【完結】 セブルス・スネイプの天国 (トライアヌス円柱)
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リリィ
1話 苦悩の男


投稿初めてです。
文字数は短めで、12~14話くらいでまとめようと思ってます。
豆腐メンタルですが、感想いただけると歓喜して転がります。


 有り体に言って、セブルス・スネイプは苦悩していた。

 

 

 その姿を目の当たりのした人間は、きっと『事業で失敗した男』『恋人に捨てられた男』などの想像を掻き立てられずにいられないほどの状態であり、今を生きる聖職者なら、即座に呼び止めて神の愛と人生の素晴らしさを説いただろう。

 

 端的に言うと、今にも自殺しそうな雰囲気がにじみ出ているのだ。

 

 それもそのはず。彼には幼い頃から成人した現在まで、一途に思っている女性がいる。その名はリリー・ポッター。旧姓エバンズ。今現在、彼女は命を失う危機に晒されている。

 

 他ならぬ、セブルス・スネイプが原因で。

 

 無論、一から十まで彼の責任という訳ではない。主犯は無論、今をトキメクかの闇の帝王であり、彼を打ち倒すと予言された存在の間近にリリーがいるのだ。命を失うことをどこかのイタリアンマフィアのボスより恐れているヴォルデモートがそんな存在を無視するはずもなく、それが故に彼女に振り掛かる危険度は、台風の日に田んぼの様子が気になった老農夫より高い。

 

 しかし、そんな「死ぬのはいかん、あれだけはいかんのじゃ」を地で行くヴォルデモートに、その『彼の破滅に繋がる存在の予言』が齎されたことを報告したのが、誰あろうセブルス・スネイプその人なのである。

 

 

 死喰い人としては大手柄であり、リリーの幼馴染みとしてはただの屑。

 

 

 そう言われてもおかしくない状況を作り出してしまっていたのだ。現に『愛の伝道師』と言わんばかりに慈愛を説いているアルバス・ダンブルドアをして、靴の裏に貼り付いたガムを見るような目で見られたほどである(無論、スネイプの被害妄想も多分に入っているのではある。実際は呆れはしても蔑んだ目ではみていない)

 

 スネイプはすでにダンブルドアに事の顛末は報告し、ヴォルデモートを裏切った状態にある。ダンブルドアはなんとか『予言の子』であるハリー・ポッターもしくはネビル・ロングボトムを守るためにあらゆる策を講じてはいるが、卑劣な作戦立案となりふり構わない暴走にかけては、死喰い人の方に一日の長があるのが現状であり、その劣勢を打破するためにも、スネイプは『不死鳥の騎士団』のスパイとして、表向きは未だ死喰い人として活動することとなっている。

 

 つまり、スネイプ自身がリリーを守ることは出来ない立場なのだ。無論、そうなることが当然であるし、むしろリリーに合わせる顔などない。

 

 だからといって、澄ました顔でスパイ活動出来るほどには、セブルス・スネイプという男の心臓は強く出来ていない。むしろ、相当にナイーブで繊細な心を持ってしまったが故に、かなり面倒くさい性格に成長してしまったのがこの男だ。

 

 なので、今彼はとにかく「遠くに行きたい」心境にあった。未だダンブルドアからスパイとしての活動方針も聞いておらず、せいぜいが他の死喰い人に裏切りがバレないように、と注意された程度。要するに、今は体が空いているのだ。

 

 何かしらの『指令』が与えられた状態であれば、それに専心し、悶々とした心境を一時とは言え薄れさせる(ここで忘れさせる、ではなく薄れさせるまでしか出来ないのが、セブルス・スネイプたる所以である)ことが出来ただろうが、なまじ空いた時間が出来てしまったがゆえに、自己嫌悪と焦燥という苦悩スパイラルに陥ってしまったのだった。

 

 だが、そうはなっても、彼は自身の心の煩悶を、他者へ向けさせないところは美点である。今の彼のような状態に陥ったとき、特に男性は暴力性に身を任せたり、酒に逃げたりすることがあるが、スネイプはそうした行動を思いつくことすらしなかった。

 

 思えば、この男は自身と周囲が思っているほど、他者に対する暴力性が高くない。むしろ、男性の平均よりよほど低いだろう。リリー・エバンズが憎きジェームズ・ポッターと結婚することを聞いたときも、彼は『ジェームズを襲う』『リリーを攫う』などのような行動を考えもせず、ただ一人で慟哭し、身を引いただけだ。

 

 しかし、だからこそというべきか、彼の心情は内に篭りやすく、その末に出た行動は陰湿に映るのだ。そして今、その溜まりやすい負の感情が彼の肉体を螺旋を描いて巡っている。

 

 そうした経緯を辿った末、彼はマグルの世界にいる。魔法界にいると、どこへいっても常に「例のあの人」だの「死喰い人」だのの単語が耳に入ってくるので、自分がやらかしたことを嫌でも想起させ、その度に苦悩スパイラルは深まり、自分の価値などレプラコーンが作った偽金貨より低いのではないかという気持ちになり、反射的に自分に杖先を向けて磔の呪いを放つ衝動に駆られる。

 

 マグル界ならば、そうした言葉は入ってこない。なので彼は逃げるように、いや実際逃げているわけだが、イギリスの地方都市の一つであり、観光名所でもあるバース市のカフェテラスにいた。人気のない場所だと一人で悶々と負のスパイラルに陥るので、なるべく喧騒の中にいたかったのだ(彼の人生で非常に稀有なことである)。

 

 彼の気分は陰鬱そのものだが、そんな彼をあざ笑うかのように天気は晴れ渡り、道行く人々も笑顔に満ちている。無論、こんな天気の良い日の観光地のカフェテラスで、明日世界が滅びるとでも言われたかのような雰囲気の男こそが異質なのであるが。

 

 現在彼がいるカフェテラスは満員で、店員は新たに来た客に相席の是非を確認している状況であるが、誰も彼のテーブルに寄り付こうとしない。むろん、スネイプも席を立とうとはしない。飲み物の注文は何度かしているので、迷惑な客と言うわけではないが、店側としては早く帰って欲しい客である。この観光風靡な街のカフェで、その一角だけが暗くなっているのだから。

 

 そして当のスネイプは、これだけ周囲に気分を明るくさせる材料が揃っているのに、思考はどんどん埓のない方向へ向かっていた。

 

 

 ああ、タイムターナーを魔改造すれば、過去に戻ってやり直せるだろうか。

 

 いや、いっそポリジュース薬を飲み、自分が生まれてくるリリーの子供に成り代われば彼女は安全では?

 

 いやいや何を考えているのだ、もういっそあそこのトラックが突っ込んで来てくれれば、こんな気分もしなくて済む。

 

 そうしてこことは一切関係ない異世界に旅立てたりしたら、どれほど楽だろうか。

 

 

 などと本当にどうしようもない考えに嵌っている彼に、今日初めて変化が訪れた。

 

 「相席、よろしいかしら」

 

 一瞬、自分に掛けられた言葉だということに気づかなかった。というよりも、彼はいま自分がいるカフェテラスの状況にすら気づいていなかった。今更ながら現実に立ち戻った彼は、死んでいたも同然の脳細胞をフル活動させ状況を把握に努める。

 

 なるほど、どうやらこの店は現在満席で、そのために彼女は唯一空いている自分の対面の席を求めているのだ。

 

 「構わない」

 

 彼は事務的に、感情の篭らない声で返答をする。常の彼であれば声に微量の『不機嫌』という名のアクセントが付いたかもしれないが、今の彼は平静さを繕うだけで精一杯だ。

 

 「ありがとう」

 

 そんなスネイプと同様に感情の乗らない返答と共に女性は席に座り、ウェイターに注文を告げた。その際、ウェイターが女性へ何とも言えない視線を向けていたが、今のスネイプにはそのことに気づく余裕はない。

 

 もちろんウェイターの視線の正体は、「よくこんな人と相席できるな。自分なら他所の店いく」といったものであり、奇特な女性もいたものだ、と感心の色が濃いものである。

 

 そうした変化はあったものの、スネイプの行動は変わらない。街並みを見ている振りをしながら思考の沼に嵌まり、暗黒オーラを周囲に撒き散らす。そして対面の女性はそんな彼に特に気構える様子もなく、紅茶を一杯飲んだ後は、トートバッグから取り出した文庫本を読んでいる。

 

 周囲の目から見れば、どこか浮いた光景であった。彼らの周囲だけ体感気温が低くなっているように見える。しかし、多くの人間は連れとのお喋りやこれからの観光スケジュールの確認に忙しく、異質であっても害はない他人になど、興味が続くものではない。

 

 その状態のまま、時計の長針が半周していた。流石のスネイプも対面に居る人物のことは完全に意識の外に置くことはできず、彼女をきっかけとして周囲と自分の雰囲気の落差をようやく察知した。なるほど、自分は悪い意味で『浮いている』状態にあるのだと分かったが、分かったところで特になにも変わらない。例え他の店に移ったところで、自分の心境に変化が訪れるとは思えなかった。

 

 となると、そんな陰鬱な雰囲気を放つ自分に怯むことなく相席している女性は、よほど肝が座っているのか、それとも単なる変わり者か。彼はようやくその事実に気づき、女性の様子に目をやった。

 

 腰まで伸ばしたブルネットの髪は、スネイプのかつての恋敵(もう決着はついているため「かつて」)のような癖は無くまっすぐで、黒を基調とした服装と、整っているがゆえに近づき難さを覚えさせる顔立ちという組み合わせは、どこか冷たさを感じさせ、人によっては威圧感を覚えさせるものかも知れない。

 

 年齢は自分より少し若いくらいだろうか。マグルの世界であれば、まだ学生か。しかし女性の年齢というのは測り難いものなので、もしかしたら同い年かもしれない。

 

 全体としては怜悧な雰囲気を感じさせる。スネイプの経験によれば、こういう雰囲気の人物はレイブンクロー生、特に成績上位者に多く、『他者が何をしていようと興味がない』というスタンスだ。ならばこそ、今の自分なんかと相席できたのだろう。

 

 そうスネイプが失礼にならない範囲で観察している間も、目の前のブルネットの女性は静かに文庫本のページを捲っているだけだ。

 

 彼の耳には観光客の喧騒に、新しく女性が規則正しく捲るページの音が加わった。けれどそれは彼のが陥っている苦悩スパイラルを解決させるBGMにはなりえない。

 

 その状態は変わらず、さらに時計の長針が半周する。

 

 そうして、セブルス・スネイプの人生を左右する会話は、唐突に始まったのだ。  

 

 

 

「失礼なことを尋ねるけれど、貴方このあと自殺したりしないわよね」

 

 

 



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2話 一期一会の告解

 

 

「失礼なことを尋ねるけれど、貴方このあと自殺したりしないわよね」

 

 

 

 スネイプは一瞬、忘我の状態に陥る。まさか話しかけられるとは思っていなかったし、もし話しかけられるとしても陰鬱な自分に対しての悪態がせいぜいであると思っていたからだ。

 

 なのになぜ、この女性は初対面の自分を気遣うようなことを尋ねてきたのだろう。彼がそう思考に沈んでいると、もう一度女性の方から言葉が掛かる。

 

 「無躾よね。自覚してるわ。でも、目の前で今にも死にそうな顔をされたら、いくら私でも気になるわ」

 

 「いくら私でも」と言われても、スネイプには目の前の女性の性格を一切知らないので、普段の彼女が優しい性格なのか冷たい性格なのかは分からない。しかし、今の口振りからすると、あまり他人の事情に口を挟むことをしない、所謂おせっかいなタイプではないということを自覚しているようだ。

 

 先程は一瞥しただけだったが、改めて女性の風貌に目をやると、基本的に黒でコーディネートされた服装だ。濃い茶色のベルト付きトッパーカーディガンに、黒のカットソー。スカートグレーのジャンパースカート。その服装に合うかのように、声色も抑揚があまりない落ち着いたもので、全体として知的な印象を覚える。そして知的であるということは、どこか冷たい印象も与えるものだが、最初の印象通り、彼女も普段はその例に漏れないようだ。

 

 そんな女性が思わず声をかけてしまうほど、今のスネイプは暗黒の雰囲気を漂わせていたということだろう。

 

 「……いや、こちらこそ居心地を悪くさせて申し訳ない」

 

 普段ならば、初対面の女性に対してそんな言葉を向けるスネイプではない。しかし、先述のとおり今の彼は非常にナイーブな状態にあり、かつ自己嫌悪の念で押しつぶされんとしている。通常の数倍も自己肯定力が減退しているため、相手に対する応対も、常に無く気を遣ったものとなった。

 

 「そう、気分を害していないようでよかった。それで、話を繰り返すようで申し訳ないけれど、貴方、今にも自殺しそうな顔をしているわ」

 

 「……それほど、ひどい顔をしているだろうか」

 

 「してる。それで、貴方さえよければだけど、その鬱屈した気持ち、少し私に話してみない?」

 

 「…………」

 

 スネイプは今度もまた言葉を失い、驚愕する。いったい目の前の女性は何を言っているのだろう?

 

 「何を言っているのだろう、という顔をしているわね。ええ、唐突で無遠慮な提案であることは自覚しているわ。でも、そうね。経験から出た言葉というのは、案外あてになるものなの。心に溜め込んだ鬱憤や知人には話せないような相談は、赤の他人にする方がいいものなのよ」

 

 まあ、これも受け売りだけど、と彼女は続けたが、スネイプは一理あると思った。今の彼の心境や立場は、死喰い人の連中には到底話せるものではないし、自慢にならないが友人らしい友人もいない。ダンブルドアに話しても、おそらく告解所の神父のような言葉しか返ってこないのは予想できる。

 

 ならばこそ、一期一会でしかない相手に話すことで、少しでも心境が良くなるというのなら、試みても良いだろう。そう思うほど、今のスネイプは精神的にまいっていた。変にプライドが高い彼が、見ず知らずの女性に心の内を見せることなど、おそらく一生でこの瞬間しかないであろう。

 

 「……貴女の提案には頷けるものがある。迷惑でなければ、私の相談に乗って貰いたい」

 

 「貴方の望む言葉を掛けてあげられる保証は出来ないけれど、少なくとも私に話すことで、自分の気持ちの整理にはなると思う」

 

 女性の返答は、あくまで冷静だった。スネイプには、それが有難い。そして『望む言葉』が掛けられることはないだろう。なにしろ、スネイプ自身がそれが何なのかを分かっていないのだから。

 

 

 

 

 そうして、セブルス・スネイプは語り始めた。今の自分の立場、してしまったこと、今自分は何をすればいいのか、それらを隠すことなく打ち明けた。

 

 無論、魔法界に関わる事象はぼかしながらであるが、本質的なところはすべて話した。

 

 

 「……なるほどね。つまり貴方は、今も想いを寄せている既婚者の幼馴染がいて、彼女の身に危険が及ぶことに手を貸してしまい、それを解決できる相手に話したものの、自責と罪悪感に囚われている。まとめとしてはこれで良いかしら?」

 

 こんな要約で申し訳ないけれど、とブルネットの女性は言ったが、スネイプにそのことを責めるつもりはない。むしろ、時系列が一定せず、途中で何度も黙り込んだりして流れを中断させたりした話を、よく簡潔に纏めてくれたものだ。

 

 この晴れた昼下がりのカフェテラスでも読書をしていたというだけはあり、読書家ゆえに文章を纏める能力が高いのだろうか。

 

 「それで間違っていない。なんとも情けない話だと我ながら思っているが……」

 

 「そう? 私は別に情けないとは思わないわ。まあ、犯罪行為は良くないことだと、一般的倫理観に照らし合わせば言えるけど」

 

 大仰に『身の危険が迫る』と聞けば、まず思いつくのは犯罪組織関連だろう。スネイプの話を、ブルネットの女性は『スネイプが犯罪組織に加担したことによって、リリーの身に危険が迫った』と解釈したようだ。そしてそれは別に間違っていない。死喰い人などという存在は、マグルの価値観に照らし合わせれば、せいぜいが『テロリスト』、精一杯譲歩して『過激派政治集団』となる。

 

 こんな話を、彼女は特に眉を顰めるでもなく、紅茶を時間を掛けて飲みながら聞いてくれた。余談になるが、セブルス・スネイプにとって目の前の女性のようなタイプと対話するのは初めてだ。これまで彼が関わってきた女性は、母親や死喰い人の女たちのようなヒステリック、もしくは陰湿な連中か、敵対する『不死鳥の騎士団』の女衆のような勝気な女性ばかりだった。例外として、彼の女神であるリリー・エバンズのような優しい女性がごく少数。

 

 しかし、この女性は冷たいわけではないが、けして優しいわけでもない。落ち着いているが(自分のような)暗い雰囲気はなく、けれど朗らかな印象も受けない。なんと形容すべきか、そう深くない海の底から見る太陽のような仄かな光を彷彿させる女性だった。この雰囲気がなければ、自分はこんな自らの恥を晒す話を他人にしていなかっただろう。

 

 「返す言葉もない。自分でも自棄になっていたのだと、いまでは自覚できる。私は嫉妬に狂っていたのだ」

 

 「その女性を自分のものに出来なかった嫉妬ということ? ……それは違うと思うわ。きっと貴方はその人に想いを伝えられなかった自分の勇気の無さに後悔していたのだと思う」

 

 「そう、だろうか」

 

 「ええ。だって貴方の口から、その女性の夫になった男性を悪しざまに罵る言葉は出てこなかったのもの。嫉妬していたのなら、多少は出ていたと思うわ。『あいつよりも自分の方が』といった話が一度もなかったのだから、きっと貴方はその男性のことを認めているのだと思う」

 

 「………確かに、そうかもしれない。いや、そうなのだ。あの男のことは今でも嫌いだが、それでも彼女への想いに関しては、私のように恐れることなく、真っ直ぐにぶつかっていった」

 

 グリフィンドールとスリザリンという対立関係にある寮生という立場、マグル出身と混血という出自の違い。そうした今思えば『些事』にスネイプが拘り燻っている間にも、ジェームズ・ポッターはどこまでも真っ直ぐにリリーに愛を伝えていた。

 

 ………自分は、ついぞただの一度もリリーに対して想いを告げないままだったというのに。

 

 この一事を見ても、どちらがリリーに相応しいかが分かるというものだ。その上、自分は彼女に言ってはならない暴言を吐き、そのことに謝罪しないまま別れている。本当に、誰がこんな男を選ぶものか。

 

 だというのに、未だ未練がましく彼女を想っているのだ。なんというみっともない男だろう、少しは引き際というものを知るべきだ。

 

 ブルネットの女性に話すことにより、自分をより客観視できる状態になっていることを、スネイプは自覚した。なるほど、たしかに赤の他人に話すことにより自分の気持ちを整理することには成功しているようだ。成功したところで、苦味しか出てこなかったのは因果応報というべきだろうか。

 

 「一つ確認させて欲しいわ。貴方は、その女性を今でも愛しているの?」

 

 「ああ、我ながら未練がましく、どうしようもないことだとは自覚しつつも、それでも彼女を、うむ、愛して、いるのだろう」

 

 こうして、リリーに対する気持ちを口にしたのは、もしかしたら初めてかも知れない。まったく、自分はそんなことすらしていなかったのかと、なお自己嫌悪が深まる。そうなると、必然的に自嘲的な言葉が続く。

 

 「本当に、情けないな。客観的に見ても、許されざる相手に想いを寄せていると理解できる。………貴方も、こんな男の相談など乗るべきではなかったと、後悔しているのではないかな」

 

 これは本心だった。逆の立場になっても、こんな話を聞かされたら「その腐った性根を直せ」以外に言葉はないだろうということぐらい分かる。もしスネイプがこんな相談されたものなら、「潔く自害しろ」と言いながら毒薬を贈ることだろう。

 

 

 …だから、女性から返された言葉は、まったくの予想外だった。

 

 

 「いいえ、全く。私も世間一般では許容されない相手を愛しているから、貴方の気持ちの幾ばくかは理解できるわ」

 

 



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3話 誰かを好きになったこと

タグに「ガールズラブ」を付けるべきか考えましたが、取り敢えず保留に
なにぶん初心者のため、ご助言ありましたら感想欄にいただけると助かります。


 

 

 

 「いいえ、全く。私も世間一般では許容されない相手を愛しているから、貴方の気持ちの幾ばくかは理解できるわ」

 

 

 無論、違うところも多いけれど、と続いた彼女の言葉が上手く聞き取れなかったほど、スネイプは驚く。まったく、自分は何度この女性に驚かされれば気が済むのか、とさらに自嘲する思いも湧いてきたが、今はそれよりも彼女に尋ねたい気持ちが優先した。

 

 「貴女も……?」

 

 「ええ、私が彼女を愛することを、両親親戚は認めてくれなかったもの」

 

 「………!」

 

 『私が彼女を愛すること』。今このブルネットの【女性】は間違いなく口にした。女性である彼女が愛する対象への二人称も【彼女】ということは………

 

 「ええ、私が愛する人も女性。世間一般で言う同性愛者よ。私」

 

 特に気負うこともなく、いっそ清々しいほどにさらりと告げるその姿。

 

