進撃のワルキューレ (夜魅夜魅)
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プロローグ

 850年12月8日、午前6時45分

 

 ウォールローゼ内工業都市の一角、仮設司令部が置かれている建物の二階で、リタ=ヴラタスキは自身の専用装備である機動ジャケットの点検をしていた。普段ならこういった作業はシャスタの範疇だが、今彼女はここにはいない。シャスタは壁外領域(ウォールマリア)内に擬装している装輪装甲車(ストライカー)内で敵の動きを観測しているはずだった。

 

 自動翻訳を兼ねているイヤホンから呼び出し音が鳴った。リタが応答するとシャスタ=レイルの緊張した様子の声が飛び込んできた。

『リタ、来ました』

「やつらか?」

『は、はい。今しがた旧シガンシナ区付近に展開していた巨人達が一斉に北上を開始しました。数が多すぎるため、音紋センサーでは正確な測定ができません。ま、間違いなく二千は超えています』

音紋センサーはリタ達が持つ優秀な観測網である。複数のセンサーから得られる振動波を解析することにより離れた場所にいる巨人の位置や数を探知できるのだった。

 

「となると既に壁外領域にいる巨人も合流するだろうから三千は超えるな」

 リタは今回の敵襲にあたり、巨人の総数を二千から三千と予想して他の軍幹部にも伝えている。

『わ、悪い方の予想があたりましたね』

「そうだな。それで敵の進撃方向は?」

『お、おそらくトロスト区です。現在の進撃速度で考えれば5時間後でしょう』

正午にはトロスト区に過去最大規模の敵集団が殺到してくるという事だった。前回のトロスト区防衛戦の数倍以上の大軍勢である。

「予想どおりだな。すぐに全軍に緊急通達を出そう」

リタは現在、人類連合軍の総指揮を任されている立場にある。今回の迎撃作戦はリタが立案し、現政権に了解を求めたものでそれだけに責任重大だった。

 

『あ、あのう……』

シャスタは何か含みのある疑問を投げ掛けてきた。

「どうした?」

『私たちは勝てるのでしょうか?』

「厳しい戦いになる事は承知している。それでも戦わなければならない時もあるのだ。ハンジやペトラとの約束を守るためにもな」

『そ、そうですね』

「あの日ペトラに出会った。それから半年か……、色々あったが決して負けるわけにはいかない。志半ばにして散っていった彼らの思いに答えるためにも……」

 

 リタは半年前、この世界に迷い込んできた時の事を思い出した。最初は何も分からない世界で、人喰い巨人が徘徊している事に驚かされた。そして大量の巨人に囲まれ絶望的な戦いをしていた一人の若い女性兵士をリタ達は助けた。それがペトラとの出会いだった。




【あとがき】
話が終盤に突入したので、整理も兼ねて、クライマックスとなる巨人の大侵攻をプロローグに挟みました。役職や軍事体制などはわざとぼかしてあります。


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プロローグ
第0話、追憶


ALL YOU NEED IS KILL(オールユーニーズ・イズ・キル)のヒロイン、リタの元の世界の話です。




 2本の巨大な戦斧(バトルアックス)が旋風と共に交錯した。リタ=ヴラタスキの放った一撃は交わされたが、敵兵の一撃はリタの機動ジャケットの胸部を粉砕した。

 

「……」

 激しい衝撃で意識が飛んでいたようだ。リタは仰向けに倒れていた。割れたヘルメットの隙間から空が見えている。

 空は赤かった。時刻はもう夕刻だった。咳き込むと同時に鉄の錆びたような血の匂いが鼻についた。もう自分は長くはないだろう。

 

 傍らにはリタに致命傷を負わせた敵兵――若年兵がいた。リタと彼はわずか1日の出会いだったが、消えてしまった時間ループの中では、彼と共に幾度の戦場を駆け抜けてきたはずだ。自分以外に人類の天敵(ギタイ)のループを打ち破れる存在が現れたと知ったとき、リタは思わず涙ぐんでしまったものだ。これで孤独な戦いをしなくてすむと……。

 

 しかし運命はどこまでも残酷だった。ギタイのループを脱出できるのはただ一人。どちらかは死ぬ必要がある。

 

 その事実に気付いた時、リタは慄然とした。少しして冷静を取り戻すと、いささかリタは彼に甘すぎたとのだと思い直した。

 

 最初のループに巻き込まれた時、上官だった大切なあの人を失った。リタにとって初恋だったあの人。ほろ苦く、甘い、そして悲しい記憶……。その時から、リタは戦場でのみ生きると決めていたのだから。

 

 その気になればリタは確実に彼を殺す事はできただろう。油断している背後から一撃を喰らわせば間違いなくリタが勝者となっていたはずだ。記憶にはなくとも幾度の戦場を駆け抜けてきたであろう戦友をそんな卑劣な手段で逝かせたくはなかった。正々堂々、決闘をする道を選んだのだった。

 負けはしたが後悔はしていない。リタに匹敵する戦闘技量を持っている事が確認できたのだから。彼がいる限り、人類はギタイに簡単に負ける事はないだろう。

 

「ずいぶんと長い戦いだった……。もう夕刻なのだな……」

 今日の一日も長い戦いだった。午前中、自分達のジャパン・フラワーライン基地は敵ギタイの大群によって奇襲を受けた。味方は大打撃を蒙っていた。民間人も含めて数千人単位の死傷者が出ている事だろう。それでもUS特殊部隊を中心に奮戦したおかげで戦線は持ち直した。敵の司令塔であるギタイサーバももう目の前に倒せる位置に来ている。後は彼が全て引き受けてくれるだろう。

 

「夕焼けだ。綺麗な色だよ」

 彼は涙声になりながら答えた。彼の声も耳から遠くなっていく。体がやけに重かった。

「感傷的な奴だ……」

リタは精一杯微笑んだつもりだった。

 

(リタ、待って……)

 どこからともなく自分を呼ぶ女の声が聞こえる。この戦場にはリタと彼しかないはずだ。どうやら幻聴のようだった。天使か悪魔か判らないが、どうやらお迎えが来たようだった。

 

(あたしと一緒に来て戦ってくれる?)

(ああ、そうだな。この世界は彼が役目を継いでくれる。戦争がある世界ならどこでも構わないぞ)

(それが絶望に覆われた世界だったとしても?)

(ふふっ。それなら、なおさら遣り甲斐があるな)

 リタは不敵にも微笑んだ。

(リタらしいね)

姿が見えない相手の女は微笑んでいるようだった。やがてリタの意識はすっと闇の中へと落ちていった。




【あとがき】
リタの『ALL YOU NEED IS KILL』世界における最後の戦いです。
そして、最後に出てきた幻聴(?)がリタが転移させたのかもしれません。

タイトルを変更。後は誤字修正のみです。(2018/1/12)


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第1章 出会い
第1話、目覚め


リタがぺトラと会う数時間前の出来事です。


(ここはどこだ? どうしてここに?)

 目を覚ましたリタ=ヴラタスキは辺りを見回す。狭い装甲車内の長椅子に寝かされていた。低い天井、壁際にはリタ専用の紅い機動ジャケットが固定されており、戦斧、銃火器、物資食料が入ったバックパックなどが所狭しと並べてあった。

 

(昨晩、わたしは基地の個室で寝ていたはずだ。ボウソウ半島沖のコイシウシ島奪還作戦まではまだ日数があるはず……)

 リタは昨日までの記憶を探った。自分が所属する統合防疫軍US(ユーエス)特殊部隊は、北アフリカ防衛戦を終えて、日本本州防衛戦に配置転換されてきたところだった。フラワーライン前線基地の士官用の個室で寝ていたところまで記憶はあるのだが、装甲車の中にいる現状と記憶が繋がらなかった。

 それ以上、無理に思い出そうとすると強烈な頭痛が襲ってくる。リタは記憶から探るのを諦めた。

 

(外に出れば何かわかるだろう)

 鋼鉄製の扉を開いて外に出てみた。

「な!?」

 リタは驚いた。そこには雑木林の中だったが木の間から地平線が見え荒野が広がっていた。周囲には低樹木が植生しており、遠くには針葉樹の森が見えている。人工物は何一つして見当たらない。狭い島国の日本ではありえない光景だった。

 

 雑木林と荒野の入り混じった大自然の中に、この8輪式装輪装甲車(ストライカー)が駐車していた。40ミリ自動擲弾銃を装備するが、戦闘ではなく輸送をメインとする車両だった。リタはこの装甲車に見覚えがあった。北アフリカ防疫戦では陸路で移動する事が多かった為、リタ専用の個室代わりに割り当てられた車両である。多少なりとも愛着のある車両だった。

 

「あっ、リタ。目が覚めましたか?」

 車両の傍らにシャスタ・レイルがいた。シャスタはリタ専属の整備士で中尉待遇の技術士官である。アメリカンネイティブの血を引く黒髪をミツアミにまとめ、丸い黒眼鏡をかけている。最高学府たるMIT大学を首席で卒業し最新鋭の機動ジャケットの設計に携わるなど頭脳は抜群に優秀なのだが、どこか抜けているところがあった。

 

「ここはですね、ひゃあぁぁ!?」

 悲鳴と共に何かに躓いて転ぶ音がする。シャスタが地面に顔から突っ込んで転んでいた。

「あいたた……」

シャスタはうずくまったまま土で汚れた顔を摩っている。あいかわらずのドジっぷりだった。

 

「で、中尉。この状況……」

シャスタは拗ねた顔を近づけてくる。

「ああ、もう。またあたしの事を中尉だなんて! よしてください、シャスタでいいです」

「いや、中尉……」

リタは准尉なので、階級的にはシャスタが上官にあたるからだ。

「シャスタです。じゃないと返事しませんから」

シャスタはそう言ってぷいっと顔を背けた。

「わ、わかったよ、シャスタ」

「はい、リタ」

シャスタはにっこりと笑った。

 

「それでシャスタ。この状況の説明を求めたいのだが……」

「はい、実はですね……」

 シャスタはそこで一区切りいれる。

「よくわかりません。あはは……」

シャスタは頭を掻いて笑ってごまかしている。リタはがっくりと肩の力が抜けた。

「あっ、でも、あたし達の世界じゃない、どこか別世界なのは確かですね」

「別世界……。これもギタイのループなのか?」

 

 リタ達の世界では、ギタイとよばれる天敵と人類は生存をかけて戦っていた。実のところ、ギタイは異星人が地球をテラフォーミングするための一種の自動工作機械のようなもので、現地生物(人類)が邪魔なので排除しようとしているというのが一番確度の高い通説だった。

 ギタイの特殊能力――時間の巻き戻しにより、人類は徐々に追い詰められていた。いかに人類が多大な戦果をあげようとも時間を巻き戻してなかったことにされてしまえば、勝てるはずがない。奴らは自分達の都合のいい戦果になるまで何度でも時間を巻き戻してしまう。

 リタはフロリダ奪還作戦の際、そのギタイの時間ループに巻き込まれ、幾たびの出撃と戦死を繰り返したのだった。ギタイの時間ループを引き起こす張本人たる存在――通称ギタイサーバを適切に破壊する方法を見つけ出すのに210回もの戦死を繰りかえした。

 それだけの死地を潜り抜けたことで超越した戦闘技量を身につけ、戦場の牝犬とのあだ名まで付けられるほどだった。ちなみに時間ループの事は限られた人間しか知らない。シャスタはその数少ない一人だった。

 

「リタ、リタはどこまで記憶を持っていますか?」

「……日本との共同作戦の為にフラワーライン基地に移動してきた事は憶えている。確か出撃は3日後だったはずだ。シャスタは?」

 シャスタは首を振る。

「わたしは記憶があいまいです。タテヤマでカプセルトレイを買いに行った事は覚えているのですが……」

シャスタは自分の趣味であるオモチャを買出しに行った事までは覚えているようだった。

 

 ギタイの時間ループはおよそ30時間。戦闘が始まってから奴らは巻き戻しを行うと考えられる。そうなると出撃3日前に戻るのは奇妙だった。そもそも未来のリアルな予知夢として記憶に挿入されるだけであり、別世界の移動とは性質が異なるだろう。思い入れがあるとはいえ装甲車まで一緒というのも摩訶不思議な話だった。

 

「……」

 シャスタは頬に人指し指を当てて考えている。

「……やっぱりループとは違いますよね。あたし達はあの装甲車ごと別世界に飛ばされてきたと考えた方が自然です。それも地球に似ているけれども地球でない惑星にです」

「地球ではない?」

「はい、周りを見て違いはわかりますか?」

「いや何も。ただの荒地にしか……」

リタは辺りを見渡してみた。無人の荒野だが地球でないと思えるものは特に見つけられなかった。目が慣れてきたのか全体的に暗い感じがする。

 

「そういえば太陽の光が普段より暗い気がするが……」

「そうです。あたし達の世界と太陽の大きさが違います。天体観測機器がないので正確には言えませんが、この惑星自体があたし達の地球より太陽から遠くにいるみたいです。夜、星空を観測して既知の天体の有無が分かれば、ここがどこなのか分かるかもしれません」

「……」

シャスタのいう事が事実ならば、ここは既存の地球とは異なる惑星のようだった。地球の公転軌道が一晩で変わるはずがないからだ。

 

「でも原因は皆目見当がつかないですぅ。すみません」

「シャスタが悪いわけじゃない。とりあえず生き延びる事を考えよう。それで、わたし達以外でこの世界に飛ばされてきた人は他に誰かいないのか?」

「今のところは誰も……」

 シャスタは首を振った。

「そうか、仕方ないな。わたしとシャスタと装甲車だけか……」

 さきほど見たところ、装甲車内には自分専用の赤い機動ジャケットと戦斧があり、その他にも多数の銃火器が格納されている。敵がいるかは不明だが、一戦交えることは可能だろう。

 

「あ、あの、リタ。驚かないで見て欲しいモノがあるんですけど……」

「なんだ?」

「落ち着いてみてくださいね」

 シャスタは随分大げさに言う。

「?」

リタは首を傾げた。すでに異世界に飛ばされている異常事態が起こっているのだ。それ以上に驚くものがあるとは思えなかった。

 

 シャスタに促されるままに装甲車の反対側に赴くと、地面にツインベットほどの大きな穴が開いており、中から土が次々に掻き出されていた。土木用重機でも用いているのかと思って覗き込んでみた。

「なっ!?」

リタは信じられないものを見た。ヒキガエルがぶくぶくに膨れたような丸い樽のような生き物が3体いた。リタはもちろんその姿を良く知っている。リタの世界では人類の天敵――ギタイだった。

 

 リタは急ぎ車内に戻って武器を取ろうとした処をシャスタが制した。

「大丈夫です。あのギタイ、今はあたし達の手下ですから」

シャスタの落ち着いた声にリタは戸惑う。

「オールタマ! 作業中止! リタ=ヴェラキスタ准尉に敬礼」

シャスタが号令すると、そのギタイ達は掘削(くっさく)を止めて見上げるような姿勢で短い手で敬礼していた。人類の天敵たるギタイが敬礼している。なんともシェールな姿だった。

「……」

リタは非常識な事態に頭が痛くなってきた。

 

「ほ、本当に大丈夫なのか? 襲ってこないのか?」

「はい、ちゃんと命令を聞いてくれます。現に掘削をしてくれていますから」

「そ、そうか……。それでなぜ掘削させている?」

「トラックですぅ」

シャスタが指差すところを見ると、ギタイ達が掘削しているすぐ傍にほとんど地面に埋っており天井付近だけが見えている軍用トラックが見えていた。

「もしかしたら誰かが乗っているかもしれませんし……」

「それもそうだな」

 リタは暫く思案して考えた。このギタイ達はシャスタに忠実なようなので、すぐさま始末する必要はないだろう。なにより異常とも言えるこの事態で仲間が増えるならそれほど心強い事はない。仮に仲間がいなくても軍用トラック内に物資があるかもしれない。

「わかった。続けてくれ」

リタはシャスタに掘削作業を継続するように命じる一方、万が一、あのギタイ達が自分達を襲ってきた場合も考えて、機動ジャケットを装着する事にした。

 

 それから半刻ほど後、埋まっていたトラックの後部ドアが露わになるまで掘り進んだ。

用心を兼ねてギタイ達を回りに散開させたところで、リタ達はトラックの中を検分する事にした。

 

 斜めに傾いた軍用トラック(4t)の荷台の中身だが、大量の補給資材やレーザーカッターを始めとする工作機械や水素電池や太陽光パネルなどが満載されていた。リタ専用の戦斧(バトルアックス)の素材となるタングステン鋼材も含まれている。整備兵のシャスタがいるので、機動ジェケットのメンテナンスは一定回数は可能だろう。

 

 運転席に誰かがいるのではないかと期待したが、運転席は無人だった。窓ガラスは割れており、大量の土砂が流れ込んでいるだけだ。結局、補給資材などは手に入ったものの、仲間を見つける事はできなかった。

 

 そしてさきほどの怪しげなギタイ達だが、どうやらシャスタに忠実な事は疑いないようだった。リタが命令しても動く事はなかったが、シャスタが一時的な権限委譲命令(「これより5分間、リタの命令に従いなさい」など)を出せばリタの命令にも従うようだった。それでも時々は無視されてしまうようなのでシャスタが必要な事には変わりない。ちなみにシャスタはそれぞれの個体に名前をつけていた。『イタマ』、『二タマ』、『ミタマ』というらしい。

 

「本当にシャスタを(あるじ)としているようだな」

「うう……、すみません」

 シャスタはギタイ達に引き続き見張りを続けるように命令した。

 

「これはあたしの推測なんですけど、あのギタイ達もあたし達と一緒にこの世界に飛ばされてきたようです。ギタイサーバがいないこの世界では、あたし達を上位存在と認識しているようです。あたしの命令が最上位なのはあたしがリタより先に目覚めたせいでしょうか?」

 ギタイの時間ループにおいて人間の脳がデバイスの役目を果たす事があると聞いたことがある。それも影響しているのかもしれない。

 

「さ、最初はあたしも本当に驚きました。てっきり殺されるかと思いました。でも命令を聞くという事がわかって、本当に便利なんですぅ」

 シャスタの説明が熱を帯びてきた。

「……」

「力作業でも警備でも偵察でもなんでもこなす戦闘ロボットみたいで……。ちなみにタマというのは、日本では猫に付けられる一般的な名前でして、タマには(ボール)の意味もあるんです。ぴったりでしょう?」

「……」

突っ込みどころが多すぎてリタは反論するのも馬鹿馬鹿しくなった。

 

「それでですね。日本の数字にもじって順番に名前をつけちゃいました」

 良く見れば同じ体型でも身体の紋様などが若干異なっている。見慣れればそれぞれを認識する事も出来そうだった。シャスタに喋らせていると関係ない事まで延々と話してそうだった。肝心の事について聞いていなかった。

 

「わかった、わかった。あれが手下として使えるならそれでいい。それでこの世界についてなのだが、何か分かっているのか?」

「えーと、大気成分ですが地球に良く似ています。気圧が若干低く、酸素濃度がやや高いぐらいで特に生存には問題なさそうです。有害な病原体の存在が懸念されますが、それについては心配してもどうしようもありません。気密服などはありませんから」

「まあ、その場合はもうとっくに手遅れというわけだ」

「はい、あと周囲の地形については見てのとおり見渡す限り荒地です。現在、シタマに周辺を偵察させています。何か情報が入り次第、通信を入れるように命じました」

 シャスタは手下となっているタマ(ギタイ)に偵察を命じていたようだ。やるべき事はやっているようだった。

 

「ということはギタイは全部で4体か?」

「え? はい、そうです。大勢いたらマスゲームでもさせたかったのですが……」

シャスタの応答はどこかずれていた。

 

「あのギタイ達だがスピア弾を撃てるのか?」

 スピア弾とはギタイが持つ射出兵装である。40ミリ機関砲に相当する威力を持つこの兵器は、数キロの有効射程を持ち、リタ達の世界では人類軍を散々苦しめてきた。

 

「はい、弾丸を装填すれば可能です。現在、あたしが弾丸を預かって車内に保管してあります。あたしも最初は信用できなかったので、弾丸の提出を命じました」

 納得のいく判断だった。確かにいつでも射撃可能な状態で傍に居られては怖いだろう。銃口を向けられているのと変わらないからだ。

 

「それに無闇やたらと撃たせる事はお薦めしません。この世界では補給は期待できませんから」

「それもそうだ」

 タマ(ギタイ)達はスピア弾が撃てなくても手下として扱えるなら十分役に立つだろう。

 

「それでね、リタ~。お願いがあるんですよぉ」

 シャスタが急に甘えた声を出してリタに顔を近づけてくる。

「なんだ?」

「リタが目を覚ますまで、あたし、頑張っていたんですよ~。ご褒美くださいよぉ」

「褒美といわれても、わたしはシャスタが喜びそうな物は何も持ってないぞ」

「物じゃないですぅ。この世界にいる間だけでも姉妹って事でいいですか?」

「うん? まあ、別に構わないが」

「じゃあ、あたしが今日からリタのお姉ちゃんですよぅ。うんうん、一度、リタのお姉ちゃんになってみたかったんですぅ」

シャスタはリタに抱きつくと頭を撫でてくる。これぐらいなら許容範囲なので、リタはされるがままだった。

 

 ピピッという電子音がシャスタの持つ端末から鳴り響いた。

「あ、シタマが何か見つけたようです」

 シャスタとリタは急ぎ装甲車内に戻った。シャスタの説明では画像通信できるように頭部補助カメラと通信機器を持たせたとの事だ。車内のモニターにシタマからの映像が映し出された。望遠レンズで撮られた映像は、やや不鮮明なノイズで乱れていた。

 

「へぇー、騎馬隊のようですね」

 モニターに映っているのは、馬に乗った兵士の集団と、馬に引かれる荷馬車だった。自動車の類は見当たらない。

「なんか随分古めかしい感じですね。もしかしたら彼らは自動車の類を持っていないのかもしれません」

「いや、たまたま彼らが持っていないだけかもしれない。地球でも砂漠の遊牧民やエスキモーなら動物を使役しているじゃないか?」

「それもそうですね。でも人がいる世界で少し安心しました。無人の惑星だったらと思うと……」

シャスタのいう事ももっともだった。無人の惑星に放り出されていたら、これからどうするか途方に暮れたところだった。前近代的な文明であっても、人々の営みがあれば物資の補給などはやりやすくなる。またこの世界の情報を得ることも可能だろう。

 

「あれ? なんでしょう? あれも人でしょうか?」

 シャスタはモニターの中を指差した。姿形は成人男性のようだが、その大きさは常識を超えていた。騎馬隊の人々に比してその大きさは際立っていた。全長は10m以上、全裸で胴体が長く異常に大きい口には数多くの歯が見られる。嬉々とした表情のまま騎馬隊の方へと向かっていった。騎馬隊は算を乱して潰走しはじめた。そのうち騎馬隊の兵士一人が落馬した。巨人はその哀れな兵士を捕まえると口を大きく開ける。食事を始めそうな仕草だった。

 

「ま、まさか!?」

 シャスタは驚きの声をあげた。巨人は兵士を頭から丸齧りしていく。胴体、腰、脚と順番に咀嚼していった。人が人を食べているような無残な光景だった。

 

「な、な、なんなんですか? あれ?」

 シャスタは気分が悪くなったのか胸を押さえている。リタは戦場で惨状でいくつも見てきているので耐性はあった。

「この世界にはヒトと巨人がいて、ヒトは巨人に捕食される存在のようだな。食物連鎖の頂点に巨人がいるという事か……」

リタは冷静に分析していた。巨人といっても所詮生物だ。重火器で武装している自分達は十分撃退可能だろう。装甲車の機関砲、それに機動ジャケットもある。襲われても撃退は可能だろう。もっとも不必要な戦闘は避けるに越したことはない。

 

「巨人はどう考えても敵だな。まずはヒトと接触してみよう」

「えぇ!? まさか、行くんですか? 巨人に食べられちゃいます」

「このまま、じっとしていても巨人が襲ってくる可能性がある。ならば情報が得られる選択をするべきだろう。この世界にいつまでいるかは分からないが、情報は集めておくに越したことはない」

「わ、わかりました。リタがそういうなら」

 リタ達は周囲を警戒しながら装甲車で移動を始めた。




【現在公開できる情報】
リタの戦力
・8輪式装輪装甲車(機関砲搭載)
・リタ専用機動ジャケット
・機動歩兵用兵装:戦斧(重量200kg)、その他銃火器
・生体戦車(ギタイ)4体。(タマと命名)――スピア弾搭載

その他:(地面に埋まっていた軍用トラック内)
 補給資材、鋼材、蓄電池、太陽光パネル、ect


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第2話、初戦





 850年5月、ウォールマリア内トロスト区南東50キロ地点

 

(なんか嫌な感じね)

 第55回壁外調査に参加中の調査兵団兵士ぺトラ・ラルは、不吉な予感を覚えていた。

 

 荷駄隊の幌馬車1両が脱輪したため、修理を行う間、自分達5名の兵士が護衛についたのが、つい10分前の事だ。ここは低い樹木が多い雑木林だった。アンカーを撃ち込む場所が必要な立体機動装置本来の性能を発揮できない地形である。林の中で視界が悪いのは巨人達も同じなので決定的に不利な地形というわけではなかったが、それでも安心できそうになかった。

 

 調査兵団はそれほど資金に恵まれているわけではない。王国が保有する三つの兵団を人数規模で並べるなら軍団規模の駐屯兵団、旅団規模の憲兵団、連隊規模の調査兵団という事になり、予算は割り当ては最小である。その上、巨人との戦闘で人員物資の消耗が激しい部署だからだ。それゆえ可能な限り補給物資は持ち帰りたい処だが、上官のリヴァイ兵長からは巨人の襲撃がある場合は、退避を優先するように命令を受けていた。

 

 昼過ぎには別の索敵班との消息が途絶えた。恐らく巨人に襲撃されて全滅したものと思われた。巨人達の姿は見えないが確実に近くにいるのだ。

 

(まだ直らないの? 早く本隊に戻らないと……)

すでに夕暮れ時、周囲の視界は落ちてきていた。いつ巨人達が現れるか分からない焦燥感の中、時間だけが過ぎていく。

 

 突如、周囲の雑木林から鳥達が一斉に飛び立った。そして聞こえてくる地響き。巨人達の足音だった。

 

「作業中止っ! すぐに退避に取り掛かりなさいっ!」

 ぺトラは荷駄隊の兵士に命令した。

「し、しかし、もうまもなく修理は終わります」

荷駄隊の兵卒の一人が答える。

「いますぐ退避しなさいっ! 巨人達に食い殺されたいの?」

「は、はい」

兵士達はようやく馬に乗り始めた。

 

 雑木林の間から巨人達が次々と姿を現した。その数、10体、いや20体、さらに増えて30体を越す大群となった。

 

「なんなんだよ!? この数!?」

 部下の一人は呻いた。巨人の半数以上は3m級だが、7m級に加えて、最も脅威となる15m級が1体混じっていた。この辺りの地形は雑木林で背丈は数mほどで立体機動には向かない。2、3体だけならともかくこれだけ数はとても捌き切れないだろう。

 

 パニックを起こした荷駄隊の兵卒達は、各々が無我夢中で逃げ始める。縄に絡んで転んだ者、衝突して落馬したものも出た。統制は全く取れていない。

「落ち着いてっ!」

ぺトラは統制しようとするが、混乱は収まる気配はない。

「もうだめだ……」

ぺトラ配下の兵士達もパニックが伝染し各々が潰走しはじめた。こうなると組織的戦闘は不可能だった。

 

 惨劇が始まった。巨人達に捕獲されて頭から丸齧りされる者、胴体を引きちぎられて内臓をぶちまけたまま、下半身の方から食べられている者。

 

 乗り手を振り落としてパニックに陥った馬がぺトラに突っ込んできた。衝突の弾みでぺトラは振り落とされ地面に叩きつけられる。ぺトラの乗馬も錯乱が伝染したらしく勝手に逃走していった。

 

「!?」

 立ち上がったぺトラの目の前に迫る7m級巨人。とっさにワイヤーを巨人の斜め後方の樹木に打ち込み、立体機動装置を使って跳躍。さらに空中でワイヤーを別の樹に打ち込んで方向旋回、ガスを吹かして上昇。7m級巨人の背後に飛翔する。

 

「ここよっ!!」

 ぺトラは幾たびの死地を潜り抜けてきた経験と訓練の成果を存分に発揮した。二対の刀を両手に持って7m級巨人の延髄をV字型に切り飛ばす。その巨人は地響きを立てて崩れ落ちた。

 

 巨人は頭を吹き飛ばされても数分で再生し、不死身に近い肉体を持つ。その唯一の弱点が延髄の縦1m、幅10cmの部分だった。ここを削ぐ様に切り裂くと巨人は死ぬ。過去に人類が膨大な犠牲を払って突き止めた貴重な情報だった。

 

 さらにぺトラはガスを吹かして再度方向転換。3m級巨人の背後に回り込み、延髄を叩き切って潰す。巨人2体を討伐した。

 

(やったっ! えっ!?)

 喜んだのもつかの間、木に撃ち込んでいたワイヤーが急に跳ね飛んだ。ぺトラはバランスを崩して遠心力で振り回された。低い樹木の細い幹は強度が低く、ぺトラの無理な機動でワイヤーの固定が外れてしまったのだった。

 

「ぐっ!?」

 体を地面に打ちつけながらも受身を取って回転しながら着地した。なんとか起き上がり辺りを再度見渡してみると、ぺトラの周りに10体以上の巨人が迫ってきた。

 

 馬は無く走って逃走することは不可能、駆けっこをして巨人に適う訳がない。調査兵団の最精鋭リヴァイ兵長の指揮の下、高い戦闘力を持つぺトラでもこれだけの数を同時には捌き切れない。笑みを貼り付けた巨人の群れがじりじりと迫ってくる。

(ああ、お父様、お母様……)

ぺトラの心は絶望で占められていった。

 

 

 そのときだった。突如、甲高い空気を切り裂く音が鳴り響いた。ぺトラの目の前にいた7m級巨人の後頭部が炸裂した。7m級巨人は前のめりに倒れこんだ。体から蒸気が上がり気化が始まっていた。再生することなく絶命に至っている。巨人の弱点である延髄を粉砕する砲撃だった。恐ろしいまでの正確な狙撃精度と威力だった。ライフル程度では巨人に対しては無力であり、大砲も精度が低くて牽制ぐらいしか役立たないというのが、この世界の常識だった。それがぺトラの前では完全に覆されていた。

 

 次に最も脅威だった15m級巨人の頭部、顎から上の部分が炸裂して吹き飛んだ。15m級巨人は足元の3m級巨人数体を下敷きにして大きな地響きと共に倒れていった。

 

 木陰より赤い人影が猛スピードで突進してきた。いや、全身を真っ赤な鎧で包んだ騎士だった。その騎士は桁外れの巨大な戦斧(バトルアックス)を構えていた。比率を考えれば巨人が扱う方がしっくりくる程の巨大な斧である。斧もまた揃えたように真っ赤だった。

 

 巨人達は赤い騎士の出現には気付いていない。背後から完全な奇襲だった。赤い騎士は立体機動装置すら使う事なく軽々と跳躍する。空気を切り裂く旋風と共に戦斧が舞った。7m級巨人の首が宙に舞う。首を失った7m級巨人は前のめりに倒れた。

 

 赤い騎士はそのまま3m級巨人の群れの中に突っ込み、着地と同時に戦斧を一閃。首を叩き切られた3m級巨人の頭部がごろりと地面に落ちる。赤い騎士は戦斧を軽々と振り回して、巨人達の体を次々に叩き潰していく。倒した巨人の骸を一種の障害物となし、敵中にあっても囲まれる事を巧みに避けていた。立体機動装置を用いる自分達とは違う戦い方だが、卓越した戦闘技量の持ち主だという事は分かった。

 

 全身を覆いつくす鎧、巨大な斧、いずれも相当な重量があるはずだが、赤い騎士は踊っているかのように軽やかにステップを踏んでいた。さらに遠距離からの精密狙撃も加わって巨人達は次々に討伐されていく。

 

「すごい……」

 調査兵団で何度も戦ってきた事で、ぺトラは巨人の強さを身に染みて知っている。その巨人達が赤い騎士の前では一方的に狩られる存在となっていた。

 

(この人、強い……、桁外れに強い。でも巨人の弱点を知らないみたい)

 一見、赤い騎士が巨人達を一方的に蹂躙しているようだが、半数以上の巨人は、致命傷となる延髄への攻撃を受けていない。巨人達は驚異的な回復力を持つ。たとえ頭部が粉砕されても数分で再生させるほどだ。

 

 頭を潰されて地面に倒れていた15m級巨人が頭部を再生しながらゆっくりと立ち上がろうとしている。それを見た赤い騎士はしばし躊躇しているようだった。

 

「うなじっ! うなじを狙ってくださいっ! 巨人はうなじを潰さないと何度でも再生しますっ!」

 ぺトラは巨人の弱点を赤い騎士に伝える。赤い騎士はこちらを一瞥する。ぺトラは念の為、ジェスチャーで首の裏側を切る仕草をした。赤い騎士は頷いたように見えた。誰かに話しかけているような仕草をする。

 

 赤い騎士は戦闘を再開、再生中だった巨人達を今度は延髄を潰してしっかりと止めを刺していく。ぺトラの助言は伝わったようだった。

 

 頭部の再生を終えて再び立ち上がった15m級巨人。その後頭部が炸裂した。延髄を潰す砲撃だった。再び地響きと共に倒れ込む15m級巨人。今度は再生することなく絶命に至っていた。

 

(それにしてもどこから撃ってきているの?)

 やや落ち着いてきたぺトラは周囲を見渡した。砲撃してくる方角はおよそ見当はつくが、その大砲がどこにも見当たらない。ぺトラは兵士として大砲の扱う訓練を受けていた。直ぐには判断できないが、大砲の砲撃音が聞こえないという事で、かなりの遠距離から撃ち込まれているという事は想像できた。

 

 数分の経たずして出現した巨人の群は全滅していた。斃れた巨人達の体からは濛々と蒸気が上がり、鼻をつく腐敗臭が漂ってくる。赤い騎士は斧を振って巨人達の気化を始めていた肉片を飛ばす。ゆっくりとぺトラの方に近づいてきた。

 

 女の甲高い声が響いてきた。

「……」

ぺトラは相手の言葉が全く理解できなかった。赤い騎士は何度か意味不明の言葉を繰り返した。

 

「こんにチわ。だいジョウぶですカ?」

 変なイントネーションだったがようやく意味の有る言葉が聞こえてきた。

「あ、ありがとうございます。あの、あなたは……」

「……」

赤い騎士はしばらく考え込んでいるような仕草をする。

 

「一つ聞きたい事がある。この世界には食後にはグリーンティーが出るのかな?」

 今度は流暢な言葉だった。ただ言葉は理解できたが、質問の意味はまったく理解できなかった。

「グリーンティー? 何のこと?」

「いや、こっちの話だ。わたし達の世界のとある地域で使われている言語に似ているようだ。おかげで翻訳機が使える」

(翻訳機?)

ぺトラは頭をかしげる。赤い騎士の単語はところどころわからなかった。赤い騎士はぺトラの傍らに来た。否が応でも重量感溢れる戦斧が目につく。

 

(こんな巨大な斧を軽々と振り回すなんて!? この人、人間なの? それともまさか小型の巨人!?)

 立体機動装置無しに巨人達を殴殺する存在は人間なのだろうか? ペドラは後退りしていた。

 

「ああ、すまない。怖がらせてしまったようだな」

 そう言って赤い騎士は大斧を傍らに置くと、被っていたヘルメットは脱いだ。

「!?」

そこには赤毛のショートヘアで、端正な顔立ちの女性、いや少女といっていい容姿の顔があった。街中で見かければ愛らしい女性だろう。さきほど巨人達を斧で殴殺しまくっていたとはとても想像できなかった。

 

「わたしはリタ・ヴラタスキ。お前の名は?」

「わ、わたしはぺトラ・ラル。調査兵団の兵士です」

「そうか、少し聞きたい事がある。我々の所まで同行願えないだろうか?」

「しかし、わたしは班を預かる班長の身です。部下を助けないと……」

 リタは首を振った。

「……残念だが、この周囲2キロ圏内にいる生存者は君だけだ。無事に逃げ切ったのか、それとも死体となったのかどちらかだろうな」

「そ、そんな!? どうして分かるんですか?」

「わたし達は君達より優れた観測装置を持っている。残念ながら間違いはない」

リタはきっぱりと断言する。

「そ、そんな……。全滅だなんて……」

せっかく憧れのリヴァイ兵長に引き立ててもらって班を任されていたのに、これでは会わせる顔がなかった。確かに初陣の隊員も2人いて経験不足だったことは否めない。それにしても敵の数が多すぎた。

 

「もうじき日が日が暮れる。夜間の移動は危険だと思うのだがな。悪いようにはしない。食事と寝床は用意しよう。明日になってから戻ればいいだろう」

 リタの言うとおりだった。既に日が暮れており、まもなく辺りは暗闇に包まれるだろう。巨人がどこに潜んでいるか分からない壁外の荒野を一人で徒歩で移動するのは危険を通り越して無謀とも言えるだろう。巨人達は夜の動きが鈍いとはいえ、人を見れば襲い掛かってくるからだ。

「わかりました。それではお願いします」

「では付いてこい」

リタは兜を再び被ると早足で歩き始めた。ぺトラは後ろから付いていく

 

(リタ・ヴラタスキ? 聞いたことのない名ね。これだけ凄腕なのにね)

 赤い騎士の話は聞いたことがなかった。それにここウォールマリアは壁外――巨人達の領域である。とても人類が生息できる領域ではない。ウォールマリア陥落以降、4年間、ずっと隠れ住んでいたのだろうか?

 

(さっきの砲撃、甲高い音が聞こえたけど、あれ、大砲じゃないよね。大砲にしては音が小さかったし……)

 リタは斧以外に武器らしきものを持っていない。リタは『我々』と言う以上、仲間がいるようなので、そのうちの誰かが砲撃したのだろう。それにしても驚異的な命中率だった。ペトラの助言以降、全弾、巨人の弱点である延髄を撃ち抜いている。よほど優秀な狙撃手なのだろうか? ペトラはよく分からなかった。

 

 森の木陰から背の低い人影が現れる。樽のような丸い体型、人ではなく大蜥蜴のような動物だった。

「!?」

ペトラは驚くがリタは平気なようだった。

「心配するな。我々の忠実な下僕だ。お前達でいう馬みたいなものだ」

馬と言われてペトラは納得する。リタの使役動物なのだろう。リタが指で指図すると先に歩き始めた。思ったより賢い動物なのかもしれない。

「連れはタマと呼んでいる」

「タマ……ですか?」

「もっとも馬というより生体戦車といったところかな」

(戦車?)

リタの言葉にはところどころ意味不明の単語が混じっていた。

 

「リタ、あなたは調査兵団の兵士ではないですよね。どうして、ここに? ここは巨人達が徘徊する場所ですよ」

「そのようだな。わたしも巨人なんてものを先ほど初めて知った」

 ペトラは余計困惑した。巨人を知らないという事があるのだろうか。しかし、先の戦闘はリタは当初確かに巨人の弱点を知らなかったようだった。ペトラが教えてから延髄を狙うようになった意味もそれで筋が通る。

 

「き、危険すぎます!」

「そういう君もここにいるじゃないか?」

「わ、わたしは調査兵団の兵士だからです。壁外調査の最中です」

「壁? なるほど、壁なら巨人の脅威から身を守れるという訳か?」

「え? あ、はい」

(まさか、この人、壁の事を知らない? どうなっているの?)

 ぺトラには疑問だらけだった。

 

 ぺトラの視界はかなり暗くて見えにくくなっていた。月明かりもなく木々の間から見える星空だけが唯一の明かりだった。にもかかわらずリラは颯爽と歩いていく。遅れないように付いていくのがやっとだった。




【あとがき】
ぺトラは初の班長に抜擢されたという設定です。

リタ達が最初に接触したのはぺトラでした。ぺトラはリタと出会ってしまった事で、今後の行動に最も変化が出るキャラクターという事になります。



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第3話、送迎

【前話までのあらすじ】
謎の世界へ転移してきたリタ達。そこは人食い巨人が徘徊する世界だった。
巨人に襲われていた女性兵士一人を救出する。
その女性兵士ペトラは、リタの誘いに乗って付いて来た。

(side:ペトラ)


 ペトラはリタの後ろを歩いていく。しばらくすると雑木林の中にぽっかりと開けた空き地に出た。その中央に荷馬車らしき車両が停まっている。ペトラが知る荷馬車より遥かに大きい。片側には大きな車輪が4個もならんでおり、全長だけでも2倍以上、幅と高さを考慮すれば体積にして10倍以上あるかもしれない。しかも鉄で覆われているらしく無骨なフォームは明らかに頑強な造りをしている事が分かる。鉄の荷馬車の周りには馬の姿が見当たらなかった。

 

「……」

 リタは手で合図をしたようだった。さきほどリタの先を歩いていたタマと呼んだ変な使役動物は、まるで歩哨のように外側に向けて立つ事になった。暗がりの中に他にも背の低い影がいるのが分かる。リタ達には数体の使役動物を持っているようだった。

 

 少し間を置いてからリタは誰かに話しかけていた。

「わたしだ。例の女兵士も一緒だ。開けてくれ」

鋼鉄製の扉が軋む音と共に開いた。やはりこの荷馬車は鉄で出来ているようだった。ぼんやりと明かりが漏れて来る。

 

「少し待っていてくれ」

 リタはそういうと鉄の荷馬車の中に入ってしまった。暗すぎてよく分からないが、鉄の荷馬車の周りには、馬の姿が見当たらない。馬がいないという事は移動しないテントのようなものだろうとぺトラは考えた。

 

 鉄の扉が開き、リタが中から手招きした。

「さあ、入ってくれ」

リタに促されて中に入る。立ち上がれば頭をぶつけるような低い天井の室内、見たことのない形状のランプが煌々と点っており、左右の壁際に長椅子が置かれている。そして前面には厚いカーテンがあり奥と仕切られていた。

 リタは壁際の椅子にどっかりと腰を下ろした。既に赤い鎧を脱いでおり、体に密着するような奇妙な服を着ていた。思ったより細身で小柄な女性だった。戦斧を振り回していた姿からは想像もつかない。赤い鎧や戦斧も見当たらない。おそらくカーテンの向こう側に置かれているのだろう。ここは狭いながらも応接室といったところだろう。

 

 カーテンの向こう側が気になって視線をそちらに向けた。

「悪いがそちらは立ち入り禁止だ。どうしてもと言うなら、君を帰すわけにはいかなくなる」

どうやら機密事項らしかった。ぺトラも兵士であり、その辺は理解できる。あの赤い鎧は軍事機密の塊だと推測できた。

 

 カーテンの隙間から小柄な女性が顔を覗かせた。黒い髪をミツアミに纏めており丸い眼鏡を掛けた様はどこか頼りなさそうな感じで、凛々しいリタとは正反対だった。

「あ、あ、始めまして。あたしはシャスタ・レイルっていいます。ほ、本日は晴天で日柄もよく……」

「シャスタ、何馬鹿言ってんだ。一応、客人なんだから茶ぐらい出してやれ」

「あはは、そうですね」

シャスタは照れ笑いを浮かべるとカーテンの向こうに首を引っ込めた。

 

「わたしの姉かな? ちょっとそそっかしいところはあるが、悪い奴じゃない」

「えーと、失礼ですが姉妹とは思えないのですが……」

「義理の姉妹だ。事情は複雑だから聞かないでほしい。一応、あれでも向こうが姉だ」

「そ、そうなんですか?」

リタは軽く頷く。どうみても雰囲気的にはリタの方が姉に見えたからだ。

「他の方々は?」

「いない。強いて言うなら外にいるあいつらだ」

リタ、シャスタ、そしてタマと呼ばれる数体の使役動物。どうやらこれがリタの仲間達らしかった。意外に小規模な集団のようだ。

 

「助けていただいてありがとうございます。ご恩は生涯忘れません」

 ぺトラは改めて感謝の意を伝えた。

「そこまで畏まらなくてもいい。さきほどの戦闘は状況分析した結果、奇襲が可能だと判断したからこそだ」

リタは合理的な判断に基づいて戦闘を行っているようだった。情熱一辺倒というわけで行動したわけではなかった。

(ううん、だからこそ、味方にすれば頼もしいはず)

「それに助けてもらったのはお互い様だ。君が巨人の弱点を教えてくれた。まさか頭を潰しても数分で再生してくるとはな。倒したと油断していたら足元を救われるところだった」

「それが巨人です。延髄以外はいくら潰しても意味がありません」

 

(どうやら本当に巨人の事を知らないみたい……。そんな事ってあるの? ここは壁の外なのに……。いままでどうやって生き残ってきたの?)

 ぺトラは疑問に思った。

「ぺトラ、巨人達について知っていることを話してくれないか?」

「はい、わかりました」

 

 ぺトラは巨人と人類の遭遇の歴史の概略、巨人の習性、人類が壁内に押し込められている現実、調査兵団の実情などをリタに伝えた。

 

「……なるほど。それにしてもぺトラ、君はすごいな。生身で巨人を倒せるとはな」

「いえ、調査兵団であっても巨人との戦闘は極力回避するように訓示されています。お分かりかと思いますが、巨人との戦いは常に多大な犠牲が出ているのです。仲間も大勢、巨人に食われました」

 ぺトラは必死に頼み込む。

「だからこそ、お願いします。わたし達、調査兵団に力を貸してもらえませんか? さっきの戦闘でわたしは感じたのです。あなた達の力があれば人類は巨人に反撃できるかもしれないって」

ぺトラは頭を下げた。

 

「……」

「頭を上げてくれないか?」

ぺトラは肩を叩かれる。

「悪いがしばらくは保留させてくれ。君も薄々気付いていると思うが、わたし達はこの世界の人間でなく別世界の人間だ。昨晩気がついたらこの世界にいた。なぜここにいるのかも分からない状況だ」

「別世界……ですか?」

「巨人がいない世界だ」

 

 ぺトラは巨人のいない世界を想像もできなかった。異世界の話は聞いただけでは冗談とも思えるだろう。しかし今のぺトラは、リタの誠実な人柄と圧倒的な戦闘力を見せ付けられた事で信じる気持ちになっていた。そしてリタ達が巨人の弱点を知らなかった事も説明がつくからだ。

 

「……いい世界ですね」

「どうかな? 異星生物に侵略されているところだぞ。世界の半分近くが奴らによって占拠され、大勢が殺戮されている。もっとも異星生物に侵略される前から人類同士で幾度も戦争していたがな」

「……ごめんなさい」

「いや、気にするな。話を戻すと、わたし達はこの世界に関する情報が圧倒的に不足している。君は信用してもいいと思うが、他の人間については何も分からない。しばらくは状況を見させてほしい」

「しかし、ここは巨人の徘徊する場所ですよ」

「君が弱点を教えてくれたからな。そもそも見つからなければ大丈夫なのだろう?」

「それはそうですが……」

「わたしの事が明るみになれば内地の憲兵団とやらも介入してくるのではないかな? 政争に巻き込まれるのはごめんだ」

リタの言う事は最もだった。リタの存在が公になれば調査兵団だけの問題ではなくなるだろう。王政府の保守派からも干渉を招くかもしれない。

 

「おい、シャスタ、まだ掛かっているのか?」

 リタが奥間に声を掛ける。シャスタがカーテンから湯飲みポッドとカップを持って出てきた。

「あはは、ごめん、なんか話が盛り上がっているみたいだから、ちょっと割り込みずらかったよ~」

シャスタは照れ笑いしながらぺトラに小皿と湯飲みを差し出した。

「これ、グリーンティー。こっちはチョコクッキーです」

「グリーンティー? あっ、最初会ったときの?」

「素朴な味だが、なかなかいけるぞ」

薦められてぺトラは一口摘んでみる。絶妙な甘さ加減と舌ざわりで、おいしいかった。そして緑茶を一口。

「す、すごいです。こんなおいしいもの食べた事がありません」

巨人達によって壁の中に押し込められた人類なので、どうしても食料生産には限りがある。嗜好品に掛ける余裕はほとんどなかった。こういった嗜好品をリタ達が持っている事自体、異世界から来た証拠になるだろう。

 

「ふふっ、大げさですね」

「ったくだ。これならわたしでも作れる」

「さすがにリタには無理でしょう? 斧を振り回しても料理はできませんよーだ」

「なんだと! 悪いのはこの口か!?」

「ごめんなしゃい」

リタはシャスタの頬を引っ張って遊んでいる。ぺトラは微笑ましく思った。この姉妹も中身はどうやら女の子っぽかった。

 

 その夜、3人で遅くまで話し込んだ。質問するのは主にシャスタだった。やや頼りないお姉さんに見えるが、頭脳は聡明で的確に質問してくる。ぺトラは自分が知っている限りの事は伝えた。ぺトラは現在、機密指定されている任務にはついていなかったからだ。リタ達の世界には空を飛ぶ乗り物があると聞き驚く。

 

(鳥のように空を飛べたら、壁外調査はずっと安全にそして遠くまで行ける)

 シャスタは否定的だった。空を飛ぶ乗り物を作るためにはいくつもの技術を実用化する必要があるという。それでも空を飛ぶ手段があるとわかっているだけで思想的には革命をもたらすかもしれない。

 

 堅い話は打ち切ると、互いの生活様式や趣味の話の方が大いに盛り上がった。

 

 シャスタは『フィギュア』と呼ばれる小さくて精巧な人形を集めるのが趣味だそうだ。リタフィギュアもあるというので見せてもらった。何でもリタは彼女達の世界では英雄との事で子供達からも愛されているという。ただし人形は本人とは似ても付かないグラマラスな美人だった。リタがリタフィギュアをぺトラに差し上げようと言った時、シャスタは大事なおもちゃを取り上げられた子供のような泣き顔になった。

「冗談だ」

「酷いですよ~。もう」

リタとシャスタのやり取りを見ながら夜は更けていく。

 

 

 体が揺られているのに気付いてぺトラは目を覚ます。リタ達と話しこんでいる内に寝込んでしまったらしい。

 

 天井にある丸い明かり窓から陽光が漏れてくる。鉄の荷馬車―ーリタ達は『装甲車』と言っていたが、その長椅子に毛布を敷いてベルトに固定して寝かされていた。車体が揺れているのは動いているからなのだろう。

 

 向かいの長椅子にはリタが俯いて座っていた。どうやら仮眠しているらしく身動きしない。ぺトラが起きようとした際、車体が強く揺れた。同時にぺトラの身体はリタに向かって放り出される格好となった。

「うぁ」

「きゃあぁぁぁ」

ぺトラとリタは縺れるようにして床に倒れこむ。

 

「ご、ごめんなさい」

「ったく、痛かったぞ」

リタは目覚めが悪かったのか機嫌が悪かった。

 

「ところで移動しているのですか?」

「ああ、今、シャスタが……している」

「!?」

「すまない。対応する単語がなかったようだ。つまりこの車を制御して動かしているという事だ。君達の世界にはない言葉のようだ」

「そうですか……」

 

 ぺトラは車内を見渡して昨日にはなかったものが積み込まれてあるのに気付いた。何袋もある食料物資、黒金竹製の刀剣類、資材などがある。

 

「これは?」

「昨日、君達の荷駄隊が投棄していったものだ。君達兵団の物なのは分かっている。申し訳ないが、君を助けた謝礼としていただきたい」

「あっ、はい。どうぞお安い御用です」

 ぺトラは快諾した。巨人達に襲われた時点で物資の回収は絶望的だっただろうから譲渡というより再利用してもらっていると考えた方がいいだろう。命の恩人であるリタ達に少しでも便宜が図れた事に満足していた。

 

「ところでどこへ向かっているのですか?」

「トロスト区だ。君達の街と聞いているが?」

 どうやらこの車で送ってくれるらしかった。

「あ、ありがとうございます」

「朝方も巨人達は遠くに何体か発見しているが特に襲ってくる奴はいなかった。君の言うとおり人以外には反応しないようだ。タマ達もまったく無視されている」

「でも奇行種は違います」

「奇行種?」

リタは怪訝そうに首を傾げる。

「巨人の中には行動が予想できないものがいます。それが奇行種です。通常の巨人なら知性はなく行動が単純な為対処しやすいのですが、奇行種だけは例外です」

「なるほど、装甲車やタマでも襲われる可能性があるということか? わかった。奇行種もありうるという事で対処する。少し待っていてくれ。シャスタと話してくる」

 

 リタはそう言うと、カーテンの奥へと引っ込んだ。ぺトラはカーテンの向こう側がどうなっているのか気にはなったが、リタ達に機密と言われている以上無許可で見るわけにはいかない。

 

 しばらくして、赤い鎧を纏ったリタが現れた。戦斧を持っており戦闘態勢だった。リタは赤い鎧を着たまま長椅子に腰を降ろし、戦斧を杖代わりにしてその上で腕を組む。

 

(まさか、また巨人が!?)

顔色が変わって動揺したところをリタに読まれたようだった。

「心配するな。念のためだ。1、2体程度なら遠距離から砲撃で潰せる。昨日のような大群との遭遇に備えてのことだ」

「そうですか」

ぺトラは少し落ち着いた。リタの戦闘力の高さは知っているので彼女がそういうなら間違いないだろう。

 

(リヴァイ兵長と似ているかも? この人カッコいいな)

 ぺトラは憧れの上官とリタと比較する。リタは外見はともかく話し方や仕草も男性っぽい。小柄で無愛想なところもなんとなくリヴァイに似ている。それでいて愛らしい外見なのだ。

 

(べ、別に惚れたわけじゃないけどね……)

 ぺトラはリタの顔をじっと見ていたことに気付いた。

 

 車体が再び激しく揺れた。揺れはしばらく続く。どうやら悪路に入ったようだった。そして突如停止した。

 

「シャスタ?」

リタがカーテンの向こうのシャスタに尋ねた。

「※△□☆……」

シャスタの言葉が返ってくる。リタ達は彼女達の世界の言語を話しているようだった。むろんぺトラには全く理解できない言葉である。しばらくリタとシャスタは言葉を交わしていた。

 

「トロスト区前面にはなぜか巨人達が大勢いるようだ。巨人の密度が急に上がっている。ぺトラ、どういう事だ?」

「それは分かります。そもそもトロスト区は長大な壁でもわざと突出させた場所なのです。人々を住まわせる事で巨人達への招き餌として防衛箇所を絞るためです」

「なるほど、そういう工夫があるわけか……」

 リタは感心したように頷いた。

 

「しかし、それだと調査兵団はトロスト区から出入りする際、常に巨人の群れと遭遇するのではないかな?」

「はい。ですから、いつも馬で巨人達を振り切ることにしています」

「わたし達はこれ以上、街には近づけない。この装甲車にしろタマ達にしろ、君達から見たら異質だらけだ」

「……」

「それにわたし達も君以外の人達とはまだ接触したくない」

「そうですか……」

「君の立体機動装置があれば壁は登れるな」

「はい」

「では夜を待ってトロスト区から離れた壁の近くまで君を送るよ」

「あの……、ではリタ達は?」

「食料はそこそこ確保した。水場もあるようだし当分は生活は可能だ」

リタ達は当分、壁外に留まるようだった。ぺトラは心配になった。

「巨人達の領域と言いたいんだろ? 心配しなくてもわたし達は巨人に倒されることはない。そもそも見つからなければ戦う必要もないからな」

「それはそうですが……」

 

「はーい、ぺトラさん」

 シャスタがカーテンの中から現れて入ってきた。

「シャスタ、周囲の警戒は?」

リタが訊ねた。

「大丈夫です。ここは壁から3キロ離れた森の中です。見つからないように擬装しています。またタマ達には周囲の警戒に当たらせています。リタ、もう機動ジャケットはいいですよ。着替えてください」

「ああ、そうさせてもらおう」

リタはカーテンの向こうへと移動した。

 

(そういう事ね)

 リタ達の使役動物は戦闘も見張り役もこなす様だ。そういう動物がいるからこそ壁の外でも平気なのだろう。

「じゃあ、ペトラさん。あたし達の事はくれぐれも内密にお願いします。いずれこちらから時期を見て調査兵団の方には連絡を入れます。ごめんなさい、勝手なお願いで。でもあたしはリタにはあまり戦って欲しくないから」

「え?」

「リタが強いといっても戦っている以上、万が一の事があるかもしれません。あたしはリタの事が心配です。いつもリタが戦いに赴くとき無事に帰ってきてと祈ることしかできないから……」

シャスタは涙目で訴えていた。

 

(シャスタさんは妹のリタさんの事が好きなんだね)

 姉妹愛というものだろう。ペトラは微笑ましく思った。

 

 

 ……

 

 その日の夜、ぺトラはウォールローゼの壁を登り、壁内へと帰還した。巨人達の襲撃を受けて本隊と逸れてから二日目の夜だった。調査兵団の同僚は奇跡の生還だといって喜んでくれた。あの荷駄隊およびペトラ班は壊滅、生存者はペトラを含めてわずか2名だった。30体以上の巨人の大群と遭遇したとの報告があったので、ペトラの生存は絶望視されていたようだった。

 

 事後の報告では、多数の巨人に襲われて必死で逃げている内に位置を見失い、北を目指したという事にした。リタ達の事には触れなかった。異世界からの訪問者である彼女達は、面倒事を巻き込まれるを避けて、隠密に行動している。命を助けてもらった恩人を売る真似はできなかったからだ。

 

(でもじきに会えるよね。そのときは一緒に戦ってくれるはず……)

 ペトラはそう信じていた。




【あとがき】
ペトラ、街に生還。
リタ達はしばし現地の情勢分析を選択。


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第4話、勧誘

【前話までのあらすじ】
数日前の壁外調査でペトラは、リタに救われ、そのまま壁際まで送ってもらった。

その後のペトラです。

(side:ペトラ)


「ペトラ、今からお前に1週間の休暇をやる。実家に帰って親を安心させてやれ」

 帰還して3日後、呼び出しを受けたペトラ・ラルは会議室で上官のリヴァイ兵士長にそう告げられた。

 

「しかし、わたしは1ヶ月前にも休暇を頂いていますが?」

「お前、一時は生存が絶望視されていたのだぞ。どれだけ周りに心配をかけていたのだ?」

「も、申し訳ありません」

「言わなくてもわかっていると思うが、今日の訓練の事だ」

 午前、ペトラは立体機動装置を使った訓練で初歩的なミスが目立った。集中力を欠いているのだろう。

「はい……」

「気が滅入っているのだろう。それと味方の全滅の事は気にするな。もともと僅かな兵力しか護衛に付けなかったオレのミスだ。十分な護衛を付けるか、いや、報告にあった大群相手なら少々護衛を増やしたところで意味はないな。さっさと撤退すべきだった」

リヴァイは一人呟く。

「いや、とにかく休んで英気を養って来いという事だ」

リヴァイはそこで会話を打ち切るとペトラに出て行くように手で指図した。

 

(やっぱりそうなるよね……)

 ペトラは呼び出しを受けたときから予想していた。敵が多すぎたとはいえ、結局部下を一人も救えなかった班長という事実には変わらないのだから。

 

(リタ達、どうしているのかな?)

 助けてもらったリタ達の事も気になっていた。壁外に留まっているようだが、言うまでもなく巨人の領域である。いくらリタが強いといっても一日中戦闘態勢でいるわけにはいかないだろう。

 

「よう、ペトラ。悩み事か?」

 考え事をしながら廊下を歩いていると、同僚のオルオ・ボザドが話しかけてきた。同じ戦場で何度も戦った戦友ではあるが、どこか僻みがある感じで、ペトラはこの男が好きになれない。

「別にいいでしょ! わたし、兵長から休暇を貰ったから。1週間留守にするけどその間よろしく」

ペトラは足早にオルオの横を通り過ぎていく。

「お、おい!」

オルオの呼びかけは無視して自室へと急いだ。

 

 さっさと荷造りして本部を飛び出すように出た。直ぐに実家に帰りたいわけではなかった。自分の生存は絶望的との情報は親にも伝わっており、家に帰ったら間違いなく小言の嵐が待っているだろう。ペトラの両親はもともと自分が調査兵団に入ることすら反対だったのだ。猫可愛がりされている事は知っていたので、泣き落として強引に主張を通した経緯があった。

 

(うん、今日は街に泊まっていこう)

 ペトラはわざと1日時間を潰すことにした。

 

 北門を潜り抜けてトロスト区の街内に入る。街の喧騒の中、特にあて先もなく大通りをブラブラと歩いていた。

 しばらくして気になる女性二人組の後ろ姿を見かけた。二人は腕を組んで歩いており仲が良さそうな事が伺える。姉妹だろうか? 二人ともフードを被っていたが、一人は常に回りを警戒している様であった。すれ違う人とは常に距離を開け、もう一人の頼りなさそうな相方を守っている感じだった。

 

(リタとシャスタ? まさかね……)

 ペトラはそう思いながらも二人組の後を付ける事にした。

 

 二人はトロスト区内の図書館にやってきた。この図書館は市内唯一の図書館だが、石造り4階建ての重厚な建物で、蔵書数もウォールシナ内にある王立図書館に次ぐ規模を誇る。入館料を取られるが本が好きな人にとってはたまらない場所だろう。

 

 ペトラは別に本を読みたいわけではなかったが、二人が入って行ったのを確認してから入館料を払って中に入った。

 

 大きな館内には本棚がいくつも並び、読書する為の机も完備されている。意外に多くの人々がいたが皆、静かに過ごしている。もっとも騒げば守衛によって追い出されるだけだ。

 

 フードを被った先ほどの女性がこちらに歩いてくる。ペトラはとっさに本棚に隠れて隙間から様子を伺う。横顔が一瞬だけ見えた。

(リタ!?)

端正な顔立ちは、間違いなくリタだった。現地に溶け込んだ身なりをしていたが見間違えるはずがない。リタはそのまま吹き抜けの階段を下りて、出口へと向かっていった。

 

(リタがいるならシャスタもいるはずね)

 ペトラはリタを追いかけるか悩んだが、リタは常人を超えた戦闘技量の持ち主だ。尾行に気付かれる恐れがある。問答無用で殺される事はないと思うが、面倒事は避けたかった。一方、シャスタの方はそんな事はないだろう。それに図書館に来た目的はおそらくシャスタが関係しているのだろう。

 

 ペトラは館内を歩き回ってシャスタの姿を探した。目立つ三つ編みの黒髪を見つけた。シャスタは4階の自習机に隅っこに何冊もの本を積んで読書中だった。そっと背後から近づく。覗き込んでみると、読んでいるのは歴史書のようだった。

 

 ペトラは少し悪戯心が沸いてきた。耳元でいきなり話しかけてみた。

「シャスタ・レイル! 何しているっ!」

「ひゃあああ」

シャスタは驚いて椅子から転げ落ちてしまった。その拍子に眼鏡を落としてしまっている。絨毯の上に落ちたおかげで割れてはいない。

 

 シャスタはあたふたした様子で片手で眼鏡を探していた。探したいなら両手で探せばいいのに片手に本を抱えたまま床を探っている。仕方ないのでペトラが代わりに眼鏡を拾って差し出した。

「あ、どうもありがとうございます」

シャスタは眼鏡をかけなおして初めてペトラのことに気付いたようだった。

「ぺ、ペトラさん。どうして!?」

「わたし、今日は休みなので図書館に来ていました」

実際は尾行していたのだが、変に思われたくないので嘘をついた。

 

「そ、そうですか」

「いつ壁の中に?」

 そう聞いた途端、シャスタは青ざめた。

「そ、その、これはですね……。決して密入国とかそういうわけでなくて、あの、その……。ちょっと調べ物というか、なんというか……」

シャスタはあたふたと必死で弁解しようとしている。

「いいんですよ。あたしは誰かに告げ口とかしませんから」

「そうですか。よかった」

「でも入ってくるならわたしに教えてくれてもよかったのに。わたし、すごく心配していたんですよ。巨人達に襲われているんじゃないかって」

心配させられた憂さを少しだけ晴らした。

「ご、ごめんなさい」

「どうやって壁の中に入ってきたの?」

「そ、それは絶対言えません。リタにも関わることです。察してください」

シャスタは首を振って強く訴えていた。

 

(まあ、多分わたしの真似をして立体機動装置を使ったんだろうけど……)

 ペトラはおよそ検討がついていたのでそれ以上は追求しなかった。

 

(でも、これってもしかしてリタ達を味方に引き込むチャンスじゃない?)

 ペトラは悪魔的な考えが閃いた。密入国の現場を押さえた事で口止めの恩を着せる事が出来る。通報する気などさらさらないが、調査兵団に、いや自分個人とだけでも協力関係を結んでおけば、これほど心強いことはない。自分だけの切り札なのかもしれない。

 

(後は笑顔、笑顔っと)

 ペトラはにっこりと微笑んだ。自分でいうのもおかしいがペトラは美貌には自信がある方だった。

 

「わかりました。じゃあ、ここで何を調べていたんですか?」

 シャスタ達の目的がわかれば、味方に引き込める糸口が見えてくる。

「れ、歴史です」

「歴史ですか?」

「はい、この世界の成り立ちが分かれば、自分達の世界との違いも分かります。そうすればもしかしたら元の世界に還る手がかりになるんじゃないって」

「元の世界ですか?」

「はい、やっぱりここはあたし達の世界とは違いますから」

「……」

元の世界への帰還。考えてみれば至極当然の答えだった。誰だって故郷に帰りたいと思うだろう。まして異世界ならばなおさらだ。

 

「でも変ですよね。743年以前の記述がどの本を見ても書かれていません。どうしてでしょうか?」

「それはわたしも分からないわ。たぶん誰に聞いても同じだと思う。それ以前の歴史は本当に謎なのよ」

 743年に巨人の出現が確認された。これにより人類の大半が死滅し、生き残った人類は壁の内側に引きこもった。これがペトラ達の世界の常識だった。

 

「そうですか……」

 シャスタは肩を落とした。

「じゃあ、やっぱりこの世界の謎を知るためには実際に目で見るしかなさそうですね」

シャスタはポロッと本音を漏らした。

「え?」

「あ、ごめんなさい。リタと相談してから決めます」

シャスタは言いつくろっていたがぺトラは見逃さなかった。

「まさか、空を飛んでいくとか?」

ペトラはリタ達の世界に空を飛ぶ乗り物があると聞いていたので、ハッタリをかけてみた。

「い、いえ。そ、それができたらいいのですけど……」

図星だったようだ。

 

(シャスタは嘘をつけない人みたいね。頭は良さそうなのに……)

 ペトラは頭の中で回線がつながっていく。

 

「調査兵団の技術班の中でとびっきりの優秀な技術者がいます。その人とシャスタ達が組めば空飛ぶ乗り物を作れるのでは? その人が信頼できる人であることはわたしが保証しますよ。お二人の居場所もちゃんと用意します。秘密も守ります」

「そ、そうですね」

 シャスタはかなり揺れているようだ。

「技術協力だけならリタを戦いに巻き込むような事もないわ。まずはその人に素性を隠して会ってみては?」

ペトラは畳み掛けた。

「わかりました。とてもいい話だと思います。リタに話してみます」

「リタはどこに?」

「行き先は聞いてないです。多分、街を散策しているんじゃないでしょうか? リタは身体を動かしている方が好きな子なので」

「じゃあ、リタが帰ってくるまで待ってます。シャスタは読書の続きをどうぞ」

ペトラはにっこり笑った。

 

(わたしって悪い子かも?)

 多少強引でもこの場で話を纏める必要があった。リタ達を味方に引き込む事に成功すれば単に高い戦闘技能を持つ兵士1人を味方にしただけではない。戦術・戦略でも革命的な変化をももたらす可能性すら予感できたからだ。

 

 

 夕方、日が傾き始めた頃、ようやくリタが図書館に戻ってきた。リタはシャスタの傍らにペトラが座っているのを見て驚いた様子だった。

「なぜ、ぺトラが?」

「リタ、落ち着いて。話を聞いて」

「……」

リタとシャスタは小声で彼らの世界の言葉を話し合っていた。ペトラには理解不可能な例の言語だった。しばらくしてリタが頷いた。どうやら話はまとまったようだ。

 

「じゃあ、その人に会ってもいいです。でも約束なしにいきなり会えるんですか?」

 シャスタが聞いてきた。

「あっ?」

ペトラはすっかり失念していた。悪巧みの方ばかり知恵が回っていて肝心な事が抜けていた。面会の約束などしていない。

「た、たぶん。大丈夫だと思います」

「なんか、頼りないな」

リタはジト目でペトラを見る。

「あはは、シャスタの話を聞けばきっと乗ってくれると思いますよ。きっと……」

ペトラは必死で笑顔でごまかす。あの人は好奇心旺盛な人だから興味があることならいくらでも食いついてくれるだろうと考えた。




【あとがき】
腹黒ペトラさんです。イメージ壊してしまったらごめんなさい。
壁内に潜入していたリタ達を見つけて、勧誘します。
あの人は、多分想像どおりの人です。

リタ&シャスタの基本方針は隠密行動です。


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第5話、飛行機械

【前話までのあらすじ】
トロスト区内の図書館で、ペトラはリタとシャスタを発見。リタ達は壁内に密入国した現場を押さえられている形となっていた。ペトラはリタ達をなんとしても味方にしたいと考えており、話術巧みに誘導してリタ達を調査兵団技術班リーダーのもとへ連れて行くことになった。

(side:リタ)


「シャスタ、お金はどうしたの?」

「ペトラさんから調味料は希少価値があると聞いていたので。大した量じゃないですけど両替商で換金しました」

「じゃあ買い叩かれたりとかしていない? 足元見られたりとかしなかったの?」

「だ、大丈夫ですよ。交渉はリタがしてくれました。あたしじゃ言い値にされちゃいますね。あはは」

 シャスタとペトラは会話しながら並んで歩いていた。リタはその後ろから付いていく。

 

 ペトラをウォールローゼに送り届けた翌日、リタ達は壁内へと潜入してきた。方法はペトラを真似て夜中に壁を登っていた。違いは立体機動装置ではなく自分達の所持品であるワイヤーガンを使ったというぐらいだ。

 

(まいったな。まさか彼女と会うとは……。まだ接触するには早いのに……)

 リタはそう考えていた。壁内に潜入して3日目、壁内世界の事は調べ始めたばかりだった。一般市民に溶け込んでの情報収集なので、分かっているのは表面的な事だけだ。王政下という事だが、どのような勢力がいてどのような傾向を持っているのかよく把握できていない。状況を把握した上で調査兵団あたりと接触するつもりだったのだ。その目論見は完全に狂ってしまった。

 

 リタ達と一緒に転移してきた兵器は機動ジャケット、8輪式装輪装甲車(ストライカー)1台、生体戦車(ギタイ)4体(タマと命名)、その他銃火器類。自分達の世界では1個戦車分隊規模(主力戦車2両分)の戦力に過ぎないが、この世界では強力な戦力だった。欲しがる者はいくらでもいるだろう。下手すれば拘束され全てを奪われた挙句殺される可能性もあった。

 

 壁を越える為に重い物は持ち込めなかったので今のリタの武装は貧弱だった。ハンドガン、スタングラネードを忍ばせているが大勢に取り囲まれた際は心許なかった。

 さすがに装輪装甲車を壁内に持ち込む事はできなかった。小型の生体戦車も重量200キロ、重すぎてワイヤーガンでは無理だった。結局、壁外の雑木林の中に擬装した上で隠蔽しておき、周囲に生体戦車を潜ませていた。万が一、巨人が接近してきても撃退できるだけの火力はある。巨人が徘徊する壁外のため、偶然誰かに見つかる恐れもないだろう。

 

(さすが生身で巨人を討伐するだけの事はある。油断ならないな)

 ペトラは愛らしい外見とは裏腹に肝が据わっていた。主導権はペトラに握られつつあった。秘密保持の観点でいえばペトラを解放せず拘束しておくべきだったかもしれない。

 

 一方でペトラ達の必死さも分かる気がしていた。巨人達に追い詰められて人類劣勢の中、頼りになるものがあれば何でも頼ろうとするだろう。

 

 

 3人はトロスト区北門を潜り抜け、ウォールローゼ内にある調査兵団本部へ向かっていった。時刻は夕刻、市街地を抜けると辺りは急に暗くなる。街灯もなく人通りも殆どなかった。

 

 水路に掛かる橋を渡ったところに門があった。門から続く道の奥に石造作りの大きな棟が並んで建っているのが見える。調査兵団本部の建物だろう。門の辺りはガス灯が点されており、門番の二人組が警備に当たっていた。

 

「リタ達はここで待っていて」

 ペトラはリタ達に離れたところで待っているように指示した後、橋を渡って門番の二人組と会話していた。例の技術者とやらの場所を聞いているようだった。ペトラはリタ達のところに走って戻ってきた。

 

「よかった。ハンジ分隊長は研究棟にいるって。研究棟にいるときは大概一人でいる時が多いから好都合よ」

「門番に顔を見られるのは避けたいな」

「そうねえ……。遠回りだけど裏山から入る方法はあるわ。でもこの時間だと真っ暗で歩けるものじゃないけど……」

「それなら好都合だ。こう見えてもわたしの目はいい」

 実際はリタが暗視ゴーグルを所持しているからである。この世界では再現できない技術でリタ達のアドバンテージの一つだった。

 

 20分後、リタが先導して森となっている裏山を抜け、研究棟へと辿り着く。石造り2階建ての建物へと入り、奥に進んでいく。ところどころに蝋燭の灯りがあるが、リタが思っている以上に暗かった。電気が普及している社会に慣れすぎた弊害かもしれない。

 

「昼間なら技術班の人達が誰かはいるんだけどね」

 建物内は人気はなく静まり返っていた。リタは油断なく周りの気配を探るが特に異常は感じられなかった。

 

 ペトラは2階突き当たりの部屋まで来るとドアをノックした。

「ペトラです。ハンジ分隊長、いますか?」

部屋の中からごそごそと音がしてドアが開いた。黒縁の眼鏡を掛けた中性的な雰囲気の人物がそこにいた。

「おや、ペトラ? 珍しいね。しかもこんな時間に?」

「実は少し相談したい事がありまして。この2人なんですけど……、匿ってもらえないでしょうか?」

 ハンジはリタとシャスタの顔を交互にみた。

「ふーん、見たことがない娘達だね。まあ、立ち話もなんだね。中で話を聞こう」

ハンジはリタ達を中へと誘った。

 

 ハンジの部屋は想像以上に散らかっていた。足の踏み場もないとはこのことだろう。多数の本や資料、衣服や毛布、何に使うか分からない資材やガラクタが堆く積まれていた。

 

「はは、まあ、座るところぐらいは今つくるよ」

ハンジは急いでソファーの上にあったガラクタ類を脇へと押しのけた。

「さあ、座って座って」

リタとシャスタ、そして向かいにハンジとペトラが座った。

 

「はじめまして、あたしはシャスタ・レイル。こっちは妹のリタ・ヴラタスキ。血は繋がっていないけど姉妹です」

 シャスタはリタの姉を名乗った。この世界ではリタの姉になりきるとの約束をしている。自分を慕っているからの行為なのだろう。リタも悪い気はしなかった。

「そうか、わたしはハンジ・ゾエ。技術班の分隊長をしている。壁外調査にも出るけど、主な仕事は巨人の研究だね」

「きょ、巨人の研究ですか?」

シャスタが身を乗り出して聞いた。

「そうだよ。巨人が現れてから100年以上も経つが、未だにその正体は謎に包まれている。奴らの生態系や繁殖方法などが分かれば奴らに対抗する事もできるはずだからね。といっても巨人を捕獲するのは大変でね。なかなか研究は進んでいないよ。ところであなた達姉妹が来た理由は何かな?」

「えーと……」

リタとシャスタは顔を見合わせた。ちらりとペトラを見た。ペトラとの話に齟齬が出るとまずいだろう。

 

「実はこの姉妹、空飛ぶ乗り物を考えたそうです。そうよね?」

「へぇー、空飛ぶ乗り物ね」

シャスタは懐から1枚の紙片を取り出し、ハンジに差し出した。

「これは?」

「ちょっとした設計図です」

 リタはその中身を知っている。熱気球だった。ガス(氷爆石)や丈夫な繊維(黒金竹)があるこの世界では実用化可能なものだった。リタ達が造りたいのは飛行船、航空機といったより高度な工業製品である。電気が発明されていないこの世界では一気に飛躍して作ることは難しいだろう。まずは段階を踏んでいこうという事である。

 

 ちょっとしたとは言ったがシャスタはかなり詳細な設計図を書き上げていた。

「……!?」

ハンジは設計図を食い入るように見詰ていた。

「空に浮かぶ球体なので、”気球”と名づけました。空気は暖められると軽くなる事を利用し、浮力とします。点火剤は既に使われているガスを、また気球が燃えないように炎に接する部分は不燃素材で作ります。火力の調整により上下移動が可能ですよ」

シャスタは説明を続けた。

 

「す、すごいじゃないか? これ、材料さえあれば作れてしまうよ」

ハンジは設計図を見ながら震えている。

「空を移動する利点は、まず巨人と戦う必要がない事。遠くまで見通せることができる事です」

「それだけじゃないな。行動範囲を劇的に広げることができる」

「はい」

「しかし、上下移動は可能でも向きは風任せになってしまう。立体機動装置が単なる”装置”と呼ばれていた頃、上下移動しかできなかった。横方向に動けてこそ本当に空を自由に飛ぶことができる」

 

「わあー、さすがです。直ぐに欠点に気付かれるなんて」

「な? まさか、あなた達はわかっていた?」

「はい、これがその改良案です」

 シャスタは2枚目の紙片を懐から差し出す。飛行船の設計図だった。人のサイズも横に書かれているのでその大きさがわかるだろう。30人程の兵員を乗せて移動可能な空飛ぶ輸送船といっていいものだった。

 

 ハンジは目を見開いて凝視している。

「横長の? これが人の大きさなら、これは……」

「はい、気球よりは当然大きくなります。浮力は熱ではなく空気より軽いガスを利用します。また横に付いている推進機関で推力を生み出します。左右両側についている事で舵の役目を果たします。プロペラエンジンを開発する必要がありますので直ぐには実用化はできません。将来的な計画ですね」

 

「……」

 突然、ハンジは立ち上がると大きく深呼吸した。手が震えているようだった。

「うおぉぉぉぉ! す、すごい! すごいじゃないか!?」

ハンジはいきなりペトラを抱きしめて、抱擁を始めた。

「ハ、ハンジ分隊長……」

「ペトラ、彼女達を連れてきてありがとう! 人類は勝利するぞ! この世界は巨人のものじゃない。わたし達人類のものだ!」

「あ、あの……」

ペトラは戸惑っているようだった。

 

「わからないかい? ペトラ。空を制すればどこにでも行ける様になる。巨人達の領域も飛び越えて外の世界へ。巨人達がいない大陸を見つけられるかもしれない。戦術的にも凄いことだ。シガンシナ区に空から兵力を送り込む事だって可能だ。しかも高度をとれば巨人を一方的に叩くこともできる。なんでもありじゃないか!?」

 ハンジは感動の余り歓喜して目が潤んでいた。

 

(初めて飛行船を知ったはずなのに、すぐに航空戦力の活用を思いつくとは……。このハンジという者、ただものじゃないな。さすがペトラが絶賛していただけある)

リタはハンジを評価することにした。

 

「そ、それで話を戻して、わたしにどうしてほしい?」

 興奮から醒めたハンジは座りなおすとリタ達に聞いてきた。シャスタが何か言おうとしたのでリタは手を挙げて制した。

「条件を呑んでくれるならその設計図は調査兵団に譲ってもいい」

「ほ、本当? そ、それでその条件とは?」

 

 リタは自分達の世界(異世界)の事は触れずにいくつかの条件を提示した。自分達を匿ってくれる事、調査兵団の持つ巨人やこの世界に関する情報の開示、空いた時間に工房を自由に使用する許可、少量の資材使用などである。そして時期がくれば話すので当面は自分達の身元については聞かないで欲しい事を伝えた。

 軍事的な協力関係についてはまだ話が早いだろう。いずれ必要かもしれないが、今はその時期ではないとリタは考えていた。

 

「……」

 ペトラは少し不満そうな顔をしていた。一緒に戦って欲しいという気持ちがあるのだろう。だが戦闘に参加すれば否応なしに耳目を集めることになる。ペトラを救出した時の戦闘は周囲に人はいなかったから(ぺトラ以外は全滅)無制限に全戦力を投入することができたのだ。

 

「それぐらいだったら、わたしの権限でなんとかなりそうだね。しかし変わっているね。これだけの大発明なのに大した見返りを望まないなんて。やっぱりワケありという事かな?」

「はい、そうです」

「なるほどね、確かに空飛ぶ乗り物は憲兵の連中の取り締まりの対象になるだろうからね。奴らはどうも壁の秘密を隠蔽しているような気がするし、これからも隠蔽しつづけるだろう。わたしのところに話を持ってきてくれて正解だよ」

 リタの懸念は当たったようだった。革新的な気風の調査兵団と保守傾向の強い憲兵団では考え方に大きな違いがあるようだった。

 

「ペトラ、あなたは彼女達を信じているのかな?」

「はい」

「……」

 ハンジは少し考えているようだったが、考えがまとまったようだ。

「わかった。ペトラに免じてあなた達の事は聞かない事にする。あなた達は兵団召抱えの季節雇いの職人という事にしましょう。あなた達姉妹の協力なしにはこの空飛ぶ船は実用化できないでしょうから。宿舎は……、そうね、この部屋をあなた達に譲るわ。ただ人目を避けて出入りする必要を考えると改装が必要ね、それは明日以降にしましょう」

「……」

「それにあなた達の世話役も必要ね」

「それならわたし達にも手伝いさせてください」

 ぺトラが申し出た。

「わたし、技術班に異動を申し出ます」

「そうね、確かに彼女達の秘密を守るというなら深くかかわっているあなたが適任でしょうね」

「はい」

「じゃあ、彼女達の世話係はぺトラに任せるわ」

「はい、わかりました」

「じゃあ、あたし達、ペトラさんと一緒ですか? よかった…」

シャスタは安心した表情をしていた。

 

「さーてと、明日からは忙しくなりそうね」

 ハンジは目を輝かせて明日に向けて気合を入れていた。

「よかったですね、リタ。変わった人だけど大丈夫そうですよ」

シャスタは自動翻訳機を通さず自分達の言葉で囁いていた。

 

「ところでペトラ、あなた、確かリヴァイから休暇を貰って実家に戻ったって聞いていたけど?」

「あっ、そうでした」

「せっかくだから彼女達を実家に連れて行けば? 彼女達をここに置くにしても受け入れ態勢を整えないといけないし、手続きにも時間がかかるでしょう」

「えーと……」

「悪くないな」

「ペトラさんの家も見てみたい気がしますぅ」

 リタは秘密を知りすぎてしまったペトラを監視する意味で付いていきたかっただけだった。シャスタはそんな計算はしていないだろう。純粋に友達として接しようとしている。ある意味、リタは無邪気なシャスタが羨ましかった。

 

「わかりました。ぜひいらしてください」

ペトラはにっこり笑って答えていた。




【あとがき】
リタ、シャスタ、ハンジとぺトラに匿われる事となる。
現時点では、リタ達の秘密を知るものはペトラ、ハンジの2名のみ。
またリタの装甲車は壁外にあり、生体戦車(ギタイ)に守られている。


調査兵団本部の建物は二つ以上あると考えています。
・トロスト区内にある建物
 詰め所的な前衛基地。

・ウォールローゼ内にある建物
 兵団主力が駐留する基地。武器庫、訓練施設、ハンジ達の研究拠点もおそらくこちらでしょう。



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第2章 トロスト区防衛戦
第6話、幹部会議


【前回までのあらすじ】
 リタとシャスタは調査兵団技術班ハンジゾエの元に技術協力する約束で匿われる事になった。リタ達は飛行機械(気球・飛行船)などの技術情報をハンジに提供した。ハンジは航空戦力こそが人類反撃の切り札になると確信していた。

それから2ヶ月以上が経過します。

(side:オルオ)


 調査兵団本部建物の大会議室には、班長以上の幹部30人程が勢ぞろいしていた。第56回壁外調査への出陣を明日に控えた最後の幹部会議である。この場にいる殆どが巨人との死闘を幾度となく潜り抜けてきた歴戦の強者(つわもの)達だった。

 

 巨人討伐数40近いオルオ・ボザドも精鋭兵士の一人である。オルオは会議室の中を見渡していたが、ペトラの姿はなかった。ペトラは女性兵の中では一番腕の立つ兵士だ。そしてオルオが密かに想いを寄せている女性でもあった。

 

 2ヶ月前、ペトラは休暇の後、技術班への転属願いを出して受理されていた。技術班のハンジ分隊長の研究を手伝いたいとの事でそれ以上の理由は誰にも話していないようだ。最近ハンジら技術班は妙に活動的で、研究棟の一角を改装して機密区画とし、何かを極秘裏に開発しているようだった。

 

 巨人との戦闘で命拾いした兵士が心を折られて戦線離脱するという話はよく聞く。前回の壁外調査でペトラは巨人の大群に襲われて奇跡の生還を果たしているがそれも影を落としているのかもしれない。

 

「オルオ、またペトラを探しているのか?」

 横にいたグンタ・シェルツが声をかけてきた。グンタも精鋭兵士の一人である。グンタは巨人討伐数7だが、討伐補佐に徹しており、状況判断に優れた兵士だった。

「はっ、まさかな。あいつ、技術班に行ったんだろ。臆病風に吹かれた奴に興味ねーよ」

「そうでもないと思うがな。技術班でも壁外調査に出る事はあるぜ。それに技術班の連中と時々話すが、ペトラは元気よさそうだぜ。ハンジも同じだから関係あるんじゃないか」

「なんだよ、それ?」

「さあな。多分、今回の壁外調査に絡んでいるんじゃないか?」

「あの変人が絡むとロクでもなさそうだ」

(あのクソメガネっ! ペトラを汚染しやがって……)

オルオは元々ハンジの事をよく思っていない。このままではペトラもハンジのように思考がイカれてしまい、女を捨ててしまうかもしれない。オルオにとっては想像したくない未来だった。

 

 

「総員、傾注っ! スミス団長、入室っ!」

 衛兵の号令で全員が姿勢を正した。ドアが開いて団長のエルヴィン・スミスが姿を現した。ハンジ・ゾエ分隊長、技術班に転属したペトラ・ラルと続いた。ペトラは筒のような大きな巻物を持っていた。

 

(ペトラ……)

 オルオは久しぶりに見かけるペトラに心が揺れた。ペトラは以前は癒しを与えてくれる女性というイメージだったが、今は瞳に決意が現れており凛々しい印象だった。

 

「敬礼っ!」

 全員が敬礼して団長を迎えた。スミス団長は応礼しながら、講壇に立った。

「楽にしてくれたまえ。全員、そろっているようだな。それでは明日に予定されている壁外調査の作戦会議を行う。まず今回の作戦目的であるが……」

スミス団長はそこで一区切りいれると全員の顔を見渡した。そして力強く宣言した。

 

「シガンシナ区の直接視認を目的とする」

 

(なっ!?)

 会議室にいるほぼ全員に衝撃が走った。何人かは息を呑んでいる。いうまでもなくシガンシナ区は5年前に巨人達のウォールマリア侵攻の際、門に穴を開けられた場所だ。巨人の出現地点といっていい。すなわち巨人の密度が最も高い場所だった。

 現在までの壁外調査において、トロスト区からシガンシナ区までは7割方の行程は踏破できている。しかしそこから先は巨人の密度が高すぎてなかなか前に進めない場所だった。さらに言えばシガンシナ区前面には見通しの良い平地が続いている。巨大樹の森ならばともかく、平地で大勢の巨人と戦うなど悪夢だった。

 直接視認、つまり街の傍まで行くという事だ。強引を通り越して無謀といった方が適切だろう。

 

「そ、それはちょっと……」

「い、いくらなんでも無謀では?」

「一体どれだけ犠牲が出ると!?」

「勝算はあるのですか?」

 強者が集う調査兵団の幹部連中達からも次々に抗議の声が上がっていた。

「お前ら、団長の話を最後まで聞け!」

「……」

リヴァイ兵長が一喝すると全員が押し黙った。人類最強と謳われる実力者のリヴァイが睨みを利かすと迫力があった。

 

「では続けよう。ハンジ、説明を」

 スミス団長は技術班のハンジに説明を委ねた。ハンジは傍らに控えていたペトラに指示して、彼女が持っていた巻物を広げさせて前方の黒板に掛けさせた。

 

「皆さん誤解されているようですが、シガンシナ区の傍まで行く必要はありません。手前20キロでも十分目的が果たせます。これを使います」

 ハンジは巻物を指示棒で指し示した。巻物には楕円形の物体にゴンドラのようなものがぶら下がっている絵が描かれている。ゴンドラには数人が乗り込むようだ。横に人型が書かれているので、15m程のかなり大きな物体らしかった。

 

「これは我が技術班が開発した空飛ぶ乗り物、”気球”です。空気が熱せられると上昇するのは皆さんご存知ですね。それを応用したものです。袋になった部分に暖めた空気を溜めて浮力とし、高度2000mまで上昇することができます。風向きはこのところ南からの風となっているので気球で偵察を終えた後、風に乗ってウォールローゼまで帰還することになります。皆さんには、この気球の浮上地点までの護衛をお願いします」

 

(空飛ぶ乗り物だと!?)

 オルオを始め皆唖然としていた。ハンジの発想が飛躍しすぎてついていけないのだ。もともとハンジの変人ぶりは有名だったが、今回はそれに輪をかけている感じだった。

 

「そ、それは分かったが、しかし本当に人が乗って空を飛ぶのか?」

 グンタが質問した。

「既に飛行試験を何度も行っています。今日まで明かさなかったのは憲兵団に不要な介入をされたくなかったからです。シガンシナ区偵察という戦果を上げればいまさら没収とはいかないでしょう」

確かに憲兵団なら余計な干渉をしかねない。ハンジ達技術班が秘密裏に開発していた理由はそれで理解できた。

 

「墜落したらどうなる?」

 別の班長が質問した。

「間違いなく死にますね。2000mの高さから堕ちたらペシャンコでしょう」

ハンジはあっさり答えた。

「そんな危険なものに誰が乗るんだ?」

「わたしです」

ハンジは堂々と答えた。

「これを開発したのはわたし。つまり、わたしは誰よりも詳しいというわけです。いずれ偵察気球の本格運用が始まれば長距離索敵隊形を組み合わせる事で巨人の早期発見にもつながるでしょう。それは味方を救う事につながります。それに空から巨人の群を観察することにより、新たな発見があるかもしれません」

 

「……」

 開発者自らが命を賭けて危険な偵察任務を遂行すると言うのだ。誰も反論があるはずもなかった。

 

「ハンジ、ありがとう。後はわたしが話そう」

 話が一段落したところでスミス団長が切り出した。

「シガンシナ区を偵察して得られる情報は、今後のウォールマリア奪還における戦略決定の重要な判断材料となる。作戦行動はハンジが話してくれたとおり、今回の壁外調査はこの偵察気球の護衛のみとする。長距離行程になるため、巨人の行動が活性化する前、すなわち夜明け前に出陣する。より迅速に目的地まで移動し、ハンジの気球浮上を確認後、ただちに帰還するものとする。……」

 

 

 偵察気球の件については、明日現地到着まで緘口令が引かれる事になった。幹部連中に知らされたのは、作戦目標を明確にして混乱を塞ぐためだろう。

 

 会議が終わった後、ハンジは周りの班長達に取り囲まれていた。皆、空を飛ぶ乗り物に興味津々といったところだ。ハンジは当たり障りのないところで開発秘話を自慢げに話していた。傍らでペトラが黒板に掛けてあった巻物を仕舞っていた。

 

(それにしてもよくまあ、こんな事を思いつくものだ……)

 オルオは呆れながら、ふと疑問に思ったことがある。

(気球って一人乗りじゃないよな? まさかペトラが……)

そう思い立った途端、居ても立ってもいられなくなった。

 

 オルオは人垣を押し退けてハンジの前に来ると、質問をぶつけてみた。

「なあ、ハンジ。これって一人乗りじゃないよな?」

「ああ、そうだね。最低2人は必要だね。航行を担当するものと観測員だね」

「後一人は誰なんだ?」

「それをあなたが知る必要はあるの?」

ペトラが割って入ってきた。

「必要なら知らされる、必要がないなら知らされない。興味本位で首を突っ込まないで」

「まさか……、お前が乗るのか?」

「答える必要はないわ」

ペトラの瞳には強い意志が感じられた。臆病風に吹かれて技術班に転属したわけではなさそうだった。

 

「お、お前、正気なのか!? こんな訳の分からないものに……」

 オルオはペトラの話し方で彼女が乗るのではないかと思った。

「訳の分からないって何よ! 技術班の皆が今回の壁外調査に間に合うようにと寝る間も惜しんで開発していたのよ! オルオ、あなた、ハンジ分隊長の発明を馬鹿にするの!?」

ペトラは語気を強める。どうやら触れてはいけないところを触れてしまったようだ。

「い、いや、そういうつもりは……」

「まあまあ、ペトラ。そう責めるなって。確かにすぐには理解しにくいかもしれないね。でも空を制する利点が分かればきっと見方も変わるよ」

ハンジはオルオとペトラの口論が沸騰しそうになったところを止めてくれた。

 

(どうしてこうなっちまうんだ……。俺はただペトラを心配しているだけなのに?)

 オルオは内心泣きたくなってしまった。前回の壁外調査でペトラの生存は絶望的と伝えられたとき、悲痛な想いだった。幸いペトラは生還を果たしてくれたが、それ以来、ペトラは以前ほど社交的ではなく、それまでの同僚たちとも距離を取っており技術班の中に閉じこもっている印象を受ける。奇跡の生還の裏で、人生の見解すらも変えてしまうほどの何かがあったのかもしれない。

 

 その後、ハンジとペトラは出陣準備の為に研究棟の方にさっさと戻ってしまった。オルオは結局ペトラとは何も話せないままだった。




【あとがき】
 リタ達の技術協力により、ハンジら技術班は偵察気球を完成。第56回壁外調査は、通常の調査活動と異なり、シガンシナ区の空中偵察に変わります。出陣も日中ではなく、まだ街が寝静まっている夜明け前となります。

トロスト区の一番長い一日が近づきます。


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第7話、出陣前夜

【前話のあらすじ】
 調査兵団の班長以上を集めた幹部会儀で、ハンジの気球によるシガンシナ区空中偵察作戦が明かされた。今回の壁外調査はハンジ技術班の護衛のみという異例のものとなった。

(side:エルヴィン・スミス)




 日は暮れて暗くなっていたが、ガス灯や篝火が煌々と点され、調査兵団本部の周辺は喧騒に包まれていた。出陣を明日に控え、兵士達はその準備に追われていたのだ。武器の点検や物資の詰め込みを終えた荷馬車が出陣前の待機場所であるトロスト区南門前へと次々に出立していく。

 

 その様子を執務室の窓から、調査兵団団長のエルヴィン・スミスは見下ろしていた。

(空飛ぶ乗り物か……。確かに誰も考えもしなかっただろうな)

 空を制する、今まで誰も着想しなかった事にハンジは目をつけた。考えるだけでなく実用化してしまうのだから恐れいる。気球はただの一歩にすぎない。それからさらに進んで人類は空を自由に飛ぶ翼を手にいれるのかもしれない。調査兵団のシンボル、”自由の翼”のように。

 

「さっきは俺も驚いたぞ。ハンジの奴がそんなもの作っていたとはな」

 執務室に最終確認に来ていたリヴァイ兵長が声をかけてきた。先ほどの幹部会議で初めて知らされた件――気球によるシガンシナ区空中偵察作戦、知っていたのはハンジ達技術班とエルヴィンのみ、腹心のリヴァイにすらも告げていなかった。

 

「隠していて悪かった。だがそうしなければならない理由があった事も理解してくれ」

「わかってるさ。内地の連中がまともじゃないのは知っているからな。ったく、誰が巨人と戦っていると思っているだ。あいつらはっ!」

 リヴァイは吐き捨てるように言った。自分達調査兵団は前と後ろに敵を抱えている。前の敵は巨人、後ろの敵は内地の連中(王政府の保守派や貴族)だった。後ろの敵は権力を握っているだけに陰湿で厄介だった。下手に口実を与えれば連中の手先である憲兵団が自分達に牙を向けるだろう。エルヴィンは常に政治的にうまく立ち回らなければならない状況に置かれていた。

 

(とても人類が一枚岩とはいえない状況だな。リヴァイの言うとおりだな)

 

「で、ペトラだが、あいつ、技術班でどういう役割をしているんだ? 言っちゃ悪いが技術班向きとは思えないねーぞ。どう考えても戦闘向きだろが?」

「それはわたしにもわからないな。ハンジは技術班に必要な人材だと言うだけだからな。前回の壁外調査で索敵の重要性を痛感したのかもしれない」

「そう言われると痛いな」

「いや、リヴァイのせいではない。巨人の群れの発見が遅れた事がそもそもの原因だ。ハンジがいうとおり空中からの偵察が実用化できれば、巨人の早期発見に繋がるだろう。味方の被害を減らすだけでなく、巨人の配置によっては、各個撃破で巨人を討伐していく事も可能なはずだ。巨人の力は圧倒的だが、1体ずつなら決して倒せない相手ではない」

 

「そうなる事を是非願ってるぜ。それと後一つ確認なんだが、ハンジの奴が壁外で不時着した場合、救助を考えなくていいのか? あいつの発想力は今後も必要だろうが?」

「その点は何度も確認した。しかし、ハンジは固辞した。不時着する可能性はなくはないが、その低い確率に為に味方を犠牲にしたくないとのことだ」

「すごい自信だな」

リヴァイは呆れたように呟いた。

 

「それに自分に万が一の事があった場合、技術班はペトラが後を引き継ぐと言っている」

「なっ? ペトラが? あいつにそんな才能があったのか?」

 リヴァイは驚いていた。実のところ、エルヴィンもよく理解できていない点だった。

「……」

「いや、あいつが新兵だった頃から知っているが、それはないんじゃないのか? 腕は立つが中身はお嬢様だろうが?」

「だとしてもペトラが何かを知っている事は間違いないだろうな」

「だったら今回の調査が終わったら、俺が締め上げてやるよ」

「そこまでしなくていい。いずれ、わたしが彼女とじっくり話そうと思っている」

 ペトラの件は慌てる必要はないだろう。今回の偵察行が終わって時間が空いたときに対処すればいいとエルヴィンは考えていた。

 

(問題は2枚目の設計図の方だな)

 ハンジに気球の設計図と共に見せられた空飛ぶ船――”飛行船”の設計図。エルヴィンにとってはこちらは深刻な問題を孕んでいた。

 

 30人程の兵員が輸送可能で、自力推進機関の搭載により、自由に空を飛ぶ事ができるという。ハンジはシガンシナ区に空から兵を送り込めると強調していたが、空から兵力を送る事が可能な場所はシガンシナ区だけではない。王都ウォールシーナも当然攻撃可能だ。内地の連中は直接攻撃される可能性がある事を知れば必ず介入してくるだろう。下手すれば反乱罪を適用されて粛清されかねない。

 

 ゆえに飛行船の開発は慎重に進める必要があった。ハンジには飛行船の方は最重要機密として取り扱うように指示した。自力推進機関の開発が鍵という事なので、それを最優先、開発予算は兵団の予備費を全て使ってもよいと許可を与えている。一応、ハンジの頭の中には構想があるようだった。

 

 

 同時刻、トロスト区にある駐屯兵団宿舎。解散式を終え、配属兵科の選択を間近に控えた第104期の訓練生達が寝泊りしている所だった。その屋上で、3人の影が夜の闇に隠れて密会していた。

 

「調査兵団の主力は明日、予定を早めて夜明け前に出陣するらしいよ」

「それは好都合だ。より遠くに行ってもらえるということだからな。調査兵団さえいなければ、後の奴らは雑魚に過ぎない」

「いよいよ決行だね」

「ああ、待ちに待った時だ。5年間、長かった……」

「あの子達には未練はないのかい?」

「ないといえば嘘になるが、これも運命だ。ここの奴らは悪魔の末裔だ。いずれ俺達の脅威となる」

 

 3人の影は頷くと、何事もなかったかのように宿舎の中へと戻っていた。




【あとがき】
リタ達は表に出てきません。なお調査兵団は政治的に難しい立場にあると考えています。エルヴィンは政治的嗅覚に優れているはずなので、飛行船の持つ政治的な危険性に気付くでしょう。



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第8話、敵群見ゆ

【前話のあらすじ】
出陣前夜、スミス団長とリヴァイの会話。団長はハンジの2枚目の設計図”飛行船”について政治的な危険性を感じ取り、ハンジに最重要機密として扱うように指示していた。

同時刻、謎の3人組の不気味な会話があった。

(side:グンタ)


 夜明け前、東の空が明るくなり始めた頃、トロスト区南門前の路地には100騎を超える調査兵団の騎馬隊が車列を組んで待機していた。日中の出陣ならば見物客で賑わい、祭りのような騒ぎになるのだが、今は人影はまばらだった。出陣が前倒しで夜明け前に早まったからである。見送りに来ているのは兵士の家族や恋人など特別な関係にある者たちだろう。

 

 その騎馬隊の前衛精鋭班にグンタ・シェルツはいた。グンタはつい先ほど新妻と抱擁を交わしたばかりだった。妻は手を振って精一杯の笑顔で答えてくれている。異例の早朝の出陣で不安に思うところがあるのだろうが、それを口にはしなかった。

 

「兵長、”例のもの”、よろしくお願いします」

 ペトラ・ラルの声が聞こえたので振り向くと、ペトラはリヴァイ兵長と挨拶を交わしていた。”例のもの”とは偵察気球のことだ。緘口令が引かれている以上、はっきりとした単語では言えないだろう。ペトラは外征用のコートを羽織っておらず未だに騎馬に乗ろうとはしない。どうやら今回の壁外調査には参加しない模様だった。同僚のオルオはペトラが気球に乗るのではないかと心配しているようだったが、杞憂だったようだ。

 

「ああ、当然だ。団長がそれだけ価値があると認めているものだからな……」

 リヴァイはペトラを騎乗から見下ろしていた。

「……」

「お前はだいぶ前から”あいつ”にそれだけの価値があると認めていたのだろう?」

「はい」

「ならいい。自分の信念に従って行動しているなら最後まで貫いてみろ」

「兵長、ありがとうございます」

ペトラは目が潤んでいるようだった。

(わかりやすいな。これじゃ、オルオにはなかなかチャンスが回ってこないよな)

グンタはペトラ達のやり取りを見てそう思った。

 

「みなさん、よろしくお願いします。どうかご無事で……」

 ペトラは以前の精鋭班の仲間達にも声を掛けていた。見送る立場になって、今生の別れになるかもしれないという想いがあるのかもしれない。壁外調査では何が起こるかは分からないのだから。

 

 

「駐屯兵団南門警備班から報告。視界内に巨人は見当たらず、繰り返す、視界内に巨人は見当たらず」

 衛兵からの状況報告が来ていた。どうやら幸先のいいスタートが切れそうだった。

 

「これより出陣する。開門せよっ!」

 団長のエルヴィン・スミスの号令と共に南門の重厚な扉がゆっくりと開いていった。

「出陣っ!」

 団長の号令で馬の戦慄きと共に騎馬隊は一斉に駆け出す。壁外調査への出陣だった。怒涛の勢いで騎馬隊は壁外の荒野へと飛び出していく。ちらっと後ろを振り返るとグンタの妻が手を振っているのが見えていた。

 

 

「散開、長距離索敵隊形っ!」

 団長の号令で、騎馬隊は一斉に散開し距離を取り始めた。いつもの手順で騎馬隊は行軍していく。

 

 今回は通常の壁外調査とは趣きを異にしている。機動力優先のため、普段より荷駄隊の数はかなり少ない。兵員の数もその分少なくなっている。100騎あまりでハンジ達技術班を護衛する。ハンジが厚遇されすぎのような気もするが、例の空飛ぶ乗り物――”気球”はそれだけの価値があると団長が判断しているのだろう。

 

(それにしても本当に空を飛ぶのか?)

 グンタ自身はまだ半信半疑だった。実際、この目で見るまでは信じる事はできそうにない。

 

 騎馬隊は猛然と荒野を駆け抜けていく。荒廃した家屋や壊れた風車が見受けられた。5年前まではこの辺り――ウォールマリアは普通に人が暮らしていた場所だったのだ。今や人が住めない巨人が徘徊する場所となっていた。

 

 夜明けと共に周囲が明るくなってきた。そろそろ巨人達が起き出して行動を始める時間帯である。いつ巨人が襲ってくるかわからない。

 

 

(……おかしくないか? なぜ、こんなに順調なんだ?)

 グンタは首を捻った。トロスト区を出て3時間、遭遇した巨人は合計5体。それも7m級以下の小物が1体ずつだった。周囲に他の巨人がいない事をリヴァイ達精鋭班が確認すると、リヴァイは経験の浅い班員達で構成する班に討伐させていた。若年兵達に実戦経験を積ませてやるほどの余裕があった。

 

(巨人達が全員居眠りというわけじゃないだろうな? このままだとあっさり目的地についてしまう。それはそれで好都合なのだが……)

 いつもなら餌にありつけると喜んで姿を現す巨人達は、今日に限っては不気味なぐらい姿を見せていない。戸惑っているのはグンタだけではないようだ。

 

「なあ、グンタ。これ、絶対おかしいよな。巨人がほとんどいないなんてどういう事だよ?」

 同じ精鋭班のエルド・ジンが声を掛けてきた。

「お前もそう思うか?」

「ああ、静かすぎる」

「こんな事は過去に一度もなかった」

「こういうのって嵐の前の静けさっていうんだろな」

「じゃあ、どこかで大群が待ち構えているのか?」

「想像したくないが……」

グンタはどうしても不吉な予感が拭えなかった。

 

 

 団長が信号弾を放った。停止の合図だった。

「まもなく目的地に到着だ。散開して周囲を警戒せよ!」

シガンシナ区北東方向22キロ地点、ここは周囲に立体機動が可能な森がある空き地だった。兵士達が一斉に散開して周辺警戒にあたる。空き地の中央にハンジ達技術班の荷馬車が進入してきた。

 

「さあ、組み立て開始! 急いで!」

 技術班分隊長ハンジ・ゾエの号令で技術班の部下達は一斉に気球の組み立て作業に取り掛かった。ハンジ達の周囲には精鋭班が配置に付き、警戒に当たっていた。グンタは周辺警戒しつつもハンジ達の気球組み立て作業を見守った。

 

 ペダル式の送風機を回して風を球皮に送り込んで膨らませていた。網籠のゴンドラを取り付け、ガスボンベとガスバーナーをセットし、燃焼試験を行って正しく取り付けれれているかを確認しているようだ。暖かい空気を送り込む事によって球皮が膨らんでいき、昨日の巻物に描かれていた気球本来の形態へと変わっていく。

 

「巨人出現、いずれも7m級以下3体」

 伝令兵からの知らせが入った。外縁部に位置する護衛班が森の中で中型巨人と戦闘を交えているようだった。敵としては大した事がない。精鋭班は動くことなく状況を見守る。しばらくして討伐を完了したとの報告が入った。

 

 その間に気球の組み立て作業はほぼ完了、最終段階に入ったようだ。ハンジ、副分隊長のモブリット・バーナー。2人が気球のゴンドラに乗り込んだ。観測員はハンジ、モブリットが操縦員のようだ。2人とも防寒服を着込んでいる。「高い場所は高山と同じく気温がかなり下がるからね」とハンジは昨日の会議の後、話していた。聞けば納得だが、そういった細かいところまで配慮されている処からしてかなり念入りに準備をしてきているようだ。残りの班員達が気球浮上の為に使った小道具などの片付けをしていた。

 

 騎乗のスミス団長がハンジに声を掛けていた。

「頼んだぞ、ハンジ」

「はい、お任せください」

「ハンジ分隊長、いつでも浮上できます」

操縦員の部下が報告していた。

 

「よし、浮上っ!」

 ハンジの合図と共にガスバーナーが最大限吹かされた。気球はふわりと宙を浮いた。地面を離れ蒼穹の大空へと舞い上がっていく。周りにいる兵士達からは一際大きな歓声が上がっていた。ハンジは護衛していた皆に手を振って応えていた。

 

(うおぉぉぉ! 本当に空を飛ぶんだ……。ハンジ。お前、やっぱ、すげーよ、天才だわ)

 グンタは畏敬の念を込めて、空高く登っていく気球を見送っていた。

 

 

「総員、撤収っ!」

 団長の合図で、今度は慌しく撤収準備が始まった。自分達の作戦目的はこれで完了である。気象観測を続けて風向きを考慮してあるとの事なので、ハンジは自分達よりも安全にウォールローゼに帰還できるそうだ。

 

(これで終わりなのか? いや、確かに街に帰るまでが任務だが……)

 順調すぎる壁外調査、グンタの違和感はまだ払拭されない。古参の経験で嫌な予感がずっとしていた。

 

 

 ハンジ達が浮上してから半時間後、調査兵団の騎馬隊は一時休息を取っていた。

「おい、ハンジの気球だぞ!」

「もう追いついてきたのか、早いな!」

 兵士達の声で振り返れば、ハンジの気球が森の合間から姿を現した。高度はおよそ800m。自分達が迂回路を取っているため、追いつかれてしまったようだ。

 

 ハンジの気球から何かが投げ落とされたようだ。長い紐がついたような筒が螺旋を描きながら落下してきた。後で聞けば”通信筒”といい、厚紙を丸めて作った直径数cmの筒に文書を入れて地上に落とすという連絡手段だった。信号弾のみでは詳細な情報を伝えられないからだ。ハンジの気球からは黒の信号弾が放たれている。巨人発見、それもかなりの規模のようだった。

 

(やはり、悪い予感があたったのか!?)

 ハンジの気球からは相当な範囲が見渡せているはずだ。巨人の群れを見つけるのも難しくないだろう。

 

 兵士の一人が通信筒を回収して、団長のところに持って行った。団長は一時停止の合図をした。団長の表情は距離が離れていて分からないが、リヴァイら腹心達が集まって協議している模様だった。

 

「総員、傾注っ!」

 団長は全員に呼びかけた。

「ハンジ班からの報告だ。読み上げろ」

団長は通信筒を持っている兵士に指示した。

「はっ。我、シガンシナ区偵察、完了!」

おぉぉぉという歓声が周りから沸き起こった。団長は手で制した。

「本隊の周辺20キロにも巨人の影なし。されど本隊の北北西方向25キロ、トロスト区南西40キロ付近に巨人の大群を確認。数はおよそ400!」

 

(400!?)

 グンタは思わず唸った。周りに兵士達も驚いている。過去にこれほどの大軍勢が現れた事など1度もないからだ。いや1度だけあった。5年前のウォールマリア侵攻の際、数え切れないほど大群が現れたと聞いている。

 

「この大群はトロスト区の方向に向けて、一斉に移動を開始している模様!」

 周囲にいる全員がその意味を理解していた。巨人達の一斉侵攻が始まったのだ。今朝方、巨人達が姿を見せていなかった理由が今はっきりと分かる。奴らは1箇所に密集していてタイミングを計ったかのように進撃を開始したのだ。

 

「恐らく5年前と同じだ。超大型巨人が出現した、もしくは出現する可能性が高い。これより時間との勝負になる。一刻も早くトロスト区に戻る必要がある。技術班以外の荷馬車は放棄。不要な荷物は捨てていけ」

 団長は機動力に勝る騎馬隊のみで戻る事を決めたようだ。

 

(くそっ! 小賢しいマネを! 俺たちの留守を狙いやがって!)

 グンタは毒付きながらも事態の急変に頭を切り替えた。ハンジの空中偵察のおかげで巨人の動きが分かったのだ。巨人の群れは過去最大級の大群だが、大まかな位置を把握しているので、自分達は動きやすい。ハンジの敵群発見の報告はシガンシナ区偵察よりも大戦果かもしれない。

 

(これが空中偵察の威力なのか……)

 いままでならかなりの距離まで近づかなければ巨人の群を発見できなかっただろう。そして自分達が発見したときは、巨人達もこちらを発見している。回避できない戦闘が幾度も発生し、少なからぬ犠牲者を出していた。だが空中偵察により、一方的に自分達だけが巨人達を遠距離から見つけることができるのだ。戦略的意義は計り知れない。

 

(ハンジ、生きてかえれよ。死ぬんじゃねーぞ)

 グンタは空に浮かぶハンジの気球を見上げた。



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第9話、推察

【前話のあらすじ】
第56回壁外調査に出陣した調査兵団の主力騎馬隊は、意外なほど順調に浮上予定地点に到着。ハンジの気球によるシガンシナ区空中偵察も無事成功。しかし、それは嵐の前の静けさだった。ハンジの空中偵察により、過去最大級の巨人の群れがトロスト区目掛けて進撃している事実が判明する。

(side:モブリット)


 調査兵団技術班のモブリット・バーナーは、気球のゴンドラから調査兵団の騎馬隊が進発していく様子を見ていた。自分達の街トロスト区は霞んでいて直接見る事はできない。しかし巨人の大群は、凄まじいまでの土煙を挙げて街に向けて進撃している様子が分かる。巨人は遠方から見ると人影に見えるので、遠近感が狂ってしまい、距離が掴み難いのが欠点だった。

 

「分隊長、味方にはうまく伝わったようです」

 モブリットは気球に同乗している上官のハンジ・ゾエ分隊長に声を掛けた。

「そのようね」

「間に合うでしょうか?」

「……位置的には厳しいでしょうね」

 ハンジに言われなくとも予想はできた。巨人の大群は1時間もしない内にトロスト区に到達するだろう。味方の騎馬隊は、直線でトロスト区に向かえば2時間とかからないが、さすがにあの大群と正面からやり合うわけにはいかないので迂回する必要がある。必然的に街が攻撃される前の帰還は望めなかった。

 

「よりによって調査兵団が出払っている最中に襲ってくるなんて……。なんて間の悪い」

「それを偶然だと思うかい?」

「え?」

「偶然なんかじゃない。狙ってやったんだよ。わたしはさきほど巨人達の動きを見て確信した。奴らは戦術を使っている」

「ま、まさか!? 巨人は知性がないのでは?」

 モブリットは驚いた。

「通常巨人はそうだ。だが、奴らには司令塔のような存在がいるはず」

「司令塔ですか?」

「そいつが巨人達を動かしている。巨人達を一箇所に集めていたのも一斉に移動を開始したのも司令塔の指示によるものでしょう。これらの動きは事前に準備していなければできない。調査兵団の出陣に合わせてきたところを見ると、奴らの諜報員が壁内にいるはずだ。人類側の動きを察知しているのだろうね」

「……」

「かつてウォールマリア陥落時、超大型巨人で外門を破壊し、巨人の大群を中へと誘導した状態で、内門を破壊した。これも戦術だろうな。『超大型』『鎧』に知性があるのは間違いない。そして奴らの狙いは一貫している。人類の絶滅だ」

「で、では……」

「巨人との戦い方を根本的に見直す必要があるだろう。奴らに知性があることを前提にね」

「……」

 ハンジの仮説は衝撃的だった。しかしハンジが言うからには間違いないだろう。この上官は、頭の中から次々に常人が思いつかないようなアイデアが湧き出してくるような天才だからだ。

 

「現在の高度は?」

「は、はい、高度800mです」

 高度計を見ながらモブリットは報告した。この高度計を組み立てたのは技術班のスタッフ連中だが、最初の設計はハンジが考えたものだ。金属筒と油圧装置を組み合わせたものだが、上空では気圧が変化するのでそれで高度がわかるという。決して派手ではないが、細やかで配慮が行き届いた小道具をハンジは思いついては自分達に指示を出してきた。迅速に浮上準備を助けるペダル式の送風機もその一つだ。こういった各種小道具があったからこそ、壁外での初飛行、初の実戦投入が可能になったのだ。

 

「では高度を300mまで下げて。やつらの司令塔にこの気球を見られるわけにはいかない」

「その司令塔はどこに?」

「おそらくトロスト区近辺にいるはずでしょう」

「し、しかし、だとしたらわたし達が帰る場所は?」

「風向きなどよほど条件が揃わない限り、コレ(気球)で街に帰るのは不可能だったのよ」

「そ、そんな……。分隊長が自信満々におっしゃるからわたしだって気球に乗ったのに……」

 最近のハンジは神懸りになっており、言う事は全て間違いないと周りを信じさせるほどの発言力を持っていた。以前なら「分隊長、生き急ぎすぎです」と諌め申し上げるところである。

 

「わたしが言うから信じたの? 自分の頭で判断しなさいよ。これが危険な乗り物だという事ぐらいわかるよね。その覚悟があって乗ったんじゃないの?」

「分隊長、それはいくらなんでも無責任ですよ」

「悪いけど、わたしは強制した覚えはないわ。他にも志願者がいたけど、あなたが副分隊長権限だとか言って押し切ったのを忘れたの?」

「……」

 モブリットは言い返せなかった。ハンジを信じていたからというのは結局盲信して自己判断する事を放棄していたという事だからだ。

 

「ふふふっ、あはは」

 ハンジは突然笑い出した。モブリットは何がなんだか分からない。

「ごめんごめん、あんまり深刻な顔をしているからついからかいたくなっちゃったよ。心配しなくても大丈夫よ。どこに不時着しようとちゃんと助けがくるから」

「しかし、味方はもう行ってしまって、ここウォールマリアは巨人達の領域ですが……」

「わたし達には守ってくれる”女神”が付いているのよ。だからこそ、わたしは気球に乗ったんだから」

「そ、そうですか」

「……」

 ハンジは再び双眼鏡を取り出して巨人達の観測を始めた。”女神”の意味は分からなかったが、ハンジは何らかの策を持っているのだろう。そう思うとモブリットは少しだけ気が楽になった。

 




【あとがき】
ハンジは上空から巨人の群の動きを観察することで、巨人達の戦術的な動きを確認した。”女神”は、彼女でしょうか!?


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第10話、開幕

【前話のあらすじ】
偵察気球に乗っているハンジは上空から巨人達の動きを観察していて、巨人達が戦術を使っていることを確信する。

同時刻、トロスト区南門での出来事。第104期訓練兵初登場です。

(side:ミーナ)


 この日、トロスト区南門の壁上に、第104期訓練兵ミーナ・カロライナはいた。ミーナは長い黒髪を双房にまとめた少女兵である。前日、解散式を終えたミーナを含む訓練兵達はいくつかのグループに分かれて、壁の補強工事実習、武器の整備実習などを受けていた。ミーナが所属する訓練兵第34班は、壁上での大砲の整備実習に当たっていた。後日、配属兵科に別れて、それぞれの部隊の任地に散っていくまではこの仲間は一緒だった。

 

 3年間の訓練兵生活。厳しい訓練で何度もくじけそうになった事もあった。涙しながら寝床に潜り込んだ日が何回あったことだろう。それらを乗り越えてこれたのは仲間の支えがあったからこそだ。和気藹々と将来を語れる仲間達と共に過ごした時間はミーナにとっては何よりも換え難い大切な時間だった。

 

(あれ? 誰だろ?)

 ミーナは壁上で、周りの兵士とは違うオーラを纏っている女兵士に気付いた。フードを被りゴーグルを掛けている小柄な女性兵だった。フードの隙間からは金髪の前髪が覗いている。臨戦態勢に入っているかのように鋭い眼差しで油断なく周囲の気配を探っている感じだった。肩の徽章を見ると、”自由の翼”――調査兵団だった。

 

(うそっ! 調査兵団の人!?)

 ミーナは驚いた。調査兵団の主力は今朝早く出陣しており、残っているのは裏方の兵だけと思っていたからだ。

 

 その女性兵の横顔を見ていると、ミーナはどこかで見覚えがあった。ミーナはハッと思い出した。いつかの壁外調査から帰還してきたリヴァイ兵長の横で、この女性兵がいた記憶がある。リヴァイの横にいるぐらいだから精鋭班の一人だ。つまり巨人討伐の凄腕という事だった。

 

 ミーナはその女兵士に話しかけてみる事にした。

「もしかして調査兵団の方ですか?」

「そうですが、あなたは?」

「わたし、ミーナ・カロライナっていいます。調査兵団に憧れています。えーと、先輩は前々回の壁外調査ではあの人類最強、リヴァイ兵長の精鋭班におられたんじゃ?」

「いいえ、人違いでしょう」

 あっさり否定されてしまうとミーナも自信がなくなってきた。それでも彼女が放つオーラは歴戦の戦士のものとしか思えなかった。

「で、でも、精鋭のお一人ですね? 先輩のお名前を聞かせてもらっていいですか?」

「イルゼよ」

 ミーナはこの時聞いた名前が、2年前に壁外調査中に戦死している兵士の名前だとは知らなかった。

 

「じゃあ、イルゼ先輩。先輩は巨人を一杯やっつけたんですよね」

「まあね」

「わー、やっぱり。すごくかっこいいです。お目にかかれて光栄です」

「……」

 

(でも、そんな精鋭の一人ならどうして今日の壁外調査に同行していないんだろ?)

 ミーナは少し疑問に思った。そんな疑問が顔に出ていたようだった。

「今は事務班にいるわ」

女兵士は答えた。

「えっ?」

「調査兵団にもいろんな職種があるわ。最前線で戦う部隊だけじゃない。補給班、輸送班、看護班、技術班、事務班。そういった様々な職能が集まって一つの軍団を形成しているのよ」

 座学で習っている内容だったが、ミーナは前線で戦う事に集中していて、後方支援の重要性については深く考えていなかった。

 

「そうだったんですか? あまり考えていませんでした。参考になります」

「どの職種向きかは入ってからでも考えたらいいわ」

「はーい」

「それと、わたしの事は他の仲間には言わないでいてくれる?」

「先輩の頼みでしたら」

 ミーナは何かの理由があって女兵士は事務班にいるのだろうと思った。その理由については周りにとやかく言われたくないのだろう。

 

「おーい、ミーナ。サシャが馬鹿やって肉持ってきたんだとよ。なんか言ってやれよ」

 ミーナの仲間が呼んでいた。サシャは卒業成績9位と優秀だが、とにかく食に貪欲な女の子だ。入団式の最中に教官の前で芋を食って怒られた事もある。またどこからか失敬してきたのだろう。

 

「あ、ごめんなさい。また、ゆっくりお話聞かせてください。イルゼ先輩」

ミーナは手を振ってその女兵士に別れを告げた。自分は調査兵団に入団するつもりだから、また会えるだろうとミーナは思っていた。

 

 それからミーナは仲間達と談笑していた。思えばこれが仲間と交わした最後の平和な一時だった。

 

 

 数分後、突如、雷が落ちたような衝撃で空気が震えた。ミーナは振り向いた。

 

(……!?)

 50mあるはずの壁と同じ高さに巨人の顔があった。つまりこの巨人の高さは60m、信じられない程の巨体だった。顔の皮膚がなく筋肉丸出しの異形、噂に聞いたことがある超大型巨人だった。圧倒的な威圧感が眼前に出現していた。

 

 ミーナはあまりの事に思考が停止していた。

「全員、立体機動用意!」

 すぐさま女の声で指示が飛んできた。先ほどの女兵士の声だった。さすが調査兵団の元精鋭、非常事態でも冷静で、動揺する訓練兵達に指示を与えてくれたようだ。

 

 女兵士のおかげでほぼ全員が立体機動装置の使用準備に入る。次の瞬間、凄まじい量の熱の篭った水蒸気が壁の上を吹き荒れた。ミーナ達は吹き飛ばされ、壁の上から放り出された。地上50m、墜落したらまず助からない高さだ。ミーナは立体機動装置のワイヤーを射出して、壁にアンカーを撃ち込んで落下を逃れる。他の者もほとんどがミーナと同じく立体機動装置を使って落下を回避していた。

 

(先輩の指示がなかったら……)

 いきなり吹き飛ばされたまま、地上に叩き付けられて大勢が墜落死していたのかもしれない。

 

「おい、大丈夫か?」

 仲間の一人が声を掛けてきた。

「ええ、なんとか」

ミーナはワイヤーにぶら下がりながら答えた。

 

 轟音、全身が揺さぶられるような衝撃が走る。南門が弾け飛んだようだった。大量の破片が周りの家屋へと飛んでいく。周りも皆も唖然として声が出ない。

「うそっ!?」

「門が壊されたっ!?」

「このままじゃ、巨人が入ってくる!?」

 誰しもが顔色が蒼白になった。巨人達が大量に街に雪崩込んでくるのだ。5年前のウォールマリア陥落と同じ惨劇が起きようとしているのだった。

 

 ミーナはすぐさまワイヤーを戻して壁上へと躍り出た。超大型巨人には1人の兵士が挑んでいた。さきほどの女兵士だった。空中機動しながら持っていた信煙弾の銃を超大型巨人の目に連射して目潰しをしていた。連射できる信煙弾、しかも煙の量も通常のものに比べてかなり多い。技術班の試作武器なのかもしれない。超大型巨人が嫌がって顔を背けている間にもう一人の影が猛然と敵に突進する。

 

 同じ班の訓練兵エレン・イェーガーだった。エレンは卒業成績5位。憲兵団を進路に選択できる上位10名に入っている。しかしエレンは入団当初から調査兵団への志願を変えることはなかった。昨夜の宴会でも、憲兵団志望のジャンと喧嘩になっているぐらいだった。

 

 そのエレンの機動、さすがと思わせるものだった。連携訓練をした事はないはずの女兵士と巧みな連携攻撃を行っていた。女兵士が信煙弾で目潰しを喰らわせた隙に、エレンは左周りに、女兵士は右周りから、超大型巨人の首筋に目掛けて突進していく。速度、敏捷性ではやはり熟練者の女兵士が勝るようだ。そして超大型巨人は通常の巨人に比べていささか動きが鈍いようだった。

 

(なんて速さなの!? これが調査兵団最精鋭!?)

 折り返しの鋭角の深さといい、速さといい、自分達訓練兵とは格段の動きで差で宙を舞っていた。女兵士はあっという間に巨人の弱点とされている延髄が狙える上空へと機動、そのまま一気に垂直降下。ブレードを斬り下ろしていた。その後にはエレンが続いていた。

 

 超大型巨人は突如、凄まじい量の水蒸気を発した。辺りの視界は一気に曇って何も見えなくなった。

 

(ううぅ、なによこれ!?)

 風が吹いてきて水蒸気の霧が晴れてくる。超大型巨人はもういなくなっていた。

 

 女兵士は壁の上に戻っていた。ブレードを仕舞いながら辺りを油断なく見渡している。エレンも壁外でワイヤーにぶら下がりながら周囲を見渡していた。

 

「せ、先輩。すごいです」

 ミーナは女兵士に駆け寄り声を掛けた。

「いや、手ごたえはなかった……。逃げられたわ」

「5年前と同じだ! こいつ(超大型巨人)は突然現れて突然消えたんだっ!」

エレンが壁際で叫んでいた。巨人を憎むエレンは自分が一太刀浴びせたかったようだが、第一撃は実戦経験豊富な女兵士の方が勝ったのだろう。南門こそ破壊されたが、女兵士達がすぐさま反撃していて、それ以上の破壊はされる事なく、相手を退散に追い込んだようだった。

 

「もう壁が壊されてしまったんだっ! 早く塞がないとまた巨人達が入ってくるぞっ!」

 血の気の多い仲間が喚いていた。

 

「何をしているんだ、訓練兵! 超大型巨人出現時の作戦は既に開始はされている。ただちに持ち場に戻れ!」

 壁上にやってきた駐屯兵団の上官が自分達に命令してきた。

 

「ミーナ」

 仲間と一緒に戻ろうとしたところを女兵士に呼び止められた。

「わ、わたしですか? なんでしょう?」

女兵士はミーナの直ぐ傍に来ると小声で囁くように聞いてきた。

「あそこにいる3人の訓練兵の名前は分かる?」

女兵士が目配せする方向、100m以上離れた固定砲台の近くで訓練兵3人が会話している様子だった。むろん同じ第104期生なので名前は知っている。

「あの3人?」

「そうよ、誰?」

ミーナは彼らの名前を教えた。

 

「そう、ありがとう」

 ミーナはなぜ女兵士が彼らの名前を聞いてきたのか分からなかった。

「あの3人がどうかしましたか?」

「大した事じゃないわ。ただ今聞かれた事を誰にも喋っては駄目よ。いいわね?」

「はい」

ミーナは頷いた。憧れの先輩の頼みならば断れるはずもなかった。

 

「この調子じゃ訓練兵も動員されるでしょうけど、無理しないで。初陣はまず生き残る事。それだけを考えて」

 女兵士はミーナにそう告げると踵を返して壁の上を駆け足で去っていった。緊急事態の発生で壁の上を慌ただしく動き回る兵士達に隠れて女兵士がどこにいったのかはわからなくなっていた。

 

 

 

 影の3人が会話していた。

「何やってんだ!? 壁の上もしっかり壊しとけよ!」

「邪魔が入った。エレンと調査兵団の精鋭だ。エレンはともかく、調査兵団の精鋭の方は危なかった。ヘタすればこっちがやられるところだった……」

「そんなわけないだろ!? あいつら、全員、今日の壁外調査で出払っているはずだ!」

「いや、確かにいたんだ。あの動きは調査兵団の精鋭以外考えられない」

「顔は見たの?」

「いや、目潰しを先に喰らった。それにフードを被っていた。どんな奴かもわからない」

「くそっ! 忌々しい奴だな。そいつのせいで砲台が残っているじゃないか!?」

「いいえ、これでも十分よ。この街が餌場に変わるのが少し遅れるだけ。特に問題はないわ。それに今回は前回よりも数を多く揃えているからね」

 

 壁の上の固定砲台を壊す事が出来ればより良かったというだけで作戦遂行には問題はなかった。巨人の驚異的な再生力を考えれば人類の大砲程度ではせいぜい足止めぐらいしかならない。健在な砲門が予定より多く、抵抗はあるだろうが結果は同じはずだった。

 

「くくっ、それもそうだ」

 リーダー格の影は残忍な笑みを浮かべた。いかに人類軍が奮戦しようと数に勝る巨人達の猛攻を防ぎきれるはずがない。まもなくショータイム。巨人による晩餐会の開幕だった。メインディッシュはもちろん人間達である。




【あとがき】
トロスト区南門に超大型巨人が出現。南門が蹴り破られてしまう。
偶然(?)その場に居合わせた調査兵団の精鋭(?)が即座に反撃。
エレンとも連携して、それ以上の破壊活動をさせる事なく相手を退散させた。



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第11話、秘密結社

【前話のあらすじ】
突如、トロスト区南門に出現した超大型巨人により、門が破壊されてしまう。
第104期訓練兵ミーナ・カロライナは、調査兵団の先輩女兵士が、超大型巨人に戦いを挑むところを目撃。超大型巨人は大量の水蒸気を撒き散らして消えてしまった。

(side:ペトラ)


 秘密結社『グリーンティー』。

 

 結社の目的は人類の勝利、世界の謎の探求である。構成員はリタ、シャスタ、ペトラ、途中からハンジが加わって4名。リーダーはリタ。ただしリタが絶対上位というわけではなく、結社の決議は多数決により決定される。リタが他の構成員と違うのは、リーダー票として2票持っている事だった。

 

 秘密結社の掟は以下のとおりだった。。

・結社の秘密は決して漏らさない事。たとえ脱会した後であっても守秘義務を課す。

・結社の決議には従う事。

・有事の際は、リタを指揮官とし、その命令に従う事。

・結社に新たなメンバーを加える場合は全員の承諾を必要とする。

 

 ペトラがリタ達を実家に連れてきた夜、リタ達からこの秘密結社の話を持ちかけられた。王命よりも秘密結社を優先する事が条件で1日考えてから結論を出してもいいと言われた。ペトラは願ってもない提案だったので即答している。

 

 ペトラはリタを味方にする必要性を感じていたし、リタも秘密を知っているペトラと取り決めをしない事を不安に感じていたのだろう。双方の利害が一致し、シャスタが仲を取り持ってくれた事もあって結社設立に漕ぎ付けたわけだった。

 

 ペトラが技術班に転属してきた本当の理由は、この秘密結社の活動をするためであった。ペトラは表面上はただの技術班の新入りだが、実際に開発作業をしているわけではなかった。

「ペトラさんはなんの仕事をされているんですか?」

と開発班の同僚に聞かれるが、ハンジの手伝いとしか答えようがなかった。

 

 ペトラはリタが顔を出せないところや、他部署との交渉、資材購入などを行っていた。つまり営業職的な役割だった。巨人と斬った張ったしていた頃とは違うが、これも戦場の一つだった。

 

 

 また秘密結社は独自の軍事力を保持している。それがリタの戦車部隊だった。ペトラは実際に目撃しているので、その戦闘力の高さは知っている。あの時、2キロ離れた位置にいた15m級巨人を狙撃して仕留めるほどだった。

 

 この世界では弾薬補給が不可能なため、戦闘は極力回避する必要があるが、決戦戦力としては申し分ないだろう。

 

 あくまで裏方に徹し、巨人と戦う主戦力は人類側の調査兵団や駐屯兵団である。その戦力の底上げにもリタ達は着手していた。索敵能力向上のための偵察気球もその一つである。その他、対巨人用新兵器の開発にも着手していた。

 

 今日は本来ならハンジ分隊長の記念すべき天空デビューとなる日だった。シガンシナ区空中偵察を終えた後、気球でトロスト区に帰還し、デモンストレーション(成果発表)を行う予定だった。気球の事はいつまでも秘密にしておけないなら、いっそ派手にイベントとして盛り上げようという意図だった。

 

 人類初の航空戦力――”気球”。実戦証明により航空戦力への予算獲得を狙う意味もあった。

 

 単に気球を作っただけでは、憲兵団の摘発対象になってしまう。ハンジから聞いた話だが、気球の概念そのものは既にあり、過去に民間人の職人夫婦が作った事があるそうだ。彼らは憲兵団に捕まった後、事故死したという。謀殺されたのは間違いない。だからこそ、実戦証明において大きな戦果が必要だったのだ。

 

 しかしながら巨人達の一斉侵攻が始まってしまったので当初の計画は全て台無しになってしまった。結社が設立して2ヶ月、十分な準備も整っていない。タイミングも非常に不味かった。調査兵団の主力は不在、リタの戦車部隊も不在だった。

 

 

「この馬鹿! なぜ戦った!? お前の任務は観測任務だろう? 自分の任務を忘れたのかっ!」

「ご、ごめんなさい。で、でもあのとき、追い討ちをされたら訓練兵達は……」

「味方が窮地に陥っていても手出ししてはならない。それが観測任務だ!」

 

 南門の一件をリタに報告すると、ペトラは叱責された。ここはウォールローゼ近くの壁上にある物見矢倉の影だった。周りには人影はいない。

 

 リタ達もこの場にはいない。リタ達は装甲車に乗って、ハンジ回収のためにシガンシナ区方面に進出しており80キロの彼方だった。

 

 それでも会話できるのは、”携帯電話”という機械のおかげだった。ペトラは原理をまったく理解できないが、離れていても会話できる仕組みだそうだ。

 

 さきほどペトラがトロスト区南門壁上に赴いたのは、リタから携帯電話で命令を受けたからである。

「巨人達の動きがおかしい。5年前と同じく超大型巨人が現れる可能性がある。南門へ行き、異変を観測せよ。周囲には巨人側の内通者がいると思われるので十分注意するように。なお交戦は許可しない」と。

 

 にも拘らずペトラはリタの命に背いて超大型巨人と一戦交えてしまった。そのせいで対象が消えた時の状況を観測できていない。これはペトラの失態だった。訓練兵ミーナに怪しそうな訓練兵3人の名前を聞き出していた。ただし、ペトラの直感というだけで確証を得るものではなかった。

 

「わたし達の誓いの掟を忘れたのか?」

「ごめんなさい……」

 ペトラはひたすら謝るしかなかった。超大型巨人は人類の怨敵だった。ペトラの同期で調査兵団に入った仲間の多くが壁外調査で帰らぬ人となっていた。ミーナに名乗った偽名――イルゼもその一人だった。憎しみの感情に動かされて行動してしまった事は否定できない。

 

「お、おい、シャスタ!」

「あたしが話しますっ!」

 シャスタが割り込んできたようだった。

「ペトラさん、聞こえてますか?」

「はい……」

「リタが怒っている本当の理由は、ペトラさんが未知の敵に準備もなく戦いを挑んだ事です。それがどれだけ危険な事か、分かりますか? ……もしかしたら未知の兵器を敵が持っていたかもしれません。現に敵は高温の水蒸気を撒き散らす技を持っていました。ペトラさんが今、生きているのは幸運だったと考えてください」

「……」

「あたしもすごく心配しました。リタも同じですよぅ。結社の仲間というだけじゃないですぅ。あたし達にとってペトラさんは大切な親友です」

「な、なにを言うんだ! シャスタ!」

リタの動揺している声がマイクを通して聞こえてきた。

 

「あ、ありがとう……」

 シャスタが嘘をつくのが苦手な人物だというのはここ2ヶ月の付き合いでよく分かっていた。そのシャスタが言ってくれているのだ。リタもシャスタも自分のことを大事に思っていてくれるのは間違いないだろう。

 

「ペトラさん、次からはリタの指示は必ず守ると誓ってくれますか?」

「はい、誓います」

「よかったですぅ。では、リタ、どうぞ」

 マイクがリタの方に手渡されたようだ。

 

「……状況は厳しいが、我々に打つ手がないわけではない。君も知っている事だが、”保険”を使うことにする」

 ウォールローゼを守る最後の手段、”保険”。リタ達4人で知恵を絞って考案した作戦案だった。

「はい」

 ペトラもそれしかないと思っていた。

 

「カラミティ1よりカラミティ3へ」

 

 リタ達の世界の軍隊では通信において名前の代わりに名乗る識別名(コールサイン)がある。”カラミティ”というのは異世界のリタ達の部隊が使っていた識別名であり、今の自分達の識別名としていた。この識別名で呼ぶときは友人として接するのではなく、軍事組織である結社の一員として接するという意味だった。

 

「……以上だ」

 リタはペトラに命令を発した。リタの作戦案は当初の”保険”に若干修正を加え、より隠密性を増したものだった。

 

「了解です。質問してよろしいですか?」

「構わない」

「カラミティ1の帰還はいつになりますか?」

「カラミティ4を回収してからだ。早くても5時間後だろう」

 ハンジを救出してからになるので、間もなく襲来する巨人の大群にはとても間に合わない。80キロの彼方では支援砲撃すらも不可能だった。

 

「ただ調査兵団の主力は3時間以内に戻るはずだ」

 調査兵団が思ったより早く帰還できそうなのは不幸中の幸いだった。

 

「ありがとうございます。以上です」

「では現時刻をもって状況を開始せよ」

「はい。カラミティ3、状況を開始します」

 ”状況”という言い方もリタ達の世界独自のものだった。ペトラは人知れず秘密結社独自の軍事作戦を開始した。




【現在公開可能な情報】
◎秘密結社『グリーンティ』
・目的  :人類の勝利と世界の謎の探求
・リーダー:リタ
・構成員 :シャスタ、ペトラ、ハンジ
・保有兵器:装輪装甲車1台、生体戦車4台、対物狙撃銃、各種銃火器
・行動指針:人類側戦力の裏方に徹し、戦力の底上げを図る。結社の軍事力は決戦戦力。
・成果  :偵察気球の実戦投入。超大型巨人出現時の観測。ウォールローゼを守る”保険”の考案。
-----------------------------
◎トロスト区防衛戦での結社構成員の状況
 ハンジは偵察気球に乗船。リタ&シャスタは戦車部隊を率いてハンジ救出のため、シガンシナ区方面に進出。ただ一人、街に残っていたペトラが、結社独自の軍事作戦を行う。

【あとがき】
秘密結社の設定をこの段階で登場させるかは迷いました。
これでトロスト区攻防戦におけるリタの不参戦は確定してしまうからです。

ペトラが南門で超大型巨人と交戦して砲台の破壊を防いだ。→ 前衛が少しだけ持ち堪える。→ 原作とは時間軸がずれていき別の展開になります。


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第12話、訓練兵第34班

【前話までのあらすじ】
突如、トロスト区南門に出現した超大型巨人により、扉が破壊された。その場にいた調査兵団の精鋭の女兵士により、それ以上破壊活動をされることなく、退散に追い込んだ。

大挙して襲ってくると予想される巨人の侵攻に対して、ミーナ達訓練兵にも出撃が命じられます。

(side:ミーナ)


(なんて日なの!?)

