ハイスクールD×D~転移の白 転生の赤~ (新太朗)
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プロローグ

 少年兵藤一誠はある場所である人物を待っていた。今夜の内に行こうと前々から話し合っていた。彼は異世界で勇者と仲間と共に命がけの冒険をして、魔王を倒した勇者のパーティメンバーの1人だ。

 魔王が死に戦争は終わった。ならこの世界に留まる理由はどこにもない。そう一誠は異世界アレイザードに召喚ではなく運悪く巻き込まれてやってきたただの少年だ。

 何の役割も力もなく魔王打倒の勇者のパーティのメンバーになった。確かに役割も力もない。けど、メンバーに入る理由はあった。だからある人物と一緒に鍛えて、ついに魔王を倒した。

 

「待たせたな。イッセー」

「待っていたぜ。アカツキの兄貴」

 

 一誠の後ろから体格のいい青年が声を掛けてきた。彼こそが一誠が待っていた人物、凰沢暁月。一誠が兄と慕ってきた男だ。彼もまた一誠同様になんの力も持たずにこの異世界にやって来た一人だ。

 彼らが到着した国の魔王打倒のメンバーは彼ら2人を快くメンバーに入れた。そこから数々の戦いがった。そして今夜、彼らは元の世界に戻るのだ。

 

「兄貴は別れの挨拶とかしてきたのか?」

「いや、そんな事していたら引き止められそうだったからな」

「兄貴もか。俺もだよ……」

「俺たちは所詮、はぐれ者だ。別れを惜しむなんてガラにも無い」

「だよな。それと背中のはなんだ?」

 

 一誠は暁月が背負っている大きな麻袋が気になっていた。このアレイザードの物を向こうの世界に持ち帰る事は不可能だ。それは暁月も分かっているはずだ。

 なのにかなり大荷物なのが一誠は気になってしまっていた。

 

「これか?まあ、お前になら言ってもいいか」

「何を持ち帰ろうとしているんだ?」

「魔王ガリウスの娘」

「…………兄貴、誘拐は駄目だろ」

「違うわ!頼まれたんだよ。ガリウス本人に」

「マジか……!?」

 

 一誠は袋の中身にも驚いたが、魔王が倒した人間である暁月に自分の娘を託したも驚いていた。まさか自分を倒した男に娘を任せるだろうか?

 いや、逆にこの男なら任せられると思ってのだろう。そう一誠は納得した。それにその問題はもう暁月の問題だ。これから元の世界に戻るのだ。

 一度元の世界に戻れば再会する機会はないだろう。ならこれ以上、首を突っ込まない方が賢明だと一誠は理解している。

 

「兄貴がいいなら俺からは何も言わないよ」

「大丈夫だ。問題があっても解決するからよ」

「兄貴らしい……てか、リステイさんは知っているのか?」

「いや、知らない。むしろ知らない方があいつのためだ」

 

 リステイ。リスティ・エル・ダ・シェルフィード、魔導大国シェルフィード王国の女王だ。彼女もまた勇者のパーティメンバーだ。知らない中ではない。

 だけど、彼女の立場を考えれば知らない方が後々いいかもしれない。

 

(本当は連れて行きたいくせに……)

 

 一誠は知っていた。リステイが暁月を思っている事を。彼女は本来なら勇者の男性と結ばれるはずだった。しかし彼は戦いの途中で命を落としてしまった。

 その原因は暁月にあるのだが、彼は何も彼女に言わなかった。それは暁月なりの美学に基づく行動なのだと一誠は分かっていた。

 ならもう何も言わない方がいいのだろう。

 

「それはそうとイッセー」

「なんだよ?」

「お前、元の世界に帰ったらどうするんだよ?」

「ふっ……それはもちろん……ハーレム王になる!!」

 

 暁月の質問に一誠は鼻で笑い、大声で宣言した。アレイザードに来る前からの夢で目標だ。多くの女の子を囲んで楽しく過ごすのが一誠の夢で目標だ。

 それはアレイザードに来てからも変わっていなかった。しかしパーティメンバーの1人に悉く邪魔をされて女の子との触れ合いが殆んど出来なかった。

 なのにで邪魔が出来ない元の世界でその夢を現実のものにしようとしていた。

 

「はははっ!!お前らしいな!」

「おうともさ!これが俺なのさ!待っていろよ!まだ見ぬ美少女たち!!」

「なら帰るか!」

「ああ!」

「―――ちょっと待った!」

 

 今まさに帰ろうとした時に一誠と暁月の後ろから声をかけてきた人物たちが現れた。

 

「お前ら……」

「何を勝手に帰ろうとしているんだ!アカツキ」

「まったくですよ。私たちに別れの挨拶すらさせないつもりですか?」

「イッセー様、アカツキ様。ご帰還なさるのなら私から言いたい事があるのですよ。聞いてから帰ってくださいませ」

 

 声を掛けてきた男女3人は魔王を倒したパーティメンバーだった。ゼクス・ドルトレイク。シルフィード王国の大将軍だ。次がルーティエ・トルム。シェルフィード王国の精務長官だ。最後がワルキュリア。シェルフィード王国の侍従長でリスティ直属のメイド軍団の長だ。

 彼ら3人は一誠たちが今夜の内に行動するだろうと思って待ち伏せていたのだ。

 

「まったくはぐれ勇者が今さら遠慮しているんだ?」

「別に遠慮なんてしていないぜ。ゼクス」

「イッセーもどうして何も言わずに行くのですか?」

「いや~俺たちって別れを惜しむタイプじゃないんで……」

「お2人とも言いたい事があるのでそこでじっとしていてください」

 

 3人はジリジリと一誠と暁月に近づいてきた。2人は顔を合わせて頷いた。やる事は一つだ。今さら彼らに何か言う事はないだろう。

 長い旅で彼らの事は理解している。もう自分たちが居なくても大丈夫なのも。

 

「行くぞ!イッセー!!」

「ああ。兄貴!」

「こら待て!」

 

 一誠と暁月は元の世界に戻るための門に飛び込んだ。この門は異世界人にしか使えない。アレイザードの住人は使えないのだ。だから一度門をくぐってしまうと追う事は出来ない。

 

「行っちまったな」

「ええ、彼らしいですね」

「……無事なご帰還を」

 

 彼ら3人はそれだけ言った帰って行った。帰ってからリステイにどう言い訳するかどう説明するか考えていた。3人の姿が完全に見えなくなると門の近くの茂みから鎧を着た若い男が出てきた。

 鎧の中心にはアレイザードにある国の紋章が刻まれていた。男はニヤリと不気味な笑みを浮かべて門を見つめていた。

 

「ついに私の勇者として活躍出来ますね。待っていなさい、凰沢暁月。魔王の娘は私が頂きます」

 

 男は門に向かって飛び込んで消えてしまった。終わったはずの物語は次の物語へと繋がっていく。彼の物語は続いていく。

 白き天龍の魂が彼を最果てへと導くだろう。

 

 

▼▲▼

 

 

 一誠はゆっくりとベッドから起き上がった。そして携帯から今日の日付を確認した。

 

(戻ってきたんだ……)

 

 時刻は一誠がアレイザードへ行った日付になっていた。つまり異世界で過ごした数年がまるで無かったように。

 それこそ夢であったような感覚に一誠は陥っていた。しかしあれが夢ではない事くらいすぐに分かった。

 剣を握り魔族と戦った日々は紛れも無く現実だ。どういう訳か異世界に行った日に戻ってきたのだ。

 

(そっちの方がいいか)

 

 もしあの日から数年経っていきなり戻ってきても両親が驚いてしまうだけだ。なら時間が戻った方が都合がいい。

 そこで一誠は気がついてしまった。

 

「おいおい冗談だよな……」

 

 1年間暁月と一緒に鍛えた身体がすっかり元の状態に戻ってしまっていたのだ。それもそうだ。時間が戻っているのだから身体も戻るに決まっている。

 そこで一誠は膝を付いて落ち込んでしまった。

 

「ち、ちくしょうぅぅぅ!!!」

 

 この日、兵藤家では一誠の奇声で家族全員が目を覚ましてしまい、両親から説教を受けてしまった一誠だった。

 

「あの身体を取り戻す!!」

 

 鍛えた身体を取り戻すために一誠はトレーニングを始める事を決意するのだった。

 



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覚醒の白龍皇

 少年一誠の朝は早い。朝5時には起きてジャージに着替えてから1時間のランニングを始める。終わったらシャワーを浴びてから朝食を食べて、制服に着替えてから学園へ向かう。

 これが異世界アレイザードから戻ってからの一誠の日常だ。彼が身体を鍛えているのアレイザードから戻って来た時に鍛えた身体が行く前の状態に戻ってしまったからだ。あの時のショックは過去14年で一番のものだっただろう。

 そこから3年掛けて全盛期の状態まで持ってくる事が出来た。本来ならもっと早くする事も出来たが、学生である一誠には難しかった。

 一日中トレーニングしている訳にはいかないからだ。アレイザードでは1年間で鍛えたのが、ここまで掛かってしまった。

 

「「お~い!イッセー!」」

 

 教室に到着すると悪友の松田と元浜がやってきた。彼らは中学生からの付き合いのある悪友だ。鼻息を荒げて一誠に詰め寄った。

 

「なんだ?変態メガネにハゲ」

「お前!後輩の愛理ちゃんと別れたってどういう事だ!?」

「お前!先輩の絵里さんと別れたってどういう事だ!?」

「近い近い!」

 

 一誠は2人を押しのけた。落ち着かせようとしても落ち着く様子がまったくない。また面倒だなと思いながら一誠は質問に答える事にした。

 

「2人とも元々期間限定の彼氏をしていただけだ」

「ふざけんな!どうしてお前だけモテるんだ!?」

「そうだそうだ!俺たちとツルんでいるのに!?」

「日頃の行いの賜物だろ?」

「「なんだと!?」」

 

 松田と元浜は度々女子更衣室を覗くなどの悪事をしてきている。もちろん近くには一誠が居るのだが、一誠は一年の時から女子からモテておりこれまで様々な女子と付き合って別れている。

 それゆえに態々覗きをする訳が無いと女子全員は分かっているので、松田と元浜の2人だけが女子のターゲットにされている。

 

「お前らはもう少しその変態行動を抑えろ。そうすればモテるのに」

 

 彼ら2人の能力は学園でも突出した才能の持ち主だ。しかし変態行動がその才能を台無しにしているのだが、それでも彼らは止める事は無かった。

 その事とに一誠は呆れていた。過去にモテるためのアドバイスをしたが2人がそれを実践しても無駄に終わってしまったのだ。

 

「そう言えば、一樹の奴がオカ研に入部したらしいぞ」

「まったくあの野郎。ハーレムだのなんだの自慢しているんだぜ」

「あのアホは……」

 

 一樹。兵藤一樹、一誠の双子の兄だ。一誠にとって嫌悪する兄だ。中学に上がってからはまともに会話もしてはいないし、高校に入学してからは一誠は1人暮らしをしているので学園以外で会う事は殆んどない。

 そもそも互いに会おうとしていない。だから一樹が何をしようと一誠にとってはどうでも良かった。

 

「そんなに羨ましいなら入部しろよ」

「いやそれが入部出来なかったんだよ」

「そうなんだよ。定員オーバーとかでさ」

「文科系だよな?オカ研って……それなのに定員オーバーってはありえないだろ」

 

 文科系の部活で定員オーバーなんて可笑しな話だ。定員オーバーの部活なんて聞いた事もない。そもそもそんな事をしていいのだろうか?

 だが、一樹が入部したからにはオカ研には近づかないようにしないと一誠は思った。態々行く用事もあるとは思えなかった。

 

「さっさと席に着け」

「イッセー!頼む、紹介してくれ。出来ればロリっ子を」

「イッセー!頼む、紹介してくれ!出来れば素敵なお姉さんを」

「気が向いたらな……」

「「流石はイッセーだ!!」」

 

 一誠は2人の言葉を心の片隅を置いて授業に集中する事にした。教科書を開き教師の文字をノートに写して行く。いつもと変わらない日々。

 

(退屈だ……)

 

 しかし一誠はその日常に退屈していた。異世界アレイザードでの命を賭けた戦いの日々。そこには今は味わえない興奮があった。

 血が沸騰するほど戦いがあった。退屈など遠い日々がそこにはあった。しかし今は無い。女の子にモテるのはいい。だけど、それだけでは満たされない何かが心にあった。

 その日、一誠は珍しく授業に集中出来なかった。

 

 

▼▲▼

 

 

「せいっ!はっ!」

 

 その日の授業を終えて一誠は廃工場で1人トレーニングをしていた。授業が終わりバイトをして、その帰りにこうして廃工場でトレーニングするのが日常化していた。

 今日もいつもと変わらずトレーニングに励んでいると一誠は奇妙な気配を感じた。

 

(なんだ?この気配は……)

 

 一誠はアレイザードで錬環勁氣功と言う操体術で周りの気配を感じる事が出来るのだ。氣を操るこの技のおかげで一誠はアレイザードで勇者のパーティメンバーで居られたのだ。

 今日に限って廃工場から奇妙な氣を持った生き物が段々と一誠に近づいてきた。

 

(この氣はオカ研や生徒会と似ているな……)

 

 一誠は氣の持ち主が学園のオカ研や生徒会の者たちと似ている事を警戒心を高めた。そして廃工場から出てきたのは異形な姿をした化け物だった。

 

「おやおや~美味そうな人間じゃないか……こんな所に1人とは運が悪かったな!がはははっ!」

「……お前は誰だ?」

「俺か?俺はザック!流血のザックだ!」

「……ださい二つ名だな」

「んだと!?もう決めた!てめぇはズタズタに引き裂いてやるよ!!」

「……っ!?」

 

 ザックは凄まじい速度で一誠に切り掛かってきた。しかし一誠は紙一重で回避した。そして一誠はザックの顔面にパンチをお見舞いした。

 ザックは一誠の強力な反撃に思わず吹き飛んでしまった。ザックの顔は一誠に殴られて事と弱い人間に反撃された事で真っ赤に染まっていた。

 

「き、貴様っ!!」

「どうした?化け物。その程度か?」

「調子に乗ってんじゃねぇ!!」

「単調的だな?」

「ぐはっ!?」

 

 一誠はザックの攻撃を回避し的確に顔にダメージを与えていた。そして一誠は笑っていた。

 

(この感覚は久々だ……)

 

 今、命を掛けた戦いをしている。目の前の化け物は自分の命を奪いにきている。それに応えるのが戦いの流儀だ。全力で相手の命を潰そう。

 一誠は錬環勁氣功で身体を強化した。その時だった。

 

(な、なんだ!?背中が熱い!?)

 

 背中にいきなり熱が発生した。身体の内側から何かが突き破ってきそうな感覚があった。そして熱が背中から突き出した。

 熱の正体は白い翼だった。熱が背中から全身に流れている。そして背中の熱が冷えていつもの体温に戻った。

 

『ほぉ……今回の宿主は中々ですね』

「だ、誰!?どこから声が……」

『始めまして、私はアルビオン。白き龍にして白龍皇です』

「はぁ……」

 

 一誠はいきなりの自己紹介に困惑してきた。背中から翼が生えたかと思えば、そこから声がしてくるのだ。驚かない方が可笑しい。

 いくら異世界に行った事のある一誠でも理解するのに数秒時間が掛かってしまった。その時、ザックが一誠が動かないのを見て、反撃した。

 しかし一誠はザックから視線を逸らしてはいなかったので簡単に反撃を回避した。

 

「まあ、お前の事は後からゆっくり聞かせてもらう。今は目の前のあいつを倒してからだ」

『いいでしょう。目覚めて初めての戦闘です。慣らしは必要ですね』

「それじゃ行くぞ!」

 

 一誠は一瞬でザック近づき、殴り飛ばした。こうして白龍皇として目覚めた一誠の戦闘が始まるのだった。果たしてこの目覚めが何を意味しているのかは

 誰にも分からない。それは神のみぞ知ると言った所だ。

 



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過去を語り合う

『Divid!』

 

 廃工場での白龍皇一誠と流血のザックの戦いは一誠の一方的な戦いになっていた。白龍皇の光翼を覚醒させたからではない。

 元々の戦闘力がかけ離れていたからだ。異世界アレイザードでの戦闘経験はもちろん錬環勁氣功で氣を操って身体能力を底上げしている一誠には悪魔に転生してそんなに経験もないザックでは相手にならなかった。

 

(くそっ……くそっ……まだこの街に着たばかりだぞ!?まだ1人も食べていないんだぞ!こんな所で死んでたまるか!!)

 

 この街に来る前に食べた人間だけでは前にあった戦闘の傷は癒えてはいなかった。傷を癒すためにも人間の血肉を食らう必要があった。

 なのに1人目を食べようとしたのに今、命の危機に晒されているのは自分だ。目の前の人間は他の人間とは圧倒的に違う。

 

「お、お前は何者なんだ!?」

「何者……兵藤一誠だ。で、背中のは白龍皇だったか?」

「は、白龍皇だと!?ではそれが白龍皇の光翼か……!!」

「らしいぞ」

 

 ザックは少しずつ一誠から離れようとした。名前くらいは知っていた。十三種の神殺しの神器―――神滅具だ。

 その一つの白き龍の魂が封印されたものが目の前にある。

 

(冗談じゃない!こんな所で白龍皇に出会うなんて!早く逃げなければ)

 

 ザックはすぐさま走り出した。だが、一瞬にして壁へと叩きつけられた。 

 

「ぐはっ!?な、なにが……」

「お前のスピードは俺にとって遅すぎるんだよな。それに逃げる気満々だったのは分かっていたからな。対処しやすかったぜ」

「お、遅すぎるだと!?ば、バカな!」

 

 ザックは自分のスピードにそれなりの自信があった。彼が悪魔に転生する際にしようとした『悪魔の駒』は騎士―――ナイト。スピード特化の駒だからだ。

 それだと言うのに一誠から見たら遅すぎるのだ。その瞬間、ザックの心は折れた。

 

「うわああぁぁぁ!!」

「まったく逃げるとは戦いの流儀がなっていないな。お、いいもの発見!」

 

 逃げるザックを尻目に一誠はH字の鉄筋を片手で拾い上げて、そのままザックの背中に向かって投げた。

 

「ぐぶっ!?」

「よし、命中!」

 

 ザックはH字鉄筋を背中から受け、貫通して絶命した。一誠はザックが絶命したのを見届けたらそのまま廃工場を後にした。

 それからしばらくしてからその廃工場に人影が現れた。

 

「ここね。はぐれ悪魔ザックが居るのは」

「はい。部長」

 

 現れたのはリアス・グレモリーと姫島朱乃の2人だった。彼女たちは最近、この街にやってきたはぐれ悪魔ザックについて調査をしていた。

 そこで目撃情報があった廃工場にやってきたのだ。周りを調査しているとザックの死体を発見した。

 

「これは……一体誰が」

「殺されてそれほど時間は経っていませんわ。恐らく私たちが来る前に……」

「匂いで追うのは難しいかしら?」

「はい。ここは何年も放置されていて、埃やカビなどで匂いを追うのは難しいかと」

「一応、お兄様に報告しておかないと。それと朱乃」

「はい。部長」

「他の子たちに警戒するように言っておいてくれるかしら?」

「分かりましたわ」

 

 リアスと朱乃は廃工場を後にした。

 

 

▲▼▲

 

 

 一誠は自分のアパートに戻ってきた。高校生になってバイトして半年後にここに住んでいる。理由は双子の兄が嫌いだからだ。

 見下してくる視線に耐えるのが嫌で一人暮らしをしている。両親には社会勉強と言っているので本当の理由は知らない。

 

「さて、白い龍。お前の事を教えてもらおうか?」

『ええ、いいでしょう。ただ私の名はアルビオンです』

「分かった。アルビオン」

『そうですね。まずは私と言う存在から説明しまよう』

 

 そこからアルビオンは一誠に自分の事を語りだした。自分にはかつて身体があり、赤龍帝と呼ばれる赤い龍と雌雄を争っていた。

 そこに天使、堕天使、悪魔の三大勢力が横槍を入れてきた。そこで三大勢力と戦っていたが、『聖書に記されし神』によって神器に魂を封印された。

 そこからは宿主を変えて何世代にも渡り赤龍帝と戦い続けたと。そして今代の白龍皇は一誠だと言う事だ。

 

「なるほど……それにしてもどんだけその赤い龍?」

『ドライグですよ』

「そう。そのドライグと戦いたいんだよ。アルビオン」

『もちろん。決着が付くまでですよ』

「気が遠くなりそうだ……」

 

 最後の肉体があった時から今日までどれだけの宿主を変えて戦い続けた龍たち。どうのような決着なら納得するのかは分からないが、そんな戦いに自分も巻き込まれた事に少し一誠はワクワクしていた。

 まだ見ぬライバルである赤龍帝がどんな奴なのか楽しみではあった。何が得意で何が不得意なのか、どんな戦い方をするのか、今から楽しんでいた。

 

「早く来ないかな。いやこっちから行けばいいのか」

『焦らなくても今代の赤龍帝はこの近くにいますよ』

「分かるのか!?」

『ええ、それはもちろん。これまでどれだけ戦ってきたと思っているのですか?赤いの魔力の波長は嫌でも覚えていますよ』

「それはそうだな……」

 

 長い時間同じ相手と戦ってきたのだ。相手の特徴くらい嫌でも覚えてしまう。

 

『それでは今度は貴方の事を教えてもらいましょうか?』

「俺の事を?」

『ええ。貴方の実力は目覚めたにしては高い。潜在能力はほぼ皆無に等しいですが、私―――ドラゴンとの相性は過去に見ないくらい抜群です。それにあの悪魔との戦闘も中々のものでした。どこかで戦闘経験がなければああはなからった』

 

 アルビオンは一誠の戦闘能力の高さに驚いていた。一般人より強いはずの悪魔をあそこまで圧倒する実力。どこかで戦闘を経験していなければありえなかった。

 それどこか一誠が使った技には心当たりがまったくなかった。自分が知らない内に出来たにしては練度が卓越していた。

 

「そうだな。俺は異世界に行った事があるんだぜ」

『異世界ですか?信じられませんね』

「だろうな」

 

 一誠はそこから異世界で勇者と共に魔王と戦った事や尊敬出来る兄貴分である凰沢暁月の話など色々掻い摘んで話した。

 それを聞いたアルビオンは一誠の異世界での話しを信じようとはしなかった。それもそうだ。自分は行った事も見た事もないのだから。

 

「でもな、元一般人の俺からしたら悪魔だのドラゴンだの。そっちの方が信じられない。それにアルビオン、お前は異世界が無いと証明出来るのか?」

『それは……』

 

 まさに悪魔の証明。無い事の証明はある事より難しいのだ。いくらアルビオンでもぐうの音も出なかった。だから信じた訳ではない。

 しかし一誠の話はどこか納得出来る部分があった。それにアルビオンは一誠が嘘をついているようには感じなかった。

 

『それにしても貴方は先代の白龍皇に似ていますね』

「先代?どんな奴だったんだ」

『ヴァーリ。兎に角、戦う事が好きな男でした』

「戦闘狂だったんだな」

『ええ、彼は戦う事で自分の存在意味を見出そうとしていました』

(声のトーンが……)

 

 一誠はアルビオンのヴァーリを語る言葉のトーンが少し落ちた事に気がついた。何かしらの思い入れがあるの事を察した。それから一誠はアルビオンの話に耳を傾けた。

 先代の白龍皇のヴァーリの生涯を一言一句聞き漏らさないように。すぐ側で見て感じたアルビオンだからこそ語れるヴァーリの人生だった。

 

「今夜はとことん聞かせてくれ。アルビオンにとって思い出深い人物なんだろ?」

『ええ。彼ほど最強に相応しい白龍皇はいなかったでしょう』

「それは興味あるな。それに超えてみたい。先代を」

『それは中々の覇道になりますよ?』

「望む所だ!」

 

 それから一誠はアルビオンと語り明かした。



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堕天使の襲撃

「ふふっ……」

 

 この日、リアス・グレモリーは機嫌が良かった。我慢出来ずに笑みが零れていた。それを横で紅茶を淹れた姫島朱乃が見ていた。

 

「嬉しそうですね。部長?」

「それはそうよ。まさかカズキが赤龍帝だったのよ」

「ええ、あれには驚きましたわ」

 

 数日前にリアスが眷属にした後輩の男の子、兵藤一樹。彼はなんと伝説の十三種の神滅具の一つ、赤龍帝の籠手を持っていたのだ。

 リアスも実際神滅具を見るのは初めてでそれが眷属になったのだ。機嫌がよくなるのは当たり前だろう。

 これで自分の夢に一歩近づけたと言うものだ。

 

「それにそれなり才能もあったのは嬉しい誤算ね」

「そうですわね。魔力をあれほど簡単に使えるなんて、自信が無くなってしまいますわ」

「そうね。それで朱乃、はぐれ悪魔ザックの調査はどう?」

 

 一樹の話から昨日見つけたはぐれ悪魔の話へと変わった。自分たちが到着する前に絶命したはぐれ悪魔。

 あの場には自分たち以外に転生悪魔を圧倒するだけの実力者が居た事は明白だ。それも自分たちが把握していない者が。

 この街の管理者たるリアスからしてみれば寝耳に水だ。管理が出来ていないのではないかと両親から追求されてしまうかもしれない。

 そうなれば今後の自分の進路に関わってきてしまう可能性がある。

 

「その件でしたらまだ調査中ですわ」

「そう……はぐれ悪魔ザックは別の街では中級悪魔でもかなり手こずるほどの実力があったそうよ」

「でしたらそのはぐれ悪魔を倒した人物はそれ以上の力を……」

「それが誰か把握しておきたいし、出来れば眷族にしたいわ」

「しかし出来るでしょうか?部長はカズキを転生させるのに『悪魔の駒』のポーンを全て使ってしましたのですよ」

 

 赤龍帝だけあって『悪魔の駒』の中でも一番価値の低い歩兵―――ポーンの駒を八個全て使ってしまったのだ。

 現在リアスが持っている駒は戦車、騎士、僧侶の三つだけだ。この三つの中の一つを使って転生出来るかどうか怪しい所だ。

 

「そうね……なら最悪協力関係を築いておきたいわ。何かあった時に戦力になるならないじゃ大きな違いだわ」

「確かにそうですわね。でもまずは正体を掴まない事には何も始まりませんわ」

「眷属の子たちに時間がある時に捜索するように言っておいて、いいかしら」

「ではそのように」

 

 リアスは朱乃との話を終えて再び朱乃が淹れた紅茶を飲み始めた。新しく加わった眷族の将来とまだ見ぬ実力者の事を考えながら。

 

 

▲▼▼

 

 

「無くなっている……」

 

 一誠はあの悪魔の死体が気になって次の日、再びあの廃工場にやってきた。そこで目にしたのは死体が綺麗さっぱり消えた場所だった。

 まるでそこには何も無かったかのように綺麗になっていた。

 

「誰が……」

『恐らく悪魔たちでしょう』

「悪魔が?どうして」

『はぐれ悪魔には賞金が懸かっています。死体を持ち帰ればそれなりの金になるのですよ』

「マジか!?やってしまった……」

 

 一誠はアルビオンから聞かされた事実に驚愕していた。そして勿体ない事をしてしまったと思ってしまった。

 賞金の事を聞いていれば自分が持って行ったのに。

 

『しかしイッセー。あなたは換金場所を知っているのですか?』

「あ、そう言えば……」

『それでは意味がないでしょう』

「し、しまった……」

 

 アルビオンの指摘に一誠はうな垂れていた。例え賞金首を倒したとしても換金場所を知らなければ金へと変える事が出来ない。それでは倒し損もいい所だ。

 その時だった。一誠は廃工場の入り口の方を見た。そこにはシルクハットにコートを着た男が立っていた。

 

(人間じゃないな……)

 

 一誠は目の前の男が人ではないと氣で感じ取った。氣を全身に巡らせて臨戦態勢で待ち構えた。

 

「兵藤一誠だな?」

「そうだが、あんたは?」

「これから死ぬ人間が知ってどうする?」

「なら答えなくていい。力ずくて聞くから」

「ふん。人間ごときがこのドーナシークに勝てると?」

(こいつアホだ!?)

 

 勝手に名乗った男に一誠は開いた口が塞がらなかった。態々自分から名乗る必要があるのだろうか?聞く手間が省いてくれた目の前の男が何がしたいのか一誠には分からなかった。

 

「しかし兄弟揃って運のない事だ」

「兄弟?もしかして一樹の事か?」

「ああ、あの男はレイナーレ様が殺し損なったようだが」

「なるほどな……」

 

 一樹の下にもこの男の仲間が行った事を察した一誠はどうして一樹がオカ研に入部したのかが分かった。

 この男の仲間が一樹を殺しに行き、そこでリアス・グレモリーと関係を持ったのだ。少し気分がスッキリした一誠は改めて臨戦態勢をとった。

 

「一樹の事は分かった。とっとかかってこい!」

「ふん。人間が……ぐっ」

 

 ドーナシークは光の槍を一誠に向かって投げた。しかし槍が一誠に当たる瞬間、消えて自分の足に光の槍が刺さっていた。

 ドーナシークは訳が分からなかった。確かに槍は一誠に吸い込まれるように向かって行った。しかし槍が刺さっているのは投げた本人である自分だ。

 

「な、何をした!?」

「質問したら答えてもらえるとでも?どうした、俺を殺すんじゃなかったのか?これじゃお前が死ぬぞ」

「くっ……調子に乗るなよ!人間が!!」

「その人間に手玉にされているのに気付かないとは哀れだな」

「こ、この!!……がはっ!?」

 

 激情に任せてドーナシークは槍を投げ続けた。しかし一本も一誠に当たる事はなかった。何故なら全ての槍はドーナシークに返っているからだ。

 身体に何本もの光の槍が刺さり満身創痍になっていた。

 

「どうした?もう終わりか」

「こ、この人間が……!!」

「今度はゆっくりしてやるから投げてみろよ」

「この……!!?」

 

 ドーナシークは一誠の挑発にまたしても光の槍を投げてしまった。そして見た。一誠の手に握られた光の槍を。

 そして一誠はその光の槍をドーナシークに投げた。槍はドーナシークの左胸に刺さりそのまま前のめりに倒れた。

 一誠がした事は簡単だ。投げてきた槍を掴んで投げ返しただけだ。それも超高速で。ドーナシークは最後まで分からないまま死んだ。

 

「アルビオン。こいつは堕天使で言うとどの程度のレベルなんだ?」

『二翼一対は堕天使の中では最下級ですよ』

「つまりこいつはザコって事か?」

『ええ、そうですよ』

「俺も舐められたものだな」

 

 殺しに来た割にはそれほど強くない者を送ってきた事に一誠は怒っていた。怒る論点がズレているのだが。

 一誠は興味を無くしてそのまま廃工場を後にした。

 

「ここで間違いなのか?」

「そのはずっす」

 

 一誠がいなくなった後、二人の堕天使がやってきた。カワラーナとミッテルトの二人だ。彼女らはドーナシークとの連絡が取れなく上司であるレイナーレに命令された様子を見に来たのだ。

 

「まったくドーナシークは人間の始末にどれだけ時間を掛けているのだ」

「仕方ないっすよ。前はグレモリーの悪魔の所為で失敗したんすから」

「どれだけレイナーレ様に迷惑を掛ければいいのだ!」

「そうっすね。帰ったらレイナーレ様に報告してお仕置きしてもらうっすよ」

「あ、あれは……!?」

「え……そんな……ドーナシークさん!?」

 

 二人が見たのは身体に無数の槍が刺さった後のあるドーナシークの死体だった。二人は行動は早かった。

 ドーナシークの死体を回収して痕跡を消してレイナーレの下へ報告するために飛び去った。

 

「…………」

 

 二人は気が付かなかった。二人が痕跡を消しているのを物陰で見ている人物の事を。影で観察していた人物は主に報告するために廃工場を後にした。

 



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ヴァーリ・ルシファー

 白い龍。二天龍。白龍皇。呼び名が様々あるドラゴン。アルビオン。三大勢力の古の大戦の中、宿敵の赤龍帝のドライグと戦場を引っ掻き回した。

 そして魂を神器の中に封印されてしまった。しかしそれで二天龍の戦いを止める理由にはならない。むしろ戦いは激化した。時代を変え、宿主を変えては戦い続けた。雌雄を決めるために。お互いに満足いく結果を求めて。

 その中でアルビオンは歴代最強と言える人物に出会った。それがヴァーリ・ルシファーだ。

 

 先代魔王の孫と人間との間に産まれた存在。魔王の膨大の魔力を引き継ぎつつ、神器を―――神滅具を『白龍皇の光翼』を覚醒してしまった。

 その所為でとは言わないが、ヴァ―リは父から虐待されていた。それを命令したのはヴァ―リの祖父に当たる悪魔だ。

 そしてヴァーリは耐えられなくなり逃げ出した。逃げ出した先で堕天使の総督アザゼルに保護される。そこからのヴァ―リの人生は多少マシになった。アザゼルの下で様々な事を学び生活していた。

 

「アルビオン」

『どうしました?ヴァーリ』

「赤龍帝はどこに居るんだ?」

『申し訳ありませんが私には赤いのがどこに居るかは分からないのです。ただ、近くに居たならば、気配で分かります』

「なら探してみるか」

 

 ヴァーリが二十歳を越えた辺りから彼は赤龍帝を探し始めた。アザゼルの下で修行をして、自分の実力がどの程度なのか知りたくなったのだ。

 ヴァーリは世界中を歩き、赤龍帝を求めて旅をした。その道中で各神話勢力と戦い着実に経験値を稼いでいた。

 赤龍帝と会った時に倒すために。しかし何十年と探したが赤龍帝は一向に見つからなかった。

 

「どうしてなんだ!?」

『ヴァーリ……』

「どうしてどこを探しても見つからないんだ!?俺は会いたいと思っているのに!」

 

 ヴァーリは長年に渡り赤龍帝を探して見つからない事に苛立ちを感じ始めていた。この頃からヴァ―リは少しずつ可笑しくなっていった。

 少しの事でもすぐに怒るようになり、物に当たる回数が増えてきた。そしてついにヴァーリは一線を越えてしまった。

 これまでヴァーリは戦ってきた相手は倒しはしたが、殺しはしなかった。それは相手がもしかしたら将来強くなるかもと思ってからだ。

 ヴァーリは天使を、悪魔を、吸血鬼を、妖怪を次々と殺し続けた。しかも殺し方が残虐過ぎた。

 これに危機を覚えた各勢力はヴァ―リに賞金を掛けた。その中でアザゼルだけはヴァ―リを信じていた。我が子のように育てきたヴァーリがそんな事をする訳がないと。しかしアザゼルの思いとは裏腹に事は起こってしまった。

 ついにヴァーリは堕天使にまで手を出したのだ。そしてそれをアザゼルは目撃してしまった。

 

「ヴァーリ、お前は……」

「アザゼル。俺の邪魔をするな……!!」

「諦めろ!この時代には赤龍帝は居ないんだ!」

「知ったことか!退け!」

「バカ……野郎が……!!」

 

 アザゼルはヴァーリと戦う事にした。せめて自分の手でヴァーリを終わらせてやるのがアザゼルなりの優しさなのだろう。

 戦いは激しくなりヴァーリは右腕と左足をそれぞれ失った。魔法で出血を止めているが、決着が付くのも時間の問題だった。

 ヴァーリは最後の力を振り絞って、転移魔法で逃げた。

 

「がはっ……」

『ヴァーリ……』

「どうやら……ぐふっ……ここまでのようだ」

『そのようですね』

 

 ヴァーリは吐血しながら自分の終わりを感じていた。

 

「アルビオン。今だから言えるが……俺は最初、お前の事が……嫌いだったんだ……がはっ……」

『ええ、知っていましたよ。我々は繋がっているのですから……』

 

 アルビオンは気が付いていた。幼少期からヴァーリに嫌われている事に。父親からの虐待も『白龍皇の光翼』を覚醒させなかったらもっと軽かったかもしれない。

 神器を通じてヴァーリの感情を知っていたアルビオンは申し訳ない気持ちになっていた。だからどんな酷い言葉を投げかけられて受け入れようとしていた。

 

「アルビオン。俺は……」

 

 

▲▼▲

 

 

 アルビオンはゆっくり目を開けた。そこは真っ白な空間。『白龍皇の光翼』の精神世界だ。そこには大勢のフードを着た者たち居る。彼らは歴代の白龍皇だ。

 覇龍―――ジャガーノートドライブを使用し生命力を使い切って死んでしまった者たちだ。彼らの魂は未だ救われてはいない。

 ずっと『白龍皇の光翼』の中に囚われている。

 

「アルビオン」

「ヴァーリですか。久しぶりですね」

「そうか?俺には死んでから一瞬のような気がするんだよな」

「それはそうでしょう」

 

 アルビオンの目の前に先代白龍皇のヴァーリが現れた。アルビオンは死んで魂になったヴァーリにホッとした。

 歴代の白龍皇のように負の感情に囚われてはいなかった。

 

「それでどうしたのですか?神器の奥底にいた貴方がここまで出てくるとは?」

「何、今代の白龍皇を見たくてな」

「そうですか。それで貴方から見て、イッセーはどうですか?」

「強いな、彼は」

 

 アルビオンはヴァーリのイッセーへの評価を聞いて、思わずニヤけてしまった。歴代最強の名高いヴァーリの評価だ。

 

「しかし一般人の彼があこまで強いとは」

「ああ、それは―――」

 

 ヴァーリの疑問にアルビオンはイッセーから聞いた異世界の話をした。最初はヴァ―リも信じていなかったが、全部を聞いてどこか納得した顔になっていた。

 

「なるほど。強い訳だ」

「ええ、もしかすると歴代の中でもヴァーリ、貴方に匹敵するかもしれませんね」

「それは楽しみであると同時に惜しいと思うよ」

「惜しい?何がですか?」

「彼が赤龍帝だったら……白龍皇でもいいな。戦ってみたかったよ」

「ヴァーリ……」

 

 やはりヴァーリはまだ過去の事を考えているのだろう。自分にとって最高の好敵手に出えなかった事を。

 それだけがヴァーリにとっての心残りだ。アルビオンにはどうする事も出来ない。掛けてやる言葉も出てこない。

 

「ここで彼の活躍を見させてもらうさ」

「そうですか。面白くなりそうですよ」

「そうか……」

 

 それだけ言ってヴァーリは再び深層部へ帰っていった。

 

 

▲▲▲

 

 

「間違いないのね?祐斗」

「はい。間違いありません」

 

 リアスは眷属の木場祐斗から堕天使についての報告を受けていた。例の廃工場で今度は堕天使が倒されていた。

 はぐれ悪魔の次は堕天使だ。偶然とは思えなかった。

 

「もしかして同一人物かしら?」

「流石に僕には確認出来ません」

「朱乃はどうかしら?」

「同一人物でなくとも関係者ではないでしょうか?」

「どうしてそう思うの?」

「場所です」

「場所?」

 

 朱乃の指摘にリアスは考えた。はぐれ悪魔が殺された次の日に堕天使が殺されている。もしはぐれ悪魔を殺した人物が死体を確認しにきた時に堕天使と出会ったならこの偶然もありえると思えてきた。

 

「朱乃。あなたは例の廃工場に監視を付けてちょうだい」

「分かりましたわ」

「祐斗は堕天使の動向を調べておいて」

「分かりました。部長」

「それと他の二人にも説明しないと」

 

 リアスは今後の行動のため、堕天使の動向を調べる事にした。もしかしたらはぐれ悪魔と堕天使を倒した人物と接触出来るかもしれないからだ。

 

「生徒会……彼女たちにも知らせておかないと……」

 

 朱乃と祐斗がオカ研の部室から出た後、リアスは一人生徒会に向かった。そこには幼馴染の親友の人物が居る。

 彼女やその眷属たちにも警告を出した方がいいだろうと思ったからだ。



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挨拶

 廃教会で一つの決着がつこうとしていた。一樹を殺した堕天使レイナーレは最近、教会から『聖女』から『魔女』へ堕ちた少女アーシア・アルジェントとの持つ神器『聖母の微笑み』を奪い自分のものにしようとしていた。

 しかしそれを一樹たちが阻止した。しかも神器を奪われる直前だった。おかげでアーシアは命を落とさずに済んだ。

 一樹はレイナーレがいつアーシアの神器を奪うのか分かっていた。何故なら彼は転生者だからだ。ラノベ『ハイスクールD×D』を読んだ別の世界の人間だ。

 

 だから彼はこれから起こる事を全て知っている。そしてどう行動すればいいのか分かっている。その上で『原作』を少しだけ自分にとって都合のいいように改変していた。アーシアがこの廃教会に来る前に公園に行く事もそこで子供を治療する事も知っていた。

 だからレイナーレと遭遇しない道を選びアーシアとゲーセンで長く遊んだのだ。アーシアを自分のハーレムの一員にするために。

 

(ここまで順調だな!)

 

 一樹はアーシアの救出劇が計画通りに進み笑みを浮かべていた。主であるリアスを説得して、同じ眷属の木場と小猫を連れて廃教会で堕天使たちを追い詰めていた。

 

「お、お願い!一樹くん!助けて!」

「……駄目だ。俺の命だけでも許せないのにアーシアの命まで奪おうとした」

「な、なんでもするから!エッチな事だって!好きにしていいから!」

「それ以上、喋るな……」

「ぐっ……!?」

 

 一樹は命乞いをしているレイナーレに『赤龍帝の篭手』を装備した左腕を手刀にして左胸に突き刺した。

 左腕をゆっくり抜くとレイナーレは前のめりに倒れて動かなくなった。

 

「部長……お願いします」

「ええ、後は任せてちょうだい」

 

 リアスは滅びの魔力でレイナーレを完全に消滅させた。こうして堕天使レイナーレたちの計画は終わった。

 

「アーシア。大丈夫か?」

「はい!カズキさんのおかげです」

「それでもし嫌じゃなかったらリアス部長の眷属にならないか?」

「眷属に……はい。お願いします」

「部長!」

 

 一樹はアーシアに転生悪魔になる事を提案してアーシアはこれを受け入れた。そして晴れてアーシアはグレモリー眷属の僧侶―――ビショップとしてリアスたちの仲間になったのであった。

 

「なんだ。もう終わったのか」

「ええ、終わったわ……誰!?」

 

 リアスは眷属でもない声に振り向いた。そこには一樹と同じ顔の少年が立っていた。そう、一誠だ。

 リアスは一樹と同じ顔にフリーズしてしまったが、すぐに臨戦態勢を取った。

 

「あなたは?」

「俺か?兵藤一誠だ」

「いっせい……貴方はカズキの……」

「弟だ」

 

 リアスに質問にあっさりと答えた一誠。リアス以外に一人驚いている者が居た。一樹だ。その顔は信じられないと言わんばかりのものだった。

 

(どうしてここにこいつが居るんだ!?)

 

 『赤龍帝の篭手』を持っていないはずの一誠は物語には登場しないと高を括っていた一樹は動揺を隠せないでいた。

 

「どうしてお前がここに居るんだ!?一誠!!」

「何、挨拶をしにきただけだ」

「挨拶だと!?ふざけるな!!」

「ふざけていないさ。俺の相棒がライバルの気配を感じてな」

「ライバルだと?……まさか!?」

 

 次の瞬間、一誠の背中に白い翼にクリアブルーの羽が現れた。『白龍皇の光翼』が一誠の背中に現れた。それを見た一樹は雷に打たれたような衝撃を味わった。

 

(どうしてあいつに『白龍皇の光翼』が!?ヴァーリのだろ!?)

 

 『原作』とは違う展開に頭が付いていかずにフリーズしてしまった。その時だった。リアスが一樹を庇うように前に立った。

 

「みんな!カズキを守るわよ!」

「「「はい!部長!!」」」

 

 全員が臨戦態勢を取っている中、一樹の左腕に『赤龍帝の籠手』が出現してドライグは一誠の『白龍皇の光翼』の中に居るアルビオンに対して話しかけてきた。

 

『久しぶりだな。白いの』

『ええ、そうですね。赤いの』

『今代の宿主が兄弟だとは奇妙な縁だな?』

『確かに。ですが、今回は私の宿主の方が勝ちますよ』

『言ってくれるな。こちらも中々のスペックを持っているぞ』

『それでもイッセーは強いですよ』

 

 二天龍は自分たちの宿主の自慢話を始めた。一誠やリアスたちは黙って話しを終わるのを持っていた。そしてその時はきた。

 

『しかし私の宿主はここで決着を付ける事はありませんので』

『出会って、戦わないとは変わったな。アルビオン』

『そうですか?貴方も以前とはオーラが違うように感じますよ。ドライグ』

『お互い以外に興味のあるものを見つけたと言う事か……』

『ええ、そのようですね。ではいずれ決着を付ける時に』

『いずれ合間見える事だろう』

 

 話が終わると一誠は『白龍皇の光翼』を仕舞って反転して廃教会の扉に向かって歩き出した。

 

「待ちなさい!」

「うん?何だ」

 

 歩いている一誠をリアスが大声で止めた。一誠は歩みを止めて少し身体をリアスたちに向けた。

 

「どこに行くつもり?」

「アパートに帰るんだけど?」

「はぁ!?アパート?」

「俺は一人暮らししているんだ。用事は終わったから帰るんだ」

「赤龍帝であるカズキと戦いにきたんじゃ……」

「は!何を勝手に勘違いしている?」

 

 一誠はリアスの質問に笑い捨てた。一誠の用事は最初に言ったように『挨拶』に来ただけだ。ついでに言えば、堕天使たちの結末を見に来ただけの事だ。

 最初から一樹と戦う気は無かったのだ。

 

「最初に言っただろ?挨拶に来たと。それに弱い赤龍帝なんて倒す価値すらない」

「―――ざけんな」

「カズキ?」

 

 リアスは一樹が何かをブツブツ言っているのが聞き取れなかった。次の瞬間、一樹が『赤龍帝の籠手』を装備して一誠に向かって殴りかかった。

 

「クソがっ!調子に乗るなよぉ!!」

「何だ?このパンチは?」

「このっ!」

「どうした?鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

「避けるな!!」

 

 一樹の攻撃は一誠に事ごとく回避されて、一発も当たらなかった。一誠は一樹の攻撃を紙一重で回避していた。

 それが一樹の神経を逆撫でしていた。当たらない攻撃、余裕を持った回避、まるで自分なんて見ないで相手に出来ると言わんばかりの態度。

 一樹はさらにムキになって攻撃を続けた。

 

「この!この!どうして当たらないんだ!?」

「それはお前の攻撃がなっていなからだ」

「なんだと!?くそがっ!!」

「相手を殴るってのこうするんだよ!」

「ぐはっ!?」

 

 一誠の顔面パンチで一樹は吹っ飛ばされた。起き上がる時に鼻から何か液体が垂れてきたので拭ってみると血だった。

 一発の攻撃で鼻血を出した事に一樹の怒りは許容を超えた。

 

「がああぁぁああぁぁ!!!」

「まるで獣だな?戦うならもうちょっと強くなれよ」

「ががああぁぁぁ!!」

「少し寝ていろ!」

「ぐふっ!!?」

 

 一誠は一樹が気絶するほどの強い攻撃で沈めた。リアスたちが我に返り一樹に駆け寄った。

 

「カズキ!?よくもカズキを……!!」

「いや、そいつから攻撃を仕掛けてきたんだ。正当防衛だろ?」

「黙りなさい!みんな!カズキの仇を討つわよ!」

「「「はい!部長!!」」」

 

 一誠の話なんて聞く気がないリアスたちは一誠に向かって攻撃を仕掛けてきた。一誠はダルそうにしながらも気を引き締めた。

 

「せめて準備運動くらいにはなってくれよ?」

 

 こうして白龍皇イッセーとリアスたちの戦いの火花は切って落とされたのだった。



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敗北

 リアスと一樹たちが堕天使たちの件を片付けようとしている中、ビルの屋上からある教会を見下ろしている一誠が居た。

 ここ数年、人が寄り付かなくなったのか管理していないのか雑草は伸び放題で、教会の建物そのものもかなりガタが来ているのは見たら誰だって分かる。

 一誠の背中には『白龍皇の光翼』が出ていた。

 

「アルビオン。あそこで間違いないんだな?」

『ええ、ドライグの気配を強く感じます』

「そうか……」

 

 一誠は廃教会の中から感じる複数の氣に覚えがあった。日常から感じた事のある氣ばかりだ。

 

(オカ研の連中だな……それに一樹)

 

 文科系の部活なのに入部人数に制限があり、誰でも入部出来ない不思議な部。そこには双子の兄の一樹が入部したと最近、浜本と松田の二人から聞いたばかりだった。

 

(一樹から俺と似たような氣を感じる。まさか赤龍帝ってのは一樹なのか!?)

