遊戯王小説 竜結の子守り詩 (柏田 雪貴)
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一話

ストラクチャーデッキR -ドラグニティ・ドライブ-発売決定記念!

本編全部シリアスです!


 外留(パズル)町の郊外にある、とある建物の一室。そこに、二人の人影があった。

 

 一つは星のない夜のように美しい黒髪を持った十代後半に見える少女だ。整った顔立ちに長いまつげ。更に【レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン】のイラストがプリントされたパジャマを着て、ベットですやすやと眠っている。呼吸のたびに上下する胸は、思わず男性の目が吸い寄せられるであろう大きさだった。

 

 そして、その少女を見守るように隣で椅子に座っている、茶髪の男性。その長い前髪の間から見える瞳は鈍い金色で、どこか爬虫類を連想させる。背丈はあるが、その顔はどこか成長し切っておらず、少女と同年代に見える。

 服装はオレンジのシャツにズボン、その上からフードの付いた薄手の黒コート。男の子なら憧れるであろうヒラヒラしたソレを、この男は完全に着こなしていた。

 

「ん、竜騎(りゅうき)・・・・・・」

 

 ふと、寝言のように少女が呟いた。その言葉に男性はスッと目を細め、右手で優しく彼女の髪をなでる。

 

「ああ、俺はここにいるぜ、美遊(みゆ)

 

 そうして何度か手を上下させ、彼女が安心したように再び深い眠りへ落ちると、その手を離す。

 

『竜騎。新たな精霊だ』

 

 耳ではなく、直接脳に響くような声に男が部屋の扉へと目を向ければ、そこに突如として一体の竜が現れる。

 

 橙色の鱗に、同色の鳥類を思わせる翼。その四肢は筋肉質で、両手は武器を取るために五つの指を、足には大地を踏みしめるために三つの爪。腰にはコウモリを思わせるまた別の形状の翼があり、更に彼の振るう大剣が懸架されている。

 【ドラグニティアームズ-レヴァテイン】。【霧の谷(ミスト・バレー)】の奥深く、【竜の渓谷】に住まう【ドラグニティ】達の長だ。

 しかし、その姿はどこか薄く、背後の扉や壁が透けている。

 

「そうか。なら行くぞ、俺の剣(レヴァテイン)

 

 突如現れた竜に動揺することなく、古くからの知り合いであるかのような態度で受け答えた男は立ち上がり、レヴァテインの身体を貫通しながら扉へ向かい、部屋を出る。橙竜もまたそれに続くように姿を消し、寝たきりの少女がただ一人、取り残された。

 

 

 

 外留第二公園は、朝十時という早い時間ながらも休日であるためかそこそこ賑わっていた。

 【青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)】の形をしたジャングルジムで子供達が遊び、それを見ながら奥様方は井戸端会議に花を咲かせ、デュエルマッスルを鍛えるデュエリスト達はジョギングを始めとした筋トレにいそしんでいる。どこにでもある日常風景だ。

 

 その光景を視界に捉えつつ、この近くのカードショップ『Rabbit』のロゴの入ったビニール袋を開ける青年は倉崎(くらさき)明瑠(あかる)。少々女子っぽい名前にコンプレックスを持つ、ごく普通の高校生だ。こうしてベンチでカードパックを開けるのは、彼の幼少期からの習慣だった。

 

「いいカードが出るといいな」

 

 誰にも聞こえない程度の声で呟きながら、ペリペリと中身のカードを折らないようにパックを剥いていく。一つ二つ三つと開封していき、残り一つまで開け終わるが、めぼしいカードは少ない。パンパン、と柏手を二度打ってから、祈るように最後のパックを開けた。

 

「・・・・・・このカード」

 

 美しいカードだった。効果もデッキに合うし、自分の好みにドストライクなデザインだ。この一枚だけで、今日パックを買ってよかったと思える。そんな、運命を感じるカードだった。

 早速デッキに入れよう、とスリーブに入れてからデッキを取り出し調整を始めようとした、その時だった。

 

「いいカードだな」

 

 ふと真後ろから声がした。ビクッと驚きながら振り返ると、そこにはフードを被った不審な男。顔はフードと茶髪に隠れて見えないが、両腕をポケットに突っ込み、その右手首にはディスクを取り付けるためのブレスレット。つまりは明瑠と同じくデュエリスト。

 

「え、えーと、貴方は?」

 

 気配がしなかったことや男の格好からおっかなびっくり明瑠が訊くと、彼は何も答えずにベンチに座る明瑠の正面へと回る。

 

「レヴァテイン、やれ」

 

 男が一つ呟くと、彼を中心に黒い空間が広がっていく。明瑠にもそれが迫り、反射的に両腕で顔を守る。

 

 何も起きていないことに違和感を覚え目を開くと、そこは白黒(モノクロ)に染まった公園だった。自分以外の全てから色が抜け落ち、そして人も消えている。

 

「今からお前は俺とアンティデュエルをしてもらう。俺が勝てばお前のそのカードをいただく。お前が勝てば、この空間から解放してやるよ」

 

 いつの間にか十メートルほど離れた場所に立っている男の言葉に、明瑠は不信感を抱き彼を睨む。

 

「どういうこと?」

 

「言った通りだ。さっさとディスクを構えろ。じゃなきゃお前は一生この空間から出れない」

 

 問答をするつもりはないらしい。明瑠は彼の言葉を信用した訳ではなかったが、デュエルに応じることにした。

 

「・・・・・・いいよ。受けて立つ」

 

 元々、売られたデュエルは買うのがデュエリストというものだ。言葉の真偽はともかく、今は彼に従うべきだろう。

 

「ああ、お前が負けてもこの空間から出すくらいはしてやる」

 

「ありがたいね・・・・・・でも、負けるつもりはないよ」

 

 ベンチから立ち上がり、タブレット状態にあったディスクをブレスレットと合体させ展開する。これで準備は整った。

 

「「デュエル!」」

 

 ディスクに表示された先攻は不審者。何故か名前の部分が文字化けして『縺ゅi繧?j繧?≧縺』と表示されたが、この不思議空間のこともあって明瑠は気にしないことにした。

 

「俺のターン。【トレード・イン】を発動し手札交換。【竜の渓谷】を発動して効果、手札一枚をコストにデッキからドラゴン族を墓地へ送る」

 

 墓地へ送られたのは【アークブレイブ・ドラゴン】だと明瑠はディスクで確認する。墓地には他に【闇黒の魔王ディアボロス】と【ドラグニティアームズ-レヴァテイン】があった。コスト等を宣言せずに続けられるプレイングに、明瑠は若干の怒りを覚える。

 コストにするカード等を宣言するのは、デュエリストとしてのマナーだ。それを無視するとは、無礼にもほどがある。

 