 風雲告げる事態の急変にミーナ・カロライナは戸惑っていた。つい先ほどまでサシャの肉泥棒について仲間と談笑していたところだったのだ。ありふれた日常が今、終わりを告げようとしていた。

 

 突如、出現した超大型巨人により南門は破壊された。5年前と同じ展開ならば、間違いなく巨人の大群が襲ってくる。

 

 間の悪い事に最精鋭の調査兵団主力は、今朝早く出陣しており不在だった。一騎当千の彼らがいれば、どれほど心強かった事だろう。ない物ねだりしても仕方がない。さきほど出会った”イルゼ”先輩の予想どおり、訓練兵である自分達にも出撃命令が下った。

 

「トロスト区の全住民の避難が完了するまで、ウォールローゼを死守せよ。なお敵前逃亡は死罪に値する。みな心して心臓を捧げよ」

 駐屯兵団の指揮官はそう告げた。

 

 

 ミーナ達訓練兵は、中衛として、街の中央部付近に布陣していた。前衛の状況はよく分からないが、壁上にある固定砲台群から幾度となく砲撃が行われているようだ。巨人の影はまだ確認できない。壁内への大規模な侵攻を阻止しているようだった。

 

 人類が保有する大砲では、なかなか巨人を仕留める事ができない。そう座学では習っていた。巨人は頭を吹き飛ばされても数分と経たない内に再生してしまう。脅威の生命力を持っている。

 

 いつまで食い止める事が出来るかは疑問だった。それでも住民の避難が完了すれば、自分達は任務完了だった。前衛の駐屯兵団の先輩方に奮戦してもらう事を期待するしかない。

 

「……」

 ミーナ達第34班の訓練兵はみな緊張した面持ちで、南門方向を見つめていた。

 

「なあ、アルミン。これはいい機会だと思わないか?」

 班長のエレンが親友のアルミン・アルレルトに声をかけていた。アルミンは可愛らしい外見の少年兵だった。体力は同期の中では最下位に近いものの、座学では訓練兵トップの成績だ。参謀や技巧が向いているのかもしれない。

 

「調査兵団に入る前にこの初陣で活躍しておけば、オレ達はスピード昇進間違いなしだ」

 エレンは緊張する仲間の士気を鼓舞しようとしているようだった。

「……ああ、違わない」

 アルミンも躊躇いがちにもそう応えた。

 

「……」

(先輩からは初陣は無理せず生き残るように言われているけど……)

 ミーナは先輩の言葉が脳裏から離れない。実戦経験豊富な兵士の言葉だ。たぶん正解だろう。ミーナは憧れの先輩の言い付けに従う気になっていた。

 

「あの調査兵団の先輩を見返してやろうぜ。オレ達だってやる時はやるんだってな」

 仲間のトーマスがエレンと張り合っていた。例の調査兵団の女兵士の戦闘シーンを目撃したのはミーナ、トーマス、エレンだけだった。他の兵士は壁からまだ這い上がっていなかったのだ。そして会話したのはミーナだけであり、ミーナは黙っていたので、他の仲間は先輩の名前を知らない。

 

「ああ、そうだな」

「よーし、どっちが巨人を多く倒すか勝負だ」

「言ったな、トーマス。数をちょろまかすなよ」

 

「第34班、前進せよ!」

 駐屯兵団の上官より命令が出た。

「行くぞ」

おおぉという雄叫びを上げて、部隊は前進を始めた。ミーナは最後尾から付いていった。

 

 街の屋根伝いに、立体機動装置を駆使しながら前進する。南門に近づいた。まだ巨人の姿は見えない。思ったより前衛部隊は善戦しているのかもしれない。

 

 

「おい、巨人だ」

 路地から3m級巨人が1体現れた。巨人の中では最小サイズの個体である。といっても人間とは比べ物にならない豪腕の持ち主である。腕の一振りで、人間の首の骨を圧し折る事もあると座学で習っていた。

 

 駐屯兵団の前衛は全てを抑え切れなかったのだろう。少しずつ巨人達の浸透を許してしまっているようだった。

 

「よし、全方位からかかれっ!」

 エレンが指示を出した。

 

 エレンが最初に突撃し、掴みかかろうとした巨人の右腕を切り落とす。入れ替わりにアルミンが突撃し、左腕を切りつけた。二人に注意を引き付けている間に、トーマスが背後から襲い掛かった。

 

 トーマスは3m級巨人の延髄を叩き斬った。巨人はうつ伏せに倒れると蒸気が立ち昇ってきた。巨人が絶命した証だった。

 

「やったぞっ! 討伐数1! 見たか、エレン!」

 トーマスは初陣で巨人を倒して大喜びだった。

「何言ってんだ! オレ達がお膳立てしてやったんじゃないか! 感謝しろよ」

エレンは憎まれ口を叩いている。

「ははは、悪い悪い」

第34班の最初の戦闘は、勝利で終わった。

 

「どうした? ミーナ。硬くなってるのか?」

 トーマスはミーナに声をかけてきた。

「だ、大丈夫よ」

「無理すんなよ。巨人ならオレ達がやっつけてやるからさ」

「だよな」

 巨人を1体討伐できた事で班全体が浮ついた雰囲気になっていた。ミーナはなんとなく危うさを感じていた。

 

 

「また巨人だっ!」

 エレンの声で振り向くと、5m級巨人が路地を通ってやってくるのが見えた。さきほど倒した巨人より倍程の大きさだ。

 

「かかれっ!」

 屋根伝いに展開している自分達にとっては上から狙える位置だった。平地ならばこうはいかない。

 

 最初に突撃したのは、今回もエレンだった。エレンは南門での先輩兵士の動きを真似て、巨人の頭上を飛び越え、そこで別方向にアンカーを射出、一気に垂直降下を図る。二対のブレードを斬り下ろした。が、傷は浅かったようだ。巨人は平然としていた。

 

 次に突撃したのはニック・ティアスだった。トーマスの友人で背の高い彼は大人びたところがある。いつもはトーマス達の馬鹿騒ぎの火消し役といったところだ。

 

 ニックは巨人にアンカーを打ち込む。巨人は何気ない動作で腕を払った。巨人の腕がワイヤーに引っかかり、ニックは振り回されて、そのまま建物の壁に叩きつけられた。ずるずると壁から落ちてきたところを巨人の手に捕まる。

 

「に、ニック!?」

 トーマスは叫ぶが、遅かった。骨や肉が潰れていく鈍い音が響いた。巨人の手の中で、ニックは胴体を握り潰されたのだった。大量の血潮を吹きながらニックの頭ががっくりと垂れている。絶命したのは明らかだった。

 

「よ、よくもニックをっ!」

 トーマスは激しく憤りながら巨人に斬り掛かった。巨人は捕まえたニックを食べようとしたところだったので、背後がガラ空きだった。そのまま延髄を切り落とした。巨人は膝をつくとそのまま前のめりに倒れこんだ。気化が始まったので絶命したようだった。

 

 5m級を一体討伐。しかし、初の戦死者を出してしまった。さきほどまでの戦勝気分は完全に醒めてしまっていた。

「……」

 皆重苦しい雰囲気のまま、誰も口を開こうとしない。同期の仲間が目の前で死んでいく。つい先ほどまで仲良く会話していた相手が物言わぬ遺体となっている。これが厳しい現実だった。しかし、遺体を弔っている余裕はなかった。

 

「また、巨人が来たぞ」

 周囲を警戒していたアルミンが注意を喚起した。今度は10m級の大物だった。怒りの表情のまま睨みつけているような巨人だった。屋根にいる自分達を見つけたのか、駆け足で接近してくる。

 

「ちくしょうっ! 奴らめ、生かしておくかっ!」

 怒りに駆られたトーマスがその巨人に立ち向かっていった。

「ちょ、ちょっと、落ち着いた方が……」

 アルミンの静止を振り切り、トーマスが巨人に突っ込んでいく。遅れまいと仲間の一人ミリウスも突っ込んでいった。

 

 

 ……

 

 15分後、第34班は、屋根の上で一時休息を取っていた。相次ぐ戦闘でトーマスとミリウスは戦死。生存者はミーナ、アルミン、エレン。そしてエレンは片脚に重傷を負っていた。

 班全体の戦績は、合計4回の戦闘で討伐数5を記録している。うち一体は10m級だった。新兵としては上出来と言えるだろう。エレンが討伐数2、ミーナ自身は3m級を一体討伐。ただし、エレンが囮役となっていたので、独力で達成したとは言えなかった。

 

「ぐうぅ」

 エレンは痛みに堪えている。エレンの右足、膝から下は皮一枚だけでつながっている状態だった。つい先ほどの戦闘で5m級巨人に止めを刺した際、建物の角に隠れていた別の3m級巨人に奇襲をうけて、脚を握り潰されてしまったのだった。その個体はエレンに気を取られている隙にミーナが討伐していた。

 

「エレン、頑張って」

 ミーナは止血の為に、エレンの太ももを紐で固く縛って応急措置をしていた。

 

「くそっ! くそっ! こんなところで!」

 エレンは怒りと絶望感で震えていた。ミーナにはエレンの気持ちが痛いほど分かった。片脚を失ってしまったのだ。もう兵士として戦う事はできないだろう。誰よりも巨人を憎むエレンだけに、二度と戦いないと宣告されるのは辛い事に違いない。

 

「あ、アルミン」

 応急措置が終わると、エレンはアルミンを呼んだ。

「お、お前が教えてくれたから、俺は外の世界に憧れたんだ」

「エレン……」

「お、お前とミカサで、俺の代わりに外の世界を、見てくれ」

「な、何言うんだよ! 縁起でもないことを。一緒に見に行くにきまっているだろっ!」

 エレンの遺言じみた発言に、アルミンは怒ったようだった。

 

 地響きが轟いてきた。10m級巨人4体が近づいてくる。たった1体の10m級を倒すのにもトーマス達二人の犠牲が必要だったのだ。もはや自分達訓練兵が勝てる相手ではなかった。

 

「お、俺を置いていけ!」

 エレンは一呼吸すると決意の言葉を述べた。

「え、エレンっ!」

 アルミンとミーナはエレンの言葉に動揺した。

「このままじゃ、3人とも全滅だっ! 俺はもう立体機動できない。せめて囮役ぐらいさせてくれよ」

「嫌だよ、エレン」

 アルミンは涙ながらに首を振った。

「お、俺のお袋は、俺とミカサの為にそうしてくれた。俺だって母さんの誇る息子だって事を証明させてくれよ」

 エレンは亡き母の復讐のために、巨人を狩る決意を固めたと聞いている。亡き母の事に触れた以上、エレンの決意は固いようだった。

 

 巨人達は自分達に気付いたようだ。周りから一斉に寄って来た。

 

「ばかやろっ! さっさと行け! 班長命令だっ!」

 エレンは怒鳴った。決断を促しているのだ。ミーナはエレンの決意を無駄にしない為にも命令に従う事にした。

 

「行こう、アルミン」

 ミーナはアルミンの腕を取る。留まっていたら全滅は必死だった。エレンを連れて逃げる選択肢はなかった。重傷のエレンを背負って移動するとなると、動きが遅すぎて巨人達に捕まってしまうのは目に見えていた。それに誰かが囮を引き受けない限り、離脱する事はできない。

 

「え、エレン」

 アルミンはポロポロと涙を零している。アルミンとてエレンの判断が正しいと分かっているのだろう。親友の犠牲の上に自分たちが助かるという事実が心に重く圧し掛かっていたようだ。

 

 エレンは敬礼していた。声は聞こえなかったが「アルミンを頼む」と言っていたようだった。

 

 ミーナは虚脱状態のアルミンの腕を引きながら、立体機動装置を使って移動を始める。振り向くと、エレンはブレードを抜刀して片膝を付きながら巨人に向かい合っていた。最後の最後まで戦う姿勢を見せている。

 

(あ、ありがとう、エレン。そして、ごめんなさい……)

 ミーナは心の中で謝りながら、立体機動装置を操って現場から立ち去った。エレンの最後を看取る事はできなかったが、最後まで立派に戦った勇姿だけはいつまでも脳裏に焼きついていた。




【あとがき】
訓練兵第34班、善戦するも巨人達との連戦で、仲間を次々に失う。
エレンが脚を潰される重傷を負い、ミーナが応急措置を行っていた。
そこに、強敵の10m級巨人4体が現れて、エレンが囮役を買って出る。
エレンは壮絶な戦死。
ミーナはアルミンを連れて戦線を離脱した。
第34班の生存者はミーナとアルミンだけだった。

ちなみに討伐数5の内訳は、トーマス2(3m級、5m級)、エレン2(10m級、5m級)、ミーナ1(3m級)。

南門壁上の固定砲台が残っていたため、前衛が奮戦。そのため巨人の流入する数が抑えられ、訓練兵第34班は戦果を上げる事ができたという流れです。



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第13話、焦燥

【前話のあらすじ】
中衛として出撃を命じられた訓練兵第34班6名。善戦したもの戦死者4名を出してミーナ達は戦線を離脱した。

後衛に配置されていたエレンの幼馴染――ミカサは、まだエレンの死を知らなかった。



 壁外の荒野は見渡す限り巨人の影が蠢いていた。数え切れないほどの大群だった。

 

「ぶどう弾、装填急げっ!」

「くそっ! 砲身が加熱してやがる!」

「こんなの、大した時間稼ぎにもなってやしない!」

「無駄口叩いている暇があるなら連射速度を速めろっ!」

「お前の女房も娘もトロスト区だろ!?」

「ああ、これ以上街にいれたくねーよ! しかし、奴らに大砲は……」

「ダメだ。さっき倒した奴ら、もう起き上がってきた!」

 

 南門守備隊の兵士達は焦燥感に駆られながら大砲を操作していた。盛んに砲撃を続けているが、巨人達は頭を吹き飛ばされても数分で再生してしまう。ときおり、致命傷となる部位に損傷を与えて気化が始まる個体もあったが、それは全体のごくわずかだった。大部分は再生を完了し、起き上がると何事もなかったかのように再び進撃を開始してきた。

 

「隊長、残り弾薬は3割を切りましたっ! このままでは弾切れになってしまいますっ!」

 南門守備隊の隊長は、部下から報告を受けていた。

 

 壁上固定砲台、南門守備砲台ともに、弾薬備蓄量は定数分、満たしていた。しかし、本日は通常の警戒態勢だった。弾薬の誘爆事故を防ぐ為、大量の弾薬を最前線で保管しているわけではなかった。扉が破られており、続々と巨人達の侵入を許している現状では、本部の弾薬庫から持ってこさせるのは不可能だった。

 

 隊長は決断を迫られた。

「止むを得ん。攻撃目標を大型に集中! 小さいのは無視しろっ!」

「しかし、そんな事をしたらっ!」

「でかい奴を倒しておけば、街で守っている連中でもなんとかなる! 弾切れになって完全に素通しになるよりましだっ!」

 図体の大きい巨人ほど討伐は困難である。これは兵士ならば誰もが知っている常識だった。砲弾の残量を考えて攻撃目標の優先順位をつけようという事だった。

 

 隊長のこの決断により10m未満の巨人はほとんど素通しとなってしまった。しかし、大型巨人の3割ほどは街に入ろうと頭を屈めて後ろ首を晒したところを壁上固定砲台で仕留める事ができていた。残り少ない弾薬を有効に使うという意味では的確な判断だっただろう。

 

 南門の街側でも、駐屯兵団の前衛と巨人との死闘が繰り広げられていた。当初は流入する巨人の数が少なかったため、前衛は優勢に戦いを進めていた。しかし、街に流入する巨人の数が増えてくると形勢は逆転、犠牲が増え始め、前衛は押されてくる。駐屯兵団の前衛は巨人を一体も通さずに街を守り切るという方法は早々に諦めるしかなかった。巨人達の猛攻を前に次々と後退を余儀なくされていた。

 

 

 

 訓練兵のミカサ・アッカーマンは、駐屯兵団の精鋭達と共に後衛の守りについていた。訓練兵を首席で卒業したミカサは、己の希望に反して後衛に組み込まれてしまったのだ。腕の優秀さを見込まれたらしいが、こうなると卒業成績が良すぎるのも考えものだった。

 

(エレン……。無茶していないかな?)

 エレンの無鉄砲ぶりを考えると、心配事ばかりが頭を過ぎった。不慮の事故で両親を亡くした後、ミカサはエレンの家に引き取られ、エレンとは実のきょうだいのように育った。5年前のウォールマリア陥落でエレンの両親は亡くなってしまったが、それからもエレンと幼馴染のアルミンと3人でずっと同じ時間を歩んできたのだ。今朝も何事もない一日が始まると思っていた。

 

 出撃前、後衛に来いと上官に命じられ、ぐずっていたミカサはエレンに叱られてしまった。エレンの言うとおり、今は人類存亡の危機なのだ。身勝手なのは分かっている。それでもミカサはエレンと一緒にいたかった。

 

 もし、このままエレンが死んでしまったら、あの喧嘩別れみたいな会話が最後の会話になってしまう。

 

(あれがエレンとの最後だなんて……!?)

 ミカサは首を振った。悪い予想ばかり考えてしまうのは自分が悲観的すぎるからだろうか。

 

 南門の方角から大砲の音が断続的に続いている。未だに巨人の姿は見えない。思ったより味方は持ち堪えているのかもしれない。しかし未だに撤退の鐘は鳴らない。住民の避難の方は遅れているようだった。

 

(撤退の鐘はまだなの!? いつになったら住民の避難は完了するの?)

 ミカサは焦る気持ちばかりが強くなってくる。

 

 伝令兵がイアン班長の元に駆け寄ってきた。イアンは駐屯兵団の精鋭班第1班の班長であり、後衛部隊の指揮を兼任していた。

「報告します! 北門の避難路付近で暴動が発生しました! 多数の死傷者が出ている模様です!」

「なんだと!? どういうことだ!?」

イアンの驚いた声が聞こえてきた。周りの兵士も何事かと視線を向けてきた。

 

(ぼ、暴動!? 人間同士が争っているの? こんな時に!?)

 ミカサは信じられない思いだった。

 

「商会のあの方が、荷馬車で避難路を塞いでしまった模様です。それで怒った民衆の男達が商会側に襲い掛ったようです。兵士達の一部が民衆側に加担しており、また略奪も発生している模様で混乱が続いています」

「なんと愚かな事を……」

 イアンは首を振った。商会のボスが自分の財産を持ち出そうとして、最悪の事態を招いたようだった。この街一番の権力者の為、制止できる者がいなかったのだろう。

 

「第1班、付いて来いっ! これより暴動の鎮圧に向かう! 避難命令に従わない者は犯罪者とみなして処断せよ!」

 イアンは非情な命令を出した。

「そ、それは……」

 命令を受けた兵士達は戸惑いを見せた。巨人から市民を守る為に自分達は戦っているはずなのだ。同じ人間に刃を向ける事に抵抗があるのだろう。

 

「『鎧の巨人』が出現する可能性がある。事態は一刻の猶予も許されないのだ! いいか! 命令に従わない者は犯罪者だ! 誰であろうと殺せ! 全責任は私が取る!」

 イアンの命令は当然と言えば、当然だった。一部の身勝手な人間の振る舞いの為にウォールローゼの全住民を危険に晒すわけにはいかない。北門が破られれば、ウォールローゼ陥落を意味するのだから。

 

「アッカーマン。お前はここに残っていろ!」

 イアンは第2班の班長に指揮を委ねた後、ミカサに留まるように指示を出した。

「はい」

ミカサは少しほっとした。最初に斬る相手が巨人ではなく人間になるのは嫌だったからだ。イアンに率いられた兵士達は暴動鎮圧に赴いていった。

 

(この街の偉い人どうかは知らないけど、許せないっ!)

 ミカサは怒りが込み上げてくる。今、この瞬間にもエレン達は巨人と戦っているかもしれないのだ。住民の避難が遅れているせいで、兵士達は退く事も出来ず巨人との戦いを強制されて死んでいくのだから。

 

 

 

 訓練兵に紛れ込んでいる影達が小声で密談していた。中衛にいる訓練兵達でも最前線に近い班は戦闘に突入しているようだった。戦闘の混迷が深まってきた。この状況なら兵士が一人や二人消えても分からないだろう。

 

 未だに撤退の鐘は鳴っていない。思ったより住民の避難は遅れているようだった。影達にとってはなおさら都合が良かった。

 

「そろそろ頃合かな?」

「ああ、ようやくだ。これで人類どもはチェックメイトだ」

「もう少し様子を見た方が良くない?」

「ん? どうした? なにか気になるのか?」

「例の調査兵団の精鋭よ。あいつ、どこにいるの?」

「たかが人間の兵士一人だけだろ? 気にするまでもないぜ。『鎧』には奴等のいかなる兵器も通用しない。出てきたところで返り討ちにしてやるだけだ」

「だといいけどね」

「やけに突っかかるな。心配するな。今回は5年前と違う。奴等は前回と同じ手で来ると思っているらしいが、念には念を入れてその裏をかいてやる。万が一にも失敗するはずがない」

「そこまでいうなら何も言わない。任せたよ」

「ああ、吉報を待っているんだな」

 

 二つの影が街の奥へと姿を消した。残った一つの影は何もなかったかのように訓練兵の中に紛れ込んでいた。




【あとがき】
 原作では、後衛にいたミカサが奇行種を仕留めた後、避難路を塞き止めていた商会のボスを脅して道を開けさせるシーンがあります。この物語では、南門の壁上固定砲台が残っていたため、前衛が幾分持ち堪えます。そのために後衛のミカサは戦闘がなく、結果、ミカサは移動しません。そして商会のボスを説得する人がいませんでした。そのため、避難民の怒りが爆発し、暴動が発生。一部の不心得者が略奪行為を働き、原作以上に住民の避難が遅れることになります。

また時間軸がずれた為、影達が行動を開始してしまいます。


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第14話、敵討ち

【前話のあらすじ】
南門砲兵守備隊は残弾が少なくなって来た為、大型のみを攻撃。中型以下の巨人は素通しとなっていた。前衛部隊は巨人の猛攻に押し捲られている。
ミカサがいる後衛部隊は戦闘がなかったが、商会のボスが避難路を塞いだ為、暴動が発生。イアン班長達が暴動鎮圧に向かう。
影達が作戦を最終段階へと進めた。

今回は原作でもお馴染みの第104期訓練兵が多く登場します。
クリスタ、ジャン、ユミル、コニー、アルミン、ミーナ。


 当初、予備戦力として後方に布陣していた訓練兵第31班は前進命令を受けて前線へと向かった。

 班員の一人、クリスタ・レンズは小柄な金髪の少女兵である。卒業成績10位だが、クリスタ自身はなにかの間違いだと思っていた。どう考えても自分より優秀な成績を取りそうな訓練兵を何人か知っていたからだ。ただそれを口にする事はしない。嫌味だと思われるのは何より嫌だった。

 

(わたし、本当に戦えるのかな?)

 クリスタは本当は怖くて逃げ出したい気持ちだった。巨人はもちろん怖い。でも一番怖いのは自分の親しい仲間がみんないなくなってしまう事だった。もう自分は孤独には耐えられないかもしれない。

 今日の戦いはどう考えても人類が不利だった。最精鋭の調査兵団が不在の最中、巨人達の奇襲を受けたのだから。戦闘準備が整っておらず訓練兵まで動員される状況では恐らく多くの犠牲が出ることだろう。そもそもこの戦いに味方が勝利できるかも怪しかった。

 

 自分達の班の前に後退してくる二人の兵士の姿があった。訓練兵第34班のミーナとアルミンだった。

 

「おーい! こっちだ!」

 班の仲間コニー・スプリンガーがミーナ達に手を振った。ミーナ達はクリスタ達の前にやってくると、二人とも膝から力が抜けたように座り込んでしまった。見たところ怪我はないようだが憔悴しきっている感じだった。特にアルミンの様子は酷く、膝を抱えたまま顔を伏せてしまい話しかけても答えようとしない。

 

(エレン達と一緒だったはずだよね? もしかして……)

 クリスタは悪い事が起きたと思った。

 

「お、おい、ミーナ! エレン達はどうしたんだよ!?」

「……」

ミーナも顔を伏せてしまい無言だった。

「なあ、エレンは無事なのか? 教えてくれよ!」

コニーはなおもミーナに迫った。俯いたミーナの頬には涙に濡れた後があった。

 

「もういいだろ? コニー。こいつら以外は全滅したんだよ! 複数の巨人に遭遇したのは気の毒だが、よりによって班最弱の二人が助かるとはな。エレン達も報われないな」

 ユミルは突き放した言い方をした。

「ミーナもアルミンも何も言ってないだろ?」

「周りを見りゃわかるんだよ、バカ! そいつらに構ってられるかってんだ! 街に入ってくる巨人の数は増える一方なんだ! 戦えない奴なんか放っておけよ!」

「なんだと!? 糞女! 喋れないようしてやろうか!」

 ユミルの毒舌に沸点の低いコニーは怒りを爆発させたようだ。

「もうやめてよ、二人とも! 仲間が大勢死んで気が滅入っているんだよ。普通になんかしてられないよね」

 クリスタは見ていられず仲裁に入った。

「さすが、わたしのクリスタ。この作戦が終わったら結婚してくれ!」

 ユミルはクリスタを抱きしめるとそんな冗談を飛ばした。

「ちっ、確かにいつも以上にふざけてやがる!」

 

 クリスタはミーナとアルミンを交互に見比べた。アルミンの心の傷の方が深そうな感じだった。アルミンはエレンの幼馴染で、アルミンの両親が亡くなってからもずっと仲が良かったと聞いていた。事情を聞くならミーナの方だろう。情報を聞いておかないと自分達にも危険が迫る可能性があるからだ。

 

 クリスタはユミルの拘束を振り解くと、座り込んで俯いているミーナに駆け寄った。

「ごめんね、ミーナ。辛いだろうけど説明してくれない? どんな状況だったの?」

「うぐっ。ご、ごめんなさい……」

 ミーナは涙ながらに声を振り絞った。

「巨人と何回も戦って……、トーマスもみんな殺されて……、エレンが脚を怪我して動けなくなって……、10m級4体に囲まれて……。エレンは置いていけって。そ、それでわたし達……、エレンを……、うぁぁぁぁ」

 そこまでたどたどしく言葉を続けると、ミーナは再び泣き出した。

 

「そんな事が……」

 クリスタは慰める言葉が思いつかなかった。訓練兵第34班はエレン以下4名が戦死したのだ。

 

「な、なんだと!? お前ら、エレンを見棄てやがったのか!? こいつ!」

 割り込んできたコニーはミーナの胸倉を掴むと、喉元を締め上げた。ミーナは無抵抗だった。

「やめてよ!」

クリスタは止めようとしたが、コニーに手を払われてしまった。

 

「ふん、そんなとこだろうと思ったよ。それは正解だよ。お前らじゃ、巨人の餌が増えるだけだもんな」

 ユミルは鼻を鳴らした。

「糞女! 何言ってやがるんだ!」

コニーはミーナを突き放すとユミルを睨み付けた。

「10m級4体だぞ。どうしようもないだろ、バカ! にしてもエレンはさすがだな。殿(しんがり)を務めるとは……。惜しい奴を亡くしたな」

「ち、ちくしょう!」

 コニーはエレンの死を悟り崩れ落ちた。コニーの目からも涙がこぼれている。なんだかんだいってコニーはエレンとは仲がよかったのだ。

 

「エレンが死んだ……。あいつが……? 仲間を助ける為に……?」

 周りの見張りをしていたジャン・キルシュタインが呆然と呟いていた。卒業成績6位、憲兵団を目指しているジャンにとっては申し分のない成績だった。内地での暮らしを夢見ていたジャンは、思想の違うエレンとは事ある毎に対立していた。ライバルと言っていい関係だったがエレンの壮絶な戦死は、ジャンにも衝撃を与えたようだった。

 

「無理に前線には突っ込めないな。ここで漏れてくる巨人を狩った方が賢い。そうだろ? ジャン」

 ユミルは班長であるジャンに提案した。

 

「わ、わかった。全員、この場に待機。周囲の警戒を厳重にしろ!」

 ジャンはユミルの案を採用することにした。

「ミーナ、動けるか?」

ミーナはこくっと頷いた。

「お前らは下がっていろ! アルミンを連れて、後方の味方と合流してくれ」

ミーナ達は十分戦っただろう。怪我はなくとも精神的には限界だろう。ジャンの判断は間違っていないと、クリスタは思った。

 

「巨人だっ! こっちに来る!」

 見張りをしていた班員のレオンが告げた。移動しようとして立ち上がったミーナ達は固まっていた。

「隠れろっ!」

 ジャンは合図で班員は物陰に隠れた。

「クリスタ! ミーナとアルミンを!」

ユミルの声だった。傷心の二人を匿えという事だろう。クリスタは直ぐに意味を理解して、二人の手を引き、屋根上の雨水槽の物陰に飛び込んだ。ジャンも一緒だった。ユミル達は残りの班員と共に煙突の陰に隠れた。

 

 雨水槽の影からジャンは巨人の姿を覗き見ていた。

「ちっ! 10m級が2体か……」

ジャンは舌打ちした。10m級は巨人の中でも比較的大きな部類だ。初陣で新兵の自分達には厳しい相手かもしれない。

 

 それまで一言も発していなかったアルミンが立ち上がり、ジャンの腕を引いた。

「ん? なんだよ?」

アルミンはジャンに場所を代わってくれと言っているらしい。ジャンが場所を譲るとアルミンが敵の方向を覗いた。

 

「あ、あいつらだ! あいつらがエレンを!」

 アルミンが絞ったような声を出した。どうやら接近してくる巨人達はエレンを襲った連中のようだった。アルミンは拳を握り締めたまま歯軋りしている。その頬はまだ涙に濡れたままだった。

 

「落ち着けよ、アルミン」

「ジャン、僕はエレンの仇を討ちたい。でも僕だけじゃ無理だ。だ、だから……手伝って欲しい」

「なにか考えがあるの?」

 アルミンの言葉に強い意志を感じたクリスタは聞いてみた。

「あいつらをこっちの誘き寄せる。そしてジャン達はあいつらをやり過ごしたら背後から攻撃するんだ」

「なるほど、それならオレ達にもできそうだ。だが、どうやって誘き寄せるんだ?」

「僕がやる。僕は力も弱く臆病で、卒業試験なんかギリギリだった。そんな僕でも囮ぐらいはできる」

 

「まさか!? アルミン、死ぬつもりなの!? せっかく助かったのに……」

 ミーナが驚いた声をあげた。

「違うよ、ミーナ。僕はエレンよりずっと恵まれているよ。……エ、エレンはたった一人であいつらに立ち向かったんだっ! 僕にはジャンやコニーやクリスタ、みんながいる。これで出来なかったらエレンに笑われちゃうよ」

「そうだな、エレンに出来て俺たちに出来ないはずがないよな。よし、やるぞ!」

アルミンの言葉がジャンを動かしたようだった。

「わ、わたしも戦います」

アルミンの言葉に触発されたのかミーナが戦う意思を示した。

「わたしは3m級1体、討伐しました」

「実戦経験済みというやつか。そいつは頼もしいな」

ジャンは感心したように頷いた。

「ごめん、ジャン。僕の思いつきだけでみんなを戦いに巻き込んで……」

「いや、気にするな。どっちみち、あの2体を倒さない限り、俺たちは逃げる事もできない。やるしかないところだ」

 

(そうだよね、やるしかないよね)

 クリスタも戦う気になった。戦意を喪失していたアルミンやミーナまで戦うというのだから。ここで怯えていたら卒業成績10位が本当にまぐれになってしまうだろう。

 

「コニー! お前ら、聞いていたか?」

 ジャンは向かいの建物の屋上にある物陰に隠れているコニー達4人に話しかけた。

「まあ、大体な」

コニーは答えた。巨人は耳はあるのに音にはさほど反応しないと知っているから離れていても会話できるのだった。ジャンは作戦の概要を改めてコニー達に伝えた。

 

「オレ達で右の奴を狙う。お前達は左の奴を狙え。オレが合図するまで動くなよ」

「わかったよ」

 コニー達は頷いた。コニー達は4人。対してこちらはアルミンが囮役のため、ジャン、クリスタ、ミーナの3人である。戦力的には自分達の方が苦しいかもしれない。

 

「ミーナ、お前に先陣を任せる。クリスタは後詰だ」

 ジャンは手際よく指示を出した。内地指向だったはずだが、今は積極的に巨人と戦う気になっているようだった。

 

 アルミンが後退し後ろの物陰に隠れた。巨人達が近づいたら飛び出して注意を引き付けるとの事だった。

 

 地響きが徐々に大きくなってくる。巨人達がついに自分達の横まできた。一番緊張する瞬間だった。2体とも口元が紅く染まっている。人間を食べた後だろう。もしかしたらエレンを食べた巨人なのかもしれない。首を細かく振って餌(人間)を探しているようだった。

 

 アルミンが飛び出した。巨人2体の視線は一斉にアルミンに向いた。アルミンの作戦どおり、巨人達の背後を取る事に成功したのだ。

 

「今だっ! かかれっ! エレン達の仇だ!」

 ジャンが号令。クリスタ達は一斉に物陰から飛び出した。屋根の位置に展開しているので、首筋までの高さは3mもない。しかし相手は訓練で標的としていた動かない目標ではない。動き回る危険な相手だ。10m級巨人ともなれば駐屯兵団の熟練兵でも苦労する相手である。

 

 しかし、この時だけは背後からの奇襲作戦が生きた。先陣を切ったミーナが跳躍すると最初の一撃を見舞う。卒業成績は中ぐらいだったはずだが、1度とはいえ実戦経験を積んでいるせいか見違えるように動きが良かった。巨人の延髄をかなり深く抉ったようだ。しかし斬り飛ばしていないため、致命傷にならない。すかさずジャンが突撃し、第2撃を見舞った。ミーナとほぼ同じ箇所だった。

 ミーナと時間差でV字型に切り裂いた格好となった。巨人は膝から崩れ落ち、地響きを立てて前のめりに倒れる。やがて水蒸気が立ち昇り気化が始まった。巨人は絶命したのだ。

 

(やったっ! 倒した!)

 クリスタは思わず喝采した。自分の出番はなかったが巨人を倒せたのだから御の字である。

 

(もう一体は?)

 クリスタはコニー達が担当している巨人を見た。巨人は腕を振り回していた。どうやら最初の一撃に失敗したらしく、巨人が激しく暴れているのだった。

 

 仲間の一人、ハンスがバランスを崩して屋根の上に転がり落ちるようにして着地した。

「よ、よけろっ!」

コニーが叫んだが、手遅れだった。巨人の大きな掌が振り下ろされた。轟音と共に屋根が大きく凹んでいた。巨人の手が退くと、瓦礫の中に原型を留めない肉の塊があった。ハンスはまるで虫けらのように叩き潰されたのだ。

 

 巨人がハンスを殺した刹那、ユミルが巨人に突進した。一気に巨人の顔面に迫ると、ブレードで巨人の両眼を切り裂いたのだ。

 

(ユミル!?)

 クリスタは驚いた。ユミルは状況を一番よく分かっているらしい。巨人が人を殺した瞬間が逆に一番の好機(チャンス)であると。巨人の注意がそちらに向くからだ。巨人は視界を失って手で目を抑えている。クリスタの方向から見て弱点となる後ろ首を晒していた。

 

「今だっ! やれっ!」

 ユミルの声に、クリスタは反応していた。ユミルが作り出してくれた好機だ。これを生かさない手はない。仲間の死を嘆くのは巨人を倒してからでもいい。クリスタはワイヤーを巨人の首筋に射出、一気に空中へと踊り出た。

 

(このっ! エレンのっ! ハンスのっ! みんなの仇っ!)

 クリスタは渾身の一撃を放つ。巨人の延髄を叩き斬った。訓練どおり首筋を切り飛ばした。手ごたえはあったとは思う。

 

(やったの!?)

 クリスタが巨人と戦うのは初めてだ。どれぐらいダメージを与えれば死ぬのかまだよくわからなかった。殺せた確証がなかったので、巨人の後ろ首に張り付いたまま、二度三度、斬撃を見舞った。

 

「バカっ! クリスタ! 離れろっ!」

 ユミルの叫ぶ声が聞こえた。

(えっ?)

 巨人はバランスを失って身体をコマのように回転させながら倒れていく。巨人に張り付いたままだったクリスタも当然それに巻き込まれた。巨人を倒す事に夢中になり過ぎて離脱するのを忘れてしまったのだ。

 

 凄まじい回転で天地が何度も入れ替わった。下手すれば巨人の骸の下敷きである。それでなくとも地上9mの高さだ。地面に叩き付けれたなら無事で済む筈がない。

 

 激しい遠心力で視界が遠くなっていく。急速に迫ってくる地面、巨人を倒してその骸で自分も死ぬとは皮肉だった。

 

(わたし、死ぬんだ……。こんなところで……)

 クリスタは自分の死を他人事のように考えた。ずっと実の母親からは邪険され、妾の子かよく分からないが、周りから敵意を向けられる事が多かった。訓練兵団に入るように薦められたが、兵士になれば勝手に死んでくれると期待されている事も知っていた。それでも訓練兵団の仲間、ユミルは自分にとって唯一心を開ける相手だった。ようやく出会えた大切な仲間、クリスタは何も為すことなく、死が襲ってきた事実だけをぼんやりと考えていた。

 




【あとがき】
クリスタの訓練第31班は、ミーナ&アルミンと出会う。そこでエレン達の死を知る。(31班は筆者の仮定)
そこに10m級2体が襲来。エレン達を襲った巨人4体のうちの2体だった。
アルミンがエレンの敵討ちを決意。作戦を立案した。
戦闘は勝利、しかし完勝とはいかず戦死者1名を出す結果となった。

討伐数2の内訳:ジャン1(10m級)、クリスタ1(10m級)。
クリスタは意外に大金星。しかし、クリスタはドジを踏んでしまう。







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第15話、離別

【前話のあらすじ】
訓練兵第31班(班長ジャン、コニー、クリスタ、ユミル)は、アルミン・ミーナと合流。エレンの戦死を知る。そこに襲ってきた10m級巨人2体。エレンを襲った方割れだった。アルミンは敵討ちを決意、作戦を立案し、その2体を討伐することに成功する。しかし、クリスタが巨人を倒すことに夢中になり過ぎて離脱しなかったため、巨人の倒壊に巻き込まれてしまった。



(あれ!?)

 クリスタは誰かに抱き抱えられている事に気付いた。巨人だった。4m級の巨人である。その巨人はどこから出現したのかはわからないが、倒した10m級巨人の下敷きになりそうだったクリスタを寸でのところで抱き抱えたのだった。その巨人は跳躍し、建物の屋上へと躍り出ていた。

 

(食べられる!?)

 クリスタは恐怖した。巨人に手足をしっかり押さえつけられているので身動きできなかった。

 

 その巨人は屋根の上にクリスタをそっと降ろすと言葉を発した。

「ガめんな、グリスダ」

クリスタには巨人が謝っているように聞こえた。

 

「そ、そいつ! ユミルが変化したぞっ!」

 コニーが叫んでいた。周りを見れば仲間の4人――ジャン、コニー、ミーナ、レオンがクリスタ達を取り囲んでいた。4人共、ブレードを抜刀している。アルミンはやや離れたところにいてこちらを伺っていた。確かにユミルの姿が見当たらない。

 

「クリスタっ! そいつから離れてっ!」

「ユミルは巨人だったのか!?」

コニーが問いかけてきた。

「信じられん!? じゃあ、ずっと俺たちを騙してきたのか!?」

ジャンは憤りを表情を見せている。

「許せないな!」

レオンも憤っているようだった。

 

「もしかして……、ユミルなの?」

 クリスタは巨人に問いかけた。巨人は頷く。普通の巨人ならば目の前に餌(クリスタ)がいれば、即座に食べようとするところだろう。しかし、この巨人はじっと中腰で座ったままクリスタを見詰ている。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 今、わたしが下敷きになって死ぬところだったのよ! 助けてくれたんじゃない?」

「ああ、そうかもしれないけど、巨人は巨人だ!」

 ジャンの声は冷静だった。ブレードを構えながら近寄ってくる。

 

「アままで、あうガとう。グリスダ」

 その巨人は感謝らしき言葉を発した。

「ユミル!?」

「さおオなら」

 ユミルらしき巨人は別れの言葉らしきものを残して、高く跳躍した。ジャン達の頭上を飛び越え、南門へと向かっていく。7m級と5m級が迫っていたが、行き掛けの駄賃とばかりに、その2体の巨人の首筋を噛み切った。2体は絶命したらしく気化が始まっていた。ユミル巨人は多数の巨人がいる方角へと消えていった。

 

「……」

 取り残されたクリスタは呆然としていた。クリスタはふと冬山の行軍訓練で遭難した時の事を思い出した。そのとき、クリスタとユミルと瀕死の仲間がいて、クリスタに先にいくように促した。なぜか大きな崖をユミルは越えてしまったようだが、巨人化する力があれば、納得がいった。

 

「お、おい、クリスタ! お前、知っていたのか?」

 コニーが問い詰めてきた。

「し、知らないよ。そんな、まさか!? ユミルが巨人だったなんて!?」

クリスタは首を振って否定した。

「こんな事って……」

 

「違うよ。巨人化する力を持っていたという事だよ」

 離れた位置にいたアルミンが戻ってきた。

「そんな事ってあるのかよ?」

コニーは尋ねた。

「あるもなにも今見たとおりだよ。それだけじゃない。自分の意思でいつでも巨人化できるんだ。そっちの方が怖いと思う」

「どういう事だ?」

ジャンが尋ねた。

「超大型巨人の事だよ。消えたり現れたりするのは巨人化する能力を持っているからじゃないかな? 人に紛れ込んでいれば分からないからね」

アルミンは冷静に分析しているようだった。

「じゃあ、もしかして鎧の巨人もかよ?」

レオンが聞いた。

「うん、その可能性は十分にあると思う」

「ユミルの奴もその仲間って事か! あの糞女っ!」

コニーが憎悪を剥き出しにしていた。

 

「待ってっ! でもユミルは超大型巨人の仲間じゃないと思う。だってわたしを助けてくれたんだよ! それに2体を始末していったようだし……」

 クリスタはユミルが巨人であったとしても、悪意があるとは思えなかった。

 

「そんなの、わかんねーだろ!? わざわざオレ達の前で巨人を始末して、敵じゃないと見せ付けているようだったぜ。演技の可能性だってあるんじゃないか!?」

「いい指摘だ、コニー! 俺も同じ意見だ!」

 ジャンが口を挟んだ。レオンも頷く。ユミルを敵とする流れは完全に出来ていた。

「……」

ミーナは何か思うところがあるのか黙ったままだった。

 

「あ、アルミン……、あなたはっ!」

 クリスタはユミルを貶める話題を大きくしたアルミンを睨み付けた。

「ユミルは、超大型巨人の仲間ではないと思う」

意外にもユミルを擁護する発言だった。

「おい、アルミン」

「このタイミングで自分の正体を晒すつもりはなかったと思うよ。クリスタの事を本当に大事に思っているから使ったんじゃないかな?」

(ユミルはやっぱりわたしの事を助けてくれたんだ……)

 クリスタはアルミンがそう言ってくれたのは嬉しかった。

 

「でも巨人化能力の事を隠していたのは事実だよ。分かっていたら超大型巨人に対しては違う対策だって取れたと思うよ。こんな酷い戦いにはならなかったのかもしれない……。エレンだって……」

 暗に今回の巨人の襲撃の責任の一端が、ユミルにあると言っているようだった。巨人の襲撃がなければエレンは死ななかっただろう。つまり、エレンの死にユミルは無責任とはいえないという事だった。

 

「こりゃあ、戦いどころじゃねーぞ! 直ぐに上官に知らせないとっ!」

 コニーは今にも走り出しそうだった。

「待てよ。敵前逃亡は重罪だぜ。下手に後方には下がれないぞ」

レオンの指摘はもっともだった。

「僕が報告に行く。僕は戦いではお荷物だ。抜けても一番影響がないのは僕だよ」

アルミンが名乗りを挙げた。

 

(アルミンを一人で行かしたらダメだ……)

 クリスタは直感的にそう感じた。アルミンは意外に頭が切れる。合流した時は酷く憔悴していたようだったが、エレンの仇だった巨人を討った事で吹っ切れたようだった。今のアルミンならユミル謀殺を提案しかねない。そんな怖さを感じた。

 

「わたしも行きます」

「おい、クリスタ。下手したら死罪になるかもしれないんだぞ!」

 レオンはそう言うが、クリスタは翻す気はなかった。

「報告は一人より二人の方が信憑性が増すと思うの。それにユミルの事を一番知っているのはわたしよ」

「わかった。行って来い」

班長のジャンはあっさり許可を出してくれた。ユミルの処遇を巡って激しく対立してしまった事もあるのだろう。クリスタがいても味方として信用できないという思いがあるのかもしれない。

 

 全員で戦死した仲間のハンスに黙祷を捧げた。その後、アルミンとクリスタは、後方に下がる事になった。しかし、直ぐ後ろからミーナが追いかけてきた。なぜか深刻そうな表情が浮かべていた。

 

「ちょっと、待って! アルミン!」

「どうしたの?」

「南門にいたわたし達だけど、調査兵団の精鋭と会っているのよ」

 ミーナ達は超大型巨人が出現した際、南門の壁上にいたと聞いていた。

「そういえば、そんな事、言っていたね」

「先輩からは口止めされているんだけど……」

「?」

「え、えーと……」

ミーナはちらっとクリスタを見た。どうやら自分は邪魔のようだった。クリスタはそういう気配を察するのは昔から得意だった。

 

「いいよ。わたしは聞かないから」

 クリスタは自らアルミン達とは距離を取った。二人は小声で話していた。調査兵団の精鋭が何を話したか興味がないわけではないが、秘密にはあまり首を突っ込みたくなかった。秘密はユミル一人で十分だった。

 

(ユミルとはもう友達じゃないの? こんな別れ方なんておかしいよ……)

 心の準備は何一つ出来ていない時に起きた、突然の別れだった。

 

 ユミルとは親友だったはずだ。いい所も悪い所も全部知っている。巨人化する力を隠していたのは事実だろう。だからといって悪意があるとは到底思えなかった。そもそもユミルが巨人化して自分を助けてくれなければ、今頃、クリスタは巨人の下敷きになって死んでいたはずなのだ。

 

(わ、わたしのドジのせい? ごめん、ユミル……)

 クリスタはユミルが去っていた方向をぼんやりと見詰る事しか出来なかった。




【あとがき】
ユミルは巨人化能力の持ち主だった。クリスタは間一髪救われるが、ユミルとは別れる事になってしまった。巨人に対する憎悪が強いため、結婚したい女子NO1のクリスタと言えどもユミルを庇いきれません。

ちなみにレオン、ハンスはオリキャラです。(ほとんど名前だけのキャラですが……)

報告にいくメンバーが班全員ではなく、アルミンとクリスタです。巨人化能力の分析もアルミンがします。また、ミーナが南門にいた調査兵団の精鋭(ペトラ)から口止めされていた内容をアルミンに伝えます。


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第16話、怨敵

【前話あらすじ】
ユミルは巨人化能力の持ち主だった。倒した巨人の下敷きになりかけたクリスタを、巨人化して助けたユミルは、クリスタ達の下を去る。アルミンとクリスタが上官に報告に行く事になった。

ミカサ、ようやく行動開始しますが……。


 駐屯兵団のイアン・ディートリッヒ班長率いる精鋭班が暴動鎮圧に赴いてから30分ほどが経過した。後衛部隊は幸いな事に巨人とは一戦も交えていない。しかし住民の避難が遅れている為、前衛や中衛は巨人との戦いを強いられているだろう。

 

 鐘が幾度となく打ち鳴らされた。待ちに待った撤退の鐘だった。遅れていた住民の避難はようやく完了したようだった。

 

(はぁ、やっと終わったんだ……)

 ミカサ・アッカーマンはため息をつく。イアン班長率いる精鋭班が暴動を武力で鎮圧したのだろう。恐らく死者は出たのだろうが、同情する気持ちにはなれなかった。身勝手な商会のボスや略奪者の話を聞いていたからだ。

 

「よし、撤退だ。壁を登るぞっ!」

 イアンから後衛部隊の指揮を任されていた第2班班長が指示を出していた。今なら自由行動しても任務放棄にはならないだろう。

 

「前衛の撤退を支援してきます」

「お、おい。アッカーマン!?」

 第2班班長からは制止されたが、ミカサは無視した。ミカサは仲間の訓練兵達がいると思われる街の中央部へと向かった。幸い巨人との戦闘がなかったので、立体機動装置のガスを補給する必要はなかった。

 

(エレン、待っていて。さっきの事、謝るから……)

 ミカサは立体機動装置を使い、先を急ぐ。無人となったトロスト区の街を立体機動装置を駆使して、屋根伝いに移動していった。

 

(ん? 誰?)

 途中、下の路地を北門の方向に向けて走ってくる不審な影があった。ミカサは気になったので、その場に留まり下の様子を伺う。その影は二人組の男だった。兵服を着ているようだが、フードを深く被り顔を見られないようにしていた。

 移動している方角も奇妙だった。撤退の鐘が聞こえたのなら近い壁を登るはずだ。わざわざ後衛の方に移動してくるのは怪しい。

 

 気になったミカサは少しだけ調べる事にした。時間は惜しいが、報告した際「怪しい二人組を見かけました」と告げるだけでは情報としての価値は低いだろう。

 

 ミカサは階下を通り過ぎる人影をやり過ごした後、屋根の上から尾行した。人影は北門の方へと向かっている。尾行を続けていると、二人組は扉が開けっ放しになっていた一軒の民家の中に入っていった。

 

(どういう事? あの家に何かあるの?)

 ミカサは首を傾げた。その民家はどうみても庶民の家だった。窃盗目的ならもっと裕福な家を狙うだろう。少しだけ様子を伺うが出てくる気配はなかった。

 

 ミカサはあの家に接近して二人組の詳細を調べるべきか迷った。ただの窃盗犯なら捨て置いても構わない。巨人達に襲われるかもしれないが自業自得だろう。他に目的があるのだろうか、ミカサには見当がつかなかった。

 

(エレンならどうする?)

 ミカサはそう考えた。エレンに会いにいくのは私事だ。エレンなら任務を優先するように言うだろう。兵士の義務として怪しい二人組の正体を掴んでおく必要はあると思った。

 

 路地に降り立ち、その家に足音を立てないようにして近づく。開けっ放しになったドアの傍らに立ち、中の気配を探った。物音は二階から聞こえてくる。雨戸を開けているようだった。

 

 建物の中に入り、階段の下まで来て、上の様子を伺った。ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。よく聞こえなかった。忍び足で階段を登り、細い廊下を通って、部屋の前に来た。耳を立てて会話を盗み聞きすることにした。

 

「……北門の上に大砲を並べてやがるぜ。あれで防いでいるつもりか? 笑わせてくれるぜ。5年たってもこの程度の対策しかできないとは……。ったく、進歩がない連中だ」

「いいじゃないか。こっちの仕事が楽で終わるんだからな」

 

(この声!? あの二人? 一体何の話をしているの?)

 ミカサは聞き覚えのある声だったことに驚いた。同期の二人だった。訓練兵は中衛に配置されていて、撤退の鐘が鳴ったのだから、壁の上に登るはずだった。北門近くの無人の家屋にいる事自体が怪しい。

 

「もう少し浸透してくれると思ったが、誘導してやらないとなかなか来てくれないな」

「仕方ないさ。知性を失った哀れな亡者どもだ。目の前の餌を喰らう事ばかり考えているんだろうよ」

「まあ、いままではただの前菜だ。主食はこれからだ。なんせウォールローゼの全住民だからな。喰いたい放題だろ?」

「ああ、そうだな」

「ここであれはまだ使えないな。ウォールシーナを突破する際にも必要だからな」

「もう少し待とう。撤退の鐘がなったのだから邪魔する奴もいないだろうし、直に来るだろう」

「ああ、そうだな」

 

(ウォールシーナを突破!? こいつら、何話しているの!?)

 ミカサは驚いた。二人の話している内容が人類絶滅を狙う巨人達の指揮官のような会話だったのだ。冗談にしては悪質すぎる内容である。

 

(問い詰める? いや、もし本当に巨人達の指揮官なら、会話を聞いてしまったわたしを逃がすはずがない!)

 ミカサはこの場から立ち去るのが賢明だと思った。

 

 階段をそっと降りようとしたとき、突如ドアが開いた。二人組の一人、訓練兵ベルトルト・フーバーと視線が合ってしまった。

 

「お、お前!? ミカサ!?」

「ベルトルト。こんなところで何しているの?」

「そ、そういうお前こそ、こんなところで何しているんだ?」

「ミカサだと!?」

 訓練兵ライナー・ブラウンが顔を出した。ライナーは卒業成績二位、ベルトルトは卒業成績三位。いずれも優秀な訓練兵である。

 

「ミカサっ! お前、なぜここにいる?」

「わたしは後衛だから……。あなた達こそ中衛のはず……。ここに居るという事は撤退の鐘が鳴る前に戦線を離脱したという事。命令違反ね」

「ま、まあ、ちょっとした野暮用でね。巨人に占拠される前に思い出の場所に来ただけだよ」

 ライナーは笑って誤魔化そうとするが、いかにも苦しい言い訳だった。

 

「そう……。どんな思い出?」

「べ、別にそんなのどうでもいいだろ? それよりお前、今の話、聞いてないよな?」

「何の事?」

 ミカサは努めて冷静に言葉を返した。さすがにあの話は聞かれては困る内容だろう。

「そうか、ならいいんだが……。同期の仲だろ? 命令違反は分かっているが見逃してくれないか?」

「それはできない。営倉入りは覚悟しておいた方がいい」

「ったく、つれない奴だな」

そう言いながらライナーの目には殺意が宿っている。

 

(こいつ、殺る気なの!?)

 ミカサは用心の為、後ろ手に棚にあった花瓶を手に取った。

 

「だったら、ミカサ。悪いが……死んでくれっ!」

 次の瞬間、ライナーは隠し持っていたナイフを取り出すと、ミカサの目を狙って突き出してきた。ミカサはとっさにバックステップを取り、ライナーの一撃をかわす。ナイフの切れ先が眼前を横切った。ミカサが用心していなければ、目を潰されていた。その刃に乗せた殺意は本物だった。

 

(だったらやるだけ!)

 ミカサは即断した。ライナー目掛けて後ろ手に隠し持っていた花瓶を投げつけた。ライナーの意表を突いたようだった。花瓶はライナーの額を直撃し、盛大な音を立てて割れた。ライナーは思わず手で額を抑えている。指の間からは血が滴り落ちていた。

 

(殺す!)

 もしライナー達のさきほどの会話を聞いていなければ、仮にも同期の仲間を殺す気にはならなかっただろう。巨人達の指揮官、もしくは内通者の疑いが濃厚で、しかもミカサを殺そうと襲ってきたのだ。目の前の二人は敵、敵は倒す。理由などは考える必要はない。殺さなければ殺されるだけだ。

 

 ミカサはライナーが怯んだ隙にブレードを抜き放ち、斬撃を見舞った。巨人を殺す為に作られたブレードはむろん人間を殺す事もできる。狭い通路なので壁や天井に食い込まないように注意したのは言うまでもない。

 

 ライナーの右肩から袈裟斬りにした。同時に右腕を切り落し、肋骨を叩き斬り、肺を粉砕していた。肺にこれだけの穴を開ければ呼吸することすらままならない。致命的な一撃である。ライナーはそのまま大量の血を撒き散らしながら崩れ落ちていく。

 

「ミカサっ! よくもライナーをっ!」

 ベルトルトがブレードを抜き放って突進してきた。ベルトルトがブレードを振るう。が、土壁にブレードが食い込み、そこで斬撃が止まってしまった。狭すぎる通路で薄いブレードの運用は難しい。ミカサのようにブレードの軌道を注意する必要があるのだった。

 

 ベルトルトが土壁に引っかかったブレードを抜こうとしている。ミカサはその隙を逃しはしなかった。ブレードを一閃、斬り上げた。ベルトルトの両腕が宙を舞う。

 

「うあぁぁぁぁ!」

 痛みで喚くベルトルト。さらにミカサは突進、振り上げたブレードを一気に斬り下ろす。両腕を失っているベルトルトを左肩から腹まで一気に切り裂いたのだった。大量の血が噴出した。こちらも死亡は確実だろう。

 

(はぁはぁ! 最初の実戦で殺したのが人間になるなんて!? いや、こいつらは巨人のスパイか? どう報告しよう?)

 そんな事を考えながら、ミカサはブレードについた血を振って飛ばした。

 

(!?)

 ミカサは異様な殺気を感じて振り向いた。そこには怒りの表情を見せているライナーがいた。確実に致命傷を与えたはずだ。瀕死の重傷で動けるはずがない。にもかかわらずライナーは立ち上がっていた。傷口からは水蒸気のような煙が立ち昇っている。

 

「……ミカサ、確かにお前は強い。だがそれは所詮、人間という枠の中の話だ。今、俺がお前に本物の絶望を教えてやるよ!」

 ライナーはそう言うと、陰惨な笑みを浮かべた。

 

「ベルトルト、お前もやれっ! そのままだと死んじまうぞ!」

「あぁ、そうだな」

 ミカサが足元を見ると、致命的な一撃を加えたはずのベルトルトが立ち上がろうとしていた。まるで巨人のような回復力だった。

 

(こいつら!? やはり巨人!?)

 ミカサは直感で敵の正体を見抜いた。突如、落雷が起きたような衝撃が走った。猛烈な風が舞い込んでくる。

 

(まずい!?)

 ミカサは通路を駆け抜け、二階の窓から飛び出すと、そのまま空中でアンカーを別の建物に打ち込み、一気に離脱を図った。

 

 民家の壁や屋根が吹き飛ぶ。水蒸気の煙が猛然と立ち込めていた。煙の中から現れたのは巨人だった。それもただの巨人ではない。人類の怨敵ともいうべき『超大型巨人』と『鎧の巨人』だった。

 

(あの二人が変異した!? これが人類の怨敵の正体!? ウォールマリアを陥落させ、カルラおばさんや多くの人々を死に至らしめた奴らの親玉!?)

 

 5年前のあの日、シガンシナ区に住んでいたミカサ(当時10歳)は50mの壁から顔を覗かせた超大型巨人を目撃している。あの時はただ恐怖に震えるだけの幼い女の子だった。

 

 超大型巨人(ベルトルト)は変異前にミカサの一撃が効いたせいなのか、腹から上の部分しかなく腕も1本しかなかった。それでも高さ25m以上ある巨体である。剥き出しとなった肋骨を交互に動かして脚代わりにしていた。

 

 鎧の巨人は首周りがやたら太く硬質な皮膚で防護されているようだった。5年前のシガンシナ区での戦いでは大砲ですら効かなかったという。自分が持つブレードでは傷を付ける事すらできないだろう。

 

(は、早く味方に知らせないと……。奴らの正体を……)

 ミカサはすぐに戦況を判断する。たった一人で超強敵に立ち向かう程、無謀ではなかった。それよりあの二人が巨人化したという情報を味方に伝える方が重要だろう。

 

 ミカサは全速力で街の中央部へと向かった。壁の上からは非常事態を伝える信煙弾が多数上がっている。超大型巨人および鎧の巨人が出現したという事は目撃されているだろう。駐屯兵団の後衛は臨戦態勢に入っているはずだった。

 

 鎧の巨人はその場にあった家の柱を掴むと、ミカサの方に投げてきた。立体機動装置を使っているミカサの着地地点を狙った投擲だった。軌道変更が間に合わなかった。

 

(そ、そんな……)

 ミカサが出来たことは、ガスを吹かして進路を僅かに変更する事だけだった。敵弾の直撃こそ逃れたものの、転倒し路地に転がり落ちた。家屋の倒壊し、大量の瓦礫がミカサに降り注いでくる。後頭部に衝撃が走り、意識が遠のいていった。

 

「ごめん、エレン。もう会えない……」

 ミカサの意識はそこで途切れた。

 

 

「ふー、やっと終わったか」

 北門の壁上に上がった駐屯兵団精鋭のイアン・ディートリッヒ班長は溜息をついていた。暴動鎮圧に赴くと、そこは阿鼻叫喚の地獄だった。通路を塞いでいた荷馬車を退けきらない内に我先にと避難民が殺到したため、群集事故が発生し、大勢の老人や女性や子供が圧死していたのだ。さらにそのような状況下でも荷馬車からの略奪を企む不届き者達が下敷きになっている避難民を踏みつけていた。イアンは暴徒達に三度警告したが、彼らは聞き入れる様子はなかった。仕方なく配下の兵士に暴徒達をその場で殺すように命じた。

 

 負傷者を運び出す為、かなり時間が掛かってしまった。撤退の鐘を鳴らすのが遅れたため、前衛や中衛には相当な犠牲を強いたであろう。

 

 今回の騒ぎを起こした張本人――商会のボスは、群集のリンチを受けて殺されていたようだ。自業自得とはいえるが、一個人の身勝手な振る舞いのおかげでどれだけ多くの犠牲者が出たことだろう。つくづく嫌な仕事をさせてくれると愚痴をこぼしたいところだった。

 

「い、イアン班長……!? あ、あれを……」

 部下の一人が街の方を指差した。イアンは部下の指差す方向を見た。北門から300m程の街の一角で水蒸気がもうもうと立ち昇っている。その中には悪名高き『超大型巨人』と『鎧の巨人』がいた。

 

「な、なんだと!?」

 イアンは驚愕した。後衛が撤退し街が無人になっているとはいえ、巨人達はまだ後衛の辺りまでは浸透してきていない。そもそも超大型巨人は図体が大きすぎて門を潜り抜けてこられるはずがないからだ。にもかかわらず街の中に突如出現したのだった。

 

 超大型巨人は上半身だけでしかも片腕しかない。それでも全長は30m近い。7~8m程の街並みの中では圧倒的な存在感を示していた。

 

 鎧の巨人は、近くにあった柱をどこかに投擲したようだった。邪魔になる兵士がいたのかもしれない。

 

 北門の壁上固定砲台群から超大型巨人目掛けて一斉に砲撃が始まった。超大型巨人の顔や胸の部分が白くなっている。どうやら鎧の巨人と同じく硬い外皮で守られているらしい。大砲は次々に命中しているが、あまり効いている感じがしなかった。

 

 北門に向かってくるのかと思いきや、超大型巨人は前を向いたまま、後ろに下がっていく。距離が離れるについて大砲の命中率は落ちていった。周りの街並みは超大型巨人と人類の砲撃によって破壊されていった。鎧の巨人の方は敏捷な為、大砲は一発も命中していない。

 

(どういうつもりだ!?)

 イアンは超大型巨人達の意図が読めなかった。出現した位置もやや中途半端だった。北門を破壊するつもりならもっと近い位置に現れて奇襲を狙うだろう。300mも離れていては前進してくるうちに相当数の砲撃を喰らう事になるからだ。

 

 そして鎧の巨人も北門から離れていく。鎧の巨人はトロスト区の壁に近づいた。北門からは優に500m以上離れている。壁の麓まで来ると、突如、壁を登り始めた。

 

 壁上であっても重点防衛地点でないため、配備している固定砲台はわずかだ。予期せぬ鎧の巨人の行動のため、わずかな砲門は照準を合せる時間がなかった。

 

(ま、まさかっ!? そんなっ!?)

 イアンはここでようやく鎧の巨人の意図を察した。奴らは警戒厳重な北門正面からの攻撃ではなく、壁の上に登ってからの攻撃を企んでいるのだ。壁上固定砲は巨人が壁の下にいることを前提として設計・運用されている。巨人が壁の上に登って来るとは想像すらもしていない。

 

 壁の上に登った鎧の巨人は、北門の方向に身体の向きを変えると、進撃を開始した。

 

 壁上にあるものを片っ端から蹴り飛ばしながら突き進んでくる。人も大砲もレールも機材もお構いなしだった。次々に地上50mの壁の上から蹴散らされて地面に落下していく。鎧の巨人に立ち向かおうとする兵士もいたが、踏み潰されるか、飛んでくる破片に巻き込まれて、地上へと落下していった。幾多の命が次々と消えていく。まさに一方的な虐殺だった。

 

「何たる事だ……!」

 イアンは呻いた。やはり人類は巨人には勝てないのか。今日、ウォールローゼは陥落するだろう。鎧の巨人達の狡猾さを考えるとウォールシーナすらも危うい。人類終焉の日が目前に迫っている。イアンは絶望的な思いに囚われていた。




【あとがき】
トロスト区防衛戦の最大のターニングポイント。鎧および超大型、出現す。

原作と違ってエレン巨人が出現せず、また撤退の鐘が鳴るのが遅れたため、最悪の事態となります。(鎧達にとっては計画どおり!でしょうけど)  人類最後の希望は……。

ちなみにミカサは意識を失っただけです。生死は不明です。


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第17話、勇気

時間軸は鎧達が出現する少し前に遡ります。


 クリスタとアルミンはミーナと別れた後、街の西側の壁を登った。壁の上に登ると警戒配備中の兵士達に呼び止められた。撤退の鐘は鳴っておらず敵前逃亡だと思われたようだ。アルミンは総司令部に緊急に報告しなければならない事案だと告げた。

 

「もし嘘偽りなら、お前達、間違いなく死罪だぞ! 今なら見逃してやる。前線に戻れ!」

「もとより覚悟しています! 僕は、いえ私は人類復興の為に命を捧げると誓った兵士です! 私の報告は作戦全てに関わるかもしれない重要な事柄です。お願いです。司令部に行かせてください!」

「女、お前もか?」

 兵士達は厳しい視線をクリスタに投げつけてきた。

 

「はい、そうです」

 クリスタは臆する事なく答えた。親友ユミルを助けたい一心だった。このままではユミルは巨人達との戦いを生き延びたとしても駐屯兵団や調査兵団に狙われてしまう。一刻も早くユミルの事情を司令部に伝えなければいけないと思っていた。

 

「どうします? 班長」

 兵士の一人が上官に伺いを立てていた。

「そこまでいうならいいだろう。アルレルトとレンズだったな。わたしはお前達が特別な理由で戦線を離脱したと報告させてもらう。意味はわかるよな?」

 その班長は凄みを利かせた。報告内容に嘘偽りがあれば、自分達二人には死刑が待っているということだった。クリスタ達は頷いた。

 

「急いで行くがいい」

「あ、ありがとうございます」

 クリスタは感謝の言葉を述べた。

「いくよ、クリスタ」

 

 クリスタとアルミンは壁の上を走った。ウォールローゼの北門壁上付近にて全軍の指揮を取っている駐屯兵団総司令部へと向かった。

 

 

 途中、撤退の鐘が鳴った。住民の避難はようやく完了したようだった。クリスタ達はトロスト区の壁とウォールローゼの壁の交差点、T字路になっている場所まで来たときだった。

 

「ちょ、ちょっと待って! クリスタ……」

 アルミンが息切れして立ち止まっていた。思い起こせばアルミンは訓練兵最下位の体力だった。男子だから自分より体力があると思ったのが間違いだったのだ。仮にも卒業成績10位のクリスタである。小柄で華奢な体格に似合わず持久力はある方だった。

 

「はぁ、はぁ……」

 アルミンはかなり苦しそうだった。

「ご、ごめん。急がなくちゃいけないのに……」

「ううん、アルミンはすごく頑張っていると思うよ。辛い事も一杯あって……。さっきだってあの2体を倒せたのはアルミンの作戦がよかったからだよ」

アルミンは首を振って否定した。

「で、でも、はぁはぁ、僕の作戦のせいで……、ハンスは死んでいるよ。ぎ、犠牲が出ない作戦があったかもしれないのに……」

 

「そんなに背負い込まないで、アルミン」

 クリスタはアルミンの肩を擦った。演技ではなく本心からアルミンを慰めているつもりだった。もともとクリスタは困った人を見れば世話を焼きたくなる性分だった。ユミルには窘められるが、クリスタは構わないと思っていた。

 

「クリスタはやさしいね」

「そ、そんな事ないよ。さっきだって、ジャン達とは諍いになっちゃったし……」

「仕方ないよ。巨人は人類の敵なんだから。でも僕はユミルの事、味方にしたいと思っているよ」

「本当に?」

 クリスタはアルミンを信じたい気持ちもあり揺れていた。実のところ、アルミンを監視するつもりで付いてきたのだった。

 

「ユミルがあの場から去ったのは、僕達とは戦いたくなかったからだよ。口は悪いけどユミルは悪い奴じゃないと思う。そうじゃなかったらクリスタみたいな子とは友達にはなれないと思うから」

「わ、わたしだってそう思ってるよ」

「そっか、じゃあ、そろそろ行こうか? もう休んだから大丈夫だよ」

「うん」

 

 

 そのときだった。急に周りの兵士達の様子が騒がしくなった。緊急事態を知らせる信煙弾が多数上がっている。街の中を見てクリスタは驚いた。後衛が展開していた無人の街の中に、超大型巨人が出現していたからだ。傍らには鎧の巨人がいた。

 

「あ、あれって、まさか……!?」

 クリスタにとっては初めて見る人類の天敵の親玉だった。朝方、クリスタはユミル達と共に駐屯兵団本部で武器の点検実習をしていた。超大型巨人の出現を直接目撃したわけではなかったからだ。

 

「ど、どうしよう? アルミン」

「……」

 アルミンは超大型巨人達をじっと見つめていた。その横顔は気弱な少年ではなく、作戦参謀として戦況を観察している引き締まったものだった。

 

「急いで司令部に……」

「いや、今行っても無駄だよ。それどころじゃないって取り合ってもらえないよ」

「じゃ、じゃあ、どうするの?」

「ここでしばらく様子を見よう。……あいつ等の動きがおかしい。早すぎる? もう少し巨人が来てからなら巨人化能力は誤魔化せたのに……」

 どうやらアルミンの頭の中は、フル回転で思考中のようだった。

 

「もしかして、誰かに見つかって止むを得ず巨人化したのかな?」

「誰かって?」

「わからない。でもあの二体だけでも十分脅威だけど……」

「み、味方は大丈夫なの?」

「そう思いたいけど……」

 

 クリスタは超大型巨人達が奇妙な動きをしているのに気付いた。北門から離れていっているのだ。やがて鎧の巨人の方が、トロスト区の西側の壁に近づいてくる。さきほどクリスタ達が壁を登った場所に近いところだった。

 

「ど、どうなってるの!?」

 クリスタは聞いた。

「そうか、そういう事か! あいつ、壁を登るつもりだ」

「えっ? そんな、まさか……」

 クリスタは驚いた。巨人が壁を登るなど聞いたこともなかったからだ。

「出来ると思う。あいつは普通の巨人じゃない。巨人が壁を登ってくるなんて考えていないから味方は大混乱だ。このままじゃ、北門の守備隊は壊滅してしまう」

「そんな……!?」

「クリスタ、僕に考えがある」

アルミンの瞳には強い意志を感じた。決して諦めない者の瞳だった。

 

「何か、思いついたの?」

「クリスタにしか出来ない作戦だ。嫌なら無理にとはいわないよ。でもクリスタなら時間稼ぎが出来ると思う。そうすれば味方は立ち直る時間を得られる。お願いだ。みんなを助けてくれ!」

 予想もしないアルミンの言葉だった。クリスタはさっぱり意味が分からない。

 

「わ、わたし? 何をすればいいの?」

「僕達のいる場所はうまい具合に交差点だ。鎧がこっちに向かってきても直線状に飛んでくる破片は直撃しない。鎧が近づいたら、クリスタはここで鎧に向けて手を振るんだ」

「?」

「鎧の中身は訓練兵の可能性があるんだ。クリスタに関心がある男子なら立ち止まるかもしれない」

 

 アルミンの説明でクリスタは閃いた。

「それって、ミーナが例の精鋭から口止めされていた話ね?」

 アルミンは頷いた。

「確証はないけど、やってみて損はないと思う。もし鎧が止まらない場合は、立体機動装置を使って壁の外に逃げよう。かなり危ない賭けだけど……」

 

「うん、いいよ」

 クリスタはアルミンの策に乗ることにした。同期の男子に好かれているという自覚は少しはある。仮に自分が成果を挙げれば、クリスタ自身の発言力が増すだろう。それはユミルを守る事につながる。親友の為なら命を賭ける事だって怖くない……と思う。ユミルだってそうしてくれたのだから。

 

 

 鎧の巨人は壁を登ると、アルミンの予想通り、北門に向けて進撃してきた。蹴り飛ばすという単純極まる方法だったが、それだけに駐屯兵団の兵士達は打つ手がないようだった。頼みの大砲は速射性が遅い上に、壁の上にいる巨人を撃つ事を想定していないので役に立たない。

 

 自分達を呼び止めた駐留兵団の兵士達は真っ先に蹂躙されてしまった。僅かな時間とはいえ、会話して自分達の行動に理解を示してくれた班長はもう生きていないだろう。

 

(ひ、ひどい!? こんな事をするなんて!? 誰か知らないけど酷すぎる……)

 クリスタは目の前の惨劇を見ながら、近づいてくる鎧の巨人を睨み付ける。

 

 次々に飛来してくる破片。いや、人や大砲やその他の残骸だった。鎧の巨人は15m級だった。見上げるような巨躯、大きな山が移動しているのかと錯覚するぐらいの圧倒的な威圧感があった。

 

 鎧の巨人は眼下にいるクリスタを見つけたようだ。目玉は影に隠れて見えなかったが、視線を感じた。クリスタは逃げ出したくなる恐怖心で一杯だった。

 

(ユミルの為だもの!)

 クリスタはユミルの事を想って勇気を振り絞った。両手を広げて鎧の巨人の前に立つ。T字路の角を挟んだ壁の上だった。

 

「もう止めてっ!!」

 クリスタはありったけの大きな声を出して叫んだ。

 

「……!?」

 クリスタの必死の叫びが届いたのかは不明だが、あれだけ破壊を続けていた鎧の巨人が急に動きを止めた。ということはアルミンの予想どおり、中身は訓練兵の誰かなのだろうか。クリスタは鎧の巨人をじっと見上げた。

 




【あとがき】
アルミンは、調査兵団の精鋭(ペトラ)がミーナに訊ねた内容(第10話)をミーナから聞いています。そして巨人化能力(ユミル)の件とあわせて、アルミンは鎧の中身を同期の彼と推察した。そしてクリスタならば足止めができると考えた。

原作でもアルミンは相手の性格を読んで機転を利かします。


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第18話、殿(しんがり)

撤退の鐘が鳴った頃、ミーナ達訓練兵達の動きです。





 撤退の鐘が鳴った。だからといって直ちに戦いが終わるわけではなかった。中衛にいた訓練兵を含めた駐屯兵団の兵士達は巨人達との激戦を繰り広げている最中であり、すんなりと退却できる状況ではなかった。一気に戦線を引くと総崩れになる可能性があり、殿となる部隊が必要だった。

 

 ミーナ達訓練兵のところに駐屯兵団では珍しい女性士官がやってきた。銀髪のショート、眼鏡をかけた知的な美人といった容貌で、リコ・ブレチェンスカと名乗った。

 

「お前達も分かっていると思うが、味方が無事撤退する為には殿(しんがり)となる部隊が必要だ。人手は一人でも欲しい。卒業成績10位以内の者、それと志願者を募る!」

 リコは訓練兵達をじろっと見渡す。ほとんどの訓練兵は目線を合わすのを避けて俯いていた。それも無理もなかった。殿は敵の攻撃を一身に受ける決死部隊だからだ。生還はあまり期待できない。最悪全滅の可能性すらあった。

 

(ど、どうしよう?)

 ミーナは悩んだ。自分は卒業成績は中であり、撤退組に入ることは可能だった。しかし今自分がこうして生きているのはエレンが囮になって巨人達を引き付けてくれたからである。エレンの強い意志がなければ、自分はとっくに巨人の胃袋に納まっていたであろう。

 それに巨人との戦いは馴れたとは言わないまでも、2度3度繰り返すうちに自分でも要領が良くなってきたのはわかっていた。もし再度、卒業試験があるなら上位20番ぐらいにはなれそうな気がした。

 

「わたし、ミーナ・カロライナ、志願します!」

 ミーナは一歩前に出るとそう宣言した。周りの訓練兵達からは驚きの視線が浴びせられた。

 

「おい、ミーナ。無理しなくてもいいんだぞ」

 ジャンはミーナを気遣ってくれたようだ。

「ありがとう、ジャン。でも決めた事だから」

ミーナはジャンにそう答え、姿勢を正した。

「第34班班長、エレン・イェーガーは脚に重傷を負っている状態で10m級巨人4体を引き付けました。そして、わたしとアルミンを逃がしてくれました。わ、わたしは彼に感謝の言葉を伝える事もできませんでした……。彼に直接恩返しは出来なくても、仲間を守る事で彼の遺志を継ぐことはできると思っています」

 ミーナは大きな声でエレンの最後を皆に伝えた。ジャンやコニーは知っている事が、大半の訓練兵にとっては初耳だったらしい。皆、一様に驚いた表情を見せていた。

 

「エレンが……」

「あいつ、そうだったのか!?」

「すげーよ」

 ミーナの発言が場の空気を変えたようだった。

 

「オレも志願するぜ」

「わたしも」

「俺だって」

 訓練兵達は次々と志願すると名乗りを挙げた。リコは微笑み頷いていた。結局ミーナを含めて10名が志願した。成績上位の5人、リコを入れて16人が殿部隊である。

 

「カロライナだったな。なかなかいい演説だったよ。よし、それでは作戦を伝える。撤退組は、信煙弾全てと余りのガスボンベを置いていけ! そして負傷者を連れて移動しろ! 残る者は二班に分け、一班が戦闘し、もう一班が次の場所で待ち伏せを行う。待ち伏せが完了すれば、戦闘班は後退、その後、交互に班を入れ替えて後退していく。なお殿部隊の総指揮はわたしが取る!」

 

 つまり、一斉に後退するのではなく、常に待ち伏せがある状態で部隊を後退させていくいう事だった。また間に休憩を挟むことで連戦を防ぐ意味もあるのだろう。連戦はやはり集中力の欠如を生む要因になるからだ。撤退組の方は負傷している仲間を連れて壁際へと向かっていった。

 

「この中での成績最上位は誰か?」

「はい、わたしです。アニ・レオンハート。4位です」

 アニ・レオンハートが手を挙げた。金髪で小柄な彼女だが、孤高を貫き、他人との関わりを避けている印象があった。

「次は?」

「俺だ。ジャン・キルシュタイン。6位だ」

「ではレオンハート、キルシュタイン。お前達2名を……」

「待ってください。指揮官ならばわたしより7位のマルコ・ボットが適任かと思います。わたしは班長ではありません」

アニはマルコを指し示して辞退しようとしていた。アニは確かライナーの班だったはずだ。ライナー、ベルトルトの姿はない。理由は聞いていない。自分達のいる東ではなく、壁の西側から撤退した可能性もあるので、消息は不明だった。

 

「そうなのか? ボット、お前はどうする?」

 リコはマルコに聞いた。

「引き受けます」

マルコはそう答えた。確かにマルコは皆からも信頼も厚く、指揮官としては適任だろう。

「では、キルシュタインとボット、お前達を殿部隊の班長に任命する。班割りは任せる。キルシュタイン、お前の班が最初の戦闘班だ。配置につけ!」

 リコの命により、撤退戦が始まった。ジャンは第31班、マルコは第19班。もともといた班のメンバーがそのまま殿班になった。それに志願兵が加わった格好だった。

 

 ミーナは横にいるアニをチラッと見た。南門にいた先輩から怪しい人物として名前を聞かれた一人だった。

(まさかよね?)

 アニはミーナの視線に気付いたようだ。ジロッと睨み付ける様な視線を返してきた。

「何?」

「ううん、なんでもない」

「もう巨人が来ている。ぼっとしていたら死ぬよ」

「そ、そうだね」

 ミーナは声に動揺が出ていた。

 

「アニ、マルコの班に行ってくれないか? 向こうの方が戦力が手薄だ」

 ジャンが頼んできた。確かに卒業成績10位内がジャンの班には4人もいる。(アニ・ジャン・コニー・サシャ) マルコの班は本人だけだった。

「わかったよ」

アニは短く言葉を返すと、マルコの班へと後退していった。

 

(よかった。離れてくれて……)

 ジャンは意識していなかっただろうが、ミーナにとってはありがたかった。巨人のスパイかもしれない彼女の傍には居たくなかったのだ。

 

 ほどなくして巨人達がやってきた。10m級1体、7m級2体、5m級以下4体の合計7体。かなりの規模の群だった。対抗できなくはないが、同時に相手するには厳しい敵の規模だった。

 

「煙幕を作る! 総員、奴等の手前に信煙弾を放てっ!」

 リコの命令で訓練兵は巨人達の手前に信煙弾を一斉に撃ち込んだ。リコも所持していた信煙弾を叩き込む。

 巨人は基本的に視界内にいる人間を襲ってくる。逆に言えば視界内にいなければ襲ってこない。煙幕で視界をさえぎる事により、一斉に突っ込まれる事を避ける意味があった。巨人との戦いで一番怖いのが数で襲ってこられることなのだから。ただし、この戦法が使えるのは風がなく、しかも障害物が多い市街地に限られる。今が正にその状況だった。

 

 最初に煙の中から現れたのは10m級だった。コニーが真っ先に突入し、目潰しを行った。

「ミーナ! 行け!」

「はい」

ジャンに命じられてミーナは立体機動装置を使って10m級の背後に向かう。目潰しを喰らっても巨人は手を左右に振っていた。ミーナとは反対から突入していた訓練兵が運悪く巨人の掌の中に捕まった。

「!?」

 視界がなくとも腕の感触で人間だと思ったらしい。哀れな訓練兵を握りつぶすと巨人はそのまま大きな口を開けて食事を始めた。

 

 仲間の死を悲しんでいる暇はなかった。その兵士の死を無駄にしないためにも、この隙に巨人を仕留める事が最優先だった。

 

 ミーナはブレードを巨人の延髄に斬り下ろす。今度こそ斬り飛ばすと思って振るった。が、やはり一朝一夕にはいかなかった。斬り付けただけに終わった。

 

 ミーナはすぐさま離脱。留まっていては後続の仲間に邪魔になるだけだ。ミーナがちらっと振り向けば、ジャンが斬りかかっていた。ジャンの斬撃は正確だった。巨人の弱点の攻撃に成功。巨人はそのまま前のめりに崩れ落ちた。

 ジャンは立体機動装置の扱いに長けているので、そこから威力のある斬撃を生み出す機動制御もミーナより上手だった。ジャンは初陣で10m級を2体も討伐した事になる。憲兵団に行かず調査兵団に入った方がいいのではと個人的には思ってしまう。

 

(さすが上位陣ね……)

 ミーナは自分が20位に入るかと思ったのは驕りだったかもしれないと思い始めた。ただ上位陣全員が見事な働きを見せていたわけではなかった。

 

「う、後ろから失礼しましたぁ!」

 女子の声がした。見れば、卒業成績9位のサシャ・ブラウスが次に現れた5m級を攻撃して失敗したようだ。サシャは言葉が通じない巨人に謝っていた。離脱にも失敗したようで路地に着地してしまっている。巨人はサシャに向き直るとじりじりと詰め寄ってきていた。

「あ、あの……」

サシャの額からは冷や汗が出ていた。巨人はサシャに飛び掛りヘッドスライディングをかけた。

「すいませんでしたぁ!」

 サシャは持ち前の運動神経で巨人の攻撃を辛うじてかわした。うつ伏せになった巨人にリコが突入、首筋を削いでいた。地面にすれすれの超低空を一撃離脱。鮮やかな手並みだった。巨人は絶命したようで気化が始まっていた。

 

「あ、ありがとうございます」

「ほら、さっさと立ちなさい!」

 リコはサシャに一瞥くれるとすぐに全体の指揮に戻った。リコは戦局を見て危険な綻びがあれば、援護するというやり方だった。

 

(このリコって人、かなり凄腕だ。駐屯兵団でしかも女性でこんなにすごい人がいるなんてっ!)

 ミーナは驚嘆していた。南門で見かけたあの調査兵団の女先輩の方が実力は上だろうが、リコも高い実力の持ち主である事は間違いない。作戦指揮能力も高く、こんな人が上官にいれば生還できそうな気がしてくる。

 

「ど、どうしよう? 巨人に屈服してしまった……」

 サシャは頭を抱えていた。

「後でたっぷり軽蔑してやる! さっさと屋根の上に避難しろ!」

コニーが見かねてサシャにキツイ言葉を投げていた。コニーなりの思い遣りかもしれない。まだまだ戦いは終わっていないのだ。後退しつつ戦うという困難な戦闘が続いていた。

 

 リコの援護もあって、一回戦は犠牲者1名で7体を討伐。第2陣のマルコ達と交代、休憩を挟みつつ後退戦術を取っていた。ただし殿部隊の指揮官であるリコのみは連戦する形だった。時間が経つと撤退が進み、街の中の味方は少なくなる。それは巨人達の攻撃が集中する事を意味していた。

 

 

 同時刻、北門近くに展開していた後衛では鎧の巨人達が出現して危機的な状況だった。ミーナ達は直接超大型巨人が見える位置ではなかった事もあり、自分達の戦いに精一杯で味方の危機は知らなかった。それは逆に幸いだったのかもしれない。鎧の巨人達が現れた事を知れば士気が保てず総崩れになった可能性もあったのだから。




【あとがき】
撤退の鐘が鳴ったからといって、即戦闘が終わるわけではありません。
負傷者が壁を登るのは時間がかかりますし、一気に引けば戦線崩壊の危険があります。
撤退戦が行われる際、殿(しんがり)が必要でしょう。撤退戦は常に苛酷です。優勢な敵の集中攻撃を受けるのですから。

駐屯兵団は苦戦していますが、原作のような総崩れではないため、訓練兵撤退の支援のため、人員を派遣する余裕があります。それが、この場ではリコです。


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第19話、街へ

ハンジの気球による空中偵察により、敵情を把握した調査兵団主力は、かなり早いタイミングで帰還してきた。街の周囲には、巨人達が群がっていた。

(side:グンタ)


 調査兵団主力の騎馬隊は、街まで10キロというところまで来ていた。現在までのところ、味方の被害は軽微だった。往路復路ともに遭遇した巨人の数がわずかだったからである。しかし、それは巨人達がトロスト区襲撃の為に、一箇所にまとまって行動していたからだ。今、街では巨人達の猛攻を受けて甚大な被害が出ているであろう。

 

(頼む! 間に合ってくれよ!)

 精鋭班の一人、グンタ・シェルツは必死で祈っていた。5年前と同じ展開ならば超大型巨人の奇襲によって南門が破壊され、街に巨人の大群が侵攻した後、内門である北門を鎧の巨人が破壊するだろう。そうなれば、ウォールローゼ陥落が確定してしまう。空前絶後の被害、いや人類滅亡に直結する事態かもしれないのだ。

 

「前方に巨人の群を確認、数は12! 10m超級が4! 街に向かって移動中!」

 偵察班の伝令兵から報告があった。

「総員に通達、配置を転換! 楔型陣形で精鋭班を最前列に! 突撃体勢を取れっ!」

スミス団長は攻撃を決意したようだった。通常、平地での巨人との戦闘は避けるべきだが、今はなにより時間が惜しい。それに巨人達が街を指向している為、背後という有利なポジションを占めている。敵は10体あまり、人類最精鋭部隊である調査兵団主力ならば突撃して撃滅可能だろう。

 

 陣形を組み直した味方騎馬隊は、速力を上げていく。巨人の群が見えてきた。巨人達は小型巨人が先攻している形で大型巨人達は最後尾に固まっていた。依然としてこちらに背を向けたままだ。群の中で一番大きいのは12m級だった。

 

「リヴァイ、任せた!」

 団長から命を受けたリヴァイが精鋭班の各自に伝達する。

「12m級は俺がやる! ミケ、エルド、オルオ、グンタ! それぞれ目の前の大物を潰せ!」

「「「了解!」」」

 

 巨人達の脚もかなり速い。馬の速力を上げて距離は徐々に詰まってきたが、まだ少し時間は掛かる。

(くそ、もどかしいぜ!)

 攻撃位置まで気付かれない事を祈るばかりだ。奴等は街を目指しているとはいえ、目の前に餌(自分達)が現れたら、方向を変えて襲ってくるだろう。そうなれば乱戦になる。自分達が巨人討伐のプロ集団だとはいえ、平地で戦いは基本的に不利だった。なにより時間をロスするのが痛い。

 

(後、少し……)

 グンタは、立体機動装置のワイヤーをいつでも射出できるように準備する。目の前に10m級巨人が近づいてきた。巨人達はまだ街の方角を向いたままだ。

 

 リヴァイから信煙弾が放たれた。攻撃開始の合図だった。

 

 リヴァイが立体機動に移った。そこからは電光石火だった。リヴァイはアンカーを巨人の動きが少ない腰に撃ち込み、急接近。途中、ガス噴射で方向を変えて一気に後ろ首に躍り出る。延髄を抉った。と同時に空中で体位を入れ替えながら、巨人が倒れる方向を予測してアンカーを巨人の身体に撃ち込み直して急減速。ガス噴射をうまく使いながら、勢いを殺して、地面に一回転しながら着地、すぐに自分の馬を呼んでいた。

 

 流れるような鮮やかな巨人狩りだった。ただしかなり危険な狩り方である。卓越した技量を持つリヴァイでも平地では今のような戦い方はあまりしない。少しでもタイミングを間違えたり、アンカーの撃ち込み場所がずれていたら10m以上の高さから地面に叩きつけられてしまう。時間が惜しいという切羽詰った状況なので持てる最高難度の技を駆使したといったところだろう。

 

 自分達はまず巨人の足首を狙う。リヴァイを真似して一人で倒す必要はない。討伐補佐チームが時間差で足首を切り裂いた。この辺りでようやく巨人達は後ろから攻撃されている事に気付いたようだった。何体かが立ち止まって振り返り始めた。

 

 もちろん、これも予測のうちだ。止まった瞬間を狙って巨人達が振り返るより先に、グンタはワイヤーを射出、首筋を狙う。ミケ、エルド、オルオもほぼ同じタイミングで立体機動に移った。

 

(くらえっ!)

 グンタは、今朝から巨人達に翻弄された怒りを込めて斬撃を見舞った。グンタの一撃は10m級の急所を捉えた。巨人はそのまま崩れ始める。好都合な事に5m級1体に向けて倒れていく。グンタはすぐさま離脱する。倒した巨人はそのまま5m級を下敷きにしていた。

 

(馬鹿め! 固まりすぎなんだよ!)

 餌を喰らう事しか考えていない通常巨人は力が強くても、行動が読みやすいので組みやすい相手だった。

 

(他のみんなは?)

 グンタが周りを見ると、ミケ、エルドは討伐に成功していた。しかし、オルオがなぜか失敗していた。8m級巨人の首筋を斬り付けただけに終わっていた。その巨人は己が斬り付けられたのを認識すると急に四つんばいになった。犬のように俊敏で飛び跳ねてオルオを追い回していた。

 

「くそっ! 奇行種か!?」

 オルオ以外の精鋭が倒した巨人はほぼ不意打ちで倒していたので、奇行種だったかどうかは分からない。しかし、オルオが討伐に失敗した巨人は間違いなく奇行種だった。

 

 奇行種――特異な行動を取る巨人で行動が読めない為、通常種より遥かに危険な存在である。この奇行種は俊敏性と仕返しの感情を持ち合わせているようだった。

 

 近くにオルオ以外の兵士がいるのにも関わらず、オルオだけを執拗に狙っている。踏み潰されそうになったオルオは馬から飛び降りた。馬は巨人に踏み潰された。

 

(まずい!)

 仲間の兵士達が援護とばかりに信煙弾を目潰し代わりに撃った。しかし四つん這い巨人が俊敏すぎる為、全弾空振りに終わった。相手の動きが早いので、その巨体にアンカーを打ち込むのも危険だった。かといって周囲に立体機動の足場となる樹木や家屋も存在しない。不利な平地戦での影響がモロに出ていた。

 

 オルオの綻びが伝染しはじめた。四つん這い巨人がを暴れているうちに、先行していた他の巨人達が引き返してきて自分達の方に向きつつあった。乱戦になれば、背後から強襲という自分達の優位性がなくなってしまう。

 

 リヴァイが単騎で突入した。

「ばかやろっ! さっさと離れろ!」

 リヴァイは怒鳴りながら信煙弾を巨人の目を撃ち込む。経験豊富なリヴァイだから相手の動きを予測した上で、放ったのだろう。リヴァイの一撃は巨人の目に命中した。巨人は片目を潰されて遠近感がなくなったはずだ。ただし巨人は驚異的な再生力を持つ。すぐに目を回復させてしまうだろう。それまでに決着を付けねばならなかった。

 

(さすがだな!)

 リヴァイが戦線に参加するとそれだけで安心感が出てくる。が、それでもその巨人は、徒歩で逃げ回るオルオに襲い掛かった。

 

「オルオっ!」

 土煙が上がり、すぐに状況はわからない。その四つん這い巨人はオルオのいた位置に留まっている。巨人は首を高く持ち上げた。巨人の大きな口には、あらぬ方向に曲がった人の両足が生えていた。誰のものかは言うまでもない。巨人は咀嚼を始めた。

 

「オレがやるっ!」

 調査兵団No2の実力者ミケ・ザカリアスが巨人の死角から馬で突撃した。ワイヤーを射出、一気に首筋へと向かう。途中でアンカーの固定を外したようだ。俊敏すぎる相手に振り回されるのを避けるためだ。ミケは慣性だけで空中を機動、斬撃を繰り出した。

 

 ミケの一撃は四つん這い巨人の急所を捉えた。巨人は目をかっと見開くと恨めしそうにミケを睨み付けながら崩れ落ちた。ミケはそのまま、勢い余って地面に身体を何度もリバウンドさせながら着地、というより落下した。なんとか立ち上がったところを見ると大きな負傷はないようだが、頭から血を流していた。

 

「ミケ! 大丈夫か!?」

 エルドが声をかけていた。ミケは手で頭の傷口を抑えながら頷いていた。

「まだ終わっていない。来るぞっ!」

リヴァイが一同に注意を促す。大型巨人は全て討伐したとはいえ、7m級以下の巨人6体が残っている。油断は禁物だった。

 

 ……

 

 数分と経たない内に残りの中小型巨人すべてを討伐する事に成功した。しかし死傷者4名を出す結果となった。そして最精鋭の一人オルオが戦死者に含まれていた。背後からの奇襲に成功したという条件を加味すれば、痛い損害だった。

 

「くそっ! なんでだよ! オルオ……」

 明らかにオルオは精彩を欠いていたとしか思えなかった。彼の実力からすればさほど難易度は高くなかったはずだ。考えられるのは昨日の幹部会議でのペトラとの諍いだった。オルオは隠しているつもりだったかもしれないが、ペトラが想い人であることは衆知の事実だった。今朝方もペトラとは和解できていなかったようだ。精神的な悩み事が集中力を欠く原因となったのかもしれない。

 

 おまけに運悪く討ち漏らしたのが奇行種だった。40体近い討伐数を誇るオルオだったが、それでも死ぬときは呆気なかった。巨人との戦闘は常に苛酷なのはわかっていたが、なんとも言えぬ無力感が漂っていた。

 

「陣形を元に戻す。進め!」

 スミス団長の命令で再び進軍を始めた。

 

 

 じきにトロスト区の壁が視界に入ってきた。壁の外には今だ巨人が何十体も蠢いていた。それら巨人は全てトロスト区を指向していた。壁上固定砲台からはまばらにしか砲撃がなされていない。どうやら弾切れ寸前になっているようだった。それだけ激戦だったのだろう。門が壊されているのが見えていた。やはり超大型巨人が出現したようだった。

 

 そのときだった。トロスト区上空に爆裂音が鳴り響いた。打ち上げ花火だった。幾多の花火が空を閃光で彩っていた。

 

(なんなんだ!? 花火ってどういう事だ?)

 グンタはさっぱり意味が分からない。街の中は多数の巨人が侵入しており、駐屯兵団が巨人達と死闘を繰り広げているはずだ。花火を打ち上げたところで巨人を倒せるわけでもない。周りにいる調査兵団の兵士達も呆気に包まれていた。



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第20話、狙撃

【状況説明】
壁の上に登り、破壊と殺戮を続ける鎧の巨人。駐屯兵団の兵士達はなす術がなかった。このままでは北門守備隊は壊滅するかと思われた時、鎧の前に立ち塞がったのは、一人の少女クリスタだった。これは鎧の巨人の中身を推察したアルミンの策だった。わずかな時間でも足止めに成功した。


(ば、馬鹿な!? なぜここにクリスタがいる?)

 鎧の巨人の本体――ライナーは動揺していた。足元にいるのはクリスタだった。滅ぼすべき種族の中ではただ一人、想い入れのある少女である。クリスタだけは庇護したいと思っていたからだ。

 

 クリスタ達第31班は中衛の予備兵力に配置されているのは知っていた。撤退の鐘が鳴ったとしてもこの場所まで来るには早すぎるのだ。予想外の場所でクリスタに出会ったことで鎧の巨人は動きを止めていた。

 

 壁の上の交差点という絶妙の位置にクリスタはいる。直線状の壁の上ならクリスタを飛び越えるという選択肢もあったが、ここは高さ50mの壁だ。T字路という地形では転落する恐れがあった。

 

 クリスタは「もうやめて」と叫んでいた。巨人の前では一瞬にして踏み潰されるかもしれないのに、その小さな身体のどこにそのような勇気があったのだろう。

 

(もう戻れないんだよ、クリスタ。たった3年だけど楽しかったぜ……)

 霞む意識の中で、ライナーはクリスタを想った。

 

 一見、全く無傷に見える鎧の巨人だったが、ミカサの斬撃により、人間体は深手を負ったままだった。巨人化能力でもってしても応急措置をするのがやっとだった。完全回復するためには数時間は必要だろう。しかしそんなに暢気に構えてはいられない。調査兵団の主力が戻ってくるかもしれない。いくら堅固な鎧の装甲とはいえ、意識を失って動かなくなれば袋叩きにされるのは目に見えていた。

 

(悪いな、クリスタ。オレは戦士だ。戦士としての務めを果たさなければならない……)

 ライナーは苦渋の決断をするよりなかった。クリスタを踏み潰してでも前へ進もうと決めた時だった。次の瞬間、ライナーは死を認識するより先に意識が消滅していた。

 

 

 鎧の巨人――ライナーを死に至らしめたのは異世界の兵器だった。秒速1200mという超音速のスピア弾が、鎧の巨人で数少ない弱点――脇を貫いていた。そして千分の1秒後、搭載していた高性能爆薬が起爆、鎧本体が死を意識するより早く内部を完全に爆砕していた。

 

 

 

 クリスタの前で静止していた鎧の巨人。永い時間に思えたが実際は10秒足らずだった。空気を切り裂くような甲高い音が鳴り響いたかと思うと、続いて爆発音が鳴り響く。鎧の巨人は口や目から黒煙を吐き出しながら、仰け反ったようにゆっくりと傾いていった。地上50mの壁の上から、頭から逆さまに転落していく。大きな地響きが鳴り響いたので、そのまま地上に叩きつけれられたようだった。

 

(えっ!? なに?)

 クリスタは目の前で起きた事が理解できなかった。鎧の巨人が倒れたのだ。大砲ですらも効かないと言われていた敵が突然消滅していた。

 

 同時に街の中で、幾多の爆発音が轟いていた。トロスト区の街の上空に多数の打ち上げ花火が咲いていた。鎧の巨人が倒されたのとほぼ同じタイミングだった。

 

(どういう事!?)

 クリスタは察しのいいアルミンの顔を見た。アルミンも驚いた表情を見せていた。どうやらアルミンも理解不能の出来事のようだ。

 

(そういえば、超大型巨人は?)

 クリスタは街の中にいる超大型巨人を探した。超大型巨人も後ろ首から大量の黒煙が立ち昇っている。鎧の巨人とは、ほぼ時間差なしに何かの攻撃を受けたようだった。大量の水蒸気を撒き散らして姿を消すのではなく、轟音を立てて街並みの中に沈み込んでいく。やがて気化が始まったのか水蒸気が立ち昇り始めた。

 

 

「よ、鎧が倒れた!?」

「超大型もだ!」

「なんなんだ?」

「花火ってどういう事だ?」

 周りにいる兵士達も状況がつかめていないようだった。

 

「クリスタ、こっちだ!」

アルミンがクリスタを呼んでいた。アルミンと共に下を覗きこんだ。

 

 鎧の巨人は頭から逆さまに落ちたせいなのか、頭部がつぶれていた。身体の節々から黒煙と共に水蒸気が立ち昇っている。身動き一つしない。巨人なので頭が潰れても再生すると思われたが、いつまで経っても動き出すことはなかった。

 

「し、死んだのか? あの鎧が!?」

「超大型も死んだみたいだぞ! あっちは気化が始まっている」

「か、勝ったのか? 人類は?」

「誰か説明してくれよ? 今のはなんなんだ?」

 兵士達は勝利の実感がない為、戸惑っているようだった。

 

「ねぇ、アルミン。もしかして……わかっていたの?」

 クリスタは聞いてみた。

「もしかしたらと思ったけど……」

「え?」

「調査兵団の精鋭らしいけど、その人は南門で異変が起こるのを予想していたみたいだった。巨人化能力についても知ってそうなそぶりだった。だから鎧達に対して何らかの手を打っているんじゃないかとは思っていたよ。ここまでとは思わなかったけど……」

 アルミンはなんとなく予想していたようだ。

 

「じゃあ、今のは何なの? 大砲とも思えないし……」

「うーん、狙撃かもしれない」

「そ、狙撃!?」

「大型ライフル銃みたいなものかな? 大砲以上の破壊力でライフル以上の命中精度。でもそんなもの実用化できるんだろうか? 普通考えられないよ……」

 アルミンですらも理解不能の出来事のようだった。

 

「で、でも味方が撃ったんでしょ? わたし達の敵を倒してくれたものね」

「それならどうしてもっと早く……、そ、そうか、巨人のスパイがいると分かっているから隠していたんだ! 花火もそういう事か!?」

「えっ?」

「狙撃位置を隠したんだ。どこから撃ったのか分からなくする為にだよ。これ、考えた人は相当用心深いよ」

 アルミンは見知らぬ戦略家を褒めていた。

 

「でもどうやって? 狙撃と花火、完全にタイミングを合わせるなんてできるの?」

「うーん。難しいけど不可能じゃないと思う」

「じゃあ、どうしてもっと早く撃ってくれなかったの? こんなに死なせずにすんだんじゃ……」

 クリスタは鎧の巨人によって数100mに渡って破壊された壁の上を見遣った。100人単位で戦死者が出ているだろう。

「撃てなかったんじゃないかな? 一発で決めないと警戒されてしまう。外したらもうチャンスはない。だから鎧が静止するのをずっと待っていたんだよ。だとしたらクリスタは北門守備隊みんなの命を救った英雄だよ」

「英雄だなんて……」

クリスタは大げさだと思った。自分はただアルミンの言われたとおりにしただけにすぎないのだから。鎧の巨人を倒したのも謎の狙撃手である。とても自分の手柄とは言えないだろう。

 

「おお、アルミンじゃないか?」

 後ろから声がした。振り向くと駐屯兵団北門守備隊隊長のハンネスが立っていた。周りには部下らしい兵士を幾人も引き連れている。ハンネスはアルミンがシガンシナ区に住んでいた頃からの近所の顔馴染みだと聞いていた。エレンやミカサにも気さくに声をかけて来る人で、アルミン達はハンネスに好感を持っているようだった。

 

「は、ハンネスさん、じゃなかった。ハンネス隊長」

「ははっ、隊長は余計だ。昔のままのハンネスさんでいいぜ」

「じゃあ、ハンネスさん」

「おう、それでエレンとミカサは無事なのか?」

「ミカサは後衛にいたはずだから知らないよ。そ、それでエレンは……」

 アルミンは俯き、ちらっとのクリスタの方を見た。なにか縋るような想いが込められている視線だった。

「と、途中で逸れてしまって、その……」

 アルミンはとっさに誤魔化していた。先ほどの視線はクリスタには黙っていてくれという事らしい。

「そうか、無事だといいんだがな。心配するのもわかるが、二人とも簡単にくたばる奴じゃねーよ、な?」

「はい……」

アルミンは心苦しそうに答えた。

 

「にしても鎧と超大型を倒しちまうとは……、調査兵団の新兵器も凄いもんだな」

「調査兵団の新兵器?」

「ああ、隊長のオレですら知らないんだから間違いないだろ?」

 ハンネス達駐屯兵団の将兵は謎の新兵器を調査兵団のものと考えているようだった。

「そ、そうですね」

「そうそう、鎧を足止めした勇気ある少女兵2人がいるって聞いて飛んできたんだか?」

 そういってハンネスは周囲を見渡した。この場に少女兵はクリスタだけだった。

 

「少女兵2人!?」

 アルミンは唖然としている。クリスタは意味が分かってしまった。

「アルミン、可愛いから女の子に見えたんだね」

アルミンに聡明さを何度も見せ付けれた所だったので、クリスタは仕返ししたくなった。

「僕が女の子!?」

アルミンは気弱な少年に戻ったようだった。今ならクリスタのやりたい放題だった。クリスタはアルミンと腕を組んだ。

「く、クリスタ!? 何を?」

「ハンネス隊長。わたしとアルミン、こうして並んだら仲のいい女の子同士に見えますか?」

「うーむ、確かに見えるな」

ハンネスは頷きながら答えた。

「ひ、ひどいです。ハンネスさんまで……」

「ははっ、冗談だ。それよりお前達、司令部まで急いで来てくれ! ピクシス司令が会いたいそうだ!」

「うそっ!?」

 クリスタとアルミンは声が重なった。ピクシス司令は駐屯兵団の総指揮を取る人物であり、人類最重要防衛区であるトロスト区を含めた南側領土の司令官である。訓練兵の自分達からすれば雲の上の存在の人だった。そんな人の方から自分達に会いたいと言ってきているのだ。報告にいく予定ではあったが、そこまで厚遇されるとは思っていなかった。アルミンの策とクリスタの勇気は無駄ではなかったようだった。

(じゃあ、これでユミルを救えるかもしれない)

 クリスタの胸には期待が膨らんでいた。

 

「調査兵団だっ! 調査兵団が帰ってきたぞっ!」

「おお! じゃあ、オレ達は勝つんじゃないか!」

「ああ、勝てるとも! ちくしょう、あいつにも見せてやりたかったぜ!」

 周りにいる兵士達はお互い肩を抱き合ったり、手を取り合ったりして喜び合っていた。鎧の巨人を止める手段もなく、人類滅亡確定かと思われたところで、大逆転となったからだった。超大型巨人も倒すというおまけつきだった。さらに人類最精鋭部隊である調査兵団の帰還である。トロスト区の戦いが終わったわけではなかったが、形勢が人類側に傾いたのは確かだった。

 

 

 北門壁上付近にいる駐屯兵団精鋭班のイアン班長は、後衛の指揮を任していた第2班班長から報告を受けていた。訓練兵首席のミカサ・アッカーマンが、撤退の鐘が鳴った直後、独断行動で前線に向かったという。

 

「なぜ止めなかったのだ!? 街の中はもう巨人しかいないんだぞ! いくら腕が良くて一人ではいずれ喰われるのは目に見えているじゃないか!」

「す、すいません。彼女、動きが速くて……」

「それで、どちらへ向かった?」

「中衛の仲間のところだと思います」

 

 イアンはミカサを後衛に引き抜いた時の事を思い出した。恋人の彼と離れ離れになるのが辛そうだった。恋人の事が心配で、たまらなかったに違いない。結果だけを考えると後衛は戦闘がなかったのだから、恋人と一緒に居させてあげてもよかったのだ。もっともそれは結果論に過ぎず、あの時の状況から考えて自分の判断は間違っていなかったはずだ。

 

(そういえば鎧が現れたとき、柱を投げていたな? もしかして、それがアッカーマンか? それならアッカーマンは鎧達が出現したまさにその瞬間を目撃しているかもしれない)

 イアンはトロスト区の街並みを見遣った。巨人達はまだ後衛の方にはさほど来ていない。ミカサの生死は不明だが救出にいくなら今しかなかった。許可を貰っている時間はないだろう。

 

「第1班、集合せよ!」

 イアンは部下達を集めた。ミカサは鎧達の出現現場に居合わせた重要な目撃者であり、鎧達と最初に戦った勇敢な兵士の可能性が高い事を伝えた。直に巨人達がやってくるだろう。戦闘になる可能性は高い。ミカサ救出に向かうが正式な命令ではないため参加は任意だと言った。

 

「早く行きましょう! イアン班長」

「議論している時間はありません」

 部下達は誰一人、参加を辞退するものはいなかった。ミカサを助けたいという気持ちは皆持っているようだった。

 

「では行くぞ!」

 イアンの精鋭班第1班10名は、立体機動装置を使って街へと降り立り、ミカサが倒れているであろう例の家屋へと向かった。

 

 

 

 街の中央付近にある図書館、屋上の物置倉庫の中に彼はいた。ここは周りの建物より若干高くなっており、街内の北門方向を全て射程に捕らえる事ができる絶好の場所だった。倉庫の薄い壁に穴を開けて射点を確保していた。

 

 今朝方、他の伝令存在(ペトラ)に起動されてから、狙撃対象の一号標的(鎧)が静止状態になるまでひたすら待ち続けた。焦りや恐怖や緊張も彼には一切無縁だった。現在の上位存在(シャスタ)は己の事を『ミタマ』と呼ぶらしいが、彼にとってはただの識別コードに過ぎなかった。2ヶ月前にこの世界にやってきて、唯一指示をくれる上位存在の命令に従うだけだった。

 一号標的は全体的に装甲が厚いため己の射出兵装であるスピア弾では貫通は困難と予想されていた。弱点となる脇を狙撃するよう指示を受けており、壁の上で標的が静止状態となった事を確認。距離は800m、左から右へ風速2m。彼は即座に狙撃シーケンスに移行した。

 

 二号標的(超大型)は動きが遅い為、照準は簡単だった。巨体であっても弱点となる箇所は同じだからだ。こちらは距離300m。必中距離だった。

 

 両標的の狙撃を終えた彼は、事前に指示されていたとおり、館内に入り1階まで降りて、予め掘り進めてあった地下通路へと姿を消した。




【あとがき】
リタの”保険”が発動します。しかし、アルミンの機転がなければ狙撃チャンスはありませんでした。鎧を倒したのは、リタ達秘密結社とアルミン&クリスタという事になります。

花火の意味は狙撃位置を隠す為です。これで巨人側のスパイが街にいても射程や威力が判別できません。敵に情報を与えない事が最上の戦略とリタ達は考えています。


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第21話、謁見

【前話までのあらすじ】
謎の狙撃により、人類の怨敵――鎧、超大型は倒された。それで戦いが終わったわけではなく、トロスト区への巨人の流入は依然として続いている状態だった。

結果的に狙撃成功の呼び水となった、鎧を足止めという戦功を上げたクリスタとアルミンは、最高指揮官であるピクシス司令と謁見する運びとなった。

(side:クリスタ)


 ハンネスとその部下達は壁外に落下した鎧の巨人の残骸捜索に当たるとの事だった。気化して消滅してしまう通常巨人と異なり、絶命しても外殻だけは残っているようなので、貴重な標本となるだろう。

 

 クリスタとアルミンはハンネス隊長の部下の一人に連れられて、仮設の駐屯兵団総司令部にやってきた。北門壁上に天幕が張られ、周りには幾人もの衛兵が緊張した面立ちで警戒しており、ここに要人がいることを伺わせた。

 

 案内役の兵士が衛兵に用件を伝えた。

「司令がお待ちです。中にどうぞ」

衛兵は道を開けてくれた。

「オレは隊長の所に戻っている。失礼のないようにな」

案内役の兵士はクリスタ達にそう言い残して離れていった。

 

 アルミンは緊張で震えているようだ。これから会う人物はとんでもない要人である。とはいえ、きちんと事情を説明しないとせっかくの謁見の機会が台無しだった。

「アルミン、落ち着いて」

「だ、だ、大丈夫だよ。クリスタ」

アルミンは言葉まで震えていた。

(ちっとも大丈夫じゃないんですけど……)

「しっかりしてね」

クリスタはアルミンの肩をぽんと叩いた。一方、クリスタは案外落ち着いていた。鎧の巨人の前に立った事を思えば命を取られるわけでもないので容易いことだった。

 

 天幕の中に入った。中央には地図が広げられた机が置かれており、数人の参謀と中央に恰幅のいい人物が立っていた。ドット・ピクシス司令その人だろう。生来の変人とも噂されるが、駐屯兵団を束ねるだけあって放たれる威厳は格別なものがあった。

 

「司令! 例の訓練兵が来ました」

「おお、待っておったぞ」

 参謀の一人がこほんと咳払いした。クリスタ達に挨拶するように促しているようだった。

「訓練兵のクリスタ・レンズです」

「く、訓練兵のアルミン・アルレルトです」

クリスタとアルミンは敬礼した。

「司令のピクシスじゃ。ほう、お主らが鎧を止めたという娘達か。なかなかの美人じゃの。ん?」

「……」

 アルミンが固まっていた。どうやら司令には間違った報告のまま訂正されていなかったようだ。アルミンは少女のままになっていたらしい。

「すみません、司令。アルミンは一応これでも男の子なので……」

「い、一応って、クリスタっ!」

アルミンは口を尖らせていた。

「すまん、すまん。アルミンじゃったの。お主はなかなかの美少年じゃぞ!」

「え、えぇ、まあ……」

アルミンが気恥ずかしそうに俯いていた。

 

「さっそくで悪いが、鎧を止めた方法について教えてくれるかの?」

「そ、それについてなのですが……」

 アルミンは言いかけて途中で止めた。

「?」

クリスタはアルミンの顔を見た。アルミンは落ち着きが戻り、引き締まった表情になっている。聡明なアルミンになったようだった。

 

「人払いしていただけないでしょうか?」

「ほう?」

「おい、訓練兵! 我々は司令直々の参謀だぞ! 調子に乗るな!」

 参謀の一人が語気を強めた。

「まあ、待て。機密事項が含まれているという事じゃな?」

「はい、まず司令に話を聞いていただいてから、どうされるかは判断していただきたいと思います」

「よかろう。お前達は席を外せ」

ピクシス司令は物分りのよい人物のようだった。アルミンの申し出を即座に受けてくれた。

「し、しかし、訓練兵風情が……」

「命を賭して鎧を止めた者たちだ。訓練兵といえど敬意を払うべきじゃろ?」

ピクシス司令は参謀達にそう告げた。参謀達は不満そうだったが、命令に従い天幕から出て行った。残っているのはピクシス司令とクリスタとアルミンだけである。

 

「司令、巨人化能力についてはご存知でしょうか?」

 アルミンは司令に向き直ると本題に入った。

「いや、初耳だが……。そんな事があるのか?」

最高司令官であるピクシス司令は軍事情報を一手に握っているはずである。ユミルの件はまだ司令の耳には入っていないようだ。確かにユミルが巨人化したのを目撃したのは訓練兵第31班と第34班(アルミン、ミーナ)だけだった。

 

「はい、訓練兵第34班の生き残りである僕とミーナは、第31班と共に巨人と戦っていました。その戦闘中、104期生で巨人化した者がいました。その件で司令部に報告に来る最中に鎧達が出現したのです」

「ふむ」

「あの時点では、まだ街の後衛付近には巨人達は来ていませんでした。にも関わらず鎧達が出現しました。それで何者かが巨人化能力を使ったのではないかと考えました」

「なるほどな」

「僕は鎧と超大型の中身は巨人化能力を持つ同期の訓練兵だと推測しました。そこでクリスタなら鎧の気を引けるのではないかと思ったわけです。見てのとおり、クリスタは男子から人気のある子なので」

「ふむ、確かに将来はかなりの美女になりそうな娘じゃの」

「……」

クリスタは育った境遇もあって自分の容姿についてはあまり関心を持っていない。

 

 クリスタが特に反応を見せなかったので、司令はクリスタを無視して話を続けた。

「しかし個人を特定せねばその手は使えんじゃろ?」

「はい、名前はわかっていました」

 

 アルミンは手振りでメモに書くと言っていた。容疑者の個人名は重大機密なのでクリスタも知らない方がいい内容なのかもしれない。アルミンは手渡されたメモ用紙に書き終えると、メモを司令に手渡した。そしてこの情報が分かったのは、南門壁上にいた調査兵団らしき精鋭兵士が同期のミーナに名前を訊ねたからであると告げた。

 

「この3人なのじゃな?」

「はい、鎧が立ち止まった事で中身が彼だった可能性は高いと思います。彼はクリスタに惚れていましたから」

「倒した知性巨人は二体。となると残り一体がいるという事じゃの?」

「もう一人が巨人化能力を持つかはわかりません。たまたま一緒にいたところを目撃されただけかもしれませんし……」

「いや、持っていると考えるべきじゃな。鎧の方は立ち止まってくれたから調査兵団の新兵器で倒せたようじゃが、こちらに新兵器があると分かれば、そんなヘマはせんじゃろ?」

 

 未知の新兵器は一度使用すれば、既知の兵器となる。新兵器の詳細こそ巧妙に隠されてはいるが、鎧の巨人を倒せる戦闘力がある事を知れば巨人側が警戒してくるのは自明の理だった。

 

「アルミンとやら。残り一人についてはどうするべきじゃな?」

「気付かれないように監視をつけてください。ただし拘束は控えるべきです」

「なぜじゃ? 巨人化されては厄介じゃろ?」

 ピクシス司令は生徒に考えさせる教師のように話しかけてきた。

「拘束は困難だと思います。最初に巨人化した者は1秒足らずで巨人化しました」

「……やるなら一撃で殺せという事じゃな?」

「はい。くれぐれも慎重に事を運んでください。絶対に失敗はできませんから」

「わかった。この件はエルヴィンに相談した方が良さそうじゃ。あちら(調査兵団)の方が腕がいいのは揃っておるからの」

 確かに調査兵団はリヴァイを始め実戦経験豊富な優秀な兵士が揃っている。巨人化した場合の事を考えれば、調査兵団が適任だろう。

 

「それと最初に巨人化した者についてなのですが……、クリスタ」

 アルミンがクリスタに声をかけた。ユミルの件について話せという事だろう。クリスタは一歩前に出た。

「最初に巨人化したのは、わたしの親友のユミルです。でも決して人類に敵対してじゃありません」

ユミルが下敷きになりそうだった自分を助けてくれた事、自分が目の前にいても食べようとしなかった事、巨人と戦って前線に向かっていた事を伝えた。鎧達とは違って悪意はないことを強調した。

 

「だからお願いします。ユミルを助けてください」

 クリスタはピクシス司令に深く頭を下げて頼み込んだ。

「クリスタとやら。主のいうようにその者は確かに鎧達とは違うようじゃの」

「じゃあ……」

「駐屯兵団としては特別な処置はできん。調査兵団に保護してもらうように頼むべきじゃな」

「なぜですか?」

「巨人の調査なら、調査兵団の方が適任という事じゃよ。それに巨人化能力についてはあまり公にせん方がよいじゃろ? アルミンとやら」

「はい、そう思います」

アルミンは頷いた。

「ただでさえ巨人共に攻め込まれて不安になっているところじゃ。これ以上、不安を煽るわけにもいくまいて。幸い目撃した者が限られておる。お主らと第31班の連中だけじゃからな」

「後、第34班のミーナ・カロライナもです」

「そうじゃったな」

 

 ピクシス司令は呼び鈴を鳴らした。参謀の一人が天幕の中に入ってきた。

「お呼びでしょうか?」

「中衛にいた訓練兵達は、もう街の中から撤退は済んでいるはずじゃな?」

「はっ、そのはずですが……」

「直ちに伝令を出せ。訓練兵第31班、第34班は司令部に直ちに出頭せよと」

「了解しました」

参謀はすぐさま天幕の外に出て行った。

 

「ところで、アルミンとやら」

「はい」

「お主はなかなか鋭そうじゃの。どうじゃ、卒業後は駐屯兵団に来ぬか? わしの参謀になってもらいたいのじゃが……」

 ピクシス司令はいきなり勧誘を始めた。アルミンは司令に気に入られてしまったようだった。

「い、いえ。僕は最初から調査兵団を志願しています」

「クリスタとやらもかの?」

「はい、わたしも調査兵団です」

「そうか、残念じゃの……」

「すみません」

「まあ、勇敢なお主らの事じゃ。調査兵団でも十分やっていけるじゃろ」

「は、はい……」

 

 突如、大砲の音が連続して鳴り響いた。

「!?」

クリスタとアルミンは顔を見合わせた。巨人達が北門付近までやってきたのだろうか。

 

 さきほど呼びつけた参謀とは別の参謀の一人が天幕に入ってきた。

「報告します! イアン班長率いる精鋭班が無断で街の中に入り、巨人と戦闘になっています。壁上固定砲班が支援砲撃を続けております」

「無断で街に入った理由を聞いておるのか?」

「なんでも後衛にいた訓練兵を助けるためだとか……」

「後衛は戦闘はなかったんじゃろ?」

「はっ。その訓練兵が撤退の鐘が鳴った後、独断で動いた模様です」

「そうか、わかった」

参謀は天幕から出て行った。

 

「ミカサだ!」

 アルミンが唸るような声を出した。

「ミカサは後衛に引き抜かれたんだ。きっとエレンの事が心配になって前線に向かったに違いないよ」

「ミカサ、エレンに惚れていたものね」

「ちょっと違うんだけどね。エレンの事を家族だっていってたから」

「ふーん」

 クリスタは首を傾げた。クリスタ自身は親の愛情を知らずに育ったせいか、家族の感覚がよくわからない。知識としては知っているだけでそれで今までうまく見繕ってきた。

 

「司令、退席してよろしいでしょうか? 僕はミカサが心配です。様子を見ていたいと思います」

「わたしも同じです」

「そうじゃの。エルヴィンらが戻ってきたとき、話を聞くかもしれん。司令部の近くにおってくれ。くれぐれもここ(司令部)で話した事は他言無用じゃぞ」

「はい、心得ています」

「はい、わたしも心得ています」

 クリスタとアルミンは天幕から外に出た。

 

 

 司令部から少し離れた位置にある複数の砲台から街の方向に砲撃が行われていた。自分達のいる壁の方に向けて移動してくる兵士の一団と複数の巨人の姿が見えていた。

 

 リフトのある壁の麓にまで辿り着いた一団は誰かを担架に乗せているようだった。顔までは分からないが、おそらくミカサだろう。近づいてくる複数の巨人と精鋭班の兵士達が戦闘をしているようだった。

 

 

 クリスタ達が近づこうとすると二人の兵士が立ち塞がった。

「お前達、訓練兵だろ? 勝手な行動はするなっ!」

「で、でも、ミカサは僕の大事な友達なんです!」

「お前、あの訓練兵の仲間か? ったく、104期は自分勝手な奴ばかりだな! あいつが独断で動くからこっちはいい迷惑なんだ! イアン班長を危険な目に遭わせやがってっ!」

ミカサ救助に赴いた兵士もいれば、ミカサの独断行動に憤りを持っている兵士もいるようだった。

「もしイアン班長に万が一の事があってみろ? オレはお前らを絶対に許さないからな!」

「……」

「すみません、後でちゃんとお礼をいいます。だからミカサに会わせてください!」

「ダメだ、ダメだ! 下がれっ!」

兵士達は頑なだった。

 

「わたし達はさきほどまでピクシス司令とお会いしてました。それでもですか?」

 クリスタは司令の名前を出すことにした。駐屯兵団の最高指揮官と個人的に関係があるとなれば無下には扱えないだろう。少し卑怯な気もしたが、今はミカサに会うことが一番だった。

「な、なに?」

兵士達は動揺したらしく顔を見合わせていた。

「わ、わかったよ。通ってくれ」

諦めた様子の兵士達はあっさりと引き下がった。

 

 

 ミカサが引き上げられてくるリフトの傍に来た。ほどなくして担架に寝かされたミカサが壁の上に運ばれてきた。ミカサの傍にいる衛生兵がミカサの容態を診ていた。ミカサは服や髪も泥まみれで、頭には包帯が巻かれており、手足にも添え木がされている。血が滲んでいる包帯は見ていて痛々しかった。ぐったりとしているようで身動きはしていない。

 

「ミカサっ!」

 アルミンはミカサの傍に駆け寄った。クリスタもアルミンの後ろから付いていった。

「僕だよ! アルミンだよ。ミカサ、返事してよ!」

「……」

アルミンはミカサに呼びかけているが返事はなかった。アルミンがミカサの顔に触れようと手を伸ばした。

「患者に触れるな! 頭を強く打っている可能性が高い!」

衛生兵がアルミンを叱った。

「ミカサ……」

「……」

クリスタはじっとミカサとアルミンの様子を眺めていた。

 

(わたしは祈る事しかできない……)

 クリスタはそっと胸の前で手を合せた。アルミンは既に親友を喪っている。ここでミカサまで喪ったらアルミンは一人ぼっちになってしまう。いつの間にかクリスタはアルミンを真摯に心配していた。

 

「アルミン、クリスタ……?」

 ミカサは目を薄っすらと見開いていた。卒業成績首席の力強い彼女ではなく、弱々しい声だった。

「ミカサ!」

アルミンはミカサの手を握り締めていた。

「そう……、無事だったんだ……。アルミンが無事ならエレンも……。ああ、よかった……」

ミカサは安心したように微笑んでいた。技量最下位のアルミンが無事なのでエレンも無事だと早合点したようだった。

「そ、そうだよ。僕達は無事だよ」

クリスタはアルミンの手が震えているのに気付いた。クリスタはその意味が分かった。エレンの事はあくまで誤魔化すつもりなのだ。エレンは壮絶な戦死を遂げているが、重態のミカサに告げるのはあまりにも酷だろう。

 

「あ、アルミン……」

「何?」

 ミカサは誰かの名前を口にしたようだった。クリスタにはよく聞こえなかった。

「……あの二人、人類の敵……。鎧と……」

「ミカサ、あの二人と戦ったんだね」

ミカサは頷いた。

「わたし、二人を袈裟斬りにして……内臓まで斬った……。でも死ななかった……。巨人化した……。あ、あいつらは?」

「そうだったんだ。でも心配しなくていいよ。鎧も超大型も死んだから」

「!?」

ミカサは驚いた様子だった。それも無理もなかった。クリスタもあの謎の狙撃が行われるまでは、あの2体を倒せるとは想像すらもできなかったのだから。

 

「調査兵団の新兵器があったんだよ。あいつらは黒こげになった。人類は勝ったんだよ」

「そ、そうだったんだ……」

「だから安心して身体を治して……」

「わたし、あいつらの話、盗み聞きした……」

 

 それからはミカサの声はほとんど聞こえなかった。アルミンがミカサの口元に耳を当てて聞きとっていた。

 

 やがてミカサの首が垂れた。

「ミカサ! ミカサっ! 返事してくれよっ!」

衛生兵はミカサの脈を調べていた。

「意識を失っただけだ。邪魔だから下がってくれっ!」

衛生兵はアルミンを叱責した。

「病棟に運ぶぞ! 急げっ!」

衛生兵が周りの兵士達に指示し、ミカサは壁の反対側にあるリフトに乗せられてウォールローゼにある野戦病棟へと運ばれていった。

 

「……」

 クリスタ達はしばらく無言でミカサを見送っていた。

 

 

「イアン班長、ご無事で何よりです」

 周りにいた兵士達の様子が騒がしくなった。ミカサ救出に赴いたイアンの精鋭班が壁の上に戻ってきたのだった。

 

 クリスタはアルミンの手を引いて、イアン班長の元に駆け寄った。

「あ、あの……、イアン班長でしょうか?」

「そうだが、君は?」

「ミカサの同期、クリスタ・レンズです。ミカサを助けてくださってありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」

クリスタに続いてアルミンも礼を言った。

 

「いや、大した事はない。そもそもアッカーマンを無理矢理後衛に引き抜いたのは私だからな。恋人と離れ離れにさせて悪かったとは思っている。だがこれも任務だ」

「わかります」

「それで、アッカーマンの恋人は無事なのかな?」

「!?」

 クリスタは思わずアルミンの顔を見てしまった。アルミンもとっさに答えられず無言で俯いていた。ミカサの命の恩人に対して誤魔化しきれなかったのだった。

「そうか……、可哀想な事をしたな」

イアンはクリスタ達の様子でミカサの恋人(エレン)の悲運を悟ったらしかった。

「今はアッカーマンの回復を祈ろう」

イアンは元の持ち場へと戻っていった。幸いミカサ救出に赴いた兵士達に死者はいなかったようだ。イアン達が救助に赴いたのが早かったからだろう。最後に巨人達が襲ってきた事を考えると少しでも遅かったらミカサは助からなかったかもしれない。

 

 

「クリスタ」

「なに?」

「人類の危機はまだ終わっていない。それがわかったのはミカサのおかげだよ」

「えっ?」

「今日の戦いで明らかになった事があるんだ。巨人達は兵器だ。人類を滅ぼそうとする勢力の兵器なんだよ。そして鎧や超大型が親玉というわけじゃないと思う」

「そ、それじゃ……」

「この戦いは絶滅戦争なんだ。種族の存亡を賭けた果てしない戦いなんだ」

 

 巨人との戦いの根本を揺るがしかねない大問題だった。巨人は力の強い害獣のようなものとして考えられてきたが、アルミンのいうように兵器ならば前提が崩れてしまう。外部の敵勢力は種族を皆殺しにする絶滅戦争を仕掛けてきているという事になる。

 

「今日の戦いに勝っても、それはただの局地戦に過ぎないって事ね」

 アルミンは頷いた。

「アルミン、わたしじゃなくて司令に話すべき事よ」

「そうだったね。クリスタは頭がいいから聞いてもらいたくて。つい……」

「もう……」

聡明すぎるアルミンに言われると、嫌味に聞こえてしまう。

「ミカサの事は心配だけど、僕達には何もできないからね」

「じゃあ、行こう」

クリスタ達は司令部に戻る事にした。

 

 街に帰還した調査兵団の首脳陣が直にやってくるだろう。ユミルの件は調査兵団に依頼するしかなかった。巨人化能力の解明は直近の課題だから協力してくれるだろうが、問題は山積みだった。

 まずユミルの生死も不明だった。街中から兵士達は撤退し、現在も街への巨人の流入は続いており、ユミル捜索に赴ける状況ではないだろう。親玉クラスの鎧と超大型を倒したとはいえ、トロスト区を奪還する事ができるのだろうか。今だ先の見えない状況は続いていた。




【あとがき】
ピクシス司令との謁見は概ね成功、アルミンはスカウトされそうになった。

イアン達精鋭班の決死の救助活動のお陰で、ミカサは生還する。しかし重態で危険な状態。アルミンの呼びかけで一時的に意識が戻り、重要な情報をアルミンに伝えた。結果としてアルミンは、最高度の軍事機密を知っている立場になります。



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第3章 暗闘
第22話、振動探知網


リタはトロスト区防衛戦には直接参戦しませんが、”保険”の設置など重要な役割を果たしています。ハンジの気球を回収後、ようやくフリーハンドで動き始めます。
またアルミン達を引き込む案をハンジが思いつきます。


 トロスト区から南へ50キロ地点。雑木林の中に鋼鉄製の荷馬車――8輪式装輪装甲車(ストライカー)が停車していた。この装甲車はリタ達秘密結社『グリーンティー』の移動基地であり、壁内世界では最大級の火力投射力を持つ軍事兵器でもあった。

 

 リタ達はハンジ達を回収した後、装甲車の後ろに連結した荷馬車(調査兵団が放棄したもの)に折り畳んだ気球を格納していた。ハンジの部下――モブリットは眠らせて長椅子に縛って固定している。秘密保持の観点から、リタ達と合流する前にハンジが睡眠薬入りの水を飲ませていたからである。

 

 ハンジは装甲車内の後部にいた。運転席がある前部とは厚手のカーテンで仕切られており、そこはリタとシャスタのみが立ち入る事ができる最高機密の空間だった。不必要な機密情報までは例え信頼できる仲間であっても教えないという機密保持の方針に基づいていた。仮にハンジやペトラが敵の手に落ち、尋問されたとしても知らなければ漏らしようがないからである。

 

 車内後部の壁には薄型モニターが設置されており、映し出される画像は遠く離れたトロスト区の様子だった。ミタマに搭載されていたカメラからのものである。

 

「いやー、何度見ても凄いね。本当に鎧も超大型も倒せてしまうんだ」

 ハンジは鎧の巨人が倒れる瞬間を何度もリプレイして鑑賞していた。

 

「ああ、この光景を死んだ仲間にも見せてやりたかったな。ついに人類は宿敵を倒したってね」

 ハンジの目からは少し涙が出ていた。いままでの壁外調査で非業の死を遂げた仲間の事が自然と想い浮かんでいたのだ。

 

「でも危なかったですよぉ。鎧が立ち止まってくれなかったら、北門を破壊する直前まで狙撃のチャンスはなかったかも?」

 ハンジの横にいるシャスタが話しかけてきた。シャスタは秘密結社の技術総監である。リタの世界においても非常に優秀な技術者である彼女は、偵察気球のみならず、様々な技術工作に関与していた。ハンジとは結社の仲間というだけでなく、技術者同士という事もあって(むろんハンジが教わる事が圧倒的に多かったが)、親しい間柄となっていた。

 

「そうだね。私もまさか壁の上に登ってくるとは予想していなかった。あれ(スピア弾)の有効射程が短かったら危なかったね」

「はい。それにハンジさんが弱点を分析していてくれたからですよぅ。脇を狙うようにってね」

「私の予想だよ。昔、人類同士で争っていた頃、鎧が使われていたが、関節部や結合部に弱点があった。鎧の巨人もあれだけの機動性がある以上、全身全てが硬質な皮膚で覆われているはずがないんだ」

「そ、そうなんですか?」

「そうした弱点を遠距離から正確に撃ち抜ける命中精度があったからこそ、今回の成功となったわけだ。ペトラから2キロ先の15m級を倒したと聞いていたけど、やっぱり不安だったね」

「あたしもそうです。実戦例がない以上、鎧の巨人を(スピア弾で)貫通できるのか不安でした」

「特別な弾丸と聞いているけど?」

「はい、通常のスピア弾を加工し、……爆薬を詰め込んだ……弾です。着弾と同時に……効果によって爆発力を増大させ……、あれ?」

「すまない、シャスタ。翻訳機がときどき停止していたようだ。私にはまったく理解できなかった」

「あっ、ごめんなさい。あたし達の世界の用語で話してしまいました」

 リタ達の自動翻訳機は対応語がない場合、そのままの音声で伝えてしまう。リタ達の世界の言葉で言われてもハンジに分かる訳がなかった。

 

「同時に超大型も倒せるとは……」

 ハンジは鎧のみが出現すると予想していた。5年前のウォールマリア陥落時、超大型巨人が出現したのは外門を破壊した第1撃のみである。神出鬼没の超大型巨人を倒すのは至難の技と考えられていたが、今回は自分達が用意した狙撃の有効射程内(キルゾーン)に出現したのだった。当然、そのチャンスを見逃すリタ達ではなかった。すぐさま標的リストに追加するように通信装置を介してミタマに指示を出していた。超大型巨人の撃破は望外の大戦果と言っていいだろう。

 

「はい。でもどうして超大型は現れたんでしょう? 内門を壊すだけなら鎧だけでも十分のはずなのに……」

「それはわからないな。さらに街を破壊するつもりだったのかもしれない」

「そ、そうですか。でも、ちゃんと始末できてよかったですぅ」

 シャスタは胸を撫で下ろしていた。

 

「撃ったのはミタマだったね。あれは本来、君達の世界では”ギタイ”という人類の敵なんだろ?」

「はい、そうです」

「人類の敵が人類の敵を倒すか? なんか皮肉なものだね」

「もともとギタイはただの戦闘機械に過ぎません。善や悪もなく、慈悲も無慈悲もありません。上位存在に命じられたとおりに行動するだけですから」

「それにしても優秀な射手だ」

 ハンジはミタマを褒めた。

 

 仕切りのカーテンから結社のリーダーであるリタが入ってきた。最大の懸念事項だった鎧達を倒したというのにリタは浮かない表情をしていた。

 

「リタ? どうしたの?」

 シャスタはリタに訊ねた。

「駐屯兵団司令部を”盗聴”していた」

「ええっ? いつの間に……」

「ペトラに指示して司令部近くの物陰に集音マイクを置かせた」

「”盗聴”とは?」

ハンジはシャスタに尋ねた。

「機械を使った盗み聞きです。でもリタ、まさか味方を盗聴するなんて……。対象は憲兵団支部が対象じゃなかったんですか?」

「いや、友軍ではあるが、彼らがどう考え、どう動くかは注意深く観察する必要がある。第一、彼らは我々(秘密結社)の事は知らないのだからな」

「そ、それはそうですけどぉ」

「実に興味深い話が聞けたよ。ペトラが怪しいと報告してきた訓練兵3人以外に巨人化した者がいたようだ。人が巨人に変異する能力、巨人化能力というのかな?」

 

「きょ、巨人化能力!?」

 さすがのハンジも予想外の出来事だった。超大型巨人が出現した際、その直前にフードを被った怪しい人物が南門の前にいた事まではペトラから送られてきたビデオ映像で確認できていた。巨人出現と何らかの関連性があるとは思っていたが、人が巨人化するとまでは思っていなかったのだ。

 

「なんて事だ! それだと壁内に人の振りをして簡単に侵入できてしまう。防衛体制の根幹を揺るがす事態だ!」

 ハンジは巨人化能力の持つ危険性を即座に認識した。

 

「そのとおりだ。なんでも一瞬で人から巨人へと変異するようだ。目撃した者がそう話している。訓練兵アルミン・アルレルト、なかなかの切れ者だな。さきほど鎧を足止めしたのはこのアルミンという者の策らしい。ペトラが訊ねた3人の名前を又聞きしていたらしく、そこから中身を推察し、容疑者の気を引くクリスタという少女を使って足止めを図ったのが真相だ」

 鎧が壁の上で静止した理由が始めてわかったのだった。

「へぇー」

「それはまた凄い子だね。ぜひ結社に欲しい人材だね」

「わたしも同意見だ。年齢は15歳だから将来は楽しみだな」

 

「それで、ピクシス司令はなんと話されているのかな?」

「調査兵団の首脳陣と会ってから方針を決めるようだ。それとミタマの狙撃は調査兵団の新兵器と考えているようだ」

「それはまずいな。団長も知らない話だ。ペトラが尋問されてしまう事になる。それだけじゃない、憲兵団に目を付けられ、拉致されて拷問される恐れもある」

「ご、拷問ですか?」

 シャスタが驚きの声を上げた。シャスタは血生臭い話が苦手なのだった。

「この世界では人権なんてないからな。ペトラにはアリバイを作らせてあるが、やはりそれだけでは不安だな」

リタは腕組みをして考えているようだった。

「ど、ど、どうしましょう? ペトラさんが拷問なんて……」

シャスタは急にオロオロとし始めた。

「ペトラには暫く身を隠してもらった方が良さそうだな。ハンジ、あなたも暫くは街に帰還しない方がいいのではないかな?」

「いや、私は技術班の取りまとめだ。気球の次の段階、飛行機械の研究開発の指揮を執る必要があると思う。それにペトラに次いでわたしまで行方不明になれば確実に怪しまれる」

「そうか。ではどうすればいいかな?」

「……」

 

 3人はしばし無言だった。スピア弾を用いた狙撃により鎧達を倒して、ウォールローゼ陥落を防いだものの、壁内世界の人類にとっては余りにも強力すぎる兵器だった。王政の保守派や貴族は是が非でも我が手にしようと企むだろう。

「あ、あのう……」

シャスタがおずおずと手を挙げた。

「外から来たヒーローを用意してはどうでしょうか? 危機に瀕した人類に手を差し伸べる正義の味方みたいな? リタの機動ジャケットは赤ですから、”紅の騎士”なんてのは如何でしょう? 壁内に入らなければ憲兵団を気にする必要はありませんよ。どうでしょうか?」

「しかし、わたしの顔を晒すのは……」

「いえ、別にヘルメットを被ったままでも大丈夫でしょう。シャスタの案でいいと思う。団長とは壁外で会見しては?」

「できればやりたくないな。少し考えさせてくれ」

リタは結論を保留した。裏方から支える戦略でずっとやってきたのに表に出るのは、根底から崩れてしまうからだろう。

 

「とりあえず、ペトラには暫く身を隠すように連絡しておく。今追求されるのはまずいからな」

 リタは携帯電話を使ってペトラに連絡を取っていた。

 

「ハンジ、ぺトラは例の訓練兵――アルミン達も憲兵団に狙われるのではと言っているが?」

 リタが聞いてきた。

「そうだな……。いや、いい機会かもしれない。アルミン達も匿うついでに結社に引き込んではどうでしょう? 準構成員扱いという事にして、教育していけばいい人材に育つと思うけど」

 これはハンジだけでなく、リタ達4人共、構成員が足りていない事と感じているところだった。ただリタ達の秘密を絶対に守るという原則がある以上、そう簡単に構成員を増やすわけにはいかないのだった。自分達がしている事が憲兵団に嗅ぎ付けられたら間違いなく抹殺の対象となるからである。

 

「なるほど、いい考えかもしれない。しかし、どうやって確保する?」

「ぺトラに頼りになる先輩を演じてもらうという手はどうでしょう?」

 ハンジはちょっとしたアイデアを披露した。

 

「ふふっ、それは面白いな。聡明なアルミン君が目を回すかな?」

 リタは悪戯っぽく笑った。

「後、ミカサ・アッカーマンも確保しましょう。彼女、逸材と呼ばれるほどの優秀な兵士だからね」

 ハンジはまもなく入隊予定の第104期生の主要メンバーを把握していた。特に首席のミカサは調査兵団を志望していると聞いているので、期待の新人である。工作員として秘密結社にぜひ欲しい人材だった。

 

 リタは再び携帯電話でぺトラに連絡を取っていた。

 

 

「……」

 シャスタは腕に付けている端末をいじって何か操作していた。

「リタ、ハンジさん。今、気が付きましたが、妙な動きをしている巨人の群れがいます」

「妙な動きとは?」

 リタが聞いた。

「えーと、他の群れはほとんどが街に向かっていますが、この群れだけはトロスト区の南西8キロ地点で停止したままで、2時間が経過しています」

「数は?」

「大型巨人が最低でも10体以上です。正確な数は分かりません。あくまで中継器に取り付けた振動センサーを連動させて拾っているだけなので……」

 

 シャスタの説明によると、携帯電話を使えるようにするため、ウォールマリア内の高い樹木などに、植物に擬態させた通信アンテナ(中継器)を配置しているという。(優れた観測装置付きの装甲車のおかげで、リタ達は特に夜間ならほぼ無制限にウォールマリアを行動できる。今回の壁外調査に先駆けて通信網の設置を行っていた) その中継器には振動センサーも取り付けてあり、複数の中継器を連動させることで移動する巨人達の大まかな二次元的な分布が分かるという。敵に気付かれないという点では優秀な索敵網だった。しかも個々の装置はそれほど高度な精密機械を使っているわけではない。シャスタの創意工夫の表れと言っていいだろう。

 

(動きを止めている群れか? 確かに怪しい。もしかしてこいつが本命か!?)

 ハンジはそう閃いた。

 

「ハンジ、どう思う?」

 リタはハンジに訊ねてきた。

「その群れの中に、今回のトロスト区侵攻の指揮官、すなわち総大将がいると思う。鎧や超大型は前線指揮官でしょう」

 上空から観察していていたことで巨人達の動きを操る存在が壁外のどこかにいた事は確証できた。巨人達を一箇所に集合させ、一斉に街に向かわせていたのはこの総大将で、訓練兵に化けていた巨人(鎧や超大型)は工作員だろう。そう考えれば全ての辻褄が合ってくる。

 

「なるほど、真の親玉というわけか?」

「おそらく」

「どう対処するべきだと思う? 攻撃するか否か?」

 リタは二人に意見を求めた。

 

「あ、あたしは攻撃には反対です。未知の巨人ですよぅ。鎧みたいなのがいるかもしれません。それに(対鎧用の)特殊弾頭はもうありません。現在タマ達に装備させているのは通常のスピア弾です。残弾だって十分じゃありません。打撃戦ともなれば相当数の弾を使用してしまいます」

 シャスタは反対意見だった。

 

「私は攻撃するべきだと思う。狙撃の件はまだ奴らには伝わっていないはずだ。奴らは鎧を倒す遠距離攻撃兵器(スピア弾)の存在を知らない。いずれは知られることになるが、今はこの優位性を生かすべく先手を打って撃滅するべきだ。シャスタのいうように弾の不足については懸念すべき事柄だが、今は敵に情報を与えない方を重視するべきだと思う」

 ハンジは攻撃を主張した。

 

 秘密結社における軍事作戦ではリタに全ての決定権がある。ハンジとシャスタは固唾を呑んでリタの顔色を伺った。

「……よし、ここはハンジの考えを採用しよう。敵の本国に情報を与えないという点から考えても敵の総大将は討ち取っておくべきだ」

「わかりました。リタがそう言うなら……」

シャスタは自説を引っ込めてリタに従う姿勢を示した。

 

「これより『グリーンティ』の総力を挙げて、敵総大将の群れを殲滅する!」

 リタは力強く宣言した。

 

 周囲に展開している生体戦車(ギタイ)にもシャスタからの通信装置を解して命令を伝えたようだ。装甲車の上部からずしんと振動音が伝わってきた。

「タマ達を装甲車の上に乗せてます。移動速度は装甲車の方が速いので、装甲車に載せて移動し、敵に近づいたら降車させます」

シャスタが解説してくれた。この装甲車を輸送手段として使うという事だろう。シャスタはそのまま運転席に行き、装甲車のエンジンをかけて発進させた。

 

(敵の総大将か!? 巨人化能力にしろ、今日は次々と新事実が浮かび上がるな)

 今日ほど巨人の実態に迫った日はないのかもしれない。突如始まった巨人の侵攻ではあったが、リタ達のおかげで、ウォールローゼ陥落という最悪の事態は逃れ、体勢を立て直しつつある。人類の反撃はこれからだった。

 

 

 装甲車は荒野を全力疾走して、目的地に向かった。付近の巨人達は街へ移動してしまった後らしく、遭遇する巨人はほとんどいなかった。目的地に近づくと、敵に見つからないように雑木林のあるコースを選んで近づいていく。

 

 その間、ハンジとリタは時折来るペトラからの報告に対処しながら、さほど会話を交わす事もなく、車内後部の長椅子にかけたまま無言だった。30分程、走行した後、装甲車の揺れが小さくなった。どうやら速度が落としたようだった。装甲車の上部から何かが降りたような振動があった。タマ達を展開させているのだろう。

 

「リタ、ハンジさん。望遠カメラで敵の姿を捉えました。そちらのモニターに映します。確認してください」

 運転席にいるシャスタがハンジ達に声を掛けてきた。ハンジはモニターの映像を覗き込む。複数の巨人が映りこんでいて、その巨人達の群れの中央に一際背の高い巨人がいた。巨人に詳しいハンジですらも今まで見たことのない巨人の姿だった。手足が異常に長く全身が毛のようなもので覆われており、人というより獣に近い印象だった。

 

「獣の……巨人?」

 ハンジは思わず呟いていた。




【現在公開できる情報】
リタ達秘密結社の情報収集手段
・振動センサーによる索敵網……携帯電話の通信アンテナと共に振動センサーを設置し、それを複数連動させることにより、移動する巨人達の大まかな二次元的な分布がわかるという。相手に気付かれないという点では優秀な索敵システムである。

・駐屯兵団司令部に対する盗聴……友軍だがリタが観測対象にしていた。これによりアルミンの得ていた情報もすべてリタが知ることになる。(ユミルの巨人化など)

【あとがき】
巨人によるトロスト区侵攻は、ライベルアニだけで行ったのではないと考えています。3人は前線指揮官です。巨人達を集めて一斉移動させていた存在(総大将)がいるものとして、物語を組み立てています。

原作では”獣の巨人”の謎がそれほど明かされていないので、この辺りは筆者の独自解釈です。




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第23話、隔離

中衛の殿(しんがり)として戦ったミーナ達のその後です。


 駐屯兵団のリコ班長に率いられた中衛の訓練兵の殿(しんがり)部隊は、数度に渡って巨人達の追撃を撃退した後、ようやく壁の上に退避することができた。しかしながら撤退戦の最中、4名の戦死者を出していた。戦死者の中には、マルコ(第19班班長)、レオン(ジャンと同じ班)が含まれていた。リコが来てくれなかったら組織だった撤退戦は出来ず、大きな被害が出ていたのは確実なので、この程度で済んでよかったと評価されるかもしれない。

 

 壁の上に登ったミーナ達は、駐屯兵団の兵士達から朗報を聞かされた。鎧の巨人および超大型巨人が新兵器で倒されたという。さらに調査兵団の主力が帰還してきたというのだった。

 

「あの超大型巨人が?」

「鎧の巨人も?」

「新兵器って、なんだろうね?」

「くそっ、オレも見たかったぜ!」

「俺たち、勝てるんじゃないか?」

 周りにいる訓練兵達は戦況が好転したためか、話し振りに余裕があった。

 

「なにが勝てるかもだ! くそっ! マルコが死んだんだぞ!」

 ジャン・キルシュタインは朗報を聞かされても、一人不機嫌なオーラを醸し出していた。そんなジャンには誰も近寄らなかった。それもそのはず、ジャンと仲の良かった同期のマルコが戦死したのだった。さらにジャンの班は班員を2名(ハンス、レオン)失っている。

 リコの説明ではマルコの班が戦った巨人の群れの中に奇行種がいたという。立体機動中の兵士のワイヤーを狙うという存外に危険な敵で、マルコを含め3人の訓練兵が地上や建物の壁に叩きつけられたのだ。リコが一瞬の隙を突いてその奇行種を討伐したが、マルコを含め2人が別の巨人に捕食されて助からなかった。

 

「わ、わたし、巨人に屈服してしまいました。も、もう駄目です」

 巨人に襲われて醜態を晒してしまったサシャ・ブラウスは、頭を抱えて座り込んでいた。

「初陣なんて、そんなものよ。貴女は十分立派に戦ったわよ。反省点を次回に生かせば良い事よ」

リコが慰めているが、サシャには届いていないようだった。サシャはしきりに頭を振って自己否定しているようだった。

 

「……」

 アニ・レオンハートは無言のまま、冷めた目で街の方を見ていた。撤退戦ではそれなりの働きがあったようだが、ミーナは疑いの目を持ってアニを眺めていた。

 

(アニが巨人側のスパイなら、確かに今の状況は納得していないよね?)

