はぐりんくえすと (楯樰)
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1 邂逅と再会と

このすば書籍版完結おめでとう!

ってわけで始めます。


「とんぬら、なんてどうだろう? ……故郷の雷神にあやかった名前、なんだけど」

 

「いいと思うんだけど、ごめんね……それ近所の子がつけてたわ。それもこの子と同い年の子に」

 

「異世界どうなってんだ……? そもそも俺たちのせいか? いや紅魔族の感性が……」

 

「ふふふ……ね、他に何もないんだったら……────なんてどう? あの子と音も似てるし、いいかなって……ねえ、大丈夫?」

 

「……いや、とんぬらもだけど、こっちでその名前を聞くとは思ってなくてさ。うん、いいと思うよ。幸運と、ドラゴンのブレスにも負けない力強さを感じる、いい名前だよ」

 

「そう? あなたみたいにモテちゃいそうで、ちょっと思うところあったんだけど……」

 

「…………ごめん、本当にその感性はわからないんだけど、なんかごめんね」

 

 

 

「……うん、でもあなたの国でもそんなふうに言われてたなら縁起がいいのかもね。……私の可愛い赤ちゃん。あなたの名前は────」

 

 

 

 ▼

 

 

 

「はぐりん! ちょっと出てきてくれー!」

 

「わかったー」

 

 呼ばれて玄関に顔を覗かせると自己紹介を受けた。

 

 ここ紅魔の里の族長とその娘であるらしい。今まで接点がなかったのが不思議だが、従兄弟の家とウチとを行き来するしかなかったから当然といえば当然か。

 

 顔を合わせると何事か呟いていたが族長の後ろに隠れてしまう。なんだか可愛らしい子だ。

 

「は、はじめまして……ゆ、ゆんゆんです……」

 

「こら、ゆんゆん。ちゃんとご挨拶しないと。学校で教わってるだろう?」

 

 同い年ぐらいの女の子。ゆんゆんはそう言ってまた、この里の族長を名乗るおじさんの後ろに隠れる。

 

 可愛い、とは思ったけど、紅魔族の人たちは美人やイケメンが多いから当たり前だった。

 

「……だってあんなの恥ずかしいんだもん」

 

「はあ。ゆんゆん……。すまないね、うちの娘はどうにもちょっと変わっていて」

 

 やっぱり可愛い子だ。ゆんゆん、か。

 

「いえ、気にしてませんよ。むしろ余所者の僕からしてみれば気になりませんから。じゃあ、はぐりん?」

 

「うん。俺、はぐ……じゃなかった。えっと──我が名ははぐりん! いずれ紅魔族一の冒険者となる者! ──これでいいのかな? よろしくお願いします」

 

 父さんの返事よりも先に族長が褒めてくれる。

 

「凄いじゃないか! その歳で立派な名乗りが出来るだなんて。野望もまた良し。この子に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ」

 

「お父さん! 冗談でもやめてよぉ!」

 

 ローブを引っ張って揺するゆんゆん。確かに嫌だろうけど、多分今のは言葉の綾というやつじゃないだろうか。誰も本気で爪の垢を煎じて飲ませようとしているわけじゃないだろう。実際、大人2人は苦笑いしている。

 

 見上げていていた視線を落とすと、ゆんゆんと目があった。さっと、また族長さんの後ろに隠れてしまう。

 

「いや、それにしてもタナーカ。他所の人が我々に理解があるとは思いもしなかったよ。ましてや、()()()()と結婚して家族まで作るとは。私が君と出会ったときには思いもよらなかった」

 

「僕もです。こうして誰かと家族を作るなんて、思いもよりませんでした。……改めてお礼を言わせてもらいます。素性の定かでない、自分を受け入れてくれてありがとうございます」

 

「なに、運命という導きに従ったまでだよ。君も彼女もね」

 

「……。っははは! はい、そうですね」

 

 ウィンクをかまして見せるおじさんはなんとも茶目っ気に溢れていた。

 

 そんな父親が恥ずかしいとばかりに、ゆんゆんは俯いて顔を赤らめた。

 

 

 

 まだ大人同士で話すらしく、ゆんゆんと遊んでくるように言われた。

 

「外に出てようか」

 

 手を取ってそう言ってみると、彼女は小さく頷く。

 

「いいよね、父さん」

 

「あんまり遠くに出歩くなよ?」

 

「うん。行こ!」

 

「う、うん……!」

 

 うちの母さんの仕事はポーション作り。里の外、王都ってところにも売ってるぐらい。ちなみに父さんは冒険者。僕は有名な冒険者なんだぞと自慢してたけど、母さんの方が稼ぎはいいらしい。一本ウン千万エリスのものをしょっちゅう売りに出している。材料の調達は主に父さん。こんな高い物でも買い手がいるから凄いものだ。ぼったくってないだろうかとちょっと不安になる。

 

 そんなわけで割と裕福なうちの家は比較的大きい。隠れるところならたくさんある。

 

「──というわけで。かくれんぼしよっか!」

 

 母さんの工房に入らなきゃいいだけだ。

 

「え!? あ、あの……ちゃんと見つけてくれる?」

 

「かくれんぼで2人しかいないのに、見つけないわけないじゃん?」

 

 何か変なことを言うな、この子は。

 

「……。最後まで気付いてもらえなかったことがあって」

 

「うわぁ……酷い友達だ」

 

「え、友達?」

 

「そうじゃないの?」

 

「どう、だろう……」

 

 じゃなかったら誰と遊んでたんだろう。

 

「一緒に遊べるんなら友達でしょ。だからえっと、俺とも友達になれるだろうし」

 

 初めてのことでちょっと緊張する。こうして誰かに友達になって欲しいというのは初めてだ。

 

「ほ、本当!? ……わたしなんかが友達になっていいの?」

 

 俺は恥ずかしかったわけだけど。この子はなんで急に悲しいことを言うのか。

 

「どうしてそんなに卑下するのさ。とにかくかくれんぼしよう! 君のことは絶対見つけるからさ。ちゃんと俺のことも見つけてくれよ?」

 

「……うん!」

 

 泣きそうだったけど、なんとか泣かせずに済んだようだ。女の子泣かせたなんて知られたら、大人にこっぴどく叱られる。

 

 ぼっち、というやつなのかなあ、と思いつつ、かくれんぼをした。

 

 

 

 ……見つけてもらえなかったのって、ゆんゆんが隠れるの上手すぎたんじゃないかな。

 

 

 

「あの、さっきはごめんなさい! はぐりんの爪の垢が汚いとかそういう意味で言ったんじゃなくて!」

 

「いや、普通に汚いと思うし別に謝ることないからね!?」

 

 ゆんゆんと仲良くは、なれたと思う。可愛いけどやっぱり、ちょっと変わってる子だ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 里の中心から外れたところに建つぼろ屋。いや、ひょいざぶろーおじさんの家。

 

「よう、めぐみん」

 

「おや、はぐりん。今日はなにを持ってきたのですかー! とう!」

 

 家の外にある野草をぶちぶちと引きちぎっていためぐみんが襲いかかってくる。

 

「あ!? 挨拶もそこそこに人のオヤツを取っていくのどうなんだよ」

 

 いつものことだけど。相変わらず清貧を尊んでいるようだ。

 

「はい、これはぐりんの分です」

 

「いや、元々俺の……まあいいけどさ」

 

 揚げたパンの耳に砂糖をまぶしただけのお菓子。此処で買うと砂糖はちょっぴり高かったりするけど、王都にいけば里で買うよりも安く買える。

 

「ううう。久しぶりに硬いものを口にしました。はぐりんは我が家の救世主です……」

 

 口の周りに砂糖をつけてめぐみんはそんなことを言う。

 

「大袈裟だろ。いや、大袈裟だよな? ……不安になってきた」

 

「あながち冗談じゃないのです。……妹がもうすぐ生まれるので、母は家から出られず、主に栄養のあるものは母が。だというのに父はペースは落としているものの、ガラクタをいくつもいくつもいくつもいくつも……」

 

「ああ、わかった。わかったから。全部持ってって。ゆいゆいさんにもあげてくれ」

 

「ありがとうございます……」

 

 食い物とお金が絡んでくると、どうもめぐみんはいつもの調子ではなくなってしまう。

 

「ところで、はぐりんは今日はどうして?」

 

「ああ、そうだった。父さんが良かったら晩ご飯食べに」

 

「行きます。お弁当箱持ってっていいですか?」

 

 どうして親戚でこんなに貧富の差がうまれるのか、俺にはちょっとよくわかんなかった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 少し準備してから来るとのことで、めぐみん()を後にした。

 

「痛っ……あ、ごめん! ……っしょ、大丈夫?」

 

 その帰り道、家の影から飛び出してきた女の子とぶつかってしまう。

 

 さっさと立ち上がり手を差し出して、立ち上がるのを手伝う。

 

 何か急いでたんだろうか。ちょっと年上の女の子のようだ。眼帯を片目につけている。お洒落かな。

 

「ああ、うん。気にしないでくれ。……なるほど、お話みたいなことにはならないか」

 

 ?? ……なにいってるんだろう。持っていたらしいペンと手帳をなにやら書き込み始めた。

 

「大丈夫? 怪我してない?」

 

「ん、ああ。ありがとう。色々と為になったよ」

 

「為になったって……。ちょっと待って」

 

 お互い、尻餅をついた時に服も土で汚れてしまってる。

 

 手も汚れて……って怪我してるじゃん。

 

「『クリエイトウォーター』、『ヒール』! はい、綺麗になった。ごめんね、急いでたの邪魔したみたいで」

 

「いやいいんだ。急いでいたわけじゃないから。……今のは《初級魔法》と、《回復魔法》かな? どうしてもうそんなものとってるんだい? ……というか『冒険者』なのか君は」

 

「いやあ、親の方針でさ。まあ俺自身望んで選んだことなんだけど」

 

「とても興味をそそられるよ。詳しく聞かせてもらっても、いいかな?」

 

 一貫して大人びた、落ち着いた口調に変わりはないけど、好奇心が昂っているのは感じ取れる。

 

「そう? ならちょっと話そうか」

 

 それに、こんな期待された目で見られたら話さないわけにもいかない。紅魔族的にも。

 

 そういや名乗ってなかったな。……こういうのは「れでぃ・ふぁーすと」だと父さんが言ってた。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者!」

 

「我が名ははぐりん! いずれ紅魔族一の冒険者となる者!」

 

 お互いに名乗って、得心がいった。なるほど、作家志望なのか。……それで。ぶつかってきた訳はとんと見当つかないけど。

 

「よろしく、はぐりん。私に面白い話を聞かせてくれ」

 

「こちらこそ。よろしく、あるえさん」

 

 内心、そんな面白い話でもないんだけど、と思いながら、適当な岩を椅子がわりにして座る。

 

「さて、何から話そうか。取材なら誇張せずに話すよ。まずは……そうだ。俺の父さんの話でもしようか」

 

「君のお父上の話か。さっきの方針というのはお父上が?」

 

「そう。まあ、母さんはあまりいい顔してないんだけど。……というのも、父さんも『冒険者』の冒険者なんだ」

 

「なるほど。……それで?」

 

「結構有名な冒険者らしいんだけど、俺もそういうのにちょっと憧れててさ。それに、スキル色々使えるし」

 

「でも、本来の職業には劣るという話だよ」

 

「でも、回復魔法と攻撃魔法を同時には使えない。……冒険者はよく器用貧乏になるって言われてるらしいけど、父さんは普通の紅魔族を超える魔力を持っている。そして俺には父さんと母さん譲りの魔力がある。だから、器用万能になれる。物語に出てくる勇者のように」

 

「……そういえば、元勇者候補の冒険者が紅魔族と運命を交叉させたと、父に聞いた覚えがあるけれど、君は……」

 

「さあ? でももし仮に勇者と呼ばれてたなら……俺は元勇者の息子、って事になるのかな?」

 

 手帳へ書き込むそのペンの動きは先ほどから止まらない。そんなに面白い話だっただろうか。誇張なしで、とか言いながら途中からちょっと盛ったところあるけど。黒髪だけど、父さん自身は勇者候補だったなんて一言も言ったことないし。

 

 ちょっと出身が知れず、ちょっと名前が紅魔族っぽくないだけで。

 

 もしかしたら滅多にないらしいけど外へ行った紅魔族の誰かの子孫かも知れないし。

 

 体のどこかにある痣も、もしかしたら世代を経て消えてしまったのかも知れないから。

 

 でも『テレポート』を連続して使えるなんて父さんぐらいじゃないだろうか。

 

「まあそんな父さんが冒険者やってるから、俺も結構外に連れて行ってもらうことがあってさ。……まあそれで、さっき見せた魔法も関わってるんだけど、ちょっと里の大人たちの間でゴタついてたらしくて。俺、学校まだ通った事ないんだよね」

 

「道理で見かけない顔だと思ったよ。それで君のことを見たことが無かったんだね」

 

「まあ、親戚ぐらいしか俺の顔知らないかも。……定期的に里の中うろちょろしてたけど、従妹のめぐみんぐらいだもんなぁ、仲良いのは。一応朝、一人友達できたけど。ゆんゆんって子」

 

「へぇ、ゆんゆんが一人目。じゃあ私がふたり目だね」

 

「へ……ん、よろしく。あるえさん」

 

 そう言うと彼女は薄く微笑んでみせる。なんで紅魔族は総じて美人が多いのか。……顔がいいからちょっと気恥ずかしい。

 

 …………なんか意識してるみたいで更に恥ずかしくなってきた。

 

「めぐみんと従兄妹って話だけど、もしかして同い年かい?」

 

「そうだけど」

 

「じゃあ私とも同い年だ。彼女とはクラスメイトでね。ゆんゆんとも。あと、そんなかしこまらなくてもいいよ」

 

「……。あ、うん」

 

 ……すごいな、紅魔族随一の発育は。伊達じゃない。めぐみんが基準だったからてっきり年上かと。

 

 大丈夫、男子の成長はちょっと女子より遅いって聞くし。せめて彼女よりかは背は高くなりたい。

 

 まだ俺はめぐみんよりちょっと身長高いくらいだけど……。ああ、そうだ。ちょくちょくめぐみんを晩ご飯に誘えるか話してみようか。

 

 紅魔族随一のロリっ子なんて通り名になったら従妹と言えど可哀想すぎる。

 

 

 

 それから少し外の話をしていると、日が傾いてきた。

 

「ああ、もうこんな時間か。すっかり日が暮れてしまったね。ありがとう、また話を聞かせてくれるかい?」

 

「いいよ。その時までにしっかり話のストックを作っておくよ」

 

「うん、楽しみにしている。……それじゃあ、またね」

 

「うん、また学校で」

 

 そう言って別れを告げて、家に帰った。

 

 

 

 また学校で、か。そうだ、明日から学校生活だ。……楽しみだなぁ。

 

 

 

 




あるえが好きです。
あの澄まし顔を滅茶苦茶にしてやりたい。

具体的には表情筋ゆるゆっるになるほどの恋させたい(切望)

tips 人見知りの族長の娘
懐疑心は隔たりを生んだ。
羞恥心は恐怖を煽った。
いつの日か忘れられた彼女は、その日初めて見つかった。

tips 作家志望の少女
百聞は一見にしかず。されど百見は一験に及ばず。
享受するだけでは飽き足らず、筆をとる。
出会いは唐突に。事実は時に、小説よりも奇なりと知った。

tips 紅魔の里に腰を据えた冒険者『タナーカ』
『超がつくほどの魔力』持ちらしい。
あとリアジュウバクハツシロと、よく同じ黒髪黒目の冒険者達に言われながら、惚気て鼻の下を伸ばしているとか。



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2 親交と友誼と

 学校に通うようになって1ヶ月が過ぎた。

 

「やあ、はぐりん」

 

「どうも、あるえさん。わざわざ男子クラスまでやってきてどうしたの?」

 

 お昼休み、友人2号のあるえが弁当箱片手にやってきた。

 

「うん。休みの間何があったのか昼食ついでに聞こうかと思ってね。どうせ、何か面白いことがあったんだろう?」

 

「まあ、あるにはあるけど。単身での姫様ランナーの討伐、ダンジョンに巣食う下級悪魔やアンデッドの討伐に、あとは遺跡の調査とかにもついて行ったかな」

 

「是非、聞かせて欲しいな。やはり直接の体験談は創作のいい刺激になるからね」

 

「じゃあ姫様ランナーを討伐した話から──」

 

 あるえにこの休みの間、父さんについて回っていた時の事を話していく。

 

 ──待ち望んでいた学校生活にはすっかり馴染み、女の子以外の友達もできた。けど、あんまり遊びには誘われていない。

 

 職業が『冒険者』というせいで、休日はないようなもので、誘われても断ることが多かったせいだと思う。

 

 他のクラスメイトと同じように、学校卒業の条件は上級魔法の取得。

 

 しかし、

 

「──でも、君も難儀な道を選んだね。スキルアップポーションが貰えないだなんて」

 

「ははは……。まあ、仕方ないよ」

 

 そういうわけだった。

 

 

 

「ありがとう。今回もいいネタばかりだった」

 

「それは良かった。まあ、俺は付いて回ってただけなんだけどね。経験らしい経験はちょっととどめを分けてもらったくらいで」

 

「ふーん養殖もしてもらっていたんだね。……そういえば、初めて会った時には既に色々とスキルを手に入れていただろう? 差し支えなければ教えてほしいな、今のレベルは幾つなんだい?」

 

 まあ聞かれると思っていたけど。

 

「んー、内緒。その時が来たら教えるよ」

 

 

 

 昼食を食べるのもそこそこに、休憩時間が終わるまであるえには「どうせ教えてくれるなら今教えて欲しいな」と催促された。

 

 残念だろうけど、本当に今はまだ教えられないんだ。許して欲しい。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 放課後。帰り支度をしていると、見覚えのある頭がこちらを覗いていた。

 

「あ、ゆんゆん! 偶然だね!」

 

 さっと隠れてしまったので、教室を出て、さも今気がついたかのように驚いてみる。

 

「はは、はぐりん! そそ、そうね! 偶然ね! ……ええっと」

 

「一緒に帰る?」

 

「いいの!?」

 

「勿論。……あ、そうだ。今日はちょっと遊んでかない?」

 

 そう提案をすると、彼女は何度も頷いた。嬉しそうなのはいいけど、首取れちゃわないか心配になる。

 

 

 

 遊んでいかないかと誘ったものの、訳あって体を動かす遊びをする気にはなれず、ゆんゆんの家にお邪魔して、ボードゲームをすることに。

 

「あー! また負けた! ゆんゆんってば強すぎでしょ!」

 

「ふふーん! それほどでもないわよ! 1日2時間くらい練習してるだけだから!」

 

「う、うん……。その、ゆんゆん? 一応聞いてみるけど友達は、できたんだっけ?」

 

「…………まだです」

 

「そ、そっか」

 

 つまり、この二人用のボードゲームを一人で……うっ!

 

 なんだか居た堪れない雰囲気になってきたので、休憩も兼ねてケーキに手をつける。

 

「ん、美味しいな。これって『デッドリー・ポイズン』の奴?」

 

「ううん。……その、手作りなんだけど。本当に美味しい?」

 

「凄いな、とっても美味しいよ。きっと良い──んん、お金取れるくらいだ」

 

 良いお嫁さんになるんじゃないかな、と言いかけて恥ずかしくなってやめた。

 

「え、えへへ……その、出会ってから1ヶ月には間に合わなかったけど、はぐりんと食べようと思って昨日から作ってたの。どうせなら美味しいのが良いと思って、何回も作り直してたらどういうのが美味しいのか良く分からなくなっちゃったけど。上手く出来てたみたいで良かったわ」

 

 ……よく見れば、目の周りに隈が。

 

「うん……その、ありがとうね? でも、寝不足になるまで頑張らなくても良いからさ。多分初めてでも、ゆんゆんが作ったケーキなら美味しいだろうから、俺は気にしなかったよ?」

 

「ううっ!」

 

「ああ! 泣かないで! おじさんに俺がどやされるから!」

 

「ご、ごめんなさい! ……私、お友達にこんなに嬉しいこと言われたの初めてでっ……!」

 

 

 

 この後おばさんが様子を見に来て、なんか変な誤解された。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 泣き止んだゆんゆんが誤解を解いてくれた後、休憩を終えてボードゲームを2連戦。

 

 最後決着をつける前に彼女が寝落ちしたので、結局負け越したまま終わってしまった。

 

 ──ちょっと気落ちしながら家に帰ると、見知った靴が一足ある。ああ、今日も来る予定だったっけ。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい。めぐみん来てるわよ? 手、洗ってきなさい」

 

「はーい」

 

 今日の仕事がひと段落しているらしい母さんが、エプロン姿で台所に立っていた。

 

 父さんの姿が見えないのは……まあ、また冒険者ギルドで飲みに誘われたのだろう。多分、日が変わる頃には帰ってくる。

 

 ……朝帰りしたら、母さん怖いから。

 

「お帰りなさい、はぐりん。お邪魔していますよ」

 

「いや、寛ぎすぎだろ。いや、たしかに自分の家のように思ってくれればいいとは言ったけど!」

 

 ソファーに体を投げ出しているめぐみんは何処か遠くを見ている。あれは……心を無にして空腹を耐えているな。

 

「美味しそうな匂いがしてきていますが、流石にご馳走になる手前、はぐりんよりも先にいただくわけには行きませんので」

 

「妙なところで律儀なやつだなあ」

 

「知りませんでしたか? 私は義理堅いのです」

 

 それは知らなかったなあ。本当なら俺のおやつを一切の躊躇なく取っていくのはやめて欲しいなぁ。

 

「その目、なんだか腹が立ちますね。……それより、なんだかはぐりんから甘い匂いがしますね? 帰りが遅かったですし、何か食べてきたのですか?」

 

 犬並みの鼻の良さだ。

 

「……ああ、ケーキを食べてきた。ゆんゆんのところで」

 

「な!? 私がお、お腹を空かして待っていたと言うのに、あなたって人は! 他所の女の所でケーキを食べてきたですって!?」

 

「人聞き悪い言い方すんな。不倫ものの小説じゃあるまいし。……ゆんゆん愚痴ってたぞ、めぐみんって奴がお弁当盗ってくって。やめてやれよ。友達付き合い下手な子なんだから」

 

「うっ……あ、あれはその……そう、元はと言えばゆんゆんが構って欲しそうに期待した目でチラチラと見てくるので、しょうがなく勝負をして、しょうがなく報酬として貰っているだけで。……それに最近は私用に二つ用意してくれていますし」

 

「この確信犯め。……まあ、あんまり虐めてやるな。一応友達みたいなものなんだろう? 可哀想だから普通に接してやってくれよ……」

 

「いえ、私は友達だと思っ……」

 

 ちょっとめぐみんの顔が赤くなった。

 

「……大体紅魔族が施しを受けるようではいけないと思うのです。族長になると豪語するならば、毅然としたですね……というか、はぐりんは妙にゆんゆんに対して優しいというか。友達になったとは聞きましたが、どうしてそんなに気にかけるのです?」

 

「それは……」

 

 なんでだろう。ちょっと自分でもよくわからないな。俺にとって、初めて出来た紅魔族の友達だから、だろうか……?

 

「……まあいいです。はぐりんの言い分はわかりましたから。……けれど、私の言った事も事実。紅魔族の一員たる者、せめて堂々と名乗りをあげるぐらいのことは出来なければいけないと思うのです。少なくとも私は今まで通り接して行きますから。優しくしてあげるのははぐりんの担当ということで。……ところで、どうして私たちはゆんゆんのことでこんなに言い争っているのでしょうか。……余計にお腹が空いてしまいました」

 

「はらぺこ娘め。……そろそろ準備できるだろうし、手伝ってくるよ。座って待ってろ」

 

「いえ、私も手伝いますよ!」

 

 従妹のめぐみんとはいえ、一応お客人に手伝いをさせるのはどうなのかと思ったけど、本人がそう言うのなら仕方ない。

 

 まあめぐみんのことだ。手伝った分だけ夕食が早まると考えてのことなんだろうけど。

 

 

 

 食い溜めをするかの如く、パクパクとお腹に夕食を納めていっためぐみんは満腹になってベッドで熟睡中。

 

 ただ、許容量以上に詰め込んだ所為か、それとも悪夢を見ているのか、もしくはその両方か。「うう、もう……食べられません……無理で……無理です」と寝言を漏らしている。

 

 多分このままお泊まりコースだ。

 

「大物だなあ。こいつは……」

 

 ベッドまで運んだけど中々重かった。どれだけ詰め込んだんだ。

 

「負けないようにしないとね、はぐりん」

 

「え、あ……うん」

 

 越えなきゃいけない壁、父さんの背中は遠くて高い。だが、俺や父さんの次に魔力を持っているのはめぐみんだ。冒険者になる、といつか漏らしていためぐみんが目下一番のライバルになるかもしれない。

 

「冷蔵庫にあのポーション入れてるから、早く飲んで寝なさいね? 明日納期のポーションがあるから、お母さんはもうちょっと仕事してから寝るからね」

 

「うん。ありがとう」

 

「…………ねぇ、やっぱりお父さんが飲んでて大丈夫だったとは言っても、あまりお勧めできないわ。作ることも禁止されてるくらいなのに……体に不調が出ないとも限らないし。いえ、私の作るポーションに万が一はないけど。でも、もしかしたら、億が一があるかもしれないし」

 

「大丈夫だって。母さんの腕は信頼してるし……その時はその時だよ。父さんはなんて事ないようにしてるけど、冒険者になったらもっと危険な事だってあるんだしさ」

 

「……。私は、冒険者になる事も反対してるからね」

 

「……うん」

 

 母さんは、俺を父さんのように冒険者にはしたくないらしい。

 

 紅魔族は割と好戦的というか、臆病とは無縁だ。過去に何があったのかわからないけど、それにしたって母さんは心配性が過ぎる。紅魔族一の冒険者を目指す身としては、少し窮屈に感じてしまう。

 

「それじゃ、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

 ……? 母さん中々工房に行かないな。

 

「…………大丈夫? 添い寝しようか?」

 

「い、いらないから!」

 

 流石にこの年になると恥ずかしい!

 

 

 

 




tips
前話で出てきたパンの耳を揚げたやつは、めぐみんがそのまま食べてたのを見て考えたもの。初めて作った時に砂糖をたくさん使っていることにめぐみんから怒られたことで、めぐみん家の食事事情が発覚した。


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3 友達と昼食と

 お昼休みはクラスメイトと飯食って、遊んで。たまにあるえがやってきて、飯食って、休みの間の話や、新作小説の批評なんかをして。

 

 放課後は結構な頻度でゆんゆんに付き合って遊んで。

 

 妹が生まれためぐみんは、暫く世話にかかりきりになっていたが、今では手を繋いで一緒に晩ご飯を食べにやってきたり。

 

 もう従妹のこめっこちゃんも4歳。姉に負けず劣らず利発なあの子は一人でも生きていける程にたくましく成長している。

 

 お姉ちゃんになっためぐみんは順調に姉馬鹿になっているようだが、昆虫食を教えようとしていたのは流石に止めた。

 

 どんな環境でも生きていけるように、という姉心なんだろうけど流石に見ていて辛い。別に昆虫食が悪いとは言わないけど。

 

 ──……と、まあ。他にも色々とありはしたけど、学校に通うようになって、それくらいの月日が経った。

 

 めぐみんや同い年の他の学校の友人たち、ちょっとませてきたと言われるようになった俺も、同じように。誰もが無事欠けることなく12歳になり。

 

 いよいよ魔法習得のための授業も本格化。

 

 ──学校ではスキルアップポーションが配られるようになった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「……よし、今日も全員いるな。昨日のテストの結果から発表するぞー。一位、はぐりん。二位、きくもと。三位、ふじもん。そして、四位へぶめるろー。はぐりん以外の三人は前へ出てこい」

 

「「はーい」」

 

 きくもと、ふじもんが先生に呼ばれて前に出ていく。

 

 隣の席の四位のへぶめるろーは、

 

「すまんな、はぐりん」

 

「いいっていいって。いつものことだから」

 

 それに別にスキルアップポーションが欲しいわけではないから気にしてない。

 

 ……というのはちょっとだけ嘘だ。

 

 こうして学校では成績上位者に渡されてるけど、本来は非常に高額なアイテム。一本でちょっとした家を建てるくらいは出来ちゃうぐらいに高い。

 

 殆んどの冒険者は馬小屋暮らしするほどで、お金に余裕ができることは稀だ。それこそ駆け出し冒険者は大概がお金のやり繰りで困窮する。冒険者の道を諦める最たる理由の一つ、なんだとか。

 

 ……現金な話。お金に変えられるのなら、手元に一本くらい持っておきたいのが本音だ。

 

 親が作っているからといって、なんのデメリットもなくスキルポイントを得られるスキルアップポーションは、こんなポンと渡されるようなものじゃない。

 

 ちゃぷちゃぷと、ご機嫌なことを隠せずにポーションを揺らしながら帰ってきたへぶめるろーは、席に座って早速、栓を開けて飲み干した。

 

「ふぅ。……なあ、この調子ではぐりんは卒業できそうなのか? やっぱり、おかしいと思うんだ。なんだったら俺たちは現体制への反逆も」

 

「大丈夫だよ。週末のレベリングで結構あるからな」

 

 紅魔族的言い回しで抗議することだけど。ゆんゆんが聞いたら本気にしてしまいそうだ。

 

「……まあ、それならいいんだけどさ」

 

「うん、ありがとう。気持ちだけ貰っとくよ」

 

「じゃあお気持ちだけ」

 

「空の瓶を渡すんじゃない!」

 

 突き返してけらけらと二人で笑う。

 

 ──初期ポイントは各職業の有用なスキル獲得に使った。プリーストの《回復魔法》やウィザードの《初級魔法》。あとはクルセイダーなどが取得できる《状態異常耐性》各種。《物理耐性》、《魔法耐性》などの守りのスキル。……あとは《宴会芸》スキルなんかも。ネタスキルじゃないかと思っていたけどこれが意外と馬鹿にならない効果を持っていたりして。

 

 と、色々と先達(おやじ)に教えてもらい、初期スキルポイントや稼いだポイントから、必要最低限のスキルを獲得していって今のスキルポイントは36。

 

 ……スキルアップポーションさえ貰えていれば──《上級魔法》を取得してとっくに卒業できていてもおかしくなかった。

 

 

 

 一時間目の授業が終わって休憩時間。次の授業は身体測定。今回は先に女子クラスがやって、男子クラスが後からだそうだ。

 

 紅魔族の成長は早い。それは『紅魔族随一の発育』と自ら公言するあるえや、ゆんゆんを外の人達と比べるとよくわかる。12歳はあんなに発育してない。どこがとは言わないけど。

 

 ……友人をいやらしい目で見るつもりは無いんだけどなあ。どうしても目が行ってしまって……親父の血だろうか。母さんでかいし。

 

 その点めぐみんはちっとも成長していない。安心安全のめぐみんだ。

 

『やめてめぐみん! もげちゃう! もげちゃうからあ!』

 

 廊下から聞こえてきたゆんゆんの声にちょっと吹き出しかけた。良くないことを考えていたせいかもしれない。

 

 というか、朝から早々やめてほしい。男子の殆どが身悶えしだした。

 

 

 

 保健室へ移動して順番に計ってもらう。

 

「……うーん。はぐりんはまた伸びたわね。伸び率で言えば一番じゃないかしら。つぎ、へぶめるろーは……」

 

 ガッツポーズ。もうチビだチビだと言わせない!

 

 保険の先生の前から退くと、きくもとが絡んでくる。

 

「ちびはぐりん。どうした伸びてたのか? ん?」

 

「伸びてるよ! もうチビチビ言うんじゃない! そう言うきくもとはどうなんだ! もう成長止まったんじゃないですかぁ!?」

 

「はあ? 視線の高さが前の時と全然っ変わらないんだが?」

 

「ぶっころ!」

 

 きくもとの挑発に我慢ならずに襲い掛かる。ステータスは俺の方が上だっつーの!

 

「あ、ちょ、ちょっと! こらーっ! やめなさい! どうして貴方といいめぐみんといいそんなにケンカっ早いの!」

 

 苦戦したが、なんとか負かした。

 

 ──……ちょっとゴタついた二時間目の授業も終わった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 午前中の授業が終わり、教材を片付け。お昼休みが始まったので教室から廊下に出ると──

 

「は、はぐりん……」

 

「っ!? 吃驚した、なんだゆんゆんか。おどかすなよー」

 

 ドアの向こう側に隠れていたゆんゆんに声を掛けられた。

 

「ご、ごめんね! 別に驚かせるつもりはなくて、ほら今日はこんなにも天気がいいじゃない? だからその、せっかくだからお昼を一緒にどうかなって……」

 

「まあ、それは別に良いけど。ゆんゆんは外でお昼食べたいの?」

 

「う、うん! 天気の良い日に誰かと一緒にご飯をするのに憧れてて……どうしてそんな呆れた顔してるの?」

 

 今までにも機会なら幾らでもあっただろうに。……おかしいなあ。出会ってからそれなりになるのに、どうしてこんなに引っ込み思案なのだろうか。

 

「なんでもない。弁当取ってくるよ。あ、他に人を誘ってもいいよな」

 

「……え?」

 

 教室の中にいったん戻って弁当を取るついでに隣の席の奴を誘う。

 

「へぶめるろー、昼飯ゆんゆんと一緒に外で食わないかー?」

 

「はあ!? ちょ、お前はなあ! ……はあ。俺はふじもんと食うから!」

 

「ふじもんは?」

 

「うっ、我が身をもってしても彼の陽光の下に出ること能わず!! 行け! 我に構わず!」

 

 フラれてしまった。……まあいいか。

 

「ごめん。人数多い方が良いと思ったんだけど」

 

「……え、あ、ううん、別にいいの! その、ほら! よく知らない人と一緒だと私も、遠慮しちゃうから……」

 

「そ、そっか……」

 

 違うクラスとはいえ、何年も一緒の学校に通ってるんだから知らない人って呼ばないであげて。

 

 話が聞こえていたであろう教室の中を覗いてみると、目に見えて二人は落ち込んでた。

 

「ははは……。……じゃ、二人だけだけど、行こっか?」

 

「っ! うん……!」

 

 ゆんゆんがはにかむ。

 

 その後ろへ見覚えのあるシルエットが近づいてきた。

 

「探しましたよ、ゆんゆん。勝負もせずに私にお弁当箱を押し付けて、こそこそと自分の分を持って何処かへ行ったと思ったら、こんなところで何をしているのです?」

 

「はぐりん、新作が出来たんだ。読んでもらいたいんだが……と、すまない。お取込み中だったかな?」

 

 お腹を鳴らすめぐみんと、手に何枚かの用紙と弁当箱をもったあるえだ。

 

「あるえにめぐみんも。あ、そうだ。ゆんゆんに外でごはん食べないかって誘われたんだけど、一緒にどう?」

 

「あ、あのちょっとはぐ「いいですね! 早速行きましょう!」め、めぐみん……」

 

「私も一緒に行くよ。……まあ、ゆんゆん良いじゃないか。ちょっとしたピクニック気分を味わうのなら、人数は多いに越したことは無いだろう? 友達同士、仲良くしようじゃないか」

 

「と、友達……え、あ、その、それは嬉しいけど! でもなんでか嬉しくない!」

 

 ゆんゆんがおかしなことを言いだした。あるえと顔を見合わせて首を傾げる。

 

 めぐみんは呆れたようだった。

 

「それよりも早く行って飯食おう? 休憩時間が少なくなるし」

 

 ぞろぞろと女子三人、男一人のパーティで校庭に向かう。

 

『……無性に爆発魔法取りたくなってきた……』

 

 教室の方からそんな声が聴こえた気がしたが。……気のせいだろう。

 

 後ろの方で三人が何か話している。

 

「仲が良いのは知っていましたが、やはり意外ですね。あるえがはぐりんと何かしているというのは」

 

「そうかな? 里の外の事を聞くなら一番身近だから、色々と取材だったり相談だったりさせてもらっているんだけどね」

 

「ほう、例えばどんなことを?」

 

「作家のなり方だとか、立ち振る舞いとか。あと、批評をしてもらったり、休みの時はどんなことをしているのか、とか聞いたりね」

 

「……それ、相談を逢う口実にしてませんか?」

 

「してない」

 

 きっぱりと言い切るあるえに、めぐみんは追求を諦めたようだ。

 

 するとゆんゆんが。

 

「……ねえめぐみん。どうして私を探しに来たの? お昼のお弁当なら今日は勝負も無しでいいから上げるって言ったじゃない」

 

「だからですよ。いつもなら私の周りをちょろちょろとして構ってほしそうにするゆんゆんがタダで恵んでくれるだなんて……絶対おかしいじゃないですか! なので気になって探してました」

 

「もう! そんなの理由があるに決まってるじゃないの! おとなしく食べてればよかったのに! というか、逆にアンタの方が『美味しそうですね、美味しそうですね』なんて言いながらポーションチラつかせて、いっつも私の周りをウロウロしてるんじゃないの!」

 

 どっちも本当の事を言ってそうなんだよなぁ。

 

「…………じゃあ聞きますが、その理由とは一体? まさか、どこかの誰かさんと二人きりでお昼を食べようとでも思っていたのですか? どうなんです!?」

 

「わー! わああああーっ!! ち、違うわよ! ……その、友達なんだから、別にお昼ぐらい一緒にしたって良いじゃない……って」

 

「そうだね。私も週に何回かははぐりんと昼休みを共有しているし。普通の事なんじゃないかな?」

 

「「……」」

 

「な、なんだいその目は。何か言いたいことでもあるのかな」

 

「かなり頻繁にどこかへ行っていると思えば、全部はぐりんの所でしたか……いえ、別に悪いとは言いませんよ。親戚の私は夕食に呼ばれたりするので食事を一緒にするのは普通のことだなと、改めて思っただけです」

 

「……私も別に、はぐりんと放課後遊んでるし……なんとも思ってないわよ」

 

 ……『女三人集まれば姦しい』なんて言葉を親父から教わったけど。

 

 けど、これは……、

 

「……黙って聞いてたけど、なんか恥ずかしくなってきたからやめてもらってもいい……?」

 

 別に他意はないんだろうけど! ないんだろうけどさあ! もうすっげー恥ずかしい!

 

 

 

 ▽

 

 

 

 フォークに刺さったおかずを突き出し、ゆんゆんは微動だにしない。

 

 ……食べろと?

 

「食べないのですか、なら私がもらいますね!」

 

「ああ!? め、めぐみんのはあるでしょ! どうして横から取ってくのよ!」

 

「おいひいでふ」

 

 ゆんゆんは、フォークまで食べそうな勢いで取っていっためぐみんの肩を揺らして抗議する。

 

「あの、ゆんゆん? 俺、流石に食べさせてもらうのは恥ずかしかったんだけど」

 

「え、あの。いつもしてるから……駄目だった……?」

 

 ゆんゆんが聞こえないほどの小さな声で呟いたのを《読唇術》スキルで拾った。……確かにいつもしてるけど。いつだったか、ゆんゆんがどうしてもしてみたいって言いだして。それから遊びに行ったら毎回何かしら食べさせられてる。照れるくらいならしなきゃいいのにと思うんだけど。

 

 ……にしてもなぁ――ゆんゆんに誘われて、昼食を外で食べることになったが……ちょっとこの状況には考えが至らなかったな。

 

 それぞれ対面で食事を一緒にしたことは何回もあるからいいか、と少し浅慮が過ぎた。

 

 そんな事を考えている俺を他所に、あるえが口を開く。

 

「女の子同士ならまだ、分からないでもないけどね。はぐりんは男の子じゃないか。恋人ならまだしもね。男女の友達なら、しないだろうね」

 

 ズバズバいうなあ。

 

「そ、そんなあ……! で、でも……」

 

「それはそうと、はぐりん。あーん」

 

 あるえがフォークに突き刺したおかずを差し出してきて、

 

「あーん……。……ん?」

 

「あ!」

 

 ……あれ? さっきゆんゆんにこういうことをするのはおかしいって、あるえが言ってなかったか?

 

「ねぇ、ちょっとあるえ!? なにあんたはぐりんにあーん……ってしてるのよ! おかしいでしょ! 私に『おかしいだろうね』なんてついさっき言ってきたばっかじゃないの!! それに……〜〜もう!」

 

「取材だよ、取材。ちょっと恋人たちの描写が難産でね」

 

「取材……? ねえ、取材って言っとけば何でも許されると思ってない……?」

 

 取材なら仕方ない。

 

「どうだった、美味しかったかいはぐりん?」

 

「まあ、美味しかったけど。……なあ、あるえ。前やらなかったか? 多分数えれるぐらいはしてると思うんだけど」

 

「ええ!?」

 

 ゆんゆんが叫んだ。

 

「こういうのは鮮度が大事でね。……ふふ。そうか美味しかったんだね。よかったよ。私も作った甲斐があったね」

 

「鮮度、鮮度ね。……そういうことにしとく」

 

 取材と言う割には嬉しそうな顔してるな、と思ったけど黙っておく。そんな顔をみてこっちが気恥ずかしくなる。

 

 ゆんゆんは──何だかもう涙目で、今にも怒りだしそうだ。

 

「……ちょっと意地悪しすぎたかな。ゆんゆん、第三者の視点から恋人がどんな風に食べさせ合うのか取材したいんだ。もう一回、はぐりんに食べてもらったらどうだい? はぐりん、いいよね?」

 

「え、あ、まあいいけど」

 

 今までのやりとりは少し不意をつかれて呆気にとられてしまったけど……

 

「……? ……!? そ、そういうことなら仕方ない、よね? えっと……じゃあ、はぐりん。あーん……」

 

 ゆんゆんと恋人のつもりで食べさせてもらう……って、いざそう言う場面を想像してやるとなると途端に緊張してしまう。というか恥ずかしいな!

 

 ゆんゆんも顔真っ赤で、余計に意識してしまう。

 

 と、思っていると。

 

「──ってちょっとめぐみん!? どうしてまた食べちゃうのよ!」

 

「おいひいでふ」

 

「あんたのお弁当私が作ったやつなんだから一緒なの! どうして邪魔ばっかりするの! これははぐりんにあげようとしてたものなのに……!」

 

「……んぐ。……いや、それがすごく美味しそうに思えたので。あと無性に邪魔してやりたくなりました。あるえも言いましたけど、友達同士がすることじゃないですよ? あなたとはぐりんは何なのですか? 友達なのでしょう?」

 

「ぅ……! そ、それは確かにそうだけど……でも」

 

「あと目の前でいちゃつくのを見るとイラつくのでやめてください」

 

「それ個人的理由じゃない! それに……いちゃつくって、そんなつもりは……」

 

「というか、はぐりんもはぐりんです。この状況に甘んじすぎではないですか? ハーレムのつもりですか?」

 

「……あんまり考えないようにしてた事を指摘しないでくれ。頼むから……」

 

 本当に今更だがこの自分が置かれている状況にすっごい恥ずかしくなってきた。

 

「なるほど、これがハーレムってやつなんだね……」

 

「あるえ、絶対今の状況をそのまま書くんじゃないぞ。読まずに破くからな」

 

「……善処するよ」

 

 ネタ帳に書き込んでいたあるえに釘を刺して、弁当の残りをかき込んだ。

 

 




約5年ほど経過しているので、色々と変化しました。
純朴ショタから小生意気な小僧にクラスチェンジです。

tips あるえの夢
臆すことなく己が野望を名乗りに加えた。
発育だけが取り柄じゃないと、少女は高らかに宣言した。

tips「善処する」
信用に値しない。



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4 ぼっち娘と図書室と

虐めて楽しんでるわけではないので、その辺ご理解いただきたく。


 教室に帰ろうと廊下を四人で歩いていると、

 

「おお、お前たち。里の各所に封印があるのは知っていると思うが。そのうちの一つ、邪神の封印が解けかけているの見回りをしていたタナーカさんが発見したそうだ。加えてどっかのバカが封印に触ったらしく、封印の欠片が数枚見つかっていないらしい。邪神やその下僕たちがいつ出てきてもおかしくない状況だ。今日から再封印できるまで各自一人で帰らずに、集団で下校するように。これから教師陣は会議になるから、午後の授業は自習だ」

 

 すれ違いざま、真面目な顔したぷっちん先生がそう言ってきた。

 

「……だってさ。どうする?」

 

「教室でネタをまとめるとするよ。いや、図書室のほうが都合が良いかな。調べ物もすぐにできることだし」

 

「あるえもですか。私も図書室でちょっと調べ物でもしようかと。ゆんゆんはどうするのです?」

 

「え、えーっと。私は……私も図書室に行こうかな!」

 

「ふーん。ま、俺はちょっと親父に話聞いてみる」

 

 何か詳しい事を知ってるなら教えてもらっとこう。自衛できるよう幾らか心構えがあった方がいいし。

 

 そう思って『通信』を試みようとして、

 

「……相変わらず、おかしな人ですね。どうして交信の魔法が使えるようになっていて、《上級魔法》の取得をしてないのか。これがわかりません」

 

「だってウチで作ったオリジナルの魔法だからな。既存のとは違うし。……そういうお前だって。毎回スキルポーション貰ってるんだろ? あと何ポイント必要なんだよ」

 

「オリジナルの魔法だなんて、『冒険者』のくせに魔法使いより余程、らしいことをしているんですが……あと4ポイントですね。そういうはぐりんはどうなのです?」

 

「ほしいスキルは大体取り終わってるし、俺はあと9ポイントだな。多分次の休みと祝日で獲得できるぐらいにはなるぞ」

 

 そうか、めぐみんはあと4ポイントも必要なのか。

 

「待って待って! どうしてそんなに二人ともスキルポイントが必要なの!? あ、はぐりんはむしろ早いほう、なのかな。でも、めぐみん私より成績上じゃない! これじゃあ私一人で卒業することに……!?」

 

「俺は『冒険者』だから普通よりスキルを取得するのにポイントがかかるのもあるけど。あとは、まぁ。レベリングで余裕はあったけど他にもスキル取ったから。……」

 

 でも、確かにめぐみんはおかしいな。しかし、ゆんゆんの興味は俺に移ったようで。

 

「え、じゃあ取れたのに取らなかったの?」

 

「ん、ああ、そうだな。覚えたら卒業って事になるし」

 

「そっかあ……」

 

 まあゆんゆんの心配は杞憂だ。合わせて上級魔法は取得するから……でも、めぐみんは学年一、もしかすると歴代一位の天才のはずだから、そんなに必要とは思えない。さてはコイツ俺と同じで……

 

「はぐりん待って欲しい。後9ポイントもあるんだろう? どうしてまたそんなに早く獲得できると踏んでいるんだい?」

 

 ああ、ステータス関連のことは話したことがなかったな。

 

「それは、ほら。休み中にレベリングして……あと9レベル上げれば9ポイント手に入るじゃないか」

 

「いや、だからそんなに急いで稼がなくてもいいじゃないかって言ってるんだよ。大体、レベルはそんなにポンポン上がるものじゃないだろうに。それに君は紅魔族の里周辺でレベル上げをしているわけじゃないから効率も悪いはずだ」

 

 ……勘の良いあるえなんて嫌い。だから話してこなかったんだよ。

 

「……割とレベルは上がりやすい方なんじゃないかな、俺。ほら、外の血が混ざってるし」

 

「勇者候補じゃないかって程の才能のある父親を持つ君が、才能が無いだなんてこと有るはず無い」

 

「いや、でも実際レベルはよく上がるけど……」

 

「……はぐりん」

 

 どこか本気で心配するような目で見てくるあるえに少したじろいでしまう。

 

「…………わかったよ、絡繰りはあるけどまだ話せない。卒業できようになったら言うよ」

 

「うん。でも改めて確認させて欲しい。危険なことはないんだよね? いつも臨場感ある話を聞いていたから不安なんだ。君が無茶しないかって」

 

「……冒険者だしね危険はある。でも、いつもと変わらないから」

 

「……ならいいんだ」

 

 そう言って至極安心した表情をしてみせるあるえに、少し罪悪感がわく。

 

 ゆんゆんは勿論のこと、あまりそんな素振りを見せないめぐみんの不安も煽ってしまったようだ。……ちょっと失敗したな。

 

 おもむろに取り出したメモ帳に書き込み始めるあるえは、

 

「中々良いやりとりだったから、今度の新作に使うとするよ」

 

「「今の演技だったの(ですか)!?」」

 

 思わず突っ込みを入れる二人に、ネタ帳に書き込み終わったあるえがなんでもないかのように言う。

 

「うん、色々と聞いてるからね、別に今更心配するようなことではないし」

 

 ……芝居がかるのは紅魔族の(さが)

 

 豊かな黒髪に隠れた耳先は赤くなってるんじゃないだろうか。

 

 一連のこれがあるえの照れ隠しなのは今までの付き合いでなんとなく知っていた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ──……『通信』の魔法。親父と母さんが共同で作ったらしく、《中級魔法》や《上級魔法》を取得して使えるようになる『交信』の魔法に比べて、魔力消費も少なく制御もしやすいらしく重宝している。なんでも見えない糸電話のようなもので会話を遠くに届けるらしい。加えて、等級に分類すると《初級魔法》に位置するこの魔法は、詠唱が要らず即座に発動できる。

 

 ……勿論欠点はある。同時使用者が多数いると混線してしまうらしい。糸電話の糸が絡まるみたいに。今のところ家族で使う分には問題がないから、実質欠点はない。

 

 ──……で。

 

 その魔法で親父に聞いた話によれば、邪神が復活しかけていたのは事実らしく、いつ何か出てきてもおかしくなかったそうだ。

 

 わざわざ他所に封印されていた神々を里の近くへ引っ越しさせたりする、実力的にも頭のおかしい一族だけあって、仮に封印が解けたとしても自分たちであれば十分対処できるだろう。……ただしそれは大人に限った話。

 

 魔法を覚えていないような子ども達では、邪神どころか配下の下僕にすら太刀打ちできないのは明白だ。流石にその辺は大人達も理解があるようで安心した。まあ危険があれば近所の人が助けてくれるだろう。紅魔の里の爺さん婆さんは、無名であっても英雄に匹敵する魔法使いであるからして。

 

 ただ、親父には一つ気がかりがあるのだとか。大人達に共有しているわけではないが……封印の近くに子どもの足跡と、悪魔のものらしき足跡があったのだそうだ。あとついでに四足歩行の小動物のもの。そして子どもの足跡は、

 

「丁度めぐみんの妹と同じサイズだったと。あー……なんか嫌な予感する……」

 

 つい、口に出てしまった。

 

 ──……廊下から場所を移して図書室。休憩が終わって、自習になったけど休憩の延長みたいなものだ。普段は静かで考え事をするにはうってつけで、こうして独り言を言っても誰も返事することはないんだけど。

 

「……? 急にどうしたのはぐりん。こめっこちゃんがどうかしたの?」

 

 今はゆんゆんについて回っている。なんでも高いところの本が取りたいから、と理由をつけて。大して身長は変わらないんだけど、便利なスキルがあるので台の代わりだとさ。まあ、ゆんゆんの拙い言い訳だけど。

 

「いや、なんでもないよ。……そのハウツー本はやめといた方が良い」

 

 タイトルを見るも躊躇われるほど。タニシは流石にどうかと思う。

 

「え、じゃあ……これは? ……へー、サボテンにも心があるんだって! 話しかけてあげたら元気になったり、たくましく成長したり!」

 

「そりゃあね。だってアイツら動いたり飛んだりするし」

 

 そもそも植物自体逞しすぎて、自分で動いたりするわけだし。キャベツなんか最たる例だ。サボテンなら針飛ばしてくるまである。

 

「あ、それもそうよね。ならちゃんと接してあげればお友達に……」

 

「だ、か、ら! ……ゆんゆんには人間の友達がいるだろ? 俺みたいに! どうして植物の友達を作ろうとするんだよ。せめて人にしてくれよ……」

 

 自覚できるかどうかが重要だから、あえて言ってはないけど……ゆんゆんが一方的にライバル視してるだけでめぐみんにしろ、今日の様子を見るにあるえも友達と言って良いんじゃないかなあ。

 

 と、そんなことを思っていると。

 

「うう……だ、だって……はぐりんとは許婚(いいなずけ)になっちゃったし」

 

 !? 思い出さないようにしてるのに!

 

「あれは族長とウチの親父が勝手にしたことだから何時でも解消……ご、ごめんて。別に嫌ってワケじゃないんだから、そんな落ち込むなよ。どんな関係になっても一応友達なのは変わりないだろって……あとその話は学校ではしちゃ駄目って言ったじゃん」

 

「あっ……! ……ごめんなさい……」

 

 慌てて口を押さえるゆんゆんだが、ついに学校で口にしてしまったようだ。絶対学校では口にしないよう約束したのに、まったく。誰が聞いてるかわからないんだから。

 

 いつも一緒に居るめぐみんには漏らしてしまったようだが、アイツも事が事なので言いふらしてはいないらしい。ただでさえ狭い里なのだ。すぐに噂なんて広まってしまう。

 

 結局は本人達の意思に任せてもらうことになっているので、解消しようと思えば出来る。けどその前に外堀埋められそうで怖い。

 

「で、でもなんだか今日、あるえと凄く仲よさそうに見えたから……許婚は私なのに。だからつい、ね?」

 

 それって嫉妬したってことなのか。だとしたら微笑ましいことだけど。

 

「その、ゆんゆんは嫌じゃないのか? 友達かどうかわからない今の関係が、さ」

 

「べ、別にっ……このままでもいい、かな……はぐりんのこと、す……。嫌いじゃない、からっ」

 

 許婚の関係を解消しなければ、いずれはそうなるということで。

 

 可愛くない、とは思えない。嫌いではないし、むしろその逆。今なんかとても守ってあげたくなるような庇護欲に駆られて、今にも抱きしめてしまいたいほど。だから、そんな風に言われて、嬉しくないかと言われたらむしろ嬉し……──うう、ぬあああああ!!

 

「~~っ! や、やめよう! この話は! なんだか行き着くとこまで答えが出てしまいそうだから! 今すぐって話じゃないんだし!」

 

「そ、そうね! ゆっくり考えて決めれば良いことだものね!」

 

 ──ゴト!