「カードを一枚伏せる。これでターンエンドだ」

 

 

不審者

LP8000 手札2

■□□□□

□□□□□竜

 □ □

□□□□□

□□□□□

倉崎明瑠

LP8000 手札5

竜:竜の渓谷

■:伏せカード

 

 

 明瑠にターンが移る。伏せカードのみという盤面に疑問は覚えるが、【アークブレイブ・ドラゴン】の効果によりドラゴン族が特殊召喚されるため、がら空きということはない。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードは悪くない。

 

「スタンバイフェイズ、アークブレイブの効果発動だ。墓地からレヴァテインを特殊召喚する」

 

「チェーンして【墓穴の指名者】を発動。対象は【アークブレイブ・ドラゴン】だ」

 

「チェーンだ。【抹殺の指名者】」

 

 不審者の墓地で【アークブレイブ・ドラゴン】が輝き、それを食い止めるべく【墓穴の指名者】の腕が伸びるが、そうはさせないと【抹殺の指名者】の騎士が腕を切り裂いた。

 そしてアークブレイブの輝きを受けた竜、【ドラグニティアームズ-レヴァテイン】が特殊召喚される。

 

「レヴァテインの効果でアークブレイブを装備する」

 

 その竜を復活させた輝きはレヴァテインの剣に宿り、後続の確保を約束する。

 

「メインフェイズ、【ゴブリンドバーグ】を通常召喚! 効果で手札の【ライトロード・アサシン ライデン】を特殊召喚して、自身は守備表示になる」

 

 飛行機に乗ったゴブリンがフィールドへ飛来し、運んできたコンテナを下ろすと、そこには暗殺者の称号を持った光の戦士が入っていた。なんてものを運んでいるのだろうか。

 

「ライデンの効果でデッキトップから二枚を墓地へ送る。その中に【ライトロード】があれば、自身の攻撃力を200アップできる」

 

 墓地へ落ちたのは【トワイライトロード・シャーマン ルミナス】と【Emハットトリッカー】。条件を満たしたため、ライデンの攻撃力は不審者のターン終了時まで1900だ。この後の展開を考えると、あまり意味はないが。

 

「ゴブリンドバーグとライデンでオーバーレイ。エクシーズ召喚! 【ライトロード・セイント ミネルバ】!」

 

 ゴブリンと暗殺者が黒い銀河へと光点となって吸収され、白いフクロウを連れた聖女が登場した。

 

「ミネルバの効果、オーバーレイユニットを一つ使うことで、三枚墓地を肥やし、その中の【ライトロード】の数だけドロー出来る!」

 

 ディスクによってデッキトップからズラされた三枚を引き、墓地へ。【ライトロード・サモナー ルミナス】【灰流うらら】【Emトリック・クラウン】の三枚だ。

 

「【ライトロード】は一枚、よって一枚ドロー! 更に墓地へ送られた【Em(エンタメイジ)トリック・クラウン】の効果で、墓地から【Em】を特殊召喚出来る! 僕はトリック・クラウン自身を選ぶよ」

 

 不審者はまるで関心のない様子で明瑠のデュエルを見ていた。その態度に苛立ちを覚えながら、それを糧にデュエルへぶつける。

 

「トリック・クラウンを特殊召喚!

 更にデッキから三枚を墓地へ送り【光の援軍】を発動して、【ライトロード・サモナー ルミナス】を手札に加える!」

 

倉崎明瑠 LP8000→7000

 

 【Emトリック・クラウン】の効果を発動した場合、プレイヤーは1000ダメージを受け、特殊召喚されたモンスターは攻守が0になる。

 そして、【光の援軍】により墓地へ落ちたカードの中に【ライトロード・メイデン ミネルバ】があった。これで更なる展開ができる。

 

「墓地へ送られたミネルバの効果発動! このカードを特殊召喚する。

 そしてトリック・クラウンにミネルバをチューニング、シンクロ召喚! 【ライトロード・アーク ミカエル】!」

 

 セイント ミネルバの隣へ現れたのは、天使(ミカエル)の名を冠する竜騎士(ドラゴンライダー)。天使なのか騎士なのか竜なのかハッキリして欲しいところである。

 

「ミカエルの効果、1000ライフ払うことで、レヴァテインを対象に除外する!」

 

倉崎明瑠 LP7000→6000

 

 ミカエルの乗る白龍が口を開き、明瑠のライフを糧に白光を吐き出す。それを受け、橙色の武装竜は別次元へと飛ばされた。

 

「バトルフェイズ、ミカエルでダイレクトアタック!」

 

 竜騎士が羽ばたき、不審者に向けて急降下する。そのまま剣を振るい、男を斬った。

 

不審者 LP8000→5400

 

 ライフ差は大きくないが、これで厄介なモンスターは除去出来た。明瑠は心の中でガッツポーズしながら、ターンを終える。

 

「ターン終了、エンドフェイズにミカエルの効果で三枚墓地が肥えるよ」

 

 これで明瑠の墓地は十四枚。後攻1ターン目としては上々だろう。

 

 

不審者

LP5400 手札2

□□□□□

□□□□□竜

 □ □

□セア□□

□□□□□

倉崎明瑠

LP6000 手札4

ア:ライトロード・アーク ミカエル

セ:ライトロード・セイント ミネルバ

竜:竜の渓谷

 

 

 不審者のターン。彼は淡々とカードを引き、少し思考してから手を動かし出す。

 

「【竜魔導の守護者】を召喚。効果で手札一枚をコストに【簡易融合(インスタント・フュージョン)】を手札に加える」

 

 コストにされたモンスターは【巨神竜フェルグラント】。初めのターンから勘付いていたが、不審者のデッキは高レベルのドラゴンを多く扱うデッキらしい。ということは、【簡易融合】から出されるモンスターも絞られてくる。

 

「【簡易融合】を発動し、【フラワー・ウルフ】を特殊召喚。竜魔導とウルフをリリースし、【ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン】を融合召喚」

 

不審者 LP5400→4400

 

 身体に花びらの付いた奇妙な狼と鎧を身に纏った竜戦士が溶け合い、獣の瞳を宿した竜へと生まれ変わる。融合魔法を使わずに融合召喚だと、だなんて驚くのはもうアニメキャラだけだろう。

 

「闇属性がリリースされたことで、【闇黒の魔王ディアボロス】が復活する」

 

 ビーストアイズの特殊召喚はリリースをコストとする。それにディアボロスが反応したのだ。

 

「【復活の福音】を発動。墓地から【巨神竜フェルグラント】を特殊召喚する。効果でミネルバを除外だ」

 

「ッ!」

 

 他の竜に続き、(いにしえ)の神竜が復活し、手始めにと聖女へ噛み付き、飲み込んだ。食らったその力の分だけ、フェルグラントのステータスが上昇する。

 