 鎧の巨人達は後一歩で目的を完遂していたはずだった。それが予想もしない新兵器により最強クラスの巨人が2体(鎧、超大型)も倒されたのだから、計画は大いに狂ってしまっている事だろう。

 

「!?」

 アニと目線が合ってしまった。ミーナは慌てて目線をそらした。アニは何を思ったのかミーナの方に近づいてきた。

「ミーナ」

アニが話しかけてきた。

「な、なに?」

「なぜわたしを見ているの?」

「え、え? あの、その……」

 ミーナは動揺してうまく答えられなかった。捕食者に捕らえられた哀れな獲物になった気分だった。

 

 そのとき傍にコニー・スプリンガーが通りかかった事に気付いた。ミーナはアニから飛び退くとコニーの影へと逃げ込んだ。

「な、なんだよ? ミーナ」

コニーは不機嫌そうな声を出すが、すぐにアニがミーナを睨みつけている事に気付いたようだ。

「なんだぁ? お前ら、喧嘩でもしてんのか?」

「……」

アニはミーナを呪いの篭ったような視線で睨みつけている。コニーという邪魔者が入ったため、諦めたのか踵を返して離れていった。

 

(ああ、怖かった……。アニってあんな怖かったかな?)

 普段から一人でいる事の多いアニは、他の訓練生とつるむ事はなかった。むろんミーナは彼女とはほとんど会話した事がない。

 

「いつまでオレにくっついてんだよ!?」

「ご、ごめん」

 ミーナは慌ててコニーの腕を放した。

 

「訓練兵第31班、および訓練兵34班! 居たら返事しろ!」

 伝令兵らしき兵士がやってきて大声で自分達を呼んでいた。

 

(わたし達だ。なんなんだろ?)

 第31班はジャン達で、第34班はミーナ達だった。ただし第34班の生き残りはミーナとアルミンのみである。

 

「ジャン・キルシュタインだ。第31班の班長だ」

 ジャンが名乗りを挙げた。

「第31班のコニー・スプリンガーだ」

「ミーナ・カロライナ。第34班です」

コニーとミーナも名乗りを挙げた。

 

「これで全員なのか?」

 伝令兵は意外そうな顔をしていた。名乗りを挙げたのがたった3名だったからだろう。通常の班構成なら2班で12名のはずだからだ。

「そうだ。後2人は司令部に行ったはずだ。それ以外の者は……全員戦死している」

ジャンが答えた。正確に言えばユミルは違うが、ユミルの件を話すと面倒なのでこれでいいだろう。伝令兵は自分達が死闘を生き延びた事を理解してくれたようだった。

「そうか……、ご苦労だったな。お前達は司令部に直ちに出頭するように命令が出ている」

「了解した」

ジャン達は敬礼して応えた。伝令兵は付いてくるように促した。

 

「なあ、なんで出頭命令なんだ?」

 コニーは疑問を口にした。

「たぶんユミルの件だろ? ここではあまり話さない方がいいぜ」

ジャンは出頭命令の理由に検討をつけていたようだ。確かにそれ以外に第31班と第34班が呼び出される理由が想像できない。

「アルミン達が報告に行ったんだろ?」

「オレらにも事情聴取ってやつか! めんどくせーな」

「兵士の義務だ」

「わかってるよ。ったく……」

コニーは不満たらたらだった。

「……」

ミーナは黙ってジャン達の後に付いて行った。

 

 

 北門壁上の司令部近くに来ると、大勢いる駐屯兵団の兵士達に混じって、金髪の少年少女が立っているのが見えた。アルミンとクリスタだった。二人は手をつないでいた。普段からそれほど親しかったようには見受けられなかったが、たった1時間、目を離した隙に親睦を深めたようだった。

 

(なんでクリスタが!? ユミルとベッタリだったくせに!)

 ミーナは面白くなかった。エレンにアルミンの事を託されたのは自分である。それなのにクリスタが割り込んできたのだった。クリスタは同期の中では一番人気のある女の子だ。美貌に加えて優しい性格で惚れている同期の男子諸君も多いに違いない。一方のミーナは至って平凡な女の子だ。クリスタに敵うはずもなかった。

 

「よかった。ジャン達は無事だっただね」

 アルミンが声をかけてきた。

「ここにいるオレ達はな。マルコも死んだ。レオンもだ」

ジャンはつれなく答えた。

「!?」

アルミンとクリスタの顔が曇った。

「あの後、しばらくして撤退の鐘が鳴り、成績上位10番以内と志願兵で殿をやったよ」

「……」

アルミンは何も言えないようだった。殿(しんがり)は味方の撤退を支援する為に最後まで戦場に留まる部隊である。いかに苛酷な状況だったかは言わずともわかるだろう。

 

「大変だったのね。でも貴方達だけでも無事でよかった」

 クリスタが労ってくれた。

「まあ、オレが天才だから皆が生き残れたようなもんだ」

クリスタに声をかけられてコニーは嬉しいのだろう。元々ある自慢げな体質が出ていた。

 

「で、お前ら、なんで手を握り合っているんだ?」

 ジャンが指摘した。

「え?」

アルミンは特に驚いたようだった。どうやらアルミンはクリスタと手をつないでいるという認識はなかったようだ。慌てて手を離していた。

「ち、ちがうよ。ほ、ほら、ミカサの事もあったから心配で……」

「な、なに!? ミカサだと! あいつ、後衛だったはずだろ? どういう事だ!?」

ジャンが詰問口調でアルミンに迫った。確かジャンはミカサに執着していたはずだった。ミカサは口を開けばエレンの事ばかりなので、ジャンの完全な片想いだろう。

 

「お、落ち着いてよ、ジャン」

 アルミンは冷静な参謀ではなく、いつもの気弱な少年になっているようだ。

「怪我しているけど命には別状ないわ。さっき野戦病棟に運ばれていった」

クリスタが冷静に答えた。

「怪我だと!? なんでミカサが……」

「ごめんなさい。機密らしいからそれ以上は言えないの」

クリスタは口を閉ざしてしまう。

「そうなのか?」

「……」

アルミンは頷いただけで無言だった。機密を持ち出された以上、アルミン達が口を開く事はなさそうだった。

 

「くそっ! 何が機密だ。ミカサに万が一の事があってみろ? オレは許さないからな」

ジャンは苛々した様子でアルミンを睨み付けた。

「……」

アルミンは何も言わない。険悪な雰囲気だけがあった。

 

「訓練兵第31班と第34班か?」

 駐屯兵団の参謀らしき士官が話しかけてきた。

「ああ、そうだ」

「これで全員だな?」

ジャン達は頷いた。

「お前達はこれ以降、作戦終了まで外部との接触を禁ずる。またこちらが用意した兵舎の一室に暫く留まってもらう」

どうやら自分達は隔離されるようだった。ミーナはコニーと顔を見合わせた。

「心配するな。食事は士官と同等以上のものを用意してある。初陣にしては大変な戦いだったんだろ? お前達は兵士として十分責務を果たした。ゆっくり身体を休めておくといい」

 

 ミーナ達は参謀の士官に案内されて、ウォールローゼ内にある臨時兵舎へと連れて行かれる事になった。アルミンとクリスタは司令部から再度の呼び出しを受けて自分達とは離れていった。

 

 リフトを使って壁から下ろされるミーナ達。上下にすれ違うリフトで、ミーナは気になる人物を見かけた。

(い、イルゼ先輩!?)

 上昇するリフトに乗っている一人の女兵士、南門壁上でミーナと会話した調査兵団の先輩だった。黒縁眼鏡を掛けているだけの兵士服であり、おしゃれとは程遠いはずだが、素が美人なのだろう。凛々しい表情は一層美貌を際立たせていた。ミーナにとっては憧れの先輩だった。壁の上に行くという事は司令部に用があるのだろうか? もう少し壁の上に留まっていたら会話が出来たのかもしれない。

 

(あっ? わたし達、外部との接触が禁止されているんだった。でも挨拶ぐらいなら……)

 ミーナは先輩と言葉を交わせなかった事を残念に思いながら、上昇していくリフトを見送っていた。




【あとがき】
マルコの戦死は、原作でも詳細は語られていません(トロスト区奪還作戦) ただマルコの死により、ジャンが調査兵団に入るきっかけとなっていますので、原作に似せて戦死する流れとします。

ミーナ達は巨人化能力(ユミル)を知っていますので、機密保持の為、出頭したまま隔離される事になりました。(食事も豪華なのでゲスト待遇です)

最後に出てきた”イルゼ”はむろん彼女です。


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第24話、忠告

司令部近くで待機しているクリスタとアルミン。
そこにやってきた謎の女兵士。彼女こそが南門で超大型巨人と一戦交えたという例の調査兵団の精鋭だった。

(side:クリスタ)


 クリスタとアルミンは、ピクシス司令にミカサの1件を報告した後、ミーナ、ジャン、コニーと再会した。撤退戦で殿を務め苛酷な戦いだっただろうが、駐屯兵団の精鋭――リコ班長のおかげで多くが生還することができたようだ。

 

 ミーナ達は兵舎へと連れて行かれるとの事だった。情報漏えいを防ぐ為、隔離される事になったからである。本来なら自分達もミーナ達と共に隔離されるはずだったが、司令の強い意向で司令部近くで待機していた。調査兵団の首脳陣がやって来た際、再度謁見するとの事だった。

 

 クリスタ達は卒業後の進路で調査兵団を希望している。つまり、これからお世話になる組織のトップの人物と面談することになるのだった。

 

 アルミンやミカサが調査兵団を希望するのはエレンの影響だろうが、自分はそうではなかった。巨人に対して強い憎みがあるわけではなく、戦闘技能を生かしたいわけでもない。それ以外の選択肢がクリスタにはなかったからである。

 

 出生に絡む貴族の主から、調査兵団に入隊するならという条件付きで、生活費を貰っていたからだ。それ以外の進路を選ぶなら返済するようにと言われていた。親もおらず親族からも疎まれている少女が、まともな手段で金を返せる目処があるわけがない。死亡率の高い調査兵団に入って戦死することが、その貴族の望みなのだろう。

 

(わたしは思い通りにはならない。簡単には死んでやらない……)

 それがクリスタの出した結論だった。生き残る為にクリスタは必死で兵士としての技能を磨いた。卒業成績10位はやや水増しだが、それでも新兵としては高い技能を持っているという自負はあった。仲間想いの優しい女の子を演じていたのだって計算の内だ(今となってはどちらが本当の自分かもうわからない) いざ危機に陥ったとき助けて貰えるだろうと暗に期待していた。

 

(これから、どうなるの?)

 クリスタは巨人に占拠されつつあるトロスト区の街並みを眺めていた。

 

 

「クリスタ、あの人?」

 アルミンに声を掛けられて思案を中断した。フードを被った女兵士が近づいてくる。マントを振り払うと肩に調査兵団の徽章が見えていた。長い黒髪で黒縁の眼鏡をかけていた。じっと自分達を観察しているような鋭い目つきだった。

 

「ちょっといいかしら?」

 その女兵士は話しかけてきた。クリスタ達が頷くとウォールローゼ側に突き出した城壁の上まで歩いていく事になった。どうやら周りには聞かれたくない話のようだった。

 

「わたしは調査兵団のイルゼよ。貴方達はアルミンとクリスタね?」

「えっ? はい、そうですが……。どうして僕達の名前を?」

「そんな事は問題じゃないわ。単刀直入に言うわ、アルミン。あなた、訓練兵ミーナから聞いたのよね? わたしの事」

「はい……」

「中身を予想して止めるなんて随分と無茶な事をしたわね。わたしだってその3人に確信があったわけではないのに……」

「!?」

 クリスタは驚いた。司令にしか話していない機密事項なのにイルゼは知っていたのだ。

「……図星だったみたいね。南門で超大型巨人が出現した際、怪しいフードを被った男が壁の外にいたのを目撃しているわ。でもそのときはまだ巨人化能力があるとは思っていなかったから……。ただ2度目の出現で人が巨人化したのではないかとは推測したけど。となれば鎧が止まった理由なんてそれぐらいしか思いつかないから。さしずめその娘をつかったのかしら?」

 イルゼはちらっとクリスタを見遣った。

 

(この人、どこまで知っているの? まさか推測だけで……)

 クリスタはアルミン以上に切れる相手だと悟った。単に世間話をしに来たわけでは決してないだろう。何か目論見があるはずだった。

 

「そ、そこまでわかるなんて……。さすがですね、先輩」

 アルミンは完全に言い当てられてしまって毒気を抜かれたようだった。

「まあ、わたしも悪いけどね。わたしの任務は観測だから。だから本当はあそこで戦ってはいけなかった」

「そうなんですか? 後一歩で超大型を仕留めるところだったと聞いていますが?」

「目的外の戦闘はたとえ戦果が上がってもしてはいけないものなのよ。いずれ大きな破綻を招くでしょう。その点は大いに反省しているわ」

 イルゼは意外と殊勝だった。

 

「アルミン、クリスタ」

「はい」

「わたしは貴方達に忠告に来たのよ」

「忠告ですか?」

 アルミンは怪訝な表情を浮かべていた。

「鎧達を倒したという新兵器、アレは危険よ」

「どういう事ですか?」

「聞いたところによれば、離れた位置にいる2体ほぼ同時に仕留めたそうね。とてもじゃないけど今の人類の軍事技術でつくれるものではないでしょう」

 イルゼの指摘は頷けるものだった。アルミンも同じような趣旨の予想をしていたはずだ。

 

「そうかもしれません……」

 アルミンは同意していた。

「未知の外部勢力によるものだとは思うけど、ただ言えるのは、その力を手に入れようと憲兵団が暗躍してくるという事。”中央第一憲兵団”、名前ぐらい聞いたことはない?」

「僕は知らないけど、クリスタは?」

「ううん、憲兵団については詳しく知らないから」

「普通の憲兵団が表の組織なら、中央第一憲兵団は裏の組織。取り締まる組織なんてないからやりたい放題。目的の為ならどんな卑劣な手段だって問わない。証拠を捏造して罪人に仕立て上げる事だってね。貴方達は新兵器について何かの情報を知っていると思われるかもしれない。そうなればやつらは貴方達を拉致して徹底的に尋問するでしょう。これがわたしのいう危険という意味よ」

 ようするに自分達は裏の憲兵団に狙われるという事だった。

 

「わ、わたし、何も知りません」

 クリスタはふるふると頭を振った。

「ぼ、僕も何も知らないよ」

アルミンも否定した。

 

「貴方達が知っているかなんて関係ないの! 向こうがそう考えてもおかしくないと言っているのよ!」

 イルゼの忠告の意味がようやく分かってきた。新兵器に関わってしまった自分達は中央第一憲兵団とやらに狙われる存在になった可能性があるという事だった。

 

「さらに悪い事に巨人化能力についても知っているでしょう。ならば新兵器を知らないはずがないと考えるかもしれない。死ぬまで拷問される事もないとは言えない」

 イルゼはさらりと恐ろしい事を言う。

「……」

(そ、そんな……)

 クリスタもアルミンも絶句して言葉が出なかった。鎧の巨人を倒したというのに予想以上に深刻な事態に陥っている事にただ驚くばかりだった。

 

「ふふっ。わたしも同じ立場だから、そこまで深刻に取らなくてもいいわよ」

 イルゼは散々脅しておいて、今度は優しく微笑み掛けてきた。

「何か考えがあるのですか?」

アルミンは尋ねた。

「そうね。まずは巨人側の潜入工作員を始末する事。これは人類勝利のための絶対条件。これはわかる?」

「はい」

クリスタ達は頷いた。

 

「次に、ミカサ・アッカーマンの確保」

「!?」

 イルゼからミカサの名前が出た事で、アルミンは特に驚いた様子だった。

「ミ、ミカサは僕の幼馴染なんです。ど、どうしてですか?」

「幼馴染? それは好都合ね。わたしが得た情報では、彼女は鎧達の出現現場にいたそうよ。当然、憲兵団にも尋問を受ける立場でしょうから」

「い、今は意識不明の重態で……」

「そう。じゃあ、容態を確認しましょう。可能なら調査兵団の研究棟に連れて行きたいわ。あそこなら要塞だから憲兵団でも簡単には手は出せないでしょう」

「研究棟?」

「ええ、建物の周りを堀と土塁で囲んで要塞化してあるのよ。強盗が何十人と襲って来ても侵入させることはないでしょう。貴方達も来るといいわ」

イルゼは自信ありげに言う。確かにそれほど要塞化されているなら安全な場所のようだった。

 

「団長と兵士長が来たようね」

 イルゼが目配せする。クリスタ達が司令部の天幕に目線を向けた。背の高い金髪の精悍な男性と小柄で目付きの悪い男(リヴァイ)が天幕に入っていった。

 

「貴方達はじきに司令部に呼ばれるでしょう。新兵器は外部勢力のものだと指摘しておきなさい」

「はい」

「それと潜入工作員だけど……」

 その者が巨人化能力を持つかは不明だが、超大型巨人の容疑者に積極的に協力していたのは間違いないと言う。その上でイルゼはアルミンの耳元で捕殺作戦のヒントを囁いたようだった。

 

「そ、そこまで推理してしまうなんて……。先輩、凄すぎます」

 アルミンはただただ驚いている。イルゼが巨人化能力の特徴を分析した上で、謀略を提案したからだろう。

 

「後、わたしの事は知らないで通しておきなさい。憲兵団側の情報提供者(スパイ)もどこに潜んでいるかわからないわ。常に会話には注意しなさい。固有名詞も極力使わないこと」

 クリスタ達は頷いた。

 

「先輩は?」

 アルミンが尋ねた。

「わたしはミカサの周囲を見張っているわ。貴方達は団長に彼女の搬送を提案しなさい。調査兵団本部で一番安全な場所といえば、研究棟になるでしょうから。そして付き添いを申し出れば不審には思われないでしょう」

「わかりました」

 イルゼに従うより他になさそうだった。少し会話しただけだが聡明なアルミンを上回る智謀の持ち主のようだ。新兵器についても本当は全て知っているのかもしれない。ただそれを知ることは命の危険が増すという事だった。本当の事を教えないのは、自分達への配慮なのだろう。もっとも今の会話を憲兵団に聞かれたら、それだけでもかなり危険だった。

 

「病棟で待っているわ」

 イルゼはそう言い残してリフトに乗って下に降りていった。

 

 

「ねぇ、アルミン。わたし達、一体、何と戦っているのかな? 敵って巨人だけじゃないのよね」

「僕も考えが甘かった。ごめん、クリスタ。クリスタまでそんな危険な立場にしてしまっているなんて……」

「ううん、いいの。それに悪い事ばかりじゃないよ。イルゼ先輩にも会えたんじゃない? あの人、頼りになりそうよね」

「そうだね、あんな凄い人だと思わなかった。それに綺麗な人だったし……」

「……」

(アルミン、わかっていないよね。女の子の前で他の女性は褒めたりしないものなんだけど。鈍感なのはエレンに似ているのかな? 恋愛以外は鋭いのに……)

 クリスタはそう思ったものの黙っていた。

 

「訓練兵アルレルト、レンズ。司令がお呼びだ!」

 衛兵がやってきた。ついに調査兵団のスミス団長と謁見する時がやってきたのだ。さきほどのイルゼからの忠告を考えた上で、慎重に発言しなければならないだろう。

 

 巨人達に占拠されつつあるトロスト区の街、暗躍してくるであろう中央第一憲兵団、巨人側の潜入工作員、憲兵団側の情報提供者、依然として消息不明のユミル。クリスタ達にとっては混迷はより深まっていた。




【あとがき】
クリスタが調査兵団を希望している理由について考えてみました。死んでも構わないなど消極的な理由なら、卒業成績10位が水増しだとしてもやはり実力が高すぎます。これは本人の強い意志がなければ、身に付かない水準だと考えます。

原作では巨人を操る力(座標?)として王政府に狙われるエレン・クリスタですが、本作ではエレン巨人は登場しません。かわって新兵器(スピア弾)がそれに近い代物となります。

中央第一憲兵団(秘密警察に近い?)に狙われるのは、ペトラだけでなく、アルミン、クリスタ、ミカサも対象と考えました。

読者の方はお分かりかと思いますが、この話のイルゼはペトラです。なお、ペトラがアルミンを凌ぐ知略を持つわけではありません。リタ達秘密結社と携帯電話でつながっているからです。


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第25話、督戦(とくせん)

敵の総大将の群れを、振動センサーによる索敵網で探知したリタ達秘密結社(グリーンティー)の戦車部隊は、背後からの奇襲攻撃を行う。

そして真の敵の正体が解き明かされる。


(side:リタ)

 

 トロスト区南西8キロ地点。ハンジに駐屯兵団司令部の盗聴作業を任せた後、リタは8輪式装輪装甲車(ストライカー)を降りた。機動ジャケットを着用しているリタは、巨大な戦斧(バトルアックス)を構えながら配下の生体戦車(ギタイ)3体と共に敵群へと忍び寄っていく。

 

 荒野に佇む奇妙な巨人の群、大小合わせて17体。中央にいる獣の巨人はよくよく観察してみると、胸に乳房らしき膨らみがある。雌の獣巨人とも言い直すべきかもしれない。その他の巨人は、一応すべて人型だった。いずれの巨人もほとんど身動きせず、ぼんやりと街の方を眺めているようだった。

 

 雌の獣巨人の足元には、一台の荷馬車が停まっている。熱源探知センサーで内部を確認すると、中に10人程の人間がいるようだった。巨人と共にいながら襲われない事は、敵側の人間だろう。おそらくは巨人化能力を持つに違いない。

 

(獣のような奴が総大将だな)

 リタは敵の配置から最重要目標を割り出した。敵巨人の大半は街の方角を向いており、背後の警戒はさほどしていない。しかし、リタが現在いる茂みから敵群までは遮蔽物が殆どない荒地が続いていた。距離は100mほどある。

 

 生体戦車(ギタイ)のタマ達は基本的に狙撃部隊と考えるべきだった。相手が人間ならタマ達の殴りこみでも大きな効果を発揮するが、巨人の場合、急所の位置が高い為、人より小さいタマ達の背丈では届かない。必然的に近接戦闘はリタの役割となった。指揮官自らが最前衛に立って敵陣への斬り込みを担当するのは本来好ましいことではない。しかし、現状はリタ以外にこの役割をこなせる人材がいなかった。

 

 

「シャスタ、砲撃準備は?」

 リタは通信機でシャスタに聞いた。

「いつでも可能です」

「よし。シャスタ、機関砲は獣の巨人だ。どでかい花火を上げてやれ。タマ達にはそれぞれ大型巨人を一体ずつ割り振ってくれ。第2射も頼む」

「……割り振りを完了しました」

数秒ほどで攻撃目標の割り振りが完了したとの報告が来た。これだけ迅速なのはHUD(ヘッドアップディスプレイ)を使った画像処理で対象を指示したからである。

 

「ではタイミングを合わせてくれ。タマ達も同様だ。10秒よりカウントダウンを頼む」

「了解です。……10秒」

 シャスタはカウントダウンを開始した。リタは戦斧を構え、いつでもダッシュできるように身構える。

「5、4、3、2、1」

 

「今っ!」

 シャスタの合図と共にリタは巨人の群れに目掛けて飛び出した。タマ達からも一斉に超音速のスピア弾が放たれる。装甲車の機関砲も火を吹いた。

 

 たちどころに雌の獣巨人の後ろ首付近に爆炎が出現する。その他、10m超級の3体の延髄付近が炸裂した。無傷の巨人達は何事かと顔をキョロキョロとさせているようだが、現状を理解していないようだった。

 

 機動ジャケットのおかげで驚異的な身体能力を持つリタは、100mを10秒足らずで駆け抜けて巨人の群れに吶喊(とっかん)した。最初に狙いを付けていた8m級巨人に向けて跳躍し、その後ろ首に重量200キロの巨大な戦斧(バトルアックス)を叩き付ける。その一撃で巨人は前のめりに倒れていった。

 

 絶命した巨人がまだ倒れていない内に、その躯を利用して再度跳躍、隣にいた5m級巨人の脳天から戦斧を叩き込む。むろん急所の延髄まで届くと計算してのことだった。巨人の群れの中に飛び込み、戦斧を奮って片っ端から巨人を葬っていく。手に負えない高さの15m級などの大物は、あらかじめ砲撃で潰してあるので、リタとしてはさほど困難な闘いではなかった。

 

 戦闘時間は1分あまり、しかしながら最初の15秒で勝負はついていた。その時点で敵の主力を潰していたからである。後は残敵掃討戦に近かった。最後の4m級巨人を叩き潰して、リタは一息つく。砲撃で7体、戦斧で10体を討伐した計算だった。

 

(後は荷馬車の中の奴らを始末するだけか?)

 リタは荷馬車に向けて戦斧を振るおうとしたときだった。

 

 

「リタ! ボスがまだ生きていますっ!」

 シャスタからの緊急通信だった。リタはすぐさま状況を確認する。雌の獣巨人(ボス)は片膝をついた状態だったが、頭部の再生が始まっていた。榴弾砲弾の直撃を受けたはずだが、致命的な部位を破壊するまでには至っていなかったらしい。

 

(ちっ! 思ったより頑丈な奴か!?)

 リタはすぐさま雌の獣巨人(ボス)に向き直る。ボスは長い手を振り上げるといきなり振り下ろした。リタがいない見当違いの場所だった。

 

 ボスが叩き潰したもの、それは荷馬車だった。センサーで中には10人以上の人間がいることが確認できていた。

 

(どういう事だ? 巨人化能力を持つ仲間ではなかったのか?)

 リタは疑問に思ったものの、今はボスを倒す事に集中する。18m級ともなれば高すぎて跳躍しても届かない高さである。立体機動装置が使えればいいが、リタは立体機動装置を使えなかった。一度はぺトラに習おうとしたが、習熟に時間がかかりすぎて諦めたのだった。

 

「リタ、タマ達に撃たせますか?」

「いや、待て。できるだけ弾薬は節約したい」

 たとえ相手が大物であっても残るは1体だけである。鎧の巨人と違って撃破が困難なほどの硬質な皮膚というわけでもない。今後の戦いを思えば弾丸は温存したかった。

 

 雌の獣巨人(ボス)はようやくリタに向き直った。だがリタは反撃を許さない。一気に間合いを詰めた。相手が何かする前に巨大な戦斧(バトルアックス)をボスの膝に叩き込む。

 

 ボスはバランスを崩しながらも長い腕をリタに向けて振り下ろしてきた。リタは機動ジャケットを最大出力にして疾走する。人間ではありえない動きだろう。ボスはリタの速さには付いてこれていない。ボスの背後に躍り出たリタは、振り向き様、残ったもう一方の脚に戦斧を一閃した。ボスは反り返ったように倒れていく。

 

 雌の獣巨人(ボス)が地面に倒れこんだ瞬間を狙ってギロチンのように戦斧を振り下ろした。2度3度、振り下ろし首筋を切断する。巨人体の体の方から水蒸気が立ち昇り始めた。どうやら絶命させてしまったようだ。中からは原型を留めない肉片が零れ落ちてきた。死骸は体毛で覆われたゴリラのような生き物だった。人間並みに知性のある猿の種族なのかもしれない。

 

 リタはさきほどボスが叩き潰した荷馬車のところに赴いた。人と荷馬車の残骸が交じり合ったような惨状だった。臓器や脳漿があたりに飛び散っており、血溜まりが広がっていた。リタは血肉の中に微かに動くものを見つけた。小さな人の手だった。子供のようだった。

 

(子供? いや、巨人化能力を持つのか?)

 リタは警戒しながら戦斧を構えて近づく。

 

 よく見れば血まみれになった子供のようだった。他の死体もよくよく見れば、子供か老人のようだった。ボスが振り下ろした手で大半は上半身や頭部が叩き潰されており、特に幼かったこの子だけが他の人間をクッションとして助かったようだった。死体はすべて首輪でつながれており、着衣は布一枚の薄いもので足枷を着けられている。敵兵にしては様子がおかしい。まるで捕虜として連れ回されていたかのようだった。

 

 その幼い女の子も腹部に裂傷が見られた。荷馬車の部材が飛び散って切り裂いたのだろう。

 

「い、痛いよ、痛いよぅ」

 その子は泣いていた。

「リタ、どうしたんだんですか? 返事してください」

 シャスタが呼びかけてくるが、リタは答えられなかった。

「……」

 リタはその子に顔を見せることにした。ヘルメットの透過をかけて顔をその子に見せて呼びかけた。

「おい、お前」

「あ、アニ……お姉ちゃん」

 その子はリタを誰かと勘違いしたようだ。

「アニ? わたしはリタだ。お前は誰だ?」

「リーゼ。ごふっ」

 リーゼと名乗ったその子は何かを言おうとして血を吐いた。どうやら相当、内出血も酷いらしい。

 

「シャスタ。ハンジに医療キットを持って来るように伝えてくれ。どうやら荷馬車の中身は捕虜だったようだ」

 リタはシャスタに呼びかけた。

「で、でも、巨人達はその人達を食べようとしなかったんでしょ? や、やっぱり巨人の仲間じゃ?」

「いや、違うと思う。全員首輪を付けられ拘束されている。生存者は幼い子供だ。重傷だ。シャスタとタマ達は周囲を警戒してくれ」

 リタはハンジを呼び付ける事にした。

 

______________________________

 

(side:ハンジ)

 

 

(さすがね、リタ。戦女神(バルキリー)と呼ばれるだけの事はある)

 敵の群れを全滅させたとの知らせを聞いてハンジは感嘆した。味方の被害は無し。平地戦でこうも一方的に巨人を撃滅できるのは、今の人類では考えられないことだった。軍事技術も去ることながら、作戦指揮能力、さらに卓越した戦闘技量を持つリタだからこそできる戦果だろう。

 

「ハンジさん、医療キットを用意してください。負傷者がいるそうです」

「負傷者?」

「捕虜がいたみたいです」

 装甲車はリタの近くで停車した。観測装置を扱うシャスタは周辺警戒のため、装甲車を離れられない。ハンジは医療キッドを持ってリタの元に駆け寄った。リタは戦斧(バトルアックス)を傍らに置き、ヘルメットを脱いでいた。リタの傍らには幼い女の子が横たわっていた。

 

「リタ、その子は?」

「リーゼとか言っていた。わたしの事をアニと呼んだぞ」

「ま、まさか!? アニ・レオンハートの身内か?」

 アニはぺトラから怪しいと報告を受けていた3人の訓練兵の一人だった。

「わからない。とにかくこの子を助けよう」

 リタはその子の止血を試みていた。見た感じ、内臓に相当なダメージを蒙っているように思える。リタは簡易医療診断装置を使って女の子の容態を診ていた。

 

「リタ、どうなの?」

 リタは首を振る。どうやら助かる見込みはなさそうだった。

「ハンジ、手を握ってやってくれ」

 リタは無骨な機動ジャケットを着ているで怖がらせると思ったのかもしれない。

 

「リーゼ」

 ハンジはリーゼの小さな手を握ってやった。

「ら、ライナーお兄ちゃんは……来てないの?」

「いや、まだだよ。どうして一緒だと思ったんだい?」

ハンジは優しく語りかけた。

 

「お、お兄ちゃん達は戦士なんだよ。……あ、”悪魔の末裔”を滅ぼす正義の戦士なんだよ。はぁはぁ……、今日は悪魔をやっつけた後、夕方には帰ってくるって……約束していたもん……」

 ハンジはリタと目線があった。リタは目配せして頷いている。この子はもう助からない。せめて聞き出せるだけ情報を聞いておこうという事だろう。

「戦士とは巨人になれる力かな?」

「そ、そうだよ。お兄ちゃん達は……”名誉の儀式”をして戦士になったんだよ……。”故郷”にいる”お上様”にも褒められているんだよ……」

「アニはリーゼのお姉ちゃんなのかい?」

「ううん、ライナーお兄ちゃんが……リーゼのお兄ちゃん」

この子はライナーの妹らしかった。

 

「”故郷”はリーゼが住んでいるところかな?」

 リーゼは頷いた。

「”お上様”はあの大きな猿の事かい?」

「ううん、あの猿は怖い……。”お上様”……守り神なの……」

「戦士は大勢いるのかな? 100人ぐらい? 違う? じゃあ、50人」

 リーゼは頷いた。巨人化能力を持つ者は数十人ぐらいいるという事だった。

「”故郷”には”お上様”がいつからいるんだい?」

「ずっと昔から……、ごふっ、ごふっ」

 リーゼがまた血を吐いた。どうやら内出血は肺にも達しているらしい。呼吸も弱まっている。もう今際の状態だった。

 

「あ、お兄ちゃん。アニお姉ちゃん、お帰り……」

 リーゼは誰もいないはずの空間に向けて語りかけていた。

「よ、よかった……。また一緒に暮らせるんだね……」

リーゼは笑みを浮かべていた。やがて意識がなくなったのか目を閉じた。ハンジが握っていた手からも力が抜けていく。ハンジはもう一方の手でリーゼの脈を測った。もう脈拍はなかった。

 

「ハンジ……」

「死んだよ」

「そうか……」

 ハンジはそっとリーゼの体を横たえると胸元で両手を組ませてやった。

 

「ハンジ、この子を含めた彼らはおそらく人質だと思うのだが……」

「でしょうね。ここにいるのはライナー、ベルトルト、アニ・レオンハートの家族親族でしょう。裏切ったら巨人に喰わせる。だから任務に励めというところでしょう」

「卑劣な奴らめ! 要するに督戦していたわけだ」

 リタは吐き捨てるように言った。督戦とは自軍部隊の後方から監視し、命令違反などをすれば制裁を加えるなどして強制的に戦闘を続行させる事をいう。

 

「それだけでなく洗脳もしているみたいね。わたし達、壁内人類を”悪魔の末裔”と呼ばせているぐらいだったから」

「なるほど、巨人化能力を持つ者が皆、少年少女だったのが気になっていたのだが、それだと納得がいく。少年少女の方が洗脳しやすいからな」

 もしかしたら扱いにくくなった年長の巨人化能力者は始末しているのかもしれない。

 

「リタ、この子のおかげで敵の正体が掴めてきた。ライナー達の”故郷”を支配する”お上様”と呼ばれる存在らしいね。なぜ人類を滅ぼそうとしているかは分からないけど……」

「そして知性巨人は最低でも数十体はいるという事だな。それだけでも圧倒的な戦力だ。今の人類がまともにぶつかって勝てる相手ではない」

 

 リタの指摘はもっともだった。人類だけでは知性巨人2体(鎧と超大型)だけで本日ウォールローゼが陥落するところだったのだ。リタ達の参戦により、鎧の巨人達や雌の獣巨人(ボス)達を倒せているが、それとて未知の新兵器(スピア弾)の存在が大きい。警戒されていたり弱点を補強するなどの対策を採られたらスピア弾でも厳しいかもしれない。

 

「ハンジの案で正解だったな。敵本国にはしばらくは情報が伝わらないだろう。しかし遠征部隊が連絡途絶ともなれば、必ず偵察部隊を繰り出してくるはずだ。そして事態を把握すれば、全力で我々を滅ぼしにかかってくるだろうな」

 リタは敵勢力の今後の動きを予想した。十分在り得る話だった。

「……時間との勝負なのかもしれない」

 リタとハンジは目を合わせて頷いた。これほど事態が切羽詰っているとは、今日までわからなかったのだ。慎重で先読みが得意なリタすらも想定できないほどである。リタは今後の展開について考えているようだった。




【あとがき】
謎が多い原作が完結していないので、ここからは筆者の独自設定になります。
ライベルアニは洗脳されている上に督戦されていました。(裏切ったら家族を巨人の餌にする) アニは比較的冷めているようですが……。

ライナー達は被支配者の住民の一人で、儀式により巨人化能力を獲得しています。ただし反乱を恐れて洗脳した上に督戦されています。これならたとえ人類に思い入れがあっても裏切れません。

猿は支配者の一人でしょう。

ライナーの妹、もしかしたらクリスタ似だったかもしれません。


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第26話、困惑

街に帰還してきた調査兵団主力。団長のエルヴィンはリヴァイと共に、ピクシス司令と会う事になった。

一方、リタ達はボスを討伐した現場に留まり、調査を続けている。


 調査兵団の主力は、トロスト区の東側――ウォールローゼの壁を登って壁内へと帰還してきた。トロスト区の西側の壁の上は、壁を登ってきた鎧の巨人によって甚大な被害を蒙っていたため、接近する巨人がいても支援砲撃を行うことが不可能だったためだ。

 

 駐屯兵団の兵士から鎧の巨人、超大型巨人の出現を聞かされた。団長のエルヴィン・スミスはそれでよく内門が破壊されなかったものだと訝ったが、謎の新兵器によって2体とも討伐されたという。花火が打ち上げられたのとほぼ同じタイミングで2体とも体内が爆発したとの事だった。

 

「そちらの技術班が開発した新兵器なのでしょう?」

「ま、まあ、それは答えられないな」

「誤魔化さなくてもいいじゃありませんか? 開発者は英雄ですよ」

 エルヴィン自身も知らないことだった為、明言は避けた。ピクシス司令ならば何か知っているだろう。エルヴィンは部隊の指揮をミケ・ザカリアス分隊長に委ねた後、兵長のリヴァイと伴って駐屯兵団司令部へとやって来た。

 

 天幕の中に入るとピクシス司令からは「待っておったぞ」とばかりに歓迎された。

 

 ピクシス司令から聞かされる事実は衝撃的な事ばかりだった。巨人化能力を持つ人間がいた事、駐屯兵団の被害も甚大で、街で防衛戦を展開した前衛および中衛全体では4割を失ったという。また鎧の巨人による破壊でこちらも100人近い死傷者を出している。特に悲惨だったのは避難路で起きた群集事故だった。数十人もの死者が出てしまったという。巨人の攻撃ではないので、防げたかもしれない犠牲だと思うとやりきれなかった。

 

 エルヴィンとピクシス司令の見解の相違点は、鎧達を倒したという謎の新兵器についてだった。

 

「では、本当にお主のところの新兵器ではないのか?」

 ピクシス司令は念を入れて質問してきた。

「ああ、違うはずだ。ハンジら技術班で開発していたのは飛行機械だ。今回の壁外遠征は、偵察気球の実戦証明としてシガンシナ区の空中偵察を企図していた。それ自体は成功し、空中偵察のおかげで敵情を把握し、素早い帰還が実現できたと思っている」

「……」

リヴァイは無言のまま、エルヴィンら最高指揮官同士のやりとりを聞いていた。

 

「はて、となると妙じゃの? お主らが鎧と超大型を倒したと思っておったのじゃがの……」

「使われた新兵器は、大砲なのですか?」

「いや、どうもよくわからんのじゃ? 大勢の者が目撃していたはずなのじゃが、同時に打ち上げられた花火に気を取られて、気が付いたら鎧も超大型も体の中から爆発したように倒されていたというのが真相じゃ」

「花火か? 面白い事を考える奴がいるな」

 エルヴィンは思考を巡らした。新兵器とは直接関係はなさそうだった。ただタイミングを完全に同期させていることからして、新兵器を使った者が欺瞞を意図したようだった。

 

 テーブルに広げられている街の地図には鎧と超大型が倒された位置が赤いピンで示されていた。

 

「超大型は後ろ首から黒い煙が上がっていたと聞いたが……」

「そうじゃが……」

「そのとき、超大型巨人は北を向いていたのだな。となると攻撃方向はこちらか?」

 

 2体はかなり離れた位置にいたはずなのにほぼ同時に攻撃を受けている。攻撃範囲の広い射撃武器に類するものと思われた。だとすれば使われた弾の数は1発づつ。2体とも一撃で倒す威力と命中精度、1キロという想像を絶する極大射程、そして速射性。新型の大砲だとすれば驚異的な性能だった。エルヴィンは自分が思案した新兵器の性能を述べた。

 

「それはもう軍事革命じゃな」

「だがそれぐらいの性能でなければ説明がつかない」

「となると巨人同士で仲間割れでも起きているんじゃろか?」

 ピクシス司令は疑問を口にした。

「……いや、それならわざわざ欺瞞の為の花火など使ったりはしないだろう。やはり人類側勢力の何者かが新兵器を使ったと考えるが……」

「そうじゃの……」

「……」

ピクシス司令もエルヴィンも考え込んでしまった。

 

「なあ、エルヴィン。ペトラの奴が何か知っているんじゃないか?」

 リヴァイがそう切り出した。

「ああ、私もそう考えている。何か情報は持っているだろう。本部には早馬を出したから直にやってくるだろう」

 

「もう一つ、重要な話があるんじゃ」

 そう言ってピクシス司令は、怪しい訓練兵3名の話をした。巨人化能力を持っている疑いがあり、そのうち2名が巨人化した事を訓練兵の一人が目撃したという。残る1名も要注意という事だった。

 

 さらにエルヴィンらが司令部にやってくる直前、ハンネス隊長から緊急報告があったという。鎧の巨人の残骸の中から、立体装置装置の残骸と原型を留めていない遺体を発見したのだった。焦げた服の一部には徽章がついており、訓練兵である可能性が濃厚だという。

 

「これは訓練兵アルミンの推測どおりだったんじゃがな」

「アルミン?」

「ああ、なかなかどうして鋭い少年じゃぞ。鎧の中身を訓練兵だと見破ったのは彼じゃからな。容疑者を特定した上で、その者が好意を寄せている少女を使って足止めしたそうじゃ。鎧がそこで動きを止めたからこそ、新兵器の攻撃が成功したのじゃろう」

「会ってみたいものだな」

「外で待たせているからすぐに会えるじゃろ?」

 

「それで容疑者の名前の出所は?」

 エルヴィンが尋ねた。南門で最初に超大型巨人が出現した際、調査兵団の精鋭兵士が敵と戦っている。その女兵士からだという。訓練兵ミーナ・カロライナがその3人の名前を聞かれ、その事をアルミンに話したとの事だった。

 

「イルゼとか言っておったぞ」

 イルゼは2年前の壁外調査で還らぬ人となっている。

「それもペトラだ。間違いない。イルゼはアイツとは仲が良かったはずだ。簡単にわかる偽名を使うとな」

リヴァイはすぐさま女兵士の正体を見破ってしまった。

「ぺトラか……」

やはり鍵を握るのはぺトラのようだった。ただぺトラは調査兵団本部の研究棟にいるであろうから、早馬で伝令を聞いて駆けつけてくるには今しばらく時間がかかるだろう。

 

「それとな、訓練兵アッカーマン。彼女は後衛におったのじゃが、巨人化する前の容疑者……と戦ったそうじゃ。奴らに致命傷を負わせたにも拘らず巨人化したと言っておったの」

「なるほどな、どうやら巨人化能力は人間体をも再生する力があるということか。仕損じは許されないという事だな」

 ミカサの一件で判明したことは、巨人化能力を持つ敵兵を殺すには一撃で即死させる必要があるという事だった。

 

「そうじゃな。そして訓練兵アッカーマンはの、容疑者どもの会話を盗み聞きしておったらしい」

 人類を侮蔑するような発言や、巨人を操っているような発言があったという。アルミンの予想では巨人は敵勢力の兵器として使われているらしいとの事だった。

 

 人類を滅ぼそうとする敵勢力の存在。つまり巨人はただの害獣ではないという事だった。知性を持った存在に率いられているとすれば相当厄介である。人類は思ったより遥かに危険な状態におかれているようだ。例の新兵器がなければ、本当に危なかっただろう。新兵器の詳細について是が非でも知る必要があった。

 

「訓練兵アルミン達に会ってみるか?」

「そうだな? 興味深い話が聞けるかもしれない」

 ピクシス司令は衛兵にアルミン達を呼んでくるように伝えた。

 

 

 

 リタとハンジは、雌の獣巨人(ボス)の死骸や人質となった人々の遺体を調査していた。敵陣営に関する情報を少しでも得る為だった。周辺警戒は生体戦車(ギタイ)のタマ達、盗聴作業はシャスタが引き継いでいる。

 

 リタは雌の獣巨人の本体の死骸を調べているハンジに話しかけた。

「ハンジ、人質のいた荷馬車だが、中にはダイズや絵本、裁縫道具などが積まれていた」

 リタは自分が調査した結果と推察を述べる。

「人質とはいえ、さほど劣悪な環境下ではなかったようだ。遊具などがあるところを見ると、人質に一定の配慮はされているようだな。戦士が成果を挙げれば会わせるつもりだったのかもしれない」

「なるほどね。飴と鞭といったところね」

ハンジは頷いている。

 

「そっちは何かわかったか?」

「ええ、わたしの方もいくつかわかった。まずこの猿だけど、甲冑を着込んでいる。そして腰には剣を帯刀し、水筒や食料まで所持しているわ」

「知性があるのは確実。甲冑のせいで即死に至らなかったのも頷けるな」

 甲冑を着込んだまま巨人化する。うなじが弱点なのだからそれを保護する意味では、単純ながら優れた方法かもしれない。立体機動とブレードで巨人討伐を行うこの世界の兵士達にとって、この事実を知らなければ思わぬ不覚を取った可能性があった。

 

「水や食料を持参しているのは巨人体のままでも摂取するという事か……。本体はさすがに水や食料無しには何日も生きていられないからな」

 巨人体のまま行動半径を広げるという意味だろう。となるとかなり遠くからやってきた可能性もあった。

 

「立体機動装置は?」

「それはなかった」

「奴らには必要ないものかもしれないな」

 立体機動装置が必要なのは、超大型巨人の容疑者のように壁を登ったりする必要がある時だけだろう。そもそも立体機動を使いこなすには相当な訓練が必要だった。

 

 

「リタ、いい知らせがありますよぅ」

 通信機からシャスタの明るい声が聞こえてきた。

「なんだ?」

「巨人達の行動が無秩序になりました。以前のように街には向かっていません」

振動センサーによる索敵網からの分析だった。(トロスト区から南方50キロの範囲でおよその巨人の群れが二次元分布がわかる)

「動きを止めている奴はいないか?」

「大丈夫ですよぅ。ちゃんと履歴も確認しましたよぅ。あっ、でも街の傍にいる巨人は引き続き街を目指しています」

「だとしても街に流入する巨人の数はたかが知れている。わかった。引き続き周囲を警戒してくれ」

 

 リタはハンジに話しかけた。

「ハンジ、巨人の群れが街に向かうのを止めたそうだ」

「リタ、やったじゃない! やっぱり、こいつが誘導していたんだね」

ハンジは嬉しそうに答えた。

「チェスでいえば敵のキングを討ち取ったようなものだからね。これ以上巨人が流入しないのであればトロスト区奪還もなんとかなりそうだね」

「いや、まだだ。チェスと違って敵を全滅させるまで戦いは終わらない。敵には大駒が最低でも1枚残っている」

「アニ・レオンハートね。……仕方ないわね。転向はまあ……無理でしょうね。家族を人質にされていたとはいえ、洗脳もされているでしょうし……」

 

 アニを転向させる事が出来れば、強力な味方となるだろうが、人質が全員死亡している状況では交渉材料(カード)がなかった。もしアニを慕う少女リーゼを救えていれば可能性はあったかもしれないが、仮定の話をしても仕方がない。すでにぺトラを通じて謀殺の手配は整えていた。

 

「奴以外にも工作員はいると思うが、どうする?」

「そうねぇ、それが一番の問題なのよね」

「……とりあえずは情報封鎖だな。街から南方向へ向かう人間、もしくは巨人がいれば、それは敵の連絡役だ。絶対に逃がしてはならないだろう」

 リタは今のところ、それしか対策が浮かばなかった。




【あとがき】
団長と司令の会見。やはりぺトラは追求される立場のようです。(いろいろと動いていますから)

リタ達が誘導役のボスを倒した事で、巨人の流入が止まり、トロスト区奪還の目処が立ちました。現時点ではリタ達しか知りませんが重要な情報です。

また、雌の獣巨人の本体(猿)は甲冑を身に纏ったまま巨人化しています。巨人化能力に精通している勢力ですから、うなじの弱点を補強する手段はとっているはずと考察しました。


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第27話、アニの憂鬱

軍上層部およびリタ達秘密結社にマークされている訓練兵アニ・レオンハート。

彼女はそんな事も知らず憂鬱だった。

(side:アニ)


 トロスト区の北門近くにある臨時兵舎、その大食堂は訓練兵達の溜まり場になっていた。犠牲は多かったものの、人類の怨敵である例の2体が撃破された事で比較的明るい口調の会話が目立った。最精鋭の調査兵団主力も帰還してきたので、なんとかなるんじゃないかという期待があるからだろう。

 

 そんな訓練兵達に混じって大部屋の片隅で、訓練兵アニ・レオンハートは誰とも会話することなく不機嫌な表情を浮かべていた。実際、内心かなり苛立っていた。

 

(やってくれるわね。悪魔の末裔のくせに!)

 アニは”故郷”の戦士である。アニはライナー達が倒されたと知って動揺したが、すぐに冷静さを取り戻した。確かに謎の新兵器には驚かされたが、ありえないとは言い切れなかった。5年間、何の対策も打たないはずがないのだから。やはり”お上様”の言う様に悪魔の末裔(壁内人類)の軍事技術の発展は脅威的だった。

 

 自分達の母国”故郷”を支配する”お上様”からの命により、アニ達3人は人類を滅ぼす為、4年前から壁内世界へと潜入していた。自分達以外にも人類の軍事技術を盗み出すために工房に潜入しているスパイもいるはずである。”お上様”の命令は絶対である。背けば自分の家族まで抹殺されてしまうからだ。もっともアニを含め大半の戦士にとっては忠誠の証として人質を差し出している。反逆する奴は許しがたい裏切り者という雰囲気があった。

 

 それに悪魔達はかつて自分達の先祖に人体実験を繰り返した種族の末裔である。”故郷”では悪魔たちの所業を子供の頃から教わってきた。どれほど多くの祖先の家族や友人が惨たらしく殺され、婦女子が陵辱されてきたことだろう。奴らの罪は決して消えるものではない。壁の外にいる無知性巨人の多くが悪魔の末裔によって生み出されたものだ。100年前に先々代の”お上様”の活躍によって苦しんでいた”故郷”の人々は解放されたのだった。

 

 ”お上様”の大いなる慈悲で100年間の不可侵協定を結んだにも関わらず、奴らはその恩を忘れ、再び巨人制御の技術を手にしようと企んでいるという。軍備強化も著しい。いずれ”故郷”の脅威となる前に滅ぼす必要があるという事だった。訓練兵として同じ釜の飯を食った同期生に同情しないわけではないが、悪魔の末裔達は滅びる時期が来ただけのことだ。

 

 

 今回のライナー達の作戦もそれなりに考え抜かれたものだったが、人類側の新兵器はそれすらも上回るようだった。この新兵器に関しては一切の情報が入ってきていなかった。作戦遂行に問題があるほどの強力な新兵器ならば定期連絡してくる工作員を経由して連絡が来るはずだが、それは皆無だった。つまり極秘裏に研究開発されていたようだった。

 

 新兵器の詳細は依然として不明だった。大砲なのか爆弾なのかもよく分からない。アニは中衛の訓練兵部隊の殿として戦っていた為、ライナー達が倒されたのを知ったのは撤退して壁に登ってからだった。何人かの駐屯兵団の兵士に聞いてみたが、同時に花火が打ち上げられたせいで気が付いたら2体とも倒されていたという事しか分からない。

 

(ベルトルト、どういう事?)

 内門を破壊するのはライナーの任務であり、ベルトルトは無理に巨人化する必要はなかったはずだ。聞くところによれば上半身で片腕しかなかったというから体力の回復が追いついていない状態だったのは間違いない。そして巨人がまだ浸透していない段階で出現したという。

 

(何があったの?)

 ベルトルトに緊急事態が起きたことを暗示していた。無人の市街だったはずだが誰かと鉢合わせしたのだろう。それも巨人化しなければならないほどの傷を負わせる誰かが……。となるとライナー達が巨人化するところを見られたかもしれない。

 

(まさか、あいつ? あいつがいたの?)

 南門壁上にいたと思われる例の調査兵団の精鋭。偶然にしては出来すぎだった。確信があって南門にいたとしか思えない。ベルトルトをして精鋭と言わしめる程だから人類最強というリヴァイに近い腕前を持つ兵士だろう。後衛が展開していた街のどこかに潜んでいたのかもしれない。巨人に占拠されつつある街に残る事は普通は考えにくいが、先読みされた可能性があった。新兵器も奴の仕業のような気がしてきた。見えない相手だが、戦闘力の高さに加えて、恐ろしいまでに洞察力に優れる強敵だった。

 

(これではわたしは動けない。でもあの子は……)

 今回の遠征に自分達の家族が人質として壁外の近くまで連れてこられている事を知っていた。作戦が成功すればすぐに会わせるとの事だったが、万が一失敗したり裏切ったりすればどうなるかは言うまでもない。今回の作戦は失敗する事はないと思っていただけにショックは大きかった。アニを慕ってくれている小さな女の子。あの子だけは生きていて欲しかった。

 

 ライナーとベルトルトは任務に失敗した。このままではライナー達の家族は見せしめとして処分される事だろう。アニは人質として叔母がいるが、それほど親密な間柄ではないのが救いだった。

 

(あの子を助けるためにもなんとしても作戦を成功させないと……)

 作戦が成功すれば自分の発言力が高まり、あの子を守ることができるかもしれない。

 

 アニは日が暮れるのを待つことにした。暗闇に紛れてウォールローゼ側から北門を強襲する。夜ならば精度の高い砲撃を避けられるだろう。例の新兵器は極少数しか配備されておらず、ウォールローゼ側には配置されていないだろうと予測した。そうでなければ前衛や中衛に甚大な被害が出ていても使わなかった理由が思いつかない。決定的なタイミングまでずっと待っていたのだろう。ただし新兵器があるといっても、依然として自分達”故郷”側が有利であることは違いない。巨人の数は呆れるほどいるのだから。

 

 

 アニの隣ではフランツとハンナのバカップルが自分達だけの世界に浸っていた。

「ああ、フランツ。無事でよかったね」

「ハンナ、当然さ。俺たちの愛は巨人よりも強いのさ」

「そうよね。じゃあ、わたし達の愛を確かめましょう」

二人は周りに訓練兵が大勢いるのにも関わらず接吻を交わしていた。

「ちっ!」

 アニは露骨に舌打ちしたが、バカップルには聞こえていないようだった。

 

 

「”故郷”の者だ」

 アニの耳元で誰かが囁いた。アニはさっと振り向く。駐屯兵団の制服を着た細身の青年が立っていた。アニやライナー達と外にいる上層部との連絡役にあたる戦士で、ジョージという名前だったはずだ。本名かどうかは知らない。ときおり自分達のところにやってきて作戦の打ち合わせなどを行ってきた。ジョージ自身がどのような巨人化能力を持っているかはアニも知らない。ライナーが倒された現在では、ジョージが最先任であり、アニの上官である。アニはこの無気力そうな男があまり好きではなかった。

 

「ここではまずい。場所を変えよう。裏の倉庫前に来い」

 ジョージはそう言い残して去っていった。確かに大部屋で他の訓練兵が大勢いる中で密談するのは不味いだろう。

 

 ジョージが部屋から去って1分ほど時間を空けてから、アニはお手洗いに行く振りをして部屋を出た。そして建物の裏口を出て人気がない倉庫前に来た。

 

「こっちだ」

 ジョージは壊れた荷馬車の影にいた。アニはその横に座り込んだ。

「ジョージ……」

「ああ、不味い事態になったな」

 ジョージとこの距離で話すのは初めてだった。極力接触を避けたいという事で必要最小限の接触しかしてこなかったが、現在の状況はそうも言っていられないのだろう。

 

「鎧達を倒したもの。お前は何か知っているのか?」

「いいえ。貴方は?」

「いや、わたしも離れていてよく分からなかった。大砲なのかすらもな」

「そうですか……」

「ただ、あれは威力が強すぎる。あんなものがあれば内門を破壊するのは不可能だ」

 鎧の巨人は、大勢いる戦士の中でも最強ともいえるべき個体だった。装甲の厚さといい、機動性といい、人類のいかなる兵器も通用しないはずだった。その彼ですら撃破されてしまった以上、戦略そのものを根本から練り直す必要があるかもしれない。

 

 アニは南門にいたという調査兵団の精鋭の話をした。

「なるほどな、確かにそれは怪しいな。やはり新兵器は調査兵団絡みか?」

「そう思います」

「……」

ジョージは考え込んでいるようだった。

 

「作戦はどうしますか? 夜を待って、内門の攻撃を仕掛けるのはどうでしょうか?」

「いや、止めておけ。駐屯兵団司令部から新たな通達が出ている。北門付近は厳重警戒区域とし、一般兵士は立ち入りが制限されている。さらに大砲の配置もローゼ側からの攻撃をも想定したものに変わりつつある」

「えっ?」

 アニは訓練兵なので、軍に関する動きはさほど掴めていなかったのだ。

「奴らの軍上層部は(巨人化)能力を知っただろうな」

「やはり(ベルトルトが)2度出現したせいですね」

「あれはまずかった。あれでは(巨人化能力を)教えてしまったようなものだ」

 

 超大型巨人の図体では門は通れない。そしてまだ巨人達が街の後衛付近に到達していない段階で再度巨人化すれば、怪しまれるには十分だった。それにいくつか情報があれば推察されてしまうだろう。巨人化能力を知られているとなると、以前のように事は簡単には運ばないだろう。

 

「それに加えておそらく鎧の死骸から彼の死体も見つかっただろう」

「くっ!」

 アニは歯軋りした。人類側とて馬鹿ではない。鎧の巨人を倒した後は現場検証をするはずだった。体内が爆発するようにして死んだ鎧の巨人だったが、鎧部分や中身の遺体は気化せず残っているだろう。爆発によって損傷をうけているとはいえ、ライナーが中身であることすらも判明してしまったかもしれない。鎧の巨人が倒されて落下した位置も悪かった。壁の交差点の外側の角で、支援砲撃もしやすく街の中にいる巨人達の妨害を受けることもない。安全に調査することができただろう。

 

「この作戦は失敗だ。だがここまで罠が用意されていたとなるとお前か私が裏切ったのではと”親方様”に思われても不思議ではない」

「わ、わたしはそんな事しません」

「わたしもするわけがない。”故郷”の家族を守る為に戦っているのだからな。だから我々の裏切りではないことを証明する必要がある」

「どうするつもりですか?」

「ウォールローゼ内に村がいくつかある。そのうちの一つを襲って村人を皆殺しにする」

 ジョージはさらりと虐殺計画を打ち明けた。

 

「戦士(知性巨人)が壁を登れるのはもう分かってしまった事だから、巨人がいきなりウォールローゼに出現しても不思議ではないだろう。新兵器とやらで奴らはお祭り気分かもしれないが、巨人の恐怖を嫌というほど味あわせてやるんだ。自らウォールローゼを放棄したくなるぐらいにな。くくっ」

 そういってジョージは陰惨な笑みを浮かべた。

「避難民がウォールシーナに殺到して、奴らは勝手に内輪もめを始めるわけというわけだ」

「いい考えですね」

 アニは感心して頷いた。ウォールシーナの中だけでは残された人間の半分も養うことはできない。となると待っているのはシーナの住民とローゼの住民の深刻な対立だ。4年前、ウォールマリアを失った人類は人口の2割を減らすために奪還作戦という名の集団自殺を強行したぐらいだ。今度は人数が多すぎてその手は使えないだろう。火種はあるから、内戦すらも期待できた。もともと自分勝手な種族共だ。仲間割れをして自滅してくれれば手っ取り早い。

 ウォールローゼ攻略という当初の目標が達成困難な現在、次善策としてはいい考えかもしれない。敵の守りが最も堅い所にわざわざ突っ込む必要はないのだった。

 

「手土産があれば”親方様”の怒りも収まるだろう。お前は当初の予定通り憲兵団に潜り込んで次の作戦に備えるんだ。勝手に動くなよ」

「はい」

「じゃあな。次はウォールシーナで会える事を期待している」

 ジョージは去っていった。アニは少し時間を置いてから立ち上がった。そして何食わぬ顔をして大部屋へと戻った。




【あとがき】
敵勢力”故郷”の設定は筆者独自です。強国が弱小国を脅威と感じて滅ぼした例は歴史上、幾多も見られます。第3次ポエニ戦争(経済復興著しいカルタゴを滅ぼしたローマ)など

巨人側工作員はアニライベル以外にもいたとして本作では扱っています。
工作員達は作戦の失敗を認識して、別の手段をとろうとしています。

フランツとハンナのカップルは生存しており、人前でもいちゃいちゃしています。


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第28話、謀殺

【まえがき】卒業成績4位のアニ。訓練兵ゆえに情報不足のまま置かれている。大きな策謀が動いている事を知らなかった。


 アニが連絡役のジョージと密談した後、訓練兵達が屯する臨時兵舎の大部屋に戻ってしばらくした時だった。突如、駐屯兵団の兵士達十数人程が入ってきた。箱が積まれた台車を押している兵士もいる。半数ほどの兵士はライフル銃を背負っており対人装備のようだった。何事かと訝る訓練兵達を前に指揮官らしき人物が前に出た。

 

「訓練兵! お前達の本日における任務は終了した。ご苦労だったな。これよりここで武装を解除してもらう!」

「し、しかし、まだ戦いが終わったわけでは……」

訓練兵の一人が異議を申し立てた。

「まもなく他地区から増援部隊が到着するとの事だ。お前達が武装している必要はない。装備一式は記名した後、箱に積めてこちらで責任を持って保管する」

 

(立体機動装置を取り上げられる!? 訓練兵の中に他に巨人能力者がいると怪しんでいるの? くっ! ここで反抗するわけにもいかない)

 増援部隊の到着。理由としては自然なもので、それ自体反論の余地はなかった。訓練兵を動員している現状が苦しい状況なのだから、解消されるのは本来望ましい事だろう。アニ以外にとっては。

 

 そもそも今頃は内門を破ってウォールローゼ内に巨人達が雪崩れ込んでいる予定だったのだ。すべては想定外の出来事だった。ライナー達が倒された事を早く知っていれば、撤退戦の最中に死んだ兵士から立体機動装置を奪って隠匿する事もできただろう。

 

 裏の出口も見張りがいるようだった。勝手に抜け出すのは不可能な状況だった。訓練兵の多くはもう戦わなくて済むと知り、ほっとした表情を浮かべている者が多かった。

 

(大丈夫、わたしの事はバレていないはず。ライナー達は即死しているし、ジョージが捕まるわけがない。憲兵団に潜り込む為にも大人しくするしかない)

 他の訓練兵達は素直に武装解除に応じていく。アニは渋々武装解除に応じた。しばらくして訓練兵全員の武装解除が終了した。

 

「お前達は、しばらくここで待機していろ! 追って指示は出す」

 そう言い残して駐屯兵団の兵士達は去っていく。残ったのは丸腰の訓練兵達だった。

 

「アニ、よかったですねぇ。もう戦わなくていいんですって」

 マイペースなサシャ・ブラウスが話しかけてきた。サシャは撤退戦でかなり巨人に怯えてしまったようだが、今は立ち直ったようだった。

 

「ああ、そうね」

 アニは無愛想に答えた。

「ああ、ごめんなさい。アニの班、ライナー達が……」

サシャは行方不明と言おうとしたのだろうが、そこで言い淀んでしまった。

「別に……」

「そ、そうですか!? 気を悪くしたらごめんなさい」

サシャは頭を下げると罰が悪くなったのかアニから離れていった。訓練兵達は普段から親しい者同士で固まっている。アニに話しかけてくるものは誰もいなかった。

 

「……」

 アニは周りの訓練兵達の様子をそれとなく眺めていた。入り口から小柄で金髪の少女が入ってきた。同期のクリスタ・レンズだった。クリスタも武装していない。何人かの訓練兵と二言三言交わした後、なぜかアニの方にやってきた。

 

「あ、アニ。ああ良かった……。無事だったんだね」

 クリスタは可愛らしい少女だが、アニにとってはどうでもいい非力な存在だった。卒業成績10位も過大評価だろう。ユミル達によって成績を押し上げられたと見ていた。馬術や直観力には優れるようだが……。

 

(ユミルは死んだんじゃなかった? その割には元気ね……)

 アニはジャンからユミルの戦死を聞かされていたのだった。正確にいえば第31班はジャンとコニーと後1名が生存と聞いている。その生存した1名がクリスタとなれば、それはつまりユミルの戦死を意味する。

 

「まあね、それでユミルは……その、なんて言っていいのか……」

 適当に受け流すつもりでアニは話に付き合うことにした。

「ううん、はぐれただけだよ。まだ死んだって決まったわけじゃないよ。ライナーやベルトルトもそうなんでしょ?」

「そ、そうだね」

アニは一瞬どきっとした。実はライナーが鎧の巨人で、ベルトルトが超大型巨人で、新兵器で倒されましたなど言える訳がない。

 

「ところでわたしに何の用?」

「え、えーとね。あのね、アルミンの事なんだけど……」

「アルミンがどうかしたの?」

「うん、エレンがアルミンを助けるために囮になったって聞いたから」

「ああ、そうらしいね」

 アニはエレンの壮絶な戦死をミーナから聞かされていた。アルミン達を逃がす為に囮になったという。同期として3年間も過ごしてきただけに心が痛まないわけがなかった。

 

「アルミン、かわいそう。親友を亡くした上に、もう一人の幼馴染も生死の境を彷徨っているなんて……」

「えっ? どういう事?」

「わたしも詳しくは聞いたわけじゃないけど、ミカサ、かなりの重傷らしいの」

「あのミカサが? うそでしょう?」

 アニは少し驚いた。戦士である自分達は身体能力が高いのは当然としても、ミカサの戦闘能力は超人的だった。経験を積めば人類最強といわれるリヴァイに匹敵する実力を持つようになるかもしれない。ミカサが負傷するというイメージが思いつかなかったのだ。

 

「ミカサって確か後衛じゃなかった?」

 後衛は戦闘がなかったと聞いているから無事なはずだった。確かに訓練兵のほぼ全員が集まっているこの待機場所にミカサの姿が見えない。負傷しているとするならクリスタの話の筋は通っていた。

 

「そう聞いているんだけど、よくわからないの。アルミンは落ち込んでいて話を聞けなかったから……」

「……」

「それでね、わたし達は今、待機中だけど、お見舞いに行こうと思うの。ミカサ、あまり人付き合いしない方だけど、アニとは訓練とかでよく話していたよね? わたしよりもアニが来てくれたらミカサだって喜ぶと思うの」

どうやら病棟まで一緒にお見舞いに来て欲しいようだ。

 

(そういえば、アルミンとクリスタの班は司令部へ出頭命令が出ていたわね。何だったんだろ?)

 アニはふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「ねぇ、ところであんた達、さっき出頭命令が出ていなかったの?」

「あ、あれは自分達の戦果の再報告だよ。犠牲は多かったけど新兵としては討伐数が多かったから再確認するという話だったの」

「ふーん。じゃあ、結構がんばったんだね」

「討伐数なんて意味がないよ。エレンもみんな生きていて欲しかった……」

 クリスタは俯いてしまう。心優しい女の子だけに大勢の仲間の死は堪えているのだろう。

 

「いいわ。付き合ってあげる」

 アニは承諾した。今は同期の仲間として自然に振舞うのが一番だろう。病棟にいったところで大して情報収集できるわけではないが、時間つぶしにはいいだろう。あのミカサが重傷という事も気になった。

「ありがとう、アニ」

クリスタは少し上目遣いで微笑んでいた。女の自分には通用しないが、男だったら可愛らしい仕草で心を虜にされてしまうかもしれない。

 

(あの3人、仲が良かったのよね……)

 いつも一緒だったエレン達3人の幼馴染。もう彼らが一緒の時間を過ごせる事はない。母国”故郷”が仕掛けた戦争とはいえ、哀れみを感じた。

 

 

 ウォールローゼ側の街の一角、普段は露天商で賑わう広場に幾多の天幕が設営されており、野戦病棟として使われているようだった。ミカサが収容されている天幕は、やや人気が少ない端の方にあるようだ。アニは先を急ぐクリスタの後に付いていった。

 

(なぜミカサだけ、離れた場所に?)

 アニは少し疑問に思った。周囲には数人の兵士が暇そうに雑談しているだけだ。特に怪しい雰囲気はなかった。

 

 

 天幕の前には、衛生兵らしき兵士がいた。眼鏡をかけた小柄な男で、白衣を着ており、白頭巾にマスクをしていた。

「あの、ミカサの容態はどうですか?」

クリスタが訊ねた。

「ああ、君か。命には別状なさそうだが、依然として意識が戻っていない。処置は済ませたから後は見守るだけだ。そちらは?」

「同期のアニ・レオンハートです」

アニは答えた。

「会ってもいいですか?」

クリスタが訊ねた。

「少しだけならな。ただし患者の身体には触れるなよ」

「はい」

クリスタは頷く。

「アルミン! アニが来てくれたよ」

クリスタはそう言いながら天幕の中へと入っていった。中には病床に伏せているミカサと傍らで付き添いをしているアルミンがいるのだろう。アニはクリスタの後に続いて中に入った。

 

(痛っ!?)

 突如、アニの右脚に激痛が走った。足元を見て驚く。狩猟用の罠の一種――トラバサミが足首にがっちり食い込んでいた。脚を挟む板に鋸歯状の歯が付いており、脱出を困難にさせている。

 

「なっ!?」

 アニは驚愕した。野戦病棟の入り口に、こんな危険な物が落ちているわけがない。クリスタはこれには引っかからなかった。となるとクリスタはこの罠を知っていたことになる。クリスタみたいな性格の少女がこれほど悪辣な事を思いつく事自体が信じられなかった。

 

(クリスタ……、なぜこんな事を? ま、まさか!? そんな……)

 次の瞬間、アニは巨大な殺気が迫り来るのを感じた。それ以上、考える時間はアニには与えられなかった。

 

 

 

 少女の背後から襲い掛かったのは、衛生兵に化けていた調査兵団兵士長のリヴァイだった。リヴァイは予め抜刀し天幕の影に隠してあったブレードを握ると、一閃した。金髪の少女の首が宙を舞う。頭部を失った胴体からは噴水のように大量の血が迸り、天幕の中を深紅に染めていく。転がり落ちる首、それを合図にしたかのように首を失った少女の胴体は崩れ落ちていった。

 

(悪く思うなよ。そもそもお前らが仕掛けてきた戦争なんだからな!)

 リヴァイは驚いた表情のまま固まっている少女の顔を見下ろした。リヴァイはスミス団長から、巨人側の潜入工作員(スパイ)――アニ・レオンハートの暗殺命令を受けていた。

 アニは南門で超大型巨人の容疑者が人間体で壁に戻ってきた際、積極的に協力していたという。またその場には鎧の巨人の容疑者も居た。それに加えてアニと密談していた謎の男が失踪したというのが司令部を決断させた要因だった。

 尾行していた兵によれば、その男はアニと別れた後、街の外れにある雑木林の中に隠してあった馬に乗って、西の方向へ逃走していったのだ。軍事作戦中に勝手に離脱すること自体が重罪だが、馬を隠していたというのは容疑を固めるに十分だった。巨人側の工作員はおそらく内門破壊を見越して先回りするつもりで馬を準備していたと考えられるからだ。

 

 アニ自身の巨人化能力の有無は不明だが、第二の鎧の巨人になる可能性もあり、捕縛は失敗した場合のリスクが高すぎると判断された。暗殺命令は妥当だろう。

 

 こうして軍上層部(ピクシス司令・スミス団長)が結託した暗殺作戦は実行に移されたのだった。むろん諜報員抹殺という事実を知っているのはごく一握りだったが……。

 

 訓練兵アルミンの提案を元に、スミス団長がアイデアを付け加えて、罠を仕掛ける事になった。まずアニを含めた訓練兵全員を武装解除させておく。敵が巨人化を解除した際、素早い逃走を防ぐためである。

 次に誘導役が訓練兵の仲間として会話して現場まで誘導してくる事、そしてトラバサミで身動きできなくする事だった。人間体での反撃を防ぐと共に、巨人化された場合、人間体に大ダメージを与える事を目的としていた。

 巨人のうなじ部分に人間体が入ると予想されているので、当然、地面よりかなり高い位置となる。人間体にワイヤーなどが密着していれば、引き千切られる事になると予想したからである。これは超大型巨人の2度の出現で、立体機動装置や衣服をつけたままだった事から推理した事だった。すなわち、巨人化能力は体の組織を変異させるのではなく、周囲に巨人体を生み出すものであると。

 

 さらに念を入れて複数の壁上固定砲を事前に照準を合わせていた。巨人化された場合、即座に発砲するためだった。保険といってもいいだろう。

(そこまでするか!? 正しいのは分かるがな)

アルミンは15歳にして末恐ろしいほどの謀略を提案してきたのだった。

 

 リヴァイは保険に頼るつもりはなかった。一撃で殺す。それだけの自信はあった。対象が15歳の少女というのは引っかかったが、今まで巨人に殺された仲間の事を思えば、許せるものではない。

 

「よし、片付いた! 後始末するぞ!」

 リヴァイは周りに隠れていた部下達に呼びかけた。万が一に備え、ミケ、エルド、グンタ、ネスといった精鋭ばかりを集めていたのだった。調査兵団最強の布陣と云ってよかった。部下達は素早くアニの亡骸を死体袋に入れて、天幕を片付けはじめた。

 

 天幕の中での暗殺だったので、無関係な目撃者は誰もいない。巨人化されることなく始末できたので、後処理はかなり楽だった。公式記録においては訓練兵アニ・レオンハートは消息不明という事になるだろう。

 

 傍らでは後片付けする兵士達をクリスタが見守っていた。クリスタは一旦天幕を抜けて退避していたので、殺害現場を目撃していたわけではない。しかし中で何が行われるかは知っていた。

 

 クリスタの表情からは一切の感情が消えていた。アニの前では仲間想いの優しい少女を演じていたが、今は仮面を外している様だった。

 

(仮面を付けたようなガキだな。だとしたら天性の役者か!?)

 リヴァイはそんな印象を持った。愛らしい外見で騙される者も多いだろう。

 

「おい、訓練兵レンズ」

 リヴァイはクリスタに声を掛けた。

「はい」

「なかなか見事な演技だったな。お前らの策もよかったぞ」

クリスタは誘導役を完璧に演じきったのだ。

 

 もともとはアルミンが自分の幼馴染2人の悲運を利用した誘導だった。エレンの戦死、ミカサの重態、どちらも事実である。事実の上に自然な会話で容疑者を誘導するという事だった。

 アルミンは外見こそ軟弱な少年だが、幼馴染を奪った巨人達に対して強い憎しみを持っているのだろう。その巨人を操っている敵勢力の存在を知り、復讐を決意したようだった。

 

 当初、誘導役はアルミンがするつもりだったらしいが、クリスタ自ら代わりを申し出たのだった。ただでさえ大切な人を亡くして辛い思いをしているアルミンをこれ以上苦しめたくない。当のアルミンでは冷静に振舞える事自体が不自然で演技が見破られるかもしれない。演技なら自分の方が得意だと言った。どうやらクリスタはアルミンに想いを寄せているようだった。

 

「はい、兵長も見事な手際でした」

 クリスタはリヴァイを称えるが、表情は硬いままだった。

「騙まし討ちした事を恥じているのか?」

「いいえ、必要な事だと思っていました」

「一つ言っておく。(アニ)()ったのは俺だ。お前らではない」

「はい」

「ならいい」

「わたし、ミカサのところに行っています。団長にはそう伝えてください」

 

 アルミン達は、事前の打ち合わせの際、ミカサの搬送を提案していた。鎧達が巨人化した現場を目撃しているミカサは憲兵団に狙われる可能性がある。そのミカサを調査兵団本部で最も安全な場所と聞いた研究棟で匿って欲しいとの事だった。スミス団長は少し考えて許可を出していた。

 

 アルミン、クリスタ、ミカサは未だ正式な団員ではないが、3人とも進路を調査兵団を希望しており、手続きが前後するだけと考えていいだろう。

 

(クリスタか……。こいつ、見かけによらず肝がすわっているな。経験を積んだらぺトラを抜いてしまうかもしれん)

 リヴァイは去っていくクリスタを見送った。頭脳派のアルミンといい、第104期は優秀な新人が多いのかもしれない。




【あとがき】
アルミンの策とスミス団長のアイデアにより、
・事前に武装解除(訓練兵全員を武装解除)
・訓練兵の仲間を使って、現場まで誘導
・トラバサミで捕獲
・保険として大砲を事前に照準
・最精鋭班が待機
その直後、最精鋭の兵士(リヴァイ)がアニを暗殺した。アニ達は一瞬にして巨人化する能力を所持しているため捕縛も困難であり、密談していた男が失踪したというのが暗殺を決意させたトリガーとなった。
(”イルゼ”先輩からアルミンはヒントをもらっている)

敵が鎧の巨人に変異する可能性があると考えれば、どれだけ用心に用心を重ねても十分とはいえないかもしれません。


人類存亡の時を迎えていますから、容疑者の証拠が固まるまでという悠長な事をしている状況ではありません。巨人化能力は強すぎるが故に不幸な結果をもたらすかと思います。原作でもエレンは味方に何度も殺されかけています(砲撃や審議所の裁判)

原作でもアルミンの策でアニをおびき寄せる事には成功しています。(ストヘス区での捕縛作戦) 捕縛ではなく暗殺だったら巨人化させる事なく任務達成していたかもしれません。

クリスタは原作においても、訓練兵になる前から”クリスタ”という仮面を被っていたという事になっています。

アニにとっては最悪の結末になりました。敵(人類)の情報収集能力が想像を超えたものになっています。(リタ達の通信機・録画装置・振動索敵網) トロスト区攻防戦時点にて正体が判明し、敵司令部の冷徹な決断が下された。


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第29話、演説

ピクシス司令、ついにトロスト区奪還作戦を発動します。演説が行われた時刻は原作とほぼ同じ、午後4時頃の設定です。軟禁されているミーナ達は宿屋から演説を聞きます。


(side)ミーナ

 

 訓練兵のミーナ、ジャン、コニーの3人は駐屯兵団が借り上げている宿屋の3階の客室に軟禁されていた。もともと宿泊客が滞在する客室で、ツインベッドやソファーセット、暖炉も備え付けられている。壁際には風景画が描かれた絵画が掛かっており、比較的豪華な部屋だった。

 ウォールローゼ側にあるこの宿は最重要防衛地点である内門から150m程の北の位置にある。3人共、武装解除させられていた。これはミーナ達だけでなく訓練兵全員が武装解除されているという事だった。増援部隊の到着が理由との事だったが、本当の理由は違うだろう。ミーナはアルミンほど鋭いわけではないが、それでもなんとなく分かった。

 

(イルゼ先輩の案が取り入れられたんだよね、きっと。訓練兵の中に巨人側の諜報員(スパイ)がいるかもしれないと怪しんでいるんだ)

 ミーナはこの部屋に連れてこられる直前、壁上に上るリフトで憧れの先輩とすれ違っていた。先輩は司令部に出頭したのだろう。先輩が怪しいと言った訓練兵3名、そしてユミル、合計4人。第104期訓練兵218名のうち、実に4名が巨人側の諜報員(スパイ)もしくは巨人化能力者という計算になるのだった。比率にして2%。そんな現状では訓練兵を実戦投入はむろんの事、武装させたくないのは当然だろう。

 

(早く、イルゼ先輩に会いたいな……)

 ミーナは以前から調査兵団に対する憧れを持っていたが、今はイルゼ先輩に対する想いの方が強くなっていた。あんなに強くて綺麗な人はいままで見た事がなかった。ミーナにとってイルゼ先輩はまさに戦女神(ワレキューレ)だったのだ。

 

 遅れた昼食、普段滅多に食べられない肉料理だったのでかなり贅沢なものだった。サシャが横にいたら涙を流して感激していただろう。自分達をこの部屋まで案内してくれた駐屯兵団の参謀の説明どおり、軟禁されているとはいえ厚遇はされているようだった。

 

(こうして生きて食事ができるなんて……)

 ミーナは少し涙を浮かべながら食べ物を喉に通していく。味そのものよりも生きている事を実感していたからだ。巨人との連戦で壊滅したミーナ達訓練兵第34班、その後も幾度と無く巨人達と交戦、さらに撤退戦で殿(しんがり)までしたのだった。生きているのが奇跡と思えてくる。

 

「いやー! 食った、食った!」

 自分の分を平らげたコニーがソファーで寛いでいた。

「……」

 ジャンは半分ほど食べただけで食事を止めていた。ほとんど無言だった。

「ジャン、もういいんですか? せっかくの肉料理なのに?」

「いや、俺はいい」

 ジャンは親友マルコの死が堪えているのだろう。撤退戦の殿で過酷な状況だったとはいえ、やるせない想いがあるようだった。

 

「欲しければやるぞ」

「えっ、えーと……、特には……」

 ミーナもそれほど食欲があるわけではなかった。自分の分だけで十分だった。

「そうか……」

 ジャンはそれっきり口を閉じてしまう。

「なんだよ、ジャン。もったいない事すんなよ。じゃあ、俺がもらうぜ」

コニーが割り込んできた。食糧事情が厳しいこの世界である。サシャでなくても食べられる時に食べておくのは基本だからだ。

 

「なあ、ジャン。俺達、いつまでここにいるんだ?」

 ジャンの残りの分まで食った後、コニーは聞いてきた。

「さあな。作戦終了までだろ?」

「作戦って内門の守りを続けているだけだろ? せっかく新兵器もあって、調査兵団も帰ってきているんだから反撃すればいいのによ」

「いろいろと都合があるんだろさ」

「くそっ、どんな都合だよ」

 コニーは慎重すぎる司令部を歯痒く思っているようだった。

 

「なあ、ミーナ。お前はどう思う?」

 コニーが聞いてきた。

「何がですか?」

「お前だって、このままここに閉じ込められていたら嫌だろ?」

「ええ、まあ。でも仕方ないじゃないですか? 誓約書、書かされちゃいましたしね」

 

 駐屯兵団の参謀からは、巨人化する人間に関する一切の情報を他人に話さない旨の誓約書にサインさせられていた。違反した場合は懲戒処分、下手すれば恩給無しで兵士を辞めさせられ開拓地送りとなる可能性すらもあるという。つまり3年間の訓練が全て無駄になるのだった。ただ機密保護に協力すればいくらかの報奨金は出すというので鞭ばかりではなかった。

 

「そこまで信用ないってのかよ。くそっ……」

「……」

 コニーは毒突いているが、ジャン、ミーナは黙ったままだった。

 

(もしかして……訓練兵の武装解除、そしてこの待機命令って巨人の諜報員(スパイ)対策なのかなぁ? 彼女(アニ)もこっそり連行されていたりするんだ……)

 ミーナはそんな事を考えていた。

 

 ……

 

 ドアがノックされた。

「どうぞ」

ミーナが答えると、一人の兵士が入ってくる。ドアの外で自分達の警護(見張り)をしている兵士だった。

「お前達、屋上に来い! まもなく司令の演説が始まるそうだ!」

「ぴ、ピクシス司令が!?」

ミーナ達は顔を見合わせた。兵士全員の前での演説、おそらくトロスト区攻防戦の戦況説明、もしかしたら奪還作戦を立案したのかしれなかった。

「へっ! 司令部もようやくやる気になったかな」

コニーは鼻を摩っていた。

 

 ミーナ達が3階建ての宿屋の屋上に出ると、通りには大勢の兵士達が待機しているようだった。司令の演説が始まるという事で、みな屋外に出てきたようだった。

 

「ちゅーもーく!!!」

 内門の壁上で大発声した人物がいた。ピクシス司令だった。司令は全兵士に向けて何か演説するようだった。ざわざわと雑談していた兵士達が話すのをピタリと止めてピクシス司令を注視していた。

 

「これよりトロスト区奪還作戦について説明するっ!」

 ピクシス司令はそこで言葉を区切った。

 

「やっぱりか。でもどうやって扉に開いた穴を防ぐつもりだろ?」

 コニーがミーナの横で呟いた。コニーの疑問は最もだった。超大型巨人によって蹴り破られた穴は8m級巨人ならば屈む必要もなく歩いて入ってこれるほどの大きなものだった。それを即座に塞ぐ技術は今の人類には無いだろう。

 

「まず、穴を塞ぐ手段じゃが、急いで穴を塞ぐ必要はないっ! 街内にいる巨人の掃討を優先するっ!」

 ざわざわっと兵士達は話し始めた。穴を塞がなくては巨人達が流入する一方ではないのかと思っているからだろう。司令部は何か考えがあるのだろうか。

 

「なぜ穴を塞ぐのを後回しにするのか!? それは巨人達が街に向かうのを止めたからじゃ! これは調査兵団の壁外遠征部隊、さらに南門守備隊の観測班からも同じ報告が来ておる。例の超大型巨人達が死んでしばらくして街に流入する巨人の数は激減しておるとなっ! 奴らが他の巨人を誘導しておったのは間違いないっ!」

 巨人達が街に向かうのを止めた。もしそれが事実なら見通しは明るかった。

 

「うそだっ!」

 兵士の一人が叫んでいた。

「どうやって壁の外を確かめるっていんだよ! もう入ってこないって言い切れるわけがないじゃないかぁ! 街に入ってあんな地獄はもう嫌だあ! そ、そんなに手柄が欲しいのかよ! お、俺達は使い捨ての刃じゃないんだぞ!」

その兵士は喚いていた。兵士の間に動揺が広がり始めていた。

 

「おいっ!! そこのクズ野郎っ! 調査兵団(オレ達)に喧嘩売ってんのかっ! グタグタいってんなら表に出ろっ!」

 南門の手前にいた一人の兵士が大声で怒鳴った。”自由の翼”の紋章が入ったマントが翻っている。叫んでいた兵士やその周りにいた兵士達はその威圧感に後ずさりしていた。

「お、おい! あれ、リヴァイ兵士長だ!」

「あの人類最強の!?」

「一人で一個旅団に匹敵するっていう?」

「そうだよ、そのリヴァイ兵士長だよ」

リヴァイの一喝で空気は変わったようだ。確かに調査兵団に正面切って喧嘩を売る馬鹿は兵士の中にはいないだろう。

 

「新たに流入するはぐれ個体の巨人がいれば、調査兵団(オレ達)が蹴散らすだけだ! なんか文句あるかっ!」

 リヴァイはハッキリ宣言した。確かに巨人殺しの達人集団がいれば、流入を阻止できるだろう。兵士達の動揺も止まったようだった。

 

 リヴァイの一喝で士気が上がったとみたピクシス司令は説明を続けた。

「誘き出す役の兵が巨人達を壁際まで引き付けて大砲で仕留める! これを基本じゃ! 焦る必要は無い! 確実に何度でも繰り返す! 十分、巨人の数が減った後、一気に攻勢に出るのじゃ! よいかっ! 我が方には新兵器ありっ! 第2の鎧の巨人が出現しようとも恐れる事はない!」

おおっという喊声が上がった。やはり鎧の巨人達を倒した新兵器の威力は絶大だった。

 

「巨人が進んだ分だけ人類は後退を繰り返し、領土を奪われ続けてきた! しかし、この戦いで勝利すれば人類は初めて巨人から領土を奪い返す事に成功するっ!」

 ピクシス司令の演説は続いた。今まで巨人達に奪われてきた領域に比べるとトロスト区は小さな領域である。しかし人類の怨敵である鎧の巨人達を新兵器で倒し、奪還に成功すれば反撃の狼煙は十分上がったと言えよう。人類の進撃はこれからだという。

 

 ピクシス司令の演説が終わると兵士達は持ち場へと戻っていった。

「俺達訓練兵は作戦に参加しなくていいのか?」

ジャンが監視役の兵士に聞いていた。

「本日における訓練兵の作戦参加は不要と聞いている。奪還作戦が今日中に終わる訳ではないだろう。明日以降はまた追って指示が出るだろう。今は部屋に戻っていろ!」

そう言って兵士は屋内に戻るように促した。

 

「あのぅ、ジャン。あなたは作戦に参加したいんですか?」

ミーナは訊ねてみた。

「そうだ。反撃の第一歩に参加しないのは不甲斐ないからな」

「そ、そうですか?」

「おい、ジャン。討伐数なんて言ってたら誰かみたいに足元掬われるぜ」

 ミーナはコニー達に自分達第34班の戦いの経過を説明していた。むろんトーマスの事を含めてだった。コニーはその事を言っているのだろう。

「ちがうな、コニー。俺はやるべきことをやらなきゃいけないと思っただけだ」

ジャンはそもそも内地指向だったはずだ。今日の一連の戦いや親友マルコの死で思うところがあるのかもしれない。

「俺は明日、参加が可能なら志願するつもりだ。別にお前らには強制しねーよ。第一、参加が認められるかはわかんねーもんな。まあ、その時は自分で決めるんだな」

 ジャンはそう言って手を振りながら屋内へと戻っていた。

「ジャンの奴、本気なのか? あれ、本当にジャンかよ?」

「わたしも少し分かります。わたしだってエレンが生かしてくれたようなものですから……。わたしだって巨人は怖いですけど、戦わなくちゃいけないときもあると思います」

「ミーナ、お前まで……」

コニーは驚いているようだった。

 

「……」

 ミーナは空を見上げた。既に日は傾き、夕刻が近くなっている。空はどこまでも澄んでいて美しかった。




【あとがき】
駐屯兵団司令部は、トロスト区奪還作戦を発動する。原作と異なり、大岩で扉を塞ぐのではなく、街内の巨人を掃討するのが目的だった。巨人達の街への流入が止まった以上、掃討後に扉を閉塞する工事をすればよいからである。

巨人の流入が止まった事をなぜ司令部が知ったかはネタバレになるため伏せますが、リタ達が何らかの手段で伝えました。


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第30話、未知の壁外勢力

実はハンジが街に帰還していました。


(side:エルヴィン)

 

 既に日は沈み、長かったトロスト区の一日は終わりを迎えようとしていた。奪還作戦が発動され、主に壁上固定砲によって街内にいた巨人の2割を討伐することに成功していた。明日の明朝から再び作戦が継続される予定だった。明日中には街内全ての巨人を掃討できる見込みだった。むろん味方の犠牲は少なくないが、勝てそうだという見通しから全体的に士気が高く、防衛戦の時ほどの悲壮感はなかった。

 

 

 駐屯兵団司令部の控えの天幕内では、調査兵団分隊長のハンジ・ゾエがベットに横になっていた。傍らには団長のエルヴィン・スミスがいた。ハンジは頭に包帯を巻いている。頭部を負傷し、手足にも擦り傷や打撲がある状態だった。気球が不時着した際の衝撃で負傷したとの事だった。

 

「まだ痛むか?」

「だ、大丈夫だよ」

「しかし、よく生きて還ってきたものだな」

「心配をかけたね。あははっ」

「笑い事じゃないぞ」

 

 ハンジ達は司令部が諜報員(スパイ)暗殺作戦を進めている最中に帰還してきたのだった。

 

 布で被った小型の馬と思われる動物に牽引された荷馬車。小型の馬らしきものは壁際にやってくるとその荷馬車を投棄して荒野へと戻っていった。目撃した兵士達によれば、人が乗っているようには見えなかったという。

 

 壁の上にいた駐屯兵団の兵士が投棄された荷馬車の中を調べると、中には偵察気球に乗っていた二人――ハンジとモブリットがいた。モブリットは負傷はなかったが、ハンジの方は負傷したらしく、手当てされた状態だったとの事だ。

 ハンジ曰く、壁外の第三勢力に救助されたとの事だった。ハンジは気球が不時着した際の衝撃で意識が朦朧としている中、目隠しされてしまい、彼らの姿を見る事ができなかったという。モブリットの方は気球が降下し始めたあたりで意識を失っていたそうだ。

 

『ユーエス軍特殊部隊、ヴラタスキ将軍』

 

 彼らのリーダーはハンジにそう名乗った。海を越えた遥か彼方の大陸よりやってきたという。主にこの地の調査が目的のようだが、巨人達とは既に幾度か交戦し、敵勢力としてみなしている。その最中、巨人達によるトロスト区侵攻を知り、急遽特務兵を派遣した。その特務兵が鎧の巨人と超大型巨人を倒したとの事だった。つまり新兵器は彼らのものというわけだった。

 

 敵の敵は味方という理屈で壁内人類を援護しただけであり、過度の接触は望まない。壁内世界の中には、巨人側のスパイと思われる者たちや、情報隠蔽という巨人側への利敵行為をする者がいるため、下手に情報を渡せば敵勢力に情報が漏れる事を恐れているとの説明だった。

 

「我々はあまり信用されていないのだな」

「はい、そうですね。とても一枚岩とは言えませんから」

「再接触はできるかな?」

「わかりません。ただ彼らが教えてくれた情報は貴重なものです」

「それはそうだな」

 

 ユーエス軍が教えてくれた情報は、過去に調査兵団が知ろうとして知る事ができないものだった。すなわち、巨人達を操る敵勢力に関する情報である。

 巨人化制御技術を持つ敵勢力は、5年前のウォールマリア侵攻とは異なり、工作員を潜入させた上で、入念な準備を行ったようだった。ユーエス軍の予想では、人類側が思ったより軍事技術の発達が見られたので、それらを収奪した上で、滅ぼすつもりではないかという事だった。

 

 さらにユーエス軍は巨人側潜入工作員の容疑者個人名、現時点でのトロスト区周辺にいる巨人達が街へ向かっていないという事実、例の特務兵は遅くとも2日以内に撤退させる旨を伝えてきた。

 

我が軍(ユーエス)にお前達を助けてやる義務もなければ義理もない。本来なら救援費用を請求したいところだが、今回だけは免じてやる。ここまで教えてやったのだから後は自力でなんとかしろ!』

 そういった趣旨の文章をハンジは持たされていた。つまり奪還作戦を実行するなら早くやれという事だった。

 

 ピクシス司令と相談した結果、ユーエス軍の意図はともかく情報の信頼性は高いと判断し、ただちに奪還作戦を実行する運びとなった。兵士達にはあえてユーエス軍の事は伏せた。ユーエス軍が堂々と姿を現して巨人達と交戦したのならともかく、彼らは隠密行動に徹しているようだった。今の状況では兵士達に説明するには奇抜すぎて信頼性が乏しいからである。

 

「しかし、敵勢力がこれほどとは……」

 エルヴィンは敵勢力の圧倒的軍事力の前に寒気を覚えるほどだった。戦士(巨人化能力者)が最低でも数十体。さらに戦士を監督するという親衛隊もどきの戦士。巨人達を誘導する力を持つ彼らはさらに何百、いや何千という巨人を動かす事ができるだろう。今回のトロスト区襲撃は敵勢力からすればただの尖兵程度にしか過ぎない事になる。その尖兵ですらユーエス軍の助力無しには撃退不可能だった。敵が本気を出して主力を送り込んできたなら、人類に対抗する術はないと思われた。

 

 王政府の保守派達は調査兵団を解体し、門の閉塞を望んでいるが、愚かとしかいいようがない。ここまで圧倒的軍事力を持つ敵に狙われている以上、壁を閉塞したところで気休めにしかならない。鎧の巨人が壁を登った実例でわかるように、敵の戦士達は壁を越えてどこからでも侵入できるのだから。

 

「敵は知性を持っています。無知性の巨人とは違います。今回、諜報員を送り込んで調査兵団の壁外遠征の日を狙って襲撃してきました。訓練兵にスパイがいたからこそ、訓練兵が動員される状況を見込んでのことでしょう」

「ハンジ、お前は知らないだろうが、駐屯兵団の兵士にも敵の工作員が紛れ込んでいた」

 

 エルヴィンは消えた謎の男の話をした。

「どういうつもりだと思う? 内門の破壊を諦めたのか?」

「……。仲間に知らせに行ったのかもしれません」

「西側のどこかの壁を越えていくか? だとしても我々に阻止できる戦力はない」

「ユーエス軍が展開している場所なら、彼らが討伐してくれる可能性はあります」

「なぜ、そう言える?」

「ユーエス軍は知性巨人を集中的に狙って撃滅しているようですから。壁を昇り降りできるのは危険な個体とみなしてくれるかもしれません」

「他力本願だな」

エルヴィンはため息をついた。人類の現有戦力では知性巨人を倒すのは困難を極めるのだった。ユーエス軍の存在は有難いが、彼らは彼らの都合で動いているだろう。こちらの都合を押し付ける事は出来ない。

 

「ところでエルヴィン、総統府にユーエス軍の事は報告するつもりなのかな?」

「むろんそのつもりだ。新兵器の事もうるさく聞かれるだろうしな。壁外勢力のものなら奴らも諦めるだろう」

「世間一般にはどう説明するのかな?」

「総統閣下の胸三寸だな」

 総統とはダリス・ザックレーの事だった。三兵団を統括する軍事部門の最高権力者である。

「ユーエス軍とは協調関係にない以上、公開されないのかもしれない。それより、ここまで敵が強大な以上、軍備強化は急務だと思う」

 

「まあ、私としては調査兵団への予算が増額されるならそれで嬉しいよ。それと気球の件もうまく報告しておいて欲しい。あれがあったからこそ、今回調査兵団は素早く街に帰還でき、さらにユーエス軍とも接触する機会を得る事ができたのだから」

 ハンジの意見はもっともだった。本来なら気球の飛行試験が今回の壁外調査の目的だったのだから。十分に成果が上がった以上、憲兵団から難癖を付けられる可能性も減っただろう。

 

「ハンジ、お前が作りたいのは例の飛行機械か?」

「もう次の段階に入っているよ。後、エルヴィンにお願いがあるんだが……」

「何かあるのか?」

「明日の奪還作戦では、なるべく多くの巨人を捕獲して欲しいんだ」

「わかった。リヴァイ達にはそう伝えておこう。わたしからも頼みがある。訓練兵のアルミン、クリスタ、ミカサの事だ。特にアルミンとクリスタは重要機密を知っている立場だ。技術班でしっかり守って指導してやってくれ」

「大丈夫だよ。ぺトラと共にそこら辺は抜かりないよ」

ハンジは力強く請け負った。




【あとがき】
軍首脳部は、未知の壁外勢力――ユーエス軍の存在を知ります。ユーエス軍はハンジ達を救助した後、壁際まで送り届けてくれました。そして貴重な情報をもたらしてくれました。

というのが団長達の認識ですが、実際はハンジが一芝居打っています。
技術班に対する憲兵団からの追求を避けるのが主な目的です。(新兵器絡み)
未知の壁外勢力、詳細不明ならば、憲兵団も手が出せないと踏んでいます。

実は、ユーエス軍=秘密結社軍、であり、
リタ達はたった1個戦車分隊にすぎない戦力なのですが……

『ユーエス軍特殊部隊』 
リタの世界の元の所属部隊そのままですが、異世界なので構わないのではないかと。


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第4章 反攻準備
第31話、次回壁外調査


 戦士(知性巨人)が全て討伐され、人類優勢下の奪還作戦なので、見所があまり無いため、詳細は省きます。

作戦終了後、団長と司令は総統府に赴き、ザックレー総統と謁見します。



 日没後、トロスト区から北西20キロ地点のある集落において、50人近い村人が殺戮されるという虐殺事件が発生した。突如、1体の巨人が出現、10m級と思われるその巨人は農家を片っ端から破壊していき、逃げ惑う村人を踏み潰していったという。

 

 この虐殺から逃れた人が触れ回った事で、トロスト区の内門が破られたとのデマが広がり、避難する人が避難する人を呼び込み、集団パニックに近い状態となった。混乱の最中、多数の略奪事件や強盗傷害事件などを発生する異常事態となった。混乱の最中、多数の負傷者が出たが、巨人による虐殺事件以外に死者が出なかったのは幸いといっていいだろう。

 事態を悟った南側領土の全権を持つピクシス司令は直ちに戒厳令を施行、夜にも関わらず兵士達を各村に派遣し、事態の沈静化に努めた。

 

 また司令部より虐殺事件は民衆の不安心理に付け込んだ強盗団が偽装したものであると発表された。この虐殺を引き起こした真犯人たる知性巨人(アニと密会していた謎の男)は、追跡していたイアンら精鋭班によって壁外へ逃亡した事が確認されていたからである。(人類側は知らなかったが、リタ達秘密結社軍によりこの巨人は討伐されていた)

 

 第104期訓練兵は、男女別に主に班単位で分散して、近くの研修施設や集会場に軟禁されていた。

 

 翌日早朝、トロスト区奪還作戦が再開されたが、訓練兵達は待機を命じられたままだった。昼過ぎには、トロスト区内に侵入していた巨人の全てが、調査兵団と駐屯兵団により掃討された。また掃討戦の最中、巨人5体が捕獲された。(7m級1体、5m級2体、3m級2体) 掃討戦完了直後、事前に北門付近に待機させていた大量の資材を積んだ荷馬車群を南門へと運び込み、急ピッチで穴の閉塞工事が行われる事となった。また作戦終了後、訓練兵は軟禁を解かれ、遺体回収などの後処理に動員させられていた。

 

 トロスト区攻防戦は、人類が初めて巨人に勝利した戦いと言われる。奪還戦における損失はおよそ百名、防衛戦を含む攻防戦全体の損失は九百人近くとなる。犠牲自体は大きかったものの、人類の怨敵たる超大型巨人ならびに鎧の巨人を討伐している事で、世間一般には歴史的大勝と発表された。

 

 ただし、人類単独で巨人達に勝利できたわけでなかった事が後に大きな波紋を呼ぶ事になる。すなわち”ユーエス軍”なる壁外勢力の存在だった。

 

 

 奪還作戦完了後、ピクシス司令とスミス団長は、戦況報告のためにただちに王都ミットラスに向かった。ユーエス軍と接触した二人のうちの一人、モブリットを同行させている。もう一人のハンジは同行せず報告書のみを団長に提出していた。ハンジは巨人研究の第一人者でもあり、捕獲した巨人の生体実験を行うには無くてはならない人物だったからである。巨人を捕獲したその日から、ハンジ主導による生体実験が行われていた。

 

 総統府にて、ピクシス司令とスミス団長はダリス・ザックレー総統に報告書を提出。戦闘経過、巨人化能力者、潜入工作員(スパイ)、敵勢力、偵察気球、ユーエス軍、村落における虐殺事件など、報告事項は多岐に渡った。

 

 

(side:エルヴィン)

 

 王都ミットラス内において調査兵団団長のエルヴィン・スミスは、ピクシス司令と共に馬車に乗り込んでいた。総統府から再出頭を求められたからだ。馬車の中で二人は話していた。

 

「ユーエス軍の事は、世間一般にはまだ公表してはいないようだな」

「決められん事が多すぎるからじゃろな」

 

 王都の新聞各紙には、巨人によるトロスト区襲撃の記事が依然としてトップに載っていた。既に奪還作戦が完了して3日が過ぎていた。調査兵団ならびに駐屯兵団工兵部の活躍により、巨人達を街の壁際に誘き出して、主に大砲で仕留めた事などが書かれていた。

 

 やはり英雄的に書かれていたのは、リヴァイ達調査兵団主力部隊だった。巨人を百体以上討伐とある。全く嘘というわけではなかったが実際よりもかなり誇張して書かれていた。市街地は立体機動装置の性能を十分に発揮できる環境で、絶好の狩場である事は確かだった。リヴァイをはじめとする精鋭班は自分達の戦績よりも兵団全体の技量向上を優先して、経験の浅い兵に実戦経験を積ませる為にサポートに徹していたのだった。

 

 鎧の巨人、超大型巨人を倒したのは、極秘開発された新兵器であると記事には書かれている。ユーエス軍の事は一言も触れていない。彼らの存在こそが人類の命運を左右するかもしれないのだが、友好的勢力とは言い切れない所に、総統府の迷いがあるようだった。

 

 ユーエス軍と接触したモブリットは拘束されて、ほとんど目隠しされたままだったが、数秒だけ目隠しが外れた事があったらしい。そのときにユーエス軍の姿を目撃していた。彼が描いたスケッチによると、彼らは全身を覆う鎧を纏った兵士達が幾人もいて、大型の刀剣類で武装しているようだった。ただ立体機動装置らしきものが見当たらなかったという。

 

「ユーエス軍か? どうもよくわからない相手だな。巨人相手に鎧などが役に立つのか?」

「役に立つから着ておるのじゃろ?」

「そうだとは思うが、ユーエス軍に関しては謎が多すぎるな。例の特務兵を発見することはできなかった」

 奪還作戦を実行するに当たって、全兵士には怪しげな人物が街中にいれば報告するように命じていたが、結局、何も発見できなかった。新兵器を装備した特務兵がいたのは確実だが、その姿を一切目撃されていない。まるで煙のように消えてしまったといっていいだろう。

 

 馬車が総統府に到達後、二人はさっそく総統の待つ執務室へと赴いた。ザックレー総統は、すぐさまエルヴィン達を迎え入れて面談する運びとなった。

 

「まず結論から言わせてもらおう。調査兵団は早急に壁外調査を実施し、ユーエス軍と接触を図ってもらいたい」

「壁外調査ですか?」

「そうだ。現状ではユーエス軍に関する情報があまりにも不足している。かといって彼らを無視することはできまい。巨人を操る敵勢力の存在がある以上、彼らの意図を正確に探る必要があるだろう。可能ならばその新兵器を我々人類に提供してもらいたいが、無償でくれるほどお人よしな連中だとは思えん。どのような交渉が可能なのかを探るのが目的だ」

「わかりました」

 エルヴィンは答えた。ザックレー総統の判断は納得のいくものだった。敵勢力に対する軍略上、最重要事項は友好的勢力との連携であるのは間違いない。

 

「ピクシス、トロスト区の門は完全に塞いでしまったのか?」

「ああ、もう二度と使えんじゃろ?」

「遠回りになりますが、カラネス区からの出発を希望します」

「わかった。それは認めよう。それと全区の第104期生をその壁外調査に参加させたまえ。兵科選択問わずだ。拒否する者は兵籍剥奪処分とせよ」

「なっ?」

 さすがのエルヴィンも驚いた。兵科を問わず新兵全員を参加させる壁外調査なぞ過去に聞いた事がないからである。全区の第104期生というと再起不能の傷病兵を除けば総勢500人程になるだろう。新兵全員を壁外調査に同行させよ。およそ正気とは思えない措置だった。

 

「南側領土の第104期訓練兵のうち、4人が巨人だったと報告を受けておる。この事実から鑑みて巨人側の潜入工作員(スパイ)は訓練兵に紛れ込んでいる可能性が一番高い。そのふるいを掛けるためだ。ユーエス軍はどうやらスパイを識別する方法を持っているようだ。ユーエス軍と接触して生きて帰ってくれば、スパイ疑惑は晴れたものとしよう」

「し、しかし、新兵がそれほど多くては巨人の襲撃があった場合……」

「死ぬだろう。だが壁内に巨人側の潜入工作員(スパイ)が居続ける方が遥かに人類にとって有害であると考える。新兵全員を調査兵団の一時預かりとするように命令を出す。彼らに通達する方法などはお前達に任せよう」

 ザックレー総統の言葉に迷いはなかった。彼の判断基準は人類にとって利か害かである。潜入工作員(スパイ)の洗浄を何よりも優先するつもりらしかった。

 

 その他の事案については、概ねエルヴィン達の主張が認められたものとなった。偵察気球についてはトロスト区の駐屯兵団で試験運用が開始する運びとなった。試験結果が良好なら他地区の駐屯兵団でも採用される事になるだろう。

 調査兵団への予算も大幅に増額された。さらに偵察気球を駐屯兵団が調査兵団から購入するという形が認められたため、ハンジ達技術班への予算割り当ても期待以上のものとなった。また次回の壁外調査には駐屯兵団側からの兵員の貸し出しも認められた。

 

 

 総統府を退出した後、エルヴィンはピクシス司令と共に馬車で宿舎へと戻った。予算面での厚遇はともかく、最大の懸念は次回の壁外調査についてだった。新兵五百人を伴った壁外調査、うち調査兵団志望者は1割もいるかどうかで、ほとんどは士気の低い者たちだ。高度な連携が必要な長距離索敵陣形を教え込む時間もなく、また嫌々参加させられる彼らは習得する気すらもないだろう。新兵なので戦闘力もほとんど期待できない。つまり大量のお荷物を抱えて壁外調査を行わなければならないのだ。困難な壁外調査になることは容易に想像がついた。

 

「異常としかいいようがないな」

「それでもやるしかないじゃろ? 駐屯兵団(ウチ)からも腕利きを貸そう。一人でも多くの新兵が戻って来られるよう努力はするべきじゃろな」

「それは助かる。後はユーエス軍の出方次第か?」

「そうじゃな。文言はともかくさほど悪い奴らには思えんのじゃが……」

「かといって、総統も仰ったように無償で助けてくれるほどお人よしな連中ではないだろう。人類(こちら)に彼らを満足させる事ができる取引材料があるのかすらもわからない」

 

 未知の壁外勢力――ユーエス軍。情報が少なすぎるため、現在は正体不明の存在だった。

 

 

(side:???)

 

 王都ミットラスのとある場所で、影達が話し合っていた。

 

「甘すぎるのではないか? 調査兵団や駐屯兵団の連中の名声が高まるばかりではないか?」

「仕方あるまい。今はユーエス軍とやらを壁内に引き込む事が肝要だ。壁外にいては手が出せない」

「ったく厄介な連中だ。壁の中に入ってくればいかほどでも料理しようものがあるものを……」

「そのための次回の壁外調査だ。新兵の少年少女五百人、ユーエス軍の出方を見る餌というわけだ。見殺しにされたところで主に貧民出身の者たちだ。痛くも痒くもない。大勢の犠牲者が出れば調査兵団は評判を落す事になるだろう」

「なるほどな。うまく考えたな」

 潜入工作員(スパイ)洗浄を名目に、お荷物となる新兵五百人を調査兵団に押し付けて壁外へと追いやる。死のうが生きようがどちらにしても自分達の益になるという謀略だった。




【あとがき】
王政府の保守派?は、潜入工作員(スパイ)洗浄を名目に、お荷物となる新兵五百人を調査兵団に押し付けて壁外へと追いやる事を企む。犠牲が大勢出れば調査兵団の名声が失墜することを見越している。ある程度、意図を知っているはずの総統もスパイ洗浄を最優先と考えているので、受け入れて正式に命令を下した。

これにより、クリスタ、アルミン、ミーナ達訓練兵全員ならびに他地区の訓練兵も全て第57回壁外調査に強制参加させられる流れとなった。


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第32話、送り火

大勢の戦友が散っていたトロスト区攻防戦。防衛戦当日から4日後の夕刻、ミーナ達訓練兵は、戦死した仲間を火葬場にて見送ります。鎮魂の話です。

ミカサ、久しぶりに登場。



(side:ミーナ)

 

 ときおり遠くから大砲の音が聞こえていた。南門に近づいた巨人を壁上固定砲が追い払っているのだろう。穴の閉塞工事が行われており、街の奪還が完了して三日たった現在もなお工事中だった。

 

 トロスト区の水門近くの空き地には臨時の火葬場が設けられていた。既に夕刻、炎が一層周りを赤く照らしている。街で回収された遺体を燃やす炎だった。

 

 焚き火の周りには、ミーナ、サシャ、コニー、ジャンといった第104期訓練兵達がいた。戦死した仲間を見送る弔いの儀式でもあった。いつもは和気藹々と騒がしい仲間達だったが、今は誰もが口を閉ざしたままだった。

 ミーナ達訓練兵は、奪還作戦完了後、遺体回収作業に動員された。巨人達は人を捕食するので、五体満足な遺体の方が逆に少ない。身元が分かる遺体はまだ幸運な方で、体の一部しかなかったり、咀嚼されて巨人の胃袋の中で誰のものか判別付かない遺体も多かった。酷いのは、巨人が吐いた後だった。消化器官の無い巨人は満腹すると胃の内容物を吐き出すのだった。遺体の塊というべき肉塊は、(おぞ)ましいの一言に尽きた。

 

「ミーナ。わたし達、生きていますよね」

 サシャが話しかけてきた。サシャとは訓練兵時代から比較的仲の良い方だった。

「そうだね……」

「変ですね。わたしは見送られる方だったかもしれないのに……。わたし、もう兵士になる自信なくしちゃいました」

サシャは巨人との戦闘で怯えてしまった事を気にしているようだった。

「わたしだって、似たようなものだよ。エレンや周りのみんなに助けてもらって生き残ったようなものだもの。……今だって巨人は怖いよ。でも戦い方さえ分かっていれば決して倒せない敵じゃないと思うから」

「そうなんだ……。じゃあ、やっぱり調査兵団を志望するのですか?」

「うん、そのつもり。気になる人もいるから」

「え? 誰?」

「ごめん、今は教えられない。それにその人とはまだ一言二言しか言葉を交わしてないから……」

「そ、そうですか? でもミーナの気になる人ってきっとカッコいい人なんでしょうね」

「ま、まあね」

本当は憧れのイルゼ先輩の事だったが、サシャは勘違いしているようなので黙っていた。

 

 馬の戦慄きが聞こえて振り向くと、荷馬車が一台近くまでやってくるのが見えた。馬車から降りてきたのは同期のミカサ、アルミン、クリスタの三人だった。アルミン達は遺体回収作業に参加しておらず、防衛戦があったあの日以来、姿を見せていなかった。重傷だと噂されていたミカサの付き添いをしていたのかもしれない。

 

 荷馬車からは車椅子が下ろされ、アルミン達が介助してミカサが座った。アルミンがミカサの車椅子を押して焚き火の方へとやって来る。ミカサは負傷しているらしく、頭には包帯が巻かれ、腕にもギブスを付けて包帯で固定されていた。車椅子に乗っているところを見ると脚もどこか痛めているようだった。傍らにいるクリスタはミカサの様子を心配そうに見守っている。

 

 ジャンがミカサに声をかけた。

「み、ミカサ! お前、無事だったのか!?」

ミカサはコクンと頷いた。

「その怪我は?」

「大した事ない」

ミカサはそっけなく答えるとアルミンが会話に割り込んできた。

「ほ、本当は医者からは安静にしているように言われているんだけど、ミカサはどうしてもというから……」

「そうなのか?」

「今日は……エレンを……見送りに来た……」

「……!?」

ジャンは絶句して言葉を返せなかったようだ。ミカサはもう自分の最愛の人(エレン)の死を受け入れているのだった。エレンの遺体そのものは発見されていないが、最後の状況からして生存は絶望的だろう。身元不明の遺体も全て火葬される事になっている。その中に彼の遺体があるのかもしれない。

 

 ミカサの姿を見る事ができた事で、同期の仲間達は少し安堵した空気が広がっていた。大勢の同期が散っていた悲惨な状況下である。一人でも多くの仲間が無事であって欲しいという気持ちだった。

 

「アルミン、もう少し近くがいい」

「で、でも……」

「わたしだけ遠いところなんて嫌……」

 アルミンはミカサに逆らえないようだった。車椅子を少しだけ焚き火に近づける。ミカサは特に言葉を発する事も無く、火葬されている遺体を眺めていた。炎に照らし出されるミカサの顔は艶やかに輝き、同性であるミーナから見ても美しかった。

「……」

ミカサの横目に見ながら、ジャンもまた黙って炎を見つめていた。

 

 ミーナが周りを見渡すと、ミカサ達を運んできた荷馬車の近くに2人の女性達が並んで立っているのが見えた。

(イルゼ先輩!?)

 暗がりではあったがミーナは見間違えるはずがなかった。もしかしたらアルミン達の世話をしてくれていたのかもしれない。イルゼ先輩の横には、黒縁眼鏡を掛け、白い頭巾をつけた女性衛生官らしき人物がいた。アニに似た感じの女性だった。

 

(うそ!? アニなの? でもアニのはずないよね……)

 アニは防衛戦当日の夕方あたりから姿を消したそうだ。他の訓練兵達は別々に軟禁されていた事もあって、状況がよくわからない。ユミルなど行方不明になった訓練兵が大勢いるのでアニだけが特別という事ではなかった。しかしイルゼ先輩の横に立っている時点でアニであるはずがなかった。そもそもアニは巨人の潜入工作員(スパイ)かもしれないと先輩が怪しんでいたのだから。

 

「なあ、お前ら。所属兵団は何にするか決めたか?」

 ジャンがミーナ達に話しかけてきた。

「お、俺は……」

ジャンの手は震えており、顔も引き攣らせている。

「調査兵団にする!」

ジャンはそう明言した。

「!?」

ミーナは少し驚いた。ジャンは憲兵団に入るため、上位10番以内に入る事を目標に鍛錬してきたのではなかったのではないだろうか。今回の戦いで親友(マルコ)ライバル(エレン)を失い、思うところがあったのかもしれない。

「ジャン、ホントかよ?」

コニーが訊ねる。

「ああ、本気だ! 今、何をするべきか? 俺なりに考えた結論だ」

「そ、そうなのか……」

コニーはどう答えたらよいか分からないようだった。

 

「ジャン……、今のあなたはいい顔している」

「えっ?」

 ジャンはミカサに褒められて少し驚いた様子だった。ミカサは家族(ミカサ定義)のエレンと衝突ばかりするジャンを褒める事は滅多になかったはずだった。

「あなたの事はアルミンや先輩兵士から聞いているわ。防衛戦では活躍したそうね」

「ミカサ……」

「あなたならいい指揮官になれると思う」

「ミカサ、お前だって……」

「わたしはこの通り、当分療養が必要みたい。いい機会だから考えてみる。わたしは自分の意思がなかったから。兵士を続けるのかどうかも含めて……」

 エレンを守る事がミカサの存在意義のようなものだった。エレンを亡くした今、ミカサには心を癒す時間が必要だろう。

「そうだな。でも出来たら調査兵団に来て欲しいな。ミカサ程の腕前だったら調査兵団でも重宝されると思うぞ」

「そうね……」

ミカサはそれ以上、口を開く事はなかった。訓練兵達は黙って炎を見つめていた。




【あとがき】
エレンのファンの方には申し訳ないですが、エレンの戦死は物語的に確定させました。(後のストーリー構成を考慮した結果です) エレンの遺志は、アルミン達が引き継ぎます。エレンを亡くしたミカサには本来は癒す時間が必要ですが、事態は既に裏で動きつつあります。

ちなみにイルゼ先輩(ぺトラ)と並んで立っているのはリタです。


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第33話、通達

トロスト区奪還作戦完了から1週間後、遅れていた新兵勧誘式が行われます。


(side:ミーナ)

 

 トロスト区奪還作戦完了から1週間が過ぎた。大穴の閉塞工事が終わり、街中からも遺体回収作業が一段落しており、現在は瓦礫の撤去が主な作業となっていた。超大型巨人討伐現場・捕獲巨人の実験場・南門周辺など立入禁止区画があるものの、避難していた人々も街に戻ってきて、復旧作業が本格的に始まっていた。北門近くの広場では市場が再開され、人々の賑わいも戻りつつある。

 

 第104期訓練兵達は街内の駐屯兵団宿舎を活動拠点にしていた。建物自体は大きな損傷は無く、巨人襲撃前と変わらず施設の利用が可能だったからだ。

 この建物に戻ってこれた訓練兵は218名中、120人割程度だった。死者・行方不明者は約40人、負傷者は約50人(戦争神経症(シェルショック)も含む)、自発的に兵士を辞めていった者もいた。それを責める事は出来ないだろう。まさか本当に巨人の大群が襲撃してくるとは誰も思わなかった。そして、これほど多くの仲間が死ぬとは考えもしなかっただろうからだ。巨人との戦闘がいかに凄惨なものか思い知らされた格好だった。

 遺品の整理もほぼ終わり、引き取り手のない遺品は箱に詰めて倉庫に置いてあった。

 

 今日は延期されていた兵科選択の日だった。夕方までは自由時間とされていて、ミーナは自室で両親宛に手紙を書いていた。激戦だったトロスト区攻防戦は世間一般に知られているので、両親は自分の事を心配しているだろう。里帰りできれば一番だが、内地にある実家まで移動だけで丸一日掛るので、まとまった休日でもない限り帰れなかった。

 手紙の内容は、怪我もせず無事にやっているという内容にした。調査兵団に志願している事は書いていない。そんな事を書けば余計心配させるだけだろう。何度か書き直してようやく書き終えて封をしたところだった。

 

(夕方までは時間があるよね。市場にでも行ってみようかな?)

 ミーナはそんな事を考えていた。

「み、ミーナ! 大変ですっ!」

サシャが慌てた様子でミーナの部屋に駆け込んできた。

「どうしたの?」

「さ、さっき、広間の掲示板に総統府からの通達が貼り出されて……」

「通達!?」

「今年からは訓練兵全員、調査兵団の一時配属になるって!」

「ど、どういう事?」

「え、えーと……、その……」

サシャはうまく説明できないようだった。ミーナはサシャと共に急いで階段を駆け下り、大広間にある掲示板の前へと向かった。

 

 掲示板の前には訓練兵の人だかりが出来ていた。ミーナは人垣を押し分けて掲示板の前に出た。通達はトロスト区防衛戦での重傷者を除く第104期訓練兵全員に対するものだった。逼迫する戦況下、対巨人戦闘技能向上のため、調査兵団において最低3ヶ月間の実地訓練を義務づけるとあった。延期されていた新兵勧誘式は予定通り本日行われるとも書かれている。

 

「お、おい、冗談じゃないぞ! なんで全員が調査兵団行きなんだよ!」

「まさか……、壁外調査もか?」

「たぶんな。実地訓練って実戦の事だろ?」

「マジかよ……」

「うそ……」

「い、嫌だよ。巨人なんて……」

 訓練兵達の間からは、不満の声が上がっていた。上層部からの一方的な通達。しかしながら兵士である以上、命令に従う義務がある。嫌なら兵士を辞めるしかない。

 

「み、ミーナは調査兵団志望だから、あまり関係ないでしょうけど」

「う、うん」

「わ、わたし、どうしたらいいのでしょうか?」

 サシャは俯いてしまった。

「だ、大丈夫よ。みんな一緒なんだから……。3ヶ月間訓練兵の期間が延びたと思えばいいのだから」

 

「てめー! ふざけた事を抜かしてんじゃねーよ!」

 ミーナ達のやり取りを横で聞いていた大柄な男子訓練兵がミーナに絡んできた。

「そんなに巨人が好きならてめーらだけで行ってこいよ! なんで俺らまで巻き込むんだ!?」

ミーナはその男子に襟首を掴まれた。

「おい、やつあたりはやめておけ!」

ジャンが止めに入ってくれた。

「しかしよ……」

「総統府からの正式な通達だ。仲間にあたっても仕方ないだろ?」

「わ、わかったよっ!」

その男子は忌々しそうにミーナを突き放した。ジャンを敵にする度胸はなさそうだった。ジャンは現在暫定首席であり、また今回の戦いでは同期の中でも表彰されるほどの英雄的活躍を見せていた。初陣にして10m級巨人2体を含む討伐数4を記録。さらに撤退戦では殿をつとめ、多くの仲間の生還に貢献している。もともと指揮官特性に優れているのだろう。その本領が発揮された形だった。

 

「あ、ありがとう。ジャン」

「ああ……。それにしても随分な仕打ちしてくれるな。上は……」

 なぜ、このような通達が出たのか? ミーナはある事を思いついた。

「ジャン。もしかして、これって、例の諜報員(スパイ)対策?」

「ミーナ。人前でその話はするな! 俺達には……」

ジャンはミーナに顔を近づけて口を噤むように身振りで示した。巨人化能力について知っているミーナ・ジャン達には守秘義務が課せられているのだった。

「ご、ごめんなさい」

「!?」

横にいるサシャは首を傾げている。何の事かわかっていないようだった。

 

「とにかくだ。俺達にやましい事なんて何もない。堂々としていればいいんだ」

「そ、そうですね」

「なんか、荒れそうですね。今日の新兵勧誘式……」

 サシャがぼそっと感想を漏らした。

「うん」

ミーナも頷いた。なんとなく嫌な予感ばかりがしていた。

 

 

 ……

 

 その日の夕刻、ミーナ達訓練兵は野外劇場にいた。ここはトロスト区に近いウォールローゼ内にある場所だった。まもなく調査兵団による新兵勧誘式が行われる予定だった。

 

 ミーナはサシャ、コニー、ジャンと固まっていた。

「アルミンとクリスタがいませんね」

「そういえばそうね」

「どうしたんでしょうか?」

「ミカサと一緒なんじゃない?」

 

(どうしてなんだろう?)

 重傷のミカサが出席できないのはわかるが、アルミン達がいない理由は付き添いだとしても少し違和感があった。新兵勧誘式は訓練兵全員が出席するように命じられているはずだった。

「じゃ、じゃあ、もしかしてアルミン達も兵士を辞めるんでしょうか?」

 ミカサは兵士を辞めるかもしれないと言っていたので、アルミン達もそれに引きづられたとサシャは思ったようだった。

「そ、そんな事はないと思うけど……」

ミーナはアルミン達がイルゼ先輩と一緒だったところを目撃しているので否定できた。新兵勧誘式に出席する必要がないというのは、もしかしたら二人とも既に調査兵団に入団しているのかもしれない。

 

 しばらくして急に周りが騒がしくなってきた。大勢の若い兵士達が野外劇場内へ雪崩れ込むようにして入ってきた。年頃はミーナ達と同じ十代の新兵だった。顔は見た事はない連中だ。その数は二百人を超えていた。確か他地区の訓練兵達はすでに配属を終えていたはずだった。

(どうしてわざわざ遠方の南の新兵勧誘式に来るの?)

ミーナには訳が分からなかった。

 

「おい、お前らが南(南方面駐屯隊)の訓練兵か?」

 連中の一人が大きな声を出して聞いてきた。何人かが頷いた事で連中の一人がずいっと前に出てきた。

「ジャン・キルシュタイン! 出て来い!」

背の高いその男はジャンを名指しして呼んだ。

「俺だ! 何の用だ?」

「へぇー、あんたがジャン・キルシュタイン?」

縮れ毛のいかにも軽薄そうな女兵士が前に出てきた。胸の徽章を見れば、一角獣の紋章(ユニコーン)、つまり憲兵団だった。

「南のあんた達は、成績1位から5位までがリタイア、6位のあんたが暫定首席なんだってね」

「……お前達は誰だ!?」

ジャンは負けじと問い返した。

「あっと、自己紹介がまだだったね。わたしは憲兵団ストヘス区支部のヒッチ、こっちは同支部のマルロさ。例の通達のせいで新兵全員が調査兵団に一時配属、それでこんな辺鄙なド田舎にやってきたってわけ」

その女兵士ーーヒッチはいかにも侮蔑した視線で名乗った。

 

 マルロはジャンをギロッと睨み付けた。ヒッチは手元にあるメモを見ながら話を続ける。

「あと、コニー・スプリンガー、サシャ・ブラウス、クリスタ・レンズはどこかしら?」

 ヒッチは周りをじろっと見渡した。嫌な視線だったので、ミーナは視線を背けた。

「いるはずよね? 出てきなさいよ!」

「……コニーだ」

「さ、サシャです」

 コニーとサシャが前に出た。サシャは嫌々そうにしているが、名指しされている以上、隠れようがなかった。

「クリスタ・レンズはどこなの?」

「ああ、彼女ならここにいない。たぶん重傷のミカサ・アッカーマンの付き添いをしていると思う」

「あっ、そう」

「それより俺達を名指しした理由を言え!」

「あんた達が卒業成績十位以内ねぇ」

ヒッチがふんっと鼻を鳴らした。

「なんだ、こいつら? いかにも弱そうだな? 本当に十位以内か? よく巨人の餌にならなかったもんだな」

「大方、どこかに隠れていたんだろーぜ? ちびっているのを見られるのが恥ずかしくて人前に出られなかったんだろーな」

「ぎゃははっ。それ、受ける」

「まあ、こんな奴らが十位以内だから南の連中も大した事ねーな」

他地区の新兵達はサシャ達を見て(あざけ)り始めた。

「貴様ら! 好き放題言いやがって!」

コニーが怒り心頭して飛び掛ろうとする。ジャンが腕を引いて制止した。コニーは少し冷静さを取り戻して悔しそうに相手を睨み付けていた。

 

「俺達を嘲笑(あざわら)うのが目的か?」

 ジャンは怒りを抑えて静かに訊ねたようだった。

「はん! こっちはてめーらの仲良しごっこのせいで大迷惑なんだよ!」

大柄な憲兵団の新兵がずいっと前に出てきた。

「何の事だ!?」

「今回の総統府からの通達の事だよ! てめーらの中に巨人の潜入工作員(スパイ)が3人いたそうじゃないか? 三年間一緒に生活していてなぜ気付かない? 人類に対する悪意を持っているなら普通分かるだろ? どれだけ鈍いんだ!?」

「なっ?」

 ジャンは驚いたようだった。

(どうしてそれを?)

ミーナも驚いた。スパイの人数が3人というのはイルゼ先輩が怪しいと睨んだ人数と一致している。偶然では有り得ない。どこかで情報漏えいがあったようだった。

 

「大方、お前らの行方不明者の中にスパイがいたんだろうな。巨人だから身体能力が高いと聞いているぜ。ということは上位で行方不明の奴らが巨人って事だよな? ライナー、ベルトルト、アニ、エレン、この中で誰がスパイだったんだ? 心当たりぐらいあるだろ?」

「そ、そんなのわかるかよ! 分かっていたらとっくに通報している!」

ジャンが強く否定した。

「総統府は訓練兵の中に他にもスパイがいると踏んでいる。だから訓練兵全員をこんな僻地の自殺志願兵団に押し付けたんだよ。それぐらい気付けよっ! 馬鹿共が!」

どうやらこの憲兵の新兵達は、他の兵団兵士を見下しているようだった。

「まあ、あんたらが仲良しごっこをやっていたせいでウチらに大迷惑が掛かっているって事は理解してくれたかな? うん、理解したよね」

「……」

ジャンをはじめ、南の訓練兵達は一様に黙り込んでしまった。

 

「というわけで、南代表のジャン・キルシュタイン、コニー・スプリンガー、サシャ・ブラウスの3名には謝罪をよーきゅーします!」

 ヒッチは纏めるように言い放った。

「さっさと土下座しろ!」

「そうだ、そうだ!」

「謝・罪! 謝・罪! 謝・罪!」

他地区の新兵達は囃し立てるように騒ぎ始めた。人数的には他地区の新兵の方が多い。しかも憲兵の新兵20人程が含まれており、勢いは完全に相手側にあった。

 

「っざけんな!」

 ジャンが怒鳴り声を上げた。

「俺達は(やま)しい事は何一つしていない! 悪くないのに謝罪を要求される(いわ)れはない!」

「てめー! 調子に乗ってんじゃねーぞ! こっちが謝罪一つで許してやろうと思っていたのに! なんだ、態度は!?」

「憲兵団をなめてんじゃねーぞ! こらっ!」

他地区の新兵達は騒ぎ始める。乱闘寸前かと思われたその時だった。

 

「全員っ! 静まれっ!!」

 野外劇場のステージ中央で一喝した人物がいた。




【あとがき】
憲兵団新兵のヒッチ、マルロが登場。原作ではアニとの絡みしかありませんが、総統府通達により、南の新兵勧誘式に出席します。

なお、他地区の訓練兵たちは、南の訓練兵(ジャン達)より先に所属兵団に配属になっていたと考えています。他地区の訓練兵に対する調査兵団の新兵勧誘式はすでに実施済み。(第56回壁外調査以前に、他地区の訓練兵団に調査兵団の幹部が赴いているはずです。僻地のトロスト区近辺に全訓練兵を集めるのは非効率ですから)


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第34話、新兵勧誘式

新兵勧誘式において、他地区の憲兵団新兵に難癖を付けられた南の訓練兵達。騒ぎを鎮めたのはリコだった。


(side:ミーナ)

 

 野外劇場のステージ中央に立っていたのは眼鏡を掛けた銀髪の女性士官――リコ・プレツェンスカだった。小柄な彼女だが、彼女の一喝はこの野外劇場内にいる新兵全員を黙らすほどの迫力があった。

(リコ班長!?)

ミーナは意外な場所でリコを見かけた事で驚いた。ここは調査兵団の新兵勧誘式が行われる場所だ。駐屯兵団の現役兵士が来ているとは意外だった。

 

「わたしは南方面駐屯兵団精鋭班班長、リコ・プレツェンスカだ! 良く聞けっ! 新兵(ひよっこ)どもっ! お前達が今回調査兵団に召集されたのは、通達にあるようにこれからの戦いで対巨人の戦技向上が必須だからだ! お前達は腕が未熟すぎる! その事をよく思い知るがいい!」

「し、しかし……」

 マルロが言いかけた。

「今回、味方の勇戦の甲斐あってトロスト区に侵攻してきた巨人達(奴ら)を全滅させる事ができた。しかし、奴らが一度ぐらいの失敗で人類を滅ぼす事を諦めたと思うか?」

リコは鋭い目付きで新兵達を睥睨する。

「……」

「奴らは再び襲ってくる。それも今回以上の大群でな! そして攻撃目標は次もトロスト区とは限らない。わかるか? 今、人類がどれほど危機的状況に置かれているかを!」

 リコの指摘どおりなら、もっとも防備の固いはずの南地区(トロスト)ですらも危うく突破されかけたのだ。他の地区なら言うまでもない。

 

「だからこそ各自の戦技向上は必須なのだ。今は非常時だっ! 憲兵団もこれからは対巨人戦に参戦するべきだ。そう考えたからこその総統府の通達だとは思わないのか? 兵士は人類を、市民を守る盾とならねばならん。その事を足りない脳みそでよーく考えろ? 仲間いびりをしている暇はないはずだ!」

「……」

「それと諜報員(スパイ)の件だ! 軽々しく仲間を疑うのは止めてもらおうか!? そもそもその情報の出所はどこだ!?」

「……」

 憲兵団の新兵達は仲間の一人に視線をチラチラとやっている。リコはステージを降りるとつかつかとその新兵の元に近づいた。リコの周りには部下らしき駐屯兵団の兵士が何人か続いていた。

「お前の名前は?」

「……です」

「情報の出所はどこだ?」

「……」

「ほう? 言えないのか? という事はありもしない憶測で南の訓練兵達を罵倒し貶めたという事だな!? 軍の秩序を乱した罪で厳罰に処されても文句は言えないな」

「ち、違います。そ、その……、教えてくれた人に迷惑が掛かるので……」

「わかった。ではお前、詰め所に来てもらおうか? そこでじっくり話を聞かせてもらうぞ。連れて行け!」

 その新兵は悔しそうにしているが、相手は最精鋭部隊の班長である。新兵が敵う相手ではなかった。駐屯兵団の兵士二人に肩を掴まれてどこかへと連れて行かれた。

 

(すごい! 騒ぎを恫喝で(しず)めちゃったよ、この人)

 ミーナは感心した。リコは作戦指揮能力だけでなく、士気高揚の演説などに優れているかもしれない。

 

「久しぶりだな、キルシュタイン」

「はっ、リコ班長も壮健そうで何よりです」

「罵倒されてもよく手を出さずに我慢したな。少しは成長したと見ていいのかな?」

「いえ、自分はまだまだ未熟者であります」

 ジャンはリコに対しては敬語を使っていた。

 

「うそっ! ジャン、あんたって精鋭班の班長と知り合いだったの?」

 ヒッチは驚いた表情をしていた。

「ん? ああ、そうだな。撤退戦では共に殿を務めた戦友というところだ」

リコはジャンの代わりに答えた。そしてヒッチに向き直った。

「お前の名前は?」

「ヒッチです……」

「扇動するのは得意なようだが、喧嘩を売る相手を間違えたようだな。ここにいる南の訓練兵達は死線を潜り抜けた者たちだ。実戦経験のないお前らよりよほど頼りになる」

「……」

ヒッチは何も言えないようだった。

 

 ミーナは劇場のステージの影から女兵士が出てきた事に気付いた。その女兵士はミーナの憧れの先輩だった。先輩もリコと同様、黒縁眼鏡を掛けている。

(イルゼ先輩!?)