 

 人間と龍の二つの氣。自分と同じような氣の気配に一誠は一樹が宿敵の赤龍帝であると確信した。

 

(期待していたのに……ガッカリだ)

 

 一誠は一樹の氣の大きさに落胆した。氣の大きさ=強さだ。氣が小さいならそれだけ弱いと言う事だ。

 自分と比べても明らかに弱い一樹の氣。この二年間鍛えてきた一誠からすればあまりにも弱弱しかった。

 

「アルビオン。済まないが二天龍の戦いは当分お預けのようだ」

『どうしてです?』

「一樹があまりにも弱いからだ。あそこまで弱いと戦う気すら失せる」

『そうですか。別に決着を急ぐ必要はありません。いずれ倒してくれるなら』

「そうか。なら今回は挨拶だけにしておくか」

 

 一誠はビルの屋上から廃教会へ向けて飛翔した。

 

 

▲▲▲

 

 

「祐斗と小猫が先鋒よ!」

「はい。部長」

「……行きます」

 

 祐斗は自身の神器『魔剣創造』を使い魔剣を一本作り一誠に迫った。その後ろに小猫が続いた。二段構えの作戦だ。

 祐斗の攻撃を避けるなら小猫が攻撃するし、祐斗の攻撃を防いでも小猫が追撃してくる。

 それに対して一誠はあえて近づいた。

 

「っ!?」

「遅い!」

 

 予想外の動きに祐斗は一瞬、驚いていまい隙を作ってしまった。それを見逃すほど一誠は甘くない。

 祐斗の股間に向けて蹴り上げた。そして男の急所に直撃してしまった。

 

「のおぉぉぉ!?」

「まったく足元がお留守だぜ?」

 

 祐斗は股間を押さえて悶絶してしまった。多少一誠も加減したとはいえ、男の急所は鍛える事が出来ない。

 祐斗はしばらくの間、動けないだろう。

 

「……よくも祐斗先輩を。てい!」

「おっと!」

「……そんな!?」

「そんなに驚く事か?」

 

 小猫は自分のパワーに自身があった。それこそリアスの眷属の中では誰にも負けないほどだ。なのに目の前の人物には片足だけで受け止められてしまった。

 

「足は腕の3~4倍のパワーがあるんだ。止められて当然だろ?」

「……この!」

「甘い!」

「ぐっ!?」

 

 小猫は一誠に攻撃をしようとしたが、一誠は近くにあった長椅子を使い小猫を吹き飛ばした。小猫は防御したので最小限のダメージで済んだが、吹き飛んだ際に壁に叩きつけられてしまった。

 

「祐斗!小猫!よくも私の眷属たちを!!」

「いや、お前らから仕掛けてきたんじゃ!」

「黙りなさい!朱乃!」

「はい。部長」

 

 一誠に眷属が次々やられて逆ギレしたリアスは朱乃と挟むように立ち攻撃を放った。

 

「滅びなさい!」

「雷よ!」

「舐めんな!」

 

 リアスの滅びの魔力と朱乃の雷を一誠はそれぞれ片手で受け止めた。本来なら片手で止められる訳はないが、一誠にとってそれほど難しくはなかった。

 

「そんな……」

「部長!彼の腕が……」

「あれは……!?」

 

 リアスは朱乃に指摘されて一誠の腕を見た。そこには白い鱗に包まれた一誠の腕だった。一誠は事前にアルビオンと契約し身体を売っていた。

 

「まさか、自分の中にドラゴンの両腕を」

「……部長、違います」

「小猫?」

「……あの人の全身からドラゴンの力を感じます」

「まさか……両腕だけじゃなく……」

 

 リアスは小猫の指摘に驚きを隠せなかった。リアスだけではない気絶している一樹や状況が飲み込めていないアーシア以外の全員が動きを止めた。

 リアスは一誠の身体を見て、疑問に思った。

 

(全身を売ったにしてはドラゴン化が腕だけなのはどうして?)

 

 リアスは一度売ったからには人間の身体ではいらないのに一誠の腕は先ほどまでちゃんとした人間の腕だった。

 なのに今は白い鱗に守られた龍の腕になっていた。

 

「なに、ドラゴンの力を発散させる術さえ知っていれば問題ないのさ」

「それを知っているという事なのね」

「ああ、だけど教えられるのはそこまでだ。もっと知りたいなら力ずくでも聞き出すんだな」

「ええ、いいわ。その余裕をすぐに消してあげるわ!」

 

 リアスは一誠の余裕が気に入らなかった。上から言われるのがリアスには耐えられなかった。それはお嬢様として育てられた彼女だからいえる事だろう。

 

(どうすれば勝てるの!?)

 

 リアスの中で一誠に勝てるイメージがまったく浮かんでこなかった。こんな事は今まで無かった。これまでのはぐれ悪魔は明確な勝利のイメージがあった。

 しかし目の前の少年にはまったく浮かんでこなかった。悩んでいると一誠の方から仕掛けてきた。

 

「ボケッと立っているなよ」

「なっ!?」

 

 一瞬で距離を詰められて張り手で後ろに飛ばされた。そのまま壁に激突するかと思われたが間に一樹が入りクッション代わりになってリアスを守った。

 

「か、カズキ!?」

「だ、大丈夫ですよ。部長」

「ご、ごめんさない!」

「謝らないでください。勝ちましょう!」

「そ、そうね!行くわよ!」

「はい!」

 

 気絶から目が覚めた一樹が加わった事でリアスには希望が出てきた。朱乃、祐斗、小猫も何とか立ち上げって集結した。

 ダメージはまだ残っているが、戦えないほどではなかった。リアス以外の三人も一樹が居れば勝てると思っている。

 だからまだ希望が持てると全員が信じていた。しかしその希望は一瞬にして消え去った。

 

「……え?」

 

 まさに一瞬の出来事だった。一樹、朱乃、祐斗、小猫の四人がいつの間にか壁を背に倒れていた。しかもピクリとも動く気配がない。

 リアスは頭の中が真っ白になった。しかし目の前からの殺気で現実に戻ってきた。目の前の殺気。それは拳を構えている一誠だ。

 拳に集まるオーラが、それが何なのか分からないリアスでも危険だと理解した。

 

(避けなきゃ―――!?)

 

 思考はいつも通りなのに身体だけが追いついてこなかった。まるで世界がスローモーションになっているかのように。

 近づいてくる拳を避けようとしているが、身体が思うように動かなかった。一誠の拳はリアスの顔を捉えていた。

 拳がリアスの鼻先から数cmの所で止まった。一誠は最初から当てる気など無かった。あくまで脅しとか考えていなかった。

 

「悪いが殺す気は無いんでな」

「…………」

「これは……気絶しているな」

 

 寸止めされた拳から放たれた圧はリアスの長い髪を後ろに一気に流れた。一誠はリアスの様子が可笑しな事に気が付いた。

 先ほどからまったく動かなかったのだ。そうリアスは気絶したのだ。これまでにあれだけの殺気を浴びた事がリアスにとって気絶するには十分な殺気だったのだ。

 

「それじゃ俺はこれで」

 

 そのまま横に倒れたリアスたちを放置して一誠は今度こそ、自分のアパートへの帰路に着いた。

 その後、リアスはある人物によって眷属全員助けれるのであった。

 



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兵藤一誠

「ここは……?」

 

 リアスは目が覚め、天井が目に映った。身体を包むふんわりとした感触からベッドの上に居る事は容易に想像出来た。

 身体を起こして周りを見てみると白いカーテンで区切られていた。

 

(保健室?)

 

 そこ以外に自分の中では思い当たる場所が無かった。その時だった。カーテンが開けられてある人物が入ってきた。

 

「気が付きましたか?リアス」

「ソーナ!?もしかしてあなたが?」

「ええ、そうですよ」

 

 カーテンを開けて入ってきたのは駒王学園の生徒会長の支取蒼那であった。いや彼女の本名はソーナ・シトリーだ。

 

「か、カズキや他のみんなは!?」

「安心してください。皆さん、別室で休んでいます」

「そう。良かったわ……」

「それでリアス、あそこで何があったのですか?」

 

 ソーナの真剣な表情と声音にリアスは話す以外の選択肢が浮かんでこなかった。それに親友であるソーナには隠し事はしたくないとも思っていた。

 

「……兵藤一誠よ」

「兵藤?それはあなたの眷属の……」

「双子の弟よ」

「彼がまさか……あなたたちを倒したのですか!?」

「ええ、そうよ」

「信じられませんね……」

 

 ソーナはリアスの表情を見て、嘘は言っていないと確信した。そもそもリアスは嘘が下手なので顔に出やすい。

 

「それにしても一般人の人間にやられたとは思えませんね」

「ええ、彼は……白龍皇だったのよ」

「…………はぁ!?そ、それは本当ですか!?」

「ここであなたに嘘を言うわけ無いじゃない。『白龍皇の光翼』を確認したし、二天龍の会話を聞いたわ」

「それにしても兄弟で二天龍ですか……ありえないとは言いませんが、そんな事が」

 

 全ての人間には『神器』を宿している可能性がある。それにしても伝説の龍の魂を封じた神器が兄弟で発現するなど聞いた事がなかった。

 だが、完全にそれを否定する根拠も無かった。

 

「つまり兵藤一誠君は何かしらの特別な訓練か私たちのような存在に接触して力を付けていた、と?」

「恐らくは……でもカズキの事を調べるついでに家族の事もちゃんと調べたわ。魔術師の家系でもなければ、人外の存在と接触した形跡すら発見出来なかったわ」

「しかし他に考えれる可能性はありませんよ?」

 

 ソーナとリアスはいくら考えても答えに辿り着けなかった。それもそのはずだ、彼女たちは一誠の秘密を知らないのだから。

 

「それで兵藤一誠君が白龍皇である事は私の方で報告しておきましょうか?」

「待って!報告はもう少しだけ待って欲しいの」

「待ってと言われましても……」

「お願いよ、ソーナ!」

「……分かりました。その件はリアスに任せます。どの道、学園の外の事はリアスが担当ですから」

 

 リアスとソーナは駒王学園に入学する際に学園内での事はソーナが担当して、学園の外の事にリアスが担当する事を事前に決めていた。

 だが、その分何かあっても責任は担当者だけになってしまうし、連帯責任もしないと約束していた。

 それに直接戦ったのはリアスなので上手く報告するのはソーナには無理だった。

 

「部長」

「朱乃!」

 

 保健室に新たな人物が入ってきた。それは茶封筒を持った朱乃だった。リアスがベッドから出て、朱乃に近づいた。

 

「朱乃、あなた大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫です。アーシアさんのおかげです」

「あの娘が?」

「はい。それと部長、これを」

「これは?」

 

 朱乃はリアスに茶封筒を渡した。リアスが中身を確認してみるとそこには『兵藤一誠』の調査記録が入っていた。

 リアスが寝ている間に起きた朱乃が調べていたのだ。短期間に出来る限り調べていたのだ。ここまでしてくる朱乃にリアスは涙を浮かべた。

 

「私は頼もしい眷属を持てて幸せだわ」

「ありがとうございます、部長。それで調べたのですが、やはり兵藤一誠は人外の存在には接触した痕跡はありませんでした」

「家系が魔術師の類ではないのは確認済みなのは知っているわ」

「そこで兵藤一誠とよく一緒に居るクラスメイトから少し話を聞いてきました」

「それでどうだったの?」

 

 リアスが朱乃に勿体ぶらずに教えてもらおうと近づいた。しかし朱乃の表情は浮かなかった。

 

「これと言ってありませんでしたわ」

「そう……」

「ただ、中学2年の夏休みが終わった辺りから急に人が変わったように身体を鍛え始めたようですわ」

「なら夏休みに何者かと接触したのかしら?」

「それも無いかと。そのクラスメイト二人は夏休みほぼ毎日会っていたそうですから」

「もしかして夏休みが終わった時に『白龍皇の光翼』が覚醒したのかもしれないわね」

 

 リアスはそう結論付けた。朱乃もソーナもリアスの指摘に頷いた。彼女たちもそれ以外に可能性がないと判断したのだ。

 だが、まったく検討違いをしているのを三人は気が付いていなかった。

 

「それと部長。先ほどご実家から連絡がありました」

「実家から?何かしら」

「実は―――」

 

 リアスは朱乃から告げられた内容に顔を真っ赤にして憤慨していた。

 

「冗談ではないわ!!」

 

 その日のリアスは学校を休んで実家に向かった。朱乃から聞いた話を確認するために。

 

 

▲▲▲

 

 

「はぁ……」

 

 冥界である男性悪魔がため息を漏らしていた。その時に近くいたメイドが紅茶を持ってきた。

 

「ありがとう。グレイフィア」

「いえ、先ほどのため息はリアスお嬢様の事ですか?サーゼクス様」

「ああ」

 

 冥界最強の悪魔、サーぜクス・ルシファーは自分の眷属で『女王』のグレイフィアにどこか呆れた顔を向けていた。

 

「私は家を出たから何も言えないが、父上の勝手には兄として文句を言ってやりたいものさ」

「しかしご当主様はどうしてお嬢様の婚姻を早めるような事を?」

「原因は彼女の新しく入った眷族さ」

「……赤龍帝ですか?」

「そうだ」

 

 元々リアスの婚姻は彼女が大学を卒業するまで保留になっていたが、ここでリアスの父が婚姻を早めたのだ。

 その原因は赤龍帝の一樹に原因があった。

 

「リアスが大学を卒業するまで4年以上の時間がある」

「はい。それが?」

「それだけの時間があれば覚醒したばかりの赤龍帝を鍛えるには十分だ」

「では、お嬢様は力を付けた赤龍帝を使って婚姻を破棄させようと?」

「ああ、だから父上はそうなる前に手を打ったんだ。まだ赤龍帝は戦力としては未熟だからね」

 

 一樹はまだリアスの眷属の中では弱い。しかし時間を掛ければ、十分な強さを誇るだろう。そうなるとリアスの我が儘が加速すると考えたグレモリーの当主は先手を打った。

 まだ未熟の内にリアスの我が儘を潰そうとしたのだ。いくら赤龍帝と言えど、才能があったとしても経験が乏しければ、勝つ事は難しいだろう。

 

「レーティーングゲームで決めるようだけど、リアスたちには厳しい戦いになるだろうね」

「そうですね。どうするつもりですか?」

「戦う場所はリアスたちの学校でいいだろう。準備期間は出来るだけ用意するように両家の当主に話すつもりさ」

「それくらいがベストかと」

 

 本来は成人した悪魔が参加出来る『レーティーングゲーム』。リアスはまだ成人していないので参加は一度もない。

 しかし相手はすでに10戦しており、ゲーム経験者だ。これくらいがリアスにとっていい経験になるだろうと思ってだ。

 

「うん?これは確か……」

「そちらはリアスお嬢様の眷属になった者の家族ですが。どうしましたか?」

「いや、妙に気になってね」

 

 サーゼクスは一誠の資料の顔写真を見ていた。どこか年齢相応の顔付き見えなかった。そしてレーティーングゲームの事で自分の父でグレモリーの当主に会いに向かった。

 

 



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不死鳥

 木場祐斗は校舎裏であるとんでもない光景を見ていた。それは一誠と女子生徒が男子生徒の前でキスをしているシーンだった。

 

(何をしているんだ!?)

 

 祐斗は状況に付いて行けなかった。どうして一誠が堂々と男子生徒の前でキスをしている。そして男性生徒はどうして一誠と女子生徒とのキスを見ているのか。

 訳が分からなかった。しかし祐斗が一誠の下に来たのかは主であるリアスの命を受けたからだ。

 

(部長がどうして彼を呼んだのかは元気が無い事と関係しているのだろうか?)

 

 数日前にリアスは冥界の実家に一時帰省していた。そこからリアスは元気が無い事は眷属の誰もが分かっていた。

 しかし自分は主の剣だ。主が言わない事を無理に聞こうとは思わなかった。しばらく観察していると女子生徒は男子生徒とどこかへ向かって居なくなった。残った一誠は祐斗の方向を見た。

 

「っ!?」

「出て来いよ」

 

 一誠と目が合った祐斗は大人しく出て行った。そこで一誠はニヤついた顔をしていた。分かっていたのだ、祐斗が隠れていた事に。

 

「気がついていたのかい?」

「当たり前だろ?気配丸出しで気がつかない方が無理だ」

「気配って……」

「俺には感じ取れるんだよ。それで何のようだ?」

「部長が君と話したい事があるから今日の放課後、部室に来て欲しいんだ」

「話ね……」

 

 一誠はどこか乗り気ではなかった。それを感じて祐斗は申し訳ない表情をしていた。

 

「分かった。放課後だな?」

「ああ、それじゃ伝えたからね」

 

 祐斗はそれだけ言ってそそくさにどこかへ消えた。

 

 

▲▲▲

 

 

「しまった!寝過ごした!?」

 

 一誠は放課後、少し時間を空けてオカ研の部室に行こうと屋上で寝ていたら一時間は軽く越して、二時間になろうとしていた。

 起きた一誠は急がずにオカ研の部室に向かった。

 

「時間は決めてないしいいだろう」

 

 会う事だけで時間を決めていなかったので一誠はゆっくりと部室に向かっていた。そして部室の前に来て一誠は手を扉の前で止めて、中に居る気配を感じた

 

(強い氣が居るな。それに他にも大勢居るな)

 

 オカ研の部員以上の人数に一誠は一先ず部室に入る事にした。

 

「どうも!兵藤一誠、ただいま参上!」

「「「…………」」」

 

 部室に居た全員があ然と一誠を見ていた。部室の中にはリアス一樹たちの他に銀髪のメイドとホスト風の格好をした男とその後ろに15人の美女と美少女たちが立っていた。

 

(メイドだけ強いな)

 

 一誠は銀髪メイドが部屋の中で一番の強さを持っている事を見抜いた。それと同時に懐かしんだ。異世界アレイザードに居るメイド長の事を

 

(どうしてメイドってのはこうも強いんだ?)

 

 主人に奉仕して仕えるはずの存在であるメイドが強さが必要かどうか怪しくなってくる。そんな中、一番に声を出したのは一樹だった。

 

「一誠!どうしてお前がここに来た!?」

「お前らの主に聞け」

「え?部長が?」

 

 一樹はリアスを見たが、リアスは黙ったままだった。そんな中、ホスト風の服を着た男が一誠をみて、リアスに問いかけた。

 

「なんだ、リアス。まだ眷属が居たのか?」

「……彼は眷属ではないわ」

「何?では何故、ここに居る!?」

「話があったからよ。ずいぶんと遅かったのね?」

「ああ、屋上で寝ていた」

「そう……」

 

 リアスはそれだけ言って黙り込んでしまった。それ以前にあまりにも元気がなかった。一誠は男の事が気になっていた。

 

「それでお前は一体誰なんだ?」

「なんだ、俺の事を知らないのか?」

「知らないのは当たり前だろ。ザコを一々覚えていられるか」

「ざ、ザコだと!?ふざけるな!!ミラ」

「はい。ライザー様」

 

 ライザーと言う男にミラと呼ばれた少女がいきなり一誠に向けて、棒を突き出した。だが、一誠はそれを難なく掴んでミラに拳をお見舞いした。

 

「……え?」

 

 しかしその拳がミラに当たる事はなかった。ミラ本人の前で止められたからだ。先ほどまで静寂を保っていた銀髪メイドにだ。

 

「離せ」

「その攻撃はやり過ぎです」

「さっきから黙っていたんだから最後まで黙っていればいいものを」

 

 一誠はゆっくりと殺気を納めた拳をミラから離した。ミラは一誠の殺気に腰が抜けて床に座り込んだ。先ほどの出来事を受け止め切れなかったからだ。

 

「さて、グレモリー先輩。まず聞きたいんだが」

「何かしら?」

「先輩とこのアホ男との関係とこっちのメイドは誰なんだ?」

「彼はライザー・フェニック。私の許婚で、そっちのメイドはグレイフィアで私の兄の眷属よ」

「許婚と兄の眷属ね……」

 

 一誠は再び2人を見て、実力を測っていた。

 

「お嬢様。そろそろそちら方は誰なのですか?一樹様にそっくりな顔ですが?」

「彼は兵藤一誠。カズキの弟よ」

「彼がそうですか」

 

 グレイフィアは一誠を少し見て、視線をリアスとライザーに戻した。そこからしばらくの間、沈黙が続いた。

 

「それでリアス、どうしてこの人間をここに呼んだんだ?」

「……ライザー。レーティングゲームをするに当たって私にハンデを貰えないかしら」

「ハンデだと?まさか、この人間を参加させるつもりか?」

「ええ、そうよ。私はゲームの経験は無いし、眷属の数でも貴方に劣っているわ」

「ふん。いいだろう。俺もコケにされた礼をしないと気が済まないからな」

 

 リアスとライザーは二人でサクサクと話を進めていった。そんな中、一人だけ穏やかな気持ちではない人物が一人、一樹だ。

 

(どうしてだ、リアス!『原作』と違う事をするなんて!!)

 

 転生して『原作知識』がある一樹にとってリアスの行動は予想外だった。ただでさえ、弟一誠が白龍皇である事も想定外なのに。

 これ以上、自分の知らない物語が始まると対処にしようがない。しかしここでリアスに正面きって反発するのは後の展開に大きく関わってくるのは明白だった。

 

(だが、俺がライザーを倒せば問題ない!)

 

 ここ数年、この日のために自分なりに修行をした。悪魔に転生した時のために身体を鍛えてきた。今の一樹なら十分、ライザーに勝つ事は難しくない。

 

「ちょっと待て!何を勝手に話を進めている。俺はお前らの揉め事に関わるつもりはないぞ!」

「何だ?自信がないのか?人間。それはそうだよな。所詮は人間が悪魔に勝つなど出来るはずも無い」

「なんだと?」

 

 勝手に話をするめるリアスとライザーに怒りが沸々と沸いてきた。

 

「人間が悪魔に勝てないか。それはどうだろうな」

「何?負け惜しみか?」

「これ、誰のだと思う?」

「それは……!?」

「え?嘘……きゃあぁぁぁぁ!!」

 

 一誠が見せたのは女性物の下着だった。ライザーにはその下着に見覚えがあった。今朝、見たばかりだからだ。

 ミラは自分の胸を触り、そこに下着無い事を確認すると悲鳴を出して、ライザーの後ろに隠れた。

 一誠が持っているのはミラの下着だった。

 

「取られた事に気づかないとか、情けないないな」

「貴様……!!」

「人間が悪魔に勝てないと言っていたな。逆だ、悪魔が人間に勝てると思っているのか?」

 

 一誠はライザーに向けて、不敵な笑みを浮かべて挑発していた。ライザーは顔を真っ赤をなっていた。プライド大きく傷つけられたからだ。

 だが、ここで暴れる訳にはいかなかった。目の前にはグレイフィアが居たからだ。ライザーは自分を落ち着かせた。

 

「グレモリー先輩」

「何かしら?」

「正直、あんたらの面倒事に巻き込まれるのは御免だったけど、気が変わった」

「それじゃ……」

「ああ、参加してやるよ。そのレーティングゲームに!」

 

 こうして一誠はレーティングゲームへの参加する事にした。この選択が後に大きな戦いを産む事を一誠を含めて誰も知る由もなかった。

 



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修行

「グレモリー先輩、『レーティングゲーム』ってなんだ?」

「『レーティングゲーム』は私たち悪魔の間で人気のゲームよ。お互いの眷属を戦わせる。リアルチェスと思ってくれていいわ。色々と条件を付けて戦う場合もあるわ」

「なるほど……」

「今回は投降するかどちらかの眷属が全滅するまで続くわ」

 

 一誠は放課後、オカ研でリアスから『レーティングゲーム』のついての説明を受けていた。目の前の悪魔ライザーと戦うに当たって、ルールを知ろうとしたのだ。

 

「それとグレモリー先輩。戦うに当たって俺から条件があるんだが」

「条件?何かしら?」

「あのアホ男を倒せたら1億円、払ってくれ」

「ふ、ふざけんな!一誠!」

 

 一樹が一誠の提示した条件に怒りを露にした。そもそも一樹は一誠が『原作』に関わるのすら嫌がっていた。

 

(『原作』が崩壊するじゃないか!!?)

 

 『原作』を知り、それをなぞって自分の都合のいいように改変していた一樹にとって一誠が『白龍皇』なのはイレギャラーなのだ。

 出来るなら今すぐに一誠を亡き者にしてやりたかった。しかし『白龍皇』が居なくなれば今後の『原作』にどう影響するか予想が出来ない。

 それに一誠の実力が自分より大きく離れていたので倒せる自信がなかった。

 

「いいわ、1億ね。ただし、負けるようなら貴方は私の奴隷になってもらうから!」

「ああ、いいぜ。そうだ。どうせなら書面で残そうぜ」

「そうね。後から口約束なんて信用出来ないから」

 

 一誠とリアスはお互いの条件を書いた紙を『二枚』用意した。それを一枚ずつ持って約束が破れないようにした。

 

(負けるとは思えないけど、負けても『白龍皇』を自由に出来る!一先ずカズキの安全は確保出来るわ)

 

 リアスはほくそ笑んだ。負ける気はないが、もし負けた場合には一誠を自由に出来る。そうなれば二天龍の戦いをさせずに済むからだ。

 リアスから見ても一誠と一樹の実力は離れている。それを埋めるには時間がどうしても必要だった。

 これで時間は十分に稼げる。

 

「それじゃ俺はこれで」

「ええ」

「そうだ。返すの忘れていた」

 

 一誠は何かを思い出したように懐から女性物の下着を取り出した。それに反応したのは意外な人物だった。

 

「それは……」

「悪いな銀髪メイドさん。手癖が悪いもので」

 

 下着はグレイフィアの物だった。グレイフィアは自分の胸を触りブラをしていないの確認した。朝、確かに着けたはずのものだ。

 一誠からブラを取り返して、部屋から出て行った。そしてしばらくしてから戻ってきた。

 

「失礼しました。お嬢様」

「き、気にしていないわ」

「それじゃ今度こそ」

 

 一誠はそれだけ言ってオカ研の部室を後にした。部屋の中は異様な沈黙が支配していた。

 

 

▲▲▲

 

 

 この日、一誠は朝から不機嫌な気分になっていた。それは目の前のリアスたちに原因があった。ライザーと言う男とレーティングゲームをする事になり、一誠はリアスにある契約を持ちかけたのだった。

 

「グレモリー先輩。何しに来た?」

「もちろん、修行をするから貴方にも参加してもらうためよ」

「確かに俺は昨日、先輩とあのライザーとか言う男と戦う事に関しては契約を結んだ。だが、一緒に修行なんてお断りだ!」

 

 一誠はライザーと戦うに当たって、リスト契約を交わしていた。それは『ライザーを倒した際にはリアスは一誠に1億円を支払う事、もし負けた場合は一誠は一生リアスの奴隷として奉仕する事』だ。

 リアスの総資産なら1億は問題は無かったし、もし負ければライザーと結婚する事になるが白龍皇を自由に出来るのでそこは我慢した。

 

「どうしてよ!連携とか確認しておかないと当日、大変でしょ!」

「はっきり言って!10日で強くなれると思っているのか!?」

 

 リアスがライザーとのレーティングゲームをするに当たって、準備期間として10日ほど時間が与えられた。

 しかし一誠からすれば10日はあまりにも短すぎた。

 

(こんなの黙って負けろって言っているようなものだ)

 

 10日と言うのはリアスの父が定めたルールの一つだ。これは一樹の事を考えての事だ。時間を与え過ぎれば赤龍帝は強くなる。

 しかし短くては周りから何か言われるのではないかと思い、10日にしたのだ。だが、リアスたちとってこれはありがたい事だった。

 リアス、朱乃、祐斗、小猫はある程度の時間、一緒に居たので連携には問題なかった。問題は最近、眷属になった一樹とアーシアの二人だ。

 

 戦える一樹に対してアーシアは自衛の手段を思ってはいなかった。彼女は回復役でしかないのだ。

 そのためアーシアを守りながら戦うフォーメイションを新たに覚えなくてはならなかったのだ。

 そこでリアスは山奥の別荘での修行をする事にした。そこで一緒に戦う一誠をこうして誘いにきたのだ。

 

「そもそも俺は10日で強くはなれないから」

「それでも一緒に来るべきでしょ!」

「お断りだと言っている。しつこい女はモテないぞ?入学してから彼氏一人出来ていない先輩に恋愛うんぬん言っても仕方ないか!」

「なんですって!?」

 

 リアスは一誠の一言に顔を真っ赤にして憤慨していた。貴族として産まれた自分に自由恋愛など夢だった。

 しかし一樹の存在がその全てを否定してくれたのがリアスは嬉しかったのだ。だから自分のためでもあるが、一樹への好感度を上げる意味でもレーティングゲームで負ける訳にはいかなかった。

 リアスは怒りながら眷族たちとどこかへ行ってしまった。リアスは文句を言いたかったが、時間を無駄に出来なかったので堪えて目的地に向かった。

 

「さて、俺も修行するかな」

『10日では強くなれないのではないのですか?先ほどイッセーが言ったばかりではないですか』

「そうだな。アルビオン。だけどな、身体を鍛えるのと知識を付けるのだとまったく違う意味だろ?」

『確かに……』

 

 身体を鍛えて強くなるのと知識を知って強くなるのでは意味合いがまったく違う。確かに一誠が10日みっちり鍛えた所で伸びはしない。

 それは一誠の成長限界に来ていたからだ。ここ半年、あまり力が伸びていない事に一誠は気がついていた。

 これ以上のレベルアップには実戦を経験しないと上がらないと考えていた。しかし近くに一誠と同レベルの相手がいないので修行が出来ないでいた。

 

『それでどうするのですか?イッセーの知り合いにでも頼るのですか?』

「生憎、俺の知り合いに俺と渡り合える奴はいない。そもそも俺の知り合いは全員一般人だぞ。俺が本気で殴った時点でポックリあの世に送ってしまうわ」

『では、どうするのですか?』

「居るだろ。修行相手が、『白龍皇の光翼』の中に!」

『まさか!!?』

「ああ、そのまさかだよ。歴代の白龍皇に俺の修行相手になってもらう!」

 

 一誠の修行相手を『白龍皇の光翼』の中に居る歴代の宿主と考えていた。自分より長い間、白龍皇であったなら経験豊富だろう。

 一誠はベッドの上で横になり、リラックスしていた。目を閉じ瞑想を始めた。

 

(アレイザードで何度もやったからな。お手のものだ。意識を自分の身体の奥へと送るイメージだ。境界線の向こう側)

 

 一誠はゆっくりと自分の意識を精神の奥へと潜って行った。かつて、異世界で何度もやった瞑想をした。

 そして目を開けるとそこは真っ白な空間だった。

 

「よく来たな。今代の白龍皇」

 

 一誠が声の方向へ顔を向けるとそこにはダークグレイの髪をした青年が笑顔で立っていた。



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対話

 一誠は真っ白な空間でダークグレイの髪をした青年に声を掛けられた。一誠はどこか警戒していた。

 

(この男、強いな!勝てる気がしない……)

 

 一誠は一瞬で目の前の青年が自分より強い事を見抜いた。戦う意思は感じられないが、それでも勝てる気がしなかったのだ。

 

「初めまして、今代の白龍皇。俺はヴァーリ。先代の白龍皇だ」

「あんたが、そうなのか?」

「ああ、そうだ。それにしても目覚めてそんなに経っていないのにここに来るとは驚いたよ」

「瞑想は昔、散々やったからな。師匠から集中力が足りないと言われてな」

 

 異世界アレイザードで修行している時に一誠は師匠から『集中力がなっていない!』と散々怒られていた。そこで瞑想を中心とする修行をさせられていた。

 そのおかげか、今の一誠は5秒で瞑想する事が出来るまでになっていた。

 

「なるほど。それで?どうして、ここまで来たんだ?悪魔のフェニックスと戦うのだろう?油を売ってていいのか?」

「戦うために来たんだ。ヴァーリ先輩、俺に魔法について教えてくれないか?」

「魔法を?使う訳でもないのにか?」

「ああ」

 

 ヴァーリはこれまでの一誠の戦いから魔法による中距離戦より身体を使った近接戦を主体としたスタイルだと思っていた。

 それだと言うのに魔法について教えて欲しいとはどうかと思っていた。

 

「魔法なら異世界で知っているのではないのか?」

「ああ。だけど、アレイザードとこっちの魔法が同じものだと言えないだろ」

「確かにな」

 

 世界が違うのだ。魔法も同じものだとは限らない。例えアレイザードの魔法の対処法を知っていたとしてもこちらの世界の魔法にそれが通じる可能性は限りなく低いものだろう。

 

「それであの連中は一体何者なんだ?」

「ああ、彼らか……」

 

 一誠は先ほどからフードを着た者たちが気になっていた。近くによれば何か小声でブツブツと言っているようだったが、小声過ぎて聞こえなかった。

 

「彼らは『覇龍』……ジャガーノートドライブの犠牲者だ」

「犠牲者?」

「彼らは負の感情に囚われている。その魂はずっとこの中で居るのさ」

「開放出来ないのか?」

「やり方が分からないんだ」

 

 ヴァーリはお手上げと言わんばかりに肩をくすめた。彼らは死んだ瞬間からここに居る。何をする訳でもなく、ただ居るのだ。

 

「喋れないのか?」

「出来るかも知れないがおススメはしないな」

「そうか。ならヴァーリ先輩、魔法について教えてもらえるか?」

「ああ。まずはこれだ」

「なっ!?」

 

 ヴァーリは一誠に向けて魔弾を放った。しかし一誠は間一髪の所で回避した。着弾した魔弾は巨大な爆発を起こして、爆風や振動が遅れてやってきた。

 

「いきなりなんだ?」

「君の場合、実践形式の方がいいだろ?」

「分かってらっしゃる。ならその胸、お借りしますよ!先輩!!」

「来い。後輩の実力、見せて貰おうか!」

 

 そこから一誠とヴァーリの魔法対策と言う名の実践訓練が始まった。ヴァーリは魔弾を放ち、それを一誠が回避してヴァーリの懐に潜り込み殴りつけた。

 しかし魔法障壁に拳が阻まれてヴァーリには届かなかった。一誠は高速で移動して様々な方向から攻撃を繰り返した。

 ヴァーリもまた一誠の動きに対応した魔法障壁を展開した。戦闘経験で言えばヴァーリの方が断然上だった。

 

「流石だな!先輩!」

「お前も中々だぞ!後輩!」

「だけど、まだまだ!!」

「そうでなくては困る!」

 

 二人は似たもの同士――-戦闘凶だ。戦闘に最高の快楽を得ていた。

 

(全力を出せる相手が居るのは最高だ!!)

 

 一誠はヴァーリ相手に全力で戦ったいた。一誠が本気で人間に攻撃すれば一撃ポックリあの世に行かせてしまう可能性が高かった。

 しかし相手は歴代最強の白龍皇のヴァーリなのだ。逆に手加減しては失礼と言うものだ。だからこそ、一誠は今出せる全力でぶつかっていた。

 

「最高だよ!先輩!!俺とここまでやり合える奴は出会った事が無いからな!」

「そうか。強者との出会いはいいものだ。自分の事がよく分かる」

「ああ。だからより強くなろうと思う」

「高い壁は登り我意があると言うものだ」

「分かるよ!俺にも超えたい男が居るんだ!!」

 

 鳳沢暁月。異世界アレイザードで出会った尊敬出来る最高の兄貴分。一誠の道標にして超える目標。いつか越える日を考えて一誠はアレイザードから戻っても修行を欠かさなかった。

 だから今の一誠が居るのだ。

 

「もっと教えてくれよ。先輩!」

「ああ。かかって来い!」

 

 そこから一誠はヴァーリから魔法について教わった。

 

 

▲▲▲

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……勝てる気がしないぜ」

「目覚めて数ヶ月の白龍皇には負けないさ」

「なぁヴァーリ先輩」

「なんだ?イッセー」

「歴代の魂の開放は出来ないのか?」

 

 一誠はヴァーリとの修行の最中にずっとその事を考えていた。囚われている歴代の宿主の魂。いくら死んだとは言え、ずっとここに居るのはどうかと思ったのだ。

 それに対してヴァーリは首を左右に振った。

 

「どうすれば、この魂たちを開放出来るのか。俺には分からないんだ。それに歴代の誰もそんな事は出来ないかった。だからこそ、あんな状態なのさ」

「そうか。なら俺流でやらせてもらうぜ」

「どうする気だ?」

「こうするのさ!」

 

 一誠は近くに座っていた歴代の宿主を殴り飛ばした。これにはヴァーリも開いた口が塞がらなかった。

 

(何を考えているんだ!?)

 

 ヴァーリの驚きを他所に殴られた歴代の宿主がゆっくりと立ち上がった。

 

「憎い憎い憎い憎い憎い!!」

「発狂しているよ」

「どうするつもりだ?」

「俺はそれほど器用じゃないんですね」

 

 一誠は確かに器用ではない。だが、考えなしに行動はしない。これも一誠だからこそのやり方なのだ。

 正面から相手を見て、受け止める。怒りも憎しみも絶望も相手のありとあらゆる感情を真正面からバカ真面目に。

 不敵に笑って、戦いの全てを楽しむのであった。

 

「まったく……とんでもない宿主に出会ったな。アルビオン」

「そうですね。ですが、そこが面白い」

「確かにな。まだまだ伸び代があるのはいい事だ」

「ええ。退屈しないのは私も望む所ですから」

 

 ヴァーリはアルビオンと一誠と歴代の宿主との戦いを眺めていた。剣を使う者も居れば、魔法を使う者もいる。

 一誠と同じ肉弾戦をする者もいる。宿主の数だけ戦い方がある。一誠にとってはいい修行相手であろう。

 

(まったく最高だ!!)

 

 これからは修行相手に困らない事に一誠は最高に興奮していた。しかしここはあくまで精神世界でしかない。

 知識はつけられても肉体はまったく成長しないのだ。それでも一誠にとってはいい修行場所になりつつあった。

 

「おら!どんどん行くぞ!!」

 

 一誠は次々と歴代の宿主と戦い、知識を蓄えていった。一誠は時間が許す限り戦い続けた。

 

 

▲▲▲

 

 

「イッセー。見舞いにきたぞ」

「イッセーでも風邪になるんだな」

「俺は人間だぞ」

「「いや、鬼畜超人だ!!」」

 

 一誠は歴代の宿主と戦い続けた結果、高熱を出してしまい学校を休んでしまった。そんな一誠の見舞いには悪友の二人、松田と元浜だ。

 

「そう言えば、オカ研全員も休んでいるんだぜ」

「リアスお姉さまと朱乃お姉さまに会えないなんてついてないぜ」

「そうか……無駄な事を」

 

 今も修行している一樹たちの努力が無駄に終わる事に少しだけ残酷な笑みを浮かべていた。

 そしてついにレーティングゲーム当日の夜を迎えるのだった。



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一線を超えし者

 旧校舎の廊下を一誠はオカ研の部室に向かって歩いていた。時間は生徒はおろか教師すら帰った深夜11時30分だ。

 あまり明かりの付いていない薄暗い廊下を一誠は迷う事無く進んでいた。氣を感じれらる一誠にとってこの程度の暗闇で躓いたりはしない。

 そしてオカ研の部室へと入った。

 

「どうも~……」

「着たわね」

「それはもちろん。1億が掛かっているんで」

 

 オカ研の部室に入るなりリアスが一誠に睨みを利かせた。そんな睨みなど軽く受け流して一誠は誰も座っていないソファーにドスっと座った。

 それに関して誰もなにも言わなかった。言っても無駄だと学習したからだ。

 

「それで例のゲームはいつ始めるんだ?」

「深夜0時ちょうどよ」

「まったく悪魔のあんた達は夜型かもしれないが、俺は人間の昼型なんだぞ。時間を考慮してもらいぜ」

「五月蝿いぞ!一誠。お前のためにするんじゃないんだから考慮する訳ないだろ!」

 

 一誠の文句に一樹が食って掛かった。その顔は10日前まで無かった自信に満ち溢れた顔をしていた。

 この10日は一樹主導の下、最適なトレーニングを行って確実に皆、力を付けた。特に連携に関しては完璧と言えるほどだった。

 『原作』を知っている一樹は未来のフォーメンションを想定してリアスたちと修行したのだ。

 

「多少は力を付けたようだな?」

「ふん!前までの俺じゃないんだよ!お前の力なんて必要ないかもしれないな!」

「ふ~ん……まあ、俺は勝手にやらせてもらう」

「精々足を引っ張らない事だな!」

 

 一樹は一誠の事を見下していた。今の一樹は『原作の一誠』よりも実力は上だった。一樹はリアスの眷属になる前から身体を鍛えていた。

 しかしそれは一般人より多少強い程度でしかない。異世界で実践を経験した一誠の敵ではない。

 

「お嬢様。準備は宜しいでしょうか?」

「グレイフィア。ええ、全員揃っているわ」

「移動の前にサーゼクス様からお話があるようで」

「お兄様から!?」

 

 リアスはグレイフィアから聞かされた人物の名に驚き大声を出してしまった。口元を押さえて、きせ込み気を取り直した。

 すると部屋の中にリアスと同じ紅髪を持った男性が入ってきた。

 

「やあ、皆今夜は頑張ってね」

「お兄様。態々お越しいただいて申し訳ありません」

「なに、これから奮闘する妹と眷属たちを鼓舞しに来ただけだよ」

「そうですか……」

「はははははっ!!」

「な、なに!?」

 

 リアスがサーゼクスと話していると笑い声が聞こえてきた。視線を向けてみるとそこには一誠が居た。腹を抱えて笑っていた。

 

「人間の皮を被った悪魔という言葉はあるが、まさか悪魔の皮を被った化け物がいるとは驚きだ!ははははっはっ!」

「貴方、いい加減にしなさい!!」

「いいんだよ、リアス」

「で、ですが……」

 

 怒るリアスをサーゼクスは止めた。そしてリアスより一歩、一誠に近づいた。

 

「初めまして、私はサーゼクス・ルシファー。リアスの兄だ」

「兵藤一誠だ。悪魔の王様」

 

 一誠の挑発的な挨拶にサーゼクスはニコやかに受け流した。しかし内心ではサーゼクスは一誠を警戒していた。

 

(彼の中に何かを感じる……この感じ、どこかで?)