 「そう、か」

 

 しかし、そうなると彼女の先ほどの言葉も頷ける。自分は人妻、彼女は同性。それぞれ『世間一般では許容されない相手』を愛しているのだ。

 

 「ただ、私の場合は多くの点で貴方と重なり、大きな点で貴方と異なる」

 

 「それはいったい?」

 

 「私とあの子は幼馴染で、長いあいだ交流していたというところは貴方と同じだけれど、今でも一緒にいるところが、貴方と違う」

 

 「ああ、それは確かに、大きな違いだ」

 

 普通なら気持ちを大きく揺さぶられる場面だったかもしれないが、感情を波立てることなく会話が出来ているのは、どこまでも淡々とした彼女の語り口のせいだろうか、とスネイプは思いながらも、やはり想い人と相思相愛であることを羨んだ。

 

 「でもそれは、私が貴方より優れていたとか勇気があったとか、そういう話じゃないわ。きっと、私は貴方より幸運だったのね」

 

 「そのあたりの所感を尋ねても?」

 

 「私はこんな性格だから、はっきりと自分の気持ちを告げたりしなかったわ。そうしたことは、いつもあの子がやってくれた。どこかに行くのも、いつも言い出すのはあの子。内にこもりがちな私の手を、時には鬱陶しいほどに引っ張ってくれたのがあの子だった」

 

 

 ……その関係は、自分とリリーに通じるものがある。陰気でプライドだけは高い自分を、いつも外に連れ出し一緒に遊んでくれたのが、リリー・エバンズだった。

 

 

 「告白してくれたのも、あの子よ。私のことが好き、これからも一緒にいようって言ってくれた言葉に、私は嬉しかったくせに『そんなの当たり前じゃない』と気取って返していたのだから、今思えばお笑い草ね」

 

 彼女は苦笑して自身の過去を語った。この女性が笑顔になったのはこれが初めてかも知れない。

 

 そこが、自分との違いだ。スネイプはリリーから告白を受けたことなどない。そして話を聞いたところから想像するに、どうやらこのブルネットの女性の恋人の性格は、割とジェームズ・ポッターに似たところがあるように思える。どこか暴走しがちな恋人に対し、静かで落ち着いた雰囲気の彼女。なるほど、凹凸が見事に嵌まり、バランスが良いように見える。やや異なるものの、ジェームズ・ポッターとリリーの関係にも通じるものがある。

 

 しかし、翻って自分はどうだろうか。スネイプは自問する。自分とリリーが一緒にいても、それは自分が一方的に依存している関係になるのではないだろうか? やはり自分の存在は彼女の迷惑でしかなかったのでは? 自己嫌悪感が極まっている彼は、そんなことまで考え始めた。

 

 「顔が暗くなっているわ。何か悪い事を考えてる?」

 

 「いや、私は貴女のような人に愛される魅力がないことに、改めて気づいただけのことだ」

 

 「……まあ、話を聞く限り貴方は今自己嫌悪する気持ちが大きくなってるでしょうし、仕方がないことだと思うけれど、同じ女としての立場で言わせてもらうと、きっと貴方の想い人も、貴方と過ごしていて苦痛であったことは無いと思うわ」

 

 ここで『女として』という前提をされたからには、スネイプは反論しづらい。どうあっても彼は男性で、女性の気持ちを計り知ることが困難なのだから。同性ならば、そのハードルは下がることは理解できる。

 

 「だって、仕事でもない限り、一緒に居て苦痛な人間となんて、すぐ離れるでしょう? 貴方とその人は幼馴染で一緒に遊んでいたのだから、間違いなくその人にとっても、貴方との時間は楽しいものだったと思う」

 

 「そうか。そうであれば、いいな」

 

 「ええ、きっとそうよ。少なくとも私なら、不愉快な相手とはさっさと縁を切っているわ」

 

 「確かに貴女ならそうしそうだ」

 

 「あら、元気が出た?」

 

 「まあ、多少は」

 

 

 スネイプの精神状態がやや回復したことを確認したあと、ブルネットの女性は話を続ける。

 

 

 「貴方が自身の話をしてくれたお返しという訳ではないけれど、私もあの子との関係の話をさせて貰うわ。それが貴方の悩みの解決の糸口になるかは分からないけど、いいかしら」

 

 「ああ、構わない」

 

 スネイプも、女性の意図は察することができる。彼女とスネイプは、愛する人に関して共通事項が多い。長年の幼馴染であること、その愛が世間では許容されづらいことなど。だが、彼女は愛する人と今も一緒におり、自分は彼女と遠く離れて且つ、その身を危険に晒させてしまった。

 

 自分と彼女の違いを堀り下げることで、この先自分がすべき事が見えてくるかもしれない、スネイプは漠然とそう感じた。

 

 「さっきも話したけれど、私があの子と一緒になることを、両親も親戚も大反対したわ。私の家系は信心深い人間が多かったから、同性愛など言語道断だって」

 

 「なるほど、それはそうだろう」

 

 イギリスはプロテスタントが主流だが、カトリックほどではないにしろ、同性愛は許容されない。

 

 「向こうの家族は一応は認めてはくれたのだけれど、やっぱり心の底では反対だったみたい。友人たちは応援してくれたけれどね。それでもやっぱり家族への説得は難航したわ」

 

 「しかし、今でも貴女たちは一緒にいるということは、説得に成功したのだろう?」

 

 「いいえ、駆け落ちしたの」

 

 「!?」

 

 流石に今度は絶句した。この落ち着いた女性と「駆け落ち」という単語のギャップに、脳が理解するのに数秒の時間を要することとなる。

 

 

 「そ、そうか。それはまた、思い切ったことをしたものだな……」

 

 なんだか自分はさっきから彼女の言葉にこんな相槌しか打ってないような気もするが、とりあえず先を促すスネイプだった。

 

 「あなたなら聞いていて分かると思うけど、もちろん言いだしたのはあの子よ。でも、駆け落ち先の街は少し騒がしくてね……」

 

 「騒がしい?」

 

 「IRAの過激派が多かったの。その頃は大分落ち着いて来ていたと思っていたのだけれど、また活発になり始めたようだった。死者が出る事件が頻繁に起こっていったわ」

 

 「……それは」

 

 おそらく、魔法族が原因だ。その『騒ぎ』なるものの正体は、IRAのテロ活動ではなく、死喰い人による『マグル狩り』だろう。こうして当事者に話を聞くことで、改めて自分が所属していた集団がやらかしていた事の愚かさと迷惑さが分かる。

 

 魔法省も今はまともに機能していないので、隠蔽も上手く出来ていないことは知っている。ましてや死者が出てしまえば、『何か』にその責任を押し付けるしかない。そのスケープゴートに選ばれたのが、IRAというわけだ。

 

 「それもね、大学時代の同級生がそこでIRAに参加して活動していたから、彼と旧知だった私たちも同類とも見なされて、元々他所者だった私たちは、街を出るほかなかったわ」

 

 「………苦労をしたのだな」

 

 本来は迷惑をかけた、と言いたいところだが、言うわけにはいかないスネイプだった。こうして関わり、好意的な印象を抱く相手に死喰い人が害を及ぼしていたことを実感すると、自分の選択の過ちを痛感できる。

 

 ああ、本当にそうだった、自分がマグルを蔑視するような言葉を言うたびに、「そんな言葉を使っては駄目よセブ」とリリーはいつも注意してくれていたというのに。

 

 出自に対するコンプレックスの塊だった自分は、そんなことにすら気付かなかった。リリーが死喰い人と闇の魔術を嫌うのは、何と当たり前のことだろうか。

 

 

 「しかし、そうなると実家に戻ることになったのか?」

 

 「いいえ? 今度はアメリカに渡ろうとしたわ」

 

 もう驚くのはやめよう。そう思うスネイプだった。

 

 「『よーし、じゃあ自由の国に行こう。あそこならどんな恋愛も自由だよ』なんてあの子は息巻いてたけど、実際調べてみたらアメリカはこの国よりも同性愛に非寛容だったりしたのよね。まあ、地域によるけれど」

 

 「なるほど」

 

 「だから、カナダにしたの。同じイギリス連邦だし、アメリカより同性愛に寛容だし、あの子の親戚もいたしで、それなりに条件が良かったから」

 

 物静かな雰囲気とは裏腹に行動力の塊だな、と感心しながらも、だからこそスネイプは彼女に尋ねる。このことを尋ねずにはいられないし、この問こそが重要だと感じる。

 

 きっと、この問への彼女の返答に、自分が進むべき道の標があると、漠然とした予感を抱く自分がいる。

 

 

 「家族や故郷を捨ててまで、彼女と一緒にいることに後悔はなかったのか?」

 

 「ないわ。彼女と一緒にいない私は、私じゃない。いえ、家や宗教、IRAごときを理由に彼女を見捨てる私は、私じゃないわね。」

 

 

 

 彼女の返答には、一切の淀みはなかった。そしてだからこそ、スネイプはさらに尋ねる。

 

 

 「なぜ、そこまで出来る? 自分の周囲の環境、培ってきた成果、そうしたものをすべて捨てて、たった一人を優先できる?」

 

 「男の人ってそういうところあるわよね。立場とか周囲とか、そうしたことを気にかける。それが悪いとは言えないし、男だから女だからっていうのも、もしかしたら関係ないのかしら。でも、そうね、それって、そんなにおかしいこと?」

 

 「………」

 

 「誰かを大事に思うことを、明確に説明することが出来ないと、それは偽物かしら。私は、ただ自分の気持ちに正直でいただけよ。彼女が好き。誰よりも大事。だから彼女を優先した、それだけよ。………そこに、万人が納得できる理由はないし、いらないわ。けれど私はこの選択に納得してるし、後悔もしていない。」

 

 「すべては自分の気持ち、それだけだと……」

 

 「ええ、たったそれだけだし、それだけあれば十分すぎる。身勝手な女だと笑うかしら」

 

 

 その『たったそれだけ』が、今までのスネイプには出来なかったのだ。

 

 

 「……いや、笑えない。すくなくとも、貴女は自分の中の優先すべきものを誤っていないように思う」

 

 



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4話 天国のために歩みだす

 

 

 「……いや、笑えない。すくなくとも、貴女は自分の中の優先すべきものを誤っていないように思う」

 

 「それはどうして?」

 

 「表情だ。それに話し方も、か」

 

 訥訥と話す口調に淀みがなく、表情も静謐な美しさを湛えている。ブルネットの髪は美しく日光を反射し、その淡い光はやはりどこか海の底から仰ぐ陽の光を彷彿させる。

 

 「そう、そうね。私は今の私に満足している」

 

 その後に、「でも貴方は今の自分に満足していない」という言葉は出てこなかった。彼女は、スネイプの心情に必要以上に踏み込むつもりはない。最初にいったようにあくまで「相談相手」としての姿勢を崩すつもりはないようだ。

 

 スネイプにとって、やはり初めて出会うタイプだった。彼女からは高い知性を感じさせるが、同時にそれをひけらかすような態度も示さない。それでいて、相手を慮る姿勢も見える。

 

 いや、単純にこんな陰気な男に興味がないだけかもしれない。興味がないから踏み込まない、そういうことかもしれない。

 

 ふと、叡智の寮たるレイブンクローとは彼女のような人物のためにあるのでは、と心に浮かんだ。創始者ロウェナ・レイブンクローが仮にここにいたとして、彼女を何と評するだろうか。

 

 「……」

 

 だが、今は沈黙の間こそがありがたい。まったく知らない赤の他人だから、誰にも話せない内心を吐露できる。彼女の言うとおりだ。

 

 しばらく静寂が続く。カフェのテラスでは、心地よい風が吹き、観光地に相応しい落ち着いた陽の光が町並みを美しく彩っている。彼女はそんな景観を静かに眺めながら上品な所作で紅茶を口につけている。一方のスネイプは、テーブルの一点を凝視しながら、自身の葛藤を話すべきかを逡巡している。

 

……どれほど時間が経っただろうか。1分、2分、もしくは1時間は経ったかもしれない。少なくとも、スネイプにとってはとても長い時間を要した末に、終に口を開いた。

 

 実際には、ブルネットの彼女がもう一杯の紅茶を飲み終える程度の時間しか経っていなかったが。

 

 

 「さきほど話したように私には、大切な幼馴染がいる… 今でも愛している女性だ。そして彼女の身を危険に晒してしまったのは他ならぬ私自身。これから、私は彼女に何が出来るだろうか。私などが行動を起こして、それが彼女の為になるだろうか…」

 

 今、スネイプは弱気になっている。アルバス・ダンブルドアに事情を打ち明け、死喰い人を裏切ったからには、もう自分の身はどうなってもいいが、リリーのことはなんとしても守りたい。

 

 しかし、自信がないのだ。今更自分に何ができる…… そうした自嘲と自棄の気持ちが際限なく湧いてくる。理性の声は「お前は何もせずに、ダンブルドアの言うとおりにしておけ」と囁き、臆病な性根は「自分が余計なことをしてリリーに何かあったら耐えられない」と叫んでいる。

 

 心の袋小路に、スネイプはいるのだ。

 

 

 スネイプの吐露の後、彼女は紅茶で口を湿らせたのか。カップを音を立てずにソーサーに戻し話し始めたが、それはスネイプの問いに答えるものではなかった。

 

 「私の恋人、体が弱いのよ。去年生死の境をさまようほどの重体になったわ」

 

 「……! それは…意外だ」

 

 スネイプは驚いた。これまでの話を聞く限り、そうとうエネルギッシュな女性を想像していたのだ。何故かイメージは赤毛。鉄の心臓でも持っているかのような、殺しても死なないような頑強な人物像だったのだが。

 

 「そうでしょう? みんな驚くのよ、あの子が病弱なこと。ふふ、だってそうよね、あれだけ無闇矢鱈に走り回るくせに、すぐ息切れして倒れるんだから。でも、去年のことは流石に私も動転したわ」

 

 初めはただの風邪だったが、そこから様々な症状を誘発し、一時は寝たきりになったと聞き、スネイプはそうなったリリーを想像した。そして同時に、今自分はリリーをそんな症状より遥かに危険な状態へ追いやった事実にも向き合わざるを得ない。

 

 そんな陰鬱な表情になったスネイプを敢えて無視しながら、女性は話を続ける。

 

 「その時ね、流石にあの子も命を危険を感じたのか、珍しく弱気になったのでしょうね。ベッドで横になりながらポツリと言ったわ、『私が死んだら、天国へいけるのかな』って」

 

 マグルにとっての死後の世界の概念は、スピナーズエンドで育ったスネイプでも知っている。例えどれほど酷い親でも、キリスト教徒ならば必ず教える概念だ。天国…… おそらく自分には絶対にいけない場所だろう。もしそんな判決を受けようものなら、自ら地獄の大穴に飛び込むことも辞さない。自分は、それだけのことをしでかしたのだ。

 

 「そう言われた時の私は、どういう心境だったのでしょうね、今でも分からないわ。でも口からでた言葉は『どうかしら。煉獄へ行ってダンテと地獄めぐりも悪くないんじゃない?』だった」

 

 それはきっと、無意識に弱気になった恋人を慰めるために、冗談めかした言葉だったのだろう。僅かな言葉しか交わしていないが、スネイプはこの一期一会の女性が、淡白な言動とは裏腹に実は情が深い人だということは感じられていた。それを言葉にしてそれを指摘することはしなかった。今は彼女の語り終えるのを待つ時だろう。

 

 「あの子は笑ってくれたわ、『それもいいね』って。でも……」

 

 そこで彼女は言葉を止めた。おそらく、その時の情景を思い浮かべているのだろう。彼女の美しいブルネットが、風に吹かれてさらりと流れる。まるで上質な絹糸のようだった。

 

 続きを促すべきか迷ったが、スネイプは黙って待つことにした。そして十秒ほど思いを過去に馳せた後、彼女の語りは再開される。

 

 「こう言われたわ。『でも、天国にしろ煉獄にしろ、神様が作った場所だよね。そんな会ったことがない人が創った場所に、行きたくないなぁ』って。おかしな子でしょ?」

 

 「それは、確かに……」

 

 スネイプもマグルの、イギリス国教会の宗教的なことは多少知っている。『神』というものをマグルがどう思っているかは理解しているつもりだ。なにしろ、その文化は魔法世界にも影響している、イースターやクリスマスも、魔法世界に持ち込まれている文化だ。その『神』を指して「知らない人」とは、よくもまあ大胆な女性である。

 

 スネイプがそう見ず知らずの女性に関心とも呆れとも言えない感想を抱いていると、次に彼女が発した言葉に、瞠目する。

 

 

 

 「あの子はこう続けたわ『だから、私が行く天国はリリィに創って欲しい』って」

 

 

 

 リリィ。

 

 

 

 その単語を聞いた瞬間、スネイプの全身に落雷が走ったような衝撃を受けた。唐突に発せられたその単語。このブルネットの女性と自分は自己紹介も何もしていない。あくまで「名も知らない他人」という関係で会話をしていた。その方が話せることもあるから。

 

 そして、スネイプも彼女も、互の想い人に関しても固有名詞で語らなかった。そうした方がなんとなくいいだろうと、思っていたから。

 

 それを破って彼女がその単語を出したのに、特別な意図はあるまい。あくまで彼女の最愛の人物が発した言葉を、そのまま変えずに語ったまでだ。彼女にとってその言葉はおそらく大事な言葉であろうから、それは省いたり変えたりすることを意識してか無意識かは分からないが、厭ったのだろう。

 

 だが、いずれにしろ、彼女はその単語を口にした。

 

 リリィ。それが果たして彼女の本名か、愛称かは分からない。だが、その単語はスネイプにとってこの世の何よりも重い言葉なのだ。

 

 これも縁というものだろうか、だとしたら、なんという奇縁だろう。この女性の名前は『リリィ』。彼が想ってやまない女性と同じ響きであったのだ。

 

 今までは、泥濘のように重く溜まっていた気分を少しでも晴らすために、敢えて見ず知らずの女性に腹の中を話した。だが、彼女の名前を知った今となると、この出会いの意味がまるで違って見えてくる。

 

 今日この時、『リリィ』という女性と出逢い、これまで誰にも話したことなどなかった心の内を語ったことは、それこそ天の配剤ではないのだろうか。

 

 「…………」

 

 しばしスネイプが呆然としているうちも『リリィ』の話は進んでいく。

 

 「困ってしまうわよね。そんなこと言われても、どうしていいかなんて思いつかないわ。……でも、当時の私は真剣に考えたのよ。あの子に相応しい天国はどういうところだろうって、持っているアルバムをかき集めて、今まで付けていた日記を片っ端から読み返して…… おかしいわよね。普通、『そんな馬鹿なこと言わないで、貴女はこれからも一緒に生きるのよ』って怒ったりする場面よ、これ」

 

 「そう、だな。……うむ、それではまるで」

 

 「ええ、あの子が死ぬことを前提にした行動だもの。我ながら薄情だと思うわ」

 

 スネイプは、目の前の女性の行動が理解できなかった。なにしろ彼は今、『リリーを失うことを恐れて』もがいている真っ最中なのだ。だというのに、1年前の彼女の行動は、『最愛の人の死を許容していた』ということを意味するのだから。彼女の言葉通り、普通なら最愛の人を失う事態など、想像するのも嫌だ。だというのに、この女性は……

 

 「私も、きっと混乱していたのよ。昔からそうなの。私は混乱すると、明後日の方向に行動しちゃう癖がある」

 

 その『癖』のために過去にどんな行動をしたかの詳細は語らなかったが、確かに混乱していたというのならば頷ける話だ。ただ彼女の場合は、自分のように分かりやすく態度にでないのだろう。

 

 「でも、そうしている内に気づいたの。これは特別なことじゃないって」

 

 「特別じゃない? 恋人と死別することがか?」

 

 「ええ。だって、私もあの子もいつかは死ぬわ。そして一緒に死ぬなんて選択は、私たちはしない。なら、いずれかは『片方だけが残される』時が来るんだ、って気づいたの」

 

 彼女たちはごく当たり前の人間だ。一部の魔法族のように不死を夢見たり、実現しようとはしていない。心中でもしないかぎり、いつかはどちらかが先に死ぬ。

 

 そう、いずれはどちらかが先に死ぬのだ。スネイプもその事実に、幾ばくかの衝撃を受けた。

 

 想い人の『死』を意識しながら、そうした冷静な思考を持てることに。想い人の『死』を前にして、それを受け止めることができる心の強さに。

 

 「そう気づいた後に、私は以前より積極的になったわ。それまで照れくさくて言わなかった『愛してる』という言葉も口に出すようになったしね」

 

 「………驚かれはしなかったのか」

 

 「されたわよ。『いったい、どうしたの』って。私も最初の頃は自分の変化に戸惑ったけど、そのうち理解して、あの子に話したわ」

 

 「なんと?」

 

 「貴女が生きているうちに、やれることは全部やっておきたい、って。もちろんあの子に抗議されたわ、『私が死ぬこと前提で話するなー』って。まあ、あの子も笑っていたけどね。自惚れじゃなく、きっと私の言いたいことが伝わったんだと思う」