 

「「!?」」

 

 何かが動く物音が嫌に響いて、思わず二人で肩を竦めた。

 

 思わず大きい声を出してしまっていたけど、此処図書室だ。自習になって来ている生徒は俺たち以外にも少ないが居る。

 

 ……聞こえた物音の大きさと同じで、先ほどの会話の声がどれほど響いていたのか。誰かに聞かれていたかもしれない。今更その懸念が頭の中を過ぎり冷や汗をかく。

 

 慌てて周囲を見回して、誰も居ないことを確認すると、ゆんゆんと胸をなで下ろした。

 

 

 

 読書スペースに戻ると、めぐみんが何か小説を手にして読んでいた。

 

 一つ間をあけて座ると、そこへ意を決した様子でゆんゆんが座ってくる。どうして挟まれたがるのか。

 

「……はぁ。で、またゆんゆんは随分と選んできたのですね。そんなに読み切れるのですか?」

 

「う、うん。もう何回も読んでるし、流し読みするだけだから……」

 

 一瞬呆れためぐみんがどれどれ、とタイトルを見て苦い顔をする。

 

「うわぁ、酷い……。………………これは酷い」

 

「なんでそんな引くのよ! さ、サボテンにだって心はあるんだからぁ……!」

 

 植物はやめとけと俺は言ったぞ。だからめぐみんそんな目で見るんじゃない。

 

「紅魔族ともあろうものが、友達の一人や二人、自分で作れないでどうするんですか! 勝手に出来てるものなんですよ! どうしてそんなこともわからないんです? ゆんゆんはおかしいです!」

 

「そうなの!? 私がおかしいの!? ずっとめぐみんやみんながおかしいんだと思ってたのに……」

 

 めぐみんが『どうしてこんなになるまでほっといたのですか』と目で訴えてくるので肩を竦めた。

 

 ずっと面倒は見てきたつもりだけど、これでも俺は頑張ってきた方だ。今日だって俺をお昼に誘えるぐらいには自主性というか積極的に動けるようになってるし。

 

 ゆんゆんはわしが育てた! ……育てきれてないのは触れないで欲しい。

 

「……そういえばあるえは? 見ませんでしたか?」

 

「ん……いや、見てないな。一緒じゃなかったのか?」

 

「いえ、本を取りに行ったようなのですが……おかしいですね、何処に行ったのでしょう」

 

 本当に何処に行ったんだろう。ドアが開く音はしなかったし、広いと言っても視界は結構ひらけている図書室だ。見かけないはずは無いと思うんだけど。

 

「ゆんゆんはあるえ、見てないか?」

 

「……え、うん。見てないけど……。ねぇ、私はおかしくないよね、はぐりん?」

 

 まーた、思い悩んでる。

 

「ゆんゆんはおかしくない。けど、紅魔族にしてはまともすぎるんだ」

 

「同じ紅魔族としてその発言はどうなんですか!? まともじゃないとでも!?」

 

 耳ざといめぐみんがハーフの俺の発言に待ったを掛けているけど気にしない。

 

「そう、なのかな……? なんだか自信無くなってきて」

 

「でも確かにぼっち拗らせすぎてる節はあるから、自信持って行こうな?」

 

 そう言うとちょっと自信を取り戻したのか、

 

「……うん、わかったわ! ……やっぱり植物とも友達になれるよね!」

 

「んーこのぼっち娘はどうしてくれようか」

 

「手遅れでは?」

 

 そんな気がする。口に出すとめぐみんが追随した。

 

 方向性は間違ってるけど、落ち込んでいられるよりかはいいので、後で良く言って聞かせよう。

 

 ──……と、そんな話をしていると。

 

「おかえり、探してる本はあった……おい、どうしたあるえ」

 

「ん、ああ……ちょっとね」

 

 帰ってきたあるえは、常につけていた眼帯を取っていてちょっと目元が赤く、興奮気味で瞳も紅くなっている。涙のあとも頬に残っていた。まるで泣きじゃくった後みたいだ。

 

 ゆんゆんとめぐみんも吃驚している。あるえが泣いているところなんて俺も見たことないしな。

 

「……なんでもないよ。目についた恋愛小説に手を出して立ち読みを始めたらとまらなくてね。あれだけ感情移入させといて、急な寝取られ展開とは想像つかなかったよ」

 

「おい、やめろ。聞くだけでもつらいのがわかっちゃうだろ」

 

 そう言うと、あるえはぶり返したのか溢れ出た涙を指先で拭い、隣に座ってくる。

 

 かなり憔悴しているようだ。どれだけショックだったのだろうか。

 

 で、どうして近くに座るんだよ……席空いてるのに。

 

「でも、参考になったよ。……あんな急な展開でも、伏線はいくつかあったんだから」

 

「なあ、辛いなら教えてくれなくても良いからな?」

 

 あまりにも辛そうなのでハンカチを渡して慰める。たまにあるよなあ、期待を裏切ってくる奴。色々とあるえの勧めで読んできたけど、ああいう展開は結構くるものがある。

 

「待って下さい。あのあるえがこんな反応するなんて……ちょっとどんな小説なのか気になるので詳しく教えて下さい」

 

 この鬼畜! めぐみんって奴は人の心がわからないのか! 

 

「……でも、あれは先の展開を知って読んでみると面白くないかもしれない。忘れた頃に紹介するから。今は、ちょっと」

 

「……そう、ですか。凄く気になるのですが」

 

 どうやらめぐみんは諦めたようだ。知りたくなかったから良かった。

 

「でも、ちょっと気にくわないかな。いや、かなり気にくわないな。あまり手を出してこなかったけど、二次創作を書いて自分を慰めるとするよ。……はぐりん、書き上がったら読んでくれるかい?」

 

 あるえが上目遣いで聞いてくる。

 

「それは良いけど。今日書き上がった奴もまだ読めてないぞ? それに元になる奴も読んでないわけだし」

 

「大丈夫だよ。読んでなくても分かるように、すぐに読める短編で書くから。明日持って来るね」

 

「……まあ、あんまり無理はするなよ? 夜更かしして、寝坊しないようにな」

 

 批評をするようになって、書く早さが上がったのは知ってるけど。読者がいるからってのが励みになってるんだろうか。それでも一日で一本書き上げるのは流石にしたことないんじゃないかな。

 

「……。うん……ありがとう。……ふぅ、はぐりんは優しいな……酷いぐらいにね」

 

「……それ、俺が前読んだやつにあった台詞だろ?」

 

「そうだったかな? 気に入ってたのかもしれない」

 

 薄く笑うあるえは、どういうわけかやる気に満ちていて魅力的に見える。

 

 やっぱり、泣き顔なんてあるえには似合わない。いつものように飄々としてる方が似合うな。……弱ってるところも可愛いかったけど。

 

 

 




全然伸びてないけど反応が怖い。けど反応が知りたいジレンマ。

感想、評価の程、どうぞよろしくお願いします。励みになります。

tips サボテン
砂漠地帯に生息する野生のサボテンはとても臆病である。そのため基本的には人やモンスターと出会すと、発達した足のような部位を利用した二足歩行ですぐ逃げ出してしまう。これは大量に蓄えている希少な水分や経験値を奪われまいとするが故の行動と目されているが、その実体は謎に包まれている。また攻撃に対しては反撃を試みる習性があり、針を飛ばす、脚部にあたる部位による蹴りなどによる攻撃手段を持っている。壁役として優秀なクルセイダーの冒険者が、この攻撃を受け、瀕死になったという報告が上がっているため、不用意に攻撃しないことを推奨する。
また、稀ではあるが水を求める冒険者に対して施しを与えるケースがあるが、これについてはサンプルが少ないため今後の観察研究が求められる。
特記事項。成長した個体には目や口といった顔と思われる窪みが見られる。特に水分や経験値を蓄えているが強さは並みのサボテンではないことに注意されたし。また噂の領域を出ないが、過去に顔のある塔の如く聳え立つほどに巨大で髭をつけた―― 『サボテンの生態』からの一部抜粋。


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5 帰り道と告白と

虐めて楽しんでるわけではないpart2


 結局あのまま、午後の授業の時間、図書室でずっと駄弁ったり各々調べ物をしたりしていた。あるえが一時、泣くほど落ち込んでいた事以上に特にこれといった事は無く、いい頃合いの時間になったので、帰り支度のため図書室を後にする。

 

 ……図書室を出る前からゆんゆんは嬉しそうなのを隠しきれず、口角が何度も上がりそうになっていた。それをめぐみんは呆れながらも、少しだけ満更でもなさそうにしている。

 

「めぐみん、あの、帰りに何処か寄っていかない……?」

 

 どうやら既にめぐみんと帰ることを約束できていたらしい。

 

「……はぁ。友達ならわからないでもありませんが、私たちはライバルではなかったのですか?」

 

「え、あ、明日! ライバルに戻るのは明日からだから!」

 

 めぐみん家は里の端っこ。対して家の真ん中に居を構える族長の家、詰まるところゆんゆんの家からめぐみん家に寄ると、むしろ遠回りになる。まあ俺の家はその間ぐらいの位置だし、ゆんゆんを後で送り届けてもいい。

 

「いいですよ、行きましょう。ゆんゆんの奢りですからね。甘いものが良いです」

 

「ねえ、ちょっと待ちなさいよ。なんで私が奢ることになってるのよ!」

 

「私が買い食いできるようなお金を持っているとでも? わかりました、お水だけで我慢しますね! ゆんゆんが美味しそうなものを食べているのを、指を咥えて見てますから!」

 

「うっ……わ、わかったから……私が奢るから……」

 

 そんな仲睦まじい(?)二人だが、あるえはどうやらそれに混ざらないようで。

 

「あるえ、本当に送っていかなくて大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫だよ。心配性だね、はぐりんは」

 

「いやだって。もしモンスターに襲われたら、『ここは俺に任せて先に行け!』ができないじゃないか」

 

「たまに自分が紅魔族らしくないことを愚痴ってるけど君も十分紅魔族だよ」

 

「しないのかあるえは?」

 

「……いや、多分私もするけどね。はぐりんが言ったのは実力が伴わないと言っちゃいけない台詞の代表的なものだから言わないけど。……ともかく、ねりまきにでも一緒に帰ってもらうから、心配は無用だよ」

 

「……わかった。でも邪神の封印が解けかかってるのは本当らしいから、気をつけろよ?」

 

「もう、心配性だねはぐりんは。……でも、ありがとう」

 

 あれから少しは元気になってくれたようだ。

 

 微笑んでみせたあるえに一抹の不安を感じずにはいられなかったが、どこか頑ななものを感じて、それ以上言うのはやめにした。

 

「それじゃ、また明日。今日借りた奴、読んどくよ。添削は気づいたところだけ、それか感想だけになるけど」

 

「感想だけなのを祈るよ。今回のは結構時間を掛けて書いたからね。……じゃあね、はぐりん。また明日」

 

 そう言うとあるえは教室に入っていった。

 

 ……俺も早く帰る用意しないと。一応、護衛ってほどのことじゃないけど、ゆんゆんとめぐみんに付き合って帰ることになってるし。ちょっとはめぐみんのおやつ代払ってやらないと可哀想だ。

 

 

 

 ──……しまったかなり遅れてしまった。

 

「遅いですよ、はぐりん。先に行ってしまうところでした」

 

「……どうかしたの? その、随分遅かったけど」

 

「いや、なんて言ったらいいか。その、友達に絡まれてた」

 

 なんなんだあいつら。

 

「……歯切れが悪いですね?」

 

「友達に、絡まれてた……? そんな事があったなら、遅れてもしょうがないわよね」

 

 なにかゆんゆんは友達に絡まれることを誤解しているようだけど、ほんとアイツらどういうつもりだったんだよ、まったく。

 

 ……お昼、あるえとめぐみんが冗談めいて口にはしてた。確かにゆんゆんとは関係だけで言えば友達以上かもしれないけど。めぐみんは従妹だし、あるえも友達に過ぎない。烏滸がましいにも程がある。……大体、三人に失礼だろうに。

 

『ハーレム野郎が!』なんてクラスメイトたちがからかってきたなんて、二人には言えなかった。

 

 

 

 紅魔族随一の喫茶店『デッドリーポイズン』。なんだって魔王軍幹部の中でも一番厄介だと言われる奴から名前を取っているのか。多分格好いいから、とかそういう理由なんだろうけど、飲食店でこの店名を名乗るのは頭おかしい、と流石に思う。

 

「いらっしゃい! 紅魔族随一の、我が喫茶店にようこそ! お、ひょいざぶろーさん家のめぐみんじゃないか。聞いたぞ、学校で頑張ってるらしいな。紅魔族随一の天才だって評判だ。それに……そっちははぐりんか?」

 

「はい、お久しぶりです」

 

「かー大きくなったなあ! こんーなちみっこかったのに!」

 

 ──随一というか唯一のこの喫茶店で、二人とテラス席に座り駄弁っていた。

 

「あははは……それ、豆粒ですけど。……豆粒ドチビって喧嘩売ってるなら買いますよ……!」

 

「お、おい魔力が漏れてる! 漏れてる! ……ふぅ。いやあ、ヒヤヒヤしちまったよ。すまんかった! そんなに気にしていたとは……あ、いや。それで、何にする?」

 

 溢れ出ていた魔力をおさめる。俺の初級魔法が火を噴くところだった。

 

「カロリーが高くて腹持ちの良い物をお願いします!」

 

「ちょっとめぐみん、それ女の子の注文の仕方じゃないわよ! あの、店主さんのオススメの物で……」

 

 それを聞いて母さんとおじさんの知り合いの店主が、メニューを差し出し、

 

「オススメか……今日のおすすめは、『暗黒神の加護を受けしシチュー』と『溶岩竜の吐息風カラシスパゲティ』だな」

 

「カラシスパゲティで」

 

「……。私はメニューにある、この、『魔神に捧げられし子羊肉のサンドイッチ』をください」

 

 めぐみんが選んだのは、一番値段が張らなくて、ボリュームもあり、持ち帰りの出来そうなものだ。甘いものって言ってたんだが。さては妹に持って帰るつもりだな。

 

「あいよ、溶岩の吐息風カラシスパ、魔神に捧げられし子羊肉のサンドイッチだな!」

 

「カラシスパゲティで!」

 

 真っ赤な顔のゆんゆんが名称を訂正する中、店主が俺の注文を聞いてくる。

 

「じゃあ俺は『暗黒神の加護を受けしシチュー』で」

 

「あいよ! 暗黒神の加護を受けしシチューだな。こっちはすぐに用意ができるぞ。ちょっと待ってな」

 

 店主の後ろ姿が見えなくなり、俺がメニューを眺めていた時からもじもじとしていたゆんゆんが、小声で話しかけてくる。

 

「は、はぐりん……私が恥ずかしいのわかってるのに、どうしてそんな風に注文するの?」

 

「だって俺は気にならないし」

 

「もう!」

 

 そんな言い合いをしている他所でめぐみんは果汁入りの水をちびちびと美味しそうに飲んでいる。席について早々、緊張のあまりごくごくと飲み干してしまっていたゆんゆんのおかわりをついでに注ぎ、自分のおかわりを注いだ。

 

「ねえ、めぐみん。その、突然なんだけど訊いてもいい?」

 

「なんですか? ご飯を奢ってくれましたし、大抵の事なら応えますよ。私の弱点とかですか? 今の弱点は甘い物です。食後のデザートが弱点ですね」

 

「そんな事訊いてないわよ! 来る前、甘い物が良いなんて言っておいて、違う物頼んでるし! それにどこが弱点なのよ、いつもモリモリ食べてるじゃない!」

 

 なんか翻弄されるゆんゆんが少しかわいそうに思えてきた。ちょっと痛い目見せてやろう。丁度店主も近くに来ていることだし。

 

「じゃあ試作メニューにある『禁断の聖果~砂糖と綿飴の蜂蜜がけ~』を頼もうか」

 

「お、あれをいくか、はぐりん?」

 

「な、なんですかその噎せ返りそうなほど甘そうな名前は……すみません、違うんです。やっぱりいらないです」

 

 めぐみんが注文を断り、再び店主はシチューの良い匂いのしてくる厨房の奥へと引っ込んだ。

 

「甘い物は乙女の大敵という言葉がありますけど、それは食べ過ぎてしまってお腹周りが不安と言う意味で。甘けりゃいいってものじゃないんです……それで、ゆんゆんは何を聞きたいんですか」

 

 もじもじとしだすゆんゆん。ちらりと俺の方を一度見て、口を開く。何で俺の方見たんだ?

 

「ねえめぐみん、めぐみんって好きな男の子とかいる?」

 

「っ! この色ボケ娘! 大体、今日は何なんですか! 私やあるえのいる前でいちゃつき始めて! 私が止めなければ際限なくおっぱじめてしまうんじゃないですか!?」

 

 事情を知っているめぐみんがついにキレた。

 

「ちょ、シッー!! ちょっとめぐみん声が大きい! ち、違うから! そういうのじゃなくて、ほら、女友達との会話ってさ、普通は恋バナとかするものなんでしょ!? そういうのに憧れてただけだから! だから、その……」

 

 幸いにも店内の客は俺たち三人だけ。店主は魔道換気扇の音がする厨房にいてよく聞こえてはいないはず。その辺りわかってて言ったんだろう。

 

 めぐみんにキッ、と睨み付けられた。いや、だから俺は悪くないんだけど。多分。いや、ちょっとしか。

 

 そしらぬ顔をしていると、一つ大きくため息をついためぐみんは。

 

「体育の時も格好良いポーズを恥ずかしがってロクに決められないと、聞きましたが。やはりゆんゆんは変わっています。どこかの変わり者を好きになるくらいですから、当然と言えば当然なんでしょうが」

 

「……! 私、お、おかしくないもん。他の人がおかしいんじゃないの……? ねぇ、はぐりん」

 

「はぁ。ゆんゆんはおかしくないよ。……何度もいうけど、紅魔族の中での非常識は、一部外での常識だよ。ある程度共通している部分はあるがな。外じゃ俺たちの習慣や、名前ですらも、非常識なところは多い。初対面の奴には紅魔族と知ってもらわないと、一度は必ず冗談に思われる」

 

「ほ、ほらあ! 私はおかしくないって!」

 

 何度、同じやりとりを繰り返したことか。紅魔族だと言わないと、まず笑われるか、正気を疑われる。

 

「外のことはわかりました。私も気をつけるとします。けれど、今はこの里の中での話。ゆんゆんがおかしいのに変わりはありません。違いますか?」

 

「それは、確かにな。前から思ってたけど、ゆんゆんは紅魔族の突然変異なのかもしれないな……」

 

「と、突然変異!?」

 

「くっ……なんですか、格好良いじゃないですかゆんゆん……!」

 

「ええ!? あの……出来たら普通がいいかなぁって……でも、それだと私までおかしいってことに? ……あれ?」

 

 残念だけど、ゆんゆんはその辺りを受け入れておかないと。いつまで経っても疎外感を感じ続けることになる。族長になるんなら、この先苦労することだろう。

 

「それで、聞くまでもないんでしょうけど、ゆんゆんはどんなタイプの男性が好みなんですか?」

 

「え!?」

 

 めぐみんはなんだかんだでゆんゆんに優しい。

 

「するんでしょう? 恋バナ。ちなみに私は甲斐性があって借金をするなんてもってのほか。気が多くも無く、浮気もしない。常に上を目指して日々努力を怠らない、そんな、誠実で真面目な人が良いですね」

 

「て、照れるなー俺もなー! でも、めぐみん俺のタイプじゃないんだ。ごめんなさい」

 

「おい、誰もはぐりんのことを言ったわけではないのですが。というかあなたと私は似てるでしょうに。自意識過剰にも程がありますよ」

 

 てっきり俺のことを褒めてくれていたのかと。

 

「え、それってはぐりんじゃないの? 全部当てはまるじゃない」

 

 ゆんゆんがそう思っていたことに少し照れる。

 

「いや、どう考えても違うでしょうに。大体、従弟ですよ、従弟。ビックリするぐらいそっくりな顔してる私とはぐりんが……あり得ないですよ」

 

「……。まあな、俺もめぐみんはあり得ないよねー」

 

「…………。なんか腹立ちますね」

 

 確かに目元が違うぐらいで他はそっくりだし。差異をつけようと俺は髪の毛を伸ばしてるけど。……別にめぐみんに好かれようが好かれまいが気にはしないけど。……流石に俺も全否定されると傷つくなあ!

 

「……でも、誠実で真面目な人、か。めぐみんて、意外と優しかったり面倒見が良いところもあるから、その真逆なタイプのどうしようもなく駄目な人に引っ掛かりそうな、そんな気もするけど」

 

「わかるー! アレだろ? 普段ズボラで、浮気性で全然頼りにならなさそうなのに、いざって時とかに見せる格好いいところに惚れちゃうやつだよ」

 

 ゆんゆんに追従して、思いっきり腹立つ言い方で言ってやる。

 

「ああああああ! さっきからはぐりんのその、無駄に腹の立つなよなよした言い方は何なんですか! 喧嘩売ってるなら買おうじゃないか!」

 

「い、痛い痛い! じょ、冗談だって! 俺だって流石に全否定されたら傷付いたわ! ってこのっ……! 力加減ミスると怪我するから引き剥がせない! ちょっとゆんゆん! ……ゆんゆーん!」

 

「あ、私は、物静かで大人しい感じで、でもたまには自分から遊びに誘ってくれたり、私がその日にあった出来事を話すのをうんうんって、傍で聞いてくれたりしてくれる優しい人がいいかなあ……勿論めぐみんと同じで向上心を忘れない、誠実で真面目な人っていうのはちょっと高望みしすぎ? そんなことないよね。はぐりんがそうだもの。でもちょっと女の人の胸をチラチラ見てしまうのは、男の子だから仕方の無いことなのかなって。やっぱり見るなら私のだ…………え? はぐりん!? やめてめぐみんそれ首締まってるっ!」

 

 ちょっと意識飛びかけたけど、ゆんゆんの尽力と店主が料理を運んできてなんとか助かった。

 

 

 

 ゆんゆんとめぐみんの分の支払いを折半し、店を出た。

 

「……はぐりん。ちょっとやり過ぎました、ごめんなさい」

 

「まぁ、俺もやり過ぎた。悪かったよ」

 

 お腹いっぱいになって、喫茶店を出る頃には和平条約が再締結されていた。めぐみんがお腹の虫に素直で良かった。チョロいとも言う。

 

「良かったぁ、仲直りしてくれて。あのまま続いてたらどうしようかと」

 

「まあ、あまり私たち喧嘩らしい喧嘩はしたことがないかもしれませんね」

 

「かもな。俺がめぐみんと絡むのが食い物が関わってる時ぐらいのせいかもしれないけど」

 

「うっ、否定しづらいです……犬猫の気分になってきました」

 

 ──……友人らしいやりとりをしながら帰路に着く。ゆんゆんはそのことに気がつかないまま、めぐみんを家の近くまで送り届けた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ゆんゆんと二人きり、帰り道を歩く。普段とは違った景色に、つい、視線を彷徨わせてしまう。

 

 ……しばらく歩いていると、自分の腕に、ゆんゆんの腕があたった。それほどまでに距離は近く、端から見れば寄り添って歩いているように見えかねない。

 

 ゆんゆんの端正な横顔からは、照れと喜色が滲んでいる。

 

 ……視線を彷徨わせていたのは、ワザとだった。気恥ずかしさを誤魔化すために。

 

 実際の結婚適齢期は16から20歳前後ではあるが、14歳で結婚の出来る年齢になるこの国で、12歳前後の男女は異性を意識し始めてもおかしくはない。ましてや、俺たちは子どもの頃は成長が早いと言われている紅魔族だから。

 

 ……いや、自分に言い訳を重ねても仕方ないのはわかってるけど。でも認めちゃったら、そのままなし崩し的に、ゆんゆんと……。

 

「その、はぐりん。ごめんね、今日は何だか色々と付き合わせちゃったみたいで。あの、迷惑じゃ、なかったかしら……」

 

「い、いやそんなことはない。煩わしくもなかったけど、ちょっとヒヤヒヤしたかな。どうして今日はまたその、積極的、なんだ?」

 

 ちょっと声が上擦った。

 

「あの、えっと。……私ね、はぐりんと許婚になったこと、最近まで良く思ってなかったの。だって、はぐりんは初めて出来た友達で。私にとって大事な友達だから。……だから、お父さんとあんまり口聞いてなくて」

 

 友達、友達って連呼されるとなんか心に来る。でも、そうかゆんゆんもそんな風に思ってくれてたのか。両思いだったことが少し嬉しい。

 

「お、おう……確かに俺にとってもゆんゆんは大事な存在だけど。流石に口を聞いてあげないのはやめてあげた方が良いんじゃないかな、って」

 

 大事な存在、のあたりでゆんゆんが嬉しそうにする。……俺以外の相手に言われてもこんな反応して、ホイホイついて行かないか不安、なんだけど。

 

 でも、そうか。族長さんも苦労したんだな。

 

「うん。私も面倒くさかったし、昨日から話はするようになったの。だって、許婚を解消しようとしてきたから。……許嫁じゃなくなっても、はぐりんとは友達のままでいられる。でもね、なんだかそれは嫌で。私、このままはぐりんと許婚のままがいいんだって気づいたの。だって、私、その……──はぐりんのこと、好きだからっ」

 

 あたりを見回す。近くに誰も居る気配はないし、姿を消して後をつけられてる、ということもないだろうけど。

 

 ……ちょっとは気にしてる女の子から好きって言われて。嬉しくないわけがない。嬉しいさ。けど、言わなきゃいけないことがある。

 

 でも、やだなぁ。顔、真っ赤だし。ぷるぷる震えてるし。どれだけ勇気出して言ってきたんだろう。もう、『俺もそうだ』って言ってしまいたい。

 

 そんなことを考えていると、

 

「はぐりんは、嫌?」

 

 今にも泣きそうな様子でゆんゆんが言う。……ああ、もうズルいなぁ!

 

「どこで覚えてきたんだよ、まったく。……俺も、ゆんゆんのことは、好きだよ。友達としてだけじゃなく、……女の子として」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「でも、今はまだ男女の付き合いをするのは無理だ。……出来ない」

 

 ぬか喜びさせてしまうことになるけど。俺には突き放すのは無理だった。

 

「そ、そんな……」

 

「だってそうだろ……? 俺たちまだ結婚できる年齢でもないし。俺はそのうち里の外の世界に出て行くんだ。死ぬつもりは勿論ないけど、でも、いつ死ぬかも分からない冒険者として。だから……このまま付き合って、いずれ結婚しようかって女の子を置いては行けない。だから──あ! おい待てゆんゆん!」

 

 それ以上は聞きたくない、と。何も言わず、家の方へと走っていく後ろ姿を追いかけるように手を伸ばす。……暫くして空を切った手をおろした。……ゆんゆん、泣いてたな。

 

「一緒に行こうって、誘うつもり……だったんだけどなぁ」

 

 結婚できるようになった時には、俺も自分だけじゃなくゆんゆんのことも守れるようになってるから。そう、言おうと思ったのに。

 

 ……でも、コレで良かったのかもしれない。明日、どんな顔して会えば良いか分からないけど。何も言ってこなければ、このままゆんゆんの誤解は解かず、期待には応えないことに……ことに。……。

 

「別に、悲しくない。悲しくないけど……」

 

 ちょっと、辛いなぁ。……いや、かなり、つらい。

 

 ──情けない話、このあと家に帰って泣いた。

 

 




多数のお気に入りありがとうございます。
評価いただきありがとうございます。

ゆんゆんは時折軽率に虐めたくなるけど我慢します。



tips はぐりんの容姿
父親譲りの目に、母親譲りの容貌。生まれたばかりの頃は女の子のように可愛らしく、現在では中性的、従姉妹と瓜二つである。名前は母親が付けたとか。語幹が従妹と似ているのは合わせにいったとのこと。はぐりん本人は女の子っぽい名前をちょっと気にしているようだ。


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6 小説と告白と

 翌朝。めぐみんが何やら黒色の猫?らしきものを連れて歩いていた。

 

「それは?」

 

「これは我が妹に導かれし漆黒の魔獣。我らが使い魔にしました」

 

「……」

 

「……。置いてきたら、こめっこに食べられてしまいそうだったので、一緒に連れて行くことにしたんですよ」

 

「そっか……」

 

 ちょっと今、紅魔族的テンションについてく余裕無い。

 

「聞いておいてなんですかその態度は。……はぐりんが元気がないとは、珍しいですね。それに今日はゆんゆんと一緒ではないのですか?」

 

「ん、ああ。……ちょっと色々あって。ゆんゆんは先に行ってるらしい」

 

 族長にも、奥さんにもゆんゆんの事を頼まれた。彼女も昨日の夜から様子がおかしかったらしい。原因は俺なのに。心配までしてもらって、申し訳ない。

 

 めぐみんは何度か瞬きして。

 

「何やったんですか。あの娘がはぐりんと一緒じゃないなんて、よっぽどの事があったんでしょうか……まあ、あまり興味はありませんが。ですが、話をすれば気が晴れると言いますし、この私が聞いてあげましょう」

 

 別にゆんゆん絡みで元気がない、とは一言も言ってないけど。紅魔族随一の天才は察しが良くて困る。ツンデレめ。いつか、めぐみんに甘やかしすぎだと言われた気がするけど、案外ゆんゆんに甘いのはめぐみんもだ。

 

「……。告られた」

 

「? こ、こくられた……? ……告られた!? はあああああ!? ど、どういうことですか!?」

 

 わかりやすい反応ありがとう。

 

「いや、俺が卒業したら冒険者になるつもりなのはめぐみんも知ってると思うけど。……もし正式に付き合うのなら、将来を誓った彼女を置いて行きたくはないから……一緒に行かないかって誘おうと思ったんだけどさ。……最後まで聞いて貰えず逃げ出されて」

 

「さらりと小っ恥ずかしいこと言うのどうにかならないんですか。……で、なんて言ったんです? 一言も漏らさず教えて下さい」

 

 え!?

 

「あの、言わなきゃ駄目……あぁ、はい。わかった。わかりました!」

 

 

 

 ──思い出せる限り、再現して言う。再現が終わると、めぐみんが目を赤くさせて涙ぐんでいた。

 

「……で、逃げられたと。その、大丈夫か?」

 

「……は!? ゆ、ゆんゆんの気持ちに成りきってしまいました。……これは、駄目ですね。フラれたと思ってもおかしくないです。凄い再現度というか、臨場感というか……いえ、どうして追いかけなかったんですか!」

 

「勘違いしたままなら、それでもいいかなぁと。……帰ってから後悔したけど」

 

 朝会ってから一番深いため息をめぐみんが吐いて。

 

「一応。ちゃんと貴方と話すようにゆんゆんには言っておきますけど。……あなた達の痴話喧嘩にもう巻き込まないでくださいね! いい迷惑です!」

 

「し、シッー! めぐみん声でかいから!」

 

 先に行きますからねーと、めぐみんは言って、抱えていた黒猫と鞄を持って学校まで走って行く。

 

 ……?  なんか、忘れているような気がする。

 

 なにか頭の隅で引っ掛かっていることが……それもかなり大事なことな気がしてならない。

 

 ──……暫く考えたが結局何だったか思い出せず。大したことが無いと、考え込むのに区切りをつけた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 学校に着き、女子クラスの教室に顔を出してみようかと思ったところ。なんだかあの黒猫がモテモテらしく、入っていける様子じゃなかった。こっそり様子を見るとゆんゆんが構いたそうにして、膝を曲げていた。ふと目が合ったが、悲しそうな顔を一瞬見せてそっぽを向かれる。めぐみんはまだ話してくれていないようだ。……ゆんゆんにこんな反応されるとは思ってなかったよ。

 

 お昼休みには話ができるよう、めぐみんが言ってくれていることを信じて、自分の教室に向かう。

 

 すると、教室の入り口の手前で女子が一人立っていた。廊下の窓から外を眺めているのは、あるえだ。昨日はあんなことがあったけど大丈夫だろうか。

 

「おはよう。あるえ。どうしたんだ、朝早くから。教室にいなくていいのか? めぐみんが黒猫連れてきてるけど……」

 

「……おはよう、はぐりん。いいんだ、それは。今はそれよりもその。これを……渡したくて」

 

 よく見ると、手には小説の原稿らしきものがあった。

 

「昨日言ってたやつ、だよな」

 

「そうだよ。昨日も言ったけど、簡単に読める物だから感想だけでいい。想いはかなり込めたけどね。それから読み終わったら直接、思ったことを聞かせて欲しいんだ」

 

 昨日一晩で書き上げた、ということだろう。あるえの話によれば寝取られ物の二次創作らしいいけど。確かに簡単に読めそうだ。ハッピーエンドを期待する。

 

「それより大丈夫か? ちゃんと寝たか?」

 

「うん。……2時間ぐらいかな」

 

「全然寝てないじゃん……隈もできてるし」

 

「気持ちが入っちゃってね。……紙に起こしてスッキリしたけど、気持ちが高ぶって寝られなかったのもあるよ」

 

 晒している片側の瞳は確かに少し赤みを帯びている。そんなあるえから、珍しく畳んで閉じてある原稿を受け取る。

 

 ……あ、そういえば。

 

「えっと。ちょっと昨日色々とあって……まだ、昨日預かったやつ読めて」

 

「いいんだ、それは。また、今度にでも。……。先に、これを読んでくれないかな」

 

 遮られて最後まで言えない。いつもの落ち着きがない。いつものあるえらしくない。……二次創作なら、そうまでして読んでもらいたいものだろうか。

 

「うん、わかった。休み時間にでも」

 

「今ここで読んで欲しいんだ」

 

「は?」

 

 あるえが滅多と取らない眼帯を外して、その両目と目が合う。

 

 請うような紅いその瞳には、読み切れない複雑な感情も映っていた。

 

 訝しく思わずにはいられない。それでも、今は読むことを優先して、手に持っていた鞄を廊下に置いた。

 

 

 

 

 

 

 ──……勝負は、始まる前からついていた。

「そんな、ことって……」

 口を押さえて声を抑えた。

 聞くつもりはなかった。……捜し物をしに来たはずの私は後ずさり、物音を立ててへたり込む。立ち聞きしてしまったその事実は、衝撃をもって胸中を貫いた。

 ……あの二人は、既に将来を誓い合う仲だったのだ。私はそうとも知らず、この刺激の少ないが充実した日々を。彼という存在がもたらす喜びに、甘んじていた。

 主な関わりはこの学園でのお昼休みに限られた。それも毎日というわけではない。それ以上の干渉は、どこか憚られたからだ。

 おそらくこの学園で誰よりも忙しく、そして苦痛を強いられながらも、屈することのない彼の自由はこの学園に限られる。ただでさえ貴重な自由な時間を奪うのに、それ以上は望めない。

 でも、そんな彼は面倒くさがらずに……私の話を聞いてくれる。彼は夢を語ってくれる。

 その関係を人は友というのだろう。だが、それがどれ程私を励ましてくれただろうか。身の丈に合うかどうかも分からない大望に押しつぶされそうに、何度もなった。途中のものを幾度も投げだそうとした。しかしその都度、彼との時間が『折れるな、すすめ』と見えない手で背を押してくれた。御陰で幾つ最後まで完遂させることが出来たことか。……そう。だから、いつしか私はそれ以上の想いを持ってしまった。

 しかし、至極当然のことだったのかもしれない。友である前に、彼と私は男と、女だったから。彼にその気は無くとも、私は友に抱く以上の感情を彼に抱いた。

 それ以来、何度も夢想したこと。

 ──……いつか、彼に私は好意を告げて。彼は私に、応えてくれて。ちょっとだけ変化した関係は時を経て、体を重ね、愛を囁き、いずれは契りを結ぶ。そこに劇的なものはなくとも、きっと幸福はあって。互いのどちらかが尽き果てるまでは享受できるのではないか──……なんて妄想を。

 

 しかし。たった今、儚くも崩れ去った。ガラガラと音を立てて。

 

 親の決めた許嫁がいた。自分の意思ではないというのに、満更でもない様子で視線を交わしている。その相手は自分のよく知る人物で、相手はそうは思ってはいないだろうが、私にとっては友人の一人だった。

 彼女の彼に向かう好意は明け透けではあったが、どこか空回りしており、ほんの一時前まで、障害には成り得ない──と、そう思っていたのに。

 嗚呼、違ったのだ。悟ってしまった。もう運命付けられたからこそ、ああして、仲を深めようとしていたわけだ。あれは弱者の囀りではなく、強者の余裕であったのだと。

 情けなくも、座り込んだまま。声には出さず、己を嘲る乾いた嗤いが口から漏れた。

 

 ──制服にはシミが出来てしまったし、柄にもなく泣いてしまった。声には出さなかったけどわんわんと。

 咄嗟にしては上手い言い訳が思いついた。しかし、もしかすると私が恋愛小説を読んで泣いてしまうような乙女と思われてしまう可能性もある。否定はできないけれど。

 私の印象からはかけ離れているが、この有様を説明するにはそれしかなかった。

 意を決して戻ると、随一の天才の異名を持つ友人と、意外な事実を知らしめてくれた彼女、そして彼は、私が帰ってこないことを気にしていたようだ。

 ……駄目だ、また泣けてきた。伝うものを指先で拭い。当たり前のように彼の隣に座っている彼女を見て、少し腹が立ったので私も隣に座り、先ほどの言い訳をした。

 すると、信じられないかのような目で見ていた三人だが、そういうこともあるのかと、一応の理解は示してくれたようだ。彼のこういう時の察しの悪さに本当のことを言ってしまいたくなったが。君のことなのにね、まったくもう。

 友人が私の読んだ小説に興味をもったらしく、詳細を聞いてくるが流石に言えない。聡い友人のことだ。きっと探りをいれてきたのだろう。

 彼は気を遣いその無粋な質問に顔を顰めている。その優しさも、今は少し辛い。

 ……いやとっても辛い。でも、その優しさに私は何度も助けられてきた。

 

 やっぱり、諦めたくない。そう思ってしまうのは悪いことなのだろうか。

 

 だって所詮は許婚なんて口約束の延長線上のものだろう? 解消できるとも、彼は言っていた。できることなら解消して欲しい。けど、それは彼女に悪い気がしてならない。そういう物は読みはするけど……身の上で寝取られなんて、される側にもする側にも私はなりたくない。──なにより、彼女もまた私の友人の一人なのだから。そしてなにより彼に取捨選択の責を背負わせたくもない。優しい彼のことだから、定められたとおり彼女を選んだとしても……一生気にしてしまうだろうから。

 

 すっと、霞が晴れたように思いつく。簡単なことだ。きっと大丈夫。私なら出来る。

 

 決意を固めて、私は君にこう言った。

 

「はぐりん。書き上がったら、また読んでくれるかな」

 

 』

 

 

 

 ──……あるえの言うように、すぐに読み終える事はできた。でもその二次創作の一部は心当たりのある内容で、懸念は徐々に大きくなった。

 

 動悸がする。妙な発汗もある。

 

「あ、の。えーっと。……なんて、言ったらいいか。二次創作、じゃない気がするのは……気のせいかなあって」

 

 あの時の話を聞いていたのか、だとか。あるえはそんな風に思っていたのか、とか。言いたいことは他にも沢山ある。

 

 けど、何よりも何時だったか助言した、架空のものであるという注意書きも、今回に限ってない。

 

 ……これは、二次創作なんかじゃ断じてない。

 

「そうだよ。まやかしでも、御為ごかしでもない。全部、私の感じたこと、今思っていることだよ」

 

 射貫かれそうになる。モンスターと対峙している時以上の緊張が体を強張らせる。

 

 主人公はあるえ。そして一部脚色はあるものの、この彼は俺だ。

 

 あの時の俺は、めぐみんよりも無神経だった。今になってそのことに気づき心苦しさを感じるなんて。

 

「う、あの……あるえさん? 俺は、正直……どうしたらいいか」

 

「出会った頃の君を思い出すよ……急にこんなことを伝えて、動揺させて。ごめんね。でも、どうしても伝えないと、って思ったんだ。正直はぐりんが私の事をどう思っているかなんて、わからないけど。でも私の気持ちと、私がどうしたいかは知っておいて貰いたかった」

 

「そう、なのか……その、俺のことを好いてくれてるってことで、いいのかな」

 

「わ、私だって恥ずかしいんだから、そんな口に出して言わないでよ。……でも、その通りだよ。私は、君のことをっ……ふふ、やっぱり、恥ずかしいね」

 

 恋する乙女、とはこんな見る人を切なくさせるような表情をするものなのだろうか。少し緊張が緩む。……書いてあるとおりなら、何か考えているはずだ。

 

「どうするつもりなのかは、書いてなかったけど……」

 

 聞いておいてなんだが、警鐘が鳴っている。

 

 これ以上、聞くなと。

 

「……そうだね。別にゆんゆんから君を盗ろうってわけじゃないのは、書いていた通りだけど。ひとまずゆんゆんと仲良くなろうかな。今以上にね。それから彼女に許してもらって」

 

 ゆんゆん?  ……そうだ、ゆんゆん!

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「ん? 何かな?」

 

 なんか許して貰うとか、ゆんゆんと仲良くなるとか。全然関係の無い事のような、そうでないようなことを聞いた気がしたけど、その前に一つ言っておかないといけないことがある。

 

 

 

「その、昨日ゆんゆんと喧嘩? ……うん、ちょっと喧嘩しちゃって。そのあるえの考えていることは、仲直りしてからでいいかなあ……なんて」

 

「なにをしたのかな」

 

 ジットリした目で見られたのは初めてだった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ──……一時間目。

 

「先生! はぐりんが錯乱してて面倒くさいんですけど!」

 

「放っておけ、と言っても授業始まる前からそうだからな。はぐりん、どうした? 内なる魔神の封印でも解けそうか?」

 

「ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 あるえに告られた? 告られたんだよな!? いや、なんで!?

 

「これはいけない。保健室に行って再封印を施して貰え! ……いや、ホントに大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫で……ぅあぁぁぁぁぁぁあぁあ!」

 

「全然大丈夫そうじゃないな! まさか本当に……? 早く行ってこい! そうだな、ふじもん! 見張るついでについて行ってやれ!」

 

「く、クハハ! 良かろう! 我が盟友の窮地とあれば、この我も同行しよう。ほら、行くぞはぐりん」

 

 ふじもんに連れられて教室を出る。

 

 ど、どうしよう。本当にどうしよう。昨日はゆんゆんに告られて、今日はあるえに告られて? ……なんだこれ。俺明日死ぬのかもしれない。

 

 動揺が収まらないまま、保健室に向かった。

 

 

 

 ──保健室につくと、保健室の先生に引き渡され、付き添ってくれたふじもんは帰っていく。精神的なものだから、特にこれといった治療をしてもらう必要は無い。必要ないのだが、再封印のための栄養剤を貰い、ベッドで休んで行けと言われたので休んでいくことになった。

 

 少し動揺も収まって、色々と考えてしまう。今の俺はまるで体育の授業をサボるめぐみんのよう。

 

 好きで学校に来ているというのに、情けないったらありゃしない。……あるえは俺には自由がないと思っているようだけど。実際は自由だからこそ、学校に来ていたり、里の外へ出て行ったりしているわけ。

 

 俺が『冒険者』の職を選んだときの初期ポイントは30ポイント。そして『アークウィザード』になって取れる《上級魔法》は取得するのに30ポイントがかかるらしい。だから、本来選ぶべきだった『アークウィザード』であれば学校に通わずとも上級魔法を取得することはできていたのだと思う。しかし、それを当時の親父はヨシとは思わなかったようだ。

 

 上級魔法を行使するには、詠唱だけでなく決まった身振りが必要となってくる。そういった知識を覚えるのは勿論のこと、此処とは別の『学校』に通っていたことがあるらしい親父曰く、意思疎通の仕方を覚える場所でもある、と。

 

『ただでさえ、冒険者は人に教えを請わなければスキルを使えるようにならない。だから、人との関わりを絶ってはいけないんだ。いつか、おとぎ話にもある魔王のようになってしまう』

 

 まぁ、紅魔族と結婚しているだけあって、勿論のこと親父は《上級魔法》を覚えている。そしてその威力も知っている。今思えば子どもが持つに早過ぎた、というのが一番の理由かもしれない。

 

 今でこそ、この身に余る程の魔力を制御することができているけど、それができていなかった頃、《初級魔法》でも大人達が使う《上級魔法》ほどの威力を持ってしまっていた。効率は悪いから魔力消費も半端なかったけど。

 

 そんなだったから、もし《上級魔法》取得して、遊び半分で使ったりなんかしてたら、どうなっていたことか。……いや、魔神の再来、とかなんとか言って里の人達は喜びそうだな。俺だったら惨事にヤケクソになって喜ぶ。

 

 ――……思考が大きくそれた。ポケットに突っ込んでいた小説が、現実を突きつけてくる。教室に置きっ放しには出来なかった。ただ、今なら言える。俺はあるえの思うような奴じゃ無い。それを伝えなきゃいけないと考えると、尚のこと心苦しい。

 

 あああ、もう。寝よう。……寝て、解決するような事じゃないかもだけど。寝不足だったし、ちょっと寝て気持ちに整理をつけるとしよう。

 

 ―――ベッドに横になり目を瞑ると、案外すんなり眠りにつけた。

 

 



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7 謝罪と共有と

 意識が浮上する。

 

「──……ん?? 今何時だ? って……ゆっ!? ……ゆんゆん」

 

 時計を探して辺りを見渡すと、ベッドの縁で腕を枕にしてゆんゆんが居眠りをしていた。

 

 保健室の先生の姿は見えない。どうやら何処かへ行っているらしい。まあ、でないとゆんゆんがここで居眠りできている訳がない。

 

 自信の無い表情は見慣れたものだけど、こんな寝顔を見るのは久しぶりだ。そういえば──出会って一ヶ月だと言って、はりきってケーキ作ってくれたあの日。あの日もこんな感じで、居眠りしちゃってたか。あの日、嬉しかったのはゆんゆんだけじゃない。大袈裟にも感じたけど、俺も嬉しかったんだ。

 

 懐かしさに目を細めた。あっという間のようで、かなり昔のことのように思う。お互いに、あれから随分と大きくなった。そんな感慨にふける。

 

 眠っているゆんゆんを起こさないよう、体を起こして窓の外を見るともうお昼だ。この位置からでは、少ししか見えない時計もそれぐらいを指している。ゆんゆんが居るってことはお昼休みなんだろう。……しまったな、寝すぎた気がしなくもない。

 

 ……どうしてゆんゆんがここに居るのかは予想できる。大方、めぐみんに話を聞いた後、クラスまでは来たものの不在。勇気を出して男子に俺がここに居ることを聞いたのだろう。

 

 ゆんゆんが大事な人なのは変わりない。友達で。それから……。昨日あんなことがあったとしても、それには変わりない。それが変わりそうになったから、すれ違いそうになったわけだけど。

 

 ──あるえのことが頭を過ぎるが、今は。

 

「……めぐみんには感謝しないとなあ」

 

 大きな借りが出来てしまった。眠っている彼女の髪に触れる。綺麗な黒髪だ。紅魔族だから、髪色に変わりは無いけど、髪質は俺のと全然違う。

 

「んん──」

 

 身じろぎして、ゆんゆんが反対側を向いてしまった。

 

 ……この子は頑張っている。才能は勿論あるんだろう。でも、努力も忘れていない。(ねぎら)うつもりで頭を撫でた。

 

 めぐみんは本物の天才だ。口頭で聞いただけだが、知力だけは、俺でもめぐみんに敵わない。

 

 でも、ゆんゆんは追いつき、追い抜こうと必死だ。『紅魔族随一の天才』の称号を欲しがっている。族長の娘だからと特別扱いされることが嫌なんだろう。紅魔族の族長は、誰もなろうとしないだけで、誰でもなれてしまうから。

 

 

 

 ……つい、髪を触ったり撫でてしまったが、今はまだ許して貰ったわけじゃない。申し訳なさがあふれてくる。

 

「ごめんな、ゆんゆん。昨日、紛らわしいことを言って」

 

「……」

 

「でも、中々素直に誘えなくてさ。将来族長になる君の、邪魔になるんじゃないかって思って」

 

「…………」

 

「起きたら、ちゃんと言うから。一緒に、冒険者になろうって。お互い、結婚が出来るようになってる時には、俺は強くなってるからさ。もしかしたら、君の方が強くなってるかもしれないけど──……でも、必ず。俺は君を守れるくらいに、強くなるよ」

 

 眠っている時に言うのはずるいだろうか。

 

 でも、起きているときに言うのは少し気恥ずかしくて。また伝えられないような気がして。練習だ、練習。そう、自分に言い訳した。

 

 もう一度撫でると髪がかかり、隠れていた耳が露わになる。…………え、赤い?

 

「は、はぐりん……」

 

「うぇ!? お、起きてたの?」

 

 体を起こして、真っ赤になっている顔が見えた。い、いつから起きてたんだ……?

 

「あの、あのっ! ご、ごめんね。あの時私も、ちゃんと聞かなくてっ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってっ……い、いつから聞いてたんだ?」

 

「『起きたら、ちゃんと言うから』のあたり……?」

 

「…………くうう!」

 

 結構聞いてるじゃないか!

 

「あ、はぐりん! ちょっと! もう、布団かぶって隠れないでよっ! き、聞いてる私だって恥ずかしかったんだから!」

 

 もうちょっとだけ待って! 顔が熱くて、火を噴きそうだから!

 

 

 

 ──暫くして。

 

「そういう、ことだから。ごめん……本当に。紛らわしい言い方をして傷つけた」

 

 ベッドの上に正座して誠心誠意謝る。全面的に俺が悪い。

 

「……ううん。私も、なんだか妙に焦っちゃってて。このまま、はぐりんが何処か遠くへ行っちゃうんじゃないかって不安に、なっちゃって……。そ、そんなことないのにね!」

 

「…………」

 

「どうしたの? ……そんなこと、ないよね? ね?」

 

「い、いや。うん。大丈夫。特に問題はない……から」

 

 棚上げしていたあるえの事を思い出して、少し焦る。言うべきか、言わないでおくべきか。いつかはバレることなんだろうけど……いや、言っとこう。何がまかり間違ってトラブルになるか分かったものじゃないし。

 

「あの、ゆん「あ!  そうなると早く私もスキルポイントを溜めて、卒業出来るようにならないと! ふふ、はぐりんと冒険者かあ……きっと楽しいことばかりよね! 一緒にクエスト受けて、何処かへ遠出したり。で、クエストが終わったら何処かご飯を食べに行って──ね、はぐりん!」

 

「あ、うん……」

 

 楽しそうな妄想をしているゆんゆんに、今朝のあるえの件を伝えるのは無理だった。……遠慮がちなのは直ってきてる気はするけど、妄想癖が酷くなってる。その事実に少し頭が痛かった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 あるえは蓋の上に卵焼きを置いて、俺のおかずから同じく卵焼きをとっていく。交換のつもりなんだろう。……それは別に、構わないんだけど。

 

「なるほど、美味しいね。これはお義母さまが? 真似できるようにならないといけないかな」

 

「いや、俺の手作りだけど。母さんいつもポーション作りで夜遅くまで作業してて、朝起きてこないからな……っていう話を前にもしたよな」

 

「そうだったかな。記憶違いかもしれないね。でも君自身が作るって事は、これは君の好みの味というわけだ。うん、勉強になるよ」

 

 何も言わずにジトッとした目で睨めつける。……嘘つけ、絶対覚えてる。

 

 結構な頻度でおかずを交換してるはずだ。その時話した覚えがある。

 

「……ねぇ、ここ保健室なんだけど。どうしてあるえがいるの? あと、なんだかはぐりんのお母さんのこと変な風に言ってない?」

 

 何も知らないゆんゆんの前でこういったことをやるのは控えて欲しい。

 

 きっと、昨日の一件はあるえの所為でもあるんだ。けど、あるえがなんだかんだと関わってくる理由を知った今、俺の口からはとても言えない。

 

 ……正直、あるえがここに来てから気まずい状況が続いていた。

 

「言ってないよ。あと、私ははぐりんのお弁当を届けにきてあげたんじゃないか。ついでに私も一緒に食べようと思ってね。先生は職員室にいるらしいから、丁度良いだろう? ゆんゆんもそのつもりだったんじゃないのかな?」

 

「うっ、それは……そうだけど」

 

 ゆんゆんはゆんゆんで、弁当持参で保健室に来ていたから、あるえのことは言えないようだ。昨日よりも大きめの弁当箱に彩り豊かなおかずがぎっしり詰まってる。大食漢とは程遠いゆんゆんが一人で食べきれる量じゃないのは明らかだった。

 

 そんなに喧嘩してたってわけじゃないけど、ゆんゆんは俺にこれを食べてもらうつもりだったのだろうか。まあ、めぐみんに食べられる可能性も考慮してのことかもしれない。

 

「だろう? それよりも。ゆんゆんは、はぐりんの好みの味とか知らなくて良いのかい? 将来のためにも」

 

「そ、それはそう……。……ねぇ、どういうこと? どうして必要なこと知ってるの? いや、別に全然、はぐりんの味の好みなんて知らなくてもいいんだけど!」

 

「誤魔化さなくてもいいよ。だって昨日立ち聞きしちゃったからね。図書室で」

 

「は? え、立ち、聞き? 図書室でって…………えええええええ!?」

 

「まったくズルいじゃないか。私だってはぐりんのことを好いてるのに」

 

 どうして、そんなあっさり言っちゃうのだろう。悩みに悩んでこうして保健室にまで連行されてきたのに。

 

 女の子二人に好かれてるのに、泣きたくなってくる。決して、嬉しいからじゃあ断じてない。

 

「そんな、えっ、ええええええ……!? あの、その、本当なの!? あるえが!? あ、だからあんな泣いてたの!? というか、どうしてはぐりんはそんなに落ち着いてるわけ!?」

 

「……その、今朝、知った。あるえに、告白文を渡されて」

 

「告白文!?」

 

「そんな悪行を知らしめるみたいに言わないで欲しい。せめてラブレターっていってくれないかい?」

 

 だって、俺からしたらそうとしか言いようがない。読んでたら変な汗かき始めたからな。悪いことしてないのに。あるえに好かれるようなことはしてないつもりでいたし。

 

 驚くゆんゆんにポケットから出したソレを渡すと、あるえがあ、と小さく声を上げる。無闇に人に見せるものじゃないと分かってはいるけど、ゆんゆんには読む権利があると思うんだ。

 

 二度、三度と読みふけるゆんゆん。しばらくして、涙でも出そうになっていたのか、目元を袖で拭っていた。

 

「……あんなあるえ見たことなかったけど……そういうことだったのね」

 

「私だってあんなに悲しくなるなんて思っていなかったよ。それに、そもそも初めて好きになった人に、いつの間にか親の決めた許婚がいたなんて思わないじゃないか。知らない間に寝取られていた気分だったよ」

 

 その言い方はどんなんだと、内心ツッコむ。

 

 案の定、ゆんゆんは瞳も顔を真っ赤にして。

 

「ね、ねとッ!? ……そっ、そんなことしてないわよ! あるえの馬鹿! えろえ! よく読めばなんかエッチなこと書いてるし!」

 

 ちらっと俺を見るのやめて。さらに赤くなってるけど、ゆんゆんも今エッチな想像しただろ。

 

「えろえって。意味が分かるゆんゆんも大概だと思うけど……いや、私は別にゆんゆんと喧嘩したいわけじゃないんだよ。どちらかというと、仲良くしたいと思ってね」

 

「そんなの仲良く出来るわけっ……!」

 

「そうかな? 同じ男の子を好きになったんだ。気は合うと思うけどね?」

 

「そ、そうかしら……あるえと、仲良く……」

 

 騙されてる、騙されてる! 口を開こうとしたけど、あるえに『黙ってて』と口パクで言われる。それで伝わるってどうして……ああ、《読唇術》スキル取ったの言ってたな。

 

「そうだよ。別に、私ははぐりんをゆんゆんから取り上げるつもりはないんだ。シェア、共有出来たらな、と考えてるんだ。ゆんゆんとは友達で居たいからね」

 

 畳みかけるように言うあるえ。サラッと言ってるけど、共有って……俺は物じゃないんだけど! 嗚呼、流石にもうあるえの目論見を理解してしまった……! 極力、目を反らしていた目論見に!