 

 一誠の中から感じる気配にどこか懐かしさを感じるサーゼクスだった。しかしその懐かしさが何なのかが思い出せないでいた。

 

「リアスに眷属の皆、レーティングゲームを頑張ってくれ。応援しているよ」

「ありがとうございます。お兄様!」

「もう少ししたらゲームが始まるからそれまで休んでいるといい。行こうかグレイフィア」

「はい。サーゼクス様」

 

 サーゼクスはグレイフィアとオカ研部室を後にした。

 

 

▲▲▲

 

 

「それにしても中々面白い少年だね、彼は」

「そうですね。しかし彼は我々に何かを隠しているようでした」

「それは私も感じたよ」

 

 一誠の秘密。それがリアスが一誠を助っ人にした理由だとサーゼクスは考えている。でなければ、一般人の彼をゲームに参加させる訳がない。

 

「出来る限り彼の先祖について調べましたが、魔法使いなど裏の世界との接触は認められませんでした」

「そうか……だが、彼には実践経験があるように感じられた」

 

 サーゼクスは一誠が人外との接触がない事に疑問に思っていた。直積会ってみて、感じられた。一誠は実践を経験しているのを。

 それもこのレーティングゲームではっきりとするだろうとサーゼクスは考えていた。

 

「お待たせしまた。父上」

「おお、サーゼクス。来たか」

 

 サーゼクスは今回の非公式のレーティングゲームの観覧席にやってきた。先に来ていた、自分の父に頭を下げた。

 魔王になったとはいえ家族の礼儀を忘れてはいない。

 

「これはサーゼクス様。ご機嫌麗しゅう」

「ええ、皆さんもお変わりないようで」

「今宵は存分に楽しませてもらいますよ」

 

 サーゼクスに挨拶してきたのはグレモリーとフェニックスと縁のある悪魔たちだ。今日のレーティングゲームを見に来たのだ。

 最近は大きな戦いがない分、レーティングゲームを楽しむ悪魔たちが増えた。

 

「今回は非公式ではあるが、リアス姫のデビュー戦ですな」

「そうですな。眷属に赤龍帝がいるとか」

「それは面白いゲームになりそうですな!」

「なら賭けますか?私はフェニックスに100で」

「それはないですよ。いくらリアス姫と言えど、まだフェニックスには勝てないのですから」

(好き勝手に言ってくれる……)

 

 好き勝手に言う彼らに怒りを抑えたサーゼクスはスクリーンを見た。そこにはリアスたちが今か今かと殺気立っていた。

 

「あれは……誰だ?」

「赤龍帝と同じ顔だな。双子か?」

「確か人間の弟が参加するとか」

「人間風情がレーティングゲームに参加とは……間抜けめ」

 

 悪魔たちは一誠に口々に罵倒を始めた。

 

「サーゼクス。彼が赤龍帝の弟か?」

「はい。ライザー君が彼の参加を求めてきたので。リアスへのハンデとして参加を許可しました」

「あまり身内に甘いと示しが付かないぞ?」

「分かっています」

 

 本来は自分がグレモリーの当主になるはずだったのに。妹にそれを押し付けている自分が出来る事をするつもりのサーゼクスはゲームの開始を待った。

 

 

▲▲▲

 

 

『それではリアス・グレモリー様とライザー・フェニックス様のレーティングゲームを開始します』

「さて、みんな!いよいよ!」

「「「「「はい!部長!」」」」」

 

 グレイフィアのアナウンスを聞き、グレモリー眷属はやる気十分だった。この日のために修行してきた。

 全てはライザーを倒すために。勝利してリアスの未来を勝ち取るために。短い期間だったが、出来る最大限の事をしてきたグレモリー眷属。

 

「カズキ。あなたには期待しているわ。ライザーに目に物を見せてやりましょう!」

「はい!任せてください!部長!!」

「―――悪いがそれは無理だ」

「へ?ぐっ!?」

 

 リアスが一樹を鼓舞しているといきなり一誠が一樹の後頭部を掴み、そのまま机へ叩き付けて、気絶させた。

 

「まずは一匹……次!」

「がはっ!?」

 

 次に朱乃の腹に強めのグーパンを食らわせてダウンさせた。

 

「二匹目……次!」

「ぶっ!?」

 

 次に祐斗に踵落としを食らわせて床を貫通させた。

 

「三匹目……次!」

「なっ!?」

 

 次に小猫に頭突きを食らわせて壁に激突させた。

 

「四匹目……次!」

「え……?」

 

 最後にアーシアの背後に回り手刀で首トンで意識を奪った。残ったリアスは一瞬に放心状態になってしまった。

 

「さあ、始めようか。俺たちのレーティングゲームを!」

 

 こうしてゲーム開始直後に眷属が全滅すると言う前代未聞の幕開けとなってしまった。



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崩壊

 リアスは目の前が真っ白になっていた。ライザーとのレーティングゲームが始まってすぐに眷属が全員、倒されたからだ。

 倒したのは助っ人として参加した一誠だ。前にもあった目にも止まらぬ速さで眷属たちを一撃で沈めた。

 

『り、リアス・グレモリー様の女王一名、戦車一名、騎士一名、僧侶一名、兵士一名、リタイアです……』

「あ、あなたよくも私の可愛い眷属たちを!!ど、どこに!?―――がっ!?」

 

 グレイフィアのアナウンスで漸く一誠に睨みを利かせたが、目の前から一誠の姿が消えたと思ったら背中から凄まじい衝撃が前へと抜けていった。

 倒れる際に後ろを見てみると一誠が拳を突き出している姿がそこにはあった。

 

「がはっ……い、一体、これはどういう事なの?まさか裏切ったの!?」

「裏切ったなんて、失礼だな。そもそも俺はあんたの仲間ではないだろ?」

 

 一誠はリアスに金で雇われた助っ人に過ぎない。そもそも前提がリアスは間違っていた。一誠の誓約書にはどこにも『グレモリー眷属に攻撃してはいけない』や『共闘しなければならない』など書かれてはない。

 ただライザーを倒した際に1億払うと負けた際に奴隷になる事しか書かれていない。屁理屈になってしまうが。

 

「だ、だからって……あなた一人でライザーに勝てる訳が……」

「いや、普通に一人で勝てるが?むしろお釣が出るくらいだ」

「そ、そんな訳……」

「俺は相手の氣を見て、実力がどの程度なのか測る事が出来るんだよ。あのフェニックスが千人居たとしても負ける気がしないな」

 

 ライザーが千人居ても負けないのは『白龍皇の光翼』を使わないでの数だ。もちろん、これは虚言でもなければ、強がりでもなく事実だ。

 例えライザーが油断していなくても一誠には勝てる事はない。理由はライザーが一族の能力に胡坐をかいているからだ。

 

「だから俺がフェニックス眷属を全滅させるまでここで大人しくしておいてくれよ。これ以上攻撃するとリタイアになるかな」

「あ、あなた……!!」

 

 リアスは怒りをぶつけようとしたが、身体が上手く動かなかった。肺に十分な酸素が無いのだ。ゆっくりと呼吸してもまだ十分とはいかなかった。

 

(よくも私たちのレーティングゲームを……!!でも外ではお兄様が見ているはず、様子が可笑しいのは見えているはず。すぐに中止にするはず……)

 

 観戦室に居るであろう兄がゲームを中止してくれるとリアスは信じていた。すでにゲームは破綻しているのだから中止になる。

 そしたらリアスは一誠に文句を言ってやるつもりでいた。しかし一誠はどこか余裕な表情をしていた。

 一誠は懐から一枚の紙を取り出した。

 

 

▲▲▲

 

 

「サーゼクス!これは一体、どういう事だ!?」

「分かりません。彼が裏切ったとしか……」

「これはレーティングゲームを中止に……」

『ああ、テステス。聞こえているか?魔王』

 

 スクリーンには一誠が一枚の紙をどこかへ向かって喋りかけていた。紙をしっかりと広げて見せ付けるように。

 

『もしレーティングゲームを中止しようとしているならアンタの妹は呪いで死ぬ事になる。俺はこのゲームに参加するに当たって、ある契約を結んだ。その契約は果たされていない』

「契約……?グレイフィア」

「はい。サーゼクス様」

「君が報告してきたもので間違いないかい?」

「はい。間違いありません」

 

 サーゼクスは人間の一誠がリアスとある事を書面に残している事を報告していた。しかし大して重要ではないと思い、無視していた。

 ここに来てその書面についてよく調べなかった事を後悔していた。

 

「グレイフィア。君はあれに呪いがあると思うかい?」

「無いと思われます。あの書面に魔力の類は一切感じられませんでした」

「君がそこまで言うなら間違いないだろう」

『もしかして書面に魔力が無いから呪いは無いと思っているか?だったら残念だな。今日、学校に来てグレモリー先輩に改めて書面にしたんだ。そっちにはちゃんと呪いがあるんだわ』

 

 サーゼクスはグレイフィアの方を見た。グレイフィアは首を左右に振った。つまり確認していないという事だ。

 もちろん一誠が嘘を言っている可能性は高いが、それを無視する理由はどこにもない。選択次第で妹リアスの命を自分の手で。

 

「父上、申し訳ありませんが……」

「ああ、これは仕方ない。フェニックス卿もよろしいですか?」

「ええ、彼の要求を飲むしかこちらの選択肢はないようですね」

 

 サーゼクスは下唇を噛み締めていた。ここまで完全に一誠の掌で遊ばれている。サーゼクスは一誠を心のどこかで下に見ていた。

 人間だから大した事はないだろうと慢心していたのだ。

 

(リアスは彼の実力を知っていたから助っ人にしたのか?だとしたら後で詳しい話を聞かなくては。これ以上、後手に回る訳にはいかない)

 

 レーティングゲーム後にサーゼクスはリアスから一誠の詳しい事を聞こうと決めた。一般人と思っていた人物にここまで掻き回されて黙っている訳にはいかない。

 悪魔の威信にも関わってくるからだ。それと同時にサーゼクスはホッとしていた。

 

(彼の実力ならライザー君を倒してくれるだろう……私の立場からすれば複雑だが……)

 

 一誠がライザーを倒せばこの婚姻は無効になる。これで無闇に婚姻を結ぶ事はなくなるだろう。

 サーゼクスとしてはリアスに勝ってもらいたい。だが、悪魔のそれもフェニックスが人間一人に負けると言うのは他の神話勢力に知られると悪魔への評価が下がる。

 その事だけがサーゼクスの気がかりだった。

 

「これが神のみぞ知るか……」

 

 最初はライザーの勝利が濃厚だったが、一誠の行動でそれも分からなくなっていた。結果はもう誰にも予想出来なくなっていた。

 

 

▲▲▲

 

 

 

『り、リアス・グレモリー様の女王一名、戦車一名、騎士一名、僧侶一名、兵士一名、リタイアです……』

「何!?どういう事だ!」

 

 ライザーは思わず椅子から立ち上がってしまった。レーティングゲーム開始直後のグレイフィアのアナウンスの内容に平常心ではいられなかった。

 開始直後に眷属全員がやられるなど今まで一度もなかったからだ。頭が理解する事が出来なかった。

 

「お兄様、落ち着いてください」

「これが落ち着けるか!何故、リアスの眷属が全滅したのか説明出来るのか!?レイヴェル!」

「それは……」

 

 ライザーの妹であるレイヴェルもまた例のない事態に混乱していた。それでもライザーの前に立ちはだかった。

 

「落ち着いてくださいお兄様。今、お父様や魔王様、重鎮の方々が見てるのですよ!キングであるお兄様が動揺しては示しが付きません!」

「……す、すまん。そうだな」

「はい。そうです」

 

 レイヴェルは落ち着きを取り戻したライザーにホッとした。このまま動揺した状態では勝てるものも勝てない。

 

「リアス様の眷属が全滅したのは兵藤一誠がやった以外に考えられません」

「リアスの眷属が全員、あの人間にやられたと言うのか!?」

「そうです。忘れたのですか、お兄様。彼はグレイフィア様の下着を私たちに気付かれずに奪ったのですよ。人間にそんな芸当が出来るとお思いですか?」

「それは……」

 

 そんな事が出来る人間が居るとは思えない。いくら油断していたとしても最上級悪魔から気付かれずに下着を奪うなどライザーはもちろん、眷属たちにも無理だ。

 

「しかしこれはチャンスです!」

「チャンスだと?」

「はい。兵藤一誠だけがイレギュラーで対策のしようがありませんでした。眷属が全滅した今ならリアス様を守っているのは彼一人だけです」

 

 そう、残っているのはリアスと一誠の二人だけだ。いくら一誠が強くても一人でリアスを守りながらキングであるライザーを倒すのは不可能に近い。

 数で勝るこちらが有利なのだ。勝ったも当然になった事にライザーはニヤリと余裕を取り戻した。その時だった。

 

「―――覇槍」

 



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残り37回

「―――覇槍」

「ぶぐっ!?」

 

 ライザーはグランド側の窓から声が聞こえた気がしてそちらを向いた。すると一誠が窓をライダーキックでぶち破り、そのままライザーの頭を吹き飛ばした。

 ライザーの頭は見事に爆散した。身体はゆっくりと背中から倒れた。

 

「なんだよ。しっかりと防御しないと駄目だろ?」

「ひょ、兵藤一誠!」

 

 レイヴェルが一誠の名を言うと他の眷属たちは臨戦態勢を漸く取った。

 

「まったくなっていないな」

「なっていないとは?」

「敵を見たら0.1秒で臨戦態勢にならないと駄目だろ」

「そ、そんなの無理に決まっているでしょう!」

 

 レイヴェルたちにそんな短い時間で臨戦態勢を取るのはまず無理だ。しかし一誠からしてみたらレイヴェルたちの対応は遅すぎるのだ。

 眷属たちは今にも一誠へ攻撃しようとしたが、レイヴェルがそれを止めた。彼女は一誠に聞かなくてはならない事があったからだ。

 

「どうしてリアス様の眷属を倒したのですか?」

「ああ、その事ね」

 

 態々自分から不利になるなど常人の考えではない。そんな事など気にしなければいいのだが、レイヴェルはきになっているので時間稼ぎと同時に行おうとしていた。

 

「理由は二つだ。一つ目はグレモリー眷属がフェニックス眷属に倒されるのを阻止するため。二つ目は逆でフェニックス眷属がグレモリー眷属を倒さないため。このゲームは非公式らしいけど、お前たちは成績によっては評価される」

 

 非公式とはいえ、将来の評価の基準になるであろう。それを一誠は阻止したかったのだ。それが一誠がこのレーティングゲームに参加した一番の理由だ。

 

「そ、そんな理由のために?」

「ああ、それ以外に参加する理由はない。1億ってのはただのブラフだ」

「なるほど……それでもあなたはお兄様には勝てませんわ!時間は稼ぎましたわ」

「まったく情けない。人間如きに一撃くらうとは……!!」

 

 先ほど頭が吹き飛んだライザーが復活していた。立ち上がり一誠に睨み付けていた。

 

「なるほど。復活ってそんな感じなんだな。聞いていたよりショボいな」

「なんだと!?」

「俺から言わせればお前のそれは復活ではなく超速再生に過ぎない。それも今ので結構な魔力を消費しただろ?」

「ふん!だからなんだ?俺の魔力が尽きる前にお前程度、倒すなど造作もない!」

 

 先ほど顔を吹き飛ばされたのにも関わらずライザーは強気だった。何故ならここに居る一誠一人倒すだけで勝負が付くからだ。

 

「残り37回」

「なんの数字だ?」

「先ほどの致命傷で使ったお前の魔力量から逆算した、お前が再生出来る回数だ。お前の魔力量はグレモリー先輩の3~4倍ほどだから俺の予想では後37回が限界のはずだ」

 

 ライザーは自分の回復回数など今まで数えた事はない。何故なら限界回数が来る前に勝負が付くからだ。

 そもそもそんなに致命傷の攻撃を受けた事がない。これまで一族の能力を当たり前に使っていたライザーにとって限界という言葉すら理解していない。

 

「そ、そんなの出任せですわ!」

「そうかな?なら試してみるか……」

「ぶぐっ!?」

 

 レイヴェルは一誠の言葉を信じようとしなかった。一族の不死は絶対だと疑わなかったからだ。もしここで疑えば先祖を否定する事に繋がると思ったからだ。

 なら一誠はライザーの顔面に力いっぱいに殴り飛ばした。顔は潰れたトマトのように爆散した。殴られた衝撃でライザーはそのままグランドへと飛んだ。

 グランドへ飛んだライザーを追って一誠は高速で移動した。そしてまたライザーの顔面を殴り飛ばした。

 

「ちょ、調子に乗るなよ!燃えろ!!」

 

 ライザーは追撃してくる一誠に炎の弾をぶつけた。一般人だったら丸焦げになっても不思議ではない火力だった。

 これで大抵の相手を負かしてきたライザーは思わずニヤけた。これで終わったと思った瞬間、自分の胸が何かに貫かれた。

 

「ぐふっ!?……な、何故!生きている!?」

「お前程度の炎で俺が燃える訳ないだろ?」

 

 ライザーの胸を貫いたのは一誠の手刀だった。ただし、人間の腕ではなくドラゴンの鱗に守られた腕だ。

 リアスと初めて戦った時は両腕だけだったが、今回は全身をドラゴンへと変身していた。

 

「ど、ドラゴンだと!?ば、バカな!」

「相手の事をろくに調べなかったのか?だとしたらお前は相当の間抜けだな!」

 

 一誠が手刀をライザーから抜くと胸と背中から大量の血が溢れて出してきた。一誠は腕を振るって血を飛ばした。

 

「改めて自己紹介でもしようか。十三種神滅具は一角に担う白き龍の皇帝の魂を封印した神器、『白龍皇の光翼』を持つ人間……兵藤一誠だ」

「は、白龍皇だと!?」

 

 一誠は背中に『白龍皇の光翼』を出して、自分が白龍皇であると見せ付けた。白い翼にクリアブルーの羽。それは間違いなく誰がどう見ても白龍皇だった。

 

「あ、ありえませんわ!」

「何がありえないんだ?」

「だ、だってあなたの兄は赤龍帝……」

「ああ、だから?」

「二天龍なら出会ったら戦うはずでしょ!」

 

 レイヴェルは叫ばずにはいられなかった。歴史上、二天龍が戦わなかった事など無い。一誠の兄である一樹が赤龍帝なのだから戦って当たり前だ。

 そして実力からして一誠が勝つのは明白で一樹は本来なら生きてはいないはずだ。なのに今夜のレーティングゲームに参加した。

 

(一体、どういう事ですの?)

 

 レイヴェルの頭の中はグチャグチャになっていた。

 

「それは簡単だ。一樹が弱いからだ」

「赤龍帝が弱い……?」

「ああ、そうだ。戦士なら自慢をするなら自分より強い相手に限る。だが、一樹は弱い。眷属全員合わせても俺の足元にも及ばない。それだったら倒しても意味はないだろ?だから今も生きているんだ」

 

 一誠は根っからの戦士だ。それも戦闘凶だ。戦いに至上の喜びを感じる。もちろん性欲もあるだろうが、戦いはそれの上をいく。

 

「皆!兵藤一誠の足止めを!お兄様は急いでリアス様を倒してください!」

「あ、ああ!!」

 

 レイヴェルは一誠に勝てない事を悟り、作戦を変更した。別に一誠を倒す事に拘る必要はない。重要なのはキングであるリアスだ。

 レーティングゲームは所詮、チェスなのだ。キングを取ればそこでゲームは終わる。レイヴェルはライザーをリアスの下に行かせて残った自分たちで一誠の足止めをしようとした。

 

「だから遅いんだよ」

「がはっ!?」

「お兄様!?」

 

 ライザーは炎の翼を広げてリアスの下に行こうと飛ぼうとしたら一誠に顔面を殴られて、グランドの中心地に戻された。

 

「誰一人としてグランドから出すつもりはない」

「ど、どうすれば……」

 

 万策尽きたと言わんばかりのレイヴェルは膝から崩れた。これまで対戦してきた相手とは違う。自分たちにとっての絶対的強者。

 そんな相手に小細工など意味を成さない。力で叩き潰されるのオチだ。レイヴェルの心はここで折れた。

 

「に、人間如きに!!」

「―――だから行動が遅いんだよ!」

「ぶぐっ!?」

「どんどん行くぞ!」

「こ、この!!」

「おらっ!!」

「がはっ!?」

 

 ライザーでは高速で移動する一誠を捕らえられない。一方的に殴られていた。

 

「全身変身した状態でどこまで行けるのか試させてくれよ。さて、後何回だったかな?」

 

 そう言って一誠は残酷な笑みを浮かべながらライザーたちに一歩、また一歩と近づいて。眷族たちは何とか突破口を見つけようと戦闘態勢を取った。

 ライザーもまだ諦めていなかった。

 

「今から真の敗北を教えてやるよ。ライザー」

 

 一誠は拳を固めてライザーたちへと走り出した。白き龍の皇帝の暴力が不死鳥を死へと導く。

 



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決着

 レーティングゲームの観戦室では誰もがスクリーンから目が離せなくなっていた。それはリアスの眷属に入った赤龍帝の双子の弟兵藤一誠の存在だ。

 なんと一誠は白龍皇だったのだ。その事を事前知らなかった者たちは一誠への危機感を募らせていた。

 

『どうした!この程度か!?』

『ちょ、調子に乗るな!』

『遅いんだよ。まだカタツムリの方が早いんじゃないか?』

『な、何だと!?』

『ほら、隙だぞ』

『ぐはっ!?』

 

 ゲームはライザーの防戦一方な展開になっていた。フェニックス眷属は誰も一誠にダメージらしきダメージを与えられないでいた。

 そもそも一誠の速度が速く攻撃が回避され続けられるのだ。いくら強力な攻撃も当たらなくては意味がない。

 サーゼクスは観戦室に居るある人物に顔を向けた。

 

「君は兵藤一誠君が白龍皇だと知っていたのではないかな?ソーナ君」

「それは……」

 

 リアスの幼馴染で学園の生徒会長をしているソーナにサーゼクスは問い掛けた。しかしソーナはすぐに答えられなかった。

 サーゼクスからの威圧に言葉を詰まらせてしまったからだ。

 

「も、申し訳ありません!リアスから自分で報告すると言っていたのでもう報告したものかと!」

「そうか……いや、君を責めている訳ではないんだ」

 

 そう。責めていた訳ではない。これは自分への苛立ちだ。しっかりと一誠の調査をしなかった自分への怒りだ。

 きちんと調査すれば分かったかもしれない。そもそも人間なのだから『神器』を持っていても不思議ではない。

 それが『白龍皇の光翼』だったと言う事だ。人間だからと言って侮っていい理由にはならない。

 

(ゲームが終わったら彼から詳しい話を聞かなくては……)

 

 サーゼクスはライザーをボコボコにしている一誠を見て、終わった後の事を考えていた。

 

 

▲▲▲

 

 

『ライザー・フェニックス様の女王一名リタイアです』

「これで後はお前だけだな」

「ば、バカな……!!」

 

 フィールドにはもうライザーしか残っていなかった。先ほど最後の一人がやられた。ゲームで残っているのは一誠とリアス、ライザーの三人だけになった。

 ライザーは少しずつ後ろに下がって、一誠との距離を取ろうとしていた。しかしそんな事は意味を成さなかった。

 一誠にとって学園は狭いフィールドなのだ。どこに逃げようと一瞬にして距離をつめる事を簡単に出来てしまうのだ。

 

「逃げても無駄なのに。それじゃ次、行ってみるか」

「何?」

「お前の能力の弱点の検証だよ。例えばこんなのはどうだ?」

「ぎゃああぁぁ!!」

 

 一誠はライザーの腕を掴んでそのまま関節技を決めて、腕を脱臼させた。ライザーの左腕は力もなくダラリと動かないでいた。

 その事にライザーは驚きを隠せなかった。

 

「どうして回復しない!?」

「回復しないのは当たり前だろ」

「何!?どういう事だ!」

「お前の一族の回復は流血しないと発動しないんだよ」

 

 ライザーの腕はただ脱臼しているだけで血は一滴も出ていない。ライザーがこれまでに脱臼した事はない。

 そもそも炎を操るフェニックスに関節技を決める者など居るはずもない。

 

「思わず新たな弱点が見つかったな」

「ま、待て!お前は分かっているのか!俺とリアスの婚姻がどのような意味を持つのか!」

「いや、知らないけど?」

「じゅ、純潔の悪魔は年々数が減ってきている。純潔は後世に子孫を残さなくてはならないのだ!」

「だから政略結婚か」

「ああ、そうだ!」

 

 近年、純潔の悪魔は確かに減っている。逆に転生悪魔は数を増やしていた。このままでは転生の方が純潔を越してしまうのも時間の問題だった。

 だからこそ純潔は純潔同士での結婚が求められた。特に元ソロモン72柱の悪魔はなお更だった。

 

「分からないでもないよ」

「な、なら……」

「だからどうした?」

「はぁ?」

「俺はドラゴンなんだぞ?悪魔事情なんて知った事か!」

 

 まさに一誠には関係ない事だ。悪魔が絶命しようと繁栄しようとも関係ない事なのだ。ライザーは話す内容と相手を間違えていた。

 相手は人間なのだ。悪魔事情を話した所で負けてくれるとでも思ったのだろうか?その認識こそがライザーが敗北する一番の理由かもしれない。

 

「うあぁぁぁああぁぁぁ!!?」

「ここで逃げるか……逃げ場なんて無いのに……神剣」

「あがっ!?」

 

 ライザーが逃げ出した瞬間、一誠は足を右から左へ振り抜いた。するとライザーの両足がスッパリと切れた。

 ライザーは転げて、顔をグランドの土で汚した。ライザーは一誠の方を向いた。そこには一歩、また一歩と近づいてくる一誠の姿があった。

 ライザーの目には近づいてくる死神にしか見えなかった事だろう。切れた足で必死に歩き、一誠との距離を取ろうとした。

 

「おいおい。最初の勢いはどうした?」

「く、来るな!いやだぁ!」

「まったく美学の無い奴は嫌いだぜ……」

「し、死にたくない!死にたくないんだぁ!!」

 

 ライザーは無様にも叫んでいた。そこにはフェニックス家三男の姿などどこにもなかった。一誠はそんなライザーの頭に足を乗せた。

 

「そろそろ終わらせるか。俺ってさ、バトル漫画が好きなんだわ」

「ひぃ!?ひぃぃぃ……!!?」

「その中に肉弾戦をする主人公とか敵キャラが使う技なんかを再現するのが嵌まっていてさ。お前の頭を吹き飛ばした蹴りやさっき足を切ったのもその再現なんだわ」

「た、頼む!!見逃してくれぇ……!!」

「それでこれからお前に止めを刺すこれも再現業なんだわ。墜星……」

 

 一誠はライザーの頭を思いっきり踏み抜いた。グランドには大きな窪みが出来た。砂煙が舞い、視界はゼロに近かった。

 

(手応えが……無い?)

 

 一誠は足の裏の感触に違和感を覚えて、足の裏を確認してみた。そこには血の一滴も付いてはいなかった。

 砂煙が晴れるとライザーのらの字もそこには無かった。ライザーが消えたのだ。

 

『ライザー・フェニックス様のこれ以上の戦闘続行が不可能と判断し、リアス・グレモリー様の勝利とします』

 

 グレイフィアのアナウンスがフィールドに届いた。それを聞いているのはたった二人だけだ。

 

「勝ったの……?」

「遅かったな。グレモリー先輩」

「本当にライザーに勝ったと言うの……」

「だから最初に言っただろ?余裕で勝てるって」

「そんな……」

 

 いつの間にかお腹を押さえてリアスが一誠の下にやって来ていた。その表情は信じられないと書いてあるようだった。

 リアスとてそこまで馬鹿ではない。ライザーとの戦いはある程度の苦戦はすると予想していた。なのに一誠は余裕を残していたのが、気に入らなかった。

 

(私たちの評価を……よくも!!)

 

 ライザーの眷属を誰一人として倒していないリアスたとの評価は最低だろう。だが、その結果を招いたのは他でもないリアス自身だ。

 しかしその結果を受け入れられるほどリアスの器は大きくは無い。部室へ転移するまで一誠に睨みを利かせていたが、当の一誠はそれを軽く受け流していた。

 

「それじゃ1億、振込みよろしく」

 

 一誠はそれだけ言った部室を後にした。それと入れ替わりで入ってきた兄サーゼクスにリアスは二時間以上、説教と一誠に対する説明を求めてきた。

 リアスは終始、サーゼクスの威圧に涙目になりながら説明を始めるのだった。

 

(ひょ、兵藤一誠。覚えておきなさいよ~~!!)

 

 リアスは一誠に対する嫌悪がさらに増すのであった。そんな事など一誠はもちろん知らないが。こうしてリアスVSライザーのレーティングゲームは幕を閉じるのであった。

 



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契約

 冥界最強の魔王サーゼクスとその眷属の女王グレイフィアは開いた口が塞がらなかった。その理由が目の前で焼肉を食べている少年、兵藤一誠の食べっぷりに驚いているからだ。

 そもそもどうしてこの三人が焼肉をしているかと言うとサーゼクスが学校帰りの一誠に話があるとかで話しかけたのだ。

 そしたら一誠が『晩飯奢ってくれたら話くらいなら聞いてやる』と言ったのでサーゼクスは個室のある焼肉店に一誠を案内した。

 それから注文した肉が来て、焼いて食べてすでに20分以上が経過していた。その間、一誠の食べる速度は一度も落ちてはいなかった事に二人は驚いていた。

 

 大食いファイターも裸足で逃げ出す量をすでに一誠だけで食べていた。左手でトングを持って、肉をひっくり返していた。

 右手で箸を持ち、焼けた肉からタレにつけてがっついていた。呑み込まずしっかり噛んでいるのに食べる速度は常人のそれを軽く超えていた。

 

「お待たせしました。追加のお肉をお持ちしました!空のお皿は下げますね」

 

 店員が新しい肉の乗った皿を持ってきて、空の皿を下げた。すると一誠はトングで新しい肉を焼き始めた。

 それを焼き始めてから黙ってサーゼクスとグレイフィア見ていた。そして30分が経過した所で漸く一誠の箸の動きが止まった。

 

「ご馳走様。それじゃ俺はこれで……」

「ま、待ってくれ!夕食をご馳走したら話を聞くんじゃなかったのか!?」

「ああ、そうだったな。さっさと話せ」

 

 帰ろうとした一誠をサーゼクスは止めた。一誠の食事光景に呆気に取られていたが、なんとか気持ちを持ち直した。

 

「現在、ライザー君の不死が発動しないんだ。原因は君なんじゃないのかい?」

「君なんじゃないのかだと?そんなくだらない事を聞くなんて馬鹿なのか?最初から俺を疑っているんだろ?だったらストレートに聞けよ」

 

 現在冥界で療養中のライザーだが、不死が発動しないと言う原因不明な状態になっていた。医者に見せる訳にはいかなった。

 そもそも怪我が瞬時に治るフェニックスが医者に頼った所で冷やかしかと思われる。だから医者には行けなかった。

 フェニックス当主は手詰まりになり魔王のサーゼクスに相談した。サーゼクスは原因はライザーと直接戦った一誠にあるのではと疑った。

 

 レーティングゲームでライザーと戦ったのは一誠だけだ。なら原因は必然として一誠以外ありえなかった。

 何をどうしたのかはサーゼクスは分かっていない。しかし一誠が隠している秘密が鍵になるのではないかとサーゼクスは睨んでいる。

 そしてそれは正解だった

 

「君はライザー君に何をしたんだい?」

「俺がしたのは奴の魔力の流れを変えただけだ」

「魔力の流れを……変えた?」

「そうだ」

 

 一誠はライザーの魔力の流れを錬環勁氣功で変えたのだ。それを知らないサーゼクスは首を傾げるしかなかった。

 

「魔力の流れを変えただけでどうしてライザー君の不死が発動しないんだい?」

「ホント、おたくはバカだねぇ……」

「それはどういう意味かな?」

 

 サーゼクスはストレートにバカにされた事に思わず殺気を一誠にぶつけてしまった。その際に一誠の近くに置いてあったコップが割れた。

 一誠はそれをニコやかな笑顔で受け流していた。

 

(こ、怖ぇぇぇ……!!なんだよ、この殺気は!?マジで怒らせたら死ぬな……)

 

 しかし内心はそれほど穏やかではなかった。目の前の魔王は怒らせてはならない人物だと一誠は心に留める事にした。

 

「それで俺にどうしろと?」

「ライザー君の魔力の流れを元に戻して欲しい。出来るかい?」

「はっ!俺がやったんだぞ。出来るに決まっているじゃないか!」

 

 錬環勁氣功で魔力の流れを元の正常の状態にすればいいだけの事だ。しかしそれで不死が発動するとは限らない。

 メンタルボロボロの今のライザーではまだまだ寝たきりの生活になるだろう。

 

「ならやってくれるかい?」

「ああ。だけど条件がある」

「条件?こちらに出来る事だったら構わないが」

「俺の後ろ盾になってくれ」

「後ろ盾に?」

 

 一誠がライザーの魔力の流れを元に戻すための条件にサーゼクスは少し躊躇いがあった。もし後ろ盾になれば、白龍皇を手元に置いておける。

 しかしその分、何かやらかした時に責任を取らなくてはならない。

 

(しかし彼を手元に置いておくメリットは計り知れない……リアスの監視役にぴったりだ)

 

 最近、ますます我が儘に拍車が掛かってきた妹リアス。このままでは手遅れになってしまう可能性が高い。

 そのためにも監視役は必要だ。それに一誠ならリアスが嫌っているので私情等などは挟まずに役割を果たしてくれるだろう。

 

「分かった。君の後ろ盾になろう」

「どうも。それと欲しい物があるんだけど、いい?」

「何が欲しいのかな?」

「『悪魔の駒』をワンセット」

「どうして……?」

「作ってみたいんだよね。自分だけのドリームチームを」

 

 サーゼクスは悩んだ。ドラゴンは力を引き寄せる。一誠の下にこれからどれだけの強者が集まるのか想像も出来ない。

 もちろんそれが冥界―――悪魔側の戦力になるなら大歓迎だ。しかし与えて制御出来る保障はどこにもない。

 何故なら一誠を悪魔に転生する訳ではないからだ。『悪魔の駒』にはキング、つまり王の駒がないからだ。

 

「キングの駒が無いから俺を悪魔に出来ないから制御出来ない事を考えているのか?」

「……まったく顔に出ていたかな?」

「ああ。アンタは隠し事が下手だ」

「気を付けないとね。そうだね、君を制御する術がないのはどうしたものかと思ってね」

「もし俺が裏切るようなら俺の眷属を『はぐれ』扱いにすればいい。そのついでに俺も『はぐれ』にしてしまえばいい」

 

 一誠は自分から首輪をサーゼクスに提案した。

 

「君はそれでいいのかい?」

「それでいいんだよ。だから俺を裏切らせないでくれよ。魔王様」

「ああ、善処しよう」

「そうか。なら俺は帰るよ」

「駒に関しては数日、待って欲しい」

「いつでもいいよ。あのフェニックスはこっちに連れて来い。行くの面倒だし」

 

 一誠はそれだけ言った焼肉店を後にした。残されたサーゼクスは一息ついた。

 

「お疲れ様です。サーゼクス様」

「ああ。だけど、これからだよ」

 

 ライザーの人間界への移送、一誠の悪魔側への加入、『悪魔の駒』とやる事は山積みだ。サーゼクスはこれから来る苦労に肩を落とすのであった。

 

 

▲▲▲

 

 

 一誠は焼肉店から帰り、ふとあるビルの前で立ち止まった。少し上を見上げていた。

 

(妙な氣を感じるな……)

 

 屋上から感じた事はないが似たような氣を感じた事があった。ほぼ毎日、感じた事のある氣であった。

 それが気になってか一誠は屋上へと向かった。ロッククライマー顔負けのアクロバットなジャンプを駆使して腕だけの力で屋上までやってきた。

 こっそりと氣を抑えて、屋上を見渡してみたが人っ子一人いなかった。

 

(あの黒猫が氣の正体か……)

 

 人は居なかったが一匹の黒猫がある方向を見ていた。その方向にある氣を感じた。

 

(この氣は塔上のか……)

 

 学園の一個後輩でマスコットになっている少女。塔上小猫。一樹と同じオカルト研究部員で一誠が意図的に避けている人物だ。

 そんな人物がいる方向を見ている黒猫。一誠はゆっくりと黒猫へと近づいた。気配を殺し、音を立てずに。

 それはさながら暗殺者のようであった。

 

「よぉ、黒猫。ここで何している?」

 

 



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黒猫

 一匹の黒猫がビルの屋上である方向にあるマンションを見ていた。そのマンションでは今、グレモリー眷属の塔上小猫が依頼をこなしていた。

 

(元気そうだにゃ……)

 

 黒猫の正体は小猫―――白音の姉、黒歌だ。人間と妖怪・猫又の間に産まれた半妖だ。幼くして両親と死別しており、妹とその日暮らしをしていた時にとある純潔の悪魔に眷属に誘われる。

 黒歌はすぐさま了承して、妹の保護を頼んだ。離れ離れの生活になってしまったが、死ぬよりマシな生活なのだから文句は言えなかった。

 しかしそれが間違いであった。彼女の主となった悪魔は性格がクズだった。黒歌への命令が日に日に無茶なものへとなってきたのだ。

 一度、黒歌は命令を拒否しようとした。しかし彼から帰ってきた言葉は酷いものだった。

 

『妹がどうなっていいのか?』

 

 それを聞いた黒歌は自分が騙された事に漸く気がついた。彼女はただ舌を噛み締めて我慢する以外の選択肢が見つからなかった。

 自分が我慢すれば妹はツラい生活をしないで済む。死んだ両親の代わりに妹守っていくと誓ったのだ。ここで投げ出す事はできなかった。

 それにここで逃げ出せば、前のようなツラい生活が待っている。それだけではない。今の自分は転生悪魔だ。逃げ出せば『はぐれ』となって逃亡生活になる。

 黒歌は自分にいい聞かせて、我慢した。すべては妹のために、と。

 

『君の妹も僕の眷属にする事にしたよ』

 

 ある日、主からそんな事を言われた。その瞬間、黒歌の中で何かが切れた。そして気がついていた時には主である悪魔の命を奪っていた。

 そこからは追っ手から逃げる逃亡生活だ。しかし数年、あの悪魔の命令を聞いていたおかげか、以前にも増して力がついていた。

 そして今の今まで生きてこられた。今はあるテロ組織に身を置いている。

 

(白音……)

 

 会いたい。しかしそれは出来ない。妹はグレモリー眷属で幸せな生活を送っている。ここで自分が会いに行ってその幸せを壊す訳にはいかなかった。

 

「よぉ、黒猫。そこで何をしている?」

 

 後ろから若い男の声がした。そんな訳がなかった。このビルの屋上への道は二つ。一つは室内から上がってくる道と外にある非常階段の二つだ。

 もう営業時間を過ぎていたので室内から上がってくれない。しかし非常階段の方は扉に鍵が掛かっており人が上げってくれないは確認済みだ。

 なのに後ろから声がするなんて、ありえなかった。そもそも妖怪である黒歌は仙術と呼ばれる妖怪固有の能力を持っているので、気配を感知するのはお手の物だ。

 そのおかげで今まで逃げられたのだ。なのに声の主は気配すら無かった。黒歌はゆっくりと振り返った。

 

 そこに居たのは高校生くらいの男子生徒だった。その顔には覚えがあった。最近グレモリー眷属に入った赤龍帝だ。

 ここ最近、その赤龍帝の噂があがっていた。フェニックス家の三男をレーティングゲームで一人で圧倒した、と。

 最初は悪魔の上層部が流したデマだと思っていた黒歌だったが、目の前にその人物が現れた。そこで確信した、噂は真実だと。

 

(ヤバいにゃ……逃げないと!!)

 

 黒歌はすぐさまその場から逃げ出した。それは目の前の人物から感じた不気味なオーラに当てられたからだ。

 何よりグレモリー眷属に見つかったのが不味かった。すぐに身を隠さないと妹に迷惑になってしまう。

 

(しばらくは来られないにゃ……)

 

 見つかったからにはしばらく日を空けないとまた妹の事を見に来られない。だが、しばらくの間だ。

 

「おいおい。鬼ごっこか?追いかけるのは得意だぞ」

「にゃ!?」

「待てコラぁ!」

「ひぃ!?」

 

 黒歌は侮っていた。自分の全速力に追いついてこられるなんてこれぽっちも考えてはいなかった。しかし追いついてきた。

 このままでは捕まるのも時間の問題だった。

 

(やるしかないにゃ!)

 

 黒歌は覚悟を決めた。目の前の少年と戦う事を。いつまでも逃げ回っていてはいずれ他のグレモリー眷属が来るかも知れない。

 その前になんとか目の前の少年の口を封じようとした。

 

「なんだ?いきなりやる気だな?」

「逃げていても追いつかれるのは目に見えているにゃ……」

「女なのに肝が据わっているな」

 

 黒歌は猫の姿から本来の姿―――黒い和服姿に。黒歌は仙術と魔法を準備した。先手必勝と言わんばかりに攻撃を繰り出した。

 一発一発が上級悪魔でも致命傷になる攻撃だ。しかし目の前の少年はその攻撃を回避した。一発も掠りもしなかった。

 

「悪いな。加減はしてやるよ!!」

「がはっ!?」

 

 黒歌は腹へのパンチ一撃を食らい、そのまま気絶してしまった。

 

 

▲▲▲

 

 

「んんっ……あれ、ここどこにゃ?」

 

 黒歌は目が覚めて周りを見渡した。どこかのアパートの一室で布団で上に居る事までは分かったが、どうして自分がここに居るのかは分かって居なかった。

 身体は拘束されてはいなかった。何かしらの魔法も感じられなかった。ただ、この一室には自分以外にもう一人居る事だけは分かった。

 しかも自分を追っていた少年だ。

 

「お、目が覚めたか」

「どうして……」

「自分がここに居るのかって事か?」

「そうにゃ……主にはもう連絡したのかにゃ?」

「主?」

「リアス・グレモリーの事だにゃ!!」

 

 黒歌は苛立ちを隠せなかった。飄々とした態度が彼女の怒りを逆撫でしたのだ。それでつい、大声で怒鳴ってしまった。

 

「何を勘違いしている」

「か、勘違い?」

「俺はグレモリー眷属でも何でもない。俺の双子の兄が眷属だぞ」

「え、嘘!?」

 

 黒歌はここで漸く自分の過ちに気がついた。目の前の少年はグレモリー眷属に最近入った赤龍帝ではなかったのだ。

 黒歌は土下座で目の前の少年に謝った。

 

「ご、ごめんなさいにゃ!双子なんて知らなかったにゃ!」

「気にすんな。それじゃ改めて自己紹介する。俺は兵藤一誠。今代の白龍皇だ」

「は、白龍皇!?」

「それのリアクション、飽きたわ」

 

 一誠は『白龍皇の光翼』を見せた。それに黒歌は開いた口が塞がらなかった。目の前に伝説のドラゴンが居たと知れば誰だってそうなるだろう。

 

「今度はお前の事を教えてくれるか?」

「名前は黒歌だにゃ……」

「お前ってもしかして『はぐれ』か?」

「そうにゃ……よく分かったにゃ」

「俺も昔、『はぐれ』だったからな」

 

 異世界アレイザードで皆から疎まれた『はぐれ勇者』の弟分だった一誠もまた『はぐれ』として疎まれていた。その事に一誠は気にしていなかったが。

 むしろ暁月と同じ扱いに誇りすら感じていた。

 

「どういう事にゃ?」

「こっちの話だ。気にするな……ほら」

「にゃ!?」

 

 一誠は黒歌を引き寄せた。黒歌は一誠の胸に顔を埋める体勢になっていた。黒歌は一誠の顔を見上げた。

 そこには優しい笑顔があった。

 

「黒歌。お前はまだ何かを抱えているだろ?」

「どう……して……」

「顔を見れば、だいたいの事は分かる。俺の尊敬する人が言っていたんだ。『女の涙を黙って受け止めてやるのが男の美学』だってな」

「に、にゃあぁぁぁ!!」

 

 黒歌の感情のダムが崩れた。ここまで誰かに優しくされた事はなかった。あったとしても何かしらの裏があるもだった。

 だが、黒歌は仙術で一誠の氣を感じていた。

 

(温かいにゃ……)

 

 これほど温かい氣を感じた事はなかった。だから黒歌は一誠の好意に甘える事にした。頭を優しく撫でられる感触に人肌の温もり。

 それらを感じた黒歌はゆっくりと眠りについた。一誠は黒歌をベッドへと運んだ。

 



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一人目の眷属

 一誠は晴れやかな気分で目が覚めた。横を見てみると全裸の黒歌が居た。一誠と黒歌は昨夜、男女の関係になった。

 黒歌は自分の涙を受け止めた一誠に心を許した。彼なら許せると思ったのだろう。そこからは一誠のターンだった。

 黒歌をベッドに運んで朝日が昇る少し前まで獣ごとく求め合っていた。その際の一誠の目はギラツいていたのは言うまでもない。

 

「こ、腰が痛いにゃ……」

「いや~俺も久しぶりでやり過ぎてしまったよ」

「イッセーはどうしてここまで女の子の扱いに慣れているにゃ?」

「知りたいか?」

 

 一誠は意味ありげな笑みをしていた。それを見た黒歌は首を左右にブンブンと勢いよく振った。一誠の表情に聞かない方がいいだろうと黒歌の判断だ。

 

「それじゃそろそろ黒歌の怒涛の人生でも聞かせてくれるか?」

「知りたいのかにゃ?」

「それなりに興味があるからな」

「それじゃ話すにゃ……」

 

 そこから黒歌は一誠に転生悪魔になってからはぐれ悪魔になって、今日までの話を始めた。両親を早くに亡くし、幼い妹と誰にも頼れない生活を強いられていた事やクズの悪魔の元主人の話など包み隠さずに黒歌は一誠に聞かせた。

 

「なるほどな……後ろ盾にした組織を間違えたかな」

「どういう意味にゃ?」

「実は俺は魔王の部下になったんだわ」

「……マジかにゃ!?」

「マジだ。それにしても悪魔ってのは文字通りで最悪だな!」

 

 一誠は今さらながら少し後悔していた。サーゼクス、リアス、ライザーを基準に悪魔という種族を品定めした一誠はどうしたものかと悩んでいた。

 今から部下になるの取り止めなんて言えるはずもない。ここで止めるなら自分の美学に反する行動になってしまうからだ。

 

「はぁ……我慢するしかないか」

「そうるすしかないにゃ」

「黒歌。お前、俺の眷属になる気はないか?」

「……いいのかにゃ?はぐれ悪魔なんだよ……」

「だから?俺には些細な事だ」

 

 一誠にとって女性の過去など興味はない。あるのは今と未来だけだ。

 

(黒歌って結構強いよな……)

 

 一誠は黒歌の氣を感じて強さを測って、強い事を知っていた。彼女のレベルならグレモリー眷属を全員相手するのに問題くらいレベルだ。

 だからこそ一誠は絶対に彼女を眷属にしたかった。だが、別の理由もあった。

 

(俺好みの身体をしているんだよな)

 

 黒歌の大きな胸、ホッソリとした腰、安産型の尻と一誠の理想としている女性の体型をしていた。だからこそ一誠は黒歌を眷属に誘ったのだ。

 

「でもはぐれを眷属には出来ないにゃ……」

「その辺りはサーゼクスさんにでも相談してみるかな……」

 

 一誠はスマホである番号へと掛けた。数回コールしたのち、相手が電話に出た。

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

 サーゼクスは目の前の大量の書類に顔を埋めていた。一誠との話し合いから帰ってきてから片付けなければならない書類が山のようにあった。

 徹夜で何とか必要書類に目を通し終わった所だった。終わった所に眷属の女王であるグレイフィアがコーヒーを持って現れた。

 

「お疲れ様です。サーゼクス様」

「ああ……本当に疲れたよ。しばらくは書類は見たくないよぉ……」

「サーゼクス様。スマホが鳴っていますが」

「あ、ああ。これの番号はイッセー君か。もしもし?」

 

 サーゼクスは焼き肉屋の帰り際に一誠と連絡先を交換していた。まさか昨日の今日に掛かってくるとは思いもしかったが。

 

『どうも。サーゼクスさん』

「さん?」

『いや~一応、俺の上司なので呼び捨ては不味いかなって思って。でも様付けするほど関係でもないと思って』

「なるほど。こちらはそれで構わないさ。それでどうしたんだい?こんな朝早くに?」

『一人目の眷属が決まってな』

「もうかい!?」

 

 サーゼクスは一誠の眷属決めの速さに驚いた。しかしまだ『悪魔の駒』は渡していない。だから電話をしてきたのだろう。

 もうしかしたら優秀な人材で他の眷属にしたくないのだろうとサーゼクスは考えた。

 

「それで名前はなんだい?」

『黒歌だ』

「……済まない。確認なんだけど、その黒歌は妖怪かい?」

『ああ、猫の半妖だけど?』

 

 一誠からの返答にサーゼクスは頭を抱えた。その人物ならよく知っている。妹リアスの眷属の一人、塔上小猫―――白音の姉だ。

 主殺しのSS級のはぐれ悪魔だ。これまで何度も討伐を試みた悪魔が居たが、尽く失敗に終わっている。

 そんな彼女を一誠は眷属にしようとしているのだ。

 

「どうして彼女なんだい?」

『それが話を聞くと黒歌だけが悪いとは思えないんだわ』

「それはどういう意味だい?」

『それは……』

 

 サーゼクスは一誠から黒歌の話を聞いて、さらに頭を抱えた。眷属にしたはいいが、そこからのエスカレートする命令。

 まるで奴隷のような扱いに身内を人質に取った脅迫。こんな事をするために『悪魔の駒』を作った訳ではない。

 サーゼクスは自分が悪魔に産まれた事を酷く後悔していた。

 

「……分かった。彼女のはぐれ解除を進めておくよ」

『いや、当分ははぐれのままでいい』

「どうしてだい?君としてもはぐれではない方がいいのではないかい?」

 

 サーゼクスは黒歌の話を聞いて、彼女のはぐれ解除を進めようとしていたが、一誠に止められた。

 サーゼクスとしても主を殺したとはいえ、主の悪魔が全面的に悪いのでせめてもの罪滅ぼしとしていたのに。

 

『黒歌は今、あるテロ組織に身を置いている。もう少し情報を集めておきたいんだ。そのためには「はぐれ」の方が動きやすい』

「あるテロ組織?それは……」

『何でも無限の龍神がトップなんだと』

「オーフィスが!?」

 

 サーゼクスはテロリストのトップがまさかの『無限の龍神』である事に驚きが隠せなかった。

 何故なら世界最強の龍族だからだ。神ですら手を出すのを躊躇させる相手だ。そんな龍神がテロリストになっていたなんて、酷い悪夢もあったものだ。

 

『他にも人間、悪魔、天使、堕天使と色々と混ざった組織らしい』

「悪魔はおろか天使に堕天使までも……」

『派閥で別れているんだけど、関わっている悪魔の情報は詳しい方がいいだろ?黒歌の罪を軽くするのにもってこいだ』

「なるほど……分かった。詳しい情報が分かったこちらに回してくれ」

『了解』

 

 サーゼクスはスマホを置くと椅子の背もたれに体重を掛けた。漸く問題が解決したと思ったら次の問題がやってきた。

 本当なら投げ出したい。だが、『ルシファー』を名乗っているからにはそんな事は許されない。なら出来るだけ早く問題を解決するだけだ。

 

「サーゼクス様。一度、屋敷に戻られては?」

「そうだね……少し休んで朝食にしよう」

「はい。では、そのように」

 

 サーゼクスはグレイフィアと共に執務室を後にした。グレモリー家の屋敷で休憩と朝食を済ませたら、一誠から聞いた事を精査しなければならない。

 だが魔王とて、生きている。ならば休息は必要だ。より効率よく仕事をするには。

 

「グレイフィア。ライザー君を人間界への移送は?」

「はい。フェニックス卿からも了承を貰っております」

「そうか。出来れば、明日辺りがいいんだけど……」

「はい。問題ありません。むしろ早い方がよろしいかと」

 

 ライザーを一誠に魔力の流れを元に戻させる。そうすれば、フェニックスの不死は問題なく発動して、傷を癒すはずだ。

 

(問題はメンタルか……)

 

 例え魔力の流れが戻っても精神面がボロボロではフェニックスの不死は意味を成さない。これが一番の問題だろう。

 この事に関して、サーゼクスは妹リアスの再教育を検討していた。これ以上、グレモリー家の名に泥を塗らないためにも。

 



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弟子

 一誠は休日の学園に来ていた。夜にサーゼクスから連絡があったからだ。リアスとライザーのレーティングゲームで不死が発動しなくなったライザーの魔力の流れを元に戻すためにサーゼクスはライザーを人間界に連れてきた。

 場所は体育館。そこに居るのは一誠、サーゼクス、グレイフィア、ライザーとその眷属と少し年配の男性が一人が集まっていた。

 

「サーゼクスさん」

「何だね?イッセー君」

「ライザーの父親が居るなんて、聞いてないんだけど?」

 

 年配の男性はライザーとレイヴェルの父で現フェニックス家当主の悪魔だ。心配そうにライザーを見ていた。

 

「念のためだよ。ライザー君がパニックを起こした際にね」

「なるほど……なら始めるぜ」

「ああ」

 

 一誠はライザーに近づき、頭を掴んだ。周りの者には一誠が何をしているのか分かっていない。そもそも悪魔は魔力を使うが氣を使わない。

 だから一誠がライザーの頭を掴んでいるにしか見えない。そして10秒も経たない内に一誠はライザーの頭を離した。

 ライザーの顔は先ほどまで苦しんでいたのが嘘のように穏やかな寝顔になっていた。その事にフェニックスの当主とライザーの眷属たちは胸を撫で下ろした。

 

「これで魔力の流れは元通りになったぜ。不死が発動するのかはそいつ次第だ」

「ああ、ご苦労様。フェニックス卿、これでライザー君次第で不死は発動するでしょう」

「あ、ありがとうございます。サーゼクス様」

 

 フェニックスの当主はサーゼクスに深く頭を下げた。相手がいくら魔王といえ、やり過ぎと言えるだろう。

 しかしそこは息子を心配する一人の親でしかなかったのだ。しばらくしてライザーの傷が元に戻った。

 

「これでもういいはずだ」

「あ、ありがとう!!」

「礼を言われる筋合いはない。元々俺がやった事だしな。それじゃ俺はこれで」

「ああ、ご苦労様。それと例の情報はどうだい?」

 

 一誠が体育館から出る際にサーゼクスは例のテロ組織の情報について一誠に聞いた。出来るだけ早めに情報を知っておきたいからだ。

 身内が、しかもそれなりに権力を持っている人物が関わっているなら尚更だ。

 

「今日、これから聞く予定だ」

「そうか……分かったよ」

 

 一誠はそのまま体育館を後にした。

 

 

▲▲▲

 

 

「…………」

 

 一誠は学園から真っ直ぐアパートに行かずに例の駄天使を倒した廃工場に向かっていた。向かうまでは良かった。

 しかし学園を出てから一誠の背後を一定の距離を保ちながら尾行している者が居た。

 

(この気配は確か生徒会の……)

 

 一誠は尾行者の正体が生徒会のメンバーだと氣ですぐに分かった。一誠としても別について来られても問題はないのだけど、これから会う人物が問題だった。

 主殺しのSS級のはぐれ悪魔だ。まだはぐれ解除は済ませていない。もし見つかれば、ややこしい事になるのは目に見えていた。

 

「にゃぁ……」

「黒」

 

 一誠の肩に一匹の黒猫が飛び乗ってきた。黒歌だ。一誠が尾行されているを察した黒歌は猫の姿で一誠の下までやって来たのだ。

 これなら別に見られても猫とじゃれているだけにしか見えない。

 

「イッセー。付けられているにゃ」

「ああ、気配丸出しの悪魔が俺たちのように氣を探れる者を尾行とか無理だろ」

「確かに。見てて、こっちが恥ずかしくなるにゃ」

「お前を見られると厄介だから、後で俺のアパートにでも資料を置いておいてくれ」

「分かったにゃ」

 

 黒歌は一誠の肩から塀に飛んだ。一誠は黒歌が離れたら走って廃工場に向かった。追跡者もそれに釣られて見失わないように走った。

 そして廃工場に着いた一誠は後ろに振り返った。

 

「野郎に追われる理由がないんだけど?いい加減、出て来いよ」

「……よく俺の尾行に気が付いたな」

「いや、気配丸出しで見つからないと思っていたの?」

「け、気配?」

 

 氣を理解していない者には一誠が何を言っているのか分からない。そして隠れても意味がないのが分かったのか物影から一人の男子生徒が現れた。

 

「お前は!?……誰?」

「知らないのにあたかも知っている風に言うな!!」

「もちろん知っている。生徒会の雑用係だろ?」

「違う!俺は匙元十郎で書記だ!」

 

 現れた生徒は駆王学園生徒会のメンバーの一人で一誠と同級生の匙元十郎であった。一誠が学園で出てからずっと付いて来ていた。

 

「それで何の用だ?生徒会長の使いパシリか?」

「違う。俺個人で兵藤に頼みがあるんだ」

「頼み?俺は女子以外の頼みは基本断っているから」

「俺を弟子にしてください!!」

「弟子?」

 

 匙は見事なまでの土下座で一誠に弟子入りを頼んだ。コンクリの地面でも廃工場なので床は埃まみれなのだが、匙はそれを気にせずに土下座をしていた。

 

「どうして弟子入りしたいんだ?」

「強くなるためだ!」

「だったら俺でなくてもいいだろ」

「兵藤でないと駄目なんだ!!」

 

 匙は一歩も譲るつもりは無いと言わんばかりだった。それほど一誠への弟子入りに意味があるのだろう。

 

「俺が強い事はどこで知った?」

「グレモリー先輩がフェニックスの悪魔とレーティングゲームしている映像で」

「あれか……よく手には入ったな?」

「会長のお姉さんが魔王で特別に貸して貰ったんだ」

 

 ソーナの姉は現四大魔王の一人だ。ソーナはその伝手を使い非公式のレーティングゲームの映像を借りたのだ。

 一誠の実力を分析するのと将来の自分の夢のために。

 

「魔王ね……それで話は戻るが、どうして俺なんだ?」

「映像でフェニックスにも引けも取らない兵藤を見て、お前の元で強くなれる気がしたんだ」

(弟子にしてみるのもいいかもな……)

 

 最近、自分の力の伸びしろに限界を感じていた一誠は何か別の刺激を求めていた。異世界で学んだ業をこちらの世界の誰かに教えた所で一誠の秘密まで明らかになる事はないだろう。

 

「いいぞ。弟子にしてやるよ」

「ほ、本当か!?」

「ああ、ただし俺は弟子なんて取った事がない。加減なんて知らない。途中でへばったら破門な」

「あ、ああ!それで構わない!」

 

 一誠は匙を弟子にする事にした。誰かに教える事で何か新たな道が切り開けるのではないかと思ったからだ。

 もちろんそれだけが弟子にした理由ではない。

 

(アレイザードに行く前の俺に似ているんだよな……)

 

 アレイザードで力を手に入れる前の一誠はどこにでもいる普通の少年だった。ある人物の狂気を止められなかった無力な自分。

 一誠は匙にそんな過去の自分を重ねていた。力を手に入れる覚悟を決めて、迷わず進むと決意を。

 

「一先ず、主の所に帰れ」

「今日は何もしないのか?」

「他人の眷属を勝手に鍛えたら後で文句を言われるだろが。だからちゃんと許しを貰って来い。いいな?」

「分かった!すぐに会長に言って来る!!」

「本格的な修行は明日からだ!」

「おう!」

 

 匙は主であるソーナへ一誠の弟子の件を報告するために全速力で学園に走った。一誠はそれを見送ってからアパートへと歩き出した。

 そして黒歌が持ってきた書類を見て、精査したのちサーゼクスに報告したのだった。

 しかしこの時、冥界とヴァチカンにて新たな物語の歯車が動き出した事にこの時の一誠は気がついていなかった。

 はぐれ勇者に敗れた外道勇者と聖剣を奪取した堕天使が一誠たちの住む街に来るまでもうまもなくだ。

 白き龍の皇帝はその時、禁じ手をもって力を示す。

 



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外道勇者と奪われた聖剣

初の二話連続更新です!