 ミーナは驚く。よく考えれば調査兵団の新兵勧誘式だから、調査兵団所属の彼女がいてもおかしくないのだった。

 

「リコ、ありがとう。騒ぎを止めてくれたみたいね」

「やあ、ぺトラ。元気にしていたかい?」

「お陰さまでね。今回の戦いは収穫物が多すぎててんてこ舞いよ」

「じゃあ、変人の上官(ハンジ)は狂喜しているんじゃないのか?」

「あはは。まあ、そんなところね」

リコとイルゼ先輩――ぺトラは旧知の仲のようだった。

 

(ぺトラ!? それがイルゼ先輩の本当の名前……)

 ミーナは初めて偽名だった事を知った。それでもぺトラ先輩に対する想いは変わらなかった。

(理由があって偽名を使っていたんだよね。第一、スパイ対策で色々と活動されていたみたいだもん)

 ぺトラが防衛戦に参加したのを目撃したのは南門の超大型巨人出現時だけだった。それ以外は上下するリフトですれ違った時だけである。

 

「やる気のない新兵を大勢押し付けられるとは調査兵団(あなた達)も難儀だね」

「だから駐屯兵団(あなた達)にも協力をお願いしているのよ」

「とりあえずは今日の勧誘式だが、団長は不在と聞いているけど?」

「まあね、今年は例の通達のせいで色々と混乱しているのよ」

「困った事があればいつでも手を貸すよ」

「ありがとう」

リコとぺトラは親しげに会話を交わしていた。

 

「傾注っ!」

 ステージの上で発声した調査兵団の男がいた。

「西区からの新兵が少し遅れるとの事だ。彼らが到着次第、新兵勧誘式を執り行う。それまで暫く待機しておけ!」

新兵全員が到着するにはまだ少し時間が掛かりそうだった。

 

 リコとの話を終えたぺトラはステージの方に戻ろうとしている。ミーナは思い切ってぺトラに話しかけることにした。

「あ、あの……」

「ん?」

「み、ミーナ・カロライナです。ぺ、ぺトラ先輩、お、お、お久しぶりです」

ミーナは思いっきり噛んでいた。

「えーと、貴女は?」

ぺトラはすぐに自分の事を思い出してくれなかったようだった。ミーナは少し落ち込んだ。

 

「み、南門のあの直前、先輩とお話しました」

「ああ、あのときの子ね。生還おめでとう」

「あ、あの……、わ、わたし、一人じゃ全然駄目で、エレンに助けてもらったり……、リコ班長が撤退戦の支援に来てもらってますし……」

「初陣だからそんなものよ。わたしだって初陣は全然駄目だった」

「え? まさか、ぺトラ先輩が!? どんな初陣だったんですか?」

「う、うん。その、まあ、大変だったって事ね」

ぺトラは初陣について聞かれると誤魔化した。言いたくない事があったのかもしれない。

 

「先輩は今、どの部署でしょうか?」

「そうだったね。南門のときは偽名使っていたからね」

 ぺトラは一息つくと答えてくれた。

「改めて自己紹介するわ。わたしはぺトラ・ラル。第四分隊、通称技術班所属。今はハンジ分隊長の研究助手をしているわ」

「えっ? 戦闘班じゃないんですか? 先輩ほどの腕なのに?」

「前にも言ったけど最前線で戦うだけが能じゃないよ。わたしは最前線にいたからなおさら武器の良し悪しは判る」

「そ、そうですか?」

「ミーナはまだ調査兵団に憧れているの?」

「はい、そうです。それに憧れだけじゃなくて自分にできる事をしたいって思ってます」

「そう……。あなたは戦いの中で何かを学び取ったという事よね」

ぺトラはじっとミーナの瞳を覗き込んできた。ぺトラの目にはどことなく哀しみの色が見て取れた。

「あ、あのう。アルミンとクリスタは?」

「あなた、アルミン達の友達なの?」

「はい、班も一緒でしたし、よく話す仲でした」

「……二人とも元気よ。今はそれしか言えない」

ぺトラはアルミン達に関しては口が重いようだった。理由は分からなかったが、アルミン達はより重大な機密に触れてしまったのかもしれない。

「そ、そうですか……」

「そんな顔しなくても直に会えるわよ。じゃあ、また後でね」

 ぺトラは手を振って去っていった。ミーナは先輩と話せた事の余韻が残っていた。

(わ、わたし、先輩とお話しできました。やっぱり先輩素敵です)

ミーナはぺトラの後ろ姿を見送っていた。

 

 

 ……

 

 その後、西区の新兵達が到着。新兵勧誘式は異例のものとなった。団長が不在のため、ステージの上に立ったのはエルド・ジンと名乗る調査兵団の幹部だった。そのエルドから伝えられた内容は厳しい内容だった。

 前々から噂されていた事だが、超大型巨人・鎧の巨人は知性を持つ巨人であると断定された。そして奴らが属する巨人を操る敵勢力の存在が明らかになったという。確認されてはいないが、知性巨人が複数いるらしい事もわかっているという。そして例の新兵器についてはあまり当てにするなという事だった。

(そんな!? 鎧の巨人が他にもいるなんて……)

 ミーナ達訓練兵は驚きが隠せない。リコが言ったように戦況が厳しいのは本当だったようだ。

 

新兵(ひよっこ)どもっ! 通達では対巨人戦技の向上の為に調査兵団(我々)の一時預かりとなっているが、はっきり言おう! 我々はやる気の無い者を指導監督するほど暇ではない! よって貴様らにはここで三つの選択肢を与えるっ!」

 エルドは、待機している同僚の兵士に何かを指示した。三人の兵士達が野外劇場内の端の位置にそれぞれ旗のついた幟を持って立っていた。

 

 一つ、自由の翼――調査兵団。

 二つ、薔薇の紋章――駐屯兵団。

 三つ、交差する二本の剣――訓練兵団。

 

「調査兵団入団希望者は『自由の翼』の旗の下へ。配属が決まっている新兵でも転属は歓迎するぞ。そして他兵団入団希望者で巨人と戦う意思があるものは『薔薇』の旗の下へ。むろん壁外調査には参加してもらう! そしてそれ以外の者は後ろに下がれ! 何か質問は?」

 憲兵団新兵のマルロが手を上げていた。

「その後ろの旗は?」

「知っての通り訓練兵団のものだ! 3ヶ月間、遊ばせているわけにはいかないので、その間、通常訓練をしてもらう! またトロスト区の復興作業に奉仕活動として参加してもらう! 壁外調査に同行は求めないからその点は安心しろ!」

「何か罰則はあるのか?」

別の憲兵団新兵が訊ねていた。

「特にない。ただし脱走は厳罰に処す! 他に質問は?」

エルドは新兵達を見渡した。

「……」

「では考慮時間を10分与える! その間にさっさと決めろっ!」

エルドはそう締めくくるとステージの中央から脇の控え室へと下がった。

 

(わたしは決めているけど……)

 ミーナ自身は進路を決めているので真っ先に動いた。ジャン、コニー、サムエルらが後に続く。巨人との戦わなくて済む後ろの旗を選んだ者もいた。ハンナ、フランツ、ダズ、その他、巨人と戦う事に怯えていた訓練兵の多くが続いた。

 

 すぐに決められない者もいる。サシャはその場に立ち尽くして脚が震えていた。やはり巨人に対する強い恐怖があるようだった。それでも勇気を振り絞ったらしく、ミーナ達がいる『自由の翼』の旗の下へと歩んでくる。

「お、おい、サシャ! 無理しなくても……」

「わ、わたしも調査兵団を希望します」

「大丈夫なの?」

「たはは……、だ、大丈夫ですよ。そもそもウォールマリアを奪還してお肉を一杯食べようって言ったのはわたしですから」

「そんな事も言っていたな」

「はん。恐怖を食欲で打ち消すとはサシャらしいぜ」

コニーがからかう様に言った。ミーナ達は仲間が多く調査兵団に来てくれた事で明るい雰囲気になっていた。考えてみれば驚きの結果だった。今期の南の第104期訓練兵で憲兵団志願者はゼロだったのだから。

 

 

(side:ヒッチ)

 

 憲兵団ストヘス区支部の新兵達はマルロの周りに固まって、ヒソヒソと話をしていた。

「どうすんの? マルロ」

エルドが示した選択肢は、巨人達と戦う意思があるかを確認するものだった。

「俺は『薔薇』の旗だ」

「おいおい、巨人とやりあうつもりかよ?」

同期のボリス・フォイルナーが訊ねていた。

「俺は憲兵団を正しくするために入団した。そのためには自身の発言力を上げる必要がある。3ヶ月間遊んでいたと言われない為にも戦う意思を見せる必要があるだろう」

「うわー! あんた、本物じゃん」

「ヒッチ、お前はどうする?」

「そうね。面白そうだからマルロに付き合う」

「お前、わかっているのか? 命が懸かっているだぞ。巨人相手なんてどう考えても割りに合わないだろ?」

ボリスが反対した。

「ばっかねー。点数稼ぎするにはどう考えても『薔薇』の旗じゃん! 辛気臭い奉仕活動なんてやってられるかっての! 壁外調査さえうまくチョロまかせば絶対得だって。三ヵ月後、戻ったときの評価は高いはずよ。これが出世するかどうかの分かれ道だよ、きっと」

「そ、そうか。なるほどな……」

「よし、俺もマルロに付き合おう」

「俺も行くぞ」

「俺もだ」

ヒッチの仲間達は次々にマルロに付いて行く意思を示した。

 

(あらら? こいつら、乗せられて来ちゃったよ。ホント、馬鹿ばっかね。まあ、いざ巨人に襲われたら囮に使えるし……、きしし)

 ヒッチは自分にとって好都合な方向に話が進んだ事に満足していた。それにジャンという男に少し興味を持ったのも事実だった。

(あいつ、もしかしたら出世頭かも? 最精鋭の班長と顔なじみになるなんてやるじゃない!? だったらコネを持っておくのも損はないはずだよね)

ヒッチはそんな目論見も持っていた。こうして憲兵団ストヘス区新兵6名が、『薔薇』の旗の下に移動した。(1名は情報漏えいの疑いで拘束中)

 

 

(side:ジャン)

 

「おい、あいつら、『薔薇』の旗に行くぞ」

 コニーが驚いていた。憲兵団新兵のヒッチやマルロは嫌々だったはずだが、なぜか巨人と戦う事を意味する『薔薇』の旗の下に移動していたのだ。他地区の憲兵団新兵も多くが同様だった。意外に骨のある連中かもしれない。もともと憲兵団新兵は各地区の訓練兵団で成績上位十名以内の者たちだ。実力はある方だろう。手強いライバルかもしれない。各地区の上位陣が戦う意思を示した事で、それに従う他の新兵も多かった。

 

(ミカサ。どうだ? 俺はリコ班長にも褒められたぞ。お前の言うようにいい指揮官になってやる。早く戻ってきてくれよ)

 エレンが亡くなった事は不幸な出来事だった。一方でジャンにチャンスが生まれてきたのも事実だった。エレンがいる限り、自分とミカサが結ばれる可能性は限りなく低かったのだから。

 火葬場でミカサに褒めてもらった事はジャンにとっては大きな事だった。今後、自分が活躍していけばミカサから好印象を得る事ができるかもしれない。

(やっぱり、俺はお前が好きだぜ。ミカサ……)

ジャンは心の中でミカサに語りかけていた。

 

 結局、調査兵団入団希望者は訓練兵・新兵全体の1割(約50人)程だった。残り2割(約百人)が他兵団希望者でかつ巨人と戦う意思を持つ者という事になった。




【あとがき】
新兵勧誘式といっても配属を終えている他地区の新兵を含むので、異例のものとなりました。選択肢は3つです。
・一つ、自由の翼    ――調査兵団入団。
・二つ、薔薇の紋章   ――他兵団希望者で、壁外調査に参加する
・三つ、交差する二本の剣――他兵団希望者で、壁外調査に参加しない

注意深い読者ならお気づきかもしれませんが、最後の選択肢は「壁外調査に参加しない」であって、壁外に連れ出さないとは言っていません。

リコとぺトラは、戦技講習などで接点があり、ほぼ同年齢のため友人関係にあるとしています。
ミーナ、ついに憧れのイルゼ先輩(ぺトラ)と会話。
ヒッチら憲兵団新兵も戦う組を選択します。




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第35話、長い夜

調査兵団研究棟に匿われているアルミン、クリスタ、ミカサ達です。
ハンジ、ぺトラ、シャスタもいます。


(side:ミカサ)

 

 新兵勧誘式が終わったその日の夜遅く、調査兵団研究棟の医務室のベットにミカサはいた。ベットに腰掛けるミカサの横には、衛生官らしいシャスタと名乗る女性がいる。シャスタはミカサと同じく黒髪で東洋人っぽい容姿をしている。シャスタはミカサの脚のギブスを外し、腿を触診していた。周りには技術班のリーダーであるハンジ、助手のぺトラ、幼馴染のアルミン、同期のクリスタが心配そうに見守っている。

 

「痛みますか?」

「大丈夫です」

「じゃあ、脚を動かしてみてくださいね」

 シャスタに言われてミカサは脚を交互に振ってみた。特に違和感なく動くようだった。複雑骨折で下手したら兵士を続ける事すらも危うかったはずだが、自分でも驚くほどの回復だった。

 

「よかったですぅ。手足共に骨折箇所はほぼ治っていますよぅ。歩く分には問題ないと思います。激しい運動はまだ控えた方がいいとは思いますけど」

「へぇー、全治三ヶ月の重傷って聞いていたけど、随分早く治っているね。さすがシャスタ。あの薬の効き目は抜群って事かな?」

 ハンジは感心したように訊ねた。ミカサはその薬の投与前に”医療用ナノマシン”との説明を受けていたが、何の事かさっぱり分からない。患者の体内で細胞組織の再生を手助けする特殊な薬品らしかった。

 

「本人の体力も物を言いますよぅ。ミカサさんは普段から身体を鍛えているそうなので、そのお陰ですよぅ」

「よかった……。わたしも心配していたんですよ」

 クリスタは優しく微笑んでいた。

「よかったね、ミカサ」

アルミンが声を掛けてきた。

「……」

ミカサは黙っていた。心は沈んだままだったからだ。周りは怪我の回復を祝ってくれるが、一番会いたい人はもうこの世にはいないのだから。

 

(エレンの馬鹿! 本当に死に急ぐなんて……。あれだけ死なないでってお願いしたのに……)

 ミカサはトロスト区防衛戦の詳細、そしてエレン達訓練兵第34班の戦いの経過を聞かされていた。訓練兵にしてはあまりも過酷な戦況に置かれてしまったようだ。次々と巨人と遭遇し、兵士達は一人また一人と散っていった。アルミンやミーナも含めて全滅していてもおかしくなかった。アルミン達を逃したエレンの最後の決断、囮が必要な状況だった事は理解できる。それでも生きていて欲しかった。

 

「さすがはトロスト区防衛戦の英雄の一人ね」

 ハンジはミカサをそう褒め称えた。ごく限られた人間しか知らない事だったが、超大型巨人および鎧の巨人が人間体のときに、奴らに瀕死の重傷を負わせたのがミカサだったのだ。

 後衛付近に巨人達が浸透していないあの時点で瀕死の重傷になった奴らは、止むを得ず巨人化した。それがアルミンの気付きにつながり、結果として新兵器の狙撃成功を演出したからである。さらにミカサの斬撃は巨人化能力者を抹殺するには一撃殺が必要との戦訓も得られていた。

 

「……」

「まあ、とにかく今は治す事だけを考えてくれたらいいよ。今後の事はそれからでも遅くないからね」

ミカサは俯いたまま、軽く頷いた。

 

「ぺトラ先輩。僕達の同期はどうでしたか?」

 アルミンがぺトラに話しかけていた。ぺトラは夕方、新兵勧誘式に出席していたのだった。今期の新兵全員が調査兵団の一時預かりとなったので、彼らの様子を偵察しに行っていたらしい。

「ええ、元気にしていたわよ。南の訓練兵の上位陣は、全員調査兵団に入団希望だったわね」

「えっ? そ、そうなんですか? ジャンやコニーやサシャも?」

「そうよ」

「あいつ等は憲兵団だと思っていたんだけどな」

「今回の戦いで思うところはあったのでしょうね」

「そうか……。あいつらも決めたんだな」

アルミンは感心したように頷いていた。

 

(わたしは何の為に……)

 身体は驚異的な回復をしているとの事だったが、心の方はぽっかりと穴が開いたままだった。周りにいるアルミン達の会話もどこか遠くから聞こえてくる。

 

「他地区の憲兵団新兵達もほとんどが壁外調査組を選んでいたわ」

「そうか、今期の新兵達は結構頼もしそうだね。わたしは捕獲した巨人の実験が忙しくて出席できなかったけど……」

「ハンジ分隊長、そ、その……巨人の実験って何をするんですか?」

 アルミンが何気なく聞いたようだった。

「!?」

 ぺトラとシャスタの顔が引き()っていた。

「な、なんて事を!?」

「ああ、もう! アルミンさんは責任取ってくださいね」

ぺトラとシャスタは突き放した言い方をしていた。ハンジは俯くと眼鏡の奥がキラッと光った。

「そうか、そうか、そんなに聞きたいのか? それじゃあ、しょうがないな、アルミン」

ハンジは満面の笑みで答えていた。

「えっ?」

「ここはミカサさんの病室ですぅ。別室でお願いしますね」

「アルミン。これも通過儀礼だと思って諦めなさい」

「あ、あの……僕は何か不味い事を言ったのでしょうか?」

「ど、どうしたんですか? 先輩方は?」

クリスタは怪訝そうに首を傾げている。

「じゃあ、クリスタさん。あたし達と一緒に行きましょう」

「でもアルミンは……?」

「いいから、いいから。ミカサ、おやすみなさい」

ぺトラはクリスタの手を引いて医務室を逃げ出すように出て行った。シャスタも一緒だった。

 

「さあ、アルミン。夜は長いし、わたしの部屋で話すとしよう」

「あ、あの……、今日はもう遅いので……」

「いやいや、気にする事はないよ。善は急げだ。それじゃあ、ミカサ。おやすみ」

ハンジはアルミンの腕を取りながら軽やかな足取りで病室を出て行った。なぜかアルミンが捕食者に捕まえられた獲物のような気がしてならなかった。

 

(な、なんなの?)

 残されたミカサは状況を理解する事ができず呆然としていた。後で知ることになるが、ハンジは巨人の話となると暴走して止まらなくなる事があるそうだ。この日の夜はアルミンが哀れな犠牲者となったのだった。

 

 

(side:???)

 

 トロスト区南ブロックに設けられている捕獲巨人の生体実験場。捕獲した巨人は当初5体だったが、実験の過程で3体が死亡し、残るは2体(5m級巨人・7m級巨人)との報告が、兵士に紛れ込んでいる情報提供者(スパイ)から届いていた。

 

 夜の闇に紛れて3つの影が実験場の傍に来ていた。実験場には駐屯兵団の兵士が交代で見張りをしている。

 

「巨人の秘密をこれ以上知られるわけにはいかない。なるべく速やかに処分せよ!」

 影達は依頼者からそう告げられていた。

「見張りが邪魔な場合はいかがしますか?」

「言わずとも知れたことだ! 邪魔者は排除せよ!」

つまり見張りの兵士を殺しても構わないとの事だった。ならば見張りを抹殺してから仕事に掛かる方が手っ取り早いだろう。影達は攻撃のタイミングを虎視眈々と狙っていた。




【あとがき】
重傷のはずのミカサは、シャスタのオーバーテクノロジーにより驚異的な回復を見せます。(巨人の治癒能力とは関係なし)
アルミンは失言(?)した事で、ハンジの餌食になります。(原作ではエレンがハンジの餌食でした)

同時に不気味な影が動いています。




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第36話、月下の絆

新兵勧誘式があった日の夜の続きです。
クリスタはハンジに拉致されたアルミンを心配していた。


(side:クリスタ)

 

 クリスタはあまり眠れなかった。アルミンの事が気になったからだ。アルミンはハンジに拉致されるようにして連れて行かれた。先輩のぺトラやシャスタから聞いたところによれば、雑談で巨人の話をハンジに振るのは暗黙の禁則事項だったようだ。もともと機密事項が多い為、当然話せる相手は限られてくるので、話す機会があれば話したくて堪らないのがハンジの心情らしい。

 

(それにしたって先輩達、薄情すぎるよ~。止めてくれてもいいのに……)

 クリスタはぺトラ達の対応が不満だった。

 

 クリスタに割り当てられている個室は元物置らしく、かなり狭い部屋である。ニ段ベットと机だけで面積の3割を占めていた。いずれミカサが快復すれば相部屋になる予定だった。ミカサはまだ病室から出てこれない為、現在はクリスタだけの部屋である。

 

 辺りは薄暗かった。夜明けまでには時間があるだろう。クリスタはそっと個室を抜け出した。廊下は暗闇に包まれている。側窓から差し込む微かな星明りを頼りに廊下を歩いた。

 

 裸足なので、石床の冷たい感触が伝わってきた。夜は寒い季節だ。寝巻き一枚だけでは少し寒かった。

 

 隣のアルミンの個室を覗いてみる。ドアは開いたままになっており、人の気配はない。どうやらまだ戻ってきていないようだった。まだハンジの長話に付き合わされているのだろうか? クリスタは階段を降りて1階の医務室前までやってきた。

 

 医務室のドアは少し開いたままになっていた。少し不用心過ぎると思った。研究棟に寝泊りしているのはハンジ、ぺトラ、シャスタとクリスタ達だけとはいえ、ミカサは一応女の子である。

 

 クリスタはそっと医務室を覗いてみた。月明かりの中、ベットの中央に鮮やかな金髪が輝いている。ミカサは黒髪だから彼女ではなかった。

 

(まさか、アルミン!?)

 ミカサのベットに眠っていたのはアルミンだった。アルミンはミカサの胸に顔を埋めて眠っているようだった。一方のミカサはまるで母親のようにアルミンの頭をやさしく抱きかかえるようにしている。

 

(な、なんでアルミンとミカサが……!? ま、まさか、もう二人は恋人同士なの!? エレンが亡くなったばかりなのに……)

 クリスタは一瞬、嫉妬で狂いそうになった。

(ち、違うよね……)

クリスタは邪推を振り払うように、(かぶり)を振った。ハンジの長話で疲労困憊したアルミンはふらふらとミカサの病室に来たようだ。それをミカサが迎え入れたといったところだろう。ミカサがエレンの家に引き取られてから三人の幼馴染はずっと一緒だったと聞いている。5年前にウォールマリアが陥落して、孤児になった3人はいつも一緒に力を合わせて生きてきたのだった。

 

(”クリスタ”なら、二人が親密なのは素敵な事だと思うはずだよね)

 クリスタは理想の人格である”クリスタ”を思い浮かべて自分に言い聞かせるようとした。ミカサとアルミン、擬似的な姉と弟の関係に近いのかもしれない。そして二人はエレンというもう一人の大切な家族を亡くしたばかりなのだから。

 

(あれ? どうして涙なんか出るの?)

 無意識のうちにクリスタの目からは涙が零れ落ちていた。自分には親密な人はいないのだから。親友だと思っていたユミルは巨人で、しかも敵巨人に関する重大な情報を隠していたのだ。ユミルは確かに自分を助けてくれた。その点には感謝はしている。しかし、アルミンに惹かれるにつれてユミルの事がだんだん許せなくなってきた。

 

(ユミル、あなたにも責任があるんだよ!)

 アルミンが一番苦しんでいる原因は親友エレンを見殺しにせざるを得なかった事なのだ。その原因はむろん巨人の襲撃のせいだが、ユミルがきちんと巨人に関する情報を軍上層部に伝えていれば、エレンも含めてこれだけ多くの同期が死ぬ事はなかった。敵巨人勢力の諜報員だった3人だって早めに摘発できたはずだった。

 ユミルの遺体は一週間経った現在も発見されていない。巨人化していたとはいえ、無数の巨人達に囲まれれば長くは持たないだろう。おそらく巨人達に喰い殺されてしまったと思われた。ユミルは公式記録では行方不明のままだが、死亡は確実だろう。

 

 アニ謀殺に関与した事はクリスタは一切後悔していない。奴らは何十万人の人々を死に追いやった史上最悪の犯罪者だ。極刑で当然だと思う。

 

(裏切り者は絶対に許さないっ!)

 エレンや多くの仲間を地獄に突き落としたあの裏切り者の三人。三年間の苦しくも楽しかった訓練兵生活、今では裏切り者達がいたせいでその想い出は穢されてしまっているのだから。

 

(わたしはアルミンが好き……。でもアルミンにはミカサがいるのよね)

 二人の強い絆を見た今となっては、とても敵わないと思った。

 

(あ、アルミンが幸せになってくれるなら、わたしはそれでいいんだ……)

 クリスタは壁に寄りかかると、そのまま膝を抱えて座り込み、声を殺して泣いた。

 

「クリスタ……」

 どれぐらい泣いていたのだろうか? 自分を呼ぶ声がする。振り向けば先輩のぺトラが自分を見下ろしていた。

「どうしたの? こんなところにそんな格好でいたら風邪をひくわよ」

「う、うん」

「泣いているの?」

「そ、そんな事ないよ。あ、あくびかな? えへへっ」

「ふーん、アルミンの事を心配していての?」

「えっ? あ、あの、その……。目が醒めて隣の部屋を見たらアルミンがいなかったから」

クリスタはあたふたと手足をバタつかせた。

「ふふっ。可愛い子。わかりやすいわね」

ぺトラは微笑んでいた。どうやら完全にバレているようだった。

「あ、あの……」

「話なら聞いてあげるわよ」

「えっ、あ、はい」

「流石にここではまずいわね。貴女の部屋に行きましょう」

ぺトラに促されて、クリスタは自室に戻った。

 

 クリスタとぺトラはベットに並んで腰掛けた。窓から差し込む月明かりがぼんやりと二人を照らしていた。

 

(先輩、なんかいつもと雰囲気が違う。優しい感じかな?)

 クリスタはそんな印象を持った。クリスタ達は研究棟内で匿われるようになってから、主にぺトラが教官になって、座学や諜報員知識、語学(実はリタの世界の言葉)の教育指導を受けていた。なお許可なく外出する事は許されていない。クリスタ達は総統府すら知らない軍の最高機密事項(諜報員謀殺)に深く関わっているため、外部との接触は極力さけるようにとの団長の指示が出ていたからである。

 

「辛い事、一杯あったものね」

 ぺトラはクリスタの頭を優しく撫でてきた。クリスタはこのときは素直になることができた。アルミンに対する想い、ミカサへの嫉妬、そして訓練兵時代の楽しかった想い出、裏切り者に対する憤り、気がつけば言葉が次から次へと湧き出ていた。ぺトラは頷くようにして話をよく聞いてくれた。

 

「えへへっ、先輩って怖い人だと思ってました」

「ちょっとクリスタ。普段どんな目でわたしを見ているのよ? こんな優しいお姉さん、他にいないよ」

「だってぇ、教官のときは鬼みたいに厳しいんだもん」

クリスタは甘えた声を出した。

「仕方ないでしょう。あなた達には憶えてもらう事が一杯あるんだから」

「はーい、わかってまーす」

「はぁ、急に調子よくなったわね」

ぺトラは少し呆れて溜息をついた。

「えへっ、先輩のおかげです。そうだ、先輩! 今日は一緒に寝てもらえませんか?」

「なあに? 子供みたいね。まあ、いいけど……」

ぺトラも軽口を叩きながらも了承してくれた。

 

「おやすみなさい、先輩」

「おやすみ、クリスタ」

 

(こんなに楽しく寝るのは久しぶりだなぁ)

 クリスタは横にいるぺトラの体温を感じながら瞼を閉じた。気付かないうちに深い眠りに落ちていた。



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第37話、遺志

ハンジの長話に付き合わされたアルミン、ようやく目を醒まします。
初めてのアルミン視点になります。


(side:アルミン)

 

 目を覚ますと、なぜかミカサの病室のベットにいた。アルミンは昨晩遅くまでハンジの巨人談話に付き合わされていて、そのうちに眠気が襲ってきてその後の記憶がなかった。

(どうして僕はここで寝ているんだろう?)

 アルミンはわけが分からず首を捻った。身体は依然として疲れたままだった。ハンジの巨人に関する長話のせいだった。先輩のぺトラ、シャスタは一度被害に遭っているのだろう。

『教訓、ハンジ分隊長に巨人の話を決して振ってはならない』

アルミンは甚大な被害を蒙って一つの教訓を得たのだった。

 

 規則正しく床が軋む音が聞こえてきた。ミカサがベットの傍らで腹筋している。

 

「み、ミカサ!?」

「おはよう、アルミン」

そう言いながらもミカサは腹筋を続けている。

「ミカサ、まだ病み上がりなんだから激しい運動は控えた方が……」

「もう治った。わたしは一週間運動していない。身体は鍛えていないと鈍っていく」

「野生動物じゃないんだから、まだ安静にしていないと駄目だよ」

「そうだ、アルミンも一緒にやろう。兵士なんだから身体は常に鍛えておくべき」

ミカサは聞く耳を持っていない。すくっと立ち上がるとアルミンをベットから強引に引きずりだそうとする。

「ちょ、ちょっと、ミカサ!」

「何?」

「どうして僕はここにいるの?」

「昨晩、アルミンがわたしのベットに潜り込んできた」

「いや、その……、僕は覚えてないんだけど」

「アルミンは大胆。わたし、少し驚いた」

ミカサはじっと真剣な眼差しでアルミンの瞳を覗いてくる。

「ま、まさか……。僕はもっといけない事を?」

「……」

ミカサは頬を赤らめて照れている。

「言わせないで欲しい……」

「ご、ごめん、ミカサ。僕は全然憶えていないんだ。酷い事していたら謝るから」

「アルミンなら平気……。開拓地では一緒にお風呂も入っていたから……」

訓練兵団に入団する前、開拓地ではアルミン達幼馴染は一緒だった。ミカサの言うように一緒にお風呂も入っていた。当然、ミカサの裸も見ている。その頃はまだ幼い事もあって性をあまり意識しておらず、15歳になった現在とは当然状況が違うだろう。

「いや、だからって……」

(わーわー、どうしよう? 記憶がないから自分が何したかわからないし、対策が立てられない)

アルミンは思いのほかピンチに陥っている事に気付く。こんな会話をクリスタや先輩達に聞かれたら思いっきり誤解されてしまう。この研究棟に寝泊りする班員6人のうち、男子は自分一人なのだから。

 

 アルミンはふとミカサの頬が引き()っている事に気付いた。

(もしかして……、笑っている?)

ミカサは感情表現が乏しいので、心情を慮るは難しい女の子だった。一応今は微笑んでいるつもりらしい。

「僕をからかっているの?」

「う、うん。からかっていた」

「もう~!」

アルミンは抗議の声を上げた。

 

「ごめん、わたしが嘘をついた。アルミンは何もしていない。わたしがアルミンをベットに連れ込んだ」

「え?」

「ちょっと、悪戯したくなっただけ」

「ほ、本当に?」

 ミカサはこくんと頷いた。

「よかった。びっくりしたけど……」

(僕に悪戯するぐらい元気があるって事だね)

ミカサは心身ともに回復しつつあるようだった。

 

「アルミン。わたし、あなたに言っていない事がある」

 そう切り出すとミカサは急に真剣な顔つきになった。

「う、うん」

(なんだろう?)

ミカサに何を言われるのか、アルミンは興味半分、怖さ半分だった。

 

「あ、ありがとう」

 ミカサの口から出た言葉はそれだった。

「えっ!?」

「生きていてくれてありがとう。わたし、エレンがいなくなって、アルミンまで失うなんて堪えられないから」

 あの戦いの最中、重傷のエレンを置き去りにせざるを得なかった事はアルミンにとっての痛恨の出来事だった。そもそもエレンの負傷は足手まといの自分がいて無理をさせた事が原因かもしれないのだ。その場にミーナもいたが、ミーナは非力な自分と違って巨人を討伐しており、その後の戦歴を見ても殿(しんがり)を志願するほど戦意が高い。アルミンはミカサに役立たずと責められる事を何よりも怖れていた。

 

「で、でも僕は……」

 アルミンは役立たずだと言おうとした。

「エレンだってアルミンを助けたいという気持ちだったはず……。だから自分を責めないで……」

 エレンの事しか視界に入らないのがミカサの悪い癖だが、今はきちんとアルミンを見てくれている。アルミンはこのときミカサが本当の姉のように思えた。

「ミカサ……」

 アルミンは溢れ出る涙が止まらなかった。ミカサにこれだけ優しい言葉をかけてもらえるなんて思ってもみなかったからだ。

「ぼ、僕は本当に……泣き虫だね。ううっ……」

ミカサはポケットからそっとハンカチを差し出していた。アルミンは受け取ったハンカチで鼻水を拭った。

「いつまでも俯いていたらエレンに怒られるから」

「ミカサ?」

「だから、わたし、調査兵団に入る」

「!?」

アルミンは驚いた。ミカサはエレンを守る為に調査兵団への入団を希望していた。そのエレンがいない今、ミカサの動機は失われていると考えていたのだ。

「わたしとアルミンに外の世界を見て欲しい。エレンは最後にアルミン達にそう言い残したと聞いている」

「う、うん」

「そして巨人を駆逐する。エレンがしたかった事だから……」

「そうだね。僕も同じ気持ちだよ」

(ミカサだったらエレンと違って、冷静に巨人を()っていきそうだけど……)

ミカサが前向きになってくれているのは嬉しい事だった。むろんエレンの死から立ち直ったわけではなく、心を癒す時間は必要だろう。それと平行して自分達は強大な敵と戦う準備をしなくてはならないのだった。

 

 

 ドアが勢いよく開き、兵服姿のぺトラが病室の中に入ってきた。ぺトラの後ろにはクリスタとシャスタが続いていた。ぺトラは随分と険しい表情をしている。

「ここにいたのね、アルミン」

「こ、これはその……」

アルミンは慌てて言い訳をしようとした。だがぺトラは手を振って遮った。

「ミカサの病室に転がり込んでいた件は後回しにするわ。今はそれどころじゃないから!」

「そ、そうですか……」

「緊急事態よ! 捕獲していた巨人が全て殺されたわ!」

「なっ?」

「見張りの兵士までも()られたわ。巨人の潜入工作員(スパイ)の仕業かどうかは不明ね。わたしとハンジ分隊長はこれからトロスト区の実験現場に行って来る。悪いけど、今日のわたしの授業は全て休講にする。あなた達はシャスタと一緒に研究棟(ここ)にいなさい。シャスタ、後はお願いね」

「はい、ぺトラさんも気を付けて」

ぺトラは用件を告げると踵を返して、病室を出て行った。残された4人は互いに顔を見合わせるばかりだった。

 

(くそっ! いったい何者の仕業なんだ?)

 軍上層部はトロスト区攻防戦の秘密作戦として諜報員(アニ)を謀殺している。さらにアニと密会していた男は巨人となって村民虐殺事件を起こした後、壁外に出たところをユーエス軍に討伐されたと聞いている。巨人の潜入工作員(スパイ)はあらかた潰したはずなのだ。

 捕獲していた巨人が殺害され、見張りの兵士までもが殺されたという。おそらく殺しのプロの仕業だろう。巨人の秘密を知られたくない勢力が、刺客を送り込んできた。そう考えるのが自然だった。アルミンは敵が動き出した事に不安を感じていた。




【あとがき】
エレンを喪っていたミカサは、紆余曲折した後、調査兵団への入団を決意。エレンの遺志をミカサとアルミンが受け継ぎます。

捕獲していた巨人が何者かによって殺される事件が発生。原作では犯人はライベルアニ達でしたが、本作では彼らは既に退場しているので、別の組織によるものです。


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第5章 極秘迎撃作戦
第38話、隠密指令


久々の更新になります。(^^;)

捕獲していた被験体巨人が殺され、トロスト区の実験場に向かうハンジとペトラ。そこには中央第一憲兵団が出張ってきていた。

一方、壁外の敵巨人勢力も動き出します。


(side:ペトラ)

 

 ぺトラはハンジと共に騎馬を駆って、トロスト区の捕獲巨人の実験場へと駆け付けた。

 

 現場に着くと、兵士達の人だかりが出来ている。立入禁止の札が付いたロープを張ってあり、中で現場検証しているのは憲兵団のようだった。

 

 先に現場に来ていた副分隊長のモブリット・バーナーがハンジ達に声を掛けていた。

「ハンジ分隊長! あいつら、私達にも現場に近づくなと言っています」

「何言ってるんだ? ここはわたし達の実験場じゃないか?」

「そうは言ったのですが……。それと私が見つけた時は、遺体は喉首を切られた状態でした」

「二人ともか?」

「はい」

「……となると、殺しのプロの仕業(しわざ)だな? ぺトラ」

「私もそう思います」

ハンジの問いかけにぺトラも同意した。一人は背後から襲われて喉を掻き切られたのだろう。抵抗する暇もなかったようだ。もう一人もあっという間に殺されたところを見ると相当の凄腕のようだった。

 

 ハンジ達が近づくと巨人の大きな亡骸がある。気化がかなり進行しており、骨が崩れ始めている。

「ソニー!? ビーン!? な、なんて事だ!?」

ハンジは捕獲巨人に付けていた名前を叫びながら駆け寄ろうとした。

「おい、調査兵。現場を荒らす気か!?」

「勝手に近づくな!!」

憲兵団の徽章を付けた二人がハンジの前に立ち塞がった。

 

「わたしはこの実験場の責任者だ。無関係な部外者とは違うだろ!?」

「駄目だ! これは殺人事件、つまり我々の仕事だ。まあ、犯人は巨人が憎くて仕方なかったんだろ? もっとも巨人を憎くない人間なんて少ないから容疑者を絞るのは大変だろうがな」

「……そんなわけないだろう?」

ハンジが腹の底から搾り出すような凄みのある声で抗議した。

「何だと!?」

「これは組織的な犯行だ。巨人の生体調査を妨害する目的で行われた殺しのプロによる犯行だ。巨人を殺すのだって、立体機動装置を使わなければ出来ない事だ。それだけでも犯人はかなり絞れるだろう?」

「ごちゃごちゃうるせーな。貴様!?」

やや老けた憲兵はハンジをぎろっと睨み付けた。その憲兵は後にジェル・サネスと名乗った。

 

「貴様、どこの所属だ?」

ハンジの襟首を掴んだ手をモブリットが抑えた。

「第四分隊分隊長のハンジ・ゾエ。副分隊長のモブリット・バーナーです」

「はん、組織が小さいと大層な階級も虚しく聞こえるな」

「くくっ、違いない」

憲兵団の相棒が嫌らしく笑っていた。

「お前らの仕事はどうした?」

サネスが威嚇してきた。

「な?」

「お前らは、壁の外で人を減らすのが仕事だろ? 今回は新兵が多いらしいから大勢減らしてくれる事を期待しているぜ。いっそ壁の外に住んだらどうだ? お前らに食わす税金が省けて助かるぜ」

サネスは嫌味ばかりを並べてきた。

(なんなの? この憲兵!? わたし(調査兵団)達に対して悪意剥き出しじゃない?)

少し離れた位置にいるぺトラにもハンジ達のやり取りは聞こえていた。

 

「いいか、調査兵! これは巨人が人を殺したんじゃない! 人が人を殺したんだ! 俺達はこういう仕事を何十年もこなしてきたんだ。事件現場から犯人にたどり着いた経験など無いくせにでしゃばるなっ! さっさと巨人の数でも数えてこいよ!」

 

「……」

 ハンジとモブリットは罵倒されて立ち尽くしていた。

「ビビらせすぎちまったか? おいおい、歩けるか?」

「中央第一憲兵団?」

ハンジはその憲兵の胸の徽章に気付いたようだ。通常の憲兵と異なり親衛隊ともいうべき中央第一憲兵団は徽章の上に独特の紋様が付いている。

「ああ、そうだ。俺は中央第一憲兵団のジェル・サネスだ。憶えておけ!」

「なぜ王都の憲兵団が最南端のトロスト区に?」

「どうりで妙に歳を喰っていると思ったら」

「あん? そんなに不思議か? 巨人の襲撃直後で治安が乱れて兵士が足りない状況だろうが。貴様らみたいな役立たずと違って、俺達は忙しいんだよ。着いて早々こんな面倒事だからな」

「……タイミング良すぎだろ?」

「なんだと?」

「ハンジ分隊長! 駄目です」

怒り心頭のハンジをモブリットが必死に押さえていた。

「くそっ!」

ハンジは毒づきながらも退散するしかなかった。

 

 結局、ハンジ達調査兵団技術班は中央第一憲兵団に追い払われて現場に立ち入る事ができなかった。ハンジとぺトラは調査兵団が借り上げている近くの民家に入り、その3階で密談することにした。モブリットには状況を調査兵団本部に伝えるよう託をして体よく人払いしている。

 

 携帯電話を使ってリタを呼び出す。リタは一昨日から戦車部隊(装甲車、生体戦車3体)を伴って、壁外領域(ウォールマリア)において敵情偵察を実施していたのだった。リタはすぐに電話口に出た。ぺトラはぺトラは捕獲巨人が殺された件を伝えた。

 

「わかった。巨人の生体調査を妨害するという意味ならハンジや君達技術班が狙われている可能性もある。とにかく慎重に行動してくれ」

「はい。それで例の索敵網でなにか発見できましたか?」

「いや、特に異常はない」

「という事はやはり中の敵でしょうか? わたしは中央第一憲兵団のサネスが絡んでいるような気がします」

「いや、君の言うようにその男が怪しいようだが、証拠がない以上、決め付ける事はできない。また何か変化があったら連絡をくれ」

「はい、では」

 

 リタとの会話を終了すると、ハンジに声をかけた。

「リタの方は異常無しという事です」

「そうか……、まさか捕獲した巨人を殺しにくるとは……。貴重な被験体なのに! なんてことするだっ!」

ハンジはさきほどのサネスに侮辱された事がよほど腹が立っているらしい。

「リタはハンジ分隊長や技術班が狙われる可能性もあるといっています」

「そうだな。今日のところは敵にしてやられた。だが絶対にこの借りは返す!」

「そうですね。この犯人が中央第一憲兵団なら奴らこそ人類の敵ですね」

「まったくだ!」

 

 ハンジとぺトラは3階で、中央第一憲兵団の現場検証(実際は証拠隠滅だろうとぺトラ達は推測)を待つことにした。

 

 ……

 

 半時間ほど経過したときだった。リタから電話が掛かってきた。

「はい、カラミティ3(ペトラ)です」

「緊急事態だ! 例の索敵網で知性巨人と思われる個体群の移動を確認した。シガンシナ区方面に出現後、一直線にウォールローゼに向かっている。おそらく敵の偵察部隊だろう」

「なっ!?」

 ついに敵巨人勢力が動き出したのだ。トロスト区侵攻部隊が全滅し連絡途絶となれば、状況把握のため偵察部隊を繰り出してくる。これは前もって予想されていたことだった。

 

 ぺトラはハンジを手招きして、二人でリタの話を聞く事にした。

「わたしの戦車部隊は引き続き、敵の後続の警戒にあたるので動けない。敵は二手に分かれている。一群はカラネス区方面、もう一群はクロルバ区方面だ。カラミティ2、3を指揮官として特別作戦班を編成、迎撃に当たってもらいたい。カラミティ4(ハンジ)は今姿を消すのは不信を招くから動かない方がいいだろう」

 ハンジは分隊長としての役割があるので、隠密作戦には向かなかった。

 

カラミティ2(シャスタ)は例の”球”を使うのですね」

 ”球”とは隠語で、研究棟で隠匿している生体戦車(ギタイ)『ミタマ』の事である。狙撃能力の高さは実戦証明済みで、知性巨人であっても遠距離から気付かれる事なく一撃で葬る事ができる。残弾が少なく消耗戦に向かないのが欠点だが、使いどころを間違えなければ十分な効果を発揮するだろう。

 

「そうだ。したがってカラミティ3(ペトラ)、君にはAMライフル(対物狙撃銃)アサルトライフル(突撃銃)の使用を許可する。敵群はクロルバ区方面の方が少ない。そちらをカラミティ3、君に任せる。新人(アルミン達)の3人を連れていけ! おそらく敵は夜の闇に紛れて壁を越えようとするはずだ。そこを待ち伏せして叩け! 言うまでもない事だが敵巨人勢力に情報を渡すわけにはいかない。目標を必ず抹殺せよ! 決して生きて帰すな!」

「了解しました」

「カラミティ2にはわたしから指示を出しておく」

 

 リタからの秘密結社独自の作戦命令が下った。ペトラは任務の重要性をよくわかっていた。敵巨人勢力の偵察部隊を生きて返せば、次は敵の大規模な侵攻を招くだろう。トロスト区を襲った敵の数倍、いや数十倍規模かもしれない。そうなれば人類滅亡に直結する事態である。

「ペトラ、頼んだよ」

事情を知っているハンジは余計な事を言わない。ペトラは出撃準備を整える為、研究棟に急ぎ戻る事にした。



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第39話、ペトラ特別作戦班(1)

巨人勢力の偵察部隊を迎撃するために、リタは秘密結社(グリーンティー)独自の極秘作戦を発動。アルミン、クリスタ、ミカサは志願し、参加します。

なお、リタは壁外にて敵状偵察を継続中です。同時に司令塔の役目です。シャスタ、ペトラとは通信機で交信可能。


(side:アルミン)

 

(一体何事なんだろう? 戦闘待機って……、こんな時に訓練とも思えないし……)

 調査兵団研究棟2階の小会議室には、アルミン・クリスタ・ミカサの3人がいた。さきほど先輩のシャスタがペトラからの伝言として、戦闘待機するように伝えてきたのだった。同時に保管庫に預けられていた各自の立体機動装置を持ち出してきて、装着するようにも言われていた。

 

 シャスタは兵士訓練は受けていないそうだが、ハンジ・ペトラからの評価は高く、優秀な技術者らしい事は聞いていた。医療技術にも秀でており、重傷だったはずのミカサを1週間ほどでほぼ完治させるほどである。

 

(捕獲した巨人を殺した連中は巨人勢力とつながりがあるのか……、それとも……)

 今朝方起きた事件は、敵側の破壊工作活動だろう。次に狙われるのは調査兵団関係者かもしれない。

 

「アルミン、ペトラ先輩達、大丈夫かな?」

 クリスタが憂いた表情で訊ねてきた。

「ペトラ先輩は、まあ、強い人だから大丈夫だと思うよ」

 アルミンはそう答えたものの実は不安だった。調査兵団の精鋭であるペトラだが、敵は手段を選ばない奴らだ。闇討ちや一般人を巻き込んでの爆弾攻撃もあるかもしれない。そうなればいかにペトラと言えども危ないのかもしれない。

 

「うん、そ、そうだよね」

 クリスタは何か奥歯に物が詰まったような言い方をしていた。ちらちらとミカサに視線を飛ばしているところを見ると、ミカサが気になっているようだった。一方、ミカサは淡々と自分の立体機動装置の点検をしている。問題がない事を確認した後、装置を装着しはじめた。

 

(どうしてクリスタはミカサの事が気になっている?)

 アルミンはクリスタの慮るところがよく理解できなかった。

 

 立体機動装置の装着が終わった頃、シャスタが部屋にやってきた。シャスタは裁縫ハサミを手に持っている。

「ペトラさんがもうすぐ戻ってきます。みなさんの兵服の徽章ですが、外してもらえませんか?」

「どうしてですか?」

「これもペトラさんから指示です。これからみなさんは特別任務に参加してもらう事になるからです」

「特別任務?」

アルミンはクリスタ、ミカサと互いに顔を見合わせた。クリスタもミカサも怪訝な表情を浮かべている。

 

 ハンジ分隊長の技術班は技術開発だけでなく、諜報活動のような事をすると聞かされてはいた。自分達はその秘密部隊に配属された事は知っているが、まだトロスト区防衛戦から10日ほどしか経っていない。ハンジ技術班(ここ)での訓練もやり始めたばかりだった。

 

「あまり時間的余裕はありません。お願いします」

 シャスタは普段から物腰低い姿勢だった。

「わかりました。じゃあ、言われたとおりにします」

ミカサはシャスタからハサミを受け取るとすぐに作業に取り掛かった。ミカサに続いてアルミン達も兵服の徽章を外す事になった。

 

 しばらくして馬の戦慄きが聞こえてきた。ペトラがトロスト区の実験場から戻ってきたようだった。ほどなくして会議室のドアが開き、ペトラが駆け込んできた。

 

「ペトラさん、おかえりなさい」

「全員そろっているようね。その前にあなた達の意思を確認させてもらうね」

 ペトラは新兵のアルミン達を見渡した。

「どういう事でしょうか?」

「今回の特別任務は相当危険だと思う。だから志願者のみにする。無理強いはしないわ。最悪戦死の可能性だってあるから。降りるなら今のうちよ。話を聞いたら拒否する事は認めない」

「わたしは参加します。エレンならそうしたから」

「……僕は参加します。兵士になると決めた時から人類の為に心臓を捧げる覚悟を持っています」

「わたしも参加します」

アルミン、クリスタ、ミカサの3人とも志願した。

 

「ミカサ、身体は大丈夫? 本当に無理しなくてもいいのよ」

「大丈夫、問題ないです」

 ミカサは淡々と答えた。腹筋できるぐらいに回復しているから訓練兵最下位のアルミンよりは働きがいいかもしれない。

「シャスタ、ミカサの身体はどうなの?」

「昨日まで病棟にいた事もあって、体力は落ちていますが、それ以外は問題ないと思いますよ」

 ミカサの医療担当者であるシャスタも許可を出していた。

 

「そう……、じゃあ、話を続けるわ。特別任務はあくまで極秘作戦。事実は一切公表されないし、この作戦中の出来事は決して口外してはならない。それに仮に戦死したとしても訓練中の事故死という事になるわよ。それでもいいのね?」

「……」

 どうやらかなり危険な任務のようだった。もっとも自分達は巨人と戦う為に兵士になり、調査兵団に入団したのだ。いまさら怖気づいたりするわけではない。

「兵士になると決めた以上、危険は覚悟の上です。大丈夫です。話を続けてください」

ミカサはハッキリと答えた。

「そう、わかったわ」

ペトラはアルミン達新人の顔を見渡して、意思の確認をしたようだった。

 

「じゃあ、状況を説明するわ。シャスタ、地図を」

「はい」

 シャスタは会議室の脇にある地図をテーブルの上に広げた。トロスト区を中心とする南方方面の地図だった。そしてチェスの駒をいくつか取り出してペトラに手渡していた。

 

「情報の出所は言えないけれど、極めて確度の高い情報よ。本日朝方、シガンシナ区方面に巨人の群れが出現」

 そう言いながらペトラは複数の駒をシガンシナ区のところに置いた。

 

(シガンシナ区……。5年前まで僕達の故郷だった街……)

 アルミンは複雑な想いで地図上の街を見つめた。

 

「この群れは二手に分かれて、それぞれ一直線にウォールローゼを目指している。一つはカラネス区方面、もう一つはクロルバ区方面」

ペトラは続けて駒を倒して置き、敵の進行方向を表した。

 

(ど、どうしてこんな離れた場所の巨人の群れの動きがわかるの?)

 アルミンは驚いた。シガンシナ区はトロスト区の南方100キロ近い場所にある。その間の100キロ――ウォールマリアは巨人達の領域であり、人が立ち入る事のできない場所だった。普通に考えれば人外領域の遥か彼方の敵の動きがわかるはずがなかった。

 

(そ、そうか!? もしかしてユーエス軍!?)

 この情報をもたらしたのが謎の壁外勢力”ユーエス軍”ならば在り得る話だった。アルミン達はトロスト区防衛戦において、ペトラ達先輩からは鎧の巨人を始めとする知性巨人を倒したのは彼らの特務兵であると説明を受けていた。

 

「”ユーエス軍”ですか?」

「アルミン、今は質問を許可していないわ。最後まで説明を聞きなさい!」

 ペトラに叱責されてしまった。

「はい、すみません」

「じゃあ、続けるわ。これら巨人の群れは動きからして知性巨人の可能性が高い。おそらくはライナー達と同じく巨人化能力を有する者でしょう。奴らは”戦士”を自称しているけどね」

「くっ!」

アルミンの横にいるミカサから歯軋りが聞こえた。横目でみればミカサの瞳には激しい憎悪が宿っている。無知性巨人達を操る敵勢力はエレンを死に至らしめた真犯人だからだ。いわばエレンの真の仇と言える。

 

「クロルバ区方面は2体、カラネス区方面は3体以上と推定されている。小規模なのはおそらく敵の偵察部隊だからでしょう。無知性巨人が動かされている形跡も確認されていないからね。これに対してハンジ分隊長はわたし達特別作戦班に迎撃を命じています。敵の動きに呼応して特別作戦班を2班編成します」

 

「……」

 クリスタも緊張した面持ちでペトラの話を聞いていた。

「カラネス区方面の担当はシャスタ」

「はい」

シャスタは既に知っていたようで特に驚く事もなく引き受けた。

「シャスタの補佐はミカサ、あなたよ」

「はい」

ミカサは迷う事無く引き受けた。

「シャスタ、例の”荷物”についてはミカサと二人になったときに説明してあげて」

「はい」

シャスタの班には、なにか特別な兵器が配備されるようだった。機密保持の関係でアルミンやクリスタにも知らせるつもりはないようだ。機密保持の原則は知る人だけが知ればいいという事である。

 

「クロルバ区方面はわたしが受け持つ。補佐はクリスタ、アルミンとします」

「はい」

「了解です」

 クリスタは即答する。なぜかクリスタは口元が少し緩んでいた。アルミンにはその意味がわからなかった。

 

「本作戦の目的、それは壁内に侵入してきた奴らを抹殺し、壁内(こちら)の情報を渡さない事。奴らを生かして帰せばその情報を元に今度は本格的な侵攻を招くでしょう。トロスト区を襲った敵の数倍、いや十倍以上かもしれない。任務の重要性はわかったわね?」

「は、はい……」

クリスタとミカサは緊張しながらも頷いていた。

 

「ここまでで何か質問は?」

「こ、ここにいる5人だけで、この作戦を実行するのですか?」

 アルミンは敵に対してあまりにも戦力が少なすぎると思ったのだった。知性巨人相手に2人ないし3人で対処するというのだから。鎧の巨人の例でも分かるように知性巨人の強さは尋常ではない。知恵を持つ分、その討伐は極めて困難だろう。

 

「そうよ」

 ペトラはあっさり肯定する。

「なぜですか? 調査兵団や駐屯兵団には熟練の兵も多く居ますし、そちらの協力を仰ぐべきではないでしょうか?」

「まず団長と兵士長は内地にいて指示を仰ぐ時間はない。それはわかるわね?」

「はい」

エルヴィン団長とリヴァイ兵士長は内地の改革派貴族や有力者を回って支持の取り付けに奔走しているようだった。軍備増強は喫緊の課題であり、そのためには資金援助も必要だからだろう。

 

「そして何よりも内の敵――中央第一憲兵団のスパイがいるからよ。調査兵団の中にも駐屯兵団の中にもね。内の敵が外の敵と通じている可能性だってある」

 アルミンは改めてペトラ達の慎重さに驚かされた。内の敵と外の敵が通じているという最悪の可能性も考慮にいれているのだった。確かに今朝方の巨人被験体殺害事件を考えれば、ないとは言い切れない。

 

「それに知性巨人が相手なら対知性巨人戦闘を想定していない兵をいくら揃えたところで意味がない。知性巨人の倒し方はアルミン、アナタがよく知っているはずよ」

 ペトラの言葉にアルミンはハッとする。かつての同期で裏切り者(アニ・レオンハート)を謀殺したやり方を意味しているからだ。

「奴らが人間体でいるうちに首を刎ねる……ですか?」

「正確には巨人化する暇を与えず、殺害するという事になるわね。頭を潰せばいいという事は既に証明済みよ。また仮に撃ち漏らしがあって巨人化された場合の対応についても考慮しているわ」

「……」

「一体ならともかく複数の敵をどうやって一撃で倒すかだけど、それについては考えがあるのよ。シャスタ」

ペトラに促されて、シャスタが前に進み出た。

「試作銃を使います。ペトラさんは使い方を知っているので詳細は省きますが、その銃一丁で、兵士2個班分の一斉射撃に匹敵する威力があります」

「銃一丁で兵士1個班!?」

アルミンは驚いた。兵士10人程のライフル銃の一斉射撃に匹敵する銃。現在の軍事常識では考えられない事だった。

(そんな銃が存在するなんて!? そ、そうか!? まさか、その銃を作った人がシャスタ先輩!?)

兵士訓練を受けていない技術者のシャスタが特別作戦班に加わる事自体が異例ともいえる。となると試作銃や新兵器の開発に深く関わっていると考えるのが自然だろう。

 

「対人戦に使われたら、とんでもない事になるのはわかるよね。中央第一憲兵団に知られたら間違いなく制圧対象になるでしょう」

 ペトラが横から口を挟んだ。

(確かにそうだ。そんなものがあれば軍事バランスが崩れる。巨人相手ならともかく人間相手に使われたら……。だから絶対に極秘なのか!)

アルミンにもこの作戦が極秘である必要性がわかってきた。知る人数が少なければ少ないほど秘密は守れるのだから。

 

「敵の壁内侵入は日が暮れてからと予想される。それまでに配置につく事。ではこれより班毎に分かれて出陣準備に取り掛かりなさい!」

「「「はい!」」」

3人は力強く応答する。

 

「アルミン、待って!」

 部屋を出る直前、アルミンはミカサに呼び止められた。クリスタも脚を止めてアルミン達の様子を見ている。

 

「無事に帰ってきて! お願いだから死なないで!」

 ミカサは悲痛な表情を浮かべている。無理もない。エレンの件があってまだ10日しか経っていないのだ。

 

「うん、ミカサこそ気をつけて! ミカサの東班の方が敵は多いから」

「……」

ミカサはもちろんとばかりに頷いた。アルミンはさきほどから気になる事があった。ミカサが纏っているマフラーは新品のように綺麗になっていた。エレンからもらった大切な贈り物といっていた赤いマフラーは、かなりボロボロになっていたはずだった。新品に換えたのだろうか?

 

「み、ミカサ。そのマフラーは?」

「ん? これ、シャスタに新調してもらった」

「シャスタ先輩に……」

「あのマフラー、瓦礫に埋もれたとき、わたしを守ってくれたと思う」

 アルミンはトロスト区防衛戦でミカサが救助された時のことを思い出した。あのマフラーは埃まみれになって生地が裂けてもう使い物にならなくなったようだった。

 

「そ、そうか、よかったね」

 以前のミカサなら、どれほどボロボロになってもエレンのマフラーは絶対に手放さなかったはずだ。ミカサは思考が少し柔軟になったようだった。もっとも哀しみは癒えていないだろう。

 

「アルミン、クリスタ! 早く来なさい!」

 ペトラが呼んでいた。

「じゃあね、ミカサ」

「クリスタも無事でね」

「ミカサこそ」

 短く別れの挨拶を交わして、アルミンとクリスタはペトラに付いて行く。こうしてアルミン達は出撃準備の取り掛かった。




【班編成】
・ペトラ特別作戦班(西側:クロルバ区方面)
  班長:ペトラ
  班員:アルミン、クリスタ
  特殊兵器:突撃銃(アサルトライフル)

・シャスタ特別作戦班(東側:カラネス区方面)
  班長:シャスタ
  班員:ミカサ
  特殊兵器:生体戦車(ミタマ)


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第40話、シャスタ特別作戦班(1)

カラネス区方面を担当することになったシャスタ、ミカサ。
”荷物”を連れて敵(巨人勢力)の偵察部隊を待ち受ける事になった。


(side:ミカサ)

 

 西の空に浮かぶ雲が夕日に彩られた頃、カラネス区(東端の城塞都市)に近い壁際の寂れた村の近くに、一台の幌馬車がやってきた。シャスタ達の特別作戦班の馬車である。御者(ぎょしゃ)を務めていたミカサは馬を近くの木につなぎとめて、幌の中にいるシャスタに声を掛けた。

 

「先輩、目的地に着きました」

「……」

 シャスタからは応答がない。ミカサが幌の中をのぞくとぐったりとした様子のシャスタが転がり落ちてきた。とっさにミカサは彼女を受け止めた。

「ううっ~! き、気持ち悪いですぅ」

シャスタは揺られる馬車で車酔いになってしまったのだった。長時間、馬車に乗るのは初めてと聞いていたが、ここまで酷いとは意外だった。

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫じゃないですぅ」

シャスタは立ち上がるのもやっとのようだった。ミカサは肩を貸してシャスタを抱きかかえながら地面へと降り立った。足腰に力が全く入っていない様子だった。

 

(こ、こんなので、大丈夫なの?)

 これから知性巨人と一戦交えるというのに先が思い遣られた。もっとも実際に知性巨人と戦闘を行うのはシャスタでもなければミカサでもない。幌馬車に乗せている”荷物”の方である。

 

 研究棟を出発する直前、ミカサはシャスタから”荷物”の正体について説明を受けている。研究棟を出発する直前、用意されていた荷馬車の荷台にその”荷物”が置かれていた。布の中身はずんぐりとした体系の大蜥蜴(とかげ)のような生き物だった。背丈は子供ぐらいだが、ずっしりとした重量は大人3人分ぐらいはあるらしい。硬い外皮に覆われ、刀剣類はむろんの事、銃も通用しないらしい。シャスタの指示を理解しているようで、非常に賢い動物のようだ。シャスタの命令がない限り身動き一つしないほどである。この奇妙な動物は『ミタマ』という名前で、狙撃の名手との事だった。銃を携帯しているようにも見えなかったが、通常の銃とは桁違いの威力を持つ射出兵装を隠し持っているという事だった。

 

 ミカサはどこまで頼りにしていいのか判断はつかなかったが、技術者のシャスタが「対知性巨人の切り札」というぐらいだから頼もしい味方のようだった。ただ異様な外形からして人目につくことは絶対にさけるべきとの事だった。この狭い壁内世界ではすぐに噂になってしまうだろう。そういうわけで常時マントを羽織っているのだった。

 

 シャスタがミタマに手振りで何かの指示を与えた。見張りをしていろという意味らしかった。ミタマは荷馬車から飛び降りると地面にずしんと振動が走った。相当な重量があるからだろう。短い尻尾をパタパタさせながら歩いていき、木陰に入って動かなくなった。

 

「しゅ、周囲の警戒はあの子に任せて……、だ、大丈夫ですぅ」

 シャスタはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。

「ミカ……、いえ09(ミカサ)も休んでください」

 シャスタはミカサの名前を呼びかけて慌てて訂正していた。作戦行動中はお互い番号で呼ぶ取り決めだった。万が一、敵に聞かれた場合でもこちらの正体を知られないようにするためである。

 

「あの……、02(シャスタ)。アレって本当に役立つんですか?」

ミカサはミタマの事を聞いてみた。

「ええっと、そ、そうですね。心配されるのもわかりますが、実証済みですよぅ。夜ならこの世界では無敵だと思いますよ。あの子はどんな暗闇でも関係ないですから」

「……それって?」

09(ミカサ)は目に見える光が全てだと思いますか?」

「?」

ミカサは意味が分からず首を傾げる。

「実はですね、人間が見える光というのは限られているんです。これを可視光っていいます」

「可視光?」

「はい。あの子は可視光以外を見る事ができるですよぅ。だから夜の戦闘の方が都合がいいんです。向こうからは見えずとも、こちらからは丸見えですから。巨人の視覚は人間と同じで可視光のみを見ている事は研究結果からも判明しています」

「そ、そうですか……」

ミカサは難しい話は分からなかったが、夜の戦闘ならミタマに期待してよさそうだった。

 

「じゃあ、しばらく隠れていましょう」

 シャスタとミカサは幌馬車を雑木林の中に入れて周囲を葉っぱや木の枝で囲み、周りから見えなくした。(わだち)(馬車の車輪の跡)も箒がわりの枝を使って消しておく。馬は雑木林の中の木につないでおいた。

 

 

 

 ……

 待つこと3時間、日がすっかり暮れて辺りは暗闇に包まれる。新月の時期でかすかな星明りだけが周りをぼんやりと照らしていた。

 

「え? なになに?」

 シャスタは不思議な言葉を小声で話し始めた。誰かと会話しているような感じだが、むろん周囲にはミカサ以外に誰もいない。独り言にしては少し奇妙だった。

 

09(ミカサ)、壁の外にいる奴らが動き始めました。ここより西に数キロ行った壁際らしいです。移動しましょう」

 シャスタは断言したように言う。ミカサはなぜ分かるのか疑問だったが、上官であるシャスタに従う事にした。

 

07(ミタマ)についていきましょう」

 シャスタがいつ命令したかはわからないがミタマが先行して歩き始める。ミタマの尻尾にはぼんやりと光る(蛍光塗料)リングがついており、それを目印に付いて行く事になった。

 

 前方には再び雑木林が広がっている。ウォールローゼの壁から100mほど離れた場所で、暗がりの中、星明りが途切れているラインで壁際に居る事がわかった。

 

09(ミカサ)、前方に人影が見えますか?」

「!?」

 ミカサは目を凝らしてよく見てみると動く松明の光が出現した。複数の人間がいるようだった。距離は200m以上離れている。

 

「敵と思われる不審者は4人ですね。……おかしいですね。さきほどまでは彼らは確認できていませんでした。まるで地面から沸いて出てきたようです」

「地面から?」

「はい、ミタマの目は人間の出す体温をも捕らえます。誤魔化す事は不可能です。となると彼らは地下から来たという事でしょうか?」

 敵は壁を乗り越えたのではなく、地下から来たようだった。

 

「ち、地下ですか?」

「隠しトンネルが掘ってあると考えるのが自然です。今まで発見されなかったのも納得ですぅ。壁を乗り越えるのは駐屯兵団の警戒の目もあるでしょうから。たぶん過去に何度も行き来しているのでしょう」

 

(なるほどね。奴ら、地下トンネルを掘っていたわけね)

 ミカサは少し納得した。高さ50mの壁を一度ならずも何度も越えるとなると発見される危険性も増すわけだが、地下トンネルならその危険性はない。壁の下を掘る事は憲兵が厳しく規制しているようだが、壁外の連中には壁内のルールなど無関係だろう。

 

「奴らを討伐した後、トンネルの捜索も行いましょう。今は奴らを尾行することにします。こちらにはミタマが居るので、見失う恐れは少ないでしょう。もしかしたら奴らの協力者が釣れるかもしれません」

「そうですか……」

 

(協力者……。ようするに裏切り者というわけね。これが中央第一憲兵団につながっているとすれば……)

 ミカサはアルミンのように状況分析は得意でなかったが、中央第一憲兵団が怪しい事は聞いて知っている。権力の中枢にいるものが、人類の敵とつながっているとすれば、非常に厄介だった。同時にこの悪質な敵を倒すのは調査兵団である自分達以外にないだろう。

 

(裏切り者めっ! 絶対に許さない!)

 ミカサは裏切り者への憎しみがふつふつと湧き上ってくる。ミタマを先行させて尾行すること15分。やがて敵の4人は一軒の古びた農家にやってきた。ドアベルを鳴らし、中の住民と会話しているようだった。住民はすんなりとその4人を受け入れて農家の中に招待したようだった。

 

「マリア、ローゼ、シーナ。3人の女神の健在を、神の作りし偉大なる壁の祝福あらんことを。農家の住民はそう言ってますね」

「え? この距離で会話が聞こえるのですか?」

「あたしじゃなくて07(ミタマ)がです。07(ミタマ)があたしにそう話しています」

 シャスタはミタマとは不思議な言葉で会話できるようだった。その点は疑問に思っても仕方ない。問題は農家の住民の話した内容である。

 

「ウォール教ですか?」

「はい、おそらく信者の一人と思われます。でもこれで大体構図が見えてきましたね。ウォール教の末端はともかく中枢は敵とつながっている可能性が濃厚です」

「どうしますか?」

「ちょっと待ってください……」

そういってシャスタは黙り込んでしまった。何か考えているのかと思いきや、また不思議な言葉を話し出す。

「……」

横に誰かがいるような話ぶりだった。シャスタは何度か頷いた後、ミカサを手招きした。

 

「敵の4人は寝込みを襲って始末しましょう。農家の住民は捕虜にして尋問して吐かせるた方がいいです。拷問はしたくないですが、この世界の命運が掛かっている以上、仕方ないです」

「どうやって攻撃しますか?」

07(ミタマ)に突入させます。むろん、屋内に忍び込んでですが……。そこで討ち漏らして逃げ出してきた者がいれば、09(ミカサ)にお任せします」

「わかりました」

「敵が巨人化した場合は、すぐに離脱してください。そのための07(ミタマ)ですから」

「はい」

 ミカサは返事するも別の事を考えていた。

 

(今度は失敗しない。一撃で頭を叩き潰す)

 ミカサは小型の戦斧(バトルアックス)を握り締める。重量は5キロとやや重いものだが、超硬質物質(タングステンカーボナイト)で作られたシャスタの特注品で、人間に化けた知性巨人を殺す為に作られた専用武器である。自分達兵士馴染みの武器――ブレードでは斬るという動作のため、骨にあたったりするとうまく斬れない可能性がある。特に人間の頭蓋骨は意外に硬い為、刃が滑ることがあるのだった。

 

 シャスタとミカサは敵が寝静まるのを待つことにした。夜は意外に冷えてきている。毛布で身を包み、身動きする事なくひたすら待ち続けた。

 



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第41話、ペトラ特別作戦班(2)

西側方面を担当する事になったアルミン達です。

ラガコ村を見殺しにせざるを得ない理由を修正しています。


(side:アルミン)

 

 クロルバ区(西端の城塞都市)とトロスト区のほぼ中間地点にあたるウォールローゼの壁近くに、アルミンはいた。傍らには先輩のペトラと同僚のクリスタがいる。3人は2頭の騎馬に駆って、この地へとやってきたのだった。アルミンは馬術に優れるクリスタの後ろに乗せてもらっていた。意図したわけではないが、クリスタに後ろから抱き付いていた事になる。そのせいか妙にクリスタの事を意識していた。

 

(僕は何考えているんだ!? これから敵との戦いが待っているというのに……)

 クリスタはそんなアルミンの苦悩を知らないのか、平然としたものだった。

 

 既に日が暮れており、周囲には徐々に夜の帳が降りてきていた。少し離れた場所には廃城となったウトガルド城がある。見張りをするなら城の尖塔でもいいのではないかと提案してみたが、ペトラからはあっさり否定された。袋小路のところにいたら、いざというとき身動きが取れない可能性があり、また城自体が盗賊のねぐらになっている噂もある。たしかに不用意な接触は避けるべきだろう。

 

 日没後、程なくして50mあるウォールローゼの壁上を動く松明の群れがあった。トロスト区襲撃以降、警戒が厳重になった駐屯兵団の見回りである。以前は巨人が壁を登ってくるとは考えれていなかったため、巡回は一日一、二回程度だった。しかし鎧の巨人の前例でも分かるように知性巨人は壁を登る知恵と能力がある。一度でも前例がある以上、今後もないとは言い切れない。そういうわけで一日に何度も巡回が行われているのだった。

 

 その見張りの松明が遠くに行き、見えなくなった頃、ペトラが声をかけてきた。

「敵が動き出したようね」

「えっ!? わかるの?」

「ほら、壁の上を御覧なさい」

ペトラはウォールローゼの壁上を指差す。数百メートル離れた微かな暗闇の中に動く何かが居た。しかし暗すぎるのではっきりとは見えない。やがて微かな影は壁をゆっくりと降下してくるようだった。

 

03(ペトラ)、攻撃しましょう。その銃なら一網打尽にできるんじゃないですか?」

 クリスタは随分積極的だった。ちなみに名前ではなく番号(コードネーム)で呼び合うのは万が一、敵に聞かれた場合でも身元を分からなくするためである。

10(クリスタ)、待ちなさい。しばらくは様子を見ることにするわ。奴らは壁内の協力者に接触するかもしれない。それからでも遅くはない」

「で、でも……」

「焦りは禁物よ」

さすがに歴戦の強者(つわもの)たるペトラは冷静だった。巨人討伐数12、討伐補助40以上は伊達じゃない。おまけにペトラが手にしているのは壁内世界の常識を遥かに超えた強力な銃――突撃銃(アサルトライフル)だった。作動機構を引き金(トリガー)よりも後方に置く形式(ブルパップ)で、銃身を短くすることなく銃を小型化しているという。見た目はそれほど強力な銃に見えないのだが(一般兵士が持つライフル銃の方が大きい)、製作者のシャスタは自信を持っているようだった。

 

「奴らを尾行するわ。11(アルミン)、わたしと一緒に来なさい」

「はい」

10(クリスタ)、あなたは後ろの見張りを。いざと言う時の連絡要員だからね。わたしが離脱を命じたら、一目散に本部を目指しなさい。そして04(ハンジ)に連絡するのよ」

「……了解です」

クリスタは少し気落ちしたような声で答えた。

 

 影はどうやら二人組のようだった。星明りがなければ、完全に暗闇の中だろう。敵の二人組はウトガルド城の脇を通って北へと向かっていく。アルミン達も見失わないようにかつ気付かれないよう一定の距離を空けて尾行を続けた。

 

「この方向に確か村があったわね」

 ペトラが話しかけて来た。

「はい、確かラガコ村です」

「そうだったわね。辺境の寂れた村に一体何の用かしら? 情報を集めるのが目的なら街の方が都合がいいと思うんだけど……」

「僕も不思議に思います」

「誰かと待ち合わせているの?」

「それもあるかもしれません」

「……」

 

(ラガコ村か……。確かコニーの出身の村だったよな)

 アルミンは同期のコニー・スプリンガーの事を思い出した。お調子者だが根は真面目で曲がった事の嫌いな性格だ。口は悪いが仲間想いの事は知っており、エレンとはいい意味でライバルだったかもしれない。コニーの妹や弟も村にはいたはずだ。コニーから聞いた限りでは可愛らしい弟や妹らしい。

 

(まずいな。こんなところで巨人化されたらコニーの家族が……)

 アルミンは少し不安になってきた。敵の二人組は、ラガコ村近くに来るとそこで木影に入って休息をとっているようだった。

 

 ラガコ村では松明の明かりがちらほらと見えていた。自警団と思しき男が二人一組で村の周囲を見回りをしているのだった。村が警戒レベルを上げているのは別段不思議な事ではない。10日前のトロスト区襲撃の夜、混乱に乗じた盗賊が近隣の村を襲撃して、死傷者50人を出す大惨事が発生していたからである。盗賊を警戒しての事だろう。

(でも本当は……)

 アルミンは先輩のペトラからこれは虚偽の報道である事を教えてもらっていた。事実は知性巨人の残党(1体)による虐殺である。その知性巨人は壁外に逃亡後、”ユーエス”軍が討伐したらしいとも聞いていた。

 

 敵の二人組はどうやら村の様子を伺っているようだった。

「あのう、あいつらって村を襲うんじゃ?」

クリスタも不安な声で訊ねてくる。

「いや、それだったらもう襲っていてもおかしくない。誰かを待っていると思う。様子を見ましょう」

「……」

リーダーのペトラが傍観を選択している以上、クリスタも何も言えないようだった。

 

 

 やがて敵の二人組は見張りの巡回のタイミングを見計らって、村の中央へと進んでいった。ペトラ達は尾行を再開する。敵の二人組は村の中央広場の水場へとやってきた。大きな井戸があり、ここが村人の生活用水になっているのだろう。アルミン達はいよいよ誰かを接触するのかと注意深く周囲を観察を続けた。しかし誰かが現れる気配はなかった。やがて敵の二人がもと来た道を戻り始めた。アルミン達は急ぎ物陰に隠れてやり過ごす。そして距離が離れたところで再び、尾行を開始した。

 

「どういう事? 偵察が目的じゃない?」

 ペトラは小声で呟いた。敵の二人組は来た道を引き返して壁際へと向かっていったのだった。このままでは壁際に到達するのは時間の問題だろう。

03(ペトラ)、攻撃するべきです。このままだと壁の外に逃げられます」

「わかったわ。11(アルミン)、打ち合わせどおりね。絶対にわたしの銃の射線上に立たないように」

「はい」

アルミンは一人、ペトラと別れて、敵の右翼側へと忍び寄る。一方、ペトラは左翼側から敵へと接近する。作戦は単純なもので、アルミンが牽制役である。護身用に拳銃を持たせてもらっているが、アルミンには撃てる自信は毛頭なかった。やはり攻撃の鍵はペトラの突撃銃(アサルトライフル)だろう。

 

 敵の二人組は壁際の麓まで来るとアンカーを射出しているようだった。やはり壁外に出るつもりらしい。二人組は立体軌道装置の操作そのものがうまくないようで、壁へのアンカーの打ち込みに数度失敗していた。

 その隙に忍び足で接近したアルミンは、もう一つの隠しアイテムを取り出す。石灰を詰めた袋だった。それを立体軌道装置のワイヤーアンカーの先端にくくり付け壁際にいる敵に向けて射出した。

 壁に命中し、袋から石灰がばら撒かれ、敵の二人に降りかかる。

 

「ぐほぐほっ!」

 敵の二人組は石灰を吸い込んだためか咳をしているようだった。聞いた事のない意味不明の言葉を発している。おそらく奴らの言葉で「何事だ」と驚いているのだろう。石灰が降りかかった事により白い影がくっきりと見える。これこそがアルミンの真の目的だった。夜間戦闘で見え難い敵をマーキングすることである。

 

 連続した閃光――マズルフラッシュが煌くと同時に、高速タップを踏むような連続する銃声が鳴り響く。ペトラが放った突撃銃(アサルトライフル)の連射だった。アルミンには見えなかったが、わずか数mの近距離から放たれた銃弾の嵐が敵の二人組を襲っていた。敵の二人組は身体をガクガクとさせる不気味なダンスを踊った後、そのまま崩れ落ちていく。

 

(い、いまのが銃撃!? なんて弾丸数だ!? どうりで先輩達が自信を持っているわけだ……)

 アルミンが初めて知る連射銃だった。この世界一般に普及しているライフル銃は一発撃つごとに弾込めする必要があり、とてもじゃないが連射は不可能だ。数秒にも満たない時間で30発近い弾丸を撃ち出せるのはもはや革命としかいいようがない。一個班の一斉射撃に相当する銃というシャスタの説明は、誇張ではなく事実だったのだ。このような武器を装備しているからこそ、少人数での極秘迎撃作戦が行えるのだろう。

 

 ペトラは弾倉(マガジン)を交換すると、銃を構えたまま用心深く敵に接近する。敵の二人は動く気配がなかった。ペトラは近づいたのち、敵の二人の頭部に向けて一発づつ弾丸を撃ち込む。頭が割れて内容物が飛び出したようだが、暗がりのためはっきりとは見えなかった。

 

11(アルミン)、生死確認をしなさい!」

「はい」

 アルミンは拳銃を持って近づいく。自分の持っている拳銃はこの世界標準のものなので連射性能はない。そもそもペトラの持っている銃が高性能すぎるのだった。血の匂いが鼻につく。アルミンは恐る恐るランタンに火を灯して、辺りの様子を調べる。

 

「うっ!?」

 思わず吐き気を催すような惨状が目の前にあった。敵の二人は大量の弾丸を浴びたらしく体中から出血している。頭部にも何発も弾丸を喰らったようで、頭蓋が割れ、ピンク色の内容物が飛び出していた。頭部を破壊すれば、さすがの知性巨人も死ぬと分かっているので間違いなく死んでいるようだろう。よくよく見れば若い男女のペアだったようだ。年頃もおそらく自分達と変わらない十代半ばだろう。顔には驚愕の表情が浮かんでいた。まさか待ち伏せされているとは思っていなかったようだ。それも普通ではありえない銃弾の嵐を叩き込まれたのだからなおさらだろう。

 完全な不意打ちだが、これは仕方のない一面もあった。そもそも投降を促すことは出来ない。戦士(知性巨人)を捕虜にする事自体が困難なのだ。巨人化されてしまうと通常装備で倒す事は容易でない。

 

11(アルミン)! 報告しなさい!」

 ペトラからの叱責が飛んでくる。

「は、はい。頭部の破壊を確認。二人とも死亡は確実です」

「そう」

ペトラは近づいてくると死体に一瞥する。

10(クリスタ)、あなたは馬を連れてきなさい」

「はい」

クリスタは離れた場所に留めてある馬を取りにいった。

 

11(アルミン)、手袋とナイフを。服を全て脱がして回収しなさい。むろん荷物もね」

「はい」

 アルミンとペトラは死体から衣服を全て剥ぎ取る事にした。荷物も全て回収する。これは身元を隠す意味と敵勢力に関する情報を少しでも仕入れるためでもあった。アルミンが男の死体、ペトラが女の死体を担当する。死体の体液には直接触れないように注意を受けた。知性巨人の血液には悪性の病原体に相当する異物が含まれているらしい。

 

 アルミンは敵が身に付けている立体軌道装置に注目する。自分達兵士が使っているのと同じ型で、かなり傷んだ中古品のようだった。壁外遠征で死んだ兵士から回収した可能性が高いだろう。装置の扱いが下手だったようだが、自分達でも3年間厳しい鍛錬の末に身につけれられる技能である。専任の教官もいない壁外の奴らがそう簡単に習熟できるものではないだろう。敵の潜入工作員だったライナー達は技能習得も目的としていたのかもしれない。

 

(情報を得られなければ敵に好き放題されていただろうな。危なかったな)

 アルミンは手を動かしながら考える。敵の動きを事前に察知していたからこそ的確に迎撃体勢を取れたのだった。”ユーエス軍”からもたらされた情報のようだが、情報こそが勝敗を分けたと言えるだろう。上官のハンジはもしかしたら”ユーエス軍”と裏取引をしているのかもしれない。ペトラとアルミンは敵の死体を雑木林の中に隠す事にした。人里離れた辺鄙な場所なので見つかる可能性は低いが、それでも見つからないに越したことはない。死体の処理が終わった後、ペトラとアルミンは銃弾の薬莢を回収していた。

 

(それにしても……、あいつら一体何が目的だったんだ?)

 いざ帰還しようとした段階になって、アルミンは一つの懸念を思いついた。この二人組の意図である。ラガコ村に向かい、村の中央広場の水飲み場に留まった後、すぐに引き返して壁外へと向かっている。となると彼らの目的は偵察ではなく、ラガコ村の水飲み場に行く事が目的という事になる。

03(ペトラ)、あいつら、井戸に毒でも撒いたかもしれません」

「そうかもしれないわね」

「じゃあ、急いでラガコ村に戻って村人に伝えるべきでは?」

「それはできないわね。11(アルミン)、忘れたの? わたし達は極秘作戦を遂行中よ。目撃される事は絶対に避けるべきでしょう」

「しかし、そ、それでは毒で村の住民が……」

もしかしたらコニーの妹や弟達に危害が及ぶかもしれないとアルミンは思ったのだ。

 

 しかしぺトラは冷静だった。

「……そもそもどうして井戸に毒が入れられた事を知っているの?」

「えっ!? あっ、そうか!」

アルミンはすぐにぺトラの指摘に気付いた。奴らが壁外からやってきた事を通常知りえるはずがない。極秘作戦の内容を説明できない以上、村人にうまく説明できないだろう。

「それに研究棟に籠っているはずのあなたがなぜ遠く離れた場所にやってきたかを説明できる?」

「……できません。でも偽名を使って伝えれば……」

「それもできないでしょう? 仮に毒が入れられたのが事実とすれば犯人しか知りえない情報という事になるわよ。憲兵団に捕まって言い逃れできると思っているの?」

「……」

アルミンは何も反論できなかった。下手すれば自分たちが犯人にされてしまう可能性すらあるのだ。アルミンは必死に頭を回転させるがコニーの家族を救う方法が見つけられなかった。

 

(だめだ! 知っているのに助けることができないなんて……)

 アルミンは無力感に苛まれた。

「まだ毒が入れられたとは限らないわ。とにかくこの場を早く離れましょう」

「は、はい……」

ぺトラのいう淡い期待にすがることしかできなかった。それにラガコ村の住民に接触すれば、自分達の事を知られてしまう。今後の展開を考えて自分達の存在は秘匿する必要があるだろう。敵に正体を知られていない事が最大の強みなのだから。




【あとがき】
ペトラ特別作戦班は迎撃作戦を完遂。敵の二人組を抹殺に成功しました。敵である若い男女のペアは、あまりにも不幸でした。待ち伏せされているのも知らず、ただ上官の言われたままに行動しただけですから。ただペトラも完璧というわけではなく、敵の真の目的を察知できませんでした。原作をよく知っている読者なら『ラガコ村』と聞いて想像は付くかもしれません。


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第42話、シャスタ特別作戦班(2)

カラネス区近くの壁際の地下トンネルから壁内へと侵入してきた4人組(巨人勢力”故郷”の偵察隊)は、ウォール教の在家信者の家に滞在していた。この敵に対し、シャスタ&ミカサの特別作戦班が攻撃の機会を窺う。



 農家の女(ウォール教の在家信者)は非常に不機嫌だった。教区長の指示に従って、合言葉を話す客人を泊める事で教会に貢献するはずだったが、今晩の客人は過去に数回泊めた客人の中でも最低の部類だった。粗暴な振舞いはウォールシーナの地下街(スラム)に屯しているという不良グループと変わらないに違いない。

 

 農家である自宅に滞在している見知らぬ4人組。リーダーらしき人相の悪い男、軽薄そうな少年、顔の下半分をマスクで隠した目つきの悪い男、そして仲間の男達に怯えているような少女である。このうち自分と話したのは少女だけだった。男達はこちらには理解できない言葉を話しており意思疎通できそうになかった。

 

「あ、あの……、トロスト区の事はご存知ですか?」

 雑談と交わしている最中、少女は聞いてきた。

「トロスト区かい? ああ、なんとか巨人共の侵攻を撃退したと聞いているよ。すべては3人の女神様(マリア・ローゼ・シーナ)のご加護のおかげだよ。ありがたいことだ」

 そう答えると少女は顔色が急に青ざめていた。仲間の男達に小突かれて彼らの言葉で話す。とたん男達は不機嫌になり、少年がなにやら言葉を荒げるとナイフを投げつけてきた。柱に突き刺さって小刻みに震えるナイフ。わざと外したのだろうが、乱暴な振る舞いだった。

「で、出て行ってください!」

少女はそう叫ぶ。農家の女は慌てて客間から逃げ出してきたのだった。

 

「何様のつもりなんだね。今晩の客は! あれが泊めてもらう客の態度かね」

「そんなに酷いのかい?」

「そうだよ。教区長様のお言葉がなければ絶対お断りだよ」

「仕方ないだろ? 辛いだろうが今晩だけは堪えてくれ」

「わかってるよ。あれでも一応客人だからね」

 農家の女は夫と会話していた。この家は自分たち夫妻だけしか住んでいない。かつては2人の子供もいたが、一人は幼くして病死、もう一人の娘は6年前にウォールマリアに住む男の家に嫁ぎ、あの日(ウォールマリア陥落)以降は音信不通だった。おそらく生存は絶望的だろう。

 そして夫はかつて調査兵団に属していたが、壁外遠征で片足を巨人に喰われて退役している。そこそこあった見舞金もあっという間に使い切ってしまい、障害を負った夫を介護しながらの生活は苦しいの一言に尽きる。

 3年前、この近くを通りかかったウォール教のカラネス区教区長が、入信して勤めを果たすという条件付きで生活援助をしてくれる事になったのだった。その勤めとは、合言葉が合致した客人に宿を提供する事だった。在家信者になって以降、何度か客人を泊めた事がある。

 

 今晩の客人達に貸している客間からは、喘ぎ声らしき声と男の罵声が聞こえてきた。おそらくあの少女は、リーダー格の男の愛人なのだろう。もしかしたら慰みものにされているかもしれないが、自分達が口出しできるはずもなかった。あのリーダー格の男が教区長に告げ口して生活援助を打ち切られたら、自分達はたちまち路頭に迷ってしまうからだ。

 

「ったく、いい加減にして欲しいよ」

 農家の女はぶつぶつ文句を言いながら客人達の喧騒を聞かない事にした。それに夜も更けてきている。現在では生活の足しにしかならない農園作業だが、朝は早いからだ。

 

 ……

 

 いつの間にか客間からも物音が聞こえなくなった。迷惑な客人達も眠りに付いたらしい。農家の女は、この夜なぜか寝付けなかった。

(なんだい? この嫌な感じは……)

 どうも不吉な予感がしていた。万が一に備えて客人達が自分達を襲ってこないように自分達の寝室の扉にはつっかえ棒をしていた。

 

 突如、客間から激しい物音が聞こえてきた。怒声、そして刃物のようなぶつかったような金属音。直後、人が壁に叩き付けれるような大きな物音がした。

 

「おい!? 今の音は何だ!?」

 夫が慌てて飛び起きた。

「あの客人達が暴れているんじゃないのかね」

「くそっ! いくら客でも文句の一つぐらいを言ってやらんとな」

 そんな事を話していると、扉がガタンと音を立てた。誰かが扉を開けようとしてつっかえ棒に引っ掛かったのだった。

 

「だ、誰だい?」

「……」

 返事はなかった。

「一体なんの騒ぎだね?」

「……」

「どうしたんだね?」

「……」

何度呼びかけても返事が返ってこない。夫は不審に思ってベットの下から隠していたボウガンを取り出して矢を装填し、照準を扉に向けた。ちなみにこのボウガンは強盗対策で所持している自衛用の武器である。

 

 

 突如、激しい物音と共に木製の扉が蹴破られる。同時に背の低い影が室内に飛び込んできた。夫はボウガンの矢を影に向けて放つ。が、矢は何かに弾かれてしまう。影はまるで甲冑か何かを着込んでいるようだ。あっという間に影は動き、夫に体当たりして蹂躙する。骨が潰れるような嫌な音がした。

 

「あ、あんた!?」

「……」

 夫に呼びかけてみるが返事は無かった。黒い影が動いた。天窓から差し込む微かな星明りで、辛うじて影の正体が分かる。野犬よりも何倍も大きな(けだもの)だった。気配でその獣が自分に狙いを定めているのが分かる。

(な、なんなんだい? こいつは!?)

農家の女は驚愕する。同時に悟った。この獣は巨人同様、圧倒的な力を持つ捕食者であると。そして自分はただの獲物に過ぎないのだ。恐怖で動けなくなった自分に化け物が無言で襲い掛かってきた。

 

 

 

09(ミカサ)、起きてください!」

 ミカサはシャスタに起された。シャスタに促されて休息を取っているうちにいつの間にか眠ってしまったようだった

「奴らの動きが寝室で止まっています。完全に眠りに入ったようです。見張りも立てていませんね」

「そう、いよいよね」

 

(奴らにしたらここは敵地なのに!? 舐めた真似を!)

 いざとなったら巨人化すればいいと考えているのかは不明だが、裏切り者(ライナー)の仲間達ならまだ少年少女兵だ。人類を見くびっているのだろう。むろん敵の油断には徹底的につけ込む。後悔などさせる暇すら与える事なく抹殺するだけだ。

 

07(ミタマ)を納屋から中に侵入させます。あちらの施錠はつっかえ棒だけなので比較的簡単に開錠できます。09(ミカサ)は表玄関付近の茂みに隠れていてください。もし捕獲対象だったらあたしが止めるように合図します」

 ミカサは頷くと戦斧(バトルアックス)を手に農家へと接近する。指揮官であるシャスタは離れた位置で見守るようだった。

 

 暗がりの中、生体戦車(ギタイ)――ミタマの尻尾についた淡い光を放つリング(蛍光塗料)が円を描いた。開錠に成功したという合図だった。ミタマは音を立てないようにそっと扉を開けて建物内に侵入、客間へと向かっていく。

 直後、農家の屋内から激しい物音が聞こえてきた。ミタマが攻撃を開始したのだった。家具が転倒したような物音、争ったような声、そして白い影が外に飛び出てきた。

 

 シャスタからは特に指示はない。もし捕獲対象ならシャスタから制止命令が来るはずだった。

(だったら敵ね)

ミカサはその影に向かって、斧を振り上げた。

 

「待って!!」

 シャスタの声だった。ミカサは斧を白い影に叩きつける寸前で停止させた。白い影はそのままペタンと座り込んだようだった。

 

 小型の不思議な松明(懐中電灯)が白い影を照らし出す。白い影は衣服を身に着けていない裸の女だった。幼い顔立ちや体系からして歳はミカサと変わらないだろう。少女は目の前にあるミカサの斧を見て、改めて恐怖し尻餅をついたまま後ずさりしている。少女の形のいい大きな胸を見て、ミカサはなぜか苛立ちを覚えた。

 

02(シャスタ)!? この女は?」

「もしかしたら情報を聞き出せるかもしれません。09(ミカサ)は武器を仕舞って下さい」

「……」

 ミカサは戦士(巨人化能力者)ではないかと訝りながらも斧を下す事にした。頭の切れるシャスタなら、この女が戦士である可能性は考慮しているはずで、無策という事はないだろう。

 

「怖がらなくてもいいですよ。あなたを苦しめていた男達はもういません。それにあたし達はあなたに危害を加えるつもりはありませんから」

 シャスタは少女に優しく話しかける。それでも少女は疑いの眼差しを自分達に向けていた。

「……あ、あなた達は?」

「えーと、そうですね。壁内の自警団っていったところです」

そう言いながらシャスタはミカサに毛布を手渡した。少女に渡してくれという事らしい。ミカサは彼女に毛布を差し出すと、少女は恐る恐る受け取った。

「……」

少女は毛布を羽織ると少しだけ表情が緩んだようだった。

「あなたの名前、教えてもらえませんか?」

「……カーヤ」

少女はぼそっと呟いた。これがミカサ達と敵勢力”故郷”の潜入工作員――カーヤとの出会いだった。




【あとがき】
 夜間戦闘の本領を発揮した生体戦車(ギタイ)――ミタマにより、敵工作員のうち3人を抹殺、残る1人はミカサ達が捕虜にした。
 少女を助けたのは、盗聴して会話を分析したシャスタが、男達に性的暴行を受けている事を知ったためです。彼女から敵勢力の詳細な情報が得られるかもしれません。在家信者の農家夫婦にとっては、泊めた客と襲ってきた獣(ミタマ)が悪すぎました。

 リタ達は西側担当のペトラ達を含めて敵偵察隊の壊滅に成功します。しかしながら時間稼ぎに過ぎず、また火種(?)は残ったままです。


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第43話、事後検討会

久々のリタ視点になります。主人公のはずなのに影が薄い……。
「出番を増やせ! ゴラァ!」と筆者はリタに文句を言われそうです。


 迎撃作戦の翌日早朝、研究棟機密区画にある隠し部屋では、シャスタは寝床(ベッド)に伏せていた。元々体力がない彼女は昨日の遠征で長時間馬車に揺られるというのはかなり過酷だったに違いない。振動索敵網・通信機器の製作、新兵器の開発など徹夜続きの連続だった事で疲労もかなり蓄積しているようだった。シャスタの顔には薄っすらと汗が浮かんでいた。

 

「ご、ごめんなさい。身体が弱いばっかりに……」

 布団に半分顔を隠したシャスタは申し訳なさそうにリタに謝っていた。長い黒髪を束ねておらず眼鏡をしていないシャスタの顔は普段と違って新鮮に見える。

 

「いや、シャスタはよくやってくれたよ。おかげで敵の偵察隊を壊滅させる事もでき、さらに捕虜も得る事ができた。これで奴らに関する重要な情報が得られるかもしれない」

「よくやってくれたのはミカサさんですよぅ。あたしは車酔いで全然だめでしたから……」

「むろんミカサもよくやってくれている。むしろ謝るのはわたしの方だ。この世界に来て以来、ずっとシャスタに無理させていた。本当にすまなかった」

 

 リタはシャスタにずっと甘えていたと思い返していた。なまじ彼女が技術面での天才だけに仕事を増やしすぎてしまったのだろう。負担を分散させてやりたいところだが、残念ながらシャスタの代わりはいない。リタ達の世界から持ち込んでいる電脳機器(コンピュータ)、機動ジャケットなどの各種兵器、これらはシャスタが整備してくれるからこそ真価を発揮できるのだった。さらにシャスタは生体戦車(ギタイ)の上位存在も兼任している。そして敵勢力のトロスト区侵攻以降、事態が切迫しており、新兵器開発を急がしている事もシャスタの負担となっているのは間違いない。

 

「ううん、あたしが望んだ事です。リタの役に立てる事があたしの一番の幸せですから」

 シャスタはリタを見てにっこりと微笑んでいる。

「あ、ありがとう。シャスタ。とにかく今はゆっくり休んでくれ」

「で、でも……」

「今は自分の身体を一番心配してほしい。わたしからのお願いだ」

「は、はい。すみません……」

 シャスタは目を閉じたようだ。当分は安静にしていた方がいいだろう。

 

 リタは寝室を出るとペトラとハンジが心配そうな様子で待っていた。

「リタ、シャスタは?」

「疲労が溜まっているんだと思う。今は静かに寝かせておこう」

「そうだね。シャスタには悪い事をした。……時間があればミカサを鍛えて戦闘班の指揮官(コマンダー)には出来るのにな。敵の動きが早すぎる」

「愚痴を言っても仕方がないだろう。今出来る事をするべきだ」

ペトラとハンジは頷いていた。

 

「ではシャスタ抜きにはなるが事後検討会(デブリーフィング)を行おうと思う」

 戦闘に限らない事だが、任務(ミッション)の問題点を洗い出して、今後の任務に生かそうという事である。秘密結社も組織の一つであり、組織として行動している以上、幹部同士で戦略面の情報を共有しておく事は必須と言えるからだ。

 

 リタから昨日の作戦行動について二人に告げた。昨日リタは壁外(ウォールマリア)で主に敵の動向監視を行っていた。また十分安全を確認した上で、振動索敵網の補修作業も行っていた。強風で偽装アンテナ(樹木に擬態させたもの)に木の枝が引っかかったりして電波条件が悪くなった箇所があったためだった。

 

「……以上です」

 西側方面を担当したペトラが報告を終えた。報告の中で敵の工作員が水場に毒を撒いたかもしれないとも述べる。(アルミンが指摘)

 

「ハンジ、君はどう思う?」

 リタはハンジに訊ねた。

「うーん、確かに怪しいけど、どうも釈然(しゃくぜん)としないな~」

「どういう事でしょうか?」

「つまりだね、敵にしてみれば戦士(巨人化能力者)は貴重な存在のはずだ。水場に毒を撒いたところで数十人の村人を殺せるに過ぎない。遠路はるばるやってきて投入する戦力の割りに戦果が見合っていない感じがするんだよな」

「わたしも同意見だ。これだけの工作をするからにはただの毒ではない気がするな。恐らくはもっと悪質なものだろう」

「……」

ペトラとハンジは黙ってリタの次の言葉を待っているようだ。

生物(バイオ)テロの可能性が考えられるな」

「ば、バイオ……テロ?」

 ペトラは聞きなれない単語に首を傾げている。対応する語句がなかったため、自動翻訳機で翻訳しきれなかったようだった。

「簡単に言うとだな、人に感染する病気をもつ細菌をばら撒く攻撃の事だ。大量の感染者が出れば人類社会にとっては大きな打撃となるだろう」

 

「そ、そんな……。それじゃあ、やっぱりアルミンの言うように村に戻っていれば……」

 ペトラは深刻さを理解したのか顔が青ざめていた。

「いや、ペトラ。仮に生物(バイオ)テロとするのならば村に戻ってはいけない。君達が感染していた可能性があるからな。離脱して正解だ」

「そ、そうですか……。でもどうすれば……」

「わたしがラガコ村に調査に(おもむ)こうと思う。赤い鎧(機動ジャケット)ならば機密性にも優れている。もともと生物・化学戦を想定して製造されているからな」

「そうだね。生物(バイオ)テロの可能性がある以上、ラガコ村の件はリタに任せるしかなさそうだね」

 ハンジはリタの案に賛成していた。

「じゃあ、リタ。お願いするわ」

「あと、御者を兼ねた助手を1名付けて欲しいところだが……」

「わたしは……、でも演習があるし……」

 ペトラは少し考えて答えた。彼女は本日、(調査兵団の)行軍演習に参加する予定だった。調査兵団のほぼ全員が参加する大規模演習であり、新兵達への顔見せの機会でもある。まして今回の演習では偵察気球との連携訓練も取り入れられる予定なので、技術班としてはアピールも兼ねてぜひ参加しておきたいところだった。

 

「ミカサはどう? ミカサは兵士として目的意識の高い子だから大丈夫だと思うよ。任務の重要性を説明すれば付いてきてくれるでしょう。それにミカサは(表向きは怪我から)快復していない事になっているからね」

「そうか、ではそうしよう」

 リタはハンジの意見を採り入れて、ラガコ村の調査にミカサを同行させる事にした。

 

「それでリタ、捕虜の様子は?」

 ペトラはリタは訊ねる。

「ああ。捕虜、カーヤと言ったが、地下牢に閉じ込めている。ただかなり怯えた様子ですぐに尋問できそうないな。ただ拷問したりするつもりはない。虐待されていたようだから転向の可能性はあると考えている。敵拠点への水先案内人になってくれればいう事がないのだが……。我々の事を”悪魔の末裔”と教え込まれているようだから、誤解を解くのに時間が掛かるかもしれない」

 

 地下牢とはこの研究棟機密区画に地下に作られている隠し場所を改装したものだった。むろん工事は生体戦車(ギタイ)達にさせていた。

 

「彼女は”戦士”ではないのですか?」

「絶対とは言い切れないが、簡易検査の結果、血液中に特殊抗体は発見できなかった」

 

 リタとシャスタは巨人化能力の原理を体内に含まれるナノマシンではないかと推測をつけており、その推測に基づいて敵潜入工作員(アニ・レオンハート)の遺体をハンジと共に司法解剖し調べていた。その結果、アニの体内からマイクロレベルの異物が多数発見されたのだった。雌の獣の巨人(ボス)でも同様の異物が発見されており、高確率で巨人化能力を発現させる特殊抗体であろうと推測していた。ただし完全な原理の解明までには到っていない。リタ達が元いた世界の分析装置があれば解明可能だろうが、そんな高性能な機器は壁内世界(ここ)には存在しない。

 

「それより問題はウォール教の方だろう。ハンジ」

「まあ、言われてみれば符合があうね。彼らは5年前から急に勢力を拡大していると聞いている。後ろ盾に敵勢力からの支援があったのだろうね」

「5年前というとウォールマリア陥落ですね」

 ペトラが口を挟んだ。

「そうだと思うよ。それに例のプレートだ」

 ハンジは被験体巨人の殺害現場においてウォール教のプレート(女神像が彫られたリリーフ)を回収している。気化しきっていない巨人の躯の下にあった為、中央第一憲兵団の連中(サネス)も見落としたらしかった。そしてカラネス区近辺にてセーフティハウスを提供していたと思われるウォール教在家信者の信者の存在。ここまでくればウォール教が関与していると考えてまず間違いないだろう。

 

「そ、そうですね」

「おそらくウォール教の中枢は敵とつながっているんだろうね。もっとも末端の信者達は真相を知らないだろうけど……」

「だとしても見逃すわけにはいかない。壁外から偵察部隊が来た事を他の連中に知られるわけにはいかないからな」

 リタはシャスタに在家信者夫婦の殺害を命じていた。(直接殺害したのは生体戦車(ミタマ)) 非情なようだが、彼らは敵性個体を匿った背信者であり、無辜(むこ)の市民というわけではない。

 

「信者達の直接の上司はカラネス区の教区長だという。さすがに内地の調査までは我々の手に余るだろう。ハンジ、君のところの団長に情報を流して捜査させてはどうかな?」

「そうしようと思う。団長は今日の午前にはこちらに戻ってくると聞いている。私が直接話しておこう」

「ウォール教の件はなるべく急いでくれ。内なる敵を排除しない限り、外の強大な敵に勝つ事はできないだろうな」

 リタの言葉にハンジとペトラは頷いている。カラネス区教区長から始って、ウォール教の上層部、中央第一憲兵団、さらには一部の保守派貴族につながっている可能性もあった。本人達がどこまで自覚しているかは不明だが、人類の裏切り者がいるわけだった。いつ背中を刺されるか分からない状態では勝てる戦いも勝てないだろう。

 

「では最後に今回の会議の決定だが……」

 リタは立ち上がってホワイトボードに今回の決定事項を書き出していった。

 

その1、リタ・ミカサはラガコ村に調査に赴く。

その2、ハンジは団長と接触、ウォール教の調査を促す。

その3、捕虜については転向を促す。

その4、ペトラ・アルミン・クリスタは本日の行軍演習に参加。

 

 シャスタが疲労で倒れてしまった以上、彼女にあまり無理をさせる事はできない。今回のように敵が複数地点を同時に攻撃してくる事を考えれば、秘密結社の戦闘指揮官(コマンダー)の育成は急務だった。

 




【あとがき】
シャスタは過労で倒れてしまいました。さすがに働きすぎですよね。リタ達を技術面で支える為に奮闘していましたから。おまけに長時間馬車に揺られて遠征してます。

ラガコ村の件は、リタがバイオテロと推測しました。原作を知っている読者なら……わかるかと思います。

【次回予告】
今度こそ、ミーナ達新兵の話にするつもりです。多分……


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第6章、ラガコ村事件
第44話、再度の極秘任務


一ヶ月ぶりの更新になってしまいました。リアル方面でバタバタが続いたためです。

極秘任務を終えたミカサとアルミンの翌朝のシーンです。


(side:ミカサ)

 

「ミカサ。任務の完遂、ご苦労だった。それにシャスタを無事連れて帰ってきてくれて礼を言う」

 会議室に呼び出されたミカサ・アッカーマンは、先輩のリタ・ヴラタスキから礼を言われた。傍らには自分達新兵の指導教官でもあるペトラ・ラルが座っている。外出している事が多かったリタとは顔を合わせる事は少なかったので、こうして会話するのは弔いの日(トロスト区防衛戦の葬礼)以来だった。リタは赤毛の短髪に童顔、小柄な体型で、一見するとミカサ(15歳)と同年代に思える。もっともペトラやハンジと対等に会話している事から考えて、実年齢は20代だろう。

 

「いえ、任務ですから。それに実際、わたしは敵と戦ったわけではありません」

 ミカサはそう答えた。実際、昨晩の極秘任務ではミカサ自身は一戦も交えていない。戦闘を行ったのは07(ミタマ)と呼ばれる奇妙な動物の方だった。

「そうね、もともとあなた達をの役割は補佐(バックアップ)だったからね。ただ状況によっては戦う必要があったかもしれない。とにかく無事に済んでよかったわ」

 ペトラが微笑みながら口を挟んできた。

「その……、シャスタ先輩は?」

 ミカサは復路途中に倒れてしまったシャスタの容態を聞いた。

「シャスタはしばらく休養が必要だ。もともと開発作業だけで激務だったところにわたしが任務を割り振ってしまったからな」

「?」

ミカサはリタは言い方に違和感を覚える。

「ミカサ、あなたには本当の事を教えてあげる。今回の作戦の立案および発命者はここにいるリタよ」

ペトラはさらりと重要な事を告げた。

「えっ!?」

 ミカサは今回の極秘作戦の発令者はハンジであると聞いていたので、少し驚いた。リタは技術班に所属する職人だと思っていたからだ。リタが否定しないところをみるとどうやら事実のようだった。

「簡単に言うと二重組織みたいなものね。わたしとハンジ分隊長、そしてシャスタの4人で結社みたいなものを結成しているのよ。この結社内では、リタが最上位。わたしとハンジ分隊長が、リタ達に協力しているというのが正確なところね」

「……」

「納得いかないって顔しているわね。でもちゃんと理由があるのよ。今は話せないけど……」

「知る必要があれば情報は教えてくださるのでしょう?」

「それはそうよ」

「それならあえて聞きません。わたしは一介の兵士ですから」

「ミカサ、あなたは物分りが早くて助かるわ」

 ペトラは満足そうに頷いた。ミカサは兵士としての分を弁えていた。それに昨晩の極秘任務、情報の正確さと対処能力の高さで、ペトラ達の秘密結社の作戦遂行能力の高さが十分実感できた。世間の目に決して触れる事はないが、普通の兵隊では対処が困難な敵を的確に叩くという重要な役割を担っている。巨人勢力の潜入工作員だけでなく人類の裏切り者の存在が明らかになった現在、こういった特殊作戦を行う部隊の重要性は増しているだろう。

 

 ミカサは昨日から疑問に思っている事を聞くことにした。

「わたしが知る必要があるかわかりませんが、07(ミタマ)、あれはなんでしょうか?」

 シャスタが”ミタマ”と呼んだ奇妙な動物。丸みの帯びた体系、背丈は子供程度だが、人間の数十倍の腕力、銃や剣が通用しない強固な外殻、さらに暗闇でも作戦行動可能という巨人とは違う意味で化け物のような存在だった。味方なら確かに心強いが、人でない以上どこまで信用していいのかミカサには分からない。

 

「ああ、ミタマの事ね。心配いらないわ。リタ達が昔から飼っていた動物だからね。軍馬みたいなものよ」

「そ、そうですか……」

「命令に反してわたし達を攻撃する事はない。その点はわたしが保証する」

 リタとペトラが太鼓判を押している以上、聞いても無駄のようだった。

 

「それと……、捕虜(カーヤ)については?」

 昨晩捕獲した敵側の潜入工作員――カーヤは拘束した後、馬車で研究棟まで連行してきていた。リタとペトラが引き取り、その後についてはミカサは知らなかった。

「彼女の事もそうだけど極秘任務の内容は一切口外しないで欲しい。彼女は”戦士”(巨人化能力者)ではないと思われるが、仮にも敵勢力の人間だ。憲兵団に知られたらいらぬ介入を招く事になる」

「はい、わかりました」

 ミカサはすぐさま承諾した。調査兵団の立場が微妙なのはペトラ達から説明を受けていた。対巨人戦闘では最精鋭部隊ではあるが政治的には弱い立場で、常に憲兵団に監視されている状態だった。王政府の締め付けを良しとしない荒くれ者の集団であり反乱を警戒しての事だろう。ミカサは以前までは政治に関心はなかったが、ハンジやペトラから内情を聞かされて複雑な思いだった。人類一丸となって巨人に立ち向かうという状況になっていないからである。

 

「さてと……ここからが本題ね。ミカサ。昨日の今日で悪いけど、もう一度極秘任務に引き受けてもらえる?」

「極秘任務ですか?」

 ミカサはペトラの言葉に目を丸くして驚いた。まさかすぐに極秘任務が来るとは思っていなかったからだ。

「リタ、説明してあげて」

「ミカサ、昨日、ペトラ達が西側のウォールローゼ辺境で作戦行動をした事は知っているな?」

「はい」

 ミカサはペトラ達特別作戦班がクロルバ区(西端の城塞都市)方面に出陣した事は聞いていた。作戦は成功したと聞いているが、詳細については知らされていない。

 

「敵工作員はどうやらラガコ村の水場に何かを撒いたらしい。ペトラ達が確認している」

「……」

「敵巨人勢力がわざわざ潜入工作員を使ってまで僻地の村に毒物らしき物を撒いたという事だ。ミカサ、何か疑問を感じないか?」

 リタに訊ねられてミカサは考え込んが、よくわからなかった。

「え、えーと……」

「人類側により損害を与えようとするなら都市の水場を攻撃する方が理に適っているだろう」

「そういえばそうですね」

「ここからはわたしの予想だが、撒かれたのはただの毒物ではなく、人に感染する病気の元(病原菌)が撒かれた可能性が高い。それもただの病気ではなく致死性の高い悪性のものだろうな。わたしはこれからラガコ村の調査に向かうが、ミカサ、君にも同行してもらいたい」

「はい、了解しました」

「予め言っておく。村人を助けにいくわけではない。最悪、村人全員を見殺しにせざるを得ない場合もある。だがそれはウォールローゼ全住民を救うためだと割り切ってもらいたい」

「!?」

 リタの言葉にミカサは驚く。確かに最悪を考えれば有り得る事態だった。敵巨人勢力の悪辣さは今に始まった事ではない。手段を選ばず人類を滅ぼそうという連中だ。だからこそ奴らには絶対に負けるわけにいかないのだ。

「……了解です」

「じゃあリタ、ミカサ。気をつけて行ってきて」

「ああ、任せてくれ」

 リタとミカサは直ちに出動準備に入った。

 

 

 

(side:アルミン)

 

 馬の戦慄きが聞こえてくる。アルミン・アルレルトは研究棟内の個室(元倉庫)で目を醒ました。昨晩の極秘任務から帰還して後、機材や装備の後片付けなどで就寝は深夜を回っていた。雨戸の隙間から差し込む明りで朝食の時間帯はとっくに過ぎているのが分かった。

 

(どうして馬を!? 先輩達、もしかしてラガコ村に向かうんじゃ?)

 昨晩の任務中、アルミンは上官であるペトラと口論になったのだった。ラガコ村に対する敵の破壊工作を知りながら、任務の秘匿性を重視して無視を決めたペトラに対し、アルミンは異論を唱えてしまっている。ペトラの意見が戦術的に正しい事はアルミンとて理解はしている。しかしながら同期で仲の良いコニーの家族――弟や妹が犠牲になるのは割り切れない思いだった。

 

 アルミンは起きようと手を伸ばした。するとシーツの中に温かくて弾力性のある柔らかいものが掌に触れた。

(え? なに?)

 アルミンが驚いてシーツを捲ると、そこには金髪の少女が身体を丸めて眠っていた。寝巻き姿のクリスタだった。さきほどアルミンが触れたのはクリスタの胸だったようだ。クリスタはもぞもぞと動くと顔を上げて大きく欠伸をした。

「ク、クリスタ?」

「あー、アルミ~ン。おはよ~」

「ど、どうして僕の寝床に?」

「え、えーとね。あのね~、部屋間違えちゃったかな?」

クリスタは頬に指を当てて首を傾げながら答えた。わざとらしい言い訳だった。

「もう! ふざけないでよ!?」

「ごめん、ごめん。実はね、ペトラ先輩に言いつけられているの。今日は一日、アルミンと一緒にいなさいって」

「一緒なのは今日に限った事じゃないと思うけど?」

アルミンとクリスタは特別な事情により、あの日(トロスト区攻防戦)以来ハンジ分隊長管轄の調査兵団研究棟で寝起きするようになっている。先輩のペトラが指導教官となり、座学と訓練を重ねてきた。クリスタとは一日中顔を突き合わせている間柄である。

「ううん、今日は常に見えるところに一緒にいなさいって言われているもん」

アルミンはだいたいの事情を察した。おそらくクリスタはペトラから自分をそれとなく監視するように言われているのだろう。昨晩の件を自分が外部(コニー達)に漏らす事を恐れているのかもしれない。ペトラには全て先読みされている気分だった。

 

「ふーん、そうなんだ」

「うん、今日は自習する事になっているよ。日課の運動と課題の報告書(レポート)作成、それに古代語(バーストイングリッシュ)の習熟とかする事は一杯あるもんね」

古代語(バーストイングリッシュ)とはある遺跡で発掘された未知の言語らしい。詳しくは教えてもらっていないが高度な技術情報に触れる為には習得は必須である。そうペトラやシャスタからは聞かされていた。古代語は自分達が使う言葉とは文法の仕組みも文字の形も全く異なる。主要26文字、数字、いくつかの記号だけで全てを表現する簡易言語らしいが、アルミン達の習熟レベルは初歩の段階だった。先輩のペトラも習い始めて日が浅く、この言語に関してはシャスタとリタが講師である。

 

「ペトラ先輩、普段は優しい顔しているのに怒ると鬼教官だもんな」

「ふーん、今の発言、先輩に言っちゃおうかな?」

「く、クリスタ。それは酷いよ。僕をいじめないでよ」

「あはは、冗談だって」

 クリスタと会話をしながら、アルミンは考えていた。現状、ラガコ村の事は自分の管轄でない事はよく分かっていた。偶然、ピクシス司令に拝謁できる機会を得たが、新兵であることには変わりはない。アルミンとクリスタは成り行き上、重要な軍事情報(巨人化能力者、アニ謀殺)に触れてしまったので、言い方を変えれば、研究棟内に軟禁されている状況ともいえた。今は事を荒立てるべきではないだろう。今日のところは平穏無事を祈るしかなかった。




【あとがき】
ミカサ、リタと共にラガコ村へ調査に赴く。原作同様、惨劇が待っています。

アルミンとクリスタは、研究棟内で自習。

ペトラは別件の用事、ハンジはトロスト区支部にて調査兵団幹部と会合しています。


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第45話、行軍演習の朝

秘密結社組の話が続いていたので、久々にミーナ達登場です。

ミーナ達新兵の朝食時の様子です。一昨日は中止になった行軍訓練が実施される事を告げられます。

(side:ミーナ)


 トロスト区内にある駐屯兵団宿舎。兵団選択式を終えた第104期新兵達は、依然としてにこの施設に滞在していた。通年ならば所属兵団が決まった後は各々の配属先に赴くはずだが、今年は総統府からの通達により、他地区の新兵も含めて調査兵団への一時預かりとなっていた為である。調査兵団は3兵団中もっとも小規模な組織である。当然六百人近い新兵を受け入れられるだけの宿舎を持っておらず、大組織である駐屯兵団の施設をそのまま使わせてもらっている格好だった。

 

(やっぱり知っている顔は少ないなぁ)

 新兵のミーナ・カロライナは朝の食堂で周囲を見渡して思った。食堂は大勢の新兵達で賑わっていたが、大方が他地区の新兵達で、見知った顔は少なくなっていた。恒例となっていたエレンとジャンの喧嘩も今となっては懐かしく感じられた。

 

「ほら、頬っぺたに食べカスがついているわよ。拭いてあげるからじっとしていて」

「はは、ちょっと恥ずかしいよ」

 変わらないのは公然でもいちゃいちゃしているハンナ=フランツのカップルぐらいなものだった。

 

(あの二人だけは変わらないね……。あっ、いけない。サシャは……まだ来ていないよね~)

 ミーナは大事な事を思い出した。サシャ・ブラウス――同室で仲の良い友人なのだが、食事時だけは明確な敵だった。食い意地が強いサシャは周りの知人の食べ物をつまみ食いする悪癖がある。以前ならエレン、トーマス、アルミン、クリスタといった連中もいたので、被害を受ける確率自体が低かったのだが、最近は仲間が減ったせいでミーナの食事が頻繁に狙われてしまうのだった。そこでサシャがベットで惰眠を貪っている内に部屋を抜け出して食堂に来たのだった。

 

「よぉ、ミーナ! こっち来いよ」

 コニー・スプリンガーが手を振って声をかけて来た。コニーは小柄だが敏捷性に優れた新兵である。直情的過ぎるのが欠点だが、卒業成績は暫定2位で優秀だった。(仲間が大勢戦死したため繰り上がった) 少し離れた場所にはジャンと同期の少女兵3人がいた。最近ジャンは暫定首席の上に、トロスト区防衛戦で表彰されるほどの戦功を挙げたという事で女子連中からの評価も高くなっているらしい。いわゆるモテ期に入っているようだった。

 

「コニー、おはよう」

「んでよ、サシャの奴は?」

「え? 先に出て行ったと思ったけど……」

「まあ、あいつがいると俺らの食事が減っちまうからな」

「あ、あはは……。だよね」

ミーナは苦笑いを浮かべた。

「実はオレ、話し相手がいなくてよ」

コニーはそう言いながらジャンをちらっと見遣る。ジャンは女子に囲まれておりご機嫌の様子だった。立体機動装置のより高度な使い方を解説したりしていた。女子連中はきゃーきゃー言って騒いでいた。

 

「なんか納得いかなねーな。オレやお前(ミーナ)だって巨人を討伐しているのによ」

「別にいいんじゃない。表彰されたのはジャンだったし、それに実際、ジャンは活躍しているじゃない?」

「だけどエレンやその他大勢死んでいるんだぜ。オレははしゃぐ気にはなれねーな」

コニーは首を横に振りながらそう言う。コニーはお調子者だと思っていたが、思ったより仲間を想う気持ちが強いようだった。

 

「そ、そうだよね」

 ミーナはとりあえず相槌を打つしかなかった。エレンの名前を出された為、ミーナの心はちくりと痛んだのだった。片脚を失う重傷を負ったにも関わらず、ミーナやアルミンを逃がす為に囮の役目を果たして散っていった戦友。自分の無力さをつくづく思い知らされた。ペトラ先輩とは言わないまでもそれなりの腕があればエレンを助ける事が出来たのかもしれない。

 

「た、立ち話もなんだし、座ろうか?」

「そうだな」

 コニーとミーナは並んで座る事になった。さっそく朝食を摂る事にした。ちなみに献立は肉入りのスープとパンだった。

 

「ところでよ、今日も待機なんだろうか?」

「どうだろね? 昨日はあんな事があったけどさすがにないんじゃない?」

 ミーナはそう返した。昨日はミーナを含めた新兵全員に敷地内待機が命じられており、外出も不許可だった。捕獲していた被験体巨人が殺害されるという事件が発生したからである。そればかりか見張りの兵までもが殺されており、駐屯兵団の先輩兵士達はピリピリとした緊張が漂っていた。街の出入り口(北門)に検問が敷かれて出入りは厳しくチェックされているそうだが、未だに犯人は捕まったという話は聞いていない。

 

「ミーナ、ミーナったら」

 自分を呼ぶサシャの声が聞こえた。振り向けばサシャが駆け寄ってきた。

「冷たいですよぅ。わたしを置いていくなんて」

 サシャがやってきた。幸い食事の大半は胃の中に消えておりサシャに奪われる心配はなかった。

「あ、ごめん。だってサシャ、声を掛けても起きなかったんだもん」

「いじわるですねぇ。あっ、でも今日は朝からいい事がありましたよ」

サシャはなぜか上機嫌だった。見ればサシャは紙袋を一つ持っていた。

「お前のいい事って食い物の事しかないからな」

「コニー。よくわかりましたね」

「だろな」

 

 サシャは一呼吸置くと訳を話し出した。

「実はさっきヒッチさんに薫製(くんせい)の肉を頂きました」

「ヒッチ!? まさか、憲兵団の?」

ミーナは意外な名前が出た事に驚いた。憲兵団新兵のヒッチ達は、兵団選択式直前、自分達南区訓練兵に言いがかりをつけて罵倒してきたからだ。あの場は駐屯兵団のリコ先輩が一喝して収めたが、不信感は残ったままである。

 

「そうですよ。事情も知らず罵倒してしまったお詫びだと言ってましたよ」

「おいおい、サシャ。あそこまで馬鹿にされていて食べ物で懐柔されたのかよ?」

 コニーは呆れ顔だった。

「そんな事ないですよ。食べ物をくれる人はいい人に決まってます」

「信じられるかよ?」

「コニー、食べ物は大事ですよ。それを他人に差し出せるのは心が広い証拠ですから」

「やっぱり食い物につられたんじゃないか。ミーナだってそう思うだろ?」

「えっ? ま、まあ、そうですね」

「な、なんなんですか? ミーナまで……」

 サシャは納得していないという表情で首を傾げていた。

 

「新兵全員! 注目!」

 食堂にいる全員に呼びかけた人物がいた。調査兵団幹部のエルド・ジンだった。兵団選択式でも説明役を務めていた熟練兵(ベテラン)である。

「昨日は中止した行軍訓練だが、本日午後、訓練を実施する。ウォールローゼ南西地区に出陣、密集隊形を維持しつつ、ウドガルト城へと向かう。ああ、ウドガルト城というのはかなり昔に廃城となった城だ。盗賊の住処になっているとも噂されるからその哨戒の意味も含めている」

 どうやら行軍訓練を一日遅れで実施するとの事だった。行軍といっても壁内のウォールローゼなので巨人と遭遇する可能性はない為、安全な訓練だろう。

 

「今回は我々の演習に先立ち、駐屯兵団所属の偵察気球部隊を投入している」

「!?」

 新兵達はざわめき始めた。偵察気球の事は講義で聴かされていたが、まさかこれほど早く再度、実運用されるとは思っていなかったからだ。確かに前回、調査兵団の技術班がシガンシナ区の空中偵察を行ったとそうだが、課題も多く試験段階だと聞かされていたせいである。

「なお、当訓練には事前に通達されている以外に何らかの想定が盛り込まれているとの事だ。全員、壁外を進軍すると思って油断する事無く行動せよ! 以上だ」

そういい残してエルドは去っていった。エルドの言う”何らかの想定”とは緊急事態が発生したと仮定して、訓練を行うという事だろう。

 

 残された新兵達はみな怪訝な表情を浮かべていた。

「昨日、あんな事件があったのにもう訓練再開かよ?」

「犯人も見つかっていないというのにね」

「もうしばらく待機が続くと思ったんだけどな」

「気球ってそんなに役立つのかな? ただ空に浮いているだけだろ?」

「”何らかの想定”ってなんだよ?」

そんな私語があちらこちらから聞こえてくる。

 

「ウドガルト城か? オレの村の近くだな」

「えっ? そうなんですか?」

 サシャがコニーに訊ねていた。

「じゃあ、コニー。里帰りしてみたらどうでしょう?」

「はは。3日前に調査兵になるって報告しに帰ったところだよ。それに訓練中に抜け出すわけにはいかないだろ?」

 コニーは兵団選択式後、休暇を貰って帰郷していた。家族に調査兵団に入る事に決めた動機も含めてちゃんと説明したのだろう。手紙だけで済ませてしまったミーナとは大違いだった。

(お母さん、心配しているかな? でも調査兵になったって言い辛いし……)

 ミーナはそんな事を考えていた。

 

「ところで、今日の演習、アルミン達は参加するのでしょうか?」

 サシャは話題を変えた。

「アルミンとクリスタか……。あいつら、全然顔を見せないよな。同じ調査兵団に入ったというのによ」

「ハンジ分隊長の技術班だったよね? ずっと研究棟の中に篭ったままだよね」

(技術班ってペトラ先輩がいるところだよね。先輩、会いたいなぁ)

 ミーナは憧れのペトラ先輩がいる技術班には強い関心を持っている。できれば一緒に同じ部署に配属される事を密かに願っていた。

「そうそう、アルミンの奴、ずっとクリスタとミカサと一緒らしいからな。おまけに技術班にはとびっきり美人の先輩もいるだろ? うらやましいよな」

「ハンジ分隊長の事?」

「馬鹿! ちげーよ! あんな女を捨てたような巨人好きの壊れた人じゃなくて、ペトラ・ラル先輩の方だよ!」

「!?」

 コニーが大きな声を発した途端、サシャの表情が固まっていた。

(え? あっ!?)

ミーナもすぐに事態を把握した。コニーの後ろに話題にしていた当のご本人――ハンジ・ゾエ分隊長が立っていたのだ。

 

「ど、どうしたんだよ!? お前ら……」

 気付いていないのはコニーだけだった。

「なんの話をしているのかな? コニー・スプリンガー君」

 ハンジは笑顔を浮かべながらコニーに話しかけた。コニーは顔が青ざめながら、ゆっくりと振り返った。

「ひっ!?」

「どうやら誤解があるみたいだねぇ。お姉さんとゆっくり話そうか?」

そう言ってハンジはコニーの肩をポンと叩いた。途端、コニーの身体は電撃に打たれたようにビクッと震えた。

「お、お許しを……。さ、サシャ、ミーナ……」

 コニーはサシャとミーナに縋る様な目線を送ってくる。助けてくれという事なのだろうが、こればっかりは自業自得だ。

「あっ!? わたし、そろそろ、支度に行かないと……」

 サシャはすかさずその場から逃げ出した。

「わ、わたしも……」

(ごめん、コニー。とてもじゃないけど助けられそうにないよ)

ミーナは心の中で言い訳しながらサシャに便乗して食堂から抜け出した。コニーはその後、ハンジからお説教と罰直(便所掃除)を命じられたようだった。




【あとがき】
コニーはお調子者なので、アルミンに対する嫉妬心もあってつい口が滑ってしまいました。
後は、お約束です。



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第46話、敵群見ゆ、再び

 内地ウォールローゼ南方の平原を疾走する大規模な騎馬集団がいた。行軍演習を実施している調査兵団の主力部隊である。今年度入団した新兵40名、調査兵団預かりとなっている他地区新兵約100名(選抜した志願者)、駐屯兵団から参加している野戦戦闘部隊、総勢500人にも上る大所帯だった。騎馬集団は比較的密集している。そのため軍馬の蹄の轟が想像以上に大きく、地響きを鳴らしながら突き進んでいるといった感じだった。

 

 新兵ミーナ・カロライナは、同期の仲間達と共に荷馬車に詰め込まれていた。駐屯兵団側の参加が急遽決まったため、軍馬の手配が追いつかず新兵達が割りを喰った格好だった。いや、一概に不愉快というわけではない。集まっているために仲間同士で会話がしやすかったからだ。

 

「何度見てもすごいですねぇ。これだけ大規模な騎馬軍団の進撃は初めて見ます。人類の主力部隊ここにありって感じですねー」

 サシャは周りの友軍の勇姿を見ながら感慨深げに感想を述べた。

「当然だろ? 調査兵団の最精鋭部隊が参加しているだもんな」

コニーはしたり顔で話していた。コニーの言うとおり、今日の演習には人類最強と噂されるリヴァイ兵士長を欠くもののそれ以外の調査兵団最精鋭兵士達、さらにイアンやリコといった駐屯兵団の精鋭班も加わっており、まさに強兵(つわもの)達の揃い踏みといった感じである。

 

「あっ、ハンジ分隊長の姿も見えますねぇ。どうでした、コニー? 二人っきりでお話できて」

サシャは意地悪い笑みを浮かべてコニーに話しかけた。今朝方、コニーはハンジ本人の目の前で悪口を言ったため、罰直を喰らっていたのだった。ハンジ自身は意地悪い人柄とも思えないが、兵団の規律上、罰を与えないわけにもいかないだろう。

「う、うるせーよ。大体お前が話題を振ってきたんだろうが? なんでオレばっかり……」

コニーは拗ねていた。

 

(それにしても随分と物々しい雰囲気だよね~。安全な内地を進撃しているはずなのにまるで実戦に赴くみたいな……)

 ミーナは少し怪訝に思った。今日に限っては先輩兵士達は異様に神経を尖らせているようだった。それだけでなく立体機動装置用のガス・(ブレード)、食料物資・大量の銃火器を積んだ荷馬車を伴う補給班も随伴しており、ただの行軍演習にしてはかなり異質である。

 つい2週間前にはトロスト区攻防戦があったばかりではあるが、警戒しすぎている感じがしていた。幹部連中には上層部からの特別な通達があったのかもしれない。

 

「わぁ、見えてきましたよ~。あれが噂の偵察気球って奴ですか~?」

 サシャが感激の声をあげた。サシャが指差す方角、遥か上空にポツンと浮いている物体が小さく見えていた。球皮の下に吊り下げられた(ゴンドラ)があり、そこに数人の兵士達が乗り込んでいるのが見えていた。球皮には薔薇の紋章――駐屯兵団のシンボルが艶やかに描かれていた。当初開発したのは調査兵団のハンジ達技術班であるが、その後の試験運用以降は駐屯兵団側が行っていると聞いている。

 

「マジで空に浮かんでいるなんて……」

「もう実用化されているんだな。確かにあれがあれば、遠くまで偵察可能だろうな」

 コニーやジャン・キルシュタインも初めて見る空飛ぶ乗り物に驚いている様子だった。偵察気球に関しては入団以降の座学の講義で概要は教官から教わっていた。現時点ではまだ運用ノウハウが不足しているため、試験運用の段階らしい。

 第49回壁外調査(トロスト区戦当日)では実戦証明するために、各種運用試験工程を省略して、シガンシナ区に対する空中偵察を行ったらしい。結果、気球は目的である偵察任務は達成した上にそれ以上に、当日の巨人達の異様な行動を偵察するという大きな成果を挙げている。ただ気球そのものはウォールマリア内に不時着してしまったという。通常なら巨人の支配領域に不時着した時点で生還は絶望的だが、当日は巨人達のほとんどがトロスト区に集結していたため、搭乗員は全員生還できたとの事だった。(一般兵士にはユーエス軍の事は伏せられている。ユーエス軍の事を知るのは軍上層部、王政府高官のみ) 今回の行軍演習に並行して試験運用がされているようだった。

 

「そうですよね。あれがあれば見張りが大分楽になりますよね?」

 ミーナはジャンに聞いてみた。

「そうだな」

「オレ、乗ってみたいな。あれだけ高いと眺めはいいだろうなぁ」

「偵察班って事ですか? いやいや、コニーは辞めた方がいいじゃないですか?」

「なんでだよ?」

「だって見張りっていうのは観察力が要求されますしね。飽きっぽいコニーは向いてないでしょ?」

「そういうお前だって同じようもんだろ? 一日中、食い物の事しか考えらないくせに……」

「失礼な!? わたしだって真剣に兵士としての義務を考えてますよ」

コニーとサシャがくだらない事で諍いをしていた。

(案外、この二人、お似合いなのかな?)

 程よく喧嘩するのは仲の良い証拠なのかもしれない。

 

 やがてミーナ達の騎馬軍団は気球を真横に眺めながら突き進んでいった。ミーナはぼんやりと空に浮かぶ気球を眺めている。その時、気球から信煙弾が発射されたのだった。それも緊急事態を示す赤の信煙弾だった。

(えっ!? なに!?)

 ミーナは何が起こったのかわからない。

「全員、その場で停止せよ!」

 上層部は行軍の中止を命じたようだった。馬の戦慄きと共に騎馬軍団は歩みを止めた。兵士達は互いの顔を見渡しながら困惑の表情を浮かべている。幹部連中が集まってなにか協議をしているようだった。

 

「これがなんらかの想定なのかな?」

 ミーナはジャンに訊ねてみた。突発的な事態を織り込んだ演習と聞かされているのでそう思ったのだ。

「さあな」

ジャンも予想はつかないようだった。

 

 数分ほどして、伝令兵が事態の急変を告げた。

「傾注! これは訓練ではない! さきほどの空中偵察班より緊急連絡が入った! ラガコ村近郊に多数の巨人の群れが確認! 数は最低でも30体以上! 繰り返す! これは訓練ではない!」

 兵士達に衝撃が走った。

「じょ、冗談だろ!? ここは壁の中だぜ!?」

「巨人が出現するはずが……」

「トロスト区であれだけ討伐したばかりだぞ!?」

「ま、まさか、壁が破られたのか!?」

「ウォールローゼが陥落する!?」

兵士達の間に急速に同様が広がっていく。

(ど、どういう事なの?)

ミーナはサシャやジャンと顔を見合わせるばかりだった。

 

 騎馬軍団中央の騎馬の上で一人の大柄な男が訓令した。リヴァイ兵長に次ぐ実力者であり、この部隊の指揮官であるミケ・ザカリアス分隊長だった。

 

「慌てるなっ! 壁が破られたとは決まっていないっ! 敵は巨人を操る力を持っている。壁を登る巨人も居る! 偵察気球で観測する限り、巨人の数が極端に多いわけではない。トロスト区で数百体を相手にした事を考えれば、たかが数十体程度、十分殲滅可能だ! これより我々調査兵団は全軍を持って巨人の群れを殲滅するっ! 総員、戦闘準備っ!」

ミケは素早く全兵士に迎撃の意思を明らかにした。この時点でミーナは気付かなかったが落ち着いて考えてみれば、ミケの積極策はかなり大胆と言わざるを得ないだろう。偵察気球のおかげで索敵範囲が広いとはいえ、敵の戦力規模や侵入経路が不明な以上、極端な積極策は外れた場合、一気に窮地に陥る可能性があるからだった。

 

 ミケの作戦は調査兵団本隊が敵の群れの大多数を撃滅、奇行種と見られるはぐれ個体を精鋭班が遊撃するという事だった。もともと巨人の通常種はより多くの人間の群れに集まってくる習性がある。こちらは500人を超える集団であり、通常種は本隊に釣られるであろう。

 

 伝令兵がやってきて、ミーナ達新兵にも任務が与えられた。近くの森に待機して偵察班の先輩達が誘い込んだ巨人の群れを迎撃せよとの事だった。

 

 ミーナ達新兵は補給班からガスの充填を受ける事になった。見れば立体軌道装置のベルトを身体に装着しようとしているサシャの手は震えていた。トロスト区の戦いで巨人の恐怖を嫌というほど味わったせいだろう。

「み、ミーナ、今日は演習じゃなかっんですか? 実戦なんて……」

「そ、そんなの。わたしだって分からないよ!」

ミーナも予想外の事態に頭がついていかなかった。ただ理解できるのはこれから実戦、すなわち人喰いの化け物――巨人の群れと戦闘を交えるという事だけだった。




【あとがき】
 ウォールローゼ南西方面で行軍演習中だった調査兵団主力部隊は、偵察気球の空中索敵班よりラガコ村近郊で巨人の群れを発見の報を受ける。本来ならあり得ない壁内での巨人の群れだった。たまたま(?)重武装で出陣していたおかげで、兵団を指揮するミケは全軍に戦闘準備を指示したのだった。

 この主力部隊にはエルド、グンタ、シス、イアン、リコ、ハンジといった熟練兵(ベテラン)が多数居ます。ミーナ達一般兵士は与り知らぬ事ですが、ハンジが演習に際して重武装化を提案しておりミケが採用しています。(リタとの事前打ち合わせどおり) これにより、原作9巻では後手後手に回ったウォールローゼ内の巨人騒乱に対して先手を打てる形となります。必要な時間、必要な場所に、必要な戦力を投入する。情報戦で優位に立っているリタ達ならではの現在戦スタイルです。

 また、この巨人の群れの殲滅を決断できるのはウォールマリアの巨人の群れの動きに異常がなく、壁が破られたわけではないとリタ達が認識しているからです。(シャスタ製作の振動索敵網がある為) そうでなければ、巨人の侵入経路や戦力規模が不明な状況では効果的な迎撃作戦を展開できないでしょう。リタ・ミカサの特別作戦班は次話以降に登場します。



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第47話、惨劇の村

リタ、ミカサ。ラガコ村に到着します。そこで目にした光景は……

※注意)この話には残酷な描写があります。


 時刻は調査兵団の主力部隊が巨人の群れを発見する1時間ほど前に溯る。リタ、ミカサの二人組はラガコ村の建物群を視界に収める2キロ程の位置にやってきた。ミカサが御者を務め、幌で覆った荷馬車の中にリタが乗り込んでいる形である。

 

 ミカサは昨日の任務を終えて、リタを指揮官とする軍事組織――秘密結社の有能性を実感していた。シャスタのずば抜けた技術力もさることながら、情報収集能力の高さはもはや言うまでもない。壁外領域(ウォールマリア)の巨人の群れの動向を把握できるからこそ、昨晩のような少人数による迎撃策も採る事ができるのだった。シャスタの説明ではその手段が確立できたのはトロスト区攻防戦以降という事だった。

 

(もう少し早ければ、エレンだって死なずに済んだかも……)

 恩人であるリタやシャスタに文句を言うのは筋違いかもしれない。それにトロスト区では甚大な犠牲を出したが、それ以上の大きな戦果があったともいえる。人類の怨敵たる鎧の巨人(ライナー)超大型巨人(ベルトルト)を討伐し、巨人化能力および巨人を操る敵勢力の存在をも明らかになったからだ。単純に人を食う化け物――巨人を駆逐するすればよいという話ではなくなっていた。エレンが今の現状を知ったらどう思うだろうか?

 

09(ミカサ)、馬車を止めろ!」

 物思いに耽っていると後ろからリタから声を掛けてきた。ミカサは手綱を引いて馬を制止した。

「ここからは徒歩で村に接近しよう。馬車はここに繋いでおけ」

「わかりました」

 ミカサはリタの指示に従って手綱を近くの木に結び付けた。その間にリタは馬車を降り、村の方を双眼鏡らしき装置を使って観測していた。

 

「おかしいな。この時間帯なら村人が農作業しているはずだが、人影が全く見当たらない」

「やはり毒物でしょうか?」

 ミカサは事前に聞かされていたリタの推測を口にしてみた。

「……そうだな。ここで憶測を述べていても仕方がない。わたし達の今回の作戦目的は水場の水を採取し持ち帰る事だ。では行くぞ!」

「はい」

 ミカサはリタに付いていく。ミカサはリタの甲冑姿を見て、改めて驚かされた。

 

(これが武器なの!? いくらなんでも大きすぎるんじゃ……)

 事前に説明を受けていてもミカサは驚かずには居られなかった。リタは艶やかな深紅の鎧(機動ジャケット)を纏い巨大な戦斧(バトルアックス)を持っている。重量200kg、斧というにはあまりに大きすぎる鋼鉄の塊とも言うべき得物である。普通に考えれば人が持てるサイズではないのだが、リタは普通の刀剣類を持つような感覚で持ち運びしていた。おそらく天才技術者――シャスタが開発した特別な鎧のおかげだろうが、常識を超えた存在だった。考えてみれば、昨日の任務で一緒だった07(ミタマ)も化け物じみた存在だったのだ。

 

 リタとミカサは村の北はずれにやってきた。相変わらず人影は見当たらない。しかし、農家の家屋のいくつかは激しく破壊されたような跡が見受けられた。村のあちらこちらに何かが散らばっているようだった。ミカサは怪訝に思い、それらを注視してみた。

 

「えっ!? こ、これは……」

 ミカサの視界に凄惨な現場が飛び込んできた。明らかに幼児と分かる子供の手。散らばった内臓、作業着をきた下半身だけの人体、頭蓋が割れて中身を見せている首だけの女。少なく見積もっても十数人の亡骸だった。まるて巨人が食べ散らかした後のような有様である。

 ミカサにとっては初めて見る惨たらしい光景だった。トロスト区戦では後衛に配置され、敵の|巨人化能力者(ライナー達)と交戦した直後に人事不省(じんじふせい)に陥っている。そのため実際にトロスト区の凄惨な戦闘現場を見たわけではなかったからだ。

 

「ひ、酷い……」

「悪い予想があたったな」

 リタはとくに動揺することなく周囲を冷静に観察しているようだった。

「ど、どういう事ですか?」

「見てのとおりだ。巨人が出現したのだろう」

「し、しかしここは壁の中です。まさか巨人が壁を越えて……」

鎧の巨人が壁を登った実例があるので、ミカサはそう思ったのだ。

「いや、もっと悪い事態かもしれない」

「それは?」

「憶測を述べていても仕方ない。水場に向かうぞ」

「……」

リタは会話を打ち切るとさっさと歩き始めた。ミカサは急いでリタの後を追った。

 

 村の中央の広場に近づくと、リタは手で制した。

09(ミカサ)、巨人がいる。その右の建物だ!」

リタは戦斧を構え戦闘態勢を取っていた。ヘルメットを被りその表情はミカサからは分からない。

(ど、どこに巨人がいるの?)

ミカサは辺りを見渡しても特に巨人らしき姿は確認できない。巨人特有の地響きを立てる足音も聞こえなかった。ミカサは戸惑いながらもブレードの柄を握り締めた。

 

 突如、大きな農家の建物から獣の雄たけびのような咆哮(ほうこう)が聞こえた。その直後、建物は激しい物音を立てながら崩れ落ちていく。土煙が立ち込め、その中から巨大な体躯の何かが現れた。

 

09(ミカサ)、隠れろっ!」

「はいっ!」

 リタとミカサは近くの納屋の影に飛び込んだ。角から顔を少し覗かせてみると、先ほどの崩れた建物の中に巨人がいるのがわかった。猫背をした老人で悪意に満ちた笑みを浮かべる8m級巨人だった。いや猫背である事を考慮すれば12m超級の大物かもしれない。

「ぐへへへっ!」

猫背巨人は不気味な笑い声を上げながら辺りをキョロキョロと見渡している。獲物である人間を捜しているようだった。

 

09(ミカサ)、お前は戦えるか?」

 リタが小声で聞いてきた。

「も、もちろんです。そのために今まで鍛錬してきたのですから」

「よし! ならばわたしが奴の注意を引く。お前がトドメを刺せ!」

「了解です」

「ふっ」

 リタはヘルメットを被っているので表情は窺い知れなかったが、リタが笑ったような気がした。リタは巨人を前にして随分と余裕がありそうだった。

 

(もしかして、巨人が出現する事がわかっていたんじゃ……)

 ミカサはなんとなくそう思えてきた。今回、自分達は対巨人戦を想定した完全武装で出撃している。リタがただの水質調査とは考えていなかった証拠だろう。

 

 巨人は地響きを立てながら自分達へと近づいてくる。リタは慎重に間合いを測っていた。

「では頼んだぞ」

 リタはそう言って建物の陰から飛び出し、一気にその巨人に肉薄する。巨人の死角からの攻撃であり、その巨人がリタの方に顔を向けたときには懐へと潜り込んでいた。

 

 空気を斬り裂く旋風と共に、巨大な戦斧が一閃。鈍い衝撃音と共に巨大な戦斧が巨人の膝下に叩き付けられたのだった。片脚を一撃で破壊された巨人はその場に肩膝を衝いて中腰の姿勢になった。

 

 リタはすかさず追撃を見舞う。跳躍し、戦斧を巨人の顔面に横殴りに戦斧を振り下ろした。ぐしゃっという肉の潰れた音と共に巨人の顔面が陥没、目を完全に破壊していた。むろん巨人の驚異的な再生能力の前では時間稼ぎに過ぎないが、それでも数分間は奴は暗闇の中だろう。

「うおおおぉぉ!!」

猫背巨人は痛がっているのが大きな呻き声を出していた。

 

「今っ!」

 リタの掛け声に促され、ミカサは飛び出す。視界を失った巨人は目を押さえているため、背後はがら空きだった。肩膝をついた状態なので、延髄の弱点までの高さは4mほどだ。ミカサは立体機動装置を使って巨人の背後に回りこみ、アンカーを巨人の肩に打ち込み突撃した。

 

「はあぁっ!!!」

 二対の硬質ブレードを一気に切り下し、うなじを叩き斬る。手ごたえ十分、うなじを深く切り飛ばした。ミカサは勢いのまま、地面に転がるようにして着地し、受身を取る。

 

 ミカサは後ろを振り返ると、猫背巨人が前のめりに地面に倒れ込んでいた。巨人のうなじの傷口からは蒸気が激しく噴出している。どうやら訓練どおりうまく出来たようだった。

 

「や、やったっ!」

 ミカサは動悸がすぐには収まらなかった。いくら訓練を積み重ねてきたとはいえ、今初めて巨人を討伐したからである。

「さすがだな。逸材と噂されるだけはある」

リタはぶっきらぼうに声を掛けてきた。

「は、はい……。先輩のおかげです」

ミカサは素直に礼を言った。そもそもリタが巨人の片脚・視力を奪ってお膳立てをしてくれたからこそ、ミカサは完璧な仕事が出来たわけだった。

 

(リタはわたしに獲物を譲ってくれたのよね?)

 ミカサはさきほどのリタの俊敏な動きで、戦闘能力の高さを実感していた。重厚そうな甲冑姿からは考えられないような身のこなしである。たとえ生身であってもこれほど速く動ける兵士はいないだろう。ましてリタは身の丈程の巨大な戦斧を手にしているのだった。その気になればリタ一人で今の巨人を倒せていたはずだ。それをあえて新兵のミカサに譲り、実戦の場を踏ませる事にしたようだった。

「他に巨人はいないようだ。目的地へ向かうぞ」

リタは倒した巨人には目もくれず、先へと急いだ。

 

 数分後、ミカサ達は目的地である村の南側にある水場へと到着した。水場は浅い井戸で壁のない雁木の屋根が組まれている。ミカサが周囲を警戒する中、リタが水場の水を採取し、持ってきた金属製の水筒に入れていた。

 

 リタは腰にあるポケットから金属製の小さな筒(スタンポッド)を取り出し、井戸に向けて投げ込んだ。バチバチと火花が飛び、井戸の中から黒い煙が上がってくる。

 

「何をしているんですか?」

「消毒だ。……を流し込んだ」

「えっ!?」

 ミカサはリタの発した言葉の意味が分からなかった。

「ああ、すまない。君達にはない言葉だったな。説明すると長くなるが、要するに奴らの撒いた病原菌を死滅させる方法だと思っておいてくれ」

「え、ええっと……」

「悪いが説明している暇はない。急いで戻るぞ」

「あっ、はい」

リタは詳しく説明しようとしなかった。ミカサも今が作戦目的が最優先である事を理解していたので深く聞く事はしなかった。

 

 死臭の漂う無人の村と化したラガコ村を突っ切ってミカサとリタは急ぎ足で歩いていく。村の北側には惨殺死体が散乱し、南側には破壊された建物が幾つも見受けられる。生存者は一人も居ないようだった。痛々しいのは年端も満たない幼子――腰から上だけしかない遺体が虚無の瞳でミカサを見つめている事だった。苦悶の表情を浮かべたまま息絶えている。

 

(これが巨人に襲われたという事なの!? ……、怖かったでしょうね。苦しかったでしょうね。ごめんなさい。助けられなくて……)

 ミカサはその幼子に胸の内で哀悼の念を捧げた。

 

09(ミカサ)、どうやら遅かったようだ」

 リタが立ち止まって話しかけてきた。

「どういう事ですか!?」

「巨人の群れが接近してきている」

「まさか……」

 ミカサは驚きながらも耳を澄ましてみる。かすかに地響きとも思える音が聞こえてきた。

「数は最低でも20体はいるな。どうやらさきほど斃した巨人の叫びが呼び寄せたようだ」

「どうしますか?」

「馬車のところまでは間に合わないな。仕方がない。一旦、隠れてやり過ごそう」

「戦わないのですか?」

「それしか手段がなければだが、今は無理する必要はない。確か演習中の調査兵団が近くまで来ているはずだ」

「調査兵団!? そういえば今日、行軍演習をすると聞いています」

「そうだ。ハンジには念のため完全武装で出陣するように伝えている。猛者揃いの調査兵ならば巨人数十体程度なら蹴散らしてくれるだろう」

「……」

リタはやはり巨人の出現を念頭に置いていたようだった。偵察気球の実用化などによって発言力が高まっているハンジを通じて、調査兵団の主力部隊を動かして敵巨人の出現予想地点に向かわせていたのだった。

 

(ミーナやコニー達も参加しているはずよね? 彼らも巨人と戦うという事なの?)

 ミカサは同期の仲間達の事が心配になった。巨人との戦いが楽な戦いになるはずがない。トロスト区で修羅場を潜り抜けたとはいえ、まだまだ訓練兵に毛が生えた程度だろう。出来る事なら自分も第104期の同期達と一緒に戦いたかったのだ。

 

「そう心配するな。ミケ・ザカリアス団長代行をはじめ、多くの強兵(つわもの)が揃っている。駐屯兵団の精鋭班も同行していると聞いている。しかもここは内地で巨人の数も限られている。壁外調査よりはずっと条件がいいだろう」

 リタはミカサの顔色を見て気持ちを察したようだった。

「それはそうですが……」

09(ミカサ)、お前が戦いたいというのも分かる。だがわたし達の任務を忘れるな。この戦争、ただ巨人を討伐すればいいというものではないという事はお前にも分かっているはずだ」

「……」

「それに今のお前は(おおやけ)には重傷を負い、満足に動けない事になっている。シャスタやペトラ達を困らせないでくれ」

「はい」

ミカサも現在の自分がリタの配下に居る事は理解している。恩人であるリタ達を裏切る真似はできないだろう。リタとミカサは巨人の群れが調査兵団に引きつけられた隙を見て離脱する事になった。




【あとがき】
リタ、ミカサ。両クロス作品の最強ヒロインペア登場。(ただしミカサはこの時点では巨人討伐数0で初陣) リタの戦闘能力なら巨人10体程度なら高確率で撃破してしまうでしょうが、作戦目的(水場のサンプル採取)を優先しました。この後、ミーナを含む調査兵団主力部隊が巨人と交戦します。


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第48話、新手

「よしっ! 奴の目潰しに成功した! いっけぇぇ!」

 仲間からの掛け声で、ミーナ・カロライナは立体機動装置を駆使して空中に躍り出る。対峙している7m級巨人は仲間達の波状攻撃で両目を潰され顔を目で覆っており、背後はがら空きだった。

 

(これでも喰らいなさいよっ!)