「バトルだ、ビーストアイズでミカエルへ攻撃」

 

 主の命を受け、ビーストアイズが獣によく似た咆哮を上げながら竜騎士へと突進し、乗っている白龍へと噛み付く。そのまま地面に引きずりながら振り回し、勢いによって落下した騎士を踏み潰した。

 

倉崎明瑠 LP6000→5600

 

「ビーストアイズの効果発動。【フラワー・ウルフ】の攻撃力分のダメージを与える」

 

「こっちもミカエルの効果発動! 破壊された時、墓地の【ライトロード】モンスターを好きな数デッキに戻し、その数だけライフを回復出来る!」

 

 ディアボロスの攻撃力は3000、フェルグラントは上昇して3200。ビーストアイズの効果ダメージも合わせて考えると、九枚戻してようやくライフが残る状態だ。問題は墓地にそれがあるかどうかだが──

 

 墓地にあるのは【ライトロード・アサシン ライデン】【トワイライトロード・シャーマン ルミナス】【ライトロード・サモナー ルミナス】【ライトロード・アーチャー フェリス】【ライトロード・メイデン ミネルバ】【ライトロード・マジシャン ライラ】【トワイライトロード・ファイター ライコウ】の七枚。

 

 足りない。明瑠のデッキは純【ライトロード】ではなく【Em】も混ぜた構築であり、それが足を引っ張った。

 

「ライデン、フェリス、ミネルバの三枚をデッキに戻して、ライフを900回復する」

 

「ビーストアイズの効果で1800ダメージだ」

 

 天使(ミカエル)を殺戮した獣竜がそのまま明瑠をねめつけ、大口を開けて食らいつく。ソリッドビジョン故にただ映像が彼を貫通しただけだったが、その動きには明確な殺気が宿っていた。

 

倉崎明瑠 LP5600→6500→4700

 

(おかしい・・・・・・ソリッドビジョンは、こんなに乱暴じゃないはずなのに!)

 

 KCの製作したソリッドビジョン・システムは、デュエルを盛り上げるだけでなく、子供にも楽しんでもらえることを目的としている。それが、噛み付くだの食らうだのと露骨な暴力描写をするハズがない。ドラゴンならばブレスか、せいぜいが尻尾で殴る程度だ。

 

「ディアボロス、フェルグラント。終わりにしろ」

 

 無機質な不審者の声に従い、暗黒の竜と黄金の竜が明瑠へと迫り来る。下手なB級ホラー映画よりも恐怖を煽るその光景に、しかし明瑠は折れなかった。

 

「墓地の【ネクロ・ガードナー】の効果発動! フェルグラントの攻撃を無効にする!」

 

 先ほど【ライトロード】の枚数を数えた時に見つけたカード。自ターン中は態度の悪い不審者への怒りで墓地に落ちたカードへの意識が薄くなっていたため、存在を認識していなかったのだ。窮地を助けてくれるのに、酷い扱いである。

 

 フェルグラントが光を、ディアボロスが闇を口に溜め、それぞれブレスとして吐き出す。一方は赤い鎧の戦士が身を盾に防いだが、もう一方は明瑠に直撃した。

 

倉崎明瑠 LP4700→1700

 

 これでこのターンは凌いだ。不審者の手札は0枚、勝ち目はある。そんな明瑠の内心を知ってか知らずか、淡々と不審者はターンを終えた。

 

 

不審者

LP5400 手札0

□□□□□

□闇ビ巨□竜

 □ □

□□□□□

□□□□□

倉崎明瑠

LP1700 手札4

巨:巨神竜フェルグラント

ビ:ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

闇:闇黒の魔王ディアボロス

竜:竜の渓谷

 

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは、この状況で最適と呼べるカード。少々博打になるが、やるしかない。

 

「手札の【使神官アスカトル】は、手札一枚をコストに特殊召喚できる!」

 

 本来【熾天龍ジャッジメント】用に入れたカードだったが、それが幸いした。このカードから、デュエル前にパックで出逢ったカードが出せる。

 

「アスカトルの効果で、デッキから【赤蟻アスカトル】を特殊召喚! そしてアスカトルでアスカトルをチューニング!」

 

 赤蟻がその甲殻を光の輪へと変え、太陽を司る神官と共に調律する。

 そして、彼の運命のカードが姿を現した。

 

「シンクロ召喚、【混沌魔龍カオス・ルーラー】! ・・・・・・ぇ?」

 

 彼の前に現れたのは、黒い身体に紫青(しせい)の翼を持つ──()()()()()()()()()()()()

 

「どうして、こんなボロボロに・・・・・・」

 

 全身ボロボロだが、特に酷いのは左腕だ。まるで()()()()()()()()()()()()()()歯形が付き、鮮血がこぼれている。背面にある後光のようなリングは欠け、翼にも穴が空いていた。

 

 そして、気付く。どの傷も、全て明瑠がダメージとして受けた傷だ。噛み付き痕はビーストアイズの効果ダメージ、全身の傷はディアボロスのブレス。つまりは──

 

「僕を、守ってくれてたの?」

 

 コクリ、とカオス・ルーラーは軽く頷いた。まるで『気にするな』とでも言うように。そうすることが、当たり前であるかのように。

 

「カオス・ルーラー、君は・・・・・・」

 

 どうしてと、訊きたかった。君も僕に運命を感じてくれたのかと。

 しかし、彼らの邂逅は、何かを壊すような音に割り込まれる。

 

「茶番は余所でやれ。デュエルを続ける気がないんだったらサレンダーしな」

 

 公園にある遊具を、不審者が壊した音だった。【カタパルト・タートル】の砲台を下向きにして滑り台にしたそれは、彼が蹴った形に歪み、もう真っ直ぐ滑ることはできないだろう。

 激しく動いたためか、彼のフードが外れていた。長めの茶髪から覗くのは、不気味な金色の瞳。それを飾る眉は苛立ちのままに歪んでおり、明瑠を睨んでいた。

 

「ッ・・・・・・カオス・ルーラーの効果発動! デッキから五枚を墓地へ送り、その中の光属性か闇属性モンスターを手札に加える。残りは墓地だ」

 

 その気迫に押され、明瑠もプレイングを再開する。

 公開されたのは【ライトロード・ビースト ヴォルフ】【ライトロード・アサシン ライデン】【終焉龍カオス・エンペラー】【戒めの龍(パニシュメント・ドラグーン)】【ソーラー・エクスチェンジ】の五枚。そこから混沌龍のカードが手札へと加えられる。

 

「ヴォルフを自身の効果で特殊召喚。更に墓地の【トワイライトロード・ファイター ライコウ】と【ライトロード・マジシャン ライラ】を除外して、【終焉龍カオス・エンペラー】を特殊召喚!」