ですので、一話戻ってください。




 冥界のある貴族の屋敷の庭で一人の少女が庭を見ながら紅茶を飲んでいた。表情は重く、ため息を時おり漏らしていた。

 そんな少女に初老の悪魔執事が近づいてきた。

 

「お嬢様。そろそろお部屋にお戻りになられては?」

「もう少しここに居させて……」

「ご当主様に言われた事で悩んでいるのですか?」

「それはそうよ。フェニックス家と縁談を絶対に成功させろとか無理よ!!」

 

 彼女は今朝、父親である当主にフェニックス家との縁談の話を成功させろと言われた。相手はフェニックス家の三男、ライザーだ。

 最近、グレモリー家のリアスとの婚姻が白紙になったばかりだ。しかも詳しい破談内容が伏せられていた。

 

(絶対に赤龍帝が関係していますわ……)

 

 内容が伏せられていようと想像する事は簡単だ。リアスの眷属には伝説の赤き龍の魂を封印した『神滅具』を持った転生悪魔が居る。

 破談内容が伏せられた事から公開する事の出来ない事から知られれば、悪魔にとって不都合な事があると言う事だ。

 グレモリー家のリアスは『我が儘姫』として有名だ。なんせ、現魔王の妹なのだから。しかもグレモリー家の次期当主だ。

 両親からたっぷり甘やかされた事だろう。だからこその不名誉な二つ名だ。

 

「縁談と言っても当のライザー氏は部屋から出てこない事じゃない」

「はい。レーティングゲームも全て棄権したとかで……」

「余程、赤龍帝に負けたのが堪えたのね」

「挫折を知らない者が一度、折れた心を直すのは至難な事ですから」

「そんな情けない男と結婚だとか嫌になるわ……」

 

 彼女の理想としてはライザーの顔は好みだった。しかし一度負けたくらいで部屋に引き篭もるような軟弱な精神の持ち主では話にならない。

 だが、当主の父の命令は絶対だ。ここでフェニックス家と縁を結ぶ事が出来れば、傾いた一族の復興も夢ではない。

 だからこそこの縁談は絶対に成功しなければならないプレッシャーが彼女を襲っていた。

 その時だった。空から『何か』が落ちてきた。

 

「きゃぁ!?な、何!?」

「お嬢様!御下がりを!!」

「あ、あれは……?」

「まさか……人間か?」

 

 空から降ってきたのは何と鎧を着た若い男の人間だった。ピクリとも動かない。執事がそっと確認してみると死んでいた。

 

「死んでおります」

「そう……でもどうやって人間が冥界の空から降ってくるのかしら?」

「それは……分かりません。それとこの人間、死んで間もないです」

「そうなの?だったら……」

「お嬢様、まさか!?」

 

 彼女が懐から取り出したのは『悪魔の駒』の騎士だ。鎧の男の上に置いてみたが、何も起こらなかった。

 なら、と彼女はもう一つの騎士の駒を置いた。すると反応が起こった。駒は鎧の男の中に消えて行った。

 

「まさかナイトの駒を二つも消費するなんて、掘り出し物ね」

「しかし目を覚ましませんね」

「彼をベッドに運んでちょうだい」

「承知しました」

 

 執事は鎧の男を抱えて、屋敷に戻った。しかし彼女はとんでもない男を悪魔に転生させてしまった。

 鎧の男が目を覚まして一時間もしない内に屋敷は地獄とかした。部屋や廊下は血で真っ赤に染まっていた。

 

「こ、こんなことをして、どういうつもりなの?」

「だって、悪魔だなんて害虫は駆除しなくてはならないでしょ?」

「この、外道……!!」

「悪魔風情に言われたくはないですね」

「ま、魔王様がきっとお前なんかを―――」

 

 彼女は最後まで言葉を発する事無く絶命した。鎧の男の持っている剣で首を斬られたからだ。男は自信満々の顔をしていた。

 

「魔王なら都合がいい。何故なら僕は勇者なのだから」

 

 異変を感じた悪魔たちが屋敷を訪れた時にはすでに生きている者はいなかった。そして新たな転生悪魔が指名手配になった。

 名を『鮮血のフィル・バーネット』だ。

 

 

▲▲▲

 

 

 この日、ヴァチカンでは朝か大騒ぎになっていた。何十人の聖職者が厳戒態勢を取っていたからだ。

 その理由がある物が盗まれたからだ。

 

「間違いないのか?」

「はい!エクスカリバーが盗まれました!!」

 

 聖剣エクスカリバー。伝説の聖剣でかの騎士王が持っていたとされる物だ。しかし過去にエクスカリバーは折られており、そこから錬金術で七本へと分かれた。

 しかしその内の一本は現在行方不明になっており、残りの六本を二本ずつ三箇所で保管していた。

 

「プロステタントと正教会からも一本ずつ奪われたとの事です!」

「そうか……それで奪取した者は堕天使のコカビエルで間違いないのだな?」

「はい。それとバルパー・ガリレイの姿を見た者がおります」

「何!?あの皆殺しの大司教のか!?」

「はい。間違いありません……」

 

 バルパー・ガリレイ。かつて人工的に聖剣使いを増やそうとする計画、『聖剣計画』が存在していた。彼はそこの責任者だった男だ。

 そもそもこの計画は数少ない聖剣使いを増やそうとするものだったが、バルパーが被験者から聖剣を扱うための『核』を抜き取るために殺してしまったために計画は凍結されたしまったのだ。

 

(バルパーの奴は何を考えている?)

 

 教会から追放されてから堕天使たちの組織、『神の子を見張る者』に身を置いていると聞いた事がある。教会から追放された者の辿る道は殆どがこれだ。

 だからコカビエルと一緒に居ても可笑しくはない。しかし堕天使が聖剣に興味があるとは思えなかった。

 

(なら聖剣を奪ったのだ?まさかバルパーか?)

 

 聖剣に異様な執着があった男だ。なら奪った聖剣で何かをするのは想像にするのは容易い。司教は過去にバルパーが行った計画の事を思い出し、バルパーが何をしようとしているのかが分かった。

 

(まさか、聖剣の統合が目的!?)

 

 教会に居た頃からバルパーは七つに分かれた聖剣の統合を唱えていた。しかし教会はそれを許可しなかった。

 理由は単純にヴァチカン、プロステタント、正教会の力のバランスが崩れるからだ。絶妙な力のバランスが崩れるのは誰も臨んでいない。

 それに聖剣の統合には莫大なエネルギーをしようするからだ。そんな場所なんて地上に数箇所しかない。そんな場所を教会に使わせてもらえる訳がない。

 

(待て、この状況は利用出来るのではないか?)

 

 司教はバルパーのしようとしている事を逆に利用しようと考えていた。バルパーの目的が聖剣の統合だと言う事はまだ自分しか知っていない。バルパーの使用としている事

 

「使徒イリナとゼノヴィアの二人にバルパーとコカビエルの後を追わせるのです」

「し、しかし司教様。聖剣の使い手とは言え、若い二人には無理なのでは?」

「何を言うのですか?これは主より与えられた試練なのです。見事、この試練をこなした際、二人はより使徒として高みへ行くのです」

「な、なるほど!!これは失礼しました!!」

「二人のは『破壊の聖剣』と『擬態の聖剣』を持たせるのです」

「はい。分かりました!!」

 

 司教に言われて男はすぐさま二人の下へと走った。その光景を司教は笑ってみていた。これから起こる事で自分の昇進を夢みて。

 

「バルパー。さらに材料を送ってやるのだ。しっかりやってくれ」

 

 盗まれたのは三本だ。もしここにさらに二本の聖剣が加われば五本の聖剣の統合がなる。そうなれば、どうれだけ強い聖剣になるのか分からない。

 もしかするとかつての聖剣エクスカリバーを取り戻せるかもしれない。男もまた聖剣に憧れる者の一人だった。

 しかし司教は知らない。コカビエルの向かった先に白き龍の皇帝が居る事など。

 



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錬環勁氣功

 駆王学園旧校舎の屋上に二人の男子生徒が居た。一人は生徒会書記、匙元十郎と現白龍皇の兵藤一誠の二人だ。

 彼らは朝錬部活の生徒しかいない時間帯に集まっていた。

 

「旧校舎の屋上は普段、立ち入り禁止だけど。会長が特別に使っていいってよ!」

「そうか……ここなら問題ないな」

「それで兵藤!修行は何からしたらいいんだ?」

「ちょっとは落ち着け」

 

 匙は一誠の修行を心待ちにしていた。強くなる事は思い人のソーナの役に立つからだ。匙はソ-ナの力になろうと覚悟を決めていた。

 

「修行を始めるにあたって。やっておく事がある」

「やる事?それは?」

「お前の氣孔を開ける事だ」

「きこう?」

 

 匙は初めて聞く言葉に首を傾げていた。一誠は匙の反応に予想通りと言わんばかりに何も言わなかった。

 一誠は指を二本立てた。

 

「なあ、匙」

「何だよ?」

「安全だけど時間が掛かるのと危険だけど時間が掛からないだとどっちがいい?」

「時間が掛からない方で」

「即答だな」

 

 一誠は匙の即答に思わず驚いてしまった。この手の質問は悩んでしまう場合が殆んどだ。即答出来る人間などそれほど多くはない。

 匙は少し前まで一般人だったのだ。人外の世界には来たばかりだ。そんな人間がこれほどまでにすぐに応えられるものではない。

 

「少しでも早く会長の夢のために頑張りたいんだ。俺は!」

「会長の夢?なんだ、それは?」

「レーティングゲームの学校を作る事なんだよ」

「えっ!?無いのか?悪魔が考えたゲームだろ?」

「あるにはある。ただし貴族専用なんだ。でも会長が作りたいのは平民でも入れる学校なんだ!」

 

 冥界にはレーティングゲームの学校がある。しかしそれは貴族だけと言う限定的なものだ。平民では入る事すら出来ない。

 ソーナはそんな平民のための学校作りを考えていた。そんな考えに匙は感銘を受けた。

 

(この人のために頑張りたい!)

 

 それは恋の始まりでもあった。だが、相手は貴族の令嬢で自分は下級の転生悪魔。これと言って優れたものはない。

 伝説の『神器』を持っていればステータスになっていただろう。しかしそんなものは持ってはいない。

 ならする事は限られている。努力をする事だ。強くなるために修行しかなかった。でも元一般人の匙が修行してもすぐに行き詰った。

 そんな時に出会ったのが、リアスとライザーのレーティングゲームの録画映像だった。非公式だった事もあって、この事を知っているの極限られた者たちだけだ。

 

 そんなものを入手出来たのはソーナの姉が現四大魔王の一人だからだ。ゲーム研究のために姉に無理を言って貸してもらったのだ。

 ソーナは眷属全員にレーティングゲームとはどう言ったものかを知ってもらうために録画を見せた。

 

(すげぇ……)

 

 その中で匙は一誠に目を奪われていた。圧倒的な力でライザーや眷属たちを次々と倒していった。

 まさに匙が目指している者だった。そこから匙は一誠について調べ始めた。同級生で女子からの信頼が圧倒的に高い。

 先輩、後輩と顔が広く男子からも恋愛相談を受けている。分かる事はそこまであった。強さなどの秘密があるとは思えなかった。

 そこで匙は尾行して秘密を探ろうとして、尾行初日にあっさりバレてしまった。

 

「匙。それじゃ行くぞ」

「ああ、やってくれ」

「では……」

 

 一誠は匙の頭を掴んで氣を送り込んで氣孔を強引に開けた。一誠が手を離すと匙は不思議な感覚に陥っていた。

 

「なあ、兵藤。お前から変な靄のようなものが出ているんだけど」

「これが氣だ。お前も自分の身体を見てみろ。もう見えるはずだぞ」

「え?うわぁ!?なんだ、これは?」

「氣。言い換えればオーラってやつだ。これからお前にはそれをコントロールしてもらう」

 

 匙は自分の身体から出ている氣と一誠の氣を大きさを見て違和感を持った。実力では一誠の方が上なのに出しているオーラの大きさがどう見ても匙の方が大きかった。

 

「兵藤のオーラ、俺より小さくないか?」

「それは今は戦闘をしていないからな。出しぱなしにするとすぐに氣が枯渇して死ぬからな」

「どうしてそんな大事な事を先に言ってくれないんだ!?じゃあ、俺はこのままだと死ぬのか!?」

「理解が早いな。だからまずは落ち着け。興奮した分だけ氣が余計に出るぞ」

「お、おう。落ち着く。すぅ……はぁ……」

 

 匙は深呼吸で落ち着きを取り戻してきた。そして氣も落ち着き段々出るオーラの量が減ってきた。

 

「そうだ。落ち着く事が重要だ。氣は感情でブレるからな」

「ああ……兵藤はすげぇよ……この状態で一歩も動けない」

「最初の内はそんなもんだ。まずは手の型を覚えておかないとな」

「手の型?」

「ああ」

 

 一誠は人差し指と中指で親指を抑えた手を匙に見せた。匙も真似して同じように指を押さえた。

 

「指ってのは身体を流れる氣を操るには適しているんだ。だから型でイメージしろ。自分の中の氣を」

「指でイメージ……」

「それで慣れてきたら型をしなくても氣を操れるようになれる」

「お、おう。やってやる!」

 

 匙は一誠から教わった指の型をさっそくして自分の中の氣を操る修行を始めた。もちろん最初から上手く行く訳も無く苦戦していた。

 そんな匙を見兼ねて、一誠は匙の頭に手を乗せた。

 

「最初は俺が協力してやるからイメージをしっかりと持て」

「分かった」

「匙。試しに俺の胸を殴ってみろ」

「ああ。おら……い、いってぇ~~!!?兵藤、胸に鉄板でも仕込んでいるのか!?」

「そんな訳あるか。氣を胸に集中させて防御力を上げたんだよ」

「そんな事も出来るのか!?」

 

 匙は一誠の胸の硬さに驚いていた。そして自分が今、習っている業の事が段々と理解してきた。

 そこから20分ほどの修行が始まった。そして一誠は匙の氣孔を少し閉じた。開けっ放しでは氣を垂れ流しにして匙が死んでしまうからだ。

 氣の開け閉じはまだ匙には無理だ。だから一誠が開けたり閉じたりしなくてはならない。

 

「今日の修行はここまでだ」

「も、もう少し出来るぞ!」

「休憩もまた修行だ。それに無理して身体を壊したら修行が出来ないんぞ」

「……分かった」

「今日の修行内容は誰にも喋るな」

「会長にもか?」

「ああ。お前は俺にとってお試しの弟子なんだ。中途半端に興味を持たれるとこっちが困る」

 

 一誠が匙を弟子にしたのはあくまでお試しに過ぎない。一誠のいい刺激として匙を弟子にしたに過ぎない。

 だから今はこれ以上弟子を取るつもりは無い。だから他の人が興味を持たれても困るのだ。

 

「明日も同じ時間に来い。今日より厳しくしていく」

「おう!それじゃあな兵藤!」

 

 匙はご機嫌に屋上から出て行った。一誠から習っている錬環勁氣功をものに出来ればソーナの夢に貢献出来るからだ。

 匙は理解していた。ソーナ眷属はテクニックはあっても敵を倒すだけの火力が無かった。しかし眷属で自分が最大の火力を出せれば、きっとソーナの隣に立つ事が出来るのではないか。

 

(その時が来たら会長に告白するんだ!)

 

 今はそんな事は出来ない。そもそもそんな度胸も勇気もない。だけど、強者である一誠に鍛えられたらいつか告白出来るのではないかと。

 匙は強くなった時にソーナへの告白を考えていた。その日は匙は悪魔の仕事がいつもより上手くいき、ソーナに褒められるのだった。

 

「匙。今日はよく頑張りましたね」

「はい!俺、会長の夢の手助けをしたいんです!」

「それは期待していますよ」

「はい!」

 

 匙はガッツポーズを心の中で決めていた。



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支配の聖剣と騎士王の末裔

 とある国の空に一筋の白い流星が飛んでいた。戦闘機にも負けない速度で飛翔している白い存在。それは『白龍皇の鎧』を着込んだ一誠だった。

 一誠は日本を離れて、ある場所に向かっていた。誰かに見つかっても大丈夫なように鎧を着ているのだ。

 そして目的の場所が近づくと速度を落としてゆっくりと森の中に降り立った。そこは人の手が入っていない未開拓な土地だ。

 一誠はしばらく周りを観察しながら歩いていた。

 

「アルビオン。この辺りか?」

『ええ、間違いなくこの森です』

「そうか。最低でも18年以上は経過しているかな。見つかるかな……』

『イッセー。聞いてもいいですか?どうしてヴァーリの遺骨を見つけようとしているのですか?』

 

 そう。ここは先代白龍皇のヴァーリが命を落とす前に命からがらやってきた場所だ。一誠は精神世界でヴァーリに世話になっており、何か返す事は出来ないかと思っていた。その時にヴァーリがぽつりと漏らしたのだ。

 

『俺の死体はどうなっているのだろうか?』

『なら俺が回収して来ようか?』

 

 そこで一誠は骨となったヴァーリの捜索を始めたのだった。アルビオンからある程度の場所を聞き、そこへ向かった。

 しかしそこは日本ではなく海外だ。パスポートの発行に飛行機代、現地の言語など本来は準備するだけで長い時間が掛かるのだが、一誠はそれらをしなかった。

 『白龍皇の光翼』を使えば、飛行機並みに飛行する事が出来る。だが、それは思いっきり密入国になってしまう。

 

(バレなければ犯罪ではない)

 

 そもそも空を超高速で飛翔する人間をどう取り締まるのだ、と言った所だ。そして目的の先代白龍皇ヴァーリの遺骨を見つける事が出来た。

 

「18年くらい経っているのに残っているものだな」

 

 一誠は持ってきた壺の中に残っている骨を丁寧に入れていった。その時だった、視界の端の方に建物らしきものを見つけた。

 

「村でもあるのか?」

 

 一誠は少し立ち寄ってみる事にした。そこは廃村状態になって長い時間が経過しているのが見て分かるほどだった。

 雑草は好き放題に伸びており、家は今にも崩れそうになっていた。その廃村の中で立派な建物を発見した。教会だ。

 多少はボロボロになっていたが、周りの家などに比べたらまだマシな方だ。一誠は教会の中に入って行った。

 

「ここだけまだ原型を保っているな……あれは?」

 

 教会の祭壇に何かが置かれていた。置かれていたのは棺桶だった。一誠は手を合わせて黙祷の後、ゆっくりと棺桶を開けた。

 そこには白骨化した人間が居た。何か布で巻かれた物を大事そうに抱えていた。一誠はそれを取り上げた。

 そして布を剥いだ。そこには剣があり、抜いてみると金色に光っていた。

 

「趣味の悪い剣だな……」

『イッセー。それは聖剣ですよ』

「え?これが聖剣!?」

『恐らくエクスカリバーですね』

 

 一誠はアルビオンに言われて、マジマジと剣もとい聖剣を見て、軽く振ってみた。重さ長さ、どちらも一誠にとって問題なく振れた。

 

「ちょうど得物が欲しかったんだ。でもこれ、報告しないと不味いよな……」

 

 魔王の部下である以上、この手の物は絶対に報告しなくてはならない。後で見つかって報告をしなかった事を追求されるのは目に見えていた。

 どうしようかと悩んでいた一誠は入り口の方を見た。しかしそこには誰も居なかった。

 

「……気配を隠すのは上手いが、別の気配が出ているぞ。そっちの気配を隠すべきだったな」

「―――これは失念していましたね。次からは気をつけましょう」

 

 入り口から一人の青年が現れた。腰には二振りの剣を携えていた。金髪で一誠より少し年上の青年は一誠と一定の距離を保っていた。

 それは警戒している証拠だ。一誠もまた臨戦体勢で身構えていた。

 

「何者だ?お前……」

「申し遅れました。私はアーサー。騎士王アーサーペンドラゴンの末裔です」

「ほぉ……かの騎士王の子孫とは驚きだ」

「あなたのお名前を伺っても?」

「兵藤一誠だ」

「ひょうどう……もしや赤龍帝ですか?」

「いや、それは俺の双子の兄だ」

「そうでしたか。失礼、最近色々と噂を聞く赤龍帝と同じ名前でしたので」

 

 兵藤。日本に居る魔王の妹が眷属にした赤龍帝と同じ名前にアーサーは先ほどかは警戒を緩めていた。噂は兄であって、弟の話はまったく聞かないからだ。

 兄は悪魔のフェニックスをたった一人で倒したと裏の世界では有名だからだ。

 

「赤龍帝はカズキって名前だから覚えておいた方がいいぞ。ちなみに俺は白龍皇だ」

「なっ!?は、白龍皇ですか!?」

「ああ。いいリアクションだな」

 

 アーサーは『白龍皇の光翼』を出した一誠に表情を崩した。一誠と対面した時から表情を崩さなかったのにだ。

 それだけ一誠の言葉に衝撃を受けと言う事だ。

 

「双子の兄弟が二天龍ですか?また面白い星の下に産まれたものですね」

「そうだな。それもまた受け入れているさ」

「ですが、赤龍帝が倒されたとは聞きませんが?」

「倒していないからな」

「どうしてですか?」

「赤龍帝が弱いから。俺は倒すなら強いやつって決めているんだ」

 

 それについてはアーサーも同じだった。弱い相手をいじめてそれで誇れるのか?いや強い相手を倒してこそ誇れるのだ。

 それが騎士と言うものだ。主の敵を身一つと剣一本で打ち倒す。それにアーサーは幼少の頃からの憧れだ。

 

「あなたの考えには共感出来ますね」

「そうか。俺と似た考えの奴と出会えて、ここまで来た甲斐があった」

 

 一誠とアーサーはお互いに笑っていて。似た者に出会えた事は喜ばしい事だ。自分の理解者は一人でも多いに越した事はない。

 

「あなたはどうしてここに?」

「先代白龍皇がこの近くで亡くなってな。遺骨を回収していたら偶然見つけたんだ」

「なるほど。もし聖剣に興味がないならあなたが持っている聖剣を譲ってはくれませんか?」

「これか?」

「ええ。それです」

 

 一誠は渡すかどうか悩んでいた。このまま渡した所で困る事はない。得物に関しては何か別を探せばいいだけの事だ。

 それにこのまま持って帰れば報告しなくてはならない。ならいっその事、目の前のアーサーに上げるのも手だ。

 

「譲るのは別に構わないさ」

「では……」

「だが、タダでやるのは俺としては面白くない」

「……生憎、私はあなたが欲しがる様な物は持っていませんよ?」

「いや、持っているさ。己の力ってものを!」

 

 一誠は聖剣の先をアーサーへ向けて挑発的な笑みを浮かべていた。用は欲しければ力ずくで奪ってみろ、と言っているのだ。

 この挑発にアーサーもまた笑みで返した。

 

「いいでしょう。聖王剣コールブランドの力を試したいと思っていた所です」

「いいね!やはりお前は俺と同類だ!」

「しかしあなたに聖剣が扱えますか?『核』が無ければ聖剣は力を発揮出来ませんよ?」

「それなら考えがある。先輩たち、ちょっと力を貸してくれ」

 

 すると一誠が持っている聖剣が輝き出した。そして一誠はアーサーに斬りかかった。アーサーは一瞬、反応が遅れたがなんとか受け止めた。

 

「まさか『核』を持っていたとは驚きです!」

「残念!『俺』は持っていないんだよ!!」

「?ではどうやって……」

「俺の中……正確には『白龍皇の光翼』の中に多くの宿主が居るんだぜ」

「……まさか!?そのような方法で!!」

 

 アーサーは一誠がどうやって聖剣を扱うための『核』が無いのに聖剣を使えたのか分かった。これはある意味、一誠ならではの方法だ。

 

「いくぞ!アーサー!!」

 

 一誠はアーサーに聖剣を振り下ろした。

 



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勧誘と動き出す悪意

 聖剣と聖剣がぶつかり火花を散らしていた。一方は『支配の聖剣』、教会が錬金術で砕けた欠片から七本にした内の行方不明だった剣。

 もう一方は聖剣の中の聖剣の『聖王剣コールブランド』でそれを扱うのはかの騎士王アーサー・ペンドラゴンの末裔のアーサーだ。

 そのアーサーの相手が今代の白龍皇の一誠だ。二人の剣術は同レベルと言えるほどで中々、決着が付かなかった。

 

(お兄様と互角!?)

 

 そんな二人の戦いを上空で箒に跨った少女が見ていた。彼女はアーサーの妹でルフェイ・ペンドラゴンだ。

 彼女はアーサーがある組織に入り、心配で着いて来たのだ。そして数日前にアーサーは行方不明だった『支配の聖剣』の場所を突き止めて、手に入れるはずだった。

 

(なのにどうして戦いに?お兄様……)

 

 聖剣を見つけるだけだったはずなのに見知らぬ誰かと戦うのは聞かされていなかった。ルフェイは兄アーサーの勝利を願った。

 

「しかし驚きました。『白龍皇の光翼』を使って、聖剣を扱うための『核』を用意するとは……」

「凄いだろ?でも驚くのはまだ早いぜ!」

「ぐっ!?」

 

 一誠が聖剣を扱えるのは『白龍皇光翼』の中に居る歴代の宿主のおかげでなのだ。一誠は彼らの中にある『核』の欠片を『白龍皇の光翼』を経由して一誠に集めたのだ。

 歴代の宿主はかなりの数が居る。その中には『欠片』をもつ者が多く居た。一人が持つ欠片では聖剣は扱えない。

 しかし持っている者が集まればどうだろうか?一誠一人が聖剣を扱うには十分な『核』になるのだ。

 

「驚きました。赤龍帝は一般家庭の元人間だと聞いていたのですが……貴方は違うのですか?どう見ても一般人には思えませんが?」

「色々あるんだよ。それが人生だ!何があるか分からないこそ、面白い!!」

「確かに……そうですね!」

「このっ!?」

 

 徐々に一誠はアーサーに押されていた。実践経験は確かに一誠の方が上だろう。しかしアーサーにはこれまでに培ってきた時間がある。

 例え経験で勝っていても修行してきた時間を凌駕する事は難しい。

 

「……このままやっても決着が付かないな」

「そうですね。そろそろ終わりにしますか」

「考える事は……同じか」

「そういう事です」

 

 一誠とアーサーは距離を空けてから聖剣を構え直した。次の一撃で決着を決めるつもりなのだろう。お互いの集中力は極限まで高まっていた。

 

「エクスカリバァァァァ!!」

「コールブランドォォォォ!!」

 

 お互いの聖剣から放たれた聖なるオーラはぶつかり辺り一面を光で包んだ。その光は目を開けられないほどだった。

 

(ど、どちらが!?)

 

 衝撃が大きく砂煙を巻き上げていた。そして砂煙が晴れた時、立っていたのはアーサーだった。一誠は大の字になって倒れていた。

 

「負けたよ……」

「いえ、ギリギリでしたよ」

「ほら約束だ」

「確かに……」

 

 一誠はアーサーに『支配の聖剣』をすんなり渡した。一誠は別に聖剣に対してそれほど拘りがある訳ではない。自分が扱える得物なら何でも良かっただけの事なのだ。

 

「それでアーサー。お前さえ良ければ俺の眷属にならないか?」

「眷属ですか?悪魔に転生しているのですか?」

「いや、俺は魔王から『悪魔の駒』って言うものを貰う予定なんだ。それで強い奴を勧誘しようと思ってな。もう一人確保しているんだけど、まだ空きがあるからアーサーが良ければだけど」

「それはいいですね。ですが、私はあるテロ組織に所属していましね」

「それって『禍の団』か?」

「ええ、ご存知でしたか」

 

 アーサーが所属している組織の名を聞いて、一誠は思わず笑いそうになった。こんな偶然があるのか、と。

 今、黒歌に調べさせている組織だからだ。しかし黒歌だけでは調べられる事にも限界がある。もしアーサーからの情報があれば、黒歌の過去にした事への清算としては十分だろう。

 

「ああ。それで俺の眷属になってくれるか?」

「ここで出会ったのも何か縁なのかもしれませんね。ドラゴンは力を引き寄せる。貴方と居る事で私は強くなれるかもしれませんね。ええ、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ。しばらくは組織の情報を俺に流してくれ。危険が無い程度で構わない」

「分かりました」

 

 一誠とアーサーが握手をしていると箒を持った尖がり帽子の女の子が近づいてきた。

 

(ずっと俺たちを見ていた子だな)

 

 一誠は彼女の存在に気が付いていた。だが、特に何もして来なかったので無視していたのだ。

 

「お兄様!」

「ルフェイ。来ましたか」

「えっと……妹、魔女っ子?」

「ええ。優秀で将来を期待されています」

「初めまして、ルフェイ・ペンドラゴンです。兄共々よろしくお願いします」

「ああ。君も組織に?」

「はい。でも私の場合はお兄様が心配で付いてきた感じです」

 

 アーサーの両親はルフェイにアーサーの監視役を頼んでいた。言って止まるような息子ではない事くらい熟知していたので、それなら監視した方がずっとマシだからだ。

 それから一誠はアーサーたちと少し話してから日本へと帰って行った。

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

 異世界アレイザードから鳳沢暁月を追って、異世界に行ったはいいも暁月に返り討ちにあった機械帝国ディステアの勇者、フェル・バーネットは人間界にやって来ていた。

 彼は冥界に居た悪魔を脅して、人間界に転移させたのだ。彼は悩んでいた。

 

(このまま帰還する訳にはいきませんね……)

 

 彼はアレイザードにある死んだ勇者の墓を破壊していた。それを帳消しにするためにも魔王の娘を自分の世界に逃がした、はぐれ勇者の首を持ち帰るつもりだった。

 しかしそれは無理だった。暁月は強かったのだ。

 

(この屈辱は必ず……)

 

 フェルが暁月への復讐を考えていると後ろから大きな気配を感じて振り替えてみると黒い翼を十枚持つ男が飛んでいた。

 

「面白い魔力を感じてやってみれば転生悪魔か」

「……貴方は一体、何者ですか?」

「俺はコカビエルだ」

 

 堕天使の『神の子を見張る者』の幹部の一人だ。側には神父風の中年の男性と白髪の少年が居た。

 

「ふん!主はどうした?」

「主?あの醜い女の事ですか?殺しました、私が」

「はははっ!主を殺したか!面白い。お前、名は?」

「答える必要を感じませんね」

 

 フェルはどこかへ行こうとしていた。これと言って目的とは決めてはいなかった。

 

「コカビエル!早く聖剣を統合させろ!教会からの追っても気になる」

「黙っていろ。バルパー」

「それにあそこには悪魔のフェニックスを一人で倒した赤龍帝の兵藤とか言う者が居るのだろう?」

「ひょうどう……」

 

 フィルは聞き覚えのある名前に反応した。忌々しい男の弟分の名前が確かそんな名前だったはずだ。フィルは先ほどまで居た場所に戻ってきた。

 

「コカビエルさんでしたか?」

「なんだ小僧、何の様だ?」

「協力させて貰っても?」

「協力だと?何が狙いだ」

「兵藤という餓鬼の首を頂きたい」

 

 転移先が最悪かと思われたが、再起のチャンスが巡って来たとフィルは思った。ここで暁月の弟分の首だけでも持ち帰れば自分は英雄になる事だって出来る。

 

「ふん!いいだろう。付いて来い」

「分かりました」

「そう言えば、お前の名は?」

「フィル・バーネットと申します」

 

 これが戦争を起こそうとする堕天使コカビエルと外道勇者フィル・バーネットの出会いであり、悪と悪が混ざった瞬間であった。

 ここから物語りは次のステージへと進んでいく。聖剣を巡る戦いは始まる。かの地にて、様々な勢力を思惑が交差する。

 



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派遣された聖剣使いたち

 オカルト研究部の部室では一触即発の危機になろうとしていた。それは教会から派遣された若い二人の聖剣使いの少女たちの所為だ。

 しかしリアスの機嫌が悪いのは他にもある。一誠だ。レーティングゲームでは散々な目に遭わされた。何か痛い目に遭わせたかった。

 しかしそれは出来ない。何故なら一誠は自分の兄で魔王の部下になったからだ。しかも上級悪魔認定もされて、手が出せないでいた。

 そんな中に堕天使コガビエルによる聖剣奪取事件だ。しかも自分が管理している街で何か大きな事をしようと聞かされればなお悪くなる。

 

「……それで態々教会があなた達を派遣したのはコガビエルから聖剣を取り戻すためなの?」

「ああ、そうだ」

 

 リアスの質問に答えたのは青い髪に緑色のメッシュをした少女、ゼノヴィアだ。傍らには布で巻かれた剣が置かれていた。

 彼女の持つ聖剣『破壊の聖剣』だ。いつ戦闘になってもいいように柄に手が置かれていた。

 

「いくら何でも二人だけなんて、自殺行為よ?」

「それでも私たちはやらなければならないのよ!主の名の元に!」

 

 今度は栗色の髪をツインテールにした少女イリナが答えた。彼女たち使徒にとって神は絶対なのだ。ならば任務は絶対に成功させなくてはならない。

 例え自分たちが死んでもだ。死ぬのは自分たちの信仰が足りていない証拠だ。だから神を信仰していれば、どんな強大な敵でも屠れると考えているのだ。

 

「だから事が終わるまでじっとしていろと?」

「ああ、これは我々の問題だ」

「ここは私が管理しているのよ!そんな事、容認出来る訳ないでしょ!」

「別に許可は求めていないの。こちらは勝手にするからそちらも勝手にどうぞ」

「おいおいイリナ。ここは共闘した方がよくないか?」

「……私は今、あなたの主と話しているの。黙ってくれない?」

 

 三人の会話に一樹が入った瞬間、イリナの声のトーンが少し下がった。一樹は『原作』のイリナとは思えない態度に困惑していた。

 

(イリナってこんな性格だったか?でもいいさ。いずれ、俺のハーレムの一員だ!)

 

 一樹はイリナとゼノヴィアの身体を舐めるように見ていた。それを二人は感じたのか立ち上がって、部室から出ようとした。

 しかしそこに祐斗が立ち塞いだ。祐斗の顔は今まで誰も見た事のないような憎悪に染まっていた。

 

「そこを退いて貰おうか」

「そうよ!私たちは忙しいのだから!」

「悪いけど、君たちの実力を知りたいんだ。先輩として」

「先輩だと?」

「『聖剣計画』と言えば分かるだろ?」

「あの計画の生き残りか!?」

「嘘、生き残りがいたなんて!」

 

 聖剣に関わる者なら絶対に知っておかないといけない事件、『聖剣計画』。この計画で多くの者たちが亡くなった。

 計画に関わった被験者たちは全員、死んだものだとイリナとゼノヴィアは思っていた。まさかこんな所で出会うとは思いもしかなった。

 

「言ってはなんだけど、君たちだけで堕天使の相手が務まるとは思えないけど?」

「なんだと?」

「私たちの実力を疑っているの?」

 

 祐斗の挑発に二人は睨みを利かせた。二人は幼い時より厳しい訓練をして、実践も何度も経験している。実力もそれなりにある。

 だからこそ、今回の任務に選ばれた誇りがある。それを疑われては黙っている訳にはいかない。二人は挑発に乗る事にした。

 

「いいだろう。なら試してみるか?私たちの実力を」

「悪魔なんて、相手にならないわ!」

「……そう来なくてはね」

「木場、俺も加勢するぜ!」

 

 三人の話にまたしても一樹が入ってきた。イリナは一樹に対して祐斗に向けるより睨みを利かせた。それは親の敵でも睨んでいる様だった。

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

 場所は変わって、旧校舎の裏側に全員が移動していた。そこでリアスと朱乃が人避けの結界と周りへ攻撃が行かないようにの結界が展開していた。

 イリナとゼノヴィアは身体のラインが分かる黒い戦闘服を着ていた。祐斗は自分の『神器』である『魔剣創造』で一本の魔剣を作り出した。一樹は『赤龍帝の籠手』を出現させていた。

 

「あの男は赤龍帝だったか」

「やっぱり貴方は罪深いわ。私が断罪してあげる!!」

「その聖剣、へし折ってやる」

「へへっ……」

 

 ゼノヴィアとイリナは聖剣を構えた。祐斗は大きな魔剣を作り、聖剣を睨んでいた。そして一樹はゼノヴィアとイリナの身体を厭らしい視線を送って不気味な笑みを浮かべていた。

 

「いくぞ!」

「神の名の下に!」

「砕けろ!!」

「うおぉぉぉ!!」

 

 ゼノヴィアは祐斗を相手にして、イリナは一樹を相手にした。

 

「折角、再会したのにさっきのはないんじゃないか?」

「黙って……」

「お、おい……」

「黙ってと言っているでしょ……」

 

 イリナは腕に巻かれた紐、もとい『擬態の聖剣』を剣の形に戻した。『擬態の聖剣』は持ち主のイメージ通りに形を変える事が出来る。

 イリナは低い声で一樹を黙らせた。イリナの低い声に一樹は思わず後ずさりをした。

 

(どうして『原作』と違うんだ!?)

 

 『原作』と違うイリナの性格に一樹は動揺していた。『原作』のイリナは主人公である一誠に惚れており、好意を寄せていたはずだ。

 なのに目の前のイリナはそれと真逆で一樹の事を心底毛嫌いしているよだった。

 

「貴方の視線は昔から気持ち悪いのよ……」

「な、なんだと!?」

「その汚らわしい口を閉じなさい!!」

「このっ!」

 

 聖剣で切りかかってくるイリナを何とか篭手で防ぎながら一樹は反撃のチャンスを待った。しかしいつまで経ってもそんなチャンスなど来ないのに、一樹はまだ分かっていなかった。

 

「どうした?その程度なのか」

「この……っ!?」

「大きな口を開いたかと思ったら……」

「黙れ!僕は聖剣を破壊するんだ!同志たちのために……!!」

 

 ゼノヴィアは自分の体格に合っていない大剣を振りまして、隙だらけの祐斗を見下ろしていた。周りには砕けた魔剣が散らばっていた。

 ゼノヴィアの聖剣は『破壊の聖剣』。壊す事において、これ以上の聖剣はないだろう。ゼノヴィアにはもう一本聖剣があるのだが、使わなかった。

 その聖剣は彼女たちにとって切り札だからだ。ここで使うメリットはどこにもなかった。

 

「ぐはっ!?」

「赤龍帝ってこんなものなの?噂と違って弱いわね?」

「黙れ!!」

 

 イリナは一樹のあまりの弱さに噂が間違っていると思わざるえなかった。赤龍帝の噂。それは天使、堕天使サイドに広く伝わっていた。

 だからイリナは自分では敵わないと思っていたが、蓋を開けてみるとそんな事は全然なかった。

 

「イリナ。大丈夫か?」

「私を誰だと思っているの?ゼノヴィア。それに赤龍帝が予想以上に弱かったから」

「しかし油断するな。もしかしらたら油断を誘う演技かもしれん」

「そんな感じには見えないけど?」

 

 怒りに任せて滅茶苦茶な攻撃をしてきた一樹。お世辞にも演技しているようには見えなかった。それはゼノヴィアの目にもそう見えた。

 自分で演技と言っていたが、そんな事もなかった。

 

「何にせよ、一気に決めるぞ。イリナ!」

「ええ、任せて。ゼノヴィア!」

 

 ゼノヴィアとイリナの二人が勝負を決めようとした時、二人の後ろに何かが落ちてきた。二人はそちらに視線を送った。

 

「な、何だ!?油断するなイリナ」

「一体、何が落ちてきたの!?」

 

 そして砂煙が立ち込める中、人の影がくっきりと見えてきた。

 

「面白そうだな。俺も混ぜてくれよ」

 

 そこには不敵に笑みを浮かべている一誠が立っていた。



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一誠の魔法

 リアスたちとイリナ、ゼノヴィアが対談している時、一誠は旧校舎の屋上で匙と『組み手』をしていた。匙の覚えが良かったのか、一誠は早い段階で実践形式に変更した。

 それで初めに『組み手』だ。しかしその速度が異様に遅かった。ワンモーションするのに10秒は掛かっているのだ。

 これには訳がある。いくら匙の覚えがいいとはいえ、まだまだ氣のコントロールが覚束ない。だから慣れるまでゆっくりとしている。

 

「ここ数日でいい感じになってきたな。匙」

「そ、そうか?自分じゃあんまり実感ないから……」

「ゆっくりとではあるが、俺とこうして組み手をしているんだ。自信を持てよ」

「お、おう!分かった」

 

 匙は確実に氣をコントロールし始めていた。これも彼の根性で頑張ってきた結果だ。それから組み手は十数分続いた。

 

「一旦、休憩にするか」

「はぁ……キツい………」

「匙、こっちに来てみろよ。面白いものが見られるぞ」

「面白いもの?」

 

 組み手を休憩していたら一誠に呼ばれた匙は一誠の下へと移動した。手すりから身を乗り出して、下を一誠は見ていた。

 匙も身の乗り出してみて見るとそこでは見知らぬ二人の少女と一樹と木場が戦っていた。匙でも分かるくらい一樹と木場は追い込まれていた。

 

「何やっているんだ?あの二人は」

「まったくあの程度の相手に押されているなんて、情けない」

「あの二人が持っているのって、聖剣か?」

「ああ、それもエクスカリバーだぞ」

「エクスカリバー!?あれが!?」

 

 匙は二人の少女が振り回しているが聖剣だと知ると身構えた。転生悪魔である匙にとって『聖』が付くものは全て弱点だ。

 例え自分に向けられていなくても悪魔の本能が自然と避けてしまう。

 

「それにしてもあの聖剣使い何者だ?」

「あ、そう言えば会長がヴァチカンから使徒が来るとか言っていたな」

「使徒……ならあの二人がそうなのか?」

「木場とあっちの兵藤は大丈夫か?」

 

 歳が同じようくらいの少女たちに圧倒されている木場と一樹。匙はそれほど彼らと交流がある訳ではないが、主同士が親友の間柄だ。

 手助けはしないが、心配はしてしまう。ただそれだけだ。

 

「匙。今日の組み手はここまでにしょう」

「え?いいのか?まだ出来るけど……」

「元気があるなら悪魔の仕事に取っておけ。それに明日は2秒ほど早くするから」

「マジか!?」

「それじゃあな!」

 

 一誠は屋上に匙を残して、屋上から下に向かって落ちた。四人の間に割って入った。

 

「楽しそうだな?俺も混ぜてくれ」

 

 一誠は不適な笑みを浮かべるのであった。

 

 

▲▲▲

 

 

「な、なんだ!?」

「え、嘘……」

 

 ゼノヴィアとイリナは上から降ってきた一誠に驚いていた。振動や爆音から人間が落ちてきて、無事な高さではないと予想出来る。

 なのに目の前の人物は怪我一つ負っていなかった。

 

「イッセー君!」

「うん?お前は……」

「私だよイリナ!紫藤イリナだよ!昔、よく遊んだでしょ!」

 

 イリナは一誠に近づきながら懐から一枚の写真を取り出した。昔から大事にしていた思い出の写真だ。

 そこには幼い一誠と栗毛の子供が写っていた。一誠は目を写真に近づけた。

 

「イリナなのか?」

「そうだよ!」

「俺の知っているイリナは男だったと思うんだが?」

「わ、私は女の子だから!確かに昔はよく男の子と間違われたけど……」

 

 髪が短く同い年の男の子より活発だったイリナはよく男の子と間違われた。だから髪を伸ばしてぱっと見で女の子だと分かるようにした。

 

「久しぶりだな。どうしてここに?」

「それはヴァチカンからの任務だからよ!」

「なるほど……しかし聖剣を持ち込んで来るとは穏やかではないな」

「イッセー君。どうして私たちが持っているのが聖剣だと思うの?」

「待てイリナ。この男、人間ではないぞ!」

「え?」

 

 ゼノヴィアはイリナを一誠から遠ざけた。そして聖剣を構えた。

 

「ちょ、ちょっとゼノヴィア!イッセー君が人間じゃないってそんな訳ないじゃない!」

「いや、そっちの女の言うとおりだ。俺は人間を辞めている」

「え?……嘘だよね?」

「嘘じゃない。これ証拠だ」

「う、嘘!?それは『白龍皇の光翼』!?それにその白い鱗は……」

 

 一誠は自分が人間じゃない証拠としてドラゴン化した白い鱗と『白龍皇の光翼』を見せた。イリナは信じられなかった。

 思いを寄せていた人物が神をも殺せる『神器』を持っているとは。

 

「ああ、主よ!どうしてイッセー君が『神滅具』を持っているのですか!?これも試練だと言うのですね!」

「あの~イリナ?」

「だけど、この試練を乗り越えた時……私は使徒として更なる上に行けるわ!」

「お~い~俺の話を聞いて欲しいのだけど……」

 

 イリナは完全に自分のだけ世界に入ってしまった。周りの声など聞こえてはいなかった。そしてイリナは一誠に聖剣を向けた。

 

「イッセー君!神を殺すなんて、大罪よ!ここで私が貴方を裁いてあげるわ!」

「協力するぞイリナ!白龍皇の実力を知るにはいい機会だ」

「お前ら人の話を聞けよ!」

 

 イリナとゼノヴィアは一誠に切りかかった。しかし一誠からしたら直線的で避け易かった。避ける瞬間に二人の服に触れて、マーキングを仕掛けた。

 

「弾けろ『洋服破壊』!」

「な、なんだと!?」

「きゃあぁぁぁ!!」

 

 一誠が指を鳴らすとゼノヴィアとイリナの戦闘服が綺麗にふっ飛んだ。二人は下着姿になってしまった。ゼノヴィアはそれほ気にしていなかったが、イリナは胸を抱えて座り込んでしまった。

 

「そっちの青髪の娘は気にしないのか?」

「下着が見られただけで死ぬ訳ではないからな!」

「なるほど」

 

 ゼノヴィアは良く言えば豪胆、悪く言えば大雑把なのだ。戦闘中に服が破けるのは当たり前だ。だから昔は長かった髪を短くしたのだ。

 しかしイリナは常識があるようで胸を抱えて立てないでいた。涙目になりながら一誠を睨んでいた。

 

「イッセー君!これはなんなの!?」

「これが俺昔から考えていた。魔法で名付けて『洋服破壊』、ドレスブレイクだ!一瞬にして女の『服だけ』を破壊する魔法だ」

「な、なんて破廉恥な!?」

「これで無用な戦いをしないで済む」

「…………」

 

 イリナは一誠の魔法に言葉が出てこなかった。あまりにも破廉恥で教会で生活してきたイリナには耐えられるものではなかった。

 

「イリナの知り合いのようだな。そっちの顔が似ているのはお前の何だ?」

「双子の兄さ。と言っても俺たちはお互いに嫌っているからな」

「兄弟と言うのは仲がいいものではないのか?」

「そうとは限らないのさ」

 

 一誠と一樹の仲の悪さは両親さえ認めるほどだった。中学校に上がるまで一誠は一樹と何とか仲良くしようと努力した。

 しかしその努力を一樹は真っ向から否定した。そして中学から一誠は諦めて悪友二人とつるむ様になった。

 

「ここは俺に免じて引いてくれないか?俺としても女を殴るのは忍びないんだ」

「……いいだろう。イリナがこれ以上戦えないからな」

 

 過去にリアスたちを殴ったり蹴ったりしたのが、リアスたちは触れなかった。それは一樹と祐斗を気遣ってだ。

 これ以上戦えば、二人が再起不能になってしまう恐れがあったからだ。

 

「それとイリナ。これ代わりの服だ」

「ありがとう……って、元々イッセー君の所為でしょ!」

「そうだな。安心しろ。今度は下着もろ共消し飛ばすから!」

「安心出来ないわ!!」

 

 ゼノヴィアとイリナの二人はそそくさとリアスたちの前か消えた。一誠は一樹たちの方を向いた。

 

「まったく情けなくて涙が出てくるぜ。一樹」

 



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断ち切れぬ過去

新年明けましておめでとうございます。

今年も頑張って更新していくので。

では、どうぞ!!


