルギーを積み重ね、一気に放出できること。

 

自然界に存在する万象の力を一点に集中させたときに発生するその衝撃は、言葉では言い表せないほどの絶大な威力を誇る。

 

「エレメントゥムロッドが放つ、最大の一撃…。自然を統べる王者の意を冠する最強の魔法だ…!」

 

長杖の先端に8属性の魔力が集い、混ざり合う。様々な色を浮かべていた魔力が、混沌の如き漆黒のものへと変じ、更にそのエネルギーを高めていく。対してシエルは前方に両手を差し出して、自分の中にある魔力を集中し始める。だが、準備を始めるにはあまりにも遅すぎた。

 

「『ナチュラレックス・オールデル』!!!」

 

全ての色を塗り潰すかのような漆黒の波動が少年目掛けて放たれる。このまま避けなければ確実に命はない。受け止めようとするなど以ての外だ。命を捨てるに等しい。

 

 

 

 

 

だがシエルにはもっと別の狙いがあった。

 

輝虹(レインボー)!!」

 

前方に展開していた魔力は虹のもの。シエルの心と匙加減によってその効果をあらゆるものに変えるその魔法の特性にシエルは賭けた。今回の輝虹(レインボー)の特性は防御。それもただの防御ではない。迫りくるエドシエルが放つ魔法にも耐えるために、数多くの属性が込められている特性の点を大いに利用する。

 

それはエドシエルが放った魔法から、輝虹(レインボー)の魔力へと変換して、こちらの防御力の上昇と、敵の魔法の威力低下を同時に進行すること。普通であればそんな真似をすることが出来る者などいない。だが、輝虹(レインボー)は奇跡を起こす魔法。ならばそんな出鱈目なことも出来るはず。

 

シエルを守るように現れた円状の虹の盾が漆黒の波動と衝突する。まるで円の中心に吸い込まれるように波動は虹の中へとどんどん消えていく。その光景に、さしものエドシエルも驚愕を隠せずに表情に浮かんでいる。

 

そして波動が半分に差し掛かろうとした瞬間、虹の盾の方に限界が来てしまったのか、両者の魔法が光を放って爆発を起こし、近くにいた少年の身体が吹き飛ぶ。その勢いで浮遊島から身体を投げ出されるが、幸い意識を失っていなかったシエルはすぐさま乗雲(クラウィド)を発動して、己の身体を受け止める。何とか防げた…と言い切るのは微妙なところだが、目の前の脅威を退けられたことは確かだ。

 

「完全とまでいかずとも、まさか防ぐとは…。だが、もう一度撃てば、無事ではいられまい…!」

 

雲の上で横たわっているシエルに狙いを定めて、もう一度8属性の魔力を溜め込もうとするエドシエル。先程の奇跡をもう一度起こさせはしない。確実に終わらせる。

 

 

 

 

 

そんな彼の決意は、眼下で突如一変した状況を目に映した瞬間、虚空へと消え失せた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それは突然の出来事だった。

 

「このままじゃ…みんな死んじゃうよ…!!」

 

兵士たちが乱射してくる魔力弾の弾幕から、自分を庇って受けてしまい、その意識を失ったシャルルを大事に抱えながら、ハッピーは次々に傷ついていく仲間たちの姿を見て、絶望に打ちひしがれていた。

 

「誰か…助けて…!!」

 

ナツたちはドロマ・アニムを、エルザとシエルはそれぞれもう一人の自分を相手に戦っている。残る味方は、この場にいる者たちで全員。だがそれも、魔法を封じられているペルセウスも含めて、数があまりにも多い王国軍を前に絶体絶命。

 

助けに来る味方などいない。

 

頭でそう分かっていても、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

だが、突如ハッピーの願いは意図せずして叶った。巨大な体躯を誇るレギオンを、何体も縛り付ける巨大な木の根が地面から現れたと思いきや、その根の本体と思われる巨大なツタで出来た建物が、前触れもなく出現したのだ。

 

「ま…まさか…!?」

 

「逃げてばかりの奴等が…!!」

 

その光景に王国軍は勿論、ハッピーたちも目を丸くして驚いた。そのツタで出来た建物に括られていた旗に刻まれた紋章は、自分たちにとって、とても馴染みのある妖精の紋章だったから。

 

「転送完了!!予定よりはズレたけど、いい場所に来たみたい!!」

 

「よっし!じゃあ頼んだぜマスター!!」

 

その建物の中から、それぞれ聞き覚えのある少女たちの声が聞こえてくる。だが、どことなく違う。よく似ているが違う事が、直感的に分かるその声。

 

そして、開け放たれた建物の扉から、一人の男性がゆっくりと現れた。髪は長く、うなじのところで縛られており、色は水色がかった銀色。右目には白縁のモノクルが装着されていて、左手に持っているのは同じく妖精の紋章が刻まれた魔水晶(ラクリマ)が先端に付いた杖。

 

その人物は、誰もが見覚えのある…と言うより、今のこの場にいるもいる、神器使いに限りなく酷似していた。

 

 

 

 

「我々は、今までただ逃げることしかできなかった!強大な力を持つ大きな敵に、敵わぬと決めつけ、逃げてきた!」

 

その声は、妖精たちにも聞き馴染みがあるようで、だが記憶にあるよりも弱々しい。しかし今この時、今までの彼とは違ったハッキリとした声量であることが、伝わってくる。

 

「だがもう、その日々も終わらせる!ここまで共に生きてきた仲間の為、無念にも散って行った同胞の為、そして今この時、自らの危機も顧みずに戦う友のため!立ち上がれ!立ち向かえ!我らの明日は、我らが切り開く!!」

 

その声を発するのが何者か、彼の後ろに控えていたのが誰なのか、それがハッキリと目に映るにつれて、未だに同様と混乱を露わにしている王国軍とは対照に、アースランドの妖精たちの表情が明るくなっていく。

 

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)!総員、出陣せよ!!」

 

『オオオォォーーーーッ!!!』

 

檄を飛ばし、その開戦の狼煙をあげるのは、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)マスターである、ペルセウス・オルンポス。そしてその出陣の合図を皮切りに、中で控えていた妖精の魔導士全員が、各々の武器を手に王国軍兵士や魔科学研戦闘班へと立ち向かっていく。

 

「行くぞォオ!!」

「仲間との絆の力、見せてやるー!!」

「王国軍をなぎ倒せーっ!!」

 

「エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)…!!」

 

圧倒的な数の暴力を受けてきたハッピーたちにとって、その差を埋める彼らの援軍は願ってもないこと。何より、自分たちの為も想って駆けつけてくれたことが、何より嬉しく思えた。

 

「すまねえ!遅くなったな、アースルーシィ!!」

 

「エドルーシィ……!!」

 

そして、妖精たちの中で唯一もう一人の自分に面識があったエドルーシィが、もう一人の自分に不敵な笑みを浮かべて頼もし気に言葉を告げる。絶体絶命にピンチに助けに来てくれた彼女に、ルーシィは涙を浮かべながらその名を呼んだ。

 

「こいつらが…この世界の妖精の尻尾(フェアリーテイル)…!!」

 

決して軽くない傷を負い、膝をついていたペルセウスが、思わず緩む口元を隠さないまま、もう一人の自分の檄で出陣した、エドラス(別世界)の家族たちの姿を、目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何でだ…!?」

 

そしてその光景は、浮遊島の一つから見下ろしていた、エドシエルも勿論目撃していた。かつては自分も所属し、そして切り捨てたギルド。そのギルドの予想外の登場に、彼は大きく目を見開いて、驚愕を表している。

 

「何であいつらがここに来てる…!?何で逃げずに…王国に反抗してる…!?らしくないだろ兄貴…!一体何を考えて……!!!」

 

「へへへ…」

 

目に見えて動揺しているのが伝わるほどの狼狽えようを見せながら言葉を並べるエドシエルの様子を見上げていたシエルから、思わず笑みがこぼれる。それに気付いた青年が冷静でいるように努めながらも声を震わせて「何がおかしい…!?」と尋ねれば、シエルは笑みを解かないまま悠々と話しだした。

 

「ようやく…繋がったんだよ…。不思議に思ってたんだ…」

 

かつての仲間が現れた。それに対する彼の反応。これでようやくシエルの中で全てが繋がったのだ。そして同時にある事を理解した。

 

「どうしてお前がギルドを裏切って、王国に従ったのか。どうしてお前は俺たちにもここまで冷徹でいられたのか。どうしてココに、あそこまで憎悪を向けていたのか。どうして、エルザが国王を殺そうとした時…

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が笑っていたのか…全部分かったんだ」

 

雲の上で上体を起こしながら、一つずつ確かめるように話す。一番シエルが疑問に思っていたのは、竜鎖砲の部屋でのこと。国王を人質にとられておきながら、王が望んだことであると言う名目で作戦の続行を強行しようとしたエドシエル。王の身の危険をチラつかせても、一切感情を揺らがせずに国の為と動いていた彼が見せた、シエルが目撃した怪しい笑み。

 

 

 

まるで、あの状況を望んでいたかのような様子を。

 

 

そしてその直後、エドエルザによって国王が解放されたときに聞こえた、彼の舌打ちの意味も。

 

 

 

 

 

 

「お前は最初っから……この国に忠誠なんて、誓ってなかった。お前の目的は、世界の為でも、国の為でも、自分自身の為でもない。

 

 

 

 

 

 

妖精の尻尾(あいつら)の為だろ?なあ?“シエル・オルンポス”」

 

確信を得た様に不敵な笑みを浮かべて捲し立ててくる少年に、青年はただ表情を固め、その顔に冷や汗を数滴垂らしていた。




次回『本当に仲間を想うなら』


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第97話 本当に仲間を想うなら

何話ぶりかに前書きと次回予告を後出しすることになってしまいました…。
書きたいところまで書こうと思ったら全然時間が足りなくてアワアワしましたよ…!

しかもちょっと次回予告が未だに迷走してるので、しばらくお待ちいただけると…。よろしくお願いいたします…。

【2022/6/12 0:12追記】
次回予告の作成完了しました。お待たせしてごめんなさい…。


彼にとって家族とは、血の繋がった兄以外存在しなかった。

 

元々は魔法に関する研究者であった父が、幼くして病弱となった兄の療養のために、今以上の効力を発揮する医療用魔道具の研究を行っていたことが、彼が科学の道に進むきっかけだった。

 

自分も兄の病気を治したい。兄の…子供のために自らの体に鞭を打って研究する父の力になりたい。その一心が、彼を科学へと没頭させていき、多くの知識を有するに至った。

 

 

しかし、彼らの人生は突如転落することになる。当時から魔法の独占を行っていた国王により、魔法による科学の研究を行っていた父は、前触れもなく大罪人として捕らわれた。その家族である自分たちも捕らわれかけたが、母の手によって逃がされ、それが両親との永遠の別れとなった。

 

隠れながら、逃げながら、兄の療養のために病院を巡りながら、彼は独自に研究を続けた。しかし頼みの綱である医者たちは、兄の容態を見て匙を投げるような無能共ばかり。何度も兄から、自分を見捨てて自由に生きてほしいと言われてきた。

 

何故捨てなければならない。

 

何故共にあってはいけない。

 

残されたたった一人の家族を残して、どこに行けと言うのか。

 

たとえこの先何があっても、自分が先に命を落としたとしても、兄を見殺しにすることは絶対にない。

 

 

自分に残された家族は、もう兄一人だけなのだから…。

 

 

 

 

 

 

そう思っていた彼は、後に新たな家族と呼べる存在に出会った。

 

自分と兄を、嫌な顔一つせずに受け入れ、仲間としてくれた大恩ある者たち。

 

兄一人だけが自分の生きる意味と思っていた彼に、より多くの生きる意味を与えてくれた。

 

 

 

彼らを守る為ならば、どんなことでもしてみせよう。

 

恨みを潜め、本音を隠し、建前と嘘で塗り固めた仮面を被り、数多を欺いて。

 

家族の命を一つでも救い、奴等の暴威を一つでも挫く。

 

そして、彼は奴等の元で一つの可能性を導いた。国、世界は勿論、生きる意味となった家族を漏れなく救える方法を。

 

 

 

国がどうなろうと知った事じゃない。

 

今まで散々苦しめてきた世界などどうなってもいい。

 

ただ…ただ、自分の家族が怯えることなく、安心して生きていけるのであれば…。

 

 

 

奴等の野望を、大いに利用してやろう…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

雄叫びをあげながら、今まで隠れ潜み、逃げることしかできなかったギルドの一人一人が立ち上がり、各々の武器を持って王国軍に雪崩れ込む。近接の魔法で肉薄し、遠距離の魔法で敵を打ち抜き、範囲の広い魔法で薙ぎ払う。

 

エドラスに唯一残った闇ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)。大軍を大群で押し返す様子を、ギルドの入り口前で真剣な表情で見据えるのは、彼らを率いるマスターであるモノクルをつけた色白の青年。エドラスにおけるペルセウスだ。

 

「あれが…エドラス(この世界)の俺…」

 

その青年の姿を目にしたアースランドのペルセウスが感慨深く呟く。エドラスに渡ってから、噂でよく耳にしたり、エドラスのガジルからの情報として、この世界の妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターをエドラスの自分が務めていることは知っていた。しかし実際にその姿を目にしたのは初めてで、異世界でのもう一つの自分の姿として目にすると己との違いをよく実感できる。

 

人の上に立つ才。導き、光の道しるべとなるべき存在。自分で成しえない事を行えるマスターである自分の姿は、細身でありながらもしっかりと芯の通ったような印象を与えてくる。

 

 

 

 

「ゴフッ…!!」

 

そんなもう一人の自分が突如前触れもなく血を口を噴き出してその場に蹲ったのを見て、別の意味で大きな衝撃を受けた。

 

「マスターーー!!」

 

「やっぱ無茶しすぎただろ!?」

 

「だ…大丈夫、です…ちょっと声を張りすぎて、喉が切れただけで…」

 

「それは大丈夫って言わねーよ!!」

 

先程の先導者としての姿が嘘のように、いかにも虚弱と言うイメージがつく弱々しい姿を見て、比較的近くにいたメンバーたちが次々とマスターペルセウスに声をかける。本人は気丈に振舞っているが、どっからどう見ても重症だ。

 

「あれが…エドラス(この世界)の…俺…」

 

そんな様子を見た後だと、呆然とした様子なペルセウスのこのセリフも、さっきと字面は同じなのに別のニュアンスに聞こえてくるから不思議だ。

 

「えっと、マスター?エドペルさん?大丈夫なの…?」

 

「割といつもだ。今は気にすんな!」

 

二人ほどメンバーに肩を貸されながら入り口前で立ち上がろうとしているマスターペルセウスの様子を見ながら、彼の姿を初めてみたルーシィが呆然としながら、肩を貸してくれたエドルーシィに尋ねる。本来であれば心配する場面だが、今は戦闘の真っただ中。普段見慣れたマスターの吐血の場面を数人に任せて、今は目の前の敵に集中することにする。

 

ちなみにロキはベクトルの違うダブルーシィがセットになった光景に目をハートにしている。

 

「「オレ!?つーか服!!」」

「脱げよ!!」

「着ろよ!!」

 

一方それぞれの世界のグレイ二人が、片方が上半身裸、もう片方が超がつくほど着込み過ぎの状態を見て互いにツッコんでいる。足して二で割ったらちょうどいいぐらいだ。

 

「グレイが二人とかあり得ない!ジュビア、ピンチ!」

 

「な、何て羨ましい…!!」

 

「は?」

 

そんなグレイが二人の状態であることに気付いたジュビアが、王国兵二人の首を両腕で拘束しながらも鬱陶しそうにぼやく。だがその拘束の拍子に彼女の大きな胸にそれぞれ王国兵の顔が埋め込まれているのを見て、エドグレイが興奮し始めた。

 

「お前はオレなのに何も感じないのかよ!?愛しのジュビアちゃんの、あんな姿を見て!!!」

()()()()()()()()()()だぁ!!?」

 

鼻息を荒くしながらジュビアへの愛を叫ぶエドグレイ。着込み過ぎな上にジュビアにデレデレとしているもう一人の自分の姿に、当のグレイは気が狂いそうなほどに混乱して、ジュビアはと言うとやっぱりエドグレイを突っぱねていた。

 

更に別のところでは互いを謎のあだ名で呼び合うアルザックとビスカが愛の力と言いながら魔法銃を乱射したり、「オレたち最強ー!」と叫びながらジェットとドロイが次々と王国軍を撃破していったり。アースランドじゃ考えられない光景だ。

 

「何をしてるんだ、魔科学研!!お前たちの兵器で押し返せるだろう!?やらないか!!」

 

「そ、それは…その…!」

 

別の区域では早々に魔導士たちを魔科学兵器で攻撃しようとしない戦闘班に、兵士の一人が呼びかけて使用するように叫ぶも、何か迷っているのか、戸惑っているのか、一向に兵器による一掃を行う様子がない。痺れをきかして「いいからやれよ!!」と騒ぎ立てるも、戦闘班の者たちが肯定も否定もする前に、一人の魔導士の攻撃による突風が彼らの身体を吹き飛ばした。

 

「げっ!?あ、あいつは…!!」

 

その魔導士の姿を見た一人の兵士が、途端に顔を青ざめて引き攣った声をあげた。両手にそれぞれトンファー型の魔法を握り締め、片腕を突き出した構えのままで佇んでいる、長身でスタイルの良い、藍色の長い髪を揺らした女性…エドラスのウェンディが、剣呑と言えるほどに険しくした表情で眼前の兵士たちに視線を向けている。

 

「あなたたち、魔科学研よね?シエルは…どこにいるの…?」

 

鋭い視線をそのままに、兵士たち…と言うより魔科学研の戦闘班に向けて、静かでありながらも圧を感じる声で問いかける。彼女の問いにどよめくばかりで答えられずにいると、彼女は両手のトンファーを構え直してそれぞれに再び渦巻く風の力を纏わせる。

 

「シエルはどこなの…?答えなさいっ!!」

 

そしてさらに目を鋭くさせながら地を駆けて突撃。突き出した両方のトンファーが巻き起こした風が嵐となって兵士たちを成す術なく吹き飛ばす。普段の彼女からは想像もできないほどの凄まじい戦いぶりを見て、王国兵のみならず、アースランドから来た魔導士3人は(あとココも)目と口をこれでもかと開けて驚愕している。

 

「ウェンディだ…!こいつ…『狂嵐妖精(バーサクシルフ)のウェンディ』だぁーー!!」

 

「バーサク…?」

「シルフの…?」

「ウェンディが…?」

 

そんな彼女の姿を見て兵士の一人が叫んだ二つ名。耳にしたアースランド勢は正直耳を疑った。『狂嵐妖精(バーサクシルフ)』?あの純真無垢な可愛らしい少女がパッと脳裏に浮かぶ彼らにとっては、全くの無縁と言える二つ名で呼ばれたエドウェンディに理解が追い付かない。

 

エドラス(こっち)じゃ“ウェンディ”と言えば、本気を出せばシャドウギアさえ圧倒する、妖精の尻尾(フェアリーテイル)()の最強魔導士だぜ?まあ…きっかけは大体シエル絡みなんだけど…」

 

「全然イメージが結びつかねえっ!!」

 

唖然呆然となっているアースランド勢を見かねて、エドルーシィが彼女の異名について説明してくれた…はいいが、やっぱり全く理解が追い付かない。世界が違う事で色々と人物も違う事は何となく分かっては来ていたが、その中でもウェンディは断トツで違い過ぎる。色々な意味で。

 

「ペルさんがマスターで病弱だったり…グレイがジュビアにデレデレで…ジェットとドロイが最強候補に…それより強い暴れまくるウェンディ…?何か色々違い過ぎ!!」

 

今この場にいるアースランドの魔導士は、始めてエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々を目撃した。性格の違いはエドルーシィでしっかりと感じていたのだが、他の面々を一気に見てみると、本当に色々と違いすぎて逆に訳が分かんなくなってしまう。ルーシィが一纏めにしてはみたが、これで氷山の一角だと言うのだから恐ろしい。

 

「見て、シャルル…。妖精の尻尾(フェアリーテイル)が助けに来てくれたよ…!オイラたちの想いが、この世界を動かしてるんだ…!!」

 

傍から見れば混沌極まる面々が揃ったギルドだが、そんな彼らの救援を誰より喜んでいるように見えるのは、横たわっているシャルルに優しく呼びかけたハッピー。自分たちが知る者たちとは別人であるはずの彼らが、自分たちのために今まで避けてきた王国を相手に全力で戦っている。時に励まし合いながら、時に発破し合いながら、時にともに並びながら、元のアースランドと同じような形で支え合う魔導士たちの姿を見て、目から涙が溢れてくる。

 

「どこに行っても…騒がしいギルドなんだから…」

 

そんな彼らを、意識を取り戻してハッピーと同じように目にしていたシャルルは、口ではそう言っていたものの、心底嬉しそうな表情を浮かべて涙を流していた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そしてその光景を見ていたのは地上の者たちだけじゃない。浮遊島周辺で同様に目にしていた少年と青年もまた、各々違う心情でその光景を目にしながら対峙していた。

 

外傷だけを見れば、少年が全身にいくつもの傷を負っていて、青年の方にはそれが一つも見当たらない。だが、今現在追い詰められていたのは青年の方だ。心情的な戦いにおいて。

 

「お前が王国軍に仕えていたのは、妖精の尻尾(なかま)に王国の動きを教え、その脅威を遠ざけるため…。だがそれは、一年前に手紙で情報を送れなくなったことを伝えたのを最後に途絶えた」

 

乗雲(クラウィド)の上に座りながら、口元に弧を描いて青年を見上げているシエル。エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)から…そのマスターである目の前の青年の兄から聞いていた内容。あの時は、立場が上になったことで送り辛くなったから、と推測していた。その後、彼が本気でギルドを裏切って王国に忠誠を誓っているように見られる様子が度々起き、決別の意味があったのか?と考えたこともあった。

 

だが、真実はそのどちらでもない。真実が一体なんであるのかは、少年には既に見えていた。

 

「この国の目的は、永遠の魔力。尽きることのない、魔力が溢れる世界。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……お前の目的は、その先だったんだろ?」

 

少年の紡ぐ言葉を耳にして、青年の表情は努めて冷静であろうとしているが、噤んでいる口からは肯定も否定も飛ばず、こめかみから頬にかけて、いくつもの冷や汗が浮き出している。図星を突かれていると言ってるかのように。

 

国王が恐れていたのは魔力の枯渇。だからこそ多く存在した魔導士ギルドを排し、王都以外の町々から魔法を搾取していった。しかしその魔力がどこにでもありふれたものになれば、手中にかき集める必要もなくなる。魔法は無くならない。奪われることもない。そしてはそれは必然的に…ギルドを狙う理由も存在しなくなる。

 

 

 

 

 

「エドラスに永遠の魔力をもたらすことで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の確実な安全を保障させること。それがお前の目的だったわけだな?」

 

問いかけるように…しかし実質的には核心を突くように告げた少年の言葉。言う事は言い切ったとばかりに笑みを深くした少年に、青年の表情は対照的に歪む。これでシエルの推測が全くの埒外であれば、彼は動揺を見せるどころか呆れるあまりに失笑を浮かべていたところだろう。だがその表情には、今まで見せることのなかった明らかな動揺を孕んでいる。

 

「……子供(ガキ)と思って見くびっていたが…根底が俺であるだけの事はある、か…」

 

溜息と共に出てきたその言葉は、まるで降参が混じったかのようなもの。シエルの推測が正解であると答えているようなものだった。

 

「よく分かったな、と誉めておく。だが、俺の立場はどのみち変わらんぞ。あの強欲ジジイが求める永遠の魔力を、俺も求めていることには変わりない」

 

隠しきれない事を悟ったエドシエル。正直に己の本来の目的に肯定を示したものの、それがつまり少年たちアースランドの味方となってくれることに繋がるわけではない。それは少年自身も察しているのか、何も言い返さずにじっと青年の顔を見上げたままでいる。

 

「国も世界もどうなろうと知った事じゃないが、奴等の求めている世界が実現する以外に、妖精の尻尾(あいつら)が幸せに生きていける道が存在しない。それが現実だ」

 

「今の妖精の尻尾(フェアリーテイル)が幸せじゃないって言うのか?」

 

「言われなくても分かるだろ?強大な国に追われ、仲間を何人も殺され、明日は我が身と怯え続ける日々が、幸せと思えるか?生活の基盤を…魔法を失った先の生活が、幸せでいられると思うか?」

 

エドラスに潜入し、世界が如何に魔力不足であるかを痛感した彼だからこそ、この先の世界に…その世界に生きる仲間たちの事が心配になった。今や人々の生活に根付いた魔法。それが失われた先に起きるのは、不自由に縛られた生きることを実感できない地獄。火を起こし、水を湧かし、風を吹かせ、地を動かすことのできない生き地獄だ。最早生きているのかと問いかけずにはいられない。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が…俺の家族が、これから先も幸せであり続けるには…永遠の魔力が必要だ…!!」

 

決意を固めたように呟きながら、エドシエルは手に持つ長杖を構え、黄色と赤の珠を光らせて魔力を練り上げる。自らの家族のためならば、どのような事も厭わない。その身が例え、“地”の奥深くで燃え上がる業“火”が存在する“闇”に塗れた選択であったとしても。

 

「エクシードのように、その為の礎になってもらうぞ…!アースランドの魔導士!!『テネブラエランス』!!」

 

闇の魔力を具現化した槍が雲に乗っているシエルへと襲い掛かる。それに対して態勢を立て直したシエルは雲を動かして浮遊島の下を通過するように回避。そのまま小さく眩い太陽を創り出して分裂させ、矢の形へと変えていく。

 

光陰矢の如し(サニーアローズ)!!」

 

「『ルーメンスフィア』!!」

 

飛び出すと同時に光速の矢を青年に放つも、彼がかけているメガネに先読みされ、光の矢は同じ属性の膜に吸収されてしまう。だが、シエルもこれに関しては想定済みだ。

 

「もう一度光陰矢の如し(サニーアローズ)、さらに落雷(サンダー)!!」

 

「二つ同時…!?」

 

右手で光の矢をさらに増産させ、左手に雷の魔力を浮かべて上空に放出。前方と頭上、二方向からの別属性の攻撃を行う事に少々の動揺を顔に浮かべるものの、目視での回避に限度が生じる光の矢を膜を持続させて封じ、雷はメガネでタイミングと位置を分析して直前で回避することで両方に対応する。

 

「これでもダメか…!」

 

「全く呆れるほどに諦めが悪い…なっ!!」

 

掛け声と共に膜として張っていた光の魔力を変化させていくつもの光線として放つ。雲を操作してそれを回避しようとするも、向こうと違って先を読むことも出来ないシエルには全てを回避は出来ず、体にいくつかの新たな火傷を作る。

 

痛みをこらえて、一度雲を解除したシエルは浮遊島に着陸。荒くなった息を整えながら日光浴(サンライズ)を出して生傷を塞ごうとする。その隙を、本来であればつかない理由などないのだが、これまでの戦いの流れを鑑みて、エドシエルはこれ以上の苦戦はしない事を察した。それ故か、彼は再びシエルに言葉をかけ始めた。

 

「同じ俺であっても、経験や知識は勿論、覚悟の差においても勝負を左右するきっかけとして作り上げられるようだ」

 

「……覚悟…?」

 

回復に集中しながらも、かけられた言葉のうちの一つを気にした少年が尋ねる。どちらも戦う目的は仲間の為。少年は囚われた仲間を助ける為に、他の仲間たちと共に力を合わせてきた。だが青年は仲間を危険から遠ざけて、一人敵地の中に身を投じた。自分一人だけを危険な場所に投げることで、仲間に意識を集中させないようにする。

 

そしてその方法には一切躊躇がない。エクシードも、アースランドの人間も、時には王国に仕える兵士や他の幹部でさえ。どれほどの闇を抱えようとも、仲間以外の全てを、自分も含めて売ることを厭わない覚悟を、彼は決めている。

 

仮に永遠の魔力が世界に溢れれば、エドシエルは国王にこれまでの功績と信頼を糧にして妖精の尻尾(フェアリーテイル)への不干渉を要請するつもりだ。そうすることで彼らを王国の魔の手から遠ざけることが出来る。いざとなれば、自分が永遠に魔科学の研究を王国のために行うことも条件に提示すれば、あの国王も首を横には振らないだろう。

 

「仲間を想っての事であれば、俺はこの身を捧げることも厭わない。仲間の傍にいたがるお前には、分からない事だろうな…」

 

例えもう二度と会えなくなったとしても、もう何かから追われたり、何かを失う事もなくなる。そうなることが約束されるなら、自分の身を滅ぼすことになったとしても構わない。傍から見たら異常だろう。それは彼自身が一番よく分かっている。仲間を想うあまり、己も、その他の存在も一切省みない。他人から共感など一切されないであろう。

 

 

 

 

 

 

「いや…お前の気持ちはよく分かるよ…」

 

だが、目の前の少年から出てきた言葉に、思わず青年は耳を疑った。自分自身でも異常と考える思考に、まさか共感を覚えたと?再び口元に笑みを浮かべながら、シエルはその言葉の意味を話し出す。

 

「やっぱり“俺”なんだな…。シエルっていう男は、仲間の為なら何することにも躊躇いがない…」

 

今更ながらに感じた、目の前にいる異世界の自分へのシンパシー。そう。自分が一番よく知っている。“シエル”と言う男が胸の奥に秘めている、仲間に対する感情を。

 

『俺は仲間の幸せの為なら、どんなことだって利用するやつだからね』

 

元の世界で、ドラゴノイドと言う人工ドラゴンによる騒動が解決した直後、仲間であるミラジェーンに返した言葉が、シエルの頭の中によみがえる。仲間の幸せに繋がるなら、仲間の命以外のどんなものでも利用し、懸けて、邪魔になるなら切り捨てる。

 

世界が違っても、性格が違っても、やはりシエルである目の前の男は、確かにもう一人の自分であるのだと実感させられた。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、許せない部分も存在する。

 

彼の気持ちは確かに分かる。魔力を溢れた世界にすれば如何なる脅威も消えて不自由に過ごせる。その為の犠牲として仲間やエクシードが利用されることは許せないが、頭ごなしに非難することは出来ない。より豊かな暮らしを求めるのは人間の性だ。

 

仲間を、家族を失いたくないから、自分たちもその目的を阻止しようと全力で戦う。ぶつかり合う。

 

だけど、彼の行動でどうしても譲歩できない部分が存在しているのだ。

 

「お前のやり方じゃ…仲間を幸せにすることは出来ない…」

 

「……何だと?」

 

これまでイタズラの時のように笑みを浮かべて言葉を発していたシエルであったが、その笑みを引っ込めて堂々と告げたその言葉に、青年の顔に、明らかな苛立ちが浮かんだ。

 

「幸せに出来ない」と言うその一言が、これまであらゆるものを犠牲にしながら仲間の幸せを願ってきた青年の琴線に触れたのだ。

 

「さっき俺は、今の妖精の尻尾(あいつら)が幸せじゃないのか?って聞いたけど、俺もその通りだと思うよ。そしてお前の行動は、その先の幸せも封じ込めている。お前は…妖精の尻尾(あいつら)が求めているものが、分かってない」

 

その琴線に触れていることに気付きながらも、シエルは臆することなくその一つの事象を話す。家族の幸せを願いながらも、その行動が逆にそれを遠ざけていることになっていると。これまでの彼の行いは、彼の心と矛盾したものになっていると。

 

 

 

 

 

「貴様に…何が分かるっ!!?」

 

苛立ちは確かな怒りとなり、それによって力強く握りしめられた長杖を振るいながら、青年は即座に4属性の魔力弾を発射。それを少年が咄嗟に腕を交差して防ぐが、浮遊島の地面を数メートル後ずさるほどの威力で、彼の腕は痛みで痺れ出す。

 

「俺が妖精の尻尾(あいつら)の求めているものを分かっていないだと…?原理が全く異なる別の世界から来た奴が、分かり切った顔でほざくんじゃねえ!!」

 

家族のために。その一心で彼は2年半もの間、いたくもない王国の為に、尽くしたくもない王に尽くしてその才を注いできた。魔力を溢れさせれば絶対に幸せに出来ると、心から信じて疑わなかった。それを根底から否定するような言動をした目の前に少年に、今までの抱え込んできたかのような怒りを青年は爆発させる。

 

その爆発は彼の手に持つ長杖に影響し、先端の珠を再び四色光らせ、8属性全ての魔力を収束させた最大の技をもう一度放とうと構える。

 

「確かに…俺はこことは別の世界の人間だ…。けど、そんな俺でも、分かるんだ…!魔力よりも、安全よりも、国を相手に立ち上がったあいつらが、本当に欲しかったものが何だったのか…!!」

 

腕の痺れをこらえながらも、シエルは右手に雷の魔力を生み出し、必死に口を動かしながらもそれを握り潰して、全身に雷の魔力を駆け巡らせる。彼の言葉に、動きに、より苛立ちが助長された青年は、少しばかり落ち着かせるために息を吐きながらも、怒りのこもった目をそのままにして鋭い視線を向け直す。

 

「もういい…。少し考えればすぐ分かった事だ。エドラスに敵対の意志を見せるお前たちに、エドラスに生きる俺たちの気持ちなど、理解できない事を!」

 

これ以上の問答は不要。目の前の少年を、ただ障害として消す以外に考えることなど蛇足であると結論付け、青年は漆黒の魔力を集めた長杖の先端を少年に向ける。それに対してシエルは雷の魔力を纏ったまま、左手を少しばかり上げて、魔力を練り始める。

 

「これで完全に消え失せろ!!ナチュラレックス・オールデル!!!」

 

激昂のままに放たれた漆黒の波動。直撃すれば小さな身体など今度こそ原形さえ残りはしないだろう。徐々に目前へと迫りくる波動を前にして、シエルは焦りを見せないまま左手に()()()()を具現させた。

 

雷光(ライトニング)

 

 

 

 

 

 

 

 

倍速(ブースト)』!!!」

 

そしてその魔力を握り潰すと、シエルが体に纏っていた黄金の雷が、左手を起点に変色。青白い蒼雷へと変貌を遂げる。そして上空に向けて飛翔するように地を蹴ると、目前に迫っていた漆黒の波動を難なく置いてけぼりにして空振りに終わらせる。

 

「消えた…!?…だが、この技は通用しないぞ。どこから攻めようと、容易く…」

 

先程とは少々様子が違うが、自分のメガネに付けた分析機能で十分読み取ることが出来た技と同列のもの。先程と同様に先を読んで攻防に繋げれば脅威とはなりえない。言葉を紡いでいる内に、右側から高速で迫る反応がある事を認識したため、杖を振るおうと右腕を動かす。やはり簡単だ。

 

 

 

 

 

 

と思っていたら、長杖が地の魔力を練り上げるより先に、青い雷を纏った少年が右から横切って自分の左頬に裏拳を食らわせて通過していった。あまりの速さでぶつけられた攻撃に、青年の体が大きく仰け反る。

 

「っ…!!……!!?」

 

そして同時に混乱に陥る。何が起きた?先を読んでから攻撃が来るまでに、1秒の間も存在しなかった。行動が遅れたか?気を取り直して、今度は油断を無くして少年の来る方向の情報に集中する。

 

「ソルムスフィア!!」

 

来た。今度は正面。すぐさま地の膜を展開して防御…

 

 

 

するよりも先に、少年の雷光を纏った拳が彼の腹部に突き刺さり、エドシエルは大きく息を吐きだした。そして気付いた時には、少年は再びその姿を消し、一人で包囲するかのように動き出す。

 

「(は、速い…!?先程と比べて段違いのスピード…!!メガネ(こいつ)の分析が追い付かないほどの高速で攻撃を行っている…!?)」

 

シエルの攻撃を二回受けて判明させたのは単純な原因。先程まで先を分析できていた攻撃が、純粋に速くなっている。分析直後。あるいは分析している途中で、既に攻撃が届いてしまっているのだ。

 

だが原因が分かれば対処も可能。途中で終わってしまっていた地の膜を一度解き、水と風の魔力で雷の魔力を作り出してそれを膜にする。雷の魔力を持っているのなら、これで攻撃しようとしてきた瞬間に吸収できるはずと考えての防御だ。これが通用すれば、向こうも迂闊に攻撃が出来ないはず…!

 

「(今度は背後…!)がはっ!?」

 

だが、エドシエルの抵抗は、微塵も実を結ばなかった。スピードを更に付けたシエルの両脚による蹴りが雷の膜を突き破って、勢いそのままに青年の背中を大きく蹴り飛ばす。あまりの衝撃に、浮遊島の地面を青年が勢いよく転がっていく。

 

「(まずい…!!雷による中和も通じないのなら、他の属性でも防げるわけがない!あれほどの勢いであれば、地による強固な守りも突き破り、水による拡散も間に合わない…!!)」

 

同じ属性で魔力を別方向に流す方法が通じなかった。その結果を受けて別の策を講じるも、同時に判明した少年の攻撃を振り返って、他の方法も通じない事を悟る。すぐさま分析にあたれる強みが、逆に容赦のない現実を突きつける原因となっている。

 

「っ!!また…!!」

 

起き上がることも出来ない状態で、彼のメガネが再び攻撃の予兆を感知。しかし思うように動けずにその攻撃に身構えていると、少年の攻撃は彼の頭上をすれすれで通り抜けた。

 

「!?まさかこの攻撃は…!」

 

何かに気付いた様子で再び姿を消した少年の攻撃の予測に身構える。予想が正しければ…。そう思考しながら彼のメガネに再びその予兆が現れる。そしてそれと同時に身を屈めると、再び青年の頭上を青い雷光が通過。攻撃は空振りだ。

 

「(やはりな…)」

 

そしてエドシエルが導き出した推論。この技は確かに速度と威力共に申し分ない、脅威的な技だ。だがその反面、速度があまりにも高い故に、標的を狙ってコントロールすることが出来ないという弱点が存在する。倍速…と言うのはただ単に自分の速度を上げるだけであって、体感速度までついて行けるものではないらしい。

 

「(少々ジリ貧になるが、向こうの魔力が尽きるまで回避に専念する方が効率的…)ん…?上…!?」

 

相手の技を如何にして攻略するか考えていたエドシエルだが、次に映った攻撃の方向が側面ではない事に気付いて思わず上空へと視線を移すと、こちらに向けて真っすぐと落ちてくる蒼雷が映り、反射的に身を捩って回避。浮遊島を上から貫通するほどの穴を少年が作ってしまう。

 

「(バカか俺は!?コントロールできずとも視界は機能してるんだ!二回も当たらなければ狙い方を変えるのは必然…頭ごなしに突進してくる動物が相手じゃないんだから、当然だ…!!)」

 

そして青年は数秒前までの自分に対して思考が足りていなかったと反省する。自分が同じ立場であれば、身を屈めて躱し続ける敵に、上空から狙いを定める。少年が行ったのは同じことだ。その考えを予測できなかったことに自己嫌悪さえしてしまう。

 

「躱し続けるにも工夫が必要だな…!」

 

次の攻撃が来る前に対策するべき。そう思い至った青年は長杖で地属性の魔力を操作し、浮遊島の至る場所に岩を盛り上げて作った柱を作り出す。メガネの予測よりも先にコントロールしづらい雷光の攻撃が横切れば柱の壊れる音で先に対策できるようにするためだ。その作戦は通じたのか、一方向の柱が破壊される音を聞き取った瞬間、彼はその方向の延長線上から退避。その直後に蒼雷が横切る。

 

「よし…!次だ…!」

 

壊された柱は再び作り出して同じ方向からの無音の攻撃をも対策。もし仮にすべての柱を避けて攻撃しようとしたとしても、その方向はメガネの先読み機能も手伝って読みやすい。上空からの攻撃も、飛び退いて回避し、再び浮遊島に貫通した穴が出来る。

 

順調だ。しかし彼は油断しない。きっと少年はこの状況に対しても何か異なる手法で対応してくるはず。そう警戒していると、今度は前方から破壊音が聞こえてくる。

 

「方法を変えない限りは同じだ…!」

 

そして再び蒼雷の攻撃を躱すために右方向へと飛び退いて、横切るのを見送る。

 

「がっ!?」

 

しかし次の瞬間背中からの衝撃を受けて前のめりに倒れこむ。直撃した瞬間、メガネには後方からの攻撃が警告されており、間違いなく少年の攻撃を受けたことを示唆している。だが、柱を突き破ったのは前方。一度横切った蒼雷も、前方から迫ってきていた。今度は一体何が起きたのか。見切る為にももう一度意識を集中する。次の破壊音は左側。左側の攻撃に集中して、いつでも退けるように身構える。

 

だがその直後後方からも破壊音が響き、更に左側にも同じ音が発生する。

 

「!?(ど、どういうつもりだ、一体…!?)」

 

四方八方の柱が破壊されていく音が響き、その度メガネの警告も次々と発生して、方角が定まらない。訳も分からなくなって目を配っていると、今度は左側からその攻撃を喰らってしまう。

 

「ぐっ…あっ…!!(何かが妙だ…!何故急にこれ程小回りがきくように…!まさか…!?)」

 

立ち上がりながら岩の柱を再び復元させ、攻撃を受けた原因を探っていると、一つの仮説を思い浮かべる。だが、それに気付いた瞬間、彼のメガネに警告の音。柱は一切壊されてない。だがその方向は上空からではない。方向は前方の下。

 

眼下に、膝を折って飛びあがる構えをしたシエルが、狙いを定める狩人のような目を向けて、こちらを見上げている。それを目にした瞬間全てを理解した。

 

「礼を言うぜ。おかげでこの技にも慣れてきた」

 

「(この短時間で…あの速度のコントロールを身につけた…!?)」

 

何度も蒼雷を纏った攻撃を仕掛け、徐々に工夫を凝らし、障害を破壊しながら自らの力を慣らしていった。その結果、彼は新たに身につけた一段階上の速度による攻撃に目が追い付いていった。

 

「てやっ!!」

 

対処する余裕もないまま数秒立ち尽くしてしまったエドシエルを、青い雷光を纏ったシエルが思い切り蹴り上げて空中へと放り出す。

 

「お礼に俺から教えてやる…」

 

その言葉を始めにしてシエルはすぐさまエドシエルの元へと追いつき、もう一度蹴りを入れて更に高くへと飛ばす。

 

「お前は自分の身を犠牲にしてでも、家族の幸せを願っていた」

 

蒼雷を纏ったシエルの速度はまさに一瞬。いくら飛ばしてもそれに追いつきその度に彼はもう一人の自分に言葉をかける。その言葉に目を開いて反応を示す青年に向けて右拳を胸の部分に打ち付けて下へと落とす。落ちていったところに再び追いつけば蹴り上げ、次に横、下、上、あらゆる方向からあらゆる攻撃を与えていく。

 

「けどな!お前の家族は、お前がいなくなったことに心から悲しんでいたし、お前の帰りをずっと待ちわびている!!」

 

「!!」

 

シエルはその言葉を青年にかけながら思い出していた。今地上で戦ってくれているギルドの者たちが零した願いを。

 

『そんな危険な真似をせず、ただここで…ギルドの一員として、過ごしていて欲しかったんです。もう自分を追い詰める必要はないって…』

『「すぐじゃなくてもいい。私たちはいつまでも待ってる。だから…必ず生きて、ギルドに戻ってきてほしい」って…』

 

そしてエドシエルもまた、その言葉を聞いて思い出した。自分に対して怒りを表しながら涙を流そうとしていた少女の言葉を。

 

『あなたの身を案じてくれているみんなの事も、あなたを信じて託してくれているお兄さんの事も、あなたの帰りをずっと…いつまでも待っていてくれている『私』の事も!全部…全部裏切った!自分勝手な国の為に、家族を見放すなんて…彼だったら絶対にしない!!』

 

彼らの幸せは、豊かに暮らせることじゃない。彼らにとって何より大切な…愛する家族と、たとえ不自由であっても共にありたい。望みは、ただそれだけだと。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、仲間が、家族がいなけりゃギルドじゃないんだ!!だから俺たちは、世界を敵に回しても取り戻そうと必死になった!!残った仲間と一緒に!!」

 

言葉と共に攻撃を加えながら、シエルは更にそのスピードを上げる。心の底からの叫びと共に告げられたそれは、彼の心に呼応するようにそのギアを上げていく。

 

「お前も、本当に仲間を想うなら!!自分を危険ごと遠ざけるんじゃなくて、家族の傍で危機に立ち向かえ!!苦しくても、涙しても!仲間が、家族が傍にいれば、それは豊かである以上に、幸せなんだ!!」

 

「…!!俺は…!!」

 

既に体のあちこちに痕が出来ているエドシエル。だがそれよりも、シエルの言葉の拳が、彼の心へと徐々に届いていき、その覚悟を揺らがせる。

 

「帰るんだ!!妖精の尻尾(あいつら)の元に!お前の兄の元に!お前を想ってくれる女性(ひと)の元に!!」

 

迷いが生じ始めたその顔を目にし、シエルはさらに右の拳に力を込める。どれだけ攻撃を与えても揺らがなかった冷たい科学者の固くなった心を、元に戻す最後の一撃を与えるために。

 

「“シエル”が傍にいることが!あの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとっての一番の、幸せだぁーーっ!!!」

 

最後の叫びと共に繰り出した右拳が、科学者の左頬を打ち抜く。浮遊島からすでに高度を落とした空中で繰り出されたその攻撃は彼に微かな抵抗も与えず、彼の身体を地上の森の中へと落下させた。

 

その落下音は激突している地上にも響き、王国軍、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の両陣営の意識を向けさせる。

 

「い、今のは…!?」

「何かが、落ちてきた…!?」

 

戸惑いの声をあげる両陣営。その中で、王国兵や魔科学研を相手に無双の如き戦いを見せていた藍色髪の女性が、直感でその正体に気付いた。

 

「まさか…!」

 

周りのギルドメンバーの制止も聞かず、彼女はその一点を目指して駆け出した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その落下地点に真っ先に付いたのは蒼雷を纏っていたシエル。着地と同時に身に纏っていた雷の魔力を解いて、完全に戦闘態勢を解除。茂みの中で力なく横たわるエドシエルへと歩み寄る。意外としぶといようで、まだ意識はあるようだ。メガネは生憎砕けて傍らに落ちているが。

 

「目は覚めたか?」

 

「……まるで俺が正気じゃなかったみたいな言い方だな…」

 

イタズラのような笑みを浮かべて尋ねるシエルに、気分は最悪、と言いたげにエドシエルは言い返す。だが当の少年は「似たようなもんだったろ?」と笑顔を深めて揶揄ってくる。それを見てまだ若干苛立ちが起こるものの、先程までと比べると、どこか気分が晴れやかになった気がする。

 

だが、それとは別に懸念として考えている要素がまだ存在する。

 

「俺は、本当に帰ってもいいのか…?」

 

その自問にも感じる言葉に「は?」と、シエルは顔をしかめて反応してしまう。そして青年が次に呟いたのは、先程とは想像もできない程に弱気な発言。

 

「俺が帰ってくることが妖精の尻尾(あいつら)の幸せだと言っただろ?正直…俺はあいつらにそこまで必要かと思われているのか怪しく感じる…」

 

ギルドに入る前は、信頼できる存在が唯一の肉親である兄だけだった。ギルドに入った際は、全幅の信頼などできず、素っ気ない態度を度々とってしまった。それは、心の底で彼らを信じられるようになってからもだ。言葉に一々棘を帯びて話してしまう事で、ナツとかからはいつも怯えられていた。ジェットやドロイとも衝突したことがあった。意図しない発言が煽りとなって、ルーシィを激怒させたこともあった。そして2年半もの間、王国軍としてギルドを切り離した人間を演じて過ごしてきた。

 

そんな自分が、本当にギルドに戻ってきてもいいのだろうか?

 

 

 

そんな彼に、穏やかに笑みを浮かべながらシエルはこう答えた。

 

「…少なくとも、確実に戻ってくることを願っている人を、俺は二人知ってる。一人はお前の兄さん。もう一人は…」

 

そこで言葉を区切り、戦闘が行われている方向へとシエルが首を向ける。その方向から、一人の影が近づいてきているのが、二人の目に映った。その人物は、シエルが予想した通り。そしてエドシエルはその人物の姿を視界に入れて、思わず大きく見開いた。

 

服装は肩とへそを露出した大胆なもので、両手には戦闘の途中という証拠であるトンファーが握られており、長い藍色の髪を揺らしながら必死にこちらへと駆け寄ってくる長身の女性。

 

「ウェンディ…!?」

 

その正体を認識したエドシエルが名を呟くと同時に、彼女もシエルたちの存在に気付く。と言うよりも、意中の相手であるエドシエルに気付いた瞬間、一度驚きを現したかと思いきやすぐに顔に笑顔を、目元に涙を浮かべてその足を速める。

 

…何かが目に映ったのか顔を赤くして少年シエルがそっぽを向いたのは余談としておく。

 

「シエルッ!!」

 

両手に持っていたトンファーをその場に放り、大きく腕を広げてエドシエルが横たわる茂みへと飛び込み、驚愕する彼の身体を抱きしめる。思っているよりも強く抱きしめられているようで、少年から受けた数々の打撃痕の痛みが全身に走る。

 

「シエル…シエル…!生きてて…無事で、よかった…!!」

 

痛みを訴えてどうにか離れるか力を緩めてもらえないかを頼み込む青年であったが、涙ぐみながら呟いた彼女の言葉を聞き、観念したように彼女の抱擁を受け入れ、四肢の力を緩めた。

 

「……ただいま…」

 

「おかえり……!」

 

そして今までに見せたことのない穏やかな笑みで呟いた言葉に、涙を抑えぬまま、彼女は迎え入れた。




おまけ風次回予告

ルーシィ「じゃあ、エドシエルはずっと、王様や他の王国軍にもバレずに、ギルドを守ろうとしてたってこと!?」

シエル「そう言う事だね。しかし恐れ入るよ。仲間が誰もいない状態で、王国軍の人間を演じながらギルドの最善を考えて動くだなんて」

ルーシィ「そう言えば…シエルってお芝居の仕事の時も、即興で違和感のないアドリブやってたわよね?もともと演技の才能あったんじゃ…?」

シエル「芝居の話はやめて…トラウマが蘇るから…」

次回『名演技』

シエル「え?『芝居が上手いのは俺だけじゃない?』それってどういう…」

ルーシィ「ええ!?ま、まさかこれって…!!」

シエル「はいぃ!?嘘だろぉ!?」


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第98話 名演技

またもギリギリになった上に、なんだかうまいこと書けなかった…!

いつもよりもちょっと雑になったような…いい感じに話の流れを作れなかったような…。
これがスランプって奴なんでしょうか…?


戦いの舞台。そう形容するにふさわしい、闘技場のような造りの石壁に囲まれた空間の中で、竜を模した巨大な魔導兵器…ドロマ・アニムに対して立ち向かったのは、その竜を滅する魔法を扱う滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の3人。

 

対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)と言う魔法を無効化する素材で作られた搭乗型の甲冑に唯一ダメージを与えられる特殊な魔法の力で、序盤は対抗することが出来ていたのだが、現在の戦況は、圧倒的にアースランド側が不利となっていた。

 

《アースランドの魔導士…!尽きる事のない永遠の魔力を、身体に宿す者たち…!その中でもこ奴等の…ドラゴンの魔導士のデタラメな魔力…!》

 

最初は白銀の部分が多く占められていた機体はその色を変え、全てを塗り潰すことを体現するかのような黒鉄へと変貌を遂げている。更には右腕は巨大な槍に変じ、左手の甲には巨大な盾がそれぞれ装着されている。

 

《よこせ!その魔力を…!世界はこ奴等を欲しておる!!》

 

“天を黒く染め、滅亡を従えし者。その者の名…竜騎士ドロマ・アニム”

 

エクシードの長達にのみ伝えられている伝承にそう記されている一文。かつてエクスタリアだけでなくエドラス全土を滅ぼしかけた、禁断の魔導兵器。それが天を黒く染めた時、エドラスの魔力の大半が失われたと伝えられている。

 

そしてその伝承を体現するように、竜騎士はその姿を黒く染め、絶大な力を発揮し始めた。

それこそがドロマ・アニムのもう一つの形態。『ドロマ・アニム黒天』。

 

《地に堕ちよ、ドラゴン!!絶対的な魔導兵器…ドロマ・アニムがある限り!我が軍は不滅なり!!》

 

そして黒天となった竜騎士の前に倒れ伏しているのは、懸命に戦いながらも圧倒的な力によって叩き落された3人の魔導士。誰もが身体中に傷を負い、魔力の消耗も激しく、立ち上がることが出来ない状態。

 

それでも諦めずに起き上がろうとする竜たちを、竜騎士を操る国王がさらに蹂躙する。槍となった右腕を振るい、彼らの足場から紫の光と共に魔力の爆発を起こし、竜たちの身体をまたも吹き飛ばす。己の身体を動かすことさえやっとの彼らは躱すことも叶わず、何度目になるか分からぬほど悲鳴を上げて地に叩きつけられる。

 

《もっと魔力を集めよ!!空よ!大地よ!ドロマ・アニムに魔力を集めよ!!》

 

世界に住まう人々が魔力の枯渇で苦しむ中、世界の為と言う名目で己が野望を果たそうと、至る所から数少ない魔力を吸収し、竜騎士の腕へと集中させていく。最早そこに世界とそこに住まう者たちのことを想う賢王の姿も、己が身さえも捧げる覚悟を持った姿の欠片もない。

 

ただただ、自分が欲するものを得るために御託を並べて、無理矢理に奪い取ろうとする業突張りの本性を曝け出しているに過ぎない。ただでさえ少ない魔力を浪費しておきながら、「この世界の為に魔力を捧げろ」と、身勝手な言い分を強要させている。

 

火竜(サラマンダー)咆哮(ブレス)だ…!ガキ、お前もだ…!」

 

「3人で、同時に…!?」

 

身体に鞭を打って起き上がろうとしながら、ガジルがそれぞれナツとウェンディに呼びかける。属性の違う滅竜魔法の咆哮(ブレス)。提案したガジル本人にとっても何が起きるか分からない為に避けたかったものだが、裏を返せばそれ程の危険性を考慮せざるを得ないほどの威力。明らかに硬度を高めてきたドロマ・アニム黒天を打ち破れる可能性を秘めているとしたら、この手しか他に浮かばない。

 

やるしかない。その言葉に二人も応え、己の魔力を溜め込み、3人ともに口に空気を溜め込んで頬を膨らませる。

 

「火竜の…!」

「鉄竜の…!」

「天竜の…!」

 

《おおっ!?まだ魔力が上昇するか!!》

 

それと同時に高まる魔力を感じ取り、改めて底知れない力を実感した国王が声を漏らす。しかしそのことに驚きこそすれど、焦りや不安と言った様子は一切見られない。

 

『咆哮!!!』

 

そして各々の口から放出された紅蓮の炎、鋼鉄の刃片、純白の竜巻は、直線状でやがて一つに交わり、3つの属性を螺旋で描いた今までにない威力の咆哮へと変わる。ただでさえ他の魔法とは一線を画す滅竜魔法。その魔法が三つも混ざった時の威力は計り知れず、着弾すればその場で大規模な爆発を起こすほどだ。

 

 

 

 

《無駄よ…!》

 

しかし…竜騎士の甲冑に乗っている国王ファウストは意味深に口角を吊り上げると、左手の甲に付けていた盾に力を込める。すると、今まではそのままでもナツ一人の攻撃が弾き返せるほどの硬度を誇っていた盾に魔力が纏われる。竜胆色で実態を持たない魔力で構築された一回り大きな盾が、元の白銀の盾を覆うように顕現される。

 

そしてその盾に3属性の咆哮が衝突。だが盾に激突した咆哮は、竜騎士の甲冑を少しばかり後方へと後ずさらせただけに終わると、完全に勢いが止まり、消失してしまう。

 

「なっ!?」

「何だと…!?」

「そんな…!!」

 

放った自分たちから見ても、一人ずつが放つ咆哮と比べればその威力が絶大であることはすぐに気づいた。当たれば大破。持ちこたえたとしても深刻なダメージを与えられるはずだとふんでいた。だが実際に目の前で起きたのは全く別のもの。ここに来てみたことのない方法で完全に守り切られてしまったことに、身体だけでなく、精神にまで大きなダメージを受ける。

 

《フハハハハ!!当てが外れたようだな!禁式とされた古代の魔導兵器、ドロマ・アニム!そこに未来を築き上げる礎となる技術、魔科学を加えた、まさに時代を超えた最強の力!!》

 

原理は不明だが、ドロマ・アニム黒天が発動させた盾の正体が、これまでも自分たちを苦しめてきた科学者によるものであることに気付いた。特にその科学者に心当たりのあるナツとウェンディが、それに対して更に顔を歪めている。

 

《あらゆる攻撃をも防ぎ、絶対的な鉄壁を誇る最強の防御力…『竜ノ盾』!!如何にドラゴンの魔導士であろうと、この盾を打ち破ることは不可能!!》

 

「やってみなきゃ分かんねーだろ…!もう一度だ!!」

 

一度完全に防ぎ切ったことで驚異の防御力を誇る『竜ノ盾』の力を実感したファウストが自慢気に語り、それに対してナツが反論すると共に再び3属性の咆哮による攻撃をしようと構える。だが…。

 

《そしてこれが、竜ノ盾と対を為す最強の破壊力…!》

 

盾を発動した時と同じように、右腕を変じて出来ていた槍が竜胆色の魔力を帯びて輝き始める。そして魔力の形は槍よりも頑強なもう一つの姿を作り上げ、再び咆哮を撃とうと身構えたナツへと突進していく。

 

《全てを貫け!『竜ノ矛』!!》

 

「ぐあああっ!!」

 

火竜(サラマンダー)!!」

「ナツさん!!」

 

反撃も回避も間に合わずその身体を吹き飛ばされて岩壁へと叩きつけられたナツ。威力が今までよりも桁違いだったのか、矛の接触から激突までの時間はほぼ一瞬。ガジルとウェンディが気付いた時には、ナツの姿が消えていたほどだ。

 

「クソが!!」

 

突進したこと態勢に隙が生じていた竜騎士にガジルが腕を剣に変えて撃ち込もうとするが、当たる直前で跳躍。想像以上の跳躍力を見せながら回避してみせる。

 

《次は貴様等だ!『竜騎拡散砲』!!》

 

そして滞空を続けながら、竜騎士の鋼鉄で出来た体の至る所から火薬弾を発射。岩壁の中の空間を無差別に砲撃して破壊していく。

 

吹き飛ばされた火竜、呻く鉄竜、悲鳴を上げる天竜。そしてさらに為す術無く傷を負い、倒れ伏すその姿を目にし、国王は哄笑を上げる。

 

素晴らしい。過去に世界を破滅に導いた兵器の力も、その兵器の力に更なる強化を施した技術も、そしてそれら全ての源である魔力も。この世界から一つ残らず消えるなど、あってはならない。どのようなものを利用してでも、世界の為に、永遠の魔力を有するドラゴンの魔導士を、手に入れる。

 

その覚悟に匹敵する力を持たぬものが、自分に抗う事などおこがましい。世界、民、それが自分が背負い、託された大いなる存在。目の前の奴等が抱えているものと比べれば、巨象と蟻の差ほど違い過ぎる。

 

竜騎士の力を遺憾なく振り回して、止むことない哄笑を上げる国王の蹂躙は、未だに終わらない…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

国王が滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちを追い詰めている間、もう一方の戦況はほぼ拮抗状態だった。魔戦部隊の兵士たちと、魔科学研の戦闘班に対抗するのは、これまで逃亡を続けながらギルドとして活動していたエドラスに存在する最後のギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

「ナブくん、ビジターくん!一度後退してください!追撃してくる兵士たちの阻害はアルザックくんとビスカさんに!シャドウギアの3人!その地点から9時の方向に不穏な動きをしている集団が見えます!そこを突いてください!」

 

的確に戦況を把握してギルドメンバーに指示を飛ばすのは、彼らのマスターを務める病弱の青年、エドラスのペルセウスだ。先程までは吐血して後方に控えていたのだが、少し回復したところで自ら指令として戦場へと出て、今のように的確な指示と判断で徐々に王国軍を押し返している。

 

「アースグレイくん!2時の方向に氷の壁を展開できますか!?」

 

「ったり前だ!オラァ!!」

 

そしてその指示を聞いて行動するのはエドラスのメンバーのみだけじゃなく味方として共に戦うアースランド側の魔導士たちも同様だ。一つ聞くと意味があるのか不安な指示も、実行してみれば状況の好転につながるため、最早迷いなく即実行できるようになった。現に今も、魔力弾で反撃をしようとした王国軍の攻撃は、グレイが作った氷の壁で全て遮断された。

 

まさにその姿は軍師。戦う力を持たずとも、上に立ち、仲間を導く力を有した存在。

 

「す、スゴイ…!」

 

「だろ?うちのマスターは身体は最弱だが、頭に関してはエドラスでも最強だ!!」

 

「誉めてんのかそれ…?」

 

その姿を見てルーシィが思わず感嘆を零せば、自分の事のようにエドルーシィから胸を張ったような返しが発せられる。だが本人が聞いたらちょっとだけ傷つきそうな自慢の仕方だったことに、思わずペルセウスからも言葉が漏れた。

 

「おのれペルセウス!!」

 

すると、攻め立てる妖精たちの壁を抜けた数人の兵士たちが、ペルセウスの立っている場所に向けて突進をしてくる。マスターと言う絶対的支柱を守るために同じ数の魔導士が彼を囲むように立ち塞がるが、「私なら大丈夫です」と手を差し出して彼らを下がらせようとする。

 

「な、何言ってんだよマスター!?」

「そうだよ!危ないって!!」

 

「危ないことは百も承知。そしてそれは皆さんも同じことでしょう?」

 

勿論それで抗議の声をあげるメンバーも多々いるが、マスターペルセウスはそれでも引かない。少しばかり前に立ちながら右目に付けているモノクルに手を伸ばす。最早退路を断って逃げ場も捨てた状態で、メンバーを差し置いて一人安全圏で留まるだけでいるわけにはいかない。自分にも、やれるだけの事を果たす義務があるはず。後ろで指示を飛ばすだけでは、それは果たせていると言えない。

 

「私も…皆さんと共に戦う為に…シエル、どうか力を貸してください…!!」

 

兵士たちの間合いに入るまであまり猶予がない。いつでも兵士たちを撃退できるようにと魔導士たちが身構える中、遂にその攻撃が届こうとした瞬間、マスターペルセウスはモノクルの端に付いたスイッチのような突起を指で押し、カチッと言う音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、モノクルのレンズが突如発光し、マスターペルセウスの前方に迫ってきていた兵士たちのすぐ後方に一筋の光線が着弾。爆発を引き起こした。

 

『ぎゃああああっ!!?』

 

マスターペルセウスに迫ってきていた兵士たちは唐突に起きた爆発でその身を吹き飛ばされ、情けない悲鳴を上げながら彼と、彼を守っていた魔導士の集団を飛び越え、その先の地面へと落下していった。

 

『……えーーーーっ!!?』

 

その光景を目にしていた周囲の者たちは、敵味方問わず全員が攻撃の手を…と言うより体も思考も全部停止した状態で数秒フリーズし、ようやく理解が追い付いた瞬間、一人残らず驚愕の声を発した。上げていないのは元凶と言えるマスターペルセウスのみである。

 

「い、今…モノクルから…何か…」

「ビーム出たぞ、ビーム!!」

「マスター、こんなの隠してたの!?」

「てか、何で今まで使わなかったんだ!!」

 

厄介なのは軍師ばりの頭脳のみで、あとは病弱と言うイメージしかないとされていたマスターペルセウスのとんでもない隠し玉を見て、兵士のみならず…むしろ味方から動揺と混乱の声が続出。今までずっとつけていたモノクルの意外な仕掛けをどうして使わなかったのか、と疑問を叫び続ける周囲のメンバーに対して…。

 

 

 

 

 

本人も目を大きく見開いて、何の言葉も発することが出来ずに立ち尽くすばかりだった。全員が察した。「あ、マスターも今初めて知ったんだ…」と。

 

「アンタ、知ってて使ったんじゃないのか…?」

 

「いえ、その…シエルからは、『もしもの時は、敵だけを視界に入れた状態でここのスイッチを押せ』とだけ伝えられていたので…」

 

「犯人シエル(あいつ)かよ!!」

 

その様子を見てアースランドのペルセウスがおずおずと何故使ったのかを聞いてみれば、どうやら彼のモノクルは弟であるエドシエル製だったらしい。スイッチ一つで地形を少し変えられるレーザービームを発射できるモノクルを、敵だけを視界に入れた状態と言う条件を付けているとはいえ、兄に常に装着させると言うのはどうなのだろう…。元凶が判明した瞬間エドルーシィが先んじてツッコミを叫んだが、多分周りにいる誰もが同じ感想を抱いてる。

 

「く、くそ…!だが動揺しているのは向こうも同じだ!!もう一度攻め…」

 

味方同様に混乱していた王国軍の一人が落ち着きを取り戻し、周りの兵士たちを奮起させてもう一度マスターペルセウスに向けて進攻を指示した瞬間、その兵士の近くにビームが着弾し、再びそこを起点に爆発が発生。兵士たちは吹き飛ばされる。それを見て再び動揺した兵士たちが、主に後方で待機している者たちを中心に爆発に巻き込まれる。

 

その光景を作り出しているのは、先程まで自分自身も混乱の真っただ中にいたはずのマスターペルセウス。想像だにしなかった攻撃方法と威力に驚愕していたさっきまでの彼はもうおらず、躊躇なく敵軍の中に次々と撃ちこんでいく。数分前までの病弱な軍師ポジションどこ行った!?と言わんばかりの蹂躙である。

 

「これで私の元へ迂闊に攻め込む敵はいなくなりました。私の護衛はもう不要です。王国軍の撃退に集中してください」

 

『お、おう…』

 

どうやらこの躊躇の一切ないビーム連射も、対象である自分を狙えば容赦なく撃ち抜くぞ、と言う警告を王国軍に植え付けるための策だったらしい。それにしたって真顔で連射などされれば味方である自分たちにとっても恐怖だ。そこはどうにかならなかったのだろうか…。

 

拮抗していた戦況は徐々に押し返している状況。だがしかし、レギオンに乗って次々に合流をしてくる王国軍の姿を見ると、まだまだ撃退には程遠い。周囲の魔導士たちが続々と奮戦してくれているが、さすがに世界中の中でも最大規模の戦力が揃っていると、密度も高い。

 

「ペル!魔科学研に食らったあれの効果は切れてねぇのか!?」

 

「…まだ抜けてねぇ…ずっと身体が重たいまんまだ…」

 

ペルセウスの調子が元に戻れば一斉に追い払えるはずなのだが、アンチエーテルスフィアの効果はまだ継続しているようだ。時間経過だとすればまだまだ解けそうにないのか、それとも特殊な解除方法があるのか、いずれにせよ彼の現状は芳しくない。

 

 

 

「聞こえるか、王国軍!!」

 

その時、突如ある方向から一人の青年の声が響き渡る。王国軍だけでなく、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーもその方向へと目を向けると、誰にとっても衝撃を受けずにはいられない存在がそこに立っていた。

 

身に纏っているのは研究職に就いている証と言える白衣。髪は水色がかった銀色の短い髪。顔立ちは整っていて、切れ長の細い目が彼の印象に多少の棘があることを現しているかのよう。己の魔法で隆起させた地面の土台からこちらを見渡す高度を保って呼びかけるその姿。

 

普段からかけていたメガネが喪失していたが間違いない。今王国軍の数割の数を占める魔科学研の責任者、部長のシエル・オルンポス。そして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとっては、2年半ぶりの仲間との再会である。

 

王国軍は彼の登場を見て、ほぼ全員が歓声を上げ始めている。一方のギルドのメンバーは戸惑いが大きい。手紙を送らなくなってから音信不通であった仲間が、スパイの任務であることを加味しても、この場で王国側に見える登場の仕方をしたことが原因だろう。

 

そしてアースランド側から見れば、彼は自分たちの仲間の少年と対峙していたはずであることを思い出し、衝撃を受けていた。

 

「何でエドシエルが…!?シエルが相手してたんじゃ…!!」

 

「まさか…嘘だよな…!!?」

 

確かに生半可な相手ではなかったと、ペルセウスも思い出していた。だが自分の弟も、そう簡単に負けるような魔導士ではない。その成長はよく見てきた。まさか本当に負けたのか…?ここに来て王国軍の大幅な戦力の増加に、アースランドの魔導士たちに暗い影が帯び始める。

 

「俺はこれまで、この軍の人間として、魔法応用科学研究部の部長として、この国に仕えてきた」

 

再び場にいる全員に聞こえるように声を張り、唐突に語り始めるエドシエル。その様子を見て、王国軍…特に魔科学研の面々はその異変に気付いた様子か少しばかりどよめき始める。それにつられて王国軍も、そしてギルドの者たちも首を傾げ始めた。

 

そしてこの次の一言が、場にいるすべての人間に衝撃を与えた。

 

 

 

 

「だがこれより俺は、この国から与えられたすべての肩書を捨て、ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)への帰還を果たすために、謀反を起こすことを宣言する!!」

 

 

 

『え……え~~~ッ!!?』

 

これまでの彼の行い…王国に対して一番の忠誠を誓っているように見えていた魔科学研部長の突然の謀反宣言に、魔戦部隊の兵士たちは驚きを隠せず、揃って絶叫する。驚いているのはギルドの者たちも同様だ。中には彼が帰ってくることに対して喜びを現す者もいるが、それに構わずエドシエルは言葉を続ける。

 

「今より、エドラス王国を我が敵と定め、妖精の尻尾(フェアリーテイル)と肩を並べて戦わせてもらう!それに伴い、魔科学研の者たちよ!この場で選択するのだ!!」

 

そしてそれを聞いたことにより、再び疑問符があちこちから浮かび上がる。謀反を宣言したシエル・オルンポスは、魔科学研の全てを統括する存在。そこに所属していた兵士…戦闘班の者たちは皆、彼の直属の部下と言っていい。

 

だからこそ、選ばせる。自分の元を離れて、王国のために自分と戦うか、王国を離れてでも、自分と共にあるか。それは、己の意志で決めなければいけない事なのだと。

 

「俺と共にあろうとするのであれば、その意思を示せ!今こそ、()()()()()()()()()()()()だ!!」

 

「……ん?」

 

しかし彼の言葉を聞いて、ルーシィはどこか妙に思った。違和感を感じながらもその原因を突き止めることが敵わず、彼の演説は流れていく。

 

「俺と共にある意思を持つ者たち!応えろ!そして、我らが家族の敵を、打ち倒せぇ!!」

 

土台から飛び立つと同時に叫んだその言葉に、問われた魔科学研の反応は二通りだった。片方は、彼の言葉の全てが理解できず、王国軍のままで残り、混乱を極める者たち。占めて三割。そしてもう一方は、動揺を表すこともなく彼の言葉を聞き終えてすぐさま、身に纏っていたフード付きのローブを勢いよく脱ぎ捨て、上に放った者たち。占めて七割。周りの兵士たちがその光景に再び動揺する中、彼らはその正体を明かした。

 

 

 

『おおーーーーっ!!』

 

「待ってたぜ、シエル部長!!」

「借りを返すぞ、王国軍!!」

「覚悟しやがれぇ!!」

 

雄叫びを上げると同時に、魔戦部隊や、ローブを着たままの戦闘班に向けて攻撃を開始。中には魔科学で作られた兵器を扱う者たちもいて、その練度はやけに高い。唐突な演説にも関わらず過半以上のメンバーが裏切ったことにより、王国側はさらに混迷を極めている。

 

「な、何だこりゃ…!?」

「エドラスのシエルだけじゃなく…」

「魔科学研もほとんど裏切った!?どーなってるの!!?」

 

そして困惑から抜け出せないでいるのは王国だけでなく、こちらも同じ。状況が全く読めない中で次々と起きてる謀反劇にだんだんついていけなくなっている。そして困惑しているのはエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)も同様であったのだが、こちらはまた違う意味で混乱している。

 

「ちょ、ちょっと待て…!?あいつは…!!」

 

最初に異変に気付いたのはエドルーシィ。裏切った魔科学研の一人が、両手で太鼓のバチのような魔科学兵器を携えて、雄叫びを上げながら地面を叩いた衝撃波で兵士たちを吹き飛ばしているのを見て、彼女は思わずその男に声をかけた。

 

「お前…『ミクニ』!?ミクニだよな!!?」

 

「お?よお、久しぶりだなルーシィ!!」

 

「久しぶりって…お前捕まって殺されたはずじゃ…!!?」

 

『ミクニ』と呼ばれて反応を示したドレッドヘアーが目立つその男。知り合いなのかとルーシィが聞けば、かつて王国軍に捕まって処刑されたはずの、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間だった男だと言う。それに驚いていると、別の魔導士がルーシィに慌てた様子で声をかける。

 

「ミクニだけじゃねえ!あっち見ろルーシィ!!」

 

それを聞いて目を向けてみれば、エドルーシィにとっても、他のメンバーにとっても、裏切った魔科学研のメンバーの顔触れには見覚えがあるものが多かった。

 

「あ、あれは『ジョイ』!?」

「あいつは『ミキィ』か!?」

「『ワン』の奴もいるぞ!!」

「あっちの二人は『エリック』に『キナナ』!?」

 

「みんな…この二年程で王国軍に捕えられ、処刑されたと思われたメンバーばかり…!!」

 

次々とエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちから明かされる彼らの素性。そしてそれを目にしたマスターペルセウスは、驚くとともに嬉しさで思わず笑みを浮かべる。スパイとしてシエルが潜入したあの日からも、少なからず失われていく仲間たちのことを思い、心が折れそうになった。

 

だが生きていた。王国軍の人間として己の素性を隠し、今日この時自分たちの仲間として戻ってきてくれた。マスターの代理として席についてから、これほどまでに嬉しかったことがあっただろうか。ただでさえ、四面楚歌の状況下にあった弟が生きていてくれたことが何より嬉しかったというのに…まるで夢のようだ…。

 

「ありがとう…シエル…!!」

 

そしてその光景を作り出したのは誰か、すぐに考えればわかる。彼はやはり、仲間の為に己をいくらでも犠牲に出来るほど、優しい弟だ。

 

「あ、あいつ……本当は最初っからこうやって裏切ることを想定してやがったな……!?」

 

「シエル!無事だったか、よかった!」

 

すると、困惑から抜けずに立ち尽くしていたペルセウスたちの元に、少年の方(アースランド)のシエルと大人(エドラス)のウェンディが場に戻ってきて、少年が顔を引きつらせてぼやいているのが聞こえた。反射的に振り向いてペルセウスが安否を確認する。日光浴(サンライズ)で傷や疲労は回復しているようで、外傷はほぼ見えていない。

 

「てか、結局向こうのシエルは味方だったってことか?」

 

「色々と拗らせて敵対していたけど、吹っ切れたみたいだね…。けど戻ってきたら予想だにしない光景が目に映ってどこか釈然としない気分だけど…」

 

「た、大変だったんだね…」

 

スパイとして潜入していると思ったら本人はギルドを捨てていて、かと思いきやそれは嘘でギルドの為に動いて、更には捕らわれた仲間を秘密裏に部下として匿っていて…。王国軍に胸中を察知されない為に仕掛けていた、と言えば聞こえはいいが、自分たちから見れば紛らわしくてややこしいことこの上ない。グレイが未だに整理できていないのも無理はないだろう。

 

更に付け加えればエドシエルだけでなく、妖精の尻尾(フェアリーテイル)から来てたメンバーだった魔科学研も含めて、今の今まで全員正体を隠しきって潜入できていたという事実もとんでもないことである。魔科学研に必要なのは知識がある者じゃなくて名演技が出来る者なのではないか?

 

「結局はエドシエル(あいつ)の掌で踊らされてたって気分だよ…性格悪ぃ…」

 

「自分に言う?」

 

「けれど…そういうところも素敵で、カッコいいのよね…!」

 

「今に始まった事じゃねえけど、お前の頭はどーなってんだ…?」

 

別世界とは言え自分自身に抱く感想とは思えないものを思わずぼやくシエルにルーシィが苦笑混じりに問いかければ、エドウェンディは否定こそしないもののそんなエドシエルにさえ両頬に手を持っていきながら顔を赤くしてときめいている。エドルーシィからの言葉はごもっともだ。

 

と、呑気に話していると、隙を突いて兵士たちが魔力弾をこちらに撃ち込んできたのが見えたため、竜巻(トルネード)を前方にいくつも発生させてバリケードを作り上げる。おかげで魔力弾はすべて防ぎきれた。

 

「いけないいけない…無駄口叩いてる場合じゃなかったな…」

 

「今はとにかく…」

 

「やるしかねぇ…!!」

 

色々と状況が変化しすぎて驚愕したり、整理したりで忘れかけたが、今は乱戦の真っただ中。油断しているとすぐに命に関わる。改めて身構え直したシエルたちは各々の方向に見える兵士たちを退け始める。

 

「吹きとべぇ!!」

 

特に乱戦状態に置いてシエルは本領を発揮できる。砂嵐(サーブルス)を前方に発動させて兵士たちの身体を次々と吹き飛ばして、兵士たちの勢いを削いでいく。

 

その途中、魔力弾を兵士たちに乱発していたエドシエルの背後に、同じように魔力弾を狙おうとしている兵士たちの姿を見つける。狙われている本人は気付かない。すかさずシエルは雨の魔力を練りこんで指鉄砲の先に集中させて撃ち出す。

 

雨垂れ石をも穿つ(ドロップバレット)!!」

 

器用に、溜め込んでいる魔力弾の砲身の中へと当てて、兵士たちの魔力銃を破裂させて、動揺に成功。その際の音でようやく気付いたのかエドシエルが驚愕の表情で驚く中、雷を纏ったシエルがその兵士たちを一蹴。意識を刈り取る。

 

「あのメガネに頼り過ぎたみたいだな?」

 

掌で踊らせてくれた腹いせにイタズラっぽい笑みを浮かべながらそうエドシエルに言ってみせる。シエルの一撃によって壊された彼のメガネは、敵対しているものの動きを察知、分析して次の動きを予測する機能があった。それが無いと言う事は、今のエドシエルは不意討ちに対して極端に弱くなってしまっていること。痛いところを突かれて反論も出来ないエドシエルは顔をしかめながら「否定はできんな…」と少年から顔を逸らした。

 

そんな様子にしてやったりと感じながらも、向き直したエドシエルの背中に自分の背中を向けて、視界に映る兵士たちに向けて遠距離の魔法を撃ち出していく。

 

「…どういうつもりだ…?」

 

「お前が万が一にもやられたら悲しむ人たちがいるからな。そんな人たちの為にも、背中ぐらいは守ってやるさ」

 

あくまでもエドラス(この世界)における兄と、想い人が悲しまないように、と言う建前ではあるが、不敵に笑いながらシエルはエドシエルと共闘の意志を見せている。人を食ったような態度や、おちょくるような言動をすることは多いが、基本味方や仲間を邪険には扱わない。そんな部分もやはり似ている…と言うより『シエル』と言う人間のベースなのだろうか。

 

「別に勝手にすればいいが、ついでに一つ頼まれてくれるか?」

 

「ん?」

 

一つ含み笑いをしてからそう告げてきたエドシエルに、疑問符を浮かべながらも律義にシエルは耳を傾ける。

 

「この件が解決したら、ウェンディ…お前たちのウェンディに伝えてくれ。『許してくれなくてもいい。ただ一言謝らせてくれ。酷いことを言ってすまなった』…とな」

 

「……それは自分の口から伝えてもらえるか?」

 

シエル自身は詳しく知らないのだが、ウェンディがエドシエルの事に関して随分と感情的…と言うより、彼女らしくない怒りや嫌悪と言った感情を浮かべることが多いのは何となく感じていた。そしてその原因はやはりこのエドシエル本人にあると言う事は察しがついている。その一因となった出来事に対する謝罪だろう。だがその事に関しては直接本人に伝えるべきだろう、と怒りと苛立ちを抑えながらも顔をしかめて返答する。

 

「慣れてないんだ…。“ウェンディ”に好意的な感情以外のものを向けられるのは…」

 

 

 

 

 

 

 

「……え?おい、今なんて…」

 

今物凄く聞き捨てならない単語を聞いた気がして、思わず振り向いて聞き出そうとしたタイミングで王国軍兵士の増援が攻めてきた。しかも今度は10体を超すほどの巨大生物レギオンの群れ。如何に戦力差がひっくり返ったとはいえ、巨大な生物を何体も相手にするのは骨が折れる。

 

「エクシード達の捕獲に向かった奴等がさらに集結してきたか…!」

 

「くっ……こいつらぶっ飛ばしたら詳しく聞かせてもらうからな!!」

 

思わぬタイミングで横槍が入って聞き出せなかったが、念のために釘を刺してレギオンの対処に向かう。ルーシィたちや妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちもレギオンの撃退をしようとしているが、圧倒的な物量差に苦戦しているようだ。

 

「レギオンには4人以上で対処してください!!決して単騎で突入しないように!!」

 

「まだ…あんなにいっぱい……!」

 

マスターペルセウスが指示を飛ばし、それに応えて動いているが勢いは中々削がれない。どれだけ倒してもまだ湧いてくる王国軍に消耗が激しい状態だ。戦線に復帰しているココの顔に少しばかり絶望が映りだしている。

 

氷槌(アイスハンマー)!!」

 

風廻り(ホワルウィンド)(スピア)!!」

 

「『獅子王の輝き(レグルスインパクト)』!!」

 

それでも退かずに撃退しようと力を振り絞る。氷の巨大なハンマー、竜巻の槍、光を纏った高威力の拳が一体のレギオンを捉え、その巨体を地につける。だがしかし、レギオンはまだ残っており、こちらに際限なく襲い掛かってくる。

 

「また来る…!!」

 

ルーシィの声に反応したのか、2体のレギオンがこちらへと飛び掛かり、こちらを押し潰さんと迫りくる。各々がそれを弾き返そうと魔力を解放して構える。

 

「……」

 

そんな中、風を発する短剣で応戦していたペルセウスは換装で短剣をストックへと呼び戻し、新しく紫電を発する大鎚・ミョルニルを呼び出して持ち上げる。

 

 

 

 

その間、わずか1秒足らず。

 

「ん!?」

 

それを異変として最初に汲み取ったのは、彼の動きを封じる機械を作り上げた元魔科学研部長。その事実に頭の中で分析を行うよりも先に、ペルセウスは紫電の大鎚を片手に持ちながら、脱兎の如く一瞬で跳躍して迫り来たレギオンに向けて振りぬく。

 

「ドォラァアアアッ!!!」

 

先程までの弱っていた様子とはかけ離れた雄叫びを上げながらその大鎚を頭部に叩きつけられ、紫電を全身に浴びたレギオンは、もう一体の迫っていたレギオンに激突し、そのまま勢い余って、他の場所で暴れていたレギオンや、王国軍の兵士たちも巻き込んで吹き飛んでいく。

 

あれほどまでに脅威と感じていたレギオンが、一瞬であっさり何体も倒された光景に最早驚きの声すら上がらない。そしてその光景を生み出してた本人はと言うと、首を左右に傾けて肩の骨を鳴らし、身体の感覚を確かめる。

 

「よし、どうやら解けたみたいだな」

 

そして実感した。ペルセウスを縛っていたアンチエーテルスフィアの効果が、今しがた解除されたことを。やはり時間経過だったようだ。だが、一つその事について問題がある。

 

「アンチエーテルスフィアの効果…短くとも6時間…長くて12時間で設定していたはずなんだが…」

 

「じゃあ何で解けたの!?」

 

「さすが兄さん…としか言えない…」

 

エドシエルが作り上げたその機械の効果時間について。本来であればわずか1時間足らずで効果が切れるような代物として作ったわけではないのだが、ペルセウスはどういう原理かその封印効果を大幅に短縮してみせたらしい。そして本来の実力を取り戻したという事になる。

 

今まで縛られていたストレスを発散させるかのように残りのレギオンも一方的に叩きのめす光景を見ながら、彼らはその現状を整理していた。

 

「つ、次から次に向こうの有利な出来事が起こっていないか…!?」

「レギオンが全部倒されたー!!」

「魔科学研もほぼ向こうに寝返って……もう、勝ち目無いんじゃ…」

 

エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)参戦、マスターペルセウスの意外な隠し玉、魔科学研が部長含めて大勢離反、アースランドのペルセウス復活、と言った敵側からして見れば絶望まっしぐらのイベントが多発したせいで、しつこく追い詰めようとしてきた兵士たちに諦めの色が見え始める。

 

最早残された希望と言えば、唯一残っている第二魔戦部隊隊長のエドエルザなのだが…。

 

 

 

そのエルザが二人戦っていたと思われる浮遊島が、場の少し離れた位置で墜落した。様子を見るためにシエルが乗雲(クラウィド)を顕現して上から見てみれば、互いに満身創痍と言った状態で身じろぎ一つしないままの二人のエルザの姿が見えた。

 

決着…と言うよりも痛み分け、引き分けに近い状態になったらしい。これはこちらの戦力に変動が起きない事にもなる。

 

「エルザの方も終わったみたいだ。二人とも、もう動けそうにない」

 

「妖精狩りを相手に一人で…何という人でしょう…」

 

「あとは士気の下がった兵士たちだけ…よし、アースシエル」

 

シエルから入った報告を聞いて、彼女の恐ろしさをよく知っているマスターペルセウスから畏敬の念を込めた返答が告げられる。そして同様にその結果を聞いたエドシエルが懐から何かを取り出すと、シエルへと向けて投げ渡す。

 

「そいつをお前に渡しておく」

 

「?何だ、これ…?」

 

受け取ったシエルが開いてみると、楕円上の小さな小型な機械のようで、中心には赤いボタンスイッチが付けられている。如何にもと言った風貌の機械だが、一体何のスイッチなのか。間髪入れずにエドシエルは答えた。

 

「ドロマ・アニムの緊急停止ボタンだ」

 

それを聞き、シエルだけでなくドロマ・アニムを実際に目にした者たちが驚きを露わにする。どうしてこんなものを持っているのかを聞くと、国王ファウストからドロマ・アニムに関する整備と機能拡張を命じられた時から、彼が魔力を欲するあまりにドロマ・アニムを暴走させる懸念を抱いていた。それによって起きることと言えば、魔力の枯渇の促進化。永遠の魔力に関する計画を聞く前は、万が一ドロマ・アニムの暴走を引き起こしたとしてもすぐさま止められるように、緊急停止用の機能を秘密裏に取り付けて、そのスイッチを常時所持していたとのことだ。

 

シエルは乗雲(クラウィド)で空中を早く移動できる。手遅れになる前に停止できるとすれば、今のこの場においてはシエルしかいないと判断しての行動。

 

「ただし止めるには、ドロマ・アニムの半径10メートル以内で押すことが必須。そして信号をキャッチしてから完全に停止するには5秒はかかってしまう。使いどころを間違えないようにな」

 

「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」

 

王国に対する自分たちにとっては願ったり叶ったり。更に今、ドロマ・アニムはウェンディたち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が相手している兵器だ。彼女たちの助けにもなる。そうと決まれば、と雲を発進させようとしたシエルだったが…。

 

「待てシエル!俺も連れてってくれ」

 

「兄さん?」

 

「王都に…正確にはそこにいるであろう奴に、用があるんだ…」

 

瞬間、ペルセウスに嘆願されたことで踏みとどまり、彼の頼みとその理由から察しをつけたシエルは、雲の広さを拡張して、兄もその場に乗せる。

 

「じゃあ、俺たちは行くよ!」

 

「こっちは心配すんな!」

「気をつけてね!!」

 

兄弟を乗せた雲を上昇させながら告げた言葉に、グレイは不敵に笑い、ココが二人に向けてそう言葉を送る。そして自分たち以上に激闘を繰り広げているであろうドラゴンの魔導士たちの元へと、出来る限りの最高速度でシエルは雲を発進させた。

 




おまけ風次回予告

エドシエル「ここは…一体何なんだ…?」

エドウェンディ「小っちゃいシエルや向こうのマスターが、度々ここで最近あった事についてお話しているらしいわ。今回は私たちの番みたい」

エドシエル「何で俺たちにそんな役回りが来てるんだ…。それに最近あった事と、言われてもな…」

エドウェンディ「シエルがギルドに戻ってきてくれて嬉しいってこと、小一時間でいいなら話せるわよ?」

エドシエル「そんなに時間は取れないみたいだが…?(汗)」

次回『終わりの始まり』

エドウェンディ「でも私、シエルの事についての話なら、二時間でも三時間でも…それこそ丸一日使ってでも…!!」

エドシエル「分かった、もう分かったから、俺の話は終わりにするぞ…」


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第99話 終わりの始まり

お待たせいたしました!先週は急にすみませんでした……。
Twitterの方で書かせていただきましたが、先週は突如休日出勤を頼まれて書けなくて……。

その代わりと言うのもなんですが、今回は長く書きました!2万字です!!珍しくめっちゃ進みました!!←

出来れば昨日……7/2のナツの日に投稿できればよかったんですけど、ひとまずは更新できただけでも良しとして置かせてください……。


「(もう、ダメだ…立ち上がれない…)」

 

全身に走る激痛、そして身体に襲う倦怠感。これまでの人生の中でも一番と言える消耗を感じながら、力なく横たわり、天竜のウェンディは心を折られていた。ドロマ・アニム黒天と、それを操るファウストの無慈悲で理不尽な攻防の強大さを前に、滅竜魔法を扱う3人でさえ手も足も出ない。

 

鉄竜の青年は自分と同様に倒れこんでおり、火竜の青年は矛によって大きく吹き飛ばされた。そして敵である黒き竜騎士には、ほとんどダメージらしきものが見られない。

 

《いくら無限の魔導士と言えど、一度尽きた魔力はしばらく回復せんだろう。大人しく、我が世界の魔力となれ》

 

ほぼ無傷に近い竜の甲冑を纏った国王から、再三に渡る言葉を投げかけられる。態度次第ではそれなりの待遇も考えると言っているが、元々そんなものになる気はない。だが今や、反論する気力も最早彼らには残されていない。

 

魔力は尽きた。

気力も出した。

死力を尽くした。

 

だがそれでも、目の前の存在は自分たちを大きく上回った。

 

ウェンディの脳裏に、“諦め”と言う言葉が浮かび上がる。どうにもならない、覆すことのできない現実。ここまで戦ったのであれば十分。だからもう、このまま楽になった方が…。

 

 

 

 

 

 

「諦めんな…!!」

 

現実を受け止め、すぐそこに迫る未来を受け入れようと目を閉じた瞬間、その声は聞こえた。閉じていた目を思わず開けて、彼女は声の方へと必死に目を移す。

 

おぼつかない足取り。絶え絶えの息。両手をぶら下げ、少しでも押せば再び倒れこみそうな程に消耗しながらも、俯かせている顔、そして目には、満身創痍となる前と同様、いやむしろ、それ以上に強い意志を宿して、倒れこんでいるウェンディとガジル、そして敵対するドロマ・アニム黒天へと一歩ずつ近づいていく。

 

「まだ、終わってねぇ…!!」

 

矛に突き飛ばされ、壁に叩きつけられ、それでもなお足を動かしてここに戻って来た。桜髪の火竜(サラマンダー)は、決して折れることのない闘志を燃やして、四肢に力を込めて叫ぶ。

 

「かかってこいやコノヤロウ!オレはここに立っているぞぉ!!!」

 

「……ナツさん……」

 

自分たちと同様に魔力も消耗し、自分たちよりも下手をするとボロボロの身体でありながら、彼はまだ諦めない。いや、彼は己の身がどうなろうと、決して諦めることを選ばない。ナツの叫びを聞いて癪に障った竜騎士が、踏み潰そうとするも、全身に力を込めてそれを受け止める。

 

「バカヤロウ…魔力がねえんじゃ、どうしようもねえ…!」

 

「捻り出す!!」

 

とうに魔力が尽きた体ではまともに戦えない。それでもまだ意思を曲げないナツにガジルがかけた言葉にも、ナツは知った事かと言うように更に力を込める。今にも潰されようとしている者とは思えぬ抵抗。重量をかけて潰そうとしてくる竜騎士の足を、徐々に押し返していく。

 

「明日の分を…捻り出すんだ!!!」

 

その言葉を体現するかのように、ナツは更にその力を捻り出し、押し潰してきた竜騎士の足を押し上げて、なんとその巨体を後方へと転倒させた。体格差をものともしない上に、魔力がほとんどないと思っていた青年の火事場の馬鹿力に、国王の驚愕の声が響く。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なめんじゃねーぞ!!アァ!?」

 

本当にただ、驚くことしかできなかった。後ろに倒れこんだ竜騎士に乗っている国王に対して睨みをきかせながら叫ぶナツの声が、諦めかけ、心が折れそうになったウェンディの胸の内に、一つの火を灯す。

 

《身分をわきまえよクソ共がぁ!ワシを誰だと思っておるかーっ!!》

 

抗える力など残っていなかったはずのナツに転倒させられたことに更に苛立ったのか、起き上がりざまに腕を振るってナツを上空へと吹き飛ばす。焦りも含んだその絶叫を発するも、すぐさま国王は次の異変を察知する。ナツを打ち上げた更に上から、もう一人魔力を捻り出した存在が降下してくる。

 

「力を合わせる必要なんかねえ!!力は…願いは…繋げればいいっ!!」

 

右腕を鋼鉄の棍に変えたガジルが、竜騎士の右足を甲から貫き、さらに地中で棍を分裂させて縫いつけるようにロックした。跳躍力もかなりある為に、その機動力を纏めて封じるのが狙いだ。

 

巨大な黒き竜騎士の身体を大きく動かしてみせたナツの力。足を起点にその巨体を地面に縫い付けたガジルの胆力。明日の分。本当に明日に回せる分の力を、今この時に使えることが出来るのなら…。

 

「(シエルも言ってた…。今、この瞬間…しばらく出せなくなっても…明日の分が無くなっても…!)」

 

エクスタリアと、仲間の魔水晶(ラクリマ)、二つの浮遊島の激突を止めようとした時にシエルが心から叫んだ言葉を思い出しながら、ウェンディもまた激痛と倦怠に襲われた身体に力を込めて、立ち上がろうと振り絞る。

 

「(私の仲間を…家族を守る!!)」

 

可能な限りの(空気)を喰らいながら、内から、外から、己の最後の力を放とうと、その魔力を高めていく。

 

「ウェンディ!!オレに向かって咆哮だ!!」

 

「はいっ!!」

 

身体を上空に投げ出されていたナツが態勢を整え、落下している最中にも関わらず、ウェンディに向けてそう叫ぶ。その意図を、ウェンディだけじゃなく、ガジルも理解していた。

 

「そうだ行けェ!火竜(サラマンダー)!!お前しかいねぇ!!お前がやれーッ!!!」

 

「(ナツさんならきっと…!!私は、ナツさんを信じる…!!!)」

 

ガジルは右足を拘束する力を一切緩めず、ウェンディは己の中に込み上げる魔力を口へと溜め込んで、そしてナツは後方から来るであろう天竜の援護を信じて竜騎士へと視線を見据える。

 

《小癪な!!どのような攻撃を放とうが、竜ノ盾がある限りドロマ・アニム黒天の敗北はあり得んぞ!!》

 

ガジルの右足の高速を振りほどこうと動かしていた国王は、迫り来ようとしているナツの攻撃を防ごうと、左腕の盾に再び竜胆色の魔力を纏わせて完璧に防御しようと身構える。この攻撃さえも防がれては今度こそ終わる。ガジルがそれに気付いて阻止しようとするも、既に盾は展開されてしまっている。それでもどうにかしなければ…!その想いを抱えて左手に力を込めて攻撃しようとすると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲の岩壁の上を潜り抜けるように、凄まじい速度でドロマ・アニム黒天の背後から白い雲に乗って近づこうとしている存在に気付き、思わずその腕を止めた。

 

「ここだ!!こいつで…終わりだ!!」

 

その存在…天候魔法を操る少年が、楕円上の謎の機械を両手で持ちながら、その中心にあったボタンを、竜騎士に出来るだけ近い場所に至るタイミングで押し込む。すると、一度ドロマ・アニム黒天の目が赤い眼が点滅したかと思いきや、その異常を感じさせる声が甲冑の中から聞こえた。

 

《ん!?な、何じゃ!?『ドロマ・アニム緊急停止』!!?こんなもの聞いてないぞ!!!》

 

搭乗席のモニターに次々と、警告音と共に現れるメッセージウィンドウを出現させ、ドロマ・アニムの機能を停止させていく。目の前に映っているそのウィンドウを見て国王は、緊急の停止装置が存在しているだなんて報告を一切受けていなかったために、緊急停止の取り消しも出来ないまま混乱と共に時を過ごすばかり。

 

日光浴(サンライズ)!!」

 

更に、両手で抱えられるほどの大きさをした、魔力や体力などの回復力向上の効果を持つ優しい光の太陽を創り出し、ドロマ・アニムの真上へと飛ばす。これによって、緊急停止している竜騎士を除く、場にいるすべての魔導士に、魔力や体力と言った、今振り絞るべき力が少しずつ湧き上がる。

 

タイミングはバッチリ。準備は整った。あとは、彼らにすべてを託すだけ

 

「天竜の……咆哮ーーっ!!」

 

唐突に雲に乗って場に現れたシエルに驚いた様子を見せたものの、すぐさま切り替えてウェンディはナツ目掛けて純白の竜巻を口から放出。それにナツは敢えて身を任せ、横に回転する彼女の咆哮の特性を利用してその身体に勢いをつける。しかも今ではシエルが作った優しい光が、己の中にある力を更に高めていく。やるなら今しかない。内側に眠っていた自分の力を、思い切り振り絞った。

 

「火竜の…劍角!!!」

 

炎を纏いながら、頭からの突進。回転することによって高まった勢いをそのままに、真っすぐ黒き竜騎士へと突撃していく。

 

《待て!止まるな!!竜ノ盾よ!!あやつの攻撃を…!!》

 

迫りくるナツの攻撃をどうにか防ごうと操作を続けるも、警告音は鳴り続き、次々とその動力をシャットダウンして、モニターに何も映らなくなってしまう。それと同時に、待ち構えていた盾に帯びていた竜胆色の魔力が消滅。完全に機能を停止させた。完全に停止したと理解して硬直する国王。それから1、2秒足らずで黒き竜騎士の身体を、ナツが盾ごと貫通。更に勢いで、搭乗していた国王もナツによって外へと投げ出された。

 

地面へ叩きつけるようにファウストを投げつけるナツ。そして自分自身の身体も限界をきたし、少し離れた場所へと落下。一方で大きく貫通したことで大穴を開けられたドロマ・アニムは、完全に機能を停止したものの損傷は激しかったようで、支えを失って体勢を崩した直後、大爆発。大破し、木っ端微塵となった。

 

「な、何故……一体……何が……!?」

 

爆発四散し、最早残骸でしかその存在を確認できなくなってしまった最強兵器、ドロマ・アニム。だが、ファウストにはその原因が分からなかった。突如警告音と共に緊急停止のメッセージが入り、それでも継続させようと色々と操作したが受け付けず。気付けば桜髪の青年によって引きずり出され、地に足をつけていた。

 

何故?

何故急に止まったのか?それさえ無ければ、あの程度の攻撃、弾き返せたはずなのに…!

 

そう考えていたファウストの後方に、誰かが着地する音が聞こえてきた。反射的に振り向いた先にいたのは、衣服は傷だらけで破れた箇所が多々あるものの、特に目立つ外傷が見受けられない、魔科学研部長とよく似た少年。アースランドのシエル。怒りとも、哀れみとも取れる表情で、何かを言う訳でもなくこちらを見下ろしてきている。

 

「き、貴様は……!何故、ここに……!?」

 

「俺の事よりも、前を見てみろ」

 

エクシード達を守るために兵士たちを追いかけていったはずの少年が…残る魔戦部隊長と魔科学研部長によって淘汰されているはずの者たちの一人が、何故こんなところにいるのか?答えを知るよりも先に、シエルが投げかけた言葉に思わず従ってみると、彼が数瞬前まで抱いていた疑問はあっさりと吹き飛んだ。

 

 

 

「あれが……お前が禁忌を犯してまで欲しがっていた存在だ」

 

その目に映っていたのは、先程まで自分が追い詰めていた3人の魔導士。全員が満身創痍ながらも、こちらに向けて未だに敵意と闘志を失わずに鋭い視線を向けてきている。それ()()なら、まだよかった。

 

「(これは……幻想(ファンタジー)か……!?)」

 

こちらを睨みつけてくる3人の魔導士たち。その姿は、確かに先程までは人間と同じ形として見えていた。だが、今はどうか。実際に変貌したわけでもない。恐らく現実では、先程の人間たちがこちらに目を向けていることだろう。だが、ファウストの目には今、それぞれが違う存在として映っていた。

 

 

 

 

純白の翼を持った、美しくも猛々しさを残したドラゴン。

 

鋼鉄の体を持った、強固であり凶暴さも感じさせるドラゴン。

 

そして今にもこちらに迫ってきているように見えるは、灼熱の炎を口から洩れさせた、紅蓮の表皮を持ったドラゴン。

 

 

そのどれもがこちらに向けて咆哮を上げ、その気になれば簡単に蹂躙できてしまえるほどの、圧倒的な存在感。

 

 

 

実を言えば、先程も幻視していた。

 

鉄の竜が右足を縛り付け、天の竜が炎の竜を風で飛ばし、そして自らの身体を貫く炎の竜。

 

緊急停止の警告が流れたことでそちらに意識を持っていかれたが、確かにあの時見えた彼らの姿は、人間ではなくドラゴンだった。

 

人の形をした、竜そのもの。ファウストは、ようやくその身をもって思い知った。

 

自分がどれほど大きなものを手にしようとしていたのか、その存在が人の手にどれほど余るものだったのか、それを知らずに愚かにも魔力としてしか見れていなかったことも。

 

 

 

 

命の危機、ともいえる状況下に置かれたことで、最早彼に、恥や外聞は失われたも同然だった。

 

「……!!た、助けてくれぇ!お、おぬしもシエルじゃろ!?頼む!ワシを助けてくれ!!シエルであれば、どうにかできる……!!」

 

恐怖のあまり這う這うの体でシエルに駆け寄って懇願の声をあげる。自分が頼み込んでいるのが、一番の忠臣として置いていたシエルとは別の人物である事にも考えつかず、少年の身体にしがみついてただただ助けを求める。涙と鼻水に顔を濡らした、王の威厳など欠片も残っていない哀れな老人の姿。目の前の脅威から逃れたいと言う想いが、それ以上に強いからだろう。

 

だが、そんな老人の言葉は途切れることになった。しがみついてきた老人の目の前に、シエルが手に持っていた楕円型の機械を見せつけたことで…正確にはその機械の裏側に彫られていた「シエル・オルンポス作」と言う文字を見せたことによって。

 

魔科学研部長が作成した機械、突如起こったドロマ・アニムの緊急停止、そして突如現れていた少年の方のシエル。その三つの項目を目の当たりにしたファウストは察した。

 

「その“シエル”が……この場にいたらきっとこう言っただろうよ」

 

全てを理解した様子で唖然とした国王に、嘲るような笑みを浮かべながら、シエルは機械を持っていない右手の指を二本彼の額に近づける。何をする気かは分からないが自らの危機が迫っていることは明白。だがそれを理解できても衝撃が起こりすぎて、最早ファウストの身体は全く動かすことが出来なかった。そして……。

 

「『もうお前の下で働くのはウンザリだ。とっととくたばれ、クソジジイ』」

 

愉悦と侮蔑を混ぜたような笑みを浮かべたまま、愕然とした表情で固まっていたファウストの額に指を付け、雷の魔力で出来た電流を流し込む。それが決め手となったのか、彼はそのまま白目を剥いて、仰向けに倒れこみ気絶。今度こそ、戦闘不能となった。

 

「シエルー!!後から来たくせにおいしいとこ持ってくんじゃねー!!」

 

「え~?折角超特急で助けに来たんだから、お礼を言ってほしいとこなんだけど……一言ぐらい」

 

傷だらけで今にも倒れそうなはずだったナツが、最後のトドメをシエルがさしたことで怒りを露わにしている。意外と元気そうだ。日光浴(サンライズ)がまだ機能していて、少しずつ回復しているからと言うのもありそうだが。

 

「ま、あのめんどくせぇ盾を何とかした事だけは褒めてやっていいぜ、天気小僧」

 

「シエル、ありがとう!でもどうしてここに?一体何をしたの…?」

 

ガジル、ウェンディにも効果は及んでいるようで、誰もがその場に座り込みながらも身体の負担は先ほどと比べて大分軽くなっているように見える。素直に感謝をかけたウェンディが尋ねてきた質問には、ドロマ・アニムの緊急停止ボタンをエドシエルから受け取ったことを答えるとウェンディだけでなくナツも驚きを示した。

 

「あいつ、本気で王国に仕えていたわけじゃなくて、こっちの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の為に色々仕込んでいるのをバレたくなくて、ほとんど全員を騙してたらしい」

 

「それって……あの時も……?」

 

「何だよ~!じゃあエドシエルってやっぱ味方だったんじゃねーか!」

 

簡単にいきさつを説明してみれば、ウェンディはそのエドシエルとの間に起きたことを思い返して顔を俯かせ、ナツは切り替えが早いのか表情に笑顔を浮かべ、頭の後ろに手を組みながら声に出す。正確には自分たちに対して味方と言っていいのか微妙なところだったが、それは胸にしまっておくことにした。

 

「それはともかく……ナツ、ウェンディ、あとガジル。お疲れ様」

 

「おい、何だそのついでみてーな言い方」

 

魔法の通じない巨体であったドロマ・アニムの大破。エドラスの絶対指導者の陥落。それが意味するのは、このエドラスでの戦いに勝利したこと。それを成し遂げた3人の竜の力を持った魔導士たちに向けて、穏やかな笑みを浮かべてシエルは労わった。それに対してナツは歯を剥けて笑い、ウェンディは少々照れくさそうにはにかみ、ガジルは一部気になるとこがあったのか不服そうに顔を歪める。

 

全て終わった。仲間も取り戻し、二度と奪われる心配もない。心からの安堵を感じながらこの先の事について話そうと口を開けた瞬間……。

 

 

 

 

 

「……っ……!?」

 

思わずシエルは、上空の光景を目にして言葉を失った。

 

「……シエル?」

 

その様子を怪訝に感じたウェンディが首を傾げると、突如辺り一帯に地響きが発生する。シエルの表情を見て同様に訝しんでいたナツとガジルもその異常を感知し、再び警戒を始める。地震か?それともまだ敵の増援がいたか?否、そのどちらでもない。シエルが目にしたものを見ようと振り向いたウェンディは、彼と同じように言葉を失った。

 

 

 

 

エドラスの空に無数に存在していた浮遊島。それらの島の全てが、今自分たちがいる地上へと、次々に落下を始めている光景だった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「な、何これ……!」

「「オイオイ、どうなってやがる!?」」

「島が次々と落ちて……」

 

その異常が起きたのは、ナツやシエルたちがいる周辺のみではない。エドラス……この世界の全域にわたって、次々と浮遊島が浮力を失い、落下を開始している。王国軍と戦闘を繰り広げていたルーシィたちやエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々も、その光景に直面している。

 

消耗が激しく膝をついたルーシィ、二つの世界のそれぞれのグレイ、杖を支えにして弱った身体に鞭を打つマスターペルセウスも、その異常な光景に目を見張って困惑を露わにしている。その光景はまさしく、天変地異。

 

「一体、何が起きてるの……!?」

 

「……来ちまったのか、この時が……」

 

戦闘の間、ハッピーやシャルルの近くで戦っていたエドウェンディの言葉に応えるかのように、近くで戦闘を行っていたエドシエルが零す。その表情に浮かべていたのは落胆、あるいは諦観。いずれにしても、この光景が何を意味しているのかを、彼は理解していた。

 

「エドラスに存在する浮遊島は、この世界に溢れる魔力によって浮かんでいる。それが全て落下を始めた……となれば……」

 

「まさか……魔力が、無くなってるってこと!?エドラス(この世界)から!!」

 

エドラスのシエルの現状の説明、そしてそれを聞いて事態を理解したウェンディの言葉を聞いたこの場にいる者たちは、一様に衝撃と絶望を現した表情を浮かべる。エドラスの誰もが恐れていた事。魔力の枯渇。国王はそれを解決するために、方法は非道であるが魔力を異世界から吸収してきた。

 

だが、今起きている光景は、その恐れていた事よりも更に大きな、そして悲惨な事件だ。

 

「空だけでなく、大地からも魔力が流れ始めている。誰かがアニマを()展開させたんだろう。アースランドからエドラスに魔力を移した例とは逆に、今度はエドラスからすべての魔力がアースランドに流れていく」

 

「シエル、魔法(ぶき)が!?」

 

浮遊島に目を行かせている内に次の異変が発生した。大地の至る所から、金色の川のように何かが上に流れていって、空の向こうへと消えていく。あらゆるものから空へと流れていくそれは、魔力。大地だけでなく、エドシエルが武器として所持していたエレメントゥムロッドも、四色の珠がついた先端から、何も操作していないにも関わらず金色の魔力が空へと流れ始める。それを見て焦ったように声をあげるウェンディが両手に握っているトンファーからも、同じように魔力が流れ始めていた。

 

彼らだけでない。王国軍の兵士、魔科学研の戦闘班、そしてエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々の武器からも同じように流れ出して、その魔法の力を消失させていく。突然武器が使えなくなったことによって、敵も味方も困惑するばかりの阿鼻叫喚だ。

 

「終わるんだ……世界が終わるんだよう……」

 

落ちていく島々を、流れていく魔力を、混乱する同郷の者たちを目にしながら、涙を浮かべたココが力なく呟く。心情は彼女も同じだろう。世界から、魔力が……魔法が消えていく。想像もつかない、地獄……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

この異常な現象を引き起こした原因……それは、王城内で魔科学研がアニマの開発と強化を行っていたアニマを造り出す部屋。その部屋の中にいたのは、帰還したばかりのエドラスの王子・ミストガン(ジェラール)。そしてもう一人、彼に手当され、一命をとりとめた黒豹のエクシード・パンサーリリー。

 

「ま……まさか本当にやってしまうとは……!」

 

エドシエルが推測した「誰かがアニマを逆展開させた」と言う項目。その推測は当たりだ。それを実行したのが、今この部屋にいる、他ならないミストガンだったのだ。彼が考えていたエドラスを本当の意味で救える方法。数少ない魔力を奪い合っては争いや犠牲は止まらない。ならば、その争いの種となる魔力を、この世界から消滅させる。人と人がきちんと向き合える世界を作り出すために、彼は決断した。

 

ただ消滅させるわけではない。枯渇しているとはいえ、一気にその魔力を消費させるのは短時間では不可能。そこで鍵となるのが、隣り合う並行世界・アースランドの存在。彼はその世界を見て、こう感じた。「争いもあるが豊かな世界。きっと()()()になってくれる」と。

 

本来アースランドから対象を吸収して魔水晶(ラクリマ)へと変化させるのが、時空門(アニマ)と言う魔法。それを逆に展開することによってエドラスに存在する残り全ての魔力を魔力の豊かなアースランドへと流せば、その魔力はすぐに気化し、自然の一部になるはず。

 

エドラスから魔力が無くなれば、確かに戦争はしばらく起きることがないだろう。だが、今この時において国民は混乱を極めている。

 

火の魔力を失ったことで料理が出来なくなり、光の魔力を失ったことで夜がより暗くなり、水の魔力を失ったことで噴水が止まり、風の魔力を失ったことであらゆる乗り物が動かなくなっている。これまでの生活を大きく支えてきた魔法が……魔力が無くなる。生きていくことが出来なくなる。

 

今まで当たり前にあったものが無くなり、変化していく世界。素早く順応できる人間はそうはいない。

 

「だからこそ、新しい指導者が必要となる。新しい世界の新しい王。不安に脅える民をまとめ、皆を幸せに導く新たな王が」

 

「なるほど。それを王子が……」

 

「いや……私ではない」

 

魔力を失い困惑する民衆をまとめ、未来を導く新たな王。二つの世界を慮り、行動をしてきた目の前の王子にふさわしいと考えていたパンサーリリーだが、他ならない本人がそれを否定した。エドラス(この世界)と共に歩んでこなかった自分には、そんな資格も権利もないと。それに群衆を纏めるには、ただ指導者が一人で現れるだけでは意味がない。必要になるのは、“悪役”と“英雄”。

 

この世界を混乱に陥れた悪を晒し、処刑する者こそ英雄となり、その英雄は民を一つに纏め、王となる。そしてその悪役と英雄は、もうこの場に揃っている。

 

エドラス王に反旗を翻し、世界の魔力を奪った“悪”であるミストガン(自分)

 

種族間の誤解と偏見を調和できる“英雄”であるパンサーリリー。

 

それこそが、このエドラスの未来を導くために必要な、“悪役”と“英雄”。

 

「世界を滅ぼした私を、君が処刑するんだ。そして君が、この世界の王になれ」

 

それがミストガンの狙い。自らの命を犠牲とし、魔力の無くなった世界を導く者を英雄……そして王とするため。それには、王国軍の一人であり、二つの種族の元で過ごしたエクシードであるパンサーリリーが適任。そう考えての事だった。

 

混乱している民の前で悪役(ミストガン)を処刑し、混乱を鎮め、魔力の無くなった世界を新たに導く王となれ。それが、今このエドラスを救うことが出来る、唯一の方法だと。

 

 

 

 

「あなたは本気で、そんな戯言を言っておられるのかァ!!王子!!」

 

だがそれは、他ならないパンサーリリー自身が何一つ納得も許容も出来ない策だった。かつては種族の違いを超えて、人間であるミストガン(ジェラール)を救った。そんな彼に対して、自らの命を絶ち、十字架を背負って生きろと言っている彼の言葉に、世界を想って大きな決断を下せる彼の命を奪う行為に、賛成などできるわけがなかった。

 

少ない魔力を奪い合う現状を嘆き、そこからエドラスを救う為に行動を起こしたミストガン。争う事も、奪い合う事もない、魔力の無い世界のために。自らを世界を滅亡させた者として悪になり、その命をもって次代の王に思いを繋ごうとしている。

 

 

 

 

「(と、とんでもないことを聞いちゃった……!!)」

 

そんな彼らの話を、部屋の入り口に身を潜めながら聞いていた者がいた。右腕を上下に素早く振り続け、面長の顔を衝撃と驚愕に染めている黒毛のエクシード。名前は『ナディ』。女王、長老に次ぐ、エクスタリアの国務大臣。外見と性格に似合わず、国において上位に位置するエクシードだ。

 

彼も魔水晶(ラクリマ)にしようと襲い掛かる王国兵から逃げ続け、たまたま王都の方向へと逃げのびていた。その際城の中へと向かっていくミストガンとパンサーリリーの姿を見つけ、気になって後をついて行くと、アニマを逆展開して魔力を無くし、その上で混乱を鎮める計画を立てている二人を目撃したのだ。

 

エクスタリアを救ってくれた功労者の一人であるミストガン、そして同じ種族の同胞であるパンサーリリー。互いを想い合う彼らを、自分たちの為に動いてくれた彼らをみすみす犠牲にさせるわけにはいかない。何とかしてあげたいが、今のナディには彼らを止める……もしくは混乱に陥っている王都を収める方法が思いつかない。

 

 

 

 

 

「なあ、あんた」

 

「っ!?」

 

どうすれば……と考えていたナディの背後に、声をかけた者がいた。思わず声を発しそうになったのをこらえ振り向いた先にいたのは、アースランドから来た魔導士の一人である、水色がかった銀色の長い髪の青年。そしてエドラスの王城を破壊しまくった人物でもあった。

 

「今の話、聞いてたんだろ?一つ頼まれてくれねえか?」

 

「へ……?」

 

おっかなびっくりとして固まったナディに向けて、誰が見ても真剣で、決意を秘めたような表情を浮かべながらそう願い出た青年・ペルセウスに対して、思わず彼は呆けた声を発した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「た、退却だーーー!!」

魔法(ぶき)が使えねえんじゃ戦えねーーー!!」

 

魔力が空へと流れていき、手に持っていた魔法(ぶき)がその機能を完全に無くしたことを理解した王国軍が、これ以上は本当に無意味だと武器を投げ捨てて尻尾を巻いて王都へと逃げていく。撃退に成功した。その事実だけは、この場に残っているアースランドの魔導士であるルーシィとグレイに理解できた。

 

「オイ!やったぞオメーら!!」

 

戦いに勝った。思わず笑みがこぼれて、グレイは援軍としてきたもう一つの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にそう言葉をかけると共に振り向く。だがグレイの目に映った彼らに、自分たちと同じ喜びはなかった。

 

「わぁーー!!もうダメだ~!!」

「魔力が無くなる……魔法が使えなくなる……」

「何もかも、終わりなのですね……今日、この日で……」

「どーすりゃいいんだ!?オレたちは……ギルドは……どーなるんだ!!?」

「魔法のない魔導士ギルドなんてあり得ねーっ!!」

 

頭を抱えながら嘆きを叫んだエドラスのグレイを始めとして、目の前の現実に呆然となるエルフマンやカナ、魔法を失った行く先のギルドを案じるジェットとドロイ。様々な反応を示しているが、誰も彼もが、希望を失ったような、それこそ絶望を味わったかのような悲しみを前面に出している。

 

「みんな落ち着いて!大丈夫だから!!」

 

「大丈夫なモンか!!!」

 

悲嘆、慟哭、絶望を表すギルドの面々に圧されながらも、何とか宥めようとルーシィが呼びかけるが、その言葉をエドルーシィが涙を浮かべながら否定を叫ぶ。ルーシィは、本当の意味では分かっていない。彼らエドラスの者にとって、今現在魔力が失われていくという状況が、どれほどの悲壮な出来事なのか。

 

「この世界の魔力が消えちまうんだぞ!全部!!魔導士ギルドはどうなっちまうんだよ!!」

 

「終わった……戦いには勝ったけど、僕たちは世界に負けたんだ……」

 

悲痛な思いと共に声を張り上げるエドルーシィの言葉を聞き、改めて魔法が失われることを実感させられたエドナツが、地を背中にして手足を広げながら力なく呟く。普段から弱気で臆病な彼も、慌てふためくよりも先に迫りくる悲壮な現実に気力を失いかけている。そして彼の言葉に肯定を示すように「そうだ……」と覇気を失ったように弱々しく言葉を零す声が聞こえる。発したのは、ようやく家族の元に戻ってきた元魔科学研の部長だった青年。

 

「魔力の枯渇。世界の誰もが恐れていた事。それを防ぐために、ギルドを離れて国に尽くし、家族も含めて多くの人たちを欺き、研究を続けてきた……。その結果が、この最悪の事態……いや、俺の想定さえ遥かに超えている……」

 

魔力が完全に消え失せて力を失った長杖から手を放し、地面に軽い音を立てる。虚しさを感じるように少しばかり転がったそれに目もくれず、顔を虚空に向けながら青年は膝から崩れ落ちた。すぐに身を案じて藍色の髪の女性が駆け寄るも、顔を俯かせたエドシエルから小さく、乾いたような笑い声が聞こえてきた。

 

「2年と半年……ギルドを捨ててまで、俺は何をやってたんだろうな……」

 

自嘲。その言葉を現すような笑みを涙と共に浮かべながら呟く。表向きとは言え、長きにわたって国に仕え、己が自由を捧げてまでやってきたことは、全部無駄だった。そう言い切った彼の姿に、つられるように涙を浮かべたエドウェンディも、ギルドの者たちも、エドシエルと共に国を裏切った者たちも全員理解させられた。

 

もう為す術はない。最早滅びは避けられない。

 

魔法が無くなる。魔力が消えていく。

 

世界の……エドラスの最後だと……。

 

 

 

 

 

「顔を上げなさい!!」

 

その絶望を、焦燥を、悲嘆を、振り払うかのように声が上がった。俯かせた顔を上げさせ、頭を抱えさせた両手を離れさせ、涙に濡れた目を一点に向けさせるその声をあげた先。

 

膝を折って無気力に苛まれた青年と、唯一血の繋がった兄にして、この世界の妖精を導く者。マスター・ペルセウスが、病弱とは思えない強い意志を持った顔で彼らに視線を向ける。

 

「確かにこれは、滅びの前兆かもしれない。ですが、そうでないとも言い切れない。魔法が失われていくことが、エドラス全土の終わりであると、決まったわけではないのです!」

 

「でもマスター……魔法が無かったらジュビアたちは……」

「そーだよ!魔導士ギルドはどうなるんだ!?」

 

いつもと違い力強さも感じるマスターの言葉に、次第に顔を上げる者が増えていくが、ジュビアやグレイのように不安を拭いきれないものがほとんどだ。だがそれでも彼は言葉を詰まらせない。自分でも分からない事が多いのは確かだ。ならば、今これから知る他に無い。

 

「それは私にも分からない。皆さんもそうでしょう。でもそれは、ここで絶望に打ちひしがれていたって分かる事でもない」

 

彼らに纏わりついていた不安が、その言葉で消えていく。彼らを束ねるマスターと言う立場か、それとも彼本人の人徳か、はたまた彼自身の心から訴えるかのような説得力のある言葉そのものか。場にいる全員がマスター・ペルセウスに目を向ける。そして己の告げた言葉に続くように、彼はこの先の運命を決めるために、導きを示した。

 

「全員、王都に向かいます!そしてこの目で確かめましょう……この世界の行く末……そして私たちの……未来を……!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

エドラス王都。世界最大規模の街であるここも、混乱の真っただ中にいた。魔力が失われていくことで魔法が使えなくなり、浮遊島も次々落ち始め、魔力の奔流が建物の一部を削っていく。

 

街に住む民たちは悲鳴を上げながら、どうにもならない異常事態から逃げることしかできない。だが、世界中のどこにも、この事態から逃れられるような場所は存在しない。

 

 

 

更に彼らの不幸は続いた。街の中で暴れ始める者が現れた。その者は次々と街を破壊し、ただでさえ魔力が失われる恐怖に駆られている住民たちを、更に恐怖のどん底へと叩き落していく。

 

「これは……!」

 

「想定していた以上にひどい状態だ……!」

 

「城下で暴れている者がいる」。その報を受けたパンサーリリー、そしてミストガンは急ぎ城下を見下ろせる場所へと駆け付けた。そして目の前に広がっていた光景に思わず息を呑む。犠牲になっている人々はいないように見えるが、建物の被害は甚大だ。

 

「暴徒の数は?」

 

「それが……たった一人で……」

 

「一人!?一人でこれ程の被害を起こしているのか!?何故取り押さえん!!」

 

彼と共に来ているミストガンに対して「誰だ?」と声を出さずに尋ね合う兵士には目もくれず、パンサーリリーが暴徒が多数で暴れているとふんで数を聞くと、予想だにしない答えが返ってくる。たったの一人でこの王都を次々と破壊していること、そして兵士たちが何故取り押さえようとしない事に驚愕を表すと、別の兵士がその答えを提示する。

 

「パンサーリリー様も報告を受けていると思いますが、昼間、この王城内を暴れ回った()()()が、今度は街で暴れているのです!!」

 

「っ!?城内を……まさか、アースランドの……!?」

 

兵士の報告を聞いて心当たりを思い出したパンサーリリーがそう口にすると、ミストガンも目を見開いて反応を示す。そしてそのことを彼に問おうとするが、それをかき消すかのように建物の一部にが破壊された音が響く。その方向に目を向けたところで、ミストガンはかつてない程の衝撃を受けた。何故なら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっくくく……くははははは!!逃げ惑え!泣き喚け!恐れおののけ!」

 

長い水色がかった銀色の髪をうなじで縛り、端正な顔を悪意を抱いた凶悪の笑みで歪めて哄笑を上げながら、黒い翼のような羽が二枚首元についた長い黒いマントを風で棚引かせて、建物の一つの上から掌に浮かべた魔力の弾を放って街を次々と破壊していく青年の姿。

 

「そして刻むがいい。愚かな世界、エドラスに住まう愚かな民どもよ!我こそは!遥か天上に存在する国……アースランドよりこの世界に破滅と絶望を招きに降り立った、天の使徒……“堕天使ファルシー”なり!!!」

 

醜悪とも言える程に口角を吊り上げ、右手を天へと掲げながら堂々と自らの名を告げたその男……堕天使ファルシー……もといペルセウスの姿を見て、声を聞いて、街の住民たちが更に恐怖を露わにする。彼の上空にのみ、不自然に暗雲が立ち込めて雷が迸っている光景が、更に恐怖を増長させる。

 

「ペ、ペル……!?」

 

その様子を、特に彼をよく知っているミストガンが信じられないと言った様子で見ている。何故彼が王都で暴れ、理解できない格好と口調で、自らが忌み嫌う異名を堂々と名乗っているのか。

 

「ひいいいっ!!」

「た、助けてくれーー!!」

「わああああっ!!」

 

「エクシード共に封印されて幾百年……屈辱に塗れた長き時は、ようやく終わった!これよりエドラスを、我の手によって貴様ら諸共、滅びへと誘ってやろう!手始めに貴様らに奪われていた魔力は返してもらった……欠片も残さず!!」

 

名を告げて更なる悲鳴を上げる住民たちの声を聞きながら、ペルセウスは両手を大きく広げて言葉を続けていく。エドラスに破滅と絶望を。そこに住まう民たちも根絶やしにすることを宣言し、極め付きには世界から魔力を奪ったともとれるセリフを街中に響くような声で宣言する。

 

「魔力を……!?」

「じゃあ、魔法が無くなってるのは……!!」

「あいつの仕業か!?」

 

そして最後に告げたペルセウスの言葉を聞いた住民たちは、世界から魔力が消えていっている現象の原因が、堕天使を名乗るあの男であると思い至る。その噂は瞬く間に逃げ惑う住民たちへと伝播し、次々と共有されていく。

 

「堕天使ファルシー!?あの男は、確かにそう言ったのですか!?」

 

「え?あんた、何か知ってんのか!?」

 

すると、ペルセウスの近くに集まっていた群衆の後ろから、一人の男が焦燥を前面に声と共に出しながら駆け寄り、そのうちの一人に尋ねる。対して住民が尋ね返せば、テンガロンハットにメガネを付けたその男は、メモらしきものを手に取りながら彼らに伝え始めた。

 

「僕は記者をやっているのですが、取材の中で、とある失われた神話について知る機会を得ました。その神話の中に記されていたのです。堕天使ファルシーの名が!!」

 

ハッキリと通る声で記者と自称したその男が発した言葉に住民たちがどよめく中、記者は語った。

 

それは、古いエクシードの遺跡を偶然調べていた時の事。人間たちが魔力が枯渇していくエドラスの現状に悩み、アースランドと言う魔力が溢れる世界から魔力を吸収する術を考えついた。その魔法は成功し、エドラスは数百年とは言え、一時の繁栄が約束された。

 

だが、魔力を奪われたことに対して怒りを現したのが、奪われた世界・アースランドに住まう者たち。その中でも随一の魔力を有したとある存在が、エドラスから奪われた魔力を取り返すため、また二度と魔力を奪う愚行を犯されないように、人間ごとエドラスを滅ぼす為、世界をまたいで侵略をしに来た。

 

それこそが、天上の国から破滅を招くために墜ちてきた、堕天使ファルシーである。

 

繁栄の一途を辿るはずだったエドラスは、瞬く間に国も、人も、大地も蹂躙されていった。このまま破滅を待つだけであったエドラスであったが、そこに立ち上がったのが、当時のエクシードの長。

 

彼はエクシードの仲間と共に堕天使ファルシーをおびき寄せ、百重に至る厳重な封印にその堕天使を閉じ込めた。そして封印はエドラスの地中奥深くに沈められ、エドラスに繁栄と平和が戻った。

 

エドラスの民たちは、二度とアースランドへの愚行を働いて天の怒りを買わないよう、神話として堕天使ファルシーの存在を残した。世界の教訓として、国の教えとして、後世に残すために。

 

「ですが時が経つにつれ、堕天使の恐怖は我々人間から魔力と共に薄れていってしまったのでしょう。最早、脈々とその名が伝えられていたエクシードでさえ、知っている者は少ない程……!!」

 

「その封印が、解けちまったってことか!?」

「私たちがエクシードに逆らったから……!?」

 

「王国軍の手によって、エクシード達の力が弱まってしまったことも、原因の一つでしょう!このままでは、今度こそエドラスは滅ぼされてしまう!!」

 

「そんな!!」

 

記者の男が語った堕天使に関する神話の内容に、住民たちは戦々恐々と言った様子。数百年も前の話となれば、知っているであろう物も極一部。それが今回の悲劇に繋がってしまったのかと、より一層住民たちに悲壮感が襲い掛かる。

 

「……ギヒッ」

 

そんな街の様子を見て、記者の男は住民に見えないように帽子で顔を隠しながら笑みを浮かべた。上手く街中に伝えられた、と内心で呟きながら。

 

そんな彼の名は()()()鉄竜(くろがね)の異名を持つアースランドの彼とは異なる、エドラスのガジルである。職業はフリーの記者であり、普段は己の足で取材を行い、真実を伝えることを生業としている。そしてその真実には裏表が存在しており、結果的に、王国に対して批判的な記事となることもしばしば。大半からは嫌われている。だがそれでも、真実を伝えると言う彼のスタンスは変わらない。

 

そんなエドガジルは、たまたまアースランドのガジル、及びペルセウスと出会い、正反対な性格なのに何故かアースランドのガジルと意気投合し、ガジルとペルセウスの目的である彼らの仲間の救出に協力してくれたのだが、その辺りの話は、また別の機会としよう。

 

閑話休題。

 

そして今エドガジルは、堕天使を名乗っているペルセウス、及びその仲間であるガジルたちからの要望で、住民たちに()()()()()()()()()()の内容を広めていた。職業とスタンス故に嘘の情報を流すことなど本来はしない主義だが、魔力を失う事で起きる混乱を鎮めるために、彼もまた一手協力することを決めたのだ。

 

「さて、返してもらった魔力の次は……この王都だ!!」

 

エドガジルが偽の神話を住民に広げたのを悟ったペルセウスは、次の行動に移る。両手を掲げて声を張りながら、何も無かった虚空から三種類の神器の剣を顕現する。突如剣が出現し、それが浮いているという光景に、現実離れした行動を起こせるペルセウスが人間とは違うと言う事を理解させられる。

 

「愚民共に良いものを見せてやろう。我と共に永き封印を施された、我が(しもべ)たる竜の化身たち!今、目覚めの時だ!!」

 

そう言うや否や、浮かべていた剣のうちの一つ、紅の炎を模した剣・レーヴァテインを動かして、反対側の建物の屋根へと突き刺し、勢いよく炎を噴き出させる。その光景にまるで地獄を見たような錯覚を覚えた住民たちから、更なる悲鳴が響く。

 

「燃え盛る紅蓮の炎。其はあらゆるものを焼き尽くす、灼熱の業火!」

 

いつの間にか、刺さっていたはずの炎の剣は消えており、代わりにその炎の中に人影が現れだす。まるで、剣が人に……いや、人の形を模した人ならざる何かに変化したかのように……。

 

「全てを灰燼へと変えよ!!“火竜ドラグニル”!!!」

 

「ガーハッハッハッハ!!燃えろ燃えろ!全部焼き尽くしてやんぞぉ!!」

 

そして吹き出ていた炎を振り払うかのように姿を現したのは、桜色の短い髪を持ち、頭に悪魔のような角を生やして、ペルセウス同様の黒いマントを纏っている青年。だが、炎に焼かれてもピンピンとしている上、口や掌からも炎を発するその姿は、エドラスの民から見れば人間とは思えない。

 

「火竜の煌炎!!オラァ!!」

 

火竜ドラグニル……もといナツが両手に炎を生み出して合わせると同時に、近くにあった巨大な石像に投げつけて、容易く破壊する。凶悪そうに高笑いをしながら炎を生み出すその姿は、まさしく人の道理から外れた存在。

 

「な、何だあのバケモノ……!?」

「口や手から火が出た……!?」

「剣から、あんなバケモノを生み出すなんて……!!」

 

ナツ、そしてそれを生み出したように見えたペルセウスに対して更なる恐怖を感じる住民たち。だが、これだけには留まらない。

 

(しもべ)はまだまだいるぞ?」

 

その言葉と共に、ペルセウスの右側に浮かべていた銀色の大剣・グラムを動かしながら、今度は己の三つ先の建物の前にその剣を突き刺し、石や鉄の破片を巻き起こす。その光景を見て住民は悟った。火を噴くバケモノ同様の存在が、もう一体生み出されることを。

 

「頑強なる黒鉄の刃。其は立ちはだかる者も、逃げる者も斬り裂く凶暴なる剣!」

 

石と鉄の混じった粉塵から、大剣に変わって現れたのは、逆立った長い黒髪に、肉食獣のような獰猛な赤い眼を持った、やはり同じ黒いマントを纏った男。

 

「全てを斬り裂き打ち砕け!“鉄竜レッドフォックス”!!!」

 

「ギヒヒ……!ようやく暴れられるぜ。鉄竜剣!!」

 

見るからに凶暴な外見をしたその男、鉄竜レッドフォックスことガジルが、右腕を剣の形へと変化させて、背後にある建物の上階を一刀両断。崩れ落ちる建物を背景に、住民たちへと獰猛な笑みを向けている。

 

「腕が剣になって……!!」

「街がまた……!!」

「見た目も、明らかに悪そうだ……!!」

 

ナツとガジル。片や高笑いを続けながら、片や怪しく笑みを浮かべながら、ベクトルは違うものの、普段から目つきが悪いこともあってその様子は完全に悪の化身の一言である。

 

「あんな、あんなバケモノが二体も……!」

 

「いえ、二体ではありません!剣はもう一本!つまりもう一体生み出す気です!!」

 

一人の女性が震えながら呟いた一言に、エドガジルがペルセウスを……正確には彼の後ろに浮かぶ、もう一本ある緑の短剣を指さして叫ぶ。もう一体の化け物が現れると理解した住民たちから更に恐怖の悲鳴が上がり出す。

 

「その期待に応えてやるとしようか。さあ、目覚めろ!」

 

そして最後の一本が、ガジルが生み出された建物の反対側に来るように動かし、ガジルの時同様建物の前で突き刺さる。今度は風。短剣どころか周辺が全く見えなくなるほどの強風が竜巻のように吹き荒れて、住民に襲い掛かる。

 

「吹きすさぶ純白の風。其はあまねく全てを癒す天の恵み。我が名において、その天の力で荒廃を招け!」

 

口上を進めると共に、短剣が刺さっていた場所には、新たに人影が現れていた。藍色の長い髪を、赤い髪留めでツインテールにしている、先に出ていた者たち同様黒いマントと共に風に棚引かせる少女。

 

「全てを吹き飛ばせ!“天竜マーベル”!!!」

 

「天竜の……咆哮!!」

 

吹き荒れていた風が止むと同時に、膨らませた口から純白の竜巻を噴き出して、隣の建物を攻撃。建物が貫通して、瓦礫を更に生み出す。

 

「口から竜巻がー!」

「今度は風か!?」

「家に、風穴が……!!」

 

「何てこった……ただでさえ凶暴なバケモノが、二体どころか、三体なんて……!!」

 

新たに現れたバケモノの力を目にしてより深く絶望を抱える民たち。その内の一人の声が、力なく周囲に伝わり、最後に現れたその存在を目にして、更なる恐怖を……。

 

 

 

『あれ?』

 

だが、住民たちの恐怖は一気に失せた。何故なら、先程建物に風穴を開けたその存在をよく見ると、可愛らしい顔立ちをした、背丈も低い小柄な少女。振り向いてこちらにきりっとした表情を向けてはいるが、先に現れた二体と比べて正直迫力がない。

 

「女の子……?」

「それもちっちゃい……」

「何かさっきの奴等と比べると……」

「ああ、あんま怖くないと言うか……」

「つーかむしろ可愛くね?」

 

明らかに極悪人の面をしたナツとガジルと違って、純粋な美少女の外見をしている天竜マーベル……もといウェンディの姿を見た住民は、恐怖を完全に忘れて唖然とした様子でこちらを見ている。中には顔を赤くして表情が緩んでいる者までいた為、それに気付いたウェンディは何とかしなきゃ、と行動を起こした。

 

「がおーーーっ!!」

 

そして起こした行動は、両手を獣のような形で構え、近くにいた自分よりも幼い少年を威嚇すると言うもの。これで怖がらせようと思って起こしたのだろうが、可愛い少女がありきたりな威嚇のポーズと声をあげたところで怖くはないし、人によっては逆効果。現に幼い少年は目の前の少女の奇行に戸惑いこそすれど、一切恐怖はしない。

 

「アァ……!?」

「ギィイイイヤアアアアッ!!!?」

 

すると音もなくウェンディの背後に現れ、思い切り少年に対してメンチを切ったガジルを見た少年は、さっきの茫然が嘘のように泣き叫びながらその場を走り去った。落差が激しすぎる。

 

「バケモノが睨んだぞ!!」

「やっぱ仲間なんだ!!」

「見た目に騙されるなー!!」

「美女と野獣だー!!」

 

可愛い少女を庇うような形で睨んできたガジルの姿を見て、やはり彼女もバケモノ側だと理解した住民の悲鳴交じりの声が響く。……何か関係ないこと叫んだ奴いなかった?

 

そして自分では全く効果はなかったが、後ろのガジルがやったことで思い切り逃げられたウェンディは……。

 

「(ごめんなさい……)」

 

胸中で謝罪を告げながら落ち込んだ。その謝罪先は少年か、はたまたガジルか。後ろにいるガジルも、彼女になんて声をかけるべきか悩んだ。

 

「……どうやらマーベルの復活は少々早すぎたようだ。しかし威力は十分!このままで良しとしよう!!」

 

「(え!?そう言う設定で行くのか!!?)」

 

そしてそんな光景の一部始終を見ていたペルセウスとナツも、思わず演技を忘れて呆然となっていたが、わざとらしく聞こえるようにペルセウスがウェンディの姿に関しての説明を響き渡らせる。思わずナツが目を見開いて彼の方へと視線を向けたのは、気付かないふりをした。

 

「剣からバケモノを生み出し、街を破壊し尽くそうとしている!堕天使ファルシーは、魔力だけでなく、我々の全てを奪おうとしています!!」

 

住民の不安を煽るような口ぶりで呼びかけるエドガジル。その様子に気付いたガジルが彼に目を向けると彼も気付いたらしく、二人して独特な笑みを浮かべながらアイコンタクトをとる。互いにすべて分かっていると言いたげなやり取りだ。

 

「あんなバケモノたち、どうすれば……!」

「魔戦部隊がいれば、あんな奴等きっと!」

「そうだ、いざとなれば魔科学研もいる!!」

「陛下がきっと何とかしてくださるわ!!」

 

「魔戦部隊?魔科学研?」

 

まだ希望はあると言いたげに住民たちがあげていった者たちの名を聞いたペルセウスは、あからさまな反応を起こす。そして肩を竦めながら、何でもない事のように、彼らを更に失意のどん底へと叩き落す言葉を発した。

 

「ああ……封印から解放された直後、準備運動代わりに蹴散らしておいた奴等の事か?」

 

「な……何だって!?」

 

「呆気なかったぞ?」

 

ペルセウスが発した内容に信じられないと言いたげに反応を示した住民の一人。それの追随を許す間もなく、ペルセウスは一つ指を鳴らす。すると、彼のすぐ隣に強風が巻き起こり、何かを包み隠すように廻り出す。そして数秒間の竜巻に似た風が霧散した瞬間、住民たちの希望は完全に潰された。

 

「貴様らが讃えた愚かな王は、最早玉座から落ちたも同然!」

 

木の幹に縄で括りつけられ、囚われの身となっている国王ファウストの姿。その意識はないようで、強風に晒されながらも身じろぎ一つみせる様子はない。

 

「その命も終わらせてやろうかと思ったが、己の愚かな行為が導いた国の最期を、目に焼き付けさせるのも一興。今から全てに絶望する顔を見るのが楽しみだ……!!」

 

国の平和を考えて動いてくれていた国王の陥落。そしてあんまりな仕打ちに、再び住民からの悲鳴が上がる。そんな様子を見ながら、ペルセウスは再び両手を広げて声を張った。

 

「さあ!我が(しもべ)たちよ!復活の宴だ……存分に暴れ回れ!!」

 

その言葉を合図とするように、ナツの炎が国王を模した石像を融かし、剣に変わったガジルの右腕が家を斬り裂く。ウェンディもまた、威力を弱めた咆哮を住民にギリギリ当たらない場所へと撃つことで混乱させる。

 

「まさに悪逆非道!!魔力の為に、このエドラスごと我々を滅ぼそうとしている!!」

 

「何て……何て酷いこと!」

「許せねえ……!堕天使ファルシー!!」

「エドラスから出てけー!!」

「魔力を返せー!!」

 

「返せ?元から魔力は我らのもの。貴様等には分不相応な力よ」

 

恐怖や悲壮と言った感情が、不安を煽るエドガジルの言葉を聞くことで徐々に怒りに変わった民たちの言葉を聞き、侮蔑の表情を浮かべながら、左の掌を天へと翳す。すると、まるで空さえを操っているかのように、彼のすぐ背後に一筋の雷が落ちる。

 

「身をもって教えてくれよう。魔法の力……我の、堕天使の力を……!!」

 

そして掲げていた左の掌を住民たちに向けながら、魔力の弾を溜め込んで放とうとする。それを見て再び恐怖を叫び始めた住民たちに、笑みを深くしながら……。

 

 

 

 

 

 

「よせえっ!!ペルーー!!」

 

その声が、堕天使の動きを止めた。浮かべていた笑みを不機嫌なものへと変え、声のした方、王城の方へと目を向ける。民たちも今の声が届いたのか、城の方にその人物がいることに気付く。

 

「(やっと来たか、ミストガン)」

 

青藍の短い髪を持った、右目の上下に赤い刺青が刻まれた美青年の姿を目にして、ペルセウスは笑みを深くした。胸中でそう独り言ちりながら、ペルセウスはそれを悟らせないよう口元を吊り上げる。

 

「(来た!さあ……こっから本番、だな……!)」

 

そしてそれに気付いたのはペルセウスのみならず。彼が立っている建物の裏側の裏路地に潜み、上空の天気を操っている彼の弟・シエルも気付いた。

 

本番はこれから。エドラスの今後を導く英雄の第一歩。必ず成功させて見せる、とそれぞれ兄弟は改めて決意を固めた。




おまけ風次回予告

ペルセウス「よし、みんな準備はできたな。ってナツ、いつまで不貞腐れてるんだ?」

ナツ「だってよ~。オレのポジション、ペルの下僕っぽいじゃねーかよ。堕天使よりも魔王の方が親玉感出てると思うのに!」

ペルセウス「多数決でどっちが親玉をやるかもう決まったんだからしょーがねーだろ。4対1の圧勝だったけど」

ナツ「あ、そーだ!いいこと思いついたぞ!!せめてこれにしてくれ!」

ペルセウス「……特に期待できないがひとまず聞こうか。何だ?」

次回『堕天使ファルシー』

ナツ「魔王ドラグニル改め、大魔王ドラグニル!!これなら親玉っぽいだろ!?」

ペルセウス「さて、そろそろ作戦始めるか。ガジルとウェンディはそれぞれのポジションで待機。シエルは演出頼む」

ナツ「せめて却下とか言えよ!無視すんなぁー!!!」


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第100話 堕天使ファルシー

Twitter、活動報告にも書いた通り遅刻いたしました……。

そのうえ前回に比べて遥かに文字数が少ないです。本当はもっと色々書きたかったんですけど全然筆が進められなくて……。次回で取り返せたらなぁ……。←


「よせえっ!!ペルーー!!」

 

民衆に向けて魔法弾を撃とうと魔力を溜め込んでいたその青年に、大きく声を張り上げて制止を叫ぶもう一人の青年。王城の中から身を乗り出して堕天使を名乗る青年の動きを止めた彼の姿を見て、止まった方は止められた瞬間に下げていた口元を分かりやすく吊り上げた。

 

「我は堕天使ファルシー。エドラスに破滅をもたらす者ぞ」

 

「馬鹿な真似はよせ!王は倒れた……これ以上君が、この世界を破壊する必要は……!!」

 

ギルドの者……親しい者が彼を呼ぶ際に用いる略称を叫んだミストガンに対し、破壊者の顔を引っ込めないままペルセウスはその名を告げる。彼らの狙いにミストガンはすぐに気づいた。どうやって知ったのかは不明瞭だが、この世界の魔力を奪った悪役としての立場を一身に受けようとしていること。そうでなければ、王が敗れて尚も彼らが暴れる理由が見つからない。

 

だからこそ、これ以上ペルセウスがその悪名を引き受けることを良しとしない彼が必死に呼びかける。だが……。

 

「ドラグニル、やれ!」

 

「おうよ!ファイアー!!」

 

ミストガンの言葉を遮ってナツに向けて一言指示を出すと、律儀にガジルたち共々動きを止めていた火竜の青年が口から炎を出して民衆を牽制。その先にある建物を着火させる。当然、民衆は再び恐怖の悲鳴を上げて逃げ惑う。それを見てミストガンが「よせえっ!!」と叫ぶ様子を嘲る様に高笑いを上げていたペルセウスは、ひとしきり笑った直後、民衆にも響き渡るような声で言い放った。

 

「我らを止めたいと言うなら止めてみればよかろう?エドラス王国王子……ジェラール殿下?」

 

ペルセウスが明かしたその素性。城の方から堕天使たちを止めようとしている青年が、7年前に行方不明となっていたエドラスの王子であるジェラールだと。最初に耳にした民衆は驚きを露わにして彼の方へと目を移すが、ほとんどが本物であるかどうか半信半疑と言った様子だ。

 

「何故奴等がここにいるんだ……?」

 

国王や王国軍を相手に戦っていたペルセウスたちが、何故今のエドラスの現状を把握していて、わざわざエドラスの民衆に悪役として振舞っているのか?疑問を感じたパンサーリリーの呟きに答えたのは、いつのまにか彼らの背後に立っていた者だった。

 

「ぼ……ぼきゅが彼と一緒に知らせたんだ」

 

声に気付いて振り返ると、右腕を振り続けている面長のエクシードであるナディが目に入る。パンサーリリーはまさかの人物が知らせたことに対して驚き、続くナディの言葉を耳に入れた。

 

「君たちの会話……ぼきゅも、そして彼も聞いてたんだよ。そして、彼から頼まれたんだ……!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時は少し遡り、魔力がエドラスから空へと流れだしてからそう時間が経っていない時の事。魔力が失われ、浮遊島が次々と街の外に落下し、魔法も使えなくなっていくことで大混乱の様子を見せる王都。街の中から次々と響いてくる絶望を抱えた悲鳴、慟哭。

 

「あっちもこっちもヒデェ騒ぎだ……」

 

「魔力が無くなる事が、この世界で一番恐れられていた事だから、無理もないよ……」

 

その街の様子を、人を乗せることが出来る雲の上から、4人の男女が見渡し絶句と言う言葉が似合う衝撃を受けていた。浮遊島が次々と落下し、地面から魔力が流れ出している光景を目にした彼らは、今この世界で何が起きているのかを確かめるため、そして王都に住まう人たちを安全な場所に避難できるか確認するため、シエルが使う乗雲(クラウィド)を用い、王都上空まで着いたところだ。

 

乗り物に弱いナツは、魔力がある程度回復したウェンディのトロイアのおかげで、酔わずに済んでいる。

 

「どうにかして街の人たちを避難させないと……!」

 

「つっても、どーすりゃいいんだ?」

 

これほどまでの大混乱を引き起こしているとなると、いつどこで誰かが予想もつかない被害を受けている可能性がある。それを危惧したウェンディが言葉を零すが、ナツが尋ねた疑問の通り、どうやって避難させるかが問題となる。

 

「シエル、どうにかできないかな?」

 

「それは……」

 

自分では効率のいい方法が浮かばない。だがこの中で一番、作戦や方法と言ったものを考えるのに適した少年ならば、自分たちでは思いもよらない案を出してくれるのではないか?一縷の望みをかけて少年シエルにそう尋ねるウェンディだが、雲を操作して王都上空を移動させている少年の表情は明るくない。彼でも難しいと言うのか。そう考えていた矢先、彼女の質問に答えたのはもう一人の存在だった。

 

「はっきり言ってやったらどうだ、天気小僧?もうこの世界のどこにも、こいつらの安全が保証できそうな、避難できそうな場所なんざねえって」

 

同様に雲の上に乗って逃げ惑う街の住民たちに目を向けていたガジルだ。他の3人に背を向けた状態のまま言い切った彼の言葉を聞いて、ナツとウェンディがその顔に驚愕を見せている。対するシエルの表情にはその動揺が一切ない事から、彼の言葉が図星であることを意味している。

 

「テメェの事だ。はなっからそんなこと気付いてたんだろ?だが、そのガキに気を遣って言うのを躊躇った。甘ぇ奴だ。今の状況を目の当たりにしながら、まだ隠し通せると思ったか?」

 

何も言えないまま顔を俯かせていたシエルは、ガジルのその言葉に何も答えられなかった。世界から魔力が消えようとしている。それがどれほどの混乱を起こすかも、その影響が世界中に及び、安全な場所が完全に失われることもシエルはすぐに察知していた。

 

それを言葉としてすぐに出すのは気が咎めた。ガジルが指摘した通り、ウェンディがどうにかして街の住民たちを助けられないか、心配を抱いて行動しようとしていたのを感じ、どうにか力になろうと考えていた。だが、無情で容赦のない現実が、それを妨げている。

 

ガジルの指摘を聞いて覚悟を定めたシエルが、無力感に苛まれたかのように表情を歪めて首を縦に振る。それを見たウェンディは、彼の動きが何を意味するのかを理解した。最早自分たちでは、住民たちの安全を確保できない事を。

 

「そんな……!」

 

「本当に、オレたちじゃ何も出来ないのか……!?」

 

今にも泣きそうな表情で顔を下へと向けるウェンディ、そして未だにパニック状態の最中にある城下の様子を見ながらナツが呟く。眼下に見える世界の終わりとも言える光景。何も出来ない歯がゆさが、彼らの胸中に影を落とす。

 

「……出来るかどうかは知らねぇが、何をするべきか知ってそうな奴に心当たりはある」

 

だが、次に出てきたガジルの声に、今度はシエルも含めて3人とも反応を示した。視線を外していた為に、勢いよく3人の視線が集中することに。

 

「一人はエドラス(こっち)のオレだ。色々とこの世界の事にも詳しいから、今起こっていることに対しても、何か知ってるだろう」

 

エドラスにおけるガジル。フリーの記者をしているという話を聞いており、様々な情報を収集しているそうだ。正確な情報を掴むことに関しては、確かにこれ以上の適任はいないと言える。

 

「それともう一人……小僧にも心当たりがあるんじゃないのか?」

 

「まさか……!!」

 

ずっと背中だけ向けていたガジルが振り向いてこちらを見据えながら尋ねてきた問いかけ。それを聞いたシエルには確かにあった。一人だけ、この状況に関して詳しそうな人物が。

 

この世界に大切な人を奪われた、そしてこの世界を誰よりも憎んでいる己の兄の存在。

 

「兄さん……!」

 

「ペルさん?」

「ペルがどうかしたのか……?」

 

シエルが瞬間思い出したのは、底の見えない怒りと憎しみを抱いた顔で呟いた、兄の凶行と言える目的。ガジルの口ぶりから見れば彼自身も知っているのだろう。そして知らないのは、隣にいる少女と、桜髪の青年のみ。言うべきか迷ったものの、先程ガジルにも指摘された、時と場合を弁えて隠すべき情報を隠してはいけない事を注意されたばかりだ。しばらくの葛藤を続けた後にシエルは告げた。

 

兄であるペルセウスが、このエドラスで一体何を為そうとしているのかを。

 

「な、何だそりゃ……!?」

「ペルさんが……嘘……!?」

 

当然と言うべきだろう。己の家族が正気とは言えない行動を起こしている可能性がある、と聞かされればその言葉に対して疑うものだ。だがそれを口にしたのが誰よりも兄を信じる弟であることが、その話の信憑性を高めている。

 

「俺だって嘘だと思いたかったけど……兄さんの様子を見ていく内に本気なのが伝わって来たし、さっき王都まで兄さんを連れてったんだ。そしてその後に魔力が流れ出した……」

 

弟として、兄の事は信じたい。だが兄が抱えるエドラスへの恨みと憎悪は並大抵では払拭できないほどの深さと重さだ。そんな彼が、エドラスに対してこの惨状を生み出したと考えるのも早計ではないはず。聡明だからこそ考えついてしまう兄の思惑。それが彼の表情を苦しそうに歪めていく。

 

もしかして、本当にペルセウスは……。

 

「だったら、聞いてみりゃあいい。テメェの兄貴自身に」

 

「えっ……?」

 

再びガジルの言った言葉に、そして彼が意味ありげに向けている視線の先に、思わず目を向けてみればそこに見え始めた。面長な顔をした、右腕を振り続けるエクシードに抱えられながらこちらに近づいてくる、今まさに話題に上がっていた、少年の兄の姿が。

 

「兄さん!!」

「ペル!!」

「ペルさん!!」

 

「お前たち!その様子だと、国王は何とか出来たみたいだな!」

 

「んなこたぁいいんだよ!なあペル、一体これはどーゆ―事なんだ!!?」

 

(エーラ)で飛行しているエクシード・ナディに抱えられた状態で、ドロマ・アニムと対峙していた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に弟を加えた一同がいることに気付き、問題となっていた国王を撃破したことをペルセウスは悟る。だが、それよりも気にするべき大事に関してナツが詰め寄る形で問いかける。それに答えを示したのはペルセウスのみだけでなく、彼を抱えているナディも共にそれを示した。

 

「王子が!あのエドラスの王子が、アニマを逆展開させて、アースランドに魔力が流れるようにしたんだよ!!」

 

「その影響で、エドラスから全ての魔力が失われようとしているんだ。一足遅れちまったが、まだ巻き返せるはず……」

 

「王子……ジェラールが……!?」

 

ナディからの説明にあった王子・ミストガンによって魔力がエドラスから消滅されそうになっていることを彼らは初めて聞いた。彼らは、実際にその現場を、そしてそこから巻き起こる混乱を鎮めるために行おうとしていることも物陰から聞いていたようで、それもシエルたちに共有する。

 

魔法を消滅させた悪役を作り出してそれを目の前で処刑し、処刑した英雄となる者が、魔力の無くなったエドラスを導く新たな王になる、と言う計画を。

 

「そ、そんなのダメ!ジェラールが悪役に……処刑されるなんて……!!」

 

「ぼきゅもどうにかして止められないか考えてたんだ!そしたら彼が……」

 

ジェラール……ミストガンに対して大きな恩を感じているウェンディには、その作戦は到底看過できるものではない。当然ながら悲鳴のような声でその作戦の実行を否定する。そしてそれはナディも、ペルセウスも同じのようだ。

 

「兄さん、さっき『一足遅れた』って言ったよね?ひょっとしてこの光景は……」

 

その時、口を噤んで兄と兄を抱えているエクシードの言葉を聞いていたシエルが意を決した表情で尋ねた。エドラス中の誰もが絶望し、混乱の真っただ中。世界の終わりを体現したかのようなこの光景。エドラスを終わらせようとしていた彼の目的に、合致している。

 

だとすれば、これは兄自身も望んでいたものでは、と考えついたための、確認の意味も込めた質問。

 

 

 

 

 

「お前の考えている通り、俺は……俺たちはこの世界の魔力を消滅させることを目的の一つにしていた」

 

その答えは肯定だった。事前に聞いていたのであろうガジルを除く全員がその返答に衝撃を受ける。ナツに至ってはどうしてそんなことを、と今にも叫び出しそうな剣幕だ。しかし、ペルセウスの言葉はそれだけでは途切れなかった。

 

「ここまでは、ミストガンとも前から取り決めていたこと。そしてこの先は、あいつにも伝えていない……最後の大事な仕上げだ」

 

大事な仕上げ?その言葉と共に、真っすぐこちらへと目を向けてくるペルセウス。その目には、シエルが先程兄に見ていた憎悪や怒りなどと言った感情は一切見当たらない。純粋に、ミストガンと言う一人の仲間の為に動く、シエルもよく知る兄の姿だった。

 

「お前たちにも手伝ってもらいたい。これ以上の犠牲を出さない為に、ミストガン(あいつ)を新たな王にする為に……!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そして現在。

ペルセウスがエドラスを滅ぼす為に魔力を奪った大悪党、堕天使を名乗り、ナツたち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)にはその堕天使から生み出された僕を演じて街を次々と破壊して住民のヘイトを集める。

 

そしてそこをミストガンが堕天使の一派を打ち倒せば、エドラスの未来を左右する悪役と英雄の構図は完成だ。元より、ペルセウスは魔力が無くなったエドラスを、新たに導く王となる人物はミストガン(ジェラール)しかいないと考えていた。だが肝心の本人は、世界を見捨てて一人異世界に向かったことを引け目に感じてその意思を一切持とうとしない。

 

「来るがいい、ジェラール王子!来ないと言うならば、この王都と、そこに住まう愚民共の最期の時が早まるぞ?」

 

だから荒療治を考えた。自分たち異世界の者たちをエドラスから見た悪者にすれば、自然とミストガンがそれを打ち倒す英雄となるしかない、と言う流れになる。さらには行方不明になっていたはずの王子と言う肩書だ。今はまだ半信半疑だが、ことが過ぎれば彼について行こうとする者は多く存在することになるだろう。

 

世界から魔力を消すと言う暴挙に関して絶句していたシエルたちも、その後の世界でミストガンが率い、前を向いて生きる為と言う目的を聞き、承諾を現した。秘密裏に、シエルがエドガジルに即興で考えた偽の神話のメモを渡したり、ナディがドロマ・アニムが暴れていた場所から国王ファウストを運んだりと、ギリギリな場面が続いてはいたが、現在は順調だ。

 

「ペル!そこを動くな!!」

 

「ペルと言う名など知らぬ。我は、堕天使ファルシーなり」

 

王城から屋根伝いに飛び降りて近づこうとするミストガン。それに対して、その場から一歩も動かず仁王立ちで待ち構えるペルセウス。その様子を見ながらパンサーリリーはもう一つの懸念を抱いていた。茶番でミストガンを英雄に仕立て上げるつもりなのは明白。だが、倒れたフリでは、民衆にバレた暁には取り返しのつかない事になる。

 

「(まさか、死ぬ気では……!?)」

 

彼のそんな懸念をよそに、ミストガンは王都の舗装された道を駆けて、ペルセウスの元へと徐々に近づいていく。

 

「あれが王子だ!神話上の存在である堕天使に、戦いを挑むつもりか!?相手はバケモノを生み出すような奴だぞ!?」

 

そんな彼が通り過ぎると同時に、ペルセウス側の事情をよく知るエドガジルが、周りによく聞こえるように声を張り上げる。半信半疑のままでいる民衆たちにエドラスの王子であることを信じさせるための煽りのようだ。

 

「(馬鹿者め……!お前ともあろう者が、こんな茶番で混乱を収拾できると思っているのか……!!)」

 

距離を詰めながら、ミストガンはこの状況を作り出したペルセウスに内心で毒づく。状況が膠着した際には、物理で無理矢理に突破する癖を持つ彼であっても、このような茶番を仕掛けることはあり得ないと考えていた。そしてその先、自分たちの命さえも危うい状況に追い込んでいることに。

 

「眠れ!!」

 

背中に装着していた数本の杖の内の一本を取り出し、眠りの魔法を放とうと前方へと突き出す。だが、杖の先端から魔力が出てくると同時に、地面から上空へと流れ出て行く魔力と共に、上の方へと流れて消滅してしまう。

 

「っ!!(魔力が……アニマに……!!)」

 

自ら逆展開させたアニマ。それがまさか、このタイミングで自分に降りかかるとは予想することが出来なかったのだろう。思わず勢いと共に、ミストガンは足もその場に止めてしまう。

 

「クハハハハ!どうしたのかな、王子?魔法が無ければ何も出来ぬのか?」

 

それを見たペルセウスは、足を止めてしまったミストガンを見るからに嘲笑い出し、魔法が使えなくなってしまった彼を挑発する。そして「まあ無理もなかろう!」と声を張ると同時に、左手を自分の胸元近くに持っていき、下に向けた左掌から紫色の頑強な大鎚を呼び出し、紫電の魔力を迸らせる。

 

「魔法とは力。そして力とは……全てを破壊するためにある!!」

 

そして左手を勢いよく下に振り降ろし、その動きと共に大鎚が屋根へと叩きつけられるように落下。ペルセウスが足場にしていた建物は、大鎚が激突した衝撃と、そこから溢れ出た紫電の奔流によって、轟音と粉塵を巻き上げながら瓦礫の山へと変貌した。

 

「やめろォーーーっ!!!」

 

人智を超えた破壊力を有するペルセウスの魔法に、再び恐怖してその場から逃げ出し、混乱する住民。そしてミストガンは魔法が使えなくなった動揺も忘れて、再びペルセウスの元へと駆け出し、迫っていく。

 

「刮目せよ、愚民共!これこそが魔法……これこそが魔力の神髄!貴様ら程度の手に余る代物だと言うのが、よ~く理解できただろう?」

 

粉塵が巻きあがる空間で、まるで煙を足場にして立っているように浮遊しているペルセウスが、逃げ惑う民衆に向けて高笑いを続けながら高らかに告げる。これまで魔力を頼りに生きていたエドラスの者たちには、本来手にする資格など存在しないと言いたげに。

 

「ペルさん、やりすぎですよ!!」

 

「い~や、これでいいんだ、ウェンディ」

 

「おう。これで強大な魔力を持つ“悪”に、魔力を持たない“英雄”が立ち向かう構図になるんだ」

 

一方で、ミョルニルを用いて一軒家を粉砕させたペルセウスに、距離を置いたところで待機していたウェンディが声をあげる。だが同様に待機していた残りの二人、ナツとガジルは寧ろこの状況を良しとしていた。

 

人々に絶望を与え、世界に破壊の限りを尽くそうとする悪の親玉、堕天使ファルシー。

それに対するは、魔力を一切持たず、魔法を使うことが出来ないエドラス王国王子ジェラール。

 

彼我の実力差は歴然のように思える。だが、民衆にとって、最早堕天使を止められる存在は、王子を置いて他にいないと誰もが考えていた。

 

浮遊していた空中から、いつの間にか瓦礫の山の上に着地していたペルセウスの前に、険しい表情を浮かべながらミストガンが現れる。粉塵は徐々に晴れていき、強大な悪役と、非力に見える英雄が対峙し、周囲に緊張感が走り出す。

 

「もうよせ、ペル。私は英雄にはなれないし、お前も倒れたフリなど、この群衆には通じんぞ……」

 

「……そいつはどうかな?」

 

ミストガンの言葉に対して不敵に笑みを浮かべながらペルセウスが一言言うと、一瞬で彼の姿がその場から消えて、ミストガンの目の前に右腕を振りかぶった体勢で現れる。それに気付いて動こうとするが、距離もすでに詰められている状態では間に合わず、ミストガンは左頬に拳を受けて吹き飛ばされる。

 

「王子!!」

「何て凶暴な奴なんだ!!」

 

周りに集まる民衆がその様子を見て騒ぎ出す。傍から見れば、何の前触れもなく王子に殴りかかった乱暴な存在と言うイメージがつくだろう。一方で殴り飛ばされたミストガンの方は、上体を起こして立ち上がろうとしている。

 

「茶番だ!こんな事で民を一つになど、出来るものかーっ!!」

 

そして先程の一撃を返すようにペルセウスの左頬へと拳をぶつけるミストガン。だが、殴られたはずのペルセウスは、首から下を一切……それこそ微動だにさせず、その場に留まり続けている。地が足に縫い付けられているかのようだ。

 

「っ!?」

 

「そんなもんじゃないだろ?本気で来いよ……!!」

 

やらせならと力をある程度抜いていたのは確かだ。しかし、だからと言って顔の部分を殴られて身体全体が微動だにしないと言う光景を見せられ、虚を突かれたのは事実。そして手加減したことがバレた上に、今度は腹部にペルセウスからの拳を受けて仰け反ってしまう。

 

仰け反った隙に追い討ちをかけようと今度は左の拳を顔に当てようとするも、ミストガンは左掌でそれを止め、そのまま右足で後ろ回し蹴りをペルセウスの顔へとヒットさせる。この一撃が入ったことで、初めて周りから歓声が上がった。

 

「オオッ!!」

「いいぞ、王子ー!!」

「やっつけろー!!」

「お願い、頑張って!!」

 

周囲にいる国民たちが自分を応援している。その事実に気付き、少々困惑気味にミストガンは辺りの民衆に目を向けている。

 

「っ……盛り上がってきたようだな」

 

蹴られた部分を手の甲で拭いながら、魔力の弾を数個溜め込み、ミストガンへと発射させる。それを見て咄嗟にミストガンは躱し、方向を調節していたのか、魔力弾は民衆には当たらず、後方にあった建物に直撃する。

 

そして悲鳴を上げる民たちに気をとられていると、今度は右足での回し蹴りがミストガンに迫る。それを両腕を駆使して受け止め、さらに右手で足を拘束する。

 

「馬鹿者!()()()なんだから、先程ので倒れておけば……!!」

 

「それじゃあ逆に……不自然だ……ろ!!」

 

すると左足を軸にしたまま、何と右足でミストガンの体を持ちあげ、大きくぶん回す。このままだと危険と判断したミストガンは、すぐさま手を放して退避する。

 

「聞こえるだろ、ミストガン?この世界の、国民の声が……」

 

声を潜め、周りの民衆には聞こえない声量でミストガンにそう声をかける。それを言われてミストガンも感じていた。先程から、自分に希望を抱いて、絶対的な力を持っている目の前の青年を討ち果たすことを願っている。これは、ただ単に強大な悪に立ち向かう英雄だからと言う理由だけではない。

 

「王子と言う肩書。悪を滅ぼす英雄の器。あるいは別の要素があるんだろうが、今周りが求めているのはお前と言う存在だ」

 

「私には……そのような資格など……」

 

声を絞って話の言葉を交わしながらも、次にペルセウスはミストガンの言葉を遮るように拳を振るって仰け反らせる。

 

「資格ってのは、何のことだ?」

 

その直後に告げられたその言葉に、ミストガンは目を見開く。資格。新たな世界の王になるために、一体どんな資格がいるのだろう?

 

国民に豊かな暮らしをさせられる事?

 

二種族の架け橋となる事?

 

命の尊さを知っている事?

 

大いなる力を持っている事?

 

どれもそうであるかのようで、どれも違うと、ペルセウスは思う。

 

「俺はな……どんなそしりを受けようと、あらゆる存在の為に動ける奴の事だと思う」

 

種族の違い、世界の違い、価値観の違い、ミストガンはそれら全てをひっくるめた上で、全てを尊重し、助けられる道を模索していた。自らの命を捧げてでも、新たな世界を導くため、混乱を鎮めるために動いた。

 

そんなミストガンと言う人間だからこそ、ペルセウスは失うべき人物ではないと考えていた。そしてその上、彼が世界の為を思って行きついた世界の行く末を、その目で見届けてほしいとも考えている。

 

「出来るかどうか不安だっつーなら、俺が保証してやる」

 

ペルセウスは知っている。彼だけじゃない。ナツたちも、別の場所にいるエルザたちも、ミストガンなら何が立ちはだかっても王として必ずやっていけるはずだと。何故なら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は今までも、絶望的な状況だと言われていた壁でさえ、必ず乗り越えて、その分強くなっていったのだから。そしてそこで過ごした彼も、ギルドの精神を受け継いでいるのだから。

 

「お前なら出来る。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の家族のお前なら。俺の親友(ダチ)なら。この国を良くしていけると、俺は信じてる」

 

素手による殴り合い。それを続けながら、時折会話を交わしながら、その中でミストガンの拳を受け止めながら告げたペルセウスの言葉に、彼はまるで何かに気付かされたかのように目を見開く。国の行く末を憂い、争いの元となる魔力を捨て、世界に住まう民の平穏を心から望む彼なら、絶対に出来ると確信を持たせるためのこの演技。

 

「ペル……お前は……」

 

幾度ものぶつかり合いを行い、再び距離をとった二人の内新たに動き出したのはペルセウス。換装魔法で右手に呼び出したのは、彼自身も見覚えがないものだった。

 

黒にも灰色にも見える地の色に、黄色い幾何学模様が至る所に張り巡らされた大振りの鎌だ。そのまま使われれば、得物を持たないミストガンは為す術もないはず。そんな巨大な鎌を目の当たりにした民衆からは不安を感じさせる声が続々と上がる。

 

「2分だ」

 

と、唐突に謎の時間を指定してきたペルセウスに周りの者たちも、ミストガンも首を傾げる。何の時間なのか、疑問に答えるかのようにペルセウスは更に言葉を続ける。

 

「最後の2分間。精々楽しむといい!!」

 

周りに響くように声を発しながら、ペルセウスは勢いよく鎌を上空へと投げ放つ。その鎌には魔力が宿っており、禍々しい黒や紫に見える不気味な色だ。刃先の方向に縦回転を繰り返しながら上空を昇っていく。

 

「ま、まさか!あれが神話にも記されていた、国一つを滅ぼした“破滅の鎌”!?」

 

その情報を周囲にもたらしたのはエドガジル。聞くからに不吉な名を持ったペルセウスが投げた鎌に、再び民衆に恐怖の顔が浮かぶ。彼が言った2分と言う時間はこの意味を持つ事が分かった。だが、国一つを巻き込む破壊力と聞いて、たった2分で避難することなどできるわけがない。鎌による滅亡を止めるには、堕天使である彼を倒す以外に最早方法はない。

 

「(ペル、一体何を……!?)」

 

騒然となる民衆とは違って、ミストガンは純粋に疑問を抱いた。この状況下で、偽の神話に登場させた謎の大鎌。それを使う理由が一切分からない。だがミストガンの胸中に抱いた疑問とは裏腹に、ペルセウスは両手に魔力を溜め込むとそれを纏いながら殴り掛かってくる。

 

「さあ王子よ!我を止められるか!?我を止め、この国と民を守れるか!?精々無駄にあがいてみせろ!!」

 

強力な力と共に攻め立ててくるペルセウスの攻撃を捌き、受け止め、時折止めきれずに受けながら、ミストガンは期を見て反撃すると共に動きを止めさせて問いかける。どういうつもりなのかと。

 

「心配ねえよ。悪いようにはならねえ。俺から伝えたいことを伝え終わったらわかる」

 

「伝えたいこと……?」

 

小声でそう言ったペルセウスの言葉に再び疑問を抱くも、彼からの膝蹴りを腹部に当てられて仰け反り、後ずさってしまう。

 

「ナツがやりたがっていたんだが、どうしてもこの役目は俺がやりたかった」

 

「……何の話を……?」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)式壮行会」

 

その言葉を聞いてミストガンは気付いた。これは民衆の混乱を収めるための演技であると同時に、生まれ故郷に帰って、新たに生まれ変わった故郷を導くためにギルドを離れる、家族に向けた壮行会。ミストガンもよく知る、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を抜ける者に送られ、守ることを義務付けられる、三つの掟。

 

「一つ!妖精の尻尾(フェアリーテイル)の不利益になる情報は、生涯他言してはならない!」

 

一つ目の掟を伝えながら、ミストガンへと再び拳と蹴りを食らわせようと攻め立てるペルセウス。そのまま「二つ!」と次の掟を伝えようとするが、そのタイミングでカウンターを放ったミストガンの拳が彼の顎に当たる。

 

「二つ……えっと、二つ目は……ゴホッ!!?」

 

「過去の依頼者に濫りに接触し、個人的な利益を生んではならない!」

 

「そうそう、そうだっ、た!!」

 

顎に攻撃が当たったために脳が揺れ、二つ目の内容が若干飛んでしまったペルセウスが思い出そうとしていると、次はミストガンからの攻撃が襲い掛かる。そして二つ目の掟が彼の口から発され、最後の一撃である左の回し蹴りを受け止めながら、肯定を示して足を掴み、後方へと彼の身体を投げ飛ばす。だが、空中で体勢を立て直したミストガンはそのまま着地に成功。

 

「三つ。例え道は違えど、強く力の限り生きなければならない」

 

笑みを浮かべながらも、左の拳を引いて、さらに魔力を込めて強く握りしめていくペルセウス。

 

「決して自らの命を、小さなものとして見てはならない」

 

対して魔力を込めることのできない右手を、ただ握りしめながらペルセウスを見据えるミストガン。

 

「愛した友の事を……」

「生涯忘れてはならない……」

 

不敵な笑みを深くしたペルセウスの言葉に続くように、初めて柔らかな笑みを浮かべたミストガンが言葉を零す。

 

そして同時に二人はその場を駆け出し、それぞれ互いの握りしめた拳を互いの顔へと叩きこむ。クロスカウンターの形で互いの攻撃が決まった光景を見て、周囲の民衆が息を呑み、一瞬静寂に包まれる。

 

「届いたか?俺の、伝えたかったこと……」

 

ペルセウスの身体が徐々に力なく倒れていく。対するミストガンは、足の力をしっかりと地に踏みとどまらせ、倒れないまま。

 

そしてミストガンの最後の一撃を受けた堕天使は、そのまま背中から倒れ、動かなくなった。民衆の目にはっきりと映ったその光景は、紛れもない、王子の勝利を意味しており、滅亡の危機が消え去ったことを意味していた。

 

「王子が勝ったぞー!!」

「やったぁー!!」

「スゲー!!」

「王子ー!!」

「ステキー!!」

 

瞬間、湧き上がる歓声。ミストガン(王子)を讃える声。邪悪の化身たる堕天使が倒れ、禍々しい魔力を帯びていた落下中の鎌も、その魔力が目に見えて色を変えたのを見て、堕天使の撃破を物語っていた。

 

「鎌の色が……!」

「これって、オレたち助かったんだよな!?」

 

「はい!王子が堕天使を倒したおかげで、あの鎌の効力が切れたと考えていいでしょう!エドラスは、救われたんです!!」

 

そして最後までエドガジルは仕事をやり遂げる。先程彼が投げた大鎌から、堕天使の魔力が消えた事。街の安全が保証されたことを大々的に声にすれば、さらに歓声は大きくなる。脅威はすべて消え去った。世界を蹂躙しようとしていた堕天使の目論見は潰えた。

 

倒れたまま動こうとしないペルセウスを、悲しげな顔でミストガンが見下ろしながら、彼の名を寂しげに呟く中、ペルセウスが崩壊させた建物のがれきの山のてっぺんに、大鎌が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

瞬間、ミストガンは突如違和感を覚え、思わず周囲を見渡した。先程から歓声を上げる民衆。上空へと流れていく魔力。光景自体は先程と同じで、不自然な点はない。だが、明らかに不自然と言える点が一つだけある。

 

「どう言う事だ?何故、皆止まっている……!?」

 

止まっている。そう、動かないのだ。耳がつんざくばかりの歓声は一切音を発さず、上に流れる魔力はその動きをピタリと止めていて、その影響で砕けた瓦礫の破片は空中で浮かび、微動だにしない。

 

「いや、これは……

 

 

 

 

 

 

 

まさか、時が止まっているのか……!?」

 

時間の停止。まさに映像を一時停止したかのような状態となった周囲。現実離れした光景を目の当たりにしている、自分以外が止まっている状態。どうしてこうなっているのか不明瞭で、ミストガンは混乱することしかできない。

 

 

 

 

だからこそ気付かなかった。彼の足元で仰向けに倒れている青年が、微かに口に弧を描いた瞬間を。




おまけ風次回予告

シエル「何だか兄さん、今回終始ノリノリだった気がするなぁ……」

ナツ「だな~。ま、それはともかく、いよいよエドラスともお別れかぁ。振り返ってみれば結構面白かったな!」

シエル「新鮮味を感じたという意味では同意だけど、満面の笑みでそれを言えるナツって時々凄いよな」

ナツ「そうか?お前やウェンディがこっちだと大人だとか、グレイが厚着だったりとか、面白いとこいっぱいあったろ?」

シエル「ナツもめっちゃビビリだったしね~(笑)」

次回『バイバイ、エドラス』

ナツ「ビビリとか言うな!あっちのオレだって凄いとこあんだぞ!乗り物に強いとか!!」

シエル「そこも面白かったよね。あとルーシィもかなりイメージガラリと変わってたり」

ナツ「そうか?ルーシィはほぼほぼ同じようなもんだったろ?」

シエル「……あとで処刑されそう……(汗)」


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第101話 バイバイ、エドラス

また前書きと次回予告が遅れてしまいました……。
いけそう、だったんですけどね……。

一旦前書きを先に書かせていただきます。今回の次回予告は、時間かけてでもちゃんと書きたいので。←

ついにエドラス編、次回で完結です!!

【7/17 0:10更新】
お待たせしました!次回予告、追加いたしました!

【7/17 0:58更新】
ごめんなさい!構成段階では入れたいシーンがあったのに書き忘れてしまったので加筆しました!!人によっては記憶に差異が生じるかも……本当にごめんなさい!


「まさか、時が止まっているのか……!?」

 

歓声に沸きあがる民衆も、天上の先(アースランド)に流れる魔力も、重力に従うはずの瓦礫も、全てがその場で停止し、一切の音を発さない。

 

そんな中で、自分は不自然にも身体を動かすことが出来る。止まっていることを自覚している。

 

「一体何が……どうなっているんだ……?」

 

何故周りが止まっているのか、そして何故自分は止まっていないのか。その理由を探すためにこの場に留まるよりも周囲を確認しようと脚を動かそうとすると……。

 

「待て、動くな」

 

その声が唐突に耳に届いた。()()()()()()が。思わず動かそうとしていた足を止めて、声のした方へと目を向ける。その視線の先には、先程から仰向けで地面に倒れている、堕天使に扮していた己の親友。彼は態勢を変えないまま、閉じていた目を開いてこちらにその目を向けていた。

 

「そこから動いちまったら、戻った時に周囲に怪しまれるだろ?」

 

「ペル……戻った時……?まさか、この現象はお前が……!?」

 

自分以外が止まっていることを認識……いや、止まっている原因と言ってもいい存在であるペルセウスの言葉を聞いて、ミストガンは驚愕と共に疑問を抱く。彼が何をしたのか、時を止める理由は?皆まで聞かずとも彼の疑問を理解していたペルセウスは目線だけを動かしたまま話し始めた。

 

「さっき投げた大鎌……銘は『アダマス』。時の都って言われた街に祀られていた、時間を操る力を持つ神の力を宿した神器だ」

 

時を操る大鎌『アダマス』。

ペルセウスが崩壊させた瓦礫の上に突き刺さっている鎌の事だ。彼が上に投げたあの鎌の力によって、時が止められている。使用者であるペルセウスが魔力を込めた量によって止められる時間が変わり、加減によっては使用者である自分以外の者たちを指定し、止まった時の中で行動させることも出来る。発動させるには、魔力を込めてから高く上に投げて、その後地面に突き刺さると言う一連の流れが必要と言うネックはあるが、それを差し引いても異次元の能力だ。

 

「何故、時を止めたんだ?私がお前を倒したことが民に広まり、お前の伝えたいことも、伝え終わったはず……」

 

「そう。俺からの言葉は十分伝えた。けどな、お前に言いたいことを残してるのは、俺だけじゃないんだぜ?」

 

ミストガンの当然の疑問に答えている間に、彼が時を止めた大元の理由を抱えた存在が近づくことを現すように、自分たち以外の存在が動けない、認識できないはずの空間に、その音は徐々に近づいてくる。

 

「今この止まった時を動けるのは3人だ。俺とお前と、もう一人」

 

その存在が近づいてくる、足音を耳に拾ったミストガンはその方向に顔を向けると、その表情に驚愕を表す。彼の反応に気が付いたペルセウスは開けていた目を再び閉じながらも、してやったりと言いたげな笑みを浮かべて言葉を発する。

 

「言っただろ?『最後の2分間。精々楽しむといい』って」

 

鎌を投げる直前に叫んだあの言葉。民衆には、自分たちの最期が迫る時間だと認識させていた。それと同時に、止まっている2分間……時間が止まっているからその概念もややこしいが、体感での2分間を、どうしてもミストガンと言葉を交わしたかったその人物に作ったという意味も込めていた。

 

 

 

 

 

どこか悲しそうな、だが嬉しさも滲み出た笑みを浮かべながら彼の前に現れた、藍色髪の少女に。

 

「やっと、やっと話せるね、ジェラール……」

 

「ウェンディ……!」

 

止まった時の中で動くことのできる最後の一人、ウェンディが儚げにも見える笑顔を深めてミストガン(ジェラール)の名を呼ぶ。彼女にとって彼は親と離れ離れになった時に助けてくれた恩人。言いたいことや、話したいことは多々存在する。

 

「ペルさん、ありがとうございます」

 

「礼なら後でいい。言い残したことがないようにな」

 

最後に言葉を交わす機会を設けてくれたペルセウスに感謝をかけるも、限られた時間を少しでもミストガン(ジェラール)との時間に使ってもらおうと返す。それに「はいっ」と返事をして、再びミストガンへ向き直す。

 

「えっと……言いたいこととか、話したいこととか色々あって、何から言えばいいのか分からなくなっちゃうけど……」

 

あんなに会いたいと思っていた恩人と本当の意味で再会できたというのに、いざ面と向かって堂々と言葉を発することが出来ると思うと、中々言葉が出てこない。少しばかり混乱しかけるウェンディ。だが、意を決して、これだけは絶対に伝えなきゃと決めていた言葉から、まずは伝えることにした。

 

「あの時、私と一緒にいてくれて……ありがとう!私、ジェラールと会えたから、今こうしていられるって思うの!!」

 

母親のような存在だったグランディーネがいなくなって孤独になった日。寂しさから涙を流すことしかできなかったその時声をかけてくれた少年。そしてそれから少しの間ずっと隣にいてくれた。

 

別れは唐突であったが、彼のおかげで化猫の宿(ケット・シェルター)での日々を過ごすことが出来た。シャルルと出会えた。怖い者たちに狙われもしたが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に助けてもらい、そして彼らと共に行く道を歩き始めることが出来た。臆病だった自分が前へ進めるきっかけを得られた。友の故郷を守ることが出来た。

 

それらの出来事全てが、あの日彼に会わなかったら訪れなかったと思うと、もう他の可能性を考えることさえできない。

 

「だからありがとう!私……グランディーネがいなくなったあの時に、初めて会えたのがジェラールで良かった!!」

 

言葉を必死に告げている間に、目元に浮かんできていた涙が彼女の頬を濡らす。だがその口元は心からの感謝を示すように笑顔のまま。何も言葉を発さずに彼女の言葉を聞いていたミストガンにも、つられるように柔らかい笑みが浮かぶ。

 

()()も……君には感謝しているよ」

 

ミストガン……ジェラールにとっても、ウェンディとの出会いによって救われた。何も詳しいことが分からない別の世界。父の凶行を食い止めるために一人そこへと降り立ったジェラールは、実を言うと不安でいっぱいだった。そんな矢先に出会った幼い少女。彼女の穢れを一切知らない無垢な様子に、心細かったジェラールの心は満たされた。世界さえ違う二人であるが、本当の妹のように彼は思っていた。

 

自分と別れた後の彼女が気掛かりじゃなかったと言えば嘘になる。魔導士ギルドに入れたのか、元気でやれているのか、アニマを探して塞いで周る間にも、そんな想いを抱えることが多々あった。だがそんな彼女は今、自分が過ごしてきたギルドにやってきて、そこの家族として、立派に成長を続けている。その事実にも、彼女からかけられた言葉にも、ジェラールはとても嬉しく思った。

 

「ウェンディ。アースランドで初めて会えたのが、君で良かった」

 

柔らかい笑みを浮かべながらそう言ったジェラール。それを聞いたウェンディは、流していた涙を更に溢れ出させながらジェラールに駆け寄り、彼にしがみつくように抱き着いた。唐突な行動にジェラールも驚きを見せるが、拒むことはしない。

 

「私……ずっと、助けられてばかりだったのに、ジェラールに何も返せなくて……」

 

「いいんだ。立派な魔導士になって、この世界のために戦ってくれた。それでもう十分だ」

 

涙を流し、震えた声で、恩返しが何も出来なかったと嘆く彼女に、優しく頭を撫でながら宥めるジェラール。彼からすれば、エドラスの為に仲間たちと共に戦い、父の凶行を止めてくれただけでも、こちらが感謝をしたいぐらいだ。しかし彼女はそう思ってはいないようで、「でも……!」とくぐもった声を漏らす。

 

「……ならば、オレから一つ、頼みを聞いてくれるか?」

 

「……頼み?」

 

そんな彼女にジェラールは敢えてそう言葉を告げた。彼女がどうしても自分への恩を返したいと思っているのなら、自分がアースランドにいる時に頼まれたある一つの項目を、彼女に継いでもらう事が適切と感じた。

 

「シエルの事だ。元々はペルから、自分がいない時にシエルの事をよく見ていてほしいと頼まれていた。今後は君がその役目を担ってほしい」

 

ペルセウスから頼まれていたシエルを見てほしいと言う頼み事。長期の仕事や自身の放浪癖がきっかけでギルドや家を長く空けることも多かったペルセウス。その影響で、弟であるシエルの近くにいられない事が多かったのを気にし、親友であるジェラールに彼の様子が変わりないかを気にかけてもらっていた。

 

「万が一ペルに何かあった時、シエルを支えてあげられるのは、きっと君しかいない」

 

「でも……私の方が、シエルには助けられて……」

 

「何も『強くなって力にならないと』と考える必要はない。君は君のやり方で、ペルやシエル、ギルドのみんなを助けてやってほしい」

 

自分はもうペルセウスの頼みを聞くことも、彼らと共に生きることも出来ないだろう。だがウェンディはきっとこれからも、ギルドの一員として彼らと共に歩み続ける。わざわざ頼まずとも彼女は懸命に生き、彼らを支えられる存在になると思うが、その力に少しでもなれるなら、言葉にして伝えよう。

 

「アースランドで出来た、オレの大切な友人たちを、親友とその家族を、君が守り、支えてくれ。それが何よりの恩返しだ」

 

「……うん、分かった……!!」

 

ジェラールからの頼みをしっかりと耳に拾い、身体を離しながら顔を見上げ、目元の涙を拭い笑顔を向けてしっかりと答えた。そんな彼女を見つめながらジェラールもまた頷き返す。

 

「もう少しで残り10秒だ。そろそろ戻っとけ、ウェンディ」

 

「あ、はい!それじゃあ……」

 

「ああ、元気でな、ウェンディ」

 

止められる時間も残り少ない。ペルセウスが動かないままウェンディに向けてそう告げた。時間が再び動き出した時に元の位置に戻っている必要があるからだ。表情に悲しさを表しながらも、時間が止まった時に立っていた、ナツとガジルの近くへと戻ろうと脚を動かす。

 

「ジェラール!!」

 

だが少し歩いた直後、彼女はジェラールを呼びながら振り向き、最後に伝えるべきと思っていた言葉をかけた。

 

「バイバイ!立派な王様になってね!!」

 

また少しばかり溢れさせた涙。だが輝かしい笑顔を浮かべながら言った彼女の言葉に、ジェラールが返答をする間もなく、元居た場所へと振り向いて駆け出していく。

 

「(ああ。必ず……)」

 

もう呼び掛けても聞こえないだろう少女へ、心の中でその呟きを留め、ジェラールは視線をずっと動かないままだったペルセウスへと向け直した。

 

「君にも伝えなければ。ありがとう、ペル……」

 

その感謝の言葉に、ペルセウスは口元を少し吊り上げて答えるのみにした。

 

 

 

 

5……4……3……2……1……

 

 

 

 

頭の中でそのカウントが聞こえてきたと思いきや、0になるタイミングで聞こえてきたのは周りの民衆の大歓声。その音量に一瞬驚くミストガンであったが、それはアダマスと言う大鎌で止められていた時間停止の効果が切れたことを現していた。現に、瓦礫のてっぺんに刺さっていたはずの大鎌の姿は消えている。

 

時が動き出し、周りの民衆たちは特に違和感を覚えることもないまま、堕天使を討ち果たした英雄へ惜しみない歓声を上げ続ける。だが、このまま時間を過ぎていくと、悪の権化であるペルセウスやナツたちは、後腐れなく元の世界へ戻ることが出来なくなる。いやそもそも、正攻法で戻る方法が、アニマの逆展開の影響で確保が出来ていないことも問題。

 

 

 

 

すると、気絶を装って倒れたままでいたペルセウスの身体が突如光り始めた。

 

「お前、身体が……!?」

 

異様な現象にミストガンが目を見張る。だが、輝き出したのはペルセウスだけではない。

 

「始まったな」

 

「ウェンディ、ミストガンとは話せたのか?」

 

「はい!もう大丈夫です!」

 

時が止まった状態にいたガジルとナツ、そして元の場所に戻り、止まった時間の中でちゃんとミストガンに伝えることを伝え終わったウェンディもまた、その身体から突如光を発し始めていた。

 

「よーし!後はハデに苦しんでやるだけだな!」

 

「バレねーようにしっかりやれよ?ギヒッ」

 

まるでこの現象が来ることを予見していたかのような反応。そしてこの後に起こるであろうことも熟知しているように話している彼らの様子を見て、民衆たちに再び混乱が走る。堕天使、そしてそれに生み出された竜の化身が突如光り始める異様な光景が、何を意味するのか?