 

 それつまり先ほど話していた「いつかは」ということだろう。例えその時病気で死なずとも、いつか「その時」は訪れる。ならばそれを闇雲に恐怖するのではなく、その事実を受け入れた上で、後悔無いように生きようという決意。

 

 もっと、2人の思い出を作り、もっと語りたい言葉を語り、もっと重ねたい肌を重ねる。

 

 その彼女の言葉に、スネイプはこれまでの会話の中で受けたような衝撃は無かった。代わりに、なにかバラバラになっていたパズルのピースが填ったような、頭の中にかかっていた靄が晴れたような心地になった。

 

 

 『貴女が生きているうちに、やれることは全部やっておきたい』

 

 

 なんだ、そんな単純なことだったのか。

 

 

 そうだ、この女性に語った自分の恥の記憶を思い返してみろ。自分はいつだって「やらなかった後悔」の方が多いじゃないか。彼女に暴言を吐いたことすら、結局はリリーに何も伝えなかったことの反動だ。

 

 ならば、人生で一度くらいは、『セブルス・スネイプらしからぬ行動』を取ってみようではないか。これで後悔する羽目になるかもしれない。あんなことさえしなければ、と思うことになるかもしれない。

 

 しかし、自分の人生はいつだって「あの時ああしていれば」の連続だったのだから、やろうではないかセブルス。

 

 

 『リリーが生きているうちに、自分が出来ることを全てやろう』

 

 セブルス・スネイプはたった今そう決めた。

 

 これは、熱に浮かされた衝動かもしれない。陰鬱に沈む自分が嫌だからという現実逃避かもしれない。

 

 だが、もうそうした考えはやめよう。熱に浮かされた結果であろうとなんだろうと、もう決めた。

 

 悩むことはもうやめだ。やれることは全部やろう。

 

 迷いに沈んでいた自分に告げられた『リリィ』からの言葉。それがセブルス。スネイプにとっての運命でなくてなんだというのだ。

 

 ダンブルドアに守ってもらう? その間自分は指を咥えて待っている? 馬鹿な、いつまでお前は何もしないでいるつもりだ。

 

 自分が、このセブルス・スネイプが、『リリー』を救うのだ。

 

 

 

 「……何か、貴方の助けになる言葉があったかしら」

 

 スネイプの表情の変化を察したのだろう。今まで『陰気』という言葉の生きた見本であった男の表情が、急に決意に満ちたもの変わったのだから、この女性ならずとも気づいたかもしれないが。

 

 それでも、あくまで静かに尋ねてくれる彼女の性格が、今のセネイプには有難い。

 

 「ああ。貴女の人生の話を聞かせて貰い、私がすべきことが見えてきたような気がする」

 

 「……そう。それなら私も相談相手になった甲斐があったわ。慣れないお節介をして、余計に気持ちを沈ませてしまうようなことにならずに良かった」

 

 「いや、今日この瞬間貴女に出会えて話を聞けたことは、おそらく私にとって何よりの幸運だったのだろう」

 

 「そうまで持ち上げられると面映ゆいけれど…… 私もこんな性格だし、貴方が冷静に自分を分析できる人だから上手くいったのね。それも幸運だったのかしら」

 

 確かにスネイプは明晰な頭脳は持っているが、対人関係でその能力が発揮されることは少ない、彼女の言うとおり、この出会いは幸運だった。今のスネイプの心理状態と、『リリィ』の物静かな語り口や雰囲気が、見事に填ったのだ。

 

 「本当に世話になった。もう出会うことはないだろうが、貴女のことは忘れない」

 

 決意したからには、あとは行動あるのみだ。スネイプは席を立ち、今や恩人となった女性に別れを告げる。再び臆病な自分が帰ってくる前に、一刻でも早く動き出そう。

 

 「あら、もう行くの?」

 

 「ああ、クズグズしていると、再び陰気な自分に戻ってしまうから」

 

 「フフ、そう。なら、さようなら、私と似て非なる過去を歩んだ人」

 

 「さようなら。私と異なり強い心を持った人」

 

 

 こうして、呆気なく2人は別れた。

 

 この出会いは一期一会。もう2度と再びまみえることはないだろう。だが、それでいいのだ。この出会いには意味があった。それはスネイプにとっても、彼女にとっても。

 

 カフェから立ち去っていくスネイプの背中を、『リリィ』はただ静かに眺めていた。

 

 

 




序章はここまでとなります。
次回は少し時間が経過し、シリウスが登場します。


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不倶戴天の二人
5話 理性と我儘


 

 セブルス・スネイプは熟考していた。

 

 つい先日までの出口のない苦悩や懊悩ではなく、しっかりと目的を定めての思案である。

 

 そうして出した答え、『リリー・ポッターを危険から遠ざける最適な方法』の答えが、『その原因の排除』であった。

 

 それすなわち、闇の帝王ことヴォルデモートを滅ぼす、という結論である。

 

 目的と手段の選択は終えた。ならば後は細部を詰めるのみだ。まずは彼我の戦力差の分析をしてみるが、やはりどう考えても一対一の決闘方式になると、スネイプに勝ち目はない。

 

 (あれでも闇の帝王だからな……)

 

 先日までは「恐るべき主君」であったヴォルデモートも、今のスネイプにはこの認識である。愛に生きる男は凄まじい、これにはダンブルドアもにっこりだろう。

 

 決闘方式がダメならば、不意打ち、闇討ち、もしくは毒殺などの暗殺形式を選ぶべきか。いやそれこそダメだろう。なにしろあのトカゲ人間と来たら、『死』に対する恐怖は人百倍と言っていいほどで、石橋を叩いて削岩機で粉々にした後、鉄筋コンクリートで橋を架け直すほどの徹底した警戒をしている。むしろ正々堂々挑んだほうが意表をつけるんじゃないかと思える程に。

 

 (いや、まずは自分が利用できるものが何かを分析すべきだ)

 

 今の自分の利点、それは『ダンブルドアへ寝返った』という一点に尽きる。このことによって、スネイプは『不死鳥の騎士団』側の情報と『死喰い人』側の情報を持つことが出来るようになったのだ。

 

 (だが、片方が足りないな……)

 

 今の彼では『不死鳥の騎士団』側の情報が不足している。なにしろ裏切ったばかりだ。構成員として受け入れられたわけでもなく、あくまでダンブルドアの秘密のスパイという立ち位置。集められる情報は多くないだろう。

 

 (だが、やらねばならない。今の私ではヴォルデモートを倒すことは出来ないのだから)

 

 気の迷いだろうが、開き直りだろうが、『これまでのセブルス・スネイプ』は捨てた。出自に拘り、環境に拘り、終ぞ自分の感情と向き合うことなかった男とは決別したのだ。

 

 そうとも、あの女性には出来たことだ。ならば負けてはいられない。

 

 ならば行動あるのみ。とはいえ焦りは禁物だ。悠長に構えていられる程ではないが、今日明日に切羽詰まっている訳でもない。

 

 こと“時間”という点においてはセブルス・スネイプに有利だ。闇の帝王は猜疑心の塊ゆえに危ない橋を渡りたがらない。ならば、『七の月の死ぬまで』は確実に様子見と情報収集に徹し、生まれた子が誰かを特定することに執着する。

 

 ある種、スネイプに似たところが多くある男だからこそ、『七の月が来る前に怪しき者を全員殺す』という選択肢はない。まったく、かつての自分の卑屈さ、卑怯さを客観視できるようになったからこそ、スリザリンらし過ぎる闇の帝王の行動をある程度読めるというのも、何とも皮肉が効いているではないか。運命を司る邪神がいるなら取り敢えず殴っておこう。

 

 とりあえず、『死喰い人』側の最新の情報を集め、それをダンブルドアに報告することで『騎士団』側の情報をいくらか得よう、そう結論してスネイプは他の死喰い人のアジトを巡ることとした。

 

 

 

 

 

 

 「なにがどうしてこうなったのだ」

 

 文字通り人が変わったように精力的に情報を集めていたスネイプは。『思いがけない収穫』を得たあと、これまでの自分ならば絶対に訪れない場所に立っていた。

 

 なぜ自分がここでこうしているか、その経緯ははっきりと覚えているのだが、それはそれとして納得できない。

 

 どうして自分は今『シリウス・ブラックの隠れ家』の前にいるのか。

 

 いや、理性を司る『賢いセブルス』は「お前の目的を果たすためには、協力者が必要だ。そして、それに最適な存在があの男だ」と囁いており、スネイプ自身も大いに賛同しているのだが、同時に感情を司る『我儘セブルス』は断固として「あんな男と手を組むならば自分一人でやった方がマシだ!」と喚いている。

 

 現在、両者の勢力は8:2で『賢いセブルス』が優勢だ。というより、今まではこのバランス勢力が4:6、良くて5:5だったからこそ、セブルス・スネイプはこんな面倒くさい性格&人生を歩んできたのだ。もっと感情的になれれば、とっくの昔にリリーに告白できていただろうし、今のように理性が優勢ならば、死喰い人などになっていない。

 

 あの女性との出会いで、スネイプは大きく自己改革が出来た。男子3日会わざれば刮目すべしの諺の通り、この数日間で接触した人物は皆スネイプの変化を大なり小なり感じ取っていたようだ。無論、死喰い人陣営には変化を悟らせまいとポーカーフェイスを装った。元より自分の感情を隠すのは大得意な男だ、それくらいは造作もない。

 

 反対に、『騎士団』のメンツには、その変化の兆候がはっきりと察せられたようだ。ダンブルドアは、スネイプがスパイになったことを、ごく少数の『騎士団』の面子に伝えた。特にアラスター・ムーディには伝えないと、スネイプが殺される危険性が大であったので、彼への紹介は急務であった。そして、かのムーディをして「死喰い人の面構えではないな」と認識されたほど、スネイプは変わった。

 

 

 だが、その変わった彼にしても、割り切れない相手というものはいる。それがこのドアの向こうにいるシリウス・ブラックだ。

 

 思い起こせば不快な記憶しか出てこない。ジェームズ・ポッターもそうなのではあるが、リリーのことを抜きにした場合、むしろその『不快さ』はブラックの方に軍配が上がる。学生時代、積極的に彼を害していたのは、むしろポッターではなくブラックだろう。

 

 だが。そう、だが、だ。もはや学生時代のしこりを気にするのは止めにした。『リリーを守るため』ならば、そんな自身の過去など、ニガヨモギの葉程度の価値しかない。

 

 意を決して、彼はドアを開けた。無論ノックをせずに。

 

 数瞬の間もなく呪文の打ち合いになった。無論両者ボロボロになった。勿論、部屋はもっとズタボロになった。

 

 

 

 

 

 

 「……つまり、貴様はあのくそトカゲ野郎を裏切り、こっち側についたと?」

 

 「そうだ。何度同じことを言わせるつもりだ、その頭は飾りか?」

 

 「飾りでないから疑っているんだよ。お前が? 半純血のプリンス様が? 闇の帝王さまを裏切り、ダンブルドアに従うだと? 馬鹿は休み休み言えよ、そんな話を証拠もなしに信じるなら、俺の脳みそはトロールと交換した方がいい」

 

 「なんだ、まだ交換していなかったとは驚きだ。しかしまあ、よくもあれだけの下らん悪戯を常に思いついていたことを考えれば、庭小人程度の頭脳はあったと考えるべきか。それとも『ビーブズ並』と評した方がより的確か」

 

 「性格がマーピープルの皮膚より湿っているのは変わらんようだな、いや、そんな比喩は彼らに失礼か」

 

 「ほう? 貴様にとっての『陽気な性格』は数人で一人を寄ってかかって辱める行為をすることを言うのか?」

 

 「………」

 

 壮絶な呪文の打ち合い経て、スネイプが自分の訪問の目的を話し始めると、当然の帰結として口論となったのだが、呪文の方は拮抗していたが、口論のほうではスネイプにやや軍配が上がっていたようだ。

 

 学生時代にスネイプに対して行為については、成人した今のシリウス・ブラック自身が『黒歴史』として認識しているところがあるためだろう。

 

 

 「まあ、そう恥じることではない。『高貴なるブラック』であるお前にしてみれば、混血の分際で成績の良い吾輩など、許容できる存在ではなかっただろうからな」

 

 「……! 貴様!?」

 

 「否定できるか? その『虐げて良い相手』に対する徹底した態度、どこからどうみてもマグルに対するブラック家のそれではないか」

 

 「……俺は、あの連中とは違う」

 

 「敵意の向ける先が異なるだけで、本質は何も変わらん」

 

 「違う! 俺をあんな傲慢で人を人とも思わない奴らと同じにするな」

 

 感情的に否定するブラックと、皮肉げだが冷静なスネイプ。この場に第3者がいれば、この論戦の優劣はひと目でわかることだろう。

 

 そう、これがシリウス・ブラックの瑕だ。これはシリウス自身が成人してから気付いた事実だが、彼は排他的で権威主義の実家、特に母親を嫌っていた。魔法族ではないというだけで、というより家柄が良くないというだけで人を人とも思わない身内の態度に、幼い頃から彼は強く反発し、そして家を飛び出した。

 

 自分は『ブラック家』という檻から抜け出した。自分はただ『シリウス』として生きてやる。そう決意したのだ。そのはずだったのだ。

 

 だが、学生時代の自分のある一幕を思い返してみると、そこには「ただひとりの相手」に「数人がかりで暴力を振るった」上に、「その姿を嘲笑していた」ブラック家の少年がいたのだ。

 

 そう、それは一人のマグル生まれに対して、彼の親族たちがよってかかって行っていた、彼のもっとも嫌悪する光景と酷似していた。

 

 それに思い至った瞬間、彼は愕然とした。それまで確固として自信を持ってきた筈のアイデンティティに罅が入る音が聞こえた。

 

 その罅は年月を経るたびに徐々に大きくなり、彼の行動に歪みを生み始めてる。死喰い人相手に必要以上に無謀な行動を取ったりしたのも、彼が信じる『自分らしい』行動をしているつもりだが、最近の彼は完全に精彩を欠いており、なお悪いことに自覚症状がない。

 

 「あくまで自分はブラック家の人間とは違う、と?」

 

 「当然だ! 俺はあんな差別主義者じゃない」

 

 「そうか。ならば行動でそれを証明してもらおうか」

 

 「何?」

 

 「自分が他のブラックの人間たちと違うというのなら、貴様が『差別』していたこのセブルス・スネイプを信用して見せろ」

 

 「……っ それとこれとは」

 

 「違わんぞ。考えても見ろ、貴様の母親がマグル生まれの人間を信用するか? しないだろう。ならば、出来ない貴様はその母親と同類だ」

 

 詭弁にように聞こえる。だが、同時に本質を外してはいない。シリウスの母親は彼女の価値観で『蔑む対象』となった対象を、見直すことなど決してないと、胸を張って言える。そして、シリウスもまた自身の価値観で『格下』であり『嫌悪対象』であったスネイプへの見方を変えることができなかったのならそれは……

 

 異なるのは上っ面だけで、芯の部分では母親と何もかわらないことを意味している。

 

 ここにきて、シリウスの心情に変化が生まれた。依然スネイプへの警戒は解かないものの、彼の言い分を聞く気にはなっている。

 

 「分かった。いいだろう、その挑発にのってやるとも」

 

 「……ふん、少しは分別があったか。まあ、なければ貴様に価値などないが」

 

 「話だけは聞いてやる。その後でお前への対処を決めてやろう」

 

 

 こうして、不倶戴天の仲であったグリフィンドールとスリザリンの男たちは、交渉のテーブルに着いたのだった。

 

 



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6話 歪んだ鏡

 

 「単刀直入に言おう。貴様たち『騎士団』の中に裏切り者がいる」

 

 「なに!?」

 

 スネイプが前置きなしに放った言葉に、シリウスは瞠目する。

 

 「まあ、吾輩が闇の帝王を裏切ったわけだから、ある意味痛み分けだな」

 

 そんな皮肉げなスネイプの言葉は無視しつつ、シリウスはその「裏切り者」が誰かについて思いを馳せる。その上でほぼ無意識に呟いてしまった内容が、スネイプの耳に届いた。

 

 「まさか、本当にリーマスが……?」

 

 「なに?」

 

 今度はスネイプが訝しがる番となった。まさかこのタイミングでその名前が出てくるとは、予想だにしていなかったので、こちらも反射的に声を出す。

 

 「待て、今の言葉はどういうことだブラック」

 

 「……聞こえていたのか」

 

 「そこはどうでもいい、なぜ今リーマス・ルーピンの名前を出した?」

 

 「………違うのか?」

 

 「よもや、な。………これは人選を誤ったか」

 

 そのシリウスの声を無視し、スネイプは何やら思案に入る。そうした思いがけぬ姿に却ってシリウスは自分が取り返しのつかないことを口走った事実に気付く。自然、あげる声も大きなものとなった。

 

 「待て、話を聞け! リーマスが裏切り者というわけではないんだな!?」

 

 「吾輩としては、お前がそうした考えを抱いていた事こそが驚きだ。………呆れたな、散々吾輩に友情の尊さだの素晴らしさだのを自慢していた貴様が、その様とは」

 

 そう言い放ったスネイプの目には、明確に侮蔑の色が浮かんでいた。そして、もはやシリウスはその目に反抗する気力を失いかけていた。今スネイプが言ったとおり、彼は学生時代常に孤独であった少年スネイプに「いつも一人ぼっち」「歪んだ性格のせいで友達がいない」と散々馬鹿にしていたのだ。

 

 だが、いまやシリウスこそが友人を疑っている。それもかつて永遠の友情を誓い合った友を、だ。

 

 自分が『他のブラック家の人間』たちと大差ない行いをしていたことに気付いた時と同様、これまでは特に気付かなかったが、一度気づいてしまえば愕然とした思いになる。いったいいつから自分は『友を疑う自分』に違和感を持たなくなっていたんだ?

 

 シリウスの視界がぐらりと揺らぐ、これまで自己を自己たらしめてきた骨子に重大な亀裂が走った音がし、まるで地面が飴細工になったように不確かだ。誰かが沼化の呪文でも遣ったと言ってくれればどれほどマシか。

 

 そのシリウスの様子を冷ややかに眺めながら、スネイプは続けた。最近まで死喰い人であった彼だからこそ言える視点での言葉を。

 

 「リーマス・ルーピンは今もダンブルドアに忠実な騎士団の一人であり、闇の帝王の敵だ。グレイバックがあれだけ暴れ、ただでさえ風当たりの強い狼男の風評が最低になっているこの時でさえ、辛苦に耐え死喰い人と敵対している。我輩ですら『敵ながら見事』という思いを抱いていた男だというのに、その男を貴様が裏切り者と疑っていたとはな」

 

 「………」

 

 もはやシリウスには、長年の敵であったスネイプの言葉に反論する気力は残されていないようだった。黙り込んだまま片手で顔を覆い、小さく痙攣するように揺れている。

 

 (俺は、簡単に友を疑うような男だったのか? やはり所詮はブラックの男だったということか? 狼人間を心の内では見下していたのか?)