 木場祐斗は教会の『聖剣計画』の有一の生き残りだ。仲間を同志たちの犠牲の上に今、生きている。リアスに拾われて明るい日常を送っていた。昔では思いもしかなった明るい生活だ。

 危険もなければ、実験もない。学校に行って授業を受けて、放課後になればオカ研の部室に集まって悪魔の依頼をこなして行く。

 そんな生活で彼は忘れていたのだ。憎き聖剣の存在を。

 

(忘れるなんて……僕はどうにかしている)

 

 剣の師匠にも復讐を忘れるように言われたが、それでも最後に見た同志たちの顔はずっと夢に見ている。

 だからこそ聖剣を砕く事で払拭しようとした。しかしそれは出来なかった。それどころか横槍を入れてきた一誠は聖剣使いの二人を簡単に退けた。

 

(あの言葉は結構、効いたな……)

 

 二人が去った後に一誠が一樹と祐斗に言った『情けない』という言葉は想像以上に祐斗の心に刺さっていた。

 ライザーとのレーティングゲームのために修行したが、披露する前に一誠に一撃で倒れた。一樹のアドバイスを元に強くなった。

 それでも一誠に勝てるイメージが浮かばなかった。それだけ一誠との実力差があると言う事だ。

 

(みんな、僕はどうすれば……)

 

 雨の降る中、上を見上げたが黒い雨雲が夜空を隠していた。まるで今の祐斗の心そのものだった。どこに向かえばいいか分からない。

 進む道すらも見失ってしまった。

 

「あれ~れ?そこに居るのはいつぞやクソ悪魔君じゃありませんか~!?」

「……フリード・セルゼン!?」

「おひ~さ!元気にしていたかな?俺様はちょー元気だったよ!」

 

 祐斗の前には堕天使レイナーレと一緒にいた白髪のはぐれ退魔師のフリード・セルゼンだった。レイナーレの事は始末を付けたが、フリードはいつの間にか消えていた。

 なので堕天使が持っているどこかの拠点に戻ったものかと思っていた。

 

「どうして君が?」

「あれれ?もしかして気になっちゃう?本当は教えちゃいけないんだけど、今サイコーに気分が教えちゃう!」

「それは……!!?」

 

 祐斗はフリードが腰に帯剣している物が何か気がついた。聖剣だ。それもイリナとゼノヴィアが追っていた奪われた聖剣だ。

 

「これが最強の聖剣のエクスカリバーちゃんだぜ!バルパーのおっさんが聖剣を扱うための核を俺様に入れてくれたから仕えるだよね~!」

「バルパー?まさか……!?」

 

 祐斗は聞き覚えのある名前に気がついた。『聖剣計画』の最高責任者の名前がバルパーだったはずだ。祐斗は『喰光剣』を作りフリードに斬りかかった。

 

「おっと!?」

「そのバルパーはどこにいる!?」

「やべっ!?」

「このっ!」

 

 祐斗はフリードへ斬りかかった。しかしフリードは避けた。何度も祐斗が斬りかかっても何度も避けた。

 

(どうして斬れない!?)

 

 ナイトの駒で転生した祐斗はスピードに関してはそれなりに自信があった。しかしそれなのにフリードには一度も当たらなかった。

 

「無駄無駄!俺様が今持っている聖剣は『天閃の聖剣』は俺様のスピードを上げてくれているんだよね!クソ悪魔のお前じゃ取られえなれないんだよ!」

「なんだと!?舐めるな!!」

 

 スピードの事で馬鹿にされた祐斗は意地になっていた。剣筋が滅茶苦茶になっており、フリードに当たる気配すらない。

 逆に祐斗がフリードの攻撃を受けて、傷だらけになっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「息なんて切らして、これで死ねぇ!!」

「―――ドラゴン。ショット!!」

「あぶねっ!?」

 

 祐斗に止めを刺そうとしたフリードは思わぬ方向から攻撃に身を捩って何とか避けた。判断が遅れていたら致命傷になっていただろう。

 

「あれ~れ?カズキちゃんじゃん!」

「フリード!お前なんかにちゃん付けされる筋合いはない!」

「冷た~い!」

「か、カズキ君……」

「大丈夫か木場!」

 

 フリードを攻撃したのはなんと一樹だった。それだけではない。フリードを囲むようにリアスたちが到着していた。

 

「私の眷属を傷つけた事を後悔させてあげるわ」

「これは不味いな。逃げるが勝ち!」

「待ちなさい!!」

 

 フリードは不利と思うとすぐに閃光弾を使いこの場から離脱した。すぐに追いかけようとしたが、リアスは祐斗を優先する事にし、この場に留まった。

 

「祐斗。これはどういう事なの?」

「部長……ほっといて下さい。これは僕の問題です」

「祐斗!!」

 

 フラフラになりながらもどこかへ行こうとする祐斗の進行方向を小猫が両手を広げて止めた。

 

「……祐斗先輩。いなくならないでください」

「小猫ちゃん……」

「別にお前の過去がどんなものなんて知らないけど、こんな時くらいは仲間を頼れよ」

「カズキ君……」

 

 一樹は本当は祐斗の事なんてどうでも良かった。だが、これはする必要があった。

 

(男なんてどうでもいいけど、リアスや朱乃たちの好感度を上げるのに一番いいからな!)

 

 所詮、一樹は女の事しか考えていない。自分が世界の主人公だと勘違いしているのだが、それにはまだ気がついていない。

 気がつくのはまだまだ先でその頃には彼は道を踏み外している。

 

「祐斗。貴方は私の可愛い眷属の一人なのよ?貴方は私に剣を捧げたじゃない。私の騎士として私も貴方の敵を倒すわ」

「部長……すいませんでした!僕は間違っていました。同士たちの仇を取る事に目が眩んでいました」

「そうだぜ木場。フェニックスを倒すために強くなったじゃないか!あの時は披露出来なかったけど、見せつけてやろうぜ!聖剣使いの二人や一誠の奴に!」

 

 レーティングゲームでは活躍が出来なかった一樹たち。『原作』を知っている一樹にとってライザーとのゲームは数少ない活躍出来る場であった。

 それを台無しにした一誠を超えるために『原作知識』を最大限活用してレーティングゲーム後、修行を重ねた。全ては一誠を倒すために。

 

(原作に無い事ばかりして、邪魔なんだよな。今回の事件を利用出来れば、一誠を始末出来るんじゃないか?)

 

 コガビエルが関わっている今回の事件。一番の問題は白龍皇の存在だった。しかし今代は一誠だ。コガビエルに一誠をぶつければ、共倒れもしくは一誠が負ける可能性すらある。一樹は笑みをリアスたちから隠した。

 今の表情を見られる訳にはいかなかったからだ。

 

(よしよし!いいぞ。味方と敵を誘導してぶつけて、最後は俺が全部掻っ攫う!!完璧じゃないか!!)

 

 一樹は頭の中でこれからの計画を練っていた。そして結末まで完璧と言える計画を完成させた。

 

「祐斗。まずは身体を休めてからこれからの事を話し合いましょう」

「はい部長。カズキ君もごめん。頼らせてくれるかい?」

「ふん。貸し一つだからな!」

「ああ。もちろん必ず返すよ」

 

 リアスたちは一度、一樹の家に向かう事にした。身体を休めた後、これからの事を話して対策を立てるつもりなのだ。

 その際に一樹は言葉巧みにリアスたちを誘導して、一誠とコガビエルをぶつけるようにした。

 しかし一樹たちはまだ気がついていない。冥界からやってきた、はぐれ悪魔のフィル・バーネットとコガビエルが接触した事に。

 一誠の実力がすでに一樹の予想を大いに超えている事に。この時の一樹たちは知る由も無い。

 

「さて、話し合いはこれくらいでお風呂にしまよう。カズキ、一緒に入りましょう」

「部長ズルいですよ。カズキ君、私とも一緒に入りましょう」

「お、お二人ともズルいです!私もカズキさんと一緒に入ります」

 

 リアス、朱乃、アーシアは一樹と一緒に風呂に入るのは誰か決める戦いを始めるのだった。勝利したのはリアスだった。

 



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共同戦線

 一誠はマンションの屋上から街を見下ろしていた。ここはサーゼクスが一誠に与えたマンションだ。部下兼リアスの監視役になったので、学園の近くの方が監視し易いと考えてだ。

 一誠は数日前から流れの変わった地脈に違和感を感じていた。本来、ここまで大きく地脈の流れは変わらない。

 

(誰かが意図的にやっているな……例の堕天使か?)

 

 一誠はイリナとゼノヴィアがこの街にやってきた理由を聞いた。聖剣を奪った堕天使がこの街で何か大きな事をしようとしているのではないかと一誠は睨んでいた。

 どうして一誠が詳しい事を知っているかと言うと金銭的に宿泊施設に行く事が出来なかった、イリナとゼノヴィアから聞いたからだ。

 なんでも空港近くの露店で誰かしら偉い人物の絵を購入した所為で軍資金が底についたのだ。

 そこでイリナは一誠の母親から聞いて、一人暮らしをしている一誠の下を訪れて数日の寝泊りの許可を得た。

 

(それにしても絵を買ってホテルに行けないとか……)

 

 一誠はイリナの行き当たりばったりの行動に思わず肩を落とした。昔はヤンチャだったが、月日が経つ事で大人になるかと思ったが、全然だった。

 大人になったのは身体だけだった。一誠はスマホを取り出し、ある番号に掛けた。

 

『もしもしイッセー君。どうしたんだい?』

「どうもサーゼクスさん」

 

 電話の相手はサーゼクスだった。サーゼクスは一誠からの電話に少し困惑していた。例のテロ組織の情報は昨日、聞いたばかりだからだ。

 何かしらの追加情報でも入手したのだろうかとサーゼクスは思っていた。

 

「あなたの妹が管理している街にコカビエルが来ているようですよ」

『何!?コカビエルが?リアスからはそんな報告は……』

「自分たちでどうにかしようとしているんじゃないですか?それとも自殺志願者ですかね?」

『まったくリアスは……自分の実力くらい把握してもらいものだ……』

 

 電話越しのサーゼクスは今にも大きく深いため息を出そうであった。リアスの事なら誰にも負けないほど可愛がってきたが、ここまで愚かな行動をするとは予想出来なかった。

 

『……それでコカビエルの目的は分かっているのかい?』

「恐らく複数の聖剣の統合じゃないか?地脈まで使っている所を見るとその線が濃厚だと思うが……」

『リアスもそうだが、コカビエルの行動も読めないな……』

「どうします?このままだとあいつら全員、死にますよ?」

『……リアスにはいい薬だろう。ギリギリまで君は手を出さないでくれ』

「了解しました」

 

 一誠は電話を切った。そしてある方角を見ていた。この方角に堕天使コカビエルが居る。コガビエルほどの最上級の存在だと氣を抑えていないと簡単に一誠には見つけられる。

 

「イッセー君。電話は終わった?」

「ああ、待たせたな。イリナ」

 

 一誠の電話が終わって後ろからイリナが声を掛けてきた。どうして彼女が一誠の下に居るかと言うと、資金がなくホテルに泊まる事が出来ないからだ。

 

「やはりくだらない絵なんぞ、買うから泊めれなくなったのだぞ!イリナ」

「くだならなくない!この絵はとっても素敵な方の絵なのよ!売っていたおじさんだってそう言っていたじゃない!」

「だったらそのありがたい方の名はなんなのだ!?」

「えっと……」

 

 イリナたちの資金がないのは日本に来た際に露店で売っていた絵を購入する際に有り金全てを使い切ってしまったからだ。

 ただえさえ少ない資金をドブに捨ててしまったのだ。だが、イリナは頑なにそれを認めたくなかったのだ。

 しかしどこか泊まる場所を確保しなくてはコカビエルとの戦いもままならない。そこでイリナの提案で一人暮らしをしていると一誠の下に来たのだ。

 

「悪魔ではないとは言え、魔王の部下に頼るとは全てイリナの所為だぞ!異端者が!」

「何よ!なんでもかんでも私の所為にしないでよ!すぐに責任転嫁するんだから!ゼノヴィアは!これだから異端者は!」

「なんだと!?」

「なに?やる気?」

「止めんか!」

 

 今にも喧嘩をしそうな二人を一誠は脳天チョップで止めた。一誠のチョップがあまりにも強かったのか、二人は頭を抱えながら涙目になっていた。

 

「痛いじゃない!イッセー君!」

「頭が割れそうだ……」

「しかしいいのか?俺は魔王の部下なんだぞ?」

「だが、転生していないだろ?我々は白龍皇個人と共闘しただけだ!」

「……ものは言いようだな」

 

 確かにそれなら問題ないだろう。一誠は魔王サーゼクスの部下だが、転生悪魔と言う訳ではない。ならヴァチカンから詳細を聞かれても白龍皇が勝手に手助けしてきたと言い訳する事が出来る。

 一誠としてもこの共同戦線を受け入れた。

 

(グレモリーとこいつらの監視が出来るのはかなりいい)

 

 一誠としてはリアスの監視はもちろんイリナとゼノヴィアの監視もしたかった。味方でも敵でもない者たちの行動が一番厄介だ。

 なら目の届く範囲に居れば、動きを制御しやすい。だから共同戦線を受け入れた。

 

「それで敵は堕天使コカビエルと皆殺しの大司教だっか?それとはぐれ退魔師だけか?」

「恐らくは……我々もまだこの街には来たばかりだ。まだ敵と接触していないのでな」

「でもこの三人が居るのは間違いないわ!」

「なるほど……アルビオン」

『何ですか?イッセー』

 

 一誠はアルビオンを呼び出した。一誠はどうして聞きたい事があった。少し前にアルビオンから聞いた事を思い出したからだ。

 

「コカビエルは三大勢力の戦争を生き残ったんだよな?」

『ええ、そうですよ。それが?』

「ならコカビエルと俺、どっちが強い?」

『それはイッセーですよ。コカビエルの実力が変わっていなければの話ですが』

 

 一誠はそれが聞きたかった。もしコカビエルの実力が一誠を超えていたらサーゼクスへの増援をすぐに要請しようと考えていた。

 

(うん?これは一樹と木場か?)

 

 一誠は少し離れた場所に一樹と祐斗の氣を感じていた。一誠は何かあった事を考えて学校を休んでいた。そして今は平日の昼間だ。

 本来なら一樹たちは学校に居るはずだ。なのに街を歩いていた。

 

(いや、戦っているのか?相手は誰だ!?)

 

 氣の状態から戦闘をしている事を察した一誠は相手の氣を探ったが覚えがなかった。つまり初めて感じた氣だという事だ。

 

(待て!この氣はどこかで……?)

 

 一樹たちと戦っている相手の氣にどこか覚えがあった。だが、どこで出会ったのかが思い出せないでいた。

 氣は指紋のように個人で波長がまったく違う。だから同じ氣はないので探知すれば簡単に個人を特定出来るが、今回はそうはならなかった。

 わずかに覚えのある氣。それを確かめようと一誠はマンションを出た。

 

「イッセー君!?」

「おい!どこに行く!?」

「悪いな二人ともちょっと用事が出来た。部屋は好きに使ってくれ!」

 

 イリナとゼノヴィアをマンションに置いて、一誠は一樹たちの下へと急いだ。正体不明の氣の正体を確かめるために。

 そして一誠はそこでアレイザードが送ってきた勇者と出会うのであった。その勇者は異世界より邪悪な龍を連れてきていた。

 

「さあ、絶望を噛み締めろ!外道勇者!堕天使!」

「その首を手土産としても持ち帰るのですよ」

「忌々しい白い鎧だ!」

 

 白き龍の皇帝が今、内に秘めた怪物を解き放し目の前の敵に絶望を与えるのであった。物語は次のステージへとゆっくりと確実に進んでいるのであった。

 



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兵藤を狙う男

 平日の昼間に一樹と祐斗は学校の外に居た。しかも神父服を着ていた。どうして神父服を着ているかと言うとはぐれ退魔師であるフリードを誘き出すためだ。

 フリードは教会から奪われた三本の聖剣の内一本を持っていた。ならコカビエルの部下である事は明白だ。なら一番接触出来る人物からコカビエルへと近づこうと言うのが一樹の考えた作戦だ。

 しかし数時間、街を歩いているがフリードが接触してくる気配はなかった。

 

「中々出てこないね……」

「だけど、あいつの事だから絶対に食いつくはずだ!」

「そうだね。もう一時間、経ったら交代しよう」

「そうだな」

 

 一樹と祐斗が囮となってリアスたちが周りに隠れて、いつでも二人の援護が出来るようにしていた。

 二人がもう少し粘ろうとした時だった。前から鎧を来た人物が近づいてきた。一樹と祐斗はそれぞれ臨戦態勢を取った。

 

「初めまして兵藤一誠」

「おい!誰が一誠だ!俺は一樹だ!!」

「まさか違うのか?いや、兄弟なのか?だったらちょうどいいか」

「お前は何者なんだ!?」

「そう言えば名乗っていませんでしたね。僕はフィル・バーネット、ディスティアの勇者です」

「どこの勇者だって?」

 

 一樹は聞いた事もない国の名前に首を傾げるしなかった。目の前の人物が言う国には心当たりはなかった。

 

(一誠の知り合いか?)

 

 一誠の事を知っている様子や名前を間違えた事から一樹は目の前の男が一誠の知り合いだと思った。

 

「カズキ君!離れるんだ!」

「ど、どうしたんだよ?木場」

「目の前の男は数日前に主と屋敷の使用人を全員殺した事ではぐれ悪魔に認定された者だよ!」

「は、はぐれ悪魔だって!?」

 

 祐斗はフィルの名前に聞き覚えがあった。冥界ではちょっとした話題になった事件だ。転生悪魔が主と使用人を全員殺した事件だ。

 事件の詳細までは覚えていなかったが、はぐれ悪魔の名前だけは覚えていた。冥界では草の根まで掻き分けて探しているが一向に見つからなかった転生悪魔だ。

 

(どうやって人間界に!?)

 

 転生したての悪魔がどうやって冥界から人間界にやってきたのかが不明だった。きちんとした手続きを踏まなければならないのに。

 はぐれ悪魔が仮に手続きした所で通してくれるとは思えなかった。

 

「兵藤一誠ではないが、同じ顔なら彼らも納得するでしょう」

「さっきから何を言っているんだ!?」

「その首、貰います!」

「カズキ君!」

 

 フィルがいきなり一樹へと切りかかった。しかし祐斗が間一髪の所で割っては入った。おかげで一樹は死なずに済んだ。

 

「た、助かった。木場」

「うん。だけど、部長たちはどうしたんだろう?」

「確かにこの状況は見えているはずなのに……」

 

 一樹と祐斗はいつまでも来ないリアスたちが心配になってきた。襲われたのは見える場所に居るはずなのにいつまで経っても来る気配がない。

 一樹はリアスたちの下へと行きたかった。しかし目の前の男に背を向けるのは出来なかった。

 

「お仲間の心配より自分たちの心配をしたらどうですか?」

「この……!!」

「カズキ君。ここは僕が―――」

「お前には用は無いんですよ!」

「がっ!?」

「木場!!」

 

 フィルは祐斗を払いのけて、一樹へと迫った。一樹はフィルに殴りかかったが、フィルの速度が速くて攻撃が当たらなかった。

 そしてフィルは一樹の背後に回り、首に向けて剣を振った。

 

「っ!?」

 

 あと少しで一樹の首が切られようとした時だった。いきなりフィルがバックステップで一樹から離れた。

 そして次の瞬間、一樹の背後に何かが落ちてきた。

 

「な、何だ!?」

「あれは……」

「―――よぉ、まだ自分と相手の技量すら測れないのか?」

「一誠!!?」

 

 一樹の背後に落ちてきたのは一誠だった。一誠はフィルに視線を向けた。そこで見た事のある紋章を刻んだ鎧を見た。

 

「お前、それをどこで手に入れた?」

「これは皇帝陛下から頂いたものですよ」

「皇帝だと?あのハゲ達磨の事か?」

 

 ハゲ達磨。一誠がそう呼ぶのはディスディアの現皇帝バラムの事だ。一誠は彼が嫌いで嫌味を込めてハゲ達磨と呼んでいる。

 

「ディスディアとは……で、お前は何者なんだ?」

「先ほど名乗ったのですけど……では改めて、ディスディアの勇者フィル・バーネットです」

「勇者だと?ははっ!機械帝国と名乗っておきながら勇者に頼るとはあのハゲはついに耄碌したか!?」

 

 アレイザードで魔法ではなく機械文化を発展させた帝国。それだと言うのに物語に登場する勇者に頼る皇帝に一誠は笑うしかなかった。

 その言葉にフィルはイラっとしていた。勇者を馬鹿にされたからだ。

 

「それでどうして一樹……俺の兄を狙った?」

「簡単の事ですよ。アレイザードに戻るのに手土産の一つも持ち帰らないと僕の残してきた失態が雪げないからですよ」

「失態?まあ、いいや。お前は二度とアレイザードには戻れない。俺が帰さない」

「双子の兄弟なら別どちらでも良かったのですけど、本物が目の前に居るならちょうどいい。あなたの首を貰いましょう」

 

 一誠とフィルはそれぞれ構えた。そして最初に動いたのはフィルだ。一直線に一誠に向かったと思うと、直前で跳躍して一誠を飛び越えた。

 そして一樹へと剣を振り下ろした。そこへ一誠が間一髪で一樹を引っ張り助けた。

 

「お前、なんのつもりだ?」

「だから言ったでしょ。手土産が必要だと。同じ顔があるのですよ?手に入れ易い方を選ぶのは普通でしょ?」

「クソ外道が……!!」

 

 一誠はフィルに対して激しい怒りを覚えたが、すぐに心を落ち着かせた。怒りに任せて、戦うのは愚者のする事だ。

 

(落ち着け俺。しっかりと対応すれば勝てる相手だぞ)

 

 フィルの目的はアレイザードで起こした失態を挽回するための功績だ。そのため魔王の娘を自分の世界に逃がした凰沢暁月の首を持ち帰ろうとしたが失敗した。

 暁月に止めを刺される前に転移をしたが、致命傷を受けていたフィルは転移先で死んでしまった。

 しかし幸か不幸か転移した先に暁月の弟分と知られていた一誠がいた。そこで彼は作戦を変更した。暁月ではなく一誠の首を持ち帰ろうとした。

 

「手土産なら俺だけを狙え!」

「なんですか?弱い兄弟を守るつもりですか?あの男の弟分ですね。弱いなら切り捨てればいいものを」

 

 一誠はフィルを挑発した。そもそも一誠に一樹を守る義理はどこにもない。しかし一樹をフィルが狙っている以上、守る必要がある。一誠はフィルの目的を果たさせないためにも。

 一誠は地面に置いていた砕けた剣を拾った。祐斗が『魔剣創造』で作ったものだが、フィルの一撃に簡単に砕けてしまったものだ。

 

「そんな剣で僕と渡り合えると?」

「物なんて使い手の技量でいくらでも賄える」

「なら木っ端微塵にしてあげましょう!」

「ふん!」

 

 一誠の砕けた剣とフィルの両手長剣がぶつかった。一誠が持つ剣が砕けるかと思われたが、砕けなかった。

 それから何度もぶつかっても砕ける気配がまるでなかった。

 

「流石はあの男と同じ業を使う事はありますね!」

「それはどうも!だが、まだまだ!」

「このっ!」

「そこ!」

「ぐっ!?」

 

 一誠はフィルの隙を見逃さなかった。砕けた剣でも氣を流し耐久力を上げて、流れをコントロールして、剣と剣がぶつかる瞬間にぶつかる位置の氣を増やして消耗を最小限にしているのだ。

 そして今、一誠の砕けた剣がフィルに迫ろうとしていた。

 

「何を遊んでいる?フィル・バーネット」

 

 一誠とフィルの戦いに割っては入ってきた者がいた。

 



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決戦へ

 一誠たちがフィルと接触していた時、リアスたちはフリードの足止めを受けていた。前回とは違い、フリードは聖剣を持っていた。

 しかもこちらには近接が出来る者が小猫しかいなかった。だが、聖剣に触れる訳にはいかなかった。悪魔の弱点だ、触っただけでもダメージがある。

 だからリアスは慎重にならざる負えなかった。

 

(早くカズキたちの援護に行かなくてはならないのに!)

 

 同じく襲撃を受けている一樹の下へ急ぎたかったリアスは焦っていた。場所も問題だった。住宅地の密集地帯だ。

 下手に攻撃して流れた攻撃が家に当たれば取り返しのつかない事になる。

 

「そこを退きなさい!滅びろ!!」

「ヤベっ!?今のはヤバかった~~悪魔が調子の乗ってんじゃないぞ!!」

「雷よ!」

「こわっ!?バルパーのおっさん!早くコカビエルの旦那と合流しましょうよ!」

 

 フリードは近くにいた中年の男性に話しかけた。皆殺しの大司教バルパーだ。バルパーは何かを考えているようだった。

 

「フリード!そろそろいいだろう!コガビエルと合流するぞ!」

「はいな~!それじゃ悪魔どもまたね~」

「待ちなさい!……朱乃、小猫!すぐに追いかけるわよ!」

「はい。部長!」

「……はい」

 

 リアスたちは逃げ出したフリードたちの後を追いかけた。

 

(なんだか嫌な感じね……)

 

 リアスは心のどこかで不安を感じていた。言葉では表せない不気味で心が落ち着かない感じだ。リアスはそんな不安を押し込んでフリードたちを追いかけるのであった。

 追いついた先で一誠、一樹、祐斗の三人と鎧を着た人物を目撃するのであった。

 

 

▲▲▲

 

 

「何を遊んでいる?フィル・バーネット」

 

 コガビエルの言葉はそれだけで周りを威圧してきた。一樹たちと合流したリアスたちはその場に立ち尽くすしかなかった。

 

「コカビエルさん。いえ、目的の人物に会う事が出来たので挨拶をしていただけですよ」

「ならこちらを優先しろ。そういう契約のはずだが?」

「分かっていますよ……」

 

 フィルは一誠を見て笑った。しかしその笑みは残忍な笑みだった。リアスたちは腰が引けていた。しかしリアスは気丈に振舞った。

 

「初めましてかしら?堕天使コカビエル」

「リアス・グレモリーか……その紅髪を見ていると忌々しい兄君の事を思い出すよ」

「そう……それで私の縄張りに何の用なのかしら?内容によっては消し飛ばすわよ」

「ふん!……戦争だよ!」

「戦争ですって!?」

「そうだ!古の戦争を再開するのだ!あと少しで我々の勝利は確定だったにアザゼルの奴が弱腰になった所為で中途半端に終わってしまった!」

 

 天使、堕天使、悪魔が冥界の覇権を争った戦争は二天龍の介入もあって決着付かずに終わってしまった。それがコカビエルには納得出来なかった。

 今日まで『神の子を見張る者』の総督のアザゼルに戦争の再開を進言してきた。しかしアザゼルは『戦争はしない!』と頑なだった。

 だからコカビエルは戦争を回避出来ない状況を作り出そうとした。それが今回の事件だ。教会から聖剣を奪い、魔王の妹たちが居る場所で事件を起こしてリアスたちを殺害すれば悪魔たちが宣戦布告すると睨んでいた。

 

(そうなればアザゼルも戦争に参加せざるおえない)

 

 総督が参加すれば残りの堕天使も参加する。そこで天使と悪魔を殲滅するば晴れて堕天使が冥界の覇権を握る事が出来る。

 そうすれば自分が正しかった事が証明出来る。コカビエルの頭にはその事しかない。周りの事なんてどうでもいいのだ。

 

「お前たちの縄張りで待っている。さっさと準備を整えて来い!行くぞ、フィル・バーネット」

「ここであなたの首を取りたかったのですが……コカビエルさんとの約束もありますので」

「そうだな。お前は俺が始末をつける。首を洗っておけ」

 

 フィルはコカビエルとどこかへと飛び去った。一誠はそれをただ眺めていた。すると一樹が近づいてきた。

 

「おい!一誠。さっきの男は知り合いなのか!?」

「直接的な知り合いではない」

「なんだそれは!!教えろ!!」

「断る。お前は自分の主の縄張りの事でも気にしていろ」

「あ、おい!」

 

 一誠はそれだけ言って一樹たちから離れた。残された者たちはお互いに顔を見合わせるしかなかった。

 

「みんな、一先ず学園に向かうわよ。そこでソーナたちと合流して作戦を考えましょう」

「はい部長」

「我々も同行させてくれ」

「あなたたち……」

 

 リアスは素早く眷属たちに指示を出した。その際にゼノヴィアとイリナも同行する事になった。敵が態々戦う場所を指定してきたのだ。

 行く以外の選択肢はない。リアスたちは学園へと急いだ。

 

 

▲▲▲

 

 

「ソーナ!」

「リアス。無事でしたか……」

「ええ。コカビエルは?」

「すでに学園内に」

 

 学園に到着していたリアスはソーナたちと合流した。学園にはすでに結界は張られていた。しかしソーナたち程度が張った結界などコカビエルにとって紙並みに脆いものだろう。

 

「この程度の結界ではコカビエルが本気で暴れたら一溜まりもありません」

「ええ、分かっているわ。それでお兄様への連絡は?」

「それが妨害されていて、冥界への連絡が出来ないのです」

「なんですって!?」

 

 冥界への連絡が一切出来ない。それは今の状況を魔王や他の悪魔に知らせる事出来ない。こんな事は一度もなかった。

 つまり何者かが意図的に邪魔しているのだ。

 

(『原作』にこんな展開はなかったぞ?)

 

 一樹は『原作』にない展開に動揺を隠せなかった。そもそも『フィル・バーネット』なる人物も物語には一切出てきてはいない。

 一樹の余裕は『原作』を知っているがゆえのものだ。知りもしない人物や展開には何も出来ないのだ。応用力がまったく皆無だ。

 

「ソーナはここで結界の維持と冥界への連絡をお願い」

「分かりました。リアスたちも気をつけて……」

 

 リアスたちは結界内へと入っていった。ソーナたちはただリアスたちの身を心配するだけだった。

 

「会長で尻で副会長は胸だな」

「「っ!?」」

 

 次の瞬間、ソーナと椿姫の尻と胸を誰かに強く握られた。二人は咄嗟に飛び身体に触ってきた人物に目を向けた。

 

「ひょ、兵藤!?お前、どうして……」

「どうしてって……コカビエルを倒しにきたんだよ」

 

 そこに居たのは一誠であった。手を閉じたり開いたりとしていた。それを見たソーナと椿姫は尻と胸を腕で隠した。

 

「兵藤!お前、会長と副会長の尻と胸を触るなんてうらや……じゃなくて失礼だぞ!」

「いいじゃないか。命があって」

「何言っているんだよ!」

「俺が敵だったら今頃、全滅していたぞ?」

「「「っ!?」」」

 

 一誠の一言に全員が唾を飲み込んだ。確かに全員が学園に意識が向いており、後ろから近づく一誠に気がつかなかった。

 敵が結界内にいるからと油断していたのだ。伏兵がいないとは限らない。

 

「そうですね……油断していたのは確かです。ですが、触る必要が?」

「それは単に俺が触りたかったから」

「…………」

 

 ソーナは一誠が笑顔で言うものだから何とも言えない表情をしてしまった。一誠の事を周り聞いた事のあるソーナは怒りを押し込めた。

 

「それじゃ会長、匙を借りていくぜ」

「ちょっと待て!兵藤」

「兵藤君、匙を連れてどこに?」

 

 一誠は学園を指差した。そして笑顔で匙に向かって言い放った。

 

「貴重な実践経験を積むぞ」

 



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逆鱗

 学園に張られた結界内に入った一誠と匙は椅子に踏ん反り返っている堕天使コガビエルと両手長剣を持つフィル・バーネット、聖剣を扱う事の出来るフリード・フルゼン、そして『聖剣計画』で被験者たちを殺した『皆殺し大司教』のバルパー・ガリレイたちとリアスたちグレモリー眷属と二人の聖剣使いのイリナとゼノヴィアの間に立ち塞がった。

 

「アルビオン。あの三つ首の犬ってまさか……」

『ええ、あの犬は地獄の番犬のケロベロスですね』

「あれがそうなのか……」

 

 学園内にはコガビエルが連れてきた魔獣ケロベロスが数多くいた。リアスたちの近くに数匹のケロベロスの死体が転がっていた。

 一誠が来る前にリアスたちが倒したのだ。しかしリアスたちでは数匹が限界で全てを倒す事は出来ない。

 

「よし匙。お前はケロベロスを倒せ」

「いや無理無理無理!あんなのどう倒せばいいんだよ!?」

「まったくお前は……もう少し自信を持てよ」

 

 一誠はケロベロスを匙に任せようとしたが、当人は自分には無理だと首を高速で左右に振った。一誠が相手にしても良かったのだけど、フィルや後ろに控えているコガビエルまで相手にすると周りの者たちを守りながら戦う事が出来ない。

 

「なら俺がケロベロス対策を授けえよう」

「ガアァァァ!!」

「兵藤!後ろ!!」

 

 一匹のケロベロスが一誠の背後から勢いよく突っ込んできた。もちろん一誠には来るのは分かっていた。氣を探知出来る一誠は学園内に誰がどの位置居るか目を瞑っても分かる。

 

「まずケロベロスの攻撃を懐に潜る事で回避する」

「ガアァァァ!!」

「そして側面に移動して……熊張り手!」

「ガァ……!」

 

 ケロベロスは絶命した。一誠の熊張り手がケロベロスの肺を潰したのだ。本来、張り手は手を広げてやるものだが、熊張り手は指の関節を曲げて、手の面積を小さくする。

 小さくするのは氣の分散を防ぐためだ。そして面積を小さくした張り手から繰り出される氣が対象の体内を一直線に貫通する。

 そのため線上にある内蔵は無事では済まない。だからケロベロスは一撃で倒せたのだ。

 

「さて、匙。頑張れ」

「だから無理だって!」

「お前な……何のために俺が修行をつけたんだ?実践で感覚をつかんで行くステージまでお前は来ているんだよ」

「そ、それは嬉しいけど……俺には」

「だったら無事にこの件が終わったら会長の口説き方を伝授してやろう」

「本当か!?」

 

 匙は一誠からの思わぬご褒美に飛びついた。匙の思い人であるソーナのガードは固くどうアプローチしていいのか匙には分からないでいた。

 

「俺が入学してからどれだけの女子と付き合ったと思っている?」

「5~6人か?」

「いや、22人」

「……はぁ!?ふざけんな!どんだけモテるんだ!!」

 

 匙は大声で叫んだ。一誠が女子からモテるのは前々から男子の間で話にあがるほどだ。まさか一年で20人以上の女子と付き合ったと思いもしなかった。

 

「一ヶ月に二人と付き合って捨てたのか!?」

「安心しろ。別れる前に趣味が合う男子を紹介している」

 

 女性に対してのアフターケアもちゃんと整っている。一誠は付き合う前に事前にお試し期間を設けていた。

 お試し期間を過ぎても付き合うたい女子とだけ関係を続けたいと思っていたが、中々そんな女子は現れなかった。

 それゆえに一誠は多くの女子と付き合ったのだ。

 

「これが無事に終われば、俺がクール系年上女子の口説き方を教えてやる」

「ま、マジなんだろうな!?」

「ああ、精々頑張ってこい」

「よしゃぁぁぁ!!やってやるぜ!覚悟しろ犬っころ!」

 

 匙は氣を全身に巡らせてケロベロスへと向かっていった。そして一誠はフィルへと視線を向けた。

 

「待たせたな。始めようかフィル・バーネット」

「そうですね。兵藤一誠」

「始まる前に聞きたい。お前がアレイザードでした失態ってのは何だ?」

「どうしたんですか?急に」

「何、気になっただけだ」

 

 一誠はずっと考えていた。フィルがアレイザードで犯した失態とは?魔王の娘ミユを諦めて一誠の首を持ち帰るほど事をしたのか。

 

(こいつはどう見ても完璧主義者のはずだ……)

 

 一誠はフィルの言動から性格を予想した。プライドが高く勇者にかなり拘りがある男だ。そんな男が自分から失態を犯すとは思えなかった。

 

「勇者の墓を破壊したのですよ」

「……勇者の墓だと?まさかレオンさんの……」

「ええ、勇者レオンの墓ですよ」

「お前!自分が何をしたのか分かっているのか!?」

 

 アレイザードにある勇者の墓は一つしかない。暁月と一誠が世話になり、リスティの元婚約者である男、レオン・エスぺリオだ。

 一誠はレオンには大きな恩がある。魔王打倒の途中に何度も命を救われたし、剣の修行にも付き合ってもらった事がある。

 

(こいつは……絶対、殺す!!)

 

 一誠は殺気をフィルにぶつけていた。恩人の墓を破壊した目の前の外道をここで確実に殺すために。一誠は自分の中から熱い何かがグツグツと湧き上がってきているを感じた。

 

「面白いですね」

「何が面白いんだ?」

「あの男はこれを聞いた途端、殴りかかってきたのに。君はそうではないのですね」

「……俺は兄貴ほどレオンさんに複雑な感情を持っていないからな」

 

 一誠がレオンに持っているのは憧れである。だが、暁月は違う。彼はレオンを殺めてしまった。しかしそれには理由があった。

 レオンは魔族を惨殺していた。それも子供や老人など戦えない者たちを中心にだ。そしてリスティを含めた王族を殺して、それを魔王の所為にして国を乗っ取ろうとしたいたのだ。

 だからと言って暁月がレオンを殺してしまったのは紛れもない事実だ。だから暁月はフィルをすぐに殴ったのだろう。

 

「分かりませんね。死人がなんだと言うのですか?」

「黙っていろフィル・バーネット。死んで地獄で詫びて来い」

「死ぬのは貴様の方だ!」

「ふん!」

 

 一誠は腰に仕舞っていたサバイバルナイフを二本を逆手持ちにして構えた。フィルは両手長剣の魔剣を構えた。

 そして最初に一誠の方から仕掛けた。本来なら真剣を持つフィルにサバイバルナイフで立ち向かうなど無謀にもほどがあるが、一誠なら問題はなかった。

 

「ちっ……あの男と同じ業とはつくづく面倒ですね」

「それはどうだろう!斬り鼬」

「このっ!」

 

 一誠はナイフに氣を込めて放った。氣は斬撃となってフィルに迫った。フィルは足で砂煙を起こして、斬撃を回避した。

 氣による攻撃は殆んど見えない。ただし同じく氣を扱う者なら見る事が出来る。だがフィルには見えない。

 しかしフィルは砂煙を起こす事で斬撃を回避した。見えないと言うだけで攻撃自体が無い訳ではない。

 

(やはり氣を使う者との戦い方を理解しているな……)

 

 一誠フィルの懐に潜り込んだ。得物の長さから一誠は近づいた方が有利なのだ。フィルは長剣なのである程度振る距離が必要だ。

 一誠が近づき過ぎると致命傷を与える事が出来ない。それが分かっているので一誠は近づきナイフでフィルを切り裂いた。

 

「どうした?フィル・バーネット。この程度なのか?」

「くそがっ!!」

「兄貴に負けたのも納得だ」

「ふざけるな!」

「ほら隙だぞ?」

「ぐっ!?」

 

 一誠はフィルの鎧の隙間を狙って軽く切り裂いていた。ナイフで鎧を着たフィルに致命傷を与えるのは無理だ。

 だが、切り傷が多ければ出血多量で時間は掛かるが倒せる。しかし理由はそれだけではない。小さな攻撃ばかりでフィルの堪忍袋は限界が近かった。

 

「とことん切り裂いて地獄に落ちろ!!」

 

 



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スロースタート

 リアスは一誠とフィルの戦闘をただ見ているだけしか出来なかった。自分たちの戦果はケロベロスを数体倒すのでやっとで、フィルの攻撃に眷属全員が離脱寸前まで追い込まれた。

 特にリアスを庇った一樹の傷が酷くアーシアが治療しているが、回復には時間が必要だった。しかしリアスたちには時間を掛ける暇はなかった。

 皆殺しの大司教のバルパーが四本の聖剣を統合する際に地脈のエネルギーを利用した時の余剰分が今、まさに爆発し掛けていた。

 爆発させないために堕天使コガビエルを倒す必要があった。しかしフィル一人にここまで追い詰められてはコガビエルを倒すのは夢のまた夢だ。

 そんな時に一誠がソーナの眷属である匙を連れて結界内に入ってきた。

 

(悔しいけど……今は彼に頼るしかない)

 

 自分やライザーを倒した一誠ならフィルを倒せるのではないかとリアスは思った。なにより白龍皇なのだ、半減して戦いを有利に出来ると確信していた。

 しかし一誠は『白龍皇の光翼』を使わずにフィルと互角以上の戦いをしていたのだ。その事にリアスはショックを受けていた。

 

(私たちやライザーとは加減していた!?)

 

 明らかに今の一誠の動きは以前戦った時とは違い洗練されていた。以前は喋りながら余裕で戦っていたのに、今は黙々と作業でもしているようだった。

 フィルの魔剣をナイフで受け流して、鎧の隙間を的確に切り裂いていた。そして時々、目潰しを加えてはフィルをイラつかせていた。

 フィルがイラつく度に動きに隙が出てきた。もちろん一誠はその隙を見逃さない。

 

「どうした?フィル・バーネット。さっきより反応が遅いぞ」

「このっ!!」

「はい。隙だらけ」

「くっ!?」

「ほらよ」

「なっ!?」

 

 一誠はフィルの目に向かってナイフを投げた。フィルは何とか顔を反らして避けたが、それが不味かった。一瞬でも一誠から目を離すべきではない。

 

「覇槍!」

「ぐはっ!?」

 

 フィルは一誠の覇槍をモロに受けて、5メートルほど後ろに吹き飛んだ。

 

(なんだ、今の感触は!?何か仕込んでいるのか?)

 

 一誠はフィルが思いの他、吹き飛ばなかったのが疑問に思った。それに蹴った感触も違和感を覚えた。

 本来ならもう少し吹き飛んでも良かったはずだ。なのに吹き飛ばなかったのだ。フィルが踏ん張ったのもあるが、理由は別にある。

 

「お前……その顔は」

「まったく忌々しい兄弟だ!」

 

 フィルの顔の半分が紫色の鱗に変化していた。それの姿は龍化した一誠のようだった。そして背中からは翼が鎧を突き破って出てきた。

 

(この氣は……まさか!?)

 

 一誠はフィルから出てきた龍の氣に覚えがあった。ここではない世界に住んでいる龍だ。その恐ろしさは忘れもしない。

 

「邪龍ザーハック!あのドラゴンを連れて来たのか!?」

「ええ、そうですよ。力は使いようですよ」

「勇者を自称しておきながら邪龍に頼るとは道を踏み外したにも程があるだろ!?」

 

 邪龍ザーハック。アレイザードのブラックマウンテンの食物連鎖の頂点に君臨しているドラゴンだ。一誠は以前、遭遇した事がある。

 その際に戦闘になり、瀕死の重傷になったがなんとか逃げる事が出来た。それはザーハックが縄張りの外に滅多に出ないからだ。

 そんな邪龍をフィルはアレイザードから連れてきたのだ。

 

「ザーハックを契約封印したのですよ」

「まったく余計なものを持ち込むなよな」

「勝てばいいのですよ。勝てば」

「外道が!とっと死ね!」

 

 一誠はフィルの背後を取った。ナイフがフィルの首を捉え、今まさに首が飛ぶかと思われた。しかしフィルの首はまだ繋がったままだ。代わりに一誠のナイフが砕けた。

 

(冗談だろ!?)

 

 一誠のサバイバルナイフはごく一般的なものだ。そこに氣を流しコントロールする事で切れ味と耐久値を底上げしていた。

 だから普通のナイフよりよく斬れるのだが、フィルの首は斬れなかった。その理由はフィルの首にあった。鱗だ。

 フィルが龍化した際に首を守るように鱗が出てきたのだ。その鱗だけは一誠でも斬れなかった。

 

「バカめ!死ねぇぇぇ!!」

「しまっ―――」

 

 今度は一誠が危機的状況に陥ってしまった。フィルの魔剣が一誠の首を捉えた。一誠はバックステップで避けようとしたが、フィルの魔剣のリーチからは逃げられなかった。

 

(捉えた!!)

 

 フィルは自分の剣が一誠の首を確実に捉えたと確信した。一誠はバックステップで避けようとしたが間に合わない。

 そしてフィルの剣が一誠の首に触れた。しかし首は斬れなかった。

 

「…………はぁ!?」

「残念だったな」

「バカな……!!」

 

 フィルは一誠の首が斬れていない所か自分の剣が一誠のナイフ同様に砕けた事実に愕然としていた。一誠は自分の服の襟を捲って見せて。

 そこには白い鱗があった。

 

「まさかお前も!?」

「そういう事!!」

「がはっ!?」

 

 一誠はフィルの顔面を龍化した拳で殴り飛ばした。フィルはそのまま校舎に吸い込まれるように飛んでいた。そしてフィルは起き上がる事はなかった。

 いつまで経ってもフィルが出てこないのだ。一誠はコカビエルに体を向けた。

 

「少しは出来ると思ったが、所詮は転生悪魔だな。だが、多少は役に立ったな」

「酷い言われようだな」

「それで?貴様は一体、何者だ?ただの人間ではないだろう?」

「これを見れば分かるだろ?」

「そ、それは!?」

 

 一誠はコカビエルに『白龍皇の光翼』を展開して見せてやった。コカビエルは少し同様しているように見えた。それもそのはずだ、何故ならその『神滅具』の事はよく知っているからだ。

 

「忌々しい翼だ!」

「先代にボコボコになったからって俺に当たるのは止めてくれ」

 

 コカビエルは過去に先代白龍皇ヴァーリにボコボコにやられている。その事はコカビエルにって人生最大の屈辱だった。

 人間と悪魔のハーフ。自分の方が長い時間を戦ってきたのにヴァーリが十代の時にこっ酷く敗北した。古の戦争を生き抜いた自分が負けたのだ。

 

「ふん!あの糞餓鬼は死んだのか!」

「人の死を喜ぶな。糞が」

 

 コカビエルはヴァーリが死んだ事に大いに喜んだ。コカビエルにとって邪魔以外の何者でもなかったからだ。その事に一誠は怒りを覚えた。

 

「今代の白龍皇!どうだ、俺の部下にならないか?そうすれば女を好きなだけ抱けるぞ?」

「はっ!美学もプライドもない堕天使だ。他人に頼らないと勝てないのか?実は弱いのか?」

「貴様!!」

 

 コカビエルは一誠の挑発に乗り、光の槍を一誠へ投げたが一誠は光の槍を素手で簡単に掴んでそのままコカビエルに投げ返した。

 コカビエルは魔法障壁で防いでお互いに無傷で終わった。

 

「なるほど。赤龍帝の噂の正体はお前だったのか」

「そうらしい。一樹……赤龍帝はたいした事、なかっただろ?」

「確かに」

(そのままコカビエルと潰し合え!)