 

「こ、これは一体……!?」

 

そしてその異常は、王城でいきさつを見守っていたパンサーリリーとナディ、二人のエクシードにも現れていた。困惑するパンサーリリーに、この状況を理解しているナディが説明を口にする。逆展開させたアニマは()()の魔力をエドラスから消し去る。そしてそれはつまり、体内に魔力を持っているエクシードやアースランドから来た魔導士たちはもれなく……。

 

「みんな、アースランドへ流れるんだ」

 

「何だと!?」

 

正直に言うと、最初はこのアニマの逆展開で自分たちの身に何が起きるのか予想できなかった。だが、ミストガンたちの話を同様に聞いていたペルセウスは一つの可能性を考えた。もしかしたら、と。だがそれに確信を抱くことは出来ず、本来仮説を立てることに向いている弟に、自分の考えを伝えていた。

 

魔力をアースランドに流すアニマの逆展開によって、自分たちはどうなるのか。魔力だけが抜き取られるのか、それとも魔力ごと自分たちも流れるのか。

 

『お前はどっちだと思う?』

 

『……。初めて俺たちが見たアニマは、マグノリアの街や、そこにいる人たち全員を吸収して魔水晶(ラクリマ)に変えていた。で、ミストガンによって、アニマを通って他のみんなは元の形に戻った』

 

数秒ほどの思考、そして並行して自分が持ちうるアニマについての情報を整理。そして、そう長くない時間の間に、シエルは正解を導き出した。

 

『その例の通りなら、俺たち魔導士も、エクシード達も、元のあるべき形のままアースランドに送られるはず。つまり、このまま空にあるアニマを通って、アースランドに帰ると思う』

 

少年の推測を聞いて、ペルセウスは己が抱いた考えに大きな確信を持てた。そしてそれは、その場にいた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちにも同様に。

 

「彼らは自分で気付いた。女王様も多分、分かってらっしゃると思うよ」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

突然身体が光り始める現象は、彼らの推測通り、魔力を持つ者たちすべてに発生していた。エクシード達は勿論、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)と共に王都に辿り着いていたルーシィたちも。

 

「やっぱ読み通りだった。俺たちの身体ごと、アニマは魔力を持つ存在をアースランドへと流そうとしてる」

 

そして、物陰から堕天使ファルシーの騒動を、天候を操って演出していた少年、シエルもまた、その身から光を発し、アニマによって吸い寄せられて、上空へと浮かび始めた。遠くに見える兄ペルセウスや、ナツたちも同様だ。ひとりでに、吸い込まれるように空中を浮かんでいる。

 

「お?おーいルーシィたちー!」

 

「あ、シエル!」

 

「ナツたちは無事か?」

 

「あっちにいるよ。一緒になって浮き始めてる」

 

別の方角に、王都まで来ていたルーシィたちの姿を見つけたシエルが器用に空を泳ぎながら彼らの元へと寄っていく。ドロマ・アニムと対峙していたナツたちがどうなったのかとグレイが問うと、その無事だった姿を指し示して、共に浮き上がっている様子を見せる。

 

そして話は今の状況に移る。魔力を体内に宿した自分たちが上空に吸い込まれている。それはつまり、魔力と言う概念をこのエドラスから徹底的に排出しようとしていることを意味している。これまで彼らの生活を支えてきた魔力が、本当に何もかも失われていくのだ。エドラスで過ごしてきた者たち……もう一つの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとっては、先の見えない不安だらけの事態だろう。

 

「そんな顔するなよ。ギルドってのは、魔力がねーとやっていけねーのか?」

 

迫りくる未知の脅威を想像して、顔を俯かせていく彼らに、空へと流れていくグレイが声をかける。その言葉を聞いたギルドの者たちは、特に彼と同じグレイである一人の青年が反応を見せる。そんな彼らに向けてグレイは、己の右胸に刻まれた妖精の紋章を、右拳でドンと叩くとそれを彼らに向けて突き出して続ける。

 

「仲間がいれば、それがギルドだ!」

 

仲間がいれば。その言葉を聞いて誰よりも反応を示したのは、エドラスのシエルだ。それは自分を犠牲にしてでも国に潜り込んで戦っていた、自分の目を覚まさせた少年と、同じような事を言っていたから。その時の言葉を思い出して、「敵わないな……」と胸中で独り言ち、穏やかな笑みを零す。

 

「ウェンディ、少しついてきてくれるか?」

 

「えっ……?」

 

そんな彼は何かを思ったのか、近くにいた藍色髪の女性の名を呼ぶと、突如そう頼んでくる。少しばかり顔を赤くしながら戸惑うも、エドウェンディは彼の後をついて行った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ぐあああああっ!!おのれぇ!劣等な世界の……愚かな人間風情の、分際でぇえええっ!!!」

 

魔力と共に上空へと投げ出されながらも、苦し気に右手で顔を押さえて、己を打ち倒したエドラスへの恨み節を叫びながらもがくペルセウス。勿論これは本気で苦しんでいるわけではない。アースランドへ魔力が流れていく現象を利用して、堕天使ファルシーが敗れたことでエドラスから出て行くことを演出するための芝居である。堕天使に生み出された僕を演じたナツたちも、各々呻き声を上げたり苦しむように叫んだりして演出している。

 

そしてこの芝居を信じ込み、民衆たちは空に流されていくペルセウスたちが、王子であるミストガンによって倒されたと盛り上がる。ミストガンにとっては、人間であるペルセウスたちまでアニマによってアースランドに流れることは予想外だったようだ。

 

「王子!!」

 

上空から彼に声をかけたのは黒豹のエクシードである彼にとっての恩人、パンサーリリー。魔力を持つエクシードの例に漏れず、ナディと共に空へと流れていく。

 

―――変化に素早く順応する必要なんてありません。もっと、ゆっくりでいいのです。

 

ミストガンがこちらに見上げるのを確認しながら、腕を組んで彼を優しく見下ろし、心の中でそう言葉をかける。すぐに順応しようと急いては、予期せぬ出来事に直面した時に対応できない。だが歩くようなゆっくりとした速さでも、人はその一歩を踏み出せる。未来へと向かって行けるのだ。その意図を読み取れたのか、ミストガンは涙を滲ませて首を縦に少し振る。

 

「きゃああああ!」

 

「ウェンディ、演技はもういいんじゃないかな?」

 

「あっ……そうかな?」

 

ナツたちと共に苦しそうに空に流れる演技を続けていたウェンディの元に、笑みを浮かべながら近づいてそう言ったシエルに気付き、もう十分だと認識した彼女はパッとその演技を中断。他の3人も同様だ。

 

「こんだけやれば十分か」

 

「しっかしペル、気合入ってたなお前~」

 

「凄い演技力だったよ。普段と違い過ぎてちょっと笑いそうになった」

 

「おいおい……」

 

民衆とはほとんど距離も空いただろうし、ミストガン(王子)を讃えることに集中するはずだろう。となればわざわざ演技を続ける必要もなく、普段通りの会話を繰り広げる。

 

「バイバイエドルーシィ!もう一つの妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

「頑張れよ、俺ー!じゃなかった、お前ー!!」

「それとマスター!身体には気を付けてなー!!」

 

「うん!僕さん……じゃなかった、君もねー!!」

「二人で何混乱してんだよ?」

「バイバイ、お姫様!!バイバイ、もう一人のシエル!!」

 

民衆から少し離れたところでこちらを見上げるエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)。こっちの素性を知っている彼らは、各々が別れを悟って腕を振り、こちらに呼びかけてきているのが伝わる。

 

「あっ、シエル、あそこ!!」

 

するとウェンディが何かに気付いてシエルに見えるように指をさす。その視線の先にいたのは、崩壊していない建物の一つの上に乗ってこちらに呼びかける二つの人影。エドラスにおける、シエルとウェンディだ。

 

「ちっちゃいシエルー!約束、守ってくれてありがとう!!」

 

「俺からも!お前のおかげで、本当に大切な事に気付けた!感謝してる!ありがとう、シエル!」

 

声を張ってこちらに大きく手を振りながら届くように呼び掛けるエドウェンディと、彼女のように大振りにはしないものの、こちらに向けて真っすぐ己の心からの想いを伝えてくるエドシエル。王都に向かう前、エドウェンディと約束していた事。エドシエルに、彼女やギルドのみんなが待っていることを伝えてほしい、と言う約束。内容とは随分逸れてしまったが、結果的に、彼がギルドに戻ってくることが決まったことで、彼女の望みは叶えられたと言っていいだろう。

 

「おう!これからはその大切な事、絶対に守って、大事にするんだぞ!!」

 

「今度は離れたらダメですからねー!!」

 

そんな、大人の姿をした自分たちの感謝を聞いた二人は、笑顔を浮かべながら負けじと声を張って返事を告げる。今度こそは、家族を悲しませるようなことをしない。それを胸に刻んでもらうため、そう呼びかけた子供たちの言葉に、エドシエルは少し困ったような、だが決心した表情でその意思を表明する。

 

「みんなぁ!またね~!」

 

「何言ってんの。もう会えないのよ、二度と」

 

だんだん自分たちのいる位置が高くなり、別れが近づいていることを察したハッピーが大きく手を振りながら地上にいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)に呼びかける。だが、隣にいるシャルルが告げた言葉に、彼は絶句する。隣り合うとはいえ別世界。アニマはエドラスからの魔法であり、魔力が無くなると言う事は世界を跨ぐ移動魔法もなくなるという事。

 

それが意味するのは、二度とエドラスに住む者たちと会うことが出来ないと言う事実だ。それを理解したハッピーは、一気に両目に涙を浮かべて先程よりも声も手も大きくして向き直す。

 

「うわぁーん!バイバ~イ!!」

 

「だらしないわね。泣くんじゃないわよ……」

 

そんなハッピーへ呆れるように言ったシャルルの両目には、決して隠し切れない涙が浮かんでいた。それが、彼女の明かさない本心を、現わしているかのように。

 

 

 

 

―――さよなら、リリー。ナツ……ウェンディ……ガジル……シエル……。

 

―――そして……一番の親友(ペル)……我が家族(フェアリーテイル)……。

 

もうほとんど小さくなって見え辛くなっているものの、ミストガンはしっかり見届けた。

 

満面の笑みで両手を振って別れを現す火竜の青年。涙に濡れながらも同様に両手を振る天竜の少女。両腕を組んでこちらに笑みを浮かべて流れていく鉄竜の青年。右腕を大きく振って笑顔を浮かべている天候魔法の少年。

 

そして、一番後ろ……高い場所まで行きながらも、人差し指と親指を立てた右手を天に掲げて不敵に笑う、アースランドにおける、一番の親友。彼らは暗雲の中心に開いた穴の中に、魔力と共に吸い込まれていき、そしてこのエドラスから、元の世界へと帰って行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後のエドラスがどうなったのか、それはアースランドにいる者たちには、知る由もない。だが、彼らは知っている。信じてる。

 

この世界の者たちが強く生きていけると。

 

何故なら、大切なものは何かを、誰もが知ってる世界だから。

 

 

「堕天使ファルシーは、この私が倒したぞ!!魔力など無くても……我々人間は、生きていける!!!!」

 

瓦礫の上に立ち、杖を天に掲げ堂々と宣誓を口にする青年。王都に住まう全ての民の歓声を浴びながら、ミストガン改め、エドラス王子ジェラール……否、新エドラス王国国王ジェラールが、ここに帰還と誕生を果たした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

降りしきる雨。黒く染まった天を覆い尽くす雲。とある街の上空を中心として空いたその穴から、白い光を発して異空間を繋ぎ、今、その者たちをここへと送り返した。

 

『うわぁあーーっ!!』

『きゃああーーっ!!』

 

空の穴から無造作に投げ出された8人と2匹の男女。そのままあわや地面と激突しかけたその時一人の少年が「乗雲(クラウィド)ォー!!」と叫ぶと、落下地点の直前に、半径10メートルほどの大きな白い雲を生み出す。それに次々と投げ出された者たちが柔らかい雲に落下し、地面との衝突は何とか避けられる。

 

「うぷ……!」

「はいはい、今解除すっから」

 

その中で唯一気分の悪さを訴えた桜髪の青年の様子を悟り、少年が雲を解除すると、各々は特に障害もなく地面に着地。見慣れた色の木々を目にし、来る前の記憶と同じ経験をしたことからふつふつと待ち望んでいた瞬間が現実になった喜びが溢れ出し始めた。

 

「帰って来たぞーーーっ!!!」

 

無事に全員、自分たちが元居た世界アースランドへの帰還を果たし、真っ先に代表としてナツがその喜びを大きな声で叫ぶ。どうやら今いるのはマグノリア郊外の丘の上のようだ。記憶が正しければ、マグノリアの景色を一望できる場所だったはず。

 

そしてそこに行ってみれば、耳に大鐘楼の鐘の音を感じながら、待ち望んでいたその光景を目に焼き付けられた。

 

「元通りだ!!」

「マグノリアの街も!!」

「全部、全部戻ったんだ!!」

 

エドラスに行く前は、何もかもが抜け落ちた真っ白な空間だった。だがそんな事があった過去など影も形もないと言えるほどに、元に戻っている。一様に喜びを表す一同だったが、同様に帰還を果たしたエルザがそれに待ったをかける。

 

「待て、まだ喜ぶのは早い。人々の安全を確認してから……」

 

「大丈夫だよー!!」

 

しかし、そんなエルザの心配を杞憂と告げる声が、何故か頭上から聞こえてきた。言葉を遮られたエルザ、そしてつられて全員が上を見上げると、彼らは驚愕のあまり言葉を失った。

 

「一足先にアースランドに着いたからね」

「色々飛び回って来たんだ!」

「ギルドも街の人もみんな無事だったよ!」

「みんな魔水晶(ラクリマ)にされてた事すら知らないみたい!」

「アースランドってすげえな!魔力に満ちてる!!」

 

背中から白い翼を一対二枚生やして、空を自由に駆け回りながらこちらに声をかけてくる。言葉を発する二足歩行のネコたち。エドラスにいたはずのエクシード達が、全員もれなくアースランドへと渡っていた。

 

ペルセウスとシエルの推測から、魔力を持っているエクシードもこちらに流れることを聞いていた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちはともかく、ルーシィとグレイ、そしてハッピーとシャルルは開いた口がふさがらなかった。

 

「どーゆーことよ……?何で……何でエクシードがアースランドに!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「冗談じゃないわよ!こいつらは危険!エドラスに返すべきよ!!」

 

地上に降り立ったエクシード達が一様に並んで頭を俯かせる中、シャルルはにべもなくそう言い切った。アニマの逆展開で自分たち同様流され、エドラスに存在するエクスタリアも浮遊島の落下で失われた今、彼らは故郷を失ったも同然だ。ハッピーが宥め、ウェンディが彼らを「許してあげよう?」と宥めるも、彼女の意志は揺らぐことがない。相当エクシードの者たちが許せないのだろう。

 

「石を投げたのは謝るよ」

「ごめんなさい……」

「でもオレたち、帰るところが無いんだ」

「これから改心するよ!」

「もう許して……」

 

「そんな事はどうでもいいの!あんたたちは私に、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を抹殺する“使命”を与えて、アースランドに送り込んだ!!」

 

心から申し訳ないと謝罪を告げるエクシード達。だがシャルルはどうしても許せなかった。生まれた時から刷り込まれた使命によって、彼女は長きにわたって苦しむ結果になった。自らを友と呼んでくれたウェンディを、抹殺の対象に仕立てた。そんな彼女の言葉で、エクシードに与えられた使命について初めて知ったシエルが、目を見開いて驚きを露わにしていた。

 

「そうさ!女王はオイラたちの卵を奪った!!忘れたとは言わせねえ!!かーっ!!」

 

「あなた……」

 

「あ、おじさん!」

 

そんなシャルルの言葉に同意を示したのは、申し訳なさそうにしているエクシード達とはまた別の派閥らしい二人組。エクスタリアの郊外に住んでいた夫婦らしく、ハッピーも顔見知りのようだ。二人組と言っても、同意を示して怒りを表しているのは夫の方である白毛で黒い泥棒髭が特徴な、気難しそうな性格をしたエクシードだ。妻らしき青毛のエクシードは逆にニコニコと穏やかに笑みを浮かべながら夫を宥めている。

 

「けどよぉ……帰れと言われてもなぁ……」

 

シャルルや、彼女に同意した白毛のエクシードの気持ちも分かる。だが、アニマの力でアースランドとエドラスの行き来を可能にしていた為に、そのアニマが失われた今、帰ろうにも帰れない状態だ。どうしたらいいのか、エクシード達が全員戸惑いを現す中、言葉を発し始めたのは、女王であるシャゴットの傍に立つ、長老たちだった。

 

そもそも、エクシードと言う種族は、神や天使と言った超常的な能力を元々持ってはいない。かつては弱い種族として人間に迫害されてきたことがある。それをどうやって神の如き力を持った種族だと誤認させたのか。女王であるシャゴットに備わっている、ある能力が関わっている。

 

シャゴットには“未来予知”の力が生まれつき備わっていた。先に起こる未来を、時には何年も先の事を読み取る力。それによって人が将来死ぬ未来も、見ることが出来た。それを『人間管理』として後付け、女王は人の生死も操る力を持っている、とエドラスの民衆に認識させたのである。

 

そしてそんな彼女の未来予知の力は、6年前に今この時の事を予見していた。正確には、エドラス中の浮遊島が落下し、エクスタリアもエドラスの地上に落ちる光景を見た。今思えば、アニマ逆展開の影響で魔力が失ったことによる自然落下だったのだが、彼らは当時原因を人間だと思っていた。

 

人間と戦争をしても、勝てない事は明白。女王と長老は会議の末、当時卵のままだった100人の子供を()()()計画を立てた。

 

「逃がすだと!!?」

「それじゃあ……!」

 

その言葉に、卵を奪われたと言っていた夫婦が驚愕する。無理もない。この計画はエクスタリアの民にも内密にされて行われたのだから。表向きには異世界の怪物である滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の倒す為の作戦だと。嘘を伝えるのは心苦しかったが、止むを得なかった。『エクスタリアが地に堕ちる』。そのような事を公表できる訳がない。

 

「勿論、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に恨みがあったわけではありません」

 

「分かってます。そう言う“設定”が必要だったって事ですよね」

 

「その事実を知らせてたら、間違いなくエクスタリアは混乱していただろうしね」

 

長老の一人が発したフォローに、その設定の意図を感じていたウェンディ、そしてシエルが納得を見せる。彼らの言う通り、間違いなくパニックになっていただろう。

 

人間たちのアニマを借り、シャゴットたちの作戦は成功した。しかし、たった一つだけ、計算外の事が起きた。

 

「それは……シャルル、あなたの力。あなたには、私と同じような『予言』の力があったのです」

 

「え!?」

 

シャゴットの持つ力をシャルルも持っていた。そのことに大きな衝撃を受ける。しかしそれは、無意識に発動しているようで、本人の記憶を混乱させてしまった。避難させた100人のエクシードの内、()()()()()()だけが。

 

ウェンディに卵の状態で拾われ、化猫の宿(ケット・シェルター)で孵ったシャルルは、その直後にエドラスの断片的な未来を予言してしまった。

 

『全ては王国の為に』

『この世界の魔力は無くなる』

『子供たちは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を倒す為に……』

『それが使命……』

 

それらが最悪の方向に歯車となって噛み合い、『使命』だと勘違いしてしまった。本当に不運に不運が重なり、シャルルは自分の「ありもしない使命」を作り出してしまったのだ。

 

「そんな……!」

 

エクシード全員に、この使命が刷り込まれると、ずっと思っていいた。だが、真実は違った。元々そのような使命はなかったのだ。だから、ハッピーは何も知らず、予知の力を持っていたシャルルだけが、虚偽から生まれた使命を抱えてしまったのだ。

 

そして彼女は思い返す。王城の中に、地下の坑道を経由して侵入しようとした時を。あれは断片的に情報が送られてきていると思っていたが、事実はシャルルのみが読み取った予言。そして同様の力を持っていたシャゴットが、同じように予言で彼らの動きを察知し、王国軍に知らせた、と言う事だろう。

 

「ぼきゅたちは、君が自分の力を知らないのをいい事に、さもぼきゅたちが操ってるように言ってみたんだ……ゴメンね……」

 

「全ては女王様の威厳を演出するための猿芝居。本当に申し訳ない」

 

腕を振り続けながらも涙を流して謝罪を示すナディと、同様に謝罪を告げる、どこか見覚えのある角ばった鼻と髭が特徴的な顔をした甘い声の黄色いエクシード。それに続くように女王は彼女に、俯きながら話を続ける。

 

「たくさんの不運と、民や人間に対する私の虚勢が、あなたを苦しめてしまった。いいえ……6年前、卵を取り上げた全ての家族たちを不幸にしてしまった。だから私は、あなたに剣を渡したのです。悪いのはエクシード全てじゃない。私一人です」

 

俯いたまま話し終えたシャゴットに、シャルルは何も言葉をかけることが出来ない。卵をとられたことでエクスタリアに難色を示していた夫婦も、その話を聞いて、怒るに怒れない、と言いたげだ。

 

「ノォー!メェーン!!」

「それは違いますよ、女王様!!」

「女王様の行動は、全部私たちを思っての事!!」

 

全ての責を自分に集中させるシャゴットに、ナディたちはそれが否であることを伝える。更に、それに続くようにして他のエクシード達も続いていく。

 

「オレたちだって、自分たちの存在を過信してた訳だし……」

「折角アースランドに来たんだからさ!」

「みんなで6年前に避難させた子供たちを探そうよ!!」

「ボクたちにも新しい目標が出来たぞ!!」

「今度は人間と仲良くしよう!!」

「新しい始まりなんだー!!」

 

「ははっ!前向きな奴等だな!」

 

再び背中に翼を生やし、意気揚々と空を羽ばたくエクシード達。力こそなかったかもしれないが、その光景はまさに大勢の天使たちと言えるようなもの。新しく前を向き始めた彼らに、思わずナツを始めとして、一同は笑みがこぼれた。

 

「……いいわ。認めてあげる」

 

「シャルル……!」

 

色々と思う事があったのだろう。あらゆるしがらみを乗り越え、真実を知り、そしてこれから先の事を見据えて進もうとしている彼らに、シャルルも毒気が抜けたようだ。彼女の許しを聞いて、シャゴットが心底嬉しそうに涙に濡れながらも笑みを浮かべている。

 

その光景を見て笑みを浮かべていたのは、彼女の相棒であるウェンディ、そしてその近くに立っている少年シエルも同様だった。

 

「でも、何で私にあんたと同じ力がある訳?」

 

シャルルが感じた疑問。当然と言えばそうだろう。だが、少なくともシエルはその真相もある程度予測していた。シャゴットの容姿は、尋ねた本人であるシャルルによく似ている。毛色も同じで、シャルルが成長すればシャゴットのような美しい見た目になると確信できる。極めつけには、彼女と同じ予知の能力だ。

 

 

 

間違いない。女王シャゴットは、シャルルの実の母親。つまり、遺伝によって予知の能力を身につけたのだ。

 

『私は女王(クイーン)シャゴットの娘。エクスタリア王女・シャルルであるぞ』

 

「(あの時のハッタリが、まさか真実になるなんてなぁ)」

 

シエルは一人その時のシャルルを思い出し、そしてこの後に明かされる更なるシャルルの衝撃の真実を聞いた彼女の反応を予測して、思わずほくそ笑んだ。きっと、今まで以上の驚きを現すことは間違いない。

 

 

 

 

「ど、どうしてかしらね……?」

「ゴホッゴホッ!」

「まあ、その……」

「いい天気~」

「お腹空いたのぅ……」

 

「何か怪しいわね……」

 

「誤魔化すの下手くそかっ!!?」

 

かと思いきやここまで来ておいてとぼけおった。あからさまにシャルルから視線を逸らして惚けるシャゴットに、長老たちまであからさまに誤魔化そうと咳き込んだり変なポーズをとったりと、誰がどう見ても何か知ってます、と言いたげな反応である。シャルルも目を細めて訝しんでいるが、気付く様子はない。

 

予想だにしなかった行動をとった一同に、逆にシエルが驚かされて目が飛び出る程に見開いて叫んだ。ウェンディも気付いているらしく、シエルも含めた一同を見て苦笑いを浮かべてる。

 

更に言えば、ハッピーと泥棒髭を持った白毛のエクシードがシャルルとシャゴットがどこか似てるような、と言った会話をしているが、その動きは妙にシンクロしている。白毛の夫の配偶者である青毛のエクシードの存在も相まって、彼らもハッピーの両親と思われるのだが、本人は一切気付く様子がない。子世代のエクシード……鈍感過ぎでは……?

 

「取り敢えず、無事に終わってよかったな!」

「はい!」

「おい、うつってんぞ、ナツ!」

「そーゆーグレイもな」

「ペルさんもですよ~」

 

難しい話はほとんど聞き流していたが、とにかく解決したと認識したナツがナディにそう声をかける。ナディがずっと腕を振り続けている癖がうつったのか、彼も右腕をずっと振り続けたまま。

 

そんなナツに注意したグレイも、グレイに注意したペルセウスも、一様に右腕を上下に振り続け始めた。流行し出したようだ。ルーシィも今にやりだしそうである。

 

その合間に先程の甘い声をしたエクシードが、エルザを気に入ったのか「もっとあなたの香り(パルファム)を……!」と言いながら寄っている。やっぱりあいつ、どこかで見たような……?そしてその後、エルザに殴り飛ばされた。

 

「そうだ。一つ、聞きたいことがあったんだけど……」

 

ふと、シエルが空を飛んでいるエクシードたちに問いかける。一体何だろう?エクシードたちも近くにいたウェンディたちも、気になって彼の方へと視線を向けると……。

 

 

 

「『石を投げたのは謝るよ』って聞こえたんだけど……詳しくその話を聞かせてくれないかな?」

 

『ヒィイイイッ!!?』

 

「わぁーー!!違うのシエル!あ、えっと、違わないけどそれはもういいのー!!」

 

エクシード達が一様に恐怖に引き攣ってしまうような反応を見せる程に、とてつもない殺気を込めた声と表情(顔はウェンディたちからは見えない)を向けて尋問を始めようとするシエル。流しかけていた彼らの一言をしっかりと覚えていたようだ。恐ろしい。そんなシエルを、色々と察したウェンディが止めようと必死になるのも無理はなかった。

 

「何だか……色々とあほらしくなってきたわ……」

 

あんまりにもシエルが殺意を漲らせるものだから、自分が抱えていたあれやこれやが何だか萎んでいく感覚を覚え、シャルルは溜息混じりに呟いた。

 

エクシード達はとりあえず、この近くに拠点を作ってそこに住むようだ。マグノリアの郊外ではあるが、いつでも日帰りで会える距離。ウェンディが嬉しそうにシャルルに告げると、シャゴットがシャルルを愛おしそうに抱きしめる。どうして自分が母親であるかを名乗り出ないかは定かじゃないが、きっと言える日が来るだろう。

 

ハッピーも、自分の両親としばし話をした後、その両親が感涙を流し出したり、直後に父親と思しき白毛のエクシードに追い回されたりと、最後まで賑やかだった。

 

そして、一旦の別れの時。拠点となりそうな広い場所を探す為、エクシード達が空を飛び立ち離れていく。

 

「みなさん、本当にありがとう!」

「また会いましょー!」

「元気でねー!」

 

「おーうまたなー!」

「またねー!」

「取り敢えずバイバーイ!」

「頑張れよー!」

 

各々、手を振りながら別れの挨拶を叫び、遥か先に行って見えなくなるまで彼らはずっと見送っていた。そして、全員がその姿を見えなくなるまで見送った後、自分たちもそろそろ動き始めた。

 

「おーし!オレたちもギルドに戻ろうぜ!」

 

「みんなにどうやって報告しよう」

 

「いや、みんな気付いてねえんだろ?今回の件」

 

「しかし、ミストガンの事だけは黙っておけんぞ」

 

「あいつの事なら、俺からマスターに追って伝えておくよ」

 

エドラスの事に関して一切気付いていないはずのギルドの家族に、どう話すべきか悩む一同。会話の内容は真面目だが、話をしている全員がもれなく右手を上下に振り続けているので、傍から見れば異様の一言だ。

 

「みんな……手……」

 

「すっかり浸透しちゃってる……」

 

言わずもがな、年少組二人に呆れた視線を向けられるのも、無理はないだろう。

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

 

「どしたのガジルー?お前もやってみなよー!」

 

「楽しいですよ?」

 

「それに価値があるならな!!」

 

すると、これまで一切会話に混ざらなかったガジルが声を発する。そんな彼に、やっぱり真似したかったのか、年少組二人も右腕を振りながらガジルを勧誘してくるが、当然ながら断った。と言うか価値があるならやるのか?これ。

 

「リリーはどこだ!?パンサーリリーの姿がどこにもねえ!!」

 

「リリー?」

「あのごっついエクシードの事よ!」

 

そう言えば。エクシード達は全員新天地を探して飛び立ったと思っていたが、今に至るまで他とは一線を画す黒豹のエクシード、パンサーリリーの姿が見ていない。彼も確かアニマに吸い込まれたからアースランドに来ているはずだが……。

 

「オレならここにいる」

 

噂をすれば影。成人男性と同じ声と共に、重厚感を感じさせる足音と水飛沫を上げて、そのエクシードは姿を現した。右目に傷をつけた黒豹のような……

 

 

 

 

 

記憶と違ってハッピーたちと同じ頭身にまで縮んでいるエクシードの姿を。

 

『小っちゃ!!?』

 

「随分可愛くなったね……」

 

「どうやら、アースランドとオレの体格は合わなかったらしいな」

 

下手をすればこの場にいる誰よりもガタイがよかったはずのパンサーリリーが、ハッピーたちと同じサイズにまで縮んでいたことに、やはりと言うか驚きの方が勝つ。ハッピーが呆然としながら呟くと、何事もないかのようにそう言葉を発する。結構問題がありそうなものだが……。

 

「あんた、体何ともないの……?」

 

「今のところはな」

 

どうやら現状では彼自身の身体に変化が起きたのは頭身だけらしい。だが声だけはガタイがデカかった時の渋い男性のままだ。正直違和感を感じはするが、順応性の高いギルドだ。じきに慣れるだろう。

 

「オレは、王子が世話になったギルドに入りてぇ。約束通り、入れてくれるんだろうな?ガジル」

 

エドラスにおいて激突し、ギルドに連れて帰ると公言していたガジル。問いかけられたガジルは一度エルザに目を向けると、許可が下りたのか彼女は首肯する。そしてそれを確認して「ギヒッ」と笑みを浮かべたと思いきや。

 

「勿論だぜ!!相棒(オレのネコ)!!!」

 

「うわ!泣いた!!」

 

いつものキャラが崩壊するほどに感涙に咽び泣きながらリリーを思いきり抱き締めた。よっぽど嬉しかったんだろう。相棒であるエクシードの存在が出来たことが。

 

「ところで、おまえさっきから何持ってんだ?」

 

すると、先程からリリーが左手で持っているロープが気になったペルセウスが彼に尋ねると「おお、そうだった」と彼は思い出したように話し出す。

 

「実は先程、怪しい奴を捕まえたんだ」

 

「おおっ!早速手柄か!!さすがオレのネコ!!」

 

何だかガジル、将来子供が出来たら親バカになりそうだ。などと現実逃避染みた思考を一瞬していたが……次の瞬間、それはすべて吹き飛んだ。

 

「来い」

 

「ちょ、ちょっと……!!」

 

リリーの持つロープに引っ張られているらしい人物。その人物の声を聞いた瞬間、シエルは、記憶の奥底を叩かれたかのような既視感を覚えた。恐らくは、ペルセウスも同様に。

 

「私……別に、怪しくなんか……きゃっ!!」

 

ロープが繋がった先、茂みの向こうから引っ張り出されたその人物の姿を見て、ほぼ全員が絶句した。その人物は、白銀のショートヘア。上げた顔に映っていた瞳の色は青。今のナツたちと、同い年ぐらいに見られる少女だ。だが……。

 

 

 

 

「私も、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだけど……!!」

 

 

両手を拘束された状態で出てきたその少女を、自分たちは、よく知っていた。

 

 

 

 

 

 

「「リサーナ……!?」」

 

ナツとペルセウスが告げたその名は、二年前に死んだはずの少女のものだった。




次回予告

夢を見る。あの頃の、幸せなひと時の事を……。

夢を見る。その記憶が、泡の中に移った記憶が、手から零れ落ちていくのを……。

輝かしい彼女の笑顔の記憶も。

それを失った絶望と喪失感も。

掴みたくて、離したくなくて、それでも嘲笑うように、映った水泡は流れて消えていく……。




どこまでも沈んでいきそうだった自分に……。

突如、自分を呼ぶ声と共に、上から差し伸ばされた手。

深い底へと引きずりこもうとする引力に抗い、自分は必死に、その手を取った。



次回『リサーナ』

自分を掴んだその手の主。自分を引き上げたその者は……。


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第102話 リサーナ

皆さん、拙い作者の我儘、及び不甲斐なさ故に、お待たせしてしまい、そしてご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。

これを書いている間、作中の展開に涙し、行き詰まった現状にも涙し、中々先に進めない自分の不甲斐なさにも涙し、ついでに思いついても多忙を極めた仕事にも涙して、散々な目に遭いましたがようやく……ようやく書き切りました!!

これにてエドラス編は終了。
来週は一話だけ番外。次に幕間章とかキャラ設定更新。それらが終わってから次章天狼島編突入となります。
リアル事情で色々な事が前後することもあるかもしれません。その時は追ってご連絡いたします。


まるで、時が止まったような感覚だった。

 

「ちょ、ちょっと……!!私……別に、怪しくなんか……きゃっ!!」

 

二頭身にまで縮んだ黒ネコが、捕えたと称して引っ張った縄の先。両手首を手錠のように縛られて拘束されながら、茂みから飛び出す形で連れてこられたその少女の姿を見た瞬間、呼吸の仕方さえ忘れるほどの衝撃を、彼らは受けることになった。

 

「私も、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだけど……!!」

 

首元まで伸ばされた、サラサラの銀髪。アクアマリンを彷彿とさせる奇麗な青い瞳。快活な印象が与えられる、幼さがまだ少し抜けてはいないが、大半の男たちが振り向くであろう可愛らしい顔立ち。

 

その少女の事を、ナツは、ペルセウスは、そして昔からギルドにいる者たちはみんな知っている。

 

「「リサーナ……!?」」

 

リサーナ・ストラウス。

その名を呟いたのは、ナツとペルセウス。特に彼女と親交が深かった者たち。だが、本来であれば、この場にいることなどあり得ない。

 

 

 

何故なら彼女は……ちょうど二年前に、この世を去っているはずなのだから……。

 

「何なのこのネコ!!てか、エクシード!?」

 

「パンサーリリーだ」

「何だぁ?てめえ、オレのネコにケチつけようってのか?アア!?」

 

有無も言わさず自分を引っ張ったリリーに苦言を呈す少女に対して、妙にケンカ腰のガジルが詰め寄る。だが、傍目から見ているシエルたちは、そんなガジルの姿に意識を向ける余裕すらない。

 

「何で、リサーナが……!?」

 

「どう言う事……!?」

 

「そんな、まさか……!」

 

「リサーナ!?」

 

シエルにハッピー、グレイやエルザも、思いもよらない人物の登場に動揺を隠せない。昔からの彼女を知っているのなら、尚更。

 

「リサーナってミラさんたちの妹よね?でも確か……!」

 

「まさか、エドラスのリサーナが……!」

 

「こっちに来ちゃったってこと!?」

 

彼女と面識がないルーシィたちもまた衝撃を受けている。ウェンディとシャルルは、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にリサーナがいたことを知っていることから、エドラスにいた方の彼女ではないのかと考えた。だが、魔力を体内に持たないエドラスの者が、アニマの逆展開に吸い込まれるはあり得ないはず。

 

衝撃で固まっている彼らの存在に気付いた当のリサーナは、その視線の先、一番近くにいた桜髪の青年の姿を目に移すと、目を見開いて少しばかり硬直。互いに何も行動を起こさないままだった膠着状態を、リサーナが最初に破った。

 

「ナツー!!!」

 

両手を縛られている状態のままなど気にせず、足を動かして飛び込むように彼に抱き着き、ナツと共に再び地面へと倒れこむ。抱き着かれた方のナツは衝撃で痛そうな声を出していたがそれも一瞬。

 

「また……会えた……!!()()のナツに……!!!」

 

地面に仰向けになったナツの目に映った、こちらを見下ろすリサーナ。両目から涙を溢れさせて呟いたその言葉の意味を、ナツはどこか察したのか、言葉を失って彼女の顔を見ている。

 

「ハッピー!!私よ!リサーナよー!!」

 

次にハッピーの元へと駆け寄って彼を抱きかかえ、彼の顔に頬ずりし始める。かなりの力でされているため若干苦しそうだ。あまりの勢いに繋がったままの縄を持ったままのリリーが憔悴している。

 

「シエルも久しぶりだね!!その頬、ギルドに入れたんでしょ?良かったね!!背も少し伸びたんじゃない!?」

 

ハッピーへの頬ずりを続けながらも、シエルへと目を移した彼女が少年の左頬に入ったギルドマークを見て自分の事のように喜びを表す。先程のナツたちへの言葉も含めて、シエルが何かに気付いたように衝撃を受けたような表情を次々と浮かべている。

 

「グレイとエルザも久しぶり!!うわぁ!懐かしいなぁ~!!」

 

シエルから更にグレイとエルザへと視線を移し、昔を懐かしむように笑みを浮かべる。今だ茫然としている二人に気付くことなく、彼女の意識は更に別の方……ルーシィやウェンディたちへと向く。

 

「その子たちはギルドの新しいメンバーかしら?()()()ウェンディと……もしかしてルーシィ?」

 

「おい、ちょっと待て!」

 

今年に入ってから加わった少女たちの姿を見て、エドラスにいた者たちを思い出しながら口に出した名前で、彼女たちの名を当てていく。先程からの様子をただ固まってみているばかりであった一同の中で、ようやく混乱から戻ってきて彼女を止めたのは、ペルセウス。

 

「ま、まさか……お前……

 

 

 

 

 

 

アースランド(こっち)のリサーナ、か……!?」

 

この場にいる中で、誰よりも混乱を表に出しながら、彼女に指をさし、震えた声でそう尋ねた。アースランドの……元々こちらの世界で生まれ育ち、そして死んだはずのリサーナ。その本人だと言うのか?と、未だ受け止めきれない答えを確認するために。

 

 

 

「うん……そうだよ、()()……」

 

涙を浮かべてはにかみながら、そう答えた彼女の言葉……正確には、己を呼んだその愛称を耳にして、彼は確信した。そうだ……間違いない……。何故ならその呼び方は……。

 

 

 

 

『ペルー!!ねえ!待って!待ってってば、ペルー!!』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に連れられ、そのギルドの魔導士となったペルセウス。途中やたらと勝負を吹っかける少年(ナツ)のせいで大幅に時間を食ってしまったが、早速依頼を受注して依頼先に向かおうとしていた矢先。聞き慣れない呼び名を叫びながらこちらを追いかけて呼びかける少女が駆け寄ってきていた。このまま無視し続けてもよかったのだが、どうにも気になる部分があったために、彼は立ち止まって振り向きながら尋ねた。

 

『おい。まさか、()()ってのは俺の事言ってるのか?』

 

『そーだよ!やっと止まってくれたー!!』

 

『俺、一応ペル()()()ってのが名前なんだけど……』

 

『うん、だから“ペル”!!』

 

どこか不機嫌な様子である事を主張するように顔をしかめながら振り向いて尋ねたペルセウスに、反応を示してくれたことが嬉しかったのか元気よく少女は答える。この頃の、まだ来たばかりで警戒心が抜けていないペルセウスは、屈託のない笑顔で言い切ったリサーナに対しても、どこか素っ気ない態度で邪険に扱っていた。

 

だが反応は見ての通り。話を聞いているのかいないのか分からないほど、清々しい笑顔を浮かべて返事をする少女に、しかめていた彼の表情がさらに億劫そうに歪む。

 

『誰もそう呼んでくれって言ってないのに、何勝手に短くしてんだよ』

 

『だって、ペルセ……ペルス?ペルソース、って呼びづらいもん』

 

『ソース言うな!!』

 

そんなに言いづらいうえに覚えにくい名前だろうか、自分の名前は。だがそれにしたってソースはないだろう。色んな意味で。思わず心の中の声が口から叫び声になってしまうぐらいの衝撃を受けながら、若干の怒りを表に出しても彼女は一切怯む様子がない。呼びづらいと言う言葉で浮かべた困ったような顔のままである。

 

『それに……ペルとは仲良くなりたいから、呼び方を変えたらなれると思って』

 

『……はあ?』

 

少しばかり顔を俯かせながら呟いた言葉に、少年は理解が出来なかった。仲良くなりたい?今日来たばかりの新人であり、つい先程ギルドメンバーを(向こうが攻撃を仕掛けたとはいえ)吹き飛ばしてきた自分と?

 

ギルドと言う場所に、いい思い出を抱えていないペルセウスにとって、彼女の言葉はまるで別世界での話のようにも聞こえた。だが、そんな彼にはお構いなしと言わんばかりにリサーナは続ける。

 

『えっとね?何でかは分かんないんだけど、さっきペルを見た時、何と言うか……放っておけないなぁって思ったの。どこか、雰囲気?みたいなものが、何だかミラ姉みたいだなって』

 

『ミラ、姉……?お前姉貴がいるのか?』

 

『うん!あとエルフ兄ちゃんも!』

 

血の繋がった姉や兄。その存在がいると聞いたペルセウスは、彼女が自分に感じたものを、何となく察せたような気がした。既視感。自分の姉の……下の弟妹(きょうだい)がいる者としての雰囲気を、自分にも感じたのだろう。彼にも弟が……己の命よりも大事な存在がいるから。

 

そしてそんな彼が、まるでこの世の全てに絶望をしているかのような表情を浮かべていたことで、放っておけないと感じた、と言うところか。

 

『別に俺は、誰かと仲良くしたいと思わない。お前も俺なんかに構う必要なんかねえぞ』

 

『“お前”じゃなくて、リサーナだよ!それに、そんな悲しい事言っちゃダメだよ!!』

 

『悲しい……?』

 

理由を聞いても素っ気なく返し、踵を返して依頼に向かおうとしていた彼の歩を、またも彼女の予想外の言葉が引き留めた。態度自体は、名前で呼んでくれない彼に対して拗ねたかのような口ぶりだったが、彼女が言った自分の言葉に対する『悲しい』と言う例え方が、何故だか妙に気になった。

 

『マスターが言ってた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、血が繋がってなくても、みんな家族みたいな存在なんだって。ミラ姉たちだけじゃなくて、ナツとハッピーや、グレイや、エルザも、みんな家族のように思うから、仲良くしてると嬉しいって!』

 

ギルドは家族。そう言えば、そのような言葉をマスター・マカロフも自分に言っていた気がする。自分にとっての家族は弟一人しかいないと考えていた自分にとっては、考えられないような言葉だった。しかしあの老人も、目の前の少女も、恐らくあのギルドにいる者たちのほぼ全員が同じ意見を持っているのだろう。

 

『だからね、ペルももう、私たちの家族なの!仲良くしないと……ううん、仲良くしたいって、私は思ってる!!きっと、ナツも同じだと思うよ!』

 

『あいつ、いきなり勝負吹っかけてきたけど?』

 

『あれがナツなりの仲良しのなり方なの。グレイともケンカしたり、エルザやギルダーツにも勝負を挑んで負けたりしてるし』

 

『それ、ホントに仲良しになれてんのかよ?』

 

『ケンカするほど仲がいいって言うでしょ?』

 

有無を言わさず勝負を挑んできたナツの様子を思い出しながら、若干呆れも混じった困惑の表情を浮かべて聞くと、さっきとはまた打って変わって笑顔を浮かべながらリサーナは答える。コロコロとよく表情が変わるな、と思いながらペルセウスは溜息を吐きそうになるほど脱力した気持ちになった。

 

『ペルも多分、前にいたところで、辛いことがたくさんあったんだよね?』

 

そこへ思わぬ言葉をかけられたことで、気付けば目を見開いて彼女の顔に再び目を移す。浮かべていたのは、悲しみを抱えたような笑み。

 

『何となく、分かるんだ。私たちも、そうだったから……』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に魔導士として属する子供たちは、大抵過去に居場所を失ったか、あるいは言葉にするのも憚れるような環境下だったことがほとんどだ。後に目の前の彼女も、親を早くに亡くし、兄弟姉妹(きょうだい)共々村を追い出された過去がある事を知る。すぐに立ち直るのは、前を向くのは難しいだろう。だがそれでも、彼女は願う。

 

『でも私たちは、ここに来れたから、今はすっごく楽しいんだ!だからペルも、ここが楽しい場所と思ってくれるように、みんなの事を家族と思って、仲良くなってくれると、嬉しい!!』

 

今日初めて会った、言ってしまえば赤の他人。いくらギルドのメンバーに加わったとは言え、会ったばかりの自分に対して、輝かしい程の笑顔を浮かべながら言い切ったリサーナ。その笑顔を見たペルセウスは、そんな彼女の笑顔からしばらく目を離せなかった。理由は分からない。何もかもが劇的に変化した環境。その環境の違いさえ、以前の環境とは正反対な人格を持った人間を生み出す理由となるのか。

 

そしてしばらくし、一切の言葉を失っていた少年は、何も言わずに彼女から背を向けて歩を進め出した。

 

『え!?ちょ、ちょっと!!?』

 

しばらく無言でこっちを見つめていたと思いきや、何も言わずにそのまま立ち去ろうとする少年に、驚愕と共に呼び止めようとする。だが、足を止めないままではあるが、背後にいる彼女に向けて少年は言葉を返した。

 

『そろそろ行かねえと遅れるからな。帰ってから、仲良くするかどうか考えとくよ、“リサーナ”』

 

それを聞いて、慌てて呼び止めようとしていたリサーナの表情が、見る見るうちに輝くものを見るかのように笑顔になる。距離を縮められただろうか。いつかは、彼が抱えている闇も払って、家族として接し合えるようになりたいと、彼女は切に願った。

 

『うん!ペル!行ってらっしゃーい!!』

 

大きく手を振りながら大声で彼を見送るリサーナに、ペルセウスは今度は言葉ではなく、彼女にも見えるように片手をひらひらと振って答えた。

 

 

 

 

「リサーナ……本当に、お前……!!」

 

ペル。彼の事をそう呼び始めたのは、リサーナが最初だった。きっかけは些細な事。それが徐々にギルドで浸透し、誰もがペルセウスの事をそう呼んでいた。エドラスではマスターを務めている為に、仮に向こうの彼女だとしても“ペル”とは呼ばない。故に確定していた。彼女が紛れもなく、自分たちが知ってるリサーナであることが。

 

「生き返ったのかー!!?」

「わーい!!」

 

「ま、待て!!お前は2年前……死んだはずだ!生き返るなどあり得ん!!」

 

ペルセウスだけでなく、仲間たちも各々驚愕の反応を示す中、ナツとハッピーが涙を流しながら彼女の元へと喜びながら飛び込もうとする。が、エルザがそれを襟首を掴んで制止し、リサーナに視線を向けながら尋ねた。そうだ。人が蘇生する方法は、魔法がありふれたこの世界においても、理論上に存在はしても、禁忌とされている。決して犯してはならない魔法だ。

 

「私……死んでなんかなかったの」

 

だがリサーナから語られたのは、彼らが知るものとは全く異なる事実。彼らの知ってる彼女の顛末は、2年前に仕事先で暴走に陥ってしまったエルフマンを止めようとしたリサーナがその攻撃を喰らい、そのダメージが元で息絶え、亡骸さえ残らないまま粒子となって空へと消えて行った。

 

 

だが、彼女はまだその時、生きていたのだ。正確にはその時意識を失い、偶然仕事先に、アースランドにいくつもあった小さいアニマの一つに吸い込まれ、そのままエドラスへと流れついた。

 

「アニマに!?だとしたら、尚の事おかしいだろ!アニマに吸い込まれたのなら、エドラスで魔水晶(ラクリマ)に変えられるはず!!」

 

リサーナがアニマに吸い込まれたのではないかと言った直後、それに対して疑問と否定を告げるペルセウス。彼はミストガンから聞いていた。アニマと言う魔法を使い、アースランドの人間を魔力へと変えて、形の無い物に使おうとしていることを。魔水晶(ラクリマ)にされ、魔力として使われれば、二度と元の形に戻る事なく消えてしまう。ミストガンからその話を聞いていたペルセウスは、その時悟っていた。

 

「リサーナがエドラスによって奪われ、魔力として使用されて消滅してしまった」のだと。

 

「あれ?けどペルさん!アニマを()()()()魔水晶(ラクリマ)にされるなら、ナツやシエルたちも通ったり、あたしたちもミストガンに送られたりした時点で、魔水晶(ラクリマ)にされるはずじゃ……!?」

 

「っ……!!?」

 

だが、彼の話を聞いて妙な点に気付いたルーシィがその事を知らせると、ペルセウスもその事実に気が付いた。魔水晶(ラクリマ)にされたのは、あくまでアニマを開くと同時に魔力を吸収すると言う性質を王国側が使った時、その対象となっていたマグノリアやその住人達。

 

だがアニマを使ったことで出来た、アニマの残痕から世界を渡った際は、魔力になることなく、元の形を維持できていた。もしその違いが、リサーナの時にも適用されていたら?

 

「ルーシィの言う通り。私が通ったのは、アニマの()()()()だと思う」

 

エドラスに渡っても、元の形のままでいることが出来たリサーナ。目を覚ました時には混乱ばかりだったらしい。何もかもが変貌している異世界に、自分一人だけが倒れていたことに。

 

更に近くを歩いていると、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を見つけて、より驚いたそうだ。雰囲気が大分違ってはいたが、彼女の知る者たちがそこにはいた。そしてギルドのメンバーは、自分の姿を見るなり大層驚き、そして一時の静寂の後、喜びで盛り上がった。

 

『リサーナが生きてたよ、姉ちゃん!!』

『よくあの高さから落ちて……私もうダメかと……!!』

 

雰囲気の違う兄や姉が、知ってる者たちも、知らない者たちも、一様に自分の無事を喜んでいる様子を見て、リサーナは察した。エドラスに元からいたリサーナは、彼らの知る本当のリサーナは、もうこの世にいないのだと。

 

涙を流して「もうどこにも行かないで」と自分を抱きしめるもう一人の姉と兄の姿を見て、彼女は本当のことを言えなくなった。右も左も分からない中で、帰る手段も分からない。それに今言ってしまうと、きっと彼らを傷つけてしまう。だから彼女は決心した。エドラスのリサーナのフリをして、生きていくことを。

 

最初は戸惑ったが、記憶が混乱していることにし、少しずつエドラスの事について学び、ギルドに合わせて、自分の魔法を隠して、エドラスでの生活にも慣れてきていた。

 

「そして2年が過ぎ……6日前……アースランドのナツとハッピー、そしてシエルがやって来た」

 

「あ、あの時……!!」

 

仲間を取り戻すためにエドラスへと降り立ち、手掛かりを探す道中で見つけた、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)。リサーナの姿を見つけて涙が浮かび、ナツとハッピーが飛び込みに行ってエドルーシィに纏めて蹴り飛ばされた時。彼女は気付いていたのだ。自分がよく知るナツとその相棒。そしてもう一人、弟のように接してきた少年が、その場に来ていたことを。

 

「何であん時本当の事言わなかったんだよ!!?」

 

「……言えなかったんだ……」

 

慟哭のように叫んだナツの言葉に、俯きながら彼女は答える。言えなかった。言えるわけがなかった。あの時の胸の痛みを、彼女はよく覚えている。

 

『その事も含めて話すよ。みんなにも。俺たちの事…そしてここにいるナツの事も…』

『シエル…。それが君の名前…ですよね?』

『それでも行かなきゃならねぇんだ!仲間が待ってる!』

『仲間や家族を見殺しにするくらいなら、俺は死ぬことを選ぶよ』

 

アースランドから来たと言うナツたち。それが、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)と話をしている中、遠巻きに見ていた彼女の半信半疑だったその推測を確定させてしまい、彼らに気付かれずにギルドの外へと出た。出たことにアースランドの魔導士で気付いたのはナツだけ。しかしそれ以上深く踏み込もうとはしなかった。

 

『(ナツだ……!私の知ってるナツとハッピー……シエルもいた……!!)』

 

扉の前で、声が漏れないように口元を手で覆い、溢れ出てくる涙をこらえようと歯を食いしばる。バレてはいけない。彼らにだけは、決して。気付かれれば、この世界の姉と兄はまた悲しんでしまう。もう、二度とそんな事、させたくない。

 

『(こらえなきゃ……!私はエドラスで生きていくんだ!!)』

 

昔からの家族の元に、生まれ故郷に、帰りたいという本音を押し殺す。それによって張り裂けそうになっている心にも、見てみぬフリで蓋をする。もう決めたのだから。考えてはいけない。そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

だが、彼女のそんな決心は、意外な形で打ち砕かれることになった。

 

アニマの逆展開。魔力をアースランドへと流し、魔力を持つアースランドの魔導士やエクシードも、そのままアースランドへと吸い込まれていったあの時。元々はアースランドから来たリサーナもまた、その対象となっていた。その証拠を示す体の発光。周りの仲間たちの混乱とどよめきを受ける中、必死に弁明しようとするも、そのまま宙へと浮かび上がってしまう。

 

そんな彼女の手を優しく掴み、彼女の上昇を止めながら、エドラスのミラジェーンは涙を浮かべながらも優しく微笑んでいた。

 

『いいの。分かっていたから……』

 

その言葉を聞き、リサーナは虚を突かれた。彼らは知ってたのだ。リサーナが、自分たちの本当の妹じゃない事を。本当の自分たちの妹は、あの時に既にいなくなっていて、彼女がそれを知りながら、自分たちの妹として振舞っていてくれていることを。気付いていながらも、言い出せなかったのだ。

 

死んだエドラスのリサーナと同じぐらいに、優しい子。だからこそ、彼女の本当の姉と兄を、これ以上悲しませてはいけない。いつか来ることが分かっていた別れ。これからは、本来の兄弟姉妹(きょうだい)の元で、過ごすべきなのだ。

 

『元の世界に帰るのよ、リサーナ。アースランドの私たちに、よろしくね』

 

その言葉を最後に、彼女はもう一人の妹の手をそっと離す。それによって押さえていた浮遊が再び起こり、リサーナの身体は、元の世界へと繋がる門がある上空へと、流れていく。最後まで笑顔でいようとしていたもう一人の姉が、耐え切れずに泣き崩れ、もう一人の兄に支えられる姿を見ながら、リサーナは手をさし伸ばして、空へと昇って行った。

 

『ミラ姉ぇ~~!!!』

 

 

 

 

 

「そして今……私もアースランドに帰ってきた……。これが、エドラスで私が過ごしてきた、全て……」

 

語り終わったリサーナの話に、全員が言葉を失っていた。

 

死んだと思っていた事故で、奇跡的に彼女は一命をとりとめ、アニマによってエドラスに一時的に移住と言う形となっていた。そして2年もの間、エドラスでのことを学びながら生活していた。

 

そして何の因果か。エドラスが妖精の尻尾(フェアリーテイル)を魔力の元として求めなければ、リサーナがエドラスに流れていたことも、彼女がアースランドに戻る事もなかった。

 

「ごめんね……私、みんなに何て言ったらいいか……」

 

彼女自身も予期できなかった、事故によって起きた事ではあるが、結果的にリサーナはアースランドの故郷を離れて、エドラスで生きていこうとしていた。そう決意した矢先に、アースランドにこうして戻ってきてしまった。

 

「何も言わなくていい」

 

罪悪感を抱えて俯いていたリサーナに、そう言いながら近づいたのはナツ。俯いていた顔を上げて彼女の目に映っていた彼の顔は、笑顔だった。

 

「昔、約束しただろ?お前が消えちまったら、オレが見つけ出してやるって」

 

それはまだ、ペルセウスたちがギルドに来るよりも前の事。森の中で迷子になり、猛獣に囚われたリサーナを助けようとして叶わず、偶然帰ってきたギルダーツが代わりに助けた事があった。

 

ナツはその時、ただただ悔しかった。リサーナを助けるどころか、かっこ悪い姿を見せてしまっていたことに対して。しかし彼女は悔しそうに涙をこらえていたナツに、こう言った。

 

『もしもまた、私が消えてしまうようなことがあったら……ナツが見つけ出してくれる?』

 

「あん時の約束を、オレは果たしただけだ。だからもう、何も言わずに帰ってくりゃいい。あん時みたいに……!」

 

「ナツ……!」

 

笑顔を深めながら、いつもの通り……家族と一緒にいた頃のようにすればいい。そう言ったナツの言葉に、彼女は虚を突かれたように目を見開きながら彼の名を呟いた。

 

そんな彼女の元に、近づいてくる人物が一人。ナツと同様に親交が深かったペルセウス。近づいてくることに気付いたリサーナが名前を呼ぼうとすると、ペルセウスは右手を彼女の額に近づけたと思うと、彼女の額を軽く指で弾いた。俗にいうデコピンで。

 

「痛っ!?」

 

「ったく……前までは図々しくて遠慮もなかった癖に。向こうで気を遣う事でも覚えたか?」

 

「な、何よその言い方ぁ……!!」

 

ペルセウスの感覚では軽くだが、それでも彼女にとっては十分痛いのか、額を押さえて涙目になり、その上彼の言葉に抗議を示す。だが、呆れるような表情で顔を下に向ける彼の言葉は、まだまだ終わらない。

 

「何も言わずにどっか行ったと思ったら、こっちが冷や冷やさせられるような行動を起こしやがって。ナツと揃って橋の宙づりになったり、俺が討伐予定のモンスターに追いかけまわされたりして、何度心臓が止まりそうになったか」

 

「うっ……!」

 

「そのくせ口だけは大人ぶって、ませた態度でミラやエルフマンに何度も小言言わせたり、大人たちをからかったり」

 

「ううっ……!!」

 

「しつこいぐらいに近づいてくるくせに、いざって時には勝手に消えて、俺たちみんなに心配をかけて……どうしてこう……!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

容赦も情けもない口撃の嵐。その一つ一つにリサーナが図星を突かれたように呻くような声をあげ、最後には思わず謝罪の言葉。もう色々と違う意味で心をボコボコにされたかのように泣きそうな顔を浮かべる。

 

だがその後、ペルセウスはリリーに縛られていた彼女の両手首を拘束する縄を簡易的な魔力の刃で斬ってほどき、直後彼女の肩に右手を置いて、そのまま自分の方に引き寄せて抱きしめた。唐突に彼が起こした行動に、驚愕に染めた彼女の顔に熱が集まり、周りもペルセウスの大胆にも見える行動に各々驚愕の反応を見せる。特にルーシィとウェンディはリサーナ以上に顔が真っ赤だ。

 

「生きてて……良かった……!!」

 

右手で頭を、左手で背中を優しく抱えながら、声を少し震わせて出した言葉。それを耳にしたリサーナは、溢れていた涙を更に多くし、またもその頬を雫で濡らす。

 

「もう二度と……帰ってこないと、正直諦めちまった……!けど……心の底から今、嬉しく思ってる俺がいる……!!」

 

自分の顔を見せないように、震えている声に気付かれないように、気丈に振舞っていたペルセウスの仮面が剥がれ落ちる。リサーナと同じようにその頬を濡らし、衝撃と歓喜で打ちひしがれる心が、彼の中に、どこか今までかかっていた暗雲が、彼方へと散って晴れていく。

 

「信じてやれなくてごめん……!よく生きててくれた……!よく、帰ってきてくれた……!!」

 

「帰って、これたんだね……!!ペルが、ナツが、ハッピーもシエルたちもいる、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に……!!」

 

彼らの頬に次々と流れる雫たち。このマグノリア全域に降っている雨とは確実に違う、暖かい雫が流れていき、互いの存在を確かめ合うように、リサーナもペルセウスの背中に手を回す。生きている。あの時に失われたと思っていた、大切な存在が。確かめるように、証明するように、その温もりを実感させてくれる。

 

「(兄さん……本当に良かった……!)」

 

それを後ろから、涙を浮かべて、自分の時よりも嬉しそうに笑みを浮かべながら見ている弟。彼女を失ったあの日から、ショックで塞ぎこみがちだった自分を、兄は自身の傷ついた心にも鞭を打って、弟を励ましてくれた。本当は自分よりも、いや自分の想像よりも大きな傷を負い、その心に影が生じていただろうに。

 

だから今、彼の傷が癒え、闇が払われ、愛していた少女と再会できた兄の姿を、これ以上ない程喜んでいる。それだけで、十分。

 

「シエルはいいの?」

 

が、横からそんなシエルが思いを寄せる少女の声に、思わず声を出して反応を示す。その顔には、シエル同様涙が浮かんでいるが、彼に向けて優しく微笑んでいる。普段であれば見惚れるところだが、今シエルの頭には、先程の彼女の言葉の意味を理解することでいっぱいだ。

 

「リサーナさんに会いたかったのは、シエルも一緒だったんだよね?」

 

「それは……でも……」

 

兄が喜んでいるだけで十分。というのは、半分は本音だ。しかし気付かれないように押し込んでいたもう半分、リサーナとの再会を心から望んでいた自分自身の感情。それをウェンディは見抜いていた。シエル自身も気付けなかった彼の感情の揺らぎを、まるで見透かしていたかのように。

 

「シエル」

 

兄の邪魔をするべきではないと考えているシエルが、ウェンディの言葉に口ごもり、動こうとしなかったのだが、直後に彼の名を呼ぶ声が、リサーナから発せられる。彼らの様子に気付いていたペルセウスが、気を利かせてリサーナから身体を離し、シエルの方へと向かせている。

 

「おいで」

 

既に解放されていた彼女は、慈愛を抱いた笑みをシエルに向け、両手を少し開きながら一言。まるで小さな子供……幼い弟や息子に、姉や母が向けるかのような仕草。まだ幼く見えるが齢14の少年であるシエルには、本来であれば羞恥が勝って受け入れられないはず。

 

だが、一瞬虚を突かれて目を見開いたシエルは、徐々に目元に浮かべる涙を増やし、表情も徐々に涙に比例するように歪んでいく。そして、彼女の元へと考えるよりも先に、自然と足が動いて歩きだし、次第に早まって駆け足となった直後、両手を広げて待っていたリサーナに飛び込んだ。

 

「っ……ぁぁああああっ!!会いたかった!ずっと……ずっとリサーナがいなくて……!俺、もっと強ければって、一緒にいられればって……何度も……何度も……!!」

 

「うん……悲しませて、ごめんね……。これからは一緒にいるから……」

 

「絶対!一緒にいてね!もう、俺たちの前から、いなくならないでよ!!“姉ちゃん”!!」

 

いつものような、周りの大人たちよりも大人らしい言動をする少年は、その時だけ、年相応な、それよりも幼い印象を与える姿になっていた。どこか彼の心の中で、リサーナがいなくなった2年前から、一部の想いが止まっていたかのような。

 

大好きな姉に甘える弟のような。普段では見られない子供らしいシエルと、それを受け止めるリサーナの姿を見て、誰もが彼らに優しい笑みを向けていた。特にウェンディは、心の底に封じていた想いを惜しみなく出すことが出来たシエルに、これ以上ない程の安堵を感じている。優しげに細めた双眸から、未だ雨は降り止まない。

 

「よーし!じゃあ次行こうぜ、リサーナ!」

 

「え?」

 

シエルを優しく抱きしめていたリサーナに、突如弾けるような声を発して謎の提案を出したナツに、思わず目を向ける。次とは?と言いたげなリサーナに向けて、ナツは笑顔をそのままにしながら、こう続けた。

 

「今、ここにいる奴ら以外に、一番お前が会いたがってる、家族のところに!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

カルディア大聖堂。

荘厳な雰囲気を纏った巨大な建造物が建つ敷地内。建物の周囲にはマグノリアの街に住まう者たちの集合墓地が存在し、日によっては建てられた墓に親族がお参りすることもある。そのうちの一つに二人、亡き家族へ会いに来た者たちがいた。

 

墓に刻まれた名は『リサーナ』。

その前に膝を折って佇むのは、誰もが見惚れる美しさを持つ穏やかな彼女の姉、ミラジェーン。そして降りしきる雨から、大きな傘をもって姉を守るのは、兄である屈強な大男、エルフマン。

 

「姉ちゃん、そろそろ行こう……」

 

「……もう少し……」

 

妹が事故で死んでから、2年。普段は悲しみを乗り越えたおかげか明るく振舞うことが出来るが、この時期になると、どうしても思い出す。不幸にも起きてしまった、己のミスが招いてしまったあの事件を。

 

墓にどれだけ語り掛けようと、影も形も残さず消えてしまった妹には届かない。そんなことは、ミラジェーンも、エルフマンも分かっている。だが、この場で彼女に祈り続けていると、今にも彼女の声が、彼女の顔が、浮かんでくるような気がするのだ。

 

もう戻ってくることなど、ないと分かっていても、縋りついてしまう。帰ってくる頃には立ち直っておかなくてはいけないと思いながらも、その場を動くことが出来ない。もしここから離れてしまえば、また彼女の繋がりが消えてしまうかも、と思う自分が存在している。

 

 

 

 

───ミラ姉ぇー!!

 

ああ……本当に声が聴こえてきた。幻聴だろうか。忘れるわけがないと思いながらも、引きずったままでいる自分に、都合のいい声が頭の中に浮かんでいるのだろうか。いつまでも燻ぶってはいけない。彼女は……リサーナはもういない。振り払わなければ……。

 

 

 

 

 

「ミラ姉~~!!エルフ兄ちゃーん!!」

 

「!?」

 

だがしかし、どうしたことか。幻聴と思っていた彼女の声は、後方から、しかも先程よりもより近くに、より鮮明に自分たちを呼んでいる。後ろに佇む弟も、今の声に気付いた事だろう。まさか?もしこれが幻聴だとしたら、空しい事実を実感するだけ。だが彼女は、弟は、そんな思いが過るよりも先に、声のした方へと振り向いた。

 

 

 

 

 

傘もささず、雨に打たれて濡れることも厭わぬまま、必死にこちらへと駆け付けてくる、自分たちと同じ髪の色、目の色を持った、記憶にある姿より成長した少女。振り向いた途端にその顔に浮かべた笑顔は、かつてよく見ていたものと変わらないまま。

 

夢だろうか?幻覚だろうか?しかし傍にいる弟も、あまりに衝撃的な光景を目にしているのか、手に持っていた傘をそのまま離して落としている。

 

「ウソ……!」

 

溢れる涙を止めないまま、笑顔を浮かべて妹は近づいてくる。2年もの間、離れ離れだった姉と兄の元へ、真っすぐに。

 

一瞬、本物じゃないのかもしれないという考えが過ったが、己の心が、直感が、彼女が紛う事なき本物であると告げていた。傘を落として、自分たちを濡らす無数の雨雫とは別の、暖かい雫が、自分たちの頬を塗らしているのが分かった。

 

「リサーナ……!!」

 

気付けば、彼女は自分へと抱き着き、自らもこの手で妹を抱きとめた。奇跡だ。空へと光の粒子となって、この手から消えていってしまったはずの彼女が、今、こうして生きている。確かな温もりを抱えたまま、ここに存在している。

 

「ただいま……!!」

 

心と一緒に震えた声で、妹が自分へと言う。本当に、本当にあの時の、いなくなったと思った妹なのだと。嗚咽と涙が止まらないエルフマンが姉と妹を包むように抱きしめ、互いの存在を確かめ合いながら、リサーナが来た方向に、ギルドの仲間たち数人が優しげに見守っていたことに気付きながら、ミラジェーンは妹の言葉に、笑顔で返した。

 

「おかえりなさい……!!」

 

雨と涙に濡れながらも、弟と共に妹を迎え入れた彼女の笑顔は、2年前以来に見られなかった、彼女の心からの笑顔だった。

 

今、ここにようやく、3人の兄弟姉妹(きょうだい)が、再会を果たした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

夢を見る。あの頃の、幸せなひと時の事を……。

 

 

夢を見る。まだ、その手の中に大事なものを掴めていた時の……。

 

 

幸せな記憶が宿った泡が、次々と浮かんでいき、遠い所へ登っていく。

 

 

掴みたくて、離したくなくて、それでもなお、水泡は手から零れていく。

 

 

どんなに藻掻いても、足掻いても、まるで嘲笑うように、彼女の記憶を連れていく。

 

 

 

 

───どうして……どうして行っちゃうんだ……!!

 

───嫌だ!忘れたくないよ!!どこにも行かないでよ!!

 

───こんなに手を伸ばしてるのに……どうして……どうしてだよ!!

 

 

必死に手を動かし、彼女が映る水泡を掴もうとしても、掌から簡単にすり抜ける。

 

 

次第に、手足の感覚も、意識も、徐々に薄れていき、更に深く暗い、底の方へと沈んでいく感覚に襲われる。

 

 

───……駄目だ……。もう、何も……考え、られ……

 

 

 

 

 

 

 

───…エル……!シエル!しっかりして、シエルッ!!

 

 

誰だ?自分の名を呼ぶのは?

 

 

誰だ?自分に手を差し伸べるのは?

 

 

このまま深く、長い眠りにつこうとしていた自分を、呼び覚ますのは?

 

 

───お願い……!気付いて!手を取って……!!

 

 

力を失って投げ出した四肢と共に、身体も深い底へと引きずり込まれそうな引力を受け、思考も安定しない中、この手を取らないと、という一心のみが働き、阻もうとする力を振り払って、考える余裕もなく少年はその手を取った。

 

それを認識した手の主は、深いはずの水の中に、反対側の手を突っ込んで、少年の右手をガッチリと掴む。

 

そして、手の主は少年の身体を引っ張り上げた。ただされるがまま、引かれるがまま、暗く深かった底から徐々に明るい場所へと引っ張られていく。

 

明るい場所へと引っ張られる度に、上へと昇って行った思い出が映る水泡たちが、逆にそこの方へと落ちていくと錯覚するほどの速度。

 

 

 

そして、眩い光に視界が覆われたと感じた瞬間、周りの水の感覚は消えていた。

 

 

 

「ぷはっ!!カッ……ケホッケホ!!」

 

 

否、今までいた水中から、水面の上へと出てきたのだ。水上に浮かぶ、陸地から引っ張って来たであろう手の主によって。

 

「シエル、大丈夫!?私が分かる!?」

 

声からして女性。それも、まだ少女と言える年代のもの。自分の兄と同年代程だろうか。いや、その前に自分は、この声に聞き覚えがあった。

 

そして朦朧としていた意識がはっきりし始めると、自分の手を引っ張り、陸地にあげた少女の存在を認識できた。

 

それは何度も、水泡の中に映り、先へと過ぎていった、思い出の中でしか、その存在を確認できなくなっていたはずの少女。失ったと思っていた2年の成長を得た状態で、彼女はそこに存在していた。

 

「リサーナ……?」

 

「よかった!気が付いてみたいで!ちょっと待ってて、今、こっちも引き上げるから……!!」

 

こちらの意識が戻り、彼女の名を呼んだことで、心配そうに見ていた表情がパッと明るくなる。だがシエルの安否を確認してすぐ、シエルが沈んでいたと思われる水中……恐らくは湖に再び両手を突き入れて、そこから新たに引き上げた。

 

引き上げられたのは、自分と同様に意識を失いかけた状態で水の中にいたと思われる、兄・ペルセウスだった。

 

「兄さん!?」

 

弟である自分同様、リサーナに引き上げられた直後に何回か咳き込み、直後、リサーナへと目を移すとやはり驚愕の反応を見せる。何がどうなっているのだろう?

 

「ふぅ……もう、二人とも揃って溺れていたの見つけて、ビックリしたんだから」

 

「お、溺れてた……?」

 

兄と顔を見合わせて状況の整理をしようとするも、どちらも一切理解が追い付かずに首を傾げていた矢先、リサーナから言われた状況に更に疑問符が浮かんだ。曰く、たまたま通りかかったところに覗き込んでみると、シエルもペルセウスも湖の中で溺れていたらしい。

 

前後の記憶が全く無いため、どうしてこんなところにいたのか、溺れていたかも定かじゃない。そもそも……。

 

「(あの感覚は……今まで夢でしか見たことがなかったはずなのに……)」

 

ふとそう頭の中で整理していると気付いた。よく周りを見渡してみると、その湖や周りの景色に見覚えがない。ここに来るまでの経緯も一切思い出せない。

 

 

 

まさかこれは……自分はまだ夢の中にいる?

 

「リサーナ……お前、どうやってここに来たんだ?」

 

「どうって……普通に歩いて来ただけよ?さっきもいったけど、たまたまここに着いただけだし」

 

兄も同じような疑問を思ったのか本人に尋ねてみるも、キョトンとした顔で当たり前のように答えるリサーナ。小首を傾げた様子でいたが、深く考えることを得意としない彼女は特に違和感と感じることもなく、そのまま立ち上がった。

 

「二人とも変なの。まあいいや。そろそろ帰ろ?ナツもハッピーも……ウェンディたちも、みんな待ってるよ?」

 

笑みを浮かべながらこちらに向けて言った彼女は、そのまま踵を返してギルドと思われる方へと歩き出す。シエルは何かにハッと気づいた顔を見せて、彼女の後を追おうと立ち上がり、彼女の背中に声をかける。

 

「あ、待ってリサーナ!」

 

「ん?」

 

シエルに呼び止められて立ち止まった彼女は、背中を見せたまま首を横に向け、目線だけを少年へと向ける。それを確認し、一呼吸の間を開けた直後、シエルは口角を緩く上げてリサーナに伝えるべき言葉を口に出した。

 

「あの……助けてくれてありがとう。それから……」

 

「俺からもありがとな。加えてもう一つ、これだけ言わせてくれ」

 

シエルの言葉に続くように、同じく立ち上がってシエルの右後ろの位置に近づいたペルセウスも感謝の言葉を挟む。そして兄弟揃って、穏やかな、心から安らいでいる者が浮かべる笑顔で、今目の前の彼女に伝えるべきその言葉を、口に揃えて告げた。

 

 

 

 

 

「「おかえり。リサーナ」」

 

兄弟からの言葉を聞き、驚きに目を見開いてこちらに振り向くリサーナ。しばらくその事に硬直していた彼女は、次第に彼らと同様に口元に笑みを浮かべる。そして、笑顔を浮かべながらこう返した。

 

 

 

 

 

「ただいま!!」

 

 

 

 

 

そんな彼女が浮かべた笑顔は、昔と何一つ変わらない、リサーナの輝かしい笑顔だった。




おまけ風次回予告

シエル「改めて、リサーナおかえりー!!こうしてまた話せるなんて……俺……まだ夢を見てるみたいだ……!!(泣)」

リサーナ「もう、シエルったら大袈裟だよ?けど、私も何だか夢みたい。シエルや、ナツやペルと、こうしてまた会えるだなんて。みんなエドラスだとまるで別人だから」

シエル「あ、そっか。向こうだと兄さんはマスターで弱々しいし、ナツもオドオドしてるから、全然イメージ違うよね」

リサーナ「あと、シエルの事は話でしか聞かなかったのよね。遠くから少し様子を見たぐらいだったし」

次回『二つの世界のその後』

リサーナ「みんな、今頃どうしてるかな?」

シエル「きっとミストガンが、これからいい国にしていくと思うよ。それに向こうの兄さんや俺たちも」

リサーナ「そうよね……。きっと大丈夫よね!」


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番外編②

一日遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

Twitterには一応書いたのですが、前までのように上手く書けなかったり集中できなくなったりで、どうにもスランプ気味です……。

さて今回もまた本編をお休みして、番外編となります。
今回は、本編内で書く余裕が見つからなかったお話。主に彼女サイドのお話です。

ついでに、シエルとペルが名前以外で一切登場しないと言う珍しい貴重な回でもありますw

シエル・ペルセウス「「!?」」


天候、本日も晴天なり。

青空を燦燦と照らす太陽が、心地よい気温で照らす空の下。マグノリアの街に存在する魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)の正面から左手に存在する丘の上に、ある一つの建物が存在している。

 

男子禁制の女の園。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する女性魔導士たちの居として構えている女子寮。その名を『フェアリーヒルズ』。

 

「ここを登った先。距離はそんなに遠くないからすぐ見えてくるよ」

 

「思った以上に近場なのね」

 

先導して先を歩いていく二足歩行の青いネコの案内を受けながら、女子寮とギルドの距離感に思わずぼやいた、相棒である白ネコの声を聞きながら、長い藍色の髪を揺らして歩き、手提げカバンを両手に持ちながら二匹の後をついて行く。

 

「楽しみだねシャルル!」

 

「まあ、他に住めそうなところなんて心当たりもなかったしね」

 

新たなギルド、新たな街、新天地とも言うべき場所に、誘われるがままとは言え辿り着いた。マグノリア……ひいては妖精の尻尾(フェアリーテイル)での新しい生活をつつがなく過ごすには、やはり住居の問題は切って外せない。

 

この少女・ウェンディもその例に漏れない。しかし、女子寮と言う女子の特権ととれる存在のおかげで、幸い住むところに困ることはなかった。そして今日、持ってきていた荷物と共に、件の女子寮へと移り住むことになる。

 

「あ!もしかしてあそこが?」

 

「あい!ギルドの女子寮、『フェアリーヒルズ』だよ!!」

 

案内を自ら買って出たハッピーの声を聞きながら、丘の上に建てられている女子寮の姿を目の当たりにする。つい数日前まで自分が住むことなど想像もつかなかった立派な建物を前に思わず少女は目を輝かせ、これから始まる生活に胸を躍らせた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

ようこそフェアリーヒルズ!

 

 

 

「あれ?あそこにいるのは……」

 

丘の頂上も登り切ろうと差し掛かったところに、ウェンディは寮の入り口前に誰かがいるのを視認して、よく目を凝らしてみた。少しばかり長めの金髪の少女。恐らくルーシィだと思う。

 

何故、()()のか。それは少女の格好が原因。頭には黒い猫耳のカチューシャ、下着や水着に近い過激なボトムスの後ろには同じ色の尻尾、二―ハイソックスに、トップスも肩と腹部、更には胸元まで大胆に露出したコルセットのような服装。

 

早い話が、超がつくほど過激なネコのコスプレだった。そんな格好を自分から着るイメージなどなかったため、遠目からだとルーシィと気付くのに遅くなってしまった。

 

「あの、ルーシィさん?」

 

「あ、ウェンディ!と、シャルルも!」

 

念のためにと思って声をかけてみれば予想通り。何故そんな恰好をしているのか?という疑問はあるが、ウェンディは彼女に向けて軽く挨拶を続けて、こう続けた。

 

「いつもの感じと違う服だから、ルーシィさんじゃないのかと思いました」

 

「よりにもよって私の前でその恰好?いい度胸ね」

 

「好きで着てんじゃないから……」

 

本人はそのようなつもりは毛頭なかったのだろうが、白ネコ(シャルル)を前にネコのコスプレをしていたルーシィに、睨むように目を吊り上げながら指をさして指摘するシャルルに、落ち込み気味にルーシィは返す。尚更どうしてそんな恰好をしてるのだろう……。

 

「で、どうしたのウェンディ?」

 

「私たち、今日からこの寮にお世話になる事になったんです!」

 

「オイラはシャルルの引っ越しのお手伝いだよ!」

 

ルーシィが尋ねてきた質問に返したウェンディの言葉に続き、ひょっこりとルーシィの前に姿を現したハッピー。シャルルの手伝いを行って好感度を上げようとしているのだろうが、肝心の本人からは冷たくあしらわれている。

 

「へ~そうなんだ。てかハッピー、あんた男子でしょ?ここ女子寮だから入れないわよ」

 

「オイラは男子じゃありません。ネコです」

 

本来女子寮と銘うっているのだから男子禁制……なのだが、ハッピーは実を言うとちょくちょく女子寮を出入りしている。他のものが聞いたら納得できないと主張しそうだが、彼は正確には人間じゃない為セーフと認識している。まあ、人間の女子に対して特にやましい感情を向けたりなどしていないから、女子寮生も特に気にしていないらしいが。

 

「ルーシィか?」

 

屁理屈を堂々と言い放ったハッピーに、妙な脱力感を感じた一同。そんな彼女たちの耳に、女子寮の二階の窓から聞き覚えのある声が聴こえてきた。目を向けてみれば寮内での普段着なのか、珍しく鎧に身を包まずシンプルな服装を着ている緋色髪の女性が顔を覗かせていた。

 

「こんなところに来るなんて、珍しいな」

 

「エルザ!エルザって、この寮に住んでるの!?」

 

「ああ。他に何人もいる」

 

ルーシィも、エルザが女子寮に住んでいることを知らなかったらしく、中から彼女の姿が出てきたことに驚きを隠せない様子だ。他にも、ルーシィが知っているメンバーも寮の中で生活しているらしい。身を乗り出しているエルザから見えるようにウェンディが近づくと、彼女は気付いたようでこちらに一瞥すると口元に笑みを浮かべて呼びかけた。

 

「お、ウェンディとシャルルか。今日からだったな」

 

「よろしくお願いします!!」

 

第一印象は大事。ルーシィとエルザは既に知った間柄と言う事になるが、折角一緒の場所で生活をすることになるのなら相応の礼儀や挨拶は必須。それが基本のスタンスとなっているウェンディは、元気よく声を張ってエルザに挨拶した。天空魔法の使い手らしい澄んだ心を持った彼女の対応に、エルザもどこか気分が良さそうだ。

 

「ねえおばあちゃ……って消えてるし!!」

 

「?」

 

ふと、ルーシィが辺りを見渡して誰かに何かを尋ねようとしたらしいが、自分たち以外に他の人物がいない状態である事に今気づいたらしく、何やらギョッと目を見開いて驚いている。

 

先程まで誰かいただろうか?ウェンディたちが来た時には、ルーシィしか見当たらなかったのだが。

 

「ルーシィ?何をしているんだ?」

 

「う、ううん!ちょっと見学に!!」

 

どこか挙動不審に見えるが、それが何故なのかまでは分からない。だが自分よりもより長くルーシィと共にした時間が長いエルザが特に気にしていなさそうなら恐らく大丈夫だろう。見学に来た、と彼女が答えれば、エルザが自分が案内すると申し出てきた。願ってもなかったのか、ルーシィも断ろうとはしない。

 

「入れ。ハッピーは、ウェンディとシャルルを部屋に案内してくれ。二階の角部屋だ」

 

「あいさー!」

 

エルザがそれを伝え終わると、ルーシィを迎え入れるために階段があると思われる方へ向かいだす。そしてやはりハッピーが女子寮に来ることはよくあるようで、特に彼を邪険にしたりせず、むしろ新入りであるウェンディたちの案内を任せる信頼ぶりだ。

 

「よろしくお願いします!」

「ま、頼んだわよ」

 

元気よく応えたハッピーに対し、彼の案内を受けることになった二人は、ベクトルは違えどもそれぞれ願い出た。どんな場所なのか、何度目になるか分からないほど楽しみである。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ハッピーから部屋の案内をされ、エルザの言っていた二階の角部屋に荷物を置いたウェンディとシャルル。角部屋と言うだけあって、日当たりもよくてとても良い部屋と言う感想を抱いた。月10万J(ジュエル)とこの歳の少女の部屋としては少々値を張るが、シャルルも同じ部屋だし、歳の近いシエルも立派に仕事をしているから自分も頑張らなければ。

 

「で、あんたは何してんのよ?」

 

部屋を一度出た後も、彼女たちの先導の為にマーチの行進隊のような意気揚々とした足取りで歩くハッピーに、シャルルが思わずそう零す。部屋への案内は終わったのに、何故まだ自分たちと同行しているのか。シャルルとまだまだいたいからか、はたまた親切心からか、このまま女子寮の中を案内すると言う。

 

 

 

「ここは大浴場!各部屋にもシャワーはあるけど、湯船に浸かりたい時はここだよ」

 

「広~い!」

「中々いいじゃない……」

 

見せてもらった寮内の一部屋がいくつも入るほどの広大な空間に広がった、10人以上一緒に入っても開放的な気分を味わえる大きな湯舟と同様の洗い場。前のギルドにも無かった広々とした浴場にウェンディは勿論、シャルルさえも非の打ちどころを見つけられない。

 

 

 

「地下は資料部屋だよ。ギルド程じゃないけど、寮生たちの仕事の記録なんかがあるんだ」

 

「住んでないのにやけに詳しいのね」

 

「よく来てるからね」

 

一階にあった大浴場から更に下の地下。そこには過去に寮生たちが請け負った仕事がどう言うものだったのかの記録が入れられており、いくつもの本棚が並んでいる。寮生でもないハッピーがここまで詳しいことに少しばかり呆れたシャルルの指摘にも、何故かドヤ顔でハッピーは返していた。

 

 

 

───ギャーーーーッ!!

 

「へっ!?何!?」

 

地下から戻ってきたところで、突如女子寮の廊下に響いてきた少女の悲鳴。まだ完全にはギルドメンバーを把握できていないウェンディにも、その少女の声は聞き覚えがあった。ルーシィが紹介してくれた少女の記憶と合致している。気になって悲鳴が上がっていた場所へと駆け付けてみるととんでもない光景がそこに広がっていた。

 

「キャー!?レ、レビィさん!!?」

 

「これ……死んでないわよね……?」

 

レビィ。ルーシィと特に仲のいい、本や読書が何よりも好きな頭脳派で華奢な少女だ。そんな彼女が、何故か壁に頭を思い切り叩きつけられた後のように、血をベットリとつけた、まるで殺害事件の被害者のように前からもたれかかっている姿で発見された。

 

確かにすさまじい悲鳴のようにも聞こえたが、まさか入居初日で殺害事件が起こるだなんて想像だにすることのできなかったウェンディは顔を真っ青に染めてオロオロしている。シャルルも正直ドン引きだ。

 

「う……うぅ……」

 

「あ、生きてるよ、一応」

 

僅かに声を漏らしたレビィに気付いたハッピーが淡白にそう告げる。何だか冷たい。容態を確認してみると血を流したのは額からのみだったようで、他に外傷は見受けられなかった。その傷口もウェンディの天空魔法で治療することで無事に完治。だが流した血の量が結構多いので貧血状態からは中々抜け出せなかった。

 

「大丈夫ですか、レビィさん?」

 

「何があったのよ?誰にやられたの?」

 

「え、と……ちょっとね……」

 

若干意識が朦朧としているようだが、彼女を襲った部外者の可能性は捨てきれず、ウェンディとシャルルは彼女を襲った犯人が誰なのかを確認する。だが、どこか気まずげに視線を逸らしたレビィは一拍おいて今回の事件の真実を告げた。

 

「エルザを怒らせちゃって……思いっきり天罰を受けました……」

 

「エルザさん!?」

「思いっきり関係者だったわね」

「逆に何したらそこまで怒らせるの……?」

 

何とレビィ殺害未遂(語弊があるが)事件の犯人はエルザと判明。最後までレビィは口に出すことが出来なかったが、エルザの案内でルーシィに自分の部屋を紹介していた際、図書室と見紛う書物の数々を見せながら、半分くらいは処分したり、シエルやエルザにも分けていたりする話の流れで、ついルーシィに耳打ちしてしまったのだ。

 

『エルザは、ちょっとエッチな本が好きみたい♪』

 

彼女に聞こえないように耳元に近づいて小声で呟いたのだが、残念な事に筒抜けだった。妖精女王(ティターニア)の逆鱗に触れてしまったレビィは、そのまま女王の制裁を受けてしまったと言う経緯(いきさつ)である。南無。

 

「いや、死んでないから……」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その後もハッピーの案内で女子寮の中を案内してもらっていたウェンディとシャルル。するとルーシィの案内が済んだらしいエルザが来て、ウェンディたちの歓迎会も兼ねてギルド前の湖に泳ぎに行くことを提案されると共に誘ってもらい、彼女は快諾。荷物に入れていた水着に着替えて目的の場所へと訪れた。

 

「わぁ……!」

 

この季節には久々と言える温暖な気候。燦燦と照り付ける太陽が、湖の砂浜を光らせて反射し、輝かしい光景を生み出す。一見すると海にも見えるほどに広大なそれを目にしたことで、彼女の表情も光り輝くものを目にして影響されたように輝いている。

 

喜んでくれていることに気付き、企画したエルザも満足そうに頷く中、各々思い思いに楽しみ始める。波打ち際をかけて水飛沫を飛ばし、悠々と泳ぎ、浮き輪やバナナボードで揺蕩う。魔法のおかげで水になれるジュビアは少しつまんなそうにしていたが、同じ時間を共有できるだけでも貴重な体験だ。

 

「楽しいですね!」

 

「ああ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)もフェアリーヒルズも、どっちも楽しいぞ」

 

今度はビーチバレーをほぼ全員で楽しんでいるのを観戦しながら、心から感じた思いを伝える。思えばこんなにも大人数で、こんなにも広い水場で遊ぶことはウェンディにとって初の体験。これからも妖精の尻尾(フェアリーテイル)で過ごしていく過程で、想像を遥かに超えた出来事が起こっていくのだろう。それを思うと、ますます胸が躍り出す。

 

「ふん、みんなガキね」

 

寮生の女性陣が楽しくビーチバレーを行っている傍らで、唯一パラソルの日陰でくつろいでいるシャルルが、はしゃいでいる女性陣に手厳しい感想を零す。種族の違いがあるとはいえこの中では最年少なのだが……やはり精神面での成熟が早いのだろうか。少し前からそんな風にくつろいでいたシャルルの元に、飲食店の給仕の服装を着たハッピーが、簡易的なトロピカルジュースを丁寧な所作で持ってくる。

 

「お待たせしました」

 

「あら、オスネコの癖に気が利くのね」

 

「女子寮の皆さんにそう言われます」

 

悠々とくつろぐシャルルの元にドリンクを届けるハッピーの構図。こうして見ると、お嬢様とそこに使える執事と言ってもいい程形になっている。シャルルも正直彼の行動は意外だったのか、素直に感心を覚える。

 

「皆さん!それでは例のヤツいきますよ~!!」

 

だが唐突にテンションが急上昇したかのように、ビーチバレーをしていた女性陣の方へ勢い良く振り向きながら、まるでどこかのハイテンションな司会のようにお知らせする。その勢いのせいなのか持参したドリンクを放り出してしまっていたのは恐らく気付けていない。シャルルは引いた。色んな意味で。それとウェンディもいきなり始まったイベントに疑問符しか浮かばない。

 

 

 

そして始まったのは……。

 

 

 

「フェアリーヒルズ名物!『恋のバカ騒ぎ』!!」

 

浜辺を舞台にして、いつの間にか用意されたセット。司会席と思われる小さめの台の傍らにはハッピーが。その反対側には二段構えのひな壇があって、ウェンディとシャルルを除く女性陣が並んで座っている。その中心の位置には二本の柱の端同士で広げられた映像魔水晶(ラクリマ)のモニター。

 

何、とは言わないが、色々と危ないような気がする。

 

だがそんな心配など誰も感じておらず、ハッピーのコールで始まった謎のコーナー。タイトルコールに応えるように女性陣は一様に拍手を始めたが、一通り終わったと思うと……

 

「グレイ様」

「ラクサス」

 

「早過ぎ!!」

 

ジュビアとエバーグリーンの二人が真っ先に手を上げながら提示し、ピコピコハンマーを持ったハッピーにツッコまれる。エルザが腕を組みながら「今日のお題が出てないぞ」と注意している。気にするとこ、そこ?

 

「今日のお題は!『あなたが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中で彼氏にしてもいいのは誰?』です!さあ……」

 

「グレイ様。以上」

 

「ジュビア……それじゃつまんないよ。他の人!」

 

お題を提示しても通常運転のジュビア。まあ、何となく想像はついていた。早々に切り上げて他のメンバーはどうかと聞いてみると、顔を赤くしてモジモジしながらビスカが言い淀んでいる。きっとアルザックが頭に浮かんでいる事だろう。

 

「花が似合って、石像のような感じの~」

 

メガネを外しながらタイプの特徴を上げるのはエバーグリーン。だがそれは彼氏云々以前に人間なんだろうか?

 

「エルザは?」

 

「いないな」

 

「にべもないね。他の人!」

 

ギルド内の男たちはそう言った視点では眼中にないであろうエルザは一言でバッサリと斬り捨てる。まあ、初恋の男とどうしても似つかない者たちばかりだし仕方がないと言える。

 

「ちょっとお題に無理があります。だってそんな人いる?」

 

するとお題そのものに苦言を呈してきたラキ。地味に失礼に当たる発言ではあるが、普段の男性陣の様子をよく知ってる身からすればそう言いたくもなる、かも。

 

彼女の主張を聞きながらシャルルも首を縦に振って同意を示しているのも相まって、ウェンディは苦笑を浮かべることしかできない。個人的には意外にも面倒見のいいナツや、顔も整ってて実力もあるペルセウスなどは候補に挙がりそうと思うのだが。

 

「レビィはどうなの?」

 

「私!?」

 

ハッピーからそう聞かれた瞬間モニターに今この場にいるレビィの顔がアップで映し出され、本人は突如聞かれて驚きを見せる。同じチームであるジェットやドロイは、彼女に好意を寄せているが故、三角関係も疑われているのだが、実のところ……。

 

「冗談!チーム内での恋愛はご法度よ!仕事にも差し支えるもん!」

 

レビィはチームだから、という理由で二人に対するそう言った感情は皆無らしい。更にもう一つ加えると、実はレビィはそれぞれ二人から告白された事があるらしいのだが、二人ともそれぞれ秒でふったそうだ。一時期ジェットなんかはフラれる速さも一番、などと揶揄われたとか。いずれにせよ、哀れである。

 

「トライアングル~!グッと来るフレーズね~」

「三角関係……恋敵ィ……!!」

「その真ん中に立つと、全ての毛穴から鮮血が……とか!?」

 

「はいそこ!脱線しすぎ!!」

 

後ろのひな壇に座ってたエバーグリーン、ジュビア、ラキの三人が各々色々とツッコみたくなる反応を起こす。特に最後のラキ。言ってること物騒なのに顔が新作のおもちゃを前にした子供のように輝いてるのはどういうことだ。

 

「チームの恋愛って言えば、私前から疑ってることがあって……」

 

「何々?」

 

チームの恋愛、というワードで思い出したらしいレビィが今度は切り出す。先程までと違って恋バナらしい空気を感じ取ったビスカが興味を持ち、彼女に聞き返す。

 

「実は、ナツとエルザがあやしいんじゃないかないかと思うの!だって昔、一緒にお風呂とかに入ってたって言うし……!!」

 

「そう言えば……!!」

 

昔の話とは言え男女が揃って風呂に。耳に拾ったウェンディも、この事実には顔を赤くする。もしかしたら、そうなのだろうか。二人とも気付いていないだけで実は進んだ関係になっていてもおかしくないのか……?

 

「ん?グレイとも入ったぞ?」

 

だがその想像はまさかの斜め上に飛躍した。本人に一切の恥じる感情が浮かばないまま。女性陣が一気に表情を驚愕に染め、絶句し、顔が真っ赤になっている。

 

「それ即ち好きという事になるのか?」

 

ダメだ。初恋の相手(ジェラール)以外の男に対しては全くと言うほど男としての意識を向ける様子がない。周囲の女性陣の身体から湯気が出るほど熱が上がっているが、肝心の本人は本気でそれが普通と思ってる。普通の家族として。

 

「え、エルザさん……大人だ……!」

 

「あれは大人と言うのも違うでしょ」

 

思わずウェンディも身体から湯気が出てしまい、口に出してしまった言葉を、シャルルに呆れられながら返された。余裕のある大人の態度に見えるが、こと他の者たちが自分の想像以上に進んでいたら途端に照れ始めるのだから彼女の基準がよく分からない。

 

「グレイ様と……お風呂に……!?」

 

「はいそこ!想像しない!!」

 

ショックやら羞恥やら妄想やらで色々と限界が近くなった様子のジュビアに、ハッピーが手に持つピコピコハンマーで叩いて無理矢理正気に引き戻した。魔法で身体を水に変える余裕もないのを見ると相当である。

 

「ビスカこそ、アルザックとは相変わらず上手くいってるのか?」

 

「エルザさん!?それ内緒です……!!」

 

話の脈絡もなく自分の方にふられるとは思ってなかった上に、みんながいる前で想い人の事まで暴露されたことで、今まで以上にビスカが慌てふためき始める。これまでアルザック本人どころか、エルザ以外の誰にも話したことがなかった為、その焦りは想像以上。だが……。

 

「え?みんな知ってるよ」

『うんうん』

 

レビィを筆頭にこの場で彼女の想い人がアルザックであることに気付いていない者はいなかった。既に周知の事実。それを理解したビスカは色々居た堪れなくなってまたも湯気を発生させた。そんな彼女の様子に何かを察したエルザが途端に表情をしかめると……。

 

「すまん、うっかりしていた……仲間だと言うのに……!私のせいだ……取り敢えず殴ってくれないか……!?」

 

もう色々とツッコむ気力も失せかけてくる。どこか一人暴走してるようにも見えるエルザの反応に苦笑いを禁じ得ない。

 

「じゃあルーシィはどう?」

 

そして話題は参加している寮生から更に枠組みを外して、この場にいないはずのルーシィに。ウェンディだけが「あれ?」と首を傾げていたのだが、他の面々は一切気にせず誰が候補になるか上げていく。

 

「ナツじゃない?」

「意外とグレイかも!」

「ジュビアはロキだと!!」

 

順当に考えればナツ。あるいはグレイと示すメンバーが多い。彼の名を聞いた瞬間声の怒気を強めるジュビアにはもう何も言うまい。

 

「あ、でも、ルーちゃん言ってたよ!青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキって人に優しくしてもらったって!」

 

レビィが提示したのは六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いの中で彼女が会ったギルドのメンバーの一人。かなり人気は高いらしいが、割と少しばかり雰囲気がよくなった場面はあったため無いとは言い切れない。

 

「んーーー、意表をついてリーダスとか!」

 

『ないないないない……』

 

ビスカが提示した絵画魔法(ピクトマジック)の使い手であるリーダス……が、全員もれなく否定した。悲しいかな、ファントムとの抗争の際は身を挺して彼女を守ろうと頑張っていたのに……。

 

「分かった!きっとミラさんだ!!」

 

ラキ、何故そこでミラジェーンの名が出てきた。この作品にはガールズラブのタグは入れてないのだが……。現に場にいる全員が最早言葉すら出てこなくなった。

 

「ルーシィか。私としてはシエルと仲がいいように見えたぞ?」

 

「ああ、確かに!」

 

ここで珍しくエルザの方から候補が上がる。エバーグリーンはその名前を聞いてイヤな記憶を思い出したのか苦虫を噛み潰したように歪めるが、他の面々はどこか納得したような反応だ。

 

星霊魔法に強い憧れを持つシエルは、その魔導士であるルーシィに対して何かと気にかける様子は見られるし、よく二次被害を頻発させる最強チームの尻拭いをするのも、読書好きなのも共通している。いじられやすい体質の彼女を、イタズラ好きなシエルがからかう事もしばしばだ。こうして見ると、割とその線はあり得る。

 

「そうです!ルーシィとシエルくんは、ペアルックだってしたことありますし!」

 

「そうなの!?」

 

更にはルーシィを(一方的に)恋敵と見ているジュビアも楽園の塔の時にバルゴが用意してくれた星霊界の服を二人揃ってきていた時の事を話して場の者たちを驚かす。さっきから必死だこの女……。

 

「あれ?でもシエルって……」

 

だがシエルが話題に上がったと同時にレビィは首を傾げた。確か六魔将軍(オラシオンセイス)との激闘から帰ってきた後のルーシィから、シエルに関する劇的な変化を本人の与り知らないところで聞いていたはず。

 

その変化の要因……こちらを外野の位置から眺めている、彼が想いを寄せている少女に思わずレビィは目を向ける。その目が合ったのかこちらの視線に気づいたその少女は、視線の意図には気付かず目をパチパチとさせている。

 

どうかしたのかとエルザから聞かれると、ウェンディに視線を移していたことは誤魔化してた上で、「あ、そう言えば……」と思い出したように口を開き、そこから次の人物にスポットが当てられる。

 

「実際話してて思いだしたんだけど、シエルって結構女の子に人気あるよね?」

 

「そうなのか?」

「ええ?あんなガキがぁ?」

 

シエルという名前が浮かんだ直後にモニターに映し出される件の少年。得意気な笑みを浮かべたその写真が映される中、エルザは純粋に関心を覚えて尋ね、シエルへの良いイメージが無いエバーグリーンが顔を顰めてレビィの言った内容に苦言を呈す。

 

「でもそうね。街中でよくシエルの評判は聞くけど、基本誰かが困ってたら手を貸してくれるっていうし」

 

「確かに……ジュビアの相談も聞いてくれたりしてますし……」

 

「それに、大人の女が好みそうな顔してたり、書庫に入り浸りで知識を吸収したりで賢いし!」

 

「ラキ、それ誉めてるの?」

 

エバーグリーンだけはいいイメージを持ってはいないようだが、実際のところシエルは目立ってはいないが女性受けがいい。顔立ちは整っていて可愛い系、それに反して魔導士として体を鍛えている為体つきもよく、基本的には明るくて社交的。ラキが独特な言い方をしてはいたが頭脳も秀でている。そんじょそこらの魔導士よりも知識も豊富で、頭の回転も速い。

 

これだけの要素があれば密かに人気が出るのもうなずける。

 

「実は家事もできるし、ナツたちみたいに何かを頻繁に壊したりもしないし……」

 

「こうして見ると、シエルって結構優良物件かもね」

 

更にはペルセウスが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入し、健康体になった時から、兄が家を空ける機会が増えたことによって一通りの家事を学び始めた事で生活力も身につけている。いつでも婿に行けるレベルで。

 

さらには最強チームの面々が暴れまくって破壊行為を行った後は、寧ろその行為を止めようと躍起になり、ルーシィと共に被害者へと頭を下げたりと常識人枠だ。

 

だが、そんな彼の美点と天秤にかけられる、唯一と言える無視できない欠点があるのを、忘れてはいけない。

 

「けど……イタズラ好きなのよね……」

 

『ああ……』

 

ビスカが指摘したその唯一の欠点を聞いた女性陣は、エルザを除いて納得の溜息を吐いた。シエル自身のこれまでの美点を考えるとおつりがくるとも思えるが、やはりそこはどうにも無視が出来ない。

 

「でしょうね。いくら長所が数あっても、結局は生意気なガキの域を超えないのよ」

 

そんな彼の性格にこの場で一番振り回された過去を持つエバーグリーンは、それ見た事かと言いたげに肩を竦めて言い捨てる。何だか少し生き生きしてるようにも見えるような?

 

「そうか?確かにイタズラを仕掛けることは多々あるが、どれも可愛らしい範囲だと思うぞ?」

 

「そりゃあ、エルザさんに仕掛けることはしませんから……」

 

逆にシエルからのイタズラを受けた事さえないエルザは、周りを盛り上げるようなイタズラばかりという印象を持ってる故か、彼の欠点を欠点と認識していない。苦笑混じりでぼやいたビスカがそれをすべて物語っていた。

 

「いつもこんな事してるんだ」

 

「相当バカっぽいけど、魔導士の仕事はストレスかかるみたいだから、息抜きしてんでしょ」

 

なおも続いていく恋のバカ騒ぎ、と言うよりガールズトークを観賞しながら、こうした一見ただただおしゃべりを続けている時間が、リフレッシュにもなり、寮生同士の絆を深めることに繋がるのだろう、と結論を付けながらウェンディは彼女たちの様子を微笑ましく眺めている。こういった一面もまた、フェアリーヒルズ……ひいては妖精の尻尾(フェアリーテイル)の楽しい所たる所以なのだろう。

 

 

 

ところで……これが女子寮の名物で、今日からそこに住むと言う事は……。

 

「てか、あんたも次からアレに参加するんでしょ?」

 

「へえっ!!?」

 

今回は来たばかりと言う事で見送られたが、次は恐らく強制参加。あの面々の中でガールズトークを繰り広げられるのか、と妙な不安に駆られることになった。

 

 

 

ちなみにその後、ギルドの裏手から謎の爆発が発生。何事かと思いはしたが、寮生たちは特に気にせずそのまま戻って行った。その翌日、ギルドのプールが何故か崩壊したという話を聞くこととなる。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

湖での憩いの時間も終わり、その後大浴場での入浴も済ませた時には既に夜更け。楽しい時間はあっという間だ。今や寝間着に身を包んだウェンディとシャルルは、後は新しい部屋で床につくのみとなった。

 

「今日は楽しかったねシャルル!」

 

「ま、悪くはなかったわね。多分明日からは忙しくなるでしょうけど」

 

寝床となるベッドは一部屋に一つだけ。となると必然的に、彼女たちは一つのベッドを二人で使用することになる。一緒の布団に入る準備を整えながら、ウェンディは今日起きたことを振り返って、相棒の白ネコに笑顔を向けている。シャルルは口こそ素直じゃなかったが、その言葉が彼女にとっては肯定の意であることをウェンディは知っている。

 

その上で、シャルルが最後に付け加えた言葉を改めて耳にし、ウェンディは明日以降の生活に意欲を見せる。

 

「そうだね。まだまだ慣れなきゃいけない部分もいっぱいあるけど、少しずつお仕事もこなして、みんなの事も色々知って、役に立たなくちゃ!私を助けてくれたナツさんやエルザさん、シエルの為にも!」

 

これからは自分も、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として、色んな場所に赴くことになる。化猫の宿(ケット・シェルター)の頃とは違って、近場で済ませたりすることもなく、長期にわたる場合もあるだろう。それでも挫けるわけにはいかない。

 

強敵であるゼロを打ち果たしたナツや、自分をギルドに誘ってくれたエルザ、そして何かと気にかけて、奮闘してくれたシエルなどと言った面々の為に。

 

 

 

「……シエル……」

 

ふと、彼の名を自分で口に出した瞬間、先程の湖でのガールズトークを思い出した。何故なのか、それは彼女にも分からない。

 

「ウェンディ?どうかしたの?」

 

「あ、ううん、何でもないよ。そろそろ寝よっか」

 

唐突に固まった少女を不思議に思ったシャルルの声に、今自分が考えたことを伝えることなく首を振り、早々に切り上げて照明魔水晶(ラクリマ)を消灯する。二人並んで横になりながら、目を閉ざす。

 

 

 

 

 

だが、先程の自分が抱えた一瞬の感情が再び湧き上がって、彼女の脳内に浮かぶ。

 

 

 

───ルーシィさんと仲良しで……

 

───困ってる人には誰にでも優しくて……

 

───ジュビアさんにも相談されて……

 

 

 

───シエルって……女の人に人気あるんだ……

 

心の中で、昼間の彼女たちから聞いた、かの少年に対するイメージ。その事に彼女自身も心当たりを持っており、大いに共感できる。

 

 

 

 

 

だと言うのに……何故自分はこんなことを考えているのだろう?

 

 

 

何故自分は、シエルが女性からの人気が高いことが、ここまで気になるのだろう?

 

 

 

視界を閉ざして、更けていく夜に身を預けている少女が抱いた、自分でも分からない感情。

 

 

 

 

ウェンディがその正体に気付くのは、まだまだ先の事である。




第66話天竜歓迎会にて、OVAの話も盛り込んでいましたが、都合上カットしたウェンディサイドの回でした。
気になるって人が結構いたらしいので、考えていたんです。遅れちゃいましたが……。

さて次回の投稿なんですが、来週はキャラ設定の更新の予定。そしてその翌週から盆休みに入りますが……どこまで書けるか現在不明です。(汗)

色々と決まったらまたお知らせしていきますね!


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キャラクター紹介 Ver.4(オリジナルキャラ)

仕事が終わり、何度も寝落ちして遅れてしまいました…。やっぱり上手く書けなくなってる…。

今回のキャラ設定はエドラスのファルシー兄弟に関する情報も加えています。で、折角なのでアースランド側の兄弟の詳細も変更を加えました。
「え!?お前らそんな設定だったの!?」と思われる部分もあるかもw


■シエル・ファルシー

 

性別:男

 

年齢:14

 

身長:151

 

容姿:短い水色がかった銀髪で、左目の上部分のみ金色のメッシュが入っている。目の色は黒。

 

ギルドマーク:左頬に入っている。色は紫(兄とお揃い)

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

好きなもの:家族、肉、イタズラ、ウェンディ

 

嫌いなもの:闇ギルド、家族を侮辱されること、魚介類

 

魔法:天候魔法(ウェザーズ)

 

異名:天に愛されし魔導士、悪戯妖精(パック)

 

趣味:仕事休みの時の日向ぼっこ

 

・詳細

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であり、同じギルドに所属しているS級魔導士のペルセウスを兄に持つ。

 

年齢よりも幼く見える容姿に似合わず落ち着いていて知識も豊富。更に頭も回転も速く状況把握や作戦考案能力も優れているが、それを活かしてメンバーにイタズラを仕掛ける程のイタズラ好き。仲間に対しては場の空気を和ませるような軽度なものだが、敵に対しては味方でありトラブルメーカー側の面々がドン引きするほど容赦ない、拷問まがいのものを仕掛けることもしばしば。

 

その反面、幼少期から魔力の希薄さ故に病気がちだった過去や、尊敬する兄に対する無視できない劣等感を乗り越えて、天候魔法(ウェザーズ)を一個人での使用に成功し、さらに別系統へと発展させる技術を研鑽で編み出した努力家の一面を持つ。

 

イタズラの対象となることもあるが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員に漏れず、仲間と家族を大事にしており、血の繋がった唯一の肉親であるペルセウスの事は、尊敬するあまりに神聖視するほど。彼らを侮辱することは悪戯妖精(パック)の怒りに触れ、容赦ない制裁の標的とされることと同義。しかし仲間を大事にするあまり自分を蔑ろにしがちで、度々自分の状態を度外視して無茶無謀をしたりも。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)を討伐する為の地方ギルド連盟の連合軍の作戦に参加した際、化猫の宿(ケット・シェルター)の代表として参加した少女ウェンディに一目惚れ。以降彼女に対してはイタズラなど一切仕掛けず、度々気にかけたり助言や後押しなどのフォローを行ってアプローチを始める。

ただし、ウェンディの相棒である白ネコのシャルルからは「オスガキ」とトゲのある呼び方と共に警戒されている。(エドラスの一件以降、少しばかりのその態度は軟化されたが)

 

ウェンディに会うまでは恋愛と言うものは自分にとっては傍観するものとばかり認識していた為、いざ自分がその立場に立ってみると周りや物語のようにいかない上、考えている以上に動機や混乱に苛まれるなど、実は純情であったことが判明。普段の態度から想像もつかない彼の様子を、兄のペルセウスやルーシィなどのメンバーは微笑ましげにニヤニヤしながら見る光景が見られるようになった。

 

 

 

・魔法『天候魔法(ウェザーズ)』について

天気に関する魔力を扱い、掌サイズの小さな太陽や雲を作ることは勿論、外の天候を雨にも雪にも自分の意志で変えることが可能な人智を超えた魔法。

古代にも天候を変える魔法を開発した記録はあるが、優秀な魔導士たちが数人がかりで長い時間魔力を集中させてようやく発動できるもので、時が経つにつれて扱えるものが存在しなくなってしまった古代の魔法・失われた魔法(ロストマジック)の一つでもある。

 

シエルにはその魔法にのみ適性が見つかり、練習と研鑽を重ねて扱えるように仕上げた。

さらに、複数の技を組み合わせることによって別の強力な技を発生させることもできる。

 

 

主な技

 

 

日射光(サンシャイン):天候は晴。掌に乗るほどの大きさの太陽を作り、激しい光を意図的な方向に向ける

 

日光浴(サンライズ):天候は晴。日射光(サンシャイン)と同じ太陽の魔法だが、こちらは光は弱く優しい。近くにいる人物の治癒力と回復力を向上させる

 

曇天(クラウディ):天候は曇り。上空に雲を作り出す。この雲は魔力の塊でもあり、後述の豪雨(スコール)落雷(サンダー)の威力を最大限発揮する役割を持つ

 

乗雲(クラウィド):天候は曇り。人が乗れる雲を作り、空中を移動することができる。魔力量によって大きさを変えられ、数人を乗せることも可能

(イメージとしては某西の国に向かう僧侶のお供にいる猿の妖怪の乗り物)

 

豪雨(スコール):天候は雨。視界と音を遮る量の雨を降らせて相手を襲う

 

落雷(サンダー):天候は雷。読んで字の如く、相手目掛けて雷を落とす。豪雨(スコール)発動中に放つと威力は倍増する

 

蜃気楼(ミラージュ):本体である自分の姿を消して、別の場所に幻影の自分を作り出す。自分以外のものを幻影で作ることも可能

(エリゴールが持っていた呪歌(ララバイ)を掠め取って偽物を持たせたのもこの魔法)

 

竜巻(トルネード):天候は竜巻。縦方向に巡るものが多いが、横方向に射出して一点を狙うこともできる

(横方向版のイメージはウェンディの天竜の咆哮が掌から出る)

 

砂嵐(サーブルス):天候は竜巻。だが砂を混じらせているため砂属性に区分される。これも読んで字の如く、砂嵐を発生させる

 

吹雪(ブリザード):天候は雪。上に向かって巡りながら上昇する上記二つの魔法と違い、ほぼ横一直線に吹雪を発生させることが多い

 

慈雨(ヒールレイン):天候は雨。治癒特化の魔法。外傷をすぐさま治すことが出来る分、魔力の回復効果は無い。更に魔力の消費も激しい

 

濃霧(ミスト):天候は霧。視界が機能できない程の濃霧を発生させ、周囲を混乱させる。場合によっては相手に魔法を無効化できる

(エバーグリーンの鱗粉魔法など)

 

輝虹(レインボー):天候は虹。全ての技の中で魔力消費量が多く、その分の効果は絶大。攻撃、防御、回復、想像、補助、その他にもシエルの意のままに姿形を変える七段変化の魔法

 

 

アレンジ

 

 

台風(タイフーン)曇天(クラウディ)豪雨(スコール)竜巻(トルネード)を重ねて発動させることで、台風を生み出すことができる。本物の台風同様中央は凪地帯であり、シエル(発動者)本人は基本的にそこにいる

 

帯電地帯(エレキフィールド)豪雨(スコール)によって水が溜まった地面に向けて、落雷(サンダー)に使う魔力を直接放つことで、周り一帯に電流を走らせる。しかし場所に限りがあるため、主に対人戦などで使うことは少ない

 

天変地異(ディザスター):あらゆる天候の魔法を無作為に組み合わせて一気に放出する。発動した瞬間に容赦なく天候の牙が襲い掛かり、辺り一帯はえぐり取られたような跡が残る。その分、消費魔力は膨大

 

 

気象転纏(スタイルチェンジ)

天候魔法(ウェザーズ)で発動した技の形状を変化させて武器の形にして振るう技法。

数か月にわたるエルザを相手とした稽古によって身につけたもの

 

 

日射光(サンシャイン)

→ 光陰矢の如し(サニーアローズ):太陽を分裂させて複数の矢の形に変えてから放つ。現状最速の速さを誇る

 

乗雲(クラウィド)

→ 雲台跳躍(トランポリン):雲に弾力性を持たせ、反発力を活かしてより高度へのジャンプを行えるようにする。分離させて辺り一帯に作ることも可能

 

豪雨(スコール)

→ 雨垂れ石をも穿つ(ドロップバレット):水の弾丸を指鉄砲の先に収縮させ、射撃する

 

落雷(サンダー)

→ 稲妻の剣(スパークエッジ):雷の刃を手に持って振るう。斬られたものは傷口から微量の電流を体内に流し込まれる

→ 雷光(ライトニング):体中に雷の魔力を纏い、敏捷性を大きく上げる。ジェラールの流星(ミーティア)を参考にしているが、物理攻撃に雷属性が付与される

→ 雷光(ライトニング)倍速(ブースト):身体に纏った雷が青に変化し、敏捷性を倍加させる。その分コントロールも難しく、練度が必要

 

竜巻(トルネード)

→ 風廻り(ホワルウィンド)(シャフト):竜巻を細く長く変えて棍の形にして振るう。回転させれば更に強い風を起こせる

→ 風廻り(ホワルウィンド)(スピア)(シャフト)に似ているがこちらは投擲専門。対象を捉えるまで速度が落ちることも無い

 

吹雪(ブリザード)

→ かまくら要塞(スノウシェルター):自分の周りに雪によって作られた高硬度のかまくらを作って身を守る

→ 白銀ノ闇世界(ホワイトアウト):広範囲に濃密度の高い吹雪を発生させて視界と体温を奪う。しかし視界に関しては発動者本人も機能しなくなってしまうので、滅多に使われない

→ 大雪男(スノーマン):大量の雪を密集させて巨大な雪だるまを作り上げる。その後は質量任せに相手に押し付けるただの圧し掛かり(ボディプレス)に使われる

 

輝虹(レインボー)

→ 纏虹拳(セブンスストライク):全てを破壊するほどの威力を有したエネルギーを拳に込め、七色の拳の波動を撃ち放つ。巨大な虹の拳となる事も、螺旋を描きながら七色の拳になる事も自在

 

 

 

 

 

天の怒り

仲間である妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちが蹂躙され、それを嘲笑う者達に対する怒りが頂点に達した際に、シエルが暴走状態になると共に発動される魔法

 

一瞬のうちに空は一面雲に覆われ、その雲が晴れるまでシエルがいる場所を中心に無数の雷が際限なく振り落ちる。過去にはとある盗賊たちが拠点としていた廃村、最近では六足歩行ギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)がその被害に遭い、あまりにも甚大な被害をもたらすそれを、評議院は危険視してシエルを要注意人物として定め、マスター・マカロフからは禁忌とすることを命じられた。

 

 

 

・??

時折シエルに発生する謎の力。

彼自身が必要以上の怒りや憎しみを増長させた際に彼の身体に触れると、黄色い魔法陣が刻まれ、やがて大規模な爆発を発生させる。一つの物体に複数の魔法陣が刻まれれば、相乗効果で威力が増え、場合によっては体が欠損、あるいは命を落とすほどの凶悪な性能を持つ。

この力の正体や制御方法はいまだ不明

 

 

 

■ペルセウス・ファルシー

 

性別:男

 

年齢:19

 

身長:179

 

容姿:弟と同じく水色がかった銀髪で、肩甲骨までの長さを、うなじのあたりで縛っている

 

ギルドマーク:左頬

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

好きなもの:弟、妖精の尻尾(フェアリーテイル)、リサーナ

 

嫌いなもの:闇ギルド、蛇

 

異名:天に愛されし魔導士、堕天使ファルシー(忌み名)

 

趣味:神器のメンテナンス

 

・詳細

シエルの実兄で妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士の一人。5年前に加入し、その年のS級魔導士昇格試験で、ギルド加入期間最短&昇格時年齢最年少の合格記録を持っている。

 

シエルの兄だけあって性格は冷静。だが冷徹であるわけではない為仲間との信頼関係も重視している。ナツやグレイが喧嘩をしているときは決まってエルザが仲裁するため、ギルド加入時からそんな姿を眺めるのが密かな楽しみでもある。

 

だがその反面、幼少より優れた魔導士であったがために、困ったことがあると力づくで突破して成功してきた天才型。策を張り巡らせて状況を打開する弟とは違い、壁があるならぶっ壊して進むという思考回路を持っている。なのでナツやグレイたちのように、後先を考えずに物を壊してしまう部類の人間であるとルーシィは語り、シエルも否定しない。

 

弟であるシエルには、唯一残った肉親である故か、時々妙に過保護な一面が見られるも、彼がウェンディと出会い一目惚れしたことに気付くと、将来弟の幸せの為に必要な存在と認識して彼の背中を押すなど、非常に弟想い。

 

同じS級魔導士であるミストガンとは、周囲には知られていないが親友同士の間柄で、八尺瓊勾玉の影響で眠りの魔法が聞かずに顔を合わせた時から交友が始まった。ギルドの誰にも伝えられなかったエドラスの話を、唯一ミストガンが話せた人物でもある。

 

実はギルドに加入してしばらく、ギルドの仲間である少女リサーナに好意を抱いていて、事あるごとに彼女と仲良くしているナツの事を羨んでいた。ナツとは強さにおいても恋愛においてもライバルだと認識していたのだが、2年前にリサーナが事故で死んだと聞かされ、彼女に想いを伝えなかったことを、表に出さずとも後悔していた。

 

肉親であるシエルや、大恩あるギルドの仲間に対する愛は本物で、その愛故に傷つける者や陥れようとする者に対する憎悪はギルドの中でも随一。シエルを消し去ろうとするブレインを圧倒的な力で斬り伏せ、リサーナを奪ったエドラス王国を蹂躙。堕天使と揶揄された時の片鱗を惜しみなく曝け出していた。

 

 

 

 

・神器の換装魔法

遥か昔に実在していた神が戦いの際に用いたと言われており、その能力と魔力を込めた武器・神器を換装しながら戦う。

 

換装魔法自体は珍しくはないが、神器を自在に使いこなすには魔力量だけでなく、魔力の質にも関わってくる。そのため使い手は100年単位の期間を開けなければ現れない。事実、ペルセウスの先代は400年前の人物であったらしい。

 

 

・神器一覧

 

 

トライデント

海王と称されたポセイドンが扱っていた三又の槍。基本色は青

水の放出、更に自由自在に操作することが可能

 

ミョルニル

雷神トールの紫電の大鎚。基本色は紫

紫の雷を常に放出している。基本小細工いらずで振り回す

 

ミストルティン

様々な神に関わっていたという逸話がある、枝を模した杖

周辺の植物を操って、木の根を伸ばし、枝分かれさせたりして拘束する。魔力吸収能力もある

 

レーヴァテイン

炎神と呼ばれたスルトが扱った炎を模した形と意匠の剣。基本色は紅

紅い炎を発し、炎の斬撃や火炎弾の発射、使い方次第では相手の出入りを遮る炎の壁も出せる

 

グレイプニル

かつては獣神が暴走を起こした際に拘束用で作られた炎の鎖。基本色は橙

魔力の操作で手に持たなくても操作が可能。敵を拘束し、橙の炎で身動きを取らせないまま焼き焦がす

 

イオケアイラ

月と弓の女神アルテミスが使った大弓。金と銀に色が分かれていて、上弦と下弦、それぞれの月の紋様が彫られている

魔力で作られた複数の矢を作り出し、射出することが可能。作れる矢の数は100を優に超える

 

イージス

戦女神アテナが所持していた大盾。鏡のような光沢を持つ

絶対無敵の盾とも呼ばれており、どのような攻撃もすべて防ぎ切り、傷一つさえ滅多につかない。ペルセウスの魔力の量で強度も変化する。破壊できた者は、歴史上でも誰一人として存在しない

 

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

太古には東洋の国に祀られていた勾玉。白い地に赤の斑点が一つ付いている

装着していれば常に魔力を消費するが、毒などの状態異常やデバフ効果を一切遮断することが出来る。何とアニマも状態異常と認識して、吸収から防ぎ切った。ただし許容量が存在し、限界を超えると破損。修復されるまで呼び出せなくなる

 

ダーインスレイヴ

あらゆる神が扱いに困った対魔の剣。基本色は黒

手に持つだけでより多くの魔力を吸い取られ、一度持つと魔力を持った何かを斬り裂くまでは鞘に戻りはしないという言い伝えを持つ魔剣。事実ペルセウス自身も完全には使いこなせない為、時間が限られた状況下、またはシエル(最愛の弟)の危機に関して、主に使用される

 

グングニル

戦の神オーディンが使っていたとされる槍。基本色は紫

あらゆるものを貫くと言われ、主に投擲の形で使われる。魔力の操作で空中の移動も可能。急な方向転換で狙いを変えるという方法も出来る

 

グラム

神に選ばれた英雄が抱えたと言う大剣。基本色は灰色

身の丈を優に超すほどに大きく、石や鉄さえも容易く斬り裂く

 

フラガラッハ

光と風の神ルーが作り出したと言う短剣。基本色は緑

風の力を持っており、その刃は強固な鎧も貫き砕く

 

アダマス

時の都と呼ばれる街に祀られていた大鎌。黒に近い灰色に黄色の幾何学模様が入っている

魔力を込めることで任意の時間を止める上、止めた時の中で自由に動く人物も指定できる

 

 

 

■ペルセウス・オルンポス

 

性別:男

 

年齢:21

 

身長:177

 

容姿:アースランドのペルセウスとほぼ同じだが、病弱の印象を与えるほど色白で、左目には白縁のモノクルを付けている

 

所属ギルド:妖精の尻尾(フェアリーテイル)(エドラス)

 

好きなもの:家族、妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

嫌いなもの:自分自身

 

肩書:妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドマスター代行(代行部分は自称)

 

趣味:ギルドメンバーとの会話

 

・詳細

並行世界エドラスで生まれ育ったペルセウス。人を惹きつけ導く才能がある為に、若くしてエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)マスターを務めている。だがマスターになった経緯が、当時の先代マスターがエドラス王国に捕まって処刑され、正式な継承が出来ないままギルドメンバーの投票によって決まったというもの。故に本人は「自分にはそんな力はない」と言う後ろ向きな理由で暫定的な代行を名乗っている。

 

生まれた時から病弱体質。アースランドではシエルがその体質だった過去がある為、兄弟の身体に関しても逆転していることになる。更に言うとこちらのペルセウスは未だにその体質が治っておらず、一種の興奮状態、または病状が深刻化すると口から吐血することがしばしばある。その度に医療の心得を持つエドウェンディの手で介抱される。

 

病弱故か物腰は柔らかく、誰に対しても敬語を使い、家族であるエドシエル以外はくん付けやさん付けで呼び、丁寧な口調で話す。声はペルセウスに酷似しているが、それは聞くものを落ち着かせる特殊な波長を持っている。

ちなみにエドウェンディに対しても呼び捨てにしているのだが、これはエドシエル同様に家族と認識しているため。と言う事は……?

 

自他ともに認めるほど虚弱であるために戦闘能力は皆無。だがその代わりと言えるほどに頭脳が優れており、乱戦に立った場合は軍師としてメンバーに指示を出して有利な状況に持ち運べる。

 

弟であるエドシエルが発明した魔法を所持しており、彼自身と仲間たちを守るための役割を担っている。

 

・モノクルには敵と味方の認識機能や位置情報をレーダーする機能や、スイッチを押すことでレーザーを発射することが出来る

・彼が支えとして使っている杖に付いている魔水晶(ラクリマ)も弟の発明品。魔戦部隊隊長の存在の接近を感知すると、マスターペルセウスに無意識に通達し、胸騒ぎを起こさせる

 

 

 

■シエル・オルンポス

 

性別:男

 

年齢:18

 

身長:181

 

容姿:シエルを一回りも二回りも大人にした容姿に加え、目は切れ長で、それをより強調するノンフレームメガネをかけている

 

所属:元妖精の尻尾(フェアリーテイル)、現エドラス王国

 

好きなもの:発明、家族

 

嫌いなもの:邪魔をされること、王国

 

肩書:エドラス王国直下魔法応用科学研究部部長

 

趣味:魔科学の発明

 

・詳細

エドラスにおけるシエルであり、エドラス妖精の尻尾(フェアリーテイル)マスター・ペルセウスの実の弟。二年半前までは兄がマスターを務めるギルドに所属する魔導士であったが、兄が発案した潜入計画を実行するため、自らが志願し、王国の研究部門・魔法応用科学研究部を立ち上げて、そこの部長となる。

 

潜入した当初は、計画の通り王国内の情報を横流しにして、人知れずギルドにそれらを送っていたのだが、1年程前に突如その連絡が途絶える。以降は一切彼らに情報が行き渡らないまま時が過ぎていった。

 

性格はアースランドのシエルとは対照的に、素っ気なく慣れ合う事を好まない言動。者によっては冷たいと言う印象を与えられる。一方で他人に対する容赦のなさは共通しているのか、忠誠を誓っている国王以外の王国側の人間に対して、神経を逆撫でするような言葉を淡々と告げて指摘する。そのせいで特に被害を受けているエドエルザからは殺意を向けられるほど嫌われてる。

 

研究部門を立ち上げる程頭脳に秀でており、自らが考案した魔法応用科学……通称魔科学による発展された技術の数々によって国はより栄え、一部を除く王国からの信頼は厚い。永遠の魔力と言う存在に希望を見出し、スパイとして潜入した事を捨ててギルドを見限り王の手となり足となる事に徹底。家族を躊躇いもなく見捨てた合理的かつ冷酷な判断は、普段穏やかで優しいウェンディでさえ激しく怒りを表すほどのもの。

 

しかしその実は、永遠の魔力をエドラスにもたらし、魔力による諍いやギルド狩りを無くし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)への危害を完全に無くして安全を確保することこそが、連絡を途絶えた瞬間からのエドシエルの目的だった。

 

忠誠を誓ったように見せた事、王の手足となって動いたことも全て演技であり、内心では家族に仇なす国王の事を常日頃から恨んでさえいた。王国軍がギルドのメンバーを捕らえてくる度に、人知れず自分にあてがわれた部下とすり替えて安全を確保させるなど、心の底ではギルドの仲間の事を大切に想っている。

 

ぶっきらぼうな態度の中に秘められた優しさ。それに気付いているのは兄であるマスター・ペルセウスと、彼に想いを寄せているエドウェンディを始めとした数人。もう一人(アースランド)のシエルとの激闘を経てからは、少しずつ不愛想な言動が軟化されていっている。

 

余談だが、エドウェンディから好意を寄せられていることに、本人のみが気付いていないと言うのがギルド内での共通認識……なのだが、ウェンディと言う存在から好意的な感情以外を向けられるのに慣れてないと、少年のシエルに打ち明けたらしい。その真意は……

 

 

 

・魔法応用科学(魔科学)

エドラスが普段から使っている魔法の効果を多種多様に組み合わせ、別の独自の魔法を作り上げることで戦力の強化、生活基盤のレベルアップを図った科学。エドシエルが得意とする研究分野であり、王国軍の幹部たちのほとんどはこれによって大幅に強化された

 

 

通信札

小型の板状の魔水晶(ラクリマ)。通信用魔水晶(ラクリマ)と違ってコンパクトで持ち運びやすく、通信状態も良好

 

反射板

魔力で出来た大きな盾。如何なる魔法も受け止めて、相手に跳ね返す

 

縮地足

具足の踵部分から魔力を放出し、一気に距離を詰める事が可能

 

修復回帰

一部の魔科学兵器に備えられている機能。どれだけ破損していても、内包魔力がある限りほんの数秒で元に戻せる

 

アンチエーテルスフィア

対象の魔力を封じ込め、その魔法を使用できないようにする。ペルセウスのデータをもとに、最初の試作品として作られた。時間経過で効果は切れるよう設定されており、最短6時間、最長12時間なのだが、喰らっていたペルセウスは1時間足らずで無理矢理解除してしまった

 

 

・エレメントゥムロッド

先端に赤、青、黄色、緑の4色珠が付けられた長杖。地水火風の力が込められており、自在にあらゆる属性のあらゆる効果を持った技を使用できる。のみならず、二つの属性を組み合わせることで更に別の4属性、計8属性の具現が可能。

 

 

赤→火

青→水

黄色→地

緑→風

水+風→雷

水+地→氷

火+風→光

火+地→闇

 

 

主な技

属性と形によって技の名前が統一されている

 

火→イグニス

水→アクア

地→ソルム

風→ウェントス

雷→トニトルス

氷→グラキエス

光→ルーメン

闇→テネブラエ

 

地水火風四属性→クワトロ

 

 

ショット

属性を込めた魔力の弾を放つ

 

エッジ

属性で作られた刃を振るう

 

ランス

属性で作られた複数の槍を射出

 

スフィア

属性の膜を作り、特定の魔法を防ぐ

 

シャワー

属性の魔力を降らせて容赦なく攻め立てる

 

 

アレンジ

ナチュラレックス・オールデル

地水火風雷氷光闇8属性全ての魔力を凝縮して、漆黒の波動を撃ち放つ。太古の自然を統べし王の意を持つ、最大威力の技

 




少々急ピッチで書き上げたので、書き忘れた部分もあるかもしれませんが、一旦ここらで閉じることにします。次回から数話ほど幕間章。それが終わったら天狼島編です。

ぶっちゃけますと、天狼島編では主人公兄弟たちの核心を仄めかせる描写を予定していて、人によってはそれで正体とかに気付けちゃうかもしれません。こんな折り返し地点でもう!?と思う方も中にはいるかとw

「シエルは実は○○だった」とか「ペルがまさかの○○!?」とか、ここを期待してくださるとうれしいです。(ちなみに伏字の数は関係ありませんw)

ちなみに来週から盆休みに入りますが、更新の予定は進捗状況によって変動させるため、実はまだ全く予定が決まっていません。(汗)
Twitter、活動報告の方でまたお知らせしていきます!


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第6.5章 願わくば彼の者に希望を
第103話 二つの世界のその後


三日もかけてようやく一話書き上げたくせに、自分の中であまり納得のできていない出来に……!集中力が足りないよ←

出来ればお盆中に二話ぐらいは書きたいと考えていたんですが、この分だとちょっと難しそう……。水曜日になっても更新が無かったら、間に合わなかったんだな、と思っていただけると……。


いつもの日常、いつもの風景、そしていつもの雰囲気。マグノリアに存在するギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、つい数時間前まで街ごと消滅していたことなど微塵も感じさせずにいつも通りの風景を作り出している。

 

だが正面の入り口となる開かれていた門扉を潜った一人の影に、近くにいたメンバーが目を向けると衝撃を受けた様に顔と体を硬直させる。それは瞬く間に伝播していき、ほとんどの者たちが……特に二年以上前からこのギルドに所属している者たちは、たった今ギルドに入ってきた一人の少女の姿を見て各々が驚愕と動揺を表に出している。

 

白銀のショートヘアと青い瞳を持ったその少女、リサーナ。傍らで笑顔を浮かべながら彼女の姿を見守るミラジェーンとエルフマンの妹。二年前に事故に遭い、命を失ったと聞いていた少女が、空白の二年を経てギルドに帰還を果たした。

 

「マ、マジかよ……!?」

「おめえ……生きてたんか……!?」

 

幽霊を見たかのような反応だが、彼女が紛れもない生者である事は、後方に控えて笑みを浮かべる一部のメンバーが証明している。そして問われた彼女自身も、二年ぶりに見えた本当の仲間たちの姿を目にしたことで、喜びを隠すこともなく一つ頷く。

 

本当に帰ってこれたんだ。ナツやペルセウスたち、姉のミラジェーンや兄のエルフマン、実感できた瞬間は幾度もあったが、新築されたギルドにいたほとんど変わらない者たちの姿を見て、心の底から安堵を覚えた。

 

 

 

「ひっ!?」

『リサーナァーー!!』

 

そして次にリサーナは目を見開くほど驚いた。と同時に軽く怯えた。彼女の帰還を実感して喜んだ面々(全員男)が涙を流しながら大きく腕を広げて彼女へと迫ってくる光景を垣間見て。

 

「汚ねぇ手で触んなぁ!!」

 

そして妹に迫ってきていた魔の手(野郎ども)を、右腕を鉄のものに接収(テイクオーバー)で変化させたエルフマンが文字通り鉄拳制裁。被害者たちは棒人間のような簡素な表現でいとも簡単に吹き飛ばされていく。自業自得だが扱いが雑だ。

 

「あれぇ?何かちょっと前にも見た気がするゾ?」

「あれだ。オレたちと同じリアクション……」

「デスネ!」

「あらあら」

 

数日前に似たようなものを見た気がするシエルたち、それからミラジェーンが、既視感を感じてそれぞれ苦笑を浮かべる。シエルとハッピーの口調が、どこかで聞いたことのある者たちと被ってるような?

 

それにしても、マグノリアの街のみならず、ギルドも伝え聞いていた通りに元通りだ。リサーナが入るまで違和感に困惑する様子も見られなかったのを考えると、アニマに吸い込まれていた事にも気付いていないことも事実のようだ。一安心と言える。

 

「イカレてるぜ」

 

「これが……魔導士ギルド……」

 

いつも通りにハチャメチャなギルドの様子を見て呆れた様子のガジルと、初めて別世界の魔導士ギルドの空気を垣間見たパンサーリリーのみ、安心感とは違う感情を抱いていた。

 

「リサーナ」

 

「マスター!」

 

リサーナになおも喜びのあまりに近づこうとする男たちや、それを威嚇するエルフマンに困惑しながらも可笑しそうに笑っていた彼女の元に、静かに歩み寄ってきた小柄な老人の声を聞き、リサーナもまた二年ぶりに会った親同然のマスターに顔を向ける。

 

「信じておった!」

 

そんなマスター・マカロフが彼女に向けて告げた言葉に、驚愕を隠せなかった。その影響で見開かれた目に老人の優しげな表情を映しながら、マカロフの続く言葉を彼女は耳に入れる。

 

「ギルドで育った者は皆ギルドの子じゃ。子の心配をしない親がどこにいる。そして子を信じない親がどこにいる。事情は後でゆっくり話してくれればよい。ナツたちもな」

 

マカロフは、リサーナが生きている可能性を信じていた。当時のミラジェーンから聞いていた「空に吸い込まれるように消えていった」と言う言葉から、異界で何が起きようともきっと無事だと、いつかは帰ってくることを、ずっと信じていたようだ。

 

その事に気付いたペルセウスはそんな彼の姿勢に驚嘆する。自分は諦めていた。ミストガンからの話を聞いた瞬間に、彼女が生きていると信じるより先に、彼女が死ぬきっかけとなったのはエドラスだと決めつけ、彼女の生存を諦めてしまっていた。対して親であるマカロフは何も聞かされていないにも関わらずリサーナの事を信じていたのだ。

 

「(敵わないな……本当に……)」

 

家族を救ってくれた大恩人の一人。少しぐらいはその恩を返せたかと思う事があったが、まだまだ道のりが遠いこと、己の浅慮を味わうのみに終わった。

 

「とにかく、よう帰ってきた!」

 

いつまた戻ってこれるかもわからず、孤独だったであろうリサーナに、歯を剥けた笑顔を浮かべながらマカロフは彼女を迎え入れる。ずっと過ごしてきた場所、ずっと家族と共にあった場所、帰るべき場所へととうとう変えることが出来たのを、リサーナは改めて実感して、目元に涙が浮かび始める。

 

「マスター……帰って来たんだよね……?私、帰って来たんだよね……?」

 

「そうじゃよ。ここはいつでもお前の家じゃ。おかえり、リサーナ」

 

『おかえりー!!リサーナ!!!』

 

優しい声を顔で告げたマカロフに続くように、ギルドの面々も大声でリサーナを迎える。喜んでくれている。マスターも、みんなも、後ろにいる家族や仲間たちも。思わぬ別れを経て、ようやく戻ってくることが出来た彼女は目から溢れる涙と、心の奥底から湧き上がる嬉しさを抑えることが出来なかった。そして……。

 

「ただいまー!!」

「グモッ!?」

 

溢れ出た感情を抑えられず、マスターに飛びつき、その影響で近くにあった細い柱にマカロフが後頭部から激突。勢いがありすぎたのか柱の形が歪んでしまい、さしものマカロフもぶつけた箇所にたんこぶが作られた。

 

「ヒィー!マスターがー!!」

 

「リサーナ、どうどう……!」

 

感動的な場面が下手すれば台無しになるアクシデントにルーシィが絶叫し、シエルが感極まってる義姉(まだ予定ですらないが……)を落ち着かせようと声をかけるが、全く耳に入っていないのか泣きながらマカロフに頬ずりしている。だが思わぬダメージを受けながらも、マスターマカロフは一切咎めず、むしろ優しげに受け止める。

 

「す、好きなだけ泣け……!宴の前にな……!」

 

涙を流して喜びを表しているリサーナに向けられている視線は、どれも優しいものだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ギルドのメンバーが宴の準備をしている合間に、マカロフたちにエドラスの存在やミストガンの事など、事の経緯をシエルたちは知る限り伝えた。その間に準備は出来上がり、「おかえり、リサーナ」と書かれた横断幕が壁に貼られてどんちゃん騒ぎが始まった。

 

リサーナがエドラスにいた二年間でギルドの内装や姉の性格などの変化があるが、基本的に二年前まで過ごしたギルドの様子とほとんど変わりがないことに安心感を感じている。特に年中何かにつけて宴で騒いだりするところとか。

 

だが、リサーナだけでなくエドラスから戻ってきたメンバーたちも知らなかった変化を遂げている者たちがいた。例えばエバーグリーン。髪型がウェーブのかかったロングヘアーにイメチェンされている。態度自体は以前と特に変わっていないのだが。

 

更にもう一人はジュビアだ。彼女もまた髪型をイメチェンして、ギルド加入前の外側に毛先を巻いた長い髪に、服装も暗い色のダウンコート。どこか雰囲気も以前の暗い性格が蘇った上に、彼女の周囲だけ雨が降ってるように見える。エバーグリーンはともかくジュビアには何があった?

 

「ジュビア、どうしちゃったんだ……?」

 

「元気ないみたいだね……」

 

以前の暗い雰囲気から明るくイメチェンして以降、ギルドメンバーとも打ち解けてきていたジュビアが突如以前の様相に戻したこと、その上気分が落ち込んでいるように見えることにシエルもウェンディも心配そうに目を向けている。特にシエルは彼女からグレイに関する相談を受けて、答えていたから尚更だ。

 

ジュビアにあからさまな変化、もとい影響を与えられる事柄と言えば……一人の人物しかいない。彼女が誰よりも熱をもって接するその青年の姿を探して辺りを見渡してみれば、いつものように酒を堪能しているカナが座るテーブルに腰掛け、どこかニヤつきながら声をかけているグレイの姿が見えた。

 

「オメー向こうじゃ……ぷっ!!ダメだ!思い出すだけで……!!」

 

「ハッキリ言ってよ!酒がまずくなるじゃない!!」

 

エドラスのカナはこちらと違い、酒類を一切とらず、その上恰好も性格もお嬢様そのものだった。それを思い出し、アースランド(こちら)とのあまりの違いに笑いをこらえきれない様子だ。だがグレイもエドグレイの事をカナに知られたら思いっきりいじられそうだから五十歩百歩だろう。滅茶苦茶厚着してたりとか、ジュビアに惚れてアプローチしてたりとか。

 

「ジュビア……エドラスに行きたい……!」

 

「そーゆーことか……」

 

そんな様子を柱の陰から、そしてその柱にひびが走るほど手を食いこませながら無表情で見て呟いた一言。成程、ハッピー辺りからエドグレイの事を聞いたようだ。エドジュビアの髪型が以前のジュビアと同じものだったことも原因の一つだろう。一言だけで原因を何となく悟ったルーシィが納得を示していた。

 

ちなみに誰かから同様に、エドラスでの自分たちの様子を知ったビスカとアルザックの両片想いスナイパーコンビも、両者沸騰しそうなくらい顔を赤くしながら自分たちもエドラスに行きたいと小声で呟いていた。二人に吹聴したのは誰かって?小首を傾げているウェンディの後ろで口元に拳を近づけてくつくつと笑っている悪戯妖精(パック)ですが?

 

「やっぱギルドは最高だぜーーーっ!!」

「あいさーーっ!!」

 

そしてその中でも一番テンションを上げて暴れ回っているのはやはりこの男。リサーナが帰ってきたことも相まって、いつも以上にはっちゃけている火竜(サラマンダー)がギルド内を駆けまわって騒いではテーブルも人も突き飛ばしていく。それを見たメンバーたちはエドラスでもナツはこんななのか?と言う疑問を口に出しているが、エドナツの事をよく知っているリサーナがそれを聞いて答えた。

 

「あはは!それがね……『ボ、ボク……ルーシィさんにいじめられてぇ……!』みたいな?」

「っ!?」

 

「何それウケるー!!」

「見てえ!そのナツ超見てえ!!」

 

「可愛いのよー♡」

 

乗り物に乗っているとき以外はオドオドとして、ビビりまくっているエドナツのワンシーンを物真似で表現しながら面白可笑しく説明するリサーナ。勿論周りのメンバーはどこか情けないナツの姿を想像して大爆笑。暴れ回っていたナツがそれに気付いて「オレは見せもんじゃねぇーっ!!」とリサーナに怒鳴っているが、本人は一切ビビらない。寧ろ更に笑みを深めてる。

 

「向こうのマスターって、ペルがやってんのか!?」

 

「大丈夫かよ?強さはあっけど、マスターやっていけるような感じか?」

 

別の場所ではエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターをペルセウスが務めていることに対する驚きの声があちこちから上がる。魔導士としての強さは一級品だが、魔導士たちを束ねる統率、もといギルドの経営に関してはペルセウスに不安の要素が多すぎる。

 

「それがよ、あっちのペルはなんつーか、頭の方が優れてそうで、体が弱そうだった。血も吐いてたし」

 

「血を吐いたって……」

 

だがその事を聞いたグレイが代わりに答えを口に出す。身体を思うように動かせない病弱な彼の事を思い出しながら。病弱が過ぎて口から血を吐き出した光景を目にした時は物凄く衝撃を受けていたことを覚えてる。

 

他にもルーシィがナツやグレイをよくシバいてた事や、シエルやウェンディが向こうだと色々と成長した姿った事とかを話題にあげている。自分自身はどんなだったのか、と聞く者たちも多い。

 

「さ……騒がしいギルドだな……」

 

「第一印象はみんな同じなのね」

 

「楽しいトコだよ」

 

これほどまでにどんちゃん騒ぎを起こすところは、魔導士ギルドや王国、エクスタリアの中でも存在していなかった故、初めてその光景を目にした黒ネコのリリーは唖然として思わず口に出していた。そして同時に思う。ここにいる、騒ぎまくっている者たち全員が、体内に魔力を持っているのだと。

 

「そうだ。それがアースランドの魔導士」

 

「エルザ」

 

生唾を飲み込んで呟いていた言葉を拾い、声をかけながら近づいて来た緋色の長い髪を持つ女騎士、エルザに気付いたリリーがその名を呼ぶ。そう言えばリリーは、同じ魔戦部隊の隊長として、正しくは別人だがエルザと肩を並べることもあった、謂わばエルザと言えば同僚。そのエルザと異世界でも同じ立場に身を置くのは偶然にしては出来過ぎている。

 

「しかし大切なのは、魔法そのものではない。魔法を持つ者の心……そうだろ、リリー?」

 

「ふっ、別人とは言え、()()()()知ってる顔がいると落ち着くモンだな」

 

笑みを浮かべながら言葉をかけるエルザを見て、かつての同僚と同じ顔をした人物が近くにいることで肩身の狭い思いをせずに済んでいるようだ。ところで、王国側にはエルザだけでなくもう一人いたはずだが……。

 

「王国には確か俺もいたはずだよね?スパイだけど……」

 

「正直、お前が本当にシエルなのかどうかさえ未だに疑わしい……」

 

「そこまで!?」

 

そのもう一人であるシエルは、年齢の差がある事が原因か、あらゆる意味で同僚とは異なる子供が本当にシエルであるかもまだ信じ切れていない。きっと成長したら瓜二つになるはず……だが、何年かかる事やら。

 

「コラァ!火竜(サラマンダー)!小娘ぇ!オレのリリーと青ネコ、白ネコ!勝負させろやァ!!」

 

「ア?」

 

「はっはっは!そりゃいいや!!」

 

すると直後、ガジルが突然他のメンバーを押しのけながらナツのところに進んできて、闘争心を剥き出しにしながらそう叫んできた。ギルダーツに勝負を仕掛けて瞬殺されていたナツはそれを聞いて顔を歪めながら振り向き、近くにいたギルダーツは面白そうに笑い声をあげる。

 

「あ~……妙な奴に目ぇ付けられちゃったね……」

 

「あう……」

 

ようやく自分にもできたエクシードの相棒。その剣でテンションがおかしなことになってるのだろう。優劣を付けたがる癖があるガジルにエクシード関連で目を付けられたウェンディに、シエルが励ますような目を向けながら声をかけ、本人も所在なさげにしている。

 

「望むところだぁ!!」

「望まないでよ……」

 

一方ガジル同様のバトルジャンキーであるナツは、闘う対象が相棒なのにも関わらずやる気満々で承諾。巻き込まれたハッピーがげんなりしながら止めようとするが、そんな気配は発生しない。

 

「言っておくが、オレのリリーは最強と書いて最強だぜ?」

「ハッピーは、ネコと書いてネコだぞコノヤロウ!!」

 

「あのさ……オイラ一瞬で負けちゃうよ……?」

 

会話内容がバカすぎるが、それを指摘できる余裕もハッピーにはない。リリーの実力はハッピーもよく知っている為、確実に勝てる気がしないと考えている部分も理由の一つだ。

 

「だらしないわね。やる前から諦めてどうすんの?」

 

「はっ!オイラ、期待されてる……!?」

 

だが引け腰になってるハッピーの様子に、シャルルが呆れながらも笑みを浮かべて発破をかける。徐々にやる気が出始めてきた。これはいいところを見せるチャンスでは……!?

 

「よせ。こう見えても向こうでは師団長を任されていた。無駄なケンカはケガをするだけだ」

 

「意外と大人なんだな」

 

「奴等が幼稚なのでは?」

 

だが対するリリーは盛り上がるガジルたちとは違って、冷静にハッピーを引き止める。体は小さくなりはしたが、エドラスにおいてガジルとタイマンで戦えるほどの力を持つリリーと、ほとんど戦える力を持たないハッピーがぶつかったところで勝敗は目に見えてる。対応の大人っぽさに感心するエルザだったが、相棒含めた人間勢の脳内に問題があると感じたリリーは思わず零した。否定できない。

 

「ま、仲良くやろうぜ。ハッピー、シャルル」

 

「リリー!」

「フン」

 

どうやらエクシード同士の仲に関しては問題なさそうだ。人間に換算すれば割と年上で、大人の立ち位置に入るリリーは、差別するわけではないが同族に積極的に交友を深める姿勢がみられる。前までは壁を作っていたシャルルも、今回の一件で柔らかくなっているから、打ち解けるのにも時間はかからないだろう。ウェンディは心から安心した。二重の意味で。

 

「で……何で本人たちがケンカしてんのよ……」

 

気付けば睨み合って互いの相棒を推していたナツとガジルの二人がケンカをおっぱじめ、いつの間にかグレイやエルフマンを始めとしたギルドの面々数人が混ざって大乱闘。リリーが言っていた「幼稚なのでは?」と言う言葉を律義にも体現させている。

 

「激しくぶつかり合う肉体と肉体!!ジュビアも!!」

「脱ぐな!!」

 

「カナ、誰が最後まで残ると思う?俺、ナツかグレイだと思う」

「う~ん、大穴でガジルとかじゃないかね~?」

「賭けるな!!」

 

「たまには便乗して暴れるのも悪くない」

「ヒャッハー!そう来なくっちゃ!!」

「オレも混ぜろ!ナツ!!」

 

「うわぁ~、皆さん、落ち着いてぇ~!」

 

「やっぱりこうなるのよね……」

 

他にも色々混ざろうとする者や賭ける者まで現れて、ギルド内はまさにカオス状態。ワタワタし始めるウェンディと呆れて苦笑いを浮かべるルーシィくらいしか常識人枠が残っていない。もう滅茶苦茶だ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこうでなくっちゃね!」

 

そこにリサーナが近づき、ルーシィたちに笑いかけながら告げる。確かにケンカはよくするが、こういう退屈するようなことがない楽しそうなところは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の特徴の一つと言える。楽しそうに微笑みかけるリサーナに、ルーシィもまた同意するように笑みを返した。

 

「(色々違う部分が多いのに、やっぱりどこか似てる気がするな、あの二人)」

 

ケンカで盛り上がる者たちや、それをが否から見て呆れてる者たちも、少し離れた場所で眺めていたペルセウス。リサーナとルーシィが並んでいるところを見て、ギルドのメンバーが二人がどこか似ていると話していたことを思い出し、実感している。

 

そして同時に思う。リサーナが本当に帰ってきて、この場にちゃんといることを。二年前に諦めていた光景を再び見ることが出来る事を、喜ばしく思う。

 

「……」

 

だが、心中とは裏腹に、彼の表情はどこか優れない。浮かない顔をしたまま、彼女たちから目を逸らして、思い詰めたように目を細めていた。

 

「ところでナツ、向こうのワシはどんなんじゃった?反対の感じじゃろ?気になるの~」

 

「エドラスのじっちゃん?ギルドのマスターはペルだったしな~」

 

口を引っ張られている最中だったナブを投げ捨てるように放りながら、マカロフに尋ねられた問いかけに反応する。言われて見れば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)ではマカロフではなくペルセウスがマスターだった。エドラスにおけるマカロフを見かけた記憶がない。

 

「ん、待てよ……?あの感じ……」

 

エドラスのマカロフとは会わなかった。そう答えようとしたナツの脳裏に、フラッシュバックする感覚である人物に関する記憶が蘇った。人々の心に響くように語り掛ける演説。声。城内に遊園地を作らせる遊び心。

 

そして何より、アニマに吸い込まれて帰る直前、ナツはその人物に声をかけられていた。

 

 

 

『結束力……勇気……信念……私は大切な事を忘れていたようだ……』

 

見る影もない程崩れて瓦礫の山となった建物の一つに座りながら、当時の数十分前までの狂気や渇望が一切抜け落ちた、魂が洗われたかのように穏やかで力ない表情を浮かべ、ナツに声をかけてきた元国王と言う立場となったファウスト。国を統べる立場から落ちた一人の老人は、魔力に憑りつかれるあまり、ナツたちが抱いていたそれらを忘れてしまっていたと呟く。

 

『ギルドは、楽しいか……?』

 

そして問いかけたその言葉。しばらくキョトンとなっていたナツは、ただ問われたその言葉に、力強く笑みを浮かべながら頷いて答えた。そしてそのまま空へと戻って行った。あの時はまだ、気付きもしなかったのだが、思い返してみればその問いは目の前にいる親代わりの老人の言葉と姿が重なった。

 

「おおっ!そっか!!」

 

「な、何じゃ?」

 

「もしかしたら、王様やってっかもな!!」

 

真実は分からないが、あれほどまでの既視感は偶然とも思えない。もしかしたら、そんな可能性も考えながらナツはマカロフにそう教えた。ギルダーツと顔を見合わせて言葉の真意を汲み取れずに首を傾げたが、深く気にすることなく、今度はギルダーツが尋ねた。

 

だが、ギルダーツに関してはマカロフ以上に存在があったかどうかも怪しい。魔法が使えないときに追い回してきた巨大な魚とかカエルじゃないか、などと言ってみれば、少なからずショックを受けた様子だった。

 

その後はケンカから一時的に離脱していたナツに怒鳴りながら他の面々を吹き飛ばしていくグレイやガジル、エルフマンが呼び戻そうとしたり、語るだけ語って未だに混ざっていないフリードが何かをまた語ろうとしてナツに殴り飛ばされたり。結局はいつもの通りにいつもの調子であるガキ共の行動に、呆れながらも微笑ましい表情を浮かべてマカロフたちは眺めていた。

 

「のう、ギルダーツ」

 

「ん?」

 

「ミストガンの事は残念じゃったが……エドラスとやらで元気にしてる事を願おう」

 

故郷をこれから導くため。ミストガンは、大きな大役を請け負いギルドに告げる間もなく旅立った。もう行くことが出来ないであろう異世界を統べる。だが立派にならずとも、いくら躓いても、親として願う事は一つだけ。ただ、元気でいてくれること。俯きながらそう告げたマカロフに、不敵に笑いながらギルダーツは返した。

 

「元気さ。このギルドで育ったんだ……元気に決まってる」

 

例えどこから来たとしても、どんな目的で来たとしても、ミストガンは確かに妖精の尻尾(フェアリーテイル)の家族だった。その事実だけは、決して今後も変わる事の無いもの。そこで育った彼ならば、これから先、元気でない訳がない。年長者二人は、そう確信めいた想いを、確かに持った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方。堕天使の蹂躙によって半壊に近い状態となってしまったエドラスの王都。ここでは、凶悪な魔法を使用した堕天使とその僕たちが破壊した街の大部分を、住民たちが一丸となって復興しようと励んでいた。

 

「ちょっと待て!確かにギルドを引っ越しさせる手段を考えろって言ったけどな……何だよこりゃあ!?」

 

「しょーがないでしょーが。魔力が無くなっちゃったんだから」

 

その王都から少し離れた一角。エドラスで活動していた唯一の魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、王国軍と衝突していた森の近くから王都まで、巨大な植物の外観で作られていたギルドを移動させる為に動いていた。主な活動拠点となる王都から、すぐさま移動が出来るようにするためである。

 

だが、そのための方法と言うのが、どうやったのか巨大な荷車にギルドごと積載し、その荷車を大多数がロープで引っ張って移動させると言うもの。いわば人力である。嫌な予感しかしなくて逃げようとするナツをルーシィが関節技を決めながら止めたり、そのナツが魔導四輪で一気に動かそうとするも魔力がないので結局人力に頼るしか選択肢がなかった。

 

「仕方がありません。各自配置について、王都までギルドを運びましょう。時間はかかるでしょうが、力を合わせればできるはずです」

 

『おおーっ!!』

 

マスター・ペルセウスの言葉を聞き、男たちがそれぞれ荷車に付けられたロープを息を合わせながら引っ張り始める。荷車に乗ってるとはいえかなりの重量だ。一歩一歩が果てしなく重い。

 

「おっとマスター、あんたはこっちだ」

 

だが、同じようにロープを引っ張ろうと余っている場所に向かおうとしたペルセウスを、ルーシィが肩を掴んで引っ張り、傍らへと移動させる。

 

「え、あの……何してるの……?」

 

ペルセウスが連れてこられたその場には、ルーシィを始めとして、ロープを一切持とうとしない女性陣の姿。重労働を行っている男性陣を代表して、ナツが尋ねてみれば……。

 

「ア?あたしらか弱い乙女と、それ以上に弱いマスターにこんな重いモン運ばせる気か!?」

 

『か、か弱いってぇ~!?』

「それ以上……?」

 

まさかの返答。男性陣にはとてつもない重労働を強いておきながら、中には男顔負けの力を持っている自分たちをか弱いと決めつけてコキ使っていると同義のもの。ついでに重労働の戦力外通告を告げられたペルセウスも精神的ダメージを負っていた。でも確かにマスターだけは素直に休んでいて欲しいと思うのは男女共通認識である。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「はぁ~!楽チン楽チン!」

 

「落ち着きますわねぇ」

 

「ほっこりするね~」

 

男性陣が必死になってギルドを引っ張る中、マスターペルセウスと女性陣は、運ばれているギルドの中で優雅にティータイムを満喫中。一部を除いて遠慮なしにくつろぎ、暇を持て余している。

 

『中に乗るな!!しかもお茶すんな!!』

 

外で未だに重労働中の男性陣から当然のごとく怒号が上がり、ギルドの中にまで届いてくる。唯一心配そうに窓から男性陣の様子を見下ろしていたペルセウスは「本当にすみません……」と自分の無力と彼らへの同情を痛く実感していた。

 

そんな中、一人だけソワソワと落ち着きなくギルドの中を歩き回ってゆっくりする余裕のなさそうな女性が一人いた。他の面々がくつろいでいる中で彼女の足音が中に響き、気にしたジュビアが思わず声をかける。

 

「あなたもいい加減落ち着いたら?ウェンディ。気持ちは分からなくもないけど」

 

「で、でも……」

 

落ち着くように窘められても、彼女が心に抱いている不安が消える様子はない。ギルドの窓から外を見れば、まだまだ距離がありそうな王都が目に入り、そこに今いるであろうある人物の安否を、否が応にも気にしてしまう。

 

「シエル……大丈夫かしら……?」

 

彼女が呟いたその名。マスターペルセウスの実の弟にして、彼女が想いを向けている魔科学研の部長であるシエル。彼は国を裏切ったと言う立場にあるが、新たな国王に就任したミストガン(ジェラール)陛下が、今回のアースランドを飲み込んだアニマ計画に密接に関わっていた者たちを招集した。その中に、魔科学研の部長として加担していたシエルも例外とはならず、今朝、王城へと兵士たちによって連れていかれたのだ。

 

「きっと、大丈夫ですよ。新たな陛下であれば……魔力を必要とせずに戦おうとしていたあの人なら……」

 

不安を抱えて愛する者の行く末を案じるウェンディに、落ち着いた声色でペルセウスは安心させようと彼女にそう語りかける。新たな王は、父とは違い異世界の為にも、自分の世界の為にも動いていた人物だ。己が為のみでは決して動かず、より良い世界の為に正しいことを行おうとしている。

 

彼ならばきっと、悪いようにはしないだろう。弟が無事に戻ってくることを、ペルセウスはただ信じて待ち、近づいてくる王都へと目を向けていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その頃。至る所が破壊された王城内。広場に通じる門の前で、王国の兵にそれぞれ監視されながら待機している二人組の男女の姿があった。彼らの視線の先には、広場にて王国兵の整列に囲まれている新王ジェラールと、罪人として連行と言う形で連れてこられた、元王のファウストを始めとしたアニマ計画の首謀者たちがいる。

 

「うう……聴こえてきそうだ……!」

 

「何が?」

 

広場に一堂に会して者たちの様子を眺めながら、身体と共に震えた声を発し、悲壮感を顔に現わしているのは、人相は少しばかり悪いものの言動は正反対のような臆病さが現れた赤茶色の髪をした褐色肌の男。そんな彼に聞き返したのは彼の様子に慣れているのか特に態度を変える事のない紫色の髪をした少しばかり幼い顔立ちをした女性。

 

この二人、実はシエルと同様アニマ計画に関して加担していた一般の研究員として連れてこられた、魔科学研の一員兼、元は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として活動していた者たちである。

 

「これから下される判決が……!厳罰?いや下手すれば処刑?オレたちを庇ってシエルが極刑にされてしまう……そんな未来が……!!」

 

「エリックってば相変わらず大袈裟ね~」

 

頭を抱えて嫌な未来ばかりを想像している男・『エリック』に対して、苦笑混じりに溜息を吐きながらその女性・『キナナ』は彼の癖と言える言動をそう表現した。シエルの元で魔科学の研究に関する知識を得たことで少しは改善されたはずだったが、元々彼はその臆病さ故に自信を持てるような性格ではない。不安な未来を告げる音を予感し、『聴こえてきそう』と言う口癖が出来る程に。

 

「気にしすぎなくてもいいと思うわよ?今までの国王なら危なかったかもしれないけど、新しい方の王様は、理不尽に処刑だとか、厳罰だとかするようには見えないし」

 

「そう、かな……?」

 

逆にキナナは、どことなくマイペースに直感を信じ、それがいい方向へと転がる事が多い。二人は昔からよく共に行動することの多い間柄で、エリックをキナナが引っ張っていくという構図がギルド内ではよく見られてきた。

 

そんな二人が離れた場所で見守る新国王によるアニマ計画の首謀者への判決。新たな国王に就いたジェラールは、集い並ぶその面々に視線を向け、閉ざしていたその口を開き始めた。

 

「王都は新たな時代に入った。皆の心は、未来に向いている。だが……君たちの存在を忘れてしまったわけではない。然るべき処分を下し、けじめをつけなければならない」

 

「分かっている……」

 

アニマの使用は、他の世界の命を蔑ろにした計画だった。魔力が無くても生きていける世界。それを目指す新王政において、その計画は重い罪として考えられる。魔力にこれまで囚われていた先王ファウストは、憑き物が落ちたような表情で、息子が語った言葉を受け入れている。

 

「王として、ここに宣言する。ファウスト……あなたに王都よりの追放を命じる。二度と再び、王都に戻ることは許されない」

 

先王であり計画の最高責任者、及び発案者であったファウスト。それに命じられた罰が追放。他の者たちはその判決に苦々しい表情を浮かべていたが、下された本人は反論も驚愕もせず、視線を下に向けて受け止めているようだった。

 

「シエル・オルンポス……もうエドラスには魔力がない。よって魔科学研を今日限りで解体。及び君を、この時をもって王国軍より追放とする」

 

「……仰せのままに……」

 

昨日まで付けていたメガネもないまま、どこか暗い表情で俯いていた青年シエルは、彼が下した決定にファウスト同様反論せずに頷いた。王都に二度と入る事を禁止されたファウストよりは軽いが、それでも軍から正式に除籍と言う立場になる。

 

「エルザ・ナイトウォーカー……私の許可なくして、王都を出ることは許されない」

 

「処刑なら甘んじて受ける!好きにしろ!」

 

「いや、民と共に王都の再建に努めよ」

 

しかし、ファウストとシエルとは違い、特に断罪らしき判決ではなく、復興の援助を行えと言う命に、死を覚悟していたエルザは予想外の言葉をかけられたことで驚愕する。さらにこれだけに留まらない。

 

「バイロ、シュガーボーイ、ヒューズ。エルザ・ナイトウォーカーと同じ処分を下す。シエルも含め、王都の再建に尽力せよ。以上だ」

 

エルザのみならず、下された魔戦部隊長、更にココやシエルもその判決には驚きを示した。当然罰を覚悟していた隊長たちからは、むしろ不満の声が上がった。

 

「どう言う事だ!?」

「スゲェつか、スッゲェ納得できねーよ!!」

「んーー?魔戦部隊はお咎め無しって事かい?」

「一体……どういうおつもりでしゅかな……?」

 

罰と言うにはあまりにもあっさりとした、むしろこれまでの行動が無罪と言わんばかりの判決。だがジェラールにそのような意図はない。彼らの問いかけに「罪を償うのだ」と簡潔に答える。

 

これでは生き恥を晒すだけ。ならばいっそのこと、刑に処してもらう方がマシだと。受刑を希望する隊長たちの意志は、しかしジェラールによって固く断られた。

 

「だったら私も一緒に罪を償うよう!!」

 

「ならん。ココ、お前は己の良心に基づいて動いた。それは気高き行為だ。過去がどうあれ、その行為を無にするな」

 

一切の命を受けなかったココ。彼女も、隊長たち同様の罰を受ける覚悟を持っていたが、友の命を優先して動いた彼女の行為を、ジェラールは咎めようとせず窘める。

 

「魔力が無くとも、君たちには人としての素晴らしい潜在能力……そして、知識と経験がある。それを王都の復興に役立てて欲しい。もしもそれが辛いと言うのなら……私が与える究極の“罰”だ」

 

「それは陛下も……いや、ファウスト殿も同じだろう!何故一人だけ追放など……!!」

 

「もうよい」

 

判決に納得がいかずに反論を続けるエルザであったが、たった一人重い罰を課せられたファウストは、そんな彼女の言葉を遮り、一人で前に歩み出て「達者でな……」と呟くと共にジェラールの前で立ち止まる。

 

「新たな王の、寛大なる処分に感謝する」

 

本来であれば、大罪人の烙印を押され、その場での処刑もあり得た。だがジェラールはそうはしなかった。それを思えば、たった一人の王都追放は、息子でもある彼なりの、父への恩情やもしれない。深く感謝の意を伝えながら、ファウストは一つ思い出していた。

 

アースランドの魔導士たちとの別れ際、ナツに声をかけた時の事を。「ギルドは楽しいか?」そう聞かれた時のナツの笑顔を、きっと生涯忘れない。何故なのかは、彼自身にも分からないが、それだけは確信できた。

 

「ココ……これからもよく走れよ!」

 

王都から出て行く直前、彼は少女に対しその言葉を最後に投げかけた。耳にした彼女が、色んな思い出を蘇らせて、彼が彼女の走りが好きだったという事を思い返して涙する。涙に濡れながら「はいっ……!!」と返事をしたココ、そして場にいる者たちに振り返ることなく、簡単な荷物だけをもって、ファウストは一人、王都の外の荒野を歩いていく。

 

これからどうなるのか、彼自身も分からない。だが、民の心が未来へと向いているのなら、元国王として、自分も未来を見つめよう。魔力が無くても生きていけるのだと教えてくれた、忘れてしまっていた大切なものを思い出させてくれた、あの若者たちのように。

 

 

 

徐々にその姿を小さくしていく父の背中に向けて、ジェラールは右手を天高く、人差し指と親指を立てながら掲げる。その姿を見たシエルは思い出していた。アースランドにおける自分の兄が、最後の最後、こちらに向けてとっていたポーズと同じものであることを。

 

「(向こうの俺たちにとって……特別な意味が、込められているのか……)」

 

それを聞くのは無粋だろう。最早自分は、この国に仕える人間ではないのだから。そしてシエルもまた動き始めた。国の人間でなくなった今、彼もまたこの城の中にいる理由はない。魔科学研が解体されたのならば、そこに属していた者たち……元妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーも今頃職を失ったことになるだろう。

 

彼らと共に、王都の再建を行うにしても、拠点をどうするべきか。悩みながら広場を後にしようと歩き出したシエルであったが。

 

「シエル、王都の再建に努めるにあたって、君にもう一つ命じることがある」

 

突如として声をかけてきた国王ジェラールのその命に、シエルはこの日一番の驚愕を味わう事になった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わってエドラス王都。長い長い重労働の甲斐あって、ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)の王都への引っ越しが完了。中でずっと寛いでいた女性陣が建物から出てきて張り切りだし、地獄の移動が済んだ男性陣たちは全員魂が抜ける程憔悴しきっている。

 

だがこれだけには終わらなかった。これからの活動資金も確保しなければならない為、客引きは女性陣が、受注した労働は男性陣が担う形に自然となったのだが、屋根の修理とかレンガの製作とか、今まで魔法頼りだった作業をあっさりと引き受けて押し付けてくる。

 

ブラック企業も真っ青になる程の力関係だ。

 

「効率よく進める為にも、向き不向きに従って人員を分配いたしましょうか。ナツくんとグレイくん、エルフマンくんはレンガの方へ。屋根の修繕にはジェットくんとドロイくん、それからビジターくんにも向かってもらいましょう。それから……」

 

「マスター……やる気なのは分かるけど……」

「少し休ませてくれませんか……?」

 

ここまで全くメンバーに加担できなかった反動からか、軍師としてのスキルをこれでもかと活かして受注した仕事に対する分配を率先して行っている。分配される側のグレイやナツはヘトヘトで答えられる余力がないが。

 

「ゴチャゴチャ言うな!さあ稼げ!!」

 

『むご過ぎる~~!!』

 

最早慈悲はないのか。そう言いたくなるほどの清々しい強制労働に、男性陣は嘆きの声をあげながら這いずるように動き始める。このままだと死んでしまうのではないか、と言いたくなるほどに。

 

「ここ、貫通しちゃってて……補修したいんだけど」

 

「はい!お任せください!」

 

堕天使の攻撃によって家に風穴が出来てしまった民家の住人からの依頼を受け、マスターペルセウスへと受注の連絡へと向かいだす藍色髪の女性。移動中はシエルの事が気掛かりだったが、兄であるペルセウスの励ましと、王都内で困ってる人たちの姿を見て奮起し、寂しさを表に出さないように尽力しようとしてる。

 

彼が帰ってきた時にいらない心配をかけさせない為にも、と張り切ってかけようとしたその時、視線の先に、こちらへと歩いて近づいてきている一人の青年の姿を見つけて、思わず彼女の足が止まった。

 

水色がかった銀色の短い髪。目元は少々鋭い切れ長の目。最近まで着ていたはずの白衣は身に纏っておらず、黒地の簡素な服装を着ているその青年を、彼女は見間違えるわけがなかった。

 

「……!!」

 

思わず目を見開き、そして気付けば目元に涙がにじんでいることに、ウェンディは気付いた。

 

 

彼の後ろからは彼と同様長い間王国に潜んでいた、死んだと思っていた仲間たちが、こちらに向けて手を振って呼びかけている。応援に駆け付けた元からの仲間たちの姿を見て、王都に着いたばかりのメンバーたちも、各々驚愕を示している。

 

「シエル……!!」

 

どこか気まずそうに、所在なさげに俯いていた青年に、彼女は笑みを浮かべて駆け寄る。無事でいてくれた。帰ってきてくれた。心の底から溢れる喜びの感情が、涙と笑顔となって現れている。

 

「陛下の命令でな、妖精の尻尾(ここ)に戻って、ここのメンバーとして今後はやっていけってさ。だから、その……」

 

一度は切り離していた家族たちのところ。それ故に少しばかり気まずさを感じてはいたのだが、心から喜んでいるウェンディの表情と、同様にこちらに近づいてくる兄の姿を見て、シエルはもう、誤魔化しはせずに心から思った。

 

─────ああ……帰ってきて、良かった……。兄貴のところに……ウェンディのところに……

 

唯一の肉親、そして()()()()()()()()()彼女の元に戻ってこれたことに安堵を覚えながら、ずっと浮かべる事のなかった表情で、彼はこう言った。

 

 

 

「また、よろしく頼む。これからはどこにも行きはしない」

 

穏やかな、輝かしい笑顔。長く共にしていた兄も、彼の事を見ていたウェンディも、滅多に見られない表情。それに負けないぐらいに笑みを深めた二人もまた、シエルを快く迎え入れた。

 

「こちらこそ……」

「よろしくね、シエル!!」




おまけ風次回予告

ウェンディ「ペルさん、ずっと前から気になってたんですけど、ペルさんってジェラ……ミストガンと友達なんですよね?」

ペルセウス「そう、だな。自分で言うのもなんだが、親友と言えるような奴だったかな」

ウェンディ「でもギルドのみんなは、あまりミストガンの事を知らなかったみたいで……どうやって友達になったのか、ギルドだとどうだったのか、私、気になります!」

ペルセウス「そうだな……ウェンディ以外にも知りたがってる奴がいるみたいだし……」

次回『ペルセウスとミストガン』

ペルセウス「ちょっと長くなるかもしれんが、それでもいいなら教えるぞ?」

ウェンディ「はい!よろしくお願いします!」

ペルセウス「じゃあ、まずはどこから話そうか……」


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第104話 ペルセウスとミストガン

前回の更新が二か月前…。皆さん、大変長らくお待たせしてしまい、すみませんでした!

リアルの方で色々と起こりすぎたせいで、スランプ気味だった執筆のモチベが危うく消えかかるところでしたが、何とか戻ってきました!

次回以降はここまでの遅れが出ないようにまた頑張っていきます!




取り敢えず、今の職場は近いうちに辞めたいな…。←


その日、一つの事件が発生した。

 

リサーナ帰還の宴から一夜明け、またギルドでの仕事を行う日々が始まる……と思っていた矢先での事だった。

 

「マスター……エドラスでの事について、もう一つ報告しなきゃいけない事がある……」

 

その発端となったのは、覚悟と決意を秘めながらも、どこか苦々しい表情を見せまいと堪えているように見えるペルセウス。兄の並々ならぬ様子に、シエルがどこか不安そうに彼の姿を見ている。彼の異常を感じ取ったのか、他のメンバーも、そして声をかけられたマカロフ自身も、閉口してペルセウスからの言葉を待つ。

 

そして彼が語りだした内容は、場にいるほとんどのメンバーを絶句させた。

 

 

 

「俺は……向こうの世界で、王国の兵士を殺めた。自らの手で、何人も……」

 

ほとんどのメンバーがどよめく中、エドラスに言っていた面々の何人かは気付いた。エドラスの王城内で大暴れしていたペルセウス。あの時に、魔戦部隊は命を取り留めたが、兵士たちの幾人かは手の施しようがなく、即死させていた。鎧さえも貫く短剣や、全てを焼き尽くした紅炎によって。

 

闇ギルドの者でもなくなった、正規ギルドの一員であるペルセウスがそのような暴挙を行ったとなれば、ギルド内で厳しい刑罰、もしくは破門とされるか、評議員によってとらえられるかのどちらか。本来であれば彼の行いを聞いた時点でそれは確定している。

 

「……何故、殺めた?理由や動機もなくする訳でもなかろう?」

 

彼の弟を始めとしてこの後に起こるであろうペルセウスに対する判決を想像して表情を歪めている面々とは違い、マスターであるマカロフは動揺を見せることなく、冷静に彼がその行為に至った経緯を問う。

 

「ミストガンから、エドラスの事についていくつか話を聞いていたんだ。あの国が何を目的としているか、アースランドからアニマを使ってどう魔力を奪っているのか……」

 

エドラスの狙い。それを阻止しようとしていたミストガン。仔細については解決した後に聞いたが、実を言うと異界から魔力を狙ってマグノリアを飲み込もうとしている存在がいることはペルセウス本人から聞いていた。だが彼は一つ、隠していた。

 

「二年前にリサーナがエドラスへと消えた後、ミストガンからの話を聞いた俺は……エドラスにリサーナを奪われたと思い込んだ」

 

エドラスがアニマを開発して実行に移したのが6年前。その時からエドラスはアースランドに存在する魔力を吸収するために世界中の空にアニマを展開した。その多くはミストガンの手によって閉じられていたのだが、アニマを閉じた後に出来る小さなアニマの残痕は、微量ながらもアースランドからの魔力を吸収していた。

 

2年前に跡形もなく消滅してしまったリサーナ。ギルドから伝え聞いていた彼女の最期と、ミストガンから聞いていたアニマの力。これに関連性があると結び付けたペルセウスは、アニマのせいでリサーナは吸い込まれてしまい、魔力となって消滅したと結論付けた。

 

実際には、アニマに吸い込まれはしたものの、王国が設定した魔水晶(ラクリマ)への変換はその当時行われず、リサーナの形と命を保ったままエドラスに移っただけに留まったのが真相だが、それを知る術のなかったペルセウスは、愛する少女が理不尽に異世界のものとして消滅させられたことに対して、激しく怒り憎悪を抱いた。

 

「成程……それが、エドラスの者たちに力を奮った理由か」

 

「そうだ……けど、リサーナはこうして生きていた。知らなかったとはいえ、俺が行った行動は、仲間、家族を奪われた復讐にすらならない、理由のないただの虐殺だ……」

 

「それを分かっていながら自白した……と言う事は、その罪に対する罰を受ける覚悟がある、と受け取ってよいのじゃな?」

 

「っ……!!」

 

マカロフの問いかけを聞いて、シエルの表情がさらに歪む。彼が多くの命を奪った根幹の原因となっているリサーナも、悲痛な表情を浮かべながら視線を下に向けて俯いている。

 

「……どんな処罰も甘んじて受けるつもりだ。たとえそれが、破門であっても、評議院への連行であっても。それだけのことをした自覚は、さすがに出来てる……」

 

シエルたちだけじゃない。ペルセウスの、己に対する如何なる厳罰も覚悟していると言える姿勢に、マカロフ、ギルダーツを除くほぼ全てのメンバーが顔に動揺や驚愕を浮かべてる。それ程までの衝撃を表しているのだろう。

 

その一方でマカロフは、ペルセウスが秘めた覚悟を目にしながら、目を下に向けて考え込むように唸る。

 

「ま、待ってマスター!兄さんはリサーナのことを思って罪を犯したんだ!そりゃあ、それがどれだけの事なのかは、俺も分かってる……!けど、ただ仲間の仇を取りたいって、独りよがりとは違う理由があったんだ!だから……!」

 

「よせシエル」

 

マカロフの様子、兄の犯した罪の重さから、兄に下されるであろう重い処罰を予感したシエルが、何とか回避できないかとマカロフに兄の弁明を叫ぶが、他ならない兄がそれを止めた。

 

「仲間の為でも、仇を討つ為でも、その道を選んだのは俺の意志だ。どのみち裁かれなければならない」

 

「けど……兄さん……!」

 

振り向きもせず、言い聞かせるように穏やかな声で、弟にとって残酷な言葉を口にする。ギルドを束ねるマスターからの断罪を、敢えて望んでいる。

 

そうだろう。

仇の為、家族の為、その理由故に今回の一件を正当化させてしまえば、今後ペルセウスがより一層残虐的な行動を犯すきっかけとなってしまいかねない。罪は罪。それも虐殺となれば尚更裁くべき。シエルとしては頭で理解はできても、心が追い付かない。

 

兄がこのままされるがまま、裁かれてしまっていいのか。阻止しようと言葉を発そうとするが、今のシエルにはその言葉が何も浮かばない。

 

「確かにペルの行いは、到底看過できるものではない。私としても、罪に対する罰は、受けるべきだと思う」

 

「エルザ……!!」

 

シエルが口を噤んでいる間にも時間は過ぎていく。他の誰もが言葉を発せなかった空気の中、周りで傍観を貫いて黙していた緋色の髪の女騎士が自論を発した。最早兄に味方してくれるものは、ギルドの者たちと言えど自分以外にはいないのだろうか。反論も出せずに表情を悲しみで歪めるシエルを、彼と親交のある者たちは各々、静かに見据えるか、心配そうな表情で目を向けている。

 

しかしエルザは次に「だが……」と呟いた後、こう続けた。

 

「私も、ペルがエドラスで行った所業を止められなかった。知らなかったからと言う理由で、片付けられる問題でもない。マスター、罰なら私も受けましょう」

 

そう告げた彼女の言葉に、ペルセウスやシエルだけでなく、ギルド内の魔導士のほとんどがどよめきの声をあげた。まさかエルザが、同じチームとして最近は行動を共にすることが多かったとは言え、ペルセウスが犯した蹂躙の罪に対する罰を共に受けると言ったことに、様々な衝撃を表している。

 

「エルザ!?お前、何を言って……!」

 

「お前の気持ちには共感を覚えたし、私もお前と同じ立場であったなら、何をしていたか自分でも分からん。魔水晶(ラクリマ)にされて、当時の状況をはかり知ることも出来なかったのは事実だが、同じS級魔導士としてお前の行動を咎められなかった事もまた事実だ。故に、責任は私にもある。お前と共に罰を受けるべきだ」

 

その中でも、たった一人で罪を背負おうと決意していたペルセウスは一際衝撃と動揺を受けている。そんな彼も気にせずエルザは、ペルセウスがこれまで一人でリサーナがエドラスによって捕らわれていた事を抱えていた事実を気付きもしなかったことも含めて、自分もまたこのまま放置しておくわけにいかないと行き着いた。

 

知らなかった、気付けなかった、それだけの事で家族が裁かれる場面を黙して見過ごすことなどできるわけがない。それがエルザが導き出した結論だ。

 

「んじゃ……オレも同罪だな」

 

「グレイ……!?」

 

「ガジルが来るまで何も出来なかったこともあるし、ペルが何を思って行動しているのか、全く疑問にも思わなかった。止められる方法はいくらでもあったことを考えれば、オレだって無関係とは言えねーな」

 

エルザの進言に続くように乗っかってきたのはグレイ。エルザ同様に魔水晶(ラクリマ)にされ、身動きが取れなかった状況下。それを加味すればエルザ同様に罰を受ける対象になり得ると。特に文句をつける訳もなく、自然とも言える流れで告げた青年の言葉に、ペルセウスの表情に更に動揺が走った。

 

「それを言ったら、オイラたちだってそうだよ!それに、オイラたちの故郷も関係あったわけだし……」

 

「そうね。そもそもエドラス側がアニマを使ったことが、今回の事件の発端。その上、私は一度エドラスを見捨てようともした。ペルセウスと、結果的にやろうとしたことは同じだわ」

 

続けて彼の表情を強張らせたのはエドラスから渡った二人のエクシード。恐怖も浮かべず、家族であるペルセウスの弁解を叫び、己にも故郷にも非がある事を伝えて、一例のみではない事を示している。

 

「ハッピーたちが罰を受けるんならオレも受けるぞ!みんなで罰受けりゃ、その分軽くなんだろ!」

 

「わ、私も受けます!ペルさんたちがいなかったら、助からなかったかもしれないし……!」

 

更にはそんなエクシード達の相棒である滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)・ナツとウェンディも、片や不敵に笑みを浮かべながら、片や僅かばかりの恐れを滲ませながらもそれ以上に固く決意に満ちた表情で名乗りを上げた。ペルセウスもだが、シエルも次々と共に罪を背負うと告げた者たちに向けて目を見張っている。

 

「私も一緒に、罰を受ける」

 

「なっ……!?」

「リサーナ……」

 

次に、これまでの中で一番ペルセウスが衝撃を露わにした。彼がエドラスで蹂躙を行った一番の理由にして根源となった少女。リサーナもまたペルセウスと共にすると名乗り出る。さすがに彼女までもが名乗り出てきたことには、姉であるミラジェーンが複雑そうな表情を浮かべているが、リサーナが並大抵の覚悟で言っているわけではないことは、姉である彼女も分かっている。

 

「元はと言えば、ペルは私の敵討ちをするために罪を犯した……。きっとみんなは、私は悪くない、仕方がなかったって言うかもしれないけど……私があの時エドラスに吸い込まれなかったら、きっとこの事件も起きなかった。だったらせめて、ペルの助けになりたい……!もう、誰も守れないままなのはイヤなの!!」

 

元々は彼女も被害者と言える。偶然に偶然が重なって、不運の歯車が噛み合って回ったことで起きた事。しかし自分が巻き込まれたことが原因でペルセウスが行動を起こしたと言うのも事実。それによって彼が後悔の末にその罰を受けるのを、リサーナは黙って見ていることは出来なかった。仲間たちからすればその必要はないと思えるだろう。だが、いやだからこそ、心の優しい彼女は自らも名乗り出てきたのだ。

 

「あたしも受けるわ、みんなと一緒に!ちょっと怖いけど……」

 

「オレもだ。話を聞けば、オレが所属していた王国側にも、多大な非がある事だしな。お前も受けるだろ、ガジル?」

 

「んなっ!?オレまで巻き込むなよ!!……だが……オレのネコだけ罪がかかるっつーのに逃げるのもダセェし……!」

 

エドラスに渡り、共に戦い、これまでの間にも長く過ごしてきた仲間たちからの発言。仲間の……家族の為に罪を犯したペルセウスに寄り添い、運命を共にするとも同義の覚悟を示してくれた彼らに、シエルは驚きを表しながらも目から涙を流した。

 

本当に……恵まれた。彼らのような仲間が、家族が傍にいてくれている自分たちは、本当に幸せなのだと改めて実感させられる。そして同時に思う。決意する。彼らに続き、自分も自分の想いをはっきりと主張しなければと。

 

「……勿論、俺も受ける!!兄さん一人だけ罰を受けるのは、俺がイヤだ!!」

 

溢れ出た涙を拭いながら、ずっと口を閉ざして仲間たちに目を剥けていたマカロフに、真っすぐと目を返して宣言する。巻き込むことを良しとしなかったペルセウスはそんな弟に悲しげな、他にも様々な感情が入り混じった複雑そうな表情を浮かべてシエルの名を呟き、俯く。

 

「ペルよ」

 

俯いていたペルセウスに、これまで口を閉ざしていたマカロフがとうとう口を開く。名を呼ばれた彼が思わず顔を上げてマカロフへと視線を戻すと、表情は変わらぬまま、だが声はどこか穏やかにして語りかけてきた。

 

「確かに此度の一件で、お前は取り返しのつかぬ罪を犯した。それはお前自身の憎悪に塗れたものであることも、事実やもしれん。しかし……こうしてお前が犯した罪を共に背負おうと、罰を共に受けようと、共に辛苦を舐めようと声を上げる仲間が、家族がおる。罪を擦り付けることを許すわけではない。じゃがお前が背負う重すぎる業に、お前が潰されるぐらいなら少しは支え、分けてもらってもいいじゃろう。強大な力を持っていたとしても一人では限界がある。その限界を無くすためにも、仲間がおるんじゃ」

 

エドラスからのアニマがマグノリアを飲み込むよりも前から、ミストガンからエドラスの事を聞いていたペルセウス。教えてくれた本人の意思を汲んで誰にも言わずに、一人で友の為に動き、出来る事をやって来た。もしも他の誰かに……弟のシエルや、チームで共にするエルザたちなどに話していたら、きっと信じてくれたし、協力もしてくれただろう。巻き込みたくないと言う美徳にも似た考えを悪とはしないが、その想いと重責に苛まれることに気付けない方が、仲間たちにとっては辛いことだ。

 

「もっと家族を頼るといい。一人で抱え込むぐらいなら、その苦しみを理解して、支えてもらう。率先して応えてくれることを、お前もよく知っているじゃろ?」

 

マカロフの言葉を聞き、自分の後ろに立ってそれぞれ笑みを浮かべている仲間たちに振り向く。誰も彼も、彼を責めるような目を向けていない。ペルセウスが抱えた罪を共に抱え、背負い、罰までも共にすると言い切った彼らの存在が、ペルセウスにとっての大きな救いとなっている。何度……彼らに対して大きな恩を感じただろう。その中でも、今回は段違いに感じられた。

 

「じゃが、今回に関して罪を犯したのはペル一人。止めようにも止められなかったことを鑑みれば、同罪と当てはまる者もおらん。よって罰を受けるのも、ペル一人じゃ」

 

しかしそのマカロフの言葉が、ペルセウスの後方にいた者たちに衝撃を与えた。特にナツはマカロフに今にも嚙みつきそうな怒り顔になっている。こればかりはどうにもならないのか。詰め寄ろうとするナツをエルザが窘めながら、一同はマカロフから下される判決を固唾を飲んで待ち、対象となるペルセウスは覚悟を決めて目を閉じた。

 

「では判決を下す。ペルセウス・ファルシー。お主が此度に、エドラスで犯した罪に対する罰は……」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ペルセウスへ判決が下ってから二日が経った。マグノリアのギルドへ繋がる中央の通りを、二人の少年少女、そして少女に抱えられた白ネコが雲間から差し込む太陽に照らされながら歩いている最中だ。

 

「ほら、あそこがそうだよ」

 

「ホントに近かった……!それに大きい……!」

 

「あんたたち随分贅沢なトコに住んでたのね……」

 

少年シエルが指差したのは自分の家。周りの住宅と比べても、面積や高さなど、同じ二階建て住宅と比べてもひと回り大きな、そして絢爛とは言わずとも一般人では手が出せそうにない立派な外装の一戸建て。マグノリアで暮らす、彼ら兄弟の住宅である。

 

「ナツさんたちはもう来てるのかな?」

 

「多分ね。何度か来たことあったし、勝手に入ったこともあったし」

 

後半に、諦め気味な遠い目を浮かべながら呟いた言葉を聞いて、苦笑を浮かべる少女ウェンディと白ネコシャルル。何故彼女たちがシエルの案内で彼の自宅に来たのか、そしてナツたちも彼の家に来ていることになっているのか。

 

二日前にマスターマカロフから、ペルセウスのエドラスでの所業に対する判決を下された。以降、ペルセウスはギルドに一度も顔を見せていない。兄のいないギルドで過ごすシエルの様子を見て、色々と気になったナツたちは一度、エドラスから帰ってきたメンバーを中心として兄弟の家を訪ねることにした。元から家を知っているナツやグレイたちはともかく、ウェンディとシャルルは初めて。故にシエルが、ギルドから彼女を自宅へと案内することにした。

 

「さ、どうぞ」

 

「お邪魔しま~す」

 

シエルに導かれて、家の玄関へと入り、その奥のダイニングへとシャルルを抱えながらウェンディが入る。大きめの長方形のテーブルも置かれており、広々としたスペースに思わず二人から感嘆の声が漏れ出てくる。

 

だが、家の広さに着目しているだけでは気付くのに遅れてしまったが、先にここへ向かったはずと思われる面々がどこにも見当たらず、気付くと同時に首を傾げた。

 

「あれ?ナツさんたちは?」

 

「まだ来てない……とかかしら?呑気ね、あいつら」

 

ウェンディの言葉に続いて呆れながら呟くシャルル。だが、ダイニングやリビングに見当たらない仲間たちの姿、と言う事実を認識した直後、どこか諦めたかのように目を細め、口を噤みながら「多分だけど……」と零すと同時にとある部屋を目指して歩きだし、その後ろをウェンディが着いて行く。

 

「ここって?」

 

「ここはね……」

 

そしてダイニングから一番近い部屋の扉の前で立ち止まり、小首を傾げながら尋ねたウェンディの問いに答えるように呟くと同時にドアノブに手をかけて押し開いた。

 

 

 

 

 

 

「よーシエルー!」

「おかえりー!」

「おかー」

「遅かったな」

「邪魔しているぞ」

「わあ!これも並んでるー!」

 

「俺の部屋ぁーー!!」

 

開いた瞬間目に映ったのは普段から少年が使っている自室。彼自身の趣味である読書やリーダスに描いてもらった絵などが飾ってある少年にしては質素な部屋……の中で好き勝手寛いでいる最強チームの面々だった。リサーナまでいる。つい最近までルーシィが味わってきた光景。ルーシィがギルドに来る前は何かにつけてナツやグレイが来ることは実は多々あったのだが、久々な上に人数過多で叫ばずにはいられない。

 

「とぁーーっ!!」

「ぶべっ!?」

 

そして勢いそのままにシエルがナツの顔面目掛けて飛び蹴りを食らわせて壁に激突させた。ルーシィがよくやってるツッコミまでも再現である。

 

「何で蹴るんだよ!!」

 

「いつものノリ」

 

「何だ、ノリならしゃーねぇか」

 

「え……いいんですか……?」

 

当然蹴られたナツが抗議を申し出るものの、シエルが返したノリと言う単語を聞いて、怒るどころかそのまま流した。いいのだろうか、ノリで。ウェンディはそう思わずにはいられなかった。

 

「ウェンディたちの案内ご苦労だったなシエル。二人とも、今日はここでゆっくりしていくといい」

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

「でもそのセリフはシエル(こいつ)が言うのが正しいんじゃないかしら……?」

 

そんないつもの光景も他の面々は特に気にせず。持参してきたであろうケーキをつまんでいたエルザがウェンディたちを迎え入れるかのように声をかけてくる。自分の部屋でも家でもないのにさも家主のような口ぶりに二人して反応に困る。ちなみにリサーナだけは昔見た光景に懐かしんでいた。

 

「しっかしいつも思うが……何もねーよな、シエルの部屋」

 

「だよな~。もっとおもしれーモンとか置きゃあいいのによ」

 

「勝手に入って寛いでるくせにこの言い草……」

 

シエルの趣味が詰められた本棚と絵以外は特にめぼしいものがない彼の部屋は、ナツやグレイには特に面白みを感じられない。だがシエルからすれば自室の中のあらゆるものをバカにされたような気がして納得が出来ない。あからさまに不機嫌になった様子で文句を言っていた二人を睨みつける。

 

「あんたたち分かってないわね~!」

 

だが彼の心情を汲み取るかのようにルーシィが文句を言った二人に呆れながら、本棚にあった一冊の本をとってこちらに見えるように掲げて語り出した。

 

「有名な著書やコアな魔導書、更には知る人ぞ知る隠れた名作……!読書家にとっては宝の山よ!!それにこの“シャーロット・アーウェイの謎”の番外巻の初版だなんて、レア中のレア!!」

 

「何言ってんのか全然分かんね……」

 

言われてる側のナツには何のこっちゃと言いたくなる程の情報を、テンションが上がって饒舌になった状態でルーシィが次々と口にする。今の今まで兄やレビィぐらいしか価値を理解してくれない人物がいなかったので、同じ読書家の一面を持つルーシィの予想通りの反応にシエルの気分が少しばかりよくなる。それはそれとして……。

 

「いつも勝手に部屋に入られてる側のルーシィが何でみんなを止めなかったのさ?」

 

「あ、えっと……止めようとはしたんだけど、誰も止まりませんでした……」

 

目を半分細めてルーシィに尋ねてみれば、案の定彼女をもってしても部屋への不法侵入を止められなかったらしい。なし崩し的に部屋に入り浸り始めて初めは呆れるばかりだったのだが、本棚にある書物のラインナップを見ていたら、ルーシィもすっかりテンションが上がって寛ぎ始めてしまった、と言ったところか。

 

今更言ったところで変わる訳でもないので、もう色々と注意をすることをシエルは諦めた。溜息を吐きながら項垂れた様子のシエルを見て、ウェンディが苦笑いを浮かべている。

 

 

 

 

「ゆっくりしていてくれ、とは言ったがな……」

 

すると、部屋の外側から、この場にいる誰でもない人物の声が聞こえてくる。その声を聞いて真っ先に、シエルとウェンディの二人が振り向いてその人物に顔を向けた。

 

「想像以上にくつろぎすぎじゃないか、お前ら……?」

 

「ただいま、兄さん」

「お、お邪魔してます……!」

「お邪魔してるわ」

 

「おう。おかえりシエル。それとよく来たな、二人とも」

 

普段着の上からエプロンを纏った姿で、シエルの兄であるペルセウスが奥にいるナツたちに呆れたような視線を向け、その直後手前にいる弟とウェンディたちに軽く言葉をかける。

 

「ペルさん……その、大丈夫でしたか……?」

 

「ん?あぁ……ま、ここのところゆっくりすることもなかったし、ある意味いい機会だったと思ってるよ」

 

心配そうな表情をペルセウスに向けながら尋ねたウェンディに、笑みを浮かべてペルセウスは返す。彼女が心配しているのは、彼が判決を下されてから二日間、一秒たりともこの家から出ていない事、そしてそれを、マスター・マカロフから禁じられていることに由来しているからだ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「お主が此度に、エドラスで犯した罪に対する罰は……」

 

ほとんどの者が固唾を飲んで見守る中、マカロフはペルセウスに下したその罰を、揺らぐことなく宣言してみせた。

 

「“一ヶ月にわたる自宅謹慎”。今日から一ヶ月の間、おぬし一人のみを、住処としている家からの一切の外出を禁止とする。以上じゃ」

 

「……え!?」

 

そしてその判決を耳にして、思わずペルセウスは声をあげて驚愕した。一ヶ月間、自宅で謹慎?たったそれだけ?思ってもみなかった、言ってしまえば刑と言うにはあまりにも軽いそれに対して、完全に出鼻を挫かれた彼は思わず耳を疑って聞き返す。

 

「そ、それ……だけか……!?」

 

「んー?かなりきつめの罰を下したつもりじゃぞ?なんせお前にはかなりの放浪癖があるからのう。一ヶ月も家に閉じ込められるのは、相当苦じゃろうて」

 

呆気にとられているペルセウスの質問に対して、イタズラが成功した時のような笑みを浮かべながら答えるマカロフ。形だけとも見れるような罰を下すと言う宣告を受けて、困惑を隠しきれずにいる本人とは対照的に、周りのメンバーたちの表情は明るくなっていく。

 

「じゃあ、謹慎期間が終われば……!」

 

「また、いつものようにギルドの仲間として、仕事してもらうぞ。また仕事が貯まるじゃろうからのう」

 

浮かべた笑みをそのままに、だが優しげな声でいの一番に尋ねたシエルへと言葉を紡ぐ。それを聞いた瞬間、シエルも、ナツたちも喜びの歓声を発した。彼らほどではないが、見守っていたメンバーたちも、少なからず安堵している様子だ。

 

「だ、だけど……俺は……」

 

「そう簡単に、己を許せはせんじゃろう?それならそれでよい」

 

それでも割り切れないと言いたげな様子を見せるペルセウスに、マカロフが再び優しげな声で語りかける。そしてその言葉に、再び彼が驚きを示した。

 

「人は誰しも過ちを犯す。それは逃れられない宿命じゃ。軽かろうと重かろうと、過ちを犯さずして、人は生きてはゆけぬし、成長も出来ん。その過ちと如何にして向き合うか、如何にして乗り越えるか、目を背けずに真っすぐ見つめようとするお前のような姿勢なら、きっとさらなる成長を遂げられるじゃろう」

 

ペルセウスは確かに、重すぎる罪を犯した。それは逃れようのない事実。だがマカロフは、罪を犯した事実よりも、その罪にどう向き合うか、その姿勢を持ち続けられるのかが重要であると説く。ペルセウスの表情に、驚きが抜けることがない。

 

「己が罪、己が業を受け入れ、受け止めて、その上で自分で許せる時が来たら、それがお前が罪を乗り越えた瞬間じゃ。挫けそうになったら、周りにいる家族や、ワシらを頼るとよい。しっかりな」

 

それは激励の言葉だ。建前では謹慎処分として彼を罰すると言う形をとったが、その間にペルセウス自身が己の罪を乗り越えるために、親から贈る彼への激励。その意図を察することが出来たペルセウスは、歯を剥けながら笑みを浮かべるマカロフに少しばかり潤ませた目をこらえるように閉じながら、気付けば彼に向けて頭を下げていた。

 

「分かった……必ず、乗り越えて戻ってくる……!」

 

後方の弟を始めとするチームのみんな、前方に立つ親と、家を共にする家族たちからの信頼を感じる視線を受けながら、ペルセウスのエドラスで行った行いに対する処分は下された。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「思ったより元気そうじゃねーか」

 

「全くだ。お前の事だから息が詰まりそうな、退屈を持て余しているような顔をしていると思っていたのだが、案外快適そうにしてるな」

 

「そんな風に思われてたのか、俺……?」

 

シエルの部屋から一同揃って、テーブルのあるダイニングへと移り、ペルセウスがキッチンから運んでくる料理をつまみながら、当の本人の様子について話題を上げている。ちょうど昼時だったこともあって、昼食をとりながら話の続きをしようと言う流れだ。

 

「まあ、自分でも正直意外とは思った。家を空ける時間の方が多かったから、いざ家の事をしていると次々とやるべきことが見つかるんだ。ここ数年は炊事や掃除はシエルに任せっきりだったし、謹慎期間を大いに活用するのも良さそうだ」

 

神器や闇ギルドの情報を収集するために身に染みていた放浪癖も収まっている程に、我が家での家事全般を行う内にのめりこんでいるらしいと、ペルセウス本人から語られ、窮屈な思いとは正反対の過ごし方をしていることを察することが出来た。

 

「ギルドの様子は?」

 

「いつも通り、って感じかな。兄さん、何だかんだでギルドにいなかった時も多かったし」

 

「シエルが少し寂しそうにしてた以外は、変わった事なかったわよ?」

 

「ちょっ、言わないでよリサーナ!!」

 

料理も並べ終わり、身につけていたエプロンを外しながら尋ねられたギルドでの様子を聞かれ、弟と、それに続くようにリサーナが彼に教えた。無用な心配はかけさせたくないから、寂しく感じていることは敢えて伏せていたのに、揶揄うように笑みを浮かべたリサーナにあっさり暴露された。気恥ずかしさでシエルの顔に熱がこもり、彼女に思わず抗議をあげる。その暴露をしっかりと聞いていた兄は微笑ましさと嬉しさが表情に浮かび、それと共に口から笑みが溢れる。周りもほぼ同様だ。

 

そこからは食卓を囲みながら話が転々としていく。二日の間に行っていた仕事のことや今後ギルドで行うだろう行事、リサーナがエドラスで過ごしていた時のことや、逆にリサーナがいなかった時にギルドで起きていた大体の出来事。ルーシィやウェンディがギルドに入った経緯など、食うことに集中しているナツも時たま言葉を挟みながらテーブルにあった食事はみるみる内に減っていく。

 

「そうだ。エドラスの話をしていて、一つ聞いておきたいことがあったのを思い出した」

 

食後のデザートに、ちゃっかり用意していたケーキの一つをつまみながらエルザは徐に口を開いた。聞きたいこと?と言いたげに全員が彼女へと視線を向けると、その疑問に答えるように「ミストガンのことだ」と付け加える。ウェンディがその名を聞いて弾かれるように反応を示した。彼女ほどではないが気になっていた者は数人はいるだろう。エドラスからわざわざこの世界に訪れ、ギルドの一員として名を連ねていたかの青年に関する、とある疑問。

 

「ペル、以前からミストガンとは親交があったというのは本当か?」

 

「ああ。あいつ自身が、ほんの一握りの人間としか接点を持とうとしなかったから、必然的に隠すようなことになっちまった……。すまん」

 

正体を明かさず、他の者と関わろうとしなかったミストガン。彼が唯一と言って良いほど、信頼さえおいていた人物がペルセウスだ。彼からエドラスのことについて話を聞き、ペルセウスは互いに手の届く範囲でアースランドの為に動いていた。そして魔力が失われたエドラスを導く新たな国王にミストガンが就けるようにも動いた。

 

「そもそも、ミストガンとどうやって知り合ったんですか?確かあの人、ギルドに来る時はいつも、みんなを眠らせてから入ってくるんですよね?」

 

「ラクサスはあいつの顔の事を知ってたみてーだが、ペルの場合はやけに親身っつーか、オレらも知らねぇことまで熟知してたよな。この場にいるほとんどが、顔を合わせた事すらなかったのに……」

 

ルーシィやグレイが思い出していたのは、ミストガンがギルドを訪れる時にほぼ毎回必ず行っていたこと。ギルド内にいるメンバーたちをマカロフを除いて全員眠らせ、その間に依頼書を受け取って依頼に向かう。その為ミストガンの全身を覆い隠すような風貌さえ見たことのある者は少ない。ペルセウスもギルドに来たばかりはその例に漏れず、彼の事を知る機会などなかったはずだが……。

 

「あ!八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)!!」

 

「やさ……?」

 

ふとミストガンの行動と、兄が普段から換装で着けていた神器の一つの事を思い出して結び付けた弟からその神器の名が出てきた。突如声を張ったシエルにビックリしながら、隣の席に座っていたウェンディが首を傾げる。聞き慣れない名前故に何の事か分かっていない様子だ。

 

しかし他の面々はその神器の名前で察したらしく、抱えていた疑問は一瞬で晴れることとなった。

 

「そうだな……折角の機会だ。全員聞いてくれるか?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

最初に彼の事を知ったのは数年前。ギルド内で度々起きていると言う、メンバーのほとんどが眠りの魔法をかけられて眠らされた時だった。

 

「あれ……?いつの間に寝てたんだ……?」

 

当時少年であったペルセウスも、気付けば依頼板(リクエストボード)のすぐ前で仰向けになって寝てしまっており、直前に次の依頼をこなそうと依頼を探していたはず、と記憶を整理していた。

 

「なあ、今の感じ……」

 

「やっぱミストガンだよな……?」

 

「ミスト、ガン……?」

 

そしてギルド内では、自分同様に眠っていたらしい面々が口々に起きると同時にそう口を開く。そして、ミストガンと言う聞き慣れない名前を耳にして、彼は起き上がりながら話をしているメンバーに声をかけた。

 

「なあ、ミストガンって誰の事だ?」

 

「そっか、ペルは知らねぇのか」

 

そうして彼は初めて知った。ギルドに所属する魔導士の中に、マスター以外と顔を合わせる事のない、ミストガンと言う謎の魔導士が存在し、ギルドを訪れる際は必ず中にいるメンバーを眠らせていること。その眠りの魔法は、ミストガンがいなくなるまで解除されない事も。

 

「(何だってまた、そんな面倒なことしてるのかね……)」

 

その時はまだ、ミストガンへの関心はペルセウス自身も薄かった。周りを眠らせてからギルドに入る事の奇特さを感じながらも、深く関わる事はないだろうと、どこか思っていたから。

 

 

 

転機のきっかけは、東の国から遥々届いた長期の依頼を完了し、その依頼先で東国に伝わる神器、八尺瓊勾玉を手に入れたことだった。初めて触れる神器を手にした瞬間、魔法や魔力の質故か、神器そのものからどのような力を有しているかを語りかけるように情報が伝わってくる。勾玉もその例に漏れず、毒や身体能力低下などのデバフ効果を一切遮断すると言う力を持つことを伝えられ、衝撃を受けたものだ。

 

それと同時に思い出した。いつもギルドに来る時は決まって中にいる全員を眠らせる人物を。「どんな奴だろう?」と言うちょっとした好奇心で、ペルセウスはミストガンとの邂逅を狙って八尺瓊勾玉を常に装備することを決めた。

 

 

 

 

それからひと月は後のことだった。

 

周りの面々が、唐突に眠気を訴えて深い眠りについていく。倒れ込む周囲の仲間たちを見ながら、ペルセウスは己がその眠気に襲われてはいないことを自覚した。やはり効果があった、と確信を抱きながら相手方に気取られないよう、周りと同様に眠気に襲われたふりをしてテーブルに倒れ込む。起きているのは、若干の眠気に襲われているのみのマスター・マカロフ。

 

そしてペルセウスは、目にせずとも気配を感じ取った。その場にいるだけで大抵の魔道士は魔力をどれほど有しているかを感じることができる。しかし、コツコツと足音を鳴らしながらギルドに入ってきたその人物は、その魔力をほとんど感じさせない。眠りの魔法を使ったにも関わらず。

 

今思えば、魔力を内包しない人間であるからと納得ができるが、当時の彼は眠りの魔法は自身のものではなく、魔道具か何かを使っているのだろうと言う予測で考えていた。それも間違いではない。

 

「ミストガン……やはりぬしか……」

 

マカロフが呼んだ名前を聞き、確信は現実となった。ミストガン。名前以外は全くの謎に包まれたその人物が、今この場に入ってきている。その人物は、依頼版(リクエストボード)に貼られていた依頼書を一枚取っていくと、簡素に「行ってくる」とだけマカロフに伝えて立ち去ろうとする。

 

「まあ待てよ」

 

「!?」

 

自分の前を通り過ぎようとしていたミストガンに前触れなく声をかけ、直後に彼の動揺と衝撃を込めた反応を感じる。幻聴か、と早合点されるよりも早く、ペルセウスは突っ伏していたテーブルから身を起こすと同時に、ミストガンに声をかけながら振り返る。

 

「ちっとばかし話の一つや二つ、してからでもいいんじゃねーか?」

 

ミストガンの目には、信じられない様子が映っていた。マカロフを除いて一人残らず、ギルドの面々は全員眠らせたはず。だが振り返った先に見えた自分と同い年ほどに見えるその人物は、確かに冴えて開いた両眼をしたり顔と共にこちらへと向けている。

 

それを理解したミストガンの行動は早かった。背に背負った杖の一つを手に取って、ギルドに近づいた際にも使用した対象を眠らせる魔法をペルセウスに放つ。現状、ギルドのメンバーを行動不能にする方法はこれしかない。しかし、彼の放った魔法はペルセウスの身体に当たることなく、彼の前方を透明な膜のような結界が弾き、遮断する。

 

「そう焦るな。お前の事について言いふらすつもりはないし、危害を加えるつもりもない。ただ単に気になった……好奇心故にお前と話をしたいだけだ」

 

神器の力によって、他者からの眠り魔法を遮断したペルセウスの様子に、隠された素顔を面食らったように驚愕に染めたミストガンに対し、彼を刺激しないようにペルセウスは落ち着いた声色で伝える。

 

「ここじゃ都合悪いな……人目につかない、東の森まで行くか。依頼にも行くんだろ?」

 

「……」

 

「一体何者なんだ……?」

これが、ミストガンが最初、ペルセウスに対して抱いた全てに関する感想だった。ギルドの日常が過ぎていく裏で、後々そのギルドにおける実力者となる存在である二人の邂逅。片や家族として過ごす仲間の内の一人に対する好奇心を。片や己の素性を何故か知りたがる者に対する警戒心を。相反する第一印象を抱えた者たちがその後に深く関わっていく原点である瞬間を見ることが叶ったのは、うっすらと眠気を抱いたまま細めた目でギルドを出る二人の人物を見守る親一人のみだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「そう言えば、気付いたら眠っちゃって、起きたらペルがいなくなってちょっと大騒ぎになったことがあったっけ?」

 

「オレも今思い出した。すぐにじーさんが問題ないって静かにさせたから疑問も持たなかったが……」

 

「あの時から、ミストガンとは面識があったのだな……」

 

ミストガンと初めて対面した時の事を話し終えたペルセウス。黙して聞いていたメンバーの内、リサーナは真っ先に当時の事を思い出して口に出した。グレイやエルザもその時の事を思い出したようで、その上でその時からペルセウスがミストガンと面識があったことに驚きも抱いている。ちなみにナツは思い出そうとしているがピンと来ていない。

 

「話を聞く限りだと、最初は随分警戒されてたと思うんだけど……よくそっから仲良くなれたね」

 

「誰かさんたちに倣って根気よく話しかけて、自分の事も話していく内に壁を壊していったな。エドラス……異世界云々の話は聞いた直後は信じ切れなかったが、冗談を言うようなタイプにも見えなかったし、割と受け入れられた」

 

兄の話から考えて、そう簡単に心を開くような邂逅とは思えなかったことをシエルが尋ねると、時間と根気をこれでもかと使って心の壁を破壊していったらしい。いざとなったら力押しをする兄らしいと言えばらしいが、兄の知り合いに影響されたと推測できる。

 

「へ~」

「誰かさん……どんな人かしら?」

 

「本人たちに自覚があるかは知らねーが」

「無いと思うよ、きっと」

 

呆けた感じで感心するナツと、口元に指を置いて上を仰ぎながら自分の周りの面々から候補を絞ろうとするリサーナ。夢にも思うまい。この時点でその誰かさんたちと言うのが二人を除いて全員把握できてしまっていることなど。兄弟の反応がその証拠だ。

 

「他には、どんなことを話したんですか?」

 

「そうだな……ギルドのみんなのことをオレから話したり、エドラスがどんなところだとか、いずれ来るだろうアニマの脅威の情報とか……あ、そうだ」

 

更に話が聞きたくなったウェンディから他にミストガンから聞いたことを尋ねられ、次々と羅列を呟いていく。そしてふと思い出したかのようにある話題についてあげた。

 

「ウェンディ、お前の事を聞いたこともあったぞ、あいつから」

 

「私の、事……!?」

 

まさかのことに大きく目を開いて驚きを露わにするウェンディ。ミストガンから聞いたウェンディの話。名前を聞いたわけではなかったが、アースランドに初めて渡った際に仲良くなった少女が気がかりになると、心配そうに話していた事があったと言う。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と戦っている最中、こっちのジェラールに会っただろ?そいつをウェンディは恩人と言ってた。気付いた時にピンときたよ。あいつが言ってた女の子が、ウェンディの事だったってな」

 

「世界って案外狭いな……」

 

共通の知り合いがどんどん判明し、こうして巡り合うことになる。遠い世界からやって来たミストガンが、ウェンディと出会い、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加わり、数年の時を経てまたこのギルドで再会。運命の巡り会わせとも言える偶然に、シエルから感嘆の声が上がった。

 

「(ジェラール……)」

 

一方で、ミストガンから自分の事を聞いた……つまりその時も自分の事をしっかりと覚えていてくれたことに、ウェンディ自身も少なからず嬉しくなっていた。

 

「オレもミストガンと色々話してみたかったな~。ズリィぞペルだけ」

 

「悪ィな。こればっかりはあいつの為にも言えなかった」

 

「だが、あいつが私たちの仲間であったことは、これからも変わらない。こうしてあいつの話が出来る限りな」

 

ペルセウスのみが知っている、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいた時のミストガンの話。彼を除いて知る事の出来なかった仲間の話を聞くたびに感じる。ミストガンの事を、もっと色々と知りたかった、と言う思いを。ならば……。

 

「ペル、もっともっと聞かせてよ!何だか私ももっと知りたくなってきちゃった!!」

 

「分かった分かった、そう急かすなよ。じゃあ次はそうだな……」

 

特殊な立場だった故に、正体を隠すほかなかった仲間の一人。家族としてほぼ過ごすことがなかったものの、彼にとっては心の拠り所となったはずの、一人の親友。知ってる限り、聞かれる限りは伝えよう。

 

今もなお、故郷の復興と、新たな進展に向けて歩み続けているであろう、異界の親友の事を。一つ一つの思い出を思い返しながら、罪を共に背負ってくれた家族に、彼は語っていった。




おまけ風次回予告

ウェンディ「ギルドのみんなでお花見?」

シエル「そう。毎年この季節になると、虹色の花を咲かせる桜が満開になるんだ。ギルドや街の人たちは、その時期に花見をすることが多いんだよ」

ウェンディ「虹色に咲く桜……!!見てみたいなぁ……!!」

シエル「きっと感動すると思うよ!楽しみにしててよ!」

ウェンディ「うん!!」

次回『虹の桜』

ウェンディ「あれ?でも桜って春のお花のイメージがあるけど、今って秋だったよね?」

シエル「……世の中には知らない方がいいこともあるんだよ、ウェンディ?」

ウェンディ「えっ!?な、なにを……!?(汗)」


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第105話 虹の桜

約一週間遅れてしまった上、何も報告がなくて申し訳ありません。
連日早く書かねばと言う一心で何とか書き切れました。普段からこの集中力が続けばいいのに…。

ちなみに次回は既に書き始めています。日曜日深夜に投稿…したいですけど、予定ねじ込まれたので出来なかったらまたもごめんなさい…。


桜の季節。マグノリアではこの時期、街中の桜が花を開き始める為にそう呼ばれている。桜、と言えば春に咲くイメージがあるのだが、このマグノリアに群生する桜は何故か春とは無縁のこの時期に咲く。その理由は未だに判明していないが、恐らくはマグノリアの桜にのみ確認されている特異性に関連しているのだろう。

 

マグノリアの桜が花を開いて散って行く間、夜になるとその色を変質させ、虹色に輝く。それがこの桜にのみ見られる特異性だ。その不思議でもあり幻想的な美しい光景を目にする者たちによって、虹の桜と揶揄されている。

 

「皆!この一年、よーく頑張ってくれた!!その労を労うべく明日はいよいよ……超お楽しみの花見じゃ!!」

 

そんな世にも珍しい桜が見れる時期になって、無関心を貫くことなど万が一にもあり得ない者たちがいた。マグノリアに拠点を置く魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ。マスターであるマカロフからの号令に応え、ギルド内にいる一同はそれはもう浮かれてると言っていいほど盛り上がっている。

 

「前祝いに飲めや騒げ」とも口に出している所を見るに、ただただ盛り上がりたいから乗っかっているだけ、のようにも見えるのが原因だろう。

 

「お花見か~!考えてみれば、お花見をするのも二年以上も前になるんだっけ」

 

その中に混じって盛り上がっているのは、この間エドラスから帰還した少女リサーナ。参加できなかった最後に花見に参加したのは3年前の為、その時ぶりの花見である。その期待度は本人が思うよりも高そうだ。

 

「ミラ姉!お花見の準備、私も手伝っていいかな?」

 

「あら、願ってもない事だから助かるけど、いいの?」

 

「ナツやシエルたちはチームで仕事に行ってるし、他の仕事もあんまり置いてないから、やる事少なくて……」

 

この時期の妖精の尻尾(フェアリーテイル)は花見に意識を大きく持っていかれている。その為、仕事に集中できないレベルで浮かれていると世間から共通認識を持たれているので、桜の咲く季節に限り、ギルドに送られる依頼の量が極端に減っているのだ。依頼板(リクエストボード)に貼られている依頼も、特に難易度が高くない依頼や、よっぽどの緊急事態を除いて、一切と言うほど置いていない。

 

もう一つ言えば、リサーナがいない間に彼女とよく行動していたナツとシエルが、エルザを始めとした数人とチームを組んだことにより、チームで行動する機会が増えてきている。今もとある場所に群生している薬草の採取と言う依頼で出かけている為、正直彼女が今日やる事は限られているのだ。

 

「今年がお花見初めての人もいっぱいいるし、折角なら喜んでもらいたいしね」

 

「そうね。じゃあ、お願いしようかしら」

 

ギルドが誇る美人看板娘とその妹による料理の数々。美人姉妹の会話を聞きながら近くにいたギルドの面々(おもにおっさんたち)は明日の花見の楽しみが更にできたと大盛り上がり。「明日、絶対出るぞぉー!!」と言うマカオの叫びに数人の魔導士たちが全力で返事をあげて、一部の女性陣に冷めた目で見られていたが、これも何だかんだでいつも通りである。

 

ちなみにその次の瞬間、そんな男性陣、女性陣も含めて、突如ギルド内で発生した洪水に飲み込まれた。原因はチームで行動しているが故に、仕事に向かったグレイに置いて行かれた悲しみの大雨を目から流したジュビアである。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「開け、時計座の扉!ホロロギウム!!」

 

一方時を同じくして、シエルたち最強チームの面々(謹慎中のペルセウスを除き、かつまだ新米扱いのウェンディとシャルルを含む)は、依頼の対象となっている薬草が群生している場所、一年中雪が降り積もるという永遠の冬山・『ハコベ山』に着いていた。春秋のみならず夏であっても容赦なく吹雪が発生することのあるハコベ山で行動するには、寒さに耐性を持つ者以外は十分な厚着や防寒対策をしなければまともに滞在することも叶わない。そんな凍死もあり得てしまう極寒地帯についた瞬間、ルーシィは銀色の鍵の一つを用いて大型の古時計の身体をした星霊・ホロロギウムを呼び出し、即座に彼の中へと入った。

 

「『う~!あたしってば、またここに薄着で来ちゃった……!!寒すぎるぅ……!!』と申しております」

 

荷物にあった毛布に首から下を包めながら縮こまり、ガタガタと震えながら独り言ちるルーシィ……の言葉はホロロギウムの中から聞こえないので、中のスペースを提供し、かつ吹雪の中を徒歩移動しながら彼女の言葉を代弁する。前々から思っていたがホロロギウムは黄道十二門でもないのにやけに有能過ぎはしないか?