 

「と、友達……あるえと私って友達、なの?」

 

「……酷いな。ゆんゆんのこと、私は友達だと思っていたのに……」

 

「あ、違うの! その私も、あるえと友達だったら嬉しいなって、昨日もご飯を一緒に食べたり、図書室で調べ物したり……ちょっと現実が信じられなくて」

 

 落ち込んだ声で、泣き真似をするあるえ。真に迫っていて涙さえ流れていれば、本当に泣いているように見えるだろう。ゆんゆんはそれに騙されてしまったようで、あたふたとして。ぼっち拗らせ寸前のゆんゆんにそんなこと言えば、誤魔化されるのも当然だ。

 

「じゃあ、決まりだ。はぐりんのこと、その。私も好きでいてもいいかな、ゆんゆん」

 

「うん、それはいいけど…………ねぇ、ちょっと待って。改めて聞くとなんだかおかしなこと言ってない?」

 

「? 言ってないと思うけど……」

 

「う、うーん……? そう、なの……?」

 

 頭を傾げるゆんゆんに見えないよう、あるえは態々、眼帯を横にずらしてウィンクをしてきた。

 

 あるえさ、作家志望って言ってるけど、詐欺師でもやってけるよ。犯罪だけど。いや、ゆんゆんがチョロ過ぎるだけなのかな。……少し落ち着いたらゆんゆんにきちんと話そう。

 

 ……嗚呼もう……なんか、色々とありすぎて憂鬱になってきた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 放課後。

 

 あるえに誘われて、ゆんゆんは今日は二人で帰ることになったらしく、あるえについてきては駄目だと言われた。ゆんゆんと話す暇がない。

 

 仕方なく、実はゆんゆん並にぼっちな疑惑のある、一人で帰ろうとするめぐみんを呼び止め、帰り道にて合流する。

 

 なーお、と鳴いてめぐみんの肩に爪を立てて捕まる黒猫はゆんゆんがクロと名付けたらしい。

 

 紅魔族らしくない、ネーミングセンスで名前を付けられたんだ。コイツも幸せだろう。

 

 指で構ってやっていると、めぐみんがジロジロと顔を見てきて。

 

「ところで、どうしたんです。その顔は」

 

「クラスメイトと喧嘩した」

 

 ちょっと目元が腫れてきたか。

 

「……まあ、今日は私も人のことは言えないのですが、あまり褒められたことではありませんからね。『売られた喧嘩は買う』が紅魔族の鉄の掟とはいえ。で、勝ったんです?」

 

「それは勿論」

 

 片手を上げてきたので、ハイタッチする。めぐみんのほうであったことはゆんゆんから聞いている。どうやらこの黒猫の名前を巡って一悶着あったのだとか。

 

「ちなみに何が原因で喧嘩を?」

 

「ゆんゆんとあるえが、昼休み中に保健室に居る俺の見舞いに来てくれて。その時に、男子に聞いてたわけだよ。俺は何処かって。……それで邪推された訳だ」

 

「……ちょっとわからないんですが。なんだって二人が聞きに行ったからって、はぐりんは男子達と喧嘩になったのですか?」

 

「そりゃあ、な。何だかんだで二人は男子に人気」

 

「もういいです。分かりましたから。あなた達男の人が、何が好きなのか、よーく分かりましたから!」

 

 ごす、と右肩を殴られる。レベルも低いめぐみんの威力では大したことは無い。けど、筋に入った。

 

「いてて……まあ、めぐみんには無いもんな」

 

「おい、喧嘩を売っているなら買おうじゃないか」

 

「冗談だって。……俺の母さんがデカいんだから、希望は無くはないだろ? 気にすんな。……『ヒール』『ヒール』」

 

「それが唯一の希望ですよ。……なんだって従弟にこんな心配されなきゃいけないんでしょうね……」

 

 めぐみんが落ち込んでいる中、痛む場所に回復魔法を掛けて治す。めぐみん、良いパンチ持ってるよホント。治すところが増えた。

 

「ああ、聞きそびれてしまいました。……その、これ以上拗れても面倒なので、全部話したのですが。ゆんゆんとはどうなったんです?」

 

「あーうん。ホントありがとうな。助かった……」

 

「そうですとも。感謝して欲しいですね!」

 

「…………」

 

「……何か、ありましたね」

 

 ぎくっ!

 

「……なかったよ」

 

「さあキリキリ吐きなさい! 隠し立ては無駄ですよ! 吐くまで付きまとってやりますからね!」

 

 なんでだろうか。めぐみん相手に隠し事できないのは。まあお互い様、ではあるんだが。

 

 少し落ち着いて話したいし、こんなところで話すのは憚られる。里の暇人達が、姿を消して聞き耳立てないとも言えないし。ぶっころりーあたりに聞かれたらどうなることやら。美少女二人に告白されて、共有される身になってしまったなんて。

 

 共有と言えば聞こえは良いけど、言ってみればハーレムと変わりないんだし。……考え出したら、また憂鬱になってきた。

 

「……ちょっと込み入った話になるし、ウチで話そう。夕飯も食ってく?」

 

「いや、ホント何やったんですか。ですがそういうことなら、こめっこも連れて行きたいのでウチに一度寄りましょう。今日両親は遅いので、折角ですから美味しい物を食べさせてやりたいのです」

 

「そういうことなら、一回めぐみん家に行こう。……いつも遠慮せず来れば良いんだぞ?」

 

 母さんも親父も、二人が来ること自体は悪いようには思っていない。

 

 兄夫婦はどうなってるんだと、思うところはあるようだが。

 

「……それもそうなのですが。親戚に集るのを常習化してしまうと、自分たちがどこの子か分からなくなりそうなので。こめっこが、ワザとなんでしょうけど父のことをおじさんと呼んでしまって。あの時は大変だったんですよ……」

 

「それは、また……」

 

 おじさんも気の毒に。そう思う反面、あの人が貧困に喘ぐめぐみんの家の元凶なので、自業自得なような気もした。ロマンを求めるのは理解できるけど、生活基盤を脅かすほどになるとちょっとどうなんだと思わないでもない。

 

 

 

 ……めぐみんの家に着くと、土汚れついたローブの裾を引きずって、こめっこが駆けてきた。

 

「姉ちゃんおかえりー! お土産は?」

 

「今日は無いですよ。代わりに、今日ははぐりんのところで晩ご飯です」

 

「やった! 兄ちゃんだ!」

 

 にへへ、と笑いかけてくるこめっこ。めぐみんが姉馬鹿になるのもわかる愛らしさだ。

 

「おいっすーこめっこ。元気にしてたかー?」

 

「おいっすー! うん、元気にしてたよ!」

 

「あの、はぐりん、変な言葉遣いを妹に教えるのは止めて欲しいのですが」

 

「別に、普通だよな?」

 

「フツーフツー!」

 

 そう言って抱きついてくるこめっこの頭を撫でていると、めぐみんが肩を落とした。

 

 む、ローブだけでなく顔も汚れてるな。どこで遊んでるんだろうか。

 

「今日は兄ちゃんとこで食べるんだね! じゅるっ……お肉? お肉?」

 

「「!?」」

 

 こめっこがクロを見て涎を垂らしているのに戦慄した。家に置いていけれないってそういう……。

 

「もう少し太らせないと、食べるところなんて全然ありませんよ、こめっこ。そこ、はぐりんは勘違いしないでください。……流石にこめっこをこのまま連れては行けませんから、ちょっと拭いて、着替えさせます。外で待って貰ってても良いですか?」

 

 まあこめっこに対する方便だとはわかっていたけど。

 

「いいぞ。クロと待ってるからな」

 

「なーお」

 

 

 

 玄関前に置いていかれたので、クロ相手にとっておきの《宴会芸》を披露してやる。

 

「さあ、とくと見よ」

 

 懐から何の変哲も無いボールを出して、物体消失芸と、物体出現芸の合わせ技。

 

 手元や膝裏と、あっちやこっちへと出たり消えたりするボールを追いかけるクロ。どっちかが疲れるまで遊び続けた。

 

 

 

「姉ちゃん、しっこくの魔獣がしんじゃってる……ちゃんと食べてあげるからね……」

 

「まだ死んでませんよ。食べちゃ駄目です。って、どうしてはぐりんもそんなに疲労困憊なのですか?」

 

 ちょっと遊びすぎた。

 

 




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8 相談と確認と

 和気藹々としながら夕食をとって、お腹いっぱいになったこめっこがソファーで眠り始めたのを機に、用事を済ませることになった。

 

 今日ウチにめぐみんが来ることになったのは、別に夕飯を食べるためじゃない。俺はすっかり忘れていたけど。

 

 これから話すことは親にも知られれば不味いし、もしこめっこが聞いてしまえば教育に悪いと判断して、自分の部屋にめぐみんを連れて入った。

 

 

 

 ──話し始めたときには、大したことではないだろうと踏んでいたらしい、ベッドに寝っ転がっていためぐみんの表情は徐々に険しくなり──

 

「はああああ!?!? あるえにも告白された!? 見舞いに来てたゆんゆんが後から来たあるえに丸め込まれてシェアされたぁ!? アッタマおかしいんじゃないですか!! なにがシェアですか! そんなものっ、ハーレムじゃないですか!!」

 

 ついには爆発して飛び起きた。

 

「こ、声が大きい!! そうだけど、そうなんだけど俺は断じてハーレムなんて認めてないからな!」

 

「その場で否定しなかったんですから、認めてるようなものでしょうが! 嗚呼、もう、なんということを……!」

 

「うっ……確かに、その通りかもしれない、けど!」

 

「けど!? けど、なんです!?」

 

「うっ……なんでもありません」

 

 物凄い剣幕で睨まれ、めぐみんの背後にドラゴンでも宿ったかのような錯覚を覚える。

 

 激憤を感じていたらしいめぐみんは一回りしてしまったのか、逆に落ち着いた声で言う。

 

「……ゆんゆんが何か焦りのようなものをあるえに感じていたのは知っていましたよ、ええ。休み時間にあるえとはぐりんとが仲良くしているのに心苦しいものを感じていたのでしょう。はぐりんとあるえの関係が5年近く続いているのは知ってましたけど、ここ最近のあるえの様子には何かただならぬものを感じていましたし」

 

「そう、なのか」

 

 ……全然気がつかなかった。

 

「知らぬは当人だけ……あーもうまったく! 言ってしまいましょうか! 昨日だけじゃないんですよ! あの子がはぐりん、あなたと一緒に昼食を食べようとしていたのは!」

 

「は、初耳だけど。というかどうしてなんだ、それ」

 

 てっきり昨日初めて誘ってくれたのだとばかり。でも、おかしいなとも思っていた。ゆんゆんのことだからもっと早くに誘ってくるはずだと。

 

「ゆんゆんが声をかけようとする度にあるえが先を越していたりしたので、行けなかったんです」

 

 あるえがなぁ……わかっててやってたんだろうな、それ。

 

 いや、待てよ。でも確か前にゆんゆんが『めぐみんがいつもお弁当をとってく』って愚痴ってたような……?

 

「……何か言いたいことでもありそうですね」

 

「めぐみんの所為もあるんじゃない、……なんでもありません」

 

 ぎろりと睨まれて言いかけてやめた。しかしめぐみんは目を背けて、訂正する言葉をすぐ口に出さない。

 

「…………いえ、確かにそうですよ。単純にお昼をたかっていたのも事実ではありますが! ……学校で許婚であることが知れてしまうのは不味いのでしょう? あなた達の事です。ゆんゆんにお願いされたら、げろ甘なはぐりんが応えないわけがありませんからね。昨日のように際限なくイチャつきだすのではないですか?」

 

 ……正直、自信はない。違う、とは言い切れなかった。

 

「その、ありがとな。まさか、そんなに考えてくれてたとは。……ちょっと言い訳に聞こえなくもないけど」

 

「言い訳じゃありませんよ、失礼ですね……でも、今更感謝されても遅いですからね。あなた方、名実ともに許婚になったのですから。私が邪魔することはもうないので、どうぞ好きなだけイチャつけばいいじゃないですか! まぁそれも? あるえのこと拒絶しなかった今、どうなるかわかったモノじゃありませんけどねッ!」

 

「……はい」

 

 めぐみんがコップの水を一気に喉に流し込む。

 

 長話になると踏んで良かった。備え付けている水差しからめぐみんにおかわりを注いだ。

 

「ああ、もう馬鹿馬鹿しい! どうして私があなた達の事で、こんなに感情的にならなきゃいけないんですか。一応友達と、身内のこととは言え、此処までする謂れはないと思うのですけど!」

 

「や、俺に言われても」

 

「他に誰に言えと。うん? 不甲斐ないあなたたちのフォローをしてあげてる私の身にもなってくださいよ!」

 

 無言で頭を下げる。さっきから頭が上がらない。

 

 めぐみんが言う事は正しい。俺もそれが正しいのは分かっている。わかってはいるけど。

 

「……はあ。結局はどっちかを選ばなきゃいけませんよ? どっちを選ぶんです?」

 

「……え? 選ぶ?」

 

「いえ、ですからそれは…………まさか」

 

「あー! や、別にこのままでもいいかなあって。……二人とも幸せにする甲斐性は、今はまだないかもしれないけど。将来的に紅魔族随一の冒険者になれば、二人とも養う事なら出来なくはないと思うし……」

 

「堂々と二股宣言ですか! この……! ……なんかもう怒る気も失せてきましたよ……昨日、誠実で浮気もしない、なんてよく自分の事だと思えましたね?」

 

「今でも一応そのつもり……いや、そうだな。全くの真逆だよな今の俺」

 

「よくわかってるじゃないですか」

 

 耳に痛い。めぐみんの言う通りだ。全部めぐみんの言う通りだ。

 

 ゆんゆんとのすれ違いはともかく、それ以外は俺が何か悪いことをしたわけじゃない。

 

 けど事実として俺はゆんゆんを泣かせてしまい、俺のせいだけじゃないとしても、あるえのことも泣かせてしまっていた。知らなかったとはいえ、責任は感じている。

 

『女の涙は全力で拭え。好きな相手ならなおのこと。泣かせてしまったならその責任は取れ』と、口酸っぱく親父に言われている。

 

 告白されたからってのもあるかもしれない。けどめぐみんに対して持ってない好意を、確かに二人に対して持っている。

 

「やっぱり、選ばなきゃダメ?」

 

「この優柔不断男は! 明日からスケコマシって呼びましょうか!?」

 

「…………そんなつもり本当ないからやめてほしい……!」

 

 別に口説いてるわけでもないし、色目使ってるわけでもないからな!!

 

 

 

 ▽

 

 

 

 背負っているこめっこは随分と軽い。背負っていることを忘れてしまいそうになるぐらいに。昔のめぐみんのように、いつもお腹を空かしている気がするのは、きっと気のせいじゃないのだろう。

 

 めぐみんの抱えているクロが食べられそうになるくらいだから。

 

 ──そんなことを考えながらめぐみんの家まで歩いていく。

 

「こういうところかもしれないですね」

 

「何が?」

 

「……いーえ、なんでもありません」

 

 ……変なの。

 

 

 

「……まあ、今日のことは今までと同様胸の内に秘めておきます。流石に貸し一つ、ですからね?」

 

 家の前に着くとめぐみんがそう言う。

 

「わかったわかった。それでいいよ。めぐみんの貸し一つ、か。なんかこわ……え、何するの?」

 

「そんなに怖がることはないじゃないですか。すぐ返してもらうので。卒業のために取る魔法について知ってもらうだけですから」

 

 知ってもらう、ときたか。

 

「……スキルポイントを過剰に貯めてる、理由だよな」

 

「はい。少なくとも卒業して里を旅立つまでは内緒でお願いします。あと聞いて、決して笑うことのないように。馬鹿にしてもダメですからね?」

 

 なんだろう。上級魔法以上の魔法となると、炸裂魔法? 爆発魔法? ぐらいだろうけど、上級魔法の派手さと多彩さに比べれば少し見劣りするんじゃないだろうか。

 

 もしかして、俺と同じようになんらかのスキルと上級魔法を取るつもりでいるのだろうか。

 

「爆裂魔法を取る予定でいます」

 

「…………ん?」

 

 今なんて言った。

 

「人類最強にして最後の攻撃手段、爆裂魔法を取るつもりでいます」

 

「はあ?」

 

「おっと何か言いたいことがあるようですが? いいんですよその続きを口に出して言っても。ただ、一度吐いた言葉は飲み込めないと、肝に命じておいてください。そして私にも、それは同じことが言えるのだと」

 

 アホなのかコイツと思ったけど、大真面目に言ってるようだ。

 

「悪い。けど、お前それは…………使えそうなのか?」

 

「ええ、使えますとも。間違いなく。里随一のあなたを除けば魔力の量でいえば二番目に迫るのですよ? 必ずや使えます。そして極めるのが私の夢なのです。証拠に見せましょうか。ハイ」

 

 クロを片手にめぐみんは冒険者カードを渡してくる。

 

「おまえなあ。幾ら親しい仲とはいえ、冒険者カードを人に手渡すなよ。勝手にいじられることもあるんだぞ? 冒険者になるつもりなら、そのへん留意しとけよ……ってマジか」

 

 悪い奴は居るんだからと、つい小言を漏らした。

 

 魔力はともかくとして、知力は見たこともない数値を叩き出しているめぐみんのステータス。

 

 スキルの欄を見ると確かに爆裂魔法習得の項目がある。習得に必要なスキルポイントは50ポイント。あとほんのわずかで取得できる。

 

 あと、こんなにポイントが溜まっている冒険者カードは初めて見たかもしれない。

 

 めぐみんに冒険者カードを返す。

 

「わかってますよ、そんなことぐらい。あなただから渡してるのですよ。途方もない目標を掲げてるのは私もあなたも同じですからね」

 

「……冒険者になることの何処が途方もない目標なんだよ」

 

「気付いてないとでも思ってるのですか?」

 

「…………何のことやら」

 

 嘘を吐いたらチンチンなる魔道具がこの場にあれば、あの甲高い音を立てていたに違いない。

 

「まあいいでしょう。……今まで内緒にしてたので、知ってもらって少し気持ちがスッキリしてますから。忠告しときますけど、この話を里で言いふらしたら、二人についてあることないこと言いふらしますからね?」

 

「わかってるよ。絶対にお前も言うなよ? 信じてるからな?」

 

「…………おやすみなさい」

 

「おい、待てこら」

 

「わ、わかってますよ! 多分きっと言いませんから! おやすみなさい!」

 

 勢いよく玄関の戸を閉めて、めぐみんが中に入っていった。

 

 正直不安は残るし、明日二人とどんな顔して合えばいいのかわからないけど……帰るか。

 

 ? なんか家の中が騒がしいけど。気になっていると後ろで何かが身動ぎ──

 

「──ふわぁあああ……兄ちゃん? おはよーございます……」

 

「こ、こめっこ!?」

 

「忘れてました!」

 

 めぐみんが飛び出てきた! うん、俺も忘れてた!

 

 

 

 ▽

 

 

 

 朝。

 

「あ、はぐりん! おはよう!」

 

「お、おはよう……?」

 

 不気味なくらい機嫌がいいゆんゆんが、いつもの待ち合わせ場所にいた。一昨日ぶりに。今日も集合時間の随分前から居たであろうことは聞くまでもない。

 

「どうしたの? なにか変なところがある?」

 

 ……変なところっていうか。その、見せつけてきてるけど。

 

 腰の後ろにぶら下がっている銀色の短剣。それをゆんゆんは幾度となく見えやすいように動かしている。

 

 これ、聞いて欲しいのか。聞いて、欲しいんだよなぁ。

 

「あの、ゆんゆん。その短剣、どうしたんだ?」

 

 そう聞くと、待ってましたと言わんばかりにゆんゆんは語り始める。

 

「昨日、あるえと一緒に帰ったじゃない? 初めはその、あまり乗り気じゃなかったんだけれど、意外と話が弾んじゃって。寄り道することになったのね。鍛冶屋のおじさんが趣味で小物を作りはじめたって聞いたからそこに寄って……思ってたようなものはなかったんだけど。でも、あるえと仲良くなった記念に、折角だから何か記念になるものがあったらいいなって買っちゃった。……その、どう? 似合う、かな?」

 

 色々と突っ込みたいところや『武器なんだけど』という台詞は飲み込んだ。

 

「……えーと。紅魔族的センスでいえばもうちょっとドラゴンとか掘ってあったらいい感じなんだろうけど、大人しい感じで良いかもしれないな。ゆんゆんにはぴったりだと思うよ。実用的だし」

 

「えへへ、そうかな?」

 

 肯首する。似合ってると言ってもらいたい、ゆんゆんの乙女心というやつだな。面倒臭さよりは喜んでいるのを見れたので差し引きゼロだ。

 

 ただ、それよりも。俺としては、どうしてそんなに嬉しそうにしているのかが気になる。昨日そんなに楽しかったのだろうか。

 

「ちなみに、聞いてもいいかな。昨日あるえとどんな話をしたんだ?」

 

「え、あの。そのぉ……内緒、じゃあダメ?」

 

 上目遣いをして言うゆんゆん。

 

「可愛い」「へ?」

 

 ──じゃ、なくて!

 

「んんんっ、その、昨日あんなことがあって、ゆんゆんもあるえに思うところがあっただろ? あるえの居る前で、言うのは躊躇いがあったから言わなかったけど。ゆんゆん、騙されてないか?」

 

「そんなことはない、と思う、けど……!?」

 

 ゆんゆんの手を握る。柔らかくて、少し温度の高い女の子の手だ。

 

 ……昨日めぐみんを家に送り届けて、家に帰ってもう一度じっくり考えた。そして、決めたこと。それを伝えるために、真っ赤になったゆんゆんの目をしっかりと見る。

 

「あるえの気持ちを蔑ろにしたくはないけど、ゆんゆんが俺のことを好きって言ってくれたことはそれ以上に、蔑ろにするつもりはないんだよ。──ゆんゆんのこと、俺も好きだ。多分、ずっと前から。告白して、されてから、俺の中のゆんゆんを独占したいって気持ちは大きくなってる。その……ゆんゆんは、そんな気持ちにならない?」

 

「それは、なるけど……」

 

「けど?」

 

 ゆんゆんは依然として赤い。

 

「……昨日あるえと話して、感じたの。あるえも、はぐりんのこと本当に好きなんだなって。だから私だけが独り占めするのは、ずるいじゃない? 私があるえならそう思うもの」

 

「…………」

 

「ご、ごめんね! ……でも、はぐりんはイヤかな? そういうの」

 

 恥ずかしがりながらも、ゆんゆんは優しい顔をして言う。握っていた手を、握り返される。そして、その見たことのないほど優しい表情に、俺はつい見惚れてしまった。こっちまで赤くなってしまう。

 

 俺がゆんゆんだったら、あるえのことをそんな風に思えただろうか。

 

 ……きっとそんな風には思えない。俺だけを見てほしい。俺以外は見ないでほしい──そんな風に思っていたに違いない。

 

 めぐみんも、多分同じ考えがあるからこそ俺のことを非難したし、あそこまで怒ったのだ。

 

「ゆんゆんは変わってるなぁ……」

 

「ええ!? ねえ、どうしてそこで私が変だって事になるの!?」

 

「いや、だって俺、……選んで欲しいって言われたらゆんゆんを選ぶつもりだったんだよ」

 

「えっ、そう、なんだ……」

 

「うん。でも良いんだな? 本当に」

 

「うん」

 

「わかったよ。君が、そう望むのなら」

 

 あるえからの提案はあったんだろう。心配になるくらいチョロいゆんゆんのことだから、そう考えるように誘導されたのかもしれない。

 

 けど、これはゆんゆんも考えた末に出した答えだ。再度確認して出てきた、その迷いのない返事は彼女自身のものに違いない。

 

 そう信じて、俺はずっと重くのし掛かっていた肩の荷を降ろした。

 

「──あの、はぐりん」

 

「どうした?」

 

「そのっ、は、恥ずかしいから、もう、いい?」

 

 手を、とゆんゆんがか細い声で言う。

 

「!?!?」

 

 ばっと離れた。

 

 昨日の夜から言おうと思ってたから言ったけど! 道の往来でよくあんなことして、小っ恥ずかしいこと言えたな俺!

 

 あたりをサッと見渡すと、光の屈折魔法で消えようとする人影が。

 

 ああ、もう! 多分大人たちに見られちゃったし、仲の良い友達程度じゃないって絶対知られた!

 

 明日には里の全員知っててもおかしくないぞ……!

 

 

 

 少し距離を置いて歩くゆんゆんと俺。

 

「おはよう二人とも。なんだかよそよそしいね? あ、もしかしてナニかしてきたのかい?」

 

「「なにもしてない(わよ)!!」」

 

 朝会って早々、なんでもないかのように、含みを込めて言うあるえに声を揃えて否定した。




感想、評価のほど、どうぞよろしくお願いします。


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9 疑惑と確認と

 出欠確認の後、担任が伝達と注意をして教室から出ていく。

 

 ……一昨日に引き続き里の中が慌ただしい。今日は昼まで自習だそうだ。時間はあるようなので、あるえと腰を据えて話をしておこう。本人はいいって言ったけど、まだ言うべきことを言ってない。朝あったときすればよかったのだろうけど、他に人もいて時間なくて出来なかった。

 

 ──めぐみんと話してから、俺は一つの決断をした。いや、目が覚めたというべきか。改めて考えると、浮かれていたんだと思う。いや、いまでもそう。経験がないから言い切れないけど、女の子二人に好意を寄せられることなんて、滅多とないこと思う。

 

 俺はあるえの『選ばなくてもいい』という誘惑に一度は納得してしまった。でも夜、話を終えてからゆんゆんの気持ちを優先しようと、考えを改めた。それは自分の本心、二人への好意に従った結果だ。でもそれは二人を比較したことに変わりない。選ばないは、優劣をつけないこと。けど俺はそれを定めてしまった。

 

 そして、その取捨選択をする上で自己分析をしていくうちに、ゆんゆんに対して独占欲が芽生えていたのに気がついた。醜い所有欲と似たそれ。俺のとは言わないまでも、ゆんゆんのことを誰にも渡したくない。……でもそれはゆんゆんに限ったことじゃなく、あるえに対しても。

 

 彼女が誰かと付き合うなんてことを想定したら少し、いや、かなり嫌だ。今だからこんなことを思っているのか、それとも前からだったのか。多分、以前から……なのかもしれない。

 

 とはいえ、ゆんゆんに対してもそうであるように、今はまだあるえと交際をするわけにはいかない。──その事を、伝えないといけない。

 

 まあ、随分と無茶なことを提案してきたのはあるえの方だ。人でなしなのはお互い様だろ。シェアするって。中々言えないだろ、普通。

 

「なあはぐりん。お前、大丈夫か?」

 

 物思いに耽って云々唸っているとへぶめるろーが話しかけて来た。

 

「……大丈夫か、って何が?」

 

「いや昨日混乱? 錯乱? してただろ、お前。帰って来てからもなーんか暗い顔してたし、聞くに聞けなくて。かと思えばきくもと達と喧嘩するし。今日はそうでもなさそうだから、悩んでることあるなら相談乗ろうかと思って」

 

「いや良いよ。相談したら俺が殺されるからな」

 

 お前らに。

 

「殺──ッ!? やはり組織がらみ、か」

 

「いや違うから。とにかく大丈夫だから。一応解決したし」

 

 話を聞いていたのか唐突に混ざって来たふじもん。組織ってのが三人からなるものを言うなら、あながち間違ってないけどな。

 

 きくもと達とは前から仲はあまりよくないけど、喧嘩の後、尾を引いている。聞き耳立ててるようだし、また喧嘩を吹っ掛けられたら堪らない。移動するか。

 

「図書室行ってくる」

 

「いってらー」

 

「存分に往け、我らの手の届かぬ所へと……!」

 

 二人に見送られて教室を出る。最近ふじもん日常会話ですら大仰過ぎるんだよなぁ……。お年頃だろうか。

 

 ──まず行くのは図書室。

 

 昨日めぐみんが『暴れん坊ロード 一巻』を読んでたから、続きを読みにいくだろう。で、ゆんゆんがそれについてく。そのゆんゆんと仲良くなろうと目論んでいるあるえも一緒に……いや、所詮憶測だしな。うーん。ま、そんなわけないか。居なかったら教室へ行こう。

 

 

 

「あ。あるえ」

 

 図書室に向かって廊下を歩いていると目的の人物とばったり出会った。

 

「やあはぐりん。男子クラスも図書室で自習してるよう言われたのかな?」

 

 も、ってことは女子クラスは図書室で自習してるよう言われた訳か。

 

 一応あるえとは会えたわけだし、図書室には行く用事はなくなったのか。

 

「んーまあ、そんなとこ。めぐみんとかは?」

 

「先に行ってるよ。私はメモを整理しておきたくてね。少し遅れてたんだ」

 

「……ふーん。ホント色んな所からネタ引っ張ってくるよな」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 でもなあ、あるえが寝食を忘れるほど好きな小説作りに手がつけられないなんて。それほどまでに思い煩ったのが少し信じられない。それが俺のせいだということも。

 

「なあ。本気、なんだよな? 俺やゆんゆんとのこと」

 

「…………本気だよ。やろうと思えば、君をゆんゆんから奪うことは出来ると思う。それを考えないわけでもなかった。けど……でも。私は、傷つけたくない。君も……ゆんゆんのことも」

 

「そっかぁ……」

 

「……もう。口で言うのが恥ずかしいから小説に起こして渡したのに」

 

「なら、もうちょっと恥ずかしがる素振りを……いや、悪い。なんでもない」

 

 表情にはでてないけど、晒されてるほうの目は真っ赤だ。横から少し覗いてる耳先も。恥ずかしいのは事実だろう。昨日も同じこと言ってた気がするけど、あの時は俺も一杯いっぱいだったし、真偽の程を見通す余裕なんてなかったから。

 

 あるえの選択は俺やゆんゆんを傷つけないため。改めて、その選択が優しさ故のものだと知れてよかった。ゆんゆんに許してもらえたから、と大義名分はあるけど。心の底からあるえのことを好きになれそうだ。

 

 ──……疑惑が少しあった。何か別に企みがあるんじゃないかと。でも、それは杞憂で終わってよかった。不安だったんだ。

 

 飄々としているようだけど、あるえも人並みの感情がある。苦悩も。あの告白……ラブレターの内容を思い出して、少しこそばゆい。……本当にあのときは等身大の感情を感じて、震えた。

 

「それに、良い体験だと思うんだ」

 

「え、何が?」

 

「実際のハーレムってやつがどんなものか、知れるからね」

 

「あああ!? 極力目を背けてきたのに! お前の口からハーレムって言ったら駄目だろ!」

 

 ちょっと感心しかけた俺の気持ちを返せ!

 

 にやっと笑うあるえにそう思った。

 

 

 

「っとそうだ。あるえ。言っておきたいことがあるんだ」

 

「ん? 交際するのはダメって話かい?」

 

「……いやまあ、そうなんだけど」

 

 察しが良すぎるだろ。心の中で突っ込む。

 

「昨日、ゆんゆんと色々と話をしたんだよ。君について行くつもりらしいね。君さえ良ければ私も同行しようと思う。私も冒険者になろう。……それに、兼業作家のほうが何かと刺激を受けるだろうし、ね」

 

 理解が早い訳がわかった。それにしてもゆんゆんとどこまで話したんだろうか。……この際だから聞いておこうか。

 

「それは嬉しいけど。うん……話が早くて本当に助かる。あと、その……昨日ゆんゆんと他に何を話したかを聞いても良いか?」

 

 今朝、可愛い仕草に誤魔化されてしまったけど。一応、あるえがゆんゆんにどう言って納得させたのか知りたいところだ。……ゆんゆんが掌で踊らされている感はどうしても拭えないんだよなぁ。偏に、ちょろそうなのが原因なんだけど。

 

「何って……そう、だね。うーん。君の好きな所とか? 彼女は君の人柄もだけど、笑ってる顔が好きらしいよ。あとは君は何が好きで、何が嫌いかとか。彼女と遊んでいる時に何してるかとか。私も昼休憩時の君との蜜月について話したね。あ、そうだ。ゆんゆんも知らなかったようなんだけど、君の異常なスキル取得数のカラクリを聞かせて貰っても──」

 

 慌てて手で制してあるえが話すのを止める。

 

「ねえ待って? なんで俺の話ばっかりしてるわけ?」

 

「なんでって、恋バナしたからだけど」

 

「恋バナした!?」

 

 あ、あるえの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった……臆面もなく言う様は妙に堂々としてる。

 

「別に驚くような事じゃないと思うんだけどね。私たち二人は同じ人を好きになってしまったわけだろう? 共通の話題で話に花を咲かせるのは、なんらおかしいことじゃないと思うんだけど」

 

「俺は女子がわからない」

 

「君は男子だからね。というか、それぐらいしか二人で話せることがなかったんだ」

 

 それならわからないでもない、か? 基本俺と話している時は、あるえは聞き手に徹することが多いから。あるえの方から、自分のことを話すって滅多にない気がするし。

 

「本当にそれだけ、なんだよな?」

 

「それだけだよ。話題らしい話題がなくてね」

 

 話しかける側なら俺の話題に……なるかなあ……。

 

 でも、恥ずかしいな。聞いたのは余計だったかもしれない。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「おや、誰か居るね」

 

 図書室の入り口が見えてきたあたりで、女子の制服を着た人影が二つ。それぞれ、ポニーテールとツインテールで髪を結んでいる。

 

 何やら小声で話をしているようだ。近づくにつれて、少しずつその内容が聞こえてくる。

 

「──ねぇやめとかない? ──絶対──だって」

 

「──……でも、そう──しないと」

 

 なにやら表情が暗い。目鼻立ちがはっきりしているのもあって余計に。《千里眼》を使うまでもなかった。

 

「どうしたんだ?」

 

「「っ!?!?」」

 

「いや、なにもそこまで驚かなくても。えっと確か……『ふにふら』と『どどんこ』だったっけ?」

 

 確か、ツインテールの方がふにふらで、ポニーテールのほうがどどんこ……だった気がする。

 

「うん、あってるよ。()()()()()()()()だね」

 

「さっきので合ってるから! って、なんであるえが答えるのよ!」

 

「めぐみんといい、私たちの名前ってそんなに覚えにくい!? ねぇ!?」

 

「冗談だよ。そんなカリカリしなくてもいいじゃないか。成長に悪いよ?」

 

 胸の下で腕を組んで見せるあるえ。いやあ、上に乗っかるって。どう見ても同い年には見えないんだよなぁ。

 

「あんたに言われたら一番納得するし腹立つから止めてくれる!?」

 

「まだ成長するし! 成長期だし!」

 

 見せつけるようにしているあるえはともかく、成長過程らしい二人のそれを見るの流石にあからさまなのでやめる。大丈夫だろう。めぐみんじゃないんだし。そんなに心配はいらないと思う。多分。

 

「で、何してたんだ? 入りもせずに入り口で。女子クラスは図書室で自習なんだろ?」

 

「い、いや……その」

 

 ふにふらが、言い淀む。

 

「……実は、その。ふにふらの弟が病気でね。それを治す薬を買うのにお金が掛かるからどうしようかって話を」

 

「ちょっと! どどんこ!」

 

「ああ、なるほど。高いもんな、病治療ポーション」

 

 紅魔の里では普通のポーションより高い傾向にある。王都の方では需要があるから結構安価にはなってる。その理由の一つが、材料の一つである稀少度の高いカモネギのネギを養殖場からまとめて卸してるから。野生のものよりも効能が落ちるとはいえ、他の材料の配合次第で賄えるからな。まあ、調合難度の問題で一般家庭で作ったり、常備できるほどではないけど。

 

 そんな病治療のポーションだけど、ここ紅魔の里では殆どの人が魔法やポーションを含む魔道具作成において精通している。需要の高い体力回復ポーションや魔力回復ポーションなどより高難度ではあるが、病気になっても材料の調達から調合や精製まで、機材さえあれば大体の人が出来るから、誰も買おうとは思わない。

 

 とはいえ、大人でも苦手な人はいる。一応里の薬屋には1本や2本ぐらいあったはずだ。それを買おうってことなんだろうけど。

 

「それで、二人はゆんゆんからお金を巻き上げる算段でもしてたってわけかい?」

 

 唐突にあるえが言う。

 

「おい、あるえ。そりゃ流石に二人に失礼だろ」

 

「いや、そうでもないみたいだけど」

 

 二人を見ると、どこか気まずそうにしている。あるえは、ほらね、と言わんばかりの表情で俺を見た。

 

「…………未遂とはいえ。クラスメイトにお金をタカるのはダメだと思うぞ、俺は」

 

「だから言ったじゃん! 流石にまずいって……!」

 

「うぅ……やっぱり、そうだよね……」

 

 まさに実行しようかという直前だったようだ。もしかしてあるえの当てずっぽうじゃなかったのか? 事前に何か話しているのをあるえは聞いたのかもしれない。

 

 けど、俺としては流石に知ってしまった以上看過はできない。あとで返せばいいやと思っているんだろうけど、確実に話がもつれる。……本人がきっぱり断れればいいんだろうけど、出来ないからな。人が良いゆんゆんにはそういうこと。

 

 頼られたら、全力でなんとかしてあげたいと思う。そんな子だから。

 

「どうして大人を頼らないんだよ。言ったら作ってくれると思うぞ? それに、最初っからゆんゆんにお金をタカるんじゃなくて、まずは相談すればいいじゃないか。魔法を覚えてない俺たちではできることは限られてるけど、それでも色々と方法はある」

 

「それは……ひっ」

 

「──っ、私が! 私が弟に治してあげるって言ったから! だからどどんこは悪くないの!」

 

 二人が慌てて言う。……どうして怯えてんだ?

 

「はぐりん、ちょっと感情押さえて。見たことがないくらい目が真っ赤だよ」

 

 あ、そういうことか。隠せてなかったようだ。

 

 ……外の人たちに感情昂ってるところ見られると怖がられるから、ある程度制御してるけど里の中では気が緩む。いったん目を瞑って深呼吸。ぐらぐらと煮え立っていた感情の高ぶりを鎮める。あるえに指摘されないと気づかないままだったかもしれない。

 

 努めて表情を柔らかくしながら二人に微笑むと、引きつった声で小さく悲鳴を漏らす。何故。

 

 ここまで怯えられてしまうのは、外で初めて感情昂らせたとき以来か。しょうがないのであるえに聞こうか。

 

「……なあ、女子クラスもポーション作成の授業はあるよな?」

 

「うん、あるね。それがどうかしたのかい?」

 

「お金が足りないなら、別に無理に買う必要はない。無いなら作ればいい。そうだろ? ……弟君は気の毒だと思うし、もし二人とも作れないなら紅魔族随一の職人の息子である俺が作る。どうだろうか?」

 

 紅魔族随一のポーション作りの名人の母さんから直々に教わってるんだ。スキルアップポーションなんかの最高難度のモノを除けば、職人としても食い扶持を稼げるぐらいにはなってると、太鼓判も押してもらってる。

 

 病治療ポーションなら簡単に作れる。

 

「そういうことなら……」

 

「うん……」

 

「よし。じゃあ、それで。代わりと言ったらなんだけど、二人に一つお願いしてもいいか?」

 

「か、体で払えとかなら無理……でも。うーん」

 

「ふ、ふにふら!?」

 

 あるえの視線が少し鋭くなった。

 

「いや、そんな無茶苦茶言わないって。そのだな。やろうとしてたことは許されない事だけど、未遂なわけじゃん? だからその……負い目なんか感じず、ゆんゆんと普通に接して上げて欲しいってだけ」

 

「はぐりん……それは」

 

 所謂きっかけになればいい。二人の罪悪感に付け込む形になるとは思うけど、付き合っていくうちに普通に仲良くなれると思う。

 

 ゆんゆんは良い子だ。それは、ふにふらとどどんこもきっと一緒だ。多分、普段はこんなこと考えはしない筈だから。

 

 二人は顔を見合わせて目を見開いた。

 

「そ、そんなんでいいなら……」

 

「わ、わかったわよ。それじゃあ私たちはこれで……ねえ、行こうよどどんこ」

 

「えっと、はぐりんだっけ。どうしてそんな風にゆんゆんのことを気に掛けてるの?」

 

「ちょっと! そんな込み入った話聞いてどうすんの!」

 

「だって気になるじゃん!!」

 

「そりゃそうだけど!」

 

「ははは……いや、いいよ。うーん、そうだな」

 

 どうして、か。……俺としてはどうしてそんなこと気にするんだって聞きたいけど。未だに本人が恥ずかしがって友達と認めないめぐみん、変な共有関係を結ぶことになったあるえ。ゆんゆんに友達がその二人しか居ないのは異様を通り越して異常だから。でもそう、聞いたら聞いたで、質問にちゃんと答えないのはどうしてだと邪推されかねない。

 

 かといって正直に言うわけにもいかないからなぁ。好きな人のうちの一人だなんて。

 

「まあ、俺にとって大切な存在だから、かな」

 

「ふ、ふーん。そう、なんだ」

 

「えっと……それじゃ、ありがとうね。行こ。どどんこ」

 

 素っ気ない反応を見せて二人は図書室の中に入っていく。

 

 ふと隣を見るとあるえが何か言いたそうな顔をしていた。視線が合う。

 

「なんだい?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 言うべきことはある。あるえのことが好きだと。そして、ゆんゆんのことも好きなろくでなしで、他にもあるえは俺のことを沢山誤解してる。美化しすぎだと思うんだ。

 

 だけど、今はそれを……言うに、言えなかった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「ちょっとあんた、何それ? ちょーウケる! なになに、友達いないの?」

 

「と、友達は……いる、けど……」

 

「え? あ、いや、いないんでしょ? でなきゃ、そんな……。……『魚類とだって友達になれる』……? ね、ねえ。その本は止めときなさい。せめて哺乳類にしときなよ……」

 

 少し離れた席でゆんゆんが、妙なテンションのどどんことふにふらに絡まれてる。密かに俺と繰り返していた特訓は活かされていないようで、ゆんゆんはまともに返事が出来ていない。ちらちらとこちらに視線を寄越していた。

 

 けど俺は手助けしない。何も知らない体だ。だいぶ揺らいでるけど。

 

 ……告白されてから無性にゆんゆんが可愛くて仕方ない。無意識に惚気てるのかもしれない。

 

『ねえ流石にキツいんだけど!』

 

『ど、どうしよう。ちょっとこれは予想以上……』

 

 縮こまって恥ずかしがるゆんゆんを見て、あの二人は怖気づいているようだった。

 

 めぐみんが『暴れん坊ロード 二巻』を読みながら、偶に視線をゆんゆんへとやるめぐみん。

 

「正直驚いてます。ぼっちのゆんゆんにああして友達ができるとは……なんか様子がおかしいですが」

 

「私から見れば、めぐみんの方がぼっちって感じだと思うんだけど」

 

「うるさいですね……! あるえも大差ないでしょうに!」

 

「孤高の存在たる我に、友など要らない……孤高故に──って冗談だから。これからも良き友人で居ようじゃないか」

 

「それがいいです」

 

 察しの良さは相変わらずで、あるえがなんとか誤魔化してくれる。このまま話題を逸らそう。

 

「でも本当、お前らって友達居るの? ゆんゆんとめぐみんはベッタリだし、あるえは結構な頻度で昼休みに男子クラスに遊びに来てるけど」

 

「……」

 

 つい気になって口を挟んでしまった。紅魔族随一の天才は黙り込む。しまった、言い過ぎた。すまん。

 

「黙り込んでるめぐみんは置いといて、私には友達はいるよ? さきべりーとか……。天気の話するぐらいには仲は良いかな」

 

「いやそれ、社交辞令的な……や、悪かったって。二人ともそんな暗い顔すんなよ」

 

 二回目。ごめん、あるえ。一昨日はさきべりーと帰ったって言ってたし、嘘じゃないよな。本当に友達だもんな。本当に……?

 

 

 

 めぐみんが本を閉じた。読み終わった訳じゃなさそうだ。

 

「……あの、あるえ。我慢できないので聞いてしまいますけどその──……どうしてなのですか」

 

 躊躇いつつ、真剣な表情をしてめぐみんが言う。

 

 曖昧な問い。態とそんな言い方をしためぐみんの言いたいことは俺も、あるえも察しが付いた。

 

「……別に、隠すつもりはなかったけどね。人知れず知られているのは、いい気はしないよね」

 

「悪い。けどめぐみんには隠し事が昔から出来なくてさ。昨日問い詰められて全部話した」

 

「はーあ。君の正直な所は好きだけどさ……もう」

 

「いや、惚気ないでくださいよ!?」

 

 少し頬を染め、拗ねたような事を言うあるえにめぐみんはうんざりした顔になる。ホント、よくこうも堂々と言えるよなぁ。恥ずかしいったらありゃしない。それもめぐみんの前でよくやる。

 

「はぐりんにも言いましたけど、その、……実質ハーレムじゃないですか。あるえはいいんですか?」

 

 めぐみんが、配慮したのか小さな声で言う。

 

「いいんだよ。私が言い出したのは知ってるんだろう? 共有することも、それに伴って起こる問題も君なら察しがついてると思うけど。全部承知の上だよ。ゆんゆんにも、その辺はしっかりと話して賛同してもらってる」

 

「抜かりがないですよね、ホント。……正直こんな話をアナタとすることになるとは思いもしませんでしたよ」

 

「私もさ。それもこれもはぐりんのお陰かな」

 

「……はあ。こうも堂々とされると、なんだかあなた方の事で、頭を悩ませたのがバカらしくなりますね……」

 

 そうボヤくとめぐみんは再び、ぱらぱらと本を開き目当てのページを見つけて読書に戻る。

 

「──でも、良かったです。良い噂を聞かない二人ですけど、あの子もああして友人が出来そうで。騙されやすい子なので目が離せないと思いますが……あるえもあの子のこと、よろしくお願いしますね」

 

 読書をしながら言うめぐみんの言葉にはどことなく寂しさが滲んでた。

 

「うん。わかったよ……なんだか寝取られたみたいな反応するね。めぐみん」

 

「──!? ね、寝取られじゃない! 台無しですよ!? ねぇ、はぐりんこれ、ホントに大丈夫なんですか!? あるえ絶対良からぬこと考えてるでしょう!?」

 

 俺は冗談で言ったのはわかってるから安心してる。

 

「いや、だって君とゆんゆん普段百合百合しいからさ。つい、ね?」

 

「あああああああああ!?」

 

「い、痛いよ!? 本で人のことを殴らないでくれっ!!」

 

 ……ていうか、ずっと思ってたことだけど。

 

「やっぱりめぐみん、ゆんゆんにゲロ甘じゃん」

 

 もしくはツンデレ。

 

「こ、のっ……!」

 

 と、図書室で暴れるんじゃない! 暴れん坊ロードかお前は! ってぇ! こいつ本の角でッ――!?

 

 

 

 

 

 

 

 




一方のゆんゆんは羨望の眼差しで三人を見てた。


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10 誠実と不誠実と

「ぶっ殺!」と言って俺やあるえに殴りかかってきためぐみんは、本を振り回し、主に俺を本の角で殴ってきた。

 

 マジで物騒。

 

 レベル上げをすれば別だが、紅魔族は種族的に魔法特化だから、ハーフの俺でも物理耐久の元々の数値は低い。それに今現在、レベルの上昇で上がっている俺の物理耐久のステータスはたかが知れている。各種耐性系スキルは基礎のステータスが低いとあまりその恩恵に預かれないから。

 

 流石に角で容赦なく頭を殴られれば痛みを感じる。俺だから怪我しないで済んだが、あるえに同じ威力で殴ってたら瘤の一つ二つ出来てただろう。

 

 けど別の理由でも頭が痛い。これは回復魔法で治らない痛みだった。

 

 ちょっと揶揄っただけで、こんなに暴れるのであればこの先外に出て冒険者やってけるのやら。ただでさえ荒くれ者が多いのに。

 

 ……無事習得できたらネタ魔法使いと揶揄われることは避けられぬ運命(さだめ)。その名と概要しか聞いたことがなく、実際の威力を目にしたことはないけど、アホみたいな逸話を聞く限り、真っ当な魔法使いにはなれない。

 

 どんな存在も屠る人類最強の攻撃手段。しかし、常人はそれを使うことすらままならず、使えたとしても一度きりで、魔法職としては使い物にならなくなる。仮に使えても、ダンジョンで使えばダンジョンごと崩壊するほどの破壊力。膨大なスキルポイントを要するのに、その使い勝手は最悪。

 

 あげようと思えばいくらでも欠点が挙げられそうな、そんなバカみたいな逸話のある魔法。それも、上級魔法や中級魔法と違って複数の魔法が使えるようになるわけでもなく。使えるのは爆裂、ただ一点のみ。

 

 下位の魔法にあたる爆発、爆破の魔法もそれなりのスキルポイントが必要になる。親父がこの二つを使っているところを見たことはあるけど、使いどころはあまりなさそうだった。

 

 いや、ほんと。今からちゃんとめぐみんが冒険者できるのか心配過ぎる。『爆裂魔法』を取得するまでは良いけど、一発でぶっ倒れるなら……今のような孤高は気取れない。俺と同じく人との繋がりは断ち切れない。『紅魔族随一の天才』の肩書きは、めぐみんにとって自信の拠り所にもなってるみたいだけど、諍いの種にもなりそうだ。頭良いならあんな魔法まず取らないからな。

 

 要領良いから案外なんとかなるかもしれないけど、感情的な部分が、めぐみんの足を引っ張りそうだ。

 

『売られた喧嘩は必ず買う』

 

 めぐみんの口癖でもある鉄の掟は時に曲げないといけない時もある。……でも舐められたらお終いだから、その辺は上手くやらないとだけど。

 

「まったくめぐみんには困ったものだね……ちょっと冗談を言ってみただけだっていうのに」

 

 イタタ、とあるえの頭の、さすっていた箇所に回復魔法をかけて痛みを取り除く。男の俺には容赦なしだ。回復魔法使えなかったら頭がボッコボコになってた。

 

 めぐみんは既に此処にいない。本を借りて教室に戻っている。

 

 多分、あんまり暴れたらお腹が空くからだと思う。今日もゆんゆんから餌付けされたんだろうけど、それだけ自分の分こめっこちゃんに回してるからな、あいつ。

 

 食い物と金が関わるとホントに、プライドがなくなるめぐみん。見限られない一線を越えないあたり、無駄にあの才能を使ってると思う。

 

 けど今はそれは関係ない。

 

 さっきのはそもそもあるえが冗談言ったのが悪い。

 

「照れ隠しで言ったのかもだったかもしれないけどさあ。いや流石にあの流れで言うのはちょっとどうかと思ったぞ。別に、寝取られてる感じはしなかったし」

 

 俺も便乗して茶化したけど。

 

 あるえはそっぽを向いて。

 

「照れ隠しなんかじゃないよ。本当だよ?」

 

「そういうことにしとくよ」

 

 まったく。

 

 

 

 ──……図書室であるえの調べものを手伝ったり、自分の気になることの調べものをしたり。昼休みまでの時間を潰していく。

 

 こんな穏やかな時間は嫌いじゃない。むしろ好きだ。ここ数日はこんな時間、滅多と取れなかった。

 

 遠のいていた、その原因の一端になっていたあるえは、相変わらず何かカキカキと手帖に書き込んでいる。あるえの愛用している執筆用のネタ帳は見る度に、新品になっている気がするな。

 

 ──……俺の事が好き、なんて。告白してきたとは思えない、あるえの横顔。何時だったかは忘れてしまったけど、作家志望だと夢を語ったあの時と全然変わらない。うまくアイディアが纏まらなかったりで頭を悩ませているのだろうけど、それすら楽しそうだ。

 

 読書にも飽きて、腕を枕にして眺める。喜怒哀楽。感情が入り込んでるんだろう。コロコロと変わる表情はずっと見ていられそうだ。

 

 暫く見ていると、ちょくちょく目が合い始めて、次第に肩を振るわせ始めた。……トイレ我慢してた?

 

「……その、はぐりん?」

 

「ん、なに?」

 

「……っ、……集中できないから。やめて、くれないかな……」

 

「え、なにを?」

 

 集中するためか、眼帯をとっていたあるえ。その晒された瞳は頬と一緒でほんのり色づいてる。

 

「その、……恋人みたいに……見つめられると流石に、恥ずかしいからっ」

 

「あ、悪い。……そのぅ、つい」

 

 あるえへの警戒が解けた所為もあって、気が緩んだ。まだ好きって言ってないのに、俺。ゆんゆんにもだけど、完璧に俺デレデレしちゃってるな……顔あっつい。急に室内が暑くなった。

 

 あるえもすっかり頬を染めきってしまっている。気まずくて、読書を再開することにした。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 昼時になったので一度教室に戻ることにした。

 

 家を出る前に短縮授業だと聞いてはなかったからお弁当を持ってきている。多分女子クラスでもめぐみん以外は持ってきてることだろう。あるえのやつ、今日はゆんゆんと食べるのだろうか。

 

 でもゆんゆんは、今日はあの二人に誘われて食べるんじゃないかなぁ。

 

「はぐりん、ご飯食べよう」

 

 と思ってたら男子クラスに顔を覗かせた。

 

「いいけど、ゆんゆん……や、めぐみんと一緒に食べなくてよかったのか?」

 

「うん。ふにふらやどどんこと食べるらしいからね。……めぐみんもあちらで食べるらしいから」

 

 別に一緒に食べればいいんじゃないか? めぐみんは少ししたらカラッと忘れるけど、さっきのことあるえは気にしてる、のかもしれない。もしくは、あの二人と顔を合わせたら気まずいのかもな。

 

「や、あるえさん。こんにちは」

 

「どうも、へぶめるろー君。今日も椅子、借りてもいいかい?」

 

「いいよ。俺たちはもう帰るから」

 

 へぶめるろーやふじもんは帰ってきた時には昼飯を食い終わってた。久々に一緒に食べれれば、と思ったんだけど。他のクラスメイトも同じで、殆ど昼食を終わりかけている。

 

 俺との食事を……その、蜜月なんて大袈裟に言うあるえにとっては、都合が良いのかも。

 

 ……もしかしたらゆんゆんもめぐみんも来ないから、こちらに来たのかもしれない。俺の自意識過剰かもしれないけど。

 

 

 

 ──……案外自覚のないあるえや、引っ込み思案で自己評価の低いゆんゆんは知らない。二人とも男子の間では人気があることを。

 

 でも二人だけじゃなく、クラスメイト達は少なからず女子クラスの面々を意識している。どどんこやふにふらの事を俺が知っていたのは、少なからずそういう話題が上るからだ。

 

 里の中だけに居ると気付きにくいかもしれないけど、見目麗しい男女が揃っている紅魔族。確かに外にも美人はいる。けど紅魔の里ほど、綺麗どころが揃っている場所はない。

 

 それに外に出たって中々俺たち紅魔族の感性は受け入れられないし。

 

 そういうわけだから、里の人たちは態々外に出て結婚相手を探しはしない。余程、里に居られないようなことをしなければ大体がそう。俺は、そんな人が居たなんて聞いたことないけど。

 

 でも身近に例外がいるからなぁ。ウチの両親は外で運命的な出会いをしたらしい。詳しくは聞いてられなかった。仲良いのはいいことだけど、惚気られるのは、ちょっと。

 

 ともかく、多感な年頃の男子の中で、特に人気のある二人の内の一人。あるえが、結構な頻度でクラスに来るものだから当然男子たちは意識しないわけがない。

 

 ……ってのを、実は昨日知った。

 

 どうやら、きくもとの奴が俺に何かとちょっかい出してきていたのはその所為らしく、さっきも名残惜しそうにしているのを、ゆんゆんに気があるらしい『やすけ』に連れられて帰っていった。

 

「みんな帰ってしまったね」

 

「そうだな……」

 

 俺とあるえを残して、クラスメイト達はみんな帰ってしまった。友達二人と同じで、昼休憩を待たずに食べ始めていたらしい。あるえが来たから気まずくて、さっさと帰ってしまったのもあるとは思う。本人はそれを露とも知らないようだけど。

 

「これで人目を憚らず、イチャつけるね」

 

 吹き出しかけた。

 

「い、イチャつく言うな」

 

「でも事実じゃないか。囃し立てられる事はない。だからその、はぐりん……あーん」

 

「お前なぁ……」

 

「もう、そんな連れないこと言わないでよ……もう取材なんて言い訳する必要ないんだから」

 

 やっぱり今までのは言い訳だったのか。ちゃんと取材の意義も為しはしてたけど。……翌日持ってこられたアレ。ホントに恥ずかしかった。だって、俺から取材してあんなえっちな描写した訳だろ? ……言わなかったけど。

 

 そんなことを思い返しながら、フォークに刺さった唐揚げを見た。

 

 そして、その奥にある眉根の下がった、切なくなるあるえの顔。

 

「わかった、わかったから。……ぁん、ん、うん。……美味しいよ。ありがとう」

 

「ふふ、良かったよ」

 

 鶏肉の唐揚げ。俺の好きなこの濃い味付けは、うちでもよく使ってると教えた、醤油を使ってるんだろう。王都の方でも扱いの少ない調味料だから特徴的だ。どうやって作ってるのか、勇者候補っぽい黒髪黒目の人に、興味本位で聞いたら凄い手間が掛かってるらしいってことしか分からなかった。

 

 正直かなり美味しい。昨日の残り物だろうか。わざわざ朝から作ったわけじゃないだろうし。

 

 でも。

 

「……別に俺たち恋人になったわけじゃないんだし、こういうことは……」

 

「でも、さっき図書室で熱い視線を浴びせてきてたのは誰なのか、覚えているかい?」

 

 俺も、結構恥ずかしいことしてましたね。

 

「……覚えてマス」

 

「君は良くて、私はそういうことをしちゃいけないなんて。そんな酷な事、言わないよね?」

 

「…………ハイ」

 

 饒舌に話すあるえ。それに片言で返事する俺が可笑しいと言わんばかりに、小さく噴き出した。

 

 昨日のきくもとの主張を聞いて思ったけど、普段話す事がない男子たちに囲まれてご飯食べるのって、結構抵抗あったんじゃないだろうか。……あるえのことだから、あまり気にしてないかもしれないけど。普通におかずを今みたいに食べさせられてたし。

 

 もうあるえの弁当に主食しか残ってないな。……唐揚げを貰ったお返しに、残っている小さめのハンバーグをあるえの弁当箱に入れる。

 

 ……どうして不満そうなんだ?