 一気に巨人の弱点へと肉薄し、(ブレード)でもってうなじを斬り飛ばした。巨人の弱点であるうなじを斬り飛ばされた7m巨人は身体を大きく一回転させて崩れ落ちていく。低木の木々をなぎ倒して倒れた巨躯はもう動く事無く、体中から水蒸気が立ち上がり気化が始まっていた。

 

 ミーナは改めて周囲を見渡す。自分達が布陣する雑木林のあちらこちらで、巨人が死んだときに発する大量の蒸気の煙が立ち昇っていた。ミーナの位置からでは全域を見ることは適わないが、戦況は味方優勢と言っていいだろう。ミーナ所属のブラウス班に限らず、キルシュタイン班、他地区の新兵の班、先輩達の部隊も苦戦する事なく巨人達を確実に一体一体と葬っていた。これが出来るもの今回の演習において自分達調査兵団主力部隊が実戦装備で出陣していた事、そして偵察気球により巨人の出現をいち早く察知して迎撃体勢を整えていた事が大きいだろう。

 

「ミーナっ! やるじゃない!?」

 近くで見ていた友人で自分達の班長を任されているサシャ・ブラウスが手放しで拍手して喜んでいた。

「出来すぎだろ? 100番台なんて思えないぜ。卒業試験、サボっていたんじゃないか?」

 仲間の新兵サムエルが賞賛と皮肉を混ぜて笑っていた。

「あはは、そうかな? でもうまく倒せたのは皆の補助(サポート)のおかげだよ」

「まあ、なんにせよ、今のところは順調だな」

「そうね」

 サムエルの意見に同意しながらもミーナは考えていた。

 

「でもどうして内地に巨人が?」

 サシャは独り言のように呟いた。状況が落ち着くとどうしても疑問が口について出てきてしまうだろう。

「壁を登れる巨人だっているんだぜ。こっそり入ってきたんじゃないのか?」

「でもあの日以来ウォールローゼの壁は駐屯兵団が厳戒態勢を引いているって聞いているぜ? まさか先輩達が居眠りしていたわけじゃないだろ?」

「そ、そうですね。わたしの村もここからそんなに遠くない場所にあるので心配です」

 サシャは心配そうな表情を浮かべている。サシャはウォールローゼ南西側領土の山奥で狩猟を営んで暮らす村の出身である。自分の故郷の事が心配なのだろう。

 

「サシャ、巨人の数はそんなに多くないし、先輩の凄腕の人達が周囲を迂回しつつ散らばっている巨人達を集めて撃破するって聞いているわ。伝令も出ているはずだから大事にはなっていないわよ」

ミーナは当部隊の指揮官ミケ・ザカリアスの訓示を引き合いに出して慰める事にした。

「そ、そうですか……」

「でもよ、ラガコ村はどうなんだ? 確かコニーの村じゃなかったか?」

サムエルは仲間のコニー・スプリンガーの家族について触れた。

「……」

皆一様に口を噤んだ。巨人達がラガコ村方向から出現した事を考えれば、悪い想像しか思い浮かばなかったからだ。

 

「あれは……?」

 ミーナはその時、森の奥から立体機動装置を使って自分達の方角に向かってくる兵士の一団を視界に捉えた。一角獣の紋章(エンブレム)を付けた兵服を纏う若き兵士達――ストヘス区所属の憲兵団新兵達だった。

 

「あなた達、随分暗い顔しているね。戦死者を出したわけでもないのに……」

憲兵団新兵の一人――ヒッチが声をかけてきた。

「な、何の用ですか? 今は戦闘配置中ですよ」

サシャがヒッチに訊ねた。ヒッチ達の憲兵団新兵達は後詰として配置されており、前線に出てくるにしても早すぎるだろう。

「サシャ・ブラウスだったか? 悪いが俺達と配置位置を交代してくれないか?」

大柄で筋肉質の新兵―ーマルロ・フロイデンベルクが提案してきた。

「し、しかし、命令も無しに勝手には……」

「今は先輩達も周りに散った巨人達を掃討するのに大忙しで、お伺いを立てている時間はないはずだ。それに消耗してくれば、交代する予定だったはずだ。それが早まっただけだと思えばいい」

 ミーナはマルロ達をじっと観察する。マルロは比較的冷静なようだが、他の班員達は血気に(はや)っているようで、巨人討伐の実績が欲しいようだった。

 

(わたし達の初陣はこんな生優しいものじゃなかったけどね)

 ミーナは多くの仲間が散っていたトロスト区のあの日の事を思い出した。それに比べれば今の戦況は相当恵まれていると言える。対巨人戦闘未経験の憲兵団新兵達でもなんとか戦えるだろう。それに巨人との戦いを経験すれば、内地志向の憲兵団も考え方を変えてくれるかもしれない。事実、あれだけ憲兵団志望だったジャンやコニーですらも調査兵団を志願するようになったのだから。

 

「サシャ、場所を譲ってあげようよ。わたし達だけが手柄を独占していると思われるのも嫌だもんね」

「おい、ミーナ!?」

仲間達は驚いてミーナに視線を向けてきた。

「俺達はまだ戦えるぞ! 別に後方に引かなくても……」

「ううん、多分気付かないところで疲れは溜まっていると思う。巨人と戦うには一瞬の油断が命取りになるでしょ? 休憩させてもらえると思えば彼の提案はいいと思う」

「そうね。ミーナが言うならそうしましょうか?」

 サシャはあっさりとミーナの意見に賛同した。他の班員達も強く反対する事なく、マルロ達と交代することになった。

 

(どうしよう? 一言かけていった方がいいのかな?)

 ミーナは離脱する直前にヒッチ達に声を掛けるべきか迷った。憲兵団新兵のヒッチ達に対しては良い印象を持っていないが、それでも巨人と戦う同僚である事には間違いない。

 

「なによ?」

 逡巡しているミーナをヒッチがギロッと睨みつけてきた。軽薄そうなヒッチに対してはミーナはどうも苦手だったので彼らのリーダーであるマルロに話しかける事にした。

「あ、あのう、マルロ・フロイデンベルクさん」

「なんだ?」

「気をつけてください。巨人との戦いは何が起こるかわかりませんから」

「当たり前でしょ? それぐらい……」

ヒッチが横から口を挟んできた。マルロは無言でミーナを見ている。

「あの日、わたし達訓練兵の班も当初、戦果を上げる事が出来て油断していたんです。そしたら巨人が次から次に襲ってきて……」

ミーナはエレンの事を思い出して言葉が詰まってしまう。

「……」

「今回の巨人の出現だってどうも嫌な感じがするんです。うまく言えないですけど……」

「……そうか、わかった。気を引き締める事にするよ」

マルロは意外にもミーナの注意喚起を素直に受け取ってくれたようだった。マルロは憲兵団に入団したとはいえ、奢る事も臆する事もなく冷静に振舞っているようだった。

 

「じゃあ、後はよろしくお願いします」

「おう、任せておけ」

 ミーナは手を振ると、立体機動装置を使ってその場から離れていく事にした。ヒッチは不満そうな顔をしていたが、マルロがリーダーである以上は何も言わないようだった。

 

 

 ミーナ達がマルロ達と配置場所を交代して、半時間ほどが経過しただろうか。巨人達が数体やってきて、ジャンの班とマルロの班が競い合うようにしてあっという間に討伐してしまった。特に大きな波乱は起きていない。伝令の先輩兵士が状況確認にやってきたが、お互い新たな情報はないようだった。散開して周囲から掃討を進めているであろう調査兵団の精鋭も難敵に当たったという事も現在はないようだった。

 

(これで終わりならいいのだけど……)

 そうは言っても内地であるウォールローゼに巨人の一群が出現したという異常事態である。ミーナは不吉な予感がしていた。

 

 事態が大きく動いたのはそれから直ぐだった。

「新たな巨人の群れが北西方向に出現っ! 数、およそ30体! その中に20m級の大型個体を確認! 知性巨人の可能性あり! 新兵達は森から出るな!」

伝令兵がやってきて事態を触れ回っていた。自分達は丁度ラガコ村に正面に南西方向を前衛として布陣しており、森に隠れて見えない方角だった。

 

「知性巨人ってまさか!?」

 班の仲間達も顔から血の気は引いていた。知性巨人は今まで相手にしてきた無知性巨人とは根本的に脅威の質が違う。ただでさえ巨大な体躯で苦労するのに知恵が回る相手だとすれば、もはや異次元の強さと言っていい。現にトロスト区戦でも鎧の巨人達の出現でウォールローゼ陥落の一歩手前まで追い込まれたのだった。

 

 その時だった。空から雹のようなものがパラパラと降ってきた。いや、雹ではなく人間大の大きさの木や岩だった。そもそも木や岩が空から自然に降ってくるわけがない。

 

「きょ、巨人達が投げてきている!?」

 パニックに陥ったらしい新兵の一人が大声で触れ回りながら後退してきた。巨人達が投擲という攻撃手段を使い出したのだ。知性巨人に操られた集団戦法の一つだった。もはやただの30体ほどの巨人の群れではない。巨人達が投げつけてくる木や岩は大砲の弾丸にも等しい。しかも森から距離を取っている事で人類側の立体機動装置を活用も制限しているようだった。ミーナ達は、いや人類はトロスト区以来の重大な危機を迎えつつあった。




【あとがき】
当初は順調に戦果を上げていたミーナ達。しかしながら知性巨人と思われる獣の巨人が出現する。30体の巨人に陣形(円陣)を組ませて、己の安全を確保し、さらに巨人達に投擲という遠距離攻撃をさせる徹底ぶりです。この危機にミーナは、そしてハンジは……。

【班編成】調査兵団新兵40名 + 他地区新兵80名
・キルシュタイン班
・スプリンガー班
・ブラウス班(ミーナ、サムエル)


実戦経験のある南側領土104期生で成績上位者が暫定的に班長に任じられている。元々、今回の行軍演習はあくまでも演習であり、先輩兵士達の下につくのはもう少し先だったという想定です。


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第49話、獣の巨人

集団で投石という新戦術を使う巨人の群れが出現、その群れを率いていたのは……

【注意】この話にも残酷な描写があります。


 調査兵団本隊を臨時に指揮を執るミケ・ザカリアスは、騎乗で索敵班に所属していた兵士から報告を受けていた。その兵士は当該部隊からの数少ない生き残りで、頭に巻いた包帯には血が滲み出ており戦場の生々しさを伝えていた。

 

「右翼索敵第1班壊滅っ! や、奴らは大量の礫を投石してきました。そして落馬したところを……」

 敵巨人の群れは投石攻撃という戦術を採り、結果的にそれが奇襲となって、味方が混乱したところを文字通り踏み潰して蹂躙していったという。従来、知性を持たないと思われた無知性巨人が戦術的行動を取っている。これは想像以上に深刻な事態だった。鎧の巨人などごく一部の例外を除けば知性を持たないからこそ、知恵を駆使して辛うじて対抗できているのが人類側の実情だからだ。

 

「そ、それと奴らの中に奇妙な巨人がいますっ!」

 ミケは顎をしゃくって続きを促した。

「は、はい、20m級でしょうか? 全身が毛で覆われた獣のような巨人です」

「そいつが奴らの中心にいるのね」

技術班リーダーのハンジ・ゾエが割り込んで兵士に問い質す。

「あ、はい」

「捕食はしていないのね」

「そ、そうです。や、奴らはすべて奇行種なのでしょうか?」

「……」

 ハンジは伝令兵の問いには答えず、片手を軽く挙げて制止するような合図をした。

「報告はもういい。下がって治療を受けろ」

 ミケはハンジの意図を汲み、伝令兵にそう言い渡す。伝令兵は一礼すると看護兵に支えながら去っていった。退席させたのはハンジと密談するためである。知性巨人に関する情報は第一級の機密事項のため、一般兵士に知られるわけにはいかない。敵の諜報員もしくは情報提供者が壁内のどこに潜り込んでいるかわかったものではないからだ。

 

「ハンジ。まさか!? 奴は……」

「”ユーエス軍”から警告のあった獣の巨人でしょうね。トロスト戦の個体は”ユーエス軍”が始末したと聞いているから、別の個体でしょうね」

 調査兵団の主要幹部同士の間では、トロスト区防衛戦を踏まえて敵巨人勢力に関する情報共有が為されている。その中でも獣の巨人は数百体以上の巨人を操り、敵の総大将を務めていたという事で脅威度は”鎧の巨人”と同等かそれ以上と分析していた。

 

「しかし、投石という戦術を使うとは……」

「そうね、やられてみれば有効な戦術ね。わたし達人類が巨人を倒すには立体機動装置で接近して奴らのうなじを削ぐ必要があるけど……、ただでさえ平地での戦いは不利なのに遠距離攻撃の手段までもたれては手の打ち様がないでしょう」

 ハンジは味方にとって不利な状況を淡々と話しているが瞳は強い意思が篭っているようだ。ミケはハンジとは付き合いが長いので、ハンジがまだ諦めていないと感じた。

 

「(今回の)巨人の出現まで予想していたんだろ? 何か策はあるのか?」

「……奴らだって無敵で不死身の存在というわけじゃない。きっちりと急所を突けば死ぬでしょう。ちょっと時間はかかるでしょうけど……」

 ハンジはそう前置きして持久戦策を述べた。敵群から離れず近づかずの距離を保ち、嫌がらせの銃撃を浴びせかけて敵を疲労させようという事だった。獣の巨人の中身は人間であり、巨人の身体を纏っているとの情報を得ている。まして奴は30体もの巨人を制御しなければならず、それだけ精神的負担も大きいはずだ。おまけにここは内地(ウォールローゼ)であり、壁が破られていない以上、敵巨人の出現数もそう多くない事が分かっていた。

 壁が破られていない事。これが分かっているのが今は大きかった。トロスト区攻防戦で壁を登る巨人の存在が判明して、駐屯兵団が壁上の哨戒に当たっており、もし異常事態が発生すれば狼煙などで知らせが来るはずだったが、これは未だ無い。そもそも今回の演習では壁から数キロ程度の場所を走破してきており、壁の安全を確認しながらとも言えるからである。

 

「獣の巨人に壁内を自由に動き回られては被害が大きすぎるでしょう。拘束しないと……」

「わかった。それで行こう」

 ミケは指揮下の各部隊にハンジの策を伝達することにした。また錬度の低い新兵達は森から出ないように通知することも忘れなかった。

 

 ミケは本陣を前進させ、獣の巨人を視界に収める位置まで騎馬を進ませた。所々雑木林があるため視界が悪く開けた場所まで進むと、望遠鏡で戦況を観察していた調査兵の一人が駆け寄ってきた。

「注進っ! 憲兵団新兵の一団が巨人達に包囲されていますっ!」

「どういう事だっ!」

「彼らは先ほどの掃討戦で小型巨人を森を出て深追いしてしまったようです。小規模の林に逃げ込んだようですが、敵巨人達は周囲を包囲しており、例の投石があるため、我々は接近できません!」

 ミケはハンジの顔を見る。さすがにハンジもここまでの展開は予想していなかったようで驚いた表情を浮かべていた。

 

(憲兵団新兵を見殺しにすれば、責任問題になるか……)

 調査兵団が政治的に微妙な立ち位置にいる事は兵団幹部ならば承知の事実である。もともと内地の保守派は昔から改革指向の調査兵団を嫌っており、有形無形の妨害を繰り返してきた。今回の総統府通達による新兵預かりは、調査兵団の発言力を削ぐ意図があることも重々把握していた。出来れば他兵団新兵達は使いたくなかったが、内地での行軍演習ならば、安全だろうと考えたからだ。それが裏目に出た形だった。

 

 

「こ、こんな事って!? こんなはずじゃなかったのに……」

 ストヘス区所属の憲兵団女子新兵――ヒッチ・ドリスは悲鳴に近い声を上げていた。

 

 行軍演習から実戦に切り替わった当初、ヒッチ達憲兵団新兵は乗り気ではなかった。後方に後詰として配置を命じられ巨人と戦わずに済むと喜んでいたぐらいである。

 それが変化したのは南側訓練兵団出身のミーナ新兵達が掃討戦で次々に巨人討伐という手柄を挙げているのを目撃してからだった。兵士としての実力的は下位であるはずのミーナ達が活躍するのを見て面白いわけがない。(ヒッチ達は憲兵団に入団できた事実が示すように今期の東側訓練兵団の上位メンバーである) そこで班内の空気は自然と巨人との掃討戦に参戦しようという空気になったのだった。半ば強引にサシャ・ブラウス班の作戦担当エリアに割り込み、ヒッチ達は巨人との戦闘を開始した。

 

 当初は順調に手柄を挙げる事ができた。自分達の班は一人の犠牲者も出す事無く小型巨人4体の討伐に成功している。ヒッチ自身も討伐補佐一体を記録し、マルロに至っては2体も討伐していた。

 

 さらに欲を出して離れた場所にいた3m級巨人を追って、森から出て地面を降りたのが破滅への始まりだった。その巨人は自分達が接近してきてもボーっと空を見つめたままだったので、同期のボリス・フォイルナーがその巨人を秒殺に成功する。しかしながらその直後、聞いたこともないような大きな地響きが聞こえてきた。見れば20体もの10m超級を含む巨人の一群が突進してきたのだった。

 

 人の足では巨人から逃げ切る事は不可能である。ヒッチ達はとっさに近くの林退避したが、巨人達はなぜか自分たちの周囲を取り囲んでしまった。(木々を陸地に、地面を海に例えるなら、自分達は陸の浮島に取り残された格好である) そして大型の巨人達は抱えている岩や木々を周りにいる調査兵団の兵士達に向けて投げつける。巨人達は投擲という新戦術を使っていたのだった。命中精度が高くないおかげで味方に大きな被害は出ていないようだが、救助に来るのはまず不可能だろう。

 さらに不思議な事は周りにいる巨人達は包囲網を形成しているかのようでそれ以上踏み込んでくることはなかった。

 

「やつら、俺達を逃がさないつもりだ!」

「なんで俺達なんだよ!? 兵士は他にも大勢いるだろ?」

「知るかよ!? でも俺達はもう終わりだ」

 同期の仲間からは絶望的な嘆きが聞こえる。そこに20m級と思われる全身が毛で覆われたような巨人――獣の巨人がヒッチ達に近づいてきた。

(な、なんて大きさなの!? こんな巨人がいるなんて……)

噂で聞いた超大型巨人の60mには及ばないが、それでも十分過ぎる程の大きさだった。弱点となる後ろ首までは高すぎてとてもじゃないが届かない。10m以下の木々しかないこの林では足場が無さ過ぎた。

 

「キミタチ……デ、イチバン偉イノハ、誰カナ?」

 獣の巨人は少し屈み込むと人語で話しかけてきたのだった。

「!?」

 ヒッチ達の同期は驚きで言葉も出ないようだった。

「ンン!? 同ジ言語ノ筈ナンダガ……。怯エテ喋レナイノカナ?」

 獣の巨人は不思議そうに顔を指でぽりぽりと掻いていた。

 

「くそっ!? 舐めやがって!」 

 同期の少年兵が獣の巨人に向けて、立体機動装置のアンカーを放つ。獣の巨人が屈みこんでいる今がチャンスと見たのだろうが、勇敢な行動ではあっても無謀な行動だった。

 

 獣の巨人は身体に浅く打ち込まれたアンカーに付くワイヤーをあっさりと握ってしまった。大きな巨躯では考えられないような素早さだった。同期の少年兵はワイヤーの片方を握られて空中に吊り下げられた。

 

「フフン! 面白イ武器デスネェ。飛ビ回ルヤツ。何テ言ウンデスカ?」

 獣の巨人は哀れな少年兵を空中で吊り下げたまま顔を近づけて興味深そうに問いかけた。

「くそっ! 離しやがれよ!」

少年兵はじたばたと暴れるが無駄な抵抗だった。

「トリアエズ見セシメネ!」

そういうや否や獣の巨人は少年兵を腰に付いたワイヤーごと振り回した。まるで紐をつけた石を振り回すかのような仕草だった。徐々に高速回転していき、凄まじい遠心力で立体機動装置が結びついた腰の部分から彼の身体は逆方向に折れ曲がっていく。背骨が折れているのは確実だった。獣の巨人がワイヤーを手放すと彼の遺体は離れた遠方へと投げ捨てられた。

 

 仲間が一人殺された。しかし嘆き悲しむ暇はなかった。獣の巨人はすぐに二人目を捉えにかかったからだ。逃げようにも周囲を巨人達に包囲されており、檻に閉じ込められているのと状況はさほど変わらない。低木が多く立体機動装置の性能を発揮できないこの地形ではこの巨人から逃げるのは不可能に近かった。

「や、やめろー!」

 仲間の少年兵の一人が獣の巨人に捕まった。刀を振り回していたが、獣の巨人はいともあっさりと胴体を巨大な掌で握った。

「フフッ。モウ一匹、見セシメニシタ方ガ素直ニナルカナ? コレ、食ベテ良イヨ」

獣の巨人は嫌らしく笑いながら少年兵を周りの巨人の方へと放り投げた。地面に叩きつけられた衝撃で彼は動けないようだった。そこに3m級巨人が1体駆け寄ってくる。彼にとっては最悪な事に巨人は脚から食べ始めたのだった。

「うぎゃあああぁぁ!?」

 少年の絶叫が響き渡る。目を覆いたくなるような凄惨な光景だった。腰まで喰われた時点で彼の悲鳴は小さくなり、やがて声は聞こえなくなった。

 

「フフッ、雌モ混ジッテイルヨウデスネ」

 獣の巨人は次にヒッチに目をつけたようだった。

「ああっ! お願い! 助けて!」

 ヒッチは次に殺されるのが自分だと悟ると頭から血の毛が引いていた。

「やめろー!!」

 ヒッチを捕まえようとする獣の巨人に斬りかかった人物がいた。マルロだった。マルロは立体機動装置を巧みに操り、獣の巨人の指を2本斬り飛ばす。そして更にアンカーを巨人の身体の腹あたりに撃ち込んで一気に上昇を図った。もしかしたらマルロが獣の巨人を倒してくれるのではとヒッチはかすかに期待を持った。

 

「えっ!?」

 マルロは空中で大きくバランスを崩していく。上昇途中でアンカーが抜けてしまったのだ。獣の巨人が全身を覆う毛自体が防護服の役割を果たしており、アンカーの撃ちこみの威力を相殺していたのだ。そのためアンカーが刺さり切らなかったというのが真相だった。

 

 マルロは空中に放り出されて放物線を描いた後、地面に落下した。その間、獣の巨人はただ見ていただけだった。

「マルロっ!?」

 ボリスが呼びかけると、マルロの身体は僅かに動いていた。生きてはいるものの衝撃で動けないようだ。無理もない。建物の3階から落ちたようなものだったからだ。

 

「ソンナチャチナ武器デ、俺ヲ倒セルトデモ? 馬鹿ジャネ?」

 獣の巨人は自分達兵士を見下しているようだった。マルロはなんとか立ち上がったが、そこに先ほど食人していた3m級が近づいてくる。瞳の大きな童顔の巨人だった。

「待ッタ!」

 獣の巨人が制止命令を出したが、その3m級はマルロを捕まえると急いで食べようとした。とたん凄まじい轟音と共に獣の巨人の腕が振り下ろされ、その3m級を叩き潰したのだった。

「!?」

巨人が巨人を殺した。訳の分からない状況にヒッチ達は驚くしかなった。

「待テッテ言ッタダロ!!」

獣の巨人はその巨人を掌で地面に押し付けてグリグリと押し潰していく。すると3m級巨人から水蒸気が立ち昇り始めた。巨人の弱点(うなじ)に相当する部分を破壊したようで気化が始ったのだった。

 

「言ウ事ヲ聞カナイ不良品ハ、……要ラナイデスヨネ」

 手を払いながら獣の巨人は再びヒッチ達に向き直った。さきほどマルロが斬り飛ばした指からは水蒸気が立ち上り再生が始っていた。

「安心シナサイ。言ウ事ヲ聞クナラ殺シハシマセンヨ。ククッ」

獣の巨人はそう言ってヒッチ達を捉えにかかった。指示通りにしなければ味方であるはずの巨人も殺す。その徹底振りにヒッチ達は抵抗することができなかった。



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第50話、底知れぬ悪意

ミーナ達新兵が獣の巨人と対峙します。獣の巨人達はやりたい放題してきます。


 戦場は不気味な静けさを保っていた。投石という新戦術を用いる敵巨人の集団が出現し、猛攻を仕掛けてくるのではと考えられたのだが、奴らは意外な事に郊外の一角に陣取ったまま、積極的に攻撃してこようとはしない。とはいえ、人類最精鋭部隊――調査兵団と言えども集団戦術を使う巨人の集団に対しては積極的な攻撃を行う事が出来ず、遠巻きに牽制の銃撃を加える事ぐらいしかできていなかった。

 

 ストヘス区の憲兵団新兵が巨人達に捕まったようだが、詳細は不明だった。

「なぜ動かないんだ?」

「こちらには奴らに対抗するまともな手段が無いというのに……」

「わからん。憲兵団新兵を捕まえてどうする気だろう?」

 例の巨人達の一群を遠巻きに包囲している調査兵団の兵士達は巨人達の奇妙な行動を訝しがっていた。観測している兵からの報告でも捕らえられたと思われる憲兵団新兵の詳細は不明だった。林の中に獣の巨人がいて何かしているようだが、回りにいる巨人達が投石を繰り返す為、近づく事が出来ないからである。

 

「ハンジ、奴らの狙いはなんだと思う?」

 ミケはしきりに頭に手を当てて考え込んでいるハンジに訊ねた。

「もしかしたら時間稼ぎかもしれない……」

ハンジは慎重に言葉を選んでいるようだった。

「どういう事だ?」

「出現した巨人の数は多くても七十体程度。もし奴らが本気でウォールローゼを落としに来たとするのなら数が少なすぎるでしょう。だとするなら情報収集、どちらかというと威力偵察と言ったところでしょうね」

「ふむ?」

「奴らからすれば(トロスト区戦で)あれだけ準備して巨人の大群に襲撃させ、鎧の巨人達や控えの巨人化能力者(アニ・レオンハート)まで用意していたはずなのに失敗したこと自体、信じられないでしょう」

 ハンジの分析は鋭かった。敵がまともな戦術思考を持っていればそう考えるのが自然だろう。実際トロスト区防衛戦で巨人の撃退に成功したのは、未知の壁外勢力――”ユーエス軍”の助力があったからではある。あの時、鎧の巨人達を殲滅した新兵器については未だ謎に包まれていたが、それ以上に敵巨人勢力からすれば理解不能の出来事だろう。

 

「おそらく奴は夜を待っているのでしょう。情報収集は一旦打ち切って、闇に紛れて帰還するつもりでしょうね」

「しかし、巨人も夜になれば動けないのでは?」

「いいえ、わたしの実験では暗闇でも3時間以上動く巨人もいた。今は兵力を温存していると考えるべきでしょうね」

「なるほどな。そう考えれば腑に落ちるな」

 人類側の主戦力たる騎馬隊は夜間行軍するには向いていない。そもそも暗闇の中で戦闘行動は不可能である。

「奴、獣の巨人だけは逃すわけにはいかない。なんとしても討伐しておくべきでしょう」

「だがどうやって倒す?」

「……」

ハンジは力なく首を左右に振る。さすがに調査兵団随一の知恵者のハンジでも獣の巨人を倒す方策は浮かばないようだった。消極的だが当初ハンジが述べたように敵の隙を窺うしかなさそうだった。

 

 

 ミーナ達調査兵団新兵は森の奥に集合していた。ジャンやコニーの班の面子も顔を揃えている。例の投石を行う敵の新手が出現する前に、合計20体以上もの巨人を葬っているのだから、新兵にしては十分誇っていい戦績だった。それでも皆、戸惑いと不安な表情を浮かべていた。

「巨人達の奴ら、攻めてこないよな」

「ああ、でもこちらから仕掛ける事も出来きやしない。奴ら、集団で石や岩を投げてくるんだぜ」

「先輩達も打つ手なしのようだからな」

「あの……、ヒッチさん達無事でしょうか?」

 サシャがぼそっと呟いた。ミーナ達は比較的早めに森の奥に後退したため、マルロ達の状況を詳しくは知らない。別の班の新兵から聞いた話では彼らは森から出て深追いしたと聞く。新手の巨人の集団が居座っている場所辺りまでにいたようだから最悪の事態も考えられた。

 

「さあな。でもよ、あいつ等、自業自得だぜ。散々俺達を馬鹿にしていて勝てそうだと思ったら割り込んできてよー。サシャだってむかつくだろ?」

コニーはマルロ達憲兵団新兵が気に入らないようで突き放した言い方をした。

「コニー! そんな言い方はないでしょう!? 仮にも巨人と戦う仲間なんですから!」

サシャは怒りを露にした。

「そのとおりだぜ、コニー。冗談でも言っちゃいけない事があるんだ」

「なんだよ!? ジャンまでいい子ぶっちゃってよ」

コニーは口を尖らせて不満そうな表情を見せた。

 

「でもよ、ミーナの言うとおり、あの場を奴らに譲っていて正解だったな。まさかあんな巨人の集団が現れるなんて思いもしなかったぜ」

「さすが、ミーナ!」

 同期の何人かはミーナの判断を褒め称えたが、ミーナ自身は複雑な気持ちだった。結局、危険な持ち場をヒッチ達に譲ったようなものだったからだ。

 

「……」

(わたしのせいなのかな? 本当だったらあの巨人の群れに襲われたのはわたし達だったかもしれないのに……)

 ミーナが黙っていると、同期の少年兵――サムエルが口を開いた。

「なあ、ジャン。俺達、いつまでこの森で待機していればいいんだ? 先輩達もあの奇妙な巨人にはお手上げのようだろ? もしかして俺ら見捨てられるんじゃないかな?」

「なにを馬鹿な!?」

 ジャンはすぐさま否定する。しかし、何人かはそのサムエルに同調するようだった。

「俺も同じ事を思った。俺達は荷馬車に乗せられてここまで来ているだろ? 先輩達みたいに一人ひとりに馬が与えられてるわけじゃない? 下手したらこのままここに取り残される可能性だってあるだろ?」

「冗談じゃないぜ!? 馬が無かったら巨人から逃げ切れないじゃないか?」

「わ、わたし、巨人に捕まって食べられるなんて嫌ですよ!?」

 少女兵の一人も不安に駆られたようだった。

 

(話の流れがよくないよね!? このままだったら皆、パニックになっちゃう!?)

 ミーナはなんとか同期達に広がった不安を鎮めようと声を上げようとした。

「いや、そんな事はないと思う。上層部(うえ)には、例の巨人達を倒す方策を持っているはずだ。前回の戦いのようにな」

「例の新兵器か!? でもよ、あれって壁外勢力のもので俺達人類が開発したものじゃないって噂があるぜ」

 同期の一人はジャンの考えを否定した。例の新兵器――トロスト区防衛戦で鎧の巨人達を抹殺したという超兵器の詳細は未だ世間には公開されていない。敵に知られた場合、対処方法を取られる恐れがあるという事で徹底的な隠蔽が図られているのだった。ミーナ達新兵は無論のこと、先輩達も詳細は分からないようだった。そのため、世間一般では様々な噂が飛び交っていた。巨人勢力の仲間割れ説、壁外勢力の参戦説、あるいは女神ローゼの怒りの鉄槌説など……。駐屯兵団の技術班が密かに開発したという話を信じている者は存外に少なかった。

 

「だいたい鎧の巨人には大砲すら通じないって話だったじゃないか? そんな化け物を一瞬にして倒すような兵器を作れるなら人類はここまで追い込まれていないだろ?」

「ま、まあ、そうだが……」

 ジャンも歯切れが悪くなった。

「あはは……、いいんじゃないですか? じゃあ、その壁外勢力さんがわたし達を助けに来てくれたって事ですよね。すごく頼もしい味方じゃないですか? もしかしたら今回も助けに来てくれるかもしれませんよ」

 サシャは苦笑いを浮かべながら楽観論を述べる。

「じゃあ、壁外勢力がいるとしてタダで見返りなしに俺達を助けてくれるのか? そんな都合のいい話の訳ないだろ!?」

 サムエルの意見も一理あった。

「と、とにかく分からない事だらけだ! 分からない事を議論しても仕方ないだろ? 今は上層部を信じて待機しているしかないと思う」

ジャンはそう締めくくった。同期の多くは納得した様子ではなかったが、特に反論しようという様子もなかった。

 

 それからさらに気が重くなるような時間が過ぎた。(実際には15分程度だった) 突如、大きな地響きが轟き、それが近づいてくる。それが意味するものは、誰しもが即座に理解した。巨人達が再び進撃を始めたのだ。それもよりによって自分達の方向に……

 

 ミーナの周りの同期達は顔から血の気が引いていた。今まで戦ってきた無知性の巨人とは違う戦術行動を取る敵巨人の集団である。まともに戦って勝てる相手ではなかった。

 

 森に近づいてくる巨人達は10m超級8体が横一列になって陣形を組んで進撃してきた。その後方には20m級の全身が毛で覆われた巨人――獣の巨人が指揮官のように控えていた。前衛の巨人達は各々手に木の幹や岩を得物のように所持しており、それを振り回しながら森の中に突入してくる。新兵のほとんどは戦おうとせず、立体機動装置を使って森の奥へ奥へと逃げていく。しかし数名が礫の投石を受けて脱落して地面に転がり落ちた。

 巨人達はその新兵達を食べようとはせず、そのまま足で踏み潰していったのだ。ミーナ達はその光景をただ遠くから見ていることしか出来なかった。

 

「巨人が武器を使うなんて……。そんなのありかよ!?」

「あ、あの巨人達、俺達を殺すのが目的なのか!?」

 次元が違う敵である事を改めて認識させられた。突如、前衛の巨人達が一斉に立ち止まり、くるりと後ろを向いたのだ。

 

(えっ!? どうしたの!?)

 ミーナはその意味が分かるのに数秒を要した。後ろを向いた巨人達の後ろ首付近に何かが付着していた。

 

「な!? なんて事だ!?」

「これが巨人達(やつら)のやり方なのか!?」

「ひ、ひどい……」

 同期達の間からは呻き声が漏れてくる。巨人達の後ろ首に付着していたもの、それは手足を引きちぎられた状態で(はりつけ)られたストヘス区の憲兵団新兵達だった。新兵達はまだ息があるようで僅かに身体が動いているのが分かった。要するに人質である。巨人を倒すにはうなじを削ぐ必要があるが、そのためには人質ごと斬らなければならない。ミーナ達は底知れぬ悪意が漂ってくるのを感じ取っていた。




【あとがき1】
 例の新兵器(ミタマのスピア弾)について正確な情報を知っているのはリタの秘密結社(グリーンティ)メンバーのみです。そのためいろんな憶測が飛び交っている状況です。そしてここラガコ村近郊にはリタが先行して調査に赴いていますが、肝心のギタイ(ミタマ)は居ません。シャスタが疲労で倒れている為、タマ達を動かす事ができないからです。

【あとがき2】
ついに連載開始から一周年です。当初はもっとコンパクトに纏めるつもりでしたが……。大勢の方にお気に入り登録、評価投票していただき、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


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第51話、魔弾

久々の更新になってしまいました。原作でも調査兵団によるウォールマリア奪還作戦が始りました。しかし、敵(ライナー達)も準備万端で待ち構えていたところで、どちらが勝つか、知略を駆使した戦いで目が話せないところです。

本作では原作でいう”座標”の設定がないため、原作との乖離が大きくなりつつありますが、その点はご了承ください。

【前話までのあらすじ】
ラガコ村付近で突如出現した巨人の群れ。付近を行軍演習を行っていた調査兵団がこの群れの討伐に入る。しかし、獣の巨人や組織的戦闘行動を取る新手が現れて、ミーナ達新兵は一転窮地に追い込まれた。一方、調査兵団本隊もハンジの指示により、待機している。
 さらに調査兵団に先じてリタとミカサの秘密結社組もラガコ村調査に来ていた。



 うなじ付近に憲兵団新兵達を磔にした巨人達の群れ。横一列に展開しての組織的な戦闘を行っている事は明白だった。ミーナ達新兵は巨人は強大であっても無知性であるから対抗可能と教わっていたので、こんな事態は想定外である。もはや為す術がなかった。

 

「や、やめてくれー!!」

 また一人逃げ遅れた新兵が10m級巨人に捕まった。片脚を捕まれて逆さ吊りにされて持ち上げられていく。手足をバタつかせて激しく動かしていたが無駄な抵抗だった。大きく腕を振ったかと思うと持っていた新兵を地面に叩き付けたのだった。水風船が弾けるような音と共に血肉が飛散した。巨人の圧倒的な力の誇示であり、捕食を目的とする従来の巨人達とは明らかに違う動きである。

 

(そんな、もう逃げられない!? ど、どうすればいいの?)

 ミーナ達は森の奥へと逃げたつもりだったが、森はそこで途切れていた。開けた荒地が目の前にある。巨人を前にして平地に降り立つ事がどれほど危険かは、兵士ならば誰もが知っている常識だった。

 

「ミーナ!? 逃げて!!」

 サシャの叫び声が聞こえた。振り向けば巨人の手がミーナに向かって伸びてきていた。立体軌道装置で逃げる隙もなかった。次の瞬間にはミーナは巨人の手に捕われていた。もがいてもピクリとも動かない圧倒的な力である。

 

(わたし、殺される!? ……)

 数秒時間が経過しただろうか、ミーナは異変に気付いた。ミーナを掴んでいた10m級巨人は動きを止めている。そればかりではなく、周りの巨人達も皆動きを止めていた。

 

「この野郎っ! ミーナを離せ!!」

 ジャンが立体軌道装置を使って、ミーナの方へと飛翔してくる。己の身体を回転させながら、超硬質ブレードを巨人の手首に振り下す。一閃、手首の腱を切断したのだった。ジャンは立体軌道装置の扱いは訓練兵団随一の腕前を持っており、同期からも一目置かれている。それが遺憾なく発揮された瞬間だった。

 

 とたんミーナは自分を掴んでいた巨人の握力がなくなり、そのまま地面へと落下していった。衝撃が全身を打つ。

「あいたたっ!?」

 ミーナは思わず痛みで叫び声を上げた。ミーナは腰をさすりながら辺りを見渡す。どうやら低木の茂みがクッションとなり落下の衝撃を和らげたようだった。

 

「おーいっ! 巨人達は動きが止まった! 今のうちに(憲兵団新兵を)助けるぞ!」

 ジャンが回りの新兵達に発破を掛ける。しかし他の新兵達の動きは鈍かった。巨人達がまた動きだすのではないかと恐れているようだった。あるいは助ける対象が自分達を嘲笑していた憲兵団新兵という事もあったのかもしれない。

 

「お前ら、仲間を見捨てろと習ったのか!? 憲兵団も巨人と戦う同士じゃないか!?」

「そ、それもそうだな」

「貸しを作るのも悪くねーな」

 コニーが鼻を擦りながら同意する。ジャンが一喝したことで、新兵達は動き始めた。

「まずは先に彼らを助けよう。トドメはその後だ」

 新兵達は一斉に立体軌道装置を使って飛び出し、巨人達に向かっていく。最初にうなじに磔られた憲兵団新兵を切り離す事から始めた。連続して兵士が斬りかかり、新兵達を剥がし終えた後、新兵の身体を数人かかりで担いでいく。その後、後発組の兵士達が次々と巨人のうなじを斬り裂いていった。

 

 静止状態の標的と化した巨人を仕留めるのはさほど難しいことではなかったようだった。

「やったー! 巨人討伐数1っ!!」

 サシャは最初の巨人撃破で大喜びしている様子だった。

「はん! 動かない巨人なんて、やった内にも入らないねーよ!」

「でも討伐は討伐ですよぅ!」

 コニーの揶揄する声が聞こえたが、サシャはお構いなしといった様子だった。ミーナは起き上がり、救出された憲兵団新兵達の様子を窺った。彼らは他の新兵達に介抱されているところだった。幸いな事に手足は付いていた。手足を巨人の身体の中に埋め込まれていたと表現した方が正確だった。しかし、高温の巨人の身体に触れていた事で火傷を負っているらしく、真っ赤に爛れていた。

 

「あ、熱いよ! な、なんであたしがこんな目に!?」

 憲兵団新兵の少女兵―ヒッチが喚いていた。そんなヒッチの悪態に眉を潜めながら、周りの新兵達が救助した者を介抱していた。

「す、すまない。礼を言わせてくれ」

 憲兵団新兵の筆頭――マルロは礼儀正しい人物のようだ。ジャン達に向けて感謝を述べていた。

 

「なあ、ジャン。なんで巨人達、急に動きが止まったんだ?」

「さあな、オレが聞きたいぐらいだ」

 新兵達は各々、お互いの顔を見合って首を傾げていた。あのままだったら自分達は間違いなく巨人達に蹂躙されていただろう。

 

(いったい、どうなってるの? 何が起こってるの?)

 辛うじて命拾いしたミーナは状況の急激な変化についていけず、呆然と突っ立っていた。

 

 

 

 今回の行軍演習の首脳陣の傍らに、調査兵団精鋭兵士――グンタと同僚のエルド・ジンがいた。

「おい、なんで待機命令なんだよ!?」

 グンタは、動きの鈍い首脳陣に対する苛立ちを募らせていた。森に逃げ込んだ新兵達が新手の巨人の群れに襲われているというのに、降りてきた最新の命令は「待機」である。

「なにか考えがあるんじゃないか? もっともミケじゃなくてハンジの策だろうよ」

 エルド・ジンはそっけなく答える。

「ハンジか!?」

 ハンジの名前を出されてグンタは暫し考え込んだ。奇行が目立つハンジだが、天才的な閃きの持ち主であることは知れ渡っていたからである。今回の行軍演習の行き先もハンジが直前になって急遽、変更を主張した事も知っている。

 

「おい、グンタ! あれを見ろ!」

 エルドの指差す方向を見ると、空に幾つもの花火が撃ちあがってた。

「あ、あれは……」

 むろん、こんな辺鄙な荒野で花火を打ち上げる酔狂な馬鹿はいないだろう。花火といえば、すぐさま思い当たる節があった。トロスト区防衛戦において、最重要標的たる鎧の巨人・超大型巨人を仕留めた際、ほぼ同時に花火が使われたのだ。それも友好的と考えられる壁外勢力――ユーエス軍によってである。

 

一撃で知性巨人を倒す超兵器は、今の人類は持ち合わせていない。トロスト区とまったく同じパターンだった。

 

「お、おい! 見ろよ、あの猿巨人が倒れたぞ!?」

「例の新兵器か!? やったぞ!」

 兵士達の間から一斉に歓声が上がった。

「”彼ら”がいるのか!?」

ユーエス軍に関しては幹部のみの機密事項扱いとなっているので固有名詞は出せない。それでグンタは”彼ら”と表現した。

「いるんだろうな」

「しかし、一体どうやってアレ(獣の巨人)を倒したんだ!?」

「……」

 グンタはエルドに訊ねたが、彼は首を振るばかりだった。

「残る巨人は通常種に過ぎんっ! 総員突撃っ! 総員突撃せよっ!」

 伝令兵が大声でミケからの命令を伝えてきた。グンタは馬の手綱を引いて駆け出す。

「うおおおぉぉぉぉ!」

苦境に立たされていた戦況が一変したのだ。兵団の兵士達の顔に輝きが戻っている。調査兵団全軍は総反撃に転じた。

 

 

 時間は数分ほど溯る。獣の巨人は為すすべなく狩られていく調査兵団新兵達を侮蔑しながら、戦況を観察していた。彼は壁外勢力”故郷”より派遣された威力偵察を目的として上級戦士である。

 数週間前のトロスト区侵攻は絶対に失敗するはずのない作戦だったが、味方からの一切の音信不通という結果に終わった。壁内人類に戦士――知性巨人を倒す術がない以上、戦士の誰かが裏切りを働いたに違いない。督戦されていたはずだが、家族親族の犠牲を覚悟で反乱を起し、さらに壁内人類側の真の支配者も反乱軍に組している可能性も考えられた。現時点においても壁内支配者からの釈明の使者が来ていないのが疑惑の種である。

 

(ぐふふっ。ホント愚か者ですよネ、たかが数人の戦士の反乱に組して滅びの道を選ぶとハ……)

 彼は一般戦士と違って、洗脳教育は受けていない。壁内人類が悪魔の末裔か否かはどうでもいい話だった。祖国”故郷”にとって《壁内|ウォール》世界は、いつでも潰す事のできる属国のようなものだった。事実過去百年間、壁の内外で密貿易が行われており、”故郷”側からは塩を始めとする調味料や各種嗜好品、壁内側からは主に巨人化素材(人間)が輸出されていた。

 

 それが変わったのは、6年前、地質調査隊の一行が壁内世界に程近い河川で砂金鉱を発見したからである。砂金の採取を行うには工夫達人間が行う必要があるが、徘徊する巨人達の存在は邪魔だった。大半は制御できるとはいえ、常時というわけにはいかず、制御を受け付けない奇行種もいるからである。巨人達を壁内へと追いやる作戦が、5年前のシガンシナ区侵攻だった。(人類側でいうウォールマリア陥落)

 

 経済的利益優先だが、国内的には高邁な悪魔の末裔に懲罰を与えるという理由を大儀名分としている。壁内の真の支配者は、これまで以上の援助物資を与えることで機嫌を取ることにしたが、こうして反乱軍に組したところを見ると、よほど不満を募らせたらしい。それでも彼我の戦力差を考えれば愚かな選択である。裏切り者の戦士が最大3人だとしても、戦力比は百倍を超えている。壁内人類側に万が一にも勝ち目はない。

 

(フフフッ、これは予告ですヨ。壁内に安全な場所など存在しない事がよーくわかるヨネ)

 壁内の僻地の村――ラガコ村に巨人化ウィルスを撒き、巨人を発生させたのは前座である。現在、本国では反乱軍および壁内人類に対する大規模な掃討作戦が準備中だった。戦士の裏切りという前代未聞の事件であり、国内の動揺を抑えるためにも徹底的な殲滅作戦が実行されるだろう。裏切りの代償がいかに高いかを思い知る時が来るに違いない。

 

 ただ一つ気になるのは昨晩のうちに先行させた新人の戦士2名が未帰還という事だった。ラガコ村に巨人が発生している以上、巨人化ウィルスを撒くという最低限の任務を果たしただろう。

 

(ったく使えない新人達ですネ。戦士失格と報告するだけですネ)

 大方、未知の土地に夜間侵入して迷子になったのであろう。使えないものは処分する。それが彼のモットーだった。戦士失格になれば儀式で次の戦士に喰われる運命が待っている。

 

(がはっ!?)

 その時、彼は全身に衝撃が走った。視界が真っ赤に染まり、身体が燃えていく。何が起こったのかを理解する暇さえなく、彼の意識は消滅した。

 

 

 

(これが新兵器!? こんなに離れた場所からあの巨人を倒すなんて……)

 周囲の見張りを命じられていたミカサはただ驚くばかりだった。ミカサの傍らには、紅い甲冑を着脱して身体のラインが浮き出た黒いスーツを纏い、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)を抱えたリタ・ヴラタスキがいる。

 リタはたった今、獣の巨人に対して狙撃を行ったところである。強力な貫通力を持った炸裂弾――30ミリ劣化ウラン弾を800メートル離れた標的の急所(うなじ)に正確に撃ち込んだのだった。そもそも巨人には銃は無力というのが常識だが、リタ達秘密結社が持つ新兵器には常識が通用しないようだ。ミカサは知らないが、この銃はリタの世界で対ギタイ用にカスタマイズされた特殊銃である。

 

「目標の沈黙を確認。後は調査兵団の仕事だ。ずらかるぞ」

 リタはミカサに撤収を指示した後、商売道具の片付けに入った。

「あ、はい。……あ、あの、巨人が出現することがわかっていたんですか?」

 ミカサはリタに従いながら、疑問を口にする。当初、この極秘任務はラガコ村の調査が目的だったはずだ。にもかかわらずリタは知性巨人を倒せるだけの兵装を用意していたのだから。

 

「昨日の言ったはずだが、我々はウォールマリア内の巨人の動きを探知できる手段がある。不自然な動きがあれば分かる。惜しむらくはトロスト区侵攻に間に合わなかったことだな」

「そうですか……」

「むろんあの時点(トロスト区防衛戦)では巨人達を操る勢力の存在を知らなかったから、間に合ったとしても活用できたかは疑問だが……」

 リタは探知手段に関する詳しい説明をしなかったが、情報を最大限活用し先手を打って行動するという結社の姿勢はミカサにはわかった。

 

「残りの巨人達は?」

「それは心配ない。司令塔を失った以上、ただの通常種(無知性巨人)だ。それなら調査兵団の得意分野だろう。ハンジも付いているしな」

「そ、そうですね」

 確かに調査兵団は巨人殺しの専門集団である。ライナー達ですら調査兵団の留守を狙ってくるぐらいだから、敵にも一目置かれているという事だろう。もともと今回の行軍演習において、調査兵団一行は過剰なまでの重武装で出陣している。リタの言うように後は任せておくのが最善かもしれない。

 

「それにわが社は影の存在でなくてはならない。この銃にせよ、正体が判明すれば敵も対策を講じてくるだろう」

 リタ達秘密結社の基本戦略は影の戦力であり続けることだった。味方想定の調査兵団にも正体を明かすことはしない。どこに敵のスパイが潜んでいるかわかったものではないからである。敵も愚かではないので、こちらの正体を探ろうと必死に動いているだろう。

 

 用意していた荷馬車に乗り込んだミカサとリタは一目散に戦場からの離脱を図る。リタが被っているヘッドギアには優れた観測装置があるらしく、雑木林などの障害物があってもそこに人がいないかが分かるようだ。御者を務めるミカサはリタの指示に従って馬車を走らせたが、人を見かけることはなかった。

 

「あ、あの……01(リタ)

「ん?」

「ありがとう。調査兵団の仲間を救ってくれて」

 ミカサはリタにお礼を言うことにした。調査兵団にはジャンやミーナ達同期が多く入団している。辛い訓練の日々で寝食を共にした仲間が一人でも多く助かって欲しいと思っていたからである。

「別に彼らを助けるために動いたわけではない。あくまで敵勢力の撃滅が目的だからだ」

「それでも助けてくれたことには代わりはないでしょう。わたしだってこうして戦えるから……」

ミカサはトロスト区戦で重傷を負い、兵士生命を絶たれたはずだった。しかしミカサがこうして再び戦えるのもリタ達のお陰である。

「勘違いするな。我々は巨人達と戦ってはいない。ただ殺すだけだ」

「そ、そうでした」

「……」

それっきりミカサとリタの会話はなかった。リタはそもそも必要以上に喋ったりしないし、ミカサも会話上手というわけではない。それでもミカサの胸は希望と闘志で溢れていた。

 

(エレン、見ていてくれる? 貴方の願い、きっとかなえて上げる。巨人をこの世から駆逐してあげるから)

 今は亡き愛しい人を想いながら、ミカサは紅く染まった夕暮れの空を見上げた。



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第7章、内なる敵
第52話、入社


 ラガコ村事件の翌朝、クリスタ・アルミン・ミカサの3名は、研究棟の会議室で上官たるリタ、シャスタ、ペトラと机を挟んでいた。そしてリタから組織(秘密結社)への入社を正式に認められたところだった。辞退して普通の兵士の進路もあると告げられたが、クリスタを含め3人に迷いはなかった。秘密保持の誓約書を書いたところで、リタは切り出した。

 

「君達も薄々気付いているだろうが、わたしとシャスタはこの世界の人間ではない。異世界からの訪問者だよ」

「!?」

 クリスタは言われた意味がよく分からなかった。

「今から4ヶ月前に私達はウォールマリアの郊外に漂着した。そのとき、壁外遠征中だったペトラと出会ったわけだ」

「ええ、そうよ。あの時、わたしの班は巨人の群れに襲われて部下は皆……」

 ペトラがそこで言い淀む。クリスタにも事態は察しがついた。部下達は一人残らず全滅したのだろう。

「わたしも危なかっただけど、リタに助けてもらったのよ。リタは、うん本当に強いわよ。15m級を含む30体あまりの群れを数分で全滅させたんだから」

「そうだったんですか。そのときも例の新兵器を使ったんですかですか?」

アルミンが訊ねるとシャスタは少し笑った。

「うふふ、そうですね。もうあの子達の事、アルミンさん達に隠す必要はないかもしれませんね」

「そうだな、正式に入社したところだからな。じゃあ、シャスタ。”07”を連れてきてくれ」

「はい」

シャスタはリタに従って部屋の外に出て行った。

「!?」

(兵器の事を聞いたのにあの子達って、一旦なんなんだろう?)

 クリスタは少し頭を捻るが、さっぱりわからなかった。

 

「ハンジはまだ戻っていないが、ラガコ村事件の真相についてお前達に教えておこう。アルミン、あの巨人達はどこから来たと思うか?」

「えーと、壁を越えてきたとは考えにくいです。まるであそこから沸いてきたような……」

「正解だ。あの巨人達はラガコ村から発生した。これはわが社がもつ観測装置(振動探知網)の結果からも間違いない。確定ではないがラガコ村の住民の半分ほどが巨人化したと思われる」

「村人が巨人に!?」

「……!?」

寡黙で常に冷静なミカサでさえも目を見開いて驚いていた。

「そ、それって。あの水場の!?」

「察しがいいな、アルミン。敵の工作員が水場に巨人化”ウィルス”、おっとこの言葉は翻訳不能だったな。要するに人を巨人化してしまう薬品を散布したということだ。被害の方はペトラ、教えてやれ」

「はい、早馬でラガコ村事件のその後の報告が来ているわ」

ペトラがリタの後を引き継いで説明した。

 

 ラガコ村に出現した巨人の数は大小約80体。また村人の死者数は確認できただけでも40名以上、ただし生存者は一人も確認できていない。なお被害はラガコ村だけにとどまっている。これは付近を行軍演習中だった調査兵団が巨人達を早期に討伐したからである。知性巨人と思われる”獣の巨人”が出現するという非常事態もあったが、秘密裏のリタの支援もあって敵を撃滅したという。

 そして調査兵団側の死者23名、負傷者多数、そのほとんどが新兵との事だった。ただし一度実戦(トロスト区攻防戦)を経験している南側訓練兵の死者は3名。名前を聞いたが馴染みの薄い新兵で、顔なじみのジャン、コニー、ミーナ達は無事のようだ。

 

(よかった。サシャ達は無事なんだ)

 クリスタは少しだけ安堵した。苦楽を共にした仲間との訓練兵時代は自分にとってかけがえのない思い出である。

(だから裏切り者は絶対に許さない)

クリスタは潜入工作員(アニ)の粛清に一役買ったことは一片たりとも後悔していなかった。

 

 ドアが開いてシャスタが入室してきた。後ろからは床が軋むような足音が聞こえる。かなり重量のある人物らしい。

「リタ、連れてきましたよぉ」

「ああ、入ってくれ」

シャスタに続いて入ってきたのは大きな布を被った人というより樽のようなものだった。

 

「ちょっと驚かれるかもしれませんが、大丈夫、襲ったりしませんよぉ。ミタマ、オープン」

布がばさりと床に落ちる。

「!?」

そこに居たのは異様な生物だった。太った蜥蜴のような外見、寸胴な胴体に鋭い爪を持つ前足、大きな尻尾が付いている。

 

「こ、これは!?」

アルミンが驚いていた。

「コード番号07、ミタマ。私達の世界の生物兵器です」

リタ達は異世界からの訪問者だと述べていたが、この生物を見れば本当の話だと思えてきた。

「実はですね、こう見えても狙撃の名手なんですよぅ。あのトロスト区戦であの鎧の巨人と超大型を倒した功労者なんですぅ」

「狙撃!? で、でもあの攻撃は大砲以上の火力がないと不可能なのでは?」

アルミンが訊ねた。

「ミタマの体内には、スピア弾という一種の電磁速射砲(レールガン)を内臓しています。超高速の弾丸を射出するので、弾丸の大きさは小さくともいいわけです」

 

 クリスタはシャスタの説明を聞きながら、立ち上がるとミタマの傍に近づいた。外見は不気味な生き物だが、自分達にとっては救世主だと思った。

「ミタマっていうのね。わたし、クリスタ=レンズ。初めまして」

「……」

ミタマは何も答えない。

「ありがとう。あなたのお陰だよ。わたしやアルミンや皆が無事なのは。トロスト区を守ってくれて本当にありがとう」

クリスタはミタマの頭を撫でてみたが、やはりミタマの表情に変化はなかった。ただ尻尾を後ろでパタパタ振っている。

「どういたしましてって言ってるみたいですよ」

(犬みたい)

「なんか可愛いかも……」

「まあ、そういえばそうですね」

シャスタは微笑んでいた。

「わたしからも礼を言いたい。エレンの仇をとってくれて感謝している」

ミカサもクリスタの横に来て、ミタマを撫でていた。ミカサはトロスト区戦で最愛の人――エレンを喪っている。

 

 場の空気が和んだのも束の間、リタが主ろに切り出した。

「さてと、そろそろ話の続きをしよう。現在の戦況、ならびにわが社の方針についてだ。シャスタ、ミタマを連れて行ってくれ」

「はい」

シャスタと共にミタマが退室する。

 

「まず、敵についての情報だ。巨人を操る敵勢力だが、総大司教を頂点とする政祭一致の独裁国家だ。推定人口は5千万人で、軍事力の主力は君達も知ってのとおり、巨人化制御技術を用いての巨人ーーいわゆる知性巨人というところだな」

「!?」

「そんな大国が相手だったなんて……」

 単純な人口比でも50倍以上である。さらに巨人化制御技術を保持していることから戦力差は絶望的なまでに開くだろう。

「そしてここ壁内世界はいくつかある”贄”の供給地でもある」

「”贄”って何でしょうか?」

「生贄だよ。かの国では神への供え物として生きた人間を捧げる風習があるとの事だ。ここ壁内世界は処女50人を含む300人の供出が義務付けられているとの事だ」

 

 そこでリタは生贄という言葉の意味を説明した。詳しい儀式の方法までは判別していないようだが、生贄に捧げるとは、被害者にとっては理不尽な処刑の何者でない。聞くも悍ましい風習だった。

 

「ウォールシーナの貧民街などで孤児などを中心に毎年多数の行方不明者が出ているらしいの。新聞社は王政府のいいなりだろうし、中央第一憲兵団が関わっているらしいから怖くて誰も言い出せないんでしょうね」

ペトラが説明を付け加えた。

「……」

中央第一憲兵団――王政府直属の親衛隊であり、主に政治犯や思想犯の摘発を主任務とする秘密警察のような組織である。捕まったら五体満足で解放されることは決してないと言われる恐怖の対象だった。その耳目となる密告者が、駐屯兵団や調査兵団にも潜んでいるだろう。

 

「中央第一憲兵団を含む内なる敵の掃討が最優先だろうな。外の敵よりも内なる敵の方が遙かに恐ろしい。いつ寝首を掻かれるかわからないのだからな」

「それがリタ先輩、いえコマンダーが秘密結社を作られた理由でしょうか?」

アルミンの質問にリタは丁寧に答えた。

「そうだ、アルミン。それが技術供与を抑えている一番の理由だよ。ハンジの技術班の中にも敵のスパイが潜り込んでいないとは言い切れない。だから一見価値があるように見える気球技術のみを技術班には取り扱わせていた」

 

 気球技術だって十分世間を驚かせているに、実のところはそれ以上の兵器・技術を保有しているのが、この秘密結社なのだろう。戦闘力でいえば、トロスト区攻防戦でも窺えるようにミタマ一体で調査兵団全軍にも等しいかもしれない。

 

「君達3人には、ここ数日の激務で休暇を与えたいところだが、事態は急を要する。恐らく奴らは情報収集がうまくいっていない事で強攻策に出る可能性が高い。すなわちハンジ技術班の接収と粛清だ」

「で、でも証拠はないんじゃ?」

 アルミンは呟いたがリタは一辺のもと切り捨てる。

「証拠など後でどうにでも作れると思っているだろうな。ペトラはその辺りは詳しいだろう」

「いえ、わたしはハンジさんから聞いただけなので詳しくは……。でも中央第一憲兵団の怖い噂を聞いたことはあります」

 

「そうか、とにかく本日中にこの研究棟から引越しを行う。これは軍事事項であり、わが社の方針だ」

この秘密結社においては、軍事に関してはリタに命令権があると説明されている。リタが決定を下している以上、引越しは確定事項だろう。

 

「それで引越し先はどこに?」

クリスタが訊ねた。

「奴らが絶対に手出しできない場所だ」

「??」

クリスタは首を傾げた。壁内世界にそんな安全地帯があるとは思えなかったからだ。

「ウォールマリアだよ」

リタは巨人達の徘徊する人外の領域を名に挙げたのだった。




【あとがき】
超久々の更新で申し訳ありません。諸事情でこのサイトにアクセスできませんでした。

原作の巨人も敵勢力の正体が明かされてきていますね。
それゆえ原作との差が大きくなっていますが(^^;)

 敵巨人勢力は政祭一致の軍事独裁国家であり、クリスタ達の壁内世界は生贄の供給地でした。権力を握っている中央第一憲兵団、ウォール教、マスコミなどの売国勢力が存在するという構図です。あれ、現実世界のどこかと似ているような。。。

 リタが敵勢力に関する情報をどのように得たのかは伏せておきます。


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第53話、初会談

 同日(ラガコ村事件の翌日)、調査兵団団長のエルヴィン=スミスは、兵士長のリヴァイ・副団長のミケ=ザカリアス・技術班班長のハンジ=ゾエを伴って、トロスト区駐屯本部を訪れていた。ラガコ村事件の調査結果報告と今後の対応についてである。エルヴィンとリヴァイは昨日まで改革派議員や貴族への根回し対応で王都ウォールシーナにいたため、昨日の戦闘指揮はミケとハンジが執っていた。

 ハンジからは謎の壁外勢力”ユーエス軍”からの情報提供があったと打ち明けられていた。そもそも今回の行軍演習地の変更はハンジの強い意向によるものだった。そして彼らの情報どおり巨人の群れが出現したわけだった。さらに知性巨人”獣の巨人”まで出現。巨人達が組織戦闘行動をしたことで脅威レベルは過去にないほど高いものだった。実際、彼らの新兵器がなければ、巨人の群れを討伐できず、ウォールローゼ失陥もありえた深刻な事態である。ハンジは司令の前で真実を話すと言ってそれ以上は説明しなかった。

 

 伝令役の兵士がやってきてエルヴィン達を司令室へと案内された。部屋の中にはピクシス司令(駐屯兵団、南側領土最高指揮官)と2名の副官が待っていた。エルヴィン達はピクシス司令に敬礼した。

 

「おお、エルヴィン、待っておったぞ」

 ピクシス司令はエルヴィン達を笑顔で迎えてくれた。

「所用で遅れてしまいました」

「早馬で知らせは貰っているが、ラガコ村の件、大変な事になったのぅ」

「ミケとハンジがうまくやってくれたと思う。むろん、”彼ら”の助力もあってこそだが……。ではハンジ、そろそろ種を明かしてはくれないか?」

 この場にいる全員の視線がハンジに集まる。ハンジは軽く咳払いをすると、ゆっくりと話し始めた。

 

 今回出現した巨人達は外部からやってきた形跡がなく、長大なウォールローゼの壁自体にはまったく問題がなく巨人が通過したと思われる穴も破損箇所もなかった。またラガコ村の馬も厩舎につながれたままで、建物の大半が内部から爆発したように破壊されている事。

 さらに昨日の行軍演習には同村出身の新兵(コニー)がいて、戦闘後、彼を連れて村内を調査した際、彼の生家には足が細すぎて動けない巨人がおり、その巨人が彼に声をかけたというのだった。見た目も彼の母と似ているのを確認している。これらの状況を総合的に判断した結果、ハンジは衝撃的な結論を述べた。

 

 今回の巨人達はラガコ村の住民の約半数が変化したものであると。全ての巨人の弱点が大小に関わらず、うなじ付近の縦1m、横10cm。そこになにが埋まっているか、それは人の脳髄が変化したものではないのかという事だった。

 

「じゃあ、なにか。俺が今まで人を殺して飛び回ってきたわけか……」

 リヴァイは自傷気味に呟いた。

「全ての巨人がそうとは決まったわけじゃないよ。それにまだ仮説の段階だよ」

「それでもお前はもう確信しているんだろ?」

「……」

ハンジは無言だったが、確信しているのは間違いないだろう。

エルヴィンは一つ疑問に思ったことを聞いた。

「ハンジ、”彼ら”からの話は聞いているのだろう? 彼らの見解は?」

「いや、この件に関してはまだ聞いていない。というより結論を出したのが村の調査が終わった後だからね」

「そうか……」

「もう一つ、エルヴィンとピクシス司令、リヴァイにだけ話したい事が……。申し訳ないがミケ、それとお二方には退室してもらえないだろうか?」

ハンジはピクシス司令の副官2名とミケにそう申し出た。ハンジは極めて重要な案件を持っているようだった。

「すまんの。席を外してやってくれないか?」

「わかった」

「……了解しました」

ミケと副官2名は退室した。これで室内に残るはエルヴィン、ハンジ、リヴァイ、ピクシス司令の4人だけである。

 

「実は”彼ら”から会談したいとの連絡がありました。司令、いかがいたしますか?」

「なっ!? 本当か!?」

 ピクシス司令も驚いていた。”彼ら”が強力な兵器を保持しているのは周知の事実だ。現在までは人類側に加勢した動きをしてくれているが、その意図が読めない以上、不信感が拭えなった。敵に回せば巨人勢力以上に恐ろしい相手かもしれないのだ。

 

「いつ会談できると言っているのじゃな?」

「今すぐこの場で、です」

「なんとっ!?」

 エルヴィンは驚いた。そんなにすぐ会談できるとは思わなかったのだ。

「わ、わかった。会おう」

ピクシス司令が答えると、ハンジは胸のポケットからペンダントを取り出し、机の上に置いた。

 

 そのペンダントから一条の光が出て、壁に人の姿を映し出していた。全身真っ黒なスーツで顔までも黒いフードで包んだ人物、体つきからして若い女性のようだ。裸体に黒い塗料をペイントしたのではないかと思えるぐらい身体の輪郭が透けている妖艶な服装で、割れた腹筋に張った筋肉、相当鍛錬を重ねている兵士のようだった。フードを被ったままなので素顔は伺いしれない。

 

「……初めましてだな。ピクシス司令、スミス団長、それにリヴァイ兵長。わたしは諸君らの言う”ユーエス軍”指揮官のヴラタスキ将軍だ」

「!?」

 動く映し絵と共に言葉までもが聞こえてきたのだった。

「驚かせてしまったようだな。これは”テレヴィジョン”という技術で遠距離に声と映った映像を送り届ける機械だ。わたしは現在ウォールマリア内のとある場所にいる。直線距離にして20キロほどだな。そちらの姿や声もこちらで受け取っているので離れていてもこうして会話できるわけだ」

「……離れている場所でも会話できるわけか?」

エルヴィンは感心しながらも即座に戦略的価値に気付いた。壁外遠征で味方の被害を少しでも減らすためにエルヴィン自身が考案した長距離索敵陣形も結局のところ、情報の伝達が急所である。遠距離で会話できるという事は、情報の伝達が瞬時に行えるということだからだ。離れた場所にいても全軍を有機的に動かす事が可能であり、実質戦力価値を飛躍的に引き上げている事になる。

 

「そういう事だ。……直接会って話をしたいところだが、そちらの周囲には間違いなく王政府側の情報提供者(スパイ)が潜んでいるだろう。下手に接触しては王政府側に粛清の口実を与えかねない」

 女将軍――ヴラタスキ将軍の指摘は事実だった。エルヴィンとて王政府側が調査兵団にスパイを送り込んで監視しているだろうとは推察している。だがもともと調査兵団は巨人討伐が主任務であって諜報任務は得意ではない。スパイがいる事は知りつつも用心するしか手がないのが実情だった。

 

「ほう、我々の内情をよく知っておられるようじゃの?」

「ハンジから聞いたのもあるし、こちらで調べたこともある」

「ふむ」

「まずは我々の自己紹介をしておこう」

 女将軍はそういって話を続ける。遙か彼方の地より調査部隊として送りこまれている事。事実上の独立した戦闘組織であり、指揮官の一存で動いていることなどを告げる。また女将軍の主力部隊はウォールマリアに展開中で、トロスト区戦および昨日のラガコ村事件は、一部特務兵を送り込んだとの事だった。ただし、例の新兵器については自軍でしか運用が行えない、又機密保持という理由で情報開示はやんわりと断られてしまった。

 

(一部の特務兵だけであの鎧や超大型を倒してしまうのか!? 我々とは桁違いの戦闘能力だな)

 実際に調査兵団が現有兵力で知性巨人を倒そうとしたら相当な犠牲を払っても倒せるどうか怪しかった。リヴァイのような達人級が複数人いても苦戦は必死だろう。それを考えると彼らの調査部隊だけで人類側の全戦力を凌駕すると言っても過言でないかもしれない。

 

「さて本題だが、我が軍は調査の結果、巨人化制御技術はこの世界には不要、いや有害と判断している。遠い将来、本国あるいは友邦にも危害を及ぼす可能性がゼロとはいえない。よってこの技術を保持する勢力は敵とみなす」

 女将軍はそう宣言した。つまり巨人勢力との敵対宣言である。エルヴィン達人類にとっては朗報だった。人類の敵とも言える巨人を敵としてくれるなら、敵の敵は味方になる可能性は十分あるからだ。

 

「諸君らも巨人と戦っている事は知っている。共闘してもいいとは考えている。しかしながら諸君達の権力中枢、特に王政府は敵巨人勢力と内通している可能性が極めて高い。おそらく知性巨人、すなわち巨人化能力者を切り札として隠し持っているだろう」

「なっ!?」

 女将軍の発言は、エルヴィン達に静かに衝撃を与えた。同時に王政府に対する怒りが沸いてくる。いままで巨人の秘密を探ろうとして幾度となく壁外遠征を行い、数え切れないほどの兵士達が巨人との死闘で命を散らせていったことだろう。

「っざけあがって!! どれだけ多くの仲間が無為に死んでいったと思ってるんだ!」

エルヴィンより激情は発散させたのがリヴァイだった。リヴァイの脳裏には大勢の部下の死に様が蘇っているのだろう。

 

「それは事実なのか?」

 エルヴィンは訊ねた。

「いや、決定的な証拠は残念ながらない。あくまでも断片的な情報をつなげた推測でしかない」

 どうやら確たる証拠はないようだった。もっともエルヴィンも王政府側が怪しいと睨んでいる。トロスト区以降、明らかに異常な動きをしている。例の捕獲巨人の抹殺、そのもみ消しに現れた中央第一憲兵団、他地区新兵の押し付け(調査兵団に負荷をかける意図)などなどだ。

 

「王政府側の首謀者が誰なのかも把握できていない。後はどう行動するかは諸君達の判断だ」

「……王政府を倒せというのか?」

「……それもそちらに任せる。協力できることなら協力しよう。ただし、……」

 女将軍は協力する見返りを要求してきた。人類側より彼らの方が立場が上なのだから当然だろう。駐留経費の負担、巨人化制御技術の完全放棄、治外法権、免税特権、技術供与を行った場合のライセンス料、軍事顧問料、ウォールマリアを含めた壁外領域すべての第一次調査権などである。流石に甘い交渉相手ではなかった。助けてほしければ相応の負担をしろということだった。むろん一方面軍(調査兵団)のみで確証できるものではなく、王政府の内通という事項が有る以上、王政府を倒す以外に”彼ら”に見返りに応える方法はなかった。

 

「協定が結べないとあれば仕方がない。当領域からの撤退も選択肢に入るだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。将軍。我々を見捨てるというの? 貴軍がいなければ我々だけでどうやって知性巨人を?」

 ハンジは慌てて止めに入った。ハンジは女将軍とは連絡を取っていたようだが、撤退までは聞いていなかったようだ。

「ハンジ、勘違いしてもらっては困るな。我が軍には諸君らを助ける義務はない。そもそも保護者でもなければ、慈善事業をしているわけでもないからな。トロスト区戦はともかくラガコ村に派兵したのは、ハンジ、君との友誼に免じてだ。しかしこちらもいつまでも無償報酬というわけにはいかない」

女将軍は当然ではないかというようにハンジを一瞥した。

「……」

ハンジは反論できないようだった。

「返事は明日の夜明け前までとしよう。後は諸君達でゆっくり考えてくれ」

そういって女将軍の姿は映像から消えた。ペンダントからはもう何の光も出ていない。

 

「……」

 しばらく一同は沈黙していたが、最初に口を開いたのはリヴァイだった。

「それでエルヴィン、どうする? ”彼ら”と共闘するのか? あるいは我々だけで王政府とやりあうのか?」

「共闘しなければ、勝ち目はないだろう」

「だが思いっきり吹っかけられてんじゃねーか?」

 ”彼ら”からの見返り要求はかなり高額だった。交渉の余地があるにしても調査兵団の予算規模を遙かに超えている。しかしそれだけの戦力価値はあるというのも事実だった。

「払えないわけでないだろう。王政府側の貴族財産を没収すればなんとか賄えるはずだ」

「お、おいおい……」

「そこまでやる?」

リヴァイとハンジはエルヴィンの策に半ば呆れているようすだった。それでも策自体は間違っていないだろう。この壁内世界では貧富の格差が酷いことは周知の事実だ。王政府側の貴族、ウォール教教会などは貧困に喘ぐ庶民をわき目に蓄財に性を出している。正当な理由があれば庶民達の同意も得られるだろう。

 

「そうか、ついにこの壁内で人類同士が血を流すときがきたか。いつかこの日が来るとは思っていた」

 ピクシス司令が呟く様に声を出した。エルヴィン達は一斉にピクシス司令の方を向いた。

 

「王政府が壁の外に興味を持つことを禁じて107年、狭い壁内世界に人を留めおくことの限界が……」

「……」

「その時が来れば、ワシも王に銃をむけねばならないと思っておった」

「では、司令も王政府打倒に協力していただけるのですね?」

 ハンジは熱を帯びたように司令に合意を迫った。しかし司令は首を振った。

「ワシは一介の老兵にすぎん。部下を人の争いに導く権利はないのだ」

「し、しかし、王政府の横暴さはよくご存知なのでは?」

「それでも今の体制は107年続いておる!」

 ピクシス司令の言葉は説得力があった。狭い壁の中に閉じ込められ、4年前にはあからさまな口減らし(ウォールマリア奪還作戦)が強行され下級住民を中心に人口の2割が失われている。そんな過酷な状況にも関わらず暴動は起きておらず治安は安定している。それは狭い壁の中で争うことは滅亡を意味するからである。

「確かに少数であっても精鋭中の精鋭のお主達(調査兵団)が王都を襲えば支配者の首を狩ることは可能じゃろ、だがそれで終わりだと思うか?」

 ピクシス司令はその後に続く内乱に言及した。各地を治める貴族達は権益を手放そうとしないだろうし、民衆も簡単に味方になってくれるとは思えない。さらに”彼ら”(ユーエス軍)の武力が加われば勝率は高いだろうが、あの超大型巨人すらも倒す強力な兵器が人に向けられるという事を意味する。それは大量の死体を量産することに他ならない。

「恐怖で人々を支配するのか? それでは今の王政府と変わらないじゃろう」

「力ずくで物事を解決するつもりではありません。正当な大儀名分があれば人々も納得するはずです」

「あるのか?」

「さきほど、ヴラタスキ将軍からの話にもあったように王政府側は知性巨人を匿っているはずです。また巨人化する薬品も保持しているでしょう。これを見つけ出し、動かぬ証拠とし、同時に王政府の首謀者を捕縛し、内通の事実を世間に公表すればよいと思います。今のフリッツ王は傀儡でしょうから、その娘あたりに譲位させれば……」

「ふーむ」

「まずは敵の首謀者を見つけ出すことでしょう。決起はその後です。また高い戦闘能力と索敵・諜報能力を持つ”彼ら”との協定締結は不可欠です。ただでさえ前面に巨人勢力、後方に王政府という二つの強敵を抱えているのですから」

 これがエルヴィンのたった今考えた道筋だった。

「わかった。だが駐屯兵団は中立を守ろう」

「しかし、司令。それでは……」

 ハンジはやや驚いたように口を挟んだ。

「別に憲兵団に告げたりはせんよ。お主らを黙認するというだけじゃ。そもそも駐屯兵団の役割は人々を守ることじゃからの」

「それでも十分です」

エルヴィンはピクシス司令に一礼した。

「それと”彼ら”を信用しすぎないことじゃ。巨人を滅ぼすのが目的であっても、人類を守ってくれるわけではないからの」

ピクシス司令は席は外すといって部屋を出て行った。話が終わったらそのまま挨拶無しに帰って構わないと言い残して。

 

「なあ、エルヴィン、あの女将軍が見返りの先払いを要求してきたらどうすんだ? 払えないんじゃないのか?」

「そこまで強欲でもなさそうだ。あくまで私の感触だが……」

「それはわたしも思った。もっとも甘えた態度をとる事はやっちゃいけないと思う。あちらはあちらの都合で動いているだろうから」

 ハンジは”彼ら”ユーエス軍を冷静に付き合うべき相手だと考えているようだった。エルヴィンも同じ考えだったが、一抹の不安は残っている。協定を結んでも敵巨人勢力に本当に勝てるのか。あるいは捨て駒にされるかもしれないという懸念はないわけではなかった。

 




【あとがき】
エルヴィン、リヴァイ、ピクシス司令、久々の登場ですw。

ラガコ村の報告の件は前話と被るので省略。リタ、ピクシス司令とスミス団長達と初会合(テレビ会議)。ちなみにリタの服装はGANZスーツをイメージ。
 リタは自軍の戦力価値をよく知っているので、強気の交渉です。無償報酬で働く正義の味方では割があいませんよね。当然、要求すべきものは要求します。

「駐留経費、払わないなら撤退するぞー」
あれー、これもどこかで聞いたような……

【一部改稿4/9】
女将軍(リタ)の巨人勢力との敵対宣言を入れています。自らの目的を開示しないことには軍事協定の話もないでしょう。


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第54話、対人制圧部隊

 次の日(ラガコ村事件の翌々日)、トロスト区郊外にある民家の一室で、中央第一憲兵団所属のサネス=ジェルは、部下の一人に怒鳴り散らしていた。

 

「まだわかりませんだと!? 貴様、たった一人を調べるのにどれだけ時間がかかっているだ!」

「そうは言われましても……」

 部下はただ言い訳するばかりだった。

『調査兵団の技術班班長ハンジが開発したと思われる新兵器の概要を掴み、機会があればこれを奪取せよ』

これが上層部から受けた指示である。調査兵団や駐屯兵団に潜り込ませている情報提供者(スパイ)がいて、ハンジ達はここ数ヶ月、偵察気球を作っていた事はわかっている。しかしながら新兵器絡みの情報は現在まで全く得られていない。奇妙な事に開発していた形跡すらないのだった。

 

「例の壁外勢力――”ユーエス軍”とやらは実在するのですか?」

 部下はそう主張した。例の新兵器は、世間一般には調査兵団技術班が開発したという事になっているが、駐屯兵団および調査兵団の両首脳部から総統府には、謎の新勢力のものとの報告が来ている。つまり情報が矛盾していた。

 サネスらは”ユーエス軍”なる壁外勢力は、王政府側からの追及を逃れる為に考えたハンジの虚構だと考えていた。なんらかの新兵器があるに違いないと考えていたのだが……。

 

「まあまあ、サネス。そう責めてやるな」

 同僚のラルフはサネスを止めに入る。

「ラガコ村の件は聞いただろ。あれでハンジが黒だって事は確定した」

「それはそうだが……」

 ラガコ村の一連の出来事については情報提供者(スパイ)から情報を得ていた。緘口令は出ていて一般市民には知らされていないが、”獣の巨人”という知性巨人まで出現。そのとき、調査兵団主力には待機命令が出たらしい。そしてその待機命令の数分後に獣の巨人が転倒し、そのまま死亡(気化)したとのことだった。待機命令を出したのは団長代理のミケだが、命令の出所はハンジであることもわかっている。新兵器を使用する準備のために時間をかけたのだろう。

 トロスト区戦ではハンジは壁外調査中というアリバイ(不在証明)があるので、追求に踏み切れなかったのだ。

 

「奴が一人になったところを拉致して、尋問すればいいじゃないか?」

「それが出来たら苦労するかよ!」

 ハンジは身辺警護には気をつかっているらしく、単独で動くことはなかった。研究棟に引き篭もっているか、調査兵団本部に出向くぐらいで、移動するときも必ず警護の兵士を付けていた。

警護の兵士には元精鋭班のペトラ=ラルの姿も確認されている。人目のつくところではさすがに強行手段を取れず、かといってハンジの研究棟もここ数ヶ月で周りに堀と鉄条網を廻らすなど城塞化が進められており、数人程度で秘密裏に手を出せる状況ではなかった。

 

 外の見張り役の兵士から来訪者があると報告してきた。

(な、なんで奴が!?)」

サネスはその名前を聞いて青ざめた。

「よぉー。しけた顔をしているな。サネス」

室内に入ってきた長身で帽子を被った無精ひげの男――ケニー・アッカーマンだった。中央第一憲兵団中の最精鋭――対人制圧部隊の隊長である。前歴は憲兵団殺しをしていたらしいが王に取り立てられて今の地位へと登り詰めた。サネス自身も反体制派や思想犯を拷問して殺してきているが、この男は別格だった。人を殺す事に一切躊躇いがなく、女子供だろうとまったく容赦しない。反体制派を匿った辺境の村が消えたとの話もある。

「で、調査兵団に関しての調査はどうなってる?」

「そ、そうだな。昨日のラガコ村の件でハンジ=ゾエが新兵器について何か知っているとは確信したところだ」

「はぁ? それだけかよ?」

「いや、まったく……」

「ったく使えないな。お前、何年、憲兵団やってんだ?」

 ケニーは鼻で笑って侮蔑した。悔しいが言い返す事ができない。かつては自分の方が階級も上だったが、今や立場は逆転。ケニーは真の王に最も重用されており、かつ最精鋭部隊の長である。ひらすら地味な治安維持活動に従事する自分とは歴然とした差ができていた。むろん己の仕事には誇りを持っているのだが。

 

「ふん、まあいいお前ら、もう何もしなくていい。本部に戻って草毟りでもしていろ!」

 ケニーは乱暴口調で命令した。

「ど、どういう事で!?」

 ラルフが問い返した。

「調査兵団は解体、ハンジ=ゾエを含む幹部連中には王政転覆罪を適応して、全員死刑だな」

「!?」

 サネスは驚いた。王政転覆罪はこの壁内世界において最も重い罪である。その法定刑は死刑のみ。壁内世界成立の当初は反体性派の活動も盛んで、過虐な死刑執行方法が取られる事も多々あったが、最近は治安が悪くてもこの罪で処罰された容疑者はほとんど無かった。

「そりゃー、一体どういった根拠で? 証拠はあるのか?」

ラルフが口を挟んだ。

「ははっ、笑わせてくれるな。お前らの口から証拠という言葉が聞けるとは。お前らにとっては証拠とは探すのではなく作るものじゃなかったのか?」

ケニーはサネス達が過去にしてきた証拠捏造について皮肉を言った。

 

「まあ、理由がないわけじゃないがな。やつら(調査兵団)は巨人勢力の反乱分子と内通して、王政を転覆させ、己が新たな支配者になろうと企てやがる。そもそも例の新兵器、ありゃ偽物だ」

「あの新兵器が偽物?」

 サネスは初めて聞く話だった。超強力な兵器があるという前提で調査してきたからである。

「お前らは知らんだろうが、巨人化能力者はいつでも巨人になれると同時にいつでも巨人化を解除できんだよ。反乱分子の名前もわかってる。ベルトルト=フーバーとライナー=ブラウンだ。超大型巨人と鎧の巨人の正体だな」

「ま、まさか……」

「そもそもトロスト区戦では調査兵団の損害はほとんど出ていないだろ? 怪しいと思わないか? 壁外調査のタイミングを見計らって反乱分子の巨人達に襲撃させ、その後、劇的な逆転勝利を演出したんだよ。いやー、ったく見事だぜ。調査兵団の権威と名声は大いに高まったしな。実際、総統も気をよくして調査兵団の予算の大幅な増額を認めてるだろ?」

「あ、あの戦いはやらせだったというのか? 駐屯兵団に大勢の犠牲者が出ているのに……」

サネスは疑問を投げかけた。

「被害が少なかったら逆に疑われるじゃないか?」

「で、ではラガコ村事件は?」

「ああ、あれは奴ら、巨人化薬品を使った実験をその村でやったんだろ。ただし、実験に失敗して思ったより大勢の村人が巨人化してしちまった。失敗に備えて近くに待機していた調査兵団が鎮圧にあたったというのが真相だな。じゃなきゃ、あんなにすぐに出動して鎮圧できるわけがない」

「……」

確かにつじつまが合っていた。話を聞けば聞くほど、ケニーの話は真実に思えてくる。

「やつら(調査兵団)は反乱分子の戦士(巨人化能力者)を匿っているが、なあに、こっちにも切り札がある」

「それは?」

「ふん、用無しのお前らにそこまで教えられるかよ」

「ま、待ってくれ。それなら俺達にも手伝わせてくれ? このまま手ぶらで帰ったら、出世どころかここ(中央憲兵団)にいられなくなっちまう」

 サネスは必死で頼み込んだ。役立たずとして閑職に回されてしまえば、もう二度と栄えある任務に付く事は適わないだろう。それどころか口封じの為に消される例も多々ある。もみ消し工作を担当した経験があるだけに己の窮地は痛いほどわかった。

 

「ふん、まあ、いい。先鋒として使ってやるよ」

「す、すまない」

 その時、サネスはケニーの後ろに立っている人物に気付いた。花柄が付いた大きな帽子を被り、黒いコートに黒のロングスカート、長い黒髪が揺れていた。

「フリーダ御嬢様!?」

そこにいたのは知る人ぞ知る壁内世界の真の王家の令嬢――フリーダ=レイスだった。以前、王都のレイス家邸宅で当主に報告と指示を仰ぎに窺った際、目通りしていた。フリーダはちらっとサネスを見るも興味がなさそうに視線を背けた。以前は社交的で気さくな人柄で領民から慕われていたと聞くが、その面影はなく感情がない人形のような感じだった。

 

「今回は特別重要な任務ということで、ご同行いただいている。くれぐれも失礼のないようにな」

 ケニーはそれ以上説明しなかった。サネス達は追いたれられるようにケニーたちが連れてきた部隊の最後尾の馬車に乗せられた。

 

 

 表には50人あまりの部下が勢揃いしてケニーの指示を待っている。彼らはケニーが手塩にかけて育てた精鋭だった。調査兵団はなるほど対巨人戦では優秀かもしれないが、自分達のように対人戦に特化しているわけではない。それに彼らが知らない新装備で持ってすれば十分制圧は可能だろう。

 

 副隊長の女兵士が声をかけてきた。

「隊長、いよいよですね」

「ああ、そうだな。あんな武力をもった集団を放っておくのは考えもんだったが、……ようやく俺達対人制圧部隊の本領が発揮できるな」

ケニーは今後の展開を予想して笑みがこぼれる。すでに謀略の仕掛けも完了している。調査兵団側の連中も反逆を企ているだろうが、これほど早く鎮圧部隊が出てくるとは予想もしていないだろう。一言でいえば調査兵団側の失態であろう。ラガコ村で稚拙な人体実験を行い、それに失敗したのが奴らの運の尽きだと己の主(ロッド=レイス)は語っていた。ケニーもその説でほぼ間違いないとは思っていたが、どこか違和感が残っていた。




【後書き】
敵側の動きです。王政府側の中央第一憲兵団、サネス、ラルフ、ケニー=アッカーマン。調査兵団に対する殲滅作戦を目論んでいます。

王政府側は新兵器も含めて、調査兵団と巨人勢力側の反乱分子が結託した内乱と考えました。例の新兵器も巨人化能力解除によるものと思っています。
 無理もありません。そもそもリタ達の存在を知らない為、異世界の超兵器(ギタイ)があるとは想像の範疇外ですから。ただこれほど早く鎮圧に乗り出してきたのは、リタやハンジにとっては予想外でしょう。互いに読みを誤っていることになります。

ちらりと登場したフリーダ=レイス。原作ではシガンシナ区陥落直後、巨人化したエレンの父(グリシャ=イエーガー)に襲撃されて死亡していますが、本作ではその事件の有無に関わらずフリーダが生存。巨人化能力者かどうかは現時点では不明。

真の王家は大貴族であるレイス家である。これは原作を踏襲。

【5/6】一部改稿。ブリーダ⇒フリーダ。サネスとケニーの関係を原作に準拠(ケニー入団時はサネスの立場が上) またケニーはラガコ村の真相について調査兵団の仕業説に少し疑問点を持っている点を追加。


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第55話、捏造記事

ひさびさに、ミーナ、リコの登場です。


 トロスト区駐屯兵団宿舎、一階大食堂は大勢の少年少女兵で賑わっていた。ほぼ全員が訓練兵団を卒業したばかりの新兵である。彼らは調査兵団預かりとなっていたため、本来なら他地区の各部署に配属されているところが、総統府の指示により実地訓練目的でここトロスト区に集められていた。

 

(何人かは還らぬ人になっちゃってるんだな)

 ミーナ=カロライナは周りを見渡して、ため息をついた。3日前の行軍演習は、ラガコ村近郊に巨人の群れが出現したため、いきなり実戦となったのだ。

 通常の壁外調査では初陣の生還率は7割と云われる。それに比べたら9割の生還率は恵まれていると言えるかもしれないのだが。いや、そもそも安全な内地の訓練のはずなのに、巨人との戦闘は想像外である。

 

(巨人があんな動きをするなんて、これからどうなっちゃうんだろ?)

 ラガコ村に出現した巨人達は”獣の巨人”に操られたらしく、組織的戦闘行動を取ったのだ。喰う為に結果として殺すのでなく、殺すために殺す。それがどれだけ恐ろしい事かは言うまでもなかった。例の新兵器がなければ、全滅していたっておかしくない。

 一般民衆の動揺を防ぐ為として、巨人達が組織的戦闘行動を取った事については緘口令が出されていた。

『一昨日午後、ラガコ村近郊で巨人十数体が出現、観測気球班からの急報を受けて付近を行軍演習中だった調査兵団が駆けつけて、巨人全てを討伐した。この際、23名の兵士が殉職。なお、壁に損傷箇所はなくこれら巨人がどこから発生したのかは現在調査中』

 これが世間一般に発表されている広報の内容である。体験して真実を知っている自分からすれば歯痒い発表だった。壁の内側に巨人が出現したのだから、ウォールローゼ全域が危険地帯になった可能性すらあるのだ。隠しておいていいことがあるのかミーナはよく分からなかった。

 

「ミーナ。どうしたんですか? ぼんやりしちゃって」

 振り向けば同期のサシャ=ブラウスがいた。サシャは珍しく食べ歩きしていなかった。

「うん、一昨日の戦いの事思い出していて……」

「そっかー。ミーナ、危なかったですよね。もう少しでわたしにパンくれる人がいなくなるところでした」

確かにミーナは巨人に捕まえられてあわや握り潰されそうになっている。

「ひどい! サシャ、あなた、わたしをそんな風に見ていたの? 友達でもなんでもないんだー」

「あわわ、冗談ですよ。冗談。そんなに怒らないで」

「ふーんだ」

ミーナは面白くなかったので横を向いた。

 

 そこにジャン=キルシュタインがやってくる。隣にはコニー=スプリンガーもいた。いつもの陽気なコニーだが、厳しい表情を浮かべたままだ。コニーは昨日は自室に子守り、皆の前に姿を見せなかった。無理もない。コニーはラガコ村出身で幼い弟や妹もいたが、村人で生存者は一人も発見されていない。巨人に喰い散らかされた多数の遺体が発見されているとのことなので、生存は絶望的だろう。

 

「コニー、大丈夫ですか?」

 サシャが声をかけた。

「ああ、いつまでも引き篭もっていられないかな。俺の母ちゃんや弟妹達をあんな目にあわせた奴ら、絶対に許さねー」

コニーの目には深い怒りと恨みが篭っているようだった。

「……」

重苦しい雰囲気なのでサシャも冗談を飛ばしていいのか迷っているようだ。

「そう気張るな。戦いは長いんだ。今から気張っていたらばててしまうぞ」

ジャンは諭すように言った。

「わ、わかってるよ」

「ねぇ、ジャン。なにか上から指示をもらってる?」

ミーナは訊ねてみた。ジャンは南側新兵の現在の首席であり、新兵代表を務めている。(ジャンの訓練兵団卒業時の席次は6位だが、トロスト戦で上位5位までが死傷または行方不明になっているため)

「いや、まだ何も聞いていないな。今日も待機かな」

「待機か~? する事がないのも辛いですね」

サシャは呟いた。

「市内(トロスト区)なら買い物とか出かけても構わないんだぞ。召集の鐘がなったらすぐに駆けつけられたらいいんだから」

「買い物といってもねー。お店、まだ閉まっているところ多いし……」

 サシャの言うとおりだった。トロスト区は巨人達に一度は占拠された街なのだ。復旧工事も壁や壁上砲台といった防衛施設が優先されている為、街の至る所にある破壊された跡や瓦礫は後回しになっている。避難した住民達もまだ半数ぐらいしか戻っていないらしい。以前の賑わいを取り戻すのは当分先だろう。

 

「そういえば、ジャンはこの街出身だったよね。家とかご家族は?」

「ああ、全員ピンピンしているよ。今は家に戻って片付けしているよ。巨人にぶっ壊された家も多いけど、俺の家は無事だった」

「よかったですね」

 ミーナはそう言ってからコニーの姿に気付いて不味い事を言ったかと思ってしまった。コニーはぼんやりと窓の方をみているだけで、ミーナとジャンの会話には無関心の様子だった。

 

 大食堂のドアが勢いよく開かれ、同期の眼鏡を掛けた少女兵が飛び込んでくる。

「た、大変! 大変よー! ラガコ村での私達調査兵団のことが!?」

 大食堂に居た数十人以上の新兵達が一斉に彼女の事を見た。

「なにがあったんだ!?」

「こ、これです」

少女兵は周りの新兵達に数枚ほどもっていた号外らしき新聞を配っていった。ミーナはジャンやコニー達と一緒に記事を貪るようにして読んだ。

 

『調査兵団、ラガコ村で住民虐殺の疑い!?』

 王都新聞の衝撃的な見出しが飛び込んでくる。

『……と発表している。しかしながら以下の疑問点を指摘したい。一つ、壁はどこも破られていない。ではラガコ村で発生した数十体の巨人はどこから現れたのか? 二つ、巨人発生後、付近を偶然(?)演習中だった調査兵団が討伐したというが、事前に発生する事を予想していたのではないか?

 王政府関係者の話として巨人化薬品が存在する可能性があるとのこと。となると今回のラガコ村事件は、調査兵団の技術班が巨人化薬品の実験を村人に対して行い、巨人化した村人を演習がてら抹殺したというのではないか? また巨人化していなかった住民は口封じのため、皆殺しにしたのではないか? 全滅したという村人には30人以上の幼い子供が含まれていた。これが事実とすれば壁内世界はじまって以来の極めて残忍な組織犯罪である』

 

「ひどい! でたらめじゃない! 私達が村人を殺したなんて!?」

「そうですよ。現に”獣の巨人”が現れて巨人の群れを操って危うく私達全滅してもおかしくなかったです」

 ミーナとサシャは抗議の声を上げた。

「でもこれ、王都新聞だぜ。嘘出鱈目書くかな?」

 王都新聞は壁内世界でも発行部数一位を誇る新聞社であり、最も権威があるとされる報道機関だ。王都(ウォールシーナ)だけでなく各城郭都市にも一日遅れで配達されている。

「でもよ、巨人化薬品って線はあるじゃん。壁はどこも破られてないし……」

「だよな。団長ら上層部は何か隠しているのは間違いないよ。知らされていないせいで、俺達は囮にされたんだ。新兵器だってもう少し早く使ってくれていれば、マインツだって……」

一人が不信感を口にすると疑惑の空気が強くなっていた。

 

「全員、注目ー!!」

 不毛な口論を鎮めたのは大きな発声だった。振り向けばそこには銀髪で眼鏡をかけた美女――駐屯兵団精鋭班班長のリコ=フランチェスカが居た。リコはトロスト区戦の最中、自分達訓練兵の撤退戦を指揮してくれた将校である。パニック状態だった自分達を救い出してくれたリコは、自分達南側訓練兵にとっては命の恩人でもあった。

(ペトラ先輩もそうだけど、この人もかっこいいな)

 ミーナにとってリコも憧れの先輩である。

 

「その新聞に書かれている事は、調査兵団に対する誹謗中傷だ。実際に戦いに参加しているお前達は事実を知っているはずだ」

 リコは鋭く言い切った。リコの美貌と凛とした振る舞いで新兵の誰も反論できない。

「お前達はまだ政治についてはあまり意識していないかもしれないが、調査兵団を快く思っていない貴族や団体もいる。そんな奴らの扇動に惑わされないことだ。例の新兵器についても万能というわけじゃないだろうから即応できない事情もあるだろう。そのあたりは察してもいいのではないか」

「あ、あのう……」

ジャンは手を挙げた。

「調査兵団はこれからどうなるんでしょうか?」

「ふっ、そんなに心配しなくていいと思う。そちらの団長(エルヴィン)やハンジは切れ者だからな。対策は練っているだろう。わたしから言えるのはそれぐらいだ」

「はい、ありがとうございます」

 リコは手を振って外に出て行った。リコのおかげで焦燥と不安に駆られていた雰囲気が和らいだのは事実だった。

 

 

 リコは新兵達のいた大食堂を出た後、兵団宿舎の屋上に通じる階段の踊り場に来ていた。そこには友人のペトラ=ラルがいた。

「リコ、どうだった? うまくいった?」

ペトラが声を掛けてきた。

「ああ、新兵たちを一喝しておいた。しかし、私に頼まずともペトラがやってもよかったんじゃないのか?」

「ううん、リコの方が適任よ。わたしは調査兵団の身だから身内を庇っていると思われかねない。それに指揮官としての素質もリコが上だから」

「まあ、いいけど。それより例の記事、奴ら(中央第一憲兵団)が裏で糸を引いているんじゃないか?」

「そう思ってる。それに記事に書かれていた”巨人化薬品”という言葉。奴らが巨人に関する情報を隠蔽していると思って間違いないわ。ハンジさんはラガコ村の調査報告書、まだ総統府に提出していないから」

 つまりラガコ村の詳細報告書が見ていないにも関わらず、あのデマ記事を奴らが書いているという事になる。それだけでも十分クロに近いと言えるだろう。

「ヤバそうだな」

「うん、わかってる。リコは自分の任務だけを考えていて。奴らとは私達(調査兵団)だけで決着をつけるつもりだから」

 ペトラを含む調査兵団幹部は中央第一憲兵団を敵と見なしているようだった。もともと両者は相性は悪かったが、相手が露骨に潰しにかかってくるようでは当然だろう。

「気をつけろよ。ペトラ」

「うん、ありがと」

ペトラは去っていく。リコはペトラの後ろ姿を見送りながら、ペトラの身を案じずには居られなかった。敵は巨人と違って狡猾な悪意を持つ人間なのだ。人類を守る為に巨人との戦いに身を投じたのに、仲間であるはずの人類に殺されたのではやりきれないだろう。ピクシス司令も以前の演説で触れていたが、人類が滅ぶとしたら外敵である巨人ではなく、人類同士の争いで滅ぶのかもしれない。




【あとがき】

王政府側(ケニー達中央第一憲兵団)は、謀略の一環として捏造記事を出してきました。プロパガンダ戦です。ありもしない犯罪をでっち上げてその罪で捌こうというわけです。



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第56話、野望

 これから訪れるであろう流血の惨事を予感させるかのように天候は急速に悪化し、昼間だというのに憂鬱な影が辺りを覆いつつあった。

 

 トロスト区近郊にある調査兵団本部、この建物の大会議室では急遽幹部会議が設けられていた。朝方の王都新聞の捏造記事の配信を受けてのことだった。ここには調査兵団の幹部、班長、ならびに精鋭班メンバーのほぼ全員――30名程が出席している。

 精鋭班所属のグンタ=シェルツは、周りにいる幹部連中を見渡して一抹の寂寥を感じていた。オルオなど顔の知った仲間の姿が消えているからである。巨人との長きに渡る戦いで皆散っていったのだ。そして戦いは今後も続くだろう。さらに知性巨人やその背後勢力の存在が明らかになったことにより、戦況はより逼迫してくるだろうと思えた。

(そういえばペトラの姿が見えないな?)

 ペトラは3ヶ月程前に精鋭班からハンジの技術班に移籍して後、ハンジに重用されているらしく、ほとんどの会議でも同席しているのが常だった。

(癒しというか、ペトラがいてくれると雰囲気が違うんだけどな)

 こういった幹部会議では男性陣が大半なので、調査兵団随一の美人の彼女がいると場が華やかになるからである。愛妻がいる自分でも惹かれるのだから、独身男性陣ならなおさらだろう。

 

 正面の教壇に立っている団長のエルヴィン=スミスが話していた。

「……むろん総統府には厳重に抗議する旨の文章を送付済みだ。だが例の記事を書いた新聞社、その背後には我々(調査兵団)をよく思わない連中がいるだろうな」

「胸糞わりぃな。俺達に住民虐殺の罪を着せるなんて! ふざけんじゃねーよ」

 腕を組んで座っているリヴァイは、かなりイラついている様子だった。

「あの記事は巨人との戦いで散っていった仲間を侮辱していてやがる。絶対に許せん!」

「どうせ中央憲兵か壁教の連中だろ?」

「自分達は安全な内地にいるくせに! 誰が巨人と戦っていると思っていやがんだっ!」

リヴァイの一言がきっかけで中央憲兵に対する怒りの声が沸きあがった。

 

 エルヴィンは一同に鎮まるように合図した。

「怒りを覚えるのはもっともだが、ここは冷静に行動してほしい。下手に暴発すればそれこそ反乱鎮圧の大儀名分を与えてしまう」

「では団長。このまま黙っていろとおっしゃるんですか?」

「そうじゃないよ」

幹部の抗議に答える形でハンジ=ゾエが挙手していた。ハンジはエルヴィンの許可を貰うと、教壇に立った。

 

「あの記事に書かれていた巨人化薬品。これを奴らが知っているという事自体が、奴らが巨人に関する知識を隠蔽している証左だよ。ラガコ村を調査して初めてその疑いが出てきたんだからね。捕縛した巨人が殺された事件を考えても、奴らは我々の知らない巨人に関する知識を持っていると考えて間違いないでしょう」

「……」

一同は不安げな様子でハンジを見ている。ハンジはそこで笑みを浮かべた。

「もっとも切り札を持っているのは彼らだけじゃない。団長、いいですよね?」

「ああ」

ハンジは何か連絡事項の最終確認を求め、エルヴィンがそれに同意する。

「朗報です。何か分かりますか?」

「えっ!?」

 グンタも含めて一同は首を傾げる。こんな捏造記事を出されて調査兵団が危機に陥っている状況での朗報という意味がわからなかったのだ。

 

「ユーエス軍、例の壁外勢力ですね。彼らと接触することに成功しました」

「ま、まさか!?」

「本当か!?」

 驚きが会議室中に広がっていく。ここにいる調査兵団幹部達は守秘義務が課せられた上で例の新兵器が壁外勢力のユーエス軍所有の物であることは伝達されている。ただそのユーエス軍とは一切連絡が取れないとハンジは説明していたのだった。

 

「実は言うとですね、先日の演習、ラガコ村近郊に変更したのは彼らから矢文で連絡があったからです。『南西領域のラガコ村周辺で敵巨人勢力が何かを企んでいる様子、十分注意されたし』 それでミケに無理言って行き先を変えてもらったのが真相です。演習のはずなのに実戦となってしまい、亡くなった兵士の方々には申し訳ないのですが……」

「じゃあ、ユーエス軍は私達の味方って事?」

「ひゅー。ってことは例の新兵器があるんだから超大型だろうが鎧だろうが一撃じゃないか?」

「だよなぁ。あれなら無敵じゃないか!?」

室内はさきほどまでとは打って変って明るい雰囲気になった。

「もっともユーエス軍は無条件で討伐してくれるわけじゃありません。今後、知性巨人を討伐した場合は、その討伐報酬を要求するとの事です。額は交渉の余地があるとは思いますが、かなり高額なのは間違いないでしょう。まあ、無償で私達人類のために戦ってくれとは言えませんよね?」

「……」

 討伐報酬の件はさすがに衝撃を受けた。しかし、よくよく考えてみればハンジの言は至極もっともである。どこの世界に無償で赤の他人の為に戦ってくる者がいるというのだろう。

「総統府には先の抗議文に加えて、ユーエス軍との交渉担当が私であることも伝えてもらっています。総統閣下の御裁可を仰ぐ事にはなるでしょうけど、ラガコ村の件で私達をいきなり拘束するなどの強攻策はとりにくいはず……」

 ハンジの意見は、交渉窓口が調査兵団の自分であることが身を守る術になるという事だった。

 

「それはどうかな?」

 腕組みをしたままのリヴァイがハンジの楽観論を否定した。

「奴らはこっち(調査兵団)を潰す為に動いてんだ。あの記事だけで済ますはずがない。必ず何か仕掛けてくるはずだ。それが何かはわからないが……」

「リヴァイの言うとおりだ。ここ数日はいつでも戦闘可能なように準備しておこう。皆も用心してくれ」

 その後、会議は不測の事態に備えて警戒レベルを上げる事がが決まった。各班の兵士の充足状況、持ち場の確認、装備の報告の後、会議は閉会した。

 

 

 今の幹部会議に参加していた班長の一人、この男、実は中央第一憲兵団に密かに忠誠を誓っている情報提供者(スパイ)だった。

 便所の個室に篭ると、さきほどの会議に内容を記した報告書を暗号表に従って書き上げた。そして調査兵団本部の調理室手前にある壁の隙間にその報告書を差し込んだのだった。この男が顔も知らない別のスパイがその報告書を上司に届ける算段になっている。こうしてこの男は誰とも接触することなく調査兵団の内部情報を漏洩させていたのだった。

 

 

 

 会議があった日の夕方、天候は悪化し、雨音が激しく屋根を叩いていた。トロスト区郊外の農家(壁教信者の家)に滞在しているケニー=アッカーマンは部下から報告を受けていた。

サネスも知らない別ルートから調査兵団の内部情報を得ていたのだった。

 

「ほう。ハンジが例の壁外勢力の交渉窓口とはな。おまけに討伐報酬が必要か。ふん、面白い事考えてくれるじゃねーか」

 ケニーは鼻をならした。配下の部隊(対人制圧部隊)は周囲の農家に分散して駐留している。いつでも実力行使は可能だが、調査兵団側の出方を見る目的もあって、今は息を潜めていた。

 

「いかがいたしますか? 交渉窓口ならハンジを排斥できないのでは?」

 副官の女兵士――トラウテ=カーフェンがケニーに尋ねてきた。

「だよな。それにしても筋は通っているよな。このままだとザックレーの爺(現総統)の奴、庇護のお墨付きを出しそうだな。せっかく例の記事を用意させたというのによ」

「そうですね」

「うーむ」

ケニーは思案に耽る。当主ロッド=レイス卿は鎧や超大型を擁する敵反乱軍とそれに組みする調査兵団を潰すように命令している。これは人類の存亡が懸かっている緊急事態であると。敵反乱軍に組すれば、巨人化技術を持つ宗主国からの全面侵攻を招くだろう。鎧のような強力な巨人が何十体、それに率いられた何百何千もの無知性巨人、地平線の彼方まで埋め尽くすばかりの巨人の大進撃を想像してみるといい。人類側の敗滅は必至だろう。

 

 これを防ぐには戦犯の御首級(みしるし)を宗主国に提出して許しを請う必要があった。エルヴィン、ハンジといった調査兵団幹部、さらに敵反乱軍で巨人化能力者のライナー、ベルトルト。最低でもこの4名の首が必要だろう。

 前者はともかく、後者は非常に厄介だった。仮に巨人化されたなら之を鎮圧するのはまず不可能である。もっともケニーはレイス卿より彼らの弱点を聞きだしていた。結論から述べれば人間体であるうちに処理すればよいとの事だった。

 

 索敵殺害(サーチ&デストロイ)。その捜索にあたるのが、レイス卿の娘――フリーダ=レイス嬢である。フリーダは人間に化けて潜伏している知性巨人体を探し出す能力を持っているとのことだった。現在、フリーダは数名の護衛と共にトロスト区市内やその付近の捜索の任にあたっている。

 

「なんにせよ、フリーダ嬢の捜索待ちだな。最優先で処理するべきは敵反乱軍、鎧と超大型だ。いざとなったら例の薬品も使う。準備しとけよ」

「了解しました」

 副官のトラウテは敬礼した後、部屋から出て行った。ケニーは今回の騒動を大きなチャンスと見ていた。

(動乱こそ、のし上がれる最大の機会だからな。これを利用しない手はないよな。くくっ)

ケニーは自分を引き立ててくれた前当主に恩義はあれども現当主レイス卿に対する忠誠心などは持ち合わせていない。全ては大いなる野望を実現するためだった。

 




【あとがき】

ペトラさん、どこに行ってるんでしょう? ちょっと伏せておきます。

捏造記事を受けての調査兵団の動きです。ハンジはユーエス軍と接触があった事を明かしました。リタと打ち合わせ済みでしょう。楽観論を述べたりするのも故意でしょうか?

そして情報漏洩があり、ケニーの知るところとなっています。ケニーは原作どおり野心家です。

もっともリタ達秘密結社の機密保持が徹底しているため、王政府側はユーエス軍なる敵の正体を反乱軍(ライナー)と見誤っています。

なお調査兵団を潰そうとする王政府側(レイス卿)にも「人類の滅亡を防ぐ」という彼らなりの正義があります。宗主国に事大することですけど。


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第57話、夜襲

「それは間違いないのか?」

 夜遅く、ケニー=アッカーマン(中央憲兵団対人制圧部隊隊長)は、捜索から戻ってきたフリーダ=レイスに念押しに聞いた。

「ええ、そうよ。少なくとも調査兵団本部、トロスト区支部周囲には戦士(巨人化能力者)は居ないと言えるわ。遠く離れた場所に隠れているかもしれないけど」

「うーむ。御嬢様の能力(ちから)を疑っているわけではないのだが……。奴ら(ライナー)が存在しないとなると想定が根本的に崩れるな」

 ケニーの主であるロッド=レイス卿の見解により敵反乱軍(ライナー&ベルトルト)が調査兵団と組んでいるという前提で動いていたからである。となると調査兵団の連中が手を結んでいる勢力――自称”ユーエス軍”は何者かということになる。このユーエス軍の正体を早急に見極めないことには、事態の収集を図ることは困難だろう。レイス卿からは迅速な解決を厳命されていた。

 

「ならば炙り出してみるか。例の薬品を使うぞ」

「た、隊長。まさか本当にアレを!?」

 副官の女兵士――トラウテ=カーフェンは驚いたように訊ねてきた。

「ああ、のんびり捜索しているような余裕はねーからな。アレでハンジの研究棟を襲わせる。ユーエス軍が本物かどうかわかるはずだ。御嬢様、捜索でお疲れのところ申し訳ないが明朝付き合ってもらえないか? 奴らを検知するためには何よりも御嬢様のお力が必要だからな」

「いいわ」

フリーダは快諾した。むろんケニーはフリーダに戦わせるつもりはなく、あくまで巨人感知の任を果たしてもらうつもりである。

 

「よし、全兵士に通達。出陣は明朝3時。いままでのような貧相な反政府の連中やゴロツキ共ともわけが違う。敵は精強をもって知られる調査兵団だ。特に兵士長リヴァイは要注意だ。装備の確認は念入りにしておけよ。また対巨人装備も持参しておけ。巨人との戦闘の可能性もあるからな」

「了解しました」

 ケニーはトラウテに命令を下した。トラウテは敬礼をして退室していく。実際、ケニー配下の対人制圧部隊にとっては初めての強敵との戦闘になるだろう。敵は人か巨人か、いずれでも対応できる自信はあった。

 なぜならば対人制圧部隊は、人だけでなく巨人との戦闘も想定し、その対策と鍛錬も行ってきている。調査兵団のような大規模な壁外遠征こそ行ったことはないものの、壁外領域での資材回収任務などを何度も行っている。(ウォールマリア失陥後)

 ちなみにこの資材回収任務とは、壁外の放置されている財宝や美術品など換金価値が高いものを持ち帰るものである。当然、壁外に出陣するため、巨人との遭遇は幾度ともなくあった。(巨人の分布密度の高い南側領土は避けていた) それらを切り抜ける為、極秘裏に開発された対巨人用兵器も所持していたのだった。

 

(さあ、どう出てくる? ハンジ、いやユーエス軍と名乗る連中。お前達の力、試させてもらおう)

 

 

 調査兵団本部近くにある研究棟では、第四分隊分隊長(技術班)のハンジ=ゾエが夜遅くまでシャスタ=レイルと会話していた。といってもシャスタはこの場にいない。ハンジが身に着けているペンダント型の通信機を通してだった。シャスタはリタやクリスタ達と共に既に壁外領域(ウォールマリア)の移動拠点(装輪装甲車)に避難している。

「シャスタ、このアイデアはどう? これが完成すれば兵士達が戦うことなく、巨人を倒していけるよ。これはすごいよね?」

『あ、あの……、ハンジさん。話はわかりましたが、夜も遅いですし、そろそろ寝たほうが……』

シャスタの疲れたような声が聞こえてきた。

「いやー、まだまだ話したりないよ。思いついたことはまだまだあるんだ」

『わ、わたし、もう無理ですぅ。お願い! 寝させてください』

「そ、そっか。それは残念だなぁ」

「それとハンジさん、寝るときは必ずセーフティカプセルに入ってくださいね』

 セーフティカプセルとは、人一人が入れる大きさの頑強な箱である。ギタイの装甲殻を利用して作製したとの事で、シャスタ曰く15m級巨人に踏まれても壊れないらしい。中央憲兵を含む王政府派が武装集団で襲ってくる可能性は高いとリタ達は判断して引越しを実行したのだが、ハンジ自身は囮役も兼ねてここ研究棟に居座ることに主張したのだった。

 

「えー、あれ? 棺桶みたいで狭くて息苦しいんだけど」

『だめです。ハンジさんは間違いなく中央憲兵に狙われていますよぅ。今夜にでも奴らが襲ってくるかもしれませんよ。入ってくれなかったら今後ネットを使わせませんから』

「そ、それは困るなぁ」

『じゃあ、約束ですよぅ』

「はいはい」

 ハンジは借りている端末でシャスタが構築しているインターネットVPN(Virtual Private Network)にあるデータベースにアクセスしている。全てリタ世界の言語で記述されている為、ハンジは翻訳ソフトで単語を一語一語訳しながら読解しなければならないという厄介な手間はあるが、リタ達の世界の優れた科学技術情報に触れることができていた。

 航空機、自動車、鉄道、ロケット、ロボット、レーザー、電磁速射砲、携帯電話、テレビジョン、自動洗濯機、電子レンジ等々。詳細な設計図はなく概略だけだが、それでもハンジのアイデアを刺激して余りあった。

 

 思えばリタ達がこの世界に来てから既に3ヶ月以上が経過しているが、リタとシャスタの事を知る人物は、ハンジ、ペトラ、アルミン、ミカサ、クリスの5人だけである。トロスト区戦、ラガコ村事件、世間では知られていない敵巨人勢力の偵察部隊の殲滅。これらの戦功は極めて大きいのにあまり報われているとは言えないだろう。

 

「シャスタ、ありがとう」

『えっ?』

「君達が来てくれたおかげで人類は巨人との戦いに勝機が見えてきたからね」

『あ、そんなぁ。わたしなんて大したことないですよぅ。ハンジさん、ペトラさん、リタ、調査兵団・駐屯兵団の方々、みなさんが努力されてきた結果ですよ。後、タマ達もいますけど』

「あははっ、あの子達もそうだったね」

 タマ達とは、リタと一緒に転移してきた4体の生体戦車(ギタイ)の事である。命令に忠実で強力な兵装を持つギタイは自分達秘密結社の切り札ともいうべき存在だった。

 

「わたしに何かあってもシャスタやアルミンがいるから大丈夫ね?」

『ハンジさん。不吉な事いわないでください。ハンジさんあっての調査兵団技術班であり、我が秘密結社(グリーンティー)なんですから』

「そうだね」

『じゃあ、おやすみなさい』

「おやすみ」

『……』

 通信機から音声は途切れ、室内には静寂さが戻った。元いた技術班のメンバーは偵察気球の技術指導名目でトロスト区内の調査兵団支部に移動している。リタ達もいないので、この現在研究棟にはハンジ一人しかいない。

 ピピピッ。電子音が鳴った。ハンジの端末画面には接続不能を意味する言葉が表示されている。シャスタはネット回線を切ったようだった。こうなると端末はただの箱に過ぎない。

 

「もう、シャスタもイジワルだなぁ」

 ハンジは苦笑した。実際にはそろそろ寝る時間だろうが、シャスタと興奮して話し込んでいたせいかあまり眠くなかった。

 

 つんつん。突然、誰かに背中を突かれた。この研究棟に現在いるのはハンジだけで他に誰もいないはずだった。

(なっ!? 幽霊!?)

 ハンジは合理的思考の持ち主で迷信や幽霊の類は信じていなかったが、さすがに頭から血の気が引いた。

 恐る恐る振り向くと、丸い樽のような生き物――生体戦車(ギタイ)のミタマが居た。

(あ、この子がいたんだね)

 研究棟内にいるのは正確に言えば、一人と一匹である。ミタマがいるので、ハンジは敵襲についてはそれほど心配していなかった。リタ世界においては装甲歩兵小隊の機銃の集中射撃でようやく仕留める事ができるというぐらい頑強な装甲を持っている。自分達の壁内人類の軍隊ではミタマを仕留めることはまず不可能だろう。しかも姿を見せないという運用方針を取っている為、敵は対策すらできないに違いなかった。

 

「なんだぁ。君かぁー。驚いたよー」

 ハンジはミタマの頭を撫でてやる。ミタマが自発的に行動するのは珍しい。主であるリタ達から指示があるまでは身動きせず待機しているのが常だったからである。尻尾をパタパタと振っている。どうやら相手して欲しかったようだった。

「……」

 ミタマは言葉を発することはないが、人の話す言葉は理解できる。と言ってもリタ世界の言語のみなので、実際はハンジの言葉は理解していないだろう。

「実はまた新らしいアイデア思いついたんだ。聞いてくれるかな?」

ミタマは頷いたような仕草をした。シャスタはミタマに録音・録画機能が付いていると説明していた。ということはミタマに話しておけば記録に残るということだ。ペンで書くよりもずっと速いだろう。ハンジは自分が思いついたアイデアをミタマに夜遅くまで語りかけていた。

 

 ………

 

 それからどれぐらい時間が経っただろうか。突如として大きな雷鳴音が響きわたった。雨が降っていることは知っていたが、天候が急変した様子だった。

 次の瞬間、凄まじい衝撃音と共に天井が崩れてきた。その崩れた隙間から巨大な影が見えた。15m級はあるかと思われる巨人だった。

「なっ!? そんなっ……」

 ハンジは驚愕する。無知性巨人が壁内に出現と同時に調査兵団研究棟を奇襲するわけがない。何者かが悪意を持って巨人を使って自分達を抹殺しにきたのだった。シャスタが用意していてくれたセーフティカプセルに入る時間すらもなかった。

 

 ハンジは崩れ落ちてきた角材に頭部を強打され意識が遠のいていく。視界が閉ざされたハンジに衝撃音が何度も聞こえてきた。巨人は一撃では満足せず何度も繰り返し建物を殴りつけ破壊しにかかっているのだった。ハンジは己の死を悟った。

「こ、こんなところで……、ごめん、ペトラ、リタ、シャス…タ」

 次の瞬間、一際大きな衝撃とともにハンジの意識は消えた。

 

 

 

 トロスト区南西3キロ地点、壁外(ウォールマリア)にある大きな池の畔、曲湾部にリタ達の装輪装甲車(ストライカー)と軍用トラックが偽装した状態で並んで停まっていた。周囲には湿原や沼地が多く、天然の対巨人障害物となっており、さらに都市に近いことで人の気配を察知する巨人はそちらに引き付けられる計算だった。それでも接近する奇行種といった巨人に対しては生体戦車(ギタイ)や装甲車の砲門が十字砲火のお迎えをするだろう。また壁外のこの場所までは王政府側の武装組織も襲ってこないのでいわば巨人に守られた安全な場所とも言えた。

 

 リタの方針により、ハンジの研究棟からクリスタ達はここに引越してきたばかりだった。大型車両とはいえ車内泊であり、皆同じ場所で寝ている。身体の小さいクリスタはハンモッグでミカサの上で寝ている格好だった。現在、この拠点にはリタ、シャスタ、アルミン、ミカサと自分を含めた5名がいて、ハンジとペトラは用事があるらしく壁内に留まったままである。

 

 調査兵団を貶める捏造記事が出たりして、壁内は騒がしくなっているようだが、自分達だけ安全な場所にいていいのかという気がしないでもなかった。その点をリタに質すと「わが社の兵装、各種機材を扱えるようになることがお前達の仕事だ」と諭されてしまった。

 

 車内は非常灯だけが灯けられ、ぼんやりとした暗がりに包まれている。

(これからどうなるんだろう? 私達生き残れるのかな……)

そんな事を考えながらクリスタはハンモッグに揺られていた。

 

 突如、電子音が車内に響き渡った。リタとシャスタが飛び起きて機器を弄っているようだった。

(なにが起こったの?)

クリスタは眠気まなこを擦りながら起き上がろうとした。

「あっ?」

「ぐっ!?」

 クリスタは慣れないハンモッグからバランスを崩して落下してしまい、下で寝ていたミカサを直撃したのだった。ミカサの胸がクリスタの顔を受け止めた格好だった。

「ご、ごめんなさい」

「……」

ミカサは無言でクリスタを睨みつけてきた。

(ミカサ、怖い……)

何も言わないミカサの方が普段より恐ろしい。絶対に怒らしてはいけない相手がいるとすればミカサだった。

 

「ああっ、そんなぁ!?」

 シャスタの悲痛な叫び声が車内に木霊した。

「どうした!?」

リタが問い返す。

「は、ハンジさんの生体信号(バイタル)途絶ですっ! ハンジさん……亡くなった……」

「!?」

 クリスタはあまりの事態に言葉を失った。ミカサも起きてきたアルミンも呆然としている。

「馬鹿な!? セーフティカプセルも用意していたじゃないか?」

いつもは冷静なリタが声を荒げて問い質した。

「い、いえ。研究棟至近距離に巨人が出現、と同時に建物を襲ったようです。警報出す時間もなかった……。ハンジさん、セーフティカプセルに入ってない……」

「くそっ!?」

リタは壁を強く叩き付けた。

「ハンジさん……。ううぅ」

シャスタが声を殺して泣き始めた。シャスタ達は異世界の優れた観測装置を持っている。そのシャスタが言うからにはハンジの死はほぼ確定だった。

(ハンジさんが死んだなんて……。そんなことって……)

ハンジは好奇心旺盛で巨人好きの変わった技術者だが、クリスタ達にとっては大切な上官であり、面倒見のいい大先輩だった。また一人、クリスタ達は大切な人を失ったのだった。

「うあぁぁ」

クリスタはいつの間にかミカサに縋り付いて泣いていた。ミカサは何も言わずクリスタを抱きしめてくれていた。

 




【あとがき】
 巨人の秘密をよく知るケニーら王政府側の攻撃は強烈です。巨人を用いて建物ごと押し潰す夜襲を仕掛けてきました。
 原作においても巨人の秘密を知らない調査兵団は大苦戦しています。リタ達がいても敵の策を全て予想できるわけではありません。
 ハンジ暗殺。結果として、調査兵団にとってもリタ達秘密結社にとっても最悪の事態になってしまいました。

 ハンジファンの方には申し訳ありません。ただケニーという強敵がいる以上、調査兵団側の犠牲が出る展開になるかと思います。


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第58話、遠い夜明け

【観覧注意】この話には残虐な描写があります。


 まだ漆黒の闇が包み込む小雨の中、調査兵団はいまだかつてない緊急事態に見舞われていた。本部至近距離に巨人が出現、研究棟が襲われたのだ。創設百年近い歴史を持ち巨人達と数多に渡る戦闘を繰り返してきた調査兵団においても、壁内にある本拠地が巨人に襲われるというのは初めてのことだった。

 

 急報を受けて調査兵団団長エルヴィン=スミスは、すぐさま一階大広間で陣頭指揮を執っていた。

「周囲を警戒っ! 馬小屋を守れ! 精鋭班は迎撃準備っ!」

 部下の兵士は慌しく動き回っている。王政府側からの武力攻撃という事態は想定はしていたので、ある程度軍備は整っているのが幸いだった。

 

「報告しますっ! 出現した巨人は15m級1体のみ! 他に巨人は確認されていません」

 雨具をつけたままの伝令の少年兵が駆け込んできて報告した。15m級といえば超大型巨人の存在が知られるまでは最大級クラスの巨人であり、対策が進んだ現在においても難敵であることには変わりない。

「その15m級はどうしている?」

「はい、研究棟を破壊した後、その場を動いていません。そ、それと研究棟から脱出できた人はいません」

研究棟にはハンジ他、調査兵団新兵のアルミンやクリスタもいたはずだが、その安否は不明との事だった。

「そうか、監視を続けてくれ。動いていないなら無理に攻撃するな。精鋭班の到着を待て!」

「はいっ!」

少年兵は敬礼したのち退室した。

 

(ハンジがやられたのか? まずいな……)

 昨日の早朝、ハンジ・リヴァイ同席のもと、通信機を通してユーエス軍と二度目の会談を行い、秘密協定を締結していた。そして当面の交渉・情報交換はハンジを通してとなっていた。その要であるハンジが狙われたとしか思えない今回の巨人の襲撃だった。

 ハンジが交渉窓口であることを昨日の幹部会議で発表したばかりである。とても偶然とは思えない。

(この巨人の襲撃は中央憲兵の仕掛けだな。例の巨人化薬品、奴らは知っていただけでなく保持していたわけか……。そしてハンジが狙われた。幹部の中に裏切り者がいるな)

 エルヴィンはそう推察した。王政府側のみならず調査兵団それも幹部クラスに裏切り者がいるとはかなり深刻な事態だった。ともあれ、現在は手持ちの戦力で対応するしかない。ユーエス軍は情報収集能力が当方(人類側)とは桁違いに高いだろうから、この襲撃は察知しているはずで、じきに援軍を送ってくれるだろう。さすがに壁外からすぐには無理なので、それまでは持ちこたえるしかなかった。出現した巨人は現在のところ1体のみだが、総数は不明である。

 

「エルヴィン、こっちは準備できたぞ」

 リヴァイ、ミケ、エルド、グンタ、シス達調査兵団精鋭班の連中がやってきた。巨人殺しの達人(エキスパート)たちである。全員立体軌道装置を纏い完全武装状態である。

「敵は1体というが、ただの巨人というわけではなさそうだ。知性巨人とも思えないが、何かの仕掛けがあるかもしれん。十分注意しろ!」

「了解っ!」

精鋭班の兵士達は声を揃えて応答する。

「ミケ、私はリヴァイと行く。新手の出現もありうる。ここで指揮を執ってくれ」

「ああ、わかった」

「まずはその一体を始末するっ! ついてこい!」

副団長のミケに本部を任せた後、エルヴィンはリヴァイ達の共にハンジの研究棟へと向かった。距離にして150mほど、雑木林を抜けてすぐのところである。

 

 エルヴィン達が雑木林を抜けると15m級巨人の大きな姿が飛び込んでくる。そして二階建てだった研究棟はみるも無残に破壊されており、瓦礫の山と化していた。その瓦礫の上に巨人は突っ立ってた。ハンジは押し潰された建物の中にいるはずで、すぐさま救助したいところだが、巨人がいて直ぐには不可能だった。

 

「団長、リーネがっ!」

 先に現場に駆けつけていた班の班長がエルヴィンに駆け寄ってきた。暗がりの中、よくよく見ればその巨人は一人の少女兵――リーネを逆さ吊りにして掴んでいた。リーネは第102期生で入団3年目の兵士である。まだ若手とも言えるが、壁外調査を繰り返してきた調査兵団に3年もいれば熟練兵といっても遜色はない。

「動かないなら武功を立てるチャンスだと言って……」

どうやら功を焦って攻撃を仕掛けたようだった。

「あ、あの巨人、うなじに何か硬いものが入ってますっ! ブレードでは斬れません」

「なんだとっ!」

リヴァイ達は驚いている。

「……」

エルヴィンはある程度は予想していたので驚きはなかった。

(やはりそう来たか。弱点のうなじを補強してきたわけだな)

ハンジ経由でユーエス軍から鎧を着込んでから巨人化する事例があることを教示されていた。敵はさっそくその手を使ってきたわけだ。

 

「っこ、このっ! 離せっ!」

逆さ吊りにされながらも少女兵は巨人の掌の中で必死にもがいている。だが抵抗虚しく、巨人が両手で少女兵の右脚と左脚をそれぞれ掴む。次の瞬間、地獄絵図が出現した。巨人が力任せに少女兵を股裂きにしたのだった。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

断末魔の叫び声。左右に分かれた少女兵の身体からは、それぞれ内臓らしきものが垂れ下がっていた。

 

 影が一気に動いた。リヴァイだった。リヴァイは電光石火のごとく、跳躍してその巨人に接近、少女兵の首を刎ね飛ばした。少女兵の首はくるくると回りながら地上に落下していく。これは慈悲の一撃だった。余命1分もなかったであろう哀れな少女兵を死の苦しみから救うためにトドメを刺したのだった。

 

「エルド、こいっ! 膾斬りにして動きを止めるぞっ!」

「了解っ!」

 リヴァイは空中機動しながらエルドを指名した。

「他の者は手を出すなっ!」

リヴァイの指示は的確だった。これだけの暗がりの中、多人数で同時攻撃する方が危険である。他の兵士が使用中の立体機動装置のワイヤーが視認できず、接触もしくは混線すれば重大事故になるからである。そして少女兵――リーネの命で得た情報――うなじが補強されているという事実を踏まえた攻撃を行うという事だった。

 

 巨人は首を失った少女兵の遺体を口に入れて咀嚼し始めた。ラガコ村に出現したという統制された巨人というわけでなく、本能で人を喰う通常種のようだった。リヴァイとエルドにとっては絶好の攻撃チャンスでもあった。

 

 リヴァイとエルドは反復攻撃を繰り返して、巨人の眼を潰し、腕の筋を切り落として、反撃できないようにしていく。巨人は煩いハエを払うかのような動作で手を振るが、リヴァイとエルドという最精鋭兵士の動きには対応できてはいない。そのうち、巨人は膝を着いて両手がぶらりと垂れ下がった状態となった。

 

「今だっ! うなじを削り取るっ!」

 リヴァイとエルドは動きを止めた巨人に対して、側面からブレードを斬り付けてうなじの中にいる本体――同化しきっていない人間を引き剥がしにかかった。やはりというか、甲冑を着込んだ男だった。引き剥がした拍子に両目が抉れ、両手両脚が巨人の身体の中に取り残されていた。いや、正確には両目や両手両脚は巨人の身体と一体化していたのだった。

(これが巨人化させられた直後か? 中身はすでに同化が始まっているわけか……。ハンジが見たら喜んだろうな)

 エルヴィンはリヴァイ達が巨人を仕留めるのを見て、そう思った。本体を斬りとられた巨人は轟音を立てて崩れ落ち、身体からは大量の水蒸気が吹き出してきた。気化現象――すなわち巨人の死である。引き剥がされた本体――首と胴体だけの男も、リヴァイが首を刎ね飛ばして確実に殺害した。巨人は驚異的な再生能力を持っているので油断は出来ないからである。しばらく待ってみるが再生する様子はなかった。

 

「15m級討伐っ! お見事です。リヴァイ兵士長!」

さきほどの班長が声を掛けてきた。

「ありがとうございましたっ! こ、これでリーネの仇が討てましたっ!」

涙ながらにリヴァイに謝意を述べる班長。だが時間は無駄にはできない。

「ハンジの救助を急げっ! 今ならまだ間に合うかもしれん」

エルヴィンは周りの兵士に号令した。兵士達は一斉に瓦礫と化した研究棟に駆け寄り、ハンジの捜索を始めた。

 

 リヴァイとエルドがエルヴィンの元に駆け寄ってきた。

「二人ともご苦労だった。リーネの事は感謝する」

「ああ、俺にできるのはあれぐらいだからな。それにしてもたった1体にこれほど苦労させられるとはな。ガスを半分近く使ってしまった……」

リヴァイは愚痴った。難易度の高い空中機動を強いられ、結果的にガスの消費量が大幅に増したということである。うなじを補強されていると討伐の難易度が極端に上がる事の証だった。

「だかこれで終わりというわけではなさそうだ。今のうちに補給しておけ」

「ああ、そうだな」

「了解」

リヴァイとエルドは補給班よりガスとブレードを補給を受けていた。

 

(これで終わりなのか? それにしても攻撃が中途半端だ。完全な奇襲に成功しているならなぜ本部も襲わないのだ?)

 エルヴァンは兵士達の捜索の様子を眺めながら敵の意図が読めず疑問を感じた。この巨人が研究棟を襲った後、すぐさま本部も襲えば、寝込みを襲われた調査兵団は壊滅的打撃を受けていたに違いない。

 

 ハンジの救助活動は難航していた。どこに埋まっているか判らない上に大量の瓦礫を手作業で取り除くことになったからだ。

 

 それから数分後、突如、周囲の林の中で落雷したような閃光が走り、轟音が響き渡った。そしてゆらりと巨大な影が出現する。新手の巨人だった。しかも今度は一体ではなく群れのようだった。最低でも十体以上は確認できた。ほとんどは3~5m級のようだが、15m級巨人1体が含まれていた。

 

「だ、団長っ! 林の中から新たな巨人がっ!?」

 兵士の一人から悲鳴にも似た報告が来た。

「作業中止っ! 迎撃せよっ!」

 エルヴィンはただちに迎撃命令を下す。新手の巨人もさきほど斃した巨人と同じくうなじを補強しているだろう。困難な戦いになることは容易に想像できた。夜明けまではまだ遠かった。




【あとがき】
リーネの殺され方は特別なものというわけでなく巨人との戦いは描写されていないだけで、人を喰う奴らの性質上、凄惨極まりない光景が幾度となく繰り返されてきています。(リーネは原作でもウドガルト城にて獣の巨人の投石で死亡していますので、報われなかったと言えます)ただ無駄死にではなく、うなじが補強されている事実をリヴァイ達に知らしめました。

そしてこの巨人はやはりというべきか、うなじが補強されているタイプでした。

リヴァイ&エルドが苦労の末に15m級を撃破したのも束の間、新手の巨人が出現します。


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第59話、未明

 トロスト区南西3キロ地点、秘密結社(グリーンティー)移動拠点――装輪装甲車(ストライカー)車内は、重い雰囲気に包まれていた。大切な仲間であるハンジの訃報を受けてのことだった。遺体が確認されたわけではないが、巨人によって建物ごと押し潰されたという状況から考えて生存は絶望的だろう。

 

「嘆くのは後にしよう。シャスタ、ミタマとの通信は回復しないのか?」

「あ、はい」

リタに促されてシャスタは仮想ディスプレイ端末を操作を始めた。クリスタ達には何も見えないが、操作者にしか見えない仮想端末にタッチしているのだった。

「……。やっぱりダメです。建物の下敷きになった際、アンテナが破損したとしか……。あの子は巨人に踏み潰されるほど柔な体はしていないはずですし……」

「そうか……、どちらにせよ今回はミタマは戦力として期待できないな。わが社の戦力は壁内(ウォールローゼ)には存在しないということだ」

 

 もう一人の壁内にいる上官ペトラは総統府がある王都に特使として赴いているため、すぐには連絡が付かないだろう。

 

「ごめんなさい。アンテナの補強を考えてなかったわたしのせいです」

「いや、シャスタのせいじゃない。わたしもこの手(巨人による攻撃)は予想できなかったのだからな。それよりなぜ巨人の出現の予兆を捕らえられなかったのか、そちらの方が重要だろう。わかるか?」

「ま、待ってください。……」

「……」

 クリスタはミカサやアルミンと共に、上官であるリタ達のやりとりを見守っていた。ミタマの戦闘能力の高さはトロスト区戦などでも実戦証明済みである。そのミタマが戦闘不能になる事態はかなり深刻だった。

 

「……リタ。やっぱり機械の故障ではありません。巨人が研究棟を襲う瞬間まで音紋に一切反応ありません。こ、これって巨人が空中で出現したとしか……」

「そんなことがあるのか!? 信じられない……」

 シャスタの報告にさすがのリタも驚いた様子だった。

「あ、あの……」

アルミンが恐る恐る挙手していた。

指揮官(コマンダー)、意見を述べてもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわないが」

「空中に巨人を出現させる事は可能だと思います」

「え!?」

アルミンの発言にクリスタは驚いていた。リタを含め全員がアルミンを注目する。

「ねぇ。アルミン。いくらなんでもそれは……」

「クリスタも見ているはずだよ」

「!?」

クリスタは目をぱちくりさせた。記憶を探ってみるが思い当たらない。

「ユミルだよ。僕達は先日のトロスト区戦でユミルが巨人化するところを目撃したじゃないか?」

「あっ」

確かにアルミンの指摘どおりだった。あの日、クリスタは自身の失敗で、斃した巨人の巨体に踏み潰されそうになり、ユミルが巨人化して助けてくれたのだった。

(そうだった。わたしはユミルに助けられたんだった……。でもユミルはどうなちゃたんだろ?)

 既にあの日から3週間近くが経過しているがユミルが発見されたという報告はない。調査兵団、そしてこの秘密結社でさえ、情報を掴んでいないというから、ユミルの生存は絶望的だろう。

 

 アルミンはリタに向き直って説明を続けた。

「その際、ユミルは立体機動中でした。今回の場合は、立体機動装置で人の身体を宙に浮かせている間に巨人化させたのだと思います」

アンカーを研究棟に打ち込んでとアルミンは付け加えた。

「なるほどな。いい着眼点だ。アルミン」

リタは褒める。

「確かにその手を使われたら水堀や鉄条網など、ほとんど意味がないな」

リタの言うとおりハンジの研究棟は防禦設備を備えていたが、さすがに巨人の襲撃は想定していなかった。引越する一昨日まではクリスタ達も研究棟に住んでいたのだから、危うく巻き込まれるとこだったのだ。思ったより壁内の敵は強力なのかもしれない。

 

「意味はあったと思います。巨人化薬品を使った攻撃は、敵にとっても切り札だったはずです。それを使わせただけでも効果はあったはずです」

「そうだな。ハンジの犠牲で得たチャンスでもあるな。巨人化薬品を使った連中が近くに潜伏してのは間違いない。そいつらを殲滅し、ハンジの仇をとるっ!」

「はいっ!」

「「はい」」

アルミンが、やや遅れてクリスタ、ミカサも頷いた。

「シャスタ、壁外(ウォールマリア)の巨人の動きはどうだ?」

「え、えーと、……特に不審な動きはありません」

シャスタの振動探知網(壁外および人類南側領土全てが観測範囲)でも外側の敵は動いていないということだった。

「では状況を開始する。シャスタ、本車両を壁際まで寄せろ!」

「はい」

リタの戦闘命令を受けてシャスタが車体のエンジンを起動、夜の漆黒の闇の中、鋼鉄の戦闘車両――装輪装甲車(ストライカー)は滑るように動き始めた。

 

 

 

「巨人、第4波、本部北東方向に出現。総数十三っ! 12m級2体、その他は7m級以下ですっ! こちらに向けて接近中っ!」

 本部大広間に戻った調査兵団団長エルヴィン=スミスは伝令兵より報告を受けていた。研究棟を襲った最初の15m級巨人を皮切りに、巨人による波状攻撃が続いていた。十体前後の巨人の集団が時間を置いて次々と来襲してきたのだった。

「わたしの班が行こう」

ミケがエルヴィンに提案した。調査兵団最強の戦力――リヴァイ精鋭班は南より襲来した敵第3波の対応に追われており、新手には対応できないからである。

「ああ、頼む」

「ゲルガー、ナナバ、来いっ!」

「了解っ!」

ミケは配下の兵士を引き連れて出撃していった。

 

(こうも防戦一方になるとはな……)

 エルヴィンは愚痴を言葉にはしなかった。指揮官たる者、部下達を不安にさせて動揺させるわけにいかない。小雨降る夜間戦闘という悪条件も重なって死傷者が続出している。もっとも損害の半分以上は味方同士の接触事故や、アンカー打ち込み失敗からの落下事故である。そもそも調査兵団に限らず人類側の戦力は夜間戦闘は想定していない。巨人は夜間ほとんど動かないというのが通説だったからである。まして壁内にある本部を巨人が夜襲してくるなどは想定外の事態だった。

 本部周囲の地形は周囲に大木や建物はなく、立体起動装置を使った戦闘には不向きである。おまけに、今回出現した巨人は全てうなじが強化されているタイプだった。歴戦の調査兵団といえども苦戦するのも道理だろう。

 

 小型種に対しては小銃の一斉射撃で目潰しをした後、手足を切り落として巨人を戦闘不能にしてから斧などでうなじを叩き潰すという方法で対処できていた。しかしながら10m級を超える大物となるとそうはいかない。最初にリヴァイが討ち取って見せたように膾斬りにして戦闘能力を奪ってから、うなじ附近の肉を剥がし、本体を露出させてから討ち取るという手間をかける必要があった。これは高難易度の討伐方法であり、熟練兵といえども一つのミスが命取りになる危険さを孕んでいる。

 

 ただ調査兵団は苦戦しているものの、圧倒的に不利というわけではなかったからだ。戦況はむしろ均衡しているといっていい。これは敵巨人が一度に出現せず断続的に来襲しており、調査兵団側が各個撃破できているからである。敵側のミスなのかは判らないが、自分達にとっては好都合だった。

 

(まあ、確かに苦しいが、全体を見渡せば悪くはないな。最強の駒が投入されるまでの時間稼ぎでよいのだから……)

 エルヴィンは状況を見守るのがいいだろうと判断した。現在の状況がいままでの壁外調査での巨人との戦いとは決定的に違うことがあった。知性巨人をも撃破できる兵器をもつ友軍――ユーエス軍の存在だった。つまり最強の駒はユーエス軍の持つ”新兵器”である。ハンジという連絡の要が潰されてはいるが、行動は開始してくれているだろう。秘密協定により知性巨人が存在、もしくは存在すると思われる場合は自動参戦する契約となっていた。どの手段を取るかは彼ら任せにはなるだろう。夜明け前までには決着がつく予感がしていた。

 

 

 

 エルミハ区とトロスト区、そしてシガンシナ区まで続く運河の畔に調査兵団本部の建物がある。堤や河川敷を含んだ川幅は30m以上もあった。その対岸の雑木林の中に中央第一憲兵団対人制圧部隊隊長ケニー・アッカーマンはいた。配下の兵士達も周囲の闇の中に潜んでいる。ケニー達は調査兵団と巨人の群れとの戦いを見守っていた。

 

 この巨人の群れは自分達(対人制圧部隊)が仕掛けた巨人である。刑務所より死んでも惜しくない囚人――窃盗の常習犯・強姦魔・殺人犯などを連れ出して巨人の素材に仕立てたのだった。書類上は本日付で食中毒による集団感染により全員死亡となる予定である。

 

 実のところ、ケニー達は巨人たちを統制しているわけではなかった。巨人化させた時点で一番近くにいる人間の集団(調査兵団)に巨人達が襲い掛かっているだけである。

 時間差をつけて巨人化させた手法も簡単なトリックだった。注射すれば数秒、経口感染させれば30分、消化しにくい肉に混ぜ込んで丸の飲みさせればさらに巨人化するまでの時間を遅らせることができる。こうして巨人のよる群れの波状攻撃を実現させたのだった。

 

 ちなみに巨人化薬品はロッド=レイス卿所有のものだが、出所は巨人勢力(宗主国)より人類の真の王家たるレイス家に朝貢の返礼として下賜されたものである。

 ロッド=レイス卿曰く人類が臣下の礼を取る限り、巨人勢力(宗主国)は敵対関係ではないとの事だった。事実百年間も平和が保たれていたのだから。巨人勢力の過激分子派――ライナーを初めとする巨人化能力者と砂金採掘権狙いの貴族が結託して起した軍事行動が5年前のウォールマリア陥落の内実らしい。

 

(ユーエス軍とは何者か? 鎧の巨人なのか、じきにわかるだろうが……)

 ケニーは君主ロッド=レイス卿の仮説を全面的に信じているわけではなかった。知性巨人を斃せるのは知性巨人というが、本当にそうなのか? 調査兵団が総統府に提出している報告の通り、未知の壁外勢力がいるなら、状況は全く異なるからである。

 

「隊長、調査兵団は思ったり善戦しています。まだ待機でよろしいのですか?」

 副官の女兵士――トラウテ=カーフェンが尋ねてきた。

「ああ、まだ待機だ。ユーエス軍とやらはまだ現れていないからな」

「しかし、このままだと夜が明けてしまいますが……」

「そうだな。ユーエス軍がいないのであればやる事は一つだ。今回の巨人騒動は調査兵団が隠し持っていた巨人化薬品が暴走した結果とする、ここで例の記事が生きてくるわけだ」

 先日の捏造記事は調査兵団を悪に仕立てる為の工作の一つである。火のない所に煙は起たないというが、事前に疑惑があれば世間を誘導しやすいだろう。

 

「組織殺人の容疑で幹部全員を捕縛することになるな」

「彼らが大人しく捕縛されるとは思いません」

「だろうな。その場合は王政に対する反乱の名分が手に入るというわけだ。王都より憲兵団や貴族連合の私兵、南側以外の駐屯兵団も含めた大規模な討伐軍が組織されるだろう。その準備も進めている。ピクシス(南側領土司令官)も人類同士の戦いには加わらないらしいからな。孤立無援の調査兵団はどう転んでもの壊滅するってわけだ」

 総統府は真の王家(レイス家)のシンパが要職を占めており、また行政府・報道機関(新聞)・貴族も実質支配下にある。こちらは権力を握っているのだから、いくら精強を誇る調査兵団といえども勝ち目は無きに等しい。ただしこれはあくまでユーエス軍が出現しなかった場合である。

 

「そ、そうですか……」

「もっとも今はユーエス軍が出てくるものと思え。警戒を怠るなっ!」

「はっ」

トラウテは敬礼してから元の持ち場に去っていった。

 

「ケニー」

 入れ替わりにやってきたのが、レイス家の令嬢――ブリーダ=レイスだった。黒髪の美しい女性だがこの暗がりの中では美貌を拝む事はできない。

「御嬢様か、どうした?」

「特に何も感じないわ。でもとても嫌な予感がする。あの時のように……」

「そうか」

「あの時は、あなたが駆けつけてくれたからよかったけど」

「まあな」

 

 あの時とは、5年前のシガンシナ区陥落の翌日の出来事だった。レイス一家は領地にある礼拝堂で祈りを捧げている最中、侵入者が押し入ってきたのだ。しかもその侵入者は巨人化能力者でいきなり15m級巨人となった。

 フリーダも実は巨人化能力者であり、巨人化して対抗したのだが、戦闘技能は敵方が勝り、危うく殺されかけた。たまたま報告の為、近くまで来ていたケニーが参戦し、敵巨人の眼球を破壊することに成功したのである。ただし巨人化能力者は身体の一部を優先的に回復する能力を持っている。稼げた時間は10数秒。それでもフリーダにとっては形勢を逆転する貴重な時間だった。

 

 フリーダが侵入者の巨人を打ち倒し、うなじ部分を踏み潰して破壊した。敵の正体を暴く為に本体を喰って記憶を奪う手段もあったが、相手の記憶や思想に影響されるのを嫌だったと後で聞いている。

 

 遺留品より侵入者の名前はシガンシナ区在住の医師グリシャ=イェーガーと判明した。後の調査で壁外領域で調査兵団によって保護されていた事まで掴んだ。真の王家(レイス家)の正当な継承者の暗殺を企んだことからして、巨人勢力の過激分子派の工作員だろう。その息子エレン=イェーガーも要観察対象だったが、エレンは先日のトロスト区戦の戦いで戦死している。

 またトロスト区防衛戦で出現したもう一人の知性巨人――ユミルの死亡もケニー達は把握していた。正確にはユミルのうなじを喰って巨人から人間の姿に戻った幼い子供を捕縛していたのだった。トロスト区戦から数日経った頃、フリーダとケニーは極秘調査でトロスト区を訪れており、その際、物陰に隠れて怯えているこの子供を発見している。これができるのはフリーダの巨人探知能力があるからである。

 この子供は貴重な切り札といえる。仮に重要人物が瀕死の重傷を負った際、生き返らせることが出来る手段でもあるからだ。巨人化能力者の脳髄液を食った巨人は、巨人化能力を獲得できる――すなわち人間の姿に戻ることができるからである。それも五体満足な形で。

 

 話は反れたが、5年前の出来事以来、フリーダとケニーは主人と家臣という関係というより、擬似的な恋人のような関係である。お互い立場があるので不審を持たれないためにも必要以上の接触は避けていた。

 

 フリーダは周囲を見渡して誰も居ない事を確認してから、ケニーに抱きついてきた。

「お、御嬢様!?」

「お願い、少しだけこのままにさせて……」

 フリーダはケニーの胸元でそう囁く。王家の次期当主という枠に縛られたフリーダの精一杯の愛情表現なのだろう。

「……」

ケニーは仕方ないというように頭を掻いた。

「もうじき夜が明ける。悪いがそれまで警戒を頼みたい。敵の正体がわからないことにはこっちも手の打ちようがないからな」

「ええ、そうね」

名残惜しむフリーダに肩に手を添えて伝えた。フリーダはケニーの元から去っていく。

 

(いよいよ決着の時だな)

 ハンジの研究棟奇襲より1時間が経過、そろそろユーエス軍が出現してもおかしくない。決着の時が近いと思ったのは、偶然にもエルヴィンもケニーも同じだった。




【あとがき】
この話はちょっと詰め込み過ぎたかもしれません。
軍師アルミンが洞察能力を発揮します。たまにはアルミン君を活躍させないとw。 リタ達秘密結社軍の軍事介入はハンジの仇討ちという面もあるので必然でしょう。ミタマという即座に反撃できる戦力を失っているのでどうなるか?