 

「さ、寒いですね……!」

 

「何よこれくらいで。だらしないわよ?」

 

季節関係なく容赦なく吹雪く雪が積もった道を歩きながら、少しだけ大きめのコートと手袋のみ着込んだウェンディが自分の身体を両腕で抱え込みながら呟く。その隣を(エーラ)で並びながら寒さに震える相棒に呆れた様子をシャルルは見せる。

 

「防寒着足りなかったか……ごめんねウェンディ、持ってきたの、それしかなくて」

 

「う、ううん……!シエルの方こそ大丈夫なの?」

 

コート一枚と手袋のみでも相当な寒さを感じているウェンディを案じて声をかけるシエル。実は今彼女が身につけているコートと手袋は、シエルが持参してきたものだ。ハコベ山がどのような場所なのかを知らないまま普段通りの薄着で来てしまい、極寒地帯の洗礼を受けてしまった彼女に自分が持っていた分を貸してあげた。

 

だがその代わりにシエル自身が今度は上がシャツとパーカーのみと言う見るからに防寒が足りていない服装になっている為、彼の方が激しい寒さに晒されているのではないかと心配と申し訳なさを抱えて尋ねる。

 

「俺なら問題ないよ。雪が降ったり吹雪いてる時ならむしろ寒くなくなるし」

 

「『へ!?それって一体どう言う事!?』と申しております」

 

天候魔法(ウェザーズ)の恩恵……と言うか色々と調べていく内に判明したことなんだけど、極端に偏った天気を体で感じると、それをエネルギーとして吸収して魔力に変換できるんだよ。今みたいに激しい吹雪の中にいても、寒さを感じるより先に魔力として体の中に変換されるんだ」

 

「シエルの魔法ってそんな凄いことも出来るの!?」

 

「あんたホントに人間?」

 

シエルが説明した自分の魔法の特性を聞いたウェンディたちが、当然と言うべき衝撃を受けている。天候魔法(ウェザーズ)は文字通り天候を操作することが出来る魔法。それを習得、使用していくことである程度自然に発生する天気の影響に耐性が出来上がっているのだ。ナツが火や暑さに対する耐性、グレイが氷や寒さに対する耐性が強いのと同じ原理だ。

 

シエルの場合は天候が与える影響……極度の日照りによる暑さや、雨や雪による寒さを緩和し、かつ身に受ける天候のエネルギーを吸収して、体の中に魔力を作り上げることが出来る。シエルが仕事をしない日に日向ぼっこを積極的にやっているのは、この体質を存分に活かして日頃から魔力の吸収を怠らない為でもある。

 

「その代わり、火山とか寒いとこでの水の中とかは、さすがに暑さや寒さを感じるけどね。あくまで天気に左右されないってだけ」

 

「それでも羨ましい……!私は今もすっごく寒いのに……!」

 

「『ウェンディもおいでよ。外にいると風邪引いちゃうよ?』と申しております」

 

「そうですか?じゃあお言葉に甘えて……」

 

コートと手袋だけではやはり寒さを凌げずに体を振るわせるウェンディに、ホロロギウム越しにルーシィが呼びかけて中へと招く。彼の中は人間二人分くらいなら入れるスペースがある為、小柄なウェンディが入っても余裕はある。さすがに堪える寒さに晒され続けるのは彼女も嫌だったようで素直にルーシィの招待に応えた。

 

「シャルルは大丈夫なの?」

 

「全っ然平気よ。寒さなんて、心構え一つでどうにでもなると思うけど」

 

ウェンディの相棒であるシャルルは、強がりなのか本心なのか、寒さに答えた様子はなく悠々と空を飛び続けている。ネコは寒さに耐性が無いと勝手ながら思っていたが、エクシードはどうやらその限りではないようだ。ハッピーも特に寒がっていないし、毛皮もあるから元々寒さに強い種族かもしれない。

 

「入った時と比べると空模様も大分落ち着いて来たな。どう思う、シエル?」

 

「そうだね……雲が晴れる様子はなさそうだけど、直に風も雪も止んで、動きやすくなりそうだよ」

 

「腹減ったなぁ~。どっかに火でもねーかな?」

 

上空の様子を見ながら歩いていたエルザが今現在の天候を観察し、より詳しいシエルへと確認をして見れば、この後の天候が安定しそうであることを伝えられる。一方ナツは後ろに手を組みながら若干飽きてきた様子でぼやく。こんな雪山に火なんてある訳が無さそうだが……。

 

「『暖か~い!』『うぅ……は、早く帰りたい……!』と申しております」

 

ホロロギウムの中に避難したウェンディは、雪と風が凌げるのと、温度調節が可能らしいその空間で満足に暖をとれているようだ。中の会話を代弁してくれるホロロギウムが二人分纏めて言っていることで、どっちがどっちのセリフか混乱してきそうだ。

 

「くそ……こんだけ積もってると歩き辛ぇな……」

 

「それ以前に服を着ろ」

 

「なっ!!?」

 

「うわ、見てるだけで寒そう……」

 

未だ振る勢いが衰えない雪が足元にどんどんと降り積もり、出来上がった新雪の上を歩いて踏みしめていく為、気を付けないと足を滑らせてしまいそうだ。柔らかくて力を込め辛いのも、徒歩に阻害が出ている一因だろう。

 

「ねえナツ、そんな便利な薬草って本当にあるのかな?」

 

「さあな、依頼書に書いてあったんだからきっとあんだろ?」

 

歩き続け飛び続けにも飽きてきたのか、ハッピーが今回の依頼の対象になっていた薬草についての話題を尋ねてきた。ハコベ山に群生していると言う便利な薬草の話。その薬草には特殊な魔力も備わっており、お茶に煎じて飲んだりケーキに練りこんで食べれば、魔導士の魔力を一時的にアップさせることが出来ると言う効能があるらしい。しかしハッピーは話を聞いた時から疑っており、眉唾物だと思っているようだ。

 

「ほら、『旨い魚には毒がある』って言うでしょ?」

 

「それを言うなら『うまい話には裏がある』だ」

 

「うわぁー!?エルザにツッコまれた!?」

 

よく聞く諺を間違って覚えていたようで、すかさずエルザがその間違いを訂正した。作家志望のルーシィや読書家のシエルならともかく、手紙を書くのにも満足な言い回しが出来ない文章力のエルザに正しい言葉として訂正されるのはさすがのハッピーも大きくショックだったようだ。

 

それはともかく、依頼は話にも出ていた薬草の採取。多めに採れたのなら花見で行われるビンゴ大会の景品にすることも視野に入れている。魔導士の力をアップさせてくれる代物なら、喜ぶ者も多いだろう。

 

「おーい薬草ー!いたら返事しろー!!」

 

「するかよ、バーカ」

 

「んだとコラー!!」

 

「思ったこと口にすりゃいいってもんじゃねーだろ。しかもテメーのは意味分かんねぇのばっかだし」

 

薬草探しに意識をシフトし直し、早速ナツがそれを探すための行動に移す。だが意思も言葉も持たない薬草に返事しろと言う荒唐無稽な発言を聞いて、グレイが呆れながらナツを嘲けた。無論これにナツが怒らぬはずもない。

 

「やる気かよこのカチコチパンツ王子!!」

「ウゼェんだよこのダダ洩れチョロ火野郎!!」

 

そのまま睨み合って額をぶつけ合いながら喧嘩をおっぱじめる二人。また始まったな~と後ろから我関せずの様子で眺めながら、シエルは薬草が見当たらないか周囲を軽く見渡した。近くにはどうやら無さそうなので、再び移動に集中する。

 

ちなみに二人のケンカはエルザの仲裁の一喝で即終了した。ここまでテンプレである。

 

「『はぁ……早く仕事終わらせて帰りたいな~。明日のお花見の準備したいのに』……『私も凄く楽しみです!』『すんごいキレイなんだよ!マグノリアの桜ってね!!しかも夜になると花弁が虹色になるの!!そりゃ~もう超キレイでぇ~~!』」

 

「……」

 

「『虹色の桜……!!想像しただけでキレイ……!!』『でしょでしょ~!?』と、申しております」

 

「あの、ホロロギウム……?代弁が大変なら無理に言わなくてもいいんだよ……?」

 

後方から聞こえてくる、マグノリアの桜と花見の事で興奮が止まらないルーシィのマシンガントーク、それに反応する彼女同様楽しみが増長していくウェンディの会話を律義に代弁して淡々とこちらに伝えてくるホロロギウム。だが外にいるメンバーの中でその代弁した言葉に耳を傾けているのはシエルだけだ。他の面々は聞こうともしない。

 

そんな状態で延々と語り続けているルーシィのセリフをずっと代弁させることをさすがに可哀想に感じたのか、シエルは後ろを振り向いてずっと喋り続けているホロロギウムにそう気遣った。なんか……今日は板挟みにされそうな予感がする。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ほぼほぼ当てもなくハコベ山の山道……雪塗れなので道と呼べるかも怪しいが、とにかく歩を進めていくと一行は洞窟に辿り着く。雪の積もっていない場所でなら生えているかもしれない、と考えついて中に入ったものの、ほとんど日を差さない上、岩と氷ばかりで作られたかのような洞窟の中では薬草の手掛かりになりそうなものさえ何一つ見つからない。

 

更に厄介な事に、ハコベ山に生息する危険なモンスターと言われている白い毛皮の巨大な猿のような見た目をした怪物、『バルカン』の群れに遭遇。見た目に違わぬ力強さ、似合わぬ俊敏さを持っていることに加え、人間の女に年中発情しているという女性の敵と言う一面も相まって、危険生物と区分けされている。そんな怪物が群れとなって、外で行動しているエルザ含めた女性陣を狙って襲い掛かって来た。だが、相手が悪すぎた。

 

「はっ!!」

氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

「火竜の咆哮!!」

落雷(サンダー)!!」

 

『ウホオオオオッ!!?』

 

ギルドの中でも最強チームと評される彼らを前にしては、一般的に危険な怪物も、ただのウォーミングアップ用サンドバックに過ぎなかった。二振りの剣で薙ぎ払われ、地から突出する冷気に吹き飛ばされ、灼熱の炎に身を焼かれ、トドメとばかりに天井に密集した黒雲からの落雷による蹂躙。ワンサイドゲームだ。

 

「薬草はどこだ!教えろ!!」

 

「ウホオ!し、知りません知りませんっす!」

 

「隠しても為にならないんだけど、ホントに知らないのかな~?」

 

「ヒィ~!?ほ、ホントに知らないんす!許してくださいぃ!!」

 

一体を残して全て戦闘不能にした直後、胸ぐらを掴んで脅迫混じりにナツが、光陰矢の如し(サニーアローズ)を数本具現化して目の近くに構えながら黒い笑みで見下ろすシエルが薬草の在処を聞き出そうとしたものの、ここで生息しているバルカンもその情報は持っておらず、結局虱潰しに探すしかなくなった。

 

ちなみにシエルの聞き出し方を見ていたグレイが若干顔を青くしていたのは誰にも気付かなかった。

 

 

 

「にしても全然見つからねぇな……」

 

「岩の陰とか、丘の上とか、木々の間とか……ありそうなところにも見当たらない……」

 

「空が大分落ち着いてきたとはいえ、これではいつ見つかるかも分からんな……」

 

あれから終始歩いて薬草を探し続けているものの、それらしいものすら一向に見つけられない。手当たり次第にナツがそこかしこの物陰を除いたり掘り起こしたりしていても、痕跡すらない。乗雲(クラウィド)を使ってシエルが空からそれらしき場所を見渡しているものの、それも成果がない状態だ。このままでは埒が明かない。

 

「時間です。ではごきげんよう」

 

すると、ホロロギウムの身体から突如タイマーアラームが鳴りだして、その言葉を最後に星霊界に呼び戻された。彼が消えたことで、体の中に避難していたルーシィとウェンディが必然的に外へと出され、凍てつくような寒さが二人の身体に襲い掛かる。

 

「「っ!?寒いぃ~~!!」」

 

「おいおい……」

 

「二人とも大丈夫?日光浴(サンライズ)出そうか?」

 

「甘やかすなシエル。お前たちもお前たちだ、少しは探すのを手伝わんか!」

 

「だ、だってぇ……!!」

 

一気に安全なところから投げ出されたことで、寒さのあまり互いに抱き合って暖をとろうとする少女たち。シエルがすかさず優しい光の小太陽を創ろうとするが、長時間ずっとホロロギウムの中でぬくぬくとしていたことに内心腹を立てていたらしいエルザに止められ、更に喝を入れられた。手厳しい。

 

と、膠着しかかっていた状況が動き出すきっかけが起きた。先んじて歩を進めていたナツが何かを感じ取り、突如その足を止めたのだ。すんすんと鼻を動かし、空気中に漂う匂いを嗅ぎ分けると、確信めいたその匂いを認識した。

 

「匂うぞ!これ絶対薬草の匂いだ!!」

 

「相変わらずスゴイ鼻だね……」

 

「てか、あんたその薬草の匂い、嗅いだことある訳?」

 

「いんや?嗅いだ事ねーけど、間違いねぇ!行くぞハッピー!!」

 

ナツ得意の異常な嗅覚で、薬草らしき存在を感じ取ったようだ。本人はその薬草の匂いを嗅いだことないと自分で言ってはいるが、それでも間違いないと断言できるぐらいには自信があるらしい。他の者たちの制止が入るよりも先に、雪道とは思えない脅威的な速さで駆け出して、一気に姿が見えなくなってしまった。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「もう見えなくなっちゃったよ……」

 

「ったく、せっかちヤローめ」

 

我先にと薬草らしきものがある場所へと行ってしまったナツ。だが彼の鼻が侮れないのも事実。ひとまずついて行こうと言うエルザの提案に否定意見もなく後を追う事に。

 

「嫌な予感……いえ、これは予知かしら?このままただで終わる気がしないわね……」

 

「そう言えば、シャルルの勘がよく当たってたのって、予知があったからなのかな?」

 

エルザに続いてナツを追いかけていった後方にて、予知でこの後の事を先に見たらしいシャルルが顔をしかめながらぼやく。過去にもシャルルは無意識に予知を使用して悪い予感を察知していた事がある。生まれた頃から共にしているウェンディが、かつてあったその一片を思い出しながら、今思えば予知によるものだったと考えついた。

 

「あったぁーーっ!!」

 

「え、もう見つけたの!?」

 

そうこうしている内に、一際大きく盛り上がっていた丘の上まで登りついたナツが薬草を見つけたらしく、テンションの上がるままに声を張っていた。駆け足だったことを加味しても随分見つけるのが早かった。

 

「早っ!!」

 

「早ぇことはいいことだ」

 

「ナツさんスゴイ!」

 

「やっぱり獣ね」

 

駆け出していったナツを追っていたシエルたちもようやく追いつき始めた。何はともあれ後は薬草を採取するだけ、なのだがシャルルが言っていた嫌な予知と言うものが気になるところ。気を緩められない。

 

「よーし!さっさと摘んで、帰るぞ!」

 

「あいさー!」

 

ついに見つけた喜びもそのままに、早速その薬草を採取しようと意気込むナツとハッピー。しかしそんな彼らに突如、薬草の一帯ごと覆いかぶさるように影が差し込んだ。怪訝に感じた二人が顔を上げるとそこには……竜がいた。

 

「なぁー!?」

「もしかしてドラゴン!?」

 

「いや違う……!『ブリザードバーン』だ!!」

 

背景と同じ雪に包まれたかのような白く巨大な体躯に、腕と一体化したような巨大な翼と、頑強な口。ハコベ山を始めとする寒冷地帯の山などに生息すると言われているモンスター。ついた名が『ブリザードバーン』。またの名を『白ワイバーン』だ。

 

「何でワイバーンがこんなところに!?」

 

「白ワイバーンは、如何にもな見た目とは裏腹に草食のモンスターなんだ。それも魔力が宿った植物を好んで食べる傾向がある」

 

「魔力が宿った植物……?」

 

今まで影も形も見られなかった明らかに危険な生物の登場にルーシィが疑問と共に叫ぶと、図鑑で見たことがあるシエルから、白ワイバーンについての情報が口にされる。その説明の中に、ウェンディが気になるフレーズとして魔力が宿った植物と言うどこかで聞き覚えのあるワードを呟いた。薬草をすぐにでも取ろうとしたナツとハッピーを翼の風圧で吹き飛ばし、薬草の群生地に侵入されることを拒むかのように着陸する。

 

「そう。さしずめあの白ワイバーンの好物は、俺たちが狙ってるあの薬草ってことだね」

 

「何ィー!?」

「独り占めする気だ!!」

 

図鑑の特徴、そして薬草を守るかのような行動から察して、シエルは推測を結論付けた。エサの取り分が減らされるのを嫌って、薬草を採りに来た自分たちを追い払おうと言う魂胆だろう。だがしかし、それを分かったところで、こちらも大人しく引き下がる気はない。

 

「確かこーゆーのを一石二鳥とか棚ぼたっつーんだよな?白いワイバーンの鱗は、高く売れるって知ってっか?」

 

「うん、それも書いてあった。一枚だけでも5、6桁は下らない相場なんだってね」

 

「おーし!薬草ついでにこいつの鱗全部剥ぎ取ってやんぞ!!」

 

両手を合わせて造形の構えをとったグレイが、目の前に立ち塞がるワイバーンに関する得になる情報を口にすれば、更に知っている情報をシエルが口にし、口角を吊り上げて右手に魔力を集中させる。そして二人から鱗の価値を耳にしたナツが炎を両手に纏いながら、悪魔もビックリの鬼畜な発言。意外にも人語を理解しているのかそれとも本能で危機を察知したのか、白いワイバーンはそれを聞いておっかなビックリと言った様子を見せる。

 

「あのワイバーンは私たちに任せろ。換装!」

 

男性陣のワイバーンに関する会話を聞いて状況を整理したエルザが、遠目で見ていたルーシィに言いながら電撃属性の攻撃と耐性を持つ雷帝の鎧へと換装。蒼雷を発する槍を構えながら、ワイバーンを見据えて更に言葉を続けた。

 

「お前たちは、私たちがあれの注意を引き付けている隙に、薬草を採取するんだ」

 

「はい!」

「仕方ないわね……」

「ええ……!?なんか一番危険なポジションではないかと……」

 

エルザの指示に対してウェンディは意気揚々と、シャルルは上から目線で渋々ではあるが了解する。が、ルーシィはある意味一番危険な立ち位置に置かれたことに対して乗り気を見せない。

 

「頼んだ……!!」

「あ!はい!やります!喜んで!!」

 

だがしかしこの女にそんな愚痴は通用しない。ワイバーンよりも先にシバきに来そうな圧をかけられたルーシィは掌を一瞬で返した。

 

「行くぞ、ナツ、グレイ、シエル!!」

 

『おうよ!!』

 

一斉にワイバーン目掛けて飛び掛かる四人。対するワイバーンも自らの縄張りを守らんと迎え撃ち、激突が始まる。その傍らでルーシィとウェンディは四つん這いの状態で悲鳴を上げるとともに薬草の元へと這って行く。情けない声を出して移動する二人にシャルルが喝を入れているらしいが、エルザと言い彼女と言い、今日はやけに手厳しい。

 

「火竜の煌炎!!」

 

左右両手の炎を合わせた火球を撃ち出し、早速先制をとるナツ。しかしワイバーンが大きく翼をはためかせて火球目掛けて風を起こせば、何とその風圧だけでナツが発した火球が方向を転換、跳ね返す。

 

「いやーーっ!?」

「キャーーッ!?」

 

「あ、ウェンディ!!ルーシィ!!」

 

そしてその火球は運悪く薬草へと気付かれずに移動していたウェンディたちの方に飛んでいき、彼女たちは慌てて飛び跳ねて回避。何とか大事には至らなかったが、シエルにとってはこっちも心臓に悪い。

 

「アイスメイク“円盤(ソーサー)”!!」

 

今度は刃のついた円盤を象った氷を作り上げてグレイが飛ばす。だが先程の火球同様ワイバーンは翼を羽ばたかせて別方向へと飛ばし、またも方向を変えて進んでいたルーシィの前方に突き刺さる。当然ルーシィは恐怖のあまり悲鳴を上げた。

 

「この野郎……!!」

 

「シエル、二方向から攻めるぞ!合わせろ!!」

 

「合点だ!!」

 

危うくウェンディに被害が及ぶところだったことに、あからさまな怒りを表すシエルが両手に雷の魔力を溜め込んでいく。それを見たエルザがシエルとは反対方向に移動しながら指示を飛ばすと、シエルもそれに答えるように動く。

 

「今だ!!」

「喰らえぇ!!」

 

空中の別々の正反対の方向から、それぞれ黄雷と蒼雷による攻撃を仕掛けるシエルとエルザ。二方向から攻撃が来ていることを一瞬で察知したワイバーンは今度は跳ね返そうとせずにホバリングを駆使して横に移動。回避する。

 

「おいおい……!!」

「待てコラ……!!」

 

しかもワイバーンが回避したことによって二次被害が発生した。ちょうどワイバーンがいた場所の真下にいたナツとグレイの元に、衝突した二色の雷が合わさってピンポイントに落雷。ナツとグレイが感電して悲鳴を上げ、収まった頃には全身黒焦げになっていた。

 

「あ、ヤベ」

 

「馬鹿者!ちゃんと避けないか!!」

 

「つーか、アレだな……」

 

「先に謝れっつーの……」

 

まさかの被害を受けたナツたちを見たシエルが、思わず怒りも忘れてぼやき、エルザは何故か理不尽に二人に説教を飛ばす。当然二人からは不服そうな返事が返ってきた。正直すまなかった。

 

こちらばかりが攻勢に転じていたが、今度はワイバーンから仕掛けてくる。強靭な足の爪でエルザへと急襲を仕掛け、対する彼女は雷の膜を展開して防御。その衝撃で辺りに風圧が発生する。意外と強敵だ。だが好物として食べている薬草には、一時的に魔力をアップさせる成分が含まれているという話だ。この強さにも納得と言える。

 

「仕方ねぇ……こうなったら……!」

 

一筋縄ではいかない相手。それにこのハコベ山はモンスターとして生息している向こうにとってはホームグラウンド。対峙している自分たちはまだいいが、ウェンディやルーシィがこの場に留まり続けるのはリスクが大きすぎる。ならばここは、短期決戦がベスト。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)雷光(ライトニング)……倍速(ブースト)!!」

 

両手にそれぞれ雷の魔力を展開して握り潰し、シエルの身体に青い雷の光が発生。通常の雷光(ライトニング)の倍近くまで速度を上げる技を発生させ、共闘しているナツたちからそれぞれ驚愕の反応が返ってくる。

 

「行くぞ!!」

 

積もった雪を蹴り上げて急加速。その影響でシエルの後方の雪が舞い上がって一種の煙が発生。それと同時に、ワイバーンの懐に蒼雷を纏ったシエルの肘打ちが叩き込まれ、ワイバーンの身体が押し込まれる。反撃の隙も与えないまま次にシエルはワイバーンの身体を蹴り上げる。大きく上昇させられたワイバーンはその場で態勢を整え、シエル目掛けて大きく羽ばたき風圧を発生させる。地上にいたナツたちがその風圧に晒されることになるが、標的となっていたシエルの姿は既にそこにはない。

 

姿を見失ったと認識した次の瞬間には、ワイバーンは背中から大きく仰け反った。一瞬で後ろに回り込んだシエルが両手を組んで叩きつけたのだ。落下していく巨大なワイバーン。だがシエルはまだ奴が戦意を失ってない事に気付いている。

 

「気絶するまで踊らせてやる」

 

口角を上げてそう一言呟いた直後、再び蒼雷が動き出した。横から不意討ちするように頭部へと蹴りを入れ、次に翼、腹部、尻尾、足、喉元、背中と、一瞬で様々な方向から打撃を叩きこんで蹂躙していく。まるでワイバーンは糸の繋がった人形の如く、空中でされるがままに踊らされている。

 

かつては天体魔法を使う青年によって苦しめられ、圧倒的な力と速さで捻じ伏せられた、あの時の技をヒントに考案した戦法。それを再現した技……!

 

「こいつが……『雷光閃舞』だ!!」

 

そしてトドメに脳天目掛けて掌底を一発。ワイバーンの巨体ごと地面へと叩きつけ、その意識を完全に刈り取った。動かなくなったワイバーンに対し、蒼雷を解いたシエルは、多少の疲れが見える程度で、ほぼ無傷だ。

 

「ずりぃぞ、シエル!!最近お前ばっかおいしいとこ持ってきやがって!!」

 

「え~?えっと、ごめん?」

 

「別に謝んなくてもいいんじゃね?」

 

「シエル、ご苦労だったな」

 

最初以外はほぼシエルの独壇場で片付けてしまった為、暴れられなかったナツから不満の声が上がる。だが元々の依頼は薬草の採取だ。その採取の為に障害となっていたワイバーンを退けただけ。肝心の薬草はどうなっているかと言うと……?

 

「採ったー!!見て見てー!!あたしだって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強チームの一人なんだからー!!」

 

色々と巻き込まれて大変な目に遭いはしたが、めげずに群生地に近づいていたルーシィがカゴいっぱいになるまで採取していた。ワイバーンも倒し、薬草も獲得、これで依頼は成功だ。

 

 

 

 

 

だが、この後更なるアクシデントが待ち構えていた。山の頂上の方向から聞こえる轟音と、感じる振動。それに気付いて反射的に振り向いた先には……雪崩が近づいていた。

 

「雪崩ーー!?」

 

雪山で思う存分大暴れした影響が、山頂付近から来たであろう雪崩となって周囲一帯全てに襲い掛かって来た。すぐさま避難をとシエルがすかさず乗雲(クラウィド)を展開してワイバーンと対峙した組を回収。ウェンディはシャルルが抱えて既に避難済み。残すはルーシィ……とすぐさま向かったところで間に合わず、飲み込まれてしまった。

 

「しまった!ルーシィー!!」

 

手を掴み損ね、激しい轟音を立ててる雪群が煙を起こし、周辺の視界を奪う。それが晴れた頃には、ワイバーンの身体がほぼ雪に埋もれている以外は一面雪まみれになってしまっていた。

 

「ルーシィ……!」

 

「ウェンディ、ルーシィの姿は見えるか!?」

 

「いえ……どこにも……!」

 

「ルーシィどこー!?」

 

一人だけ取りこぼしてしまった罪悪感にシエルが苛まれる合間にエルザやウェンディが彼女の姿を探す。しかしどこにも見当たらずハッピーが声を張って彼女の名を呼ぶと、離れた場所の雪から突如薬草が出てきた。

 

「さ……さぶい……!!」

 

手に持っていた薬草を使って自分の位置を知らせたルーシィ。しかし、ただでさえ薄着の上、体の半分以上が雪に埋もれていた彼女の顔色は、雪にも負けないぐらい真っ白になっていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「で、結局ルーシィが雪崩に巻き込まれちゃって……どうにか助かりはしたんだけど、随分体が冷えちゃったみたいで……」

 

「ふむ……風邪を引いてなきゃいいんだがな」

 

翌日……花見当日。シエルはダイニングのテーブルに所狭しと置かれた弁当を包みながら、弁当の中身を作った後片付けを行なっている兄のペルセウスに、昨日の仕事先で起きたことを話していた。あの後薬草もワイバーンの鱗も無事に採取できたのだが、気掛かりなのはルーシィのこと。あれだけの大雪に呑まれて急激に冷やされれば体調に影響が出やすいだろう。

 

道中でもウェンディ相手にすごく盛り上がりながら語っていたから、相当今日のことを楽しみにしているはず。何事もなければいいのだが……。昨日からシエルが考えるのはそのことばかりだ。

 

「まあ、もし来れなかったとしても、それが原因でシエルたちが楽しめないようじゃ、ルーシィがより落ち込むだろ?お前たちはお前たちで楽しく盛り上がる方がいいと思うぞ」

 

兄の言う事ももっともだ。ルーシィのことを気にして場の空気を悪くしてしまっては、みんなにも、ルーシィにも失礼だろう。「そうだね……」と心に言い聞かせるように呟くと、シエルは乗雲を具現化して袋で包み込んだ弁当を乗せていく。全て乗せ終わった後、玄関の扉を開いて後ろに立っている兄へと振り向きながら告げた。

 

「じゃあ兄さん、行ってくるね」

 

「ああ、行ってらっしゃい。楽しんでこいよ」

 

笑みを向けて見送る兄を背に、シエルは今日の花見の会場である公園へと向かい出した。桜が見どころとなる時期は数日の合間。その初日は、公園を一日だけ貸し切りにしてもらっている。その丸一日を使って、ギルドの面々が花見を行うのだ。

 

会場に辿り着くと、ほぼほぼ全メンバーが揃っていて、待ちきれずに既に酒をあおっているメンバーもいる。例えばカナとか、ギルダーツとか……いや主にこの二人だ。揃って樽ごと酒を持ってきてる。この二人、妙なところで共通点が多いような……?

 

「もう始めてるんだ……」

 

「シエル、いらっしゃい!そのお弁当、もしかしてお花見用に?」

 

姉のミラジェーンと共に、花見に来ているメンバーたちへの配膳を行っていたリサーナが、シエルが到着したことに気付いて声をかけてきた。シエルの傍で浮いている雲に乗っている、弁当の山にも着目している。

 

「うん。兄さんが昨日から作っておいたやつ。みんなで食べてってさ」

 

「うわぁ~!ありがとう!!ペルの料理おいしいからみんな喜ぶよ!!」

 

その弁当がペルセウスの作であることを聞いたリサーナが喜びを表して反応する。ペルセウスの作る料理がどれだけ良いものかを知っている為、その喜びもひとしおと言うもの。折角なのでみんなに配ってくると言うので、弁当を乗せている雲ごと渡しておいた。乗雲(クラウィド)はすり抜けることがなく、高度を低くしておけばシエルの魔力操作が無くても、人力で押していけば十分動かせる。リサーナ一人でも十分に運べるわけだ。

 

「お、シエル来たみてーだな」

 

「シエルー!こっちこっちー!!」

 

「みんな!今行くよ」

 

リサーナに弁当が乗った雲を渡したところでシエルが到着した事に気付いた最強チームの面々から声がかかった。既に来ている者たちも各々料理や飲み物を堪能しているようで、シエルも彼らが座っているビニールシートに乗り出す。グレイの近くにいたがるジュビアがいるのは予想通りとして、まだ来ていないのはナツとハッピー、そしてルーシィぐらいだ。

 

「ルーシィ……来てないの?」

 

「ナツとハッピーが迎えに行っている。もうじき来る頃だろう」

 

ルーシィの姿が見えないことが気になったシエルが聞いてみると、エルザからこの場にいないナツたちのことも含めて答えた。度々ルーシィの家に遊びに……と称して侵入しに行っているナツなら彼女の家もよく知っているからだろう。噂をすれば影。ナツとハッピーがこちらの方に戻ってきた。だが、その顔はどこか落ち込んでいるようにも見え、呼ばれた対象であるはずのルーシィの姿もない。

 

「ナツ、ルーシィはどうした?」

 

「来れねぇっつってた。風邪引いたって」

 

彼女の姿がないことに全員が気づいていたが、代表してエルザが尋ねると顔を俯かせ、場に座りながら力無く答えた。ルーシィが来れなかったことが少なからずショックなのだろう。

 

「風邪ひいたって?」

 

「やっぱり、か……」

 

「酷いんですか?」

 

あれだけ楽しみにしていた日に風邪で寝込んでいたルーシィの姿を思い出したのか、珍しく気落ちしたナツが力なく頷く。ハッピーも元気が無さそうでルーシィの容態から深刻さを感じている。鼻はグシュグシュで顔も真っ赤、声もどこか変な感じだったらしい。

 

「何故風邪をひく……?」

「気付いてないのね……」

 

あの時依頼に言った面々はその原因に心当たりあるのだが、エルザだけは何故か風邪を引いたこと自体に疑問しか感じていない。気合があれば風邪もひかないと本気で思っているのだろうか?

 

「ルーシィさん、あんなに楽しみにしてたのに……」

 

昨日の楽しげな様子を傍で見ていた為に、同情の念から俯くウェンディの方を見てハッピーは、彼女の治癒魔法で治してもらえればと考える。だがその魔法は既にかけてあり、状態異常とは別物である風邪を治すそれは遅効性で、良くなるとしても明日になってしまうのだそうだ。花見が行われるのが今日一日だけであるため、結局参加できそうにない。それを聞いてハッピーの表情はなお曇った。

 

「それではこれより、お花見恒例のビンゴ大会を始めま~す!!」

 

「今年も豪華な景品が盛り沢山じゃ!皆、気合入れてかかってこーい!!」

 

落ち込む様子のナツたちとは対照的に、花見で盛り上がるメンバーたちのテンションは更に上がっていく。毎年豪華な景品が目白押しになっているギルド内ビンゴ大会。進攻をするミラジェーンとマカロフの傍には、ビンゴ用に製作された専用の福引台型の魔水晶(ラクリマ)が置かれており、その近くで配られたビンゴカードを持った魔導士たちが集っている。

 

「みんな、用意はいい?それじゃ、真ん中の穴を開けてくださーい!」

 

ミラジェーンの指示に従って、フリースペースであるビンゴの真ん中の穴をそれぞれ開けていく。マス目は5×5の25マス。数字の範囲は1~150だ。大分長い時間をかけて行われる予定となっている。そして始まったビンゴは「まずは一発目じゃ!」と言うマカロフの声に合わせて、福引が回転。それが早くなった直後、小さな花火のようなものが上がり、弾けると同時にその数字を派手に出現させる。

 

「24番!」

 

「やった!いきなり来たよ!!」

「すっごい強運……!」

 

最初の一発目。そこで出るか出ないかでも大きく違ってくる。いきなり開けることが出来た者はついているだろう。

 

「あ、私開いた!」

 

「幸先良いね。俺は、無さそう」

 

「私も。と言うか、絶対当たらないわ、このカード……」

 

シエルの周辺ではウェンディがいきなりヒットしたようだ。シャルルは予知が見えたのか、始まったばかりで諦めムードの様子。ちなみにナツは、カードを持たずにずっと腕を組んで心ここにあらずと言う様子だ。

 

「続いて5番!」

 

「ぅおーーっ!開いたァーー!!漢だーーー!!」

「漢は関係ねぇだろ」

「全っ然来ねぇな……」

「私も……」

 

少しばかり進んだところで開き出す者もそうでない者もだんだん分かれてくる。続々とマスが開いていったり、ようやく開けられたり、酷い場合はここまでで一マスも来ない者まで。運に左右されるイベントは参加者の一喜一憂がよく見え隠れする。

 

「68番!」

 

「ビンゴだーーー!!!」

「マジか!?」

 

「ノリノリだな……」

「リーチが三つも!」

 

10発目を超えたところで出てきた数字。そこにビンゴしたものが現れた。普段とは打って変わって存分にビンゴを楽しんでいるエルザだ。遠目から見ていたグレイが若干呆れた様子で彼女の様子にぼやく。

 

「初ビンゴはエルザね!」

 

「運も修練の賜物だ!で……け、景品はなんだ……!?」

 

最初にビンゴをしたと言う強運を発揮し、ウキウキでミラジェーンの元へと駆け寄るエルザ。興奮冷めやらぬ状態で期待に胸を膨らませながら尋ねると、既に手に持っていたミラジェーンがそれを見せてきた。

 

「は~い、これ!一時的に魔力をアップさせると噂の、薬草で~す!」

 

「何ーー!?」

 

差し出されたのはハコベ山でエルザたちが仕事で採取してきた薬草だった。ビンゴの景品として持ち帰ってきたものが、まさかの採取した者たちに渡る事に。しかも薬草は寒冷地から暖かいところに持ってきたせいか既に枯れていて、傍から見れば泥を被ったかのように変色してしまっている。効果が残っているようには見えない。

 

「私の……ビンゴが……!!」

 

「あらあら……」

 

あんまりな結果になってしまったことで、エルザは分かりやすいぐらい落ち込み、四つん這いで蹲った。とんでもない高さで上げてから、とんでもない深さまで落とされた絶望感たるや、言葉に出来ないものだろう。

 

「運がいいのか悪いのか……」

 

「来るだけマシでしょ。ほとんど開いてない奴からすれば」

 

あんまりな結果になってしまったエルザに同情を禁じ得ない様子でシエルが呟く。だが、一番最初にビンゴしたこと自体は強運であることに変わりない。

 

「ビンゴーーー!!」

「マジか!?オレ一個も来ねぇ!!」

「オメーは詰めが甘ぇんだよ」

「父ちゃん頑張れ!!」

 

だが下には下がいるようだ。近くにいたカナがビンゴで勝ち抜けする中、ツキが回ってこないのかマカオのビンゴカードは真ん中以外何も開いていない。これ程まで来ないのは逆に運がいいのか悪いのか。純粋に応援してくれる息子のロメオに、誰か個人の気合じゃどうしようもないことを伝えてあげてくれ。

 

「リーチすら来ない……!俺も外れカード引いたかな……?」

 

「かもしれないわね。私たちみんな、当たらないと思うわよ」

 

「シャルルが言うならきっとそうなんだろうね……」

 

少しずつ開く場所は出ているが、景品の減りと数字の出方から見て、カードが外れだったのではと嘆くシエル。そしてトドメにはシャルルの言葉だ。彼女が言うのであれば間違いないだろう。シエルにもウェンディにも若干諦めのムードが漂い始めた。

 

「せめてルーシィに、お詫びも兼ねて景品をもっていけたらと思ってたんだけどな……」

 

間接的にではあるが、ルーシィが風邪をひいてしまった元凶とも言えるシエルは、せめて花見に来れなかったルーシィへの形に残るお詫びが出来ないかと、楽しむ傍らで考えていた。しかしそもそもビンゴ出来ないとそれすら叶わないと言うジレンマが出てくる。

 

「115番!」

 

『ビンゴーー!!……あれ?』

 

と、ここでまさかの展開。エルフマン、ジュビア、レビィの三人が今の数字で同時にビンゴすることに。景品は残り一つ。これで最後だ。受け取れるのは一人だけである。

 

「三人同時か?じゃあ一発芸で一番面白い奴に景品をやろうかの」

 

『一発芸!!?』

 

それを決める方法はまさかの一発芸。唐突に言い渡されたマカロフからの無茶ぶりにビンゴした三人の顔が驚愕に染まる。一発芸をしてまで欲しくなる景品になるのか……と少し過った思いはすぐに失せることになる。

 

「景品はなんと!アカネリゾートの高級ホテル二泊三日のペアチケット!!」

 

ここ一番で超豪華な景品が待っていた。正直何故これがトップバッターの景品じゃなかったのかという疑問が浮かぶところだろうが、このとてつもない景品を獲得できるチャンスを持った三人にはそんな事は微塵も思わなかった。

 

「スゴイ!!」

「「ペアで旅行~!!?」」

 

「アカネリゾートか!!姉ちゃんとリサーナにプレゼントしてやる!!」

 

「グレイ様と二人きり……!?二泊三日……!!?ジュビア、まだ心の準備が……!!!」

 

高級リゾートへのペアチケット。それに対してレビィに片想いする二人の方が興奮したり、姉と妹を優先したり、想い人(グレイ)との二泊三日旅行を今から妄想したて頭から煙を出したりと様々な反応を見せる。

 

だが他にも変わった反応を示す者がいた。その者はいつ着替えたのか白一色のスーツに着替え、どこに持っていたのか自前のギターを持ちながら一つ軽く弦を鳴らす。

 

《一発芸……!それは、一度きりギリギリの戦い……。つまりオレの出番って事さ、相棒……》

「何故オレまで……?」

 

「何か始まった!?」

 

「「またお前か!!」」

 

「お?なんか面白そうだな、やれやれ~!」

 

「引っ込め!!リーチもしてねーだろオメーは!ギルダーツものせんな!!」

 

リーチすらしていない癖に一発芸を披露する為だけにスタンバイしていたらしいガジルだった。状況も分からず同じ格好をさせられて小型のギターを持たされたリリーが困惑しているし、リサーナもまさかの人物のまさかの格好に目を剥いて驚いている。ジェットとドロイ、エルフマンは言わずもがなだが、ギルダーツは面白がって盛り上げていた。勘弁してほしい。

 

ちなみに一発芸大会を勝ち抜いたのはエルフマンだった。エルフマンが選ばれた瞬間ジュビアは絶望したかのように崩れ落ち、レビィの方はジェットとドロイの方がショックを受けていた。そしてエルフマンは有言実行としてペアチケットをミラジェーンとリサーナに譲ったらしい。出来た兄であり弟である。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ビンゴが終わっても尚も盛り上がる花見。時間は夕刻に達し、もうすぐ夜更けにまで差し掛かかる時間帯。それでもなお解散する様子は見られず、むしろその時を今か今かとギルドの者たちは待ちわびている。

 

「さあ皆の者!いよいよお待ちかねの時間じゃ!!」

 

こんな時間になっても誰一人帰ろうとしなかった理由。それはこの時間からがこの花見の本番と言ってもいいからだ。陽が完全に沈み、星明りのみが空を照らすような時間帯。奇跡のような光景は、そこに現れた。

 

月の明かりに照らされた桃色の花弁たちがその色を変え、赤や青、黄、緑、紫、藍、橙の色へと変化した花弁となって宙を舞い、その場に降り積もっていく。木々についた花弁たちは、まさに虹色の光となって彩を表し、魔導士たちの目を奪う。

 

「キレイ……!!」

 

口々に盛り上がりを見せる周りとは若干異なり、初めてその光景を目の当たりにしたウェンディが、それ以外の言葉を発せずにただその目に焼き付けている。輝かしい瞳と紅潮した頬が、今見える幻想的な風景に対する感想を物語っていた。

 

「言葉を失うよね。俺も初めて見た時、何も出てこなかった」

 

「……悔しいけど、それには同意するわ」

 

「うん……こんなにキレイなんだもん……!そうなっちゃうよ……!」

 

目に映すことは何度もあったが、その度に抱く感動は何度味わっても飽きることがない。毎年見る者にとっても、初めて見る者にとっても、そして久々に目に出来た者にとっても。忘れたくても忘れることは出来ないだろう。ありとあらゆる負の感情を浄化できるのではとさえ思える、光きらめく風景を。

 

だが一つだけ、敢えて残念に思えることがあるとすれば……。

 

「せめて……この風景だけでも、ルーシィに見せたかったな……」

 

「うん……」

 

ここに来ることも、この風景を見ることも叶わなかった、誰よりもこの虹の桜に夢を見ていた少女が、ここにいない事。呟いた彼の言葉に、ウェンディも目を伏せながら同意と共に頷いた。

 

 

 

そんな彼らのやりとりを耳にしていたナツが、何かに気付いた様子で目を(しばた)き、そしてある事を決意してその時を待とうとしたことに、この場にいる誰も気付くことはなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

翌日。ルーシィはすっかり風邪から回復したらしい。元気そうな姿をギルドで見せ、ナツとハッピーに話しかけていた。それを横目に見て安堵を覚えながら、シエルは今朝街中で聞いた妙な話を近い場所にいたウェンディに伝えていた。

 

「桜の木が、船に乗ってた……!?」

 

「俺も実際見たわけじゃないけど、虹色に輝いていた桜が船に乗って川を進んでいたらしいよ。街を一周ぐらいしたらその後見えなくなったみたいだけど」

 

「どうにも嘘くさいけど……街が妙に騒々しいのはそのせいかしら」

 

昨夜、花見を終えて解散した夜更け。街の運河を、虹色に輝く花びらを散らせながら、桜の木が船に乗って周っていたという噂。街中に目撃者は多数存在し、奇怪ながらも幻想的なその風景に目を奪われたという話も上がっていた。だが、桜の木がひとりでに船に乗るなどあり得ないので、人為的な何かが関わっているはずだが……。

 

「コリャァー!!街の大切な桜の木を引っこ抜いたのは誰じゃあ!!町長はカンカンじゃぞぉ!!」

 

するとギルドの入り口から怒り心頭と言った様子で怒鳴るマスター・マカロフが、同様に腕を組んで鋭い視線を見せているエルザと、少しばかり疲れて頭を掻いている様子のギルダーツを伴って現れた。マグノリアの町長からギルドの魔道士の仕業じゃないかと怒られたらしい。実際桜の木を掘り起こせるような者は、一般人じゃなくてギルドの魔道士……それも相当なパワーと実行力がないと出来やしない。第一候補に入るであろう青年の方へと視線を向けると、分かりやすいぐらいに動揺して縮こまっていた。やっぱりな。

 

「何やってんのかしら、あいつら」

 

「どうしよう、シエル?」

 

「う〜ん……」

 

呆れ果てた様子で溜息を吐くシャルルと、マカロフたちに知らせた方がいいのか迷ってシエルに意見を聞いてみるウェンディ。ギルドの様子を……そして恐々としながらはぐらかそうと努めているナツたちに笑顔でお礼を言ったルーシィの姿を目にしたシエルは、柔らかい笑みを浮かべながら一言返した。

 

「……何も言わないでおいとこうか」

 

街から見れば非常識とも言える行動だが、仲間を優先して、その仲間の輝かしい笑顔を生み出したのも事実だ。それに免じて、シエルは気付いた事実に蓋をすることに決めた。

 




おまけ風次回予告

ジェイソン「クール、COOL(クール)、クゥール!!今年もこの時期がやって参りました!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)全メンバー参加型、ロードレースが開催されます!

今年は何と言っても豪華な顔触れ!連年覇者のジェットを筆頭に!昨年不在だったペルセウスにギルダーツ、リサーナまでも参戦し、期待溢れるニューフェイスの活躍にも期待大!!

知力、体力、魔力がぶつかり合う速さの最強決定戦!今年から追加されるレギュレーションも含めて必見です!

今年はどんなドラマが生まれるのか!そして優勝するのは、最下位の罰ゲームを受けるのは!全ての結末は~!?

次回『24時間耐久ロードレース』にて!!

わたくし週刊ソーサラー記者、ジェイソンの実況でお送りさせていただきます!COOOOOOOOOOL!!」

シエル「すげぇ!?ほぼ全部ひとりで喋ってたよあの人!?」


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第106話 24時間耐久ロードレース

やっぱアニメオリジナルは文字数が増える増える…。

本当は色んな書きたいシーンとかもあったんですけど、時間の都合上またもやいくつか削りました。

削っても二万字超えって…!


マグノリアの天候は本日も快晴。秋の合間だけでも多数のイベントが存在しているこの街……もとい魔導士ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)。街の南口公園にて、また一つの大きなイベントが開催されようとしていた。

 

出入り口近くに設置されたアーチの大きな飾りに書かれているのは「妖精の尻尾(フェアリーテイル)24時間耐久ロードレース」。

 

そこに集うのは、現在街に戻ってきている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の全魔導士たち。

 

辺りに集まるは、このイベント見る為だけに集まった、マグノリアに住む一般客たち。

 

今から始まる、一日分の時間全てを使った、大規模な魔導士たちによる熱き戦い……!

 

《ソークゥール!!今年もこのイベントがやって来たぁ!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)恒例!全魔導士強制参加の!『24時間耐久ロードレース』!!》

 

ギルドに属するすべての魔導士たちが一堂に会し位置につく集団の脇にて、テーブルに乗せられた魔水晶(ラクリマ)ビジョンを確認しながらマイク片手に叫ぶのは、以前妖精の尻尾(フェアリーテイル)に取材に来た経験もある、金色の短い髪と額に乗せたサングラスが目立つ週刊ソーサラーの記者。

 

《実況はわたくし!週刊ソーサラーの記者でお馴染み、ジェイソンであります!!この一大イベントを、COOL(クール)HOT(ホット)にお伝えしていきまーすっ!!》

 

何と大陸中で有名な週刊誌の記者が、このイベントの実況の為にわざわざ訪れるほど。妖精の尻尾(フェアリーテイル)自体が、ここ最近での知名度を良くも悪くも上げていることも理由なのだろうが、ある意味これは好待遇と言っていいだろう。

 

ほとんどの者たちがレース開始に先駆けてやる気を見せるようにストレッチをしたり発破をかけあったりしている中で、ビーチパラソルを持ったミラジェーンに陰を作ってもらいながら、悠々と歩いてくる男がいた。全魔導士の中でも、一番優遇されているその人物は……。

 

《っと、出ました!!当ロードレース無敗のタイトルホルダー、ジェット!!》

 

チームシャドウギアの一人である魔導士、ジェット。彼の魔法は神速(ハイスピード)と言う己の速度を爆発的に上げるものであり、まさしくギルド最速と言っていい魔導士。速さ()()を競うこのロードレースにおいて、彼より前を走れるものはいないとまで豪語できる。

 

依頼(クエスト)じゃいまいちな活躍も、これでチャラとの、ウ・ワ・サ!!》

 

「おい!!」

 

《ウワサですよ、ウワサ!!》

 

そんなジェットだが、普段はその速さを活かしきれていない様子。ジェイソンからのちょっかいにも似た実況に苦言を呈すも本人はあしらうばかりだ。だが大体事実なので仕方なし。

 

「ジェットのヤロー……今年も余裕だな……」

 

そんなどこか強者になり切れないジェットだが、実際にロードレースで毎回トップを突っ走る実力は本物。堂々とレース前に実況にツッコめる余裕は連覇した者の特権と言うべきか、グレイが苦い顔で彼の様子を見ている。だが、それとは対照的に笑みを浮かべる人物もいた。

 

「へっ!そいつはどうだかな~!優勝はオレが貰った!!」

 

桜髪に白い鱗柄のマフラーが特徴的な滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のナツ。毎年レースの優勝をジェットに奪われているが、今年はやけに自信があるようだ。だがそんな自信に満ちているナツに小ばかにするようにガジルが口を割った。

 

「貰った、って言う奴に限って、貰った試しがねーんだよ」

 

「スッゲー“秘密兵器”があるんだよ」

 

「なーにが“秘密兵器”だよ。ガキくせーな」

 

どうやらナツには今回のロードレースに対する秘密兵器と言うものがあるらしく、不敵に笑みを浮かべながら堂々としている。しかしそんな彼に対してグレイもガジルもどうせ大したことじゃないとばかりに構え、三人の間で静かに火花が散った。

 

「今日ばっかりは、誰が相手でも手加減しないよ。ジェットの連勝記録を塗り替えてやる」

 

「スゴイやる気だね……!」

 

「随分自信満々だけど、なんか作戦でもあるの?」

 

やる気を漲らせて、自慢げに笑みを浮かべながら実質の優勝宣言を口にするシエルに、近くにいたウェンディとシャルルが不思議な様子で尋ねてくる。作戦……と聞かれたら、少年は意味ありげな様子で不敵に笑うと律儀に答えた。

 

「このレースは魔法の使用も無制限なんだ。そしてこのレースにもってこいな秘策を、用意してあるんだよ。詳しくはレースが始まってからのお楽しみだけど」

 

ナツ同様にシエルにもレースを大いに有利にするような秘密があるらしい。首を傾げていながらもシエルの言う秘策に興味を向けるウェンディと、どこか胡散臭い印象を拭いきれないような視線を向けるシャルル。対照的な二人の意識を感じながらも、十分に見通せる勝利の未来を少年は見据えていた。

 

「みんな気合入ってるな~」

 

「みんな罰ゲーム食らいたくないからね。去年はひどかったからなぁ……!」

 

「はぁ!?罰ゲームって何よ!!?」

 

イベントとは言え妙に気合が入った様子の魔導士たちの様子を目にしながら、疑問に感じたルーシィがぼやけばハッピーが近づいてルーシィに説明した。毎年、このロードレースで最下位となった者には世にも恐ろしい罰ゲームが用意されている。内容も毎年変わるので、何が来るかも分からない恐怖も相まって絶対に罰ゲームを受けたくないと気合を入れる魔導士が多数いるのだ。

 

「去年のはそんなにひどかったのか?いなかったから内容知らねぇんだけど」

 

するとルーシィの後ろからハッピーに向けて尋ねてきた人物を見て、思わずルーシィは驚愕した。水色がかった銀色の長い髪を持った、本来であればまだ外に出る許可が下りていない人物の姿。

 

「あれ、ペルさん!?謹慎期間って、もう終わってましたっけ!?」

 

「いやまだだ。だがマスターから今日と明日だけ謹慎を解くって言われてな。その代わりレースに参加することを条件にされた」

 

「罰ゲームの対象者を増やす為だろうね……」

 

一ヶ月間の自宅謹慎を命じられたはずのペルセウスがここにいる理由。マスター・マカロフよりこのロードレースに参加するようにと言う条件と共に謹慎を一時的に解かれたからだ。マカロフ自身がこの罰ゲームを楽しみにしている節が大きく、その対象者を増やすための措置ではないかとハッピーが邪推した。恐らく合ってる。

 

「で、さっきの質問なんだが……」

 

「ある人が1から10まで全部考えて実行されたやつだったんだけどね、そりゃもうひどかったんだよ……」

 

「ある人?」

 

「ヒントは、“弟”です」

 

「あ、察したわ、すまん」

 

去年の罰ゲームの内容を考えた人物にこれ以上のない既視感を感じたペルセウス。自分が10年クエストでいなかったから遠慮も手加減も一切無しなエグイ奴を考えたんだろうな、とこれ以上聞かずともすぐに想像が出来た。今年からは参加側なので罰ゲーム考案まではやらないのだろうが。

 

そこまで会話が続いた直後、拡声器越しに「静かにせい!」と言う老人の声が公園に響く。高台に登ったマスター・マカロフからの開始前の挨拶、及び説明が始まったようだ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の諸君!知力、体力共にあってこその魔導士だ!今日は存分にそのパワーを競い合ってほしい!!》

 

「知力なんかいるか?」

 

「どう考えても体力だけだよな」

 

そんなマカロフの激励の中に、今回必要と感じない知力と言う単語にエルフマンとグレイがそれぞれ反応を示す。今回に関しては知力の使い道が存在するのか確かに疑わしいところだ。

 

そしてここからレースのルールが説明される。ここ……南口公園からスタートして決められたコースを激走し、『イボール山』を目指すこと。今年はそのイボール山の頂上に白ワイバーンの鱗が参加人数分置かれている。その鱗を取って、この南口公園へと24時間以内に戻ってくる。以上が大まかなルールだ。

 

《脱落は認めんぞ?妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たるもの、完走してこそ、明日の仕事に繋がると言うものじゃ!!》

 

ルールを頭に入れながら、シエルはマカロフの言葉によく耳を傾けて首肯を軽く二回する。体力的に明日の仕事ができるか否かと問われかねないが、そこは気迫の問題と言ったところだろう。

 

《さらに、多くの魔導士の要望を受けて、新たなレギュレーションを設けた。それが……『()()()()()()()』じゃ!》

 

 

 

 

 

瞬間直後、シエルの目が死んだ。シエルだけでない。主に飛行魔法を使うハッピーやエバーグリーンも例外ではない。シエルがこうなったのには理由がある。それはさっき得意げに語った秘策だ。

 

秘策と言っても内容は単純。イボール山山頂に向けて乗雲(クラウィド)を出しながら、コース内完全最短距離で向かうこと。ジェットの魔法もスピード系だが、彼は所詮陸路。空路を扱う自分の敵ではない。ぶっちぎりのトップを狙うことができる。

 

……と、去年からずっとその方法を狙っていたのに、いざ参加したら今年からのルール変更。誰かが意図的にこちらの作戦を潰しにきたのではないかと邪推さえしてしまう。

 

「(い、いや、まだ使えないと決まったわけじゃない。地面スレスレで使う分には問題ないはず。そうだよ、あれはあくまで乗り物の魔法なんだ、飛行魔法じゃない。乗雲(クラウィド)は飛行魔法じゃない)」

 

胸中でこのレースにおいての乗雲(クラウィド)の扱いについて延々と弁明を呟き続けるシエル。物凄く必死だが、ギルドのメンバーに正式に認定された時から心のどこかで決めていた必勝法を新ルールで勝手に潰された理不尽に抗おうとする姿勢を変えられない意地が見え隠れしている。

 

こればっかりは譲れない。どんなにこじつけと言われても去年から考えていたこの作戦を披露前にお蔵入りにすることなど……!

 

《そう言うわけで……乗雲(クラウィド)の使用は禁止じゃぞ、分かったかシエル!!》

 

「っておい!俺だけ名指し!?しかも念押しする程に乗雲(クラウィド)禁止って!マジ!?本気で言ってる!!?」

 

《そもそもマラソン競技で乗り物に乗る奴がおるかぁい!!》

 

残念ながらシエルの秘策はスタートするより先にお蔵入り確定となった。心の中で言い聞かせた内容が察知されたのかマカロフによって暴露と共に改めて乗雲(クラウィド)の禁止を宣言される。だがあんまりにもド正論で論破された為それ以上に反論が出てこない。周りの魔導士が爆笑に包まれているのが果てしなく悔しいが何も言えずに歯噛みするばかりだ。

 

「それで……一体どんな秘策があるのかしら?とっても楽しみだわ。ねえ、ウェンディ?」

 

「あ、えと、わ、私は、その……」

 

「いっそ殺せぇえっ……!!!」

 

最後のトドメにこれでもかと嫌味混じりな笑顔をシエルに、そしてウェンディに問いかける。先ほどまでドヤ顔しながら「秘策がある」と言っておきながら、その秘策と思われる魔法を禁止された、珍しくダサい姿になってしまったシエルへの微かな仕返しとばかりにわざとらしく言い放ったセリフを聞いて、色々察したウェンディが言い淀んでいる。その時点で諸々恥ずかしくなったシエルは両手で顔を覆ってくぐもった叫びを上げながら蹲った。人生最大の汚点だ、これは。

 

「あらら……」

 

「こりゃついてなかったな……」

 

そんなシエルの様子を遠目から見ていたリサーナやペルセウスは彼の心中を察して苦笑を浮かべた。だが正直、飛行魔法だと多くの魔導士との差がどうしても開くのは致し方ないと言うのも同意の為、それ以上のフォローは出来なかった。

 

《飛行魔法以外の魔法は使用無制限じゃ!》

 

「つってもなぁ……」

 

「そいつがくせものなんだけど……」

 

「毎年無茶苦茶だからな~……」

 

飛行魔法を制限されているとはいえ、他の攻撃魔法などがレース中に応戦される毎年の光景を知ってるものは、ほぼほぼ安心が出来ない。寧ろ今の今までの要望の中で飛行魔法だけが禁止されただけ奇跡と言える。ホント何で今年からに限って飛行禁止にしやがった……!!

 

「シ、シエルから暗いオーラが……」

 

「ルールなんだから仕方ないでしょ?」

 

未だに膝を抱えて蹲ったままのシエルから、黒と紫を混ぜ込んだ闇の雰囲気と言えるオーラが幻視させられて、ちょっと怖く感じたウェンディが一歩後ろに引く。一方のシャルルはしたり顔のままシエルの耳に聞こえるように残酷な現実を口にした。

 

《例によって、最下位になった者には……世にも恐ろしい罰ゲームが、待っとるぞぉ~!!》

 

だが笑ってばかりもいられない。最後の最後にニンマリとした笑顔を浮かべたマカロフから告げられた内容に一同が戦慄する。去年の悪戯妖精(パック)が協賛した罰ゲームを思い出しているのだろう。見るものでさえこれだら実際に受けた者はご愁傷様だ。

 

「結局のとこ、マスターが罰ゲームを楽しみにしてるだけだよな……」

 

「だろうなぁ……」

 

「去年はホント、最悪だったよ……」

 

去年まで……と言うよりつい先日までギルドを開けていたギルダーツも、過去にあった罰ゲームの事を思い出しているのだろう。そして妙にそれに対して楽しそうなマカロフの様子を、懐かしいとさえ感じている。

 

「つっても、食らうのは一人なんだろ?要は最下位にさえならなきゃいいんだよ」

 

「確かに。無理に優勝を狙う必要もなかろう」

 

「随分と合理的な考え方だが、しかし後ろ向きすぎる」

 

「何だと!」

 

少なくとも罰ゲームを受けるのは最下位だけ。逆に言えば最下位のみを回避することが出来れば罰ゲームも来ない。それならば無理に優勝を狙わずとも最下位以外で完走を目指せばいいと結論付けたガジルとリリー。しかしそんな彼らの考えを合理的と前置きしながらも、エルザが真っ向から叩き切った。「やるからには優勝あるのみ」と続け、エルザの身体が換装によって光に包まれる。

 

光が解けた時にエルザが身に纏っていたのは、普段の固そうな鎧姿ではなかった。上は朱色のタンクトップ、下は黄色のショートパンツ、極めつけにはランニング用の帽子とサングラスと言う、陸上アスリートのような服装に変わっていた。

 

「筋肉疲労を軽減させ、長時間の疾走を可能にした特注品だ」

 

「そこまでして臨むことなのか……?」

 

「本気で優勝狙ってやがるな……」

 

雰囲気に合わせているのか、それとも本当に言葉通りの効果があの服にあるのか、取り敢えず見た目だけを見ればこの中で一番やる気に満ち溢れているのはエルザであることが一目で分かる。本気度合いはガジルたちにも伝わったようで、軽く戦慄させていた。

 

「ハッピー、今日ばかりはライバルだ。手加減しねーからな?」

 

一方で秘密兵器があると自信に満ち溢れているナツが、相棒であるハッピーに挑発するように言ってくる。一瞬呆気にとられるハッピーだったが、それもすぐに気を引き締めて答えた。

 

「分かってるよ!でも……

 

 

 

 

 

 

新しいルールなんか嫌いだ……」

 

「同感だよ、ふざけたルール作りやがって……」

 

「うわっ……暗い……てか、やさぐれてる……!?」

 

やっぱりまだ飛行禁止のルールに納得がいっていない様子のハッピーとシエルの年少男子(?)コンビ。シエルに至ってはわざわざ離れたところにいたハッピーのセリフに同意を示すようにほぼ瞬間移動してきていた。二人揃って普段とは違った低い声で不貞腐れた様子は、まるでグレてしまった中学生である。ルーシィは二人の将来が不安になった。

 

《それでは!いよいよスタートだっ!全員、スタートラインに着いてくれぇいっ!!》

 

スタート前からなんやかんやと起きていたが、ついにその瞬間が迫って来た。談笑にかまけていた魔導士たちも含めて全員が一斉に気を引き締め、スタートラインに立った状態ですぐさま駆け出せるように構える。

 

「レビィ!スタート見てろよ?」

 

「見てる余裕ないよ?」

 

最前列に立った一人であるジェットから、レビィに向けて要望が出てくるが、当の本人はそんな余裕はないと返す。彼女の隣に立って構えていたルーシィがカッコいいところを見せたいから言っているのだと揶揄い気味に伝えるも、レビィが言っている余裕がないと言うのは、そもそもスタートを見ること自体が出来ない事らしい。ルーシィは首を傾げているが、去年以前にも参加している面々の中には、その事を察している者も大勢いた。

 

《よーい……ドン!!》

 

思ったよりも軽い調子な掛け声と小さめな魔力の花火を上げたマカロフの合図によって、とうとうスタートの火花が散らされた。そして同時に、スタートラインから巨大な砂煙が発生、発生源の近くにいた魔導士数名が後方へと吹き飛ばされた。

 

「いっくぜぇーー!!神速(ハイスピード)ォーー!!」

 

《スタートと同時にぶっちぎったのは今年もジェーットッ!!!》

 

その砂煙を発生させた原因はジェット。彼の扱う魔法神速(ハイスピード)による爆発的な加速によって起きたものであった。先頭は彼の独走状態であり、一気にマグノリアの街を駆け抜け、気付けばもう見えないとこまで走り去っていった。

 

「ね?見られなかったでしょ?」

「納得……」

「毎年こーなんだよね、あいつ……」

 

一方スタートラインでは、多くの魔導士たちが砂煙の前に怯み、ほとんど倒れこんでいる状態。事前に察知して回避できていたのはすれ違いざまに言葉を零して先に走って行ったシエルを含めて数人ぐらいだ。

 

「しょーがない、優勝は出来なくても、何とか罰ゲームは回避していかないと……!」

 

秘策がルールによって使用禁止にされてしまった為、優勝は最早絶望的。ならばシエルがすることは、出来る限りのベストを尽くして罰ゲームを回避することだけだ。そう考えて駆け出して行った少年の横を、後続から凄い勢いで一人の青年が追い抜いた。

 

「えっ!?」

 

「うおおおおおっ!!」

 

突如追い抜かれたことに驚愕の声をあげるシエル。だがその青年は雄たけびを上げながら、後ろに向けた両手に纏った炎を噴射して、それによる加速のままに駆け抜けていく。そう、ナツだ。火竜の鉄拳の炎を利用して、ロケット噴射のように前へ前へと進んで行っている。

 

「見たかオレの秘密兵器!“火竜の鉄拳ブースター”だ!!」

 

ナツがやけに自信を持っていた秘密兵器のお披露目。実際に目にすると確かに速い。思ったよりもしっかりとした手法でのスタートダッシュで置いて行かれた魔導士たちも次々と駆け出していく。「ジェット!ナツ!そんなのアリかよ!!」と言う声が聴こえてくるが、飛行魔法以外の魔法は使用無制限なので、主催側に立つ者たちの反則コールが上がることがない。

 

ちなみにスタートラインでは少々遅れてウェンディとシャルルもスタートし、未だに座り込んでいるルーシィとレビィも追い抜いて駆け出して行った。取り残されたのは二人のみ。その事実に気付いた少女たちは慌てながらも走り始めた。

 

「さーて!誰が罰ゲームかな?たーのしーみじゃー!!」

 

最終的にスタートしたルーシィとレビィを見送った後、マカロフが愉快そうなニヤニヤ顔を浮かべながら期待に胸を膨らませる。やっぱこのじいさん、罰ゲームをメインとして考えてやがるな。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ダントツで先頭を走るジェットと、ブースターによっていつも以上にスピードを出しているナツを筆頭に、一足先にスタートを決めたシエルが喰らいついている状態。そのすぐ後ろからはエルザやグレイを始めとした集団が迫ってきている、と言う現状だ。まだレースが始まったばかりの為、この後どうなるかはまだまだ分からない。

 

「ジェットに気を取られていたが、今年はナツも速いな」

 

「考えたよねナツも。よーし、私だって!!」

 

後続の集団の中で前方を見据えるペルセウスが、ジェットとナツの速さに目を見張っている様子。それを耳にして同様の感想を抱いていたリサーナだ。だが一つやる気を見せるように笑みを浮かべると、アースランドに戻ってきてからブランクを克服するために重ねてきた練習の成果を見せてきた。

 

接収(テイクオーバー)!『動物の魂(アニマルソウル)』!!」

 

そう口にすると同時にリサーナの身体に魔法陣が現れて彼女の身体が光る。その後、弾ける様に光が消えると、彼女の身体に変化が起きていた。頭部には白銀の猫耳、腰からは尻尾、手足もネコの四肢の形となり、服装は大胆にもビキニ仕様。頬にはネコヒゲと、全体的に白地と黒の虎模様を持ったネコを模した姿となっていた。

 

「キャット!!」

 

「ネコだと!?」

「久々だな、リサーナの魔法!」

「リサーナも本気か……!?」

 

何故か真っ先にガジルが驚愕の反応を示し、帰ってきて以来初めて見た彼女の魔法に意識を向けるものもいる。そしてその姿を見たエルフマンは、彼女もまたレースに全力を出したことを察知した。

 

リサーナの魔法は、姉のミラジェーンや兄のエルフマンと同系列である接収(テイクオーバー)。その中でも動物を接収することにより身体能力を動物準拠のものへと変えることが出来ると言う『動物の魂(アニマルソウル)』の使い手だ。今変身した姿はワーキャット。ネコの俊敏性、機動力と言った特徴を発揮することが出来る。つまり……。

 

「行っくよー!!ニャーーー!!」

 

手を後ろに引いた状態で風の抵抗を最小限にしながら足を素早く動かし、一気に後続集団から抜き出て、再び驚愕に目を見開くシエルをあっさり抜きながら、二位へと位置づいているナツへと迫っていく。

 

「んなっ!?リサーナ!!?」

 

「ナツ!悪いけど抜かせてもらうよ!!」

 

「何の!負けてたまるかぁーー!!」

 

短時間でナツとほぼ並走する位置へと辿り着いたリサーナに触発され、ナツも鉄拳の威力をアップさせて速度を上昇させる。それに追いつこうとリサーナも追随。思ったよりもデッドヒートを繰り広げる。

 

「ナツもリサーナも速っ……!!俺だって飛行魔法が禁止されてなきゃ……!!」

 

「お前、乗雲(クラウィド)の他に、あの雷で移動するやつあっただろ。あれ使わねーの?」

 

雷光(ライトニング)の事?あれも空中移動できるから結局禁止なんだよ……」

 

「ああ、成程……」

 

前方で更に距離を広げていく二人の姿を見ながら、悔しそうにシエルが零す。そんな彼の様子を見て近くまで来ていたグレイが雷光(ライトニング)を使わないのかと尋ねると、それも飛行魔法だったが故に使えないとぼやきの返事を返す。本当シエルに厳しすぎる新ルールだ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時間が過ぎていくと共に、最初の頃は集中していた魔導士たちの集団もばらけ始めてきた。何とか前線に縋り付く者もいれば、随分と遅れてきてしまっている者も存在する。だが勝負の行方はまだ分からない。その理由は、魔法の使用が飛行系以外無制限であることが理由だ。

 

絵画魔法(ピクトマジック)を使用するリーダスは、自らの肥大化させた腹に落とし穴を描き、前を走る者たちの前方に仕掛けて次々と足止めしていく。だが、その調子でどんどん作っていたのだが、後ろから迫ってきていたガジルに逆に自分が作った穴へ落とされてしまう。

 

さらに前方ではグレイがアイスメイク“(フロア)”を発動。自分より前を走っていた魔導士たちのバランスを崩して次々と転倒させていく。そして自分は慣れた氷の足場をスケートのように滑りながら進んで行き、山のように積み重なっている転倒した者たちをごぼう抜きしていく。

 

「悪く思うなー!」

 

「この野郎、グレイ!!」

 

転倒させられた一人であるナブが文句を言うようにヤジを飛ばすが、グレイはどこ吹く風で進んで行く。したり顔で後ろに振り向きながら悠々と告げていたのだが、よそ見をしていたのが仇となった。

 

「ビーストアーム!“鉄牛”!!」

 

「ぐっはぁ!!?」

 

右腕を黒鉄のものへと変化させたエルフマンがその腕を凍った地面に固定し、迫ってきていたグレイ目掛けて左腕でラリアット。前方を見ていなかったグレイはがら空きの身体にもろに受けてしまい、頭を地に付けた逆立ち状態で逆に後ろへと押し込まれるように滑っていく。転倒させられた魔導士集団が滑りながら戻っていくグレイを見て「あ」と一様に反応を示した。これぞ策士策に溺れる、である。

 

「うおっと、危な!?」

 

「グレイ様!?」

 

ジュビアと並走する形になっていたシエルの元にそんなグレイが横断し、彼とクラッシュする寸前に何とか回避に成功。一方ジュビアは殴り飛ばされて後方へと行ってしまったグレイの姿を見て、思わず滑っていた足を止めた。

 

「よし、今の内に……!」

 

転倒している魔導士の集団、後ろに滑って行ったグレイ、そんなグレイを見て思わず足を止めたジュビア。そんな彼らの様子を横目にシエルは再び前方へと進みだす。だがそこには、鉄の腕を食いこませているエルフマンが待ち構えている。

 

「ここから先は、漢として誰一人通さん!かかって来いやぁ!!」

 

ある程度氷が溶けるまで後続の者たちを足止めしようとする狙いなのだろう。動かせる左腕を振りながらシエルに対して闘争心を滾らせるエルフマン。そんな彼に少年は近づいていき……。

 

 

 

 

 

日射光(サンシャイン)

 

「漢ぉおおおっ!!?」

 

腕を振りかぶったところで彼目掛けて小さな太陽の光を浴びせ、目を封じた。溜まらず腕を戻して氷の床の上で目を抑えながら転がるエルフマンを尻目に、悠々としながら先を進んで行った。飛行魔法無くてもやっぱこいつ普通に脅威だわ……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

さらに前線。比較的先頭に近い者たちの方はと言うと、コース上に設置された文字の壁……術式の中に3人の魔導士が閉じ込められていた。雷神衆の紅一点エバーグリーン、アルザックとコンビで活動することの多いスナイパーコンビの女性ビスカ、砂の魔導士マックスの三人だ。先んじて走っていたエバーグリーンが、同じ雷神衆のメンバーであるフリードが作った術式の起動トラップを発動してしまい、三人纏めて閉じ込められたのだ。

 

ずっと閉じ込めていてはレースにならない。それについてはフリードも当然理解している。術式は特定の条件を付ければ解除することも可能となっていて、その条件も彼は設定していた。

 

『特定の試験問題集を全て解き、なおかつ全問正解すること』である。

 

「このレース、知力、体力ともに試されるものならば……こんなゲームが余興にあっても、おかしくはあるまい。恨むなら、嵌まり込んだ我が身を恨め」

 

「待ちなさいフリード!!」

 

術式の解き方のみを伝えたフリードは、同様に術式で出来た幻影だったらしく、その身体を文字へと変えて姿を消す。共に術式内に入れられた二人に白い目を向けられながらも、エバーグリーンは半ば自棄で問題集の問題にとりかかった。

 

と、ここまではフリードの狙い通りだったのだが、ここから連続して彼の不運が続いた。

 

エバーグリーンたちを一時的に術式に閉じ込めたをの確認した直後、フリードは安定したペースで走り続けるエルザを発見。設置していた術式に嵌りかけた彼女だが、気配を察知して後ずさり術式から無事逃れた。

 

妖精女王(ティターニア)!勘の良さはさすがだな。術式のトラップに気付くとは……だが……っ!?」

 

彼女の勘の良さを素直に称賛しながらも、この後に続く術式たちの事を律義に説明しようとしたフリード。だが、その間もなく彼の周囲に20を超える数の直剣が囲むように張り巡らされた。思わず呆けた声を発してしまう。

 

「走りのリズムを崩した罪は重いぞ。またリズムの取り直しだ」

 

術式にかかりそうになった事より走りのリズムを乱されたことの方にどうやら機嫌を悪くしたらしい。フリードを一時的に拘束した直後、彼女はそのまま先を進んで行った。

 

次に彼の近くに来たのは思ったより進んでいたらしいペルセウスだ。その気になればジェット程とは言わずとも速く移動は出来るのだが前半で飛ばし過ぎて後半で消耗することを避けている様子。

 

だがそんな彼はエルザのようにはいかず、術式のトラップにかかってしまった。文字で出来た壁に囲まれたことを視認し、彼は足を止めざるを得なくなった。

 

「術式!?フリードか!!」

 

「その通りだ。よもやお前がかかるとは……エルザは勘の鋭さで事前に避けはしたが、お前はそうはいかなかったようだな。さて、この術式から出たいのならば……」

 

術式の中に閉じ込められて身動きが取れないであろうペルセウスに、エバーグリーンたちの時同様問題集を出現させようとしたフリード。しかし、ペルセウスはと言うと……。

 

「ダーインスレイヴ。……そいっ」

 

「え……ええーっ!?」

 

対魔の剣を換装で呼び出して術式の壁を一刀両断。魔力で作られたその壁をあっさりと切り裂いて術式の外へとペルセウスは出てしまった。さしものフリードもこの対応と光景に目をひん剥いて驚いている様子。

 

「おい待て!!その剣は滅多に呼び出さない代物のはずだろ!?術式を斬る為だけに簡単に出すやつがあるか!!」

 

「だっていちいち、術式を正攻法で解くのメンドクセーし。けど確かにこのまま出しっぱなしにするのも厄介だな……そうだ!」

 

余程のことが起きない限りは換装で呼び出したりしない危険な神器を、術式を解くのがめんどくさいからという理由で簡単に呼び出してしまったペルセウス。しかし術式一つを斬っただけで黒剣が満足するわけもなく未だに残り続けている。どうにかできないかと考えた末に辿り着いた答えが……。

 

「トラップトラップ……お、これか。んでもって斬っと。起動、斬。起動、斬」

 

「ダーインスレイヴ収める為だけに術式を斬りまくるのを止めろぉおっ!!」

 

敢えてフリードが仕掛けたトラップを次々と起動して、剣が満足するまで術式を斬り裂くと言う、常人には発想することも実行することも不可能な方法で解決してしまった。術式一つを書くのにも時間がかかると言うのに、それを次々と壊されて若干フリードの目に涙が浮かんでいた。

 

 

だが、最後の最後に不運は襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

その元凶はギルダーツだ。年齢の事も相まって比較的ゆっくり目に走っていた彼であったが、もう大体の方々は察しているだろう。

 

 

ギルダーツはあろう事か術式のトラップを起動した上で、それに気付くことなく壁をぶっ壊してそのまま走り続けていた。

 

「ちょっと待てぇっ!ギルダーツ!!」

 

「ん?あり、フリード?お前こんなとこで何してんの?」

 

「何してるはこっちのセリフだ!!術式がかかっていたと言うのに粉砕(クラッシュ)で突き破る事があるかぁ!!」

 

「術式……?ああ、何か妙な感覚したと思ったらそれかぁ!」

 

どうやら本気で気付いていなかったらしい。後続の者たちへ仕掛ける予定だったトラップまで次々と自慢の粉砕魔法で破壊していたようだ。走ってる間ボーっとしてたのかもしれない。

 

「まあでもあれだ。オレも罰ゲーム受けるのは勘弁してーから、悪いけどこのまま行かせてもらうわ」

 

「ま、待て!せめて術式を壊さずに……!!」

 

若干申し訳なさそうな表情と共に軽く謝りながらギルダーツは再び走り始めた。フリードが呼び止めて頼み込むも彼は止まる事はなく……

 

 

 

 

 

先に存在する術式のトラップを何故かほぼ全部発動(アクティベート)粉砕(クラッシュ)しながらその場を後にしていった。もうヤダこのS級魔導士(バケモノ)共……。普段のキャラを消失するほどの衝撃と悲しみを受けながら、フリードはしばらくその場で落ち込んでいた。哀れなり……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

スタートから数時間。既に時刻は夕方を過ぎ、夜更けとなっている。イボール山へと差し掛かろうとしている森の出口付近で、数時間に渡ってほぼノンストップで駆けあがろうとしている魔導士が二人。一人は両手から炎を噴射し続けている男。一人はネコの姿をした女だ。

 

ナツとリサーナ。幼馴染に近い、二年前までよく行動を共にしていた二人が、張り合うような形でデットヒートを常に続けていた。共に抜きつ抜かれつと互いに一歩も譲らない状況が続いていたが、ここに来て、とうとうその均衡が傾く時が訪れた。

 

ナツが噴射する火竜の鉄拳が、徐々に勢いを弱め始めてきた。無論ナツが鉄拳を弱めたつもりはない。

 

「え!?おいおい、止まんな!!」

 

「チャンス!ナツ、おっさき~!!」

 

「あ、コラ待てリサーナー!!」

 

どうやらナツの方だけ魔力が切れてしまったらしく、大幅にスピードダウン。その隙を突いてリサーナがさらに足を速めてナツを完全に置いて行ってしまった。当のナツは妙に力が入らなくなって、足を止めてしまう。燃料切れのようだ。どれだけ力を入れても煙しか出てこない。

 

「っ……!ここまで全力だったからなぁ……。クッソー……リサーナに随分先を行かれちまう……」

 

どうしたものかと足踏みをしていると、後方から凄い勢いで追い上げてきている存在が一人。いつの間にかその男……ガジルは後ろの方から迫ってきていたらしい。前方に見えたナツを邪魔だと一蹴するように殴り飛ばし、炎を出す間もないままナツはコース外へと飛ばされていく。

 

だが、その飛ばされた先でナツは、運よくキャンプをしている最中の一団と出くわし、囲んでいる焚火の火を貰う事になる。

 

その頃のリサーナはと言うと、長い道のりとなるイボール山の山頂へと、ワーキャットの機動力を持って登り切り、無事にワイバーンの鱗をゲットしていた。

 

「よし、ゲット!ナツは……登ってこないなぁ。やっぱ燃料が切れちゃったのかも」

 

一向に追いついてこないナツを気にかけて、下の方へと目を向けるリサーナ。火竜の鉄拳を常にフルパワーで打ち続けていたナツは回復にしばらく時間がかかる。火を食べてすぐさま回復すれば話は別だが、今すぐこちらに追いつくと言うのはなさそうだ。

 

「でもきっとナツなら絶対来るだろうし……よし、先を急ごう!」

 

鱗をしまって復路を走り始める。ジェットに続く二番手としてスタート地点である南口公園へとまた駆け出し始めていった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そこから更に時間が経ち、スタートからちょうど12時間が経った頃。ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)では魔水晶(ラクリマ)ビジョンで各場所の中継を目にしながらジェイソンが実況、ミラジェーンとマカロフが逐次解説を行い国中にその様子を流していた。

 

《24時間耐久ロードレース!後半戦、突入!!COOL(クール)!!》

 

折り返し地点となったイボール山山頂では、ワイバーンの鱗を持った全ての魔導士たちが既に折り返して帰りのコースを走り始めている。山頂に鱗は残っていない。全魔導士たちが辿り着き、折り返しを始めたことを意味している。

 

《トップは、依然ジェット!これを追いかけているのはワーキャットで素早くなったリサーナ!その後ろに続くのは全く呼吸を乱さないエルザ!この三名が現在トップ3です!!》

 

あまりの速さでビジョンに一切その姿を映すことすらしない断トツのジェットと、ジェット程のスピードまではいかずとも、時々コース上の木々を伝って速度と距離を更に稼ぐリサーナ。そしてリズムを崩すことなく着々と同じペースで後方を突き放していくエルザ。観戦側から見れば、この3人が上位3名になると確信さえ覚えている事だろう。

 

《上位グループにはシエル、グレイ、ペルセウス、ガジル!ちょっと遅れてルーシィも、パワフルな走りで続くゥ!COOL(クール)!!》

 

エルザの姿が見えている後方では、思った以上に追走が出来ているらしい5人の魔導士の姿が。ルーシィが若干きつそうな表情を浮かべているものの、何とかスピードは保っているようだ。

 

《その後ろは、追いつ追われつ一瞬も気の抜けない混戦状態だ!最下位争いがどうなるのか!?今年の罰ゲームは、一体誰なのか!?目が、離せなぁい!!》

 

去年と比べて大幅に魔導士の数が上がった故か、より先の見えない展開が続いている。ジェイソンの興奮度合いも相当上がっているようだ。トップは決まったようなものだろうが、最下位……罰ゲームを受けるメンバーが誰になるのかは、まだ分からない。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

更に時間は経過して、朝日もすっかり昇り切って空は白んでいる。24時間という途方もない時間で行われたロードレースも残り数時間と言ったところ。ダントツで走っているであろうジェットに続く、リサーナ、エルザに続く後続へと注目を向ける実況席。

 

しかしそんな時、エルザの後方を追随するシエルたちを追い越してエルザへと迫って来る存在が確認された。雄叫びを上げながら火竜の鉄拳によるブースターで驚異の追い上げをしてきたナツだ。前半地点で火を食べたことで回復し、そのまままたもノンストップで次々とごぼう抜きしたらしい。

 

まだまだ負けられないと追い上げを続けていき、とうとうナツも含めてほとんどのメンバーがこれまで二位を保っていたリサーナのすぐ後ろへと迫ってきていた。彼女の後ろに着いているのはナツ、エルザ、グレイ、ガジル。その少し後ろで、少々ペースが落ちてきたらしいシエルが続き、その傍でペルセウスが並走している。ちなみにルーシィはもう大分遅れてしまったようだ。

 

「マグノリアまであと少し!もうジェットはゴールしたかな?」

 

「多分な。取り敢えず、罰ゲームだけは避けられそうだ」

 

遥か先へと行ってしまったであろうジェットは恐らく既にレースを終えているはず。その事について話しながら、後続から大分離れたこともあって無理に先頭に出ようとせずに着実にマグノリアへと向かって行く。

 

しかしマグノリアが見えてきたところで、突如後方から凄い音を立てながら何かが近づいてきているのに気づいた。物凄いスピードで、どんどん距離を詰めていく。何が来ているのか、気になって一同が後ろを振り向くと、その正体を目に写してその顔を驚愕に染めた。

 

「あれって……ジェット!!?」

 

『何!!?』

 

「うおおおおおっ!!」

 

何と、ダントツで自分たちの遥か先を行っていたはずのジェットが、先頭集団の遥か後方から猛スピードで迫ってきていた。序盤の時よりも更にギアを上げたとてつもない速度と気迫で、次々と他の魔導士を抜き去っていく。

 

「ゲエッ!?何でジェットが後ろにいるんだよ!?」

「って事は私たち、今……!!」

「優勝争いしてたってことか!?」

 

その速度はまさに神風。ジェットが走り抜けるだけで突風が巻き起こり、彼が抜いた魔導士たちを続々と上空へと投げ出していく。さらに先頭との距離を縮め、とうとうシエルとペルセウスの方に近づいて来た。

 

「うわっ!ちょっ!?」

 

「シエル!?」

 

そしてすぐさま通過。巻き起こった風によってシエルの身体が浮かび上がるも、耐えきったペルセウスがすぐさま腕を伸ばしてシエルの手を掴む。だが、思った以上の勢いで、兄弟二人とも横側の岩壁へと飛ばされてぶつかってしまう。

 

「いったたた……!」

 

「ジェット、あんにゃろう……!!」

 

これによって二人は更に先頭から突き放される羽目に。思った以上にぶつかった衝撃が大きかったらしく、痛みをこらえながらシエルは立ち上がる。それを見たペルセウスが憎らしげな表情で先を進んで行ったジェットを睨みつけているが、優勝を狙う為に必死になっているジェットはそれに気付かない。

 

「あれ?シエルにペルさん!」

 

「ん?ウェンディ!シャルルも!」

 

するとそんな彼らにずっと後ろで走っていたはずのウェンディが追い付いて来たらしく、兄弟の元に駆け寄ってくる。彼女たちはジェットの猛スピードに巻き込まれずに済んだのだろうか?

 

「ひょっとしてシエル、ケガしてるの?」

 

「ジェットに吹き飛ばされて、壁にぶつかっちまったんだ」

 

痛みで少しばかり表情を歪めているシエルの様子を見て、気が付いたウェンディが更に彼の方に近づいてくる。その表情には微かな焦りと心配の色が見える。それを察してシエルは何とか気丈に振舞おうと決め……。

 

「でも、これぐらいなら平気……」

「そういう時に限って平気じゃないでしょ!治すから見せて!!」

「あっはい」

 

失敗した。あっさりシエルのやせ我慢がバレてしまい、言われるがままにぶつけた場所を見せてウェンディの治癒魔法にあやかる事になった。シャルルが二人に向けて溜息を吐きながら呆れていたのだが、ウェンディだけはそれに気付くことすらなかった

 

シエルがウェンディからの治癒を受けている間にも、レースは佳境に入っていた。ゴールまでは目と鼻の先と言っていい距離まで達している集団。追いついたジェットを始めとする先頭集団の最後のデットヒートだった。

 

最初に動きを見せたのはエルザ。ジェットの脅威的な追い上げを見て、ここで今まで着ていた服装を換装。今までアスリートスタイルだった服装から、単純に白いウサギの着ぐるみへと変化していた。

 

「ウサギー!?」

「まさかエルザも、私と同じように!?」

「こりゃラストスパートかける気だ!!」

「ぬおおおっ!!」

 

もしやリサーナ同様、着ぐるみを着る事で身体能力を速く動けるようにできるのか!?それを察した他の四人も抜かれないようにと更にスピードを上げて振り切ろうと駆け出していく。

 

が、予想していたよりもあまりスピードが上がっていない……どころかむしろ遅くなっているようにも見えるエルザの様子に、後ろを確認しながら一同は首を傾げた。

 

「ウサギの割に遅すぎ……!」

「ひょっとして、見た目だけで買ったのかな……」

「確かに普通、着ぐるみだと逆に動きづれぇよな……」

「あいつ、割と形から入るタイプなんじゃねーの?」

 

どうやらあの着ぐるみには、身体能力を上げる効果がある訳ではなかったようだ。それに気付いているのかいないのか、表情は変えていないのにポテポテと言う擬音が付きそうな走りをエルザは続けている。

 

「待てーっ!お前らぁーーッ!!」

 

更にジェットが後ろから追いついてきており、危機感を抱いた残りの面々も最後の力を振り絞って速度を上げる。マグノリアに入った時には、六人全員が並走状態。優勝の手はこの六人に絞られたことになる。

 

ナツが鉄拳の出力を上げ、ジェットもさらに加速、リサーナは更に姿勢を低くして抵抗を抑え、ようやく着ぐるみでは効率が悪いと気づいたエルザが換装で元のアスリートスタイルに戻り、グレイとガジルも気合のみで素の状態で食らいつく。

 

と、ここでナツの鉄拳の出力がさらに落ち、燃料切れが発生。あわや優勝争いから脱落するかに見えたが……。

 

「これで終わって……たまるかぁーーー!!」

 

ある意味さすがはナツと言うべきか、鉄拳に頼らずとも気合で先頭に肉薄していく。実況のジェイソンのテンションが更に上がっているのが分かる。

 

最早ゴールは目前。誰が最初にテープを切るのか、南口公園で待ち構える観客たちの注目を浴びながら、優勝目指して6人は駆ける。

 

 

 

するとここで、一人に異変が起きた。一人の身体が突如一瞬光って、その姿を変化させた。

 

「え、ちょっ!?変身、解けちゃったぁ!?」

 

リサーナだ。接収(テイクオーバー)の効果がこのタイミングで解けてしまい、普通の人間の身体に戻ってしまう。その影響で、ワーキャットの時には出来ていた姿勢を保てなくなってしまい走りながらたたらを踏む。ここに来てついにリサーナも優勝争いから脱落か……と思ったその時だった。

 

 

「きゃあっ!?」

「ぐえっ!?」

「のごっ!?」

「ごはっ!!」

「でぇえ!!」

「うあっ!?」

 

バランスを崩したリサーナが咄嗟にナツのマフラーを掴んで引っ張ってしまい、首を絞められ引っ張られたナツがガジルの背中に頭突きをぶつけ、反応で突き出た左拳がグレイの右頬を殴りつけてしまい、勢いそのままジェットの身体をグレイが掴んで引きずりおろし、反射的に出てきたジェットの左手がエルザの膝を掴んだことで、6人纏めて直前大クラッシュ。ゴールテープを切る前にその場で石畳の上をスライドして止まってしまった。

 

《ああ~~!まさかの大クラッシュー!!……ああっと!ここでCOOL(クール)にやってきたのは~!?》

 

勢いよくクラッシュしてしまったことで、六人ともすぐさま立ち上がることが出来ない状態に。その合間に、勢いはなくとも必死にこちらへと健気に走ってきている小さな影を、ジェイソンが見つけそちらに注目した。

 

《ハッピーです!ハッピーが来たぁ!!》

 

「……ハッピー?」

 

唯一覚えている魔法(エーラ)を使う事もなく、地道に短い脚で走ってきたハッピー。クラッシュしてその場に座り込んでいたナツは、そんな相棒がパタパタと走ってきたのを見て彼の名を呟く。そしてハッピーはそれにも応えず、倒れこんでいる前線組を追い抜いていき、そして……!

 

「えい!!」

 

ミラジェーンとマカロフが両端を持っていたゴールテープを、飛び跳ねて切った。一着。誰よりも早くこの南口公園のスタート地点に戻ってきたのは、小さい青ネコハッピーだ!

 

「やったぁ!優勝だよー!!」

 

「おめでとう、ハッピー!!」

「うむ!よく走った!!」

 

GOAL(ゴール)!!今年の24時間耐久ロードレースの優勝は、ハッピーだぁ!!今ここに、歴史は大きく塗り替えられたぁ~~!!!COOL(クール)!クゥール!!COOOOOOOOOOL!!!》

 

歓声に沸く南口公園。賛辞を贈るミラジェーンとマカロフ。どんでん返しにテンションが最高潮に達しているジェイソン。そして優勝したことによる大きな喜びを露わにしているハッピーに対して、もうすぐ優勝できるはずだった一団は、ただただ呆然となっていた。

 

「嘘だろ……!」

「やられたな……」

「青ネコだと……!?」

 

ずっと後ろの方をてくてくと言った様子で走り続けていたはずのハッピー。どこで何が起こったのか、分からないまま優勝をかっさらって行った彼の姿に、ナツ、グレイ、ガジルはショックを隠しきれていない。

 

「ふっ……こんな幕切れも悪くない」

 

「このオレ様を起こしてくれたんだ。仕方ねえ……今回は勝ちを譲るぜ」

 

「ハッピー!おめでとー!!」

 

最初こそまさかの優勝者に衝撃を受けていたものの、素直に結果を受け止めたのはエルザとジェット。特にジェットは、ウサギとカメのウサギよろしく、道中で寝過ごしていたのをハッピーに起こしてもらった借りもあった。悔しさはあれど、彼の健闘を称賛せざるを得なかった。そしてリサーナもまた、彼の優勝に素直に喜んで賛辞を贈る。

 

 

だが、彼らは気付いていなかった。まだ自分たちは、レースの真っ最中である事を。

 

「あ、優勝したのハッピーだったみたい!」

「ハッピー!?マジで!?」

「思ったより根性あるな、どう思うよシャルル?」

「……ノーコメント。それより私たちもさっさと行くわよ」

 

『!!?』

 

立ち止まっていた彼らを尻目に、次に南口公園に辿り着いた一団を見て、再び目を見開いた。いち早く耳に拾って優勝した者の名を伝えたウェンディに続き、相棒のシャルルと、合流していたファルシー兄弟が通過していく。

 

「二人とも、お先どうぞ」

 

「いいの?じゃあ……!」

 

シエルが怪我の治療のお礼とばかりにウェンディとシャルルの二人に先導を譲り、譲られた二人が再び構えられたゴールテープを切っていった。

 

《あーっと!!二着ウェンディ!三着はシャルル!後に続いて、シエル・ペルセウスの兄弟も四着五着でGOAL(ゴール)!!TOP3は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)きってのプリティーな三人が、独占だぁーっ!!!》

 

まさかまさかのトップ3が、ギルド内でもマスコットに当たるエクシード二人と最年少の少女。更に四着まで見ればみんな未成年と言う若者世代の独占状態。ちゃっかりその中で保護者みたいな立ち位置でペルセウスが五位をかっさらっていったことに、再び立ち止まっている先頭だった六人は絶句してしまっている。

 

そしてこれだけには留まらず、後方からジェットに吹き飛ばされて後れを取っていたらしい残りの魔導士たちがほぼ全員塊みたいな状態となって迫ってきた。相当に鬼気迫る様相だ。だがそれも当然だろう。誰もがみんな……

 

 

罰ゲームだけは受けたくないのだから!!!

 

「「ギャーーッ!!?」」

「踏むんじゃねーっ!!」

「イデデデデデデデ!!?」

 

一気に押し寄せて来た魔導士軍団が、この機に乗じて一斉にゴール。その洗礼を受けてしまった先頭にいた魔導士たちは、余波で踏まれてしまったらしく()()全員がその場に突っ伏して倒れてしまっている。……え?二人足りないって?それは……

 

《ちゃっかりエルザとリサーナもGOAL(ゴール) IN(イン)だぜ!》

 

混乱に乗じてリサーナを横抱きにしていた普段の鎧姿に換装したエルザが、何食わぬ顔(若干崩れそうで紅潮しているが)今しがたゴールした魔導士軍団に紛れ込んでいた。ちなみにリサーナは何が起こったのか理解が追い付いていない。それはそれとして、お姫様抱っこを()()()がやけに似合うな、エルザ。

 

「グレイ様!お早く!!」

「ナツ~!!」

「寝ている場合ではないだろガジル!!」

「みんな早く!!」

 

「しまった!」

「ヤベェ!!」

「早くじゃねーだろお前ら!!」

 

既にゴールをしている面々が未だ倒れ伏している四人に呼びかける。本人たちから見れば踏んづけておいてどの口が言うのか、と言いたいところだが、一刻の猶予もないのも事実。

 

「冗談じゃねぇ!!神速(ハイスピード)……ぐはっ!!?」

 

すぐさまゴールしなくては、と急いで魔法を発動して駆け出すジェットだったが、再びゴール直前になってアクシデント。足元の地面が突如破裂しジェット含めて残った四人がゴールから離されてしまった。何が起こったのか理解が追い付かない面々だったが、その犯人と思しき人物が集団よりもさらに遅れて到着していた。

 

こげ茶色のオールバックの髪型をした、最強を冠する魔導士の男が。

 

「危ねぇ危ねぇ。もうみんなゴールしちまってたのか」

 

「ギルダーツ!?今頃来たのかよ!!」

 

随分とマイペースで走っていたらしく、制限時間ギリギリでの到着。しかもあと少しで自分以外の全員がゴールするところだったことも含めると、かなりギリギリだっただろう。それをまさか力づくで阻止してくるとはさすがに予想できまい。

 

「くっそ……ギルダーツめぇ……!負けられるかあ!!」

 

中々起き上がれずにいたジェットだったが、悠々と先にゴールしていくギルダーツを睨みながら気力を振り絞って立ち上がる。そして再び神速(ハイスピード)を使ってすぐさまゴールに辿り着こうとするも、便乗して彼の身体に残りの三人もしがみつき、同時にテープを切る事になった。

 

《GOALGOALGOALGOAL!!!四人同時のGOAL(ゴール) IN(イン)だ!!今年は大番狂わせ!!COOL(クール)な上に、クゥールな決着を迎えました!最下位はなんと!ナツ、ガジル、グレイ、ジェットの四人です!!罰ゲーム、決定!!!》

 

そしてここで決着。四人同時のゴールとして決められ、罰ゲームも四人全員が受けると言う羽目に。怪しく笑いながらマカロフが罰ゲームを受けることになった四人へと近づいて「覚悟はよいか?」と尋ねてくる。

 

「嘘だろ、じっちゃん!?」

「じーさん!せめて、敗者復活戦とかよぉ!!」

 

「いかーん!!無様な事を言うでない!魔導士たるもの、仕事のしくじりと同じ!!やり直しは効かんのだ!!」

 

一人だけが受けるならともかく、全員が同じ目に遭うと言う事で納得がいかない様子の四人の抗議も聞く耳持たず、とにかく罰ゲームを再開全員で受けることを命じる。仕事に関する話も出されてしまっては、如何に納得できずとも反論が出てこない。

 

「わぁーたよ!何でもやってやらぁ!言ってくれよ罰ゲーム!!」

 

「ほお!いい覚悟だ……では今年の罰ゲームを発表する!!」

 

周りの魔導士たちが固唾を飲んで見守る中、ナツは覚悟を決めたようで内容の発表を促した。その意気や良しと言った様子でマカロフがそれに応え始める。「ズバリこれじゃ!!」と言う言葉と同時に彼が取り出したのは、週刊ソーサラー。今週号の分で、カメラに向かって眩しい笑顔を浮かべるミラジェーンが表紙になっている。

 

だが、それがどんな罰ゲームを意味するのかと言うと……?

 

「お前たち四人は、再来週発行の週刊ソーサラーにて……超恥ずかしいグラビアを飾るのじゃ!!超豪華堂々20ページ!一週間密着取材付きじゃ!!」

 

『ナァ~~ッ!!?』

 

思った以上にとんでもないものが待ち構えていた。グレイに関してはまだ顔がイケメンの部類だからまだいいが……コワモテのガジルや美と程遠いジェットのグラビア、と言うのは……本人以外にとってもダメージがデカそうだ……。

 

「こ、これは……」

 

「罰ゲームにならずに済んでよかった、ホントに……」

 

自分で言うのもなんだが相当キツイ罰ゲームだと言う感想が浮かぶシエルに続き、回避できたことを心から安堵するペルセウス。最悪この二人が受けたとしても、一部から物凄い需要があっただろう。

 

「保存用も観賞用も買いますわ~グレイ様♡」

 

「ナツのグラビア……気になるかも!私も買っちゃおっかな~?」

 

「「買わんでいい!!」」

 

だが一部……グレイにこれでもかと惚れてるジュビアや、ナツがグラビアを飾ることに何故か興味を示すリサーナは購入を決定、または検討しているようだ。真っ先に本人たちからストップ要請が入ったが。

 

「と言う訳で皆さ~ん!!早速、衣装選びと参りましょう!!」

 

ジェイソンが興奮半ばに罰ゲーム組へと告げた言葉を聞いて、シエルは気付いた。わざわざジェイソンが実況の為に来ていた理由。この罰ゲームの内容をマカロフから事前に聞いていたからだろうと。そして一大イベントの実況を担当することに加えて、すぐさまグラビアの一週間密着取材に移るために。やけに高いテンションとキャラで気付きにくいが、抜け目のない男である。

 

だがしかし、それで素直に応じるような奴等でもなく、ジェイソンの言葉を聞いた瞬間、四人全員一斉に走り出し、再びレースのコースを使って逃走。辺りに土煙が舞うほどの勢いである。

 

「あ~~!お待ちを~~~!!」

 

『待つかーーーっ!!』

 

「お待ちをCOOOOOOOOOOL!!!」

 

そして街の外目掛けて逃げていく四人を、彼らに負けないスピードでジェイソンが追いかける。魔導士でもないのに何者だよあの人……。

 

「また走ってる……」

 

「体力が余っているのだな。さすがだ」

 

「罰ゲームがイヤすぎて火事場のバカ力が出てるからだと思うけど……」

 

こうして、全魔導士強制参加型、24時間耐久ロードレースは幕を閉じた。

 

ちなみに優勝したハッピーが、後程マスター・マカロフに優勝したら何かあるのか聞いたところ、「優勝した喜びとみんなの歓声と言うこの上ない名誉」()()しか残っていなかった。デメリットのデカさに全く見合わないメリットしかないこのイベント……何で毎年開催されるのか、謎だけが残るのだった……。




おまけ風次回予告

リサーナ「ねえねえ!ペル、ようやく謹慎解けたんでしょ?折角だから一緒に仕事に行かない?」

ペルセウス「そうだな、リサーナと向かうのは随分久々だし……ナツたちはどうする?」

リサーナ「誘おうとしたんだけど、ルーシィたちと別の仕事があるみたいで……。折角なら、シエルも一緒にどうかしら?」

ペルセウス「いいな!あいつ、お前と仕事に行くの、楽しみにしてたし」

次回『願わくば彼の者に希望を』

ペルセウス「じゃあ、三人以上で行ける仕事はっと……」

リサーナ「あ、そうだ!もう一人連れていきたい子がいるんだけど、いいかな?」

ペルセウス「ん?もう一人?誰かアテがあるのか?」


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第107話 願わくば彼の者に希望を

今回こそは予定通りに投稿できる!

な~んて思ってたら書きたいネタがどんどん湧いてきて全然書き切れずに結局遅れてしまいました…。中々うまいこと書けないな…。

さて、この話で今の幕間章は終了となります。次回からは、ファンの方々も多いであろう天狼島編に移ります!

皆さん気になっているのは試験に参加するであろうシエルのパートナーでしょうが…誰になると思うのかアンケート機能で投票を募ります。←
※このアンケートでパートナーが決まる訳ではありません。あくまでクイズです

それと天狼島編の最初の話の投稿日ですが12月に入ってからにさせていただきます。また一週間の間を開けることになりますが、実は事情がありまして…。


これからパルデア地方の学校に編入して、宝探しと言う名の旅に出る為、その合間の余裕を作らせていただきたいのです…!!12月に入ったら時期もちょうどいいし、それまでどうかお待ちくださいませ…!

待ってろニャ〇ハ!待ってろソウブ〇イズ!!


ここは、とある山奥の山道。両端が鬱蒼と茂る木々や岩場などしか見当たらない、土と砂利のみで舗装された山道。この場所は山の中に作られたとある集落から、最寄りの街へと向かう為の近道。大通りを使うと何倍もの時間を要するので、集落の者たちは大抵この道を通って必要なものを仕入れたり、集落で採れた農作物を収めに行く。

 

「ねえ……ほ、本当に大丈夫かな……?お姉……ちゃん……」

 

「心配しすぎよ。大丈夫、絶対上手くいくから」

 

「で、でも……もし上手くいかなかったら……怖いよ……!」

 

だがその山道は今現在、利用者が大きく減っていた。その理由は、最近になってこの山道を中心として、山賊が拠点を置いて活動を始めたからだ。

 

街と集落をつなぐ一つのルート。それもほとんどの住人が重宝して利用するとなれば、もちろん多くの人々が行き交う。街に行こうとする集落の住民も、行商人も含めて。山賊たちが拠点を置いたのはそれが狙いだ。奴らは多くの通行人が通らざるを得ないことを熟知し、より多くの獲物を狩ることを狙いにしている。

 

その被害が頻発して起きているから、山賊の餌になるぐらいなら遠回りの道を使ってでも避けたいと考えるだろう。だが、今現在大きなカゴをそれぞれ一つずつ背負っている、まだ成人もしていないであろう年若い姉妹は、現在その道を通っていた。カゴの中に入っているのは集落で取れたであろう作物がそれぞれ半分ずつぐらい入っている。大の男ではなく何故女が……それも年端も行かぬ幼い少女二人だけが、集落の作物を運んで山道を通っているのか。彼女たちにとって深い理由がある。

 

「最近山賊の動きが大人しくなってるって聞く今じゃないと。お父さんのケガを治す薬の為にも、今しかチャンスは無いんだよ?」

 

「それは……そうだけど……」

 

姉妹の父親は、過去に山賊の被害に遭った。荷を運んでいる最中に襲われ、何とか命は助かったものの山賊たちから受けた傷はいまだに治っていない。母は家の事や父の仕事を代わりに請け負っている。自分達がやらなければ。その為に山賊たちが大人しいと聞いたこの時期を狙って動いたのだから。

 

「……魔導士様にお願いしてもらった方が良かったんじゃ……」

 

「物を運ぶだけになっちゃう仕事を、魔導士様に一任するわけにもいかない。この間だって、結局ただの取り越し苦労で終わらせてしまったし……」

 

山賊に対して何の抵抗もしなかったわけじゃない。時には少ない持ち金を使って、魔導士ギルドに依頼を送ったこともあった。街までの物資運搬護衛と、山賊の退治の為に。だが、魔導士が護衛をしているときに限って、山賊たちはまるで最初からいなかったかのように姿を眩ませて一切痕跡も残さない。

 

アジトを探したこともあったが、山の中に大規模な山賊団が籠るようなアジトも見つからない。もう山賊たちはいなくなったのでは?と思って一安心して魔導士を見送ったと思ったら、魔導士がいなくなった翌日にはまた出没し始めた、という事例があった。

 

奴等は自分たちよりも上位と思われる実力者が近くにいる時は決して姿を現さない。狡猾にして、残忍。その上姑息。魔導士に依頼を出すのも安くないのにその苦労を水の泡にして雇えなくなった隙を突いてまた襲ってくる。集落にだって暮らしがあるのに、それを笑って踏みつけにするような奴等にこれ以上怯えたままではいられない。

 

だからこうして、意を決して姉妹だけでも外に出てきた。普段の物資を運ぶ時間とは大幅にズレた、誰も行動していないであろうタイミングで。

 

「せめて、私たちだけでも、みんなを安心させられるように頑張ろう!」

 

「……うん!」

 

不安を拭いきれない妹に発破をかけるように姉は呼び掛ける。こうして姉に元気づけられるように声をかけられると、本当にどうにかできそうだと感じられる。妹にとって、何とも不思議で、けれどとても安心できると確信を持って言える。

 

きっと……いや、絶対大丈夫だ。今ならそんな風に自信を持って言うことだって苦ではない。

 

 

 

だがそんな思いは、突如姉妹の行く先に向かって、木々の間から飛んできた一つの曲刀が突き刺さったことによって切り裂かれ、街に向かっていた足が止まってしまった。

 

「お~っと、こっから先は許可なく進んじゃいけねーなぁ」

 

そして同時に、聞き覚えのない声が木々の奥から響いて来た。そして現れたのはある意味声の通りの風貌。動物の毛皮で作られたような衣服の上、顔つきも総じて一般の者たちとはかけ離れたものばかり。そんな本来であれば一人いるだけでも恐れられる対象となるような人間が、一人や二人どころか、10人以上は確認できる。

 

「山賊……!?」

 

「お?よく見りゃ随分カワイー子たちじゃん?」

「けどガキじゃねーか?どっちもちっちぇえし」

「バーカ、こういうのは育った後が楽しみなんだよ」

「オレはこのままがいいな~……!」

 

こいつらがこの辺りを拠点としている山賊だ。だがこの10人規模の団体はほんの一部。この周辺にのみアジトがあると思われるのに、情報によるとその規模はこの10倍は下らない。どこにそんな人数のお尋ね者が潜んでいるのかも疑問だが、それを考えている余裕など、今の姉妹にはない。

 

「お、お姉ちゃん……!!」

 

「大丈夫。私が何とかするから」

 

いつの間にか八方から近づいて姉妹を囲んでいた山賊たちを見て、妹が完全に委縮してしまっている。対して姉は驚きを見せていたものの、妹の前だから故か気丈に振舞ってみせる。

 

「お嬢ちゃんたち、姉妹なのかなぁ?髪の色は同じみてーだが、あんま似てねーようなぁ……?まあいいや」

 

道を阻むために投げつけていた曲刀を拾いながら、この一団を率いていると思われる山賊の一人が姉妹を見定めるように視線を向ける。髪の色は黒で、二人とも艶のあるサラサラとした質のいい髪。姉はストレートのまま伸ばしているようだが、妹はツインテールにして結んでいる。服装は山賊騒動のおかげで贅沢が出来ないようで、質素な色素の薄いお揃いの丈が長いワンピースに近いものだ。

 

二人とも背丈からすればまだまだ子供で、顔立ちも幼い。だがどちらも将来性はバッチリだ。美人に育つのは間違いない。リーダーと思われる男は口元をにやりと歪ませながら姉妹へと近づき、声をかけてきた。

 

「姉妹で仲良く街に行く予定だったみてーだけど、残念だったなぁ。ちょっとオレたちと一緒に来てもらえねーかなぁ?」

 

「……遠慮させていただくことは?」

 

「人の親切は受け取った方がいいぜ?無理矢理連れていかねーだけ良しとしなぁ?」

 

聞いた話ではここを通ろうとしてきた者たちの荷物や金品を奪っていくという話だったが、時折目を付けられた女性が連れていかれると言う事例も聞いていた。今回は恐らくその例に当てはまってしまったのだろう。目に見えて顔が整っている美人姉妹を目にして、放っておくという選択肢はないようだ。カゴに入った作物を差し出して見逃してもらうことも出来そうにない。

 

「……分かりました。抵抗はしません。でもせめて、妹だけは解放していただけませんか?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

「重傷の父を一人、残しているんです。娘の私たちが二人揃っていなくなってしまっては、父がどうなるか……」

 

ならばせめて、彼らの神経を逆立てないように譲歩した条件で、妹の身だけでも保障してもらうよう交渉に出る。素直に聞いてくれるかは分からないが、僅かばかりでも良心が残っているのであれば応えてくれることを期待して。決死の想いを込めて頼みこんだ姉の頼みに一団を率いる山賊は……。

 

「……そうだなぁ。オレの一存じゃ決められねぇ。ボスに許可を取ってからなぁ。そしたら妹は見逃してやる」

 

「約束ですからね……」

 

何とか妹だけでも助かる可能性を掬い上げた。途中で逃げられないように姉妹揃ってロープで両手を塞がれた状態で、山賊たちと同伴することに。姉を見つめる妹の表情は、不安の一色に染められていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

山賊たちにされるがまま連れてこられたのは、山の更に奥深くにある洞窟を利用して作られたアジトだった。一見すると何の変哲もない空洞を、さらに掘り起こして空間を作り、より多くの人数を収納できるようにするためらしい。多くの人間たちに見つからなかったのはこれが要因だろう。

 

「ボス!今日の獲物持ってきました!おまけに上玉も付いてきてますなぁ!!」

 

山賊の一団を率いていた男が、両手を封じられた状態の姉妹を連れ、彼女たちが持っていたカゴを背負った部下たちと共にその報告を行う。ボス、と呼ばれた一番奥のソファーにドカリと座りながら酒をあおっていた、赤黒いボサボサの髪をした一見屈強なその男は、瓶からその口を話して息を吐き、手下たちと、連れてこられたその姉妹に目を向ける。

 

「ほう……?まだガキのようだが……育てば確かに高値で売れそうだな。姉妹揃って」

 

並べられた同じ色の髪を持った、顔立ちの少し違う姉妹を見比べながらその男は呟く。蛇が舐るような視線を受けて妹は恐怖のあまりに目元に涙が浮かんでいて、姉の方も多少の嫌悪と忌避感を抱く。しかしそれでも気丈に振舞い、視線を逸らさずに問いかけた。

 

「あなたが……ここのリーダーさん、ですか……?」

 

「そうだ。ここら一帯を取り仕切ってる頭目……『コウル』様だよ」

 

『コウル』と名乗ったこの男が、この洞窟をアジトとし、集落周辺の山全体を縄張りと称して通行する者たちから様々なものを奪い続けてきた山賊の頭目。話に聞いていた通りだ。目の前にいる男が山賊たちを仕切るトップだと認識しながらも、姉は冷や汗が滴る表情に一切怯みを浮かべることなく堂々と尋ねた。

 

「私たちを連れてきた方々が約束してくださいました。荷物と、私の身はあなたたちに捧げます。お好きになようにしてください。その代わり、妹だけはこのまま無事解放してほしいと。了承もすでにいただいております」

 

「……おい、そりゃあ本当か?」

 

抵抗せずに大人しくついてくれば、妹の身だけでも解放する。覚悟を決めた姉の命を懸けた交渉を、頭目コウルにも堂々と知らせる。約束通り姉妹は二人とも抵抗の素振りは一切見せなかった。これで少なくとも妹だけは助かることが出来る。後ろの方で妹が自分の身を案じてくれているのか涙混じりに姉を呼ぶ。既に覚悟は決めている。自分の身一つで妹が助かるのなら安いものだ。

 

 

 

「いや~?そんな約束してねぇっすなぁ~?」

 

「っ!!?」

 

だが、そんな覚悟が打ち砕かれる現実を、今しがた叩きつけられた。見ているだけでも気分を害する下劣な笑みを浮かべながら、ここまで自分たちを連行した山賊の男たちが口々に言う。「記憶になんかない」「聞き覚えもない」「最初から諦めて捕まりに来た」「荷物も含めて素直に差し出しただけ」と、事実無根も甚だしい。

 

姉妹はようやく理解した。嵌められた。元からこいつらは、自分たちを逃がす気など、微塵も存在していなかったのだと。

 

「だ、そうだ。嘘はよくねーぜ、お嬢ちゃんたち。ま、どのみちアジト(ここ)の場所を誰かに知られたりしねーように、ここを目撃した奴は一人たりとも生かしちゃ帰さねえがな」

 

醜悪な笑みを誰も彼もが浮かべながら、姉妹に対して嘲笑を向ける山賊たち。姉妹は、二人ともそれを一身に受けながら顔を俯かせて体を震わせている。それがより、山賊たちにとって嗜虐心をくすぐる事に気付くこともなく……。

 

「安心しろよ。二人とも死にゃあしねぇ。場合によっちゃあ離れ離れになるかもしれねーが、命の保証だけは確実にしてやれるぜ?一生誰かの奴隷だろうがなぁ……!」

 

悔しさからか、怒りからか、それとも絶望からか。一切の言葉を零すことなく体を震えさせる姉の肩に腕を回しながら、これでもかと愉悦に顔を歪めてほざいた。その言葉に周りの山賊たちの下品な笑い声がアジト中に響く。人の皮を被った、人の心を持たない外道ども。まさにそう形容するに足りるような者たちだ。

 

 

 

 

 

だからこそ、楽しみだ。

 

「命の保証なら、こっちもしてあげる。……一生牢屋(ゴミ箱)の中で過ごすだろうけどな」

 

「……あん?」

 

これまで体を震わせていた姉が、一転して口元に弧を描いて、僅かに低くなった声と変化した口調で告げた言葉を皮切りに起こる……こいつらの壊滅の瞬間が。

 

 

 

それは頭目コウルの次の言葉が出るよりも早く発生した。突如アジトの入り口の方向から、無数の魔力弾が放たれて山賊たちに次々と襲い掛かり、その身体を宙へと吹き飛ばした。

 

「な、何だ!!?」

 

それまで下品な笑い声をあげていた奴等は、直後に一転して動揺。それらは伝播していき、コウルを除くほぼ全員へと行き渡る。今のは攻撃か?何故この場所がバレた?魔法弾の着弾によって土煙が辺りに舞う中、一斉にどよめきを上げる山賊たちの前に、その存在は姿を現した。

 

「それーっ!!」

 

その掛け声と共に突如現れたのは、翼が生えた人間だった。否、正確に言えば人型に近い……それも若い女だ。だが本来腕があるはずの部分は白い大きな翼になっており、脚もまた人のものではなく鋭い爪を持つ鳥の足が生えている。翼と足を除く他の部分は、白銀のショートカットの髪を持った、青い瞳の美少女。まるでそれは、おとぎ話などで見られる半人半鳥の怪物・セイレーンもしくはハーピーを彷彿とさせる。

 

そんな人と鳥、二つの特徴を持った少女はその翼で空を飛びながら、視界を遮る煙の中から突如特攻。地上に立って慌てふためく山賊たちに次々と攻撃していき、更なる混乱を生み出している。まさかさっきの攻撃もこの女か?

 

「な、何だあの女!?いや、鳥!?」

「鳥女!?」

「いやハーピーか!?」

「何でもいいだろ!!」

 

唐突に発生した攻撃と、突如現れた半人半鳥。翼をはためかせて空を切りながらこちらを翻弄するその姿を見て、更に山賊たちは困惑を極める。その中でようやく状況を掴めたのは彼らを纏めている頭目であるコウルだ。

 

「おい鳥女!どうやってここに来た!?ここがどこか分かってての狼藉か!?」

 

確認すべきなのは、この鳥女の素性と目的、そしてこのアジトに辿り着いた経緯だ。部下たちにはそう簡単に尾行できないようなルートで来るように命じた上、後をつけてくる者たちには十分警戒しろとも伝えている。まさか部下共がしくじったか?だとしても単騎で乗り込んでくるとは浅はかだと思いながらも、警戒を緩めずにコウルは武器であるカトラスを腰から引き抜いて鳥女の方に向けている。

 

「普通について行ったら来れただけよ?まあ、気付かれてもいいように姿は変えてたけど。ついでに言うと……私()()の目的は、お察しの通りあなたたちよ、山賊団!」

 

翼をはためかせて滞空し、こちらを見下ろしながら得意げな笑みを浮かべて少女は答える。外見に似合わず勝気な部分があるようだがそれはどうでもいい。今、この女は“私()()”と呼んだ。つまりこの女の仲間が他にいると言う事になる。どこかに潜んでいるのか、それとも後から来るのか警戒していると、入り口付近から部下のものと思われる悲鳴が次々と響いてきていたのが聞こえた。

 

煙が十分に晴れて視界に映ったのは、どことなくやつれたように見える顔で床に倒れ伏し、気を失っているらしい部下たちの死屍累々。その中心でこちらに悠々と歩いてくるのは、先端に緑の宝珠を付けた木の枝のような杖を持った、水色がかった銀色の髪を縛っている美青年。

 

「アジトが見つかりゃ、あとはこっちのもんだな。悪いが頭目さんよ。部下たち共々お縄についてもらおうか?」

 

端正に整った顔をどこか挑発的な笑みで歪めながら投降を促す青年。山賊たちは次々とどこからともなく伸びてきた植物の根っこに魔力を吸われ、動けなくなってしまっている。まだその餌食にあっていない山賊たちが苛立ちのこもった視線を向けて睨むも、彼の左頬に刻まれていた紋章(ギルドマーク)を目にした瞬間、その表情は驚愕と畏怖に苛まれた。

 

「あれは……ふぇ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)か、なぁ!?」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)って、あの!!?」

「今やフィオーレ最強っつー噂の!!?」

 

魔導士ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)。襲撃した一組の男女の正体は、今やこのフィオーレ王国に存在する魔導士ギルドの中でも、最強と呼ぶにふさわしい実力者を数多く有したギルドだ。しかもだ。山賊たちは気付いていないが、青年の方はギルド内でも最強格とされる現役で残ってるS級魔導士と呼ばれる3人の魔導士たちの内の一人だ。ちなみに引退扱いとなっている元S級がもう一人いるが、今も彼女の実力は最強格である。もう一つ言えば、その元S級の妹が、半人半鳥に変身している少女の方だ。

 

「国一番の魔導士ギルドか……!だが何故ここが……いやそもそも、てめぇらが来るなんて情報、聞いてねぇぞ!?」

 

「それはこの山道側の集落の入り口前に隠された映像魔水晶(ラクリマ)の事か?」

 

「見つからないように森の方から入れれば簡単だったよね♪」

 

山賊たちがこれまで、魔導士ギルドの存在を察知して姿を現さなかった理由は、集落と山道を繋ぐ位置に、見つからないように映像魔水晶(ラクリマ)でその場のものが見えるように設置していた為だ。入り口前に集落の者たちとは違う魔導士の姿を見つけたのなら、襲わずにそのまま素通りさせる方が安全。そうでなければ準備を整えて強奪に向かう。周到に構えた作戦だったが、それらは気付かれてしまったらしい。

 

ちなみにアジトが見つかった理由はまた別にある。今は半人半鳥の姿をしている少女・リサーナは様々な動物の力を扱える。山賊に姉妹が連れていかれた時、実は彼女もこっそりその場にいた。動物の魂(アニマルソウル)の力で小さなネズミに変身して、物陰から山賊たちがアジトに入っていくところを確認。全員が入ったところで変身をネズミから現在の半人半鳥に変え、真上に上昇。別の場所で待機していたもう一人の青年・ペルセウスに位置を知らせたと言う絡繰りだ。

 

「長きに渡って続いた悪だくみも、今日で閉幕だ。観念しな」

 

「ぐっ……!ま、まだ終わってねぇよ……忘れたか?てめぇらとグルだった女どもは、まだこっちに人質として残ってるんだぜ!?」

 

一騎当千の魔導士たちにアジトへ乗り込まれた時点で、もう山賊たちは終わり……と思われていたのだがコウルは傍らにいた人質である姉妹の内、姉の身体を掴むと首元にカトラスの先端を近づける。瞬間、魔導士二人の表情が驚愕に強張り、その動きを止める。

 

「そうだ、動くなよ……?変身を解いて、武器を捨てて、その場で両手を上げるんだ。いらんことをすればこの娘がどうなっても知らねーぞ……!?」

 

人質を取られて動揺している魔導士たちの姿を見て、優越感が戻って来たのか口角を吊り上げながらそう指示を飛ばす。そのまま丸腰になった状態を部下共に袋叩きさせれば一気に形勢逆転できる。手元にこの姉妹がいたのは不幸中の幸いだった。同じように下卑た笑い声を上げながら、立ち上がって各々の武器を構える山賊たちを一瞥しながらも、ペルセウスとリサーナの二人はその指示の通りに動く。下に向けている表情はこっちからは見えないが、きっと悔しがっている事だろう。更に笑みを深めた頭目は、そのまま部下に指示を……。

 

「よーし……あとは、そのまま棒立ちでボコられ───」

 

飛ばそうとした瞬間、突如カトラスを持っていた右手に何かが触れたと思えば強烈な痺れが走り、悲鳴を上げると同時に手の力が抜けてカトラスが床に落ちた。そしてそのカトラスを、まるで落ちるのが分かっていたかのような動きで姉が前へと蹴り飛ばしてペルセウスの足元へと滑らせていく。そしてカトラスが足元に渡ってきたのを確認した青年は、ちょうどそれが来るタイミングで左足を上げ、カトラスを真っ二つに踏み割った。

 

『はっ……!!?』

 

先程まで笑みを浮かべていた山賊たちは何が起きたか分からず茫然としたまま。一方でコウルは突如起きた痺れに動揺して右手首を左手で掴んで混乱している。その隙を突いて、姉はコウルの腹部に縛られた状態の両手を触れさせると……。

 

落雷(サンダー)

 

「がばばばばばば!!?」

 

先程も放った女にしては低めの声で呟くと同時にコウルの身体を感電させる。魔法だ。雷属性の。まさか魔法を使える住民だったのか、と山賊たちに更なる動揺が襲い掛かる。人質と思っていた少女の片割れが意外な反撃をしたことと、全体的に体が麻痺したことで頭目は膝から崩れ落ちて立ち上がれなくなった。

 

「な、な、な、なにががど、どーなって……!?」

 

「ボ、ボスーー!!?」

「こ、このガキよくも!!」

「妹がどうなっても……!!」

 

呆然自失といった様子でうわ言を呟くボスを目にした周囲の部下たちも驚愕に包まれる。そんな中、妹を拘束していたロープを持っていた部下たちがもう一人の人質である妹の存在を姉に示そうと動くも、隙を突いて動いていたペルセウスが既にそれを解決させた。

 

「換装、イオケアイラ!」

 

金と銀に彩られた大弓を構えて魔力の矢を放ち、妹を捕らえていた山賊たちを吹き飛ばして、妹の手を縛っていたロープも解いた。ちなみに姉が縛られていたロープは、本人の雷の魔法が着火して燃え尽き、既に解放されている。

 

「な、なんだよこれ……!」

「人質と思ってたのに、片方めっちゃ強ぇじゃねーか……!!」

 

捕えていた姉妹があっさりと解放されてしまい、その上姉の方は頭目を行動不能に追い込む強力な魔法を扱えると知って、山賊たちの動揺はさらに強くなる。集落に住んでいるただの住民ではなかったのか、という疑問のままに顔色がだんだんと悪くなっていく。

 

「片方だけじゃないわよ?」

 

それに追い討ちをかけるように、山賊たちの頭上を通った何かの声が耳に届いた。その正体は白いネコだ。しかし本来のネコとは違って、背中から翼が生えているし、飛んでいるし、しかも人の言葉を喋っているしで、本当にネコか疑わしい。

 

「シャルル!」

 

「あれ、持ってきてくれた?」

 

「抜かりないわよ、あんたもいい加減“それ”取ったら?」

 

そんな白いネコは二つの足で立ちながら姉妹の元に着地し、筒状の何かを示すように見せている。それと同時に姉に向けて呆れるような目線を向けながら言った言葉に、彼女は「あ、それもそうだな」と呟くと……。

 

 

 

 

何と、自分の黒く長い髪を掴んでいとも簡単に抜き取った。「ええーーーーっ!!!?」と言う山賊の悲鳴に似た叫び声が響くも、本人に痛がる素振りはない。というかそもそも……今とった黒い髪はウィッグ、もといカツラである。元々のものと思われる水色がかった銀色の短い髪が下から現れた。

 

「じゃあ、今から戻すわよ」

「お願いね」

「あ、あとでこっちも……」

「あんたは自分でやりなさい」

「……へい」

 

あんぐりと口を開けながら固まっている山賊たちには目もくれず、白ネコが持ってきた筒状のそれを操作して「解除」と呟くと、ツインテールに纏められていた妹の黒い髪が変色して藍色のものになった。いや、この場合は戻ったと言う方が正しい。

 

更に「これもそろそろ脱ぐか」と呟いたと思いきや、姉が身に纏っていた色素の薄いワンピースに似た服を一瞬で払うと、中から出てきたのは薄紫のパーカーと内側に薄黄色のタンクトップと言う、集落で作られるようなものではない服装を纏った子供が現れた。

 

妹の方もちょっと恥ずかしげだが身につけていた質素な服を脱ぐと、特殊な折り方で作られたとされる緑を基調としたワンピースが現れる。ニルビット族と言われる部族が織り上げたデザインだ。

 

そして極めつけには白ネコから受け取った筒状の機械を自分の左頬に近づけて姉だった人物が解除と呟けば、絶対に一般人が付けられるわけがない紫色の紋章(ギルドマーク)が浮かび上がった。どうやらあの魔法装置によって隠されていたらしい。

 

その紋章は、この場に来ている二人の魔導士と同じもの。

 

「なぁ……!?ま、まさか……!!」

 

一部始終を黙って見るしかできなかった山賊が声を震わせて呟く。そして全てを理解した様子で恐々としている山賊に向けて、姉を名乗っていた人物……少年シエルがこれでもかと口角を吊り上げながら山賊目掛けて言い放った。

 

「ども~!魔導士ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)、山賊退治にやってきました~!」

「騙しちゃってごめんなさい」

「山賊相手なんだから、謝る必要ないでしょ?」

 

そう、最初から山賊がとらえたのは、一般人ではなかった。集落に住まう姉妹に扮した、天候魔法(ウェザーズ)を操る魔導士と、天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と言う、ギルドに属する魔導士たちだった。いざとなれば自衛どころか、潜入先を(主に片方が一人で)殲滅できるような者たちを、わざわざ秘匿にしていた自分たちのアジトへ案内していたことになる。

 

『つーか姉妹じゃねーじゃん!!』

 

「あ、今更そこツッコむの?」

 

更に山賊たちにとってタチが悪いのは、姉妹と装っていたくせに姉の方は実は男だったこととか、そもそも血も繋がっていなかったことである。少年本人の顔が中性的だったために、本気で化粧をして、声も女らしく高い声を意識すれば、知らない者にとっては誰も男とは気付かないレベルだ。

 

「それにしてもウェンディ、結構いい演技だったね!」

 

「シエルから言われると全然自信が無いんだけど……」

 

「て言うか、あそこまで本格的にする必要あったわけ?」

 

まるで本当に集落から街へと移動する姉妹の演技を山道にいる時からずっと続けていたと思うと、脱帽レベルなのは間違いない。だが、ほぼほぼシエルばかりが姉っぽくやってただけで、ウェンディ自身は「シエル」ではなく「お姉ちゃん」と呼ぶように気を付けていただけ、との事なので正直複雑だ。

 

「だ、騙してやがったのか……!!」

「こ、こんなの卑怯だぞ、テメーら!!」

「そーだそーだ!!」

 

「ほう、卑怯ねぇ……?」

 

まんまと騙されてしまっていたことに気付いた山賊たちがその怒りと苛立ちをぶつけるように喚き散らすも、背後に迫っていたペルセウスの声、及び見下すような黒い笑みと圧によって、二の句を継げずに振り向いた。

 

「魔導士からも、評議院や軍からもコソコソ隠れて弱いもんいじめしてた卑怯者集団が言えた事か、なぁ?」

 

「あ、それ、オレの口癖なぁ……」

 

痛いところを突かれて更に言葉を詰まらせて縮こまる山賊たち。唯一シエルとウェンディを連れてきた一団のリーダーがどうでもいいことを小声で呟いたが本当にどうでもいいとして。

 

「さーてと!」

「それでは……!」

「そろそろ」

「お仕事……」

「始めますか!!」

 

シエル、ウェンディ、シャルル、ペルセウス、リサーナ。妖精から派遣された4人と一匹がそれぞれ戦闘態勢に移り出す。本能的に危険を察知して、山賊も各々の武器をどうにか構えて応戦の意志を見せはするものの、ほとんどが虚勢であるのは一目瞭然。

 

その後たった5つの戦力によって、集落と近隣の街を苦しめ、他のギルドや軍も手をこまねいた山賊団は、思っていた以上にあっさりと壊滅。全員牢獄送りとなった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「初めて組んだチームだったけど、上手く行ってよかった!」

 

集落からの依頼を終え、帰路につく一同。件の山賊団は実力はともかく、狡猾と言えるほどの周到さと慎重さによってこれまで被害を抑えられなかった為、集落からの報酬に加えて近隣の街たっての希望で懸賞金も弾んでもらってしまった。元の依頼金よりも結果的に多くなってしまったが、取り敢えずこれ以上の被害を根絶できた事は上々だろう。マグノリアに向かう汽車の中で伸び伸びとするリサーナは満足気な様子だ。

 

「俺もリサーナと正式に仕事行くのは初めてだったな~。ウェンディたちも一緒なのを聞いた時はビックリしたけど」

 

「私も、リサーナさんに誘われると思ってなくて、ビックリしました」

 

「しかも脈絡もなく突然だったものね」

 

そもそもこの依頼(クエスト)に参加した経緯と言うのが、謹慎期間を過ぎて再びギルドに戻ってきたペルセウスを、ギルドメンバー総出で迎えている内にリサーナがシエルとペルセウスの兄弟と共に仕事に行くことを画策。折角なのでもう一人、エドラスにいる間にギルドに入った誰かを誘いたい、と考えて候補を何人か絞ったのち、ウェンディに白羽の矢が立った。ルーシィはナツが連れてっちゃうし、ジュビアはグレイについて行くし、などの理由で他の面々の都合がつかなかったのもあるが。

 

「こいつも割と思い立ったらすぐ行動って行けるとこまで突き進んじまうところあるからな。ナツの影響だと思うが」

 

「私はナツと比べたらまだいい方だと思うけど~?」

 

「俺にはどっちも変わらんよ」

 

座席の形の関係で、兄弟と女性陣が隣同士、そしてペルセウスとリサーナが向かい合う形で座っている為、前方にいるペルセウスに向けてリサーナが膨れっ面を作りながら彼の言葉に抗議を示すも、青年にとっては彼女もナツも根底は変わらないイメージだ。そんなやり取りを見て、ウェンディの膝の上に座っているシャルルが「この二人いつもこんな感じなわけ?」と目線で前方にいるシエルに問いかける。そんなシエルの解答は苦笑い。どうやら肯定だ。

 

「そう言えば、シエルもすっごく強くなってたけど、ウェンディも凄かったわね!話には聞いてたんだけど、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なんでしょ?ナツと同じ!」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

山賊団との戦いの中で、シエルやウェンディの活躍を実際に目にし、かつシエルやナツたちからウェンディの事についてリサーナは聞いていた。ガジルも含めて、現在ギルドには滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が3人。しかも今年になってから二人も増えて、ナツと似た魔法を覚えた仲間が増えたことに対して嬉しく思えたのも記憶に新しい。

 

それを抜きにしても、エドラスで仲が良かったウェンディと、アースランドでも仲良くなれたことが、彼女にとっては更に嬉しく思える。

 

「やっぱりウェンディも、何か食べると力が上がったりとかするの?」

 

「えっと、私の場合は空気を……」

 

隣同士に座る、ちょっとだけ歳の離れた二人。だがその様子はとても仲のいい姉妹にも見えて微笑ましく、対面に座る兄弟はそれを眺めながら思わず笑みを零す。主にリサーナから話題を振って、それにウェンディが相槌や質問に丁寧に答えていく様子は、話に挟まらずともずっと見ていられる。

 

「ちょっと、兄弟揃って何にやけてんのよ」

 

「「あ、いや、そんな事ないです!」」

 

だがあまりにも見つめ過ぎていたことで真正面を向いていたシャルルからツッコまれてしまった。シャルルの声に気付いて話に花を咲かせていた二人もこっちを向いたが、首を傾げるウェンディと違い、リサーナは何故か少し吹き出して笑顔だ。一体どういう意図だろう……。

 

「あ、そう言えば……戻ってきてからシエルを見て気になってたんだけどさ」

 

「うん?」

 

すると、ふと何かに気付いた……と言うより思い出した様子のリサーナが、シエルの顔部分を見て新たに聞きたいことを尋ねてきた。

 

「シエルの髪の毛……金色の部分ってそんな感じだったっけ?」

 

「メッシュの事……?」

 

「ああ、そういや俺も気になってた。目の錯覚かとも思ってたんだが」

 

リサーナも、兄のペルセウスも、実は薄々気づいて気になっていた事らしいが、何かあったのだろうか?鏡をよく見なければ左目の上にあるメッシュの部分を気にしたりもしないので、シエルは気付く機会がない。

 

「これで見てみてよ」

 

「あ、ありがとう」

 

荷物として常備していた手鏡をリサーナから受け取ったシエルは、メッシュがあるであろう左目の上部分に鏡をかざして、確認してみた。シエルの記憶では、確か水色がかった銀色の髪に混ざるように、一筋だけ入っていたはず。

 

 

 

だが実際に鏡に映っていたのは、大きく開いた眼の中にある瞳がかかるほどの幅。そのちょうど真上の域が金色の状態になっていた。これは最早一()とは言えない。一()である。

 

「ん!?あれ……?こんな広かった……かな……?」

 

一応毎朝鏡前で洗顔や歯磨きを行ってはいるものの、あまり意識して自分の髪を見ることが少なかったため、過去一番に新しい記憶と、確かに違いが出てるように見える。あまりに違いがはっきりしているから、シエル自身も衝撃を隠せない。

 

「やっぱそうだよね!イメチェンした……わけでもないでしょ?」

 

「うん……全っ然……。これ、いつからだったの?」

 

「う~~ん、私が戻ってきた時から、既にそうなってた、ような……?」

 

いつからここまで広くなっていたのか。と言うか何が原因で髪の色がちょっと変わっているのか全く分からない。このメッシュ、てっきり生まれつきだと思ってたのに、と頭の中で混乱してきている。

 

「俺が10年クエストから帰ってきた時は、前のままだった気がするが……そういや違和感を感じたのは、六魔の戦いの後だったな」

 

「あ、私シエルたちが載ってる週ソラ、部屋にあると思うので、それでも確認してみますか?」

 

「別にいいんじゃないの?そこまでする必要なんて」

 

どうやらここ最近の変化のようだ。多少気にはなっているが、特に体に異常がある訳でもないし、考えても要因が定まっていない以上は、そこまで深く考えることもないだろう。頭の片隅に置いておいて、気になったら鏡で確認することにしよう。シエルはそう決めることにした。

 

 

 

そんな時だった。マグノリアに向かう汽車がオニバスにもうすぐ到着しそうなタイミングで、社内に放送が響き渡った。

 

《え~乗車中のお客様にご連絡いたします。ただいま、オニバス~マグノリア間にて、放牧地のマタドールウシが一斉に脱走し、線路沿いに出没が確認されております。このため、当間での運行が困難かつ危険を伴い、事態解決に大きく時間を要すこととなります。大変ご迷惑をおかけいたしますが、本日の運行、終日オニバスを終点とさせていただきます。またのご乗車、お待ちしております》

 

その放送が車内に流れ、マグノリアに帰るはずだった場にいる全員が固まった。数秒、いや数分ほど硬直していたのかもしれない。誰も何の言葉も発さず、身動き一つ取らず、落胆の声で渋々降り始める他の乗客たちの声を耳にしながら、ようやく思考が戻って来た。

 

 

 

 

 

 

『ええ~~~~~っ!!?』

 

直後、予想もし得ないアクシデントに直面した4人と一匹の絶叫が気車内に響き渡った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時間も時間だったため、今日はオニバスで一泊宿を取ることにした一行は、ホテルへと向かい男女それぞれ用の部屋を二つ取ることにした。汽車運行見合わせの影響で大勢宿泊客が来て部屋が無くなるかもしれないと思ったのだが、泊まりに来たのが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だと知った瞬間、ホテルのスタッフが慌ててどこかに連絡をし始め、どうにかやりきったみたいな表情を浮かべて鍵を二つ渡してくれた。

 

何でも過去に、満室だったにも関わらず部屋が無くて困っているから、どうにかして泊まれないかと同じギルドの魔導士に、脅迫に近い形で押し切られてしまったトラウマがあったらしい。名前を騙って無理難題を行った不逞の輩か?と一瞬怒りが込み上げてきたが、その魔導士と言うのが鎧を纏った緋色の髪の女性だと聞いた瞬間霧散した。

 

申し訳ありません。思いっきり知った人です。ご迷惑おかけしてすみませんでした。と言った風にロビーで4人は頭を下げた。

 

 

そして時間は既に夜更け。ちょっとした観光や外食も済ませて、各々は取っていた部屋へと入っていた。入浴も済ませ、ウェンディとシャルル、リサーナがいる部屋では昼間のようにガールズトークが繰り広げられている。

 

「所々アクシデントはあったけど、楽しかったね~!」

 

「私も楽しかったです!誘ってくれてありがとうございました、リサーナさん」

 

「私も、ちょっとは楽しめたわ」

 

山賊団を捕まえるために変装したり、アジトで大いに暴れたり、終わったと思ったら汽車がマグノリアまで着かなくなったりと色々ありはしたが、リサーナもウェンディも満足のようだ。素直な言動ではないが、シャルルもそう感じているらしい。

 

「考えてみたら、ウェンディは女子寮に入ってるのよね?こうして夜の間にお話しできるのも、滅多にないかも」

 

「そうですね、時々誰かのお部屋に行ってお喋りしたりとか……」

 

「湖行ったり、大浴場行ったり……色々してるわね」

 

互いに面識が少ないうえ、住居にしている家も違う。だから本来であればお泊り会などの特殊な事例でない限りはこうして夜にもお喋りをすることがないだろう。いい機会とばかりにリサーナもウェンディもますます盛り上がってくる予感を感じている。

 

しばらく話に花を咲かせていた二人と一匹だが、ふとウェンディは窓の外で微かに光る何かに気付いた。どうかしたのかとリサーナも尋ねてウェンディたち同様に窓の外を確認してみる。そこにいたのは……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

恐らくは誰もが寝静まった時間帯。宿泊しているホテルから少し離れた公園内で、息を切らしながら手に持っている小石に意識を向けている少年が一人。

 

シエルだ。こんな夜更けに、そしてこんな公園で何をしているのかと言うと……。

 

「もう一度……!」

 

手に持った小石を目線に合わせ、それを握り締めながら意識を集中する。頭の中に浮かべるのは、過去、彼が戦ってきた記憶の中の敵たち。楽園の塔、ニルヴァーナ、エドラス、そこで立ちはだかった敵の姿を浮かべながら、己の心の中に一つの感情を呼び起こす。

 

「(あの力……発動した共通点は、怒り……!無作為に発動させるには、危険な力を、どうしても使いこなさなきゃ……!!)」

 

時折発動している、対象に魔法陣を刻んで大爆発を起こす謎の力。シエルが行っているのは、これを自らの意志で常時発動と不発を使い分けるための練習だ。この力が発動してしまう時は、ほぼ決まってシエル自身の意志に反して突発的に起きる。

 

だがそれ故に、高い威力を持つと同時にとてつもない危険性をこの力は孕んでいる。場合によっては人間の身体が吹き飛んでしまうほどには。その力を満足に使えない状態で野放しにしてしまえば、どうなる事か分からない。だからこそ、使いこなす必要がある。

 

 

しかし……。

 

「ぐっ……っ……かはっ!!」

 

魔法陣の前兆か、微かに黄色く石が光っただけで何の変化も訪れない。先程からこの繰り返しだ。条件自体は推測通りなのだろうがイマイチ過去に見た反応とは程遠く感じる。

 

集中力を最大限に引き出している影響か、疲労がかなり積み重なっている。仰向けになって地面に倒れこみ、シエルは息を整えながら何が足りないのか模索する。

 

他にあの魔法が発動した時の条件を思い浮かべると、身体に何かしら傷があった、意識が朦朧としていた、魔力の消耗、もとい使用できない状況下だった、拘束された状態だった、記憶を頼りに色々と思い出すも、要素が多すぎて絞り切れない。ただの危険を察知した本能によるものと言う見方もある。

 

「そもそも……何で俺にこんな力が……?」

 

魔法を覚えるにあたって書物を元に様々な魔法の習得に尽力してきた時期があった。ようやく発見した天候魔法(ウェザーズ)だけが、唯一扱えた魔法であり、それ以外は全くもって身につけられなかった。

 

それなのに何故今、別の魔法の力が現れたのか?いつそんな力を取り入れた?考えれば考える程に謎は深まるばかりだ。力があるに越したことはないかもしれないが、自分の意志で鞘に納めることも出来ない剣など、自分も味方も傷つきかねない。過ぎた力だ。

 

何故?どうして?そんな考えばかりが頭の中を巡っていき、夜空に浮かぶ月をただ眺めるだけになっていた時だった。

 

 

 

「シエル、どうかしたの?」

 

「……っ!!」

 

眺めていた月が、隠れて少女の顔になった。

いや、実際にはシエルから見て上の方からウェンディが、顔を覗き込むように見下ろして声をかけてきた、と言うのが正しいが。思わぬ人物がこの場に来たことに、面食らった様子でシエルは彼女の名を呟いた。

 

「何かが光っているのが見えて外を見たら、シエルがいたから」

 

「もしかして、起こしちゃった……?」

 

「ううん、リサーナさんとお話ししていた途中で見えただけ」

 

もう夜も遅いのに、てっきり部屋の布団の中で寝ているものだと思っていたシエルは起こしてしまったのかと申し訳なく思ったが、本人からすぐに訂正が入った。成程、彼女との会話が弾んで今もなお眠気が起きない訳か。

 

「こんな時間まで、シエルは何してたの?」

 

小首を傾げながら尋ねた彼女の問いに、シエルは簡単に説明した。例の対象を爆発させる魔法をコントロールするための訓練であることを。ウェンディは、その力を3回もこの目で見たことがある。ブレインの魔法を内側から爆破させ、拘束しに来たエドラス兵も吹き飛ばし、浮遊島まで弾き飛ばすほどの規模。ウェンディに、少年が如何にあの力を危険視し、苦悩しているのかが本人が言わずとも伝わる。

 

「もっと強くなりたいって、常日頃思ってはいるんだ。けれど、強くなったら、今度はその力を使いこなせるか不安が付きまとってくる。守るために鍛えた力で、守りたいものを傷つけることを想像したら、頭がおかしくなりそうだった」

 

もしもこの力をちゃんと使いこなすことが出来たなら。きっと大きな力となってくれる。だが、その為の糸口が全く見つかっていない。得体が知れない分、本当に使いこなせるのか否かと言う不安も拭えない。

 

「兄さんに憧れて、並びたくて、守りたくて魔導士を目指した。あの時も大変だったけど、今回はまるで逆だ。使える力を探すことより、元からある力を調べる方が、こんなに難しいなんて……」

 

上体を起こし、己の両手を見下ろしながらシエルは今一度問うた。自分の中にあるのは何の力か、どのようにして使えるようになったのか。

 

「本当に、俺にこいつが使いこなせるのかな……?」

 

 

 

 

「私は、大丈夫だと思う」

 

考えても自信が持てなかったその答えを呟いた彼女に、思わずシエルはウェンディへと振り向いた。その表情に浮かべていたのは柔らかい笑み。

 

「シエルは強いよ。それにとっても優しいから、きっと……ううん、絶対大丈夫」

 

ウェンディがかけてくれるその言葉の真意を、シエルは理解するのに時間がかかった。自分が強くて、優しいと……そう言ってくれる人間は少なかったから、より一層彼にとっては驚きだった。

 

「だって、ペルさんの為に魔法を覚えたんでしょ?ギルドのみんなは、誰かの為に何かをするときは、どんな事だって出来ちゃうって私は思ってる。そう言うところが、スゴイって思う」

 

ウェンディが思い出すのは、仲間や家族の為に、一見無茶無謀と思えることを迷いなくやるために動いて、傷だらけになりながらも本当にやり遂げてしまう仲間たちの姿。ナツも、グレイも、エルザも、ルーシィも、ペルセウスも、そしてシエルもそうだ。自分にとっては、そんな彼らの背中が、広く、大きく、頼もしいと感じられる。

 

「今もこうやって、みんなを傷つけたくないから、守りたいから遅くまで頑張ってるんだよね?」

 

そしてシエルは今も、自分の力から目を背けずに向き合って、必死にその糸口を探している。家族や仲間を想って行動するその姿が、彼の優しさを表しているんだと、ウェンディは確信していた。膝に手を置いてシエルの顔を真っすぐ見つめながら、彼女は彼にエールを送る。

 

「シエルのその頑張りは絶対に形になってくれる。今よりも強くなっちゃって、きっと今まで以上に色んな人たちの力になる。私の言葉じゃ、あんまり保障にもならないかもしれないけれど、シエルだったら出来るって、私は信じてるから!」

 

優しい笑顔を浮かべながら伝えきった様子の彼女を見て、シエルは体が暖かくなるのを感じた。思い出す。彼女と同じ顔を浮かべながら、魔法が使えなくて思い悩んでいた時に、支えてくれた家族たちの顔を。

 

きっと魔導士になれると、支えてくれた仲間たちの顔を。

 

その時と、同じだ。自分に憧れて、自分が教える側と思っていた年下の少女の言葉に、シエルは改めて気付かされた。迷い、嘆き、苦悩していた過去が、徐々に解けて消えていくのを感じた。

 

「うん……ありがとう、ウェンディ」

 

思い悩んでいた表情は、もう浮かばなくなった。座っていた地面から立ち上がり、そしてウェンディに目を向けながら、シエルは心の底から感謝の言葉を告げた。

 

「君が信じてくれるなら何よりの保障だ。自信が持てたよ。絶対成し遂げてみせるから」

 

彼女の激励に応えるためにも、柔らかく微笑みながら宣言する少年の姿を見たウェンディは、どこか呆けたようにシエルのその表情をじっと見つめ、何故か声を発さずにその場で立ち尽くしていた。

 

「……ん?」

「はっ!!」

 

何故かこっちを見ながら固まっている彼女の様子に疑問の声をあげた瞬間、我に返った様子を見せると同時に彼女はシエルに背を向けた。気のせいか、後ろから見える耳が若干赤いような?

 

「げ、元気になったみたいでよかったー!でも、今日は遅いから、また明日から頑張っていこうね!?」

 

「う、うん……そうだね」

 

声が上ずってどこか様子がおかしいが、彼女の言う通り夜も深いし、部屋に戻った方がいいだろう。焦ることなく、一歩ずつ乗り越えて行くことを、彼女が教えてくれたから。

 

「あ、そうだ!私も、シエルのように新しい戦い方の練習しようかな?」

 

「ウェンディも!?」

 

「私だって、シエルやギルドのみんなを守りたいし!」

 

「……そう……だな……。うん、それがいい」

 

ホテルに戻る道を歩きながら、少年少女は未来に向けて歩き出す。行き過ぎた力を過ぎたものにしない為、力をつけて守りたいものを守るため。それぞれの思いを抱えながら、更に前へと一歩を踏み出し始めた。

 

「心配でついて来たけど……」

 

「二人とも大丈夫そうだったね」

 

「……本当に、立派になったよ、シエルは……」

 

二人から見えない位置で彼らの様子を見ていた保護者達は、前へと進み始めた若き二人の背中を、どこか嬉しそうに、寂しそうに、けど確かな愛を感じる目で見つめていた。

 

そしてペルセウスは……少年の兄はこうも思った。願わくば、あの彼の少年少女たちの行く末が、希望に満ちた未来に溢れていることを。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

シエルたちが汽車に乗っていた時の時間軸に遡る───。

 

とある広大な山々の奥に存在する、湖の上に作られた、巨大な宝珠が付いた杖を模した幾何学的な造りの建造物。そこは、新たに編成された新生魔法評議院である。

 

「けしからん!!何だこの始末書の山は!!」

 

頂上付近に存在する大広間。そこに置かれた広いテーブルを囲んで、9人の人物がとある議題に対する会議を行っていた。ほとんどが憤りを抱えており、かの対象に対して誰も彼もが嫌悪感に似たものを抱いている印象。

 

その対象は『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』……先代評議院の頃より頭痛の種となっているギルドだ。長いテーブルの上に山となって積み上げられた始末書……評議員が新しくなって()()発行されたもののみでさえ、一ギルドの起こした問題である。

 

「それ程角を立てる事でもなかろう。バラム同盟の六魔将軍(オラシオンセイス)を壊滅させた労はある」

 

だが全員が全員、そのギルドを責めているわけではない。前評議院から続投されて評議員の位置に在する老人・『オーグ』は先の六魔将軍(オラシオンセイス)の討伐、及び危険な魔法であるニルヴァーナの破壊を引き合いに出して弁護を示している。

 

「労がある?『オーグ』老師!!何を言っておるのかね!!」

 

「評議会が作戦を許可したという記録はないぞよ」

 

「地方ギルド連盟の独断で行われてますな」

 

だが彼の弁護は、他の評議員に対しては暖簾の腕押しに等しい。闇ギルドの頂点に位置すると言える三つのギルドの内の一つを下し、起こる事があり得た戦争を結果的に止めた功績を、許可など出していない独断であると言う理由だけで、一転して問題行為であると主張されてしまう。

 

更には「厳密に言えば闇ギルドと言えどギルド間抗争禁止条約に反している」、「この一件でバラム同盟の正規ギルドへの報復もあり得る」などと言った、デメリットの部分のみを危険分子としてあげている。しかしバラム同盟とは言えど、その実情は不可侵条約。それほど警戒することではないとも意見は出てくる。

 

だが会議の流れは圧倒的に反妖精の尻尾(フェアリーテイル)の思想で満たされている。唯一擁護側に回っていると言っていいオーグ老師は肩身の狭さを感じており、言葉も出せずに歯噛みしている。しかも、その流れはさらに悪くされる一方だ。

 

「それよりも、奴等はあのジェラールを“仲間”と言ったなどと言う報告まで入っておる」

 

「危険な思想を持っておるな。あの兄弟の籍をを未だに置いたまま、問題を起こさせているのも理解に苦しむ」

 

「あそこのマスター……マカロフは白を切っておるが、奴等は二人揃って()()()()()()()。悪影響を受けている可能性も高い」

 

ワース樹海で捕らえたジェラールに対して、ナツが“仲間”と宣言した事や、評議会の方で既に判明しているペルセウスたち兄弟の過去についてを吟味した結果に基づいて、如何に妖精の尻尾(フェアリーテイル)がいくつも危険分子を抱えているかという証左を共有し出す。

 

かつては闇の世界で神の力を大いに振るってきた兄と、廃村一つを消滅に追い込む“天の怒り”を持つ弟。本音を言えば、評議会にとってこの兄弟の存在は魔法界を破滅に追い込みかねない厄災そのもの。隙あらばギルドからの除名及び、罪人として投獄したい程の脅威だ。それが出来ないのは、兄の多々ある功績と、弟の勤勉な姿勢、そして妖精を束ねるマスター・マカロフが彼らの行動に関し、一切の責を背負っているからである。

 

世間から見れば真面目で優秀と言える魔導士でも、実情を知る評議員にとっては、性悪なキツネが化かしているようにしか感じられない。

 

「我々評議院は新しくなった!何が“新しい”のか国民に示さねばならん!!」

 

過激に見える発言。だがそれも、旧体制の評議院が甘い考えを少なからず持っていたが故に、思念体に惑わされ、Rシステムの為にエーテリオンを投下してしまった大きな失態を起こしたが故。今後一切起こしてはならない。だからこそこれまで以上に甘さを抱えてはならないのだ。

 

「議長……」

 

「失った信頼を取り戻す為に、問題のあるギルドは厳しく取り締まるのだ」

 

議長と呼ばれ、席を立ちあがりながら力強く発言をするのは、この場にいる中でもより厳格と言う言葉が合いそうな、甲冑と大きなマントを身につけ、先端が蛇になった金色の杖を持った老人。年季の入った黒い三角帽と、長く伸ばした髭がその印象を強めている。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に次はない!次はギルドを解散させる!!」

 

評議の結論と言っても過言ではない絶対の決定を告げるこの老人こそが、新生魔法評議院新議長となった『グラン・ドマ』。その意志には、これから一つでも妖精の尻尾(フェアリーテイル)が問題を起こしたとなれば、たとえ多くの反対意見が出ようともすべて聞き入れず、そこに属する魔導士諸共潰さんとするものが垣間見えた。

 

「二人を呼べ!ラハールと『ドランバルト』をこれへ!奴等の案を……実行させる時だ!全ては、魔法界の聖なる秩序の為に!!」

 

『聖なる秩序の為に!!』

 

グラン・ドマの高らかに響かせる声に、オーグ老師を除くすべての評議員も唱和。更に響くは拍手喝采。完全に場の空気は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を絶対悪と定めて彼らを糾弾するつもりだ。数々の問題児共も含めて一斉に裁くのも狙いだろう。そんな場の空気に晒されながらも、眉間に指を置いたオーグ老師は、無力な自分を責めながら何も言葉を発することが出来なかった。

 

前へと進み始めた若き妖精とそれを守らんとする者たちに……秩序と言う陰の刃が這い寄ろうとしていた……。




おまけ風次回予告

ナツ「仕事だー!!」
ハッピー「あいさー!!」

グレイ「次!次の仕事ー!!」

エルフマン「漢はクエストー!!」

シエル「依頼はどこだぁー!!」

ルーシィ「な、なにこれ……!?なんか最近、みんながやけに張り切ってる気が……」

ペルセウス「ここの欄にまで声が及んでくるとは。どんだけアピールしたいのかがよく分かるな」

ルーシィ「アピールって……何の為にですか?」

ペルセウス「それは次回のお楽しみって奴だ」

ルーシィ「え~?気になるなぁ~……」

次回『S級魔導士昇格試験』

ルーシィ「やる気ある人たちの他にも、いつも通りの人たちもいるし、一体何が起こるって言うの……?」

シエル「さあ!次の仕事だーー!!」


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番外編③

ハッピーハロウィン!!
一応!ハロウィンには、間に合った!!←

今まできちっとした時間に投稿していたけど、どうしても間に合わせたくてでも中々書けなくてこんな時間になっちゃいました。
チクショウ…昨日体調が崩れなければ…!

てなわけで今回は、ハロウィン特別番外編になります。


X784年10月31日 午後6:00……。

 

陽が落ち始め、空が暗くなった時間帯。マグノリアの街は普段の様相とは打って変わって、どこか奇妙な街と言う印象を持つ雰囲気を醸し出していた。

 

 

例えば、街灯近くにつるされているのは、ほんのりと光る顔のようにくり抜かれたカボチャ。

 

例えば、店のショーウィンドウに貼られた、可愛くデフォルメされたゴーストのステッカー。

 

更に例えば、あちこちの装飾品に付属されているのは、キャンディーやクッキーのレプリカ。勿論食べられない。

 

 

 

 

 

今日は10月31日。

この魔法溢れる世界にも、あの日が存在しているのだ。

 

 

 

 

秋に行われる、オバケとお菓子とイタズラの祭典・『ハロウィン』が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッピーハロウィーン!!」

 

『ハッピーハロウィーン!!』

 

マグノリアにある南口公園。その敷地内にある大きな大木の前に、大勢の子供たちが集まっていた。本来であればこんな暗くなってきた時間に出歩くなど非常識と言えるだろうが、集まっている子供たちの集まりから外を囲むように、保護者と思われる大人たちが見守っている。その表情に、この状況を咎めるようなものは見られない。

 

そんな子供たちは、大木の前に立っている水色がかった銀色の短い髪の上に、オオカミのような二つの獣耳を付けて、身体には毛皮を模したローブや、手足にも毛皮が着いた手袋やブーツを付けた少年がかけた号令に、反芻するように元気よく返事した。よく見ると、返事を子供たちも、少年同様に十人十色なモンスターを模した格好をしている。

 

「みんな!今日は待ち待ったハロウィン!今からマグノリア中のお家を巡って、朝までにいっぱいお菓子を貰いに行きます!その間寝れなくなっちゃうけど、眠たい子はいないかな~?」

 

『いなーい!!』

 

獣耳を付けた狼男の格好をした少年……もとい狼少年とも言える仮装をした少年シエルが、自分よりも小さく幼い子供たちに向けて説明と共に問いかけると、比較的年長に当たる子供たちが一斉に分かっていたかのように声をあげて主張する。まるで最初から分かっていたかのように。つられて年少に当たる子供たちが真似をして「いなーい!」と続く、可愛らしい反応を見せる。

 

マグノリアの街に存在する家を巡り、お菓子を貰いに向かうと言うこのイベント。実は昔から妖精の尻尾(フェアリーテイル)が拠点としているマグノリアの街で毎年行われている、15歳以下の未成年の子供たちを対象とした、ハロウィンの恒例行事である。

 

そして主催であるギルドから、子供たちの引率、及び案内、リーダーとして、同じく15歳以下の未成年の魔導士が抜擢されて、一緒に盛り上がる、と言うのが目的だ。魔導士として仕事を請け負いながら、日頃責任能力を備えているからこそ、適任と言える。

 

「さて、出発する前にもう一つ、今年は去年と同様俺とハッピーに加えて、一緒にみんなを連れてってくれる人たちがいます!」

 

そして引率する魔導士は一人とは限らない。シエル同様に案内役となっているハッピーに加え、今年は最近ギルドに加入した少女もこの場にいる。髪型は普段通り藍色のツインテールだが、頭にはオレンジ色のリボンが付いた三角帽、身に纏っているのは胸元にもオレンジのリボンが付いた可愛らしい赤いワンピースと、肩にかかった黒いハーフマント、オレンジと黒のストライプのものと、コウモリのマークがあしらわれた群青色のものと言う違うタイプの二―ハイソックスなど、魔女の仮装に身を包んだ両手で藁帚を持ってシエルの隣に立つように現れた少女。

 

「こんばん……じゃなかった、ハ、ハッピーハロウィン!私、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のウェンディと言います!きょ、今日は……私も、皆さんの案内をさせていただきますので……!よ、よよよろしくお願いします!」

 

「緊張しすぎよ。相手は子供よ?」

 

そんな小さな魔女と言うべき恰好をしたウェンディは、ガチガチに体を固くしながら顔を赤くし、震えた声で自己紹介を行う。だがあまり慣れていないためか、自分たちよりも年下の子供が相手にも関わらず緊張をこれでもかと現わしているのは目に見えて明らかだ。彼女の傍らにいるウェンディ同様魔女モチーフの仮装をしたシャルルが溜息混じりに指摘する。ちなみに子供たちの反応は少々ポカーンと首を傾げた状態だ。

 

「リラックスリラックスだよ、ウェンディ。と言う事で、初めてで今ちょっと緊張してるけど、こちらの魔女の()()()()とネコさんの二人の言う事もちゃんと聞いて、楽しくお菓子を貰ったり、イタズラしていこう!!」

「こ~う!!」

 

『は~い!!』

 

ガチガチに緊張しているウェンディを小声で落ち着かせながら、再び集まった子供たちの方へと向いて、目の前の子供たちに合わせてか元気よく右腕を上に突き上げてシエルが号令を告げると、ワクワクが今もなお収まらない子供たちは一緒になってシエル同様に腕を突き上げて元気よく返事をしていた。ずっとシエルの傍らに立っていたハッピーも一緒になって盛り上がっている。周りの大人たちが微笑ましげに見ている様子を尻目に、子供たちは大騒ぎしながら先導していくシエルたちの後ろに着いてき始めた。

 

「シエル……今、その……お姉さんって……」

 

「ギルドだと一番新入りだけど、この子たちにとってウェンディは間違いなくお姉さんだからね。後ろから見ていて、はぐれる子が出ないようにお願いね、お姉さん?」

 

紹介してくれた中で気になった単語について、ウェンディはシエルの隣を歩きながら尋ねてみる。すると笑みを浮かべながら彼は答えて、さらにナチュナルに片眼を閉じながら……ウィンクをしながらそうお願いを言ってきた。

 

「お姉さん……!!」

 

思わず見とれるような少年の仕草や、これまで末の妹のような扱いばかりだった自分が姉として扱われることへの新鮮味などで色々な喜びが溢れ出て、思わずウェンディは頬を紅潮させて目を輝かせながら笑みを零す。緊張はどこかに行ってしまったようだ。結果オーライと言ったとこか。

 

「お姉さんにしてはちっちゃいけどね」

 

「オイラたちも頑張るよ!」

 

「二人もよろしく頼むよ」

 

嬉しさに上機嫌を隠せないウェンディの様子を見ながらも、相棒たちであるエクシード達もそれぞれの反応を示す。行儀良く、少しばかりは羽目を外して、楽しい楽しい夜の始まりは告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで……あんたそれ、何の仮装……?」

 

「カボチャのオバケ。ジョッキのダンダンとか言うヤツだよ」

 

「ジョッキ……?」

 

「『ジャック・オ・ランタン』の事だよ」

 

「あ、そっちだった気がする」

 

頭がカボチャになったように錯覚するほどの被り物と、尻尾にランタンを取り付けただけのある意味簡素な仮装をしたハッピー。やっぱり色んな意味で気になっていたそうだ。

 

 

 

────────────────────────────────────────

妖精たちのハロウィン

 

 

 

南口公園から子供たちが出発した同時刻。

街と同様にカボチャやゴーストを象ったハロウィン仕様の飾りつけに彩られたギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)。その中で集まっている魔導士たちも、普段とは違う格好を身に纏っていた。

 

「じゃ~ん!!これ、どうかしら?」

 

そう言葉を発したのはルーシィ。だが彼女もまた仮装をしているが、頭にかぶった赤いフードのような布に、赤と黒を基調とした、胸元は大胆にも空けているものの、いわゆる村娘と言う印象が出る衣装だ。左腕には、カボチャのお菓子と思われるものが入ったバスケットを引っかけている。

 

そんなルーシィは、仮装した姿を誰かに見てもらおうと、真っ先に視界に入ったナツの元へと向かって行った。我ながら姿見で見た時には可愛らしく仕上がったと自負している、が相手が悪かった。

 

「あ?……普段のコスプレと変わんねーな」

 

「失礼ね!ってか、仮装とコスプレって厳密には違うものだから!!」

 

過去にメイド服やチアとかバニーガールまでも、何だかんだノリノリで着ていたルーシィを見てきたナツには新鮮味が薄すぎた。特に興味をちらつかせることもない薄いリアクションを見せたことで、ルーシィの顔が途端に険しくなる。

 

「つーか何の格好だそれ?返り血浴びた村人?」

 

「物騒にもほどがあるわよ!?『赤ずきん』よ、あ・か・ず・き・ん!!」

 

終いには着ている衣装をやけに物騒なものとして認識して驚かせる。ちなみにルーシィが口にした通り、ルーシィがしている仮装のモチーフは童話で有名な『赤ずきん』だ。

 

ちなみにナツも一応仮装している。普段着の上から先端がボロボロの黒いマント、頭にはねじれた黄色い角の模型を付けている。エドラスで堕天使を名乗っていたペルセウスの僕の一体・火竜ドラグニルの時の服装だ。

 

「ちなみに、あんたは何の仮装?」

 

「よく聞いてくれたな!ずばり“大魔王ドラグニル”だ!!」

 

「えーと……どういうリアクションをとればいいのかしら、あたし……」

 

エドラスでの堕天使ファルシー騒動を目にしていなかったルーシィからはどういう仮装だったのかを聞かれると、やけに自信満々な様子でナツは答えた。だが、色々な意味で返答の意味が分からない。大魔王……と言われれば確かにそうも見えなくもないが、どういう意図でそれを選んだのだろう。ホントに分からない。

 

「あ、ルーシィ!それもしかして赤ずきん?似合ってるね!!」

 

「ありがとう!リサーナは……ネコ?」

 

続いて、ルーシィの元に向こうから声をかけてきたのは、頭には髪の色と違和感なく映える白い猫耳のカチューシャ、そして服装は簡素な学生服に近いデザインの服を纏ったリサーナ。腰からはご丁寧に白いネコの尻尾が付けられている。

 

「ちょっと簡単なものしか用意できなくて……帰って来たばかりだし、昔仮装に使ってたものは、小さくなっちゃってたから入らなくて……」

 

ついこの前までエドラスで過ごしていたリサーナは、ハロウィンまでの短い期間でどうにか簡単でも出来ないかと苦心して作った仮装のようだ。それでも十分なクオリティに思えるが、ふとルーシィが疑問に思ったことを尋ねてみる。

 

「そっか……ちなみに、昔使ってたものって、何だったの?」

 

「ハッピーの着ぐるみ!顔だけ出せるタイプの!気に入ってたんだけどな~」

 

「へ、へぇ~……!そんなものがあるんだ……」

 

まさかのハッピーの着ぐるみの仮装を、二年以上前までは仮装で着ていたとの事。顔だけ出せるタイプ、と言う事はハッピーの口あたりにあるであろうリサーナの顔以外は、全部ハッピーで埋め尽くされてたのだろう。確かに可愛いだろうが、本物を知ってる身としてはどこか気が引けた。

 

「そう言えば、エルザの仮装も今年は凄いよね」

 

「エルザの?……って!?」

 

するとリサーナは後方にいたエルザへと視線を移し、既に見ていたらしくそんな感想を零している。まだ見ていないルーシィが気になって同じ方へと向けると思わず驚愕の声をあげた。何故なら……。

 

「あの時のゴスロリ衣装!!?」

 

まだウェンディが加入するよりも前の時、収穫祭で行われたミス・フェアリーテイルコンテストで優勝の決め手となった、とんでもないギャップ萌えを狙ったゴスロリ衣装だった。他の面々が仮装にちなんだノリをしているのに反して、エルザは鎧姿の時と変わらず堂々としているのでなおのこと新鮮味がある。

 

「ああ、今年の仮装をどうしようかと悩んでいたら、みんなから是非この服で頼むと言われてな。ふふ、やはりとっておきにした私の判断は間違っていなかった」

 

「エルザ、毎年ハロウィンの仮装にもこだわってたもんね」

 

「た、確かに、想像できるわ……」

 

普段から換装魔法を使う傍らで鎧や衣服に関しては妥協しない妖精女王(ティターニア)。ハロウィンでもその姿勢は変わらなかったと言う事か。

 

「他には……あ、グレイ、何の仮装なのそれ?」

 

他の面々の仮装が気になったルーシィがギルド内を見渡すと、珍しく仮装を……と言うか衣服をちゃんと着ている青年グレイが目に入る。黒地に青い刺繍が入った、修道服のようにも見える正装。顔立ちが整っている故に絵にはなるが、普段の脱ぎ癖を知ってる身からすれば最早違和感だらけだ。

 

そんな仮装の内容を聞かれたグレイは、何故か少し疲れた様子で答えた。

 

祓魔師(エクソシスト)、だそうだ……。今朝寝床の前に手紙と一緒にこの衣装が置かれてた」

 

「え、寝床!?色々と大丈夫なのそれ!?」

 

話を聞くと、グレイが住処としている家の、寝室のベッドの上に、クリスマスに寝ているよい子の前にプレゼントを置いていくサンタクロースよろしく、グレイが寝ている前にグレイの衣装とグレイ宛の手紙が置かれていたらしい。思わずベッドからひっくり返るほどの衝撃を受けたとか。

 

手紙の内容も中々に強烈で、簡単に纏めると是非今夜のハロウィンパーティで着てほしい。絶対に似合うからその姿を目に納めさせてほしい。この日の為に連日徹夜でこしらえた。サイズも調べて確実に着れるからお願い。もし着てくれなかったら絶望のあまり身投げしてしまう。etc(エトセトラ)etc(エトセトラ)……と、とてもじゃないが色んな意味で恐ろしいものだったらしい。ちなみに差出人は書いてなかった為不明だ。

 

「そ、それって本当に大丈夫だったの?着ちゃっても……」

 

「気味悪くて捨てようとも考えたんだが、朝っぱらからどっかから妙な視線を感じてな……。これ着てる間はその視線が幾分かマシに感じるようになったから、一応着ておこうと思ってよ……」

 

「……視線……?」

 

と、グレイがぼやいていた言葉が気になってルーシィは軽く視線を左右に動かしてみる。そして見つけた。グレイから死角になっている物陰からの視線の正体を。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……!な、なんて反則的なかっこよさ、高貴さ、凛々しさ、美しさ……!あらゆる全てを兼ね備えるどころか超越している、グレイ様の祓魔師(エクソシスト)姿……!!何時間この目に収めても全く飽きない、むしろまだ足りない……!!ああ!叶うならグレイ様に、悪いモンスターとなってしまったジュビアに、イタズラと言う名のモンスター退治をしてもらいたいぃ……!!」

 

幸か不幸かグレイにしか目に収まっていない、全身を包帯でグルグル巻いただけの大胆なマミーの仮装をしている水色の髪をした少女が、常時興奮気味な様子を見せながらずっとぶつぶつと何かを呟いていた。10人が見たら10人全員が分かる。犯人お前だろ。

 

「えっと、取り敢えず、実害は……多分ないだろうから、大丈夫よね、きっと、うん」

 

「は?いきなりどうした?」

 

そんなジュビアからもグレイからも目を逸らしながら、自分自身にも言い聞かせるように捲し立てたルーシィに、疑問符を浮かべるばかりのグレイであった。何で気付かないんだよこいつ……。

 

余談だが、着てみた仮装衣装は本当にピッタリですんなり着れたらしい。まるで細かく採寸を測ったかのようだ、とグレイが呟くとルーシィは自分の顔が真っ青になるのを自覚した。早く別のメンバーのところに行こう、そうしようと硬く決意した。

 

 

 

その後も自分の仮装を見せながら、メンバーたちの様子も伺ってみた。

 

「東国に言い伝えられているモンスターの一種で、『キョンシー』って言うの!似合うかな?」

 

レビィは言葉に伝えた通り、東国の一部で見られる独特の帽子と衣装に、額には見た事のない模様の札を貼った妖怪『キョンシー』の仮装。

 

「何だってオレまでこんな格好しなきゃなんねぇんだ」

 

「そう言う割には様になってるぞ、ガジル」

 

ガジルは長い黒マントを羽織り、胸元には赤い蝶ネクタイを付けた『吸血鬼』モチーフ。相棒であるリリーはその眷属扱いでコウモリの羽を背中に付けている。本来なら口から牙も見せるアタッチメントもあるのだが、滅竜魔法の影響で犬歯が発達している彼には無用の長物だった。

 

「これかい?わたし的にはお菓子じゃなくて酒を貰おうとする悪魔、って思ってるんだけど」

 

カナはある意味王道的。普段通りの露出の高い衣装に悪魔の角と尻尾、更に背中には悪魔のイメージを模した羽までもついていて割とクオリティが高い。本人的にはトリック・オア・アルコールをしたいと言う趣旨が見えているが。聞く側じゃなくて聞かれる側だろうに……。

 

「そう言えば、ミラとエルフマンはそれぞれ化け猫とフランケンシュタインをやるって言ってたね」

 

「へえ~!二人とも似合いそう!!」

 

するとカナから、リサーナの上の姉弟であるミラジェーンとエルフマンの二人の仮装についてを聞く。二股の尻尾が特徴の化け猫と、ごつい人造人間のイメージがあるフランケンシュタイン。ネコ娘風の仮装をしているリサーナと相まって、姉妹側はとても似合ってる。エルフマンがフランケンシュタインと言うのも、違和感が無さそうだ。

 

「あらルーシィ、こんばんわ」

 

「あ、ミラさん!!」

 

噂をすれば何とやら。ミラジェーンがエルフマンを伴って彼女の元にやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

継ぎ接ぎだらけの肌をメイクで作り、頭の部分にボルトのアクセサリーを付けたミラジェーンと、頭に猫耳、頬には猫髭、腰からは二股に分かれた尻尾を付けたエルフマンが。

 

「そっちー!!?」

 

カナの言葉を聞けば大方がスタンダートな仮装を思い浮かべるであろうイメージを、180度ひっくり返したストラウス姉弟。しかも本人たちにそんな意図が無いと言うのが驚きだ。ちなみにミラジェーンのフランケンシュタインは上手く作られているのかそこまで違和感がない。エルフマンも、化け猫と言うより虎と考えれば、まあそれ程の違和感を感じない。何と言うか、逆に凄い。

 

「えっと……マスター、その恰好は……?」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)にちなんで、妖精じゃ」

 

「そ、そうですか……」

 

極めつけにはマスター・マカロフ。妙にファンシーな服装に、背中部分からやけに奇麗な翅が生えている。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターなんだから安直に妖精……とのことらしいが、88にもなるご老人がその恰好はいかがなものか……?

 

ツボにはまっているのか、頭に骸骨の被り物を被っているだけに留めているギルダーツがずっと笑いをこらえている。これは面白半分で誰も止めなかったな……?