 

 今にも倒れそうなカオス・ルーラーを支えるように混沌の龍が現れ、光の獣戦士が不審者のフィールドに並ぶ三体の竜を睨む。

 

「通常召喚、【ライトロード・サモナー ルミナス】! 効果で手札一枚を墓地へ送って、墓地から【ライトロード・アサシン ライデン】を特殊召喚!」

 

 フィールドに五体のモンスターが並ぶ。しかしどのモンスターも不審者のモンスターの攻撃力を超えてはいない。

 だが、それは問題にならない。

 

「カオス・エンペラーの効果! ライフ1000支払って、エクストラモンスターゾーン以外の僕のフィールドのカードを全て墓地へ送る!」

 

倉崎明瑠 LP1700→700

 

 混沌龍が終焉をもたらす咆哮を上げ、それに応じるように光の戦士達が雄叫びを上げる。

 

「そして、墓地へ送ったカードの数だけ相手フィールドのカードを墓地へ送り、その数だけダメージを与える!」

 

 不審者の墓地にある【復活の福音】はドラゴン族を破壊からは守るものの、『墓地へ送る』効果には対応できない。

 混沌龍の加護を得たライトロード達が立ち塞がる竜達へと捨て身の突撃をし、撃破していく。

 

不審者 LP5400→4500

 

 更地になった戦場に残るのは、エクストラモンスターゾーンに立つ混沌の裁定龍のみ。

 

「バトル、カオス・ルーラーでダイレクトアタック!」

 

 ボロボロの身体に力を宿し、両手を重ねて光と闇を束ねる。そしてそれらが交わった混沌の波動を、不審者めがけて放った。

 

不審者 LP4500→1500

 

「これで・・・・・・ターンエンド」

 

 残った手札は一枚だが、不審者は手札0。場にもフィールド魔法のみと、どちらが優勢かは明白だった。

 

 

不審者

LP1500 手札0

□□□□□

□□□□□竜

 □ 混

□□□□□

□□□□□

倉崎明瑠

LP700 手札1

混:混沌魔龍カオス・ルーラー

竜:竜の渓谷

 

 

 不審者のターン。ここで逆転できなければ、カオス・ルーラーの攻撃によって敗北。もし除去できたとしても、墓地から自己蘇生する効果を持っているため、ただ破壊するだけではダメだ。

 

「俺のターン」

 

 ただ淡々と、カードを引く。まるで全てを諦めているかのように、あるいは冷徹な機械のように。

 

「手札一枚をコストに、【竜の渓谷】の効果発動。デッキからドラゴン族一体を墓地へ送る。ターンエンドだ」

 

 デッキから引き抜いたカードは、【アークブレイブ・ドラゴン】。それが意味することは──

 

(次のターンも、ドラゴンが復活する!)

 

 不審者の墓地には、【巨神竜フェルグラント】がいる。つまり、カオス・ルーラーが除外されてしまう、ということ。

 しかも、それを防ぐハズの【墓穴の指名者】は、全て墓地へ送られていた。

 

「どうした? お前のターンだ」

 

 震える指を、デッキトップへかける。カオス・ルーラーを除去されれば、相手フィールドに残るのは攻撃力が3600まで上昇した【巨神竜フェルグラント】だ。それを乗り越え、彼のライフを削り取る手段は──明瑠のデッキにはない。

 

「僕の、ターン」

 

 カードを引く。【灰流うらら】。優秀な手札誘発カードだが、この状況では意味がない。

 残る手札を見る。【黄昏の双龍(トワイライト・ツイン・ドラグーン)】。これ単体ではどうにもできない。

 

「もういいか? 来いフェルグラント」

 

 金色の竜が輝きと共に現れ、混沌の裁定竜へと食らいつく。元々傷の深かったカオス・ルーラーは、その一撃で完全に沈んだ。

 

「・・・・・・モンスターをセット。これでターンエンド」

 

 勝負はもうついたも同然だった。【巨神竜フェルグラント】には、戦闘でモンスターを破壊した際に墓地のドラゴン族を蘇生する効果がある。

 けれど、降参(サレンダー)はしない。それは、デュエリストの誇りを捨てる行為だから。

 

「俺のターン。バトル。フェルグラント、邪魔な壁を粉砕しろ」

 

 金竜が裏側のカードへ飛びかかり、いたいけな幼女を捕食する。その様子に、映像とわかっていながらも明瑠は嫌悪感を隠しきれない。

 対象を食らったその力を使い、巨竜は仲間を復活させる。【闇黒の魔王ディアボロス】だ。

 

「トドメだ、ディアボロス」

 

 その命令のまま、魔王竜は咆哮し、明瑠へ食らいついた。

 

 ただの映像、ただの演出。その筈の攻撃は、確かに明瑠の中にあった致命的なナニカを食らった。

 

「・・・・・・ぁ」

 

 突然、目蓋が重くなる。どうしようもないほどの眠気に、耐えられなくなる。

 

 意識を失っていく明瑠が最後に見たのは、傷だらけの身体で戦う、混沌を統べる裁定竜の姿だった。

 

 

 

「・・・・・・あれ、僕寝てた?」

 

 ふと目を覚ますと、そこは十二時の鐘が鳴る公園だった。明瑠はここ二時間ほどの記憶がないことに違和感を覚えながらも、まあ眠ってしまっていたのだろうと納得する。

 

「あ、そういえば、カード・・・・・・」

 

 眠る前、確かパックを開けていたはずだ。手に持っていたビニール袋の中身を確認すると、盗難に合うことなくキチンとカードが入っていた。ゴミは別の袋に入れてある。

 

「確か、最後のパックで──」

 

 いいカードが出たハズ。そこまで思い出して、ふと違和感を覚えた。それがどんなカードだったのか、思い出せないのだ。頭の中に霞がかかったように、その部分だけハッキリしない。

 確認しようとカードを取り出し、一枚一枚確かめながら見ていく。そして、一番最後にあったのは

 

 【三戦の才】

 

「? 何か、違うカードだった気がするけど・・・・・・」

 

 こんなところで寝てしまったくらいだし、疲れているのだろうか。そう首を傾げると、ぐぅと腹が鳴った。

 

「・・・・・・お昼食べよ」

 

 疑問よりも食欲が勝ったのか、そう呟いて明瑠は席を立った。

 

 

 

 すぅすぅと寝息を立てながら、一人の少女が眠っていた。時折うなされるように眉を顰めて身じろぎ、また深い眠りに落ちる。その姿は、まるで王子の助けを待つ眠り姫のようで、どこか神秘的ですらあった。

 

「戻ったぞ、美遊」

 