 

 これまで無縁だった「自己嫌悪」という感情の渦に飲まれたシリウスは、それに対抗する方法を持たなかった。

 

 目の前にスネイプがいるという事実すら忘れたように、彼は自己を糾弾する感情の渦へ飲まれていった。

 

 

 

 (これはダメか)

 

 その姿を眺めながら、スネイプは内心で舌打ちをする。実力が勝る相手を倒すのに、熟考した結果として『シリウス・ブラックとの共闘』という(不本意な)結論に至ったのだが、どうも期待はずれで終わりそうだ。

 

 そうとも、こんな男をアテにしたのがそもそもの間違いだ。どう考えても自分とこの男とは相容れない、ならば早々に見切りをつけ、別の手段を……

 

 

 (いや、違う)

 

 

 そこでスネイプは思いとどまった。それでは『今までのセブルス・スネイプ』でしかない。物事を熟考し、理性を以て判断を下したつもりで、内実は私情が優先という、実にこれまでの『セブルス・スネイプらしい』行動だ。

 

 感情的な嫌悪感を根底にし、賢いつもりでいた過去の自分と何も変わらない。

 

 決めたのではなかったか、『これまでの自分らしくない行動をする』と、あのブルネットのリリィと邂逅したことで、これまでの自分を辞めると決めたのではなかったか。

 

 ならば初志貫徹しよう。『セブルス・スネイプらしくない』行動を全うしようではないか。

 

 ならば、この『とっさの思いつき』に自分の運命を委ねよう。『その時の思いつきで突っ走るセブルス・スネイプ』とは、なんとも、これ以上『らしくない』行動は有り得ないだろう! 自分でも笑ってしまうほどに。

 

 では、始めよう。最高におぞましく、考えることすら吐き気がする、シリウス・ブラックに助けの手を延べるという行動を。

 

 業腹だが、今なら分かる、理解できる。自分とブラックがどこまでも反りが合わずに対立するのは、偏に『同族嫌悪』であるからだと。

 

 

 「貴様の今の気持ち、吾輩、いや私も分からんでもない」 

 

 その苦虫を噛み潰したかのように吐かれた言葉に、呆然自失としていたシリウスも、思わず我に返ってスネイプを見返す。今の言葉に、彼に正気を取り戻させるほどの衝撃があったのは間違いないだろう。なにしろ、セブルス・スネイプがシリウス・ブラックを気遣う言葉を放ったのだ。

 

 それに、スネイプは意図して一人称を変えた。敵対する相手や信用できない相手に身構えて話す際に用いる「吾輩」ではなく、胸襟を開けて話す相手に使う「私」と言ったのだ。これには、無論スネイプも相当の気力を要したのだが。

 

 「今の貴様は自己嫌悪の感情に飲まれているのだろう。それは私がずっと抱いてきた感情だ、よく知っている」

 

 「い、いったいどうしたスネイプ!? 調合に失敗した薬でも飲んだのか? それとも原材料のまま喰いでもしたのか!?」

 

 流石のシリウスも気落ちした気分が一度吹き飛び、あまりに異常事態に声を荒げる。セブルス・スネイプが自分を気遣うなど、トロールがマグルのくっそ訳わからない数学とやらを解くようなものだ。

 

 想像してみほしい。トロールが「ここは波動関数が……」などと言いながら数式を解く光景を。

 

 ありえない、怖い、SAN値がみるみる減っていく。

 

 

 「混乱する気持ちは痛いほど分かる。私とて貴様にこんなことを話すのは死んでもごめんと思ってるのだ…… だが、そんなことは所詮些事だ。私の目的のためにはな」

 

 「これほどの異常事態を些事とするほどの目的だと?」

 

 「まずは黙って聞け。どうやら貴様、私が最初に言った皮肉に自覚があったようだな。これは私としては信じ難いほどの驚きだ、あの傲慢で高貴なる純血のブラック様に、そんな殊勝な心があったとは」

 

 「……なんだ、調子がもどってきたじゃあないか、安心したよ」

 

 「それは何より。で、話を続けるが貴様は自身に流れる『ブラックの血』を、私が思っていた以上に意識していたようだな。過去の自分の行いが、自らが毛嫌いしていた行為そのものだと」

 

 「…………今のお前はいつもと違う。だからどうも俺もおかしなことを言ってしまうな。……そうだとも、今になって振り返ると、俺が学生時代に笑いながらやっていた行為は、俺が知る『ブラック家』の姿だった」

 

 「ようやくにして、自分の悪行を理解していただけたようで、涙がとまらんよ。まあ、そこは既にどうでもいい」

 

 もはやシリウスの心境は、制御を失った箒や、特に凶暴なブラッジャーのように乱高下していた。なんだこいつは? このなにやらスッキリした表情で過去を語る男は、本当にセブルス・スネイプか?

 

 どうでもいい? あの過去が? なんだ? いったいこの男になにが起こったんだ?

 

 まさしく混乱だった。シリウスが知る限り、そんなことを言える男はセブルス・スネイプとは言わない。

 

 

 「その阿呆づらを少しは引き締めて聞け。先程もいったな、今の貴様の気持ちを私は理解できると。つまりだな、私もそうだったわけだ」

 

 「お前もそうだった? 自己嫌悪に苛まれていたということか?」

 

 「そういうことだ。混血でありマグル界育ちというコンプレックス、それが私を蝕んでいた枷だ。それを植え付けたのが母親であるという点は、貴様との共通点ではあるな。実に気持ちわるい話であるが。実に気味が悪い話だが」

 

 よほど大事なことだったらしい。2度も同様の内容を繰り返した。

 

 「それは同感だが、お前はプリンスの血を引くことを誇っていたのではないのか? だからこそスリザリンにはいったんだろう?」

 

 「逆だ、コンプレックスであるがゆえに、必要以上に誇張したのだ。マグルを嫌い、純血を尊ぶことで『マグル育ちの混血』というコンプレックスを解消しようとしていた」

 

 「コンプレックス、か」

 

 自分が『母を否定するため』に必要以上にブラック家らしくないことをしたように。マグル生まれを擁護し、人狼と友になり、校則などどこ吹く風で自由気ままに生きようとしたのは、やはり根底に薄暗い母への憎悪があった。

 

 その行動の根底が憎悪であるため、どうしてもシリウスの行動には僅かであっても常に陰を帯びていた。それは今のシリウス自身も自覚している。だからこそ、そういった影がないジェームズが羨ましかったのだ。

 

 ジェームズと共に悪戯をしている自分は、皆から好かれる“悪戯小僧”でいられる。だからこそ、ジェームズはシリウスにとって無二の光だ。

 

 そして、同時に『正反対の同類』であるスネイプを、必要以上に嫌った。

 

 何よりも、シリウスとは異なる理由でジェームズもまたスネイプに対してだけは陰と言うべき昏い想いをぶつけてしまう。あの天性のお調子者が、女を巡って争う不倶戴天の男にだけは、無心ではいられなかった。

 

 それもまた、ジェームズの人間らしさとも言えるが、客観的に見れば何とも巡り合わせの悪い縁ではあった。全く根底が異なる理由で陽性な二人が、陰気な憎悪を向けてしまうのだから、絡まる糸にもほどがある。

 

 

 「そうだ、虫唾が走るが貴様と同様に、だ。お前は『ブラック家』であることに、私は『マグル育ちの混血』であることに反発し、それと真逆の行動に走ることによって、解消しようとしていたのだ」

 

 その果に、スネイプは最愛の人に「穢れた血」と言い放ってしまったのだ。これは誰にも話すことの出来ない、彼の人生最大の汚点。いや、最近その汚点NO1は更新された(予言密告事件)ので、穢れた血事件は汚点No2にめでたくもなく降格になったのだが。

 

 こうして話していると、シリウス自身も自分の行動を客観視出来るようになってきていた。それは目の前にスネイプという、歪んだ鏡が立っていたからだろう。今までは頑として認めていなかった「スネイプと自分は同類」という事実を、虚をつかれたショックのおかげもあり認めたシリウスは、最近の自分の行為を振り返って思考する。

 

 (そうだ。俺はまたも反発していたのだ。死喰い人の暴挙を何度も繰り返し見るたびに、自分は違うと躍起になった)

 

 それは、シリウスが幾分大人になったことで、学生時代のスネイプに行ったことが忌むべき「奴ら」と同様だと気づいたから尚更に。

 

 そうして、彼はドツボに嵌ってしまった。「自分は違う」と躍起になればなるほど、行動は冷静を欠き、思考は先鋭化する。

 

 

 (だが、そうなると……)

 

 こうして考え方の転換が出来たあとでは、自分の取ってきた行動、提案したアイデアを見直す必要はないだろうか?

 

 業腹だがどうやらスネイプの言うとおり、自分は焦り、冷静さを失っていたことに自覚症状がなかった。であるならばそんな状態の自分の行動に、なにか途方もない落とし穴はなかったか?

 

 冷静さを取り戻し、自分の瑕を直視すると同時に、シリウスの心の中にこれまでに漫然とあった不安感とは別の、危機感とも言うべきものが浮かび上がる。

 

 あるいは、それこそが“闇の帝王”という存在がもたらす真の厄介さであり、誰も幸せにしない悲しい宿痾なのかもしれない。

 

 ヴォルデモート自身すらも含めた誰も彼もが漠然とした不安にばかり怯え、疑心暗鬼になり、攻撃的になり、そして仲間同士で相争う。

 

 そんな闇から光を目指すからには、まず見つめるべきは自分自身に他ならない。

 

 見つめるべき先を自覚し始めた男は、歪んだ鏡の向こう側、己の行動と決断のもたらす先について考え始めるのだった。

 

 



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7話 秘密の守人

 

 

 

 

 シリウス・ブラックは思考する。自己改革に手を掛けようとしている男は、自分の過去の行いを目まぐるしく遡り、思考していた。優先順位を絞ろう。死喰い人どもとの散発的な交戦などは考えなくて良いだろう。そうした日々の活動ではなく、重大なことを任せられた案件と言えば……

 

 (ジェームズたちに対する『秘密の守人』…… 任された仕事の中で、一番重大なのはこの人選だろう)

 

 そして、自分はその守人にワームテールことピーター・ペティグリューを選んだ。ジェームズ・ポッター夫婦の守人として、敵味方問わず思いつくのがシリウス・ブラックであり、その自分が囮になることで、真の守人ピーターは一切警戒されない。

 

 それが名案だと、その時の自分は信じて疑わなかった。いや、つい先ほどまで疑っていなかったのだ。だが、もっと視点を広げてみたらどうだ? 自分のこの案には、なにか致命的な陥穽があったのでは?

 

 視点を広げる…… そう、例えば自分が学生時代にスネイプに行ったことが何を意味していたか気づいたように。被害者の視点から見れば、自分はどこまでも『傲慢なブラック』であったことに気づけたように。

 

 ………まて、被害者の視点? 自分からみれば名案だったこの方法、確かに『シリウス・ブラックの立場』からは完璧だ。ジェームズたちの秘密を長く守れるし、自分が捕まらない限りピーターまで捜索の手が伸びることもないだろう。誰も重大な秘密をピーターが持つなど、『騎士団』の連中ですら思わない。例え数人がかりで襲われようとも、死んでも口を割るものかと決めていたし、服従の呪いに対する対策も万全、最悪口を割る前に死ぬ覚悟だった。

 

 だが、ピーターにその覚悟があったか?

 

 (そうだ、俺はあいつが自分に逆らう事などないと決めつけていた。だからアイツにこの作戦に賛成かどうかということすら……)

 

 確認していない。そうだ、自分はジェームズと自分の危険度を天秤にかけたが、『ピーターの危険度』を一切考慮していなかった。自分が囮になる限りあいつは捕まらない。もし狙われたとしてもあいつは逃げるのが上手いから大丈夫。そんな程度に考えていなかったか?

 

 ”ジェームズとリリーを守る最善の方法だ。もちろんやってくれるだろう?”

 

 ”あ、ああ、もちろんだよ。うん、2人のためなら当然さ”

 

 ”よし。まあ狙われるのはまず間違いなく俺だ。万が一お前のもとに来ても、ネズミになって逃げれば大丈夫だろう”

 

 ”そ、そうだよな。僕は逃げるのだけは得意だから、ハハハ”

 

 

 (…………なんだこれは)

 

 ついこの間に交わしたやり取りを思い出す。ああ、改めて嫌なことに気づかされる事の多い日だ。

 

 高圧的で傲慢で、自分より下と見た者に対して慈悲がない。尊重するのは自分と同等と認めた相手だけで、そうでない相手をまるで奴隷や召使のように扱う。それがブラックという家系。マグルどころか混血さえ自分と対等と扱わずにきた、純血狂いの一族。

 

 (重視するのが血筋から能力になっただけだ。ククク、もはや笑うしかないな。どこまで『ブラック的』だったんだ自分は)

 

 よし、わかった認めよう。俺はやはりブラックだった。これを否定し続ければ、自分はもう一生この腐った気持ちを抱えたままだろう。ならば発想の転換だ、前向きなブラックの人間でいようじゃないか。

 

 他のブラック家と違い、自分は『能力主義』であり、格下と思う人間相手には傲慢な男。うん、たぶんこれはもう改善不可能だ。開き直ろう。ここをどうにか出来たら、それはシリウス・ブラックではない。

 

 だが、格下と思っていた相手が実は凄い存在だと分かったならば、(心の中だけでも)自分の非を認め、素直に賞賛しよう。家柄はそう簡単に変わることはないが、能力は当人の努力次第で如何ようにも変化する。他のブラックと自分の違いはそこだ。そして、その最たる例が、この目の前のセブルス・スネイプとなる。

 

 よし、OK、了解だ、ならば認めよう。業腹だが認めよう、歯ぎしりしたい気持ちがとめどなく湧いてくるが認めよう。

 

 今、この状況下において、正論はスネイプであり、非は自分にある。ならばこいつを(口には出さないが)賞賛し、大した奴だと(態度では示さないが)受入れようではないか。

 

 こうしてシリウス・ブラックもまた、自己の瑕を直視し、開き直ることに成功した。 

 

 もともと、直情傾向で思い切りがいい男である。きっかけがあれば変わる速さはスネイプよりも早かった。そのあたりは非常にグリフィンドールらしいと言える。

 

 

 

 自己変革に足を掛け、自らの行いと周囲の状況に対して冷静になれる頭を取り戻せたのなら、気づかなければ頭トロールだ。

 

 そうして、黙り込んでいた口を開き、冷たい目で自分を見ている、いまや同等どころか精神的には自分の上位に立っていると認めた男に向けて告げた。

 

 

 

 「裏切り者は、ピーター・ペティグリューか」

 

 「ほう?」

 

 

 

 なにやら黙り込み思考に沈んでいたシリウス・ブラックの様子を、スネイプは静観して眺めていたが、その言葉を聞き思わず口元を歪ませた。笑みというにはあまりにも不格好だが、今の彼にとってこの仇敵の変化は喜ばしいものである。

 

 無論のこと、彼はブラックを見直したわけでは断じてない。まともに回転する頭脳を取り戻した早さを考えて、自分の作戦の成功率が上がり、己の目は節穴ではなく、また判断も間違っていないと確信できたからだ。

 

 つまり、彼が内心で褒めたのは自分であり、ブラックではない。つくづく面倒くさい男であった。やはり吹っ切れた程度では性根はなかなか変わらないらしい。

 

 

 「その名前にたどり着いたか。そうとも、こんなことは私に言わせれば当然だ。むしろ、あのネズミの精神で短期間であるとはいえ、闇の帝王が自分の元に来る不安に耐えられたと感心できるほどだ」

 

 この数週間の情報収集の最中、彼はある秘蔵の薬を使用した。それはかの幸福薬『フェリックス・フェリシス』であり、多用すると破滅をもたらすものであるが、リリーを救えるのならばその後の人生など知ったことか、という今のスネイプに使用を躊躇する理由はなかった。彼はスリザリン出身、目的のためには手段を選ばない。

 

 そうして人為的な幸運に恵まれ、多くの情報が集まったが、その最たるものは『ピーター・ペティグリューの裏切り』に立ち会ったことである。幸福薬の賜物か、あのネズミ男がヴォルデモートに頭を垂れて情報を売り渡した場面に出くわしたのだ。

 

 その好機を活かせないならば、もはや知性を持って生まれた意味がない。彼はピーターに対して『先輩死喰い人』として接触し、恩着せがましく今後の立ち回り方などを指導したのである。

 

 ピーターにしてみれば、スネイプは知らない相手ではない。学生時代に敵対関係にあったとは言え、それは『親分』であったシリウスが敵対していたからであり、彼自身がスネイプに危害を加えたことはごく稀なことであったので、ピーターの中では「自分は憎まれてはいないだろう」と思える存在であった。無論のこと、スネイプにとっては敵の『子分』は当然敵である。憎むには値しないが、嫌悪はしている。

 

 だが、今のスネイプにとってピーターは『使える存在』である。内心を顔を出さず(つまりはいつもの仏頂面)死喰い人の新入りとして歓迎する態で接すると、小心なネズミ男は安心したのか、こちらが聞かなくてもベラベラと話してくれた。

 

 その内容は小心者の不安の吐露であり、これまで溜まっていた不満の爆発であり、裏切り者になったことへの懺悔であった。

 

 幸福薬の効果もあるのだろうが、あまりにも欲しい情報が簡単に手に入ったので、拍子抜けするほどであり、情報の価値に対して割いた労力は小さく、まさに『思いがけない収穫』だったが、その話の長さには辟易した。なにも、学生時代に遡って長話することもなかっただろうと思うのだが。

 

 しかし、それによって彼はシリウス・ブラックという男への交渉材料を手に出来た。彼のコンプレックスを察することが出来、それが会話冒頭の立場の優位に繋がっている。

 

 「そうともブラック、貴様の作戦には致命的にある視点が欠けている。それは」

 

 「ピーターの精神力、つまりはストレスだろう。あいつはこんな重大な役割に耐えられる強さを持ってない」

 

 「そうだ、こんなもの考えずとも分かるだろう。奴は闇の帝王がもっとも欲する情報の持ち主になったのだぞ? あの男がそんな不安に耐えられるとでも?」

 

 「思っていたんだよ、さっきまでの俺は」

 

 「馬鹿め」

 

 「言われたのが貴様じゃなければ同意していたところだ」

 

 いくらシリウスが囮になるといっても、完全に狙われなくなるわけではない。ピーターとて『騎士団』の構成員なのだから。

 

 「奴の小心さは誰よりもキサマらが知っていたことだろうに。ならば奴が闇の帝王に対する恐怖心から、その能力を過大評価するのも自然だ」

 

 「あの恐ろしい『例のあの人』なら、秘密の守人が誰かを当てる方法を見つけてもおかしくない。そうなれば俺が囮になっていることなど、何の役にも立たない」

 

 自分の隠れ家の前にヴォルデモートが現れる姿に怯える毎日。あの臆病者に耐えられるはずもない。

 

 「そこで秘密の守人ではなく、秘密そのものを見つけられるかもしれない、という思考にならないのが、奴の奴たる所以か」

 

 思考の起点が『自分の安全』なのだから当然といえば当然かも知れない。つまり、ピーター・ペティグリューは秘密を担う不安と重責に耐え切れなかったのだ。

 

 「どうして俺は、あいつを守人にしてしまったんだ。今となってはまるで分からんぞ」

 

 「馬鹿め、知るか」

 

 こうして考えると見事に穴だらけというか、うん、どうして上手くいくと思ったんだろう自分は。むしろ、あのワームテールの性格で1週間も耐えれたことがむしろ信じられない。やはり根っこのところでグリフィンドールだったということだろうか。

 

 シリウスが知るあのネズミ男の性格なら、半日も経たずに音を上げていてもおかしくなかった。これはむしろ賞賛すべき事態かもしれない。ここまで来ると裏切ったピーターに対する怒りや憎しみは湧いてこない。湧いてくるのは提案した自分に対しての呆れの念だけだ。

 

 スネイプの言葉も最もである。まあ、絶対に口で賛同したりはしないが。

 

 ただまあ、客観的に判断するなら“守り人のすり替え”という発想自体は悪くないのだ。例えば、ピーターではなく、アラスター・ムーディを守り人にしたのならば、致命的欠点とはならない。彼の心の強さと図太さは、もはや誰もが疑わない常識レベルの話だ。

 

 当然、守り人となったマッド=アイが殺されるリスクは残るが彼は凄腕であり、死喰い人との真っ向対決ならば少なくともシリウスよりは生存率が高い。彼でなくともリーマス・ルーピンを守り人にして、シリウスが囮になるという策ならば決して悪くはない。

 

 とはいえ、既に失敗してしまい、賽はふられてしまった。自分を呆れてばかりはいられない。大事なのはこの先どうするか、だ。

 

 

 「OK、わかった、わかったとも。ここまで来れば是非もない、自分の失態は認めよう。で、その上でお前はどんな作戦があるんだ?」

 

 「私が知るふてぶてしくて糞忌々しいブラック殿に戻って頂けたようで、生ける屍の飲み薬でもおごってやりたい気分だ。まあ、これでようやく初めの一歩に踏み出せるわけだが……」

 

 そこでスネイプは言葉を止め、たっぷりと『溜め』をつくった上で問いただす。

 

 「私が提案する作戦は、我々2人の生還を前提としていない。それでも聞くか? 聞いたならば後は退けんぞ」

 

 スネイプの言葉の内容に驚くことなく、シリウスは静かに目を閉じ、ほんの数瞬思考した後、ハッキリした口調で答えた。

 

 「望むところだ。命を懸ける程度で、なぜこのシリウス・ブラックが臆する必要がある?」

 

 その顔は、スネイプが一番嫌いな、自信過剰で向う見ずな男のものだった。彼がよく知る呪うべきシリウス・ブラックのそれであった。

 

 ほんの少しのきっかけで、こんなあっさり立ち直るとは、脳みそが単純なのも時によっては助かるものだ、とスネイプは内心で皮肉の笑みを浮かべた。

 

 そう、偶然出会った女性とほんの少し話しただけで人生観を変えた男は、他人事のようにシリウス・ブラックの単純さを嘲笑うのだった。

 

 



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8話 ヴォルデモート抹殺作戦会議

 

 そして、セブルス・スネイプとシリウス・ブラックによる『ヴォルデモート抹殺作戦会議』が始まった。この光景を学生時代の彼らを知る人間が見たならば、何か精神に異常をきたす系の呪いを掛けられたのでは? おのれ死喰い人!(冤罪)と思ったことだろう。

 

 「あのトカゲ野郎は死なない? おい、そいつはどういう仕掛けだ?」

 

 ここで「どういうことだ?」と聞かないあたり、やはりシリウスは優秀な頭脳の持ち主である。

 

 「分霊箱だ。貴様も名前くらいは知っているのではないか? 今活動している帝王を倒したところで、分霊箱が一つでも残っている限り、彼は復活する」

 

 頼もしきはフェリックス・フェリシス。闇の帝王が“万が一”に備えて、レストレンジ家の金庫にハッフルパフのカップを隠すよう指示を出したのを“偶々”聞けたというのだから。無論、これほどの幸運、後で命に関わるレベルでしっぺ返しは来るだろうが、構うものか。