 

「あとは……ペルさんは謹慎中だからどのみち分かんないし、シエルやウェンディたちはこの後来るのよね?」

 

話で聞いている限りでは、子供たちの引率を行っているシエルたちは、一通り街を巡った後このギルドを最後の目的地として、子供たちと共に来るとのこと。ギルドの入り口前には、これでもかと積み上げられたお菓子の山が置かれたテーブルがある。こんなに用意すると言う事は思った以上に子供がいるのだろうか、と疑問を抱いていた。

 

 

 

だが、その予想に反してギルド内にいるメンバーたちの大半が、シエルの名前を聞いた瞬間、身体を硬直させてガタガタと震え始めた。まるで恐怖の感情を前面に出すかのように。

 

「えっ!?ど、どうしたの急に!!?」

 

「お、思い出さないようにしてたのに……!」

「今年は大丈夫だよな……!?」

「こんだけあるなら誤魔化しは効かねぇはずだ……!!」

 

当然のように疑問を叫ぶルーシィも気にせず、ギルドの面々は若干恐々としながらブツブツと呟きあったりお菓子の確認を入念にしてたりしている。更なる疑問符が浮かぶルーシィに、カナが解説を行ってくれた。

 

「ルーシィも知っているとは思うけど、シエルと言えば、イタズラ好きでしょ?で、イタズラと言えば当然、お菓子をくれない家にイタズラを仕掛けられるハロウィンは絶好のイタズラデー。普通の家相手ならお菓子をくれれば普通に素通りしてるんだけど、妖精の尻尾(ウチ)の場合は違う」

 

どことなく普段の気さくな雰囲気が表に出ていない真剣と言うべき表情でカナは語る。シエルと言えばイタズラ、イタズラと言えばハロウィン。そう、このハロウィンは一年に一度、シエルがこれ以上なくテンションが上がる日なのだ。そして、日頃からイタズラをギルドで仕掛けるシエルだからこそ、秘密裏に作られたルールがある。

 

「何かにつけてお菓子の種類や数に条件を付けたり、あげない限りイタズラをやめないと銘うって先にイタズラを仕掛けたりと、確実にギルドのメンバーにイタズラを仕掛けようとあの手この手を使ってくるのさ。だから、今年はどうやってそれを回避しようか、ってみんな総出で対策するわけ」

 

「ヒィ~!!」

 

だからやけにみんな怯えてたわけだ。現に今、ルーシィも待ち受けているであろう悪戯妖精(パック)のイタズラの数々に恐々としている。どうしようどうしようと慌てふためくルーシィをよそに、夜は更に更けていく……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「もうこんなに……!」

 

手に持っていたバスケットいっぱいに入れられたお菓子の山を見て、ウェンディは目を見開いていた。マグノリアの街に点在する家を巡り、お菓子を貰いに行くこのイベント。今回子供たちの案内をしているシエルから、事前にウェンディはルールを聞いていた。

 

・お菓子を貰うかどうか尋ねる家は、灯りが付いている家のみ。

 

・必ず子供たちみんなで「トリック・オア・トリート!」と尋ねる。

 

・お菓子を貰うことが出来たら、大人しくその家を去って、次の家に向かう。

 

・お菓子をくれない家には、イタズラと称して飾りに用意していたトイレットペーパーを巻いたり、虫のおもちゃを家主に投げつけたりできる。

 

 

と言った、一般的なハロウィンにちなんでいるが、ウェンディにとってはハロウィン自体が初めて。十数件の家を周るだけで見た事のない量のお菓子が手に入るとは思わず、驚いていた。もう一つ驚いた事があるとすれば……。

 

「お菓子がないならイタズラだね!」

 

「まずは虫攻撃!その隙にランタンに巻き付けだ!!」

 

「オッケー、シエル兄!!」

 

イタズラする時に限って、子供たちの動きがやけにきびきびしている事だ。どうやら数人にはシエルから事前に指示が行き届いているようで、それに従って動いているから対策しているであろう家主が反応しきれていない。現に今も、ゴーストの仮装をしているロメオがおもちゃの虫を投げつけてビックリさせているところを他の子供たちが肩車を駆使してカボチャのランタンにトイレットペーパーを巻き付けている。

 

「毎年こんなのやってたのかしら……」

 

「でも、お菓子はどれも美味しそう……!」

 

「今食べてもいいんだよ?」

 

ウェンディ同様ハロウィンが初めてなシャルルは、お菓子を貰う為に家を周ったり、貰えなかったらイタズラしたりを繰り返す風習に若干呆れ気味の様子だ。だが貰ったお菓子は、甘いものが好きなウェンディにとっては目が輝く光景のようで、先程から視線を奪われている様子。近くにいた女の子がお菓子を一つつまみながら、移動中にも食べていいと教えてくれたため、キャンディを一個だけ口に入れて味を堪能することに。

 

「あ、包装紙のごみは別の袋に入れてね」

 

勿論、エチケットは忘れずに。

 

 

 

既に二時間ほどは街中を巡ったであろう。次に目当てとする家に着いた子供たちは次のお菓子を貰う為に呼び鈴を鳴らそうとしているところだ。

 

「あれ?この家って……」

 

ふと、その家を見たウェンディは既視感を覚えた。つい最近にも見かけた気がするその家を、目前になってまで思い出せなかったが、子供たちが鳴らした呼び鈴に応えて出てきた家主を見た瞬間、思わず声に出した。

 

「来たかシエル。それから子供たち、ハッピーハロウィン」

 

「あ、ペルさん!!」

 

片目が隠れるような髑髏の仮面をつけ、灰色のローブを身に纏った死神衣装に仮装しているペルセウス。そう。この家は先日ウェンディも訪れたファルシー兄弟の住居だった。今年はペルセウスが自宅謹慎の為、ギルドに行かずに家で待機している。思わず声を出したウェンディの姿を目にしたペルセウスは、彼女と近くにいるシャルルの仮装を見て反応を示した。

 

「お、ウェンディは魔女か?シャルルともお揃いだよな、よく似合ってるぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「さて、じゃあ早速だけど兄さん……」

 

『トリック・オア・トリート!!』

 

仮装を褒められたウェンディが照れながらもお礼を伝えると、まずは当初の目的を果たそうとシエルが合図を出して、子供たちがそれに続く。そして問いかけを聞いたペルセウスは「少し待ってな」と一度玄関からリビングに戻ると、用意していたカゴいっぱいのお菓子を持ってきた。何度目にもなるが子供たちはそれに大喜び。

 

「ケンカせずに仲良く食べるんだぞ」

 

「ありがとう!」

「ありがとうございます!」

「いただきます!」

 

兄としての期間が長かったこともあり面倒見がいいペルセウスは、子供たちに対して言い聞かせるように呟いただけで素直にお礼を受け取る。話したいことも多々あっただろうが、あまり時間をかけすぎると家を周り切れない。程々に切り上げて次の家へと向かう事になった。

 

 

 

そして……時刻は23:30。もうそろそろ日を跨ごうとしている頃だ。

 

『トリック・オア・トリート!!』

 

「はいどうぞ。持っていってね」

 

恐らく明かりのついた最後の家からお菓子を貰い、これで街の家を巡る工程は終了だ。たんまりとお菓子を貰うことが出来て、子供たちも満足そうだ。

 

「どうだった、ウェンディ?初めてのハロウィンは?」

 

「うん、何だか楽しかった!イタズラの時は、何も出来なかったけど……」

 

「そういうの向いてないもんね、あんた」

 

優しすぎる性格故か、シエルは別格として普通の子供たちもやるようなイタズラもしようと出来ないウェンディには、少々難しかったのだろう。だが楽しめたことも間違いなく本心に近い。それはシエルも感じ取ったのだろう。答えに対して満足そうに頷いていた。

 

「じゃあ、最後の仕上げと行こうか。まだメインとなる場所が残ってるしね」

 

「ギルドの事?」

 

シエルの言う最後の仕上げ。子供たちが最終目的地として指定しているギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ。軽く話に聞いていた程度でウェンディは知らないが、ある意味マグノリアのハロウィンは、ここからが本番と言える。

 

「みんなー!注目~!街の中のお家は全部巡ったので、これから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に向かいまーす!」

 

シエルの唐突の呼びかけに、お菓子を堪能していた子供たちがすぐさま反応してシエルの方へと視線を移した。ギルドに向かう。そう聞いた瞬間、何度もイベントに参加している子供たちの目が輝いたように見えた。やっぱり憧れの存在に感じる子たちが多いのだろうか、とウェンディは考えていたが……。

 

「その前に、ギルドに着いたら……今から指示する通りに、やって下さい」

 

「え?」

「あ……もうこの時点で嫌な予感がするわ……」

「ひょっとして予知?」

「予知が無くても分かるわよ」

 

どこか黒いものをちらつかせるシエルの笑顔を見たシャルルが反応した瞬間、色々と察した。ハッピーは特に変わった様子がないから、きっと毎年なのだろう。そして子供たちに行き渡る、悪戯妖精(パック)が仕掛ける最大級のハロウィントリックを聞いて、ウェンディとシャルルはギルドの面々に十字を切りたくなった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

 

最終目的地で子供たちが向かった先。大通りの一番突き当たりに存在している、マグノリアに住む者たちにとっては知らない者はいないとまで言えるギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)。時刻はもうすぐ日にちが切り替わろうとしている時間帯。まだ灯りがついているギルド内のテーブルの一つに、赤ずきんの仮装をしたルーシィは縮こまりながら座っていた。

 

「な、なんか……時間が迫って来れば来るほど、すっごく怖くなってきたんだけど……!」

 

「数時間前まで楽しんでたやつのセリフに聞こえねぇな」

 

「しょーがないでしょ!!あんなの聞かされちゃ!!」

 

彼女の様子に半ば呆れながら呟いた祓魔師(エクソシスト)の仮装をしたグレイに、先ほど聞いた悪戯妖精によるイタズラフィーバーの話のせいで恐怖に晒されていることを嘆き叫ぶ。普段からちょくちょく被害に遭っているルーシィからすれば、死活問題だ。

 

「どーしよ……!シエルのことだから、絶対お菓子あげただけじゃイタズラしないだなんて都合よく引き下がって来れないだろうし……!!」

 

「ま、そこらへんはもう、祈るしかねぇよな。『どうか我らをお守り下さい』ってよ」

 

「あんた……実は仮装の役にはまってない?」

 

と、気を紛らわすような会話を二人がしていると、閉じていた門扉にノックが三回。瞬間、全員が談笑をやめて、扉へと注目を向ける。そして「こんばんわ〜」と聞き覚えのある少年の声が向こうから聞こえたかと思うと、それ以外に確認もせず門扉を少しゆっくりに開け放った。

 

扉の向こうにいたのは、純粋に満面の笑みを向けている幼い少年少女がそれぞれオバケの仮装した集団。扉を開け放ったのは、確実に幼い子供たちとは別ベクトルの満面の笑みを向けたオオカミ少年。

 

「ハッピーハロウィーン」

 

「来やがったぁ!!」

「お菓子だろ!お菓子が欲しいんだよな!?」

「食べ切れないほど用意したわよ!!」

「好きなだけ持ってきやがれ!!」

 

代表であるオオカミ少年が軽い調子で手を上げながら挨拶した瞬間、ギルド内のメンバーは入り口すぐ近くに置いてあるお菓子に加えて、各々が手に持っているお菓子も見えるように掲げる。悪戯なんかさせてたまるか、と言う鬼気迫る姿勢を全面に出して必死に子供たちに向けて差し出してくる。

 

 

が、オオカミ少年はその様子にも目もくれず、顔に浮かべていた笑みを変えた。目だけが怪しく白く光り、顔全体が影に覆われ、口は三日月を彷彿とさせるほど吊り上がる。そして……。

 

 

 

「トリック・ア〜ンド……?」

 

『トリックーーー!!!』

 

訳:お菓子はいらねぇ、イタズラさせろ!!

 

『ハロウィンの趣旨ガン無視じゃねぇかァーーー!!!』

 

誰もが凍りつく真っ黒な笑みを浮かべながらオオカミ少年が放った言葉に、天使のような悪魔の笑顔で子供たちがレスポンス。最早お菓子よりもイタズラを目的としたド直球な実質一択の問いに、驚愕、混乱、絶望、怒りと言った様々な思いが込められた悲鳴混じりのツッコミを大人たちは思わず張り上げた。

 

「日付は変わってもハロウィンは朝まで終わらないぞ!さあ、イタズラの時間だー!!」

 

『わぁ〜〜!!』

 

『ギャァーーー!!!』

 

そしてオオカミ少年の指示が飛び、無邪気な子供たちは一斉にギルドに雪崩れ込んでギルドメンバーたちに押し寄せる。子供相手に魔法を撃つことができない大人たちは途端に餌食となっていく。

 

「上等だ!イタズラしたけりゃかかってこいやぁ!!大魔王ドラグニルが相手になってやる!!」

 

そんな逃げ惑う大人たちの中で、ほぼ唯一果敢に迎え撃つ大魔王の仮装をしたナツ。彼としてはシエルとほぼほぼケンカに近いイタズラを望んでいるところだが……。

 

「大魔王か……よーし!我こそはと言う勇者は立ち向かえー!!一斉攻撃ー!!」

 

『おぉーーー!!』

 

「え、ちょっ、待っ!?数多すぎ……!!」

 

ナツの近くにいた子供たちがシエルの指示によって一斉にナツに突撃。彼からすれば予想だにしてなかったまさかの展開に、さっきとは打って変わって動揺を露わにする。

 

「喰らえナツ兄ー!!」

「ぐもぉ!!?」

 

一斉に子供たちにあちこちを封じられたと思いきやロメオから盛大に頭突きを喰らうナツ。ある意味一番ダメージが大きいような……。

 

「髪、キレー!」

「結んだほうがいいかな?」

「編んだ方が可愛いよ!」

 

「そ、そうだろうか……?」

 

エルザは主に女の子たちからの被害(?)を受けていた。長くサラサラな緋色の髪に数人が集まり、思い思いにいじり始める。好き放題にいじられるのもイタズラの一つだろうが、髪を褒められる方がエルザにとってはむず痒そうだ。

 

「あ~!オレの服が!!いつの間に脱がしやがったんだガキ共!!」

 

「いや、まだ何もしてない……」

「最初から裸だったよ?」

 

グレイはいつの間にか仮装で着ていた衣装が自分の身体から無くなっていることに気付き、イタズラで脱がされたことで怒りを見せている。が、近くにいた子供たちはそんなことはしておらず、グレイが勝手に脱いだだけである。足元に散らばってるし。

 

他にもまだ使いきれてなかったトイレットペーパーを巻かれたり、虫のおもちゃを投げつけられたり、ルーシィには事前にシエルから指示があったのか、ハッピーを筆頭に記しきれないあれやこれやが無邪気かつ無情に襲い掛かっている。

 

そんな子供たちは楽しそうに、大人たちは阿鼻叫喚と言ったギルド内を、最早言葉を失った茫然とした様子で眺めながら、人知れずウェンディとシャルルがマスター・マカロフの元へと辿り着いた。

 

「マスター。トリック・オア・トリート、です」

 

「ん?おぬしらはイタズラせんでええのか?」

 

同様に騒がしくなっているギルドの様子を半ば面白そうに眺めていたマカロフは、シエルたちと違って一般的なハロウィンの挨拶をしてきたウェンディに首を傾げて問いかける。一緒にいるシャルルも、恐らくは彼女と同様だろう。

 

「シエルが、私はイタズラをするのに向いてないだろうから、マスターからお菓子を貰うように、って」

 

「実際その通りだし、貰えるだけ貰っておくことにするわ」

 

「そうか。じゃあほれ、二人で仲良く食べるんじゃぞ」

 

シエルの事だからマスターに対しての過度なイタズラはよした方がいいと判断したのだろう。そして性格上イタズラするのに不向きなウェンディに、マカロフの元に行くようにと指示を出した。頭の機転が利くシエルなら、それぐらいはするだろうと予測がついた。

 

「ありがとうございます!」

 

マカロフからネコの形をしたクッキーの包みを二つ受け取ったウェンディは、笑顔を浮かべてお礼を告げる。そしてまだまだ喧騒が止む気配のないギルド内……その中で子供たちのイタズラの手助けに尽力しているシエルの様子を見ながらウェンディは笑みを深めた。

 

「シエル、楽しそう……!」

 

「ホント。イタズラしてる時は、いつも以上にガキっぽいわよね」

 

ウェンディと違ってシャルルは呆れ果てていたが、普段は他の子どもたちのように自分を面に出さないシエルが、思うがままにイタズラを楽しんでいる姿は妙に新鮮。その一面を垣間見ていることに、ウェンディはどこか嬉しさと言うか、安心感を覚えている。

 

「ガキがガキでいられる時間はそう多くない。シエルも今でこそ一番子供のように振舞っておるが、来年の今頃にはもう立派な大人の仲間入りじゃ」

 

マカロフの言葉を聞いてウェンディはハッとした様子で気付く。そうだ。シエルは今14歳。15歳から成人として扱われるこの世界では、シエルが見た目通りの子供としていられるのも一年を切っている。

 

「それにシエルが気付いていない訳もないじゃろう。ガキがガキらしく振舞えるのもあと僅か。ワシにとっては、ギルドの者たちの大半が子供(ガキ)じゃが、世間ではそのように扱う者も減っていくじゃろう。そして、大人になった時に後悔をしないよう、あのように発散させている。気のせいかもしれんが、ワシにはそう見えて仕方ないんじゃ」

 

子供が子供らしく……。自分も世間一般から見ればまだ子供だ。早く大人になりたいと言う気持ちが無いと言い切れない部分があったが、シエルの考え方は浮かばなかった。いや、まだ子供でありながら大人のような考え方を持ち、大人に近づいてきたシエルだからこそ浮かんだことだったのかもしれない。

 

「シエルが子供たちの先頭に立って子供の代表として振舞えるのも今年が最後じゃ。来年からはウェンディ、おぬしがシエルの代わりに子供たちを導いてやってくれ」

 

「私が、ですか……?」

 

「シエルのやり方を真似しろとは言わんし、無理に子供らしくしろとも言わん。じゃが、少なくとも自分の本心に蓋をしたりせず、伸び伸びとやっていけたらよい。子供でも大人でも、楽しくやっていけるためにな」

 

いつかは大人になっていく。そんな子供たちを、今度は自分が導く。シエルが色々と自分に教えてくれているのは、こうなる事を知っていたからなのか。あるいはシエルも、元は自分と同様導かれる側だったのだろうか。

 

楽しいハロウィンのイベントを通じて思いがけないことをウェンディは学んだ。尚も楽しそうに盛り上がるギルド内を目にしながらも、彼女はマカロフの問いに「はい!」と何かを決めたように頷いた。彼女の返答を聞いたマカロフには、笑みが浮かぶ。

 

 

 

今日はハロウィン。街中でオバケたちがお菓子を求め、イタズラを仕掛ける。いつかは終わりが来るだろう。子供と言うものを過ごせる時間と共に。けどせめて、今日だけは……。

 

 

 

 

朝まで寝ないで、子供らしく盛り上がろう。少女は一人、そんな思いを秘めるのだった。




折角季節ネタと本編時間軸が上手く噛み合ったので書きました。
けど他にも色々と書きたいシーンがあったのに泣く泣くカットしちゃったりはしょった部分もあるので、後日加筆修正をかける…かもしれない←

次回からはまた本編を進めていきます。しばらく番外は置いておくかも…?


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第7章 天狼島前編ーS級魔導士昇格試験ー
第108話 S級魔導士昇格試験


11月最終週だけ休ませてもらうつもりが、パルデア巡りが楽しすぎてもう一週休みになってしまったこと、お詫びいたします…!
こっからレイドもどんどんやってくとあっという間に時間が過ぎていく…!仕事は連日残業続き…!執筆の時間をください!!←

さて本題に戻って、今回から天狼島編に入ります!前回始めたクイズアンケート、ぶっちぎりで彼女が一位を取っていますが、気になる正解は次回更新の話で発表いたします!


12月。暦上では、一年の中で最後の月とされ、人によってはこの月に差し掛かった時点で一年の終わりを感じ始める者も多いだろう。夏の暑さが引いてきた秋の涼しさが更に一転、冬を感じさせる突き刺すような寒さを感じさせる。

 

そんな12月は、遥か東洋の国では別名を“師走(しわす)”と呼ぶ者もいる。師……ここでは僧侶の事を言い表しており、東洋国に住まう僧侶が西へ東へ駆けまわって経を読み上げる月であることから、いつしか()が走る月……師走と呼ばれるようになったと言う説がある。

 

だがそれはあくまで東洋の国での話。遥か東方に存在する国の習慣とはほぼ無縁なフィオーレ……更に言えば国内の街の一つ、マグノリアに存在する一ギルド……妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとっては、一切合切と言っていいレベルで無関係の話だ。

 

 

 

と、思われるだろうが……。

 

「仕事仕事ーー!!」

「あいさー!!」

 

いつもと変わらず騒いで暴れて盛り上がる、が通常運転のそのギルドは、この年末に入ってから、その様相を変え始めていた。いつも以上に張りきった様子でナツが依頼書を手に取りながら駆け出していき、ハッピーもそれに続いていく。

 

「ちょっと!仕事ならあたしも……!!」

 

「悪ィ!この時期は一人で行くんだ!!」

「戻ってきたら遊んであげるね!!」

 

仕事に向かうのなら同チームのよしみで同行を……と、カウンターに座ってミラジェーンと話していたルーシィが声をかけるも、振り返りながらも止まらずにナツが一言謝りながらそう告げる。相棒のハッピー以外を伴わずに足早に仕事へと向かっていくナツたちに、ルーシィは不満そうに首を傾げた。

 

が、よそ見していたナツは前方からある人物が近づいてきていたのも気付かずに正面衝突してしまった。その衝突した相手を視界に収めた瞬間、いつもムカつく下着姿の黒髪の青年と額をぶつけて睨み合い始めた。

 

「前見て走れよこのドタバタツンツン頭!!」

「テメーこそ邪魔なんだよムッツリパンツ!!」

 

ふとした拍子にケンカを始めるこの光景も、最早見慣れた日常茶飯事。こうなった時は必ず長くなる……と言うのがいつもの事なのだが、今日は……と言うよりここ最近は違った。

 

「二人ともケンカしてる時間あるの?」

 

「「はっ!そー言えば!!」」

 

ハッピーに諭されるように指摘を受けると、互いへの怒りもすぐに引っ込めてナツはギルドの外に、グレイはミラジェーンのいるカウンターへと駆けていく。あっさりケンカを終了させる光景は、普段の様子からは想像できない。

 

「ただいまァ!」

 

「おかえりグレイ。服は?」

 

「それどころじゃねぇ!次の仕事これだ!!」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

「え、もう次の?」

 

ナツと入れ替わる形でギルドに戻ってきたグレイが、挨拶もそこそこに、帰って来たばかりだと言うのにすぐさま次の依頼書を持ってきてミラジェーンに受注を知らせる。受付嬢である彼女は慣れているのかそのまま見送ったが、いつになくやる気を見せる彼の様子にルーシィは目を見張って驚いている。

 

だが、これだけには終わらない。

 

「姉ちゃん!オレはこの仕事行ってくる!!」

「仕事仕事ォ!ボクはこれ行くから!!」

「私はこの仕事ね!!」

「おいてめ……それはオレが先に……!」

「知るかよ取ったもん勝ちだ!!」

「「チーム・シャドウギアはこの時期解散だぁ!!」」

 

次々と魔導士たちが我先にと依頼書をもってカウンターに押し掛け、先に座っていたルーシィは結果的に椅子から追い出される構図に。一体何がどうなっているのか。それを問いかけるも詰め寄られているミラジェーン本人は「明日になればわかる」の一点張りだ。

 

「最近皆さんスゴイやる気ですね」

 

「ホント騒がしいギルドね」

 

離れた位置のテーブル席に座りながら、その光景を眺めて不思議そうな表情を浮かべて呟くのは、赤い髪留めで藍色の髪をツインテールにした少女ウェンディ。テーブルの上に立ちながら呆れる様に続けた相棒の白ネコシャルル同様、急に仕事熱心になり始めたギルドメンバーを意外そうな目で見ている。

 

そんな少女と白ネコに、どこか馴染みがありそうな反応をしながら、彼女に近い席に座っていた白銀のショートヘアの少女リサーナが笑みを零しながら説明をし始めた。

 

「そっか、そう言えばもうこの時期だったっけ」

 

「何かあるんですか?」

 

「うん。毎年この時期になると、みんな単独で多くの仕事を受けてアピールするの」

 

「アピール?」

「何でそんな事?」

 

「う~ん……明日辺りには多分分かるだろうし、それまでのお楽しみ♪」

 

説明をしてくれるものの、その理由を細かくはまだ明かしてはくれない。二人揃って尋ねたことを先送りにされたことでウェンディの疑問はさらに増える。シャルルははぐらかしたリサーナに向けて怪訝の目線を向けていた。

 

「ただいまー!!さあ次の仕事だぁー!!」

 

「あ、シエルも!」

 

すると普段とは違い、そして他の者たち同様せっせと仕事に勤しむ魔導士がここにも一人。以前より少し広くなった金色のメッシュが混じった水色がかった銀髪を揺らしながら、荷物袋と依頼書をそれぞれの手に持ってギルド内を慌ただしく動く。

 

「張り切ってるな、シエルも」

 

「じゃあ、シエルもやっぱり一人で行くんですか?」

 

そんな弟とは異なり、ウェンディたちのテーブルに近づきながら声をかけてきたペルセウス。忙しなく動いているシエルの様子に一瞬だけ目を細め、次いでウェンディからの問いに答えた。

 

「ああ、恐らくは。試しに同行してもいいか聞いてみな。謝りながら断ると思うぞ?」

 

「え?それは……シエルに迷惑なんじゃ……」

 

「聞くだけなら別にいいんじゃない?やってみなよ」

 

何やらシエルを困らせてしまいそうな提案を聞かされて、少し萎縮するウェンディであったが、リサーナまでその提案に乗っかってきたために「じゃ、じゃあ……」とシエルの方へと向かって行く。物は試し、といった流れだろう。

 

「けど、ウェンディからお願いされたらさすがに連れてってくれるんじゃない?」

 

「どうかな。その辺の自制は結構しっかりしてるはずだから、我慢できると思うが」

 

意中の相手であるウェンディからの頼みならシエルも断れないのではと考えてるリサーナと、いくら彼女の頼みでも今の時期はどうしても譲らないのではと予測するペルセウス。両者別々の意見を持って、シエルの選択を予測する。

 

「……断るみたいよ。大分葛藤するけど」

 

「ん?」

「え?」

 

だが、これまで口を閉じていたシャルルが突如分かっていたかのような結果を口にした。二人揃ってそんな彼女の言葉に首を傾げていると、一方で今にもギルドを出ようとしていたシエルに、ウェンディが声をかけていた。

 

「シエル」

 

「あ、ごめんウェンディ、俺これから仕事行かなきゃ……!」

 

「その仕事、私も一緒に行っていいかな?」

 

駆け足で通り過ぎながらウェンディに謝罪のジェスチャーと共に仕事に行くことを伝えようとしていた少年の足が、彼女の言葉を聞いた瞬間ピタリと止まる。足だけでなく表情も驚愕のもので固まり、ウェンディの方へその顔を向けている。

 

「ダメかな……?」と言いたげな表情を(無自覚で)浮かべているウェンディを見てシエルの固まっていた表情が歪んだ。今の時期は一人で行かなければいけないと自分に課したルールと、好きな女の子たってのお願いを聞いてあげなければと言う衝動が彼の胸の内でせめぎ合っている。

 

口を紡ぎ、目を瞑り、頭と心で正面から衝突する相反する思いを競わせたシエルが下した決断は……。

 

「ほ……!!」

 

「ほ?」

 

 

 

 

 

「ほんっとに!ごめ~~ん!!今度絶対埋め合わせするからぁ~~~!!!」

 

そのセリフを大声でギルド中……どころか周辺に響かせながら仕事に向かう為に走り去っていった。結果は、長い葛藤の末に一人で仕事に行った。シャルルの予想が細かいところまで的中した。

 

「ペルさんの言ったとおりになりました」

 

傍から見れば奇行に映ったシエルの返答に少しの間呆然としていたウェンディだったが、我に返って先程までいたテーブル席に戻ると同時に、驚き混じりに結果を報告。ペルセウスの……と言うより、後から告げたシャルルの方が細かいところまで当てていたのだが……。

 

「シャルルの方がより正確に当ててたがな……」

 

「よく分かったよね」

 

「まあね。と言っても、あいつがどう答えるのかが“予知”で見えただけなのよ」

 

予知能力。生まれた時からシャルルに備わっていた彼女の特殊な力だ。エクシードの女王であり彼女の母(本人はまだその事に気付いていないが)であるシャゴットから、その力を持っていることを聞かされた。それ以降力を意識し始めたところ、なんと少しだけコントロール出来るようになったらしい。シエルがウェンディにどう答えるのかも、先んじて未来を見たからとのこと。

 

「ほう、成程な」

 

「スゴイね、シャルル!」

 

一般の人間はもとより、優れた魔導士でも身につけられるか怪しい予知の力。それのコントロールがきくようになったことに対して、感嘆の想いを抱くのも自然な事だ。

 

「ねえ、私将来誰のお嫁さんになるの?」

 

「!?」

 

「そんなに先の未来を見るのは無理。ん~……そうね……」

 

なんかほぼ勢いに似た感じでリサーナがとんでもない質問をしたことにペルセウスが仰天と言った顔を浮かべるも、誰も気付かないままシャルルが今はそれを知ることが出来ないと遠回しに言ったことですぐに安堵の表情に変わる。もし自分じゃなかったら……なんて考えると心臓が止まりそうだったので助かった。

 

それはそうと、シャルルは直近の変化する未来を予知し、実際にそれが確かなものかを証明する為に周囲を見渡し、ある人物に目を付けた。それは一人新聞を読んで佇んでいる様子のマカオ。

 

「例えばあそこにマカオがいるでしょ?もうすぐワカバが来て、ギルドの若者について会話が始まるわ」

 

意図的にコントロールして見れるのはどうやら短時間のようで、この後に起きると思われるマカオとワカバの若者についての会話を一例に挙げる。もしシャルルの言ったとおりの事が起きたならば、彼女の予知は的中となる。こちらも何やら緊張してきた。

 

「よォ、マカオ」

「おう」

 

すると予知の通り、マカオの元にキセルをふかしながらリーゼントヘアが目立つ同年代のワカバが声をかけて近くの席に座って来た。彼が来ること自体も言い当てたことにウェンディが僅かに高揚するも、予知の内容はこの後が肝心。ペルセウスとリサーナがウェンディに静かにするよう注意して、その後の様子を見守る。

 

「今年もこの時期が来たねえ」

 

「懐かしいモンだな」

 

「オレらも若ェ頃はなあ」

 

「燃えてた時もあったよな」

 

どうやら仕事を熱心に受けている若者世代の姿を見て、昔を懐かしんでいるようだ。ギルドの若者について、と言うシャルルの予知とも合致している。これはどうやら、本物か……?

 

「今の若ェモンはすげぇよ実際。

 

 

 

 

 

ケツとか!」

 

「ケツかよ!?」

 

「あれ?お前チチ派?」

 

おや?何やら会話の雲行きが怪しくなってきたような……?自分の尻を突き上げて左右に振りながら言ったワカバの言葉とそれにツッコミを入れたマカオを皮切りに、だんだん方向性がおかしくなっていく。

 

「オレァガキいんだぞ!!若ェ女のケツ見たってよう!!」

「足ならどうだ?」

「そ……そりゃかぶりつきてぇ!つか踏まれてぇ……!!」

 

最初は子持ちであることもあって下世話な会話に抵抗し、反論さえしていたマカオだが、最終的にはおっさんたちが二人揃って同レベルの会話で盛り上がり。しまいには周辺に響く大笑いをするにまで至った。一応は……ギルドの若者(女)についての会話である。

 

「す……スゴイ!ホントに当たったね!」

 

「会話の内容はヒドいけど!」

 

「あーゆー大人にはなりたくねぇな……」

 

「こんなの当てても仕方ないんだけどね……」

 

中身はどうあれ予知は当たった。ウェンディもリサーナも、彼女が言い当てた予知にそれぞれ盛り上がりを見せている。ペルセウスは、同じ男性としてだらしない大人たちにどこか落ち込んでいるようにも見えるが。

 

「だが確実な未来を数分先とは言え見れるのはスゴイことだぞ?戦いにおいては敵の動きが丸わかりと言っていいし。ウェンディとの連携で大いに役立つはずだ」

 

「最終的にそうできるのが理想と言えるけど……まだ完全にはコントロールできないの」

 

予知の内容があまりに残念だったことでどこか自虐的にも聞こえる言葉を呟くシャルルに、フォローも交えてペルセウスは予知の有用性を語る。時には危険な仕事を請け負ったり、急な戦いに巻き込まれたりする上で、その危険を事前に予知と言う形で察知することは、強いアドバンテージだ。

 

そんなシャルルを中心としたやり取りや、ギルド内で剣同士の模擬戦を行うエルザとリリー(エドラスにいた時の屈強な体格は変身魔法の要領で戻れるらしい)に、彼らの様子をデッサンするリーダスやのんびり眺めるビックスロー。せかせかと仕事をする者たちとは違って、全くいつも通りに過ごす者たちもいるから、ルーシィには余計に何が何だか、と言ったところだ。

 

「明日になればわかるわよ」

 

そしてその詳細はやはり、ミラジェーンによってはぐらかされる。明日になれば。先程から彼女はそればかり言っているが、明日になったら何が起こると言うのだろう……?

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

翌日。マグノリアの天候は生憎の曇り空。だがギルドの中には、マスター・マカロフによって集まれる魔導士は全員呼ばれたらしく、普段見慣れない者たちも含めてほぼ全員が集合している。そして目につく者たちのほとんどが、何かを今か今かと待ちきれないと言った様子でソワソワしているように見えた。

 

「すぅ~……はぁ~……!」

 

そしてここにも、その例に漏れない者が一人。昨日まで次々と仕事をこなして忙しそうにしていた少年シエル。どこか落ち着かず先程から深呼吸を繰り返している。その様子を、シャルルを抱えながら斜め後ろに立って見ているウェンディは不思議そうに呟く。

 

「何だか緊張してるみたいだけど……マスターから重大発表があるって聞いてるけど、それが関係してるのかな?」

 

「興味ないわ」

 

落ち着きなく緊張を露わにしているのはシエルの他にはナツやアルザック。比較的落ち着いているように見えるも、緊張走るこの瞬間を噛みしめているらしいグレイとエルフマン。ギルドのメンバーがざわつく理由に心当たりがないガジルやリリーは疑問符を浮かべるばかり。周りに見える見知った顔はこの辺りか。

 

「やっと秘密が分かる……!」

 

ここ数日の間、ルーシィにとっては不思議としか思えなかった日々。その真相をようやく知る機会を得たことで、場の緊張が彼女にも伝わってくる。ルーシィだけではない。彼女の近くに立つジュビアも、どこか落ち着かず、緊張にソワソワしているように見える。

 

「ジュビア、ドキドキします……!

 

 

 

 

グレイ様を見てると……!!」

 

「あんたもう帰れば……?」

 

訂正。ジュビアに落ち着きがないのは、グレイが絡む時となるといつもの事であった。いっそ清々しいブレなさに、思わず辛辣なツッコミがルーシィから入る。

 

ギルドの中が多種多様の雰囲気に盛り上がっていると、ギルドマークが描かれた天幕で隠されたステージが、幕を開くことで露わに。そしてステージの上には中央にマスター・マカロフ。一歩引いてマカロフの右にエルザ、その隣にペルセウス。左にはミラジェーン。その更に左後ろにギルダーツ。

 

ステージの上に、マスター及び、在籍中のS級魔導士たちが勢揃いしていた。

 

「マスタ~!!」

「待ってました!!」

「早く発表してくれ~!!」

 

「発表?何をキナ?」

 

その姿を目にした魔導士たちは、ほぼ一様に更なる盛り上がりを見せている。中には何を発表するのか首を傾げている者もいるが、その疑問に答える者は盛り上がる者の中にはいない。今、この場で発表されるが故に、必要ないからだ。マカロフは一つ咳ばらいを挟むと、ギルド内全員に伝わる声で、発表を始めた。

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)、古くからのしきたりによりこれより……“S級魔導士昇格試験”出場者を発表する!!」

 

瞬間ギルド内に溢れる魔導士たちの大歓声。一年以上は在籍している魔導士たちにとっては盛り上がること必至のこのイベント。最前線で活躍をするS級と言う称号を得るチャンスを掛けたイベントだ。

 

「来たぁ!!」

「S級魔導士昇格試験!?」

「燃えてきたぞ!!」

 

その発表にシエルやナツも大きくやる気と盛り上がりを見せ、ルーシィは初めて明かされたその大型イベントに大きく驚いている。その後もさらに盛り上がっていた魔導士たちであったが、ステージに立っていたエルザ、ギルダーツが静かにするように宥めると、途端にそのざわめきは収まった。ただならぬ雰囲気を纏った二人に閉口したのもあるが、更に先に発表される内容を待ちわびていると言うのもある。

 

「今年の試験会場は、『天狼島』!!我がギルドの聖地じゃ!!」

 

ほとんどのメンバーは一度は聞いたことがある。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に縁が深い聖地とされる場所。その場所で今後のギルドを支える者たちの未来を左右する試験が行われることに、知るものはやる気を漲らせる。

 

どのような試験なのかルーシィが気になってメンバーに尋ねてみるが、詳細はあまり明かされていない。分かっているのは毎年ハードなものが待っていると言う事。合格すればS級になれると言うのもあって、当然と言えば当然だ。

 

「各々の力!心!魂!ワシはこの一年、見極めてきた……。参加者は九名!!」

 

そしていよいよ明かされるのは、誰もが気になっているであろう、S級への切符を掴むに値する魔導士たちの名。多くの者たちが期待し、緊張の面持ちを浮かべる。この大人数から、たったの九名。しかし、マカロフと共にステージ上に立つ魔導士たちと、同じ舞台に建てる可能性を持ったものと考えれば、九名も存在するとも言える。

 

ほとんどの者が固唾を飲んで待ち受ける中、マスター・マカロフは、その者たちの名を発表し始めた。

 

「“ナツ・ドラグニル”!」

 

「おっしゃあ!!」

「やったねナツ!!」

 

一人目は桜色の短い髪と白い鱗柄のマフラーが特徴的な滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の青年ナツ。いい意味でも悪い意味でも、ギルドの中で知らない者はいない。数多の強敵たちとも戦い、乗り越えてきた彼は、更なるステージに登ろうと意気込み、力強く握り拳を作り雄叫びを上げる。相棒であるハッピーもまた共に喜びを露わにしていた。

 

「“グレイ・フルバスター”!」

 

「やっとこの時が来た……!」

 

二人目に呼ばれたのはナツのライバルと言える存在。黒い短髪で普段とは違い冬に向いたコートを着ている氷の造形魔導士のグレイ。意外にもナツともども今回が昇格試験初参加であり、長年待ち侘びたチャンスがようやく巡ってきた事で、氷のように静かに佇みながらも胸の内からは反対に燃え上がるような闘志が込み上げている様子。

 

「“ジュビア・ロクサー”!」

 

「え?ジュビアが……?」

 

三人目は意外にも今年に入った面々からの選出。先端が外側に巻かれた水色の髪をした、暗めのダウンコートに身を包んだ水の魔法を扱う少女ジュビア。妖精の尻尾(フェアリーテイル)としての在籍期間は確かに短いが、元々は幽鬼の支配者(ファントムロード)内でS級と同等とされたエレメント4(フォー)の一人。本人は呼ばれるとは一切思ってなかった為驚きを隠せないが、実力と場数は十分だろう。

 

「“エルフマン”!」

 

「漢たるもの、S級になるべし!!」

「頑張って!エルフ兄ちゃん!!」

 

四人目はギルド内でも屈強な体を持った男……ならぬ漢エルフマン。姉であるミラジェーンは引退したとは言え元S級魔導士。そして今年に入り、今までは使いこなせなかった全身接収(テイクオーバー)をものにした。腕を組み、不敵な笑みを浮かべ、漢は更なる高みに至らんとやる気を漲らせる。妹であるリサーナも、そんな兄に激励の言葉を送った。

 

「“カナ・アルベローナ”!」

 

「…………」

 

五人目は焦げ茶色のウェーブがかかった長い髪を持ったギルド内でも酒豪であり、同年代では最古参の女性。カードの魔法を使いこなす実力者カナだ。過去にも数回にわたって試験の参加者に選ばれており、多彩な効果を秘める彼女の魔法は攻防に補助、あらゆる場面で活躍できる。しかしそんな実力者として選ばれたにしては、周りの称賛の声に反比例してどこか浮かない表情を浮かべて俯いている。

 

「“フリード・ジャスティーン”!」

 

「ラクサスの後を継ぐのは……」

 

六人目もまた実力者。かつてのS級魔導士としてギルドに在籍していたラクサスの親衛隊・雷神衆のリーダーである術式魔法の使い手フリード。黄緑色の髪に隠された目元に闘志を込め、静かな声で憧れの存在がかつて立っていた次元を目指す意志を見せる。

 

「“レビィ・マクガーデン”!」

 

「私とうとう……!!」

「「レビィがキターー!!」」

 

七人目に選ばれたのは小柄でありながら多くの知識を有する少女。水色のショートカットにバンダナを額周りに付けたレビィは、夢にまで見たS級をかけた試験の舞台に立つ資格を得たことで、頬を紅潮させて喜びを露わにしている。だがそれよりも喜んでいるのが、彼女をチームリーダーとしているシャドウギアのメンバー、ジェットとドロイ。ある意味自分たちが選ばれるよりも嬉しそうだ。

 

「“メスト・グライダー”!」

 

「メストだ!」

「昨年は惜しかったよなぁ~!」

 

八人目は背丈を見ればエルフマンにも引けを取らない長身。坊主頭に近いほど短い黒髪。右目と耳の間に大きくつけられたバツ印の傷が目立つ赤とオレンジの縦ストライプ柄のコートを着た男性。『メスト』は、去年も合格寸前で惜しくも落ちてしまった位置まで辿り着いた実力者。周りの魔導士たちがそんな話をしている中、そのメストは呼ばれたことに関しての反応を見せる訳でもなく黙して佇んでいる。

 

「そして、最後の一人は……」

 

ここまでで呼ばれたのは八名。試験に参加できるのは残り一人。ほとんどの者たちが自分が呼ばれないかと冷や冷やとした様子で待ち構えている。その中には、ここまで呼ばれず胸の中の心臓をこれでもかと動かされている少年も含まれている。

 

ステージ上に立つ憧れの存在。ギルドの魔導士となる前から、兄のようになることを目標にし続けてきた。それを果たす為には“今年”、この試験を受けて合格する他に無い。緊張のあまり、ほぼ一瞬と思われるマスター・マカロフの静寂が、まるで永遠に続くかのように錯覚している。

 

 

 

 

 

すると、ステージに立っている兄と目が合ったように見えた瞬間、その兄が自分に向けて笑みを浮かべたのが見えた。

 

 

 

 

 

「“シエル・ファルシー”!」

 

「……!!よっしゃー!!」

 

兄が向けた笑みの意味を考えるよりも先に、己の名が耳に届いたことが、その考えを吹き飛ばした。我に返ったように瞬きを数回、そして溢れ出る歓喜を抑えることも出来ず、天候魔法(ウェザーズ)を操る最年少参加者は、両腕で力いっぱい上に突き上げながら声をあげた。周囲の魔導士たちも彼が選ばれたのは驚きだったようで、各々大きく反応を見せている。

 

「ああぁ~……今年もダメだった~……」

「来年もあるじゃない、ね?」

 

「「レビィが選ばれたー!ヒャッホォーイ!!」」

 

「ついにナツが来たか!」

「グレイもだ!」

「シエルまで来たのは驚きだよな!」

 

試験参加者の名が出揃い、呼ばれなかった者たちは各々また異なった反応を見せる。また参加することすら叶わず嘆くアルザックをビスカが慰め、レビィが選ばれた喜びを抑えられずジェットとドロイが小躍りして回り、最近急上昇を続けるナツたちを始めとした面々の参加に盛り上がる者たち、ベテランの位置にいる者は一喜一憂する若い世代を暖かい目で見守っている。

 

「そっか!このメンバーに選ばれたいから、みんな自分をアピールしてたのね!」

 

「わあ!みんな頑張れー!!」

 

12月に入ってからの数日間、謎に包まれていたギルドの面々の行動理由を理解したルーシィ。S級と言う高い壁に挑む資格を得るために奮闘していたことを察した彼女は納得した。そして試験に臨もうとするメンバーに向けて、ウェンディが応援の声をあげる。

 

「今回はこの中から合格者を一名だけとする!試験は一週間後。各自体調を整えておけい!!」

 

「一人だけキナ?」

「本命はフリードか?」

「メストでしょ」

「ナツとグレイもいんぞ!!」

「個人的にはシエルも頑張ってほしいな!!」

 

九名の受験者に対して合格できるのは一名だけと言う狭き門。これだけでもハードに感じられる。受験者に呼ばれなかったメンバーから、合格者の予想があちこちで飛び交っているが、正直誰が合格してもおかしくはない。

 

時に。ここに一人、発表された受験者たちに関して、納得いっていない者が一人いた。

 

「な……何故オレが入ってねーんだ……!?ジュビアが入ってんのに……!!」

 

それはガジルだ。ナツと同じ魔法を使う滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)で、ジュビア同様幽鬼の支配者(ファントムロード)から同時期に移り入った自分が、二人に置いて行かれて受験者に入れられず。年季の差が、と問われるならナツは百、いや千歩譲ってまだ分かる。だが、同じギルド出身で同じ時期に入ったジュビアが通って自分が外されるのは納得が出来ない。

 

「お前のギルドでの立ち位置は聞いたぞ。信用されてないようだな」

 

「い、いや違う!!言えねえけどそれはねえっ!!あ、ああっ……!言いたくても言えねえんだよ!!!」

 

そんなガジルに、傍で彼のショックが込められた声を聞いていたリリーが事前に聞いていたことに関して話題を振る。だがガジルには、「信用されていない」と言う単語には完全に語弊がある理由がある。発表、及び受験者の選定をしたはずであるマスター・マカロフに、自分は信用されている自負と確証があった。マカロフを除くギルドメンバーには言えないが、主に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に仇なそうと画策している闇ギルド・大鴉の尻尾(レイヴンテイル)との二重スパイの件で。

 

が、何も受験者の選定をしていたのはマカロフだけではないし、リリーがガジルの事を聞いたのは別の人物からだ。

 

「エルザにだ」

 

「フフ……まだ早い」

 

「クソーー!!!」

 

主にギルド内の事について教えてもらった女騎士の名を口に出すと、彼らの会話が届いていた様子でエルザがほくそ笑みながらそれを示した。残念ガジルくん。また次の機会で頑張りたまえ。

 

「初めての者もおるからのう。ルールを説明しておく」

 

「選ばれた九人のみんなは、準備期間の一週間の間に、パートナーを一人決めてください」

 

主にギルドに移ったばかりで参加のジュビアの為でもあるが、マカロフからのルール説明と言う言葉に続き、ミラジェーンが続く。パートナー制度。これは毎年の試験で導入されている。試験は二人一組のチーム戦で、得手不得手を互いに補い合うもよし、得意分野を尖らせるもよし、コンビネーションを重視するもよしと、仲間との絆も試験では試される。

 

「パートナー選択には条件が二つある。一つは“妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーである事”。もう一つは“S級魔導士()()である事”だ」

 

続いてペルセウスが次のルールを説明する。他のギルドの魔導士等の実力者や、エルザ、ペルセウスを始めとした者たちとは組んではいけないと言う事だろう。

 

「ペルさんやエルザさんと一緒なら、最強すぎるもんね……」

 

このルールには誰もが納得だろう。ウェンディが言った通り、S級魔導士と組めてしまっては組めた受験者が圧倒的に有利だ。

 

「試験内容の詳細については天狼島についてから発表するが……今回もエルザが貴様らの道を塞ぐ」

 

『ええ~~~っ!!?』

 

そしてマカロフが更に提示したルールには、ほぼ全魔導士が度肝を抜いた。現役のS級魔導士が、受験者チームの道を阻む。つまりエルザが立ちはだかる壁として出てくると言う事だ。だが、それだけには終わらない。

 

「あ、前回は出れなかったが、今回からいつものように俺も障害役として出るぞ」

 

「ちなみに私もみんなの邪魔する係やりま~す♡」

 

『えええ~~~~~~っ!!!?』

 

ひょいっと軽く手を上げてペルセウス、そしてミラジェーンまでもが無慈悲な宣告を行った。エルザ、ペルセウス、ミラジェーン。元も含めるとは言え、S級として活躍して来た魔導士たちが、一転して敵役で試験に出てくると言う事実に驚愕を禁じ得ない。

 

勿論試験であることを考慮して、ある程度には手を抜いたり、試験官が定めている合格基準に達していれば認めてくれるというルールがあるものの、S級を相手にすると言うだけでもハードであることは実感してしまう。

 

「ブーブー言うな。S級魔導士になる奴はみんな通ってきた道だ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ……!?」

「まさか……!?」

 

S級三人が立ちはだかる試験内容にどよめきを隠せない魔導士たちに向けて、更にギルダーツが次いで忠告。だがエルフマンやグレイなどの参加者は途端に顔色を変えた。この口ぶり……さらにはギルドにいる状態で今彼らと共にいると言う事は……!!

 

「ギルダーツも参加するのかぁ!?」

 

「うっわメチャクチャ嬉しそう!!」

 

他とは違って喜色満面と気分急上昇状態のナツが告げた事実。本来であれば絶望感が凄まじい発表を、まるで宝くじ一等が当選したことを知ったみたいな喜びようで受け入れている彼の様子を見て思わずシエルが引きながら驚いた。お前ぐらいだよ、これで喜ぶの。

 

「選出された九名とそのパートナーは、一週間後にハルジオン港に集合じゃ。以上!!」

 

マカロフたちからの発表、及び試験の説明が終わり、興奮冷めやらぬと言った様子でギルドの面々がざわめきを取り戻す。参加することが叶わなかった者たちにとっても、この昇格試験と言うイベントはそれほどまでに盛り上がること必至だ。

 

「スゴイことになって来たね!」

 

「まったくもう。相変わらず騒がしい……」

 

そんなギルド内の喧騒を同様に高揚しながら眺めるウェンディ。対する相棒のシャルルは、言動では呆れながらも、口元に笑みを浮かべて肩を竦めながら呟こうとする……だが……。

 

「……!?」

 

「どうかした、シャルル?」

 

「べ、別に……」

 

咄嗟にウェンディに誤魔化しはしたが、今、シャルルの脳裏にある光景が映った。

 

予知だ。コントロールが効かない、少し長い先の未来を、恐らく同じ時期に起こるであろう複数個のイメージが、彼女の頭に一瞬突如発生した。

 

 

 

巨大な樹木が倒壊していく光景。

 

膝から崩れ落ちたまま、天を仰いで泣き叫ぶカナ。

 

恐怖するように体を震わせ項垂れるナツ。

 

力なく投げ出された誰かの手。

 

抉られた大地と木々の中に、血だまりと共に沈む誰かの体。

 

 

 

さらに、地に背中を付けて何かを見上げる、見覚えのない男の姿を……

 

 

 

 

 

 

 

見た事のない、人とは明らかに違う目で睨み、見下ろすシエル。

 

 

 

 

 

「……!!?」

 

 

 

そして最後に映ったのは……

 

 

 

目に見えて狼狽して表情で見上げたペルセウスの視線の先にいる……

 

 

 

 

 

 

 

黒衣に身を包んだ、黒髪黒目の優しそうな青年の、優し気ながらも得体の知れない笑顔。

 

 

 

 

 

「(誰……!!?)」

 

昇格試験。天狼島。

恐らくその二つのどちらかに関連した、謎の予知。

 

この先の未来で起こりうる、とてつもない事件の予感を、シャルル以外は一切感じることは出来なかった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「今年はえらくハードルが高ぇなぁ……」

 

「意外ね。アンタたちみんな初挑戦なんて」

 

昇格試験の発表から解散し、ギルド内のテーブルの一つに数人が集まって囲み、食事と雑談を行っている。そして話題は勿論試験について。去年の時と比べると、邪魔をする係がエルザ一人だけだったのに対し、二年ぶり参加のペルセウス、引退後初のミラジェーンに加え、試験官としてほとんど参加した記憶のないギルダーツまでもがいる上に、参加者は九名。この中から合格者は一人だけと考えると、あまりにも難易度が高すぎる。

 

「ハード上等!壁が高くなかったらS級のなり甲斐がないってもんだ!!」

 

「だよな!オレも燃えてきたぞ!絶対S級になってやらぁ!!」

 

だが、如何に障害が大きくなろうと尻込むどころか、俄然やる気に火をつけているのがこの二人。ナツはともかく、シエルがここまで張り切っている様子は何とも珍しい。これも憧れとしている兄に追いつくための試練だと認識しているからだろうか。

 

「ぬおぉ!!漢エルフマン!S級への道が遠ざかる!!」

 

反対にいつもと違ってどこか弱腰になり、頭を抱えて唸るエルフマン。S級への意欲は高いが、実の姉であるミラジェーンや、勝てるビジョンが浮かばないペルセウスやギルダーツがいることの方が大きいようだ。

 

「そう言えばみんな、もうパートナーは決まってるの?」

 

「オレは勿論ハッピーだ!」

「あい!」

 

ルーシィから聞かれた質問にナツがまず即答。常に共にいる彼らならある意味当然で、むしろ一択なのだろう。そのチョイスに反論を示したのはまた意外にもエルフマン。

 

「ハッピーはズリィだろ!!もし試験内容がレースだったら、空飛べるなんて勝負にならねえ!!」

 

「別にいいんじゃない?」

 

「てか、空飛べるのは俺もだし」

 

まだ試験内容は判明してはいないが、もしも速度を重視した試験内容だった際には圧倒的にナツたちが有利だ。いや、乗雲(クラウィド)を使用できるシエルも同様だろう。しかしエルフマン以外はハッピーを選択したナツに反論は特になさそうだ。

 

「オレも別に構わねえよ。戦闘になったら困るだけだしな」

 

「ひどい事言うねグレイ……」

 

グレイに至っては、戦闘力に自信がないハッピーをパートナーにしたところで逆に不利にしてると言外に言いきっており、ハッピーがショックを受けている。だが、ハッピーとて、馬鹿にされるままで終わるつもりはない。

 

「オイラは絶対ナツをS級魔導士にするんだ!!」

 

「こればかりは仲間と言えどゼッテー譲れねぇ!!」

 

左手を力強く上げて堂々と宣言をするハッピー。戦闘力が何だ。ナツをS級にするという決意ならば、ギルドの誰にも負けるつもりはない。それはナツ自身も伝わっているようで、腕を組みながらハッピーと共に試験を受け、合格する意気込みを告げる。そしてその後すぐ二人揃って出口へと走り出すと……。

 

「こうしちゃいれねー!!修行だーーー!!!」

「あいさー!!」

 

試験までの一週間で少しでも強くなって有利になる為、二人は意気込みを叫びながらギルドの外へと飛んで行った。そんな彼ら……正確には走り去っていくナツの背中を見ながら、リサーナは感慨深くなっていた。自分がいない間に、自分がよく知るあのナツが、S級の昇格試験に参加できるようになっているなんて。

 

「ナツはね……一人前の魔導士になれば、イグニールに会えると思ってるの。この試験にかける想いも人一倍なんだろうね」

 

「そっか……」

 

そんな感慨にふけっていたリサーナが、ルーシィからの視線に気づいて、恐らく彼女が気にしているであろうナツの想いを伝える。魔導士として強く立派になったことを示せば、イグニールが会いに来てくれるかもしれない。そうでなくとも、行方知れずの親代わりのドラゴンがいるであろう場所を、より広く探す事だって出来るはずだと。だからこそ、ナツは他とは一線を画すほどにS級に意欲的だ。

 

それを聞いたルーシィは、既に姿の見えなくなったナツが消えてった方向に目を向けて、胸中で彼に激励を送る。イグニールに対する思い入れをよく知っているならば、応援したい気持ちが溢れてきた。

 

「あの……ジュビアはこの試験を辞退したい……」

 

「ええ!?何で!?」

「そんな勿体ない!!」

 

するとジュビアから、恥ずかしそうに身体を縮こまらせながらか細い声でそう告げられた。隣に座っていたウェンディや、いなくなったナツの隣……彼女たちの前方にいたシエルから驚愕と言った反応が返ってくる。特にシエルにとっては、昇格試験に参加できるという大チャンスをふいにする事が不可解だ。

 

「だって…………様の……トナ……に……」

 

「何だって?」

 

もじもじとしながらボソボソとほぼ聞こえない声で、自体理由を話そうにも伝わらず、グレイに詰め寄られてジュビアの体が更にガチっと固くなる。ああ、成程、同じ参加者側にいるグレイが理由か、と一瞬でシエルは理解した。驚愕に染まっていた表情が苦笑に変わる。

 

「だから、あの……ジュビアは……」

 

「あんたのパートナーになりたいんだって」

 

「ア?」

 

中々言い出せずにいるジュビアを、シエル同様察したルーシィが、グレイにニヤケ顔を浮かべて耳打ちする。ジュビアのフォローと、グレイを少し揶揄おうと言う魂胆が見え隠れしている。が、ジュビアの反応は別のベクトルを行っていた。

 

「ほら!!やっぱりルーシィが狙ってる!!」

 

「狙ってないわよ!!」

 

勝手に彼女を恋敵と認識しているジュビアにとっては、グレイに近づこうとする行為にしか見えなかった。必死に否定の意をツッコミで伝えるも、涙目になって指をさすジュビアには全く伝わらず。

 

「グレイ様!ルーシィをパートナーにする気なんですか!!?」

 

「あぁ……」

 

泣きながら勢い混じりに聞いてきたジュビアの問いに、ようやく彼女が何を言いたいのか理解したグレイは、その問いに肯定も否定もせず、こちらに歩いて近づいてきたある人物に視線を移した。

 

「悪ィが、オレのパートナーはもう決まってる」

 

その言葉と共にグレイの背後で立ち止まったその人物を見て、ほぼ全員が驚愕した。ブルーのサングラスをかけ、スーツ姿に身を包んだ、茶色い短髪の色男。

 

「久しぶりだね、みんな」

 

「ロキ!!?」

「ちょっとおっ!!?」

 

思わぬ人物……星霊の登場に、シエルもルーシィも目を剥けた状態で驚愕の声を発する。しかもあの髪型は、星霊としての身分を明かす前……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であった時のものだ。

 

「去年からの約束でな」

 

「ルーシィ。悪いけど試験期間中は契約を解除させてもらうよ。心配はいらない。僕は自分の魔力で(ゲート)を潜ってきた。だから君の魔法は使えなくなったりしないよ」

 

どうやらこの試験を受ける時になったらパートナーをするという約束をずっとしていたらしい。一時的な契約解除に、自分の魔力で星霊界から人間界への移動。故にルーシィの魔力は消費されないから星霊魔法が使えなくなったりはしないと言う旨を知らせるが、色々と衝撃的過ぎて、ルーシィは理解が追い付いていない。

 

「そう言えば……時折ロキによく似た特徴のイケメンが、色んな街で色んな女の子たちと歩いてるって目撃情報が多発してるのを噂で聞いてたけど……もしかして……」

 

「……あっはっはっは!」

 

「なんて勝手な星霊なの……!?色んな意味で!!!」

 

そしてシエルは今しがたロキが言っていた自分の魔力で(ゲート)を潜った事と、今この場で昔の姿で顕現してる事、それからエドラスでの道中でロキを呼び出したのにバルゴが代わりに召喚された事を思い出して、噂の真相を問い詰める。

 

その答えは、一瞬の沈黙の後に表情を変えないままわざとらしく高笑い。つまり肯定であり真実だったと言う訳だ。ルーシィはコイツ殴って良い。

 

「でもオメェ、ギルドの一員って事でいいのかよ、ロキ?」

 

星霊として星霊界に戻り、ルーシィと契約した時点でとっくにギルドの人間である事は抹消されてしまったのではと、エルフマンから聞かれるが、実のところ、そんな事にはなっていない。ネクタイを外し、上着と共に上の衣服をはだけさせながら、ロキは堂々と背中を一同に見せる。そこに刻まれているのは、黄緑色の妖精の紋章。

 

「僕はまだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だよ。ギルドの誇りをかけて、グレイをS級魔導士にする」

 

「頼りにしてるぜ」

 

「任せて」

 

普段の女たらしの一面は鳴りを潜め、グレイと言う一人の魔導士の為にわざわざ自分の魔力を使って駆けつけたロキ。意外と気の合う部分がある事はシエルも知っていたのだが、ここまで信頼し合える仲だったのかと、正直舌を巻いている。

 

「この二人って、こんなに仲良かったっけ?」

 

「おやおや?やきもちですかお姉さん?」

 

「違うし!!」

 

それはそれとして、同じチームの青年と、契約している星霊の思わぬ友好関係を目にして、どこか頬を膨らましながら拗ねるように呟いたルーシィに、口元に手をかざしわざとらしくニヤケながら揶揄う。勿論、即座に否定が帰ってきた。

 

「つー訳で、お前も本気で来いよ。久しぶりに熱い闘いをしようぜ」

 

「!!」

 

パートナーが既に決まってる以上、ジュビアが入れる余地はない。だがしかし、内心闘争心が昂っているらしいそのグレイ本人から言われた言葉に、彼女は分かりやすい程に反応を示した。グレイからすれば、彼女がファントムにいた頃に激突したことを思い出して言ったことなのだが……。

 

「あ、熱い……

 

 

 

 

 

 

 

 

熱い“愛撫(たたかい)”……!!!?」

 

「ちょっとお姉さん?」

 

絶対にどこかあらぬ方向を妄想して顔を真っ赤にしているジュビアに、思わずシャルルが彼女の目の前で腕を振るも反応がない。ダメだ、自分の世界(グレイ付き)に入っちゃってる。

 

「私がジュビアと組むわ!」

 

「本気かリサーナ!?」

 

ここで彼女のパートナーに名乗りを上げたのは意外にもリサーナだ。妹の唐突な宣言にエルフマンは驚愕を隠せないでいる。

 

「私、エドラスじゃジュビアと仲良かったのよ!それにこっちのジュビア……なんか可愛いんだもん!」

 

「リサーナさん……!」

 

エドラスにいた頃、性格は大分違うが今いる新しいメンバーとの交友があったこともあり、積極的に距離を詰めていくことも目的の一つにしているようだ。特に断る様子もジュビアから見えない事から、リサーナはジュビアの手を取って「決定ね!」と嬉しそうに言った。

 

「まさか……この子もグレイ様を狙って……」

 

「どんだけ歪んでるのよ!!」

 

だがリサーナの善意はあんまりジュビアに伝わってなかったようだ。女性ほぼ全員をグレイを巡る恋敵にシフトしてしまうその脳は一体どうなってるんだ……。

 

「ちょっと待てよリサーナ!!それじゃ、オレのパートナーがいねーじゃねーか!!!」

 

「そう?さっきから熱い視線を送ってる人がいるわよ?」

 

「へ?」

 

リサーナがジュビアのパートナーになったことで、パートナーの候補がいなくなった兄のエルフマンが泣きながら叫び出す。だが、リサーナがそう言いながら指をさした先に視線を向けると、カウンターの席でエルフマンをジーっと見ている魔導士が確かにいた。茶色のウェーブがかかった髪にメガネが特徴の雷神衆紅一点・エバーグリーン。

 

そう言えば、フリードは早々にビックスローをパートナーに選んでいたから、雷神衆で唯一はぶられてしまったのだろう。それで機嫌を損ねてむくれているところ、まだパートナーが決めきれてない誰かを目星にして視線を向けていたと言うところか。

 

「熱いってより……石にされそうな視線じゃねーか……!!」

 

過去に手痛い目に遭わされたエルフマンは、鳥肌が立つのを自覚した。だがもし断ろうものならまた石像へと変えられてしまうだろう。結局、エルフマンはエバーグリーンをパートナーにするしか道は無くなった。

 

「何かみんな着々とパートナー決めてくなぁ……。こん中だと決まってないの俺だけか」

 

「え!?あんたパートナー決めてなかったの!?」

 

続々と他の参加者が決めていく中、参加者最年少の少年は溜息をついて落ち込んでいるようにも見える表情で呟き、頬杖をつく。だが、ルーシィを始めとして、周りからは意外そうな目を向けられた。シエルの事だからてっきりすでに決めてるものだと思っていたから。

 

「うん。実はまだなんだ。パートナー候補に考えていた人たちが、軒並み参加側に回っちゃったし……」

 

シエルとしてはチーム仲間のナツやグレイ、あるいは読書仲間で知識に秀でるレビィを考えていた。だが三人とも今回は自分同様に選出側。他にも候補は考えていたものの大体は既に他の参加者のパートナーにされている。だからまだ決めきれていないのだ。

 

「シンプルに組みたい子と組んだらいいんじゃない?」

 

「ああ……う〜ん……」

 

どこかニヤケながら言ってきたルーシィに、どこか歯切れ悪く返答を返す。彼女の言いたいことは分かる。自分の正面の席に座って、視線に気づいた様子で口元に笑みを浮かべながら首を少し傾けている少女の事をさしているのだろう。確かに、参加者が全部呼ばれた時にパートナーとして彼女を選択肢に入れていたのも事実だ。

 

 

 

だが、テーブルの上に座っている、彼女の相棒がこちらに真っすぐ目を向けているのに気づいて、彼は先程の事を思い出していた。

 

 

 

『ちょっと、今良いかしら?』

 

待ちに待った昇格試験に参加できることで興奮冷めやらぬ状態だったシエルは、唐突に声をかけてきた白ネコの声に反応して振り向いた。傍にはいつも共にいるはずの少女の姿はない。どうしたのかと尋ねてみると……。

 

『試験では、パートナーを選ばなくちゃいけないのよね?』

 

『うん。毎年そう決まってるんだ。あ、もしかして……』

 

少し前までの警戒心はいくらか和らいだものの、ウェンディの事を第一に考えているこの相棒の様子から、ある程度は察し始めていた。だが一応、確認は取った。

 

『ウェンディをパートナーにするのは……』

 

『ダメよ』

 

『やっぱり……しかも即答……』

 

少しぐらいは希望を持っていたものの、やはり止められた。しかも彼女本人がいない時にだ。恐らく本人がここにいたらシエルの頼みを優先して意地でもパートナーの要請を引き受けるからと思った故だろう。そうまでして阻止したいと言う事は、まだ信用されていないからかと、落ち込みながらぼやく彼の耳に、シャルルの意外な言葉が入ってきた。

 

『……別にあんたを信用してないから、ってだけじゃないの』

 

それが一体どういう意味を持っているのか。不思議に思ったシエルが聞き返してみれば、彼女は説明してくれた。シャルルが先程、試験中に起きるであろう光景を、予知で見たことを。どのようなものを見たのか、シエルとペルセウスに関するものを除いて彼女はシエルに伝えた。それに伴って、メンバーに多大な危険が迫る可能性がある事も。

 

『この試験、嫌な予感がするのよ。けどだからって中止にする事なんて私には不可能だし。ならせめて、ウェンディをその危険から遠ざけたいって考えてる』

 

『誰かのパートナーにならない限り、その危険とも近づかない。だからウェンディを誘おうとする俺を止めに来たんだね』

 

恐らく彼女がいる場で説明したところで、心優しい彼女は彼らを放っておくことが出来ず、結局着いてくるだろう。ならどうするか。シャルルの真相を、他の誰にも伝えずに、ウェンディが試験に参加することがないようにすること。それがシャルルが出した結論だった。

 

『わかってくれる?』

 

『俺としても、ウェンディがそんな目に遭うと聞いたら阻止したい。分かった。他をあたるよ』

 

それが、メンバーが集合する前に、人知れず行われたシエルとシャルルの会話だ。二人以外に、予知で危険が迫っていることは誰も知らない。シエル自身も詳細までは不明だが、ウェンディを巻き込まないようにすると言う点に関しては十全に理解している。

 

だからこそ決めた。今回の試験、シエルはウェンディ以外の誰かをパートナーにすると。

 

「ルーシィ、よかったら組んでくれない?」

 

「えっ?」

 

「え……ええっ!?あたし!?何で!!?」

 

思い返していたことでしばらく無言だったシエルが、まさかのウェンディではなくルーシィを誘ったことで、彼女自身も激しく狼狽えている。他にもジュビアやリサーナ、あのグレイまでもが意外そうに固まっている。

 

「ほら、チームも同じことだし、星霊魔法は色んな場面で重宝するでしょ?個人的にも頼りになりそうだから……って思ったんだけど……ダメかな?」

 

まさかの誘いに動揺が走ったが、考えてみればシエルは星霊魔法に目がないし、何だかんだで仕事を共にこなしてきたからチームワークも申し分ない。ギルド内では“シエルーシィ”と言う名前を繋げただけの妙なコンビ名も作られているぐらいだ。それを加味すれば確かに理に適ってるが……。

 

「あ、いや、でも今のあたし、ロキだっていないし、大事な試験だったらあたしよりももっと適任とか……」

 

泳ぎまくった目で何かを誤魔化そうとしている様子のルーシィ。その視線がある少女に集中していることは、見ているシエルにも予測はついているが、彼女の為にもシエルはそれに気付かないふりをする。

 

「それぐらいなら気にしないけど……まあ、一週間あるし考えてみてよ。返事なら待つから」

 

「う、うん……そうする……」

 

ほぼほぼいつも通りの様子な少年に、顔を引きつらせながら乾いた笑いで誤魔化すルーシィ。「ど、どうしよう……」と内心思っているだろう。一方で約束通りウェンディとは別のメンバーを誘ったシエルに胸中で安堵の息を吐いたシャルルは、これで不安を取り除くことが出来たことに安心感を覚えていた。

 

 

 

 

「…………」

 

しかし、シエルたちのそんなやり取りを垣間見た一人の少女の顔に、影が落ちていた事には誰一人気付けなかった……。




おまけ風次回予告

ミラジェーン「パートナー決定の報告、早速上がってるみたいね」

ペルセウス「ナツ、グレイ、フリードあたりは予想通りだったが、他が意外な人選だな。リサーナがジュビアと……」

ミラジェーン「エルフマンなんてエバーグリーンと組むんだもの。さすがに驚いちゃったわ。あとは……シエルはやっぱりウェンディとかしら?」

ペルセウス「だと思うんだが……その割には報告が来ないな……」

次回『ベストパートナー』

ペルセウス「さてはシャルルにガードされて誘えてないな?仕方ない。ここは兄貴が一肌脱いで……」

ミラジェーン「ダメよペル。こう言うのは陰から見守ってあげなきゃ!」


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第109話 ベストパートナー

今日がちょうどクリスマスですね。
先週休まなければ純粋な気持ちで盛り上がれたのに…。
このところ残業続きで疲労が溜まってるのか眠くなるし、上手く書けないし、時間が取れないし…。

やはり仕事…!今の仕事は全てを台無しにする…!!←

年末年始、何話か更新したいところですけど…決まったら連絡しますね~


S級魔導士昇格試験。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が年末の時期に行っている、ギルドの中でも選りすぐりの者たちが競い合い、前線で活躍するS級魔導士を目指してしのぎを削るイベント。それが発表されたその日の夜、マグノリア近郊の地域で、初雪が降ってきた。

 

「わあ、雪だあ!マグノリアにも雪が降るんだね!」

 

「プーン」

 

ギルドから自宅に戻る道中でその光景を目の当たりにしたルーシィは目を輝かせ、プルーと共に雪の降る空を仰いでいた。季節は冬だが、冬だからと言って国内全域で雪が降るとは限らない。マグノリアは位置からすれば降らない地域ではないのだが、今年は例年よりも時期が早いとされている。

 

「それにしても、年末にあんなイベントがあったなんて驚いたな~!」

 

「ププーン」

 

「エルザとかペルさんも、やっぱあの試験を乗り越えてS級になったのかな?」

 

「プーン?」

 

「ナツはすっごい張りきってるし、そう言えばレビィちゃんも参加するんだっけ?応援しとかなきゃね!うん!!」

 

「……プン?」

 

雪のせいか、はたまた試験があると知ったせいか、やけにテンションが上がっているように口々から言葉が出てくるルーシィ。だが若干震えているように聞こえる声と、言葉の端々から感じる現実逃避を望むかのような何かを、直感で感じ取った彼女の後をついて行くプルーが首を傾げて彼女を見上げる。

 

そんな彼女の顔に浮かんでいたのは、引き攣った笑みだった。今現在、悩まされている現状の一角に関して、本来であれば向き合いたくない内容を明るい時に直面させられたためだ。何度も振り払おうと考えていた彼女だがどうにも離れず、頭を抱えながらルーシィはその場に蹲って唸りだした。

 

「まさか、シエルにパートナー誘われるなんて思ってなかった……どーしよ~……!!」

 

試験の説明発表を受けた後、シエルに今回のパートナーに誘われたこと。それが今、ルーシィを悩ませている種だった。別に彼に協力したくない訳じゃない。チームも同じだし、同じチームメンバーで言えば、ナツとグレイは受験者、エルザとペルセウスは現役S級の試験官として今回の試験へと向かう。仲間外れにされるよりかはマシだろうが、それよりも混乱の方が大きいのだ。

 

「……てっきり、ウェンディをパートナーにするんだとばっかり思ってた……。どうしちゃったんだろ……?」

 

「ププーン?」

 

シエルが、同年代の少女であるウェンディに片想いしていることは、最早本人を除いてギルド内で周知の事実だ。本人自身が珍しくも分かりやすい反応を示しており、何かにつけて彼女との距離を縮めようと奮闘していることも知っていた。だから、今回の試験に関しても、彼女をパートナーにすると誰もが思い至っていたのだ。だがそんなシエル本人は、ウェンディを差し置いてルーシィを誘った。一体どういう意図があるのか想像もつかない。

 

「あの子……何かあったのかしら……?」

 

S級魔導士昇格をかけた試験。ただならぬ事が起きることを予想したのか、それとも彼自身の中で心境の変化があったのか。いくら考えても答えは出ないが、唯一判明しているとすれば、彼が今回のパートナーにウェンディを選ぶ気が無いと言う事だけ。

 

自分をパートナーに誘ってきたあの時、目を泳がせていた際に映ったウェンディの、驚きを全面に出した中に、一抹の寂しさを抱えた表情を思い出して、更にルーシィの肩が重くなるのを感じた。

 

「はあ……本当どうしよう……。引き受けた方がいいのかしら……?」

 

シエルからの誘いを受けるか否か。葛藤しながら立ち上がって、再び帰路につきながら、トボトボと家との距離を縮めていく。しかし、もう少しで着くといったところで、通り過ぎた路地裏に、気になるものを視界の端に収めたルーシィはその方向に目を向けると、驚くべき存在がそこにいて、思わず引き攣った悲鳴を上げた。

 

 

 

壁と壁の間に寄りかかるようにして寝そべり、空になった幾つもの酒瓶をベッドに、降り積もった新雪を布団にして、明らかに酔いつぶれた状態で眠っていた酒豪のカナがそこにいた。

 

「どこで泥酔してんのよ!!?」

 

未だに降り止む様子のない雪空の下で、大した防寒着も身につけないまま寝ているカナ。そのままにしては死ぬことは確実なので、ルーシィは急いで彼女を抱えて自宅へと運んで行った。

 

この出来事が、カナの……そしてルーシィの命運を分ける出来事に繋がる……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

しんしんと降り積もる雪の空を見上げながら、帰路につくため歩くのはルーシィだけでない。頭の中で考え事をしながら足を動かしている少年、シエルもその一人である。

 

「(ルーシィ、乗り気じゃなかったな……。他の人を候補に考えた方がいいかもしれない……)」

 

その内容は勿論、パートナーについて。昼間にルーシィを誘ったものの、彼女からはいい返事をもらう線は薄そうだと感じていた。誰もが、自分が選ぶのはウェンディだと思っていたからだろうと言うのは察知出来ていたが、今回ばかりはそれをする訳にもいかない。

 

しかし、親しい者は既にほとんどが別の参加者かそのパートナーになっている。試験内容が毎年開催した際にしか説明もされないから、誰をパートナーにすれば有利なのかも不明。だからこそチームワークが取れるメンバーが望ましいのだが……やはり決めあぐねている。

 

「どうしよう……。ずっと、この試験に参加することを目指してたのにここで躓くなんて……」

 

憧れの兄を追いかけた来た道。魔導士になるために魔法を身につけ、強くなるためにあらゆる知識を覚え、兄と同じ道を行くためにギルドの仕事をいくつもこなしてきた。そして今日この日、ようやくその努力が実を結んだと言うのに……。

 

未だに決まらないまま、ひとまず家でゆっくりと考えようと止まりかけていた足を再び動かしたシエルの耳に、ふとそれは聞こえてきた。

 

「ん……?今の声、シャルル……?」

 

建物を挟んだ裏側の道の方から、今回の予知を話してくれた白ネコの怒号に似た声が。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

少し時を遡り、雪の寒さをマフラーとコートで凌ぎながら、シャルルを抱えて夜の街を歩いているツインテールの少女、ウェンディ。暗くなり、少しばかり積もった柔らかい雪に足跡を作りながら、どこか浮かない表情で俯いてばかりいる。

 

「元気無さそうね」

 

「そう、かな……?シャルルも今日、何だか大人しいね……」

 

ギルドで昇格試験の話をしていた時は、他の者たち同様盛り上がっていた一人であったはずのウェンディが、やけに静かであることを不思議がったシャルルが徐に尋ねれば、予知を見てから閉口を貫いていたシャルルの事も気付いていた様子の彼女に、逆に問われる。

 

「ちょっとね……何かイヤな予感がするのよ、この試験とかいうやつ……」

 

予知で見た内容は敢えて伝えず、試験の際に起こる可能性があるとだけウェンディに忠告するだけに留めようと、危険な事があるとだけ教えた上でシャルルは続けた。ウェンディは絶対に参加しないように、と。誰かにパートナーとして誘われても受けないようにすることを。

 

 

 

 

 

 

 

「シエル以外に私をパートナーにする人なんていないよ……」

 

不意に立ち止まり、そして長らく聞いていなかった自嘲混じりの声で言い放った言葉に、シャルルは思わず驚きを一拍、そして次に彼女の顔を見上げた。そこに映った彼女の表情は、まるで今にも泣きそうな、しかし堪えているのがわかる笑み。

 

「ウェンディ……?」

 

「……もしかしたらって、実はちょっと考えたりしてたんだ。ずっと近くにいてくれてるから……」

 

シャルルには何故彼女がそんな顔を浮かべているのか分からなかった。どうして悲しそうに、そして何かを諦めたかのような顔を浮かべているのか。その疑問に答えるよりも先に、ウェンディは涙をこらえるようにして雪を注ぐ空を見上げて言葉を零した。

 

「私ね、シエルがパートナーに私を選んでくれるんじゃないかって、自惚れてたの」

 

「……!?」

 

それは、シャルルが想像だにしていなかった言葉だった。自惚れていた、と言う事実に関しても、自分が阻んだシエルの気持ちに気付いているかのような言い方にも。そして、彼女自身がまるで、シエルのパートナーになる事を望んでいたように感じられることも。

 

「ジェラール……ミストガンに最後のお別れをした時、お願いされたの。シエルやペルさん、みんなの力になってくれって。シエルがもし、私をパートナーに誘ってくれたら、絶対助けになろうって、決めてた……」

 

彼女が思い出しながら口にしたことは、ペルセウスの力で止まっていた時の中で、ミストガンと交わした約束。彼の親友であるペルセウスの望み……シエルを守り、支えとなり、彼ら兄弟と家族を助けること。今回の事を聞いた時、ウェンディは考えていた。シエルが夢にまで見ているS級魔導士。その夢を叶える手伝いが出来たら、ミストガンとの約束の一つを果たすことも出来るはずだと。

 

だが、シエルは自分ではなく、ルーシィをパートナーに誘っていた。他にも何人か候補がいるようにも見えたが、その中に自分が入っていない事に気付くのは、難しくなかった。

 

「何でだろうね……。シエルが私を選ぶだなんて、どうして少しも疑わなかったんだろ……。どう考えても、力不足なのに……」

 

思えば彼は、初めて会った時から自分を支え、助けてくれた。戦う力を持つ後押しをくれて、自分の魔法がどんなものかを教えてくれて、事あるごとに傍に立ち、右も左も分からなくなった時にも守ってくれた。もっと強くなりたいと願った時、共に強くなろうと力をくれた。

 

だから、自惚れていたのだ。心のどこかで、シエルがパートナーにするとしたら自分だろうと、明確でもないただの憶測を、事実だと勘違いして待ち望んでいた。

 

自分より強い人や、魅力的な人、シエルを助けられる人なんて、ギルドには沢山いると言うのに……。

 

「今まではシエルが優しかったから、私を助けてくれるから一緒にいてくれていたのに……今度も一緒に闘うんだって、勝手に思い上がっちゃって……」

 

もう化猫の宿(ケット・シェルター)にいた頃の自分とは違う。シエルたち妖精の尻尾(フェアリーテイル)と出会い、今までの家族と別れて新たな仲間と共に歩み、色んな人たちの背中を追いながら、少しずつ魔導士として成長してきたつもりだった。

 

 

 

そのきっかけをくれた彼に、少しでも恩返しできたらと、力になれたらと思っていた。けれど、シエルにとっては、自分のそんな思いは不要だったことを知った。

 

「そうだよね……シエルだって、大事な試験のパートナーに、私なんかを選ぶわけないもんね……」

 

「それはっ……!!(私が……!!)」

 

彼女が思い至ってしまった結論を聞いて、シャルルが咄嗟に声をあげた。

 

違う。シエルがウェンディを選ばなかったのは、自分がそう彼に頼んだからだ。だがそれを伝えては、結局彼女が危険な目に遭ってしまう。言葉にすることが出来ずに、シャルルは悲しそうな笑みを崩さずに空を見上げるばかりの少女を、見ている事しかできない。

 

ただ単に、ウェンディに危険な目に遭ってほしくなかった。予知した光景の中に巻き込ませたくなかった。純粋に彼女を守りたかったから、同調してくれるだろう少年にも教えたのだ。だが、シャルルが起こした行動は、結果的に彼女の顔を曇らせてしまっている。

 

「(私は……アンタにそんな顔をさせるつもりなんて、なかったのに……!!)」

 

予知があったことで、守れている気になっていた。回避できる危機を、知られずに取り除けると思っていた。だが実際はどうだ。シエルにそれを事前に伝えて根回ししたことが、彼女の心の傷を作ってしまっている。

 

いっそ予知が無かったら、パートナーとなったウェンディに妙な事しないように、シエルに釘を刺すだけで、余計な心配をせずにいられたかもしれない……。

 

「安心してシャルル。私、試験には出れないから。私の力を必要とする人なんて、いないだろうし」

 

見上げていた顔をシャルルの方に戻しながら、シャルルに安堵させるつもりでウェンディがそう告げる。その表情が、シャルルにとっては痛々しいものに見えている事にも気付かぬまま。

 

シャルルに迷いが生じ始める。やはり自分がシエルに頼んだことを白状した方がいいと言う思いと、彼女には酷だがこのまま危険が渦巻く試験から遠ざけたままにすると言う思い。どちらが、ウェンディにとってより良いことなのか。

 

どちらにするか決めきれず、シャルルが顔を俯かせて思考の渦に沈み込む。どちらをとってもウェンディには傷が残るかもしれない。持ち前の予知の力があれば、解決策も見出せたかもしれない。だが、まだ完全にコントロールが出来ていない今の状態では何も浮かべられなかった。彼女が立ち直る為の方法も……

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そんな事はない」

 

傷心の彼女に近づいてきた、ある一人の男の存在も……。

 

「君の力を必要としないなんて言う者は、このギルドにはいない。少なくとも、オレは今、君の力を必要としている。天空の巫女よ」

 

後方から聞こえたその男の声にウェンディが振り向き、二人揃ってその人物の姿を目に映した。その男は確か、ギルド内で発表された受験者の中に入っていた、坊主頭に近い短髪で左のこめかみに十字の傷が入った人物。

 

「あ、あなたは……?」

 

しかしその男の事を、ウェンディは詳しく知らない。ギルドの中で見覚えがある程度の認識だが、そんな彼が、試験の受験者の一人が今、自分の力を必要としていると言う言葉に、驚きを表していた。だがそんな男が次に発した言葉が、更にウェンディに衝撃を与える。

 

「オレは『メスト』。ミストガンの弟子だった」

 

ミストガン(ジェラール)の弟子。『メスト』と名乗ったその男の肩書に、ウェンディは声を張って反芻した。故郷のエドラスに戻って行った恩人に弟子がいて、その弟子が自分の元に現れることなど、予想できなかった。

 

疑いの目を向けるシャルルとは対照的に、予想だにしない人物と会ったことの衝撃が勝ったウェンディが、こちらに目を向けるメストと視線を合わせる。

 

 

 

すると突如メストは顔を真上へと向け、不自然に口を開きながら、奇行とは裏腹に彼女に話を続け始めた。

 

「君の事は、ミストガンからよく聞いている」

 

「あ、あの……何してるんですか……?」

 

「雪の味を知りたいのだ。気にしないでくれ」

 

「何なのコイツ……」

 

唐突に始めた奇行の、奇天烈な理由について答えながら、降り注いでくる雪を口に次々と入れて、尚且つどうやって動いているのか直立不動の状態で真横に動き、多くの雪を入れようとしている変わった……言ってしまえば変人に対して、シャルルの疑いを含んでいた目が変人を見る目へと変わり、引いていた。

 

「力を貸してくれないか?」

 

「それが人にものを頼む態度なの!?」

 

しかも頭部はそのままにして協力を願い出てきたメストに、当然ながらシャルルは憤慨。奇行さえなければ普通に試験のパートナーとしての依頼のはずなのだが、どうにもふざけているようにしか見えない。

 

「すまん。どうもオレは、知りたいことがあると夢中になってしまうクセがあるのだ」

 

シャルルのツッコミにも似た指摘を受けたことで、正気に戻ったようにメストは顔を正面に戻して説明する。知りたいことに夢中になるあまりに陥る奇行と言うのも妙な話だが、どうやら嘘は言っていないようだ。それはそれで変人っぷりに拍車をかけているが。

 

「ウェンディ、さっきも言ったが、オレは君を必要としている。君の力があればオレはS級の世界を知ることが出来る。頼む、力を貸してくれ」

 

「え……私で、良いんですか……?」

 

先程の奇行混じりとは打って変わり、真っすぐにこちらを見て真剣な面持ちで改めて願い出るメスト。シエル以外で自分を必要としてくれる者がいるとは思っていなかったウェンディは、思わずそう問い返す。そしてその問いに対してメストは肯定を示した。

 

「ああ。君にしか頼めない」

 

「ダメに決まってるじゃない!!」

 

頭を下げて頼むメストに対し、試験の参加を良しとしないシャルルは彼女が答えるよりも先に断ろうと必死に声を張り上げる。シャルルの声が聴こえているのか否か、メストは下げた頭を上げないまま、あくまでもウェンディの返事を待っている様子。だがチラリと傍に流れる川に目が行くや否や……。

 

「知りたい……冬の川の中と言うものを、オレは知りたい……」

 

雪も降り積もる冷え切った夜の川に、服も着たまま背を下に、腕を組んだ状態で入り込んで浮かび佇んでいた。先程の雪を食べるとは更に別次元の奇行だ。

 

「こんな変態に付き合っちゃ絶対ダメよ!!!」

 

「でも……悪い人じゃなさそうよ?」

 

「どこが!!?」

 

あまりにも変人……もとい変態的な行動が目立つメストのイメージが明らかに悪くなっていくシャルルが、必死にウェンディから遠ざけるために声を張り上げる。だがウェンディには変わってはいるものの悪人には見えないらしく、フォローまでかけるほどだ。穢れを知らないのか?

 

「それに、シエルは別の人をパートナーにするみたいだし、だったら私を必要って言ってくれたメストさんの助けになりたい。ミストガンの弟子って言うなら、メストさんの力になるのも、恩返しの一つになると思うの」

 

「エドラスを救っただけでも十分じゃない!そこまでしてこの試験に出ることもないでしょ!?」

 

「それは結果論だし……ミストガンとした約束を、破ることになっちゃう」

 

恩人であるミストガンに頼まれた願い。それを果たすには、この試験を受ける時の力になることは必要だと結論に至ったウェンディは、シャルルからの再三の制止も聞き入れずに川に浮かんだままのメストに近づき手を差し伸べる。

 

「メストさん、早くあがらないと風邪引いちゃいますよ?」

 

「ああ、すまない。ありがとう」

 

このままにしては確実に体調を崩してしまうので、冬の川からメストを救い(?)出して引き上げる。そして川から彼が上がったのを確認してから、ウェンディは改めて彼に向き合って告げた。

 

「それから、私で良ければお手伝いさせてください。ご期待に添えられるか分からないけど、精一杯頑張ります!」

 

「ウェンディ!!」

 

何度止めようとも全く聞き入れないウェンディにシャルルが彼女の名を叫んで考え直すように促す。しかし答えは結局変わらないようで、頑としてメストのパートナーの誘いを受けたウェンディに、メストの方が一瞬驚いたように目を瞬かせると、「本当に感謝する」と返し、パートナー成立を確かなものにしてしまった。

 

その結果はシャルルには到底受け入れられず、彼女の胸の内から、徐々に込み上げていた激情は、最早抑え込めるものではなくなっていた。

 

「~~~!!もういいわよ!勝手にしなさいっ!!」

 

抑止弁が決壊し、怒りのままに叫んだ言葉を最後にシャルルはその場を走り去っていく。そうして気付いたウェンディが彼女を呼び止めるも、路地裏の向こうへと姿を消していった相棒を、追いかけることは出来なかった。

 

「すまない。悪いことをしてしまったか……」

 

「い、いえ……」

 

仲のいい友と言えるシャルルと、ケンカ別れのようになってしまった事で、元凶ともとれることをしたかとメストがバツが悪そうにウェンディへと謝る。気にすることではないと言いたげに彼女は返したが、その表情は相棒である彼女を怒らせたこと、そして彼女の頼みを聞けなかったことによる罪悪感が浮かんでいた。

 

 

 

 

そして、この一通りの会話を耳にしていたのが、当事者である三人を含めて、もう一人いたことは、本人を除いて誰も気付かなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ウェンディと別れてからガムシャラに街中を走り回っていたシャルル。傍にあった川からは相当離れたらしく、住宅街が並ぶ道を、今はトボトボ歩いていた。

 

頭の中で思い返すのは、昼間に見た予知の内容。それをシエルに伝えた時の事。それによってシエルが誘わなかったことに、落ち込んでいた様子のウェンディ。そして先程のメストとの一件。

 

何故、こうなってしまったのだろう。ただ、試験の際に起きるであろう予知に映った危険から、ウェンディを遠ざけて、守りたかっただけなのに。彼女が信頼を置く少年ではなく、見ず知らずの怪しい変態の要請を聞き入れるなど、考えもつかなかった。

 

「どうして……!!」

 

試験で何が起きるのかは、予知が断片的過ぎて予測が出来ない。他の面々ならどうにかできるかもしれないが、ウェンディはまだ不安要素が大きい。何よりシャルル自身が、ウェンディに危険と隣り合わせになりかねない試験に参加してほしくない。

 

だが、あそこまで言ったのに結局はメストの願いをウェンディは聞き入れてしまった。これではシエルに先んじて忠告したことも水の泡。それどころか、シエル以上に信用できない男の近くにいることが、不安で仕方ない。

 

どうしたらいい。ウェンディを危機から守るには、一体どうすれば……。

 

 

 

 

 

「見つけたよ、シャルル」

 

答えの見つからない自問自答を続けていたシャルルの後ろから、その声は聞こえた。振り返ってみれば、それは予想通りの姿。予知の内容を伝えることで、ウェンディの試験参加を阻止することに協力してくれた少年。雪が降り積もる今の寒空の下でもパーカーのみを上に羽織った状態でこの場に現れている。

 

「ウェンディ、メストのパートナーになったのか……」

 

「……聞いてたのね?」

 

「たまたま、シャルルの声が聴こえて様子を見たら、ね……」

 

シャルルがメストに対して大声を上げたことにより、近くを通ったシエルがその後の会話も聞いてしまっていたようだ。そして既に、ウェンディがメストと組んだことも把握している。

 

「……バカみたいよね。あの子が試験に参加しないようにって、アンタにあんな頼み事までしたのに、結局何も変えれなかった……。それどころか、より悪化させてる……」

 

少しばかり盗み聞きともとれるようなシエルの行動を咎める余裕もないらしい。予知で事前に知った映像から危機を察知し、そこから守ろうと動いたのに、結果は彼女も参加することに。どうにも変えれなかった結果に打ちひしがれた様子で、シャルルは顔を俯かせている。

 

「こんなんじゃアンタの事言えないわ……。この時の為にあるはずの予知だったのに……何も変えれないんじゃ意味がない……!」

 

予知のコントロールが少しばかりできるようになって、ウェンディやペルセウスたちから称賛されて、彼女の強みが更に増えるものだと思っていた。それを回避するために動けても、予知に映った運命を変えることが出来ないのだろうか?悲惨な運命を変えることも出来ない現実の未来を、突きつけられるだけの能力なのだろうか?

 

それだけの力だとしたら、ウェンディを守る事なんて出来やしない……。今回のように……。

 

 

 

 

「シャルルが見た予知は、どこまで映ってたの?」

 

自己嫌悪に陥っていたシャルルの耳に聞こえたのは、唐突な問いだった。思わず振り返ってみれば、目に映ったシエルの表情は、落胆でも侮蔑でもない、真剣なものだ。

 

「ウェンディがどうなってしまうのか、そんな未来まで見えたの?」

 

「……いいえ……断片的で、何が起きたのか詳しくは……。ウェンディは映りもしなかった……」

 

誰のものか分からない部分はあったものの、確実に何かが起きていたと確定できるのはナツ、カナ、シエル、ペルセウスの四人。他の誰が、どのような目に遭ったかまでは確定できていない。それが不気味であり、末恐ろしくもある。

 

「じゃあ、まだ未来が悲惨なものって、確定していないわけだ」

 

「……え?」

 

そんなシャルルの恐怖に似た感情は、シエルの返答で疑問に変わった。言われて確かに、と納得さえした。シエルが言うように、仲間の内の誰かが、命の危機に瀕していたと確定できる未来の映像が無かったのも確か。嫌な予感はよく当たっているが、確定的なものは今も存在していない。

 

「確かにこの試験で、危険な事が起きるかもしれない。でもそれは、試験に関する内容で映ったものの可能性も捨てきれないし、もし違うとしても、警戒して対処することは出来る」

 

「警戒って……まさか今更、ウェンディをパートナーにする気なの?」

 

シエルの言葉に対してシャルルが建てた憶測は、試験に参加するウェンディを、現地にいながら危険に対処して守る事。その為に必要なことがあるとすれば、自分の近くに彼女をいさせることだ。しかし意外にも、シエルから返ってきたのは、首を横に振る仕草。

 

「もうメストがパートナーにしてしまった以上、その方法は使えない。それに、シャルルは自分が知らないところで、ウェンディに危機が迫ってるのを黙って待つのもイヤでしょ?」

 

「……まさか、アンタ……」

 

パートナーにウェンディを指名するのは最早悪手。ならば別の方法。それも、シエルだけでなくシャルル本人が、出来る限り近くにいながらウェンディの為にいつでも動くことが出来る方法。共に聡く、頭の回転が速い者同士、皆まで言わずとも、シャルルは彼の思惑が何かを理解し、目を見開いた。それにはシエルも気付いている。それを理解した上で、改めてシエルは笑みを浮かべながら彼女に提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のパートナーとして、君も試験に参加しないか、シャルル?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

あれから、一週間が経った。

S級魔導士昇格試験当日。フィオーレ王国南端に存在する港町・ハルジオン。

 

その港には、大きな帆に赤い妖精の紋章が記してある、一隻の大帆船が着港しており、冬間に珍しい雲一つない快晴の光がそれを照らしている。

 

そしてその帆船の近くで集合しているのは、全員が帆と同じ紋章を身体に刻んだ魔導士たち。その数は16名。その内の八名が、今回行われる昇格試験の受験対象者だ。

 

「あれ?そう言えばシエルは?」

 

「ん?そー言えばいねぇな~。あいつも参加者だろ?」

 

その内の一組。受験者のナツと、パートナーのハッピーが、未だに姿を見せない一人の受験者とパートナーを気にして辺りを見渡す。集合の日付と場所を間違えるなど、普段の彼を知る者からすればあり得ないはずなのだが。

 

「どうしたんだろ……?」

 

「自信が無くなって逃げたのかもな、ギヒッ」

 

「シエルに限ってそれはないかなぁ。ずっと憧れてたし」

 

「凄く張り切ってましたもんね……」

 

ナツたち同様に少年の姿を探す受験者のレビィに対し、パートナーとなったガジルが小馬鹿にするように吐き捨てる。しかし、ジュビア、リサーナのチームが言うようにS級魔導士への強い意欲を持っていたシエルが、今更辞退するなどあり得ない。

 

「パートナーなら、あの日の翌日に決まったって話してたし、いないわけもないはずだけど……」

 

「そう言えば、結局誰になったんだい?」

 

「それも教えてくれなくて……」

 

パートナーが見つからなかったと言う線も、一週間前の夜にカナのパートナーとなったルーシィから消えていることが示唆される。そしてシエルのパートナーに関しては、ルーシィも教えられていないとのこと。謎が深まるばかりだ。

 

だが、次の瞬間その謎は前触れもなく明かされた。

 

「あ、もう集まってた!お~い!」

 

「お、噂をすりゃあ何とやら」

 

「感心せんなシエル。もっと時間に余裕を持った行動を……」

 

ハルジオン内の屋台の一つから出てきたらしい二つの影の片方からその声が上がり、ビックスローとフリードが反応を示す。しかし、フリードはその声の主である少年の傍らにいるパートナーらしき存在を目にし、思わず言葉を失った。

 

他の者たちも同様だ。シエルがパートナーに選んだ者が、普段の彼ら……と言うよりパートナー側の態度から察するに、予想だにしない組み合わせだったから。特に、ナツの肩に乗っていたハッピーが愕然としたリアクションをとっている。

 

 

 

 

 

 

「何よ。揃いも揃ってその反応は」

 

その正体は白毛のエクシード。メストのパートナーとしてこの場にいるウェンディの相棒であった、シャルルだった。

 

「シャルル!!?」

 

「彼女が、シエルの……」

 

「まさか……!?」

 

「意外な組み合わせだね」

 

真っ先に驚愕して彼女の名を呼んだウェンディ。一方のメスト、そしてグレイとロキのペアは思わぬ白ネコの登場にやはり驚きを隠せていない様子。そんな彼らを一瞥しながらも彼女はメストの近くに立っているウェンディの元へと歩いて近づいていく。

 

「シャルル……もしかして、シエルの…!?」

 

「ええ。パートナーよ」

 

一週間前にケンカ別れをしたまま、口をきくどころか会う事すら叶わなかった相棒の事実に、ウェンディは理解が追い付けていない状態だ。しかし対するシャルルは逆に落ち着いていて、腕を組みながら彼女を見上げ、堂々と告げた。

 

「ウェンディ。もし試験でぶつかる事があったら、アンタが相手でも手加減はしない。全力でこいつを勝たせに行くわ」

 

「お互いに遠慮は無用だよ」

 

シャルルからまさかの宣戦布告。そして続くようにシエルも勝気な宣言を行う事で、ウェンディの頭の中がさらに混乱する。一体、あの一週間の間に何が起きたのか。どうしてシエルがシャルルをパートナーに選んだのか。そして彼女がどうして引き受けたのか。

 

伝えたいことは伝え終わったと言いたげに、ウェンディから離れ、二人揃ってメストに一瞥……睨んでいるようにも見える視線を少しだけ向けた後、帆船の元へと歩いていく。その行動が、余計にウェンディを動揺させた。

 

「何が、どうなって……え……!?」

 

「大丈夫か?」

 

「ぁ、ご、ごめんなさい……ビックリしちゃって……」

 

混乱に苛まれるウェンディにメストが声をかけ、平静を装おうとするも、しばらくウェンディの動揺は続いたままだった。

 

「良かったの?あんな事言っちゃって」

 

「言っておかなきゃ覚悟が鈍るわよ。アンタも、私も」

 

ウェンディの動揺が収まらない事を察したシエルが、その動揺を激しくするような宣言をしたシャルルに小さく問いかける。だがもう彼女は覚悟を決めた。ウェンディがメストを助ける為に動くのなら、シエルとシャルルは、そのライバルとなるのだから。

 

『俺のパートナーとして、君も試験に参加しないか、シャルル?』

 

そして思い出していた。一週間前にパートナーとして試験の参加し、試験で起こり得る事態に対処する提案をしてきたことを。

 

『……アンタは、それでいいの……?大事な試験じゃ……』

 

『勿論、試験を疎かにする気もないよ。けど、このままシャルルを放っておくようじゃ、S級としての器が出来てないって言ってしまうもんと思ってさ』

 

シャルルは予知の力や、ギルド内では珍しく頭脳明晰の一面がある。しかしその代わり使える魔法は(エーラ)のみ。ナツと組んだハッピーのような連携がある訳でもなく、リリーのように戦闘に秀でた力もない。

 

それでも本当に自分と組んでいいのかと言う疑問は、至極単純な精神論で払拭されてしまった。彼はこの選択に対して後悔もしないと言うのだろうか?試験に合格してS級になる。詳細の不明な脅威からウェンディを守る。その二つの事柄を、彼はやり切るつもりなのだろうか?

 

『俺一人じゃ限界がある。けど、一人じゃないでしょ?』

 

同時に二つの事を進行することの限界も、数が二人なら本当にこなせる気でいる。いや、二人でもやり切ってみせる、と言う意気込みがあるのだろう。そうでもなければ、このような提案も、自信に満ちた笑みを浮かべて、シャルルの視線に合わせて膝を折ったまま右手を差し伸べることもしない。

 

『二人でウェンディを助けるんだ。同じ目的を持って動けば、出来ない事は無いはずだよ』

 

片や彼女に想いを寄せて、身を挺してでも守ろうと奮起する少年。片や生まれた時から共に彼女と歩き、支えようと傍にい続ける白ネコ。これまで、少年に対する嫌悪感で壁を作り続けていた彼女は、突き放してもなお壁を壊して歩み寄る彼に、初めて信頼を向けた。エドラスの一件を乗り越えて、彼の評価を改めたと言っていい。

 

『分かった。私の力をアンタに預ける。だから、私にも力を貸して、“シエル”』

 

『勿論』

 

差し出されていたシエルの手を取り、決意を秘めた表情で答えたシャルルに、笑みを深くしてシエルは即答。その一連の出来事を思い返しながら、改めて今回の試験に関する決め事を、互いに確認した。

 

「パートナーになったからには、私はアンタの夢の手伝いにも全力を尽くす。その時が来るまでは、アンタを……シエルをS級にするために動くわ」

 

「……頼りにさせてもらうよ。S級の事も、ウェンディの事も、やり通してみせる……!」

 

受験者とそのパートナー、合計18名が妖精の船に乗り込み、天狼島なる場所を目指す。S級魔導士への想い。並々ならぬ事情と決意を秘めた、それぞれの魔導士たち。数多の想いを胸に秘め、一行はハルジオンを旅立った。




おまけ風次回予告

シエル「改めて、昇格試験のパートナーとして、よろしくねシャルル!」

シャルル「言っとくけど、今回が特例だったから受けただけで、必要以上に仲良くする気なんかないわよ?」

シエル「そ、それは分かってるよ。受けてくれただけでも助かるし!……はぁ、まだまだ壁を感じるなぁ……。運が良ければ今回の件で一気に信用されて……みたいなのを期待したんだけど……」

シャルル「ちょっと。聞こえてるわよ」

次回『運がいいのは誰?』

シャルル「そんな都合よく事が運ぶと思ってるの?アンタの行動次第でそういうものが変わるって事、覚えておきなさいよ」

シエル「それはつまり……運に頼るんじゃなくて、自らの手で信頼を勝ち取れと言うチャンス……!?」

シャルル「ああ……頭が回ると、変にポジティブな思考に偏ったりもするのね……」


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第110話 運がいいのは誰?

さてこれにて、今年最後の投稿となります!多分年末年始で更新できるのはこの一回だけです…。元旦には考案中の方を投稿しようと考えてはいますが…折角の卯年なんでね…あの作品を…。

ちなみに今回、どのペアがどのルートを通ったって明確に仕分けてしまっているのですが、原作で封鎖されていたルート及び、明確に誰が通ったか判明しているものから推察して、個人的な想像で決定させたものです。合ってるかどうかは不明ですが、納得してもらえるものだと良いなぁ…。←


空模様……天候は快晴。燦燦ときらめく太陽が照らし続けている。

 

海……穏やかで一切乱れが見えない青海原が続いている。

 

その海を悠々と進むのは妖精を象った紋章を帆に刻んだ大型帆船。魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)が有するこの船は現在、S級魔導士昇格試験の会場へと、受験者とそのパートナーたちを運ぶために進んでいた。

 

「あ……暑い……!冬だってのに何なのコレ……」

 

その船の上に乗っている大半のメンバーは、照り付ける太陽とそれによって熱された空気により、冬とは思えない常夏を超えた猛暑によって、各々水着になったり薄着になったりしてダウン状態となっている。現に、今の状況に愚痴をこぼしたルーシィも、水着姿の状態でビーチチェアに体を預け、手足を放った状態だ。

 

「あたし溶けちゃうかも……。アイスになって、ハッピーに食べられちゃうんだ……」

「マズそうだね……」

 

「ルーちゃんだらしないよ、そのカッコ……」

「この辺は海流の影響で、年中この気候なんだとさ」

 

夏や冬に関係なく、今から向かおうとしている島の周辺は年中猛暑となっているらしい。何度かその場所にも行ったことのあるカナが、初参戦となっている面々に解説しているが、その暑さへの慣れはない様子。彼女も含めたほとんどの女性陣は水着姿で、何とか寛いでいる状態だ。

 

一方で体質か気の持ちようか、うだるような暑さにも音をあげず、普段と同じ格好をしている者たちも数名いる。ガジルやジュビア、フリードたちのチームなどだ。特にジュビアやフリードは普段から暑そうな恰好をしている割に平然としている。特にジュビアは、汗一つかいていない。

 

「ジュビア。暑くないの?その格好」

 

「暑くはない。けど、強いて言うなら……」

 

冷たいドリンクグラスを頬に当てながら、思わずリサーナがジュビアに問うと、眉一つ動かさずに、本当に平気な様子で答える。彼女の凄まじさが感じられる一方で、ジュビアは別のものに目線と意識を集中していた。それは……。

 

 

 

 

「グレイ様の裸体がアツい!!」

 

「あぢィ……」

 

寒さの耐性はあっても、暑さの耐性はないグレイが、あまりの暑さについに全裸でルーシィ同様ビーチチェアに体を預けて四肢を投げ出している姿だった。よく女子たちが騒ぎにならないものだ。ジュビアはともかく。

 

 

「気持ち悪ィ~……!!」

 

ついでに、暑さではなく乗り物に酔ってグロッキーになっている者が一人。ナツが今にも口から色々と吐き出しそうになってる状態で船内をフラフラとしており、たまたま近くまで寄られたロキがナツをやんわり追い返そうとしている。

 

普段なら乗り物酔いを抑えることが出来るトロイアをウェンディにかけてもらうのだが、今回ウェンディはメストのパートナーとしてここに来ている為、別チームであるナツに協力するようなことが出来ないのだ。

 

「すみません、ナツさん……」

 

「ううぅ~~……!」

 

テーブルに上半身を預けた姿勢のまま、ウェンディがナツに目を向けて申し訳なさそうに謝り、どうしてもこの酔いから解放されない絶望感に、ナツは涙を流していた。

 

「まったく、どいつもこいつもだらしないわね」

 

暑さや酔いにやられて、意気消沈となっている面々とは別に、彼らを見て呆れるような発言をする者が一名。声を耳にした数人がそちらに目を向けると、それを言い放ったのはある受験者のパートナーとして同行して来たシャルルだ。

 

「まだ始まっていないのに暑さぐらいでばててるんじゃ、肝心の試験でも先が思いやられるわね」

 

彼女の言う事は一理ある。今から向かう試験会場の島も、この海域と同様の気候だった場合は今のように消耗した状態では満足に動けない。それに関しては同意見だが……。

 

 

 

 

問題はそれを言った本人の服装が専用サイズのアロハシャツとサングラスで、ビーチチェアに加えてパラソルまで用意してある、完全にバカンススタイルで寛いでいる事だった。彼女をパートナーに誘ったシエルも同じ格好である。

 

「思いっきりバカンス気分の奴等に言われたかねーよ!!」

 

「俺らとしては何も着てない奴にだけは言われたくないよ」

 

代表してグレイが彼らに対してツッコミを入れた。船に乗り込むや否や二人して片隅に移動したかと思いきや、黙々と荷物袋から折り畳み式のパラソルやらテーブル、チェアを出した時は、ほとんどの面々が目をひん剥くほど驚愕したのを覚えてる。しかしそんな指摘など気にもせず、シエルがサングラスをずらしてジト目を向けながら返した。

 

彼らが何故場違いにも見えるバカンススタイルでこの航海を過ごしているのかと言うと、今回の試験場所に関してギルドの文献を調べていたシエルが周辺の気候についても調べ上げ、到着するまでの間に体力を温存する方法として最適だと判断したからである。ただしシエルには天候に関する恩恵故暑さを感じはしないため、ほぼほぼパートナーのシャルルが対象である。なら何故シエルまで?片方だけが別の格好してたら違和感があるからだそうだ。

 

「やだやだ。これからみんな敵になるってのに、馴れ合っちゃってさ」

 

「アチィ……漢だ!」

 

「意味分かんないわよ……」

 

一連の流れを、動揺に水着に着替えて、普段から持っている扇子を片手に暑さを凌いでいたエバーグリーンが呆れながらぼやく。その近くでエルフマンも暑さ故か“漢”と書かれたふんどし一丁の姿で必死に耐えている。見えないとこでも漢として振舞う姿はさすがだ。

 

「ん……?この感じ……」

 

「何、どうかしたの……?」

 

すると、シエルが空気中に流れるあるものを感知して、寝転がっていたビーチチェアから起き上がり、その方角へと目を向ける。シエルが起き上がったことに気付いて、シャルルも同じ方向を見ると、思わず言葉を失う光景を目に映した。

 

「見えてきたね」

 

「おお……!あれか……!」

 

シエルたちの反応に、他のペアの魔導士たちも一様にある一点へと視線を移す。最初に気付いた様子のシエルも、サングラスを外して露わとなったその肉眼で、かの地の全貌をその目に焼き付ける。と同時に、思わずその光景に感動すら覚え、息を呑んだ。

 

 

 

輝く太陽に照らされた故か、微かに光を放っているように見えるその地。その全貌はまるで超がつくほどの巨大な樹木。広大に見える大地と切り立った岩々には根が張り巡らされており、海が接する端まで及んでいる。突き出された巨大な岩山を更に巨大な根が張り付き、その上からようやく幹に到達していて、葉が存在しているであろう箇所には、また一つの大地が組み上がっている。まるで、島の上にもう一つの島があるようだ。

 

あの島こそ『天狼島』。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地である。

 

「ここからでも分かる。空気中に不思議な魔力を感じる。あの島から漂ってるんだ」

 

「よく分かるな」

 

天候魔法(ウェザーズ)の使い手故に空気の流れを察知していたシエルは、目にするよりも先にあの島の存在を感じ取っていたことになるのだろう。天狼島から自然と流れてくるのは、島特有と言えるべき不思議な、しかし暖かいと感じる魔力の欠片。そして空気中に流れてくるその魔力は、シエル同様に空気に敏感なウェンディも感じている。

 

「あの島にはかつて……妖精がいたと言われていた」

 

そして、ほぼ全員(乗り物酔いが収まらないナツを除く)が天狼島に注視していた傍らで、全メンバーを見下ろせる位置から声を発していたのは、船の上に同乗していたマスター・マカロフだ。

 

「そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター『メイビス・ヴァーミリオン』が眠る地……」

 

「初代マスター……?」

 

思わずその単語が気になり、シエルが反芻して呟いた。ギルドで説明をする時には聞かされていなかった内容だ。初代マスター……つまり、このギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)の創設者と言う事だ。ともすれば、あの島から不思議な魔力を感じるのも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地と呼ばれているのも納得がいく。

 

 

 

 

「つか!何でじーさんまでシエルたちみてぇな格好なんだよ!流行ってんのか!?」

 

「だって暑いんだもん!」

 

するとグレイが別のところに着目してツッコミを入れた。現在マカロフも、暑さを少しでも和らげる為かアロハシャツに身を包んでいて、うちわまで持ち込んでいる。これで少なくとも三人目だ。水着がほとんどの中でアロハシャツが被る事など逆にレアな気がしてきた。

 

「これより、一次試験の内容を発表する」

 

「一次試験?」

 

「大体、毎年何段階かに分かれてるんだ」

 

遂に試験が始まるという意味合いも加わったマカロフの言葉を聞いて、受験者の一部が気を引き締めてその説明に耳を傾け始める。初めての参加であるウェンディが()()試験と言う単語に反応を示したのを聞いて、メストがすかさず補足を挟んだ。

 

「島の岸に煙が立っておるじゃろう?まずはそこへ向かってもらう。そこには9つの通路があり、1つの通路には一組しか入る事は出来ん」

 

うちわを指示した方向に存在する岸からは確かに煙が立っているのが見えており、説明の通りならばその煙の近くに9つに別れた通路が存在しているはず。そしてこの別れた通路と言うのが何を意味しているのかと言うと……。

 

「そして通路の先はこうなっておる」

 

その言葉の直後、マカロフの横に魔水晶(ラクリマ)で作られた映像が浮かび上がる。そこには大まかに記された通路の見取り図が描かれていた。

 

まず目を引いたのは“闘”の文字。二つの通路が交わる箇所に開かれた空間にその文字が記されていて、奥の方に通路が一本存在している。それが二つ。

 

次に“静”。一本の道から特に大きく書かれたわけでもないその道は、真っすぐ奥の方へと繋がっている。これは一つのみ。

 

そして最後に、出てきた瞬間一同の目をさらっていくのが“激闘”の文字。道は一本だが、その先に一番大きな空間の中に書かれたその文字と一緒に、エルザやペルセウスを始めとしたS級魔導士の顔が共に描かれていて、数もその数同様4つとなっている。ただしミラジェーンのみ何故か“激闘?”となっていた。

 

全ての道は奥へと繋がっており、その道の到達点には大きな文字で“一次試験合格!!”と書かれていた。

 

「ここを突破できたチームのみが、一次試験合格者じゃ!」

 

大まかに解釈すると、9つの道が存在していてそれぞれの先は道によって異なる。三つの区分に分かれた道の先にある障害を突破して、奥の道へと進むことが出来たチームを、一次試験合格のチームとする、と言う事だろう。闘や静、そして激闘。これら三つの意味は以下の通りだ。

 

闘は、9組の内それぞれ2組がぶつかり、勝った一組のみが通れるというルート。

 

静は、誰と闘う事もなく一次試験を通過できるルート。

 

そして最後に激闘は最難関。現役のS級魔導士が待ち構えており、倒さなければ進むことが許されないルートだ。

 

「一次試験の目的は“武力”!そして“運”!!」

 

『(運って……)』

 

確かに静を引き当ててリスクなく一次試験を突破できるか否かは運に左右される。だがまさか、運を試験で試されることになるとは思わなかったのか、何人かは衝撃を受けたように固まっている。

 

「運ならいけるかも!」

 

「静を当てる確率は、たった1/9しかないのよ?」

 

武力だけでなく運も試されるのなら希望があると表情を明るくするルーシィ。だがカナの言う通り確率は約1割。望みは薄く感じる。

 

「理論的には、最大7組が合格できるって事ね」

 

「む、無理だ!ペルにエルザにギルダーツ……突破できそうにねぇ道が多すぎる!!」

 

「何弱気になってんのよ?」

 

説明を聞いて、エバーグリーンが合格の理想数をイメージして呟く。一方のエルフマンは今回やけに後ろ向きだ。圧倒的な力を誇るS級魔導士たちに勝てる自信が持てないのが大きいのだろう。

 

「最悪の場合は3組……参加チームの1/3しか突破できないのか……」

 

「面白ぇ。どいつもこいつもボコボコにしてやるぜ!」

 

「あのねぇ……」

 

エルフマンに影響されたのか、レビィはS級のルートに全員が敗れた際の想像をして思わずぼやいてしまっている。9組中3組と聞くと、確かにとんでもなく狭き門だ。だがパートナーのガジルは寧ろ闘や激闘が大歓迎のようで、受験者の彼女よりも張りきっている。

 

「……マスター、一ついいかな?」

 

「何じゃ、質問か?言っておくがルール変更は認めんぞ」

 

「いや、そうじゃなくてさ……」

 

粗方の説明が終わったこと悟ったのか、突如シエルが手を挙げてマカロフに向けて尋ねる。質問するほど、分からない部分でもあったのか?あのシエルが?と言う疑問が周りで数人ほど浮かんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

「ギルダーツのとこの文字、“激闘”じゃなくて、“試験終了”って書き換えてくれない?どうせ誰も突破できないだろうし」

 

「「ちょっと待てコラァ!!!」」

 

質問と言うよりも、一部の表記に関する要望だった。しかも「そこ気にするとこ?」と思わずにはいられない変更点。唐突に何言ってんだ?と言いたげな他の受験者やパートナーたちとは対照的に、怒りを前面に出して彼に詰め寄ったのはナツとガジルの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)二人だ。

 

「テメェ何言ってやがんだ!!」

 

「まるでオレがギルダーツに勝てねぇって言い方じゃねーか!!」

 

「いや、実際のところギルダーツのルートを選んで突破できそうなチームがいるようには見えないし、勝てるビジョンが浮かばない」

 

そんな怒りを真正面から受けながらも、妙に悟ったような目でシエルが淡々と返す。思わず他の面々が頷いてしまうほどの説得力だ。ガジルでさえもギルダーツの規格外の強さから鑑みてこれ以上言葉が出てこない始末である。

 

「オレならギルダーツが相手でも勝てるっての!いや、絶対にギルダーツに勝つ!オレにはそのビジョンが見える!!」

 

「俺には首から上だけ残して地面に埋められてるビジョンしか浮かばないけど?」

 

『ブフッ!!』

 

「何笑ってやがんだてめぇら!!つーかじっちゃんも何書き換えようとしてんだァ!!?」

 

怒りで乗り物酔いが一時的に収まったナツがムキになり、シエルの言葉に対して対抗。だがそれでもなおシエルは畳みかけるようにありそうなイメージを口にすると、耳にした瞬間ハッピー、グレイ、ガジルの三人がツボにはまったのか吹き出し、他にも数名が笑いをこらえるように震え始め、ナツが更に怒りを増長させる。ちなみにマカロフはシエルの要望に応えて光筆(ヒカリペン)でギルダーツの箇所の文字を本当に書き換えようとしていたが、彼もツボにはまったのか堪えるように体を震わせていた。

 

「言うのは勝手だけど、アンタ自分がギルダーツに当たったらどうする気よ?」

 

「あ……どうしよ?」

 

「おい」

 

一連の流れを横目にしながら、シャルルが騒ぎを起こした張本人に、実際に自分が当たったらどうするのか問いかけると、そのあたりは珍しく細かく考えれていなかったらしく、真面目に勝てそうな気がしない。マカロフが言ってた武力と()と言う言葉が重く圧し掛かる。成程、これはすごく大事だ。

 

「まあそれは兎も角。これで一次試験の説明は終了とする。早速、試験開始じゃ、始めぇ!!」

 

 

 

「は?」

 

「始めって……ここ、海の上じゃないか……」

 

ひとしきり笑い終わったのか気を取り直したマカロフが大々的に宣言。だが船はまだ海上を漂っていて、島までの距離は残っている。その状況で試験開始を言われた受験者は一様に疑問符を浮かべているが、ロキの呟いた疑問に対するマカロフはイタズラが成功したような笑みで返している。その意図を察して動き出したのはナツたちだった。

 

「そう言う事か、ハッピー!」

「うん!」

 

甲板に置かれていた木箱を足場にして駆けあがり、ハッピーと共に飛びあがるとそのままハッピーに持ち上げられて飛行して船から脱出を試みる。既に試験がスタートしていると言う事は、9つに別れた通路に、ここから向かう必要がある事を意味する。

 

「先に通路を選ぶんだ!」

「あいさー!!」

 

「うわ!ズリィ!!」

「ナツ!てめぇ!!」

 

大半の者たちは船から降りてここから泳ぐ必要があるが、ナツとハッピーには無関係。空路と言う最速の手段を用いて一足先に煙の位置へと向かおうとする二人を、グレイとエルフマンが驚愕しながら声をあげる。しかし……。

 

「んが!?」

 

船の外から出ようとしたところを、見えない壁にぶち当たったようにナツたちが止められ、そのまま先へと進めなくなっていた。この光景には覚えがある。すぐさま理解したカナが船の欄干を見てみると、予想通りの文字列が船を囲むように記されていた。術式魔法だ。つまり……。

 

「安心しろ!五分後に解けるようになっている!」

 

「フリード!!」

「てめえ……!!」

 

術式魔法のスペシャリストであるフリード、そしてパートナーのビックスローが、それぞれ闇の翼と繋げた人形で浮遊しながら、船に取り残された者たちを背にして島へと向かっている最中だった。まんまと閉じ込められたことで、ナツやグレイからブーイングが発生している。

 

「ずーっと閉じ込めときゃいいじゃねーか」

 

「それじゃ試験にならん」

 

妙なところで真面目なフリードは、律義にも一次的な足止めとしてのみ術式を使用したようで、ビックスローと軽口を叩きながら島へと向かって行く。だがその一時的でさえ、下手をすれば試験の合否を大きく分けてしまう可能性もある。

 

「おい、じーさん!あんなのアリかよ!?」

 

「まあ、レースじゃないし」

 

「あいつを先に行かせたら、島が術式だらけにされちまうだろ!!」

 

道を選ぶ順番が変わるだけとはいえ、先に行けば有利に事を運べたり、フリードに関しては島にいくつも自分が優位に立てる術式を仕掛けることが出来る。こちらが不利になる事は変わらない事に対して、苦言が止まらない。

 

「さて……果たしてそうかな?」

 

だが、うちわで扇ぎながら見ていたマカロフは、フリードの思惑がそう簡単にいくとは限らない事を予想していた。再び悪戯が成功したような笑みを浮かべて見やった先をグレイも見てみると、次の瞬間まさかの事が起きた。

 

 

 

フリードとビックスローが進んでいた先に、突如彼らを阻むように幾つもの竜巻が発生。押し流そうとしていた。

 

「な、何だ!?」

 

「これは……!」

 

思わぬ出来事にさすがの二人も困惑し、中でもフリードはその竜巻に心当たりがあった。船上からでも確認できるその竜巻を見て、受験者たちの多くはフリードたちよりも更に困惑している。

 

「海の上に、竜巻!?それもあんなに!?」

 

「あれは魔法……?まさか!?」

 

その船の上でルーシィが前触れもなく起きたあり得ない光景に目を見開き、近くにいたカナが自然に起きたものではなく魔法によるものだと勘づくと、船の上を見渡す。あのような竜巻を一瞬で生み出せるものは一人しかいない。そしてその人物は、パートナーと共に既にいなくなっていた。

 

「まさか……術式が発動するよりも早く、船から脱していたのか……!」

 

一方のフリード。竜巻に阻まれ往生するしかない彼の目は、竜巻群の向こうにいる存在を見て驚愕していた。不敵な笑みを浮かべてフリードたちを見据えている、その少年を。

 

 

 

 

 

 

ハッピー同様に白い翼を広げて、小柄の少年を掴みながら空を飛ぶ白いネコと共に、先んじて船から脱出していたペア。シエルとシャルルだ。

 

「シエル!?」

「シャルル!?」

 

「何であいつらが術式の外に!?」

 

自分たち同様に術式の中に閉じ込められていたと思いきや、フリードたちよりも先に外に出ていた二人の姿を見て、ナツとハッピーがそれぞれ驚愕を露わにしている。だがエルフマンの言うように、マカロフが試験開始と言ってからナツが動き出した時間もそこまでなかったのに、どうやって彼らは術式から逃れたのか?

 

「開始の合図とともにすぐさま船から飛び立って行ったぞ。二人とも勘がいいからのう~」

 

「あっ……そっか!予知能力で閉じ込められるのに気づいてたんだ!!」

 

ずっと受験者を見下ろして彼らの動きを見ていたマカロフは、自分が試験開始と言った直後にシャルルがシエルを抱えて飛び立って行ったのを見ていた。こうなる事を見越していたという判断をしていたが、リサーナはその行動に心当たりがあった。

 

シャルルが持っている力、予知能力。近い未来に起こる事は、意図的にコントロールして見ることが出来るようになったと聞いていた。それを使って、フリードの術式にかかり、閉じ込められる面々の未来が見えたのだろう。

 

「しかし、シャルルのおかげで助かった。ありがとう」

 

「たまたま見ることが出来たのよ。気付けなかったらすっかり掛かってたわ」

 

「運が良かったって事か。こりゃ幸先がいい!じゃ、お先に失礼、お二人さん!!」

 

そしてリサーナの気づいた通り、シャルルが予知を見たことで事前にシエルへ伝え、試験開始と同時に飛び立ったのだ。そしてシャルルに持ち上げられている態勢のまま、シエルはしたり顔を浮かべながらフリードたちに手を振って、そのまま煙の方へと先んじて飛んで行ってしまった。竜巻が解けるには少し時間がかかるだろう。

 

「シエルたちが行っちゃう!」

 

「あの二人……思った以上に相性のいい組み合わせかもね。多分一番厄介だよ……」

 

悔し気に留まっているフリードたちに背を向けて飛び去って行くシエルとシャルルを遠目に目撃し、船上でも焦りの声が上がる。普段からイタズラをする時にも用いられる知識の多さと頭の回転が早いシエルと、同様に頭が切れる上に予知能力で下手をすると対峙する者の動きを事前に察知するシャルル。しかも互いに互いの咄嗟の行動の意図を把握して動くことも出来る。それを理解したロキが、今回の試験で最も注意すべきペアであると認識した。

 

「迂闊だった……!同じネコがパートナーでも、バカ同士が組んだ片方ならともかく、向こうはどっちも頭脳派だから、どうにも一歩先を行かれちまう……!」

 

「グレイてめぇ!そらどーゆー意味だぁ!!」

 

「そうだよ!オイラまでナツと同列扱いだなんて、いくらなんでもヒドイよ!!」

 

「ハッピー!!?」

 

たった数秒間でペアとして組んだ際の恐ろしさを認識されたシエルたちに対して、同じ種族のエクシードと組んだナツは今も術式の壁を殴り続けているだけ。頭が良い者同士と悪い者同士でどっちが脅威か明白な事に気付けなかったことに、苦虫を嚙み潰した表情を浮かべるグレイ。しかしそれは、完全にナツたち(もう片方)を思い切り馬鹿にしたような言動だったためにそのチームから怒りの抗議が入る。だがハッピーの怒りの着眼点はナツにとってはまるで裏切られたような衝撃を受けるものだった。気持ちは大いに分かる。

 

だが船上にいるチームもただで待っているわけではない。術式を解除して、すぐさま追いつければ時間のロスを取り戻せるはずだ。その為に動いたのは、文字魔法にフリード同様精通しているレビィ。既に書き換えを実行しており、船上にいる面々は表情を明るくする。

 

「でも、私とガジルだけ!!」

 

『何ィーーー!!?』

 

だがしかし、レビィは自分自身とパートナーのガジルのみを通れる対象に追加した状態に書き換え、そのまま船から二人揃って飛び出して、海に着水。事実上取り残された面々は目を見開いて驚愕の声をあげる。

 

「レビィちゃん……!?」

 

「ごめんね、ルーちゃん!じゃあねー!みんなおっさきー!!」

 

「コノヤロ~……!!」

 

そしてそのまま泳いで島の方へと向かって行くレビィとガジル。シエルが起こした竜巻は勢いが徐々に緩まって行ってるため、あと十数秒もすれば解除されるだろう。だが術式はまだまだ効力が残っている。結局解決するどころか、先取りされたことにナツが体を震わせて恨みつらみに呟いた。

 

そして船から脱出してたのはレビィたちだけじゃない。エルフマンのパートナーとして参加しているエバーグリーンが、同じように術式を書き換えている最中だった。フリードとは付き合いが長い彼女は、フリードの術式魔法にも少しばかり通じている。複雑なものならともかく、今回のような優しいものなら書き換えられるらしい。

 

「さあ、行くわよエルフマン!!」

 

「おおお漢ォオオ!!」

 

そしてパートナーとして、受験者のエルフマンも含めて通れるようにした状態で、二人もまた船から脱出、海から島へと向かい始めた。彼らを含め、自分たちを差し置いて島へと向かった4組のペアに向けて恨みがましくナツが睨みつけながらも、術式の壁に手をかけている。

 

「あと何分足止め?」

 

「まだあと4分です」

 

「じゃあ……レビィの奴、たった一分で術式を……!!」

 

残り時間はまだ4分。術式が発動してからたったの一分で、レビィやエバーグリーンは術式を書き換えたと言う事になる。驚異的な速さだ。

 

「フリードの策もあまり作用しなかったみたいじゃのう。半数以上が既に脱しているとは……」

 

「半数……以上?」

 

するとマカロフがぼやくように言った言葉に、グレイが妙と感じ取って首を傾げた。参加している組は9組。半数となると4か5なのだが、以上と言う事は5組が術式を抜けたことになる。確認できている組はシエル、フリード、レビィ、エルフマンの4組。他に誰かいただろうか?

 

「えっと、あたしたちとナツにハッピー……」

 

「グレイ、ロキとジュビア、リサーナ。あとはメストとウェンディが……」

 

ルーシィ、カナのペアが今船上に残っているペアを数えて確認を取るために見渡す。目についたペアを声に出して確認を取っていき、最後に残っているはずのメストとウェンディのペアがいた場所に目を向ける、が……。

 

 

 

 

 

長身の男性と小柄な少女がいるはずのその空間には、誰も存在していなかった。

 

『いねぇーーーーーっ!!?』

 

船上に残された全魔導士が思わず声を揃えて大合唱。一体あの二人、いつの間に船から降りたのか、そもそもどうやって移動したのか、分からないまま残りの4分間を、船の上で待ちぼうけすることしかできなかった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その頃、船の上で様々な騒動が起きていることも露知らず、シャルルに抱えられながら空を移動し、一足先に目的である煙の立つ岸へと辿り着いたシエル。

 

「サンキューシャルル。けど良かったの?乗雲(クラウィド)使えば、シャルルの魔力を使う事もなかったのに」

 

「何言ってんの。もし選んだルートが闘か激闘だったら、直接的な戦闘力のない私を抜きにして、アンタが闘わなきゃいけないのよ?だったらアンタに、使う魔力を温存してもらわないと」

 

乗雲(クラウィド)一回ぐらいなら、と思ってたけど……そうだね、用心するに越したことはないか」

 

そんな会話も挟みながら、二人は揃って煙の奥の方、通路が分かれているであろう場所を目指していく。それと同時に、島の大地に降り立ってから感じているものが強くなっているのを自覚した。

 

「空気中に感じていた魔力が更に増えた……。やっぱこの島、ただならぬ魔力を持ってるんだな……」

 

「聖地として選んだのも……と言うより、初代マスターと呼ばれた、メイビスが眠る地として選んだのも頷けるわね」

 

「“メイビス”、か……。妖精の尻尾(フェアリーテイル)創った人って、女の人だったんだな……意外だ……」

 

「そんなこと気にするより、早く先に進むわよ!」

 

空気と共に流れ込んで感じていた魔力の根源はやはりここであると自覚すると共に、マスター・マカロフから聞かされていた初代マスターが眠る地と言う言葉を思い出す。“メイビス”……女性の名を聞いた時シエルが感じたのは、あの破天荒な者たちが集まるギルドを作ったのが女性であることが意外と言う事実だった。意外と余裕があるようだ。案の定シャルルに怒られて、シエルは揃って先へと向かった。

 

術式で一番乗りを狙っていたフリードたちよりも先に到達したのであれば、道はまだ全て空いている。ここから運を頼りにして進む必要がある。どのルートを選ぶべきか考えながら向かった二人だったが……。

 

「あれ?」

 

「どうなってるの?」

 

辿り着いた9つの分かれ道。A~Iと書かれた看板が入り口の前にそれぞれ置かれていて目印になっているのだが、その内の一つ、右から二番目で設定されたHルートが既に封鎖されていた。

 

「道が一つ、封鎖されてる……!」

 

「封鎖されてる、イコール既に誰かが入って行ったあと……のはずなんだけど、俺たちより先を行っていたペアは、確かいなかったはず……」

 

フリードたちはまだ後方だ。それ以外のペアは今も術式の中。そう思っていたのだが、もしかして自分たち同様既に抜けていた者たちがいたのか?だが他のペアよりも、今は自分たちだ。確率は一つ減ったことで1/8。出来る事なら静を選んで、消耗することなく突破したいところだが。

 

「シャルル、予知の力でどのルートが何になるのか見ることは出来ないかな?」

 

「ルートの距離次第ね。あんまり長いと、その分未来が遠くて正確に見ることが出来ないから。ちょっと待ってて……」

 

選ぶための作戦は、シエルのパートナー・シャルルの能力をフルに活用し、どのルートが最善かを導くと言うものだ。未来を見る範囲によっては、激闘のルートを確実に回避することも可能のはず。

 

しばらく唸り声を上げながら、近い未来を予知している様子のシャルルは、長い時間の予知を終え、疲れた様子で息を吐いた。

 

「何か分かった?」

 

「明確に全部……とはいかなかったけど、部分的にね」

 

さすがにそう都合よくはいかなかったようだが十分だ。最悪のルートを回避する材料にはなるはずである。それを期待して、シエルはシャルルが見たであろう予知の結果に耳を傾けた。

 

「まずは、A、D、Eのルート。少なくともこの三つは除外ね。果てしなく嫌な予感しかしないわ」

 

「激闘ルートで確定、ってことだね」

 

「恐らく。どれが誰なのかまではハッキリ見えなかったけど、ここを選んで真正面から突破するのは無謀ね」

 

4人いるS級魔導士のうち、3人がいるであろうルートは絞られた。ひとまず、そのルート以外を選べば良さそうだ。残るは5つだが……。

 

「あとはそうね……CとGのルートはさっきの三つと比べてだけど、そこまで嫌な予感を感じはしないわ」

 

「比べて、と言う事は激闘じゃなくて、闘?」

 

「そのルートで誰と闘うかにも左右するみたいだけど。で、あとはB……それからFは上手く未来が映らないわ。変わり映えがしない……と言えばいいのかしら……」

 

「その二つのどっちかが、静のルート……?」

 

「分からない。激闘はもう一つ、残っているみたいだし……」

 

部分的とはいえ、有力な情報ばかりがシャルルの口から明かされる。物凄く頼りになる。ひょっとしたら自分は最大級と言える戦力をパートナーにしたのでは、と頭に過るレベルで。だが忘れてはいけない。今回シャルルと組めたのは、あくまでウェンディの安全の為であることを。

 

「あれ?そう言えばIルートは?何か映ったの?」

 

大体のルートは説明されたが、最後の一番右端。Iと書かれた看板でつながる海沿いの道が、何に繋がっているかの説明を受けていない。その事に気付いたシエルが問いかけるが、シャルルが示した反応は、微妙そうな顔だった。その理由は……。

 

「……分かれてるのよ、未来が……」

 

「……分かれてる……?」

 

「そう。極端な二つの未来が存在しているの。希望と絶望、天国と地獄、てっぺんとどん底」

 

「想像以上に両極端……」

 

一体どんな風に見えたらそんな例えが出てくるのだろう。シエルから汗マークが幻視されるような呟きが放たれる。ある意味一番選ぶのが怖そうなルートなのだが、これは何を意味してるのだろうか。静か?激闘か?

 

「何て言うのかしら。壁のようになってるのよ。このルート」

 

「壁?」

 

「高く聳え立つ壁。それを乗り越えられるか否か。ここを選んだ組を、試すかのような……」

 

その壁を乗り越えられるかで、まさか今後の未来までもが左右されると言うのだろうか。シャルルが言っていた両極端の例えとは、もしやルートだけでなく、そのルートで起きたことの更に先までも現している……?

 

「はっ!」

 

するとシエルが何かに気付いたように勢い良く後ろを振り返る。彼の目に映ったのは、岸の方に降り立つフリードとビックスローの姿。竜巻のバリケードを超えて、ここまで至ったと言う事なのだろう。このままでは闘に入るよりも先に激突することになってしまう。

 

「フリードたちだ!」

 

「どうするの?もう時間はないわよ!!」

 

シャルルが予知することによって分かったいくつかの道。フリードたちが来るよりも先に進む必要がある。切羽詰まったシャルルの声を聞いて、シエルは内心焦りながらも頭の中でどうするべきか思考を重ね、そして答えを導いた。

 

「決めた……Iルートに行く!」

 

「え、い、いいのそこで!?」

 

「得体が知れない事は百も承知。けど、S級魔導士になるための壁が立ちふさがってるって言うのなら、超えなきゃいけないって思うから!」

 

BやFなら安全なルートかもしれない。だがシエルは、この一次試験で終わるとは毛頭思っていない。乗り越えるべき壁があるのがその道ならば、シエルは進む方を選ぶ。両極端に分かれるであろうその道の、輝かしい道に進む権利を掴むためにも。

 

「しょうがないわね……あんたの試験だし、従うしかないじゃない!」

 

覚悟を決めた表情で言い切ったシエルに、溜息交じりに呆れながらもシャルルは是と答える。善は急げ。迫ってくるフリードたちを振り切るように、シエルとシャルルはIと書かれた看板が立てられた道の入り口に入って行った。彼らが入って少しして、Iルート封鎖と言わんばかりに魔法で出来たバツ印の壁がその入り口を塞いだ。

 

駆け足から徒歩へと切り替えて、道なりに進んで行く少年と白ネコ。所々植物が群生する砂浜地帯や、海と目と鼻の先になる断崖地帯の横と言う、割とスレスレな部分を歩いていく。

 

「ここ、本当に人が通るような道なのかしら……?」

 

「舗装されているようには、あんまり見えないのは確かだけど……」

 

通る道に関してそんな愚痴に似た言葉をぼやきながら先を進んで行く二人。幸い地面には近い位置だからか、海に落ちてもすぐに戻れるようにはなっているのだが、それでも危なっかしく感じる。

 

右側は一面海。左側は断崖の壁と言う道を通って行き、ほぼ直角に内側へと曲がる場所を曲がった瞬間、目に映った光景に二人は驚くとともに足を止めた。

 

「道が……!」

 

「どう言う事!?」

 

何と、曲がった先は、まだ存在しているはずの道が途切れて、海に沈んでいたのだ。まさかここで途切れているとは思わず、特にシャルルが過剰にその造りに対して不満そうに叫び始めた。

 

「こんな道をどうして試験なんかに利用したのよ!一体何考えてんのかしら!?」

 

「……いや、待ってシャルル」

 

「何よ!?」

 

憤慨していたシャルルを横目にしながらも、途切れた道の先にまで視点を向けたシエルは、ある一つの事に気が付いた。同じ方を見るようにシエルが指をさせば、そこには海を挟んだ先に、同じように途切れたように見える道が存在していて、見え辛いが、断崖の上に登れる階段が見える。

 

「途切れてるんじゃなくて、海に道があるんだ。今はここを通れないみたいだけど……」

 

「そうか……潮の満ち引きで、道がある時とない時があるのね?」

 

「そう言う事。多分だけど」

 

海流の影響によって、時々島周辺の海水の水位が変位することがあるようだ。その影響を受けている個所の一つが恐らくここ。潮の満ち引きによって、この場の道が通れるか否かが変わる。そして今は満潮。通れるようになるにはしばらくの間待機する必要があるようだ。

 

「まあ俺たちの場合は、空飛べるから普通に空路で行けばいいんだけどね」

 

「空を移動できない組がこのルート通ってたらどうするつもりだったのかしら……」

 

しかしシエルたちの前ではこの満潮も障害にはならない。空を飛行することが出来る二人がいる事で、阻まれずに向こうへと渡ることが出来そうだ。シャルルが再び(エーラ)を広げて、シエルを持ち上げようとした。

 

 

 

 

 

だがその時だった。二人の目に、この状況を疑うような出来事が起こったのは。

 

 

 

それは、本来であれば起こり得るものとは思えないようなこと。道を覆っていた潮が、自然の経過とは思えない速度で突如引いていき、まるで意志を持っているかのように水が波を作って道だけを露わにしていく。そしてものの10秒もかからない間に、干潮の状態でその道が通れるようになっていた。

 

「潮が……」

 

「引いた……?どうなってるの……?」

 

あまりにも摩訶不思議な光景。何が起きたのかが理解できないまま二人は立ち尽くしている。だがこのまま動かずにいては万が一潮が再び満ちては通れなくなる。それを危惧して、少々足早に、ほぼ無意識に道を渡り終わる。そして渡り終えた瞬間、先程まで道を出していた海水が嘘のように動きだして、再び道を海水の下に潜らせた。

 

「まるで、私たちが来るのと、通るのを待っていたかのような……気のせいかしら……?」

 

まるで潮が意思を持って、自分たちを迎え、そして導いたかのような動き方。しかし、意思を本来持たない自然が、そのような挙動を行うものだろうか?

 

「……まさか……!」

 

「ちょ、シエル!?」

 

何かに気付いた様子で目を見開いたシエルは、渡り終わった現在地の先へ続いている階段の方へと突如駆け出していく。急に走り始めたシエルの姿を、慌てながらシャルルは着いて行く。

 

断崖の上に続いているように見える螺旋状に作られた石の階段。その頂へと到達したシエルが見たのは、その部分だけやけに舗装された造りとなっている、例えるならば、石舞台。文献で幾度か見たことのある紋様が全体的に描かれていて、この島で元々特別な場所であったことが分かる。

 

そして、階段を登り切ったシエルから、石舞台の反対側に位置する場所に、その人物はいた。

 

 

 

 

 

「この場所は、まだこの島に人がいた頃……島の風習として伝えられていた儀式を行う場所だったらしい」

 

 

 

 

そう説明を呟くのは、右手に身の丈ほどの長い青の三又槍を持ちながら石突を地につけ、シエルに背中を見せながら胡坐の姿勢で佇んでいる青年。髪の色は、メッシュのかかっていないシエルのものと同じ色。サラサラとしたその髪は肩甲骨のまであり、うなじ辺りで縛られている。

 

 

 

 

「何を願った……何を祈った儀式なのかはもう分からん。どの書庫にも文献にも、載っていなかったらしい。ま、俺は読む柄じゃないから、もっぱらお前の専門だろうが」

 

 

 

 

その声に、その後ろ姿に、そして潮を動かしたであろう槍に、シエルは心当たりがあった。

 

いや最早、心当たりしかなかったと言う方が正しいか。

 

 

 

 

「それにしても、一体どういう因果だろうな……。まさか、()()()()がいる場所に来るとは……」

 

 

 

 

役目を終わらせた槍を異空間にしまい、座っていた本人はゆっくりとその場で立ち上がる。そして同じタイミングでシャルルも階段を上り終えて、シエルに追いついた。しかしその人物の後ろ姿を見た瞬間、シャルルは思わず言葉を失った。

 

 

 

 

「シャルルの予知でも読めなかったのか、それとも俺がいると分かっていたからここを選んだのか……ま、それは今は関係ねぇか」

 

 

 

 

シャルルの顔がこれでもかと蒼白なものとなっていき、シエルも潮がひとりでに動く光景を見てすぐさま察知したものの、実際に目に入ると、動揺している様子で震えていた。そんな彼らの様子に気付いた様子もなく、その青年はゆっくりと振り返り、彼らの姿を目に映した。

 

 

 

 

「よく来たな、シエル、シャルル。この舞台の上で、お前たちのありったけの力を披露して、その成果を捧げてみせろ」

 

 

 

 

振り返ったその顔。左頬に刻まれているのは、シエルと同じ色のギルドマーク。不敵に見える笑みを浮かべた顔立ちがシエルと似通っているその人物は、最早わざわざ言わずともはっきりとしていた。

 

「(まさかの実兄(ペルセウス)ーーッ!!!!)」

 

ルートの種類は激闘。相手は受験者の実の兄。しかもその強さは国一つを相手取っても余裕を見せながら圧倒するような、言ってしまえば化け物クラス。シャルルは一瞬で後悔に苛まれた。あの時予知で見えた両極端の未来、高い壁と言う意味がどういうものなのかを正確に測れなかったことを。そしてシエルが、その道に行くことを止めなかったことを。

 

最悪だ。このような未来になってしまうとは。こんなことならIルートは嫌な予感がすると言って行かせないようにすればよかった、と。そうしておけば、まだ他の突破できそうなルートで行けたはずなのに。

 

「兄さんが……相手……」

 

ぼそりと小さい声でシエルがそう呟くのを聞き、シャルルの体が強張る。その声に込められているのは怒りか、悲嘆か、はたまた絶望か。自分の兄を相手にしなければならないと言う悲壮や絶望感はシャルルには計りしれない。そんなシエルから目を逸らしながらシャルルは言葉を紡いだ。

 

「ご、ごめんなさいシエル……私の予知が、まだ中途半端だったことで、こんなことに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってんのさ……この上なく最高のルートじゃないか……!!」

 

「はあーっ!!?」

 

だがシエルから帰ってきた返事はそんなシャルルの想像の斜め上を行っていた。少しばかり引き攣りながらも、目に闘志を浮かべ、口元を吊り上げ、真っすぐに自分の兄に向けてやる気を漲らせている。理解できなかった。何でそんなにやる気を見せているのか。

 

「何言ってんのよアンタ!相手はアンタの兄貴よ!超がつくほどの化け物なのよ!?そんな奴を相手して勝てると思ってるわけェ!!?」

 

「兄さんがとんでもなく強いことは、俺が一番知ってるよ」

 

激闘に当たったと言うのにそこに全く悲壮感を感じさせないシエルの言動に、シャルルが焦りと怒りをまじえながら騒ぎ立てるも、シエルはそれに同調する様子はない。ナツとは違って、シエルは兄に簡単に勝てるとは思っていない。彼我の実力差にまだ開きがある事は重々承知だ。だがそれでも……。

 

「今の俺の全部が、兄さんにどこまで通用するのかを試すチャンスだ……!あらゆる全力を出し切って、兄さんと言う高い壁を突破することが出来れば、S級になれる確率が高まる。天国と地獄とはこのことだね……ナツ風に言うならば、燃えてきた……!!!」

 

「(わ、忘れてたわ……結局こいつも……脳筋ども(あいつら)と同類だったって……!!)」

 

今の自分の力がどこまっで兄に通用するのか。更に万が一にも兄を下すことが出来れば、S級魔導士になれる確証が更に約束される。シエルにとって、この試験で兄と闘う事になったのは僥倖だ。そのチャンスを与えてくれたシャルルには感謝しか浮かばない。だがそんな姿勢を見たシャルルは、珍しく頭が回る貴重な枠だったシエルも、結局は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士によく見られる戦闘狂の気質持ちだったことを思い出し、頭を抱えた。

 

「さて、それじゃあ始めようか。シエル、そしてシャルル。S級魔導士昇格試験・一次試験の相手を務めるこの俺に、その力を示してみろ」

 

コートを棚引かせながら、悠々と受験者側の二人に試験開始を告げるペルセウス。萎縮しかけているシャルルを尻目に、シエルの表情は少し汗を垂らしながらもやる気に満ち溢れていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

シエルが引き当てたペルセウス相手の激闘ルート。それ以外のルートでも、各々の受験者が立ちはだかる関門にぶつかっているところだった。

 

Dルート。ここを選択したのはジュビア、リサーナのチーム。

 

「強い……!こんなに強かった……の?」

 

浸水し、所々が崩壊した遺跡のような建物の中。ジュビアたちの前に立ちはだかったのは緋色の長い髪を持った女騎士・エルザ。その身につけられた鎧は、兜や鎧に所々ヒレのような装飾があしらわれた、見るからに水の耐性が付けられたかのようなもの。その銘は……。

 

「『海王の鎧』……!完全にジュビアの水を防ぐ気だ……!」

 

「どうしたジュビア。そんなことではS級魔導士にはなれんぞ」

 

ジュビアに対する特効とも言えるべき鎧を纏い、長い戦闘経験から来る圧倒的な強さ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女魔導士との呼び声高い彼女を前に、ジュビアとリサーナは大きな苦戦を強いられていた。

 

 

Aルート。ここを選択したのはエルフマン、エバーグリーンのチーム。

 

「よりによって……!」

 

「こいつと当たるなんて……!」

 

海と比較的近い森の中の広場。そこを戦いの場として、エルフマンたちの前に立ちはだかるのは、二人揃って顔面蒼白になってしまう魔導士だった。普段の格好とは一変し、その顔や服装、雰囲気なども含めて最早別人……否、別の生物とも言えるその姿はまさしく……魔人。

 

「弟でも手加減はしないわよ。エルフマン」

 

魔人ミラジェーン。実の姉が相手としてぶつかることになってしまい、弟とそのパートナーはあまりの恐怖にその場で揃って悲鳴を上げてしまうほどの威圧感。容赦のない蹂躙が予感されていた。

 

 

Eルート。ここを選択したのはナツ、ハッピーのチーム。

 

EはErza(エルザ)のEに違いないと言う意味不明な理由で選択したナツは、道中でエルザの名を呼びかけながら、必ずエルザを倒してS級になると息まき、闘志を漲らせる。だがエルザがいるのはジュビアたちが選んだDルート。では、ここでナツが引き当てたのは……?

 

 

 

「ようナツ……運がなかったな」

 

茶髪のオールバックで無精髭を生やした、現在の妖精の尻尾(フェアリーテイル)で間違いなく最強の魔導士。

 

「ギルドゥワ()ァーーーーツ!!!?」

 

試験終了(終わった)……!!」

 

まさかのエルザ以上に強大な魔導士とぶつかることになった事実に、ナツが驚愕して絶叫。ハッピーは涙を流して全てを諦めた。何事も手を抜くのが嫌いな破壊神を前に、最初こそ委縮しかけたナツだが、長年超えることを目標として来た魔導士の存在を前にして、文字通り闘志が燃え上がっていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

動きがあったのは激闘ルートだけではない。術式から解放された組が一気に駆け付けたことにより、闘のルートを選んだ各々の組も、ぶつかり合っていた。

 

「知りたい……お前たちの実力と言うものをオレは知りたい……」

 

「メストさん、来ますよ!」

 

術式魔法にかからず瞬時に岸へと到着し、一番にHルートを選択したメストとウェンディに対峙するのは、Gルートを選択して遅れながらも参戦しに来たグレイとロキ。

 

「メストにウェンディ、か……」

 

「ウェンディは兎も角、メストにゃあ要注意だな」

 

自分よりも圧倒的にキャリアが長いグレイたちを前に、自分がどこまでメストを助けられるか。息を呑み、覚悟を改めながらウェンディは闘いに臨む。

 

「(頑張らなきゃ……!私も……!)」

 

時折脳内にチラつく少年と白ネコの姿に首を振りながらも、目の前の事に集中せんと彼女は気を引き締めて、対する二人に構えた。

 

 

一方。9本あったルートの8つが封鎖され、最後のCルートを選択したカナとルーシィ。運には自信があると豪語するルーシィ曰く、残り物には福がある。そう信じて洞窟の中に入った二人の前に待ち受けていたのは……。

 

「やっぱり!カナとコスプレの……!」

 

「お前たちと、“闘”えと言う事か」

 

三番手としてBルートを選択していた、雷神衆のコンビであるフリードとビックスロー。残念なことに、ルーシィたちが引き当てたのは静ではなかった。しかも、彼女たちにとってはこの二人に当たる事は出来れば避けたかったことである。

 

「残り物には……何だっけルーシィ……?」

 

「雷神衆……?」

 

ラクサス親衛隊としてギルド内でも名を馳せたフリードたちのペアに、フリードに手も足も出なかった人(カナ)ロキがいなきゃビックスローにやられてた人(ルーシィ)のペアが、若干怯えながらも立ち向かう。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そして……最後に残ったFルートを選んだレビィとガジルのペアは……。

 

 

「あ?何だぁ?どこにも誰もいねぇじゃねーか」

 

洞窟を抜け、その先である森の前まで辿り着いたことに、若干不満そうな表情でガジルがぼやく。周囲を見渡していたレビィが、ふと上を向くと、そこには簡素ながらもかけられた横断幕に「一次試験合格!」の文字が記されていた。

 

「合格……?そっか、これが静のルートだったんだ!やったあ!!」

 

「はぁ!?ちょっと待て!これで終わりだと!?ふざけんじゃねぇ……!誰も殴れてねぇじゃねぇかァーーー!!!」

 

レビィ&ガジルペア。運よく静のルートを通り、一次試験突破!!




おまけ風次回予告

シャルル「何でそんなにやる気十分なのよ!アンタこの状況分かってんの!?」

シエル「勿論。兄さんを相手にして勝てなきゃ試験終了。S級にはなれないってことぐらい」

シャルル「勝てるわけないじゃない!アンタの兄貴がどんな化け物か、アンタが知らないはずもないでしょ!?」

シエル「それ言ったら、今のS級はほぼみんな化け物だよ。それにシャルル言ったでしょ?このルートは、この先も左右する高い壁だって」

シャルル「そ、それは……けど……!」

次回『兄弟対決!シエルvs.ペルセウス』

シエル「危ないからシャルルは下がってて。大丈夫。必ず突破してみせる……!!」

シャルル「いくらなんでも……今回ばかりは無茶よ……!!」


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第111話 兄弟対決!シエル vs. ペルセウス

色んな意味で遅ればせながら、あけましておめでとうございます!
今年最初の投稿です!

連絡一切ないままこんなに遅くなってしまって申し訳ありません…。ずっと戦闘描写や地の文考えてたら全然連絡する暇すらありませんでした…。

今年も度々ご心配をおかけすることになるかもしれませんが、楽しみにしてくださる皆さんの為にも、先の先の展開を早く書きたいとうずく自分の為にも、(←おい)精進していきますので、どうかよろしくお願いします!


X779年。12月に差し掛かってから数日の頃、顧問薬剤師ポーリュシカの元で療養中であった幼い少年シエルに、兄であるペルセウスがギルドで起こったことを報告しているところであった。

 

「S級魔導士?」

 

「ギルドの中でも凄腕の魔導士に贈られる称号……みたいなものだな。ラクサスとかギルダーツとかがそれに当てはまる」

 

「そのS級魔導士に、兄さんもなるってこと!?」

 

毎年同じ時期に行われるS級魔導士昇格試験。当時加入してから半年程であったペルセウスは、元々ギルドの魔導士で経験豊富だったことと、それを裏付ける強力無比な実力があったことで、今回の試験に参加することが決定した。周りからはやっぱりか、と言われるような反応を受けたが、ペルセウス本人は詳細を何も知らなかったために呼ばれた当初は困惑していた。

 

そしてその話を聞いたシエルはと言うと、兄がギルド内でも凄腕として認められる試験を受けると聞いた瞬間、彼がその魔導士として認められると言う未来を感じ取った。

 

「まだなるって決まったわけじゃないぞ?試験に合格しないと」

 

「兄さんなら出来るよ!絶対!」

 

一切疑う様子もなく断言さえしてしまう弟に、ペルセウスは少しばかり苦笑いを浮かべる。ポーリュシカの元で療養しているシエルにとって、一番強い魔導士は兄である事実に揺らぎがないようだ。まだ広い世界を自らの目で見たことがない少年は、自分よりも遥か上を行く存在にも会ったことがないから。

 

「そう簡単なものでもないぞ?なれるのは一人だけだし、エルザやミラも受けるから競争率は高い」

 

「エルザさんたち、そんなに強いの?」

 

「同年代では頭一つ抜けてるな。女子で最強はどっちか、って度々議論があるのを聞くし」

 

しかしペルセウスは今回の試験を慎重に見ている。同じ参加者の中には、頭角を現し始めている同年代の少女たちがいた。自分と同じ換装を駆使して、武器と鎧を使いこなす緋色の髪を持ったエルザと、悪魔の力を身に宿して、強大な力を奮う白銀の髪を持ったミラジェーン。度々ケンカして衝突することもある二人は、実際に手合わせをしたことはないものの、その仕事ぶりを見て自分と同格相当の実力者であることは感じ取っていた。弟には自分が実力者に含まれている部分は敢えて言わないが。

 

「でも、勝つのは兄さんだと思うよ」

 

その上で、弟は言ってのけた。自分の兄が、この試験を勝ち抜ける存在であると、信じて疑わなかった。虚を突かれたように目を見開く兄に、無邪気な笑顔を浮かべながら少年はこう続ける。

 

「僕が知ってる中では、兄さんより強い魔導士はいないし、僕は信じてるから!きっと……ううん、絶対S級魔導士になれるって!」

 

盲目的にも見える、全幅の信頼。真っすぐにここまで信頼されることに、少しばかり戸惑いながらも、弟にここまでの事を言わせておいて、期待に応えられなかったら情けない。ペルセウスは腹を括るように表情に笑みを浮かべた。

 

「そこまで言われちゃ……応えないとな。少し間を開けるが、行ってくる。そんで、S級になって帰ってくるよ」

 

「うん!待ってるからね!」

 

弟の期待を背負い、覚悟を胸にし、ペルセウスは立ち上がる。満面の笑みを浮かべながら自分を信じてやまない少年に、試験の土産話も用意しなければ。栄光を手にした兄の未来を待ちわびながらも、シエルは更に先の未来に期待を膨らませる。

 

「それでね、僕もいつか……!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

X784年。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地・天狼島に存在する石造りの舞台。祭壇とも言える、広大な空を背景にしたその空間にはある三人の人物……否、二人と一匹が対峙していた。正確に言えば、対峙しているのは人間のみで、片方の傍らに立つ一匹はその様子を固唾を飲んでみていると言った方がいい。

 

そんな白ネコ、シャルルをパートナーにしているのは、受験者シエル。そして対するは現役のS級魔導士、試験官ペルセウス。

 

「それじゃ、これよりS級魔導士昇格試験、一次試験を開始する」

 

一次試験の激闘ルートの一つを担当するペルセウスがそれを告げ、悠然と立ちながら対峙するシエルの動きを見定めるかのように目を向ける。まだ攻撃の態勢を取ってすらいないと言うのに感じられる妙な威圧感に、汗を一筋垂らしながらも、一歩も引かずにシエルも兄の姿を見据えながら構える。

 

「こんなの無理よ!絶対無理無理!!あんな奴に勝てるわけがないわよ!!」

 

そんなシエルを引き止めるようにしてシャルルが声を張り上げた。あのペルセウスと言う存在がどれほどの魔導士かは嫌でも知っている。しかもシエルにとっては長い間高い壁であった実の兄だ。ただでさえ才能に溢れている存在であるあの男に、逆に恵まれない身体で過ごしてきた弟が、強くなってきたとしても敵うとは思えない。

 

「確かに勝てる可能性は限りなく低い。けど、それを理由にして逃げてしまうようじゃ、結局は同じことさ。S級になるためなら、例え兄さんでも超えてみせる……!」

 

しかし彼女の主張は聞き入れられず、シエルは口角を上げながらこの激闘に臨む覚悟を決めていた。シャルル以上に兄の力を熟知しているシエルは、この状況を逆に好機と捉えていた。S級魔導士になるにあたり、現役で最強候補と呼び声の高い自分の兄を相手にどこまで通用するのかを、理解することが出来るのだから。

 

「シャルルは下がっててよ。巻き込まれるから」

 

「け、けど……!!」

 

構えを解かず、後ろを振り向かず。闘う力を持たないシャルルに離れるように告げたシエルは身に纏っていたアロハシャツをその場で脱ぎ捨て、タンクトップ一枚を上に着ている状態にし、そのまま兄のみに目と意識を向けて一歩足を踏み出す。尚も彼を案じて引き止めようとするシャルルの声も、聞こえないふりの様子だ。

 

その様子を見て、何かを考える素振りを見せたペルセウス。しかしその事に関して何を言う訳でもなく、弟の動きを黙して見定めた。

 

「行くよ兄さん!!」

 

「……来い」

 

それが闘いの合図となった。簡素にも思える闘いのゴングに似たやり取りの直後、シエルは雷の魔力を右手に展開し、握り潰しながら一気に兄に目掛けて駆け出した。

 

雷光(ライトニング)!!」

 

自らの敏捷を大幅に上げる雷の魔力を纏い、そのまま一瞬でペルセウスへと詰め寄って右の拳を振るう。だが対する兄は焦る事なく、魔力を纏った左の掌で受け止めた。本来であれば、シエルの攻撃に付加されるはずの雷攻撃も、彼に通っている様子は見られない。

 

「先手必勝を狙ったか……悪くないが、身内相手には善手と言えない」

 

動きを見切られて対応されただけでなく、追加効果の雷も付加させた魔力で防いでいる様子の兄を見て、シエルは一瞬息をのんで距離をとる。横へと跳ねたシエルは再びペルセウスへ特攻。フェイントとして横を通過する動きを交えるが、攻撃が届きそうな時に限って動き、魔力を纏った手足で防いでいく。

 

「あ、あれだけ速い動きを全部見切ってる……!?しかもあいつ……!」

 

遠目から見ているシャルルは、シエルが全く目に止めらないほどの動きを見せているのに、より近くで動きを捉えることも難しいはずのペルセウスは、シエルがどう動くのかを熟知しているかのように彼の神速に対処している。だがシャルルが驚いている要因はそこだけではない。

 

 

 

 

ペルセウスの目が、前方から一切揺らいでいないのにも関わらず、シエルの動きに対応できていることの方だ。見切っている、だけではない。

 

「シエルの動きを……見ていない……!?」

 

どうやって対処しているのかは不明だが、わざわざシエルの姿を捉えずとも防げると言う事を言外に伝えているようだった。これにはシエルも表情に更なる焦りを見せ、攻撃の方法を変えることを選択。纏っていた雷の魔力を気象転纒(スタイルチェンジ)で刃の形に変化させると、ペルセウスの背後頭上から振り上げる。

 

稲妻の剣(スパークエッジ)!!」

 

刃に変わった雷を手に、兄に向けて振り下ろすシエルだったが、それを体を左に傾けてかわし、右手でシエルの左手首を掴みながら横回転して振り回して投げ飛ばす。

 

だがそうなることは読んでいたシエルは、それにも怯むことなく前のめりに倒れ込もうとした体を両手で支えて跳ね飛び、手の形を指鉄砲にして照準を合わせる。生み出したのは雨の魔力。そしてそれを練り上げて、指鉄砲の先に集中させていく。

 

気象転纒(スタイルチェンジ)雨垂れ石をも穿つ(ドロップバレット)!!」

 

数発ペルセウスに向けて、銃弾となった雨粒を撃ち出した。しかし、目視するには極めて難しい素早く小さなその弾丸を、二本指を立てて刃の形の魔力を作った彼はそれを切り落としてただの雨粒へと変える。

 

「だったら……これでどうだッ!!」

 

対するシエルはすかさず次の方法に移行。集中させていた雨の魔力を分散。シエルの突き出した右腕を中心として把握し切れないほどの量の雨で作られた銃弾が宙に浮かび、シエルが更に集中し始める。

 

「さっきの銃弾が……何発あるの!?」

 

「『驟雨岩を砕く(ドロップガトリング)』!!」

 

滞空していた雨の銃弾が、シエルの一声で一斉掃射。“ガトリング”という技の名前に違わず、制限なしに撃ち込まれる雨の銃弾を前にして、ペルセウスは右掌を前方に掲げて魔力の壁を張る。際限なく撃ち込まれる銃弾を弾き、彼の元に届かせないまま消耗するばかりに見えるが、シエルは逆に雨弾の勢いを上げていく。

 

 

 

すると、一部の壁に綻びが生まれ、その隙間を縫って壁を越えていき、ペルセウスの体に雨弾が数発横切り、少しばかり跡を作る。

 

「……!」

 

余裕そうな表情を浮かべていたペルセウスに初めて変化が起き、シエルの攻撃が届いたことに対しての驚きが見られる。それに気付いたシエルは更に雨弾の威力と規模を上昇させ、声をあげながらその勢いを強めていく。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとはこの事か。さらにペルセウスが張った壁に亀裂が走り始め、その綻びから雨弾が侵入してペルセウスの体に当たり始める。一つ一つの威力は彼自身に届くころには大した威力になっていないが、積み重ねるとダメージが浸透していくだろう。

 

「成程、これくらいなら破るか……なら……!」

 

魔力の壁はこれ以上通じないと判断したペルセウスは、壁を張っていない左掌に魔力弾を装填。集中させて一瞬で人一人を巻き込めるほどの大きさのものを作り上げる。

 

「これを破ってみろ!」

 

そして左手を突き出すと同時に魔法弾を発射。自分が張った壁をあっさり粉砕し、迫り来ていた雨の弾幕をのみこんで、シエルへと迫りくる。「い!?」と驚愕と同様の声をあげたシエルは雨弾幕を打ち止め、すぐさま横に跳んで回避。行き場を無くして石舞台の外へと飛んで行った巨大な魔力弾は天狼島近海に着弾して、遠目から見える程の水しぶきを上げて消えてった。

 

「あ、あれ当たったら、ただじゃすまなかったわよ……!?」

 

「分かっちゃいたけど、一筋縄じゃ行かないか……!」

 

守りを物量で押して壊しにかかってきたシエルの攻撃を、逆に一撃の力を大きく込めた攻撃で全て飲み込んで攻略しに来たペルセウス。最後に力押しで突破してきた彼らしい方法だが、実際に自分相手にそれをされると困惑が強い。何せ必死に工夫して編み出した方法を、考えなしに出した一撃で全部無駄にしてくるのだから。

 

「まだ昇格試験、一次試験は始まったばかりだぞ?ここで終わるのか?」

 

「冗談!」

 

二人揃ってペルセウスの攻撃力の規格外さを垣間見て動揺していたところを、当の本人が笑みを浮かべて問いかける。対して兄の言葉を真っ向から反論を叫ぶと共に、シエルは右掌を上に突き上げて曇天(クラウディ)を発動。快晴が続いていた周辺の空が一気に暗くなり、灰色の雲が石舞台を覆い隠す。

 

「頭上注意、雷警報!落雷(サンダー)!!」

 

そしてすかさず雷の魔力を作り出してペルセウスの頭上目掛けて投げつけると、雲は一気に暗雲へと変貌。迸る電流が発生し、ペルセウスに狙いを定める。

 

「らしくないな。こんな見え透いた攻撃に、対処できないと思う訳がないはずだが……」

 

誰が見てもどんな意図をもって繰り出してきた攻撃なのかは明白。だからこそ解せなかった。シエルが何故このような分かりやすい攻撃を仕掛けてきたのかが。ただ単純に落雷(サンダー)を撃つだけではない事は分かり切っている。シエルの動きに注視しながらペルセウスは弟が起こしそうな行動を予測してみる。

 

 

 

「そう言う事か」

 

そして気付いた。石舞台全体に先程シエルが撃っていた雨の弾幕。それを弾いた影響で、辺り一面に小さな水溜まりがいくつも出来ていることを。恐らく今頭上から落とそうとしている落雷はフェイクだ。

 

本命は、落とそうとしている落雷に意識を向かせて、下からの別の電流でこちらを攻撃すること。

 

「(分かっていれば、対処は簡単だ)」

 

上げていた右腕をシエルが降り下ろし、暗雲から落雷がペルセウス目掛けて振り落ちる。それを後ろに飛んで躱し、落雷が先程彼がいた場所を焦がす。躱したことを確認したシエルは、すかさず兄から見えない位置に隠していた雷を纏った左手を近くの水溜まりに叩きつけ、石舞台に広がった水溜まりに電流を走らせる。

 

帯電地帯(エレキフィールド)!!」

 

ペルセウスが先んじて予測しなければ、地を這う電流の餌食となっていた事だろう。だがいくら頭脳は弟の方が優れていると言っても、魔導士として長いこと危険と隣り合わせの状態に身を置いていた兄とて、簡単に策略に引っかかるような愚者ではない。落雷を避けて着地すると同時に、その場で大きく飛び跳ねて、電流が迸る地上から退避する。

 

「避けられた!!」

 

二段構えの電撃を回避したことで、シャルルから驚愕の声が上がる。弟にしては少々稚拙なように感じられる行動ではあったが、こちらとしてもそう簡単に向こうの思い通りにされてしまっては幻滅されることだ。未だ地面を走る電流を流し、避けられた弟の表情は、心なしか予想外と言いたげ。だがこの程度の策や戦い方が通用しない事はS級クエストでは多々存在する。

 

「甘いなシエル。これくらいで俺に通じると……」

 

弟の戦い方にやや厳しめの評価を下そうとしたその時だった。突如ペルセウスが滞空している範囲に、上昇気流が発生し、飛び跳ねていた彼の身体が想定しているよりも大きく上へと持ち上がる。少しすれば着地して態勢を立て直すとふんでいたペルセウスは、まさかの出来事に対して口を閉ざす。

 

対して地上にいたシエルには、先程の困惑から一転、したり顔に変わっていた。

 

「(まさか……帯電地帯(あの技)もブラフ!?)」

 

空中に投げ出され、ほぼ無防備の状態になったペルセウスは、弟の表情を見た瞬間全てを察した。シエルの狙いは更にその先だったのだ。

 

ペルセウスに襲い掛かった上昇気流の正体は、『熱雷』と呼ばれる現象だ。夏のように太陽が強い日差しを発している頃、地表が急激に熱せられると上昇気流が発生する。その気流によって大気が不安定になって積乱雲が出来上がり、夕立やそれに伴う雷を発生させる。その一連の現象を総じて呼ぶのが熱雷だ。

 

天狼島は海流の影響で、常に真夏の気候。雲一つなかった快晴に照らされた石舞台が、雨の弾幕で一時的に冷やされ、雲のかかっていない箇所から太陽の日差しが一部の石舞台を熱したことにより、熱雷発生の条件が整った。シンプルな落雷に気を取られたところを、地上の電流で攻める。その行動を敢えて兄に見切らせて彼が空中に退避するのを誘導。シエルが狙ったのは、その滞空時の隙だったのだ。

 

そしてペルセウスを打ち上げた上昇気流はつまり、熱雷の序章に過ぎない。

 

「発生した積乱雲に、俺の曇天(クラウディ)を融合……そして、気象転纏(スタイルチェンジ)!!」

 

上昇気流に伴って生まれ始めた積乱雲に、シエルが魔力操作で自分が作り出した雲を混ぜて、己の魔力の支配下に置く。そして魔力を操作して、彼は雲全体の形を変化させ、上昇を続けるペルセウスの近くにそれを作り上げた。

 

雲の色は雷が帯電していることにより黒く染まり、所々に熱雷と雷の魔力が混ざったかのような電流が迸っている。だがペルセウス、そしてシャルルが目を見張った理由はその形だ。

 

 

 

空に広がる雲海から、まるで突き出てきたかのように、関節がない幾つもの腕が伸びている形。雲で作られた腕と拳。それがシエルが作り出した魔法の様相だ。

 

煙を自在に操り、形を変える魔法を使うベテランの魔導士、ワカバの技をヒントに編み出した技だ。

 

「行けえっ!『雲拳連打(クラウドラッシュ)』!!」

 

握られた拳の形をした雲の大群が、シエルの指示に従って一気にペルセウスへと迫りくる。投げ出される形で上昇を続けていたペルセウスは避けることも叶わず、数十にも及ぶ雷雲の拳を腕を交差して防ぐことしかできない様子。何回か彼にその拳がぶつかり続けた後、滞空に限界があったペルセウスの体が降下を始める。

 

「はあっ!!」

 

そのタイミングで最後の拳がペルセウスの横から叩き込まれ、彼の身体が石舞台へと落ちていく。そしてそのタイミングでシエルが再び帯電地帯(エレキフィールド)を展開。息つかせぬ間に少しでもペルセウスにダメージを与える狙いだろう。これぐらいの事では兄が倒れるわけがないと分かっているから、と言うのもある。勢いがついたまま電流が流れる地上へと叩きつけられそうな時だった。

 

「換装!」

 

身を翻して前方を下に向けたペルセウスは、右手を出しながら換装魔法で神器を呼び出す。紫色の魔法陣から取り出したのは、頑強な造りをした、紫電を纏った怒鎚。

 

「ミョルニル!!」

 

その大きな鎚を下に向けて石舞台の上へと落下。流れ迸っていたシエルの電流を、逆にミョルニルから発した紫電によって打ち消し、周囲の床を砕き割った。

 

「ぐっ!?」

 

その衝撃は離れている場所でも感じたようで、シエルが腕を前に突き出してその風圧から顔を覆う。シャルルもまた飛ばされそうになった身体を、必死に石舞台の端を掴むことで堪えている。

 

ミョルニルを実質石の床に叩きつけたことになり、石舞台についていた水溜まりは全て蒸発し、辺り一面が土埃と水蒸気の影響で軽く視界不良の状態だ。そんな煙たちを振り払うかのようにペルセウスが大鎚を振るえば、風圧が起きて彼の周辺のみを晴れさせる。

 

「まんまと引っかけられたか。考えてみりゃ、あんな見え透いた策だけでシエルが終わる訳もなかったな……。強くなったじゃねえか、シエル」

 

熱雷による上昇気流、積乱雲を拳に変化させて連打。そこまでは事前の予測がつかずに受けてしまったペルセウス。素直に弟の三重に張り巡らせていた闘い方に感心を抱くも、それを向けられたシエル、そしてシャルルにはまだまだ余裕しか見られない兄の姿だけが目に入っている。

 

「お前を相手にすることがなかったからかなり加減して闘ってたんだが、もう少しばかり力を出しても良さそうだ」

 

「全然説得力感じないんだけど!?」

 

試験とは言え弟を傷つけることを良しとしないと言いたげなペルセウス。だがそんな言葉に一切重みを感じられないシャルルが目を吊り上げながら突っ込むように声を張り上げた。

 

「さっきのやけにデカい魔力弾とか、今の着地とか、明らかに加減してるようには見えないわよ!いくら試験だからって弟相手にやりすぎじゃないかしら!?」

 

喰らえば危うく即退場、と言っても過言じゃない威力の攻撃を弟相手に撃っていた光景を思い出しながら指を(分かり辛いが)さして指摘する。明らかにシャルルにとっては当たればオーバーキルだ、と言う意見はしかし、思ってもみなかったところから覆された。

 

「違うよシャルル。兄さんは一切本気じゃない」

 

「え、嘘でしょ……?あれが本気じゃないっていくらなんでも……」

 

それは当事者であるシエルだ。下手をすればすぐさまやられるところだったのに、兄の言う通り彼は全く本気を出していないと言う。どう見ても本気……じゃないとしても少しぐらいはその片鱗を見せていたようにも感じたはずだが、シエルの表情は険しい。これまで以上に気を張っていると言いたげだ。

 

そして事実、シエルは気付いていた。兄のこれまでの戦いが、どれほど自分に譲歩していたかを。

 

「だって、今出したミョルニル以外に、兄さんは一切神器を換装してなかったじゃないか」

 

その一言を聞いてシャルルは言葉を失った。そして思い返した。試験開始の合図から、ペルセウスは丸腰のまま、魔力を手足に纏い攻撃をいなして、雨の弾幕に壁を張って防いだり、巨大な弾で打ち消したぐらい。神器は今の今まで一切使ってない。

 

それどころか、ペルセウスの方から一切攻撃をしていない。全て()()()()()の迎撃だ。

 

「(にも関わらず……シエルをあそこまで圧倒していたってこと……!?)」

 

ペルセウスにとって今の攻防は、本気の一片すら見せることのなかった歯牙にも掛けないもの。その証拠にシエルから受けていた攻撃の跡はあれども、ダメージらしきものを感じている様子は見られない。まるで何一つ通用していない。

 

「(これが……現役のS級魔導士の、実力……!?)」

 

勝てるわけがない。最初から自分が口に出していた言葉を、この時シャルルは本当の意味で初めて実感させられた。今の兄弟には、実力に違いがありすぎるのだ。シエルと同じ年齢でその称号を手にした彼が、今のシエルと比べてどれほどの力を持っていたかは分からない。だがきっと……今のシエルよりも、過去の兄は強く、優れていたのだろう……。

 

「ようやく、兄さんの本気の一端を引き出せたってところか……やっぱ、一筋縄じゃいかねえ……!」

 

生半可な勝負になるとは思っていなかったが、それでも通用するところまでは行けるつもりだった。しかし蓋を開けてみれば、彼の本懐である神器を、今の時点でようやく引っ張り出せたところ。全力でかかっていたシエルにとって、より苦しい展開と言わざるを得ない。

 

「兄貴として、そう簡単に負けてやるつもりもない。兄弟故の意地、と言うのもあるが……シャルル、一つお前の勘違いを訂正しておく」

 

ミョルニルを肩に担ぎながら、彼らの言葉を聞いたペルセウスが今の闘いに対する姿勢を口にする。彼が憧れる兄として情けない姿を見せたくない、魔導士としての歴が長い故にまだ年若い弟に簡単には譲れない、彼が全力で自分にぶつかっているのに贔屓で加減をするのもお互い望まない、色々と理由はあるが、ペルセウスが抱いていた本心は、もっと別に存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直に言えば、俺はシエルをS級魔導士にさせるつもりはない。出来れば、今回の試験も見送りにしたかったぐらいだ」

 

表情を少しばかり険しくしながら言い放った兄の言葉に、弟もそのパートナーも絶句と共に衝撃を受けた。弟の望みであった、兄と同じ称号。それを賭けた試験さえ、彼は受けさせるつもりがなかった、かのように。

 

「知っての通り、S級クエストは一般のものとはかけ離れた危険度と脅威を孕んだものだ。俺たちのような者たちでさえ、一瞬の油断がすぐさま死に直結することも珍しくない。ギルダーツ曰く、同期や後輩がそのせいで二度と帰ってこなかったこともあるそうだ……」

 

この試験は、年末に毎年行われている。長い長いギルドの歴史から鑑みても、そのイベントが経過すればS級魔導士の数はそれなりにいるはずだ。だが、ギルダーツを除く現役のS級は皆若者ばかり。まだ前線で活躍できそうな年代にこぞってその称号を持つ者たちがいないのは、何らかの理由でギルドを抜けるか……あるいは帰らぬ者になるかのいずれか。

 

その最たる要因は間違いなく、S級クエスト以上の、高難易度のクエスト。事実、ギルダーツでさえ失敗した100年クエストは、彼を除けば一人たりとも戻ってこなかったほどだ。

 

 

 

そしてシエルも知っている。S級クエストに同行したことで、二年もの間帰ってこれなくなった……二度と会えないと言う悲しみを味わった事件が起きたことも。

 

「過保護な兄貴の我儘だと、誰もが言うだろうがな……それでも俺は、お前にそんな危険な橋を渡ってほしくないんだ。

 

魔法を覚えたい。魔導士になりたい。強くなりたい。S級になりたい。

 

それら全てが、()という存在が近くにいたから。憧れてくれたからと言うのも、理解している」

 

自分と言う存在が、弟にとってどれだけ希望だったのか、共に互いを熟知していたことから、その気持ちも分かっていた。ずば抜けた才能を持ち、人の力となり、家族と共に歩んできたその背中を、弟は追いかけようと必死に走っていた。憧れの兄に近づきたい、支えたい、守りたい。その一心で。

 

 

 

だからこそ、ペルセウスは心を痛めていた。弟の人生が、まるで自分の歩んできたレールに沿ったばかりのものに、なっているのではと。

 

その道を歩まざるを得なかった原因は、兄である自分自身の咎なのではないかと。

 

 

 

「ならば、その責任を取るのは、俺の仕事だ」

 

肩に担いでいたミョルニルを、右腕と共に前方に突き出しながら、ペルセウスは覚悟を秘めた表情のままにシエルへと厳しさを抱いた顔と声で宣言した。

 

「シエル。今のお前に、S級の舞台はまだ早すぎる。この場で降参を告げるか、最後まで足掻いて敗れるか、選択肢は二つに一つだ!」

 

そして彼に内包された膨大な魔力が、闘気となって空気を震わせる。実際に闘っている立場ではないはずのシャルルさえ、足がすくんで立つのもやっとと言いたくなるほど。対峙している方の……本気で立ちはだかっている壁となっている兄をその目にしているシエルは、どのような心境なのだろう。兄が吐露した本音。自分の夢を理解し、共感しながらも、いずれ降りかかる残酷な現実から遠ざけるために立ち塞がるペルセウスの覇気をその身に受け、正直シエルは意識を失いかける感覚を覚えた。

 

 

 

 

それでも……弟は退くことを選ばなかった。

 

「俺も、兄さんの気持ちはよく分かるよ。それ程までに俺の事を大切にしてくれてることも、俺が想像もつかない危険や、悲しい現実に立ち向かったから、俺に同じ目に遭ってほしくない事も……」

 

兄は望んでいる。自分に訪れる危険とは無縁の暮らし、人並みの幸せを。魔導士として戦う事はあっても、必要以上の危険には踏み入れず、家族と過ごしていける分の力でこの先を生きていくことを。それが、かつて兄弟揃って地獄で過ごしてきたが故に抱いた、兄の夢だと言う事も、シエルは理解している。

 

 

 

でもシエルは、それだけではダメだと思っている。

 

 

 

 

 

才能があったから。神に愛されたから。その一言だけで兄を片付けられることが、孤独であることが、シエルにとっては耐えがたいことだったから……!

 

「それでも俺は!諦めない!今までの俺の経験を、全部を!今ここで兄さんにぶつけて!!乗り越えて!!

 

 

絶対にS級魔導士になってみせる!!!」

 

両手に具現化した雷の魔力を握り潰して蒼雷を纏い、なおかつ両手に風で作った棍を持ちながら、己に発破をかけるように声を張り上げる。ペルセウスに気圧されていたシャルルがその声に反応してシエルへと目を向け、真っ向からその宣言を耳にしたペルセウスは、是非もないと悟り、目を閉じて弟の覚悟を受け入れた。

 

「最早言葉では、互いに譲らないな……。だったら、遠慮しないでぶつけに来い!兄と言う障害を乗り越えて、この一次試験を突破してみせろ!!」

 

その言葉が、激闘再開の合図だった。目視すら不可能となった速度で地を蹴ったシエルが、雄叫びを上げて風の棍を振りかざしながら兄に向けて肉薄。だが兄は紫電の大鎚を持ち上げてそれを迎撃し、それを見たシエルが飛び跳ねるようにしてペルセウスの頭上を通って再び振りかざす。

 

対して大鎚から溢れ出る紫電を迸らせて一瞬の防御壁を作り上げると、それによってシエルの身体は彼の後ろに飛んでいく。だがすぐさま体勢を立て直して着地したシエルは再び兄へと肉薄しようと駆け出し、同時にペルセウスは防御壁の範囲を拡大。否、最早防ぐための紫電ではなく、石舞台の広範囲を蹂躙する雷群。

 

可能な限り身を捻ってその雷群の数々を神速を保ちながら通過していくシエルは、棍だった風を変化させて槍の形へと変えていく。そして纏っている蒼雷の一部を纏わせて投擲。狙ったのは兄……ではなく大鎚だった。

 

紫電の大鎚に竜巻と同等の風で出来た槍が直撃して、兄の手元から大鎚が離れた。その隙を突かんとシエルは足に力を込めて特攻。道を阻む紫電を力づくで突っ切って拳を振りかぶる。

 

狙うは連撃。一瞬の間に数えきれない物理攻撃を加える雷光閃舞。その初撃となる一撃をぶつけようとペルセウスとの距離が縮まっていき……!

 

 

 

 

 

「トライデント!」

 

ペルセウスを囲うように突如水が地面から噴き出して、蒼雷を纏ったシエルの身体を打ち上げる。激しく吹き上がる水流に突如阻まれて一瞬思考が抜けてしまったシエル。しかもそれだけでなく、シエルが纏っていた蒼雷が、電気を通しやすい水によって無理矢理に剥がされていく。そして流される水流に抗う術もないまま、シエルは石舞台の上に水と共に叩きつけられた。

 

「がっは!?っ……まだ、まだぁ!!」

 

衝撃で息を吐きだし、痛みに苛まれるも、それでも尚シエルは退こうとせずに立ち向かう。だが、かつては神が扱ったものとされる神器を解禁したペルセウスには、あらゆる手が封じられていく。

 

太陽の矢を撃とうとも水の壁に阻まれ、幻影に特攻させて背後を狙うも魔力の流れで感知と共に対処され、吹雪や砂嵐と言った広範囲の攻撃は風を起こす短剣に持ち替えて相殺される。

 

「もう……もういいじゃないの……!どうして、そこまで……!!」

 

悉く技を相殺され、肉薄しても弾かれ、ペルセウスへのダメージがほとんど通らないままシエルの体が何度も石舞台に転がっていく。直接的な攻撃をしないあたり、まだペルセウスは加減を行っているようだが、今の状態でもシャルルにはシエルの姿は痛々しく見えていた。

 

呻き声を漏らしながら、それでもまだシエルは四肢に力を入れて立ち上がる。魔力もあとどれくらい残っているのか怪しい状態。彼に攻撃を届かせるためにありとあらゆる攻撃を仕掛けている為に、消耗も激しいはず。

 

「まだ続けるのか……?」

 

「っ……当、然ッ……!!」

 

海神が扱った三又の槍に持ち替えながら、ペルセウスは弟に問う。帰ってきた答えは、想像通り。何度迎撃しても折れる様子のない弟の姿に、兄の表情が歪みだす。彼にとってもこれ以上は苦痛だろう。しかしシエルは、兄の説得でも止まる事はない。

 

「言っただろ……!全部、ぶつけるって……!魔力が尽きるまで、いや、尽きたとしても……!!

 

 

 

何度も立ち上がって、必ず、超えてみせる!!」

 

ボロボロになり、消耗し、立つこともやっとだろう状態でさえ、彼の表情や目は未だ曇らない。昔の弟と比べて、本当に強くなったことを実感する。

 

だが、まだ足りない。シエルが目指しているそのステージに立つには、今のシエルには足りないもの、自覚すべきことが多い。それを乗り越えなければ、関門である自分を突破したことには出来ないのだ。

 

「そうだった……なら俺も、覚悟を決めよう……」

 

その言葉と共に、石突を石舞台に叩く。するとシエルの前方に、三つの青い魔法陣が出現し、大蛇のような渦巻きが発生し始める。天へとうねりながら湧き上がるそれをどうするか、シエルもシャルルも、すぐに察することが出来た。

 

「気絶に留める。恨んでくれても構わない。

 

 

 

 

これで、闘いは終わりだ……!」

 

どこか悲し気に歪んだ表情で告げたと同時に、三匹の大蛇は轟音を立てながらシエル目掛けて降ってくる。この規模の水を避ける気力は、シエルに最早残っていない。

 

 

 

 

「ダメェーーーーッ!!!」

 

迫りくる洪水の如き大蛇たちを、シエルは見上げる事しかできないまま。パートナーであるシャルルの声が響いた直後……

 

 

 

 

 

 

 

 

天狼島の外側からでも分かる長大な水飛沫が、石舞台の一部から暴発した。




次回『俺たちの礎』


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第112話 俺たちの礎

先週投稿できずに申し訳ございませんでした!
仕事が連日残業続きなのと、疲労の為か難産な上に集中力が続かなくて…。オリジナル一辺倒って、こんなに難しかったかな…?
Twitterやってない人だと活動報告でしか近況しれないの大分不便だけどどうも忘れてしまいがち…。

文字数そこまで多くないのですが、これ以上は長くできませんでした…。
まあ、だらだら伸ばすよりもキッチリ締めくくった、と言う事にしておこう、うん←


ちなみに来週の投稿は、ワクチン打ちに行くのでまた出来ない可能性があります。最早隔週投稿になりつつあるなぁ…。


大量の水が叩きつけられ、その衝撃で水飛沫が上がる。水飛沫は一時的な雨を作り、照り付ける太陽に反射して僅かばかりの虹を作り上げる。石舞台の一角を激しい水流で作り上げた大蛇で押し潰したのは、三又の青い槍を手にし、石突を石舞台に付けている青年。

 

S級魔導士昇格試験のルートの一つに立ち、試験官として立ちはだかった彼は、その相手となった弟への仕打ちに内心深く傷つきながらも、心の中に沸き上がる自問自答を経て納得させた。

 

そう、これで良かった。()()弟にはS級魔導士の称号は重すぎる。兄としては応援したい気持ちもあったのだが、今相対していた状態では必ずどこかで瓦解してしまう恐れがあった。

 

何度目かになる心の中での問答を終え、ペルセウスは倒れ伏してしまったはずの弟の姿を目に入れようと、閉じていた目を開き、晴れてきたであろう煙の先に、先程までいた少年の姿を探す。

 

「……ん?」

 

だが妙な事に、先程までいたはずの位置にいる少年の姿はどこにもいない。攻撃方法は膨大な水だった。もしや流された?いや、破裂するように吹き上がった水の事を考えれば、彼方に吹き飛ばされたと考えるのも可笑しい。

 

そこでふとペルセウスは思い出した。シエルに言われて後方から闘いの様子を見て、先程最後の攻撃を行った時に声を張った、パートナーの存在を。

 

「まさか……!?」

 

気付いたと同時に彼は視線を上に向けた。その視線の先にいた、探していた()()の影を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何とか、間に合った……!」

 

呆然と言った様子で目を開いた状態のシエルを、安堵の息を吐きながら呟いて抱えているのは、二枚一対の白い(エーラ)を背中から出して飛行している白ネコ。水の大蛇がシエルを飲み込む直前、翼を広げて空を駆り、ギリギリのところをシエルを掴んで避難し、そのまま水を避けて急上昇していた。立ち上がるのもやっとの状態だったシエルにとって、突然浮遊感を感じて兄の攻撃を避けていた事実を知った時には大きく困惑したものだ。

 

いや、現時点でもシエルは大きく混乱している。兄に本気でぶつかるには危険だと思い、下がらせていたシャルルがそれに顧みもせず、自分を避難させるために翼を広げて危険な場所へと飛んできたのだから。

 

「シャルル……!どうして、いや、助けてくれたのはありがたいけど、何でこんな……!」

 

だからこそシエルは困惑を収められないまま彼女に尋ねた。あまりに困惑して支離滅裂となっているが、何を言わんとしているかは伝わってくる。

 

「何でも何もないでしょ!?」

 

そんなシエルが尋ねた疑問に、シャルルは声を張り上げて返した。自分を抱えて飛行する彼女の表情は、怒っていながらも、すぐに泣きだしてしまいそうな悲しげな表情にも見えた。

 

「こんな……こんなボロボロになって、それでも闘おうとして立ち上がって……!諦める事だって簡単なのに、それをしないで……!そんなアンタの姿見せられて、何もするなって方が無理な話でしょ!!」

 

シエルが兄に立ち向かっては弾かれている姿を見て、シャルルは何度も生きた心地がしなかった。最初から勝ち目が見えていなかった。それはシエルも、心のどこかで感じていた事なのに一歩も退かず、一切シエルの勝ちを譲ろうとせずに迎え撃つ兄からの攻撃を受けて転がるたびに、胸の奥が締め付けられていた。

 

何度倒れても、弾かれても、憧れの為、目標の為に身体を動かすシエル。何故ここまでして闘うのか。シャルルはずっとそう思いながらその闘いを見ていた。

 

 

 

だが思いは次第に、変化していった。

 

持ち前の頭を活かした奇策。天候を自在に操って有効打を見つけようと模索。何度も神器の前に打ちのめされても決して諦めない精神。一切曇ることなく兄を真っすぐ見据える双眸。

 

 

 

それをただ、眺めて胸を痛めることしかできない自分は、何をしているのだろう……と。

 

シエルに感じていた愕然と言える感情は、気付けば自分への失望に変わっていたのだ。

 

「アンタばっかり痛い目に遭わせて……私だけ後ろで、安全な場所で見ているだけなんて、もう耐えられないのよ!」

 

「けど、これは俺が兄さんに、今の力を見せるための……!!」

 

「私は!!シエルのパートナーなの!!」

 

ずっと痛めていた胸の内を曝け出すように吐露するシャルルに、自分自身の力を兄に見せなければと考えていたシエルが反論しようとするも、更に声を強めたシャルルがそれを遮った。彼女が叫んだその言葉に、シエルは思わず口を閉ざした。

 

「今回限りだとしても!私は、アンタの夢を叶える為に協力するって、約束した!!一緒に、あのコを守るって誓った!!」

 

ほぼ一週間前の事だと言うのに、早くも遠い過去のように感じられる、あの雪の日にシエルがシャルルを誘ったこと。彼女を危険から守るためだと、自分もこの島に入る事に協力してくれた少年が、昔から抱いていた夢。

 

「一人で闘う事に、こだわってる場合じゃないでしょ!?私だって闘う!アンタと一緒にペルセウス(あいつ)に勝つの!!力が無くても、シエルを助けることができる!!」

 

気付けば、シャルルの両目からは本当に涙が浮かんでいて、それが雫となって、振り返っていたシエルの頬にいくつか当たる。闘う事への恐怖でも、シエルに対する怒りや心配でもない。直接的に闘う力を持てないから、相手が常識では一切通用しない魔導士だからと敬遠し、シエル一人に重荷を背負わせていた自分への怒りと悔しさ。

 

「私だって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で!シエルのパートナーなんだから!あんたをS級にするって、約束したんだから!だからアンタも!私の事を……パートナーの事を頼って!!