 

「食べさせてくれないんだ?」

 

「あ、そういう──うっ……。わかったよ、はい……──ッ!?」

 

 ハンバーグを取り上げると、一口で持ってかれた。

 

 それも、器用さのステータスが上がると言われて、偶に使わされている箸ごと。咥えられて、つぷ、と音を立てた箸先が口元から離れると、間に一条の橋が一瞬掛かった。

 

 ……。これって。

 

 固まった俺を見もせず、味わうように目を瞑って咀嚼するあるえ。

 

「……ん、うん。美味しかったよ。ごちそうさま。……どうかした?」

 

「いや、あの……ううっ……なんでもない!」

 

「あ、なるほどね。ふふ、今更間接キスを気にするなんて。……可愛いね、はぐりん」

 

「き、気にしてない!」

 

 やばいなぁ、今まで気にした事無かったのに。あるえが好きって自覚するんじゃなかったかもしれない。

 

 まさか、こんなことで…………これじゃ心臓が持ちそうにない。

 

 

 

 ▽

 

 

 

『二人で帰らないかい?』

 

 そんな、あるえからの提案は断る理由も無く、二人で帰ることにした。

 

 ──……学校を出て二人で帰り道を歩く。あるえの住んでいるところは俺の家から少し離れたところにあるから、一緒に帰れるといっても途中までだ。

 

「そうだ、デッドリーポイズンに寄ってもいいかな?」

 

「喫茶店? あー……うん、まあいいけど」

 

 寄り道することになった。

 

 

 

 喫茶店に入ると「ませてんな色男」と店主の冷やかしを甘んじて受ける。覚悟してたけど。やっぱり軟派なことしてますよね、俺。

 

 一昨日来たときは友達と従妹という関係性はどうあれ、女子二人といたわけだし。

 

 前来たときは、一応放課後まで残ってたから、おやつ感覚でがっつり食べたけど、今日はさっき食べたばかりだ。『黒より暗き漆黒』という名前に変わったコーヒーを二つ頼むだけにして、テラス席に着く。

 

「はぐりんは、その」

 

「ん、なに?」

 

 待っている間、前回から変わったメニューを見ていると、言い難そうに、あるえが声を掛けてきた。

 

「まだ、聞きたいことが、あるんじゃないかな? 朝、まだ話したりない感じがしてたから」

 

「……気づいてた?」

 

「そりゃあ、ね。……私がはぐらかしてたんだから、気づくさ」

 

 やっぱり。……喫茶店に寄ったのはそういうことか。

 

 客入りは一昨日と変わらず全然ない。話をするには持ってこいだった。

 

「どうして聞いてくれる気になったのか聞いても良いか?」

 

 そう言うのと同じタイミングで、店主のおじさんがコーヒーを持ってきてくれる。

 

 早速一口──……にっが。

 

 男はブラックでと思ったけど……苦い。

 

「砂糖二個、だよね。入れようか?」

 

 ソーサーから砂糖を摘まんで三個自分のコーヒに入れながら、あるえが気を効かせて聞いてくれた。

 

 それも欲しい量ぴったり。家で飲むときに入れる数を、なんで知ってるんだろう。……言ったかな、言ったかも。

 

「ありがとう。……なあ、あるえ。教えてもらってもいい?」

 

 どうしてはぐらかしていたのか。どうして聞いてくれる気になったのか。

 

 正直そっちの方が気になってしまって仕方がない。

 

 砂糖だけでなく、更にミルクをたっぷり入れたあるえが一口飲んで、その口の端を濡らして一舐め。

 

 気にする俺を無視して、あるえは勿体ぶるように、カフェオレになったコーヒーをソーサーに戻して机に置いた。

 

「……実は、何も言わない方が良いかもしれないと思ったんだ。でも、聞かれたら答えないわけにはいかない。はぐらかし続けるのにも、限界がある。けど、どのみち、君は気にするかもしれないと思ったから。だから話を聞こうと思った。それが理由の殆どだよ」

 

「じゃあ、聞いても良いか? 改めて、ゆんゆんとどんなことを話したのか」

 

 勿論、俺の、その、……好きな所とか話したって言うのは嘘じゃないんだろうけど。

 

「ゆんゆんと取り決めをしたんだ。お互い、はぐりんと二人きりで居る時には、邪魔をしないって。これを提案してきたのはゆんゆんでね。……正直、私はゆんゆんのことを侮っていたみたいだと、思い知らされたな……」

 

「あの子、結構人の事は見てるから」

 

「全然話しかけに行けないのにね。……いじらしいなと思ったよ。私のはぐりんをとらないでって、全身から滲みでてるんだもの。めぐみんが意地悪なのも分かった気がするよ」

 

「俺は逆に守らなきゃってなるけど。……それで、続きは?」

 

「そうだね……。これは私が話そうと思った理由にもなるんだけど。邪魔って言っても一概に、直接的に割り込むだけじゃないだろう? ゆんゆんと睦まじくしている時、君はきっと私の事を考える。……今日みたいに」

 

「それは……確かに。その通りだ」

 

 今日一日、何かとあるえとばかりいたけど、ゆんゆんのことを考えなかったというのは嘘になる。

 

「私たちは共有する側。でも君からすれば浮気も同然。君がゆんゆんや私と居て、居ない相手のことを気にも留めない人でなしなら、話さなくてもよかったんだろうけど。……でも私の惚れた人はそんな人じゃない。それは、わかってたけど……。君に話すべきか、話さないでいるべきか。その確認をしようと思った」

 

「……知らない間に試されてたの、俺?」

 

「試すつもりは無かったんだけど……まぁでも、そういうことになるね」

 

「はー……俺、怒れる立場じゃないんだろうけどさ……」

 

 ちょっと気に食わない。

 

「怒ってくれたらいいよ。……ごめんね、はぐりん」

 

「いいや、でも謝るほどのことじゃないよ。むしろ俺だろ。謝るべきなのは。ゆんゆんに対して誠実であろうとして、今日一日、俺は傍に居るあるえに対して不誠実だったんだから」

 

 逆を言えばそういうことだ。

 

「うん。でも、告白したからかな? 今日は一段とドキドキさせられたよ。速くこの感情を文章にして留めておきたいね」

 

「……い、意図してやってたわけじゃないからな?」

 

「そうだろうね。今日みたいに、無意識にやる君の仕草や、言葉なんかに私もやられちゃったんだから」

 

「…………俺、今までにもあんなことしてたの?」

 

「無自覚って怖いね?」

 

 ふふふ、と笑うあるえ。

 

 そっか……そっかぁ。俺、今日みたいなこと結構してたのか。……きくもとに殴られても仕方ないかもな。

 

 居た堪れなくなって、誤魔化すようにコーヒーに口をつける。

 

 ……にっが。砂糖混ぜてなかった。慌ててティースプーンでかき混ぜた。

 

 そんな俺の様子を微笑んであるえは、

 

「話を戻すけど。今日、試したつもりじゃなかったのは本当。仮に君が浮気をしても気にしないようなゲス男でもよかったんだ」

 

「げ、ゲス男……」

 

 そう思われなくてよかった。甘くなったコーヒーに口をつけながらそう思う。

 

「だって君には、そのゲス男になってもらうつもりだからね」

 

「……今なんてった?」

 

 危うく噴き出しかけた。

 

「言葉が悪かったけど、端的に言えばそうなんだよ。君に、これだけは酷な事を言うかもしれない。けど、これは三人にとって必要な事なんだから」

 

 あるえが一呼吸おいて、口を開く。

 

「目の前にいる相手を愛してほしい。そこに居ない相手を想わないでほしい。……二人きりでいるときは、私や、ゆんゆんだけを見て欲しいんだ」

 

 あ、愛してほしいって。

 

「ま、まだ恋人でもないんだし……早くない?」

 

「でも君は私やゆんゆんの告白を断らなかった。友達以上で恋人未満な関係の今だからこそ、きっちりしておきたいんだよ。……わかってくれるかな?」

 

「…………ああ」

 

 言わんとすることは、分かった。それはなんとなく考えていた事でもあったから。

 

 俺に、ゆんゆんやあるえに対して独占欲があるのと同じで。俺をシェアしようとしている彼女たちも、独り占めしたいと思わないわけがない。

 

 朝の一件を含め、俺が今日一日ゆんゆんのことを頭のどこかで気にかけていたのは、そういう理由があったからだ。

 

 ……あるえも人が悪い。こうして話してくれた以上、俺はちゃんと話さないといけなくなった。

 

「なあ、あるえ。……先に謝っとく。ごめん」

 

「そんな改まって。どうしたって言うんだい?」

 

「俺、お前に……謝らなきゃいけないことがあるんだ。それと誤解なく聞いて欲しい」

 

 通す筋は通さないと。ただでさえ、エリス様に顔向けできないことしてるんだから。

 

 

 

 昨日めぐみんと話すまでは、二人と付き合うことを考えていたけど、一晩考えてゆんゆんを選んだこと。

 

 まずはそれを謝った。それだけじゃない。謝るべきことはその他にもある。

 

 俺は、一度決めたことを次の日には覆す男だから。

 

 今まで内緒にしていた、アークウィザードになれば上級魔法を直ぐにでも取得できていたのに、取ることを選ばず、自分から望んで学校に来ている事。そして──本当の夢や目標を、あるえにもゆんゆんにも言わず黙っていることを。

 

「そういうわけで俺は、あるえの思うような人間じゃないんだ。…………ごめん。本当に」

 

「──……」

 

 無言でいる。反応が怖くて、話している途中からあるえの顔が見れない。

 

「幻滅、したよな。でも、これが俺なんだ。……それに、人に言えないような秘密もまだ、抱えてる。こんな俺を選んでいいのか、あるえは」

 

 けど、俺はそれを知る責任がある。意を決してあるえの顔を見て──呆気にとられた。

 

 情けない俺の主張を聞いて尚、あるえは表情を崩すことなく、微笑んでいた。

 

「ねぇ、はぐりん。それぐらいのこと、私が知らないとでも思っていたのかい?」

 

「……誰にも言ったことは無いのに?」

 

「知ってるよ。知らない事も、大体想像がついてる。それぐらい私はずっと、君の事を見てきたんだから」

 

「あるえ……」

 

「私の好きなことは小説を書いたり読むことだけど、得意なことは人間観察だってことは君も知ってるだろう? ゆんゆんに私を認めさせたのは伊達じゃないよ。……小説と同じくらい、君のことは語っても語り尽くせないくらいなんだ。だから、愛好や嫌悪は勿論、君がどういう風に考えて、どんな決断を下すのか。……予想できるし知ってる。君が黙っていたって言う隠し事もね。白状するけど、ここ一年ぐらいはずっと君の事が頭から離れなかったよ。いつも君を想ってた。これに関しては、ゆんゆんにも負けないし負けたくないからね」

 

 恥も躊躇いもない口ぶりに、俺は口を(つぐ)む。

 

「だから。だからね、はぐりん。……そんな突き放すような事、言わないでよ」

 

 はらりと一滴。あるえの目元から頬を伝って流れ落ちた。

 

「わ、わかったから。それもごめん! 別に突き放すつもりはないから!」

 

「……そう。なら、良かったよ」

 

 でもあのラブレターには、俺に時間がないとかどうとか書いてあった。……五回は読み直したんだから間違いない。

 

「じゃあ、どうしてあんなこと書いて……」

 

「……ああ、アレの事を言ってたんだ。あれはラブレターだけど、小説だって言ったじゃないか。ちょっと美化して書いただけだよ」

 

「美化って……」

 

「私には、そういう風に見えてるかもってこと。実態は別としてね。それに……憶えてないかな? 私が『小説家は適当に話を作れるぐらいが丁度いいのかな』って聞いたら、『フィクションに傾倒したらリアリティが薄れる。虚実を織り交ぜた方が良い』ってはぐりんがアドバイスしてくれたのを」

 

 あ、いつぞや言ったな、そんなこと。

 

「それは覚えてるけど。……それであんなこと書いてたのか?」

 

「そうだよ。誤解させたんだね……少し、わかって欲しかったけど。でも、作家冥利に尽きるってことかな。それだけ信じて貰えたんだから」

 

 なんだ、もう。そういうことかよ……。……でも、あるえの浮かない顔は晴れない。

 

 それもそうか。……知ってる、予想できたと言ってくれたけど、それは悪い予想だ。そんなものが当たってたら、いい気分はしない。

 

 ……それに、俺の勝手で、自分が選ばれなかったと知るのは……辛いよな、やっぱり。

 

 はらはらとあるえの瞳から零れてくる。眼帯からも溢れだした。

 

 ……くそ。言うんじゃなかった。こんな顔、見たかったわけじゃないのに。

 

 ──今日言おうと思っていて言えてないことが、もう一つだけある。

 

 調子がいい。なんて思われかねないけど。……でも、言いたい。聞かせたい。

 

「なぁ、その。あるえに、まだ言ってない事があってさ」

 

「……なに? わざわざ言葉にするような事なら……今はちょっとショック受けてるから、これ飲み終わってから聞いても良いかな……?」

 

 や、机に置いたままなんだけど。いや、そうじゃなくて。

 

「別にさっきみたいな悪い話じゃないんだ。今日一日、ずっと言おうと思って言えなかっただけで、タイミングはいつでもよかったんだろうけど」

 

「……だから、あまり、気乗りしないんだけど。……はぁ、なんだい?」

 

「その、言わなくてもいいって言ってたから、言ってなかったけど……──あるえのこと、俺も好きだ。本気なんだ。今はまだ恋人にもなれないけど、でも、誰にも渡したくない……きくもとや他の男にも。ずっと一緒に居たい」

 

 恥ずかしくて今絶対真っ赤だ。でも絶対に、顔は(そむ)けない。

 

「よ、よくないよ。……そういう、落として上げるの」

 

「わ、わかってるよ。だけど言いたかったんだ。君は知ってるかもだけど。俺が本気だって直接、俺の言葉であるえには知ってもらいたかった」

 

 袖口で、涙を拭うあるえ。声が震えていて、普段の迫力は全然ない。

 

「もう。こんなのずるい。……だから改めて私も言うね。好きだよ、はぐりん」

 

「ああ、うん。俺も……大好きな二人の為に、頑張ってゲス男になるよ」

 

「だから、それは言葉の綾だって――ふふっ」

 

 あーあ、もう。これから家に帰ろうかっていうのに、女の子泣かせて。……俺、あるえのご両親に殺されるかもしれない。

 

 ──そうやって気を紛らわせないと、茹った顔が、火を噴きかねなかった。

 

 

 

 お互い、落ち着きを取り戻してから喫茶店を出る。お会計をする際に冷やかされるかと思ったら、なんてことはなく終わり。母さんによろしくと、おじさんに見送られて店を出た。

 

 

 

「ねえ、今物凄く君に口づけをしたいんだけど。今の関係って、はぐりん的にはどこまでならいいのかな? してもいい?」

 

「あ、う……だ、駄目だから! そういうのは駄目!」

 

 やめて、誘惑しないで! 俺も今物凄くしたいけど、ゆんゆんに申し訳ないから! まだそこまで割り切れないから!

 

 ──で、結局。妥協点として、別れるまであるえと手を繋いで帰ることになった。

 

 

 

 



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11 週末とぼっち娘と

「『クリエイト・ウォーター』、いってぇな……くっそ。……『ヒール』」

 

 回復魔法で怪我自体は問題ない。でも痛い、辛……くない。けど、やめるわけにはいかない。

 

 ポーションはあと3本。今はレベルが上がっても、ステータスが上がるわけじゃない。上がった傍から()()()()してるから、蓄積されるのはスキルポイントのみ。

 

 その虚しさはもう感じない。

 

「そろそろ手を貸そうか、はぐりん」

 

「──いや、まだいい。親父はそこで、抑えてくれるだけでいいから」

 

「……頑固だなぁ。素直に『養殖』するのも手だと思うんだけど、俺的には」

 

「それじゃあ肝心の部分が育たないんだろ! 『パワード』! ……一度決めたことを、もう覆したりするのは嫌なんだ、よ!!」

 

「……実戦経験だけなら、もう充分だと思う」

 

 飛んでくる矢を視認。《神聖魔法》に含まれる身体強化の魔法を自分にかけて、貧弱になってる脚力を強化。飛んできた矢を後ろに跳んで回避した。

 

 追撃で飛んでくる矢を斬り落として、息を整える。

 

 再び、群の中へ飛び込んだ。

 

 

 

 残り、1本。もう奴らは用済みだ。でも数はまだまだ多い。この数は流石に、接近戦で始末しようとは思えない。

 

「ふー、ふー。……だあああ、もう! ゴブリンてめぇらウッザい! カースド『ティンダー』!! 『ウィンドブレス』ッ!!」

 

 気持ちだけの最大化。

 

 魔力を過剰に注ぎ込みんだ初級魔法は、最大化に恥じぬ威力を伴い、ゴブリンの集団の中で()()した。それを暴風さながらの()()で威力を上乗せする。全魔力の半分以上をつぎ込んだそれは大人たちの上級魔法の『インフェルノ』を凌駕する威力。

 

 でも、全魔力の半分以上使ってこの程度の威力しか出ないんだから、魔力効率ほんとクソだ。多分、上級魔法を20回は普通に打てるぐらい消費した。

 

 殆どが一瞬で灰塵になったが、運悪く逃れたゴブリンの断末魔と小汚い肉の焼ける臭いが、辺りに漂い始める。

 

「今のは『インフェルノ』ではない、『ティンダー』だ……」

 

 ステータスにものを言わせ、素手で抑えつけてた『初心者殺し』の息の根を止めながら、そんなことを親父が言う。

 

「……はー、はー。何言ってんの……?」

 

 ……でも、それいいかも。今度やることあったら使おう。

 

 ちょっと休憩だ……ああ、もう。レベル1での接近戦ほんっと疲れる。

 

 

 

 一休みして、ポーションを呷った。別に体力も気力も回復しない。もう慣れきった、弱体化する感覚だけだ。

 

 親父がこれ以上火事が広がらないよう、大量の水で鎮火してくれてる。

 

 んー、あれ、使ってる水生成の魔法……『セイクリッド』の枕詞がついてたけど、もしかしなくても神聖魔法だよな。

 

 あれだけ惨い死に方をさせたから、モンスターでも呪詛が溜まるのかも。わざわざ聖水を呼び出して此処の浄化もしてくれたようだ。

 

「あーごめん、はぐりん。今日はもうやめとこう。これから俺クエスト行かなきゃだから」

 

 クエストの控えを見せてくる。うへぇ、マンティコアの討伐か。

 

 つか、俺としてはそんなことよりも。

 

「……飲む前に言ってほしかったんですけど」

 

「ごめんごめん。……次の休みにはちゃんと付き合うからさ。あと何ポイント?」

 

「あと……2ポイント。……あーもう。俺、次の休みで上級魔法覚えられそうだって言ったのに……」

 

 最後の殲滅しただけじゃ足りなかったか……。

 

「ごめんって。でもそれぐらいなら、うん。休み使わなくてもなんとかなるね。飲んでて良かったかもしれないよ? ……それより、なんで今日あんなに気合入ってたのか、教えてくんない?」

 

 親父め、揶揄う気まんまんの顔してる。

 

「…………何で教えないといけないのさ」

 

「隠し事してるだろ、違う?」

 

「それは……違わないけど……」

 

「ああ、なるほど。女の子がらみだ! 自慢でもしたのかな? へー、ほー、はぐりんがねー! もうそんな色気付く歳かぁ……」

 

「違う!」

 

「許婚のゆんゆんちゃん? それとも、よく文通してる女の子かなぁ……?」

 

「なんであるえのこと、あ。いや、文通じゃないし、小説批評だし……」

 

 これ以上、絶対にぼろを出してなるモノか。ニマニマしながらウザ絡みしてくる親父とはそれ以上受け答えをせず、無視を決め込んだ。

 

 

 

「あら、お帰り。今日は早かったのね? お父さんは?」

 

 家に帰らされると、眠気覚ましにコーヒーを飲んでた母さんに出迎えられた。

 

「ただいま。親父は今日これから依頼があるとかなんとかで、俺だけだよ」

 

「ふぅん。……ま、お風呂入ってらっしゃい。傷口残ってたら、ゆんゆんちゃんに心配されるでしょ? 体力回復と解毒ポーションも入れて、ね?」

 

 一応血糊なんかは洗い流して、服も乾かして帰ってきたけど、まだ体についた臭いが残ってたかもしれない。今日も泥臭い戦い方をしたのはバレてるようだ。

 

「……わかった。風呂入ったらちょっと寝る」

 

「ちゃんとポーション入れなさいよー」

 

 工房の方に戻る母さんを見送って、風呂場に向かった。

 

 

 

 ちゃっぽん。湯船に雫の滴れた音が浴室に響く。

 

 転んだりして石で作ったであろう擦り傷や切り傷にお湯が染みる。ピリッとした痛みが一瞬走ったが、直ぐに治ってじんわりと冷えた体が温まってくる。

 

 ほうっと声が漏れる……今日も相変わらず命懸けだったなぁ。

 

「上級魔法覚えたらこんな無茶しなくても済むようになるかなぁ……」

 

 なんて。ありもしないことを口に出してみる。

 

 せっかく覚えた《剣術》系統のスキルを腐らせるつもりはない。俺はこれからも、安全とは無縁の戦い方を続ける。それに、『ルーンセイバー』や『ソードマスター』のスキルも使い熟したいし。

 

 ──魔法さえ使えれば、多分親父なんて目じゃない。知力も魔力も、紅魔族の血が入ってる俺は、レベル1の時点でも高レベル冒険者である今の親父を抜いてる。

 

 けど、それじゃあ本当の意味で追い越せたとは言えない。

 

 同じ土俵に立ってこそ、俺はあの背中を──

 

「あーやめやめ。……考えてもどうしようもないんだ」

 

 揶揄ってきた時のにやけ面を思い出して、少しバカらしくなった。

 

 今は体をゆっくりと休めよう。明日からまた学校だ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 次の日。

 

「はぐりんはぐりんはぐりん!」

 

「お、おう。……どうかしたの、ゆんゆん?」

 

 朝、いつものように……学校の始まる一時間前から居るゆんゆんと(待ち)合わせると、上機嫌に俺に近寄ってきた。

 

「あのねあのね! 知ってるかもしれないけど、お友達が出来たのよ! ふにふらさんとどどんこさんって言うんだけど、図書室で声かけてきてくれて……!」

 

「うんうん。……見てたよ。良かったねゆんゆん。で、お昼も一緒に食べたの?」

 

「そう! めぐみんも入れて四人で、机を囲んでねっ……めぐみんはやっぱりお弁当持ってきてなかったけど。……ああ、楽しかったなぁ……忘れないように日記にも書いたわ。髪留めのゴムも貰ったんだけど……でも、めぐみんが窓の外のミノムシ撃ち落とそうとして、私の机の中から勝手に使って無くなっちゃって……」

 

「へぇ、そりゃまた、気の毒に。めぐみんは悪いやつだなぁ……でも、本当に良かった。ゆんゆんもこれで、晴れてぼっちは卒業だ」

 

「……うん。ありがとね、はぐりん」

 

 ……あの二人のことは、いつか話そうとは思うけど。せっかく普通に友達が出来たと喜んでるんだから。今、それに水をさせばゆんゆんが悲しむ。

 

 実は一瞬。てっきり、脅迫まがいのお願い的なことをしたのがバレたかと思った。

 

 それは違うようだけど、少し浮かない顔をしているのが気にかかった。

 

「何か気になる事でもあるの?」

 

「いや、その。はぐりんといっぱい練習したのに、あんまり実践できなかったから……」

 

 ああ、それか。あの時俺が思ってたこと、ゆんゆん自身も気にしてたわけだ。

 

「いいよ、そんなの。友達っていうのは遠慮したり、気を使ったり……別に、全部が全部、相手の世話をし合うような間柄を言うんじゃないんだから。喧嘩もするし、結構キツイ冗談だって笑って流せるもんなんだよ。ゆんゆんは別に今まで、俺に気を使ったりしてなかったろ?」

 

 実はゆんゆんにとって、それに一番当てはまるのがめぐみんなんだけど。ライバルと書いて強敵と読み、強敵と書いて友と読むらしいから間違いじゃない。ゆんゆんもめぐみんも、お互いに友達ってさっさと認めればいいのに。

 

 ……ゆんゆんが友達作りの参考にしてる本が悪いのかもしれないな。

 

「え、遠慮は……その。……して、たけど。お世話もいっぱいされちゃってた気がするし……」

 

 ……あれ?

 

「ごめん。……俺のせいだったら悪いんだけど。何か遠慮することあった?」

 

「……もっとお昼を一緒に食べたかったし、食べさせ合うのも遠慮してたし……でもはぐりんは別に悪くないから。めぐみんが邪魔ばっかりするから……」

 

 あーっと。それは誤解があるな!

 

「その、ゆんゆん? この前初めてお昼誘ってくれたときもだけど、別にめぐみんは邪魔したくて邪魔してたわけじゃないらしいから。アイツ、親に決められた俺たちの関係が露呈しないように、気を使ってくれてたんだとさ。だからそれは、あんまり怒らないで上げて欲しいな」

 

「え、そうなの? でも……」

 

 言いたい事はあるのはわかるけど、それは本人に直接言って欲しい。流石に多分、それに関しては素直に認めるから。

 

「あと、食べさせ合うって言うのは、ほら、この前めぐみんにも言われたじゃん。……その、俺も、いつもは二人きりだったし、それをずっと言ってこなかったのは悪いけど。ああいうことは女の子同士ならまだしもね? 男の俺と、女の子のゆんゆんが友達同士ですることじゃないって。……あるえが取材だのなんだの言ってたけど、交際してる男女……んん、特別仲の良い男女がするって言うか!」

 

 交際もしてないあるえに既成事実にされてしまったから、駄目と言えなくなった。

 

 ……でもゆんゆんとは元々許婚なわけだから、別に他にも色々とやっても問題は……いや、うん。あるえに駄目だと言った以上、ゆんゆんとだけするのは駄目だ。

 

「じゃあ別に、許嫁の私とはぐりんはしても良いと思うんだけど……特別なら、良いのよね?」

 

「そ、それは……うん。そうかもね。俺、一昨日もあるえとしちゃってるし……」

 

 やっぱりゆんゆんもそう思うよな……俺も男だからなぁ。……どれくらい我慢できたものやら。

 

 恋人たちがする事は、殆ど小説批評を通じてあるえに教え込まれた。読む側もそれなりに知ってないといけないからって……ああ、思い出しただけで顔が火照る。

 

「なーんだ……あるえが中々教室に帰ってこないなぁって思ってたら。へぇ……はぐりんとお昼、食べてたんだ……」

 

「あっ、え、っと。ゆんゆん?」

 

 目が。

 

「ずるいなぁ……私の知らないところで、あるえははぐりんとイチャイチャしてたんだね……」

 

 い、いや、別に隠すような事でもないと思ったから言ったけど、なんか不味いこと言ったか、俺……!?

 

「あの、ゆんゆん、ちょっと目が。その、怖いから」

 

 瞳が赤くないのが逆に。

 

「……あ! ごめんなさい! ……ちょっとだけ、嫉妬しちゃった。私は、ふにふらさんとどどんこさんと仲良くなろうと必死だったから別に、二人がそういうことしてても良いはずなのに……」

 

「ゆんゆん……」

 

「そうよね。あるえも、二人きりになりたいものね。……私と同じ、だものね」

 

「ゆんゆん!」

 

 聞いていられない。

 

「!? な、何、はぐりん……ビックリしちゃうじゃない。えっと、どうかしたの?」

 

 ふにふらと、どどんことしたやり取りについて話す訳じゃない。それはゆんゆんがもう少し、精神的に成長してから。

 

 話すのは、喫茶店で話したこと。……お互いに思っていることを打ち明けた話は、ゆんゆんにもするべきだと思ったのだ。……あるえは良く思わないだろうけど。

 

 …………正直さっきのゆんゆん、めちゃくちゃ怖かった。

 

 

 

 一昨日あった、事の顛末を話していく。

 

 学校と、家に帰るまでの間あるえと一緒に居て、そして、喫茶店であるえが俺にお願いしてきたこと。

 

 俺が、彼女に謝ったこと。順を追ってゆんゆんに話していった。

 

「へ、へぇー……あるえがそんなことを……」

 

 本当に赤裸々に話したから、こうして話すだけでも照れくさい。聞いてるゆんゆんも顔が赤くなってるし、声も裏返っている。

 

「うん。滅茶苦茶恥ずかしかった。俺、頑張ってゲスな男になろうと思う……ってやっぱり変だよな」

 

「うん、変。……い、いや! わかるのよ? あるえの言いたいことは私もわかるんだけど……でも、でもね? やっぱり、はぐりんはそんな人じゃないから。自分でもそういう風に言うのは、やめて欲しいかなって……」

 

 確かに、あの時は言葉の綾だと本人も言ってたし、他の言い回しは無かったのか、と内心思ってたけど。

 

 ……でも俺が、結局は好きな人を一人に絞れない、最低のクズ野郎なのに違いはないから。

 

「ありがとうゆんゆん。けど事実だから。……その、ゆんゆんに悪い気はしたけど……ちゃんと、あるえにも好きだって伝えた。二人きりの時には、なるべく相手の事を考えないようにする。……そうでないと、不誠実だ。だからなるべく今みたいに、あるえが居ない時には……」

 

「はぐりん……、……うん」

 

 どうして告白されるまで気づかなかったのだろうか。あるえの言っていたことは正しかった。ゆんゆんからの好意が、今は痛いくらい伝わってくる。

 

 ゆんゆんも本当ならシェアなんて気持ち良いことだと思ってない。……でもあるえのために、ゆんゆんはそれを選んだ。

 

 俺がこんなこと言っちゃ駄目なんだろうけど。……それはきっと彼女の弱さでもあって、強さなんだろう。

 

 けど、それ以前にゆんゆんは優しい子だ。俺もあるえもその優しさに甘えてしまってるのかもしれない。

 

 ──駄目だなぁ。ゆんゆんとは許婚だとしても、ちゃんと二人と恋人になれるまで、デレデレしないって決めたのに。俺は意思が弱すぎる。

 

 今凄く、ゆんゆんのこと抱きしめたい──

 

「でも、羨ましいなぁ……」

 

「羨ましい?」

 

「あ、その、違うのよ? 嫉妬とかじゃなくて。……ただ、あるえと喫茶店に二人きりで行って、お互いに思ってる事を言い合えるのって、いいなぁって……」

 

 相変わらず変な所に憧れというか、そういうの持ってるよなぁ……。

 

「ゆんゆんも言えば良いんだよ、言いたいことがあるなら……その、俺なら大体のことは聞くよ? 腰を据えてめぐみんと話したときに、もうゆんゆんの邪魔はしないってアイツも言ってたからさ。……だから、お昼ならいつでも誘ってくれたらいいし、帰る時の寄り道だって。……それ以外の、恋人らしいことも……その、ある程度は。ゆんゆんがしたいって言うなら」

 

「うん、うん……って、ええ!? めぐみんともそんな話したの!? はぐりんとそんな、羨ましいことを!?」

 

「いや、そっち!? それ一昨日言ったよ!?」

 

 もう! ゆんゆんは、もう! 俺、結構恥ずかしい思いして言ってるのに!

 

「え、あ、あの時!? あの時は……! は、はぐりんが急に、あんな大胆な事してくるから、つい頭の中真っ白になっちゃって……!」

 

「……それは、ごめん。は、話を戻すよ? ……ゆんゆん、何かない?」

 

「え、えー、我が儘? その、本当に言ってもいいの? 急に言われても、沢山あり過ぎて何から言ったら良いのか……」

 

「いや、何も今ここで全部言う必要はないからね?」

 

 うんうん、と悩むゆんゆんに一抹の不安を感じつつも、じっと待つ。

 

 沢山あるなら、一個ずつ聞いて行けばいい。……妄想癖が激しくなってる節があるのは、いい意味で考えれば、何をどうしたいかを考えているという事だから。うん。良い傾向かもしれない。

 

 ……けど、今どうしても決められないって悩んでいるのなら。

 

「そのっ、ゆんゆん。どうしても選べないなら……その、手、繋いでも良い? これも、ゆんゆんのしたいことの一つ、じゃない……?」

 

「え……う、うん!」

 

 いつもは、何となしに考えていることを察して、提案する形でゆんゆんの希望を叶えてきた。

 

 ──……けど、今日は俺から。それは、今ちょっとだけ、好きな子に触れたいからという理由で。

 

 誰でもない自分の意思で、ゆんゆんの手を握った。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「よし、今日も全員出席だな。それじゃ、お前らよく聞けー。女子クラスの後にやる予定だった紅魔族伝統の『養殖』だが、今日は合同でやることになった。授業が始まるまでに、三人グループを三つ作っておけ! それが終わり次第次第、各グループで集まって校庭に集合するように! 以上だ!」

 

 そういうことになった。

 

『養殖』はレベルアップの機会。すなわち、多くの者にとって《上級魔法》取得に近づく絶好のチャンスだ。

 

 実際、普段のテストの成績が振るわないクラスメイトたちほどやる気になっている。

 

 ……いや、俺がもらえてなかったから実感なかったけど、成績上位者はもうすぐ覚えられるのかもしれない。ふじもんもへぶめるろーも気合は十分なようだ。

 

 親父の言っていたのはこれの事か。……確かに、ポーション飲んでて良かったかも。

 

「なあ、はぐりん。お前はあと何ポイントで《上級魔法》覚えられそうなんだ?」

 

 ワクワクした様子で隣のへぶめるろーが耳打ちしてきた。

 

「ん、言ってなかったけ? あー……ちなみに聞くけどへぶめるろーは?」

 

「あと5ポイントだけど」

 

「じゃあ、あと7ポイントにしとく」

 

「お前なぁ……バレバレの嘘つきやがって。……つか、お前どんだけ初期ポイント持ってたんだよ。『冒険者』はスキル取得にポイント多く消費すんだろ? なのに、あとそれだけって……20ポイント以上は少なくとも持ってたのか?」

 

「まあそんなとこ。……他にも欲しいスキルあったしな。ちゃんと貯めてたら実はもう取れてた」

 

「うへぇ……どうしたって最弱職なんて取ったんだか。……お前の親父さんのことは知ってるけどさあ。家庭の方針とか、なんとかって言ったって……《上級魔法》以上に取りたいスキルなんてないから、お前ん家のことは俺には理解出来ん……」

 

 親父は『冒険者』だけど、里のアークウィザード顔負けの魔法の使い手だからな。外は勿論、里の中でも有名だし、冒険を休みにしている日は自主的に警邏とかしてたりして結構頼りにされてる。……紅魔族のセンスにも理解あるし。俺にはあんなだけど。

 

 教育方針と銘打って、俺が自ら親父と似たような道を進もうとしているのは、へぶめるろーには話してないからなぁ……。このことを知る由もない。

 

「ははは。……まぁ、事情があんのはわかってくれよ。それに俺、お前らとの学校生活は結構気に入ってたよ。……こんな生活が続けばいいのにってずっと思ってる……」

 

「はぐりん……それは俺もさ──……でも、なぁ、しっかし俺の方が早く卒業できそうなのか。下手したら今日中に卒業できるかもしれないよな!」

 

「あ、多分俺も今日中に卒業できるかも」

 

「やっぱ嘘じゃんあと7ポイントとか! 3ポイントとかだろ! なんでお前そんなに早くポイント貯めれるんだよ! お前母さんにスキルアップポーション貰ってんじゃないだろうな!」

 

 惜しいあと1ポイント。

 

「んなわけないだろ! とにかく! ……ずるいことはしてない。昨日もだけど、真っ当に俺はポイント稼いでるんだよ」

 

「ほんとかお前ー?」

 

 小突いてくるへぶめるろーをいなして、席を立つ。

 

 グループ分けはいつも通り、俺とふじもんと、へぶめるろーの三人で組む。

 

 ──スキルアップポーションが外で高額で取引されている事実は、子どもに知らせてはならない。

 

 そういう暗黙の了解が大人たちの間で存在する。

 

 卒業した後に担任から生徒に知らされ、愕然とした表情をさせるまでが恒例の儀式だと、学校にもスキルアップポーションを卸してる母さんが言ってた。

 

 ……確かに、皆の驚く顔が見たいのはわかる。けど配布してもらえない俺が一番、その事実は知りたくなかった。

 

 いつも、スキルアップポーションを獲得できる順位の圏内を彷徨っているへぶめるろーが、仮に、家計の収入源の一つになる程だと知れば、ほぼ毎日がぶ飲みしているそれの正体に気が付きかねない。

 

 まさか、一本で一財産になるとは思いもしないだろう。知ったら飲まない奴が出てきそうだ。めぐみんとか。

 

 

 




評価と感想欲しいです。ギブミー反応。自己肯定感が欲しいだけじゃなくて、客観的な反応も知りたいなと。
モチベーションが上がれば次が早めに仕上がるので、良ければどうぞよろしくお願いします。


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12 養殖と戦闘と

 ふじもん、へぶめるろーと共に校庭へ出ると既に女子クラスの面々は出揃っていた。

 

 視線を彷徨わせていると、目を凝らしていたゆんゆんと目が合う。

 

 出てくる男子たちを伺っていたのか。目が合った途端、顔が綻ばせゆんゆんは小さく手元で手を振ってきた。……かと思えば、どどんことふにふらに揶揄われてる。

 

 そしてそれを一瞥したあるえは、俺たちのいる方へと微笑んできた。

 

「なあ、ゆんゆんさん今さっきの俺に手振ってなかったか?」

 

「振ってねぇよ。……それよりもあるえさん「微笑んでないから」最後まで聞けやてめェ!」

 

 やすけときくもとがお互いに首をホールドしようとして、まるで肩を組んでるみたくなってる。

 

 すぐにでも笑顔で手を振り返したい。けど、仲違いしてばかりとはいえ、少しだけ罪悪感がわいて二人の前では憚られた。

 

「……はぁ。俺らに春は来るのかねぇ……」

 

「言わぬが花だ、共犯者よ。時がただ過ぎゆくのを、今はただ見送るしかあるまい。我らが雪解けは、いずれ、かならずや訪れるであろうさ」

 

「だといいなぁ……」

 

 ふじもんとへぶめるろーが何か言ってる。

 

「……あの、二人とも。俺を挟んでよくわかんない(はなし)すんのやめてくんない?」

 

 そう言ったら両方から殴られた。理不尽!

 

 

 

 校庭でマントを靡かせる一人の男が居る。

 

「──……我が名はぷっちん。アークウィザードにして、上級魔法を操る者! 紅魔族随一の担任教師にして、やがて校長の椅子に座る者……! さて男子クラス諸君。聞いているとは思うが君たちの担任、我が旧友にして悪友じぇいすは、今日はフォローにあたる。そして総指揮はこの俺だ。奴が下、俺が上! ……では改めて、事実をこの場の全員が共有できたところで、何か質問がある者は?」

 

 ウチの担任が居ないからって滅茶苦茶言ってるな、この人。真面目な時とおチャラけてる時との落差が激しいんだよなぁ……。

 

「先生、じぇいす先生も同じ名乗りをしてましたけど、どっちが随一なんですか?」

 

 クラスメイトの『にょっきまる』が手を上げて言った。

 

「いいかな男子諸君……仮にアイツの方が結婚して子供がいるとしても給料の高い俺の方が優秀だということに違いはない」

 

 一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をして、一息で言い切った。

 

 すると、今度は女子クラスの誰かが手を上げる。ええっと、確か『ねりまき』だったか。

 

「でも確か生徒数で給料変わるって……」

 

「よーし、それじゃ各々、此処にある好きな武器を取れー! 武器を持っている者は自分のを使って良いぞー!」

 

(((……誤魔化した……!)))

 

 誤魔化されてあげよう。婚期に焦る大人の姿を見ていると、俺としてはやるせなさを感じてしまう。

 

 しかし無理矢理、誤魔化そうとして言いながら指した地面に置かれている物は、先ほどからずっと気になっていた。

 

 様々な武器の山。そして特筆すべき、その大きさ。

 

「せ、先生! 武器が大きすぎてどれも持てそうにないんですが……」

 

「お、男の俺たちも、その、持てないとは言いませんけど! 流石に大き過ぎて、取り回しが難しいと思うんですけど!」

 

 どれもこれも、度を超して大きい。

 

 あるえの身の丈をも超える大剣や、めぐみんの身体よりも大きな刃を持つ斧。

 

 オーガですら振り回せそうもない、巨大な鉄球が付いたモーニングスター。

 

 ……こんなものを子供に振り回させるのか、頭大丈夫か。と内心思っていると、その一つをぷっちん先生がひょいっと。

 

「コツは自らの身体に宿る魔力を肉体の隅々まで行き渡らせることだ。それにより、我々紅魔族は一時的に肉体を強化させることができる。今日までの授業を通して、優秀なこの俺が受け持っている女子たちは勿論、男子の君たちにもその基礎は叩き込まれているはずだ。意識さえすれば、この俺のように、自然とその力を使いこなすことができるだろう!」

 

 お世辞にも強靭とは言えない細身な体格。しかし、実際に巨大な大剣を軽々と持ち上げ、片手で手にしている。

 

 それを見たあるえが前に出る。そして、彼女は自分以上に大きい大剣を持とうと──

 

「……我が魔力よ、我が血脈を(めぐ)り、我が四肢に力をッ!?」

 

 あるえの手によって、難なく大剣は持ち上がる。持ち上げた本人も驚いているようで、その大剣を軽々と振り回し、風を切る音を豪快に鳴らし。丸くした目でその残像を追う。

 

「…………。そ、そうだ! いいぞ、あるえ! よくできているじゃないか! あとでスキルアップポーションをやろう……!」

 

「え、あ、はい……? ふふっ、我ながら、自分の才能が恐ろしいよ」

 

 戸惑いながら返事をするあるえは、表情を取り繕い、妖しく笑う。大剣の刃を地面に立てる様は、アンバランスさを感じるも堂に入っている。

 

 そんな彼女を見て、ぷっちん先生の話をすっかり信じ込んだみんなは、キラキラと目を赤く輝かしながら各々好きな武器を手に取っていく。

 

「この子、私の持てる全ての力を注いでも壊れないだなんて……! さあ、あなたには名前をあげる! そう、今日からあなたの名前は……!」

 

「フッ!! ……へえ、今の素振りにも耐えるなんて、中々の業物ね。いいわ、これなら私の命を預けられる……!」

 

 女子には、ハルバートや長剣を手にして語りかける者や。

 

「俺は魔法職だ。……だが、いつ、俺が剣を使えないと錯覚した?」

 

「ようやっと巡り合えたか! 我が半身に……!!」

 

 男子には拾った片刃の長剣や長槍を手にして、思い思いに魔力を込めている者も。

 

 誰もが、ぷっちん先生の言う事を信じて武器を手に取って行く。既に持っていたあるえは訝しそうに大剣を持ったり、離したり、素振りをしてみたりしていた。

 

 めぐみんは周囲を見て、一番大きくて重そうな大斧を持とうとして苦戦している。

 

 そしてゆんゆんは……銀の短剣を握りしめたまま、その様子を立ち尽くしたまま見ていた。

 

 ……人見知りと、疎外感を感じてるな、あれ。

 

 多分、自前のがあるからって行かなくて、取りに行こうと思い直したけど、集団に飛び込むのに躊躇している……といったところか。

 

 まったくもう。ゆんゆんは……そういうところも可愛いんだけどさ。

 

 すす、と近寄って声を掛ける。

 

「ゆんゆん、別に自前のがあるからって、使っちゃいけないわけじゃないぞ?」

 

「あ、はぐりん……そう、そうよね! 私も、行ってくる……!」

 

 無事合流。ふにふらに「あれなんか良いんじゃない?」と、言われゴテゴテした装飾の長剣に、ゆんゆんは微妙な顔をしながら手を伸ばす。

 

 ──……これでみんな気が付いたと思うけど。

 

 メッキが施されてそれっぽく見えているだけで。全部軽い木を使った木製だ。

 

 それに遅れて気が付いたゆんゆんが先生に指摘し、めぐみんはバランスのとりにくい大斧を放り投げて、小ぶりの木剣を手に取る。

 

 魔力云々で俺たちは自分の身体を強化できるようになっている……というのは先生の紅魔族的誇張だった。

 

 

 

 ……武器を選び終え、短槍を肩に担いだへぶめるろーが近づいてきて耳打ちしてくる。

 

「お前、あるえさんに支援魔法かけてたろ?」

 

 さあ、なんのことやら。心当たりは全然ないのでわっかんないな。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ──盗賊なんかのスカウト職が覚えられる《敵感知》スキル。

 

 これは対象からの敵意が薄いと反応が疎らになる。故に、人畜無害なカモネギやペット化したモンスターなどは《敵感知》から洩れることがある。

 

 しかし、このスキルには抜け道がある。スキルレベルにもよるけど、保有者の思い込みで、どこからを敵と見做すか、その範囲を狭めたり広げたりすることができる。

 

『でも、それは当然のことだ。敵を作るかどうかは自分自身なのだから』──という、親父からの受け売り。

 

「負けるつもりは無いんだけどなぁ……」

 

 ぐしゃ、と下半身を氷漬けにされて身動き取れない角の生えた兎の頭を、愛用の『ひのきの棒』で叩き潰す。

 

 倒したのは、可愛らしい外見で油断させ、その鋭利なツノで一撃。駆け出し冒険者の町周辺にも生息してる『一撃ウサギ(ラブリーラビット)』と同種の肉食系の魔物だが、紅魔の里の近郊に住んでるこいつらは、遥かに強い。

 

 この森においては掃除屋としても機能している。ファイアードレイクや一撃熊の肉を貪り食ってるから、本来は群で狩りをするモンスターだが此処では群れを為さない。

 

 死んでいるならともかく、生きているファイアードレイクなどからすれば格好の餌だから。

 

 しかし、強いモンスターがいるとはいえ、森のヒエラルキーの頂点に位置しているのは紅魔族のニートや趣味人なので、こちらから手を出さなければ積極的には襲ってこない。だから見かけても手を出すな、撫でようとするなと子供の頃に教えられる。

 

「容赦ねえなぁ……」

 

「お前は人の心が分からない」

 

 ふじもん、お前そこまで言うか。

 

「だってモンスターだし。それにお前ら、これが死体に群がって貪り食ってるところ見たことあるか? 可哀想なんて言葉絶対忘れるから。マジで」

 

 思い出しただけでも寒気がする。……その死体がモンスターじゃなかったのもトラウマになってる原因の一つだ。

 

「詳細を聞きたくはあるが……」

 

「……実感篭っててなんか怖い。わかった、気をつけるよ」

 

 わかってくれたならいい。容赦はするなよ、と忠告だけして次のモンスターを探す。

 

『モンスター殺すべし、慈悲は無い』と考えていると《敵感知》に反応があった。

 

「次、へぶめるろーが……いや、待て」

 

「どうしたはぐりん?」

 

 この反応は……強すぎるな。とても弱らされたモンスターなんかじゃない。……でもって、あっちは女子たちが入って行った方向だ。

 

 ……ぷっちん先生がいるだろうけど。──でも!

 

「悪い、ちょっと俺別行動する。先生に何か言われたら、そうだな。邪神の気配を感じたって言っといて! 『パワード』!」

 

「ちょ、おい! 待てよ!」

 

「何ッ!? 『レジスト』、『プロテクション』!」

 

 つい荒っぽい返事になった。

 

「……勝てよ!」

 

「ああ! 『ヘイスト』!」

 

 こういう時は下手に返事しない方が良いって、授業で習った。

 

 

 

 ──見つけた!

 

「てめェ、近づいてんじゃねぇぞクソ野郎! 『デコイ』ッ!!」

 

 罵倒と一緒にブーメラン状に凍らせた『ひのきの棒』を『投擲』して、囮スキルを発動した。が、一瞬だけこっちに敵意が向いただけで、まだ意識は女子達に向かってる。あんまり効かなかったか!

 

『はぐりん!?』

 

 でもそれで十分だ。間一髪だったけど前に出れた。手元に帰ってきたブーメランを解凍し、再凍結。切れ味高めの長剣に仕立て上げる。

 

 ここにいるのは、めぐみん、ゆんゆんにあるえ……それからどどんことふにふらか。全員顔見知りだ。

 

 相手は二足歩行。黒い毛皮に包まれた角有り。爬虫類顔にクチバシ。……悪魔だな、これ。里の周辺じゃ見たことないし。

 

 撤退戦か。苦手なクルセイダーの真似事して五人も守りながら倒すのはちょっと無理がある。

 

「どど、どうしてはぐりんが!?」

 

「《敵感知》だね?」

 

「知ってるのあるえ!?」

 

「その通り! 説明の手間が省けて助かる──ッ!?」

 

「危ないッ!」

 

「はぐりんっ……!!」

 

 奴のするどい爪を剣で防ぐとゆんゆんやあるえから悲鳴があがる。

 

「っ!? てか、早く先生呼んで来い!」

 

 あまり力は強く無い。でも保有してる魔力からして、養殖で残されてたモンスターほど弱くも無い。

 

「ゆんゆん、逃げますよ! 決して振り返ってはいけません! はぐりん! 此処は貴方に任せて先に行きます!」

 

「嗚呼、任せろッ──!!」

 

 ただ『ひのきの棒』を凍らせただけと侮るなかれ。10分の1もの魔力を注ぎ込み作った氷の長剣は下手な鉄剣よりも遥かに硬く鋭い。『剣術』スキルを使えば、加工前の鉄のインゴットすら叩っ切れる自負はある。

 

 だから──

 

「キシャアアァァアァァア!?!?」

 

 斬り飛ばした爪が煙と消えた。痛覚はあるのか後に退がる。悪魔は本体を地獄に置いてると教わったけど、なるほどな。こうして死体は残らないわけか。

 

 ゆんゆんやあるえ達はちゃんと逃げられただろうか。気になってチラ見を──

 

「え!? なんで居るの!?」

 

 まだ二人逃げてないでそこに居た。

 

「だ、だって! はぐりん一人残して逃げるなんて……!!」

 

 ああ、もう、ゆんゆんは!

 

「てかどうしてあるえも!」

 

「そんなの私もゆんゆんと同じだよ! …………美味しいネタを見逃せないしね」

 

「……? ん、なんて言った……? って、ちょっとゆんゆん冒険者カード出して何を」

 

「うう、わ、私が《中級魔法》を覚えたら……!」

 

「あるえ! そこのバカなことしかけてるゆんゆん止めといて──ッ!」

 

 警戒し、様子を伺っていた悪魔が攻撃を仕掛けてこようとするのを《敵感知》で感じ取る。

 

 振り向き様に『クリエイト・ウォーター』で水を飛ばして牽制する。

 

 必要以上の魔力を込めたそれを警戒したのか、攻撃をやめて悪魔が翼を羽ばたかせ後ろに飛ぶも、その程度で避けられるほどの水量じゃなく全身に命中する。

 

 距離離れてたし魔法でも使うつもりだったか……?

 

「……ゆんゆん、こうして彼が守ってくれてるんだ。御伽噺のお姫様みたいに、ここは大人しく守られていようじゃないか」

 

「あるえ……でも、あるえは心配じゃないの……!?」

 

「心配だよ。けれど信じてもいるから。……だから、ゆんゆんも信じて。私たちの好きな人は、こんなところで負けたりなんてしないって」

 

「……っ。うん……」

 

 聞こえてきた会話に力がみなぎってくる。その信頼には応えないと。絶対に負けられない。

 

 相対する悪魔から伝わってくる敵意が薄れた。めぐみん達が逃げた方向を見てる……? 

 

 なんか目的が……逃げるつもりかコイツ! 今は目的を探るよりも逃げられたらまずい! 手負いの状態で、逃がすものか!