 ガチャリ、と扉が開き、茶髪に金目の青年が部屋へ入ってくる。彼はそのまま少女の眠るベットまで近づき、隣に置いてある椅子へ腰掛けた。

 

 そして懐から【混沌魔龍カオス・ルーラー】のカードを取り出し、少女の額へと乗せる。

 

 すると、カオス・ルーラーのカードからテキストやイラストが少女に吸収されていき、十秒しない頃にはただの枠だけのカードへと変貌していた。

 

「・・・・・・ん、んぅ・・・・・・」

 

 少女は少し苦しそうに悶え、しかしすぐに落ち着いたのかまたすぅすぅと寝息を立て始めた。どことなく顔色が良くなったようにも見える。

 彼はその様子に青年は安心したように力を抜き、白紙となったカードを興味なさげに放り投げた。

 

『上手くいったか、竜騎』

 

 ふわり、と半透明の橙竜が扉の前に姿を現した。【ドラグニティアームズ-レヴァテイン】だ。彼は慈しむような目を少女へ向ける青年を見て、一仕事終えた達成感を感じる。

 

『・・・・・・今日のデュエルでは、済まなかったな。すぐに除外されてしまって、あまり役に立てなかった』

 

「気にするな。それはお前がどうにかできる問題じゃない」

 

 申し訳なさそうに告げるレヴァテインに、青年はただ淡々と返す。言葉自体は穏やかなものだったが、青年にとってはただ事実を述べているだけだ。

 デュエルでの活躍について、精霊が謝る必要性はない。戦うのはあくまでデュエリスト、精霊のカードを上手く扱えるかどうかは、使用者の力量次第だ。

 

 それに、と青年は続ける。

 

「お前がデュエルで活躍しようが邪魔になろうが、()()()()()()。お前はただ、俺の剣であればいい」

 

『・・・・・・そうだな』

 

 武装竜はそれだけ返して、姿を消した。新たな精霊を探しに行ったのだろう。

 

「美遊。お前は必ず、俺が元に戻す。だから、もう少し待っていてくれ」

 

 それは彼の決意表明であり、自らを定義するための宣誓であり、彼自身を縛り付ける呪いであった。




主人公「人は俺を、精霊ハンターと呼ぶ!」

レヴァテイン「僕は君の剣!」

ヒロイン「すやすや」

簡単にすると、こういう内容ですね(大嘘)。


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二話

 外留(パズル)高校の一年二組の教室で、倉崎(くらさき)明瑠(あかる)はぼんやりと窓の外を眺めていた。まだ朝のHR(ホームルーム)までは時間があるので、しばらくはそうしていられるだろう。

 

「おはよ、倉崎君。どしたの、ボーっとして?」

 

「・・・・・・ああ、おはよう二階堂さん」

 

 二階堂(にかいどう)郁美(いくみ)。明瑠の隣の席の女子生徒で、挨拶や世間話をするくらいには仲が良い。それは偏に彼女の社交性の高さによるものだが。

 

「何か、昨日の記憶がちょっと曖昧でさ。ぼんやりしちゃって」

 

 自嘲気味に苦笑しながら明瑠が言うと、郁美はふーん、とだけ返し、何か思い当たる節があったのかポンと手を叩く。

 

「それって、『精霊狩り』の仕業じゃない? ほら、最近ウワサになってるアレ!」

 

 『精霊狩り』。その名前は明瑠も聞いたことがある。なんでも、『精霊』のカードを持っているとそれを狙ってデュエルを仕掛けてくるのだとか。そして、襲われた者はデュエルの内容どころか精霊のことまで忘れてしまうという。

 

「まさか。僕は精霊のカードなんて持ってないし、そもそも精霊だって迷信でしょ?」

 

 精霊も精霊狩りも、どちらも噂程度の存在だ。そう軽く笑う明瑠だが、ふと何か引っかかるものがあった。

 

(・・・・・・なんだっけ?)

 

 視線を郁美から外し、考える。どこかで、僕は精霊に会った気がする。そんな気がしてならない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そうして考え事に浸る明瑠を、郁美は興味深そうに眺めた。彼は気付いていなかったが、それはまるで同郷の友を懐かしむような、それでいて新たな実験対象を見つけた科学者のような瞳だった。

 

「あ、もう先生来るよ」

 

「え、ああ、うん」

 

 しかし、そんな目をしたのも一瞬。彼女はいつも通りの明るい少女へ戻ると、明瑠へ声をかけてから自らの席へついた。

 

 

 

 外留(パズル)町と隣の神賀(じんが)町の境にあるバー『青山』。壮年のマスターが一人で経営する、寂れた店だ。一日に来る客は少なければ零、多くとも三人ほど。

 

 その店に、一人の男性が入ってきた。茶色混じりの黒髪をツーブロックに整え、ピッチリとしたスーツを着込んでいる彼の入店に、マスターは嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「これはこれは、桜井様。お久しぶりですね」

 

「ああ、出張が終わった帰りなんだよ」

 

 桜井、と呼ばれた男はそう微笑んでカウンターに座る。荷物を椅子の下へ置くと、マスターがグラスを拭きながらオーダーを訊く。

 

「本日はどうしますか?」

 

「ミルクでももらおうか、なんてね。『スモークハイボール』を一つお願い」

 

 注文したのは【雲魔物(クラウディアン)-スモークボール】を象った泡が特徴的なハイボールだ。この客がよく頼む品の一つで、それを懐かしんでマスターは笑みを浮かべる。

 

「出張、と言っていましたが、どちらへ行かれていたのです?」

 

「ちょっと業多(かるた)町にね。なんでも、最近事件が多いらしくって」

 

 男性客、桜井(さくらい)真之介(しんのすけ)は『デュエルセキュリティ』と呼ばれる組織に所属している。簡単に言うと、デュエル専門の警察だ。その呼び名も俗称で、正確には『決闘課』という部署に所属する、警察官がセキュリティと呼ばれている。

 しかし、今はただの酒飲み客。疲れ切った心身をこうして休めているだけの、ただの三十過ぎたオッサンだ。

 

 しばらくそうしてマスターに愚痴を零したり、少し機密を漏らしてしまって焦ったり、マスターが口は固いと言うので安心したり。

 

 真之介の来店から、三十分ほど経った頃だろうか。店の扉が開かれ、珍しく二人目の客がバーを訪れる。

 

「いらっしゃいませ──」

 

 マスターの声と共に入り口へ振り返った真之介が見たのは、黒いコートを着た不審人物の姿だった。その顔はフードと髪に隠れてよく見えない。だが雰囲気からしてまだ若者だろう、と真之介は看破する。職業柄、顔を見なくても大体の年齢はわかる。

 まあ、四十過ぎたオッサンがコートをはためかせてダイナミック来店とか、痛すぎるので想像したくないという理由が一割あるが。

 