 

 

 

 

アンタ一人の全部じゃなくて!私たちの全部をぶつけて、絶対合格するために!!!」

 

その叫びは、シエルの耳に、そしてそれを通して、心にまで届く感覚を覚えた。パートナー。今回の試験を受けている者たちに、必ず一人はつけられた、仲間。

 

そうだ。いつも知ってたはずだ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)が普段から何より重んじているものを。個々の実力のみでなく、仲間の絆も試されるのがこの試験。なのに、兄に今の自分の実力を見せることに執着してしまっていた。

 

そして彼は思い出した。彼女をパートナーとした、あの雪の日の夜に、彼女が告げたことを。

 

『分かった。私の力をアンタに預ける。だから、私にも力を貸して、“シエル”』

 

 

 

───そうだよ……。闘ってるのは、俺一人じゃなかった……。

 

シャルルの力を預かっていた。自分の力を預けていた。試験の間は、互いが互いの為に動こうと、この一週間の間にやれることをやり切り、決めたのだ。兄と対面して、それを忘れてしまっていたようだ。

 

流れる涙をこらえようと声を押し殺すシャルルの顔と声を見聞きし、シエルは後ろに向けていた頭を下向きに戻す。そして、両手を自分の頭と同じ位置に持っていくと、勢いよく両頬に叩きつけた。

 

「いっつ……!けど目ェ覚めた……!」

 

唐突にシエルが起こした行動に、涙を浮かべていたシャルルは少しばかり唖然として、その様子を不思議そうに見つめている。それとは裏腹に、シエルは先程までの思い詰めていた表情が消え失せ、どこか晴れ晴れとした顔を浮かべながら、そのままシャルルへと語りかけた。

 

「ごめん、シャルル……忘れてたよ。勝手に先走っちゃってた……」

 

闘志はそのままに、焦りや劣等感、勝てるかどうかの懐疑心だけが吹き飛んでいった顔を見て、シャルルは更に目を見開いた。兄と並び立つという目標の為に自分の全てをぶつけることに固執していた顔から、憑き物が落ちたように穏やかな表情に戻ったことで、彼女はそれに気付いた様子だった。

 

「一緒に闘おう!サポートの方を任せても?」

 

「……!ええ!!」

 

力強く告げたシエルに、一瞬驚きながらもすぐさま切り替えて返すシャルル。シャルル自身に攻撃する方法はないから、自然とシエルのフォロー。主に(エーラ)による移動でシエルの補助を行うと言ったところだろう。

 

だが彼女にはそれとは別に作戦があるのか、シエルに耳打ちするように彼にそれを伝えている。

 

「(良いパートナーを選んだな、シエル)」

 

それを遠くから見ていた試験管であるペルセウスは、寧ろこの状況に安堵していた。もしもシャルルが咄嗟に行動を起こしていなかったら、闘う覚悟を決めなかったら、シエルが合格できる確率は皆無と言って良かったからだ。

 

ペルセウスはこの一次試験において、受験者側には伝えていないある事を重視して見定めようと考えていた。それは、『パートナーにどれほど信頼をおけるか』。

 

かつて自分たち兄弟がいた環境は、信じられるのは互いのみで、それ以外の面々は人の皮を被った下劣なクズばかりだった。自分たち以外に心を開かず、仕事の時はいつも一人で弟のためにと何度も手を汚してきた。

 

そんな生活が、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来てからは一変した。暖かい家族と過ごす雰囲気。仲間と共に歩くこと。一人で抱えるには重すぎる悩みを、共に背負って共に乗り越えてくれる。

 

「(たった二人の肉親であった俺たちが、あんなどん底から上がれたのは、ここまで強くなれたのは、ギルドのみんなが……妖精の尻尾(フェアリーテイル)があったからだ)」

 

力があるだけでは限度があった。更なる力によって押さえつけられては抗うことが出来ないから。そんなペルセウスが今幸せに感じられる理由は、彼の重荷も一緒に背負ってくれた、弟や家族の存在だった。血の繋がった肉親以外で、初めてペルセウスは他人に信頼をおくことを覚えられた。

 

「(仲間の存在、友の助け、家族の絆……それら全てが、今の俺たちを作ってくれた。俺たち兄弟だけじゃない。ギルドにいる奴らみんなが、このギルドがあったおかげで今を生きている)」

 

そんなペルセウスだからこそ、このギルドで大事な事が何かを知っている。優秀な魔導士も一人の人間。そんな彼が仲間を頼る事で、ギルドが暖かい場所だと知った。仲間と共に歩めることが出来ると知った。己の力を、他の者の為にも振るえる充実感を知った。

 

友や仲間がいてくれたから、ペルセウスはここまで強くなれたんだと、今この瞬間でも思うことが出来たのだ。

 

「(S級である以前に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であるために、改めて心から知っておく必要があったんだ。今の俺たちの礎となっている、パートナー(なかま)の大切さを。家族に頼ると言う事を)」

 

シエルが目指しているのはS級魔導士。だが先程までのシエルの闘いは、ペルセウスにとってギルドの魔導士としてはあまり誉められた行動とは言えなかった。兄である自分に認めてもらいたいあまりに、自分が闘う事に、本人も知らぬうちに固執していた節があった。

 

この試験では仲間……パートナーとの絆も試される。それを思い出させる為に、彼は度々『S級魔導士昇格試験・一次試験』と言う言葉を口にしていたのだ。自らそれに気付いて、改めて本当に大事にするべきことを心で理解することを願って。

 

「(今回はシャルルに助けられたってところか……まあ、どちらにせよ、この後の()()が起こす行動次第、と言ったところだろうな)」

 

依然としてシエルを簡単に合格させるつもりは兄にはない。だが、それを聞きながらも弟とそのパートナーがどう動くのか。ペルセウスが今着目している部分はそこにあった。こっちの耳には届かない作戦会議をしている様子を遠目に見ながら、ペルセウスは戦闘態勢に再び入った彼らを迎え撃つため、槍を構え直す。

 

「準備はいい?」

 

「とっくの昔に。覚悟と一緒に万端さ!」

 

「……でしょうね。じゃあ、行くわよ!!」

 

最後は互いに笑みを向けながら会話を切り上げたシエルとシャルル。そしてその直後、シャルルが翼をはためかせてペルセウス目掛けて一直線。そしてシエルは竜巻の魔力を集めて、細長い棍へとその形を変化させる。

 

風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)!!」

 

シャルルによって急速に移動しながら棍を生成したシエルが思い切り振り被る。このまま勢いと共に兄へと当てようとしているように見えるが……。

 

「(単調な動き……間違いなくブラフ、だが……)」

 

裏に何かを企んでいることを察知しながらもペルセウスは迎え撃つために動き出す。トライデントを前に出した両手で持ち直し、足元へ石突を叩く。すると彼の四方から青い魔法陣が現れて、そこから再び水流で作られた大蛇が出現。各々が意思を持つかのようにシエルたちを狙い始める。

 

取り囲むようにして襲い掛かる大蛇たちを前に、シエルたちの表情には焦りは見られない。このまま躱しながら突っ切るのか、これを見越して別の対策をとるのか、はたまた……。

 

「どうする?」

 

不敵に笑みを浮かべながら、自分にしか聞こえない声で問いかけるペルセウス。その直後、シャルルがシエルの体を持ちながら方向を転換。迫りくる大蛇たちの攻撃をギリギリながらも回避してすり抜けていく。そして最後に迫った来た四本目の大蛇に向けてシエルが棍を振るい、大蛇の頭を粉砕するかのように水飛沫へと変える。

 

ほぼセオリー通りだろう。だがそれはペルセウスも当然予測済み。だから彼は裏を読んだ。同時期に彼らの後方にも展開していた魔法陣から、比較的少ない水量……されど速度は他のものよりも断然上のもう一本を真っすぐシエルたち目掛けて射出。彼らは前方の自分に視界を向けている様子。気付くこともないし、気付けたとしても判断が遅れる。そう予想していた。

 

 

 

 

 

「ここっ!!」

 

だがシャルルが一声叫ぶと同時に空中を翻るようにして一回転。円を描くようにして回ったその中心に、死角から飛び出した五本目が素通りしていった。

 

「っ!?」

 

「今よシエル!!」

「おう!!」

 

シエルもシャルルも、視線を変えていなかったのにまるで分かり切っていたかのように攻撃を回避したことでペルセウスは驚愕に目を見開く。その隙を突いて、シエルは手に持っていた棍を解除し、そのまま竜巻の魔力を右脚へと運ばせて、その姿を変えさせていく。

 

膝の部分から伸びているように見える、吹き続ける旋風は徐々にその長さを伸ばし、そして全長がシエルの背をも超える程の長さになった瞬間、シャルルはシエルの身体ごと横に回転しながらペルセウスへと肉薄させていく。対する兄が気付いた頃には、二つの距離は目と鼻の先だった。

 

「『風巡り(ホワルウィンド)(ウィップ)』!!」

 

しなる風の鞭。回転しながら瞬間速度を格段に上げたそれを咄嗟に槍を突き出して防御の態勢を取ったペルセウス。しかし時として変幻自在に形を変えるその風の鞭を完全に防ぐことは出来ず、当たった箇所から突風が起こってその身体を吹き飛ばす。左の脇腹にこれまでの中でも一番激しい痛みを感じて、ペルセウスは衝撃を受けた。

 

思った以上のダメージを受けたこともそうだが、そこに至るまでに起きた出来事に関してもだ。

 

「はっ!」

 

すぐさま体勢を立て直し、槍を前に出して再び水の奔流を生み出し、シエルたちを飲み込もうとする。だが徐々に高度を上げていた波を上回る速度で上を乗り越え、シャルルによってシエルの体が前に回転を始める。

 

そして踵落としの要領で、シエルが風の鞭を上から叩きつけようとするのを、ペルセウスは前方に水の盾を作り上げて防ぐ。だが勢いが思った以上に強く、ペルセウスの体が石舞台へと急降下し、全力で踏ん張ってもすぐには止まらず石舞台の一部を削る。

 

「(動きが急激に良くなった……!シャルルが移動に専念しているから……だけじゃないよな……?)」

 

シエルが攻撃に、シャルルが移動に専念して互いの持ち味を生かして闘う……本来であればこれも適切な闘い方だろうが、この二人の場合は妙だ。あまりにも()()()()()()()()()()()。ほぼすべて最小限の動きで攻撃を避け、距離を詰めて反撃しているのだ。

 

「せやっ!」

 

そして鞭になっていた風を槍に変えてシエルが投擲。真っすぐに飛んでくるそれをペルセウスは敢えて上ではなく自分から見て右へと回避。上空に引き出そうとする二人の思惑を崩す為だ。狙った方向と別の方へと回避すれば対処は遅れる。

 

 

 

曇天(クラウディ)気象転纏(スタイルチェンジ)……!」

 

「なっ!?」

 

だがシエルたちは、ペルセウスが回避した方向に迫って……否、待ち受けていた。彼が回避した方向に先回りして、雲で作り上げた拳を構えてスタンバイしていたのだ。動きを読まれたような錯覚を覚え、動揺を顔に出したペルセウスに、連続して殴りかかる雲の拳たちが襲い掛かる。

 

雲拳連打(クラウドラッシュ)!!」

 

シエルの後方から繰り出される無数に及ぶ雲拳。一部を手に持った槍で斬り防ぐも、高速で何度も繰り出される雲たちに、僅かばかり顔をしかめると「換装!」と言う声と共に手に持っていた槍を紅の炎を生み出す剣レーヴァテインに持ち替え、炎の壁を目の前に作り出す。

 

雲は高密度の水によってできるもの。高温の炎は雲を作る水分を蒸発させ、己に迫るゆく手を阻む。目先の脅威は退けたが、ペルセウスは一切の安心が出来ない。急激に動きが良くなった、と言う次元は既に超えているシエルたちの闘い方に、違和感を感じている。

 

死角から射出した水流の回避は、まだシャルルが警戒していたと考えれば済む。波のように起こした水を飛び越えたこともだ。だが、風の槍を投げ、回避した方向に先回りをしていたことに関してはいくらなんでも可笑しい。如何に二人とも頭が回ると言っても、こちらの行動を全て読んでいるような動きをするなんて……。

 

 

 

「全て……読む……!?」

 

と、考えを巡らせていると、一つの可能性を思い出した。動きを読む……正確には、自分がどう動くかを、()()()察知する。まるで()()を見ているかのように……。

 

 

 

「(シャルルの予知能力!!)」

 

そして完全に思い出した。試験が発表されるよりも前の日、シエルがウェンディのお願いを、長く葛藤しながら断って走り去る様子を、正確に明確に言い当てていたことを。少し先の未来だけを、自らでコントロールして予知にして頭の中に浮かべる。今でいえば、ペルセウスの不意討ちや、攻撃を回避する方向を、予知で先に見ておいて回避するなり先回りするなどして対処している。

 

雨垂れ石をも穿つ(ドロップバレット)!!」

 

前方に広範囲で展開された炎の壁を、一点集中と言いたげに少しばかり大きい雨の銃弾を撃ち込み、ペルセウスの左脚目掛けて撃ち抜き、貫通。向こうからはこちらが見えていないにも関わらず、正確に射抜いてきた弟に、兄は確信した。シャルルが予知を使って自分がどう行動するかを先に把握し、それに対して有利に動いている。

 

『確実な未来を数分先とは言え見れるのはスゴイことだぞ?戦いにおいては敵の動きが丸わかりと言っていいし』

 

「敵からすれば反則と言ってもいいこの力を……まさか一番最初に、俺が脅威として味わうなんてな……」

 

彼女の予知に関して話を聞いていたペルセウスが、冷や汗を浮かべながら口角を上げて呟いた。あの日には予想もしていなかった展開だ。確実な未来を予知され、封じられたり、回避されたり、あるいは先回りされたり。使いこなせるようになれば敵にとっては厄介極まりないと思っていたが、それを一番最初に経験したのが自分だとは予想できなかった。

 

シエルは本当に運がいい。経緯は不明だが、そんな厄介極まりない力を持ったシャルルを、パートナーに出来たことで、こうして自分と渡り合えているのだから。

 

「換装、フラガラッハ!!」

 

だが自分もこのままやられるつもりはない。持ち直してすぐさま風の短剣を呼び出して、炎の壁を風で吹き飛ばす。狙いは風に乗せた炎を分散させて広範囲にその炎をばら撒くこと。他の相手であればこれに対処するなど極めて困難だろうが、ペルセウスはこれにも対処するだろうという確信があった。

 

現に、シャルル達は風で炎を吹き飛ばす直前に距離をとって、迫りくる炎と風の合間を飛んですり抜けながら回避に専念している。シャルルの予知も凄いが、この回避能力も目を見張るものだと認識させられる。

 

「やはり避けるか。じゃあこれはどうだ!」

 

するとペルセウスはもう一度レーヴァテインで紅炎を生み出し、フラガラッハでみじん切りにしながら吹き飛ばした上で、紅剣を瞬時にミョルニルに換装。足元に叩きつけて雷群を発生、展開させていく。炎、風、雷が、石舞台ほぼ全域を蹂躙し始める。

 

「マジかよ!?エグイって!!」

 

「避けることに集中するわ!振り落とされないで!!」

 

時として災害級の魔法を生み出すシエルも真っ青になりかねない天災を通り越した地獄絵図を目にし、顔を引きつらせながら叫ぶ少年。一方のシャルルは、シエル同様に動揺しながらも予知でどこが回避できる方向か瞬時に読んで行動、読んで回避を繰り返していく。十秒は優に超える時間、三つの脅威がシエルたちを蹂躙せんと迫ってくるが、予知のおかげか一発も当たる様子はない。

 

「出した俺が言うのもなんだが、こんなのどうやって躱してんだ、シャルルの奴……」

 

自分が同じ立場だったら、回避が面倒になって、高エネルギーをぶつけて相殺させるしか浮かばない。だがシャルルは必死に動き回りながら災害域を潜り抜けていき、なおかつペルセウスの元へと迫ってきている。それもシエルを離さないままでだ。

 

そしてシャルルが掴んだままでいるシエルは、シャルルの負担を減らそうと体をできる限り縮こめた状態で、両手の指を鉄砲の形にし、その先端に雨のエネルギーを溜め込んでいる。雨垂れ石をも穿つ(ドロップバレット)であることは確実だが、どうやらその力を限界まで増幅させて一気に打ち込むのが狙いのようだ。

 

「(防ぐ方法ならいくらでもある。だが、それも予知で読まれてるだろうな……どうするか……)」

 

シャルルが戦闘に加わってから、ペルセウスの動きは完全に彼女の予知で先に読まれてしまっている。恐らくどのように動こうとも、そこからさらに裏をかいた動きで自分を翻弄させてくるに違いない。それに対して、自分が動くべき行動とは……。

 

 

 

 

「(いや……まどろっこしい事考えんのはもうやめだ)」

 

対処しようとしたところで、全部先に見られているのだ。だったらどんな策をうとうが意味はない。となればやる事は一つだ。ただ正面から迎え撃つ。その結論を下した瞬間、ペルセウスは考えるのをやめた。右手に持っていたミョルニルを握り直し、その大鎚に魔力を込めて紫電を迸らせていく。

 

「『剛雨鉄をも穿ち砕く(ドロップキャノン)』!!」

 

最大限まで溜め込まれた雨粒……いや最早巨大な水塊が砲弾となって、ペルセウスへと向かっていく。予想していた通りになった光景に揺らぎもせず、彼は紫電を纏わせていたミョルニルで一閃。爆発的な雷の力が一気に水塊を蒸発させ、辺りに水蒸気が蔓延する。一種の霧と同じ状態だ。

 

「そうか……本来の目的は目眩しか……」

 

あの砲弾に自分が対処できることなどお見通しで、本命はそれによるこちらの視界遮断だろう。何度も何度もこちらの裏をかいて行動してきたシエルたちの考えが、すぐさま分かるようになってきた。悪くない作戦だと思う。しかし……。

 

「狙いは分かってる。視界が機能しない俺に対して背後から奇襲……

 

 

 

 

 

 

と見せかけて……敢えての正面突破!!」

 

左手に持っていたフラガラッハで風を起こし、正面目掛けて吹きすさばせれば、前方に広がっていた水蒸気ごと、迫ってきていたその存在を風によって遠くへと吹き飛ばした。

 

「きゃあっ!!」

 

飛ばされると共に悲鳴を上げたその存在……翼を広げた白ネコシャルルは、堪えることも出来ずに一匹宙を回りながら遠のいていく。

 

 

 

 

 

シャルルだけが。

 

「(シャルルだけ、だと……!じゃあシエルは……!?)」

 

パートナーであるシャルルのみが風で吹き飛んだ光景を見て、思わず短剣を振り抜いた体勢でペルセウスは硬直してしまう。受験者側の弟は……シャルルに抱えられていたはずのシエルはどこに行ったのかと。

 

 

 

 

答えは、すぐさま現れた。

霧とほぼ同化するようにして粒子を集結させると同時に、虹色に輝く光を右の拳に込めながら、兄の背後に接近していた。

 

「(しまった……!ここまで予測して……いや……

 

 

 

 

 

これさえも予知してたのか……!?)」

 

ほぼ無防備の状態で、弟へと振り返ろうとするペルセウス。だが、シエルが虹色に輝いた右手を振る速度よりも、数瞬遅かった。

 

纏虹拳(セブンスストライク)!!!」

 

彼の右拳から発せられた、兄弟な虹のエネルギーを凝縮した、虹色に輝く拳となった波動。反撃の態勢も整う間も無く、振り向く最中だったペルセウスへと距離を縮めていく。

 

「(まずいっ……!!)」

 

この瞬間、この一瞬が、ペルセウスに戦いが始まって初めて、心の底から焦燥を感じさせた出来事となった。息吐く間も無く虹の波動はペルセウスを飲み込んでいき、その姿を覆い隠す。直撃したことによって巻き起こった衝撃波は周囲の空気を揺らし、近場に台風並みの風と、振動によって生じる音が発生する。

 

比較的遠くに飛ばされていたシャルルすらさらに距離を離されていき、虹の拳を放っていたシエルは石舞台から危うく落ち掛け、何とか淵を両手で掴んで飛ばされないように踏ん張っていた。

 

大きく風が吹き荒れたことで、石舞台の一部すらも細かい部分が削れる。よって舞い上がる砂塵が、シエルが撃ち放った虹の拳が被った場所を覆い隠し、その場にいるペルセウスの姿も見えなくなっている。

 

「直撃……したはずよね……?」

 

風が収まっていき、踏ん張る必要がなくなったところでシャルルが翼を広げながら場に戻ってきて、シエルも落ちかけていた石舞台の上に登る。土煙は、まだ晴れていない。

 

「今俺が出来る中で、一番威力が大きい技……やりすぎたかも……って思ってしまう程の……!」

 

溜め込んだ虹のエネルギーによる、純粋な高火力の攻撃。しかも迎撃できた様子も見られなかった。これで戦闘不能に追い込めずとも、かなりのダメージを与えられたはず。兄に対して傷を負わせた引け目はあれど、試験を突破するためには覚悟していた事だ。

 

そして……ついに覆い隠していた煙は、完全に晴れた。

 

 

 

「なっ!?」

「っ……!?」

 

シャルルとシエルの目に映っていたのは、思っていたのとは全く別の光景だった。シエルが撃った虹の拳を受けた方向に、ペルセウスは振り向いた右側に鏡のような光沢を持った盾を手に構え、重心を落とした状態でほんの数歩分後ろに押し出されている位置で留まっていた。

 

「イージス……!!」

 

兄が手に持っていたその盾の名を、涙を流しかねないほどの悔しさを顔に出したシエルが口にする。絶対防御の盾。未だ歴史上においてさえ、一度も破られたことのない最強の盾が己の最大火力を完全に防ぎ切ったことを理解するのに、時間は要らなかった。その証拠として、盾には多少のシミがついているが、ヒビは一つとして見られないし、ペルセウスの体にも、傷一つ入っていない。

 

「っ……でも……こんな、ことで……俺、は……」

 

一切ダメージが通らなかった絶望。それでもなお消耗し切った……魔力を出し切った体に鞭を打って立ち向かおうとしたが、これまでのダメージと短時間で脳をフル回転させた事、そして先程の纏虹拳(セブンスストライク)で魔力を出し切ったことが積み重なり、意識が途切れ前のめりに倒れ伏してしまった。

 

それを目にしたシャルルが彼の名を呼びながら少年の元へと駆けつける。そして彼の体を揺らしながら、意識を戻そうと呼びかけるが、シエルに起きる様子はない。尚も彼を起こそうと必死に呼びかけるシャルルと、気絶して一切起きる様子のないシエルへと視線を移し、換装していた神器を全て異空間に収めながらペルセウスが口を開いた。

 

「これ以上はどのみち闘えないな。試験は終了……」

 

「まだよ!!」

 

メインとして戦っていたシエルが気を失い、魔力もほぼ使い果たした状態では戦闘継続不可能と判断したために、試験の終了を告げようとしたが、それを遮ったのはシエルのパートナーで、彼を再起させようとしていたシャルルだ。

 

「シエルがいなくても……まだ私がいるわ!!私が最後まで闘う!!ここでシエルを負けさせたりなんてしない!!」

 

シエルと比べればほとんど外傷は見られないが、加勢に加わってから終始シエルを抱えての飛行と予知で行動を先読みしながらシエルに逐次報告の上に、対応した動きで回避と移動に専念していた疲労感は凄まじいだろう。だがそれでも、倒れ伏したシエルの代わりに闘う力が無いとしても諦める素振りを一切見せない。小さい体を震わせ、ふらつきながらもペルセウスに鋭く眼光を向けている。

 

「いや、その必要はない」

 

「何ですって!?」

 

「いいから聞け」

 

そんな彼女に対して、首を振りながらペルセウスは言い返し、自分たちの覚悟を無碍にされたとしてシャルルが声を荒げるも、それを窘めてペルセウスは話を続けた。ここで止まる訳にはいかないと、不合格のままで帰されるわけにいかないと決意していたシャルルであったが……。

 

 

 

 

 

 

「結論から言うと、お前たちは合格だ」

 

「……え……?」

 

思ってもいなかったペルセウスからの通知に、シャルルは言葉の理解が遅れ、思わず顔と声が呆けたものへと転じた。実際に今も、喜びよりも疑問と混乱の方が大きいだろう。それを察したのか、ペルセウスはそれを告げた意味を説明し始めた。

 

「最後の攻撃を防いだイージスは、絶対防御の盾。今までもあらゆる化け物が放った攻撃を防ぎ切り、罅すらも入れられなかった完全と言っていい防御手段だ」

 

シエルの最大の大技を防ぎ切った盾、イージスについての説明。かつては貫通性の魔法や、破壊の権化と言っていい存在であるマスター・ゼロの攻撃を受けても一切の傷さえ入らなかった絶対的な防御力を持つ。盾自体には傷が入らずとも、余波が及んだり隙間から攻撃を仕掛けられればその守りでも防ぎきれないのだが、そのような特例が無ければペルセウス自身が受けるダメージもシャットアウトすることが出来る。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)との激闘や、エドラスでの戦いの中ではその防御力を遺憾なく発揮することに躊躇はなかったが、今回の試験においては、彼自身が独自に決めていたルールが存在していた。

 

「だが、こいつを使ってたら俺に当たった時点で、試験突破なんか不可能。だから決めていた。俺にイージスを使わせることが出来たら、その時点で試験合格を認めるってな」

 

S級魔導士と言う危険と隣り合わせな称号を、弟に背負わせることを良しとしないスタンスは変わっていない。だがそれに目を瞑れば、この激闘の中でシエルが見せた、これまでの魔導士としての成長、そして自分が決めていた合格を確定させられる条件へと至ったことに対しては喜ばずにはいられない。

 

気を失って、恐らくその事には気付けていないであろうシエルに、喜び。そして一抹の寂しさを孕んだ目を向けながら「改めて、本当に強くなったことを実感したよ」と笑みを向けて兄は呟く。

 

「……っ……はぁっ……!」

 

そしてようやく脳内処理が追い付いたのか、合格したと実感するとともに、緊張感からの解放でシャルルはその場にへたり込んだ。疲労による脱力感で、しばらくは動くことも難しいだろうが、一次試験の突破を認められた今の状況では致し方ないと言える。

 

「試験は突破した。本来ならこの先を進んで、合格者のいる場所へと向かってもらいたいが……二人とも動けねえか」

 

「当たり前でしょ……」

 

誰のせいでこうなったと思ってるの、と言いたげに目を細めながら文句を呟くシャルル。それに軽く笑みを零しながら、ほぼ一切疲れた様子の見られないペルセウスは、シエルたちの元へとゆっくり歩み寄ってくる。

 

「試験である以上本気は出せないし、シエル相手だからなおのこと加減はしたつもりだ。逆に言えば、今後の試験は同じ受験者が本気で来るか……マスターが俺を相手するよりももっと厳しい試験が用意されてるか……どっちかになるだろう」

 

そうだ。これはあくまで一次試験。自分たちは()()()この激闘の合格条件を達成できた。しかし合格したのは自分たちだけではない。自分たち以上に運よく“静”を抜けた者たち、“闘”で勝ちぬけた者たちは確実に、場合によっては自分たち同様“激闘”を見事突破した者たちがいる可能性もある。いずれにせよ、ライバルは多い。

 

その中で一組のみが合格できるこの試験……生半可な難易度のものが用意されているわけがない。どんな試験かも定かじゃない以上、ペルセウスが言う通り、油断はならないだろう。

 

「なるべくシエルには危険な目に遭ってほしくはないが……あそこまで覚悟を決めた目を向けられちゃ、俺が折れるしかねえか……」

 

独り言のようにぼやきながら、ペルセウスは小さな弟の身体を優しく持ち上げ、己の背中へと背負った。気絶して動けないシエルを、合格者の集合場所へと運ぶつもりらしい。

 

「シャルル。今更になるが、これだけは言わせてくれ。シエルと組んでくれたこと、ありがたく思う。そして、シエルのパートナーとして、力になってやってくれ」

 

「最初から、そのつもりよ」

 

先程とは違い、弟を想う兄としての顔を見せながら頼んできたペルセウスに、すまし顔でそっぽを向きながら、シャルルは返す。態度はまだ素直じゃないように見えるが、大分シエルに対する認識が柔らかくなったものだと、もう一つ彼に起きた変化が喜ばしく感じられた。

 

背中にはシエルを背負い、そして自分で動くにはまだ時間がかかりそうなシャルルは自分の頭の上に乗せて「落ちないようにな」と告げながら、ペルセウスはシエルたちが来た方とは別の階段で石舞台から降り始める。

 

「なんかこのカッコ、妙に間抜けな感じに見えるんだけど……アンタいいの……?」

 

「動けない奴等を運んでるんだから多少は仕方ねえよ。ま、集合場所に辿り着いた時少々変な目で見られる覚悟はした方がいいがな」

 

「降ろして!今すぐ!」

 

「自分で降りれるようになったらな」

 

(エーラ)使えばそれぐらい容易だろ、と言いたげな適当に感じる返事をぼやいてシャルルの懸命な主張を聞き流す。残念なことにその気力も今は不十分の為、シャルルは回復するまでの間、ずっと彼の頭に乗せられたままになっていた。

 

 

 

「お前がどうしてもその道を歩くことをやめないのなら、兄としてお前の夢を応援しよう。S級になるその時を、楽しみにしてるからな」

 

恥ずかしげに唸るシャルルにはもう意識を向けず、独り言のようにシエルへと呟いた兄の声。

 

 

 

それが届いたのか、はたまた偶然か……兄に体を預け、気を失っているはずの弟の口元が、僅かに笑みを浮かべているように見えた。

 

 

 

 

 

シエル&シャルルペア。ペルセウスの激闘ルートを辛くもクリアし、一次試験突破。




おまけ風次回予告

シャルル「どうなる事かと思ったけど、無事一次試験を突破できてよかったわ。ホント容赦ないわねアンタって!」

ペルセウス「情けや容赦で限界まで加減してちゃ試験にならんだろ?それにシエルだってこの試験が如何に厳しいかは理解してるはず。ならそれに倣わねえと」

シャルル「妙なところで真面目なとこはさすが兄弟ね……それにしても、ウェンディの方は大丈夫かしら……?」

ペルセウス「ウェンディは……メストのパートナー、だったな……」

次回『メスト』

シャルル「そうよ!元はと言えばあいつが……!あ~今思い出すだけでもムカムカしてくるわっ!」

ペルセウス「そうとうおかんむりのようだ。まあ、今はきっと大丈夫だろ。今はな……」


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第113話 メスト

3週間ぶりでございます。
ワクチン副反応、休日出勤を経て、ようやく投稿できました!お待たせしてしまった侘びも兼ねて、今回はちょっと長めに書きました!!久々に二万字近く書いた…。

ちなみに、ちょっと前々話の一部に文章を追記させました。あれ書かなかったら、ペルと闘ってる間も今後も、シエルがアロハシャツ着たままになっちゃってたので…。←

余談を言うと、今回少々、当て字で遊んだ部分があります。どこの部分かヒントを言うなら…最終奥義、ですかねw

ちなみに長く書こうと思って書き進めてたら結局日付変わっちゃってたのは気付かなかったことにしてくださいお願いします←おい


妖精の尻尾(フェアリーテイル)の古くからのしきたりによって行われているS級魔導士昇格試験。試験会場となっているのは、ギルドの聖地であり初代マスター・メイビスが眠る地と言われている広大な島、天狼島。

 

9つに分かれた道を進み、その先に待ち受ける三種の試練を突破したチームのみが先を進める一次試験。その内の一つである、二組がぶつかり合う“闘”のルートを選んだ二組が、今まさに戦闘中であった。

 

「アイスメイク“大槌兵(ハンマー)!!”」

 

その二組はグレイとロキのペア、メストとウェンディのペアと言う組み合わせ。先手必勝とばかりにロキが攻め立て、メストが攻撃を一度防いだと同時に二撃目を跳躍で回避。その後追撃としてグレイが瞬時にハンマーの形で氷を造形。メストの上空から叩きつける。

 

だがとうのメストはその場から消えており、グレイの背後から右の蹴りを繰り出そうとしていた。一瞬グレイがそれに目を見開くも、すぐさま振り返って蹴りに対処し、逆にメストの身体を殴り飛ばす。

 

「天竜の咆哮!!」

 

王の光(レグルス)よ!我に力を!!」

 

一方で、ロキに果敢に攻撃を仕掛けるウェンディ。口に溜めた空気の咆哮を彼目掛けて放つと、対するロキは両手に光を纏わせて、同時に突き出し、一つの光を撃ち放つ。両者の放った技はしばし拮抗。二人の力が互角のようにも見受けられる、が……。

 

「さすがの威力だね、ウェンディ。けど……!」

 

拮抗していた最中にロキがさらに威力を後押しすると状況は一変。ロキが放った光の奔流が竜巻を飲み込み、その直線上にいたウェンディの身体を吹き飛ばす。「きゃあ!!」と悲鳴を上げながら飛んでいく彼女の身体は、瞬時に彼女の後方に移動していたメストがしっかりと受け止める。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、はい!すみません!」

 

受け止めてすぐに降ろしながら安否を確認するメストに、咄嗟の事で困惑しながらも、手を煩わせてしまったことに対してすぐさま謝罪を告げる。幸いケガをした様子は見られない為か安心したように息を吐いてからメストは再びグレイの方へと向く。

 

「(迷惑かけちゃった……!ダメ!今は集中しないと……!!)」

 

一方でウェンディは、先程のロキとの拮抗を崩されたことに関して、自らその原因を理解して反省を心掛けていた。恐らくロキは気付いていたのだろう。今のウェンディは普段と比べて集中できていない。

 

その理由は、幼い頃から友達として過ごして来たシャルルが、ギルド内でも仲が良いと思っている少年・シエルのパートナーとなった事についてだ。何かと自分に親身になってくれるシエルの支えになれるのではと、今回の試験でパートナーに誘われた際には快く引き受けるつもりだったのに、頼まれることもなく、最終的にはシャルルが彼のパートナーとして参加していた。

 

親身にしてくれたシエルと、一番の親友と言っていいシャルル。そんな二人が、自分の知らない場所でいきなりパートナーを組み、あまつさえ自分がパートナーになったメストの前に立ちふさがった。

 

この時からずっと……ウェンディはどこか疎外感を感じていたのだ。これまで自分と共に歩んでこれていたと思ってた二人が、自分を置いて先へと進んで行ったかのようで……。

 

「っ……!(考えたらダメ!集中しなきゃ!!)」

 

今は目の前に立ち塞がるグレイとロキの対処が最優先。頭を横に振って雑念を振り払い、ウェンディは再びロキへ向けて天竜の咆哮を撃とうと空気を食べ始める。

 

「アイスメイク“(フロア)”!!」

 

「あっわっ……きゃあ!?」

 

だがその攻撃の直前、メストに向けたと思われるグレイの氷魔法が、先程までメストとウェンディがいた位置の大地を一瞬で凍結。メストは回避できたのだが、ウェンディは直前までその動きに気付けないまま、踏ん張ろうとしていた足元を滑らせてしまい、その場で転倒。思わぬ僥倖に追撃を考えたグレイだが、再びグレイの背後に迫っていたメストが足元を強襲。二人は再び距離をとって向かい合う。

 

獅子王の輝き(レグルスインパクト)!!」

 

そこに王の光(レグルス)を左拳に纏いながら、ロキがメストへと飛び掛かり、それを振りぬく。だがその攻撃は空振り、瞬時に移動していたメストが彼の背後から攻撃を狙う。

 

これに驚き振り向くロキだったが、奇しくもその行動が彼を救った。左拳に纏っていた光は健在で、突発的にメストの目眩ましの役目を兼ねることが出来、彼の視界が一時的に奪われる形となった。

 

「今だ!」

 

この好機を逃すものかと瞬時にバズーカを造形し、グレイがメスト目掛けて発射。視界も機能しない上に、パートナーのウェンディが転倒したまま起き上がれない状態にあったメストは、為す術無くその攻撃を受けて吹き飛ばされる。そして衝撃によって巻き上がった煙が晴れた頃には、メストは隆起した岩を背にして寄り掛かった体勢のまま気を失っていた。

 

「……あっ!!?」

 

そこにようやく前方へと意識を戻したウェンディは、その光景を目にし、激しく後悔を募らせた。自分の集中力がなかったせいで不甲斐ない動きをし、みすみすメストを戦闘不能にさせられた。

 

彼の師匠であるミストガンへの恩返しの為、彼を助ける為に覚悟を決めてきたと言うのに、結果自分は何も出来ないままメストを下されてしまった。シエルたちの事に意識を奪われず、目の前の二人をちゃんと相手していれば、少しは変わっていたかもしれないのに……。

 

「さて、残るはウェンディのみ……」

 

「どうする?今なら降参しても一向に構わねぇぜ?」

 

メストが動けなくなった今、こちらが闘えるのはウェンディのみ。ロキとグレイは彼女に近づきながらも、こと戦闘に関しては未熟な点が目立つウェンディを不必要に傷つけるつもりが無いため、遠回しに降伏を呼びかける。

 

確かにこのまま戦闘を継続しても、実力の高いグレイたちのペアに勝てる可能性は極めて低い。まだ実戦経験が少ない上、味方のサポートの方が得意なウェンディはこの問いに大きく揺らぐ。ほとんど役に立てなかった状態とはいえ、メストが闘っても勝てなかったペア。そんな二人を同時に相手などできるわけがない。降参の二文字が、彼女の頭に過り出す。

 

「わた、しは……」

 

 

 

 

 

 

だが、無意識にその二文字を言おうとした瞬間、ウェンディの脳裏にある光景が浮かんだ。エドラスから帰る際に、止まっていた時の中で交わした恩人(ミストガン)との約束。そして、エドラス帰還から今回の試験の合間にあった、シエルとのある会話。

 

それを思い出したように目を瞬かせたウェンディは、思い直した。今、自分は降参しようとしていた。だがその選択は、自分の力を頼ってくれたメストの、そして約束を交わしたミストガンに対して、失礼に値する。

 

「降参……しません……!」

 

一度顔を俯かせながら、ウェンディは魔法が切れて地面が露わになったその地に足を踏みしめ、立ち上がり、グレイたち二人に真っすぐ目を向けて決意を告げた。

 

「メストさんが倒されたのは、私の責任……これ以上、迷惑はかけられない!メストさんの分まで、私が最後まで闘ってみせます!!」

 

敵わないかもしれない。二人がどれだけ強いかは本人も知っているつもりだ。それでも引けない。逃げられない。決意を改めた少女の姿を見て、グレイたちもそれに応える姿勢を見せた。

 

「分かった、いい覚悟だ。ならオレたちも手加減はしねぇ。行くぜ、ロキ!最終奥義だ!!」

 

「ああ!」

 

一度目を伏せながらウェンディの覚悟に対することを選んだグレイは、直後力強く目を開きながら、ロキと共に恐らく大技であろう最終奥義を構え始める姿勢を見せる。最終奥義と言うフレーズに若干怯み、心臓の鼓動が早くなるのを実感した。

 

「(大丈夫……きっと、大丈夫!信じるんだ……!!)」

 

心でそう言い聞かせながら、ウェンディは再び思い出す。彼に教わったことを。それによって()()()()()()()を。動揺で早まっていた心臓の鼓動を、深呼吸をすることで落ち着かせ、集中していく。周りの空気は全て自分の力の源。足を肩幅に、両手を外側に開いて、空気を集めるように手を開いたまま下の方へとゆっくり動かしていく。下の方で両手が接触し、それを認識したウェンディはその両手を今度は自分の胸元近くまで持っていき、交差する。

 

準備はできた。後は練習通りに…!そう決心を固めて両目を開いて、彼女はグレイたちに再び対峙した。

 

「天竜の……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅干(うめぼし)喰于堕怪(くうだけ)!!!」

 

しかし、そう叫んでグレイが突如懐から取り出したのは、梅干しの瓶詰め。ギュウギュウに詰め込まれたそれを掲げて主張したかと思えば、その場で一個ずつ摘んで口の中に次々と放り込んでいく。そして口の中いっぱいに溜まった梅干しの強烈な酸味を舌で感じ、酸っぱさを全力で感じたその顔をウェンディに突きつけ始めた。

 

「ハッ……!?」

 

ただただ梅干しを食べて酸っぱくなった顔を見せつけるだけの奇行。だがこれに対して、何かを仕掛けようとしたウェンディは悪寒を覚えて中断せざるを得なくなった。

 

彼女は、嫌いなものの代表として挙げるほど梅干しが苦手だ。前に約7年在籍していたギルド化猫の宿(ケット・シェルター)の面々が食べていた梅干しを興味本位で口にし、あまりの酸っぱさにトラウマになる程の苦行を味わったことがある。その後は、梅干しを見るだけで、あるいは食べている者の酸っぱそうな顔を見るだけで、当時の酸味が口の中に、記憶と共に蘇ってくるようになってしまったのだ。

 

彼女が苦手としている梅干しを何故グレイが持っているのか、と言う疑問はさて置いて、この状況は彼女にとって芳しくない。見るからに酸っぱそうな顔をしたグレイを見て、ウェンディ自身も苦手な梅干しの味が蘇ってしまい体に悪寒が走り出している。対ウェンディ用の伝達魔法と言っても過言じゃない。(あくまで本人談)

 

「ここは、逃げるしかない!!」

 

直接的な攻撃魔法ならどうにかする術はあったがやられた行動は精神攻撃。打つ手の無いウェンディはグレイから離れようと背を向けて逃亡を図る。が、敵はグレイのみじゃ無い。

 

 

 

「レグルスハミチタァーーーーッ!!!」

 

必死な形相を浮かべながら、自身の能力で謎に光らせた梅干し瓶を掲げながら叫び、逃げてきたウェンディを阻むように立ち塞がるロキ。決死の覚悟で敵前逃亡を図った彼女は逃げ切れず、再び顔を強ばらせて足を止めてしまう。

 

そしてロキが輝く梅干しを何と瓶から直接口へと大量に流し入れ、酸っぱそうな顔を光り輝かせながらウェンディへと迫る。梅干しが苦手じゃなくても逃げ出したくなる奇行を行なったロキに、泣きながら再びウェンディは背を向けて逃げ出す……だが……。

 

「あっ!?行き止まり……!!!」

 

周りも見ないで逃げてきた先には、進む道が見当たらない袋小路。すぐさま場を離れようとするも、振り返った先には既に戻る道を塞いだ上に更にウェンディとの距離を詰めようとしている、酸っぱい顔を突きつけたグレイとロキ。

 

「ィヤアアアアアア〜!!!」

 

苦手な食べ物をこれでもかと口にした二人に追い詰められ、ウェンディはもう完全に戦意を喪失する以外に残された方法はなかった。まさかの精神攻撃により、グレイとロキは闘のルートをクリア。一次試験突破となった。

 

 

 

ちなみに、梅干しはサイズの割に塩分が多く入っており、本来の摂取目安は一日一個である。過剰な塩分の短時間摂取は体に毒なので、くれぐれもグレイたちの真似をしないように。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「はっ!?……ぁ、夢か……いやどんな夢だよ……」

 

「起きて早々何言ってんの?」

 

一方横たわりながら突如意味がわからないと言いたげに声を絞り出していたのは、先ほどまで意識を失い眠りについていたシエル。そして傍でそのときを待っていたらしい白ネコシャルルだ。気を失っている間に着替えたのか、専用サイズの白いシャツと胸元に紫のリボンを付けた、スカートスタイルの服装になっている。

 

「あ、シャルル……ってそうだ!試験!兄さんに……俺、どうなって……!?」

 

「落ち着きなさい。順々に話すわ」

 

シエルが気絶する前に覚えているのは、渾身の力を込めた纏虹拳(セブンスストライク)を防がれて、そのまま魔力切れを起こして倒れたところまで。そして今いる場所は彼と闘った石舞台とは違い、どこかの森の中、開けた空間のよう。兄の姿も見えない。試験もう済んでいることになる。合否の結果が気になるシエルがすぐさま尋ねると、シャルルはひとまずシエルを宥めて彼の質問に答え始めた。

 

「まず、一次試験は突破できたわ。あんたが気を失った後、ペルセウスが決めてた合格条件を達成していたってことで、認められたの」

 

「合格……!!良かったぁ……!」

 

一次試験の突破。ひとまずの鬼門は無事に乗り越えられた事を理解した少年は胸を撫で下ろした。正直あの時気絶してしまった事で、合格が認められなかったらと思うと気が気じゃなかったのだ。

 

「で、ここはその一次試験を突破した組が集合してる場所」

 

その次に説明したのは現在地。石舞台で気を失い動けなくなったシエルだったが、いつの間にか移動していたことが明かされた。兄が運んでくれたのだろうか。そして説明しながらシャルルがある方向へ意識を向けさせると、この場にシエルたち以外のものたちがいることに気付いた。

 

「おはよう!あと合格おめでとう、シエル!」

 

「“激闘”に当たったのに突破するなんて、さすがだね」

 

そこにいたのは二人。自分と同じく試験を受けているカナと、そのパートナールーシィ。一次試験開始時に来ていた水着と変わって、軽装ながらもしっかりと普段着として違和感のない服装だ。島内が海上と比べてそれ程猛暑では無いからだろう。

 

「カナにルーシィ!って事は二人も一次試験突破!?」

 

「レビィちゃんとガジルもいるわよ」

 

「オイラとナツも突破したんだよ!」

 

カナたちペアも一次試験を突破。さらにルーシィに指し示されたレビィたち、そして視界の端から現れた青ネコハッピーもこの場にいる。となれば必然的に彼が支えている火竜(サラマンダー)もいることになるが……。

 

「ナツ……?なんか妙に静かだな……」

 

その青年は、周りから少し離れた場所で背を向け、岩の一つに座り込んだまま終始無言を貫いていた。いつもの彼からは想像できないほど物静かだ。何かあったのだろうか?一次試験でどのルートにあたり、誰と闘ったかにも関係するはずだ。

 

「ところで、なんか随分うなされてたけど、どんな夢見てたのよ……?」

 

と、ここでシャルルから夢について聞かれる。気を失っている間、妙にうなされている様子だったらしく、目が覚めた直後も夢の内容があまりにもアレだったことが伺えたとのこと。だが、目を覚まして状況を理解している間に、強烈だったはずの夢をぼんやりとしか思い出せなくなっていた。歯切れの悪い声を交えながらもシエルは答える。

 

「衝撃が強かったのは確かなんだけど……ウェンディが変な意味でピンチだった、ような……」

 

「変な意味……?」

 

ウェンディがピンチ。それだけを聞けば二人とも放っておけるような状況とは思えないのだが、シエルは何故か妙に落ち着いていた。ある意味では危険だが、それを察して全速力で駆けついたとしても、全力でずっこける自信がある……気がするような光景。

 

「確か……梅干しが凄い量出てきた……かな……?」

 

「ああ……」

 

ずっと首を傾げていたシャルルも、これで納得してくれたようだ。ウェンディが梅干しを苦手としているのは、当然相棒であるシャルルも承知の事実。大方大量の梅干しに追いかけられて泣きながら逃げているウェンディ……と言う奇妙な光景を夢で見てしまったのだろう、と結論づけた。

 

本当は別の意味でカオスかつ、実は夢の話だけでは無いと言うのが事実だが。

 

 

 

しばらく合格者となっているペアと会話をしていると、洞窟の出口一つから、また新たな合格者が現れた。黒い短い髪の氷の魔導士とサングラスをかけた茶髪の色男。

 

「グレイ!ロキ!やっぱり一次試験を突破してきたんだね!」

 

「取り敢えず、おめでとう」

 

「お疲れ様だね」

 

最初に出迎えたのは彼らから近い位置に立っていたルーシィとカナ。疲労感が抜けずに付近の草が茂っている場所に腰掛けたままのシエルが、軽く手を挙げながらそれに続く。そして奥の岩に座っているレビィとガジルは、静のルートで突破出来たことに片や安堵し、片や不満そうに悪態をついている。

 

「一次試験を突破できたのは、これだけか?」

 

「ナツは……」

 

「あっちにいるよ」

 

そしてやはりグレイたちも気にしたのがナツのこと。ハッピーに指し示された方を向けば、先程同様に座り込んだまま何も声を発しないナツに怪訝の目を向けている。唯一何があったか知っているハッピーは勿体ぶって喋ろうとしないから、未だにシエルたちも原因が分からない。

 

「さて、これで全員揃ったかな?」

 

そこへ森の奥から現れたのは、未だアロハシャツを身につけているマスター・マカロフ。その口ぶりから考えるに、一次試験の合格者はほぼほぼ出揃ったと考えていいのだろう。その証拠として、マカロフの口から告げられたのは、現時点で合格が確定している者たちだ。

 

「まず、レビィとガジルは、運良く“静”のルートを通り、突破!」

 

「へへーん♪」

「運が良いだと!?」

 

最初に突破していたのは障害なく順調に先へと行けたレビィたち。運良く抜けられたことにレビィが得意げになっているが、不完全燃焼となっていたガジルはその言い方が気に入らないようだ。

 

「カナとルーシィは、フリードとビックスローを“闘”で破り、突破!」

 

「ふふん♪」

 

「何ィーーー!?」

 

次に呼ばれたのはカナとルーシィのペア。何と過去に手痛い目に合わされたフリード達の組とぶつかりながらも打ち倒したようだ。恐らく正面からではなく何かしらの策を講じて足をすくったのだろうが、それでも勝利したのは大健闘だ。同じようにビックスローに過去負けたグレイは、そんな彼女たちの残した結果に驚愕している。

 

「シエルとシャルルは、“激闘”にてペルセウスの試練をクリアし、突破!」

 

「嘘だァーーーー!?」

 

「ギリギリだけどね……」

「突破は突破よ」

 

続いてシエルたち。最後の最後はシエルが気絶し戦闘続行不可能となったものの、絶対防御の盾であるイージスを使わせたことによる合格は、シエルにとって大きな一歩だろう。先程よりも大きなグレイの絶叫が響く。

 

「ナツとハッピーは、同じく“激闘”、ギルダーツの難関をクリアして突破!」

 

「そんなバカなァーーーーー!!?」

 

「オイラ何もしてないけどね……」

 

そしてこの場にいるほとんどが度肝を抜くであろう結果。何とギルド内でも文句なしに最強と呼んで過言では無い魔導士・ギルダーツを相手にして勝利したのがナツだという。だがその割には彼の様子は大人しい。今までの中で一番の絶叫を発するグレイをよそに、シエルはナツが口を閉ざしている理由がギルダーツとの戦いで何かが起きたことが要因と考えていた。自分と同様、憧れとなる存在とぶつかる中で、何か大事な事を教わったからなのだろうか。

 

「グレイとロキは、メストとウェンディを“闘”で破り、突破!」

 

「ウェンディたち、負けたのか……」

「これなら、もうぶつかり合うこともなさそうね」

 

そして現時点最後に辿り着いたグレイたちは、メストとウェンディのペアに勝ったようだ。少なくとも、今後試験中に会ったとしても敵対する事は皆無になったわけになる。もし自由に移動できる試験であれば、合流してメストから引き剥がし、そばで安全を確保、と言うこともできそうだ。

 

「で、あと残ってるのはエルフマンたちと……」

 

「ジュビアたち、だな。落ちちまったのか……?」

 

呼ばれていないペアは残り二組。シエル、そしてグレイが気になってその組たちの名を口に出すと、思い出したかのようにマカロフが「ぐもぉ!」と表情を歪めながら声を張った。

 

「な、何だよじーさん……!」

 

「ジュビアとリサーナは、奴と当たってしまった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

あの手の抜けない女騎士に!!」

 

「あ~あ……」

 

どうやらジュビアたちもまた激闘ルートに……しかも手加減してるイメージが浮かばない鎧を纏った最強の女魔導士とぶつかってしまったらしい。マカロフが歪んだ表情で叫んだ内容に全員が納得を顔に浮かべた。目に見える。試験であることも忘れて完膚無きまでに叩きのめした女騎士がドヤ顔で「終了だ」と宣告し、その傍らで力無く倒れ伏しながら「参りました〜」と力無くぼやく少女二人の姿が……。

 

これで残るはエルフマンとエバーグリーンの組だけ。だが、静は一つ、闘は二つ、そして激闘は四つと考えると、既に静と闘は全部埋まり、激闘も三人のS級と当たったペアが存在する。そして残り一人のS級といえば……。

 

 

 

 

「「魔人(ミラジェーン)……」」

 

消去法で割り出したかなとルーシィが、げんなりとしながらその名をぼやく。可哀想に。シエルもとんでもない力を持つ実の兄とぶつかったが、エルフマンの場合はただでさえ姉に頭が上がらないのだ。余計闘いづらいだろうに……。

 

しかし改めて考えると、手の抜けない女騎士(エルザ)色んな意味でチートな脳筋(ペルセウス)表裏激しい魔人(ミラジェーン)断トツでぶっちぎる粉砕の化身(ギルダーツ)。化け物と言う言葉すら生温いS級魔導士が試験に配置されていたのに、良くシエルもナツも突破できたものだと、本人たち以外は改めて実感させられた。同情を覚えたレビィの隣で、どっから自信が湧くのか「オレだったら勝てたけどな」と一切怯まずガジルが零す。無知って怖いな。

 

「ちょっと待てぇーい!!」

 

しかしそんな空気を壊すかのような漢の大声がこちらに届いた。一斉に振り向いた面々の視線を浴びながら、揃って集合場所へと現れたのはなんと噂に出てたエルフマンとエバーグリーン。二人とも外傷が多くボロボロで、互いに支え合いながらここまで辿り着いた様子だ。しかしその表情はどちらも得意気で、やり切ったかのようなものを浮かべている。

 

「オレらも姉ちゃん倒してきたぞォ!!」

 

「一次試験突破よ!!」

 

時間的にも相手的にも絶望感が凄まじかった彼らもまた、一次試験を突破。消耗は随分激しそうだが、その努力に見合った結果を残してきている。さしものマカロフも予想できなかったのか素直に驚愕を表している。そしてそれは他の者たちも同様だ。

 

「スゴイな!どうやってあのミラ相手に……!」

 

上の姉弟を突破した者同士として、真っ先に気になったシエルがどう戦って勝利したのかを彼らに尋ねる。だが、その直後彼らが返した反応は思っていたものとは別物だった。

 

「それは言えん……漢として……!」

「一瞬の隙を突いたとだけ言っておくわ……」

 

二人揃って顔を強張らせ、どこか視線を逸らしているようにも見える様子で誤魔化した。ほぼほぼ全員がこう思った。「一体何をしたんだ」と。

 

「ともかく、一次試験突破チームはこの6組とする!」

 

一つ咳払いをして、改めてマカロフは確認も兼ねて宣言する。一次試験を突破チームは下記の通り。

 

・ナツとハッピー

・グレイとロキ

・レビィとガジル

・シエルとシャルル

・カナとルーシィ

・エルフマンとエバーグリーン

 

そしてこれから始まるのは、更に難易度が上がると思われる、二次試験だ。ほとんどの一次試験突破チームが表情を引き締めて待ち受ける中、一人は時にいたナツにパートナーであるハッピーが声をかけた。

 

「ナツ、いつまで落ち込んでるの?」

 

目元に両手の甲を当てながら黙していたナツは、そんな彼の問いに一言「いや……ちょっと考え事……」とだけ呟く。それを聞いたハッピーはと言うと……。

 

「ナツがぁ~~!何かをぉ~~~!!考えるぅ~~~~~!!?」

 

「どんだけ見くびられてんのよ……」

 

わざとらしく仰々しく、ナツが考え事をしていることに対してオーバーリアクションを起こした。そんなハッピーの様子を、呆れた目であんまりな評価を遠回しにされたナツをシャルルが見やりながら呟いた。

 

一方でナツは、一次試験でのギルダーツとの闘いと、その後彼にかけられた言葉を思い出していた。ハッピーを下がらせ、果敢に立ち向かい、あしらわれても沈められてもぶっ飛ばされても諦めなかったナツ。分裂されて委縮するどころか数の暴力でギルダーツの意表を突き、鬱陶しくなった彼によって解除された一瞬の隙を、渾身の滅竜奥義で攻め込んだ。

 

今までの中で一番ギルダーツ相手に奮闘したが、その壁は厚かった。島中に広がると錯覚するほどの魔力を放出され、ナツはそれに委縮。それでも必死に体を動かしたのだが、直後に降参。あのナツが、勝てないと悟り、拳を下ろしたのだ。

 

だがそんなナツの決断を、ギルダーツは称賛した。勇気を持って立ち向かう事を咎めはしないが、抜いた剣を鞘に納める勇気を持つ者は殊の外少ない。その勇気を知ったナツを、ギルダーツは合格とした。

 

 

 

───またいつでも勝負してやる。S級になってこい。ナツ

 

俯き、涙を流していたナツに、友人として激励を飛ばしたギルダーツ。改めてその言葉を思い出し、胸に刻み込んだナツは、その口元に、この場に来て初めて弧を作った。

 

「分かったよ……ギルダーツ……」

 

誰にも聴こえない声量でそう呟いたナツは、長らく腰かけていた岩場からようやく立ち上がった。その動作に場にいる全員が目を向けると……。

 

「グレイ!シエル!カナ!レビィ!エルフマン!誰がS級魔導士になるか……勝負だ!!」

 

名を呼んだ順番にバシッと指をさし、勝負を宣言するナツ。いつも通りの彼に戻ったようだ。そんなナツに対して、受験者側もまた、彼の燃え上がる闘志に影響され、熱が移る。

 

「お前にだけは負けねーよ」

「俺も、絶対に譲れない!」

「っ……!」

「私だって……!」

「その勝負、漢として受けて立ーつ!!」

 

呼ばれた順に、ナツの宣戦布告に応える一同。その表情には、誰もが合格を譲る気のないと言う気迫を感じられる。そして、やる気を漲らせているのは受験者だけではない。

 

「あたしはぜぇ~ったい!カナをS級にするの!!」

 

「例えルーシィでも、僕は手を抜かないよ」

 

「ギヒヒ、吠えてろ、クズが」

 

「どっかでぶつかっても遠慮しないわよ、ハッピー?」

 

「オ、オイラ、シャルルが相手でも負けないよ!?……多分」

 

それぞれのパートナーたちも、それぞれの相方を合格させる為にやる気を満たしている。中には親しい者や、好意を向けている者が相手になる可能性もあるが、試験として譲る気はないらしい。ハッピーが怪しいが。

 

「燃えてきたぞ……!!」

 

それさえもやる気を漲らせる燃料にして、ナツが拳に炎を纏い、更に闘志を燃え上がらせる。誰もが気合十分。互いに切磋琢磨し合う様子を見て、マカロフは人知れず感慨深く感じていた。

 

「漢たるものぉーー!!ぐほばっ」

「エルフマンしっかりしなさ……ぐふんっ」

 

「この二人は厳しそうね」

 

そんな中ミラジェーンとの激闘のダメージが抜けていないエルフマンとエバーグリーンを見て、シャルルが苦笑混じりにぼやく。また闘いに関する試験だったら真っ先に脱落しそうだ。

 

「では、S級魔導士昇格試験、二次試験の内容を発表する!」

 

宣言したマカロフの声に、盛り上がりを見せていた一同が、再び気を引き締める。誰もが口を開かず、マカロフから告げられるその内容を耳に入れようとしている。

 

 

その試験の内容は、初代妖精の尻尾(フェアリーテイル)ギルドマスター“メイビス・ヴァーミリオン”の墓を探すこと。この天狼島のどこかに、それが存在しているのだそう。これだけを聞くと簡単そうだ。現にその難易度の低そうな課題に少々呆気にとられる者たちと、余裕そうな態度をとる者の二分にされている。

 

「制限時間は6時間。いいか?()()()じゃぞ?ワシはメイビスの墓で待っておるぞ」

 

ここでマカロフの後を付ければすぐに墓へと着く……と考えもしたが、マスターの事だ。敢えて遠回りしたり、魔法で姿を消して攪乱したりで、その辺の対策は勿論立てているだろう。素直に自分たちの手で墓を探すしかなさそうだ。いの一番に飛び出したナツとハッピーに遅れないよう、他の面々も駆け出して墓探しを始めることにした。

 

「私たちも行くわよシエル。……シエル?何してんの?」

 

だが、対してシエルはその場から動かず、何かを考えている様子だった。怪訝に思ったシャルルが声をかけると、集中していたのか弾かれるようにシャルルへと目を向けた。

 

「あ、うん……ちょっと考えてた」

 

「考えてたって……墓を探す方法とか?」

 

「いや……」

 

他の受験者たちは、そこまで大きく考えていなかったのだろう。しかし、シエルはそう思えなかった。口元に右手を当てて、この二次試験がどのようなものか、思考をしているのだ。

 

「内容は安直だけど、一筋縄じゃ行かないよ、この課題……」

 

まるでシャルルの予知のようなこの発言。意味もなくこんな言葉を言うとは思えない事は、シャルルも分かっている。

 

 

そしてその言葉通り、この二次試験は混迷を迎えるのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方その頃……大海原が眼下に見える、開けた空洞の中で、一人の男が気絶から目を覚ました。

 

「ぶほおっ!!」

 

その男の名はメスト。受験者の一人だった。グレイとロキの連携を受け、彼は気を失い、そのまま長時間目覚めないままであった。

 

「メストさん!」

 

「くう……まさかこいつらが、こんなに強かったなんて知らなかった……!」

 

「そりゃ強いですよ……」

 

まだ痛みがあるのか後頭部をさすりながら、グレイたちの強さに感嘆の言葉を零す。ウェンディからすればほとんどのギルドの魔導士は強い認識だが、彼らはそこから群を抜いた印象だ。しかしメストの目の色に、諦めは映っていない。

 

「だが!我が師ミストガンの跡を継ぐ為、オレは負けられない!!かかって来い!グレイ!!ロキ!!」

 

気を取り直して、と言いたげに勢いよく立ち上がり、腕を振り上げながら先程まで闘っていた相手のペアへと声を張り上げるメスト。だが、そんな彼の視界には、自分たち以外の人間はどこにも映らない。

 

「……あれ?」

 

「あの……私たち負けちゃったんです……」

 

「知らなかったー!!」

 

涙ぐみ、手を組んで俯くウェンディが告げた無情な真実を聞き、メストは頭を抱えて絶望を叫んだ。メストを気絶させ、ウェンディの戦意を喪失させたグレイたちは、既に一次試験突破の道を進んでしまった後。つまり、この“闘”の空間で、自分たちは敗北。試験脱落となってしまったのだ。

 

「はぁ~~あ……今年もダメだったかぁ……」

 

肩をがっくりと落として落胆するメスト。その傍らで、ウェンディは目に浮かべた涙を更に多く浮かべ、両手で拭っても溢れ出始める。

 

「私が役に立たなかったから……!それどころか足を引っ張って……!頑張ろうって決めてたのに……!!」

 

ウェンディとしては、ここでメストの力になれれば、ミストガンへの恩返しと出来た。彼の頼みであるシエルを支えることが出来なかったとしても、メストを助ける事なら出来るはずだと。けれど、結局は相棒であるシャルルがシエルのパートナーとして先を進んでいることに気を取られ、メストの足を引っ張ってしまった。何も出来なかった。その事実が、ウェンディの心に更に傷を作り、涙となって溢れてくる。

 

「いや……いいんだ。それより、ケガは無かったかい?」

 

そんな彼女をメストは責めず、先程の闘いでケガをしなかったか心配そうに声をかける。幸か不幸か、メストが気絶している間にグレイたちが行ったのは精神攻撃(梅干しを食うだけ)だったので、外傷は一切ないに等しい。泣きじゃくりながらも首肯で返した彼女に、安心したようにメストは息を吐いた。

 

闘いの終わった直後と言う事で、岩の柱前に腰掛けてしばらく休憩を取ろうとしていた。メストの提案でウェンディもそれに従っていたのだが、座り込んでいた彼女の顔は、未だに泣き顔から変わらないまま。

 

「いつまでそんな顔してるんだ?」

 

「だって……だってぇ……!」

 

ウェンディにとっては本当にショックだった。メストの……恩人ミストガンの弟子の助けも出来ず、同年代の友達であるシエルや彼を助けられるシャルルから大きく離れてしまった感覚に陥り、いつも以上に悲観的な考えになってしまっている。そんな彼女の気を紛らわせようとしたのだろう。メストは徐にこんな話題を提示した。

 

「なあウェンディ。この島が何故、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地と呼ばれているか、知ってるか?」

 

「え……?初代マスター・メイビスが眠る地だから、ですよね」

 

「ああ。だが、それだけじゃないんだ」

 

どうやって知ったのかは定かじゃない。だが、好奇心が大きいメストの事だから、知る機会は多かったのだろう。天狼島は、普段は強力な結界によって隠されており、如何なる魔法をもってしても探し出すことは出来ない。それは、ただメイビスの墓があるから、だけではない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)についてのある重大な秘密が、この島に隠されているらしいとのこと。

 

「重大な秘密って……?」

 

「オレも知らないんだ。どうだろう?探検してみないか?」

 

立ち上がり、腰の土埃を払いながら、メストはそう提案した。ギルドの聖地を探検する。未だ年端も行かない少女のウェンディは、そのフレーズに目を輝かせた。その目にはもう涙はない。意図したのか否か、彼女の顔を晴れさせたメストは、ウェンディと共に島内の探索を始めたのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そんな島内では、各地が大騒ぎになっていた。その原因は、S級魔導士昇格試験を受験している、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たち。

 

 

 

否、もっと言えば、そんな魔導士たちに次々と襲い掛かってくる、天狼島の原生生物たちだ。身体の表面が硬い鱗で覆われた四足歩行の巨大トカゲ、硬質化した額で、明らかに頭突きが得意そうな肉食獣、頭がモヒカンになっていて集団で襲い掛かってくる凶暴な鳥、巨大で牙の生えた斑点模様の肌をしたブタ、更には5~7mはある首の長い人っぽい頭の草食竜。どれもこれも気性が荒く、それに追い回される受験者が後を絶たない。

 

「うわぁ~~~!!」

「何なのよこの島はぁ~~~!?」

 

現に受験者の一人であるシエルと、そのパートナーシャルルも、片手に鋭い爪が二本付いた、二足歩行の肉食と思われる怪獣に追い掛け回されていた。シエルは必死に足を動かし、シャルルは翼を広げて飛行。顔だけは人のそれに見えるが、それ以外はまるっきり獣か恐竜のそれだ。振りかざした手に付いた爪は、触れただけで周辺の木々を裁断し、倒木へと変える。

 

「あっ!?グベッ!!」

 

「ちょっ……シエル!?」

 

そして運悪く、シエルは盛り出ていた木の根につまずき、その場で転倒。大きすぎる隙を作ってしまう。慌ててシャルルが彼を助けようと駆け寄るも、追いかけてきていた巨大獣は右手を振るい、その爪を彼らへと近づける。

 

 

 

そして無情にも、倒れた少年と駆け寄った白ネコは、その爪によって両断。容赦なくその命を刈り取られてしまった……。

 

 

 

 

「……?」

 

かに見えたその存在は、次の瞬間霧状に溶けて消えてしまった。見た事のない現象を目の当たりにしたあ怪獣は、理解できずに首を傾げる。

 

「脳天に落雷!注意報ー!!」

 

そして更に直後、怪獣が傾げた首の脳天を、雷を纏った少年のドロップキックが見事に貫いて、怪獣の顎を地面にめり込ませた。辺りに轟音が響き、周囲の鳥たちが一斉に飛び上がる。

 

「あと念のため……」

 

倒れこませた怪獣が一時的に無力になっている内に、シエルは雷を纏ったまま脅威となる両手の爪を四本とも根元から叩き折る。今後彼の食い扶持が大分減ってしまうが、万が一の為だ。

 

「幻と分かってるとはいえ、自分が殺される光景なんて見るもんじゃないわね……」

 

そんな一連の光景を空から見ていたシャルルが、若干顔を青くしながら告げる。もう察しているだろうが、先程怪獣に咲かれたシエルたちは蜃気楼(ミラージュ)で創った偽物だ。本物の彼らはずっと前から空に避難して、怪獣を仕留める隙を窺っていたのだ。

 

「でもま、これでしばらくは安全ね。さ、墓探しの続きをするわよ」

 

「つっても、ヒントらしいヒントもなしに、虱潰しに探すのもな……」

 

試験を出したマカロフから言われたのは、メイビスの墓を探すことと、制限時間が6時間である事。これ以外に情報が無いため、探そうにも途方無い時間を費やすことになる。そういうものだからしょうがないとシャルルはぼやくが、シエルの言う通り気が遠くなるのも事実だ。

 

「じゃあどうするのよ?」

 

若干不機嫌になりつつあるシャルルがそう聞くと、シエルは少しだけ考え込み倒れたままの怪獣の方へと目を向ける。

 

「ねえ、初代マスターのメイビスって人の墓を探してるんだけど、何か知らない?」

 

「そいつに聞いたところで分かるわけないでしょ!!!」

 

明らかに尋ねたところで意味のない怪獣に声をかけてあまつさえ尋ねてしまうシエル。勿論シャルルはそんな意味不明な行動に出たシエルに目を吊り上げて文句を叫ぶ。何をやってんるんだと言いたげに。しかし……。

 

「いえ、知りません……」

 

「そっかぁ……シャルルの言ったとおりだね……」

 

「……え?いや……ちょっ、ええーーっ!!?」

 

目と耳を疑う出来事が起きた。今、シエルに質問された怪獣が、力なくではあるがそれに答えた?しかも人の言葉を喋った?明らかに人語なんて使え無さそうな見た目なのに?

 

「ちょっと!何で普通に流してんのよ!?」

 

「え、何が?」

 

「あいつ今、喋ったわよ!?明らかに人間じゃないのに、人間の言葉を発したわよ!!?」

 

珍妙奇天烈な光景が映ったのに一切動じず再び歩き出したシエルを引っ張って止めながらシャルルは叫ぶ。だが、シエルからすれば、大して変わり映えのしない光景だ。その要因は……。

 

「いやそれ言ったら……シャルルもネコなのに、人の言葉喋るし、二足歩行じゃん……」

 

「それは……そう、なんだけど……あれ……?」

 

思ってみれば、そんな存在普段からギルドにいた。しかも3人。あまりに慣れ過ぎて、自分がその対象であることを忘れてた。あれ?ひょっとしておかしいのは自分の方?そんな疑問が浮かび出して、しばしシャルルは混乱の渦に飲み込まれていた。

 

「試験の墓探しも大事だけど、出来ればウェンディの安全も確保したいな……」

 

「試験は脱落したし、ベースキャンプに戻ってる……と言うのも考えられないものね」

 

再び島の中を歩き回りながら、シエルたちは墓以外にもかの少女の姿も探していた。シャルルが予知で見た、この試験で起こりうる未知の脅威。それからウェンディを守るために今回組んだと言っていいのだ。

 

それに、ウェンディを守らねばならない理由はもう一つ存在している。

 

「リリー、そろそろ着いたかしら……?」

 

「多分……。海沿いの方も行ってみよう。もしかしたら、合流できるだろうし」

 

本来であれば、この場に来る事のないはずである存在。パンサーリリーの名を出しながら、シエルたちは進路を一旦外れ、海沿いに出るはずの道をやや早足で駆け始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その頃、天狼島周辺の海上。

一対二枚の白い翼を広げ、両手で一枚の紙を持ち、目の前に見える光景と比較しながら、その島へと近づく存在がいた。今は小柄だが、本来は黒豹に似た外見を持つエクシードの一人。ガジルの相棒・パンサーリリーだ。

 

「あれか……」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属するエクシードたちは3人。その内のハッピーはナツ、シャルルはシエルのパートナーとして試験に参加している。しかしリリーは受験者でもなければパートナーにもなっていない。なのに何故彼が天狼島へとわざわざ(エーラ)で向かっているのか。

 

「ギルドの聖地・天狼島……。別の機会で来たかったものだ……」

 

リリーが持っている紙に書かれているのは、天狼島の外見的特徴と簡単な海図。それは全て、シエルが作ったものだ。話は約5日ほど前に遡る。

 

『王子……ミストガンの弟子……!?』

 

『本人はそう言ってた』

 

『そのせいでウェンディが、パートナーを引き受けちゃったのよ!!』

 

昇格試験の説明があってからの一週間。シエルとシャルルは、ファルシー兄弟が暮らす家を拠点として、ギルドの書庫を往復しながら試験の準備を進めていた。その際、ギルドにいたリリーを帰り際に呼び出し、シエルの部屋でメストの事について話をした。

 

当然、リリーは驚愕を示した。彼にとってミストガンは、かつて共に過ごした存在であり、主従と種族を超えた親友とも呼べる人物だった。そんな彼の弟子を、名乗る者がいたのだから。

 

『単刀直入に聞くけど、リリーはこの事についてどう思う?』

 

それを話した上で、シエルは問うた。彼が告げたミストガンの弟子と言うフレーズに重きを置いて。腕を組みながら思案顔を浮かべたリリーは、直球とも直感とも言える己の答えを口に出す。

 

『……まだ確証が持てないが、妙な話だな……。確か、ミストガンはギルドの中でも、ほとんどメンバーとの接触はしていなかったのだろう?』

 

『そう。兄さんと、マスターを除いて、ほぼ誰とも顔を合わせずに、ね……』

 

ミストガンはギルドの魔導士だったころ、依頼を受ける際もギルドのメンバーをわざわざ魔法で眠らせてから、マスターにのみ顔を合わせ、仕事の受注をしていた。顔を隠していた為、マスター・マカロフでさえもその正体を詳しく知らず、知っていたとすれば八尺瓊勾玉で眠らず、唯一彼と交流していたペルセウスと、情報源は不明だがラクサスを置いて他にいない。

 

言ってしまえば、同じギルドのメンバーとさえ、滅多に交流したことがないのだ。

 

『そんなミストガンが……弟子を取ってたと言うのは、正直考えにくい』

 

『だろうね』

 

彼らが交わす会話を聞き、ただただウェンディを試験に連れ出したメストに怒りを募らせていたシャルルも、その怒りを潜めて表情に驚愕を浮かべ始める。彼は、ミストガンの弟子だからウェンディを誘ったわけではないのか?

 

『更に言うと、俺は仮加入の期間も含めて、3年ほどこのギルドにいるんだけど、メストの事について、詳しく知らないんだ』

 

『え!?』

『何!?』

 

この中では、シエルはギルドに一番長く在籍している。今やフィオーレ一との呼び声も高いギルドとなれば、在籍魔導士の数も多く、詳しく知らないメンバーだって多々いるだろう。だがそれにしたって、分かる事が少なすぎるのだ。

 

彼が知っているメストの情報は、名はメスト・グライダー、ミストガンの弟子、昨年のS級魔導士昇格試験は惜しくも敗退。これだけだ。在籍期間も、年齢も、使う魔法も、ミストガン以外の交流がある人物も、思い出そうとすればするほどぼやけて曖昧になる。何も出てこないのだ。

 

 

 

 

昇格試験の受験者に選ばれるだけの実力があるなら、ギルドメンバーの事をよく見て覚えることを欠かさないシエルが、覚えようとしないはずがないのにも、関わらず……。

 

()()()()()()()()()()()()、俺はもっと色んなことを熟知してる自信があるよ。それも去年以降、確実にいる事が確定しているメンバーだったら、尚更ね』

 

『まさか……!?』

 

リリーも、そしてシャルルも、淡々とその事実を告げるシエルの言葉から、ある一つの疑念が生まれた。本来であれば突拍子もない推測。だが、この場の誰よりもギルドの事にも、ミストガンの事にも通じているシエルが……ギルドの中でも珍しく、頭脳に特化したシエルが、まるで確信持ったかのような口ぶりで述べる内容を、疑う事など微塵も出来なかった。

 

 

 

 

『俺は……メストはギルドの一員ではないんじゃないかと、考えてる』

 

それは、二人が抱いていた疑念の解答のような推測だった。もしも本当にメストがギルドのメンバーではないのであれば、彼が何者なのか、何の目的があって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるのか、新たな疑問が浮かぶ上に、逆にその方が辻褄が合ってしまう。

 

外部の人間がいる事に対して誰も疑問を持つ様子がない理由は、恐らくメスト自身が記憶に関する魔法を使うと推測。そして、何故シエルがリリーをここに連れてきてまでこの話をしたのかにも繋がった。

 

『ギルドでのミストガンの事は、兄さんが一番よく知っている。リリーには兄さんにメストの事を伝える事と、俺たちが試験を受けている間に、メストの監視兼、ウェンディの護衛を頼みたい。状況によっては、俺たちも合流するつもりだけどね』

 

『後半は兎も角、ペルセウスへの報告は、お前がしてもいいのではないか?』

 

『俺が伝えたら、試験のライバルを蹴落とす行為と思われる可能性がある。兄さんなら信じてくれるかもしれないけど、マスターや他のS級にバレたら、受験資格を剝奪されるかもだし』

 

『……成程』

 

リリーにシエルが頼み込んだ内容は二つ。その一つであるペルセウスへのメストに関する報告は、試験に参加する者ではない第三者のリリーが、匿名からの情報として彼に報告すれば、誰にも怪しまれることはほぼないと言える。ミストガンと交流が深かった彼ならば、その違和感も同様に気付いてくれるはず、と言う狙いもある。

 

そしてもう一つは、試験最中のメストの動向に対する警戒と、彼のパートナーとして参加するウェンディの安全確保だ。本当はシエルたち自身が守りたいところだが、シエルとしては試験の方も譲ることが出来ない大事な案件。場合によってはシエルたちも簡単には動けない。だからこそ、事情も知っていて、自由に行動も出来、実力も保証できるリリーに白羽の矢が立ったのだ。

 

『分かった、引き受けるとしよう。タイミングはどうする?』

 

『ハルジオン港から出港して一時間後ほどに。そうすれば、さすがに島に到着して、試験が始まろうとしているところだろうし』

 

『結構離れてるのね、その島』

 

頼みを了承しながら、リリーはシエルと言う目の前の少年に、空恐ろしさすら感じていた。リリーにとっては、シエルと言えばエドラスに置いて優秀な頭脳と科学力を駆使し、世界の発展を手伝った魔科学の最先端をゆく男。戦闘における策戦も、彼のシエルはお手の物と言えるほど優れていた。

 

そして目の前のシエルは、記憶よりも幾分か幼い外見。だが、その頭脳はそんな彼と比べても遜色ない。それどころか、観察眼や頭の回転、推理力や作戦の立案など、部分部分で、下手したら上回っていると錯覚さえ覚える。

 

適切かつ最善と思えるような行動と、リスクを可能な限り排した考え方。たった齢14で身に付くとは思えないものを有した少年が、将来どうなっているのか想像すらできないほどだ。

 

『しかし、もし試験でウェンディたちに当たったりしたら、お前たち闘えるのか?』

 

『なるべく傷つけないようにはするけど、負ける気もないわ』

 

『俺も。ウェンディには悪いけど、この試験は譲る訳にはいかない。それに……』

 

『それに?』

 

ふと、リリーが浮かんだ疑問を尋ねると、ほぼ動揺することもなくシャルルもシエルも答える。試験は試験として、切り替えて行動するつもりらしい。だが、シエルが意味深に言葉を区切って黙すると、咄嗟に反芻したリリーには見えないように、顔を俯かせながらこう言った。

 

 

 

 

『推測の中では部外者の癖にウェンディを横から掻っ攫って行きやがったあの野郎を、徹底的にボコボコにしなきゃ気が済まないし……!!』

 

『ああ、そん時は私も2、3発ぐらいやらせてもらうわ』

 

『そっちの方が声に気合入ってないか!?』

 

思いっきり私怨を組み込んだドスの聞いた声でブツブツと、明らかに黒い何かを描いた表情を浮かべながら呪詛の如く呟くシエルと、ほぼ同じ表情で同調するシャルル。さっきと比べて声の気合の入り方が桁違いな二人に、思わずドン引きしながらリリーがツッコんだ。

 

「あいつら……目的を忘れてないと良いがな……」

 

遡った当時の回想をそこで区切り、色んな意味で心配を抱えながらも、リリーは翼をはためかせて島に入るために最後のスパートをかける。

 

「ともかく、急がなければ。ウェンディが危ないかもしれん……!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

洞窟から出て、所々に奇麗な花々が群生する絶景の前に立つウェンディ。少し遠くには大海原が見えており、無垢な少女はそれに対して目を輝かせている。

 

「奇麗なトコですね!!」

 

「気を付けて」

 

手提げのカバンを片手に持ちながら、目の前の絶景を崖の前で満喫するウェンディ。そんな彼女に足元への注意を呼びかけながら、メストが後をついて行く。

 

 

 

 

 

 

だが、背後でメストが少女に浮かべた表情は、何も知らない、気付かない様子の子供を、嘲るかのように見下す者のものだった……。




おまけ風次回予告

シエル「こんなに広い島の中から、どんな形かも分からない墓を探すって、実は結構とんでもない難易度だよなぁ……」

シャルル「言われてみれば……墓を探せ、時間は6時間、ぐらいしか言われてないものね。これに更にウェンディたちを探すとなると……リリーにお願いしたのは正解だったみたいね」

シエル「探してる途中にウェンディと会えるのが理想なんだけど、ついでにメストをボコるのも」

シャルル「そうね。試験と関係ないかもだけど、それはやっとかなきゃ」

次回『墓探し』

シャルル「にしても、一次試験も“運”を試すとか言ってたのに、結局二次試験も運頼みじゃないの……」

シエル「運……?確かに……もしかして、ヒントはとっくに出てたんじゃ……?」

シャルル「え、どう言う事?」


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第114話 墓探し

前回投稿から一ヶ月もかかってしまいました。ごめんなさい。どうにも執筆の速度がより遅くなっています…。お知らせすらできなかったし…。

仕事の関係上また次回の更新も遅れてしまう可能性が見えてきてまして、どうしようか考えがまとまらない状態です…。

遅れた分を取り返そうと長く書こうとしたけどそれも失敗しました…。

せめて、せめて4月からの更新は元に戻せるように尽力します…!


S級魔導士昇格試験。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地天狼島にて行われている、ほとんどの魔導士が目指すものを懸けた闘い。一次試験を突破した者たちが次に挑戦する課題は、初代マスター・メイビスの墓を探すこと。

 

「「……」」

 

その試験に挑む6組中の1組。年齢よりもまだ少し幼い容姿をした少年シエルと、人並み以上の知力と意思疎通ができる白ネコシャルルのペアは現在、墓探しと平行に行っている目的を達するため、天狼島周囲の海岸沿いを進んでいた。

 

「リリー……見つかんないな……」

 

「と言うか、私たちが最初に上陸したとこには煙があがってたから、本来どっから入るかもわかってないのよね……」

 

メストへの警戒を強めるために外部から来る予定であるパンサーリリーとの合流を狙うシエルたち。しかし自分たちが船で来た方角から探ろうにも、自分たちの現在地と、一次試験の為に上陸した場所の事をふまえたとしても、リリーが辿り着くであろう位置の特定が極めて困難となっている。

 

試験の対象となる墓。合流予定のリリー。そして二人が共通して守ろうとしているウェンディ。島内を周りながらこれらのいずれかを見つけ出す必要がある。分かっていた事だが、かなり骨の折れる行動だ。下手をするとどれも果たせなくなる可能性もある。二兎追うものは一兎をも得ずとならなければいいが……。

 

「参ったな……こうしてる間にも他の誰かが墓を見つけてる可能性もあるし、ウェンディがどうなってる事か……」

 

「どちらにせよ、結局島中を隈なく見渡すぐらいしか、今のところできそうなことがないわね」

 

結局のところ島の中を周り続けて、墓、もしくはウェンディかリリーの姿を捉えることしか、今できることは限られている。誰に関しても現在の位置が分かっていない状況では、対応できることも少ないから。

 

「ねえ、実は気になっていた事があるのだけど……」

 

仕方なく海岸沿いを進んでいると、唐突にシャルルが声をかけてきて、シエルは彼女に視線を向けて反応を示した。

 

「あんたがS級にこだわってるのは、兄貴への憧れもあるんでしょうけど、それだけでこんなに本気を示せるの?」

 

シャルルが抱いていた疑問はS級への想いについて。優秀な兄に憧れて、兄が位置する魔導士の称号を得たいと言う思いは分かるが、ナツやグレイのような競争意識が強いようには見えないシエルがそれ程までにS級にこだわる理由は何なのかと言うものだ。問われたシエルは、考えてみれば他の親しい者たちに話したことがなかったと思い出しながら、彼女の問いに答え始めた。

 

「俺自身の憧れも確かにあるけど……兄さんの為にも、証明したいから、ってのが理由かな」

 

ペルセウス(あにき)の為?」

 

的を射ないような答え方に、思わずオウム返しをするシャルル。その疑問の意味を察したシエルは続ける。

 

「兄さんは、昔から何でもできたんだ。物心つく前から魔法を使うことが出来たし、神器の換装なんて、他の誰にも出来ない事を身につけている」

 

「その話なら聞いたわ。あんたがウェンディに目をキラキラさせながらね」

 

ギルドに加入して間もない頃、ペルセウスが如何にすごい魔導士なのかをウェンディが興味本位で聞いてみたところ、見た事のない生き生きとした様子でウェンディが思わず後ずさる勢いを見せながら語っていたのを、呆れた目で睨みつけた記憶がある。さすがにシエル自身も振り返ってみれば思う事があったのか、視線を彼女から少し逸らしながら「あ~、あの時はブレーキ壊れてたな……」とぼやいている。それは兎も角。

 

「前のギルドにいた時も、今もそう。魔法の才能に溢れて、天に、神に愛された魔導士。誰もが兄さんをそう評価したし、俺にとっても憧れだった。今もだけど」

 

幼い時分より神童と持て囃され、その力に目を付けられて病弱の自分を人質に、闇ギルドが手元に置いて汚れた仕事をいくつもやらせるほどに、良くも悪くもペルセウスは天才だった。魔力が希薄なことで病弱となったシエル(自分)とは真逆に。

 

「兄さんが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入して半年。ちょうどその時期が、その年のS級昇格試験で、エルザやミラ、それとカナとかと並んで兄さんが参加者に選ばれた。試験官にはギルダーツやラクサス……今はいないS級魔導士だった人もいたんだけど、兄さんはその試験で見事に合格した」

 

「昔からあれだけ強かったことを思えば、当然と言えば当然ね」

 

シャルルからすれば、どことなく予想出来た結果だ。エルザやミラジェーンも、昔から相当な実力者だったらしいが、あの男はギルドを移籍した時点で同年代から頭一つ抜けていた。生まれ持った才能に溢れ、神に愛されたペルセウスなら、たった半年で最強格の魔導士に選ばれるのも不思議じゃない。

 

「……そう。“当然”。今のシャルルみたいに、誰もがそう言ってたよ」

 

だが、シエルから返ってきた言葉……と言うより声色を耳にしたシャルルは、妙な違和感を覚えた。そこに込められていたように聞こえた感情。例えて言うならば、哀しみ。そんな感情が乗せられているように思えた。

 

何でも出来ていた兄を、誰も彼もが好印象として見ていたわけではない。ギルドに過去在籍していた事のある者たちを中心として、あまりにも別次元な強さを前に皮肉と言える言葉をかけられたこともあった。

 

生まれた時からの天才。努力をせずとも強い。次元が違い過ぎる。人間とは思えない。神が奴だけ贔屓した。自分たちでは決して辿り着けない域にたったの半年で登り詰めた偉業は、ただただ才能があったから、と言う理由だけで結論付けられてしまった。

 

称賛の裏に隠されていた、畏怖と敬遠。特に親しい者たちのみが、心からペルセウスの事を祝福していた。全体から見れば、ほんの僅かと言える数だが……。

 

「兄さんは強いよ。短期間でS級になれるほどに。でも……いやだからこそ、兄さんはある意味ずっと孤高で、孤独だったんだ」

 

平凡だったものには決して理解されない。兄は力を持っていたが故に、目を付けられて利用され、人智を超えた力を親しい者以外に恐れられ、兄がこれまで着けてきた力と証を、才能に恵まれていたから、と一言だけで片付けられてきた。

 

 

 

 

 

そんな……分かったような口で兄を簡単に遠ざけるように言われたことが、シエルには許せなかった。

 

「生まれ持った才能がなくたって、必死に努力を重ねて強くなれば、天才として生まれた人と同じ事だって出来る。兄さんとは真逆に弱い体を持って生まれた俺が、ギルドに入ったその年の試験に合格すれば、その証明になる。だから……」

 

()()()昇格試験に、全力をかけていたのね」

 

その結論を先に察知したシャルルによって言い当てられたシエルは、無言で首肯を返す。兄は強い。才能がある。その事実は否定しない。だがそれを理由に兄への劣等感で後ろ指をさしていい理由なんて、この世に一つたりともありはしない。努力次第では、どんな人間も本気で打ち込めば出来ない事はない。それを証明する為に、いつしかシエルは魔導士に、兄と同じS級魔導士になる事を夢に見た。兄と同じ道を辿る事で。

 

「みんな理由は違うけれど、この試験にかける想いの大きさは同じ。そしてそれは、誰もが譲れないってことも。勿論、俺も」

 

試験に参加した者たちは、皆何かしらの想いを抱えている。ナツは育ての親であるイグニールを探し、見つけるために。エルフマンは姉であるミラジェーンに続くために。カナも、理由を明かしてはいないが、何度も試験に挑んでいるところを見るに、並みならぬ思いを秘めているのが分かる。

 

だからと言って、シエルも譲ることは出来ない。同じ試験に挑む者として、ライバルの想いに感化されて手を抜くことは、逆に侮辱に当たると考えている。

 

「ずっと、ずっと前から目指してたS級……遂に近づくことが出来たんだ……!兄さんの同じように……俺も、なってみせる……!!」

 

下に目を向けて右手を見つめ、その手を拳にして決意を改めるシエル。その姿を見て、決意を聞いて、シャルルは妙に落ち着いているような表情を浮かべる。そしてやる気を漲らせて集中しているシエルに向けて言った。

 

「よく分かったわ。あんたがどれほどの思いでS級を目指してるのか。強くなってきたのか……。でも、言いたいことが私にもできたわ」

 

歩を進めていた足を止め、見上げながらシエルへとそう語りかけるシャルル。怪訝に思ったシエルが振り向いて彼女へと視線を向けると、しばしの沈黙の後、こう続けた。

 

 

 

 

 

 

「シエル、あんたはペルセウスと違う。あんた自身が兄貴と同じにはなれないわ」

 

その言葉を理解するのに、シエルは時間がかかった。息を呑み、目を見開いて固まったままになった彼の様子に気付きながらも、予想が出来ていたであろうシャルルは更に続けて己の胸中を伝える。

 

「先に言っておくと、別にあんたがS級になれないって意味では言ってない。試験に合格できるように引き続き協力することは変わらないわ。けど、この試験で合格してS級になれたとしても、ペルセウス(あいつ)と何もかもが同じになれると、私は思わない」

 

淡々と告げるシャルルの表情に、侮蔑や落胆などは見られない。ただ真っすぐシエルに向けて、彼をどこか諭すかのような目で語りかけている。シエルが夢見ている兄の道。それを歩むことを手伝いながらも、その道を歩くことは出来ない。そんな矛盾したようなことを説明するシャルルの真意が、シエルには読めずにいた。

 

「それって、どう言う……!」

 

「自分で考えてみるといいわ。あんたはそう言うの得意でしょ?」

 

困惑した様子でシエルが尋ねようとするも、シャルルは一度それを突っぱねて、背中に翼を出しながらふわりと浮かぶ。取り付く島もない、と言った様子だ。

 

「それじゃ、私はもう一度空から探してみるから、地上は任せたわ」

 

それだけを言い残し、シャルルは探す対象が近くに見当たらないかを再び確認するために上昇していく。シエルに何故今のような言葉を告げたのか、明かさないまま……。一人地上に残されたシエルは手を差し伸べて呼び止めるも、聞き入れられなかった。

 

「俺と兄さんは違う……兄さんにはなれない……。そんなこと、俺が一番分かって……」

 

上空へと飛び上がっていくシャルルを見上げながら、彼女に言われた言葉が胸に刺さる感覚を覚える。自分でも理解している。今この段階でも兄の背中がどれ程遠いのか、分かってるつもりだ。

 

だがそれと同時にもう一つの言葉も思い返す。「ペルセウスもあんたにはなれない」と聞いた時、思わずシエルは思考が止まりそうになった。どう言う意図でその言葉を続けて伝えたのか、理解に時間がかかりそうだ。

 

「シャルルは俺に、何かを伝えたかった……?いや、気付かせたいのか……?」

 

彼女の言葉の真意を模索する為、シエルは思考の渦へと入ろうとした。だがその時だった……。

 

 

 

 

「……っ!!!?」

 

 

 

何の前触れもなく、シエルは体が凍えるような感覚を覚えた。一瞬。一瞬の内に、体全体が覆い被されるかのようなドス黒い魔力を感知。同時にその異質さに背筋が冷えた。

 

何だ、今の魔力は……!?あのような、漆黒を通り越したような、完全な真っ暗闇を具現化したものを感じたのは初めて……どころか、想像すらしたことがない。

 

 

 

そしてこの魔力を持つ存在が、この後に起きる出来事の発端になる事は、まだシエルを始め、誰一人知りえぬことだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わり、一次試験を終えた事で一旦の仕事を終えた試験官のS級魔導士、及び試験を脱落した者たちは、あらかじめ用意されていたベースキャンプへと集まっていた。

 

と言っても、試験官だったエルザとミラジェーン、それから脱落組はジュビアとリサーナのペアのみがこの場にいる。他の者たちの姿はない。そして現在はエルザとミラジェーンが寸胴鍋に入ったスープを調理しているところだった。と言ってもあまり進んでいる様子はない。何故なら……。

 

「何!?エルフマンとエバーグリーンが結婚!!?」

 

試験の際に起きた事に関する雑談が、思いのほか盛り上がっているからだ。顔を赤くして狼狽えながらエルザが叫んだ内容は、ミラジェーンから聞いた衝撃の内容を反芻したからである。

 

ミラジェーンが相手となった、エルフマンとエバーグリーンペア。最初こそ圧倒的とも言えるパワー(それでもなお細心の注意は含まれていた)で二人を追い詰めていたミラジェーンだったが、エバーグリーンから突如エルフマンと結婚するなどの話を耳に受け、動揺していたところを突かれてしまい、負けたとのこと。

 

後から冷静になって考えてみれば、こちらの動揺を誘って隙を作り、そこを一気に攻め込む。そのための策だったのだと気付けたのだが、あの時は気が動転していたことで鵜呑みにしてしまった。エバーグリーンの作戦勝ちである。

 

だがエルザは何故かその嘘を信じ込んだらしく「式はいつだ!?あいつらいつの間に……!」と色々と段階をすっ飛ばしながら尋ねてくる。ミラジェーンからの説明を聞いた上でも疑ってかかってる。彼女から見れば最早そうにしか見えないのだろうか。

 

「さすがにあの二人が……それは無いと思うなぁ。だって、あの二人が結婚して子供が出来たら……」

 

そう言いながらミラジェーンは、エルフマンとエバーグリーンが結ばれたと仮定し、その間に生まれる子供の予想図を頭に浮かべる。が、途端に両手で顔を覆って泣き始めた。どんなの想像したんだ。対してエルザは「考えようによっては可愛いぞ?」とフォローを口にするが、二人のことだ。それぞれベクトルが近い赤子の想像をしたのだろう。そして両者共に一般が想像するものとは明らかに違ってたに違いない。

 

ちなみにそんな二人の会話を聞いていたジュビアとリサーナ。リサーナは兄の思わぬ相手候補に、正反対ながらも相性が良さそうと感じて、お似合いかもと口にした。ジュビアは「子供」というワードにのみ着目して顔を赤く染めながら俯いている。グレイとのことでも考えてるのだろう。確実に。

 

「そう言えばフリードたちは?」

 

「ギルダーツと一緒にギルドに戻った」

 

ふと話題を変えて、この場に戻ってきていなかったフリードとビックスローの組の行方を尋ねると、エルザから返答が。彼女たち同様試験官だったギルダーツと共に、一足先に天狼島を出たらしい。最後まで見ていけばいいのに、と少々文句混じりに呟くも、この場にいないもう一人の試験官の事もリサーナは思い出した。

 

「じゃあペルは?ペルも帰っちゃったの?」

 

「いや、あいつは二次試験の監督のために見回ると言ってた。大方放浪癖が我慢できずに、島内を歩き回りたくなったのだろう」

 

その人物であるペルセウスは、ベースキャンプに留まらず、二次試験中の受験者たちの様子を見に行ったようだ。やれやれと言いたげに笑みをこぼしながら結論づけたエルザの言葉にリサーナは「ふーん」と一見興味が無さそうな声を漏らす。

 

「(何だろう……?本当にそれだけなのかな、って思わずにいられない気がする……)」

 

胸中でリサーナが抱いた疑問は、場にいる誰もが気付けないものだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

天狼島内のとある森。島内独自に自生している植物で構成された色彩豊かな枝葉を持つ木々が密集している区間の獣道を、一人コートを揺らしながら歩き続けている青年の姿がある。S級魔導士の一人で、二次試験の監督と言う名目の見回り中であるその青年ペルセウスは、周囲の様子を見渡して島内で異常が起きていないか、受験者たちの動向などを確かめるために動いている。

 

だが、それは表向きの動きだ。

 

「ここでもない、か……。移動距離はそこまで行ってないはずだが……」

 

夏の気候に反して、色づいている草花で彩られた今の周辺は、景色で言えば秋に近い。そんな特徴を持つ森の、開けた場所についたペルセウスが徐にその呟きを零す。しばらく立ち止まって辺りに目を向けてみているが、探しているらしい存在は捉えられないようだ。

 

しかしふと空へと目線を移すと、探している存在の内の一人を見つけたことで瞬かせ、その者の名を反射的に口に出した。

 

「リリー!」

 

「待たせたみたいだな。今しがた到着したところだ」

 

一対二枚の白い(エーラ)で飛行しながら、呼ばれた直後にこちらへと近づいてくる黒ネコ・パンサーリリー。本来受験者でもパートナーでもないリリーがいる事に疑問を抱くはずだが、ペルセウスにはその様子は見られない。むしろ、彼が来ることを待っていたかのようだ。

 

「シエルとシャルル、もしくはウェンディとは?」

 

「まだだ。シエルたちとは無暗に接触できないからウェンディの方にと思ったが……やっぱり簡易ベースには向かってないみてーだ……」

 

どこか不機嫌ともとれるように目を細めながらリリーに状況を知らせるペルセウスの言葉を聞いて、リリーも腕を組みながら唸り出す。兄のペルセウスは弟とは比較的といえ、頭を使う事に不慣れだ。シエルならば場に残された痕跡からどこに向かったのかをすぐさま推理して探し当てられるだろうが、生憎自分にはそう言う事に向いてない。

 

だがそんなペルセウスも、メストのペアが選んだ闘の部屋から、簡易ベースへの道のりを進んではいたが、その間にメストたちのペアとはすれ違わなかった。確実に集合場所へと向かってはいない事が分かる。

 

「ウェンディは素直で真面目な子だ。経験は浅いが、迷子にならない限りは目的の場所に向かわずに寄り道、なんてことは考えにくい」

 

接した時間はそれほど長くはないが、ウェンディと言う少女の人となりに関して、ギルドの中では知っている方だと自負している。未来の義妹になる可能性もある為、よく目をかけていることもあって。そんな彼女が簡易ベースに向かわないで別の場所へ向かおうと考えるだろうか?もしそう動いてたとしても……。

 

「となると、やはりメストが?」

 

「多分な」

 

ウェンディをパートナーにして、昇格試験に挑んだ男。彼がウェンディと共に行動し、島の中を動いている可能性の方が大きいと考えている。ペルセウスが天狼島に向かうより先に、リリーからメストに関する情報を伝え聞いていた時から、ペルセウスもメストに関して妙に疑いを抱いていた。報告をした際にあっさりと信じてもらえたことに、リリー本人が意外そうな反応を示したほどにだ。

 

メスト(あいつ)の事について、知ってることが何もないしな」

 

少しばかり顔を険しくし、ペルセウスはそう独り言ちる。兎にも角にも早いところウェンディを見つけて合流する必要がある。そう結論付けて青年は黒ネコと共に森の中の移動を再開する。ペルセウスの歩幅に追いつくためにリリーは白い翼を広げたまま空中を移動していて、それを先導するかのように青年は駆け足で森の中を走り続ける。

 

「ん……?あれは……?」

 

「どうした、見つけたのか?」

 

ふと、飛行で移動していたリリーの横目に、妙な何かが入ったことで、彼はその場で止まった。ペルセウスもリリーが止まったことに気付いて彼のところに戻り、その視線の先へと目を向ける。メストたちか、それともシエルたちか?

 

「!?こいつは……!」

 

否、そのどちらでもなかった。彼らが見つけたのは……。

 

 

 

 

 

 

死んだ森の一部だった。

 

 

 

大木と思われた木々は枯れて朽ち、辺りに散らばる葉っぱは色を抜き取られたかのように黒く変色し、大地も明らかにその色素が落ちているかのように見える。更には点々と獣だったものらしき骨が落ちていて、まるでこの一角の命が失われたかのようだ。

 

「これは……!一体何が、どうなっている……!?」

 

目を大きく見開いて驚愕した様子のリリー。更にこの一角に漂っているのは、微量ながらも異質で不気味な魔力。長時間この場にいるのは、確実に良くないと、本能が語りかけているかのようだ。

 

 

 

 

「(この感じ……まさか……!いや、あり得ない……!!)」

 

その魔力を同じように感じ取ったペルセウスはしかし、別の何かを感じ取り、顔に冷や汗をいくつも垂らしながら、胸中でそう愕然を呟いていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

森の上空、洞窟の上、滝の横。至る所に存在する可能性がある場所を飛行しながら目を通す白ネコ。しかし、墓と呼べるべきものは存在せず、彼女たちにとっての守るべき少女や、合流予定の黒ネコの姿も見当たらず。肩を落としながら、シャルルは地上で捜索を続けていたシエルの方へと戻ってきた。

 

「あ、そっちはどう……だったのかは、聞くまでもないか……」

 

あからさまにぶすっと不貞腐れた顔を浮かべて戻ってきたパートナーを見た瞬間、シエルはすぐさま理解した。そしてシエルが尋ねてきたと言う事は、彼の方も収穫なしだったのだろう。

 

「どーなってんのよこの墓探し!全っ然ヒントらしきものすらどこにも置いてないじゃない!!試験(こっち)ばっかりにかまけてもいられないのにィ!!」

 

あんまりにも痕跡や手掛かりがなさすぎて、とうとうシャルルの堪忍袋の緒が切れた。かくいうシエルも、墓に関する手掛かりや、ウェンディたちの通ったと思われる痕跡を同時進行で探していたのだが、どちらも、と言うより変わっているのが動物ぐらいしか認識できず、途方に暮れていた。

 

「せめてウェンディたちを先に見つけられればと思ってたんだけど、けど試験だって諦めたくないし……折角兄さんと当たって突破できたことだし……」

 

「その一次試験と言い、この墓探しといい……この試験運頼みがほとんどじゃないかしら……?S級ってこんなんでいいの?」

 

うんざりとした様子でシャルルは呟いた。一次試験も、マスター・マカロフは武力と運が試されると言っていた。そしてこの二次試験。これも考えてみれば、あからさまに運を試されるような課題だ。強運の星の下に生まれた者しかS級ってなれないのかと言う疑問が浮かぶのも無理はない。

 

「確かに……」

 

「え、何……?」

 

だからこそシエルは思った。何かが妙だと。ヒントも無しに墓を探す。明らかに運や、機動力がものを言うと言っていいこの課題。本当にただただ墓を探すだけがこの試験の本懐なのかと。

 

「マスターは特に、この試験で何が試されるとかも言ってなかった。墓を探す……ただそれだけのことだけど、普通ノーヒントで探させたら、下手をすると誰も見つけられない……。いくら厳しいとは言え、そんなことをするか……?」

 

口元に手を当てて考える素振りをし、その思考で浮かんだ事を口に出す。思考する際の仕草を見てきたシャルルは、彼が何かしらの疑問を抱くと共に、その解決方法を割り出そうとしているのが分かった。だが、いくら彼でも厳しいだろう。何せマカロフから告げられたその情報自体が、あまりにも少ないのだから。

 

 

 

しかしふと、シャルルは思い出した。あの時は流してしまっていた、とある違和感を。

 

「6時間……」

 

「……えっ?」

 

思い出した瞬間、シャルルは無意識に呟いていた。それに己で気付き、シエルに聞き返されると、思い出したような言い方で彼にその理由を述べる。

 

「試験の説明の時、やけにマスターが念を押してたわよね?」

 

 

 

『制限時間は6時間。いいか?()()()じゃぞ?』

 

「何でもないような、ただただ6時間以内に見つけなければいけないって意味かとも思ったけど、これ自体がもしヒントで、あえて気付きやすいに繰り返してたとしたら……何か見えてくるのかしら?」

 

その瞬間、シエルは頭をガツンと殴られたかのような衝撃を受けて目を見開いた。ヒントと思しきワード……6時間を耳にした事で、急速に頭が回り出す。

 

「墓……死……眠り……永久……石……命……終わり……」

 

小声で謎の羅列……恐らくは墓に関する言葉を口々に呟いていくシエル。取り憑かれたようにブツブツとしている姿は、第三者からは奇異の目で見られるようなものだが、シャルルは口を閉ざせず瞠目している。やはりヒントは出されていたのかと、そしてそれを元にシエルが考えつけている事を。

 

 

 

そして……。

 

「はっ……!分かったかも……!墓の場所!!」

 

「本当!?」

 

本当に割り出してしまった。思わず問いかけるシャルルの声に対し、シエルはすぐさま指示を飛ばす。いますぐ(エーラ)を使って上空に行くようにと。少し戸惑いながらも、シエルを抱えて一対の翼を広げながら上空へと向かい始める。森の木々を追い越した高さまで達したのを確認したシエルは、次に一次試験で向かっていた分かれ道の場所へ向かうように告げる。

 

「墓の場所がわかったって……どうやって割り出したの!?」

 

「連想さ。“墓”に関する単語で、スペルが“6文字”になる言葉を探し出したんだ!」

 

ある程度の高さと距離を移動したところで、墓の場所を割り出せたシエルに、どうやったのかを尋ねるシャルル。その仕組みは連想。シエルは墓に関連したワードを次々に思い浮かべ、()()()に限定したその単語を割り出した。

 

「中々6文字の単語が浮かばなかったんだけど、一個だけ浮かんだものがあった。それが……『終焉(demise)』」

 

終焉という意味を持つ単語。スペルは6文字で、墓、更には時間にも関連している。多少強引な連想とはなったが、マスター・マカロフが提示したヒントから割り出せるのはこれしかない。

 

「そこからさらにこじつけに近い形になるけど……『6時間』と言う言葉は、東洋の国では『6()()』とも言いかえられる。終焉(demise)の字間で、着目できる文字が一つ、あると思わない?」

 

「文字……字間……っ!eだけが二回使われてる!?」

 

不自然に二回使用されているスペルの内のアルファベットである“e”。Eと言えば……一次試験で選択するように提示された9つのルートのうちの一つ。ちょうど真ん中に存在していたEルート。一次の際は、シャルルの予知から“激闘”だと予測を立てて、真っ先に除外したルートの一つである。

 

そのルート内に、実は初代マスターの墓が存在していたと言う可能性に、シエルは行き着いた。

 

「ただの思い過ごしかもしれない。けど、これ以外のヒントはない。だったら一回これにかけて探し出して、それで違ったとしても遅くはない」

 

元々はノーヒントに等しい状態での墓探しだったのだ。条件は皆同じ。このヒントに基づいて移動して、違ったとしたらそれはそれ。二度に渡って運を試される試験か、他のヒントを見落としているかだ。

 

「どちらにしろ、行ってみても損はなさそうね」

 

「その通り。けど一つ問題があって、墓らしきものを一次試験で他の受験者が見ているかもしれないって可能性がある」

 

ヒントの通りだったとしても、シエルが懸念せざるを得ない材料も存在している。墓が存在していると思われる場所が、一次試験で使用された場所だからだ。9つあったルートのうちの一つ。その内のEルートを選んだペアが、ふとした拍子に墓を見ていたとしたら、その時点で気付かれて先越されることもあり得る。

 

「シャルル。予知で見た時、確かEルートは激闘だったよね?」

 

「ええ。誰が相手だったかはわからないけど、それだけは何となく感じ取れたわ」

 

思い出したのは自分たちの一次試験。一番最初に除外したルートがAとD、そしてEだった。シエルたちは未だにどのルートがどの“激闘”だったのかを把握こそしていないが、自分以外に、自分と同様激闘ルートを突破した組を思い出せば、墓に直行できる者たちを特定できる。

 

「って事は……見ている可能性があるのは、俺を除けばナツとエルフマン……。

 

 

 

 

 

 

 

しめたっ!!どっちもバカだ!!気付けるわけがない!!」

 

「酷い言いようね……否定する材料もないけど……」

 

お世辞にも賢いと言えないどころか、程遠いと言わざるを得ない者たちの名前が上がったため、その心配は彼方に吹っ飛んだ。やはりレビィか、ルーシィと組んでるカナが最有力のライバルか。兎も角急いで向かう為にシャルルに速度を上げるように頼みながら、最初の分かれ道へと向かって行った。

 

 

 

余談だが、シエルが嬉しそうに気付いた事実を叫んだのと同時刻、前触れも無くナツとエルフマンが同時にくしゃみを発し、それぞれのパートナーに首を傾げられたのは別の話。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時を少し同じくして、天狼島の比較的海岸沿いに存在している岩場。その岩場には天狼島にしか自生していない珍しい種類の花々が咲き誇る花畑が存在している。その場に、藍色髪のツインテールの少女ウェンディが腰かけ、物珍しい可憐なその花たちを見て気分を和やかにさせている。

 

その花々からいくつかを摘み、小さな手に束として纏めていく。魔導士ギルドに身を置くと言ってもやはり少女。奇麗かつ可愛らしい花に興味を惹かれる年頃なのだろう。ほのかに香るかぐわしい花の香りも相まって、今この時のウェンディは試験の際に抱いていたマイナスな感情を癒していた。

 

「(このお花を見せれば、シャルルとも仲直りできるかな……?)」

 

きっと今も、ある少年のパートナーとして試験に臨んでいる相棒兼親友であるシャルルの事を、一週間前にケンカ別れの形になってしまった彼女の事を頭に浮かべながら、この後仲直りするためのきっかけとして花をとっておこうと考えられるぐらいに。

 

するとふと、後ろから自分を見守っていた様子のメストが近づいてくるのを感じ取った。ウェンディは、自分ばかりが花に夢中になってしまっていると今気づき、振り向きながら彼にも自分が摘んだ花を見せようと思い、彼を見上げた。

 

「こんなお花見たことないですよ!メストさん、ほら!」

 

笑顔を浮かべながら花を見せようと思っていたウェンディ。だが、彼女は近づいてきたメストの様子が、どこかおかしいことに気付く。そして気付いた瞬間……彼は信じられない行動に出た。

 

「きゃあぁーーーっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知りたい……!見たこともない花の味と言うものを、オレは知りたい……!!」

 

先程までウェンディがいた花畑に自生している花々に顔を突っ込み、次々に口の中に入れて咀嚼していく。どこか狂ったみたいな表情で延々と「知りたい」とぼやきながら花を喰らっていく様子は、誰が見ても恐怖の対象だ。ある意味で。

 

「花を食べないでくださ~い!!」

 

当然ウェンディも悲鳴混じりに願望も加えて叫びを発する。それを耳に入れてもなお奇行を止めようとする気配はない。傍から見たら完全な変質者だ。どうしたら止まってくれるんだろう、と半ば途方に暮れてウェンディが困っていると……。

 

 

 

「ようやく見つけた。ここにいたのか」

 

「え?」

「っ!?」

 

後ずさって腰を落としていたウェンディの背後に、聞き馴染みのある低い男の声が聴こえ、彼女は思わず振り返った。それと同時にメストもこれまでの奇行を止めて硬直し、どこか顔を強張らせる。

 

そこには水色がかった銀の長い髪をうなじで縛っている、コートを羽織った青年ペルセウスがいた。こちらを見上げているウェンディと、花を口に入れたまま硬直しているメストの姿を目にし、嘆息を吐きながら口角を上げている。

 

「何やってんだメスト?ウェンディ困っちまってるぞ」

 

「す、すまない、どうしても知りたくなってしまって……!」

 

「どうしてペルさんがここに?」

 

ペルセウスに注意されたことでようやく身を起こしてメストは立ち上がる。ちなみに花は全部吐き出した。そしてウェンディは、この場にまさか彼が来ると思わなかったのか純粋に疑問を投げかけてきた。

 

「二次試験の見回りだ。それと、一次試験落ちたにも関わらず何の連絡もしないでベースキャンプに戻ってこないお前たちを探してた」

 

「あう……すみません……」

 

「すまん、オレが悪いんだ。この島を探検してみないかって、オレが提案したから……」

 

ウェンディの問いに返したペルセウスの言葉を聞いて、二人揃ってどこかバツの悪そうな顔を浮かべながら謝ってきた。素直に自分の非を認められることは悪いことではないとし、戻ってこなかったことに関してはこれ以上深く追求しないとして、ペルセウスは笑みを浮かべながら再び告げた。

 

「ま、探検もいいが、せめて一報は入れるべきだったな。取り敢えず一度簡易ベースに戻るんだ。多分、エルザたちも心配してる事だぞ」

 

「はい。メストさん、ペルさんの言う通り、一度戻りましょうか」

 

「そ、そうだな。無理に連れてきてすまなかった、ウェンディ。それじゃあ、すぐに戻るとしよう」

 

少しばかり残念な気持ちも過るが、他の者たちが心配してるとなってはあまり勝手な行動も出来ない。そう結論付けてウェンディはペルセウスの言うように、簡易ベースに戻る事を提案。メストもこれに了承した。どこか落ち着かない様子も見えるが、彼女は特に気にせず、歩き出したメストを目で追う。

 

 

「まあそんなに慌てんなよメスト」

 

しかし、ペルセウスを通り過ぎてきた道を戻ろうとしていたメストの肩を、ペルセウスは振り向くと同時に掴んで彼の動きを止める。その瞬間、メストの体が不自然に跳ね、息を呑むという表現が正しい程に狼狽え始めた。ウェンディには、どうして彼がこんなに慌てているのかが分からない。

 

「どうせ戻るなら、ゆっくり話しながら行こうぜ。お前の事、色々と知りたいと思ってたところなんだ」

 

「し、知りたい……とは……!?」

 

「そのままの意味だ。何かおかしいか?」

 

メストはどこか顔を強張らせ、対するペルセウスは口元の笑みを引っ込めない。仲間同士の会話にしてはどこか不自然に感じるその様子に、ウェンディは困惑がさらに大きくなっていく。だが……。

 

「親友の……ミストガンの弟子の事を知りたいってことは。俺、あいつからお前の話を()()()聞いたことなかったからさ」

 

「……っ!!」

 

その一言が、ウェンディに驚愕を、そしてメストには恐怖に近い何かを与えた。顔中から汗を噴き出して言葉を詰まらせるメスト。そんな彼を肩を掴んで笑みを浮かべながらも、一切逃がすつもりのない目を向けたペルセウスと、近くの岩場の陰からペルセウス同様にメストの動きに注意を向けている黒ネコが、獲物を狙う狩人の如く、彼を睨みつけていた。

 




おまけ風次回予告

シャルル「それにしても、随分回りくどいヒントを出したものね、マスターも。こんなのあんた意外に誰が気付けるのかしら?」

シエル「ルーシィとかレビィとかなら可能性はあるんじゃない?俺と同じで本に詳しいし。あとグレイは、ちゃっかりどこかでそのヒントを聞いてそうだな~」

シャルル「ひょっとして、気付いてすぐ私に空に行かせたはその為?」

シエル「お、気付いてたんだ?」

シャルル「(やっぱこいつ、兄貴と全然違うわね……)」

次回『悪魔襲来』

シャルル「ところで、ナツとかの名前が上がらなかったのって……」

シエル「逆にナツたちがあんな回りくどいヒントに気付けると思う?」

シャルル「思えないけど、物凄い悪魔みたいな笑顔になってるわよあんた……」


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第115話 悪魔襲来

また一ヶ月もかかってしまいました。本当にごめんなさい…。

あんまこう言う事書きたくないんですけど、毎日の仕事がただでさえストレスマッハになるのに、救出とか残業とかがここ最近頻発したせいで、多忙と過労が書く気力の一切を奪い取ってやがる…。

もう今の仕事辞めないと、永遠に亀更新かもしれない…いや、割とガチで…。


一週間以上前。S級魔導士昇格試験の受験者発表の数日程前に当たるこの日、マスター・マカロフが書類仕事を行う部屋の中に、マカロフを含めて数人の魔導士が集まっていた。マカロフ以外に集まった魔導士には、一つの共通点が存在する。それは、全員がもうじき開催される昇格試験を過去に通過し、“S級”の称号を得た者たちであることだ。

 

「なあ……やっぱりまだ早いんじゃないかと思うんだが……」

 

「くどいぞ。まだそんな事言ってるのか、ペル?」

 

その内の一人。5年前に当時最年少及び在籍期間最短で合格を遂げた長髪の青年ペルセウスは、自分の弟に関する書類を手に取り、どこか不安気に顔をしかめながらぼやくも、同様に書類を手に持ちながら一切表情を変えない緋色髪の女性エルザにばっさり切り捨てられる。

 

現在マスターを含めたこの場の5人が行っている会議は、今回のS級魔導士昇格試験に挑戦する資格がある魔導士を選ぶためのものだ。毎年多くの魔導士がS級を目指すべく、この試験に選ばれるためにアピールを行っている。それでも三桁近くまで所属する妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士の中から選ばれる魔導士は毎回10人にも満たない。そもそも合格者は基本一人のみと言うあまりにも狭すぎる門なのだ。

 

その狭き門に挑む者たち。その資格を持つに値する魔導士たちを選ぶために、マスターであるマカロフと、かつて門を潜り抜けてきた猛者たちは、厳正な審査を行っているのだ。既に決まっているのは7人。これでも例年よりは多いが、今年はまだ候補が上がっている。

 

その内の一人が、未だ年若い少年魔導士・シエル。奇しくも、兄のペルセウスが昇格試験に合格した時とほぼ同じ在籍期間と年齢である。

 

「しかしだな……」

 

「何だぁ?ペルは弟がS級になるのがイヤなのかよ?」

 

「そうじゃない。今のシエルには少し荷が勝ちすぎてると思ってるだけで……」

 

「それも含めて、この試験で確かめるのが一番だとも言っているだろう?」

 

シエルの兄であるペルセウスとしては、シエルを下手をすれば命の危険と隣り合わせであるS級クエストに行く許可を得ると同義となる資格を、現時点では与えたくないと言うのが本音だ。確かにシエルはここ最近で急激に成長したことは、近くでその様子を見ていた自分も感じている。

 

ギルダーツやエルザからすれば、真っ先に選ばれたナツやグレイにも引けを取らないと太鼓判を押している為、候補から外す理由の方が少ないのだが、何よりもシエルの身の安全を考える兄としては、やはり賛同しきれないのだ。

 

「私はペルの気持ちも分かるけど……きっとシエルは()()に全てを懸けてると思うわよ?」

 

「む……」

 

どうにも納得が出来ないと言いたげなペルセウスに、彼と同じく弟が自分に続くようにS級へとなろうとすることに対して、心配を抱いているミラジェーンが共感しながらも、シエル本人がどれほどの思いをS急に寄せているかを教えるかのように諭す。その姿が容易に想像できたペルセウスは、それによってとうとう口を噤んだ。

 

「なに、シエルに限らず、この中で誰が試験に合格するかは、実際に時が来れば分かる事だ。しっかりその目で見極めればいい」

 

「では、シエルも参加者として認定と言う事になるかの。良いか、ペル?」

 

「……分かったよ」

 

あくまでこれは試験への参加資格があるか否かを決める会議。実際にS級を決めるのは、試験中の参加者の行動次第だ。あるいは試験官である自分にどこまで食らいつけるかを自ら確かめれば済む話であることも相まって、彼は弟の参加をようやく認める形になった。

 

「これで8人か。こんなところで良いんじゃねぇか?」

 

「ガジルはいいのか?実力で言えばナツたちレベルと言えるし、ジュビアと加入時期も同じだろ?」

 

「あいつはまだ早い」

 

「即答か……」

「あらあら」

 

大分参加者を提示したことで、ギルダーツからそろそろ候補者の締め切りを促す空気が流れる。その中にナツ同様の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がいなかった事に疑問を抱いたペルセウスが名前を上げるが、エルザに即効で弾かれた。取り付く島もない。ペルセウスだけでなくミラジェーンも苦笑いを浮かべた。

 

ともかくこれで打ち止めか、とペルセウスは体感時間で長いこと続いた会議の終わりを感じて一つ息を吐いたところで、その後に聞こえてきたエルザの声に、衝撃を受けることになった。

 

「そうだ、外せない奴が残っていた。メストを入れてなかったな」

 

「……?」

 

メスト。その名前を耳に入れた彼は、疑問を抱いて首を傾げた。エルザがさも当たり前のように提示したためスルーしかけていたが、彼が驚いたのは更にその後だ。

 

「メストか……去年惜しいとこまで行ったんだったか?」

 

「ええ。今年は更にやる気になってるはずよ?」

 

「期待できそうだな」

 

エルザの声に続くように、ギルダーツもミラジェーンも、違和感を微塵も感じないまま会議を続けている。先程までのように、どこにもおかしな点などないかのように。

 

「どうかしたかペル?」

 

「え……あ、いや……」

 

エルザたちの会話の内容に疑問しか浮かべられないペルセウスの様子を案じたマカロフが、目を閉じたまま彼の方に顔を向けて、いつもの声の調子で尋ねてくる。やはり、自分以外は誰も違和感に気付いていない。

 

「何だよ、まさかメストが参加するのも反対か?」

 

「……そんなことはねえ。俺も異論なしだ」

 

妙に上の空に近い状態となったペルセウスにギルダーツたちが首を傾げながらも、9人目の参加者メスト・グライダーが決定し、会議は終了の流れとなった。この中から、今年はS級魔導士が一人のみなれる確率を持っている。来るその試験の日に、彼らは期待に似た感情を浮かべながら、部屋から退室していった。

 

 

 

 

 

 

「(メスト……って、誰だ?そんなやつ、妖精の尻尾(ウチ)にいたか……?)」

 

一切()()()()()()()()謎の人物に対する懐疑心を抱いた、青年だけを除いて……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

少女ウェンディは今、混乱の最中に陥っていた。昇格試験に、パートナーとして誘ってきたメストと共に天狼島を探検していたところ、自分たちを探しに来たペルセウスがメストにかけた言葉が、あまりにも耳を疑うものだったからだ。

 

「(え……?どう言う事……?)」

 

「どうしたメスト?そんな固くなることはねえぞ、簡単だ。お前の師匠……ミストガンからどんなことを教わったとか、そもそもどんな経緯であいつの弟子になったのか……()()()()()を話してくれればいいんだ」

 

ペルセウスがミストガンと親友と呼べる間柄であったのは、彼自身からの話でも聞いていた事であり、ミストガン本人もそう告げていた。そんなミストガンの弟子、メストの事はペルセウスもよく知っているものだと彼女は認識していたが、今彼は()()()聞いたことがないと、確かに口にした。

 

親友の弟子の事を、ミストガンから一度も聞いたことがないなど、本当に起こり得るのか?現に、ウェンディの目に映っているメストの表情は、どこか焦りを感じさせるものとなっていて、体を硬直させている。

 

「(よ、よりにもよって……()()()に問い詰められるとは……!)」

 

一切の言葉を発することも出来ず、メストは胸中で今の状況に対して毒づいていた。この男……ペルセウスにだけは、自分の事に関して最低限の事を除いて知られるわけにはいかなかったと言うのに、その努力も空しく打ち砕かれることになった。

 

()()が来るまでにはまだ時間がかかる。それまでには目的を少しでも達成できればと思っていたのだが、遭遇したくない相手に見つかっただけでなく、何やら感づかれてしまったようにも見られる。

 

非常にまずい。いや、マズいと言う言葉でさえ言い表せない絶体絶命のピンチだ。そう言い切ってしまう状況だと、メストは実感していた。彼の問いにどう返答すべきなのか、考えても浮かびそうにない。

 

「何をそんなに怯えてる?」

 

「い、いや、別に……!」

 

更に悪いことに、こうして自分が言い淀んでいる間にも、ペルセウスは自分の肩をつかんで離さず尚も問いかけてきて、次第に退路すらも絶ちにきている。そして何も説明が出来ないうちに、パートナーのウェンディからの信頼も失われつつある。

 

「ウェンディも知りたくないか?俺もお前も知らない、ミストガンがしていたことが知れるチャンスだと思うが?」

 

「え?それは、確かに気になりますけど……メストさん?」

 

追い打ちをかけるようにウェンディの興味も刺激して、否が応にもメストからミストガンの事を聞き出そうとしてくる。ウェンディとしても、ミストガン(ジェラール)についての話を更に聞けることは喜ばしいのだが、それを問われたメストの様子が明らかに挙動不審になっていることに対する疑問の方が大きくなっている。

 

その状況を、一人だけ岩の陰から様子見している存在……黒ネコのエクシード・パンサーリリーは、ペルセウスが尋ねてくるミストガンの事に何一つ答えられないメストの様子を隠れて見ていたことで、一つの確信を得ていた。

 

「(この様子は……シエルの推測は当たっていたと言う事か)」

 

メストがウェンディとしていた会話と、ミストガンの弟子と言う肩書、そして彼に関する情報の少なさ、そこからシエルが推測を立てていた「メストがギルドの一員ではない可能性」。それが彼の兄であるペルセウスの手によって、もう既に立証されたような状況になりつつある。リリーが今警戒しているのは、仮にメストが別の素性を持っているのだとして、その目的がギルドのメンバーに危害を加えるか、それに繋がる事だった際、パートナーとして連れてきたウェンディに何かしらの危害を加えると言う可能性だ。

 

「(ペルセウスがいる状態では奴も迂闊には動けんだろうが、万に一つと言う事がある。さて、どう動くか……)」

 

者によっては、何時間も経ったと錯覚するほどの静寂が続いた膠着状態。場にいる全員がそれぞれ違った心境を抱えていた緊張感。いつまでも続くのではと思われていたその静寂は……。

 

 

 

 

 

 

 

突如島の内部から打ち上げられた、赤い信号弾によって破られた。

 

「!!?」

「何……?」

「え、あれって……?」

 

外部からのまさかの出来事に、先程とは違って全員の表情に驚きが生じる。そしてこの赤い信号弾が、この後に待ち受ける激しい戦いの開戦の合図となっていたことを、彼らはまだ知らない……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、一次試験で9つの道に分かれた出発点。最初に道を選ぶ地点へと辿り着いた一人と一匹。少年シエルと白ネコシャルルだ。シャルルは抱えていたシエルを地面に下ろすと、少しばかり消耗した顔に汗を浮かべながら自らも地面に降り立って翼をしまう。

 

「ふぅ……」

 

「ありがとうシャルル。疲れてるみたいだけど大丈夫?」

 

「問題ないわ。まずは墓を探しましょう。あんたの予測が正しければ……」

 

ここまでほとんどの時間(エーラ)を具現し続けてきたシャルル。それほど消費する魔力が多くない魔法とは言え、長時間長距離を移動するにはやはりその分の消耗も激しい。ハッピーの例を思い返しながらシエルがシャルルの身を案じるように尋ねると、気遣いは無用と言いたげに返事し、先を急がせる。気丈に振る舞っているように見えるが、シエルとしても時間は惜しい。彼女の頑張りに応えて首肯し、共にEルートの洞窟へと進んでいく。

 

思えば、自分たちが一次試験で選んだのは洞窟の外側兼海沿いのルート。暗いイメージの湧く洞窟を通ることはなかった。今回の二次試験に関してもだ。空から探しても、洞窟の奥深くに墓があったら見つからないはずだと、今更になって納得してしまう。

 

「洞窟の中にしては随分明るいわね」

 

「夏によく見られる霊光虫って虫がいるからだね。この島は年中夏みたいなものだから」

 

ギルドの文献であらかじめ調べていた生物の知識を、途中から足取りが重くなっていた為に自分の肩に乗せているシャルルに教える。天井が切り取られたように開いている部分があるとは言え、自らの体を発光させ、暗がりであるはずの洞窟を淡く照らしてくれる生き物の存在は、こちらとしてもありがたい。

 

しばらく道なりに洞窟を歩いていると、ふと不思議な魔力を二人とも感じた。その発する先は横の道。それはどこか、天狼島を初めて見た時に感じた魔力と同じ質で、それがより大きく感じられるような……。

 

「シャルル……」

 

「ええ。きっと、間違いないわ……!」

 

あの先に、初代マスター・メイビスの墓がある。絶対にそうだと、二人して確信めいたものを感じ取れた。次第に二人の表情に笑みが浮かび、互いに顔を見合わせてその横道へと歩を向ける。

 

「この先に……!!」

 

「初代の墓が……!!」

 

辿り着けば……見つけられれば……自分たちが合格。S級と言うゴールに大きく近づける……!高まった興奮が冷めることなく、淡く光る道の入り口へと足を踏み入れようとし……。

 

 

 

 

 

 

 

「シュパゥウウン」と言う何かを打ち上げる音と共に、それは止められてしまった。

 

「……!?」

 

思わず音のした方向へ目を向けると、洞窟から見える天井の隙間から、赤い光が目に映る。今しがた上がったそれは、信号弾だ。ギルドの者……今回の試験において試験官となるS級魔導士が持たされた、ギルド内共通で周知されているものである。

 

「信号弾……!?何があったの……?」

 

まだギルドに来て日が浅いシャルルは、信号弾の意味を全て把握はしていない。だが、シエルは別だった。それを目にした瞬間に、あれが何を現しているのかを、明確に理解していた。

 

「『コンディションレッド(敵の襲撃、迎撃せよ)』……!?」

 

「敵!?まさか、メストが!?」

 

敵からの襲撃を意味する合図。それがあの赤い信号弾・コンディションレッド。敵と言う単語を耳にしたシャルルはメストが敵対行動を起こしたのかとふんだが、シエルから訂正が入る。

 

「いや、正確には違う。赤の信号弾は、これから敵が攻め込んでくる……今回は天狼島に乗り込んでくる予兆を示してる。既に島にいるメストが行動を起こした可能性は低い……」

 

あくまで信号弾の意味は襲撃に備えて迎撃態勢に入れと言う意味だ。既に侵入しているメストが行動を起こし始めたという考えは薄いと見ている。だがシエルは「けど……」と一度区切ると、表情を歪めてもう一度続けた。

 

「どちらにしろ、襲撃した敵がウェンディに危害を加えないと言う保証もない……!」

 

メストに関与があるにせよないにせよ、襲撃に来た敵がギルドのメンバーに危害を加えようとする確率は0だ。目的は一切不明だが、それだけは断定できる。つまり、ウェンディも危険な目に遭う事は間違いない。それも、一分一秒も惜しくなる程猶予はない。

 

「くそっ……!!墓までもうすぐそこだったって言うのに……!!」

 

恐らく試験は確実に中止となる。敵の襲撃が起きたとなれば、島内にいる全魔導士がその襲撃に備える必要があるから。ようやく手にしたチャンスをこのような形で奪われたことに、シエルは激しい苛立ちを露わにしている。

 

そんな彼の肩に乗ったままだったシャルルは顔を俯かせて考え込み、決意したように肩から飛び降りて着地すると、彼の前に立つように歩きながら言った。

 

「シエル。あんたはこのまま墓の方へ行きなさい」

 

「……え?」

 

「折角ここまで来れたのに、あんたの夢まで後少しってところで終わりになってもいいの……?」

 

シャルルから言われた言葉に思わずシエルは固まった。呆然とし、彼女の言葉を理解するのに遅れている様子に目もくれず、先程聞いていたシエルの試験への想いを口にして言い聞かせようとしている。

 

「あんた言ってたでしょ。試験も、ウェンディのことも、どっちだって大事だし、譲ることは出来ないって。試験を受けているあんたが墓に着けば、少なくとも二次試験を突破したことにはなるはず……。その間に、私がウェンディを守る……!」

 

固めた決意を込めた目で俯かせた顔を上げると同時に、シャルルは制止しようと呼びかけるシエルの声を聞くより先に、(エーラ)を広げてその場を飛び立つ。それと同時に速度を一気に最高値へと引き上げ、来た道を戻っていく。

 

ハッピーで言うMAXスピードを保つために魔力を振り絞りながら、ほんの数秒で洞窟を抜け、上空へと飛びあがる。信号弾の痕跡はまだ残っており、あそこから上げられた可能性が高い。ウェンディを探すにしても他に手掛かりが残っていない為、向かえる候補は今そこしかない。

 

「(待ってて、ウェンディ……!!)」

 

疲労が回復しきっていない身体に鞭を打ち、速度を落とさずに目的の場所へと真っすぐ飛んでいく。魔力が残り少なくなっていることを実感するが、それでも止まる気はない。一刻も早く親友であり相棒である少女の元へと辿り着かなければ。

 

 

 

 

 

 

『ギャー!ギャッギャアー!!』

 

「!?」

 

その一心で翼の魔力を解放したシャルルだったが、そんな彼女に障害が立ちふさがる。彼女の前方に立ち塞がるようにして飛び上がってきたのは、天狼島に生息する気象の荒い怪鳥の群れ。思わずその場で減速しようと考えかけたシャルルだが、その時間も惜しいと考えて、そのまま急旋回。方向を見失わずに迂回し、怪鳥から逃げようとする。

 

「っ……!邪魔しないでよっ!!」

 

だが怪鳥の群れもただで逃がすつもりはない。必死にこちらと距離をとろうとしているシャルルをしつこく追跡し、知能もあるのか連携して何羽かシャルルの進もうとする方向を妨げようとし、それに追われることでシャルル自身も思うように進めない。

 

「この……!きゃっ!?」

 

それでもなお振り切ろうと奮闘したシャルルだったが、その内の一羽の嘴が当たり、一気に失速。そのまま慣性と重力に従って、斜め方向に地面へと落下を始めてしまう。そして怪鳥たちは得物を仕留めることが出来たかのように歓喜の鳴き声をあげながらシャルルを追いかけていく。

 

「(こ、こんなところで……こんな奴等なんかに……!)」

 

諦めずに再び(エーラ)で上昇を試みるシャルル。しかし、これまでの疲労と、消耗していた残り少ない魔力が原因で、再びその背に翼を出すことが出来ず、力なく落下を続けていくことしかできない。自らの運命を悟り、シャルルはこれ以上の抵抗は無意味だと感じた。

 

「(ごめん……ごめんね……ウェンディ……!)」

 

最後の彼女との会話は、試験に対しての宣戦布告。結局、ケンカ別れの形のままで、仲直りすることが出来なかった。今際の際に思い出したその事実に後悔を感じながら、シャルルは目元に涙を浮かべて、そっとその目を閉じ、迫りくる運命に身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

吹雪(ブリザード)ォ!!」

 

そんな彼女の薄れかけた意識を、その声が一気に覚醒させた。弾ける様に見開いた彼女の目に映ったのは、自分を襲っていた怪鳥の群れが、雲に乗ってこちらに迫っていた少年が起こした吹雪によって、一匹残らず強風によって彼方へ飛ばされ、あまつさえ氷雪に身体を包まれてほとんどが墜落していく光景。かろうじて生き残った二、三羽程の怪鳥も、少年が起こした吹雪に晒された仲間の末路を見て身の危険を感じたのか、尻尾を巻いてその場を逃げ出した。

 

「シャルル!!……大丈夫!?」

 

怪鳥の群れを蹴散らしたその少年シエルは、雲を操作してシャルルの元へとすぐさま向かい、落下中だった彼女の身体を受け止める。外傷は先程の嘴によってできた比較的小さい傷一つだけ。そして恐らく魔力がほとんど切れてしまっていることも分かる。理解するや否や、シエルは日光浴(サンライズ)を一つ創り、シャルルにその優しい光を当て始めた。

 

「シエル……あんた、何で……?」

 

「すぐに追っかけて来たんだよ。かなりの速さで行っちゃったから追いつけるか心配だったけど、間に合って良かった」

 

驚きを隠すことも取り繕うことも出来ないまま尋ねたシャルルの問いに、彼女が飛び去ってすぐに追いかけたこと、そしてその行動がシャルルの危機を救うことに繋がったことによる安堵をシエルは伝える。だが、シャルルが聞きたかったのはそこではなかった。

 

「そう言う事言ってんじゃない!試験は!?初代の墓に行かなかったの!!何で!?」

 

シエルがここに自分を助けに駆けつけた、と言う事は、もうすぐ突破できたはずの二次試験を自分から放棄したに等しい行為であること。あれ程までに兄に憧れ、この試験にも全力で臨んでいたシエルが起こした行動は、話を聞いただけであるシャルルにとっても解せない事だった。シエル自身、その選択に一抹の後悔もないようには見えない。僅かばかりに顔を曇らせながらも、その問いに対しての答えも告げる。

 

「そりゃ、あそこまで行けたのにこうして引き返すのは、勿体ないとも思ったよ。ちょっとだけ……シャルルの言う通りに、墓へ行くことも、考えた」

 

「じゃあ尚更!……私をすぐに、追いかける事なんて……!」

 

「けど、やっぱり仲間を見捨てることは出来ない」

 

曇っていた表情を、真っすぐに、真剣に引き締めたものへと変え、確固たる意志さえ感じる声で堂々と少年は答える。同様に顔に陰りを帯びていたシャルルは、その言葉に再び言葉を詰まらせた。

 

何年も夢見ていた、兄と同じ称号。孤高と言う言葉を抱えた兄に並び立つために血のにじむような努力を積み重ねてきた。数々の困難を乗り越えてきた。もう少し、あと一歩のところで、それが叶うところだった。

 

このまま初代の墓へと辿り着けば、S級になれていたかもしれない。そう思うと、シエルはこの先も下手をすれば永遠に後悔することになるだろう。だがそれでも彼はきっと、先程の時に戻っても、同じ選択をしていたと確信できる。

 

 

 

 

何故なら、きっと今と同じ状況に兄が陥ったら、今の自分と同じ選択をしていただろうから。

 

「俺は、S級魔導士になりたい。でもそれ以前に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士でありたい。兄さんと同じS級を……妖精の尻尾(フェアリーテイル)を胸張って名乗るなら、真っ先に仲間の為に動けないとね」

 

どこか苦笑気味ながらも晴れやかな笑みを浮かべながら言い切ったシエル。しばし目を見開いたまま、呆然とその顔を眺めていたシャルルは、少しするとふっと口元に笑みを浮かべて目を伏せる。

 

「だったら、私が行くよりも先にウェンディを助けに行こうって言えたんじゃないかしら?」

 

「うっ……!そ、それは……言う前にシャルルが飛んでったから……!」

 

「何よ?信号弾あがった時『もうすぐそこだったのに~』って言ってたじゃない」

 

「あっ……くっそ、何も言い返せねえ……!」

 

いつもの調子で、珍しくシエルを小馬鹿にするような態度をとるまでに落ち着いたらしい。彼が見たこともないような随分柔らかくなったシャルルの言動に、返す言葉も見つけられずタジタジになるばかりのシエルを見て、シャルルは笑みを深くしながらもその顔をシエルに見えない方へと向ける。

 

「……けど、ありがと」

 

「……!?シャルル、今……」

 

「何でもないわ。それよりも、急いだ方がいいんじゃないの?」

 

ぼそりと呟いたシャルルの言葉に驚きを現しながらも、食い気味に誤魔化され、当初の目的の為に急かされる。時間を幾分か使ってしまった。いつどこに敵の襲撃が起きても最早おかしくない。

 

二人にとって共通の守護対象・ウェンディの元へとすぐさま向かう為、シエルは乗っていた乗雲(クラウィド)に意識を集中し始める。

 

「全速力で行くよ!!」

「任せるわ!!」

 

魔力が切れて飛べないシャルルを抱えながら、シエルはその雲をフルスピードっで前進。先程まで上がっていた信号弾の方角へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

「そう……それでよいのじゃ……」

 

少年と白ネコが起こしていた一連の流れを、僅かばかり遠くにいながらも感じ取っていた一人の老人。樹木の一部と思われるツタのドームに覆い隠された、縦中心に一本線、ど真ん中に正円の空洞が作られた、一つの石碑に似た形をした“墓”の前で、彼らの様子と、その選択の一部始終を見届けたマスター・マカロフは、一つ頷きながらシエルたちの選んだ答えに満足していた。

 

S級と言う格の違いを表す称号。その証を得ようと言う姿勢は間違いではない。だがそれは、和を重んじるギルド……ひいては家族、仲間の絆を尊ぶ妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとって、仲間の安否を捨て置く言い訳にはならない。

 

もしシエルが、試験を優先して自分の元に着くこと、墓を見つけることを優先した際は、今後に予定していた試験により厳しい目を向けていただろう。だが少年は、憧れの称号よりも、目の前の家族を取った。

 

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士でありたい』か。あの気弱で、折れてしまわないかと心配になった幼子が、随分言うようになったな……」

 

マカロフは思い出す。初めて兄弟共々彼らを目にしたあの時を。今にもその命が尽きようと衰弱していたころの面影は、遠い記憶の彼方だ。兄への妄信でS級を志していた、どこか危ないとも言える姿勢も、先程の決意は薄まっていた。

 

子はいつの間にか成長するもの。知らぬうちに経験を積み、物事を知り、強くなっていく。幾度も幾度もそれを実感してきた(マスター)は、また一人、また一つ、大きな成長を遂げた我が子(シエル)に、胸の内が暖かくなる感情を覚えた。

 

 

 

それと同時に、彼にも決意を改めさせた。シエルたちが飛んでいた方へと向けていた身体を、初代マスター・メイビスが眠る墓へと向ける。シエルの決意。そして試験を受けている全てのガキどもの意思。無駄にさせるわけにはいかない。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター。メイビス・ヴァーミリオンよ。ギルドの聖地たるこの島に敵を招くとは……何と失望させてしまった事か……」

 

まず口にしたのは謝罪。聖地として語られてきた天狼島に、まだ詳細も分からぬ外敵を入れてしまった事に対する贖罪。そして次に発したのは宣誓、及び祈りだった。

 

「全てはワシの責任。この報いは必ず受ける……だから……ガキどもだけは守ってくれ」

 

 

 

それは予兆。

 

敵を駆逐するために、子を守るために、巨人(マカロフ)は進撃の準備を始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

どこか緊張感を感じていた空気を破った、赤い信号弾。場にいる誰もがそれに意識を向けていた。前触れもなく上げられ、炸裂音を響かせたそれは、ギルドの者があげたことは明白だった。が、ウェンディはその信号弾がどういう意味を持っているかを知らない。まだ、覚えられていないのだ。

 

「あの信号弾って……何の合図でしたっけ……?」

 

ウェンディがその事を尋ねたのは、メストの肩を掴むようにして手を置いているペルセウス。S級魔導士である彼ならば、確実に知っているはずだと思ったからだろう。事実その通りなのだが、問われた本人はしばし滞空する赤い光を見てしばし黙考した後、メストに置いていた手を放しながら答えた。

 

「あれは恐らくエルザが上げたものだ。自分の位置を知らせる為に上げたんだろう。お前たちを見つけたことを知らないから、あいつらも探しに出向いたところだろうな」

 

「じゃあ、すぐ向かった方がいいですか?」

 

「そうしてくれると助かる」

 

特に慌てるようなこともなく答えたペルセウス。彼が言った信号弾の意味を聞いたウェンディは、エルザたちに更なる心配をかけてしまっていた事への申し訳なさを更に抱いているようだ。

 

「メストさん。話しづらいことは無理に聞きませんけど、取り敢えずエルザさんたちの元に行ってみませんか?」

 

「そ、そうだな、そうしよう。二人の知りたいこととか、どこから話せばいいかとか、移動中に考えとくよ」

 

ウェンディにそう呼びかけられたメストは、どこか安堵を浮かべた様に笑みを浮かべながら彼女の後について行こうと歩を進める。その胸中には、表情に浮かべている以上に、この状況から助けられたことへの安心も強まっていた。

 

 

 

 

 

 

だからこそ対応が遅れた。すぐさま場を離れようとペルセウスを背に動き出したところで、彼に後ろから首根っこを掴まれて引かれ、近くの岩に叩きつけられた直後、彼が換装で呼び出した紅炎の剣・レーヴァテインを首元に付きつけられるまで、何一つの行動どころか、思考すらできず、されるがままになってしまった。

 

「がっ!?なっ……!?」

 

ほぼ一瞬の出来事。唐突に引っ張られ、背中に痛みを受け、そして鋭く冷たい目でこちらを睨みながら剣を突きつけられている。状況が、理解できなかった。

 

「ペルさん!?一体何して……!?」

 

「墓穴を掘ったな、メスト」

 

「な、何のことだ……!?どう言うつもりだペルセウス……!?」

 

当然、突如仲間であるはずのメストに凶行と言える行動を起こしたペルセウスにウェンディが驚愕と動揺を向ける。だが彼はそれを遮るようにメストに対してそう告げた。そしてメストの方も、ペルセウスの行動と言葉の意味を理解できず、混乱しているように見える。

 

「さっきの信号弾の()()()意味は、『敵の襲撃が来る。迎撃態勢に入れ』だ。入って日が浅いウェンディが知らないならともかく、少なくとも前回も試験に参加していたお前が、何故その簡単な間違いを指摘しなかった?」

 

無表情で淡々と問いかけながらも、鋭く細められた目で問い詰めてくるペルセウスに、メストは己の失態をようやく理解した。否、嵌められたのだ。ずっと自分に疑いをかけていたペルセウスは、単純ながらも己のボロを出させるための外堀を埋めていた。気付いていながら、それに対して何の対策もしていなかったため、あっさりと自白同然の結果に陥った。

 

「出来ないだろうな。当然の事だ」

 

するとペルセウスの問いかけに対して代わりに応えるかのように、もう一人の存在がそう言いながら現れる。大きく羽ばたかせた一対二枚の白い翼で空を飛びながら、ゆっくりと降下してきたのは、屈強な身体に変身した黒豹のエクシード・パンサーリリー。

 

「リリー!?どうしてここに!?」

 

「説明は後だ。今はメスト(こいつ)の事が最優先」

 

受験者でもパートナーでもないリリーが天狼島にいる事に当然の反応を示すウェンディ。だが彼女の問いに今は答えず、ペルセウス同様にメストを睨みつけながら彼との距離を縮めていく。

 

「お前は自分を王子(ミストガン)の弟子だと言っていたそうだが、彼がこの世界で弟子をとるはずがない。この世界からいなくなった人間を使ったまでは良かったが、設定を誤ったな。メストとやら」

 

「え、え……!?どう言う事……!?」

 

両手の指を鳴らしながら、ズンズンと言う音が聞こえる程の威圧と共に歩を進めて語るリリーの言葉に、唯一混乱の真っただ中にいるウェンディは一切の理解が追い付いていない。対するメストは、顔どころか恐らく全身から冷や汗が吹き出し始めているのか、体を強張らせるように振るわせながら、何も言えないでいる。

 

「話に聞いたことがあるが、恐らくお前の魔法は『記憶操作』。他人の記憶に自分の存在を追加し、好きなようにその設定をいじることが出来る魔法。ギルドのメンバーにそれをかけ、自分がギルドの一員であること装った、と言ったところか」

 

ペルセウスが畳みかけるように説明した魔法。『記憶操作』についての事を耳にすると、メストが再び反応を示す。どうやら図星のようだ。その表情には「何故そこまで気付けた!?」と言いたげな感情がありありと浮かんでいる。それを見たペルセウスは、無表情に近かったその顔に始めて笑みを、だが少しばかり嗜虐的なそれを浮かべて、問いに対する答えを提示した。

 

「最初っから可笑しいと思ってたさ。むしろ、俺は背筋が凍ったぜ?マスターも、エルザたちも、誰もがみんな……メストなんて()()()()()()()()()()()()()()()奴の事を違和感なく話すもんだからさ」

 

それを口にしながら、ペルセウスは首元から下げている一つの飾りをメストに見せびらかす。記憶操作の際に、ギルドのメンバーの記憶からそれについての詳細は知ることが出来ていたもの。白に、中心に赤い丸印が記された神器・八尺瓊勾玉の存在を。

 

この勾玉の影響で、己の魔法は初めからこの男に効いていなかったことも、メストはこの瞬間に理解した。

 

「最早言い逃れは出来んぞ。お前は何者だ?そして何の目的があってギルドに潜入してきた?」

 

進路も退路も完全に断たれた八方塞がり。今のメストの状態を理解したリリーは、更に追い込むようにそれを尋ねてくる。ギルドの一員でない事が確定したのなら、問題はメストが何者なのかを、確かめなければならない。ここで言わなくては、確実に無事では済まない。一種の確信がメストにはあった。今自分を一番追い詰める要因となった男は、すぐにでも自分の首を刎ね飛ばすことなど容易であると知っているから。

 

 

 

メストは、決断した。

 

そして次の瞬間、彼は動いていた。

 

「っ!!ウェンディ!そこを離れろ!!」

 

「……えっ!?」

 

その前に、ペルセウスが振り向き様にウェンディへと声を張る。先程までのとは大違いの、焦りを孕んだ声。

 

 

 

その直後にメストは先程までいた場所から消え、ウェンディの目の前にまで移動していた。瞬間移動の魔法。彼が使える魔法は、記憶に関するもの以外にも、存在していたのだ。

 

「しまったァーー!!」

 

「メストォ!!」

 

メストを実質的に拘束していたことで、彼女から離れていた失態に今になって気付いたリリー。怒りを孕んだ声で今しがた逃れた男の名を叫ぶペルセウス。そして戸惑い、何も出来ずにいるウェンディに対し、メストは抱きかかえるような形で彼女の身体を掴みにかかる。

 

 

 

 

 

「危ない!!」

 

そしてそのまま、自分の方へ抱えながらその場を飛び跳ねて回避。その直後、先程までウェンディが立っていた場所が、直線状に爆発。その場を真っ二つに分けたかのような亀裂が走る。

 

「なっ!攻撃……!?」

 

「(ウェンディを守った……!?いや、それより……)」

 

突如発生した外部からの攻撃。そしてそこからウェンディを守るように動いたメストの行動。リリーはどちらにも驚きを表していたが、その間にもペルセウスはすぐさま別の行動に移った。

 

手に持っていたレーヴァテインに炎の魔力弾を装填し、ペルセウスは近くに生えていた一本の木に向けて突如発射。傍から見れば妙な行動の一つだが、これがすぐさま意味のあった行動であったことが明らかになる。魔力弾は真っすぐ機へと飛んでいき、直撃すれば一気に燃え上がると確信できるもの。だがその魔力弾は当たる直前、突如発生した爆発に阻まれて相殺。木には火の粉一つつくことない。

 

「何者だ?出て来いよ」

 

まるでそこにいるのが分かっているかのように、木に対して語り掛けるペルセウス。周りにいる者たちは誰もそんな彼の行動に疑問を抱かない。先程地面に亀裂を走らせた攻撃の跡が、その一本の木へと続いているのだから。状況が追い付かず、怯えている様子のウェンディを除き、全員が警戒を露わにしている。そして……。

 

 

 

「よくぞ、見破ったものだ。さすがと言うべきかね」

 

木の一部が蠢く様に形を変えたかと思うと、ペルセウスたちからの視点で横から、人の顔の輪郭が浮かび上がり、あまつさえ声を発した。低い男性の声で喋ったその存在は、木の中に入り込んでいる人間のようだ。

 

「一体、誰だ!?」

 

ウェンディを庇うように立ちながら問いかけるメストに、気に入り込んでいる人物はまるでそこから這い出るかのように形を変えながら、律義にも回答する。

 

「オレの名は『アズマ』。悪魔の心臓(グリモアハート)・『煉獄の七眷属』が一人」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)……!?」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と同じ、バラム同盟の一角。最強の闇ギルドの一つだ」

 

その男『アズマ』が名乗ったギルド・“悪魔の心臓(グリモアハート)”。過去に4つのギルドが連合を組んで辛くも勝利を収めた闇ギルド・六魔将軍(オラシオンセイス)に並ぶ闇の三大最大勢力バラム同盟の一角。六魔とはウェンディも因縁深い相手であるため、ペルセウスは悪魔の心臓(グリモアハート)に関する分かりやすい説明を彼女に伝えた。

 

「信号弾の言っていた襲撃は、こいつらの事だったのか……!」

 

「今更遅いと言っておこうか……」

 

天狼島に襲撃を仕掛けてくるのは闇ギルド悪魔の心臓(グリモアハート)。誰かがその情報を入手して、それを全ギルドメンバーに通達したのが、先程の赤い信号弾の意味。だがリリーがそれを把握したかのように呟いた言葉に、木から上半身を乗り出した形にまで具現化したアズマは、既に島内に侵入した自分の存在が、彼らに手遅れである事を遠回しに示す。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地に侵入すれば、キナくさい話の一つや二つ出ると思ってたんだがな……。黒魔導士ゼレフに悪魔の心臓(グリモアハート)……こんなでけぇヤマにありつけるとァついてるぜ……!」

 

一方で、男の正体を理解したメストは次々と島内で明らかになる情報を自らの口で整理していく。その中で、大昔に存在していたとされるゼレフの名を耳にしたウェンディが、妙にその名に対して反応を見せる。

 

「お前、一体……?」

 

「まだ気付かねえのか?意外と鈍いな、ペルセウス」

 

まだ明らかになっていなかったメストの正体。アズマの攻撃からウェンディを守ったことで、闇ギルド側とは敵対関係であることは察せたが、詳細までは分かっていない。それに対して含み笑いを浮かべながら彼はとうとう自白した。

 

「オレは評議院の人間だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を潰せるネタを掴む為に潜入していたのさ」

 

「そんな……!!」

 

明かされた彼の正体は評議院。何度も妖精の尻尾(フェアリーテイル)に頭を悩まされている、ギルドの上に立っている組織が、とうとう自分たちに害をなそうと動き出していたようだ。かつては有無を言わさず恩人(正確には別人だが)を連行していった組織の一員であった事実に、ウェンディも少なからずショックを受けている様子だ。

 

「だがそれもここまでだ。あの所在地不明の悪魔の心臓(グリモアハート)が、この島にやってくるとはな」

 

既に潜入していた事実はこの場にいる者たち全員にバレている。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に対しての功績はほぼほぼ絶望的と言える。だが別の厄介事。バラム同盟の一角を潰せば、出世も夢ではない。思わず胸が高鳴って気分が高揚し始めている。

 

更に、メストが所属している評議院の強行検束部隊の()()……戦闘艦と呼ばれる評議院が使用する船が約5隻、島周辺の近場で配置している状態だ。これは評議院にとって、またとないチャンスと言える。

 

「一斉検挙だ!悪魔の心臓を握り潰してやる!」

 

自信満々に、本隊と合流して悪魔の心臓(グリモアハート)を一気に落とそうと、アズマに対して宣言するメスト。対する彼は、少しずつ木から抜け出して、とうとう残すは足の部分だけで、一切の動揺を見せない。

 

「……浅はかな……」

 

「何……!?」

 

そして高らかに宣言したメストに対し、アズマ同様落ち着きを見せていたペルセウスがそう零した。一体どういう意味だと、メストが食って掛かろうとした瞬間、彼の言葉の意味が現実として証明された。

 

 

 

 

 

 

 

5隻もあった強行検束部隊の本隊・戦闘艦が一隻残らず爆発に呑まれて大破したことで。

 

「戦闘艦?今消したアレの事かね?」

 

「なっ!?」

「な、何をしたの……!?」

「バカな……!!」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)を殲滅しようとしていたはずの評議院の船は、一瞬で粉々に。これでは戦力として期待が出来ない。驚愕に絶句するメスト、ウェンディやリリーとは違い、初めからこの結果が見えていたペルセウスは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 

「バラム同盟を……闇ギルドを舐め過ぎだ……。ルールも常識も一切無用。並大抵の奴等じゃ足手纏いでしかない。その上、あんな堂々と見えやすい位置に置いていたら、大的を狙ってくださいと言ってるようなもんだ」

 

自分が所属する部隊の戦力があっさりと海の藻屑となった事実に動揺を隠せないメスト。それに対して、如何に闇ギルドが、バラム同盟がとてつもない相手であるのかを言い聞かせるように、本人も表情を歪めながらも続けていく。

 

「しかも、たった船5隻しか乗せられねえ戦力で、最大勢力を潰せるとでも?それが出来てりゃ、ずっと前から闇ギルドなんざ全滅してる。評議院がちょいと本気出せば、六魔も冥府も残ってねぇ。だが実際はどうだ?お前ら()六魔を倒したのかよ?」

 

答えは否だ。評議院がやったことと言えば、連合軍が打ち倒した六魔将軍(オラシオンセイス)の魔導士たちを、連行しただけ。しかも間に合わなければ、正規ギルド間で多大な犠牲が生まれていた。これまでも機会はあったはずなのに、連合軍が動くまでその結果は結ばれなかった。

 

そんな評議院が、本隊を連れてきただけで六魔と同等の戦力を倒せるわけがない。闇ギルドの強大さ、恐ろしさを身をもって思い知っているペルセウスだからこそ、大きな説得力を生み出していた。

 

「フム、よく分かっている。伊達にかつて同業だっただけの事はあるね。堕天使よ」

 

そう声を発しながら、同化していた木から完全に離れ、広がったドレッドヘアーと筋肉質な肉体が特徴的なその男・アズマは地に足を付けながら、先程爆発させた戦闘艦にはもう目もくれず、ペルセウスの方へと意識を向ける。

 

「さて、そろそろ仕事を始めるとしようかね」

 

不敵そうにペルセウスへ向けて浮かべたその笑みは、メストとウェンディには一抹の恐怖を、ペルセウスとリリーにはさらに大きい警戒を湧き上がらせる。

 

 

 

 

妖精と悪魔の激突。だがこれから起こる戦いでさえ、まだ前哨に過ぎなかった……。




おまけ風次回予告

シャルル「ねえ、あんたって天候魔法が使えるから、これから先の天気とか分かるんでしょ?」

シエル「そうだよ。魔法の恩恵のおかげか、その辺りには敏感みたいでさ」

シャルル「じゃあこの後の天気も全部分かるってこと?」

シエル「まあね。しばらくは雲一つない快晴が続くけど、時間が経つと雲がかかって雨が降るかも……」

シャルル「……じゃあ、今降ってきてる、アレは?」

シエル「アレ……?」

『天候、快晴のち敵』

シエル「さ、さすがにシャボン玉が空からってのは、俺も感じ取るのは……」

シャルル「しかもその中に闇ギルドの敵が入ってるっぽいわ」

シエル「逆に誰が予報できるんだこんな天気!!?」


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第116話 天候、快晴のち敵

先週投稿できずすみませんでした。Twitterではお知らせしてましたが、書いてる内に文字数が徐々に増えていって予定を大幅に超えてましたw

正直、天狼島編何話で終わるのか想像すらつかない…!

あと何気に原作と流れが変わりまくるシーンが所々に発生しそうな予感…。(笑)


爆発によって大破して燃え上がる船。それを背にして立ち、こちらへと視線を向けてくるのは、闇の最大勢力の一角、悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部にあたる、煉獄の七眷属の一人。名はアズマ。

 

後方に存在していた評議院の戦闘艦を一瞬にして大破させてしまう程の実力者。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々はその惨状に各々息を呑んで、目の前に立つ男に対する警戒を高めている。

 

「ウェンディ、リリー。メストを連れて今すぐここから離れろ」

 

すると、後ろへと控えさせていたウェンディたちに向けて、ペルセウスは一言指示を出した。目の前にいる強大な敵。確かに危険なのは百も承知だが、場にいる自分以外を離れさせる行動は、必然的に頼んだ本人の安否も左右する。

 

「ペルさんは!?」

 

「俺はこいつを足止めしておく。お前たちの身も大事だが、この島でメストを殺されるわけにもいかん」

 

ウェンディから心配するような声を受けて、一人アズマと対峙することを選びながらも、メストの安全を最優先させるかのような言葉に、恐らく一番その言葉に唖然となっているメストへと顔を向けながら、睨みつけるように目を細めて言葉を続けた。

 

「言っとくが、お前を心配してるわけじゃないぞ、メスト。個人的なことを言えば、俺はお前がどうなろうが、ここ以外のどっかでくたばろうが知ったことじゃない。けどな、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地で、試験の為に多くの魔導士がいる中で命を落とされたら、評議院の連中に冤罪ふっかけられちまう」

 

自分で評議院の一員であることを明かしたメストが、もしもこの天狼島で命を落としたら、たとえ事実がどうであっても評議院は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に責任問題を持ち込む可能性が高い。下手人扱いか、その証拠が不十分であっても人員を見捨てた監督不行き届きという処分を下して、ギルドを解散に持ち込ませるなどで。

 

「お前が死んでも俺たちを貶めたいってんなら話は別だが、少しでも死にたくないって思いがあるなら、死ぬ気で生き残れ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)がお前を守ってやる」

 

メストが評議院からの命令や使命を順守して、自分が犠牲になってでも妖精の尻尾(フェアリーテイル)を潰すことに尽力するような男だったら対応を考えただろう。だがペルセウスから見たメストは、少なくとも今現在において悪魔の心臓(グリモアハート)の方を敵視しているように見られる。

 

ならば逆に彼の存在を利用することを思いついた。潜入行為を働いたメストを護衛し、評議院に帰還させることで、評議院に借りを作らせる。世間では魔法界の秩序を守ると謳っている評議院が、問題ばかりを起こすギルド相手とは言え、正規ギルドに潜入員を送り込むマイナス的な行動をとらせておきながら、予想外のアクシデントからその潜入員を守り切ることが出来たとしたら、少なくともギルド間にその噂は一気に広がる。これによって妖精の尻尾(フェアリーテイル)はギルドに所属していない裏切者が発覚しても、その者を別の脅威から守った器の広いギルドである事を知らしめることが出来、二重の意味で評議院は今後のギルドへの対応を軟化せざるを得なくなる。

 

「行きましょう、メストさん。きっと、ペルさんなら大丈夫です」

 

「ほ、本気か……!?オレは出世の為にお前たちのギルドを潰しにきたんだぞ……!?」

 

「構いません。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は絶対に潰されたりしないから……!!」

 

そんな彼の思惑に気付いているか否か、メストを守る対象と認め、決意したウェンディがペルセウスの指示の通り、メストを連れて離れようと声をかける。自分が何をしにギルドに潜入したのかを忘れたわけでもないのに、メストがウェンディにそう問いかけるとウェンディは迷いもなく断言してしまう。

 

しばらく逡巡して俯きがちだったメストだったが、自分が所属する部隊の船団を一瞬で壊滅に追い込む魔導士を相手に出来る確率を持っているのがペルセウスしかいない以上、この場に残る事も悪手。彼らの言葉に従うしかない。

 

「加勢はいらないのか?」

 

「ああ。手加減できる相手じゃない。だから、周りに気を配る余裕も持てねえ。ここにいたのが誰だろうと、どうあっても巻き込んじまう」

 

ウェンディたちと共に場を離れようとしたリリーが確認の為に問えば、加勢は不要。むしろ今のペルセウスには枷となってしまうという答えが返ってくる。リリーにもそれは理解できた。かつて単身で一国の軍隊を相手に圧倒してみせた彼の実力も、その力があらゆるものに被害をもたらしたことも。得物があればリリーも自分の身を守りながら共闘で来ただろうが、生憎今の彼は丸腰だ。足手纏いになるのが目に見えている。一言「すまん、任せたぞ」と告げると、リリーもウェンディたちと共に場を後にしていく。

 

そして、明らかに自分の手から逃れようとしている三人に対し、一切目を向ける様子もなく、ペルセウス一人だけを見据えるアズマは、隙だらけに見える彼らに危害を加えるどころか意識さえ向けずに彼らの逃走を見過ごしていた。

 

「(オレたちのことなど眼中に無し、と言う事か……くっ!)」

 

気付いていないわけがない。気付いていながら、ペルセウスの思惑通りに評議院のメストを含めた面々を見逃している。この場で逃げられようがお構いなしと言いたげのアズマの態度は、かつて王国の部隊長を任された経験を持つリリーのプライドに、少なからず傷をつけていた。

 

そして場を去ろうとする最中のメストに向けて、振り向きもしないでペルセウスが彼の名をもう一度読んで意識を向けさせると、更に一言彼に告げた。

 

「もう一つ、お前の上にいるジジイどもにこう伝えとけ。『猛獣を閉じ込めた檻を壊すなら、命を捨てる覚悟を決めてからにしろ』ってな」

 

決して仲間には向けないような剣呑な目を振り向き様に向けながら、メストに……その向こうにいる評議員たちへの言葉を伝える。仲間であるウェンディやリリーでさえ身震いを禁じ得ないその迫力を、一身に受けてしまったメストの心境は計り知れない。あまりの恐怖に、反射的に彼から目を背ける事しかできなかった。

 

そして、それを最後に三人の姿が見えなくなったその空間に、風が一陣吹きすさぶ。対峙するペルセウスとアズマの髪と服を揺らしながら鳴る風切り音。それが収まりかけた瞬間、ようやくアズマへ向けてペルセウスが口を開いた。

 

「正直意外だった。ウェンディたちに攻撃を加える事なんて、いつでもできたはずだが」

 

「簡単だ。オレ個人の目的がキミだからだね。堕天使ペルセウス」

 

いつこの場を離れようとするウェンディたちに攻撃を仕掛けてくるか警戒はしていた。だがアズマは、ペルセウスがその体勢に入っていようがいまいが、まるで最初から彼女たちを見逃そうとしていたように直立不動で静観を貫いていた。それどころか、彼女たちが離れるのを待っていたかのようだ。それは事実、正しいのだろう。そしてその理由は自分にあると聞いたペルセウスは、目を更に細めながら問いかけた。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部ともあろう者が、まさか単身で乗り込んできたと?俺一人を狙って?」

 

「いや、オレはあくまで先発だね。現在この島に、我々の本隊が向かっている」

 

「何故お前だけが先に来た?グリモアの目的はなんだ?」

 

「生憎今は明かせん。だがそうだな……」

 

先発。天狼島に一足早く送られた存在。幹部の一人を先に贈るほどの重要な目的が隠されていると予測できるが、律義に答えてきたアズマであってもそう簡単には教えてくれないらしい。だが彼は「今は明かせない」と言いながらも、口に弧を描いて挑発的に両腕を少し広げながらこう続けた。

 

「月並みを言うようだが、オレに勝てたらすべて話す、と言うのはどうかね?」

 

「俺を狙った理由も含めてか?」

 

「無論だね。だがこれだけは教えておこう。キミとは一度、戦ってみたかった……!」

 

自分と闘い、勝利することが出来たら知りたいことに答える。単純明快だ。闇ギルドの一員でありながら、どこか真っすぐな、正々堂々を好みそうな武人肌の印象を受ける。こういう相手には、自分自身も応え、真っ向から挑んだ方がいい。長年の経験から、ペルセウスはすぐさまそれを察知した。

 

「その挑発、乗ってやる」

 

「そう来なくては」

 

片や紅炎の剣を構え直しながら、片や真っすぐに右手を挙げてかざしながら。いつでも攻撃できるように闘いの構えを行う二人の間に、再び静寂が訪れる。

 

「『ブレビー』」

 

先に動いたのはアズマだった。手をかざしながら呟いた技の名前らしきその単語を口にした瞬間、ペルセウスの周囲に爆発が発生。一瞬で砂煙の中にペルセウスが巻き込まれ、姿が見えなくなる。爆心地の真ん中に彼はいた。本来であれば少なからずダメージを受けている。

 

が、煙を突き破るかのように跳びかかってきたペルセウスが、アズマ目掛けて炎の剣を振るう。そう来ることを予感していたアズマは一切の焦りを見せずに後ろに身体を捻って回避。拳を振るおうとするも、すぐさま対応したペルセウスが右足を上げて迎撃。その間に溜め込んでいた炎の魔力弾を剣を振るいながら射出する。対するアズマも、至近距離から先程同様の爆発を発生させ、互いの魔法が衝突する。

 

轟音を鳴らしながら大きな衝撃を生み出したことで、両者ともに身体が弾ける様にそれぞれ別の方向へと体が飛ばされる。だが二人ともそれに対して怯むことなく体勢を立て直し、アズマは再びペルセウスに向けて無数の爆発を、対してペルセウスは彼から見て横方向に走って爆発を回避しながら再び剣に魔力を溜めていく。

 

「はあっ!!」

 

そして移動の最中に道を塞ぐようにして発生した爆発を跳躍で躱すと、滞空しながら剣を勢いよく振るう。それは紅の三日月が如き形をした炎の刃となってアズマへと迫っていく。多少の驚きを見せたアズマであったが、彼は刃の進行方向上に樹木を出現させ、その勢いを殺していく。太い樹木は時としてあらゆる衝撃をも防ぐ頑強な壁であり盾となる。炎の刃であってもそれを破るのは容易ではない。だが……。

 

「ぐほっ!?」

 

優に10以上は展開していた樹木のシェルターでさえ殺しきれず、紅い三日月は随分縮小されたもののアズマの胸板に届き、彼に一閃の切り傷を生み出した。それを理解したアズマが浮かべた表情は、不敵の笑み。

 

思っていた反応とは違うものを垣間見たペルセウスが怪訝そうに顔を歪めるも、アズマは手を振るいながら地面よりいくつもの樹木を生やしてペルセウスへと肉薄させる。対して回避や剣の炎による焼却を繰り返して対応するものの、数が減らない。そして彼の死角から生えていた一本の木が、彼の左脚を捉え、縛り上げた。

 

「『チェインバースト』!!」

 

捕らわれた青年が驚く間もなくアズマが叫ぶと、樹木が根っこから順々に爆発を始め、捕らわれたと理解した瞬間に剣で木を切り裂くも、裂いたと同時に先端まで爆発が及び、それに巻き込まれてしまう。

 

「『バーストクロウ』!!」

 

その爆発に怯んだ一瞬を突き、アズマは再び木の根を二本ペルセウスの死角から呼び出して交差するかのように彼に襲い掛かる。だがすぐさま反射的に動いたペルセウスによって迫ってきていた根は二本とも燃えながら切断される。それでもなお、アズマによって生み出された根がペルセウスに襲い掛かり、悉く剣で対処していく。だがこのままではジリ貧。

 

「ちぃ!鬱陶しいっ!!」

 

心底苛立ちながら剣を振るい、一回転斬りを行うと共に彼の周囲に現れた炎の壁。ペルセウスを狙っていた根がそれに触れると同時に消し炭へと変化していく。それだけに留まらず彼を囲んだ炎の壁はそのまま一瞬で範囲を拡大。周囲は一瞬にして、アズマが生み出した樹木ごと消失。焼け野原へと変貌する。

 

「随分派手だね」

 

「面倒な攻撃を一々捌くぐらいなら、これぐらいでぶっ放した方が手っ取り早い。脳筋って言うやつもいるがな」

 

「オレは嫌いじゃないね。むしろ好ましく思う」

 

「どーも」

 

周りへの被害を考えずに力を振るう。いつもの妖精の尻尾(フェアリーテイル)らしさを全面的に押し出した一連の動きを見て、吊り上げた口角をそのままにアズマは素直な感想を口にする。アズマ自身も、どこかペルセウスと通ずるものを感じている様子だ。

 

敵同士でありながらもどこか好意的にも感じる口ぶりで語るアズマに対し、素っ気なく睨みながらペルセウスは返す。本人としては闇ギルドである魔導士を相手にしている時点で不機嫌になる要因だが、反対にアズマはくつくつと肩を震わせながら笑い声を抑えきれずに零し始めた。

 

「何が可笑しい?」

 

「いや失礼。可笑しいのではない。楽しいんだね」

 

唐突に笑い出したアズマに機嫌を損ねたような声で聞いてきたペルセウス。その事に一言謝りながら、アズマは笑った真意を答えた。実力の高い者との闘争に高揚感を覚えることが多い彼にとって、今のこの時間は楽しいものである認識だ。

 

「堕天使ファルシー。キミのこの名を闇ギルドで知らない者はいないと言っていいね。ずっと、キミに会いたかった。そしてこうして戦ってみたかった」

 

表舞台ではペルセウスが自分の素性を知られることを嫌い、取材などでも一切出ないように気を配っていたのだが、裏の世界ではそれを隠しきれていなかったらしい。幼いながらに人智を超えた魔法を扱う強力な魔導士。その存在を()()()を通じて初めて知った時、アズマはまだ見ぬその魔導士と戦う事を密かに願っていた。

 

そしてその瞬間は、願ってもみなかったタイミングで叶えられた。

 

「本当に……()()()最初に鉢合わせたのは、運が良かったと言っていいね」

 

()()()?何の話だ」

 

アズマ自身は最初にペルセウスと邂逅し、お互いに万全の状態で戦い始めることが出来たのは幸運と言えるだろう。だが彼はお互いにと言った。その言葉の意味が把握できないペルセウスは眉をひそめながらその言葉を反芻し、聞き返す。

 

「オレの方は単純。いきなり本命と言っていいあの堕天使と闘えるチャンスに巡り合えたこと。そしてキミは、仲間を無傷で避難させられたこと」

 

そして彼が指摘した意味は、メストを連れてこの場を離れたウェンディとリリーについて。アズマはメストたちが避難を完了するまで律義に待ってくれていたが、本来闇ギルドのようなルールも常識も無用な連中がそんな行動をとる事の方が異常だ。現にこの島へ先に向かわされていたのがアズマ以外のギルドメンバーだったら、容赦なくメストたちは攻撃されていただろう。だがそうはならなかった。

 

「最初に闘う相手がオレだった事で、その場にいた仲間たちは無事ここを離れられた。オレでなければ、キミは仲間を庇いながら、思うようには戦えなかっただろう。それでは勿体ないね」

 

ペルセウスにとっても、アズマにとっても、今この時点で彼らが邂逅していたことが、皮肉にも二人にとって最良の結果となったのだ。

 

「俺がお前の挑発に乗らず、そのまま全員立ち去る可能性は考えなかったのか?」

 

「その時はその時。キミが本気を出してオレと戦おうとするのなら、今からでもあの役人さんの命を狙いに行くことも辞さないね」

 

「成程。尚更退くわけにもいかねぇな……」

 

アズマや悪魔の心臓(グリモアハート)にどのような狙いがあるかは定かではない。だが今この時だけは、ペルセウスと戦う事に重きを置いているスタンスが見られる。となれば、ペルセウスも全力を持ってアズマと対峙し、打ち勝つことに考えを固定させた。それと同時に、再び魔力をレーヴァテインへと集中させ、その刀身に紅い炎を燃え上がらせていく。

 

「いいぞ……面白くなってきたね……!!」

 

対するアズマもまた、己が身に魔力を集中させていく。両腕を横に掲げ、高エネルギーを凝縮したかのような熱が一気に彼の周りへ集まり、ペルセウスの技に対する迎撃を狙う。

 

()(えん)(ばん)(じょう)!!!」

「『タワーバースト』!!!」

 

激突するのは全てを飲み込まんとする二つの炎。一つは蹂躙するかのようにその形を変えていく紅の炎。もう一つは立ち上り襲い来る敵を彼方へと吹き飛ばす朱色の炎。二つの炎が片方の炎に従うように天空へと伸びていき、二色の炎の塔としてその場に顕現する。

 

そして、足場となっていた島の一角を担う崖周辺は、あまりの勢いによって消滅したのだった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

突如立ち上った二色の炎で作られた塔。そんな不可思議な光景は島中のあらゆる場所から見えるほどの規模だった。

 

「な、何よあれ……!?」

 

「炎の塔……?二つの炎が混ざったような……」

 

信号弾が上がったと思われる場所に辿り着き、地上に立っていたシエルとシャルルのペア。その近くにはギルドの者とは違う侵入者らしき者たちの存在があった。片方は木に縫い付けられるように縛られて身動きが取れない状態の、東洋風な鎧甲冑に身を包んだ。頭が犬になった男。もう片方は鶏をそのまま人型にしたような男で、彼の頭の上には白旗をあげた手乗りサイズのヒヨコが乗っている。どちらも既に意識はない。激しい戦闘の跡は見えることから、ギルドの者と戦ったのだろう。

 

だがシエルが着目しているのは別の事だった。

 

「紅の炎は、兄さんの神器の力だと思う。もう一つの方は、ナツでも塔のような炎は出さない。ってことは……」

 

「攻め込んできた敵の魔法、ってことかしら?」

 

「間違いないよ。しかも……あの悪魔の心臓(グリモアハート)……!!」

 

犬頭と鶏の魔導士の体に刻まれた、茨で形作られたハート形の紋章。闇の三大勢力バラム同盟の一角である、悪魔の心臓(グリモアハート)の魔導士であることを現すギルドマーク。信号弾が撃ち出されたと思われる位置にこいつらがいたと言う事は、襲撃してくる敵は悪魔の心臓(グリモアハート)である可能性が極めて高い。

 

「何で天狼島に闇ギルドの奴等が乗り込んでくるのか……そこは疑問だけど、今やる事は一つ」

 

「急いでウェンディに合流しましょう。きっとあそこに、少なくともペルセウスと悪魔の心臓(グリモアハート)がいるはず」

 

「これ以上この島に乗り込ませるわけにもいかねえ……!」

 

彼女の安全確保のためにも、まだ乗り込んでいる最中かと思われる悪魔の心臓(グリモアハート)の魔導士を足止めしている兄の元へ向かい、侵入を阻むことぐらいはできるはず。やるべきことと進むべき方向を決定したシエルたちは再び乗雲(クラウィド)に乗り込んで空から炎の塔へと向かい始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

炎の塔が上がった位置からちょうど落下した位置へと繋がる森の中。足場が崩壊したことによってペルセウスはその場所へと落下する形で着地していた。多少の傷がそこかしこについているようだが、幸いにも重傷とは程遠い様子。

 

「参ったな……。もしこのまま時間をかけ過ぎたら、下手すっと島がもたねえ……。さすがにギルドの聖地をぶっ壊したとなったら、マスターどころか、あの世にいる初代からも大目玉食らっちまうな。初代の顔知らねえけど……」

 

剣を杖代わりに跪く態勢で息を吐きながら、若干の余裕を思わせるようにぼやく。脳裏に浮かぶのはいつも何かを壊してマスター・マカロフにどやされてる様子のナツやグレイ。それ以上の怒りを見せながら自分にそれを向けている姿が浮かんだ。顔も姿も知らない初代も一緒になって。

 

「その心配はいらん。この島はそれほど柔じゃないね」

 

そんな彼の心配事を払拭したのは意外な人物。多少位置のズレがあったものの、同じ範囲の森の中に落下していたらしいアズマが、木々の向こうから這い出るようにして現れながら、ペルセウスの心配が杞憂であることを伝える。彼も身体中に軽い傷が見えるが、重傷には程遠い。お互いあれほどの規模の爆発を身に受けながらもけろりとしている様子は、傍から見ればあまりに異常だ。

 

「この島を本当の意味で支えている土台から、あの場所は離れていた。故に容易く崩壊したが、島全体から見れば些細な事だね」

 

「何で別のギルドの人間が、俺たちのギルドの聖地について詳しいんだ?」

 

「正確には、オレはこの島の事をよく知る人物から、教えてもらったに過ぎん」

 

だがペルセウスは別の部分が気にかかった。天狼島は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地。ギルドの人間がそれを知っているならともかく、そのギルドと対立している闇ギルドが何故自分よりも島の事に詳しいのか。アズマにこの島の事を教えた、島について詳しい人物の存在。

 

「我がギルドのマスター……『ハデス』から、ね……」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)を束ねるギルドマスター・『ハデス』。その者が彼に天狼島の詳細を教えたと。尚の事解せなかった。いくら最大勢力と呼ばれたギルドのマスターであろうと、正規ギルドの聖地とされた島にここまで精通できるのか?

 

「(気になる事が増えただけか……。シエルならこっからいくつか推測できるんだろうが、やっぱ俺にはいくら考えても浮かばねえ……)」

 

何故ハデスが天狼島に詳しいのか、アズマに教えているのか、ここに来た目的に関係しているのか、諸々の気になる事や違和感を感じながらも、それを考えたところで自分では読めないと結論付けて立ち上がり、ペルセウスは手に持ったレーヴァテインを収納し、別の神器へと換装する。それは緑色の宝珠を付けた木の枝にも似た杖・ミストルティン。

 

「さっさとお前を倒して、洗いざらい吐かせた方が手っ取り早いな」

 

「ふっ……思った通り。オレとキミが気が合いそうだ」

 

「冗談だろ」

 

さすがに森の中で炎の神器を扱うのは気が引ける。なので趣向を変えた。辺りに生えている森の木々を利用すること。それに戦っている中でアズマの扱う魔法についても当たりを付けられた。

 

アズマが扱う魔法は、少なくとも木々を操ることが出来るものが一つ。もう一つ存在する爆発させる魔法の詳細は分からないが、木々を操る魔法に関してはこれで封じ込められるとふんだ。周囲の木々を操作させることに関しては、神の魔力を抱いたミストルティンの方が優位。警戒すべきは爆発の魔法だけに留められる。

 

「行くぞ、ミストルティン!!」

 

宝珠を光らせて杖を前方に突き出すと、その意思に従って彼の周辺から樹木の根が伸び、アズマへと真っすぐ向かって行く。対してアズマは自分と似たような魔法に多少の意外さを感じたのか一瞬目を瞬かせるも、すぐさま落ち着いて手をかざす。

 

「ブレビー!!」

 

初手にも扱った爆発の魔法で迫りくる根を爆発させようとふんだのだろう。だがしかし神器の力で強固になった木の根はそれをものともせずに突き破り、爆発で起こった煙から勢いよく飛び出してくる。

 

一瞬虚を突かれたアズマであったがそこは彼もやはり実力者。すぐさま自分の周りを自分で操作した根で囲み、ミストルティンの根を防ぐ。防ぎ切られたことでペルセウスが舌打ちを一つすると同時に、口に弧を描いたアズマが反撃に移る。

 

「今度はこっちの番だね」

 

ペルセウスの八方を囲むように現れた木の根。計8本の根が彼の逃げ道を塞ぎながら、弧を描くように上へと伸び、下にいるペルセウスへと一斉に襲い掛かる。だが彼はそれに一切焦りもせず、ミストルティンの宝珠を光らせて掲げる。すると襲い掛かってきた根は全てピタリと止まり、それ以上彼に近づこうとしない。

 

「ターゲット変更だ。行け」

 

まるで根の支配下が変わったかのように、ブリキの人形のようなぎこちなさで木の根が向かう対象がアズマの方へと変わっていく。自分が出した技が一転して自分に牙を剥く。そんな異質な光景を目の前にしたアズマは……

 

 

 

 

 

ペルセウスの予想に反して不敵に笑みを浮かべた。

 

それに違和感を感じて眉根を下げるペルセウスだったが、次の瞬間彼の余裕は失せた。アズマが繰り出し、動きを止めていたはずの根が再びペルセウスへと迷いなく襲い掛かってきた。

 

「何!?」

 

さしもの彼も予想できなかった事態に回避が遅れ、8本の内の2本の根の攻撃が彼の両足に傷を作る。笑みを浮かべたままだったアズマは再びその根を攻撃に転じさせると、転がりながら体勢を立て直したペルセウスがもう一度杖を掲げる。

 

「っ!こいつは……!」

 

今度は一瞬さえも動きを止められなかった。だが二度はへまをしない。すぐさまミストルティンへの指示を変更し、自分の前方に別の根を何十本も展開してアズマが操る木の根を完全に防ぐ。攻撃を凌いだペルセウスだったが、その内心は全く穏やかではなかった。

 

「ミストルティンが植物を支配できないだと……!?」

 

「余程信じられない事だったようだね?ペルセウス」

 

彼がこのミストルティンを手に持っていた期間はそう長くない。だがその期間の中で、この神器が操れなかった植物は一切存在しなかった。自然のものであろうと、魔法であろうと。今回が初めてだ。神の魔力を宿した、他の魔法を上回るそれを宿した神器の力が、及ばなかったと言うのか……?