 

 一樹は一誠とコカビエルが潰し合うのを今か今かと待っていた。その表情は残酷な笑みを浮かべていた。

 まさに一樹が望んだ展開だ。我慢して、一誠が来るのを待ったものだ。

 

「流石に今の状態だと厳しいな。行くぜ、アルビオン」

『ええ、いつでも行けますよ』

「バランス・ブレイク!」

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!』

 

 白き龍の皇帝の鎧を纏った一誠がそこにはいた。一誠はコカビエルに殺気を向けた。

 

「さあ、始めようか?堕ちた天使……地獄への片道切符をくれてやるよ」

 

 白龍皇イッセーと堕天使コカビエルの戦いが幕が切って落とされた。

 



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VSコカビエル

 駆王学園に白き龍の皇帝が降臨した。その鎧は穢れを知らないほどの白だった。誰もが見惚れるほどの輝きがあった。

 夜空に浮かぶ月がさらにその輝きを増していた。誰もが知っている伝説の龍の魂が具現化した鎧。一誠は指を閉じたり開いたりして鎧の具合を確かめた。

 

(このフィット感、いいな。密着しているが、絶妙だ)

 

 ぴったりとしているけど、少し余裕のある鎧に一誠は満足していた。そもそも全身鎧を着るのはこれが始めてだ。

 アレイザードでもここまで全身鎧はなかった。それに一誠は肉弾戦を得意としている。それゆえに体の動きを制限するものは身に付けたくはなかったのだ。

 しかしこの『白龍皇の鎧』はそんな事はなかった。まるで一誠に最初から合わせたようなフィット感があるのだ。

 

『どうですか?始めてのバランス・ブレイクは?』

「ああ、問題ない。鎧なんて着るのは始めてだからな……それに全身鎧だと俺の動きを制限すると思ったのだけど、そうでもないな」

『ではコカビエルに見せてやりなさい。あなたの実力を』

「あれ?アルビオン。少し怒っているか?」

 

 アルビオンの声音には少しの怒りが含まれていた。それはコカビエルに侮辱された先代ヴァーリにたいしての怒りだ。

 コカビエルはアルビオンの前でヴァーリの死を喜んだのだ。ヴァーリに思い入れがあるアルビオンとしては許してはおけなかった。

 もし体があったならコカビエルをボコボコしていただろう。

 

「それじゃ……いくぞ!」

「ふん!バカめ」

「おらぁ!」

「なに!?―――がはっ!?」

 

 一誠は一瞬にしてコカビエルとの距離を詰めた。そして殴りかかった。しかしコカビエルは魔法障壁を三重にして防御した。

 しかし一誠の拳はそんな薄い障壁を何枚重ねようと無駄だった。障壁で威力が衰える事無くコカビエルの顔面に吸い込まれるように行った。

 コカビエルは座っていた椅子から吹き飛び、校舎に激突して、出てきた時には鼻血を出していた。

 

「くそがっ!!」

「どうした?まだ半減していないんだぞ。この程度ではないだろ?」

「舐めるなよ!餓鬼がっ!!」

「その餓鬼に鼻血を出されたのはどこの誰だ?」

「このっ!これでどうだ!?」

 

 コカビエルは十数枚の魔方陣を展開した。そしてそこから光の槍がこの場に居る者に向かって放たされた。

 

「これだけの光の槍を防げるか!?全員を守る事は出来ないだろう!?」

「舐めるなよ。コカビエル!龍翼千刃!」

「なんだと!?」

 

 一誠は光翼から無数の小さな刃をコカビエルの光の槍に向かって放った。威力ではコカビエルが上だが、数では一誠が勝っていた。

 

「くそがっ!」

「来ないならこっちから行くぞ!」

「このっ!」

「鰐回り」

「ぎゃあぁぁぁ!!?」

 

 一誠はコカビエルの背後に回り、翼を掴んで空中で高速回転して翼を捻じ切った。コカビエルも翼を捥がれた痛みに思わず絶叫した。

 一誠は翼を落として、足でグリグリとコカビエルに踏みつけるように見せた。

 

「お、俺の翼を!!」

「幹部の割りに脆い翼だな?もっと強靭かと思ったのだけど、意外に簡単に取れたぞ」

「白龍皇!!」

「来い、コカビエル!」

 

 一誠の手刀とコカビエルの光の槍がぶつかって、火花を散らした。周りの者たちはその様子をただ黙ってみていた。

 

(これが一誠の実力なのか!?このままだとコカビエルと相打ちにならないじゃないか!)

 

 一樹は一誠の予想以上の実力に焦っていた。一誠とコカビエルをぶつける事は成功した。後はお互いに潰し合えば、疲れた所を楽に横取り出来るはずだった。

 しかし完全に一誠の実力を測り間違えた一樹の計画は破綻したのだった。だが、一樹は諦めてはいなかった。

 

(ま、まだ大丈夫だ!もっと戦闘が長引けば……チャンスはある!!)

 

 一誠もコカビエルも戦闘が長引けば、どこかで隙が生まれるはずだ。それに魔王の増援がもうすぐ到着するはずだ。

 それに堕天使サイドからもコカビエルを止めるために誰か幹部クラスが来るはずだ。狙いはそこだ。

 

「部長!」

「カズキ……私たちは白龍皇の実力を履き違えていた。あんな化け物に勝てるはずがないわ……」

「そんな事、ありませんよ!あの二人が疲れてきた時がチャンスです!今、力を溜めています。溜まりきったら譲渡するので部長が決めてください!」

「カズキ……え、ええ!任せない際!」

 

 一樹に励まされてリアスは勇気を奮い立たせた。赤龍帝の能力の二つ『倍加』と『譲渡』を上手く使えば、リアスの消滅の魔力を魔王クラスまで持っていく事が出来る。

 流石の一誠もコカビエルも魔王クラスの攻撃を受ければ致命傷になるはずだ。一樹は静かに力を溜めていた。確実に一誠とコカビエルを仕留めるタイミングを見計らっていた。

 

「ふん!」

「がはっ!?」

「純潔の人外が近接で俺に勝てると思ったか?」

「この……!!」

「隙だらけ!」

「ぶはっ!?」

 

 純潔の人外の殆んどが中距離タイプだ。魔力を放出するだけで、近接にはかなり弱い。だから一誠はコカビエルの翼を踏み付けて挑発して冷静な対応が出来ないようにした。

 中距離では一誠は周りを守りながら戦うしかない。しかし近接ならコカビエル一人に集中する事が出来る。

 いくら一誠が強くてもコカビエルほどの実力者相手に周りのザコを守りながら戦うのは不可能だ。

 

「ふん!」

「この!!」

「後ろがガラ空きだ!」

「がはっ!?」

 

 コカビエルは一誠の拳を魔法障壁で防ごうとした。今度は六重の障壁だ。だが、一誠はそれを予想してか、障壁に攻撃が当たる直前で移動してコカビエルの背後に回り、右から左に蹴り飛ばした。

 

「くそがっ!!」

「どんどん行くぞ!」

「このっ!!」

「蛇絡み……ふん!」

「ぎゃあぁぁぁ!!?」

 

 一誠はコカビエルの腕に自分の腕を蛇のように巻きつけてから関節を逆に曲げて圧し折った。これでコカビエルの右腕は使い物にはならなくなった。

 コカビエルは右腕を押さえながら一誠を睨みつけた。しかしそんな事をした所で一誠には勝てないし、腕も元には戻らない。

 コカビエルの今、出来る事がそれくらいしかないないのだ。

 

「そろそろ終わろうか?コカビエル」

「こ、このっ!来るなぁ!!」

「今更、そんな攻撃が効くと思っているのか?」

 

 コカビエルは一誠と距離を取りながら光の槍を投げ続けた。しかしそんな攻撃では一誠に掠り傷がいい所だ。

 背中と腕の痛みで上手く攻撃が出来ないのだ。しかしコカビエルには秘策があった。

 

(この魔方陣さえ発動するれば……!!)

 

 四本の聖剣を統合するに使った魔法陣。これには膨大なエネルギーが蓄えられている。街一つを壊滅するほどのエネルギーだ。

 だが、自分がやられたら魔法陣は発動しない。だから少しでも時間を稼ぐ必要があるのだ。しかし一誠は待ってはくれない。

 

『DividDividDividDivid!!』

「ぐっ……」

「どうだ?半減された気分は?」

「このっ!!」

 

 連続半減されて本来の力の10分の1も出せないのに。コカビエルはヤケクソになり一誠に向かって行った。

 

「眠っていろ。コカビエル!」

「がはっ!?……」

 

 コカビエルは一誠の一撃に倒れて校庭にあった魔法陣は消えてなくなった。事件はこれで終わったかと思われた。

 

「ガアァァァ!!ヒョウドウイッセイィィィ!!」

「何!?」

 

 校舎から一匹の龍が姿を現した。その姿に一誠は驚きを隠せなかった。

 

「邪龍ザーハック……」

 

異世界の龍が怒りの咆哮を上げた。白き龍と異世界の邪龍の戦いが始まるのであった。

 



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VSザーハック

 フィル・バーネットは勇者に憧れていた。悪に屈せずに悪を倒す姿に夢を見ていた。そんな彼は異世界に勇者と召喚された。

 彼は喜んで勇者になる事を承諾した。しかしその世界には二人の勇者が存在していた。一人はまさに憧れる勇者レオン。もう一人はそのレオンを殺したはぐれ勇者暁月。

 一人は死に一人は元の世界へと帰って行った。フィルは激しい嫉妬を覚えた。勇者として召喚されたにも関わらず何も出来なかったのだ。

 だからレオンの墓を破壊し、暁月が連れ帰った魔王の娘を殺そうとした。しかし結局失敗してしまった。このままではアレイザードへ帰還出来ない。

 そんな時に転移した世界で聞き覚えのある名前を聞いた。はぐれ勇者の腰巾着と呼ばれた少年の名前を。

 

 フィルは作戦を変更した。魔王の娘ではなくはぐれ勇者の弟分の首を持ち帰り、勇者の墓の破壊の件を帳消しにしようとした。

 フィルは一誠の実力を完全に下だと思っていた。腰巾着なんて二つ名が付けられるほどだ、戦闘を暁月ばかりに任せて安全な場所から見ていただけだと。

 しかし戦ってそれが間違いだと思い知らされた。むしろ暁月よりも強いとさえ思ったほどだ。それがフィルには許せなかった。

 

(僕が勇者でもない餓鬼に負けるなんて、絶対にあえりない!!)

 

 勇者に憧れているのだ。それだと言うのに勇者でもない年下の男に負ける事がフィルには許容出来る事ではなかった。

 そして頭の中が怒りで満たされた時、フィルは邪龍ザーハックへと姿を変えるのであった。そのまま一誠へと襲い掛かった。

 

「死ネェェェ!!」

「おっと……薄汚いお前にはお似合いな姿になった」

「ナンダト!?死ネェェェ!!」

 

 ザーハックとなったフィルは一誠を踏み付けようとしたが、体が大きくなった所為かモーションが大きく、一誠にとって回避しやすかった。

 

「神剣!―――何!?」

「ハハハッ!ソンナ攻撃ガ効クカ!!」

「マジか……」

 

 一誠は神剣でザーハックの鱗を破壊する事が出来なかった事にショックを受けていた。的が大きく、動きも予想出来たので隙が大きな大技で決めきれなかった。

 それだけザーハックの鱗が頑丈だったという事だ。これでは攻撃が無意味になってしまう。

 

「なら試してみるか……海鳴り!」

「ハハハッ!ソンナこうげ……ガハッ!?」

 

 一誠は拳に氣を溜めてフィルに殴りつけた。するといきなりフィルが吐血した。フィルは一誠が攻撃した場所を見たが、鱗は健在であった。

 つまり鱗が破られた訳ではない。それなのに吐血するほどのダメージを受けてしまったのだ。フィルは前足で一誠を踏み潰そうと何度も叩きつけた。

 

「コノ!コノ!」

「体が大きくなった分、スピードが遅くなったんじゃないか?」

「ナンダト!?」

「海鳴り!」

 

 一誠の挑発にフィルはさらに踏み付けをしたが、事ごとく避けられてしまった。一誠は避けてまた海鳴りでフィルに確実にダメージを与えていた。

 

「コノ!」

「怒っていては俺には勝てないぞ」

「バカメッ!!」

「しまっ―――」

「ガブッ!」

 

 一誠はフィルの尻尾のなぎ払いをジャンプで避けた。しかしそれが不味かった。ジャンプした瞬間に無防備になった一誠を一口で丸呑みにした。

 

「イッセー君!」

「兵藤一誠!」

(やった!……後はあのはぐれ悪魔を倒すだけだ!)

 

 イリナとゼノヴィアは心配のあまり声を出したが、一樹は心の中で一誠が喰われた事に喜んでいた。後はフィルさえ倒せばいいのだけど、満身創痍でという事をすっかり忘れていた一樹だった。

 

「ハハハッ!勇者デアル僕に勝テルハズナインダ!!ハハッ―――ギャアアアァァァ!!?」

「な、何!?」

「苦しんでいるのか?」

(何が起こったんだ!?)

 

 高笑いをしていたフィルがいきなり苦しみだした。イリナもゼノヴィア、一樹も誰もが何が起こったのかまったく理解出来ないでいた。

 

(ナ、ナニガ!?)

 

 フィルは激痛のあった場所を見たが、傷らしい傷は見られなかった。そして一樹たちを見た。あの中に自分を傷つけられる者はいない。

 もし傷つけられるとしたら一人しかいない。しかしその人物は先ほど喰ったばかりだ。

 

(兵藤一誠ハモウ居ナイ。僕ヲ倒セル者ハイナイ。サキホドノダメージハ蓄積シタモノガ遅レテ来タダケダ)

 

 一誠以外に自分を倒せる者がいない事を確認したフィルはダメージは気のせいだと意識の外へ追いやった。あとは地べたに這いつくばっている者たちを殺すだけだ。

 

「ギャアアアァァァ!!?」

 

 またしてもフィルは激痛が襲ってきた。今度は激痛の場所を見たが、傷は見られなかった。しかい確かに痛みはある。まるで内臓でも引き裂かれたような痛みが。

 そこでフィルは気がついた。自分の腹に何が入っているのかを。そこでフィルの腹は十字に切り裂いた。

 

「ギャアアアァァァ!!!」

 

 十字に切られた腹から白い何かが飛び出して、プールに着水して大きな水柱を立てた。そして戻ってきた。

 そこには『白龍皇の鎧』を着た一誠であった。体を震わせて、水滴を払った。

 

「くっさ!胃酸が思いのほか臭かった!」

「ド、ドウシテ!?」

「胃酸は半減し続けたから殆んど溶けていないんだよ」

「ナン……ダト?」

「俺の宿している龍の能力でな。対象の力を半分にして吸収するものなんだ」

「コ、コノッ!!」

 

 フィルは怒りに任せて、一誠を踏み潰そうとしたが冷静さを欠いている攻撃なんて、一誠にとって見え見えの攻撃だ。避けるのは簡単だ。

 

「熊張り手!」

「ナッ!?」

「海鳴り!」

「ガハッ!?」

「神剣!」

「ギャアアァァァ!!」

 

 一誠の攻撃がフィルにダメージを与え始めた。胃袋の中で半減したので、防御力が落ちたのだ。一誠は攻撃を畳み掛けた。

 

「ゼノヴィア。聖剣、借りるぞ」

「あ、おい!」

 

 一誠はゼノヴィアから強引に聖剣デュランダルを借りて、フィルに切りかかった。聖剣のオーラをコントロールして切れ味をさらに上昇させた。そしてザーハックの硬い鱗が豆腐のように簡単に切った。

 

「あの硬い鱗を意図も簡単に……」

「凄い……」

(一誠の奴、まだ本気じゃなかったのか!?)

 

 ゼノヴィアとイリナは一誠の聖剣の扱いに感動していた。一方、一樹は一誠の実力に愕然としていた。まだまだ余力が残っているのだ、どうすれば一誠を亡き者に出来るのかイメージが湧かなくなった。

 

「これで終わりだ、フィル・バーネット」

「ク、クソガッ!!」

「一刀両断!はっ!!」

「ガッ!?」

 

 一誠はディユランダルをフィルの頭の上から振り下ろした。フィル―――ザーハックの体は綺麗に真っ二つになり、左右に倒れた。

 

「地獄でレオンさんにきちんと謝罪してこい。外道勇者が……」

 

 一誠は念のため、ザーハックの体を聖剣で細切れになるまで切り裂いた。もう二度と復活出来ないように。

 

(これだけすればいいだろう……うん?)

 

 フィルの細切れな姿に満足したのか一誠は切るのを止めた。そしてある気配が学園に近づいてくるのを感じた。

 

「イリナ、ゼノヴィア。動けるか?」

「む、無理かも……」

「済まないが、手を貸してもらえないだろうか?」

「そうしたいのは山々だけど、堕天使が数人近づいてきているんだよ」

「そうなの!?」

「何だと!?」

 

 イリナとゼノヴィアは一誠の指差す方向を見た。そこには十翼五対の堕天使を筆頭に数人の堕天使が空中で佇んでいた。

 

「これはどういった状況なのですか!?」

 



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憂鬱は絶望に

「はぁ……」

 

 『神の子を見張る者』の副総督シェムハザは重いため息を吐いた。これからする事を考えれば、吐かずにはいわれない。

 組織の幹部の一人のコカビエルが魔王の妹たちの管理している人間界の土地で問題を起こしたのだ。それに教会から聖剣を三本も奪取した。

 さらには皆殺しの大司教バルパーやはぐれ退魔師のフリードとも合流したと情報が入って来た時にはもう眩暈で倒れそうになったのは言うまでもない。

 

「大丈夫か?シェムハザ」

「バラキエル……」

 

 今回の事件にあたり総督のアザゼルからコカビエルを抑える役として幹部のバラキエルが同行していた。幹部の中でコカビエル以上の実力を持つ彼が同行してくれたのでこちらの戦力は問題ないだろう。

 問題があるとしたら、現場の状況だろう。

 

「コカビエルが悪魔側や教会側を誰か一人でも殺していたら戦争は避けられない……」

「それは避けたいな。平和な時代なのだから……」

「それもそうだけすけど、貴方は大丈夫なのですか?娘さんがグレモリー眷属なのでしょう?」

「ああ……」

 

 バラキエルの娘―――姫島朱乃の事だ。堕天使と人間との間に産まれた彼女。これまでに辛い出来事がたくさんあり、父親嫌いになって悪魔に転生した。

 母を失い、その場に行く事が出来なかった自分に彼女の意思を尊重する以外の選択肢はなかった。だから悪魔への転生に対しても何も言わなかった。

 それから一度も会ってはいない。数年ぶりの再会になるが、気持ちの整理はまだ出来ないでいた。

 

「今はコカビエルだ。もしコカビエルが娘を殺していたら……俺はきっとあいつを殺すだろう。その時は済まない」

「いえ、これも事件を起こしたコカビエルが悪いのですから自業自得ですよ。見えてきましたよ」

 

 シェムハザとバラキエルの目の前に学園が見えてきた。結界は張られていなかったので、簡単に入る事が出来た。

 そこで二人はとんでもない光景を目撃した。半壊した校舎、真っ二つになった見た事もないドラゴンの死体、腰を抜かしたバルパー。

 何より校庭に見覚えのある鎧が佇んでいた。白い龍を模した鎧は忘れるはずがなかった。

 

「これは一体、どう言う状況なのですか?」

 

 シェムハザの質問にその場にいる者で答える者は誰もいない。シェムハザは周りを確認した。そして魔王の妹たちと教会の使徒の生存を確認した。

 

(良かった。誰も死んではいないな……)

 

 誰も死んでいないので戦争は回避する事が出来た事にシェムハザは胸を撫で下ろした。そこで彼は目撃した、白龍皇が踏みつけている人物に。

 

「コカビエル!?」

「だ、だじゅげでっ!!」

「少し黙っていろ」

「がはっ!?」

 

 白龍皇はコカビエルの後頭部を掴んで地面へと叩きつけた。それも一度だけではない。何度もコカビエルが静かになるまで何度もだ。

 その光景にシェムハザは数十年前の事を思い出していた。

 

(ヴァーリ……彼に似ているのか!?)

 

 自分の上司に当たる堕天使の総督が保護してきた半悪魔の少年。彼は成長する度に赤龍帝を求めて、最後は総督自ら手を下した。

 シェムハザは意を決して一歩前に出た。全身から冷え汗をかいて。

 

「初めまして白龍皇殿……名前を伺っても?」

「兵藤一誠だ」

「兵藤……確か赤龍帝も同じ……」

「あそこでグレモリーの悪魔と這い蹲っているのがそうだぜ」

「……赤龍帝!?」

 

 シェムハザは一誠の指差す方向を見た。そこには紅髪の女悪魔と左腕に赤い籠手を装着した少年が地面に腰を抜かしていた。

 現状、誰がどう見てもコカビエルを倒したのが目の前の白龍皇だとは分かる。そしてその実力も。

 

(怒らせない方がいいですね……)

 

 白龍皇の怒りを買えば自分たちもタダでは済まないだろうとシェムハザは考えた。そして、腰を曲げて一誠に対して謝罪した。

 

「……この度は我々の身内がご迷惑を掛けました」

「確かにこいつは無関係な人間まで巻き込もうとした」

「はい。ですので、帰って「ちょっと待て」……はい?」

 

 一誠はシェムハザの言葉を遮った。シェムハザは一誠の言葉を待った。どこか怒りを含んだ言葉を聞いたから腰が引けていた。

 

「何を勝手にこいつを持って帰ろうとしている」

「それは……我々の身内です。こちらで十分な処分をしますので!」

「身内だから甘やかすかもしれないだろ?」

「そのような事はありません!」

「自分を殺そうとする奴の仲間をどう信じろと?」

「それは……」

 

 逆の立場ならそんなのは信じられない。もしかしたら相手を騙すための罠の可能性がある。シェムハザは何も言えなくなってしまった。

 

「そうだな。条件次第では信じてもいい」

「……その条件とは?」

「あんたがコカビエルの代わりに俺に殴られてくれ」

「それは……」

 

 シェムハザはコカビエルの代わりに殴られる事は出来なかった。彼には周りには黙って付き合っている女性がいる。しかも悪魔だ。

 その彼女が最近、妊娠したと言ってきた。堕天使と悪魔のハーフの子供だ。だから彼は決意を決めていた。コカビエルを連れ戻したら総督のアザゼルに彼女の事と子供の事を報告しようと。

 だからここで一誠にコカビエルの代わりに殴られたら死ぬ可能性が高い。死んでは我が子を抱きしめる事が出来ない。

 シェムハザに自己犠牲をするという選択肢はなかった。

 

「ははっ!コカビエル。お前、今見捨てられたぞ!どんな気分だ?身内に見捨てられたのは」

「じぇむばざぁ……だじゅげでぇ……」

「それはお前が一番、言ってはならない言葉だ!」

「がはっ!?じゅびばぜん……ぼうじばぜん……」

 

 一誠は何度もコカビエルの顔を地面に叩きつけた。一誠は知っている、戦争というものを。アレイザードで何度も見てきた。

 殺し殺される、そんな悲惨な場面を。だから一誠はコカビエルが戦争をしようとしている事が許せなかった。だからコカビエルの精神を壊すために全力で叩き潰していた。

 

「戦争をしようとしていたのに身内に助けを求めるな。お前が一人で始めた事だろうが!それなのに俺に負けるともうしません?許して?ふざけているのか!?」

「ひぃぃぃぃ!?ず、ずびばぜん!ずびばぜん!」

 

 コカビエルは一誠の大声に頭を抱えて、小さくなっていた。その姿に堕天使コカビエルの威厳はまったくなかった。

 

「コカビエル……」

 

 そんなコカビエルの姿にシェムハザは哀れみの目を向けていた。それと同時に恐怖を感じた。今代の白龍皇は先代ヴァーリと同じかそれ以上に危険なのではと。

 誰も止めないのをいい事に一誠はコカビエルをボコボコにした。翼を全て捥ぎ取り、腕と脚の関節を逆方向に強引に曲げたりなど、見ていられないほどに。

 

「はははっ!!どんな気分だ!?コカビエル!すぐ側に仲間がいるのに助けてもらえないのは!?」

「ぎゃああぁぁぁ!!?」

「ここに来た事を後悔しながら死んでいけ」

「だじゅげでぇ……」

 

 もうコカビエルは虫の息になっていた。しかしシェムハザに助ける選択肢を選ぶ事は出来なかった。それを選べば自分か連れてきた仲間を犠牲にするからだ。

 これほどの絶望は味わった事がなかった。ただ拳を握り締めて耐え抜くしかなかった。せめて死体だけは持ち帰ろうとシェムハザが考えていると後ろから強い気配を感じた。

 

「あれは……」

 

 後ろからやってきたのは紅髪と銀髪の男女二人の悪魔だった。

 

「この状況を説明してくれるかな?」

 

 やってきたのはサーゼクスとグレイフィアであった。

 



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後始末

 その場にいる者全員が声の主に注目した。紅髪が特徴で強い魔力を放っている悪魔はこの世に一人しかいない。

 リアスの兄にして冥界最強の悪魔、サーゼクス・ルシファーだ。後ろには彼の『女王』のグレイフィアが控えていた。

 サーゼクスは周りを一通り確認した後、シェムハザに近づいた。

 

「古の大戦以来ですね。副総督シェムハザ殿」

「ええ、サーゼクス・ルシファー殿」

「コカビエルを止めに来たのですね?」

「はい。ですが、我々が来た時にはすでに終わっていました……」

 

 サーゼクスとシェムハザはコカビエルを仰向けにしてから顔を殴り続けている一誠に目を向けた。コカビエルは気絶してピクリとも動かないが、それでも一誠は殴るのを止めない。

 白い鎧がコカビエルの血で真っ赤に染まっていた。

 

「イッセー君。その辺で終わってくれるかな?君からも詳しく話を聞きたい」

「ああ。ちょっと待ってくれ。他の堕天使が見た時にドン引きするくらい痛めつけておかないとまた来るかもしれないからな」

「もう十分、ドン引きするほどの怪我だよ」

「そうか。ほらよ」

 

 一誠はコカビエルをシェムハザの近くまで蹴り飛ばした。シェムハザは何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。ここで何か言えばどうなるか分からないからだ。

 

「……正式な謝罪はアザゼルから後日、あるでしょう。我々はこれにて」

「ええ、では……」

 

 シェムハザはサーゼクスにそれだけ言って部下にコカビエルを担がせて、この場を後にするように飛び去った。

 その際にバラキエルが朱乃へ視線を送っていた。当の朱乃は目を合わせないようにそっぽを向いていた。

 

「リアス。どうしてコカビエルが来た時点で私たちに連絡しなかったんだ?」

「それは……私の管理している土地で起こった事で魔王であるお兄様にご足労していただく訳にはいかなく……」

「君は馬鹿なのかな?君程度の実力でコカビエルをどうにかできると思ってたいのか?」

「そ、それは……」

 

 普段はリアスに甘いサーゼクスとは思えないほど言葉に棘があるように感じるグレモリー眷属一同であった。だが、それも無理もない。

 高々十数年生きた悪魔が数千年を生きて大戦するら生き延びた堕天使に勝てる訳がなかった。コカビエルが最初から本気だったならリアスたちは生きていなかっただろう。

 

「君の処分については後日だ。グレイフィア、学園の修復を頼むよ」

「承知しました」

「私はイッセー君と話してくる。リアスたちは今夜はもう帰りない」

「はい。分かりました……」

 

 グレイフィアは学園の修復を始めて、リアスは眷属たちは外に居るソーナたちと合流してトボトボと学園を後にした。サーゼクスは一誠に近づいた。

 

「ご苦労様だったね」

「これくらい屁でもない」

「流石だよ。今回の事がリアスにとってプラスになるといいのだが……」

「いや~あの性格じゃ無理だろ」

「一度、両親と話す必要があるな……」

 

 サーゼクスはリアスの性格や今後の事を考えて憂鬱な気分になっていた。表情はどこか落ち込んでいるのが分かる。

 

「それであそこで真っ二つになっているドラゴンは?」

「あれは邪竜ザーハックだ」

「聞かない邪竜だね……」

「それはそうさ。異世界のドラゴンなのだから」

「異世界!?どうしてそんな存在がこの世界に」

「フィル・バーネットが連れてきたんだよ」

「フィル・バーネットだって!?彼はどこに?」

「あそこで真っ二つになっているだろ」

 

 一誠は真っ二つになっているザーハックを指差した。サーゼクスは一誠とザーハックを交互に見た。そして首を傾げた。

 

「どういう事だい?」

「フィル・バーネットが自分の中に封印して連れてきたんだよ。そして変身したんだよ」

「……なるほど。しかしどうして君はザーハックと言うドラゴンが異世界から来たと知っているんだい?」

 

 サーゼクスは疑問に思っていた。どうして一誠は自分すら知らないドラゴンの名前を知って、異世界から来たと教えてくれるのか。

 

「まさか君は異世界から?」

「いや、俺はこっちの世界の人間だ。俺は行った事があるのさ、異世界に」

「そうなのかい!?」

「ああ。サーゼクスさん、俺の強さに疑問は思わなかったか?」

「君の強さの疑問?」

 

 サーゼクスは疑問に思わなかった事はない。リアスやライザーすら足蹴し、コカビエルさえも圧倒するほとの実力がある。

 

(しかしこれと言って特質すべきものは見つからなかった)

 

 一樹がリアスの眷属になる時にサーゼクスは確認した。兵藤家が魔術師の家系でもなければ、人外との接触した記録はどこにもなかった。

 先祖が何かしらあると思い、遡るだけ遡ったが見つからなかった。

 

「まさか!?君の強さの秘密は異世界に?」

「ああ、そうだ。俺は異世界で魔王打倒の勇者のパーティメンバーだったのさ」

「魔王打倒……」

「あ、言っておくけど。魔王は魔族の王って意味だから」

「なるほど……」

 

 サーゼクスはどこか納得した。サーゼクスは以前から一誠の実力について疑問を持っていた。兄一樹と血を分けた兄弟なのに実力があまりにも離れているからだ。

 

(スッキリした……)

 

 サーゼクスは心の隅にあった棘のようなものが取れた感覚になっていた。そしてサーゼクスは一誠に生温かい視線を送った。

 

「なんだよ、気持ち悪い……」

「酷いな。純粋に心配しているのに」

「はん!俺より妹の心配をしたらどうなんだ?」

「そうだね。リアスは学園を卒業したら冥界に強制帰還してもらおう」

「まだ一年近く猶予があるとか甘いんじゃないか?」

「少しくらい猶予がないとまた予想出来ない行動をしそうでね」

「確かに!」

 

 リアスは癇癪が酷い。もしすぐにでも冥界に帰還させたらなどんな癇癪を起こすか分かったものではない。それに赤龍帝の一樹がいる、一樹までも暴れたら手が付けられない。一誠がいなければの話だが。

 

「これから大変だよ……天使側と堕天使側とも連絡をする必要がある」

「組織のトップってのは大変だな」

「そうだよ。なんなら君が私の後を継ぐかい?」

「冗談。俺はドラゴンだぜ?自由と欲望を愛してやまない」

「それは残念だ」

 

 一誠とサーゼクスは冗談話に華を咲かせていた。一誠はある方向を見た。

 

(気配が消えたな……覗き見とは趣味が悪いな)

 

 コカビエルやフィルとの戦いをずっと離れて見た者の気配が消えた事に一誠は警戒心を高めていた。氣の大きさからそれなりの実力者である事は分かっていたからだ。

 それから校舎が直されるのを見届けてからゼノヴィアとイリナを連れてマンションへと帰るのであった。

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

「あれが今代の白龍皇か。コカビエルを圧倒するとは恐ろしい」

「その割には声が明るいが?」

「そうだな。赤龍帝は正直、期待外れだったからな」

「確かにあれは強くはなれないだろう」

「戦って見たいものだよ。兵藤一誠」

 

 学園から少し離れた場所で二人の男性が先ほどの戦闘を見て話をしていた。一人は黄金の槍を持ち、もう一人はローブを着ていた。

 二人は白龍皇の一誠の話で盛り上がっていた。一誠が感じていた気配の正体はこの二人だ。

 

「近々会ってみよう。俺のライバルになってくれると嬉しいのだけどな」

 

 黄金の槍を持った男が槍を空に掲げて笑みを浮かべていた。まるで欲しいオモチャを見つけた子供のように楽しいそうに見えたとローブの男は思った。

 二人は霧に包まれるといつの間にか消えていた。痕跡すら残さずに。

 



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二人の決断

 コカビエルの事件から一夜明けた。一誠のマンションで起きた教会の使徒ゼノヴィアは隣で寝ている相棒のイリナを見た。彼女はまるで起きる気配がない。

 それは昨夜、コカビエルから聞かされた『聖書に記されし神』が死亡したと言う事だ。神を信仰した彼女にとってそれは目的を失ったと同義だ。そのショックでこうして寝込んでいる。

 

(イリナ……)

 

 イリナほどではないがゼノヴィアも神を信仰していた。だから気持ちは分かる。代われるものなら代わりたいほどだ。

 しかしそれは出来ない。それがゼノヴィアは悔しかった。共に何度も任務をやってきた相棒に対して何も出来ない自分が情けなかった。

 

「起きたか」

「イッセー……」

「朝から辛気臭い顔をするなよ。折角の美人顔が台無しだ」

「私は弱い」

 

 ゼノヴィアはいきなり自虐を始めた。一誠は驚いた顔をしていた。彼がこんな表情をするのは滅多にないだろう。

 

「何を当たり前の事を言っているんだ?」

「そ、そこは慰めて欲しかったのが……」

「事実に対して慰めもないだろ」

「むっ……」

 

 まさに一誠の言う通りだ。人間は弱い。それこそ人外なんて相手に勝てる者などほんの一握りだけだろう。高々十数年しか生きていない少女にコカビエルは倒せる相手ではなかったという事だ。

 だから一誠は事実を言ったまでだ。その事にゼノヴィアは何も言えなかった。言えるはずもない。

 

「それでお前ら二人はこれからどうするんだ?」

「どうとは?」

「お前な……その『聖書に記されし神』の死を知ったんだろ?これからその神に対して信仰出来るのか?って言っているんだよ」

「それは……」

 

 ゼノヴィアはこれまで神を信じて生きてきた。そこにコカビエルからの『神の死』だ。つまり生きていくための目標が無くなったものだ。

 それに『神の死』を黙っていた天使やヴァチカン上層部を信用も信頼もする事が出来ずにいた。

 

「帰る気がないなら俺の眷属になるか?」

「眷属だと?」

「ああ、俺は魔王から『悪魔の駒』を貰っているんだ。聖剣、それもデュランダル使いとなると是非、眷属に加えたい」

「そうだな……よろしく頼む。イッセー」

「オッケー」

 

 一誠はゼノヴィアに『ナイト』の駒を渡した。ゼノヴィアはそれを体内へと入れた。ゼノヴィアの背中にはコウモリを思わせる翼が生えた。

 

「ゼノヴィア……あなた」

「イリナ!気がついたのだな!」

「ええ……」

 

 目を覚ましたイリナにゼノヴィアは抱きついた。しかしイリナの瞳には生気をまったく感じなかった。彼女の神への信仰はゼノヴィアを上回る。相当ショックだったのだ。

 今、精神崩壊しても可笑しくはない。だが、イリナはなんとか持ちこたえた。そこから一誠が準備した朝食を黙々と食べた。

 

「イリナはどうする、帰るのか?」

「…………」

「イリナも俺の眷属になるか?」

「私はヴァチカンへ帰るわ。まだ何を信じていいのか分からないけど……」

 

 まだ自分の進む道筋すら見えていないが、立ち止まるくらい進んだ方がマシだろう。そのために一先ずヴァチカンへ帰還する事にしたのだ。

 一誠は何も言わずにイリナにトランクを渡した。イリナがトランクを開けてみると砕けた聖剣の破片が入っていた。

 

「イッセー君、これ」

「念のため回収しておいた。一応全部あるはずだ」

「ありがとう……」

 

 イリナはボロボロの服を着替えるために別の部屋へと移動した。ゼノヴィアは一誠が食器を洗い出したので手伝う事にした。二人並んで皿を洗い出した。

 

「それでゼノヴィア、どうする?」

「何がだ?」

「お前の得物だよ。デュランダルは教会の所有物だろ?」

「そうだな。いや退職金代わりに頂く事にする。今までずっと戦ってきたのだ。これくらいいいだろう!」

 

 これまでずっと一緒に戦ってきた相棒だ。別の得物に変えると戦い方を変えなければならない。それに自分に合った得物を手に入れるのは骨が折れる。

 ならば、退職金代わりに頂こうとゼノヴィアは思った。そもそも今の教会内でデュランダルを扱えるのはゼノヴィアくらいだ。

 なら使える人間が持っていた方が有意義と言うものだろう。

 

「取り返しに来たらどうするんだ?」

「その時は……『聖書に記されし神』の不在でもぶちまけてやるつもりだ!」

「それは黙っていたいないと大変な事になるな」

 

 教会には神への強い信仰心を持った者が大勢いる。もしその者たちに知られたら教会の信頼は地に落ちるだろう。それどころか暴動すら起きかねない。

 そうなれば天使側は大打撃だろう。他の悪魔、堕天使側に隙を作る事になるだろう。それだけは絶対に避けたいはずだ。

 

「それじゃサーゼクスさんに頼んで学校への編入手続きをしてもらうか」

「私も学校に行くのか!?」

「当たり前だ。俺の眷属になるからにはバカでは困る。しっかり勉強して賢くなるんだぞ」

「うむ……日本語は難しいからな」

「そんな事はないと思うが?」

「そうか?だが、イリナは時々訳が分からない事を言っているぞ?」

 

 一誠はイリナがゼノヴィアに間違った日本語教えていた事に頭を抱えた。思い返してもイリナは幼少の頃からどこかズレていた。

 

「確かに日本語はひらがな、カタカナ、漢字とあるが慣れれば便利だぞ」

「そうか。分かった、がんばって覚えよう」

「そうしてくれ」

「お待たせ」

 

 一誠とゼノヴィアが話していると着替え終わったイリナが戻ってきた。三人はそのまま空港へと向かった。

 

 

▲▲▲

 

 

「ありがとねイッセー君」

「俺は自分に掛かる火の粉を払いのけただけだ」

「うん。イッセー君は私が思っている以上に強くなって驚いちゃった」

「生きる目標なんてものなんて簡単に見つかるさ」

「そうだね。そろそろ行くね……」

 

 イリナは荷物を持って登場口へと向かった。段々とイリナの背中が小さくなっていった。

 

「イリナ!今度は任務ではなくてプライベートで来いよ!」

 

 一誠の声が聞こえたイリナは大きく手を振り替えしてきた。そしてイリナの姿は完全に見えなくなった。

 

「俺たちも行くか」

「そうだな」

「戻ってサーゼクスさんに連絡しておかないと」

「イッセー。学校に行く前にアーシア・アルジェントに謝罪しておきたいのだが」

 

 イリナとゼノヴィアは日本に来た際にオカ研にいたアーシアへに対して罵声を浴びせたのだ。そこからアーシアに事情を知ったゼノヴィアはアーシアへの謝罪がしたかった。

 

「もちろんいいぞ。俺の眷属に正式になる前にしておけ」

「どうしてだ?」

「リアス・グレモリーは俺の事を嫌っているからな。俺の眷属と知られたら罵声を飛ばしてくるぞ」

「分かった。帰ったらすぐにしておこう」

 

 これまで散々な事をしてきた一誠をリアスはかなりよく思っていない。だからゼノヴィアが一誠の眷属だと知られたアーシアに会う事すら出来ない可能性が高かった。

 一誠はサーゼクスに連絡してゼノヴィアの編入手続きを頼み、ゼノヴィアはアーシアへ謝罪をしたのだった。

 堕天使コカビエルが起こした事件は無事に解決し、次なる物語へと進むのであった。

 

「その槍ではドラゴンは殺せないぞ?」

「心臓を穿てばどんな生物だって殺せるさ」

「ははっ!お前は最高だよ!」

「俺も君のような相手に出会えて嬉しいよ」

 

 白き龍の翼と金色の槍は互いの強さを確かめるべき全力にして本気で相手をするのであった。最強の神殺しを決めるべき二人の若者は持てる全てを出し尽くすのであった。

 



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男の子?いえ男の娘です

「冗談じゃないわ!」

 

 コカビエルの事件から一週間が経過した頃、オカ研部室にて部長のリアスの怒号が響いた。部室にはリアスを始め、グレモリー眷属にグレイフィアに一誠が集まっていた。

 ただし部室には大きめのダンボールが一つあり、ダンボールの隙間から誰かの目が覗いていた。

 

「どうしてギャスパーを彼に預けないといかないの!?」

 

 リアスが言うギャスパーとはダンボールの中で蹲っている人物の事だ。小猫と同じ一年で一樹やアーシアのグレモリー眷属の先輩になる。

 グレモリー眷属の中では一番の稼ぎ頭だったりする。普段は「開かずの間」と呼ばれる部屋に軟禁されているのだが、コカビエルの事件でリアスたちの評価が上昇して、今なら大丈夫と上層部の判断により軟禁状態を解除されたのだ。

 

「リアスお嬢様。これは魔王サーゼクス様のご命令です」

「でも!私の可愛い眷属をこの男に預ける必要があるの!?」

「それはお嬢様たちがギャスパー様の力を制御出来ていないからです」

 

 ギャスパーが軟禁されていたのはギャスパーの「神器」が原因だ。目に関する神器をもつギャスパーは神器を制御が出来ていないのだ。

 ギャスパーの潜在能力はグレモリー眷属の中でもトップだ。しかしギャスパーの精神が幼いのか、制御がロクに出来ていないで周りに被害が及ぶために部屋に閉じ込めていた。

 

「そ、そんな事はないわ!」

「イッセー様より報告を受けています。制御に進展がない、と」

「彼が嘘を言っているのよ!」

「ですのでここ二日ほど私自身で監視させてもらいました」

「…………」

 

 リアスはグレイフィアが監視していた事を言われて何も言えなくなった。一誠だけならまだ嘘だと言い切ればなんとかなると思っていたからだ。

 しかしグレイフィアにも見られていたとは思いもしかったリアスはぐうの音も出なかった。

 

「私やイッセー様のご報告を聞いて、サーゼクス様が下したのです」

「で、でも……」

「これ以上、我がままを言うのでしたら冥界に強制帰還も辞さないとサーゼクス様が仰っていました」

「そ、そんな!大学卒業までと話はついた筈よ!」

 

 ライザーとの婚姻が無くなって晴れて自由の身となったリアスは今度はきちんと両親と書面での約束を確約させた。

 

(折角、手に入れた自由なのに!)

 

 一誠から学んだ知恵だ。口約束では簡単に破られてしまう。ならきちんと書面に残そうと。そこでリアスは今度こそ、大学卒業までと約束させたのだ。

 

「早くしてくれないか?俺だって暇じゃないんだ」

「うるさいぞ!一誠!」

「ホント、お前っていつもキレいるよな?」

「だからうるさいんだよ!黙っていろ!」

「力の制御が出来ないからって俺に当たるなよ」

「このっ!」

 

 一樹は一誠に殴りかかろうとしたが、途中で動きを止めた。それは一誠から出ている殺気だ。濃厚であと一歩でも進めば殺されるのではないか。

 そんな事を考えさせるほどの殺気を放っていた。それに手を出すほど一樹はバカではない。ゆっくりと上げた拳を引っ込めた。

 

「多少は利口になった」

「この!」

「喧嘩を売る相手は選べよ」

「くっ……」

 

 一樹は乱暴に扉を開けてオカ研部室から出て行った。そして一誠はダンボールに近づいた。

 

「ギャスパー。お前はどうしたい?」

「ぼ、僕は……」

「このままダンボール生活をするか、俺の下で強くなるかだ」

「…………」

「暴走する力で周りに迷惑を掛けてきたんだろ?なら制御してみせろよ」

 

 ギャスパーはダンボールから出て来た。そして一度リアスの方を見た。これまでにどれだけの迷惑を掛けてきた分からない。

 

(このままじゃ……ダメだ!)