 

 「なるほど、流石はドブネズミの親方だ。しぶとさだけはかのグリンデルバルド以上か」

 

 「しぶとさ、というより生への執着力だろう」

 

 「もっと簡単に言えば、死にたくないだけの弱虫野郎だがな」

 

 元々ヴォルデモートへの恐怖心が薄い2人ではあったが、精神面で開き直ってしまったとなれば、もはやそんな恐怖心などは1mmも残っていない。むしろこうして腹をくくって抹殺対象として性格や能力を分析していくと、弱点やつけ込む隙が見えてくる。

 

 とはいえ、あまりにも明け透けなシリウスの言い分に、スネイプもやや指摘を入れたくなった。

 

 「仮にも闇の帝王として恐れられている存在に、よくそこまで低次元で粗野な罵声が飛ばせるな」

 

 「低次元は余計だ根暗野郎。まあ、仮にも俺はブラックだからな、魔法族の交流の狭さは身に染みているんだよ」

 

 「交流の狭さ? ああ…… まあ、そうだな」

 

 聖28族と中心とした、魔法族のコミューンの規模は、マグルのそれに比べればもはや豆粒のようなものだ。今のマグルの世界では隣人は他人であることが当然であり、そこに友人知人、親戚がまったくの偶然で引っ越してくるなど滅多にない。それが都市部ともなれば、その確率は道端で札束を拾うと同等だろう。

 

 だが、魔法族は隣人が友人の友人であったり、親戚の子供であったことなどざらだ。狭いコミューンであるので、誰もが遠い血縁である可能性を否定できない。

 

 なにしろ、今のイギリス魔法族のほぼすべてが『ホグワーツ卒業生』なのだから、かのイギリス魔法界を震撼させている今の状況も、『OB同士の抗争』となってくる。

 

 哀れヴォルデモート、今この瞬間からスネイプたちの彼への認識は『恐怖の象徴たる闇の帝王』から、『はた迷惑な害悪OB』へ一気に転落した。『邪悪なヴォルデモート卿』は『嫌われ者のトム先輩』にまさかのジョブチェンジを果たしてしまった。

 

 

 「今の魔法界は盛大な身内争いをやってるわけだ」

 

 「規模が異なるだけで、本質的にはグリフィンドールとスリザリンの諍いと変わらんというわけか」

 

 「そうだ、つまりは学生時代の俺とお前の延長上というわけだ」

 

 「そう思えてくると情けなく思うところがあるが、まあ所詮人間などそんなものだろう」

 

 なにしろ、ここにいる2人からして、学生時代のころから感性が変わっていない。いや、つい最近(一人にいたってはたった今)から自己改革に勤しんでいるが、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、根っこの価値観はいかんともしたがいものである。

 

 この2人とて、それぞれ『リリー第一』『ブラック家死ね』という根底の価値観を、前向きに受け止めただけであり、性格の根本は変わっていない。片や根暗で意地っ張り、片や傲慢で向こう見ず。だがそれでも2人はそれが自身の『特徴であり欠点』であることはもうわかっている。

 

 だが、多くのホグワーツOBたちは、学生時代に培われた価値観を引きずったまま、戦争、というよりテロ行為に余念がないようだ。本人たちは崇高な思想の元にやっているかもしれないが、根底にある理由を至極簡略化してしまえば『気に入らない奴らにマウント取りたい』という、実に凡俗の人間らしい思いからだろう。

 

 「そう考えると、彼女の所感はあまりずれていなかったのだな……」

 

 「ん? なんだそれは?」

 

 「いや、こちらの話だ、今は関係ない」

 

 バース市のカフェテラスで出会った『リリィ』は、引っ越した先での騒ぎをIRAの過激派の仕業だと語っていた。実際は死喰い人どもの仕業だと思っていたが、そこに実は大差がないと、マグル世界育ちのスネイプは気づく。

 

 魔法界の人口規模は、イングランドの一地方自治体程度しかいない。ならば、地方都市を騒がすIRAの過激派と、魔法界を騒がす死喰い人ども、『及ぼす被害を人数換算』で測ってしまえば、同程度なのだ。また、行っている行為の質的にも遜色があるとも思えない。

 

 IRAの中でも、本当に理念を持つ者達は無関係の人間を巻き込まぬよう配慮し、暴力ではなく言論で物事を変えようと努力している。例え最後には武力が物を言うとしても、最後の最後まで武力を用いないための努力を欠かしてはならない。

 

 そんな地道な努力を初めから放棄している精神的な敗北者が、安易な暴力に走る。ろくでなしのアル中が家庭内暴力に走る構図と何ひとつ違いなどない。

 

 

 「所詮、死喰い人など、恐怖を煽るだけが取り柄の連中だと改めて思っただけだ」

 

 「そこは同意しよう。残念ながら、多くの連中が必要以上に神経質になっている」

 

 奴らはせいぜいが小規模の過激派テロリスト、もしくはカルト新興宗教の集まりだ。そう考えると、害悪OBトム先輩は、過激派テロリストの首魁か、新興宗教の教祖といたところか。うむ、どちらかといえば後者かな。

 

 とはいえ、侮ってかかることは禁物だ。カルト新興宗教とて、毒ガスを地下鉄に捲き、世間を混乱に陥れることだってあるだろうから。まして、かの害悪OBさん個人の戦闘能力はとても高いときている。

 

 

 「死喰い人の多くは、いう通り恐れるに足らん。たが、その首魁たる男を倒すとなると、簡単ではない」

 

 「そうだな、奴らが烏合の衆であることと、奴の闇の魔法使いとしての手強さを混同しては、俺たちは負ける」

 

 抵抗なく「俺たち」と言えるあたり、シリウスに成長の様子が見られる。男子30分会わざれば刮目すべし。

 

 「そして、我々が手を取り合い奴と戦うなど論外だ。それをするくらいならば、個々別々で戦った方マシだろう」

 

 「だろうな、互いに足を引き合ったところを、各個撃破されるのが関の山だ」

 

 それぞれ自らの性格の非と互いの能力を認めたからと言って、すぐに十年来の相棒のようなコンビネーションが取れるはずもなし。魔法使いとしてのスタンスがほぼ真逆と言っていい2人である。共闘したところで噛み合うはずもない。

 

 しかし、そんなことはスネイプがここを訪ねる前から分かっていることだ。ならば……

 

 「なにか作戦があるのだろうスネイプ? お前が俺のところに来たということは、俺にしか出来ない作戦が」

 

 「そうだ、これは貴様にしか出来ん。そしてそれに成功したところで、先ほど言ったようにヴォルデモートを完全に滅することは不可能だ」

 

 「例の分霊箱とやらか。だが、奴を大いに弱らせることにはなるんだろう?」

 

 「そこは間違いない。それに上手く事が運べばそこで奴は終わりだ。ヴォルデモートの分霊箱については、すでにダンブルドアに話してある。我々が奴を滅ぼせれば、残った分霊箱の方はダンブルドアに任せられるだろう。だがその前段階として、我々にはある種の覚悟が問われる。貴様にその覚悟があるかを最後に確認したい」

 

 「覚悟? 戦う覚悟や死ぬ覚悟というのならば、『騎士団』に入る前に終えている。………それとは別種の覚悟ということか?」

 

 例え今のヴォルデモートを滅ぼしたところで、分霊箱によって復活する可能性は高く、死喰い人の残党との戦いもあるだろう。

 

 

 「私がこれから話す作戦は、奴との相討ちを前提にしている。つまり良くて相討ち、悪くて無駄死にというわけだ。単純な魔法使いとしての力量を比較すると、やはりそうでもしないと勝てんからな」

 

 「………そこは素直に認めよう。だからこそ、その作戦とやらが聞きたいんだ」

 

 シリウス・ブラックには覚悟はとうに出来ている。あのヴォルデモートを滅ぼせるのならば、命を失うことになろうと怖くはない。そもそもにおいて彼は、『騎士団』の中でも過激派に属している男なのだから。

 

 だが相討ちになってしまえば、もはや2人には『自分たちが死んだあと』のことに干渉することは出来ない。都合よくゴーストになれるとも思えないし、だからこそ準備は万端にしておく必要がある。

 

 首尾よく自分たちが事を成就させた後、残された友や愛する人たちが、脅威を退けられるように。 

 

 そうだとも、スネイプがリリーのことを何よりも大事に思っているように、シリウスとて無二の親友であるジェームズのためならば、例え首が飛ぶことになろうとも怯みはしない。まさに刎頸の友と言える存在だ。

 

 周りにとってはどうであろうとも、ジェームズ・ポッターと出会えて友になれたことは、シリウス・ブラックにとっての生涯で最も幸運な出来事だ。彼と出会うことが無ければ、学生時代のスネイプと自分は立場が逆であったかもしれない。

 

 良くも悪くも明け透けなジェームズがいなければ、みすぼらしい姿だったリーマスや、臆病なピーターには、おそらく話しかけることもしなかっただろう。今の自分を構成する要素の多くが、ジェームズ・ポッターから始まっている。

 

 今ここにいるシリウス・ブラックは、彼あっての存在だ。自分を構成する要素の多くに、彼との思い出があることは何よりの誇りであり勲章だ。

 

 だから、覚悟は出来ているのだ。親友のために戦う理由も死ぬ理由もある。では、スネイプが言う別種の覚悟とはいったい?

 

 「簡単なことだブラック。貴様は私に全幅の信を置けるか? その覚悟があるか?」

 

 「なんだと?」

 

 「先ほども言ったように、この策は相討ち前提だ。互いに生き残ることを無視したものだ。そしてその提案者はこの私……」

 

 「ああ、なるほど、つまり……」

 

 「そうだ、貴様は『セブルス・スネイプの策』に自らの命を預ける覚悟があるのか、それを確かめたい」

 

 この2人は不倶戴天であり、犬猿の仲。今はある種の運命の悪戯でこうして同じ卓を挟んで会話しているが、そんな光景はこれまであり得なかった。

 

 だが、これから互いがしなければならないのは、そんな相手に自分の、ひいては自分の大事な人物(それぞれジェームズであり、リリー)の命運を委ねるということ。

 

 果たして、その覚悟があるのか。

 

 

 「正直、お前のことを信頼するなど不可能だ。お前と俺は絶望的にそりが合わない。だが、その才能が確かなものであることは認められる」

 

 「同感だな。提案した本人が言うのもなんだが、私もこの世で一番信頼したくない相手が貴様だ。しかし、その能力の高さだけは本物だとも」

 

 「だがその上で、お前が俺に協力を要請したというのなら」

 

 「我が策は、貴様でなければ実現不可能だ」

 

 「それであのトカゲ野郎を倒せるのか」

 

 「100%など有り得ない。だが、十中八九は倒せるだろう」

 

 「なぜ俺なんだ? 俺以上の魔法戦士は他にも居るはずだ。ダンブルドアしかり、ムーディしかり」

 

 「ああ、そうだとも。だが、貴様が一番惜しくない」

 

 「なに?」

 

 流石にその一言には、シリウスも意表を突かれた。

 

 「この策は相討ち前提と言ったはずだ。そしてヴォルデモートには分霊箱が有り、死喰い人の残党も倒さねばならん。ならばそのためにもまとめ役のダンブルドアは欠かせんし、分霊箱探しなど、まさにあのマッドアイの領分だろう。リリーの安全のためにも、あの2人には生きていてもらわねば困る」

 

 そう、あくまで全てはリリーのため。セブルス・スネイプはそのために生きると決めたのだ。ヴォルデモートを倒すのは目的でない、あくまでリリーが安全でいるための最適な手段がそれであるだけだ。

 

 「その点で、貴様はとても都合がいい。現状の『騎士団』でも高位の魔法戦士であり、その蛮勇さは戦い以外に役に立たん、むしろ名誉の戦死という栄光を与えられて感謝されてよいくらいだ」

 

 「ほほう、なるほど、それはそれは有り難くて涙が出るな。つまりあれか、死んでも全く心がいたまず、それでいて戦闘能力が高い、丁度いい存在が俺だったと」

 

 「理解が速くて結構だ、貴様ならヴォルデモートに殺されたところで、私は一向に構わん。ただ、無駄死にはしないだけの能力があることは認めているだけだ」

 

 「くくく、なるほどなるほど、それは面白い」

 

 シリウスの口元が三日月状に歪む。これはまた、なんとも愉快で腸が煮えくり返るような提案じゃないか。

 

 つまり、この陰気な野郎は、初めから自分を捨て駒にする気満々で、むしろヴォルデモートと一緒に死んでくれて清々すると言ってくれているわけだ。

 

 本当に巫山戯た提案だ。犬猿の仲の相手に、自分の作戦のために死ねと? 心の底から笑えるほどにイカれていやがる。

 

 

 だから気に入った!

 

 

 「OK、分かった、了解したよ腐れスニベルス野郎。その言葉のおかげで覚悟が固まった。お前の作戦に我が身を投じてやろう、泣いて感謝しやがれ」

 

 「捨て駒になる決心が早くて何よりだ。私を信頼する覚悟が決まったのだな?」

 

 「馬鹿を言え、誰がお前を信頼するかよ。俺が信頼するのは、振られた女にいつまでも未練がましく付きまとう、お前のその陰険さをだ」

 

 つまりは、シリウスに対する感情はどうあれ、リリーのためならば身を捨てる愛は本物で、それだけは信頼に値するのだと。

 

 セブルス・スネイプはスリザリン。どんな手段を使っても、リリーを守るという目的を遂げるのだ。

 

 

 「実にブラック家らしい物言いだな、ならば私も信頼しよう。貴様のそのどこまでも自信過剰な傲慢さと、無謀なことほど挑戦したがる向う見ずさをな」

 

 スネイプの作戦であろうと、それが友のためなら、どんな危険な戦いだろうと、死を恐れずに立ち向かう豪気は本物であり、そこだけは信頼に足るのだと。

 

 シリウス・ブラックはグリフィンドール。勇猛果敢に敵に正面から立ち向かうのだ。

  

 

 これにて、契約は完了し、作戦会議が始まった。

 

 2人は友人になったわけではない、未だに互を心の底から嫌いあっている。

 

 しかし、だからこそ作戦は成功するのだろう。互いに一切遠慮がなく、死んだところで一切痛痒を感じないこの2人だからこそ、なし得ることがあるのだから。

 

 




2章はここまでとなります。
あと3章と4章を3話ずつくらいでまとめたいと思っております。


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ペテン師たちの饗宴
9話 煽る悪童


 

 闇の帝王を自称する男、ヴォルデモート卿こと、本名トム・リドルは、ゴドリックの谷のポッター夫婦が隠れている家屋へ、単身足を運んでいた。

 

 その目的はもちろん、『予言の子』を始末すること。そのために魔法省襲撃という大掛かりな囮を用意し、腹心の部下たちにはもう一人の『予言の子』候補であるネビル・ロングボトムを始末する作戦へ向かわせている。

 

 この闇の帝王たるヴォルデモート卿が、たかが赤子に滅ぼされるなどあり得ないが、念には念を入れておく必要がある。東洋の諺に、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというではないか。慢心は死亡フラグ、べらべらと計画を演説したりするのは論外。

 

 周囲にダークな感じのオーラを漂わせながら、威厳たっぷりに歩き、ポッター夫婦が隠れている家へ近づいていく。大物というものは、せかせかせっかちに歩いたりはしないものだ。一歩一歩しっかりと、自らの存在を誇張するように振舞ってこその闇の帝王である。

 

 帝王ウォークで目的地へ進み、遂に視界に入ってきたところへ、何やらその前に立ちはだかっている人影が見える。

 

 ポッター夫婦のどちらかと思い、杖を構えながら近づいていくと、予想に反してその人物はポッター夫婦ではなく、なにやら見知った顔立ちの男がそこにいた。

 

 

 「よい夜だな爬虫類の王様、よくまあノコノコ来たてくれたもんだ」

 

 月の光を背に、仁王立ちの形でヴォルデモートを待ち受けていたのは、誰あろう、シリウス・ブラックに他ならない。彼は単騎にて、今の魔法界を騒がす元凶を討ち果たすつもりでいるのだろうか。

 

 

 「貴様は、たしかレギュラスの兄のシリウスだな? たかがブラック家の子倅が、この闇の帝王に対しなんたる不遜な物言い。よほど死にたいと見える」

 

 「おいおい、見た目通りに知能まで爬虫類並みに低下したのかいトム先輩? この俺がここで待ち受けている意味を理解できないと見える」

 

 「なるほど、分かった、すぐさま殺してやろう」

 

 瞬間、ヴォルデモートの杖から19世紀の西部のガンマンの抜打ちのような素早さで、緑の閃光が放たれた。しかし、シリウスはそれに対して杖を抜くまでもなく、体を僅かによじらせるだけで回避する。

 

 「………なんだと?」

 

 「おっと、ずいぶん余裕がないじゃあないかマールヴォロ君。それとも、やっぱり頭の中までヘビやらトカゲやらになっちまったのかい? 人間の頭と面を捨ててまで、トカゲになりたかったとは、闇の帝王様の考えは凡俗には分かりませんなぁ」

 

 ホグワーツの悪戯問題児だった頃の本領発揮とでも言おうか、相手を煽り貶すことに関しては、天下一品の男である。その姿、まるで水を得た魚のごとし。

 

 「まぁそこでシューシュー鳴いてないで、少しは足りないオツムで考えてみたまえトム君。どうしてポッターの家族しかいないはずの『秘密の守り』で保護された場所に、このシリウス・ブラックがいるのかを」

 

 大仰に両手を広げ、まるで上位にいるのは自分であり、挑戦者を待ち受けるチャンピオンでもあるかのように振舞うシリウスに、ヴォルデモートの沸点はすでに臨界に達しているが、しかし自分は帝王、自分は帝王、と自己暗示し気を落ち着かせ冷静になると、この状況がおかしいことに気づかされる。

 

 シリウス・ブラックとジェームズ・ポッターが友人関係であることは情報として知っている。ならば、この日に偶然居合わせることもあるだろう。その場合もただ殺す人間の数が3人から4人へ変わるだけのことである。しかし、『待ち受けていた』となれば話は別だ。

 

 「ようやくにして察して頂けたようだな。そうとも、俺がこうしてお前を待ち構えているということは、お前らの襲撃計画なんざ、とっくにお見通しだったってことさ」

 

 「……どいつがスパイだ? それを言えば貴様の命だけは助けてやらんでもないぞ」

 

 「やれやれ、ガッカリさせないでくれトカゲの帝王様。そんなもの教えるはずがないだろう? ああ、爬虫類扱いして悪かったよ。こうまで脳のめぐりが悪いんじゃ、爬虫類たちに失礼だ。非礼を詫びよう、全爬虫類の諸君」

 

 言いながら、本当に偶然カサカサ這っていたトカゲに対して大仰に頭を下げるシリウス。ここまで煽られれば誰もが「取り消せよ、今の言葉!」と激昂してもおかしくないほどに、今のシリウスの舌は絶好調の模様。

 

 

 「で、脳みそキャベツワームのリドルボーイに、ここはひとつグリフィンドールの優等生ブラック様が教えてやろうじゃないか、おっと」

 

 舞台役者のような仕草で説明しようとするシリウスに対し、再び無言即死呪文を放たれるも、これまた紙一重でシリウスは躱す。

 

 「………貴様はいったいなんだ? なぜこの俺様の呪文をこうもあっさり躱せる?」

 

 「その質問に答える前に、こちらの種明かしが先だ。いかにして自分が無様に嵌められたかを聞いてからでも遅くないだろう?」

 

 「いいだろう、貴様の遺言代わりに聞いてやろう」

 

 ヴォルデモートは、この目の前にいる今にも踏みつぶしてやりたい不快な男が、なにをしたがっているかを察した。ようはこの男、自分が仕掛けた罠が成功したことに酔っているのだ。だから聞かれてもいない種明かしをベラベラ喋りたがっている。まったく、なまじ自分が有能で頭がいいと思い込んでいる魔法使いにありがちなことだ、呆れてしまう。

 

 余裕ぶった態度でいると、すぐに足をすくわれることを知らないのだ。まったく、これだから自信過剰な男というのは……

 

 だがちょうどいい、自分から種明かしをするといいのなら、その中に有益な情報があるだろう。この煽り男を嬲り殺すのは、その後でいい。

 

 

 「まず、スパイと言ったな? そこが間違いだよ鼻なし野郎。そもそもにおいてお前たちは最初の一歩を間違えている。ジェームズたちの『秘密の守り人』は、ペティグリューじゃかったのさ」

 

 「何? つまらん嘘をつくなよ小僧」

 

 先日、ポッター夫妻の情報を売り込みに来た小男。あの情報によって探そうとしても阻まれていたポッターたちの居所が分かった。ならばそれは、『秘密の守り人』がペティグリューだった証拠に他ならない。 

 

 「まだ分からんか? お前たちがペティグリューだと思い込んでいる裏切り者…… そいつが実は裏切り者じゃなかったとしたら?」

 