 

「一体どういう魔法だ?」

 

「さて……戦いを続けていけば、自ずと分かってくるのではないかね?」

 

平静を装いながらも少なからず動揺を隠せない彼に対し、どこまでもペルセウスとの戦いを楽しみ、望むスタンスを変えず挑発するアズマ。ギルド内でもトップクラスと言えるこの二人の戦いは、最早決着がつくまで止められない。この場に誰かが外野から見ていたとしたら、そう信じて疑わなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

だが、意外な要因でそれが覆る事が発生した。静かに睨み合っていた二人の間に……上空を切るような謎の音が響いて、ペルセウスは思わず空に意識を向けた。

 

「ん……?何だ、アレは……?」

 

彼の目に映ったのは、小さい影でよく見えないが、誰かがジェットパックのような空中飛行機械で飛行しながら、何やら小さい粒のようなものを島中に振りまいている。そしてその粒のようなものが島に落下していくと、突如として聞き覚えのない雄叫びのような無数の声が響きだした。

 

「やれやれ……騒々しい連中が到着したかね」

 

「まさか……グリモアの本隊か!!?」

 

どういう原理かは見てみないと分からないが、あの粒はグリモアの本隊を何らかの魔法で収納している。その粒一つ一つが一人の魔導士だとしたら……あの無数の雄叫びにも納得がいく。悪魔の心臓(グリモアハート)の本隊が、今しがた島に到着したのだ。他のギルドメンバーの迎撃準備が整ったのか不安だが、信じるしかない。

 

「ペルセウス。非常に名残惜しいが、一旦勝負はお預けだ」

 

すると、ここでアズマが意外にも勝負の中断を告げた。彼本人も不服そうな表情だが、闇ギルドの中では珍しく実直な性分が、ここで現れたらしい。事前に島に入った目的を果たす必要があると言う。

 

「何、やるべき事を終えたらすぐに決着を付けに行く。あるいは、オレを追いかけてきてみるといい。歓迎するね」

 

不敵な笑みを浮かべながら彼に告げたその言葉を最後に、アズマは自分の周辺をブレビーの爆発で見えないように遮断する。目くらましだ。それを理解した瞬間、ペルセウスは杖の宝珠を光らせてそれを振るった。

 

「勝手な事を!!」

 

ミストルティンの意思に従って対象を蹂躙するかのように10を超える木の根が煙が上がった場所を刺し貫いていく。しかし煙が晴れた時映っていたのは、アズマらしき影も形もない場所に刺さった木の根たち。

 

「っ!!くそっ、逃がしたか!!」

 

バラム同盟の幹部格。煉獄の七眷属・アズマ。彼を取り逃がしてしまった形になってしまった。この失態は大きい。恐らくこの戦いの戦局さえも左右する。彼が受けたと言う命令も気になる。

 

そして彼は、自分を追いかけてみるといいとも言っていた。自分を怒らせて、本気にさせ、更に戦いを激しくするための挑発。わかり切っている。しかし……。

 

「上等だ……!俺がこの手で、必ずおまえを倒す……!」

 

ミストルティンを握る手に力を込めながら、ペルセウスは決意を胸に秘めるために、そう声に出してアズマがいた場所を睨みつけていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時は遡り……ペルセウスと対峙したアズマから離れ、ギルドのメンバーとの合流を果たす為に移動を続けていたウェンディたち。俯きがちながらも足を動かし続けるメストに、道中気を配りながら声をかけるウェンディと、怪しい行動をしないように見張り続ける、魔力を温存するために二頭身の大きさのまま追随するリリー。

 

ギルドのメンバーを探して行動していた二人であったが、先程まで自分たちがいた場所から、ペルセウスとアズマの攻撃による炎の塔が立ち上るのを目にし、思わずその足を止めていた。

 

「な、何だアレは……!?」

 

「炎の、塔……?ペルさんが、あそこまでしないと勝てないの……?」

 

あまりにも規格外と言えるその魔法を遠くから見ただけで、リリーとウェンディは愕然としている。そしてもう一人のメストに至っては、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも規格外と言える強さを持っていると噂だったペルセウスと互角に……しかも遠くからでも察することが出来る激しさを感じて、恐怖さえ感じていた。

 

「(あのペルセウスにも渡り合うほどの魔導士が、あと6人もいるというのか……!!)」

 

そんなアズマと同格扱いの、煉獄の七眷属。彼を含めた7人の幹部全員が彼と同等、下手をするとそれ以上の実力者で揃えられていたとしたら……。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の勝ち目はあまりに絶望的と言っていい。

 

こうなったらやむを得ない。評議院にとっては彼らも厄介極まりない存在だが、ペルセウスが言っていたように悪魔の心臓(グリモアハート)の力は自分たちの想像も遥か上を行く。極めつけには、他の者たちは関知していないようだが、“歴史上最悪と呼ばれた存在”もこの島にいる事が分かっている。全てを敵に回すほど、さすがに愚かではない。

 

「(妖精の尻尾(フェアリーテイル)と手を組み、悪魔の心臓(やつら)もゼレフも討ち滅ぼす。賭けるしかない……!)」

 

恐らく上層部はすぐに首を縦には振らないだろう。だが歯噛みをしている場合じゃない。グリモアの力は強大だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を悪と断じて嫌悪している余裕などない。アズマが戦闘艦を全て一瞬で爆破させた光景を見たことと、それを証拠にしてペルセウスが語った闇ギルドの強大さが、その結論を後押しした。

 

「二人とも、すまないがオレは一度本隊の方へ戻る」

 

「えっ!?」

 

「貴様……何を企んでる……!」

 

決断を決めたメストは、自分と同じように足を止めていたウェンディたちに向けて突如そう告げた。リリーからすれば、今までも怪しい行動をとり続けていた男が自分たちから逃れようとしているように見えるのだろう。だがメストは記憶を塗り替えていた時とは違い、真の意味で本心から語りかけた。

 

「疑うのも無理はないだろうが、オレに考えがある。必ず戻るから、信じてくれ……!!」

 

そう言いながら彼らから背を向けると同時にメストはその姿を消した。先程も一回だけみせた瞬間移動の魔法だ。ウェンディが「メストさん!」と呼び止めるのも間に合わないほどの一瞬だった。

 

「勝手な事を……!」

 

「(大丈夫かな……?)」

 

自分たちの制止も聞かず場を離れて言ったメストに悪態をつくリリーとは対照に、ウェンディは彼の身に何かが起きないか純粋に心配を抱いている。だが今現在危険な状態にあるのはメストだけじゃない。島中にいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)全メンバーが、悪魔の心臓(グリモアハート)に狙われる可能性がある。

 

「今はメストの事は置いておこう。ガジルや他の奴等も心配だ。今の内に、知らせられる者たちに知らせた方がいい」

 

一度メストの事を頭から追いやり、リリーがウェンディへと提案する。彼としては相棒に当たるガジルを始めとして、他の面々が襲撃する団体が何者かも知らないままでいるのは危険だ。ウェンディも一つ頷くと、なるべく炎の塔が上がっていた場所から遠い方へと再び向かい出す。

 

「(シエルとシャルルにも知らせないと……だよね……)」

 

駆け足になりながらウェンディの脳裏に過ったのは、ギルド内でも特に親しい少年と相棒。試験の合間にも振り払おうと考えていた彼らが隣り合う姿。だが今この状況下では、試験だからと避けている場合でもない。彼らの安否を確かめる為にも、探し出して悪魔の心臓(グリモアハート)の事を知らせなければ……。

 

「……ん?あれは何だ……!?」

 

移動を再開してから少し時間が経ったとき、違和感を感じたリリーは飛行しながらふと上空に視線を向けると、本来あり得ないものが彼の目に映っていた。つられてウェンディも空を見てみると、彼女も思わず足を止める。

 

二人の目に映ったのは、同時刻にペルセウスも目に映したもの。だが高低差の関係か、彼らの方がより近くでその正体を見ることが出来た。何と空をジェットパックで飛行していたのは、ヤギを人型にしたような外見を持った存在。

 

そしてその人型のヤギが空中を移動しながら無数に及ぶオレンジ色のシャボン玉のような丸い物体を散布していく。それは重力に従って落下していき、その内の一部は、今ウェンディたちがいる空間にも次々落ちてくる。

 

数多くの玉に目を凝らしてみると、それは下に続くたびにどんどん膨れ上がっていき、中には黒い肩ローブに黒のボトムス、そして紫か薄紫のどちらかの色をしたてっぺんに一本の角のあるフード付きの服、白地に赤い悪魔の心臓(グリモアハート)の紋章が刻まれた仮面で統一された人間が包まれている。

 

一体何なのか。呆然としながらをそれらを眺めていたウェンディの元に、近づいてきていた一個の玉がガラス細工のように割れたと同時。

 

「きゃあっ!?」

 

魔法剣らしきカトラスを彼女に振り下ろしてきた。咄嗟にウェンディは悲鳴をあげながら避けるように後ろへ転倒。追撃を仕掛けようと他の玉に入っていた者たちが割れると同時に各々の武器を構えて攻撃を仕掛けてくる。あまりの衝撃に固まってしまい、怯えたまま身を縮めていると……。

 

「うらぁっ!!」

 

一瞬で筋骨隆々の体格へと変身したリリーが、その体格を活かしてウェンディに近づいていた敵たちを突き飛ばした。突き飛ばされた者たちはそのまま倒れこんだが、続々と降り落ちてきたグリモアの魔導士たちはその数を一気に増やして周辺を埋め尽くし、ウェンディたちを一斉に囲い込む。

 

「ウェンディ、立て!最早どこにいても戦わずには済まされん!!」

 

倒れこんでいたウェンディに背を向けて徒手空拳の構えをとりながらリリーは声を張る。敵であるグリモアの兵士たちは、あのヤギによって島中に配られていったはずだ。それはつまりこの島中に、今自分たちを囲んでいる者たち同様敵が溢れかえっているという事。そして今この時、自分たちもとてつもなく危険な状況下に置かれている。

 

敵に容赦はない。ペルセウスが足止めをしているアズマを除いて、奴等はこちらに一切躊躇などしない。二人を取り囲んだ兵士たちは、ウェンディが立ち上がるよりも先に纏めて襲い掛かってきた。

 

「うおおっ!!」

 

気合を入れ直し、雄叫びをあげながらリリーが襲い来る敵を拳で迎撃。時には足、腕、体全体を使って武器を持つ兵士たちに立ち向かっていく。その様子を見ていたウェンディも、戸惑いを捨てて立ち上がり、敵を見定めた。

 

「天竜の咆哮!!」

 

体勢を立て直すと同時に膨らませた口から勢いよく放つ咆哮(ブレス)。まだ身体が小さい彼女だが、滅竜魔法の稀有な破壊力は十分兵士たちに通用しており、肉薄してきた者たちを吹き飛ばす。だが敵もただ特攻してくるバカばかりではない。近距離が通じないなら遠距離。杖を持った魔導士たちが遠距離から各々の属性を持った魔法を仕掛けてくる。

 

「ぐっ!!」

「きゃあっ!?」

 

遠距離に対する手を持っていない二人はこれらに対処できずに被弾。畳み掛けるように近接武器を持つ兵士たちが再び襲い掛かってくる。対してリリーは一番近くにいた兵士が持っているカトラスを両手で白刃取りにし、兵士の身体を蹴り飛ばして他の者たちにぶつける。

 

「これで間に合わせるか……!!」

 

その拍子で手にしたカトラスを構え、後続の者たちへと斬りかかる。かつて彼が持っていたものと比べれば質は大幅に落ちるが、鍛え上げていた剣技を活かすには十分。一気に押し込んでいく。更にウェンディはリリーに向けて援護を送る。

 

「バーニア!アームズ!付加(エンチャント)!!」

 

敏捷性を上げるバーニアと攻撃力を上げるアームズ。二つの補助魔法の効果を受けたリリーは軽くなった身体、湧き上がる力に関心を覚えながら、敵の数を次々減らしていく。

 

「急に強くなった!?」

 

「あのガキだ!サポート魔法を覚えてやがるぞ!!」

 

突如として力を上げたリリーの様子に驚くも、すぐに原因がウェンディにあると気付いた兵士たちが彼女へと標的を移す。狙われていることに気付いたウェンディはすぐさま自分にも俊足と剛腕の力を付加(エンチャント)して攻撃を回避し跳躍。そして彼らの頭上から天竜の咆哮を繰り出して吹き飛ばす。

 

何とか戦えている。数の不利は未だに覆せていないが、着実に敵を行動不能に出来ているはずだ。粗方敵の到着は済んだようで、これ以上の敵が増えることもないようだ。この場を凌げれば、勝機はある。だがそれでも、数十人を相手に二人だけで戦うには限界だ。

 

「(数が多すぎる……!それに、こう囲まれてちゃ……!)」

 

周囲に目を配り状況を確認していたウェンディは、自分たちにとって大いに好ましくない現状にどこか歯噛みしている。本来サポートに徹することが多かった彼女にとって、多人数から囲まれた中での戦いは苦手だ。

 

一方向に固まっていればいくらいようが問題無いのだが……。

 

「調子に乗んじゃねえぞ!!」

 

そんな中、一人の魔導士が放った遠距離の魔法が、ちょうど視線を逸らしたウェンディ目掛けて飛んでいく。放った音を耳に拾ったことですぐに気付くことができたが、対処するにはもう遅い。

 

「ぐぅ!!」

 

彼女に魔法が当たろうとした直前、放たれる前に気づいていたリリーが立ち塞がり、カトラスを盾にして防いだ。だが大勢いる兵士たちに渡される剣では高が知れているのか、完全には受けきれずその余波を体で受けてしまう。

 

「今だ、畳みかけろ!!」

 

更にこれ幸いにと、リリー達に向けて遠距離の魔法が次々に撃ち込まれ、リリーだけでなくウェンディまでもがその弾幕に晒される。二人とも悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、各々が離れ離れの位置に倒れ込んでしまう。

 

「ぐっ……!(時間切れ……こんな時に……!!)」

 

更に不運は重なり、ダメージも負っていたからか戦闘フォームである筋骨な巨躯から、普段の小さい体にリリーは戻ってしまう。ウェンディも先程の弾幕を少なからず受けていたせいで、すぐには立ち上がれそうに無い。

 

「くそっ……!このままでは……!!」

 

孤立無援、四面楚歌。そんな言葉が合うような状況。小さいままではリリーも思うように戦えないし、メストが来る可能性も低い。唯一戦えそうなウェンディ一人が相手するには数も多すぎる。

 

覆面で隠された顔が歪に歪んでいそうな下卑た笑い声で近づきながら、各々の武器を振りかぶる悪魔たち。咆哮(ブレス)を撃とうとしてももう間に合わない。迫り来る痛みを想定して、ウェンディは涙混じりに目を固く瞑った。

 

 

 

 

 

その時、瞼の裏に浮かんだのは、彼女と親しい少年と、相棒の白ネコの後ろ姿。

 

 

 

 

「(助けて……!!)」

 

望んだところで都合よく来るはずがないと思いながらも、心から願った彼女の想いは……

 

 

 

 

 

 

 

ウェンディの正面にいた数人の魔導士を一瞬で吹き飛ばした、彼に届いた。

 

「……!?」

 

前方から響いた魔導士たちの悲鳴に思わず目を開くと、瞼の裏に見えていたその少年の後ろ姿が、蒼雷を纏った状態で映った。その先にいる敵たちが、隠している表情を動揺で染めて狼狽えてるのが、見えなくても分かる。

 

「な、何だ!?」

「このガキ、どっから出て来やがった!?」

 

慌てふためき、少年に怒りを表す彼らに答えることもせず、その少年は右掌を掲げると、自分の体を包み込む雷を、新しく作り上げた竜巻と混ぜ合わせ、拡大していく。どこか苛立っていた様子のグリモアの魔導士も、その現象を目にすると途端に怯え始めて更に狼狽える。そして少年はある程度高まった魔力を感じた瞬間、雷を纏った風の魔力を真下に叩きつける形で解放した。

 

「『叫嵐(テンペスト)』!!」

 

そこを起点とし、吹き荒れるは電流が迸る嵐の渦。ウェンディとリリー、そして自分だけを渦の中心である安全地帯に収め、それ以外の仇なす敵たちを一斉に蹂躙していく。抵抗なく体を紙切れのように吹き飛ばされ、数秒間に及ぶ雷が混ざった嵐が収まると、重力に従って落下していき、地に叩きつけられる。

 

思った以上にとてつもない風を感じたウェンディは、乱れてしまった前髪を整えながらその少年の姿を目に映した。正直、何よりも驚きが勝っていた。だがその次に感じたものは、感激と喜びだった。

 

「お待たせ。助けにきたよ、ウェンディ」

 

先程敵を蹂躙した際の様子とは違った、思いやる彼の優しい声と安心できる笑顔でこちらに振り向きながら尋ねた言葉を聞いた瞬間、ウェンディはあまりの感情の昂りに、状況も忘れて破顔した。目から流れ出した涙さえ、拭えぬ程に歓喜した。

 

まるで、試験が始まってから見失いかけていた彼が、戻って来てくれたように感じて。

 

「シエル……!うんっ!!」

 

溢れる涙をおさえもしないまま、笑みを浮かべて首を縦に振る。彼女の相棒と共に遠くへ行ってしまっていた気がした少年シエルが、ようやく近くに来てくれた。

 

「く、くそ……あのガキがァ……!!」

 

そんな二人に水を差し、正確にはシエルを忌々しげに睨みながら一人の男が杖を構えて遠距離の魔法を撃ち出す。進行方向上にはウェンディもいて、このままでは彼女にも直撃してしまう。リリーが二人にその危険を呼びかけ、その声を聞いて彼女も気付いた。このままじゃ当たる……!そう頭によぎった瞬間……。

 

 

 

 

 

彼女の体は突如空中に浮かび上がり、杖から出た魔法を避けた。それに驚いて下を見れば、シエルもすんでのところでそれを躱し、同時に倒れ込んでいたリリーを回収している。

 

この感覚には覚えがある。襟を掴まれながら空を浮遊し、背中から聴こえる翼をはためかせる音も。誰が自分を抱えているのか、ウェンディは既に分かっていた。気づけば彼女は再び笑顔を浮かべながら後ろを振り向いて彼女の名を呼んでいた。

 

「シャルル!!」

 

一対二枚の翼を背に生やし、彼女と共に空を浮遊する彼女の相棒たる白ネコ。一安心と言いたげな顔を浮かべながら、頷くように首を少し傾けてすまし顔へと変えた。

 

「助けに、来てくれたの……!?」

 

「当然でしょ……友達なんだから」

 

思わず口から出ていた言葉に、素っ気なさそうではあるが声に出ていた安堵と喜びを込めながらシャルルはそう返した。それを聞いたウェンディは嬉しさがさらに込み上げて、涙となりながら双眸に浮かべていく。

 

「シャルル!二人を頼んだ!!」

 

彼女たちの様子を柔らかい笑みを浮かべながら見ていたシエルは、下から放り投げる形でリリーの小さい体をウェンディたちに向けて飛ばす。その際小さくリリーが慌てた声をあげていたが、シャルルがウェンディにリリーを掴むように告げながら近づき、彼女も慌てながらもしっかりとリリーをキャッチする。

 

「言っても無駄だろうけど、やりすぎるんじゃないわよ!」

 

「ごめん、そりゃちょっと無理な相談だ……」

 

「はあ、でしょうね……」

 

リリーをウェンディがキャッチしたのを確認した後、シャルルから地上に唯一残っているシエルに向けて謎の忠告を飛ばす。だがシエルは口元を釣り上げながらまだ戦意を失っていない敵たちに獰猛とも言える目を向けて返した。その返答を予想していたシャルルはと言うと、溜め息混じりに苦笑い。これは何を言っても変わりそうにない。

 

「二人とも、一旦ここを離れるわよ」

 

「シエル一人で大丈夫?」

 

「いくら消耗しているとは言え、オレたちまで抜けては荷が重いのでは……?」

 

シャルルがシエル一人に敵を任せて避難しようと提案する。だが敵はまだ大勢。消耗していないシエルに代わったとは言え多勢に無勢は変わらない。むしろ不利ではないかと二人は告げる。だが……。

 

「ネコどもと女のガキが逃げるぞ!」

 

「させるか!撃ち落としてやる!!……あびゃあ!?」

 

シャルルが二人を伴って逃げようとしているのを黙って見過ごさず、敵の一部が彼らに遠距離魔法で狙いを定める。だがその直後、狙いを定めていた魔導士たちに上空から落雷が襲いかかり、彼らの身体を黒焦げにして倒れ伏させた。

 

「忠告しといてやる。狙ったやつから、意識が消えると思え……!」

 

口元に笑みが浮かんでいるが、目は一切笑っていない。上空には先程まで無かったはずの黒雲が辺りに陰を差し込ませており、いつでもさっきのような落雷を落とせると言外に脅してみせる。それまで手負いのウェンディ達を狙っていたグリモアの魔導士達は、子供からとは思えないプレッシャーを実感して一気に震え上がった。

 

「だ、大丈夫そうだな。ここはシエルに任せてオレたちはすぐに避難した方がいい。うむ、それがいい!!」

 

「アンタまで怖がってどうすんのよ」

 

「こっ、怖くなどない!断じてないっ!!」

 

そしてここにもやけに恐怖を感じている様子の黒ネコがいた。シエルがこちらを狙って来た敵を雷で焦がしてから、恐怖に身体を震わせていたリリーは、捲し立てるような早口でこの場からの退避を進言。呆れながらもその言葉の通りに避難を開始したシャルルから言われた言葉にまたも早口で否定。そのやり取りも耳に流しながら、ウェンディはシエルへ一瞥。少しばかり心配そうな顔を浮かべるも、彼の強さも理解している故に信じて前へと視線を戻す。彼なら、きっと大丈夫、と。

 

「お前らが俺たちを怒らせた理由は、三つだ」

 

避難したウェンディ達への意識を向けることもできない敵の魔導士達は、突如少年が発した言葉に警戒を解かないまま首を傾げた。何のことだと言わんばかりに。それを察していた少年によって一つずつ説明される。

 

「一つ目、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地であるこの島に勝手に土足で踏み入れた事。二つ目、俺たちが今後の人生さえも懸けていた大事な試験を台無しにした事」

 

一つ言えば彼の右手に渦巻く砂塵が集い、二つ言えば彼の左手に氷雪の風が吹き荒ぶ。そして目を一度閉じながら三つ目を言う頃に、彼の背中には全てを刻むかのような風が集中し、心無しか場にいる敵達の周囲に在する空気すらも吸い込んでいるように見えた。

 

「三つ目は、俺たちの仲間を……俺の大切な子を傷つけた……!!」

 

『大切な子』を告げた際に開いた目に宿っていたのは、確かな怒り。本当は燃え上がり、破裂しそうなほどに煮えたぎっているそれを、不自然なほど静かな様相で閉じ込めている。最早、いつ爆発してもおかしくは無かった。

 

「どんだけ八つ当たりしても到底収まりきらねえから、覚悟しとけよ……!お前らに訪れる今後の予報は全部最悪の天候だ、悪魔の心臓(グリモアハート)……!!」

 

怒りに燃えた目と、それを抑えるかのような獰猛な笑みを浮かべながら、天さえも自在に変貌させる小さな妖精が、悪魔達に宣告を下した。




おまけ風次回予告

シャルル「ようやくウェンディと合流することが出来たわね。少しケガをしたみたいだけど、あんたの魔法ならすぐに治せるんでしょ?」

シエル「勿論。けど今はウェンディを傷つけやがったこいつらに借りを返す方が先さ……!罪には罰を、って言うしね」

シャルル「それに関しては任せておくわ。にしても、あんたがゴロゴロ雷落とすと、神様からの天罰にも見えてくるわね」

シエル「天使に危害を加えた者に与える裁きと言う意味なら天罰とも言えるね」

シャルル「あの子を天使呼ばわりってあんた相当隠す気なくなってきてない……?」

次回『神を滅する者』

シエル「俺だって神に愛された者って呼ばれてるんだ。礼儀知らずな悪魔どもへ、神の代わりに鉄槌を下してやろう!な~んて!」

シャルル「こんなのがもし神だったら、私一生祈らないわ、絶対……」


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第117話 神を滅する者

折角のゴールデンウィークだったのにようやく投稿できたのが後半突入の日に…!
毎度毎度長らくお待たせしてごめんなさい…。

前回のアズマの時もそうだったんですけど、他とは違う口調を織り交ぜたキャラのオリジナルセリフって考えるのかなりめんど…難しいです…!
しかも今回はアズマ以上の…あるキャラの口調再現に苦労しましたってよ。


妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地である天狼島に攻め込んできた闇ギルド・悪魔の心臓(グリモアハート)。そこに所属する多くの魔導士たちが、島中にいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちに襲い掛かり、彼らは各々の場所で戦闘を継続していた。

 

その内の一角において、たった一人の少年が、大多数の兵士たちを相手にしながらも蹂躙と言う言葉が似合うほどに圧倒していた。

 

台風(タイフーン)!!」

 

上空に広がっていた雲から打ち付ける豪雨、周辺に吹き荒れる竜巻。それらが一気に敵である魔導士たちに襲い掛かり、激しい雨量による痛みを受けながら、自由の利かない空中へと飛ばされていく。

 

「な、何なんだよこのガキ……!?」

 

「たった一人しかいねぇのに、こんな出鱈目な魔法……!!」

 

近距離の武器を持つ魔導士は近づくこともなく飛ばされていき、遠距離から攻撃を加えようにもそれよりも威力も範囲も上回っている技に打ち消されて、悪魔の心臓(グリモアハート)からすれば何一つ自由にさせてもらえない状態が延々と続いていたに等しい。更には……。

 

「やっぱ、逃げたネコたちを追った方が……」

 

「バカヤロウ!そうしようとして何人ああやってやられたと思ってんだ!!」

 

少年が駆け付けるまで自分たちが追い詰めていた少女と黒ネコは、彼と共に来た白ネコと一緒に自分たちの手が届かない範囲へと避難していった。そんな明らかな削りやすい戦力の打倒へと向かいたいのに、少年はそれをすぐさま察知して優先的に排除してくる。隙が無さ過ぎる。仮にも最大勢力に所属している魔導士が、これでは殺処分を待つしかない家畜扱いだ。最大級の屈辱である。

 

「こうなったら、一斉に魔法を撃って一気に仕留めるぞ!」

「それしかねえか……!」

悪魔の心臓(グリモアハート)を舐めんじゃねえぞぉ!!」

 

すると、シエルの後方に立っていた遠距離魔法特化の魔導士たちが10人ほど束になって集まり、一斉に各々の最大級の魔法をシエルへと発射。さすがに音で気付かれたようだが、距離と時間、範囲を考えれば避ける事などできはしない。迎撃で防がれるにしても、この数だ。必ずどれかは当たる。

 

 

 

と言う彼らの狙いを、雷の魔力を両手で握り潰し、蒼雷を纏った少年は一瞬でその場から退避したことでいとも容易く打ち砕いた。

 

『へ……?』

 

突如として少年の姿が消えたことで呆けた声を発した魔導士たちは、その後一瞬の内に全員が雷属性の一撃をそれぞれ受けて、地に沈められた。何が起きたのかを理解する間もなく、彼らの意識は消えたのだった。

 

「これで粗方は蹴散らしたかな」

 

身体に纏っていた蒼雷を解除し、周囲に転がる敵たちの死屍累々を見渡しながら先程の剣幕はどこへやら。一息ついたように、僅かに浮かんでいた額の汗を腕で拭いあげる。今いる場所から抜け出そうとした者たちも含めて、一人残らず戦闘不能に追いやれたはずと確認する。

 

だがシエルの顔に安堵はない。ひとまずの脅威は退けられたが、今まで戦っていた者たちはただの雑兵。メインとなる敵は、兄ともぶつかり合えると推定している悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部格。ほぼ間違いなく、この雑兵たちと同じタイミングで島に侵入しているだろう。どこから来るかも分からない。ひとまず一時避難させているウェンディたちと合流するのが先決と思い、彼女たちが飛んで行った方へと足を向ける。

 

「シエル!」

 

「お、シャルルちょうどいいとこに」

 

そして歩を進めようとしたタイミングで、翼を広げたシャルルがどこか慌てた様子でシエルの元へとやってきた。今しがた敵を退けたところだったことで、思わず彼の顔に笑みが浮かぶが、当の彼女はどこか焦燥気味だ。

 

「敵は……全員片付いたみたいね」

 

「うん。ウェンディたちは?」

 

「その事だけど、移動しながら話すわ。急を要するの」

 

思っていたのとは違う返答を聞かされ、シエルが虚を突かれたような反応を示すも、シャルルは全部を答えずにシエルの体を持ちあげて(エーラ)による移動を開始する。

 

「何が起こったの……?まさか、ウェンディの身に何か……!?」

 

「そこは安心して。ウェンディは無事よ、リリーも。……今、大怪我を負った人を、治療しているところだから、安心してとも言いづらいけれど……」

 

急を要すると聞いて、シエルの脳裏にウェンディに何かあったのではと言う懸念が浮かぶ。だがそれは即座に否定され、少しばかり安堵を覚えた。だが、大怪我を負った人、と言う新しい疑問が浮かぶ。

 

「もしかして、ギルドの誰かが、グリモアの幹部とぶつかったの……?誰が……?」

 

「……着けば分かるわ。もうすぐそこよ」

 

話の流れから察知し、仲間の内の誰かが敵と戦い、その影響で少なくないケガを受けたのではと考えたシエルの問いに敢えて全てを言わず、百聞は一見に如かずと彼をその現場へと連れていく。

 

場所は自分たちがいたところよりも少し離れた森の中。シャルルが連れていく方角に心当たりを感じたシエルはすぐに思い当たった。グリモアの魔導士たちを相手に無双をし始めてからすぐ、島全体を大きく揺るがす大爆発が起きていたのを感じ取った。その際に放出された莫大な魔力も。それが発生したと思われる方角と一致しているのだ。

 

少しすると、シャルルの言うようにウェンディと思われるツインテールの藍色髪の少女が目に映った。傍らには護衛と見張りの為に残ったリリーもいる。そして、彼女が治療しているらしき大怪我をした人物も、横たわった状態で彼女の治療を受けているのが見えた。それが誰なのかと、首と目を動かしてその視界に収めようとし……。

 

「……えっ……?」

 

その人物を理解した瞬間、シエルは思考が停止しかけた。いや、理解したく無かったというのが正しい。何故なら、その人物は全身が傷だらけで、左肩の部分は貫かれたのか風穴のように空けられている。重傷者だ。それだけでも一大事ではあるが、彼がここまで動揺している理由は、その重傷を負っていたのが信じ難い人物だったことだ。

 

 

 

 

「マスター……!?」

 

聖十(せいてん)の象徴である白い外套を身に纏っていたマスター・マカロフが、完膚なきまでに敗北したことを示唆した状態で横たわっていたのだ。

 

「そんな……マスターが……一体誰に……!?」

 

「私たちも誰がやったか……マスターが誰と戦ったかまでは分からない。けど、間違いなくあんたがさっきまで戦ってた奴らとは桁違いの相手だったことだけは分かる」

 

自分たちを束ねるマスター・マカロフは大陸でも屈指の魔導士である聖十大(せいてんだい)()(どう)に選ばれた実力者。並大抵の魔導士ならむしろ彼に勝つことすら不可能だ。そんなことが出来るとするなら……。

 

「幹部の誰かか……グリモアのマスター……!?」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)を束ねる強大な魔導士と思われるマスターか、はたまたその直属の部下に当たる幹部・煉獄の七眷属のいずれか。いずれにせよマカロフを打ち破れるような魔導士が敵側にいる事だけは明白。緊張感が支配するように口を噤みながらシャルルは首を縦に振る。同じ考えだという意味だ。

 

「来たかシエル。敵は?」

 

「俺の方は全部終わった。それより、マスターの容体は?」

 

到着したことに気付いたのか、リリーが尋ねてきた問いに簡単に答えながらマカロフの回復を行っているウェンディに現状を尋ねる。魔力を多く使う治癒魔法による消耗で顔じゅうに汗を垂らしながら、芳しくないと言いたげに曇らせた表情で答えた。

 

「……さっきからずっと、治癒の魔法をかけているんだけど……何故か効かないの……!どうしよう……!このままじゃ……!!」

 

治癒魔法の中でも天空魔法……とりわけ滅竜魔法に分類される彼女の治癒力は他よりも優れている。そんな魔法でも効かないとなると、マカロフに治癒力の阻害効果がなされてしまっているのでは。そう懸念しシエルもマカロフの容体を詳しく調べると、治癒自体は効果があるように見えるが、マカロフについている傷が深すぎるせいで、相対的に効いてないように見えていた事に気付いた。

 

「大丈夫。治癒はちゃんと効いてるから、落ち着いて」

 

傷が中々塞がらない事に今彼女は焦りを覚えている。それが原因で一気に出力を上げたりなどをすれば魔力を過剰に消耗することになる。そして適切な処置が施せずに、患者の容体がさらに悪化しかねない。患者の容体、患部、魔力量を確認しながら落ち着いて対処することを念頭に置くようにとアドバイスしながら、シエル自身も彼女の補助をするように雨の魔力をマカロフのいる位置から少し高めの位置に展開する。

 

「ウェンディは傷の深い部分に集中してかけて。慈雨(ヒールレイン)

 

そしてその技の名を告げると同時に、マカロフの体に降り注ぐ癒しの雫。身体が欠損した場合でさえ、その傷を塞ぐほどの治癒力を与えるその雫を全身に満遍なく浴びせると、マカロフの傷が瞬く間に消えていき、塞がっていく。一番酷い症状の貫通していた左肩さえ、血の跡さえも見えなくなっている。

 

優しい雨粒を浴びて外傷が回復したマカロフの様子を目にし、ウェンディだけでなくエクシード二人も信じがたいものを見たかのように目を見張る。ウェンディの回復魔法でも塞げなかった傷口をこうもあっさりと……。思わず感嘆の声を零したウェンディに対し、険しい表情を変えないままシエルは説明した。

 

「傷口を塞いだだけで、痛みやそれに伴うダメージが無くなったり、消耗した体力と魔力が回復する訳じゃないけど、症状の悪化は防げる。ただ……」

 

すると膝をついていたシエルの体が傾き、傍らの地面に右手をついて消耗を見せた。咄嗟に場にいる者たちが声をかけるも、大丈夫だというように左手を上げて彼らを制止。そして更に続けた。

 

「効果が高い代わりに、俺の魔力も多く使うから、緊急時に限らせてるんだ……」

 

「今のように、だな」

 

先程までのマカロフのような重傷者相手への処置や、戦闘中に外傷を多く負った際の応急処置で主に重宝されるもの。シエルがした説明に理解した様子のリリーが納得と言いたげに呟く。自身の魔力の消費も激しい上、対象者の体力や魔力は回復できないので、それに関しては少し大きめの日光浴(サンライズ)を作り出し、場にいる者たち全員の回復を始めることで対処する。

 

「今の内に聞いておきたいんだけど、メストは?」

 

「敵の襲撃が来る前は見張っていたんだが、応援を呼ぶと言って逃げられてしまった。すまん……」

 

「応援?あいつ、結局敵じゃなかったの?」

 

マカロフたちの回復を行っている間、シエルは合流を果たしたリリーに顔を向けて、メストの事を尋ねる。ウェンディと共にいたはずである彼が姿を見せないという事は、ギルドのメンバーではなかった可能性が当たっていたかもしれないと思っているためだ。もしや悪魔の心臓(グリモアハート)のスパイではと思っていたシエルだったが、それにしては妙に感じる言動に首を傾げると、彼の正体を知ったウェンディから補足として教えられた。

 

「メストさんは評議院の人だったの」

 

「……うわあ、マジか……危ねえ……」

 

「どういう感情の顔、それ?」

 

その正体は評議院。それを聞いたシエルはこれでもかと表情を歪めた。目は細くなってどこか遠くなり、口は左側は上に上がってるが右側は下に。声は若干震えながら、裏返った声から徐々にその高さを低くして絞り出す。何やら様々な感想と葛藤を孕んだ、情緒が混ざりに混ざったかに感じる反応を示した。取り敢えず言葉からは、ボコボコにしようと思っていたメストが、手を出したら確実に説教ものになってしまう評議院の人間だったことに対し、ボコす前に知れてよかった、とだけは思っているのだろう。

 

「本隊とやらと合流し、応援を呼ぶと言ってはいたが、どこまで信用できるか……」

 

「兄さんは幹部と戦ってるの?」

 

「ああ、煉獄の七眷属と言っていた。あいつも本気で戦う必要がある相手、だと」

 

「七眷属……ペルセウスがそこまで言う奴と同列の魔導士が、他に6人……」

 

次にリリーと共有した情報はグリモアの幹部について。ペルセウスがほぼ互角の力で戦った煉獄の七眷属アズマ。彼と同じ立場とされる魔導士が彼を含めて7人も存在する事実に、シャルルは苦々しい顔を浮かべている。厄介極まりないと思っているのだろう。

 

「そもそも、奴等は一体どういうギルドだ?悪魔の心臓(グリモアハート)にバラム同盟……聞き馴染みのない単語が多いのだが……」

 

「そっか、リリーはアースランド(こっち)来てまだ日が浅いんだっけ」

 

元々はエドラスで生まれ育ったエクシード。隣り合っていたとはいえ、シエルたちもエドラスの存在を知ったのは彼らがアースランドに干渉してきてからだ。エドラス側からすれば必要最低限の情報のみ着手していたから、アースランドの細かい事情は知る機会も少ないし、興味も持たれなかったのだろう。だからこそリリーにとっては当然の疑問と言える。

 

ペルセウスがウェンディに分かるよう簡潔に説明をしてはいたが、マカロフの回復を進めている合間に、シエルはリリーへ詳細の解説を始めた。

 

「まず、闇ギルドについてはエドラスでも存在していたからおおまかには知ってるよね?」

 

「エドラス王国……正確には国王ファウストが下した魔導士ギルドの解散命令に従わず、魔法を手放さずに活動を続けていたギルドの事、としてな。アースランドでは、評議院と言う組織がエドラスにおける王国の立場と聞いてるが」

 

「そう。ただアースランドの方は、もっとたちが悪い奴等も存在してる。問題行為や迷惑行為を繰り返し、民間人にも平気で被害を広げさせ、依頼とあれば、非人道的な行いも辞さない。場合によっては、依頼の有無に関係なく村や町を滅ぼしたケースのあるギルドも含めて、闇ギルドと総称してる」

 

信じられないと言いたげにリリーが息を呑み、シャルルやウェンディの方に目配せをする。目を向けられたことに気付いたシャルルが肯定を示すように目を閉じて首肯し、ウェンディもまた治療の為にマカロフへの注視を続けながらも、悲し気に顔を歪め、否定の言葉を出そうとしない。

 

「その上、闇ギルドの中でも国家戦力が束になって戦っても敵わないような、常軌を逸したギルドもある。その最たる例が闇ギルドの最大組織とされる三つのギルド。六魔将軍(オラシオンセイス)冥府の門(タルタロス)、そして今攻め込んできている悪魔の心臓(グリモアハート)。奴等は互いに互いの不可侵を約束し、形式上の盟を結んでいる。これが、“バラム同盟”と呼ばれているものだ」

 

「アースランドには、このバラム同盟と呼ばれた三つのギルドに加えて、それぞれ傘下となるギルドがいくつも存在しているわ」

 

「エドラスとは、力関係が何もかも正反対だな」

 

シエルの解説に、シャルルが補足として加えた傘下ギルドの存在。リリーが知ってるエドラスの魔導士ギルドは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を残して全て壊滅させられたため、闇ギルドの方が健在の上に国でも対処できていない状態であるのは、新鮮を通り越して正反対と感じ、複雑そうな表情を浮かべている。

 

「その一つ、六魔将軍(オラシオンセイス)は他のギルドと協力することで、何とか倒すことは出来たの。それでも、みんなすごく大変な思いをしたぐらいに、強かった……」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と激闘を繰り広げたニルヴァーナの事件。その時の激しさと凄絶さを思い出しながら、ウェンディは声を絞り出すようにその説明を付け加える。それを聞いて、リリーは先程ペルセウスが言っていた言葉を思い返していた。

 

『評議院がちょいと本気出せば、六魔も冥府も残ってねぇ。だが実際はどうだ?お前ら()六魔を倒したのかよ?』

 

「(評議院では倒すことも出来ない闇ギルドの一つを、いくつものギルドが協力して、やっと倒せた。そんなギルドと同等の力を持っているギルドが、今回の敵と言う事か……)」

 

すると少し離れた場所に、何かが落下したような音が響いた。耳にした瞬間、場にいる者たちに更なる緊張感が走り出す。何が落ちて来たのだろう、と警戒心を高める。

 

「な、何っ!?」

 

「二人は治療に専念しろ。オレが見てくる」

 

「私も行くわ」

 

唐突な物音の正体を確かめる為に、リリーとシャルルのエクシード二人が名乗り出る。魔力温存の為に(エーラ)も出さず、短い脚で走っていき、その場所へと向かう。もし落ちてきたのが敵だったとしても、小さな身体で物陰に隠れれば、バレることもほぼない。

 

茂みを死角に使いながらその場所へと近づいていき、落下してきたと思われる場所へと辿り着くと、まさかの人物がそこにいた。特徴的だった鱗柄のマフラーが何故か真っ黒に、服も裏側なのか灰色のものになっているが、桜色のツンツン頭は見間違いようもない。

 

「ナツ!?」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

シエルと同じく試験の為に島にいた火竜(サラマンダー)が、所々()()のような傷を負いながら倒れ伏していた。少なくない傷が響いて意識が少し薄れていた様子だったが、二人の声でそれが戻ったのか呻き声をあげながらシャルル達の方へと目を向ける。

 

「この声……シャルル……とリリー!!?」

 

少し苦しそうだったが、本来島の中にいないはずのリリーの姿がある事の衝撃の方が大きかったらしく、彼がいる事を理解した途端弾けるように身を起こした。だが無理に体を動かしたことで更に傷が響いたのか、再び痛みを訴えるように苦しみだす。

 

「急に動かないで!傷だらけじゃない!」

 

「こ、こんぐれえ平気だ……つか、何でリリーがいるんだ……?」

 

「話すと長くなる。一旦後回しにさせてくれ。お前は、グリモアの奴にやられたのか?」

 

「やられてねえっ!!」

 

痛みをこらえながら試験に参加していないはずのリリーが天狼島にいる理由を聞こうとするも、今はもっと優先すべきことがある。そう主張してリリーはその話題を後で説明すると説得。対するナツのケガに関して七眷属の誰かと戦った後ではと聞くと、クワっと顔を険しくして一部否定した。

 

どう見てもやられているように見えるが……。そう零したリリーにシャルルは「一々ツッコんでても疲れるだけよ」と一蹴した。リリーは思った。それでいいのか、と。

 

「けど不幸中の幸いね。あんたもこっちに来て。ウェンディとシエルに、その傷治してもらうから」

 

「ウェンディもいんのか?あ、そういやハッピー見てねえか?落ちる時はぐれちまって……」

 

「いいえ、あんたしかいなかったわ」

 

シャルルがパートナーとして同行しているシエルの他に、ウェンディも近くにいると聞いて、翼を出したシャルルに抱えられながらナツは彼女に運ばれる。ついさっきまではハッピーも一緒だったらしいが、今周辺にいたのはナツだけ。他にはいない事を伝える。リリーもそれに追随していく形で駆けだした。そしてナツの今の状態を改めて確認し、彼女は言葉を失っていた。

 

「(何でマフラーが黒くなったのかも疑問だったけど、この感じ……禍々しいなんて言葉で片付けられるようなものじゃない……!それにこの傷……火傷?火が効かないはずのナツが、なんで火傷なんて負ってるの?一体、どんな奴と戦ったって言うのよ……!?)」

 

直接触れたわけでもないのに感じ取れるどす黒い魔力が籠ったマフラー。火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に本来通じない炎による攻撃の跡と思われるダメージ。一体どのような怪物と戦えばこんなことになるのか、シャルルには想像すらつかなかった。

 

戦慄を覚えながらも、シャルルはマカロフを治療している最中のシエルたちの元へと戻っていく。近づくにつれて鋭い嗅覚を持ったナツが気付いた様子で、徐々にその顔色を青く染めていく。

 

「オイ……このニオイ、まさか……!」

 

そしてナツもその目に入れてしまった。外傷は塞がったものの、身につけている外套から分かる、大きな戦いによるダメージの証を負ったマカロフの姿を。

 

「じっちゃん!!」

 

「「ナツ(さん)!!」」

 

戻って来たシャルル達に抱えられているナツが思わず声を張り上げると、それに気付いた治療中の年少組が彼の名を反射的に呼んだ。ナツはいてもたってもいられず、シャルルを振りほどくと着地と同時に駆け出し、しかし目前で足がもつれ、その場で倒れこんでしまう。

 

「あんたもケガしてんのよ!無茶すんじゃないわよ!!」

 

「シエル!ウェンディ!じっちゃんどうした!?誰にやられた!!」

 

突如暴れて無理をしたナツをシャルルが叱り飛ばすも、耳に入っていない様子でマカロフの身に起きたことを問いかける。だがシエルたちも、重傷の状態で倒れていたマカロフを見つけただけで、正確に誰の手にかかったかまでは特定できていない。

 

「傷は治せたけど、体力と魔力を過度に消耗している状態だ。いつ目を覚ませるか……」

 

「う、嘘だろ……!?」

 

回復を続けながら苦々しい表情で答えるシエルに対し、ナツもまた衝撃を受けたように顔を強張らせて震えた声で絞り出す。もしかしたら、と過る最悪の事態を振り払うように、固く目を閉じる。

 

と、その時だった。

 

 

 

 

「ナツ……シエル……ウェンディも、か……?」

 

『!!!』

 

耳に届いた老人の声。衰弱しているせいで弱々しいが、よく耳に残っているその声を聞いた全員が、声の主の方へ目を向けた。

 

「マスター!よかった……!」

 

「大丈夫か、じっちゃん!誰にやられたんだ!!」

 

「まだ動かないで!体は安静に……!」

 

長く昏睡に近い状態だったマカロフの目覚めにウェンディは涙を浮かべて喜び、ナツは彼を手にかけたものを聞き出そうと迫り、シエルはマカロフに身体を動かさせないように呼び掛ける。三者三様の反応を聞きながら、呻き声と共にマカロフは彼らへ呼びかけた。

 

 

 

 

 

「皆……よく聞け……。この戦い……ワシらに、勝ち目は……ない……」

 

その言葉に、場にいる全員が絶句した。と気が止まったかのように、誰もが何も言えなくなるほどの衝撃を受けた。そこから最初に回復し、言葉を発したのは、太陽の光を当て続けていた少年。

 

「な……何を言ってんだ、マスター!!」

 

「そうだぞじっちゃん!寝ぼけてんじゃねえ!!」

 

追随するようにナツが怒りを表すかのように声をあげる。ウェンディも、シャルルやリリーも、言葉こそ出さないがシエルたち同様の意見だと言いたげの表情を浮かべている。

 

「ナツ……お前のケガは……誰に、やられた……?」

 

「こ、こんなの何ともねえ!次は絶対に勝つ!!」

 

全身に浴びていた火傷に気付いていたようで、それを問われたナツは少し言葉を詰まらせるもすぐさま気丈に振舞う。落ちる前に激突した敵の事を、少なからず思い出したのだろうか。

 

「シエル……島にいるみんなを、連れて……逃げるんじゃ……。お前なら、出来る……はず……!」

 

シエルの天候魔法(ウェザーズ)を使えば、ギルドのメンバーを連れて円滑に非難を行える。マカロフはそう言いたいのだろう。出来なくはない。だが、今問題となっているのは、そこではない。

 

「逃げる……?親同然のマスターを、こんな目に遭わせられたのに尻尾巻いて逃げろって言うのか!?こんな事されて、勝てないからってだけで諦めろって言うのか!!?」

 

「……そうじゃ……。時には……退かねばならぬ、時も……ある……!」

 

自分たちを導き、自分たちの居場所をくれた、大恩ある人物であるマスター・マカロフにこれ程の危害を加えられた。家族を重んじるギルドである自分たちにとって、その脅威から逃れるだけの選択をするなど、断じてあってはならないとさえ言える。それはマカロフも重々承知だ。その上で、逃げるべきだと諭している。今回は、あまりにも相手が悪すぎると。

 

「そ、そんな事……!」

 

浮かんでいた涙を零れさせながら、マカロフの言葉にウェンディが反論も言えずにいる。だが彼女は実際目の当たりにしていた。七眷属の一人と称したアズマが、何の前触れもなく遠い海上にあった評議院の戦闘艦を一瞬で爆破させた光景を。自分では勝てないと、あの一瞬で証明させられた瞬間を。

 

ナツもまた思い出していた。先程まで戦っていた、自分を圧倒さえしていた()の魔導士を。自分が扱う滅竜魔法さえ凌駕した、あの男の力を。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の煉獄の七眷属。事実、自分たちを凌駕する魔導士が揃っていることを、知ってしまった彼らはマスターの言葉に傾きそうになっていた。

 

 

 

 

すると、自分たちのいる場所のすぐ離れた位置に、黒い何かを纏いながら、再び落下してくる者が現れた。倒れ伏しているマカロフを除いた全員が何事かと警戒心を抱いてそれを見る。

 

「ウヒヒヒ……!マスター・ハデスにやられたんだろ?そうだよなァ、マカロフ?」

 

落下したと同時に舞い上がった土埃の中を、両手を広げ、上半身を左右に揺らしながら近づくその男。ボリュームのある長い金髪と、狂人の如く光を失った紅の目を持ち、そして言動も表情も狂人と言わざるを得ない印象を抱えて姿を現した。広げていた両手に纏わせているのは、黒く禍々しく燃え上がった炎。

 

「おまえ……!」

 

「な、何だこいつは……!?」

「明らかにヤバそうな奴……!!」

 

「黒い、炎……?」

 

どうやらあの男がナツと先程戦っていた相手のようで、いち早くナツがその男に対して構えをとる。一方で彼の姿を初めてみた者たちからは、どう見ても狂人と言える印象の男に、色んな意味で警戒を禁じ得ない。

 

そんな中、ウェンディは男の外見よりも、手に纏わせていた黒い炎へと意識を向けていた。

 

「マスター・ハデス……予想はしてたけど、やはり向こうの首魁か……!!」

 

そしてシエルは男が口にしたマカロフに傷を負わせた犯人の名を、頭に刻み込んでいた。大体の推理は、やはり当たっていたという事になる。向こうのマスターは、少なくともマカロフと戦って打ち勝つほどの実力者と言う事だ。

 

「ああ?竜狩りを追ってたと思ったら、数がやけに増えてんなァ。もう一人の竜狩りに、さっきと違うネコ二匹。あと……」

 

狂ったような笑みを浮かべていた男だが、目当てと思っていたナツ以外に人員が増えていたことで、怪訝そうな顔を浮かべながら詳細を確認していく。外見に似合わず頭は回るようだ。そして最後に目に入れたシエルの姿を確認し、更に怪訝そうに首を傾げる。

 

「ペルセウスか?いや、にしちゃあちっちぇって」

 

「兄さん……?何で兄さんの名前が……」

 

男の口から漏れ出た名前は兄のもの。予想だにしなかった人物の名を耳にして、シエルは反射的にそう反応していた。対する男の方も、シエルの言葉からようやく合点がいったのか再び狂人の笑みを浮かべて騒ぎ立てる。

 

「ああそうか、おめえがペルセウスの弟かって!ウヒヒヒ!こりゃ丁度いいってよォ!」

 

「(この口ぶり……兄さんの事だけじゃなく、俺の事も……?そう言えばブレインも俺の事を知ってた……)」

 

既視感を感じていたシエルは六魔将軍(オラシオンセイス)のブレインも自分の事を詳しく知っていたことを思い出す。知識に特化したブレインだったから知っていたからと言うのも大きいだろうが、そもそも自分たち兄弟は闇ギルド間で有名になっている可能性もある。

 

「何が丁度いいのか知らねえけど、どこの誰とも知らない奴にそう言われちゃあ良い気がしないな」

 

「ウヒヒヒヒ!安い挑発だってよォ!まあ、敢えてそれに乗って名乗ってやるって」

 

向こうの狙いと奴が何者か。それを知らない事には後手に回る。相手の情報を得る為に敢えて挑発的な言葉を使って聞き出そうとする、狙いはすぐに看破されたようだが、余裕があるのか律義にも男は自らを名乗った。

 

「オレっちは悪魔の心臓(グリモアハート)・煉獄の七眷属が一人……『滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)』の『ザンクロウ』」

 

「ゴッド……スレイヤー!!?」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)じゃなくて……(ゴッド)……!?」

 

滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)』。その単語を聞いて最初に大きく動揺したのはシャルル、そしてウェンディ。聞き馴染みのある滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)とは別の、神殺しの魔導士。大きく性質が異なるものと思われる魔法の名を聞いて、驚愕が勝っている様子だ。

 

「書物でしか聞いたことがなかった……『滅神魔法』の使い手……!現代に存在してるなんて……!!」

 

文献の中で、(ドラゴン)以外にも、強大な力を持つ存在に対抗するスレイヤー系魔導士の存在は知っていた。現代では絶滅危惧種とも言える程、使い手はほとんどいなかったに等しいが、まさか今目の前にその使い手が現れるとは、さすがのシエルも予想できなかった。

 

「はあ?何言ってんだってよ、おめえ」

 

「……?」

 

だがシエルの言動に対して、何故か呆けたような顔で同じような声をあげながらシエルにそうぼやく『ザンクロウ』。その意図が読めず、シエルも首を傾げる羽目になるが、少し思考に入ったザンクロウは、後頭部に手をかけると、何か納得したような反応を見せる。

 

「いや、待てよ?……ウヒヒヒヒ、そうかそうか……!!」

 

「な、何がおかしいんだてめえ……!!」

 

「よせ……お前たち……!勝てる相手じゃ、ない……!」

 

一人で納得したように笑うザンクロウに、ふざけていると思ったのかナツが睨みを利かせる。だが相手は未知数の敵。ナツをここまで手負いにする相手だ。マカロフはすぐに止めようと彼らに呼びかける。

 

「敵わなくったって……!!」

 

マカロフの制止も聞かずに戦う意志を見せるナツ。だが、立ち上がった足は……いや身体は小刻みに震えていて、体中から汗が噴き出している。顔もそうだ。妙に強張っている。見たこともないナツの様子に、ウェンディが驚きに目を見張りながら気づいた。

 

「(これは、恐怖……?あのナツさんが……怖がってる……!?)」

 

何に対しても物怖じしない性格だったはずのナツが、恐怖を抱いている。それを理解した者たちが、一様に信じられないものを見る目を向けている。その様子に気付いたのは、味方だけではない。

 

「どうした滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)?全身から脂汗が出てるってよ!」

 

目に見えて分かる恐怖の感情。ザンクロウにもそれを指摘されて、ナツは自分が抱いている感情に困惑さえしていた。恐怖。それを聞いて思い出すのは、一次試験の相手として立ちはだかったギルダーツの言葉。

 

───恐怖は“悪”ではない。それは己の弱さを知るという事だ。

 

「これが……恐怖……!?」

 

小刻みに震える両手。それを掲げて目を向けながら、震えた声でナツは呟く。傍らにいる誰もが、恐怖を感じているナツの身を案じている。どのような戦いがあったかは定かではないが、確実にナツの心に深い傷を作る程の一方的なものだったと確信が出来る。

 

「ウハハハハハハ!!そうだ!それが恐怖だ!!絶対なるものを前にした時、人は恐れ戦き、止まる事しかできねぇ!!」

 

恐れに苛まれた今のナツに、ザンクロウの相手は荷が重い。これまでの流れでそれを感じ取ってシエルは、決断した。今この場であの男を相手にするには、どうするのがベストか。

 

「みんな……マスターを連れてこの場を離れて」

 

「シエル……あんた何を考えて……!?」

 

無謀だと思う。ナツでさえ敵わない、ナツ以上の炎を扱う神殺しの魔導士。だが今のナツが相手するよりも、可能性はあるはず。右手に雨の魔力を具現化させながら、シエルは前に歩み出る。

 

「シエル……よせ……!今すぐ……逃げろ……!!」

 

マカロフも彼が何をしようとしているのかを察し、即座に逃げるようにと呼びかける。だが、逃げたところで奴は追ってくるだろう。自分たちの息の根を止めるまで。ならば、少しでも抵抗することを自分たちは選ぶ。

 

「何だァ?今度はおめえが相手するって?ペルセウスの弟ォ……!」

 

「……お前には色々、聞かなきゃいけねぇこともある事だしな……!!」

 

余裕綽々と狂笑を続ける神殺しと、動揺を隠しながら毅然と振舞う少年。彼我の差は歴然だが、せめてマカロフとウェンディの身だけでも安全が確保できれば……!

 

 

 

 

「待てよ、シエル……余計な事すんな……」

 

身構えた瞬間、後方から高温の熱を感じると同時に、裏腹な冷たくも聞こえる声が聴こえた。それに身体を少し震わせながら振り向くと、小刻みに震えていた身体から紅蓮の炎が燃え上がり、その勢いで衣服とマフラーを棚引かせる。そして力強く拳を握り締め、自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「これは確かに恐怖だ。けど違う。ギルダーツが言ってた恐怖とは、また別の恐怖だ……」

 

徐々に膨れがる炎。まるで恐怖の中に怒りが混じり、そして恐怖を怒りが侵食していくかのように、炎の勢いは留まる事を知らない。言っている意味が理解できずにザンクロウが反応を示すが、次にナツが口にした言葉には、さすがに誰もが言葉を失った。

 

「この震えは……じっちゃんをこんな目に遭わせた敵を……オレ以外の誰かに始末されちまう事への恐怖……!!」

 

マスター・マカロフの身に起きたことを、他のギルドの面々も知れば、ナツ同様に怒りを表す。そうなれば、きっと誰かがハデスを倒すことになる。エルザか、ペルセウスか、はたまた別の誰かか。もしそうなったとしたら、考えただけでナツは恐怖を感じた。自分では何も出来ずにいるままなのが。

 

同時に怒りを覚えた。マカロフをこんな目に遭わせたハデスに、目の前にいるザンクロウに、そして何も出来ないまま力尽きかけた自分に。

 

 

 

 

「マスター・ハデスは、必ずオレの手で倒す……!!オレはお前たちを、絶対に許さねえ!!!」

 

故に宣言する。これだけは絶対に譲れない。燃え上がる炎を抑えもせずに言い切った剣幕に圧されながらも、シエルやウェンディたち妖精の尻尾(フェアリーテイル)にも、その熱が移ったように表情が変わっていく。ナツ同様恐怖を抱いていたものから、決心を秘めたものへと。

 

「マスター・ハデスを倒すだと……?」

 

一方のザンクロウはナツの宣言に対し、彼同様に全身から黒い炎を身体から発し、徐々にナツとの距離を縮めていく。ナツもまた、炎を引っ込めないまま足を動かして、シエルよりも前へと進んで行く。

 

「冗談でもそんな事言えねーようにしてやるってよォ……!!」

 

互いに睨み合いながら、もう目と鼻の先にまで顔を近づけながら、ザンクロウは鳴りを潜めていた苛立ちを抱いた顔と声をナツに向ける。

 

それに対する、ナツの無言の鉄拳が、火竜と炎神によるぶつかり合い。再開の合図となった。




おまけ風次回予告

シエル「神殺しの魔導士……滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)……。存在していたら兄さんの天敵とも呼べるかも、って考えたこともあるけど、実在してるなんて……!」

ウェンディ「それにあの人、ナツさんと同じ炎の魔導士みたいだね……」

シエル「その上ナツが食えない程に強力。逆にナツの炎は一切通じない。相性は最悪だ。いくらナツでも勝てる見込みがなさすぎる……!」

ウェンディ「ナツさん……!」

次回『竜と神の炎』

シエル「やっぱりナツだけに戦わせるのはダメだ!最大限、俺たちも出来る事をしなきゃ!!」

ウェンディ「そうだよね……!私も、戦わなきゃ……!」


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第118話 竜と神の炎

遅刻はしましたが、何とか書けました!尽力はしたんですけど大まかな流れはほぼそのままに…。そしてやけに短くなってしまった…。以前より集中できなくなってるなぁ、やっぱ…。

けど、この天狼島編で書きたかったシーンの一部が、ようやく書けました。
皆さん、覚えてますか?
シャルルの予知の一部。原作に無かった予知の内容を…。


開幕、ザンクロウの頭部に上から火竜の鉄拳が叩き込まれ、続けざまに別の拳を下から振り上げてザンクロウの身体を殴り飛ばす。強力な一撃に見えたが、空中で身を翻したザンクロウに堪えた様子は見られない。

 

「そんな炎は痛くねえってよォ!」

 

体勢を立て直したザンクロウに対し、ナツは攻め手を緩めない。森の大木を足場にして飛び回り、急速に迫って炎の足を振るう。だがその一撃は逆に黒い炎を纏った腕でガードされる。

 

「あの黒い炎……あれが神を滅する炎か……!」

 

「それも、ナツの炎より強力に感じる……!」

 

滅神魔法の証とも言える黒い属性の力。禍々しく見える炎を操るザンクロウがナツの攻撃を受けてもケロッとしている上に、本来炎に耐性があるナツがザンクロウの操る黒炎に苦しめられている。同じスレイヤー系の魔導士ではあるが、滅竜魔法よりも滅神魔法の方が高度だからなのだろうか?現に今も、一切効いてる様子のないザンクロウは、ナツの足をガッチリと掴み、近くの大木へと投げ飛ばしている。

 

「竜の炎と神の炎じゃ格が違うってよ」

 

そしてすかさず、両手で円を描くように黒炎の魔力を結集させ、握りしめるとともに炎の形が巨大なデスサイズのようなものへと変貌する。

 

「神の炎は燃やすんじゃない……!全てを破壊する、焔の薙刀だってェ!!」

 

黒い焔で作られたデスサイズを勢い良く振り回すと、狙いにされていたナツだけでなく、振るわれた刃の射程に入っていた大木さえも、一切の抵抗なく両断される。そのあまりの威力に、シャルルとリリーは開いた口を塞ぐことが出来ないでいた。

 

「ウハハハハッ!……あ?」

 

が、しかしザンクロウは妙な違和感を覚えた。攻撃を受けたナツはほとんどそのダメージを感じさせない様子のまま、両断されて上へと投げ出された大木の残骸……丸太を跳んで伝い、その内の一本をザンクロウ目掛けて殴り飛ばす。更にはダメ押しとばかりにもう一本も同じ位置に行くように拳をぶつけ、自分の体と共に押し潰しに行った。

 

「ナツ……今の攻撃が当たらなかったの?」

 

「いや、直撃したように見えたが……」

 

大技らしきものを受けたにしては対処が早いナツの動きを見て、エクシード二人も違和感を覚えた。その合間にも大木からできた丸太を二本まとめて粉砕しながら、その上に乗っていたナツへと黒炎の拳で突き上げる。そしてその拳は、確かにナツの腹に直撃していた。

 

狂った笑い声をあげながら上昇していたザンクロウ。だが、彼の拳を受けていたナツは怯むことなく、両手を組んで上へ掲げ、赤い炎を纏わせながらザンクロウの顔に叩きつけて下へと落とす。ダメージはないだろうが、落下の勢いは大きかったのかそのまま地面と激突する。

 

「無駄無駄!いくら頑張ったって、竜じゃ神には勝てねえってよ!!『炎神の怒号』!!」

 

地面に激突したものの余裕は抜けていない。吊り上げた口元をそのままに、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が放つ咆哮と限りなく似た、口内に溜めた黒い炎を放出する。ブレス系の技。滅神魔法にもあったのかと、シエルたちも驚愕を隠せない様子だ。

 

だがしかし、ナツはその迫りくる黒炎の息吹を両手の炎を噴射させることで即座に回避。更に、木々を伝って先程よりも素早くザンクロウへと肉薄。避けられたことに少なからず驚いていたザンクロウは迫りくるナツに反応する間もなく、赤い炎を纏った膝蹴りを腹部に叩きこまれる。

 

「ぐおっ!?」と衝撃を受けて吹っ飛んでいくザンクロウ。すぐさま身を翻して体勢を立て直すも、その表情は怪訝そうに歪められていた。

 

「妙だってよォ。さっきまでの竜狩りと、別人みてぇに違ってやがるって」

 

先程まで戦っていた時のナツとは明らかにその力に差がありすぎる。自分を相手にほぼ為す術無しと言ってもよかったはずの彼が、どういう訳か食らいついてきている。ダメージはほぼないが攻撃の重さも上がり、与えた攻撃もそこまでダメージを受けた素振りさえ見えない。動きもそうだ。速さが格段に上がっている。先程の戦いでは本気を隠していたように見えなかったのにだ。

 

尚も攻撃の手を緩めずに向かってくるナツの攻撃を捌き、自身もお返しとばかりに攻めながらザンクロウは考える。さっきと何が違うかを。最初にナツと戦っていた時とは、明確な違いが存在するはず。

 

「……成程。そう言う事かって」

 

「あァ?」

 

何度かの攻防の末、繰り出された炎の拳を、黒炎を纏った掌で受け止めながらザンクロウは理解したように呟く。ナツは何の話だと言わんばかりに反応するが、それはそうだ。竜狩り本人も気付いていない違いがあるから。

 

だが自分は違う。少し考えればすぐに分かった。この場にいる敵は、目の前の竜狩り一人だけじゃない。戦っている視界の端にいた、ある存在。

 

「余計な茶々を入れる奴が、この場にはいたってよォ!!」

 

そう言いながらザンクロウは開いている左手から、ナツとは違う方向へと黒い炎を放出。咄嗟にその方向を見たナツは、先にいた存在を見つけて息を呑んだ。

 

 

 

そこにいたのは、マカロフの治療にあたっていたはずの、藍色髪をツインテールにした少女ウェンディ。木を陰にこちらの様子を窺っていたらしい彼女は、ザンクロウの攻撃がこちらに飛んできたのを見て、驚愕に顔を染めている。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)!!」

 

その攻撃に対し、近い位置から同様に様子を窺っていた水色がかった銀髪の少年もその場に現れ、ウェンディの前に立ちながら雨の魔力を結集。両手で作った指鉄砲の先に掌大の砲弾を作り上げる。

 

剛雨鉄をも穿ち砕く(ドロップキャノン)!!」

 

豪雨の力を一点に集中して撃ち出す技を、迫りくる黒炎目掛けて発射する。炎に有意な水。それも凝縮された水の砲弾。炎の威力も強力だろうが、少しでも勢いを押しとどめることが出来ればと狙い、撃ち出したそれは……

 

 

 

 

 

一切の抵抗も出来ないまま黒炎の波動に飲み込まれ、消滅した。

 

「っ!!危ない!!」

「きゃ!!」

 

凝縮した水の砲弾さえ通用しない炎の勢いに怯みながらも、すぐさま危機から回避することに考えをシフトしたシエルは、ウェンディを咄嗟に抱えながら横に跳んで回避。通過した炎が近くにあった大木を炎上させ、地面にも焼け焦げた後を作り出す。

 

「シエル!ウェンディ!」

 

「ウハハハハ!サポート魔法をかければ竜狩りが勝てると、自惚れてたのかってェ!!」

 

突然危機に晒された仲間に焦りながらナツが呼びかけるも、その隙を突いてザンクロウが炎を纏いながら掌底で吹き飛ばす。その様子は、ナツの急激な強化の種を暴いたと言いたげだった。

 

「ウェンディ、大丈夫?」

 

「うん……でも、ごめん……気付かれた……」

 

「いや、あの実力差を考えると、どちらにしても苦しい展開は免れなかったみたいだ……」

 

ザンクロウの攻撃は直撃せず。突如の事だったので二人して倒れこむ体勢になってしまったが、逆に言えばそれ以外の外傷は見られない。ウェンディの身体を起こしながらシエルが尋ねると、彼女は申し訳なさそうにしながら答えた。二人がナツたちの戦う様子を窺っていた理由が関係している。

 

ナツが戦いの開幕を意味する鉄拳を一発叩き込んだ後、マカロフの治療を継続していたウェンディの元に近づき、ナツのサポートをすることをシエルは提案した。ナツはザンクロウを一人で相手するつもりだが、分が悪すぎる。なら彼が気付かない間に出来る限りの援護をしようと言うものだ。

 

ナツたちの激突に集中しているシャルル達にも気付かれないように移動し、近づいたところでウェンディは三つの補助魔法をかけた。攻撃力増加(アームズ)敏捷性上昇(バーニア)、そして『防御力増加(アーマー)』。著しいパワーアップを受けたナツは今も自覚がないが、最初にザンクロウと戦った時よりも格段に強化されている。だがその上で神の炎を扱うザンクロウはナツを上回っていた。

 

更に言えば、ザンクロウ側はナツにかけられたトリックさえも見破っている。ウェンディに危険が迫ればシエルが攻撃を弾いたり迎撃を考えていたのだが、剛雨鉄をも穿ち砕く(ドロップキャノン)をもあっさり蒸発させるほどの炎を操る様子を見せられると、通用しないのだと実感させられてしまう。やはり信号弾の確認から強行軍、大多数のグリモアの魔導士殲滅、マカロフの治療のために使った慈雨(ヒールレイン)と激しい魔力消費の影響を少なからず受けてしまっているようだ。回復を挟まなければシエルも戦えそうにない。

 

「そう焦んなってよ!こいつを殺した後、マカロフも含めて全員後を追わせてやるって!」

 

再びナツの攻撃を捌きながら確かなダメージを与えていくザンクロウが、狂った笑みと共にシエルたちへと宣告。話しかける片手間にも関わらず、腕の炎でナツを薙ぎ払い、振り向きながら向けられたものに悪寒を走らせるほどの不気味な笑みを浮かべる。その表情はウェンディに引き攣った声を出させ、エクシード達も気圧されて言葉を詰まらせるほど。シエルだけが、仲間たちを危険に晒そうとしていることに対する怒りを滲ませて「てめぇ……!」と睨みつけている。

 

「おっと、全員じゃマズいな。ペルセウスとその弟だけは生かして捕えろって言われてたんだってよ」

 

「何……!?」

「シエルたちだけ……?一体どう言う事……!?」

 

だがザンクロウは何故か、シエルたち兄弟を抹殺の対象から外しているという、奇妙な事実を口にする。恐らくはザンクロウの上に立つ存在……マスター・ハデスなる人物によるものだろう。何故自分たち兄弟のみを?シャルルを始めとする、当事者以外にも疑問の声が上がる。

 

「どれもさせねえ!!オレが、お前をぶっ倒す!!」

 

「だから無理だって、まだ分かんねェのかってよォ!!」

 

吹き飛ばされた拍子に倒れながらも、話の顛末を耳にしていたナツは即座に起きあがり、再びザンクロウへと攻撃を仕掛ける。だがやはりと言うべきか彼には通じず、今度はアッパーカットの要領で打ち上げられ、中空に投げ出される。

 

「神の炎は魔導士を喰うのが好きだって……!」

 

そしてすかさず、両腕に黒炎を纏わせると、それはまるで何かの生き物のように蠢き、それぞれが強靭な口の形となってガチガチと音を立てながら噛み合わせる。炎の体を持った化け物のアギトのようなそれを、地面に落ちようとしていたナツに向けて、ザンクロウは挟み込んだ。

 

「『炎神の晩餐』!!」

 

手の形を牙を持った化け物の口に見立て、両手を合わせるザンクロウ。そして黒炎のアギトが喰らい付くのは火竜の体。今までの技の中でも強力なのか、補助魔法の恩恵を受けていたはずのナツは呻き声に似た悲鳴を上げる。それに呼応するように、シエルたちも各々ナツの名を叫んだ。

 

「この炎に包まれたが最後。灰になるまで出ることは出来ねえ……!」

 

既に炎の形はアギトの形からナツを中心に燃え上がる黒炎の塊に姿を変えている。ナツはいくら藻掻いても脱しようとしても、その場から移動することが出来ずに焼かれて苦しむのみ。

 

「こんなモン……!逆に喰ってやる……!」

 

「無駄だよ。竜の力じゃ神の炎は喰えねえってよ」

 

炎を喰らう事で力の回復と強化を行えるのがスレイヤー系の魔導士の特徴。だが質と格の違いからか、ザンクロウの黒炎をナツは喰らうことが出来ない。現に自分を捕らえている炎を吸い込むように口に入れていくも、食えないものと体が認識しているのか吐き出すようにえずいている。内側からはどうしようも出来ない。

 

「ナツが炎を食べれないなんて……!」

 

「まずいぞ……このままでは……!」

 

今まででは考えられない光景にシャルルもリリーも何度目になるか分からない衝撃を受けている。このままではナツの身体がもたない。黙って見ているという選択肢は、シエルたちの中には存在していなかった。

 

「外から少しでも、あの炎を削る……!ウェンディ!」

 

「うん!」

 

再び雨の魔力を展開し、変換させながらシエルはウェンディに呼びかける。内側から弱められないなら、外からの介入で炎の威力を弱める狙いだ。

 

「ちょっと我慢してくれよナツ!驟雨岩を砕く(ドロップガトリング)!!」

 

「今助けます!天竜の咆哮!!」

 

それぞれ二方向から炎に相性のいい水と風の魔法。内側にいるナツにも影響があるかもしれないが、このままにしても危ない。多少の被弾を覚悟して放った攻撃だったが、当たってもナツに届くことはおろか、先程と比べて一切弱まった様子は見られない。外部からの介入に対しても余裕そうに笑みを浮かべていたザンクロウは、その結果を当然と言わんばかりに笑い飛ばした。

 

「ウハハハ!神の前では、天候も竜も無力だってよ!!」

 

「そんな……!」

 

「このままじゃナツが……!」

 

打つ手なしかと歯噛みしたその時、シエルたちの間を縫うように突如伸びた巨大な手が、ザンクロウにまで迫り、彼の身体を握り潰しだした。思わず振り返ってみると、うつ伏せの状態で、激しく息を切らしながらも鋭く開いた眼をザンクロウに向ける、巨大化させた腕の主であるマスター・マカロフがそこにいた。

 

『マスター!?』

 

「こいつは……巨人化(ジャイアント)……!?」

 

傷は癒えたが魔力と体力の回復は完全とは言い難い。しかし彼はもう我慢の限界だった。大事な家族で子供同然のギルドの仲間を、目の前で傷つけられ、命さえ奪われようとしていることに。耐えがたい苦痛を感じていた。その怒りを表すかのように、ザンクロウの身体を締め付けるように握りしめ、そのまま潰そうとする勢いだ。

 

「これ以上……これ以上親の目の前でガキを傷つけてみろ!!貴様を跡形も無く握り潰してやる!!!」

 

剣幕を抑えもせず声を張るマカロフ。彼を親と慕うギルドの面々はその姿を見て、彼の本気さ、覚悟を感じ取っている。だが消耗しているマカロフにそれ程の余力が残っているようには見えない。

 

「そんな力残ってるのかよ……」

 

現にザンクロウにはそれを見破られているのか、締め付けられて少しばかり苦し気ながらも、余裕そうに笑みを浮かべながら自らの身体を発火。黒い炎が彼を握る右手にも燃え移る。

 

「ホレェ!早く手を放さねぇと、跡形も無くなるのはアンタの腕の方だってよ!!」

 

まだ回復しきっていないマカロフは、腕だけとは言えその身を燃やされることが苦しくないわけがない。呻き声をあげるマカロフ。彼に向けて悲鳴のような声で呼びかけるギルドの面々。これで彼はザンクロウから手を放さざるを得ない。そう彼は思っていたが、思惑とは逆に雄たけびを上げながらマカロフは握り潰す腕により力を込めていく。

 

「何だと!?逆に力を入れやがった……!!」

 

「マスター!」

「無茶だ!このまま放さないと、本当に腕が無くなってしまうぞ!!」

 

今のマカロフに人を潰せるほどの力があるかどうかも分からない。だがそれがどうした。今目の前にいるガキどもが苦しんで、その命を奪われそうになっているというのに、親である自分がいつまでも這いつくばってるままでいてどうする。

 

「放す……ものか……!!」

 

「やめろじっちゃん!!」

 

一切力を緩めずに、焼かれる腕などお構いなしに力を込めていく。最早彼に、誰が呼びかけても止まらない。ガキどもの命は意地でも守る……!

 

「家族の力!なめんじゃねぇぞォ!!!」

 

シエルたちはもう、マカロフを止めようとは考えられなかった。思わずその気迫に唖然としてはいたが、彼の意思を汲むことが、今自分たちが出来る最大の援助。

 

「ウェンディ、マスターの右腕にだけ、治癒魔法をかけることは出来る?」

 

「……難しいけど、やってみる!!」

 

「お前たち……!!」

 

日光浴(サンライズ)を作り出し、ウェンディとマカロフの二人だけに当たるように位置を調整。そして天空魔法を使うウェンディには、部分的な治癒を行う事でマカロフの負担を軽減。ザンクロウの迅速な撃破を重点として行動を起こす。

 

「ちっ……!あのチビども余計な真似を……!!ん!?」

 

自分に対して手も足も出ないような子供二人が悉く邪魔をしてくる様子に、さすがに苛立ちが募っている様子のザンクロウ。だがその苛立ちは、今自分が閉じ込めている火竜(サラマンダー)の様子が変化していることでそっちに意識がもっていかれる。

 

自分を捕らえている黒い炎の中心で、ナツは自らに力を入れて内側から赤い炎を最大限に放出させる。彼もまた諦めてはいない。自分を焼こうとしている炎に対抗し、打ち破ろうという魂胆か。ナツか、マカロフか、はたまたザンクロウか。最早勝負と言うより根競べだ。誰が最初に倒れるか、それを競う勝負……!

 

 

そしてそう時間がかからない内に、黒炎の中で燃え上がっていたナツの赤い炎は徐々に収縮していき……やがて、消えてしまった。そして肝心のナツは、その中でぐったりとしている。

 

「ナツの……魔力が……!」

 

「……消えた……?」

 

「ウッハーッ!!竜狩りがまず落ちたぜぇーー!!」

 

戦いを傍観していたエクシード達も気付いた。中のナツの様子が、何を意味しているのかを。敵わなかった。感情の高ぶりで燃え上がらせた竜の炎は、神の炎を消せず、完全に燃え尽きてしまった。

 

「嘘だろ……!?」

 

「ナツさん……!!」

 

このままナツは、神の炎に焼かれて、灰に変わるのを待つだけ。言いしえぬ絶望感が、妖精の魔導士たちの間に流れる。そして同時に、煉獄の七眷属の恐ろしさを、否が応にも感じさせられてしまう。炎神の哄笑が響く中、誰もが諦めかけた……

 

 

 

 

 

次の瞬間、火竜が何かを飲み込む音を響かせた。

 

「っ!!?」

 

それに誰よりも早く反応し、誰よりも大きく動揺したのは、唯一笑い声をあげていたザンクロウ。まさか、そんなバカな。しかしその思いは、目の前で起きている信じがたい光景が敢え無く破壊してしまった。

 

竜では喰らう事の出来ないはずの神の炎を、その口に吸い込んで、喰らっている。そしてしばらくするうちに、ナツを捕らえていた炎神の晩餐は、欠片も残さず火竜の腹の中に収まった。

 

「ば、バカな……!何故神の炎を喰っている!!?」

 

ザンクロウからすれば信じられない、信じがたい光景だ。確かにナツは、ついさっきまで神の炎を喰らえずに苦戦していた。今まで自分が喰えない炎は存在していなかった為に、尚更戦いづらい相手だっただろう。だが何故今、彼はそれが出来ているのか……。

 

「ひょっとして……魔力を空にした、から……!?」

 

何かに気付いた様子のシエルが呟いた言葉に、マカロフを除く三人が「どう言う事だ」と聞き返す。シエルの推測はこうだ。滅竜魔法の炎よりも、滅神魔法の炎の方が格が上と仮定すると、竜の炎を溜め込んでいる魔力の器に、濃厚すぎる神の炎を入れようとしても溢れかえって取り入れられない。よって許容量を超える炎はダメージとなる。

 

だがナツは、溜め込んでいた竜の炎を、先程の放出によって一時的に空にした。魔導士にとっては致命的だが、この空になって余裕が出来た器なら、濃厚な炎を取り入れても収めることが出来る。飲み物を入れたコップと、ほぼ同じ原理だ。

 

「ひょっとしてあいつ、喰えない炎を喰う為に、敢えて自分の魔力を空にしたの!?」

 

「偶然かもしれない、けど……ナツはこと闘いにおいては、天性と言えるほどのセンスと頭の回転の持ち主だから……!とは言え……」

 

ナツがとった行動が、実は彼自身が気付いた攻略法なのかと味方側に衝撃が走る。ナツの事だから、たまたまなのか本当に計算づくなのか断定が出来ないのが恐ろしい。そして当の本人はと言うと……。

 

「成程……喰うのにコツのいる炎ってのもあるのか……」

 

今回は上手くいったとは言え、シエルはもし自分が同じ立場だったとしても、敵の魔法の中で己の魔力を空にして取り入れようなど、考えついても実行には躊躇う。考えついたら即実行、の彼らしいが今回はケースがケースだ。しかも、その命がけの戦法を“コツ”だなんて言ってのけている。そんなの下手したら……!

 

「バカタレがァ!!死ぬ気かァーーー!!!」

 

火傷まみれになった右手で握っていたザンクロウを、衝動任せに上空へ投げ捨てながらマカロフは怒鳴り散らした。やっぱり無茶無謀な戦法だったらしい。自分たちの心情を代表した上に敵を投げ飛ばした様子を見て、シエルたちは目をかっぴらいて驚愕していた。

 

「死ぬ気はねぇし……誰も死なせねぇ……」

 

一方で、ナツはそんなマカロフのツッコミにも似た怒鳴りにも怯まず、静かにそう声を出す。その腕に宿すのは、右に竜が操る赤き炎。そして左には先程取り入れた、神が操る黒き炎。

 

「みんなで帰るんだよ……妖精の尻尾(フェアリーテイル)に……!」

 

投げ飛ばされ、自由の利かない空中に晒されたザンクロウは、ナツの様相に妙な感覚を覚えた。竜の炎しか扱えなかったはずのナツが、自分の操る神の炎を片方の手に纏っていることに。

 

「竜と神……二つの炎……“竜神”の、炎……!?」

 

二色の炎を放出するナツの様子から、何かが降り立ったかのようにウェンディが口を動かす。竜と神、二つの力が反発せず、合わさり更なる大きな力となった。雄叫びを上げながら、ナツは落ちてくるザンクロウに目掛けて跳び上がる。

 

「合わされ!竜と神の炎!!

 

 

 

 

 

『竜神の煌炎』!!!」

 

そして両腕を勢いよくザンクロウに振り下ろし、二色の炎が彼を着弾点としてぶつかり合う。やがてそれは勢いよく混じり合い、程なくして白く光り輝く爆発となって辺りを照らす。その奔流の中心に閉じ込められたザンクロウは、未だかつて味わった事のない大きな力を全身で感じ、苦しみも痛みも超越して、狂った笑い声を上げながら吞み込まれていった。

 

その光景を、誰もが言葉を失って見ていた。明らかに格上と証明させられた滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)を相手にし、喰えない炎を喰らう為に魔力を空にして取りこんだ。何という男か。今までも驚愕の戦法を用いて勝利したことは多々あったものの、今回はそれどれよりも常軌を逸していた。

 

「じっちゃん……みんな……戦おう……」

 

奔流から解放されたザンクロウが倒れ伏し、力なく自身の敗北が信じがたいという旨の言葉を呟いている中、ナツは静かに、後ろにいる親と、仲間たちに声をかけた。

 

「退かなきゃいけない時があるってのは分かるよ。ギルダーツが教えてくれたんだ……。だけど、今はその時じゃねえ」

 

ギルダーツが教えてくれた、剣を鞘に納める勇気。だが今この時が、その勇気を使うところではない。いや寧ろ、ここで逃げることが勇気と言える行動ではない。

 

「勝てないからって諦めるのと、負けるから諦めるのとは違う。勝てなくても、負けるわけにはいかねえ……。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を敵にした奴等に、思い知らせてやるんだ……!全身全霊をかけた、ギルドの力を!」

 

誰もがナツの言葉に耳を傾け、その背中に目を向けている。マカロフは戦う意思を確固付けたナツの姿にどこか感銘に近い感情を抱く。そしてシエルたち若い魔導士たちは、ナツの意志と同調するかのように、各々拳を作ったり、覚悟を決めたように頷き合う。それを感じ取ったのか、ナツは右腕を天高く掲げた。

 

「戦おう……じっちゃ……」

 

そこで言葉は途切れ、気力を全て使い果たしたのか、腕を掲げた体勢のまま力無く倒れていく。神の炎を取り入れ、即興で放出したのも消耗の原因だろう。

 

「ウェンディ、ナツの手当てを!俺はマスターを診る!」

 

「う、うん!」

 

すぐさまウェンディをナツに任せ、自分はマカロフの左腕を治すために動く。特にナツはこの場に来た後、一切治療を受けていない。体力、魔力、共に消耗も激しいはずだ。ならばウェンディが適任と言える。

 

「シエル……ワシの方は、いい……。ナツを……ウェンディと共に……」

 

「ナツは勿論助ける。そして、マスターも絶対治す……!誰一人、失ってたまるか……!」

 

極限を戦ったナツの容体を案じて自分よりも優先するようマカロフが願うも、それを突っぱねてシエルは言い切った。黒い炎で焦がされた右腕に日光浴(サンライズ)を近づけて治療を開始したシエルの姿を目に納めながら、マカロフは疲労がピークに達したのか眠るように意識を手放した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わり、別の森の中では悪魔の心臓(グリモアハート)の構成員たちが力無く倒れ伏し、山のように積み上がっている。まだ息はあるものの、総じて戦闘不能の状態だ。

 

それを作り出した元凶は水色がかった銀色の長い髪を持った青年ペルセウス。アズマを追うために森の中を進んでいた所、妖精の殲滅を謳いながら進撃して来たグリモアの魔導士たちを根こそぎ返り討ちにしていった。

 

「くそっ、無駄に足止めを食っちまった……。どっちに行ったかもこれじゃ分かりゃしねえ」

 

だがそれが事実足止めとなってしまい、アズマの痕跡を完全に見失ってしまった。未だ奴の目的も、行先も判明していない。虱潰しに探していては下手をすると手遅れになってしまうし、そうなってから動いても遅い。

 

「仕方ない。ここは一度キャンプ地に戻るか。リサーナたちの状況も気になるし……」

 

それが今出来る最適の判断と認識して、ペルセウスはベースキャンプのある方角へと足を向ける。だが、その瞬間彼は感じ取った。何者かの気配を。微かだが地面と草を踏みしめる足音も。近い。誰かがそこにいる。

 

「誰だ!!そこにいるのは分かってんだぞ……!」

 

切り立っている高台の上、そこにある鬱蒼とした茂みの向こう側。そこに怒号を飛ばし、ペルセウスは最大限に警戒する。七眷属の一人か?アズマだったら目当てであるが、木々に同化できる彼がわざわざ外に出る可能性も低い。敵であるなら、仲間の被害が出る前に摘み取れる。

 

鬼が出るか蛇が出るか。訝しげな目を向けていたペルセウスに、気配の元となる存在は、観念したのか現れた。

 

 

 

 

 

 

「ま、待ってくれ……!僕は誰の敵でもな……!」

 

現れたのは青年だ。服装は黒を基調とし、それとは正反対の白い布をタスキのようにかけている。髪の色も目の色も黒で、顔立ちは気弱そうな印象を抱えた穏やかなもの。それも恐ろしい程端正に整った、言うなれば儚い美青年。

 

言動から、悪魔の心臓(グリモアハート)の魔導士とはまた違う人物であることが分かるが、そんな人物が何故天狼島にいるのか、本来であればその疑問が浮かぶ。だが……。

 

 

 

 

 

「……はっ……!!?」

 

かの青年を目にしたペルセウスの反応は、ただただ衝撃と言いたげなものだった。大きく目を見開き、顔中から汗が噴き出し、さも目の前にいることが信じられないと言いたげに。

 

「君は……!」

 

一方で、青年の方もペルセウスの姿を見て彼ほどではないが驚いていた。だが衝撃を受けた表情で固まったペルセウスとは違い、青年は先程の気弱そうな表情を安堵したかのように綻ばせた。

 

「そうか……その紋章……別のギルドに入ったんだね」

 

「な……何で……!何で()()()がここにいるんだ……!!?」

 

両極端の反応を示す二人の青年。それもまるで、互いに互いを知っているかのような……。その内の黒衣の青年は、穏やかで優しい印象を抱えながらも、どこか異質な何かを感じさせる微笑みを向けて、彼に言った。

 

 

 

「久しぶりだね、ペルセウス。弟は元気にしているかい?」

 

青年の名はゼレフ。歴史上に残る最凶最悪とも呼ばれた黒魔導士の名。遥か昔に書物より悪魔を作り出したとも謂われる、伝説とも呼ばれた存在と、嘘か真か同じ名を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

そして……またの名を……。

 

「『スプリガン』……!!?」




次回予告

俺たちには、人生を救ってくれた恩人がいる。

その命を一生かけても返しきれないような、多大な恩を与えてくれた存在が。


一人目は、俺たちの新たな親。路頭に迷いかけた俺たちに新たな、暖かい家族を与えてくれた。

二人目は、弟を救ってくれた先生。生まれた時から病魔に苛まれたあいつを、健康な体になるまで診てくれた。



そして三人目。思えば、彼が俺たちの最初の恩人だった。

むしろ、彼がいなければ……今俺たちは、こうして生きていられなかったと、断言できる。

次回『スプリガン』

世間からどう言われていようと、彼から与えられた恩は、文字通り命より重いものだ……。


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第119話 スプリガン

ギリギリ間に合った…!
いや、正確には一週間遅れたんで間に合ってはいないんですがね…。

ようやく、ようやく回収したかったフラグを回収する時が来た…!今日で初投稿した日からほぼ3年経つんですが、3年もかけてようやく…!これを週刊連載で、しかも漫画で、場合によってはもっと長い期間から伏線を張り続けて見事に回収したプロの漫画家さんって本当に凄いんだなって改めて思いましたよ…。

それと今回はもう一つ報告が。実は拙作を読んでくださってる読者の方が、何と!主人公であるシエル君の絵を描いてくださりました!!
今後キャラクター設定に挿絵で使わせていただこうかなと考えておりますが、まずは僕のマイページの画像一覧のページに、先行で公開させていただきます。ご本人様からの許可はいただいております!
改めてこの場をお借りしてお礼申し上げます、ありがとうございました!!


5年前……X779年。とある街の、とあるギルド内。

 

―――一体どこから間違っていたのだろう……。

 

本来ならば喧騒に包まれている、酒場と併設されたその空間は、今や不気味なほど静まり返っている。

 

―――どうして、俺たちだけがこんな目に遭うのだろう……。

 

人がいないわけではない。むしろ、いつも以上人間の数は多いと言ってもいいだろう。だが……。

 

―――どうして……お前が苦しみ続けて、命を弄ばれなければならなかったんだ……。

 

隙間から入る日の光のみで明るさを保つ、薄暗い建物の中で蠢くのは、中心にて幼い少年を抱きかかえている、一回り大きい程度の少年一人のみ。成長期途中と思われる上背でありながらも、修羅場を潜ってきたと見える鍛えぬかれた身体と、水色がかった銀色の髪を小刻みに震わせ、整ったその顔を涙で濡らしている。

 

―――俺が……何もかも間違えたりしなければ、お前がこんな目に遭うことも無かったのに……!

 

抱きかかえられている幼い少年は、涙を流している少年と同じ髪色をしているが、その肌は血色が抜け落ちており、腕も足も力なく、閉じられた瞼も口元も微動だにしない。そしてそれは、周りも同じだった……。

 

―――何もかも失ってから、動くことができなかったことが……情けない……!

 

悔しげに体を震わせる少年の周りには数多くの人間がいた。否……人間だった『もの』があった。

 

誰一人残さず、例外なくその生命活動を停止させており、中には手足のいずれかを失っているもの、肉体に風穴を空けたもの、首と胴が離れたもの、さらには体を真っ二つに両断されたものなど、敢えて共通点を挙げるならば、唯一生きているものを含めて肉塊に宿っていた返り血をその身に浴びていることのみ。

 

しかし、悲しみに打ちひしがれている少年には自らが抱きかかえている幼い少年しか見えていない。周りに落ちているものたちなど気にも留めていない。あれらは、この少年たちに今に至るまでの絶望を負わせた元凶たちだ。己の左頬についている蛇を模したマークを、体の一部に入れているものたちばかりだが、仲間などと思ったことは一度もない。

 

彼にとってすべては、小さい少年のみだった。だが、それも壊されてしまった彼にはもはや何もない。ただただ、少年を抱きかかえ慟哭するのみ……だった……。

 

 

 

 

 

『……!これは……!』

 

日の光が一番差し込む、その建物の入り口に、影が差し込むまでは……。

 

『っ……!?』

 

空間に介入してきた影の元の方に反射的に彼は振り向いた。そして微動だにしない抱きかかえた少年を庇うようにして身構える。

 

『子供……?まさかこれだけの人数を、こんな子が一人で……?』

 

少年の目に映った影の正体は、黒髪黒目で穏やかそうな印象を抱えた美青年だ。ギルド内の惨状、そしてそれを作ったとされる自分を目にした彼の表情は、当然ながら衝撃と混乱を混ぜたようなものを浮かべている。

 

しばらく放心としていたその青年は、自分が抱きかかえて庇っている幼い弟に気付くともう一度目を見張るが、その後目を細め、口元に弧を描く。

 

『そうか……君も僕と同じ……』

 

ぼそりと一つ、呟いたように聞こえるがそれを気にする余裕は少年にはない。警戒心を前面に出してまるで威嚇のような行動をとっている。だがしかし、彼が次に発した言葉は、少年の表情を驚愕に染めることなど容易いことだった。

 

『その子は弟かい?』

 

少年が抱えている弟は、()()()()()()()()。青年から見てもそれははっきりと分かっていた。そして彼ら兄弟の姿が、別の兄弟と重なって見えていた。だからだろう。この提案を出したのは……。

 

 

 

 

 

 

 

『弟を生き返らせられるかもしれない方法がある、と聞いたら、君はどうする?』

 

自身の手の中で息も止まった弟が、生き返る……?信じがたい言葉に言葉を失っていたものの、その少年は問いに肯定を返したのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時は現代。X784年。

 

天狼島の深い森の中、患部を包帯で押さえ、自分たちに出来る限りの治癒魔法をかけたことで、マカロフの一命をとりとめさせることに成功したシエルたち。シエルが作った日光浴(サンライズ)を周辺に滞空させることで場にいる全員を少しずつ回復させているのも手伝ったことで得られた結果だろう。ザンクロウに焼かれた右腕も、治療が即座だったからか後遺症もなさそうだ。

 

「マスターはこれで大丈夫、のはずだ……。ナツの方は?」

 

「それが……」

 

一方でナツの容体だが、ウェンディが長時間ナツに治癒魔法をかけているにも関わらず、回復の兆しすら見えない状態だと言う。治療に集中しているウェンディに代わってシャルルが答えてくれたが、確かにナツが負っている傷が塞がった様子は見られない。マカロフの傷の治りが遅かったのは傷が深すぎたが故なのだが、ナツは彼ほど深刻なようには見えない。何か気付けていない要素があるはず……。

 

「見た感じ、治癒の魔法は問題なく使えているけど、それがナツにうまく作用していない……。まるで何かが、治癒の邪魔をしているとしか……」

 

「治癒の邪魔……回復を阻害する症状……?」

 

シャルルと共に回復が滞っている原因を考えて、互いに気になった点を交換する。その中で彼女が発した、治癒を邪魔する何か。滅神魔法を受けた……あるいは喰らった弊害?とも考えたが、それとはもう一つ目に見えて普段のナツとは異なる点があるのにシエルは気付いた。いや、今になって思い出したというのが正しいか。

 

「そう言えば……ナツのマフラー、何でこんな黒くなってるんだ?」

 

「確かに。先程まで気にする余裕などなかったが、今思えば明らかに妙だ」

 

マカロフの治療や、ザンクロウの襲来で、気付いていながら話題に出すことを憚っていた。二次試験の間に何があったのか。気にはなるがその事について知っている肝心のナツは目を覚ます様子がない。だが無関係ではないのは事実だ。

 

「ナツー!ナツ、どこーー!?」

 

すると遠くから聞こえてきたのは聞き馴染みのあるもの。ナツの名を呼んでいるその存在に心当たりしかない。耳にしたシエルはすぐさまその声の主に呼びかけた。

 

「ハッピーか!?ナツならこっちだー!」

 

「えっ!?」

 

シャルル達と同じエクシード。ナツの相棒である青ネコのハッピー。はぐれた後一人ナツを探していたようで、あちこちを呼びかけて彼を探したのだろう。だがハッピーの耳に届いた仲間の声にすぐさま反応を示して、茂みを掻き分けながら彼はそこに現れた。

 

「シエル、シャルル!!それにウェンディと……リリー!?何でェ!!?」

 

聞こえてきた声を発したシエルとそのパートナーだったシャルルにはすぐさま呼びかけ、視界に映った更なる仲間の姿に……正確には本来ここにはいないはずのリリーを見て目玉が飛び出そうなリアクションをとっている。リリー本人は「そこまで驚くものか……?」と少々複雑そうな顔を浮かべていたが。

 

「あ、ナツ!それにマスターまで!?二人とも大丈夫なの!?」

 

「マスターの治療は粗方終わってる。でもナツの方は……」

 

駆け寄ってきたハッピーが探していたナツ、そしてマスター・マカロフが横たわっているのを見てすぐさま容体を確認する。問われた容体の事を説明すると目元に涙を浮かべて「ナツ……」と今にも泣きそうな声で呟く。その様子を見ながらシエルは思った。ハッピーはいいタイミングに来てくれたと。

 

「ハッピー、ナツに何があったか教えてくれない?特にマフラーが黒くなった事について」

 

「あ、そうだ!みんなにも話しておかなきゃ!この島に変な奴がいたんだよ!ギルドの者でも、グリモアの奴らとも違う……!」

 

ハッピーが教えてくれたのは、島の中に正体不明の謎の男がいたという話。どうして島の中にいるのか、何者なのかも分からない。だが、自分に近づいてはいけないと主張し、何かに苦しんでいたと思ったら身体から妙な波動を発して、その波動に触れたあらゆる生命を死に至らしめた。ナツもそれに巻き込まれてしまったがナツ自身に影響はなく、彼が巻いている白い鱗柄のマフラーが正反対の真っ黒に変色していたという。

 

マフラーが黒くなったのはその男が原因と分かったが、その男が何の目的で動いているのかが全く分からないのは厄介だ。敵か味方か、その区別もつかない。だが一つだけはっきりしたことがある。

 

「その男の力からナツを守ったのがあのマフラー……。そしてマフラーから感じる邪気が、きっとウェンディの治癒を邪魔している」

 

「どうしたらいいの……?」

 

「まずはマフラーの邪気を取ろう。状態異常の一種として蓄積されていると思うから、それを回復させる魔法をかければきっと……」

 

原因が分かればあとはそれを取り除くだけ。ナツの回復は一旦日光浴(サンライズ)でつなぎ、マフラーの黒化を戻すことにシフトさせる。状態異常の回復も出来るウェンディにマフラーを託し、戻すようにと頼んだ。

 

「しかし次から次へと、妙な出来事が起こるものだな」

 

「評議院からの潜入員に、悪魔の心臓(グリモアハート)。そして謎の男……立て続けに現れると、さすがに追いつかないわね……」

 

ほとんどのギルドメンバーは、天狼島で昇格試験以外にここまでのイレギュラーが発生するなど予想すらできなかったはずだ。予知の力である程度何かしら事件が発生すると考えていたシャルルと、それを伝えられていたシエルでさえ、これまでに発生した侵入者の存在に驚かされている。ナツをここまで追い込んだ魔導士と同格以上の敵がまだまだ残っているのも厄介だというのに、ここに来て素性も不明な男の存在。

 

「そもそも、悪魔の心臓(グリモアハート)の目的は一体何なのかしら?わざわざこの島に来てまで、ただ私たちを潰すだなんて遠回しが過ぎるし……」

 

「オレたちが遭遇したアズマと言う男は、何やらペルセウス個人に用があったみたいだが、その真意も分からぬまま……奴等総員の目的が、何かあるはず……」

 

確実に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に害をなすという事は明らかだが、それをメインとして動くのであったら、わざわざ精鋭が揃っている状態の天狼島を狙うよりも、マスターを含めた実力者が出払っているマグノリアのギルドホームを直接叩く方が手っ取り早い。たとえそれが目的だとしても、これまで所在地さえ不明だった奴らがわざわざ一つのギルドを狙うのも不可解なのだが。

 

「あ、そう言えばナツが戦った滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)の男が、気になることを言ってたよ」

 

「本当か!?」

「何て言ってたか覚えてる?」

 

「えっとぉ……確か……」

 

すると心当たりがある様子のハッピーが、ザンクロウが言っていた言葉に奴らの目的が語られていたような、と思い出そうとしている。これなら明確な目的が分かるかもしれない。ハッピーは必死に頭を絞り出して、記憶の片隅にあった彼のセリフを思い出そうと唸る。

 

そして、その甲斐あったか、ハッとしたように目を見開き、反射的にハッピーは叫んでいた。

 

「ゼレフ!『ゼレフを探せ』って言ってた!!」

 

 

 

 

 

 

「……!!?」

 

エクシード達の会話に耳を傾けていた少年が、その瞬間息を呑んだ。彼ほどではないが、衝撃を受けたのはシャルルも同様で、驚愕を顔に表している。

 

「ゼレフって……まさか、大昔の黒魔導士?」

 

「アースランドの歴史に残る人物として、オレも聞き覚えがあるな……」

 

魔導士の歴史上でも最凶最悪と謳われた伝説の黒魔導士・ゼレフ。エドラスから移って日の浅いリリーでさえ聞き覚えのあるその名は、アースランドの魔導士の中でもほぼ知らぬ者はいないとさえ言われている。だがそのゼレフを探せとは、どういうことか?

 

「それ、聞き間違いとかじゃないの!?」

 

「ううん、確かに言ってたよ。思い出した!」

 

「たまたま同じ名前の誰かか、あるいは物か……いずれにせよ不可解だな……」

 

ゼレフと言う存在に関して疑問を抱いているエクシード達の会話を聞きながら、徐々に色を取り戻していくマフラーから目を離さずにウェンディもまた一つの記憶を思い出していた。

 

「(黒魔導士ゼレフ……確か、メストさんもその名前を言ってた……)」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)を狙い、潜入してきていた評議院のメスト。彼もまた天狼島の中にゼレフがいると言いたげな発言をしていたことだ。どうして分かったのかは分からないが、大昔の存在と言われていたゼレフが、今現在もいて、何故この島に?グリモアは何故ゼレフを狙っている?謎を解こうとすればするほど、更に謎が浮かんで堂々巡りになっている気がする。

 

ふと、この中でも頭の回転が速いシエルなら、何か気付けることがあるのではと、日光浴(サンライズ)の維持を続けているシエルへと目を向けながら尋ねた。

 

「ねえ、シエルは……っ!?」

 

「どう思う?」と出かかった言葉は、引っ込んでしまった。ウェンディには()()があまりに異質に見えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる感情が抜け落ちたかのような無表情と、光が抜けた虚ろな目を浮かべ、ただただ俯きながら佇むシエルの姿が。

 

「シエ、ル……!?」

 

何が起きたのかも、何故こうなったのかも分からない。ただただ異質。だが虚ろに見えるその目には、今までのシエルから感じた事のないどこか狂気染みた何かが、本能的に感じ取れる。

 

見てるだけでも呼吸を忘れてしまうその雰囲気。ウェンディは思わず恐怖していた。目前に迫る危険や、仲間の窮地と言った分かりやすい脅威とは違う。完全なる未知の、得体の知れない様相となった少年に対して。

 

「あっ……?ウェンディ?ごめん、今呼んだ?」

 

だが気付けばシエルは元のよく知る少年へと戻っていた。名を呼んだ自分に向けて小首を傾げながら尋ね返すその様子は、自分もよく知る聡明で冷静な一面、されど自分に対する優しさと気遣いを感じられる彼の姿だ。

 

先程のあらゆるものが抜け落ちた時の様子など、幻覚だったのでは?と思えるほどに。

 

「う、ううん、ごめんね。何でもない……」

 

だがやけにさっきのシエルの表情が脳裏に焼き付いて、思わず顔を逸らしてしまう。聞くに聞けなくなってしまった。もし聞いてしまえば、取り返しのつかない事になってしまいそうで、怖かった。それと同時に、ゼレフの事について尋ねようとしていたことも、ウェンディは忘れてしまった。

 

「もしかすると、だが……」

 

「何か分かったの?」

 

シエルの異常、ウェンディの葛藤。それらに気付くこともなく情報交換を行っていたエクシード達。リリーはハッピーの話から、一つの推測を導き出していた。

 

「ナツのマフラーを黒くした、謎の男……そいつが悪魔の心臓(グリモアハート)の探している、ゼレフなのか……?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、別の場所にてペルセウスは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)悪魔の心臓(グリモアハート)の両ギルドのどちらにも属していない黒衣の魔導士を目の前にし、激しく狼狽していた。

 

「な……何で……!何で()()()がここにいるんだ……!!?『スプリガン』……!?」

 

この場にいる事が信じられない。儚げな美青年と言う言葉が似合いそうな、柔和な笑みを浮かべたその青年は、ペルセウスからの言葉を聞き、何かを思い出すかのように目を閉じ、顔を伏せて呟く。

 

「『スプリガン』……そうだった。君にはそう名乗っていたんだったね……」

 

「……それはどう言う?」

 

「ごめんよ、気にしないでくれ」

 

『スプリガン』と呼ばれた黒衣の青年の言葉に、一体どういう意味で言っているのか、本当は違う名前なのか、と言う疑問を抱いて聞こうとするペルセウスの問いを制し、彼は改めて彼の姿をその目に収める。

 

「あの頃とは見違えたよ。たった数年で大きくなったね」

 

まるでその言動は知人の子供に対する大人が向けるようなもの。まだ年若い外見をしているスプリガンには、一見不釣り合いな言葉だ。だがその事に疑問は浮かばない。ペルセウスが初めて彼と会った数年前から、彼の容姿は()()変わってないのだから。

 

「俺は……俺はずっと、あんたにお礼を言いたかった……!聞きたいこともあった……!こうして、直接……!」

 

いや、それだけじゃない。ペルセウスにとって、このスプリガンと言う人物はまさに“恩人”と呼べる人物だった。溢れ出てくる感情を噛みしめて、彼は言葉を零す。目の前の青年に対する、確かな感謝を。この5年、彼と会うことが叶わず、彼と交流があるという者たちからも滅多に顔を見ないと聞かされ、安否も知ることさえ出来ずもどかしさを抱えていた。結局彼の恩に対する謝意は、人伝手でしか伝えられなかった……。

 

だが今、こうして目の前にその恩人が立っている。

 

「そんな顔をしないでくれよ。僕はただ気まぐれで、君たち兄弟にチャンスを与えただけさ。成功するかどうかも分からなかった……」

 

「だとしても!今の俺たちがあるのはあんたのおかげだ……!あんたがいなけりゃ、あんたが来なかったら……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、()()()()()()()()()自害してたとこだ!!あんたがシエルを生き返らせてくれたから、俺たちはこうして生きてるんだ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルセウスは今でも思い出す。5年前のあの日。

 

性根の腐ったクズどもを殲滅し、物言わぬ骸となったシエルを生き返らせられるかもしれないと、勿論無償ではなかった。今後彼の力が必要になるかもしれないと。時が来た暁には自分の力になってほしいと言う条件を受け、ペルセウスは彼に願った。弟の蘇生を。

 

幼い頃から神童と持て囃され、数多の魔法を覚え行使してきたペルセウスも見覚えすらなかった魔法陣、触媒らしく置かれた見た事のない文字が表裏に記された一枚の紙、そして陣を発動する際に呟いていた聞き覚えのない言葉……魔法の邪魔にならないようにと遠目から見ていた彼が覚えているのは、それだけだ。

 

『すぐに効果がある訳じゃないし、確実に成功するとは断言できない。けれど、僕に出来る事はこれで全てだ』

 

『本当に……これでシエルは……?』

 

『まだ分からない……。けど、君が弟を本気で大切に思っているのなら、その想いが、あるいは……』

 

最後まで口にはしなかったが、彼はきっとこう言いたかったのだろう。たった一人の肉親を、心の底から求め、そして願う心。それこそが、彼が処置した蘇生魔法で、一番の力になるのだと。

 

『長居しすぎたね。僕はそろそろ行くよ。出来れば成功していることを願っているよ』

 

『待ってくれ!……本当に生き返るのか、まだ正直半信半疑だ……。けど、そうなったら、あんたには返しきれないほどの恩が出来る!せめて名前を教えてくれ……!恩人の名すら、知らないままでいたくない……!!』

 

再び弟が動き出すことを願い、固く彼の身体を抱きしめていたペルセウスは、踵を返してギルドの中から去ろうとしている青年に問いかける。足を止め、しばらく考え込むように黙していた彼は、意を決したように振り向いて名乗った。

 

『スプリガン。僕はスプリガンだ。そう覚えてくれ』

 

それを最後に彼は立ち去った。その後ペルセウスは、しばらく弟の身体を抱えながら涙を流して蘇生の成功を願い続けた。

 

しばらくして後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターであるマカロフに拾われ、弟の息が微かにあると教えられた。

 

蘇生の魔法が()()()成功したのだという、衝撃を受けたまま……彼らは妖精に導かれる……。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたにとっては確かに気まぐれだろうさ……。だがその気まぐれが、俺たちを救い出した事実は変わらない。あんたが来てくれたから、今……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として、兄弟揃って生きていけている……」

 

例えスプリガンに自分たちを救いたかったと言う想いが無かったとしても、結果的に自分たちは救われた。自分の命よりも大切な弟は生き永らえた。その気持ちは変わらない。ペルセウスが目元に浮かべた涙は、その気持ちを何よりも物語っていた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)……――――のギルド……」

 

彼の告げたギルドの名に、どこか思うところがあったのかぼそりと呟いていたスプリガンだが、その声はペルセウスには届いていない。

 

「あの時の事、感謝してるんだ。心の底から……本当に……!」

 

目を伏せてスプリガンに改めて礼を告げるペルセウス。それを言われた本人は、彼のその表情から何かを察したのか、真っすぐにその顔を見据えながら困ったように笑みを浮かべて問うた。

 

「その割には、どこか浮かない顔だね……」

 

感謝の気持ちがあるのは本心だろう。唯一の肉親を蘇生してくれたことは、とてつもなく嬉しいことであるのは間違いない。だがスプリガンは察していた。彼の表情に微かな困惑がある事……後ろめたいものを抱えていると言いたげな何かがある事を。そしてそれが、先程彼が言った聞きたいことに繋がっていることも含めて。

 

図星を突かれたペルセウスは観念したような表情を浮かべたまま、震えた声で彼に問う。あの時から、心の片隅に抱えていたこと。頭の片隅に置いておいたことを。

 

「確かにシエルは生き返った。それは紛れもない事実だ……。けど……」

 

気のせいだと思いたかった。だが思い返して見ても、そのようにしか見えなかった。だから彼は問う。あの時の真相を。震えた声を口から出しながら、意を決してスプリガンへと目を向け直す。

 

真っすぐ見据えるペルセウスに対し、スプリガンは黙して次の言葉を待つ。その表情は笑みから変わっていない。何を問われるのかと言う疑問さえも、浮かんでいる様子はない。まるで彼自身も、ペルセウスが何を問いたいのかを分かっているかのように。

 

「この5年……シエルの様子をずっと見てきて、ふと考えてしまう事がある……」

 

彼の脳内に、長きに渡った療養によって回復し、健康体になって以降のシエルの記憶が呼び起こされる。そして少しずつ起こり、抱いてしまった、違和感も含めて……。

 

 

 

 

「スプリガン、今のシエルは、本当にシエルなのか?」

 

彼が問うた内容。事情を知らぬ者が聞けば、質問の意図すらも把握できない不可解なものに聞こえるだろう。しかしスプリガンがそれに返した反応は、予想していた通りと言いたげに目を伏せて、弧を描いた口元を下に向ける仕草。それはまるで「気付いてしまったのか」と落胆と諦観を合わせたかのようなものだった。

 

「シエルは元来、病気がちだったことも影響しているだろうが、自分の感情を表に出すことや、意見をはっきり主張することが苦手な性格だった。俺と話をする時すら、本当の意味で本音から自分の望みを言う事もなかった」

 

自分の容体と環境の影響で、当時のシエルは引っ込み思案だった。諸々のしがらみから解放されて、シエルは伸び伸びと生きていけるようになったのだと最初は自分も喜んだ。だがある時を境に違和感を抱えるようになった。それは、今やシエルから切っても切り離せない行動の一つである、イタズラだ。

 

ギルドの面々にイタズラを仕掛けて、その反応を利用して場を賑やかにさせる。マスター・マカロフがそのきっかけを作ってしまったと、ペルセウスに謝罪すると共に反省を呟いていたのだが、兄としてはそれをふまえても不思議で仕方がなかった。生まれて一度も他人に対してイタズラを仕掛けた事のない弟が、あんなにも生き生きとしていられることに。

 

イタズラをすることに加えて、自分とほぼ同等に闇ギルドに対する嫌悪感も抱くようになった。奴らから解放されたことによる反動が出たのかとも感じたが、聞いた話では度が過ぎている事もあるらしい。昔からは想像することも出来ない程に。

 

意見が食い違うと理詰めで反論をすることもあるらしく、客観的から見た正論を突きつけることもしばしば。初対面の人間相手でさえ、イヤミを言ってくる相手にはそれ以上の皮肉を返して反論することもあった。

 

全体的に見て、攻撃的な性格を持って成長している。5年の間シエルを見てきたペルセウスは、これまで過ごしてきたシエルと比べるとあまりに違い過ぎる変貌に、どこか嫌な予感を感じていたのだ。

 

変わったのは性格面だけじゃない。昔は好き嫌いをすることもほとんどなく、魚介類が食べれないらしいとシエルの治療をしてくれたポーリュシカから聞いた時は耳を疑った。蘇生させられるまでは、健康面の事も気を遣って食べていたのにだ。

 

「そして何より……最近になって、あいつが使える魔法……天候魔法(ウェザーズ)とは別に、見たこともない魔法を発動することがあった」

 

一番決定的に感じた変化はエドラスでのこと。竜鎖砲で撃ち出された浮遊島とエクスタリアの衝突を防ぐ際にシエルが起こした、謎の爆破魔法。気になったペルセウスが話を聞いたところ、今年に入って度々見られるようになったとのこと。シエル本人も熟知できていない得体の知れない力。他の誰にも、心当たりがないと言っていた未知の力だ。しかし……。

 

「あんたなら、分かるんじゃないのか……?シエルの身に何が起きているのか……シエルを生き返らせる時に、どんな力を持ったまま戻ってきたのか……!シエルは……本当にただ生き返っただけなのか……!?」

 

今考えれば、否、度々思い返して見れば、あの5年前の日に彼と出会い、弟が息を吹き返した時からの変化。本来は禁忌とされた蘇生魔法に、何か影響があったのではないかとペルセウスは考えている。

 

そして、ペルセウスの語るシエルの変化を黙して聞いていたスプリガンは、彼から問われた疑問に対し、眉根を下げながらも、淡々と答えだした。

 

「きっと、君の想像している通りだ」

 

そしてその答えは、ペルセウスの当たってほしくなかった予感と推測に、肯定を示させた。

 

「その力を実際に見たわけではないけれど、恐らく君の弟を生き返らせる時に使用した触媒に備わっていた力が適合したと思う」

 

「適合……!?」

 

スプリガンが使った、死した命を蘇生させる魔法。それは彼が長い研究と実験を重ね、成功した事例も極めて少ない博打と言える魔法だった。そしてそれを為すにはどうしても触媒が必要になる。彼は研究中だった蘇生魔法の一つを、実験と言う形でシエルに施したのだ。

 

そして蘇生は成功。触媒として使った紙は、ある書物から一枚だけ取って持ち歩いていたものであり、他にもいくつか持っているのだと言う。特殊な魔法によって書かれたその書物に眠っていたある力が作用し、シエルがその力を発現させているのだろうと。

 

「その力は……――――――――――――……」

 

その言葉は、ペルセウスに人生の中で一番の衝撃を与えた。夢にも思わなかった残酷と言える真実。大きく目を見開き、ショックを隠せない様子で口元を震わせている。その後もスプリガンは彼に施した魔法の詳細を説明し、ペルセウスは背きたくなるその言葉に対して堪えながら黙して聞き取った。

 

そして、スプリガンが話し終えてからしばらくの静寂が続く。その間もペルセウスは口を噤み、両の拳を握り締め、何かをこらえ、俯いている。

 

「後悔、しているかい……?」

 

その沈黙を先に破ったのは、スプリガンの問いだ。震わせていた身体がそれでピタリと止まり、彼から見えていないペルセウスの表情は目を見開いていた。

 

「この事を先に話していれば、知っていれば……君は弟を生き返らせることを躊躇っていたかい?」

 

物悲しささえ感じさせるスプリガンの表情。それと共に問われたペルセウスは、俯かせていた顔をゆっくりと上げると、葛藤を抱えた苦々しい顔を浮かべて答えた。

 

「……いや……。それでも俺はきっと……同じ結果を選んでた……。俺にとっては、最後に残されていた、俺が俺であるための証だから……」

 

唯一血の繋がった、最後の肉親。弟の為に己の身を捧げてきた。彼が生まれてからずっと、兄として弟を守るために生きてきた。きっとこの未来を過去の自分に伝えたところで、あの時の自分は弟を生き返らせる為なら自分の魂を悪魔に売る事も辞さなかっただろう。

 

そう決意させるほど、シエルと言う存在は、ペルセウスにとって重かった……。

 

「そうか……やはり君は、僕と似ている……」

 

宣言したペルセウスに対してスプリガンは、まるでどこか安心したような笑みで妙な事を口にする。彼の言葉は、所々で謎のようにも思える何かを感じさせるが、それが一体何なのかは結局のところ分かり得ないままだ。

 

 

 

 

そんな時だった、少し離れた場所で、そこからでも聞こえる程の謎の爆発が発生し、轟音が響き渡った。

 

「今のは……?」

 

二人同時にその爆発が起きた方へと驚きを交えて目を向ける。爆発によって舞い上がった煙は上空へと昇っていく。スプリガンは瞠目して何が起きたのか疑問を口に出しているが、ペルセウスは爆発が起きた場所に心当たりがあった。

 

「あそこは……うちのベースキャンプ……!!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それから更に時間は過ぎていた。天狼島を夕日の赤が照らす中、今まで意識を失っていたその人物が、遂に目を覚ました。

 

「っ!!」

 

その人物は桜色の髪と()()鱗柄のマフラーが特徴的な火竜(サラマンダー)・ナツ。長く眠っていた彼のようやくの目覚めに、相棒のハッピーや治療にあたっていたウェンディが彼の名を呼ぶ。

 

「良かった、目が覚めたか」

 

「じっちゃんは!?」

 

「ここにいる」

「大分回復できたと思うけど、断言できない状況よ」

 

日光浴(サンライズ)の維持に努めていたシエルが安堵した様にナツに顔を向ける。目覚めたばかりだが、ナツはマカロフの容体をいち早く確認しようと目を配る。近くで安静にさせている為、すぐには見つかったが、まだ回復しきっておらず気を失っている状態だ。

 

ひとまずの回復は終えた状態だが、いつどうなってしまうのか予断は出来ない。ひとまず治療が出来ただけでもとナツは少しばかり安堵した様子だ。

 

「あれ?マフラー……!」

 

「ウェンディが元に戻してくれたんだ。ついでに服も表に戻しといたよ」

 

謎の男によって黒く変色させられたマフラーが元に戻っていることに気付いて、不思議そうにそれを掴む。ハッピーがナツが気絶している間に色々と戻しておいたことを伝えると、ナツはウェンディの方に向いて礼を告げた。

 

ちなみに服を裏返してきていた理由は、黒い服に黒いマフラーはファッションとして気に入らなかったとハッピーが言っていた。あいつにコーディネートを気にする感性があったんだな、とシエルは思わず失礼な事を口に出した。

 

だがそれを聞いたリリーを除く3人は、まるで「お前が言うか」と言いたげな微妙そうな表情を浮かべていた。何でそんな顔を向けられなきゃいけないのか、シエルには心底疑問だった。

 

「……ん?」

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

だが、ナツは突如顔をそのままにしながら何やら考え込むように顔をしかめた。急に表情が変わったことでウェンディが少し狼狽えて尋ねるも、ナツはそれに答えず匂いを嗅いでいるのか鼻をヒクつかせるだけ。その様子はまるで、ウェンディの匂いを嗅いでるかのようだ。

 

「何やってんだお前は!!」

「ぐもっ!」

 

「レディーの匂いを嗅いでんじゃないわよ、この変態!!」

 

それを理解したシエルの行動は早かった。すぐさま立ち上がってナツに近づき、彼の脳天に踵落としを叩きこんだ。思わずくぐもった悲鳴を上げるナツだが彼を案じる者はウェンディ以外に誰もいない。寧ろシャルルはシエル側で自分も参戦しそうになっている。が……。

 

「この匂い!!」

 

突如立ち上がってウェンディとは全く別の方角へとナツは顔を向ける。その勢いのせいで彼の頭に踵を置いていたシエルは押し出され、背中から倒れこむも、ナツの緊迫した様相を見たことで、先程までの苛立ちは霧散している。

 

「憶えてるぞ……何でアイツがここに……?」

 

「アイツ?知ってる奴か……?」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)特有と言える発達した嗅覚が、ナツにある人物が島の中にいる事を教えた。彼はその者の事を知っているようで、様子から察するにこの場にいるのが不思議で仕方がないと言いたげだ。

 

「ウェンディ、アンタ分かる?」

 

「分かんない……。私はみんなの匂いが散漫してて、場所の特定が出来ない……」

 

ナツほどではないが同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として嗅覚が発達しているウェンディに気付けないかシャルルが尋ねるも、場所の特定には及ばないようだ。結局のところ、誰の匂いを感じ取ったのだろうか。聞いてみると……。

 

「ガルナ島で会ったアイツだ……!」

 

ガルナ島。ナツやルーシィたちが無断で受注したS級クエスト。その依頼先として向かった呪われた島と呼ばれていた場所。ナツの言うその島で会った奴とは、物質の時を操る失われた魔法(ロストマジック)を扱う、仮面を被った老人の事だ。

 

ちなみにシエルはそのS級クエストに同行しなかった為、ガルナ島の話を聞いても詳しく知らなかったりする。

 

「近ェぞ!!」

 

「あ、ナツ!!」

「ナツさん!!」

 

そして場所を特定したナツは一人突出して走り出してしまった。咄嗟にシエルたちが呼び止めるも一切聞かず。そのまま森の奥へと走り去って行く。

 

「あ~あ、行っちゃった……」

 

「ガルナ島のアイツって……俺行ってねえから知らないんだけど、誰の事?」

 

「カクカクシカジカで結構苦戦した相手だったんだよ~」

 

そしてこのタイミングでハッピーから場にいる全員にその人物の情報が共有される。特に失われた魔法(ロストマジック)と言う単語にはほぼ全員が着目した。ザンクロウが使用していた滅神魔法も失われた魔法(ロストマジック)の一種だ。偶然だろうか?

 

「しょーがないなぁ~。オイラ、ナツを追って行くよ」

 

そう言いながらハッピーも(エーラ)を背中から出してナツが走り去った後を追って行く。それを見届けながら、シエルはマカロフの様子を横目で見やる。今のところ安定しているようだ。いざとなった時も、ウェンディがいる事で最悪の事態を回避できるはず。

 

「3人とも。マスターを見ていてくれるかな?」

 

「え?」

「シエル、アンタもまさかナツたちを追う気?」

 

立ち上がりながら唐突にそう告げたシエルに目を見張って驚いている様子を見せるウェンディたち。まさかシエルまでその場を離れようとするなんて思いもしなかった。だが、何も考え無しと言う訳ではない。

 

「ナツが探しに行った奴がどんな奴かも分かっていないけど、もし七眷属の一人だったら苦戦は必至。よしんば勝てたとしても、またさっきみたいに消耗し切ったらすぐには帰ってこれないから、一応は同行しておかないと」

 

「そこはハッピーがいるだろ。十分じゃないか?」

 

「深追いして遠くまで行ったら、ハッピー多分迷って帰ってこれないと思う……」

 

「……あり得るわね……」

 

もうこの島には多くの悪魔の心臓(グリモアハート)の魔導士が集っている。幹部である煉獄の七眷属もどこから来るか分からない。戦力を少しでも有利にすること、そして撃破出来た後の処理なども考えての行動だ。

 

「それに……何だかさっきから、胸騒ぎみたいなものも感じるし……」

 

小声で呟いたシエルの声を聞き、そして同時に浮かべた考え込む顔を見て、何かを感じ取ったのか、ウェンディは目を瞬かせて彼の横顔に着目する。だがそれにも気付かず、シエルは3人に、そしてマカロフに目を向けながら……。

 

「じゃあ、マスターの事お願いね。行ってくる!」

 

そう告げた直後にシエルもナツたちの向かった方角へと走り去っていく。何かを言いかけたウェンディが思わず声を漏らし、シエルの背に手を向けるも、少年は気付かないまま行ってしまった。どこか心配そうな表情を浮かべたまま、ウェンディは見送る事しかできなかった。




おまけ風次回予告

ナツ「匂う匂うぞ!何でここにいやがんだー!」

シエル「ちょっとは落ち着いて追いかけろって!他の敵がどっから来るかも分からないんだし」

ナツ「何だ!?シエル、お前も来たのかよ!?」

シエル「誰を相手にするかは知らないけどさ。ギルドの敵ならみんなの敵。そして仲間で協力するのが、チームってもんだろ?」

ナツ「……そうだな!しゃーねえ、やってやるか!」

次回『チーム再結成!』

ナツ「オレたち妖精の尻尾(フェアリーテイル)にケンカ売ったこと!!」

シエル「とことんまで後悔させてやろうぜ!!」


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第120話 チーム再結成!

ここ最近は短くても隔週投稿になってしまっています。上手く書けなくなってきてる…。原因はなんだろ…?

あと今回は、ちょっとバトル描写が上手いこと思いつかなくて、駆け足気味な上に投げやり気味になってしまってます…。申し訳ない…。

更にもう一つ報告が。来週はどうしても外せない用事がありますので、投稿目安日がまたその次の週になりそうです。


森の中を、その青年は真っ直ぐ走っていた。水色がかった長い髪を揺らし、手遅れにならないでくれと心中で懇願しながらただ必死に足を動かしている。

 

向かう方角にあるのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のベースキャンプ。その場所から突如起こった謎の爆発の正体を確かめる為、ペルセウスは表情に焦りを抱えながら一心不乱に駆けていく。

 

「(リサーナ……!!)」

 

真っ先に脳裏をよぎるのは、集合地であるキャンプにいるであろう想い人。他にもそこに集っているであろう仲間たちのことも気がかりではあるが、どうしても彼女の安否が真っ先に気になってしまうのも事実。

 

しかしその心情とは裏腹に、彼の根底には先程まで対話していたスプリガンとの、別れ際の言葉が妙に引っかかってしまっていた。

 

 

『今この島には、君たちとは違う者たちもいるんだね?』

 

『ああ……人の庭を勝手に踏み荒らす迷惑な集団だよ……』

 

ベースキャンプがある方角から起きた爆発の瞬間を目にし、険しい表情を浮かべているペルセウスはスプリガンからの質問……と言うより確認に近い問いに対し、顔を向けないまま答える。彼も気付いているのだろう。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地であるこの島に今、悪魔の心臓(グリモアハート)と言う闇ギルドが乗り込んできていることを。そしてその目的も……。

 

『彼らの狙いは、恐らく僕だ』

 

『!?』

 

『何となく、そうじゃないかと思うんだ。闇の世界に生きる者たちが、僕の力を欲して多くの罪なき命を奪っていった。どの時代でも、それは変わらない……』

 

予想だにしなかったスプリガンの言葉に、思わずペルセウスは顔を驚愕に染めながら彼を見る。ペルセウスの目に映ったスプリガンの表情は、哀しみに染められていた。

 

『ごめんよ。僕がここにいなければ、ここが戦場になる事も、君たちが傷つくこともなかったはずだ』

 

『そうとは限らないだろ!!』

 

『いや、確信を持って言える。僕のせいなんだ……』

 

自らの責任を感じてペルセウスに詫びるスプリガンに対し、否定の言葉を返すも彼は自責の考えを変えようとはしない。自分がここにいる限り争いが止まることがない。ならば自分は早々にこの島から出る必要があると、これ以上島の中に留まるわけにはいかないと告げるスプリガンに、しばし迷っていたペルセウスは意を決して告げた。

 

『俺と来てくれ、スプリガン』

 

躊躇うように歪んでいた表情を正し、真っすぐに彼の顔を見据えたペルセウスが口にした要請に、今度はスプリガンが驚愕の表情を浮かべる番だった。敵の狙いがスプリガンにあるのなら、奴らの手に渡してはならないはず。ギルドのみんなにも事情を説明して彼の身柄を保護するように頼むつもりだ。彼が並大抵の魔導士ではない事はペルセウスも承知の上だが、恩人である彼をこのまま放っておくことも出来ない。

 

『どのみち奴らは、俺たちのギルドも標的にしてるんだ。だったら……!』

 

『それは出来ない』

 

しかしそんな彼の頼みを、スプリガンは真っ向から断った。何故、と言いたげに目を見開くペルセウスの反応に対してスプリガンはその理由を伝えた。

 

『今この島に、君以外の人間が僕に近づくのは、あまりに危険すぎる』

 

その的を射ない言葉にどういうことかと尋ねると彼は教えてくれた。スプリガンには自分でも抑えきれない衝動が存在している。昔、とある存在からかけられた呪いの類であり、前触れもなくその衝動が発生すると、周囲の命を奪ってしまうのだと言う。ペルセウスを含め、彼の知人の一部はその例に当てはまらないが、彼の仲間にはどのみち迷惑をかけてしまうと。

 

その話を聞いてペルセウスは先程目にしたとある光景を思い出した。スプリガンが持っている魔力と同じ魔力を漂わせていた、黒く変色した森の一部。死んでいた一角を。あれはやはりスプリガンのものだったのだと理解できた。

 

『けど、約束はできるよ。僕にも今やるべきことが出来た。君たちのギルドに……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちに危害は加えない』

 

儚げな笑みを浮かべながらスプリガンはペルセウスにそう約束をかけた。この島にいる間、ペルセウスの仲間であるギルドの人間には手を出さない事。元々彼は、誰かを傷つけることを良しとしていないようだが、その決意を更に強め、限定的にしようとしている。

 

『でも俺には……あんたへの恩が……!』

 

『その心配はいらない。まだ、その時じゃないから』

 

彼に手を伸ばしてどう呼びかけるペルセウスに背を向けるように体を翻し、彼の恩を返す時はまだ早いと告げる。その時じゃないとはどういうことか。今のペルセウスにはその言葉の意味がまだ理解できていない。

 

『君はあの時よりも強くなった。君の弟も、力を手にし、今もなお強くなろうとしている』

 

スプリガンが初めてペルセウスと会った時、彼は幼いながらも彼に内包されている極めて高い魔力には初めから着目していた。まだ若すぎる少年の時点であれほどの力を持っているペルセウスならばいずれは……と。そして5年経った今、彼の力は想像通りの向上を見せ、尚且つ彼の弟も彼の背を追って予想以上の成長を遂げていると来た。

 

だがそれでも足りない。ペルセウスも、シエルも、そして彼がようやく会えたかの存在も、スプリガンの望みを叶えるにはまだ遠いのだ。その時が来るまで、更に待つ必要がある。

 

『君たちは、更に力をつけていってほしい。その力を振るい、発揮するその時まで……』

 

長い長い時を座して待っていたスプリガンにとって、さらに苦しい時間となるだろう。だがその分の期待もしていた。きっとこの兄弟なら、()同様に大きな存在となってくれるはずと。背中の向こうにいるペルセウスは、それでもまだ納得してくれていないだろう。彼からすれば、すぐにでも自分の力になりたいと考えているのに、それが出来ないもどかしさがあるのだから。

 

『それでも君の気が済まないのなら、僕から一つ頼まれてくれるかい?』

 

振り向きながらスプリガンは彼に対してこう頼んできた。自分に出来る事であれば、恩人の願いを無碍にする訳がない。どんなことでも言ってくれと、彼が口を開く前に、思わずその口を閉ざしてしまう、驚愕の願いを、スプリガンは口にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

()()のことを、どうかよろしくね』

 

 

 

 

思いもよらない人物の名。どうして、スプリガンがナツの事を知っていたのか?そして彼がナツの事を託したように聞こえる言葉の意味は?多くの疑問が出来た先程までの出来事を思い出しながらも、ペルセウスは足を止めることなく駆け続ける。

 

「(まず優先するべきはギルドのみんなだ……!)」

 

スプリガンに関する疑問を抱えながらも何とか一度振り払い、爆発があったベースキャンプへとさらに足を速める。意中の少女、そして仲間たちの無事を祈りながら。

 

 

 

彼はまだ、知る由がなかった。スプリガンが悪魔の心臓(グリモアハート)に狙われる理由が何なのかを。彼が魔法界においてどのような存在なのかを。

 

 

 

「いくら伝説の黒魔導士と言えど……眠ってる状態じゃ、てんで話にならないわね……」

 

ペルセウスと別れた後、スプリガンは彼の敵となるギルドの魔導士と邂逅した。島を出るように警告し、それに従おうとしないその魔導士の女に、無理でも追い出そうと攻撃を仕掛けた。

 

しかし実力は拮抗。物体の“時”を戻すことが出来た彼女の魔法、及び彼女自身の機転によって、スプリガンは倒れてしまった。傷の痛みに藻掻き倒れ伏す彼を、切り揃えられた長い黒髪の女性魔導士は、同様に傷だらけになり、息を切らしながらも確かに立ち、見下ろしていた。

 

手こずらせてくれた青年に苛立ちの感情さえ向けていた彼女であったが、次第にその表情は笑みに変わっていった。ついに、手に入れたのだ。伝説の黒魔導士の全てを。

 

「私は!ゼレフを手に入れたぁぁーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

スプリガン……彼こそが、史上最強最悪と呼ばれた黒魔導士・“ゼレフ”そのものであった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時はそれから約1時間ほど経った頃。鬱蒼と茂る森の中を駆け足で回りながら、一人の少年が周囲に目を配っている。探している人影は、まだ見つけられていない。

 

「え~っと……確かこっちに行ったと思ったけど……」

 

匂いの元をたどって駆け出して行ったナツの後を追い、同じように森の中を駆け回っていたシエル。だが気付けばナツはどんどんと先へと進んで行ったのか、今や影も形も見当たらない。

 

このまま宛てもなく彷徨ってしまうと、今度はこっちが迷ってしまう羽目になる。来た道順までは一応記憶にあるが、これ以上の宛てのない深追いは危険だ。

 

「魔力をちょっと使うが、仕方ないよな……。乗雲(クラウィド)!」

 

そうぼやきながら自らの足元に雲を出現させ、共に上昇。一気に上空へと浮かび上がったシエルはナツの姿を探して辺りを見渡す。空から探せばすぐにでも見つかる……とも思っていたのだが、木々が深いところも多いため、存外目に入り辛く、ナツたちらしき姿が見当たらない。

 

「ん~~……どこまで行ったんだよ、ナツたちは……」

 

呆れ果てた顔で溜息を吐きながら愚痴のように零したその瞬間、とある一角から何かがぶつかったような衝撃音が響き、同じ方向から土煙のようなものが木々の間から上がった。

 

「あそこか!!」

 

直感で気付いた。ナツたちはあそこにいる。そして現在グリモアの魔導士のいずれかと戦闘を行っているところだろう。すぐさまその現場へと雲を動かして移動。そしてその先で起きている光景を目にすることが出来た。

 

「いた!ナツ!……と、ルーシィ!?」

 

自分の目当てであるナツと共に、カナのパートナーとして島に来ていたはずのルーシィの姿をシエルは見つけた。その場には見かけない人物も一人存在している。ゴワゴワしているような髪を持った真っ白の肌をした巨漢だ。手には小さい人形のようなものを持って掲げている。だが何か様子がおかしい。敵であるはずの巨漢を放って、ナツがルーシィを羽交い絞めして止めているように見える。どういう状況だ?

 

「よく分かんないけど……取り敢えず敵だと分かってるのは……」

 

ひとまず判明している事のみを重点的に置いておき、ナツたちの真上へと移動して雲を消す。そして落下を始めた体に雷の魔力を握り潰して巡らせ、狙いを見覚えのない白い巨漢へと定めて速度を上げた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

同時刻の地上。ガルナ島で会った老人を追っていたナツは現在、目的とは別の人物と対峙していた。本来追っていた者は先に見つけていたゼレフを連れてこの場を去ってしまっている。後からルーシィと共にこの場へと成り行きで乱入してきた煉獄の七眷属の一人・『華院=ヒカル』と名乗る白い巨漢が、今現在二人が相手をしている者だ。

 

一見すると肥満形態で、どこか間抜けな印象すら与える言動を持つこの男。だがその実見た目に反した機敏性と身のこなし、そして見た目を裏切らないパワーも兼ね備え、極めつけには彼が使用する魔道具『丑の刻参り』と言う、髪の毛を一本差すことで相手の動きを制限できる人形の存在が、ナツとルーシィを苦しめていた。

 

呪殺魔法の一つである丑の刻参りを扱える人形・『ノーロさん』には現在、ルーシィの金色の髪が一本差されており、彼の操る人形と同じ動きでルーシィの身体が動かされ、ナツはそんな彼女に動きを封じられていた。何とかルーシィの動きを止めようとしたナツだったが、現在は逆に抜け出されて、普段の彼女以上の力で次々と拘束技を喰らっている。

 

「丑の刻参りの力はこんなもんじゃないっスよ。更なる悲劇が二人を襲う―――」

 

更に残忍な方法でナツたちへと攻撃を仕掛けようとするヒカル。その為に手に持っているノーロさんでそれを行おうと構えた矢先だった。

 

「頭上に~~?」

 

「ウェ?頭上……?」

 

突如ヒカルの上から子供の声が聴こえ、思わず彼はそれに反応して上へと顔を向ける。一方ナツたちは上から聞こえた声に覚えがあり、それぞれが驚いたような反応を示す。そして、上を向いたヒカルの目に映ったのは、こちらへと急激に落下してきている、黄金の雷を纏った少年の姿。「えっ!!?」と仰天の表情を浮かべて驚いていたがもう遅い。

 

「落雷!注意報ーーー!!」

 

「ヴェェェェイッ!!?」

 

上を向いたことで露わになったヒカルの顔面目掛けて、黄雷と共に少年の両足が突き刺さる。目と鼻の間が着弾点の中心となったことで悲鳴は上がったが、勢いは凄まじかったのかヒカルの頭は後ろから地面へと激突。その影響で身体全体がひっくり返った。さらに拍子にヒカルの手に握られていた人形も、ポロっと手から離される。

 

「シエル!?」

「お前なんで来たんだ!?」

 

人形がヒカルの手から離れたことによって、ルーシィの身体にも自由が戻り、ナツも解放される。だがそれと同時にナツたちはシエルがこの場に現れたことに対して大きな驚愕を見せていた。そんな声を聞きながら、シエルは踏み潰したヒカルから飛び退き、新体操選手のように回転ジャンプをしながらナツたちの前へと降り立つ。

 

「先走り過ぎて迷ってたりしたらナツが大変だと思ってね。あと回復したばっかなのに七眷属を相手にするなんて無茶、絶対すると予感してたから」

 

「無茶じゃねーよ!横取りすんな!!」

 

などとナツは主張しているが、先程までルーシィに関節技のようなものを決められて明らかに苦戦していたようにしか見えなかったので説得力皆無だ。まるでエドルーシィにやられていた時の事すらも思い出したほどに。

 

それは兎も角として、シエルは先程踏みつけた白肌の巨漢へと改めて目を向けた。ナツが匂いを辿って駆け出し、この場にいると言う事は……。

 

「で、ナツが言ってた奴って“アレ”?ハッピーの話と大分印象違うんだけど……?」

 

「そいつじゃなくて別にいたんだ。でも今逃げられて……!」

 

「あたし、こいつに襲われてたの。それで、たまたまナツたちのトコまで……」

 

シエルが呟いた疑問に答えたのはハッピーとルーシィ。どうやらナツが目当てにしていた人物はもうこの場にはいないらしい。そして追いかけようとしたがあの巨漢……ヒカルに足止めを喰らっていたと言ったところだろう。

 

「ウーウェ……!い、いきなり何スか……人を踏んづけるなんて、酷いことするっス……!」

 

空高くから一気に急降下して踏みつけられたことで意識も飛んだと思われていたヒカル。だが彼は顔の痛みを訴えるように手でさすりながらも、手から落とした人形を拾い上げて起き上がり、突如現れて自分の顔を踏みつけたシエルを睨みつける。まさか起き上がるとは思わなかったらしく、ルーシィとハッピーが驚愕に顔を染めるも、シエルはそう簡単に倒れはしないと予想していたのか冷静に敵の姿を見据えている。

 

「あ、あれ受けて、平気なの……!?」

 

「これしきの攻撃ワケないっス。けど、どうやらお仕置きが必要な悪い子みたいっスね」

 

見た目に違わず体の頑丈さも持ち合わせていたらしく、ルーシィの反応に対してさしたるダメージなど受けていないと言いたげにヒカルは大きく片足を上げて踏み下ろし、地ならしを起こす。その姿は相撲の力士が行う四股踏みそのもの。気合を入れ直す彼のルーティーンだろう。

 

「そうだ!シエル、もう一人いた七眷属はゼレフを連れていっちゃったの!急いで追いかけて止めないと、大変なことになっちゃう!」

 

標的の一人にされたと理解して、いち早く迎撃できるように構えるシエル。そんな少年にルーシィは焦りを孕んだ顔で重要事項と思われる言葉を告げた。悪魔の心臓(グリモアハート)の目当てとされている黒魔導士・ゼレフ。それが七眷属の一人に連れていかれたことだ。そして奴らがゼレフを狙っていた理由も、明かされる。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の狙い。それはゼレフを手中に収め、世界の王にすること。彼らの幹部煉獄の七眷属は、全員が魔導士の深淵に近づきすぎた者が手に出来る失われた魔法(ロストマジック)の使い手。それ故に、強力な副作用も存在している。そんな副作用を抑えるどころか、なかったことに出来る方法……混沌と闇が支配する“魔法”本来の世界、『大魔法世界』へと変える事。

 

「『大魔法世界』……!?」

 

「何だか、スケールが物凄く大きい話……!」

 

シエルも、話を共に聞いたハッピーとナツもその顔に浮かべるのは大きな驚愕だ。更に聞けば、その世界では魔法を扱える者のみが存在出来る……つまり魔法を扱えるほどの魔力を持たない一般人は生きられず、生きていられたとしても地獄の世界。世界中の人間の約一割のみが魔導士を生業にするこの世界において、残る九割が滅びゆく結末を迎えてしまう。

 

「その通りっス。ゼレフがこの世界の王となり、導く世界。それが自分たちがゼレフを探していた理由っス」

 

ルーシィが説明した内容に肯定を示し、ゼレフを探していた理由として答えるヒカル。その表情には驚愕も恐れもない。先程までとは違った冷酷さをも感じさせる表情で、淡々と自分たちの目的を述べていた。これは優先すべきことを間違えてはならない状態だ。それをすぐさま理解したシエルは、すぐさまルーシィたちに問いかけた。

 

「ゼレフを連れてった奴は、どんな特徴だった!?」

 

「えっと、長い黒髪の女の人!」

 

「けど騙されるなよ!あくまでアレは女装した姿だ!!」

「女装が趣味だったみたい!!」

「え……?どー見ても普通に女の人っぽかったような……?」

 

ゼレフ、及びそれを連れて行った者を追いかけること。その為に特徴を聞いたシエル、だったがルーシィとナツたちとで極端に分かれている。女性の姿……だがそれは女装しているからと言う混乱必至の情報だ。結局のところ性別すらはっきりしない。

 

「ウルティアさんが、女装……?あれ?ウルティアさんは最初から女性だったような……ウーウェ……?」

 

そして混乱してるのは敵側であるヒカルも一緒だった。ゴワゴワとした黒髪を手で掻きながら、女装が趣味と扱われているウルティアなる人物の姿を思い出している。同じギルドのメンバーじゃないのか……?

 

「……ん?ウルティア?……その名前、どっかで……」

 

しかしふと『ウルティア』と言う名前に聞き覚えがあるような気がして、シエルは思わず考え込んだ。いつだったか、誰かからその名前を聞いたことがあるような……?確か……それ程昔ではなかったはずだが、ここ数か月は濃密な出来事が次々起こっていた為、明確に思い出すことが出来ない。

 

「考えるのは後回しだ。とにかく……ゼレフを連れた女を追いかける!」

 

考え込んでも仕方がない。すぐさま思考を切り替えてシエルはウルティアと呼ばれた女(もしくは女装した男)を追い、ゼレフを連れていかれないようにする。それを最優先と考えて乗雲(クラウィド)を出し、すぐさま空へと飛ぼうとする。

 

「そうはさせないっス」

 

しかし、意味深に口元を吊り上げたヒカルが人形を持ちながら動かすと、ルーシィは顔を青くし、更にその身体に異変が起きた。

 

「ちょっ、きゃあっ!?」

「ごはっ!?」

 

あり得ない挙動でルーシィの体が宙に浮いたかと思いきや、シエルの背中に彼女の頭突きが炸裂。目を見開いて悲鳴を上げながらシエルは雲から落ちて、前のめりに地面へと激突する。

 

「あ!またアレか!!」

 

見ようによっては間抜けな光景だが、普段はそれを笑っていそうなナツもその正体を理解して顔を苦々しく染める。

 

「ルーシィ……ひょっとして日頃の恨み?だとしても何で今なの……?」

 

「違う!身体を操られてるのよ!!」

 

一方のシエルは体を起こしてルーシィへと振り向き、思った以上にショックを受けたのか涙目になりながら声を震わせてルーシィに問いかける。対するルーシィは誤解だと言外に告げるように自らの無罪を主張している。

 

「子供が一人増えたところで自分のやる事は変わらないっス。3人纏めて、自分が始末するっス」

 

ナツとルーシィの二人がかりでも退かなかったヒカルは、シエルと言う子供が増えたところで負ける気はないようだ。自信に満ちているが実際に今ヒカルは再び人形を動かしてルーシィの身体を操り、場を離れようとしているシエルを抑え込んでいる。味方に邪魔されていることでシエルは混乱しながら離れるよう叫ぶが、ルーシィは自由に体を動かせないので謝る事しかできずにいる。

 

「どきやがれェ!!」

 

そんな中唯一自由の利くナツは拳に炎を纏ってヒカルに肉薄するも、人形を持つ手を器用に離さないまま片方の腕でその拳を弾き、お返しと言わんばかりにナツを張り手で吹き飛ばす。

 

「ドドスコーイ!!」

 

その威力は実際高く、咄嗟に防御をとったナツの身体を、吹き飛ばすほどの腕力が窺えるほど。魔道具による魔法だけかと思いきや、身体能力も高いとは厄介だ。その上、彼が手に持っている人形を見て、シエルは何かを思い出したように表情を歪めた。

 

「そ、そう言えば他人の身体を呪いの力で意のままに操る、失われた魔法(ロストマジック)の一種があるって、本で見た気が……!」

 

「実際物凄く厄介なの~!」

 

操られるままのルーシィにポカポカと殴られ続けて地味に痛みを負っているが、仲間である彼女に対して反撃することも出来ずされるがままになってしまっている。足止めとしてはこの上なく有効だろう。あの人形をどうにかしない限りは事態は好転しない。

 

「なら、手っ取り早く退けるしかないな。雷光(ライトニング)!!」

 

瞬間、シエルはやり口を変えることを決定。ルーシィに囚われていない方の手で雷の魔力を握り潰して雷光を纏い、一瞬の隙をついてその場を脱出。直後にヒカルへと肉薄していく。

 

「さっきの雷攻撃っスか!?けど、二度も同じ手は喰わんっス」

 

動体視力も優れているようですぐさまシエルの攻撃を察知したヒカルが、彼に狙いを定めて右の掌を突き出して吹き飛ばそうとする。だがシエルはもう一つの雷の魔力を握り潰してその張り手をすぐさま回避。カーブを描いてヒカルの懐に入って……。

 

「そらっ!!」

「ヴェエ!?」

 

巨漢のがら空きになった顎目掛けてサマーソルト。そのまま着地すると同時に飛び上がり、右に二、三回回転した後右ストレートを放ち、浮かんでいた巨体を数メートル殴り飛ばした。小柄な体に似合わぬ威力は、思わぬ衝撃をヒカルに与えたことだろう。

 

「シエル横取りすんなっつっただろ!?」

 

「その意見は汲みたいけど、向こうは逃がしてくれそうもないしさ」

 

だが勝手にヒカルに攻撃をしたシエルに文句が出来たナツは牙を剥き出しにしながらそれを叫ぶ。シエル自身もこのままナツに任せてゼレフを追いたかったのは事実だが、肝心な敵がそれを許してくれない為致し方なしと言える。現に話を聞くと、ナツも本来狙っていた敵をヒカルの手によって逃がされたらしい。となれば、ナツがこの白い巨漢にこだわる理由は薄いと言える。

 

「それに、ナツが目当てにしてるのはこいつじゃないんだろ?なら人数が有利な内にさっさと倒した方がすぐに追いかけられる」

 

もっともな意見を聞いたナツは、しかし納得しきれない部分があるようで「けどよぉ」とどこか居心地悪そうな表情を浮かべている。

 

「いいだろ?俺たち、チームなんだからさ」

 

対してシエルは、不敵な笑みを浮かべながら勝気にそう告げる。それを言われたナツは、何回か目を瞬かせると、珍しく折れた様子で口を吊り上げると同時に息を吐く。

 

「……しょーがねーな!そこまで言うんなら!」

 

燃える炎を両手に纏いながら拳と掌をぶつけて再び気合を入れるナツ。蒼雷を纏いながら右爪先をトントンと地に叩き、駆け出せる構えをとるシエル。その背中を見るハッピーは、久々に見るような光景に思わず笑みを零していた。

 

「何人か足んねーけど、最強チーム再結成だ!!」

 

「おう!」

 

試験絡みで対立していた関係は一度解消。侵入してきた闇ギルドの魔導士相手に、同じチームとしての共闘タッグ。炎を燃やす青年と天気を駆使する少年は、互いに不敵な笑みを浮かべながらヒカルへと視線を向け堂々と宣言した。

 

「あの……あたしの身体操られたままなの、忘れてない……?」

 

「「あ」」

 

そんな二人に引き攣った表情でぼやいたルーシィの言葉に、思わず声が漏れた。そう言えば、忘れてた。自在に体を動かせない故に、地に転がったままの体勢で放っておかれたままだった。

 

「自分だけ仲間外れにして随分楽しそうっスね……!」

 

シエルに殴り飛ばされた後に起き上がってみれば、ヒカルには楽しい雑談のように見えたのかどこか怒りを露わにしてこちらを睨みつけている。その胸中は割と分かりやすい。途端にシエルは笑みを浮かべながら挑発する。

 

「何だ?ひょっとしてほっとかれて傷ついたか?構ってほしかったのかよ」

 

「じ、自分、これでも心は繊細なんっス!!あんた、昔の自分に似てカワイイ顔してるからって調子に乗るんじゃないっス!!」

 

その挑発には見事に釣られて怒り心頭と言った様子を見せはしたものの、代わりにとんでもない発言が聞こえてシエルたちは思わず絶句した。

 

「え……てことは俺将来はああなる可能性があるってこと?何それ……心の底から嫌……う、想像しただけで……」

 

「だ、大丈夫よ!何もそうと決まったわけじゃ……!!」

「そうだぞ、本気にすんなシエル。あんなのジョークに決まってんじゃん」

「冗談にしてももっとマシな事言ったらいいのにね」

 

「何スか、そのリアクション!?失礼の極みっス!!」

 

幼いながらも見ようによっては女の子にも見えそうなほど整った美少年が、将来白い肌のゴワ毛を持った巨漢に成長すると言う世にも悍ましい未来予想図を考えついてしまったシエルが、顔を真っ青にして口元に手を当てているのを、ルーシィが必死にフォローし、ナツとハッピーがズバッとヒカルの主張を冗談と決めつけて切り捨てる。

 

どれほど自意識過剰なのか定かじゃないが、ヒカルからすれば事実を言っただけ。なのにここまで引かれて嘘と決めつけられるのは今までの人生の中でもトップクラスにショックな事だったろう。実際今、彼の目には涙が浮かんでる。

 

「ウーウェ……!どこまで自分の純情で繊細な(ハート)を傷つければ気が済むんスか!許せんっスゥーッ!!!」

 

涙を流しながら怒りの形相を浮かべ、ヒカルはその巨体を素早く動かしてこちらに接近。一早く気付いたナツはそれを迎撃しようと前へと乗り出した。駆け出すと同時にその右脚に炎が宿る。

 

「火竜の鉤爪!!」

「ドドスコーイ!!」

 

真っ向からぶつかり合う足と張り手。その力は拮抗し、明らかに体格の差があると自負するヒカルは意外そうに目を見張る。それを見たナツは口元をニヤリと吊り上げると、身を翻しながら両手の炎を振り回す。

 

「からの~?翼撃!!」

「ヴェーイ!!」

 

咄嗟の事で迎撃が間に合わず、鞭のようにしなる炎がヒカルを襲う。さらに追撃をしようとするナツだが、今度はすぐさま回避され、ロケットの如く頭から突っ込んでナツの身体を弾き飛ばす。

 

「ぐおっ!?」

 

「今度はこっちの番っス~!!」

 

反撃と言わんばかりに追いかけて攻撃を加えようとするヒカル。しかしそこに背中から蒼雷を纏った少年が飛び蹴りでヒカルの身体を貫いて転ばせる。

 

「ウ、ウーウェ……!またあんたっスか……!」

 

「悔しかったら追いかけてみなよ」

 

先程の精神ダメージ(?)からは回復できたようで、再び挑発的な笑みを浮かべながらヒカルを誘い込む。単純な面が強いヒカルはまたしてもそれに乗り、表情に怒りを募らせながらツッパリと共に少年を追いかける。しかし蒼雷を纏って敏捷性が格段に上がっているシエルを追っても追っても捕えられる気配がない。

 

「ウェ……!ちょこまかと鬱陶しいっス……!」

 

「図体がデカいから動きがとろいんじゃないのか?」

 

「ウェーイ!本当に口が悪いお子様っス!!」

 

わざわざ一気に加速するのではなく、ギリギリ次に届く範囲に着地しながら回避していることで、余計にヒカルの苛立ちを助長する。いくら優れた魔導士の攻撃であっても、当たらなければ意味がないと体現しているようだ。そしてヒカルが苛立ち、冷静な判断が出来ない状況になればなるほど、その攻撃に精密性が欠けていく。

 

「お、おのれぇ……!ゼェゼェ……は、腹減ってきたっス……ヴェッ!?」

 

何度攻撃しても当たらず、次第に奪われていく体力と気力。激しく息切れし、ついでに空腹感も感じてきたヒカルに更なる追撃がかかる。青に黄色の線が巻き付いたかのような魔力で出来た鞭がヒカル目掛けて伸びていき、彼の首に巻き付いたのだ。唐突に首を絞められたヒカルは苦し気にもがき出す。

 

「な、何スか、これ……!?」

 

星の大河(エトワールフルーグ)よ」

 

ヒカルが零した疑問とも取れる言葉に返した声を聞き、ヒカルは思わず振り向いた。伸縮自在の鞭を携えてこちらを拘束してきたのは、自分がノーロさんによって操っていたはずのルーシィ。だがその身体は今自由がきいているらしく、こうして自分の行動を制限している。

 

そしてヒカルは気付いた。ナツやシエルに気を取られ、さっきからノーロさんを一切触っていない事を。まさかと思ってシエルの方を向くと、少年が返したのはしたり顔。まさか、挑発も交えたここまでの動きは計算づくだった……!?

 

「今だ、ナツ!!」

 

身動きが取れなくなったヒカルを確認し、シエルは上を見上げながら声をあげる。その視線にヒカルが目を移すと、炎を纏った青年がこちらに向けて落下しているのが見えた。高い木の上にいつの間にか上っていたようで、そこから跳んで雄叫びを上げながらこちらに突っ込むつもりなのはすぐに分かった。だが、分かったところでどうにもならない。

 

「火竜の劍角!!」

 

ナツの炎の頭突きが顔面を直撃。顔をめり込ませてヒカルのバランスを崩す。ナツを除いた三人はそれに喜色満面の笑顔を浮かべて勝利を確信していた。

 

「……ドド……ドスコーイ!!」

 

「ぬご!?」

 

勝利を確信していたルーシィが鞭を彼の首から外した数瞬後、足を踏みとどまったヒカルの横平手がナツの身体を飛ばし、もう一発反対の手を使ってより弾き飛ばす。それを見た瞬間先程まで笑みを浮かべていたルーシィとハッピーが驚愕に顔を染め、信じられないものを見るかのように口を開く。

 

「そんな!?」

「渾身の一撃だったのに!!」

 

「あ、危なかったっス……ですが自分、七眷属っスから、負けられないっス……!」

 

相当な数の攻撃を受けても尚立ち続ける白き巨漢に、次第にルーシィたちに絶望の文字が浮かんでくる。何度叩いても起き上がってくるその様相は、本当に人間なのかと疑いたくなるほどだ。ほとんどこちらに余力はないと思われる。万事休すか……。

 

 

 

 

 

「俺たちだって負けられないさ。ギルドの名を背負ってんだから……!!」

 

ふと、唯一絶望を感じる顔を浮かべなかった少年が呟いた言葉が、状況逆転の合図となった。その言葉を告げると同時に、ヒカルの足元が突如青く光り始める。その色はまるで、今もなおシエルが纏わせている雷と、同じ。

 

「あれって……!」

 

その正体に最初に気付いたのはハッピー。挑発しながらヒカルの攻撃を避けている際、飛行して避けてもいいはずなのに、わざわざ足に地を着けて彼は攻撃を回避し続けていた。その際に足をつけて、地を蹴った場所と、一致している。謂わば……

 

「シエルの足跡!?」

 

「あの状況で、(トラップ)を仕掛けてたってこと!?」

 

まさか戦いの中で、自分がナツの攻撃を受けても踏みとどまる事さえも予測し、ダメ押しの為の魔法まで用意していたとは、ヒカルは驚きを通り越して恐怖さえ覚えた。まるで未来を見ているかのような行動に、用意周到過ぎて人間とは思えないほどに。そして今ヒカルは、(トラップ)と聞いて迂闊に動くことを躊躇ってしまっていた。

 

「なあお前、“地雷”って知ってるか?」

 

震えて動けずじまいになっているヒカルに対し、シエルは下に狙いを定めて右の拳を振りかぶりながら尋ねた。「ウ、ウーウェ……?」と返答になっていない受け答えをぼやいたヒカルに向けて、シエルは最後の仕上げを繰り出した。

 

「東の国では、“地の雷”って書くんだぜ……!」

 

そして蒼雷の魔力を込めて突き出した拳は地面に突き刺さる。これによって、自分が仕掛けた蒼雷の(トラップ)が作動し、一斉に真上にいる標的へと牙を剥いた。

 

 

 

 

 

「『地雷網縛(ブリッツマイン)』!!!」

 

「ヴェェェェエエエエッ!!?」

 

一気に放出された雷の柱。何十にもわたるその柱は天へと昇り、標的となったヒカルの身体に炸裂する。貫通さえしている多くの雷柱が収まる頃には、ヒカルの白い体は青い電流が走った所々が黒こげの状態へと変貌し、そして前のめりに倒れ伏した。

 

「うっし!」

 

「やった!」

 

今度の今度こそ。崩れ落ちるように倒れこんだヒカルの姿を見て、シエルは思わず腕を掲げて喜びを表し、ルーシィもまた顔に弾けるような笑みを浮かべた。ハッピーも飛び跳ねながらナツの元へと駆け寄って行く。

 

「ナツー!やったよー!!……ってあれ?どしたの?」

 

「オイシーとこ持ってかれた……」

 

喜びを分かち合おうと駆け寄ったものの、どこかナツの表情は不機嫌だ。不貞腐れてると言ってもいい。しょうがないだろう。火竜の劍角でとどめを決められたと思ったら耐えられて、結局最後に決めたのはシエルだったのだから。

 

「まあまあ、作戦勝ちだったんだし、いーじゃないの」

 

そんなナツを窘めるように言うのはルーシィ。実は突っ込んできたヒカルをナツが迎撃していた際、ショックから立ち直ったシエルはすぐさまルーシィに作戦を伝えていた。「シエルがヒカルを挑発して引き付けて、疲れが見えたら鞭で拘束。直後にナツが上から仕留める」と言う簡素な言い方で。

 

即興で考えた為にシンプルなものとなったが、単純な思考回路だったらしいヒカルには効果覿面だった。しかも移動しながら罠も仕掛ける徹底ぶり。上手く噛み合ったように思える。

 

「つーかあの技どーやったんだよ?」

 

「ああ、あれ?雷光(ライトニング)の魔力を足に集中させて、踏みつけると同時に切り離すんだよ。後は同じ魔力を思いっきりぶつければ作動する」

 

「簡単そうに言ってるけど、大分高度なことしてるでしょ、それ?」

 

移動しながら罠を仕掛けて一気に作動したアレンジ技『地雷網縛(ブリッツマイン)』についてナツが尋ねれば何のことは無いと言いたげに答える。元々魔力の繊細な操作に優れていたシエルだから使いこなせるものだが、その心得が無いと本来は不可能に近い。

 

「詳しく知りたいなら後で話すよ。それより、今はゼレフの事でしょ?」

 

「あ、そーだった!!」

 

「ナツ……ひょっとして忘れてたぁ?」

 

元はと言えばゼレフを連れて行ったウルティアと言う魔導士を追いかけるのを邪魔したヒカルを退けようと戦っていた。それを忘れてしまっていたナツにハッピーもルーシィも息を吐きながら呆れる様子を見せる。相当時間を食ってしまったのでやや足早にウルティアが向かったと思う方向へとナツたちが歩き出し、それに続こうとシエルも若干駆け足でその背を追いかける。倒れ伏したままのヒカルを通り過ぎ、速度を少し上げようと踏み込んだ……

 

 

 

 

その時だった。

 

「っ!!何っ!?」

 

突如ナツが何かに気付いた様子で慌ててこちらへと振り向く。他の三人は疑問符を浮かべながらナツの方へ視線を向ける。だがルーシィとハッピーは、シエルとは違い、自分の方へと目が移ると途端に目を見開こうとしていた。その理由は……。

 

 

 

「シエル!!避けろぉ!!」

 

一瞬、何のことか分からなかった。

 

ふと、彼らの目線の先は、自分の後ろに言っているように見えた為、振り返ろうとした。

 

だが、それは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウーウェイッ!!!」

 

ついさっきまで倒れていたはずの白き巨漢のツッパリを、背中から押し潰される要領で受け、地面にその身体を叩きつけられたからだ。

 

「ッ……!カッ……!?」

 

突如起きた衝撃。押し潰される重圧。軋む骨の音。無理矢理吐き出された空気と共に、シエルの口から赤い液体が吐き出される。ぶれ出した視界に辛うじて映ったのは驚愕に口を開くハッピー、恐怖に近い感情を表すように口元に手を当てるルーシィ、そして……。

 

「シエルゥーーーッ!!!」

 

驚愕、困惑、怒りを混ぜ込んだ表情で、己の名を慟哭するナツの姿だった……。

 




おまけ風次回予告

ルーシィ「見た目的に間抜けな感じするのに、どんだけ強いの、どんだけタフなのあいつ!?」

シエル「腐ってもバラム同盟ギルドの幹部って事か……。あれでも倒れないってどんな体してんだ……?」

ルーシィ「でも、ナツやロキはそんなとんでもない敵に勝ったのよね。あたしたちも……でも、あいつすっごい怒ってるっぽいし……!」

シエル「それでも向こうの好きにはさせられない。絶対負けてたまるか!」

次回『逆鱗』

シエル「取り敢えずまずは……今俺、叩き潰され中なんで、何とかルーシィたちに助けてもらわないといけません」

ルーシィ「いやここで他力本願にすがらないでよ!?あたしたちだって限界近いのに~!!(泣)」


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第121話 逆鱗

大変長らくお待たせしてしまい、ご心配をおかけして申し訳ありません。ひっさびさの更新でございます!
本当は凄く書きたかった今回の話ですが、部分が中々書けなくてまた苦戦しておりました。この分だとまた今後も躓くかもしれませんが、気長に待っていただけると幸いです。
Twitterの方で「いつまでも待ってます」とコメントをいただくたび優しさを痛感しております…!

少なくとも天狼島編を完結させるまでは当面の目標として、折れないように尽力いたします!

余談ですが今話の終盤の一連の流れを思いついたのは2020年の9月20日頃で、結構な期間暖めていたシーンでした。
何でそんな細かい日まで覚えてるのかって?

ヒントはその頃に更新した回の前書きに…。←


「ッ……!カッ……!?」

 

背中に受けた衝撃と共に地に叩き伏せられ、身体中の空気を吐き出させられる感覚。そして強力な圧迫感に自分の身体が悲鳴を上げているのを自覚した。先程まで倒れていたはずの白い巨漢の一撃を背中から受けて地面に挟まれた少年の口から、息とともに赤い液体が微かに吐き出される。

 

「シエルゥーーーッ!!!」

 

少年に襲い掛かった悲劇を目にした仲間たち……その中の一人である桜髪の青年が、己の名を呼ぶのが聞こえた。そしてようやく今、自分の身に一体何が起きたのかを理解した。

 

「よ、よくも……やってくれたっすね……!」

 

「あ、あいつ、何でまだ動けるの……!?」

 

全身ボロボロで、息も絶え絶え。それでも未だ立ち上がることが出来るヒカルに、ルーシィたちは驚愕の表情を浮かべる事しかできない。シエルが編み出した電流の地雷群をまともに受けたとは思えないほどのタフネス。驚異的な耐久力を持っている巨漢の姿勢に、怯まざるを得ない。

 

「さ、さすがの自分も、今のはかなり効いたっスよ……。とことんこの子にはお仕置きする必要があるっスね……!」

 

苛立ちを隠さず、ヒカルはそう言うや否や押し潰していたシエルから手を離し、咳き込んで立つことが出来ない少年の背中を踏みつける。先程よりも重たい衝撃が小さい体に襲い掛かった。

 

「あがっ……!?」

 

「テメェー!その足をどかせぇーーー!!」

 

容赦なく少年を踏みつけにした巨漢に向けて、炎の足を振りかぶるナツ。だが怒りに身を任せた単調の攻撃は簡単に躱され、お返しとばかりにナツの顔面に掌底を叩きこむ。思い切り吹っ飛ばされたナツが岩壁に激突すると、その岩壁の一部が崩れて瓦礫と共に落下。下半身が埋まって下敷きとなってしまう。

 

「ナツ!!」

「大丈夫!?」

 

「ぬおおおっ!やべェ!出れねえぞコレ!!」

 

大きなダメージがある訳ではないようだが別の意味でピンチだ。大小様々な岩が彼の身体を固定していることで、そこから抜け出せなくなってしまっている。シエルは巨漢に踏みつけられ、ナツも岩石群の下敷き。動ける戦力はルーシィのみ。

 

「待ってて!まずはシエルを……!」

 

至急救助すべきなのは少年と判断し、処女宮(バルゴ)の鍵を取り出して門を開こうと構える。だが直後、彼女の身体から力が抜けて、膝から崩れ落ちた。魔力切れだ。最初にヒカルと遭遇して戦っていた時から、ルーシィは黄道十二門の星霊を次々と召還していた。ほとんどは有効打を与えられなかったが、ここに来てそのツケが回ってしまったのだろう。思わぬタイミングでこれまでの疲労が重なってしまった。

 

「(こ、このままじゃシエルが……!!)」

 

必死に腕を支えに立ち上がろうとするも力が上手く入らない。それどころか、苛立つままにシエルの身体を踏みつけ、蹴りつけ続けるヒカルの暴行を、見ている事しかできていない状況だ。

 

「まだまだ……!自分が傷つけられた(ハート)の痛みは、こんなもんじゃないっスよ……!!」

 

襲い来る衝撃と、巨漢の重みと言う、二重の蹂躙を受けているシエルは痛みに藻掻いて言葉を発する余裕すらなくなりかけている。と言うよりも、ヒカルのシエルに対する苛立ちの大きさが助長して、彼が何かを言うよりも先に次々と足蹴にしていっている、と言った方が正しいか。

 

「シエル!逃げろ!何とか抜け出せぇ!!」

 

場にいる者たちほとんどが動けなくなってしまう中、どうにか隙を突いて抜け出すように懇願を叫ぶナツ。岩に身体を挟まれて動けない中で、仲間に呼びかける事しかできずにもどかしく思うと言う感情が伝わってくる。

 

そんなナツに対して、苦し気に息を切らし、傷だらけになりながらもシエルは答えた。

 

「慌てる必要なんて……一つも、ねえよ……ナツ……」

 

その呼びかけに対する答えに、ナツだけでなくルーシィとハッピーも声を失う。彼らが見たシエルの表情は、どう見ても苦しそうだったのに、浮かべているのは不敵な笑み。

 

「この程度の、痛みで……怖気づくほど……柔じゃねーし……!」

 

今にも折れてしまいそうな体格差。抜け出すには困難な状況。それでもなおシエルは毅然とした態度を崩そうとしない。虚勢や強がりのようにも見えるが、シエルにそのような意図はない。

 

これよりも辛かったことなど何度もあった。これよりも痛かったこともいくつもあった。シエルからして見れば、たかが数回重い攻撃を食らった()()の事。命の危険と隣り合わせとなる魔導士の道を選んだ時点で覚悟していた事だ。だから今の状況とて、心の底から大したものじゃないと断言できる。

 

 

 

そう。幼かった頃……あの頃に味わった地獄に比べたら……。

 

「こんなの、どうってことねぇからさ……!そんな顔、すんなよ……!ナツらしくも、ない……」

 

シエルの浮かべた表情は、ナツたちの目にどう映ったのだろう。不敵そうに浮かべていたその笑みは、一転して仲間に心配をかける必要を感じないものへと変わっていた。だがそれがどうしようもなく、いたたまれないものを感じさせてしまっていた。

 

「さて……そろそろそのキレイな顔、ぐちゃぐちゃにしてやるっス。自分は残忍っスよ……!!」

 

足蹴にすることに飽きが来たのか、あるいはいつまでも折れない様子の少年に痺れを切らしたのか、ヒカルはシエルから足をどけて彼の頭を大きな手で握りながら持ち上げる。痛みで思うように体を動かせないシエルは無抵抗に体を重力に垂らせたままだ。それを見たナツたちは悟る。このまま彼の頭を握り潰すつもりだ。

 

「やめろォーーー!!」

 

ヒカルの目論見通りにはさせられないと、激情のままにハッピーが翼を広げながらヒカルへと特攻してそれを食い止めようとする。しかし……。

 

「ぶぎゃ!!」

「「ハッピー!!」」

 

対して力を入れない、虫を振り払うようにヒカルがハッピーをはたき落とし、そのままハッピーは地面へと激突。彼の相棒と星霊魔導士の少女の声が重なって響く。

 

「邪魔する奴はもういないっスね。さあ、潰れるっス……!!」

 

そしてヒカルはそのまま掴み上げているシエルの頭に対して力を込め始める。巨漢に見合うその力に小柄なシエルの頭部が握られればどうなるかは明白だ。骨が軋むような音と共に、掠れるような少年の悲鳴が発され始める。ナツの怒号が、ルーシィの慟哭が、シエルの耳に届くが、ヒカルをどうにかできる者はもういない。

 

さすがに、ここまでか……。シエルの脳裏に、諦めると言う選択肢が浮かび上がった、直後だった。

 

 

 

斜面となっている上の方から勢いよく飛び出して、こちらへと飛んで近づいてくる存在がこの場に現れた。影となってよくは見えないが、人のようで、幾分か小さく映っている。

 

「あ、あれは……!」

 

現れたその影の正体に気付いたルーシィたちに衝撃が走る。その影は空中で身を翻しながら、こちらに振り向いている途中のヒカルに向けて攻撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

「天竜の咆哮!!」

 

それはまるで横に巡る竜巻。迫りくる竜巻に対処も追いつかず、ヒカルの身体は吹き飛び、シエルの頭もその手から離された。解放されたシエルはと言うと、攻撃を放ったその存在の声を聞いて、動揺が大きく見られていた。何故ここにいる?そう、素直に思ったからである。

 

ふわりと風に乗っているかのように、ツインテールで結ばれた藍色の髪と衣服を揺らしながら、その存在はシエルの近くへと着地し、彼の顔を覗き込むように声をかけてきた。

 

「シエル、大丈夫!?」

 

「……ウェン、ディ……!?」

 

小さな天竜・ウェンディ。シャルル達と共に待機しているはずの少女がこちらを心配するように見下ろしている光景に、シエルは己の目を疑った。どうして彼女がここにいるのだろうと。ナツたちも同様だ。

 

「心配になって、私も追いかけてきたの。間に合って良かった……!」

 

ダメージを負っているシエルの回復を始めながらウェンディは彼らの疑問に答えた。口には出さなかったが、シエルに起きているであろう異常の事がどうにも気掛かりで、放っておけなかったと言うのが彼女を突き動かした一番の理由だ。

 

「ウェンディも来たのか!?」

「でもナイスタイミング!!」

 

まさか彼女が来るとは思わずナツは目を見開いて驚き、同じように驚きながらも喜びの方が勝るのかハッピーは嬉しさを前面に出している。

 

「痛たたた……!ま、また子供が増えたっス……!?」

 

一方天竜の咆哮を受けて吹き飛ばされたヒカルは、その攻撃の正体を目に映して半ば呆然としながら立ち上がった。よもやもう一人子供の魔導士が現れるとは思わなかったようだ。

 

「動いちゃダメだよ。無理に動かしたら危険だから……!」

 

治癒の魔法をシエルの身体全体にかけながら、ウェンディはそう声をかける。見るからにボロボロの状態になったシエルは、下手に動かすのは危険と判断しての事だ。それに対して理解しながらも、ウェンディがここに来たことに対する衝撃がまだ大きくて、言葉が出てこない。

 

「ホントに……間に合って良かった……!」

 

言葉が出せなくて沈黙が続いていたのを、ウェンディが発した震えた声が破った。声が震えたのは、シエルに対する心配と、彼が無事だったことによる安堵が籠っていたからだろう。心配してくれた。心配をかけさせてしまった。二極する感情が、シエルの心に過ったが、それが言葉に出ることは結局なかった。

 

「ウェンディ危ない!!」

 

「さっきはよくもやったっスねーーっ!!」

 

攻撃から立ち直ってウェンディに対して怒りを滲ませたヒカルが、勢いをつけて子供二人に迫ってくる。ルーシィの声を聞いてその存在に気付いた二人が目を見開きながらその方向へ向く。「しまった……!」と声を発しそうになっているシエルがその瞬間感じたのは唐突な浮遊感。混乱しながらその状況を理解しようと目を配ると、更に驚きの光景が目に入っていた。

 

シエルの身体をしがみつくように抱えながら、ウェンディが瞬時に跳躍してヒカルの攻撃を回避していた。予想だにしないスピードと自分より少しだけとは言え大きい少年を抱えるパワーに、ヒカルさえも瞠目している。さらに……。

 

「天竜の咆哮!!」

 

顔を横に傾けながらシエルに当たらないように口からの咆哮(ブレス)が炸裂。ヒカルの身体が再び弾かれ、逆にウェンディはシエルと共に後方へと飛んでいく。そして岩の下敷きになっているナツや、力が入らず座り込んでいるルーシィの元へと辿り着く。

 

これまでの少女からは想像できない無駄のない動きに一同が驚愕の表情を浮かべていると、ウェンディはシエルを下ろしてナツたちの方へと振り向いた。

 

「皆さん、大丈夫ですか?」

 

「う、うん……ウェンディ、だよね……?」

 

「……?はい、そうですよ?」

 

思わず問いかけたルーシィに、その問いの意図に気付かず素直に答える。この様子は間違いなくウェンディそのものだが、先程までの彼女からは少し繋がらないように感じる。

 

「ウェンディ、ルーシィは魔力が切れて、これ以上は戦えないみたい。ナツは岩に下敷きになってるだけだから、抜け出せれば……」

 

何やらしばらく顔を赤くして俯いたままだったシエルが、我に帰ったようにウェンディへと現状を簡潔に説明する。そしてそれを聞いたウェンディがナツの方へと目を向けると、すぐさま行動に移した。

 

「じゃあ……ナツさんには、攻撃力増加(アームズ)!!」

 

「おお!?」

 

ナツの力を増強させれば自らの身体を抜け出す力も増加できると判断したウェンディが、剛腕の魔法を付加させる。力の漲りを感じたナツは湧き上がる力のまま、両腕に力を込めて抜け出そうと踏ん張り始めた。

 

「ルーシィさんには体力を回復する魔法を……魔力は回復出来ませんが、動けるようにはなるはずです」

 

「あ、ありがとう……」

 

そして更にはルーシィの体力を回復させて身動きだけでも取らせられるようにする。随分と機転が回る。これまでは経験不足が目立っていたはずの少女がとるにしては物珍しい行動だ。

 

「(凄いな……本当にこの子は呑み込みが早い……!)」

 

一方で、シエルは彼女の一連の行動に感心を覚え、同時に思い出していた。エドラスでの事件の後、試験が発表されるまでの期間にあった出来事を。

 

「ぐおおお~~!!もう、少し……!」

 

だが傍から聞こえたナツの声を聞いて意識はそちらへと持っていかれる。少しずつナツの上に乗っている岩が動いており、もうひと踏ん張りで抜け出せると言うところまで来ている。だが、そこからが進められないようだ。

 

シエルは妙に思った。パワーに特化しているともいい戦い方をするナツが、随分と抜け出すのに苦労しているのを。よく見ると、彼の得意技である炎の魔法すら、使っていないのに気づいた。

 

「ナツ、炎はどうしたんだ!?魔力切れか!?」

 

まさかルーシィに続き彼までも?そんな考えが過って回復した体を起こしながら尋ねると、「んあっ!!」と衝撃を受けたかのような声を発し、直後彼の足から赤い炎が噴射され、岩を破壊しながら彼の身体が宙を舞う。

 

「そうだ、その手があったァ!!」

 

『おいおーい』

 

どうやらただ単に思いつかなかっただけらしい。自慢の炎を用いてようやく下敷きから抜け出したナツが「それだ!」と言いたげな顔を浮かべながら放った言葉に、ウェンディを除いた味方勢から呆れた様子の声が発せられる。ウェンディの付加術(エンチャント)いらなかったじゃねーか。

 

「おのれ~!もう許さないっス~~!!」

 

すると憤怒の表情を浮かべながら、ヒカルは身軽な動きでこちらへと狙いをつける。すると何と、ウェンディは場にいる全員を庇うように前面へと飛び出した。まずい。誰もがそう胸中に呟いた。

 

「ウェンディ!」

「危ない!逃げて!!」

 

「い~や、逃がさないっスーー!!」

 

この中でも一番華奢で繊細と言える少女へと飛び掛かる巨漢の一撃。当たれば確実に無傷では済まないだろう。少年が真っ先に彼女の身を守ろうと足を踏み出そうと構え、飛び出そうとしている中……。

 

 

 

少女の顔に焦りは微塵も見られなかった。

 

「大丈夫です。逃げたりなんて、しません……!」

 

焦りどころか、少し前までの内気で臆病な面は鳴りを潜め、真っすぐに迫りくるヒカルの姿を目に収めながら、ウェンディは一歩も退く姿勢を見せなかった。

 

足を肩幅に開き直し、大きく深呼吸をしながら少女は腕を外側に大きく開く。その後円を描くように両手を下の方へと持っていく。

 

「!まさか……!」

 

彼女のとった動きを見た時、シエルは思わず自分の身体を止めた。ウェンディが今しようとしていることに、心当たりがある。気付いているのはシエルのみ。ナツたちは迫りくるヒカルの張り手からどうにか彼女を助けようと慌てて動こうとしている。

 

しかしウェンディは、動かしていた両手が下で接触すると、素早く胸の前に持っていき、交差する。両の手は握りしめられ、表情は一切の恐怖など感じない。ただ眼前に迫っている敵に対して一歩も退かない勇気を見せている。

 

「ドドスコーイ!!」

 

「……今だ!」

 

もう数瞬後には、ヒカルの攻撃が彼女を弾き飛ばしているところ。だが彼女は閉じていた目を開くと、交差していた両手を前へと突き出して、堂々と声を張った。

 

 

 

 

 

 

 

「『天竜の逆鱗』!!!」

 

突き出した少女の両手から、結集させていた白き風が、その形をとった。例えるならそれは、一枚の鱗。彼女の身体をすっぽり収める程の、巨大な風の鱗は、見ようによっては盾の形にも見える。そしてその盾の鱗は、迫っていたヒカルの張り手を受けても、一切形が変わることなく彼の攻撃を受け止めていた。

 

「な……!?こ、これ、何スか!?見えない、壁……!?」

 

透明度の高い白い風は、ヒカルの目の前の少女にさえ自分の攻撃が届かない現実を突きつけ、彼の心象に焦りを植え付ける。押し込もうにも進まない。激しく吹きすさぶ突風が、彼女のかざした腕から発せられているかのように。

 

「天竜の……逆鱗……!?」

 

「風の鱗で、あいつの攻撃を受け止めてるの……?」

 

「ウェンディ、いつの間にあんな技を……!?」

 

思ってもみなかったウェンディの新たな技に、ナツを始めとした仲間たちも驚愕を露わにしている。今まで彼女が扱っていたサポートの魔法、そして攻撃技として唯一覚えていた咆哮(ブレス)、そしてナツやガジルと言った、彼女とは別の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が扱う魔法とは、また違うベクトルの技。

 

「スゴイ……!まだ、全然日も経ってなかったはずなのに……!」

 

そんな中で、シエルはまた別の部分で驚愕していた。彼女が今繰り出した『天竜の逆鱗』。それを覚えるきっかけとなった出来事は半月と少し前……ウェンディとシャルル、それに兄ペルセウスとリサーナと共に依頼に行った夜だったからだ。

 

 

 

『技の練習?』

 

『うん。私、サポートや回復は色々使えるけど、いざという時に、自分でも戦えるように攻撃の技も覚えようと思って……』

 

シエルは触れたものを爆破させる詳細不明の魔法のコントロールを。そしてウェンディは、今現在考えている攻撃技の少なさに対する解決策をそれぞれ行おうとしていた。話を聞けば、同じ滅竜魔法を使うナツの技を、見様見真似でまさに練習中だと言う。

 

『けど、今まで攻撃魔法を使わなかったから、まだ感覚が慣れてなくて……シエルは凄くたくさんの技を持ってるでしょ?何か、思いつける方法があるのかな?って』

 

攻撃魔法のみならず、補助や回復、強化など、シエルは天候を操作するだけでなく姿形を変化させて大きく立ち回っている。特に気象転纏(スタイルチェンジ)は数々の天候の形を武器に変えていることから模範とも言えるべき特異性だ。

 

『と、言ってもなぁ……。俺は天候魔法(ウェザーズ)しか今まで使えないと思ったから、それを覚えるまでに興味のあった魔法の形をヒントにしたり、兄さんやエルザの換装魔法から気象転纏(スタイルチェンジ)を思いついたから、参考に出来るかどうか……』

 

『どんな事でもいいの!普段からしてる事とか、見るべき事とか!』

 

何もシエルと同じことが出来るようになりたいわけではない。魔法に得手不得手があるなど、彼女にとっても承知の上だ。あくまでシエルのように数多くの戦い方が出来るようになる為には、普段どのようにしてそのアイデアの基盤を作り上げているのか。習得のためにどのような事をしているのかを知りたいのだ。しかし……。

 

『イタズラの為にギルドメンバーの普段のパターンや魔法や能力とかを把握したり、魔導書を一日20ページは目を通したり、有名な魔導士の記事とか戦い方を勉強したり、魔導士以外の戦闘の心得も読んだり、物語に出るキャラクターの戦い方も頭に入れたり、それから……』

 

『ごめん、シエル、そんなには出来ない、多分……』

 

頭を傾げながら普段自分が行っている魔法のヒントになりそうな行動パターンを口々に挙げていくも、情報量が多すぎてウェンディが途中で止めてしまった。元々は本の虫だったシエルには苦じゃないだろうが、全て参考にしようと思うと彼女の脳が先に音をあげそうだ。もう一つ指摘すると、シエルは一体いつ寝てるのだろう……?

 

『やっぱり難しいな……。どうしたらいいんだろ……?』

 

先の長い、気の遠くなるような問題に、思わずウェンディの表情が暗くなる。やはり少しずつ練習を重ねていき、慣れるまで繰り返していくしかないのだろうか?と言う結論が頭をよぎる。そんな彼女の心情を汲み取ったシエルは、ウェンディの背中を押せる言葉がないか考えこむと、少し考えた後にその答えを導き出した。

 

『初めて会った時にさ、乗雲(クラウィド)の上で話してた事、覚えてる?』

 

初めて会った時。それを聞いてウェンディが思い出したのはニルヴァーナを巡って六魔将軍(オラシオンセイス)と激闘を行った時の事だ。ブレインに囚われ、助けられ、その後に移動していた時に話したこと。

 

心優しいウェンディの内にあった、誰かを傷つけることに対する忌避感と抵抗。それらを、彼女の優しさを尊重しながら払拭してくれた言葉。誰かを傷つける為ではなく、『大切なものを守るために戦う』事。忘れてはいない。忘れるわけがない。

 

『……うん、あの時シエルが言ってくれた言葉が、今も力をくれるの』

 

『きっと、ウェンディがこうしたいって思ったその出来事や思いが、君にとって一番の力や、きっかけになるんじゃないかな?』

 

自分に力をくれた言葉を贈ってくれた少年に、再び力となり得る言葉を贈ってもらったウェンディは振り返る。守るために戦う事。大切な人たちが傷つかないように、守れるように……。

 

『……あ!思いついた、かも……!』

 

そして彼女は閃いた。敵の攻撃に対してその力を最大限に発揮できるような、強力な盾となり、それを跳ね返す矛にも出来る彼女自身の技を。

 

どんな技になったのか、彼女は出来るようになってからのお楽しみだと、シエルにさえ教えはしなかった。他の技も習得しようとしていた中、これだけの短い期間で完成にまで辿り着いた彼女の努力とセンスに、正直シエルは脱帽した。

 

「ホントに、凄い子だよウェンディは……!」

 

押し込もうにも一向に進まず、逆に押し返されている感覚を覚えてヒカルは焦りを禁じ得ない。こんな小さな少女の繰り出した見えない盾も打ち破れないとは、七眷属の名が泣いている。意地でも破ろうと力を込めるも、状況は変えられない。

 

「触れましたね?この逆鱗に……」

 

目の前に見える少女が語りかけてくる。彼女の言葉を聞いたヒカルは思わず口ごもった。彼の目には、可愛らしい顔立ちの少女には決して似合わないある存在の影が重なって見えていた。

 

 

 

白く美しい鱗に覆われた、だがしかし圧倒的力を彷彿とさせる、(ドラゴン)の顔が。

 

「今……お返しします!!」

 

翳した手から弾き飛ばすように、両腕を勢い良く左右へと振り払うウェンディ。その動きにシンクロして、風で作られた鱗の盾もヒカルの方へと一気に放出するように近づき、彼の大きな体を宙に投げ出させた。悲鳴を上げながら飛んでいくヒカルは、今受けた風の盾の威力に目を見張った。まるでそれは、自分自身の張り手を、自分で受けたかのような感覚だった。

 

天竜の逆鱗。この技はいわばカウンターだ。相手の攻撃を自分の真正面から受け止め、自分自身には届かせずに攻撃のダメージを相手に向けてそのまま返すというもの。完成してから日が浅い為、どれほどの威力までなら返せるのか、使用限度が何回なのか、まだまだ力量は判明していない。だが、今この現時点では相手に有効であることは明らかだ。

 

そしてこの技はカウンターであると同時に、味方を庇い守る事の出来る盾でもある。仲間や友達を守るために、相手の脅威を通さぬために編み出した、ウェンディならではの魔法だ。

 

「ヴェエッ!!い、痛いっス……!」

 

弾き返され、背中から地面に墜落したヒカル。予想以上にダメージが大きいのか、横たわりながら呻いている。これはチャンスだ。

 

「ウェンディが作り出してくれた好機、逃しはしない!」

 

今度こそ。ここまでしぶとく戦ってきたヒカルに引導を渡す為に、最大級の大技で下さんとシエルは魔法を発動する。天に伸ばした手に浮かべたのは七色に光る虹。そしてその虹の姿形を変え、右の拳に集中させていく。

 

「行くぞ……纏虹拳(セブンスストライク)……!!」

 

高エネルギーの集合体を一点に集中させ、膨大な威力を発揮させる虹の拳。後は撃ち放つだけと言う準備を終えたシエルはそのままヒカルの元へと駆け出していく。この一撃で決めてみせると言う意志を見せて、肉薄していく。

 

「ヤベェ!!抜け駆けさせてたまるかぁ!!」

 

それを見て、何故か対抗心を燃やすと言う反応を示した者が一人。ナツがそう慌てながらもシエルが狙うヒカルの元へと駆け出していき、左の拳に炎を纏って狙いを定めた。何でナツまで!?とルーシィやウェンディが驚く中、ハッピーだけが呆れながらも答えた。だってそれがナツだから。

 

「ぐぐ……ウ、ウーウェ……!二人がかりだろうと、返り討ちにしてやるっス……!!」

 

対するヒカルは未だに諦めた様子を見せない。二人の魔導士が迫ってくる中、虹の拳を振りかぶるシエルと炎の拳を振りかぶるナツ、二人同時に迫ったとしても弾き返せる自信があるようだ。シエルたちもそれで退く気はない。駆け出していた二人の距離は徐々に縮まり、やがては並走する形となっていた。後は、どちらが先にあの巨漢にとどめをさせるかの勝負。

 

 

 

 

「ウェ……!?」

 

に、なるはずだった。呆けた声を発したヒカルだけじゃない。傍から見ていた少女たちと青ネコ、そして当のシエルたち二人も、予想だにしない出来事が起こっていた。

 

 

 

シエルの右拳に集っていた虹の輝きと、ナツの左拳に纏わっていた赤い炎が、近づいた影響か互いに干渉しあい、溶けて混ざっていくように見えていた。

 

「何だ!?」

「これって……!!」

 

駆けていく足を止めず、だが二人揃って困惑の表情を浮かべて、混ざりゆく虹と炎に目を配る二人。そうしている間にも二つの力は更に溶け合っていき、やがては二人の拳を覆い尽くすかのような、虹色に輝く炎が出来上がった。そしてその炎は、まるで竜の頭を模したかのような形をとっている。

 

「ナツの炎と……!」

「シエルの虹が……!」

「一つになっていく……!?」

 

後ろからその光景を見ている少女二人と青ネコは、ある一つの可能性を見出していた。本来は共通性の無いはずの魔法が、一つに合わさり、その威力を高めていく現象……否、技法。

 

 

 

合体魔法(ユニゾンレイド)』。

 

 

「な、何スかそれ……?何なんスかそれぇえっ……!!?」

 

全く予想だにしなかった出来事、そして桁違いの魔法のエネルギーに、ヒカルは全身から脂汗を噴き出し、顔に恐怖と困惑を滲みだしている。だが最早、発動させている二人にさえ、この合体した魔法を止めることは不可能だった。魔法から感じられる衝動のまま、二人は雄たけびを上げながら全く乱れぬほどの同じ動きのまま、左右対称に拳を振りかぶる。迎撃のため両手を差し出した体勢のまま固まった巨漢に対して遂に二人の拳は叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

「「『()(えん)(こう)(りゅう)(けん)』!!!」」

 

混じり合った炎と虹。それが凝縮された二人の拳がヒカルの腹部に炸裂する。

 

「ウ……!?ウ~~……ウェ……!!」

 

これまでに受けてきた技のどれよりも大きく激しい攻撃。ヒカルの身体があまりの衝撃に地から離れていき、徐々に浮かび上がる。炸裂してから浮かび上がるまでに、実際の時間は一秒も満たない。だが意識が半分ほど飛んでいるヒカルには、その瞬間が何十分も経つかのようなスローモーションで再生されている錯覚された。

 

そして二人の拳が降りぬかれると同時に、巨漢の身体は突風が巻き起こる程の信じられない速さで吹き飛ぶ。その勢いは飛んでいく先に存在している森の木々をなぎ倒し、吹き飛ばし、大木さえも根元から抉り取る。それでも勢いは止むことなく、奥に存在した彼と同じぐらいの大きさの大岩へと激突。だがその岩は粉々に砕け、ヒカルの身体を止める事さえも叶わない。どころか勢いはなおも止むことなくさらに延長線上に点在していた木々を折り、倒し、吹き飛ばしていく。

 

そしてようやく勢いが収まりかけたタイミングで森を抜け、野原を抜け、遂には天狼島の外周。海へと繋がる崖へと到達。「ウ~~~~~ウェ~~~~~~……!!」と悲鳴を朧気に発しながら、止んでいく勢いのままにヒカルの身体は島の外へと投げ出されていった。

 

彼の身体がどこまで飛んでいき、どんな最後を迎えたのか。それを見届ける術もないシエルたちは、呆然としながらヒカルが飛ばされた跡となる抉られた森を見ていた。

 

「何だ、これ……!」

 

「どんだけ、飛んでったんだ……?」

 

シエルとナツの合体魔法(ユニゾンレイド)。偶然の産物で出来上がったそれの威力は、目に見えて理解できる程に強大。今まで二人がそれぞれで扱っていたどの技をも上回ると確信していた。発動させたシエルたちも驚愕していたのだから、はた目から見ていた少女たちも当然愕然としている。

 

「シエルとナツさん……二人の強力な魔法が混ざって、何倍にもその力を高め合ったってこと、でしょうか……?」

 

「それが、合体魔法(ユニゾンレイド)になった……?」

 

元々竜迎撃用に強力と言われた滅竜魔法。天候を操る中でも高威力に重点を置いた虹の拳。二つの威力特化に秀でた魔法が、何かしらの反応を引き起こしてその威力を本来よりも大幅に高めたという見方が有力だろうが、それを加味しても予想外のものだった。攻撃を喰らった敵が、島の外まで障害を全て突き破って吹っ飛んで行ったのだから。

 

「まさか……合体魔法(ユニゾンレイド)を使えるようになるなんて……!」

 

シエル自身も、未だに実感が湧いていない。それもそうだ。本来なら合体魔法(ユニゾンレイド)は、ある魔導士が一生涯をかけても習得に至らなかったと言う特殊な技法。本当に息の合った者同士でなければ発動も困難な魔法だ。それがまさか、一切狙っていなかったタイミングで、魔法の系統が違うナツとの技を使えるようになるとは、考えもしなかった。

 

思わずナツと顔を見合わせると、彼も未だ困惑が強いらしく、驚愕を顔に出している。思ってもみなかったタイミングでの合体魔法(ユニゾンレイド)を自分たちで発動したことは、少なからず衝撃的だった。

 

「何か色々とワケわかんねーけど、これだけはハッキリしてんな……」

 

そんなナツは、困惑した表情のままではあるが、たった一つ確かになっている事柄を理解した。

 

 

 

「あのでっかいヤツをぶっ飛ばしたのはオレだから、この勝負はオレの勝ちってことだ!!」

 

 

 

 

「ハァ~!!?」

 

自信満々とも言いたげなドヤ顔と共に言い放った言葉に、珍しくシエルは顔を歪ませて不満の声をあげた。何を言ってるんだこいつは、と言いたげに。

 

「何でそんな結論になるんだよ!?」

 

「何でも何も、オレの火竜の鉄拳であいつはぶっ飛んだ!だからオレが倒したも同然だろ!!」

 

「とんでもない暴論じゃねーか!アレはどう見たって同時だったろ!!少なくともお前の一人勝ちじゃねえ!!」

 

自分の技でヒカルを倒したと解釈して、先に敵を倒せるかの勝負に勝ったと豪語するナツに、今回ばかりは譲れない……と言うより納得がいかないとシエルは抗議する。二人同時に技を出して、直撃したタイミングも同時だった。どう考えたって一人勝ちなどとは言えない。負けず嫌いな性分で口論が続くシエルとナツに対し、呆然としていた少女たちの内、ルーシィが溜息を吐きながら二人の口論を止めようと一歩前へ出た。

 

「ちょっと……ケンカするよりもっとやるべきことが、ふぎゃ!?」

 

が、足を動かそうとしたルーシィは突如片足を上げた状態になって固まり、そのまま前へと倒れ込んだ。唐突に襲った衝撃を受けて悲鳴を上げたルーシィに気付き、シエルたちのケンカも止まって彼女に注目した。

 

「ルーシィ?」

「何遊んでんだお前?」

 

「違うわよ!なんか体が勝手に……!!」

 

思うように動かず、体の自由を奪われているルーシィ。と、ここで気付いた。さっきもこんな現象を味わっていたことを。必死に目を動かして見渡してみると……。

 

「うぷぷぷ……!」

「やっぱり!ってか何であんたが持ってんの!!」

 

面白おかしそうに笑みを浮かべて吹き笑いしながら、ルーシィの毛が未だについた呪殺の魔道具である人形を操る青ネコ。どうやら使い手は選ばないようだ。ある意味予想していた原因にルーシィが叫んだ。

 

「見て見て〜!グラビアの、恥ずかしポーズ、三連発」

 

「やめんかぁーッ!!!」

 

そして器用に人形のポーズを変えていくと、それと同じ動きをルーシィの体が律儀に行なっていく。ちなみにシエルが来る前にヒカルの手で既にやらされていたネタらしい。

 

他にも本人からしたら不本意なポーズをさせられたり、妙な動きを取らされてその度にルーシィの悲鳴が上がる。自分の思った通りの動きをさせられる為、あれやこれやと人形を動かして楽しんでいる。逆に操られてる側のルーシィは涙さえ浮かべて大変そうだ。

 

「ハッピー、やめてあげなよ」

 

そんな彼女を見かねたのか、シエルはハッピーが持っていた人形を横から取り上げた。ハッピーからの支配から解放されたルーシィの体は地面に横たわり、力無く息と共に体を上下させる。

 

「あ、ありがとう、シエ……ル……?」

 

解放してくれたシエルに礼を言おうとしたルーシィだったが、肝心のシエルは手に持った人形に目を固定させている。何かを考え込むように。嫌な予感が過った。あの少年は自他ともに認めるイタズラ好き。そんな彼の手に、他者を自由に操れる人形が渡ればどうなるのか……。

 

「ちょ、ちょっと……?」

 

あからさまに口元を吊り上げてルーシィの方を見たシエルに、ルーシィは自分が抱いた嫌な予感が的中したことを察した。どうにかして彼の考えている行動を止められないかと声をかけようともしたが、もう遅い。

 

「ルーシィ……気を付け!」

 

ノーロさんを真っ直ぐに直立させると同時に、悲鳴を上げながらもルーシィの体は真っ直ぐピシッと直立状態となって立ち上がった。動きはしっかりとシンクロしてる。問題はなさそうだ。確かめた瞬間シエルの笑みがさらに深くなる。

 

「折角だから、普段のルーシィじゃできない動きをさせてあげようか……!」

 

どこかオモチャを与えられた子供が無邪気に喜んでいる時と同じように目を輝かせながら呟いた。本来なら傍から見ると微笑ましく見えるその表情だが、悲しいかな。手に持つものがその表情を確実に違うものに見せてしまう。

 

「はいダーッシュ!」

 

手始めに四肢を器用に動かし、ルーシィに全力ダッシュさせる。唐突に猛スピードで動かされ、ルーシィの悲鳴が木霊する。

 

「三、段、ジャーンプ!からのヒップドロップ!」

 

「ひやぁぁぁあっ!?あう!お……お尻が……!」

 

走りながらタイミング良くジャンプを3回。3回目に前方回転させたと思いきや空中で体勢を整え、地面に尻から着陸させる。勢いが強かったのか、思わぬ痛みを彼女は訴えた。

 

「はいバック宙〜!」

 

「ひええ〜!!」

 

しかしそれでもシエルは人形を持つ手を止めず、すぐさまルーシィを立ち上がらせると両手を広げた状態にして後ろへの宙返りをさせると……。

 

「再びダッシュ、からの側転ジャンプで壁キック!」

 

たまたま近場にあった水辺の岩壁に向かって走らせ、Uターンさせる要領で側転跳び。次いで岩壁をキックさせて更に高さを稼ぐ。

 

「そしてスライディーング!」

 

「ちょっ!?ぶぶくっ!!」

 

終いにはちょっと深めの水辺であることを良いことに、前面からそこへとダイブさせる。普通の地面にスライディングさせたらケガを増やすから、と言う謎に律儀な配慮のようだが、彼女からすれば元から自分の体で遊ぶな、と言うのが心からの主張だった。

 

「だっははははははは!!めっちゃくちゃおもしれぇことんなってんぞルーシィ!なあシエル、後でオレにも貸してくれ!!」

 

「やめてぇ!」

 

シエルによるルーシィの体を操るマリオネットショーの一部始終を見ていたナツとハッピーは、咎めるどころか大笑いし、面白そうだと次は自分がと言いたげにノーロさんに興味津々だ。散々自分の体で弄り倒してくる男子三人衆に泣き叫びながらルーシィは懇願するが、聞く耳を持ってはくれなかった。

 

だが、この場にはもう一人の存在がいた。ノーロさんによる人形劇もどきが始まってからずっと呆然と固まっていた少女。最初こそ奇特な魔道具であるノーロさんの効果に驚くばかりであったが、目の前で繰り広げられる光景を前にし、次第に頭が冷えていた。

 

そして……徐々に心の奥底から、ふつふつと激しい感情が湧き上がり、手や腕の震えが体全体に伝わり、表情も険しくなっていく。それに気付かず尚もやめない男子たちに、ついに彼女の堰が切れた。

 

「コラーーー!!!」

 

周囲に反響する程の、普段からは想像だにできないウェンディの怒鳴り声が場にいる全員の耳朶を揺らし、ピタリと男子組の動きを止めた。全員が肩をビクリと揺らし、今し方聞き馴染みのない声を上げたウェンディへと視線を恐る恐る向けた。被害者であるルーシィも驚愕で目を見開いている。そんなウェンディの浮かべていた顔は、確かな怒り。

 

「ダメでしょシエル!ルーシィさんはオモチャじゃ無いの!!ナツさんとハッピーも!ルーシィさんがかわいそうでしょ!!」

 

小柄な体ながらも大股でシエルたちに近づきながら説教をする少女の勢いは思った以上に凄まじく、先程まで嬉々としながらイタズラをしていた男子たちは恐々としながら口ごもり、ウェンディの言葉をただただ聞くばかりだ。普段は優しく穏やかな印象を持っていただけに、怒りに燃える様子は馴染みがないからというのもある。

 

「う、ウェンディ…!」

 

そんな男子たちを恐れ慄かせる彼女の剣幕はしかし、ルーシィにとってはまさに天の助け。普段とは違いながらも、天使のような彼女の姿を、感激の涙を流しながら彼女は確かに見た気がした。

 

「えと、その……ごめん、ウェンディ……調子に乗りすぎた……」

 

「私じゃなくてルーシィさんに謝って!!」

 

イタズラ好きの性が飛び出し、思い返せば悪質な事をしていたと深く反省するシエル。対して謝るべき人を間違えてはいけないと今一度声を張ると、ウェンディはシエルが手に持っている人形へと目を移して再び彼に近づいた。

 

「これ以上酷いことされないように、ノーロさんは私が没収します!!」

 

こんな人形があるからルーシィは酷い目にあったのだ。こんな魔道具を作り上げた者、それを使っていた華院=ヒカル、彼の属する悪魔の心臓(グリモアハート)、そしてこの人形で遊んでいたシエルたちへの怒りをぶつけるように、彼女はシエルの手から珍しく乱暴な力加減でノーロさんをひったくった。

 

 

 

 

だがこの場にいる全員が、忘れていた。その人形にはまだ、一本の金髪がついたままだったこと。

 

「え、あれぇ!?」

 

『ルーシィ!?』

「ルーシィさん!?」

 

ウェンディが人形をシエルからひったくった瞬間、それと同じ勢いでルーシィの体が浮かび上がり、彼方へと飛んでいく。突如起きた事にルーシィ以外の全員が驚きざまに彼女へと振り向く。さっきまで怒りを露わにしていたウェンディも含めてだ。

 

だが不運にも、人形はまだ彼女の手の中。勢い良く取ったものだからその反動がまだ残ったまま。加えて驚いた拍子に彼女が体ごと人形も動かした事によって、人形の胴部分も彼女の手の中で折れ曲がる。そして……

 

 

 

 

 

 

ボキリ、と嫌な音が響いた。

 

『あ』

 

 

 

 

 

 

 

「ぃやあああああああああっ!!!?」

「きゃああああああああっ!!!ルーシィさん、ごめんなさぁあああああいっ!!!!」

 

男子三人の間の抜けた一声で生じた一瞬の沈黙。それを突き破るベクトルの違う二人の少女の悲鳴が、森の中で響き渡った。




おまけ風次回予告

シエル「ルーシィ、大丈夫かな……?」

ウェンディ「ルーシィさんを助ける為に起こしたことが、ルーシィさんを傷つけてしまうなんて……!私何てことを……!(泣)」

シエル「ま、まあ幸い命に別状はないみたいだから、そこまで気に病むことないよ!……でもよく無事でいれたな……」

ウェンディ「でも、やっぱりルーシィさんにはもう一回謝らなきゃ……」

シエル「あ~、俺も謝っとかなきゃ……」

次回『荒天』

シエル「それにしても何だか……」

ウェンディ「うん……空が荒れてきそうだね……」

シエル「……凶兆じゃねーといいが……」


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第122話 荒天

中々ここ最近は難産続きです…。オリジナル展開挟み過ぎてるのかな…?でもそれが二次創作の醍醐味だし…。
せめて今週は連休なので次回更新は早めにしたいところ…。

話は変わりますが皆さん、FAIRY TAIL版画展ってご存じですか?多分知ってる方が大半でしょうが…w
来週何と地元で開催決定となったので、私事ですが行って参ります!どんな展示があるのか楽しみです!