「レヴァテイン、やれ」

 

 マスターの言葉を完全に無視し、不審人物が一言呟く。どういうつもりかと疑問を感じたのも束の間、その声に反応するように彼から夜の闇とはまた違った黒が店を塗り潰していく。咄嗟に身構えた真之介だが、対応したところでどうにかなるものでもない。バーの景色は白黒(モノクロ)に代わり、不審人物と真之介のみがこの空間に色を伴って存在している。店のマスターも先ほどまで飲んでいた酒も、そこにはなかった。

 

「ここは・・・・・・」

 

「お前には俺とアンティデュエルしてもらう。俺が勝てばお前のカードを貰う。お前が勝てば、この空間から逃がしてやるよ」

 

 周囲を見回す真之介に、不審人物が傲岸不遜に言う。彼としてはこの発言を無視することは出来るが、確認した所デュエルディスクに何かしらの操作が加えられており、デュエル以外の機能が使えなくなっている。警察用の緊急電話も同じだ。

 

「・・・・・・デュエルに応じない、と言えば?」

 

「お前は一生このままだ。わかったらさっさと構えろ」

 

 どうやら、相手は話し合いが通じないらしい。右腕に装着したディスクはすでに展開され、臨戦体勢が整っている。

 

「確認したいことがある」

 

「好きにしろ」

 

 許可を得た真之介は、不審人物の背後にある扉から店を出る。しかし、バーを出た先にあったのはまたバーの内装。白と黒しかないその空間で、不審人物がカウンターに座り足を組んでいるだけだ。退屈そうに頬杖を突き、ただ宙空を見つめている。

 

「気は済んだか?」

 

 彼は視線を真之介へ向け、どこか機械的な声で言う。問いかけ、というには相応しくない声音。それは、ただの確認だった。

 

「やるしか、ないのか」

 

 状況は理解できていないし、この空間の仕組みもロジックもわからない。だが、デュエルを拒否すれば目の前の不審人物は宣言通り自分を放置するだろう。こんな怪しい空間で一生を過ごすなど、願い下げだった。

 

 だが、そのままデュエルを受けるだけ、というのもセキュリティとしてあり得なかった。

 ディスクを操作し、『デュエルアンカー』──勝敗を問わず、デュエルした相手を拘束するセキュリティのアイテムを不審人物のディスクへと投げつける。以前は敗者のみを拘束するものだったが、『でも、それっておかしくないかな?』という声が多数上がり、改良されたものだ。

 

「何だコレ。・・・・・・まあいいか」

 

 不審人物はその存在を知らないようだが、どうやらデュエルに応じれば何でもいらしい。随分寛容な不審者だ。

 

「いくぞ──「デュエル!」」

 

 先攻は真之介だ。彼は手札を確認し、そのうち二枚を手に取る。

 

「永続魔法【グレイドル・インパクト】フィールド魔法【KYOUTOUウォーターフロント】を発動。モンスターを伏せて、ターン終了。

 エンドフェイズ、【グレイドル・インパクト】の効果でデッキから【グレイドル・イーグル】を手札に加える」

 

 大量展開はせず、モンスターは一体のみ。静かな立ち上がりだ。

 

 

桜井真之介

LP8000 手札3

□イ□□□

■□□□□K

 □ □

□□□□□

□□□□□

不審人物

LP8000 手札5

■:伏せモンスター

K:KYOUTOUウォーターフロント

イ:グレイドル・インパクト

 

 

「俺のターン、【増援】を発動。デッキから戦士族を手札に加える」

 

 サーチしたのは【巨竜の聖騎士(パラディン・オブ・フェルグラント)】。【巨神竜フェルグラント】に仕える騎士のモンスターだ。

 フィールドからカードが墓地へ送られたことにより、【KYOUTOUウォーターフロント】に壊獣カウンターが乗る。

 

「【巨竜の聖騎士】を召喚。効果でデッキからドラゴン族を装備する。【竜の霊廟】を発動、デッキからドラゴン族を墓地に送る」

 

 聖騎士に【アークブレイブ・ドラゴン】の輝きが宿り、【巨神竜フェルグラント】が墓地へ送られる。それらは全て真之介のデュエルディスクに表示されるが、マナーがなっていないのは事実だ。今度決闘課でデュエルマナー講習を提案しよう、と考えてしまう真之介。彼はかなりワーカホリックなようだ。

 

「バトル、パラディンでモンスターを攻撃」

 

 聖騎士が剣で裏側のカードを切り裂くと、【グレイドル・アリゲーター】が両断され液体の身体を飛び散らせる。

 その銀色の液体は聖騎士へ取り付こうと触手のように一部を伸ばしたが、聖騎士の宿す光の輝きに遮られ敢えなく墓地へと移動した。

 

「【グレイドル・アリゲーター】の効果は使えない、か・・・・・・」

 

 レベル3【グレイドル】は戦闘で破壊されると相手モンスター一体のコントロールを得る効果がある。しかし【巨竜の聖騎士】には装備カードを装備していれば他のモンスターの効果を受けない効果があるため、それが効かないのだ。

 恐らく【グレイドル・インパクト】を使ったことから伏せモンスターが【グレイドル】であると考え、パラディンを召喚しそれ以上の展開をせずに攻撃してきたのだろう。淡々とした口調に的確なプレイング、正にデュエルマシーンだと真之介は冷や汗を流す。

 

「カードを一枚伏せる。ターンエンド」

 

 

桜井真之介

LP8000 手札3

□イ□□□

□□□□□K

 □ □

□□□聖□

□□ア□■

不審人物

LP8000 手札3

聖:巨竜の聖騎士

K:KYOUTOUウォーターフロント

イ:グレイドル・インパクト

ア:アークブレイブ・ドラゴン(装備カード)

■:伏せカード

 

 

 真之介はフィールドを確認しながらカードを引き、少し思考を巡らせる。モンスター効果を受け付けないモンスター、その存在はコントロール奪取デッキにとって致命的だ。無論、対策もしている。

 

「ウォーターフロントの効果、カウンターが三つ以上乗っている時、デッキから【壊獣】モンスター、【壊星壊獣ジズキエル】を手札に加える」

 

 【増援】【竜の霊廟】【グレイドル・アリゲーター】。三枚のカードが墓地へ送られているため、カウンターは三つ。よってこの効果が使える。

 

「そして、相手フィールドのモンスター一体をリリースすることで、ジズキエルは特殊召喚できる!」

 

 騎士を踏みつぶし、天井を突き抜けながら星をも壊す怪獣が不審人物の戦場へと現れる。それにより【KYOUTOUウォーターフロント】にカウンターが満たされ、ジズキエルが咆哮を上げる。

 