 

 ギャスパー自身も分かっていた。力に振り回されていてはこれまで以上に迷惑が掛かってしまう事に。いくらグレモリーが情愛の悪魔と言われていても迷惑でしかない存在を置いてくれるか分からない。

 

「よ、よろしく……お願いします」

「ああ、よろしく。それじゃ俺たちはこれで」

「ま、待ちなさい!」

 

 

 一誠はギャスパーを連れてオカ研部室をリアスの制止も聞かずに後にしたのだった。部室には何とも言えない重い空気になっていた。

 リアスは拳を乱暴に机を振り下ろした。そこには怒りが満ちていた。

 

 

▲▲▲

 

 

 オカ研部室を後にした一誠とギャスパーは屋上に向かっていた。そして屋上に着いた二人より先にここに来ている人物たちがいた。

 

「イッセー!」

「兵藤。遅かったな」

「ああ、待たせた」

 

 ゼノヴィアと元十郎の二人だった。ゼノヴィア駆王学園の制服に身を包んでいた。転校の手続きが終わり、今日からここの生徒になったのだ。

 そして元十郎に続き一誠の弟子となった。二人は一誠の後ろに隠れているギャスパーに注目した。

 

「兵藤!誰だよ、その可愛い子は!?」

「確かに可愛いな……抱きしめたいな」

「お前ら……」

「ひぃ!?」

 

 ギャスパーはグイグイと近づいてくる二人に持参したダンボールに隠れた。眼帯を付けたどこぞの傭兵のおっさん並みの速度で。

 

「落ち着け二人とも。こいつはギャスパー・ヴラディ。グレモリー眷属だ」

「どうしてグレモリー先輩の眷属がここにいるんだよ?」

「まさか連れ去ったのか!?」

「違うわ!しばらくの間、預かる事になったんだよ」

 

 一誠はゼノヴィアと元十郎にこれまでの経由を話した。そして話し終わって漸く納得した二人だった。

 

「それにしてもどうして兵藤だけ可愛い女の子にモテるんだ!!」

「匙……お前、何を勘違いしているんだ?」

「な、なんだよ……」

「ギャスパーは男だぞ?」

「はぁ?……はあぁぁぁ!?男!?」

 

 元十郎はギャスパーの事を凝視した。顔から足をマジマジと観察した。そして一誠を見て、詰め寄った。

 

「どう見ても女の子だろ!?」

「女装しているんだよ」

「どうして女子の制服を着ているんだよ!?」

「だ、だって……か、可愛いから」

「なんだよ、その理由は!?」

「男の娘と書いて「おとこのこ」と読む」

「そんなの聞きたくなかった!」

 

 元十郎は膝から崩れ落ちた。まさか可愛い女子が可愛い男子だった事にかなりのショックを受けたようだ。しばらくの間は動けないだろう。

 

「それでイッセー。ギャスパーをどうするのだ?」

「もちろん決まっている。やる事は一つだ」

「ひぃ!?」

 

 ギャスパーは自分に向ける一誠の笑顔に小さな悲鳴を上げてしまった。それだけ残酷で不気味な笑みだったのだろう。

 ギャスパーは少しずつ後ずさりして一誠との距離を空けようとした。

 

「ゼノヴィア。デュランダルを貸してくれ」

「ああ、それは構わないが……」

「サンキュー」

 

 一誠はゼノヴィアから聖剣デュランダルを借りて、ギャスパーに刀身を向けた。ギャスパーは目の前の剣が聖剣だと分かったのか、硬直してしまった。

 

「せ、聖剣ですか!?」

「ああ、それも切れ味抜群のな!」

「そ、それでどうするんですか!?」

「健全な精神は健全な肉体から……と、いう言葉がある」

「つ、つまり?」

「引き篭もって鈍った肉体を魔改造するんだよ!全力で走れ!」

「ひぃぃぃぃぃ!!?」

 

 一誠はデュランダルを揺るってギャスパーを強制的に走らせた。ギャスパーは斬られない必死になって走った。

 それから魔改造されたギャスパーがグレモリー眷属にとって最大の戦力になるのはまた別のお話だ。

 

「おいおい……今代の白龍皇は鬼畜だな」

 

 そんな一誠たちを一人のおっさんが物陰から見ていた。

 



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アザゼル総督襲来

 グレモリー眷属のギャスパー・ヴラディは走っていた。後ろから恐怖がやって来ているからだ。数日前にグレモリー眷属から一時的に別の人物に預かられる事になり、その人物にギャスパーは鍛えられている。

 その内容はあまりにも過酷であった。聖剣デュランダルを片手に残酷の笑みを浮かべなら追いかけてくる人物、兵藤一誠。

 グレモリー眷属の赤龍帝兵藤一樹の双子の弟で白龍皇である。そんな彼にギャスパーは暴走する神器をコントロールのためにトレーニングをさせられていた。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!?」

「さあ走れ!ギャスパー!そのもやしボディをボディービルダー並みに筋肉モリモリにしてみせろ!」

「そ、そんなの……無理ですぅぅぅぅぅ!!」

「泣き言言っている暇はないぞ!筋肉繊維が千切れるギリギリまで酷使しろ!」

「い、いやぁぁぁぁぁ!!?」

 

 この日もギャスパーは一誠に追い回されていた。近くにはゼノヴィアと元十郎が見守りながら自分たちのトレーニングに励んでいた。

 しかしギャスパーの悲鳴を聞いては集中する事が出来ないでいた。

 

「今夜もイッセーはスパルタだな」

「……そうだな」

「どうしたのだ?あまり元気がないように見えるが?」

「元気がない……それはそうだぜ。どうしてあんなにも可愛いのに男なんだよ!!」

「そこを気にしていたのか?」

「当たり前だ!」

 

 元十郎は涙を流しながら膝から崩れ倒れた。最初に見た時に女子かと思いきや男子だったと知った時のショックは元十郎にとんでもない衝撃を与えた。

 ギャスパーの性別を見分けられない自分に一誠が向けた哀れみの視線は今でも鮮明に覚えている元十郎だったりする。

 

「よし、五分休憩したら次のメニューにするぞ」

「はひぃ……はぁ……はぁ……し、死ぬますぅぅぅ……」

「安心しろ。一ヶ月後にはお前はさらに強くなっているさ」

「い、一ヶ月も続けるんですか!?」

「もちろん。続けなければ意味がないだろ?」

「そ、そんなぁ……」

 

 ギャスパーは一ヶ月もこの地獄が続く事に絶望した。今更ながらあの時に断っていればこのような地獄はなかっただろう。

 しかし選択したのは他ならぬギャスパーだ。自分の選択を後悔しても後の祭りだ。ここは腹を括るしかないが、ギャスパーは逃げ出そうとした。

 

「おっと。どこにいくつもりだ?」

「ぼ、僕はもう部長の下に帰るんですぅぅぅ!」

「そうか。ならそこに隠れている堕天使には気をつけろよ」

「……へ?だ、堕天使!?」

「ほれあそこだ」

 

 一誠は指差した。そこには誰もいないように見えたが、建物の影からゆっくりとスーツを着た40代そこそこのおっさんが現れた。

 ゼノヴィアと元十郎はすぐさま戦闘態勢になった。一誠とのトレーニングのおかげかすぐさま戦闘態勢にする事が出来た。

 

「ひょ、兵藤。このおっさんが堕天使なのか!?」

「ああ、間違いない。しかもコカビエル以上だな」

「マジか!?」

 

 ゼノヴィアと元十郎は臨戦態勢で構えた。まだ氣をそれほど感じ取れない二人では目の前の堕天使の実力を測る事はできない。

 一誠はそんな二人の前に出て、堕天使の相手をするためにデュランダルを構えた。

 

「お前は何者だ?」

「俺はアザゼル。堕天使どものボスをしている。アルビオン、久しぶりだな?」

『アザゼル。久しぶりですね……ですが、貴方と言葉を交わす事はしませんよ。ヴァーリを裏切った貴方とは』

 

 目の前の堕天使―――アザゼルは一誠と言うより一誠の内にいるアルビオンに話かけたがアルビオンはどこか怒りが篭った言葉でアザゼルとの会話を否定した。

 先代ヴァーリの件はまだアルビオンの中では終わっていない。育ての親でありながら最後はヴァーリを裏切ったアザゼルの事を恨んでいた。

 

「まったく痛い事を突くじゃないか……まあ、今回は兵藤一誠に用があるからな」

「俺に?」

「お前は何者だ?」

「兵藤一誠。高二の17歳の白龍皇で女の好きな部位は胸だ」

「あ、いや……そういう意味じゃなくて……」

 

 アザゼルは一誠の返答に思わず面食らってしまった。アザゼルとしてはもっと別の答えを予想していただけになんだか毒気を抜かれた気分になってしまった。

 アザゼルは一誠を真っ直ぐ見つめた。

 

「昨日、兵藤一樹に会ってきた」

「それで?」

「あいつは間違いなく元一般人だ。魔力は転生悪魔の中じゃトップ級だろう。ただそれだけだ。実践で使えなきゃ意味はない」

「ふ~ん……」

「兵藤一樹は素人だろう。しかしお前は違う。コカビエルと渡り合えるだけの実力を持っている。双子の兄弟でここまで違う事は可笑しいだろ」

 

 アザゼルは昨日、依頼人を装って一樹に接触した。その時、感じたのは『魔力だけは大きいが実践経験の欠ける元一般人」だが、一誠は違う。

 アザゼルの存在をすでに分かっており、実力で勝てない事を瞬時に見抜いた。それに臨戦態勢ではないが、隙がまったく無かった。

 同じ両親から血を分けた双子の兄弟でここまで差が出るものかとアザゼルは疑問に思っていた。もしかしたら一誠には自分も知らないような秘密があるのではないだろうか?と。

 

「俺と一樹の実力の違うがあるからと聞かれても答えられない。ただ、言えるのは俺は美学を持っている事だ」

「美学だと?」

「ああ、そうだ。己の人生のおいてこれだけは譲れない何かを俺は美学と思っている」

「それがお前らの双子の実力の差だと?」

「ああ、そうだ!」

 

 一誠は自信満々の顔で答えてみせた。しかしアザゼルはどこか納得がいかなかった。美学一つでここまで実力が違うのだろうか?

 だが、これ以上一誠に質問した所で納得のいく答えが得られるとは限らない。

 

「そうか……俺からアドバイスだ。そこの吸血鬼にお前の血を与えろ」

「血を?」

「そうだ。吸血鬼は血によって能力を発揮する。ドラゴンに体を食わせたお前の血なら最高だろうよ。じゃあな!」

 

 アザゼルはそれだけ言って帰って行った。ゼノヴィアと元十郎は臨戦態勢を解いた。二人は疲れがドッと来たのか、その場にへたり込んだ。

 ギャスパーは一誠の後ろに隠れて服を掴んでいた。殺気はなかったが、堕天使のトップが目の前に現れれば恐怖で固まってしまうだろう。

 

「それでどうする?ギャスパー」

「な、何がですか!?」

「このまま続けるか?それとも逃げるか?俺は強制はしない。選べ」

「ぼ、僕は……つ、続けます!」

「よく言った!まずは血だな」

 

 一誠は腕を龍化させて、少し肌を切り裂いて血を出した。それをギャスパーへと向けた。ギャスパーは顔を青くしていた。

 

「どうした?ギャスパー」

「ち、血ぃぃぃぃ!!?」

「……もしかして吸血鬼のくせに血が苦手なのか!?」

 

 ギャスパーは世界でも珍しい血が苦手な吸血鬼だったのだ。一誠は思わずギャスパーに哀れみの視線を向けた。

 

「いいから……とっと飲むんだ!」

「い、いやぁぁぁ!!?」

 

 逃げるギャスパーを一誠が追いかけて血を飲ませてトレーニングを続けるのであった。ちなみに一誠の血を飲んだギャスパーはうっとり顔になっていた。

 

「い、イッセー先輩の血……とってもまろやかでコクがあって美味しいです!」

「お前はどこのグルメリポーターだよ!?」

「もっと飲んでいいですか?」

「ならトレーニングをしろ!」

 

 一誠の血を飲みたいためにギャスパーは必死になってトレーニングを続けるのであった。動機は何にしてもギャスパーは今まで見た事のないやる気を見せていた。

 



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天使長ミカエルの贈り物

 この日、一誠はギャスパーのトレーニングをゼノヴィアに任せてある場所に向かっていた。数時間前にサーゼクスから連絡を受けて、『今から送る場所に向かってくれ』とだけ言って電話を切ったのだ。

 考えても仕方ないと思い、一誠は指定された場所に向かうのであった。ついた場所は神社だった。無宗教の一誠にとって縁遠き場所だ。

 

「はぁ……面倒だ」

「どうしてお前がここに居るんだよ!?一誠!!」

 

 一誠はため息を漏らした後に声のする方を向いた。そこには双子の兄である一樹が立っていた。ズカズカと一誠に近づいてきた。

 

「さっさと答えろ!どうしてお前がここに居るんだよ!?」

「俺はサーゼクスさんからの指示を受けて来ただけだ。文句ならサーゼクスさんに言え」

「サーゼクス様が?……どうしてお前なんかが」

「お待たせしましたわ」

「朱乃さん!」

 

 一樹が一誠がこの場所に居る事に苛立ちを感じていると神社からグレモリー眷属で女王の姫島朱乃が現れた。

 いつもの制服ではなく、神社の正装とも言える赤と白の巫女服を着ていた。一樹は巫女服の朱乃にかなり興奮していた。

 

「どうぞカズキ君……貴方もこちらですよ」

「そんな不満顔をするなよ。美人が台無しだ」

「貴方に美人だと言われても嬉しくありませんわ」

 

 朱乃は一誠に歓迎していないオーラをこれでもかと飛ばしていた。実際、朱乃は一樹がここを訪れる事に歓喜したが、同時に一誠も来る事に不満タラタラだったりする。

 それもそのはずだ。グレモリー眷属共通の敵を誰が歓迎なんて出来るものだろうか?そんな朱乃の事など気にしないで一誠は神社の中には入って行った。

 

「お待ちしていましたよ。赤龍帝殿、白龍皇殿」

 

 神社の中には金髪の男性が正座して二人を待っていた。ただし普通の男性ではない。背中には六対十二翼の翼があった。

 

「初めまして、私は四大セラフで天使長を務めている者、ミカエルです」

「ひょ、兵藤一樹です!」

「兵藤一誠」

「おい!一誠、ミカエルさんに失礼だぞ!」

「生憎、天使に下げる頭なんて持ち合わせていないんでね」

 

 目の前の天使―――ミカエルに対して一誠の態度が気に食わなかったのか一樹は怒りを露にした。だが、当のミカエルが気にしていない様子だったのか一樹はそれ以上、一誠に何も言わなかった。

 

「済みませんね。会談を前に会っていただいて」

「い、いえ!俺は暇なので」

「無駄話をしていないでさっさと本題に行こうぜ」

「お前は少しは目上の者に敬意を示せよ!」

「はん!嫌だね」

「このっ!!」

 

 一誠としてはさっさと話を終えてこの場から退散したいのだけど、一樹がまたしもその態度を気に入らずに怒りを露にした。

 その二人の様子を見て、ミカエルはどこか納得したような顔になっていた。

 

「報告通りに兄弟仲が悪いのですね」

「なんだ?態々呼び出して俺たちの不仲を見たかったのか?その顔、ブサイクになるまで殴るぞ?」

「不快にしたら謝罪します。申し訳ない」

 

 ミカエルの態度に一誠は変な気分になっていた。天使たちのトップの立つ者がこうも簡単に頭を下げている状況に。一誠は怒りを飲み込み、黙って座る事にした。

 少しの沈黙の後、ミカエルは一樹の方を向き一本の剣を差し出した。

 

「兵藤一樹殿。これを貴方に」

「これは?」

「聖剣アスカロン。ドラゴンスレイヤーの聖剣です。悪魔側から聖魔剣を何本か頂いてので。悪魔でも使えるように調整してありますから」

「あ、ありがとうございます!ドライグ、これ篭手に収納してくれ」

『分かった』

 

 一樹はミカエルから貰った聖剣を『赤龍帝の篭手』に収納した。剣先が篭手から出るようにした。まるで最初からそうればいいかのような動きであった。

 そしてミカエルは今度は一誠の方を向き、またしても一本の剣を差し出してきた。

 

「兵藤一誠殿にはこれを」

「これは……デュランダルか?」

「ええ、レプリカですけどね。教会で最近、作られたものです」

「生憎と俺はゼノヴィアのように空間魔法なんて使えないぞ?」

「それは大丈夫です。イメージしてください。腕輪を」

 

 一誠はミカエルから渡されたデュランダルを持ちイメージした、腕輪を。するとデュランダルが一誠の腕に腕輪として形を変えた。

 

「どうなっているんだ!?」

「それには『擬態の聖剣』の一部を混ぜているのです」

「ああ、だからか……質量保存の法則って知っているか?」

「そこは魔法なので」

「その言葉で片付くと思ったら大間違いだぞ!」

 

 大剣であるデュランダルが小さな腕輪になったのだ。一誠のツッコミはもっともだろうが、ミカエルは魔法の一言で片付けてしまった。

 一誠は何か言いたげだったが、言葉を飲み込む事にした。この手のタイプに何を言っても無駄だからだ。

 

「ならもう俺は帰っていいか?」

「ええ、構いません。その前に一ついいですか?」

「何だよ……」

「貴方は強い。その強さはどこで手に入れたのですか?」

「トレーニングで」

 

 一誠はそれだけ言って神社から出て行った。まるで文句を一切受け付けないぞ、と言わんばかりの態度であった。

 その事に一樹は何か言おうとしたが、一誠の姿はもうそこにはなかった。

 

「済みません。ミカエルさん」

「いえ、気にしていませんので。それでは私もそろそろ御暇しましょう」

「お気をつけて」

 

 ミカエルも一誠に続いて神社から出て行った。残されたのは一樹と朱乃の二人だけになった。しばらく沈黙の後、朱乃から一樹に抱きついた。

 

「どうしたんですか?」

「カズキ君に癒されたくて……」

「朱乃さん……」

「カズキ君……」

 

 一樹と朱乃は顔を赤くして少しずつ顔を近づけた。もう唇と唇が触れそうになった瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。

 そこには紅髪を逆立てたリアスが仁王立ちしていた。誰がどう見てもかなり怒っている。そして一樹に近づき、朱乃から引き離した。

 

「私のカズキに何をしているのかしら?朱乃」

「私のなんて、独占欲が強いのでは?リアス」

「私の眷属なんだからいいでしょ!」

「眷属は物ではないのですよ?」

 

 リアスと朱乃はお互いにガンを飛ばしていた。二人の間に火花が飛び散っている。魔力と魔力がぶつかり、周りに影響が出始めていた。

 そこで一樹が二人の間に割っては入った。流石の二人も一樹を前に魔力を引っ込めた。

 

「そこまでだ。リアスも朱乃も」

「カズキ!」

「カズキ君!」

「二人が喧嘩しないようにちゃんと相手するから」

「カズキが言うなら……」

「こちらとしてもいいですわ」

 

 リアスと朱乃はすんなりと納得した。二人が気にしていたのは一樹が気持ちがどちらかに偏るのを恐れていた。

 しかし一樹から相手にしてもらえるのら問題はなかった。三人はそのまま服を脱いで朝まで体を重ねるのであった。

 しかしそれで悪魔の仕事や会談の準備などを疎かにしてソーナにこってりと説教されるのはまた別の話だ。

 

「二人とも最高だったよ」

「カズキ……もっと私を満足させて」

「カズキ君……私も欲しいわ」

「ああ、任せておけ!」

 

 ソーナに説教された後に三人でこっそり抜け出して人気のない場所でまたしも体を重ねるのであった。

 悪魔、天使、堕天使の三大勢力の会談はもう目の前まで迫っていた。この会談が白龍皇と赤龍帝の未来にどのような変化をもたらすのかはまだ誰にも分かっていない。

 

「もっと喰わせろ!お前の強さを!」

「流石は見込んだ甲斐がある!」

 

 光翼と聖槍がぶつかり世界に変革を齎すのは神すらも分からないだろう。

 



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魔王サーゼクスとの密会

 悪魔、天使、堕天使の三大勢力の会談を目前に一誠はサーゼクスから呼び出されていた。場所は一誠が以前、サーゼクスと来た焼肉屋の個室だ。

 店員に案内されて個室に入ってみるとすでにサーゼクスとグレイフィアが来ていた。しかし格好がいつもと違っていた。

 サーゼクスは魔王ぽい服装ではなくサラリーマンのようにスーツを着て、グレイフィアはメイド服ではなく私服で髪を三つ網からポニテにしていた。

 

「やあ待っていたよ。イッセー君」

「ここに呼び出すとか何のようだよ?」

「まあ、座ってくれ。一先ず食べようじゃないか」

「……今回も奢りか?」

「もちろんだよ」

「なら遠慮なく」

 

 話を始める前に三人は焼肉を食べて腹を満たした。一誠は前回と同じ量を平らげた。サーゼクスは以前に見たのでそれほど驚かなかった。

 

「それでどうしてここに?会談の準備で忙しいじゃないのか?」

「もちろん忙しいよ。でもその前に君と誰にも知られずに話しがしたくてね」

「なるほど……」

「まずギャスパー君の事だけど、上層部が会談への参加をしないように言って来てね」

「それはそうだ。まだ完全に力を制御出来ていないんだぞ」

 

 ここ数日のトレーニングのおかげかギャスパーは自分の「神器」の制御が以前より格段によくなっている。だが、それでも人前に連れて行けるまでには早い。

 

「ギャスパー君の参加しないように言ってきたのは例のテロ組織に加担している者たちだ」

「それは話が違ってくるな……」

「恐らくギャスパー君の『神器』を利用してこちらの動きを封じるつもりなのだろう」

「確かに防戦一方になれば有利だな」

 

 攻めるより守る方が難しい。それも近くに人質がいれば下手に動く事は出来ない。いずれはジリ貧なって負けるだろう。

 しかし最初から相手の情報があり、対策出来ればやり方はいくらでもある。

 

「ギャスパー君が君の下にいる事はリアスたちを除けば、私にグレイフィア、ソーナ君だけしか知らない」

「そして当日、何も知らない間抜けたちはギャスパーの神器を利用しようとオカ研部室にノコノコやって来ると」

「ああ。来れば、上層部が情報を流していた事は明白だからね。会談と同時に彼らを拘束する準備を秘密裏に進めている」

 

 サーゼクスは今日までに着実かつ秘密裏で作戦を練って進めてきていた。全てはテロリストと繋がった者たちを一網打尽にするためだ。

 

「それで当日、会談に来るテロリストの首魁を生け捕りにしてもらいたい」

「俺の命が危うい時は?」

「それは君の命を優先してもらって構わない。だが、出来る限り生け捕りにしてもらいたい。情報を得たいからね」

「了解……頑張りますよ」

 

 本当なら情報は全てあるので生け捕りにする必要はないのだが、サーゼクスとしては慈悲を与えたいのだ。敵対する彼らと分かり合えないかと思っている。

 かつて敵対していたある女性悪魔と分かり合えたからだ。

 

「そうだ。渡すの忘れていたよ」

「なんだよ?」

「冥界で放送予定の戦隊もののパンフレットだよ」

「『龍天戦隊リュウオウジャー』……凄いな、アルビオン。お前、冥界で人気者になれるぞ」

『冗談ではないですよ!!』

 

 サーゼクスが一誠に戦隊もののパンフレットを渡してきた。そこには『白龍皇の光翼』や『赤龍帝の籠手』を装備したイケメンがポーズを決めていた。

 これは神滅具をモチーフにした冥界で放送予定の戦隊番組だ。まさか白龍皇の光翼が子供向け番組登場するとは思わなかった一誠は内心、笑っていた。

 一誠とは真逆でアルビオンは憤慨したい。本来なら恐れられる存在のはずが何をどうしたら子供に人気になるのだと言いたい。

 

「それにしても何だかな……」

「どうしたんだい?」

「いや、そっちの銀髪メイドが私服ってのが違和感で……」

「しょうがないさ。グレイフィアは今日は一応、プライベートだからね」

 

 プライベートならどうして連れて来た?とは一誠は言わなかった。そこまで深入りするつもりはないからだ。

 しかし気になる事があった。それは二人の左薬指に嵌められている指輪だ。

 

「そもそも既婚者同士密会とか浮気とか疑われるんじゃないのか?」

「何か勘違いしていないか?」

「何を?」

「私とグレイフィアが夫婦さ」

「…………はぁぁぁ!!?」

 

 一誠はサーゼクスの発言に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。それもそうだ。まさか二人が夫婦とは思いもしなかったからだ。

 

「ならどうしてメイドなんてやっているんだ?魔王の妻なら王妃だろ?」

「今の魔王の名と言うのは役職みたいものなのだよ。だから王族とはならないんだ」

「それでも魔王の妻だろ?メイドってのは可笑しいだろ?」

「私とグレイフィアの過去に関わってくる」

 

 サーゼクスは一誠に説明した。先代魔王が大戦で亡くなり、次の魔王を決めようとした。その際に魔王の血族を祭りたてる者たちとそれに反対した者たちがいた。

 サーゼクスは反対派の筆頭でグレイフィアは血族派だった。最初、二人は本気で戦っていたが、いつの間にかお互いに惹かれあうようになってしまった。

 そして今の政体になった時にサーゼクスとグレイフィアは結婚した。しかしグレイフィアは旧政体の筆頭だったゆえにそのケジメとしてサーゼクスの妻と同時にメイドとなった。

 

「……書籍か劇にでもしたら儲かるんじゃないか?」

「もう本や劇にはなっているよ。これが中々好評でね」

「……まったく何をやっているんだよ」

 

 一誠は何も言わない事にした。まさか過去のサーゼクスとグレイフィアの事が書籍化しているとは思わなかったからだ。

 するとサーゼクスが一冊の本を差し出してきた。

 

「これは?」

「さっき言っていた私とグレイフィアの話だよ」

「……マジか。前、中、後編となっているのか」

「ぜひ、読んでくるかな」

「気が向いたなら……」

 

 一誠はサーゼクスから渡された分厚い三冊の本を嫌な顔をしながら受け取った。まさか本を当人から渡されるとは想像も出来なかった。

 一誠はそのまま店を後にした。残されたサーゼクスとグレイフィアは〆の料理を頼んでいた。

 

「ふぅ……会談が終われば一息出来るよ」

「お疲れでしたね。サーゼクス」

「まったくだよ。ここ数ヶ月で数十年分の仕事をしたようだよ……」

「主にリアスの事ですね?」

「ああ……」

 

 愛すべき可愛い妹リアス。彼女を中心に起こった出来事は思い出すだけでも眩暈を起こしてしまいそうな事ばかりだ。

 赤龍帝を眷属にして、双子の白龍皇に出現、ライザーの婚姻破棄、コカビエルの聖剣奪取、異世界からの訪問者。

 上げればキリがないだろう。さらにはここに三大勢力の会談と来れば卒倒しても可笑しくはないだろう。

 

「さて、帰ってゆっくりしようか?」

「そうですね。その前に仕事は?」

「もちろん終わらせたさ」

「なら結構です」

 

 サーゼクスとグレイフィアは店を出て冥界へと帰った。グレモリーの屋敷にいる一人息子に会いに向かった。

 そしてその息子にこれまでの事を機密以外に色々と喋ってしまい、サーゼクスはグレイフィアからキツいお仕置きを受ける事になるのだけど、それはまた別のお話だ。

 ついに白き龍の皇帝と神を殺す槍を持つ者たちが出会う。戦いを求める若者である彼らは何を持って最強へと至るのかは誰にも分からない。

 しかしこれだけは言えるだろう。歴史が変わり、世界へと波紋を広げていく。

 



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三国志の末裔

 一誠はこの日、学校の屋上でぼんやりと空を眺めていた。今日は授業参観の日で両親が一誠と一樹を見に来ていた。

 一誠としては何も気にする事無く授業を受けているので代わり映えしなかった。これでも一誠の学力は上から数えた方が早かったりする。

 どうして一誠の学力が高いかと言うと馬鹿より勉強を教えられる男子の方がモテるからだ。過去に付き合っていた子達の学力は一誠に教わるようになって上がったりしている。

 

(来たか……)

 

 一誠は目的の人物が来たのを感じていた。後ろを振り返ると駆王学園の制服を着た人物が立っていた。日本人と言うより中国や韓国系の人種と思われる。

 見た目の年齢としては一誠より先輩だろう。その人物が一誠に近づいてきた。

 

「ここで授業をサボってもいいのか?」

「問題ないさ。まだ時間じゃない」

「そうか。それで何か面白いものでも見えるか?」

「面白いものは見えないけど、不法侵入者なら俺の側にいるぞ」

「酷いな。俺はここの生徒だぞ?」

「嘘を付くならもっとマシな嘘にしな」

 

 一誠は目の前の生徒がここの生徒でないと分かっていた。制服は間違いないく駆王学園のものだ。しかしそれを着ている生徒が違うのだ。

 

「君は全校生徒の顔と名前でも覚えているのか?」

「顔や名前は女子なら全員言えるが、男子は無理」

「女子はいけるのか……」

「ああ。それでお前の氣はこれまで学校で感じた事がない」

「氣……なるほど」

 

 一誠は一度、感じた事のある氣は忘れない。そして目の前の生徒の氣は今日まで感じた事がない。もしかしたら休みがちでなのかもしれない。

 しかしそれだと進級は難しいだろう。だからここの生徒の線は薄くなったのだ。そして一誠は目の前の男の氣を改めて感じてみると以前に感じた事のあるものだった。

 

「この氣は……さっきの言葉は取り消すぜ。お前の氣はコカビエルと戦っている時に感じた事がある」

「あの激戦の中で外に意識を向けるだけの余裕があるとは驚きだ」

「それでお前は一体何者だ?」

「三国志の末裔で曹操と言う。よろしく兵藤一誠」

 

 目の前の生徒もとい曹操は黄金の槍だ出現させた。それに対して一誠はデュランダルを腕輪から長剣に形を変えて、曹操に向けた。

 

『イッセー、気をつけてください。あれは「黄昏の聖槍」ですよ』

「聖槍……聖遺物、レリックってやつか」

 

 アルビオンが一誠に黄金の槍について教えた。あれこそが神の子イエス・キリストの心臓が穿った神を殺す槍だ。

 十三種神滅具の中でも上位に位置する神器だ。神はもちろん、悪魔や魔が付く者に絶大のダメージを与える事が出来る。

 しかし一誠は人間とドラゴンだ。悪魔よりダメージはないに等しい。

 

「それで?三国志の末裔が俺に何の用だ?」

「俺たちの仲間にならないか?」

「仲間だと?」

「俺は今、ある組織に身を置いていてね。そこで仲間を集めているんだ」

 

 もちろん一誠は曹操が言う「ある組織」について知っている。曹操の名前を聞いて以前に黒歌が教えてくれた名前だったのをすっかりと忘れていたのだ。

 

「生憎と俺は今のポジションが気に入っているんだ。今更どこか別の組織に身を置くつもりはない」

「そうか。それは残念だ……なら死んでくれ」

「俺の命は安売りした覚えはない」

 

 曹操は「黄昏の聖槍」で一誠の左胸を狙って突きを繰り出したが、一誠は腕輪状態たったデュランダルを盾にして防いだ。

 紛い物とはいえ聖剣だ、聖槍を防ぐには十分だ。それに一誠が氣を送り強度を強化していた。

 

「そんな物を持っているとは知らなかったよ!」

「天使長からの贈り物だ!」

「そうか!これなどうかな?」

「なんの!」

 

 一誠と曹操はお互いの得物をぶつけた。一誠はデュランダルを振るう度に形を変えていた。太刀から短剣、短剣から槍、槍から鞭と完全に一誠はデュランダル(模造品)を扱えていた。

 曹操も一誠に負けじと聖槍を振るっていた。突きからなぎ払い、なぎ払いから突きと狙う箇所を変えて攻めていた。

 

(まったく厄介だな……結構な実力者かよ!?)

 

 一誠は曹操の実力に驚いていた。年齢はそれほど変わらないはずだが、食らい付かれていた。それほど修羅場を掻い潜ってきたのだろう。

 

(まったく楽しいな。全力を出せるのは!)

 

 曹操は心から喜んでいた。これまで全力を出せる相手が居らず、聖槍の力を出し切れていなかった。だが、目の前の男は全力を出さなくてはこちらがやられてしまいそうな実力を持っていた。

 

「分からないな……」

「何がだ?」

「それだけの実力を持っているのに……兄である赤龍帝を倒さない?」

「…………」

 

 これまで何度も聞かれた質問だ。一誠にとって一樹は瞬殺出来るほど実力差がある。なのに今日まで一樹を倒そうとはしなかった。

 魔王の部下になったのはただの言い訳だ。理由ではない。

 

「確かに俺にとって一樹なんて瞬殺出来る。二天龍の運命ってもので家族を殺すつもりはない!」

「……家族の情か」

「ああ、そうだ。あれでも俺の兄なんでな」

 

 家族の情。これが一誠が一樹を倒さない最大の理由だ。運命に身を任せるなんて事は一誠の掲げる美学とは離れている。

 あくまで気高く美しい心をもって生きる。それが一誠の美学だ。運命の一つや二つで家族を手にかける訳はない。

 

「思ったより厄介だな」

「それが俺なんでな」

「―――イッセー!」

「兵藤!」

 

 一誠が笑っているとゼノヴィアと元十郎がやってきた。氣を探知出来るようになった二人は一誠の氣が大きくなったのを感じて急いできた。

 学校で一誠が本気で戦っているのだ。一大事と思い、二人は駆けつけたのだ。

 

「ゼノヴィア、匙。お前ら……遅い!」

「し、仕方ないだろ!途中で先生に捕まってしまったのだ」

「俺は生徒会の仕事がやっていたんだよ!」

 

 一声は二人が遅れた事を指摘した。ゼノヴィアは先生に捕まり用事を頼まれ、元十郎は生徒会の仕事をしていて遅れた。

 二人とも一誠と話しながら曹操を前にすでに戦闘態勢をしていた。曹操とは適切な距離を保っていた。

 

「一対三か……目的は果たしたから今日はここで退散させてもらうよ」

「逃がすと思うか?」

「では……」

「待て!……ちっ」

 

 曹操の周りにいきなり霧が現れて曹操を包む、霧が晴れると彼の姿はどこにもなかった。まるで神隠しでも目撃したのような状態だった。

 ゼノヴィアも元十郎も何がなんだか分かっていなかった。

 

『あれは「絶霧」ですね』

「神器なのか?」

『正確には「神滅具」ですよ』

「二つの神滅具の所有者は手を組んでいたか……」

 

 一誠はアルビオンから先ほどの霧について聞いて、戦闘態勢と解いて教室に戻った。その後、曹操と接触した事をサーゼクスに報告した。その際、サーゼクスは開いた口が塞がらなかった。

 それもそうだ。神を確実に殺せる神滅具が二つもあったのだから。しかも学園に侵入していたなんて、思いもしなかった。

 三大勢力の会談を前に学園の警備の見直しと強化が行われた。

 

「それで彼はこちら側には来ないと?」

「ああ、残念だよ」

「顔が残念がっていないように見えるが?」

「まあな……それで魔王派は計画を実行すると?」

「ああ、準備は終わっているようだ」

「なら高みの見物でもするか」

 

 曹操はローブを着た青年と自分が所属しているテロ組織のアジトで話しながら歩いていた。一誠の勧誘には失敗したのにその顔はどこか嬉しそうだったのを知っているのはローブの青年だけが知っていた。

 



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会談

 駆王学園の一室に魔王サーゼクスとセラフォール、天使長ミカエル、総督アザゼルの三大勢力のトップ陣が一同に集まっていた。

 他にもサーゼクスの眷属のグレイフィア、セラフのガブリエル、副総督のシェムハザがそれぞれのトップの後ろに控えていた。

 さらにリアスやソーナに彼女たちの眷属、一誠とゼノヴィアにギャスパーが会談が始まるのを今か今かと待っていた。

 

(ギャスパーが居るなんて、『原作』にはなかったぞ!?)

 

 一樹は『原作』ではいないはずのギャスパーが居る事に内心焦っていた。本来ならオカ研部室にてテロリストに捕まり、神器を利用されてこの場にいる者の動きと止める役割があるからだ。

 しかし現在ギャスパーは一誠預かりになっており、グレモリー眷属にはいない。もうその時点で『原作ブレイク』になっていた。しかし一樹は怒りでその事を忘れていた。

 

「時間だな。そろそろ始めようぜ」

「そうですね」

「こちらはいつでも構わないさ」

 

 アザゼルから始まり、ミカエルとサーゼクスが続いた。部屋の中の空気が先ほどより引き締まった。誰もが生唾を飲み込んだ。

 

「まずは俺の部下のコガビエルが迷惑をかけたな」

「それはこちらもです。教会で色々と思惑が巡っていたせいで事態がより複雑になってしまったのだから」

「それはこちらにも言える。身内の勝手な判断で天使と堕天使側に大いに迷惑をかけてしまった」

「後先考えない部下を持つと苦労するな」

「そうですね。今後はこのような事がないように徹底させますので」

「こちらも身内への指導を徹底させるつもりだ」

 

 会談はコガビエルの事から今回の事が二度と起こさないようへの対処などの話なった。謝罪もあったが、今後のついての話し合いになった。

 

「今回の事を踏まえて、俺は三大勢力での同盟を持ち掛けたい」

「我々がいつまでもいがみ合ってもいい事はありませんからね」

「変わる時が来たという事ですか?」

「それも時代の流れってやつだ」

「流れですか……いつまでも信者たちを騙すのにも疲れましたしね」

「まずは我々から変わりますか」

 

 アザゼル、ミカエル、サーゼクスの三人は同盟に向けて話し合いを始めるのであった。そして話がまとまるとアザゼルは一樹の方を向いた。

 

「兵藤一樹。お前はこれから何をするつもりだ?」

「そんなの決まっている!部長をレーティングゲームで頂点に立たせる事だ!」

「カズキ……」

 

 リアスの目標がレーティングゲームの頂点になる事だ。一位になる事で自分の実力を冥界全てに知らしめるのだ。

 一樹はその夢を手伝おうとしていた。『原作』の一誠のように独立は考えておらず、リアスを一位にする事しか考えていないのだ。

 

「兵藤一誠。お前はどうなんだ?」

「そうだな……最強かな」

「なに?それはどういう意味だ?」

「文字通りだ。先代が成し得なかった事をするまでだ」

「お前……」

 

 アザゼルは一誠の言葉を聴いて、背筋が凍るような感覚に陥っていた。一誠が見せる笑みに覚えがあった。

 昔、その笑みを見た事があったからだ。それだけではない。

 

(この雰囲気は……ヴァーリと同じ!?)

 

 かつて育てた半悪魔の白龍皇と同じだった。アザゼルは椅子から立ち上がり一誠に近づいた。

 

「お前は自分が何を言っているのか、分かっているのか!?」

「もちろん……俺と先代を同じように考えないで貰いたい」

「お前の発言を危険だと判断する者がいたらどうするんだ!?」

「最強になれば関係ないだろ?」

「それは……」

 

 確かにそうだ。いくら危険だからと言って命を懸けて倒すだけの価値があるかどうかは別の話だ。挑んだ所で死ぬのが確定している相手にわざわざ殺されに行く訳がない。

 

「それに準備はもう完了している」

「準備だと?一体……」

「それは後のお楽しみってやつだよ」

「本当に似ているな……」

 

 アザゼルは諦めたようで椅子に座り直した。どことなく一誠は似ていた。先代白龍皇のヴァーリに。だから何を言っても聞く耳を持つ事はないだろう。

 アザゼルには会った時から少し分かっていた。一誠がヴァーリと同等の戦闘凶だという事が。

 

「兵藤一誠の話は一旦置いておくか。同盟をするに当たって、話しておかないといけない組織がある」

「組織ですか?それは……」

「トップに居るのは無限の龍神だ」

「それは……!?」

 

 アザゼルの言葉にミカエルは言葉を失った。だが、サーゼクスは特に驚きはしなかった。その組織は一誠を経由して黒歌から情報を得ていたからだ。

 それもかなり詳しい情報を持っていた。そしてこれからその組織と関わった悪魔の捕縛が水面下で進んでいた。

 しかも知っているのは一誠を含めて数名しかしらない。

 

「まさかオーフィスが組織を作っているとは……」

「しかもその組織には堕天使や天使、悪魔に人間と色々な種族が関わっているようだ」

「まさか天使までも!?」

「堕天していないのが不思議だ。神の不在が原因だろうな」

 

 聖と魔のバランスは神と魔王がいたからこそ、成り立っていた。だが、今はどちらも不在になっている。サーゼクスは魔王だが、悪まで名を受け継いだに過ぎない。

 それで魔王とは言えないのだ。だからバランスが取れずに天使もそう簡単に堕天しないのだ。

 

「サーゼクスはあまり驚かないんだな?」

「その組織についてはある程度、情報を持っているので」

「ほぉ……俺でも組織の一部しか分からないのに」

「その組織に部下のスパイが潜入しているので」

「よく潜り込ませたな……」

 

 もちろん潜っているの黒歌だ。彼女は元々組織に所属していたので簡単に情報を得る事が出来た。黒歌が組織に入ってしばらく経つので怪しまれずに情報をサーゼクスに渡す事が出来たのだ。

 

「あとで詳しい情報を渡しますので活用してください」

「それはありがたい」

「ええ、助かります」

 

 アザゼルとミカエルがサーゼクスに軽く頭を下げた瞬間に爆発音が部屋の中に響いた。そして窓の向こうで黒い煙が上がっていた。

 

「あそこは……オカ研の部室!?」

「一体、誰が!?」

「始まったか……」

 

 リアスと朱乃は何が起こっているのか理解が追いつかなかった。だが、一誠は『白龍皇の光翼』を展開して、デュランダルのレプリカを太刀に変えて臨戦態勢を取っていた。

 一誠だけではないゼノヴィアもデュランダルを構えていた。

 

「ゼノヴィア、ここは任せた。ギャスパーを守れ」

「分かった。任せろ!」

「ギャスパー。ゼノヴィアから離れるな」

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 一誠は外に出る前にギャスパーにペットボトルを投げた。中身は赤い液体が入った。赤い液体の正体は一誠の血だ。

 

「ギャスパー。何かあればそれを飲め。いいな?」

「わ、分かりましたぁ!」

「さて、始めるか。テロリスト共!」

 

 一誠は飛んで行ってしまった。校庭には無数の魔方陣が展開されており、そこから次々と悪魔が現れた。

 三大勢力が張った結界をすり抜けてやってきたのだ。情報がどこかから漏れていたのだ。だから彼らは結界をすり抜けられた。

 

「魔王、天使長、総督を討ち取れ!!」

「かかれ!!」

「皆殺しにしろ!!」

 

 悪魔たちが次々とサーゼクスたちがいる場所に攻撃しようとした。だが、攻撃を放つ前に絶命した。一誠が目にも留まらぬ速さで切り捨てたのだ。

 

「悪いがこっちも仕事でね。とっと死んでくれ」

 

 白き龍が暴れて、この場に居る者たちを次々と屠っていくのであった。まるで先代白龍皇の再来のようであったと、のちにアザゼルが語るのであった。

 



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VSレヴィアタン

 カテレア・レヴィアタンはセラフォルー・レヴィアタンに対して激しい嫉妬をしていた。先代魔王の血族である自分を差し置いて、次の魔王になったからだ。

 これまでは血の繋がりを何より優先してきた。だが、最近の冥界は実力をより重視してきた。実力があるなら例え平民や転生悪魔でも上級になる事ができた。

 カテレアはそれが許せなかった。冥界を作ってきたのは四大魔王だと言うのに。それを忘れているかのような今の上層部に。

 だからカテレアは冥界を数名の部下と共に冥界を捨てた。かつての冥界を取り戻すために力を手に入れた。

 

(彼女の力があれば冥界を取り戻せる!)

 

 カテレアが言う彼女とは無限の龍神オーフィスだ。時代ごとに姿を変えている龍で現在の姿は黒ゴスロリの幼女の姿をしている。

 オーフィスの目的は次元の狭間にいるあるドラゴンを倒す事だ。カテレアはそのドラゴンを倒す事を条件にオーフィスに力を貸してもらっているのだ。

 しかしカテレアにオーフィスが倒そうとしているドラゴンは倒せない。そもそも誰もそのドラゴンに勝つ事は出来ないのだ。

 無限の龍神ですら勝てないのに勝てるはずもない。だけど、オーフィスを後ろ盾にしてテロ組織を作る事が出来た。

 

(仲間たちが集まった来た。今こそ、反撃の時!)

 

 戦闘員は十分な数が揃っている。それに堕天使コガビエルが事件を起こしてくれたおかげで三大勢力のトップが人間界に一同に集まる情報を得た。

 これほど条件がいい時は今までなかった。それに魔王サーゼクスの妹のリアスの眷属に利用出来る『神器』を持っている者が居たので利用しようとした。

 しかし利用は出来なかった。情報ではある部屋に居るはずった、半吸血鬼がどこにも居なかったのだ。カテレアは情報を寄越した上層部の悪魔に苛立ちを覚えた。

 

「ヴァンパイヤはどこに居るのですか!?」

「そ、それが……この部屋のどこにも誰も居ません……」

「くっ……やはりあの者たちを信用した私が馬鹿でした!」

「カテレア様、どうしますか?」

「計画は続行よ!魔王たちを襲撃する!」

「はっ!」

 

 カテレアは計画を続行する事にした。ここまで来て諦める訳にはいかない。それにこれほどの事をしておいてタダで済まされるとは思っていない。

 ならここは最後まで計画を実行する他ない。カテレアは魔王たちが居る部屋を見た。そして八つ当たりでオカ研部室を魔法で吹き飛ばしたのであった。

 

 

▲▲▲

 

 

「仕留めろ!」

「追い込め!」

「くらえ!」

「遅いんだよ!」

「だ、誰だ。一体……」

 

 カテレアは校庭に出て連れて来た者たちがたった一人に圧倒されている場面に遭遇した。白い翼にクリアブルーの羽に金色に光る聖剣を持つ少年が一人でこの場を圧倒していたいのであった。

 

(あれは……今代の白龍皇の兵藤一誠とか言う人間のガキか!情けない、たった一人にここまで好き勝手にさせるとは!)

 

カテレアは今代の白龍皇の少年一人に押されている部下たちに苛立ちを感じていた。カテレアはもちろん一誠の情報に目を通した。

 最近、覚醒したばかりの一般人の白龍皇。双子の兄が赤龍帝だという事以外、特に気にする事はないと思っていた。

 しかしどうだろうか?たった一人にここまで押されていた。カテレアは仕方なく部下たちの前に立った。

 

「調子に乗るな!白龍皇!」

「お前は……カテレア・レヴィアタンか」

「私の事を知っているようだな」

「ああ、俺のスパイがお前の所属している組織に居るんでね」

「何!?スパイだと!」

 

 カテレアは一誠からスパイの事を聞き驚きを隠せなかった。しかしどこか腑に落ちた事があった。それは情報ではオカ研にいるはずだった半吸血鬼が居なかった事だ。

 

(ハーフヴァンパイヤが居なかったのはそのスパイが情報を流した所為か!)

 

 カテレアは一誠やスパイに対する怒りが沸々と心の底から沸きあがって来るのを抑えられずにいた。カテレアは無数の魔方陣を展開して、そこから魔弾を放った。

 しかし一誠にとってカテレア程度の魔弾程度では掠り傷すら与えられないだろう。

 

「おっと!」

「このっ……当たれ!」

「嫌なだね!当ててみろ、下手くそ!」

「くそがっ!人間がっ!!」

 

 カテレアは一誠の挑発に簡単に乗ってしまった。怒りに任せて、次々と魔弾を放ったが一誠に当たる事はなかった。

 それがカテレアを苛立たせていた。そしてカテレアは懐にある物を見つめた。

 

(これは魔王たちとの戦いまで温存しておきたかったが……ここまで来て負けて帰るなんて出来ない!)

 

 カテレアは懐から試験管を取り出した。その中には黒い蛇が蠢いており、カテレアはその中の黒い蛇を口へと運び、飲み込んだ。

 

「な、なんだ?」

『イッセー。あれはオーフィスの蛇ですよ』

「オーフィスって例の無限の?」

『ええ、そうです。奴は自分の力の一部を他人に飲ませる事でその者の能力を強制的に引き出す事が出来るのです』

「ドーピングか!」

 

 一誠はアルビオンから蛇について聞くと警戒心を強めた。ドーピングがどのような物か理解しているからだ。今は弱くともドーピング一つで実力がヒックリ返る場合もあるからだ。

 オーフィスの蛇を飲んだカテレアは先ほどよりも確実に魔力の質と量が格段に上がった。もはや魔王級と言ってもいいだろう。

 

「その程度か?」

「何?」

「無限を司る龍の力と聞いてもっと期待したいしていたのだけど、正直ガッカリだ。今なら命まで見逃してやるから投降しろ」

「こ、このっ……人間風情が調子に乗るなよぉぉぉ!!」

 

 カテレアは一誠の余裕に怒りのパラメーターが振り切れた。魔力を全開にした。その魔力の波動に学校中のガラスが割れて砕けた。

 それだけカテレアの魔力が凄いのだろう。周りの者たちもカテレアから離れたが、一誠はどこか余裕を出していた。

 

「正直、魔力が無限になったとか龍化するとかなら驚いたかもしれないけど……所詮、お前は悪魔でしかない。そんなお前では人と龍を併せ持つ俺には勝てない」

「その減らず口がどこまで続くか見てやろうぉ!!」

「ああ、見せてやるよ。俺の本気を!」

 

 オーフィスの蛇を飲み込んだカテレア相手に一誠はオーラを全開にした。そのオーラは今のカテレアに負けてはなかった。

 

「アルビオン。調整は完璧だろうな?」

『もちろんですよ。いつでも行けますよ』

「そうか……ならこの場の全員に見せ付けてやろう!歴代最強の白龍皇の力を!」

 

 一誠は『白龍皇の光翼』の奥底に眠るある力の制御をずっと考えていた。そしてその制御が数日前に終わったのだった。

 そこからアルビオンが調整していた。そして今夜、ついにその力を試すチャンスが訪れたのだ。

 一誠が放つ無色だったオーラが段々、白く染まってきた。

 

「我、目覚めるは皇の真理を天に掲げし白龍皇なり!」

 

『ああ、始まる』『ええ、始まるよ』

 

「無限と夢幻すら超えて、真道を統べる!」

 

『無限と夢幻を超える』『覇道ではなく真道を』

 

「我、白き龍の皇帝と成りて」

 

『今こそ白い龍に』『今こそ真の皇帝に』

 

「汝らに誓おう!純白に染まりし世界の果てを見せると!」

 

『汝の進む世界に白き未来の輝きがあらん事を!』

 

 一誠が呪文を口にした瞬間、目を開けてられないほどの光がその場に満ちた。そして光が収まるとそこには白を超えて、純白の龍が立っていた。

 

「純白の白龍皇だ!さあ、始めようか?」

 

 



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純白の白龍皇

 そこに現れたのは白だ。穢れを知らない何もにも染まりそうで染まらない。そのような白だった。それが龍の形をした鎧になっていた。

 誰もがその白き美しさに見惚れていた。誰もが動きを止めて、その神々しい姿を目に焼き付けていた。

 

「な、なんだ!?その姿は!!」

「カーディナル・オーバー・ドライブ―――純白の白龍皇って所だな」

「しょ、所詮は見掛け倒しだ!」

「まったくこの力を理解出来ないとはな……」

 

 カテレアは今の一誠の姿に何故か苛立ちを感じていた。それは彼女がひと目見た瞬間に分かってしまったからだ。

 

(つ、強い!?ありえない!オーフィスの蛇で強化されている私よりも!)