 

「『フリーズ』バインドッッ!!」

 

 女子クラス担任も使っていた、まだ使えない魔法名を唱え、ありったけの魔力を込めて発動すると、(ごう)と手元から冷気は吹き荒ぶ。

 

「ギシャアアア!?!?」

 

 一瞬にして悪魔は凍った。……うーん、思った以上の効果が。

 

 ああ、なるほど。まぐれとはいえ予め濡らせられたのが功を奏したようだ。

 

「お、終わったの……?」

 

「やったのかい、はぐりん……?」

 

 この分厚い氷が割れるとは思わないが、念のため警戒は解かずに近づき……──その爬虫類頭を刎ね飛ばした。

 

「ふう。……終わったよ、二人とも。もう大丈夫」

 

 氷を溶かして『ひのきの棒』に戻す。

 

「……今のって初級魔法、よね?」

 

「うん。やっぱり聞いてただけじゃ駄目だね。ふふ、凄いよはぐりん! 初級魔法で悪魔を倒すだなんて!」

 

「あ、うん! はぐりん、凄く格好良かったよ!」

 

「や、……て、照れる……」

 

 今になって支援魔法の効果が切れる。……ははは。

 

 ……はあ。二人に情けない姿を見せなくてよかった。

 

 

 

「お前たち、大丈夫か──!?」

 

 ウチの担任の先生の声が聞こえてくる。

 

 もしかして、へぶめるろー達が言ってくれたのだろうか。

 

 中身が消えて残った氷を見て、怒られるのを覚悟しながら冒険者カードを見た。

 

 最新の討伐記録には先ほどの悪魔が記されている。

 

 そして……俺が《上級魔法》取得に必要なポイントは1.5倍の45ポイント。

 

 ――その必要だった45ポイントが貯まり《上級魔法》スキルが取得可能になっている。

 

 あーあ、結局最後まで楽じゃなかった。……あんまり『養殖』の意味なかったなぁ……。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「なるほど。それで倒したと。……初級魔法で、なあ……。確かにお前は他の生徒たちよりも手は掛からなかったし、家では画期的な教育を受けていると俺も聞いている。でもな、あまり無茶はするなよ……」

 

「はい……」

 

 流石、子持ちのじぇいす先生の言葉は重みが違う。素直に反省しようと思えた。

 

 確かに無茶した。悪魔と交戦する前に確認したレベルは2しかなく、あのウサギを倒していなかったらレベル1で抗戦する羽目になっていた。

 

 ぷっちん先生じゃこうはいかないだろうなぁ。何かしらおチャラけて台無しにするのが目に見えてる。

 

 あれさえ直せば普通に良い先生だし、保険の先生もちょっとは振り向いてくれるだろうに。

 

「聞いてるのか、はぐりん!」

 

「すみませんでした!」

 

 

 

 あの場に居た事情の聴取と、説教をされた職員室を退出して教室に向かう。

 

 多分、邪神の封印の件で駆り出されたのだろう。俺の話を聞いて担任以外の先生は渋々出ていったし。

 

 ──あの悪魔の乱入のせいで野外授業の『養殖』は中止だ。早々に学校にも帰った。

 

 ゆんゆんやあるえ、それから担任にはもう言ったけど、もう少しの間、上級魔法が獲得できる状態で(とど)めておく。折角だから卒業の近い奴らや、めぐみんたちと卒業時期は合せておきたい。

 

 冒険者カードを取り出して、改めて見る。

 

 ……うーん、こんなにスキルポイントを貯めたのは初めてだから、中々壮観だ。

 

「まぁ、めぐみんはもっと貯めてたけど。……あれ、よく魔が差さないよなぁ」

 

 もしかすると貧乏性……というか実際貧困に喘いでいるから貯金みたいなことは得意なのかもしれない。

 

 俺はなぁ……ちょっと自信ないんだよなぁ。今にも手がうっかり滑って何かスキルを取得しかねない。

 

 母さんに預けとこうか。……いや、やめとこう。勝手に『転職(クラスチェンジ)』させられかねない。

 

 改めて冒険者カードを見る。上に掲げて、透かすようにして仰ぎ見た。

 

 もうすぐ卒業、か。……なんだか、寂しさが込み上げてきた。

 

 

 

 ――やっぱり要りません。スキルアップポーションは他の人に回してください。

 

 ――アークウィザードではなく、『冒険者』を選んだ俺が貰っちゃいけませんから。

 

 ――ただ、こうして学校に通っていたいんです。《上級魔法》を取得するまででいいので。

 

 

 

 ……嗚呼。やっぱり学校、楽しかったなぁ……。

 

 

 



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13 純情と欲求と

少しセンシティブ。


「おかえりー。随分長かったな。……っと、お、そうきたか。冒険者でアークウィザードを取るぞ」

 

「あ……待ったは」

 

「無しだ。ほれほれ、前回成績三位様。次の手はどうすんだ?」

 

「むむむ……」

 

 ──へぶめるろーがふじもんと、紙で作ったボードゲームで勝負しながら言ってきた。ふじもんが劣勢か。まあ、この手のゲームはへぶめるろー異様に強いからな。

 

「で、なんでこんなに長かったわけ? 何を聞かれたんだ?」

 

「無茶すんなって説教と。あと、アレ、やっぱり邪神の下僕じゃないかって話をな。した途端うちの担任以外、先生たち慌てて出てったよ」

 

 説教の時間の方が長かったけど、それは黙っとく。

 

「邪神の下僕ねぇ……邪神の気配って言ってたの誇張じゃなかったわけか」

 

「……俺そんなこと言って行ったっけ?」

 

「言った言った。……さあどうする。せっかく冒険者からアークウィザードにクラスチェンジ出来たのになぁ? 王を失い勝負に負けるか、アークウィザードを失い負け戦を続けるか。ああ、テレポートは……おっと残念、有効範囲外だな!」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

 うーん、俺そんなこと言ったのか。あの時は慌ててたからな。……にしても滅茶苦茶煽るな、へぶめるろー。ふじもんは現状をどう打開すべきか熟考しているせいで会話に全然入ってこない。

 

 観戦に加わろう。盤上は……ふじもんはクルセイダーもアークプリーストも落ちてるのか。それに他の目ぼしい駒も落ち切ってる。あるのは冒険者からアークウィザードからクラスチェンジできた駒ぐらい。最悪盤上返し(エクスプロージョン)すりゃいいんだろうけど、駒もボードも紙製だからなぁ。ペラッペラだからひっくり返し難い。一日一度の奥の手とはいえ、相手に悟られて止められたらその試合では使えなくなる上、アークウィザード一人を相手に取られるから中々使えない。

 

「でも邪神の下僕って言ってもさ、はぐりんが倒せる程度の悪魔だったんだろ? なら『養殖』続けてもよかったのになあ……」

 

「いや、そうは言うけどな……先生はともかく、俺だから倒せたようなもんだぞ、アレ。わかってる?」

 

「知ってる知ってる。けど、俺あの短時間であと2ポイントまで稼いだんだぜ? もうちょっと頑張ったら取得できてたの」

 

「『エクスプロージョン』!!」

 

「ああ!?!?」

 

 一瞬の隙を狙ったのか、ふじもんがひっくり返した。紙でできた駒とボードが、さながら紙吹雪のように宙で舞い踊った。

 

 

 

 回収すんのが大変だとへぶめるろーが悔しそうにボヤく。ふじもんは俺の隣で、勝ち誇った表情を隠すことなく、回収を手伝っている。

 

 いや、勝ったような雰囲気を醸し出してるけど引き分けだからな、ふじもん。お前勝ったわけじゃないぞ?

 

 とはいえ、負ける筈の運命を引き分けにまで持ち込んだのだ。紅魔族的には熱い展開でしかないんだろう。やられた側は堪ったもんじゃないけど。

 

 でも俺はあんまり馴染みがないんだよな、あのルール。ゆんゆんとやる時は爆裂魔法禁止でやってるから。どうせ始めたら一日に何回もする訳だし。

 

 拾い集め終わると、丁度先生が帰ってきた。

 

「よーしお前ら席に着けー。……『養殖』が途中止めになってしまったのは残念だとは思うが、今回に限っては必要以上に危険が伴う。そのあたり、理解を深めてほしい。それともう一点。もう知ってるかもしれないが、今日の課外授業中に現れたモンスターについてだ。はぐりんが倒したアレは、今、封印の解けかかっている邪神の下僕の可能性が高い。他にも湧き出ている可能性もあるため、下校時には十分注意して帰る事。今日遭遇したものが特別弱かっただけかもしれない。決して見かけても近寄らない、万が一の時は近くにいる大人たちに助けを求めるように。それでは以上だ。解散」

 

 そう言って担任は教室から出ていった。

 

 

 

 続々とクラスメイトたちが教室を出て行く。

 

「あ、待ってくれよ。へぶめるろー、ふじもん。俺も一緒に帰る……って何そんな驚いてるんだよ」

 

 教室から出て行こうとする二人を呼び止めたら怪訝な顔をされる。

 

「だって、なあ?」

 

「……共犯者よ。今貴様には他に共をすべき者が居るだろうに。どういう心変わりか」

 

「……?? はい? 何言って──」

 

「はぐりん」

 

「ん? ……ああ、あるえ。どうした?」

 

 戸を叩く音と一緒に、名前が呼ばれたので見ると、あるえが顔だけ覗かせてこちらを伺っていた。

 

「その、一緒に帰ろうかと思ったのだけど。……邪魔、しちゃったかな?」

 

 あるえがそんな遠慮をするだなんて。一昨日誘ってきたのもだけど、珍しいこともあるものだ。いや、別に一緒に帰りたいっていうのはおかしいことじゃないから良いんだけど。

 

 邪魔なんてことも勿論ない。四人で一緒に帰ればいい。

 

「いや! 邪魔なんかじゃないぞ! むしろ俺たちの方が邪魔だろうし、先帰るわ!」

 

「さらばだ、共犯者! 新しき日まで!」

 

「ちょ、おい! ……なんだよ、もう」

 

 あるえの横を走って出て行き、俺の伸ばした手が空を切る。なんでお前が言うんだよとか、どうして慌ててるんだとか……色々と聞きたかったのに。

 

 ……また、あるえと二人きりになってしまった。

 

「二人に気を遣わせたちゃったかな、これは」

 

「え、ああ。……え? そう、なのか……?」

 

 あるえのこと、二人には言ってないんだけど。

 

「そんな、おかしな顔をして……どうしてか知りたいかい?」

 

「……まさかとは思うけどあるえが言ったとか」

 

「そんなわけないじゃないか。……何、そう難しいことじゃないよ。第三者から見たら意外と、私の君に対する好意は明け透けだった──かもしれないってだけさ」

 

 あるえの言動を改めて思い出して見ると……うん。心当たりしかないなぁ俺の馬鹿!

 

 でもそうなると、あの二人が気を使うぐらいあるえは俺にヤキモキしたということ、か。……まあ、そういうことなら迷惑かけたみたいだし、二人には今度なんか奢ってやるとして。

 

「ごめん、あるえ。俺、本当に気がつかなかったから」

 

「もう気にしてないよ…………でも、少し、気づいてくれるかなって期待はしてたんだけどね」

 

 やっぱり……。

 

「いや、その。俺も、もしかしてとはちょっと思ったりしたんだよ。でも、ありえないって思っちゃってさ。あるえが本気で作家目指してるのは知ってるから、やり過ぎだろって取材も……まあ、あるえのことだからしかねないと思って」

 

「それは、確かに紛らわしかったかもしれないけど、私にも恥じらいってものがだね……まぁ、取材は小説にもちゃんと活かしたのは本当だけど」

 

 これまでしてきた俺とのやりとりは、あるえにとって一石二鳥だったわけだ。

 

 ……でも。

 

「今だからいうけど、活かし過ぎてちょっとえっちな内容にするのは良くないと思う」

 

「ええ? ああ、うん……善処するよ」

 

 ああ、コレしないやつだなと思った。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 学校を出て、いつもの帰り道を並んで歩く。一昨日もあるえと歩いたなぁ。あの時よりか気持ちは軽い。

 

「ところで、ゆんゆんは? 外で待ってるかと思ったんだけど」

 

「ああ、例の新しい友達二人と帰ったよ」

 

「……そうなんだ」

 

 朝言ってたけど、俺があるえと帰った日はめぐみんと二人で帰ってたらしいし。そっかあ……今日が初めてなのか。

 

 ……なんだろう。ちょっと、寂しいな。

 

「ふふっ、はぐりんも同じ顔するんだね」

 

「え、何が?」

 

 どういうことだろう。笑いを堪えるようにあるえは続ける。

 

「実はゆんゆんね、今日もめぐみんと一緒に帰ろうとしてたんだよ。……ゆんゆんのことだから君のことも誘おうとしてたんだろうけど。まぁ、友達が急に二人も出来たから、自信がついたんだろうね。でも、誘ったのは良いけど、今度はふにふらとどどんこが結構真面目な顔してゆんゆんを誘ってきてね? 勿論あの子は断ることもできず、それで三人仲良く教室を出て行って……その、二人が声をかけてきたっていうのがめぐみんも、ゆんゆんと帰ろうと返事を仕掛けてたところでさ、めぐみんは結局置いてきぼりに。それで、その時のめぐみんの顔が──」

 

「俺とそっくりだったと」

 

 なるほど、なるほど。

 

「うん。それから……その顔がなんかもう、この前なんか比じゃないくらい、めぐみんがゆんゆんを寝取られちゃったみたいで。その、つい言っちゃって」

 

「そりゃ駄目だわ。また殴られたんじゃないか……って俺の顔もそんな風に見えたってことか……」

 

 めぐみん絶対怒ったろうなぁ。この前言ったのに懲りないやつだなぁ、あるえはもう。つか、あいつ一人で帰ったのか?

 

「……。殴られはしなかったよ。でもそれで怒っためぐみんに……──胸をえらい目にあわされちゃったんだ。具体的には揉みしだかれちゃった」

 

「そっかそっか……ってこ、こら! あるえお前なあ! 女の子がそういうこと言うんじゃない!」

 

「うーん。……てっきりはぐりんも揉んでくるかと思ったんだけど。残念」

 

「なあ揶揄ってるんだよな? 残念がる要素どこにも無いよな?」

 

「でもその、今日は駆けつけて守ってくれたわけだし。……そうだ、お礼ちゃんとできてなかったよね?」

 

「お、おい……」

 

 俺の話を聞いてくれと、言うに言えない。

 

「御伽噺のお姫様も、助けてもらった勇者と、ほら、イイ仲になったわけだろう? はぐりんになら……私はいいよ?」

 

 演技なのか、それともマジで言ってるのか判別つかない。

 

 顔を真っ赤にして、でも顔は逸らして。しかしそれでも、鞄を下げ、二の腕で強調しているソレは大人顔負けの大きさで、逸らしたくても目が引き寄せられる。

 

 大っきい。柔らかそう。その二つが思考をループする。

 

 いいの? ほ、本当に? ──って、いやいや。いやいやいやいや。

 

 誘惑に負けちゃ駄目だろ。こんなところで。人に見られるし、何よりも、そう! 俺たちまだ付き合ってる男女ってわけでも無いのに、そういうことは駄目だって決めただろ! ああいやでも、いずれは……──

 

「…………ぷぷ」

 

「あるえ……?」

 

「ぷ、ご、ごめん! お、抑えきれなくて……は、はぐりんが百面相して……悩んでる……!」

 

 こいつ、やっぱり遊んでたな! …………真剣に悩んでたのに!

 

 

 

「ごめんね、はぐりん。まさかそんなに悩むなんて思わなかったんだよ」

 

「……」

 

 口も聞いてやるもんか。

 

「……その、はぐりんはあんまり見てこないけど、好きなのかなって」

 

「…………」

 

 いや、好きだけど。頑張って見ないようにして……なんて絶対言わない。

 

「あの、めぐみんに揉まれたっていうのに怒ってる? も、揉まれたっていうのは嘘だから……悪かったよはぐりん。もうしないから……ねえってばっ」

 

 ──ちらっと見ると、あるえのやつ泣きそうで。

 

 ああ、もう! ズルいよなぁ! そんな顔されたら……!

 

「……えっちなのはダメって俺何回も言ってるじゃん」

 

「っ! それは、まあ……。この前、君に好きだって言ってもらえたのが思った以上に嬉しくてね……?」

 

「おう……」

 

 ぱあ、と泣きそうな顔を晴らしてあるえが言う。そう言ってもらえると俺も嬉しい。……。

 

 いや、誤魔化されんぞ。そう思ってキッと睨みつけると、少しあるえは怯んだ。

 

「うう、だから! 私もイチャイチャしたいんだよ! ゆんゆんが自慢してくるんだ! 今朝も手を繋いでもらったって! それもはぐりんから! 聞けば前々からゆんゆんとは隠れてイチャイチャしてたようだし! 私だっていろいろしたいっ!」

 

「身も蓋もないな!? なんかもう色々ブレてるし、俺はゆんゆんとイチャついてたつもりはないんだよ! それを言うならあるえも取材だって言いながら色々したじゃん! ……はあ。俺だって我慢してるんだよ、わかってくれよ……」

 

「…………そんな必要ないのに」

 

「いや、だから……あーんーもうっ! 俺が我慢できないから! だからダメだって言ってるんだって! 冒険者になって里を出るってのもあるけど、俺たちまだ子供なんだから! 責任取れないことしたくないの!」 

 

 ふー、ふー、と吐いて荒くたい息を整える。

 

 あるえは吃驚したように、俺を見ている。

 

「はぐりん、そんなこと考えてたんだ……?」

 

「……そうだよ。俺だって好きで我慢してるわけじゃないんだ。普通に恋人らしいことしたい。イチャイチャだってしたい。けど、本当に恋人になったら絶対歯止めが効かなくなる。恋人じゃないって自分に言い訳してないと。……二人が可愛くて仕方ないんだ。前からもだったけど、最近は特に……! ここんところずっとだぞ? 誘惑するなよう……負けちゃうからぁ……」

 

 はあーあ、もう。こんなこと言ったら情けないから、言わないでいたのに。

 

 幻滅されても仕方がない。そんな諦めの境地であるえの様子を窺う。

 

「……そっか。……そうなんだ……。ごめんね、はぐりん。私も欲求不満だったみたい」

 

「いや、わかってくれたらいい……」

 

 なんか気になること言ってるけど、良かった。理解してもらえて。幻滅も、されてないみたいだ。

 

「うん。よくわかったよ。──それじゃあ、ちゃんと決めようじゃないか」

 

「決める? 何を?」

 

「何って──どこまで、何までなら良いかをさ。君も私も、これじゃあいつ爆発するかもわからないから……ちょうどそこに公園もあるし。ゆっくり座って話し合おうよ。ね?」

 

 あるえの指さした方には確かに公園があった。

 

 ……話をしながらいつの間にか此処まで歩いてきていたのか。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 今になって何言ってるんだろ、と自己嫌悪に陥っていた。

 

「ねぇ、はぐりん。そろそろ元気だしてよ」

 

「……恥ずかしいんだよ、わかれよぅ。なんで俺あんなこと言っちゃったのかなぁ……」

 

 多分こんな弱音を吐いて聞かせてるのも、後々自己嫌悪するだろうけど……。それでも言わずにはいられない。

 

「わかってるよ、もう。……私だって恥ずかしい思いして言ったんだしお互い様だよ」

 

「…………何を?」

 

「私が君と色々とシたいっていうのもだけど、おっぱい揉んでいいよって君に言ったのだって」

 

 また! そういうことを言う!

 

「俺の方が恥ずかしくなるからやめろぉ!」

 

「あ、ごめん。つい、……だって弱ってるはぐりん珍しくて可愛いから

 

「なんか言った?」

 

「言ってない」

 

 ──でも確かにあるえの言うように、そろそろ調子を戻さないと。

 

 話をしようにもできないんじゃ、人に見られるリスク背負って、長丁場になるからと態々公園のベンチに二人で座ってる意味がない。

 

 気合一発、頬を両手で張って、ウジウジした気分を入れ変える。

 

「はあ。……それで、どこまで話したんだっけ?」

 

「あ、うん。身体的接触における禁則事項は、『大人になるまでは性的シンボルへの接触及び誘惑』ってことだけ。でも本当に良いの?」

 

「……何が?」

 

「だってこれ、おっぱい触るのだって駄目なんだよ? はぐりん、我慢できる?」

 

「ば、馬鹿にすんな!」

 

「ああは言ったけど、だってはぐりん好きじゃないか。露骨なくらい見てこないし。それに、ほら。声も震えているよ」

 

「…………黙秘する。つか、それも誘惑だろ! 今から禁止!」

 

「いや、本当に大丈夫かなって思って聞いたんだけど。でも、そうなると……私やゆんゆんは勿論しないけどね。その、ゆんゆん以外に、浮気、しないでね?」

 

「しないしない。……二人だけでも俺いっぱいいっぱいなのに。流石に手に余るから……」

 

「おっぱいおっぱい? 二人の胸が手に収まらない? 確かにゆんゆんも私も下着のサイズ合わなくなってきちゃったけど……」

 

 ……はあ!? なんなの!? 普段なら絶対言わないようなこと言って! 煽るにしても雑過ぎるだろう……!

 

「いい加減にしないと俺本気で怒るからな……!」

 

「……鼻がヒクついてるよ?」

 

「もう怒ってるの!」

 

 決して、二人のがまだまだ成長中と知って、鼻の下が伸びそうになっているのを表情筋駆使して抑えているとか。……そういうのではない。ないったらない。

 

 俺は苦し紛れに言ったけど、あるえは先ほどからしていた揶揄うような表情をやめる。

 

 かわりに照れたように頬を掻きはじめて。

 

「わかったよ。流石に今ここで狼になられたら困るからね、この辺にしとくよ。……でも許してほしいんだ。しばらくそういうことはお預けってことだろう? はぐりんと出来るかなって、ちょっと期待していた自分が居るんだよ。……えっちでごめんね」

 

「……うっ、変なこと言いながらそんな真面目に謝られると、なんか俺反応に困るんだけど」

 

「やっぱりダメ、かな? キス、とかさ……」

 

 急な上目遣いにドキドキする。……まあ、うん……そうだよな。別に成人するまで全部の身体的接触を禁止するわけじゃないんだし。

 

「その。1年後ぐらいには? まあキス、ぐらいはしても……いいかな」

 

「……はぐりん……それは」

 

 信じられないと言わんばかりの顔。言外に遅いって物語ってる。

 

 けどこればっかりは譲れない。本音を言えば、俺だって。

 

「く、唇以外で。それ以外なら、うん。……俺も我慢できると思うから」

 

「むぅ、わかったよ。はぐりんが狼にならないため私も我慢するよ。それ以外で、しても良いことは何かあるかい? えっちな私が提案したらはぐりん全部ダメっていうだろうしね」

 

「えっちって……んんん、言いたいこと色々あるけど、堂々巡りになるから後でな。覚えてろよマジで。……そうだなぁ……あ……いや、うん、あんまり思いつかないな」

 

 あれもダメ、これもダメで不満があるのはわかる。けど俺も、そういう言い方をされて思いついたことは、全部口に出すのを憚られることばかり。

 

 あるえが自分のことを、えっちだなんだと言ってるってのもあるんだろうけど……俺も欲求不満だよなぁ、これ。

 

「うーん。思いつかないなら、提案しても良い? ……そのギュって抱きしめたりするのはするのはダメかな?」

 

「キスするのは良いしな……いや唇同士以外でだけど。その、まあ俺としては良いかな? そこまでえっちではないし。大丈夫だと思う……?」

 

 やったと、嬉しげな様子。……それに何か引っかかりを覚えはしたけど、多分大したことじゃないと思い、見過ごした。

 

 




センシティブとは……うごご。

遂にお気に入り件数200件を突破いたしました。ありがとうございます。
評価も頂きありがとうございます。感想もくれたら嬉しいです。
各話にこのすばコソコソ話改めtips更新中。小ネタや補足になってますので、本編外で気になることがあれば対象の話に随時追加していくかもしれません。

tips
紅魔族随一のえっち作家になりそうなあるえ。はぐりんの前では色ボケなところが目立つが、女子クラスの中では変わらずミステリアスなキャラを被りつつ、小説家の道を目指しながらクラス内成績3位を維持するめぐみんやゆんゆんとは違った天才肌。めぐみんやゆんゆんは席が離れているため原作では知り得なかったが、実は既に詠唱の暗記は全て終わってる(独自設定)(独自設定とかオリ設定って言い方に苦手意識ある私です)


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14 誤解と抱擁と

 

 期待に満ちた表情であるえが言う。

 

「……じゃあこれが本当に最後の確認だけど。本当に抱擁はしていいんだね?」

 

「さっきから良いって言ってるじゃん。……口同士以外でキスするぐらいだから良いって」

 

 キスだのなんだのと言うのに抵抗のなくなってきた、二回目の再確認。流石に「しつこいな」と、一言口から出かかった。

 

 でもそう思ったのは顔に出たのかもしれない。あるえは納得した様子を見せて。

 

「わかったよ。もう執拗には言わないよ──それじゃ、帰ろうか?」

 

「え、もう良いのか?」

 

「うん。きっとゆんゆんもそれぐらいで我慢できると思うから」

 

 あるえはそう言うとベンチから立ち上がりスカートを払う。

 

 ……抱擁。ぎゅっと、抱きしめる。そんな程度で女の子は良いものなのだろうか。

 

 つい先ほどまで、聞いてる方が恥ずかしくなるくらい、イチャイチャしたいと言ってた気がするけど。

 

 それにしても不思議だ。普段から作家らしい振る舞いを、とミステリアスなキャラ作りを欠かさないぐらいなのに。

 

 恋愛っていうのは人を変えるもんなのかなぁ。……俺も、あんな弱弱しい姿は見せるつもりなかったんだけど。格好悪いところは出来るだけ見せたくないのに。

 

 自己嫌悪に陥りそうになる俺を他所に、あるえは「それに」と話を続ける。

 

「あまりゆんゆんを除け者にしてこういう話をしてもね。妬いちゃうだろうし」

 

「ああ、うん。……嫉妬したゆんゆん恐いもんな」

 

「え、そうかい……?」

 

 あるえは知らないのかもしれない。

 

 ……魔物相手には感じない、あの別種の怖さを感じる、光の無い目をしたゆんゆんを。

 

 

 

 用の無くなったベンチを後にして、公園の出口へ向かう。

 

 見慣れた制服の女子が一人、丁度公園に入って……って。

 

「あれ、ゆんゆん? ……どうかしたのかい? そんな浮かない顔をして」

 

「……うん、さっきぶりね、あるえ。それに……っ!? ……はぐりん」

 

 俺の顔を見てビクリと肩を震わせるゆんゆん。……なんか俺しただろうか。

 

 いや、心当たりないから。責めるような視線はやめて欲しいぞ、あるえさんや。

 

 

 

 ……と、思っていると。

 

「──くらうがいいッ!」

 

「かは――っ!?」

 

「めぐみん!?」「はぐりん!?」

 

 頭に葉っぱを引っ掛けためぐみんが何処からか飛び出してきた。

 

 ──俺は、体重の乗った飛び蹴りを背中に受けて、しばし悶絶。

 

 回復魔法が使えるようになったのは暫くして呼吸が出来るようになってからだった。

 

 ……めぐみんの全体重が乗った良い飛び蹴りだった。俺でなきゃ死んでたな。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 浮かない顔したゆんゆんを連れて再び、さっきのベンチへ二人並んで座る。

 

 俺の事が気になる、というか何か言いたそうな雰囲気をずっと出していたので、落ち着いて話を聞くことにした。

 

 ……で、あるえはというと。

 

「放してくださいあるえ! 私にはあの男を殴る権利があるはずです!」

 

「いや、多分だけどそれはゆんゆんの権利だよ。それに君がやったのは蹴りじゃないか。めぐみんは向こうで、この暴行事件の事情聴取するからね」

 

「何を言いますか! あの子を泣かして他の女にうつつを抜かしている野郎には鉄拳をですね!」

 

「はいはい。……というか、その他の女って私の事だよね!?」

 

 俺に襲い掛かろうとするめぐみんを羽交い絞めにして、少し離れたところへ行ってくれた。

 

「離せええ! 頭の後ろに胸を当ててこの私への当て付けのつもりかー! 本当にえらい目にあわせてやりますからねッ!?」

 

 なんて叫びながら連れて行かれるめぐみん。……なんか、全然話はしてないけど事情はわかったかもしれない。

 

 大方ゆんゆんを着けてたとかそんなとこだろう。それなら、ゆんゆん大好きなめぐみんに蹴られても仕方がない。しょうがないやつだ。

 

 報復は無しにしてやろう。……けど、今度ウチ来たときは一品おかず減らしてやるからな。覚悟しとけよ。

 

 

 

 ──大人しくなったらしいめぐみんの様子が気になるところだけど。

 

 ……ゆんゆんから聞いた話には、大いに心当たりがあった。

 

 ふにふらとどどんこ。二人と寄り道をすることになり、めぐみんや俺、あるえのことが気になりながらも、ゆんゆんは浮かれ気分で喫茶店に入った。

 

 でも、それは最初だけ。飲み物と、甘いものを注文して、やれ前世の恋人がとか、ダンジョンの奥に囚われた運命の人が、なんて変な恋バナをしたかと思ったら。

 

 二人の表情が暗く重苦しいものになる。

 

 そしてゆんゆんは──友達になる前に企んでいたことを、ふにふらから。そして、俺がそれを知って怒ったことをどどんこから聞かされた。どうしても薬が手に入らなかった場合、俺が用意するなんてことも。

 

 そう。……二人はあの時のことを。包み隠さず、正直に、渦中から蚊帳の外へと追いやられたゆんゆんに話したのだそうだ。

 

「──……私、そんなこと全然知らなくて。二人が……言い方はあれだけど……お金欲しさに私に近づこうと思っていたって謝られて……そんなの全然今まで分からなかった。……ねぇ、はぐりん。あの二人が『病気の弟の為の薬を買うために』って言ってたのは本当、なの?」

 

「ああ、多分本当だよ。確かめてはないけどな。俺と話した時も、かなり切羽詰まった感じがあったから」

 

「そう……」

 

 俺が質問に答えても、ゆんゆんの顔は曇ったままだ。その原因には気づいている。

 

 ──正直予想外だった。あの二人、俺と話したときはこんなこと話しそうな雰囲気じゃなかったから。

 

「なあ、ゆんゆん。俺に二人の話を聞きたいんだろうけど。……帰り際、二人はなんて言ってた?」

 

 俯き、首を横に振る。

 

「……何か言おうとはしてた、と思うけど。……支払いだけおいて飛び出してきちゃったから……」

 

 それは残念。でも、何かは言おうとしていたわけで。

 

 俺も二人が何を言おうとしていたかは勘付いただけで、確証があるわけじゃない。けど、この勘の確度はきっと高い。

 

 ……これが他人のことならきっとゆんゆんも、もう気づいていてもおかしくないはずなんだけど。

 

 でも、自分のことだから。それも友達のことで、考えが至ってないんだろう。

 

 ──さて、と。今度は俺の話す番だ。友達の存在に憧れるあまり、誤解をしてしまうゆんゆんに。

 

 それに多分ゆんゆんが落ち込んでいるのは、ふにふら達二人の所為じゃなく、……俺の所為だろうし。

 

「そっか。それは、まあ。しょうがないか。じゃ、俺の話を聞いて欲しい。……まずなんで二人がそんなことを話してきたか、わかる?」

 

「…………罪悪感?」

 

「多分それもあるだろうな。でも、罪悪感があるってことは、ゆんゆんを騙して悦に浸るような……そんな二人じゃないから。ゆんゆんは安心すればいいよ。彼女たちも本当は悪い子達じゃない」

 

「そう、……うん、そうだよね。二人とも魔が刺しちゃただけっていうか……」

 

「そうだよ、ゆんゆん。薬を買うお金のことで頭がいっぱいになって無かったら、あの二人もこんなこと考えつかない筈だ。……でも、俺はその、ゆんゆんからお金を巻き上げようとしてたことに、我慢できなくて怒ったわけだけど」

 

 あの時は少し、感情の抑制がうまくできてなかったなあ。二人には悪いことをした。

 

「私が先にお礼を言うべきだったのに。私ったら……自分のことばっかりで。ごめんなさい……それから、二人を止めてくれてありがとう、はぐりん」

 

 精一杯取り繕って、ゆんゆんが言う。……そんな無理をしてまで今言わなくてもいいのに。いや、俺が言ったからか。

 

 言わなきゃよかったと少し反省をする。……ゆんゆんは優しいよ。本当にもう。

 

「ううん、気にしてないから。俺が好きでやったことだし……ごめん、話が逸れた。……それじゃあ、次に。二人がなんで罪悪感を感じて、ゆんゆんにこの話をしてきたか。わかる? 嫌われるかもしれないのに」

 

 二人が打ち明けてきたのはきっと罪悪感からだけじゃない。……でも、これはゆんゆんも気が付いてるはずだ。

 

「そんな、でも。……あ、ありえないから。私なんかに。めぐみんの言うように騙されやすくって、ちょろい私と、だなんて……」

 

 やっぱりわかってる。あとはもう、認めるだけ。

 

「いいや、違うよ。友達になる、ならないはまず自分がそうなりたいか、なりたくないかだよ。……二人は少なくとも最初は、君と仲良くなりたくて声を掛けてきてくれたはずだ。それが俺に言われたからなのか、お金を巻き上げようと考えてから、なのかで言えば大差はないかもしれないけど」

 

 ゆんゆんがハッとした顔を一瞬してから俯いた。あの二人が何と伝えたかは知らないけど、やはり俺が()()()()()()()もゆんゆんは聞いてたようだ。

 

 ……ゆんゆんのことだから、俺が何でそんなこと言ったか邪推したに違いない。

 

 これが多分、落ち込んでいる一番の理由。……俺がゆんゆんのことを遠ざけようとするために、とか。そんなことあるはずないのに。

 

 仮に俺がゆんゆんと普通に恋仲なら、ゆんゆんもそんなこと思わないのかもしれないけど。でも違う。あるえがいる。

 

 ゆんゆんは頭でも理解して納得もして、あるえのことを受け入れている。けど、不安なものは不安なんだ。

 

 自分が邪魔になったんじゃないかとも、思ったのかもしれない。

 

 ……ふとあるえが気になって、そっちを見ると茂みを挟んだ向こう側に少し頭が覗いている。盗み聞きしてるなぁ、あれ。

 

 そして黙りこくるゆんゆんを再び見据える。

 

「ただ、ゆんゆん。……二人が今日、ゆんゆんに話したのはちゃんとしたかったから──だと思う。君と仲良くなりたかった。でもそれは初めと違って、君のことを知った他でもない自分たち自身の意思で。嫌われることを覚悟してでも、負い目を感じることなく君と仲良くなりたかった。俺は少なくとも話を聞く限りそうなんじゃないかって思うけど──ゆんゆんは二人と仲良くなりたい?」

 

「……っ」

 

 ゆんゆんは黙ったまま、顔を上げて俺の顔を見る。怒りたくても怒れない、そんな悲しい顔で。

 

 そんな顔をされると、キュッと胸の奥が締め付けられる。好きだなんだとゆんゆんに言った癖に、俺って奴は……。

 

「……俺が、君と友達になるように言ったこと」

 

「……っ」

 

「いつかは俺も話そうと思ってた。けど今は……ゆんゆんが悲しむと思ってさ。いや、言い訳だな……ごめん。君を騙すようなことをして、二人に話させて本当に、ごめん」

 

 ──こんなことしか言えない自分に嫌気がさす。

 

「……それはでも私が、不甲斐ないから、だから。……でも。ねえ、はぐりん……どうしてなのかだけは聞かせてほしいの。なんで二人に、私と仲良くなるよう言ったのか。その、私、もしかしてはぐりんが私のことが、き、嫌いに」

 

「なるわけない!」

 

「っ!?」

 

 食い気味に言う。最後までは聞きたくなかった。

 

「ごめん、大きい声出して。……ゆんゆんのことが嫌いになったわけでもなく俺は、ただ切欠になればと思ったんだ。二人がゆんゆんと仲良くなるきっかけに──だから嫌いになんて絶対なってない、ならないから。安心して欲しい。……その、誤解なく聞いて欲しいんだけど。あの二人はゆんゆんと同じくらい優しいからさ、きっと仲良くなれると思って俺、言ったんだよ」

 

「……二人が?」

 

 徐々に表情が明るくなってきた。というか照れてるみたいだ。

 

 元気づけるためとはいえ……なんかこんな話するの、俺も照れくさくなってきた。

 

「あ、ああ。……ふにふらは、弟の為になんでもしようとする非情さはある。けど、それは大切に思っている優しさの裏返しだ。そしてどどんこは、友達の弟のために一緒に泥を被ろうとするくらい、ふにふらとその弟のことも大切に思ってる。……そうだな、話しててお互いが紅魔族随一を名乗れるくらいには、友達思いなんじゃないかなと、俺は思ったよ」

 

 少なくとも、彼女たち二人はお互いを大切に思ってる。

 

 それは俺や、あそこで盗み聞きしている二人よりも、ゆんゆんの方がわかってる──店を飛び出す間際、言おうとしていたことについて、ゆんゆんも察しがついたようだ。

 

「え、あ……嘘、わ、私……何も言わずに……!」

 

 最後まで話を聞かず、自分が逃げ出したことを気に病むゆんゆん。

 

 あの二人は、聞けばきっとゆんゆんが喜ぶことを言おうとした。『友達になってください』ってのは紅魔族的じゃなくてベタかもしれないけど、多分そんなことを。

 

 でも、それはもう二度と言ってもらえないかもしれない。けど。──ゆんゆんが言うことなら出来る。

 

「じゃあ、明日会ったら勇気をだして言おう、ゆんゆん。今度は君から。……もう一度聞くけどゆんゆんは、ふにふらとどどんこ、二人と友達になりたい? ……ゆんゆんからお金を巻き上げようと企んで、それが露見して、俺に怒られて、君と友達になれと俺に強要されたかもしれない……そんな二人と。ゆんゆんは友達になりたい?」

 

「そんな意地悪な言い方しないでよ! 強要なんてしてないじゃないのはぐりんは! ……確かにそう言われるとちょっと考えるけど。……でもっ!」

 

 いつもの調子が出てきた。

 

「でも?」

 

「わ、私! 友達になりたい! 二人とっ……!」

 

 そこまで言えたら十分だ。ここに来るまでに大雨が降ったあとみたいな顔も、すっかり晴れたみたいで。

 

「うん。じゃあそれを俺じゃなく彼女たちにそれを言おう。今日、先に飛び出して帰ったことを謝ってからね」

 

「うっ……できる、かな……自信、ないなぁ……」

 

「あそこの二人にちゃんとゆんゆんが言ったか確認するから、言わないのは無しな?」

 

 あるえとめぐみんの頭が震える。「バレてたか」「バレてますね」って二人してなに言ってんだか。

 

「……ぅぅ、が、頑張るねっ……!」

 

 すっかり元気になって意気込むゆんゆん。

 

 成長した。本当に。……身体はともかく心が。

 

 ……まだまだ心配なところはあるけど、でもこれでもう一人でも友達が──……。

 

 いや、駄目だ。まだまだ、俺が支えてあげないと。

 

 そんな言い訳を自分にする。でもどんどんゆんゆんに対する感情が胸の奥から溢れてくる。

 

 可愛い、愛おしい、触りたい、感じたい、という正直な感情。

 

 ──悲しませた癖に。浅ましい、自分の欲求が。

 

「ゆんゆん。抱きしめても良い?」

 

「え、今なんて──ちょ、ちょっと!? はぐりんっ……!?」

 

 でも、もう駄目だ。答えを聞く前にゆんゆんを抱きしめた。色んな感情が溢れてくるのが止められない。

 

 もう自分に言い訳できない。俺だ。彼女が心配だから……じゃない。好きだから。

 

 厚顔無恥なのはわかってる。でも、俺は、彼女の側に居たい。

 

「あ、ああ!? あの二人、抱き合ってますよ!? というかはぐりんから!? あるえはいいんですか、あれ!?」

 

「あれは良いんだよ。あー、先越されちゃったなぁ……」

 

「ええ…………?」

 

 なんか二人が言ってるけど知らない。そんなことより、こうして。体全部で好きな子のことを感じてたい。

 

「ちょ、ちょっとぉ! は、はぐりんっ! あ……! あの、ふ、二人が見てるから! ……も、もお……!」

 

 あたふたとして、耳の先まで赤くしている。嗚呼、匂いもこの体の柔らかさも何から何まで、可愛い。この真っ赤な耳も、食べちゃいたいくらいに。

 

 ……あるえにキスより大したことないって言ったけど、これ結構えっちぃ気分に……や、全然大したことないから黙っとこ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「まったく、声を掛けなければ何時まで抱き合ってたんでしょうかね、この二人は! 見てる方の気分にもなってくださいよ!」

 

「面目次第もない……」

 

「…………うう、はい」

 

 ベンチに座ったまま、ゆんゆんと二人めぐみんの説教に肩を狭める。

 

 見なきゃいいじゃん、と言いたかったけど。実際、二人に見られているのは承知のうえでやったことだし。

 

 ……ただ、ゆんゆんが真っ赤になって口を聞いてくれないくらいやってしまったのは素直に反省だ。でも、やりたくてやったから後悔はしてない。

 

 …………柔らかかったなぁ。

 

「あ、今はぐりん、ちょっと抱き心地を思い出した?」

 

「っっ……!!」

 

 あるえに指摘されてゆんゆんが勢いよくこっちを向く。

 

 あ、やばい、今顔に出たか。と、確認のため咄嗟に口元を触るも、特に痕跡は残ってない。……けどその反応、疑惑だけでゆんゆんの堪忍袋の緒が切れるのには充分だったようで。

 

「い、痛い! 痛くないけど! ご、ごめんってゆんゆん! つい君が可愛くて!」

 

「もお! もおおお!! そういうこと言って! 私っ! すっごく恥ずかしかったんだからねっ!」

 

 ようやっと喋ってくれた。かわりに肩をポコポコ何度も叩かれるけど、それも可愛いものだ。

 

 それに、ゆんゆんも満更でもなかったのは知ってる。途中から抵抗は止めて背中に触れるか触れまいかと、悩むように腕を動かしていたし。

 

「でも、私からしてみたら羨ましい限りだよ、ゆんゆん。……こればっかりは私が先にしてもらいたかったのに……!」

 

「それはごめ……というか、あるえね……? こんなこと、はぐりんに嗾けたのは……!」

 

 まずい喧嘩になる、と思ったらめぐみんが。

 

「あああ!! 痴話喧嘩なら他所でやってくれますか!? 落ち着いて話も出来ないんですか、二人とも!」

 

「「いや、めぐみんにだけは言われたくない!」」

 

「うぉ……な、なんなんですかその仲の良さは……。……まあ、いいですけど。……その、はぐりん。さっきはごめんなさい、つい、気が逸って私史上最高の蹴りを背中に入れてしまって……」

 

 気まずそうに言ってくるめぐみんへ、俺は努めて朗らかな表情で。

 

「ハハハ。まあ、あのナイスキックに免じて許してやるから。……ただ、次夕飯食いに来たときお前だけおかず一品無しな」

 

「ありがとう──って今なんて言いました!? 今日のおかず、一品、無し……!?」

 

 愕然とするめぐみんに大きく一度だけ首肯する。「ああああ」と、地面に手を突いて嘆いた。……あれ、今日だっけか? めぐみん来るのって……そういや月末だな。昨日は来てなかったけど……。

 

「ゆんゆんの所為ですからねッ……!!」

 

「ええ!? わ、私のせいなの!? ……というか、めぐみんがなんではぐりんにドロップキックしたのか、私ちょっとまだよく分からないんだけど……」

 

「それは……い、一生わからないままでもいいんじゃないですかね!?」

 

 慌てためぐみんが、知らなくてもいいとシラを切る。

 

 しかし事情を先ほど聞いたであろうあるえが。

 

「ほら、あの二人いい噂を聞かなかったじゃないか。それでめぐみんはね、今日ゆんゆんのことが心配だから後をつけて」

 

 盛大にぶっちゃけた。ああ、やっぱり……。

 

「うああああああああ!! あるえ! 誰もそんなこと言ってないですよね! ね! 違います! 違いますからね!? あれは仮に一人で帰っていても、もしもの時囮になる人間が近くにいればいいなと思っただけであって……ちょっとはぐりんはどうして笑ってるのですか! 何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」

 

 真っ赤になって否定し、立ち上がってあるえの服を引っ張るめぐみん。あるえは事実を言ったまでと、どこ吹く風でつい笑ってしまった。

 

 それにめぐみん凄い慌てようだから、つい。くく。

 

「い、いや。ごめ……。……ふう。やっぱりめぐみんは、ゆんゆんが大好きなんだなって」

 

「な、なな!? 何を言っ──」

 

「そうなのめぐみん!? あ、その……気持ちは嬉しいけど、わたしの好きな人は──」

 

「人の話を最後まで聞かずにあなた達は! だ、別にゆんゆんのことを誰も大好きだなんて言ってないのですが!? 誤解を招くようなことを言わないでもらえますかはぐりんッ……っ!!」

 

 今日の晩飯のおかず一品無しが気にかかってるのか、俺へと今にも襲い掛かろうとするのを必死で拳を握り締めて堪えているめぐみんに、いつの間にかノートとペンを構えたあるえが。

 

「うん、小説に参考になりそうだ。ナイスツンデレ!」

 

「────!!」

 

 キレためぐみんがあるえに襲いかかる。

 

「ちょ、っと!? どうして私に!? 痛い! 痛いよ! 捥げちゃうから! 胸を、胸を揉むのやめさせてはぐりんっ!! ぃやんっ」

 

 執拗に胸を掴み、揉むなんて生易しいもんじゃない手付きで、めぐみんが──

 

「は、はぐりんは見ちゃダメ!」

 

 ごめん、あるえ。見た……助けたいのは山々だけど。

 

 ゆんゆんに目隠しされてるから、あるえには自分でなんとかしてほしい。

 

「この、この! なんなんですか、この無駄肉は!」

 

「やめ、やめてよめぐみん! ……ひゃんっ……」

 

 滅茶苦茶気になるところだけど、残念なことにゆんゆんのガードは固く、視界は真っ暗闇で閉ざされている。

 

 ……そんなゆんゆんは。

 

 揉み合う二人に、困った素振りを見せながらも、どこか笑っているようだ。

 

 

 

 




イチャイチャ既にしてるんだよなぁ。(溜息)
はぐりんの視点ばかりですが、裏ではちゃんとそれぞれに登場人物達は動いているので、推察しても良いかもです。

感想評価有難うございます。進展あまりしなくて申し訳ないです。
ですが書きたいところはしっかり綿密に描写したいので、許してくださいなんでもしますから!(何でもするとはry)


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15 許嫁と従妹たちと

遅くなりました。


 報復してツヤツヤとした顔のめぐみん、涙目のあるえ、ご機嫌なゆんゆんと別れた後は寄り道することなく家まで帰ってきた。

 

 帰宅を姿の見えない母さんに知らせると、遠く、工房の方から返事が返ってくる。

 

 手洗いを済ませたあとは制服のまま、母さんの声のした方へ。

 

 部屋を区切る扉を開けて中へ入ると、フラスコやガラス瓶の中に入った色取り取りの液体が炙られ揺蕩い、あるいは冷やされ停滞している。

 

「はぐりんー? おかえりー。あ、そこ、爆発ポーションあるから気を付けてね?」

 

 入ってきた足音に気が付いたのか、振り返り母さんは注意を促してくる。

 

「……なんで爆発ポーションなんか作ってるんだよ。それも一番取り扱いの難しい衝撃受けたら爆発する奴じゃん……」

 

 よく、()()ひょいざぶろーさんが作ってる癖の強いポーションの一つだ。爆発ポーションなんて使いどころの難しいもの、どうしたって作ろうと思うのか。調合の発見者だから、いつか役に立つ……なんて思ってるのかもしれないけど。

 

「兄さんの作ったものだから凄く癪だけど、先天性の心臓病に効く薬になるんじゃないかーってさっき『通信魔法』でお父さんが」

 

「うへぇ。また親父はそんなことを……」

 

 けど適当に言ってるわけじゃないんだろう。きっと今回も──

 

「まあ元はといえば王都の貴族からの依頼だからね。そんなにお父さんのこと邪険にしないであげて。実際それに近しい効能はあるみたいだし」

 

 ……やっぱりそうか。一体全体どこからそんな情報を仕入れてくるのだか。

 

「別に邪険にしてるわけじゃないよ、母さん。……最近ウザいんだよ」

 

「ふふふっ……まあまあ。でもホント、なんでそんなことお父さん知ってるのか不思議よねー。ポーション作製に詳しいわけじゃないのに! お蔭で意欲が湧いて湧いてしょうがないわ……!」

 

「倒れないように気を付けてよ……」

 

 まったく。仕事熱心なのはいいけど、この前みたいに倒れられたら目も当てられない。

 

「わかってるわよう……。それで、はぐりんはどうして工房に来たの? いつもは危ないからあんまり近寄らないようにしてるのに。何か作りたいものでもあるの?」

 

 母さんにはお見通しのようだ。

 

「うん。まあ、ちょっと。……病治療ポーションって材料ある?」

 

「あ、あー……丁度ネギをそれに使おうと思ってたんだけど……急ぎかしら?」

 

 衝撃爆発ポーションを指して母さんが小首を傾げた。

 

「いや、それなら大丈夫。多分その辺歩いてたら居るだろうし、ちょっと譲ってもらってくる」

 

「普通出歩いてるだけで出会えないんだけど……あ、邪神の下僕がうろちょろしてるらしいから、気を付けてね? はぐりんが倒したって聞いたけど、偶々弱い奴に当たっただけかもしれないからね?」

 

「うん。わかってる。いってきまーす」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 相変わらず心配性な母さんに見送られ、工房の勝手口から外へ出た。

 

 

 

 ──30分後。困ったことに今日はとんと見つからない。いつもは20分もすれば見つかるのに。母さんの言うように、いままで偶々運が良かっただけで、早々見つかるもんでもないか。

 

 気に入られてるのか、っていうぐらい見かける時は見かけるから。……今日に限ってこうも見つからないと、嫌われたのかと思ってしまう。いや、野生のカモネギ相手に何思ってんのかって話だけど。

 

 もしかすると邪神の下僕が彷徨いてるせいかもしれない。

 

 ……そんな気落ちをしながら家の前まで帰ってきたら。

 

「あれ、ゆんゆん?」

 

 買い物かごに食材らしきものを入れたゆんゆんが居た。

 

「う、うん……あの、その……えっとね? その八百屋さんでお野菜が美味しそうだったから」

 

「うん……? ああ……」

 

 緊張してるのはわかるけど、もうちょっと落ち着きを持って話せばいいのに。目も真っ赤だし。

 

「その、今日はぐりんの所にめぐみんが来るって聞いて。お肉も安くしてもらえたし……。だから晩御飯に……お、おお、お鍋でもいっ──したらどうかなぁ……って……ぇ」

 

 ……絶対今、言いかけた事言い直したなゆんゆん。そして自分の発言でしょぼくれている。

 

 こういう嗜虐心擽られるようなことするから、めぐみんに意地悪されるんだ。何が言いたかったのかはわかってるけど……俺も少し意地悪したくなってきた。

 

「じゃあ有難くもらおう。お金は今度払うよ」

 

「あ……」

 

 素っ気ない素振りをし、受け取るだけ受け取って、ゆんゆんに背を向けて玄関の方へスタスタと歩いていく。

 

 扉を開き、振り返ってゆんゆんを見るとその場から動かないまま、肩を落として落ち込んでいた。

 

「ゆんゆん?」

 

「え、あ……ごめんね、私もう……」

 

「中へどうぞ?」

 

 もう少し自分の言いたいことを堂々と主張してくれれば、こんな意地悪しなかったのに。

 

「は、はぐりんっ……!」

 

「ごめん、つい出来心で。……いらっしゃい、ゆんゆん。そして、ようこそ久しぶりの我が家へ」

 

 さながら高級レストランにでも連れて入るかのように、エスコートの真似事をして。

 

「う、うううう!」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「もう、はぐりんっ! 意地悪しないでよ!」

 

 ゆんゆんにぽこぽこ殴られた。

 

 

 

 ……ちなみに、探しに行くはずだったカモネギのネギは、ゆんゆんの持ってきた食材に交ざってた。

 

 もう帰ってきたのか、と若干呆れながら出迎えてくれた母さんが、「嫁がネギ背負ってやってきた」と漏らして、ゆんゆんが真っ赤になった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 グツグツ。トントン。

 

 鍋が煮える音と、包丁で野菜を切っている音が台所から聞こえてくる。

 

 母さんのものだ。

 

「ごめんなさい。私もお手伝いをしようと思ってたんだけど……」

 

「まあ、しょうがないよ」

 

 ゆんゆんの家にお邪魔することは多々あるけど、彼女がウチに遊びに来た記憶はあまりない。

 

 一応お客だからゆっくりしてれば良いのに、ゆんゆんは持参した白地に花柄のエプロンを着けて張り切っていた。……というのはついさっきまで。今は鮮度の良い野菜相手に手伝いを断念して、俺とボードゲーム中だった。

 

 今何でもないかのように母さんは調理してるけど、高レベルの《料理》スキル持ちだからな。下手に手伝えば逆に準備が遅くなることもあってゆんゆんはしゅんとしてた。

 

「……うう。新鮮過ぎるのを買ってくるんじゃなかった……王手」

 

「ん? あ、しまった……。……じゃあこれで」

 

 手伝いの名残惜しさからかエプロンは着けたまま。子供っぽさが抜けないけど中々……。

 

 うーん、まるで本当にゆんゆんがお嫁に来たかのようで……んんっ。考えないようにしないとだらしない顔になりそうだ。つか滅茶苦茶劣勢でまずい。

 

 気分転換にふと窓の外を見たらともうすっかり日が傾いてる。

 

「めぐみんのやつ遅いなぁ……」

 

「そうなの?」

 

「もしかするとお風呂入ってるのかもしれないな。……こっちの風呂に入ってから帰ればいいのに」

 

「へ、へー。めぐみん、はぐりんの家でお風呂入ったりするんだ……も、もしかしてそのまま泊まったりも……?」

 

「あー、うん。まぁ、ちょっと前まで泊まったりもしてたけど……こめっこちゃんが俺ん家の子宣言をおじさんにしたとかなんとかで最近は泊まらず帰るようにしてる……──って。ああ、いやその。ゆんゆん、気に障った?」

 

 盤面のこと考えながら言ったせいで、ゆんゆんがどう思うかなんて考えてなかった。

 

「べ、別に。そんなことはないけど……。……二人は従兄妹なんだし」

 

 全然そんなことある様子で俯く。……滅茶苦茶気にしてるな、これ。

 

「──……どうして、ゆんゆんがいるのでしょうか?」

 

「にゃーお」

 

「ぼっちのゆんゆんだ!」

 

「めぐみん!? というか、こめっこちゃん!? あんた、なんてことこめっこちゃんに教えてるのよ!」

 

 ゆんゆん座るソファを挟んだ後ろに、いつの間にか家の中に入ってきていためぐみんとこめっこちゃんが居た。こめっこの手から逃れたクロも二人の足元で鳴いている。

 

「ちょろいゆんゆん! どうして兄ちゃん家にいるの?」

 

「こめっこちゃんっ! だから、もおお! めーぐーみーんーっ!!」

 

 こめっこがずばずば棘のあることを言うが、当たるわけにはいかず、めぐみんへと襲いかかるゆんゆん。

 

「ひ、引っ張らないでくださいよ! 私も知りませんから! 服が、服が伸びるでしょうが! うぇ……きもちわる」

 

 これはまた、一気に賑やかになったなぁ。

 

 

 

 台所から顔を覗かせた母さんがめぐみんに声をかけて、その隙にめぐみんはゆんゆんの手から逃れた。

 

 そして爆弾発言をしたこめっこに話を聞くと、こめっこちゃん家のご近所さんであるぶっころりー曰く、

 

『寂しがりの構ってちゃん。なのに友達の居ない奴のことをぼっちって言うんだよ』

 

 とのこと。

 

 

 

「かー! あのニートは! お陰でとばっちり受けました! 今度会ったら容赦しませんから!」

 

「でもそれってめぐみんがこめっこちゃんに、私のことを変な風に話したからじゃないの? 別にその、ぶっころりーさんって人が悪いわけじゃあ……」

 

 ──いいか、こめっこ。よく見てろよ? 

 

 ──兄ちゃん何すんの? 

 

「何を甘っちょろいこと言ってるんですか。あのニートはさっきみたいに、無知で幼気なこめっこに変なことを教えこむ穀潰しなのですよ? アレさえ変なことを教えなければ、こめっこがあんな風に人を悪く言うわけがないじゃないですか。事実とは言え。原因は全て、あのぶっころりーにあります」

 

「……いやだから。うーん。めぐみんが家で私のことなんて風に話してるのかを聞きたいんだけど。――というか今事実が如何とか言った!?」

 

「言ってないです。あと、家でゆんゆんについて話していることを言うのはやめときます」

 

 ──耳がー……でっかくなっちゃった! 

 

 ──えええ!? すごいすごい! お耳がおっきく……あれ!? 