防戦一方の調査兵団ですが、エルヴィンは状況を冷静に観察しています。

ケニー達による巨人の波状攻撃も実は簡単なトリックです。時間差で巨人化させればよいのですから。後は近くに居る人間の集団を本能のままにw

また5年前(シガンシナ区陥落の翌日)の出来事が原作とは大きく異なる時間軸の出来事となります。

グリシャ=イェーガー(エレン父)vs フリーダ=レイスの戦い。
ケニーが参戦したためにグリシャが死亡。(原作ではフリーダが死亡。巨人化能力が フリーダ→グリシャ→エレン)

これによりエレンが巨人化能力者でないことが確定。またユミルの死亡も確定しました。もともと小説のプロットを作った際(2014年時点)、座標の意味が伏せられていた為のずれもありますが、そのあたりはご了解ください。

またこの小説のフリーダは巨人化能力者であっても全ての巨人を統べる始祖の巨人というわけではありません。(巨人化能力者探知能力は持ってはいます)
それと知性巨人一体あたりの相対価値は原作より薄くなっています。というのは敵側に100体以上存在するはずですから(この時間軸において)。仮に原作のように数少ない戦士とすれば、その貴重な4体(ライナー、ベルトルト、アニ、マンセル(→ユミル))を辺境の小国(壁内人類)に投入できる説明がつきませんから。



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第60話、参戦

「団長、新兵のクリスタ=レンズが面会を求めていますが、いかがなさいますか?」

 調査兵団本部で指揮を執るエルヴィン=スミスの元に伝令兵の若い兵士が問い合わせてきた。

(クリスタ!? 研究棟の中にいたのでは……?)

 エルヴィンが少し疑問に思った。クリスタ達新兵3名はハンジ研究棟の中にいたと思っていたからである。

「よし、会おう」

「はっ」

 

 伝令兵が退室し、少し間を置いてクリスタが入室してきた。雨に濡れたためか髪が湿っていた。見たところ特に身体に異常はないようだった。クリスタは兵服を着ているが立体軌道装置は装備していない。(ほの)かな室内灯を受けて金色の髪が(きら)いている。まだ幼さの残る美貌だが、碧い双眸には強い意志が秘められているようだった

 

「スミス団長、お忙しいところ失礼します」

 クリスタは敬礼して挨拶する。

「クリスタか? 無事だったか?」

「はい。アルミン=アルレルト、ミカサ=アッカーマンも無事です。わたし達はハンジ分隊長の指示で今夜は別の場所で宿泊していました」

「そうか、では研究棟の中にいたのはハンジだけか?」

「ごめんなさい。わたしにはわかりません。それより……」

クリスタは周りに視線を廻らした。ここ大広間には数名の兵士が待機しており、自分とクリスタの遣り取りを眺めている様子だった。

 

「人払いが必要か?」

「あ、はい」

 クリスタは先日の潜入工作員謀殺(アニ)でも深く関わっており、ハンジ直属の特殊任務を帯びているだろう事は察していた。巨人を討伐する兵士としての技量はやや未熟だが、演技が得意で人前でも動じない件は優秀な工作員といってよかった。エルヴィンは周りの兵士達に席を外すよう命じた。兵士達が退室した後、クリスタと向き合う。

 

「団長、これを……」

 クリスタは胸ポケットに入れていたペンダントを取り出してエルヴィンに手渡した。エルヴィンは見覚えがあった。先日ハンジが身に付けていた”通信機”の機能を持つ物と同形である。エルヴィンがペンダントを持つと、そのペンダントが細かく振動した。

 

「!?」

『エルヴィン団長か?』

 ペンダントからは友軍であるヴラタスキ将軍(リタ)からの声が聞こえてきた。エルヴィンはペンダントを口元に近づけて小声で返事した。

「そうだ。そちらとは連絡が付かなくて困っていたところだ」

エルヴィンは少し安堵した。もっとも連絡を付けたい相手を捕まえることに成功したからだ。

『私もだ。ハンジとは私も連絡が取れないからな』

「そうか」

ハンジは通信機を肌身離さず持っていたはずで、ユーエス軍とも連絡が取れないということは、やはり研究棟の中にいて建物の下敷きになってしまったようだ。

 

 無表情のクリスタはじっとエルヴィンの顔を覗き込んでいるのに気付いた。

「彼女(クリスタ)はいいのか?」

『問題ない。ハンジが我が軍の事を既に教えている』

 どうやらハンジは今夜の件を予想したわけではないだろうが、代理人としてペトラやクリスタを指名していたようだ。

 

 

『本題に入ろう。そちらの戦況も把握している。この巨人災禍(ハザード)は気付いているとは思うが人為的なものだ。巨人化薬品を使用した輩が近くに潜んでいると思われる』

「そうだろうな」

『一つ確認させて欲しい。川の対岸、西側には調査兵団の兵士を配置しているのか?』

「対岸? いや、そんなところには兵士はいないはずだが……。まさか!?」

『では決まりだな。我が軍の特務兵が確認したところ、森の中に50人以上の集団が存在する。見張りらしき者が武装している事も確認した』

 雨天の真夜中、巨人が波状攻撃を仕掛けてくるこの状況下で調査兵団本部周囲に潜んでいる謎の武装集団。しかも巨人が出現していない方角。敵である可能性は濃厚だった。

「中央憲兵か?」

『そこまでは確認できない。だが我が軍はこの武装集団を敵性存在とみなす。知性巨人が含まれている可能性も十分にある。よって盟約により我が軍は参戦する』

 ヴラタスキ将軍は参戦を通告してきた。参戦してくれる事は願っても無いことである。

「それはありがたい」

『なお、この武装集団に対して”大規模殲滅兵器”を使用する。調査兵団の諸君らは川からできるだけ離れてくれ。また窓ガラスも危ない。建物内にいる者にも窓から離れるようにしてもらいたい』

「!? それほど威力のある兵器なのか?」

『そうだ』

 ヴラタスキ将軍の説明によれば、敵が巨人化していない以上、どこに巨人化能力者が潜んでいるかわからないという事だった。元凶を潰さないかぎり今夜のような巨人を使った襲撃は何度でも起きる可能性があるだろう。そのための必要な措置だと言われてしまえば返す言葉はない。それにしても川から避難を呼びかけるとは尋常ならざる威力を持つ兵器のようだった。

 

 

 夜分まで降り続いた雨は小雨となり、じきに止むだろう。夜明け前の暗がりの中、召集の鐘が鳴り、ミーナ=カロライナを含む新兵全員は駐屯兵団宿舎の中庭に集合したところだった。周りにいる新兵達も欠伸をしたりして眠そうな様子だった。(他地区新兵も含めて調査兵団預かりの形になっているので、この日時点で新兵達はトロスト区内の駐屯兵団宿舎に仮住まいしている) 周囲の篝火が忙しく動き回る駐屯兵団の兵士達の姿が映し出している。兵士達は皆緊張した面立ちでときおり怒声が聞こえてきた。

 

「うう……、なんだってこんなに朝早く起されなくちゃならなんですかぁ? 外はまだ暗いじゃないですかぁ」

「仕方ないでしょ。召集が掛ったんだから」

 同期のサシャが愚痴っているのと、ミーナは宥めていた。ミーナもまだ眠いが、兵士である以上、出動命令が下されたならば否応なく従う義務がある。

 

「お腹すいたー。わたし、もう死にそう~」

 そう言いながらサシャはふらついてミーナに抱きついてくる。

「もう……。しっかりしてよ」

ミーナはサシャをひらりとかわして嗜めた。

 

「なあ、ジャン。これ、抜き打ちの訓練じゃないよな?」

「だよな。訓練って雰囲気じゃねーよ」

 ジャンとコニーが小声で話している。

「また巨人でも出たのか? くそっ! 俺のお袋や妹達は……」

コニーは拳を震わせて怒りに震えているようだった。無理もなかった。コニーの実家があるラガコ村は一昨日、巨人の襲撃を受けたばかりだったからだ。村は壊滅、生存者は一人も確認できておらず、コニーの家族も生存が絶望しされていた。

「……」

ジャンはどう慰めたらいいのかわからない様子だった。

 

 駐屯兵団の兵士の一団がミーナ達新兵のところにやってきた。

(あ、この人……)

その中の隊長らしき人物は嫌な想い出のある上官だった。トロスト区戦での出陣の際、その隊長は訓練兵だった自分達に避難する住民の盾になるべく死守命令を下したのだった。間違った命令ではなかったと頭では理解はしているが、感情の方はそうではない。その命令ゆえに当時の訓練兵の半数近くが死傷したからである。

 

「新兵諸君、さきほど壁内(ウォールローゼ)の調査兵団本部から急報が届いた。(調査兵団)研究棟が15m級巨人に襲われ、全壊したとのことだ」

「なっ!?」

「マジかよ?」

「壁内だろ? どうやってそこまで?」

 調査兵団の本拠地が巨人に襲われたとの知らせを受けて新兵達は動揺を隠せなかった。ざわざわとした喧騒たる声が大きくなっていく。

(研究棟って、ペトラ先輩のいるところじゃない!? まさか、先輩まで……)

ミーナは自分の憧れの先輩――ペトラが襲われたと知り、衝撃を受けた。

 

「静かにっ! 話は最後まで聞けっ!」

 駐屯兵隊長の一喝で新兵達は静まった。隊長は一息つけてから話を続けた。

「おほん。その巨人自体は調査兵団の精鋭班が討伐したとのことだ、だが、さらに新手も出現したらしい。残念ながらそれ以上の詳しい状況はまだわからん。だがラガコ村に次いで壁内に巨人が出現した以上、お前達にはある事実を伝えておく」

「……」

(なんだろう?)

ミーナは隊長の次の言葉を待った。

 

「人を巨人化させる薬、すなわち巨人化薬品は実在すると上層部は判断している。ラガコ村の調査結果でもわかったことだが、壁はどこも破られていない。他からやってきた形跡もないからな。ラガコ村で出現した巨人は薬で巨人にさせられた村人だろう」

 昨日の捏造記事でも触れられていた巨人化薬品について、軍上層部は正式にその存在を認めたのだった。

「じゃ、じゃあ、あのとき斃した巨人達は村人だったって事!?」

「俺達は村人と戦わされたのか!?」

「なんてことだ!?」

新兵達の間からは動揺が広がっている。

 

(それって守秘義務だったことじゃない!?)

 ミーナは隊長の言葉に驚いた。あの日、ミーナはジャンやアルミン達と共に戦い、その中で仲間の一人だったユミルが巨人化したところを目撃している。この件は誓約書も書かされて口外しないよう厳命されていることだったからである。

「また今回出現した巨人は、うなじ部分が補強されている事実も判明している。甲冑などを着込んだ状態で巨人化させており、うなじに一太刀浴びせたぐらいでは討伐できないそうだ。各自注意して討伐にあたるように……」

「簡単に言ってくれるな」

 新兵の誰かの小声が聞こえてきた。ミーナも含めて新兵皆が思っていることだろう。そもそもうなじが補強された巨人を討伐する訓練はしたことがない。どうやって戦えばよいのか検討もつかない。そんな中でも15m級の大物を仕留める調査兵団精鋭班はミーナ達新兵からみれば超人のような存在だった。

 

「(調査兵団からの)救援要請はないが、壁内に巨人が出現した以上、ウォールローゼの住民を守るためにも我々は迎撃に向かわなければならない。これよりお前達調査兵団新兵は、駐屯兵団選抜部隊と共に調査兵団の救援に赴く。馬車をこちらに回すのでそれに乗車せよ! また他兵団の新兵は別命あるまで、宿舎において待機! 以上だ!」

 そう一方的に出陣命令を下して駐屯兵団隊長は去っていく。ここ(トロスト区)から調査兵団本部までは馬で駆ければ10分程である。出陣、即戦闘という流れになるだろう。

 

(そ、そんな……。また巨人との戦いだなんて……)

 ミーナは一昨日の戦闘(ラガコ村事件)で危うく殺されかけた恐怖が蘇ってくる。

「わ、わ、わたし、お腹が痛くて……」

 サシャは急にお腹を押さえて喚きはじめた。

「サシャ、仮病がばれたら敵前逃亡で重罪だぞ」

ジャンの指摘する。

「ひぃー! そんな……。ミーナ、ミーナも何とか言ってくださいよ。また巨人ですよ」

サシャはミーナに助けを求めてくるが、どうにもならないだろう。

「し、仕方ないじゃない。私達は調査兵団の兵士なんだから。そ、それに調査兵団には新兵器もあるし、きょ、巨人なんかに簡単に負けない……と思う」

ミーナは精一杯虚勢を張った。本当は怖くて仕方ないのだが、ペトラ先輩達を見殺しに出来るわけがない。自分達新兵が戦力としては頼りない事は知っている。それでも一助にはなるのではないかと思った。

 

「そうだな。ミーナの言うとおりだ。だからこそ敵は新兵器がある研究棟を襲ったんだろうな」

「そうなんだ」

「それってまずいじゃんかよ。例の新兵器、もしかしたら潰されてるんじゃ……」

 コニーが懸念を口にする。

「あっ!」

ミーナは思わず驚きの声を出してしまった。

「……」

他の新兵達も顔を見合わせたまま、誰もコニーの懸念に答えられない。最悪のケースが容易に想像できた。敵巨人勢力にとって一番厄介なのは例の新兵器だろうし、それが潰されたなら敵からの全面攻撃が考えられるからだ。それはすなわちトロスト区のみならずウォールローゼの失陥につながるだろう。

 

 蹄と馬の戦慄きの音が聞こえてきた。軍用の荷馬車がやってきたのだ。新兵各自に一騎ずつ手配できるほど軍馬が豊富にあるわけでないで、荷馬車に詰め込まれるのは仕方ないことである。

 

「調査兵団新兵全員、ただちに乗車せよ! 各班毎に固まって乗るようにっ!」

 荷馬車周囲にいる軍馬に騎乗している駐屯兵団隊長はそう命じた。ミーナ達が各々荷馬車に乗り込むと馬車は出発し、北門前の広場へと向かって駆けていく。

 

 北門を潜り抜けたウォールローゼ側の広場には駐屯兵団の選抜部隊と思われる騎馬集団がいた。周囲に置かれた篝火の中、一際目立つ銀髪で眼鏡をかけた女性将校――リコ=フランチェスカがいた。リコは自分達調査兵団新兵の乗る荷馬車群に近づいてきた。

 

「ジャン=キルシュタイン。また会ったな」

「はっ、先輩」

 リコはジャンの姿を見つけると声を駆けてきた。

「今回の選抜部隊の指揮を執ることになった。皆、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

(リコ先輩が指揮官!?)

 ジャンに続いて新兵達は元気よく返事した。リコが指揮を執ると知って、ミーナは少し安堵する。周りにいる新兵達も同様のようだった。実際、リコは先日のトロスト区戦で過酷な撤退戦を支援してくれており、ミーナ達新兵にとっては命の恩人でもある。

 

「もうじき夜が明けるから、暗闇の中で戦闘にはならないだろう」

「はい」

 リコは自分達が不安な面持ちでいるのを見て励ましてきたようだ。

「では出陣っ!」

「了解」

 リコの騎馬を先頭に駐屯兵団選抜部隊、ならびに調査兵団新兵部隊も駆け出し行く。向かうは僅か数キロ先の調査兵団本部である。

 

 出立して直ぐに東の空が明るくなってきた。夜明けが近いのだった。一晩降り続いた雨も上がってきた。揺られる馬車の中、ミーナは少しだけホッとする。少なくとも暗闇の中で巨人と戦うことだけは避けられるからだ。いかに巨人達の夜襲を受けたとはいえ、精強を誇る調査兵団が負けるはずはないと思っていた。しかしながら少なからぬ犠牲者は出ていることだろう。

(ペトラ先輩、どうか無事でいてください)

 ミーナは祈りながら進行方向を見た。幌も付いていないこの馬車からは周りがよく見えている。調査兵団の建物がそろそろ視界に入るかと頃だった。

 

 突如、前方の森から閃光が走る。次の瞬間、巨大な火の玉が出現した。

「えっ!?」

数秒遅れて凄まじい爆発音が轟き渡る。雷が至近距離に落ちたのではないかと思われるぐらいの大音量。そして街一つを飲み込むかと思われるぐらいの巨大な炎は収束し、黒いキノコ雲へと変化していく。同時に森林火災も発生しているようだった。人類(壁内世界)の全ての火薬を一度に爆発させてもここまで巨大な爆発になるとも思えない。それほど凄まじい大爆発だった。

 

「お、おい!?」

「な、なんだ!?」

「調査兵団の近くだぞ!?」

「あ、あれも新兵器なの?」

 周りにいる新兵達は動揺しているようだった。周りに併走している駐屯兵団の兵士達も驚いているようだった。

 

「総員、止まれ! 止まれ!」

 リコが全軍に行軍停止を命じた。リコの命に従い、騎馬軍団は急停止する。馬の戦慄きが響き渡る中、リコは配下の兵士に何かを命じたようだった。数人の兵士が騎馬で先行していく。どうやら状況偵察を命じたようだった。

 

「ねぇ、ミーナ。何が起きたんでしょうか?」

 サシャが訊ねてきた。

「わからない……」

ミーナは首を横に振った。ミーナにも状況は皆目検討がつかない。ただこの大爆発は兵器だろう。敵が使用したのか、味方が使用したのか、それすら判別しなかった。




【あとがき】
調査兵団団長エルヴィンの元に、クリスタが通信機を持ってやってきます。これで調査兵団とリタ達秘密結社軍との連絡が回復。
(調査兵団本部は壁から数キロ地点なので、巨人襲撃から1時間あれば、クリスタは到着可能)

非常事態を受けてトロスト区にいるミーナ達新兵にも動員がかかり、出陣します。そして本部近くに出現した大爆発を目撃することになります。




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第61話、空爆

「団長、わたし、少し席を外しています」

「ああ」

 通信機のペンダントでリタと会話中だった調査兵団団長エルヴィン=スミスはとくに引き止めはしなかった。クリスタは研究棟跡地へと向う。クリスタがリタから命じられた任務は、通信機を団長に届ける事、もう一つは研究棟にてハンジおよびミタマの状況確認である。生体戦車(ギタイ)であるミタマはアンテナは壊れていても音声認識はできるはずで、自分達の指揮下に戻れば戦力復帰できるからである。

 

 壁内に戻ってきたのはクリスタ、ミカサ、リタの三名。シャスタとアルミンは壁外の装甲車内で情報管制と分析に当たっている。

 巨人の襲撃から1時間たらずで戻ってこれた理由は、ペトラが調査兵団名義で壁際近くの農家と馬の使用契約を結んでいたからだった。毎月定額の保証金を払う代わりに、馬小屋の合鍵を預かり24時間いつでも使用可能というものである。

 クリスタ達は昔何者かが密輸に使わっていたと思われる壁下の地下トンネルを潜り抜け、件の農家の馬を拝借し、調査兵団近辺へとやってきたのだった。

 

 調査兵団周囲の高い木に枝に偽装した観測装置(赤外線カメラ等)により、敵の位置は判明していた。対岸の西側の森の中に潜む50人以上の謎の武装集団。リタは空爆で敵を叩くつもりで、エルヴィン団長に最終確認を取るという話だった。出撃間際という事もあって詳細は教えてもらっていないが、相当な威力を持つ爆弾らしい。

 

「えっ!? ここが……」

 クリスタは研究棟跡地に来て絶句してしまう。先日まで自分達が住んでいた建物は瓦礫の山と化していた。例の巨人は建物を完膚なきまでに破壊していたようだった。

 

 周囲には人影は見当たらない。調査兵団の兵士達は巨人の襲撃に応戦中で、ハンジの救助作業には手が回っていないようだった。クリスタは瓦礫に近づく。

「ハンジさん! ハンジさんっ! いたら返事してください!」

呼びかけながら歩くと、微かに何かを叩く音が聞こえた。

「ハンジさん!」

 クリスタは音が聞こえた瓦礫のところに近づくと、瓦礫の中からむくりと起き上がった者がいた。いや、人ではなかった。背丈は1mほどの寸胴の蜥蜴のような生き物――ミタマだった。シャスタ曰く15m級巨人に踏まれても壊れないとは誇張表現ではなかったようだ。

「え、えーと、ミタマ……じゃなかった。07だね。貴方は無事だったんだね。ハンジさんは?」

ミタマは自分が起き上がった場所の下を尻尾で指し示す。瓦礫の中に眠っているかのような茶髪の女性がいた。眼鏡は割れてしまっているが、まぎれもない自分達の上官――ハンジ=ゾエだった。

「ハンジさんっ!」

 クリスタは駆け寄り、ハンジの顔に触れた。ヒヤリとした感覚、既に体温は失われており冷たくなっていた。

「ああっ!?」

 クリスタは口元を押さえて悲鳴を上げるのを抑えた。もうわかっていた事だった。リタ達の持つ機器は極めて高度なものであり、まず間違いない事を。ハンジは既に亡くなっていた。

 改めてハンジの体を見る。致命傷となったは頭部の傷のようだっだが、それ以外はほとんど外傷が見当たらない。どうやらミタマが最初の一撃以降、庇っていたようだった。穏やかな顔つきからして苦しむことはなく即死に近かったのだろう。

 

 ハンジの胸ポケットから通信機能を持つペンダントを回収した後、クリスタは ミタマに話しかけた。

「あ、貴方が守っていたのね……」

アンテナが壊れて自分達との通信が絶たれても、ミタマは主人であるハンジを守ろうとしたのだろう。人の死を理解していないのは幸か不幸か。ハンジの傍を離れようとしないミタマに、リタの指示どおり、隠れるように命令した。

 

 ミタマは敬礼のつもりなのだろう、ベコリと一礼をした後、足早に森の中に消えた。

 

(も、もっといろいろと教えてもらいたかったです。長話でも聞くべきだったです……)

 クリスタはハンジの傍らで跪いて頭を垂れた。

(……)

いろいろ悔やまれることはあるが、今自分がすべき事は報告する事だった。

 

10(クリスタ)より02(シャスタ)。どうぞ」

『こちら02、どうぞ』

 通信機を通して呼びかけると、シャスタからの応答が返ってきた。

04(ハンジ)07(ミタマ)を発見。07には隠れるように指示済み。04の……、04の死亡を確認」

「っ!?」

通信機を通してシャスタの悲鳴にならない驚きの声が聞こえた。

『りょ、了解しました。01(リタ)にも伝えます』

「……」

『あ、あと、空爆は予定どおり実行されます。残り80秒です。退避をお願いします』

『10、了解』

クリスタは辛い報告を終えた。まもなく大型爆弾が落ちてくる。ハンジの遺体をそのままにしておくのは忍びないが、今の自分にできることはなかった。

 

 

 

 調査兵団本部の対岸、川沿いの森の中、中央第一憲兵団対人制圧部隊隊長――ケニー=アッカーマンは突如、奇妙な音を聞いた。南の空からだった。空気を切り裂くような甲高い音が一気に大きくなる。空から何かが高速で落下してきた模様だった。

 

「!?」

 ケニーは咄嗟に身の危険を感じ、身を伏せる。次の瞬間、周りが白い閃光に包まれる。一瞬遅れて凄まじい爆発音と衝撃波が襲い掛かってきた。全身が殴られるような衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 

「ぐっ!?」

 気が付けばケニーは地面に叩き付けられていた。隣にいた兵士がケニーに覆いかぶさって倒れてきた。

「おい!?」

 ケニーがその兵士を支えようとして後頭部が濡れていることに気付いた。いや、違った。頭蓋が割れており、鮮血と共に内容物が流れ出ていたのだった。見るからに即死だった。吹き飛ばされてきた破片で頭を叩き割られたようだった。周囲は土埃が舞い、後方の森林は薙ぎ払われて、至る所で火災が発生していた。

 

「な、なんなんだ!? これは?」

 部下の兵士達の大半と素材(巨人化させる目的で連行してきた囚人)が隠れていた場所は、森ごと焼き払われて広い空き地となっていた。火災のおかげで、周囲の様子がわかった。首がない者、上半身だけになった者等々、あちらこちらに即死とわかる部下の兵士達の死体が転がっていた。咄嗟に身を伏せた効果があったのだろう、自分が生きているのは奇跡的だったようだ。

 

(こ、これがユーエス軍とやらの兵器か!? やつら、実在していたのか!?)

 ユーエス軍なる輩を誘き出すのが目的だった今回の夜襲。その意味では目的を果たせたのだが、ここまで凄まじい威力のある兵器を敵が所有しているとは思ってもいなかった。街一つを消滅させると思わせる程の破壊力。次元の異なる敵と対峙していることを認識させられた。

 

(これじゃ、勝てるわけねーな。ロッドの妄言を鵜呑みにしたせいだな)

 ケニーは今更ながらに見積もりの甘さを悔やんだ。そもそも巨人反乱分子とそれに組する調査兵団をというのが、ロッド=レイス卿の見立てだった。巨人化薬品、巨人索敵能力(フリーダ)が自分達の手にあるから、優勢だと踏んでいた。しかしながら調査兵団に組する敵外勢力――ユーエス軍は超火力兵器でもって報復してきたのだった。

 

 ケニーはむろんこの世界の誰も知らなかったが、この大爆発は異世界の兵器――サーモバリック爆弾と呼ばれる気化爆弾の一種だった。秒速2キロの速さで燃料を拡散させて瞬時に蒸気雲を形成したのち空間爆発、致死半径内にいる対象を衝撃波で殺傷したのだった。戦術核ほどにないにしても通常兵器では最高クラスの破壊力があるものである。リタは気球に爆弾を組み合わせて、風向きを調整して目標上空で落下して起爆させるという比較的単純な方法を採ったのだった。そしてこの攻撃はこの世界における初めての空爆となった。

 

「いてーよ。いてーよ!」

 生きている兵士もいたが、大怪我をしているらしく喚いていた。

「おーい、誰か? 無事な奴はいるか?」

「た、隊長!?」

 ケニーが呼びかけに女副官のトフカテが応えた。

「おお、無事だったか!?」

 ケニーはトフカテの声にする方向に向かう。川の直ぐ近くの茂みの中にトフカテはいた。方膝を付いた顔を伏せている。ケニーに気付いて顔を上げた。

 

「なっ!?」

 ケニーはトフカテの顔を見て驚く。彼女の顔の右側が完全に焼き爛れており、以前の端正な面影はなかった。見れば右腕や右肩も焼き爛れており、全身大火傷に近い症状だった。濡れているのを見れば、とっさに川に飛び込んで焼死を避けたのだろう。

 

「っくそ! さっきの爆発は焼夷弾も兼ねていたのか!?」

「か、顔が熱くて……」

「大火傷してるじゃないねーか。服は脱ぐなよ。一緒に皮が剥がれるからな」

「はい……」

 ケニーは雑嚢(ざつのう)より水筒を取り出し、トフカテの火傷部分を洗い流す。火傷は冷やすことが最重要だが、雑菌が入って化膿するのも怖いからだ。

「すみません、隊長。わたしはもう……隊長のお役に立てそうにないです……」

「馬鹿いってんじゃねーよ。これぐらいでくたばったら俺が許さないからな」

「はい……」

トフカテは返事は弱弱しかった。ケニーは無言のまま、トフカテの応急手当をすることになった。

 

 後ろから、誰かが近づいてくる物音がする。振り向くと黒髪の女性――フリーダ=レイスがいた。フリーダの顔こそ煤塗れで服もズタボロに破けていたが、大きな負傷はない様子だった。いや、体から微かに吹き出す水蒸気が見えていた。フリーダは巨人化能力者なので、巨人の力――驚異的な快癒能力で治したようだった。

 

「ケ、ケニー」

「おう、御嬢様も無事だったか?」

「わたしは平気。それより今の爆発は?」

「たぶん、ユーエス軍とやらの攻撃だな」

「そう……」

「御嬢様、他に無事な者はいるか?」

「……」

 フリーダは首を振った。

「生きているのは、私達も含め7人、ううん、6人だけね」

「なっ!? そ、そうか……。御嬢様には御力があるんだったな」

 ケニーは肩を落とした。フリーダは巨人探知だけでなく人の気配も感じることができるらしい。彼女がそう言うからには決定的だった。調査兵団の対抗組織――ケニーが育成した対人制圧部隊は9割以上が死傷、文字通り壊滅したのだった。

 

「どうやら俺達はとんでもない連中に戦いを仕掛けてしまったらしい。奴らがその気になったら王都(ミッドラス)も一発で吹き飛ぶかもしれんな」

「そう……。人類最強の貴方でも勝ち目がないのわね」

「そうなるな。それと俺は人類最強なんて呼ばれたことはねーぜ。人類最強はリヴァイだろ?」

「そのリヴァイを育てたのは貴方でしょう。それに世間は知らなくてもわたしは知っています。5年前にだって……」

 フリーダは5年前の襲撃事件の事を触れた。巨人化して襲ってきた巨人勢力過激分子派の工作員(グリシャ=イエーガー)、その知性巨人を斃したのは巨人化したフリーダだが、戦闘不能に陥れるという好機を作り出したのはケニーに他ならない。その一件だけでもリーダはケニーに心酔しているようだった。

 

「その話は後だ。これからどうするかだが……」

 ケニーが思案していると、森の離れから性別不明の無機質な声が聞こえてきた。

『森ニ隠レテイル武装集団ニ告グ! 私ハ、ユーエス軍指揮官ヴラタスキ、ダ。オ前達ノ動向ハ完全ニ掌握シテイル。武器ヲ捨テテ調査兵団ニ投降セヨッ! 寛大ナ処置ヲ約束スル。負傷者ニハ治療ヲ施ス。下手ナ動キハスルナッ! 5分間ノ考慮時間ヲ与エル』

 ユーエス軍からの降伏勧告だった。姿は見えないが特務兵とやらが周囲に展開している様子だった。

 

「っざけんな! な、仲間を皆殺しにしたくせにっ! 馬鹿にしやがって!」

 軽傷だった若い兵士の一人が激昂して立ち上がり、声の方向に目掛けて駆け出そうとした。

「おいっ!?」

 ケニーは制止しようとしたが遅かった。次の瞬間、その兵士の頭は弾け飛んでいた。顎から上の部分が無くなった兵士の体はそのまま前のめりに崩れ落ちていく。銃声が聞こえなかったところからして相当な遠距離、暗がり中、動く標的という条件を鑑みれば、恐ろしいほど正確な狙撃だった。

 

「ちっ!」

 ケニーは思わず舌打ちした。

「逃げる事もできなさそうですね」

 フリーダは達観したように呟いた。

「そうだな。敵ならが良い腕してやがる」

 ユーエス軍は強力な兵器をいくつも所有するだけでなく。超一流の狙撃手もいる様子だった。自分達に勝ち目が無いことを改めて思い知らされた格好である。

 

「ケニー。降伏しましょう。寛大な処置と言うからにはいきなり死罪にされる事はないでしょう。それにケニー、今回の事を命令したのは我がレイス家ですから」

「いや、しかし、それだと御嬢様が……」

「わたしの事はよいのです。それにまだ生きている部下達がいます。降伏すれば治療は受けられるでしょう……」

「……」

降伏の意思を示すフリーダにケニーは翻意を促せる言葉を持っていなかった。

 




【あとがき】
大爆発の正体は、リタの秘密結社軍が用いた気化爆弾でした。
さすがに味方の調査兵団のすぐ近くで核は使えません。というよりリタ達は核兵器は持っていません。この気化爆弾は巨人勢力との決戦で使う予定でしたが、予定が早まりましたw
ケニーの対人制圧部隊は壊滅。素材(巨人化させる目的の囚人)も全滅。
夜明け前に、決着はつきました。
ミーナ達は肩透かしだったかもです。


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第62話、再会

 超大型爆弾(気化爆弾)投下を契機に、戦局は一気に動いた。巨人第5波に含まれていた大型巨人4体は、ユーエス軍の精密射撃(対物狙撃銃・スピア弾)で抹殺され、残る小型巨人に対しては、調査兵団が反撃に出て、その(ことごと)くを討伐したのだった。夜明けとなり周囲が明るくなり戦い易くなって来た事も勝因の一つだった。

 

 その後、調査兵団は援軍として駆けつけてきた駐屯兵団選抜部隊と共に森の消火活動と、遺体回収任務に当たる事になった。投降してきた敵武装集団(対人制圧部隊)は5名、うち3名は重篤だった。後に判明したことだが、あの爆撃により敵兵の9割以上が死亡したというからその威力の凄まじさが判るであろう。捕虜のうち2名は大物のようだった。本人確認などが出来ておらず欺瞞の可能性もあるため、一通りの尋問をした後、地下牢に閉じ込めている。

 

 超大型爆弾による調査兵団側の被害は比較的軽微だった。運悪く飛んできた破片で負傷した者はいたが死者はなく、本部建物の被害もガラス窓が割れたぐらいである。エルヴィン団長を通じて配下の兵士達に退避警告が出されていた為だった。

 最終的に勝利したとはいえ、この戦いの犠牲は少なくなかった。ハンジを含む10数名の戦死者、重篤患者もいるので死者の数はさらに増えるだろう。そして負傷者の数が死者の数倍というのが、今回の戦いの特徴だった。闇夜の中での戦闘ではワイヤー同士が絡まったり空中衝突したりするなど味方同士の接触事故が多発、さらにうなじが強化されている巨人という事で、歴戦の調査兵団といえども苦戦を強いられたのだった。精鋭兵士も例外ではなく、グンタ、シス、ネスといった最精鋭兵士にも負傷者が出ていた。

 

 

 調査兵団兵士長リヴァイは死闘を終えて疲労の極みにあった。リヴァイ自身は負傷することはなかったが2時間近くも戦い続けたのだった。ユーエス軍の参戦がなければ、調査兵団が壊滅していた可能性も十分にあった。

 それにしても例の爆弾の威力は凄まじかった。1キロ近く離れていた自分達のところにまで衝撃波が伝わってきたのだ。あの威力なら巨人が密集していれば数千体でも抹殺できるだろう。同時にユーエス軍側の強い意志を感じさせるに十分だった。巨人を使役する者は何人たりとも容赦しない、見せしめという事だ。圧倒的な武力を見せ付けることで今後の交渉を優位に進める意図も透けて見える。

(まあ、それでも彼らに助力願うしかないけどな……)

追い詰められた壁内人類の現状はリヴァイも痛いほど理解していた。

 

「リヴァイ兵士長、団長がお呼びです」

 若い伝令兵が伝えてきた。リヴァイはやれやれと思いながらも団長室へと赴く。途中、建物外に並べられた幾つもの布袋(死体袋)が見受けられた。今朝の戦いで戦死した者達の遺体が収められているのだろう。玄関ホールは仮設病棟と化しており、負傷者達や手当てする看護兵などで溢れかえっていた。勝利したとはいえ激戦だった事の証左だった。リヴァイはその中をすり抜けて階段から二階へと向かった。

 

「エルヴィン、入るぞ」

 リヴァイが団長室に入ると、中には意外な人物がいた。小柄な少女新兵――クリスタ=レンズである。クリスタとはトロスト区防衛戦以来であるから二週間ぶりの再会だった。クリスタはぱたぱたとリヴァイの方に駆け寄ってきた。

「……」

挨拶をするのかと思いきやクリスタはじっとリヴァイを見つめたまま無言だった。そればかりか目の周りが赤く泣いたような跡があった。リヴァイは親しい誰かが戦死した事を察した。

「なにがあった?」

「ハ、ハンジ分隊長が……」

要するにハンジの遺体が発見されたという事だった。建物の下敷きになり生存は望み薄だったが、やはり現実は甘くはなかった。巨人研究の第一人者にして奇想天外な発想力の持ち主で、陰ながら調査兵団を支えてきた逸材と言ってもいい。それだけに惜しまれる横死だった。

「そうか……」

リヴァイは一言だけ返す。

「ハンジのことは残念だった。だが今は悲しんでいる暇はない。急ぎ情報を集め今後の対応策を練る必要があるからな」

エルヴィンのいう事はもっともだった。

「そうだな」

「リヴァイ、ケニー=アッカーマンという名前に心当たりはあるか?」

「ケニー? いや、俺の知っているケニーはいるが名字まではどうか……」

 

 リヴァイは十歳の頃、母親が病死している。その後、自分の生活の面倒を見てくれたのがケニーだった。貧民(スラム)街で生き抜く術も格闘技もケニーの手解きが大きかった。さもなくばただの悪党の末端としてロクでもない人生を送っていただろう。自己鍛錬もあるがケニーとの出会いがなければエルヴィンに勧誘(スカウト)されるような技能はなかったはずである。そのケニーは、ある日、突然「仕事にいく」と言ってそのまま還ってくる事はなかった。薄々裏家業をしていたらしい事は察していたので何らかの事件に巻き込まれて死んだと思っていた。

 

「今回、捕虜にしたうちの一人がケニー=アッカーマンだ。中央第一憲兵団、対人制圧部隊の隊長と名乗っている。どこまで本当かはわからないが……」

「ふん、それでオレにそのケニーとやらの尋問をしろって事か?」

 リヴァイはエルヴィンの意を汲んで訊ねた。

「そうだ。それとクリスタも連れて行け」

「なぜこいつを?」

 リヴァイは顎で杓ってクリスタを指し示す。

「例の”通信機”の予備を持ってきてくれたのが彼女だからだ。そうでなければ避難警告を出すことはできなかった」

「お前が!? そうか」

リヴァイは頷いた。通信機の予備を持ってきたという事はユーエス軍から信認されていなければ有り得ない。通信機そのものが極めて重要なアイテムだからだ。クリスタはただの新兵ではなく、ユーエス軍の代弁者に近い立場という事になるのだろう。

 

「それともう一人の捕虜、フリーダ=レイスの顔を知っているらしい。レイス家は知っているとは思うが、内地北方に広大な領地を持つ大貴族だ。フリーダはそこの令嬢だそうだ」

「レイス家? なぜ大貴族の御令嬢が中央憲兵の連中と一緒なんだ?」

「さあな、その辺りは奴等に聞いてくれ。それと向こうが協力的な態度を取る限り暴力は禁止する。ユーエス軍は降伏勧告の中で寛大な処置を約したそうだからな」

「ちっ、こっちは仲間が大勢巨人に殺されてるんだぞ! 奴らが使った巨人化薬品のせいでな!」

リヴァイは仲間を殺された怒りがこみ上げて来る。今回の戦いは死ぬかもしれないと覚悟して臨む壁外遠征とは意味合いが全く異なる。安全なはずの内地での巨人襲撃である。ハンジを初め今朝未明の戦いで散った者達は本来死ななくてもいいはずだった。彼ら中央憲兵の連中が仕掛けてこなければが……。

 

「わかっている。だが我々はこれからユーエス軍とより密な協力関係が必要になってくる。個人的な感情は抑えて欲しい」

「……了解だ。エルヴィン」

 リヴァイは渋々エルヴィンに従うことにした。

「兵士長、いきましょう」

 クリスタが促す。

「ああ」

リヴァイは頷くと、先を切って歩き出す。クリスタが後ろから付いて来た。

 

 地下牢、石造りの地下室に2人の足音が木霊する。ここは元々武器・物資貯蔵庫だったが、トロスト区戦以降、巨人化能力者を捕縛する可能性が出てきたため、最近になって牢獄として整備されたのである。岩盤をくり貫いた頑丈な作りは、巨人化能力者の巨人化を阻む効果があると期待されていた。天窓から陽光が差し込み牢獄内を仄かに照らし出していた。

 

「お前はここで少し待っていてくれ。先にオレが様子を見てくる」

「はい」

 クリスタは頷く。リヴァイは牢獄の廊下を進む。途中、仕切りとなる木扉を開けて中に入ると、牢の一つから声がした。

 

「よう、リヴァイ。久しぶりだな」

「ケ、ケニー!?」

 リヴァイを驚いて目を見張る。牢屋の中にいる長身の男は老けてはいたが間違いなく自分の知っているケニーだった。実に15年ぶりの再会だった。

「まさか……、あんたが生きているとはな。それだけじゃない、憲兵を殺しまくっていたあんたが憲兵やっているとは……」

「ふん、ガキには大人の事情ってもんがわからないのさ。おっと、お前はチビなだけでそれなりに歳を取ったんだよな。まあ、お前の活躍は楽しみにしていたよ。今朝もいい動きしていたよな。あの暗がりの中、あの15m級を倒しちまうんだからな」

「ケニー! ま、まさか、お前があの巨人化薬品を使ったのか?」

「くくっ、感謝してほしいもんだぜ。巨人達が一斉に襲い掛からないように調整してやったからな。さすがにお前ら(調査兵団)でもあの数を纏めて相手にはできねーだろ?」

要するにケニー達が巨人化薬品を使ったという事だった。

「き、貴様……」

「まあ、タネ明かしをするとだな、注射すれば即効、水に混ぜれば数分、消化しにくい肉に混ぜ込まば1、2時間ぐらいってところだ。まあ、今更隠しても仕方ねぇ。ユーエス軍とかいう連中を誘い出すのが目的だった。もっともあそこまで強力な爆弾があるとは思ってもみなかったがな」

「ユーエス軍が現れなかったらどうするつもりだった? 俺達(調査兵団)を壊滅させるつもりだったのか?」

「そうだな。昨日の(捏造)記事のとおり、お前らの技術班が隠し持っていた薬の実験が失敗して、大量の巨人が生み出された事にする。調査兵団を潰すには十分な口実だろ?」

「それが王政府の意志か?」

「そうなるな。もっとも直接命令されたわけじゃねーぜ。いわゆる忖度って奴だ」

 

「ケニー、貴方は黙っていなさい」

 女の声がした。見れば隣の牢の中に囚人服代わりの襤褸を纏った黒髪の女が立っている。リヴァイは事前に聞いているので、この女がフリーダであることは知っていた。

「お、おい」

ケニーは少し驚いた様子で声を出したが、フリーダは制止する。

「貴方が人類最強のリヴァイね。初めして、フリーダ=レイスよ」

「挨拶はいい。お前達が俺達(調査兵団)に協力するというのなら過酷な尋問(拷問)はしない。先ほどの続きだが、巨人化薬品の使用を命令したのはお前なのか?」

「答える前にそちらの主、ユーエス軍と取引させてほしいわ」

「取引だと? お前達は囚われの身だぞ。自分の立場がわかっているのか?」

「取引に応じるか否かは、リヴァイ、貴方の決めることではないでしょう?」

「それはそうだが……」

「薄々は気付いているでしょうけど、ウォール教は敵巨人勢力の工作機関よ。そしてわたしはウォール教の裏帳簿の全てを記憶しています」

 

「……」

 フリーダの話はリヴァイにとっては予想外だった。ウォール教はここ近年急速に勢力を増した新興宗教で、有力貴族や豪商を取り込み豊富な資金力を背景に政治発言力は無視できないものになりつつある。壁上砲台の設置等の壁強化政策が遅延したのはウォール教の仕業であることも知っていた。調査兵団からしても好印象を持つはずがなく潜在的な敵に等しいとは思っていたが、敵そのものだとは思っても見なかった。フリーダがもし言葉どおり裏帳簿を記憶しているなら、ウォール教の資金の流れを解明できる。すなわち売国奴を一気に炙り出す事ができるという事だからだ。

 

「その話は本当ですか?」

 リヴァイ達の会話に割り込んできた者がいた。木扉の向こうで待機していたはずのクリスタだった。

「あ、あなた、ヒストリア? いえ、今はクリスタだったわね」

「フリーダお姉さま、お久しぶりです。お会いできて嬉しいです」

「おい、クリスタ、どういうつもりだ?」

リヴァイはクリスタに怒気を浴びせるが、クリスタは怯む様子はなかった。

「ハンジ分隊長の後任で、今はわたしがユーエス軍との交渉役です」

「……」

リヴァイは一瞬叱り付けようとしたが、少し考え直した。クリスタがユーエス軍指揮官ヴラタスキから特別の信認を取り付けているのは間違いないだろう。

 

「フリーダお姉さま、取引とおっしゃいましたね。情報を提供する代わりに何をお望みでしょうか?」

「そうね、まず対人制圧部隊の生存者に対する免責と保護、そして我がレイス家の生命財産の保証よ」

「わかりました。ただ裏帳簿の全てを記憶していると言われても信じられません」

「じゃあ、少しだけ話してあげるわ」

 

 フリーダは何も見ることなく20件近い取引内容を話した。いつ誰が誰にいくらの資金を渡したのかなど詳細に語る。頭の中にノートがあるとしか思えないほどの驚異的な記憶力だった。

 

「わかりました。ヴラタスキ様に報告しておきます」

「いい返事期待しているわ」

フリーダは微笑みを浮かべて手を振っている。

「ふん、あのときの鼻水たらしていた雌ガキか。5年ぶりだというのにオレには挨拶なしかよ」

それまで黙っていたケニーがクリスタに乱暴な言葉を投げ掛けた。クリスタは振り返り、ケニーを睨みつける。

「して欲しかったのですか? わたしの目の前で母を殺した殺人鬼のくせに!」

クリスタの返す言葉もまた激烈だった。

「おいおい、あの時は仕方ねーだろ? お前の母親が手切れ金に満足せずレイス家を強請ってきたんだぜ。自業自得ってもんだろ?」

「……。ケニー=アッカーマン、因果応報という言葉をご存知ですか?」

「あ、何いってやがる」

「別に理解してくれなくてもいいです。もう話す事もないでしょう。兵士長、行きましょう」

 

 リヴァイとクリスタは牢獄を後にした。さきほどの会話でケニーがクリスタの母親を殺害したのは事実だろう。

「……」

廊下に出てもクリスタは何を話さない。重苦しい空気が漂う。階段の踊り場に来てリヴァイは声を掛けてみた。

「おい、クリスタ」

「はい」

「その、なんだ。ケニーがお前にそんな酷い事をしていたとはな。すまない」

「……。どうして兵士長が謝る必要があるんですか?」

「ケニーはオレにとっては親代わりに育ててくれたからな」

「母は大変美しい人でした」

「それはわかる。お前が母親似なら間違いなく美人だろうからな」

クリスタは手をパタパタ振って否定した。

「わ、わたしの事はいいです。は、母はわたしには冷たかったです。『お前なんか生まなければ良かった』と云われたこともあります。そ、それでも……」

クリスタはいきなりリヴァイに抱きついてきた。

「わたしのお母さんでした……」

クリスタの金髪に隠れて顔は見えなかったが、涙目になっているようだった。

(こいつも辛い目にあってきたという事か……)

高い演技力と強い精神力の持ち主に見えてもクリスタはやはり年頃の少女という事だろう。リヴァイは周囲を窺ったが、幸い人影はない。傍目には自分がクリスタを泣かせたとしか思えないだろう。リヴァイはクリスタの肩を軽く叩いた。

「まずはエルヴィンとヴラタスキに報告だ。いくぞ」

「はい……」

 

 

 フリーダから持ちかけられた取引。慎重に内容を吟味した上でユーエス軍(秘密結社軍)指揮官リタ=ヴラタスキ、調査兵団団長エルヴィンは応じる事にした。フリーダ達からの情報に基づき、後詰として付近のウォール教信者の農家で待機していた中央第一憲兵団の残党(サネス=ジェル達)を調査兵が捕縛。またトロスト区内にあるウォール教支部の建物を制圧、証拠品などを押収する。また調査兵団の補給班班長の男を情報漏洩の疑いで拘束。簡易裁判の後、サネス達全員は巨人化薬品を使用した罪で同日夕方には銃殺刑に処せられた。

 

 そして巨人化薬品が人類同士の戦いに用いられた事を受けて、駐屯兵団南側領土司令官ドット=ピクシスは調査兵団側に加勢する事を決意。南側領土駐屯兵団、調査兵団、ユーエス軍の3者が連合して、現王政府に対するクーデターが決行された。街道を封鎖して情報を遮断した後、軍備を整えると翌日には王都に向かって進軍する。このとき、ユーエス軍が持つ”通信機”を用いた情報伝達能力が最大級の威力を発揮する。通信機の存在は限られた者にしか知らされず厳重に秘匿されたが、離れた場所にいる部隊が統一された指揮の下、軍事行動を取る事ができたからである。

 

 翌々日未明、調査兵団主体の反乱軍は王都(ミッドラス)の主要施設――王宮、総統府、ウォール教関係施設、新聞社、中央第一憲兵団本部、巨人化薬品が隠匿されているレイス家別邸、城門、水道施設等を制圧。王政府側の貴族や高官の邸宅にも制圧部隊が踏み込み、敵巨人勢力のシンパを次々と拘束、抵抗した者は容赦なく粛清されていった。王政府側は対人制圧部隊壊滅の情報さえ知ることなく、フリーダ=レイスの取引(王政府側からみれば裏切り)もあって、この兵団クーデターに為す術がなかった。事後承諾の形にはなったが、ザックレー総統もこのクーデターを支持、壁内にいる人類の内なる敵は一掃されたのだった。

 




【あとがき】
 クリスタの過去の名前はヒストリア=レイスですが、本作では女王になることはありません。フリーダやレイス家の他の子供達が健在なので、妾の子であるクリスタの価値は無きに等しいからです。また原作どおりケニーがクリスタの母親を殺害しています。

 リヴァイの過去もケニーとの関係も原作どおりです。リヴァイは少年時代ケニーに親代わりにして育てられています。少年リヴァイに戦闘技能を教え込んだのもケニーです。人類最強の男の生みの親と言っていいでしょう。

 一気に話を進めてしまいましたがフリーダからの情報提供もあって調査兵団主導のクーデターは成功、壁内世界から敵巨人勢力の工作機関や売国奴が一掃されます。壁内世界は兵団主導の軍事政権が誕生しますが、これで全てが終わったわけではありません。

 巨人勢力側から見て辺境の属国扱いの国から音信途絶、送り込んだ偵察部隊も使者も全て未帰還となれば、警戒します。さらに巨人化能力者(ライナー達)が反乱に加わったと考えるので征伐対象になるでしょう。全面戦争は不可避な情勢です。

 ユーエス軍(リタ達秘密結社)指導の下、軍制改革が行われ、総力戦体制が取られていきます。次章からは新体制での話になります。


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第8章、兵団政府
第63話、新体制


トロスト区防衛戦が発生したのを秋初旬(9月頃)と想定しています


 兵団クーデターとも呼ばれる今回の革命は百年の歴史を持つ壁内世界においても初めてのこどだった。一夜にして支配者が入れ替わり、それまで権勢を誇っていた前王政府側貴族、ウォール教、中央第一憲兵団の関係者一族郎党は囚われの身となり、抵抗した者はその場で殺害された。

 革命二日前に発生した巨人による調査兵団本部襲撃事件。この事件が前王政府が敵巨人勢力に内通して巨人化薬品を入手していたという傍証となり、革命軍(調査兵団・南側駐屯兵団・ユーエス軍の連合軍)は「人類の裏切り者を討つ」という絶好の大儀名分を手に入れたのだった。またザックレー総統が早期に革命軍に支持を表明したことで、憲兵団もほとんど抗戦することなく革命軍に降伏した。

 

 王都に進軍した革命軍の兵力は、調査兵団約百人、南側駐屯兵団選抜部隊の約四百人、これにユーエス軍(リタ達秘密結社)所属の生体戦車(ミタマ)1体が密かに随伴していた。リタが王都にミタマを派遣させたのは知性巨人対策の為だった。また統一した指揮統制と取る為、”通信機”を持つペトラ・ミカサ・クリスタ・アルミンの4名が連絡担当として革命軍に同行していた。

 

 王都に駐留する王政府側の兵力は憲兵団・中央第一憲兵団・王宮警護隊など三千人超。兵力的には革命軍の六倍以上あったが、実戦経験・錬度・指揮統制・士気の点で比べるべくもない。これに加えて完全な奇襲と重要目標に対する同時攻撃となっては勝敗は一瞬で決まった。

 

 最大の懸念事項だった敵側の巨人化能力者については、フリーダ=レイスからの情報提供で判明したウォール教司教夫婦をリヴァイ特別作戦班(リヴァイ・エルド・ミカサ)が寝込みを襲って抹殺している。フリーダ自身も巨人化能力者であるが、ユーエス軍との”取引”で免責、レイス家は当主であるロッド=レイスが引退蟄居(軟禁)、15歳の長男ウルクリンが新当主、後見人が長女フリーダとなった。むろんフリーダは巨人化能力であるので、ユーエス軍より特殊加工された首輪(遠隔監視機能付)の装着が義務付けられている。またレイス家が保管していた未使用の巨人化薬品の全てをユーエス軍が押収し、シャスタを中心に解析を進めており今後の戦いに有用な情報が得られることだろう。

 

 革命成就後、ザックレー総統とユーエス軍指揮官ヴラタスキ将軍(リタ)との間に正式な軍事同盟が締結され、それに伴って軍の大規模な組織編制が行われた。まず敵方となった中央第一憲兵団は解体された。ザックレー総統の下に全兵団を統括する統合参謀本部が設けられ、その参謀総長に調査兵団団長エルヴィン=スミスが就任し、壁内世界の軍政を一手に統括することになった。またミケ=ザカリアスが昇格して第14代調査兵団団長に就いた。また巨人化能力者対策として秘密の特務機関が新設され、リヴァイがその中心メンバーとなった。

 そしてユーエス軍の協力と指導の下、壁外機動戦力として第四兵団(後に空挺兵団と命名)が創設されることになった。航空戦力を有することになるこの兵団は、人類初の空軍という事になる。

 

 トロスト区戦以降の英雄となったリタに対し、新政府は王族以外では貴族最高位である侯爵号を贈り、同時に壁外領域(ウォールマリア)全域を侯爵家の領地とする事を認めた。またリタが求めていたいくつかの条項(治外法権・免税特権・各種技術の特許権・商業活動の自由など)も大筋で認めた。これ以降、リタはヴラタスキ侯爵夫人を名乗る事になった。

 ウォールマリアは言うまでもなく巨人が跋扈する領域なので現時点での資産価値はゼロに等しい。追い詰められた現在の壁内世界では喫緊の課題として軍備増強に資金を回す必要があるため、リタ達に報酬が用意できないからだ。その点はリタも承知しており、新兵団設立・戦時統帥権の獲得など軍事分野での協力が得られる事で良しとしたのである。

 

 

 850年晩秋、革命から1ヶ月半が経過した日の朝、トロスト駐屯兵団宿舎一階大食堂でミーナ=カロライナは朝食を摂っていた。食堂内に人影は疎らだった。

(人が少なくなったといっても亡くなったわけじゃないから、まだいいよね)

 ミーナはそう思った。革命後、調査兵団預かりとなっていた他地区新兵達は原隊に復帰してトロスト区から去っていった。ミーナを含め新兵達は革命当日もトロスト区で待機していた。調査兵団本部襲撃事件の後の混乱で、なにがなんだか分からない内に王政府が倒れ、調査兵団主導の軍事政権が出来ていたというのが実感だった。

 

 ミーナは宿舎の窓から見える北門の旗に目を向けた。薔薇の紋章(駐屯兵団)、自由の翼(調査兵団)に加えて、見慣れない絵柄の旗が翻っている。猫のシルエットの紋章、それがユーエス軍改めヴラタスキ侯爵家の紋章だった。トロスト区の城壁からでは確認できないが、壁外領域(ウォールマリア)の何処かに彼らの部隊が駐留しているらしい。例の新型爆弾(気化爆弾)を装備している事から考えて、極めて強力な戦闘集団だった。正式に同盟が締結された事で彼らの旗を掲揚する事になったのだ。

 

(そういえば、侯爵夫人ってどんな人なんだろ? 同盟を結ぶぐらいだから総統閣下や参謀総長も会っているんだろうだろうけど)

 若い女性で猫好きという事以外は、実像はほとんど知られていない謎の人物だった。

 

 突然、騒がしい足音が聞こえてきた。見ればサシャがこちらに駆けつけてくる。ミーナは急いで皿の上にあったパンを口の中に入れた。

「ミーナ、どうして起こしてくれないんですかぁ」

「ふぁんのほと?(何の事)」

ミーナは口の中に食べ物をいれているせいでモゴモゴと喋った。

「いっつも朝は先に起きて食堂にいっちゃうし……」

サシャは口を尖らせて文句を言うが、文句を言いたいのはこちらだった。最近、食料事情が厳しくなって配給制が敷かれ、兵士達の食事量も以前に比べて二割ほど減らさせている。スープから肉がなくなったとかは地味にきつかった。こんな状況でサシャに分け与える余分な食料はないだろう。

 

「ああ、もう食べちゃいましたねー」

「うん、サシャも配膳もらってきたら?」

「それだけじゃ足りないんです。食事量を減らすなんて、総統府も本当にイジワルです。お腹が減っては満足に戦えません」

 

「ったく。相変わらず騒がしいわね。そこの芋女」

 後ろから声がした。振り向けば憲兵団の少女新兵――ヒッチ=ドリスが立っている。以前の新兵説明会で自分達南側訓練兵に罵倒を浴びせてきたのがこのヒッチである。当然悪い印象しか持っていない。

「な、な、なんですって!? ってあなた、憲兵団のえーと?」

「ヒッチ=ドリスよ。食べることしか頭にない鳥頭だから人の名前も憶えられないみたいね」

「きぃー! ど、ど、どこまで馬鹿にする気なんですかぁ!」

サシャは罵倒されて怒り心頭といった様子だった。ミーナはヒッチを観察してみる。肩には吊り下げた大きな鞄を持っていた。

「私達になにか用でしょうか?」

「うん、黒髪のお下げは芋女と違ってまともに話せるみたいね」

「ミーナ! こんな奴、相手にする必要なんてありませんよ!」

サシャは口を挟んでくるが、ヒッチは知らぬ顔でミーナに話しかけてきた。

「わたしは今朝の便で、内地に戻るわ。怪我が治るの遅かったから出発が今日になったのよ」

 ヒッチはラガコ村事件での巨人遭遇戦で負傷しており、手足に酷い火傷を負ったいたはずだ。よくよく見ればヒッチの手には火傷の痕が残っていた。

 

「よかったですね」

「まあね。ミーナ=カロライナだっけ?」

「はい」

「あなた達の苦労も知らずに酷い事を言っちゃったりして悪かったわね。巨人との戦いがあれほど苛烈なものとは知らなかったから。ごめんなさい」

 ヒッチはミーナに頭を下げた。

「へ?」

サシャは思わぬ展開に変な声を出していた。

「キルシュタイン達にもよろしく伝えておいて」

「そ、それはわかりましたけど、でもどうして?」

「病室にいる時間が長かったから考える時間が一杯あった。この世界は安定したものじゃなくて、いつ壁が破られて巨人が雪崩れ込んでくるかもしれない危険と隣りあわせだった事に気付いたから。それだけじゃない。敵は壁の中にも潜んでいた。考えてみればホント怖いよね。ユーエス軍がいてもこれだもの。革命がなかったら間違いなくこの世界は巨人に滅ぼされているでしょうね。……、マルロも言っていたけど自分に何ができるか考えた。わたしは憲兵団に戻って真面目に憲兵しようって思う」

 ヒッチはしんみりと語る。思い返せばラガコ村事件でヒッチの同僚は大勢戦死していた。仲間の死で考えさせられる事もあったのだろう。

「そうなんだ」

「巨人との戦いはあなた達調査兵団やユーエス軍に任せるわ。武運を祈る事しかできないけどがんばってね」

「ヒッチ、あなたもね」

ヒッチは笑みを浮かべると紙袋をミーナに差し出す。ミーナは受け取って中を改めた。生の芋が何個も入っていた。食料事情が厳しくなっている中で食べ物の差し入れはありがたかった。

「謝罪の気持ちよ。みんなで分けて食べて。芋女、あんたも一つだけなら食べる事を許可してあげる」

「だ、だからなんでわたしが芋女なんですか?」

「ん? よく一緒にいるチビハゲの子がそう呼んでいたのを聞いたんだけど?」

「コニー!? やっぱりあいつでしたか! 許せません」

「それじゃ、わたしは行くわ。じゃあね、ミーナ」

ヒッチは手を振って去っていった。ヒッチの事を嫌味ばかり言う女だと思っていたが、そんなに嫌な奴ではなかったかもしれないとミーナは思い直していた。

 

 

「この親不幸者がっ! よくもわしの前に顔を出せたな!」

 王都にある高級ホテルの最上階6階、最上級客室に怒声が木霊した。怒鳴り散らしているのは革命が起きるまで実質壁内世界の支配者だったロッド=レイス卿である。レイス卿は革命当日に調査兵によって拘束され、以降は外部との接触が絶たれた状態で秘密裡にこのホテルの一室に監禁されていたのだった。今日、レイス卿の元に訪れたのは長女のフリーダ=レイスと監視役のリヴァイである。

 

「お前、分かっているのか? もはや総大司教猊下の御慈悲に(すが)る事も適うまい。この(壁内)世界は滅ぼされる。我らエルディア人は一人残らず殺されることになるんだぞ!」

 レイス卿はフリーダを叱責した。レイス卿にしてみればウォール教および王政府派貴族高官に関する内部情報を敵方である調査兵団に教えたフリーダの行いは許しがたい裏切りだろう。ちなみに総大司教とは宗教国家である敵巨人勢力の最高指導者のことだった。

 

「お父様、彼の国が約束を守ると思いますか? 5年前、なんの通告もなしにウォールローゼに侵攻し、領土を強奪しました。その見返りが巨人化薬品ですか? あんなもの、消費期限が切れたらなんの役にも立たないでしょう。あの時、それ以上は攻めないと言っておきながら、今回トロスト区に侵攻してきました。それも潜入工作員を送り込んだ上ですから確信的でしょう。降伏してその時は許されてもいずれ機会を見て私達を絶滅させようとするに決まっています」

 

 レイス家は仮にも壁内世界の真の統治者であり、巨人勢力と交渉を行っていたようだ。いや、交渉というより一方的に譲歩させられただけだったという方が正解かもしれない。フリーダの話を聞くかぎり敵巨人勢力の悪辣さは底なしだった。こちらが譲ればどこまでも要求してくると考えて間違いない。こういう輩に話し合いなど有り得ない。

 

「リヴァイ、あなたもそう思いませんか? 勝ち目がなくても戦って死ぬ方がましだと思いませんか?」

「ああ、そうだな」

フリーダに話を振られたリヴァイはそう答えた。

「ただし、俺達は戦って勝つつもりだ」

「馬鹿馬鹿しい。お前たちはどれだけ強大な相手と戦っているのかわかっているのか? 小規模な尖兵を撃退したぐらいでいい気になるな!」

「むろん俺達だけでは厳しい事は分かっている。まして後ろから刺すお前達のような裏切り者がいたんじゃ絶対に勝てないからな。だから革命でお前達(内なる敵)を排除させてもらった。それにレイス卿、新聞を差し入れているから知っていると思うが、我々人類は強力な友邦を得ている」

「ああ、知っているとも。例の侯爵夫人とやらのことだろう? うまく考えたな。巨人の反乱分子を謎の勢力に仕立てあげるとはな」

レイス卿はヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)の事を誤認したままだった。巨人を倒せるのは巨人でしか有り得ないという思い込みがあるのだろう。リヴァイはことさら指摘する気はなかった。

「レイス卿、言っておくがお前は本来なら極刑になってしかるべき人物だ。フリーダがこちらに協力しているからこそ、免罪されているだけだぞ。自分の娘によくよく感謝することだな」

「こ、この無礼者が! 王であるわしを侮辱しおって!」

「お父様、長い間、お勤めご苦労様でした。後はゆっくり静養なさるのがよろしいかと思います。この世界の事は彼ら(調査兵団)に任せましょう」

フリーダはこれ以上の会話は不毛と思ったのか、別れを言葉を告げた。そしてリヴァイと共にレイス卿の部屋を退出した。

 

 廊下に出ると外で待機していた若い調査兵ニファが駆け寄ってきた。ニファは黒髪のショートボブの小柄な娘で元ハンジ技術班の一人であり、現在はリヴァイ率いる特務機関の一員である。

「兵士長、もうよろしいのですか?」

「ああ、もう終わった」

「そうですか。ではフリーダ様」

「わかっています」

フリーダは後ろを向くと、ニファは手に持っていた黒帯でフリーダの目隠しをした。フリーダは自分達に協力的ではあるが、巨人化能力者である。その気になれば数秒で巨人体をこの場に出現させる事ができる。装着している特殊加工の首輪に加えて外出時は目隠しをする取り決めをしていた。フリーダの感知能力(対巨人能力者)が必要なときは、こうやって巨人殺しの達人であるリヴァイかペトラが監視につき、外に連れ出していた。今日はその任務の後、久々に実父のレイス卿の様子を見に訪れたのだった。

 

「リヴァイ、あなた達が革命を起こしてくれて感謝しているわ」

「そうか」

「そうじゃなかったらわたしは王女のままで、ケニーと結ばれることはなかったから」

 フリーダとケニーは特務機関本部(旧中央第一憲兵団本部を接収)の地下室の一室で軟禁のまま同棲している。男女の営みをしている事は当然リヴァイも知っていた。フリーダが心変わりして調査兵団側に付いた理由はケニーとの恋が理由だったようだ。

 

「今、わたしは幸せかもね」

「オレにとってはお前の理由はどうでもいい。ただ巨人共を倒せるのに有用かどうかだけだ」

「兵士長、そこまで言わなくても。もう少し言い方が……」

ニファは窘めるが、リヴァイは改めるつもりは毛頭なかった。

「……」

「ところでヒストリアは今、どうしているの?」

「ああ、クリスタさんですね。兵士としての勤めがあって忙しいみたいですね。元気そうにはしてましたよ」

「そうなの? 会いに来て欲しいけど、ケニーが居たんじゃ仕方ないわね」

「……」

上層部の取り決めでケニーが免責されている事をクリスタはよく思っていないだろう。なぜならクリスタは母親を目の前でケニーに殺されたのだから。そのケニーと実姉のフリーダが恋仲であることも面白くないはずだった。

 

「こんな姉でごめんなさいって伝えておいて」

「わ、わかりました」

「……」

 リヴァイはフリーダとニファの会話に加わらなかった。考えている事は差し迫っている巨人勢力との決戦である。この戦いに敗れれば人類に後はない。レイス卿の言うように人類は滅亡するだろう。確かに強大な敵だが今までは敵の姿すら掴めなかったのだ。以前の状況に比べれば大分ましだろう。

(勝てるか? いや、必ず勝ってみせる)

人類最強の男はそう決意していた。




【あとがき】

革命後の壁内世界の話です。前王政府派は徹底的に排除され、ザックレー総統を代表とする軍事政権が誕生しました。軍の組織改革が行われ人事異動がありました。

ザックレー総統、軍事と政治の長を兼任、壁内世界の統治者。
エルヴィン、参謀総長に昇格。総統の補佐で壁内世界NO2。
ミケ、調査兵団団長に昇格。
リコ、第4兵団団長に昇格。
リヴァイ、特務機関トップに就任。壁内に潜む知性巨人狩りが主任務。
ニファ、特務機関の一員。
リタ、侯爵夫人の爵位を得る。またウォールマリア全域を領地とすることで法的(壁内世界から見て)にも自由に活動可能。

リタの秘密結社メンバー(ペトラ達)は役職はまだ話しにでてきません。

ヒッチ=ドリスとミーナの会話。ちらりと出てきましたが、食料不足から配給制に替わっています。これはトロスト区侵攻など戦いが連続したことで民衆が不安になり、食料の買占め、売り惜しみが発生した事が原因です。食料問題だけはリタといえども解決できません。強力な兵器は持っていても農業に関するものは何ももってないからです。

レイス家の父と娘。ロッドとフリーダの会話です。リヴァイが同行。フリーダが調査兵団に協力している理由は、ケニーとの恋愛です。クリスタはこの件は不愉快でしょうから姉のフリーダにも会いに来ません。












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第64話、軍政

 革命より2ヶ月、壁内世界は比較的平穏を保っていた。むろん全くの無血というわけではなく、小規模な暴動・反乱がいくつか発生したが兵団主導の新政府軍が悉く鎮圧している。その中でも最大規模となった名門貴族ブラウン家の反乱は苛烈な殲滅戦となった。

 

 ブラウン家は古い家柄の名門貴族だったが、5年前のウォールマリア失陥に伴う混乱の最中に領主一家は次男を除き行方不明となっていた。実際は中央第一憲兵団・ウォール教による背乗(はいの)り(戸籍の乗っ取り)工作により、一家は召使や奉公人も含めて秘密裏に皆殺しにされ、敵巨人勢力側から送り込まれた少年が当主となっていた。このような戸籍乗っ取り工作はウォールマリアに領地を持つ貴族に対して複数件行われていたのだった。革命によりエルヴィン達革命軍が王都を掌握するが、事実の発覚を恐れた背乗り貴族達はいち早く王都を脱出、ウォールローゼ北方にあるブラウン家領地に集結した。

 ここはユトピア区(ローゼ北)とオルプト区(シーナ北)を結ぶ街道に位置する。本拠地の城塞は川の合流地点に立つ天然の要害だった。城塞に篭る反乱軍は私兵・傭兵を含む三百名。反乱軍首謀者達は長期に篭城していれば権力掌握が十分でない新政府に付け入る余地があると踏んだのだろう。しかしながら軍政を統括する参謀総長エルヴィン=スミスは反乱を即座に鎮圧する事を決意、最精鋭部隊であるリヴァイ特別作戦班を出撃させた。(ユーエス軍(現ヴラタスキ侯爵軍)の生体戦車一体が非公式で加勢)

 リヴァイ達は城塞を夜襲で一夜で陥落させる。夜襲とはいえたった数人で30倍近い敵兵を文字通り殲滅した事実は、調査兵団の武威を示すに十分であり、同時に敵には容赦しない新政府の断固たる意志を壁内世界の人々に見せ付けたのだった。(後に背乗り貴族達であったことが判明するがそれはまだ先の事である) この反乱の後は武装蜂起という事態は発生していない。時には強硬策を採る事も国家統制には必要な措置だろう。

 

 一方、ウォール教一般信者はさほど大きな抵抗を見せていない。親巨人派の幹部が根こそぎ排除(パージ)された上に教祖扱いのレイス家より新政府に恭順する旨が信者達に通達されていたからである。『ヴラタスキ侯爵夫人こそ、この世界を守るために神が遣わした使徒、そして戦女神であられる』という噂話も信者の間で広まっていた。いずれにせよ政治力・財力を失ったウォール教に対しては新政府側も必要以上の弾圧は行っていない。

 

 壁内世界の情勢が安定してくると、新政府は壁内世界の総力を挙げて対巨人戦争の準備にとりかかっていた。ローゼ内にある工業都市に、新たに設立されたリコ=フランチェスカ率いる第四兵団(空挺兵団)を派遣、兵器開発の指揮を執らせる。

 敵の大規模侵攻が近いと予想されている為、時間のかかる航空兵器の開発は後回しとし、直ぐに実戦投入可能な兵器が最優先された。その中でも一般兵士達に特に歓迎されたのが”新型立体機動装置”と”対巨人駆逐機”である。

 

 立体機動装置自体は、実戦投入されてから既に半世紀が経過している事もあって枯れた技術である。小刻みな改良は都度加えられてはいたが、基本性能は初期のものとさほど変わっていない。今回、リコ達が作り上げた新型立体機動装置は重量はほぼ変わらず、ガス容器の改良により燃料が2倍強、ワイヤー巻取り速度が従来型より3割ほど高速化されたものだった。燃料が増すという事は戦闘可能時間が増えるという事であり、ワイヤー巻取り速度は、空中機動の高速化、およびワイヤー回収時間の短縮に繋がる。これは中央第一憲兵団が隠し持っていた技術を押収し、ユーエス軍技術者(シャスタ)の助言もあって、第四兵団技術班(班長モブリット=バーナー)が実用化にこぎつけたのである。工業都市を押さえている事で量産化体制に入っていた。

 

 ”対巨人駆逐機(ハンジハンマー)”は、ハンジ=ゾエ(調査兵団技術班元班長)が遺した設計図を元に作成した兵器で、外壁に併設したクレーンより直径1mほどの鉄球を落下させて巨人のうなじを破壊、討伐するのである。囮役の兵士1名が巨人を誘導するだけで被害を出すことなく無知性巨人が討伐できる代物だった。壁外領域(ウォールローゼ)に存在する無知性巨人を一体でも多く減しておけば、敵侵攻時に操られる巨人の数が減るからである。トロスト区に試作1号機が設置され、良好な討伐実績を持って、他の城塞都市でも順次設置工事中だった。

 

 

 

 この日、王都(ミッドラス)の総統府官邸の執務室においてエルヴィン=スミス参謀総長(前調査兵団団長)はドット=ピクシス司令(駐屯兵団南側司令官)と対談していた。革命後、軍政の指揮を執るエルヴィンは多忙を極めており、王都から出ることは適わなかった。ピクシス司令は革命後しばらく駐屯兵団主力と共に王都に滞在していたが、情勢が落ち着くとトロスト区へと戻っている。トロスト区防衛にユーエス軍(現ヴラタスキ侯爵軍)が協力してくれているとはいえ、防衛の最高責任者がいつまでも不在というわけにはいかないからである。エルヴィンとピクシスが直接会うのは一ヶ月ぶりという事になる。

 

「なかなか大変そうじゃの?」

「いや、巨人と戦っていた時の事を思えば大したことはない」

「そうか、ザックレーは例の趣味をやっておるのかの?」

 ピクシス司令はザックレー総統とは訓練兵時代の同期で総統に対しては昔ながらの呼び捨てだった。その総統の例の趣味とは前王政幹部に対する屈辱的な拷問の事である。飲尿・食糞や屈辱的な姿勢を取らせたりなど楽しんでいる様子だった。総統曰く『常に偉そうしていた連中が気に食わなかったとの事』。革命発生時、直ぐにエルヴィン達反乱軍に組したのはもともと本人がクーデターを企てていたらしい。厳正な中立を維持する立場を貫いていたのは前王政派を欺くためだったらしい。

 

「そうですね。さすがに一般公開は不味いと思いわたしが止めるよう提言しました。侯爵夫人も同意見です」

「まあ、そうじゃろうな。一般公開なんぞすれば民衆の支持が離れてしまうじゃろ。にしてもあれが生涯やりたかった事だとはのぅ」

「司令、知っておられたのですか?」

「む、いかんな。口が滑ったな。(ザックレー)の野望には気付いておったよ」

 革命時、早期にザックレー総統を説得すべしと主張したのはピクシス司令だった。その意を受けてエルヴィンを通じてリタより王都に先行して侵入していたペトラに総統への密談が指示されたのである。(通信機器はペトラも所持している)

 

「じゃが、ワシは主と違って賭け事は好かん。また人類全体の生存の方を優先するつもりじゃ」

 ピクシス司令は執務室の窓際に寄り、町並みを眺めながら語った。

「お主らの提案に乗ったは、それが最善じゃと思ったからじゃ。王政の連中が例の薬を使って巨人を(壁内に)出現させるという外道の手段を使いおったからの。アレがなければまだ決めかめていた」

「そうですね。彼らは統治者としての責務を放棄しました。民を守るはずの統治者が自ら巨人兵器を使いました。もはや彼らに人類の命運を任せるわけにはいきません」

「そうじゃの。まあ、どちらにせよお主らやザックレーと争うことがなくて幸いじゃ」

「わたしも同感です。司令は敵に回すと強敵でしたから」

「言いよるわい」

 ピクシスは笑みを浮かべている。

 

「ところで侯爵夫人の件じゃが、爵位号を授けるように提案したのはお主か?」

「そうですが何か?」

「いや、よく先方(リタ)が納得してくれたの。言うまでもなく壁外(ウォールマリア)は巨人の支配下で我々人類の統治下にはない土地じゃ。価値も何もあったものじゃないじゃろ?」

「それはそうです。ですが人類がウォールマリアを奪還し人々が入植するようになれば土地は売れます。その売却益を当てるという事です。それに商業活動の自由など様々な利権を渡してはいます」

「人類の恩人にこんな事は言いたくないが、彼らは彼らの利益で動いているじゃろ? 念願叶って巨人共を駆逐したとして、彼らが我々壁内人類の新たな支配者となるのではないか?」

「侯爵夫人は信義を守る人物です。それに我々人類の領土は彼らからすれば遠方の未開の地です。血を流してまで手に入れる価値はないでしょう」

「ふむ」

「付け加えるなら、侯爵夫人に認めたのは領地であって領土ではありません。法的にはウォールマリアは現在も人類の領土です」

 領地であって領土ではない。この点はエルヴィンはリタと何度も電話会談して了解を貰っていた。また侯爵ならば王国議会に議席を持つことは可能だが、リタは壁内政界に進出しない旨を明言している。

「なるほどの。まあ、先方の承知の上じゃろな?」

「はい。それに侯爵夫人を壁外領域無断侵入罪に問うわけにもいきませんから」

 侯爵軍(ユーエス軍)の主力部隊は現在もウォールマリアに駐留している。壁内世界の防衛に絶大な貢献してもらっているのだがら、訴える事はないにしても法的にも潔白(クリア)にしておく必要があったのだった。

「そうか、そんな罪状もあったのかの? 初耳じゃ」

「わたしもです。」

 ピクシス司令は意外な顔である。エルヴィンもそんな罪状があるとは、部下から報告が来るまで知らなかったのだ。

 

 エルヴィンとピクシスが軍政改革・食料問題・ウォール教残党などの問題について意見交換していると、胸ポケットに入れているペンダント型の通信機が振動した。これはリタより非常連絡用として貸与されているものである。

「失礼」

エルヴィンはピクシス司令に断って窓際に立ち、”通話”ボタンを押した。リタ=ヴラタスキ侯爵夫人(ユーエス軍指揮官)からの音声が聞こえてきた。

 

「侯爵夫人、いかがされましたか?」

『来客中か?』

「ああ、ピクシス司令がお見えになっている」

『そうか、ならば一緒に聞いてくれ。……良くない知らせだ』

「少し待ってくれ」

 エルヴィンはペンダントを机の上に置き。”スピーカー”ボタンを押す。こうすると周りにも音声が聞こえるようになるのだった。

「司令、侯爵夫人からの緊急連絡です」

「うむ」

 

 エルヴィンが準備が出来た旨を伝えた。

『今朝、シガンシナ区周辺で大量の巨人が出現した。最低でも300体以上だ。今後もさらに増える可能性がある』

リタより緊迫した報告がもたらされた。

「なっ!?」

 エルヴィンは驚きの声を発してしまう。ユーエス軍(現侯爵夫人軍)の優秀な索敵能力は既に実証済みである。情報に誤りはないだろう。つまり、その時が来たという事だった。ピクシス司令は腕を組んだまま頷く。巨人発生の原理が分かった現在では、その意味は明白である。敵巨人勢力は多数の囚人を連れてきて巨人化薬品を投与したのだろう。対巨人駆逐機(ハンジハンマー)で地道に壁外の巨人を間引きしていた状況を一気にひっくり返された格好だった。

 

梯団(ていだん)形成には至っていないものの、いずれこちらに向けて侵攻してくるのは間違いない』

「来るべき時が来たという事じゃな」

ピクシス司令は厳しい表情のまま、エルヴィンに声をかけて来た。

『今夜、緊急の対策会議を設けていただきたい。構わないか?』

「わたしの方からも是非お願いしたいところだ」

『では後ほど』

「……」

通信を終えた後もエルヴィンもピクシス司令も無言のままだった。

 

(いよいよ決戦か……)

 人類側の軍備はまだ十分とはいえない。革命より2ヶ月、権力基盤を固めてようやく戦時増産体制に入ったところで、侯爵夫人軍との軍事協調もまだ端緒(たんちょ)に就いたばかりである。だが敵は待ってはくれないだろう。敵の侵攻は過去最大規模になる事は安易に予想できた。

 




【あとがき】

エルヴィン達新政府側の軍政状況です。革命より2ヶ月経過化し、軍備増強に努めていますが、敵巨人勢力は待ってくれません。過去最大規模となる敵の大攻勢が目前に迫っています。飛行兵器の開発は到底間に合いません。新型立体機動装置や対巨人駆逐機を実用化していますが、果たしてどこまで対抗できるのか。またリタの所有する戦力は、所詮一個戦車分隊に過ぎません。リタの作戦プランは果たして……?

背乗(はいの)りは現実世界で実際にある話しです。詳しくはネットで調べてください。


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第65話、軍議

【前話まで】
壁内世界の全権を掌握し、敵襲に備えて軍備増強を図る兵団政府。しかしながら、革命後2ヶ月目にして、エルヴィンは同盟者であるヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)より敵の攻撃の予兆があるとの急報を受ける。リタの要請に基づいて、エルヴィンは総統閣下を含む兵団幹部参加の軍議を開催することになった。


(微修正11/29)リタの作戦案に対して、総統がリコに発言を促すシーンを追加。


 夕刻、王都(ミッドラス)にある総統府庁舎会議室にて、現在の壁内世界を統治する兵団政府の最高幹部達が顔を揃えていた。総統ダリス=ザックレー、参謀総長エルヴィン=スミス、駐屯兵団南側領土司令官ドット=ピクシス、調査兵団団長ミケ=ザカリアス、空挺兵団団長リコ=フランチェスカ、総統府直属である特務部隊隊長リヴァイ、そして現在の兵団政府と正式に軍事同盟を結んだヴラタスキ侯爵家当主(ユーエス軍指揮官)リタ=ヴラタスキ。出席者7名、兵団幹部達は兵服を着用しているが、リタは黒いイブニングドレスの上に黒いコートを纏っていた。

 

(私がここに居ていいのか?)

 リコは周りにいる層々たる重鎮を見渡して少し萎縮していた。空挺兵団といっても、現状は元ハンジ技術班と駐屯兵団技術班の寄せ集めであり、戦闘部隊ではなく後方支援部隊としての性格が強かった。革命以降、リコはウォールローゼ内にある工業都市に常駐し、部下達と共に兵器・武器製造の陣頭指揮を執っていたのだった。リコは自分の役割はハンジの代わりである事はよく認識していた。

 

(ハンジさんが生きていたらなぁ……)

 リコは別々の兵団所属という事もあって、ハンジとは顔を知っている程度の間柄だった。むろんハンジが巨人研究の第一人者にして優れた技術者という事は知っている。ハンジならば独創的な兵器や戦術を生み出していたかもしれないと思うと、ハンジを喪ったことは人類にとって大きな喪失だろう。空挺兵団の初代団長はハンジが適任だったはずである。

 そのハンジの遺志を継いで造られたのが今の空挺兵団である。その創設にはリコの旧友であるペトラも深く関与している。ハンジの助手であり、かつヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)とも交友関係を持つ彼女がスミス参謀総長やピクシス司令に働きかけた事がきっかけだった。実際に創設が決まった後もペトラは軍事顧問としてリコと一緒に仕事することが多かった。

 

 

「侯爵夫人、現在の敵の動きは?」

 この会議の司会役を務めるエルヴィンがリタに訊ねた。リコは意識を会議に戻した。他の幹部連中の視線がリタに集中していた。

「先ほど観測班から追加報告があった。午後4時頃にもシガンシナ区付近で新たな巨人の反応を確認している。今日一日で累計500体は増加した事になる」

リタはさらりと敵増援について触れた。

「なっ!?」

「まだ増えるのか?」

「うーむ」

出席者からは一様に驚きの声が漏れてくる。

「現在のところ、出現した巨人達は無秩序に動いているだけで操られている形跡はない。しかし、いずれ梯団を形成し、こちら(壁内世界)に向けて侵攻してくるものと思われる。既にウォールマリア内を徘徊している巨人を合わせれば二千、いや三千は超えてもおかしくない」

 

(三千!?)

 リコは改めて敵の強大さを思い知らされた。先日のトロスト区防衛戦の際に襲撃してきた巨人の総数は推定700体とされている。今回の敵はその数倍規模になるというのだ。

 

「敵の襲来時期は予想できるのか?」

 エルヴィンがリタに訊ねた。

「そうだな。シガンシナ区より50キロ南の地点でも僅かながら巨人の反応が確認できている。ここからは推測になるが、敵は最終調整をしているようだ」

「最終調整?」

「倉庫に眠っていた大砲を引っ張り出した際、試射を行うだろう。それと同じだ。長い間能力を使っていなかった者が巨人化能力が順当に発現するか確認しているのではないだろうか?」

「なるほどな」

「移動距離を考慮すれば、敵のトロスト区到達は早ければ三日後という事になる」

「そこまで差し迫っておるのか!?」

ピクシス司令は独り言のように呟いた。

「司令、たった三日、されど三日です。事前にわかっていれば住民を避難させる事ができます。戦備を整える事もできるでしょう」

「そうじゃぞ。ピクシス。我々は侯爵夫人のおかげで敵の動きを察知できておる。これを生かさない手はないじゃろ?」

ザックレー総統もエルヴィンと同意見のようだった。

 

「まずは住民の避難からだ。トロスト区を含む南側領土の全住民には避難命令、そして残りのウォールローゼの住民には避難勧告といったところだな」

 リタは総統に提案してきた。

「ウォールローゼの全住民に避難命令ではないのじゃな?」

「そうだ、距離の関係で危険なのは南側領土だ。優先順位をつける必要があるだろう」

「なるほどな」

「総統閣下、侯爵夫人の言うとおり住民に避難命令を出したく思います」

エルヴィンがそう述べる。

「よかろう。許可しよう」

避難命令については総統はあっさりと裁可を下した。

 

(そうだな、あのときも住民の避難が遅れたから被害が拡大した……)

 リコはトロスト区防衛戦のときの苦い記憶を思い出した。住民の避難が遅れたが為に、訓練兵を含む兵士達は撤退が許されず、巨人との戦いを強要されたのだった。その轍を踏まないという事だろう。

 

「迎撃作戦についてだが、わたしからの提案を聞いてもらえるか?」

 リタはそう切り出した。会議に出席している全員が姿勢を正してリタの言葉を待った。

「地図を」

リタがリコに声を掛けてきた。リコは慌てて持参してきた巻物の地図を広げ、テーブルの上に広げた。地図は三重の歪な円環が描かれている。言うまでもなく自分達の住む壁内世界である。

「今回、敵の数が膨大であり、正面から戦ってもまず勝ち目はない」

「だろうな」

それまでほとんど無言だったリヴァイが口を挟んだ。

「そしてもう一つ、この戦いは単に敵を撃退すればよいというものではない。敵の再侵攻の意志を挫く為にも、敵の戦士、すなわち巨人化能力者を一体残らず皆殺しにする必要がある」

「厳しい事を言ってくれるな。ただでさえ敵の数が膨大であるのにそれを一体残らず全滅させろだと!?」

リヴァイは乱暴な口調で疑問を投げ掛けた。

「そうだ、それこそが我々が勝利する唯一の道だと考えている。来寇する今回の敵を殲滅し、間を置かずウォールマリアを含むこの島(パラディ島)全土を奪還、敵勢力をこの島より一掃する。ここにいる諸君には通知しているが、大陸とこの島の間には幅200キロの海峡がある。この海峡を天然の要害とすれば長期持久が可能になるだろう」

「……!?」

 リタが述べたのは壮大な戦略だった。壁外領域(ウォールマリア)の奪還のみならず、その外側も一気に奪取しようというのだ。ウォールマリア奪還は調査兵団の、いや人類の悲願といっていい。ウォールマリア失陥以来、あまりにも多くの人命が喪われている。第1次ウォールマリア奪還作戦(結果的には口減らしではなかったのかと噂される)での15万人とも言われる未帰還者、幾度となく実施された壁外調査における巨人との遭遇戦で散った兵士達。思い起こせばキリがない。

 

「ウォールマリア奪還!?」

「そ、そんな事が可能なの?」

「で、できるのか?」

「敵主力を一体残らず殲滅できればの話だ」

 驚く兵団幹部達に対しリタはそう言い切る。結局はその一点につきるのだ。

 

「侯爵夫人は何か策をお持ちのようだ。差し支えなければ聞かせてもらいたい」

 エルヴィンは丁寧な口調でリタに訊ねた。

「敵主力を確実に撃滅するためにはウォールローゼ内に引き込む必要がある。従ってトロスト区では防衛戦を行わない」

「なっ!?」

兵団幹部は一様に驚きを隠せない。

「……、つまりトロスト区は放棄せよと?」

 冷静なエルヴィンも驚いた様子だった。

「そうだ」

「侯爵夫人、トロスト区は人類で最も防備が整った城塞じゃぞ? 放棄するには惜しいと思うのじゃが?」

ピクシス司令にとっては自身の任地であり人類防衛の要とも言うべき要地である。それを戦わずに放棄せよというのだから一言言いたいのもわかった。

 

(司令のおっしゃるとおりだと思うけど、でもこの人は……)

 リコはじっとリタの横顔を覗き見る。ペトラとはタイプは違うが童顔で愛らしい女性である。歳は聞いていないものの二十歳前後にしか思えない。それでも圧倒的武力を持つ軍団の指揮官なのだ。

「敵の数は膨大だ。しかも尖兵として襲ってくるのは操られた無知性巨人であり、これらをいくら倒したところで戦略的には何の意味もない。巨人の物量を前に兵士達は巨人の大群に飲み込まれるだろう」

「それはそうじゃが……」

「では侯爵夫人、敵主力をウォールローゼに引き込んだとしてどうやって撃破するつもりですか?」

「敵主力は我が軍が受け持つ。敵本陣に我が直属部隊のみで吶喊、敵司令部を壊滅させよう」

「!?」

 リコは再び驚かずにはいられない。リタは単身で敵の大群に突入するというのだ。

「ちょっと待ってくれ。侯爵夫人。巨人の数は三千を超えるかも知れない。それだけの大軍勢を貴軍だけで突破して敵司令部を叩くというのか?」

「策はある。そしてこれは私しか実行不可能なものだ。諸君らは逃走を図る敵知性巨人を確実に殲滅してもらいたい」

リタはそう言い切る。兵団幹部達は互いに顔を見合わせた。

 

「この戦いは後がない。敵主力の撃滅に失敗すれば敵はそのままウォールシーナに殺到し、数で押し切られるだろう」

「ウォールシーナも突破されるという事じゃな?」

「まさに人類の命運が懸かった戦いというわけじゃ。ピクシス」

ザックレー総統はピクシス司令に声をかける。

 

「……」

しばし沈黙した後、エルヴィンが提案した。

「総統閣下、今回の迎撃作戦の総指揮は侯爵夫人に委ねるべきかと思います。侯爵夫人がいるからこそ我々には勝機があるのですから」

「うむ」

しばしザックレー総統は考え込んでいるようだった。そして顔を上げてリコの方に視線を投げてくる。

「フランチェスカ団長。侯爵夫人の作戦案をどう思う? 遠慮はいらんぞ。思った事を発言したまえ」

「あ、はい」

突然、総統より指名されたリコは一呼吸してゆっくりと発言した。

「え、えーと。今回、敵の侵攻規模は過去最大になると予想されます。トロスト区だけではなくカラネス区や他の城塞都市も同時に襲撃を受ける可能性はないのでしょうか?」

リコの質問で、出席者の視線はリタに集中した。

「もっともな指摘だ。十分ありうるだろう」

リタは平然と答えた。

「で、では……」

「フランチェスカ団長、だがさほど心配するに及ばない。我が軍は壁外領域(ウォールマリア)での敵の動きを完全に掌握している。今のところ敵の予想侵攻ルートをトロスト区に絞っているが、敵が進撃方向を変えたのであればすぐさま探知して全軍に警報を出す事ができる。敵司令部がどこにあるかも観測していれば判明する。重要なのは巨人を操る敵司令部を潰すことだ」

リタはそう断言する。敵司令部を叩くという作戦目的は一貫していた。

 

「……」

「敵の動きが分かるというのは、実にありがたい事じゃな」

 ザックレー総統はそう感想を述べた。総統の意見に兵団幹部達は一様に首肯している。

「ふむ、結論は既に出ているようじゃ」

総統はリタの方に向き直って声を掛けた。

「ヴラタスキ侯爵夫人、貴殿に全軍の総指揮を任せたい。お引き受け願えますかな?」

「了解しました」

リタは起立し敬礼して応えた。ザックレー総統が立ち上がった。

「起立」

エルヴィンの号令で他の兵団幹部も起立した。

「人類の存亡はまさにこの一戦にあり。心臓を捧げよ!」

「「「はっ!」」」

総統の一声に兵団幹部達は敬礼で応える。ここにウォールローゼ最終決戦の総指揮官に異世界の武人――リタ=ヴラタスキ侯爵夫人が選出されたのだった。




【あとがき】
ウォールローゼ最終決戦に備え、エルヴィン達兵団政府はリタの迎撃作戦プランを採用、同時にリタに全軍の総指揮を委ねることを決定します。これにより通信装置を持つリタのヴラタスキ侯爵家が全軍を動かせることになります。
 情報はまさに最強の武器です。リタの早期警戒網のおかげで敵襲を事前に探知できていますので、戦力差では不利でも十分に戦備を整えることができ、また住民の避難も行えます。


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第66話、寒空の下で

 晩秋の寒空の下、トロスト区の大通り(メインストリート)は大勢の人々で埋め尽くされていた。ありったけの家財道具を荷車に載せて家族総出で押している者、大きな鞄を抱えている者、乳児を背負っている母親、幼子の手を引く父親、老親の車椅子を押す息子、様々な人々がいる。皆一様に不安げな表情を浮かべながら北門へ内地方向へと向かっていた。

 昨晩、総統府よりウォールローゼ南側領土の全住民に対して避難命令が発令されている。ここ数日以内に敵(巨人勢力)からの大規模侵攻の可能性が高いという。住民の避難先はウォールシーナであり、大半の者は徒歩での避難を余儀なくされていた。兵団政府は荷馬車や乗合馬車を総動員していたが、乗せられる絶対数は限られている。そして交通機関は基本的に病人や妊婦・子供といった弱者が優先されていた。

 

 調査兵団新兵ミーナ=カロライナは他の新兵達と共に住民の避難誘導に当たっていた。

ミーナは兵服の上に厚手のコートを羽織っている。吐く息は僅かながらに白く冬の到来を告げていた。避難する人々の列から一人の子供がミーナのところにやってきた。歳は6歳ほどだろうか、背丈はミーナの腰あたりまでしかない幼い娘だった。

「ねぇねぇ、兵士のお姉ちゃん」

「え? わたし、なにかな?」

ミーナは少し前屈みになってその娘に返事した。

「巨人がいっぱい来るの?」

「う、うん。そうよ」

「じゃ、じゃあ、今度もお姉ちゃん達、巨人をやっつけてくるんだよね?」

「そ、そうよ。全部やっつけてあげる」

ミーナは嘘でもこの娘を安心させるために虚勢を張ることにした。ミーナの返事を聞いてその娘の顔はパッと明るくなった。

「わーい、お姉ちゃん。かっこいいー」

「そ、そうかな」

「わたしも大きくなったらお姉ちゃんみたいな兵士になりたいなぁ」

「あはは」

ミーナは苦笑いしてしまった。実のところミーナは入団3ヶ月の新兵に過ぎない。トロスト区防衛戦、ラガコ村遭遇戦と実戦を経験してきてはいるが、熟練の先輩達から見ればまだまだ未熟(ひよっこ)だろう。

「エレン、エレンっ!」

 人の列の中から中年の女性がこちらに向けて呼びかけてきた。

「あ、お母さん」

幼女は振り向くと母親に向けて手を振っている。幼女の名前はエレンだったようだ。ちなみにエレンは女の子でも使われる名前である。

「じゃあ、お姉ちゃん、頑張ってね」

幼女エレンは母親の方に走っていく。そして振り向くとミーナに手を振っていた。

 

(エレンっていうんだ。あの子……)

 ミーナはトロスト区防衛戦で散った同名の少年兵――エレン=イェーガーの事を想った。巨人に母親を喰い殺される光景を目撃した彼は、誰よりも巨人を憎み、同期の中では誰よりも巨人に立ち向かう勇気を持っていた。そんな彼に影響されてミーナ自身も調査兵団入りを希望したのだった。

(あの子から見たら、わたしも憧れの存在なのかな? ペトラ先輩のように……)

ミーナは憧れのペトラ先輩の事を想った。革命後、ペトラは元ハンジ技術班の人員と共に新設された空挺兵団に移籍しており、工業都市に常駐しているらしく、ミーナはペトラの姿をしばらく見かけていない。少し寂しく思った。

 

「さっきの子、エレンって言っていたよな?」

 近くにいた同期のジャン=キルシュタインがやって来てミーナに声をかけて来た。

「あ、ジャン」

「エレンって奴はどいつもこいつも元気良すぎるよな」

「そうね、ジャンとエレンっていつも喧嘩ばかりしていよね」

 ミーナの指摘どおり、訓練兵時代のジャンとエレンは口論から喧嘩になることが多かった。巨人を倒すことのみを考えるエレンと憲兵団志望のジャンとでは、そもそも兵士になる動機からして異なっていた。そして血気に逸りやすいエレンの性格もあったのだろう。

「仕掛けてきたのは、いつもあいつだ。格好ばかりつけやがって……。あの死に急ぎ野郎! 本当に死んじまったら喧嘩もできないじゃないか!」

ジャンはやや興奮気味に捲くし立てた。ジャンはジャンなりにエレンの事を偲んでいるようだった。

「……」

ミーナは何も言わずに道行く人々を眺めていた。

 

 

 昼過ぎになると、トロスト区の住民の大半は避難を終えていた。残っているのは兵士や兵団関係者だけである。ミーナ達は警邏任務を終えて駐屯兵団トロスト区本部宿舎に戻っていた。新兵達の待合室と化している大食堂に、珍しい来客があった。ミーナと同期の新兵――アルミン・クリスタ・ミカサの三人である。三人とも調査兵団技術班から空挺兵団に移籍したと聞いている。革命以降は一度も顔を見かけていなかった。

 

「アルミン! クリスタ! それにミカサじゃないですかぁ!」

 同期のサシャがさっそくアルミン達の傍に駆け寄り挨拶していた。

「やあ、サシャ。久しぶり!」

「ふふっ、サシャって相変わらずね」

「……」

 アルミンとクリスタは明るい笑顔を見せているが、ミカサは無表情だった。元々ミカサは同期の中でも孤高といった感じで、幼馴染のエレン・アルミン以外とは殆ど口を利かなかった。

「おお、ミカサじゃないかっ! 怪我治ったのかよ?」

 コニーがミカサに訊ねた。ミカサはトロスト区防衛戦で全治3ヶ月の重傷を負い、ハンジ技術班預かりとなって療養していると聞いていた。

「……」

ミカサは頷くだけである。無愛想なのは昔から同じだった。

「ミ、ミカサ! そ、その……立体機動できるのか?」

ジャンは焦った様子でミカサに訊ねている。

「できる……と思う」

「そっか、そっか。よかった」

ジャンはミカサの戦列復帰が嬉しい様子だった。

 

「……」

 ミーナはクリスタになんとなく目線を遣った。

(え? クリスタってこんなに綺麗だったの?)

同性であるミーナから見てもクリスタの美貌は以前より磨きがかかっていた。訓練兵団一の美少女で男子諸君からも人気は高かったが、今ここにいるクリスタは大人の色気も醸し出している。よくよく見れば薄い化粧をしているようにも見えた。

 

(そういえば、クリスタはアニと……)

 トロスト区防衛戦初日、クリスタは撤退が完了して待機中だった自分達訓練兵の中から同期のアニ=レオンハートを連れ出している。アニはその後行方不明となっていた。結局、戦死行方不明リストにアニの名前が載っているのだった。

 

「!?」

ミーナはクリスタと目線が合った。気温が氷点下に下がったような殺気を覚えた。むろんミーナはクリスタに恨まれる覚えはない。次の瞬間にはクリスタはミーナを見て微笑んでいる。それだけにミーナはクリスタに恐怖を感じた。

(クリスタって一体何者なの?)

周りの新兵達はアルミン達と歓談中で、誰もクリスタの凍るような視線を見ていない。

 

 クリスタがすっとミーナの傍に来た。すれ違い様、クリスタが声をかけてきた。

「ミーナ、ちょっとだけ話いい?」

「え、えーと」

「裏門まで来て」

ミーナの返事も聞かずにクリスタは一方的に言い捨てて去っていった。ミーナは躊躇ったものの結局、クリスタの待つ裏門に向かった。

 

 宿舎の裏門はもともと人気が少ない路地に面している。避難が完了した現在は完全に無人の通りと化していた。門柱の傍にクリスタはポケットに手を入れて立っていた。

「あ、クリスタ。話って?」

「わたしじゃなくて、ミーナ、あなたの方がわたしに話あるんでしょ?」

「なんのこと?」

「わたしに疑いを持っているんでしょ?」

「!?」

あまりにも図星な事を指摘され、ミーナは言葉を失った。

「やっぱりね。新兵の中であなただけがわたしを見る目が違ったから」

クリスタの観察力は恐ろしいほどだった。

「……」

「ペトラ先輩から聞いたらしいけど、アニは敵のスパイだったようね。ライナー、ベルトルトもね」

「……知っていたのね」

「今日に至るまでアニ達が目撃されていない事を考えれば、とっくに本国に帰還したか、あるいは兵団上層部が排除に動いたかもしれない。いずれにしても今回の敵襲には関係ないと思う。だからわたしに余計な疑いは持たないでくれない?」

クリスタはじっと強い意志を持つ双眸でミーナを射竦める。

「わ、わたし、余計な事言ったりしないよ。アニの事は誰にも話していないし……」

「そう、よかった」

クリスタは微笑む。そしてクリスタはすっと手を差し出した。

「なに?」

「仲直りの握手かな」

「わたし達、喧嘩したわけじゃないと思うけど……」

「それもそうね。ふふっ」

「ねぇ、クリスタ。前より綺麗になってない?」

「ふぇ? わ、わたしを褒めても何も出ないよ」

「えーとお世辞抜きで言ってるんだけど」

「じゃあ、ありがとう。実はね、ペトラ先輩に化粧教えてもらったの。薄化粧って言って気付かれないようにするのがコツなのー」

「ペトラ先輩!? わー、いいなぁ」

憧れの先輩の名前が出たことでミーナはスイッチが入ってしまった。

「じゃ、じゃあ、今度ペトラ先輩に教えてくれるように頼んでくれない? ダメかな?」

「いいよ」

「やっぱりダメだよね? え!? いいの?」

意外にも承諾の返事が返ってきてミーナは驚く。

「今回の戦いに勝ったらね」

「うん。俄然、やる気になったよ。ペトラせんぱーい!」

「あ、あの……。負けたら……なんですけど……」

最後のクリスタの小声はミーナの耳には入ってなかった。ペトラ先輩に会えると思うと完全に舞い上がってしまっていたからである。

 

 

(いい気なものね。この世界の誰も来年を迎えられないかもしれないのに……。まあ、この様子なら口外しないだろうけど……)

 浮かれているミーナを横目にクリスタは溜息を()いた。クリスタとっては化粧もただの一手段である。もともと皆から愛される可愛い女の子を演じているだけなので、周りに話を合わせているだけだった。

 一般兵士にはまだ説明されていないが、今度の敵襲は過去最大規模になると予想されていた。当然、戦いは厳しいものになるだろう。クリスタが非公式に所属するヴラタスキ侯爵家(今や秘密結社の公式名)内のリタやペトラの会話でも焦燥感が漂っていた。敵戦士(巨人化能力者)の潜入を防ぐ為に常に壁外領域(ウォールマリア)で待機しているリタが、わざわざ王都まで出向いて作戦説明をしにいったのは、それだけ余裕がないという事だった。

 リタは保有する兵器・戦力の全てをこの戦いに投入し、さらに人類側の有力な戦力(調査兵団・駐屯兵団)も指揮下に収めて迎撃作戦を行うと聞いている。勝算ある作戦案を考案しているようだが、勝利できるかは別問題だった。特に今回のリタの作戦の主目的は敵主力の包囲殲滅であり、これを為すには緻密な連携行動が各部隊に要求されるのだった。僅かな綻びが致命的な事態をもたらすかも知れない。

 

(この戦いで人類が勝ってミカサが死んでくれたら……)

 ミカサがいる限り自分がアルミンと結ばれる事はないだろう。そう思うと黒い願望がもたげてくる。

(あ、やっぱり、わたしはやっぱり悪い子だ。ミカサとアルミンが幸せになることを素直に喜べないなんて……)

そもそもミカサが戦死したとしてもアルミンが自分を最愛の人に選ぶかは疑問だった。アルミンには演技が上手な子だと知られているので騙し通せるかは分からない。クリスタは空を見上げる。寒空の下、淀んだ雲が広がっていた。

 




【あとがき】
季節(12月)はちょうど現実世界とリンク。冬ですね。寒くなってきました。トロスト区から避難する人々、そして第104期生の主要人物が登場です。(戦死・行方不明を除く)
クリスタ、悪い子になっちゃってます(^^;)



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第67話、暗雲

「トロスト区を放棄する」

 駐屯兵団宿舎中庭で駐屯兵団隊長ヴェールマンがそう伝えると、兵士達からは驚きの声が沸き起こった。

「静かに! 静かにせんか!」

「戦わずにウォールローゼを放棄するなんて……」

「あの日この街で大勢の仲間を殺されているんですよ! 彼らの犠牲を無駄にするのですか?」

「た、隊長。納得いきませんっ!」

「これは総統府からの正式な命令である! 今回の敵は最低でも前回の倍以上と予想されているのだっ!」

「……」

 隊長がそう告げると兵士達は何も言えずに静まり返った。前回のトロスト防衛戦において兵士達は多数の巨人相手に大苦戦を強いられている。

「おまけにそれら巨人達を操っている連中が居るのだ。トロスト区が堅いとみればローゼの壁を破るかもしれない。そうなれば結局我々はウォールローゼを失うことになる。……総統府の意向はエルミハ区前面に戦力を集中配備し、ここで決戦を挑むという事であるっ! 侯爵夫人自らも手勢を率いてこの決戦に加勢すると聞いておる!」

「侯爵夫人が!?」

侯爵夫人(ユーエス軍指揮官)の名前が出たことで兵士達の動揺はやや収まった。トロスト区駐屯兵団の誰もが公爵夫人の兵が助勢してくれたことを知っている。(当時は謎の新兵器とされていたが、革命後の総統府公式発表において侯爵夫人軍の特務兵によるものと訂正済) 人類の怨敵であった鎧の巨人・超大型巨人を確殺できる彼らは最強の友軍であり、人類の希望でもあった。

「侯爵夫人が付いてくれるなら俺達、勝てるかもな?」

「ああ、確かにな」

兵士達はひそひそと私語をしている。

「おほん、といってもトロスト区を完全に放棄するわけではない。駐屯兵団の一部、そして新兵達を残置部隊として、ここトロスト区に残す」

「え!?」

 作戦説明を聞いていた調査兵団新兵のミーナ=カロライナは動揺した。周りにいる新兵達もみな同じように呆気に取られていた。隊長はイアンに引継ぎをした後、解散を命じて去っていった。残置部隊に指名されなかった兵士達もぞろぞろと退出していく。

 

 

 残っている兵士の総数は50名ほどである。駐屯兵団の一部とはイアン班とミタビ班の事だった。この両者の班は精鋭が集うトロスト区駐屯兵団においても駐屯兵団最精鋭との評価を受けており、頼もしい味方だった。

 

 イアンは全員の前に立つと、一人ひとりの顔を見渡すように目線を配った。

「今回の臨時編成分隊の指揮を執ることになったイアン=ディードリッヒだ。よろしく頼む」

 イアンは精悍な顔つきの背の高い男性将校だった。美男子(ハンサム)という表現が似合うかもしれない。

「諸君らは不安になっていると思う。放棄が決まったトロスト区にわずかこれだけの人数で何ができるのかと。だがこれも総統府の作戦なのだ」

「……」

「新兵アルレルトっ! 作戦の詳細を説明せよっ!」

「はい」

イアンの指名を受けてアルミンは全員の前に立った。兵士達の視線がアルミンに集中する。

 

「第104期生アルミン=アルレルトです。未熟者ながら総統府より当分隊の作戦参謀の任を拝命しました。よろしくお願いします」

(アルミン、男前になっている!?)

 ミーナは大勢の前で堂々と話すアルミンを見てそう感じた。アルミンの外見は三ヶ月前と比べて特に変わっているわけではない。しかしながら醸し出す雰囲気は落ち着いていて以前の幼い雰囲気が抜けている。親友エレンの死やその他の出来事が覚悟を決めさせたのかもしれない。

 

「この分隊の作戦目標は、決戦部隊の攻撃開始と同時に蜂起し、トロスト区を閉塞する事です。敵の退路を断ち、一兵たりとも逃がす事無く殲滅します。これにより敵は我々人類側の情報を得る事ができなくなります。敵の対応を遅らせる為、時間を稼ぐ為にもこれ(敵殲滅)は必須です」

 アルミンは作戦目的を語った。

「……」

「決戦部隊の攻撃開始時刻まで、我々は決して敵に発見されてはいけません。それまで地下壕に隠れている事になります。地下壕はこの街に張り巡らされている地下水路を利用して実は敷設済みです。トロスト区の復興工事に紛れて元調査兵団技術班の人達が準備してくれています」

意外な話だった。ミーナ達もトロスト区の復興作業(瓦礫の撤去)などに動員されていたが、その一方で地下壕の建設も行われていたという事だ。つまりトロスト区を一時的に放棄する今回の作戦案はかなり前から準備されている事になる。

「参謀殿、質問いいかな?」

駐屯兵団精鋭班の班長ミタビが挙手した。古参の兵士でイアンよりも年配らしい。

「はい、どうぞ」

アルミンが応じた。

「決戦部隊の攻撃と時刻を合わせるという話だが、エルミハ区からここまでは早馬でも4時間はかかるぞ。ましてや巨人の群れをウォールローゼ内に引き込むという事になれば、トロスト区は完全に孤立している。どうやって連絡を取る?」

「それについては心配無用です。なお通信手段については最高機密に指定されている為、お答えできませんが、完全に同期を取ることができると思います」

「で、では閉塞手段は?」

「南門近くにある大岩を利用します。運搬手段については実行直前まで秘匿させてください」

 意外に伏せられている事の多い説明だった。敵のスパイがまだ潜んでいる事を警戒しているのかもしれない。

「それより皆さんにはやってもらいたい事あります。一つは地下壕への食料物資の搬入です。そしてもう一つは……」

そう言ってアルミンは近くに駐車していた幌馬車を指し示す。兵士の一人が幌を払うと中には大量の藁が積まれているのが見えた。

「藁人形を作ってください」

「?」

説明を聞いている兵士達は意味が分からないのか呆気に取られている。

「参謀殿、これはいったい?」

「作った人形を壁上に並べます。こうすれば外から見れば大勢の兵士が篭城しているように見えるでしょう。そして実際に攻撃してみて実は誰もいないという事になります。でも実際は潜伏しているんですけどね」

「なるほど、居るように見せかけていたと敵に誤認させるわけだな」

イアンは感心したように頷いた。

「はい、そうでなければ重要な防衛区を放棄している事実を不審がられますから。手品みたいなものですね。あともう一つ、小道具がありますが、それは明日工業都市から搬送されてくるでしょう。その時に説明します」

どうやら今回の迎撃作戦でアルミンはかなりの策を練っているようだった。いや、アルミンというより、参謀総長エルヴィンを含む軍上層部が対策を練っていたという事だろう。

 アルミンの説明が終わると、各自に作業が割り当てられ、皆一斉に作業に入った。ミーナとサシャに割り当てられた作業は藁人形の作製である。藁を束ねて布を被せ、墨で目と口を描く。とても兵士がする仕事と思えないような内容だった。

 

「アルミン、これ、本当に意味があるんですか?」

 サシャが近くに通りかかったアルミンに訊ねた。

「うん、あまりないかもしれないね」

「だったら……」

「でもやっておいて損はないと思うよ。打てる手は全部打っておきたいから」

「さっすがっ! 天才アルミンだっ! アルミンが居てくれたら何千もの巨人がきても勝てちゃう気がしますよぅ」

サシャはアルミンをべた褒めである。

「何千も来たら困るんだけどね。じゃあ、引き続き作業をお願いするよ。僕は搬送の指示をしてこなくちゃ」

「参謀殿は忙しいですね」

「サシャもミーナも引き続き作業をお願いするね」

アルミンは駆け足で去っていった。ミーナはその後ろ姿を見送りながらなんとなく無理に元気を出しているような危うさを感じた。

 

 

 

 今回の敵(巨人勢力)の大規模侵攻に対し、全軍の指揮を執る事になった侯爵夫人ことリタ=ヴラタスキは、参謀総長エルヴィン=スミスと相談の上に兵力を以下のように配置していた。

 

 敵の攻勢を正面から受け止める事になると予想されるエルミハ区(シーナ南)には従来の守備隊に加えて、ピクシス司令直卒のトロスト区駐屯兵団の約7割を再配置。ストヘス区(シーナ東)には同兵団の1割、ヤルケル区(シーナ西)には同兵団1割。また放棄することになるトロスト区には残置部隊として、駐屯兵団最精鋭のイアン班・ミタビ班・調査兵団新兵を潜伏させるものとした。

 敵主力との決戦を行う決戦部隊はヴラタスキ侯爵家第1軍(リタ本人、生体戦車(ギタイ))・リヴァイ特務部隊である。この決戦部隊はローゼ内の工業都市で待機。また騎馬隊を中心とする調査兵団本隊は後詰として、工業都市の郊外の森の中に待機している。

 その他の城塞都市には増援部隊を送らないものの厳戒態勢を敷いて敵襲に備えさせる事にした。

 

 地図でみれば一目瞭然だが、リタの作戦はウォールローゼ内に敵主力を誘い込んでの包囲殲滅を企図していた。巨人の数は膨大だが、大半は操られた無知性巨人であり、その巨人を操る戦士――巨人化能力者の殲滅に成功すれば、後は数が多くても掃討可能だとリタは考えていた。そして敵主力殲滅の切り札となるのが気化爆弾、通称”超大型爆弾”である。革命前々日の調査兵団本部襲撃事件の際にリタが空爆で使用した気化爆弾と同種だが、前回の爆弾より強力なものだった。ただしこの種の爆弾兵器の予備はなく最後の1発である。だからこそ使いどころを正確に見極める必要があった。

 

「リタ、アルミン達をトロスト区に行かせてよかったの?」

 ペトラがリタに訊ねてきた。ここは空挺兵団が仮設の本部を置いている工業都市内の建物の一室の中である。工業都市そのものはトロスト区からエルミハ区へ至る街道からは外れたローゼ内に位置している。水堀と高さ10m近い城壁を備えており、そこそこ堅固だが予想される巨人の大群には到底耐えられるものではない。リタはあくまで野戦で決着をつけるなので篭城という考えはなかった。

 

「心配か?」

生体戦車(タマ)達も付けないというし、駐屯兵団精鋭と新兵だけで蜂起がうまく行くとは思えない。敵だって馬鹿じゃないからトロスト区内に巨人化能力者を守備隊として何人か残す事になるんじゃないのかしら?」

 ペトラのいう蜂起とは、リタ直卒の決戦部隊が敵主力に攻撃を開始した時点でトロスト区残置部隊が、敵トロスト区守備隊を撃滅、そしてトロスト区の閉塞を実施するというものである。一言で言えば敵の逃げ道を塞ぐ役割をアルミン達は負っていた。

 

「予想される敵の数は膨大だ。敵主力の大半を爆弾で潰せたとしても相当数が生き残るだろう。これらを確実に撃滅するためにも決戦部隊から生体戦車(タマ)は外せない。それに若干15歳とはいえアルミンは優秀な参謀なのは君も承知のはずだが?」

「で、でも……」

「ふっ、アルミン、ミカサ、クリスタは前の戦いでトロスト区を救った英雄だよ。世間の人々が知らなくてもわたし達は知っている。短い期間だったとはいえ教えるべき事は教えている。後は彼らがやってくれるだろう」

「……」

リタがそう諭してもペトラは心配そうな顔をしていた。

「我々も我々の責務を果たさなければならない。なんせ我ら決戦部隊は3000を越すかもしれない敵主力を撃破しなければならないのだからな。こちらの方が責任は重大だぞ」

「そ、それはそうですが……」

「それに今作戦は君の愛しい殿方も一緒だから、やる気になるんじゃないのかな?」

リタはペトラを弄ってみた。

「か、からかわないでください! わ、わたしはリヴァイ兵士長と何の関係も……」

「わたしはリヴァイとは一言も言っていないのだが……」

「!?」

ペトラは顔を真っ赤にして否定していた。そんな様子をリタは微笑ましく思った。

 

『リタ、今話しても大丈夫ですか?』

 シャスタの声が自動翻訳機を兼ねているイヤホンから流れてきた。むろんリタにしか聞こえない秘匿通信である。

「ああ」

リタは声にならない声で返事する。それでも声帯を検知してシャスタの方には音声に変換されて伝わる仕組みだった。

『悪い知らせが2件あります』

リタは頷いて続きを促す。

『1件目は天候についてです。ここ数日以内に天候が悪化する可能性が高いです。この島の気象条件を鑑みれば吹雪になるんじゃないでしょうか?』

シャスタの分析は概ね間違った事はなかった。観測データを始めAIの演算補助もあるからだ。

「それはまずいな。吹雪になれば航空兵器は使用不可能だ」

『はい、リタが予定している空爆が実行できなくなります』

三千を超えるかもしれない敵主力を潰すためには空爆は必須といっていい攻撃手段である。空爆が実行できないとなると深刻な事態だった。解決策はすぐには思いつかない。だか今は思案しても仕方がないだろう。

「天候の回復を待つか……。うまく時期がずれる事を祈るしかないな」

『そうですね』

 

「もう一件は?」

『カーヤさんです。残念ですが彼女の転向は欺瞞でした。そればかりではありません。敵の攻勢に乗じて王都で大規模なテロが計画されている模様です』

 カーヤはラガコ村事件前日、カラネス区方面で侵入してきた敵斥候部隊に随伴していた若い女性である。性の奉仕をさせられていたようでシャスタ・ミカサ・ミタマの秘密作戦で敵兵を全滅させた際、保護したのだった。彼女は機密情報は殆ど知らなかったが敵巨人勢力の一般情報を聞き出す事はできた。リタ自身が持つ惑星地形データと食い違いがない事から欺瞞はなく、虐待されていたという彼女の話を信じる事にしたのだった。といっても敵国にそのまま帰すわけにはいかないので、ハンジの縁でストヘス区地下街の娼館に家政婦として預けていた。

 むろん監視を付けている。カーヤの体内部にマイクロマシーンを潜伏させ、生体情報・会話・位置データは常時収集を行っている。ちなみに秘密結社メンバー(ペトラ・アルミン達)は本人同意の上で同様の措置を施しているがこちらは監視というより管理と言った方がいいだろう。

 

『カーヤさんは敵の工作員と思われる人物と接触しています。あっ、会話ログを流しますね』

 そういってシャスタが機器を操作すると男女の会話する声が流れてきた。

 

『まさか、そこまでなんて……』

『そうだ。ウォール教をはじめ、こちら側の息のかかった貴族高官は壊滅だよ。ったく、忌々しい。あの革命はあまりにも手際が良過ぎる。やはり裏切り者がいたようだ』

『そうですか。裏切り者は誰でしょうか?』

『ウォール教の内情をここまで知っているとなるとウォール教の大物、あるいはレイス家そのものかもしれないな』

『そうですか』

『ただ手はなくはない。ウォール教を通さなかった連中は半数ほどは無事だ。戦士も健在だからな。彼らと共に味方の攻勢に呼応して総統府を潰すつもりだ。迎撃に手一杯で王都の守りは薄いだろうからそう難しくはない。総統や参謀総長といった首脳部を抹殺できれば奴等は戦争指揮どころではあるまい』

『はい、期待しています』

『お前の方だが、人手が欲しい。混乱に乗じて井戸か水飲み場に例の薬を撒いてくれるか?』

『もちろんです。喜んでお手伝いしますわ。それにしても楽しみですね。自分達の首都に巨人が大量出現すれば、さすがに悪魔の末裔共も終わりでしょうね。うふふっ』

『では頼んだぞ。薬は今日の夜にでも手下に届けさせよう』

 

 それ以降も会話が続いていたが省略する。要するにカーヤは同時多発テロ計画に加わるつもりのようだった。例の薬とは巨人化薬品の事だろう。レイス家管轄外の巨人化薬品が壁内に存在していたという事だ。

 

「ちっ! まだ巨人化薬品があったのか!」

 リタは思わず舌打ちする。

『どう対処いたしますか?』

「エルヴィンに相談しよう。巨人化能力者の存在を考えるとペトラとリヴァイを掃除(クリーニング)に向かわせた方がいいようだな」

掃除とは隠語で秘密裏の抹殺、すなわち処刑を意味する。これは非情な措置というわけではなくゲリラ活動(民間人を装って戦闘行為をする事)そのものが重大な戦争犯罪行為であるからだ。

 

『そ、そうですね。……わたしが甘かったです。つい同情してしまって……』

 カーヤを捕虜にするように命じたシャスタは申し訳なさそうに謝罪した。

「いや、結果的には大物が釣れたからな。カーヤを泳がせておいて正解だった」

『リタ!? あなた、まさかこうなると予想していて……』

「確証はなかったがな」

『……』

「なにか動きがあれば教えてくれ」

『はい』

リタはシャスタとの通信を終える。革命で内なる敵を一掃できたと思ったのはやはり早計だったようだ。ウォール教を通さないルートでも敵は工作員を送り込みスパイ網を構築していたようだった。戦士(巨人化能力者)も未だに壁内に潜伏している模様だ。内なる敵は外敵より恐ろしい。これは世界問わず共通の軍事常識だった。

 




【あとがき】
第104期生(アルミン・ミーナ達)は第二次トロスト区防衛戦に参加することになります。アルミンが作戦参謀を務めます。

そしてリタの元に悪い知らせが2件、シャスタより伝えられます。
①天候の悪化
 吹雪になる可能性あり。そうなると空爆作戦が実行できません。
②内なる敵の存在
 以前保護していた少女カーヤ(第42話参照)の裏切りが発覚。同時に敵の攻勢に合わせて王都で敵潜入工作員による大規模テロが計画されている事が判明します。最悪のテロ兵器である”巨人化薬品”&”巨人化能力者”、下手したら壁外の敵の大軍勢より重大脅威かもしれません。


それと本年最後の投稿かと思います。よいお年を。。。(2017/12/29)


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第68話、開戦前夜

 ストヘス区地下街。ここは壁内世界創設時に建造された地下空間であり、巨人が攻め込んできた時の市民の避難場所である。しかし百年余りが経過する内に貧民(スラム)街と化し、治安が非常に悪い無法地帯と化していた。むろん地下街には地下街の(ルール)があり、裏社会の組織――俗に言うマフィアが地下街を支配していた。娼館もそういったマフィアが関与する集金機構の一つである。

 

 深夜の時間帯、地下街は陽の光が差さない空間なので昼夜無関係なのだが地下街の裏通りにある娼館の三階の窓から黒い影が飛び出してきた。薄暗い中、別棟の屋根の上に着地した影は、建物の影に隠れるとベールを脱いだ。褐色のショートの髪がふわりと舞う。

 影は元調査兵ペトラ=ラルだった。リタの指令を受けて、ペトラはここストヘス区地下街の娼館に預けられていた元捕虜のカーヤの所までやってきた。カーヤが眠っている隙に寝室に忍び込んで瓶を盗み出した。この瓶は数時間前にカーヤに接触してきた謎の男から手渡された紙袋の中身である事は確認済みだった。

 

 ペトラは瓶の中身が空気に触れないように慎重にキャップを緩め、僅かな隙間からスポイト用器具を使って数滴の薬品を送り込む。この薬品はシャスタ特製の巨人化ウィルス検知薬であり、もしこの瓶の中身が巨人化薬品なら化学反応があるはずだった。

(……)

しばらく待ってみたが何の反応も示さない。

(うーん、反応がないわね……)

さらに数分待った後、反応がない事を再確認してからリタに連絡を入れる事にした。

 

「こちら、03(ペトラ)、応答願います」

 ペトラは声帯にマイクを触れてリタに呼びかけた。周囲に音声が漏れることはないが、極力符号で話すルールにしている。

『……』

反応はなかったので、再度呼びかける。三度呼びかけてようやく返事が返ってきた。

『こちら、01(リタ)

対象(カーヤ)が保持していた瓶を確保。瓶は(巨人化薬品)にあらず」

『そうか、ならば瓶の中身を摩り替えろ』

「対象の処分は?」

『不要だ。対象の監視は引き続き02(シャスタ)に任せる』

シャスタに任せるとは機械監視(盗聴と位置情報)という事である。毒薬を持っていなければカーヤは無力だろうというのがリタの判断らしい。

「了解」

『それと接触者の身元が割れた。ストヘス区の有力商会の手下のようだ』

カーヤに接触した謎の男はニファ達(元ハンジ技術班)が尾行していた。ちなみにニファには通信機をペトラを通じて貸与している。

『新興の商会らしい。詳しい調査は今後も継続させる。お前は17(ニファ)達と合流し、敵状を探れ。G《巨人化能力者》を討伐できる兵は(王都には)お前だけだ』

「はい、了解しました」

『では健闘を祈る』

ペトラは通信を終えた。

 

(ふぅー、大変な事になっちゃったな)

 ペトラは大きく溜息を吐いた。同時に責任の重さが自分の肩に圧し掛かってくる。敵巨人勢力の大侵攻を目前に控え、ヴラタスキ侯爵家主力・リヴァイ特務部隊、そして各兵団主力はウォールローゼ決戦に備えて厳戒態勢に入っており、王都は警備が手薄な状態である。敵工作員達はこの隙を衝こうというのだがら、戦術的には実に理に適っていた。大規模テロ計画を通知された参謀総長エルヴィンは警戒を強化するだろうが、敵に巨人化能力者がいるとなると話は違ってくる。トロスト区防衛戦の鎧の巨人(ライナー)の件でも分かるように並みの兵士百人でも対抗することは困難だろうからだ。

 

(ううん、ここでがんばらないと。ハンジさんが作ってくれた未来を繋げるためにも……)

 ペトラは故人(ハンジ)にそう誓う。革命前夜に敵襲によって犠牲となってしまったハンジは、自分達秘密結社創設以来の仲間であると同時に、巨人研究の第一人者だった。結果的にはハンジは囮役となった格好だった。巨人化薬品を用いた敵襲を呼び込み、それを切欠としてリタが武力介入、さらにピクシス司令の駐屯兵団が調査兵団側として加勢、一気に王政打倒まで流れを持っていったのは、ハンジのお陰と言っていいのかもしれない。もし現在も前王政が権力を握ったままで調査兵団と中央第一憲兵団が抗争を続けていたら、とてもではないが今回の敵の大規模侵攻に備えることはできなかったのだから。

 

 

 

 トロスト区駐屯兵団宿舎大食堂、ここ数ヶ月、ミーナ達新兵が溜まり場にしてきた場所である。本日の夕方には晩餐会、いや決起集会と言っていい盛大な夕食会が催された。普段滅多にない肉の山を見たサシャは狂喜して失神するほどに大食いし、そのまま自室に搬送される運びとなった。臨時編成分隊を預かるイアンが地下壕に運び込めない日持ちの悪い食材を捨てるぐらいならと食材を大盤振る舞いした結果である。

 

「なあ、ジャン。アルミンは俺達に何の用なんだ?」

 夕食会の後片付けを終えたミーナ、コニー、ジャンの3人が食堂の片隅に集まってヒソヒソと話していた。大食堂の中に他に人影はなく閑散としている。

「さあな」

「ミーナはなんだと思う?」

「わ、わたしにだって判らないわよ」

「ったく、なんなんだよ」

「……」

そこで会話は途切れてしまった。待たされる事数分、ドアが開きアルミン達が入室してきた。アルミンの後ろには、ミカサ、クリスタ、そして長身の色白の大人の女性が入ってきた。ミーナは初めて見る顔である。鍛えられている筋肉質なところからして兵士のようだった。

(誰なんだろう?)

ミーナは首を傾げた。

 

「やあ、ごめん。待たせたね」

「おい、アルミン。呼びつけておいて待たせるなよ。って誰?」

コニーはアルミンに文句を言った。

「紹介するよ。この人は……」

「ああ、いいって。自己紹介ぐらい自分でするよ」

女性にしては低い声、彼女はずいっと自分達の前に出てきた。

「私はトラウテ=カーフェン。元中央第一憲兵団対人制圧部隊の副官よ」

「なっ!?」

「ええっ!?」

対人制圧部隊といえば革命前夜の調査兵団本部襲撃事件の主犯である。多数の巨人を操って調査兵団本部を襲い、研究棟にいたハンジを始め、大勢の調査兵の殺害に関与している。つまり敵だった人物である。

「心配しなくていいわ。今はお前たちの敵ではないわ。私たち対人制圧部隊の生き残りは侯爵夫人様の預かりの身、一言で言えば囚人部隊ってところね。懲役は喰らっているけど今作戦に協力すれば戦功によっては減刑、あるいは恩赦もあると聞いているわ」

「うん、そういう事なんだ。今回の作戦に協力してもらう事になっている」

アルミンがトラウテの説明を補足した。総統府から参謀役に命じられたアルミンが保証するからには事実なのだろう。

 

「……」

「それで俺達を呼び出したわけは?」

「ここにいる僕達はミカサを除けば、あの戦い(トロスト区防衛戦)でユミルが巨人化したところを目撃しているよね?」

「ああ、そういえばそうだったな」

「うん」

ミーナ、ジャン、コニーは相槌を打った。

「あの後、ユミルは巨人の群れの中に消えた。その後は……」

「その後は私が話すよ」

トラウテがアルミンの話に割り込んできた。

(どうしてこの人が?)

ミーナは疑問に思ったが、アルミンが頷いたのでトラウテは話を続けた。

「ユミルはなかなかどうして強かったみたいね。4m級程度なのに30体近くは殺している」

「……」

「だが流石に巨人の数が多すぎたようね。うなじを噛み切るのに失敗した一体に抱きつかれ、さらに周りから寄って集って喰われて、ユミルは死んだわ」

それは当然予想されていた結末だった。あの日、ミーナ達も押し寄せる巨人の群れの中で、決死の撤退戦で辛うじて生還できたのだから。

 

「ユミルは体は巨人になっていたかもしれないけど、兵士としての本分を見事に全うしたと思う。ユミルが多数の巨人を仕留めた事で多少なりとも味方の負担は減ったでしょうから」

 トラウテは感慨深く語った。クリスタは瞼を閉じ、故人(ユミル)の冥福を祈っているようすだった。

(エレン……、そしてユミルもまた……。ありがとう、ユミル)

ミーナは散っていった同期の顔を想い浮かべて感謝の念を抱いた。ユミルは自らの命と引き換えにクリスタを助け、また多くの敵巨人を道ずれにしていったのだった。同じ選択を迫られたとき、自分は果たしてそこまでの覚悟ができるのだろうか。ミーナは多少なりとも戦場を潜り抜けてきたはずだがそこまでの自信はなかった。

 

「ところで、お前達、巨人化能力者を普通の巨人が喰ったらどうなると思う?」

 トラウテは意外な疑問を投げ掛けてきた。

「えっ?」

「どうなるんだ?」

「人の姿に戻る。いや、この場合は巨人化を制御する力が移ると言った方が正解でしょうね。そしてユミルを喰った巨人は、元の人間の姿に戻った。そいつは民家の地下に隠れていたけど、我々対人制圧部隊の者が確保している。なぜだが分かる? いざ味方の者が瀕死の重傷を負った際、巨人化薬品を注射して喰わせれば、怪我が完治した上に巨人化能力が手に入れられるからよ。それが私」

「え、えーと、トラウテさん。つ、つまり、その人を喰べたということか?」

ジャンが訊ねるとトラウテは首肯した。

「そうよ。私はあの超大型爆弾で瀕死の重傷を負って、余命幾ばくもなかったけど、フリーダ様が降伏後、ユーエス軍指揮官、今の侯爵夫人様から巨人化薬品の使用許可を頂いたのよ。繋いでもらった命、今度死ぬとしたらフリーダ御嬢様やあの方のお役に立って死にたい。お前達と動機は違うだろうけど、巨人達と戦う決意には変わらないわ」

トラウテは一気に喋り立てた。

 

「あっ。その……、フリーダ御嬢様ってどなたでしょうか?」

 ミーナはアルミンに訊ねた。

「そうだね。君達はユミルの件で守秘義務を課せられて今まできちんと守っているからね。だから許可はもらっているから説明しておくよ。……公式発表は一切されていないけど、あの革命に協力してくれた大貴族の一つだよ。ローゼ北側に領地を持つレイス家当主の長女、それがフリーダ様だよ」

反乱軍(現在の兵団政府)があれほど鮮やかに革命を実現できたのは詳細な内部情報を得ていたと言われる。しかし、その実情についてはほとんど公表されていなかった。一方でヴラタスキ侯爵家との軍事同盟は権威付けの意味もあって、大々的に報道されていた。情報は公表すべきものと公表すべきでないものがあるという事だろう。

 

「君達にトラウテ女史の事を話したのは、彼女の世話を頼みたいからだよ。巨人化能力者は全て敵というわけじゃない。侯爵夫人の管理下にあるならば裏切りの心配はないし、なにより有力な戦力だよ」

「うん、ユミルの事はとても残念だったけど、でもトラウテさんは味方だと思います」

クリスタもアルミンに同調した。

「使えるものなら使うべき。断る理由はない」

ミカサはぼそっと呟いた。

「なるほどな。よし、わかった。アルミンの頼みを聞こうじゃないか」

ミカサの一言を受けたせいか、ジャンは即答した。

「わたしも了解したよ」

ミーナはそう答えた。事情が事情だけにアルミンの頼みは断れないだろう。アルミンの作戦の鍵となるのが彼女だからだ。

「ふっ、仕方ねーな。俺達は口が堅いから任せろって」

コニーは鼻を擦りながら胸を張って承諾する。

「なにが口が堅いだ!? お調子者のくせに!」

「なんだと!? ジャン、オレに喧嘩売ってのかっ!」

ジャンとコニーは互いに睨みあいに入り、一触即発である。

「ふふっ、この子達、仲がいいわね」

トラウテは微笑を浮かべた。

「「違う!」」

ジャンとコニーは声を揃えて否定する。

「まあまあ」

ミーナは二人を宥めるべく声をかける。

 

 その後、ミーナはアルミンからトラウテの付き人を頼まれた。クリスタ・ミカサはそれぞれ別の任務が割り当てられているらしい。巨人化の秘密を知っている者、さらに女性同士という事でミーナが選出されたようだ。ミーナはこの作戦が終わるまでトラウテとペアを組む事になるのだった。

 

 就寝時間、宿舎でミーナに割り当てられた個室にトラウテと二人っきりになった。

(こ、この人、巨人化能力を持っているんだよね。も、もしかして、わたし、食べられる?)

「ミーナ、わたしがお前を食べると思ってるの?」

「え、ええっ!?」

心を読まれてしまったのかと思い、ミーナは動揺した。実のところ、緊張で体か硬くなりすぎたところを見られたのだが……。

「ふふっ、確かに食べてしまいたいぐらい可愛いわね」

ミーナは恐怖で後ずさりする。

「冗談よ。冗談」

「冗談じゃない気がします」

「ごめんなさいね。怖がらせるつもりはなかったよ。クリスタやミーナの事、とても懐かしく思ったから」

トラウテはどこか遠いところを眺めているようだった。

「え?」

「わたしはユミルの記憶を持っている。それだけじゃない、ユミルが食べた以前の能力者の事の記憶も持っているわ」

「じゃ、じゃあ、さきほどのユミルの最後の事は……」

「そう、ユミルの記憶からよ」

「そ、そうだったんだ」

「後、さきほどの話ではユミルは仲間を守る為の名誉の戦死という事にしたけど、本当はクリスタだけを守るためだった」

「そ、それはなんとなく分かっていました」

ユミルのクリスタへの親愛ぶりはミーナもよく知っていた。訓練兵時代、ユミルはよく「クリスタ、結婚しよう」と言っていたが、半分は本心だったのかもしれない。

「クリスタには言わないでね。訓練兵時代のユミルの記憶は殆ど無い事にしているからね。クリスタが余計辛くなるだろうから」

ユミルの記憶を持っているとはいえ、目の前の女性(トラウテ)は全く別の人格なのだ。彼女の言うとおりにした方がいいだろう。

「うん」

ミーナは頷いた。

 

「じゃあ、そろそろ寝ようか? 明日も早いだろうし」

「えーと……」

「寝ている内に巨人になるなんてことはないから安心しなさい」

「そ、そうなんですか?」

「侯爵夫人の許可が必要なのよ。ここではあの金髪の少年の許可になるわ」

「アルミンの?」

 金髪の少年といえば真っ先にアルミンが浮かんだ。

「そう」

トラウテは頷く。

「へぇ……」

巨人化能力に関する情報・用兵は相当な国家機密に属するはずである。ということはアルミンはただの作戦参謀ではなく、重要な情報を知った上での作戦立案を任されているということだった。4ヶ月前は自分と同じく訓練兵だったはずのアルミンは、兵団政府首脳により大抜擢されたという事になる。ミーナは裏の事情を知らないが、スミス参謀総長やピクシス司令といった軍首脳部に認められる戦果を挙げたのかもしれない。

 

「す、すみません。なんか色々と聞いてしまって」

「わたしも少しお喋りがしたかったから。それじゃあ、おやすみ、ミーナ」

 トラウテは急な移動で疲れていたのか、ベットに潜り込むとそのまま寝込んでしまった。

(わたしも眠くなってきたかな?)