聳え立つ一本の大木の下。その近くに横たわりながら、背中と腰にかけて優しい治癒の光を受けている金髪の少女は、激しい痛みがじわじわと鈍痛に、そして次第にその痛みも退いていくのを確認しながら息を吐く。呪殺魔法の一種である丑の刻参り。それを駆使できる人形ノーロさんによって散々な目に遭わされたルーシィは、ようやくその魔の手から解放された。

 

「ルーシィさん、痛みはどうですか……?」

 

「うん、随分と収まってきてる。ありがとう」

 

「いえ、元はと言えば私のせいですし……」

 

紆余曲折を経てはいたものの、最終的にルーシィの身体に一番ダメージ……もといトドメを刺してしまった形になってしまった事に対して、泣きそうな表情を浮かべながら彼女の治療を行っているウェンディは何度目にもなる謝罪の言葉を口にする。その時の痛みが大分引いてきたことでルーシィの表情も健やかそうな笑みが浮かんでいるが、ウェンディの謝罪にはすぐさま反応を示した。

 

「ウェンディは悪くないわよ!本当に悪いのは……」

 

そう。ウェンディはあくまでルーシィを助けようと動いた。その際に事故のような形で彼女にとどめを刺したに過ぎない。ウェンディには一切の非が無いことを改めて主張し、その上で真に反省すべき者たちへと、ルーシィは目を細めながら睨みつけるように視線を移した。

 

「あのバカどもよ」

 

そこには芝生の上に正座をさせられている三人(もとい二人と一匹)の男子。頭には拳骨を食らったようでたんこぶが出来上がっており、先程ルーシィに行った非人道的な行為を反省させられている様子に見えた。

 

「痛い……ヒドイよルーシィ……」

「どっちがよ!むしろそれだけで済んだだけありがたいと思いなさい!!」

 

頭に出来た一つのたんこぶをさすりながら涙を流し、ルーシィの暴力(本人視点)を非難する青ネコのハッピー。元々は呪殺魔法の人形を最初に拾った彼が元凶とも言えるのだから、彼にルーシィへの文句を言う資格もない。

 

「返す言葉もありません……。反省してます、ごめんなさい……」

「こういう時は割と素直よね……ほら、あんたたちもシエルを少しは見習いなさい!!」

 

たんこぶを二つ作った小柄の少年シエルは、拳骨が効いたのか、はたまた想い人である少女に叱られたことで消沈したのか、素直に心からの反省を示していた。掌返しのように謝罪を示すなら最初からするなと言いたくなるが、他二人が反省の気持ちゼロの為、この際シエルに対しては何も言うつもりはない。むしろ彼の姿を見ても自分たちの非を認めない他の二人に注意する。だが、代わりに返ってきたのは「いや、それよりもよ……」と言う不服そうな声をあげたナツの主張だった。

 

「何でオレが一番殴られてんだよ!?オレだけ何もしてねーだろうが!!」

 

目を吊り上げながら抗議する青年ナツの頭には三つのたんこぶ。この中で一番多く拳骨を受けていたことを表している。ナツとしては人形には触ってすらいないのにどうしてこんな扱いを受けなきゃいけないと怒りを爆発せずにはいられない状態だった。

 

「あんたも人形を手にしてたらほぼ確実に好き勝手やってたでしょ?それにハッピーやシエルを止めようとすらしなかったし、同罪よ!」

 

「理不尽じゃねーか!!」

 

しかしナツも、シエルが面白おかしくルーシィを操ってる様子を見て羨ましがり、止めるどころか一緒になって楽しんでいたことに関してルーシィは許容できる訳がないと口にする。尚も抗議を声をあげるナツだが、彼女の言を否定するものはここにいない。ウェンディもルーシィ側の意見のようだ。

 

「オイラだってそんなに大したことしてなかったのに……ホントルーシィって器が小さいって言うか……」

 

「な~。残忍っつーか、鬼だな、鬼……」

 

挙句の果てにはボソボソと自分たちの行動を棚に上げて、ルーシィが行った仕置きに対して文句ばかり垂れている。彼女が受けた仕打ちを考えれば相応、と言うかむしろ寛大のようにも見えるのだが……。信じられない事を口にする二人に真ん中にいるシエルが口を半開きにしてドン引きしている。言葉にするなら「こいつらマジで言ってんのか……?」だろう。当然そんな言われようをされたルーシィが気にしないわけもなく……。

 

「あっそう!じゃああんたたち二人がやった事を、エルザとシャルルにも報告して、代わりに叱ってもらおっと!!」

 

あからさまに不機嫌な表情でそっぽを向きながらはっきりと告げた彼女の言葉が耳に届くと、ナツたちの様子は一変した。一気に顔色を青くさせて、そして瞬時にルーシィの元へと移動した二人は、先程までの傲慢と言える態度など鳴りを潜めて低頭平身しながら謝り始めた。

 

「ごめんなさい!オレたちが悪かったです!だからエルザに言うのだけはご勘弁を~!!」

「どうかお許しくださいませルーシィ様~~!!」

 

何度も額を地にこすりつける勢いで土下座を繰り返し、涙ながらに謝罪の言葉を口にする火竜と青ネコ。ナツは恐らく耳に入ったら確実に制裁を下すエルザを、ハッピーは大好きなシャルルからの好感度が急降下することを明らかに恐れての事だろう。あんまりにも分かりやすい掌返しに、シエルだけでなくルーシィの治療を続けていたウェンディでさえも言いし得ない感情を表に出してドン引きしていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ルーシィの治療も済み、シエルたちはナツを先導にしてある場所へと向かっていた。辿り着いたその場所には何の変哲もない大樹が一本立っている以外特に変わった様子はないが、ここには先程まである存在がいた場所だ。

 

「ここにゼレフがいたの?」

 

「もう連れていかれちゃったんだ」

 

黒魔導士ゼレフ。悪魔の心臓(グリモアハート)が探していたと言う伝説の魔導士。つい先程、ナツとハッピーはその位置に彼が寝転がされているのを見たそうだが、そこにはいたと思わしき痕跡すらなくなっている。

 

「何だこの臭い?あいつ何かまいていきやがったな……」

 

「あちこちに充満してる……方向さえ分かりませんね……」

 

嗅覚が優れる滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の二人が臭いで追いかけようとするも、その特徴を知っているのか攪乱用に別の臭いをあたりにばら撒いたらしい。これでは追いかけられないだろう。

 

「目に映るものの中に、通った痕跡すら見当たらない……。ゼレフを連れてった奴はかなりの曲者だな。追いかけんのも手間がかかる……」

 

周囲に誰かしらが進んだ跡から追いかけようとシエルが目を配るも、それらしい痕跡は一切無し。随分と周到な人物が連れて行ったのだろうとあたりをつけ、シエルの表情が歪む。油断ならないことこの上ない。

 

「あの、シエル……大丈夫……?」

 

「ん?身体は何ともない、と思うけど……どうして?」

 

「う、ううん、何ともないならいいの……!」

 

しかしふとウェンディが心配そうにシエルへと妙な事を尋ねてきた。特に体の異常は感じないし、ヒカルにつけられた傷はウェンディの治癒魔法で完治済みだ。魔力は消耗しているものの、それ以外に心配をかけられる部分はない。問題なさそうなシエルの姿を見て、笑みを浮かべながら繕うウェンディを怪訝に思い首を傾げるも、シエルは気付かなかった。

 

「ゼレフ」と言う単語を耳にしたり、口にした際のシエルに異変が生じないか。それが彼女の気掛かりであることに。

 

「あたしもカナを探さなきゃ……」

 

「そう言えば、カナが見当たらなかった。何かあったの?」

 

ルーシィはカナのパートナーとして試験に参加していた。そんな彼女がカナを置いて単独行動を起こすとは思えなかった為、実は不思議に思っていた。聞けば、いつの間にか眠っていて、カナの姿がどこにも見えなくなっていたらしい。それと同時に、華院=ヒカルに襲われていた、と言うのがあの状況の経緯だった。

 

「カナさんも心配ですね……」

 

「参ったな~少し寝るか」

 

「んな呑気な事言ってらんねぇだろ?敵は少なくとも三人倒せたとは言え、向こうの目当ては敵の手中。今まさに戦況は不利な状態だ」

 

「そうね……それにさっきも話した通り、あいつらはゼレフを使って世界を変えようとしてる」

 

追跡もままならず脱力したナツが悠長な事を口にするのをシエルとルーシィが窘める。だが世界を変えるだの、大魔法世界だの、スケールが大きすぎることもあって実感が湧かない為、危機感がどうにも感じ辛い。ハッピーに至っては「魚だけの世界に行きたい」だの言ってて論点ズレてるわ、対するシエルが「そんな地獄みたいな世界嫌だ」などと更に話を脱線させていく。ついでとばかりにウェンディも「私だったら……」と考え込みだしたので、ルーシィは最早ツッコむのも放棄した。

 

余談だが、ナツが撃破したザンクロウ、及びシエルと共に撃破したヒカルに加え、ルーシィからの話によるともう一人七眷属を倒せたらしい。正確には倒したとは異なる点が多くあるが、それについては別の機会に説明しよう。

 

「けどな……このケジメは必ずつける……。じっちゃんに手を出したんだ……。このまま島を出られると思うなよ、あいつら……」

 

横に伸びた大木の幹に体を預けていた先程までの呑気な態度から一変。自分たちの親であるマスター・マカロフを傷つけられた事に対する怒りを孕んだ剣呑と言える様を見せながら静かに呟くナツ。それに対して反対する者はいない。誰もが思っている。悪魔の心臓(グリモアハート)を許しはしないと。家族を傷つけた敵をみすみす見逃す理由はないと。

 

と、ルーシィはナツが呟いた言葉の内、一つの単語に気付いた。

 

「島を出る……?そっか!あいつらきっと、船かなんかで来てるはず!!」

 

ルーシィが気付いたのは、今いるこの天狼島が孤島であり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)である自分たちも元々は船を用いてこの島に来た点。そしてそれは敵側も同じこと。海を渡ったか空から来たかは定かではないが、大人数を乗せる何かを用いたことは明白。故に島の外周のどこかに拠点兼移動手段として停泊している可能性が高いと言う事だ。

 

そして先程ルーシィも目撃したウルティアと言う女性(?)は「ゼレフをマスターの元に連れてく」と言っていた。ゼレフが連れていかれるとしたら、奴らの船しかもう可能性はない。

 

「ハッピー!空からあいつらの船を探すのよ!!」

 

そうと決まれば、敵の船へと向かう方が話が早い。飛行手段を持つハッピーにすぐさま探しに向かうように告げるルーシィだったが、ハッピーから返ってきたのは……。

 

「オイラ、もう魔力切れちゃったみたい……」

 

「それじゃあただのネコちゃんねぇ~……」

 

戦力外化通告だった……。一日中ほぼほぼ翼を出していた影響から、彼の魔力はほとんど残っていなかったらしい。肝心な時に限って……。

 

「じゃあ、俺が乗雲(クラウィド)で探してくるよ。それくらいの魔力ならまだ……」

 

「待って!シエルはダメよ!」

 

ハッピー同様空中を移動できる手段を持つシエルが、ハッピーと代わりとばかりに名乗り出るが、何故か実行しようとした彼をルーシィは呼び止める。思ってもみなかったことに反射的にシエルは「え、何で!?」とおっかなびっくりと言った表情で彼女に振り向いた。

 

「敵の七眷属は、多くてあと四人。他のみんなもきっと戦って少なからず消耗してると思う。あたしも魔力がほとんどないし……ハッピーと違って戦えるシエルは、極力魔力の消耗を抑えた方がいいと思う」

 

「……それは一理あるな……」

 

戦況を鑑みて、いつどこから敵が現れるか分からない中で戦い以外に魔力を消耗することは得策ではない。それをルーシィから指摘され、シエルは納得を示した。いざという時にシエルの魔力が尽きてしまえば、その後のリスクの方が高くなってしまう。

 

「ねえ……今ルーシィ、オイラの事ディスったよね?ねえ……?」

 

ちなみに本人にそんな意図があるか否かは分からないが、ルーシィの言った何気ない一言に少なからずハッピーはショックを受けた。シエルも一切否定しないし、ナツは何のことか気付いていない。唯一察したウェンディが涙を流す彼を慰めていた。

 

「となるとあとは……シャルルとリリーか」

 

「なら、じっちゃんたちのトコに一旦戻るか」

 

ハッピーが動けず、シエルも温存の必要がある。となると空中からの捜索は他の場所にいるもう二人のエクシードに頼む方が手っ取り早い。すぐさまシエルたちはマカロフたちがいる場所まで戻り始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、天狼島内の別の一角。そこは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のベースキャンプのある位置と、島の中心に聳え立つ巨大な大樹のほぼ中間の位置。そこを少しばかり足早に歩くその人物は、うなじの位置で縛った水色がかった銀色の長い髪を持つ青年・ペルセウス。俯き気味に顔を伏せながらも、進めている歩は一切緩むそぶりはない。

 

伏せていた顔に浮かべている表情は、一見すると無表情。だが、細く開かれている双眸に宿しているのは、確かな怒り。

 

それを抱える要因となったのは、ほんの1、2時間前に爆発が起きたベースキャンプへと辿り着いた時に遡る。

 

『……!!』

 

息を切らしながら必死に足を動かしたペルセウスがそこについた時に見たのは、衝撃の光景だった。キャンプの為に設立していたテント、炊き出し、寝床などのスペースは見る影もなく散乱し、範囲の広いクレーターのようなへこみが出来上がっている。

 

更に彼の心を抉ったのは、そのクレーターの中心にいる存在だった。そこにいたのは二人の女性。そして二人ともに、その髪の色は白銀。それが誰なのか目についた瞬間彼は気付いた。

 

『リサーナ!ミラ!』

 

声を張り上げてすぐさまペルセウスは駆け寄ると、彼女たちのその全貌が明らかになった。両者の身体はどちらも土に汚れ、傷も多く、目に見えてボロボロだ。髪の短い妹・リサーナは比較的傷が少ないが、重傷なのは髪の長い姉・ミラジェーンの方だった。クレーターが出来る程の技……広範囲の爆発の魔法を受けたのは恐らく彼女の方だと推測できる。意識は失っており、ペルセウスの声にも反応していないようだった。

 

一方のリサーナは、姉のように気絶はしておらず、姉の身体に縋り付きながら肩を震わせてすすり泣いていた。ペルセウスが駆け寄り、再び彼女たちの名を呼びかけると、数秒だけ泣き続け、やがてゆっくりと姉の身体から少し離れる形で彼の方へと振り向いた。

 

『ペル……!ミラ姉が……!!』

 

溢れ出ている涙も止まらないままリサーナがか細くなった声でそれだけを放つ。ペルセウスはしゃがみこんでミラジェーンの手を取り、手首に指を当てる。脈の確認だ。ゆっくりとだが確かに動いていることは分かる。体温もそれ程下がってはいない。外傷を見ると命にも関わってもおかしくはないが、それを感じさせない謎の確信があった。不思議ではあるが、好都合。

 

『落ちつけリサーナ。ミラは生きてる。死ぬ心配もない』

 

『……ホン、ト……!?』

 

ペルセウスが告げた言葉に驚愕を示し、リサーナの目が見開かれる。ひとまずは彼女を安静出来る場所へと移す必要がある。森の中へと飛んで行ったであろう手当て用の道具を集めるようリサーナに頼み、ペルセウスはミラジェーンの身体を抱え上げる。

 

そして救急用の魔道具などを使いながら手当てとキャンプの跡地中からかき集めた藁で簡易的な寝床を作り、そこに彼女を横たわらせる。

 

『次はリサーナだ』

 

『わ、私は大丈夫だよ……!』

 

『そんなわけあるか。いいから』

 

ミラジェーンの応急処置を終えたペルセウスが、次にリサーナの手当を行う。彼ばかりに負担を負わせているようで遠慮しようとした彼女の言葉を切り捨て、腕や足の患部に軽い治療を行い、包帯を巻いていく。

 

『誰にやられた?』

 

処置を行いながら、徐に彼は問いかけてきた。彼女たち姉妹をこのような状態にした敵の事を、少しでも知っておかなければと思ったからだろう。

 

『……多分、敵の幹部……。物凄く強かった……けど』

 

彼女の脳裏に蘇る記憶。とてもない強さを持っていたその男は、圧倒的に自分たちを追い詰めていた。しかし姉がかの魔人ミラジェーンである事に気付いた敵は、彼女の本気を引き出そうと、不本意と言いながらもリサーナの事を利用した。

 

時限式の大爆発を起こす魔法でリサーナを拘束し、ミラジェーンの怒りを触発。だが本気を出して力を解放したミラジェーンとさえも互角以上に渡り合い、最後には妹を二度と失いたくないと、ミラジェーンがリサーナに襲い掛かる爆発を身代わりとなって受けた。

 

『私のせいで……私がいなかったら、ミラ姉が負ける事なんか……!!』

 

相手との力量にも目を背け、自分も戦えると前に出た結果敵に捕まり、姉はそんな自分を助ける為に自らを犠牲にした。それを思い出し、リサーナの目には再び涙が浮かび出す。自分が不甲斐ないせいで、ミラジェーンは……。

 

『やめろ、それ以上言うな』

 

自責の念に駆られて出てきていた言葉を、静かながらも芯の通った声でペルセウスが阻んだ。思わず弾かれるようにペルセウスの顔へ目を向ける。彼の視線は治療している彼女の患部に向けられたまま。しかしその表情には、少しばかりの悲しみが宿っているように見えた。

 

『自分がいなければ……なんて言葉……もう言うな』

 

リサーナがいなかった時……いなくなった時がどんなものだったのか、嫌でも思い出してしまう。当時のミラジェーンやエルフマンが、ナツやシエルたちが、そして自分がどれほどの悲しみを感じたのか……。

 

その時の悲しみを思い出させるようなことを、彼女の口から聞きたくない。多くは語らなかったが、リサーナには伝わったようだ。一言「ごめん」と謝罪を口にして、リサーナからの言葉はそこで途切れた。

 

 

それから少しすると、キャンプの跡地に茂みを揺らしながら辿り着いたものが現れた。数は二人。一人は重傷を負って気を失っており、もう一人が傷だらけの身体に鞭を打ってここまで運んできたのが伺えた。その運んできた方の人物は、昇格試験に参加していた候補者で最も小柄な少女。運ばれてるのは彼女のパートナーとして参加していた鉄竜(くろがね)の青年。

 

『レビィ!ガジル!大丈夫だった!?』

 

『私は何とか……。でも、ガジルが……!』

 

少女の方であるレビィがリサーナに無事かを聞かれるとすぐさま返答。彼女はそれほど深い傷も無いから動く事に支障は無いようだが、問題はガジルの方だ。

 

彼らは悪魔の心臓(グリモアハート)の襲撃を知らせる信号弾が上がるきっかけに巻き込まれたペアである。秘密裏に島へと侵入していたグリモアの魔導士二人組に急襲され、思わぬ苦戦を強いられた。七眷属じゃ無いとはいえその力量は高かったらしく、途中でレビィを逃して殿を努めたガジルが全力を出し切ってようやく相討ちに近い勝利。その代償が今の重傷状態だった。

 

『傷は深いが、ガジルの方も命に別状はなさそうだ。良い事だが……同時に不思議だ。これ程の怪我を負って、命を落とす心配がないってのは……』

 

ミラジェーンの隣に作った寝床へガジルを寝かせ、ペルセウスが彼の容態を診ると不思議そうに呟いた。二人とも下手をすれば命にも関わりそうな大怪我だ。だが感じられる魔力や顔色などからは、そんな危機などとは程遠く、安定している。

 

『ミラまで……負けちゃうなんて……!』

 

しかしミラジェーンと同様ガジルもこれ以上の戦線復帰は望み薄。想像を絶する強大な敵が待ち受けていることを嫌でも実感させられる。レビィの内側に恐怖心が徐々に募っていくのも仕方ないと言える。

 

いや、彼女の目に浮かんでいる涙は、恐怖から来たものとは違うだろう。ガジルを一人で戦わせたこと、足を引っ張る結果にしかできなかった無力さ、それに対する後悔が今の彼女を苦しめている。それは奇しくも、リサーナとほぼ同じ心境。

 

『……』

 

彼女の様子を見てペルセウスの脳裏にいくつもの記憶が浮かび上がった。未だに激しい爪跡が残るベースキャンプで、姉に縋り付いていたリサーナの姿。突如ギルドの面々に襲い掛かってきた悪魔の心臓(グリモアハート)の者たち。ウェンディに攻撃を仕掛け、評議院の船も爆破し、危険な目に遭わせたアズマ。

 

そしてこの天狼島で先程まで行われていた、昇格試験へ意欲的に精進してきた受験者たち。中でも、自分との戦いで勝利を掴み取った、弟……。最後に、自分が原因だと悲しげに語っていた、誰よりも恩義のある恩人……。

 

 

 

奴らは……それら全てを、踏みにじった……。

 

『リサーナ……お前たちを襲ったのは、どんな奴だった……?』

 

徐に、立ち上がると同時に問いかけてきたペルセウス。顔を俯かせて表情は見えないが、その声色は低く、明らかに機嫌は悪い。少し戸惑いながらもリサーナは思い出しながら答えた。

 

『体が大きい男で、肌の色は濃かった……。あと、魔法は何も無い所を爆発させたり、木の根っこを操ったり……』

 

『戦い自体を楽しんでいたり、か……?』

 

『!うん、そうだった、ミラ姉が本気を出した時も……って、え?』

 

その特徴には、心当たりがある。何故なら、最初に戦ったグリモアの魔導士と、一致している部分が多いから。横槍を入れるようにして言葉を挟めば、リサーナはそれに是を唱えてミラジェーンがその者と戦った時を思い出し、同時に疑問を抱いた。何故知ってるのか、と言いたげに。

 

そしてペルセウスは確信した。最初に自分が戦った相手と、リサーナたちを急襲した人物は同じであると。つまり……あの時自分が逃がさなければ、彼女たちが傷つくことは、なかった……。

 

『ペル……?』

 

彼女たちに背を向けながらも、それは伝わってきた。怒りだ。彼女たちを傷つけた男に対して……その男たちを一度逃がした自分の不甲斐なさに対して……隠す事のない怒りに満ちた魔力を僅かながらに身体から放出している。その様子にリサーナが戸惑いを示しながら彼の名を呼ぶも、ペルセウスは振り向きもせず、彼女に再び尋ねた。

 

『どっちに行ったか、分かるか……?』

 

そして時は現在。凶暴な性質も持つ天狼島の生き物たちでさえ、姿を目にした瞬間尻尾を巻いて逃げだすほどの闘気と怒りを放出しながら、ペルセウスは一人その方角へと歩を進めていく。

 

「七眷属・アズマ……今度こそ、逃がしはしないぞ……!」

 

追いかけてみろ?歓迎する?その余裕が、どこまで続くのか。徹底的に後悔させてやる。みすみす取り逃がしてしまった事で起きた悲劇を、自らの力の糧にして、ペルセウスは改めて決意する。

 

 

────たとえ誰がどう言ったとしても……奴は必ず俺の手で……!!

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、未だに昏睡状態となっているマカロフの傍らで、彼の容体に気を配りながらある者たちを待っている白ネコと黒ネコ。他に周りの人間がいない中、ただ黙してその者たちの帰りを待ちわびていた。そして……。

 

「シャルルー!リリー!」

 

自分たちの名前を呼んだその声に気付き、二人揃ってその方向へと目を向けると、呼びかけたナツを先頭に彼を追いかける為場を離れていたシエルたちも全員戻ってきた。途中で合流したのかルーシィも共にいる。

 

「やっと戻ってきたわね」

 

「ゴメンねシャルル。大丈夫だった?」

 

「私たちはね」

 

若干呆れを含みながらウェンディへと言葉をかけるシャルルに、言われた本人は一言謝りながらも異常はなかったかを問うた。シャルルとリリーは特に問題ない。あるとすればマカロフの方だ。

 

「マスターの容体は?」

 

「傷は塞がってるけど、また何とも言えないわ。相当深かったし……」

 

「だが不思議だ。命の危険を感じない……」

 

唯一マカロフの容体について知らなかったルーシィが尋ねると、すぐさま返答が返ってくる。下手をすれば命に関わる程の重傷だったと言うのに、一命はとりとめている。先程のルーシィも、下手をすればお陀仏になりかねない状態だったと言うのに、優れた治癒魔法を持つウェンディの治療を受けたとはいえ、回復も随分早かった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地と呼ばれているこの島に、何かしらの恩恵が備わっていると言う事だろうか……?

 

 

 

そんな事をシエルが考えていると、突如自分たちの近くに別の存在が介入してきた。台座のついた大きめの魔水晶(ラクリマ)(恐らくは通信用)と共に現れたその人物に目を向けると、その場にいるほとんどが警戒心を瞬時にあげた。

 

「貴様は……!」

「メスト……!」

 

坊主頭に近い黒の短髪を持った長身の男・ギルドに潜入していたメストだった。ウェンディたちの元を離れてからずいぶん時間がかかったが、戻ってきたらしい。リリーとシエルがこれでもかと睨みつける。

 

「な、何……?新たな敵……?」

「誰だコノヤロウ!!」

 

「……えっ!?」

 

するとウェンディは信じられないものを目にした感覚を覚えた。今、ルーシィとナツはメストに対してまるで知らない人物に対するかのような素振りを見せた。S級魔導士昇格試験のメンバーとして、彼の潜入期間中にはずっとギルドにいた人物のはずなのにだ。

 

「(やっぱり、記憶操作の魔法の使い手、か……)」

 

一方でシエルは、立てていた推測が当たっていたことを確認できた。メストが覚えている魔法の一種・記憶操作。多数の人物の記憶に存在しない記憶を植え付けて、ギルドのメンバーではない自分が潜り込みやすい環境へと変化させた。

 

そしてこの魔法は一種の催眠魔法でもあり、同じ系統には不特定多数へ自分を魅力的な存在に見せる魔法・魅了(チャーム)が存在している。共通点は総じて、かかった対象の解除方法が理解……魔法の事を知っている事や、自分が魔法にかけられている事への自覚だ。この場合はかけられていた時の記憶も残るが、その前に魔法を使用した側で何かしら解除された際は魔法をかけられていたことに対する記憶は残らない。

 

メストがギルドの一員でない事を知らないまま記憶操作が解除されたナツたちは、彼が何者かも未だ知らない状態と言う事になる。だからこそ初対面と同じ反応を示したわけだ。詳細を説明してやる義理もないが、ややこしいことが起こる事は避けておきたい。

 

「そいつはメスト。評議院の人間だから、こっちから殴るのはNGだ、ナツ」

 

「!?……あ、あっはっは、いいコートだね……」

 

今にも殴り掛かりそうな剣幕を浮かべていたナツは、シエルからの説明を聞いて様子を一変。瞬時に顔を引きつらせて口元に笑みを浮かべながら、掌を返してメストに友好的な態度を示した。あんまりな露骨さに周りのほとんどがジト目になっていた。

 

「本当の名は『ドランバルト』だ」

 

「……偽名だったのかよ……ま、どうでもいいけど……」

 

「ちょっとシエル……」

 

どうやら今まで名乗っていたのは潜入の為につけた偽名だったようだ。だがシエルからすれば些末な問題のようでつっけんどんとした態度を浮かべている。あからさまに煙たがっているその態度はいい印象とは言い難いのかウェンディから窘められるも、彼の雰囲気は変わらない。そしてメスト改め『ドランバルト』は、シエルに注意するウェンディに「いいんだ、そう接されても仕方ないと思ってる」と、どこか反省しているような様子を見せた。

 

「それと、オレはお前たちを助けに来たんだ」

 

そしてドランバルトから告げられた言葉に、各々衝撃と言いたげな反応を示した。本来であれば評議院の戦力を応援として呼びたかったようだが、状況が変わった。彼の瞬間移動の魔法を駆使すれば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーだけを天狼島から脱出させられるとのことらしい。そしてそれにはメンバー全員の場所を把握する必要があると言うが……。

 

「お断りしますってヤツだ」

 

いの一番にナツが返したのは拒否だった。ドランバルトに衝撃と驚愕が走るも、彼以外に同じ表情を浮かべている者はいない。

 

「何で私たちが評議院の助けを借りなきゃならないの?」

 

「ギルドの問題は自分たちで片付けるさ。ここの連中は」

 

今の状況は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に降りかかっている予期せぬ事態。だがこれまでギルドの危機をギルドの力で乗り越えてきた彼らには、評議院の助けなど蛇足に過ぎない。加入してから日が短いシャルルとリリーでさえも、それを熟知していた。

 

「そうじゃない!今この状況を本部に知られたら、島への攻撃もあり得るって話だ!!」

 

しかしドランバルトは、問題は悪魔の心臓(グリモアハート)のみではない事を主張する。評議院が魔法界の目の上のたん瘤としている存在が三つも同じ場所に集結している。しかも周囲には民間人の存在もない。故に評議院が躊躇なくそれらが存在している天狼島へ攻撃を行う可能性がある事を。島への攻撃。それが何を意味するか一部はすぐに気が付いた。

 

「またエーテリオンを落とすつもりー!?」

 

「懲りないわね、アンタらも……」

 

ハッピーが全身の毛を逆立てて仰天し、ルーシィは呆れたように溜息混じりで呟いた。そのエーテリオンを巡る騒動で一度評議院は解体されたと言うのに、もう一度繰り返す気なのかと。

 

「エーテリオン?何だそれは」

 

「評議院が所有している、一発撃てば周囲の存在全てを抹消する破壊魔法さ」

 

その中でエーテリオンの存在を唯一知らないリリーが質問を呟くと、素早くシエルが簡潔に答えた。そして詳細を補足すると、過去に評議院は楽園の塔と呼ばれる海上の建造物にそれを投下した。当時はシエルやナツたちも現場にいたのだが、評議院に思念体を潜入させていたジェラール(アースランドの方でミストガンとは別人)が8年かけて用意していた魔水晶(ラクリマ)によってエネルギーは吸収され、一旦は事なきを得ていた。

 

「けど今回はエーテリオンを吸収してくれる魔水晶(ラクリマ)なんかない。落とされたら確実に、天狼島は消える……」

 

「そ、そんな!!」

 

楽園の塔はあくまでジェラールが敢えて落とさせるように誘導していただけだ。今回は対策などとれていない。険しい顔を浮かべて推測を口に出すシエルの言葉を聞いて、ウェンディが焦燥に駆られるように声を張る。

 

「その前にカタをつければいいだけだ」

 

「マカロフもやられた!悪魔の心臓(グリモアハート)にはまだ恐ろしい奴が残ってる!勝てる訳ねえだろ!!」

 

「だから、島ごと奴らを消せば手っ取り早い……って言いたいのか?」

 

マスター・マカロフの不在。そして評議院が掴んでいるグリモア側の()()()()()。ペルセウスとさえ互角に戦ったアズマの力を、直接ではないとはいえ垣間見ていたドランバルトは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に勝機はないと思っている。だがそれを外野から何と言われようと、妖精側も引き下がる気はない。寧ろ自分たちの問題に首を突っ込んでくることに対する苛立ちの方が大きい。

 

「この島は私たちのギルドの聖地。初代マスターのお墓もあります……!そこに攻撃するなんて……!」

 

「信じらんない!そんな事したらみんな……ただじゃおかないわよ!!」

 

「オイラたちはそうやってギルドを守ってきたんだ!!」

 

聖地として大切にされていた島へ、勝ち目がないからと外野から消滅させるほどの攻撃を投下してそれが無くなってしまっては、勿論ギルドの者たちは黙ってられない。普段は自分たちの上に立つ機関だからと甘んじて叱りを受けるが、この件に関しては許容できない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の全員が同じ意見だ。それを聞いていたドランバルトは苛立ち気味になっていた顔に青筋が浮かび、とうとう激昂した。

 

評議院(オレたち)を脅すつもりか!!魔導士ギルド如きが!!」

 

 

 

 

 

 

その直後、ドランバルトのすぐ目の前に轟音を立てながら一筋の雷が降り落ちた。突如として発生した落雷に、一歩先を進めば直撃していた事に慄いたドランバルトだけでなく、ウェンディやルーシィ、更には落ちた途端に「うおわぁあああっ!?」と悲鳴をあげたリリーも驚愕を表し、ハッピーとシャルルも唖然としている。エクシード二人はリリーの方に驚いたようにも見えるが。

 

対してさほど驚いた様子を見せていないのは、変わらずドランバルトを睨んでいるナツと、今の落雷を発生させた少年シエルの二人だけ。

 

「いい加減にしろよ……上座でふんぞりかえるだけの奴らに、顎で使われてばっかの輩が、自惚れてるんじゃねえよ……!」

 

両手の拳を強く握りしめ、少しばかり顔を俯かせながら、低く地の底から出てくるかのような怒りを孕んだ声で苛立ちを呟き、一歩一歩ドランバルトへと近づいていく。

 

「自分たちの都合の悪いもんばっか、もっともな理由をつけて切り捨ててきた連中が……守るべきものや排するべきものも区別しないで、秩序の為だとかいう免罪符で色んな人たちを苦しめてきた耄碌どもが……何をしても魔導士たちなら逆らえないなどと、いつまで思ってやがるんだ……!!」

 

はっきりと口に出したことはないが、正直に言うとシエルは評議院に対して好感情を抱いていない。むしろ嫌いな部類だ。深い闇に囚われ、助けられる機会もなく、地獄のような日々を兄弟と過ごしていた時、奴らは助けてくれなかった。

 

逆に地獄の日々から解放してくれた家族のことは、目に余る行為が目立つことに同情はすれど、秩序の為にと言いながら平気で罪深い存在として断定している上、容赦なく居場所を奪おうとすらしている。

 

挙句の果てには、民間に多大な被害をもたらしていたバラム同盟の闇ギルドへの対応。散々放っておいた癖に、検挙の功績をもみ消して問題行為ばかり取り上げ、あまつさえ自分たちの手柄にする始末。

 

頭や理性で理解はしていたが、シエルはずっと心の奥底にしまい込んでいた。評議院に対する感情を。暴発させてはいけない負の想いを。しかし今この時、自然と固めていたシエルの枷が、外れたのだ。

 

「教えといてやるよ。俺たちにとってギルドは家だ。仲間は家族だ。けどお前らにとっては……“檻”なんだよ」

 

長身である自分を見上げるように顔を上げたシエルの表情に微かな恐怖を感じながら、ドランバルトは“檻”と言う単語に着目した。シエルが放つ子供とは思え無い殺気にも似た威圧感に、言葉を発する余裕すら起きないが、ドランバルトは続くシエルの声に耳を傾けた。

 

「解放させたら手の付けられない……法の鎖を外したら、評議員の喉笛を嚙み千切るような猛獣が詰め込まれた、堅固な檻だ。お前らに、その(ギルド)をぶっ壊す覚悟があるか……?」

 

それを聞いたドランバルトは、瞬時に思い出していた。目の前で見上げながら睨む少年の、兄が自分とその上にいる者たちに向けて忠告していた内容を。

 

『『猛獣を閉じ込めた檻を壊すなら、命を捨てる覚悟を決めてからにしろ』ってな』

 

猛獣……彼らは確かに問題となる行動を度々起こしている。実績はあるものの、何度もそれによって評議院の頭を抱えさせてきた。だがそれはあくまで、彼らがギルドの一員として活動していたからこそ、()()()()()()()結果だ。

 

もしも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々がバラム同盟の者たちのように闇ギルドとして活動をするような輩ばかりだったら?今や国一番のギルドが、敵対する勢力として独立したら?

 

少なくとも数名。単独であろうと自分たちを壊滅にまで追い込みかねない化け物たちがいる。もしも……彼らがこちらに牙を向けたら、と考え始めたところで、ドランバルトは理解すると同時に絶望に至るまでの恐怖を覚えた。

 

秩序の為と謳いながらこのギルドを、仮に潰したとしたら……?

 

「俺たちはな……お前らに飼われるだけでいる、出来の悪い暴れん坊の使い魔じゃねえんだ……。

 

 

 

 

 

 

その気になったら、評議院()でも闇ギルド()でも、(ギルド)の敵を全て滅ぼす魔獣の群れだ。喰われる覚悟もねえなら、不必要に俺たちの(たが)を外すような真似はすんな……!!」

 

そう言い切ったシエルの姿は、ドランバルトにどう映ったのだろうか。彼の心象を現すかのように、頭上の空模様は次第に暗雲で覆われ、雷鳴が響き出す。その様は、まさに荒天。

 

これまでの比にならない静かな怒りと憎悪を孕んだ少年の様相を目にし、自分たちが抱えていた想いすら一時的に薄まる程に、衝撃的だったとルーシィは後々実感することになった。

 

 

 

「お、おい……やっぱあいつ、雷を自在に操れるのか……?」

「雷どころか天気全般……って、あんたまさか雷怖いの?」

「カワイイとこあんだね」

 

「なあ、オレが言いてぇ事全部シエルに言われた気がすんだけど……」

「あんたたち……緊張感って持ってる……?」

 

そんな事を考えていたのは実は自分だけだったのでは?とやけに弛緩した他の仲間のやり取りで、ルーシィは思わずにはいられなかった。エクシード達はシエルの言ってたセリフが聞こえてたのかも疑わしいし、ナツはさっきからドランバルトを睨むだけで何も言わずに静かだと思ったら、言葉を挟む隙も見つけられなかったようだ。何だろう……空気台無しな気がする……。

 

 

だが、唯一そんな抜けた雰囲気に混ざらない存在が、シエルたち以外にもいた。空気の変化を感じ取り、すっかりと日の落ちた空を見上げたウェンディ。ただでさえ光を失った島周辺の空が、暗雲によって暗闇を作り出している。シエルが雲を呼び出したから……彼女でなければそうとしか考えられないだろう。だが、彼女は身につけた感覚で察知していた。

 

「シエルの力だけじゃない……。この空気……空が荒れそうですね……」

 

誰に言う訳でもない、今日の夜更けに来るだろう自然の荒天を予感して呟く。月も星も埋め尽くす暗雲から、帯電された雷の音が聞こえてくる。もう少ししたら雨も降ってくるだろう。その様相はまるで、この後にも続く戦いの激化を思わせるものだった……。

 

 

 

 

そしてウェンディはふと、もう一つの異変に気付いた。

 

「あれ……?あの人は、どこに……?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それからさほど時間も経たない内に雨は降りだしてきた。天狼島全域に雨雲は広まっていて、島内にいる者たちを等しく濡らしていく。

 

「涙が、オレの欲望(デザイア)を忘れさせる……。邪な瞳は闇にもがいて……」

 

その内の一人であるとある男は、まるで自分に酔いしれるように詩のような口調を紡いで雨をただ感じ取っていた。その容姿は銀色の短いリーゼントヘアに、青いサングラスをかけているのが特徴的な、外見的特徴で既にキザな印象を植え付けられる美形の男。口調も相まって、俗に言うと拗らせていると言わざるを得ない性格だと分かる。

 

男の名は、『ラスティローズ』。彼もまた、悪魔の心臓(グリモアハート)・煉獄の七眷属の一人である。

 

「何の詩だね、ラスティ」

 

「!いや……ただの(カケラ)の叫びだ」

 

突如頭上から聞こえてきた声に、ラスティローズは歩みを止めて声の主へと目を向ける。その先にいたのは彼のいる場所から人二人分上に存在する崖に腰かけて見下ろす同胞。誰よりも先に島に潜り込んでいた七眷属の一人・アズマだ。最初にペルセウスとぶつかった後にも戦いを繰り広げたのか更に傷が増えていて、身に纏っていた上の衣服は脱ぎ捨てたようで鍛え上げられた屈強な身体が露出している。

 

「アズマ、君にしては随分ボロボロだな」

 

「フム……強者と戦った証だね」

 

そう呟きながら彼が思い出していたのは主に二人。一人は妹共に襲撃してきた自分と対峙した魔人の女性。噂に聞いていたより力は劣っていたようだが、もう一人の実力者と対峙した時に勝るとも劣らない高揚感を覚えさせるぐらいには強かった。

 

そしてもう一人……彼は自分の期待を裏切らず、むしろその期待以上の強さを見せてくれた。あれほどの強者は長い戦いの記憶の中でもなかなか見られない。アズマの言うその存在が誰の事なのか、ラスティローズにも察することは出来た。

 

「例のペルセウス……孤高の堕天使(ルシファー)かい?」

 

「彼もそうだが、他にも目を引く者たちは何人か見られるね」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)内で共有されている情報の存在。マスター・ハデスを通じて全員に周知されたその魔導士の実力を垣間見たアズマは言うまでもなく彼がいかに強大かを改めて認識していた。こちらの都合で一時中断と言う形になっているが、こちらに何かしらの思惑がある事は理解している様子。今頃は血眼になってでもアズマを探しているはず。

 

「そう時も経たない内に、こちらに追いついてくるだろう」

 

「つまり警戒すべきはペルセウスのみ、と……そう言う事だね。他の奴らはてんで話にならないし。オレの(カケラ)は震えない……」

 

見下ろしながら先程まで戦っていたペルセウスの事を伝える形で話していたアズマに対し、ラスティローズは自分が対峙したある魔導士二人組を思い返しながら肩を竦めた。魔導士の癖にやけにガタイのデカかった大男と、事あるごとにキャンキャンとうるさかったメガネの女。痴話喧嘩を繰り返していた様子は傍目から見ても相性が良いように映っていたが、所詮は自分の敵ではなかった。必死に自分へ喰らい付いてはいたが終始余裕にしていた自分にとっては、取るに足らないに等しい。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)で警戒する必要があるとすればマスターのマカロフ、最強と名高いギルダーツ、そして先程挙げたペルセウスぐらいだ。だがマカロフはハデスが下し、ギルダーツは既に島からいなくなっている様子。残るペルセウスはアズマが相手するだろう。彼とその弟に関しては決して殺してはならないと念を押されているから別の意味で厄介ではあるが、ラスティローズからすれば難しいことではないと言い切れる。

 

「侮ってはいかんね。妖精の尻尾(フェアリーテイル)……奴らの武器は魔力にあらず。信念を刃に変える力を持つ」

 

しかしアズマはその考えを否定する。驕ってはならない。慢心してはならない。個の力がいかに優れようと、時としてあの者たちはそんな個に優れた自分たちを凌駕しかねない地力を発揮すると考えている。そしてそれは、彼が先程下した魔人に限った話じゃない。

 

 

 

 

 

「どこだ……どこにいやがる……!」

 

その片鱗を感じさせたその青年は、周囲を見渡してその姿を探す。どんな目的があるのか定かじゃない中で探すのは悪手と言えるが、四の五の言ってはいられない。リサーナから聞いた彼が向かった方角のみを頼りに、青年はその姿を探す。

 

「おい、お前……ペルセウスだろ?」

 

だがその青年の足を止めたのは、探していた者とは別の声だった。険しく歪めた不機嫌そうな表情を変えず、声のした方へと睨むように目を向ける。一方で睨まれた方の存在は、狂ったように口元を吊り上げた。

 

「ずーっと、会ってみたかったってよォ。ようやく会えたって……!」

 

全体的に傷を残しながらも、狂人の如き笑みを浮かべながら、神を滅する者(ザンクロウ)は待ちに待った神に愛された者(ペルセウス)との邂逅を果たした。その目には、竜狩り(ナツ)と戦った時以上の狂いまくった感情が込められていた。

 

 

 

 

 

「キミがその信念を神器に込めた時……一体、どれほどのものに変じるのか、楽しみだね……」

 

追われるものと言う自覚を持ちながら、その状況にすら闘争による愉悦を感じ、アズマは雨雲を見上げながらほくそ笑んだ。




おまけ風次回予告

シエル「あの滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)、兄さんのとこに現れたって!?いつの間に目ぇ覚ましてたんだ!?」

ナツ「あいつオレがぶっ飛ばしてやったってのに!!どんだけ頑丈なんだよ!!」

シエル「ナツと言いガジルと言い、スレイヤー系って頑丈さに定評あるよな……って言ってる場合じゃない!相手はよりによって神の天敵のような奴だ……兄さんなら大丈夫だとは、思うけど……けど……!」

次回『神殺し』

ナツ「こーなったらオレが加勢するしかねぇな!!いやむしろ、俺がもっかいあいつをぶっ飛ばァーす!!」

シエル「落ち着けぇ!また数時間気絶するつもりかよ!?戻って来ぉい!!」


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第123話 神殺し

今回は短めにしようと思ってた…。だから先週の内に投稿できると思ってた…。
けど行き詰まって結局また一週間空きました…。ごめんなさい…。最近こればっか…!

来週は土曜も出勤だからやっぱり書けないし…やること多すぎぃ!!


「おい、お前……ペルセウスだろ?」

 

唐突にそう問いかけてきた声に反応を示し、ペルセウスはその声の主へと目を向ける。そこに込められた感情は、明らかに不機嫌そのものだ。本来探していた男とは違う人物を睨む彼の剣呑な形相を気に留めた様子もなく、声をかけたその男はペルセウスを見下ろす位置となっていた高台から飛び降り、傷だらけに見える身体を気にした風も見せずに口元を吊り上げた。

 

「ずーっと、会ってみたかったってよォ。ようやく会えたって……!」

 

その者はザンクロウ。ペルセウスが探していたアズマと同じ煉獄の七眷属の一人。狂人と言う言葉が似合うその男の表情は、探し求めていた青年の姿を収めてより一層喜びに満ちているようだ。

 

「生憎、お前のような奴に構っていられるほど暇じゃねえんだ。怪我もしてるみてーだし、とっとと自分の家に帰って寝てたらどうだ?」

 

対するペルセウスには、ザンクロウへの興味の色がないに等しい。別の男を探す邪魔をされて不機嫌に歪めた顔をそのままに、ザンクロウを雑に追い払おうとしている。

 

「つれねーこと言うんじゃねぇってよ。オレっちはこの時をずっと待ちわびてたんだって」

 

しかしザンクロウは退こうと考えず、傷だらけとは思えないほど迷いのない足取りで身体を左右に揺らしながらペルセウスへと近づいていく。彼がペルセウスに対してこれ程の執心を見せる理由は……。

 

「神器……神が扱った武器を自在に操れる、神に愛された魔導士……もとい神の体現者……!」

 

ペルセウスが扱う魔法と、それによって広まっている彼の力。実在したと言われる神の力を宿した武具を使用できる特異な能力。その力は最早現代に存在する神と同等と言っても差し支えないとさえ言える。だからこそ……。

 

「折角覚えたんなら、本当に神に効くのかどうが、試してみたくなるもんだってよォ!!」

 

嬉々とした声で叫びながら、ザンクロウは手に宿した黒い炎を両手で合わせ、ペルセウス目掛けて放出。唐突に発せられた攻撃にも一切揺らがず、ペルセウスはその場を退避。攻撃を避けた彼に対してザンクロウは手に宿した黒炎を今度は叩きつけるようにペルセウスへと肉薄する。その攻撃でさえもペルセウスは焦る事なく跳躍して躱し、空中へと避難する。

 

「炎神の怒号!!」

 

それを好機と見たザンクロウは口を膨らませるとそこから黒炎を発射。それを見てようやくペルセウスの表情に変化が起きた。少しばかり驚いたように目を見開き、右手をかざして換装を発動。現れたのは鏡の光沢を持つ絶対防御の盾・イージス。全てを破壊すると形容した黒炎の攻撃を、一切通すことなく弾いていく。

 

「ウッハー!!」

 

しかし防ぎながら落下を続けていたペルセウスの死角から、黒い炎をデスサイズの形へと変化させていたザンクロウが現れて振りかぶる。そのまま防がれることなく斬り裂こうとした彼の攻撃はしかし、態勢を瞬時に変えてデスサイズの攻撃を持っていた盾で受け止めた。そしてその拍子に弾かれるようにして宙を移動したペルセウスは体を翻して態勢を整えながら着地に成功する。対して攻撃を完全に防がれたザンクロウも着地。思うようにいかなかったものの、その表情には苛立ちよりも納得の面が強かった。

 

「さすがにそう簡単には、堕天使を倒せねぇってか」

 

「神に迎撃するための魔法……話には聞いたことのある、滅神魔法か」

 

自分の嫌いな異名には聞こえないふりをしながら、ペルセウスはザンクロウが扱った魔法に当たりをつけた。神を滅することを可能にしたと言う話を聞く、滅竜魔法と同系統であるスレイヤー系の魔導士。滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)の存在を、思い出したように呟いた。

 

「さすがに知っていたかって。そう、お前のように神に愛された者にとっては天敵。神を滅することが出来る魔導士だってよ。その上、オレっちの使う炎は、ただの神の炎とはわけが違う」

 

自分の魔法を言い当てたペルセウスに気分を良くしたのか、ザンクロウは己が扱う黒炎がどのようなものなのか、ただの神の炎とはどのような違いがあるのかを、自慢気に語り出した。

 

「おめぇ、『カグツチ』って知ってっかよォ?」

 

ザンクロウが言うには、『カグツチ』と言うのは東洋で語り継がれている炎の神の一柱。国一つを作り出したと言われるある男女の神の間に生まれた最後の子供である神だと。最後である理由は、彼が生まれるよりも先に神としての力が強すぎたから。炎の神としての力が強力であったカグツチは、生まれ落ちる際にその強力な炎によって母である神『イザナミ』を焼き殺してしまった。

 

自分と同じ神。それも自分よりも強いはずである母神をその炎で殺める程、火の神が操る炎は強力であった。まさにその炎は、神殺しの炎。ペルセウスにとっては、非常に相性が悪い。

 

「ただ神が扱う炎とは違った、神を殺せる炎……それがオレっちの魔法だってェ!!」

 

高らかに語り、そして主張を叫びながらザンクロウは己の両手にゴウゴウと黒い炎を集中させていく。先程発したブレスをも凌ぐその高い魔力を感じ、ペルセウスは更なる警戒心が纏わせていく。何をしようと無駄な事。ザンクロウが今放とうとしているのは、まさにその神の名を冠した技。西の果てから東の果てまで焼き尽くす神の一撃。

 

「お前にこれが耐えれるかァ!『炎神のカグツチ』!!」

 

両手を突き出して放たれた黒炎の波動。その勢いは凄まじく、まさに全てを破壊する程の威力。範囲も広く、先程の攻撃たちのように回避することは難しい。現に迫りくる黒炎に為す術無く、ペルセウスがいた場所は呑み込まれ黒い爆発が発生した。

 

「ウハハハハ!!どうよ!?これで名実ともに、オレっちが神をも下せる存在だと証明されたってよォ!!」

 

神の力を、神からの愛を一身に受けた男を打ち倒した。それに至った実感から高笑いを上げて喜びに打ち震えるザンクロウ。滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)の名に恥じない戦果を得たことで、これまで以上に自分は躍進できるだろうと言う確信を噛みしめていた。

 

しかし直後、黒い爆発が起きた場所に残っていた黒炎が、勢いよく突きあがった水の柱によって押し上げられて消えていく。

 

「っ!?」

 

高揚した気分のまま高笑いを上げていたザンクロウは思わずその感情を引っ込め、表情に驚きを表す。まるで目の前に起きている光景が信じられないとばかりに。だが夢幻などではない。黒い爆発に飲み込まれていたと思われたペルセウスは五体満足。どころか火傷の一つすらついていない。

 

右手に握られていた青い三又の槍が持つ海神の力。迫りくる攻撃に対して自分の周囲に水の膜を張り、周りに残る炎を消火する為に水を一気に放出させたのが先程発生した水の柱だ。そんな彼の表情には焦りも安堵もない。どこかうんざりと言いたそうな、気だるげな表情だ。

 

「喧しい。よくもまあ一人でそこまで騒げるもんだ。魔法も似てるし、ナツを思い出すな……」

 

一人で散々に騒ぎ、笑う様子から鬱陶しそうにペルセウスはぼやきながらうなじに左手を持っていき、首を回す。面倒なことこの上ないと言いたげに放った言葉は、ザンクロウと同じ火のスレイヤー系魔導士であるナツを彷彿とさせることを意味しており、それを聞いたザンクロウは先程戦った同じ属性の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を嫌でも思い出させられた。自らの魔力を空にしてから食えるはずのない神の炎を喰らい、自らの糧へと変えた滅茶苦茶なやつの事を。

 

「あの竜狩りと一緒にされんのは屈辱だってよォ……!」

 

「一緒になんかしてねぇよ。さっきまでの攻撃を見てて分かった」

 

まるで同類だと言いたげに聞こえたザンクロウは、先程までとは違って機嫌を損ねていく。力も質も遥か上だと自負しており、奇策を用いないと自分にダメージすら与えられなかった竜狩りなどとは比べられることすら烏滸がましい。だがペルセウスはそれに対して否を唱えた。ザンクロウにとって、それは自分との共感に繋がったと解釈していた。

 

「ウヒヒヒ!何だ、しっかりと見てるんじゃねえか。オレっちが竜狩りなんかとは……」

 

損ないかけた機嫌が再び浮上するように笑い声をあげ、改めて実感したことを口に出そうとするザンクロウ。しかし……。

 

「お前よりもナツの方があらゆる面で上だ。勝手に自己評価を高くすんなよ」

 

口に弧を描いたペルセウスがその共感を否定した。いやそもそも、ザンクロウが考えていた事とは真逆の返答だった。自分と遭遇してからほぼ変わらなかったはずのペルセウスの表情が初めて変わったかと思えば……言われずとも分かる。あれは、嘲笑だ。

 

「あァ……!?」

 

ペルセウスにとって、自分よりもナツの方が上だと言い切った事実にザンクロウは額に青筋が浮かぶほどの怒りを覚えた。自分をあからさまに下に見ているどころか、本来であれば自分よりも遥かに劣っていた竜狩りにすら及ばないなどとほざいてきた。ザンクロウはもう冷静な判断をとる事などできずにいる。

 

「じゃあ試してみろってよォ……!竜狩りか、オレっちか……どっちが本当に上かってェ!!!」

 

胸の奥深くから感じられる。何とも形容しがたい怒り。それを力の糧にしながら、ザンクロウは溢れ出る魔力で自らの衣服と髪を揺らし、その魔力を黒い炎へと変えて掌に集わせていく。

 

本来であれば、ペルセウスは殺さないように言われていた。だがここまでコケにされておいて、奴の命を鑑みて加減をするなど限界だ。一切の躊躇なく、奴を焼き殺すつもりで攻め込む。それが今ザンクロウの脳内に残っていた感情だった。

 

「滅神奥義!!」

「換装……!」

 

自身の最強の技を放とうと前へ踏み出したと同時に、ペルセウスもまた三又の槍を収めて別の神器へと換装を始める。そのぶつかり合いは……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わり……一次試験にてEルートとして使用されていた洞窟内に、一人の魔導士が辿り着いていた。ウェーブがかかったこげ茶色の長い髪を持つ、受験者の一人であった女性・カナだ。

 

「ここに妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター・メイビスの墓がある……」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の襲撃があったことで、周知はされていないが試験はほぼ中断の形になっている。しかし彼女は、今回の昇格試験に対して、誰よりも、譲れない並々ならぬ想いを抱えていた。今後の人生をも、左右するほどのものを。

 

パートナーであるルーシィが、墓の在処となるヒントを突き止め、それを聞いたカナは試験に合格するために単独で教えられた場所へと向かっていた。絶対に、S級魔導士になると言う想いを持ちながら。

 

「雨、か……」

 

洞窟の中を進んで行くと外から聞こえてくる雨音に気付く。暗く染まった空、雨、天狼島、昇格試験……。

 

「あの時を思い出す……どうしても……」

 

 

 

カナ・アルベローナが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったのは、12年前。きっかけは女手一つで育ててくれた母の病死だった。母の遺言によって、健在であろう父の存在を知ったカナは、父親に会う為に妖精の尻尾(フェアリーテイル)を訪れた。

 

 

 

 

父親の名は“ギルダーツ”。

ギルドの中でも優秀な魔導士であり、仲間からの人望も厚かった。女にだらしないところもあるが、人柄の良さと高い実力を持つその姿は、憧れと同時に劣等感を植え付けられる要素になった。

 

何より彼は、自分が血の繋がった娘であることを、知らなかった。

 

 

自分が血の繋がった娘だと、ギルダーツは父であると、幼いながらに伝えようと何度か帰りを待つようにギルドを出入りするうちに、彼女は魔法を教わり、魔導士になった。しかしギルドで一番の力を持つ父との差が大きすぎる事と、それ故にギルドを空ける期間の方が長い為、長い間真実を言い出せずに大きく膨らんでいく。

 

本当のことが言えないまま時が流れていき、いつしか本当の事が言えなくなってしまっていた……。

 

 

『私が……?』

 

それが変わるきっかけになったのは、S級魔導士昇格試験だった。仕事の都合で試験の合間ギルドを空けるギルダーツに激励の言葉をかけてもらった時、カナは閃いた。S級魔導士。父と同じ称号。それを手に出来れば、父と並び立てた証になる。試験に合格して、S級魔導士になれた時、真実を伝えよう。彼女はそう決めた。

 

 

 

しかしその試験で、彼女の決心が揺らぎかけることになった。思い知らされることになった。

 

父に並び立つことが、何を意味するのか……。

 

 

 

S級魔導士と言う壁が、どれほど高く聳え立っているのか……。

 

 

 

思い出す。どうしても……。

 

暗く黒く染まった空。降りしきる雨。天狼島にある石舞台の上で……カナは一度も体験した事のない、恐怖と絶望を味わった。

 

 

 

 

 

世の中には、人の姿をした、怪物が存在することを。

 

その次元に立てなければ、彼女の望みが叶わぬことを。

 

 

 

一歩も動けず体を震わせていた自分の目の前で立っていたのは、一人の少年。

 

今にも倒れそうなほどの重傷を負いながらも、両手に剣を持ち、血まみれになった身体をしっかりと直立させている。

 

暗くなった空と、俯いたことで影を帯びたその表情は、分からない。

 

 

 

 

 

 

だが髪の陰から覗かせたその眼光は……まさに、修羅。

 

 

 

その年にギルドに入った同年代の少年は、その圧倒的な力と威圧、そして精神力で試験を突破し、最短でS級魔導士になった。

 

そんな彼に対してカナは……あの時、何も出来なかった……。

 

「(後にも先にも、仲間に対してあんな感情を抱いたのは……あんただけだよ……)」

 

同じギルドの仲間で、対峙したのは試験の時の一回のみ。もしも彼が敵として現れたとしたら、なんて考える事すら本能が拒絶するほどだ。あの時の彼の姿が頭に蘇るたびに、今も彼を思わず避けてしまう。

 

 

 

同時にこうも思う。彼のような魔導士が負けることなど、滅多な事が起きない限りは実現しないと言う事を。ギルドの最強魔導士である、父・ギルダーツのように……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一閃。

 

それが何を意味するのかは、今起きている光景ではっきり明かされていた。

 

「っ……!?何、だ……!?」

 

振るわれたのは明るい空色と暗い橙色の二色で分かれた一振りの両刃剣。縦に分かれた二色の光沢で振るわれたそれは、黒き炎をまるで実体があるかのように両断。そしてそれを放った狂人の身体も、袈裟斬りの形で剣閃が襲い掛かり鮮血を飛び散らせていた。

 

剣を振るったのは、換装魔法でそれを呼び出したペルセウス。斬られた狂人は、黒炎を操っていたザンクロウだ。斬られた側であるザンクロウだが、己が身に何が起きたのかが理解できぬのか、はたまた現実を受け止めたくないのか、焦燥に駆られた目を見開きながら、己を斬ったペルセウスへとそれを向ける。

 

何故自分が斬られている?先程の技は自分が扱うどの魔法よりも強力な、その名の通り奥義と呼べる大技だった。それがペルセウスが持つ剣によって両断され、気付けば使い手である自分自身も斬り裂かれている。気付いた時には既に終わっていたことも含めて、解せなかった。

 

「カグツチの逸話なら、俺も知ってる」

 

右の肩から左の腰にかけて感じる激痛と、徐々に失っていく体の力を感じながら、ザンクロウは徐に口を開いたペルセウスの言葉に目を剥いた。神器を扱い、神からの愛を一身に受けた男は、神に関する話も勿論知る限りのものを頭に入れていた。炎の神・カグツチの誕生と、その末路も。

 

「生まれると同時に母神であるイザナミを焼き殺した。それは確かだ。だが伝承にはその先がある。母、もとい妻を殺されたカグツチの父・『イザナギ』が、その後息子をどうしたのか……」

 

生まれ持った炎の体。それによってイザナミが焼死したその後、妻を失った夫である『イザナギ』は大きな悲しみを味わった。そして同時に激しい怒りを露わにした。父であるイザナギは、自らの得物を用い、生まれたばかりであったカグツチの首を刎ねて殺したのだ。

 

「カグツチの放つ炎ごと、生まれたばかりとは言え神の首を斬った……イザナギが使っていたとされるのがこいつ、『十束剣(とつかのつるぎ)』だ」

 

カグツチを斬首した父神イザナギ。その力を宿したのがペルセウスが換装で呼び出した神器。名の由来は拳大の大きさを表す“(つか)”が10個分の長さあるから、と言う安直のものだが、イザナギは元々ある一つの国の土台を作り出したとされる創造の神。その力が込められた神器の強さは先程証明されたばかりだ。

 

「残念ながら、相性が悪かったようだな。もう一つ言えば勉強不足だ」

 

大方ザンクロウは、自らが身につけた力の源であるカグツチが、母神を殺したことばかりに着目していたが故に、慢心をしていたのだろう。その直後に起こっていた短い生の終わりに関する事柄を聞き入れることがあれば、父神の剣による反撃を受ける事など無かっただろうに。

 

「クソッタレ……が……!!」

 

そしてザンクロウは、自身の失態に気付けることもなく、雨でぬかるんだ地面へと前のめりに倒れこんだ。致命傷は敢えて避けたが、目を覚ますには時間がかかる事だろう。止むことのない雨に、自らが持つ剣と衣服に少しばかりついた血。今自分が立っている聖地、そして倒れ伏した敵。思わずペルセウスの脳裏に、似たような光景がリフレインされる。

 

「そう言えば……あん時もこんな天気、だったか……」

 

奇しくも呼び起こされたのはとある記憶。あの日と同じ条件が揃った今の瞬間が、自然とペルセウスの記憶を刺激してきた。そして当時の事と同時に、ペルセウスはもう一つ、思い出していた……。

 

「今どうしてるかな……『ハリー』……」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

X779年12月……。

ギルドのしきたりにのっとり、その年にもS級魔導士昇格試験の参加者が発表されていた。今年参加を決めた魔導士たちは、ほとんどが未成年。だがその実力はギルド内にいる大半の魔導士たちに引けをとらない期待の高まる若者ばかり。同年代の中でも実力の高いエルザや、古株とも言えるカナに含め、加入わずか半年で抜擢されていたのがペルセウスだった。

 

「ペル!S級試験のパートナー、オレにしてくれよ!!」

 

試験の説明が行われたその後、大事な試験の参加者として選ばれたことに実感が湧かずに手持無沙汰に呆けていたペルセウスの元へ、前触れもなくそう声をかけてきたのは、ほぼ毎日自分へと勝負を挑んでくる桜髪の少年だった。興奮有り余ると言ってもいい状態になっているナツに対し、いつも通りな……しかし頼みごとの内容が若干違っている事への困惑が混ざった視線を向けながら、ペルセウスは問うた。

 

「唐突に何だよナツ……」

 

「だから!パートナーだよ!!一人選ばなくちゃいけねーんだろ!?」

 

問いかけに対して答えたナツの言葉に、彼は先程の試験発表の時の事を思い出す。そう言えば、試験開始までの一週間の間に、ギルドから一人パートナーを決める必要があると言われてたような、と。

 

「で、俺のパートナーに、なりたいと?」

「おう!」

「ナツが?」

「他に誰がいんだよ!!」

 

ペルセウスは純粋に疑問を感じた。確かにナツとは普段から交流がある……と言うよりナツが高頻度で自分に勝負を挑みにきたり、弟のシエルの見舞いに同行することが多いのだが、自分が受ける試験の手伝いに当たるパートナーと言う立場を希望するのは意外だった。それに自分は今年ギルドに来たばかりで、交流のある年数で言えばもっと多い者たちもいる。

 

「エルザやカナも受けるのに、何でわざわざ俺と組みたいんだ?」

 

「カナなら私と組む事になってる」

 

同じように試験を受ける者の名に連ねているエルザやカナがいる事を聞いてみれば、ナツとは別の少女からそれに対する返答が聞こえた。目を向けてみれば白銀の髪を後ろで結い上げた、魔人の二つ名を持つ少女ミラジェーンが、カナの肩に腕を回しながら得意げに笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

「試験ならエルザやお前とぶつかることもあるだろ?カナと組んどきゃ、二人ともぶっ飛ばせるチャンスが何回もあるわけだ」

 

「理由はともかく、力を貸してくれるのは心強いよ」

 

少しばかり苦笑気味に肩を竦めながら、ミラジェーンにされるがままのカナ。だが彼女の力自体は味方となれば相当頼もしい戦力であることに違いない。故にこの際理由は深く考えないようにした。

 

「そうか……で、ナツは何でパートナーになりたいんだ?」

 

「決まってんだろ!ペルとは味方同士だけど、エルザやミラと闘って、今度こそ勝つんだ!!」

 

「パートナーってそんな理由で決めても良いもんなのか……?」

 

ミラジェーンとほぼ同じ理由だった。何度も自分やエルザに勝負を挑んでは負け続けている(しかもボコボコ)のに随分と懲りないものだと寧ろ感心する。あとナツもそうだがミラジェーンも含めて、受験者の事よりも自分が他の受験者と闘いたいと言う理由はパートナーになる条件として適切なのか?と言う疑問がペルセウスに浮かぶ。

 

「そしてペルがS級になった後、ペルに勝ってオレもS級になる!」

 

「オメーがS級になれるわけねーだろ、バカか」

 

さらにここぞとばかりに受験者に選ばれなかった悔しさがあるのか、妙なことを言いだしてきた。ペルセウスをS級にした後にナツは自分と闘って勝ってS級になるつもりらしいが……どっからツッコむべきか迷っている内に別のところから指摘が入った。これでもかと呆れながらナツに辛辣なツッコミをしたのは下着以外身につけずにテーブル席に座っているグレイだ。

 

「おい今バカっつったか!?あァ!?」

「文句あんのかよ?バカ丸出しな謎理論を考えなしにほざいた癖に!」

「んだとコラ、この変態かき氷!!」

「やんのか、このバカ焚き火!!」

 

当然グレイの小馬鹿にしたような発言を耳にしたナツはグレイに突っかかっていき、いつも通りの低レベルな口喧嘩に発展する。そんな互いに睨み合い罵り合いを続ける二人を尻目に、ペルセウスの元へと一人の少女が近づいてくる。

 

「試験を受けるのはペルなんだから、ペルの事も考えたら良いのにね〜」

 

短い銀色の髪を持った少女。ミラジェーンの妹であるリサーナだ。そしてナツやペルセウスにとってはより親しい間柄の存在ともいえる。そんな彼女はと言うと、ペルセウスの方へと体を向けたと思いきや、徐に彼を驚愕させる問いを投げてきた。

 

「ねえペル?私がペルのパートナーになったげようか?」

 

「は!?リサーナがか……!?」

 

それはまさかの、自分のパートナーへの立候補だった。ナツならまだ妙な謎理論を実現させる為にパートナーにしろと言ってきたことは分かるが、まさかリサーナが自分のパートナーへと立候補してくるのはさすがに予想できなかった。思わず固まってしまったペルセウスが言葉を続けるより先に、リサーナへと苦言を呈したのは姉であるミラジェーンだ。

 

「ちょっと待てリサーナ、私は反対だぞ!試験とは言えお前が相手じゃやりにくいってもんじゃない!!」

 

「私だって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だよ?そりゃあミラ姉と闘う事になっちゃうかもだけど、ペルの事応援だってしたいし!」

 

血の繋がった妹が、試験中ライバルのパートナーとして立ちはだかる事に良い感情を抱けないと考えている彼女は何とか説得をしようとするも、リサーナもリサーナで何やら譲れない様子。一応ギルドに在籍している期間は兄弟姉妹(きょうだい)揃って同じだ。いくつも仕事をこなしてきているし、友人の助けぐらいなら出来るはずだと。

 

「ね、どうかな?」

 

その思いは伝わったのか。口を閉じて姉妹の口論を見ていたペルセウスは、期待に満ちた笑みを浮かべて目を向けるリサーナに対して同じように笑みを浮かべる。肯定と受け取ったリサーナの表情がさらに明るくなった。

 

「けどダメだ。リサーナだと不安要素の方が強い。ついでにナツも」

 

「えぇー!?」

「んなー!?オレもかよ!!!」

 

が、まさかの却下。腕を交差してバツ印を作ったペルセウスのまさかの返答にリサーナは驚愕。ついでとばかりにナツまで要請を却下されたことに、グレイとの喧嘩が長くてエルザの鉄拳を喰らって沈んでいたナツがガバッと起き上がって不満を叫ぶ。

 

「お前たちの場合突拍子もないことをしでかすから、どんなことが起こるか分からない。常に手綱握らにゃいけない状況だと、集中でき無さそうだし」

 

ペルセウスが思い出すのはナツとリサーナのこれまでの奇行。今までも気付いたら依頼についてきて時には場所も選ばず勝負を挑んで来たり、橋から宙づりになったり討伐対象のモンスターに追いかけられたりと言ったことが起こって、度々ハラハラさせられた。試験の内容が如何せん分からない状態では、暴走状態に陥る可能性が高い二人を、片方とは言え御し切れる自信がはっきり言って、無い。

 

だが二人は揃って納得できていないようでブーイングをしながら不貞腐れている。無理にでも納得させるには……ペルセウスに出来る事と言えばやはり決まっていた。

 

「けどどうしてもパートナーやりたいなら、俺に一撃食らわせられたら許可するってのはどうだ?」

 

「えっ……」

 

条件提示……と言う名の釣りだ。自分がギルド内でも実力の高い魔導士であると言う自覚を利用し、軽い手合わせの誘いをちらつかせる。リサーナは無謀を起こしたりはほぼないのでこれで引き下がる。現に言った傍から顔を引きつらせて一歩下がるほどだ。一方のナツは……。

 

「一発ぶん殴れりゃいーんだろ?願ったり叶ったりじゃねーか!!行くぞぉ!火竜の……ごふぁっ!?」

 

「「瞬殺だーー!!」」

 

大歓迎とばかりに拳に炎を纏わせペルセウスに飛び掛かり、その直後見えない衝撃波の魔法を翳した右掌から発射したペルセウスによって宙へと吹き飛ばされ、直線状の壁に激突。めり込んだ。流れるような瞬殺劇に、リサーナとハッピーのツッコミが響いた。

 

「あ~あ……」

 

「やっぱりバカだ」

 

「諦めろナツー」

 

その様子をカナは憐れむように眺め、グレイは呆れるように佇まいを直し、ミラジェーンは腹を抱えて笑いながらヤジを飛ばしていた。周りも各々にたような反応で占められている。

 

とは言え、パートナーを決めることは絶対条件。今までは単身か、同行者がいても複数人のチーム形式だったことがほとんど。誰か一人と行動を共にすると言うのはあまりない経験だ。どうしたものかとペルセウスが唸っていると……。

 

 

 

「良かったら、僕が君と組むよ?」

 

物腰の柔らかい印象を与える青年の声がペルセウスの耳に入った。声の主へと目を向けると、ペルセウスにとって意外な人物がパートナーに志望してきたことに驚いた。

 

その青年は一見すると地味な印象を与えられる。暗い金色の短い髪を持ち、黒い垂れ目と黒縁のメガネがそれを一層に引き立たせている。肉体派の魔導士が多い妖精の尻尾(フェアリーテイル)には珍しい、インドア風の容姿と言える。だが、ペルセウスはギルドに入ってから、何かと世話になっている存在であると記憶していた。

 

「ハリー……あんたが?」

 

その青年・『ハリー』からの提案は、ペルセウスにとっても意外なもの。あまり表立って自らの意志を主張することはなかったはずだが、ギルドに入ってから何かと目にかけている少年の大舞台に、蚊帳の外で待ってはいられなかったのだろう。

 

「自分で言うのも何だけど、サポートに徹するぐらいなら、きっと力になれると思う」

 

彼は戦闘に向いた魔法を使えはしないが、サポート、援護に関してはどの魔導士よりも一線を画している。パートナー、と言う立場で言えばある意味誰と組んでもその能力を活かすことが可能のはずだ。

 

それはペルセウスにとっても都合のいいもの。ちょうどパートナーをどうするのか困っていたところ。渡りに船とはこのことだ。

 

「……だな。他に思いつかねーのも事実だし、こちらこそ頼まれてくれるか?」

 

「喜んで」

 

不敵な笑みを浮かべながら座っていた席から立ち上がり手を差し出す。対するハリーはいくつも年下の少年の要請に柔らかい笑みを浮かべて応え、ペルセウスの手を取った。




おまけ風次回予告

シャルル「天狼島って不思議な島よね。ギルドの聖地、初代マスターの墓がある場所、その上まだ私たちも把握し切れていない秘密が隠されているんでしょう?」

シエル「残っている文献には文字が掠れて読み解けない場所もあったし……まああれは敢えて魔法でぼかしてたっぽいけど……。そう言えば昇格試験の場所に何度も指定されてたような……?」

シャルル「そうなの?」

シエル「その上試験以外でここに来る事なんて全くと言っていいほど無かったし……考えるほど不思議な場所だな……」

『X779年・天狼島』

シエル「聞いた話だと、兄さんが合格した試験も、天狼島でやってたみたい」

シャルル「ギルドの聖地って呼ばれた場所、そんな都合よく使っていいのかしら……?」

シエル「案外墓の中にいる初代が、人が来なかったら来なかったで寂しがってたりして!」

シャルル「いや、甘えたがりの子供じゃないんだから……」


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第124話 X779年・天狼島

ようやく投稿できました!お待たせしました!!
何か…今までで一、二を争うほど書くの難しかった…!!
それでも頭の中にあった予定分では収まりきらなく手に分割することになってしまいましたが。

次回もなるべく盆休み中の投稿を目指して頑張ります!

あ、ちなみにいつも後書き欄に書いている次回予告、今回はちょっといいのが思いつかなかったので簡略して書いてます…。


S級魔導士昇格試験。その舞台となるのは天狼島。一隻の船を用いて島に上陸した受験者とそのパートナーたちは、マスター・マカロフによって試験の内容を通達され、その試験内容に従って動いている。毎年その内容は異なるも、いくつかの試験に分かれている事だけは確定している。

 

現在は一次試験。島内に自生している、各々に指定された植物を採取すると言うもの。採取するように定められた植物は完全にランダムに指定されており、探知力だけでなく運も試されている。

 

「こんなただっぴろい島から一種類の植物を探すって、最初聞いた時は何の冗談かと思ったけど……」

 

内容を思い返しながらぼやき、足を動かして歩を進めるのは、受験者の一人としてこの島へと来ている少年ペルセウス。近くにはパートナーとなったメガネの青年ハリーもいるが、肝心のペルセウスの表情は辟易と言わんばかりのものとなっていた。

 

「ハッキリ言って、無理じゃね?こんなの」

 

ペルセウスたちに指定された植物は、歩けども歩けども見当たらず、群生地の情報も曖昧なもの。かなりの時間捜索に削られていたことにより、彼の集中力はほぼ失われているようなものであった。依頼の品を探す時と同様、簡単なものだと思っていたら思わぬ難易度の高さにショックを受けたのも大きいだろう。

 

「なあ……昇格試験ってこういうのばっかなのか?」

 

「さあ……?僕も参加するは初めてだから……」

 

思わずパートナーにぼやくように問いかけたペルセウスに対して、ハリーも要領を得ないと言いたげな反応だ。何しろ二人とも試験に参加するのは初めての事なので、前例が分からない。故に試験の対処がしづらい部分が大きい。気怠そうに歩を進めるペルセウスの後方で、周囲に目を配りながら追随していたハリーは何かに気付いた様子でペルセウスの名を呼びながら横手の道を進みだした。

 

「お、どうした?見つけたのか?」

 

「いや、目当ての物自体ではないんだけれど……」

 

もしや見つけたのか?という期待に満ちた声に生憎な否定を返すも、行き当たりばったりに似たこの状況を覆すものである植物をハリーは見つけた。屈みながら指をさし、地面から生えた一種類の植物群を示し、ハリーは自身の知る知識を説明する。

 

「これは僕たちが探している植物と限りなく似た環境下で群生している種類なんだ。だからこの近くに、もしかしたら目当てのものがあるかも……!」

 

「すげぇ……よくそんなの知ってるな……!いや、ハリーの魔法にそれが載ってること自体がすげぇのか」

 

しっかりとした知識が無ければ気付くことすらできなかった、目当ての植物と同条件で自生する植物の発見。それを為しえたハリーは空中に本の形をした魔法陣を浮かばせて、そこに描かれた絵や文章からそれに気付けたことを明かす。それこそがまさにハリーの魔法だった。

 

彼が扱う魔法は『知の辞典(ディクショナリー)』と呼ばれるもの。近い将来、上位互換として『古文書(アーカイブ)』が開発されることになるが、同系統の魔法と思っていい。直接脳内ではなく、魔法で生み出した辞書に情報を入れ込むことが出来、既に入れた情報を元に検索、抽出することが可能だ。戦闘能力こそ皆無と言える魔法だが、ことサポートに関しては際限ない知識でフォローすることをハリーは得意としている。

 

「ってことは、この辺りを満遍なく調べれば……!」

 

「見つかりやすいと思う」

 

群生する条件が同じ植物。ハリーの知識によれば、同じ場所で群生する可能性も高いもの同士とのことだ。希望が見えたような表情を浮かべながら二人は周囲を更に注視して、目的の植物の姿を探す。

 

「あ、あれじゃないかい?」

 

そしてハリーは見つけた。一段高い土台の上に、畑かと見紛う目的の品が群生している一帯を。それを指さした方向にペルセウスも目を向けると、途端に表情パッと明るく変えた。

 

「ホントに見つかった!ハリー、あんたのおかげだ、パートナー許可して正解だったぜ!!」

 

「お役に立てて何よりだよ」

 

こうしてみると案外年相応だと微笑まし気にハリーはペルセウスに笑みを向ける。早速採取しようと歩を向け、ハリーも後に続こうと足を動かす。だが、数歩のみ進んだところで何かを感じ取ったペルセウスが突如足を止めた。

 

「待てハリー」

 

「え、どうしたんだい……?」

 

「下がっていたほうが身のためだぜ……?」

 

唐突に告げられた言葉の内容に首を傾げるハリー。何事かとペルセウスが目を向けた方向に自分も目を向ける。すると、視界の先木々の奥から何者かが近づいてくるのが見えた。そのシルエットには、見覚えがありすぎた。

 

「お?ここでお前に出くわすとはな。丁度良かった……!」

 

逆立った金髪の髪。鋭い目つき。首にかけた棘付きのヘッドホン。そして浮かべた挑発にも見える不敵な笑み。今回の試験で障害として訪れていたその男こそ、現役のS級魔導士……。

 

「まさかの、ラクサス……!?」

 

「ハリーは戦うの苦手だろ?ここは俺に任せときな」

 

「そ、そうさせていただきます!!」

 

一次試験の説明時に、実はこのような事態に陥る可能性は説明されていた。現役のS級魔導士が、今現在天狼島にて受験者の障害役として島の中に来ている。そしてこの一次試験では、各々がランダムな動きになるように徘徊しており、受験者たちに遭遇した際には彼らを振るい落とさんと勝負を仕掛けてくるようになっている。

 

雷魔法のエキスパートであるラクサスのまさかの登場に、戦闘能力を持たないハリーはすっかり萎縮。そんな彼を巻き込まれない場所へと下がらせ、ペルセウスは右手で換装魔法で呼び出した紅炎の剣を握りしめて、ラクサスへと構えた。

 

「前からお前とは一度()り合ってみたかったんだ。楽しもうぜ……!?」

 

「せいぜい期待に応えてやるさ……!」

 

神の力を宿した剣を向けられながらも一切怯む様子のないラクサスを相手に、ペルセウスもまた一切焦りのない不敵な笑みを返す。S級を目指す資格を持つ者に対し、立ちはだかるは現役のS級と言う称号を持つ者。その中でも抜きん出た実力を持つ者同士が、天狼島の一角を舞台に激突した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ラクサスと闘り合った!?マジかよ!!」

 

一次試験突破。その集合場所についたペルセウスとハリーは、一次試験で出くわしたラクサスと闘い、ペルセウスが勝利したことについて話題に出すと、それを耳にしたミラジェーンから驚愕と羨望の籠った声でいの一番に詰め寄られた。

 

「手は抜かれてたけどな。それでもかなり手こずった。やっぱ強ェな、あいつ」

 

「くぅ~~!羨ましい!何でペルじゃなくて私らのとこに来なかったんだアイツー!!」

 

「ミラ……勘弁してよ……」

 

あくまで試験と言う事で、障害役となるS級魔導士側は少なからず加減をして闘っていた。その前提があったとは言えペルセウスが闘った魔導士の中でも群を抜いて強い実力者であることは間違いない。マスターであるマカロフ、そしてギルドでも最強の呼び声が高いギルダーツを除けば、ほぼ確実に一番と思える程だ。

 

そんな事を話したら、ミラジェーンがショックを受けたように顔を歪め、体を震わせながら何故自分がラクサスの相手が出来なかったのだと心底悔しそうにしている。だがその反応は彼女をパートナーにしているカナからすればはた迷惑極まりないので、げんなりした彼女本人から苦言が零れた。

 

「ペルは兎も角、ハリーまでもがラクサスを相手に出来るとは知らなかったな。何故隠してた?」

 

「いや、僕は何もしてないから……」

 

そしてエルザは微妙に会話の内容を聞き逃していたのかペルセウスと共にいたハリーもラクサスに対抗できる実力者だったのかと曲解して、感心するように語り掛けている。苦笑気味にハリーが否定しているが、ちゃんと納得してくれたのだろうか……?

 

「さて、一次試験の突破者はこれで全部かの?」

 

雑談もそこそこにしていると、その場には試験を管轄するマスター・マカロフが現れた。ペルセウスたちを始めとする、一次試験を突破した数組の受験者たちが表情に気を引き締めた。合格した組の試験内容を発表した後、今度は二次試験に関する説明が行われる。

 

「では、続く二次試験は……この天狼島の敷地を利用した、レースを行う」

 

「レース……ですか……?」

 

「おいおい、草探しの次はレースかよ!?」

 

レースと聞いた受験者たちのほとんどは首を傾げ、中でも激しい闘争を求めているであろうミラジェーンからは文句がその口から飛び出してくる。彼女にとっては一次試験に引き続き、随分と手緩い内容に感じられるらしい。

 

だがミラジェーンが思うほど、その試験は甘いものではない。天狼島内部ではその島の中で独自に進化した原生生物が多く生息しており、中には気性の荒い危険な生物も存在している。その生物たちを相手にしながら、もしくは逃げながら、各々に指定された‘チェックポイント’を三つ巡る。‘チェックポイント’を巡ると、配られたカードにある場所についてのヒントが浮かび上がり、三つ全てを巡る事でより鮮明にその場所についての詳細が明らかになる。

 

そしてその場所はレースのゴール地点となり、指定された制限時間の間にゴールできれば二次試験突破となる。島の中を切り抜ける技量と速さが、次の試験で試される事柄のようだ。

 

「速さを競う試験、か……あんた、移動は速くできるのか?」

 

「生憎そんな魔法は覚えてないけど……何とかついて行ってみせるよ」

 

肝となるスピードについて、気になったペルセウスがハリーに尋ねると、少々自信なさげではあるもののそんな答えが返ってくる。ともかく行動あるのみ。カードが指し示すチェックポイントがあるらしい方向へと、二人は駆け出して行った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

二次試験の天狼島レース。そのゴール地点となるのは、かつて天狼島に住んでいた者たちが儀式や祈禱を捧げる際に用いた石舞台。5年後にはペルセウスが試験官の一人として弟とそのパートナーを迎え撃つ場所となるのだが、それに知る者は当然、誰一人いない。

 

その石舞台には既に一人の青年が腰かけて誰かを待っていた。本来であれば島内の一角に立てられたベースキャンプで試験の脱落者や他の試験官と共にそこで待っているはずの人物。全身に軽い傷を負いながらも、応急処置が適切だったからか、単純に彼自身のバイタリティの高さ故か、そんな軽傷さえ感じさせないほどのリラックスした様子で佇んでいた。そんな青年・ラクサスの元へ、彼の祖父であるマカロフが辿り着いた。

 

「よぉ、説明お疲れ」

 

「お前もな。ペルはどうじゃった?」

 

「本気じゃないとは言え、このオレを打ち破るあの実力……確かに本物だ。ま、本気でやったらオレが余裕で勝つだろうが」

 

ゴール地点となる石舞台。マカロフがそこに来たのは、二次試験の合格者を待つことと同時に、その石舞台が三次試験……もとい最終試験の場所だからでもある。予定としている試験内容はいたってシンプル。残った受験者によるタッグバトルロワイヤルだ。ミラジェーンあたりが聞いたら跳び上がって喜ぶ試験内容だろう。

 

だがそれを楽しみにしているのは受験者だけではない。一次試験でペルセウスと遭遇し、()()()()を封じた状態とはいえ己に打ち勝った事に対して嬉々高揚としているラクサスもそうだ。加入した半年前から彼の人並み外れた魔力と戦闘力には一目置いている。自分とほぼ対等に並べる彼の事を、ラクサスは認めていた。最終試験でその力を更に振るう姿をこの目で見るのが、実を言うと楽しみにしているらしい。

 

「今年の合格は、ペルでほぼ確実だろうな」

 

「まだ分からんぞ?武力のみを推し量る試験ではない。そこに目を向ければ、誰しもが合格できる可能性を秘めておる」

 

そんなペルセウスが今回の合格者だろうと踏んでいるラクサス。しかし何が起こるか分からないのが昇格試験だ。エルザやカナも、同年代の魔導士と比べれば頭一つ抜いている。誰が試験を勝ち残るのか、未だにその結果は誰にも計り知れないのだ。

 

「そう言えばラクサス、イワンはどうしとる?」

 

「親父?キャンプの方に行ってんじゃねーのか?」

 

ふとマカロフが尋ねた言葉に、ラクサスは首を傾げた。マカロフはここに来る前にキャンプにも立ち寄ったが、ラクサスの父であるイワンの姿を見なかったらしい。ラクサスも父が今どこに行ったのかは知らない。

 

言いしえない不穏な予感が、マカロフの頭に過り始めた……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、二次試験の天狼島レースに挑戦している受験者のうち、ペルセウスとそのパートナーのハリーは、今現在天狼島に生息する気性の荒い怪鳥の群れに追い掛け回されていた。

 

「邪魔だァ!!」

 

そんな怪鳥たちに向けて橙色の炎を発する鎖・グレイプニルを魔力で操作しながら追い払う。だが、地に堕ちた怪鳥たちの無念を晴らさんとするように、別の鳥たちがさらに勢力を増やしてペルセウスたちに襲い掛かってくる。

 

「まだいんのかよ、しつけ―奴らだ!」

 

先程からずっとこの調子だ。降りかかる火の粉を払うように、襲い掛かる怪鳥たちを一掃しては再度来て、一掃しては再度来ての繰り返し。あのような奴らにかまけている時間もないと言うのに、ペルセウスのイライラはさらに募っていく。

 

「ペル!雷の神器を使って!」

 

そんな彼の耳に届いたのは、隣を走っているパートナーの声。彼がそう指示を出してくると言う事は、何か考えあっての事。そう瞬時に理解したペルセウスはグレイプニルをストック空間に戻し、代わりに雷の神器……紫電の大鎚であるミョルニルを呼び出し、振りかぶる。叩きつけられた地面を陥没させると同時に、周囲に紫の雷が迸り、怪鳥たちを蹂躙していく。すると追い払っても追い払っても襲い掛かってきていた怪鳥たちはとうとう敵わないと思ったのか全て逃げるように飛び去った。

 

「おお!逃げていった……」

 

「やっぱり思った通りだったよ」

 

怪鳥たちが諦めて逃げていった光景を見て、狙い通りに事が運んだとハリーは呟いた。どう言う事かと尋ねてみると、天狼島は年中常夏に似た猛暑が続く気候の場所。雨が降る日も滅多にないと言う。そんな環境で暮らしている生物たちには、その滅多に起こらない災害にも似た天候……雷の耐性が限りなく低いはず。そんな生物たちに雷による攻撃を食らわせれば、圧倒的な力を行使することが出来る存在、天敵として奴らに認識される。

 

後はその脅威から逃れるために自分たちから逃げていく、と言う狙いだった。そしてそれは見事に的中した。その思考に辿り着いたハリーにペルセウスは愕然すると同時に、何度も感じた頼もしさに思わず呟いていた。

 

「やっぱハリーと組めてよかった。俺一人じゃ、まだまだ出来ねー事もたくさんあるんだな」

 

「誰だって、一人で全部できる人なんかいるもんじゃないよ」

 

これまで唯一の肉親である弟の為に、一人で戦う術しか持てなかったペルセウス。他の誰も味方がいない状況下で過ごしてきた彼にとっては、支え合って生きている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは、まさに未知との遭遇だった。

 

だがハリーが持つ考えは違う。ギルドの一員として、加入した時から何かと自分を気にかけてくれた人間として、一人で生きてきたと告げるペルセウスに対して諭すように言葉を続ける。

 

「一人でも出来るようになるにはそのやり方を知らないといけないし、そもそもやり方を知るには誰かから教わらないといけない。もっと元を辿れば、人間は生まれたその瞬間から、誰かに助けられなければ生きてはいけない生き物だと、僕は思う」

 

「確かに……言われるまで、考えつきもしなかったな、そんなこと……」

 

ハリーの言葉は、ペルセウス一人では決して考えつかなかった、達するに至らなかった思想を教えてくれた。一人で生きていくことの限度。誰かと支え合うことの重要さ。そして人は誰しも、助けられなければ生きていくことはあまりに難しいと言う事を。

 

「俺、この試験でハリーに助けられてばっかだな……」

 

「深刻に考えることはないよ。僕は君のパートナーとしてここにいるんだから」

 

自嘲気味に呟いた言葉に、ハリーは嫌がる事なく笑みを浮かべてそう返す。そもそもパートナーを決めあぐねていた時に、助け舟を出してくれたのもハリーその人だ。ずっと彼に支えられてばかりなのは、ペルセウスとしては気が引ける状態。ハリーにそう言えば気にすることないと返されるだろうが、それでは彼の気が済まなかった。

 

「じゃあ、ハリーが困ったら今度は俺が助けるよ。パートナーを助けることも、試験じゃ大事な事だろ?」

 

「いやいやそんな!寧ろペルに助けられたことなんて何回あったか……!」

 

今度は自分が助ける番だと断言する少年に対して、ハリーは狼狽えながら謙遜する。ハリーからすれば戦う力をほとんど持っていない自分が試験に臨めているのは、ペルセウスがいる事による力が大きい。「遠慮するな」と言いたげにしているペルセウスに、寧ろ気後れさえ感じているところだ、ハリーは。

 

「と、それよりほら!見えてきたよ!!」

 

すると目についたあるものに、これ幸いと意識を逸らせようと彼方を指さすハリー。そこにあったのは何度も目にしていた目的の場所。木々が密集する地域を超えた、岩場が目立つ荒れ地と言える場所。その一角。石の門と言うべき形をした直角の形をした岩場の隙間に、淡く点滅を繰り返す黄色い光の線が記されていた。これを見るのは()()()だ。

 

「あれか。最後の‘チェックポイント’は」

 

「みたいだね。あそこを潜れば、カードには最後のヒントが浮かんで、そこに書いてあるゴールに着けば、二次試験合格だ」

 

ここまで既に二つのチェックポイントを通過し、カードに二つ分のヒントを浮かばせているペルセウスたち。時間的にも順調に進んでいるはず。そしてここを潜れば最早ゴールまですぐそこと言っても過言ではない。

 

「よし、じゃあ早速……」

 

トーチ場となった石の門を潜ろうと、カードを取り出して駆け出していくペルセウス。置いて行かれまいと追随したハリーが彼の背中を見ながら、視界の端に何かを見つけた。

 

そして気付いた時には声を張り上げると同時に足を速く動かしていた。

 

「ペル!危ない!!」

 

唐突に声をあげたハリーに、反射的にペルセウスが振り向くも、彼の視界に映ったのは必死の形相でこちらに駆け寄り勢いそのまま自分を更に前へと突き飛ばしたハリーが……

 

 

 

横から突如飛んできた闇属性の魔法弾にその身体を吹き飛ばされた光景だった。

 

「ハリー!!?」

 

悲鳴を上げる余裕もなく荒れ地に何度も身体を叩きつけられ、力なく倒れこんだハリーに動揺するも、先程自分目掛けて飛んできたあの魔法弾の事に、すぐさま考えをシフトする。

 

「(今のは魔法……!?他の誰かか……!?)」

 

二次試験の説明を思い出すが、一次試験とは違ってS級魔導士の障害があるとは聞いていない。エルザが質問して確認していたが、妨害はいれないと確かに言っていた。残る可能性は他の受験者組の可能性だが、今の魔法を使える者は受験者側にいなかった。だが微かな魔力は感じる。

 

「そこか!!」

 

すぐさまペルセウスは金と銀に分かれた大弓を換装で構え、そこから10本の矢を一斉に発射する。拡散するように飛びながらも、狙った一点……大きめの岩場の陰に集中するように襲い掛かる矢の雨。それから逃れるように、一つの影が大岩から飛び出し、その正体を露わにした。

 

「っ!?テメェは……!!」

 

先程の闇属性の魔法をつける者は、受験者の中にはいなかった。しかしこの島に、こう言った魔法を使える魔導士が来ていることは知っている。気付きながらも、結びつけるのには時間がかかっていた。

 

「ったくよぉ……無駄に勘のいい奴はこういう時めんどくせェ……」

 

心底面倒だと、口からも態度からも示したように顔を顰めながらペルセウスたちを見やるのは、恰幅のある中年の男。顎には黒く濃い髭が蓄えられているその男は、ギルド内でも色んな意味で有名だった。

 

「い、イワン……!?一体何を……!」

 

名をイワン・ドレアー。マスター・マカロフの息子であり、ラクサスの父である魔導士。そしてラクサス同様S級として名を連ねる者である。そんな彼がこの場にいて、自分たちを襲撃してきた事実に、倒れこみながらもハリーが目を見開いて驚愕する様子を見せる。

 

「二次試験にもS級魔導士の妨害があるだなんて、マスターは言ってなかった気がすんだが?」

 

「そうだったのか?親父殿は歳のせいでボケちまったのかねぇ~困ったもんだ、ぶはははは!」

 

対するペルセウスは内心の動揺を抑え込み、皮肉を交えた問いかけをイワンにぶつけるも、どこかわざとらしく愉快そうに笑い声をあげるイワンの姿を見て、不愉快そうに顔を歪めた。白々しい。隠す気もない癖に。内心ではそんな心境で支配されていた。ハリーに攻撃を当てておいて、自分に奇襲を仕掛けておいて全く罪悪感を感じられない態度が更に癪に障る。

 

「にしたって……不意討ちで、しかも殺意の感じられるほどの攻撃ってのは、ちと度が過ぎてる気がするんだが……?」

 

そんな内心の苛立ちが込められた声、そして表情を惜しみなくイワンにぶつけるペルセウス。試験にのっとった妨害行為にしては度が過ぎた攻撃だった。当たりどころが悪ければ、ハリーの命にも関わるほどだ。それを問われたイワンは発していた笑い声を引っ込め、彼に負けず劣らず不機嫌そうに顔を顰めて心底不愉快と言いたげに返した。

 

「ホントに、おめぇはガキの癖して鋭すぎるっちゃありゃしねえ。しかも妖精の尻尾(ここ)に来てからたったの半年でこの試験に選ばれやがった。ラクサスがよく話すんだよ、おめぇが今後自分のライバルになる日が楽しみだってよぉ……」

 

自分の息子であるラクサスと、ほぼ同等の実力を持つ魔導士。ラクサスより年上の魔導士でもそんな存在は中々いない。それが、まだ成人もしていないガキがラクサスの期待を高めていることに、イワンは心中穏やかでいられなかった。

 

ラクサスはマスターの血筋。幼少の頃の弱い肉体は改善され、マスターの孫にふさわしい魔力も有している。マカロフが引退した後、マスターになる可能性が限りなく高いのはラクサスだ。そうなれば必然的に、父親である自分の地位も高くなるのは容易に想像できる。

 

しかしそんなラクサスが認める程の力を持ったペルセウスの存在。何かがまかり間違えば、奴が自分が手に入れるはずの立場を奪う事も無いとは言えない。いや、下手をすればマスターに選ばれる可能性も……。その結論に行きついたイワンは、未来の栄光を掴むために最善な方法を実行する必要があると踏み込んだ。

 

「ハッキリ言うぞォ……邪魔なんだよ、おめぇは」

 

それはペルセウスの排除。昇格試験と言う状況にかこつけて、奴をここで亡き者にする。当然自分が下手人であることが露呈するわけにもいかないので、目撃者、及び証人になるパートナーのハリーも同様だ。

 

手を振りかざして人型の小さな紙を無数出現させると、それを一気に放出。イワンがメインとして得意な魔法を目にしたペルセウスは瞬時に換装。レーヴァテインから炎の壁を出現させて迫りくる紙たちを次々と灰燼に変えていく。

 

「ハリー!一度逃げろ!出来れば他の誰かを呼んでくれ!!」

 

ダメージの影響でしばらく動けずにいたハリーであったが、ペルセウスの檄に力を貰ったかのように立ち上がり、助けを求めようと痛む体に鞭を打ってその場を離れ出した。炎の壁の向こうにいるイワンは、合間からのその様子を視認したようで、口元を吊り上げながらハリーに他の紙を放って狙いを定める。

 

「バカが。そう簡単に逃がすと思うか?」

 

より高く上げられた紙たちが炎の壁を越えてハリーへと飛んでいく。手を抜くことなく命を狙いに行った紙の魔法は……壁を越えてほぼ進むこともないまま紅炎の剣によってすべて切り裂かれ燃え散った。

 

「逃がすんだよ。俺が、確実に」

 

「クソガキが……!」

 

お返しとばかりに弧を描いた口元を見せて言い放ったペルセウスに、苛立ちを隠そうとせずイワンが悪態をつく。それを皮切りに闇の魔法弾を交えたイワンの猛攻がペルセウスへと襲い掛かった。

 

対するペルセウスは一切焦ることなく迫りくるイワンの猛攻を全て炎と剣で叩き落としていき、ハリーどころか己の身体にさえ一つも被弾を許さない。仮にもS級と呼ばれたイワンを相手にしているとは到底思えない余裕さえ感じられるが、苛立ちを前面に出していたイワンはふと、その表情を嫌らしく嘲笑へと変えてペルセウスに問いかけた。

 

「オレの方ばっかり見てていいのかよぉ?」

 

「お前の魔法を防げば、ハリーに危険は及ばない。それで充分だろ?」

 

まるで自分に注視していたらハリーが危ない目に遭う、と言いたげなイワンの言に気にすることなく切り捨てる。実際に押しているのは自分の方だ。攻撃をすべて無効化していけば、必然的にハリーへの脅威もないに等しい。

 

「ぶはははは、魔法だけなら、な」

 

「っ!?」

 

だがしかし、その言葉を聞いた瞬間に状況はひっくり返った。まさか……!?と言いたげに驚愕するペルセウスの表情を見て、愉悦を感じたかのようにイワンは更に顔を歪めた。

 

その同時刻、ハリーは必死に足を動かし、痛む箇所を庇いながら島の中を駆け回っていた。

 

「誰かに……早く誰かに、知らせなきゃ……!」

 

誰でもいい。自分たちと同じ受験者でも、他のS級魔導士でも、一番理想的なのはマスター・マカロフ。だがこの際誰でも構わない。イワンの裏切りとも言える行為を摘発し、これ以上の危険が及ぶよりも前に対処しなければ。

 

 

 

そんな思考に脳が支配されていたからだろうか。ハリーは気付けなかった。普段ならばかかることのない、彼の知識をもってすれば回避することなど容易だった、ある魔法にかかってしまった事を。

 

「!?じゅ、術式……!?」

 

まるで取り囲むように現れた見えない壁。横に長く張られてたそれは、その場から逃がさないようにイワンが仕掛けたものだとすぐに分かった。術式の解除条件は時間経過。その時間は二分。一見するとそこまで長くは感じない時間だ。だが、本当の狙いはこれではなかった。

 

「っ……!!」

 

術式と同時に起動したと思われる、数えきれないほどのあるものが転がってきた。それを目にし、ハリーの顔に絶望の二文字が浮かぶ、

 

 

 

 

 

それは……強力なものに改造された、魔導爆弾だった。

 

 

 

 

轟音が鳴り響き、大地が揺れ、振り向いた先の視界に映った大規模な爆炎と黒煙。ハリーが逃げた方向から巻き起こった大爆発を目にし、ペルセウスは言葉を失って立ち尽くした。

 

「ぶははははっ!!ハリーの奴もかわいそうになぁ!!おめぇなんかのパートナーにならなきゃ、無駄に死なずに済んだのによぉ!!」

 

狂ったように馬鹿笑いを発しながら、イワンは今しがた爆発に巻き込まれたと思われるハリーの死を確信していた。そこには仲間を手にかけたことに対する罪の意識は微塵もない。自らの地位の為に、己やそのパートナーを簡単に切り捨て、あれほどの残酷な行いに関して露にするのは、手にかけた者に対する侮辱とも言える言い草……。

 

 

 

その瞬間、ペルセウスの中にある記憶が蘇った。自らの為に他者を陥れ、苦しむ姿を肴に私腹を肥やし、一切自分に非が無いような傍若無人な振る舞いを見せるクズどもの姿。一人残らず刈り取ったはずの思想が……今後ろにいる男にも、あったと言う事か……。

 

「おい何だよ?ショックで言葉も出ねぇか?それともパートナーが死んだところで何も感じねぇのか?ぶはははは!おめぇ、とんでもねぇ薄情者だ……」

 

その言葉を、声を、それ以上聞きたくなかった。

 

息をすることも、許せない。

 

こんな奴がいるから……何の罪もない者たちが、虐げられて、蹂躙される。

 

 

 

ならどうするか?答えは決まってる。

 

 

 

瞬時に持ち替えた黒き剣が、ペルセウスの答えを表していた。

 

「……黙れ、この腐れ外道が……!」

 

「なっ……!!?」

 

手に持つは対魔の剣。懐に飛び込んだ時間は一瞬。虚を突かれたイワンの焦燥に駆られた表情に、何の感情も浮かばないまま、奴の身体は一閃された。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その一帯の光景を言葉にするなら、まさに、凄惨の一言だ。

 

周囲の大地は窪みと焦げが半数以上を占め、爆炎により焼かれた大地に、未だ収まる気配はなく、とある一角にその影響を一身に受けてしまった一人の青年が、力なく倒れこんでいた。

 

しかしその青年の命の火は、未だ消えていない。微かに浮上した意識を自覚して、青年ハリーは混乱の最中に放り込まれた気分になった。

 

あれほどの大規模な爆発で、自分は完全に死んだものと思っていた。生き残れるなど絶望的で、爆発が起きる瞬間覚悟さえ決めていた。だが蓋を開けてみれば体中が悲鳴を訴えていて、それがまだ自分の命がある事を自覚させられている。安堵するよりも混乱が勝る。どう言う事だろう。

 

「ハリー!!どこだ、ハリーーー!!!」

 

未だ混乱から抜け出せない状況下で、自分の名前を呼ぶ者の声が聴こえた。声変わり直前の少年の声は、姿を目にせずとも誰のものかをすぐに物語っていた。

 

「……ペ、ル……?」

 

「ハリー!良かった、生きてるな!?」

 

力なく彼の名を声に出せば、思ったよりもはっきりとその少年ペルセウスの安堵に満ちた声が返ってきた。イワンはどうなったのか、自分を追ってきてくれたのか、言いたいことは多々あるが、それよりも先に感じた、脳裏に過ったある思いが支配して、青年の双眸に涙を浮かばせた。

 

「ご、めん……僕のせいで、試験……」

 

「そんなことで謝るな!お前の命の方が優先だ!」

 

軽い応急処置を行いながら、力なく呟いたハリーの謝罪にペルセウスは手を止めずに答える。「まあ、チェックポイントは潜っておいたけど」と、ちゃっかりしているようなセリフを付け加えてはいたが。

 

「イワンが、こんな事をするなんて……考えたことも、無かったし……」

 

「あのおっさん、あんま俺たちに関わってきたことも無かったし、しゃーねぇよ。それに、また助けてくれたじゃねーか」

 

マカロフの息子、と言う事でイワンの名前自体をよく耳にすることはあった。だが自分たちとはほぼ関わる事のなかった人物だったために、彼がペルセウスを排そうと考えている事など気付けなかった。己の不甲斐なさを嘆くハリーであったが、ペルセウスにとっては仕方のない些末事だ。それよりももっと優先すべきことがある。

 

身を挺して、またも自分を助けてくれたことだ。闘う力を持たないと言うのに、相手の魔法から庇った。耐久力はペルセウスの方が圧倒的に上だったにも関わらずだ。咄嗟の判断とは言えそんな行動を起こせる者は限りなく少ない。

 

「だから、今度は俺が助ける番だ。試験の事が気になるなら、俺に任せろ。後はゴールに向かうだけだろ?お前を背負って、そこに向かうから」

 

そんなハリーの努力を、想いを、無駄にする訳にはいかない。それに試験に合格すると、弟にも約束した。兄としては破る訳にもいかない。ハリーを安心させるために懸命に励まし、傷だらけの彼の身体に包帯を丁寧に巻いていく。しばらく処置を続けると、目立った外傷は全て包帯で隠れ、固定されるところまでに至った。一段落着いたところで、ペルセウスは一息吐く。

 

「これで、応急処置は済んだな……」

 

 

 

だが次の瞬間、ペルセウスの身体を鋭い闇色の一撃が背中から貫かれた。

 

「ペ……!!」

 

貫かれて開けられた小さな風穴から血が出てくるのを自覚し、痛みに藻掻くペルセウス。だがその痛みに抗いながらも、怒りを露わにした表情で振り向けば、ペルセウスにとっては思った通りの、ハリーにとってはあり得ないと感じる人物がそこに立っていた。

 

「よくも……やってくれやがったな……クソガキ……!!」

 

ペルセウスにやられたと思われる三つの裂傷を押さえながら、憎悪とも取れる顔を一面に染めながら、イワンが殺意を全開にしてこちらに迫ってきていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「曇って来たね……」

 

「こりゃ一雨来るかもな」

 

二次試験のゴール地点、及び最終試験の会場となる石舞台。そこに到達した二組のうち、受験者の一人である少女カナと、エルザのパートナーとして参加していた男性・マカオが空模様を眺めながらそうぼやいた。気候の影響で快晴の比率が高い天狼島において異常気象とも言える程の珍しい現象だ。雨が降る予感を感じながら、どこか沈みそうな感覚を彼女は覚えた。

 

「ゼッテー私が先だった!」

 

「いーや、私の方が一歩前に出ていた!」

 

「あの二人まだやってんの……?」

 

その一方で天気の変化など関係ない二人がここに。実はこの二組が辿り着いたのはほぼ同時。互いの存在に気付いた瞬間負けず嫌いのエルザとミラジェーンはすぐさま駆け出して石舞台の階段を登り切った。置いてけぼりにされた自分たちどころか、受験者を先に待っていたマカロフとラクサスでさえ同着に見えたと聞き、どっちの方が先に着いたとずっと言い争っている。正直カナは辟易としていた。

 

「……どこで何やってんだ?親父も……ペルも……」

 

一方で、受験者とパートナーの様子にさえ目もくれず、ある一点の方向に顔を向けて仁王立ちをしているラクサスは、僅かばかりの苛立ちを現しながら静かに呟いた。行方の知れない父親はともかく、試験を受けているペルセウスがいつまでも来ないのはさすがに妙だ。絶対におかしい。

 

そしてラクサスが思い出すのは、遠目からでも目に映った軽い地ならしが起きる程の地震だ。あの時は受験者の誰かが……あるいはペルセウス本人が起こした魔法の一つかと思っていたが、思い返せばあの爆発を起こせる神器があるとは聞いたことがない。となれば、別の何かが介入した?そしてその爆発によってペルセウスは……。

 

「(んな訳ねぇ……ペルが、あの程度の爆発で死ぬわきゃ……!)」

 

一瞬頭に過った可能性に、ラクサスは頭の中で否定する。自分が認めた魔導士が、あれぐらいの爆発で巻き込まれただけで命を落とすなど、考えられない。(かぶり)を振って心に言い聞かせていると、こちらの様子を窺っていた様子の祖父が、少しばかり気を抜かした声で告げた。

 

「もうそろそろ、時間かの」

 

「ま、待てよ!まだ1分ある!ギリギリで来る奴らがいるかもしんねーだろ!?」

 

「じゃがのぅ……そんなギリギリに都合よく来るとは……」

 

指定していた制限時間まであと一分。石舞台の眼下に、到達していた二組以外の受験者の姿はない。ここで締め切りかと言いたげな祖父の言葉に、ラクサスは咄嗟に待ったをかける。まだ来ていない。本気とは程遠いとは言え自分に勝ったあの少年が、こんなところで落ちるなど……!

 

と言うラクサスの思いが通じたのか、それとも別の何かが働いたのか、ふと見下ろしたマカロフの視界に映ったその存在が、彼らに衝撃を与えるようにして現れた。

 

マカロフだけでなく、彼らを待ち望んでいたラクサスも、いがみ合っていた少女たちも含めて全員が、言葉を失った。

 

包帯塗れの痛々しい姿で気を失った青年を抱え、対称的に一切手当てをしていない状態で所々から血を流したままこちらへ歩いてくる少年の姿に。

 

「ペルに、ハリー!?」

 

「何だよあの身体!?二人とも傷だらけじゃねーか!!」

 

エルザとマカオが、場にいる者たちの心を代弁するかのように焦燥に駆られた声で叫ぶ。その状態のまま石舞台を登ろうとしていたペルセウスたちの元へと思わず駆け下りて、マカオが彼らの身体を支える。

 

「ペル!?何があった!?」

 

同様に駆けつけたエルザにそう尋ねられたペルセウスだが、何が起こったのかを答えることはせず、包帯に巻かれて意識を戻さないハリーをマカオに預けようとする。

 

「……今は……まず、ハリーを……」

 

咄嗟に預けられたことで戸惑いながらも、ハリーの身体を預かったマカオ。だが、処置された包帯に滲んでいる血を見て、思わず戦慄を覚えた。

 

「ハリー……なんてケガだ……!!」

 

「こんな、今にも死にそうな……!!」

 

口元を押さえて彼の容態に心を大きく痛めるようにカナが呟く。命に関わる重傷のようだが、何故かその危険を感じさせない。得体が知れないが故に、逆にそれが何とも怖く感じた。

 

「ペル……イワンに会わなかったか……?」

 

すると目を伏せながら、ペルセウスにしか聴こえない声量でマカロフが唐突に尋ねてきた。その問いにペルセウスは一瞬だけ目を見張るも、すぐさま表情の変化を抑えて黙秘を貫いた。

 

「……そうか……」

 

返答には見えない反応。しかしマカロフはそれ以上何も聞こうとはしなかった。まるで彼のその反応だけで、マカロフの疑問の答えとなったかのようだ。

 

「なあジジイ、ペルもハリーもこの有様だ。このまま最終試験を……って訳にもいかねーと思うが、どーする?」

 

二次試験はこのまま合格と言う扱いになるだろうが、続く最終試験に関してはこのまま続行と言うのは難しい。ペルセウスとハリーは、明らかにこれ以上の行動は不利だ。特にハリーは未だに意識が戻らない。あまりにも不公平である。

 

「二人のケガが治るまで延期とするか……ペルには悪いが、このままエルザとカナ、二組のみで最終試験を受けてもらうか……」

 

マカロフが告げたのはこのまま試験を延期させるか、二次試験で敗退扱いとするかのどちらかだった。普通に考えればこのまま続行させることの方が明らかに非現実的なのは明らか。むしろその二択しかないと、マカロフ以外の者たちも思っている事だろう。

 

 

 

「いや……どっちでもない……!」

 

しかしその二択を否定したのは、まさかのペルセウスだった。その否定の意図が分からず、他の者たちはただ混乱している。

 

「どーゆー……事じゃ……?」

 

「……最終試験は……ここで、闘う事、だろ……?」

 

代表して尋ねたマカロフの言葉に対して、ペルセウスは痛みを訴える体を起こし、立ち上がりながら聞き返す。そして、誰もが予想できなかった発言を行った。

 

「これぐらい……ちょっと休めばすぐに動けるようになる……!最終試験は、その後だ……!」

 

まさか、この状態のまま続けざまに試験へと臨むとは思わなかった。場にいる者たち全員が信じられないものを見るような目をペルセウスに向けているが、彼の表情からは本気さが窺えた。

 

「バカを言うでない!最終試験はパートナーも加わって行われる!ハリーがこの状態だと言うのに、おぬしはあやつを闘わせる気か!?」

 

だがそれを認めることが出来ない。マカロフは見るからに重体となっているハリーを引き合いに出して、ペルセウスの試験への意志を控えさせようとしている。仲間を大切に想うギルドとしては、パートナーの容態も度外視した決断を放っておけないのも加わっていた。

 

「……俺がハリーの分も闘う……!」

 

だがペルセウスが返答したのは、パートナーであるハリーが不在の中で、一人で試験に臨むことであった。本来であれば許可のできない事例だ。仲間との絆も試される昇格試験において、独りよがりな行動はマイナスポイントに他ならない。それが分からないはずではないが、ペルセウスもこればかりは譲れなかった。

 

「約束したんだよ……ハリーと……!」

 

彼は思い返していた。彼があれほどの重傷を負った際、ペルセウスが臨む試験を結果的に邪魔してしまった事に後ろ髪を引かれる想いを抱えていたこと。ハリーの助けがあったおかげで二次試験もギリギリとは言え突破条件を満たせたこと。闘う力を持たないハリーの代わりに、自分が彼の力となること。

 

気付けばペルセウスは、それらの出来事を口に出していた。一緒の場にはいられない。だが、心を連れていくことは出来る。彼と共に、闘うことが出来る。

 

「マスター、頼むよ……!ここで引き下がらせないでくれ……!」

 

まるで縋りつくような動作で、ペルセウスはマスターの腕を掴む。彼の両目に映ったペルセウスの表情は、半年前では決して見られなかった、肉親以外への想いと覚悟を秘めたものとなっていた。

 

「どうしても俺は、ハリーのここまでの頑張りを、無駄にしたくねぇんだ……!!」




次回『修羅』


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第125話 修羅

盆休み中には間に合いませんでしたが、久々に一週明けで投稿成功!
けど微妙に最近より短めに…いやむしろ最近の分が文字数多すぎた、と言う方が正しいんですけど…。

ひとまず今回の投稿分で、現状考えている天狼島編の前半が終了!引き続き後半に移ります!

……前半書き終わるのに半年どころか約9か月かかってるってマ!!!?


─────何、これ……?

 

S級魔導士昇格試験・最終試験。

ついに辿り着いた最後の踏ん張りどころ。だがしかし、そこで繰り広げられていた闘いに、参加者の一人であるカナは右手にカードを持って構えながらも、一歩も動けずにいた。

 

別の参加者であるエルザは、武器だけでなく鎧の換装も駆使して多彩な攻撃を仕掛け、自分のパートナーとなったミラジェーンは接収(テイクオーバー)の力で悪魔の力をその身に宿し、圧倒的なパワーを誇る。エルザのパートナーとなっていたベテラン魔導士であるマカオも技の練度は高い。

 

─────こ、こんなの……!!

 

だが今目の前に広がっているのは、そんな三人の技を潜り、打ち消し、あまつさえそこから反撃を起こして対抗している、重傷者であるはずの少年ペルセウス。空に飛んで遠距離から攻めるミラジェーンへグングニルを投擲して闇の波動を貫き、天輪の鎧を纏っていくつもの剣を飛び交いさせるエルザの攻撃をトライデントが巻き起こした水柱で阻み、レーヴァテインの炎の魔力弾を駆使して追撃の隙すら与えようとはしない。

 

「これほどとは……!!」

 

「あいつ、あんな怪我してんのにどっから……!!」

 

最終試験を予定通りに実施することに決まった際、エルザもミラジェーンもペルセウスの負った大怪我を案じていた。だが本人はそれを気に掛けることもなく、寧ろ「怪我の事なんか気にするな。それにこんくらいのハンデがある方が思いっきり暴れられる」と、敢えて挑発するような言動を告げたことで少女二人の闘争心を刺激していた。

 

だがいざ始まってみれば、その挑発が事実だったのではと錯覚する程に、ペルセウスは周りを圧倒……むしろこれまでギルドで見てきた実力以上の力を発揮しているように見える。

 

「カナ!突っ立ってないでお前も闘えよ!……おい、カナ!!」

 

パートナーであるミラジェーンに注意される形で怒鳴られるも、今カナは自分の身体が金縛りにあったかのように動けなくなっていることを自覚していた。闘わなければ。これは試験だ。合格できなければ、父に会う資格は得られない。言葉を告げることが出来ない。

 

だがカナの身体は震えるばかりで動かない。いや、動けない方が正しい。ペルセウスの動きを見る事だけで精一杯。隙を突いて攻撃、などと夢のまた夢の域だ。一向に動けないカナにミラジェーンは舌打ちを一つせずにはいられなかった。

 

「おいミラ!ここは一時協力しねーか!?」

 

「協力……?」

 

カナが全く動かない事に若干苛立っていたミラジェーンだったが、マカオから唐突に出された提案に思わず聞き返した。今の現状はエルザとマカオのペア、ミラジェーン、そしてペルセウスの形式だけを見れば三つ巴の状態だ。だがこの三つ巴を続けていると、先に消耗しきるのは間違いなく圧倒されているエルザたちとミラジェーンだ。

 

「このまま各自で戦っても、ペルの一人勝ちになる可能性が高い。バトルロワイヤルとは言え、互いにそれは望まない事じゃねーか?」

 

一切力の解放に妥協がないペルセウスの、別次元の力に対抗するには、不本意ではあるが彼以外の勢力が手を組む方が効率的なのは確かだ。それを聞いた一瞬、エルザとミラジェーンの視線がぶつかる。普段は何かといがみ合い対立しているような関係にある両者故、本音を言えば互いに力を合わせる事など望まない事だ。が、二人とも今この状況においてはその意地さえも張っている場合ではないと、思いは共通のものになっていた。

 

「このままでは勝ち筋が薄いことは確かだ……」

 

「……しょーがねぇ、やってやろーじゃねえか!」

 

少女二人の声を皮切りに三人は各々動きを見せた。まずはエルザ。何十にも及ぶ直剣をペルセウスへと飛ばし、彼を取り囲むように浮遊させている。同じような対処法でペルセウスが三又の槍を換装で呼び出すと、エルザが動き出してすぐ翼を動かして空中を移動していたミラジェーンが彼の背後から肉薄。それに気付いた彼が振り向き様に振るった槍を、右の拳でミラジェーンが迎撃。その魔力のぶつかり合いで闇と水の波動が辺りに拡散する。

 

すぐさま距離をとろうとするペルセウスだが、動かそうと思った足が、何かに捕らわれていることにそこで気付いた。足元を見てみると、両足首を縛り付けるように、紫の炎がマカオから伸びている。炎であれば本来水に消えるはずだが、マカオが扱う紫の炎(パープルフレア)は風や水に晒されても消えない性質を持っている。

 

「今だ!」

 

「舞え、剣たちよ!!」

 

マカオの張り上げた声を聞いたエルザがすぐさま動く。待機させるように取り囲んでいた何十もの直剣を、ペルセウスへと一気に飛ばす。状況を理解したペルセウスはすぐさま槍の石突を足元に叩きつけ、自分の足元から激流を発生。己の身体を打ち上げる形で剣ごと弾き飛ばす。

 

「そうすると、思ってたぜ……!!」

 

だが彼の耳に届いたのは、自ら打ち上げた己の近くで羽ばたき、エルザの操る剣の一つを両手で握りしめ、魔力を伝達させながら構えるミラジェーンの声。最初からペルセウスがどう動くかを呼んだ上で、三人はこのチャンスを誘い込んでいた。

 

今のペルセウスは、自分が起こした状況ではあるが無防備だ。そしてミラジェーンはすぐにでも攻撃に移ることが出来る体勢。彼に迎撃する余裕はない。

 

「こいつで、終わりだぁ!!!」

 

魔人の魔力を存分に込めた剣を振るい、剣から放たれたのは強力な力を帯びた闇の刃。咄嗟に槍から出した水の膜を張って軽減させようとするも刃はあっさりとそれを斬り裂き、ペルセウスの身体を一気に墜落させる。隕石が落下したかのような衝撃と轟音を上げながら、石舞台から土煙が発生。

 

ただでさえ怪我が酷かった上に、あれほどの威力の攻撃を受けたのだ。さすがにもう立つことも出来ない。むしろやりすぎてしまったのではとさえ思えてしまう。降り立ったミラジェーンも、その近くで土煙の中の様子を窺っていたエルザとマカオも、誰もがそう思っていた。

 

 

 

 

 

石舞台の下から発せられたと錯覚する、下から迸った紫電の奔流が、巻き上がるまでは。

 

『っ!!?』

 

誰もが理解できなかった。誰もが目を疑った。彼がそこに立っていたことが、彼がまだ戦意を失っていなかったことが、彼が……吹けば倒れる程血だらけの怪我を負いながらも、しっかりと地に足をつけ、紫色の頑強な大鎚を片手に掲げて魔力を放出していることが。

 

「トールの怒鎚(いかづち)……その怒りのまま降り落とせ、裁きの雷……!」

 

「なっ!?まだ動けるのか!?」

「なら……もう一度だ!!」

 

口から紡がれる口上からは、最早覇気さえも感じない。虚ろに呟くばかりに感じるそれを耳にしながらも、彼と対する者たちは一切気を緩めない。それどころか彼がまた立ち上がったことに対して更なる警戒を強めている。ペルセウスの反撃を何とかやめさせようと動いた三人であったが、時すでに遅し……。

 

「『閃拡播雷(せんかくばんらい)』!!!」

 

大鎚に刻まれた黄色い稲妻模様の堀線が一際強い輝きを放つと同時に、広範囲にわたって迸る紫電。石舞台に降り注がれた雨からできた水溜まりさえはじけて消える程の雷撃が、ペルセウスに迫っていた三人に襲い掛かる。唯一彼から離れた位置で立ち尽くしていたカナだけが被害を受けていないが、彼女の目に映る光景は、これまでの人生で一度も目にしたことがないと言い切れるほど、凄惨なもの。

 

雷撃によって石舞台中の水溜まりや注がれていた最中の雨粒までも蒸発させたことで、水蒸気によって一切の視覚をシャットアウトされている。大鎚から放たれた紫電は数秒前の勢いを最早感じさせないほど静まり、魔力を放出し終えたことで役目を果たしたのか、ミョルニルはストック用の空間へと戻って行った。

 

ここ一番に放たれた大技を打ち終えたペルセウスは、俯かせていた顔を天に仰ぎ深く長く息を吐く。雨に濡れた前髪が貼り付いて表情までははかり知ることは出来ないが、今の彼がこの試験において……否、魔導士としての人生において、一番疲弊している瞬間と言ってもいいだろう。油断している、とも言いかえられる。

 

 

 

そんな決定的瞬間を、()()()()()()なら突かない理由はない。

 

「まだだっ!!」

 

飛び掛かるエルザに対して彼は振り向くことなく、彼女の剣を避けて持ち替えた橙と空色の両刃剣を使い、腹の部分を彼女の背に叩きつける。衝撃を受けたエルザはそのまま地へと倒れこみ、尚も体を起こそうとしたがさすがに限界かそのまま意識を失った。

 

これで決着……かと思われたが違う。ペルセウスを除いて、まだ一人受験者が残っている。

 

「……!!」

 

カードを手に持ち、終始立ち尽くしていたカナだ。視線を向けたペルセウスの目を見た瞬間、震えていたカナの身体が更に硬直する。体は既にボロボロ。少し押せばもう倒れこんでしまいそうな程に、今の彼は消耗しきっている。後一撃……一撃でも与えればカナがペルセウスに勝利し、S級になれると言ってもいい。

 

─────今が……またとないチャンスだ……!

 

手負いの状態で尚、強力な魔導士三人を相手に圧倒した実力はとてつもないが、その分の消耗も明らかに激しい。復帰は絶望的と言ってもいい。今なら攻め込めば勝利を手にすることが出来るはず。動け、動けと己の身体を命令を出すカナだが、その身体は影を縫い付けられたかのように動く様子はない。心臓の鼓動がこれでもかとけたたましく動き、口から零れる呼吸はそれよりも早くなっている。

 

「どうする?()るか?」と言いたげなペルセウスの目を長時間……実際にどれほど経ったかは定かじゃないが、カナの心情で言えば相当な長い時間と思えたその時間を経て、突如、片方が膝をついた。

 

「……っ……!こっ……こ、降参……です……!!」

 

膝をついた‘少女’カナが降参を宣言すると共に、双眸から涙を溢れさせた。戦意喪失。それは誰の目にも明らかだった。重傷でありながら一人で挑み、あまつさえ残りのほぼ全てを相手取りながら圧倒した。言いたいことは多々あるが、試合を見届けたマカロフとラクサスも、最早これによって決定された試験結果に、否を唱えられなかった。

 

「そこまで!試験終了じゃ……。今回のS級魔導士昇格試験・合格者は……ペルセウス・ファルシーとする!!」

 

そしてマスターであるマカロフから告げられた、試験終了と合格者の報。合格を告げられたペルセウスは、まるで耳に入っているような反応を見せず、立ち尽くしたままだ。しかし数秒後、彼の体に異変が生じる。それまで黙したまま立っていた彼の体が直立のまま横に傾き、それを見たマカロフとラクサスが声を上げるより先に雨に濡れた石舞台へと倒れ込んだ。

 

緊張の糸が切れ、人形のように動かなくなったペルセウスに、いち早くラクサスが駆け寄って呼び掛けるも、返答はない。既に彼の意識はあの瞬間で途切れていたのが分かる。気を失った合格者、膝をついて涙を流し茫然とする少女、それ以外の参加者は、皆倒れ伏している。異例中の異例の事態で幕を下ろした今年の試験。マカロフはやり切れないと言いたげに口を閉ざし、未だ止むことのない雨を降らせる暗雲を見上げることしか出来なかった……。

 

 

 

それから年が明けると、二つの事件が立て続けに起きる事になる。

 

一つは重傷を負ったハリーが、ギルドを脱退したこと。ペルセウスは半月の安静で現場に出れるほどに復帰したが、ハリーは後遺症が残ってしまった。元々戦闘向きの魔法を身につけられなかったことに負い目も感じていたことで、故郷に戻り新たな道を探すと言っていた。最初は勿論、ほとんどの者に引き止められたが最後には彼の意思を尊重し、見送った。

 

そしてもう一つは、S級魔導士イワンが試験中に行った凶行が、マカロフの耳に入ったこと。イワンもまた重傷を負った状態で天狼島内で発見されたのだが、その原因まではギルドの魔導士には明かされていなかった。一番最初に意識を取り戻したハリーがマカロフに事の顛末を伝えた為、イワンは弁明の余地もなく、程なくして父マカロフによって破門を突きつけられることになる。

 

だがギルド内の混乱を避けるために、当事者であるペルセウスとハリー以外の魔導士に、イワンの凶行を告げなかったことが、ラクサスからの不信を買う発端に。そしてイワンの破門が、闇ギルド大鴉の尻尾(レイヴンテイル)が生み出されるきっかけへと変じるのは、マカロフ自身も予見することは出来なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時は戻り、X784年……。

天狼島では珍しい雨が降りしきる中で、その雨から逃れられる洞窟の一つを進んでいたカナは、蘇ってきていた記憶に、僅かながらに震わせた肩を抱きながら、(かぶり)を振った。

 

「(しっかりしなきゃ!あの時の事を乗り越える為にも、この試験に合格するんだろ!)」

 

父に並び立つ為、己の素性を明かす為、自分と言う存在をギルドに残す為、そして何も出来なかった過去を乗り越える為。幾重にも重なった並々ならぬ想いを抱えながら、彼女はただただ進んでいた。パートナーを騙すような真似をしてまで、試験に受かるための条件、墓の場所へと辿り着くために……。

 

歩を進めて先に見えるのは、狭い通路の先を照らしている、眩い光。この先にある。メイビスの墓が。ようやくS級になれる……父に、ギルダーツに会える……!

 

しかし、潜り抜けた先に広がっていた光景は、カナの想像の、斜め上を行っていた。ツタのドームの中に存在する、縦中心に一本線、中心に正円の空洞が作られた石碑。初代マスターメイビスの墓……それが……。

 

「光ってる……?」

 

聖なる象徴であることを主張するが如く、金色の光を発していた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

降り出してから止む気配のない雨の中、森の中を白い翼で飛行しながら飛ぶ一匹の存在がいた。頭に大きな葉で作った即席の合羽を被った白ネコ、シャルルが目指していたのはとある洞穴。こちらの存在に気付いた様子で入り口から呼びかけてきた声に導かれるように、彼女は高度を下げて近づいた。

 

「シャルル!リリーはどうした?」

 

「途中で私たちのキャンプがあったの。ガジルやミラが重体よ。リリーはそこで降りるって」

 

呼びかけたナツの問いにシャルルは答えた。シャルルは同じ種族のリリーと共に、敵の本拠地……移動手段として用いたと思われる船を探していた。そして道中で妖精の尻尾(フェアリーテイル)が作ったキャンプを発見し、相棒であるガジルの安否確認と、情報共有の為に別れたそうだ。

 

「みんな大丈夫かな……」

 

「ええ。悪魔の心臓(グリモアハート)の船は、その更に東の岸にあるわ」

 

天狼島の最東端。どうやらそこが現在の悪魔の心臓(グリモアハート)の本拠地。そしてマスター・ハデスがいて、ゼレフが連れていかれる可能性がある場所のようだ。その道中にはちょうど、味方がいるベースキャンプが存在している。

 

「俺たちの、ギルドのキャンプか……」

 

「ねえ、一旦そこまで行かない?カナもそこにいるかもしれないし」

 

「そうですね、みんなと合流した方がいいと思います」

 

ナツたちに報告していたシャルルの声を聞いていたシエルたちは、各々そう言葉を口にしながら洞穴の奥から姿を現した。だが異なる点がそれぞれ一つある。三人とも、先程までの服装とは違い、バルゴが用意した星霊界の服に身を包んでいた。

 

楽園の塔で着ていたものとはまた別であり、ルーシィは群青色を基本色にした肩が露出したワンピースにセットのニーハイソックス。シエルは上が薄黄色、下が黒く短い袴の和風武道着のような衣装。そしてウェンディは髪留めはいつものだが、和風と洋風が合わさった薄桃色の短い袖なし着物のような服と、腰を締める黒い帯だ。

 

「よし、行こう。じっちゃんはオレが」

 

準備も整い、方針も決まった。重体で未だに目を覚まさないマカロフはナツが背負い、全員でキャンプへと向かう事に。唯一動かない、評議院の一員であるドランバルトは座しながら俯き「オレは……」とこの後どう動くか迷っている様子だ。

 

「評議院を止めてくれ」

 

迷いを見せていたドランバルトに対し、ナツはマカロフを担ぎながら一つの頼みを出した。評議院が本気でエーテリオンを落とそうとしているのかは不明瞭だが、やらないと断言はできない。それを食い止められるとすれば、組織の一員である彼しかいない。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)もゼレフも、必ずあたしたちがどうにかする」

 

「島への攻撃を何とか止めてください……!」

 

「……出来る訳ない……」

 

バラム同盟の一つであるギルド、歴史上でも最悪の魔導士。相手は強大だが、ギルドの仲間の脅威となる存在は、必ず自分たちの手で打ち倒す。決意の表明と懇願を告げた少女たちに、ドランバルトはなおも俯きながら返答した。どうあっても攻撃を避けられない、と解釈したシエルがそんな彼に提案を出した。

 

「なら、時間は稼げねえか?情報伝達を遅れさせるか、俺たちが全部終わらせるまで虚偽の報告で誤魔化すか、あるいは……」

 

「違う!!そっちじゃない!!」

 

しかしドランバルトから返ってきたのは、先程の自分の言葉の真意。攻撃を止める事ではなく、妖精の尻尾(フェアリーテイル)が行おうとしていることに対してだった。思わず声を荒げて立ち上がっている。

 

「今お前たちの置かれている状況を、どうやったら打破できると言うんだ!!」

 

あまりにも無謀。ドランバルトから見ればシエルやナツたちはそう見えているのだろう。客観的に見れば無茶は承知だ。ほとんど勝機など見えない事だろう。しかし問われた者たちは誰一人迷うことなく洞穴の外へと出てキャンプを目指していく。歩みを進めながら、シエルとナツは答えた。

 

「そんなの決まってる」

 

「全力でやる。それだけだ!」

 

実に単純で簡潔。作戦など一切存在しないあまりに無計画とも言えてしまう返答に、ドランバルトはそれ以上言葉をかけられなかった。だが十分だ。今までも己の中にある力の全てを振り絞って、立ちはだかる強敵たちを打ち倒してきたのだから。

 

それを表すように真っすぐに進んでいくナツと、それに並ぶように追随するルーシィ、ハッピー、ウェンディ。最後に洞穴から出たシエルが最後尾をシャルルと共に進んで行く。

 

 

 

「ところで……さっきから何ニヤニヤしてんの、あんた?」

 

「へっ?」

 

と、唐突にシャルルはシエルにしか聞こえない声で尋ねた。シャルルは彼の表情を見た瞬間から目を訝しげに細めていた。この状況下において……それも自分たちが様子を見に飛び立つ前までの様子とは、打って変わったシエルの表情が、あまりに場違いに見えたから。

 

僅かばかりに頬を紅潮させ、口角を微かに上向きに向いて震わせている。平静を取り繕おうとして我慢できなくなっている時とまるっきり同じ表情だ。怪しく無い要素が見当たらない。

 

「に、ニヤニヤ……してた……?」

 

「明らかにね。自覚なかったの?」

 

「う、うん。そんな風に見えたかな〜?別に、何も、無いのにな〜」

 

更にそれに拍車をかけたのはこの反応。普段はポーカーフェイスでやり過ごす事に優れたシエルが、途端に残念な感じになった態度。ここ最近行動を共にしていることからシャルルは彼がこうなった原因にすぐさま気付いた。訝しげな目線が疑念のものへと変じるが、指摘する気も今は起きない。さっきの言葉だけでひとまずは気を引き締めるだろう、とシャルルはそれ以上何も言わずに置いた。

 

「(いかんいかん……今は目の前の問題に集中しなきゃ……!)」

 

一方のシエルも、シャルルに指摘されるまで気が緩んでいた自覚が薄れていたことを反省し、気を引き締め直した。心当たりならある。けどそれに現を抜かすばかりではいけないと、頬を手ではたきながら気合を入れるのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

満遍なく雨が降り注ぐ島内。開けた場所へと出ながら周囲を探しているのは、緋色の長い髪を後ろで縛り上げ、黒いビキニの水着のみの格好で島の中で行方知れずの状態となっている少女を探す女性。

 

「ウェンディー!どこにいるー!!」

 

エルザ・スカーレット。キャンプで待機していた彼女は試験に出ていたウェンディが戻ってこない事に疑問を持ち、ジュビアと共に探しに出た。途中で七眷属の少女と邂逅し、ジュビアがその相手を務めたことで場を離れ、再びウェンディを探しに回っていた。

 

だが生憎、エルザの近くに現れたのは、探している少女ではなかった。

 

「探し人かい、妖精女王(ティターニア)?」

 

「!何者だ……!」

 

知らない声を聞き、一気に警戒を強めるエルザの目に入ったのは、銀色のリーゼントヘアにサングラスと、ファーコートが特徴的と言っていい程目立つ一人の青年。雨の中を悠々と歩きながら目の前にいる妖精女王(ティターニア)にひとりでに語り始めた。

 

「オレもそうさ……いや、オレだけでは無い……。人は誰しも己には持ち得ぬ希望(デザイア)を探し求むる哀れな迷い人(シーカー)……」

 

「(こいつ……何を言っている……?)」

 

俗的に拗らせていると言わざるを得ない喋り方をするその男・ラスティローズに対し、エルザが最初に抱いた感想である。ただただ純粋に彼の言いたいことが理解できない。だが彼の言葉よりも、彼から感じる佇まいと魔力が、先程ジュビアが相手にした少女に僅かばかりに似ていることに気付いたエルザは気を引き締め直した。

 

「貴様……さては煉獄の七眷属とやらか?」

 

「如何にも」

 

自分の肩書を言い当てたことに気をよくしたのか、エルザの問いに上機嫌な様子を滲みだして答えるラスティローズ。やはりそうか、と警戒を緩めることなく、エルザは青年に向けて構え、いつでも対処できるようにしていた。

 

妖精女王(ティターニア)……お前は先に散って行った奴らよりも、楽しませてくれるのかな……?」

 

「……何だと……!?」

 

そしてその一言が、彼女が持つ闘志に更なる火を点けた瞬間だった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、深い森の中、言葉を発することなく一人森の中を進んで行くペルセウス。周囲に常に気を配ってはいるものの、未だアズマの姿は影も形も見当たらない状態だ。どこかで見落としたのだろうか?と普通の者たちなら思うところだ。

 

「……」

 

そう、普通であれば……。ペルセウスは確かに感じた違和感を払拭するように換装魔法で黒剣ダーインスレイブを装備し、ある方向へと斬りかかる。狙ったのは、土からはみ出している大木の根の一部。先端を斬り落とし、支えるものを失った根の先が地面へと落下する。落下した直後、木の根が蠢き、姿を変えるようにしてある一人の人物の形を作り上げる。

 

「姿を隠せていても、敵意を隠す事には長けていないようだな……」

 

予想していた通りの結果に、思わずペルセウスの口元に笑みが浮かぶ。木の根から出てきたその男は、ペルセウスが探していた人物その者だったことも相まっているのだろう。

 

「いや……むしろ気付かせた、と言うのが正解か?」

 

「そこまで気付くか。やはりキミは真の強者だ」

 

そしてそれは敵であるアズマも同じこと。姿を隠してはいたものの、強者であれば感じられる敵意を敢えて放ち、こちらに気付けるかどうかを試していた。ペルセウスなら気付けると言う、確かな確信があった。その結果は予想以上。こちらの意図までも見抜いて、彼は自分へと攻めてきたのだ。

 

「しばらくぶりだね。また会えて嬉しいよ」

 

「俺もお前を見つけられて、心底嬉しいぜ……!!」

 

一人は真の強者との闘争を予感して……一人は大切な存在を傷つけた者への報復を目前に……不敵な笑みと、狂気を帯びた笑みを互いに向けながら、ギルド内でも強者同士の二度目の激突が幕を開けた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

天狼島東部の砂浜。そこへ乗り上げるように、鋼鉄製の巨大な黒い戦艦が一隻停泊している。船に刻まれた紋章は、茨のついた心臓のマーク。悪魔の心臓(グリモアハート)のものだ。その戦艦こそが、悪魔の心臓(グリモアハート)のギルド本拠地……並びに移動手段である。

 

その戦艦内部に会議、食事が兼用できる円卓の置かれた大広間があり、一番上座に一人の老人が座していた。白く染まった長い髪、右目を覆い隠す黒い眼帯、長く蓄えられた髭と多くの皺が刻まれたその顔から長き年月を、しかし開かれた左目と精悍な顔つきからは老いを覆す圧倒的な実力を感じさせる。長き時を経て培った、歴戦の魔導士と呼ぶにふさわしい。

 

この老人こそ、悪魔の心臓(グリモアハート)のマスター・ハデス。彼は島内で今巻き起こっている二つのギルドの衝突を、本拠地で高見の見物をしながら魔力のみで戦況を把握していた。寛ぐ様にグラスに入っていたワインを嗜んでいたものの、しかしまた一つ魔力の乱れを感じた彼は、こちら側の戦力がまた一人戦闘不能に追い込まれたことを理解した。

 

「まさか、『メルディ』までやられるとは……。七眷属が半数を切るとは予想しておらんかったな……」

 

彼が呟いたその名は煉獄の七眷属の一人……ギルドの中でも最年少でありながら幹部に登り詰めた天才と揶揄しても過言ではない弱冠14歳の少女だ。だが今しがた、彼女は敵を前にしてその戦意を喪失させた。得意とする感覚に作用する魔法が本来の意図とは違う用途として発動し、対峙した相手の心情に決意を揺らがされたのが敗因だ。

 

煉獄の七眷属は全員がマスター・ハデスによって育てられた失われた魔法(ロストマジック)の使い手。そう簡単に倒されるような存在ではないと高を括っていたが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)……マカロフの子らはこちらの想像を上回る力を見せつけてくる。()()()()()()()()()、一人の魔導士に対しては要警戒と伝えていたが、さすがにこの状況は予想できなかった。

 

七人いた幹部も動けるのはあと3人。未だ勝負の行方は知れぬが、このまま妖精側に戦局が傾けば、()が黙ってはいないだろう。だがさすがに奴を出すほど自分も鬼ではない。

 

「『ブルーノート』」

 

()を制止させる為、彼の者の名を呼ぶハデス。しかし向いた視線の先は人どころか生物の一つさえなく、当然『ブルーノート』なる人物の返答もしない。一足遅かったようだ、と溜息を吐きながら、ハデスは諦観するように遠くへと目を見やった。

 

「……やれやれ、手遅れか……。悪いな、マカロフ。奴だけは使うまいと思っていたのだがな……」

 

今回の襲撃に関して、絶対出さないと決めていた戦力。だが七眷属と違って奴は自分とほぼ対等の立ち位置。指示に従う事もなく自分のやりたいようにやる性格だ。七眷属を半数失った今、彼は己の望むがままに動き出した。最早自分でも止められない。天狼島は更なる混迷を極めると容易に想像できる。

 

「最悪、『神衣(かむい)』を使える魔導士さえ生かしておけば……いや、それも薄い望みか……」

 

意味深に告げた一言さえ、もう叶わぬことだと諦めながら息を吐くハデス。妖精の尻尾(フェアリーテイル)には最早、万に一つの勝機も失った。誰一人、生きて帰ることは叶わぬだろう……。

 

 

 

 

 

黒魔導士を巡る、妖精と悪魔の激突。

 

天狼島で繰り広げられるこのぶつかり合いは、更に激しさを増していくのだった……。




おまけ風次回予告

ナツ「前から思ってたけどよ、シエルってハッピーのこと好きなのか?」

シエル「ハッピー?え、何でハッピー?そりゃ仲間だとは思ってるけど……」

ナツ「だってお前、乗雲(クラウィド)とか雷纏うヤツとかで空飛ぶこと多いじゃん?ハッピーみたいに。だからハッピーみたいに空飛んでみたかったのかな~って思って」

シエル「ああ、そう言う……。けど生憎空を飛ぶのはハッピーに会う前からできたらいいな~ってちょっと思ってたから、あんま関係ないね」

ナツ「そーなのか?空飛ぶと言えばハッピーだと思うけどなぁ……」

次回『ブルーノート』

シエル「てか、ハッピーじゃなくても空飛ぶ奴いるじゃん。ナツとか」

ナツ「オレ?飛んでたっけ……?」

シエル「兄さんとかエルザの協力が必要だけど(笑)」

ナツ「ペルにエルザ?……ってあれは飛びたくて飛んでるんじゃねぇーっ!!(怒)」


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第8章 天狼島後編ー激戦の悪魔の心臓(グリモアハート)
第126話 ブルーノート


本当は先週に投稿したかった。(懺悔)
想像以上に書くことが増えて書くのに集中したかったのに休日出勤とか…!

前書きと次回予告も遅刻ですし、本当にごめんなさい…。

次回は来週に更新できるように頑張ります…!
でないと、キタ〇ミの里でチャ〇スとランデブーなんて夢のまた夢だぞ…!!←


天狼島。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地とされ、初代マスターであるメイビス・ヴァーミリオンが眠る地でもある。この島は本来、島周辺の海流の影響により気候は常に常夏のように温暖。猛暑となる日がほとんどだ。

 

そんな島の全域を、今は珍しい雨雲が島内を覆い隠しており、止むことのない雨が降り続けている。そして雨の中を足早に駆けている一団が存在していた。向かう方角はギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーが集合地としているベースキャンプ。重傷で未だに目を覚まさないマスター・マカロフを背負うナツを先頭に、シエルたちも同じ方角へと駆け足で向かっていた。

 

「ドランバルトさん、大丈夫かなぁ……」

 

「今は自分たちの事を考えておこう」

 

「そうよ。ほっとけばいいのよ、あーゆーのは」

 

所々に出来た水溜まりを踏み鳴らす音を響かせながら、再び別れたドランバルトを気にかけるウェンディ。対するシエルとシャルルは、振り向くこともせず目の前のやるべきことに目を向けている様子だ。半分ほど、ドランバルト個人に対する敵愾心が残っていることが原因にも見えるが。

 

「あたしはカナも心配……。どこではぐれたんだろ……」

 

「キャンプにいるといいね」

 

ルーシィは自分がパートナーとして同行していた仲間、カナの安否が気になるようだ。彼女の視点からすれば、気付けば気を失っていて、カナの姿が急に消えていたのだから、無理もないだろう。

 

各自様々な心境を抱えながら森の中を駆けていたが、その足は前方に見えたある不思議な光景を目にして止まる事になる。その異変に最初に気付いたのは、マカロフを背負っていたナツだ。

 

「ん?誰かいるぞ」

 

その正体が人であることは、他よりも鼻が優れている彼だからこそすぐに気付けた。そうでなければ、人であることにはすぐ分からなかっただろう。何故か。最初に目に映るのは、一部分だけ雨を通り越して滝が流れるかと見紛うほどの激しい雨量。目を凝らしてようやく、その水流の如き雨の奥に人影が見える。そして滝のような激しい雨の中の人影がこちらに近づく度、その雨も移動しているかのようにその者の周辺だけ激しくなっている。しかも、それだけじゃない……。

 

「何?この魔力……!!」

「何でアイツの近くだけ、雨が激しいの……!?」

「あ、あり得ない……こんな天気……!」

「肌がビリビリする……!」

 

その者が近づくにつれ感じられる覇気、威圧感、魔力。そのどれもが、今まで天狼島で対峙してきたどの敵とも一線を画す。あまりにも桁違い。誰もが、その存在に対して警戒を抱かずにはいられなかった。

 

「誰だてめえは!?」

 

徐々に近づいてきたその者は、ナツに問われたことでこちらに気付いたのか、それとも気紛れか、その場で足を止めた。降り注ぐ滝の雨に打たれながらも黙していたものの、初めて開けた口から漏れ出てきたのは、こちらに対しての言葉ではなかった。

 

「飛べるかなァ?」

 

意図の分からない、己への問いかけのようにも聞こえるその言葉。声は壮年の男性のそれだが、それを気にするような余裕など、今のシエルたちには無かった。唐突に放たれた意味を汲み取れないそれに、さらに警戒を強める。

 

「いや……まだ飛べねえなァ」

 

すると、男の周りに激しく降り注いでいたものだけでなく、今シエルたちがいる範囲も含めて降り続いていた雨雫が、突如浮遊しているかのようにピタリと止まる。その影響で、滝のように流れた雨に隠されていた男の姿も、露わとなった。

 

「っ……!!」

 

その姿を見た瞬間、シャルルは戦慄した。彼女は男の姿を知っていた。何者なのかは分からない。ただ、()()()()()()()()。気づけば彼女は、反射的に声を出していた。

 

「みんな!今すぐ、こいつから逃げ……!!」

 

 

 

 

 

「落ちろ」

 

しかしその声は言い切るよりも早く途切れてしまった。両手を前へと掲げたまま、たった一言合図のように声を発した男から繰り出された魔力により、シエルたちがいた広範囲に渡ってこれまでに感じたことのない重力場が作り出される。それはシャルルの声を途切れさせるだけでなく、発した男を除く全ての者たちを地に押し込み、重力場となった大地を人間二人分の深さまで陥没させてしまう程。誰もが、立ち上がるどころか動くことすら出来ずに苦悶の声を上げるしか出来なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

膨大な魔力を持って放たれた男の行動は、遠く離れた地にいた者たちにも感知できた。

 

「こいつは……!?」

 

「めんどくさいのが出てきたな。人の食事を邪魔するつもりか」

 

ラスティローズに敵意を剥き出しにし、戦闘態勢をとっていたエルザも……。

 

「この魔力……!今までの奴らとは桁が違う……!」

 

「出てきたね。『ブルーノート』……戦争は終わりだね。もうこの島に命は残らない」

 

アズマにようやく追いつき、ぶつかり合う直前であったペルセウスも、今しがた起こった強大な魔力の解放を感じ取り、思わず意識を持っていかれる。

 

味方である自分たちでさえ化け物と評せざるを得ないほどの力を持った魔導士。彼が出てきたことを察したラスティローズもアズマも、妖精たちに同情すら覚えた。戦いの終結。いや、これは最早戦いと呼ぶべきではない蹂躙が迫っているのと同義であった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ブルーノート・スティンガー。

過去にカブリア戦争に参加し、『ゴウラ』中佐の率いる精鋭部隊・青竜連隊を一人で壊滅させたとして、彼を知る者たちからは恐れられている男。奴の通った道には雑草すら残らないとさえ言われている。近年の消息は不明となっていたが、評議院はその男が今どこにいるかを、図らずも知ることになった。

 

闇ギルド・悪魔の心臓(グリモアハート)の副指令。煉獄の七眷属よりも上の地位に立つナンバー2。それが今のブルーノートの肩書であった。

 

長く黒い髪をポニーテールにした、群青色の道着に近い服装をした顔の彫りが深い中年の男……ブルーノートは、今しがた己の魔法で押し潰した大地に蹲る数人の若い魔導士たちを、特に感情を表に出している様子の見えない目で見下ろしている。

 

重力場が落ち着きはしたが、その被害に遭っていた者たちは、未だに誰も立ち上がれなかった。地に押し付けられた体には未だに痛みと疲労感が襲い掛かっており、簡単に復帰できそうには無い。

 

「オレはよう……妖精の尻尾(フェアリーテイル)にもゼレフにも、あまり興味ねえのよ……」

 

淡々と見下ろしながら語りかけてくるブルーノートに、蹲りながらもナツが睨みつけるように見上げるが、睨まれた本人はさして気にした様子もなく更に口を開く。

 

「だけど二つ、欲しいものがここにある。妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター……メイビス・ヴァーミリオンの墓。そして神託を授かった魔導士……神衣(かむい)の使い手。そいつらの場所はどこだ?」

 

その内容は問いかけだった。初代マスターメイビスの墓。これに関しては心当たりがある。悪魔の心臓(グリモアハート)の襲撃が発覚する直前まで、自分たち受験者たちが探し回っていたもの。そしてシエルとシャルルは、もうあと一歩のところまで近づけていた。だが問題はもう一つ。『神衣(かむい)』なる魔法の使い手。これに関してはシエルも初耳だ。神託を授かった……とも言われてる事から、神に関する魔法、と推測できるが……。

 

「(それってまさか……!)」

 

連想される人物が、一人いた。と言うよりも、ほぼ確実だと確信持って言える。だが何故、それを闇ギルドの魔導士が探しているのか、と言う疑問は当然ながらあった。

 

「何が目当てだ……?別ギルドの奴が、俺たちのギルドの神聖な場所に、何の用があって……!」

 

「そうか!お前も試験を受けてS級魔導士になりたいんだな!でも妖精の尻尾(フェアリーテイル)には入れてあげないぞ!!」

 

「そんな訳あるかい……!」

「無暗に何でも口に出すんじゃないわよ……」

 

何を目的にしているのか聞き出そうとするシエルの質問を遮って、ハッピーが頓珍漢な結論を思いついて声を張り上げる。そんなメリットに食いつきそうな奴には明らかに見えないと言うのに何をどうしたらそんな思考になるのかと、遮られたシエルと、ハッピーの隣でうつ伏せにされてたシャルルは呆れ果てていた。

 

しかし、直後ハッピーの上に紫の魔法陣が出たと思えば彼の身体が少し浮き上がり、そのまま強化された重力で叩きつけられ、ハッピーのいる場所が陥没する。思わず呆れていた二人が目を見開いて彼を案じた。

 

「ネコが馴れ馴れしく喋ってんじゃねえよ。オレがテメェに聞いたか?試験だかS級だか知らねえが、ふざけんじゃねェ」

 

声の主である男へともう一度目を向けると、こちらに手を翳してハッピーを押し潰したのが誰なのかを言外に主張しているように見て取れる。そしてその声には苛立ちを隠せていないようにも聞こえる。

 

「ふざけてるのはそっちでしょ!?お墓は、あたしたちにとって神聖な場所!あたしたちだって墓の場所も、神衣(かむい)って魔法も知らないけれど、例え知ってても絶対アンタなんかには教えな……あっ!!?」

 

「ルーシィ!!このぉ……!!」

 

ブルーノートの言い分に、黙っていられず反論を叫ぶルーシィだったが、それを言い切るよりも先に重力が彼女へと襲い掛かる。ハッピー同様に一度浮遊させられ、勢い良く地面へと叩きつけられ、動けずじまいとなってしまう。真っ先にナツが彼女の名を叫び、ブルーノートを再び睨みつけた。

 

「初代の墓の場所を聞いて、お前に何のメリットがある……!?そこに欲しいものとやらがあるってのか……!?」

 

ナツ同様に鋭い視線を向けながらも、仲間を苦しめている怒りに呑まれず問いかけてくるシエルに対して、ブルーノートは他とは違う何かを感じたのか攻撃はせずに、シエルへの問いに答えるようにして語る。

 

「『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』。妖精の法律(フェアリーロウ)に並ぶとも言われている、てめえ等のギルド三大魔法の一つ。それがメイビスの墓に隠されてるって話らしいな」

 

「何だよ、それ……!知らねえっつーの……んぎゃ!?」

 

ブルーノートから語られ、問いかけられた言葉に真っ先に否定を主張したナツだが、先のハッピーたち同様、重力で上から押さえつけられて陥没する地面に圧し潰されそうになった。

 

『ナツ(さん)!!』

 

「てめえは黙ってろ。オレはそこのボウズに聞いてんだ」

 

恐らく彼は、シエルなら他の奴らより詳しいことを感覚で悟ったのだろう。シエルならば有益な情報を持っているし、話も通じると。それを遮って邪魔をしてくるナツに用はないと言いたげに吐き捨て、ナツの方へと向いていたシエルに「で、どうなんだ?」と尋ねてくる。

 

「……確かに記述は残ってる。敵味方を選別して攻撃できる審判魔法。あらゆる脅威からも守ることが出来る絶対防御魔法。そして、仇なす全てを光によって討ち払う、敵の存在を許さない無慈悲なる光……超高威力魔法・妖精の輝き(フェアリーグリッター)

 

「そう。オレはその魔法が欲しい」

 

本来であればギルドの中でもほとんど公開されない情報。知っているものは極一部とされている魔法の詳細を口にするシエルに、場にいる者たちは「そんなものがあったのか」と驚愕しているかのようにシエルへと視線を向けている。

 

「存在自体は知っていた。けど習得方法までは載ってなかった……それが天狼島(ここ)に、初代の墓に……?」

 

「その墓の場所を、教えてくれんかね?」

 

妖精三大魔法はどれも強力ゆえに、存在の記述こそあれど如何にして使えるか、習得する方法などは一切書かれていなかった。ギルドの書庫にある本を全て読み切ったわけではないが、恐らく秘匿されている為、どこにも記していないのだろうとシエルは考えていた。しかしそれがギルドの聖地に封じられている。唐突に聞かされた話ではあるが、可能性は大いにある。逡巡するようにシエルが顔を俯かせると、後ろから彼の耳に声が届いた。

 

「まさかアンタ、墓の場所を教えるつもり!?ダメよシエル!そいつにはこれ以上関わっちゃ……きゃあ!!」

 

「「シャルル!!」」

 

シエルのパートナーとして試験を受けていた際、共に墓の場所の手前まで辿り着いていたシャルルが、教えるべきではないとシエルに呼びかけると、邪魔をするなとばかりにブルーノートによって押し潰されてしまう。耳障りと感じた者を容赦なく攻撃する奴の餌食にされたシャルルに、ウェンディとハッピーが彼女の名を叫んだ。

 

「ほら、早く教えてくれよ」

 

対して一切様子を変えることなくブルーノートはシエルへと何度目になるか分からない問いをかける。まるで自分の周りを煩わしく飛び回る羽虫を振り払った後かのような、平然さだ。

 

「よくもシャルルを……!」

 

「ダメよ、ハッピー……!戦っちゃダメ……!今すぐ、こいつから、逃げなきゃ……!!」

 

「シャルル……!?」

 

隣にいる好きな子を苦しめるブルーノートに怒り心頭の声を出すハッピーだが、押し潰されながらもそれを止めようとシャルルは声を絞り出す。一刻も早くこの男からは離れなければいけない。強大な魔導士が相手だから……と言うだけでは不十分なレベルで、すぐさまブルーノートから離れなければと言う意志すら感じる。ウェンディはそんな相棒の様子に、不可解なものを感じていた。

 

「墓に行きたい……そう言ってたな?いいぜ」

 

そしてずっと俯いていたシエルは、そのままブルーノートへと声をかけた。肯定の返事を返す彼に対し、仲間たちは衝撃を受ける。対して表情を変えなかったブルーノートはこの時初めて微かに口元に笑みを作った。

 

「教えてやるよ、だからそこを動くな。

 

 

 

 

 

……()()()墓へ送り出してやる……!」

 

その言葉と共に張り裂けそうなほど口元を吊り上げたシエルが、微かな怒りを込めた見開いている目を向けて言い放ち、ブルーノートが言葉の意味を理解するのに要している数瞬を狙ってシエルは天気を操作した。操作するのはこれでもかと周囲に降り注いでいる雨。ブルーノートが自身に滝のように降らせたことで周りは洪水が起きたかのような状態だ。その状況を逆に利用する。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)、『雨降って地固まる(レイニーロック)』!!」

 

水が溜まっている地面に掌をつけたままその技の名を告げた瞬間、地に充満していた雨水がシエルの意志の通りに動き、ブルーノートを足元から一気に拘束し、集合していく。そして液体とは思えないほどの抵抗力を内部で生み出しているのか四肢の先すらも動かせないように体を固定し、その身体を全て水で覆い包む。球体型で出来上がった水溜まりの中に、ブルーノートを完全に閉じ込めた。

 

「す、スゴイ……一瞬で捕まえた……!」

 

「あれって、確実に窒息するんじゃ……!」

 

ほんの一秒足らずと言っていい時間で水の牢獄に捕えたシエルの技量をハッピーは素直に驚くとともに称賛し、ルーシィは呼吸も出来ない水中に捕えたことに対して思う事はあったようだ。だが魔導士の中には魔力の量が多い恩恵の為か一般人と比較して、水中内で息をせずとも長時間耐え抜けるほど頑丈な者たちも多々存在している。ナツも然りだ。以前10分ぐらいは余裕の範疇と自負していた事がある。

 

一方今捕らえたブルーノートは、恐らくこちらが束になったところで簡単には敵わないほどの化け物だ。勿論耐久力も並ではないだろう。窒息することを狙ったとて、シエルが水の牢獄を維持している時間を優に超える可能性も大きい。

 

「だから今奴が動けない内に、マスターをキャンプまで連れてくんだ!そこから更に応援を呼ぶ事だって出来るはず!!」

 

「あ、そっか!!」

 

「成程ね!分かったわ!」

 

そして今動けない状態であるのはブルーノートだけではない。多量の雨水の固定に集中力と魔力を少なからず消耗しているシエルも、その場からは動けない。故に彼は仲間を先に行かせることを選んだ。瀕死のマカロフをゆっくり休めるキャンプへ連れていき、そして拘束が解けたとしても今の戦力に更に追加の魔導士を呼べば対抗できるかもしれない。シエルの言葉に彼の思惑を理解したウェンディとルーシィが、すぐさま立ち上がって動き出す。

 

「おい、ちょっと待てよシエル!」

 

「文句はあるだろうけど、今はマスターの容態が最優先だ!だから一度先に向かってくれ!」

 

シエルの作戦に恐らく不満があるだろうナツが、問い詰めるようにシエルへと声をかけてきた。しかしこれは予想の範疇。負けず嫌いで真正面からのぶつかり合いの方を好むナツとしては、散々自分を押し潰したブルーノートに一発も殴れず、シエルに時間稼ぎを任せると言う行動は好ましくないのだろう。

 

「そーじゃねえ!お前墓の場所知ってんのか?まさか行ったのか!?って事はおい、二次試験はぁ……!!!」

 

「いや試験(そっち)の話かよ!!」

 

と思いきや全くの別件だった。怒りから驚愕、そして憔悴と代わる代わる表情を変えながら畳み掛けてきた。ハッピーと言いナツと言い状況分かってるのかこいつら?赤い信号弾が上がった時点で、一時中断扱いになる事は普通なら考えられるし分かるようなものだが……普段からバカだからその考えには至らねえペアだったなそう言えば……と半ばどころか結構失礼な結論に至った。

 

「バカな事言ってないでさっさと行くわよ!!それからシエル!!」

 

試験の事で脳内が支配されてたナツにシャルルが一喝。そして続けざまにシエルへと声をかける。技の維持に集中しながらも、シエルは己を呼んだ彼女へと意識を向けた。

 

「すぐに応援を呼んで戻ってくるから!絶対に無茶はするんじゃないわよ!!」

 

どこか必死にも見える表情で、シエルの身を案じているようにも聞こえる言葉。どこかいつにない素直な一面を見せている気がして、シエルは思わず驚いた顔を破顔させる。これはしくじるなんて以ての外だ、と水牢の維持に意識を戻した。

 

 

 

だが、その瞬間水の中に閉じ込められているブルーノートの目が一段と開かれると、彼の頭上に紫の魔法陣が展開。己を閉じ込めている水球体に重力がかかる。雨で作り上げ、魔力によって固められていたはずの牢獄は、一瞬の拮抗すら許されぬまま崩壊。

 

「……はっ?」

 

高密度で出来ていたが為か、膨大な量の水が陥没した地面にいたシエルたちに襲い掛かる。避難も間に合わず、陥没した地面を登ろうとしていた面々も巻き込み、各自悲鳴を上げて陥没エリア内で流される。

 

「ぷっはぁ……!随分舐めた真似してくれたじゃねーか、え?ボウズ……!」

 

「うっ……!?」

 

各々流されたことで再び地に転がり、唐突な衝撃ですぐさま立ち上がることも出来ないまま、ブルーノートの不機嫌な声が耳朶を揺らす。そして次の瞬間、シエルの上に紫の魔法陣が二重浮かび上がり、シエルの身体を押し潰し始めた。その重力は、今まで他の者たちにかけていた分よりも、さらに重い。

 

「シエル!この野郎……がっ!!」

 

先程地面を陥没させた時とほぼ同等の重力をかけられて苦悶の声をあげるシエル。それを見てナツが怒りを表しながらブルーノートへ駆けだそうとするも、彼も先程同様に重力で潰されてしまう。

 

「シエル!ナツさん!お願い!!もうやめ……うあっ!!?」

 

「キャンキャン喚くんじゃねーよガキども。それとも一気に押し潰してやろうか、あ?」

 

想像以上に強烈な重力に苦しそうなシエルと、何度も地に押し付けられて呻いているナツを見て、ウェンディは思わず懇願して声を張るも、容赦なく彼女も重力をかけられて押し潰される。彼女だけでない。これまで個別のみだったのが、今度は他の者たちも含めて全員に行き渡るように発動させている。

 

「オ、オレはイグニールの子だ……!!簡単に、何度も何度も、地面に落とされるわけには……!!」

 

「(ま、まずいわ……このままじゃ……!!)」

 

何度潰されても元来の負けず嫌いからか重力下でも立ち上がろうとするナツだが、押し切れないのか中々動けずにいる様子。重力の中で何も出来ず、シャルルは全員がその被害を受けている状況に、内心一番の不安を抱えていた。もし状況がこのまま好転するようなことが起きなければ……。

 

「お?そこでヨレてんの、マカロフ?最初っからそいつに聞きゃあ良かったか」

 

するとブルーノートが、少年少女に混じって一人老人が混じっていることについに気付いた。現マスターであるマカロフなら墓の場所も分かる。しかもさっきのシエルと違って不意討ちを仕掛ける余裕もなさそうだ。

 

「やめろ!!じっちゃんに、手ェ出すんじゃねぇ……!!」

 

しかし(マスター)を狙っていることに気付いたナツが、真っ先に怒りを表して更に力を振り絞る。そしてついにナツは足の裏を地面につけて、少しずつ膝を伸ばして立ち上がっていく。自分の重力を受けていながら立ち上がってきたナツの姿を見て、ブルーノートに少なからず驚きが宿った。

 

「ただじゃおかねえぞぉオーーッ!!!」

 

それだけに終わらず、ナツは重力をものともせずと言いたげに走り出し、ブルーノートとの距離を詰めていく。これにはナツがどれほど負けず嫌いなのかを知ってる仲間の面々も驚くばかりだ。そしてついに跳び上がったナツはブルーノートに火竜の鉄拳をぶつけようと炎を宿した拳を振りかぶる。

 

しかしブルーノートにはそれも届かず、重力の方向を変えられて元居た位置へと飛ばされる形で墜落。しかも先程よりも強く力が加えられているようで、出来上がったクレーターが今までよりも一番深くなっている。その中心に、ナツは仰向けになって倒れていた。

 

「ナ……ツ……!」

 

「そんな……!!」

 

微かに見えた希望すらも叩き落とされ、仲間たちに絶望が浮かび上がる。あまりにも強すぎる。力の差がありすぎる。今まで戦ってきたどの敵よりも強いのではと思い知らされるその男に、勝てるビジョンが全く浮かばない。

 

「(どうすればいい……!?この状況を、どうやったら覆せる……!?)」

 

重力に押され続けている間も、シエルは持ち前の頭脳をフル回転させて状況を打開する方法を模索する。しかし思いつく限りの方法は、即座に頭の中で実行しても悉くブルーノートに打ち砕かれる想像ばかり。

 

何も出来ない無力感に苛まれ、自分と同様に地に押し潰されている仲間たちに目を配る事しかできないまま、降り立ったブルーノートが一歩一歩マカロフへと近づいてくるのを、見ているばかり。そして、とうとう地に伏している自分たちのすぐそこへと、ブルーノートが辿り着いた、その時だった。

 

 

 

「お前かァ!!」

 

ブルーノートの遥か後方。先程まで彼が立っていた場所から、響かせるのは女性の声。その主はウェーブのかかったこげ茶色のロングヘアーを持った、ルーシィがパートナーとして組んだ女性。

 

「カナ!!」

 

それに気付いたルーシィがすぐに喜びの顔を浮かべて彼女の名を呼ぶ。はぐれていたと思っていたカナが無事でいた。そしてここに現れた。恐らく、ルーシィの危険を察知して駆けつけてくれたのだろう。ルーシィは一次試験を突破した直後に、「遠くに離れていてもルーシィの危険を察知したら知らせてくれるカードを伝って駆けつけるから」と不敵に笑みを浮かべながらそのカードを見せてくれた彼女の姿を思い出した。

 

その約束を、守ってくれた……。

 

「これ以上仲間をキズつけんじゃないよ!!」

 

ルーシィを始めとした仲間たちの表情が明るくなり、対してブルーノートが更に現れた邪魔者を視界に収めようと振り向いた直後、カナが飛び出すと同時に数枚のカードを投げつける。光を伴って真っすぐブルーノートにそれが迫るが、手を翳して重力を操作することでカードは全てあらぬ方向へ。一枚も当たりはしなかったが、カナもそれは想定内。()()()()()()()

 

落下するままブルーノートと距離を詰めていくと同時に、破けた様に露出した彼女の右腕に刻まれた、今までの記憶の中には無かった赤い刺青が黄色く輝き始める。

 

妖精の(フェアリー)……!!」

 

カナが現れてから一切表情を変える事のなかったブルーノートに、目に見える驚愕が浮かんだ。そしてそれは仲間たちも同様だ。所持(ホルダー)系の魔法のみを使っていたカナにまるで能力(アビリティ)系が発動する時と同じ魔力の解放。しかもその光は並大抵のものとは明らかに違う事が遠目でも分かる。

 

「まさか……!!」

 

見ただけで即座に気付いたブルーノートは驚きを隠そうとはしないまま。だがカナが腕を振りぬくよりも先に彼女の頭上に魔法陣を展開。彼女の落下速度を急激に速めて地に叩きつける。当然ながらカナはそれに対応しきれずに悲鳴を上げて地に伏した。だが忌まわし気にブルーノートを睨むその目は、一切怯んだ様子はない。

 

「てめえの持ってるその魔法は……!!」

 

妖精の輝き(フェアリーグリッター)か!?」

 

未だ驚愕が抜けないブルーノートの問いに代わりに答えるかのようにして、シエルが驚くようにその名を叫ぶ。先程の話に出ていた魔法が、まさかカナが手にして現れるとは。当然シエルの近くにいたウェンディやエクシード二人も驚きを示して彼の方を見た。

 

「ルーシィ、置いてっちゃってごめんね……。弁解の余地もないよ……。本当にごめん……」

 

倒れこんでいた身体を起こし、パートナーのルーシィへ謝罪の言葉を口にするカナ。しかしその贖罪の心を糧にするように、立ち上がったカナは赤い紋章が刻まれた右腕を示しながら堂々と告げる。

 

「だけど今は、私を信じて。こいつにこの魔法が当たりさえすれば、確実に倒せる……!」

 

妖精三大魔法の一つ、妖精の輝き(フェアリーグリッター)

しかもその魔法はシエルが読んだ書物によると、三大魔法の中でも一番の破壊力を有している。七眷属をも凌ぐと推定されるブルーノートと言えど、この魔法をぶつければ倒せる可能性が高いわけだ。

 

「すごい!お墓で手に入れたの!?」

 

「シエルだけじゃなくカナまで……!?おい、やっぱ試験は……!!」

 

「まだ引き摺ってんのかあいつ……」

 

だが同時に発覚したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()を、カナが持ってやってきた事。それはつまりカナも墓に辿り着いたと言う事だ。二次試験の課題であるメイビスの墓への到達を更にもう一人先越された事実を知ったナツの気力が再び消沈する。懲りない様子の火竜(サラマンダー)にシエルが何度目か分からない溜息を吐いた。

 

「みんな、あいつを倒す為に協力して!私が“魔力”を溜める間、あいつをひきつけて」

 

「むむむ……!!」

 

「了解、引き受けた!(とは言っても……)」

 

約一名を除いて、この中で最も火力の高い魔法を会得したカナの呼びかけにほぼ二つ返事で首肯、そして代表して口を開くシエル。しかし彼には懸念があった。先程まで抵抗することもままならなかったブルーノートを相手に、引きつけると言う行動すら起こせるか否かと言う事。更にブルーノートほどの実力者が、目当てとしている魔法(獲物)を前に、他へと意識を移すかと言う事だ。

 

現にシエルがその懸念を抱いて思考を重ねていた際に、ブルーノートは両腕をそれぞれ広げ、シエルたちとカナを正反対の方向へと重力で吹き飛ばした。瓦礫や砂ぼこりと共に舞い上がり、悲鳴を上げながら転がっていく妖精たち。そしてブルーノートが意識を向けて近づいたのは、当然と言うべきかカナ一人がいる方向だった。

 

「オレの重力下で動ける者などいねぇのさ。まさか探してた魔法が向こうからノコノコやってくるとはなァ……。妖精の輝き(フェアリーグリッター)……その魔法はオレがいただく」

 

念のため逃げられないように全員へと魔法を更に重ねて押さえ込みながら、カナのすぐ前へと立ったブルーノートはカナの中へと宿った目当ての魔法を狙いにかかる。だが、カナはそんな事は不可能と言わんばかりに見上げ、睨みながら気丈に告げた。

 

「この魔法はギルドの者しか使えない……お前らには使えないんだ……!!」

 

妖精三大魔法の名の通り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者でなければ使用することが出来ない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)でもない、ギルドに加入する気もないブルーノートには、どう足掻いても使えないはずの魔法だ。本来ならば。

 

「“魔”の根源を辿れば、それはたった一つの魔法から始まったとされている。如何なる魔法も、元はたった一つの魔法だった」

 

多種多様に枝分かれした魔法と言う存在も、元を辿れば一つの魔法。故にその根幹を知ることが出来れば、例え制限された魔法でも使いこなせる。そう言いたいのだろう。

 

「(あれ?それって、確か……!)」

 

しかしシエルは、その言葉にどこか既視感を感じた。父から、そのまた父から、代々家に継がれてきた例の本に、確かそのような記述が記されていたような……?

 

「魔導の深淵に近づく者は、如何なる魔法も使いこなすことが出来る」

 

そう話を続けながら、ブルーノートは重力を操ってカナの体を持ちあげ、同時にカナの身体に重力を集中させて締め上げていく。強烈な圧迫感を受けたカナからは悲鳴が上がり、ルーシィが彼女を案じるように呼び掛ける。

 

「逆に聞くが小娘。てめえの方こそ妖精の輝き(フェアリーグリッター)を使えるのかね?」

 

「あた、り……ま、えだ……!!」

 

押し潰される苦しみを受けながらも、ブルーノートに向ける鋭い視線を緩めることなく、途切れ途切れながらも告げる。しかしそんなカナの主張を、ブルーノートは真っ向から切り捨てた。

 

「太陽と月と星の光を集め濃縮させる超高難度魔法。てめえごときに使える訳ねえだろうが……!」

 

カナに向けて翳した掌を握りしめ、重力の力を更に強める。周りに蹲るガキどもと大差ない魔力しか持たない癖に、妖精の輝き(フェアリーグリッター)を使いこなせるなどと豪語した彼女に、苛立ちさえ覚えた。強まった重力を一身に受けたカナは、骨の軋む音と共にさらに悲痛な叫びをあげている。このままでは全身の骨に響き、命も危ない。

 

「安心しろ。その魔法はオレが貰ってやる」

 

そんな彼女の命すら躊躇することなく魔法ごと奪おうとするブルーノート。どうにかして助けなければと力むシエルだが、重力がさらに強くなっているせいか、まともな魔法を撃つことさえままならない。内心で毒づきながら、見ている事しかできない状況下。

 

「ウオオオオオッ!!」

 

それを変えたのはナツだった。一見すると起き上がろうと頭を上げ、それが叶わず落下すると同時に頭が地面へと埋め込まれた、ように見えたがそれは違う。頭……正確には口がある顔面を地に一度埋める事こそが狙い。

 

「火竜の……咆哮!!!」

 

顔を埋め込んだ状態で口から大量の炎を噴き出し、ブルーノートへと噴火の如き爆炎が襲い掛かる。直線状に噴き上がった炎に呑まれたブルーノートを見て、直撃を確信した一同。だがその炎で彼に与えたダメージは微量以下でしかなく、平然と立ちながらもこちらに苛立ちを帯びた眼光を向ける。

 

「邪魔だクズがァ!!」

 

ようやくお目当てのものを手に入れられるところだったのを邪魔され、尚も煩わしくなったブルーノートが振り払うように重力波を発生。ナツを始め、カナを除いた者たちが吹き飛ばされるが、狙い通りに事が運んだナツが、ニヤリと顔を変えた。

 

「ナイス、ナツ!!」

 

「行けーーーっ!!!」

 

ナツたちの方へと攻撃を集中させたことによって、カナが重力から解放。二度と訪れないであろうチャンスが巡ってきた。彼らの思惑に気付いたブルーノートがすぐさまカナへと視線を戻そうとするも、カナの方が一足早かった。

 

「集え!妖精に導かれし、光の川よ!!」

 

右拳を天高くに翳すと、右腕に刻まれた赤い紋章が先程と同様に黄金に輝き出した。その光は次第に術者であるカナ全体を覆うように広がり、暗雲立ち込める天空へと光の柱が昇っていく。その光が、空に充満しているかのように暗雲全体の隙間から、同じ色の光が差し込み始める。

 

空が……いや、その向こうに存在する星々が、光に呼応して輝きを放っている。幻想的なその光景に、仲間たちは釘付けとなっており、ブルーノートは信じられないものを見るかのように仰天を表している。

 

「照らせ!邪なる牙を滅する為に!!」

 

気付けば周囲の雨が止まり、暗雲が霧散し、燦々と輝く星空が旋回すると共に、カナの掲げる右腕の先を中心とした、巨大な光輪が天空に浮かび上がる。

 

「『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』!!!」

 

そして掲げていた右腕を振り下ろしてブルーノートへ向けると、天高くに浮かび上がっていた巨大な光輪が、地上へと降りてくると同時に濃縮。次第に更に小さくなっていき、最後にはブルーノートの胴体を締め付けた。

 

手を翳さなければ直視できぬほどの強烈な光。天空よりも遥か向こうに存在する、数多の天体の力を濃縮した、高密度な光のエネルギー。それらを一身に受けているブルーノートから、これまでには一切聞けなかった悲鳴が上がる。

 

これが、妖精三大魔法の一つ……その内の、最高火力を誇る魔法……!!

 

「消えろォオオ!!」

 

決死の想いを感じるカナの叫びと共に、光輪が更にブルーノートを締め付け、彼の身体全体に光が襲い掛かる。直に体を蝕む光を受けて更なる呻き声を上げ続けるブルーノートは……。

 

 

 

「落ちろォ!!!」

 

苦しみながらも地面に向けて掌を突き出すと、彼の身体に纏わっていた光が地面へと流れていき、周囲に黄金色の光が溢れ出るように充満していく。誰もがその光景に驚き、理解するのに遅れている内に、ブルーノートが逃がしたエネルギーが暴発。再び妖精たちは奔流に呑まれて吹き飛ばされてしまう。

 

そして妖精の輝き(フェアリーグリッター)を放ったカナは、地面から溢れ出たエネルギーによって弾かれるように飛び、同時に紋章が刻まれていた右腕から魔力が破裂したのか幾つもの傷が出来、血も吹き出した。後ろに力なく倒れこみ、放心した様子の彼女は、今起きた出来事が理解できずにいた。

 

()()()()妖精の輝き(フェアリーグリッター)だと?笑わせんな」

 

対するブルーノートは、正直なところガッカリしていた。目の前に現れた強力な魔法。使いこなせるわけがないと思っていた小娘が発動に成功し、その強大さをこの目で見れるどころか、その身に受けるという経験。もしかしたら、と期待していた。「飛べそうだ」と心の底から思った。

 

だが蓋を開けてみれば、彼にとってはそれほど強力には感じられなかった。ほとんどあっさりと捻じ伏せられたのがその証拠だ。カナに過った絶望と、ブルーノートの落胆を表現するかのように、先程まで消えていた暗雲と、止まっていた雨が再び戻ってきた。周囲を冷たくするような雨が支配する中、睨むように見下ろしたブルーノートは再びカナに近づいていく。

 

「いくら強力な魔法でも、術者がゴミだとこんなもんか?ん?」

 

「(そんな……)」

 

ギルドの者だから、カナはこの魔法を使いこなせると思っていた。しかし受け取ったばかりで本来の使い方などは知る由もなかった。最大限の使い方が出来なかったのか、あるいは単に力不足だったのだろうか?

 

「知ってるかね?殺した後でも“魔法”を取り出せるって」

 

しかし考えたところで後の祭り。目から涙が溢れ、表情に後悔と絶望が浮かび上がる。眼前に迫るはほぼ消耗が皆無な圧倒的存在。恐怖が襲い掛かり、彼女の身体は震えるばかり。

 

「か、カナ……!!」

 

飛ばされたことで遠く離されてしまった先。今にもブルーノートが無抵抗なカナを手にかけようとしている様子を目にし、シエルはすぐさま駆けつけようとする。妖精の輝き(フェアリーグリッター)が発動したいたどさくさに紛れて、重力は既に解けている。だが距離が遠い。このままでは間に合わない。

 

「お前は地獄に落ちろ」

 

そして力なく俯き、目を閉じて覚悟を決めた様に涙するカナへ、ブルーノートは翳した掌から、その重力の力を解き放った。

 

 

 

それと同時に、両者の間に入り阻む影が一つあった。一向に攻撃が届いてこない事に気付いたカナが目を開けると、そこに映っていたのは……小さな背中。

 

棚引く藍色のツイン―テールを持ち、カナの前に立って風で出来た竜の鱗のような盾でその攻撃を阻んでいるのは、この中の人間たちでは最年少の少女。

 

「ウェン……!?」

 

少女の正体・ウェンディの存在を認識した瞬間、カナは驚愕に目を見開く。そしてブルーノートは自分の重力で一切動けなくなってばかりだった少女が己の攻撃を防いでいるように見える光景に、驚きを表している。

 

「ううっ……く、くぅ……!!」

 

そして件の彼女は、両手を前方に突き出しながら歯を食いしばり、力み声をあげて盾に魔力を集中している。本来であればこのままブルーノートへと天竜の逆鱗を突き出してカウンターをぶつけたいのだが、攻撃が強力過ぎることで、そこまでには至れていない。

 

そして長時間に感じたその数瞬間は、突如終わった。拮抗していた重力と盾がそのまま互いに弾け、それによって生まれた衝撃波がぶつかり合っていた地点で発生。少女たちの身体を再び吹き飛ばし、ブルーノートの身体すらも後ずさらせた。

 

「ウェンディ!!」

「あの子、何であんなトコに!?」

 

彼女が間に入り、逆鱗を発動させていたのは目で見えていた。先程全員が吹き飛ばされた際、一番近い位置にいたのが彼女だ。それでも中々に距離はあったのだが、敏捷性上昇(バーニア)で自身の速度を上げて間に合わせたのだろう。そしてカナを脅威から守ろうとして天竜の逆鱗を使った。その結果は、目前の脅威を退ける事には成功したようだ。

 

「カナさん……大丈夫、ですか……?」

 

「あ、アンタ……何でこんな無茶を……!」

 

奴の……ブルーノートの力は何度も目にした為、嫌と言うほどわかっているはず。だと言うのに、こんな小さな身体で、下手すれば諸共押し潰されてもおかしくなかったのに、どうしてあんな真似ができたのか。カナには理解が追い付かなかった。だが……。

 

「何でも何も……仲間を、カナさんを守りたいって思ったら、身体が動いてました……」

 

そう言い切ったウェンディの、少し照れたような満面の笑顔にカナは言葉を失っていた。彼女は、ギルドの中でも一番の新人。ギルドで一人前になるために健気に頑張る姿を傍目で見ていた。まだまだ途上と思っていた彼女が、仲間(自分)の為に危険を冒し、身体を張って守る事を、当たり前に行った。

 

「誰かを守れるようになりたい」。その為に、彼女は己を強くしようと努力していた。まるで今、この時が、彼女の努力が実った瞬間のように見えて、シエルたちは黙してそんな彼女の笑顔を見ることしかできずにいた。

 

 

 

 

 

しかし時間もそう経たない間に、シエルたちに再び重力が襲い掛かってきた。それを仕掛けたのは……最早確認するまでもない。

 

「何度も何度も……どんだけ邪魔したら気が済むんだ。え?」

 

度々自分のやること為すことを邪魔する周りの有象無象に、いい加減辟易してきたと言いたげなブルーノートは、これまで以上に周囲に重力を込めていく。陥没する地帯が更に増え、かかる負担も比例して増していく。

 

「特に、何でてめえのようなチビガキが、オレの攻撃を弾き返せるんだ……!?」

 

そしてブルーノートは、ここで標的を変えてきた。これまでも散々イライラさせられてきたが、その矛先は一番小柄なはずのウェンディ。カナの傍らで同様に押しつぶされていた彼女の身を重力で持ち上げ、締め上げていく。

 

「っ!?やめろ、やめろォーーーっ!!!」

 

「ウェンディーーー!!!」

 

いの一番に反応したシエルとシャルルの叫びも空しく、ウェンディは今まで以上の苦痛を受け、最早悲鳴を上げる力すら残されていない。傍らで蹲るカナの悲痛な叫びも、ナツのもがくような声も、ルーシィやハッピーの悲鳴も、ブルーノートには一切響かない。

 

「跡形も残さず、潰してやる」

 

放たれたのは、ただただ、残酷な一言。

 

「ぁぁああああああアアアアッ!!!」

 

動かせない体、無力に苛まれる自分の才、そして目の前で消えそうになっている最愛の少女。

 

嫌な未来を想像してしまう自分に、それを打開できない自分に、そして絶望を押し付けてくる仇敵に、次第にシエルの内側から、黒い何かが侵食してくる。

 

 

 

それに伴い、シエルの視界に、その黒い何かが埋め尽くすように溢れてきて……。

 

 

 

 

そして……シエルの目の前が……

 

 

 

 

直後、真っ暗になった。

 

 

 

 

振りかぶった拳を叩きつけようとしていたブルーノートが、その異変に気付いた時には既に終わった後だった。

 

自分の重力に押しつぶされていながら、もう一人動く奴が存在するなど……しかもそれが小さい子供だなど、一切想像すらできなかったことだろう。あまつさえそれが自分の目に留まる事もなく、小さな体で繰り出された飛び蹴りによって、己の体が宙を舞うなど、考えることすらあり得ない。

 

だが、今まさに、それが現実で起きてしまっていた。

 

「……シエ……ル……?」

 

助けてくれた少年に違和感を覚え、顔を上げながら彼に呼びかけた少女も……。

 

「え……?」

「な、何だ……!?」

「どうなってるの……?」

 

起こりうる最悪の事態から免れたはずなのに、困惑から抜け出せない仲間たちも……。

 

「そんな……止められなかった……!」

 

雰囲気が変わった少年の姿を見て、何かを諦めたように呟く白ネコも……。

 

 

今のシエルは、どれもこれもが見えていない。唯一見えているのは……。

 

「……このガキ……変わった……!?」

 

今し方攻撃を与え、少しばかり吹っ飛ばされながらもすぐさま態勢を整えてこちらに目を向けている、倒すべき敵……ただ一人だけ。

 

 

 

それを映したシエルの双眸に、光はない。

 

さらにその顔には、怒りも悲しみも、当然喜びもない。

 

 

 

 

 

見開かれた瞳孔が、討つべき者を捉えて離さぬ。

 

 

「こいつァ……人間ができる顔じゃあねェな……」

 

 

まるで敵を討つことしか考えていない殺戮兵器の如き虚無の表情が、ブルーノートに向けられていた。




おまけ風次回予告

シエル「うう……ぐ、うぅ……!」

ナツ「シエル!どうしたんだよ、しっかりしやがれ!!」

シエル「グルゥ……!うーっ……!……く……!」

ナツ「どーなってんだ、まるで、獣みてーな……返事しろよ、シエル!」

シエル「う…うう……肉……!」

ナツ「……は?」

シエル「ハラ……減った……肉ぅ……!食わせろぉ!!」

次回『獣の目』

ナツ「腹減りすぎて獣っぽくなっただけかよ!?つか、紛らわしいっつーの!!」

シエル「にぃーーくぅーーー!!」

ナツ「っておい、ちょっと待て!?オレの方狙ってねーか!?オレは喰っても美味くねーって……!」

シエル「ガブッ!!(ナツの頭に噛みついた)」

ナツ「ギャアーーーーッ!!!?」


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第127話 獣の目

よっしゃ!前回の宣言通りに投稿完了!!
これで胸を張って堂々とキタ〇ミの里に行ってこれます!!←おい
で、誠に勝手ではございますが、来週の更新は休ませていただきます。←こら

余談ですが、ここ最近の話がシリアス続きまくってるせいで、おまけ風次回予告で空気壊すのに躊躇いが生じてきています。←
今回に至っては…読んでいただけた方が早いですね。それではどうぞ!