 

「どうしてよ! やっぱりめぐみんがこめっこちゃんに私がぼっちだの構ってちゃんだのって話したんでしょ!」

 

「…………黙秘します。というかはぐりんは何をしてるのですか?」

 

「ちょっとめぐみん話逸らさないで、終わってない……本当に何をやっているの?」

 

「何って……暇つぶし」

 

 責任の所在を追求するのを止めた二人がやっとこちらを気にしてくれた。肝心のところを見逃しやがって。

 

「もっかい! もっかいやってみせて! 姉ちゃん! 兄ちゃんの耳おっきくなったんだよ!? んで、ちっさくなった!」

 

 よしよし。成功率は『器用さ』のステータスが影響してくるらしいけど、中々うまくできたようだ。

 

「フフフ……こめっこよ。神は言っている。『芸は乞われてするものじゃない』……と」

 

「ええー!? 見たい見たい! もっかい!」

 

「そうだなー……じゃあ、そろそろ晩御飯出来上がるし。お手伝いを頼めるかな? 我が親愛なる従妹、こめっこよ」

 

「…………お手伝いするから。今じゃ駄目?」

 

「……後ならもっと凄いのみせられるんだが。そうか、いいのか……」

 

「っ!? しょうがねーなー!」

 

 ──おばちゃん、こめっこお手伝いするー! と、ソファから飛び降りて、母さんのところに駆けて行くこめっこ。本当にどこで覚えてきたんだか。また変な言葉遣いをしている。……ぶっころりーの仕業だろう。あのニート今度会ったらとっちめてやる。

 

 こめっこの座っていた場所に、入れ替わるように跳び乗ってきたクロが、そうだと言わんばかりに「にゃあ」と一鳴きして頭を太腿に擦り付けてくる。……猫にしては人懐っこいよなあ。さっきもこめっこと一緒に俺の『宴会芸』に驚いてたりしていたし。

 

 なーんか引っかかってるんだけどなぁ。喉元まで出かかって、小骨が刺さったような感覚がしてもどかしくて仕方がない。

 

 ……さて、それはさておき。

 

 こめっこが手伝いに行って、黙ったままクロを撫でる俺。そして気まずそうにする二人。

 

 これから鍋食べようっていうんだ。険悪な空気で食べる鍋ほど美味しくないものはない。……まったく二人は何時までやるつもりだったのやら。

 

 家族以外の人と大勢での食事に慣れてないゆんゆんは、まあしょうがないとしても。めぐみんはそれを理解してない訳じゃないだろうに。

 

「……あの、はぐりん」

 

「はあ。気にすんな。さ、食べる準備しよう」

 

 それに、こめっこの相手をしていたのは好きでやったことだから。一々気にされても困る。

 

「……??」

 

 色々とわかってない様子のゆんゆんは、言葉少なにやり取りをする俺とめぐみんにオロオロと困惑していた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「こら、こめっこ! せっかく具材が沢山あるんです! お肉ばかりとっては……!」

 

「姉ちゃんはいやしんぼ」

 

「別に私がお肉食べたいから野菜を食べろと言っている訳じゃないですよ! ……いいんですか、こめっこ。はぐりんのお母さんやゆんゆんみたいな体型になりたくないんですか?」

 

 なんだその言いくるめ方。自分がなりたいからってそんな……。

 

「……。……わかった、食べる……おかーさんや姉ちゃんみたいになりたくない」

 

「……。えらいですよ、こめっこ。──そういうわけでっ!」

 

 こめっこに何か言いたそうにしていためぐみんは。

 

「あああ! どうして! なんでめぐみん的確に私が取ろうと思ったのをとってくのよ! ほかの取ればいいじゃない!」

 

「おっとなんですか、その顔は。ゆんゆんが食べようとしているものを私が食べれば、同じような体型になれるんじゃないか……なんて思ってないです、ええ、全然。偶々ですよ?」

 

「そんな見え見えな嘘つかなくても……ってまた取った! まだお皿に残ってるじゃないの! 私全然食べれてない……」

 

 相変わらずいじめっ子を発揮させているめぐみん。いや、少し必死すぎる。

 

 流石にゆんゆんが可哀想になってきたので代わりに小皿に一通り取っていく。

 

「ん、どうぞゆんゆん」

 

「あ! ずるいですよゆんゆん!」

 

「何がずるいのよ! あんたが私の取らなきゃいいだけじゃない! ……ありがとう、はぐりん」

 

「どういたしまして。……めぐみん、あんまりゆんゆんを虐めてたら、昼間に言ったおかず一品抜きを発動させてもいいからな」

 

「昼間の……んんん!? な、鍋、ですよ? まさか鍋が一品なわけじゃないですよね!? だってこれをとりあげられたら何も残らない――」

 

「一品は一品だろ?」

 

「ごめんなさいもうしませんからゆるしてください」

 

「よろしい」

 

 そんな俺とめぐみんのやり取りを見ながら笑顔で食べていた母さんは。

 

「娘が沢山出来たみたいで嬉しいわねー……ゆんゆんちゃん早くウチの子にならない?」

 

「うぇ!? ……あのぅ……それは、まだその。早い気がする、ので……」

 

 言ってやってくれゆんゆん。まだ12歳だぞ、俺たち。適齢期も迎えてないって。

 

「そう? もうそろそろ良いと思うんだけど……」

 

「それに! その、はぐりんと冒険者をやる約束してて……」

 

「…………へぇ、ほー。やるわね我が息子」

 

「母さん後で話すけど、絶対今考えてるような事しないから! つか今食事中!」

 

 どうせ冒険者稼業してる間に──とか考えてるに違いない。

 

「わかったわかった。でも、私が何考えてるのか察せる辺り、はぐりんって大分ませてるからね? ゆんゆんちゃん、気を付けてね?」

 

「え、何をですか? というかなんなんさん、一体何を考えて……?」

 

「……ゆんゆん、追及するな。墓穴掘るから。母さんの言う事は無視すればいい」

 

 ゆんゆんにとっては、敷居の高いことかもしれないけど。親しい間柄でもちょっとは人に冷たく当たることを覚えた方がいい。

 

「無視だなんて、そんな……」

 

 難しい顔で野菜を口に運んでいくゆんゆん。

 

 誰にでも優しいところは俺も好きだけど、反面ちょろくて雰囲気に流され気味なのは心配になる。

 

「あの、こめっこの教育に悪いのでそう言う話するのやめてもらえますか……?」

 

「姉ちゃん、何の話?」

 

「知らなくていいですよ、こめっこ。なんでもないです」

 

「ねえ、やっぱり私とこめっこちゃんだけ置いてけぼりなんだけど……! やめて、仲間外れにしないで……!」

 

 別に仲間はずれにしてるわけじゃないけど。

 

「ゆんゆん、後で話すから。この話題は一旦忘れて。──ほら、ネギが美味しそうだよ。はい、あーん」

 

「え、あ、あの! はぐりん!? その、みんな見てるから! ちょっと、そんな顔しないでよぉ……! ……あーんっ……! ……っ!?」

 

 誤魔化すためにやったけど、人前でやるのは恥ずかしいみたいだ。顔を真っ赤にして涙目にまでなってる。

 

 ……俺も恥ずかしいんだからお相子だ。お相子。

 

「兄ちゃんとゆんゆんがいちゃいちゃしてる……」

 

「見ちゃいけませんよ、こめっこ。…………あの、ゆんゆん?」

 

 横を見るとゆんゆんが顔を真っ赤にして水を……あ。

 

「ごめん! 冷ますの忘れてた……」

 

「ら、らいひょうぶらから……」

 

 全然大丈夫じゃなさそうだった。

 

 そんな俺たちの様子をこめっこちゃんが目を丸くして、めぐみんが呆れた様子で。母さんだけが楽しそうに見てきていた。

 

 

 

 ゆんゆんの口の中の火傷を回復魔法で治して、鍋を再開。

 

 締めはご飯を入れて雑炊にしたが、めぐみんとこめっこ、俺以外は手をつけることなく食事が終了した。出汁まで残さず完食である。

 

 おどおどと後片づけを母さんに申し出たゆんゆんは台所で洗い物をしているが、最後まで食べていた俺たち三人は食後の休憩。母さんはこれ幸いと早々に工房に戻った。

 

 特にこめっこちゃんはソファでめぐみんの服に涎を垂らしながら寝ていて。

 

 クロはこめっこちゃんに抱えられたまま寝落ちされて、逃げ出そうと暫くもがいていたものの、今は諦めてぽっこりしたお腹の上で丸くなっていたる。

 

 こめっこちゃんなぁ……俺やめぐみんと同じくらいの量を食べるから。毎度のこととはいえ驚きを隠せない。

 

 食べれるうちに食べとかないと、って思ってるのだろうけど……俺としては、食い溜めしなきゃいけないめぐみんのところの家庭環境に嘆くべきか、それとも冒険者になる身としては、その逞しさを見習うべきか……。

 

「いっぱい食べました……まさか鍋だとは思いましませんでしたよ」

 

 穏やかな顔でこめっこの髪を梳くめぐみん。腹が満たされているのもあるんだろうけど、いつも学校で気だるげにしている姿からは想像つかないくらい今、お姉ちゃんお姉ちゃんしている。

 

「お礼はゆんゆんにな。そういや、昨日は来なかったみたいだけど。……どうしてだ? 確か昨日からだろ、おじさん達居ないのって」

 

「それが実は……。お昼を調達しにこめっこを連れてぶっころりーなんかを冷やかしにいったら、こめっこが私譲りの魔性っぷりを発揮して、おかしやら食べ物を貢がせてきたんですよ」

 

「ああ、なるほど」

 

 物乞いの真似事はするなと言うのは簡単だけど、それくらい今月末も厳しいわけか。

 

「……魔性の座を妹に譲るのに思うところがないわけではないですが、こめっこにも『紅魔族随一の魔性の妹』という二つ名が出来たので、良かったら偶に呼んであげてくださいね?」

 

「はいはい。……まぁ、でももうすぐ俺、里でるかもしれないからなあ……」

 

「え? ……ああ、もう取得できるようになったんですね?」

 

「うん。つっても、お前たちが取得できるようになるの待つつもりでいるけど」

 

「……私だったら溜まったらすぐに取得したくなるものですが、我慢強いですね貴方は」

 

「いや、ホントな? 今滅茶苦茶我慢してる。色々と取りたいスキルがあるし……」

 

「はあ。……まあ私はあの魔法しか覚える気がないので、その誘惑はよくわかりませんが」

 

 すごいよなぁ、ホント。50ポイントだっけか、爆裂魔法の取得に必要なポイント数。あと4ポイント……もう46ポイントぐらいまで溜めてるって話してたし、今日の養殖がちゃんと出来てれば今日中に取得できてもおかしくなかったのに。

 

「そういや、どうしてあの魔法を覚えようと思ったのか聞いてなかったな。どうしてなんだ?」

 

「? あれ、話しませんでしたっけ?」

 

「うん。聞いたことはない、はずだけど」

 

「……私がこめっこぐらいの歳の頃、漆黒の毛並みをした巨大な魔獣に襲われそうになったことは? 聞いたことありませんか?」

 

「それは、あるな。……それと昔、邪神の墓の封印が今みたいに解けかかったって話も。中から現れたらしい邪神が流れの凄腕魔法使いに爆裂魔法で倒され、再封印された……って確か大人たちが話していたような」

 

「……今言うと疑われそうなのですが、どうやらあの時の封印を解いたのは私みたいなんですよね。封印のパズルで遊んでたら、うっかり」

 

「おまっ……お前、俺以外に絶対言うなよ?」

 

 その頃からめぐみんの『知力』は大人顔負けだったというわけか。なんかとんでもないこと聞いてる気がする。

 

「わかってますよ。それで、現れた魔獣からその流れの巨乳のお姉さんに私は助けてもらったのです。あの爆裂魔法で。……そう、我が目標は、かの恩人に極めし我が究極の魔法を見てもらうこと。あの時助けてもらった幼子はこんなにも強くなりました、とね」

 

 微塵の羞恥も感じさせず、めぐみんは堂々と言い放った。

 

「なるほど。それは……確かにしょうがないわな。俺もお前も同じ穴の貉というわけか」

 

「私が語ったのです。はぐりんの夢について、そろそろちゃんと聞かせて貰ってもいいのでは?」

 

 ……まあ。そうか。そうだよな。

 

 そろそろ俺の目標を公言していくべきだろう。

 

 まだ、めぐみんには話したことがない俺の夢。否、目標。

 

 今まで口に出して言うのは恥ずかしくて言いたくはなかったけど。一紅魔族として、夢や目標が語れないようじゃ笑われる。

 

「我が名ははぐりん。紅魔族随一のスキルコレクターにして冒険者を生業にする予定の者。やがてこの世全てのスキルを極める者。……それが俺の夢であり目標だよ」

 

 さっきまでの穏やかな顔は何処へやら。信じられないという顔をして、めぐみんはこめっこを撫で付ける手を止めた。

 

 

 

 



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16 語らいと盗み聞きと

小説タイトル、ユーザー名他もろもろ変更しています。
本文に変更はありませんのでご報告だけ。

遅くなった理由についてはあとがきにて。




 ステータスにレベル、魔法。そして──スキル。

 

 この世に生きとし生けるもの。あるいは死して尚、その存在を世に留めるもの。

 

 人は勿論、魔物に魔族。そして悪魔でさえ取得するもの。

 

 林檎を落せば地面に落ちるのと同じ、世の摂理。他の何かの生命活動を停止させることで吸収される魂の残滓を経験値。その経験値がたまることで存在としての位階──レベルが上昇する。そして、人や人ならざる者たちは本来のステータスを向上させることができる。

 

 でも、どうしてそんなものがあるのか、気にするものは居ない。

 

 それは当たり前のものとして。あるいは、取るに足らないものとして。

 

 曰く、この世の全ては神によって作られた被造物。

 

 名を忘れられた女神に、今ちょうど里を騒がせている邪神。外の広大な世界にくらべれば遥かに狭い、この里の敷地の中にすら確かに存在している──そんな神々によってこの世界は形作られた。子どもの頃から俺もお前も、誰もが寝物語で聞かされた話。なんなら教会にいけば幾らでも詳しい話を聞かせてくれる。

 

 世界共通の常識。誰も神の不在を説くものは居ない。居る筈もない。

 

 だから、ステータスを神々によって与えられた恩恵だと言う人もいる。

 

 ……けれど、神の敵対者。悪魔、アンデットが同じように使えるものは果たして本当に神の恩恵なんだろうか。そうなると神が作ったというのも怪しい話だ。

 

 そして人ならざる者共が使うスキルを、人は使うことが出来ない……例外を除いて。だがその例外こそが、俺がこんな夢を持つに至る理由。

 

《魔法スキル》は適性の如何はあるものの、誰もが取得自体はできる。しかし選んだ職業によってスキルの取得の可否は左右される。何時、何処で、誰が決めたかもわからない枠組みによって。

 

 噂では勇者の血を引く王族しか扱えないスキルがあるらしいが、それも言ってしまえば伝説にしか聞かない『勇者』の職業に就いているんじゃなかろうか。

 

『魔法使い』が《大剣スキル》を取れないのは? 

 

『戦士』が《初級魔法》を取得できない理由は? 

 

「そうだから」と多くの人は思考を停止し追求しない。答えを知る、人ならざる者たちは語らない。あるいは人外でさえ興味を示していないのかもしれない。

 

 だって聞いても誰も答えてくれなかった。真実を教えてくれなかった。

 

 だから。

 

 この身近な謎の真相を。一つの真理の探求に──いつからか俺は魅了された。

 

『当たり前を疑う。それができれば、きっと冒険者じゃなくとも、人として大成できる』

 

 まだ俺がこめっこぐらいの時、同じように()()()へ質問して、答えの代わりに聞いた言葉。その時俺は見事にはぐらかされた。

 

 スキルが何か? それを知るために、まずはこの世にある、ありとあらゆるスキルを覚えて極める。だから俺は『冒険者』でなければならない。アークウィザードでは不可能なことを可能にするために俺は『冒険者』を選んだ。

 

 でも、それだけじゃないんだ。俺が『冒険者』を選んだ理由は。

 

 めぐみんがさっき話してたお姉さんに感じたと言うように。

 

 ──あの時、確かに俺は。

 

 職業に縛られず、数えきれないほどのスキルを使いこなし。

 

 生ける『伝説』を圧倒する父さんの背中に憧れを感じた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「で、伝説とは……?」

 

「エンシェント・ドラゴン。滅茶苦茶長生きしてるドラゴン。最上位のモンスターだろうな……」

 

 肩書だけは。

 

「!? じゃ、じゃあつかぬ事を聞きますが、あなたの父親はドラゴンスレイヤー」

 

 めぐみんの言葉を首振って否定する。

 

「……あの時は凄くカッコよかった。ドラゴンも親父も」

 

「倒してない、とでも言うような口ぶりですけど」

 

「ああ。なんか話が通じるってわかって和解した。……その討伐の理由になった悪さっていうのが、偶に人里に降りて酒と家畜を盗んでた程度で、しかもそれはドラゴンからしてみれば盗んだつもりはなく。被害に遭って依頼を出してた街と遥か昔に血の盟約……ギアスらしきものを結んでたんだと。盗んでたつもりは無かったんだ。誤解がとけたのは良いけど街の人からしてみれば結んだ覚えのない約束に一騒動。盟約ってのも、街がまだ村だった頃の話らしく、契約を交わした一族の血筋が絶えていたが発覚してな。それにウン百年以上気づかないのもどうなんだって話なんだけど。今じゃ無理のない程度にドラゴンの素材と人間の食料と酒を交換することで解決。それを親父が月一くらいで納品しに行ってる。長く生きてきたドラゴンにとって一番の趣向品なんだとさ。窮屈だからって人化出来るのにしない偏屈な奴だったよ、あのドラゴン」

 

 偉業といえば偉業なのかもしれないけど。紅魔族的にはもうちょっとパンチが欲しいところだ。あるえにまだ話したことはないけど、紅魔族の琴線に触れるような話にしてくれるかもしれない。

 

「勿体ない……ドラゴンスレイヤー……いい響きなのに」

 

「まあな。……でも俺たち学生が飲んでるスキルアップポーション、実はそいつの血で作れてるのが殆どらしいぞ? 定期的に学校に卸せてるのも親父がそいつに実力を認められて友好的だからこそだし。母さん曰く、普通のドラゴンの血より何倍も効能が高いとかで一度に作れる本数も多いらしい」

 

「そうなんですか……」

 

 俺の回りくどい長話を聞いていためぐみんはどこかそわそわとしている。

 

「どうした? 何か聞きたいことでも?」

 

「……その、自分の父親のようになりたい、というのがはぐりんの本当の夢で」

 

「おい、その言い方はやめろ。確かに後追いになるから、そう捉えられても仕方ないけど! いつか抜かすつもりで居るんだし!」

 

 大体親父の真似がしたいわけじゃない。

 

 ちょっとは格好いいところはあるけど、今じゃ基本ウザいだけだかんな! 

 

「これは失礼。『冒険者』で遍くスキルを取得して極める。私が爆裂魔法に魅了されたのと同じで、はぐりん、あなたはスキルそのものに魅了されたと」

 

「まあ、うん。……阿呆なこと言ってる自覚はあるよ。でも不思議に思わないか? なんでこんなカードでスキルが覚えられるのか。レベルが上がったら強くなるのかって」

 

 ポケットからカードを取り出し手慰みに指先でくるくる回転させる。

 

「いえ、私も不思議だなとは思いますよ。学校では色々な学説を知るだけで、何が本当かまでは追及してないですし。実際、エリス教ではステータスは神々によって与えられる恩恵だという共通認識ですから、不思議に思う人も少ないでしょう。魔物たちが持っているステータスは邪神によって与えられたものだという話ですし。私も含め、多くの人たちにとってそういうことは気になっても一蹴できる程度です。……というか器用ですね、それ」

 

 めぐみんが指先で回転するカードを目で追う。気が散るようなのでカードを弾いて消した。

 

「……それの探求を目標としてる身としてはちょっとは気にしてほしいんだけど」

 

「はぐりんにそれはお任せしますよ。……いえ、私が言いたいのはそうではなく。はぐりんは全てのスキルをと言いますけど、その……爆裂魔法も、ですか? あと、今のどうやったのか教えてください、気になります」

 

「それは内緒。……取り敢えず《上級魔法》を取ったら、《転移魔法》取るくらいで、魔法は今のところ十分だからな。取得に75ポイントかかるし。……別に競うつもりは無いから、爆裂魔法はめぐみんに任せるよ」

 

「良いじゃないですか教えてくれても! ……わかりました。確かにはぐりんは『冒険者』ですから。確かにそうかもしれませんが……。……なんですか、ちょっと期待したのに……張り合いのない」

 

 さみしそうに言うめぐみん。……もしかして同士が見つかったとでも思ったのだろうか。

 

「あー、いつかは取得するつもりではいる。……でも今からそれだけポイント貯めて爆裂魔法一個取るよりかは、前衛職のスキルの取得と強化をしたほうがいいだろ。魔法使い二人とパーティーを組む予定してるからな。俺が前に出なきゃ」

 

「今日みたいに騎士ごっこするんですね……ほんっと、アークウィザードばかり輩出している紅魔族らしくない発想ですよ、まったく」

 

「おい」

 

 騎士ごっことは失礼な……いや、確かに遠距離から高火力の魔法を使う方が危険も少ないんだろうけどさ。

 

 でもめぐみんは取得する予定と聞いてちょっと嬉しそうな顔。それから神妙な顔つきをして「ですが……」と前置きをして。

 

「あなたのその夢は……その、叶わないとは言いません。ですが限りなく叶わないに等しいものです……一つのスキルを極めるのでさえ、人は自分の人生をかけなければならない……私だってあの魔法に人生かけるつもりでいます。わかっているのですか? 剣聖目指しながら魔法の深奥を目指すようなもの……いえ、事実はぐりんの夢はそうなのでしょう。……確かに、はぐりんはスキルアップポーションを飲むことなく今の時点で私達以上にスキルポイントを稼いでますから、無理じゃないのかもしれませんが……。さっきの話を聞いてちょっと怪しいですけど。それでもはっきり言って異常です。本当にスキルアップポーションを飲んでないならどうやって……公言できないようなこと、してないですよね?」

 

「……ああ。めぐみんの言う通りだ。人に言えないことをしてる訳じゃない。スキルアップポーションも飲んでない。……言ってもあまり受け入れてもらえないってだけでな」

 

 馬鹿なことに人生かけようとしてるのは俺もめぐみんも一緒だ。だから欲張りな俺の夢が現実的でないとめぐみんは思うのだろう。

 

「……。別に、あなたが犯罪スレスレのことをしてようと私の事を巻き込まないなら良いんですけどね。ええ」

 

 俺や親父の使っていたポーションは、今はまだその使用はおろか作ることさえ、在野のポーション屋では禁じられている。その悪魔的効果だけが注目されるばかりで、その副次効果を利用するのは親父と俺しか今はいないけど。……いつかは。

 

「まあ卒業できたらめぐみんにも俺が何をやってるのか教えるよ。本当に後ろめたいことは一切ないからな。あ、あと勘違いしないように言っとくけど、別にスキルを極めて真理を解き明かす事だけが俺の夢じゃない。……今じゃ里の土産物としてその装備が売られてる程度だけど、勇者として知られる伝説の紅魔族──へもぐろびんに負けない伝説を歴史に刻みたい。紅魔族に生まれた一人の男としてはこの世界に自分の名を轟かせたいだろ?」

 

 紅魔族随一の冒険者になる。それは昔から公言してきたし、依然として変わらぬ目標だ。

 

「気が合いますね。紅魔族随一の魔法の使い手を目指すのは当然として。この名と、究極の魔法の凄さを遍く世界の人々に知らしめるのです。ネタ魔法と嘲笑われるのは真っ平ごめんですし」

 

 名前で笑われるネタ種族が一発ネタみたいな魔法の存在意義を証明する、か。

 

 ……うん。流石はめぐみんといったところか。ようやく腑に落ちた。俺も大概だけど、めぐみんもおじさんの娘なだけある。方向性は違えど、情熱の掛け方はそっくりだ。

 

 ……問題のある魔道具ばかり作っているけど、あの浪漫を追い求める呆れるほどの熱意と姿勢だけは里の誰もが認めるところだから。

 

 俺が感心していると台所をチラ見しためぐみんが。

 

「さて。……ゆんゆん! あなた盗み聞きしてないでこっちにきたらどうですか!」

 

 どたどた、と台所の方から慌てた誰かの物音が聞こえた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 各部屋に置いてある、呼び出しの魔道具でめぐみんが母さんを呼ぶ。

 

 工房に篭ると中々出てこない母さんだが、今日は念の為送り届けると言っていたからすぐにでも出てくるだろう。

 

「それじゃあ帰ります。ゆんゆんも気を付けて帰ってくださいね?」

 

「あ、あのめぐみん……!」

 

 ゆんゆんがおずおずと台所から出てきたあと、すぐにめぐみんはこめっこを連れて帰ると言い出して追求する暇を与えなかった。

 

 食後もかなりゆっくりしていたけど明日も学校だ。そろそろ家に帰らないと明日に差し支える。

 

「はいはい、お待たせ。それじゃあ帰りましょうか。こめっこちゃん眠かったらおんぶする?」

 

「いい、自分で歩く……」

 

 母さんがやってきて、こめっこに声をかける。

 

 姉の膝の上で寝ていたこめっこは、寝ぼけ眼をこすりながらめぐみんの服の裾を掴んでいる。ちゃんと歩いて帰る気でいるようだ。

 

「……言いたいことがあるのはわかります。また明日、学校で話しましょう?」

 

「う、うん……」

 

 二人に見られて、やってきた母さんがなんのことかと首を傾げる。

 

「それじゃあ……ゆんゆんちゃん、息子がついてくけど。気を付けて帰ってね」

 

 母さんは一体何に対して気を付けろと言っているのか。ニヤニヤした顔をこっちにむけるなよ母さん。口だけで何か言って……『送り狼にならないように』だって? なるわけないだろ! 

 

「はい。……なんなんさん。今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ美味しいお野菜沢山ありがとう。またね」

 

 それだけ言って三人が玄関から出ていく。

 

 母さんの『またね』という言葉に返事ができないで落ち込むゆんゆんは俺の顔を見てきた。

 

「はぐりん……どうしたの?」

 

「……なんでもない」

 

 送り狼になるつもりは毛頭ないけど。

 

 ……ゆんゆんを抱きしめたときの感触を思い出してたなんて言えない。

 

 

 

 母さんたちが出て行ったあと、追いかけるように家を出た。

 

 街灯の魔道具がぽつぽつと夜道を照らしている。人の活動時間外の夜闇の中を歩くのにはすこしばかり心許ないが、今日は空が晴れていて月明かりが眩しいぐらいだ。隣を歩くゆんゆんの顔の機微さえ、しっかりと見て取れる。

 

 とはいえ今は夜。人ならざる者たちの時間。魔物どころかご近所の魔王の手合いでさえ恐れる紅魔の里だが、夜の間は住民の殆どが寝静まり、魔物が紛れ込んでいてもわからない。もしかすると魔王の手先が忍び込んでいるやもしれない。油断はできなかった。

 

 それに今日は邪神の下僕の事もある。封印が解けかかっているのは本当で、他にも下僕の悪魔が徘徊しているかもしれず警戒は怠れなかった。

 

『敵感知』スキルに反応はない。しかし、相棒の『ひのきの棒』を手にいつ戦闘が起こっても良いように身構えつつ、ゆんゆんの隣を歩く。

 

「……あの! はぐりん、今日はごめんなさい!」

 

『ひのきの棒』を握りしめ、敵感知スキルで警戒を続けていると急にゆんゆんがそう言った。

 

「……なんのこと?」

 

 心当たりが多すぎて何に対して言っているのか判りかねる。

 

 てっきりめぐみんと話していたことについて聞かれるんじゃないか、と身構えていたから尚の事見当つかない。でも盗み聞きしたことを謝ってるわけではなさそうだ。

 

「えっと、色々ね。特に今日は……養殖の時に助けて貰ったり、ふにふらさん達とのことでも、迷惑かけちゃったし……急にお家に押しかけちゃったりで、はぐりんには悪いことしたなって……」

 

「……迷惑だなんて思ってないよ。養殖の時は仕方なかったろ?」

 

 もしかすると俺が出張らなくても先生が助けてたかもだし。

 

「そうかもしれないけど、他はっ! ……本当に、迷惑だと思っていない? 私のこと、面倒臭いって……」

 

 ……うーん。今更なんだけどなぁ。

 

「正直に言ってもいい?」

 

「……うう、やっぱり?」

 

「まぁ……うん。確かに面倒くさいなって思う事はあるよ? 今みたいにちょっとだけ。自立できるかな、俺がいなくて大丈夫かなって心配にもなる。……でも、ゆんゆんのそういう面倒なところも、俺はその……うん。好き、なんだよ」

 

「そ、そうなの?」

 

 ちょっと引いてる? いや、そんなことないよな。

 

 ……誤解されないようにちゃんと言おう。

 

「ゆんゆんは俺に迷惑かけてるって思ってるかもしれないけど、俺は『頼られてる』、『信頼されてる』って思えるんだ。好きな人の我儘に付き合って、それを受け止められるのは男の甲斐性だ。あと、ゆんゆんは知らないかもだけど、好きな子から頼られて嫌な男は居ないんだぜ?」

 

「そう、なんだ……」

 

 ……それに俺だって君に沢山迷惑かけてる。

 

 ……謝りはしたけど、今日ゆんゆんを悲しませた一端を俺が担っていたことに変わりはない。

 

「じゃあ例えば。逆に俺がゆんゆんに迷惑かけたり、頼ったりしたら……ゆんゆんは嫌?」

 

「えー? うーん、どうだろ。今までそんなこと無かったから……」

 

 例えが悪かった。俺の方は迷惑どころかゆんゆんのこと傷つけてるんだけど……本人が自覚してない分だけ罪悪感が湧いてくる。

 

「……じゃあ、ゆんゆんはめぐみんがいつもお弁当をたかってくるの、案外嬉しかったりするだろ?」

 

「それは、うん……? え、私がめぐみんと同類……?」

 

「え、そこ気になる?」

 

「さ、流石に私、めぐみんみたいにお弁当取ってったり、半分だけって言われたのに全部食べたりしないわよ! ……でも、その、卒業するまでに一回ぐらいはぐりんとお弁当の交換はしてみたいかも……駄目?」

 

「わかった。それはまた今度ね」

 

「本当に?」

 

「本当だから、ね?」

 

 そういうところが面倒臭いんだぞ、ゆんゆん。

 

 

 

「──つまり私は、はぐりんからしてみれば、私にとってのめぐみんみたいな存在……ってこと?」

 

「いやこれ、さっきもそう言ったつもりなんだけどね。好意の種類は違うから、同じとは言えないけど」

 

「……な、なるほど。でも、やっぱりそれって迷惑に思ってるんじゃ──」

 

 堂々巡りじゃないか! 

 

「もう! 俺は迷惑かけられても良いって言ってるの! ……ある程度ゆんゆんには自信もってほしい、自立してほしいとは思うけどっ! でも頼られないのは寂しいから!」

 

「はぐりん?」

 

 ……あ。

 

「いや、ごめん。忘れて。……と、とにかく! 俺がゆんゆんに何されようと嫌いになることは無いから! 何度も言うけどゆんゆんのそういうところも俺は好きなんだよ!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように言い切って、ゆんゆんの顔を見て。……何を大声で口走ったか気が付く。

 

 夜道の僅かな明かりでも十分わかるくらい照れた顔。闇の中でも爛々と輝く紅い瞳。

 

「……ありがとう、はぐりん。私、頑張るね?」

 

 ……俺も負けじと顔を赤くして、ゆんゆんの視線から逃れた。

 

 

 

 気まずくて少し黙り込んでいたが、ゆんゆんが我慢できなくなったのか口を開いた。

 

「その、さっき話してたこと……なんだけど」

 

「忘れて……忘れて……」

 

 あんな本音言わないようにしてたのに。

 

「あ、ううん! 違うの。……その、はぐりんの家でめぐみんとはぐりんが話してたこと」

 

「そっちか。……やっぱり気になってる?」

 

 いや、それもそうだ。むしろ気にならないほうがおかしい。

 

「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……入っていくタイミング逃しちゃって」

 

「別にいいよ。……ただ、めぐみんのことを俺がどうこういう資格はないから。明日めぐみん本人から話は聞いてほしい」

 

 納得はした。理解もした。けど、だからといっておかしな夢だと思うのは仕方がない。

 

 でもそれはめぐみんも、俺に対してそう思っていることだろう。

 

「……うん。だから、はぐりんの話を聞こうと思って。冒険者になって何がしたいのかなぁって気にはなってたから」

 

 だからゆんゆんが気になるのは自然なことだった。

 

「そっか。どこから聞いてた?」

 

「えっと……はぐりんがスキルを全部取得するってめぐみんに言ったあたりから?」

 

「……じゃあ俺の話全部聞いてたのか」

 

「…………うん。本当に、あの話にあったのがはぐりんの夢なの?」

 

「ああ、そうだよ。……馬鹿みたいって思うだろ? でも、俺もめぐみんと同じで諦められない。知らないスキルを知りたいし、覚えたい、使いたい。知らない覚えられない……使えないまま死ぬのは嫌だ。使いこなして、俺は誰にも劣らない『冒険者』になりたいんだ」

 

 ……まぁ、でも他にも一つ目標ができたけど。それは言わないでおこう。

 

「そう、なんだ……すごいね、はぐりんは」

 

「そんなことないよ……ゆんゆんは、族長になるのが夢だろ? そのほうがすごいと俺は思うけどな」

 

「……そうかな?」「そうだよ」

 

 自信を持たせるように食い気味に肯定する。

 

「で、でも試練を乗り越えれば誰でも出来るから……誰もやりたがらなくて、結局世襲制みたいになってるし……」

 

 自由人多いからなぁ俺たち。その取り纏めなんて今の大人たちでしたがる人は居なさそうだ。

 

 俺が生まれてからは一度も行われていないそうだが、紅魔族には古くから族長になる為に課せられる三つの試練があるのだそうだ。

 

 二人一組で行われる儀式染みた試練を乗り越えることができれば、誰でも族長になれるのだとか。

 

 ゆんゆんは俯きがちに言う。

 

「あの、……ん」

 

「うん?」

 

「試練っ! ……はぐりん、一緒に出てくれる?」

 

「いいけど」

 

「ほ、本当に?」

 

「本当だって。……でも、なんか怪しいな?」

 

「ぜ、全然そんな事ないわよ! ……別にお母さんがそこでプロポーズされたとか関係ないから!」

 

 ……。

 

「俺、ゆんゆんが奥手なのか積極的なのか偶にわからなくなる」

 

「へ? ……。あ! そ、その! べ、別にプロポーズしてほしいとか、そういうことを言ったんじゃないから!」

 

「……本当に?」

 

「……ぅぅ」

 

「別に俺、ゆんゆんが試練の間にプロポーズしてほしいって言うんだったらしなくもないんだけど?」

 

「……は、はぐりんの意地悪ぅ……!」

 

 まあ、きっと二人組で挑む相手が居るのか心配になってたから、という理由なんだろうけど。

 

 別にゆんゆんは両親みたく、そこで結婚の申し込みをされたいわけじゃないのは俺も分かってる。

 

 けど。けどなぁ……。

 

 可愛いったらありゃしない。……そんなに反応されたら、俺本当に送り狼になりかねないぞ。

 

 昼間のあるえといい、ゆんゆんといい、誘うような事言わないでほしい。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「それじゃ、はぐりんありがとう。……またお父さんに捕まったら面倒だから」

 

 無事、送り狼になることなく、ゆんゆんを家の前まで送り届けることが出来た。

 

「うん。わかった。……ゆんゆん、言い忘れてたけど、今日はありがとう」

 

「へ?」

 

 本当は忘れてたわけじゃない。言おうと思っていた。

 

「今日ゆんゆん、お祝いのつもりで買ってきてくれたんだろ? 俺が卒業できるようになったから。急に来たからって俺たち全然迷惑に思ってないから、昔みたいに何時でも来てくれたらいいからな」

 

 高い食材なんか持って行って気を使わせたくない。けど、お詫びもお祝いもしたい。そんな気持ちでゆんゆんは今日来てくれた。でも確証がなかったから……俺の自意識過剰じゃないみたいでよかった。

 

「う、うん! また行かせてもらうね! ……んん──はぐりん、今日はごめんなさい。それから、卒業できるようになっておめでとう」

 

 ……めぐみんがいるところでこういう話すると、絶対茶化されるから、ゆんゆんも言うに言えなかったんだろう。

 

 そうだと確証はなくとも祝ってもらえるのは……嬉しかった。でも、先駆けしてお祝いされるのは少しだけ寂しい。

 

「ありがとう。でもまだ俺卒業した訳じゃないから……だから、みんなも卒業出来たら。めぐみんも、あるえも、俺の友達とも一緒にちゃんとお祝いしよう。勿論、ゆんゆんもね。大勢のほうがきっと楽しいからさ」

 

「……め、迷惑じゃないかな?」

 

「迷惑なもんか。……そういうところはゆんゆんも自信を持つべきかな」

 

「そうなの?」

 

「だって……嬉しいことは嬉しい、楽しいことは楽しいで、俺はゆんゆんと共有したいから。卒業祝いのパーティー、したくない?」

 

「したい! 私だってはぐりんと一緒に……でも、はぐりんの友達って……男の子、だよね?」

 

「そうだけど身構える必要はないって。気の良い奴らだし、友達になってくださいって一言言ったらなってくれるさ」

 

「そ、そうかな……そうだと、いいなぁ……」

 

 俺の友達……へぶめるろーとふじもんと友達になれたときのことを想像してるのだろうか。

 

 二人と友達になれたらか……うーん。なんか必要以上に仲良くされたら嫌だな。

 

 ゆんゆん可愛いし。二人がつい、まかり間違って好意を抱いても仕方がないのかもしれないけど。

 

 それこそ寝と……んん。

 

「やっぱり男二人呼ぶのやめとく」

 

 滅茶苦茶失礼なこと考えてるかもしれないけど、ふと過った不安を拭えるなら俺は友情よりもゆんゆんを選ぼう。

 

「ええ!? なんで!? 私一緒にご飯食べに行くとこまでどうしようかって考えてたのに!」

 

 ゆんゆんには悪いけど。今の隙だらけのゆんゆんが男友達作ろうなんて無理だと思う。

 

 

 




変わらず感想と評価の催促。頂けると幸いです。

遅くなった理由はFateの夏イベが忙しかったからですね。
それだけ。でも悔いはない。
またどうぞよろしくお願いします。


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17 夜更かしと膝枕と

遅くなりました。


 ゆんゆんを送り届けた後、病治療ポーションの作成にとりかかる。

 

 ファイアードレイクの胆とマンドラゴラの根。そしてゆんゆんが持ってきてくれたカモネギのネギ。適切な処理を施して病治療のポーションは日付が変わるころには完成した。

 

 ──ゆんゆんへのお詫び。そして新しく彼女の友人になってくれるであろう二人への心づけ。二人の懸念……ふにふらの弟くんが元気になれば、姉のふにふらも、友達想いのどどんこも憂いなくゆんゆんと仲良くなってくれるだろう。

 

 ……知ったのは最近のこと。だが、すぐに作れないわけじゃなかった。

 

 自分の都合で──ゆんゆんの善意を利用しようとした二人に思うところがあって、今の今まで取り掛かれなかった。

 

 私情で困っている人を助けないのは、英雄になりたい身としてどうなのか。

 

 誰かの為とはいえ好きな子を騙そうとした者に施しを与える事は、英雄と言えるのか。

 

 その問いへの答えは得た。

 

「んんん~~~」

 

 大きく伸びをする。

 

 ……もう寝よう。母さんにお礼を言って寝台に潜り込んだ。

 

 

 

 ──翌朝、通学路にて。

 

「おはよう。……? どうしたの、なんだかすごく眠そうだけど……」

 

「……あー……うん……おはよう。まぁ、気にしないで。……寝不足なだけだから」

 

 頭痛い。眠い。

 

「ちょっと、本当に大丈夫?」

 

 痛む頭を押さえていると心配された。

 

「あーごめんごめん。……はい、これ。ゆんゆんに」

 

「え、私に? というかポーションって……その、今は私よりはぐりんが必要なんじゃない?」

 

 首を振って否定する。これに眠気覚ましのポーションや疲労回復の効果は期待できない。

 

「今日二人と話すんだろ? だから、ついでに渡しておいて欲しいんだよ」

 

「二人って……ああ、ふにふらさんとどどんこさん……」

 

 昨日のことを思い出したのだろう。その顔に影が差す。

 

「改めて昨日はごめん。……そのお詫びと言ったら調子のいい話なんだろうけど。これは病治療のポーション。あの二人には、作れなかった時に俺が作るって言ったんだけどさ。やっぱり首突っ込んだ以上は見過ごせないから」

 

「はぐりん……」

 

 ふにふらとはほぼ赤の他人で、その弟の顔は見た事すらないけど。

 

 病気で苦しんでいるなら、早く良くなるほうが良いに決まってる。

 

「それに、ほら。俺が態々訪ねに行って渡すよりも、今日二人と話すつもりでいるゆんゆんから渡した方が、何かと都合が良いだろうし」

 

 きっとその方が二人も心置きなくゆんゆんの申し出を受けてくれるだろう。

 

「……ありがとう」

 

「うん。頑張れ、ゆんゆん」

 

 

 

 来る途中から催していた俺は、お手洗いに行くためゆんゆんとは校舎に入ってすぐわかれた。

 

 用を足し、洗った手を拭きながら教室に向かっていると、

 

「や、はぐりん。今日も仲良く二人で登校してきたようだね」

 

 男子教室の前で待ち伏せていたあるえが話しかけてくる。

 

「おはよう、あるえ。……もしかして妬いてるのか?」

 

 見ていたなら交ざってくればよかったのに。別に手を繋いで来てたわけじゃないんだから。

 

「妬いてないとでも? ……こればかりは誤魔化してもね。本当に伝えたいことは回りくどいと伝わらない」

 

 あるえは「君もそう言ってただろう?」と続ける。

 

 けど、そんな風に臆面なく言われると反応に困るんだ。

 

「……今日放課後、一緒に帰るか?」

 

「昨日の埋め合わせにかい? ……なら今度こそ二人きりで」

 

 そのつもりだと頷く。僅かに頬を緩ませて喜ぶあるえに、俺もつられた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 授業合間の休憩時間に女子クラスに来てみた。

 

「はぐりん。様子を見にでも来たんですか?」

 

「まあ、そんなとこ。ゆんゆんは結局二人と話できたのか?」

 

 廊下に面した窓から教室の中を伺う。ゆんゆんの席の近くにはふにふらとどどんこが集まっている。席を取られたらしいめぐみんに聞くまでもなかったか。

 

「ええ、まあ。朝やけに張り切って教室に入ってきたかと思えば朝一番に、クラスメイト達のいる前でゆんゆんはあなたからの預かり物を二人に渡しました」

 

「あーそれは……」

 

「妙な所で大胆なんですから。二人も面食らってましたよ」

 

 ふにふら、どどんこが会話に花を咲かせている。ぎこちないけど、ゆんゆんも会話に混ざれてるようだ。

 

 ……安心した。

 

「おや、寂しいんですか?」

 

「んなわけ……それより、お前は? ゆんゆんと話したのか?」

 

「まだですよ。朝からあの二人とべったりなんですから、話す暇なんてありはしませんよ」

 

 そう言うめぐみんも少し寂しそうだ。

 

 それを指摘すればきっと機嫌が悪くなるだろう。あるえに散々揶揄われていたし。

 

「まあ放課後ですね、話すとするなら。今日一日はあのままでしょう」

 

「お前も混ざれば良いのに。ぼっちなのはお前も大して変わらないんだし」

 

「……どうしてそうなるんですか。私はこれっぽっちも寂しくないです。そんなこと言うのなら魔法を取得したら真っ先に的にしますからね」

 

「流石に死ぬからやめてくれ……」

 

 冗談とも本気とも取れない声音で言われると怖い。

 

 

 

 次の授業開始五分前になったので、教室に戻る。

 

 入ってすぐ横から唐突に「おい」と声をかけられた。

 

「お前、もう卒業できるんだろ」

 

 きくもとだ。腕を組み、窓縁に寄っかかっている。

 

「……なんのことだ?」

 

 喧嘩腰なのは相変わらずだが、いつもと違って茶化す気配はない。

 

「とぼけるなよ。養殖の時か? それとも家でやってるって言うレベリングでか? なんにせよ、お前はもう卒業できると俺は見ている。どうだ、違うか?」

 

 察しが良いな。一応クラスメイトたちには一言も仄めかすことは言ってないんだが。

 

「上級魔法覚えてないんだ卒業する資格はまだないだろ?」

 

「っ! だからはぐらかすな! どうせ覚えてねえだけだろうが……ちっ、そうやって余裕かましやがって。卒業するまでにお前のこと負かすと決めてんだよ、俺は。本気でないお前を負かしたって意味がないだろ。どんな理由で卒業を保留してんのか知らねえし、別に知りたくもねえけど。次のテスト、受けるんなら手を抜いたら許さねえからな」

 

「……はあ、わかったよ」

 

 面倒臭いなぁ。そんな面倒臭いこと言うならゆんゆんになって出直してきてほしい。あるえでも可。つか眠いんだからやめてくれよもう。

 

 ……まぁ、でも。犬猿の仲とはいえ、次のテストで最後ぐらいだもんな、コイツとも。しょうがない。

 

 余り関わっているとお互い喧嘩になるのはわかっている。早々にふじもんとへぶめるろーがたむろしている席まで戻ってきた。

 

「? きくもとと何話してたんだ?」

 

「んー、大したことじゃないぞ。次のテストでは一位とるって宣戦布告されただけ」

 

「あーなるほどな」

 

 へぶめるろーが相槌を打つ。

 

 とはいえ、最後の最後で負けるのは気に食わないな。

 

 ……ちょっと本気出そうか。

 

「あの男も懲りぬ。だが、あの挑み続ける姿は称賛に値する」

 

「ホントなぁ。スキルアップポーション貰えてるだけでも充分だってのにな」

 

「四位の貴様はもう少し研鑽に励んだ方が良い」

 

「お前、威張るなよ。この前のテスト僅差だって知ってるからな、俺」

 

 おっと? 二人が一触即発な雰囲気に……?

 

 その後「「次のテストで蹴りをつけてやる」」とお互いが言い放ち二人は席に戻った。

 

 どうやら今回はかなりの接戦になりそうだ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 授業時間を終えて下校の時間となったので朝の約束を果たしに行く。

 

「あるえ、帰ろう」

 

 各々帰り支度をしていた女子クラスの外から声をかけると、クラスの他の女子達はざわつきだした。

 

「はぐりん? 珍しいね、君から来てくれるなんて」

 

「まあ、ほら。朝約束したし……たまにはさ」

 

 こんなやりとりを聞いて、『約束だってー』『二人ってもしかして……』と女子達は姦しい。

 

 恥ずかしい。逃げ出したくなる。……でも受け身ばっかりだと格好悪い。

 

「ふふ。それもそうだね。もう少し待っててね」

 

 あるえを待つ間にゆんゆんやめぐみんの方へ聞き耳を立てていると、

 

「……ねえ、ゆんゆん」

 

「……あれ、いいの?」

 

 ゆんゆんに耳打ちをする二人が。

 

「うん。……私も今日はめぐみんと大事な話があるから」

 

「そ、そう。……や、ゆんゆんがいいんなら良いんだけど……」

 

 ふにふらとどどんこは友達になりはしたものの事情は知らない。しかしゆんゆんは躊躇なく二人にめぐみんとの先約を告げていた。

 

「そう改まられると事情聴取みたいで嫌ですね……。そういうわけです新入りのふにくらとどんどこ。今日私はゆんゆんに話さなければならないことがあるので。アナタたちは残念ですがゆんゆんとは帰れませんよ」

 

「そっか……ってぇ! あんた! わざと間違えたでしょ! 私は! ふにふら! だから!」

 

「どどんこ! あるえもあんたも、クラスメイトの名前覚える気ないの!? てか新入りって何!?」

 

 勝ち誇った顔で喧嘩を売るめぐみんに二人が食ってかかる。

 

 二人がかりに敵うわけもなく、喧嘩を売っためぐみんは見事に逆襲されていた。

 

 ゆんゆんは取っ組み合いを始めた三人を相手に戸惑っているようだ。流石にあの面子がする喧嘩の仲裁はゆんゆんには難しいか。

 

 そんなやり取りを見ているとあるえも帰る用意ができたようで。

 

「お待たせはぐりん。それじゃあゆんゆん、今日は彼を借りていくよ」

 

「あ、え!? うん、わかった! ──ちょっとめぐみん! やめてよもう!」

 

 めぐみんの方へと少し目を向けると『痛い痛い!』『髪の毛ひっぱんなあ!』とあの仲良し二人組はポニーテールとツンテールの片方を引っ張られていた。

 

「放ってていいのか、あれ」

 

「さて、どうだろうね。でもゆんゆんもこういう事は経験しないとね。……あんまり過保護だとこの前みたいになるよ?」

 

 確かにあるえの言うことにも一理ある。

 

「わかったって! 私ら二人で帰るからぁ! だから離せえええ!」 

 

 少しだけ後ろ髪を引かれるも俺は袖を摘まれながら教室から離れた。

 

 

 

 学校の敷地から出て、あるえは服から手を離し俺と横並びに歩き始めた。

 

 ――詠唱の授業の最中、ふにふらとどどんこがゆんゆんと手紙のやり取りをしていて、めぐみんが邪魔をし、ゆんゆんがそれに腹を立て、廊下に立たされた話。

 

 ――体術の時間には廊下に立たされていた二人がペアを組み戦闘前の口上対決を始めたり。あぶれたあるえが珍しく先生とペアを組んだことであったり。

 

 その他にも今日何があったかをあるえから聞いていく。

 

「──ほら、これで私もあと5ポイントだよ」

 

「おお……ならあるえもすぐに卒業かぁ。結構早い、よな?」

 

「まあね。初期ポイントは10ポイントだったし、あの二人に成績は中々敵わないけど、三位ぐらいを維持してたから。それに今日もだけど、特別評価で貰うことも多くてね」

 

 ……それってつまり先生に『贔屓されている』ってことだろうか。

 

 確かにその制度はある。当てられて満点以上の答えが出せたらスキルポーションを貰える制度だ。というよりも与えてもいいというのが正しいか。

 

 ただこれは教師の主観に依るし、渡そうと思えば個人に幾らでも渡せてしまう。だから滅多ともらえない筈だと思っていたんだが。少なくともうちの先生はそうだ。

 

 そうでなければ……、

 

「あの、はぐりん? 別に私が特別、いつも当てられてるってわけじゃないからね?」

 

「そうなのか?」

 

「うん。私より頭の良い二人に模範解答を求めて先生が当てても、あの二人は見当違いな答えを言うもんだから。成績順に私が当てられることが多いだけだよ」

 

 なんだ……そういうことか。

 

「安心した?」

 

「べ、別に不安になんかなってないから……!」

 

 図星を突かれ動揺してしまった俺にクスクスと笑うあるえ。──手玉に取られてるようでちょっと気に食わない。

 

「それで話は変わるけど。昨日、はぐりんはゆんゆんの持ってたアレを作ったわけだ」

 

「ああ、病治療ポーションな。……うん。謝って許されたからって、俺は許せなかったからな。他でもない自分自身のことだから」

 

「なるほどね。……まったく、ゆんゆんが羨ましいよ。こんなにも君に想ってもらえるなんて」

 

「……」

 

 と、寂しそうにあるえが言い、

 

「なんてね? 焦っただろう?」

 

「……羨ましいのは事実、なんだろ?」

 

 立ち止まってそれを指摘するとあるえも歩みを止めて振り向く。

 

「…………そうだよ。ごめんね、口が滑ったよ。別に困らせたくて言ったわけではないんだ」

 

 謝るあるえに俺は横に振って否定する。

 

「これは昨日ゆんゆんにも言ったんだけど。男ってのは好きな相手に困らされて嫌な気はしないもんなんだ。頼られたり、助けが要るなら手を貸したい。困らせて欲しい。そういう生き物なんだよ。あるえにだって俺はそう思ってる。今みたいにゆんゆんが羨ましいなら、俺に出来ることだったらなんでもするから」

 

 勿論、過度なスキンシップ以外で。そう付け加えてあるえの手をとる。

 

「っ……それなら、明日の祝日。一日私にくれないかな?」

 

「それぐらいなら全然構わないよ。《上級魔法》取得の目処も立ったし、急いでレベル上げをする必要もないからな」

 

「それのことなんだ」

 

「……どういうこと?」

 

「その続きはまた明日。少し公園で休んでいこうじゃないか」

 

 聞き返すとそう言われて、掴んでいた手を引かれて公園までついてく。

 

 ベンチの前までくると、あるえは先に座り自分のスカートをポンポンとはたいた。

 

「あの、あるえさん?」

 

「膝枕をしてみたいんだ」

 

「え」

 

「しゅ、取材だよ。取材。それにこれぐらいなら、良いよね?」

 

 確かに過度なスキンシップではない、と思う。ただ、それにしては……スカートから覗く白い足が魅力的に見えてしまうのはどういうことか。

 

「その、あまり凝視されると恥ずかしくなってくるのだけど」

 

「あ、ごめん……」

 

 座らせたまま、自分が立ったままというのが居心地悪くなってきた。

 

 おずおずとあるえの横へ座り、ゆっくりと体を傾ける。そうしてあるえの膝に頭を乗せると柔らかな弾力を感じた。

 

 緊張で身体はカチコチだ。でも側頭部から確かな温かみを感じる。あるえの匂いがする。

 

「あの、重くないか?」

 

「う、うん。重くないよ。大丈夫」

 

 でも顔を合わせないからか、俺としてはそんなに恥ずかしくはない。だんだんと体の緊張が解けてきた。

 

「何で膝枕なんかを?」

 

「取材……あとは、そうだね。はぐりんが眠そうだったから。この前助けてくれたお礼も兼ねてね。昨日夜更かししたんだろう? 朝会った時から眠そうだったしね。帰ってすぐ昼寝をするぐらいなら私の取材についでに付き合ってもらおうかなって」

 

 そう言ったあるえが髪に触れてくる。ともすれば女の子に間違えられかねない髪の毛。めぐみんが『面倒くさい』と自分の髪の毛を切ったきり伸ばさないから、判りづらくないよう伸ばしている母さん譲りの髪。

 

 俺の、その縛った髪を撫でたり梳いたりしながら。

 

「……本当はね。君が何でそんなに生き急いでいるのかとか、どうやったらそんな大量のスキルを手に入れられたんだとかを聞きたいけど。でもそれは明日でいい。今は他でもない私がこうしていたいんだ」

 

「……うん」

 

「寝るまでで良いから。今日あったこととか聞かせてよ。私ばかり話していたから」

 

 

 

「──きくもと? はぐりんと彼って仲悪いんだっけ? え? ああ……うん。そうなんだ……彼が、私をね」

 

 

 

「──へぇ……昨日あの二人、君の家にお邪魔してたんだ。ゆんゆんが鍋の材料をね……明日、私もはぐりんの家に行っても良いかな?」

 

 

 

「──そうそう。新しいのを書き始めたんだ。今回のは結構な大作になるかもしれない。期待しててよ」

 

 

 

「──ねぇはぐりん……はぐりん? …………おやすみ」

 

 

 



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18 老練と若輩と

「……んんんー……ん?」

 

「──すぅ……すぅ……」

 

 見上げた空には双丘があった。……なんて口にすれば持ち主を起こしてしまいそうだ。

 

 俺が眠っている間にあるえは寝ちゃったようだ。

 

 そっとあるえを起こさないように体を起こして、今度はあるえの頭を俺の膝、というよりも太腿の上に置いた。クッションのようにあるえの頭を支えるのは絹糸のように柔らかく、豊かな毛髪だ。

 

 曰く、髪は女の命、らしい。

 

 母さんは大仰に言っていたけど、これは紅魔族的誇張表現では一切無いとのこと。あるえにとっても同じだろう。

 

 毎日セットして寝ているのであろう髪型を崩さないように。そっと髪の毛を撫でつける。

 

 …………なるほど。あるえが膝枕をしようと言い出した気持ちが分かった気がする。

 

 人体で最も重要な二つのうちの一つ。頭を相手から全幅の信頼をもって預けられる。

 

 する側とされる側。膝枕程度のことだが、膝枕であるからこそ。どちらにとっても信頼の証たりえるもの、なのかもしれない。

 

 ……ただ今の場合、あるえが寝ている隙に膝枕を勝手にしているだけなんだけど。

 

 それから。案外こうして膝に乗せているだけだとちょっと退屈だ。あるえが膝枕をしたまま自分も寝てしまうわけだ。

 

 ただ俺の場合、目が冴えている今、こう無防備な寝顔を晒されていると少し。いやほんの少しだけ、だけど……眠気よりも悪戯心が湧いてくる。

 

 ……本当に寝ているのだろうか。

 

 あるえの横顔はどう見ても眠っているように見える。眼帯の下はわからないが、上から見える付けていない方の目は瞑っていて、起きているとは考えにくい。

 

 頬はほんのりと上気していて柔らかそうだ。

 

 人差し指で突いてみると想像以上に柔らかく、餅のような肌で指を離すと吸い付いてくる。

 

「んん……」

 

 頬を突かれた違和感からか彼女はモゴモゴと口を動かす。

 

 起こしかねないので、悪戯心を仕舞い込んだ。かわりに彼女の顔をまじまじと見る。

 

 形の良い眉。閉じた瞳から伸びる睫毛。すらりと高い鼻。触っていた頬を含め肌にはくすみ一つない。あ、でも首に黒子が一つ。ちょっと色っぽい。

 

 胸の膨らみは呼吸に合わせて上下している。頬以上に柔らかそ……なんだかいけない事してる気分になってきた。魔が差してしまいそうだ。具体的にはキス、とか。それ以上のこととか。

 

 無防備だとしても、ダメだと言った手前、寝ている間に色々とするのは流石に不義理が過ぎる。

 

 空を仰いで、情欲に流されそうになるのを防いだ。

 

 俺でこうなのだ。俺が寝ている間にあるえに何かされたんじゃないか、そんな寝入る前にしていた懸念が再び頭をよぎる。……それは彼女が起きてから確かめよう。

 

 ──膝枕。恋人……らしい事。あるえやゆんゆんの思いを汲んで、自重する気はもう無い。里の大人たちがどう思うかは知った事じゃ無い。ないが……ただ恥ずかしいのには違いない。

 

 ──起こしてしまおうか。いや、まだ。

 

 少しの間そんな葛藤をして。……もう少し、このままで。

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよう?」

 

「おはよう、あるえ。そろそろ帰ろう」

 

「あ……うん」

 

 日が沈みかけてきたのであるえを起こし、公園を後にした。

 

 夕陽に照らされる里の通りを、並んで歩く二人分の影はあるえの家に向かっている。

 

 お互いに口数が少ない。膝枕をしていた、というのが今になって恥ずかしくなってきた。

 

 ……でもお礼は言っておかなくちゃな。

 

「……今日はありがとう。眠気が飛んだよ。それから勝手に膝枕したけど」

 

「うん。ありがとう……その、私の方こそ。良い経験になったよ」

 

 そう言って。

 

 それからまたお互いに口を噤んだ。

 

 しばらく中々次に出てくる言葉が見つからないでいて。

 

 チラッと見たあるえの顔は紅潮しているようで、目が合うと逸らされる。

 

 ……。今になって膝枕が恥ずかしかったと思うにしては、あるえの反応は妙だ。

 

「あ、あー……ちょっと、聞きたいんだけどさ」

 

「……何かな?」

 

「…………寝てる間に何かした?」

 

「!?」

 

 前置きをして疑問を口にすると、あるえは驚きを露わにする。何をしたのかは言わずとも、何かやったことだけははっきりした。

 

「そっか。別にいいけど」

 

「なっ……はぐりんだって。そう聞いてくるってことは寝ている私に何かしたんじゃないのかい?」

 

 少し声を上擦らせてあるえが聞いてくる。

 

「まあね? あるえが膝枕しようって言い出してから何かされるのは予想できてたし。俺ばっかり何かされるのは気にくわないじゃん」

 

「答えになってない……ねぇ何をしたんだい?」

 

「そりゃあ──あるえがしてそうなことの……倍は凄いこと?」

 

 ちょっと焦りが窺えるあるえが珍しくてつい意地悪してしまう。

 

 ニヤッと今自分悪い顔してると思う。実際は頬をちょっと突いてみただけだけど。

 

「ば、倍!? 私がしたことの倍……!? ねぇ、私はまだ処女だよね……?」

 

 おいこら、えっち作家。

 

「ちょっと待って。ホントにあるえ俺に何したの? 俺がそんなことするわけないだろ?」

 

「え、あ──いやね。言葉の綾だよ。だってその……いや、なんでもない」

 

「……え、キスしたの?」

 

「してない。してない……よ?」

 

 ──怪しいなぁ! 