 「ペティグリューの投降が、偽装だったとでも言いたいのか?」

 

 「おいおい、死喰い人の情報網は、ホグワーツの監督生よりザルなのか? こっちの構成員の情報くらい把握していてほしいもんだ。あのピーター・ペティグリューに偽装投降なんてする度胸があるものかよ」

 

 「ふん、だからどうした愚か者めが。奴がペティグリューであり、その投降が本心から来たものであることは確認済みだ」

 

 『不死鳥の騎士団』の主要な人間の性格や家族構成くらい、無論ヴォルデモートたちとて把握している。そうであるが故に、ペティグリューの投降が真実だと判断したのだ。闇の帝王は卓越した開心術師であり、その上で真実薬を飲ませて裏を取ったのだから、ペティグリューの投降が嘘であるはずがない。

 

 しかし、シリウスはその言葉を待っていたとばかりにニヤリと笑った。

 

 

 「そう、それが間違いだよトミー君。いったいいつから投降したのがペテュグリュー本人だと錯覚していた?」

 

 「何が言いたいのだ貴様」

 

 「真実薬は確かに強力だ、しかし、それを防ぐ方法もご存じだろう?」

 

 「強力な閉心術。しかし、それには高い適正と長い訓練を要する。あの小男にそんなことが出来る情報もなければ、様子もなかった」

 

 「はぁ…… まだ分からんか。仮にも巷を騒がす『例のアレな人』…… ああ失礼、『例のあの人』だろうに、これくらいは察してほしいものだがな」

 

 ワザとらしく通り名を言い間違えた上に、やれやれこれだから頭が悪い奴は困る、と言わんばかりに肩を竦ませたシリウスは、これ以上ないドヤ顔で語る。

 

 「仕方ない、種明かしをしよう。お前たちがペティグリューだと思い込んでいる裏切り者…… そいつの正体は、アラスター・ムーディだよ」

 

 「馬鹿な、ありえん」

 

 流石に、その言葉にはヴォルモートも虚を突かれたように一瞬たじろぐ。だが、心に焦りが生じたのもまた確かであった。

 

 「なぜあり得ないと思う? その根拠はなんだ?」

 

 「変身術やボリジュース薬の解除も試した上で真実薬を飲ませたのだ。あの小男がアラスター・ムーディのはずがない」

 

 「まあ、そこばかりは責めるわけにはいかないな…… と言いたいところだが、お前さんはいつも口癖のように吹聴していなかったか? 貴様らが思いもよらぬ、闇の魔術の真髄がうんちゃらとか。今回はその逆だよ、トム先輩、あんたはやっぱりダンブルドアに教師を断られたことが致命的だったようだ」

 

 「なに!? やはりあの老いぼれが何かを隠し持っていたのか?」

 

 「おっと、それが何かを言うつもりは流石に無いな。だが、この方法で姿を変えた者は、ボリジュース薬や変身術を解く方法では分からない。そこに目を付けたあのマッド・アイが、敵本拠地への単身潜入というまさかの方法を思いつき、実行したわけだ」

 

 「馬鹿な……」

 

 「さっきからそればかりだな帝王さま、まあよほどのショックだったようで何よりだ。しかし、ダンブルドアもかなり止めたんだよ。お前たちのほうにそれを見破る何らかの道具がある可能性もあるし、そうなったらムーディは孤立無援で敵陣のど真ん中だ。だが、流石はマッド・アイ。ダンブルドアの説得を振り切って実行したってわけだ。まったくつくづくあの闇祓い殿の行動力の凄まじさには驚かされる」 

 

 「………」

 

 「今頃お前たちのアジトは、ムーディが暴れて死喰い人どもをひとりひとり始末してる頃だろう。そして、お前たちの計画はこちらに筒抜け、ポッター一家は避難し、ロングボトム一家の方の備えも万全だ。どうだ? 完璧にして偉大なるヴォルデモート卿さま、自分たちの襲撃作戦は完璧だとでも思っていたか? 残念だったな、油断大敵!」

 

 シリウスは得意の絶頂と言わんばかりに嘲笑を浮かべた。対してヴォルデモートは眼球から緑の光線を出さんばかりの表情で、シリウスを睨みつけている。

 

 つまりは、彼も認めたというわけだ。自分は『騎士団』、いやあの忌々しい気狂いのマッド・アイにしてやられたことを。

 

 だが、それは………

 

 

 

 

 (まあ、全部作り話だがな)

 

 

 嘘である。そう、これこそがシリウスとスネイプの作戦。ピーター・ペティグリューが裏切ったという事実を逆手に取り、偽りの情報を流して、まずヴォルデモートの精神を揺さぶる。

 

 これは作戦完遂の必須条件であり、これが決まらなければ上手くいかない。そのために、シリウスはその天才的悪戯頭脳をフル回転させ、『信じてしまう作り話』を仕立て上げた。

 

 要になってくるのは当然マッド・アイことアラスター・ムーディだ。出し抜く方法を立案したのがシリウスだとすれば、流石にヴォルデモートも疑ってかかるだろう、しかし『あの』ムーディなら?

 

 その徹底したやり方から敵味方から気狂い扱いされるが、同時に世界最高峰の魔法戦士であるムーディならば、やりかねない。どんな荒唐無稽な作戦も、それが闇の魔法使いを殲滅するのに最適ならば、あのムーディならばやるだろう、マッド・アイならばやりかねない、誰もがそう認識している。

 

 さらに、ヴォルデモート自身が最も警戒している魔法使いであるダンブルドアが、自分が知りえない魔法具などを有しているのでは、と常々から危惧していた事実が加わる。

 

 故にこそ、この作り話は真実味を帯びる。現に聞かされたヴォルデモートにしてからが、一瞬でも自分は出し抜かれたと思ってしまったのだから。

 

 これがただのほら話ならばともかく、“居るはずのないシリウス・ブラックが自分を待ち受けていた”という事実が、瞬間的であれ疑念を生じさせてしまう。結果として彼は思う、自分は出し抜かれたのではないかと、今すぐ何か手を打つべきではないかと。

 

 これは絶対にスネイプだけでは完成しない作戦だ。悪だくみなどしたことがない生真面目な彼には、人をおちょくることに全細胞を活性化させて挑むなど、考えもつかないだろうから。まさに、シリウス・ブラックあっての計画だ。

 

 だが、今シリウスが浮かべている得意の絶頂の表情は本物だ。『まんまと騙された』敵の間抜け面を拝むのは、最高に楽しい。

 

 

 「なるほど、あの気狂いならばそんな無謀極まる行為もするか…… だがな小僧」

 

 「自分の間抜けさを認める度量はあったか、見直したよリドル坊っちゃま。で、いったいなにが『だが』なんだ?」

 

 「他の仲間たちはどこに潜んでいる?」

 

 「んん?」

 

 「我々がムーディの策略に嵌ったことは認めよう。この調子ならば、ドロホフたちも苦戦していることだろう。だがこの状況で唯一おかしいのは、今、貴様がこのヴォルデモート卿の前に一人でいることだ」

 

 「それの何がおかしい?」

 

 あいもかわらず不敵な笑顔を浮かべたまま、シリウスは嘯く。無論、分かっている。状況を考えればおかしいのだ。腐ってもヴォルデモートは指折りの闇の魔法使い、それを相手に一人で相対するなど、なにか思惑あってのことと考えるのが普通だ。

 

 「とぼけるな、ようは貴様は足止め役だろう。ここが蛻の空ならば、俺様はすぐに拠点へ戻る…… そうなってはあの気狂いの計画も命はそこまでだ。ならば足止め役は最低でも10人は必要な筈、貴様がただ一人でいるわけがない」

 

 そう言いながら、彼は周囲に向け視線を凝らす。現れるだろう伏兵を警戒しているのだ。

 

 「ああ、そう、そういうことか。クククク、おいおいあまり笑わせてくれるなよ」

 

 喉を震わせ、今にも腹を抱えんとばかりに笑い出すシリウス。

 

 「自分が戻ればムーディは終わり? まったく、どこまで自信過剰なんだか……」

 

 そこでいったん言葉を留め、相手が最高にいら立つ仕草と表情で、シリウス・ブラックは見栄を切った。

 

 

 

 「お前ごときを倒すのは、この俺一人で十分なんだよイキリトカゲ野郎!!」

 

 

 その啖呵を合図に、シリウスは猛然とヴォルデモートに向かって吶喊した。その瞳には、この一瞬に自らの全てを掛ける覚悟を決めた者だけに宿る、強く美しい光が輝いていた。

 

 ……分かっている。自分はここで死ぬだろう。どう考えても彼我の戦力差が大きすぎる。

 

 だけど

 

 (お前は生きろジェームズ! お前にはリリーが、ハリーがいるんだ、ここで誰かが死ぬのだとしたら、それは俺でいい!)

 

 もし、ここでジェームズたちが死ぬことになったら、自分は一生歪んだまま生きていくことになるだろう。そんなことはそれこそ死んでも御免だ。だから、俺の死に場所はここでいい。

 

 友のため、命を懸けて戦うこと、その全てに悔いはない。

 

 こんな無謀な相手に、傲岸不遜なまま挑むなんていう、最高に『シリウス・ブラックらしい』戦いで死ねるのならば最高だ。

 

 さあ、くたばれヴォルデモート。俺と奴が、お前の死神となってやる。

 

 




リリーとジェームズには、ヴォルデモートがくる直前に
「秘密がバレたので別の場所に急いで逃げろ」とだけ簡潔に伝え
その上で単独で待ち伏せしています。


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10話 予言はかくなりき

 

 

 「………なるほど、この小癪な小僧の妙な自信の理由はこれか」

 

 ゴドリックの谷にあるポッター一家の隠れ家は、すでに原型を留めておらず、瓦礫の山と化していた。いや、家だけではない、周囲一帯が地滑りかなにかでも起きたのかと言わんばかりの惨状だ。地面は抉れ、崖は崩れ、木々は残らず吹き飛ばされている。

 

 これが、シリウスとヴォルデモートの戦いの壮絶さを物語る、何よりも証拠だろう。そして勝者であるヴォルデモートも、たかが一人の若造にここまで苦戦するとは思っていなかった。

 

 彼の左腕は消し飛び、右目は完全に潰され、全身に裂傷が刻まれている。これほどの苦戦する相手は、アルバス・ダンブルドアだけだと思っていたというのに、この有様となったからには、そこになんらかの理由が無いとおかしい。

 

 果たして、それは存在した。シリウスの死体の脇に転がっている空き瓶…… これがヴォルデモートが苦戦した理由である。

 

 それこそは最も調合が難しく希少である魔法薬の一つである、『フェリックス・フェリシス』に他ならない。それも尋常でない量が入っていたのが伺える。この幸福薬は一滴飲むだけでも効果は抜群であるというのに、この骸となった男は、戦闘の直前に一瓶まるごと飲んだようだ。

 

 それならば、たった一人の若造に闇の帝王たる自分がここまで苦戦したことも頷ける。ようは、今後の人生全てをチップにして賭けに出たのだ。

 

 仮に、“幸運にも”闇の帝王を討ち果たすという奇蹟が起きたとして、その数時間後には“不運な事故”で死ぬことが決定づけられる。だからこそフェリックス・フェリシスは禁忌の魔法薬の一つにも指定されるのだ。極めて用法用量が難しい薬として。

 

 

 「だが所詮人間よ。この不死のヴォルデモート卿が、たかが若造一人が捨て身になったくらいで敵う相手ではないわ」

 

 ククク、と勝利の高笑いをしているものの、満身創痍で今にも倒れそうな姿では様にならない。それくらいの負傷であり、その負傷故に思考も途切れがちで単純になりつつある。

 

 「さて、すぐにドロホフたちと合流する必要があるが…… 今はしばし休む必要があるな」

 

 勝利したとはいえ傷は深い。この状態で配下と合流すれば、もし戦闘中であったり追手がいた場合、万が一が起こりえる可能性も捨てきれない。さすがに配下たちではダンブルドアを倒すことなど出来ないだろう。

 

 ムーディにしてやられた拠点の状態も気になるが、それらもまずは今の状態を回復させてからだ。

 

 しかし、とりあえず腹心の一人には連絡すべきかと思案していたところへ、一人の男が姿現しでヴォルデモートから少し離れた地点に現れた。

 

 

 「何者だ」

 

 やはり傷の状態が響いているのか、万全の状態よりもずっと緩慢な動作で杖を構える。

 

 この図ったようなタイミング、まさか闇の帝王の能力を、実際以上に心酔している配下の誰かが自分の心配をするなどあり得ないため、ヴォルデモートは『とどめ役』の可能性をまず疑った

 

 流石にこの状態でダンブルドアやムーディクラスと対峙すると不味い、とヴォルデモートは内心で警戒を強めていたが、案に相違して、現れた男は敵ではなかった。

 

 ヴォルデモートの認識では、敵ではなかった。

 

 果たして、姿を現したのはセブルス・スネイプであった。ヴォルデモートほどではないにしろ身に着けているローブは汚れており、その腕には布に包まれたなにかを抱えている。

 

 「我が君! ご無事でしたか! いや、私は信じていましたぞ!」

 

 常に陰気な顔に珍しく喜色をうかばせながら、スネイプはヴォルデモートに駆け寄っていく。その姿を確認しながら、ヴォルデモートは対照的に顔を顰めながら杖を向けた。

 

 「まて、そこで止まれ」

 

 「どうされました? まさか私をお疑いなのですか?」

 

 「当然だろう。敵の目論見を破ったとはいえ、追撃がある可能性は高い。むしろ無い方が不自然という状況だ、貴様がスネイプに化けた『騎士団』の連中でないという保証がどこにある?」

 

 ここで、目論見に嵌った、と言わないあたりが実にトムである。シリウスを倒したとはいえ、満身創痍になったのだから十分に『罠に嵌った』と言える状態だが、それは闇の帝王を名乗る者としてプライドが許さない。

 

 だが、その警戒心は本物だ。ここまで傷を負ったのならば、味方の顔を見た瞬間に気が緩むのが常人というものだが、ヴォルデモートはむしろ一層に猜疑心を強めたのだ。

 

 ヴォルデモートの一番の長所は、この生き残ることへの渇望と執着心であると言えるだろう。

 

 「この不遜な小僧を捨て駒にするなどは、ダンブルドアのやり方ではないが、此度の作戦はあの気狂いムーディの発案だという。ならば、ここで多少なりといえども傷を負った俺様に対して『後詰め』を差し向けなければ画竜点睛を欠くというものだ」

 

 これは自信過剰ではなく事実だ。いくらシリウスが禁忌の魔法薬によってドーピングをしたとはいえ、単身でヴォルデモートに勝てる可能性は極めて低い。ならばそれを見越して次なる手を考えない筈がない。

 

 シリウス・ブラックという男は小癪で不快な男であったが、その実力は確かなものであった。そんな男を、まさかヴォルデモートを足止めするだけのために使い捨てる筈がない。『騎士団』の人材にそんな余裕はないはずなのだ。

 

 

 「そもそも、貴様はどうやってここに来たのだ? なぜ今この瞬間この場に現れた?」

 

 スネイプに杖を向けた状態でヴォルデモートは問いかける。スネイプはムーディがペティグリューに化けて潜入していた例の拠点にいた筈、それがどうしてこのタイミングで現れたのか?

 

 闇の印による姿現しは、あくまで主人側からの呼び出しに応じるもの。闇の帝王が呼んでもいないのに死喰い人が勝手に来るなどという不遜は許されない。

 

 「確かに、これは申し訳ありません。焦るあまり、真っ先に報告するべきことを失念してしまいました。我が君、我々は謀られました、あの裏切ってきた小男…… ペティグリューはあのアラスター・ムーディが変身していた姿だったのです! 突然不意打ちを受けた我々は混乱の極みに達しました」

 

 「………続けろ」

 

 「あの男はペティグリューの姿で『裏切り者だ! 裏切り者が出た!』と叫びながら暴れ、その言葉に惑わされた我々は目に付くもの全てを敵と誤認し、同士討ちをしてしまうことに…… 私もいくつかの手傷を負いました」

 

 「………」

 

 内心で舌打ちをしながらも、ヴォルデモートはさもありなん、と納得は出来た。この時点で拠点に残っている者たちにさほど優秀な人間はいない。おそらく、このスネイプが残留組の中でもっとも能力が高い男だろう。

 

 魔法省襲撃組、ロングボトム抹殺組に主力を配置しすぎたことが仇となった。せめてレストレンジあたりでも残しておけば……

 

 「どうやらこちらの作戦はムーディによって筒抜けだったようです。拠点を制圧…… というよりも同士討ちで壊滅させたムーディを『騎士団』の連中の一人が迎えに来ました。どうやらロングボトム方面の戦いが激化しているため、加勢をしてほしいと焦った様子で話していました」

 

 「………それで、貴様はなぜここへ来た。ムーディがドロホフたちの元に向かったのならば、貴様もまた加勢に行くのが当然だろうに」

 

 「はい、私もそうしようと思いました。しかし、ムーディと交代するように現れた男の行動を見て、私はある策を閃いたのです」

 

 「策、だと?」

 

 「はい。帝王、拠点に数人の捕虜を囚えていたのをご存じでしょう?」

 

 服従の呪文や磔の呪文によって情報を吐かせるために、ダンブルドア側の人間や魔法省の人間を数人地下牢に囚えていた。それがこの状況でどう関係するのか。

 

 「私は物陰に潜んで、せめてその男だけは倒そうと隙を伺っていましたところ、奴がどうやら捕虜を解放しようと探していることに気が付いたのです」

 

 同士討ちとムーディの大暴れにより、拠点にいた死喰い人の大半は倒されるか逃げ散るかとなっていたのなら、捕虜の解放はたやすく、一介の騎士団員でも造作もない仕事だろう。そんな雑用をムーディにやらせるよりは、激戦地に向かわせる方が理に適っている。

 

 「これがムーディならば油断せずに捕虜一人一人が本物かどうか確かめたでしょうが、その男はムーディより遥かに劣る男で、捕虜を皆すぐに『騎士団』の拠点へと送ったのです。……そう、捕虜に扮した私も共に」

 

 自らの策が通ったことが愉悦なのか、スネイプは唇を歪ませた。確かに並みの騎士団員にムーディ並みの警戒心を常に待たせることなど無理だろう。ムーディを激戦地へ送ったことは問題ないが、代わりの人員の能力は確かではなかったようだ。

 

 「幸い、捕虜の一人は私の学生時代の同期で多少なりとも知る男でした…… 私の魔法薬の手腕はご存じでしょう? 常備していたボリジュース薬の一つに捕虜の髪を入れ、そいつを隠して私は捕虜に成り代わったのです」

 

 死喰い人の中でも、こと魔法薬に限ればスネイプの腕前は一・二を争う。本来は長持ちしない『作りかけ』の状態を維持し、他人の一部を入れれば直ぐに使用可能な変身薬の備蓄を、この男はやっていた。この手法については、他にバーテミウス・クラウチ・ジュニアが得意としている。

 

 むろん、正規の手順で作られたものよりは効果時間は劣るが、急遽必要な時に活用でき、死喰い人たちも重宝していた。今回も、それが活きたということか。

 

 

 「捕虜に扮した私は奴らの拠点の医務室に運ばれ…… そこでコレを見出したのです!!」

 

 これまでも多少興奮気味であったが、ここでスネイプは一気に声を荒げた。その顔は狂笑ともいえる表情に歪んでおり、この男がこんな表情をするのを見るのは、ヴォルデモートも始めてである。

 

 興奮の極みに達したスネイプが掲げたのは、腕に抱えていた布の包みだった。よく見ればそれはもぞもぞと動いている、何かの生き物のようであった。

 

 「ご覧ください!! 確かに我々は多少出し抜かれましたが…… 目的は果たすことが出来たのです!!」

 

 スネイプが勢いよく剥がした布の下に現れたのは、果たして人間の赤子だった。

 

 そして、この状況でスネイプがこれほど目をぎらつかせる赤子など、言うまでもない。

 

 

 「貴様…… よもやそれはポッターの赤子か!?」

 

 「はい! さようでございます帝王! 私が運ばれた医務室にはなんとポッターの妻がいたのです、そしてその傍らには無論その息子も!!」

 

 その瞬間を思い浮かべているのか、スネイプの興奮と笑みはますます深くなっている。

 

 「その場で殺すことも考えましたが、とっさの判断で奴らが怪我人の治療に集中している瞬間を見計らい、赤子を抱えて脱出し、この通り帝王の元にはせ参じたのです!」

 

 「その判断をしたのは何故だ?」

 

 「当然、くだらない予言を崩し、帝王こそがこの世の支配者であることをこの目でしかと確かめるためです! さあ、あの憎きポッターの子倅めを始末し、ヴォルデモート卿の無謬たるを私に見せてください!」

 

 「そうか、なるほどな……」

 

 興奮ではぁはぁと肩で息をしているスネイプの様子を見れば、今の言葉に嘘はないように見て取れる。ヴォルデモートの記憶では、スネイプは『騎士団』の一人のポッターを憎悪しており、それが故に死喰い人になったとすら言われていた男だ。