昨日の避難誘導以来、敵襲に備えての篭城準備などでミーナも疲れていたようだ。ベットに潜り込むと、いつの間にか睡魔に襲われていた。

 

 

 

 850年12月8日、午前6時30分

 

 曇り空の下、壁外領域(ウォールマリア)の旧シガンシナ区近郊に徘徊していた巨人達が一斉に北上する。ついに壁内世界において史上最大規模の巨人の大軍勢による進撃が開始されたのだった。

 




【あとがき】
 カーヤの裏切りを察知したリタはペトラをストヘス区地下街に派遣。件の瓶を奪い、中身を入れ替えます。意外にも巨人化薬品ではありませんでした。ただ敵テロ組織の全容解明までは至っていません。調査する時間もないかもしれません。

 クリスタの親友で巨人化能力を持っていたユミルはトロスト区防衛戦において壮絶な最後を遂げていました。そのユミルの巨人の力は巡り巡ってトラウテ(対人制圧部隊女性副官)が得ています。アルミンの秘密兵器はトラウテでした。トラウテ自身はフリーダ・ケニーに対する忠誠心が篤いので、フリーダが公爵夫人&兵団政府に味方する事を決めている以上、それに従います。

 この話にも出てきましたが、リタは対人制圧部隊の生き残り(ケニー・トラウテ達)を囚人部隊として、自軍に取り込んでいます。使えるものは使えの精神ですね。極秘の監視システムをリタは持っているので、裏切られる心配はありません。もっともフリーダが兵団政府側の味方である以上、忠誠心の篤いトラウテは心配する必要はないかもしれません。

トラフテが寝ているうちに巨人化しない旨をミーナに伝えた箇所を追加しました。(1/27)

 
 内外に敵を抱えたままの人類連合軍、そしてついに敵巨人勢力による大侵攻が開始されました。


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第9章、ウォールローゼ決戦
第69話、少年軍師(1)


【まえがき】アルミン視点です。850年12月のウォールローゼ決戦の一局面であるトロスト区。そのトロスト区残置部隊50名の作戦参謀となったアルミンは、敵の来寇を前に思案に耽ります。


 冷たく強い風が吹き付けてくる。トロスト区南門壁上にてアルミン=アルレルトは、街の外の荒野――壁外領域(ウォールマリア)を眺めていた。地平線の彼方には自分達が生まれ育った街シガンシナ区があった。

 

(お爺ちゃん、僕達はようやくここまできたよ。巨人達との戦いに勝てるかもしれないと希望をもてるようになったのだから……)

 アルミンは亡き祖父に語りかけた。アルミンは幼い頃、事故で両親を亡くしたおり、祖父は男手一つでアルミンを育ててくれた。禁書の図鑑などを閲覧させてくれており、壁の外には見果てぬ広大な世界がある事も教えてくれた。博学な今のアルミンがあるのは、祖父の薫陶のおかげだろう。

 しかしながら祖父は4年前の領土奪還作戦に動員され、そのまま還らぬ人となった。出征前に手渡された帽子が数少ない形見だった。難民の「口減らし」を意図したような施策で主導した憲兵団を憎んでいたが、所詮憲兵団も旧王政府首脳には逆らえなかったのだろう。当時、王政府首脳の食料危機に対する切迫感と甘すぎる見積もりがあの杜撰な作戦が採用された原因だった。当時の新聞(この世界では唯一の報道機関)も領土奪還を煽る記事一色だった。敵巨人勢力側の侵食工作の影響もあったようだが正確なところはわからない。

 

 祖父亡き後、開墾村での一年間の疎開生活を経て、アルミンはエレン・ミカサと共に訓練兵団に入団した。アルミン自身は兵士としての技量は最低ランクであり、座学の成績が考慮されて辛うじて訓練兵団課程を修了することができたのだった。

 訓練兵団解散式の翌日に起きたトロスト区防衛戦。初陣で親友エレンを喪い、同期の半数以上が死傷するという痛ましい事態に直面する。敵は最精鋭の調査兵団の留守を狙ってきており、人類側は彼ら(巨人化能力者)の存在すら知らなかったのだから、結果は明らかだろう。

 トロスト区が今日も人類側の領域であり続けているのはユーエス軍(リタ達の秘密結社、現在のヴラタスキ侯爵家)が加勢してくれたからである。人類の戦力だけでは撃退は困難だった。アルミン・ミカサ・クリスタの3名は成り行きでそのリタの配下に加わることになったが、これはリタ達が自分達の能力を買ってくれたからだろう。

 現在、アルミンは総統府からの推薦でトロスト戦区の作戦立案を任される事になった。巨人に関する深い知識と潜入工作員(アニ)謀殺などの戦功を考慮した結果だと上官のリタから聞かされていた。

 

(エレン……。巨人を駆逐するという君の願い、僕が引き継ぐから)

 アルミンはトロスト区の街並みが眺めながら、静かに誓いを立てた。

 

「おーいっ! アルミン! これでいいのか?」

 離れた場所からコニーが呼んでいた。コニーを含む新兵達は藁人形制作を終えた後、南門壁上に設置作業を行っていた。むろんアルミンの指示である。

「あ、いくよ」

アルミンは駆け足でコニー達のところに向かった。

 

 南門近くの壁上砲台は撤去されずそのまま残っている。撤去作業の手間も馬鹿にならないし、それに囮として使えるなら残したままでよいとアルミンは判断していた。百体以上の藁人形はコートと帽子を羽織っており、遠目からだと兵士と区別が付かないだろう。さらに何本もの旗や幟が翻っており、いかにも臨戦態勢を取っているように見える。

 

「うん、いいと思う。風に飛ばされないようにしっかりと固定しておいてね」

「へーい」

 アルミンの回答にコニーにそう返事した。

 

「なあ、アルミン。これって本当に効果があるのか?」

ジャンが訊ねてくる。

「やってみて損はないと思う。勘違いして全力攻撃してくるなら、それはそれで奴等に無駄な力を使わせると思うから」

「そんなものかな……」

ジャンは首を傾げながら呟く。

「ねぇ、アルミン。ペトラ先輩はここトロスト区には来ないの?」

ミーナが質問してきた。ミーナはペトラに憧憬の念を抱いているらしく気になるようだった。

「うん、ローゼの決戦部隊に参加すると聞いているよ。詳しくは知らないけど」

決戦部隊とはリタ直率の侯爵家第一軍・リヴァイ特務部隊・調査兵団本隊からなる人類側の最精鋭部隊である。ローゼ郊外の工業都市に集結している事は知っているが、詳細な作戦運用についてまではアルミンも知らされていない。

「そっか」

「あちらはリヴァイ兵長を始め強兵(つわもの)揃いだし、侯爵夫人もいるから心配しなくていいよ。僕達は僕達の任務を達成することを考えないと」

「えーと、巨人化能力者を逃がさないって事だったよね?」

「うん」

「なぁ、アルミン。奴らはトロスト区に来るって決まっているわけじゃないだろ? もしかしたら迂回して別の城塞都市なり壁を破ってくるかもしれないんじゃないか?」

ジャンが疑問を挟んだ。

「そうなんだけど、奴等は壁はなるべく壊したくない理由があるみたいなんだ」

アルミンはややぼかした回答をした。実際、アルミンはリタからの情報を得ているので、本当の理由を知っている。しかし知っている事をあえて口外する必要はないだろう。教える必要のない情報は教えない。これが機密保持の鉄則だった。

 

「そうなのか?」

「うん。ウォールマリアの壁で破壊されたのも結局シガンシナ区の門だけで、前回の戦い(トロスト区防衛戦)も門しか壊されていない。何百体もの巨人を操る力があるなら、街以外の壁だって壊せるはずだから」

「なるほどな」

「へぇー、そうなんだ」

 

「ねぇ、アルミン。街から信号弾が上がってるよ」

 少女新兵の一人が声をかけてきた。トロスト区の街の一角から作業完了の知らせを意味する信号弾が上がっていた。ミタビ班長の駐屯兵団が主体となって進めていたトロスト区内の井戸を埋める作業が完了したという事である。巨人を主体にしているせいか敵は兵站の概念が乏しいようだ。確かに戦士(巨人化能力者)だけならそれほど物資は必要ないかもしれない。それでもゼロという事はなくどこかで水や食料の調達をするはずである。アルミンが市内の井戸を潰したのは、敵の兵站の弱点を突く意味があった。

「了解の旗を振ってください」

 アルミンはその少女新兵に命令した。自分達は壁上にいるので壁外からでも目立つ信号弾を使うわけにはいかないからである。

「はいな」

少女新兵は大きな旗を振って、返信していた。

 

 

 数分後、アルミンの胸ポケットが振動した。シャスタから貸与されているペンダント型の通信機である。少し仲間達と離れた壁際に行き、応答する。シャスタからの入電でアルミン達3人に対するものだった。

『こちら02(シャスタ)09(ミカサ)10(クリスタ)11(アルミン)に緊急連絡! 敵の前衛集団、約500体がトロスト区南方20キロ地点に到達。まもなく視界内に現れます』

「!?」

今朝方シャスタから連絡があったとおり、侵攻を開始した敵群がトロスト区近郊まで迫ってきているということだった。前衛だけで500体の規模である。リタの予想どおり過去最大規模の侵攻になることは間違いなかった。

『敵に分派の動きはありません。敵の全個体がトロスト区に向けて進撃中です。無理せず慎重に行動してください。武運を祈っています』

「了解」

アルミンは通信を終えると、仲間達に呼びかけた。

「もうすぐ敵が来ます。作業を急いでください」

「え? まさか……」

仲間達は半信半疑の様子だった。それでもアルミンは繰り返して喝破をかける。アルミンの強い主張に押されて、新兵達は作業を急いだ。

 

 やがて南側の地平線の彼方に微かに黒く揺らめく影が出現した。その影は徐々に大きさを増していく。土煙だった。地平線の彼方からでもはっきりと見えるほどの土煙。どれほどの数の巨人がいるのか想像するのも憚れるほどだった。同期の訓練兵達も初めて見る異様な光景に驚いた様子だった。

「お、おい! あれは……」

「や、やつらが来たんだ」

「ほ、本当にきやがった」

「あわわ、アルミンの言ったとおりですよぉ……」

「もう時間切れです。作業は中止! 未設置の人形は街側に投棄っ!」

 アルミンは同期達に命令した。本来の上官はイアンだが、この場にいる最上位階級者は自分だった。

「アルミン。奴等が来るまで時間があるのでは?」

ジャンが疑問を投げ掛けてきた。

「いや、巨人の視力は人間よりも上だよ。それに奴等だって双眼鏡を持っている可能性だってあるよ。すぐにここから離れて退避壕へっ!」

「わ、わかった」

アルミンの指示どおり、同期の新兵達は未設置の人形を壁上から街側に投棄したのち、退避を始めた。

 

 15分後、市内に戻ったアルミンは分隊長のイアン達と合流した。新兵達や他の兵士達は皆地下壕に退避、もしくは退避中だった。

鐘楼(しょうろう)に登って観測したいだと!?」

イアンはアルミンの申し出に驚いていた。ミカサとクリスタは心配そうにアルミン達の会話を見守っている。

「はい、戦士に率いられた巨人達がどのように街を攻撃するのかを観察したいと思っています」

「しかしだな、この街はまもなく巨人達が占拠するんだぞ。死にに行くようなものじゃないか?」

「いえ、夜まで待てば、暗闇に紛れて塔を下りることができます」

「ダメだ。参謀のお前にそんな危険な事はさせられない」

「我々人類は巨人に関して知らない事がまだまだ多いです。特に巨人を兵器としてどのように用いるかは敵の手を知る上で必須です。どうかお願いします」

「……。仕方ない。誰かを護衛を付ける事を条件に許可しよう」

イアンは折れて条件を出してきた。

 

「じゃあ、わたしが……」

「わたしが行きます!」

 ミカサが挙手して申し出ると、クリスタが割り込んできた。

「クリスタ、わたしは強い。あなたよりもずっと。護衛ならわたしの方が適任」

ミカサは言葉足らずの主張でクリスタを退ける。

「っ!?」

クリスタは悔しそうにミカサを睨みつけた。ミカサの実力が熟練兵(ベテラン)級であることは周知の事実で言い返せないようだった。一旦、視線を落としたクリスタは縋るような視線をアルミンに投げ掛けてくる。

「で、でも観測が目的なんでしょ? 機械の操作ならわたしが一番できるし、ね? ね?」

クリスタは何か必死で思いつめたような表情だった。

 

 アルミンはクリスタが最近、自分に好意を持っていてくれることは薄々気付いていた。リタの秘密結社に入社して以降、一緒に勉強や演習する機会が多かったせいで距離も近くなった事もある。それでもアルミンにとって初恋の人はミカサだった。ミカサには親友エレンが居る、自分とミカサが結ばれることはないだろうと思っていた。しかしエレンが死んだ現在、エレンには申し訳ないが自分にも機会がめぐってきたのだった。

 

(嫌な奴だな。僕は……)

 アルミンは自分の卑しい考えに自己嫌悪に陥った。




【あとがき】
敵巨人の大群がトロスト区に迫ってきます。その準備に追われているアルミン達トロスト区残置部隊。

アルミンの祖父は原作どおり、4年前の奪還作戦に強制動員されて未帰還(事実上死亡確定)。両親の最後については、原作・アニメ・BeforeTheWallそれぞれで設定が異なりますが、当小説では単純に事故死としています。




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第70話、少年軍師(2)

 クリスタの突然の申し出にアルミンは戸惑った。この件(敵状観察)は上官のリタと話はしていたが詳細まで詰めていたわけではない。リタはローゼ決戦の準備工作や作戦指示に奔走していて、それゆえアルミンにはかなりの自由裁量が認められていた。

 

(どうしよう?)

 アルミン・ミカサ・クリスタの三名は通信端末を持つ連絡兵も兼ねていて、うち一名はこの部隊(臨時編成分隊)を束ねる分隊長イアンの傍らに控えている必要がある。つまり二人共同行を認めるわけにはいかないのだった。物分りのよいはずのクリスタがなぜ自分との同行に拘るのだろうか?

(ミカサを連れて行くべきだろうけど、クリスタの事も気になるし……)

決戦を前にしてクリスタは情緒不安に陥っているのかもしれない。

 

「……。ミカサ、付いて来て」

 迷ったがアルミンがそう告げた。ミカサは頷く。クリスタは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「クリスタ。もうじき巨人の大群がこの街に来る。すごく危険。あなたではアルミンを守りきれない。それに……」

ミカサはちらっとアルミンの方を窺う。

(ん?)

「アルミンは兵士としては一番弱い。訓練兵団課程を修了できたのが奇跡だから……」

ミカサはアルミンを下げた。確かに否定できない事実だが、初恋の人から告げられるのはきつかった。

 

「ミ、ミカサ。そこまで言わなくても……」

「大丈夫、あなたはわたしの家族。必ず守る」

「か、家族って!? やっぱりミカサはアルミンの事を……」

 クリスタは”家族”の単語に敏感に反応した。

「うん、家族。アルミンもクリスタもわたしの可愛い妹だから」

「へっ!?」

「あっ!?」

「……」

 一瞬、沈黙が支配する。次の瞬間、先ほどの悲壮な顔をしていたクリスタが吹き出した。

「あははっ。そ、そうなんだ~。アルミン、妹なんだ~」

クリスタはお腹を抱えて笑っている。見ればミカサの口元にも若干笑みがあった。つまり今の発言はアルミン弄りだったのだ。アルミンも自覚はしていたが少し女装するだけで女の子に間違われる容姿だった。

「あははっ。く、苦しい」

「み、ミカサ。ひどいよっ! クリスタも笑いすぎっ!」

「ご、ごめん。あははっ……」

壷に嵌ったのかクリスタは笑いを抑えきれないらしい。

 

「お前ら、そろそろ……」

 さすがに見かねたのか自分達の様子を見守っていたイアンが声を掛けてきた。

「す、すみません」

「じゃあ、ミカサ、アルミンをお願いね」

クリスタはすっかり機嫌が直ったらしく笑顔だった。ミカサはこくりと頷く。話が丸く収まったのは良いが、アルミンは精神的ダメージを受けていた。

(ミカサから見て僕は妹なんだ……)

冗談と本音が混じっているだろうがミカサからすればアルミンは男性とは思われていない。恋愛以前の段階だった。

「無事で帰ってきて。待ってる」

「う、うん」

手を振った後クリスタはイアンと共に地下壕へと駆けて行った。気を取り直したアルミンはミカサと共に立体機動装置を使ってトロスト区駐屯兵団本部建物に向う。この建物にある鐘楼(しょうろう)はトロスト区内でも1、2の高さを誇り、敵の侵攻を観測するには絶好の場所だった。

 

 鐘楼に登ったアルミンとミカサは雑嚢(ざつのう)から袋に包まれた木炭を取り出し、顔に塗りたくった。さらにアルミンは頭巾を被り自分の金髪を覆い隠した。リタ達から教わった迷彩という手法である。巨人は基本的に視覚で人間を探知するので、背景に溶け込む事で発見される確率を下げるという意味だった。見ればミカサも頭部は目以外は真っ黒になっていた。

 

『こちら02(シャスタ)。敵前衛集団、トロスト区手前3キロ地点に到達。大型巨人が横一列に展開して前進してきます』

「こちら11(アルミン)。了解」

 シャスタから緊急連絡が入った。ついに敵がこの街(トロスト区)に攻めてきたのだった。離れた場所にいる敵の状況はこうやってシャスタから連絡を入れてもらうしか手がなかった。理由はリタ達が持っている機材・部品の数が少ない為、動画配信できるほどの端末を作れないからである。音声通信機の数も予備を含めても十台前後しかない。

 

(さあ、どうくる?)

 アルミンはミカサと共に鐘楼の窓際に伏せて敵が来るのを待った。数分後、トロスト区南門の空に黒い何かが多数飛来してくる。人だった。敵はトロスト区の中に人を投げ込んできたのだった。壁を越えて次々に投げ込まれてくる人々。路面や建物の屋根に落下してくる。半数ほどは即死したらしく動かなくなったが、幾つもの場所で発光現象が起こり煙の中から巨人が現れた。それだけでなく空中で巨人化した個体もあり、建物が次々と破壊されていった。

 

(こ、これが巨人化投擲!?)

 アルミンとリタは事前に敵の攻撃パターンの図上演習(シミュレーション)を行っている。敵の戦術情報を得た事で対策が立て易くなっていたのだった。これはユミルの記憶を持つトラウテ経由の情報で、以前の敵戦士の記憶から判明していたことだった。空中で巨人化させればそのまま質量となって建物であれ人であれ押し潰してしまう。人類が持つ大砲よりも破壊力のある一種の質量兵器といったところである。実際、この戦術によってハンジは研究棟ごと圧死させられていた。(革命前夜の調査兵団本部襲撃事件)

 

「ひどいね」

 ミカサは非道極まりない敵の戦術に感想を漏らした。

「うん。絶対に負けられないよ」

アルミンはそう答えた。巨人化させられた人々は奴隷か死刑囚なのだろうが、彼の国において人の命がどれほど軽く扱われているかよく分かる証左だった。人類が敗北すれば絶滅、かりに絶滅を逃れたとしても隷属された挙句、目前の人々のように使い捨てにされるのはほぼ確実だろう。

 

 街中に突如出現した100体以上の巨人、無人のトロスト区を幽鬼のようにフラフラと徘徊している。市民はとっくに避難済、守備兵も地下に隠れているので捕食対象が見つからない様子である。

コマンダー(リタ)の予想どおりだね。半数ほどは死んだとして200体以上の巨人化投擲。無駄弾を撃たせた事になるよ」

「そうね」

 一度巨人化したら戻せない以上、敵の持つ残弾(巨人化前の人間)は減るだろう。兵士に似せた藁人形を壁上に設置したアルミンの狙いどおりである。

 

 さらに待つ事数分、南門壁上に巨人ではなく敵の兵士が乗り込んできた。反撃してこない事で疑問を持ったようだ。藁人形を検分している様が観察できた。敵兵の数は十名程度である。

 

(残念でした。ただ藁人形を置いただけじゃないよ)

 次の瞬間、砲弾を入れていた弾薬箱が爆発した。砲弾すべてが誘爆し、爆風が至近距離にいた敵兵をなぎ倒す。1人除き敵兵達は爆風で吹き飛ばされて壁から落下、50m下の地面に叩き付けらていった。

 

 この爆発はアルミンが弾薬箱に仕掛けたブービートラップであり、リタからの直伝である。巨人化能力者であっても、50mの高さから落ちたらまず死ぬだろう。巨人化を発動するには自傷行為だけでなく意志も必要であり、爆発で即死に至らなくてもショック状態ではまず発動できない。まして地上に叩きつけられるまでの数秒間では不可能といっていい。事実、街側に落ちた個体からは巨人化する様子は見られなかった。敵の兵士全員が巨人化能力者(戦士)とは限らないが、最優先攻撃目標を10体近く仕留めた事になる。

 

「さすがね、アルミン。これであなたの巨人討伐数は10」

「い、いや。あの罠を教えてくれたのはコマンダーだよ。僕は応用しただけだよ」

「それでもあなたの戦果」

「ま、まあね……」

 生き残った敵兵の一人が突如、南門壁上で巨人化した。10m級の巨人である。仲間を殺された事で怒り狂ったらしく残っていた藁人形や大砲を蹴り飛ばしていた。だが残ったもう一つの弾薬箱を蹴った瞬間、再度爆発が発生する。足首を吹き飛ばされたその巨人はバランスを崩した後、壁の向こう側へと落ちていった。

 

(戦場で冷静さを保てない奴は死ぬ。敵でも味方でも……)

 敵の自滅をアルミンは冷静に見ていた。敵の戦士(巨人化能力者)はライナー・ベルトルト・アニの例でも分かるように少年少女が多い。洗脳しやすいという事情があるのだろうが、その分、精神的に脆い部分があった。たった今、自滅した巨人もおそらく少年か少女だったのだろう。

 

「これで1、2時間は稼げるよ。そうすればトロスト区を突破しても日中にエルミハ区まで侵攻できない。どこかで夜営する必要があるよ」

「うん」

「後はコマンダー(リタ)やリヴァイ兵長の仕事になるね。僕達の出番はその後だ」

「そうね……」

ミカサはどこか返事が虚ろである。見ればミカサは空を眺めていた。

「アルミン、空を見て」

「空?」

 アルミンが視線を空に遣ると、曇り空がさらに曇ってくる。強い風の中、雪が僅かに舞っていた。

「雪か……」

「これ、よくないと思う……」

「そ、そうだね」

アルミンとミカサは自分達秘密結社(ヴラタスキ侯爵家)の切り札である気化爆弾の存在は知っている。前回同様、気球を用いた空爆を決行するらしい事も聞いていた。その最大の障害となるのが天候だった。吹雪になれば気球は使用できない。

(大丈夫かな?)

リタとシャスタは天候については予測しているはずなので、何らかの対策が打たれていると信じたかった。

 




【あとがき】
ミカサの機転(?)によりクリスタを宥めることに成功しました。でもアルミンは精神的ダメージ(^^)

 トロスト区残置部隊の作戦参謀となったアルミンが指示した準備工作は以下のとおりです。
・南門壁上に兵士に似せた藁人形を配置。敵側に守備隊がいると誤認させる
・南門壁上砲台の弾薬箱にブービートラップ。検分に来る敵兵を狙う(巨人化能力者なら大戦果)
・市内の井戸を破壊。敵の水の補給を妨げる。

 リタ・アルミン達は敵の巨人化前人間の投擲は予想済みですので、敵に無駄弾を使わす意味で藁人形は配置されていました。アルミンは罠により巨人化能力者(戦士)を最低1体以上仕留め、敵巨人勢力の出鼻を挫くことに成功しました。
 とはいえ敵の総数は三千を超えていますので、戦局に影響するほどの戦果というわけではないです。そして悪い事にシャスタの予想どおり、天候が悪化してきます。


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第71話、処刑

兵団政府の動きです。



 この日、総統府の自室で参謀総長エルヴィン=スミスは貸与された通信機で侯爵夫人リタ=ヴラタスキと連絡を取っていた。三千に達する敵巨人の大群は予想どおり最寄のトロスト区に侵攻、ウォールシーナまでの最短距離で選んでいるらしかった。敵は小細工などしなくても圧倒的数の力で人類側の戦力を粉砕できると踏んでいるのだろう。

 

『もう一つ悪い知らせがある』

 そういってリタは天候について触れた。今日の午後あたりから天気が崩れ、冬の嵐すなわち吹雪になる可能性が高いという。まさに敵の大攻勢が開始されたこのタイミングでの天候の悪化とは不運としか言いようがない。

『残念ながら気球を使っての爆撃は不可能だろう』

「うーむ。意外な弱点があるものだな」

エルヴィンは素直な感想を漏らした。超高性能な兵器・機械を多数持つヴラタスキ侯爵家と言えども自然の猛威には勝てないらしかった。

「不確実になるが我が軍と調査兵団で敵中央を突破、爆弾を敵陣に運搬するよりない。威力が威力だけに起爆まで離脱できるかどうか……。突入部隊の生還はかなり厳しいだろう」

「……」

敵の数が多すぎる為、まともに戦っては勝ち目がない。リタが保有する超大型爆弾(気化爆弾)で敵司令部を吹き飛ばす以外の方法は考えられないが、爆弾を抱えての敵中突破も相当困難であることが予想された。また爆弾を設置した後も、起爆まで爆弾を守る必要があり、殿となった部隊はまず助からない。さらに今作戦で用意できるのはこの一発のみで、やり直しが利かないとの事だった。

 

 エルヴィンはしばし考え込んだ後、ふと思いついた事があった。

「侯爵夫人。爆弾を敵司令部に届ける事ができればよいのだな?」

「そうだが、何か手があるのか?」

「爆弾は気球に乗せられると聞いている。人が持ち運びできるものだろうか?」

「いや、それは無理だ。重量は大人二人分ぐらいはある」

「そうか、しかし馬車なら可能という事だろう? こんな方法はどうかな?」

そう言ってエルヴィンは自分の案を説明した。

 

『なるほど。それはわたしも思いつかなかったな。あまり褒められた策ではないが、奴等がこちらの状況を知らない今なら嵌るかもしれないな』

 ヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)は壁外領域(ウォールマリア)に展開して、敵の斥候を全て捕捉撃滅、情報封鎖を続けている。敵は壁内世界で革命が起きて兵団政府が誕生したことも、人類が強力な援軍を得ていることも知らないはずだった。

 

『直ぐにこちらの技術主任に検討させよう。少し待ってくれ』

 そういってリタは通信を切った。待たされる事数分、再びリタから連絡が来た。

 

『エルヴィン、貴殿の案が一番良さそうだ。すぐに準備させる。そちらも動いてくれ』

「わかった」

 エルヴィンもリタも切れ者同士である。最小限の会話を済ませると直ちに作戦準備に取り掛かった。

 

 

「この無礼者がっ! わしを乱暴に扱いおって! このわしを誰だと心得るっ!?」

 ロッド=レイス卿は声を張り上げた。レイス卿は2ヶ月前までは壁内世界の影の支配者として権力の座にあったが、兵団革命後は王都内の高級ホテルに軟禁されていたのだった。面会に訪れる者は殆どおらず、世の中の情勢は配達される新聞でしか知りようがなかった。その新聞も旧王政派は排除(パージ)されているので兵団政府の御用達メディアである。今朝方、突如兵士達がやってきて拘束された上に目隠しさせられて、ここにつれて来られたのだった。

 

「悪態をつくとはまだまだ元気そうじゃのう? レイス卿」

「こ、この声、まさか!?」

「目隠しを外してやれ」

 兵士がやってきてレイス卿は目隠しを外される。ここはどこか薄暗い地下室、周囲には数名の長銃を持つ兵士と威厳を放つ一人の老人が立っていた。むろんレイス卿はこの老人をよく知っている。自分を権力者の座から追い払い、壁内世界の新たな支配者となった男――ダリス=ザックレー総統である。傍らには元調査兵団団長、総統の右腕となった参謀総長エルヴィン=スミスも居た。

 

「ザ、ザックレーっ! この裏切り者がっ! 我がレイス家の後押しで総統になった恩を忘れだけでなく、調査兵団のようなチンピラ連中とつるむとはなっ!」

「裏切り者はどちらですかな? 仮にも統治者ならば壁内(この)世界の人々を守る責務があるはずじゃろう? それがどうじゃ? 巨人を含む敵に関する情報を隠蔽し、敵工作員の浸透を助け、あまつさえ人類の守り手である調査兵団の壊滅を目論み、巨人化薬品を使用した襲撃を指示しておるな」

「き、貴様らは何もわかっておらん。あちらはその気になれば何千もの巨人の大群を送り込む事ができるのだっ! 百年の安寧があったのは偏に総大司教猊下の御慈悲と我がレイス家歴代の交誼があっての事だっ! そ、それを……」

レイス卿の罵声にも関わらずザックレー総統は冷たい目線で見返した。

「ふん、総大司教か。敵巨人勢力、いや神聖マーレ帝国の首魁か。御慈悲じゃと!? 散々我ら人類をいたぶっておいて勝手な事を抜かすなっ! 貴様らレイス家が中央第一憲兵団に命じて、毎年何百人もの生贄を彼の国に捧げていた事も調べがついておるぞ。知識人を始め市民への拷問弾圧、壁上砲台の設置妨害、ウォールマリア失陥時の無策、奪還作戦に関する機密漏えい、敵との内通。貴様の罪を挙げれば切がないっ!」

 

「総統閣下、わたしにも言わせてほしい」

 エルヴィンが総統の了解を取るとレイス卿に向き直った。

「貴方が巨人に関する情報を隠蔽したせいで多くの調査兵達が無駄に命を散らしていった。巨人の生態情報一つ取るためにどれだけ多くの血が流されたことかっ! 死んでいった者達を代弁して言わせてもらおう! ふざけるなっっ!!」

エルヴィンの大音声が地下室に響き渡った。

 

 頃合と見たのがザックレー総統は右手を上げる。部下達がさっと動き、レイス卿は膝を蹴られて跪かせられた。部下の一人が紙を取り出して読み上げる。さきほどザックレー総統が指摘した罪の数々を正式名称で述べたものだった。

 

「……よって、被告人ロッド=レイスを極刑に処すっ! 刑は直ちに執行するものとする」

「き、貴様ら下賎の者共に裁く資格などないわっ! わ、わしは王であるぞっ! ぐはっ!!」

レイス卿はそれ以上言葉を発せなかった。兵士の一人が後頭部を銃底で殴りつけてきたからだった。

「本来なら八つ裂きにしても足りないところだが、息女フリーダの功績を鑑みて銃殺で済ませてやる。娘に感謝するんだな」

エルヴィンの無慈悲な宣告が聞こえてきた。

 

 数秒後、地下室に1発の銃声が響きわたった。後頭部を撃ち抜かれたレイス卿の死体が転がっている。ザックレー総統、エルヴィンは冷ややかに死体を見下ろしていた。

「まあ、ただの茶番じゃな」

「手続きの問題です。この男の死体が必要でしたから」

「うむ、後は任せたぞ」

「はっ」

総統が去るとエルヴィンは部下に命じてレイス卿の死体を棺桶に入れて所定の場所に送ることにしたのだった。

 




【あとがき】
前の最高指導者だったロッド=レイス卿、人類に対する背信の罪という事を考えれば処刑は已む無しでしょう。この話のエルヴィンも述べていますが、レイス家を首魁とする旧王政府が巨人に関する情報を隠蔽したせいで、多くの調査兵が無駄死にとなっていました。

吹雪による空爆作戦が困難となり、エルヴィンはリタにある策を提案します。レイス卿の処刑が行われた事で鋭い読者は想像がついてしまうかも……。

また当小説では敵巨人勢力の正式名称は”神聖マーレ帝国”とします。宗教独裁国家であることを明示するためです。あっ、別に政治体制を批判しているわけではないですよ。私達地球人類の歴史でも中世ではよく見られる政治体制ですから。


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第72話、因縁の街

【まえがき】
マーレ(巨人勢力)側サイドの話です。ファルコ&ガビ登場。



 パラディ島(壁内世界のある場所)と海峡を挟んだ大陸側の対岸には神聖マーレ帝国(以下マーレ)の所属する藩王領が存在している。帝国内では北方の辺境領域に属し、領土の広大さに比して開発が進んでおらず、比較的貧しい地域に分類されていた。先代が急死し後を継いだ若き藩王は、藩の勢力拡大を目論み、北の海に浮かぶパラディ島に着目したのだった。パラディ島は悪魔の末裔が住む忌みべき島として百年以上、刑場代わりに使われていた。”楽園送り”(巨人化薬品を投与して巨人化させる事)がその処刑方法である。島を統治するレイス家に毎年生贄を提供させてはいるが、それ以上の事は求めず事実上放置状態だった。

 近年、島の周辺を調査して意外にも資源豊富な場所である事が分かった。本国政府の一部有力貴族から言質を得て、パラディ島攻略に取り掛かる。ただし緊張状態にある諸外国や帝国内諸派の貴族が存在している関係上、極秘裏に事を進める必要があった。そこで藩王は少人数の戦士を送り込み、内側からパラディ島を制圧することにしたのだった。

 

 こうして選ばれたのがライナー・ベルトルト・アニという若い兵士達だった。エルディア人であり、戦士候補生だった彼らを特例で戦士(巨人化能力者)に昇格させ、その代わりにパラディ島攻略の任を命じたのだった。

 まずは一番外側の外壁(ウォールマリア)を崩し、無知性巨人の侵入と同時に他の工作員達も内部浸透させる。頃合を見計らって藩王軍の尖兵部隊を進出させ、パラディ島全域を一気に制圧する計画だった。

 

 しかし3ヶ月前に実行されたパラディ島制圧作戦(パラディ側呼称:トロスト区防衛戦)は意外な結果に終わった。尖兵部隊・潜入工作員いずれからも連絡が途絶してしまったのだった。状況は一切不明のままである。

 

 その後、数度に渡って送り込んだ斥候部隊も全て未帰還となる。本国の親衛隊から借りた戦士まで未帰還となってしまってはもはや隠し事はできず、藩王自らが帝都に赴いて本国政府に事情説明した。悪魔の末裔であるパラディ島の連中が反旗を翻し、反マーレの列強諸国と内通している疑いがあると報告した。本国政府はただちに反乱鎮圧を決意、年内にパラディ島を浄化(全住民殲滅)せよとの勅命が下された。むろん勅命であるから失敗は絶対に許されない。藩の総力を挙げて再度のパラディ島攻略作戦を決行する事になったのだった。

 

 投入した戦力は、戦士(巨人能力者)80人、歩兵2500人、さらに数千人単位の奴隷――無垢の巨人の素材である。これに対してパラディ島側は戦士1~3名、動向不明な戦士達が仮に敵側に寝返っていたとしても多くて7名であり、自分達マーレ軍(藩王軍)が圧倒的優勢だろう。戦士を倒すことができるのは戦士でしか有り得ない以上、この差が覆る事はありえない。ちなみに無垢の巨人は両陣営が巨人を操ることが可能な状況では戦力にはならない。片方が命令しても片方が命令を取り消せばよいだけで、純粋に戦士の数だけが勝敗に直結するからである。

 

 今回の第二次パラディ島攻略作戦には、エルディア人義勇軍も参加していた。パラディ人と同じ悪魔の末裔の傍系で帝国内の居留地に住むエルディア人は、二級市民として昔から迫害を受けていた。居留地の外に出るときは腕にエルディア人であることを示す腕章の着用が義務付けられ、もし忘れたりした場合はその場で処刑されても止む無しという過酷なものだった。職業も最底辺のものしか就けず極貧の生活を強いられており、唯一立身出世の道があるとしたら、兵士となり武勲を挙げて名誉マーレ人の称号を得ることである。特に戦士(巨人化能力者)に選抜されたならば栄達は約束されたにも等しい。戦士になれば武勲を得る機会はいくらでも巡ってこよう。

 

 先遣偵察隊として最前線の街(トロスト区)に進駐したエルディア人義勇軍の中にファルコとガビがいた。共に13歳、訓練兵ではあるが、今回のパラディ島攻略作戦には訓練兵でも参加が認められおり、ガビは真っ先に志願した。従兄ライナーの冤罪を晴らす為だった。ガビは黒髪で小柄な少女兵であるが、訓練兵首席の座を維持しており、将来有望な兵士、もしくは戦士候補生と言えた。一方少年兵ファルコは兵士として飛び抜けて優秀というわけではないが、努力家で気配りも出来き、なによりも同期のガビの事を気に掛けていた。

 

 この城塞都市(トロスト区)南門を塞いでいた瓦礫を無垢の巨人達を使役して撤去した後、ガビ達の所属するエルディア人義勇軍もこの街への進駐を果たす。巨人達は北側へと誘導されており、中央通り以外の市街地には巨人の姿は居なかった。ガビ達訓練兵は街の捜索と物資調達を命じられたのだったが……。

 

「それにしても理解できないよな。なぜライナーの奴は祖国を裏切ったんだろ?」

「ライナーは裏切りなんかしていない! 勝手な事言うなっ!」

 愚痴を漏らした同期の少年兵にガビは突っ掛かっていった。件の少年兵を脚払いで転倒させると馬乗りになって何度も殴りつける。

 

「ガ、ガビ! 喧嘩はまずいって! ここで戦場だぞ!」

 ファルコは慌ててガビを止める。

「は、放せよっ! ファルコ!」

「上官に見つかったらタダじゃすまないぞ。ただでさえ、悪魔の末裔共の姑息な罠で仲間が何人も殺されて上官達はピリピリしているのに……」

「くっ!」

 ガビはやるせないといった表情で拳を下ろした。バラディ軍(壁内人類軍)は自分達マーレ軍が来るより何日も前に、この街から完全に撤退していったようだ。それだけでなく街の至る所に罠を設置し、さらに井戸を破壊するなど徹底的な嫌がらせをしていったのだった。南門壁上の砲台にあった仕掛け爆弾で戦士2名を含む10人が死傷。また民家のあちらこちらに大型動物用の狩猟罠が仕掛けられており、物資調達を命じられた数十名の兵士が死傷する事態となっていった。一方でこちらは敵兵士を一人として仕留める事はできていない。圧倒的優勢なはずの自分達が敵側の姑息な手段に翻弄されているといった有様である。

 

 ファルコはガビに殴られた少年兵に侘びを入れ、なんとか取り成して事なきを得た。揉め事を起こせば喧嘩両成敗になる可能性が高いので、少年兵も渋々謝罪を受け入れてくれた。

 

「あー、おもしろくないっ! ちくしょー!」

 ガビは不機嫌な様子でわざと足音を立てて歩いている。

「なあ、ガビ」

ファルコはガビに話しかけた。

「?」

「ライナーが裏切った可能性は低いと思うぜ」

「そうなの?」

「ああ、だってこの街の南門は一度は壊されている。それって巨人の力を使って壁を壊したって事だろ?」

「そ、そうかもね」

「パラディ島の連中は自分達を巨人から守っている壁を自ら壊すわけがないから、やっぱりライナー達は任務をちゃんと遂行したと思う」

「じゃあ、なんで消息不明なの? 悪魔の末裔達、昔はともかく今は弱いはずだよ。戦士だってロクに揃っていないはずなのに……」

「うーん、それなんだけど……」

ファルコは周囲を見渡した。離れたところに捜索を続けている仲間の兵士はいるが、自分達の会話を聞ける範囲には兵士はいない。

 

「絶対に口外しないって約束してくれるかい? 特に上官の耳に入ったらそれだけで不味い事なんだ」

「うん、言ったりしないよ」

「これは僕の勘なんだけど、今回の出兵、ヤバいかもしれない」

「まさか!? 戦士の数も巨人の数も圧倒的でしょ? 負けるわけないじゃん」

ガビはファルコの慎重論をまったく信じていない様子だった。

「うん、そうなんだけど、じゃあ、どうして前回の作戦は失敗したの? 前回だって悪魔の末裔達を十分やっつけるだけの戦力を用意していたはずだよ」

「それは……」

「おまけに誰一人生還していないから壁の中の状況がわからない。斥候を何度か送り込んだって話だけどそれも含めて全部未帰還なんておかしいよ」

「そ、そうだけど……」

「未知の敵がいるかもしれない。侮っていたら不覚を取るかもしれない」

「だ、だからこそ、藩王殿下は圧倒的な戦力を用意したって話だよ。奴等がどんな小細工しようと粉砕できるはずじゃん」

「そうなんだけどね……」

「ファルコは心配しすぎだって!」

「……」

「安心しなさい。約束は守るから。誰にも言わないって」

「あ、ありがとう」

「まあ、さっさと次の街にいって、奴等の王都まで攻め込めばさすがにファルコは杞憂だってわかるでしょ」

「ああ」

 ファルコはそれ以上、ガビに懸念を話す事を断念した。ファルコ自身も確信が持てないからこその不安である。敵がこの街を引き払ったは数日前のようだが、まるでこちらの動きを読んでいたかのように嫌がらせの罠を残していった。パラディ島側は戦士をさほど持っていない以上、壁外領域(ウォールマリア)をまともに偵察できないはずである。もしかしたら敵には予知能力者でもいるのだろうか? いや、それこそ有り得ない現実だった。

 

(これだけの大軍勢だから普通なら負けるはずがないと思うけど……。どうしてこんなに不安になるのだろうか?)

 ファルコは空を仰ぎ見る。さきほどから降り始めた雪が風に舞っている。空は淀んだ曇り空で雪は止みそうになかった。明日には一面銀世界になるかもしれない。それが是か非かはファルコにはわかりそうになかった。

 

 太鼓の音が聞こえてきた。召集の合図だった。ガビとファルコは占拠した街で一番大きな建物(旧駐屯兵団宿舎)の中庭へと向かった。そこには訓練兵を含むエルディア人義勇兵達と数人のマーレ軍将校が居た。

 

 マーレ人の隊長が箱で作った急造の演壇に立って兵士達に語りかける。

「勇敢なる兵士諸君、我々はついに悪魔の末裔達が持つ2枚目の壁を突破した。残りは1枚であるっ! 奴等は姑息な罠をいくつか残していったようだが、大した障害にはなっておらん!」

(ちっ! よく言うぜ!)

ファルコは心の内で舌打ちした。その姑息な罠に嵌って数十名以上の死傷者が出ているのだが、誰もそれは指摘しない。下手に不平不満を漏らせばそれだけで忠誠心が疑われ粛清の対象となるからだ。二級市民であるエルディア人義勇兵が何人死のうが、本国の人間に比べたら命の値段は安いので考慮にも値しないのだろう。

 

「今、我々は巨人を続々、中の壁(ウォールローゼ)に送り込んでいる。悪魔の末裔達は片っ端から喰い殺されていくはずであるっ!」

「うおおおぉっ!!!!」

 空気を読んだらしい兵士達が歓声を挙げた。やや一瞬遅れて他の兵士達も歓声を挙げる。隊長は満足そうな表情で頷くと手振りで静粛を促した。

「おほん、さすがに我らも慣れない土地での夜間行軍は厳しい。明日、日の出と共に諸君ら義勇軍は先発し、敵の最後の防塁ともいえる城塞都市を突破するのだ。さすがに悪魔の末裔達も必死で抵抗してこよう。だが我らは奴等の抵抗を十分に粉砕できるだけの戦力を用意しておるっ! 我らの勝利は疑いないっ! さあ、兵士諸君、いまこそ祖国に忠誠を示すときぞっ! 悪魔の末裔共に死をっ! 帝国万歳っ! 総大司教猊下万歳! 藩王殿下万歳っ!」

「万歳っ!! 万歳っ!! 万歳っ!!」

兵士達は一斉に万歳三唱した。歓声は大音声となり街の中に響き渡った。




【あとがき】
 敵巨人勢力側(神聖マーレ帝国)の話です。原作とは設定がかなり異なっていますが、これは当小説連載当初は2014年であり、原作は伏せらた情報が多かった為です。(言い訳ですが……) なので別の世界線(並行世界)としてお楽しみください。敵側の視点で見るとまったく違う光景が見えてきますね(^^)

ファルコ、ガビとも若干設定が原作と異なっています。原作の850年時点ではまだ10歳前後になってしまいますが、それだと出征できないので、年齢を引き上げています。

慎重派のファルコと、無鉄砲なガビ。彼らは知りませんが、この街の地下にはアルミン達が潜んでいます。アルミン達の仕掛けた罠で被害が出ていますが、マーレ軍首脳部は義勇兵の損害などほとんど気にしていません。



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第73話、決戦部隊

トロスト区が陥落し、敵巨人勢力はウォールローゼ内への浸透を開始している。
ウォールローゼ南西工業都市に布陣した決戦部隊(リタおよび調査兵団)は
圧倒的多数の巨人を擁する敵群を撃滅すべく起死回生の作戦を企図する。

【追記】リタが他の兵団幹部を呼ぶ時の呼称に敬称をつけました。その他細かい修正です。(4/25)




 850年12月8日、午後7時

 

 窓の外は強い風と共に雪が舞っていた。朧げに見える建物の屋根は雪で白く染め上げられている。ウォールローゼ南東、山に囲まれた盆地にある工業都市は人の営みの灯りが消え暗闇に包まれていた。これは総統府からウォールローゼ南側領土全域に対して避難命令が発令されていて無人の街と化してからである。この街に残る者は兵団関係者だけだった。

 決戦部隊の司令部が置かれている工房の建物は兵士達の詰め所となっており、その中の一室にリヴァイ、ケニー=アッカーマン、そしてケニーの部下で元対人制圧部隊の兵士達がいた。リヴァイを除くケニー達はカードゲームに興じている。ちなみにケニー達はリタ直卒の囚人部隊扱いの為、戦闘直前まで武装する事はおろか武器に触る事も禁止されており、この建物の一区画のみ行動が許されていた。リヴァイは監視を兼ねてこの部屋に来ていた。

 

「レイズっ!」

「受けて立つぜっ!」

「オレもコールだっ!」

「おっし! オープンっ!」

「……!? うはー、やられたっ!」

「くくっ! 親の総取りだな!」

 ケニーは卓上に置かれたチップを自分の手元に寄せた。

「アッカーマン隊長、強すぎますよっ! これで何連勝ですかっ!」

「かかっ! この程度の見極めぐらい造作ないってんだよ!」

「リヴァイさんもしませんか? 一矢報いてくださいよ」

 兵士の一人がリヴァイに声を掛けてきた。

「オレはやらんっ! くだらねーぜ」

リヴァイは苛立たしい気持ちを隠そうとせずあしらった。革命後、侯爵夫人(リタ)に服従したケニー達とは形式上は味方である。しかしケニー達は革命前夜の巨人による本部襲撃事件の犯人達であり、多くの部下が殺傷された恨みをリヴァイは忘れていない。ケニー達対人制圧部隊もまたリタの報復爆撃により壊滅的打撃を受けているが、それは自業自得だと考えていた。

 

「おいおい、リヴァイ。そう邪険にするなよ。どうせ今は待ち時間でやる事もねー。無人の街じゃ女も酒もないしな」

「言っておくが、おめーらは死刑判決を受けて執行猶予中の身だぞ。この戦いで戦功がなければどうなるのかわかってるんだろーな?」

「くくっ! そんなの脅しにもならねーぜ、リヴァイ。今の状況、よく考えてみろよ。人類全員、巨人の連中からの死刑宣告されているようなものじゃねーか」

 ケニーの指摘は一理あった。壁内世界は今、史上最大規模の敵巨人勢力(神聖マーレ帝国)の侵攻を受けている。すでにトロスト区は陥落、ウォールローゼ内に続々巨人が侵入している模様だった。吹雪のおかげで敵の行軍は相当鈍っているようだが、明日にはエルミハ区が襲撃を受けてもおかしくない。ウォールシーナが陥落すれば、もはや人類の安全な居場所はなくなる。すなわち人類滅亡ということになる。

 

「そこは侯爵夫人が……」

「くくっ。侯爵夫人様も承知のはずだぜ。”勝てるかではなく勝つしかない”とな。今回の敵は過去最大規模っていうじゃないか? まっ、まともに考えたら勝ち目はかなり薄いよな」

「……」

「要は慌ててもしかたねって事だ」

「ふん」

「隊長、次のゲームといきましょう」

「おう」

ケニー達はカードゲームを再開した。

 

 しばらくしてドアがノックされる。若い調査兵の一人が伝令としてやってきた。

「リヴァイ兵士長、侯爵夫人様がお呼びです。至急、本部会議室までお越しください」

 リヴァイの現在の正式な役職は総統府直属特務部隊の隊長であるが、長らく調査兵団の役職で呼ばれていたため、いまでも”兵士長”で呼ばれることが殆どだった。

「わかった」

 リヴァイはすぐに腰を上げて部屋を出る。ちらっとケニー達の様子を窺うと相変わらずカードゲームに興じていた。

 

 リヴァイが会議室に入ると、決戦部隊の最高幹部達が既に顔を揃えていた。全軍の総指揮を執る侯爵夫人リタ=ヴラタスキ、調査兵団団長ミケ=ザカリアス、空挺兵団団長リコ=フランチェスカの3名である。

 会議室のメインテーブルの上には地図が広げられている。言うまでもなく南方領域全域が描かれた戦略地図である。リヴァイが敬礼の後、着席するとリタが語り始めた。

 

「王都からさきほど知らせがあった。作戦に若干関係するので伝えておく。ロッド=レイス卿を処刑したとの事だった」

「……」

 リヴァイは特に驚かなかった。レイス卿は真の王として3ヶ月前までは壁内世界の最高権力者だったが、調査兵団を始めとする進歩派に敵対的で中央第一憲兵団を使っての弾圧拷問粛清などの裏工作を行ってきた張本人である。巨人勢力に対する宥和政策、いや売国政策が今の壁内人類の苦境を招いた事を考えれば処刑は当然すぎる措置だった。むしろ遅すぎたと言っていいぐらいである。リコもミケも無言のまま何も発言しなかった。

 

「では現在の状況についてだが……」

 リタは引き続き状況説明を行う。観測班(シャスタ)からの報告によるとウォールローゼ内には午後6時時点で2700体の巨人が侵入してきており、最終的には3000体を超える見込みだった。幸か不幸か天候が吹雪になった事により、巨人達の進撃は大幅に鈍り、トロスト区から概ね10km圏内に留まっているという。敵の主力である戦士(巨人化能力者)達はトロスト区内に留まっており、今夜はそこに留まる様子だった。敵随伴歩兵約二千も同様である。さらに護送車に入れられた奴隷らしき囚人達も確認されており、この囚人達は無知性巨人の素材である事はほぼ確実だった。現時点で確認されている人類側の死者はゼロだが、これは単に戦場から兵士・住民が撤退していて巨人と遭遇していないだけである。

 

「敵の将校達が兵士達を前に演説したそうだ。傍受したところによれば明日夜明けと共にトロスト区を進発、一直線にエルミハ区に向かってくる模様だ」

「いよいよ明日ですな」

「そうなるな」

 ミケの発言にリタは答えた。

「観測班からの報告だが、明日以降も天候は回復する可能性は少ないようだ。従ってリコ殿、貴女達に準備させていた気球を使った爆撃(オプション)は使えない」

「それは致し方ありません」

リコは答えた。リコの空挺兵団は旧ハンジ技術班を引き継いでおり、兵団と名がついているものの、現時点では実験部隊に近い性質のものだった。いずれ飛行兵器の開発が進めば、実を伴ってくるはずだろう。

 

「とはいえ、我々の作戦目標は変わらない。敵司令部ならびに敵主力を我が侯爵家が保有する新型爆弾で吹き飛ばす」

「……」

 リコやミケも固唾を呑んでリタの言葉を聞いている。新型爆弾とは森に隠れていたケニー達対人制圧部隊を壊滅させた代物である。あの一発で森が消滅し、王宮前広場並の空き地を出現させたのだった。なおこの爆弾については報道管制が敷かれている為、知っている者は兵団関係者に限られている。

 

「前回のは小型だったがな」

「!?」

「あ、あれで小型ですか!?」

 リコは驚いていた。それはリヴァイも同様だった。道理でリタが自信を持っているわけだった。(今回の爆弾は)トロスト区級の城塞都市を消滅させる程の破壊力があってもおかしくないかもしれない。

 

「吹雪のため気球は使えないが、代わりに降伏を名目とする使者を送ることにした。その使者が敵の指揮官と謁見したところで例の爆弾を使うことになる」

「……」

「使者の人選は既に考えている。一人は私だ」

「なっ!?」

「ま、待ってください。総指令官自ら敵の大群の中に赴こうというのですか? いくらなんでも無謀すぎますっ!」

リコは驚いてリタを引き止めにかかった。リタは首を振って否定する。

「いや、私が行かなければならない。理由は二つだ」

「どういう事でしょうか?」

「一つ、この新型爆弾は完全に動作保証できるものではない。なんらかのトラブルが起きた場合、対処できる技術者が必要なのだ。その技術を持つ者は私とこちらの技術主任だけだ」

「……」

「二つ、起爆動作(シーケンス)に入ってから敵中を突破して離脱しなければならないが、その為には高い戦闘技量が要求される。その点、わたしなら単独(ソロ)で15m級巨人を討伐した実績があるから問題ないだろう」

「……」

リタ個人が卓越した戦闘技能の持ち主である事はこの場にいる全員が知っている。同盟締結後、リタを交えた合同軍事演習を行っているからだ。その際、壁外の巨人掃討も行っており、リタ一人で20体あまりの巨人を軽く討伐していた。不思議な甲冑(機動ジャケット)の力で重量150kg近い戦斧(バトルアックス)を振り回すのがリタの戦い方らしかった。

 

「となるともう一人はオレという事だな」

 リヴァイは自身が人類最強の戦闘力保持者であると自負していた。もっともそれだけでは巨人達に打ち勝つには到底足りていない事を実感しており、強力な武装と高度な情報収集能力を持つヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)の登場は心底有り難いと感じていた。リタは頷いて歓迎の意志を示す。

「リヴァイ兵士長、よろしいのですか?」

リコが訊ねてきた。

「ああ、問題ない。共に戦ってこその同盟軍だと思うからな。頼もしい味方――侯爵夫人と共闘できるならオレとしては願ったりだな」

「後一人はオレか?」

ミケが手を挙げた。ミケは調査兵団ではリヴァイに次ぐ実力者である。

「いや、ザカリアス殿。貴方には調査兵団を率いて敵主力が壊滅した後の掃討戦を担当してもらいたい」

「……。わかった」

「では誰を?」

「ケニー=アッカーマンを考えている」

リタは意外な人物の名前を出した。確かにケニーは高い戦闘力の持ち主だが、レイス家の親衛隊長でつい2ヶ月前まで敵側だった人物である。信頼性には程遠いだろう。

 

「ケニーだと!? 奴はただの殺人鬼じゃないか!? あいつのせいで部下が大勢殺された。クリスタの母親も殺している。それ以外にもどんな汚い仕事をしていたかわかったもんじゃないっ!」

「わかっている。それでもリヴァイ殿、貴方に彼を説得してもらいたい。むろん私の直属の囚人部隊だから強制できるが、できれば志願してもらいたい」

「……」

「リヴァイ兵士長……」

ミケとリコの視線が注がれる。

「わかった……」

リヴァイは納得したわけではなかったが、リタの言葉に従った。

 

 

 その後、いくつかの段取りを確認した後、会議は散会となった。リヴァイは部屋に戻ると相変わらずカードゲームに興じていたケニーに声を掛けた。

「ケニー。話がある」

「ほう? 甥っ子が伯父さんに甘えたくなったか?」

「っざけんなっ!! 二度と伯父とか甥とか口にするんじゃねっ!」

ケニーの戯言にリヴァイは激昂した。危うく抜刀しそうになったが、辛うじて自制して睨みつける。ケニーがリヴァイの伯父である事はフリーダ=レイスから聞かされて知っていた。親族だからと言って今更、親愛の念が持てるわけではなかった。

 

「おいおい、そんな怖い顔すんなって。冗談だよ」

「ちっ! 真面目な話だ。廊下で話す」

「わかったよ。お前ら、オレはしばらく抜けるぜ」

「了解です。隊長」

ケニーは席を立つと、リヴァイと共に階段の踊り場に来た。

 

 リヴァイはリタの切り札(超大型爆弾)を伏せて作戦の概要を説明した。

「というわけだ。できれば志願して……」

「いいぜ」

「えっ!? いや、その……」

リヴァイはケニーが即答するとは思っていなかったからだ。

「ん? 何を驚いてやがる」

「千、いや二千を超えるかもしれない巨人の大群のど真ん中にたった数人で乗り込むんだぞ。普通、生還は無理だと思うだろ?」

「くくくっ。いいねぇー。最高の舞台じゃないか? リヴァイ、そう思わないか? 敵のが多ければ多いほど燃えるよな。それにあの侯爵夫人様の事だ。勝算ありと踏んでるんだろうな。やっぱ、考える事が違うよな」

ケニーは満面の笑みで答えた。

「わかった。侯爵夫人にはお前が承諾したと伝えておく。お前の部下達は……」

「オレが聞いておくわ。俺の酔狂に付き合うかは奴等次第だから責任は持てねーぜ」

話が終わるとケニーはさっさと部屋に戻っていった。リヴァイはどうにも納得できなかったが、報告のために会議室に戻った。

 

「そうか、承諾したか」

「例の爆弾についてはむろん教えていない。あいつが土壇場で裏切る可能性があるからな。本当に奴を信用しているのか?」

「いや、信用はしていない。ただ彼の性格ならおそらく引き受けるだろうとは思っていた」

 リタは性格分析をした上でケニーを使うことにしたようだ。そもそも裏切り予防措置を講じていないはずがないだろう。リタは情報漏洩を特に恐れていたことは、自分達人類と同盟を組むまでの過程(プロセス)を見ればよくわかる事だ。当然といえば当然だがリタは自分にもエルヴィンにも手の内を全て明かしていないだろう。

 

「決戦は明日だ。今晩はゆっくり静養して英気を養っておくといい。リコ殿達にもそう伝えた。何かあれば知らせよう」

「わかった」

 リヴァイは会議室を退室すると自室に向かう。廊下から窓の外を見遣る。吹雪で外が荒れていた。

(あの日も天候が悪かったな……)

リヴァイは調査兵団に入団した直後の壁外遠征の時を思い出していた。今から10年以上昔の話である。その壁外遠征で地下街で過ごした大切な二人の仲間が巨人に喰われたのだった。天候が悪化して視界が悪い中、巨人の接近に気付くのが遅れたためだった。今度の戦い――ウォールローゼ決戦もその轍を踏まないか不安は尽きなかった。

 




【あとがき】

 降伏の使者を装って敵の大群の中に乗り込み、新型爆弾を陸送するのがリタの策です。その人選は、リタ本人、リヴァイ、ケニー。生還の望みが薄い投機的な任務となります。敵の数が多すぎるため、まともに戦っても勝てない以上、奇策を用いざるを得ないのも仕方ないでしょう。

 具体的なキャラ名は出しませんでしたが、リヴァイが最初の壁外遠征で仲間を喪ったというのは原作「進撃の巨人外伝 悔いなき選択」に基づいています。


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第74話、エルミハ区の戦い(1)

パラディ島勢力(壁内人類軍+ヴラタスキ侯爵家)vs 神聖マーレ帝国軍(巨人勢力)
エルミハ区(ウォールシーナ南突出区)において初バトルとなります。

マーレ側に訓練兵ウド・ゾフィア登場。

【修正】一部文言・セリフを修正。ゾフィアの発言など。(2018/5/18)
またエルミハ区防衛隊の砲撃に壁上砲台が使われていない事を明示しました。
(理由は次話以降)


 850年12月9日、午前8時

 

 エルミハ区南側壁上から見えるウォールローゼの平原は一面銀世界に覆われていた。一晩降り続いた雪のせいだった。吹雪は幾分収まっていたが強い風が吹き付けてくる。風の音に混じって大砲の砲撃音が散発的に轟いていた。エルミハ区防衛隊(駐屯兵団)の兵士達が大砲の試射を行っているのだった。

 ウォールローゼ南領域から避難してきた人達の大半は、エルミハ区北側に設けられた臨時の仮設テント群や兵団政府が借り上げた民家に詰め込まれおり、食料や毛布といった物資の配給も満足に行き渡ってはいない。それでも大きな騒乱は発生してはいなかった。兵団政府から全国民に敵巨人勢力の大侵攻が迫っている旨を告知されており、人々の関心はもっか戦いの帰趨(きすう)にあったからだ。同盟軍(ヴラタスキ侯爵家)の加勢があるとはいえ、この戦いに勝てるのだろうかと。

 

「まさかエルミハ区で戦う事になるとは……。驚きです」

「オレもだ。5年前はシガンシナ区、3ヶ月前はトロスト区、そして今はここ(エルミハ区)だ」

 駐屯兵団ハンネス隊長は部下と壁上で監視を続けながら話していた。

「オレ達人類はこれ以上後退する事は出来ない。ここが人類と巨人の最前線であり崖っぷちなのだからな」

ハンネスは事実を指摘した。ウォールローゼが巨人の領域と化しつつある現在(いま)、ここを抜かれてしまえば王都まで巨人の侵攻を阻む障害は存在しない。すなわち、ここが人類の最終防衛(ライン)である。

 

「……」

「どうした?」

「いえ、トロスト区の残った味方の安否が気になります。たった50人でしょう? 今や巨人の領域に飲み込まれた場所ですから」

トロスト区に残った味方とはイアンの残置部隊のことである。仮にこのままウォールローゼが巨人の支配下に置かれた場合、生還は絶望的になるだろう。人類最精鋭といわれる調査兵団ですら過去幾度となく行われた壁外調査で甚大な犠牲を強いられてきたのだから。

 

「ああ、オレ達は知らない方がいいだろうな。司令部は何か考えあっての事のはずだ。オレ達は司令閣下の指示に基づき迎撃に専念するべきだからな……」

 ハンネスは此度の迎撃作戦の発案者が参謀総長(エルヴィン)及び侯爵夫人(リタ)と聞かされていた。知恵者の二人が考えた作戦なら無意味な戦力配置を行うはずがないと思っていた。特にイアン達は駐屯兵団最精鋭であり捨石にするにしては惜しすぎる戦力だろう。

 

「ハンネス隊長と共に5年前に逃げ延びた子供達が訓練兵になっていたと聞いています。今回トロスト区に新兵達もいるとか……。彼らもそこに……」

「……」

 ハンネスは気が重くなった。逃げ延びた子供達とはエレンやミカサの事だったからだ。特にエレンの両親イェーガー夫妻には返し切れない恩があった。医者であったエレンの父グリシャは流行り病を患った妻を治してくれたからである。にもかかわらず5年前のあの日(トロスト区巨人襲撃当時)の際は、真近で見た巨人に恐怖して戦えずエレンの母カルラを見殺しにしてしまった。グリシャはあの日以来行方不明である。状況からして巨人に喰われた可能性が高いだろう。

 

「申し訳ありません。無駄話が過ぎました」

「……2人は無事だ」

「えっ?」

「一人は高い戦闘技術を、もう一人はとても賢い頭を持っている。無事だ。必ず還ってくる」

 ハンネスは遠くローゼの平野を見遣った。もう一人の子供、トロスト区防衛戦で未帰還(状況からして戦死)となったエレンについては語らなかった。

 

 

「ピクシス司令、侯爵家から緊急連絡です」

 エルミハ区駐屯兵団本部建物の執務室で司令ドット=ピクシスは幕僚唯一の女性アンカ・ラインベルガーから報告を受けていた。アンカは侯爵家(リタ)から貸与された”通信機”を持つ数少ない連絡将校である。ピクシス自身が通信機を持つ事も考えたが、几帳面で事務処理が得意なアンカに任せた方がよいと判断していた。

 

「なんと言っておるのじゃ?」

「はい、読み上げます」

 アンカはメモを取り出して読み上げた。

「先ほどトロスト区より敵が出撃したとの事です。500体ほどが先陣を切って前衛集団を形成。その後方に50両ほどの荷馬車が随伴している模様。敵の進撃速度からしてエルミハ区到着は3時間後、午前11時頃の見込み。エルミハ区守備隊は総力でもって敵を撃退せよ。武運を祈る。以上です」

「そうか、ついに来たか」

ピクシスは予想していたので驚くことはなかった。トロスト区に比べれば防備で劣るエルミハ区ではあるが、状況は絶望的というわけではない。なにより前回の戦いと決定的に違うのが奇襲ではないという事だった。同盟軍(侯爵家)から敵の襲撃を事前に知らされているので、準備万端で待ち構えることが出来る。”巨人投擲”という戦術についてもリタから事前レクチャーを受けているのでその対策も講じている。打てる手は全て打ってから敵との決戦に臨むという事である。

 

「よし、全兵士に通達。奴等(巨人)が来る。迎撃準備を整えろ。よいかっ! 今日この日この場所が人類の存亡を駆けた戦いとなるっ! いかなる犠牲を払ってもこの街を守り抜くのじゃっ!」

「はい!」

 ピクシスは死守命令を下した。勝敗の鍵は侯爵家第1軍ならびに調査兵団本隊からなる決戦部隊が敵司令部を撃滅できるかに懸かっている。敵の目を自分達に引き付ける損害吸収役となる事も辞さない覚悟だった。

 

 

 

 

 神聖マーレ帝国軍第二次パラディ島攻略部隊は戦士80名・無垢の巨人3100体・随伴歩兵2300名から構成されていた。占領した街(トロスト区)に負傷兵と若干の守備隊の置いた後、全力出撃、一路敵の根拠地ウォルシーナを目指して進撃を開始した。吹雪が吹き続ける中、雪中行軍である。視界は5キロもないが、見渡す限り大地は巨人の群れに覆われていた。

 

 エルディア義勇軍に所属する訓練兵ファルコは随伴歩兵の一人として仲間と共に四足歩行巨人に引かれる幌馬車の中にいた。同期のガビ・ウド・ゾフィアもファルコと同じ馬車に乗り合わせている。ウドは眼鏡をかけた少年で知性的に見えるがやや感情に流されやすく、一方ゾフィアはガビとは対照的に物静かで冷静な少女ではあるが、話を聞いているのかよく分からない所がある。二人共、訓練兵の同期の中ではファルコ達と一番気の合う仲間だった。

「いやはや、それにしても凄い光景だねぇ。見渡す限り巨人だらけだね」

 ウドは兵服の上にコートを羽織った姿で感嘆の声を上げた。ウドの言うとおりこれだけの巨人の大群を見るのはファルコも初めてである。

「うん、ちょっと壁の中の奴等が気の毒になるな。ある日、突然、これだけの数が巨人が襲ってくるんだからな」

「だよねぇ。悪魔の末裔達も今日が最後の一日になるでしょう。向こうにも戦士がいたとしても数体だし、楽勝だよね」

ガビも味方の圧倒的軍勢に気を良くして上機嫌だった。

「いや、でも奴等だって必死で抵抗してくるはずだよ。隊長も言っていたじゃないか? いくらこちらが優勢でも油断できないと思う。現にさっきの街でも罠が多数仕掛けられていたよ」

ファルコは慎重に言葉を選びながら出来うる限り仲間に注意を促すようにした。

「ファルコはホント心配性だよねぇ。初陣だからってビビってんの? だったら休暇取っておけばよかったのに……」

ガビはファルコの気も知らずそう述べる。確かに今回の出征は訓練兵にとって強制ではなく辞退も可能だった。戦功・昇進の査定には多少なりとも影響するらしく、また楽勝と聞かされているので参加しておいて損はないだろうというのが大多数の意見だった。軍上層部も錬度向上目的で訓練兵の参加も認めたらしい。ただしファルコ一人だけは違った。ファルコは志願した本当の理由は慕っているガビが心配だったからだ。

 

「や、休んでなんかいられるかよ。お、オレだって名誉マーレ人としての栄光、戦士を目指しているんだから」

 ファルコはすぐさま言い返した。戦士とは改めて説明するまでもないかもしれないが、巨人化能力を得た兵士の事である。帝国の陸上戦力の中核であり、マーレが列強最強国の座を維持している力の源だった。下級市民である自分達エルディア人の少年少女から毎年2~6名の戦士が選抜される事になっている。訓練兵のうち戦士になれるのは1割も満たず、高倍率だった。そして戦士は残り寿命が13年という厳しい掟があるものの、名誉マーレ人の資格が与えられ、地位と財産が約束されていた。

 

「ふーん、まあ、ファルコの今の成績じゃ、戦士は無理そうね」

「こ、これからだよ」

「まあ、がんばってね」

「ファルコは僕よりは見込みあるよ」

「ウド、あなた、もっと自信持ちなさいよ。やる気のなさが成績を下げているんだから」

「……」

 ファルコ・ガビ・ウドが和気藹々とやりとりをしている傍ら、ゾフィアはぼんやりと外の様子を窺っていた、

 

 

 それから2時間後、戦場が近くなるとファルコ達の会話も途切れ途切れになった。突如、幌馬車が激しく揺れる。

「うわー!」

「きゃっ!?」

馬車内で座っていたファルコは投げ出されて何か柔らかいものの上に顔を埋めて倒れこんでしまった。揺れが続きファルコは暫く動けなかった。

(ん? この柔らかいのは?)

揺れが収まりファルコは柔らかいものを弄りながら顔を上げるとゾフィアの覗き込む顔が至近距離に見えた。ファルコはゾフィアの胸を掴んで倒れこんでいたのだ。

「あっ!?」

「……」

「ちょっとファルコ! 何やってんの!?」

「ファルコ、お前、どさくさに紛れて何やってるんだ!?」

ガビとウドが語調を強めて非難してきた。

「わ、わざとじゃないよ」

「ゾフィアの胸をいじりまくってたじゃないか!? なんて羨まし……、じゃなくて怪しからん奴だ!」

「ゾフィア、貴女も何か言いなさいよ!」

「ただ当たっただけだから……」

一番冷静なのは胸を触られたはずのゾフィアだった。

(ゾフィアって意外と胸あるんだな。ガビよりは大きい。あっ、これ言ったら殺される!?)

ファルコは内心危険な事を考えてしまったが、さすがに言ってはいけない事は口にはしなかった。

 

「それより外を見て」

ゾフィアが外を指差す。急に道が悪くなった原因は枯れた川に差し掛かったからだ。川幅30mほどあるかと思える川らしき場所は水が枯れているらしく、砂利と石だらけでうっすらと雪を被っている。

「川!?」

「なんか変な感じ……」

ゾフィアは違和感を覚えたらしい。ファルコは特に疑問と思わなかった。

「そういう事もあるんじゃないか?」

「ここまで敵はおろか住民も一人も見かけていない。無垢の巨人達が捕食する事も全くないんだよ。でも嫌がらせの罠はあった……」

「うーん、でも次の街でやつらの出方を見ればわかるんじゃないの? まあ、これだけの大群相手だから抵抗しても無駄だろうけどね」

ガビはすっかり勝った気になっている。

「どうなるんだかね」

ウドは少し首を傾げながら答えた。

 

 正午近くになって吹雪が幾分収まってきた。幌馬車が停止し義勇兵の小隊長が大声で指示を伝えてきた。

「敵の街は目視の範囲内であーるっ! 訓練兵達はここで待機。これより第1陣の攻撃を開始する!」

第1陣はエルディア義勇兵主体で編成された部隊で、ファルコ達にとっては同郷の先輩兵士達にあたる。見知った顔も多く、自然と親近感を抱いていた。昨日の街(トロスト区)と同じ攻撃方法を取るようだった。まず盾役となる大型巨人を横一列に並べて前進させ、その後ろから巨人投擲部隊が続く。随伴歩兵が囚人(死刑囚もしくは神を冒涜した背信者達と聞いている)を護送車がら引き出して巨人化薬品を投与し、それを巨人化した戦士が投擲するという流れだった。街に投げ込まれた囚人は無垢の巨人と化し、討伐されるまでほぼ無期限に捕食を続けるという悪意の塊のような生物兵器だった。

 

 ファルコ達は幌馬車の中から遠くに聳える城塞都市を眺める。確かエルミハ区とかいう街だった。事前の説明では壁上に大砲が数十門並べられているという話だが、壁上に人影は見当たらない。

(どうなっているんだろう?)

ファルコは疑問に思いながらも味方の攻撃を見守っていた。

 

 壁の近くまで前進を続ける第1陣。壁から200mほどの地点まで近づいても敵は沈黙を守ったままだった。第1陣の兵士達は護送車より拘束されていた囚人を引き摺り出して次々に後ろ首に巨人化薬品を注射していく。その囚人を掴んだ巨人化した戦士が街に向けて投擲を開始した。

 

 その時だった。突如、第1陣が砲火に包まれたのだった。事前に予想されていた数十門どころではない、数百門はあるかと思われる大火力の砲撃である。盾として配置している大型巨人達を飛び越えて上空から飛来してくる砲弾の雨だった。一面を砲弾で隈なく叩く砲兵戦術――面制圧だった。

 

「なっ!?」

 ファルコは目を見開いて驚く。壁上には相変わらず人影は見当たらない。壁上にあると思われる大砲は沈黙したままにも関わらず、砲弾は降り注いでくる。巨人投擲を開始したばかりの第一陣はたちまち大混乱に陥った。投擲できずその場で巨人化してしまった囚人が多数発生したからだ。

「そ、そんな……」

「な、なんなの? これ?」

「ど、どういう事なんだよ?」

「どこから撃ってきているんだ?」

周りの訓練兵からも動揺の声が聞こえてくる。敵の砲撃に加えて多数出現した無垢の巨人、本来なら敵を蹴散らすはずの無垢の巨人達は近くの捕食対象―ー味方の随伴歩兵達に襲い掛かってきたのだった。複数の巨人に体を捕まれ身体を引き裂かれていく者、頭を齧られる者、手足を捥がれる者が続出した。鮮血が雪原を染めていく。壊滅していく友軍部隊をファルコはただ呆然と見ていた。



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第75話、エルミハ区の戦い(2)

 850年12月9日、午前11時

 

「撃ち方、やめぇぃぃっ!」

 駐屯兵団隊長ハンネスは号令した。南門壁上の壁端にいた部下が市内に向けて手旗信号を振る。エルミハ区市内の広場や大通りには百門を超える臼砲(きゅうほう)が並んでいた。臼砲とは砲身が極端に短い大砲であり、射角は45度程度、弾道は高く命中精度が低いものだが、砲撃目標が決まっているなら問題はない。(今回は南門手前) なにより壁上砲台と違って移設が容易で、別の城塞都市が敵の攻撃目標となった場合でも1日もあれば対応可能である。また市内に設置することになるので壁上と違って砲弾の備蓄場所を十分確保できる、つまり弾切れの心配が少ないという利点があった。

 むろん臼砲自体は命中精度が低すぎて巨人相手に有用な兵器とは言えない。事実、調査兵団も駐屯兵団も過去に実戦配備した事はなかった。ただし通常の大砲よりも構造が簡単で、攻城砲としては有効なので反乱鎮圧目的として憲兵団がこれらを所持していた。革命後、兵団政府が接収して使い道を検討した結果、攻撃目標を敵兵士とするなら十分効果はあると判断していたのだった。

 

 今回、壁上砲台を使用しなかったのは砲弾の節約の意味もあるが何よりも敵を油断させるためである。壁上から兵士を一時的に退避させて敵を限界まで引き付けた後、”巨人投擲”を開始した瞬間を狙ったのだった。臼砲の一斉砲撃を被せて投擲を失敗させれば、その場で大量の無知性巨人が発生するだろう。その結果が眼前の凄惨な光景だった。

 

 敵巨人勢力(マーレ側)の先遣隊の兵士達は自ら発生させた巨人の群れによって次々と喰われていく。敵知性巨人(戦士)も不意を突かれて混乱したところを巨人達に寄って集って喰われていった。制御可能数を大幅に超えた無知性巨人が突如出現――この事態を敵は想定していなかったようだ。

 

 敵知性巨人5体以上の気化(死亡)を確認。臼砲という従来兵器だけで為した大戦果だった。知性巨人は通常巨人とは比較にならない程脅威度が大きいのでなおさら誇れる戦果だろう。ちなみに投擲された囚人のうち市内に落下して巨人化したのは3体のみで、これらは駐屯兵団兵士達によって速やかに処理されており、味方の犠牲は皆無だった。

 

「おお、やったぞぉ!」

「勝ったっ! 勝ったっ!」

「ざまーみやがれっ!!」

 壁上にいる兵士達の間から歓声が挙がった。

「た、隊長。敵が壊滅していきます」

「そうだな」

「ここまで総統府の読みどおりなんて……。凄すぎますよっ!」

「ああ、策を練ったのは技術班の連中と侯爵夫人様だろう。巨人や敵について相当よく調べていないとここまで手は打てない。さすがだな」

ハンネスは頷きながら答えた。巨人の生態・特性に関する研究はここ数ヶ月で急速に進展しており、兵団政府とヴラタスキ侯爵家の密な同盟関係もその後押しとなっているだろう。

 

 敗勢を悟ったらしい敵知性巨人3体が戦場から離脱していく。残された敵兵士達も逃走を図るが、そもそも人間の足で巨人から逃れるのは不可能だった。次々に巨人達に追いつかれて捕食されていった。

 

 二百人以上いた敵兵士達は文字通り全滅。巨人化薬品を打たれていなかった囚人達も護送車ごと巨人に踏み潰されて喰われていった。砲撃で死んだのは1割程、大半は巨人に捕食された事が主な死因である。雪原には巨人達の喰い残し――人の手足や生首といった凄惨な遺体が散乱していた。餌を喰い尽くした無知性巨人達は新たな餌を求めて、雪原を彷徨っているようだった。

 

「ざまーみろですね。奴等、巨人にオレ達を喰わせようとしたんですから」

「当然だな」

「奴等、これに懲りて撤退するでしょうか?」

「いや、それはないだろうな」

 部下の質問にハンネスは首を横に振って答えた。

「この程度の損害で撤退するなら、遠路はるばる攻めてこないだろうからな。次はもっと大規模な……、そうだな、鎧や超大型が姿を見せてもおかしくない。だがオレ達は絶対にここから下がるわけにはいかんのだっ!」

「はい、わかっています。隊長っ!」

ハンネスは遠く雪原を見遣る。離れた場所に敵の幌馬車隊が留まっているのが見える。今の戦いを含めてこちらを観察しているようだった。敵の総数からすれば、たった今殲滅(せんめつ)した敵兵力は全体の一割にも満たないだろう。多少戦力差は縮まったとはいえ、人類側劣勢の状況は変わりなかった。

(さあ、次はどうくるかな?)

ハンネスは緒戦の勝利に浮かれる事なく覚悟を新たにした。

 

 

 神聖マーレ帝国軍エルディア人義勇軍の訓練兵達は、敵の城塞都市(エルミハ区)から数キロ地点まで後退して待機を命じられていた。兵士達の大半は打ちのめされた表情でショックを隠しきれない様子だった。

 無理もなかった。楽勝と思われた今回の遠征、その緒戦において敵にまさかの完敗を喫したのだった、味方第一陣は義勇兵250人全員死亡、さらに戦士8名を失い、なおかつ敵に与えた損害は皆無である。ファルコ達は巨人に喰われていく先輩兵士達をただ眺めている事しかできなかった。

 

「あああっ! 兄さんが……、兄さんが……」

 少女訓練兵の一人が手で顔を覆って泣いていた。自分の身内がさきほど全滅した部隊に含まれていたようだった。

 

「な、なにが楽勝だよっ! 話が全然違うじゃねーかっ!!」

 ウドは怒りに震えて声を荒げた。上官の小隊長は緊急の幹部会議に呼ばれて留守しており、この場には訓練兵しかいない。

「敵が待ち構えている事ぐらい予想しとけよっ! いつも偉そうにしているくせに! なんだよっ! この体たらくは!? 上の奴等は無能の集団かよっ!」

「ウドっ! あまり上を批判したら不味いよ」

ガビが止めに入ったが、ウドは構わず言葉を吐く。

「みんな思っていることだろっ! ガビだってそうじゃないのかっ!」

「まあ、それはそうだけど……」

「……」

ゾフィアは一人会話に加わらず何か考え事をしているようだった。

 

「ゾフィア、あなたはどう思うの?」

 ガビがゾフィアに訊ねた。

「……うーん。嫌な感じがしてた」

ゾフィアは小声で呟いた。

「でもどうしてわかったのだろう? 来るのがわかっていたみたい……」

「そうだよな」

ゾフィアの指摘にファルコは頷いた。壁上に敵の見張りがいて、こちらの軍勢を発見したとしても5分弱ぐらいしか時間の余裕はないはずである。敵はそんな短時間にも関わらず兵士達を緊急招集して、集中射撃が可能な戦闘体勢が整えている。ゾフィアの言うように事前に察知する方法があるとしか思えなかった。

 

「注目っ!! 訓練兵全員、集合せよっ!」

 小隊長の命令が聞こえてきた。幹部会議から戻ってきたようだ。ファルコ達訓練兵は急ぎ小隊長の前に集合する。敬礼を交わした後、マーレ人の小隊長は告げた。

 

「エルディア義勇軍は総力を挙げて本日中に正面の敵城塞を突破せよっ! これは藩王殿下の御意志であるっ!」

 小隊長はそこで一息いれて訓練兵達を見渡す。

「知ってのとおり敵は徹底抗戦の意思を見せておる。従って我が方も全力でこれを撃滅する。訓練兵であるお前達を観戦させている余裕はない。攻撃部隊の一翼を担ってもらうことになるっ!」

「……」

声にならない動揺が訓練兵達に広がった。この作戦に志願した訓練兵達はほとんどが楽勝と言われていたからで厳しい戦いになるとは思っていなかったからだろう。

 

「お前達の目的は敵の目を引きつき、親衛戦士隊の突入を援護することにある! 今こそ祖国に対する忠誠を示してもらおうっ!」

 小隊長はそう言い切った。訓練兵達の動揺は収まっていった。親衛戦士隊とは藩王国軍最精鋭部隊であり、その内訳は超大型巨人を始めとする複数種の巨人で構成された最強の戦闘集団である。相手方に巨人戦力がなければ無敵の存在と言っていい。

 

「おお、親衛戦士隊かっ!」

「なぁ、それなら勝てるよな」

「今度こそ、悪魔の末裔どもはおしまいだぜ!」

「そうだ、そうだ! 先輩達の敵討ちだっ!」

「悪魔の末裔共に死をっ!」

 訓練兵達は勝利の予感を確信したのか明るい雰囲気になった。ファルコは一抹の不安があったが、さすがに親衛戦士隊が参戦すれば勝利は間違いないような気がする。

「では出撃準備にかかれっ!」

 小隊長の号令下、訓練兵達は一斉に動き出した。

 




【あとがき】
 マーレ軍(巨人勢力)第1陣を壊滅させたのは、パラディ島勢力(壁内人類+侯爵家)の精密な戦術分析と入念な迎撃準備によるものでした。臼砲はそれほど威力のある兵器ではありませんが、運用と戦術でいくらでも補えます。
 当然ながらこれで引き下がるマーレ軍ではありません。本気を出してきます。




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第76話、エルミハ区の戦い(3)

 850年12月9日、午前12時

 

 エルミハ区守備隊は警戒態勢を維持したまま交代で休憩を取っていた。”巨人投擲”の瞬間に砲撃を被せるという待ち伏せ攻撃(サプライズアタック)により敵第1波を壊滅させたばかりで兵士達の士気は旺盛だった。ハンネス隊長は双眼鏡を覗きながらウォールローゼの雪原を壁上より観察していた。昼過ぎより再び天候が悪化して吹雪となり、視界は3キロにも満たない。視界内で徘徊する数十体の巨人達は通常型(無知性)のようで、誘導されている様子は観測できなかった。

 

(くそっ! いやな天気だぜ!)

 ハンネスは舌打ちした。視界が悪いということは敵が接近してきてもすぐに分からないという事である。部下の何人かは壁際に伏せたまま長銃(ライフル)を構えて狙撃姿勢をとっている。これは敵の巨人化能力者対策だった。過去の戦訓により敵は人間体のまま門近くまで来て能力を発動させて知性巨人となり門の破壊を企む可能性が高いと予測されていた。ならば近づかれる前に狙撃して倒せばよい。

 能力者は快癒能力が高く即死させるのは困難だが、それでも深手を負えば巨人化能力の発動に大きな支障が出ることは実証済みだった。重要な事は敵能力者を容易く門に近づけてはならないことである。

 

「ハンネス隊長っ! 司令部からの伝令ですっ!」

 部下の一人が声を掛けてきた。

「んっ? 敵さんがどこかに攻めてきたのか?」

ハンネスは訊ねた。

「いえ、外門(ここ)に増援を送るとの事です」

「増援? ありがたいと言っちゃありがたいんだが、どこの部隊だ?」

ハンネスが問うた。精鋭で名高い調査兵団やイアン班達はウォールローゼ領域内に展開しており、錬度の高い元トロスト区駐屯兵団が現在エルミハ区の防衛を担っている。それ以外の内地にいる憲兵団や他地区の駐屯兵団は巨人を見たことすらない連中が多い。要するに錬度で劣っている。そんな部隊が来ても連携がまともに取れるはずもない。はっきり言って足手まといである。通常巨人との戦いでさえ厳しいのに敵は強力な知性巨人がいるからである。

 

「一人です。それ以上はわかりません」

「なんだそりゃ? 本当に増援なのか?」

「じきにくるそうです」

「ふうむ……」

 ハンネスは首を傾げた。ハンネスには司令部の考えがさっぱり分からない。一人で増援と言うからには腕が立つのだろうか? 人類最精鋭の調査兵団は決戦部隊に組み入れられているはずで、内地に精鋭が残っているとは思えなかった。

 

 じきに昇降機からフードを被った小柄な兵士が現れた。フードを取ると金髪のショートヘアが風を受けて靡く。ペトラ=ラル、調査兵団精鋭班に所属していた事もある手練(てだ)れの兵士である。ハンネスは合同軍事演習などでペトラと何度も顔を合わせているので彼女の事はよく知っていた。

 

 ペトラはハンネスの前に来ると敬礼した。ハンエスも敬礼で答える。ペトラの兵服の紋章は”自由の翼”(調査兵団)のままであるが、実際はヴラタスキ侯爵家との連絡将校の任に就いており、元ハンジ技術班という事もあって最高軍事機密に触れる事の出来る立場である。今回の迎撃作戦の細部まで知る数少ない軍幹部の一人だった。

 

「ハンネス隊長、敵第一波を見事撃退されたようですね。勝利おめでとうございます」

「まあな。そもそもオレの手柄じゃねーよ。作戦立案された侯爵夫人様の手柄だろ?」

「それでも作戦を実際に指揮して実行されたのは貴殿ですよ」

「で、わざわざ祝辞を述べるためにここに来たんじゃないだろ?」

「そうですね。敵の次の攻撃について、意見を具申したします」

 ペトラの顔から笑みが消え真顔になった。

「敵知性巨人に関する情報が不足しているため確実とは言えませんが、次は超大型巨人を繰り出してくるでしょう」

「だろうな。それに対する対策は打ってあるぜ」

ハンネスは胸を張って答えた。これは事実である。既にその為の下準備も済ませてあった。

「それは単体の場合でしょう? 敵の戦力規模から考えて複数体同時に顕現(けんげん)させてくる事が十分考えられます。特に超大型、鎧、(あぎと)などを組み合せた敵の戦術については侯爵夫人様でも分析しきれていません」

ペトラの述べる(あぎと)というのは、元第104期訓練兵ユミルが変化(へんげ)した知性巨人種であり、トロスト区防衛戦で出現した事例がある。なおヴラタスキ侯爵家がユミル本人の死亡を確認しているとの事だった。これはハンネスを含めた軍幹部のみが知る極秘情報であり、世間一般はもとより兵士達にも知らされていない。

 

「そいつはやっかいだな」

 ハンネスは苦々しく思った。超大型巨人・鎧が複数体同時に出現した場合、自分達だけではまず勝ち目はないだろう。

「残念ながら侯爵夫人様も余剰戦力を持っていないとの事です」

「そうか……」

「ですから微力ながらも私がここに加勢させていただきます」

「それはありがたい話だな。腕利きの兵士は一人でも多く欲しい欲しいところだ。そいつが………」

 ハンネスはペトラの腰に装備している装置を見遣った。普段見慣れている装置よりも小型化されており、なおかつ脇に槍のような物を差していた。

 

「例の新型か?」

「はい、現状では装備している兵は限られていますが……」

 ペトラが装備しているのは噂の”新型立体機動装置”である。従来型より性能が数段上がっているそうだが、性能の真価を発揮するためには熟練の腕が必要な代物である。生産数が少ないため、極一部の兵士――調査兵団精鋭にしか支給されていないと聞いていた。

「で、その槍が”雷槍”だったか?」

「はい。標的に打ち込んで爆発する兵器です。これがあれば運用次第では鎧の巨人にも対抗できます」

「そりゃあ、希望の持てる話だが今回の戦いでは数が少なすぎるよな」

「無いよりはましという事でしょうね」

ペトラはやや暗い表情になった。

「まあ、無い物強請りしても仕方ねぇよな。よろしく頼むぜ」

「はい、ハンネス隊長。こちらこそよろしくお願いします」

ハンネスとペトラは握手を交わした後、持ち場に付く。ここからは正念場だった。さきほどは奇襲効果もあって敵に大損害を与える事ができたが、次は間違いなく本気で攻めてくるだろう。どこまで粘れるか悪化する天候同様、見通しはまったく立っていなかった。

 

 

(リヴァイ兵長と一緒に戦いたかったけど……)

 ペトラはリタから”通信機”で新たな指令を受け取った時、そう思った。今朝方、ペトラは部下のニファや現地の憲兵団と共にストヘス区で”掃除”をしたところである。”掃除”とは隠語で敵スパイの殲滅を意味する。巨人化能力者の存在がある以上、降伏勧告する余裕があるわけがなく、敵アジトと断定された商館に乗り込んで内部にいる者を皆殺しにしたのだった。ただし完全な成功ではなく敵の一人に巨人化されてしまった。やや苦戦したものの出現した5m級巨人はペトラが持っていた雷槍で仕留める事となったのである。

 現在は有事下にある以上、便衣兵(ゲリラ)を抹殺することは法的に問題はないとの事だった。むろん参謀総長エルヴィン=スミスの了解済みである。現場検証はニファ達に任せてペトラは急ぎ最前線の街エルミハ区に急行してきたのである。

(お願い。リタ、リコ、リヴァイ兵長。無事に帰ってきて……)

ペトラは吹雪で霞んでいるウォールローゼの平原を見つめながらそう祈った。

 

 

 ウォールローゼの雑木林の中に一台の幌馬車が停まっていた。現在の天候と地形を考慮した雪原対応の白い布で覆って迷彩が施されていた。この場に居る人物は侯爵夫人リタ、リヴァイ、ケニー=アッカーマンとその部下2名、――合計5人だけである。リヴァイ達はリタの指示で待機を命じられていた。これから自分達5名が企図する作戦(敵本陣殴り込み)は、普通に考えれば生還の可能性が皆無である。ただ侯爵夫人リタの存在が支えだった。

 

 リタは全身鎧を纏い腕組みをしたまま荷台に座り込っている。傍らには斧というには余りにも大きすぎる鉄塊が置かれている。重量200kg近い戦斧(バトルアックス)――リタ固有の武器だった。力自慢の男達ですら持ち上げる事すら出来ないこの巨大な斧をリタは軽々と振り回すのである。これだけでも圧倒的戦闘技量の持ち主であることは窺い知れよう。

 

「わたしが見張りをしている。少しでも体を休めておけ」

 リタはそう言い残すと車外で出た。私語が禁止されているわけではなかったが無言のまま時間だけが過ぎていく。リヴァイにとってケニーは伯父にあたるが、革命前夜の巨人襲撃事件で部下を殺された恨みがあるので、話しかける気にもならなかった。

 

 この幌馬車には1基の棺桶が積み込まれていた。リヴァイ達はこの棺桶の中身を知っている。かつての最高権力者ロッド=レイス卿の遺体である。今朝方、兵団政府により処刑された後、急遽リヴァイ達の元に搬送されてきたのだった。レイス卿の遺体を見せる事で偽りの降伏の信憑性を高めようという意図である。ケニーはかつての主君の遺体に相対しても動揺するどころか至って冷淡だった。「前当主ウィリー様には恩義があってもこいつにはねーからな」というのがケニーの返事だった

 

「おい、リヴァイよ」

 ケニーが声を掛けてきた。

「……」

「無視するなよ」

「ちっ! 何だ?」

リヴァイは舌打ちしながら返事した。

「一つ言っておくぜ。ロッドの奴はいけすかない野郎だったが、それでも統治者として責務を全うしようとしていた事は事実だぜ」

「ふんっ! 人類の護りである調査兵団を潰す事が責務だとっ!」

「考えてもみろよ。人類だけじゃ巨人には絶対に勝てないぜ。巨人様に媚を売る以外、思い付かなかったんだろうよ。第一、お前達ら(調査兵団)はマーレの名前すら知らなかっただろ?」

ケニーの指摘はもっともだった。敵巨人勢力――神聖マーレ帝国についてはつい最近その存在を知ったばかりである。リタの分析によれば国力比は最低でも30倍以上、さらに千体を超える知性巨人を有しており、さらに前王政府の権力中枢にも敵のシンパが多数潜り込んでいたのだ。あまりにも劣勢すぎる状況だった。同盟軍ヴラタスキ侯爵家が存在しなければ対抗は不可能だろう。

「……」

「なにが言いたい?」

「オレ達対人制圧部隊がした事はあの時点で考えるかぎり間違いだったとは言い切れねーよ。だからオレ達がお前ら(調査兵団)に謝罪することはない。何が正しくて何が間違っているかなんて神様でもない限りわかりゃあしねーよ」

「……」

「まあ、それでも今は侯爵夫人様に感謝しているぜ。汚名返上の機会を与えてくださったのだからな。いろいろ不幸はあったが対人制圧部隊は不滅だぜ。なあ、デュラン、ディッグ」

「「はい、アッカーマン隊長」」

それまで黙っていたケニーの部下達が返事した。

「くくくっ、楽しみだぜ。普通なら絶対に勝ち目がないはずなんだが、侯爵夫人様はどんな魔法をみせてくれるかな」

ケニーは楽しそうに笑う。戦いを愉しんでいる様だった。リヴァイは呆れて何も言わなかった。

 

 幌馬車の扉が開いた。

「諸君、仕事の時間だっ!」

全身鎧のリタが号令をかけてきた。リタの顔は兜に隠れているので表情を知ることはできない。リヴァイは覚悟できていたので頷いた。

「まずその前に、戦況を伝えよう」

「……」

「今しがた、エルミハ区外門に敵第一波が襲来、守備隊がこれを迎撃した。戦果は知性巨人5体ならびに敵随伴歩兵200以上。なお味方の損害は皆無との事だ」

「!?」

リヴァイは驚いた。

「おいおい、それって誤報じゃねぇのか? 調査兵団ならともかく駐屯兵団が巨人の連中相手に完勝できるとは思えねーな」

ケニーは俄かには信じられないようだった

「複数の情報源から確認している。間違いは無い」

「ほう。では侯爵夫人様、自軍の兵を派遣したのか?」

ケニーは訊ねた。侯爵家が保有する謎の特務兵はかつてトロスト区防衛戦での勝利に多大な貢献をしていたからだ。

「いや、此度の戦闘に我が軍は派兵していない。純粋に駐屯兵団の戦果だ。ピクシス司令に多少なりとも助言はしたがな」

「助言だけかよ。……、いや、そいつが決定的だろうな。情報の有無が勝敗を決めるからな」

 ケニーは知略に優れる人物である。情報の重要性はよく理解しているようだった。

「奴等も我ら(壁内人類)が一筋縄ではいかない強敵と認識を改めたことだろう。ここで初めて”降伏の”使節団の話を聞こうという気になるはずだ」

「そういう事か」

「侯爵夫人様よ、それは甘いんじゃないか? オレが奴等の指揮官なら怪しげな使節団と交渉するより拷問にかけてゲロ(自白)させることを考えるがな。敵将を討ち取る暇などあるのかよ?」

「もっともな意見だ。そこはケニー、貴殿が交渉してもらいたい。とにかく時間が稼いでもらいたい」

「例の爆弾を準備するということか?」

「いや、違う。そもそも爆弾は使わない。第一、そこにある物はガラクタだからな」

リタは棺桶の下に置いてある木箱を指差す。リタからは事前に”超大型爆弾”と言われていたものだった。

「なっ!?」

リヴァイは驚いた。聞いている作戦と違ったからだ。敵中枢部に爆弾を運搬して起爆させるはずではなかったのか。

「どうするんだ?」

「突然の変更で申し訳ない。だが手はある。というよりもう動き出しているので変更は出来ない。とにかく予定どおり敵本陣に向う」

「……。了解した」

リヴァイは納得いかなったが、指揮官はリタである。上官の命令は絶対だった。

「了解だぜ。侯爵夫人様」

ケニーとその部下達も敬礼して答える。こうしてたった5人の突入作戦は開始されたのだった。

 




【あとがき】
 ペトラは急ぎ、エルミハ区に移動。新型立体機動装置ならびに雷槍を装備している数少ない最精鋭兵士でしょう。雷槍は原作でハンジが考案した兵器そのままです。新型立体機動装置はケニー達対人制圧部隊が装備していたものをシャスタが改良したものという設定です。

 なお冗長になると思い、ストヘス区の敵スパイの殲滅は描写を省略しました。(いろいろ考えていたんですけどねw)

 そしてリヴァイ・ケニー・リタの人類最精鋭部隊が始動します。








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第77話、進撃の戦女神(ワレキューレ)

【まえがき】
ウォールローゼ決戦、最終章に突入。ついにリタの真の作戦内容が明らかになります。


 850年12月9日、午後1時

 

 エルミハ区南東20キロ地点、ウォールローゼの雪原の中に突如として直径1キロほどの城塞が顕現していた。いや正確に述べるならば大型巨人を外向きに並べて円陣を組んだ野戦陣地である。大型巨人のうち何体かの肩部分に兵士が乗っているのが見えた。控えの戦士(巨人化能力者)かもしれない。

 

 リヴァイ達5人は白旗(降伏の証)とレイス家の旗を掲げて敵の歩哨と接触、交渉の後、敵の幹部らしき兵士が棺の中身を改めた後、この野戦陣地らしき城の中に招かれ暫し待機を命じられていた。全方位を巨人と歩哨に囲まれており、もし敵がその気になれば瞬殺されるのは確実である。

 

 侯爵夫人リタは全身鎧(機動ジャケット)を纏ったまま、幌馬車の奥に座り込んでいた。検分の際、敵の兵士が全身鎧のリタを見て笑っていたぐらいだから、人が纏う鎧など巨人を前にすれば何の意味も無いと思ったのだろう。それはそれで幸いだった。

 じりじりと焦がされるような焦燥感が続く。好戦的なケニーですら一言も語る事なく、無言のままで時間はすぎていった。

 

 やがて敵の一体の巨人が近づいてくる。肩には将校らしき兵士が乗っており、どうやら敵の伝令らしかった。敵が何か大声で話しかけてくる。

「ケニー=アッカーマンと申したな? 藩王殿下が特別にお会いなさるとの事だ。そのまま付いて来い!」

ついに敵の総指令官と面談する機会を得たのだった。

「はっ」

ケニーは恭しくお辞儀して応えた。ケニーはこの使節団の代表者であり、反逆者(ロッド=レイス)を誅殺した親衛隊の隊長という事になっている。

 

「侯爵夫人様よ。どれぐらい時間を稼げばいい?」

「そうだな。30分ぐらいは欲しい」

「なあ、そろそろ作戦の内容を教えてくれないか? どうやって敵の司令部と主力を潰すんだ?」

「それは言えない。情報が漏洩する可能性があるからな」

 リタはあくまで作戦内容を秘匿するようだった。

「くくっ、相変わらず口が堅いよなぁ。リヴァイ、お前はどう思うよ?」

ケニーはリヴァイに話を振ってきた。

「オレか? オレは侯爵夫人を信じる。トロスト区の戦勝もエルミハ区も侯爵夫人のお陰だと思っているからな。それより無駄口叩いている暇はないぞ。使節団の代表はお前なんだからな、ケニー」

「わかってるって。任せとけよ。甥っ子よ」

「ケニーっ! 余計な事言うんじゃねーっ!!」

相変わらずケニーはリヴァイを挑発してくる。リヴァイは怒りに震えたが、もはや敵陣の中である。殴りかかるわけにもいかず、怒りを抑えた。

 

 敵の総司令官――藩王との会見は10分ほどで終了した。パラディ島勢力(壁内人類)に軍事援助を行っている某大国がある。その情報を伝えただけで藩王は動揺した様子だった。ケニーは身の安全の保証として、巨人化薬品の原薬を要求した。通常の巨人化薬品は人を通常巨人にするだけだが、原薬は知性巨人にする事ができる。つまり巨人化能力者にするものである。マーレにとっても原薬は黄金より貴重なものだろう。そして5年前の不当なウォールマリア侵攻という前科があるので、ケニーは強気に出られるのだった。

「口先だけじゃお前らは信用できない。原薬を先に寄越せ。でなければ裏切り者や内情について話せない」

ケニーはそれで押し切った。藩王は即断できず部下達と協議すると言って散会となったのだった。

 

「どうよ、リヴァイ。オレ様の交渉術は? 奴等、何も言い返せなかっただろ?」

「交渉も何も難癖つけただけじゃねーか?」

「かかかっ! カードゲームと同じだよ。レイズだ。押せる時はどこまでも押すって事だよ」

 ケニーはゲーム感覚で交渉しているらしかった。あながち間違っていないのだが、どこか腑に落ちない。

「侯爵夫人様よ。時間稼ぎはまだ必要か?」

「……」

リタは答えない。全身鎧を被ったままなので表情は読めなかった。

「侯爵夫人様?」

リタはすっと手を上げた。

「リヴァイ、ケニー、デュラン、ディック。任務ご苦労だった。時間稼ぎは十分だ。これより最後の命令を下すっ!」

「?」

「敵中を突破して帰還せよっ! なお殿(しんがり)はわたしが務める!」

「お、おい、どういうことだ?」

リヴァイはさっぱり命令の理由が分からない。

「まもなくここで爆弾が落ちてくる。最低でも5キロ以上は離れることだ」

「おいおい、なんだそりゃ? 爆弾は存在しないんじゃないのか?」

「確かに存在しない、地上にはな。悪いが説明している時間はない」

「侯爵夫人っ! あんたは仮にも全軍の指揮官だろ? 殿(しんがり)を務めるなんておかしいだろ?」

リヴァイは疑問を呈したが、リタは首を横に振るだけだった。

「いや、投下目標が私だからだ。私の傍にいたら一緒に死ぬぞ」

「なっ!?」

リヴァイは驚いた。

「幸い吹雪で視界が悪い。うまくすれば見つからずに逃げ切れるはずだ。ぐずぐずするなっ!」

リヴァイはリタが死ぬ気である事に気付いた。そして爆弾の投下目標がリタであるならばリタを助ける手段もない事も悟った。5キロ以上離れろという事は想像を絶する破壊力の爆弾だろう。リタは兜を外し顔を見せる。凛々しい美貌に笑みを浮かべている。戦女神という呼び名があてはまりそうだった。

 

「侯爵夫人。オレは……」

「短い間だったが誇り高いお前たちと共に戦えた事を嬉しく思う」

「すまない……」

リヴァイはそれ以外に返す言葉なかった。

「お前達の言葉だが、使わせてもらおぞ。心臓を捧げよっ!」

「はっ!」

リヴァイ達とリタは敬礼を交わした。リタは兜を被り直した後、戦斧を持った。

 

「私がここで暴れてやる。まあ巨人100体以上は道連れにしてやるつもりだ。その隙に逃げろ!」

「侯爵夫人様よ、オレも残るぜ!」

 ケニーが意外な申し出をした。

「お、おい、ケニーっ!」

「千体以上の巨人に殴り込みだぜっ! 侯爵夫人様、あんた一人に美味しいところを取られるわけにいかねーんだよ。俺達人類にも誇りってもんがあるだぜ」

「……わかった。許可しよう」

リタはケニーの申し出を受けた。

「隊長っ! わたしも残ります」

「わたしもです。最後までお供させてください」

ケニーの部下、ディック・デュラン共に志願した。対人制圧部隊はケニーが創設した部隊であり、リヴァイはその内情を詳しくは知らない。しかしケニーが部下達から慕われていたのは間違いなさそうだった。

「お前ら……。よぉーし、対人制圧部隊最後の戦いと行こうじゃねーか!」

「「はいっ!!」」

「というわけだ。リヴァイ、お前はさっさと離脱しろっ!」

「し、しかしだな……」

「侯爵夫人様よ」

ケニーが声を掛けた。

「リヴァイ、命令だ。離脱しろっ! そして参謀総長(エルヴィン)殿に報告せよっ!」

意図を察したらしくリタがリヴァイに命令してきた。軍の戒律を重視するリヴァイにとっては逆らう事のできないものだった。

「り、了解だ。侯爵夫人」

誰かが司令部に情報を伝えなければならない。これもまた重要な任務である。

「リヴァイ、フリーダによろしく伝えてくれ。次はオレのような悪党じゃなくて良い男を捕まえろってな」

「ケニー……」

「さあ、行けよっ!」

吹雪が強くなってきていた。視界は30mあるかどうかである。確かにこれほどの吹雪なら敵も状況を掴むには苦労するだろう。

 

「突撃っ!」

 幌馬車を飛び出したリタは巨大な戦斧(バトルアックス)を振るって監視役の兵士達に吶喊した。空気を切り裂いて戦斧が一閃、噴出した鮮血が雪原を染めていく。人体を文字通り粉砕された兵士の死体がたちまち量産されていった。慌てた幾人かの兵士が銃を構えたが、リタの全身鎧の前に銃は無力だった。次々とリタの戦斧の餌食となっていく。小型巨人もリタにかかればあまりにも脆かった。7m級の巨人ですら跳躍して斧で頭部ごと一撃で粉砕されていく。新型立体機動装置を纏ったケニー達も突撃を開始した。リヴァイはもう戦いを見ている余裕はなかった。軍馬を駆って一路反対方向へと離脱していった。

 

 

 

 時間は少し溯る。リタは敵の歩哨と接触した直後にヘルメット内の通信機でシャスタと秘匿通信を行っていた。むろんリヴァイ達には聞こえていない。

 

「上の動きはどうだ?」

『あ、はい。GM(ギタイマザー)から送られてきた座標データのとおり、当惑星の周回軌道に進入。全長400mほどの物体です。まだ落下軌道には入っていません。最終落下地点はこれから調整されると思います』

「とりあえずこちらの要請には従ってくれているわけだ」

リタは予定どおりである事を知って安堵した。GM(ギタイマザー)とは自分達をこの惑星に送り込んだ御主人様である。元の地球世界(リタの記憶にある世界)ではギタイは人類の敵だったがこの世界では観測者だった。異世界から受け取ったタキオン通信を元にリタとシャスタを生み出したのだからリタ達にとっては母とも言えるかもしれない。

 

『リ、リタ。言っても聞いてくれないのはわかってます。で、でも言わせてください。最初から自分の命と引き換えにするこの作戦は、や、やっぱり間違っています。わ、わたしはリタに生きて欲しい。ペトラさんだって参謀総長(エルヴィン)さんだって同じはずです。ハンジさんだってきっとこんな方法は望んでいないはずです。そ、それに私達はこの世界の人々とは違って外部の人間ですよぅ。命を棄ててまで護る義務はないのでは?』

 涙声に近い声でシャスタからの懇願だった。

「ああ、わかってるよ。シャスタの気持ちはありがたく思っている。時間があれば他の手段もとれたかもしれない。しかし残念ながら敵の侵攻軍を確実に殲滅できる手段は現時点ではこれ以外にない。そしてこれは私しかできない事だ。ペトラやこの世界で生きる人々の、いや今だけ無い。この世界に生まれ来る未来の人々のためにも私は征かなくてはいけないと思う」

 

 敵巨人勢力――神聖マーレ帝国軍を確実に打ち倒すためにリタは最終手段を使うことにした。すなわちGM(ギタイマザー)への支援要請である。直径5キロの人工天体――GMの機動要塞は当惑星から3光秒(約100万キロ)離れた宇宙空間に鎮座している(※別章、深遠の観測者) 恒星間航行が可能な超高度な科学軍事力を持つ実質神に等しい存在だった。その気になれば惑星の一つぐらい、いとも簡単に滅ぼせるだろう。

 

 GMとの交渉は難航したが、最終的にリタの主張を概ね認めさせる事に成功した。しかし絶対に譲れない条件として軌道爆撃の攻撃目標はリタ自身とする旨を通告された。GMはもともとこの惑星文明に不介入が方針だったからだ。この惑星に送り込んだ工作員(リタ)の処分も同時に行うと意味だろう。シャスタも連座で処分されるなら思いとどまっただろうが、自分だけなら躊躇う理由はなかった。

 

 リタがいる場所に対して軌道爆撃、一言でいえば隕石投下である。太古の地球で恐竜を滅ぼしたとされる隕石は直径3キロとも言われる。その隕石よりは小型ながらも核爆弾以上の破壊力を持つことは確実だった。リタ自身は100%助からないが、時間と位置をうまく調整すれば敵司令部も敵主力も全て壊滅させることができるだろう。

 

 元々気化爆弾はあの1発きりであり、エルヴィン達に提示した二発目の超大型爆弾は地上には存在しないものだったのだ。心を許せる親友ペトラにもリタの真の作戦内容は知らせていない。シャスタは現在も反対のようだが最終的にリタの意見に従ってくれたようだった。

 

「シャスタ、今日まで私を助けてくれて感謝している。ありがとう」

『リタ……』

「後は君に託すよ。ペトラ、アルミン、クリスタ、ミカサ、エルヴィンを助けてやってくれ」

『……。は、はい』

 いくつか事後の事をシャスタに伝えた後、リタは溜息を吐いた。”時のループ”がないこの世界ではこれが最終到達地点である。よく考えれば今のリタが持っている元の世界の記憶は挿入されたものであり、人工生体体(バイオロイド)である自分の本当の年齢は分からなかった。

 

「まあ、それでも悪くないかな。パパ、わたしの事をどう思う?」

リタは顔すら思い出す事の出来ない父に話しかけた。リタの父親(リタ世界)は武術の達人であり、ピッツバーグの農村で当時中学生だったリタをギタイの斥候隊から護って死んでいた。リタの心に流れる武人としての誇りは父親譲りのものだった。

 

 今、リタは無駄死にするわけでない。敵を一体でも多く道連れにする。倒せば倒すほど敵は自分を脅威と認識してして寄ってくるだろう。だがそれこそがリタの狙いだった。

 

「突撃っ!」

 深紅の機動ジャケットを纏い、戦斧で手にリタは最後の吶喊を開始した。

 

 

 

 同日同時刻、当惑星上空高度1000キロ、周回軌道上にいたGM(ギタイマザー)宇宙船(スターシップ)は牽引していた隕石を切り離し落下軌道へと送り出した。この規模の隕石が地表に落下するのは百万年に一度かもしれないものだった。隕石はゆっくりとしかし確実に惑星引力に囚われて落下を開始した。

 




【あとがき】
 タイトルコール、物語はいよいよ最終盤です。 

 本編で初めて登場する形のGM(ギタイマザー)ですが、外伝(深遠の観測者)に詳細を載せています。よろしければそちらもどうぞ。GM(ギタイマザー)の存在は反則かもしれませんが、巨人だって十分反則に近い存在でしょうか。なおGMは善意の協力者ではありません。当然、対価を要求してきました。ここではリタの命です。

 またリヴァイやケニーがこの突入作戦に同行しているのも人類側(パラディ島勢力)の覚悟を聞く意味が含まれています。同盟していて命を掛けて護ってもらうのに、そちらだけで戦ってくれなんて言うのは身勝手すぎます。同盟を破棄されても文句言えないでしょう。同盟している者ならば共に命を掛けて戦う姿勢が必要だと思います。

 




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第77話、進撃の戦女神(ワレキューレ)(2)

【まえがき】
ウォールローゼ決戦の最終話です。
リタ・ケニーを加筆。7/22NEW


 850年12月9日、午後1時50分

 

「えっ! それはどういう事ですか?」

 シャスタからの緊急連絡を受けた時、ペトラは思わず聞き返した。シャスタ曰く敵主力を殲滅すべく巨大隕石投下による自爆作戦を決行するという事だった。そもそも遙かなる高み(宇宙空間)からの攻撃手段が存在していた事自体驚きだったのだ。シャスタは言葉を濁したが超越的存在――壁内世界の人々を”悪魔の末裔”と呼ばわりするマーレ側の呼び名に準ずれば"魔神"という事になるのだろう。その超越的存在とリタがなんらかの取引をしたとの事だった。

 

『リタから堅く口止めされていました』

「で、でも……。ねぇ、シャスタ、なんとか止めてくれない?」

『ペトラさんだってわかっているはずです。現状では私達に勝ち目がない事は……』

「……」

 ペトラは何も言えなかった。敵の侵攻が思ったより早かったため戦時体制の移行ができていないのだ。なんといってもあの革命から3ヶ月と経っていない。

『そ、それに隕石は既に地表に向って落下しています。地表到達まで残り5分です。その場にいる兵士達に対ショック防御を取るよう伝達してください。大きな地震も予想されます。揺れにも注意してください。以上(オーバー)

「あっ、ちょっと……」

そこでシャスタからの通信は切られてしまった。ペトラは歯を噛みしめる。既に大切な仲間であるハンジを喪い、さらにリタまで喪うという事になるのか。同時にペトラは自分の見通しの甘さを知った。

 

(やっぱり、わたし甘かった。そんなに簡単に勝てる戦いじゃないのに……)

 いかに人類側が奮闘しようとも彼我の戦力差はどうにもならない程開いている。三千を越す巨人の大群、それすら敵巨人勢力(神聖マーレ帝国)にとっては一地方の遠征軍に過ぎない。敵はその気になればさらに大規模な軍勢を送り込む事が可能である。さきほどの待ち伏せ攻撃による戦勝はあくまで相手が油断していたからであり幸運な勝利だったのだ。そもそも敵が防備の堅いエルミハ区に拘らず他の城塞都市なり壁の部分を突破すれば、その時点で自分たち壁内人類は詰みである。リタはその現実を誰よりもよく理解しており、だからこそ最終手段を選択したのだろう。

 

 結局ペトラはシャスタの指示に従うことにした。この場の防衛の責任者であるハンネス隊長に隕石の事は伏せて超大型爆弾が使用されることを伝えた。強い揺れと衝撃波が来るため、固定作業を最優先で進めることも。

「わかった」

ハンネスはただちに部下達に指示を出す。ペトラは吹雪くウォールローゼの平原を悲痛な思いで見遣った。

(ご、ごめんなさい。ごめんなさい、リタ……)

ペトラは心の中でリタに謝る事しかできなかった。

 

 

 

 気化を始めた大型巨人の躯の影にケニーとリタは隠れていた。周囲には自分達を探す兵士と知性巨人、ならびに制御下にある通常巨人達が大勢徘徊している。吹き荒れる吹雪のお陰もあって敵は自分達を見つけられずにいるようだった。

 ケニーの部下達は奮戦虚しく巨人の群れに飲み込れていた。ケニー自身は15m級1体を含む巨人5体仕留めたが、別の巨人一体の腕で叩かれ右脚の膝から先が潰れており戦闘不能となっていた。リタは宣言どおり百体あまりの巨人を撃破し知性巨人も何体か倒したようだが、激戦の最中、全身鎧(機動ジャケット)の兜が潰れ隙間から顔が見えていた。頭から出血しているらしくリタの顔は血塗れである。ケニーはリタの横にしゃがみこんだ。

 

「侯爵夫人様、聞こえるか?」

「ああ、聞こえているよ……」

「リヴァイに命令を出してくれて助かったぜ。あのチビ、侯爵夫人様が命令しなければ残っただろうからな」

「そうか……、大事な甥っ子なんだな」

「まあな、オレには人並みの親になる資格はねーからな。せめて(クシェル)の形見ぐらい長生きしてもらいたい」

これはケニーの本音だった。今際の間際で嘘をついても始まらないからだ。

「素直じゃないな……。ごふっ」

リタは咳き込んで血を吐いた。どうやら頭部だけでなく内臓にもダメージがあるらしい。戦う事はおろか立ち上がることも無理のようだった。

 

「なぁ、これから人類はどうなる? 生き残れるのかよ?」

「わからない……、ただ今回の侵攻軍が消滅、ついでに敵本国にも爆撃を加える……。2年以上は稼げる……。海を防壁とした防衛体制も作れるはずだ……。後は……エルヴィン達に任せるしかない」

「くくっ! そうか、そいつは楽しみだぜ」

 結末を見届けられないのは残念だが、巨人勢力が大打撃を受けるというのは痛快だった。

 

 大きな足音が轟いてきた。超大型巨人が2体、大型巨人10体、いずれも知性巨人らしき集団である。巨人の肩には銃を持つ兵士達が騎乗していた。敵の主力集団だろう。

 

 奴等はしきりに罵声を発していたが内容はだいたい想像できた。

「あっさり殺すな。嬲り殺しにしてやるっ!」

おそらくそのような類の事なのだろう。いまさら自分達を捕らえたところで既に結果は確定している。残り時間はどれぐらいだろうか。

 

「空が赤いな……。ふふっ」

「何を……」

 ケニーは空を見上げるが吹雪で白い闇に閉ざされて空などは見えるはずもなかった。ケニーはリタが何も視ていない事に気付いた。

「侯爵夫人様。いや、リタ=ヴラタスキ」

「はぁ、はぁ……」

リタの口からは言葉が聞こえず苦しそうな息が聞こえてくるだけだった。

「俺達に戦う機会を与えてくれて感謝しているぜ。こういう最後なら悪くない。ましてお前さんのような美女と一緒だからな」

「……ふっ。ごふっ!」

リタは血の塊を吐いた。もう会話する事も辛そうだった。

 

 空が急に明るくなってきた。リタが云う空からの落し物らしい。お迎えの時間が来たようだった。

(フリーダ、悪いな。約束守れなくて。俺はこういう男だ……)

成り行きで恋人になっているフリーダの事を想った。

(リヴァイ、貴様は這い蹲っても生きろよ。あっさり死んだら永遠に笑いものやるぜ)

妹の生き形見である甥の事を想いケニーは目を閉じた。次の瞬間、ケニーの世界は強烈な光に包まれた。

 

 

 

 リヴァイは視界の悪い吹雪の中、馬を走らせる。リタが述べたとおり視界が悪い為か巨人達は自分を襲ってくる事はなかった。しかし敵陣地の外周――10m超級の大型巨人が並んだ隊列の足元をすり抜けた時、後ろから2体の10m級巨人が追いかけてきた。二体とも両眼が外向きについた魚のような顔つきをしている巨人である。積雪のため馬の疾走速度は落ちており、距離は徐々に詰まってくる。どう考えても追いつかれるのは確実だった。

 

「ちっ!」

 リヴァイは舌打ちした。馬を止めこの二体と交戦するしかないだろう。リヴァイは最新の新型立体機動装置を纏っている。さらに対知性巨人用の近接射撃兵装――雷槍を2本装備していた。ただ無知性巨人相手に雷槍は惜しいだろう。超硬質ブレードを構え、迎撃の姿勢を取る。

 

「そろいもそろって、おもしれー顔をしやがって!」

 リヴァイは唾を吐き棄てると立体機動に移った。この立体機動装置はアンカー射出速度、巻き取り速度、ガス保有容量、軽量化、いずれも旧来のものより性能で上回っている。原型はケニー達対人制圧部隊は4年前に既に開発していたらしい。これがあれば過去の壁外調査で死なずに済んだ調査兵がいるかと思うとやるせない気分になる。リヴァイは怒りを巨人にぶつけた。

 

 跳躍しての回転斬りを一体にぶつけた。リヴァイの高速斬りでうなじを斬り飛ばされた一体の巨人はがっくりと膝を突き前のめりに倒れていく。もう一体が間を置かずに手を伸ばしてリヴァイに襲い掛かってきた。

 リヴァイは空中でブレードを振り下ろしながら固定スイッチを解除する。二対のブレードは回転しながら飛翔し、巨人の眼球に突き刺さった。調査兵団の中でもごく一部しか習得していない秘儀”ブレード飛ばし”だった。目を潰された巨人は手を覆いながら呻いている。

(先を急ごう)

 リヴァイはトドメを挿すことなく、地上に着地すると口笛を吹き、馬を呼び寄せた。視界を奪えば数分は活動できないだろう。今はそれで十分である。とにかくこの場から離脱する事が最優先だった。

 

 だがこの戦闘から数分も経たない内に、前方に巨人数十体の群れが現れた。一体はどうやら”鎧”のようである。”鎧”は知性巨人でしか有り得ないという事を知っていた。知性巨人に率いられた巨人の一個小隊というところだ。スケッチで知っている”鎧”とは違う顔なので別の個体だろうが、最悪の鉢合わせだった。

 

 この群れと交戦しては時間内に離脱できない。かといってやり過ごせるは到底思えなかった。リヴァイを発見したらしく群れは直ぐに向きを変え追いかけてくる。

 

「くそっ! こんなところで死ねるか!?」

 リタやケニー達が殿(しんがり)を引き受けて決死の奮戦で自分の脱出の機会を作ってくれているというのにここで果てては申し訳なかった。それこそ彼らの無駄死にという事になってしまう。距離はあっという間に詰まってきた。巨人達は肩が触れ合うほど密集していた。

 

「これでも喰らいやがれっ!」

 リヴァイは振り向き様、雷槍を水平撃ちして最接近してきた巨人の顔面に叩き込んだ。巨人の頭部が炸裂して首を失い、その巨人は方向を見失って派手に転ぶ。そこに後続の巨人達が突っ込み、玉突き衝突を起こして数体が転倒した。

 

 だが残りの巨人達は転倒した仲間に構う事なく自分に向って追いかけてくる。さらに巨人の後ろからは鎧の巨人が追いかけてきていた。奴と対峙する事を考えれば無知性巨人相手に雷槍をこれ以上使えない。かといって別の手段で時間稼ぎできるだろうか。刻一刻と時間は過ぎていく。

 

(くっ! さすがにまずいな。これは……)

 いかに卓越した戦闘技量の持ち主であるリヴァイであろうともこの苦境を逃れる気がしなかった。難敵である上に倒したとしても時間を少しでもロスすれば超威力を持つというリタの新型爆弾に巻き込まれてしまう。

 

「ん?」

 その時、空気を切り裂く音がした。振り向けば鎧の巨人の頭部が吹き飛んでいた。そして群れていた巨人の前に煙幕が展開される。巨人達は方向を見失ってふら付いたところに先ほどと同様、玉突き衝突を起こして倒れていった。

 

「リヴァイっ! 無事か?」

 吹雪の中から現れたのはミケ=ザカリアス率いる十数騎の調査兵団本隊だった。精鋭中の精鋭だけを集めた人類最強の騎馬部隊である。

「お前らっ!」

「リヴァイ兵長っ! よくご無事でっ!」

ミケの横にいるのはリコ=プレチェンスカである。

「よし、リヴァイを確保っ! 爆発に巻き込まれるぞっ! 総員、急ぎ反転! 離脱せよっ!」

ミケの号令で調査兵団本隊は来た道を引き返す。ミケは新型爆弾の事を知っているようだった。リヴァイの横に騎乗したままリコが近づいてきた。

 

「どういう事だ?」

 リヴァイが訊ねるとリコが答えた。

「貴方の位置は侯爵家から伝えれていました。前回の千倍、いえそれ以上の強力な爆弾を使うとの連絡も受けています」

「なるほどな」

”通信機”の事はリヴァイもリコも知っている。リコはペトラ同様侯爵家から機材を貸与されているのだった。

「さきほどの鎧をどうやって?」

「はい、侯爵家第一軍の特務兵を借り受けています。一時的にわたしの指揮下です」

リコは騎馬隊の中央の荷馬車を指差す。白い大きな布を被った2体の丸い生物らしきものが見えた。布の中身を見る事は禁止されていてリヴァイも中身は知らないが優秀な狙撃兵である。かつてトロスト区防衛戦で鎧の巨人を射殺したのと同様、今回も狙撃を実行したのだろう。非常に頼もしい味方戦力だった。

 

「あ、時間です! 総員、対ショック防御っ!」

リコは大声を出しながら信号弾を真上に発射した。リヴァイは耳を押さえて空を見上げる。

 

 その時、上空から真っ赤に燃える巨大な何かが降ってくる。次の瞬間、雪原を覆いつくさんばかりの閃光が光った。少し遅れて凄まじい衝撃波がリヴァイ達に襲い掛かってきた。

 

 

 

 大気圏に突入し摩擦熱で表面が燃え盛りながらも大質量のためほとんど燃え尽きる事無く巨大な隕石は地上に激突した。途中、隕石は複数個に分かれてそれぞれ別々の地点へと落下していった。隕石の落下衝撃を調整しつつ、複数箇所に対する軌道爆撃(隕石投下)を行う為だった。

 

 第一の落下地点はパラディ島中央部エルミハ区南西20キロ地点ウォールローゼの平原、神聖マーレ帝国軍パラディ島攻略部隊の本陣だった。この隕石落下により神聖マーレ帝国軍は総指揮官の藩王・親衛戦士隊以下全遠征軍の9割を消失して事実上壊滅した。

 

 第二の落下地点はパラディ島南西50キロの海上だった。落下の衝撃と同時に巨大津波が発生、この津波によりパラディ島南部の港湾――橋頭堡に係留していた遠征軍輸送部隊数十隻余りの軍船はことごとくが沈没・大破した。また大陸側の沿岸部を襲った津波は場所によっては50mを超えており各地の港湾都市に壊滅的な被害を与えた。折りしも冬の嵐とも言える猛吹雪が大陸全土を襲っており、救助活動が阻まれてさらに被害が拡大する事になった。この巨大津波によりマーレ軍は大陸北海方面での軍事展開能力を長期間に渡って喪失する事となった。

 

 第三の落下地点は大陸内部の山岳地帯にある城塞都市だった。人口約1万人のこの街は隕石の直撃を受けて消滅したのだった。この街が狙われたのにはむろん理由があるが、大陸側の出来事をパラディ島勢力側(壁内世界)の人々が知るのはずっと先のことである。

 

 すべてGM(ギタイマザー)の計算どおりの結果であり、リタとの取引によるものだった。

 




【あとがき】

隕石攻撃はGM(ギタイマザー)の地上世界に対する武力介入という事になります。

第2、第3の隕石落下により、マーレ側は甚大な損害を受けますが、国歌そのものが滅亡するほどの打撃というわけではありません。(パラディ島の対岸の大陸側はマーレにとっては辺境地区)

決戦はパラディ島勢力(壁内人類側)勝利と言えるかは微妙ですが、侵攻軍はほぼ壊滅する事になりました。レイス卿の処刑・エルミハ区外門での勝利は、リタ達が交渉を行う材料となっていますので意味がなかったわけではありません。

残す課題はマーレ側の生き残り(ファルコ達)が無事生還できるかです。アルミン達は。。。








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第78話、同調夢

前の78話と入れ替えています。


 850年12月9日、???

 

 アルミンが目を醒ますと目の前には不思議な光景が広がっていた。大量の宝石がばら撒かれたような満天の星空、地面と思われる床にも鏡のように満天の星空を映し出している。まるで幻想のような美しい光景だった。

 

(ここはどこなんだろう?)