 

 まあ俺も何してたか恥ずかしくて言えないしな。……頬っぺた突いてたとか。言うとなると妙に躊躇する。

 

 

 

 だから言えないのはお互い様。ならお互いやったことも大体一緒と結論付けた。

 

 ただ、そう結論づけたは良いものの──あるえの家に着くまで、お互い顔の朱色は取れなかった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「そうだ。今日お爺さんは?」

 

「今日は畑仕事じゃないかな。そろそろ帰ってくると思うけど」

 

 あるえの家は紅魔の里のなかでは標準的な家だ。

 

 ただ、お爺さんも一緒に住んでいるので間取りが多いのかお隣の家より少し大きい。

 

 で、そのお爺さんのことが俺はちょっと苦手だ。

 

 ──あるえぇええ!! 

 

「あ、帰ってたんだ」

 

「うげぇ……」

 

 家の中から声がする。だんだんと近づいてきて……玄関から現れたのは巨漢だ。2メートル近い身長に、俺の倍はある肩幅。

 

 タンクトップのジャケットから伸びる二本の腕は丸太のよう。服の上からでもわかるほどに鍛えられた筋肉があることが窺える。

 

 そして聞いた年齢の割に肌は若々しく、シワの刻まれた顔と白色混じりの髪を見なければ年寄りとは思えない程だ。

 

「ただいまお祖父ちゃん。今日ははぐりんに送って貰ったんだ」

 

「……どうもお久しぶりです」

 

 渋々挨拶すると。

 

「我が名はれぞなんす! 紅魔族随一の農家にして上級魔法を操る者! 孫を溺愛する者! ──ワシの目が紅いうちは孫はお前にやらんからな!」

 

「お祖父ちゃん……」

 

 爛々と眼を光らせて二言目にはこれだもの。今日は久々だからと名乗りも添えて。あるえとこんな仲になる前からこんな感じだ。この人の孫の溺愛っぷりには辟易する。……気持ちは分からなくもないんだけどな。あるえみたいな孫がいたら誰だってこうなる。

 

 とはいえ呆れて脱力していると、お爺さんは。

 

「……妙だな。前まではあるえが『まだそんな仲じゃない』と小言を言っていた気がしたんだが」

 

「あ、あーお祖父ちゃん。やめてよ、もう。はぐりんとはそんな仲じゃないんだ」

 

「む、そうか。……なぜ笑いそうになってる小童」

 

「い、いえそんなことないです」

 

 どこか棒読みで、吹き出しそうになった。

 

 言った本人は横で恥ずかしそうにしているが、俺は命が危ない。

 

 ──現役農家の熟練した魔法使い。紅魔族最強に限りなく近い存在。

 

 あるえへのデレっぷりからは全然想像つかないけど。

 

「そうか。孫を送り届けてくれたことは感謝する。が、用が終わったのならさっさと帰れ」

 

「はい。……それじゃあるえ、また明日」

 

「うん。はぐりんありがとう。帰り道気をつけて」

 

 そうして俺は二人に背を向け、帰路へとついた。

 

 

 

「お祖父ちゃん。……彼を気に入ってるならもうちょっとさ」

 

「いや。孫娘を預けるにはまだまだ頼りない。一人や二人背負って気負うようではとてもとても」

 

「……もう」

 

 

 

 ▽

 

 

 

 夕方から夜へ。あるえの家がすっかり見えなくなったあたりで、

 

「あ、はぐり……ぶべらっ?!」

 

 帰り道、街灯の明かりの下に来ると靴屋の(せがれ)を見つけたのでドロップキックをかました。

 

「こめっこに変なこと教えやがって! こんのロリコンニート!」

 

「いてて……ロリコンニートとは失礼な! 俺はロリコンじゃない!」

 

 ニートは否定しないんだ。

 

「変なこと教えてるのは事実だろーが!」

 

「むぐっ、それは……というかいきなり蹴ることないだろ!」

 

「ニートは蹴られても仕方ないって里の掟にあるから」

 

「そんなルール聞いたことないよ! え、無いよね!? ……いや、うん。確かにこめっこちゃんに変なこと教えたのは事実だよ──ってイッタぁ!? スネを蹴るんじゃないよスネを!」

 

 可愛い従妹に悪影響を与える者は討つべし討つべし。

 

 

 

「ふぅ。……これで許されたと思うなよ」

 

「あーもう痛かったぁ。……教えてくれって頼み込んでくるんだよぉ……それにおねだり上手で断りきれないんだってば」

 

「まだ言うかこのニートは」

 

 どうやら脛への攻撃が足らないようだ。治したけど、もう一回蹴ってやろうか。

 

「ストップストーップ! もう教えないから!」

 

「で、ぶっころりーは何やってんの?」

 

 ──靴屋の息子のぶっころりー。昔は気の良い兄ちゃんだったが、随分前に学園を卒業して、それ以来ニートになってしまった。悲しい話だ。里にはそういった男性が何人か居る。

 

 制裁の構えを解いて、鞄を担ぐように持ち変える。

 

「俺は見廻りだよ。邪神の下僕が里の中を彷徨(うろつ)いてないかの確認。……って何やってんの、はこっちのセリフだよ。ダメじゃ無いかこんな遅くなるまで出歩いちゃ。助けに入ろうにも準備が要るんだから」

 

「いや、普通に助けてよ」

 

 本当自分の種族のこととはいえどうかしてると思うよ。人の命かかってる状況まで遊ぼうとするの。……気持ちが分かるあたり自分も大概なんだろうけど。

 

「とにかくさっさと帰りなよ。あ、そうだ一つ聞きたいことが……いやなんでもない」

 

「……何?」

 

「い、いや、なんでもないよ。……明日ゆんゆんに聞くし」

 

「は? ゆんゆん?」

 

 なんでその名前がぶっころりーから出てくるんだ。……うん? 

 

「何を聞こうとしてるか、俺が聞こうじゃないか」

 

「ちょ、こわ! 怖いから! 本当そういうとこめぐみんにそっくりだ!」

 

 危ないからという理由でぶっころりーに家まで送ってもらえることに。

 

「で?」

 

「いや、怖いよ。……その反応だけでもわかったようなものなんだけど…………その、君が女の子二人と付き合ってるってさ」

 

「…………その話か。ぶっころりーはそれ、どこで知ったわけ」

 

「この前聞いたんだよ、親父に。自分は何やってんだとお小言付きでね」

 

 背中がざわざわする。くすぐったい様な、掻き毟られる様な。

 

「で、事実なの?」

 

 ……はあ……ぶっころりーが知ってるなら……里の大人全員が知ってるか。まぁまだうちの親だけは知らないって可能性に賭けよう。

 

 ゆんゆんの名前が出てくるってことは誰が相手とかも知ってるんだろうし。

 

「ほぼ事実だよ。……まぁ、俺からぶっころりーに話すことはないけど」

 

「いやそう言わずにさ。……というか明日めぐみんやゆんゆんと会うっていうは……その、どうしたらいいかアドバイスが欲しくて。参考にしたいなぁって」

 

 何を言ってるんだこのニートは。暗い夜道で見えるはずない相手に冷ややかな眼をむける。

 

「ああいや、別にはぐりんみたくモテたいからってわけじゃないんだ! 好きな人がいるんだ」

 

「え? ぶっころりーに? 好きな人が?」

 

 そんな馬鹿な。ニートに好きな人がいるなんて。

 

「べ、別に良いだろ! ニートでも好きな人が居たって! 君と違って一人だけが好きなんだし!」

 

「ご、ごめんって。で、相手は誰なんだよ」

 

 それを言われると弱いんだ。

 

「あー聞いちゃう? それ聞いちゃう?」

 

 イラ。

 

「うざいからさっさと答えてよロリコンニート。アドバイスしようがないし、遊ぶ友達いないニートの男子学生のノリに付き合うのは、流石に辛いんだけど」

 

「しまいにゃ泣くぞ! ニートにだって血も涙もあるんだぞお!」

 

 泣いてるじゃん……流石にかわいそうになってきた。

 

 

 

 家の前まで来て泣いてるニートをそのままにはしておけず、家に上げた。

 

「それで誰なの?」

 

 出した温かいお茶を飲んで、落ち着いたであろう頃合いを見計らい、改めて聞く。

 

「そけっと」

 

「……」

 

 ……。

 

「な、なんで黙り込むんだい?」

 

 いや、だって。

 

「現実を見た方がいいと思う」

 

「ニートでも夢見たっていいだろ!」

 

「だってさ、里随一の美人が好きだなんてこと。俺がぶっころりーの立場ならまず言えないなって」

 

「そういう君だって次期族長になるであろうゆんゆんや、あのれぞなんすさんとこのお孫さんと……」

 

「それ以上言ったらもうアドバイスしないからな……てか家の中でそんなこと話すんじゃない。一応まだ秘密なんだ」

 

 あるえのことも知ってるよなー……そうかぁ……。

 

「ご、ごめん。……でも、はぐりんならそけっととお近づきになる何か良い方法があるんじゃないかなと思って……」

 

 まぁ確かに。ぶっころりーがそう思うのも仕方ないか。でも、

 

「まず一つ訂正しとくと、別に俺はゆんゆんやあるえに何か特別なことはしてないから。仲良くなってくうちに、そういう結論に至っただけだから。この関係も二人から言い出したことだし」

 

 あるえ発案ということは伏せておく。……始め俺があるえを切り捨てようとしたことも。

 

「……え、そうなの?」

 

「そう。そういうわけだから、話せるとすれば普段二人と話すときに俺が心がけてることぐらいだよ。というかまずはそけっとと話せるようにならないと」

 

「それができたら苦労しないというか、それが出来ないからはぐりんに聞いてる……んだけど」

 

 まあそうだよな。……うーん。

 

「正直手に職つけるのが一番だと思うんだけど。ニートって立場がまず、そけっとに話しかける自信を削いでるんだろ」

 

「う……いや、それは……」

 

 仮に、そけっとが里の誰かに『ぶっころりーはどんな人?』と聞いた時、里の誰もが『里随一の靴屋の倅で跡を継がず、フラフラしているニート』と答えるだろう。それに付属してどんな人間かは話されるだろうが、必ずニートだということは伝わる。まあ、そけっとも例に漏れず既に知っていると思うが。

 

 でも実際のところそうなのだ。紅魔族だから見てくれは悪くない。格好のつけ方も悪くない、と思う。そして一番重要な人柄も悪くない。馬鹿なところがあるのは否めないけど……紅魔族なのにおかしな話だ。

 

 でも今挙げた人柄は話し合わなければ知ってもらえない。理解されない。

 

 でも話しかけるのは難しい。恥ずかしさに加え、ニートだから。

 

 やっぱニートなのが一番悪い。

 

「……里の為になることなんかすれば? 働かないにしても、やること探してフラフラしているよりマシだろうし」

 

「むう……わかった。なにか考えてみるとするよ」

 

 思案げに顎に手を当て俯いたぶっころりー。

 

「あれ、はぐりん帰ってたの?」

 

 そこへ入ってきた風呂上りの母さん。……あ。

 

「あ、お邪魔して……」

 

「『フリーズガスト』!」

 

 タオル一枚胸元から下を隠す様に巻いた母さんが無詠唱魔法でぶっころりーを氷漬けにする。屈折率の高い氷をとっさに出せて、更には強度が保ててるあたり流石というべきだった。

 

 

 

 この後服を着た母さんがぶっころりーの拘束を解いて、家に返した。

 

 ……震えていたのは寒かったからだけではないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想と評価をどうぞよろしくお願いします。


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19 作家娘と語らいと

なにとぞ面白ければ好評価のほどを……!


 次の日。

 

「いらっしゃい、あるえ。さ、入って入って」

 

「……お邪魔します」

 

 昨日話していた通り、私服姿であるえはウチにやってきた。

 

 滅多と私服姿を見ることがなかったが、おしゃれしているのだろうか。タイトなスカートにワイシャツ、その上に薄手のセーターを纏っている。そして眼には愛用の眼帯を。でもいつもより大人っぽく色気が……着慣れているようでもあるから、普段着なのかもしれない。

 

 でも緊張からか動きが固い。リビングでソファに座るよう促したが、カクカクしている。

 

「……なんでそんなに緊張してるの?」

 

「……昨日の君と一緒だよ。君の家族に会うかもしれないと思うとね。こうして家にまで上がるのは初めてだし」

 

 お茶請けと紅茶を台所から持ってくると、ぎこちない動きでそれを受け取る。

 

 ……そうか、あるえも緊張するのか。

 

「俺、てっきり気にしてないから今日来るって言ったのかと」

 

「それは……ゆんゆんが昨日はぐりんの家に来たなんて聞いたら、ね」

 

 素知らぬ顔をしているつもりのようだけど、頬が赤いのは隠し切れていない。

 

 嫉妬かぁ。……ちょっと前まであるえにそんな感情があるなんて思ってなかった。

 

「何をニヤニヤとしているんだい」

 

「いや、ごめん……ぷふっ──」

 

 心外だと言わんばかりにあるえが片目でジトっとした視線を送ってきている。

 

「……もう。最近なんだか意地悪だね、はぐりん」

 

「いや、だって。……あるえがなんだか、可愛くてさ。普段他の人とは深く関わり合いになりたくない、みたいな雰囲気出しているのに」

 

 あるえからの好意を知ったから? それとも、俺と恋仲になったから? あるいはその両方。

 

「ん……関わりを断ってるつもりはないんだけどね」

 

 拗ねたそぶりを見せて、あるえは髪の先を指で弄る。

 

 ──俺だけに、こういう表情を見せているかと思うと嬉しいんだ。ちょっとずつ、知らない顔が見えてくるのが、たまらく嬉しい。

 

 決してそれは、紅魔族の知的好奇心が満たされるからという理由じゃない。

 

 本人に言うのは恥ずかしいから言わないけど。

 

「──それにこれでもマシになった方なんだよ……同じに見えていた取材対象が、そうじゃなかった。私はそれを君のおかげで知れたんだから」

 

 あるえは静かな口調で漏らした。

 

 真面目な口調だ。聴き逃すまいと耳を傾ける。

 

「女子は恋話をすれば『前世の自分はお姫様で来世を誓った勇者が』とか。男子も男子で『転生した邪神が自分の中に封印されている』とか。みんな、そんな話ばかりでさ……私も考えないわけじゃないから、それが悪いとは言わないけど」

 

 多分これは、

 

「──けど。正直、『嗚呼、なんてつまらないんだ』って思ってた」

 

 ──大事な話だ。

 

 

 

「もっと他には無かったのか。邪神が巣食ってるのならその邪神と折り合いをつけてその力が使えても良い。前世でお姫様だったのなら、それ相応の気品があっても良い。なんなら転生する魔法が使えるくらいの大魔法使いでも──今もだけど、幼い頃は大人達がする似たようなやりとりを聞いて思っていたよ。もう少し格好良いことが言えないのかって。もどかしかった。私ならってこうするって言うのが多くて。……何度も言うけど、存在しない過去の捏造は悪い事じゃない。終わっている事だからね。でも終わっている事なんだ。今や未来とは断絶されたもので、みんなが言うその格好良い事って、何か今のあるいは自分に影響を与えているのかな……いや話が逸れたね」

 

 話す時も理路整然と話す事を心がけているあるえだが、語ること言葉に珍しく熱が入っていた。

 

「んん。……そんなわけで本ばかり読んでた所為もあるんだろうけど、私は人一倍想像力豊かだった。今でもそれは変わらず、小説を書くことへ生かされている。というか、だからこそ小説を書いているというべきかな」

 

 紅茶に口をつけて、あるえは口を湿らせた。

 

「当時の私の持つ過剰な想像力は、代償として他人への興味をひどく薄れさせていた。必要無い、とさえね。本の内容以上のことがこの世にあるのだろうか、とそんな風に考えるくらいには拗らせてた。……はぐりん、君と出会うまでは──あの日は丁度小説を自分でも書こうと思い立った日だからよく覚えてるよ」

 

 少し暗い話題だったが、一転して楽しそうに話し始める。

 

 なんて話したか……実は俺も鮮明に覚えている。ゆんゆんとあるえに初めて会った日のことだから。

 

「君はまるで本の中から出てきたような出自を持っていた。元勇者候補らしき父親と当時里一番の美人だった母親の子供。身に秘めた力は絶大で、幼くも回復魔法と初級魔法を難なく扱えてた。最弱の『冒険者』だからこそ……『器用万能、物語の勇者のようになれる』と。目を輝かせて、そう言った君の言葉に偽りも誇張も感じなかったよ」

 

 そう言われると少し照れ臭い。あるえのこと年上だと思ってたから、確か話すのにも格好付けてたなぁ。

 

「──嗚呼、現実も馬鹿に出来たもんじゃないなって。それから少しずつ人との関わりを大切にするようになったんだ……他の人からしたら微々たるものなのかもしれないけどね」

 

 最近のぼっちぶりを聞く限り、本当に微々たるものなんじゃないか、と苦笑いしていると。

 

「でもそれはしょうがないじゃないか。君以上に興味をそそられる人なんてそう居ないんだから。……小説を書こうと決めた日に、本から出てきた勇者のような子と運命的な出会いを、なんてさ。紅魔族的にも、女の子としても気持ちが昂らない訳ないよね」

 

「……そっか」

 

 そういうあるえの目には輝きが灯っている。耳も少し赤い。

 

 俺も同じようになっているかもしれない。少し顔の周りが熱かった。つい、誤魔化すように相槌を入れた。

 

「多分、あの時から惹かれてたんだ。こんな持て余す程の感情に育つのは、予想できなかったけどね」

 

「俺も予想してなかったよ。……あるえと家でこんな話をするようになるなんて」

 

「ふふ、違いないね……」

 

 そう言ってすっかり話している間に(ぬる)くなった紅茶を飲むあるえ。

 

 お茶請けに出したお菓子に手を伸ばして、クッキーを摘んで口に運ぶ。

 

 食べ終わると、あるえはその手をハンカチで拭い。

 

「さ、今度ははぐりんの番だよ。……聞かせて欲しいな。いっそ過剰と言って良いくらいに、スキルを手に入れられたその理由を」

 

 話してもらおうじゃないか、と愛用のメモ帳と羽ペンを取り出して迫ってきた。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 隣に座ると一瞬固まり、困った顔をしたはぐりんは観念したように、お手挙げだと言わんばかりのジェスチャーをした。

 

「その前にこれを見て貰おうかな」

 

 手を上げたままの姿勢で、彼は指を鳴らす。何処からか冒険者カードをその手に出現させ、私に差し出した。

 

「いや、待ってよ。それどうやってるんだい?」

 

「秘密。《宴会芸》とだけ」

 

「……もう、隠し事しないでよ」

 

「ふふふ。ごめん。でも手品は種がわかったら面白くないでしょ?」

 

 確かにそうだけど。……手品のタネを探るのは諦めて、はぐりんの冒険者カードを見た──これが肌身離さず持っていた彼のカード。

 

 職業の欄は『冒険者』。それはもちろん疑ってはいなかったけど。

 

 でその学生離れしているはずのレベルは……3レベル? 

 

「なんだい、これ……」

 

 異常だ。

 

 二度見する。でも結果は変わらない。いいや、そんな訳ない。だってスキルは……へぇ、冒険者カードってスキル沢山取得するとこんな風になるんだ……じゃなくて。

 

《物理耐性》《魔法耐性》他各種《異常耐性》系スキルは過剰な程強化されている。授業で習ったのが確かならこのレベルでも前衛盾職でもやっていける。スキルレベルだけなら一般冒険者のそれを遥かに凌いでる。レベルが伴ってさえいれば、渡りの野生キャベツの攻撃で傷一つ付かない程度には。

 

 他にもステータスを上げる各種スキルは取得していて、現時点でのステータスは、紅魔族らしい知力と私以上の飛び抜けて高い魔力、防御に関するステータス、そして幸運以外は15レベル程度の値だろうか。素のステータスに乗算するから現時点ではこの程度なんだろうけど。レベルが上がればこのステータスは跳ね上がる。……幸運の値に補正がかかるスキルは持ってないようだから、これは生まれつき、なのかな。異常なくらい高い。

 

 魔法系スキルは《初級魔法》《回復魔法》《治療魔法》《神聖魔法》の他、《魔法威力上昇》スキルもある。

 

 技術系のスキルは《千里眼》《読唇術》《体術》《投擲》や《両手剣》《片手剣》《槍術》など。《宴会芸》に《料理》に《錬金》? 他にも色々と節操がない。いや、そうでもないのかもしれない。何か規則性のようなものが窺える。

 

 なるほど勇者を目指すだけはある。……でもやっぱり、これだけスキルを取っていてレベルが低い訳がない筈なのに。なのにたった3レベル。私よりも低い。あれだけはぐりんは頑張ってたのに……? 

 

「冒険者を選んだのは俺の意思でもあるし、父親の意向でもある……って常々言ってると思うけど。これだけのスキルが取得できるからなんだ。……うちの親は過保護でさ。一通りスキルや魔法を教えられた後、魔力量が他の人より多いのがわかって、まず取らされたのは《初級魔法》と《回復魔法》に《治療魔法》。まぁ便利だからってことなんだけど。でも過剰な魔力で攻撃にも転用できるってわかって、《魔法威力上昇》スキルも取ったよ。《回復魔法》の威力も上がるんだからびっくりしたよ」

 

「それで、あの邪神の下僕も……」

 

「まぁちょっと拍子抜けするぐらい簡単に倒せちゃったけどね」

 

 なんてことないかのように言う彼は、あの時もこんなレベルで。……唇を噛む。私はあの時、自分の知的好奇心に負けて居残った。でもそれは、はぐりんならなんとかすると思っていたからで。

 

「その次に、親父が修めてるレベルまでの防御系スキルを取るよう言われた。極めてんのかってぐらいだよ。残りの初期ポイントもそれに注ぎ込まされたし、冒険者の修行を始めて暫くの間はそのためだけにスキルポイント稼いでた。これが過保護だって思う理由なんだけどさ。……やっぱり親心なのかなぁ。母さんも俺が『冒険者』で冒険者をする条件に挙げたぐらいだし」

 

 腑に落ちない。そして──起こり得たかもしれない可能性に身震いする。

 

「ねえ、でもそれならこのレベルはおかしいよ。だって君はあんなに頑張ってたのに……」

 

「うーん。そうだよなぁ……やっぱおかしいよな、レベル」

 

 応援していた。週末明けに聞く彼の話は、聞いていた私は血湧き肉踊った。小説のアイデアにもなったし、ネタにして短編を書いて読んでもらったこともある。

 

 でも──虚実を織り交ぜ話に説得力を持たせる。そうアドバイスをしてくれたのも、はぐりんだった。

 

「ねぇ。嘘、吐いてたんじゃない、よね?」

 

 嘘を吐かれていたと思うと悲しくて。

 

「その話を……あ……。……うん、賭けてもいい。神々に誓ってもいい。スキルアップポーションは使ってないから。……嘘を吐いたら鳴る魔道具持ってきて、確かめる?」

 

「そ、そうだよね……ごめんね、取り乱したよ」

 

 目尻に浮かんでいた涙を拭う。

 

「不安なら持ってくるよ?」

 

「……大丈夫だよ。はぐりんのこと信じてるから」

 

 ほっと胸を撫で下ろすはぐりん。

 

 泣きそうになった私を見て、おろおろとしていた彼はやっぱり可愛い。……うん、大丈夫。信じられる。ずっとはぐりんは違うと言い続けてきたわけだから……。

 

 駄目だな私は。最近はどうも、感情がうまく言うことを聞いてくれない。

 

 でもこんな、矛盾だらけの冒険者カードを見せられて動揺しない方がおかしいんだ。

 

「ごめん、少し勿体ぶり過ぎたよ。前置きが長かったよな。……あるえ、これから話すことはしばらくの間……──ううん、俺たちの秘密にしていてほしいんだけど」

 

 バツの悪そうな顔から、神妙な面持ちになって。

 

「──レベルリセットポーションって知ってる?」

 

 はぐりんはそう切り出した。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 レベルリセットポーションは禁薬だ。その存在は公には知らされていない。一部他国で刑罰の一種として利用されている程度で、一般での利用はおろか、精製すら禁止されている。

 

 端とはいえ、此処ベルゼルグ王国では一部許可を与えられた職人だけが作ることを許されている。販売先は王家及び認められた者に限られ、厳重に管理される。

 

 他者への利用は禁じられているが、厳密には双方合意の上でなら『まぁ使いたければ勝手にどうぞ』だ。禁じられているの精製と製造方法の流出のみで、完成品の譲渡は許されている。法律の穴と言ってもいい。……もしかすると正しい使い方を知ってる人がこの法律を作ったのかもしれないけど。

 

 ……なんで俺がこんなに詳しいのかと言うと、ポーション屋の息子として、将来的には一応国家資格をとるつもりで勉強したから。いつまでも母さんに作ってもらうわけにはいかないし。

 

 で、何故そんな扱いなのか。それは、その効能の凶悪さは勿論のこと、作りやすい事に起因する。

 

 幾つかの材料は駆け出し冒険者の街周辺でも手に入るものばかり。ある特定の部位から滲むジャイアントトードの粘液を蒸留して分離したものに、初心者殺しの爪、一撃ウサギの角だ。他の材料や製法はまだ教えてもらってないが、スキルアップポーションに比べれば、遥かに簡単、らしい。

 

「その正しい使い方ってのはさ。……あるえ、ちなみに使うとどうなると思う?」

 

「え? レベル以外にも全部初期化させられるんじゃ……無いんだね?」

 

「そうなんだ。レベルはリセットされるからステータスはもちろん下がる……でもスキルとスキルポイントは残るんだ。レベル1になったその状態でレベルを上げると普通にスキルポイントが入ってステータスも上昇する。先駆者である親父曰く『下落転生』って言うらしい」

 

 強さの基準はレベルが全てじゃ無い。常々父さんはそう言ってる。俺もそう思う

 

「……なるほど。この話、まさか先にゆんゆんにしてるってことは?」

 

「ああ。まだしてない。……でも卒業したらめぐみんやゆんゆんにも話すつもりだよ」

 

「……そっか……ねぇ、副作用はないんだよね?」

 

 あるえはペンの動きを止め、メモ帳に目を落としたまま言った。

 

「それは無い、とは言い切れない。父さんが大丈夫だったから俺もってだけ。……文献が残ってないし、もしかすると初めての試みかもしれないから」

 

「…………レベリングは、してたんだね……」

 

「うん。何回もリセットして、だけど……!?」

 

 急にあるえが胸に飛び込んでくる。いい匂いだったり柔らかさだったりに身体が硬直する。

 

「そんな、そんな危険な事をどうして。──レベルをわざと下げて魔物と戦うなんて。自殺行為だよ、そんなの……危険なことはしてないって言ったじゃないか……! ……そんなことしてるくらいなら隠れてスキルアップポーションを使ってくれてた方が……」

 

 嘘つき。あるえが言葉に出さず、そう訴えてくる。

 

 嘘を吐いていたつもりはなかった。……でもあるえにとっては真実ではなく、欺瞞だった。その可能性には思い至らなかった。

 

「……そこまで危険なことをしてるつもりは無かったんだ。ごめん。でもわかって欲しい。親父が必ずそばに居たし、レベリングをしてたのは駆け出し冒険者の街『アクセル』近辺だから。弱い魔物ばかりなんだ。さっきも見てもらった通り、防御系スキルのお陰で守りだけは生半じゃないから……その万が一の危険も減らしてた」

 

「でも、あの邪神の下僕と戦った時……はぐりん、あの時もこんなレベルで戦ったの?」

 

「……うん」

 

「……偶々、今のレベルで倒せたからいいんだろうけど、冒険者になったら君の親が見守ってくれることなんてないんだろう?」

 

「もちろん。今のレベルで使う初級魔法でも大人の出す上級魔法と同じ威力をだせる。ただ、自分でも上級魔法を使ったらどうなるか楽しみな反面、怖いから……あるえやゆんゆんと冒険者をする約束をしなかったら、上級魔法を覚えてもパーティを作るまでこの方法は封印するつもりだったよ」

 

「……でもはぐりんは……これからもその方法を使うんだよね……」

 

 だから心配しないで欲しい。と言っても無理なんだろうけど。

 

 腕の中で小さくなったあるえ抱きしめた後、その肩を掴んで引き剥がす。

 

「多分あるえの思う無茶は続ける──だってそうしないと俺の夢は叶わないから」

 

「夢って……はぐりんは勇者になるつもりなんじゃ」

 

「うん。御伽噺みたいに、そうなりたい。だけどもっと先。俺は──」

 

 昨日めぐみんと、盗み聞きしていたゆんゆんにやった名乗りをあるえの前でもう一度。

 

 

 

「我が名ははぐりん!」

 

 ソファから立ち上がり、ソファの後ろの開けた場所へ飛び移る。

 

「紅魔族随一のスキルコレクターにして冒険者を生業にする予定の者!」

 

 腕を大きく回し、片手を突き出し残った手を顔の前へ。

 

「やがてこの世全てのスキルを極めし者!」

 

 片目を隠すように、掌を広げて隠していない瞳の光彩を輝かせた。

 

 

 

「何はしゃいでるの。家の中で暴れない」

 

「いてっ……って、母さん今格好つけてるんだからやめてってば……」

 

「あら、いらっしゃい。えっと……」

 

「わ、我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、やがて紅魔族随一の作家を目指す者!」

 

「我が名はなんなん。紅魔族随一の薬師にして、上級魔法を操る者」

 

「あの、お邪魔してます……」

 

 俺は後ろにいる母さんの顔が見るのが怖くて振り向くことができなかった。

 

 

 

「いい自己紹介ね。それに……うん。ゆっくりしていってね、あるえちゃん。それじゃ、戻るけど……はしゃぐなら外でしてね?」

 

「え? あ、うん……」

 

 母さんはそう言って部屋に帰っていった。

 

 あれ? 

 

「母さん、なんか変じゃなかった?」

 

「……私に聞かれても困るんだけど」

 

 それもそうだ。

 

「でもびっくりしたよ。お義母様が来るなんて……君の名乗りにも驚いたけど。……初めて聞いたよ、ちゃんとした君の名乗り」

 

「ごめん。……どうやってって聞かれかねなかったからさ。でも母さんには俺もびっくりした」

 

 あの反応のなさが逆に不穏だ。あとが怖い気もする。……もしかして、あるえのこと知ってたのだろうか。

 

 ゆんゆんのことを母さんは気に入ってる。仮にあるえの事を知っていたなら。

 

 …………母さんは浮気の可能性を下げるためか親父の朝帰りは許さないほどだ。息子の俺が軟派な事をしているのを知っていれば、何かしら言ってくるはずだし。知らない、のかなぁ……? 

 

「あー……途中で邪魔入ったけど一応、俺の隠し事は全部話し終わったよ。これからどうする? まぁ母さん部屋にまた篭るだろうけど、俺の部屋来る? それとも外に出る?」

 

「え、あ……ならその、だね。はぐりんの部屋に行きたい、かな」

 

「うん……?」

 

 あるえの遠慮を感じさせる言葉にはどこか別種の期待があって。

 

 だから、少し想像した。いつかのめぐみんの様にあるえが俺のベッドに腰かけるのを。

 

 でも母さんは離れに篭りきり。不意に親父が帰ってこない限り、家には誰も居ない。そして何より従妹ではなく俺の好きな人──そんな状況を。

 

「あー……その。……やっぱりまた今度でもいい?」

 

「…………はぐりんのえっち。意気地なし」

 

「……俺が悪かったから煽るのはやめて下さい」

 

 あるえも大概えっちで意気地なしだからな! ……と言えば、売り言葉に買い言葉になるのは目に見えていた。というかあるえがムキになったら何されることやら。

 

 ……ただでさえ胸押しつけられてヤバかったのに。

 



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20 ニートと学生と

 ゆんゆんがウチに来ていた頃は許婚なんて関係ではなく、純粋に友達として遊んでいた。

 

 いつも二人きりだったけど俺としては男女の性差を気にすることはなかった。いや、勿論「可愛い子だな」と思ってはいたけど、それはそれ。美的価値観に基づいたもので……そもそも当時8歳にも満たなかったし当然だ。

 

 許婚になるまではやましい気持ちなんてこれっぽっちも無かった。親からその話を聞かされたのは丁度10歳を迎えるか迎えないか、ぐらいの頃だったと思う。ゆんゆんもその頃になって、俺の家に来ることを遠慮し始めた筈だった。

 

 ただ俺がゆんゆん家に行くのは構わなかったのか、それからも放課後遊びに誘われることもあった。いや、そもそも毎日登校の時は一緒に行ってたし、偶に帰りも一緒に帰ってたけど。

 

 ただ自分の中でゆんゆんの存在が友達以上に変化したのは明確だ。

 

 言葉にはしないでも、彼女のことは大切で。ゆくゆくは──言いなりになるのはいい気分じゃないけど──ちゃんと付き合って、結婚して……なんて思ってた。

 

 ちょっと話が逸れた。……さて、つらつらと並べ立てたが言い訳である。

 

 家に女の子を招くという行為が、今と昔じゃ全然違うものに感じられることに一昨日ゆんゆんと従妹たちを招いた時には気がつかなかった。

 

 さっき『はぐりんのえっち』などと、全然嫌じゃなさそうに言われやっと気がついたド阿呆は俺です。

 

「ごめん……俺としてはそんなつもりじゃなくて……」

 

「いいよ、別に。寝かけてる君に家に行っていいかと聞いただけの私も悪いんだから。だから覚えてくれてただけでも文句は言えないよ……それより、そんな前から、ゆんゆんにそう思っていたことがショックなんだけど」

 

 あ、墓穴掘った。

 

「…………悪い。無神経だった」

 

「ああいや、意地悪で言ったつもりじゃないから。……私が仮に男の子で君の立場ならそう考えるだろうしね。そんなに落ち込まないでよ」

 

 最近謝ることばっかりだ。

 

 でも……デートのつもりで来ていたなんて、言われるまで全然わかってなかった。

 

 ……お洒落してるように見えたならそうでしかないだろ、俺の馬鹿。

 

「それで、連れ出されちゃったわけだけど。どうするのかな?」

 

 あるえが話題を変えようと聞いてくる。

 

「あ、うん……んー、取り敢えずお昼時だし。喫茶店か定食屋にお昼食べに行く……?」

 

 あのまま家にいるのが躊躇われて出てきただけだから、あまり考えてなかった。

 

「じゃあ喫茶店で。高いけど、今の時間定食屋よりは混んでないだろうしね」

 

 食事に誘うので今は精一杯だった。

 

 

 

 あるえの読み通り、今の時間の喫茶店は定食屋よりも店内の客入りは疎らで、混んでいる気配はなかった。机の淵に龍の意匠が彫り込まれたテーブル席の一つを陣取り、料理を注文する。

 

 ……デートだとは思ってなかったから、俺としては家で一日過ごすつもりだった。あるえも休みの日は書きたいものがあるだろうし、俺もあるえの書いた小説を読みたかったので駄弁りながら各々好きなことをしてればいいと思っていた。

 

 それでお互い暇になったならSHOUGIをやればいいと思っていた。ゆんゆんに負け越しているとはいえ、めぐみんと互角の戦いを繰り広げるぐらいには腕前の自信がある。男子クラスじゃ負け知らずだ。

 

 でも──それも全て母さんが気がかりじゃなければ。

 

 あの時やってきた母さんは、家にゆんゆん以外の女の子を招いてることについて、果たしてどう思っていたのだろうか。昨日は眠いからと安請け合いして、今日あるえを迎えたが、もっと気を利かせるべきだったのではないか。

 

 先程はあるえの誘惑を振り払うので余裕なかったけど、いざ避けていたことに直面すると考えざるを得ない。

 

「……なあ、あるえ。やっぱ聞くけどさ、うちの母さんなんか変じゃなかった? こう、怒ってた、じゃない。逆に怒っていなかったというか……」

 

 不安で堪らず、つい、料理が届いてから横に移動してきたあるえに振ってしまった。

 

「大丈夫、だとは思うけどね。私も何か言われるのを少し覚悟してたんだけど。予想よりもあっさりしてて拍子抜けしちゃったよ」

 

「それなんだよなぁ……前、ウチの親そういうことに厳しいっていうのは話したっけ」

 

「……うん。はぐりんのお義母様はお義父上への愛情が深い話だよね。必ず夜には帰ってくるようにさせてるとか」

 

「あっさりしすぎてると思うんだよ。……もしかすると事前に知ってたとか……」

 

「……君を共有する話を持ち出したのは私だよ。私からはなんとも言えないんだけど」

 

 それは、そうなんだけど。

 

『溶岩竜の吐息風カラシスパゲティ』を絡めたフォークを手にしたまま考え込む。

 

 今日この後夜の帳が落ちた時、母さんに聞かれてなんと言うべきか。

 

 答えは出ている。でもそれで母さんが納得するかは別だ。

 

「ごめんね、はぐりん。私のわがままで……」

 

「うん? 何が?」

 

 黙っているとあるえもスプーンを『暗黒神の加護を受けしシチュー』の皿に浸けたまま言う。

 

「いや、だから……君が困ってるのは、私が君と一緒に居たいから……今の関係になることを持ち出したからで」

 

 なるほど。それでそんな事を。

 

「それは違うよ、あるえ。確かにあるえが言い出したことかもしれないけどさ。……ゆんゆんが良いと言ったからって、それを言い訳にするつもりはないんだ。今あるえを好きなのは俺だから」

 

「…………もう。やっぱり君の所為だからね。はぐりんが私を口説くのが悪いよ」

 

 そう言って照れるのを隠すようにシチューを口に運ぶ──あるえが落ち込むぐらいなら、それでいい。

 

 彼女に相談する事じゃなかった。二人のことで俺が困るのは全部俺の責任だから。めぐみんに言われたように優柔不断で、それでいて強欲な俺の所為。

 

 フォークに絡めたスパゲティを口に頬張ると、カラシが鼻にツンときて涙目になった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「ごめんね。……でも、あるえだけずるいじゃない。お休みの日にはぐりんの家に行くなんて、私聞いてない」

 

 ゆんゆんが少し恨みがましく言う。

 

「だって昨日帰ってる時に決まったんだもの。ゆんゆんに伝えようにも手段がないからね。それに、ゆんゆんは何度も行ってるだろうけど、私だってはぐりんの家に行ってみたかったんだ」

 

「うう……それは、そうかもだけど…………」

 

 開き直って言うあるえに、ゆんゆんは納得しかねる様子で俯く。

 

「なあ、二人とも、こんなにくっつかなくても……」

 

「ゆんゆんが離れたらね」

 

「……あるえが離れたら」

 

 肩と肩が密着するほど椅子を寄せてきている二人に助けを求めてめぐみんに顔を向けると。

 

 二人に挟まれた俺の向かいに座るめぐみんはそしらぬ顔を。

 

 そして、その隣のぶっころりーは血涙でも流しそうな顔で俺を見て居た。

 

 正直言って滅茶苦茶気まずい! 

 

 

 

 ──時は少し遡り、食事を終えて、次はどこへ、何しに行こうかと相談しようかと思っていた時、新たに喫茶店への来訪者が現れた。

 

「……はぐりん? あるえ?」

 

「ゆんゆん? それから……」

 

「デートとは良いご身分ですね、はぐりん。それと、こんにちはです、あるえ」

 

 めぐみんにゆんゆんだった。

 

「やあめぐみん、こんにちは。そうだよ、デート中なんだ。あまり邪魔をしないでくれると嬉しいな」

 

「で、でーと……」

 

 そう言って隣に座るあるえは腕を組んでくる。ゆんゆんが羨ましそうにこっちを見ている。俺は肘の柔っこい感触に硬直する。

 

「……ゆんゆん、そこへ座りましょう。盛大に邪魔してやりましょう」

 

「ええ!? ……あの、いいの?」

 

 目の据わっためぐみんの発言を受けて、ゆんゆんが伏せた視線を上げながら聞いてくる。

 

「あるえ……その」

 

「む……。……いいよ、座っても。本当はデートって訳じゃなかったみたいだし」

 

「それはごめんって。今度埋め合わせはするから。あと色々不味いから離してくれると」

 

「嫌」

 

 残念そうな口ぶりであるえからも了解を得たゆんゆんは、テーブル席の奥側。隣のテーブルから空いてる席を持ってきて、俺の隣に座った。

 

 頑なにあるえが俺から離れないのを見て、ゆんゆんも椅子ごと身体を寄せてきた。

 

 ゆんゆんの目の前の空いてた席にめぐみんが座ると、もう一人来訪者が。

 

「二人とも何処へ……あ、はぐりん……」

 

「昨日ウチの母さんの裸を見かけて氷漬けにされてたぶっころりー!」

 

 俺の顔を見て昨日氷漬けにされたのを思い出したのか、震え始めたぶっころりーに立ち上がって追い討ちをかける。ついでにあるえの拘束から逃れる。

 

「ちょ……あ、あの別に故意に見ようとした訳じゃ……! あの、女の子たちからの視線が痛いんだけど! 誤解を招くようなことを言わないでくれ、はぐりん! 見れてない! や、見てないから!」

 

 その口ぶりからしてちょっと見たかったのか、めぐみんとゆんゆんからのニートへ注がれる視線は変わりなかった。

 

 

 

 ……あるえとぶっころりーがお互い名乗りを済ませ、ぶっころりーが席に着き──そして時は今に戻ると。

 

 俺の訴えは結局聞き入れてもらえず、拘束を解いたが少し拗ねているあるえと落ち込んでいるゆんゆんは俺をサンドイッチにしたまま。

 

「ぶ、ぶっころりーは二人にその、昨日言ってた相談をしにきたんだよな?」

 

 気まずさを誤魔化すためにぶっころりーに話を振る。

 

「べ、別に羨ましくなんかないんだからね!」

 

 話題転換失敗。ニートの間髪入れないツンデレ染みた返答に会話が途切れる。

 

 そんな中救世主が。

 

「…………はあ。時間が勿体ないです。さっさと用事を済ませてしまいましょう。お腹も減りました。ゆんゆん、メニューをとって下さい。ここのニートに奢らせます。あと、私が嗾しかけたとはいえ、いい加減二人とも離れたらどうですか。ぶっころりーに見られてたのが発覚したからと白昼堂々二人してくっつくのはまずいと思いますよ」

 

「……うう、そう、よね。……はい、めぐみん。私もカラシスパゲティを」

 

「やっぱり俺に奢らせるんだね……」

 

「あ、払います! 私の分は! ……えっと、それで何ですか、私たちへの相談っていうのは」

 

 破壊神の生まれ変わりを自称する割に、めぐみんは面倒見がいい。今度うちに来た時は楽しみにしているといい。

 

 めぐみんに言われてメニューを渡したゆんゆんがくっつけていた席をずらして離し、あるえもそれに倣って離れてくれた。

 

「『いたいけな女の子たちに聞きたいことがあるんだ……はあ……はあ……』と、鼻息荒く聞いてくる程のことですからね。余程のことなのでしょう」

 

「だから俺そんな風には言ってないよね!? ……わ、わかったよ。朝の件は俺が悪かったから。ゆんゆんの分も奢るから、許してくれよ」

 

 何やったんだろうか。気になる。

 

 財布の中を見て肩を落としたぶっころりーは。

 

「……それで。今日はすまないね、二人に集まってもらったのは他でもない。昨日はぐりんにも相談したんだけど、実は俺……。好きな人が出来たんだ」

 

「ええっ!?」

 

「ニートのくせにですか!?」

 

「ニートは関係ないだろ! ニートだって飯も食えば眠りもするし、恋だってするさ! ……その、あるえは何を書いてるんだい」

 

 抗議をするぶっころりーを他所にメモ帳を取り出し、ペンを走らせるあるえ。

 

「……二人の時間に水を差されちゃった訳だし、その分は取材させてもらおうかなってね。それにニートが主人公の話も面白そうだし」

 

「いや、あの実は俺はニートって訳じゃなくてだね。里の靴屋なんて仕事に収まる器の男じゃないからで……」

 

「なるほど。勉強になるね。ニートの言い訳の仕方は初めて知ったよ」

 

「ほぼほぼ初対面なのにイジる事に遠慮がなくてびっくりだよ……」

 

 あるえは「ああ、私のことは放っておいてくれていいから」と言ってメモ帳に目を落としたまま、文字を綴る。

 

 パフェが届き、スプーンを手に取っためぐみんが。

 

「まさかぶっころりーの恋バナまで聞く日が来ようとは……私の周りにはどうして色ボケが多いのでしょうか。それでその相手というのは? 知っている人ですか? ……それとも、私たちのうちのどちらかなんてことは……」

 

「色ボケって……あ、いや! こ、困ります! 私が好きなのははぐりんなので! ごめんなさい!」

 

 色ボケというのが誰のことか追求したいが、それ以上に聞き捨てならないことが聞こえた。

 

「君たちには告白するつもりなんて更々ないからフラないでくれゆんゆん、悲しくなる。大体俺、ロリコンじゃな……あ、こら! やめ、止めろよめぐみん! 悪かったから、俺のコーヒーにタバスコを入れるのは止めてくれ! 何で、はぐりんはこっそり塩を入れようとしてるんだよ」

 

 ……なんか腹立ったから。

 

「……ふう。君たち本当に似てて本当に従兄妹同士なのかと疑う時があるよ。……それで、その。俺の好きな人っていうのは……」

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ──当たり前かもしれないが、魔力の豊富な紅魔族は、魔法関連の仕事に就くことが多い。

 

 中には陶芸家や画家なんかをやっている大人も居るが、ゴーレムにさせたり、魔道具にさせたりと、普通にやれば持て余す魔力を態々利用していたりする。

 

 魔力を一切使わない仕事をする人たちはごく僅かだ。隣にいる作家志望も将来的にはそのうちの一人になるだろう。

 

 ぶっころりーの好きな人。うちの母さんから譲り受け、『紅魔族随一の美人』を継承したそけっとだ。

 

 喫茶店を出て、今はその占い屋を営んでいる彼女の店に俺たち五人は向かっていた。

 

「そういえば、どうしてはぐりんのお義母さまは『美人』を名乗らなくなったんだい? 昔代替わりしたとか聞いたきりでよく知らないんだ」

 

「それが俺もよく知らないんだよな。……多分美人を謳っていたら、言い寄られて困るから、とかだと思うけど。昨日もどっかのニートに裸見られかけて凍らしてたし」

 

 前を歩くぶっころりーがくしゃみをした。昨日のアレで風邪でも引いたのだろうか。

 

「なるほど……お義父さまは愛されてるんだね」

 

「…………息子としてはそういう話をするのはちょっと恥ずいんだけどな」

 

 あるえとそんな話をしていると、横で聞いていたゆんゆんが。

 

「でも羨ましいよね。昔なんなんさんを外で見かけた時、はぐりんのお父さんと腕組んで歩いてて。仲良さそうで……その、私もああなりたいなぁって思うもの。……どうしたの、はぐりん顔隠して」

 

 遠慮無しに会話に混ざってきてそう言う。

 

「……ゆんゆんはたまに大胆なこと言うから油断ならない」

 

「ええ!? ……あ」

 

 俺の指摘に顔が赤くなるゆんゆん。誰と、とは明言してなかったが此処には頭の良い紅魔族しかいないから言ってるようなものだ。

 

「ゆんゆん、私に嫉妬させたいのなら大成功だよ。嫉妬のあまりこの後私がはぐりんをグチャグチャにしてもいいならその調子で話せばいい」

 

 赤くなったゆんゆんを目を紅くしたあるえが睨む。

 

「べ別にそんなつもりで言ったんじゃないからね! って、グチャグチャって何!? なんかえっちぃんだけど! はぐりんに何するつもりよ!」

 

「おや、グチャグチャって聞いてエッチなこと想像するゆんゆんも相当卑猥だと思うけどね」

 

「!?」

 

 きい、と睨み合う二人。

 

 間に挟まれた俺は何されるのか怖くて前屈みになりそうだ。

 

「さ、最近の女の子たちは発達してるなぁ……お、着いたぞ」

 

「おい、何で一瞬憐れむように私を見たか聞こうじゃないか」

 

 横を歩いていためぐみんの追及を無視して──そそくさと近くにあった茂みで身を隠すぶっころりー。ぶっころりーが隠れたのに釣られて、俺たち四人も茂みに隠れる。

 

 同意見ではあるけど、めぐみんはこれからだと思うのでそんな目で見ないでやってほしい。

 

「相変わらず美人だよなぁ、そけっとは…………」

 

 箒で掃き掃除をしている想い人を前にして、感嘆の声を漏らしたぶっころりー。

 

「此処まで来といてなんですが、やはり今日のところは私たちが遊んであげますから、やめませんか? 片や紅魔族随一の美人で、片や何の取り柄も変哲もない、親の仕事を継ぐのも嫌がる将来性のないニートですよ」

 

「お付き合いしたいなら、せめてお仕事に就いてたほうが……」

 

 そけっとの美人ぶりに当てられたのか、めぐみんとゆんゆんに諭される。

 

「同じように、昨日はぐりんにもアドバイスされたよ。でもニートだって夢は持って良いはずだ! もしかしたらダメ男が好きな変わり者かもしれないだろ? 現に──」

 

「現に?」

 

 不意に、黙っていたあるえがぶっころりーに聞き返す。

 

「いや、なんでもない。ともかく聞いてみないことには、分からないじゃないか!」

 

 賢明な判断だ。『現に此処に二人も』なんて口にしていたら、俺の手によって危うくニートの氷像が出来上がるところだった。俺を馬鹿にするのはいいけど、二人のことを悪く言われたら我慢できるかわからない。

 

 ──こんな話をしている間にそけっとは掃き掃除を終えて、店の中へ入っていってしまった。

 

「自分をダメ男と自覚しているのは好感が持てますね。やるだけやってみましょうか」

 

 さっき聞いたが、ぶっころりーはめぐみんとゆんゆんに、相談に乗ってもらうだけではなく、そけっとの好きな男性のタイプも聞いて欲しかったようだ。

 

 ちなみに俺が聞きに行くのは「嫉妬しそうだから無理」と言われた。前は無意識だったが。今ならその気持ちはよくわかる。

 

「でもどうするの、めぐみん? 正直、私はぶっころりーさん自身がそけっとさんに話を聞きに行くべきだと思うんだけど。その方が話も膨らむだろうし」

 

「ニートの俺にそんな度胸と社交性があるとでも? あったらニートなんてやってないよ」

 

 偉そうに言えることじゃないので胸張って言わないでほしい。

 

「やっぱり無理なんじゃ……」

 

「ゆんゆん待って下さい。今考えてますから。そうですね……」

 

 顎に拳を当て知恵を絞りだしているめぐみん。

 

「うーん……あ! そうです。そけっとは腕の良い占い屋。ぶっころりーの未来を占ってもらうのです! 未来の恋人を!」

 

「なるほど。……占いにそけっとが映れば良し。でも違う人が映ったなら脈なしということだね。流石は『紅魔族随一の天才』だね。どうしようもない真実を突きつける訳だ」

 

「ちょっとあるえ、別にそんな言い方しなくてもいいじゃない。私は良い考えだと思いますよ……? もしそけっとさんが映ったなら、そのままお付き合い出来る可能性があるんですし……それに違う人が映ったならそれはそれで……」

 

 女子三人の言葉に腕を組んで思案げにうなづいていたぶっころりーに俺は。

 