 

 また、予言の存在を自分に知らせたのもこの男である。その報告をしたことによってレストレンジなどの狂信的な信奉者から「闇の帝王が赤子などに倒されるなど、下らん話を聞かせるな、耳が汚れる」だの「そんな予言を信じるなど、貴様は帝王様のお力を信じていないのか」と罵倒をされ、一時立場を失っていたこともあった。

 

 なるほど、確かに此度の襲撃には反対意見も多かった。「たかが赤子に」という声も多かった中で、そもそもの発端であったスネイプも心苦しい状況にあったのだろう。

 

 そこでスネイプが件の赤子を殺せてしまえば、下らん些事に闇の帝王を惑わせたとして、まずます立場がなくなる。だがヴォルデモートが直接手を下せば、彼は『闇の帝王が予言を打ち破った』を手助けした存在となれる。

 

 実に死喰い人らしい保身的な行動である。そこにおかしな所は見られない。

 

 「では、どうぞこの赤子に帝王の裁きを……!」

 

 「分かった。だが、その赤子はそこに置け」

 

 「ど、どういうことでしょうか? まさか私をお疑いに?」

 

 「このヴォルデモート卿は常に警戒を怠らんのだ。貴様の言い分に疑わしいところは無いが、貴様自体が騙されている可能性はある」

 

 「ま、まさかこのポッターの赤子が偽物? そ、そんな筈はありません! 奴らはまるで警戒していた様子はなかった…… これはまぎれもなく本物のポッターの赤子です!」

 

 心外だと言わんばかりに叫ぶスネイプだが、今この状態を作ったのはあのムーディであるのだ、奴が主導した作戦に限り『そんなまさか』は通用しない。だが、『後詰め』が現れない理由は納得した。おそらく、『騎士団』側も消えたハリー・ポッターのために混乱しているのだろう。

 

 「安心しろスネイプ、何も貴様を疑っているわけではないだ。この闇の帝王は常に万全を期す、それのみよ。さあ、その赤子を足元に置き、貴様も5、いや10歩ほど後退しろ」

 

 「……畏まりました、我が主」

 

 納得は出来ない様子だが、主命とあれば反論できない。興奮に冷や水を差されたような憮然とした表情で、スネイプは言われたとおりに赤子を置き、後退した。

 

 「なに、そう顰め面をするでない。貴様の憎きポッターの子を始末するには変わらんのだ」

 

 ヴォルデモートもまた数歩下がり、やや離れたところで杖を赤子に向けた。この距離ならば、本当に万が一この赤子がムーディの罠であっても、対処できる。あらゆる呪文や罠に精通すると自負している彼には、その自信があった。

 

 

 ……結局、やはりその過剰な自信こそが、ヴォルデモートが滅ぶ要因であったのかもしれない。

 

 かれが地面の赤子に対して死の呪文を放った瞬間すべては終わった。

 

 闇の帝王を称していた男の意識と肉体は、完膚なきまで吹き飛んだ。

 

 轟音と共に起こった、建物も粉々にするほどの大爆発によって。

 

 

 




スネイプの仕掛けた罠の詳細については次話にて
予言の解釈や“トリガー”についても、簡易的ながら一応説明はする予定です。
ただ、本作の本命は予言についてではないので、あくまで補足的なものとなります。


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11話 月が綺麗と君は言った

 

 

 セブルス・スネイプは地面を這っていた。

 

 その姿は先ほどまでのヴォルデモートと同様にボロボロで、両腕は吹き飛び、命を循環させる血液が、とめどなく流れている。このままではあと数分ほどで彼の命は尽きるだろう。

 

 だが、後悔はない。こうなるためにやったことだ。こうなるためにすべてを布石した。

 

 

 すべては、彼の計略通りであった。策は完全に成ったのだ。

 

 自称闇の帝王は爆炎に消え、命無き骸となり果てている。

 

 

 シリウスが語り、スネイプもまたそれが事実であったように振舞った『ムーディの策』は、まったくの嘘である。だが、繰り返すがムーディならば有り得るという先入観と、敵であるシリウスと、手下(とヴォルデモートは思っていた)のスネイプ、敵味方双方の証言によって、その実在を信じたのだ。

 

 それこそが、スネイプの計略。彼は、難しいことは何もしていない。彼が用意したのは、人間の赤子に変身させた庭小人一匹、シリウスに渡した幸福薬の残り。

 

 そして、マグルの世界、厳密にいうとIRAの過激派のアジトから盗み出した10kgものプラスチック爆弾だけである。

 

 一番懸念すべきはヴォルデモートの警戒心であり、そのためにシリウスの過剰な演技(彼はノリノリでやっていたが)で精神を苛立たせ冷静さを奪い、そして重傷を負わせることで思考力と判断力、ならびに対応力を減少させる。

 

 『フェリックス・フェリシス』の効果によってはシリウス単独でヴォルデモートを倒す可能性も極僅かにあったかもしれないが、そこまで楽観視などは出来るはずもない。無論、そうなれば最善であったが。

 

 すべては予定通り。シリウス・ブラックは命を対価にヴォルデモートに重傷を負わせることに成功し、また『作り話』を信じ込ませることにも成功した。

 

 ならば、そうなった状況であの疑り深い男が無警戒に赤子に触れる筈がない。予想通りに距離を置き、予言の赤子(変身術で変えた庭小人。本物は今もリリーの腕の中で眠っている)を始末しにかかった。

 

 ……そのため、その赤子が不自然に重量があることに気づけなかったし、スネイプがローブの下で起爆装置を操作しようとしていたことを感知できずにいた。

 

 言葉にしてしまえば簡単である。捨て駒(シリウス)によって弱った相手を騙して油断させ、マグルの爆弾で吹き飛ばした、それだけだ。

 

 だが、そうであるがゆえにヴォルデモートは倒された。まさか自分が、魔法族の頂点に立つべき存在であるヴォルデモート卿が、マグルの爆弾で倒されることになるとは、それこそ予想だにしなかっただろう。

 

 これは、マグル界育ちのスネイプだからこそ、そして最近IRAという存在を認識できたからこその策だ。かつては自信のコンプレックスであったことを利用し、必殺の策へと変えたのだ。

 

 

 (本当に、あの女性に会えたことは僥倖だった……)

 

 自分が変わるきっかけとなったのも彼女なら、この策の決め手を思いついたのも彼女との会話からだ。やはり『リリィ』という響きは、自分に力を与えてくれるらしい。

 

 

 (だが、予言は所詮予言だったということなのか…… まあ、それはもうどうでもいい)

 

 スネイプは預かり知らないことだが、かの予言の語り主であるシビル・トレローニーは、頭のなかに浮かんだ『未来視』を言語化したのであり、その光景は『赤子に手を掛けた瞬間に強い光の中に消えるヴォルデモート』というものであった。

 

 魔法族であるトレローニーの無意識は、その光がまさかプラスチック爆弾による爆発だとは思いもよらぬだろう。こればかりはトレローニーを責められない。

 

 そして、専門家でないスネイプはともかく神秘部の無言者であれば、予言の光景から“辻褄合わせ”も含めて起こりうる未来であれば、変わりうるものであると証言しただろう。

 

 通常の状態ならば、至近距離から爆発を喰らったとて闇の帝王が死ぬことはあり得ない。彼の盾の呪文はそれほどに強固であり、常に無言呪文によって“盾を張り続けている”も同然なのだ。死に対する拒否感というか、異常なまでの対策は伊達ではない。

 

 だが、アバダケダブラの呪文だけは別だ。死の呪文を放っている間だけは、瞬間的であれ盾の呪文を解除せざるを得ない。そしてその瞬間をセブルス・スネイプに想定外の方法で狙い打たれた。本人は警戒しているつもりであっても、死の呪文を頼むあまりに最も危険な選択をしてしまったということだ。

 

 結局の所、“予言の赤子のような存在”に、“死の呪文”を放ったその時に、彼は肉体を失う運命にあったのだ。

 

 予言を信じ、そうはさせじと行動するヴォルデモートを引き金に、予言は成就する。かくも、運命とは残酷なりければ。

 

 

 「ガ、ハッ」

 

 途中で何度も血が混じった咳をし、肘から先が無くなった両腕を懸命に動かしながら、スネイプは爆発で生まれた浅いクレーターを迂回し、目的の『物体』が視界に入る場所まで這進めた。

 

 その『物体』とは、成人男性の下半身。下半身だけとなった死体である。これが、魔法界を恐怖に陥れた男の、今の姿だった。

 

 (間違いなく、死んだな)

 

 その確認をするまでは、安心できなかったが、これですべてが終わったと、スネイプはその場で仰向けになり、全身から余計な力を抜く。喉に残っていた血が口の端から頬を伝い流れていくのを感じた。

 

 血で汚れた口元には、安堵と達成感が混じった笑みが浮かんでいる。

 

 爆発の瞬間、刹那の瞬間に彼も盾の呪文を無言で展開はしたが、とうぜん防ぎきれるものではない。ヴォルデモートの上半身は消し飛び、スネイプも両腕を失った上、すさまじい衝撃で体中が拉げている。もはや絶対に助からないだろう。

 

 

 (だが、私は成し遂げた……)

 

 大切な幼馴染、生涯でただ一人愛した女性、何よりも、自分の命よりも大事な存在を、彼は守り抜いた。

 

 もはや、彼女を害そうとする存在は文字通り消し飛んだ。首魁を失った連中など、ダンブルドアとムーディたちの敵ではないだろう。

 

 この作戦は彼ら2人の単独行動。シリウスはジェームズに、スネイプはリリーに手紙を遺してきたが、それが彼女たちに届くのはもう少し先だ。自分たちがこうして人知れず戦い、斃れたことを知るものは、夜空に輝く月と星以外にはいない。

 

 

 (美しい月だ……)

 

 月を見て美しいなどと思ったのは、いったいいつ以来だろうか。幼い日にただ一度だけリリーと共に見た月夜は美しかった、だがそれはきっとリリーと一緒だったからだ。

 

 もう、自分はリリーと一緒にいることは出来ない。自分の命はここで終わり、別離の言葉も交わせなかった。

 

 彼女との日々が走馬灯のように駆け巡る。牢獄のような母との生活の中、太陽のように光り輝いていた幼い日々。

 

 その時間を終える終末の角笛のごとき、ホグワーツからの入学の手紙と、徐々にすれ違っていく2人の関係。

 

 完全に道を分かれてしまった、悔悛すべき決裂の言葉。

 

 だが、どんなときでも君を思わない日はなかった。

 

 異なる可能性もあっただろう。だがこれがセブルス・スネイプだ。これが自分が選んだ人生の終着なのだ。後悔だらけの道筋だったが、この選択に後悔はない。

 

 リリーの未来を守れたことに、後悔はない。

 

 

 (さようなら、リリー。どうか君の進む未来が、幸福にあふれたものでありますように)

 

 スネイプの意識が薄れていく。もはや彼には動く力は残っていないし、そのつもりもない。その顔に浮かんでいるのは心の底から納得したものだけが得られる笑みであった。

 

 彼にとっては皮肉なことに、全く同じ表情を、離れた場所で不倶戴天の男シリウス・ブラックも浮かべながら斃れているのだが、そこはまあご愛敬。結局、2人は正反対の同類だったのだから。

 

 スネイプの意識が完全に白に染まる。その果てに自分が行くのは天国か地獄か。そうした死後の世界に思いを馳せたためだろう、消えゆく彼の意識にある言葉がよぎった。

 

 『だから、私が行く天国はリリィに創って欲しい』

 

 ああ、それはあの女性の恋人が語った言葉だったか、その人は自分の死後の世界は、知りもしない『神』ではなく、愛する人に作ってほしい。愛する人が思い描く死後の世界にこそ、向かいたいというその想い

 

 その刹那、彼は一つのことを思った、天国にしろ地獄にしろ、もし自分が向かう死後の世界というものがあるとしたらそれは…

 

 (私も、向かうならばその死後の世界は、リリーに作ってもらいたいな……)

 

 最期の瞬間にそう思ってしまうあたり、やはり彼はセブルス・スネイプであった。どうしても格好よく切り捨てることが出来ず、未練がましく願ってしまうのだ。

 

 だが、それを笑うものはどこにもいない。冴えわたる月の光は、そんなスネイプを苦笑するかのように柔らかく包んでいた。

 

 




庭小人 「解せぬ」


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セブルス・スネイプの天国
12話 彼らの愛した宝物


 

 

 「ポッター、罰則の掃除は済んだかね」

 

 「……ええ、このとおりです、スネイプ先生」

 

 ホグワーツの魔法薬学教師、セブルス・スネイプが預かる地下室教室では、一人の女生徒が問題を起こした罰として、教室の掃除をすみずみまでさせられていた。その問われた女生徒は何やら目を泳がせながらに小声で応じる。

 

 「ふむ…… たしかに片付いているな、いつになくきちんと終わらせたようだ」

 

 「勿論です、きちんと反省していますから」

 

 この女生徒は常になく問題を起こすことで有名だ。それがどれ程のものかは、いまだ2年生でありながら、かの双子のウィーズリーが「後継者」と呼んでいるというだけで分かるというもの。親類一族からして有名な家系で、ホグワーツでは天才シーカーの兄は特に有名だったが、今ではその有名度を上回ってしまっている。

 

 「綺麗すぎるほどに片付いているな、まるで誰かが手伝いをしたかのようだ。そうは思わんかポッター?」

 

 「ば、罰はこれで終わりですよね。では失礼します!」

 

セブルスが目を光らせながら問うた指摘に、当の生徒は目を逸らしながら答えたかと思う瞬間、バネのような俊敏さで立てかけていた帽子をかぶると、セブルスに背を向けて地下教室の入り口目掛けて走り出した。

 

 「あ、待てポッター、話はまだ」

 

 「ごめんなさいぃー、もうしませんからぁー」

 

 「そう思うなら戻れ、おいこらポッター!」

 

 そうしてセブルスは脱兎のごとく走り去る生徒の首根っこを捕まえようとするも、間一髪の差で逃げられてしまった。まったく、誰に似たのか逃げ足だけは一人前だ。まあ間違いなく父親似だろうが。

 

 まったく困ったものだ。悪戯好きなところといい、どうして悪いところばかり父親に似てしまったのか、はやくもドアを開け、地下室教室を長い赤毛を揺らしながら飛び出していく姿を見ながらため息をつく。

 

 「まったく、困ったものだ」

 

 内心で思っていたことをそのまま口に出すと、それに応える声が、物陰から発せられた。先ほどの慌ただしい生徒とは反対に、まだ若いが落ち着いた声色である。

 

 「本当にすみません、いつもいつも先生にご迷惑をかけてしまって」

 

 「謝罪はいいから、もう少し躾を厳しくしてくれたまえ、ポッター」

 

 「はは、どうしても強く言えなくて…… それに先生、ファミリーネームでは僕と妹のどちらを指しているのか混乱してしまいますよ?」

 

 「妹の躾をしっかりしろ、ハリー。君だけではなく、友人のウィーズリーにもきちんと言っておくことだ」

 

 「いや、ロンも僕も談話室で会うたびに言っているつもりなんですが……」

 

 そう言いながらバツが悪そうに頭を掻く少年の名はハリー・ポッター。グリフィンドールの天才シーカーと名高い選手であり、たった今罰則を(一応)終えて逃げ出したシェリー・ポッターの兄である。

 

 クィディッチの有名選手ともなれば、寮で人気者になるのは自然である。その上、このハリーが入学して以来、クィディッチカップは常にグリフィンドールのものとなっている。彼を慕う下級生は多く、憧れる女生徒も多い。

 

 しかし、誰に似たのか穏やかな気性とその両親や親戚の教育の賜物か、彼は天狗になることなく、校則に厳しい副校長先生の信任も厚く、来年の監督生候補と噂されている。

 

 物静かな兄と、活発すぎる妹。この組み合わせで生まれる現象の相場は大体決まっている。

 

 「いや、全然説教が足りていない。そもそも君は奴にキツく言っていないだろう『悪戯はダメだよ』と優しく言われて止めるようなら、上級生に糞爆弾を投げつけるような真似はせん。何度も繰り返すようだが、君は妹に甘すぎる」

 

 そう、甘い兄と甘え上手な妹の出来上がりだ。

 

 「流石に今回のことは、女の子のすることじゃないよ、とキツめにいったつもりですが…」

 

 「まさに『つもり』なんだろう、現にこうして妹の罰則を手伝っている時点でその『キツめ』という言葉に説得力はない」

 

 「返す言葉もありません」

 

 頬を掻きながら目を逸らす兄ハリー。その様子はさきほどの妹とよく似ていて、まさに兄妹だと感じさせられる。

 

 しかし、セブルスとてハリーのことを言える筋合いではない。他の生徒(特にグリフィンドール生)には『鉄面皮のスネイプ』も、ことシェリー・ポッターにはどうしても甘い。

 

 「君と妹は、つくづく正反対だな」

 

 「はい、昔からいつも言われています。こればかりは苦笑するしかないですね」

 

 肩をすくめて笑うハリー。その姿から謙虚さと苦労人じみた様子を差し引き、不遜さと憎たらしさを加えると、彼の父親の学生時代にそっくりなのだが。容姿だけみれば瓜二つなのに、ハリーとその父親はまるで像が重ならない。

 

 セブルスにとっては嫌な思い出の再来とも言うべき外見の少年だが、彼にそうした印象を抱いたことは一度もない。それというのも……

 

 「『お前は見た目はジェームズそっくりだが、性格はリリーそっくりだ』、子供の頃から周囲の大人にそう言われてきましたから、それは自分でもわかっています。僕は子供の頃から母さんっ子でしたし、恥ずかしながら今でもそれは変わってないですしね」

 

 「願わくば、妹もそうであって欲しかった」

 

 彼の友人との交流の様子、魔法薬学の成績、物静かだが根底に有る負けん気さなど、すべてが彼の母親を彷彿させるためだろうか。だが、それにひきかえ。

 

 「シェリーは大のパパっ子でしたから。いつも父さんにベッタリで、シリウスさ、いえブラック先生なんかは『ひっつき虫』なんて言ってたくらいで」

 

 「小さいといえどもレディに向けるべきではないな、これだからあの駄犬は」

 

 「まあまあ、そう言わずに。とはいえまあ、スネイプ先生のおっしゃる通りで、僕もロンも妹に厳しくしないといけませんね。この前みたいにジニーといっしょにスリザリン生と決闘まがいなことが起きたら大変ですから」

 

 そうは言うものの、この「厳しく言う」は有言実行されないだろう。いざ妹を前にすると強く言えなくなるのは目に見えている。むしろ、まだロナルド・ウィーズリーの方が脈はある。

 

 「やれやれ、最近ではあの双子のウィーズリーの女生徒版のように扱われているぞ? あの2人は」

 

 「あの2人ほど悪戯をしているわけではないですが…」

 

 「比較対象がおかしいだけで十分多い。特に生徒同士の喧嘩となると、あの双子以上というのはどういうことだ」

 

 「そういう時は、ハーマイオニーも加わりますからね」

 

 「グレンジャーか…… はあ、まったく頭が痛いことだ」

 

 父親譲りのいたずら好きに加え、その行動力と母譲りの曲がったことを嫌う精神が合わさり、シェリー・ポッターはよくスリザリン生を筆頭にしたいじめっ子と対立、喧嘩になる。その小さな体で上級生に立ち向かう姿に感化されたのか、一年生のときはおとなしかったジニー・ウィーズリーが奮起し、今では二人が一緒にいない事の方が珍しい程になっている。それこそ、その髪の毛の色も相まって、赤毛の双子(女版)などと言われるほどに。

 

 その上、これまではこうした事態では仲裁や阻止役に回っていたはずの4年生の才女、ハーマイオニー・グレンジャーが2人の加勢に入ることが増えてきている。シェリーの悪戯には当然注意、叱責する彼女ではあるが、こといじめっ子との喧嘩になると一緒になって暴れ出すのだ。やはり彼女もグリフィンドールの女だった。

 

 最初こそ、自分が罰則を受けるようなことをしてしまったことにショックを受けていたが、いつのまにか開き直り、今では平然としている。女は強い。

 

 その上、シェリーは甘え上手、ハーマイオニーは面倒見がいい、という2人の性格が噛み合い、何かと面倒を起こす妹分を甲斐甲斐しく世話を焼いている。まさに手のかかる妹が出来た気分のようだ。「苦労させられるわ」と口では言うものの、表情は常に笑っている。

 

 「それはそうと先生、妹の罰則とは別件ですが、例の薬はいつ作りますか?」

 

 「ああ、安らぎの水薬か、4日後の講義が終わった後につくろうと思っている。4年生にはまだ早いが、君なら出来るだろう。しかし、何に使うのだ?」

 

 「いえ、新しいチームのリーダーが過剰に気合が入っているので、一度飲ませておこうかなと」

 

 「あれは病気だ、質の悪い伝染病だ。手の施しようがない」

 

 セブルスは断言した。あのグリフィンドールのクィディッチチームには、かつて闇の魔術の防衛術の教師に対して掛けられた呪いのごときものが遺されてしまったように見える。

 