 アルミンは周囲を見渡すが人の気配は感じられなかった。今自分のいる状況と記憶が繋がらなかった。敵巨人勢力(マーレ軍)の侵攻に対して迎撃作戦の一貫としてトロスト区の地下壕に同期や駐屯兵団の精鋭兵達と共に隠れていたはずだった。

 

 空を見上げてみる。星々の中に一際大きな青い星が頭上に見えた。太陽光を受けて片面だけが艶やかに青く光っていた。

 

「も、もしかして僕達の住んでいる星? じゃあ、ここは……」

 アルミンにはシャスタから教えてもらっていた世界の知識を思い出した。自分達の住んでいる世界は惑星という球形の形をしており、その外側には宇宙空間という想像を絶するような広大な空間が広がっているのだった。もっとも近い隣の星に行くにも光の速さ(30万km/秒)で何年もかかるという。今、見ている光景は宇宙空間から自分達の住んでいる惑星を見下ろしているということなのだろうか。

 

「さすが聡いな。アルミン」

 後ろから声がしたので驚いて振り向いた。そこには自分達秘密結社(侯爵家)の指揮官(コマンダー)――リタが立っていた。

 

「ふふっ、最後に可愛い教え子達と会話の機会を用意してくれるとはな。粋な計らいをしてくれるじゃないか」

 リタは自傷気味に笑みを漏らした。アルミンにはリタの言葉の意味がわからなかった。

「コマンダー?」

「いや、こっちの話だ」

「ここはどこでしょうか?」

「お前の想像どおりだよ。お前達の星を上空1万kmから見た景色だ。要するに宇宙空間だな」

「宇宙ですか!?」

「数百年後にはお前達の子孫がここに来るかもな」

「えーと、どうして僕達はここに? 夢をみているのでしょうか?」

「そうだな、夢みたいなものかもしれない。だが重要な事はそこじゃない」

リタはすっとアルミンの傍まで来ると頭を撫でた。

 

「目を閉じろ。今から記憶が転写されるはずだ」

「は、はい」

 アルミンが目を閉じると一気に情報の洪水が頭の中に流れ込んできた。

 

 GM(ギタイマザー)という超越的存在にリタが支援要請をした事。GMは小惑星を牽引した宇宙船を当惑星周回軌道に送り込み、軌道爆撃(隕石投下)を実施した事。そして隕石は地上に向けて落下中であることだった。残り時間は300秒を切っていた。ただし自分達は体感時間は十倍以上に引き延ばされているので、幾分余裕があるようだった。アルミンはここで初めてこの隕石投下がリタの自爆作戦であることに気付いた。

 

「ど、どうして?」

「そういう契約だからな。GMからすればこの惑星の住民はただの観測対象で助ける道理もなければ義理もない。この星に巨人化技術は不要。わたしはそう訴えただけだ。その後はGMの判断だろう」

 リタの要請を受けてGMは軍事介入を決断したという事だった。隕石投下――それ自体は超科学のテクノロジーというわけでもない。高い所から物を落すだけである。ただし、規模(スケール)はこの惑星の住民である自分達人類の想像を遙かに超えていた。

 

「……」

 アルミンは必死で知恵を巡らせるが、今回の敵の大群を打ち破る方法はありそうになかった。もともと戦力的劣勢でしかもどこか(ウォールシーナ)を一箇所でも突破されたら敗北するというのではあまりにも条件が悪すぎるのだった。リタのこの策以外にないのかもしれない。

 

 隕石落下による破壊力は語るまでも無い。パラディ島内に落下させるものはその内の最小規模の隕石だが、破壊力はリタ世界でいう戦術核に匹敵し、敵主力を壊滅させるに十分だった。

 

「……海にも落すのですか?」

「そのようだな。巨大津波が発生し、敵の輸送船団およびパラディ島敵橋頭堡ならびに大陸側敵拠点は壊滅するだろう。これで奴等は当面パラディ島に手出しできなくなる」

「津波!?」

 アルミンにとっては初めて聞く単語だったはずだが、さきほどの記憶転送でその現象については理解できていた。本来なら海底での地震などで海が隆起したときに発生する極めて稀な自然災害である。その破壊力は凄まじく地形によってはウォールローゼの壁(50m)より高い波となるらしかった。そんな巨大に波に飲み込まれては絶対に助からない。巨大津波を人工的に発生させるという事は、敵国とはいえ沿岸部に住む住民を大量殺戮するということだった。マーレ辺境の地であっても死者の数は数千は下らないだろう。

 

「こ、ここまでしなければならないのでしょうか?」

「忘れたのか? 敵はお前達パラティ島の人々を絶滅させるつもりで戦争を仕掛けているのだぞ」

「そ、そうでした」

 アルミンはまだまだ甘いところがあると自覚していた。自分はすでに新兵ではなく作戦参謀である。自分が杜撰な立案をすれば、そのせいで何十、何百という味方の兵士を死なせてしまうかもしれないのだ。敵に勝利するには感情を廃した冷徹さが求められるだろう。手段を選べるほど自分達パラディ島側に余裕はなかった。

 

「お前の優しさは批難されるべきものじゃない。だが優先順位を間違えるなよ」

「はい、僕達は壁内世界数十万……、生まれ来る未来の世代も考えれば何百、何千万人もの運命を背負っています」

「そうだ。その覚悟があればいい」

 リタは満足げに頷いた。

 

 リタが手を(かざ)すとアルミンの目の前に一つの城塞都市が簡略化された三次元画像(ワイヤーフレーム)が表示される。

「これは?」

「大陸中央部、山岳地帯にある難攻不落の城塞都市、通称”地図に存在しない街”だ」

「地図に存在しない街?」

「マーレの一般市民は存在すらも知らない。周囲をカルデラ湖に囲まれ、中央部の島にはパラディ島と同じく沿岸部に無知性巨人が無数に放たれている。そしてこの都市の地下にはこの惑星唯一の巨人化薬品の製造工場がある」

「ま、まさか!?」

アルミンは驚いた。巨人化薬品の製造工場、敵勢力マーレにとっては最重要戦略拠点である事は明らかだろう。この城塞都市こそがGMの本命の攻撃対象だったのだ。

 

「じゃ、じゃあ、巨人達は……」

GM(ギタイマザー)は惑星全土の非巨人化、つまり巨人化技術の抹消(delete)を決定した。今後、知性・無知性問わず巨人が新たに生み出される事はないだろう。”継承の儀式”の成功率も今後大幅に低下し、記憶障害と精神汚染によって間違いなく使い物にならなくなる」

 

 ”継承の儀式”とは無知性巨人が巨人化能力者を食して巨人化能力を獲得する事である。(実例としてはユミルの能力を継承したトラフテが該当。正確にはその骨髄液に含まれる巨人化制御ナノマシーンチップを取り込むこと) それすらも今後なくなるということは地上世界から巨人が完全に消滅するという事だった。

 

 亡き親友エレンの悲願――巨人をこの世から一匹残らず駆逐してやる――はついに成就(じょうじゅ)される事になるのだった。

 

GM(ギタイマザー)は僕達を助けてくれたのですね?」

「結果的にそうなっただけで、別にパラディ島の人々に好意を寄せているわけではない。巨人戦力を失ってもマーレは依然としてこの星最大の覇権国家であることに変わりは無く、戦争は継続するだろう。後はこの星に住むお前達の責任だ」

 

「……」

 アルミンはリタの解説を聞きながら物事を整理する。送り込まれた記憶から敵侵攻軍に関する軍事情報を引き出してみた(GMが収集)。侵攻軍を指揮するのは大陸対岸側の藩王。戦士(知性巨人)80体、随伴歩兵2200名、それ以外の三千体以上の無知性巨人だった。うち歩兵部隊の大半はエルディア人義勇軍で構成されていた。エルディア人はマーレ国内では隷属市民扱いされ、収容区に押し込められている事実も知った。名誉マーレ人になれるという餌で兵士・戦士を募っているらしかった。マーレ国内は一致団結しているわけではない事も分かってくる。

 

(マーレ全てと戦う必要は無いと思う)

 マーレの全勢力を敵に回す必要はないのだった。敵は分断して各個撃破せよ。これもリタに教わった事である。

 

「コマンダー。提案があります」

 アルミンは思い切って提案してみた。

「なんだ?」

「敵輸送船団を壊滅させ、さらに対岸の大陸側敵拠点を破壊しているなら、敢えて殲滅を継続する必要はないと考えます」

「……」

「重要なのは敵にこの島への再侵攻を思い止まらせる事です。侵攻軍全兵士が未帰還になっても津波という災害で全滅したと思うだけでしょう。ある程度、情報を持ち帰らせてパラディ島に侵攻すれば大災厄を招くと思わせた方がいいのではないでしょうか?」

 アルミンが述べたのは抑止力の考えだった。実際にはGMの再度の軌道爆撃(隕石投下)は望むべくもないが、敵からすれば知る術はない。再度の大規模破壊攻撃があるかもしれないと考えれば行動は制限されるだろう。

 

「……」

「マーレは今後巨人戦力の増強が出来なくなります。周辺国と揉め事を抱えている状況ではそう簡単にパラディ島に手出しできないのではないでしょう」

「楽観は禁物だぞ」

「はい、わかっています。常に備える事。それが軍備の基本であり、国を守る事です」

「そうか……。まあ後の方針は参謀総長(エルヴィン)やペトラ達と相談して決めるといい」

リタはアルミンの提案を認めてくれたのだった。

 

 

「ところでアルミン。クリスタとミカサ、どちらを伴侶(パートナー)にしたいんだ?」

 リタの突然の質問にアルミンは戸惑った。ミカサはアルミンの初恋の人(エレンがいるから決して真意を誰にも話した事はなかったけれども)、そしてクリスタは訓練兵団入団当初から美少女ぶりは有名で、男子からは彼女にしたい女子一番だった。共にリタの秘密結社に入社して以降、彼女達と行動する事が多く、どちらも大切な存在である事は間違いないだろう。

 

「どっちつがずは良くないぞ」

 リタは決断を促してきた。アルミンは目を閉じて損得勘定とかを一切棄ててしばし瞑想する。

「……」

 

 浮かんできたのはクリスタの愛らしい笑顔だった。

「えっ?」

突如、誰かがアルミンに抱きついてきてそのまま押し倒された。目を開けると長い金髪がアルミンの鼻を掠める。クリスタだった。

「アルミンはわたしを選んでくれたんだね。えへへ、嬉しい~」

「く、クリスタ!? ど、どうして?」

アルミンはハッとしてリタを見る。最初からクリスタはリタと自分の会話を聞いていたとしか考えられなかった。

「強情なところはあるがいい子じゃないか」

「そうね……、いい加減くっついてくれないとこっちがやきもきするわね」

いつの間にかリタの傍らにはペトラ、シャスタ、ミカサが立っていた。

「アルミンさんとクリスタさん、お似合いのカップルだと思いますよぅ」

「二人はさっさと結婚するべき。誰が見ても付き合っているようにしか見えない」

ミカサは突き放したように告げる。

 

 どうやらリタに完全に嵌められたようでアルミンに退路はなかった。アルミンは観念してクリスタを抱きしめる。クリスタは涙ぐみながら笑顔だった。考えてみればクリスタとの仲が進展したのはトロスト区防衛戦の時からであり、それまではただの同期でまともに会話した事もなかった。運命的な巡り合わせなのかもしれない。

 

「クリスタ……」

アルミンは何か云おうとして何も言えなかった。

「うんうん、わたしも大好きだよぅ」

クリスタは顔を摺り寄せてくる。引き込まれそうな蒼い瞳がアルミンの目の前にあった。

「結婚する?」

「い、いや。いきなりそこまでは……」

「とりあえず恋人同士にしておけ」

見かねたのかリタが仲裁してきた。

「「はいっ!」」

クリスタとアルミンは兵士としての反射神経なのか敬礼して答えた。

 

「ねぇ、リタ。やはり、ここは……?」

 ペトラはリタに訊ねる。

GM(ギタイマザー)が用意してくれた同調夢といってもいいのかもしれない」

「じゃあ、やはり……」

「状況はお前達それぞれには話したとおりだ。改めて繰り返さない」

アルミンはリタの言葉で同時並行でリタがペトラやクリスタ達にも話しかけていたことが分かった。時間の概念が通常と違うから有り得ない様な事もこの夢の中では可能なのだろう。

 

「もう時間はあまり残っていない。ペトラ」

 リタはペトラに呼びかける。

「はい……」

「君を我が秘密結社グリーンティーの次期指揮官(コマンダー)に指名する」

最近は公式名称のヴラタスキ侯爵家で知られているが、元々はリタ達4人で始めた秘密結社である。リタはペトラを後継者に指名したのだった。

「は、はい」

「シャスタ、アルミン、クリスタ、ミカサをよろしく頼む。解散するならそれでも構わない。結成当初の目的――巨人の打倒は他力本願ではあるが、達成される見込みとなっているからな」

リタが間もなく逝ってしまう。その現実を思い出して改めて重い雰囲気に押し潰されそうになった。

 

「リタ、ごめんなさい……。そしてありがとう」

 ペトラの呼びかけにリタは微笑む。

「お前達がいるなら人類は必ず勝利できると信じている。ハンジの願いもきっと適えられるはずだ」

 

「アルミン、クリスタ。幸せにな」

「は、はい」

 クリスタに抱きつかれたままのアルミンが答えた。

 

「シャスタ、お前には迷惑を掛けっぱなしだったな。すまない」

「いいえ。迷惑だなんて思ってませんっ! わたしはリタのお役に立てることがなによりの喜びでしたから……」

「そうか……。GMはお前を悪くは扱わないはずだ」

「はい、わかっています。夢でもこうやってお話できる機会をくれていますもの」

「そうだな」

 リタとシャスタ、他にも何か話し合っている事があるかもしれないが、アルミンには分からなかった。

 

「ミカサ、お前はリヴァイに匹敵する最強の兵士になれるだろう。戦争が続く以上、お前の力は必要だ。ペトラやアルミンを支えてやってくれ」

「はい」

ミカサは頷いて答えた。

 

「お前達は最高の戦友だった」

 リタは敬礼した。アルミン達も自然と敬礼して答えていた。突如、リタの全身が光に包まれた。光は輝きを増すと無数の破片となって崩れていく。ペトラはリタを掴もうとしたが砂のように指の間から零れ落ちていき、やがてリタの破片は虚空へと消えていった。

 

 はっとして空を見上げると、自分達の惑星の表面3箇所に巨大な爆炎が輝いていた。作戦開始時刻(ゼロアワー)、隕石の落下時刻となったのだった。

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

「やぁぁぁぁ!」

「リタ……」

 大切な人がたった今、消えたのだった。こういう方法でしか敵を倒せなかった事にアルミンは悔しさを憶える。自然とアルミンはクリスタと抱き合っていた。哀しみに暮れる中、意識はいつのまにか薄れていた。

 

 

 気がつけば元のトロスト区地下壕の中にいた。アルミンの居場所は通信機を持っている事もあって一畳ほどの天井の低い個室だった。あの同調夢から強制的に戻されていたのだった。

 

「な、なんだ!?」

「今、大きく揺れたぞ!? 地震か!?」

別室の広間から動揺した兵士達の声が聞こえてくる。

「アルミンっ!」

狭い部屋に飛び込んできたのはクリスタだった。クリスタはそのままアルミンに抱きついてくる。

「うわあぁぁぁん。リタ先輩が……」

「さっきの夢を?」

「う、うん」

クリスタは全ての事情を知っていた。さきほどの夢も一緒に見ていたという事である。敵侵攻軍が壊滅したのは朗報だが、その代償はあまりにも大きかった。自分達の教官であり、世界最強の戦闘力を持つ武人で、かつ自分達の指揮官を失ったのだから。

 

『ザザザッ。02から11……えますか?』

 通信機からシャスタの連絡が入ってくるが雑音が酷かった。隕石落下の衝撃により通信障害が発生しているかもしれない。アルミンは夢の中でリタに提案した策を思い出した。

「こちら、11。応答願います」

『……02、事情はさ、さきほど……説明したとおりです。ザザザッ……、作戦はどうしますか?』

「提案があります」

アルミンはそう告げた。




【あとがき】
GMが用意した同調夢で、リタの秘密結社メンバー全員が集合します。アルミンはリタから今回のGMによる軌道爆撃の真実を知らされます。GMの真の攻撃目標は大陸中央部の山岳地帯にある城塞都市――敵マーレの巨人化薬品製造工場でした。(原作には未だ登場していませんが、あれだけジャブジャブ巨人化薬品を使うなら必ずその製造拠点が存在すると分析しています。親苗のようなものがあってそこで培養されているイメージでしょう)

これにより当該惑星の非巨人化が数年後か遅くとも13年以内に達成される事になります。(原作設定の巨人化能力者の最大寿命13年から逆算。)

リタのこの世界の物語はここで終わります。死者の復活はありません。エレンやハンジが復活することもないです。

ペトラが次期侯爵夫人(秘密結社指揮官)になります。

クリスタ・アルミン、この並行世界では結ばれる事になりました(リタがお節介!?)
原作ならクリスタ(ヒストリア)は国家元首である女王になってしまうので、恋愛は難しいでしょうけど……

シャスタについてはノーコメントです。


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第10章、ウォールマリア奪還
第79話、撤退


【まえがき】
マーレ側サイドの話です。戦士にしてファルコの先輩――ピークが登場。原作と違って本作では男性です。時系列を考えて78話と79話を入れ替えています





 850年12月9日、午後2時半

 

「ファルコっ! ファルコ、大丈夫?」

 誰かが自分の体を揺すっている。ファルコはハッと目を醒ました。目の前には同期のゾフィアの顔があった。

「ゾフィア……、いってぇ」

体のあちらこちらに痛みが走った。頭に手を触れると包帯が巻かれているのに気付いた。どうやらゾフィアが手当てしてくれたようだ。周囲を見渡すと大勢の仲間が倒れており、介抱している仲間も大勢いた。ファルコは記憶が蘇ってきた。味方部隊は正面の敵城塞都市(エルミハ区)の第2次攻撃を実施すべく再編中であり、ファルコ達エルディア義勇軍訓練兵達も装備を整えて待機中だった。小隊長は現場を離れ打ち合わせに本陣に向ったところだった。しばらくして本陣の方で叛乱が発生したという情報が早馬で知らされてきた。といっても訓練兵である自分達は勝手には動けない。その後、突如とてつもない大きさの雷鳴が轟いたかと思うと衝撃波が襲ってきたのだった。

 

 爆風で飛んできたらしい樹木や石が散乱しており、横倒しになった荷馬車や倒れている軍馬が目に付いた。謎の大爆発に巻き込まれて大勢の死傷者を出したようだった。吹き付けてくる吹雪のせいで視界が悪く周囲の状況は完全にはわからなかった。

 

「あっ、ファルコ。気がついたのね?」

 ガビが話しかけてきた。ガビの傍らにはウドがいて、ウドはガビに肩を借りて立っている状況だった。ウドは足のどこかを傷めたようだった。ガビとウドが取り合えず無事な様子を見てファルコは少し安堵した。

 

「みんな、無事か?」

「無事なんてもんじゃなねーよ。死人こそ少ないけど隊の半数ぐらいは負傷しているみたいだな」

 ウドは憮然として答えた。部隊の半数が戦闘不能――事実上の壊滅状態だった。負傷兵の搬送などを考えたらもはや戦闘どころではない。

「そっか、ひどいな。一体何が起きたんだ?」

「わかんない。でも本陣の方がヤバそう。ものすごく大きな爆発だったみたい」

ファルコは本陣があった方を見遣るが、吹雪のせいで白い闇に閉ざされているかのように何も見えなかった。

 

「おーい、訓練兵っ! 生きているかっ!」

 誰かが馬に騎乗したまま近づいてくる。長い黒髪の縮れ毛が特徴の先輩兵士ピークだった。ファルコ達より4期上で兵士訓練校を首席で卒業しており、同じエルディア人収容地区出身の出世頭である。しかも彼は名誉マーレ人の資格を持つ戦士(巨人化能力者)なのでいざという時には巨人化することが出来る。これほど頼もしい味方はいないだろう。今回の遠征では本隊の予備として後方部隊に参陣していたようだった。

 

「ファルコ! ガビ! ゾフィア! 無事かっ?」

「ピーク先輩!?」

「立てるか?」

「あ、はい」

ファルコは何とか立ち上がった。

「ここの隊長はどうした?」

「わかりません。待機するように命じたきりです」

「そうか、指揮系統は寸断されているという事だな。では俺がここの指揮を執ろう。総員、これより撤退作業に移れっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。勝手に戦線を離脱なんてできないでしょう?」

ウドが異議を唱えた。敵前逃亡は死罪に相当する重罪だからだ。ピークは首を振って答えた。

「味方は総崩れだ。藩王殿下が居られた本陣は吹き飛んで帝国神殿よりデカい穴が空いている。あれで助かっていたら奇跡だな」

帝国神殿とはマーレの最高指導者ーー総大司教猊下が居住する壮大な建造物の事である。ファルコは観閲式の手伝いで一度だけ帝都に行ったことがあった。その建物より大きいとは余程の事だった。

 

「えっ!? まさかっ!? そ、そんな馬鹿なっ! だ、だって世界最強を誇る我が帝国軍ですよ。こんな辺境の島の小国にやられるわけが……」

 ウドはピークの言葉が信じられないようだった。

「だったらこの事態をどう説明するっ!?」

「うっ……」

「”悪魔の末裔”――パラディ島敵勢力はこちらの想定を遙かに超える兵器を手にしている事は間違いない。それだけじゃない。奴等が幾重にも策を廻らして我らを待ち伏せしていたようだ」

ピークは畳み掛けるように言葉を投げつける。さきほどの街でも第一陣が完敗を喫したばかりだった。

 

「今、ここに留まる意味はない。吹雪のせいで巨人の動きは鈍いが、天候が回復したらどうなるかはわかるだろう?」

「えっ?」

「戦士の数が足りない。巨人達の誘導はできても制御はできない」

 ピークの指摘は至極もっともだった。巨人の特性は訓練学校で教わっている。制御を受けていなければ己の本能――食欲に忠実に動くのだった。この場合、巨人達の捕食対象は一番近くにいる自分達兵士である。本来なら戦士の数は十分足りているのでこう言った事態は起こり得ないのだが、第1陣の完敗、謎の大爆発による本陣消滅、戦士の大量欠員、そうやって深刻な事態となっていた。

 

「全責任は俺が取る。撤退っ!」

 ピークの一言で躊躇っていた訓練兵達もピークの指示に従う事になった。負傷兵を荷馬車に収容し進路を南に向けて移動を始めた。死んだ者は残念ながら遺体をその場に放置するしかなかった。さきほどの謎の大爆発で荷馬車隊にも少なからず損害を蒙っており、輸送能力そのものが低下しているためだった。

 

 途中、友軍のエルディア義勇軍歩兵部隊と合流することになった。総勢は五百人規模――2個中隊分以上の戦力だった。周囲には巨人を追い払う為の戦士も同行している。彼らとて定員の7割程になっているようだった。

 

「くそっ! かなりやられているな……。酷いな」

 ウドは周りの友軍を見渡しながら呟いた。吹雪で視界が狭い為に全体の状況は分からないが大勢が負傷している様がみてとれた。戦闘可能な兵士は半分ぐらいかもしれない。本陣にいた連中は全滅したらしいから全体でどれだけ生き残っているのだろう。

 

「あっ!」

 ゾフィアが奇妙な声を上げた。

「どうしたの?」

「川……」

ガビが訊ねるがゾフィアの答えは要領を得ない。

「ああ、枯れている川か。そいいやファルコ、さっきゾフィアの胸触ったよな」

「あ、あれは事故だって」

「二度目は言い訳できないよな」

「うんうん。さすがに二度やったら、わたし、本気(マジ)で殺すから」

「ち、違うって……。ん?」

ウドとガビはニヤニヤと笑いを噛み殺している。どうやら遊ばれているようだった。

「あはは、ファルコってやっぱり面白い」

「あ、二人共酷いよ」

そんな冗談を言い合っている内に川原へと馬車は進入する。突如、どこからか地響きが聞こえてきた。

 

「な、なんだ!?」

「全員っ! 川から離れろっ!!」

 ピークの叫び声。ファルコは音のする方角を見て驚いた。石や木材を巻き込んだ鉄砲水が川の上流から押し寄せてきたのだった。ファルコ達の馬車は急発進して辛うじて対岸に渡り切ることに成功する。しかし後続の友軍部隊はそうはいかなかった。濁流に呑まれて馬車ごと押し流されていく。投げ出された幾人の兵士達が一度は水面に顔を出したものの水没しそのまま二度と浮かび上がってくることはなかった。

 

「な、な、なんなんだよっ!?」

「ど、どういう事!」

 ファルコ達は目の前で起きた惨劇に呆然としていた。眼前で百人以上の友軍兵士が溺死したのだ。いや今日一日で惨劇が連発している。負け戦とはこういうものなのか。

 

「ちっ! やってくれるじゃないか。これも奴等の作戦か!」

 舌打ちしたピークが馬を寄せてきた。

「ピーク先輩! ど、どういう事ですか?」

「こんな偶然あるわけがないだろうがっ! 渡河した瞬間を狙って上流の(せき)を切りやがったんだよ」

「な、な!? ど、どこまで卑怯な奴等なんだ! 悪魔の末裔どもめ!」

ウドは激怒して吼えていたが結局どうしようもなかった。

 

「敵には強力な兵器だけでなく相当頭の切れる指揮官がいるようだな」

「そ、そんな……!?」

 二重三重に張り巡らされた敵の策の事を知ってファルコは言葉を失った。この遠征は弱小の勢力を征伐する楽な戦いだったはずだ。それが当初の予想を遙かに超える強力な兵器と優秀な指揮官、敵として最悪の組み合わせだった。慢心していた自分たち遠征軍が敗退するわけである。

 

「敵は俺達を誰一人として逃がすつもりはないようだ……。生還して報告する事、それが今から我々の任務と心得たほうがいい」

「は、はい!」

 

 その後、仲間の救出活動を行い、次に渡河していなかった荷馬車・軍馬を巨人である戦士たちが運搬して川を渡らせた。この間、ピークは友軍部隊の指揮官と作戦会議をしていた。再び戻ってきたピークはファルコ達に二頭の軍馬に分乗するよう命じた。ファルコ・ゾフィア、ガビ・ウド、この組み合わせである。これは戦闘能力の均質化を図ったという説明だった。

 

「ここまで用意周到な敵なら復路で待ち伏せしていてもおかしくない。遠征軍全員が未帰還という事態だけは避けなければならない」

 ファルコ達は頷いた。

「命令っ! ファルコ、ガビ、ゾフィア、ウド。お前達4人は南東方向に向かえっ! そして壁を越えて第一の街(シガンシナ区)を目指せっ!」

「え?」

「ガビ、復唱っ!」

「はい」

ガビはピークの言葉を復唱した。

 

「あの……、ピーク先輩は?」

 ファルコが訊ねた。

「俺は友軍と一緒に第二の街(トロスト区)を経て第一の街(シガンシナ区)へ向う。戦士の数は足りていないからな。大勢負傷している以上、護衛は必要だろう?」

マーレ本国人ならエルディア人部隊など見殺しにしてもおかしくないが、エルディア人義勇軍は強い仲間意識に支えられている。本陣と主力が壊滅したことでエルディア人だけの自由裁量で動けるのは皮肉な状況だった。

 

「先輩もお気をつけて」

「先輩っ! お願いです。生きて還ってください!」

 ゾフィアは縋るような表情でピークに語りかけた。ピークは軽くゾフィアの頭を撫でながら笑って答えた。

「ゾフィア、お前もな」

「はいっ!」

「おい、ガビ! 餞別だっ! 受け取れっ!」

ピークは腰に付けていた拳銃をホルダーごと投げてガビに寄越した。六連発装填の回転式拳銃(リボルバー)――士官にしか支給されていない代物である。ファルコ達が通常装備している長銃(ライフル)とは違って携帯性や隠密性が高いものだった。

 

「え?」

「俺はいざとなったら巨人化して戦うから拳銃は意味ないだろ?」

 ピークはそうは言うが、実際は何が起こるかわからない状況である以上、ピークの特別な配慮であることは間違いなかった。

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、次は故郷で会おう」

 故郷――ファルコ達が生まれ育ったレベリオ収容区の事である。地区外への外出は厳しく制限されていたが、馴染みの顔が多いとても大切な場所だった。故郷に帰る事を誓ってピークと別れた。

 

 吹雪が吹き付けてくる。いくら防寒装備があるとはいえ、馬で長躯できるものではない。

ただ時間的余裕はなかった。巨人の大半が敵正面の城塞都市(エルミハ区)付近に集めていたとはいえ、制御が失われた以上、人を見つけ次第、捕食する無垢の巨人と成り果てている。見つかれば余計な戦闘になりかねなかった。まして陽が暮れたら吹雪の中、見知らぬ土地で夜営するのはあまりにも危険すぎるだろう。

 

(俺達、生きて帰れるのか? あっ……)

 二人乗りして騎乗するファルコ達、ファルコの前にはガビ達の乗った馬は走っている。ゾフィアが後ろからがっしりと抱きついてくる。ゾフィアの豊かな胸がファルコの背中に当たっていた。否応無しにゾフィアの胸を意識してしまった。

「わたしね、ファルコの事、好きだよ!」

「えっ!?」

ゾフィアはときどき突拍子も無い事をいきなり話す女の子である。また変な癖が始まったかと思ったのだ。

「誰よりも好きだから……」

告白なんだろうか、しかし不思議少女のゾフィアはどこまで本気で何を考えているのかファルコはよくわからなかった。

「え、えーと……」

「あ、今のは忘れてっ! 生きて還ろうね」

「う、うん。生きて還ろう」

ファルコはひたすら南に向けて馬を走らせた。

 




【あとがき】

GMの軌道爆撃(隕石投下)により、マーレ(巨人勢力)側遠征軍の敗北は確定。ファルコ達を含む残存部隊は撤退を開始、しかし往路よりも復路に魔は潜んでいました。一般的に進軍より撤退の方が困難です。戦況が不利になったから撤退するわけですし、敵の追撃がありますから。
なおピークは原作同様、冷静沈着な判断力の持ち主です。



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第80話、報告

タイトル代えただけです。内容は同じ。(9/10)


 850年12月9日、午後6時

 

 時折吹雪が舞う日没後、王都(ミッドラス)に入城する1台の馬車にペトラ=ラルは乗っていた。王国首脳陣――総統ダリス=ザックレー・参謀総長エルヴィン=スミスに戦況を報告するため、最前線のエルミハ区から戻ってきたのだった。巨人三千体を擁する敵主力の壊滅――それ自体は嬉しい大戦果であるがペトラの心は沈んでいた。なぜならこの大戦果は盟友であり同志のリタ=ヴラタスキの命と引き換えだったからだ。GM(ギタイマザー)という超越的存在によるリタを巻き込んだ軌道爆撃(隕石投下)、事実上のリタの自爆作戦だったのだ。

 

 リタを喪ったのはあまりにも大きな痛手だった。さらに”通信機”を通じてシャスタからは別れを告げられた。

「そんな……。シャスタ、貴女まで……」

『ごめんなさい。でもわたしにもどうしようもないです。GM(ギタイマザー)の命令は絶対です。わたし達が持ち込んだ兵器や機材・通信機器も全てこの惑星(ほし)から撤収せよとの事です。タマ達も含まれています』

リタ達秘密結社(ヴラタスキ侯爵家)の力の源であった通信機・振動探知網・生体戦車(ギタイ)・各種武器もすべて撤収するという事だった。期限は約1ヶ月後との事だ。

 

GM(ギタイマザー)の目的はあくまでもこの惑星(ほし)非巨人化、つまり異星文明由来の巨人化技術の消去です。貴女達パラディ島の人々の救済でもマーレの壊滅でもありません』

「ねぇ、シャスタ。わたしは総統閣下にどう報告したらいいの?」

『今後の道筋はリタが示したとおりです。防衛線を海にまで押し上げて敵を上陸させない事です。当海域の敵側拠点は津波で全て壊滅していますので時間的猶予があります。この間に防衛体勢を整えつつ、マーレと敵対する列強諸国と外交交渉してください。国際情勢に関する基本情報は既にリタから記憶転送済みのはずです』

 ペトラはシャスタの言われたとおり自分の頭の中を探ってみた。すると鮮やかに脳内に記憶が再現されてくる。原理は全く分からないが非常に有用な情報だった。

 

 シャスタとの会話を終えてペトラは報告前に情報を整理した。そして今後の事をよく考えた。リタが命を引き換えにして作ってくれた未来なのだから絶対に無駄にするわけにはいかないのだ。

 

 

 ペトラが総統府に到着すると、さっそく総統執務室に通された。シャスタから自分の到着する旨の連絡はエルヴィンに入っていたのだろう。総統執務室にはザックレー総統が中央に座り、参謀総長エルヴィン=スミスが傍らに立っていた。ペトラを案内した衛兵は直に退室し、室内にはペトラを含む3人が残された。

 

 ペトラは雰囲気に圧倒されそうになる。むろんペトラが総統執務室を訪れるのは初めての事だった。そもそも一介の調査兵が最高権力者の部屋に来る事自体、少し前なら想像もつかない事だった。

 

「ご苦労だったな。さっそくだが戦況を聞かせてもらいたい。侯爵家の者からは敵の撃退には成功したと聞いている。詳細は君が報告するとだけしか聞かされておらんのだ」

「はい、お話します」

 ペトラはほぼ包み隠さず報告した。ただし最重要機密――GM(ギタイマザー)の存在や大陸中央部への隕石投下についてはなぜか言葉にできなかった。超越的存在だから口外禁止の術を掛けられているのかもしれない。

 

「そうか。敵主力の8割を撃滅したから大勝利と言いたいところだが、侯爵夫人殿が亡くなったのか……」

「うーむ。勝ったとはいえ惜しい人を亡くしてしまったのう」

 ザックレー総統もエルヴィンもシャスタからの連絡である程度は予想していたのだろう。驚きよりも落胆の色が強かった。

 

「エルヴィン、国民にはどう発表すべきじゃな?」

「はっ。明朝、敵の撃退に成功した事を新聞や広報で発表してよいかと思います。残敵がトロスト区に逃げ込んだとの事ですし、敵輸送船団が壊滅している状況では再侵攻はまずないでしょう」

 エルヴィンは事前に考えていたのか総統の問いかけに即答した。

「侯爵夫人殿についてはどうする?」

「はい、公表してもよいかと思います」

「士気が下がるのではないのか?」

「いえ。今回、敵の侵攻を撃退できたとはいえ厳しい情勢であることは変わりないのですから。国民に危機意識を喚起する意味においても隠すべきではないでしょう」

「そうか、そちがそういうならそれでよかろ。手配したまえ」

「はっ」

総統の命令により戦勝と侯爵夫人リタの戦死が同時に公表される事になった。

 

「残敵についてはどうじゃ? ペトラ、お前に聞こうか?」

「はい。残る敵戦力はトロスト区に知性巨人10体前後・歩兵約500と推定されます。またシガンシナ区にも若干の守備隊が存在する模様です。無知性巨人については考慮しなくて構いません。知性巨人を潰せば後はいかようにも処理できますから」

「なかなか頼もしい意見だが、調査兵団とイアン分隊だけでトロスト区の残敵を倒せるのか?」

「はい、可能です。ですが総攻撃前に敵に降伏勧告をしてみては如何でしょうか?」

「降伏じゃと!? 奴等、我ら壁内の全人類を皆殺しにしようと企んでおったのではないか?」

ザックレー総統はペトラの提案(実はアルミンの策)に不快感を示した。

「承知しています。しかし残敵のほとんどはエルディア義勇兵です。彼らは収容区内にのみ居住することを許された隷属民族の出身者達です。別に同情するわけではありません。力押しでも勝てますが、こちらも犠牲が皆無とはいかないでしょう」

「降伏する振りをして、後で反旗を翻したらどうする?」

「その時は……皆殺しにするまでです」

いつでも捕虜達を皆殺しにできるだけの準備はしておくという意味である。実際、ペトラの脳裏には侯爵家の隠し玉――生体戦車(ギタイ)タマ達の存在がある。タマ達は夜間の対人戦闘なら、ほぼ無敵であることは実戦証明付きだった。

 

「ペトラ、その案は君の案かね?」

 エルヴィンが口を挟んだ。

「いや、どうもアルミンに近い考えのような気がするのだが?」

「!?」

さすがにエルヴィンは鋭かった。曲者ぞろいの調査兵団を束ね、政治力を発揮して中央第一憲兵団と渡り合ってきただけの事はあるだろう。

「はい、ご明察恐れ入ります」

ペトラは素直に認める事にした。

「なるほど、現地にいる彼の判断なら間違いはなさそうです。総統閣下、ここはアルミン達に任せてみてはいかがでしょう?」

「うむ。良きに計らえ」

ザックレー総統の裁可が得られたので、残敵に対する降伏勧告はされるだろう。勧告を呑まなければ敵を殲滅するだけである。

 

「それと侯爵家次席シャスタ=レイル殿から申し出がありました。同盟を解消し当惑星から撤退するとの事です」

「そうか……、仕方あるまいな」

 侯爵家の軍事力はリタ個人に拠るというのはザックレー総統やエルヴィンの知るところである。

「違約の代償として全領地(ウォールシーナ)の返還したいとの事です」

「ふうむ。確かに領地は持っていけないだろうからな。わかった。了解したと伝えよ。本来なら我らこそが侘びを入れねばならんのじゃからな。侯爵夫人殿を喪わせてしまって申し訳なかろ」

「総統閣下。侯爵夫人殿の葬儀についてですが国葬とすべきでしょう。侯爵夫人殿の献身があってこの壁内世界は護られたのですから」

「そうじゃな」

いくつかの取り決めをした後、ペトラは総統執務室を退室した。

 

 

 その日の深夜、ペトラは王都繁華街にある高級酒場を訪れていた。総統執務室を退室する際、エルヴィンと握手した時に紙片(メモ)を渡されたからである。そこには深夜11時に指定された酒場の裏口に来て欲しいとあった。

 

 ペトラがその高級酒場に着くと、黒服を着た店員に個室に通された。最上位級の客しか通さない個室であり、豪華な内装や調度品で飾られていた。

 

「すまないな。こんな時間に呼び出して」

「いえ、わたしもお会いしたかったですから」

 ペトラは侯爵家の今後の事を考えて、エルヴィンを事実を打ち明けて同志に誘うつもりだった。リタはエルヴィンに全ての秘密を打ち明けていたわけではないが秘密結社の準構成員に近い扱いをしていたからだ。兵団革命の成功もエルヴィンとリタの協力があればこそである。

 

「酒は飲めるか?」

「嗜む程度には」

「ではワインを」

 エルヴィンがボトルを開けようとする。

「お酌ならわたしが……」

「いや、今日はわたしが接待する側だよ」

そう言われるとペトラは強く言えなかった。献杯の後、グラスに一口つけた後、エルヴィンが切り出した。

「ペトラ、君達には感謝している。侯爵夫人様と共にこの世界を護ってくれたことに……」

「え!? さ、参謀総長閣下はお気付きだったんですか?」

ペトラは自分の正体を見抜かれたと思って動揺してしまった。

「ふっ。その反応を見るに予想どおりだな」

「す、すみません。わたしが知っている事は全てお話します」

ペトラは切れ者のエルヴィン相手に誤魔化しは効かないと判断して正直に告白する事にした。

 

「なるほど、君達4人で始めた研究会、それが秘密結社(グリーンティー)でありユーエス軍だったわけだ」

「はい。ハンジさんを喪ったのはわたし達の判断ミスです。まさか壁内の敵――中央憲兵が巨人化薬品を所持しているとは予想を超えていました」

 ペトラは革命前夜の夜を思い出す。調査兵団の研究棟が真っ先に標的になりハンジは15m級巨人が壊した建物の下敷きとなってしまったのだ。

 

「ハンジさんがいれば、今回の敵の侵攻に対しても、もっと良い案が浮かんだかもしれません」

「そうだな。ただあの事件のお陰で壁内の敵を炙り出す事ができた。同時に革命への大義名分が出来、親巨人派(マーレ)に侵食されていた王政府・貴族・商人達を一掃できたと思う。ハンジは決して無駄死にしたわけではない」

「そ、そうですね」

「あの事件直後に使用された例の超大型爆弾、あれは大切な仲間(ハンジ)を殺された侯爵夫人殿の怒りなのだな」

「はい。リタ、いえ侯爵夫人様は後で反省している様子でした。確かに対人制圧部隊を殲滅するのにアレは必要なかったと思います。夜間戦闘なら侯爵家特務兵(タマ)一体で十分片付く話でしたから」

「そうか、過去を悔やんでも仕方あるまい。教訓として未来に生かす事を考えるべきだろうな」

「はい」

 ペトラはじっとエルヴィンの顔を見遣った。ペトラが初めてエルヴィンを見かけたのはペトラの訓練兵時代の勧誘式の時だった。ウォールシーナ失陥(845年)という大事件の最中、ペトラ達第99期生は正規兵となった。そのとき既にエルヴィンは調査兵団の団長だったのだ。一介の新兵である自分(ペトラ)にとってエルヴィンは雲の上の人だった。リヴァイは頼りなる大先輩だが、エルヴィンは自分達調査兵を導く指導者である。惚れているわけではないが尊崇の念を持っていた。ちなみに余計な話だが、エルヴィンは壮年の美形だろう。

 

(そういえば参謀総長閣下はまだ独身だって話だけど、内縁の奥さんでもいるのかな? いい男だもの。いてもおかしくないよね。でもまだなら、わたしにだってチャンスは……。あっ!?)

 ペトラはエルヴィンの妻となった自分を妄想して恥じ入った。少なくとも本人がいる目の前で妄想すべきではないだろう。想い人ならリヴァイだっているのだ。

 

(こ、これはお酒のせいよ。わ、わたしは酔っているのよ。きっと……)

 ペトラ自身は酒に弱いとは思っていなかったが今はそう思うことにした。

 

「なあ、ペトラ」

「は、はい?」

 ペトラは裏返った声で返事してしまった。

「これは参謀総長ではなく私個人からの提案だ。返事は今すぐでなくて構わない。いや、ゆっくり考えて欲しい」

エルヴィンはそう前置きした上で告げた。

「ペトラ、わたしは君を妻に迎えたい」

エルヴィンからの求婚の申し出だった。




【あとがき】
参謀総長エルヴィン(調査兵団第13代団長)は、原作と同じく独身です。ペトラはリヴァイに片思いしているものの決まった恋人がいるわけではありません。秘密を共有するもの同士ですので、こういう世界線もありかもしれません。

ちらりと出てきましたが、シャスタおよびタマ達はGMの命令によりこの惑星から撤収することになります。巨人化技術がなくなろうとも戦乱がなくなる事はないでしょう。

マーレ + 親マーレ国家群  vs  反マーレ列強諸国 + パラディ王国(壁内世界)

このような構図が予想されます。

そろそろ物語の最終話が見えてきました。もう少しお付き合いください。


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第81話、捕縛

マーレ軍(巨人勢力)訓練兵ファルコ達のその後です。


850年12月10日、午前7時

 

 神聖マーレ帝国(以下マーレ)軍パラディ島攻略部隊の一員である訓練兵ファルコ・ガビ・ゾフィア・ウドの4人は、第2の壁(ウォールローゼ)近くの廃屋となっていた農家で一夜を明かした。早朝、地下トンネルを通って壁を抜ける。地下トンネルついては元々犯罪組織(マフィア)が密輸に使っていたものを壁内の工作組織――ウォール教を通じて情報が自分達マーレ側に渡っている。ガビがピークから拳銃と一緒に位置を記した地図を受け取っていた。地下トンネルは軍馬が通れるほどの大きさがあり、そのお陰でファルコ達は馬を棄てる事なくウォールマリア領内に移動できたのだった。

 

 昨日から降り続いた雪で、辺りは一面銀世界である。曇天ではあったが雪は止んでいた。第2の壁から離れたようで、あれだけ高い壁がもう見えなくなっていた。幸い危惧された敵からの追撃はなく徘徊する無垢の巨人に遭遇する事もなかった。

 

「そろそろ休憩するよっ!」

 ガビの指示で一同は馬を停め、雪に覆われた大きな岩陰の傍で朝食を摂る事にした。携帯糧食(りょうまつ)の残りは後3食分あり、今日中に第1の街(シガンシナ区)に到着見込みだから若干の余裕はあった。

 

「うっ!」

 乾パンを食べていたウドが口元を押さえる。

「どうしたの?」

「噛んじまった……。なんでこんな硬くて不味いんだ! こっちは命賭けて戦場に出ているってのにまともなメシぐらい出しやがれっ!」

 ウドは配給されている糧食に文句を言った。実際ウドの述べているとおりである。下等市民であるエルディア人の部隊だから食事に配慮しようという気がないのだろう。

「ほんと、不味いね! 配給係の連中、絶対中抜きしているわね。予算もっとあるでしょうに」

「だろうな」

ファルコはガビに同意する。マーレ人の上官の大半は下級市民であるエルディア兵を見下しており、階級的に逆らえないのをいい事にやりたい放題していた。不正を告発した兵士がいつの間にか消えていて再教育施設送りにされたという噂はよく耳にする。

 

「……」

 一方、ゾフィアは何も言わず黙々と食べていた。さすがに硬すぎる乾パンはナイフを使って器用に細切れにしてから水と一緒に飲み込んでいた。

 

「ゾフィア、あなたは文句言わないの?」

「うーん、食事できるのは……生きている証拠だから」

 ガビの質問にゾフィアはどこかズレていた。

「いや、だからさ」

「今回の遠征、大勢死んだね……」

「……」

ゾフィアに指摘されるまでもなかった。奇襲砲撃により第一陣壊滅、謎の大爆発で本陣消滅、多数の溺死者を出した渡河中の鉄砲水、こちらの予想外の攻撃の連続で、大勢の友軍兵士が死傷していた。ピークを始め生き延びている友軍部隊もいるが、今現在どれほど無事なのかは分からない。

 

「お、オレは未だに信じられないよ。昨日の朝はあれだけの大軍勢で進撃していたというのに……」

 ウドは味方が大敗したというのが信じられないようだった。無理もない。昨日の朝時点では第2の街(トロスト区)から進発した自分達遠征軍は見渡す限りの巨人の大軍勢を率いていたのだった。圧倒的優勢のはずの自軍は今や生還すら危ぶまれる事態となっていた。

 

「うーん、ピーク先輩の言うように敵を侮っていたんじゃないかな」

「そうだよね」

 ファルコの意見にガビは同意した。

 

「……終わってしまった事を言っても仕方ないよ。ピーク先輩の言うとおり、私達は生きて還って報告する事が任務だから」

「そうだな」

「うん、絶対生きて還ろう」

ウドやファルコも立ち上がり決意を新たにした。

 

「あっ!」

 座っていたゾフィアが奇妙な声を上げた。

「どうしたの?」

「今、地面が揺れた」

「揺れた? おい、ファルコ。地震なんて感じたか?」

「いや、何も感じなかった」

ファルコは首を傾げる。実際、ファルコは何も感じなかった。

 

 次の瞬間、ズンっという鈍い衝撃と共に岩陰が揺れた。そして雪の中から巨大な手がぬっと出てきたのだ。ファルコ達は転げるようにして距離を取った。

 

「な、な、なっ!?」

「これっ、巨人だっ!」

 ガビが叫んだ。雪に覆われた大きな岩のように見えていたが、実は岩ではなく10m級の巨人だったのだ。一昨日以来の降雪で動かずにいたため雪に覆われてしまっていたようだった。

 

 雪の中から突如現れた巨人は隻眼の巨人だった。片方の目は完全に空洞になっている。おそらく巨人の素材となった人間が巨人化薬品を打たれる以前に片目を失明していたのだろう。

 その巨人は片目をギロリとファルコ達に向けた。不味い事にファルコ達は騎乗していない。当たり前の事実だが、巨人から人が徒歩で逃れるのは不可能だった。

 

(銃の装備は? あっ、ダメだ!)

 銃は肩に担いだままでしっかりと安全装置が懸かった状態である。巨人を目の前にした状態で銃の整備などできるわけがなかった。

 

 馬の戦慄きが聞こえた。見れば巨人の出現でパニックに陥った馬が暴れていた。

 

 銃声が突如して轟く。ガビが拳銃(ピークからの贈与品)を発砲したのだ。至近距離からの銃撃だったこともあり、正確に巨人の眼を撃ち抜いていた。このとき隻眼の巨人であった事はファルコ達にとっては幸運だった。片目を潰すだけで視界を奪う事ができたのだから。マーレ軍において無垢の巨人が暴れた場合の対処マニュアルは当然存在している。基本的に一般歩兵は目潰しなどで時間を稼ぎ、戦士(知性巨人)が処理する事になっていた。ファルコ達は今、周囲に味方は居らず4人だけで孤立していた。この状況では逃げの一手である。

 

「ガビ! やるじゃん」

「喜ぶのは後! 早く馬にっ! 直に回復するよっ!」

 ファルコ達は暴れている馬を宥めた後、急ぎ分乗しこの場から離脱する。

 

「だめっ! もう回復しているっ!」

 ファルコの後ろに乗っていたゾフィアがそう報告してきた。時間的には1分ほどしか経過していない。知識としては知っているが巨人の快癒能力は驚異的だった。

 

「な、なんで巨人が! 全部第2の壁(ウォールローゼ)の中に誘導したはずなのに……」

 並走するウドが叫んでいた。

「たぶん奇行種ね。だから誘導できなかったんだね」

ガビが答える。

「まずいな」

「ああっ! 追いかけてきたっ!」

ゾフィアの悲鳴にも似た報告。振り向くまでも無く状況は危機的だった。二人乗りで積雪のため馬は速く走れない。一方の巨人は積雪などものともせずに追いかけてくる。

 

「ファルコっ! 二手に分かれましょう! このままだったらいずれ追いつかれて全滅するっ!」

「お、おい。ガビ!?」

「私達の任務は生きて報告することだから。どちらかが生きていればいい」

「……」

ファルコは必死に知恵を絞るが他に方法が思いつかない。刻一刻と巨人の足音が近づいてくる。ファルコは決断するしかなかった。

「ああ、そうしよう」

「じゃあ、目の前に一本の木があるよ。そこで左右にっ!」

ファルコの目前にはガビの言うとおり人の胴体ほどの太さの木が一本だけ立っていた。ガビ達が右に、ファルコ達が左に駆け抜ける。

 

 直後、大きな物音が後ろから聞こえた。

「あっ! 巨人が木にぶつかった!」

ゾフィアの報告だった。とりあえずは吉報である。多少なりとも時間は稼げたはずだだった。

 

 右手を見ればガビ達の乗る騎馬が併走しながら離れていく。

「ゾ、ゾフィア! お、俺、好きだっ!」

ウドが遠くから叫んでいた。いきなりの告白だったが、もしかしたらウドは二度と会えないと直感したのかもしれない。

「……ごめんなさい」

ゾフィアはファルコに抱きつきながら小声で呟いた。ウドには聞こえていないだろう。やがて雑木林の一帯に突入するとガビ達の乗る騎馬は見えなくなっていった。

 

(あの巨人はどちらを追いかけて来る? ガビか俺達か? くそっ! どっちも最悪だ!)

 時間を稼いだとはいえ、さきほどの巨人が追いかけて来ると考えるべきだろう。撒いたと考えるのは余りにも楽観的過ぎた。

 

「フ、ファルコ! 巨人が私達の方にっ!」

「……」

 ファルコは運から見放された事を悟った。それと同時に少しだけ安堵していた。ガビ達は無事に逃げ切るだろうと思ったからだ。そして最後の行動を取る事を考えていた。ファルコの背中にはゾフィアの熱いまでの体温が伝わってくる。

 

「ゾフィア、馬の手綱を握ってっ!」

「えっ!? どうするの?」

「俺は馬から降りる。ゾフィア一人なら速度も出るだろうし逃げられるよ」

「えっ? あっ、ダメ。ファルコ、そんな……」

「いや、いいんだよ。ここで女の子を守れなかったら男じゃないよ」

「そ、そんなの嫌!」

ゾフィアはファルコを後ろから痛いぐらい抱きしめてきた。

「最後ぐらいいいカッコさせてくれよ」

そう言いながらファルコはゾフィアの手に手綱を握らせた。

 

「ああ……」

「出来る限り時間は稼ぐよ。策がないわけじゃない。街まで逃げて戦士を呼んできて」

 ファルコは嘘を述べた。策は何もなかった。ただゾフィアを少しでも希望を持たせるためだった。そうでも言わないとゾフィアが従ってくれないだろうからだ。

 

「じゃあね」

 ファルコは馬から転げるように飛び降りる。積雪がクッションとなりさほど痛みはなかった。顔を上げると巨人が遠くから接近してくるのがわかった。

 

「ファルコ! わ、わたしは貴方の事を本当に……」

 ゾフィアの声が後ろから聞こえてくる。しかしファルコは振り向かなかった。

 

 隻眼の巨人は落馬したファルコに気付くと、追いかける速度を緩め、ゆっくりと近づいてきた。涎を垂らし満面の笑みを浮かべていた。完全に捕食者の眼である。

 

 それでもファルコは小銃(ライフル)を構えた。勝ち目がない事は分かっていた。そもそも小銃で10m級の巨人を倒す事は不可能である。さきほどのガビのように巨人の目を撃ち抜ければよいが動き回る標的に正確に命中されることは難しい。

 

(これでいいんだ。ガビもゾフィアも助かるはず……)

 それだけを心の支えにしつつファルコは10m級の巨人を対峙する。至近距離で見上げれば圧倒される巨体である。巨人の鼻息までが聞こえてきた。口を大きく開け、人間そっくりだが巨大な歯を見せ付けてきた。哀れな捕食対象を嬲るつもりなのかもしれない。

 

「なめんなっ!」

 ファルコは巨人の目を目掛けて発砲する。しかし僅かに外れ眉の辺りに命中した。続けてもう一発。これも外れた。

(こ、こんな時にっ!)

手元が震えたせいだった。最後の最後で冷静にはなれきれなかった。ファルコの銃は二連装であり、これで弾切れだった。万事休すである。

 

(ごめん、ゾフィア)

 ファルコはそう呟く。次の瞬間、巨人の手が伸びてきて視界が塞がれた。

「……」

最後の時が訪れたと思ったのだが、なぜか痛みを感じない。よく見ればファルコの目前で巨人の手が止まっていた。

「!?」

ファルコは状況が理解できない。巨人は獲物(ファルコ)が目の前にあるというのに一切の動きを止めていた。

 

「ど、どういう事!?」

 やがて巨人はゆっくりとファルコに覆い被さるように倒れてきた。ファルコは慌てて飛び退()き下敷きになるのを回避した。

 

 見れば巨人の体から水蒸気の煙が立ち昇ってくる。気化現象、つまり巨人が死んだという事だった。

 

 白い影が低空を飛んできた。いや、それは人だった。全身真っ白のコートで身を包んでいる人物だった。フードが外れ黒髪の端正な東洋人少女の顔が露になる。その少女兵は剣を大きく振って付着していた肉片を跳ね飛ばした。肉片からは水蒸気が立ち昇っている。どうやら巨人の肉片のようだった。

「うなじを斬り飛ばした……。だから巨人は死んだ」

「!?」

その少女兵は独り言のように呟いた。確かにその通りなのだが、うなじを破壊するのは兵士単独では極めて困難である。マーレ軍では高性能な速射砲か戦士(知性巨人)でなければ巨人を倒すのは不可能と考えられていた。

 

 その少女兵は呆気にとられているファルコの傍に着地すると、いきなり大型の剣を突きつけてきた。

「お前、マーレ軍の兵士だな?」

少女にしては低い声だった。

「だ、誰?」

「質問しているのはわたし! 名前と所属を言いなさいっ!」

改めてその少女兵を見ると思ったより長身だった。全身を覆う白いコート、一面銀世界の今なら確かに目立ちにくい。考え抜かれた装備だろう。

 

「ファルコ=グラナス。神聖マーレ帝国軍エルディア義勇軍所属訓練兵」

「そう……」

 長身の少女兵は鋭い眼光でファルコを睨みつけてくる。

「わたしはパラディ王国軍調査兵団所属の特務兵、ナンバー9」

「なっ!?」

ファルコは驚いた。要するに壁内の連中――悪魔の末裔共、敵の兵士だった。ファルコは腰に差している短剣を取ろうとして手を伸ばした。

 

「動くなっ! それ以上手を動かしたら……喉を掻き切るっ!」

 少女兵はファルコの喉元に剣を突きつけた。鋭い刃が反射光で煌く。

「……」

「わたしは強い。巨人だって倒せる。降伏しなさい! 命までは取らない」

「し、信用できるものか!?」

「そう、だったら殺すだけ」

 長身の少女兵は一気に間合いを詰めて来た。掴まれたと思った次の瞬間にはファルコの視界は天と地がひっくり返っていた。

 ファルコが投げ飛ばされたと気がついた時は、腕を逆手に捻られて雪面に組み伏せられていた。電光石火のような早業だった。腕をギリギリと捩じ上げてきて激痛が襲い掛かってきた。

 

「い、痛いっ!」

「お前に勝ち目はない……」

「や、やめてっ! こ、降参する。降参するから」

 ファルコはたまらず降伏した。ファルコは敵に捕らわれの身になったのだった。

 

 拘束されてからさほど間を置かずして聞き慣れた声が聞こえてきた。

「フ、ファルコ!」

見れば後ろ手に縛られているゾフィアが居た。ゾフィアの後ろには白いコートを着た小柄な敵兵がいる。フードを被っているので顔は見えなかった。

 

「ど、どうして? ゾフィア、逃げたんじゃ……」

「ごめんなさい。ファルコが気になって遠くに行けなかった。迷っているうちにその……後ろから……」

どうやらゾフィアはファルコの事を気にしすぎて周囲の警戒を怠ったようだ。白いコートを着たその敵兵に不意を突かれて捕まってしまったらしい。

 

 ゾフィアの後ろにいた小柄な敵兵がフードを外した。金髪がふわっと舞った。

「えっ!?」

ファルコは驚いた。抜群の美貌の少女がそこにいた。帝都の踊り子一座に入れば一番人気になるかもしれない。透き通るような白磁の肌、流れるような艶やかな金髪、まるで妖精のような女の子だった。あどけなさが残る顔つきからして歳は自分の変わらない10代前半だろう。

 

「ファルコ、ゾフィアね。貴方達、恋人同士なの?」

 小柄な少女兵が聞いてきた。

「えっ?」

「……」

見ればゾフィアは顔を赤らめて俯いている。その反応は肯定したも同然だった。

「へぇ、そうなんだ」

小柄な少女兵はくすっと笑みを零した。

「ち、違うよ。ただの同期で、その……」

ファルコはゾフィアが泣きそうな顔になっている事に気付いた。

「ふーん、もう少し彼女の事、見て上げた方がいいと思うな」

「よ、余計なお世話だよ」

 

 ファルコとゾフィアは後ろ手を縛られたまま並んで座らされ尋問を受けた。もともと訓練兵の自分達は重要な機密情報を持っているはずもなく、洗いざらい吐かされても味方を裏切るような事にはならないだろう。今回の遠征についてファルコは達は概ね話した。

 

 その後、敵の少女兵二人は会話していた。自分達には理解できない言葉だった。壁内の連中の言葉は自分達エルディア人が普段使っている言語と似通っていると教えられていたが彼女達の発する単語は一つも理解できなかった。

 

 やがて相談が纏まったのか、小柄な少女兵がファルコの目の前に来た。少し腰を屈めて顔を近づけてくる。彼女の瞳は水晶(クリスタル)のように艶やかに輝きを放っている。見れば見るほど美しい少女だった。これが本当に敵の兵士なのか疑問が沸いてくるほどだった。彼女は微笑みながら話しかけてきた。

「えーと、実は貴方達お二人に頼みたい事があるの」

「えっ?」

「な、なにをさせる気……?」

ゾフィアの方は後ずさりして怯えていた。

「怖がらなくいいわよ。別に酷い事したりはしないわよ、とっても簡単なことだから」

「!?」

ファルコとゾフィアは思わず顔を見合わせた。




【あとがき】
長身の少女兵、小柄な少女兵は誰でしょう?
読者の方にはあまりにも簡単すぎる質問ですね。
ファルコ・ゾフィアの二人は巨人からは逃れたものの囚われの身になってしまいました。


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第82話、降伏

本章の最終話です。


850年12月10日、午前9時

 

 一面銀世界の平原の地平線に高い壁に囲まれた城塞都市――第2の街(トロスト区)が見えてきた。捕虜となった神聖マーレ帝国(以下マーレ)軍訓練兵のファルコとゾフィアは後ろ手を縛られたまま一台のソリに乗せられている。御者をしているのは長身の東洋人少女兵、ソリを()いているのは白い布に包まれた樽のような形状をした奇妙な生物だった。

 

 ファルコ達の乗るソリの後ろには一頭の軍馬が追走している。騎乗しているのはあの小柄な少女兵である。ファルコ達を捕らえた後、彷徨っていたファルコ達の馬を拾ってきたのだった。小柄な少女兵は見かけによらず多才だった。流暢なマーレ語を話し、ゾフィアを組み伏せるだけの戦闘技術を持ち、さらに馬を御する技能も持っているのだから。

 

 横に座っているゾフィアがファルコに肩を寄せてきた。

「ファルコ……。わたし、ファルコが生きてくれて……本当に嬉しかった……。ホントに死んじゃったんじゃないかと……」

ゾフィアは涙目ながらに話しかけてくる。ファルコは普段ガビの事ばかり見ていて気付かなかったが、ゾフィアは口下手で感情表現は苦手なだけで実は繊細で健気な女の子のようだった。

「うん、ごめん」

「で、でもね。すごく嬉しかった。わたしね、ずっとずっとファルコの傍にいたいって思った」

「あ、でも今オレ達捕まっているんだよ。……これから殺されるかもしれない」

「ううん、大丈夫だと思う。ただの勘だけど……」

「そっか……」

ゾフィアは不思議な感覚の持ち主で彼女の勘はよく当たった。昨日も枯れた川の異常性に真っ先に気付いたのは彼女だった。そんなゾフィアが言うのだから少しは無事に帰れそうな気がしてきた。

 

 ソリが停止した。長身の少女兵が手を挙げて合図する。小柄な少女兵がソリの横に馬を寄せてきた。ファルコは身構えると小柄な少女兵は愛らしい笑顔で話しかけてきた。

「ファルコにゾフィア。ここで貴方達を解放してあげるよ」

「えっ?」

「あの街がどこかはわかるでしょう? 今、あの街には貴方達マーレ軍の残存部隊が集結している。そこの指揮官にその……手紙を渡してね」

 

「……」

 長身の少女兵が無言でファルコの胸ポケットに強引に手紙を押し込んだ。その後、彼女はゾファアの後ろに回って縄を解いた。

「……」

両手が自由になったゾフィアは自分の手を擦りながら首を傾げている。

「さっさと降りろ!」

ほとんど蹴り出されるかのようにファルコ達はソリから降ろされた。

 

 小柄な少女兵は元々ファルコ達が騎乗していた馬をファルコ達に引渡した。

「じゃあ、頼んだよ~」

彼女はソリに乗り込むと手を振っていた。陽気な振る舞いはとても敵の兵士と接しているようには思えなかった。

(あんな綺麗な女の子が本当にいるんだ……。自称美少女のガビとは大違いだな。まあ、ガビらしくていいんだけどね)

ファルコが内心、そんな事を思った。

 

 

「……ん?」

 ファルコは自分の顔をじっと見ているゾフィアの視線に気付いた。

「ねぇ、ファルコ。まさか……あの子に惚れたの?」

ゾフィアがいきなり直球の質問をしてきた。

「え? な、なに言ってるの?」

ゾフィアは頬を膨らませてやや怒った顔をしている。あまり感情を面に出さないゾフィアには珍しい表情だった。

「だって……ずっとあの子ばっかり見てた」

「ち、違うよ。そ、そんな事はないよ」

「そんな事あるよ!」

「そ、その……、それより早く縄を解いてよ」

ゾフィアは既に拘束が解かれているが、ファルコは後ろ手に縛られたままである。

 

「やだ!」

 ゾフィアはぷいっと顔を背けた。

「そ、そんなぁー」

「いくら可愛いからと言って、あの子は敵の兵士なんだよ! 戦いはまだ終わったわけじゃないよ。ファルコ、兵士としての自覚が足りないよ! 反省して!」

「い、いやさ……、そ、その味方のところ戻るのに縛られたままじゃ不味いだろ?」

「やだ!」

ファルコはなんとか話を逸らそうとするがゾフィアには通じず、ゾフィアの機嫌はすっかり悪くなってしまった。結局ゾフィアを宥めるのにファルコは想像以上の精神力を消耗する羽目になったのだった。

 

 

 なんとかゾフィアの機嫌を取って縄を解いてもらった後、ファルコ達は馬に乗って第2の街(トロスト区)の外門に近づく。付近の廃屋となった建物にいた歩哨に呼び止められた。

 

「お前達、どこの所属だ?」

「エルディア義勇軍第7小隊所属、訓練兵ファルコ。同じく訓練兵のゾフィアです。ピークさんに取り次ぎ願います」

「少し待ってろ!」

兵士の一人が馬に乗って去っていく。しばらくして数騎の騎兵と共にピーク達がやって来た。

 

「ファルコ! ゾフィア! お前ら無事だったのか!?」

「ピーク先輩、実は……」

 ファルコは事情を話した上で敵より預かった手紙をピークに渡した。

 

「それは災難だったな。奇行種に襲われるとはな」

「はい、情けないですが敵に助けられました」

「そうだな。だが気にしても仕方ない」

「あの……、ガビ達はこちらには?」

「いや、来てないな」

「だ、大丈夫だと思うよ。今頃第1の街(シガンシナ区)に着いている……」

 ゾフィアが口を挟んだ。確かに自分達の当初の目的地がそちらなのだから心配しても仕方ないのかもしれない。その間、ピークは手紙を読み、深く溜息を吐いた。

 

「なるほど、だからお前達は助かったわけか……」

「え? 何と書いてあるんですか?」

「ふむ。まあ、隠しても仕方ないな。奴等からの降伏勧告だよ」

ファルコからの質問にピークは少し考えてから答えた。

 

「こ、降伏勧告ですか?」

「そうだ。すでに総攻撃の準備は完了していて、いつでも我らを殲滅できる態勢にあると言っている。期限は本日の日没。捕虜になった場合の処遇は国際陸戦条約に基づくとな」

「!?」

ファルコは士官教育を受けていないので陸戦条約については詳しく知らなかった。

「えーと、どういう事でしょう?」

「そうか、お前達は知らなかったな。軍使や捕虜の扱い、休戦の取り決めなどを定めたものだよ。一種の紳士協定だから拘束力はないが、後々の国際関係を考えたたら簡単には無視できるものではないな」

国際陸戦条約は半世紀前の”大戦”の後に、マーレを含む列強各国が集まって締結されたものだった。

 

「保証はないが、あちらが陸戦条約を守ってくれるならお前達一般兵は酷い扱いを受ける事はないだろう」

「そうですか……」

「まあ、わたしの一存で決められるものではないし、各部隊の隊長達と話し合って決める必要があるだろう。……、ファルコ、ゾフィア、お前達はゆっくり休んでおくといい」

そう言い残してピークは去っていった。

 

 この時、ファルコ達は知らなかったが、島の沿岸部に巨大津波が襲い、橋頭堡ならびに輸送船団が壊滅していたのだった。ピークや残存部隊の指揮官達はこの知らせを受けて抗戦意欲は衰えていた。国際陸戦条約に基づく扱いを約した降伏勧告であるなら受諾止む無しの意見になるのは自然だった。

 

 

 同日、午後4時半、第二の街(トロスト区)に駐留するマーレ軍残存部隊は北門の上に白旗を掲げた。ほどなくして軍旗を掲げた荷馬車が北側(ウォールローゼ方面)からやって来た。敵パラディ王国側の軍使のようだった。

 

 エルディア義勇軍主体のマーレ軍の兵士達は一切手出しするなと命令されていたので、そのまま荷馬車を見送った。北門を潜りぬけた荷馬車は広場に到着する。

 広場を取り囲むように大勢の兵士達が繰り出していて、交渉の行方を見守っていた。兵士達は軍使を刺激するなと命令されているので銃は全て安全装置を掛けている。ファルコとゾフィアも広場に臨む民家の三階から様子を窺っていた。ピーク・友軍部隊長達が広場の中央で軍使を出迎えた。

 

 荷馬車の中から現れたのは、利発な顔立ちをした金髪の少年兵と例の東洋人少女兵だった。

「ファルコ、あの子……」

「ああ、オレ達を捕まえた背の高い子だね」

「ちょっと驚いた」

ゾフィアは軍使に彼女が来るとは予想外だったのだ。

「うん、もし交渉が決裂したら周りは敵だらけなのに……」

ファルコは改めて長身の少女兵の度胸に感心した。交渉が決裂すれば彼らは敵中に取り残されることになる――まず助からない。ただしそうなれば敵からの総攻撃が始まるのでファルコ達も生き延びるのは難しいだろう。

 

「エルディア義勇軍の指揮官とお見受けします。初めまして。僕はパラディ王国軍調査兵団作戦参謀のアルミン=アルレルトと申します。こちらは護衛のミカサ=アッカーマン」

 金髪の少年兵はアルミンと名乗った。長身の東洋人少女はミカサという名前のようだった。

 

「エルディア義勇軍第2歩兵連隊のピークだ。訳あって今は全残存部隊の指揮官を務めている」

 敵同士だったが交渉は和やかな雰囲気で始まった。アルミンは非常に理路整然と答弁し、降伏の手順や捕虜の扱いを説明した。細かい部分まではファルコ達からは遠すぎて聞こえなかったが特に厳しい雰囲気ではなかった。

 

 雰囲気が一辺したのは、アルミンが”戦士”(巨人化能力者)について問い質した時である。

「騙そうとしても無駄です。偽った場合は貴軍に降伏の意志は無いものと判断させていただきます。よく考えてご回答ください。この街にいる貴軍の中に何人の”戦士”が居ますか?」

「……」

 ピークは直に答えられないようだった。

「どうしました? 答えられないのですか?」

「違うな。わたしが把握している限りはこの街にいるのは8名だ。しかし潜んでいる密偵の中に”戦士”がいるかもしれない」

「密偵ですか?」

「エルディア義勇軍は常にマーレ本国軍の監視下に置かれている。叛乱を起こそうものなら直ちに通報される仕組みだ。誰が密偵なのかは指揮官であるわたしにもわからない」

「理解しました。ではまず8人に広場の中央に出てくるように伝えてください」

「戦士諸君、前に出てくれ!」

 

 ピークの指示で7人の兵士が集まってきた。

「あと一人は?」

「わたしだ」

アルミンの問いにピークは隠さずに答える。

 

「ではそこに整列し……」

 アルミンはそう言いかけて止めた。一人の少女兵がずかずかとアルミン達に近づいていった。

「そこの女、止まれっ!」

長身の少女兵ミカサが叱責するが少女兵は歩みを止めない。

「参謀って言ったよね? という事はあの街で第一陣を巨人に喰わせた策を考えたのはお前ね?」

「それ以上近づいたら敵対行動と見なすっ!」

ミカサは剣を抜き放ち、構えと取りながら警告した。

 

「よ、よくもわたしのお兄様を巨人に喰わせたな!」

 少女兵は歩みを止めるとアルミン達に罵声を浴びせた。ファルコの位置からは少女兵の表情まで見えなかったが少女兵は大切な人を殺されて激昂している様子だった。

「僕に恨み言を言うのは筋違いだよ。そもそもお前達マーレ軍が巨人を使って攻めてこなければ良かっただけだからね」

「う、うるさい! うるさい! この悪魔の末裔めっ! わたしの戦友も川で溺れ死んだ。全部、全部貴様のせいだっ!」

「おい、やめるんだ! ミランダ! 相手は軍使だぞっ!」

ピークは制止するがミランダは聞かなかった。

 

「殺す! 殺す! 殺してやるっ!!」

 その少女兵は手を翳した。ファルコからは見えなかったが彼女は右手に棘が内臓された指輪(自傷行為による一種の巨人化発動スチッチ)を装着していたのだった。次の瞬間、閃光は走り大量の水蒸気が噴出、巨人体が出現する。

 

 少女兵ミランダは戦士―ー12m級の女型巨人だった。最愛の人を殺された怒りでなりふり構わず巨人化能力を発動させてしまったのだ。

 

 広場中央に立つ12m級の女型巨人。通常の巨人と違って乳房を持ち、女性らしい妖艶な肉体美を持っている。しかし巨人化して直後、黒い影が動き、巨人の頭部まで飛翔していた。黒い影はあのミカサだった。ミカサは二本のワイヤーを器用に操り、空を自由に飛んでいた。

 

(こ、これが敵の装備。まるで宙を舞うみたい……。オレが助かった時もこうやったのか?)

 ファルコは唖然として見守っていた。ミカサは振り向きもせず地上に降り立つ。女型巨人ミランダは脚をもつれさせ、そのまま味方兵士が集まる場所へと倒れこんでいった。逃げ遅れた何人かの兵士が巨人の下敷きになって犠牲になった模様だった。

 

「……」

 人が剣で巨人化した戦士を倒す。本来なら有り得ない出来事である。大量の大砲が備えられている城塞などの戦場を除けば巨人は無敵の兵器である。それがファルコ達マーレ軍の常識だった。その常識が破壊されたのだ。周囲にいる四百人近いマーレ軍兵士達は皆驚愕して静まり返っていた。

 

「な、なにをした?」

 ピークが驚いて訊ねた。

「巨人化した直後、硬直が発生する。その隙にうなじを斬った……」

巨人化能力を発動した際、本体(人間体)と巨人体をつなぐバイパス器官が生成されるがそれが動作するにはどうしても数秒間は掛ってしまう。この間は視界は無く身動きできない状態なのだった。この隙に攻撃されれば身構える事すらもできない。巨人化能力に対する深い知識と洞察だけでなく非常に錬度の高い戦闘技術を持っているからこそ為し得る速攻技だった。

 

 

「他に巨人化したい方がいればどうぞ。……相手になります」

 ミカサは二刀の剣を交差した構えを取りながら残る戦士達に挑発するかのように言ってのけた。

「……」

戦士達は互いに顔を見合わせた。いくら剣技の達人と言えども同時に巨人化されたならば防ぎようがないだろう。しかし戦士達は攻撃する決意はつかなかったようだ。そもそもこの少女兵――ミカサを殺したところで戦略的になんの意味もなかった。既に大勢は決しており、敵パラディ王国軍による殲滅の正当な口実を与えるだけなのだから。

 

(つ、強い! 強すぎる!)

 改めてファルコはミカサという少女兵がとんでもない化け物だと悟った。歳は自分とさほど変わらない15歳前後のはずだが、恐ろしく戦闘慣れしている。こんな化け物のような兵士の存在を知らないようでは今回の遠征はやはり失敗する流れだったのかもしれない。

 伏せて倒れた女型巨人の全身から水蒸気が立ち昇ってくる。言うまでもなく気化現象――本体のミランダは死んだという事だった。

 

「今の巨人化は貴軍の敵対行動でなくその娘個人の暴走だと判断します。ピーク隊長、改めて確認させて頂きます。降伏していただけますね?」

 アルミンが念押しして確認した。

「わ、わかった。降伏する」

ピークは苦渋に満ちた表情でそう答えた。

 

 

 

 12月10日午後5時、トロスト区にいたマーレ軍残存部隊が降伏。時置かずしてパラディ王国軍トロスト区残置部隊(イアン分隊)ならびに調査兵団本隊が進駐し、マーレ軍の武装解除を進めた。ファルコを含む降伏したマーレ軍兵士達は複数に分散して捕虜収容所に送られる事になった。

 

 

 12月12日、調査兵団・ヴラタスキ侯爵家第2軍(装輪装甲車(ストライカー)生体戦車(ギタイ))がウォールマリアを南下し、シガンシナ区に到達。同街に駐留するマーレ軍守備隊はトロスト区の顛末を知って降伏。これによりパラディ島内から全てのマーレ軍戦力が消滅した。ウォールマリア・ウォールローゼ内に無知性巨人が徘徊していたものの、これの排除は時間の問題だった。パラディ王国(壁内人類)はついに悲願のウォールマリア奪還を果たす。それだけでなくウォールマリア外側も含めたパラディ島全土を勢力圏に置いたのだった。




【あとがき】
ミカサの独壇場でした。この時点では新型立体機動装置(シャスタの魔改造)を纏い、さらに陸戦の達人リタから個人特訓を受けているので実力的にはリヴァイと同等です。ちなみにミカサ・アルミン・クリスタの3人がマーレ語を話せるのはシャスタ達の存在のお陰です。

アルミンの献策でピーク率いるエルディア義勇軍は降伏、ファルコ達は命を永らえる事ができました。といっても捕虜待遇なので楽な生活ではありません。当面は労役が課せられるでしょう。

パラディ王国(壁内人類)はついにウォールマリア奪還を達成。さらに外側、全島制圧しました。原作とはストーリーの組み立ては違いますが、なんとなく似た流れでしょうか。

国際陸戦条約……私達現実世界の「ハーグ陸戦条約」に相当するものです。保護されるのは正規兵だけで便衣兵(ゲリラ)には適用されません。巨人化能力者の扱いは申告しない場合は当然ゲリラ扱いになるでしょう。

活躍不足だったキャラも居ますが、なかなか全員の見せ場を作るのは難しいですね。
なお次話からはエピローグに入ります。


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第11章、新年
第83話、新年


 851年1月1日、王都(ミッドラス)

 

 新たな1年の始まりの陽が東の空より昇って来る。壁内世界(パラディ島)に住む人々にとっては格別の思いで迎える来光の陽であろう。二度に渡った敵巨人勢力――神聖マーレ帝国軍(以下マーレ)の侵攻、兵団革命政権樹立、悲願のウォールマリア奪還、まさに昨年は激動の一年だったのだ。

 

 敵の侵攻を撃退したとはいえ、正確に述べるならば自力で達成できたわけではなかった。新たな同盟者であった侯爵夫人リタ=ヴラタスキの自己犠牲――敵主力部隊を巻き込んだ事実上の自爆作戦によるものだったのだ。(正確にはGM(ギタイマザー)による隕石投下ではあったが、この星の人々はGMの存在自体を認識できない。また総統府の公式発表では侯爵家の新型爆弾とされていた)

 あくまで敵マーレの遠征部隊を叩いただけであり、大陸側の敵マーレ本国は依然として健在だった。当然再侵攻の可能性は十分考えられた。さらにリタを失った侯爵家は当方世界からの全面撤退を通告してきており、今後はパラディ王国軍(壁内世界)単独で大敵マーレと対峙しなければならないのである。状況の厳しさはザックレー総統以下首脳陣には痛いほど分かっていた。

 

 先月の戦勝後、調査兵団主導の下、各兵団が共同で巨人掃討戦を行った。巨人駆除機(ハンジハンマー)の活躍もあって12月下旬にはウォールローゼ内の侵入してきた巨人を一体残らず全て討伐した。これにより総統府は避難命令を解除し、ウォールシーナ内に避難していた住民達は続々と元の住処(ウォールローゼ)に帰還して復興が始まっていた。外側の壁外領域(ウォールマリア)においては現在も掃討戦が継続しており、掃討が完了するには半年以上かかると予想されていた。というのはウォールマリア自体が広い事に加えて動きが予想できない奇行種が多数残っていたからだった。言うまでもない事だが巨人が1体でも残っている状態では民間人が安心して生活することは不可能である。

 

 先月に奪還したばかりの城塞都市シガンシナ区は今や最前線の軍事拠点となり、ピクシス司令・ハンネス隊長以下駐屯兵団・調査兵団を中心とした軍関係者が二千人以上が駐留し、防衛拠点としての整備が行われていた。街自体は略奪こそされていたものの、中央道路付近の建物を除けば単に放置されていただけであり、手入れさえすれば建物の再利用は可能だった。

 

 

 王都の中心部に位置するとある旧貴族の大邸宅。ここは革命時に兵団政府が接収した後、ヴラタスキ侯爵家公邸に指定されており、周囲の街ブロックごとバリケードや鉄条網を張り巡らせ衛兵を配置し厳重な警備下にある。その一室にヴラタスキ侯爵家(秘密結社(グリーンティー))関係者が集まっていた。ペトラ、シャスタに加えて、エルヴィンとリコも招かれていた。シャスタ達の撤収の段取りや、世界情勢について話していた。ちなみにミカサ、クリスタ、アルミンの新兵3名はシガンシナ区方面での任務についていて不在だった。

 

「滞在の延長は認められませんでした。ごめんなさい」

 シャスタは一同に頭を下げた。ここにいるペトラを含めて一同は皆シャスタの真の主人が――GM(ギタイマザー)である事は知っている。しかしながらその事は口外する事は禁じられていた。

 

「じゃあ、やはり次の満月の夜になるのね」

「はい、場所は……ウォールマリア平原。ペトラさんとわたし達が初めて出会った処です……」

「そうなのね」

 ペトラは半年前にシャスタやリタと出会ったときの事を思い出した。あの時、巨人の群れに襲われて当時のペトラの班が全滅し、ペトラもまた危うい状況だったのだ。それを助けてくれたのがリタ達だった。リタ達の戦いぶりを見たペトラは、彼女達こそが巨人に打ち倒す光明だと確信し、その後、強引にリタ達を勧誘した経緯がある。その場所にGMの惑星揚陸艇がシャスタを迎えにやってくるという事だった。

 

「指定時刻は深夜2時ですから、当日は少し余裕を見て早めに出発しようかと思っています」

「シャスタ殿、貴女と侯爵夫人殿には本当に感謝している。壁内世界の……いやパラディ王国の全ての人々が無事新年を迎えられたのは貴女達のお陰だ」

 エルヴィンが礼を述べた。

「いえいえ、わたしは大した事してませんよぅ。なによりもこの全兵団の皆さんの祖国を護りたいという強い意志があればこそです。そして巨人という不条理な存在に立ち向かう勇気と知恵をお持ちでした。そんな貴方達にリタは惹かれたからあの作戦を実行したのだと思います」

「そうか……。侯爵夫人殿には本当に申し訳ない事をしたと思う。君達には何かお礼をしたいのだが、何かできるものはあるだろうか?」

「そうですね。……、あ、ありますよぅ」

シャスタは少し考えて答えた。

「なにかな?」

「巨人や巨人を操る連中なんかに負けないでくださいね。それがリタの願いですから」

要するに大敵マーレに負けるなという事だった。それはそれで難題だった。

 

「ああ、もちろんだとも」

「シャスタ、わたしに出来る事は少ないかもしれないけど参謀総長(エルヴィン)閣下を精一杯支えるわ」

ペトラも口を添えた。

「ふっ、ペトラも大変だな。参謀総長閣下は壁内世界で最も忙しい人間の一人だろう。その新妻になるとは驚いたよ」

リコが冷やかすように言う。ペトラは先月の戦いの後、エルヴィンからの求婚を承諾し、婚約していた。戦後処理に忙しい事などもあって結婚式をいつ挙げるかは未定だった。

「もう……、リコったら」

 

「あ、それから皆さんにはもう一つ。大事なお知らせがあります。以前お話していたフェルレーア王国との事前交渉が纏まりました。といってもわたしは連絡だけで何もしていないのですが……」

 

 フェルレーア王国。反マーレ列強の雄であり海洋国家群の中では最強の海軍力を誇る大国である。半世紀前の”大戦”ではマーレに苦杯を舐めさせ、マーレの世界征服の野望を粉砕したとも言われている。陸では巨人戦力を有するマーレが有利、海ではフェルレーア・ヒィルズを中心にした海洋国家同盟が優勢と言われていてその構図は現在も変わっていなかった。

 シャスタの知り合い(実際はGMの別の工作員(エージェント))がフェルレーアと交渉をしたようだった。

 

「それでどうなったのだ?」

「はい、軍事援助は可能だという事です。対巨人砲と呼ばれる速射砲、後装式の長銃、それに飛行機械を引渡す用意があるとの事です。交渉によっては設計図も貰えるかもしれません」

 シャスタが提示した兵器類はいずれも壁内世界では未だに実用化されていないものばかりだった。シャスタ達の撤収が決定している状況ではより強く望まれる話だった。

「それって凄い朗報じゃない?」

ペトラは軽く拍手した。

「いい知らせだな」

リコもペトラに同意して頷く。

 

「ただし量産型であって最新のものじゃありませんよぅ」

「それは仕方ないだろうな。見ず知らずの辺境の国に最新兵器を引き渡せるほどお人よしとは思えないからな。まして我が国にはつい最近まで国家の中枢部まで敵のスパイが潜入していたのだから」

 エルヴィンの言葉に一同は頷く。つい数ヶ月前まで親巨人派(マーレ派)の意向を受けた工作員とその協力者(自覚の有無問わず)が王宮・行政府・総統府・新聞社・各兵団・商人・貴族・ウォール教団といったあらゆる所に浸透していたのだ。真の最高権力者(ロッド=レイス卿)までもが敵の協力者だったとは笑えない冗談である。シャスタ・リタの協力とフリーダの転向がなければ、エルヴィン達調査兵団だけで”内なる敵”を駆除するのは不可能だっただろう。”内なる敵”の完全排除が達成できたからこそ敵の来寇に国が一丸となって立ち向かえたのである。

 

「フェルレーアの特使団を乗せた飛行船(ふね)が来訪すると連絡がありました。十日後の11日もしくは12日にシガンシナ区に到着する見込みです」

「随分、時間がかかるのだな」

「はい、仕方ないです。大陸を大きく迂回して1万キロ以上移動する必要がありますから」

 地図を見れば一目瞭然だが、フェルレーアとパラディ島はマーレ大陸を挟んだ位置関係にある。敵勢力下にあるマーレ大陸を直進できるわけがないので、当然迂回路を取られるのだった。

 

「聡明な皆さんならわかると思いますが、ファルレーア王国の援助は慈善事業ではありません。パラディ島の存在する当海域は全てマーレの属国、もしくは影響下にあってマーレの裏庭と言える状況です。そこにマーレと敵対する勢力が出現する状況を好ましいと考えているからです」

「なるほどな。我々が存在することでマーレの注意を引き付ける事ができるわけだな」

「はい」

 反マーレ側勢力の戦略としては至極妥当なものだった。後背の位置に敵勢力が存在するという状況はそれだけでもマーレにとって負担になるからである。逆に言えばそれだけ狙われる事になるのだが、百年間何もしていなくても一方的に戦争を仕掛けてきたのは彼らなのだから今更だった。

 

「し、しかし、シャスタ殿、此度(こたび)の戦いは貴女達がいてくれたから勝てたようなものだ。貴女達がいなくなったら……」

 リコはシャスタ達が撤収した後の事を心配していた。

「そのための外交交渉です。確かに貴国だけで超大国マーレと戦うのは大変です。敵の敵は味方とも言いますよぅ。使えるものは何でも使いましょう。この島の位置も十分交渉材料になります」

「シャスタ殿の言うとおりだな。後は我々で乗り切るしかない」

 

「それにリコ、そう悲観する事もないわよ。今年度の新兵には飛びっきり優秀な子達がいるものね」

「まあ、それもそうだな」

「確かにあの少年少女達は優秀だな」

「そうですよぅ」

 ペトラ達は軽く笑いあった。優秀な子達とはアルミン達の事である。此度の戦いにおいてアルミン・ミカサの二人組はトロスト区において巨人化能力者7人を含む400人以上の敵残存部隊を味方の血を一滴も流すことなくに追い込み無力化するという戦功を挙げている。リタの新型爆弾に目を奪われがちだが、アルミンがいくつもの策を考案し、敵軍に少なからぬ損害を与えたのも事実だった。公式記録には記載されずともアルミンの戦功は大きいだろう。アルミンは将来全軍の総指揮を執るかもしれないと予感させられたのだった。

 




【あとがき】
原作と世界情勢についてズレがあるので、捕捉します。
原作ではマーレと対立していたのは中東連合と反マーレ(レジスタンス)勢力でした。
こちらの世界線ではマーレと海洋国家同盟が半世紀前に”大戦”と呼ばれる総力戦を戦っており、引き分けに近い形でそのまま冷戦構造が維持されている世界情勢になっています。そのパワーバランスのお陰でパラディ王国はシャスタ達の仲介もあって、軍事援助を受けられる見込みとなりました。

本文でも少し出てきましたが、ペトラはエルヴィンと婚約しています。原作ではあまり接点はなかった二人ですが、こちらの世界線はリタ達の影響もあって、結ばれることになりました。

またGMにはこれ以上地上世界に関与させるつもりはありません。なんでも出来てしまうので世界観壊してしまいますから。


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第84話、来訪者

(修正11/26 フェルレーア側秘書官の名前、飛行船が掲げている旗に”薔薇の紋章”を追加)


 851年1月11日午前11時、シガンシナ区

 

 まだ日陰に雪が残るシガンシナ区の南門、かつて超大型巨人に壊された扉部分は布地に覆われ、偽装されて穴が見えないようになっている。また門前周囲にはバリケードと鉄条網が張り巡らされ、地雷を多数敷設する事で工作員(巨人化能力者)の接近を阻止する仕掛けがなされていた。

 

 このシガンシナ区南門壁上にミーナ達調査兵団新兵がいた。

「いつ来るのかな? そのフェル……なんとか王国の船」

コニーが呟いた。

「フェルレーア王国。大事な国の名前なんだから憶えておきなさいよ。ったくバカなんだから」

サシャが横から突っ込みを入れる。

「なんだと!? お前なんか食い物の事しか頭にないくせに。あーあ、芋女になんか言われたくないね」

「なんだですって!? コニーのくせに!」

いつもどおりコニーとサシャが仲良く喧嘩していた。

「まぁまぁ、それぐらいにしようよ。大事なお客さんなんだから、丁重にお迎えしないと……」

ミーナは二人を宥めた。

 

「ほらほら旗の設置はまだまだ残っているよ」

「へいへい」

「はいはい、ミーナ」

 コニーとサシャはミーナに窘められて矛を収めた。先月奪還したばかりのこの街では、復興工事が行われていて常時槌音が響いていた。一般人の帰還はまだまだ先になりそうだったが、確かにこの街は壁内人類(パラディ王国)の領域に戻ってきたのだった。

 

「お疲れ様。やあ、精が出るね」

 アルミンが後ろにクリスタを連れてやってきた。アルミンは今や引っ張りだこである。捕虜収容所の監修、防衛計画の策定、軍士官学校の設立準備など多数の任務が割り当てられているようだった。アルミン専属の秘書には恋人兼任のクリスタが就いていた。アルミン達が付き合っている事を発表したのは先月の戦勝祝いの宴会の席だった。その際コニーは「くー、お前、卑怯だぞ。いつの間にオレの女神様を口説いたんだ?」と絡んでいたが「わたしの方から告白したんだもん」と言うクリスタに軽くあしらわれていた。

 

「おーい、アルミン。いよいよ新たな味方が来るのか?」

 少し離れた場所にいたジャンがアルミン達を見かけて駆け寄ってきた。

「うーん、まだ味方かどうかはわからないよ。確かに対マーレでは一致しているけど向こうからしたら、僕達は百年ぐらい科学技術が劣った国だからね。支援の価値があると見てもらえるかどうか……」

「でもさ、侯爵家(ヴラタスキ)の紹介なんだろ? それなら……」

「そんな甘い相手じゃないと思ってる」

「ちっ、あちらさん次第かよ」

「まあ、だから今日の交渉は大事なんだよ。会談には我が国の代表として参謀総長閣下も参加するって聞いているよ」

「えっ、参謀総長閣下が?」

ミーナは思わず訊ねた。つい先日、ミーナの憧れの先輩ペトラが参謀総長(エルヴィン)と婚約したと聞かされたばかりである。祝うべきだとは思う反面、ペトラが遠くにいってしまうという寂しい思いもあったのだ。

 

「うん」

「そっか、すごいよな、参謀総長閣下。革命の立役者にして今や壁内世界の実質NO2、年齢から考えたら次期総統の最有力候補だよな。ということはペトラ先輩、未来の総統夫人じゃんか?」

 ジャンは何気なしに勝手な予想を述べた。

「あっ。そ、その、ジャン。次期総統とかの話題は出さないで。噂は余計広まると思わない騒動の原因になるから」

「わ、わかったよ」

ジャンはアルミンに窘められてやや消沈したようだった。

 

「なあ、アルミン。ミカサはどうしてる? 一緒に来てないのか?」

「あれ? 来てないのかな? 馬車がこの街に着いた途端、『先に行ってる』って言ってたのに?」

「わ、わたしにはわかるよ」

 それまで黙っていたクリスタが口を挟んだ。

「ミカサ、五年前のあの日までこの街に住んでいたもの。だからきっとそこだと思う」

「あっ!」

「そ、そうか……」

一同はみな表情が暗くなって会話が途切れた。

 

 5年前のあの日とはシガンシナ区が陥落した日の事である。百年の平和に馴れていた人類は突然の超大型巨人、鎧の巨人の出現に全く対処出来なかったのだ。外門だけでなく内門まで一気に突破され、ウォールマリア陥落の悲劇に繋がっている。その際、大勢の人々が逃げ遅れて巨人の餌食となっていた。ミカサやエレンの家族もその悲劇の一幕だった。

 

「と、とにかく手を動かして。残る旗を全部立てて」

 アルミンは仕切りなおしと考えて指示を出した。

「おう」

アルミンの一声でミーナ達は再び作業を再開する。半時間後には南門の上に数m四方の大きな旗が何本も翻っていた。赤の背景に中央に座する黄金の獅子、銃と碇が描かれたフェルレーア王国の国旗だった。

 

 

 

 ミカサは潰れたまま放置されている廃屋――かつての住まいの前に来ていた。崩れた家屋の隙間から雑草が生えており五年という時間を経過を感じさせられた。殺人事件で両親を失い孤児となったミカサを引き取ってくれたのがエレンの両親だった。義母となったカルラはミカサを実の娘のように可愛がってくれた。その事にミカサはどれだけ救われたのか分からない。

 

 そのカルラは五年前のあの日、超大型巨人が蹴り飛ばした岩で家屋の下敷きとなり逃げられなくなったのだった。当時十歳だったミカサとエレンは必死になって廃材をどかそうとしたが子供の力では不可能だった。懇意にしている駐屯兵団兵ハンネス(後の隊長)が通りかかり、カルラの懇願でミカサとエレンはハンネスに抱き抱えられて連れて行かれた。カルラはそのまま近寄ってきた巨人に喰い殺されたのだった。ミカサ自身はとっさに目を背けたがエレンは母親が食殺される瞬間を見てしまっている。その日以来エレンは巨人に対する憎悪だけを胸に生きていたのだった。

 

 できればそこまで自分を追い詰めて欲しくなかった。エレンは同期から”死に急ぎ野郎”と揶揄されたが、ミカサから見てもエレンは危なっかしかった。カルラが生きていたら「エレン、ミカサに心配ばかりかけるんじゃないよ」と言って叱ってくれた事だろう。その不安は的中し、エレンは昨年のトロスト区防衛戦の最中に行方不明となった。アルミン達から聞かされたエレンの最後の状況を思えば死亡は確定的だった。(第12話参照)

 

 ミカサは地面に仰向けになって寝転んだ。溶けた雪がまだ残るせいか地面は冷たかった。空はあの時と変わらず、何羽かの鳥が視界を横切っていく。

「ごめんなさい。カルラおばさん。わたし……、エレンを守れなかった……。ずっと傍にいて……エレンを守ると決めていたのに……」

 ミカサは故人に詫びた。

 

「……」

 ぼんやりと空を眺めていてミカサはある決心をしていた。

「もうそろそろいいよね? この世界のどこにもあなたがいないなら……」

 ミカサはエレンが行方不明となった後も、もしかしたらどこかで生きていてくれいるのではないかと淡い期待をしていた。むろん生存は絶望的である事は分かっている。それでも日々、ずっとエレンの帰りを待ち続けていたのだった。

 

 今日、ここ(シガンシナ区)に帰ってきてエレンが死んだという事実を受け入れる事にしたのだ。アルミンとクリスタが恋仲になった事については、それでいいと思っている。

 

 ミカサは胸ポケットに入っているペンダントを取り出した。シャスタから借り受けている”通信機”である。シャスタ自身は明朝にはこの惑星(ほし)から退去する予定だった。このペンダントも返却しなければならないものである。

 

『ミカサさん? どうかされましたか?』

「シャスタ先輩、あの話……まだ有効でしょうか?」

 ミカサはある自分の計画について話した。

『は、はい、大丈夫ですよぅ。でも本当にいいんですか? 一度やったらもう戻れませんよぅ』

「構いません。覚悟の上ですから」

『そうですか、わかりました』

「アルミン達にも……ペトラ先輩にも、秘密にしてください」

『……了解ですぅ』

通信は終了した。

(これでいいんだ。これで……)

ミカサはゆっくりと立ち上がる。あまり寄り道していたらやたら鋭いクリスタに気付かれてしまうかもしれない。その時までは普段どおり振舞う必要があった。

 

 

 同日午後2時、シガンシナ区西方の空に一点の黒い塊が現れた。それは徐々に大きくなりやがてその全容が明らかになった。気球とは桁違いの大きさである飛行船――フェルレーア王国海軍所属の飛行巡察艦だった。全長は70m近くあり、船体にはフェルレーア国旗が描かれており、下部のゴンドラ付近には交渉目的である事を示す白旗・”自由の翼”(調査兵団旗)・”薔薇の紋章”(駐屯兵団旗)が掲げられてた。こういった大型の飛行機械を保有している事自体、フェルレーア王国の科学技術水準の高さを示すだろう。

 

「あ、あれがフェルレーア王国の船!?」

「うわー。すげーよ。あんなものがあるんだ!」

「気球よりずっとすごい……」

 南門壁上にいる兵士達は口々に感嘆の声を上げた。

「おい、見ろよ、あの旗。”自由の翼”だぜ」

「オレ達の旗じゃんかよ。なんか嬉しいぜ」

「そうですね、コニー。きっと美味しい食べ物も一杯持ってきてくれるんでしょう」

「ったく。サシャ。お前、いい加減食い物から離れろ!」

コニーとサシャは相変わらずである。

(ホ、ホントにあんなに大きいものが飛んでいるんだー)

ミーナは初めて見る飛行船に魅入られていた。

 

 飛行船はシガンシナ区上空までやってくると、下部のゴンドラから人が飛び出した。一瞬落ちてきたのでは思ったが、ある一定の高度を保ったまま、壁に近づいてくる。どうやらワイヤーにぶら下がっているらしい。自分達のすぐ真上まで来るとさっと降下してきた。

 

 全身を覆う白い服を着ていたが、胸の膨らみからして女のようだった。変わった形の頭巾を羽織っており、整った顔立ちをしているが年齢はよくわからなかった。

 

「ハジメマシテ、パラディ王国軍ノ兵士ノ皆サン。私ハ、フェルレーア王国……秘書官ノ、”イェンナ”デース。ムシュー参謀総長(エルヴィン)ニ、取次ギ願イマース」

 片言のパラディ語だったが、なんとか意味は理解できた。

「遠路はるばるようこそ。我らパラディ王国一同、貴国の来訪を心より歓迎いたします」

ジャンが南門壁上にいる兵士達を代表して慇懃に返答する。パラディ王国(壁内世界)は史上初めて外交使節を迎え入れる事になったのだった。

 




【あとがき】
シガンシナ区はエレンやミカサにとっての故郷です。ミカサがエレン家に引き取られた経緯やシガンシナ区陥落の出来事は原作と同じです。亡きカルラの前でミカサはある決心をします。

反マーレ列強の一つで最強の海軍力を誇るフェルレーア王国の特使団が、飛行船に乗ってやってきました。ちなみに物語前半でシャスタが描いた設計図の飛行船は、すでにこの世界で列強諸国が実用化しているものでした。マーレも飛行船はもちろん持っていますが、戦場には投入しませんし、できません。

 理由は叛乱を恐れているからです。保有するのは忠誠度の高い本国主力部隊のみです。



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第85話、事前会議

 851年1月5日、王都(ミッドラス)

 

 ファルレーアの飛行船が来航する5日前、王都の総統府会議室では兵団政府首脳による会議が開かれていた。出席者は総統ザックレー、参謀総長エルヴィン、駐屯兵団司令官ピクシス、調査兵団団長ミケ、リヴァイ、リコ、アルミン、侯爵家(ヴラタスキ)次席シャスタの8名である。新兵のアルミンがこの最重要会議の末席にいるのは戦功を考慮した上でのエルヴィンの推薦によるものだった。本日の議題はシャスタが仲介している西方の軍事大国――フェルレーア王国との軍事協定についてだった。

 

 兵団幹部達は世界情勢についてシャスタから事前に説明を受けている。半世紀前の”大戦”は停戦で終結しているが戦略的にはマーレの敗北だった。世界制覇の野心を剥き出しにした結果、ヒィルズを始めとする有力列強がフェルレーア側に付いてしまったからだ。海洋諸国同盟の結成にもっとも尽力したのは実はマーレだったと言われる由縁である。現在、他の列強諸国は必ずしも反マーレ一色ではなく、近年国力を増大させて軍事力を強化するフェルレーアを警戒する向きも強きもあり、情勢分析は難しいところだった。

 列強各国の勢力比を一概に比較するのは難しいが、たとえば海洋覇権の象徴である戦艦の保有比率では列強上位三国(マーレ・フェルレーア・ヒィルズ)を順に並べた場合、5:4:3である。そしてフェルレーアは強力な新型戦艦を他の列強に先駆けて実戦配備しており、航空戦力の充実度も併せて、軍事科学技術全般でも世界最先端の大国だった。またフェルレーアは少数の戦士(巨人化能力者)を保有しており、マーレの誇る巨人戦力に対する研究と対策は十全に行っている。味方にすればこれほど頼もしい存在はないだろう。

 

 軍事援助・技術支援との引き換えに相手側(フェルレーア)が要求してきたのは軍事協定(準軍事同盟に相当)の締結である。これ自体はパラディ側も歓迎するところだがその内容が問題だった。軍事拠点用地の無償提供、食料物資などの提供、地位協定(フェルレーア人の裁判の優先権は相手側)、フェルレーア軍の王都(ミッドラス)を除く領土領空の自由通行、無条件査察の受け入れ、対マーレ戦となった場合の統帥権委譲などである。それ以外にもスパイ防止法(現行の王政転覆罪は適用範囲が狭い)、組織犯罪処罰法、商取引保護、知的財産権保護などの各種法整備を求めていた。法整備は法治国家として必要事項だが、軍事関係に関してはパラディ王国軍に対して自分達の手駒になれと言っているに等しいものだった。さらに軍事協定といってもフェルレーア側には防衛義務はなく、パラディ島を守る主体はあくまで自分達パラディ王国軍である。

 

 シャスタから提示された相手側の詳細条件を聞いて、さすがに兵団幹部達も諸手(もろて)を挙げて賛成というわけにはいかなかった。

「無条件査察とはな。その気になれば王宮の寝室だろうがどこでも怪しいと思えば自由に立ち入る事ができるというわけじゃ」

「つい先日まで国家の中枢まで奴等(マーレ)に侵食されていたことを思えば仕方ないかもしれんが……」

「領土領空の自由通行もかなり屈辱的なのでは? 王都を除外しているとはいえ自国領土内を外国の軍隊が好き勝手に動けるなんて……」

 

「要するに手下になれってことだ」

 リヴァイは腕組みしたまま言い放った。

「まだ信頼されていないという事だろう。向こうにしてみれば資材や資金を投入して基地を建設した後、接収されたらたまらないだろうな」

「で、でもこれじゃ、対等な関係とは言えないのでは?」

リコはフェルレーア側の高圧的な要求に疑問を挟んだ。

「対等な関係は無理じゃろ。我が国は諸外国に比べて国力だけでなく技術水準もかなり下じゃ。まずは学んで追いつく事から始めなければならないじゃろ」

ピクシスも不快ではあるが、止む無しの考えだった。

「そうだな。まずは自力を付ける事からしなければならない」

ピクシスの意見にエルヴィンも賛成した。

 

「シャスタ殿、貴女の意見を聞かせていただきたい。フェルレーア側のこの要求は妥当だと思うか?」

 ザックレー総統はシャスタに尋ねた。

「え、えーと、こちらの財政的負担を避けるように十分配慮されていると思いますよ。技術支援にしても本来なら高負担を要求されても仕方ないところですから」

「なるほどな」

「軍事協定の次は通商関係に話が進むと思いますが、その際あちらの担当者からこの国の産業保護についての言質がありました」

「ほう?」

リヴァイは意外そうに首を傾げた。兵団幹部は皆軍事の専門家であって交易関係は詳しくない。

「なんの制約もない交易、つまり自由貿易を行った場合、時をおかずにこの国は多額の貿易赤字を抱えると予想されます。理由は単純で、あちらの方が工業技術力に優れていて良い製品を安く作れるからです」

「我々の欲しいものは多いが、向こうが欲しがるものは少ないというわけだな」

 エルヴィンはすぐさま自由貿易の問題点を理解したようだった。

「はい、ですからこういった場合、自国産業保護の為に輸入品に対して関税を掛けます。関税を自主的に決める権利、これを関税自主権と言います。関税を掛ける事で輸入品は高くなり、国産品とのバランスが取れるわけです。当然、あちら側は関税が掛けられる事で不利益を蒙ります」

「……」

兵団幹部一同はシャスタの説明に聞き入っている。シャスタは努めて分かりやすく解説していた。

「そ、その……関税自主権を認めてよいそうです。国力差を考えた場合、これは破格の条件だと思いますよぅ」

「なるほど、あちらは我々を搾取しようと考えているわけではないという事か……」

「はい、ここは信じてよいと思います。経済的に安定してこそ外敵と向かい合えるとあちらも考えていると思います」

 

「うーむ。そうじゃの……。アルレルト、そちはどうじゃ? 意見はあるか?」

 ザックレー総統はアルミンに水を向けた。アルミンはこの会議の正式なメンバーでもなく役職も低い。従って一切発言せず黙ったまま聞いていたのだった。

「は、はい。未熟者ながら発言の機会を与えていただき……あ、ありがとうございます」

アルミンは居並ぶ兵団幹部達を前にして緊張しながら話し始めた。一旦、話し始めると緊張が和らぎ頭の中は研ぎ澄まされていく。

「フェルレーアは冷徹な現実主義の強国です。だからこそ利害関係、つまり対マーレで一致しているからこそ協定を持ちかけてきていると思います。共に利益のある協定であるから割り切って付き合いが出来る相手でしょう。もちろんフェルレーアの方が現状では軍事・経済・技術のほぼ全ての面で我が国より優れているので、学び良き師としたいものです」

「……」

アルミンは発言してから幹部達の様子を見た。概ね反対の意見はなさそうだった。

 

「協定に反対の意見の者は?」

 ザックレー総統が幹部達に訊ねたが、意見はなかった。

「よかろう。我が王国はフェルレーアと組もうと思う」

「異議ありません」

「異議無し」

「賛成だ」

「はい、それがいいと思いますよぅ」

軍事協定の細かい部分はまだ残っていたが、議題は決したのだった。

 

「もう一つ、よろしいでしょうか?」

 アルミンは挙手して発言の許可を求めた。

「構わんぞ。アルレルト」

ザックレー総統から許可を貰ってアルミンは続けた。

「はい、可能ならばフェルレーアの友邦ヒィルズ国やその他海洋国家同盟諸国とも交渉してはどうでしょうか? 直接的な支援はなくとも国交を結んでおけば何かの力にはなるかと思います」

「ふむ、いい考えだと思う。今すぐは無理でも将来的には海洋国家同盟への加入を目指したいところだ」

エルビィンはアルミンの考えに賛同してくれた。

「あ、すみません。その頃にはわたし達(侯爵家)は居なくなるので、申し訳ありませんが交渉は自分達でお願いします」

シャスタは申し訳なさそうに話した。

「いや、十分だよ。シャスタ殿。フェルレーアとの仲介をしてもらっただけでも大助かりだ。なんせ大陸を挟んだ遠方の国だからな」

エルヴィンの言に一同は頷いた。

 

 その後、エルヴィンをパラディ王国政府全権代理として特使団と交渉する事を決めて会議は終了したのだった。

 




【あとがき】
国家存続の基本となる安全保障についてです。
大敵マーレと単独で戦うのは困難なので、兵団政府は西方の軍事大国フェルレーアと組む事を決めます。
軍事協定の内容はかなり一方的なものかもしれませんが、通商関係ではパラディ側にとってはかなり優遇された内容となります。


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第86話、協定締結

851年1月11日、シガンシナ区

 

 特使団を乗せた飛行船――フェルレーア王国海軍飛行巡察艦はシガンシナ区市内の川沿いの広場に着陸し、そこでパラディ王国側代表団とフェルレーア特使団との対面が行われた。

 

 シガンシナ区上空2kmには別の飛行船――同国軍飛行コルベット艦(巡察艦より小型だが戦闘任務に特化)が大きく旋回軌道をとっている。直衛任務にあたる(ふね)だった。万が一敵側(マーレ)に会談場所が漏れていた場合の備えである。この海域周辺は敵性国家(マーレ)の属国もしくは影響下にある国家しか存在しないのだから警戒するのは当然の事だろう。

 

 挨拶の後、秘書官イェレナから贈答品の目録がエルヴィンに手渡された。マーレを始めとする諸国の様々な文献・資料・辞書・地図・医学書・技術文書(目録のみパラディ語。その他は外国語で記載)、香味料・酒などの嗜好品、絵画などの美術品、装飾品、写真機が目録に記載されていた。写真機というのは映し取った光景を精密な人物画・風景画として作製する機械である。これら贈答品は交渉とは関係なく友好の証として譲渡するという事であり会談中も船から荷降ろし作業が続けられていた。

 

 対面の後、会談場所となっている旧憲兵団支部に一行は移動した。旧駐屯兵団兵舎は建物の損壊状況が酷かった為、この建物が現在の兵舎になっていたのである。なお現在シガンシナ区には兵団関係者のみで民間人は居ないが(兵站関係の業者は除く)、それでも会場周辺の街区ごと立ち入り禁止にして最精鋭の調査兵を配置するほどの厳戒態勢が敷かれていた。

 

 この建物の一階会議室にて会談が行われた。パラディ王国側の出席者は、全権代表の参謀総長エルヴィン・駐屯兵団司令官ピクシス・リコ・通訳のアルミン・仲介者のシャスタ。一方フェルレーア王国側の出席者は、秘書官の女性イェレナ・枢機卿・通訳の三名だった。枢機卿は長身で威厳のある初老の男で、フェルレーア有数の財閥の元総帥であり、王位継承者の外戚に当たる実力者である。むろん現政権幹部にも強いパイプを持つ人物である。

 

 

 会場横の川岸の広場では、特使団同行記者による”記念撮影”が行われていた。百年間も長きに渡って閉鎖空間に閉じ込められていたパラディ島の人々にとっては初めて触れる”写真機”という機械だった。海外(壁外)では当たり前の技術らしい。

 北の島パラディ島の事を伝える広報活動の一環として、ミーナ達新兵が集められ、記者に協力していたのだった。

 

 まずは女性兵士達の撮影という事でクリスタ、ミカサ、ミーナ、サシャ、さらに女性兵士3人が兵服姿のまま撮影に協力していた。撮影中は10分ほど静止していなければならないらしい。黒幕を被った撮影記者のレンズに向けて笑顔を浮かべたまま静止しているのはなかなか辛い事である。7人の後方には撮影用の銀幕が貼られ、余計な光が映りこまないようになっていた。

 

「ま、まだでしょうか? わ、わたし、もうそろそろ……」

「ダメよ。サシャ。動いたらぼけちゃって綺麗に撮れないのよ。この写真、向こう(フェルレーア)の新聞に載るかもしれないのよ。つまり何十万人もの人に見られることになるのよ。貴女、我が祖国の恥になりたいの?」

「ひぃー、そんな……」

 ペトラに叱られてサシャは悲鳴を上げた。この場を仕切っているのは総統府の広報官を務めるペトラである。相手(フェルレーア)言語を話せて兵団の内情に詳しく美人ということで外受けがいいペトラには適切な配役かもしれない。エルヴィンの婚約者になったペトラは一足先にファーストレディとしての役割を果たしているとも言えた。

「ミーナを見習いなさい。ほら、身動き一つしてないでしょ」

「わ、わたしは兵士としての務めを果たしているだけですから」

ミーナはそう答えたが、本当はペトラに褒められたのが嬉しかったのだ。

(ペトラ先輩がわたしを……。ああ、なんて幸せなんだろう。この瞬間が永遠に記録に残るんだ……)

 

「……」

 記者が横にいたペトラに相手(フェルレーア)言語で話しかけた。むろんミーナには分からない。

「はい、終わったわ。動いていいわよ」

「わー、長かったですぅ。お腹すいたです」

「サシャ、動いてないのになんで腹減るんだ。オレ、理解できねーわ」

横から見ていたコニーが突っ込みを入れた。

「おつかれだね、サシャ。やっぱり慣れない事したせいだよね」

「ああ、やっぱりクリスタは優しいです。わたしの女神さまですよー」

「はいはい、次は104期生だけね。男の子達、貴方達も入りなさい」

ペトラが次の指示を出した。

「おう」

「へへん、俺の出番だぜ」

「コニー、しっかり決めろよ。この写真、もしかしたら歴史の教科書に載るかもな」

「歴史に……。くぅー」

あまりの事にミーナは眩暈がしてしまった。

「おい、ミーナ。なにいっちゃってるんだよ。バカか?」

「今日のミーナはダメだな。こりゃ」

「ミーナってば、ほらほら、しっかりレンズ見て」

「ミカサ、笑わなくてもいいからもう少し表情緩めて」

「あ、はい」

和気藹々と写真撮影。同行記者達も苦笑いしていた。フェルレーア軍の兵士達も混じって撮影に加わる。

 

 写真撮影の後、フェルレーア軍の若い男性兵士達にペトラとクリスタが囲まれていた。談笑していたペトラが手を振るとなぜか兵士達は一様に肩を落としていた。

「ど、どうしたんでしょうか?」

「ああ、わたしとクリスタはもう結婚相手がいるって伝えたのよ」

ペトラは片目をウィンクして答えた。要するに口説かれたらしい。

「そりゃあ、まあ、そうなるよな」

ジャンは頷いている。男女間のやりとりは世界共通のようだった。

 

「なあ、ミーナ。ペトラ先輩やクリスタはなぜフェルレーア語を普通に話せるんだ?」

 ジャンがミーナに訊ねてきた。

「あ、そういえば……」

「先月のトロスト区の軍使の時だって、アルミンとミカサはマーレ語話していたんだろ? いくら侯爵家のシャスタ様の教え方が良かったとはいえ出来すぎじゃないか?」

「うーん、そうなんだよね。まあ、アルミンは頭良いから納得できるんだけど……」

ミーナ達は元ハンジ技術班にいて現在はシャスタの侯爵家に関わっていた同期の三人(アルミン、クリスタ、ミカサ)が優秀すぎるのは少し気にはなっていた。

「コツがあるなら教えて欲しいよな。これからはフェルレーア語覚えないと出世できないだろうよ」

「そうだよね」

今日の交渉でフェルレーアとの軍事協定が締結されたならば、フェルレーア軍将兵や様々な職種の技術者がやってくるだろう。教えを請う立場の自分達は当然相手側の資料を読まなければならず外国語の習得は重要度が増すのだった。

 

「ペトラ、お疲れ様」

 調査兵団の精鋭エルドとグンタがやってきてペトラに声を掛けた。会場周辺警備をしている責任者の一人である。

「あら、エルド、グンタ。様子は?」

「まあ異常は特にないかな。お前さん、ずいぶん張り切ってるじゃないか?」

「まあ、今日のお客さんは国賓だからね」

「お前の旦那の晴れ舞台だからな」

「もう、エルド。まだ式も挙げてないのよ」

「婚約してるなら同じようなものじゃないか。まさか参謀総長(エルヴィン)閣下を振ったりはしないよな」

「あるわけないじゃない。大事な人なんだから」

「そっかそっか。それにしても意外だったな。リヴァイしか興味ないと思っていたお前がいきなり参謀総長閣下と婚約発表だもんな」

「まあ、色々とあったのよ」

「色々とね。確かに色々あったよな」

ペトラ達三人は空を仰ぎ見る。亡くなった仲間の事を思い出しているのかもしれかなった。

(ペトラ先輩の同期だよね。凄腕ばかりだなー。わたしは追いつけるのかな)

ミーナはペトラ達を見ながらそう思っていた。

 

 

 午後7時、1月のこの時機はすっかり空が暗くなっていた。シガンシナ区の会談会場周辺には篝火やガス灯で照らされてこの一帯だけが明るく輝いている。近くに着陸しているフェルレーアの飛行船は下部が(ほのか)かに照らされていた。

 

 手空きの兵士が会場周辺の広場に集合するように伝達があった。取材陣(相手側の同行記者や総統府指名の記者)も集められて会談について公式発表がある様子だった。特使団との会談は3時間にも及んでいる。

 

「どうなったんだろ?」

「うーん、うまくいったらいいけど……」

「わたし、お腹すいたです。ご飯まだでしょうか?」」

「我慢しろ。この会談にこの国の行く末がかかっているのだからな」

「ジャン、そんな真面目ぶらなくてもよ」

「オレもはらへったー」

 ミーナ達調査兵団新兵は待たされている間、雑談していた。

 

 一際ざわめきが大きくなる。会談場所から広場に首脳陣一行が入場してきたのだった。フェルレーア特使団代表の枢機卿が挨拶をした。

「マドモアゼルエンムシューデパラディ。……」

残念ながら外国語なのでミーナ達には理解できなかった。

「パラディ王国の淑女紳士のみなさん。本日は大変有意義な会談が出来てありがとうございます。空路1万キロを超えて来た甲斐がありました。大敵マーレと共に戦う同志と堅い握手を交わせて嬉しく思っています」

ペトラが通訳して話し始めた。要約すれば軍事協定は大筋合意に至ったようだった。ただし相手国(フェルレーア)側の議会での批准が必要なので正式な発効までにはまだ時間が掛かるようだった。演説の後、枢機卿はエルヴィンやピクシス司令、そしてペトラと堅い握手を交わしていた。

 

 

 枢機卿の話の後、ピクシス司令が演壇に立った。

「全員! 注目っ!」

ピクシス司令の発声で兵士全員が姿勢を正した。

「朗報を伝えようぞ! 我が国の独自技術”立体機動装置”と飛行船の組み合わせ、すなわち空挺兵団構想についてだが、さきほど枢機卿殿から賛意を頂いた。正式な協定発効後ではあるが、我が国はフェルレーア王国より飛行艦一隻を技術検証艦として借り受ける事になったのじゃ!」

 

 飛行船を借りる事が出来る。つまりパラディ王国(壁内世界)は初めて航空戦力を保有することになるという事だった。ただ浮いているだけの気球と違って自由自在に動ける飛行船の戦術的意義は計り知れないほど大きいものである。

 

「うそっ!」

「マジかよっ!」

「あ、あれが私達のものに……」

「すごい……」

 ミーナ達兵士の間も驚きの声が上がった。

「ブラチェンスカ。お主からもどうじゃ?」

「はい」

ピクシス司令に促されて空挺兵団団長のリコが演壇に立った。実験部隊としてやや影の薄かった空挺兵団だが俄然注目される存在となったのだった。

「我が空挺兵団は空挺兵の募集を考えている。立体機動装置の腕はもちろんの事、砲術、射撃などの技能はむろんフェルレーア語も必須だ。我こそはと思う者は志願してもらいたい」

兵士達の目はみな輝いている。最新鋭兵器である飛行船に乗り込んで立体機動装置の腕前を競うのだから無理もなかった。

「いいか! あくまでも技術検証艦だ! 当然、向こうの監察官が付く。情けないところを見せるわけにはいかないからな。選考は厳しいぞ!」

リコの言葉はもっともだった。

 

「オレ、応募しようかな?」

「なぁコニー。語学で無理じゃね?」

 ジャンがすかさず突っ込みを入れた。

「な、なんだよ。オレだって必死で覚えるさ」

「コニーに出来るならわたしだって……」

「なんでオレ基準なんだよ?」

「ミーナ、お前はどうする?」

「えーと、わたしは……。わたしも応募する」

ミーナは思い切って応募する事に決めた。

「おお、ミーナまで。じゃあ、オレも応募しようかな」

ジャンも乗り気になった。

 

「なあ、クリスタやミカサはどうするんだ?」

「わたし? うーん、わたしはペトラ先輩の手伝いとか色々あるから。ミカサもだよね?」

ペトラ達は軍士官学校の開設準備を進めている。フェルレーア語を含む語学教材の整理も急務だった。

「……」

「残念ですねー、ミカサなら最強の空挺兵になれると思ったのですよー」

サシャは大げさに言った。

「まあ、仕方ないかな。でもさ、また考えておいてくれよ」

「……」

ミカサは軽く頷く。ジャンは「よっしゃー」と言って小躍りしていた。

 

(それにしてもミカサ、暗いなぁ……)

 ミーナはそんな事を思った。もともとミカサは無口なのだが、侯爵家(ヴラタスキ)が去った後の強力な味方となるフェルレーア王国との軍事協定の締結、さらに飛行船の借受などの事もあって今日ぐらいは喜んでもいいような気がしていた。

(なにか思い詰めたりして……、そ、そんな事ないよね)

ミーナはなんとなく嫌な予感がした。




【あとがき】
パラディ王国はフェルレーアと軍事協定を締結することになりました。また技術検証艦としてリコの空挺兵団は飛行船一隻を借り受けることになります。空挺兵団構想がようやく実現することになります。
本文にもあるとおり、パラディ王国(壁内世界)は初の航空戦力を保有することに……。写真など海外の新技術は山盛り沢山です。
104期生達も登場。
なお侯爵家の面々(ペトラ・アルミン・クリスタ・ミカサ)はリタから記憶転送を受けており、外国語(フェルレーア語・マーレ語)は日常会話レベルまで話せます。



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第87話、別れの時

【まえがき】シャスタがこの世界(惑星)から去ります。そしてもう一人去る人物がいます。


 851年1月11日、午後23時30分、シガンシナ区

 

 フェルレーア特使団との交渉一日目の深夜、シガンシナ区北門付近の北側(ウォールマリア側)の街道には大きな鋼鉄の車――装輪装甲車(ストライカー)が停車していた。その装甲車の周囲にいる人々が集まっていた。エルヴィン、ペトラ、リコ、アンカ、リヴァイ、アルミン、ミカサといった侯爵家に深い縁のある人物が大半だった。この惑星(ほし)から去る侯爵家(ヴラタスキ)次席のシャスタを見送りに来ていたのだった。アンカは特使団との交渉会場の傍にいるピクシス司令の代理だった。

 

 シャスタはペトラやクリスタ達に見送りは門のところまでと頼んでいた。(迎えに来るGM(ギタイマザー)の船については機密事項の為) 一同を前にしてシャスタは頭を下げた。

 

「いろいろとお世話になりました」

「こちらこそ、シャスタ殿には心から感謝している。フェルレーアとの交渉のお膳立てまでしてもらって有り難い限りだ。総統閣下にぜひ見送りに来られたかったそうだが……」

 エルヴィンは言葉を濁しながら伝えた。

 

「わかってますよ。言わなくても……」

 さすがにこのシガンシナ区は王都から遠い。しかもウォールマリア内には数が減ったとはいえ巨人が徘徊していた。その中を突っ切る以上、厳重な警備が必要となってくるのだった。国家元首である総統が最前線の街に赴けるほど情勢は安定していない。

 

「シャスタ殿。貴女達の旗や侯爵夫人の名、大事に使わせてもらうよ」

 リコはシャスタにそう告げた。軍事協定によりフェルレーアから技術検証艦として飛行船一隻を借り受ける事になっている。これにより気球の実験部隊だったリコの空挺兵団は実働可能な航空戦力部隊に格上げされる見込みとなったのだ。リコは空挺兵団旗に侯爵家紋章”座る猫”、パラディ王国の飛行艦に壁内世界を護って散った戦女神(ワレキューレ)――”リタ・ヴラタスキ”の名を艦名にする事をシャスタに伝えていた。

 

「はい、どうぞ。リタの名前ですもの。きっとご加護がありますよぅ」

「そうだな。名に恥じないよう努力するよ」

 

「もう会えないの?」

 ペトラが訊ねた。

「ごめんなさい。次の行き先は凄く遠いところです。片道二十年以上ですから」

「!?」

片道二十年とは気の遠くなるような遠さだった。宇宙(そら)とは途方もない広さを持つ場所らしい。

 

「そ、そんなに遠くから……。遠くから来られたのは聞いていましたが……」

 アンカは驚いていた。アンカは通信担当ぐらいで侯爵家との関わりはさほど深くないが、それでも侯爵家が陰で様々な支援をしていたことは知っているようだった。

 

「往復で最低でも四十年後か……。その頃にはとっくに決着はついているだろうな。暗黒帝国(マーレ)がこの星を覆っているか、あるいは我らがフェルレーアと共に勝利しているか……」

「いや、オレ達は負けやしない。巨人とそれを操る(くそ)共をやっと滅ぼす機会がきたんだからな。その機会を作ってくれた貴女と侯爵夫人様には感謝している」

 滅多に他人に感謝を述べたりしないリヴァイだが、このときは礼を述べていた。

 

「40年後かぁ。そのときってわたし、生きていたら55歳だよね。えへへ、孫がいたらお婆ちゃんだよね」

 クリスタはくすっと笑いながら言った。

「おい、クリスタ。生きていたらって言い方は間違っているぞ。絶対に生き抜いてやるんだ。第一、お前、この中で最年少じゃねーか。オレはどうなるんだ?」

リヴァイはクリスタに強く言い迫った。

「え、えーと。リヴァイ兵士長さんはその頃は九十歳近いお爺ちゃんですね」

クリスタは悪戯っぽく笑っている。リヴァイは三十台前半であり、クリスタはわざと歳を間違えたのだった。

「おい、お前っ! オレはそこまで歳とってねーぞ! 調子にのるな! アルミン、お前の嫁だろが! ちゃんと躾けておけっ!」

「えへへ。嫁って言われちゃった。ねぇねぇ、アルミン、わたし達リヴァイ兵士長公認だよ」

クリスタは別の方向にスイッチが入っていた。完全に怖いものなしの状態である。

「ク、クリスタ。いくらなんでもリヴァイ兵士長を怒らせたらまずいって。す、すみません、兵士長」

アルミンはクリスタに代わって謝っていた。

 

「ペトラさん、ちょっと待ってくださいね。お渡しする物がありました」

 シャスタが装甲車の中から革鞄を取り出してペトラに渡した。ペトラが鞄を開けて確認すると注射器とアンプルが数本入っていた。

 

「これは?」

「えへへ、本当は禁則事項なんですけどね。最後だからちょっとだけ我侭言っちゃいましたよぅ」

シャスタが何を言ってるかアルミンは薄々分かった。シャスタ達の真の(あるじ)――あるGM(ギタイマザー)に関係する事柄だろう。

「数は少ないですが巨人化解除薬ですよぅ」

「え?」

「巨人化能力者を持つ人の後ろ首にあたりに注射してください。巨人化能力を消滅させることができます」

「そ、そんなものがあるのか!?」

普段は冷静なエルヴィンですら驚いていた。

「あ、でも人によっては記憶障害や重い機能障害といった副作用があるみたいです。保証できなくてごめんなさい。巨人化能力を得てから間もない人なら成功率は高いとは思いますが……」

パラディ王国(壁内世界)が確保している巨人化能力者はフリーダとトラフテの二人だった。戦闘では目立った働きはなかったがシガンシナ区奪還後の突貫工事などで後方支援任務で活躍していた。フリーダは巨人探知能力で監視役として十分に力を発揮している。

 

「これは増産できないのか?」

 エルヴィンが訊ねた。

「ごめんなさい。これしか持っていないので……」

「じゃあ、ありがたくもらっておくね。使うときは閣下と相談することにするわ」

ペトラはシャスタからアンプルが入った鞄を受け取った。

 

 

「あの……、参謀総長閣下。突然で申し訳ありません」

 ほとんど発言していなかったミカサがエルヴィンに話しかけた。

「どうした? アッカーマン」

「わたし、ミカサ=アッカーマンは現時刻をもって退役します」

退役とは兵士を辞める事である。

 

「ほぇ?」

「え? ミ、ミカサ、どういう事?」

 クリスタとアルミンは呆気に取られていた。

「退職金や棒給は不要です。大した額ではないと思いますが……負傷退役した方々や……遺族に回してください」

「どういうことかな? アッカーマン」

「シャスタ先輩と共に……宇宙(そら)に行きます」

「!?」

予想外の一言にアルミン達は衝撃を受けた。

 

「既にシャスタ先輩から……乗船許可……貰っています」

「そうなのか? シャスタ殿」

「はい、許可は出していますよぅ。この時までゆっくり考えるようにミカサさんには伝えていました」

 エルヴィンの問いにシャスタは即答した。つまりミカサがこの場でこの発言をしたという事は宇宙(そら)に行く決意を固めているという事だった。

 

「そうか……、ならば仕方ないな。退役を許可しよう」

 エルヴィンはあっさりと許可を出した。

「ちょっと待ってください! 参謀総長閣下! アッカーマンは十年に一人と言われる逸材です。手放すにはあまりにも惜しいでしょう」

リコはエルヴィンの決定に抗議した。

「本人の意思に反して兵士であることを強要できない。アッカーマンは十分考えた上での結論だろう」

「いや、しかし……、ペトラ、貴女も何か言うべきだ!」

「わたしも閣下の決定なら仕方ないと思う。ねぇ、ミカサ。理由を聞かせてくれる?」

ペトラはミカサに訊ねた。

 

「この街……、わたしとエレンが一緒に過ごした……思い出の場所。カルラおばさんに何一つ恩を返せなかった。エレンを護る事もできなかった……」

 余りにも重過ぎるミカサの言葉だった。

「ご、ごめん。ミカサ。僕が情けないばかりに第34班は……」

エレンが散った半年前のトロスト区防衛戦。アルミンはその時、エレンと同じ訓練兵第34班にいたのだった。同期が次々と散っていったあの戦いで、技量最下位のアルミンが生き残ったのはエレンが殿(しんがり)を引き受けてくれたからである。

 

「アルミン、わたしは貴方を責めるつもりは……ないわ。エレンは……立派に最後まで兵士と戦ったと思っている」

「うぐっ!」

 アルミンは言葉に詰まってしまった。

「だから、わたし、エレンの最後の願いを叶えたい……。エレンはわたしに遠くの世界を見てきて欲しいって頼んだのよね?」

「う、うん」

「それが理由」

「……」

しばし誰も言葉を発せられなかった。

 

「ミカサ、僕は……」

「アルミン、貴方は隣にいる人(クリスタ)を大切にね」

「ねぇ、ミカサ。わたしの事も家族だって言ってくれたよね? どうしてこんな大事な事を今まで話してくれなかったの?」

クリスタはミカサに聞いた。

「そう、クリスタ、わたし達は家族。そしてシャスタ先輩も大切な家族……。シャスタ先輩が居なければわたしはあの日、死んでいたから。その事はクリスタも知っているはず」

「……」

シャスタが持つ超高度医療技術(ナノマシーン)によって瀕死の重傷だったミカサは回復している。

「シャスタ先輩に恩返しもしたいから」

「ペトラさん、アルミンさん、クリスタさん。今まで黙っていてごめんなさい。ミカサさんから話を持ちかけられて実はわたし、嬉しかったんです。ミカサさんって案外リタに似ていますしね。強情なところもそっくりです」

 どうやらシャスタの希望も含まれているらしかった。シャスタとミカサの両名が決めた事なのだから、もはや説得することは不可能だった。

 

「ミカサ」

 リヴァイがミカサに声を掛けた。革命の一連の騒動の中でリヴァイとミカサは遠縁の親戚であることはお互い知っていた。

「はい……」

「一つだけ言っておく。お前の選択だ。後悔は絶対するなよ」

「はい。お気遣いありがとうございます。リヴァイ伯父さんも息災でいてください」

ミカサは初めてリヴァイを伯父と呼んだのだった。

 

「シャスタ殿。アッカーマンをよろしく頼む」

 エルヴィンはそう述べた。ミカサはクリスタの前にきて、泣き顔になっているクリスタの頭を撫でた。

「ミカサ……。わ、わたしね。本当はすごく悪い子なの。だ、だってね……」

「わかってる。何も言わなくていいから……」

「うん」

クリスタの頭を撫でながら抱きしめる。

「貴女に泣き顔は似合わない。笑いなさい」

「う、うん。えへへ……」

クリスタは力なく笑顔を見せた。

「アルミンをよろしくね」

 

「はい。ではミカサさん、そろそろ行きましょう」

「はい」

 ミカサとシャスタは手を振ると装甲車の後部扉から乗り込む。扉が閉められると装輪装甲車(ストライカー)前方灯(ヘッドライト)を点けて静かに動き出した。遠くなっていく装甲車をアルミンはじっと見つめていた。

「……」

アルミンの横にいるクリスタは腕を絡ませてくる。アルミンはクリスタの肩を抱き寄せた。

 

「まさかアッカーマンを失うとは……」

 リコは意外な展開に驚いていた。

「仕方ない。彼女は十分に貢献してくれている。これ以上、無理強いはできないだろう」

「……」

「さあ、戻るぞ。明日からも忙しくなるからな」

フェルレーアとの交渉は大筋合意できていたが、まだ詳細の詰めの部分が残っていた。協定を無事締結した後もやらなければならない仕事は山ほどある。最優先は国防体勢の強化だった。エルヴィンの掛け声でアルミン達は街の方へと戻って行った。

 

 

 翌日午前4時、ウォールマリアの平原にて地上から空へ昇っていく流れ星があった。いや、流れ星ではなくシャスタ達を迎えに来たGM(ギタイマザー)の惑星揚陸艇である。惑星揚陸艇は大気圏を離脱すると惑星軌道高度400kmで待機していた宇宙船に回収されて、当該惑星から百万キロ彼方の宇宙空間に浮かぶ軌道要塞――GM(ギタイマザー)の本拠地へと向っていった。

 

 公式記録ではミカサは851年1月12日付で退役となった。ミカサの戸籍そのものは国家機密に指定されて完全非公開となり事情を知る者は極めて限られていた。



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第88話、852年1月 / 年表

【まえがき】さらに1年が経過。状況説明編です。あとがきに年表追加。(2019/1/3)


 852年1月、パラディ島

 

 パラディ王国政府(兵団政府)とフェルレーア王国との軍事協定締結から1年が経過した。懸念されていた神聖マーレ帝国軍(以下マーレ)によるパラディ島の本格的な侵攻はなかった。(ただし偵察目的と思われる(マーレ)飛行艦による領空侵入事案は数回発生)

 

 ファルレーア軍情報部からの情報によれば、一昨年末のマーレ軍侵攻と同時期に発生したパラディ島近海の巨大津波と時を同じくして、マーレ大陸中央部山岳地帯にある秘密都市――推定で巨人化薬品製造工場が隕石と思われる大爆発(GM(ギタイマザー)の隕石攻撃)で消滅した模様である。その影響だろう、巨人化薬品の使用を控えるよう軍内部に通達が出ている事が確認されていた。

 マーレ軍の巨人戦力運用に大きな支障が出ているのは朗報だが、楽観できない事もあった。マーレ軍上層部で巨人利権に絡むグループ”巨人派”の政治力が弱くなり、通常戦力の増強を訴える海軍関係者が多いグループ”艦隊派”が力を増してきているとの事だった。事実マーレ国内において多数の戦闘艦船(飛行艦を含む)の建造が進められており、大規模な軍拡に着手している事が確認されていた。仮に巨人戦力が使えなくなったとしても依然としてマーレは強大な軍事大国であることには変わりないのだった。

 

 パラディ王国はこの頃にはすでにウォールマリアからの巨人の完全排除を達成しており、城塞都市を中心に民間人の再入植が行われている。ウォールマリア外側については敢えて巨人討伐を行っていない。誘導が困難な巨人奇行種が多いことを逆手にとって(マーレ)からの防衛機構と考えて残す構想である。大国マーレといえども多数の奇行種を排除するにはそれなりの手間がかかるからである。

 

 パラディ王国軍はフェルレーアの支援を受けて軍備の近代化に邁進していた。対巨人砲とも呼ばれる速射砲・新型の後装式長銃(ライフル)多連装機関(ガトリング)砲・歩兵随伴迫撃砲をフェルレーアから大量に輸入し、各部隊に実戦配備していた。

 

 軍編成も大きく変わり各兵団の区分が大幅に変更となった。国内の治安維持専任(警察組織)の新”憲兵団”、国防を担う”陸軍”、空を護る”空挺兵団”(後の空軍)である。最精鋭の調査兵は主に陸軍第一連隊に移籍した。各種優遇措置のあった憲兵団の抵抗は強かったが、総統府主導の下、改革を断行している。能力不足や汚職で職を追われた憲兵団兵士が相当数いて暴動に近い事件も発生したのだが、組織的な抵抗には至らなかった。現在の兵団政府の後ろ盾には侯爵家(バラタスキ)に代わって強大な軍事大国フェルレーアがいるからである。圧倒的武力の象徴である飛行艦がパラディ島上空を飛び回っている状況では反対する連中も抵抗する気が失せたようだった。

 

 意外な人事は人類最強と呼ばれた男――リヴァイが空挺兵団の兵士長になった事だった。リヴァイにとっては降格人事だが、本人は事務仕事(デスクワーク)を嫌って前線で戦う事を希望したからだった。国防の主戦場がパラディ島周辺海域・空域に移行したことで敵の攻勢の矢面に立つのが空挺兵団だからである。

 なおこの件で一番割りを喰ったのはジャン、ミーナ、サシャ達104期生だった。新兵団の選抜試験に合格して意気揚々としていたところを誰よりも厳しい上官が赴任してきたからである。ジャン達は訓練兵時代よりもさらに過酷な訓練生活となったのだった。

 

 

 事実上の空軍となった空挺兵団(団長リコ)は軍事協定発効と同時に技術検証目的で借り受けた飛行コルベット艦を『ホルヘ・ピケール』と命名、一番艦として実戦配備した。さらに技術検証の結果を受け立体機動装置の運用を考えて仕様変更(カスタマイズ)した二番艦『リタ・ヴラタスキ』をフェルレーアから購入し、シガンシナ区・クェンタ区(マリア西方の城塞都市)を母港として周辺空域の哨戒を兼ねた訓練を重ねていた。

 さらに三番艦『シャスタ・レイル』、四番艦『ハンジ・ゾエ』がフェルレーア本国の造船所にて建造中だった。いずれの飛行艦も予算の関係で小回りが利く飛行コルベット艦ではあったが無反動砲・機関砲・対地噴射(ロケット)弾・各種爆弾を搭載可能であり、戦力的価値は従来兵器とは比べものにならないだろう。

 余談だが艦船名は壁内世界(パラディ)を護った英雄や功労者の名前である。『ホルヘ・ピケール』は七十年前の調査兵団団長で立体機動装置が未完だった時代に人類で初めて巨人を討伐するという偉業を()した人物だった。リタ、シャスタ、ハンジについては説明不要だろう。

 

 当然ながらこれらの艦船の建造には莫大な費用が掛かったが、パラディ王国は戦時国債を発行して乗り切っていた。総統府首脳やアルミンの外交的成果もあって、フェルレーアやヒィルズといった海洋国家同盟諸国から低金利で資金調達できたことが大きかった。

 さらに非武装の中古飛行船三隻がフェルレーアから格安で譲渡されており、各軍事拠点や生産拠点を結ぶ輸送艦として大いに活躍していた。

 

 

 フェルレーア軍は軍事協定に基づきパラディ島の複数個所に軍事基地を設け、複数の飛行艦、兵士千ニ百人、後方支援要員二千人を駐留させていた。兵士の家族、商人、技術者を含めれば一万人近いフェルレーア人がパラディ島に長期滞在する形である。基地が出来る事による経済効果は大きく、パラディ国内経済は好景気に沸いていた。基地建設以外にも運河・道路・工場・居留地などの建設工事、鉱山開発、設備投資、飲食業、娯楽産業など仕事がいくらでもあったのだ。

 

 

 なお明るい話ばかりでなくフェルレーア王国の冷徹な面も知る事になった。

 

 パラディの人々を驚かせたのは徹底した対知性巨人対策である。基地の入り口(ゲート)はかならず地下もしくは岩盤の下に設けられ(巨人化されても拘束が容易な地下空間)、特別に訓練された探知犬がいて巨人化能力者を嗅ぎ分けることができる。また艦船乗組員は乗艦1日前から指定された場所以外での飲食が禁止となっていた。(巨人化薬品を知らずに摂取させられていた場合の対応)

 

 内部統制は殊の外厳しく、内通(スパイ)罪は凶悪犯罪並みの重刑が科せられる。そして処刑方法は巨人による食殺刑だった。フェルレーア本国においても頻繁に用いられている処刑方法である。(マーレではより大勢の罪無き人々が巨人による食殺刑に処せられているのでどちらが残酷かは比較するまでもない) 百年以上昔、当時小国だったフェルレーアを圧迫し大陸側領土を奪うなど横暴を重ねてきたマーレに対する怨念のようなものがあるのだろう。味方にすれば頼もしいが敵にすれば恐ろしい。特に裏切り者は絶対に許さず徹底的に報復する。それがフェルレーアだった。

 

 ザックレー総統を始めとするパラディ王国首脳陣はフェルレーアだが善意で駐留しているわけではない事を知っていた。来るべきマーレとの全面戦争に備えて北方海域の軍事拠点を確保するという目的があったからである。パラディ島に守るべき価値無しと判断すれば躊躇無く見捨てるであろう。その事は総統府首脳陣には痛いほどわかっており、だからこそ必死になって軍備強化ならびにフェルレーアの望む法体系を含む内部統制を整えていたのだった。

 

 

 また一昨年の戦役で捕虜にしたマーレ軍兵士達だが、戦士(巨人化能力者)を含む全員がフェルレーアに引き渡されていた。フェルレーア寄りの諸国ではマーレ陣営の国に拿捕される漁民が後を絶たずその交換材料にするとの事だった。余談だがこの捕虜の中にいた訓練兵のファルコ・ゾフィアは半年近い虜囚生活を経て本国に帰還していた。虜囚生活中、恋仲になっていたファルコ・ゾフィアが、再会したガビ・ウドと喧嘩したのはまた別の話である。ウドにしてみれば死んだと思った二人が生きていて、想いを寄せていたゾフィアをファルコに取られたのは簡単に納得できる話ではなかったようだ。

 




【あとがき】リコの空挺兵団が一気に国防の主役に躍り出る事になりました。852年1月時点で2隻の飛行コルベット艦を実戦配備、二隻を建造中です。
・一番艦『ホルヘ・ピケール』(原作『進撃の巨人 Before the fall』に登場)
・二番艦『リタ・ヴラタスキ』
・三番艦『シャスタ・レイル』
・四番艦『ハンジ・ゾエ』
ちなみに艦名に人名をつけるのは現実世界の国々でもよくある事です。リタとシャスタの名前はパラディ王国(壁内世界)が続くかぎり忘れられることはないでしょう。
速射砲は実質対空砲にもなりますので、防衛力は1年前とは比較にならないぐらい強化されています。
兵団政府(エルヴィン主導)が軍制度改革を断行します。新たな同盟国フェルレーアとの軍事協定締結により安全保障面が強化され、国内経済も活性化していますので、この時点では順調です。

一方でマーレは来るべき最終戦争に向けて軍拡を進めています。

---------------
原作「進撃の巨人」でも発生した出来事(○)と、この小説独自の出来事()を整理する意味で纏めました。

780年頃
外宇宙より、GM(ギタイマザー)が飛来。

790年~800年
神聖マーレ帝国、当時世界の半分の富を占めており最盛期。無法な領土割譲要求をフェルレーアに突きつけて戦争に突入。ヒィルズを始めとする有力列強がフェルレーアを支援。マーレ海軍、艦隊決戦でまさかの大敗。以降、10年の長きに渡る全面戦争となる。引き分けの形で停戦になり、以後マーレ陣営と海洋国家同盟陣営の冷戦が続く。

845年
○百年の平穏を破り、巨人が襲来。シガンシナ区を含むウォールマリアが陥落。この時、知性巨人らしき鎧の巨人・超大型巨人が確認される。
○グリシャ(エレン父)がレイス卿教会で、巨人化能力を用いてレイス一家を襲撃する。
ケニーの加勢によりグリシャが死亡。フリーダ生存。

846年
○第1次ウォールマリア奪還作戦。人類は領土奪還を目指すも十数万以上の未帰還者(戦死と推定)を出して巨人に大敗。
○ケニーがロッド=レイス卿の指示でクリスタ母を殺害、クリスタは教会運営の孤児院に預けられる。

847年
○第104期訓練兵団編成。エレン、ミカサ、アルミン、クリスタ、ミーナ達が入団。

850年5月
リタ&シャスタ、壁外領域(ウォールマリア)で覚醒。生体戦車(ギタイ)4体を配下に加える。壁外調査中で巨人の集団に襲われていたペトラを助ける。
数日後、ペトラはリタ&シャスタをトロスト区内の図書館で再会。ペトラはリタ達をハンジに紹介する。リタとハンジ達は意気投合し、4人で秘密結社を結成。兵器開発や巨人研究を行う。

8月下旬
○第104期訓練兵団全訓練課程終了、解散式。
○翌日正午、トロスト区に超大型巨人が出現。巨人の群れが大量に市内に侵入。訓練兵も急遽動員される。人類劣勢下、避難の遅れなどが重なり多数の死傷者を出す。訓練兵も多数戦死。
エレン、戦死。ミーナ、生還。
訓練兵ユミル、巨人化能力を発現させ、クリスタを助けたのち、巨人の群れに特攻し行方不明(後に多数の巨人を仕留めたが力尽き、巨人に喰われていた事実を判明する)

ミカサ、撤退命令が出たにも関わらず不審な行動をする二人組を発見。この二人は同期のライナー&ベルトルトだったが、問い詰めるとミカサを襲ってきた為、逆襲し重傷を負わせる。するとこの両名は鎧の巨人・超大型巨人に変化。ミカサ重傷、駐屯兵団防衛隊にも百人近い死傷者を出す。
アルミン&クリスタが機転で壁の上に登ってきた鎧の巨人を10秒ほど脚止めする。その隙に潜伏していた生体戦車(ギタイ)のミタマがスピア弾で鎧の巨人・超大型巨人を射殺。
○第56回壁外調査中だった調査兵団が帰還。
オルオが巨人との戦闘中に戦死。
潜入工作員だった訓練兵アニは正体を見破られて、アルミン&エルヴィンにより謀殺される。
○ピクシス司令指揮によるトロスト区奪還作戦が実行され、巨人は市内から駆逐される。

○第104期訓練兵団卒業生の内、20名ほどが調査兵団に入団。
○捕獲巨人2体殺害事件発生。
ミカサ、アルミン、クリスタは表向き調査兵団第4分隊(ハンジ班)に配属になるが、実際は秘密結社に入社。

9月上旬
○ラガコ村事件発生。村人が半数が消える。後に敵勢力による巨人化薬品の投与によって巨人化させられた事実が判明する。
ラガコ村近郊で行軍演習中だった調査兵団(ミケ統率下)&新兵集団が、ラガコ村付近の巨人を鎮圧開始。獣の巨人が出現し、巨人達が組織戦闘を行う事実が判明する。極秘裏に出撃していたリタが強力ライフル銃を用いて獣の巨人を射殺。残りの巨人は調査兵団が討伐。
調査兵団本部が巨人による夜襲を受ける。これはケニー率いる中央第一憲兵団対人制圧部隊の仕掛けだった。研究棟が破壊されハンジ死亡。百体近くの巨人との夜間戦闘で40人近い死傷者を出す。
★リタ、空爆作戦を実行。気球に取り付けた気化爆弾で森に潜伏していた対人制圧部隊を壊滅させる。フリーダ=レイスが取引を持ちかけ、領地領民および部下の安全と引き換えに、ウォール教の持つ機密情報をリタに渡す。

○調査兵団・駐屯兵団による兵団クーデター。王政を倒し、親巨人派の貴族・役人・教会関係者を粛清もしくは排除。ザックレー総統を首班とする兵団政府が誕生する。
ユーエス軍(リタの秘密結社)が革命を積極的に支援。調査兵団団長のエルヴィンが参謀総長(No2)に昇格し、軍政を一手に担い改革を進める。また兵団政府はリタに侯爵位を授与する。リタは侯爵夫人を名乗り、兵団政府と正式に軍事同盟を締結する。

以降はを省略

12月上旬
兵団政府(エルヴィン)は侯爵家(リタ)より巨人勢力の大規模侵攻の予兆を知らされる。軍議が開かれ、リタの迎撃作戦案が採用される。人類連合軍(各兵団&ヴラタスキ侯爵家)は迎撃の準備を整える。

12月8日
巨人勢力による過去最大規模侵攻が開始される。襲来する巨人の数は3千を超えると予想されている。
同日正午、トロスト区陥落。ウォールローゼ内に大量の巨人が侵入

12月9日
エルミハ区外門付近において、エルミハ区防衛隊(指揮官ハンネス)と敵第1陣(エルディア義勇軍主体)が交戦。待ち伏せにより敵に大ダメージを与えて完勝する。なお、この戦いでは人類側の戦死者0。

同日、午後2時、GM(ギタイマザー)による隕石攻撃。マーレ遠征軍は9割近い損害を出して壊滅。同時にパラディ島近海にも隕石が落下し巨大津波が発生、マーレ輸送船団が壊滅する。

12月10日
トロスト区にいたマーレ軍残存部隊、パラディ王国軍に降伏。ファルコ・ゾフィアを含む捕虜達は分散して捕虜収容所に送られた。

12月12日
シガンシナ区にいたマーレ軍残存部隊、パラディ王国軍に降伏。パラディ王国(壁内世界)はウォールマリアを奪還。さらにパラディ島全土を支配下に置いた。

851年1月11日
海洋国家同盟(反マーレ陣営)の雄で西方の軍事大国フェルレーア王国の特使団がシガンシナ区を訪問。総統府(エルヴィン達)を交渉し、軍事協定を締結する事になる。

1月12日未明、シャスタ(ヴラタスキ侯爵家)が惑星から撤収。宇宙へ旅立つ。ミカサが同行する。

852年1月
パラディ王国はフェルレーア王国の支援の下、軍の近代化と航空戦力(飛行艦)の整備に取り組んでいる。アルミンがフェルレーア王都の軍大学に留学、またアルミンが執筆した手記”心臓を捧げよ――ある訓練兵の記憶”がフェルレーア・ヒィルズの両列強国内でベストセラーとなる。


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エピローグ
最終話、遥かなる青空の下で


 852年1月17日、フェルレーア王国王都(ソラリス)

 

 パラディ島から遠く空路で一万キロ、フェルレーア本島にある王都ソラリスは大きな湾の入り江に面した人口三百万人を超える大都市である。湾内の中央の島には高さ百五十mの巨大な灯台があり最上部には国の象徴である黄金の獅子像が鎮座している。湾内には行き交う無数の船舶で航跡が絶える事はなく、王都上空には何隻もの飛行船が悠然と航行していた。整然とした巨大な街並みと行きかう人々、世界最強の海軍大国の首都に相応しい威容を誇っていた。

 

 

 アルミンは王都(ソラリス)近郊の静かな住宅街の一角にある貴族邸に寄宿していた。昨年3月、特使団代表の枢機卿の紹介で、アルミンはフェルレーアの軍事戦略や戦術を学ぶ為に軍大学に聴講生として留学することになったのだった。

 恋人のクリスタはパラディ島に残っている。クリスタは総統府広報官となったペトラの下で翻訳担当として、基地建設に伴って赴任してきたフェルレーア人将校達の対応に当たっていた。クリスタから定期便毎に送られてくる手紙には多忙で休みが欲しいと愚痴が書かれていた。外国語(フェルレーア語・ヒィルズ語)をほぼ完璧に話せる人員はパラディ国内では極限られており、大急ぎで人材養成中だが不足しているのが実情だった。

 

 アルミンが渡航して学業の傍ら手記を執筆した。祖国パラディ王国のイメージアップ作戦の一環である。トロスト区防衛戦、当時訓練兵だった自分達が襲来した巨人の大群と死闘と繰り広げた記憶を小説風に纏めて書き上げたのだった。自分やミーナを逃がす為に囮となって巨人に立ち向かった親友エレンの章は特に力を入れた。

 

 枢機卿から紹介された出版社の協力の下、『心臓を捧げよ――ある訓練兵の記憶』(フェルレーア語版)を本として発売すると、驚くべき事にフェルレーア国内で十万部近くが売れたのだった。さらに執筆協力者が翻訳してヒィルズ語版を作製し、ヒィルズ国でも初版だけで5万部が売れたという。両国共に貸本システム(貸本屋が料金を取って客に一定期間本を貸す)が発達している事を考えると百万人以上の人々がアルミンの本を読んでくれた事になるだろう。本の中の挿絵の美少女(クリスタ)――”北の島の戦闘妖精”(編集者が命名)が爆発的人気となり、クリスタの似顔絵・ポスター・プロマイドも十万を超えて売れていた。さらに手記の背景のパラディ島の解説本を発売するとこちらも万単位で売れていた。

 

 自国のイメージアップ作戦は大成功し、マーレから巨人で虐げられているパラディ王国を助けようという機運が両国で盛り上がった。このお陰で戦時国債の順調な販売となったばかりか、寄付を申し出る人々も後を絶たなかった。これらの資金を元にパラディ本国では空挺兵団の艦船配備や軍の近代化を推し進めている。

 アルミン自身は本のお陰で多額の印税収入を得ており、その大半を自国の戦時国債購入に当てていた。

 

 

 アルミンが家人達と朝食を終えて、軍大学に出かけようとすると同じ寄宿生で学友のフェルナンドが声を掛けてきた。フェルナンドは王国海軍少尉で現在は軍大学一回生だった。

「よぅ、アルミン。お前、すげえな。去年の本の売り上げ数総合一位だぜ。一躍ベストセラー作家じゃんかよ」

「あ、ありがとう。でも出版社の方々に一杯手伝ってもらっているからね。僕一人じゃとても無理だよ」

 本の宣伝などは出版社が大々的に行っている。文章の校正も編集者が付きっ切りでアルミンを補助(サポート)してくれたのだった。

「お前さんは謙虚だからなぁ。だが我が国(フェルレーア)では遠慮はあまり評価されないぞ。言わなきゃわかないからな。女だって声を掛けなきゃ恋は始まらないぞ。あっ、お前さんはもう超絶美少女の彼女がいるんだったよな?」

「うん、まあね」

「ちくちょう! 羨ましいぜ。あの戦闘妖精ちゃんだろ? 実はオレもファンなんだ。プロマイド買って大事にしてるぜ」

「ありがとうね」

「なあ、戦闘妖精ちゃんは我が国には来ないのかな? オレもそうだが一目でも会いたいという奴は何万人っていると思うぜ。コンサートでも開けばチケット完売間違い無しだろうよ」

彼女(クリスタ)はそういうの、あまり好きじゃないと思うんだ。まじめで良い子なんだけどね」

「でもさ、お前さんには逢いに来てくれるだろ?」

「むこうの仕事が落ち着いたら来てくれるかもしれないかな」

「その時はだな、ぜひ会わせてくれよ」

「……」

「あ、誤解するなって。別の友人の彼女を取ったりはしねーよ。でもさ、男なら超絶美少女には惹かれるだろ?」

「わ、わかったよ。そのときがきたらね」

「やったぜ」

アルミンはフェルナンドにクリスタと合わせる事を約束させられてしまった。悪い奴でないのは付き合いで分かっているが、どうも強引な性格のようだ。フェルナンドは大学で別の講義を受けているので先に行ってしまった。

 

(僕って友達には強気な奴が多いのかな? エレンもそうだったけど……)

 アルミンは空を見て軽く溜息をついた。本には己を棄てて自分を助けてくれたエレンを見殺しにしてしまった自責の念を書き綴っている。今、自分がこうして遠い異国の地で本を書き、軍大学に通っているのは全て彼のお陰なのだった。そうでなければ自分はとっくに巨人の胃袋の中に納まっているに違いない。

 

 アルミンが大学に向おうと貴族邸を出たところでいきなりアルミンに抱きついてきた白い人影があった。

 

「えへへ、お久しぶり。アルミン」

 クリスタだった。彼女とは1年ぶりの再会になる。クリスタは白いドレスの服を着て帽子を被っている。艶やかな長い金髪が風で揺れていた。17歳になったクリスタは以前にも増して美貌に磨きがかかっている様だった。クリスタはアルミンに抱きついてくると顔を摺り寄せてきた。

 

「会いたかったよ~」

「クリスタ!? どうしてこっちに?」

 アルミンは驚いた。手紙には会いたいとは書かれていてもこちら(フェルレーア)に来るとは一言も書かれていなかったのだった。

「やっとね、閣下(エルヴィン)の許可が出たんだもん。それに手紙出すのと到着するのって同時になるじゃない?」

パラディ王国とここフェルレーアの一番早い情報は相互に行き来する飛行船だった。(無線はまだ発達していない。)

 

「そっか……」

「アルミン、背が伸びたね。羨ましいなぁ。わたしなんて訓練兵入団の時から背が変わっていないんだよ。ずっとチビのままだもん」

「クリスタはそのままでも十分可愛いと思うよ」

「アルミンがそう言ってくれるならいいかな」

「あっ、せっかくだから景色のいいところでゆっくり話そうか? 近くにいい所があるんだよ」

「うん」

 クリスタの持っている大きな鞄などをこの貴族邸の召使達に預けたのち、アルミンは自転車を借りてクリスタを後ろに乗せて高台の公園に行った。(自転車はフェルレーア王都では庶民に普及している一般的な乗り物だった。王都は石畳やアスファルトで舗装されていて道が良い事も普及を後押しする要因である)

 

 

 高台の公園からは遠く湾内の様子が一望できる。高台近くには白い大きな風車が何十台も立っていて蒼い空との対照が印象的だった。

 

「うわー、きれいだね」

「考え事とかするときはここに来るよ」

「いいところだね」

 クリスタは眺めを見ながら遠くの街並みを眺めている。景色と相まってクリスタの美貌が輝いて見えていた。

 

 

「わたし、アルミンの本読んだよ」

「あれ? パラディ語版はまだ発売していないよ」

 アルミンの本は自国版はまだ発売していなかった。優先順位としてフェルレーア・ヒィルズの両列強での宣伝を優先していたためだ。

「わたし、フェルレーア語できる事知ってるでしょ? だからフェルレーア軍将校の一人から本を借りて読んじゃった」

リタからの記憶転送のお陰でアルミン達元秘密結社メンバー(ペトラ、アルミン、クリスタ)はこの惑星での主要言語を話す事が出来ている。(マーレ語・フェルレーア語・ヒィルズ語) 超人的な特殊技能ではないが地味に役立つ技能だった。

 

「あ、そうか」

「アルミンの本、すごくよく書けてるよ。結末を知っているわたしでも興奮して徹夜で読んじゃったよ」

「あはは、なんかクリスタに褒められるとちょっと恥ずかしいな」

 アルミンは恋人とはわかっていても照れくさくなった。

 

「でもねぇ、アルミン。いつの間にわたし、戦闘妖精になっちゃってるの? アルミンの本だとミカサとわたし、同一人物になってるじゃない。わたし、あんなに強くないよ?」

 クリスタは口を尖らせて文句を言った。この世界から消失したミカサの事を書くわけには行かず、アルミンはクリスタがトロスト区防衛戦で大活躍したというストーリーで多少事実を粉飾していたのだった。(ミカサはシャスタと共に宇宙に旅立っている。他にもアニの件など機密事項がある)

 

「まあ、編集の都合上、色々とあってね。宣伝文句(キャッチコピー)は出版社が作っちゃたから。僕だってあそこまでなんて思わなかった。挿絵に使っただけなのに、いつの間にかポスターまで売る話になっているし……」

「商売上手だよね。フェルレーアの人々って」

「うん、マーレに長年虐められてきた人々だからね。利用できるものは何でも利用するし、機会を捉えるのは抜群だよ」

フェルレーアは大陸側領土をマーレに奪われ、半世紀前の大戦の緒戦ではマーレ軍の大艦隊による侵攻を受けている。当時、必敗と言われた戦況を覆して他列強を味方につけてマーレ主力艦隊を打ち破っていた。艦隊決戦で敗北していれば恐らく制海権を奪われて後はなかっただろう。

 

「わたしたちもかな。本が売れたことで国債も順調に売れているんでしょ?」

「クリスタのお陰だよ。(空挺兵団の)飛行艦の資金調達ができたからね。ありがとうね」

「えへへ、どういたしまして。アルミンが喜んでくれるなら、わたし、それが一番嬉しいよ」

 クリスタは抜群の美女になっても性格は昔と変わらないようだった。どこか子供っぽい性格が本来のクリスタのようだった。

 

 

「あ、そうだ。ペトラ先輩、先日、無事に産まれたよ~。女の子だって」

 クリスタはポンっと手を打って報告してきた。ペトラはエルヴィンと結婚し、その後妊娠していたのだった。妊婦となってもペトラは出産直前まで総統府広報官として仕事をしていたようである。ペトラの両親が手伝いに来ているのだが、ペトラの身体を心配する親とは口喧嘩が絶えないらしい。そもそもペトラは両親の反対を押し切って調査兵団に入団した過去がある。

 

「そうなんだ、よかったね」

「名前は……リタだよ」

「……そうかなと思った。ペトラ先輩にとっては一番大事な親友の名前だろうから」

 リタはアルミンやクリスタにとっても大切な、とても大切な人だった。トロスト区戦以降四ヶ月近く、ハンジ・シャスタ・ペトラと共に自分達を見守り指導してくれたのだった。自分達の生ある限り、アルミンやクリスタの記憶の中でリタは生き続けるだろう。リタとシャスタはこの世界を救う為に神なる存在から遣わされた天使だったのかもしれない。

 

「ミカサ、どうしているかな?」

「うん、きっと元気だと思うよ。シャスタ先輩も一緒だからね」

「そうだよね」

 アルミンとクリスタは空を仰ぎ見る。今は昼間なので見えないが広大な星々の世界のどこかにミカサを乗せた宇宙船(スターシップ)が航行しているはずなのだった。フェルレーアの王都から見上げる青空はどこまでも青く澄み渡っていた。

 




【あとがき】
 アルミンがフェルレーアに渡航し、そこで本(フェルレーア語版)を出版します。後にヒィルズ語版も出版。ベストセラー作家になりましたが、あくまで本業はパラディ王国軍将校で駐在武官です。”戦闘妖精”?――クリスタはフェルレーア・ヒィルズといった海洋国家同盟諸国で知らない人はいないぐらいの存在になってしまいました。(原作の女王よりも惑星全域では有名人かもしれません)クリスタは戦時国債の順調な販売に十分貢献しています。これが前話の飛行艦整備に結びついています。

 ペトラは妊娠し無事女の子が生まれています。新生児”リタ・スミス”は美男美女で次期総統候補の豪華カップルから誕生したことになります。

 進撃世界の並行政界(パラレルワールド)のこの小説も本編はここで終わります。エレン亡き後のアルミン・クリスタの物語になってしまった感がありますけど。もしかしたら宇宙に旅立ったミカサのその後や、外伝を書くかもしれませんが、今は筆を置きます。

 それにしても自分でも驚きです。まさか最終話まで書く事ができるとは。途中挫折しそうなりました(一年間ほどの休止あり) 2014年からですものね。長らく読んで下さった読者の方々、感想を寄せてくれた方々には感謝しています。本当にありがとうございました。


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