あ、ちなみにギルダーツさん。今回も出番まだなんでステイしててください。

ギルダーツ「えぇーーっ!!?」



シャルルは今の状況に対して大きく後悔していた。主に、何も変えられなかった自分の無力さに。

 

光を失い虚ろのように見えるが、開かれた瞼は限界まで縦に引き伸ばされており、その双眸が捉えるブルーノートを……狩るべき獲物を決して逃がさないようにしているように見える。対して目以外の顔のパーツは一切揺らいでいるようには見えない。喜怒哀楽……あらゆる感情が抜け落ちていると言っていい。

 

そして身体も、先程までブル―ノートを蹴飛ばすほどの威力を出した小さな身体は、今は両足で立ってはいるものの、どこかダラリと脱力させているように佇んでいる。しかし一見隙だらけのようなその姿勢を目にしながらも、ブルーノートの表情に油断は一切見られない。

 

豹変。そう言って然るべきな、少年シエルの身に起きた謎の変化。人によっては見たこともないであろうシエルの変貌。各々に彼の身に起きたことに若干の見覚えはありながらも、誰一人としてその核心を知り得る者はいない。

 

そしてシャルルもまた、見たことのある者の一人……否、正確には頭の中に、一度だけこの姿が浮かんでいた。

 

 

 

一週間前、S級魔導士昇格試験の発表があった直後、予知能力で浮かんだ幾つもの未来の映像。その中の一つに、その姿のシエルが映っていた。見覚えのなかった男が、背中を地に付けて倒れているのを、今のような目を浮かべながら、見下ろすイメージ。そして見下ろされていた男と言うのは、今シエルが標的としている、ブルーノートだった。

 

「(こいつを見た瞬間、逃げなきゃいけないと思っていたのに、そんな隙さえ与えられなかった……!こいつにさえ、遭遇しなければ……!!)」

 

予知に映っていた男。それだけでも奴との接触は避けるべき事だったのに関わらず、その男は敵の中でも桁違いにヤバい男だった。実力としても、内面としても。故にすぐさまこの場から全員で、特にシエルは避難させなければいけなかった。だが蓋を開けてみれば、有無を言わさず地に押さえつけられて、結果的には予知に近い状況になってしまった。

 

「シエル……一体、何が……?」

 

そして、全くシエルの変化に脳が着いていけていないカナの呟きにすら目もくれず、シエルはブルーノートの方へと一歩足を踏み出し、向かおうとする。

 

 

 

そして急に加速し、二歩目を踏みしめるよりも速く敵へと接近していった。

 

「ふん」

 

周りの味方たちが理解して驚愕を顔に出すよりも先に、いち早く察知したブルーノートが右手を前に翳して魔力を解放。超高速で迫っていたシエルの身体を地面へと縛り付ける。様子が一変して不意討ちを喰らわせられたものの、然程能力が急上昇したわけではなさそうと言うのがブルーノートの見解だ。さっきのは火事場の馬鹿力と言ったところか。

 

「二度もてめえの攻撃を食らうつもりはねえよ」

 

今後油断するつもりもなく、確実にシエルを仕留めるつもりでいる。小さな子供相手に大人げないなどと言う甘い考えなど、ブルーノートには持ち合わせていない。一切の反撃の隙も与える気はない。

 

しかしシエルを注視しながらも、警戒しながらも、次の彼の行動を見抜くことは出来なかった。徐に重力下でシエルが右の拳を器用に地面へと殴り入れたかと思いきや、そのすぐ後にブルーノートの足元にひびが入り竜巻が舞い上がる。男の身体を吹き飛ばすことは出来なかったものの、彼に意識外からの攻撃を加えたことで少なからず驚きが顔に出ている。さらにシエルは左掌を自分の腹の下に付けるや否や、その左掌が触れた地面に黄色い魔法陣が浮かび上がった。

 

「あっ!!」

 

「あれって……!!」

 

思わずウェンディが声をあげ、ルーシィたち仲間も反応を示した。エドラスでシエルが使っていた、対象を爆破させるための魔法陣だ。今回は地面に刻まれており、展開されてから数秒足らずでその魔法陣が光を放ち始める。だがあのままでは爆発に呑まれるのはシエル自身。なぜあのような行動を?と疑問が浮かぶ。

 

その答えはすぐに示された。魔法陣を起点として発生した爆発は強い衝撃を呼び、その衝撃によって、重力を浴びているシエルの身体は飛び跳ね、ブルーノートとの距離を一気に縮めた。呑まれた竜巻から、無理矢理脱出していたブルーノートは、先程とは全く違う魔法を使い、一気に距離を詰めたシエルに目を剥いた。

 

その隙を突いて体勢を立て直しながら膝蹴りを見舞おうとした少年。しかしその攻撃は反射的に腕でガードしたブルーノートに止められ、今度は真横に重力をかけられて少年の身体が逸れて飛んでいく。再び小さくなっていくシエルに追撃しようとブルーノートは構えるが、その意識は別の方へと向けられた。

 

「あ?んだ、こりゃあ……?」

 

膝蹴りを受けた方の腕に、先程地面に刻まれていたものと同じ黄色い魔法陣が浮かんでいる。見えた瞬間は怪訝の顔を向けていたブルーノートだったが、ついさっきの爆発した光景を思い出してすぐに理解した。まさか……!と頭を過った時には既に遅く、ブルーノートの身体は腕を起点として爆発。辺りを発光で照らす。

 

「な、何だよこれ……!シエルってこんな魔法、使えたっけ!?」

 

「あたしたちもよくは知らないの!シエル自身も、分からない事が多いって!!」

 

「シエル……!!」

 

目にするのが初めてだったカナの、驚愕と共に繰り出された問いにルーシィが答える中、何度目になるか分からないシエルの異変を感じたウェンディが、彼にまるで呼びかけるかのように呟く。しかし真横に飛ばされ、木々の中に投げ出されていたシエルにその声は届かず、重力から解放されて身軽になっていた少年は再びブルーノートに接近していく。

 

「ぜえ……ぜえ……何だってんだ、一体……!」

 

爆心地である腕から少しばかり血を流し、息を切らすほど消耗しながらも、ブルーノートはそれ以外の外傷をつけないまま悠然と立っていた。魔力が多いことで耐久もあったから耐えられていたようだが、それよりもブルーノートを動揺させていたのは爆発させる魔法が人体にも刻まれていた事だ。

 

「(あのボウズが瞬時に魔法陣を刻んだ?いや、そんな芸当が出来る状態には見えねえし、何よりそんな余裕も存在していない)」

 

腹が立つことこの上ないが、前例がなさすぎる為に男は冷静に少年が起こした行動を振り返る。自らが左手を付けた地面、そして膝蹴りを防いだ時に接触した腕。瞬時に振り返ったブルーノートは今も目の前に接近してくる少年の襲撃を、半身を翻して回避。再び攻め込まれる前に左の拳で小さな身体を殴り飛ばした。

 

地面を転がっていくシエルには目もくれず、ブルーノートは今しがた彼を殴り飛ばした左拳に目を向ける。そこに刻まれていたのは、予想通りの魔法陣。

 

「やはりか」

 

確信した。あの少年が意識せずとも触れた存在は魔法陣が刻まれ、爆発魔法をその身に受ける。そして今この瞬間も、触れた左拳を爆破させようと、カウントダウンが刻まれている、と言ったところだろう。そこまで理解したブルーノートだが、現状これを外部の人間が解除する方法はないに等しい。これではまんまと攻撃を食らう事と同義になるのだが、彼の行動は迷いなく素早かった。

 

「落ちろ!!」

 

左拳を叩きつけるように地面へと入れ、重力場を発生。すると直後、ブル―ノートの左拳に刻まれていた魔法が発動。爆発を起こすが、彼の足元の地面に衝撃が沈んでいき、ブルーノートの拳は一切ダメージが及ばなかった。火力が高かったシエルの爆発を力技で攻略してきたブルーノートに、妖精側の魔導士は驚きを禁じ得ない。攻略法などないとばかり思いこんでいた為にも見える。

 

「さて、これでてめえの妙な魔法は攻略したも同然だが……」

 

他に打つ手はあるのか?と言いたげにシエルへと問おうとするブルーノートだが、全く聞く耳を持たずに、シエルは何度目になるか分からないブルーノートへの突撃を再開。思わずため息が漏れそうになるのを耐えながら、ブルーノートはシエルの身体を滞空させるように重力を操り、縛り付けた。

 

「結局は馬鹿の一つ覚えか。さっきまでと違って脳味噌まで捨ててきたのか?あア?」

 

「シエル!!」

 

変わり映えのしないシエルの攻め方に飽きたと言わんばかり。触れることなく攻撃を加え、魔法陣を刻まれたとしてもその爆発を重力で流せば事足りるブルーノートからすれば、意外性はあったものの対応できれば単調で対処のしやすいもの。もうこのまま中空に浮かべたまま絞め殺そうかと考え、魔力を強めていく。周りに未だたむろしている他のガキどもの一人が声をあがると同時に、邪魔が今度こそ入らないように重力を再びかけておく。苦悶な声をあげながら周りが何とか動こうとしているが、土台無理な話だ。最早そんな気力さえ残っていないだろう。

 

だが、ブルーノートは失念していた。今、そんな彼の中にある常識を覆しかねない存在が、すぐ近くにいたことを。それをようやく理解したのは、周りに気を持っていかれて横を向いていたブルーノートのこめかみに、突如衝撃が走った時だった。

 

「……!?」

 

その事を理解するのに数秒要した。衝撃を受けた方向に目を向けてみると、自分を襲ったのはまずシエルであることを確か。だが問題はその方法。シエルの態勢は、頭を振りかぶって叩きつけた、頭突き後の体勢そのもの。つまりこの少年が行ったのは、自分のこめかみに頭突きを食らわせたことだと分かる。

 

距離は確かにそう離れていなかったが、重力で全身を縛られていたのに何故?そこだけが理解できていなかったのだが、それを解明するよりも先に、シエルは更に行動を移す。未だに滞空している状態で、重力もかかっているシエルの身体。彼は右足のみを横にのばすと、その踵部分に爆破する魔法陣を展開。そしてその直後爆発が発生し、その衝撃がまるで彼の右足をレバー代わりにするようにして、シエルの体を回転させる。そしてその衝撃のまま、ブルーノートのぐらついて無防備となった身体に右の回し蹴りを打ち込む形に。

 

「(そうか……!さっきの頭突きも、今の蹴りと同じようにしたのか……!)」

 

そしてすぐさま男は絡繰りに気付いた。さっき己に頭突きを叩きこんだ時は、後頭部付近に魔法陣を展開して、その衝撃で急接近させたものだと。触れてもいないのに体の近くにまで魔法陣を展開させられることは知らなかったブルーノートは、見事に虚を突かれた。

 

だがシエルの追撃は留まらない。重力場は未だに展開されている。まだ自分の本来の動きが行えない事を察知した少年は、構えた右腕の後ろ、右肘に一つ。そして背中にも一つ魔法陣を浮かべて瞬時に爆破。そのまま殴りつけようとしたのだが、僅かに対峙しているブルーノートの方が早かった。

 

迫ってきていたシエルの右腕だけを重力で縛り上げ、あらぬ方角へと向けさせた。身体の一部分にだけ、集中的に重力をかけることは、全体に満遍なくかけるよりも負荷が重い。加えて一気に体全体が空中を移動している以上、確実に右腕へのダメージは避けられない。下手をすれば骨が折れるか、最悪千切れて泣き別れになる程だ。それによって苦しみ、抜けきった無表情の顔が苦痛に歪む様を想像し、ブルーノートはほくそ笑む。

 

「……ぅうっ!!」

 

しかし、ここに来てずっと押し黙っていたはずのシエルが唸り声を上げながら、もう一度魔法陣を展開。今度はなんと己の背後全体。巨大な魔法陣を一瞬で作り上げた。さしものブルーノートも予想外、そのまた範疇の外な行動を起こされて「は?」と惚けたような声を発して硬直。そのまま爆発に乗って迫ったシエルは、右掌をブルーノートの顔面に叩きつけ、そこから次に雷の魔力をダイレクトに流し込む。

 

怯んだブルーノートに対して、シエルはすぐさま次に再び瞬時に爆破させて身を翻して回し蹴りを彼の右肩に。肩から衝撃を受けて向けられた背中を、両手を組んでそのまま振り下ろすように叩きつけた直後、そのまま膝を屈伸させて両足で蹴り飛ばす。

 

「(まずい……!そろそろあの爆発が来る……!!)」

 

体感的にはかなり長い時間を感じていたが、激しい攻防の最中ではそれほど時間は経っていない。だがブルーノートの身体に刻まれた魔法陣は現在全部で5つ。一個でもまともに受けた時はかなりのダメージを受けた。それが一気に5つともなると、さすがに危うい。すぐさま重力で爆発を逃がそうと、体勢を立て直しながら実行しようとするが……。

 

次の瞬間、ブルーノートの四肢を白い綿のような手が掴みにかかり、その動きを封じた。目を剥きながらも手が伸びている方向を確認すると、いつの間にか重力から解放されていたシエルが、背後から出していた雲を操り4本の腕へと変えて拘束している。感情が抜け落ちていたように見えたシエルの目は、ブルーノートにこういっているように見えた。

 

『今度は逃がさない』と。

 

「このガキ……!!」

 

これまで余裕を見せていたブルーノートも、今この瞬間においては焦らざるを得なかった。そしてその直後、これまでのものとは比にならないほどの衝撃と光量を発しながら、ブルーノートを中心に爆発が発生。その風圧で、中心にいる当事者二人を除く全員が、再び身体を宙へと舞わせる。

 

ブルーノートだけでなく、シエル本人でさえも巻き込みかねないほどの威力。さしものブルーノートもこれを受けては一たまりもない。

 

「よ、よく分かんねーけど……なんかすげぇ事になってんな……!」

「あい……!」

 

「そう呑気に言ってられるような感じにも見えないけれど……?」

 

吹っ飛ばされて、逆さまな状態で地面に着いたナツに、同じ態勢になったハッピーが同意を示す。ルーシィはあまりにも別次元に見える激突を見て呑気そうに見えたナツを指摘している。

 

「ぅ……あっ!シエル……シエルは!!?」

 

同じように吹き飛ばされていたウェンディは、爆心地の近くにいた少年が心配になり、体を起こすと同時にすぐさまその姿を探す。優れた五感を持つ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の特性を生かし、その視力で少年の姿を捕らえようと目を凝らすと、舞い上がった煙が徐々に晴れていくと同時にその姿を捉えることに成功。

 

 

 

しかしその姿は仰向けになって四肢を投げ出し、既に力尽きたように見える姿だった。対するブルーノートは胴や背中に爆発を受けたような跡こそみられるが、未だ倒れこむようには見受けられない、しっかりとした足取りで立っている。

 

「っ……!!シエル……!!」

 

その姿を見た瞬間、ウェンディは悲鳴混じりにその少年の名を呼んだ。だがそれで目を覚ますことはない。もう動くことが出来ないであろうシエルの小さな身体を見下ろしながら、ブルーノートは息を吐いていた。そして同時にこう思った。間に合ったと。

 

爆発する直前。ブルーノートは己に刻まれた黄色い魔法陣を、全開の魔力で追い出そうと開放した。頭に付けられた二つを受けてはさすがに危険。故に優先的に排そうと集中し、自分を拘束している雲の手に強制的に移し替えた。身体に付けられた三つに関しては間に合わなかったが、頭に比べれば些末な事。最悪の事態を免れただけマシと言える。

 

そして起きた爆発で、ブルーノートを拘束していた雲も破裂四散。結果的にはシエル自身もダメージを負う事になった。数量的にはブルーノートの方がダメージが大きいが、元々の地力に大きな差がある。割合では向こうの方が大きな被害だろう。

 

「まあどっちにしろ、いい加減くたばった事だろ。後は本命を……」

 

少年はここで力尽きた。そう確信して言葉を紡ぎ、本命の狙いである妖精の輝き(フェアリーグリッター)を手に入れようとカナに目を向けようとしたブルーノート。だったのだが……。

 

 

 

思わず彼は戦慄した。信じがたいものをこの目で見て、動揺を隠せなくなった。

 

「どーなってんだ、こいつは……!?」

 

ブルーノートだけではない。ほぼ遠目から見ていたシエルの仲間たちも、信じられないものを見ているような感覚に陥っている。

 

 

 

立っていたのだ。もう力尽きたと思われた少年が。相も変わらず見開かれた目をブルーノートに向け、感情を失ったかのような表情を浮かべながら、地の底から湧き上がってきたかのような唸り声をあげて、両脚を震わせることなくしっかりと、立っていた。

 

「嘘、でしょ……?」

「シエル、何で立てるの……?」

 

カナが、ハッピーが、他にも、声すら出せないほどの衝撃を受けている仲間たちが呆然とする中、唯一悔しそうに歯噛みをしている人物……否、ネコがいた。シャルルは彼の異常な姿から目を背けるようにして俯き、今この瞬間すら何も出来ずにいる自分を呪ってさえいる。

 

「何故だ?」

 

そしてブルーノートは、思わず問いかけた。雨とは別の要因から、冷や汗が溢れ出てしまうほどの何かを感じながら、ほぼ無意識に尋ねていた。

 

「てめえは一体、何なんだ……!?」

 

しかしシエルはその問いに答えない。誰の言葉も耳に入れず、ただ行動を起こすのみ。動揺を見せるブルーノートを視界に収めながら両手に雷の魔力を展開し、握り潰そうとする。だが、左掌のみが自由に動かせるのに対し、右掌は何故か力をいくら込めても握ることが出来ない。

 

「……?」

 

それに疑問を感じる反応を一瞬みせるも、すぐさま動かせる左手を使って無理矢理握らせ、その身に蒼雷を纏う事に成功。そしてブルーノートへ視線を戻した瞬間、彼に目にも留まらぬ速度の蹴りを腹に叩きこむ。

 

呻き声を上げるブルーノートにさらに2、3発蹴りを入れ込み、怯んだところを顎から蹴り上げる。がら空きになった身体には周りの雨を密集させて両手の指鉄砲を作り、砲弾へと変化させて打ち込む。

 

「チィ……!舐めんなァ!!」

 

しかし雨で作られた砲弾は重力で正反対の方向へと返され、シエルへと直撃。そのまま彼の身体も後方へと飛んでいく。だがブルーノートはその対処も束の間。再び体に刻まれた魔法陣が発動し爆発。またもダメージを受けることに。

 

「っつ……!くそ……!」

 

ついにその背中に地が付き、ブルーノートは思わず悪態をついた。彼はあまりにも強力すぎる魔導士故に、これまでも他の実力者と対峙しする度にあっさりと打ち勝ってきた。

 

だからこそ、彼は常に求めていた。己の強さに拮抗、または上回る程の実力者を。己が「飛べそう」と確信できるような、強大な魔導士との闘争を。

 

今のシエルは、何であろうか?自分に対抗し、一時的とはいえ追い詰め始めてきている。だがそれは、純粋な力と力のぶつかり合いではなく、異質で、歪で、不気味な存在を相手にしているような、求めていたものとは確実に違うと言い切れる、気持ち悪さが勝ってしまう勝負。

 

魔法がどうこうと言うわけではない。確かに触れただけで爆発させる魔法も脅威だが、特にブルーノートが不気味に感じたのはシエルが豹変した後の戦い方だ。

 

一見すると突撃一辺倒。フェイントもなく、警戒もなく、ただただ目の前の敵を屠ろうと襲い掛かってくる猛獣のような姿勢。しかしその爆発を活かして己の魔法を突破し、先程の天気を操る魔法も同時に使用できる。

 

最も異質さを感じたのは“リスクを顧みない”ところだ。今、シエルの右腕は恐らく、一部の骨が折れているか、ヒビが入っている。先程自分が右腕に集中的に重力をかけ、そこから脱する為に無理矢理に爆発で身体全体を移動させたことが、相当な負荷になっていたはずだ。豹変する前の少年が、利発そうな印象を持っていただけに、そのデメリットを考慮していないような行動をとる事があまりにも解せなかった。

 

そして今も。右腕の負傷を気にかけていない。それどころか、負傷していることに気付いていないのではと錯覚まで覚えさせられる。ブルーノートに爆発を最大限当てる為とは言え、躊躇いなく自分も巻き込まれるリスクも無視して敵を拘束したことも。本来なら、あり得ない事なのに。

 

「(いや、待てよ……?あのボウズの目……)」

 

だがそこまで考えていたところで、ブルーノートは思い返した。シエルが豹変した直後、自分で言っていたではないか。「人間ができる目じゃない」と。ここまで闘ってきた中で、ブルーノートはその異変の根幹に迫っている感覚を感じた。そうだ、間違いない。あれはまるで……。

 

「(野生に生きる、獣……見定めた獲物を捕らえるまで決して逃がさない、必ず仕留めると言う意思が込められた……獣の目……!!)」

 

猪突猛進に獲物との距離を詰め、持ち得る武器の全てを活かし、仮に自分の身体がどうなったとしても空腹に勝るものはない。必ず仕留めて喰らい尽くす。その姿勢を見せる獣と、今のシエルの目は、同じだった。

 

左の掌を掲げて天空に雷の魔力を撃ちあげながら、一歩ずつ近づいてきたシエルがブルーノートの前に迫る。見上げたブルーノートはその姿を見て、自分の中にあった予想が確信へと変わった。

 

「うぅ~~~……!!」

 

感情が抜け落ちたと思っていた顔は、気付けば別のものへと変わっていた。瞳孔が開き切った猛獣と同じ目でブルーノートを睨むその少年の表情も、命を奪うべきと言わしめる感情を持った獣そのもの。絶対に獲物を取り逃がさないと言う覚悟すら秘めていると言ってもいい彼のその目は、僅かな隙さえも獲物(ブルーノート)に与えないと、言いたげであった。

 

本来であれば誰もが委縮し、畏怖を覚え、恐怖に慄く少年の変貌。ブルーノートも、最初こそその異質さに動揺し、得体の知れない気持ち悪さを感じていた。

 

 

 

 

 

「上等じゃねえか、ボウズ……!」

 

しかし今は、もうどうだってよかった。敵を潰す為、狩る為、殺す為。その為には人の身を捨てて獣にだってなり得る。それ程の覚悟なのだと、ブルーノートは勝手に解釈することにした。思わず己の口が、吊り上がるのを自覚する。

 

「だったらとことん、やり合おうじゃねえか……てめえのその妙な魔法も、今となっちゃ気に入った……!」

 

目の前の少年について理解が追い付けば追いつくほど、内側に溢れていた嫌悪感は拭われていった。単純な事だ。人と言う生き物は得体の知れない者に対して恐怖感を抱く生き物。何を考えているのか、どんな素性を持っているのか、同じ人間相手でさえ、得体の知れない者には言いし得ぬ恐れを抱いてしまう。それが徐々に抜けていけば、残るのは真っ向からぶつかり合う獣の子と、思わぬ掘り出し物となる魔法。

 

「ルールは至ってシンプル……!どっちかが死んだら、決着だァ!!!」

 

狂ったような歓喜の声をあげると共に、ブルーノートはシエルの小さな身体を重力によって上空へと軽く飛ばす。打ち上げられたシエルはすぐさま反撃と言いたげに、天空に溜め込んでいた雷を一気に放出。地上にいるブルーノート目掛けて落としていく。対して目にも留まらぬ速度の雷に対しても一切焦りを見せず、重力で軌道を逸らして周りに着弾させるブルーノート。

 

「これが噂の“天の怒り”って奴か。成程、てめえが神衣(かむい)の魔導士の弟とやらか……!!」

 

さり気無く告げられた事実に意識を向ける余裕さえ、今のシエルには存在しない。右腕を振りかぶって待ち構えるブルーノートに対し、シエルは態勢を整えて右足を高く上げる体勢をとる。そして重力の籠った男の拳と、爆発で勢いづいた少年の踵落としがぶつかり合う。少しばかり拮抗した直後、男の拳に刻まれた魔法陣が爆発。互いに弾かれるようにして距離を置く。

 

だが直後ブルーノートが今度は左の拳を振りかぶり、視認したシエルは低い身長を活かして屈みながら懐に潜り込み、腹部に膝蹴りを叩きこむ。少し呻きながらもブルーノートは逆に肘でシエルの小さな身体を背中から叩きつけ、重力で再び縛り付ける。

 

「どうした!!こんなもんか!?」

 

肘と腹に浮かんでいる魔法陣など最早気にした様子のないブルーノートは、挑発するようにシエルへと問いかける。地に沈んだまま動けない状態にある少年は、本来ならそう簡単には対処できずにいるだろう。

 

「グ……グルゥ!!」

 

だが唸り声と共にシエルがとった行動は、ブルーノートも乗る程の広い魔法陣の展開。

 

「……マジかよ」

 

思わず零れた言葉と共に、辺りに何度目になるか分からない爆発が起こる。それが発生するたびに地形は変わり、周りの仲間たちの身体が吹き飛びそうになる。

 

「あ、あんな化け物と渡り合ってる……!」

 

「あい、そこはスゴイこと、だけど……」

 

そんな周りの仲間たちは、最早戦いと言うよりも獣同士の殺し合いとでも表現して差し支えない二人の激突を目にし、戦慄を感じる事しかできずにいた。激突自体は元の魔力が高いブルーノートと、得体の知れないシエルの力が拮抗してとてつもない衝撃を生み出し、踏み入る事も許されない状況を作り出しているが、正直彼らには一切安心が出来ない。

 

「ああ……まるで、シエルじゃねえみてーだ……!」

 

「このまま放っておいて、ホントに大丈夫なの……?」

 

いつもならとてつもないぶつかり合いを見ると興奮し、高確率で「オレも混ざろー!!」と殴りかかって返り討ちにあうパターンが多いナツでさえ、今見えるシエルの異常さを目にし、そのような感情が浮かばなかった。カナも同様だ。豹変したシエルを野放しにしても、本当にいいのか、躊躇われる。

 

そしてそんな仲間たちの中でも、ブルーノートを倒すこと以外考えている様子が見られないシエルの姿を見て、不安そうな表情を浮かべている少女と、無力感に苛まれている白ネコ。

 

「……シャルル……私たち、何も、出来ないのかな……?」

 

「……」

 

見ていられないと言いたげな声を漏らし、近くにいる親友に問いかけるウェンディに、シャルルは無言を貫いた。いや、この場合何も言えなかったと言う方が正しい。どうにかしてあの予知の通りの未来を回避し、シエルの異変も、仲間の危機も避けたかった。しかしブルーノートに遭遇した時点で、あの未来は確定していたのではと思ってしまう。自らの頭をフル稼働させはしたものの、大した作戦は浮かばず。真正面からブルーノートに叩き潰される予感しかなかった。

 

そして今のこの状況さえも、最早自分たちが何をしようと覆らない。そう断言できてしまう絶望的なものとなっていた。

 

「このままじゃ……シエルが……!!」

 

何も言葉を発さないシャルルの姿を見て、彼女でもどうにもできないと言外に言わされたと理解したウェンディ。しかしこのまま蚊帳の外でいてもいいのか。シエルをあのままにしていいのか。ウェンディは今までの中でも殊更大きな焦燥感に駆られていた。

 

何度目になるか分からない、爆発と重力のぶつかり合い。片や狂喜に塗れた表情で、片や獣が浮かべる形相で、互いに身体をボロボロにさせながらも、未だその攻防の苛烈さは止むようには見られない。

 

「いいぞ、もっとだ!!まだ簡単に死んでくれるなよ、ボウズ!!」

 

いくら潰れても爆破で戻り、己に何度も攻撃を加え、その破壊力は他とは桁違い。思わぬところで見つけた自分を楽しませてくれる逸材に、感謝すら覚えながらブルーノートは力を振るう。今もまた、殴り飛ばした直後にがら空きになったところへ天からの雷を落として、さらに追撃の爆破。何度重力で衝撃を逃がしたかもう数える事すら辞めていた。余計な事を考えて、飛ぶことを逃したくはない。

 

そして膠着状態に似た戦況に、シエル自身はもううんざりしたのか、勝負を決めに来た。“天の怒り”の雷を一つ、掲げた右腕に落とすとその右手が雷を纏ったものへと変わる。そして振りかぶりながら飛び出し、右肘に黄色い魔法陣を展開した。

 

恐らくこれまでの中で一番の威力。それも、完全に己の右手を捨てる未来を度外視した、イカれた強化方法。それが尚更、ブルーノートの気を昂らせた。

 

「シエル待て!それはやべえ!!」

 

何をするつもりなのか、目のいいナツがすぐさま気付いて声をあげるも、彼の耳には届いていない。届いてたとしても、きっと止まらない。ナツの焦った声によって仲間たちに今まで以上の緊張感が走る。

 

必死に呼びかける仲間たちの声など気にかけず、シエルは倒すべき敵にその右手を叩きこもうと力を込める。さっきは上手く握れなかった右手が、今度は動いたことを確認し、思い切り握りしめて遠慮なく叩きこもうと動かす。右肘に備えた魔法陣の爆破を起動し、その準備を整えた。目の前にいる男の顔面に、叩きこもうと動く。

 

 

 

 

 

「シエルッ!!!」

 

()()()()()()()()()()()……シエルは己の身体が止まったのを自覚した。止まったのは、自分が止めたからではない。止められた。誰に?違和感を感じて振り向いた後ろを見れば、振りかぶっていた自分の右腕を、両腕で抱えるように抱きしめる形で止めようと、必死な形相でしがみつく藍色髪の少女の姿が、目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウ……ェン、ディ……?」

 

 

 

 

 

 

 

微かに呟かれた声が、彼女の耳に届いた直後、少年少女に爆発が襲い掛かった。

 

「シエルー!!」

「ウェンディー!!」

 

誰が、どちらの名を叫んだのか。誰にも知る由がないだろう。あるいは全員だったかもしれない。

 

ただ、全員が願ったことは一つ。彼らが無事でいてくれること。

 

 

爆発で再び巻き起こった土煙は雨で洗い流され、その姿を鮮明に写し出していく。遠くからでも一番近くに見えるのはナツ。自慢の目を駆使して、小さな二人を必死になって探していると……。

 

「あ、いたぞ!!」

 

その姿を捉えることが出来た。だがまだ安心しきれない。今の爆発に巻き込まれた様子から、本当に無事でいてくれているのか、確証がないからだ。シエルが上向きで下側に、ウェンディが下向きで上側に、重なるようにして倒れこんでいる。まだ二人とも動く気配がない。だが、一人は確実に意識がある事は発覚していた。

 

「……俺は……何して……?」

 

キョトンと、先程までの獣のような形相は鳴りを潜め、普段通りの人間らしい顔を見せている少年だ。だが先程までの記憶ははっきりと残っていないのか、状況が理解できずにいるらしい。しばらく放心していたシエルであったが、自分の上に倒れこんでいる少女の姿を目に収めると、思わず彼女に呼びかけていた。

 

「ウェンディ……?」

 

ぼやけてはいるが、微かに覚えている気がする。彼女が危機に晒され、助けたくても助けられず、無力感に苛まれたあまりに怒りを募らせたとき、視界が黒くなって、何も見えなくなった。だが気付けば彼女が自分の名を叫ぶ声が聴こえて、その姿を見つけた瞬間、視界が戻った。

 

彼女が、引き戻してくれたのだろうか?しかし呼びかけた彼女は、ピクリとも動く様子が見られない。

 

「……ウェンディ……!!」

 

嫌な想像が浮かび、もう一度焦りを孕んで呼びかけると、「ん……」と可愛らしい声が耳に入る。そして上げられた顔についた細く開かれた両目がこちらの姿を捉えると、その目が次第に大きく開かれる。

 

「シエル……私の事、分かるの……!?」

 

「……うん……」

 

そして彼女に問われた言葉に戸惑いながらも、正直に答えるとウェンディの表情が今度は柔らかくなり、安心したような笑顔へと変わっていく。目元には潤んだ光さえ見えていた。

 

「良かったぁ……!!シエル、もう、戻ってくれないんじゃ、ないかって……!!」

 

そして溢れ出てくる涙。それを見たシエルは彼女に心底心配させるほどの事をしてしまったのだと、後悔を抱えた。まだ霞みがかったようにぼやけているのが、尚更シエルにもどかしさを覚えさせた。

 

「ごめん、ウェンディ……俺、何て言ったら……」

 

言葉に詰まり、捻り出すことも出来ず迷っていたシエル。だが、目に入ったあるものを見た瞬間……

 

 

 

 

 

シエルは、絶望を味わった。

 

「……え、ウェンディ……それは……!?」

 

 

 

 

シエルが目にしたのは、彼女の両腕と胸に刻まれていた、黄色の魔法陣。

 

 

 

度々自分が制御できないまま発動させていた、爆破の魔法だった。

 

「……!!」

 

息が詰まりそうになった。今まさに、ウェンディは自分の体に触れている。先程までの自分の状態が、この魔法陣を繰り出す条件を満たしている状態だったのだとしたら、最悪のタイミングで、彼女は自分に触れてしまった事になる。

 

「っ!……あ、あの、これは、えと……!!」

 

ウェンディも今、自分の状態に気付いたようだ。思わずシエルから離れて立ち上がり、自分の身体に刻まれた魔法陣を見て狼狽している。慌てた様子で言葉を探しているようだが、現状で分かっていることは自分の力がウェンディの命を危機に陥れている事だ。

 

シエルは今も忘れられない光景が今まさに蘇っていた。エドラスで魔法が使えず、王国の兵士に捕えられそうになった時。魔法が使えないはずの状態で何故か発動したその力。そしてその力は、場合によっては人の身体を失わせるほどの、強力で凶悪なもの。

 

魔力が高い者ならばある程度は脅威ではないようだが、ウェンディはその限りではない。完全にコントロールが出来るようになるまでは、細心の注意を払っていた。だと言うのに……!

 

「そんな……俺が……俺のせいで、ウェンディが……!!」

 

一刻も早く、解除しなければ。しかし満足に発動させることすら上手くいかなかった現状で、解除の特訓も出来てすらいない。ウェンディの防御力を上げる補助魔法をかけても、どこまで効果があるか分からない。

 

訳も分からず、怒りに呑まれて、暴走させなければ強敵に太刀打ちできない自分の未熟さを、ここまで心底恨めしく思ったことはない。自分の弱さが、結果的に最愛の少女を危険に陥れるなど、絶対に避けたかった。だが出来なかった。何の対処法も浮かばぬまま、シエルは呼吸を乱し、頭を抱える事しかできない。

 

魔法陣が光り出し、自分の身に起こる未来に焦燥を感じたウェンディは、自分以上に絶望を表しているシエルの姿を目にして、一つの決断を下した。

 

「シエル……よく聞いて……?」

 

震えそうになる声を、努めて平静に落ち着かせながら、ウェンディはシエルへと言の葉を紡いだ。シエルはこの後の言葉を予想する。助けを求めるか?諦めか?それともこの状況を解決できない自分への失望か?如何なる言葉も甘んじて受けるが、それでも彼女の無事はもう約束されない絶望感を抱えたシエルに……。

 

 

 

 

 

「シエルは、何も悪くないよ」

 

彼女が送ったのは、シエルが全く予想できなかった言葉だった。自分の力が、この状況を作り出しているのに、一体、何を……?思わず顔を上げて彼女の表情を見てみると、今彼女が置かれている状態からは考えられない、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「これはね、私が、シエルを助ける為に、自分で選んだ行動で起きること。さっきまでの……ううん、今までのシエルが、みんなを助ける為に無茶な事や、自分が傷つくことも怖がらないで立ち向かった事と同じ」

 

事実、その通りだ。暴走していた為に己の身体がとことん壊れるまで、ブルーノートを仕留めることのみが、彼の中に残っていた。それをウェンディが飛び込んだタイミングで止められなかったら、もっと手遅れになっていた可能性もある。そしてその行動に、彼女は後悔を感じていない。

 

「私ね、ずっとシエルに助けられてばかりだった。そんなシエルに恩返ししたくて、いつか、絶対にシエルを助けてみせるって、守ってみせるって思ってた。今日、それがようやく叶った……」

 

一歩一歩、ウェンディはシエルから離れるように下がりながら、彼に向ける笑みを変えずに語り掛ける。自分に降りかかる爆発から、シエルをなるべく遠ざける為なのは、すぐに気付けた。そしてその言葉に、嘘は一切ない事にも。

 

「シエルにばかり無茶をさせたくない。シエルが抱えている重荷を、私も一緒に背負いたい。だからね、これくらいは私にも背負わせてほしいな」

 

魔法陣の光がより一層強くなってきた。もう、いつ起動してもおかしくはないだろう。ウェンディはそれを察知して、一言「アーマー」と唱えると彼女の身体が光に包まれる。覚悟を決めた、現れなのだろう。これまで誰かの為に己を犠牲にしていたシエルの痛みを、少しでも分かち合う為に。

 

「ウェンディ……!!」

 

「大丈夫。私だって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だもん。何にも心配いらないよ」

 

自らに降りかかった理不尽な運命を受け入れたウェンディに、シエルは涙を浮かべながら、呼び戻すように体を起こして手を伸ばす。対するウェンディは、シエルを只管安心させるように、不安など一片も無いと言いたげに、優しく堂々と言い切った。そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル……私を信じて」

 

弾けるような満面な笑顔。それを浮かべると同時に、強まる魔法陣の光。彼女へと手を伸ばすシエルの姿も、彼女の名を叫ぶ仲間たちの姿も、辺り一面をその光は包み込んだ……。

 




次回『その力の源は』


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第128話 その力の源は

大変長らくお待たせして、申し訳ありませんでした。
約三か月ぶりの投稿。時間が上手く確保できない上に難産が続く当作品。まだ読んでくれている方々がいるか不安な気持ちもありますが、取り敢えず今回の更新で、再び再開だと言えるよう、これからも精進していきます!

次回予告は、また後程更新させていただきますね。

【12/17 0:36】
次回予告更新完了です!


周囲を埋め尽くす光。発光で包まれたその只中にいながら、己の目を覆って庇う周りと異なり、爆心地となった少女がいたであろう場所から、一切目も背けず閉じようともしないままシャルルはただ絶望の表情を浮かべるばかりだ。

 

ただ一人、正気を失い暴走していた少年を止める為に飛び出し、己が身を犠牲にしてでも彼を救った少女……ウェンディ。その相棒である彼女に降りかかった、残酷な結末。彼女に異変が起きた瞬間に、目の前に起きた現実が受け止められなくて、ずっと膝を折って呆然自失となってしまい、何も出来なかったことを今更ながらに後悔している。

 

いや、どちらにしてもシャルルに出来たことは、何も無かっただろう。圧倒的な力を持つ強大な敵。その敵に対して理性を捨てて本能のまま喰らい付いた少年。そんな彼を無我夢中で止めようとした相棒。その結果で発生した事故のようなものを、シャルルは防ぐ術を持ってなかった。

 

「そ、そんな……!」

「嘘だ……!」

「……ウェンディ……!!」

 

何の言葉も紡ぐことが出来ずに固まるシャルルの耳に、同じように絶望を現したような仲間の声が届いてくる。そんな声にさえ、今は反応できる余裕すらない。ただただ、相棒を失った事実を受け入れられず、喪失感に苛まれるままだ。

 

徐々に光が弱まっていき、辺りの光景が映り始めていく。周りの仲間は目を開け始めた頃だろう。しかしシャルルは対照的にその目を深く瞑って視界を閉ざした。この光が完全に収まった時に見えるであろう光景を、目にしたくなかったから。

 

「(ウェンディ……!シエル……!私……私……何も……!!)」

 

残酷に突きつけられた現実。ただただ背けたくて、受け入れたくなくて、相棒の少女とパートナーだった少年への無力からなる罪悪感や、失った事への絶望感で、彼女自身の心も壊れかけていた。最早、自分自身がどのような思考に陥っているのかさえ、理解できない。

 

 

 

 

 

今の彼女の中にあるのは、もう取り戻せない二人への、虚しい思いのみ……。

 

 

 

「シャルル!シャルル!!目を開けて!あれを見て!!!」

 

どれだけの時間が経ったのか分からなくなった頃。己の耳に入ってきたのは、どう呼びかけるハッピーの声。目を開けたところで、何になるのか。そう反論を返そうとしたシャルルに、更に畳み掛けるように彼は告げる。

 

「シエルとウェンディだ!二人とも生きてるよ!!」

 

その言葉が、反射的にシャルルの閉じた目を開かせた。固く閉じて闇の中に置いてあった視界が、徐々に鮮明なものへと戻っていき、先程まで少年少女がいた場所を映し出す。そこに見えたのは、先程まで嫌でも想像させられた、見るも無残な姿になった小さな命たち……ではなかった。

 

 

 

 

 

固く少女の身体を抱きしめて彼女を助けようとしていたことが分かる少年と、光が収まったことではっきりした視界と現状に大きく目を見開いて呆然と少年の抱擁を受け止めている少女。二人とも地に膝を着けている態勢ではあるが、ウェンディにかかっていた爆破が起動した時と外的状態は変化していない。

 

強いてあげるとすれば、彼女に刻まれていたはずの黄色い魔法陣が一つ残らず消えていた事のみだ。

 

「あれ……。私……」

 

「!ウェンディ!?何ともないの!?」

 

状況の理解が追い付かないまま、思わず口から零れたウェンディの声を耳で拾ったシエルが、閉じていた目を一瞬で見開き、即座に背中に回していた手を彼女の両肩に置いて身体を離し、目を合わせて呼びかける。ウェンディ自身も混乱から抜け出せていないようで、自分の身体に刻まれていたはずの魔法陣が消えていたことも含めて確認した直後、困惑を露わにしながらも「うん」と一つ頷く。

 

何が起こったのか。正直なところさっぱり分からない。だが、彼女が今無事であったことが、シエルにとっては何よりも大きな喜びだった。

 

「よかったっ……ホントに……!ウェンディに、何ともなくて……!!」

 

「ひゃっ……!?」

 

その喜びと安堵によって息を吐きながら、シエルはウェンディの身体を引き寄せ、再び固く抱き寄せた。ほぼ前触れもなく、肩に置かれていた両手を背中に回されて密着された為か、ウェンディの顔が朱に染まり、今度は別の意味で彼女は困惑を現した。

 

だが、抱き締めている少年の身体は小刻みに震えていて、自分を抱き寄せると言うよりも縋りついていると例えた方が正しい、とまで言えるほどだ。それに気付いたウェンディは察知した。彼は、怖かったのだ。シエルのせいでウェンディが酷く傷ついてしまうか、最悪の場合命を落とすことになったのではないかと。だから、彼女が無事だと気付いて、とても安心したが故の行動なのだと。

 

「俺、君に何かあったら……どうしようかと……!!」

 

「……うん、私はこの通り……大丈夫だよ……」

 

気恥ずかしさは残っているものの、それを理由に邪険にするような性格ではない。ウェンディは震えるシエルを落ち着かせるように、己の無事を証明するのも兼ねてシエルの背中に手を回した。

 

「一体、どうなってんだい……?」

 

「分かんない……けど、あの爆発魔法はシエルしか使えないから、シエルが解除したんだとは思うけど……」

 

遠目に二人の様子を見ていた面々の内、カナやルーシィはただただ呆然としていた。ウェンディに仕掛けられてしまった魔法が、気付けば解除されて不発に終わり、その後の発動もする気配がない。魔法の解除が出来るのは普通に考えれば魔法を使用できる本人。だがシエルはまだ使いこなせていないはず。何故解けたのか?その疑問が彼女たちに浮かぶ。

 

「いいじゃねーか細けー事は!!ウェンディは無事だったんだからよ!!」

 

「……あい!そうだよね!ね、シャルル!!」

 

そんな中、結果の方に重視したナツが仲間たちへと声を発し、その言葉にハッピーも同調する。魔法は不発。つまりウェンディは一切傷を受けることもなく無事だった。ハッピーに呼びかけられたシャルルも、涙を浮かべながらも安堵を表情に浮かべてハッピーに振り向き、頷いた。

 

「(けど、どうして発動が止まったのかな……?)」

 

共に安堵を感じながらも、ルーシィはこの結果に終わった理由を模索していた。誰もが悲惨な結末になるだろうと絶望していた。何故爆発が起きなかったのか。否、爆発自体は強烈な光が起きたことで発動……あるいはその直前までいっていた。それが急に不発に至ったのは何故か?己の胸中で考え込むルーシィの脳裏に、それは唐突に浮かんだ。

 

幼い頃の、まだ健在であった母が優しい声で何かを伝えてくれている、記憶の一端が。

 

「(え?何で、ママが……?)」

 

何の前触れもなく浮かんだ母との幼き記憶。母の記憶に、シエルの力と何か関係が?更なる混乱と疑問が浮かぶも、現実の時間は動き続けている。しばらくの間、互いに固く抱擁を交わしていた少年少女の内、徐々に現実へと頭が引き戻されてきた少女の顔が、再び赤く染まり始め、表情もどこか気まずさを感じるものへと変じていく。

 

「あ、あの……シエル?このままだと、ちょっと動けない、かな……?」

 

少しばかり上ずった声で、密着しているが故に耳元へと送られるウェンディの声を聞き、シエルもようやく現実へと引き戻された。正気に戻ったと言ってもいい。そしてその直後……ほんの0.1秒にも満たない本当の一瞬の内にシエルはウェンディ以上に顔を真っ赤に染めて彼女の身体からすぐさま離れた。

 

「あ!ご、ごめん!イヤだったよね!!気付かなくてホントごめん!!」

 

「ち、違うよ!?イヤなんて全然!!ただちょっと、その、恥ずかしかったと言うか……」

 

二人揃って先程の自分たちの光景を振り返り、物凄い気まずさと恥ずかしさを感じて、さっきとは違う意味で混乱の真っただ中へと入り込む。だが、状況を整理したと言う事は、冷静さも取り戻したと言う事。まだ互いに若干顔が赤いままで俯いてしまったが、ウェンディに刻まれていた魔法陣が発動する前に消えたことは、やはり疑問として提示する必要がある。

 

「多分……シエルが解いてくれたんだよね?」

 

「そう、なのかな……?何かしたって感覚も、特に……」

 

シエル自身も、あの時は無我夢中だった。ウェンディの身を滅ぼしてしまう恐怖で冷静な判断が出来なかったはず。その為に覚醒したのか?と言う推測すらも怪しい。シエルに一切の心当たりが存在しない以上、ウェンディの魔法陣を解除したのはシエルなのか、はたまた別の要因か、まだ不明な点が多い。

 

すると、俯かせていた顔を上げたウェンディが、シエルの顔を見てある事に気付いた。これまでの不明な点が一気に吹き飛ぶほどの、目に見えて変わった、とある部分。

 

「シエル、髪が……」

 

 

 

 

 

だがしかし、ウェンディの言葉はそこで途切れさせられた。前触れもなく突如体に負荷がかかり、地面へと押し付けられる感覚。心当たりは、一人しかいない。

 

「あ、あいつ……!」

 

正直、しくじったとシエルは胸中で吐いた。脳内はウェンディの身の安否でいっぱいになっていた為、まだ眼前の強敵が動けることを、完全に失念していたことを。

 

腕を組み、ほとんど表情が変わっていないものの、雰囲気から機嫌を損ねていることは明らかだと感じられる面持ちで、こちらに近づいてくるその男・ブルーノートの存在を。

 

「おいガキ……またもオレの邪魔をしてくれやがったな……?」

 

そしてその視線は、自らが重力で押し潰している子供の片方。先程も自分が起こす行動の邪魔をしてくれた少女へと向けられている。そこに込められている殺気にも似た鋭い感情は、少し前と比べても段違いだ。

 

「もう少し……あと少しで、飛べるとこだったかもしれねぇってのに……」

 

押し潰されて動けずじまいになっている様子のシエルをちらりと見ながら、ブルーノートはまるで落胆さえ思わせる言葉を告げた。ついさっきまで自分が扱う重力下をものともせずに動き、特攻を仕掛けながら激突を繰り広げた少年。しかし今の彼にはその時に感じた覇気など、まるで最初からなかったかのように見えなくなっていた。むしろ、身体の消耗はきちんと積み重なっているのか、暴走以前よりも抵抗力が感じられない。

 

「ボウズも元に戻っちまって……何から何まで気にいらねぇ。小娘ってのはどいつもこいつもイラつかせるのが得意みてーだな……!」

 

言葉からも声からも苛立ちを感じるように言ったブルーノートは、その直後に手を翳してシエルにかけた重力を上へと転換。フワッと一度浮いたシエルはその後横へと重力をかけられて弾かれるように飛ばされて少し離れた場所へと転がった。

 

「シエ、あぐっ……!?」

 

突如飛ばされた少年へと振り向き名前を叫びかけたウェンディは、何度目になるか分からない強力な重力場をその身に受けて、またも陥没した地面に埋められてしまう。悲鳴さえも上げることが出来ず、徐々にその重力が強くなっていく。

 

「だが、てめぇは随分ボウズに気に入られてるみてーだな」

 

ブルーノートの脳裏には、先程までの暴走したシエルが呼び起こされた際の情景が焼き付いていた。今自分が押し潰している少女を手にかけようとした瞬間、少年が纏う雰囲気が変わった。そのシエルが元の状態に戻ったのも、ウェンディがその身を挺して引き止めたからだ。つまりは……。

 

「逆に言やあ、てめぇを消したらボウズを止めれる奴はもういなくなるって訳だ」

 

今度の今度こそ。ウェンディが消滅すればシエルは先程の暴走を引き起こしたうえ、最早誰にも止められない凶暴な獣へと変わる。そうすれば、さっきと同様……否、それ以上に滾るぶつかり合いを味わえるはず。

 

「ま、待ちやが……ぐはっ!!」

 

それはシエルたちだけでなく、ナツを始めとした、傍観側になっていた者たちも感じ取れたのか真っ先に阻止しようと動く。しかしナツは勿論のこと、他の者たちもまとめて、再びブルーノートによって地に沈められて身動きが取れなくなる。

 

シエルはさっきのようには動けない。ウェンディも自力の脱出は不可能。一番動ける可能性の高いナツでさえ、今回ばかりは厳しい様子。それでも、諦める事だけは、出来なかった。

 

「(やらせるか……!今度こそ、妖精の輝き(フェアリーグリッター)で……!)」

 

ナツたちと同様に地に縫い付けられているカナは、ウェンディへと意識を向けている今なら、きっと妖精の輝き(フェアリーグリッター)を当てられると信じ、再び右腕に魔力を込め始める。こちらも体力は厳しいが、四の五の言っていられる状況ではない。

 

それに先程ブルーノートにやられかけた時に、ウェンディには守ってもらった恩もある。それを返すよりも先に死なせてたまるものか。抱える数多の感情に直結する、ブルーノートを倒すと言う事項を果たす為、カナは精一杯右腕に集中する。

 

 

 

だが、その途中で、カナは違和感を覚え、そしてその正体に気付いた。

 

 

 

─────発動、しない……!?

 

破裂した様に鮮血が飛んだ跡が残る右腕を見れば、そこには初代マスター・メイビスに託された証拠の紋章が、消滅していることに気付いた。それが示す残酷な現実。

 

カナはもう、妖精の輝き(フェアリーグリッター)を撃てなくなっていた。一回限りのとっておき。それはブルーノートに落とされた時点で、使用権が失われたことを意味していた。

 

「よく見ておけボウズ。こいつが跡形も無く消えるところを」

 

「やめろ……!ふざけんな……!!」

 

己の身に起きた事に気付いたカナが絶望する最中、ブルーノートはウェンディにとどめを刺そうと右腕に魔力を集中し始める。避ける事すら叶わぬ脅威が迫るのを必死に止めようとシエルがもがくも、最早指一本動かすことすら叶わない。重力に潰されていなくとも、満足に動けたかも怪しい程、消耗している可能性が高い故に。

 

「ならもう一度あの力と姿を見せてみろ。オレを飛ばせるかもしれない、あの獣の目を」

 

必死の抵抗も空しく動くことすらままならない状態のシエルに、自分を追い詰めた状態になるよう、ブルーノートは煽りを交えながら呼びかける。シエル自身、自分に何が起きていたのか記憶が曖昧で思い出せない。だが、ブルーノートに確かに増えた傷痕や、周りの荒れ具合から、自分の身に何かが起きて奴を僅かばかりでも追い詰めていたことが示唆されていることは気付けた。

 

「どのみちてめえの力は、このガキがトリガーになっている。それを壊せば制御するものも無くなり、解放されることだろうよ」

 

そしてそのきっかけが、今奴の牙によって消されかけている愛しき少女であることも。ブルーノートの狙いは、曖昧な記憶の中にある自分ともう一度ぶつかり合う事だ。しかし自分の意志でそれを発動できるとは限らない。それでも、ウェンディを助けるにはもう一度例の状態になる必要がある。彼の言うように、もう一度その状態に映るしか方法はないのか……?

 

「ダ、メ……シエル……!」

 

そんなシエルの胸中を察したのか、重力に押されて苦悶の表情と声をしながらも、ウェンディは待ったをかけた。そのことにシエルだけでなくブルーノートも目を見張り、彼女へと目を向ければ、ウェンディは微かに開けた目に涙を滲ませながら、シエルを真っすぐ見つめて訴えた。

 

「さっき、みたいに……なったら……絶対、に……!!」

 

今にも押し潰されそうな苦しみをその小さな身体に受けながらも、正気を失い暴走していたシエルに戻ることを望まない一心でシエルに願ったウェンディ。この状況下に置かれても尚、彼女は己の身よりも友の事を案じると言うのか。愕然として言葉を失い、固まったシエルと対照的に、余計な一言だと感じたブルーノートはウェンディにかけている重力を更に強める。これにより、ウェンディの口から更に悲鳴が漏れ出た。

 

「(このままじゃ……ウェンディが……!)」

 

悲鳴が耳に入り、小さな少女の命が消されかけている実感が更に迫る事で、カナの胸中に更なる焦燥が芽生える。だがどれほど力を込めても、妖精の輝き(フェアリーグリッター)はもう発動しない上、今自分にかけられている重力を抜け出すこともままならない。

 

何も出来ない無力な自分を責め続け、最早声さえも掠れていく少女が力尽きる様を、見ている事しかできなかった。

 

「地獄の底へと、消え失せろ」

 

「やめろぉおーーーー!!!」

「ウェンディーーーー!!!」

 

最後のトドメとばかりに腕を振りかぶり、無慈悲な宣告を告げる男。それを阻止しようと怒号を叫ぶ火竜(サラマンダー)と、悲痛に染まった声で少女の名を呼ぶ白ネコ。打つ手もない、絶体絶命の状況。それを現すかのように涙が溢れ出てきた双眸を固く閉じながら、カナはただ願うしかなかった。

 

「(助けて……ウェンディを、私たちの仲間を……

 

 

 

 

 

 

 

助けて!!お父さんっ!!!)」

 

 

 

 

 

 

その願いは、聞き入れられた。

 

 

 

少女目掛けて降り下ろされたその掌に真っ向からぶつかるように、鏡合わせで突き出された、少年少女とは全く違う年季の入った逞しい掌。そこから放たれた互いの魔力が衝突すると同時に、しばしの静寂がその空間に流れる。

 

そして数瞬の後、弾かれたのはブルーノートの方だった。同時に発生したのは、重力が()()された事で発生した衝撃波。轟音と揺れを起こしながら辺りに強烈な風圧を巻き起こしたその光景は、誰しもが目を見張るのも無理はない。そして、目の前に現れた新たな人物を認識し、驚愕することも、無理はないだろう。

 

後方に弾かれ、一瞬だけとは言え飛ばされた感覚を味わったブルーノートは、体勢を立て直した後、その表情に苛立ちを抱きながら、今しがた乱入したその男を睨みつける。

 

強烈な重力から解放され、ようやく身体に自由が戻ったウェンディが頭だけを動かし、ようやくその存在を視認することが出来た。そして、周囲の妖精たち同様に、驚愕と、微かな喜びを表した。

 

 

 

 

 

そこに立っていた男。茶髪をオールバックにした中年の男性。だがしかし、纏った魔力は桁違いであり、表情はまさに憤怒そのもの。しかして味方からすればこの上ない戦力。妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の魔導士、ギルダーツ・クライヴ。

 

「ギルダーツ!!」

 

「ギルダーツだーーーっ!!」

 

先んじて帰ったものとばかり思っていた最強の男が、絶体絶命のピンチを見事にひっくり返した。彼と親しいナツとハッピーが、驚愕を上回る歓喜を表して声に出す。

 

「(お父、さん……!!)」

 

そしてその男の登場に、感極まって更に涙を溢れさせるカナ。怒りを隠そうともせず敵を睨みつける父の姿は、近くにおらずともこれ以上に無く頼もしい存在に見えている。

 

「こいつがギルダーツ……!!」

 

一方、睨まれている側であり、突如己の身を吹き飛ばした強者の姿を見て、顔を僅かに驚愕へ染めたブルーノートもまた、乱入者が敵味方も含めて認める最強の男であると認識した。一部の事にしか興味を示さないブルーノートさえも認知しているとは、さすがと言うべきだろう。

 

彼の背を見上げているウェンディもまた、棚引く黒い外套に覆われた大きな背中を呆然とした様子で眺めていた。話伝手でしか聞いた事のない妖精最強の男の実力……その片鱗を垣間見たと同時に助けられ、思わずお礼の言葉さえ出てこない程に。

 

「悪ぃ、嬢ちゃん。ちょっと手荒に扱うぞ」

 

チラリとだけ振り向きながら告げられた言葉の意図が分からず、「え?」と声を漏らしてその意味を聞こうと次の言葉を放とうとした瞬間、ウェンディは一瞬の内に浮遊感を感じた。

 

そして気付けば自分の身体が浮いていた。否、飛んでいた。

 

「ちょっ!!?」

 

「シエル!しっかり受け止めろ!男だろ?」

 

更に正確に言えば投げ飛ばされたのだ。ギルダーツに。幼い少女に対してあんまりな扱いを行ったギルダーツに対して、目を剥いて何かを抗議しようとしたシエルを逆に封殺する。緊急事態だと言う事は分かるが前触れもなく飛ばされたウェンディも託されたシエルも慌てふためいた。だがウェンディにこれ以上傷を負わせるわけにはいかないと言う一心でシエルはほぼまっすぐ飛んできたウェンディの身体を正面から受け止め、しかし背丈の関係と勢いの強さ、シエル自身の消耗が手伝って、そのまま彼は背中から倒れこむ。

 

そんな一幕が起きている間、ギルダーツはブルーノートとの戦いを始めていた。駆け出したギルダーツの足を止めるように彼の足場を重力で盛り上げ、そのまま土台をひっくり返してギルダーツの身体ごと上下を逆転させる。だが驚愕する周囲とは異なり、ギルダーツは一切焦らずその場で態勢を低く構え、土台を粉砕。その勢いと共に跳躍して真っすぐブルーノートへと肉薄すると、天から落ちるギルダーツと地より跳躍するブルーノートの構図が出来上がり、互いの拳が正面からぶつかり合う。

 

そしてその激突は、全てを破壊する魔力と全てを押し潰す重力が混ざった衝撃波となって、周囲の全てを吹き飛ばした。

 

「のあーーー!?」

「きゃーーー!?」

 

既にできていたものも、新たに岩が削れてきたものも含めて、多くの瓦礫の山と共に、叫び声をあげながらギルダーツとブルーノートを除いた全員が転がっていく。更にブルーノートもまた、ギルダーツとの正面衝突は拮抗していたものの、数秒後には押し負けて再び己の身体が浮遊したことに目を見開いて驚愕した。

 

その隙を逃さんと、義手になっている左手をすかさず振りかぶったギルダーツは無防備となったブルーノートの顔面にもう一撃叩き込む。すると横方向にみたび吹っ飛んで、直線状に存在する森の木々どころか、岩で覆われた地面さえも大きく抉り取るように粉砕していく。そして肝心のブルーノートの姿は、森の奥へとあっという間に消えていった。

 

「な、何これ……!」

「すげぇ……!」

「ありがと……シャルル……」

「え!?別に庇ってないけど!?」

 

一撃ぶつかり合っただけで周囲を更地に変えてしまう強者同士のぶつかり合い。そしてそれを上回ったギルダーツの一撃による余波を垣間見て、転がるしかなかった魔導士たちは各々驚嘆の声をあげる。ちなみに飛んできた瓦礫が顔に飛んできてめり込んだ状態のハッピーが横たわったまま、頓珍漢な感謝を告げたことに思わずシャルルがツッコんだが、それは置いておこう。

 

「近くにいるだけでもとても危険ですね……」

 

「あ、あのぉ……ウェンディ、さん……?」

 

同様に転がり続けて地面にうつ伏せとなったウェンディが、後方のギルダーツたちに視線を向けながらこの場の危険度をぼやく。しかしそれとは場違いな、若干上ずったシエルの声が彼女の下から聞こえる。そこにウェンディが視線を向けると、シエルがいた。

 

「動けない、デス、俺……」

 

「きゃあっ!?ご、ごめんなさい!!」

 

だがその顔の位置は、ちょうどウェンディの控えめな胸に押し潰されていた。赤く染まった頭を横に向けて、白目を剥いた少年がどこかショートしたような妙な片言を呟いてそれを知らせると、思わぬ痴態を晒していたことに気付いたウェンディがシエルに負けないレベルで赤面し、消耗しているとは思えない俊敏な動きで飛び退いた。事故とは言え、さすがにこれは恥ずかしい。

 

「全員、ここから離れろ」

 

「なぬ!?」

 

ちょっとしたトラブルが起きていたシエルとウェンディ、ついでに視界が塞がっているハッピーを除いた全員がブルーノートを殴り飛ばしたギルダーツとその周囲に注目していたが、唐突に告げられたギルダーツからの言葉に、ナツが真っ先に、そして他の面々にも驚きが現れる。

 

「離れてろって……」

 

「さっきの人は、今ギルダーツさんが……」

 

遅れて反応を示した、未だに意識の戻らないマカロフを脇に抱えようとしているシエル、ウェンディもまた疑問符を浮かべる。森の奥深くへと消え姿さえ見えないブルーノート。暴走状態であったシエルでさえ満足に与えられなかったであろう確かなダメージを、確実に与えることに成功しているはず。故に彼らにはその言葉の真意は測れなかった、のだが……。

 

 

 

轟音を立てながら森の奥で爆発したかのような衝撃波が発生。その直後、超高速でギルダーツ目掛けて飛んできた何か。その何かを認識するよりも速く、それはギルダーツの元へと到着。対するギルダーツもまた、まるで分かっていたかのようにそれに対して応戦。彼と、そして超高速で飛んできたその存在……自らの身体を重力でギルダーツへと高速落下させたブルーノートの右拳が再びぶつかり合った。

 

正体がブルーノートであったと一同が認識すると同時に、先程も起こった強力な衝撃波がまたも周囲を吹き飛ばす。今日だけで……否、ブルーノートと遭遇してからだけでも、一体何回自分たちは吹き飛ばされただろう。

 

「これは、確かに離れてた方が良さげ……!」

「う、うん……!」

「何度もありがと……シャルル……!」

「だから庇ってないし、てかどーやってそーなるの!?」

 

一回殴り飛ばされたぐらいじゃ全く堪えていない様子のブルーノートとの激突を見て、しっかりマカロフを守った年少組二人が、改めて近くにいる事の危険性を認識。退避一択だと理解した。一方で、ハッピーの顔面にめり込んだ瓦礫が三つに増えていた為に、思わずシャルルのツッコミも増えた。

 

「つ、強ェーーー!!オレこのケンカ見てーーーー!!!」

 

「それどころじゃねえ!!早く行くぞ!!」

 

激突からまたも互いに距離をとり、睨みを利かせながら戦闘態勢を解かないギルダーツとブルーノート。一連の流れを垣間見たナツは呆然とした様子を一変。興奮気味に叫んでこの場から動かずにいようとする。だが状況が状況なので否を唱えたシエルが声を張り上げてナツのマフラーを空いている左手で引っ張り出した。

 

「ルーシィさんとカナさんも!」

 

「え、ええ。でも……」

 

マカロフを挟んで反対側にいるウェンディが、ナツのような理由ではないにしろ激突する二人の戦いを見ていた女性たちに声をかけて催促する。当然この場から離れてベースキャンプに行くことが最適な行動だ。それはルーシィも分かっている。

 

しかし彼女の視線は、どこか俯いているようにも見えるカナへと向けられた。ルーシィはカナの父親がギルダーツであることを、彼女本人から耳にしていた。だからこそこの状況には思う事があるのだろう。本当は、父の身を案じて、動くことすら躊躇われる場面だ。

 

「……行こう。私たちがいたら、()()()()()の邪魔になる」

 

だが彼女が選んだのは、父の声に従い、この場から離れる事だった。その決断を下したカナ、そしてそれを悲し気に見つめるルーシィを目にし、詳細は分からぬ者の何か複雑な事情があると感じたウェンディは、それ以上の言を発することはしなかった。

 

梃子でも動こうとしないナツのマフラーを、器用に雲で作った数本の腕で無理矢理引っ張る力技で移動準備を終えたシエルと共に、ウェンディはマカロフの小さい体を抱えながら、全員でギルダーツたちを背にして先へと進み始めた。

 

「(気を付けて、お父さん……)」

 

最後に身を案じる目を、振り返りもせず敵と対峙する父に向けて、カナは胸中のみで呟いた言葉をかけ、数秒遅れて仲間たちの後へと続いていった。

 

「大事な試験だった。大人が考えるより多くの感情が、ガキにはあった」

 

仲間たちの気配も遠くなった頃を見計らい、ギルダーツは徐に口を開いた。昔からよく知る者。ここ最近で知り合った者。試験に出ていた子供たちは、ギルダーツにとっても多種多様と言える。だがしかし、そのほとんどに共通していたとすれば、この試験に対して、各々ベクトルや程度の差はあれ、譲る事の出来ない思いを抱えていた事。者によっては、今後の人生さえも賭けた者だったであろうこと。

 

「明日へ歩き出す為のガキなりの決意を、てめえらは踏みにじったんだ……!」

 

それを全て台無しにし、無と帰させた悪魔の心臓(グリモアハート)。それに対する大きな怒りが、ギルダーツの纏う魔力となって、周囲の空気を再び揺らしていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

強大な実力者がぶつかり合う現場から何とか離れることに成功したシエルたち。未だに降り止まない雨が作り出す水溜まりに時々踏み鳴らして音を立てながら、先頭を歩いてマカロフをおぶっているナツが苛立ち混じりに文句を呟きだした。

 

「んがぁーっ!!ケンカがどうなるか見てぇのに!!」

「今は他のみんなと合流するのが先よ!!」

「だよねぇ……」

 

しかしそんなナツの文句に誰も賛同はしない。消耗が激しい様子のカナの身体を支えながら、ルーシィが表情を怒りに染めて優先とするべき事項を叫ぶ。ナツの近くを飛行するハッピーも、今回ばかりは合流優先のようだ。

 

「キャンプに行けば、みんながいるかもしれない。一刻も早く態勢を立て直さないと」

 

「メストさ……じゃなくて、ドランバルトさんもきっと、力になってくれるはずだよね!」

 

ハッピー同様に(エーラ)を広げて飛行するシャルルと、その傍で足を進めるウェンディ。彼女たちも勿論、同意見だ。だがウェンディは評議院の潜入員として来ているメスト……もといドランバルトも協力してくれるはずだと、確認も兼ねてシエルに告げる。

 

しかし彼女には悪いが、その可能性は低い上に、仮に協力してくれるとしても程度が知れてる。少なくともシャルルはそう考えているし、ウェンディに関することでドランバルトへの信頼など皆無どころかマイナスを更新中のシエルが、その意見に否と答えた上で願い下げだと吐き捨てる未来が、予知を使わなくても予想できた。

 

「……」

 

「……シエル?」

 

「ぇ、あっ……ごめん、聴こえてなかった……どうしたの?」

 

だが、想像していた返答どころか、どこか上の空と言いたげな様子で彼女の声すら聞こえていなかったらしい。名を呼ばれてようやく反応し、申し訳なさそうに苦笑の表情を浮かべるシエルの顔を見て、ウェンディは先程の問いかけではなく、彼の現状の方が気にかかった。

 

「大丈夫?顔色も悪いし……さっきの戦いの、疲れとか残ってるんじゃ……」

 

「疲れてるのは、みんな一緒だろ?ウェンディだって、あいつに何度も苦しめられて、身体とか何ともない?」

 

「私は大丈夫!……だけど……」

 

見るからに疲労が激しそう……と言うよりも最早やつれているようにも見える少年の返答は、ここにいる者たちと大差はないと言うもの。そうには見えない、と言うのがウェンディの率直な感想だが、自分もブルーノートに何度も痛めつけられて、その余韻が少しばかり残っているのも事実。反論が出来ずにいる。

 

「カナも、大丈夫?」

 

「ありがとう。あたしはシエルたちに比べたら、大分マシな方だよ」

 

消耗が激しい様子のシエルを案じるウェンディを見て、カナも同様に見えていたルーシィが心配になって彼女に声をかける。対するカナの返答は、力ない笑みと共に告げられた。ルーシィからすれば、どちらも程度の差がそこまであるようには見えないが、どう尋ねたところで、彼女の返答は変わらないだろう。

 

だがこの場で休んでもいられない。どうせ回復をするのであれば、今向かっているベースキャンプですれば手間も時間もかからずに済む。休む必要があるのなら尚の事早く行かなければ。そう考えて一同の足は少しばかり急ぐ様に早まる。

 

 

 

だが前触れもなく異変は起きた。雨で濡れた足場に足をとられたのか、シエルの右足が内側に滑り大きくバランスを崩す。小さく「おっ……!?」と悲鳴を上げて、シエルの身体がそのまま叩きつけられるように倒れこんだ。

 

「シエルッ!!」

「大丈夫!?」

「おいおい、何やってんだよ」

 

すぐさまシエルに駆け寄る少女たちと、半ば呆れながら足を止めて振り向くナツ。情けない事だ。余計に体力を消耗する羽目になってしまうとは。

 

「いってて……足が滑った……。ごめん、今起きる、か、ら……」

 

だがしかし、すぐさま起き上がろうとしたシエルは、手足に力を入れようとするが、一向にその身体が起き上がらない。雨で滑って上手く力が出せないのもあるだろうが、そもそもの力が弱すぎる。

 

「シエル……?大丈夫なの、シエル!?」

 

「あ、れ……何か……」

 

少年の異常を感じたのか、慌てた様子で呼びかけるウェンディ。だが、そんな彼女の声が、遠くなっていくのを自覚する。瞼も重く、視界がぼやけ始めてきた。

 

─────あ……これ、ダメなやつだ……。

 

今際の際に、ようやく自覚するとは。自分の不調も感じ取れないほど、感覚がマヒしていたことが、ようやく分かってしまったようだ。薄れていく視界に映る少女が、どこか泣きそうな顔を浮かべている。ああ……また、泣かせてしまった。そんな後悔を感じながら、シエルは動くかも分からない口を使い、最後の力を振り絞って告げた。

 

─────ごめん。ちょっとだけ、眠らせて……。

 

そして少年の意識は、深く沈んだ。




おまけ風次回予告

エルザ「ふと思ったのだが、メガネをかけた者は何故誰も彼も言葉遣いが妙なものになるんだ?」

ペルセウス「……?そうか?気になるようなとこは別に……」

エルザ「思い返せば、ラキにエバ、ロキも時々そうだし、グリモアにも意味の分からぬ喋り方をする男がいるだろう?」

ペルセウス「ああ……あれはあー言う喋り方が好きな奴らが、自分で普段から使ってるだけで、メガネは特段関係ねぇと思うぞ?」

エルザ「そうなのか?」

次回『エルザ vs. ラスティローズ』

ペルセウス「ほら、エドラスのシエルだってメガネかけてたけど言葉遣いはまともだったろ?」

エルザ「いや、奴も所々で聞いた事のない言葉を何度も言ってたではないか。聞き流すしかできなかったぞ」

ペルセウス「成程……原因はエルザの読解力だったわけか……」


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第129話 エルザ vs. ラスティローズ

新年、明けましておめでとうございます!
…え?もう5日目だって…?時間かけすぎぃ…!!

と、あんまりふざけてもいられない激動の新年で始まってしまいましたが、これ以上のことが決して起きない事を祈るばかりです。
取り敢えず、僕は今年も遅れていようと皆様にこの作品をお見せしていく事を、頑張っていこうと思います…!


何が起きたのか、理解するのには時間を要した。ブルーノートとギルダーツ、二人の強者のぶつかり合いの場から離脱してベースキャンプへと向かっている道中。未だに目の覚める様子がないマカロフや、消耗の激しいシエルやカナを休ませる為にも、全員が足を速めてキャンプに急がなければと動いていた最中。

 

雨で濡れた足場に足をとられたシエルの「おっ……!?」と悲鳴が、周囲の者たちの耳に入った。すぐに気付き、振り向いたウェンディが目にしたのは彼の右足が内側に滑り、そのまま大きくバランスを崩したまま少年の身体が地面に叩きつけられるように倒れこんだ光景。

 

「シエルッ!!」

「大丈夫!?」

「おいおい、何やってんだよ」

 

すぐさまシエルに駆け寄りウェンディは声をかける。同様に寄ったルーシィと、半ば呆れながら足を止めて振り向くナツの声も聞こえる。どこか打撲していないかと体を起こそうとするが、シエルはウェンディへと顔を向けながら自分で起き上がろうと言う意志を見せていた。

 

「いってて……足が滑った……。ごめん、今起きる、か、ら……」

 

だがしかし、そう言ったシエルの身体は一向に起き上がらない。手足に力を込めようとしているのは分かるが、まるでその力が込み上がらないかのように、震えるばかりで動かない。

 

「シエル……?大丈夫なの、シエル!?」

 

「あ、れ……何か……」

 

何かがおかしい。そう感じたウェンディがシエルに呼びかけるも、向けていた顔はだんだん下がっていき、瞼も閉じ始め、表情もどこか虚ろになっている。嫌な予感が過ったウェンディは、必死に少年を呼んだ。

 

「シエル!しっかりして!!シエル!!」

 

声を張り上げて、彼の意識を戻そうと懸命に呼びかけるも、シエルの目は閉じかけていくばかり。もしこのまま彼が眠ったら、永遠に目を覚まさないのでは……?そんな気がしてならず、悲痛な表情を浮かべて何度も呼ぶと、閉じかけていたシエルの目が、少女の方へと向いたかのように動いた。

 

「ごめ……ちょ、と……ね、む……ら……」

 

その言葉を最後に、少年の目は閉じられ、そして動かなくなった。それを目にし、理解が追い付かないまま呆けたウェンディは、その姿が現実に起きた事だと受け入れたくなかった。

 

「シエル……?シエルッ……!?ねえ、起きてよ、シエル!!!」

 

まさか、そんな事が……!?嫌な想像が頭に過るウェンディが少年の体をゆすりながら彼の意識を取り戻そうと必死に呼びかけるも、彼から返ってくる反応は何も無い。目元から涙が浮かび出した彼女の表情は、見る見るうちに青白くなっていく。考え得る限りの最悪な想像を、いやでも浮かべてしまう。

 

「嘘、だよね……シエル……?」

 

 

 

 

 

「大丈夫だウェンディ」

 

そんな絶望に押し潰されそうになったウェンディを、その言葉で引き戻したのは、ウェンディの横でシエルの様子を見ていたナツだった。勢い良くナツの方へと顔を向けたウェンディには反応を示さず、シエルの体……正確には顔に目を向けてこう続けた。

 

「シエルは寝てるだけだ。メチャクチャ疲れてたみてーだから、しばらく起きねぇだろーけど……」

 

「寝てる……?」

 

ナツから聞いた言葉にウェンディは冷静さを取り戻し、改めてシエルの容態をよく見ると、動く気配こそ全くないが、微かながらに身体が呼吸で上下しており、耳を澄ませてみればか細くではあるが寝息も聴こえる。ナツの言った通り、シエルは眠っていた。気絶した、と言う言い方も当てはまる程ではあるが、命に別状はないだろう。

 

「よ、かった……!っ……良かったぁ……!!」

 

まるで生きた心地がしなかった。何度もブルーノートに潰され、理性を失った獣のような変貌を遂げ、自らの身体も顧みずにブルーノートと激突。例の爆発する魔法も多用していた。何度も何度も、彼の命を削るのと等しい行動に冷や冷やさせられていた。

 

死んだように眠る、と言う例え言葉があるとはいえ、まさか本当にそのような状態に陥るとは。一歩でも間違えれば本当に命を落としていた可能性がある事も考えると、ウェンディにとっては気が気じゃなかった。安堵を覚えながらも固く目を閉じ、目元から零れ落ちる涙に頬を濡らしながら、ウェンディは声を絞り出す。

 

「あれだけのことがあったんだもの……疲労は想像以上に相当溜まっているはずよ」

 

「この様子だと、しばらく起きれ無さそうね……」

 

改めてシエルの身に起きていた事を思い返すと、要所要所で五体満足でいられたことが奇跡に感じるレベルだと認識せざるを得ないほど、シエルには負担がかかっていた。シャルルは更に、試験での兄ペルセウスとの激闘や墓探し、ザンクロウとの衝突も加味されているはずと考えている。更に彼女の与り知らぬところでは、華院=ヒカルともぶつかっているのだ。ここにきて一気にぶり返されたとも考えられる。シャルルがぼやいた言葉に、ルーシィも同意を示していた。

 

すると直後、ルーシィは自分の右肩に、重みを覚えた。自分が身体を支えて倒れないように肩を貸していた相手・カナの頭が乗せられる形になっていた。心なしか体全体がルーシィに寄りかかっている。

 

「ごめんよ、ルーシィ……強がっちゃった、けど……私も……限、界……ぽ、い……」

 

「カナ!?」

 

途切れ途切れに口を動かし、ルーシィに伝えた直後、カナの意識もそこで途切れた。足の力が無くなり、倒れこみそうになっていたカナの身体を、ルーシィが必死に支えて受け止める。カナもやはり妖精の輝き(慣れない魔法)を使用したことによって体の負担が大きかったようだ。

 

「シエルもカナも動けなくなっちゃった……」

 

「どのみちこいつらも、じっちゃん同様寝かさなきゃいけねぇ。キャンプに急ぐぞ」

 

マスター・マカロフに続いて意識を無くした二人の仲間。途中で倒れたことは予想外ではあったが、今の目的地で全員安静にさせなければいけない事は明白。キャンプへと連れていく為に各々動く。カナに肩を貸していたルーシィは、そのまま引っ張る形でカナを抱え直し、倒れているシエルの元には翼を広げたシャルルが近づいた。

 

「カナはこのままあたしが運ぶね」

 

「じゃあシエルは……」

 

「私が、運ぶ」

 

だが、シエルの服を掴もうとしていたシャルルを遮って、シエルの体を起こし、その背に乗せて運ぼうとウェンディが既に動き始めていた。シエルたちほどではないが、少なからず消耗が激しいはずのウェンディの行動に、当然シャルルは彼女の身を案じてその行動を止めようとした。

 

「ウェンディ!あんたもあんまり無茶したら……!」

 

「大丈夫……!!」

 

しかし声をかけても少女は聞く耳を持たず、一般的な少年と比べて小柄と言ってもウェンディの一回りは大きい上に、魔導士として活動する為に健康になってから体を鍛えてきたシエルは、見た目に反してその体重は重い。(ドラゴン)の力を宿した滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)とて、小さく幼い少女が抱え運ぶには重すぎる。現に彼を背負って起き上がろうと力むも、中々その膝が伸ばせないほどだ。

 

「大丈夫って、立つのも難しそうなのに!?」

 

「ホントに無茶よ!シャルルかハッピーに任せた方が……!」

 

ウェンディのやろうとしていることがどれだけ無茶な事であるかは、目に見えて明らかだ。(エーラ)を扱え、シエルを抱えて飛べた経験を持つエクシード二人のどちらかに頼む方がいいのではと仲間から声もかかる。しかしその声掛けも「私がやらないといけないんです!!」と、彼女らしからぬ張り上げた声で遮った。

 

下を向けているその表情では分からないが、声だけで感じる剣幕に、思わずナツを除いた面々が委縮する。唯一委縮していないナツは、急に怒鳴ったウェンディに対して驚きも怒りもせず、ただ黙して真っすぐ見据えている。そうまでする理由を、ウェンディは立ち上がる事もやめぬまま、その口から語り始める。

 

「私……シエルに、何回も守られてるんです……!!」

 

天狼島に悪魔の心臓(グリモアハート)が襲撃してきてから……いや、もっと言えば、初めて会った時からウェンディは、何度も窮地に晒されたところをシエルに助けてもらった記憶がある。恩を返すことも含めて、ギルドの為に自らを強くしようと奮戦を重ねて来たが、そんなシエルの助けになれた事は、ウェンディの記憶ではほとんどない。

 

それどころか、天狼島に来てからはほとんどが助けられてばかり。襲撃して来た悪魔の心臓(グリモアハート)、ザンクロウの攻撃、ブルーノートとの激突。シャルルから聞いた話では、メスト(ドランバルト)がギルドのメンバーじゃないことにいち早く疑いをかけ、兄ペルセウスにウェンディを助けてもらうように動いてもらったのもシエルだと。

 

思い返せば、自分が情けないと感じられることばかり。せめてこんな形ではあるが、助けてくれた分の恩返しぐらいになるなら、自分でやりたいと言う意思をウェンディは見せる。

 

「ウェンディ……」

 

無茶を通してでも、力になりたい。彼の助けになりたい。心配そうに彼女を見守るシャルルの声を聞きながら、そんな強固な意志を見せるように、シエルを背負いながらようやくウェンディは立ち上がることに成功。しかし、やはり慣れていないのか身体はフラフラと揺れ、足元はいつ崩れてもおかしくない。反射的に支えようと近づくも、ウェンディは踏みとどまり、そして一度歯を食いしばると「アームズ……!」と筋力を増加する魔法を自分にかけた。

 

「だから今度は……私が助けたい……!いつも助けてくれるシエルの、力になりたい……!!お願い、シャルル……!!」

 

補助の魔法を使ってでも自分の手でシエルを助けることを望む少女。そんな彼女の振り向いた顔を見て、シャルルはしばし俯き、考える。いくら魔法をかけているとはいえ、まだキャンプが見える距離には達していない。推進は出来ないが……。

 

「……分かったわ。ただし、本当に辛くなったら、運べなくなったように見えたら、私が代わりに運ぶわ。それを約束してくれるなら、あなたの好きなようにしなさい」

 

「……!ありがとう!!」

 

反対しても、最早聞き入れないであろうことは、この場の誰よりも彼女と過ごした自分が知っているし、何よりシャルル自身もウェンディのそんな意思を尊重したいと思った。有事の際の対応を告げることを忘れぬまま、相棒への許可を認めた。それを聞き、険しい表情ばかり浮かべていたウェンディの顔に、喜びが生まれ、礼を告げた。

 

「うし、行くぞ!」

 

一連の流れを黙して見届け、方針が決まったことに一つ笑みを浮かべた後、ナツは改めて前を向いて先導を再開した。迅速に移動し、キャンプへと運ばねば。その意思を抱えながら、一同は歩を進め始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わり、天狼島の中心部に聳え立つ巨大な樹木の下では、二人の強者が二度目の衝突を始めていた。

 

体のあちこちに傷をつけながらもそれを感じさせない動きで、周辺の樹木を操作する褐色肌の男と、迫り来る樹木を斬り伏せながら距離を詰め、時々相手の攻撃を阻害するために紅い炎の弾を射出し攻め立てる長髪の青年。

 

「ブレビー!」

 

そのうちの男の方・煉獄の七眷属が一人アズマが告げると同時に、アズマへ飛翔する形で迫って来ていた青年ペルセウスを囲むようにして多数の何かが発光。そして直後に爆発が発生し、ペルセウスの体を爆炎が包み込む。

 

しかしその爆炎を突っ切り、尚もアズマへと突っ込む一筋の炎。より赤く燃えるそれに身を包みながら、突破して来たペルセウスに目を見開いたアズマの腹に激突する。

 

「終わりだぁ!!」

 

苦悶の声を上げながら仰け反ったアズマに向けて、追撃とばかりに体に纏った紅炎を剣へと瞬時に移らせて振りかぶり、塊として投げつける。距離もそこまで離れておらず、迎撃は容易ではない。

 

しかしその予想に反してアズマは腕を振るうと、周りの樹木が動き出し何重のバリケードにもなって炎塊を阻む。互いにぶつかり合う事で爆発が起きるが、その衝撃に巻き込まれたアズマは即座に身を翻して足場となる樹の上に着地する。

 

「素晴らしい……!」

 

しばし互いに様子見することで起きた膠着。その最中、思わず口角を上げたアズマは気付けばそう呟いていた。

 

「この短時間の中でより強くなっていることが分かるね。いや……あるいはさっきよりも戦いに……オレにより強い敵意を向けている、という方が正しいか……」

 

一番初めに衝突をした時も確かに十分楽しめる域にあったが、その時と比べて、今のペルセウスの攻め立ては思っていた以上に激しい。たった数時間程度しか空いていないにも関わらず、ペルセウスの戦い方には衰えどころか、より強さが高まっていると言える。

 

「何がキミをそこまで掻き立てたのかね?」

 

となれば考えられるのは、アズマと最初に激突してから今に至るまでに、ペルセウスに何かしらの変化が生じた事だ。問いかけたアズマの声に、険しくしていた顔をそのままに、低く、しかし比較的落ち着いた声でペルセウスは返した。

 

「俺からも、確認したいことがある」

 

だがそれは問いの答えでなく、その根幹に関わる別の問いかけだった。対するアズマはそれに関して黙するのみ。聞き入れる様子だ。

 

「ミラジェーンを倒したのはお前で間違い無いか?」

 

その問いを聞いたアズマは、一瞬で思い返した。一度ペルセウスとの戦いから離脱した後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のベースキャンプにいた妖精姉妹・魔人ミラジェーンとその妹リサーナと対峙した時の事を。不本意ながら妹を捕らえ、危険に晒し、姉の本気を引き出して、全力を出した魔人と激闘を繰り広げた後、妹を庇って自ら瀕死となった姿も。

 

「ああ、そうだ。魔人ミラジェーンはオレが打ち倒した」

 

詳細は省いたが事実を告げたアズマの言葉を聞き、ペルセウスが放っていた魔力の質がさらに高まるのを感じた。彼らのギルドは、仲間の事を何よりも大事にしていると聞いている。ペルセウスにとってはそれが最も顕著に出るのは弟の事だと聞いていたが、この反応……歳の近い男女であることも相まって、アズマは疑問が一つ浮かんだ。

 

「もしや、キミにとって大切な女性(ひと)だったか?」

 

「ギルドの仲間はみんな俺たちにとって大切な家族だ。そこに大きな優劣はない」

 

アズマの疑問を、彼は遠回しで否を唱えた。だが、とすればそこまで過剰に反応を示すのは、誰が下されていても同じことだったのだろうか。そんな考えが一瞬過るが、その考えは続けざまに告げられた「だが、強いて言うなら……」と言うペルセウスの言葉で阻まれる。

 

「惚れた女の笑顔を奪った奴を絶対に逃さずぶちのめす……!それが、今の俺がお前を倒しにかかる、最大の理由だ……!!」

 

険しく睨みつけ、無表情のようにも見えていた顔を、怒りを無理に押さえつけたかのような獰猛な笑みへと変じながら、ペルセウスは堂々と告げた。それで彼は理解した。姉が身を呈して庇い、守り切ったものの、深い悲しみと絶望に泣き叫びながら姉に縋っていた、自らがそれを背に立ち去った、妹の存在。彼女が悲しむ姿が、今のペルセウスの怒りの根幹、ひいては力の源であったことを。

 

「成程。妹の方……。彼女への想いが、今のキミが振るう力の源だと……」

 

自分の予想は当たらずも遠からず、と言ったところだったようだ、とアズマは笑みを浮かべながら認識した。魔人の妹に想いを寄せるペルセウスが、彼女の笑顔を曇らせた要因である自分に対し、激しい怒りを覚えるのも必定だろう。

 

「不思議なギルドだ。自らの強さを示すよりも、仲間を想う気持ちが各々の強さを左右する。ミラジェーンもそうだった」

 

妹のために力を解放してアズマに食らいつき、最後には妹と守るために己の身を呈して庇った魔人の姿を思い出す。目の前にいる青年は、ミラジェーンと大きく似ている。いや、同じギルドにいたからこそ、共通される認識なのだろう。

 

「ミラジェーン、ペルセウス、そしてエルザ……数多くの武勇を聞く強者たち。その強さを得た理由は、オレのように強者を求めたが故……だと思っていたのだがね」

 

対してアズマは、ただただ強者との戦い、胸躍るぶつかり合いを求めてきた人種だと自負している。程度などの違いはあれど、大きな強さを得られた戦士は、己と同じように強さと闘争を只管(ひたすら)求め、その手に収めたものである。アズマは今この時まで、それが真理であると、信じ切っていたが……。

 

「似たような奴ならウチにも確かにいるが、生憎俺はそこまで興味はねえ。物心ついた時から強かったのと、弟を救う為に仕方なく高めていたら、いつの間にかここに立ってただけだ」

 

「ふっ……話に聞いた通りだ。生まれ持った才能を有した、まさに神に愛されし天才、と言うものか」

 

「そんな大層な肩書なんざいらねぇ。けどな……」

 

ペルセウスの答えはそれとは全く異なっていた。生まれつき恵まれた力と才能を抱え、成長すると共にそれに磨きがかかり、半ば副産物と言える状態で高められてきたにすぎない。天に神に愛されし魔導士と揶揄されることもあったが、ペルセウスにとっては恵まれた力も、それによって得た名声も、大して必要なものじゃない。

 

「仲間と家族。それが俺と言う存在を大きく形作ってくれている。そいつらを守れるための力だって言うなら、何だって我が物にしてやれる」

 

ただ彼は、実の弟や、血の繋がりがなくとも芽生えた家族の絆を尊重し、共にいられることが出来れば満足。力が無くてはただ縛られ、操られるがままだった環境にいた彼は、そうやって自然とその力を身につけただけ。大きすぎる力を使いこなす術を学んだだけ。

 

「あるいは、この力を捨てることが家族を守ることに繋がると言うのなら……俺は迷いなく捨て去れるつもりだ」

 

だからこそ、力そのものに執着などしない。自らが栄えた力を有するよりも、共にありたい存在と、ただ共に過ごしていられることが、ペルセウスにとっては何よりも幸せな事なのだから。真っすぐアズマへと目を向け、言い切ったペルセウスに、表情に大きく出しはしないが、アズマもまた内心驚嘆を覚えた。

 

「それが、自らを滅ぼすことになろうとも?」

 

「最悪の場合、それすらも受け入れるだろうな。あいつらは、怒ったり悲しんだりするだろうが……」

 

「大した男だね……弟やミラジェーンの妹……キミの家族とやらは、気が気じゃないのでは?」

 

「何……エルザには負けるさ」

 

自己犠牲すら厭わないと言う強すぎる覚悟を抱えた青年の想いを聞き、彼と親しい者たちにアズマは同情さえ覚えた。彼の唯一の肉親である兄弟や、彼が想いを寄せると言う魔人の妹、他にも彼を仲間や家族と慕う者たちは多いだろう。彼一人がもしこの場で命を失えば、どれほどの者たちが悲しむか。しかしペルセウスは否定こそしないものの、自分以上に自己犠牲の覚悟を持った人間を引き合いに出した。

 

「俺としては、あいつの方こそ……仲間を守れるなら迷わず命をいくつでも張れる奴だよ」

 

妖精女王(ティターニア)エルザ・スカーレット。緋色の長い髪を携えた高潔の精神を持つ女騎士の姿を思い返し、ペルセウスはそう断言してみせた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

雨が降り続く森の一角にて対峙し始めた、緋色の髪を持つ妖精女王(ティターニア)と、メガネをかけた七眷属の一人、ラスティローズ。

 

「先に散っていった奴ら……それはまさか、私たちの仲間か?」

 

「その通り。図体ばかりの暑苦しい男と、やけにキャンキャンうるさいメガネの女。二人纏めて、このオレが闇の彼方へ葬った」

 

所々訳の分からない言葉を交えながら語っていた男の言から、エルザは自分の仲間が手に掛けられたことを察した。しかもそれが誰を表しているのかも。男が言った特徴から分かるのは、エルフマンとエバーグリーン。二次試験に参加していたペアの1組だ。

 

「エルフマンとエバーグリーンを……!まさか……ウェンディ……他の仲間たちも……!?」

 

「あの程度の雑魚だらけであれば、今頃その他の仲間とやらも我ら煉獄の七眷属が始末しているだろう」

 

二人を下したことを自慢気に語りながら、メガネに指をかけるその男への視線を、エルザは鋭くしながらその言葉を黙して聞く。二人を含め、エルザが探していたウェンディや他の仲間たちも、彼と同じ位置に立つ七眷属が下した言葉を聞いても尚。

 

「そしてこれより!お前もオレの手によって暗黒の奥底へと沈み、悲劇的(カタストロフィック)な芸術となって永遠に語り継がれる存在となるのだ!!」

 

声高々と告げながら、ラスティローズは両腕を広げるとどこからともなく黒い粒子を集結させていく。それを見て警戒を強めるエルザの目に映ったのは、その粒子が徐々に形を作り、とある何かへと変貌していく様。

 

「いでよ、我が守護聖獣……『迅雷のベルクーサス』!!」

 

そして現れたのは、一言で形容するならば巨大な怪物。頭部から二本、顎からは一本の角。顔は面長だが目は黒く染まり、瞳は赤く光っている。さらに身体は一見二足歩行の人間に近い体型だが、ほとんどがまるで機械仕掛けの造り。まるであらゆる怪物の要素を繋ぎ合わせたかのような存在だった。

 

「これは……召喚魔法か!?」

 

「迅雷のベルクーサスよ!妖精女王(ティターニア)を天から地へと叩き落としてやれ!!」

 

わざわざ二つ名まで付けたその怪物に指示を出せば、巨体とは裏腹な素早い動きで剛腕を振るい、エルザに襲い掛かる。対するエルザは慌てず冷静に怪物の動きを見極めて回避。だがすぐに反撃は行わず、様子見に専念している。

 

「(召喚魔法で呼び出された存在は確かに強力だが……弱点ならある)」

 

主に所持(ホルダー)系の魔導士……一番近い部類は星霊魔導士が含まれる召喚系は、強力な眷属と言える存在を使役し、意のままに使役することが出来る事が特徴。しかし、強力な力に副作用は付き物。今回に関しては多少異なる部分はあるが、ラスティローズの魔法は、ルーシィに近い弱点がある。

 

「召喚獣を操る魔法の使い手……つまり、召喚主!!」

 

理解した瞬時に換装を使って装備を変更。無数の剣を操作できる天輪の鎧を身に纏い、巨大な怪物の攻撃をいなしながら、数本の剣をラスティローズへと飛ばす。その速さはそう簡単に回避できるようなものではない。

 

「我が足に宿るは天馬の翼!!」

 

だがラスティローズが口上を唱えると、彼の各々の足首に一枚の羽根が出現し、空を蹴るかのように空中を浮遊し、迫ってきていた剣たちを躱す。

 

「召喚魔法とは違う……!?だが!!」

 

先程の怪物を生み出した時と魔力は同じにも関わらず、全く別の魔法を発動させたことに驚くも、エルザは空中に回避したラスティローズに即座に詰め寄り、手に持っている剣を振り上げる。

 

「はあっ!!」

 

「我が左手に宿るは、全てを退けし黄金の盾!!」

 

だが掛け声とともに振り下ろした剣は、彼が左手に顕現させた妙に絢爛な造りの金の盾によって阻まれた。

 

「何!?」

 

「さすがの動きと言うべきか。一つ一つに無駄が無い、美しき戦い方。だがしかし!」

 

高く飛翔することを可能にした足首の羽根と、攻撃の一切を遮断する自分も扱う金剛の鎧を思い出す耐久を持つ盾。先程の召喚獣を具現化した魔法と同種のものとは思えない現象に、驚きを隠せないエルザ。そして動揺している隙を突き、ベルクーサスと呼ばれた怪物の巨大な腕が彼女の無防備な身体に直撃し、それを大きく吹き飛ばす。

 

「オレの魔法の前では、如何に妖精女王(ティターニア)であろうと無力同然!!」

 

短く悲鳴を上げながら地を転がったエルザの姿を見て、高揚感を覚えたのか高々にラスティローズは声をあげる。自らの実力に随分と自信を持っていることが感じられる。だが当のエルザは、先程のダメージを然程気にしていないのか、特に痛みを訴えもせず悠然とその場で立ち上がる。

 

「ほう……ベルクーサスの攻撃さえモノともしないか。見た目によらずタフだな」

 

「貴様こそ、召喚魔法を使う魔導士と思っていたが、どうやらその原理は別にあるようだな」

 

巨大な怪物の剛腕を受けておいてピンピンしているエルザに、素直な称賛を告げたその男の魔法。ただ己の眷属に位置する怪物を呼び出す、もしくは生み出すものとは異なると言う事に、この短い戦いの中で気付いたようだ。

 

「先に葬った奴らと違い、妖精女王(ティターニア)は勘も鋭いようだ。奴らはわざわざ説明せねば理解できない愚者どもだったからなぁ」

 

己の手の内を見破られたことも大して気にした様子を見せず、寧ろ理解できたことを逆に賛辞し、エルザと違って考え無しに戦っていた先の二人を貶しながら語るラスティローズ。仲間を貶める言動をする度に、微かにエルザの眉根がピクリと動く。

 

「その点、お前は武勇もあり、知恵もあり、何より美しさがある。故に惜しいな……能のないクズどもと一緒になって、価値もない無数の人間どもと、助け合うなどと言う虚言を吐いていることが」

 

語りながらラスティローズは思い返していた。自分たちが理想郷と謳う、ゼレフが支配する魔導士だけの世界……大魔法世界。魔法を使えぬ、魔力を持たぬ、必要性を感じない無力な人類は死に絶え、魔導の深淵を極めた自分たちがその存在を確立できる。魔法の新たな時代の幕開けとなる素晴らしい世界。

 

奴らはその中で存在できるはずの魔導士でありながら、この理想を否定した。魔法を使えぬ9割の人間の犠牲を否と唱えた。今の世界は互いに助け合っているから成立している。魔導士は力を与え、一般人は報酬を出す。そうして積み重なった信頼が、世界を構築していると、彼にとっては弱者の戯言にしか聞こえない、クズらしき持論。

 

そんな主張を告げた彼に対して、エルザは黙して聞き入れることは出来なかった。天輪の鎧を換装で普段の鎧に変化させ、彼の主張を真っ向から切り捨てた。

 

「聞き捨てならんな。ギルドとは元より、力を持たぬ無辜の人々の願いを聞き入れ、それを果たす使命を持つ者たち。そして私たちのギルドは、例え能力が低くても想いの強さ、互いへの信頼を尊重し、それを大きな力に変える。私は……そんな仲間たちの事を心から尊敬し、ギルドの一員である事を誇りに思っている」

 

「それは本当に誇りかな?力を持たぬ者、能力が低い者、そう自分で口にすると言うことは、自らが上に立つ者である事を理解しているが故。それは誇りではない。傲慢であることの証ではないか?」

 

「確かに私は、傲慢かもしれんな。仲間を守らねば、私が前に立たねば。ギルドに入ってから幾度も抱えて来た感情は、人によっては傲慢ゆえの言動に見える。だが同時にこうも思う」

 

力があるからこそ、力を持たぬ者たちの助けになる事を使命と考えているエルザと、力無き者を、実質的に見下していると反論するラスティローズ。特に彼はエルザが告げる言葉は、言い方を変えれば傲慢な人間が掲げるエゴのようなものだと主張する。そのこと自体にエルザは否を唱えるつもりはない。自然と考えがそのように凝り固まって、周りからは傲慢だと思われることも、致し方ないと自負している。

 

だがその上で、エルザは極端に言ってしまえる程の覚悟を、常日頃から持ち合わせてもいた。

 

「私は仲間を守るためならば、力も知力も美しさもいらない。弱くても、賢くなくても、醜くても、仲間を守れる力と引き換えなら、それらを捨てることだって厭わない」

 

真っすぐに目を向けて断言したエルザの言葉の内容を、ラスティローズは認識するのに時間をかけた。思ってもみなかった言葉の意味を噛みしめるのに、脳内の処理が追い付かず、しばし呆然としてしまっていた。やがてようやく、己の聞き間違いと言う線さえ無かったと気付いた彼は、メガネを指で押し上げながら、どこか侮蔑のこもった目をエルザに向けて言い放った。

 

「理解できんな、そのような矛盾した考えは」

 

「……矛盾か……否定はできんな。そして理解してもらおうとも思わない」

 

実に勿体ない、そう言いたげなラスティローズの言葉に、微かな自嘲を抱えた返答と、確固たる意志を思わせる答えを告げる。仲間を傷つける敵である彼に、理解される必要性など、微塵もない。

 

「そんな私をも受け入れてくれたのが、今の家族と家……妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ。私には、それだけで十分すぎる」

 

エルザにとっては、大切な仲間(家族)に認められているだけで、これ以上に無い喜びだ。他者の言う矛盾した考えでさえ、きっと彼らは受け入れてくれる。むしろ、自分らしいと言ってくれるだろうか。だからこそ、他の者からどう言われようと、一向に構わない。

 

「ならば、その十分と言う満足感(サティスファクション)を噛みしめながら……散るがいい、美しく醜き妖精よ!!」

 

これ以上の言葉は不要とばかりに、片腕を上に掲げ、怪物への指示を飛ばす。すると怪物は大きな拳を振りかぶり、エルザの身体を殴り潰そうと迫る。しかしエルザはそれを寸前のところで腕に飛び乗る形で回避すると、同時に換装を行い、黒き鎧と剣を纏って怪物の懐に潜り込む。

 

「黒羽・月閃!」

 

そして振るわれた剣の一閃が、怪物の上半身と下半身を一刀両断。身体が泣き別れになったその怪物は、爆発するかのように弾け、粒子となって消滅した。

 

「なっ!?ベルクーサスが……!!あの黒い鎧が、攻撃力を高めているのか!」

 

黒羽の鎧は、元々一撃の威力を高める力を有する。そこを更に無防備な身体に攻撃を受ければひとたまりもないだろう。そして彼を守る怪物が消えた今、エルザの狙いはラスティローズのみ。

 

「我が右腕は、全てを切り裂く漆黒の剣!」

 

だがそれを認識してただでやられるつもりも彼にはない。口上を唱えると同時に彼の右腕は変化を起こし、まるで巨大な突起型の三本爪を持った黒い獣の腕のようになる。そしてその右腕をラスティローズが振るえば、カエルやカメレオンの舌のように伸びていき、迫り来ていたエルザへと襲い掛かった。すかさずエルザは足を止めて迎撃する。

 

「体の一部も自在に変えた……!?」

 

「いくら攻撃力を高めたところで、オレに届かなくては意味がない!!」

 

しなる鞭のように漆黒の剣とやらを振るい、エルザに距離を詰めさせずに仕掛けていく。安直ではあるが理に適った戦い方だ。わざわざ距離を詰め寄らせずに敵を懐に入れる義理など存在しないのだから。しかしエルザの顔に焦りはない。

 

エルザが一つ念じると、ラスティローズの頭上に魔力の扉が開かれる。瞬時に彼はそれに気付くと、扉……異空間の先に何があるのかがすぐに見えた。エルザが換装のストックを収納する魔力の収納空間だ。剣や槍と言った何十を超える種類の武具が、重力の自然落下に従って、彼を上から襲い掛かる。

 

「左手に宿るは全てを退ける黄金の盾!!」

 

しかし一瞬動揺を見せるもラスティローズはすぐさま落ち着き、金色の盾を左手に構えて己への攻撃を全て遮断。虚を突かれた攻撃手段ではあるが、阻むことに成功して彼の気分は高揚する。

 

「距離があろうがお構いなしか。だがこの程度は……!」

 

しかし、ラスティローズの余裕綽々と言いたげだった表情は次の瞬間、崩れた。何か金属同士がこすれるような音がしたと同時に、地面へ深々と突き刺さった音も響く。ラスティローズが伸ばしていた漆黒の剣と呼ばれた長い腕の手首に当たる部分が、エルザが持っていた黒剣に突き刺され、地面に縫い付けられていた。今し方響いた二つの音は、この音だったのだ。

 

「オレの……右腕が……!!」

 

これには、さしもの彼も開いた口が塞がらない。距離を空ける為に行動していた自分への対抗手段として高じた頭上からの攻撃は、彼の右腕を拘束する、この瞬間の為の囮。本命は、ラスティローズの攻撃手段を封じることにあった。

 

「だ、だが!俺にはまだ、この黄金の盾が!!」

 

「換装!」

 

持っていた剣を拘束の為に手放し、そして瞬時にラスティローズへと駆け出すエルザ。それに対して焦りを見せながらも、全ての攻撃を阻む金の盾を前方に突き出して、未だ距離のある彼女への牽制を主張する。だが、それさえも構わず彼女は身に纏う黒羽の鎧から、瞬時に別の鎧へと換装を行うと……。

 

「『飛翔・音速の爪(ソニッククロウ)』!!」

 

「ぐあああっ!!?」

 

豹柄の意匠と獣耳が施された、速度を上げる飛翔の鎧の力を用い、ラスティローズの動体視力が追い付く間もなく盾を掻い潜ってラスティローズの身体中を切り刻む。突如姿が消えたと思いきや、体中が斬られていたと言う理解が及ばない現象に、彼の頭は混乱に陥る。あまりに激痛に、右手の剣と左手の盾が消滅するほどだ。しかしだからと言ってエルザは彼が持ち直すのを待ちはしない。

 

「私の事は、何と言ってくれても構いやしない。大切な人たち以外にどう思われていようと、私が私であることに変わりはない」

 

振り向き様に告げ、飛翔の鎧から再び別の鎧へと換装を行い、エルザは膝をついたラスティローズに厳しい目を向けて、両手に持ったその剣を構える。緋色の髪を二つの団子状に纏め、身に纏うは強い光を発する白と橙の鎧。羽のついた肩と、腰にそれぞれオレンジ色の装飾が付いているその鎧の銘は『明星の鎧』―――。

 

「だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の、私たちの仲間を傷つけたこと……その事については、私は決して貴様らを許しはしない!!」

 

エルフマンとエバーグリーン。力は及ばなかったかもしれないが、一方的に聖地に侵入し、彼らを傷つけ、あまつさえ見下し、侮辱した。自分一人だけならまだしも、家族である彼らを蔑ろにした行為に関しては、仲間を蹂躙してきた悪魔たちも含め、絶対に許すわけにはいかない。その彼女の心象を現すかのように、魔力が込められた二振りの剣は白金と銀青に光り輝く。危険を察知したラスティローズは怯えながらも腕を突き出すが……。

 

「わ、我が左手に宿るは……!!」

 

「『明星・光粒子の剣(フォトンスライサー)』!!」

 

双剣から放たれた光の波動が、容赦なくラスティローズに襲い掛かる。防御する暇もなく繰り出された攻撃に飲み込まれ、悲鳴を上げながら大きく吹き飛ばされた。波動が体を通り過ぎ、ボロボロになった身体が地に叩きつけられ、数秒前では予想できないほどにラスティローズは満身創痍となっている。

 

「(ば、バカな……!?何がどうなっている!?さっきまで……ほんのついさっきまでは互角……いや、オレが一歩先を行っていたはず……!)」

 

自らが生み出した守護聖獣が一撃で粉砕されたのを皮切りに、彼の手が一切通じなくなってしまっている。あり得ない。こんな事はあってはならない。このままされるがままになっていては彼自身のプライドにも関わる。それが許せなかったラスティローズは、震える身体に鞭を打って、ゆっくりと近づいてくるエルザに対して手を下した。

 

「我が守護聖獣!『疾風のベルファースト』!!奴を薙ぎ払えぇ!!」

 

彼を中心として渦巻きだした黒い無数の粒子が形を作り出し、エルザの目の前に顕現する。鋼鉄の身体で出来たかのような、二足歩行の(ドラゴン)らしき巨大な怪物。エルザが既に倒した一体目に引けをとらないそれは、咆哮を上げながら彼女へと襲い掛かってくる。対して……

 

 

 

 

 

一瞬で煉獄の鎧に換装したエルザは、手に持った巨大な大剣でベルファーストと呼ばれた怪物を一撃粉砕。瞬殺だった。

 

「んなあっ!!?」

 

その光景は、まるでこの世のものではなかった。今まで己の守護聖獣によって屍と化した人間は10や20では到底片付かない。圧倒的な体躯と防御力、そして何と言っても破壊力を有する彼らは、並大抵の魔導士などとるに足らないと言える偉大な存在だった。

 

だが、今目の前に立っている、たった一人の女は、まさに守護聖獣たちが歯牙にもかけなかった人間たちに対して行った行動と、ほぼ同じ感覚で返り討ちにしてみせた。まるで何十体同じ怪物を生み出そうが、有象無象と変わらないと言いたげに。

 

「どうした?これで終わりとは言わせんぞ」

 

守護聖獣の何倍も恐ろしい存在が、まさか人間の女の形をしているなど、ラスティローズは夢にも思わなかった。形容するならば、怪物を超えた化け物。自らの動悸や呼吸が早まるのを感じる。これは、恐怖……?

 

「立て。貴様に許される道はない」

 

「(こ、このオレの(カケラ)が、恐怖……!?)」

 

自らの力を見せつけるつもりが、逆に更なる圧倒的な差を見せつけられた彼が感じた感情。恐怖。数多の名声を作り上げた妖精女王(ティターニア)の姿を目にしたラスティローズは、自らが抱えた感情にさえ、困惑を覚えた。

 

硬直し、動けなくなっていたラスティローズへの冷たい目をそのままに、そのまま再起不能にしようとエルザは手に持つ大剣をゆっくりと上げ、彼にその狙いを定める。その動作でようやく我に返ったのか、ラスティローズは瞬時に両手を額の位置に持っていくと、それにエルザが勘づくと同時に魔法を発動した。

 

「出でよ!!ブリティアの亡霊たちよ!!この女の魂を喰らい尽くせ!!」

 

その恐怖は、彼の想像力を逆に搔き立てた。黒と紫に彩られた、髑髏にも見える顔を無数に張り付けた波動が、ラスティローズの背後から溢れ出し、エルザの身体をすり抜ける形で飲み込む。

 

「しまっ……!身体が……!」

 

直接的な攻撃ではない。亡霊の名が現すように正確な実体を持つわけではないが、身体に纏わりつき、その自由をしばし奪う。あるいはその不気味さゆえ、精神を侵しその者の魂を奪う。それが本懐。だが、エルザのような魔力も精神も桁違いな魔導士には、足止めにしかならんだろう。しかし、それで十分だった。

 

エルザの拘束に成功したことを確認したラスティローズは、そのままエルザに背を向けながら立ち上がると、有無も言わずに後方の森の中へと必死に走り去っていった。逃げたのだ。

 

「なっ!?待て!!」

 

唐突な敵前逃亡。敵わぬと見て恐怖心が勝り、足止めだけをして逃げたと言う事実。他者をあれほど見下した言動を放っておいて、己が窮地に陥れば、恥も外聞も捨てて逃走。どこまで性根が腐っているのかと、エルザはラスティローズに嫌悪と怒りを覚えずにはいられなかった。

 

「くっ……!はあぁあああっ!!」

 

そしてその後のエルザの行動も早かった。動き辛くなっている体にも鞭を打ち、両手で大剣を振り上げ、前方へと力任せに振り下ろす。それだけで彼女の周りに纏わりついた亡霊はおろか、叩きつけられた地面も、直線上に存在する木々もあっという間に粉々となって散乱。そしてそれを視認すると同時に、エルザは体の自由が元通りになったことも実感できた。

 

「ひっ!?ヒィィイイ!!」

 

そして同時に聞こえた男の引き攣った悲鳴。それ程遠くにまで行っていないようだが、自らの位置を知らせるかのような愚行を、みすみす逃すエルザではない。煉獄の鎧から動きやすい普段の鎧へと換装し、直剣一つを右手に持ちながら、悲鳴のした方向へと向かう。

 

しばし森の中を駆け抜け、時々聴こえる足音や茂みを掻き分ける音、さらに逃げることで足元がおぼつかないのか時々つんのめった時に出る悲鳴を拾って追いかけ、森に入って30秒もしない内にエルザはその視界にその男の背中を捉えた。

 

「逃がさん!!」

 

その姿を確認するや否や、右手に持っていた一振りの剣を投擲。その剣は、ラスティローズが逃げていた方向のすぐ目の前の木を貫通する形で突き刺さった。

 

「う、うわぁあっ!!?」

 

追い詰められたことで虚勢が剝がれたのか、情けない悲鳴を上げながら後ろに倒れこむラスティローズ。その合間に追いついたエルザは、その醜態に最早怒りを通り越して呆れさえ覚えた。

 

「貴様にはどうやら、ほんのひとかけらさえ与える慈悲など存在しないようだ。覚悟はできていような?」

 

腰を抜かして突き刺さった剣を怯えた顔で見ていたラスティローズの真横から、換装で呼び出したもう一振りの剣を、彼の顔のすぐ傍に突きつける。先程以上に冷たい表情でエルザが彼を見下ろしながら告げれば、ラスティローズの表情はより恐怖に染まりあがった。

 

「ヒィイ!!た、頼む、許してくれ!!この通りだ!!」

 

「この期に及んで、そのような口が通じると思っているのか!!」

 

敵前逃亡に引き続いて命乞い。腰を抜かし、両手を上にあげて、その姿はさながら降参の意。だがこれまでの奴の行動を思い返せば、そのような形ばかりの謝罪程度で到底許されるようなことではない。現にエルザも、怒気を強めて主張し、突きつける剣を離しはしない。

 

「お、オレが悪かった!!降参する!だから、だからこれ以上は……!!」

 

しかしそれでも尚惨めったらしく命乞いを続けるラスティローズ。もういい。こいつが如何に救いようのない下劣な存在かが分かった。そう結論付けたエルザは、剣を握る力を強めて、その男を斬り伏せようと振りかぶる。

 

 

 

「っ!?」

 

だがその直後、エルザの背後から別の魔力を感じ取ったエルザは、ラスティローズをひとまず捨て置き、その場を跳躍して回避。すぐさま彼女がいた場所に六つの光が襲い掛かり、着弾すると同時に光の柱を作り上げる。ラスティローズにギリギリ当たらなかったところを見るに、確実に狙いはエルザだったことが分かる。

 

「新手だと……?何者だ!!」

 

今の魔法はラスティローズのものではない。瞬時に悟ったエルザは、着地すると同時に攻撃してきた存在がいるであろう方向に顔を向けて新たな敵を視界に収めようとした。

 

「よく避けたな、エルザ」

「!!?」

 

が、その声を耳にし、その姿を目にし、エルザは己の耳と目を疑った。それはもう、これまで見聞きした中でも、信じがたい、信じられない存在が、目の前にいたのだから。

 

()()()()六連星(プレアデス)……完全に不意討ちだったのだが、さすがと言うべきか」

 

木々の合間を悠々と歩きながら、こちらへと近づいてくるその人物に、エルザは心当たりが、いや、記憶の中に一番焼き付いていた存在であったと言っても過言ではない。だが故に、ここにいることなど、本来は天地がひっくり返ろうとも割り得ないのだ。

 

「ふっ……ハハハ……!いいところに来た……!地の底より舞い戻った一等星(ヴェスペリア)……我がギルドの客人よ!!」

 

動揺と困惑をこれでもかと現わし、狼狽している妖精女王(ティターニア)。対照的に、彼女に先程まで追い詰められていたラスティローズは、これでもかと優越感を覚え、この場に現れた味方を迎え入れ、高々と告げている。だがそんな彼の言葉には耳を貸さずに、エルザへと近づいてくるその存在に、ただただ彼女は呆然となり、気付けば呟いていた。

 

「な、何故……お前が、ここに……いや、奴らと、共にいる……!?」

 

最後に()を見たのは、評議院に連れていかれた時だった。大罪人の烙印を押され、罪を償う為に冷たい鉄格子へと連行される牢馬車へと自ら入っていった、悲しくも、優し気があった、幼少の頃と同じ笑顔。だが、今その男が浮かべているのは、全くの別物……。

 

評議院(やつら)の牢獄から解放してもらった恩返しさ。それに妖精の尻尾(フェアリーテイル)……特にお前には大きすぎる借りがある。そうだろ、エルザ?」

 

青藍の短い髪、左目を覆うように刻まれた赤い刺青。端正に整った美青年と言うべき顔。その男の事を、今後生涯、忘れる事など無い。そうエルザが自負できる程の存在が、問いかけるようにしてその顔を向けてきていた。

 

「ジェラール……!!!」

 

ジェラール・フェルナンデス。その男が浮かべていた表情は、楽園の塔にて対峙していた、悪としての彼が浮かべていたものと同じものだった……。




おまけ風次回予告

ペルセウス「なあエルザ、アースランドのジェラールって、お前から見てどんな奴なんだ?」

エルザ「何故、そんな事を聞く……?」

ペルセウス「いやほら、俺にとってのジェラールって、エドラスから来たミストガンしか知らねーから……ウェンディ以外のみんなは、大体の事を知ってるっぽいし」

エルザ「そう言えば……ペルたちには話してなかったか……。そうだな、一言で言い表すのは難しい。だが今でも思い出すのは、みんなの光となって導いていた、子供の時の姿だ……」

次回『追憶のジェラール』

エルザ「ニルヴァーナの事件で会った際は、まさにその時のジェラールに、戻ったかのように思ったよ……」

ペルセウス「そうか……お前がそんな顔で語る程の奴がいたとはな……」


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第130話 追憶のジェラール

お久しぶりです。またも更新まで一か月かかりました…。

もうここ最近は会社が何かしらの問題発生で営業続行不可能にならねぇかな~なんて破滅願望が浮かぶくらい仕事に時間を取られ続けています…。

やりたくもない残業をしないと仕事が回らないってふざけてる…。前まで週一で更新できてたのに、やらなきゃいけない事が多すぎる…!


彼女が最初に彼と会ったのは絶望の中だった。故郷を焼かれ、村人のほとんどは殺され、そして残りは奴隷として無理矢理に連れていかれた。楽園を建設する為と言う、名前とは正反対である文字通りの地獄へ……。

 

そこで彼女は出会った。絶望に染まらずにいられたきっかけである仲間と、生涯絶対に忘れることがないその少年に。

 

「“ジェラール・フェルナンデス”」

 

「うわ~、覚え辛ぇー!舌噛みそうな名前だな~」

 

「そういうお前も、“ウォーリー・ブキャナン”って忘れそうだよ」

 

その青藍の髪と左目の周りに紅い刺青を持った美少年、ジェラールは仲間の一人である逆立った黒髪の少年ウォーリーと、自分の名前を改めて紹介し合っている。無為に結束を固めて反乱を起こさせない為か、時々行動を共にする面々を変えていた際に、自分たちは一緒になった。

 

共にするようになって数日。ふとした話題として挙がったのは互いのフルネームだった。ジェラールにもウォーリーにも、元々は故郷があり、家族がいた。その証であるラストネームは彼らが失ったであろう思い出足り得るものとなっている。

 

エルザにはそれが眩しくもあり、羨ましく感じた。

 

「エルザ、お前は?」

 

目についたのかウォーリーは次にエルザへをそれを尋ねてきた。だがエルザには、二人のようなラストネームは存在していない。物心ついた時から故郷である『ローズマリー村』の教会にいて、そこで暮らしていた自分と同じ孤児たちと、親代わりのシスターと共に生活していた。“エルザ”と言う名は教会前に自分を捨て置いた名も顔すらも知らぬ親が書いたであろう、彼女を包んでいたおくるみに書かれていた名だ。当の捨てた本人のラストネームなど、知りたいとも思わない。

 

「私はエルザ……“ただの”エルザだよ」

 

「それは寂しいな……」

 

正直に答えれば、素直な感想のような返答がジェラールから返ってくる。物悲しさはあるが、それがまだ10年ほどしか生きていないエルザにとっての自分。幼いながらもそんな達観した想いを抱えていたが、その中の一抹に羨望が宿っていたのも、また事実であった。

 

だが突如、エルザは自分の髪が誰かに触れられている感触を覚えた。気付いて後ろを見てみれば「お」と純粋故か不躾にジェラールがエルザの髪を持ち上げるように手に取っていたのが分かった。

 

「ちょ……何よぉ」

 

「キレイな緋色!」

 

歳の近い異性に触れられる機会など皆無だったことから気恥ずかしさを覚え、素っ気ない態度を見せながら軽く振り払う。しかしその態度には何も気にすることなく、ジェラールは無垢らしささえ感じる笑顔を浮かべながら言った。緋色……エルザの髪の色だ。思わず反芻したエルザに頷きながら、閃いたと言わんばかりに彼はこう続ける。

 

「そうだ!“エルザ・スカーレット”って名前にしよう!!」

 

「『名前にしよう』って……お前そんなの勝手に……」

 

髪色の名称をそのままエルザのラストネームにしようと言う唐突な提案。ほぼ初対面の異性、それも何の断りもなく髪を触ったことも加味して、子供じゃなかったら間違いなく何かしらの問題が起きただろう言動に、普段は大雑把な面が目立つウォーリーから指摘される。一歩離れたところで見ている褐色肌の少年も睨むようにジェラールへ鋭い視線を向けているが、肝心の本人はそれに一切気付いていない。

 

「『緋色(スカーレット)』……エルザ・スカーレット……」

 

そしてエルザはと言うと、最初こそ戸惑いが強く混乱していたが、キレイだと誉められた自分の髪に触れ、頬を紅くしながら今し方つけられた自分の名を反芻する。教会にいた頃に大人たちからも髪の事を褒められはしたが、ジェラールに言われ、そして名を与えられた今この時は、過去に感じた事のない胸の温かさと高鳴りを覚えた。

 

「そう、お前の髪の色の事だ。これなら絶対忘れない!」

 

『ただのエルザ』だった今までとは変わり、れっきとした名前『エルザ・スカーレット』となった一人の少女。その名を己に刻むために、ジェラールは自分の一番の特徴を教えてくれたのだろう。

 

その後豹変し、楽園の塔を追放されることとなるエルザ。しかし過去の思い出の一つとして残していたこの出来事は、彼女が自身の緋色の髪を意識することのきっかけになっている。そしてニルヴァーナを巡る六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いを制した後、評議院に連れていかれる直前、記憶を失っていた彼から告げられた最後の言葉。

 

()()の髪の色だった……』

 

エルザの緋色の髪に関する言葉。これだけで、彼女は確信できた。全てと言う訳ではないが、ジェラールの記憶の一部が戻りかけていたことを。エルザに向けて彼が告げた「絶対忘れない」と言う言葉が、まさに彼の記憶を呼び起こすこととなった。

 

最後に豹変する前の彼と会えた上、過去の事を思い出してくれた喜び。償いきれぬ罪を清算するために自ら連行され、二度と出られぬ牢獄へと身を投じ永遠の別れとなった悲しみ。切ない別れを乗り越えようと、エルザは前を向いて今後の未来を生きてきた。過去にジェラールが与えてくれた光を見失わず、懸命に。彼に会えない悲しみを埋めるように。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、理解できなかった。今目の前に現れた、自分を捨てた時のような、あらゆるものを利用して貶めてきた時と同じ顔をしたジェラールの存在が。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

未だ降りやむ事のない雨が、場にある全てのものを濡らす。森の木々や草花、大地のみならず、それは己たち人であっても例外ではない。だが、本来その雨に打たれる事のない場所にいるはずの男が目の前に現れたことに、エルザは激しい動揺を表情に浮かべざるを得なかった。

 

「ジェラール……!?」

 

エルザにとって、その男は彼女のこれまで生きてきた人生において、外すことのできない存在だった。かつては彼女と共に奴隷として過酷な環境に身を置き、亡霊に憑りつかれたことで打ち捨てられ、8年越しの因縁に決着をつけた直後、記憶を無くした状態で再会を果たし、しかしその後重すぎる罪を償う為に牢へと入っていった、大切だった人……。

 

そんな男……ジェラールが今、目の前に、そしてその浮かべた顔はかつて対立していた時と同じ、悪意に満ちた嘲笑が混ざったもの。

 

「いや……あり得ん!お前がここにいる訳がない……!!」

 

振り払うように首を大きく横に振りながら、エルザはまるで自分に言い聞かせるように声を張り上げ否定する。そうだ、ジェラールがここにいる事などあり得ない。新たに発足された評議院は、以前の体制よりも更に強固かつ厳正。その上最後に言葉を交わした際のジェラールは、亡霊に憑かれる前の優しい彼だった。今更脱獄しようなど……。

 

「折角また会えたと言うのに随分な挨拶じゃないか」

 

だがしかし、その容姿や声、佇まいは間違いなくジェラールそのもの。皮肉めいた言動は潜入していた(ジークレインの)時を彷彿とさせるが、逆を言えばそれが尚更敵であった頃のジェラールがそのまま存在している錯覚を覚えてしまう。

 

「驚きを隠せないようだな、妖精女王(ティターニア)

 

戸惑いを露わにするエルザに、ほんの数十秒前まで腰を抜かしてエルザに命乞いをしていたラスティローズが、立ち上がって今の彼女の心境を指摘し、余裕そうな態度を取り戻して図星を突きに来ている。

 

「評議院によって捕まり、牢の中にいるはずのジェラールが何故ここに?大方思っているのはそんなところだろう」

 

両手を大袈裟に広げて、まさにエルザの胸中でこみ上がっている想いを言い当てる様は、さながら演劇の役者。そこにはつい先程までの虚飾が剥がれたような情けない姿は嘘のように残っていなかった。

 

「ジェラールは現在、我々悪魔の心臓(グリモアハート)の客人兼協力者として我らのギルドに身を置いている。マスター・ハデスの手引きで、評議院から脱獄する際の条件としてね」

 

疑問を拭いきれないエルザに対し、ラスティローズが律義に語った彼の詳細。悪魔の心臓(グリモアハート)によって評議院から脱獄を果たし、奴らに協力していると言う、更なる疑問と混乱を招く答えにエルザの脳は許容量を超えかけている。

 

「脱、獄……!?いや、だがそんな話があれば、既に知れ渡っているはず……!!」

 

「脱獄できたのはほんの数日前だ。それに、変わったばっかですぐさま失態を公表するような事、“評議院”が正直にすると思うか?」

 

評議院に潜入しエーテリオンを投下させた、二度と外に出ることも叶わぬ罪を犯したジェラールの脱獄。そんな事が起これば事件として世間に知れ渡らないわけが無いはずだが、その疑問を口にしたエルザへの解答は、本人から明かされた。新体制に大きく揺らぎをかけてしまうような大事件が、立ち上げてからたったの数か月で起きてしまった事を簡単に公表などできる訳がないと。

 

「ジェラール……お前、記憶は……!?」

 

しかしエルザの疑問は他にもあった。ニルヴァーナを巡る事件があった時、その場にいたジェラールは記憶喪失だった。戦いの激化や、ふとしたきっかけで、少なくともナツについては思い出していたようだが、豹変する前の性格に準拠していた。

 

だが今目の前にいるジェラールの様子は、その豹変が起きてからの8年間のもの。これが意味することは何なのか。エルザは心のどこかで気付いていながらもそれを確かめるのに躊躇いを覚えた。そんな彼女の葛藤に気付いてないのか、気付いていながらも現実を知らしめるためか、無情かつ淡々と答えを述べた。

 

「脱獄の直前、牢の中で戻った」

 

まるでタイミングを選んでいたかのような偶然さ。悪魔の心臓(グリモアハート)によって解放される直前での記憶の復活。それによって記憶の中にあった残虐性も元に戻ってしまったのだろうか。エルザの中にある驚愕と動揺は収まらない。

 

「自分が記憶喪失だったなんて、今でも信じがたい話だがな」

 

「覚えて、いないのか……?」

 

更に追い打ちをかけるように告げられるのは、まるで記憶が失われていた頃が存在していなかったかのような口ぶり。共にニルヴァーナの崩壊を切り抜けてきた時の、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒す為に戦ってきたことなど、忘れてしまったかのような言い方に、思わずエルザは聞き返した。そんな彼女の疑問に答えたのは、彼を味方と仰いでいたラスティローズだった。

 

「失われた記憶(メモリアル)。それをその手に取り戻す代償(サクリファイス)六魔将軍(オラシオンセイス)を潰した時に存在したであろうもう一人のジェラールは……もういない」

 

所々の言い方はよく分からないが、彼のその言葉が何を意味するのかは分かった。ジェラールは失われた全ての記憶を思い出すと同時に、記憶を失っていた時の事を忘れてしまった。いや、捨てたと言う方が正しい。

 

「ここにいるジェラールは、かつて楽園の塔を支配(ガバナンス)していた、ゼレフによる理想郷(ユートピア)を目指していた、謂わば我らの同志!協力し合うことに何の問題がある?」

 

「ゼレフを騙って人を勝手に利用していた奴らがよく言えたものだ」

 

「おっと、これは失礼した。だが目的としているものが同じである事実(ファクト)は確かだろう?」

 

声高々に己を紹介したラスティローズに対して皮肉めいた笑みを浮かべて肩を竦めて突っかかったジェラールは、メガネを指で整えながら同様の返しをした彼の言を耳に入れながら、エルザへと視線を移して彼女へと数歩近づいていく。

 

「グリモアの手引きで脱獄し、奴らの目的を聞いた俺はこれを好機と思った」

 

「……好機……?」

 

愕然を表す表情を戻せないまま立ち尽くしていたエルザは、思わずそのまま聞き返した。彼女の表情が想像通りだったからか、その問いに口を吊り上げてジェラールは続けた。

 

「一つはあのゼレフがまだ生きていて、オレがゼレフと共に作り上げようとしていた世界と同等の、大魔法世界。そしてもう一つは、お前たち妖精の尻尾(フェアリーテイル)がこの島にいた事」

 

ジェラールが告げた目的。特に二つ目を聞いた瞬間、エルザは目を更に見開き、彼の狙いに気付いた。それを口にはしなかったものの、ジェラールも彼女が気付いた事を察知し、更に邪悪な笑みを深くする。

 

「そうだ。楽園の塔で手痛い目に遭わせてくれた、ナツ・ドラグニル、シエル・ファルシー、そしてお前を含めた妖精の尻尾(フェアリーテイル)への報復だ、エルザ!!」

 

それが引き金となり、ジェラールは声を張り上げて彼女の名を呼ぶと同時に、掌を掲げて彼女へ魔法を放つ。直撃。その勢いのまま彼女の身体は後方へと吹き飛ぶも、すぐさま翻って地面へと着地したエルザは勢いよく駆け出してジェラールへと再接近。それを見て若干の驚きを表したジェラール目掛けて、エルザは右手に持っていた剣を振り下ろす。魔力を込めた腕でそれを防ぐも、止められたエルザの表情に、最早先程映った動揺や困惑と言った感情は残っていなかった。

 

「させるものか……大魔法世界も、妖精の尻尾(フェアリーテイル)への報復も、ここで止める……!」

 

浮かべていたその顔に写っているのは、怒り。一時は見せてくれた希望の兆しを壊し、再び悪しき思想に囚われたかつての友へ、凶行と報復を行おうとする彼を止めんが為と、剣を握り締める右手に更なる力がこもる。

 

「ジェラール!今ここで私が、今度こそお前の野望と報復を、悪魔の心臓(グリモアハート)ごと止めてみせる!!」

 

「……やってみろ。出来るものならな……流星(ミーティア)!!」

 

宣言を叫んだエルザに対し、余裕を表す笑みを浮かべて返したジェラールは、その直後に身体に黄色い閃光を纏い、瞬時に移動。力を込めていたエルザの態勢が崩れるも、すぐさま持ち直し、超がつくほどの高速で攻めてきたジェラールの攻撃を捌く。

 

受け流されたことで舌打ちを一つ口に出したジェラールは、攻撃の手を緩めることなく何度もエルザに接近と退避を繰り返して追い詰めようとする。だが鍛えぬいた反射神経でエルザはジェラールが仕掛けてくる攻撃を見切り、反撃の糸口を探るように剣を振るって受け流していく。

 

九雷星(キュウライシン)!!」

 

このままだとジリ貧だと感じたジェラールは高速で動きながら右手を後ろに引き、背後に黄色く輝く魔力の剣を9つ生み出し、右腕を振りかざして発射。ジェラールの動きを警戒していたエルザは躱すことなくそれを受け、彼女がいた場所に土煙が舞い起こる。

 

しかし、その煙が晴れた中で、彼女はダメージを受けた様子などなかった。頑強な造りを施した鎧と、両肘に付けられた身の丈より大きな半々の盾により、彼の攻撃を遮断していた。防御に特化した金剛の鎧だ。

 

「ちっ、受け切ったか……」

 

「換装!!」

 

決定打を中々叩き込めない事に悪態をついたジェラール。それを隙と判断したエルザは即座に金剛の鎧を飛翔の鎧へと換装。防御特化から敏捷を限界まで上げた鎧へと変化させたことで攻守が逆転する。両手で持った二つの剣を自らの手足のように振るってジェラールへと肉薄し攻撃を当てようとするも、彼もまた光を纏っていることで敏捷力は上がっている為、互いの攻撃はほとんどダメージを与えられていない状況だ。

 

「楽園の塔で戦った時よりも更に腕を上げたようだな」

 

どちらの攻撃も有効打を当てない状況下で、ジェラールは余裕さえ感じられる様子で言い放つ。エルザはそれが癪に障ったようで、歯ぎしりを起こすほどの怒りと共に歯を食いしばり、今度こそ当てようと踏み込んでジェラールへと肉薄する。

 

だが右手に持つ剣がジェラールを捉えようとしたその時、直前のタイミングでエルザの剣が横から伸びた何かによって弾かれた。伸びてきた方向に思わず目を向けてみると、ジェラールとの激突が始まってから蚊帳の外になったかと思われたラスティローズが、その右腕を漆黒の剣へと変化させており、ジェラールに届きかけた攻撃を防いでいたことを理解した。

 

「忘れては困るな妖精女王(ティターニア)。オレたちは味方同士なのだぞ?」

 

「卑怯とは言わせんぞ?」

 

「くっ……!?」

 

横槍を入れてしたり顔を浮かべるラスティローズに続くように、ジェラールが素早く腕を動かし、エルザの目の前左右それぞれに十字型の光陣が描かれる。剣を持つ手を弾かれて、今の彼女は無防備だ。

 

「『南北十字星(デュアルクロス)』!!」

 

それぞれの光陣から放たれた赤と青の二色の十字光が交わるようにしてエルザを襲う。回避も防御も間に合わずに、エルザは雨に濡れた地面を転がってしまう。

 

「この程度では終わらんだろう?」

 

すかさずジェラールは光を纏って近づき、追撃を仕掛けて蹴りを繰り出す。だが素早く態勢を変えたエルザは左の剣でその攻撃を防御しながらその場を退避し、空中で姿勢をとろうとする。

 

「ハハハァ!!」

 

だがそれを彼女にとっては最悪のタイミングで邪魔するのは漆黒の右腕を振るうラスティローズ。彼女の死角になる位置から迫ったその攻撃は、エルザによって受け流されるも、意識を逸らされた彼女に再びジェラールが迫って、上から踵落としを喰らい、地面へと叩きつけられる。

 

「無様なものだなァ、妖精女王(ティターニア)。さっきまでの勢いはどうしたァ?」

 

叩きつけられて痛みをこらえながらも上体を起こそうとするエルザに、ラスティローズは馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま右腕の三本爪を開き、そのままエルザを掴むように押さえつける。勢いよく押さえつけられたことで悲鳴と共に息が口から吐き出され、エルザは体の自由が利かなくなってしまう。

 

「さて……そろそろ終幕(フィナーレ)と言ったところか。せめて美しく散っていくがいい……!」

 

癪に障る男の声だけがエルザの耳に届き、悔しさをにじませた険しい顔で上空を見れば、そこにはジェラールによって曇天の下に刻まれた七つの魔法陣が並んでおり、その中央部に中空に浮いたジェラールがこちらに狙いを定めているのが見えた。あれは、見覚えがある。楽園の塔にて、シエルやナツが喰らい大きなダメージを受けた、ジェラールの大技……。

 

「七つの星に裁かれよ……!七星剣(グランシャリオ)!!」

 

降り注ぐは隕石に相当する威力の七つの柱。規則的に並べられた七つの星光が、エルザ目掛けて降り落ちる。彼女を縛り付けていた漆黒の剣は、着弾する直前に解除され、ラスティローズには全くダメージが及ばない。眩い光が当たりを照らし、それが解けた時には、エルザは先程よりもボロボロにされた状態で横たわり、呻き声をあげるしか出来ていない状態だった。

 

「ほう……これは驚いた。死にはしないだろうと思ったが、意識までまだあるとは……」

 

かつて妖精の魔導士はこの技を受けても五体満足で生き残っていた。エルザも並大抵では倒れないとは思っていたが、予想以上の耐久と精神だと、表情には出さないがジェラールは感心した様子でいる。

 

「……ジェ、ラー……ル……答え、ろ……!」

 

未だ意識が残っており、更には降り立ったジェラールに気付くと、エルザは彼に問いかけようとしていた。「ん?」と聞き返すように一言ジェラールが零せば、絶え絶えの息のままジェラールにその疑問をぶつけた。

 

「共に……ニルヴァーナを、破壊した、時の事を……本当に……覚えて、いない、のか……?」

 

「ああ、その事か。夢を見ていたかのようにぼやけてばかりで、ほとんど記憶にない。ま、記憶を無くしてたんじゃ、あの時のオレもどうかしていたんだろう」

 

ジェラールが記憶を無くしていた、ニルヴァーナの件。先程覚えていないと言いたげな口ぶりをしていた為に、その時の事が本当に記憶から消えてしまっていたのかの確認。対するジェラールの返答は、肩を竦めながら呆れたような声で答えられた。

 

「ウェンディに……言った言葉、も……そうな、のか……?」

 

その質問には、怪訝の顔を浮かべた。エルザの記憶の中には評議院に連れていかれる直前、本来は出会ってすらいなかったウェンディの事を思い出せない事への謝罪と、自分が誰かの助けになれていた事への安堵を彼女に告げていた。彼はその事さえ忘れたと言うのか……?

 

そんな想いを抱えた問いかけに「ウェンディ……?」と考える素振りを見せ、数秒口を閉ざす。やがて一つ息を吐くと、ジェラールはエルザへと視線を戻し、無表情のまま答えた。

 

「覚えてないな。思い出す価値があるとも思わん」

 

そう冷たく言い放ったジェラールに、エルザは体の限界さえも忘れる程の怒りに駆られた。悲鳴を上げる手足や胴など省みず、記憶に残る幼い少女が見せた悲しみや絶望。それを感じさせない普段の明るさと健気な姿勢。そして、自らが彼女を妖精の尻尾(フェアリーテイル)に導いた時の記憶。エルザにとって、ウェンディは一人の仲間として以上に、かけがえのない存在になっていた。

 

そんな彼女の想いを、ぞんざいに踏み捨てた事への怒りが、彼女の力となってジェラールへと向かう。微かに驚いた様子の奴の顔を、せめて一発。拳を叩きこまなければ気が済まない。

 

激昂の雄叫びを上げながら振るったその拳は……届くことはなかった。驚きは一瞬で済ませたジェラールが、掌を翳して魔力の波動をエルザにぶつけると、彼女の身体は再び地面を転がった。

 

「終わったか?」

 

「ああ、今度こそ、な」

 

倒れ込み、動く気配を感じられないエルザを見て、二人の男が浮かべる笑みが深くなる。思っていた以上に苦戦させられたが、七眷属に加えて元聖十の魔導士も同時に相手取ると言うのは限度があったようだ。

 

「(体が……動かん……!)」

 

どれほど動かそうとしても動かない自分の体を呪いながら、エルザはその意識が徐々に薄れていくのを自覚した。重い瞼も閉じていき、このまま倒れ伏すばかりとなる自分への不甲斐なさを感じながら、彼女の視界は深い闇に閉ざされる……。

 

 

 

―――……。

 

 

 

 

何だ?

 

今、誰かの声が……?

 

 

 

 

――――……――ザ……。

 

 

 

……!!

 

 

 

 

「は……!?」

 

ラスティローズは己の目を疑った。確かに倒れ伏し、起き上がる様子などないと確信していた女が、ふと気付けばその身を起こし、しっかりと二本の足で立ち上がっているのが見える。

 

「嘘、だろ……!?」

 

完全に意識も失って戦える訳がないと思っていたエルザの現状に、最早ラスティローズは恐怖さえ覚えた。ジェラールにも表情に動揺と冷や汗が見えるが、ラスティローズとは異なり彼女が何か動きを見せた時に対処できるように身構えている。

 

だがエルザは中々動きを見せることなく、僅かに息が乱れていて立っている二本の足も小刻みに震えている。誰がどう見ても、彼女が限界に達しているのは理解できるような状態だった。

 

「……はっ……ハハハハ!!そんなボロボロの状態で立って、今更何が出来る!?とどめを刺してほしいのか?」

 

明らかな満身創痍。それを再確認したラスティローズが勝利を確信して思わず大袈裟に笑ってみせる。しかし対するエルザの放った答えは、彼が予想したものとは全く異なるものだった。

 

「貴様の魔法について……ある程度理解できた」

 

鋭い眼光を覗かせながら言い放ったエルザの言に、ラスティローズは再び笑みが強張った。同様にジェラールの顔にも動揺が見えているが、エルザはそこを指摘せず自身が気づいた彼の魔法についてを語り出す。

 

「貴様が使う魔法は、使い手が想像したものを作り出す魔法。さっきまで作っていた怪物たちは、召喚で呼び出されたものではなく、お前自身が一から作り出した生き物。そして、本人の体の一部が変形したのも、そう変えられるように想像した為」

 

そしてその説明はラスティローズに少なからず動揺を与えていた。正解だ。彼の魔法は『具現のアーク』。使用者が想像した通りのものをその場で創造する事を可能にした力で、剣や盾、守護聖獣も含めて全てラスティローズの創造によって作られた存在だ。当然その能力もラスティローズの想像力に起因する。

 

「だがそれは実体こそあれど、想像と言う無の空間から作り出した、いわば偽物。だからある程度のダメージを与えた怪物たちは消滅した」

 

事実エルザが守護聖獣を攻撃し、肉体の維持が叶わなくなれば消滅し、使用者本人である彼がダメージを受けた事で想像力が一旦途切れ、強化された部分が戻ってしまっていた。普段であればわざわざ高説を垂れたところで理解のされない、選ばれしものが認識を許されたと自負する己の魔法を、まさか対峙していただけで訂正の余地もない完璧な理解を得られてしまうとは思わなかった。

 

「さ、さすがと言うべきか妖精女王(ティターニア)。オレの魔法『具現のアーク』についてを、戦いの中で理解するとは……。だが、それがどうした!!」

 

どのみち今更気付いたところでエルザに出来る事など高が知れている。数多の敵を沈めてきた無敵と言える己の魔法。更にこちらは数の利もある。彼の勝利が揺らいだわけではないと、更に声を張り上げて主張する。

 

「想像の力は無敵!その上こちらには頼もしき味方がいる!!」

 

「最早どう足掻いても、お前に万が一の勝ち目すら残ってはいない!!」

 

ラスティローズに同調するように声を荒げながら閃光を纏い、ジェラールは再びエルザ目掛けて攻撃を仕掛ける。

 

「せめて、最後はオレが息の根を止めてやろう!エルザァ!!」

 

目にも止まらぬ速さで接近して、右腕を引きながらトドメの一撃を見舞おうと狂気の笑みを浮かべる。1秒にも満たないであろう次の攻撃に対し、瞼を閉じていたエルザは視覚以外で感じ取り、その手に持っていた直剣を振るい迎撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は……ジェラールではない!」

 

一歩踏み込んだ姿勢となってから告げたエルザが生んだその光景。振るった直剣はジェラールを一閃し、何とその胴体を真っ二つに斬り裂いた。だが、切り裂かれた切断面は、鮮血や内臓などは一切出てこず、ノイズがかった真っ暗な空間を写すのみ。

 

「なっ!!?」

 

「がっ……エ……ル、ザ……!!」

 

それを見たラスティローズは今までで一番の衝撃を顔に出し、斬られたジェラールからも、一切の血は出てこず、泣き別れて二つになったジェラールにもノイズが走り始める。それはまるで、今のジェラールが人間ではない事を証明しているかのようだ。

 

そう。エルザは気付いた。戦っていたジェラールは脱獄していた本人ではない。ラスティローズの具現のアークで作り出された()()の偽物。楽園の塔の事件後で行方不明になる前のジェラールを、再現したに過ぎない存在だったことに。

 

「本物のジェラールは……今も、檻の中だ……」

 

そして若干表情に悲しみを帯びながら、エルザは真実を口にした。まるで自分に言い聞かせるように。だが事実、本物のジェラールは脱獄などしていないし、記憶もまだ失われたまま。毎日評議院の見回りから痛めつけられ、無気力に佇みながらも、この時は何かを感じ取って遠くにいるはずのエルザに檄を呟いていた。

 

「負けるな……エルザ……」と。

 

「お前はもう戻るといい。私の、思い出の中に……」

 

「エ、ル……!」

 

その声が本当に彼女に届いていたのか、それとも彼女の頭に響いたのは、唯の思い出の中にいた彼だったのか。それはエルザ本人でさえも知る由もないし、彼女も思い出に縋るつもりはない。ジェラールは()()()()()。それだけが、今の彼女が知る真実。

 

それを改めて証明するかのように虚像のジェラールへと、悲しげな顔で振り向きながら告げれば、身体に走るノイズが徐々に増えていったその偽物は、名を呼びきる前にその姿を完全に消滅させた。それを見届けたエルザは顔を伏せ、もう一度心に言い聞かせた。これで良かったのだと。

 

「な、何故だ……何故分かった……!?」

 

一方で、偽のジェラールを作り出した張本人は、今までの余裕も完全に消え失せた様相で狼狽し、エルザに問うた。それを聞いたエルザは伏せていた顔を上げると語りだした。自分が違和感に気付けた要因を。

 

「怪物を一から生み出すならば、人であっても可能とは思っていた。そして、偽のジェラールを作り出す隙は、あの森の中で作っていたのだろう?」

 

想像したものを具現し、実物として作り上げる。それが具現のアーク。自らの頭の中でしか思い描けない怪物でさえ形に出来るのだから、記憶の中にある人物を作る事も同じことだとエルザは気付けていた。

 

そしてあの偽物のジェラールが現れたのは、一時逃走を図って森の中へとラスティローズが逃げた後。ジェラールが彼が作り上げた偽物であることを悟られないように、作り出した後はエルザの意識を自分へと敢えて向けるために()()()自分の位置を知らせるような情けない演技をしていた。それを考えれば、違和感に気付くのは容易な事だった。

 

「違う……オレが聞いているのはそこじゃない!!何故、あのジェラールが、オレの生み出した偽物だと分かったのだと聞いている!!オレの具現のアークは完璧だ!オレの想像した通りに作り出す!本物と遜色の無い、ジェラールを……!!」

 

だがラスティローズの質問は、エルザの答えとは違った。違和感を感じたとしても、あれはまさしくジェラール本人を再現した存在。外見も声も魔法も魔力も、全て本物と遜色の無い自信作。ある人物から正確に教えてもらったジェラールを、一切の妥協なく作り上げていた。偽物だと教えられたとしても、それを疑う方が自然なほどのクオリティだと自負している。だからこそ、何故見破れたのか、それに対するエルザの答えは、至ってシンプルだった。

 

「そんなもの、見れば分かる。むしろ一目見た時にすぐ気付けなかった自分が情けないぐらいだ」

 

一切の揺らぎもない真っすぐな目で彼を睨みながら、堂々と言ってのけたその返答に、ラスティローズは開いた口が塞がらなかった。頭の片隅では、お前は一体何を言ってるんだ、と言う言葉も過ったほど。彼女から見れば、誰もが本物に見えるはずの彼の作品は、どこからどう見ても偽物でしかないのかもしれない。

 

「我らが聖地を無断で荒らし、私の仲間を傷つけ……そして、人の思い出を穢した!!」

 

呆然自失と立ち尽くしていたラスティローズは、エルザに起きていた変化を感じ取る余裕すらなかった。ただでさえ怒りを刺激する所業を行っていた悪魔の心臓(グリモアハート)の魔導士であるのに、その上エルザにとって何よりも根強く残っている存在を、悪用されたことに対する怒りの一撃が、刃となって彼を襲う。

 

勢いよく飛び出し、近づかれた事に気付いた時には、エルザの一閃によって大きく後ろへと吹き飛ばされ、地を転がされた。まずい。完全に彼女の逆鱗に触れ、戦況を悪化させた。逃げようにも体を動かせず、ラスティローズはこの上なく焦りを覚える。

 

「貴様は……貴様だけは、決して!!」

 

そして対するエルザは収まらぬ怒りのままに倒れ伏すラスティローズへとトドメと言わんばかりに剣を振るおうと飛び掛かり構える。恐怖に引き攣った顔を振り向かせたラスティローズへの最後の一撃が放たれようとした……その時だった。

 

「……!?」

 

突如、エルザの身に異変が起きた。前触れもなく脱力感を覚え、握りしめていた両手に力が入らなくなり、剣が離れてしまう。そして彼女の身体もまた着地に備えることも踏ん張ることも出来ずにそのまま前へと倒れこんでしまった。すぐさま立ち上がろうにも、戦いによる消耗がただでさえ激しかったこともあって、上手く力が入れられない。

 

「な、何だ……!?力が急に……!!」

 

「……はっ……はははは……!どうやら運はオレに味方したようだ!!」

 

突如倒れこみ、動けなくなったエルザを見て、同じように少し唖然としていたラスティローズであったが、何かを理解して立ち上がり、そして高らかに叫び出す。何が起きたのか分かった……というよりも、こうなる事を待ちわびていたかのようだ。

 

「何を言って……っ!?」

 

言葉の真意を聞き出そうと彼を見上げるように睨むエルザだったが、彼女の目には信じられない光景が映りこんだ。

 

「樹が……!?」

 

天狼島の中心に聳え立っていた巨大な樹が、少し前から起きていた地響きと轟音を立てながら、根元から倒れこんでいく、自然には決して起こりえない、地獄絵図のような光景を……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時は少し遡り、天狼樹の根元付近で激突していたペルセウスとアズマ。だが今その空間はつい先程とは打って変わって静かなもの。その理由は戦いが一時的に中断となっているからだろう。

 

「俺からも一つ聞かせてもらおう」

 

「何かね?」

 

「あんた……何で闇ギルドなんかに入ってんだ?」

 

実力の高さが拮抗し、手応えのある戦いを望む強さへの求道者。性格や戦い方からもその実直さが伺えるのがアズマという男の特徴だ。故にペルセウスは疑問だった。何故そんな男が、手段を選ばない者たちが多くいる闇ギルドに身を置いているのかが。

 

あくまで推測でしかないが、アズマのような人物ならば闇ギルドに身を置いている方が不自然だと感じるのが普通だろう。ペルセウスから尋ねられたアズマは口元に弧を描きながらそれに答えを示した。

 

「その疑問はもっともだね。キミが指摘する通り、闇ギルドの魔導士たちはオレと違って正面からぶつかり合う闘いを求める者は数少ない。マスター・ハデスのように圧倒的な力を持っているならともかく、オレと同じ位置にいる煉獄の七眷属ですら、時に搦め手や騙し討ちを用いて敵を貶める者がほとんど。だからこそ、オレは闇に身を置くべきだと()()()()()ね」

 

ペルセウスの疑問に対し、推測に肯定すると共に告げられた言葉……特に最後の文言に対し、ペルセウスは大きな驚愕を示した。詳しく説明を聞いてみれば、アズマはその高い魔力と才能、そして闘争への姿勢をとある人物に見初められ、スカウトされたらしい。

 

正面から堂々と、力と力のぶつかり合い。一見光にいるようなスタイルを持っているアズマは、相手に対しても無意識にその戦いを求めていた。だがアズマの望みを叶えられるとすれば、相手が正規に所属する、強大な力を持ち、正々堂々とした戦いを望む者である必要もある。アズマは根底に光の素質を持ちながらも、闘争を求むるあまり相反する者たちが渦巻く闇の側へと入っていった。

 

「オレは一度たりともその選択を後悔したことはない。数々の武勇を広めた魔導士たちとの激突。それに打ち勝つ高揚感。オレが望む闘いは、自然と向こうから訪れる。今この時、キミと戦えることにも、感謝すらしているね」

 

「その感じだと、ハデスに良いように使われていることさえ、分かっていながら従っているみてーだな」

 

傍から聞けば、アズマのような強力な魔導士を光に寄せず、引きずり込ませる腹黒さが垣間見える。だがアズマがそのような搦め手に気付けていないようなバカとも思えない。自分が利用されている側であることを理解していながらも、敢えてその身を退かずに投じている。その言葉に、アズマは一切の否定を告げない。

 

「無論だ。だが一つ訂正しなければならぬ箇所があるね」

 

しかし彼は別の箇所を指摘した。そう。ペルセウスは一つだけ、勘違いをしていた。一見違和感など感じられないやり取りの中にあった、たった一つの相違点を。

 

「オレを闇の世界に引きずり込んだのは、マスター・ハデスではない」

 

更なる驚愕を見せるペルセウス。しかしそれはまだ序の口。彼が更に困惑を覚える真実の爆弾を、アズマは持っていた。

 

「オレはかつて、その男が率いるギルドに身を置いていた。最強と謳われる闇ギルド・悪魔の心臓(グリモアハート)に属する、煉獄の七眷属の候補を探し当て、育成するために……

 

 

 

マスター・ハデスの一番弟子『ヤート』が作り上げたギルド」

 

『ヤート』……。その名前を聞いて、ペルセウスは何度目になるか分からない衝撃を受けることになった。アズマと対峙して、一番と言っていい程の動揺と困惑。顔に浮かび上がる多くの冷や汗が、それを物語っている。

 

「ヤート……だと……!?まさか、お前がいた、ギルドは……!!」

 

「察しの通りだね。キミのことも、ヤート殿からよく聞いていた。マスター・ハデスが『キミたち兄弟を生かして捕え、我がギルドに接収するように』と、異例の命令を下すほどには、オレ同様に興味を抱いていた」

 

ペルセウスの脳内に、その光景は走馬灯の如く蘇った。幼く病を患い、苦しむ弟。両親に成り代わるように訪れ、手を差し伸べたとある男。その男の下で過ごす他なかった、地獄のような日々……。

 

「ギルドの名は『鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)』。オレは……キミが5年前に裏切りと共に壊滅させたギルドにかつて所属していた……先輩だね」

 

あらゆる感情が渦巻き、表情を浮かべるペルセウスに対し、アズマはただただ不敵に笑いながら、己の出自とペルセウスの忌まわしき過去の真実を口に出した。




おまけ風次回予告

ハッピー「あいやーーー!!?」

シエル「ハッピー!?どうしたんだよ急に!?」

ハッピー「た、助けてシエル!あそこに、あそこにィ!!」

シエル「何だ?犬がいたのか……?」

ハッピー「ヘビがいたんだよ!ヘビってネコの天敵でしょ!?オイラやられちゃうよ~~!!」

シエル「成程……確かにそりゃ大変だ……」

次回『鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)

ハッピー「ってあれ?シエル、な、何で輝虹(レインボー)の準備してるの……?」

シエル「大丈夫さハッピー。鱗一枚残らないようあのヘビ消め……退治してやるから(黒笑)」

ハッピー「ペルみたいになってるし!消滅って言いかけてるし!ヘビよりもシエルの方がコワーーー!!?」


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第131話 鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)

約二か月ぶりになってしまいした。大変お久しぶりです。
本当はもっと早く書き上げたかったのですが、本当に仕事が邪魔して…さらには皆さんもご存じのショッキングな出来事も…。

ドラゴンボールの鳥山先生に、まる子ちゃん役TARAKOさん、テイルズオブでキャラクターデザインを手掛けたいのまた先生の訃報…。
更に続け様のように、僕の実祖母も先月天へと旅立ちました。

それでも、どれだけ心折れて遅れても、頭に浮かぶ物語は書きあげなければいけない気がして、ようやく一歩踏み出せました。これからも尽力していくつもりです…!


フィオーレ王国南部に存在する小さな片田舎とも言える町。とある兄弟が生まれ育ったのはそんな小さな町だった。

 

街と言うにはこじんまりしているが、村と言うには発展していて、それなりに人も住んでいる。近場の街には、魔導士ギルドもいくつか居を構えているので、有事の際はそこに助けを求めることも可能だ。

 

「こ、これは驚いた……!!」

 

そんな別の街から、町長の依頼で幼い子供たち向けに開く魔法教室の先生として雇われた魔導士は、信じられないものを見た気分になった。参加していた子供たちもまた、驚き、尚且つ憧れや羨望と言った目を一点に向けている。

 

先生役となっていた魔導士が子供たちに教えたのは、その場で花を咲かせる魔法。用意していた苗が植えられた鉢を成長させると言う、比較的簡単な部類に入るものだ。だがしかし、彼らの目に映っていたのはそれを遥かに凌駕していた。

 

一人の幼い少年が一度念じただけでみるみる内に成長し、大きく立派な花を一輪、それに寄り添うようにもう三輪の花が見事に咲き誇っていた。瑞々しく悠々とたゆたうその花は、一切枯れる様子も見せない。

 

「小さな一輪を咲かせるだけで十分なはずだが……」

 

まだ自分は、この魔法の使い方を簡単に教えただけ。最初から成功する子供などいないと想定していたし、仮に天才が混じっていたとしても、小さい一輪を咲かせれば立派なものだと称賛さえしようと思っていた。だが、たったの一回で魔導士見習いの域を超えた技量を見せつけた齢4つ頃の子供の才能は、彼には既に度し難いものを誇っていた。

 

そんな様々な視線を感じながら、誇らしい気分に笑みを浮かべているのが渦中の少年。水色がかった銀色の髪を持ったその子供の名は“ペルセウス”。生まれながらにして魔法の才覚を見せていた、天才を超える神童であった。

 

「すごーい!!」

「何で、オレはできないのに……!」

「どうやったの!?」

 

「?言ったとおりにやったらできた」

 

同じように使おうとしても出来なかった周りの子供たちに対し、少し首を傾げながらそう答えた少年。むしろ出来ない事が少ないと感じさせる、まさしく天才と呼ぶべき逸材である事が、その言動から把握できた。

 

 

 

同日夜。とある一つの民家に帰宅したペルセウスは、魔法教室の様子を見に同行していた母と、母から報告を受けていた父と談笑していた。

 

「そうかペルセウスが……ずっと小さい頃から魔法を使えていたが、本当に天才だよ、我が子ながら」

 

食卓を囲んで聞いた話に、元はギルドの魔導士だったらしい両親であることを加味しても才能溢れる自慢の息子の頭を、父は優しく撫でる。くすぐったそうに笑みを浮かべながら、ペルセウスは受け入れていた。

 

「もうすぐ生まれくるこの子も、色んな魔法が使えるようになるのかしら?」

 

同じ髪の色を持つ夫と息子の微笑ましい様子を見ながら、唯一東洋の者の血が混じった為か黒髪黒目を持つ母はここ数ヶ月で膨らみを自覚した己の腹部を愛おしそうに撫でて呟く。彼女の中には、もう一人の家族がいるのだ。

 

「その時は、色んな魔法を教えてあげてね?お兄ちゃん」

 

「おにいちゃん?」

 

優しくペルセウスへと語りかける母の言葉に、少年は反芻するように問い返すと優し気に首肯して母は教える。

 

「そう。あなたはお兄ちゃんになるのよ。どんな時でも弟か妹を守ってあげられるような、立派なお兄ちゃんに」

 

「おにいちゃん、か……!」

 

まだ短い人生でありながら、下の弟妹がもうすぐ現れ、兄と言う存在になる事実を知ったペルセウスの顔に喜びが浮かぶ。記憶の中に過っているのは、同じ町に住んでいる自分よりも少し年上の、仲のよさげな兄弟。これから生まれてくる弟か妹と、自分もそのようになれるのだろうかと言う期待に、胸を膨らませていた。

 

それから更に数か月。過ごしやすい暖かな春の最中、待望の第二子が誕生。ペルセウスにとっての弟が新たな家族の一員となった。父と兄、二人と同じ色の髪を持って生まれたその赤子は、穏やかな日差しを浴びて生まれたことも含んだ、青空の意味からその名がつけられた。

 

「はじめまして。俺はおにいちゃんだぞ。“シエル”」

 

この子はどのように育つのだろう。兄と同じように才能あふれる子だろうか、それともごく普通の子だろうか。いずれにせよ、元気にすくすくと育ってくれればそれでよし。父も母も、そう願っていた。だが……。

 

「あなた、シエルがまた熱を……!!」

 

「っ!?すぐに病院に!!」

 

まだ一年も経つ間もなく、弟は幾度も体調不良に陥っていた。忙しなく、不安そうに赤ん坊の弟を看病する両親を目にし、その不安がペルセウスにも伝播していく。顔を紅くし、涙ぐむ生まれて間もないように見える弟の姿を見ながら、どうしたらいいか分からず立ち尽くしてしまい見ることしかできずにいる。

 

「つらそう……」

 

慌ただしく動く両親と苦しみを表すように唸る弟。未だ幼い域を脱していないペルセウスにも、それが良くない状況であることを察することは可能だった。だが、魔法以外で秀でた何かがある訳ではない彼には、弟を元気にする為の助力に関わることも出来ず、はがゆい思いを抱えていた。

 

体調を崩すために病院へと運ばれ、落ち着いてきたころに戻るも再び日を置かずに熱を出してしまう。そんな状態を何回か繰り返した頃……シエルが二歳になった年、何度目になるか分からない診察で、シエルの病弱な身体について細かく検査を行ってもらう事に。

 

「お子さんを検査させていただいた結果、判明したことがあります」

 

シエルの検査を担当した医師が結果を伝えるために両親と自分を呼び出し、診察室へと案内される。そして医師と向かい合う形で座ると、彼はシエルのカルテを持ちながら診察結果を伝え始めた。

 

「度々発熱や不調を見せていた原因ですが……結論から言うと、他の一般的な赤子と比べても、内包されている魔力量が少ないことです」

 

魔力量が少ない。それが一体何を意味しているのか。彼らアースランドの人間はほとんどが魔力を持って生きている。そこから魔法を行使して魔導士になれる存在は全体の1割と僅かに感じられるが、魔法を習得するための修練を重ねれば誰しもその才を開花することは可能だ。魔力も高ければ高い程その魔法の質も高まる。実際、兄のペルセウスは生まれつき魔力が多いと診断され、物心つく前から魔法を使えたほどだ。

 

だが医師が告げたのは兄とは真逆の例。シエルは本来生まれ持つ魔力が他と比べると希薄であり、それが原因で抵抗力や身体面があまりにも低く、体調を極端に崩しやすい体質であった。それはまるで……弟が持つはずだった魔力の分まで、兄が引っ張って身につけたかのように……。

 

「俺の……俺のせいで、シエルが……」

 

弟の体質について医師から聞かされた内容を、幼いながらもペルセウスは悲観的に解釈して、自責の念に駆られていた。しかし息子の悲し気な呟きを聞いた両親は、それを否定するようにペルセウスの小さな身体を優しく抱きしめる。

 

「あなたのせいじゃないわ。決して……」

 

「そうさ。お前がそんな意地悪をするような子じゃないのは、父さんたちが知っている」

 

我が子を安心させるように、優しい声で宥める両親。天才的な魔力を持っているからと言って……身体が弱くたって……二人にとってはペルセウスもシエルも大切な我が子。二人ともに愛情を注いでくれる。幼いながらもペルセウスはそれが実感できた。

 

そして彼は決めた。自分が“お兄ちゃん”だと言うのなら、兄として弟の事は何があっても守らなければ。助けなければと。両親が仕事で家を空ける時は自分がシエルを見ていなければ。まだ齢10にも至らない少年が抱えるにしては重い使命にも似た決断を、彼は自ら下した。

 

シエルの治療代が心もとなくなってきた頃、両親は引退していた魔導士業に一時的に復帰し、多くの報酬を得られる依頼を引き受けて再び家を空けることになった。その時も、ペルセウスは素直に聞き入れた。全てシエルの……大切な家族の為であることを、分かっていたから。

 

 

 

それから一週間……その日は……大雨が降っていた。

民家を叩きつけるようにして降り続くそれが音を立てており、身動き一つとれない幼い子供と、それを黙して見つめる少年と言う兄弟を包む空間は、雨音以外のそれらを遮断している。

 

未だ苦しそうな呼吸を繰り返し、一向に熱の引く様子がない弟の額に乗せられた濡れタオルを取り替えながら、ペルセウスは度々呼びかけを続けていた。

 

「頑張れシエル……!きっとすぐに父さんたちは帰ってくる……!元気になったら、また外に出かけよう……いつかきっと、元気に駆け回れる日が来るさ……!!」

 

自分よりも幼く、小さく、しかし大切な弟。そんな弟の苦しさを少しでも和らげる為に、生きる希望を失わせない為に、自分の不安を押し殺して何度も何度も呼びかける。

 

そしてしばらくして、状況は動き出した。未だ降り止まない雨で閉められた外とを繋ぐ扉。それが軽く叩かれて、中にいるペルセウスの耳へと届く。3回繰り返して聞こえてきたそれを認識した少年は、弾かれるように扉の方へと向き、すぐさま駆け出す。両親が帰ってきた。そう確信を秘めて、自らを急かすように足を動かす。

 

「父さん、母さん!おかえり!早く中……に……?」

 

即座に鍵を開けて扉を開け放ち、薬を持って家族の元に帰ってきた両親と思って迎え入れようとしたペルセウスの目に映ったのは、両親の姿ではなかった。

 

「ペルセウス・ファルシーくん……ですね?」

 

父よりも大きい上背を持った、つばつきの帽子も含めた黒い正装に身を包んだ見たことのない一人の男。雨雲によって陰のかかったその姿の詳細は、身長差も相まってペルセウスには窺い知れない。低い男性の声を発するその男が何故自分の名を知っているのか。疑問の声を呟くよりも先に、その男は少年の沈黙を肯定と受け取ったのか口を開き始めた。

 

「私は、君たちのご両親がいたギルドでマスターをやっている者です。君たちには、大変申し上げにくいのだが……」

 

帽子のつばを摘み、己の目元を隠すように動かしながら、重苦しそうに、だが淡々とその言葉を紡ぐ男。扉を開け放った態勢で動けずにいたペルセウスは、どことなく嫌な予感を感じていた。この先を、聞いてはいけない。心のどこかで、自分がそう主張するような……。

 

「お父さんとお母さんは、事故で亡くなられました」

 

それら全てを打ち砕くように、淡々と男が突きつけた事実がひどく耳と心に突き刺さった。

 

そしてこれが……彼ら兄弟の慎ましやかな暮らしを終わらせる引き金だった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その男は、名を『ヤート』と言った。両親が現役時代に所属していたと言うギルド、鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)のマスター。故郷から馬車で片道3時間もかかるような遠い街に構えたそのギルドの話を、ペルセウスは両親から一切聞いたことはなかったが、ヤートから告げられる両親の話は、確かに特徴と一致している。更には……。

 

「君たち兄弟の事情についても、ご両親から伺っていますよ。まだ小さい君の類稀なる魔法の才能と、弟くんの身体の事も……」

 

こちらの事情まで全て把握済みであり、未だに体調が優れないシエルをギルドの奥に用意された寝室へと運び、安静にさせてくれていると言う優遇ぶり。至れり尽くせりとも言える程だ。だが、ペルセウスの表情は優れない。これまでは両親が甲斐甲斐しくシエルを治そうと尽力していたが、今後は幼い自分が魔導士としての仕事で治療代を稼がなくてはならないのだと、目の前の男から告げられている。本音を言えば、それをなし得る自信がないのだ。魔法の天才を言われてはいても、未だ一桁の歳の子供が背負うには、あまりにも重すぎる。

 

「心配はいりませんよ。弟くんの容態をこちらでも診察しましたが、適切に薬を処方していけば、将来的には健康体となる事でしょう。私たちが提示した仕事をこなしていく事でその薬と交換……と言う契約で如何でしょう?」

 

「……分かりました……」

 

その不安を取り除くかのように穏やかに笑みを浮かべながら、会った頃から続く丁寧な口調のまま提案を口にするヤート。どこか胸騒ぎに似た感覚を覚えながらも、ペルセウスはまだ幼い。その違和感の正体に気付くことは出来ず、ヤートの提示した契約に応えた。

 

「契約成立、ですね。今日から君は我がギルド・鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)のメンバーです。君の大事な家族……シエルの為にも、お互い頑張りましょう」

 

逆光に包まれてはっきりとは見えないが、恐らくニッコリと満面の笑みを浮かべたであろうその男の、影に包まれた狂気に気付くことも出来ぬまま、ペルセウスはその後己の左頬に紋章を刻まれ、男が提示した簡単な部類に入る仕事を請け負っていく。

 

魔法を多く使えるペルセウスではあるが、仕事と言う現場での対応が求められる物事に関しては不慣れ。最初の内はマスターであるヤート、または彼の側近を名乗るメンバーが同行して、不慮の事態に備えていた。しかし一ヶ月も続けていく内に神童とも謳われたペルセウスも勝手が分かってきたのか、一人で要領よく依頼をこなすことが出来るようになっていった。

 

「これが今回の分だ」

 

「ありがとう!」

 

この日も依頼を達成してギルドに戻ったペルセウスは、窓口を担っているマスターの側近である男に報告し、約束である薬を受け取った。両親を亡くしてヤートに拾われた頃からは想像つかないほど、ペルセウスの表情は明るいものになっていた。

 

「調子がいいみたいですね」

 

「マスター!おかげさまで!!」

 

彼の活躍を耳にしているようで、そんな言葉を交えながらヤートはペルセウスの後ろから話しかけてきた。彼は穏やかな印象を思わせる微笑みを浮かべながら尋ねてくる

 

「弟の様子はどうですか?」

 

「今は凄く落ち着いてます。薬のおかげで安定した日も続いていて……完全に元気になる日も、きっと遠くないですよね?」

 

ヤートが用意したという薬を受け取る日々が続き、それを決められた時間、決められた数量摂取すると言う決めごとに従って続けていくと、回復の兆しが見えてきた事を思い返しながら答えるペルセウス。守ると決めた弟を助けられている実感を覚え、希望の未来が彼の目には映っている事だろう。

 

「……そうですね……きっと、良くなる日が来ますとも」

 

目を輝かせているペルセウスに対して一拍を置きながらヤートは肯定を表した。その事に微かな違和感こそ覚えたが、それが何を意味しているのかまでは、今のペルセウスには分からなかった。

 

「さあ、今日はもう彼の元へ行きなさい。明日また、次の仕事に取り掛かってもらいますから」

 

「はい!」

 

次の瞬間には穏やかな笑みを浮かべて励ましをかける男。先程の違和感は気のせいだろうと結論付けたペルセウスは元気よく返事して、ギルドの奥の部屋で静養している弟の元へと駆け出していった。その場に残ったのは、マスターであるヤートと、彼の側近である窓口の男のみ。

 

「マスター……あのガキの弟、ホントに治しちまったら、ここに残るんすかね……?」

 

「さて……全ては病気が治らねば、分からぬことです」

 

ペルセウス相手には一切見せなかった弧を描いた口元を、ヤートを見やりながら浮かべる男に対して、振り返らずに淡々とした口調でヤートは答えた。そして、弟のいる元へと姿を消したペルセウスの方へと目を見やりながら、その笑みを歪める。

 

「……そう……治らねば、ね……」

 

最後に零した意味深な発言は、ペルセウスはおろかヤートの近くにいた男以外には届くことはなかった。

 

そしてその言葉の意味……その一端は、数日後に発覚した。

 

「マスター、大変なんです!シエルが熱を出して……!!」

 

いつものように処方された薬を飲んで、ずっと安静にしていたはずの弟が、朝から発熱で苦しんでいた。快方にずっと向かっていたはずの弟の身に起きた謎の不調。焦りを覚えたペルセウスはすぐさまヤートを呼んで彼を診てもらった。

 

「薬の効力に、体が過剰な反応を示しているようですね。少し効能は落ちますが、新たな薬を用意しておきましょう」

 

「良くなって、くれるでしょうか……?」

 

「薬に関してはお任せください。その間、あなたには更なる仕事をお願いします」

 

数日前まで浮かんでいた明るい表情は鳴りを潜め、苦しそうに呼吸する弟の姿を見ながらペルセウスはその顔を不安に染めていた。安心させるようにヤートが微笑んでいたが、それが目に入らないぐらいに、この先の事に不安が過っていたのも理由と言える。

 

それから更に数日後。その日の依頼を終え、シエルの様子を見ていたペルセウスはヤートに呼び出され、彼の執務室でその話を受けた。

 

「お疲れさまでした。明日からは、少しハードな依頼を受けていただきます」

 

「え……これって……」

 

そう言って渡された依頼書に目を通したペルセウスは言葉を失った。それに記されていたのは、これまでの簡単なものや、モンスター退治とは打って変わったもの。一人の男の顔写真とその者の悪行を添付資料に記された、始末の要望……つまり、暗殺の依頼だった。

 

「この者は裏では有名なブローカーでして……闇の世界の悪事を助長させる、害悪と呼ぶべき男です。ですが、あなたなら取るに足らない相手でしょう?」

 

「けど、始末って……こんな事を、仕事で……?」

 

一歩間違えれば犯罪であることは言うまでもない。相手がいくら悪人と言えど、まだ10年程しか生きていないペルセウスは殺人など当然したことがない。無縁だとも思えた残酷な内容に対し、目に見えて狼狽え、抵抗感を主張する。

 

「残念なことに、これが現実と言うものです。綺麗事ばかりでは、社会はなり立たないのですよ。悪しき部分は、切除しなければなりません」

 

淡々とした口調で告げられ、ペルセウスは言葉を失ってしまう。世界の現実。綺麗事だけではまかり通らない残酷な世界。子供にそれを受け止めろと言うのは酷な話だが、ヤートはそれを一切感じさせない口調であった。「けど……」と幼いが故の純粋な良心が痛み、首を縦に振るのを憚れて思わず口が言葉を紡ごうとする。

 

「どうか受けていただけませんか?そうでないと、契約に従って薬を渡すことが出来なくなりますが……?」

 

それを耳にして、ペルセウスの口は閉ざされた。その言葉が何を意味するのか、わざわざ聞かずとも分かってしまったのだから。この依頼を受けなければ、シエルは最悪……。

 

 

 

そして気付けば、ペルセウスはギルドとは別の場所にいた。足元の床に倒れ伏しているのは、依頼書に書いてあった対象となる男。身体は縦一本に穴が開いており、隙間から赤い液体を多く湧き出させたそれは、もう再び動くことはない事を一目見て理解させられる。そして彼を囲むようにして、護衛と思わしき黒い服を着た数名の男たちもまた、裂傷を刻まれて二度と動かなくされてしまっていた。

 

唯一立っているペルセウスが手に持つのは、紅い炎を象った剣。その刀身は元から赤いが、明らかに違う赤い液体が、それを上から塗り潰し、切っ先から赤い雫が垂れている。ようやく理解した。この惨状を作り出したのは……自分だ。

 

「……俺、が……これを……」

 

何故?

それがペルセウスが感じた……支配された感情の大部分。ヤートの脅迫にも似た言葉を耳にした瞬間、自分の中に感じた事さえもない何かが込み上げてきて……。

 

シエルが命を落とす可能性、ヤートの契約、周りに倒れ伏す屍の悪行、自身の手が血に濡れ、この惨状に至った環境、生まれ持った才能の差、力があっても何も変えれない無力、逆らう事の出来ない、綺麗なままではいれない、日に日に悪くなる弟の容態、攻めてきた自分に対する奴らの糾弾、絶叫、絶望、恨み節、葛藤、狂気、自責、困窮……。

 

 

 

 

 

「……帰ろう……」

 

そして少年は、考えるのをやめた。虚ろな心のまま犯した所業(仕事)に正面から向くにはあまりにも彼は幼すぎた。頭に次々と浮かんでは消える今まで関わった家族、友、大人たちの声と姿に見て見ぬふりをしながら、ペルセウスは帰路へと着いた。

 

 

 

帰還し報告をすれば、マスター・ヤートは喜んだ。弟を助ける薬を渡してくれた。そして次の仕事を言い渡し、それをこなせばまた薬を与えてくれた。要人の暗殺、ギルドの壊滅、敵対組織の撃退、表立っては絶対に実行することのできない地と闇に塗れた依頼を、幼さ故の純粋な感情を押し殺しながら、淡々とペルセウスは続けていった。

 

彼が一つ心を壊す度に、ヤートの表情が狂喜に移ろいで行く。

 

彼が一つ何かを消す度に、周りの下卑た者たちの生活が潤っていく。

 

彼がその身を血に染める度に、知らない誰かが不幸に陥り、その幸せをギルドの者たちが代わりに受ける。

 

 

 

だが……それでもなお……。

 

「兄さん?」

 

耳朶を揺らした、自分よりも幼く掠れ気味の声を聞いて、ペルセウスは顔を上げた。目の前に映ったのは青白い顔を心配の色に染め、自分を見つめる弟の姿。

 

「大丈夫……?」

 

心の底から思っているであろうその言葉。弟には自分が今、依頼とは言え人を殺めていることを明かしてはいない。唯一の肉親である弟は、自分しか本当の意味で頼れる存在がいない。そんな自分が人の道を外れていると……しかもそれがシエル自身の為であることを知られればどうなるか……。本当は全てを打ち明けて、二人でどこかへ逃げ出したい。ペルセウスは溢れ出そうな本心を、笑顔で押し殺した。

 

「心配するなよ。俺なら大丈夫さ。ここ毎日仕事してたから、ちょっとだけ疲れただけだよ」

 

そう。自分さえ……兄である自分だけが耐え忍べばいい。いつの日か……弟が“普通の”身体を得て、自由に動けるようになるまで。普通の少年としての、人間としての生を約束できるその日まで……。それが、両親と約束した「お兄ちゃん」である自分の使命なのだから。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

暗き闇が覆う空、雲よりも上に在する天にて、魔力のみを利用して浮遊する巨大な黒塗りの戦艦。その一室にて通信用の魔水晶(ラクリマ)の向こうの人物と、何やら情報を交換している様子の人間が二人いた。

 

一人は悪魔のような二本の角を付けた兜を被っている、右目に黒い眼帯を付けた老人。もう一人はそんな老人の傍らに仁王立ちしながら、まるで護衛のような佇まいを崩す様子の見えないドレッドヘアーの屈強な男。

 

「して、その後の経過はどうだ?(うぬ)の言っていた、数百年に一度の逸材とやらは……」

 

《期待以上。と言っても過言ではありません。成長速度もそうですが、思ったよりも速く覚悟を決めてくれましたよ》

 

老人が魔水晶(ラクリマ)の向こうにいる人物に問いかけると、通信越しに響いた低い男性の声が答えを返す。その声には、どこか隠し切れない喜びさえ含まれていた。

 

()()()()程の才を持った魔導士は早々……と長いこと思っていましたが、あの子は間違いなく、あなたの部下として最高傑作になる事は、確定的と言ってよろしいかと》

 

「……フム」

 

続けざまに伝えた言葉に反応を示したのは、老人ではなくその傍らに立つ男。悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部である煉獄の七眷属の一人として活動する魔導士、アズマだ。

 

「汝としては面白くない話かもしれぬな。同郷のギルドで、そのように言われる者が今後我がギルドに来るとしたら……」

 

「いえ、そのような事は……」

 

アズマがあからさまに反応を示したことに気付いた老人は、それが若く才能溢れるギルドの後輩の存在に対する対抗意識故だと思い、揶揄い混じりにそれを指摘する。だがアズマから返ってきた反応は想定しているものとは異なっていた。

 

「むしろ興味深いとさえ思うね。彼の力量は闇の世界で噂になるほどに広まっている。()()使()ファルシー……。まだ若くしてそう言わしめるほどの実力……是非一度、手合わせ願いたいものだね……!」

 

対抗意識ではなく、純粋な闘争への渇望。まだ子供の域を出ない魔導士の、未知なる力と存分に真正面からぶつかりたいと言う願い。アズマが抱えるその渇望を理解した老人も、通信先の男も、どこか苦笑気味に肩を竦めた。

 

「しかし、汝には驚かせられるものよ。私の全てを教えた最初の魔導士ではあるが、我ながら末恐ろしい男を育てたものだ。堕天使と言う強大な原石を磨き、あまつさえその手綱を完全に制御する術を見つけるとは」

 

《ありがたきお言葉です。しかし私はあなたの教えを教訓にし、あなたの為に動いているだけに過ぎません》

 

そして老人は、アズマがここまで気を昂らせるほどの逸材を見つけ、育ててきたその男に対しての畏怖を口にする。彼との一番古い記憶は、魔法の神髄を追う為に旅を始めてそうときが経たない頃、着の身着のままの薄汚れた状態で一人生きていた幼い少年と、偶然出会った時の事。

 

よもやあの頃の幼かった少年が、これほどに至るまでに育つとは、人生、何が起こるか分からないと、懐古の念さえこみ上がる。

 

《この生涯を全て、あなたの為に捧げると決めております。あなたの一番弟子である誇りにかけ、必ずやあの子を……ペルセウスを最強の七眷属に、あなたの最強の兵士に仕上げてみせましょう。我が師マスター・ハデス》

 

「期待して待つとしよう。ヤートよ」

 

そのやり取りを最後に、悪魔の心臓(グリモアハート)鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)……師弟でもあるマスター同士の会合は幕を閉じた。そして彼が育て上げるであろう、恐らく生涯最強の尖兵の存在を、アズマと共に待ち侘びる日の始まりを予感させられた。年単位で準備を周到とする弟子の事だから、恐らくあと一年は少なくとも要するだろう。ちょうど()()()()()()()()()()()()()()()()も同時進行している事だ。作戦を進めながらハデスは座して待つことを決めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「だが、マスター・ヤートからの連絡は、その日を最後に完全に断たれた。それから半年後の事だったね。鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)が壊滅し、ヤート殿のみならずキミと弟の消息が不明となったのは」

 

アズマが語っている間、ペルセウスはそれを耳に入れながらも、衝撃の事実として明かされた内容を何とか整理しようと飲み込むために、佇むばかりだった。まさかここに来て自分と因縁が深い魔導士が現れていたとは予想だに出来なかった。それも、バラム同盟の一角のマスターがかつて自分を利用していた男の師であり、目の前にいる男がかつて自分がいたギルドに所属していたこと。

 

浅からぬ因縁をほぼ前触れもなく明かされたことで、少なからず混乱を覚えずにいられなかった。これは単なる偶然なのか、はたまた運命の悪戯なのか。あの日からもう5年は経つと言うのに、やはり過去の遺恨から逃れる術はないのか……。

 

「お前たちが俺たち兄弟を狙っていたのは、ハデスの弟子のギルドを潰した仕返しか?」

 

「仕返しなどと言う意図は毛頭ない。ヤート殿も我らの……マスター・ハデスの手を煩わせることを望んでいたりはしないだろうね」

 

動揺で固まっていた思考を何とか引き戻し、ペルセウスはアズマに問うた。鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)のマスターがハデスの一番弟子と知り、最初に過ったのは彼の仇討ち。だが悪魔の心臓(グリモアハート)……もといハデスがペルセウスたちを狙うのは全く別の理由だった。

 

ヤートはそもそも、ペルセウスを未来の煉獄の七眷属の一人として育てるために、闇ギルドの一員の名に恥じぬような教育を施してきた。幼い頃に優しい両親によって育まれた善性と倫理観を壊し、無機質かつ残虐な所業を躊躇なくこなせるようになる為に。

 

それを強制させるために必要となったのが、ペルセウスを動かす為の手綱。病弱な弟であるシエルと言う存在だった。弟の病気を治す為の静養場所、そして病状を回復させるための薬の用意。それを条件とし、ペルセウスはヤートを始めとした鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)から回される依頼を表面上は一切の文句も垂らさずにこなしてきた。

 

だが、ギルドが壊滅した……否、させたあの日、その弟から全て教えられた。

ヤートが用意していた薬に毒が混ぜられていたこと。シエルが健康な体を手にすることも、病気で死ぬことも無いように、永遠に何も出来ない、生かさず殺さずを保たせる為の人形でいさせ、ペルセウスを逃さないようにされていたことを。あの日シエルが……自分の命を投げうつような行動に出なかったら、きっと自分は今アズマたちと同じ側にいたのかもしれない。そう考えると悪寒を覚える。

 

「ヤート殿は、マスター・ハデスを心から尊敬していた。それはもう、狂信と言っていい程にね。そんな彼が一切の連絡を寄越さなくなったと言う事は……キミを育て、煉獄の七眷属として悪魔の心臓(グリモアハート)に献上すると言う使命を果たせなかった、己への戒め……あるいは無様と感じた己の姿を、敬愛するマスター・ハデスに見せたくなかったが故。それがマスター・ハデスが推測した結論」

 

アズマの口から明かされて判明した、ヤートがハデスの一番弟子であった事実。そしてそんなヤートが生涯をかけて行っていた、ハデスに従う幹部たちの育成。ペルセウスがギルドを壊滅させたことで、その行方は師匠に当たるハデス以下、彼の束ねる悪魔の心臓(グリモアハート)ですら把握できていない。その上、ハデスは推測とは言えヤートの意図を汲み取り、彼を探し出そうともしていない様子。

 

「我々がキミたちを生け捕りで狙ったのは、そんなヤート殿が志半ばで果たせなかった悲願を汲み取る為の、せめてもの報いだと、少なくともオレは思っている」

 

端的に言えば、ペルセウスはハデスが知っているヤートが育て上げた最後の魔導士。髪の力を備えた武具を換装で扱うことが出来る稀有な存在。そして数年の時を経て、天候魔法(ウェザーズ)を単独で駆使できるうえに未だ潜在能力も秘められている弟が覚醒していることも突き止め、新たな悪魔の心臓(グリモアハート)のメンバーとして引き抜くことが、彼ら兄弟を狙っていた理由だった。

 

「今になって俺を……俺たちをグリモアの魔導士にしようってことかよ。そんなの素直に従うだなんてお前らも思ってる訳ねーだろ?」

 

「承知の上だね。だからこそ、マスター・ハデスはある策を講じ、オレをこの島へ先に送った」

 

その言葉に、何か引っかかりを覚えたペルセウスは「どういう事か」と尋ねるより早く、辺り一帯が蠢き始めた。辺り一帯を取り囲み、足場の一部にもなっている大樹の根っこが動き出している。最初は周囲を、そしてしばらく経つと己の足場も動き出し、場に留まることが出来なくなった。

 

「オレの魔法は“樹”の魔法。失われた魔法(ロストマジック)・『大樹のアーク』」

 

「大樹の……アーク……!?」

 

唐突に明かした自らの魔法。『大樹のアーク』と呼ばれる失われた魔法(ロストマジック)を操るらしい彼は両腕を素早く広げると、ペルセウスと対峙する時に何度も見せた無数の爆発が彼の周囲で発生する。

 

彼が度々使用していたこの技・ブレビーは、目視するのも難しい程に小さい木の実に大地の魔力を凝縮させ、破裂させることで起こしていたもの。足場にしている樹が彼の意思に従って動くのも、彼が樹木と身体を同化させることが出来ていたのも、この魔法の恩恵だ。樹木を意のままに操る事に特化したおかげで、まだ真価を発揮しきれていないミストルティンの支配にも屈することがなかったのだ。

 

だが、この魔法の真の力はもっと強大なもの。大地に根を張り、その土地に蓄積された魔力を支配することである。足場にしていた木の根へ自らの身体を沈ませながら、アズマは更に続けて語った。

 

「約束とは少し異なるが話しておこう。オレが真っ先に島に送られた理由を。それはマスター・ハデスの命令により、この島の魔力を支配するためだね」

 

その言葉が一つの区切りとなり、辺り一帯から激しい轟音と振動がさらに強くなっていく。まるで、辺り一帯の樹木から悲鳴が上がっているかのような異常事態に、ペルセウスは動揺を抑えることが出来ない。

 

「すまないね。このようなやり方は本意ではないのだが……命令とあれば仕方がない」

 

「どう言う事だよ……!これは一体……!?」

 

彼はまだ、何が起きたかの全容を知らない。それは誰が見ても想定外と言わざるを得ない、本来あり得るべきではない事象が発生している場所の、根元にいるからこそ。灯台下暗し。外から見て初めて判明する異常事態の、至近距離にいるが故に確認できない。

 

 

 

 

 

島の外からも見て取れた、中央に聳え立つ巨大な樹が、根元から掘り起こされたかのように抜かれ、崩れ始めたことを、ペルセウスはまだ知らない。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

轟音を立てながら倒壊していく巨大な樹。それを背に慌てふためきながらも雨にぬかるんだ地面に負けずに足を動かす者たちがいた。

 

「ぐあーーっ!!どうなってるんだこりゃあああーーー!!?」

「ひいいいっ!!」

「きゃああああー!!」

 

ナツたちである。それぞれナツがマカロフを、ルーシィがカナを、ウェンディがシエルを背負って運んでいる途中、島全体が揺れ出したかと思えば音が聞こえた方へと振り向くと島の中心に聳え立っていた巨大な樹がこちら側に倒れようとしていた光景を見て、一同は絶叫を放ちながら必死に離れようと走り出していたのだ。

 

「シャルル急いでー!!」

「アンタがね!!」

 

そして一番出遅れているのか後方で危機を叫びながら追随するハッピーに、彼の前方を走っていたシャルルがツッコミを入れるも先を急ぐ。幸か不幸か向うべきキャンプの方角は倒れていく大樹とは逆方向。逃げながらもその距離を徐々に縮めて行ってる状態だ。

 

「早く……!早く連れて行かないと!!」

 

ただでさえ消耗の激しい仲間達を抱えて移動していた為に急いでいた所に、自分たちも危険な事態が発生して困惑はピークに。だが慌てながらもしっかりと足を動かして、背負う少年を落とさないように気を配ることも忘れず、ウェンディは必死に足を動かしている。

 

だが、必死に前へと進んでいたことで足元が疎かになっていたのか、突如足がもつれて体が前のめりに傾いてしまった。

 

「えっ……きゃうっ!!」

 

踏ん張ることも出来ず倒れ込むウェンディ。しかも勢いが余って背負っていたシエルが投げ出されてしまった。強い衝撃を受けたものの彼が目覚める様子はない。

 

「うう……あっ……いけない……!……あれ……?」

 

すぐさま離してしまったことに気づいたウェンディはすぐに身体を起こそうとする。だが頭で行なっている指示が届いていないのか体に一切力が入らない。それどころか急激に脱力感が込み上げてきている。

 

「力が、抜けて……?みんなは……」

 

前の方で力無く倒れたままのシエルを、早く背負い直さないとと言う思いとは裏腹に体は言うことを聞かない。力が入らず動けないままの状態になっているウェンディの異常。だが、その異常を訴えているのは自分だけではないと、ウェンディはようやく気づいた。

 

「あれ……!?」

「な……何コレ……力が……」

「オイラ……もうダメェ……」

 

ウェンディだけじゃない。同じように仲間を背負っていたナツやルーシィ、そして少し遅れていたハッピーも急に力が抜けた様子でその場に倒れ込む。そしてそれは、ウェンディの友達であり相棒である彼女も例外ではなかった。

 

「どうなってるの……?ウェンディ……大丈夫……?」

 

シャルルもまた急激に力を失って力なく倒れこむ。ほぼ全員同時に倒れこみ、なおかつ背負っていた少年を転倒の拍子で離してしまったウェンディの様相は、シャルルが過剰に気をかけてしまうほど。

 

「私も、力が入らない……。それに……」

 

ウェンディはシャルルの呼びかけに応えるも、視線を一切シエルから外さない。意識を手放した瞬間でさえかなりの消耗が見えていた。今はさらに顔色が悪くなっているのが見える。その上、聞こえてくる息が浅くなっている。力が抜けていってるのは彼も同じのようだ。状況は思っている以上に悪い。

 

「シエル……!」

 

何とか彼の身体に近づき、消えかけている命の灯火を引き戻せないか。その一心で動こうにも、腕一本さえまともに力を入れられず時だけが無情に過ぎていく。せめてもの思いを抱えて手をシエルへと伸ばすが、その手すらも動かす力を捻り出すことも出来ない。何という無力。何も出来ない現実に打ちのめされながら、ウェンディは双眸から雨とは違う雫を流すことしかできなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

異常を訴えていたのは、ウェンディたちだけではなかった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のベースキャンプとなっているこの地でも、危機が今まさに起こっていた。

 

「な、何だ!?力が……入らん……!!」

 

屈強な身体に変身していた豹のような黒ネコ・リリーだったが、突如起きた脱力感に悲鳴を上げ、程なくしてその変身が解ける。普段の小さい体に戻ってしまったリリーはそのまま地へと落下し、他の魔導士共々その身体を動かせなくなってしまった。

 

「うあっ……!」

「フリード……!ビックスロー……!」

 

その内の二人の少女レビィ、そしてリサーナも力の入らない体に苦心し、目の前で息を切らしながら立っている二人の魔導士を不安気に見ている。天狼島を既に去っていたはずである、受験者だったフリードとパートナーのビックスロー。彼らはエルザがあげた赤い信号弾を島の外で確認し、直後ギルダーツと共に反転して戻ってきていた。

 

「作戦通りだ!」

「アズマさんがやってくれたみてーだぜ」

「きっちり借りは返してやる!!」

 

「ど……どうなっている……!?」

「力が出ねぇ……!!」

 

そんな二人に迫ってきているのは、未だ島に残っていたグリモアの魔導士たち。幹部である七眷属ではないようだが、手負いの者たちがいるであろうキャンプの場所を見つけて始末するには十分と判断し、当初はレビィ、リサーナ、リリーのみで応戦。しかし多勢に無勢の上消耗していた三人は苦戦。あわや蹂躙されるところを、雷神衆であるフリードたちが救援に駆けつけた事で形勢逆転。たった二人で大勢の魔導士たちを圧倒し、このまま撤退させるか殲滅できる空気となっていた。

 

だがここに来て、再び危機に直面。思うように動けなくなった、この場にいる最強の戦力であるフリードたちも徐々に追い詰められていってしまう。

 

「作戦……?誰かが、意図的にやってるの……!?」

 

「一体、何者が……!!」

 

グリモアの者たちが行っていた言葉から、自分たちに起きている以上を引き起こした者がいる事を察知したレビィが声に出すも、その原因は分からない。対処しなければいけないのに、体が言う事を聞いてくれない。

 

「もしかして……ギルドのみんなも……!!」

 

異常を訴えているのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士のみ。それに気付いたリサーナは、重傷で横になっている自らの姉と兄を含む4人へと目を移す。どこかうなされているように呻く声が微かに聞こえ、嫌な想像が頭を過る。

 

「(お願い……無事でいて……!ナツ……シエル……ペル……!!)」

 

もし島内全体で起きている事ならば……!特に親交のある者たちの身を案じて、リサーナは固く目を閉じて祈る事しかできなかった。

 

 

 

一方で、煉獄の七眷属の一人であるラスティローズを追い詰めていたエルザもまた、危機に瀕していた。

 

「ぐああっ!!」

 

右手を漆黒の剣で変えた、容赦ない男の攻撃が更にエルザの身体を地に転がす。何とか抜けていく力を振り絞って立ち上がろうとするエルザだが、それを阻止するために、ラスティローズは彼女の頭に漆黒の剣を叩きつけて彼女を再び地に縫い付ける。

 

痛みに呻き、しかし諦める様子を見せないエルザは顔だけを上にあげて、その男を鋭く睨みつける。しかしそんな剣幕にもひるまず、むしろ優越感を覚えるだけのラスティローズは愉快そうに高笑いを上げるだけだ。

 

「貴様ら……!私たちの聖地に……何をしたのだ……!!」

 

視界の端に見える、崩れていく巨大な樹。あれを皮切りに自身の身体が言う事を聞かなくなった。天狼島を象徴するであろう大樹を恐らく人為的に倒されたことに、憤りを覚えていた。しかしラスティローズはその問いには答えず、エルザを鼻で笑いながら再び彼女を痛めつける。

 

流れは変わった(チェンジングストリーム)!!何とも無様な姿だなぁ妖精女王(ティターニア)!最後に笑うのは……オレだぁ!!!」

 

何とも滑稽で愉快な事か。そう言いたげに収まらぬ笑い声をあげながら、羽をもがれた妖精の女王を蹂躙するラスティローズの猛攻は、留まる事を知らない。

 

 

 

更に別の場所では、最早元の地形も分からぬほど荒れ果てた一角での、最強戦力同士のぶつかり合い。拮抗に近い、妖精側が若干優勢とされていた勝負も、また転機が訪れていた。

 

「ハァ……ハァ……くそぉ、力が入らねぇ……」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の副指令ブルーノートと互角以上に渡り合っていた最強の男・ギルダーツもまた、謎の脱力感に襲われており、状況は打って変わって劣勢へと転じていた。今も立つだけでやっとと言いたげに息を切らし、徐に接近してきたブルーノートに対して回避も反撃も出来ずに蹴り飛ばされる。

 

「くっそ……!どうなってやがる……!?」

 

すぐに起き上がることも出来ず不調を訴えるギルダーツに、まるで無感情と言った表情を向けるブルーノート。だが、本来なら突如弱体化したギルダーツに落胆か、あるいは苛立ちをぶつけると思われた彼は、意外にもギルダーツではなく別の要因がある事にすぐさま気付いて、後方で倒壊を始める大樹の方向に睨みつけて悪態をついた。

 

「じじいめ……アズマに妙な指令を出しておきやがったな……?」

 

地響きと共に倒壊を始めた巨大な樹。それをきっかけにギルダーツが見るからに弱体化した。この現象は樹木を操ることが出来るアズマが原因。そしてそんなアズマに()()()()()()()()()をさせる者は一人しかいない。楽しみを奪われたブルーノートは唯一自分に匹敵する上司への鬱憤を、仕方なさげに目の前で蹲うギルダーツにぶつける為、向き直した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

地響きも振動も留まらず、崩れていく足場も存在する中、ペルセウスは何とかミストルティンを使って操作できる分の木の根を使い、自らの足場を確保する。他所のギルドの聖地で好き勝手しやがって……という悪態を内心で吐きながら、いつでも反撃出来る体勢だけはとっていた。

 

「マスター・ハデスはこの島の力をよく知っている」

 

その時、樹に同化したままのアズマが徐にペルセウスへと語りかけてきた。

 

天狼島の中央に聳え立つ巨木・名を『天狼樹』。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を刻んだものに加護を与え、島内で命を落とすことを防ぎ、魔力を増幅させる特別な力があると言う。

 

「(ギルドの者への加護……マスターが試験会場に何度も選んだのはその為か……。そう言えば……あの時……!)」

 

アズマからの説明を聞き、ペルセウスは心当たりのある記憶を思い出していた。自分が合格となった5年前の昇格試験。あれも天狼島でのことだった。その中で自分とパートナーであったハリーは、イワンの魔の手によって生死すら左右されるほどの重体を負った。そしてイワンもペルセウスの手によって命を落としてもおかしくないほどの傷を受けた。しかし、彼らはそこから回復し、今もなお健在となっている。

 

「(ハリーとイワンが生き延びたのは、二人とも()()()ギルドの紋章を刻んだ者だったから……まさか今になってその真相を知れるとは……)」

 

あの時は気掛かりにする余裕もなかったが、後々になって考えてみた時、違和感は感じていた。当時はS級として名を連ね、高い魔力を持っていたから無駄に頑丈だったイワンはともかく、どちらかと言えば非力な頭脳派で然程魔力も持っていなかったハリーがあの傷で生き延びられたのは何故だったのかと。

 

弟と違って推察が苦手な自覚があるペルセウスはそれ以上は考えようともしなかったが、天狼樹の加護によるものだと考えれば辻褄が合う。ハリーを救ってくれたのは、まさに島そのものだったと言うことだろう。余計なヤツ(イワン)も結果的には救われてしまったが。

 

「ちょっと待て……!?さっき、土地の魔力を支配つったよな!?まさか……!」

 

だが昔を懐かしむ余裕はない。今自分たちがいるこの巨木が、ギルドの魔導士に力を与えてくれるものであると同時に、その巨木が根付く土地の魔力を支配したとアズマは言った。思い返した青年は嫌な予感を感じて問うた。

 

「そうだ。今し方、天狼樹は倒れた。オレの手によって。それにより妖精の尻尾(フェアリーテイル)の命の加護が無効化するのと同時に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)全魔導士の、魔力を奪い続ける」

 

「何……!?」

 

対するアズマの答えは、その予感を的中させたものだった。現在、同時刻で島内にいる全ての妖精たちが謎の脱力感を訴え、その場から思うように動けなくなってしまっている。未だ敵を眼前に控えている者たちは、格好の餌と化している。

 

「既にその段階は完了している。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は全滅するだろう」

 

魔力の枯渇か、あるいは不自由なままで敵に仕留められるか。いずれにせよ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)仲間達が今最大級の危機に瀕していることは間違いない。ペルセウスの脳裏に瞬時に過ぎった愛する少女と大切な弟も……。

 

衝動的に湧き上がった、大切な家族を危険に晒し上げた怒りを表情に浮かべ歯軋りを一つ鳴らした青年。だがそのままアズマへ突出するかと思われた彼の次の行動は、意外にも自らを落ち着かせようと息をひとつ吐いてその表情を戻すというものだった。

 

「……いや、お前の言う事が本当ならば、一つ解せない事がある」

 

途端に冷静になったペルセウスは、そんな己の現状を振り返り、感じた不可解な点を元にアズマへと問い始めた。妖精の紋章が刻まれた己の左頬を右の親指を向け立てて示し、主張しながら。

 

「何故()は平気なんだ?俺もこの頬に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)であることの紋章(あかし)を刻んだ魔導士だ。お前の言う妖精の尻尾(フェアリーテイル)全魔導士の中に……何故オレが含まれていない……?」

 

紋章を刻まれた魔導士の一人であるペルセウスもまた、島の加護を受けている一人だ。アズマの主張が正しければ、ペルセウス自身も今頃は動けずじまいになっていないとおかしい。

 

だがアズマがこちらの動揺を誘って虚言を交えるような男に見えないことも確かだ。島の仲間たちが危機に瀕している事は事実だろう。何故動けるのか、その問いに埋まっていた樹から再度出てきたアズマは律儀に答えた。

 

「それはオレが島の魔力をコントロールし、キミの力をそのままにしたからだ。何度も言うようだが、オレはキミを連れていく事に加え、キミと本気で戦いたいのだね」

 

相手の体の自由を奪った状態で手にかける。それはアズマにとって己の流儀に反する事。互いに万全な状態でぶつかり、打ち勝ってこその勝負。その根底にある定義が選択させた事だと、彼の言葉から窺えた。

 

「さあ、堕天使ファルシー……島中で仲間が、想い人が、唯一の肉親たる弟が瀕死だ。救えるのはキミだけだね」

 

仲間と家族が危機に晒され、動けるのは自分だけ。ペルセウスは察することが出来た。この男は、敢えて自分が全力を持って戦うことを躊躇させない為に、わざと己の目的を明かして自分のみが動ける状態に持ち込んだことを。

 

「仲間と家族を守れる力がいかほどのものか、オレに見せてくれ……」

 

「……後悔することになるぞ……!」

 

どこか期待を抱いた笑みを浮かべて挑発じみた言葉を投げたアズマに、怒りを内側に募らせながらペルセウスは睨みつける。倒壊した天狼樹の根元での決戦が、妖精と悪魔の勝敗を左右する。




おまけ風次回予告

マカロフ『天や神に愛されし魔導士、か……。大層な呼ばれ方されとるの~』

ペルセウス『今もいるのか分からねぇ神に愛されてるからって、幸せになれてるとは到底思えねぇけど』

マカロフ『まあ、そりゃそうかものう。じゃが、事実愛されてはおるのではないか?』

ペルセウス『何故そう思う?』

マカロフ『おぬしら兄弟は、確かに実の両親に愛されて生まれ、育てられてきた。今の二人を見れば、言われずとも伝わってくるわ。そして、ワシらのような家族にもな』

ペルセウス『……!』

次回『其が纏うは寵愛の証』

ペルセウス「マスター……今なら、あの時あんたが言った言葉が……分かるような気がするよ……」


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