「【グレイドル・イーグル】を召喚。バトルフェイズ、ジズキエルに攻撃!」

 

 液体の荒鷲が現れ、巨大な怪獣に向かって飛翔する。当然弾き返され、その身体が床へぶちまけられる。

 

桜井真之介 LP8000→6200

 

 そして、その液体が怪獣へと取り付き、身体を縛り付ける。

 

「イーグルの効果、戦闘かモンスターの効果で破壊された時、相手モンスター一体のコントロールを得る!」

 

 ジズキエルには、カード一枚を対象とする効果を無効にする効果がある。だが──

 

「ジズキエルの効果はダメージステップには使えない。コントロールは貰うよ」

 

 水の縄に捕らえられ、壊星の怪獣が真之介の陣営へと寝返る。まあ元から彼のカードだが。

 

「これで君のフィールドはガラ空きだ。ジズキエルでダイレクトアタック!」

 

不審人物 LP8000→4700

 

 銀の水に身体を操られ、怪獣が口から光線を吐き出す。映像であるはずのそれを不審人物は回避し、壁にぶつかった熱線がバーを破壊する。

 

(あれは・・・・・・?)

 

 崩れた壁は瓦礫とはならず、壊れた部分に黒い(もや)のようなものが生まれていた。それは数秒で纏まったが、壁が修復された様子はない。どうやら、壊れたものはそうなるらしい。

 このことから、真之介は断片的にだがこの空間のことを理解し始めていた。

 

(この場所は、バー『青山』じゃなくて、それを再現した別の場所なのか?)

 

 扉から出られなかったのは、外には何もないから、もしくは()なんて存在しないから。そう考えると、先ほどの靄にも見当がつく。あれが、この空間を作っているのだろう。

 

「おい。やることがないならさっさとターンを終えろ」

 

「あ、ああ、すまない。カードを一枚伏せ、エンドフェイズに【グレイドル・インパクト】の効果で【グレイドル・アリゲーター】を手札に加える。これでターン終了だ」

 

 思考に時間を割いていた真之介に不審人物が苛立った声をぶつける。その剣幕に思わず謝りながらターンを終えた。

 

 

桜井真之介

LP6200 手札2

□イグ□■

□□□壊□K

 □ □

□□□□□

□□□□■

不審人物

LP4700 手札3

壊:壊星壊獣ジズキエル

K:KYOUTOUウォーターフロント

グ:グレイドル・イーグル(装備カード)

イ:グレイドル・インパクト

■:伏せカード

 

 

 手番が移る。黒コートの男はカードを引き、それを確認するよりも早く宣言した。

 

「墓地のアークブレイブの効果。フェルグラントを特殊召喚」

 

 これは『墓地のカードを対象に取る』効果。つまり、ジズキエルの効果範囲内だ。ちらり、と真之介は伏せられたカードに目を向け、壊星の力を借りることにした。

 

「ジズキエルの効果、ウォーターフロントの壊獣カウンターを三つ取り除き、その効果を無効にする。そして、その伏せカードを破壊!」

 

 自身にまとわりつく水にへの怒りからかジズキエルが暴れ、その尻尾が床を壊しながらアークブレイブの輝きと伏せカードを叩き割る。その暴れっぷりに真之介も不審人物も少し距離を取って安全を確保した。

 

「うわっ、とと」

 

 地震でも起きたかのような揺れに真之介が声を漏らす。そして、ソリッドビジョンであるはずのジズキエルがそれを起こしたことに気づき、ハッと目を向ける。

 

「まさか、君はこのカードを狙って!?」

 

 原理はわからないし、こんな風に暴れるジズキエルは初めて、というかこのカードは出張先で入手したカードのため、デュエルディスクを用いた戦いで使うのも初めてだ。けれど、この異常性はわかる。

 その上で、狙うならばこのカードではないかと考えたのだ。アンティデュエルを仕掛けてきたタイミングも、このカードを手に入れてからと考えれば辻褄が合う。

 

「だとしたら何だ」

 

 プレイングを止められたことからか、少々怒りの混じった声音の不審人物。それを肯定と捉え、真之介は思考を続ける。

 

(なら、彼が噂の『精霊狩り』か?)

 

 今のジズキエルの状況は、決闘課に寄せられる『精霊』の情報と酷似している。実際に会ったことはなかったが、恐らくコレが精霊のカードなのだろう。

 

「こんな危険なカードを渡す訳にはいかない・・・・・・」

 

 所持している自分も安全とは言えないだろう。今すぐにでもセキュリティの本部に向かうべき案件だ。

 

「ゴチャゴチャと。【復活の福音】を発動、フェルグラントを復活させる」

 

「くっ、もう一度ジズキエルの効果を使う!」

 

 先ほど破壊した伏せカード【トレード・イン】が墓地へ送られたことで、ウォーターフロントのカウンターは三つある。ならばここで止めるべきだろう。

 

「【トレード・イン】を発動、手札のレベル8を捨てて二枚ドロー」

 

 コストにされたのは、このターンに引いた【闇黒の魔王ディアボロス】。恐らく最初のターンに【トレード・イン】を二枚握っており、一枚をブラフとして使ったのだろう。

 

「【簡易融合(インスタント・フュージョン)】を発動。来い【サウザンドアイズ・サクリファイス】」

 

不審人物 LP4700→3700

 

 1000とラベルが貼られたカップ麺にお湯が注がれ、そこから幾つもの瞳を持った異形の怪物が姿を現す。集合体恐怖症の真之介は口元を抑えながら顔を逸らした。

 

「サクリファイスの効果でジズキエルを装備する。

 通常召喚、【巨竜の守護騎士(ガーディアン・オブ・フェルグラント)】。効果で墓地のドラゴン一体を装備する」

 

 千眼の怪物がジズキエルを絡め取り、銀の水から引き剥がすとそのまま体内に取り込んだ。

 その横に並ぶ、フェルグラントに仕える守護騎士。アークブレイブの輝きを戦斧に宿し、勇ましく担ぐ。

 

「ガーディアンの効果、自身とサクリファイスをリリースしフェルグラントを特殊召喚。闇属性がリリースされたことで、ディアボロスが復活する」

 

 守護騎士が異形の首を刈り取り、自身ごと供物として巨神竜を復活させる。討ち取られたサクリファイス(生け贄)の身体から闇が溢れ、魔王の名を持つ竜もまた蘇る。

 

「フェルグラントの効果、ジズキエルを除外し、そのレベル分ステータスを上げる」

 

 これにより、攻撃力は3800。二体の攻撃力を合わせれば、真之介のライフを奪うには十分だ。

 

「バトル。ディアボロスでダイレクトアタック」

 

 真之介は伏せカードを使うかどうか逡巡し、使うことを選んだ。

 