 「やっぱりそうなんでしょうか、はぁ」

 

 何かと気苦労の多い少年だ。だが、口ではそういう彼も目元は笑っている。なんだかんだで彼もこの騒がしくも楽しい日々を謳歌しているようだ。

 

 「まあ、何かあったら相談に乗ろう。いつでも来たまえ」

 

 「はい、ありがとうございます先生」

 

 敬意を込めた言葉を真摯に返してくれる少年の姿を見ながら、もし父親がこうであったら、自分はああも捻くれなかっただろうな、などと埒もないことを考えるセブルスであった。

 

 

 

 …………貴方が私を守ってくれたから、私の宝物の2人はこんな風に元気に過ごせているの。だから、貴方にも感じて欲しい。どれほどの幸せを貴方が私たちにくれたのかを。

 

 



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13話 魔法学校の平和な日常

 

 セブルスはポッター少年と別れたあと、明日の授業で使用する薬の材料を補充しに温室へ向かう途中、なにやら見飽きた光景に出くわしてしまった。

 

 「やっぱり透明マントは最後の手段にしたいんですよ、道具に甘えてばっかりじゃ、きっといつか足元掬われるわ」

 

 「おお、その通りだ我が愛弟子、それならばどうする?」

 

 「やっぱり先生たちみたいにアニメーガスになるのが最適じゃないかな、と」

 

 「素晴らしい、その意気や良し! 早速教えようじゃないか!」

 

 「おいおい先生そりゃないぜ、俺たちには全然教えてくれなかったのに、シェリーにはすぐかよ!」

 

 「そうだぜ、えこ贔屓反対だ!」

 

 「何を言う、私が学生時代には、独力で学び勝ちとったのだぞ? 君たちも我々の後継者を自負するなら、それくらいの気概を見せて欲しかったものだ」

 

 「その代わり、いたずらグッズの開発はこっちが上だぜ!」

 

 「そうとも。先生たちは『気絶キャンディ』や『伸び耳』なんて作れなかっただろ?」

 

 ……頭痛がしてきた。もはやホグワーツ中で知らぬ者はいないメンツが固まっている。

 

 人気沸騰中(あくまで本人談)の2年生の赤毛のやんちゃ娘シェリー・ポッター。

 

 校内のいたずら案件は8割がたは彼らの仕業。ご存知、双子のウィーズリーこと、フレッドとジョージ。

 

 そして、こちらが一番の問題である、闇の魔術の防衛術の教師、シリウス・ブラック。

 

 悪戯好きの生徒がいるのは、ホグワーツでは日常茶飯事だ。何年も何十年も連錦と続いてきたことである。そこに女子生徒が混ざっているのは多少珍しいことではあるが、まだ下級生の頃にはそういう例はみられる。

 

 だが、生徒の悪戯計画に教師が混ざるなど、長いホグワーツの歴史でもそう何度もなかったことだ。いや、過去に例があること自体がおかしいのではあるが。

 

 質の悪いことに、この連中は学内で人気が高い、特にグリフィンドールでそうだが、スリザリンですら一定の支持者がいる。むしろこの4人を嫌っているのはレイブンクロー生が多い。何かと騒ぎを起こす彼らは、静寂を好むあの寮からはウケが悪い。

 

 

 「でもフレッド、やっぱりゲロを吐かせるようなものは駄目よ。汚いのは私キライ」

 

 「そうだ、いくら悪戯と言えど、汚れるようなものは推奨しないな。ゲーゲートローチには改良の必要がある」

 

 「相変らずシェリーに甘いよな先生」

 

 「まあでも、シェリーのアドバイス通りに改良した鼻血ヌガーは女生徒にもウケたし、今回も改良は必要じゃないか?」

 

 「うんうん、2人の悪戯も商品も、とっても面白いけどやっぱりスマートでキレイな方が素敵でしょ?」

 

 「ついこの前、上級生に糞爆弾投げつけた女のセリフとは思えませんなぁ」

 

 「そうそう、おかげでフィルチがカンカンだったぜ」

 

 「あれは……! だって、仕方ないでしょ!? あのトロール野郎が私の友達にいやらしいちょっかい掛けてきたんだから!」

 

 「うむ、我々の時代も女子へのスカート捲り等は、絶対の禁則事項としていたからな。まぁ、それはジェームズがリリーに冷たい目で見られたことが発端だったが……」

 

 「ん? 何か言ったシリウスおじさま」

 

 「いやいや、何でもないさシェリー。それと学校では先生と呼びなさい」

 

 「授業ではきちんと呼んでるもん」

 

 「ダメだ。ホグワーツにいる間は先生と呼ぶように」

 

 「はぁい」

 

 なんだかなんだで聞き分けの良いところが、この悪戯娘が好かれる由縁だろう。いろいろやらかし失敗もするが、基本一度お説教を受けたことは反省し、そのまま繰り返さないのがこの娘の特徴だ。もっとも手を変え品を変えてまた色々とやらかすのだが……

 

 「あ、でもフレッドにジョージ、ジニーが言ってたけど、貴方たちのお母さまがまた貴方たちに吼えメールを送るらしいわよ? それも今回は一人に一通」

 

 「マジかよ勘弁してほしいぜ。どうして我らが麗しの母君は、男のロマンを理解してくれないんだ?」

 

 「この調子じゃあ、開店の許可なんて夢のまた夢だぜ」

 

 「そう悲観するな、いざとなったら私も口添えしよう」

 

 「頼むぜシリウス先生。さすがは我らが師匠」

 

 「パッドフット先生に幸あれ!」

 

 

 今日もホグワーツの問題児4人(一人は教師)は楽しそうである。このまま様子を眺めていても、頭痛が大きくなるだけだろう。ならばもっと建設的な行動を起こすべきだ。

 

 セブルスは4人に、というかその内の一人に目掛けて大股で近づいていき、大声で怒鳴りつける。

 

 「ブラック! 貴様は仮にも教師だろう、なにを生徒と一緒によからぬことを企んでいる」

 

 「む、出たな鉄面皮教師。生徒と教師が談話していることに何の問題がある? それに貴様、またシェリーに罰則を与えただろう!」

 

 「廊下をあそこまで汚せば、罰則を課さない方が異常だ馬鹿め!」

 

 「ならば喧嘩両成敗にすべきだろう! シェリーだけ罰則とはどういうことだ!」

 

 「やり方というものがあるのだ! 監督生に相談するなり副校長に言いつけるなりな! 自らが暴挙ともいえる実力行使をする必要はない!」

 

 「友の苦境を救うのは人として当然だ! 相談したところでなあなあで終わってしまえば被害者の子は泣き寝入りだ!」

 

 セブルスは日ごろから生徒たちに怖い印象を持たれているが有能な先生と認識されており、その厳しさから活発な生徒からは嫌われることが多い。しかし優秀な生徒からは懐かれており、そうした生徒には個人的に指導をすることを厭わない。実力主義で教え方も上手いけれど、やはり笑顔が少ないその姿は特に下級生にはとっつき難さを与えてしまっている。

 

 シリウスはそのルックスもあって「カッコいい大人」として特に女生徒から人気が高く(そのせいで一部の女生徒はシリウスべったりなシェリーを嫌っている)、授業も面白いので慕う生徒も多い。先ほどまでの悪戯っ子たちとのやり取りも、他の生徒には見せない顔だ。特にシェリーに対する過剰なまでの過保護っぷりは、彼のファンの女生徒が見れば幻滅するかもしれない。

 

 シリウス自身はかつて親友が『特定の誰か』に対しての熱烈なアレコレで、多くいた彼のファンが離れて行ったのを間近で観察した経験を活かし、そうした姿は双子のウィーズリー以外には見せないようにしている(それでもわかる人にはわかる)

 

 つまり、2人ともそれぞれ「怖いが有能な先生」「カッコよく素敵な先生」という評判である。しかし、この2人はこうして顔を合わせると途端にダメな大人になることでも有名なのであった。

 

 現に、大声で言い合う2人の様子に、周囲の生徒が何事かと注意を向け、それが例の魔法薬学教師と防衛術教師だと分かると、ああいつものかと納得してしまっている模様だ。

 

 そうした生徒の中でグリフィンドール生は当然自たちの寮監であるシリウスを応援し、スリザリン生はその逆。ハッルフパフ生はおろおろし、レイブンクロー生は溜息をついて素通りしていく。

 

 これもホグワーツでよく見られる光景の一つ。今日も魔法学校は平和である。

 

 

 「お前はいつも生徒たちに甘すぎるのだ! そうして悪戯生徒たちを甘やかしていれば、普通の生徒たちに示しがつかん」

 

 「教師が常に規則規則と締め上げるから反発するんだ! 適度に悪戯を許し、それは自己責任だと言ってこそ、自主性が芽生えるものだ」

 

 「迷惑がかかる他の生徒のことも考えろ!」

 

 「同じ寮になれば兄弟同然! そうした仲間意識を育んでこそのホグワーツだろうが!」

 

 この2人が口論を始めてしまえばもう止まらない。すでに発端であったシェリー・ポッターの罰則云々から話は飛躍し、それぞれの教師のスタンスを否定しあう様子になっている。

 

 自主性こそを重んじるシリウスと、規則を守ってこそ、というセブルス。どちらも一理あるが、全体として正論なのはセブルスであり、生徒に人気があるのはシリウス。

 

 セブルスのやり方は優等生には居心地いいが、普通の生徒にはやや硬い。逆にシリウスのやり方は、活発な生徒には楽しいが、大人しい生徒には騒がしすぎる。

 

 つまりは両極端。それぞれがグリフィンドールとスリザリンの寮監をやっているのだから、さもあらんと言ったところ。しかし、トップの2人がこうして低次元の口喧嘩で終始しているせいか、ここ数年の獅子と蛇の対立は、なんというかとても子供っぽい喧嘩程度で終わっている。

 

 これも、2人の人徳であろうか。まあ、これを人徳と言ってしまえば、『人徳』という単語から抗議が来そうではあるけど。

 

 「そういえば根暗薬学教師。お前今日の授業でまた我がグリフィンドールの生徒を不当に減点したな!」

 

 「何が不当か。宿題を忘れたのだぞ。減点して当然だろう」

 

 「だからといって10点減点はやりすぎだ! 宿題忘れはせいぜい5点が相場だろう。そんなやり方では生徒が自信をなくし、余計萎縮するだけだ」

 

 「ふん、甘やかすことが教育だとでも言うつもりか。貴様がそうしてホグワーツを幼稚園のようにするから、私が正しく導かねばならなくなるのだ」

 

 「生徒が伸び伸び自信をもって学んでこそのホグワーツだろう!」

 

 「馬鹿め、学問というものの本質を学んでこそのホグワーツだ!」

 

 

 といった有様である。周囲では獅子と蛇の寮生は応援と野次を飛ばし、穴熊生が止めようかどうしようかを迷っているという、いつもの魔法学校の風物詩が見られている。鷲寮生徒はもはや一人もいない。

 

 おまけに『シリウス派』の生徒たちの中には「今日はどちらが勝つか」で賭けを始める者たちが出始まる始末で、そしてこれもいつもどおりに、いつの間にか赤毛の双子はその胴元になっているようだ。

 

 だが、こうした状況なると大抵……

 

 「今日という今日は許さんぞ、この陰険スリザリン寮監!」

 

 「貴様こそ年貢の収めどきだ、この蛮勇グリフィンドール寮監!」

 

 「いい加減にしなさい!! ブラックもスネイプも、生徒の前で何たる醜態ですか!」

 

 こうして、マクゴナガル副校長の雷が落ちて、お開きになるのだけど。 これが彼らの日常。平和な魔法学校で綴られ、これからも繰り返されるだろう光景の一つであった。

 

 

 

 

 ………そろそろ時間だ、もうすぐ息子が迎えに来るだろう。ごめんなさいね、でも今日は、貴方に会いにいく日だから。

 

 





次回が最終話となります。


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最終話 貴方のための物語

今作での闇の帝王没落の日は、ハロウィンではなく「七の月の終わる日」となっています。
予言の解釈がそれっぽくなるよう、スネイプが誘導して罠へ招いた結果です。


 

 

 

 「ぁさん、母さん、そろそろ時間だよ」

 

 ……リリー・ポッターは原稿を書く手を止め、部屋の入口から掛けられた、愛する息子の声に振り向いた。

 

 「ああ、もうそんな時間なのね。ありがとうハリー」

 

 今日は、息子の誕生日。次学期から5年生になる息子はずいぶんと背が伸び、もう自分を超えてしまっている。可愛らしい少年から、立派な青年へと成長していることは、母親としてとても誇らしい。

 

 「父さんたちもそろそろ着くころみたいだよ、帰りは向こうの方が早そうだね」

 

 「そうね、ケーキは父さんたちに頼みましょうか。シェリーのセンスに任せた方が良さそうだわ」

 

 「確かにね」

 

 ハリー・ポッターの誕生日、それは十数年前に猛威を振るったある闇の魔法使いが破滅した日であることも意味している。

 

 彼女の息子はその闇の魔法使いと因縁があるよう予言されていたが、どうやらそれは解釈違いであったらしく、かの帝王は十数年前の今日繰り広げられた戦いでその形を失い、その後ダンブルドアやムーディという強力な魔法使いたちによって、隠されていた残滓も完全に滅ぼされた。

 

 そして、かの闇の魔法使いの破滅の日ということは、それを打ち破った英雄の命日でもある。この日はイギリス魔法界でも重大な祝日となっており、闇を破りし英雄、シリウス・ブラックの墓には毎年多くの人が感謝の言葉と花束を捧げている。

 

 彼女の夫と娘も、今日は早朝からそちらへ向かっている。いやむしろ主賓と言っていいだろう。毎年、この日シリウス・ブラックの基へ最初に訪れるのは親友である自分、ジェームズ・ポッターの役割だと、夫自身が任じている。大のパパっ子であり、小さい頃から『シリウスおじさま』の話を聞くのが大好きだった娘も、当然夫の付き添いだ。

 

 

 「そろそろ、リーマスさんたちと合流しているころかな?」

 

 「どうかしら? あの人たちのことだから、また寄り道してカエルチョコでも買っているのかも」

 

 「そうだね、父さんったら『今度こそシリウスを当てる!』って息巻いてるから」  

 「シェリーもいっしょになってね」

 

 フフフ、と母子はその様子を思い浮かべて笑い合う。 

 

 最近、カエルチョコのおまけカードにも『シリウス・ブラック』が登場したらしいが、未だにポッター家にはお迎えできていない模様。カードを開くたびに「なぜだ、どうしてなんだシリウス」と嘆くジェームズの姿が見られるのが恒例だ。なお、友人のリーマス・ルーピンには当たったらしい。 

 

 もう一人の友人、ピーター・ペティグリューは、シリウスが遺した手紙に「ワームテールを責めないでくれ」ということが記してあったので、直接的な罰は受けていない。しかし、本人が思うところがあったのか、『マッド・アイの助手を務める』という苦行を申し出、その数年後に刑期(?)が終わったあとは彼も随分前向きな性格に変わり、シリウスの墓参りが出来るようになっていた。今日も、いつもの顔ぶれで亡き親友へ会いにいくのだ。

 

 そんな英雄の命日だが、リリーとハリーはその輪に加わらない。もちろん、シリウスへの祈りは毎年欠かしたことはないが、彼女と息子が向かうのは、シリウス・ブラックの墓参りではない。多くの人は知ることのない、もう一人の英雄の墓へ花を捧げに行くのだ。

 

 彼女の幼馴染、セブルス・スネイプの墓へと。

 

 

 

 彼がシリウスと共にかの闇の帝王を斃した事実は、外ならぬスネイプの遺言で隠された。彼がリリーに遺した手紙には、自分の行うことが成功しても、そのことを公表しないでくれ、という旨が記されていた。他の『騎士団』の人たちはそれを訝しんだが、リリーには彼の心が分かる。

 

 彼は、自分の気持ちを自分だけ、いや自分とリリーだけのものにしておきたかったのだ。闇の帝王を斃した事実が公然となれば、当然スネイプがそうした動機も魔法界中に知られるだろう。『愛の戦士』『一途の愛』、そうした美辞麗句で自らを勝手に飾られることを、彼は拒んだのだ。

 

 自分の愚かな行為を知るのは、リリーだけでいい。リリー以外には知ってほしくない。自分とリリーが歩んできた歴史は、あくまで2人のものであるべきなのだから。

 

 だから、彼女が彼の業績を公表しないでと願った際には、ただ「セブルスが希望していたから」と言うだけで、その理由までは語っていない。唯一その理由を察することが出来るダンブルドアがリリーの願いを聞き届けてくれたので、セブルス・スネイプが成した偉業を知るものは少なく、その想いを正確に知るものは、彼女以外にいない。  

 

 ……いや、そうではない。彼女以外にもう一人いる、最愛の息子ハリーにだけは、自分を愛してくれたもう一人の男性の物語を語ってきた。

 

 どうしても、彼女は自分の幼馴染のことを、誰かに誇りたかったのだ。

 

 あんなにも自分を愛してくれた人がいたことを。

 

 とても不器用な愛を抱えながら生き抜いた人がいたことを。

 

 だから彼女は、ひとつの物語を描くことにした。

 

 それは一人の男の話。自分に自信がなく、素直になれず、いつも悩んで迷っているが… それでも一途な想いを貫く、素敵な男性の物語。

 

 彼はホグワーツの魔法薬学の先生で、優秀な生徒からは慕われながら、悪戯っこ生徒には煙たがれる。

 

 教師になりたての頃は、生徒への接し方にも悩んだが、それもいつの間にか吹っ切れた。それは、同期で教師に赴任したある人物が原因であり…… いつものようにその不倶戴天の学生時代からの因縁相手と角を突き合わせ、その様子を生徒たちに呆れられ、そして親しまれる。

 

 素敵な魔法学校で綴られる、騒がしくも楽しい、一人の教師のお話。

 

 

 その読者は息子だけ。彼が救ってくれた小さな命であった息子にだけは知ってほしかった。自分が、どんな男性に助けてもらったのか。

 

 彼がどんなものが好きで、どんなことが得意で、どんなふうに生きてきたか、そして、生きていくか。

 

 それを、知ってほしかった。だからこれからもリリー・ポッターは筆を取る。

 

 彼はきっとハリーを気に入ってくれるだろう。見た目はジェームズそっくりだけど、性格は自分に似たと自負できる息子とは、きっといい教え子と教師の関係になれる。

 

 でも反対に、見た目は自分似だが内面は夫似の娘は、きっと手を焼かせちゃうだろうな、そう思い苦笑しながら彼女は物語を綴っていく。

 

 

 

 

 

 「花束は僕に任せて」

 

 「ええ、お願いね」

 

 彼の元へ捧げる花は、白のヒヤシンスとピンクのカーネーションに、カンパニュラを添えられる。

 

 それぞれの花言葉は、「貴方のために祈ります」、「貴方のことを忘れない」、そして「感謝」。これらを花束として、幼馴染への想いを込める。

 

 最後に…… 一輪だけ赤い百合(Lily)を。

 

 少し恥ずかしいけれど、自分からの想いである証として、赤毛のリリーはその花を贈る。

 

 支度を終え、玄関のドアを開けたとき、リリーの耳に、懐かしい声が聞こえた気がした。

 

 声は、自分の部屋からしたように思える。それがどうしてかは分からないが、リリーにはその声は文書箱に閉まっている原稿の中から発せられたように感じた。

 

 それはもう聞くことのできない声。何度も聞きたいと願っても、記憶の中でしか響くことのなかった、とても大事な人の声。

 

 少し遠慮気に、それでいてとても気持ちの籠った、自分にしか見せない困ったような笑顔を彷彿させながら、幼馴染の声はこう言った。

 

 

 

 ――― 素敵な世界をありがとう、リリー ―――

 

 

 

 ……きっと気のせい。でも、いい気のせいだと思う。

 

 これから貴方のお墓参りに行くのに、こんなことを思うのも少しおかしな話だけれど、それでも私は溢れる気持ちを止められない。だって、貴方の安らぎの場所は冷たいお墓の下ではなく、暖かな場所であってほしいから。そんな場所を描きたいと思っているから。

 

 お墓参りが終わり、誕生日パーティが終わったら、また描こう、貴方のための物語を。

 

 

 ――― 待っていてね、セブ ――

 

 

 心の中で彼の姿を思い描きながら、目から頬へ伝わる暖かい雫を拭い、リリー・ポッターは先に出た息子の背を追いかけ始めた。 

 

 

 彼が生きる世界はそこにある。彼女が描くホグワーツで騒がしく苦々しく、それでいて楽しい、充実な毎日を送っていく。

 

 そう、これがセブルス・スネイプの天国。リリー・ポッター、いや『幼馴染のリリー』の描く物語の中で、彼はこれからも暮らして行くのだ。呆れるほど騒がしく、ため息が出るほど大変で、けれどとても楽しく幸せな、そんな毎日を。

 

 これからも、ずっと生きていくのだ。

 

 




これにて完結となります。
ご愛読いただきありがとうざいました。


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