 

 カテレアの苛立ちは一誠の実力がオーフィスの蛇を飲んだ自分より強いと感じたからだ。魔王の血族で無限の龍神の力の一部を取り込んだ自分よりも強い事に。

 それがカテレアが苛立ちを感じている理由だ。強くなったはずなのに自分より強い相手を目の前にすれば誰だって怒りを露にしてしまうだろう。

 

「まずは周りの掃除だな……」

『Half Dimension……DivideDivideDivideDivide』

「ぎゃぁぁぁ!!」

「く、空間が!?」

「に、逃げろぉぉぉ!!」

「い、いやだぁぁぁ!!」

 

 一誠は空間を圧縮して周りの悪魔たちの体の一部を潰した。周りの悪魔たちは何が起こっているのか理解出来ずに恐怖のあまり逃げるしかなかった。

 

「このっ!」

『Reflect!』

「なに!?がはっ!」

 

 カテレアが放った魔弾が一誠に当たるかと思いきやカテレア本人にそのまま跳ね返ってしまい、彼女は魔弾を自分自身でくらってしまったのだ。

 

「な、何をした!?」

「何って……反射しただけど?」

「は、反射!?」

「ああ。白龍皇には三つの能力がある。半減、圧縮、反射の三つだ。最初は二つだけだったけど、今では三つ全部使えるんだよ」

 

 アルビオンが『白龍皇の光翼』に封印された際に三つの内、一つに制限がかかってしまったのだ。しかしそれは覇龍を制御した際に制限が解除されたのだ。

 そして一誠は三つ全てを完璧に使いこなせている。周りにいた悪魔たちは圧縮で空間を潰しただけだ。

 

「カテレア・レヴィアタン。もう一度、言うぞ。投降しろ、そうすれば命だけは助けてやろう」

「ふ、ふざけるな!私はカテレア・レヴィアタン!私こそが真の魔王だ!」

「どこから来るんだ?その自信は……なら終わらせてやるよ」

「人間がぁぁぁ!!」

 

 カテレアは一誠に魔弾を放ち続けた。反射を使える一誠にとって中距離攻撃は最早効かない。しかし純血の悪魔が近接戦なんてできる訳もなく、カテレアはただ中距離攻撃をするしか選択肢がなかった。

 

「当たれぇぇぇ!!」

「よっと……もっとしっかりと狙ったらどうなんだ?」

「人間がっ!!調子に乗るなぁぁぁ!!」

 

 カテレアは魔弾を放ち続けた。しかし一誠には一発として当たらなかった。一誠の動きが早過ぎてカスリもしなかったのだ。

 カテレアはオーフィスの蛇で魔力は上がったが、それで戦闘に勝てるとは限らない。相手の出方、自分の魔力量、技の技術など戦闘はそれらを総合的にまとめて初めて戦いに勝てるのだ。

 しかしカテレアは頭に血が昇り、冷静な判断が出来ないでいた。そんな状態で一誠に攻撃を当てるのは至難の業だ。

 

「くそっ!どこに!?」

「―――後ろだよ」

「しまっ―――ぐふっ!?」

 

 カテレアは一誠を見失ってしまい、簡単に背後を取られてしまった。一誠はカテレアの背後から手刀で胃袋の当たりを突き抜いた。

 するとカテレアの魔力が小さくなっていった。カテレアは一誠の手に握られているものを見て驚愕した。

 

「オーフィスの蛇を!」

「この蛇で魔力を底上げしていたなら蛇を取り除けば、元に戻るのは道理だろ?」

「どうして蛇の位置が分かった!?」

「それはお前と蛇の魔力の波長が違っていたからだ」

「は、波長だと!?」

 

 カテレアとオーフィスの魔力の波長を感じ取れる一誠にとって蛇の正確な位置を見極める事など造作もない。だから手刀で腹を突いて蛇だけを取り除く事が出来たのだ。

 しかし魔力の波長など感じられない悪魔のカテレアにとって一誠が言っている事は理解出来ないでいた。

 

「何を訳の分からない事を!」

「そんな残念の頭では理解出来ないか……だから魔王になれなかったんだよ」

「人間がぁぁぁ!!死ねぇぇぇ!!」

 

 カテレアは蛇が抜けた状態での最大の魔力弾を一誠に向けて放った。一誠なら簡単に避ける事も防ぐ事も出来るのだが、一歩も動こうとはしなかった。

 そして魔力弾が一誠に直撃した。周りで見ていた者たちは一誠に注目した。そして砂埃が晴れた。そこには無傷の一誠が立っていた。

 

「そ、そんな……馬鹿な!?」

「所詮、借り物の力がないとこの程度か……いい加減諦めたらどうだ?」

「だ、黙れ!私……私こそが真の魔王に相応しいのだぁ!!」

「俺もそろそろ終わらせるか……」

「ひぃ!?」

 

 一誠はカテレアとの距離と一気に詰めた。そしてカテレアの頭を掴んで顔に近づけた。兜をスライドさせて顔を露出させた。

 そして一誠はカテレアの目を直視した。するとカテレアの様子が可笑しい。

 

「い、いやぁぁぁ!!?く、来るなぁ!あああぁぁぁ!!」

 

 カテレアは悲鳴を上げてそのまま気絶してしまった。周りの者たちは一誠が何をしたのか分かっていなかった。一部の者たちを除いてだが。

 

「な、何をしたの!?」

「威圧だ」

「アザゼル総督。威圧とは?」

 

 リアスの疑問に答えたのはアザゼルだった。アザゼルは一誠がカテレアに何をしたのか分かっていた。

 

「ようは自分の方が強い事を分からせたんだよ」

「それだけで?」

「それだけって……ただ視線を合わせただけでそれが出来るんだぞ?どれだけ修羅場を潜って来たんだよ、あいつは」

「…………」

 

 リアスは黙るしかなかった。カテレアは決して弱い悪魔ではない。魔王の血族してそれなり教育を受けており、リアスやライザー程度ではギリギリ足元に及ぶ程度だ。

 それなのに一誠は威圧だけでカテレアに自分の方が強い事を分からせたのだ。リアスは下唇を強く噛んだ。

 

(まだまだ実力を隠していると言うの!?カズキの方が強いはずなのに!!)

 

 リアスはまだ一樹の方が強いと信じて疑っていなかった。ポーンの駒を全て使って転生したのだ。この程度とは思っていない。

 しかし当の一樹は一誠の実力に恐怖のあまり震えていた。

 

(冗談じゃない!どうしてあいつが『覇龍』をコントロール出来ているんだ!?)

 

 『原作』の一誠やヴァーリでもかなり手古摺っていたはずなのに。ここでは一誠はおろかヴァーリも『覇龍』を制御出来てはいなかった。

 それを一誠はやってしまったのだ。一樹の一誠の対しての殺意がどんどん膨れていた。その後、魔王の部下たちによって事態は収束した。

 そして会談は同盟を結ぶ事で終わり、細かい取り決めは後日となり解散となった。その後、この会談を『駆王同盟』と呼ばれるようになり、白龍皇イッセーの名が各勢力に一気に広まるのであった。

 

「イッセー!死ねぇぇぇ!!」

「誰かを倒すのに技がいるが、誰かを殺すのに技は必要ないんだよ」

「俺が主人公なんだよぉぉぉ!!」

「そんな事、知るか!」

 

 会談は終わり、物語は次のステージへ進むのであった。白き龍の皇帝と赤き龍の帝王がぶつかる時、物語は誰もが予想出来ない未来へと進むのであった。

 



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トップ陣は苦悩しています

「ふぅ……ありがとう。グレイフィア」

「いえ。しばらくは多忙になりますね」

「そうだね……」

 

 サーゼクスは冥界にある魔王の執務室でグレイフィアが炒れた紅茶を飲んで気分を落ち着かせていた。サーゼクスの目の前には大量の書類が積み上げられていた。

 これほどの多忙なのは三大勢力の会談である『駆王同盟』を結んだためだ。各部署との細かい取り決めてをしているといつの間にかここまで書類が積み上がったのだ。

 それでも数日前の半分まで減ったのだが、それでももう数日は缶詰をしなければならいだろう。

 

「それでグレイフィア。イッセー君の事はどうなっているんだい?」

「はい。もう冥界、天界、人間界でかなり噂が流れています」

「そうか……会談の事は公開してまだそれほど経過していないんだが……」

 

 会談で『覇龍』を制御してみせた一誠の話は各勢力で持ちきりであった。歴代の誰もが成し得なかった事をしたのだ。

 特に冥界ではサーゼクスの評価が上がっていた。歴代最強の白龍皇を部下にしたのだ。それに先代魔王の血族のカテレアを倒した事も評価を上げる要因の一つだ。

 逆にリアスの評価は下がっていた。赤龍帝が眷属にいながら何もしないまま終わってしまったからだ。

 

「リアスが大人しくしているといいのだけど……」

「そうですね。これと言って報告は上がっておりません」

「そうか……夏休みまで何もしなければいいのだが……」

「十分、注意するように言ったので大丈夫かと」

 

 癇癪持ちのリアスがこのまま大人しくしていると思えなかった。特に一樹を眷属にしてからは癇癪が強くなった気がするから気が抜けない。

 それが最近のサーゼクスの悩みのタネだ。しかしサーゼクスの心配と逆にリアスは大人しかった。

 

「グレイフィア。この書類をミカエル殿とアザゼル殿に」

「承知しました。届けますので、こちらの書類に目を通しておいてください」

「分かったよ……はぁ……」

 

 まだ大量に残っている書類にサーゼクスはため息を漏らした。まだまだ書類は残っている。だが、半分は終わっているのだ。

 もうひと頑張りとサーゼクスは気合を入れて書類に目を通した。それは例のテロ組織にいる、神器・神滅具の所有者のリストだ。

 

(上位神滅具が三つもあるとは対処しづらい……)

 

 確実に神を屠れると言われる神滅具だ。何とか戦いではなく話し合いで済めば、それでいいのだけど。それでは済まないからテロリストになったのだろう。

 サーゼクスは冷めてしまったグレイフィアが淹れた紅茶を飲み干しのだった。

 

 

▲▲▲

 

 

「ミカエル様。悪魔側から書類が来ました」

「ありがとうガブリエル」

 

 天界で天使長のミカエルがガブリエルから悪魔側来た書類を受け取って内容を確認していた。彼の仕事机には様々な資料がズラリと並べてあった。

 ヴァチカンの教皇や司教から笑顔をチラつかせて強引に出させた資料だ。教会が天界に黙ってやってきた実験などの書き記されていた。

 本当なら当事者を追放したかったが、今は同盟の事で後回しになっている。しかし今、ミカエルが気にしているのは別の事だ。

 

「ミカエル様。兵藤一誠についてですが……」

「何か分かりました?」

「いえ、これと言って……特別な血筋でもなければ英雄の血を継いでいる訳でもないのに……『覇龍』をコントロールするなんて……」

「そうですね……歴代いや神滅具を持つ者で初と言ってもいいでしょう。だから彼には他の者にはない何かがあると思ったのですが……」

 

 歴代の宿主では出来なかった事をやった少年が気になりミカエルはガブリエルに極秘に調査させたが、思った成果は得られなかった。

 だからこそ益々謎が頭の中をグルグルと回ってしまっていた。特殊な家でもなければ英雄の末裔でもない。

 

「そんな少年がたった数ヶ月で……」

「ですが、これ以上は調べようがありません」

「分かりました。そちらの調査は終わってください」

 

 ミカエルは一誠の事は諦める事にした。そしてガブリエルにある資料を渡した。それは悪魔側から送られた例のテロ組織についてのものだった。

 そこにはテロリストに協力している者たちの名前が書かれていた。これを放置しする事は天使長として出来ない。

 

「この者たちを早急に調査してください。極秘にお願いします」

「分かりました。お任せください……では失礼します」

 

 ガブリエルは部屋から出て行った。ミカエルだけが部屋に残った。そして一誠の資料に目を通した。しかし可笑しな点はどこにも無かった。

 だからこそ怪しい。怪しくないから怪しい。しかし調べても何も出て来ない。

 

(誰かが意図的に隠している?もしくは当人が……それは無いですね)

 

 ミカエルは第三者の存在を疑っていた。あれだけの実力を持つ一誠を今まで気が付かなかったなんて事は有り得ない。

 急に実力が付いた訳でもないのに。ミカエルは一誠の事を考えるのを後回しにして同盟の事が書かれた資料に手を伸ばした。

 この同盟が間違いではなかったと願っていた。

 

 

▲▲▲

 

 

「アザゼル。入りますよ……居ない、どこに?」

 

 冥界の『神の子を見張る者』の本部の総督室に副総統のシェムハザが資料を片手に入ってきた。だが、部屋に居るはずのアザゼルがどこにも居なかった。

 そして仕事机の上に小さなメモを見つけた。そこには『サーゼクスの妹の学校に行って来る』と書かれていた。

 

「はぁ……アザゼル」

「シェムハザ。どうした?」

「バラキエル。アザゼルが逃亡しましてね……」

「いつもの事だな……」

 

 総督室にシェムハザに続いてバラキエルが入ってきた。二人はアザゼルに振り回されている。昔からの付き合いがあるので今更なのだが、どうしてもため息を漏らしてしまう。

 

「シェムハザ。それは兵藤一誠の資料か?」

「ええ、そうです。アザゼルに改めて調査したのですが、何も出てきませんでした」

「コカビエルを一人で倒すほどの実力者だぞ?一人で強くなったとは思えないが……」

「ええ。ですから師匠がいると思ったのですが、影も形もありませんでした」

 

 人間の少年が人外と対等以上に戦えるには誰かが師匠として鍛えていると思ったシェムハザはそこを調査したが、何も出て来なかった。

 だから謎に謎が掛かり、調査を難航させていた。一体誰が兵藤一誠をあれほど鍛えたのか。いつから強かったのかが、まるで分からなかった。

 

「本人に聞くか、魔王が知っているのではないか?」

「本人に聞いて話してくれるか……魔王が知ってとは限らないでしょう……」

「そうか……話は変わるが例の悪魔の女との事はアザゼルに話したのか?」

「話す以前に知っていましたよ。まったくどこから……」

 

 シェムハザが話す前にアザゼルはもう知っていたのだ。プライバシーもあったものではない。しかし逆にそれでよかったかもしれない。

 おかげでスムーズに話を進められたのだから。アザゼルは全てを聞いてよく話してくれたと言っただけだった。

 悪魔と繋がっていた事を咎める事はしなかった。

 

「アザゼルを連れ戻すのを手伝ってくれますか?バラキエル」

「ああ、構わない。奴にはしっかりと仕事をして貰わないと」

 

 シェムハザとバラキエルは人間界に向けて飛んだ。そこで学校でオカ研の顧問になったアザゼルを連れ戻すのであった。

 そして数日の間、シェムハザはアザゼルを総督室に缶詰にしたのは言うまでもない。

 



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改築じゃなくて魔改造だろ!?

 7月下旬、駆王学園の生徒たちにとって最高な日々の始まりの夏休みがやってきた。家族と旅行で海や山に行く者がいれば、どこにも行かずに家でゴロゴロしている者もいるだろう。

 そして夏休みに入って一誠はゼノヴィアや黒歌などの眷属たちと実家に戻ってきていた。一人暮らしをする際に両親との条件が長期休暇になれば実家に絶対に帰ってくる事だった。

 はっきり言って一樹の事を毛嫌いしている一誠としては学校以外で顔を合わせたくないのだけど、この時だけは帰省する。

 一誠は別に両親を悲しませたい訳ではない。だから帰省する際には一樹がいないであろう昼過ぎにしていた。

 

「…………住所はあっている。これはどういう訳だ?」

 

 一誠はある家の前で絶句していた。そこは本来二階建ての一軒家が建っているはずだったのだけど、今は金持ちの豪邸が建っていた。

 面積も左右の家を潰して伸ばしているのは明白だった。住所を何度も確認したが、間違いなかった。ここは兵藤家だ。

 

「それはそうと……お前は誰だ?」

「初めまして白龍皇。おれっちは美猴。孫悟空の末裔さ!」

「あの西遊記の?」

 

 一誠は目の前の人物が有名な天竺を目指した猿の末裔とは思いもしなかった事に驚いていた。表情は変わっていないが。

 

「そうだぜ。おれっちも仲間に入れて欲しくて来たんだぜ」

「もしかして『禍の団』のテロリストか?」

「そうだぜ!」

「孫悟空の末裔がテロリストとか世も末だな」

「おれっちは初代と違って楽しい事をしていたいのさ」

「なるほど……」

 

 初代は最初暴れ猿だったが、天竺に行った事で改心したのだろう。しかし天真爛漫な性格は子孫に受け継がれていたようだった。

 一誠は『悪魔の駒』のルークを美猴に投げた。美猴はそれを見事キャッチした。

 

「なら頼むぜ。言っておくが雑魚は俺の眷属にはいらないぞ。美猴?」

「楽しませてくれそうだな。白龍皇は」

 

 一誠は改めて仲間になった美猴を連れて家の中へと入った行った。門を抜けて最初に目に入るのは大きな庭だった。はっきり言って一般家庭の兵藤家には広すぎる庭だった。

 

「親父!お袋!居るか!?」

「お、一誠帰ってきたか」

「あら一誠お帰りなさい」

 

 玄関で両親を呼ぶといつもと変わらない両親の姿がそこにはあった。一誠は一先ず胸を撫で下ろすのであった。そして両親に近づき問い詰めた。

 

「この家はどうしたんだ!?」

「この家か?実はリアスさんのお父様が建築関係の仕事をしているらしくてな」

「無料でリフォームしてくれたのよ。一晩で」

「起きたら豪邸になっていた時には驚いたものさ」

「でもちょうど良かったわ。家のリフォームを考えていたから」

「一晩で家がリフォーム出来る訳ないだろ!?」

 

 一誠は叫ばずにいられなかった。そもそも家を豪邸にするのに一晩では時間が足りない。それに寝ている人間がいる中でどうリフォームしたのだ?

 そんな事が出来るのは四次元ポケットを持った未来ロボットの青タヌキくらいしか無理だろう。

 

「それにこれはリフォームではなく魔改造だ!」

「そうなのか?一樹やリアスさんが何も言わないから気にしなかったよ」

「最新技術なら可能じゃないの?」

「二人とも……一晩でリフォームなんて未来から来た猫型ロボットにでも頼まないと無理だよ」

 

 一誠は両親の器の大きさに改めて驚かされた。某アニメの猫型ロボットでなければ無理なリフォームをすんなりと受け入れたのだから。

 一誠はにはここまで魔改造された家を見たらツッコミを入られずにはいられないかったのに。

 

「それで一誠。後ろの方たちは?」

「もしかして一誠のお友達!?」

「まあ……そんな感じでいいよ」

「一誠が友達を連れてくるなんて!母さん、今夜は晩ご飯を少し豪華にしよう!」

「そうね!中学生からあまち友達を連れてこなくなって……心配していたのよね!」

「おい!」

 

 一誠は中学生の途中から友達などを家に連れてくる回数が減ってきたのを両親は心配していた。実際には放課後に修行しており、連れて来なかっただけなのだけど。

 それを知らない両親は一誠が友達も出来ないボッチだと勝手に勘違いしていた。実は一誠は学校では交友関係は広い方だったりする。

 女子に人気でデートなどをしたりしてその後、別の男を紹介するから学校で知れない生徒の方が少ない。

 

「おっ!イッセー、来たか」

「アザゼル?どうしてお前がここに?」

 

 一誠たちの目の前に堕天使たちの総督のアザゼルが現れた。格好はスーツを着ており、落ち着いた雰囲気を出していた。

 最近、オカ研の顧問になった事は知ってはいた。しかしどうしてアザゼルがここに居るのかが一誠には分からなかった。

 

「リアスとカズキは地下に居るぞ」

「地下?この家、地下もあるのか!?」

「ああ、トレーニングルームだ。リアスたちはそこで修行している」

「気配が感じなかったから居ないものと……」

「結界で振動などを地上に行かないようにしているからな!」

 

 一誠は地下に意識を向けた。確かに結界があったが中の気配はまったく探知する事出来なかった。それだけ気配を遮断するのに適した結界という事だろう。

 

「イッセー。一つ頼みがあるんだが」

「何だよ?」

「お前の実力が知りたいんだ。ちょっと相手をしてくれないか?」

「別にいいが……」

「よし!地下に行くぞ!」

 

 一誠はアザゼルに連れてて地下に行く事になった。一誠としてもアザゼルを相手にどこまでやれるか知りたかったので文句はなかった。

 

 

▲▲▲

 

 

「どうして貴方がここに!?」

「はぁ……引き受けるんじゃなかった」

 

 一誠は地下に降りてすぐに嫌な相手に会ってしまった。リアスだ。最初に玄関で気が付くべきだった。どうして家をリフォームしたのか。

 それは大人数では手狭なだからに決まっている。ではその大人数とは誰なのかを察するべきだった。

 この地下にグレモリー眷属が集合していた。彼らが兵藤家の居候なのだろう。

 

「あ、イッセーさん」

「よお、ギャスパー。元気にしているか?」

「は、はい!僕、がんばっています!」

「そうか」

 

 現在、ギャスパーはグレモリー眷属に戻っていた。一誠がこれ以上、自分の下に居なくても大丈夫と判断してギャスパーをリアスに返したのだ。

 

「私を無視するな!どうして貴方がここに居るのと聞いているのよ!?」

「ここは俺の実家だぞ?帰ってきて何が悪い?」

「悪いわよ!ここはカズキと私たちの家なのよ!」

「勝手に人の家を魔改造しやがって、調子になるなよ駄乳め。頭への栄養が胸ばかりに行くんだぞ」

「なんですって!!?」

 

 一誠とリアスは顔を合わせただけで一触即発になっていた。すると眷属たちが集まってきた。その中で一樹と朱乃だけが一誠に殺意の視線を向けていた。

 一誠はそんな小物の殺気なんて受け流していた。むしろ一誠は一樹と朱乃に向けて鼻で笑ってみせた。

 二人は今にも爆発しそうに顔を真っ赤にしていた。

 

「ちょっと待てお前ら!」

「アザゼル!どうして彼をここに連れてきたのよ!」

「それはイッセーとカズキの実力を確かめるためだ」

「それって……」

「ああ、ここで二天龍の戦いをしてもらうのさ」

 

 兵藤家の地下で今、伝説の二天龍の戦いが始まろうとしていた。果たして勝つのは悪魔に転生した兄の赤龍帝か、異世界に転移した弟の白龍皇か。

 戦いの幕はアザゼル総督によって開かれたのであった。



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土砂降りでも地は固まらず

 兵藤家の地下のトレーニングルームで一誠と一樹は視線を交わしていた。アザゼルの提案で二人の実力を測るために戦う事になったのだ。

 グレモリー眷属にイッセー眷属の皆は戦いが始まるのを今か今かと視線を向けていた。一樹も始まるのを体操をしながら待っていた。

 しかし一誠は腕を組んで欠伸をしながら待っていた。それが一樹の神経を逆なでしていた。

 

「おい!ふざけているのか!?」

「何が?」

「戦うのに欠伸をする奴が居るか!?」

「戦い?俺とお前で成立すると思っているのか?」

「このっ!!」

 

 一樹は一誠に殴りかかろうとしたが、押し留まった。一度落ち着いて気持ちを切り替えた。一樹は馬鹿ではない。

 これまで感情に任せて一誠に向かって返り討ちになっている。冷静になって戦えば勝てるはずだと一樹は考えたのだ。

 

「それじゃ……始め!」

「くらえっ!!」

「おっと」

 

 アザゼルの開始の合図と同時に一樹は一誠に殴りかかった。一誠は一樹の攻撃を簡単に回避した。一樹は冷静を保ちながら一誠に攻撃を続けた。

 しかしいくら攻撃しても一誠には掠りもしなかった。それだけ一誠の回避速度が一樹の攻撃速度を上回っているという事だ。

 

「くそっ……いい加減、当たれ!」

「遅いのが悪いだろ。もっと早く攻撃出来ないのか?」

「このっ……」

「一発でも当てたら反撃してやるからよ」

「くそがっ!!」

 

 一樹は一誠の言葉に怒り任せに攻撃し始めた。そして段々と動きにムラが出始めた。もちろんそれを一誠は見逃さなかった。

 大振りになった攻撃にカウンターで蹴りをお見舞いしてやった。一樹は面白い具合にふっ飛んで行った。

 

「がはっ!?」

「おおぉぉ~飛んだな」

「このっ!」

「どうした?さっきより遅いぞ」

「黙れ!くそっ!」

 

 一樹は苛立ちから冷静である事をすっかり忘れていた。ただ一誠に攻撃を当てる事しか考えていなかった。

 しかし経験の乏しい一樹の攻撃を避ける事なんて、一誠にとって朝飯前だった。しかも腕を組んで足だけしか使っていなかった。

 

「こうなったら……うおおおぉぉぉ!!」

「お前、それは……」

「ここからが本番だ」

「赤い龍に体を売ったんだな」

 

 一樹の体は赤い鱗に覆われていた。一樹は一誠に勝つためにドライグに体を全て売ったのだ。一誠と同じように。

 

「しかしいいのか?それではまともな人間の生活は出来ないんじゃないか?」

「ふん!部長と朱乃さんが吸い出してくれるから問題ない!」

「なるほど……」

 

 体に溜まった龍の力はリアスと朱乃が吸い出す事で人間に戻る事が出来る。一樹としても二人とイチャイチャ出来るので体を売る事はそれほど抵抗がなかった。

 

「女にしてもらうとか情けないな……」

「調子に乗るなよ!!無能がっ!!」

「俺に才能が無いのは最初から分かっている」

「とっと失せろっ!!」

 

 一誠はアレイザードで自分に才能がないのを痛感した。だから努力する事にした。自分の取り柄と言えは粘り強さだけだ。

 なら才能すら凌駕するほどの努力を続けたらそれは才能と言えるだろう。だから一誠は一樹に強気でいられる。実際に強いので。

 

「くそっ……どうして!どうして!お前なんだよ!!」

「何がだ?」

「俺こそが主人公なのに……お前ばかり活躍する!」

「くだらないな……」

「なんだと!?」

「お前が俺の何が気に入らないかと思えば、そんなくだない事だったとは……」

 

 物心付いた時から一誠は一樹から嫌われているのを感じっていた。遊びに誘っても足蹴にされるし、家に居ても一言も話さそうともしない。

 だからアレイザードに行くまで仲良くしようと努力して来た。10年近く挫けずに誘ってきた。しかし一樹が誘いに乗った事は一度もなかった。

 

(その理由が主人公がどうとか笑えてくる……)

 

 一誠はただ呆れるばかりだった。一樹が自分の事を主人公だと勘違いしていた事に内心、笑っていた。もちろん哀れんでだ。

 

「来い一樹。お前が勘違い野郎だと教えてやるよ。弟の慈悲としてな」

「くそがっ!!ウザいんだよ!!この世界は俺のためだけの世界なんだよ!脇役以下のクズはさっさと消えろぉぉぉ!!」

「それはお前の事だろ?」

「一誠ぃぃぃ!!」

 

 一樹は一誠の挑発に乗って真っ直ぐに向かった。そして怒りに任せて攻撃をしたが、一誠にはどの攻撃も当たる事はなかった。

 一誠は一樹の攻撃を紙一重で避けて体力を節約していた。それに対して一樹は怒りに任せているのでフォームもあったものではなかった。

 だから体力がどんどん減っていた。体からは大量の汗が流れていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「どうした?もう息が上がったのか。体力を鍛えたらどうだ?」

「だ、黙れ!はぁ……はぁ……くそっ……どうして当たらないんだ!?」

「それはお前がアホだからだよ」

「何だと!?」

「怒りに任せて攻撃をするから体力を無駄にする。もっと節約しろよ、アホ」

 

 一誠は戦う中で常に冷静でいる事を心がけている。それは周りを見ずに戦い、アレイザードで大きな失敗をしてしまったからだ。

 その時はレオンたちがフォローしてくれたが、ここではそうもいかない。だから一誠は常に周りを見ながら戦うようにしているのだ。

 どこで決めるか、相手の攻撃をどう避けるかなどを常に考えている。それに対して一樹はただ力で捻じ伏せる事しか考えていない。

 

「くそがっ!俺が主人公なんだよ!主人公は最強なんだろうがっ!!」

「はぁ……幼稚な主人公だな。努力をしない者が主人公になれる訳ないだろ」

「黙れぇぇぇ!!」

「ふん!」

「がはっ!?ぐぇ……」

 

 一誠に突っ込んだ一樹は腹に強烈な一撃を食らい、膝から崩れた。すると一誠はアザゼルの方を向いた。

 

「アザゼル!もういいだろ!?」

「……ああ、手間を取らせたな」

「俺はもう行く……そこで寝ている奴が起きたら伝えておいけ。死にたくなければもっと強くなる事だな」

「分かった。伝えておく……」

 

 一誠はそのままゼノヴィアたちを連れて兵藤家の地下のトレーニングルームから出て行った。一誠が去ると一樹の下にリアスたちが駆け寄ってきた。

 

「カズキ!しっかりしなさい!……こうなったのもアザゼルの所為よ!」

「済まなかった。まさかここまで実力差があるとは思わなかった……」

「アーシア。すぐに治療してちょうだい!」

「は、はい!カズキさん、しっかりしてください」

 

 アーシアはすぐに『聖母の微笑み』で一樹の傷を癒し始めた。その間、リアスはずっと一樹を抱えていた。その瞳の奥には怒りの炎が灯っていた。

 

(彼は危険だわ!お兄様の部下でも早く排除しないと私とカズキの未来の障害になるわ)

 

 リアスは一誠を消そうと色々と思考していた。そんなリアスをアザゼルは傍らで見ていた。そしてアザゼルは後悔していた。

 一誠と一樹の仲の悪さがここまでとは思いもしなかったからだ。兄弟だからと言って必ずしも仲がいいとは言えない。

 

(これはサーゼクスに言った方がいいだろうな……俺が思った以上に仲が悪いな)

 

 近々冥界で行われるパーティや他の勢力との同盟などやる仕事は山のようにある。そこに一誠と一樹が問題を起こされては対処のしようがない。

 冥界では二人を一緒に行動させては火に油を注ぐようなものだ。

 

(二人は別行動にして、監視を付けた方がいいだろうな……)

 

 折角、同盟を組んでも二天龍がそれを台無しにしてはこれまでの努力が水の泡になってしまう。それだけは絶対に阻止しなければならなかった。

 アザゼルは喧嘩をしても仲がよくならなかった兄弟に重いため息を人知れずに吐き出すのであった。

 



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冥界行きの列車

 一誠は眷属たちを連れて近場の駅に来ていた。サーゼクスの命令で眷属たちを連れて冥界に行く事になった。しかし一誠たちはまだ冥界へ行った事のない者ばかりで転移魔法が使えないので手続きをする事になった。

 

(手続きをするのに駅ってどうなんだ?)

 

 一誠はどうして駅で手続きをするのはが未だに理解出来ていなかった。しかしサーゼクスに駅に行くようにと指示があったので素直に従った。

 駅に到着しているとすでに見知った者たちが待ったいた。一人が一誠たちに気が付くと手を振ってきた。

 

「兵藤!こっちだ!」

「匙に生徒会か……」

 

 駅で待っていたのはソーナとシトリー眷属の面々だった。するとソーナが前に出てきた。

 

「冥界までは私が案内をするようにサーゼクス様に言われたのでどうぞ、よろしくお願いしますね」

「それはこちらこそ」

「兵藤……苗字は嫌いでしたね?」

「ああ、一樹とセットにされるのは嫌なんでね」

「分かりました。では一誠君と……ではこちらです」

 

 一誠は一樹とワンセットにされるのをもの凄く嫌っている。それは一樹も同じで同列に並ばされると激怒する。

 ソーナは一誠たちとエレベーターに向かった。そしてカードをエレベーター内に翳すとエレベーターが地下へと下りた。

 そしてエレベーターが到着するとそこはまるで別世界の駅になっていた。

 

「それにしても転移魔法を使わずに列車ってどうなの?」

「冥界は人間界と壁によって区切られています。それを突破するには必要なのですよ」

「色々面倒なんだな……」

 

 ソーナたちに続き、一誠たちも列車へと入り、席に座った。しばらくして列車は発信した。それほど揺れる事無く、静かな出発となった。

 

「ゼノヴィア、匙。修行をするぞ」

「ここでか?」

「こんな所で修行なんて出来るのか?」

「ああ、それじゃするぞ」

 

 列車が出発してしばらくして一誠はゼノヴィアと匙の二人に修行をつける事にした。一誠は天井に両足で立って見せた。

 

「凄いな!」

「忍者か!?」

「二人にはこれをやってもらう。足に氣を溜めてつつ、全身の血流を操作するんだ。そうれば、頭に血が上る事もない」

「ああ、分かった」

「よ、よし!やってやるよ」

 

 ゼノヴィアも匙もさっそく一誠のように天井に足で張り付こうとしたが、失敗して頭から落ちた。一誠もいきなり成功するとは思ってもいない。

 

「痛い……」

「くそっ……頭が割れそうだ」

「二人もいい線、行っているぞ。もう少し氣を操れないと出来ないだろうな」

「これをすぐに覚えてイッセーをあっと言わせて見せる!」

「そうだな!驚く所を絶対に見てやる!」

 

ゼノヴィアと匙は再び列車の天井に張り付いた。二人とも先ほどより集中力が増していた。しかしまた頭から落ちてしまった。

 二人の氣のコントロールではまだまだ出来なかった。それでも一誠は二人に教えてもいいと思っていた。

 

(こいつらは中々スジがいいからな……このペースなら数日もいらないかもしれない)

 

 ゼノヴィアと匙の氣の相性は非常に良かったりする。二人の覚えがいいのはそれがあるからだろう。だから少し早いけど、一誠は壁への張り付けを覚えさせた。

 この張り付けが戦闘で絶対に役に立つと思ってからだ。二人が修行に励んでいるとソーナが一誠に近づいてきた。

 

「一誠君。匙に修行をつけてくれてありがとうございます」

「俺はあいつが強くなる手助けをしているだけだ。当人にその気がなければ、手伝いすらしなかったさ」

「そうですか……それで聞きたい事があるのですが、いいですか?」

「内容による……」

「一樹君との仲です」

 

 一誠にとって一番話したくない事をソーナは一誠に聞いてきた。すると一誠の顔が不満で変な顔になっていた。余程、話したくない事なのだけどリアスと違いソーナを一誠はそれほど嫌ってはいない。

 女性(リアス以外)には優しい美学を持つ一誠としては話してもいいけど、いい話ではないので極力話したくはなかった。

 

「……一樹が俺を嫌っているのは物心付いた時からだ」

「何があったのですか?」

「何も」

「何もないのに相手の事を嫌いになるなんて……」

 

 ソーナは一誠の話に疑問を持った。物心付いた子供が、それも双子の兄弟をどう嫌いになると思ったからだ。しかし一誠が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「俺は中学まで一樹と仲良くしようと頑張ったんだ……」

「10年以上……よく続けられましたね?」

「根気だけは子供の頃からあったからな。それでも10年、頑張ってみたけど結果はごらんの通りさ」

「しかし何が原因なのでしょうか?話を聞く限り、一誠君に落ち度はあると思えませんけど?」

 

 10年もの間、一誠の善意を一樹は否定し続けた。それでも一誠は頑張ったが、結局仲良くはなれなかった。そして一誠は異世界へと転移してしまった。

 そこで様々な事を経験して一誠は一樹への執着を綺麗さっぱり諦めた。心のどこかでは仲良くなれると思う反面、一生分かり合えないと思っていた。

 

「俺たち兄弟は二天龍の宿主の運命とか関係ない。俺はあいつの毛嫌いしている。ただそれだけさ。聞いても面白くも何ともないだろ?」

「そうですね……ですが、一誠君の過去を知れたのは収穫だと思います」

「ポジティブ……」

 

 一誠はソーナとそれ以上話す事は無いと体を横に倒して眠りに入ろうとしていた。ゼノヴィアと匙は諦めずに天井への張り付く修行に励んでいた。

 まさに二人が成功しようとした時だった。いきなり列車がブレーキを掛けて列車は止まった。止まった際の振動で一誠は起き上がった。

 

「何だ?どうしたんだ!?」

「分かりません。このような事、私も初めてです」

 

 ソーナは列車の停止に驚きが隠せなかった。今までこのような事はなかったからだ。すると一誠は列車の外に視線を向けた。

 

「デカい奴が居るな……」

 

 一誠は大きな氣を感じて外へと出て見た。そこには仁王立ちして一匹のドラゴンが居た。大きな氣の正体はこのドラゴンだった。

 

「久しいなアルビオン」

『貴方は……タンニーン!?』

 

 一誠たちの目の前に居たのは魔聖龍タンニーンだった。思わずアルビオンは驚いていた。

 



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魔聖龍タンニーン

 魔聖龍タンニーンは六大竜王の一体であった。彼は同属の数が減っているの一番危惧していた。そこである悪魔の眷属になる事で領地を手に入れてそこに自分の同属たちを住まわせた。おかげで以前より数は減る事はなくなった。

 そんな時、タンニーンは二天龍の噂を耳にした。今代の二天龍の宿主は双子の兄弟だったのだ。兄が赤龍帝で弟が白龍皇だ。すでに戦っており、弟の白龍皇が勝ったとか。しかし兄は倒されたが死んではいなかった。

 

(何故だ?……家族の情か?)

 

 タンニーンは不思議でならなかった。もしかしたら家族だからこそ、止めをさせなかったのではないかと思った。

 その後、不死鳥のフェニックス家とグレモリー家が非公式のレーティングゲームを行い、そこで白龍皇が大暴れしてグレモリーの姫の婚姻を白紙にしたとか。

 最初は赤龍帝がしたとされていたが、コガビエル襲撃の際に何もしていなかった事や三大勢力の会談で一誠の活躍で役に立たないのでは?と噂が立つようになった。

 

「ドライグが不憫だな……」

「ひぃ!?」

「この程度で腰を抜かすとは……」

「こ、この程度だと!?死に掛けたんだぞ!?」

 

 タンニーンは赤龍帝が冥界に来るのでアザゼルから実力を見て欲しいと頼まれて少しばかり戦ってみたのだけど、一樹の腰抜け具合に呆れていた。

 一応死なない程度の加減はしたつもりだったが、一撃で戦闘不能になったのだ。籠手で力は倍になったはずなのにまるで手応えがなかった。

 だから思わずタンニーンはドライグを哀れんだ。ここ数十年の間、覚醒しなかったので強い宿主に出会えたかと思えたが、そうではなかった。

 

「アザゼル。これが赤龍帝か?」

「ああ、そうだ。やはり弱いと思うか?」

「そうだな。中級程度ならいい勝負が出来るが、上級や最上級相手では話にならんだろうさ」

「そうか……ついでなんだが、イッセーの方も頼めるか?」

「白龍皇か……こちらと同じではない事を祈るよ」

 

 タンニーンは期待せずに一誠の方へと向かった。英雄の子孫でもない元一般人の転生悪魔だから弱いのは仕方ないと思うタンニーンだった。

 しかしその考えは一誠と会って変える事になるとはこの時のタンニーンは思いもしなかった。

 

 

▲▲▲

 

 

「はあああぁぁぁ!!」

「ぐっ!?」

「まだまだ!!」

「なっ!?」

 

 タンニーンは『白龍皇の鎧』を纏った一誠と戦っていた。一樹と違い真正面から攻撃してきている一誠にタンニーンは驚きを隠せなかった。

 それ以上に攻撃が体の芯まで届いているようでタンニーンは笑っていた。一誠が思った以上に。それ以上にタンニーンには気になる事があった。

 

「兵藤一誠。どうして半減をしない?使えない理由があるのか」

「理由か……だってもったないだろ?」

「もったない?」

「お前ほどの大物を相手にしているだぜ?」

「なるほどな……」

 

 タンニーンは一樹と違い、一誠は戦いを楽しむ余裕がある相手だと理解した。だからこそ相応の態度で返さなくてはとタンニーンは一誠に殴りかかった。

 一誠はそれに同じく拳で迎え撃ってきた。拳同士がぶつかり衝撃波を生み出した。本来ならタンニーンの方が体が大きいので一誠の方が吹き飛ばされるのに逆にタンニーンが後ろに仰け反った。

 

「おりゃぁ!」

「なっ!?……ぐふっ!」

 

 一誠はタンニーンが体勢を崩した瞬間に尻尾の先を掴んで肩に通してそのまま背負い投げの要領で投げ飛ばした。

 まさかタンニーンも体格差があり過ぎる一誠に投げられとは思ってもみなかった。一誠はそのままタンニーンに畳み掛けた。

 そして一誠の手刀がタンニーンの喉に向けられた。タンニーンは手を上げて降参のポーズを取った。

 

「俺の負けだ。今代の白龍皇よ」

「何が負けだ。手加減していたくせに」

「サーゼクスの部下を殺す訳にはいかないからな」

「なるほど……」

 

 タンニーンは力を抑えて一誠と戦っていた。理由としてはサーゼクスの部下を殺す事は出来ないからだ。タンニーンは一誠をある人物と重ねていた。

 

(ヴァーリ・ルシファーと似ている……あいつと同じ道を進まない事はないといいが)

 

 先代にして魔王孫と人間の間に産まれたハーフ。父から虐待されてアザゼルが保護したと聞いた時はアザゼルを疑った。

 堕天使が態々ハーフを……白龍皇を保護する理由が思いつかなかったからだ。しかしタンニーンの心配を他所にアザゼルはヴァーリをしっかりと育てていた。

 だが、事件が起こった。赤龍帝に会えない事で不満を溜め込んでいたヴァーリがついにキレた。その不満を他の者にぶつけた。

 最後はアザゼルの手で終わらせたと聞いた。だが、死体はどこにも見当たらなかったと。

 

「イッセー!無事か!?」

「イッセー!大丈夫か!?」

「イッセー君。怪我はありませんか?」

 

 一誠を心配してゼノヴィア、匙、ソーナが近づいていた。それを見たタンニーンは少しだけほっとしていた。

 

(今代の白龍皇には側に誰かがいるのだな)

 

 ヴァーリの場合は誰も側に居らず、孤独だった。アルビオンは居ただろうが、それでも孤独だった。それをタンニーンは心配してたいが、強い者は孤独になってしまう事が多かったが、一誠にはその心配がないように見えた。

 

(誰かが側に居るなら大丈夫だろう……)

 

 タンニーンは一誠の実力を測れて満足したのか、そのまま自分の領地へと帰って行った。飛び去る前に一誠と目が合った。

 その時、一誠はタンニーンに挑発的な笑みを浮かべていた。その意味は「次は本気で戦おう」と事だろう。タンニーンもそれが分かったのか、笑みで返してきた。

 

「アザゼル」

『タンニーンか。それでどうだ?お前から見たイッセーは?』

「中々の強さだな。肉弾戦なら歴代でもトップだろうさ」

『だろうな。イッセーの奴は強いからな』

「しかし双子でここまで違うものか?」

『それについては不明だ。イッセーに聞いても答えるつもりはないらしい』

 

 タンニーンは領地に戻る途中でアザゼルと連絡を取った。一樹と一誠の実力の違いが気になったからだ。ほぼ同じ空間で育った双子の兄弟がどうして実力に差が出たのかが気になって仕方なかった。

 アザゼルに聞いた所で答えたが返ってくる事はなかった。そもそもアザゼルですら知らないのだから仕方ない。

 

「アザゼル」

『何だ?タンニーン』

「兵藤一誠はまだまだ強くなるぞ」

『何!?あれ以上強くなるだと?』

「ああ、伸び代を感じた」

『マジか……』

 

 タンニーンは一誠がまだまだ強くなる事をアザゼルに告げた。戦ったからこそ分かるものがそこにはあった。心配があるが、それも大丈夫だと思った。

 

(手を貸すのもいいかもしれないな)

 

 領地に戻ったら他のドラゴンに一誠と一樹の事を話そうと思った。そして一誠なら手を貸してもいいと考えていた。タンニーンは次に一誠と会う事を考えながら笑っていた。

 それは久々に骨のある奴に会ったからだ。しかも成長出来るだけの逸材なら文句のいいようはないだろう。タンニーンは悪魔に転生してもドラゴンなのだ。

 強者との出会いは彼の体で眠っていたドラゴンの血が少しだけ暴れていたのであった。

 



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ヴェネラナからの招待

 冥界に来て、タンニーンと戦った一誠はソーナのシトリー家に行くかと思われたが、シトリー領に着いて一誠だけがグレモリー家から来た悪魔に連れて行かれた。

 一誠は行くたくはなかったが、直前にサーゼクスから連絡が来て「そのままグレモリー家に来てくれ」と言われた。

 本当ならリアスや一樹がいるグレモリー家になんて行きたくはなかったが、サーゼクスの部下になった手前、行くしかなかった。

 

「初めまして兵藤一誠君。私はサーゼクスとリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーよ」

 

 グレモリー家に着いて出迎えたのはなんとサーゼクスとリアスの母のヴェネラナだった。容姿はギリギリ20代前くらいの年齢に髪は亜麻色をしており、母と言うだけあって顔はリアスにそっくりであった。母娘なのだから当たり前だった。

 

「なんだ、娘のために喧嘩でも売りに来たか?」

「そうではないわ。お礼を言いたいのよ」

「お礼?」

 

 一誠はヴェネラナの言葉に首を傾げるしかなった。一誠はこれまでリアスの評価を散々にしてきた張本人だ。そんな相手に礼を言うのは考えられなかった。

 一誠は警戒していたが、ヴェネラナ本人はクスクスと笑っていた。そしてそのままヴェネラナに案内されるまま中庭まで一誠は付いて行った。

 

「おばあ様!」

「ミリキャス。走っては転ぶわ」

 

 中庭に来ると紅髪をした少年がヴェネラナに向かって走って来て抱きついた。どことなくサーゼクスの面影を一誠は感じていた。

 

「はい。おばあ様、どうしてカズキ様が?先ほどリアスお姉様と出かけたはずでは?」

「彼はカズキ君の弟の兵藤一誠君よ」

「もしかして白龍皇ですか!?」

「ええ、そうよ」

 

 ヴェネラナに抱き付いていた紅髪の少年が一誠の前まで走ってきた。そして一誠の前で止まると頭を下げてきた。

 

「初めまして、僕はミリキャス・グレモリーです!」

「兵藤一誠だ」

「はい!一誠様のお話はお父様とお母様から聞いています!」

「そ、そうか……」

 

 一誠は珍しく口篭っていた。知られていないが、一誠は自分より5歳以上年下の子供が苦手なのだ。特にキラキラした瞳をした子供が。

 一誠は何とも言えない表情をしていた。年下の子供は苦手だが、サーゼクスの子供なので無下には出来ない上、礼儀正しいのだ。

 

「実は一誠様のお会いしたら聞きたい事があったのですが、いいですか?」

「……何が聞きたいんだ?」

「どうして赤龍帝のカズキ様を倒さないのですか?」

「その質問か……」

 

 誰もが聞くであろう質問。二天龍である以上、戦うのは運命だ。しかも今代の白龍皇の方が強い事は周知の事実になってきていた。

 ミリキャスもその事を父サーゼクスから聞いていた。それに子供でも噂くらい聞く機会なんていくらでもある。

 一誠は膝を付いて視線をミリキャスに合わせた。

 

「ミリキャス。俺は戦士だ、戦士ってのは弱い者をいじめたりしないのだ」

「カズキ様は弱いのですか?」

「はっきり言わなくても……弱い」

「弱いでのですか?」

「そうね……弱いわね」

 

 ヴェネラナはミリキャスに困ったような顔をして答えた。ヴェネラナから見ても一樹は弱かった。それもそうだ、一樹は『原作』を知っているだけで一誠のように戦闘経験がある訳ではないのだから。

 

「それでお礼ってのは何の事だ?礼を言われる事はしていないが?」

「リアスの事よ」

「まったく分からんな」

「人間界の高校に通うようになってあの子の我が儘は度を過ぎてきたわ。でも主人が甘やかすものだから付け上がった」

 

 ヴェネラナは人間界の高校に通うようになったリアスの我が儘が以前より危惧していた。周りからは『グレモリーの我が儘姫』と言われる始末だ。しかも赤龍帝の一樹を眷族にしてからは我が儘が加速した。

 だから何かリアスを大人しくさせるためのネタを探したいた。そんな時に白龍皇の双子の弟の一誠に敗北したと聞いた時は『これだ!』と思ったほどだ。

 

「あの性格は死んでも直らんだろうさ」

「そうね。だから生きている内にきっちり修正しないとね」

「それと俺に何の関係が?」

「あの子はね、あなたの名前を出すと大人しくなるのよ」

 

 リアスは一誠の名前を出されると敗北した時の記憶を思い出して顔を歪めて大人しくなる。それは怒りで頭が一誠への殺意でいっぱいになるからだ。

 そうなるとリアスの頭の中はどう一誠を殺す事しか考えられない。もちろんヴェネラナや他の者たちは知らない。

 

「それで相談なのだけど、ミリキャスにあなたの技を教えてやってくれないかしら?」

「才能がある者に不要だと思うけど?それでもか?」

「そうね。ミリキャスはサーゼクスの才を受け継いでいるけど、リアスの影響を受け過ぎているのではないかと心配なのよ」

「だから距離を取った方がいいと?」

「ええ」

 

 確かにミリキャスはリアスを慕っておりかなり信頼している。すでにリアスの影響を受けているだろう。それがミリキャスにとって悪影響になる事をヴェネラナは危惧していた。

 このままリアスのような我が儘な性格になればグレモリー家は没落する可能性が出てくる。そんな事は絶対に避けたいとヴェネラナは思っていた。

 

「その前にいいか?」

「何かしら」

「…………」

「ひぃ!?」

 

 一誠はフォークを近くに木に向かって投げた。すると木の後ろからメイド悪魔がびっくりして出てきた。

 

「あら?あなた一体誰かしら?」

「お、奥様。私はここで働いている者です!」

「そうなの?でもあなたの顔を見た事がないのよ。屋敷で働いている者の顔は全て把握しているから」

「…………」

 

 するとメイド悪魔が一目散に飛んで逃げて行ってしまった。しかし数秒後には一誠に抱えられて戻ってきた。

 

「ありがとうね。おかげで助かったわ」

「別にこれくらい。それにしてもメイドの顔、全員覚えているって本当か?」

「嘘よ。その手の事は全てメイド長の仕事よ」

「食えない悪魔だ」

 

 ヴェネラナは一誠に含みのある笑みを向けていた。そして異変に気がついた執事がやって来てメイド悪魔を連行した。

 後で調べて分かった事だが、彼女は旧魔王派閥の回し者であった。



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