「【グレイドル・パラサイト】を発動! 相手モンスターの直接攻撃宣言時、デッキから【グレイドル】を攻撃表示で特殊召喚出来る! 来てくれ、【グレイドル・イーグル】!」

 

 魔王竜が咆哮し、その豪腕を真之介へ振るうが、銀水の鷲がどこからか現れ、自らを盾として主人を守る。

 そのまま殴られスライム状の液体となり、不審人物のフィールドへと侵入した。

 

「イーグルの効果、フェルグラントのコントロールを得る」

 

 銀スライムが黄金の竜を捕らえ、縄状にした身体を幾重にも重ねて自由を奪い、真之介のフィールドまで強引に引っ張る。フェルグラントが拒絶するように暴れ、またバーが破壊された。

 

「カードを伏せる。ターンエンド」

 

 

桜井真之介

LP4700 手札2

グイ□□パ

□□巨□□K

 □ □

□□闇□□

□□□□■

不審人物

LP3700 手札0

巨:巨神竜フェルグラント

闇:闇黒の魔王ディアボロス

K:KYOUTOUウォーターフロント

パ:グレイドル・パラサイト

イ:グレイドル・インパクト

グ:グレイドル・イーグル

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 これで手札は三枚。不審人物が手札なし(ハンドレス)なのを考えると、アドバンテージの差は明白だろう。

 しかし問題はディアボロスだ。対象に取れず、リリースもできない。正に真之介のデッキの天敵と言える。

 

「スタンバイ、【リビングデットの呼び声】を発動だ。来い【アークブレイブ・ドラゴン】」

 

 主の命を受け、白金の竜が舞い上がる。しまった、と真之介は顔を驚愕と焦りに染める。

 

「アークブレイブの効果、相手フィールドのオモテの魔法・罠を全て除外する」

 

 白金の竜が羽ばたき、その翼が起こした旋風によって真之介のフィールドのカードが飛ばされていく。装備された【グレイドル】が場を離れたことで、フェルグラントも破壊された。

 

 彼のデッキは、勝利よりも継戦能力を意識したものになっている。というのも、相手が凶悪デュエル犯罪者であってもデュエルによってその場に拘束し、応援を待つなどの手段を取れるからだ。そのため、リソースを回復し続けるデッキ構築になっている。

 

 そのリソースの源が、全て砕かれた。カウンターを取り除くことで破壊を免れる【KYOUTOUウォーターフロント】も、除外には対処できない。

 

「だが、まだだ!」

 

 しかし、それが諦める(サレンダーする)理由になるかと問われれば、否だ。目の前にいる男が『精霊狩り』であるならば、取り逃がす訳にはいかない。何より、自分の持つ精霊のカードを渡す訳にはいかない。

 

「【妨げられた壊獣の眠り】を発動! フィールドのモンスターを全て破壊する!」

 

 地面が割れ、その亀裂が竜達を飲み込む。しかし彼らは飛行タイプのモンスター、【復活の福音】をデコイとし地面から舞い戻る。モンスターが破壊できなかったことで、地下の壊獣達も特殊召喚されず歯がみしている。

 

「【グレイドル・スライムJr.(ジュニア)】を召喚! 効果で墓地の【グレイドル・イーグル】と手札の【グレイドル・アリゲーター】を特殊召喚!」

 

 スライムJr.はチューナーモンスター。効果使用後は水属性しか特殊召喚できなくなるが、【グレイドル】にはレベル8のシンクロモンスターがいる。

 

「スライムJr.でイーグル、アリゲーターをチューニング! シンクロ召喚、【白闘気白鯨(ホワイト・オーラ・ホエール)】!」

 

 水しぶきと共に現れたのは、白い身体を持つ巨大な鯨。またバーの内装が破壊されたが、もう壊れすぎて黒い靄だらけの状態だ、今更どうでもいい。

 

「ホエールの効果、シンクロ召喚成功時、相手モンスター全てを破壊する!」

 

 白鯨が嘶くと、どこからか大波が現れ竜達を飲み込み連れ去っていく。流石の飛行タイプモンスターも、津波には負けるらしい。

 

「バトルフェイズ、ホエールでダイレクトアタック!」

 

 再び白鯨が津波を起こし、打ち付けられた水によって不審人物へダメージが入る。しかし攻撃は映像のようで、濡れることはない。

 この辺りの境界がよくわからないが、判断材料を探す余裕はない。

 

「これでターン終了」

 

 手札を使い果たし、ほぼ全てを出し切った状態で真之介はターンを終える。

 

 

桜井真之介

LP4700 手札0

□□□□□

□□鯨□□

 □ □

□□□□□

□□□□□

不審人物

LP900 手札0

鯨:白闘気白鯨

 

 

「俺のターン」

 

 ライフは三桁になり、手札もフィールドも何もない。しかしその状況に感情を動かすことはなく、ただ淡々とカードを引く。

 

「アークブレイブの効果。来いフェルグラント」

 

 再び現れる金色の竜。操られたことが癪だったのか、怒りをぶつけるように白鯨へブレスを撃つ。

 

「通常召喚、【竜魔導の守護者】」

 

 槍を携えた青い竜戦士がフェルグラントの隣に並び、構えを取る。二体の攻撃力は、真之介のライフを上回っていた。

 

「バトル。終わりにしろ」

 

 竜魔導が槍で真之介を貫き、フェルグラントがその身体へ食らいつく。その生々しい映像に真之介は痛みを幻覚し、意識を失った。

 

 

 

 デュエルが終わり、モノクロの空間が溶けていく。そうして戻ってきたのはバーの入り口だった。

 

「さ、桜井さん! どうなさったのです!?」

 

 店内では彼の()()()()()()()()()三十路の男へ駆け寄る店主の姿。そして、手には【壊星壊獣ジズキエル】のカードがあった。

 

『終わったか、竜騎』

 

 バーを後にし、隣に現れた武装竜へ首肯する。そして視線だけでそちらを見ると、足を止めた。

 

「それで、次の精霊は見つかったか?」

 

『いや、まだだ。デュエルが終わったようだったから、心配して見に来──』

 

「必要ない」

 

 レヴァテインの言葉を遮り、斬り捨てる。そしてジズキエルのカードを懐へしまうと、そのままパルクールのように家の屋根へ跳び乗って移動し出した。なるべく他人の視線に入らないようにするため、普段彼は屋根の上や暗い路地などを歩いているのだ。

 

 早く、彼女の元へ帰らねば。もし彼女が目覚めたときに誰もいなかったら不安がるだろう。夜道を駆ける彼の頭には、彼女のことしかなかった。




グレイドル・コブラ「オレは?」

グレイドル・ドラゴン「オレは?」

警察官「犯人、取り逃がしました!」

簡単にすると、こんな内容(大嘘)。


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