「あるえとゆんゆんの言うことはもっともだけど。仮にそけっとが映っても、違う人が映ってもだ。俺たちは神も悪魔も恐れぬ紅魔族。気に入らない運命ぐらい軽く覆して、ブチ壊してしまえばいいだけだよ。今のぶっころりーの本気具合が試されてる、ぐらいの気持ちで占って貰えばいいんじゃないか?」

 

 それを聞いたぶっころりーは顔を上げて。

 

「君たちは占いをしてもらえる前提で話してるけど、ニートにそんな金あるとでも? ニート舐めんな! あったら毎日通い詰めてるさ!」

 

「帰りましょう」

 

「帰ろうか」

 

「わわ! 待って、待ってくれって! 俺だって良い考えだと思ってるけど現実問題お金が足らないんだよお!」

 

 ふざけたつもりでも、逆ギレされて帰ろうとするめぐみんと俺に慌てて謝るぶっころりー。

 

 大の大人がこうやって子供二人の服に縋っているのを見ると流石に足を止めざるを得なかった。

 

「でも、そけっとさん店の中に入っちゃったし、好きな男性のタイプを聞くにしても、いきなり訪ねてそんなこと聞くのはどうかと思うんだけど」

 

「初対面に近いんだし、ゆんゆんには無理……とは言わないでも難しいだろうね」

 

「私には無理って思ってるでしょあるえ」

 

「思ってない。で、一体どうするんだい?」

 

 ごめん、ゆんゆん。悪いけど、俺も含めて多分この場にいる全員ゆんゆんにはできないと思ってる。

 

 ぶっころりーは再び腕を組み真面目な顔を見せて。

 

「仕方ない。此処は一つ、占い代を工面しようか」

 

 どうせ暇なんだからそれぐらい稼いで貯めとけ、と言いそうになったがやる気になってるところに水を差すわけにもいかないのでやめといた。

 

 

 

 



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21 ニートとストーキングと

遅くなりました。


 里の周辺の森に住み着いている魔物はその尽くが強い。といっても上級魔法を修めた紅魔族にとっては鎧袖一触出来る程度のものだが。

 

「ぶっころりー、上級魔法覚えてない学生四人引き連れて森入っても大丈夫なのか?」

 

「まあ大丈夫だよ。この前間引いたばかりだし、そんなに危険な魔物に会うことはない筈さ」

 

 大人にとっては大したことなくても、外の世界の基準で言えば此処は魔境と言って差し支えない程だ。それは子供の俺達にも当てはまる。

 

 外の世界と里の周辺。身をもって知っている俺としてはお気楽な返事に不信感が湧き起こる。これは俺も備えとかないと危なそうだ。《宴会芸》スキルの物体出現芸で『ひのきのぼう』を取り出し手に握る。

 

「いつから持ってたの、それ」

 

「これ? いつからというか……常備してるけど」

 

「……どこに持ってたの?」

 

「内緒。てか、あるえには言ったじゃん。宴会芸スキルで物を隠して持ち運べてるって」

 

「そうだけど……やっぱり何回見ても信じられないというか」

 

 まあ長さ80センチの木の棒をどこにしまってるんだってのは、俺があるえの立場なら気になるに決まってる。まあ実のところ今のスキルレベルだと重量は据え置きだし、嵩張るしであまり多くは持てないが。

 

「ねえ、はぐりんの持ってるその木の棒って、何か特別なの? この前も持ってたけど……あるえは知ってるんでしょ?」

 

「知ってるよ。はぐりんの使ってる魔法媒体兼武器、だったよね」

 

「うん。親父に誕生日のプレゼントで貰ったものでさ。どっかの集落で御神木になってたヒノキがエルダートレント化して討伐されたんだ。……依頼受けてうちの親父がやったらしいんだけど。そいつから採れたものなんだと。魔力の伝導率や制御力の上がる優れものだよ」

 

 これを貰ったのは確か五歳ぐらいの時だったか。万が一にも魔力の制御を誤らない様にと貰えたものだ。あれからずっと使ってるけど、劣化は一切していない。むしろ、より硬くしなやかになっている気がする。

 

「でもなんで杖じゃなくて棒なの?」

 

「棒には『突けば槍、払えばグレイブ、持てば長剣』みたいな言葉があるらしくてさ。これは短いけど長さは氷結系や岩石系魔法で変えられるから。このまま使っても良いけど……」

 

 ゆんゆんの疑問に見せた方が早いとくるりと手元で回転。先に鋭く尖らせた氷を無詠唱魔法で出現させ、短槍に。それから氷で刃先を伸ばして長槍に。

 

 一旦溶かして持ち手を残して、ひのきのぼうを高密度の石で覆い大剣を象らせる。これで《両手剣》や『ソードマスター』の《剣術》スキルの対象にはなるが、支援魔法を使わないことには筋力が伴わないので、振り回せない無用の長物だ。いつもは片手剣サイズに収めるが、今はちょっと見え張った。解呪魔法で石を崩させる。

 

 あとはブーメラン状に成形したり、斧にしたり、鎌にしたり。千変万化だ。器用度が高ければ消費魔力も大したことないが、レベルの低い今は魔力に物を言わせて無理矢理やっているので、俺の魔力でもここまでで半分以上使ってる。

 

「……こんな感じで。ほら、冒険者は色んなスキル覚えるから……ってなんでみんなしてそんなキラキラした目で見てくるわけ?」

 

「「カッコいい……!」」

 

 あの時ちゃんと逃げてくれためぐみんと、初めて見るぶっころりーはわかる。可変武器は格好いい。

 

 でもゆんゆんとあるえには養殖のときに一度見せたと思うんだけど。

 

「……その、はぐりんが助けてくれた時のこと思い出しちゃって……格好良かったなって」

 

 と、ゆんゆんが照れくさそうに言い。

 

「何度見ても良いね。洗練された無駄のない無駄な魔法行使。紅魔族らしくて浪漫があるよ」

 

 と、あるえが。

 

「今無駄って言った?」

 

「言ってないよ?」

 

 いや、まあ言ってたとしても、あるえも悪い意味で言ったんじゃないだろうけどさ。

 

 正直こんな魔法の使い方は魔法使いにとっては非効率的だ。敵対している相手に直接魔法をぶつけたほうが余程いい。実際今使った魔法の威力と魔力を使えば上級魔法を複数回は使える。この『ひのきのぼう』を使った近接戦闘と、目下一番使いたい魔法のライト・オブ・セイバーの威力は比べるべくもない。

 

 ひのきのぼうに戻すと油断なく構えたまま。

 

「それにしても魔物が居ないぞ……? 普段なら一撃熊の一匹二匹すぐ会えるんだけど……」

 

「……もう一回聞くけど。仮に一撃熊の群れに遭遇したとして、ぶっころりー俺たちのこと守りながら戦えるわけ?」

 

「当たり前じゃ……ないね。確かに流石に囲まれたらマズいと思うけど、あいつら群れたりはしないからね。大丈夫だよ」

 

「そこは断言しろよ」

 

「というかさ、学園で習うだろ? 今は教わってないのか?」

 

「聞いてみただけだよ」

 

 ……はあ。

 

 

 

 しばらく森の中を彷徨いてみたが見つけることができず、この前の間引きで一撃熊すら怯えて隠れているのではないかと結論づけ、金策をして占ってもらう案は一旦保留となった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ぶっころりー率いる俺たち一向は森から里に、そけっとの店の前に戻ったが店には準備中の札がかかっていて不在の様だった。

 

「……そけっとさん、どこかに出かけたのかな?」

 

 所在の在処を誰に訊ねるわけでもなく呟いたゆんゆんに、ぶっころりーはその肩をポンと叩き。

 

「そけっとのことなら俺に任せてくれなんせ俺とそけっとの仲だからね、まずそけっとは朝七時頃に起きるんだ、健康的だよね、そのあとシーツをかごに放り込んでから朝食の準備に移るんだけど、そけっとは毎朝うどんばかり食べるんだよね、そんなにうどんが好きなのかな? 彼女は鍋に水を張ってお湯を沸かしている間に歯磨き洗顔を済ませるんだ、効率的だよね、顔も良い上に頭も良いよね、そけっと賢いよそけっと。うどんを食べたあとは朝食の食器と一緒に前日の晩御飯の洗い物も済ませるんだよねそけっとは、前日の晩御飯の食器はつけ置きしておくんだよ本当賢いよね、きっと良い奥さんになれるよね、そけっとはそれからお風呂に入るんだよ、朝からお風呂だよ綺麗好きなんだよね、夜も入るし朝も入るんだ、だからあんなに綺麗な肌をしてるんだろうね、お風呂から出ると新しく出た洗濯物をかごに入れて洗濯するんだよ、ここだよ、ここが大事なんだよね、彼女は洗濯物をすぐ洗っちゃうんだよ、これって凄く困るよね、いや困らないよ、うん別に困らない、いや困……やっぱり困らないよ、だって俺にはやましい事なんて何もないからね、洗濯が終わったあとは散歩に行くんだよそけっとは、本当に健康的だよね、しばらくウロウロした後店に行くんだよ、そのあとは君達も知っての通りさ、まずは店の掃除を始めるんだ、本当に綺麗好きだよね、それに家事全般が上手そうだよね、しばらく掃除した後は店に引っ込んで出て来なくなるんだよ、きっと中で退屈してると思うんだ、本当、お金さえあれば毎日通うんだけどね、その後お客が来なくて退屈したのか店の外に出てくるんだ、それからストレッチしたりお客が来ないかなーなんてあちこちキョロキョロするんだよ、可愛いよね、綺麗なだけじゃなくて可愛いだなんて反則だよ本当に、そけっと可愛いよそけっと、後は店を閉めてどこかに出掛けちゃうんだよね、お店放り出してだよ、こんな奔放なところも素敵だよね、自由すぎるっていうかさ、ほら俺なんかも自由を謳歌するニートだからね、その辺も相性バッチリだと思うんだ、まあそれはいいとして、今の時間帯だとそけっとが店に帰ってくるまであと二時間ちょっとってとこかな、このまま待ってても良いんだけどね。……どうする?」*1

 

「……ま、まるでいつも見ているかの様な言い草ですね。軽く引きますよ。……どうしてそんなに詳しいのですか?」

 

 と、目をキラキラさせて語ったぶっころりーにめぐみんが問う。

 

「そりゃ、暇さえあればここに来ては色々と調べてるからさ。そして俺は自慢じゃないが里の中で一番暇がある」

 

「そ、それってストーカ」

 

「おっとゆんゆん、それ以上言うのはいくら族長の娘でも許さないぞ」

 

 紛う事なきストーカーぶりに俺もゆんゆんもめぐみんもドン引きである。

 

 しかし、ものすごい勢いでペンを走らせていたあるえは、一度手を止めて頭を上げ。

 

「見習いたいぐらいの張り込みと取材力だね。本人も知らないような事もたくさん知っていそうだ。今度ゆっくりそけっとの話を聞かせてもらっても良いかい? 紅魔族随一の美人がどんな生活をしているのか気になってたんだ」

 

「ああ、良いとも! 俺の知ってる事ならなんでも……。……何それ? めちゃくちゃ綺麗な字ですごく気持ち悪い事が長々と書いてあるんだけど」

 

「ぶっころりーがさっき言ってた事だけど」

 

「は? これを俺が? そんなわけ……そんな……。……あの、これ本当に俺が?」

 

 メモ帳の文面を見せつけられたストーカーの疑いのあるニートは愕然とする。横から中身を覗くと、あるえの綺麗な字でぶっころりーの先程の語った内容が一言一句漏らさず書かれていた。文字の綺麗さと内容の気持ち悪さのギャップがすごい。

 

 平坦な声色であるえは、

 

「いや、さっきの話が本当ならぶっころりーは凄いよ。新聞記者にでもなったらどうかな?」

 

「……あの、もしかしなくても褒めてはないよね、君」

 

「? いや、褒めてるよ? ニートでそれに加えてストーカーなぶっころりーに褒められる様なところなんて他にあるの? いや、悪気はないんだ。あるのなら訂正しないといけないから教えて欲しいんだけど」

 

「あの、えっと……もう、ニートでもなんでも良いんで、ストーカーってのだけは勘弁してください…………」

 

「あの、あるえ? 事実とはいえ、その辺で……」

 

「……流石に可哀想ですね。…………事実とはいえ」

 

 ゆんゆんとめぐみんの追加口撃に本日二度目のぶっころりーの泣きが入ったので、ストーカーの呼び方だけはしない事になった。

 

「それで、今の時間そけっとは何処にいるんだ?」

 

 立ち上がらせてズボンに付いた砂を払ってやると、涙を拭ったぶっころりーは。

 

「うう……着いてきて……心当たりはあるんだ」

 

 

 

 雑貨屋の前に移動してきた俺たちは目的の人物がいるのを確認。

 

「ほ、本当に居ましたね……」

 

「……うわぁ、うわぁ……」

 

「…………本当に見習いたいぐらいの分析力だね」

 

「ぶっころりーお前さあ……」

 

 ぶっころりーに行動を完全に予測されているとはつゆ知らず。雑貨屋でそけっとは楽しげな様子で物色をしている。

 

 ぶっころりーを白い眼で見る女子二人。あるえも若干引いてるようだ。

 

「言いたいことがあるのはわかるけどそれ以上は言わないで欲しい。世間一般には俺は……そう呼ばれてもおかしくないのかもしれない。けど、これでも俺は紳士のつもりで……。……それより、その、今がチャンスだと思うんだ」

 

 少し凛々しい顔でそう言ったぶっころりーがめぐみんとゆんゆんの肩を叩いて。

 

「チャンスというと……ああ、なるほど。私達を呼びつけた本来の目的を果たす時ですね?」

 

「……世間話ついでに好みの男性のタイプを聞いて、くるんですよね? わ、私にはちょっと……難しいと思うんだけど」

 

 背中を押して欲しそうにチラチラと俺を見てくるゆんゆん。

 

「何を言ってるんですかゆんゆん。将来喧嘩の仲裁や今みたいに恋愛相談なんかもいずれ受けるんです。こんなことぐらい容易くこなせなくて、次期族長になれるのですか? 自称ライバルがこの程度のこと怖気付いてどうします」

 

「じ、自称じゃないから! それに私別に行かないとは……あ、ちょ、ちょっとめぐみんっ! 引っ張らないでってばー!」

 

 俺にとっては面倒くさくも微笑ましい様子ではあったが、めぐみんにはただただ面倒くさかった様だ。むすっとした顔のめぐみんにズンズンと引っ張られてゆんゆんは連れていかれる。

 

「……私も行ってきていいかな? あの二人だとちゃんと聞けない気がするから」

 

「…………俺もそう思う」

 

 ペンと手帳を仕舞ってあるえは二人の後を追って店の中へ入って行った。

 

 

 

 ぶっころりーと二人きりになり、男二人することもなく店の様子を外から伺っていると。

 

「さっきも言った気がするけど最近の子達は成長が早い気がするよ。とてもじゃないが学生とは思えない」

 

「それ、あるえの胸見て言ってるんじゃないだろうな?」

 

「こ、怖いって……いや、でもしょうがないだろ? ゆんゆんもだけど大人顔負けじゃないか。君のお母さん程じゃないけど下手したらそけっと並みに……わ、悪かったって! もうこの話はしないから!」

 

「それがいい」

 

 無詠唱で先端に氷塊を作った『ひのきのぼう』を取り出して素振りをして見せる。あるえはあんまりジロジロ見られるのは好きじゃないだろうから、俺だって見ないようにしてるのに。ゆんゆんのはつい見ちゃうけど……って違う。

 

「でも君らが羨ましいよ。帰りにあんな風に膝枕だったり、喫茶店に寄って駄弁ったり。……俺もそけっととそんな学生生活送りたかったなぁ……」

 

「……。……一緒に通ってたんじゃないのか?」

 

「ん? 気になる? そんなどうしても知りたいって言うなら、教えても──っ!? ……悪かったよ。教えるから。それを降ろして欲しい」

 

「……それで?」

 

 真面目なぶっころりーの言葉に構えていたひのきのぼうを降ろして、続きを促す。

 

「ふう。……俺は彼女と一つ学年が違ってさ。君の時はどうだか知らないけど、ほら女子クラス男子クラスですら隔たりがあるだろ? 学年が違えば余計に会うことはなかったんだよ。でもそけっとはその頃から美人だったらしくて。『一個下の女子クラスに美人が居る』って俺たちの学年の男子の間でも噂になってた。でもその当時は俺もちょっと斜に構えててね、そけっとの顔すら見たことはなかったよ。『女に興味はねえ』ってさ」

 

 今も昔も女子に興味のないフリをする男子は多いのだろう。『別に興味はないけど、女子クラスの誰が』なんて話は頻繁に耳にする。やすけときくもとは隠す気は無いようだが、実際には興味津々だ。

 

 いつも連んでるアイツらとは滅多としないが……もしかすると俺の居ないところで二人でしてるのかもしれない。俺たちにも春がどうのと言ってた気がするし。

 

「正直今では後悔してるよ。学生時代に知り合いになっとけば、こんな風に君らに頼ることも無かったんじゃないかって。付き合うことだって出来てたかもしれないのに……卒業してからは知っての通り、まだ靴屋を継ぎたいとは思えなくてさ。ぶらぶらしてた時初めてそけっとのことを見かけて。……一瞬だったね。もう本当に、自分でもどうかと思うくらい一目惚れしたんだ。顔もスタイルも俺好みだった」

 

「え、それだけ?」

 

 長々と語り、一目惚れという結論に思わず拍子抜けする。

 

「それだけだよ。でも人を好きになるキッカケなんてそんなもんだ。一人しか好きになったことがない俺が言うのもなんだけど」

 

 ……それについては俺も人のことは言えないかもな。

 

 初対面の時からゆんゆんのことは可愛いなって思ってたわけだし。

 

 あるえのことだって、初めて会った時は大人びた美人の年上だと思った。

 

 仮にオークみたいな容姿だったら、好き好んで遊んだり一緒に飯食ったりしてなかった……と思う。そう考えるとぶっころりーを悪様に言うことなんてできない。

 

 それに、一目惚れしたって話の両親がいなければ俺は今ここにいないかもしれないのだし。

 

「でも笑っちゃうだろ? 一個学年が違うからって同じ学園に通ってたのに、好きになるまであんな美人のことを知らなかったなんて。過去の俺が殴れたら殴ってやりたいよ」

 

「だからって、ストーカーになるのは……うん」

 

「わ、わかったから……でも、しょうがないだろ。今君だけだから言うけど、どうやって女の人と距離詰めたらいいかなんてわかんないんだよ……だから毎日のように調べてた訳だし、そもそもわかってたら君達に声をかけることはなかった。……でもこのまま遠くから見てるだけじゃいけない。……俺自身情けない、どうにかしなきゃとは思ってるんだ」

 

 いつになく真剣な口調にぶっころりーの顔を見上げる。日頃の不摂生からか、隈の縁取った目を真っ直ぐと。

 

 ……初めからそうやって真面目に相談してくりゃいいのに。

 

「悪いように言って、悪かった。……ぶっころりーが本気なのはよーくわかったよ。俺も出来るだけ協力する」

 

「……はぐりんお前……」

 

「あ、でも、もしそけっとに好きな人や彼s「いないよ。調べたんだ」……そ、そうか。三人が帰ってきたら、どうするか考えよう」

 

 食い気味に否定するあたりからも、ストーキング具合がどの程度かが窺い知れた。……拗らせすぎだろぶっころりー……。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 喫茶店に場所を移し、丸机を囲むようにして椅子を並べて座る。

 

 昼時を過ぎ、食後のお茶やコーヒーを求めて客入りは先程より多くなってきた。

 

「そけっとさん、好きな人は今いないって」

 

「それはもう知ってる。そんなことよりも。……それで? 好きな男性のタイプは?」

 

 声量を抑えて話を切り出したゆんゆんは少し嬉しそうな顔から一転、ぶっころりーの連れない返事にしょんぼりと眉根を下げた。

 

 そんなゆんゆんを他所にあるえはメモ帳を開いて、

 

「変な趣向があるのかもと期待したけど、好きな男性のタイプはあまり面白味がなかったよ。勤勉で真面目な人だそうだよ。それから浮気をしない、話をしっかり聞いてくれる人……そう言ってたね」

 

「うんうん、そうか。……うん、ほぼほぼ俺のことだな! ……うん」

 

 勤勉で真面目と言うのが当てはまらなかったからか、自分に言い聞かせるように頷くぶっころりー。……というか前に同じような男性像をゆんゆんから聞いた気がする。

 

「あれは当たり障りのない答えのような気もしましたけどね。このニートはどういうメンタルなのか……正直あるえが居て良かったですよ。ゆんゆんのおかしな美的センスのお陰で危うく聞きそびれるところでした」

 

「わ、私はおかしくなんてないから! みんなの方がおかしいのよ! 何よ、龍の彫り込みのある木刀が可愛いだなんて! おかしいでしょ! あれ普通カッコいいとかじゃないの!? いやカッコいいのもどうかと思うけど! 少なくとも可愛いって言うのはおかしい!」

 

 肩を怒らせ悲痛な声を上げるゆんゆん。まずい、このまま常日頃のストレスを吐き出しかねない。

 

「お、落ち着こうゆんゆん。店内だから、ね?」

 

「うう……! はぐりーんっ!」 

 

「へ? ぅぐっ!?」

 

 飛び込んで背中に手を回して抱きついてきたゆんゆんに、お腹を圧迫されて変な声が漏れる。今居る場所も忘れ、自分でも何してるのかわかってないんだろうけど、色々限界だったんだろうか。

 

 とりあえず、泣き出したのか嗚咽を漏らし鼻を鳴らす、膝の上で伏せるゆんゆんの頭を触れる様に撫でる。触ってて気持ちのいい艶のある髪の毛だ。

 

 ……あるえと此処に来ている手前、このまま続けて良いものだろうかとあるえを伺うと、しょうがないなと言わんばかりの目と目が合ったので、このまま。

 

「で、そけっとの好みの男性のタイプがわかったところでどうするんだ、ぶっころりー」

 

「…………どうしよう」

 

 そもそも当初の目的自体を果たしせたとして、ぶっころりーがそけっとに話しかける度胸が生まれるわけではなかった。

 

「こんな意気地なしでも切っ掛けさえあれば、そけっとと話せるでしょう。……ちょうどそこの、泣いたふりして甘えてるゆんゆんが短剣を常備してます。袋でも被せてそけっとを襲わせて、そこを助けに入るんです」

 

「……。なるほど、それはいい!」

 

「めぐみん何言ってんの!? ぶっころりーさんも納得しないで!?」

 

 ガバッと、顔を赤くさせたゆんゆんが顔を上げる。

 

 うんうんを頷くぶっころりーはそけっとと話せる様になることしか考えてない。

 

「……ふぅん、泣いてるようだから多めに見てたけど、ゆんゆんも悪女だね」

 

「あ、あるえ……その、違うのよ? 本当にそんなつもりがあった訳じゃなくて……はぐりんに撫でられるのが気持ちよかったというか……。……あの、ごめんね」

 

「いいよ。あとで私もやってもらうから」

 

「「!?」」

 

 あるえは本気の目だ。衆人環視のなかで俺、結構恥ずかしかったんだけど、え、やるの? 

 

「この三人はまったく……あるえとはぐりんはともかく、ゆんゆん! あなたは今日はこのニートの手伝いでいるんでしょう! 一飯の恩義ぐらい返したらどうです!? このっ……何ですかこのもちもち肌は! この、この!」

 

「ひひゃい! ひひゃいかりゃ! やへてよへぐひん!!」

 

「めぐみん、俺たちも悪かったからその辺にしてやってくれ」

 

 流石に傍観してるのはどうかと思いやめさせた。

 

「ふんっ……」

 

「……ありがと、はぐりん。……うう、それで結局どうするのよ。さっきの以外でめぐみん何かいい考えがある訳? ……ひりひりする……」

 

 めぐみんに摘まれたゆんゆんの頬を『フリーズ』で冷やしてやる。そこまでしなくてもという、あるえの視線は鋭いが、痛がっているの見て放っておける訳じゃない。なんならめぐみんの苛立ちは俺とあるえにも一因があるだろうし。代表で八つ当たりを受けたゆんゆんに優しくするのは仕方がない。

 

 だから腿を抓るのはやめて欲しい。

 

「騒がしい雰囲気を求めてきてる客は少ないんだ。ちょっとは静かにできんものか?」

 

「あ、店主……」

 

 全員で頭を下げる。店内で大騒ぎするのは確かに良くなかった。

 

「注文もせず水だけで居座るのは困るぞ。……今日はそこの色男のおかげでコーヒーが飛ぶように売れてるから、多めに見てやるが」

 

「え、俺のこと?」

 

「じゃなきゃそこのニート以外に誰がいる?」

 

 どういうことかさっぱり分からん。

 

「それで、さっきからそけっとの名前が聞こえてきてたが、何か用事か? そけっとなら木刀持って森に入っていったぞ」

 

「いえ、大した用事では……。……森、ですか?」

 

 言いたいことは言い終わったのか、店主はカウンターの中に戻っていく。そんな背中へめぐみんは声をかけようとするも尻すぼみになり。

 

 ……。

 

「何しに行ったんだろ。モンスターに全然会わないのに……?」

 

「森なら、いつもの日課だよ、彼女は修行が好きだからね、一人で森に入ってはモンスターを狩って回っているんだよ、好きな獲物はファイアードレイク、ファイアードレイクを氷漬けにしてクスクス笑うんだよ、これって──」

 

「おっとぶっころりー、そこまで聞いてないから、これ以上幻滅されたくなければ黙ろうか」

 

「あ……いや、つい。そけっとのことになると熱が入って」

 

 これ以上あるえに怪文書を書かせてはいけないと思いやめさせたが、それよりもだ。

 

「どうしたのですか、はぐりん。そんな深刻な顔をして」

 

「……。……ちょっと不味いかもな。そけっとのレベルは? ぶっころりー知ってるか?」

 

「それは、まあ。もうすぐ50レベルだよ。紅魔族の中でもそうそう居ないレベル……だった筈だけど」

 

 冒険者カードを盗み見しない限り詳しくは知れない筈だが、なんだって知ってるんだか。

 

「一撃熊の群れに出会して、どうにかできるレベルかな?」

 

「だからそれはあり得ない話で……いや、何とも言えないな。森の中だから火炎系魔法は後始末があるから使いにくし、氷結系と雷撃系は範囲を広げると魔力を食うからな。まあそんなことになれば俺は迷わず火炎系魔法を使うけど……」

 

 ぶっころりーは要領を得ない様子だが、めぐみんは察しがついた様だ。

 

「どうしたの……?」

 

「……ねえはぐりん、《敵感知》スキルがあったよね? どうしてさっき使わなかったの?」

 

 あるえとゆんゆんの顔を見遣って、頷く。

 

 

 

 俺だけならまだしも──万が一にも女子三人を危険に晒すわけにはいかなかったから。

 

 

 

「謝っとくよぶっころりー。ごめん。《敵感知》スキルは使ってたんだ。間違っても一撃熊の群れと鉢合わせしないよう、みんなを誘導して避けてた」

 

 

 

*1
小説『この素晴らしい世界に爆焔を!』139頁




tips
トレントの分類はモンスターか植物か。はたまた精霊なのでは、という意見も挙げられるが、実態は定かではない。共通して言えるのは長く生きた植物であれば、トレントになり得るということだ。その歳月は個体差により大きく異なる。種別により要される平均的な年月は別項にてまとめる。此処では特殊な事例を挙げたい。ある集落において御神木と奉られ、大切にされてきた、記録の限りでは樹齢千年を超えていたヒノキはエルダートレントへと変じ、集落の人々は土地を捨てる選択を余儀なくされた。
程なくして冒険者によって討伐されたエルダートレントであるが、トレントの例に漏れずその素材としての価値は類い稀にみない貴重なものとなった。紅魔族の職人の下へと送られ作られた品はオークショナーに売りに出され、仔細は省くが最終落札価格は9桁を記録――

 ――冒険者ギルド、討伐依頼マニュアルより一部抜粋。


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22 占いと痣と

各話にtips書き足してこうかな。
本編書けって話なんだけど。設定ゴリゴリ書いてるの楽しい。



「俺、急いで森に行ってくる! そしてそけっとを探さないと!」

 

 俺の謝罪をそこそこに、そけっとの身の危険を知ったぶっころりーは、まるでヒロインがピンチに陥った主人公のように、真剣な顔をして立ち上がりそう言った。

 

「それです、それですよぶっころりーさん! まるではぐりんみたいな……」

 

「もしかしたらそけっとが一撃熊の群れに遭遇しているかもしれない。そこに、俺が颯爽と駆けつけたなら? まさにピンチだったそけっとを助けたら? それこそもう、抱いてとか言われちゃうんじゃないのかな!? ……ゆんゆん、何か今言いかけた?」

 

「はぐりんはこんなこと言わない。ごめんねはぐりん、私が馬鹿だった」

 

 すんとした顔になったゆんゆん。確かに俺もちょっと感心しかけたけど、下心がないとぶっころりーらしくない。

 

「俺も行くよ。今度はちゃんとモンスターに引き合わせるから」

 

 俺としてはそんな、下心有りきでも、好きな女性を助けようとする心意気は買っている。

 

「……ありがとう。持つべきものはやっぱり親友だな」

 

「いや、ニートの親友はちょっと」

 

「…………そこは乗ってきてくれよ、恥ずかしいじゃないか……」

 

 

 

 ▽

 

 

 

「なんでしょう、これ。既に激しい戦闘があったようですが」

 

 最寄りの里の入り口の近く、何者かが争った跡が残されていた。

 

 火炎系、雷撃系の魔法だろう。一撃熊が一頭、頭を失った状態で死んでいる。木々の黒く焦げた跡からはまだ燻る臭いを辺りに漂わせており、まだ近くに下手人がいることを窺わせた。

 

「この調子だとすぐそけっとは見つかりそうだね」

 

「……あの、あるえ」

 

「なにかな、ゆんゆん」

 

 二人が後ろの方でコソコソと話し始めた。

 

「あのね、私が巻き込んでおいてなんだけど……その、はぐりんがほら、乗り気だけどね? ……このまま私たちに付き合って祝日を潰してもよかったのかなって」

 

「それは、まあ……ちょっと残念だけれど。ぶっころりーの恋が成就するか気になってるし、友達とこうやって過ごすのも良いかなとも思うんだ。だから気にしないで」

 

「……友達……うん……!」

 

「それに今日の埋め合わせは今度きっちりしてもらうから」

 

「ええ!? ……あの、二人でこっそり……えっちなことはしないでね?」

 

「さあ、それはどうかなあ。私はしないつもりだけど……我慢できなくなったはぐりんに無理矢理」

 

「む、無理矢理……ぐ、具体的には──」

 

 流石にそれ以上は聞いてられない。

 

「ストーップ! 何二人で話してるんだよ! 聞こえてるんだからな!」

 

「む、年頃の女子の会話を盗み聞きするなんて。はぐりんはえっちだねえ」

 

「えっちな会話してたあるえが言うな! それにゆんゆんも! 好奇心に負けてそんな話しない!」

 

「……。……はぐりんは私がえっちだと嫌い?」

 

「ゆんゆん!?」

 

 正直言ってグッときてるが、それを言えば際限なく誘惑されそうだ。

 

 ……もしかしなくても俺が陥落寸前なのはあるえにはバレてる。ゆんゆんに加われたら理性は負ける。

 

 でも、思春期の男子はみんなそんなもん。

 

「そんなことに言ってると本当に襲われますよ。はぐりんがベッドの下に隠してる官能小説みたく」

 

「何言ってんの? ねえ何言ってんの? 俺がそんなありきたりな場所に隠すわけが」

 

「持ってはいるんですね。ほら、さっさと案内してください」

 

「……そんなわけないだろ。持ってたらの話だからな?」

 

「そういうことにしといてあげますから、ほら早く」

 

 めぐみんめ誘導尋問しやがって。……つか何で隠し場所バレたし。

 

 マジで見つけてるってことはないよな? 

 

 ……読まれてたりは……。

 

 ──と、めぐみんに疑念を抱えたまま《敵感知》の強い反応がある方向を調べようとした、その時だった。

 

 空に一条の光が(はし)る。

 

「雷の魔法だ……そけっとはあっちだ!」

 

 一撃熊の死体を調べていたぶっころりーはそう言って、一拍遅れて雷鳴の轟いてきた方向へと駆け出し、俺たちも慌ててそのあとを追った。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 ──目視できる範囲に木刀を持ったそけっとらしき姿が見えてきた。相対、していたのは一頭の一撃熊。既に事切れてその毛皮からはプスプスと煙を上げている。

 

 しかしその倒れた一撃熊とそけっとを中心に一撃熊達が。本来一頭にして、大人の紅魔族を相手にして猛勇を誇るそのモンスターは、現実問題群れを成している。

 

 しかしだ。群れを成してなお、そけっとの魔法に怖気付いていたのか、一撃熊の群れはたった一人の紅魔族の女性を相手にたたらを踏んでいた。

 

「『ライトニング・ストライク』ッ!」

 

 爛々と瞳を輝かせ、木刀を手に嬉々とした様子で放たれた雷撃の魔法はさらにもう一頭の一撃熊を易々と(たお)した。

 

《敵感知》の反応が強まる。周囲の何頭かの敵意がこちらに向いた。

 

 守るべきものがない目の前の紅魔族の大人一人と、子供四人を引き連れた大人一人。

 

 どちらがより餌にありつけるか、そして餌にしやすいか。それがわからないほど里周辺のモンスターは愚かではない。

 

 俺も長剣を模したひのきのぼうを構えてはいるが……必要はなかったか。

 

 隣にいたぶっころりーは、素早く呪文を唱え始めてそけっとの下へと駆け出した。

 

 ──火種は我にあり! 

 

 ──亡者を灼き、魂を焚べ、灰を我が(かいな)の下へと誘わん! 

 

 ──焔は今ここに! 

 

 声高らかに紡がれたのはオリジナルの詠唱だろうか。大人は上級魔法が熟達するとアレンジを加えるらしいが、聞き覚えのない詠唱で完成した魔法にぶっころりーは練り上げた魔力を注ぎ込み。

 

「地獄の業火よ! 荒れ狂えっ! 『インフェルノ』ーッ!」

 

 最高位の炎の魔法は動き出そうとした一撃熊の群れを、木々すら巻き込み一瞬でつつみこんだ。──中心にいたそけっとを巻き込んで。

 

「そそ、そけっとさーん!?」

 

「何をやってるんですかこのニートは! 早く! 早く救助をしないとっ……!?」

 

 燃え盛る炎の海を前にゆんゆんとめぐみんは駆け寄った先のぶっころりーを左右から揺する。

 

「ねえぶっころりー、今の詠唱もう一回聞かせてもらっても……」

 

「あるえの馬鹿! 何言ってるのよ! そけっとさんが、そけっとさんが……!」

 

「あなたはこんな時でもマイペースですねッ!」

 

「いや、二人とも見てみろよ、そけっとは無事だ。ぶっころりー、炎を消さないと森が全焼する。……『クリエイト・ウォーター』!」

 

 魔法の発動に気がついたそけっとは直前に魔法を使ったのか、水の膜に覆われていた。

 

「あ、ああ……良かった……」

 

 想い人の安否がわかり、慌てて水の魔法を使ってぶっころりーは森の炎を消していく。

 

 今まで暇を持て余し、森のモンスターを経験値に換えてきたニート──紅魔族の一員であるぶっころりーが使った本気の上級魔法は一撃熊の群れを一掃していた。

 

 残り火の跡には欠片も残らず灰だけが舞っている。

 

 そんな中をそけっとは防御に使った水の魔法を解いて、まだ消えていない残り火を分けて歩み出てくる。

 

 防げたとはいえこの威力。余程怖かったのだろう。ぶっころりーへと向けるその瞳を潤ませており、頬は僅かに紅く上気しているようだ。

 

 ……これは怒ってるのでは? 

 

「とりあえず謝ったら?」

 

 その背中を後ろから押してやると、つんのめりながらぶっころりーは一歩前に出て、相対する彼女と同じく頬を赤く上気させ、こちらに振り返り頷く。

 

「そ、そそっ……そけっと、その俺……」

 

「皆まで言わなくてもいいわ。ぶっころりー、よね?」

 

「あ、ああ。……いや謝らせてくれ。ごめん、俺──」

 

 助けようと思って。そうぶっころりーが口に出そうとしたところをそけっとは自分の人差し指を口に当て先の言葉を噤ませる。

 

「謝らないで。あなたの気持ちはよーく、わかってるから」

 

 熱っぽい声色に、ぶっころりーだけでなく俺たち四人は驚愕する。

 

 もしや告白をされるのか。怒ってるんじゃない? てっきりぶっころりーの片思いだとばかり思っていたが、そけっとも……! 

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「ええ……」

 

 微笑むそけっと。

 

 そんな彼女の反応に、期待に唾を飲み込んだ音が聞こえてくる。

 

「俺、実はそけっとのことが──」

 

「そんなに私のことが嫌いだなんて。こんなことせずとももっと早く言ってくれれば良かったのに! でも森の中だし丁度いいわね。あなたも私と同じく森に入って修行ばかりしていると聞いているわ。相手にとって不足はないわね。さあ決闘、しましょうか!」

 

「…………え?」

 

「「「「…………え?」」」」

 

「私の何が気に食わないのか知らないけど! 前々から後をつけられていたのには気がついていたけど、今日は一味違ったわね! 油断したわ、何も知らない子供たちに私の好みを聞くフリをさせて弱点を探らせるなんて」

 

「……あ」

 

 あるえ、お前なんて聞いたんだ? ……あとで確認しよう。

 

「それに今度はモンスターに囲まれて無防備になったところをインフェルノで不意打ちだなんて……! ふふっ、やってくれるわね……色んなモンスターを相手にしてきたけど、こんな窮地に陥ったのは初めてよ……!」

 

 そけっとの木刀からギリッと握り込む音が聞こえてきた。

 

「ちちち、ちが……! 違うんだ! 誤解している! 今のはただ助けようとしただけで……! 俺は無我夢中で!」

 

 必死に否定するぶっころりーに握りしめていた木刀から力を抜いてそけっとは、

 

「……。じゃあ、なんで探らせていたの? あるえはこう言っていたわ。『強くて美人なそけっとさんは苦手なモノがありますか? あと好きなものとか好みの男性のタイプとか色々聞きたいです』って。あまりにも根掘り葉掘り聞かれるものだから、私の冴え渡る知性が誰かの差金だと気づかせてくれたわ。だから途中から冗談混じりに答えたけれど、あなただったのね、ぶっころりー!」

 

「うっ……それは……」

 

 助けを求めて俺の顔を見てくるぶっころりーは、それはもう情けない顔をしていた。

 

 ……はあ。

 

「あの、ちょっといいですか」

 

「あら、はぐりん。なんなんさんはお元気?」

 

「はい。今日も元気に……引きこもってポーション作りに精を出してます」

 

「あの人は相変わらずね。……それで、どうしてはぐりんはぶっころりーと?」

 

「実は俺たち相談されてまして。まあ立ち話もなんですから、場所を移しませんか?」

 

 

 

 ▽

 

 

 

 そけっとの占い屋に押しかけた。

 

「それでここのぶっころりー、好きな人がいるらしいんですけど」

 

「は、はぐりんっ!?」

 

 悲鳴じみた声を上げたぶっころりーに黙ってろと睨みつける。

 

「その、話を聞いてたらあんまりにも情けなくなって……面倒臭くなったので、占いを受けてみたらどうかと言ったんです。そけっとさん占いが得意だって聞いてたので」

 

「ああ、なるほどね……それで、どうして私のことを根掘り葉掘り聞く事につながったの?」

 

「俺たちが一応提案した手前、お金をどうしようかと。どうしたらいいか、ゆんゆんがしたがってた恋バナついでに様子を探ってもらってたんですよね。実は俺たちが相談料として昼食を集ったのでぶっころりーもお金がなくて。あと色々聞いたのはあるえの趣味です」

 

 そうだよな、と話を合わせるように女子三人を見て振ると、頷いてくれた。ゆんゆんだけ恥ずかしいのか少し顔を赤らめている。

 

「それで、結局森の中へお金を稼ぎに? ……はあ。あのね、はぐりんがちょっとは戦えるからって、レベルが高いニートと一緒でも今の森は何が起こるかわからないんだし無理しちゃダメよ? それに素直に言ってくれれば最初の一回ぐらい占って上げたのに」

 

「……はい、ごめんなさい。でも、王都でも紅魔族の占い屋の噂は有名で引き受けてくれないんじゃないかと思いまして。タダで占ってくれって言うのはうちの母さんにスキルアップポーションをタダでくれって言うものかなあ、と。そけっとさんも商売でやってる訳ですし。それで、その……」

 

「一撃熊の群れに囲まれた私を見て、助けたら依頼料を……って訳ね? ……もう、悪知恵が働くんだから」

 

「……すみません」

 

 頬を掻いて照れた素振り見せる。そんな俺の演技にめぐみんが非難するような視線を向けてくるが知ったこっちゃない。

 

 待ってて、と言って奥の部屋に引っ込んだそけっとは水晶玉を持ってくるとぶっころりーの前に掲げた。

 

「それで、ぶっころりー。何を占おうかしら?」

 

「……え、あ、俺?」

 

 急に話を振られたぶっころりーは、身体を僅かに跳ねさせ、椅子に座り直す。

 

「何言ってるの。結局あなたがはぐりん達を連れ回してたんでしょ? 恋愛相談のために。……それに一応、あの魔法は私を助けようとしてくれた結果だそうだしね。で、どうするの? 今あなたが好きな相手が誰だか知らないけど。その人の将来の恋人あるいは伴侶を占うのか。それとも自分の将来?」

 

 俺とそけっとの会話に、呆気に取られていた様子だったが、ぶっころりーは胸の前で腕を組んで悩み始める。

 

「……いざ占ってもらうとなるとなあ……! 相手のことを占うのは誰だか伝える必要があるだろうから、此処は俺の未来の彼女か……、いや嫁……んー、好きになってくれる人か……」

 

 悩んでいるようで結論は出ている様子のぶっころりーを、若干面倒臭そうにしながらそけっとは水晶玉の前に手をかざす。

 

 

 

「要するに未来の恋人ね。この水晶玉の中に、あなたと将来結ばれる可能性が高い(ひと)が出てくるわ。未来は変えられるもの。だからこの結果が絶対だとは言えないけれど……、そろそろ見えてくるわよ……!」

 

 

 

 ▽

 

 

 

 俺たち学生四人はまだそけっとの占い屋に居座っていた。

 

 今日の主役とも言うべきぶっころりーは、占いのあんまりな結果に泣きながら帰って行ったが。

 

 その結果というのが──

 

「──まさか誰も映らないだなんて……。ぶっころりーには悪いことしちゃったわね。本人の手前ああ言ったけれどね? 子供の頃と違って『全てを見通す悪魔』の力を借りてやってる占いだから、その、残念だけれど……」

 

「や、やめてあげてください……その、ニートとはいえ可哀相になってきました……」

 

「ぶっころりーさん……かわいそう……」

 

 そけっととめぐみん、ゆんゆんは今はいないニートを憐れむ。

 

「いや、安楽少女にすら相手にされないだとか。誰も恋人ができないだとか、随分なことを言ってたのは二人だからね? 私は黙って見てただけだけど」

 

「……今度あったら何か奢ってあげてくださいねゆんゆん」

 

「そうね。何か……。……あの、私だけ奢る事には何も言わないけど、めぐみんには奢らないからね? ──そ、そんな物欲しそうな目をしてもダメだからぁ……!」

 

 ゆんゆんがまた集られそうなのでその時は俺も同席しよう。

 

「でも不思議ねえ。ぶっころりー、面白そうな人なんだけど」

 

 占いに映らなかったとはいえ、案外そけっとのぶっころりーへの印象は悪くないのかもしれない。

 

「あ、そういえばなんで後をつけてるのか聞くの忘れてたわね」

 

「……それは、聞かないであげてください。ぶっころりーのためにも」

 

 めぐみんの言葉に俺たち四人で頷くとそけっとは首を傾げて、唐突に吹き出した。

 

「ふふっ、随分と四人は仲良いのね。……でもそっかぁ、はぐりんが立派に恋するようになったのねえ……。私も大人になる訳だ。……その、相手は……ちょっと多いみたいだけれど」

 

「うっ……それは、まあ。はい……」

 

 このまま雑談に移行するようだ。……そけっとも俺と二人のこと知ってんのか。

 

「……そけっとはご存知なんですね。この女たらしのことを」

 

「知ってる知ってる。結構有名なんだから。……それにこーんなちっちゃい時のこともね!」

 

 人差し指と親指で摘むような仕草をして見せられて、気になることを言われた気がしたが、感情の起伏が平坦になった。

 

「……それ豆粒以下なんですけど。喧嘩なら買いますが?」

 

「売ってないわよ……。……その尋常じゃない魔力、流石はあのなんなんさんの子ね……。でも本当の話よ? はぐりんがまだ母親のお腹にいる時──なんなんさんのところへ、私色々とお手伝いしに行ってたんだから。丁度はぐりん達と同じくらいの歳の頃……いや、もうちょっと下だったかなぁ……?」

 

「そう、なんですか……すみませんでした。早とちりして」

 

 豆粒ドチビもあながち間違いじゃなかった。

 

「あ、でも二人が生まれてからも顔を見に、結構通ってたのよ? 可愛かったなぁ、双子みたいにそっくりで」

 

 机に肘を突き、懐かしむそけっとはそれだけでも絵になりそうな美人ぶりだ。

 

 ……感心してるとゆんゆんに服の端を引っ張られた。

 

 ちらっと窺えば、分かりやすく嫉妬してますと小さく頬を膨らませたゆんゆんが居た。可愛い。

 

「……あの、それってもしかして私のことですか?」

 

 めぐみんがイラつきながら言う。

 

「そうそう。ゆいゆいさんの、ほら──あ、はぐりんがいる前で言うのはダメね。時々なんなんさんに、めぐみん預けられてたのよ。知ってた?」

 

「いえ、知りませんでした……。帰ってきたら聞いてみます」

 

「そう……。ま、全然悪い話じゃないから、別にお母さんを責めないであげてね?」

 

「はあ……?」

 

 なんだろうか。めぐみんもわかってないようだが……俺が詮索するのはデリカシーに欠ける気がする。

 

「今でもそっくりよね、本当に。オムツ替えるタイミングもそっくりだったし、本当に双子じゃないか疑ったもの」

 

「「んんんん?!」」

 

「その話、詳しく」

 

 いや、あるえさんや。詳しく、じゃない。

 

 ちょっと落ち着かせてほしい。……そんなことまでこの人にされてたのか俺!? 

 

 ひょっとして──アレ(・・)の位置も? 

 

 その事実に行きつき、サァと血の気がひいてく。

 

「あの、後学のためにね? 一応断ったのよ? でもその丁度男の子と女の子どちらもいるからって、将来自分の子供にしてあげるときにちょっとでも出来るようにって……教わらせて貰って。……あの、二人ともなんだかごめんなさいね?」

 

 めぐみんと二人、座ったまま足をバタバタとさせてしばらく悶えうった。

 

 

 

「大丈夫はぐりん? まだ顔真っ赤だけど……でもあの、誰にでもそう言うことあると思うの! だからね? そんなに気にしなくても……」

 

「わかってる。わかってるからゆんゆんも気にしないでほしい……。……ゆんゆんとあるえは、その。そのうちわかると思うから……」

 

「……そうなんだ?」

 

 いや、それも大概今から考えると恥ずかしいんだけど。

 

「じゃあその時を楽しみにしてるね、はぐりん」

 

「あるえお前、ほんとお前……!」

 

 ゆんゆんと違ってわかっていて言ってそう……いや、こいつ絶対わかってて言ってる! 

 

「し、シモの世話をそけっとのような美人にさせた私は将来大物に……」

 

「無理すんな。お前だって見られてんだから」

 

「……っ!!」

 

「痛い痛い! めぐみん、お前言っていいことと悪いことがあるんだから! わかるけど! 照れ隠しでも考えて言え!」

 

「……あ、あれの場所……」

 

「い、いつ見たんですかゆんゆん!?」

 

 めぐみんのある場所を知ってたのか、察したであろうゆんゆんが声を上げた。

 

「ゆんゆん!」

 

「はいっ……!」

 

「お願いします黙ってて……」

 

 顔を赤くして俯いたのでこれ以上追及されないことを祈る。

 

「……墓まで持ってくべきだったわね……」

 

 そけっとさんが俺とめぐみんの取り乱す様を見て感慨深くそんなことを言ってる。

 

「ごめんね、二人とも。勝手に弟、妹みたいに思ってたからつい……」

 

 時折外に出た母さんが会った時に挨拶してる女性だと思ってたら、まさかそんなことされてたとは。

 

「いや、まあ……はい。気をつけてもらえれば。一生聞かなくても良かったです……」

 

「まったくですよ! ……はあ。そろそろ帰りましょう。これ以上は営業妨害のような気がします」

 

「……それもそうね。お客さん、もう来ないと思うけど」

 

 寂しそうにそけっとは呟いた。

 

 

 

 占い屋の帰りを、四人で通りを歩く。

 

 ……まあ俺の紅魔族の(あざ)が何処にあるかなんて一生知られなくても良いんだけどさ。とんだ目にあった。

 

「ねえ、二人とも何処にあるか聞いても」

 

「「言わない!!」」

 

 知ってても黙っとくよう、ゆんゆんに釘を刺しとこう……。

 

 

 




tips 紅魔族の痣
紅魔族であれば体のどこかに必ずある痣。
これを人に見られるのは何よりも恥ずかしい事として認識されている。
その実態は個人識別番号のバーコード。よく描き忘れられる。
めぐみんはお尻に蒙古斑のように刻まれており、ゆんゆんは足の内側の付け根にある。パンツずれたりで目にし易かろうめぐみんのはともかく何故かめぐみんはゆんゆんの刻まれてる位置を知っていた。

フィギュア等では確認できてないそうなので、普段は化粧で隠している設定を付与。怪我してもないのに包帯等を身につけるのはお洒落も兼ねて隠す為なんじゃないかと邪推。
この小説ではチョーさん(科学者)がこっそり女性の場合だとやらしい位置に刻まれ易くしている設定にしてます。

tips 魔法の詠唱
基礎があり応用ができる。ウォルバクと幼めぐみんの邂逅後、爆裂魔法を教えてもらうシーンで確認が取れます。漫画版爆焔1巻特典小説より。アニメで毎回爆裂魔法の詠唱が違うのは、本当なら長い時間と研究費を費やすべくものを、毎回めぐみんがオリジナルの詠唱を作っているから。つまりは台本になかったらしいあの厨二詠唱は原作準拠という補強がされた。爆裂魔法の申し子よな。



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23 夕焼けと彼女と

祝このすば3期決定&爆焔アニメ化決定!!
遅くなりました。高評価ありがとうございます。


 ──斜陽が空に朱色を塗り始めた頃。

 

 ゆんゆん、めぐみんの二人とはそけっとの占い屋を出てしばらく駄弁ったあと、あるえを家まで送ると言って途中で別れた。

 

 だから今、あるえと二人きりだ。

 

「ねえ、ゆんゆんのこと送らなくてもよかったのかい?」

 

「うん。……今日は祝日だし、出て来てる大人も多いみたいだから。もしものことがあっても大丈夫だと思う」

 

 邪神騒動に加え、俺たち学生が出歩くからと、いつも以上に里の中に人の気配がある。姿隠しの魔法で彷徨いてる大人もかなりいるんじゃないだろうか。

 

「……そう、だね」

 

「それに、本来ならあるえとデートする筈だったからさ。……俺が家まで送るのはなんか違うよ、やっぱり」

 

 そんな学生にとっては貴重な紅魔族の祝日。……デートだと思ってくれていたあるえには悪いことをしてしまった。

 

 目的はどうあれ、眠りに落ちる前の微睡みの中での記憶が確かなら……本当であれば今日は彼女のために使う筈だったのだ。

 

 ゆんゆんの寂しげな顔に負け、あるえの好意に甘えた。俺の我儘で不意にしてしまった一日。

 

 あるえは良いとは言ったが、あれは気を遣わせたに違いない。

 

「今日はごめん、あるえ。デートを有耶無耶にしてしまって。俺がキッパリ断れば良かったのに、できなくて」

 

「はぐりんが謝る必要は、ないよ。私が言い出したんだし。……確かに私のことを優先して欲しかったのは、事実だけど。……でもゆんゆんも君にとっては大事だろう? それに、君ほどじゃないけど、私にとってもゆんゆんは大切な友人だから……。……君がいなかったらあの二人、一撃熊の群れに襲われてたかもしれないしね」

 

 何処か寂しそうで、自分に言い聞かせているようでならない。

 

「……でもそれは結果論で」

 

「もう。いいって言ってるじゃないか。デートの埋め合わせをちゃんと考えてくれるなら、今日のことは水に流すから。ね?」

 

「あるえ……本当にいいのか」

 

 今日、あの時離席出来なかった俺の優柔不断さは、責められるべきものな筈なんだ。

 

「うん。……でも、もしはぐりんが納得できないなら……キス、して欲しいかな。それだったら後日埋め合わせする必要もないけど……」

 

 顔に出ていたかもしれない。

 

「なんてね、冗談だよ、冗談」

 

 そうなのかもしれないが、俺としては。

 

「…………しようか?」

 

「っ!? い、いや……無理強いしているわけじゃないよ? ……君がしたい時に、して欲しい、から」

 

 逡巡の後、そう切り出せば少し驚いて、あるえは微笑んで言う。ただ、その笑みからは期待する本心が窺える……なんてのは思い上がりかもしれない。

 

 気のせい、かもしれない。

 

 でも、もし本当なら。

 

「埋め合わせをしたくないからとか、誤魔化そうとしてとかじゃなくてさ。──今、したいんだ。ゲスっぽいし、言われるまで考えてもなかったけど。……あるえが良いなら、その、どうかな?」

 

「どうかなって……ど、どうしちゃったんだい。すごく積極的なんだけど、はぐりん。大体エッチなことはダメだったんじゃ……──っ!?」

 

 あるえを抱きしめる。僅かに高いあるえとは身長差で格好がつかないし、あるえの立派なものが俺の顔のすぐ近くにある。ただ今日はそれ以上に顔が近くてドキドキする。

 

「本当はさ。……恋人じゃないからって言い訳して、あるえを傷つけて。この前みたいにゆんゆんのことを傷つけるのは嫌なんだ。ゲスになれって言われたけど、俺は二人とも大切にしたい……──俺はちゃんと二人の恋人になりたい」

 

 紅潮した頬。やわかかそうな唇。長い睫毛、濡れた瞳とその片方を隠す眼帯。全部が愛おしい。緊張と多幸感で足下が覚束ない。

 

「は、はぐりんの馬鹿……心の準備まだ出来てないのにっ……」

 

「俺だって心の準備が出来てるわけじゃない。あるえと同じで心臓バクバクいってる」

 

「そ、それにっ、恋人になっちゃったら、我慢できなくなるって君が……!」

 

「恋人でも我慢する。というか恋人だからこそ、だよな。誘惑されようがされまいが、そもそも我慢できるかどうかは俺の問題だから。……もし、嫌なら拒絶してよ」

 

「……ぅぅ。ずるいよ。そんなふうに言われて断れるわけ……」

 

 拗ねたように少し突き出した唇。

 

 俯き、隠された瞳と視線を交わし。

 

 俺は少し背伸びをして、触れた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 興奮鳴り止まず顔も瞳もお互い真っ赤にして、それ以後顔すら見れなかった。

 

 ──それでも手は指をしっかりと絡めて繋ぎ、あるえのことを家に送り届けた後。

 

「ただいまぁ」

 

「「おかえりー」」

 

 家に帰ると母さんと声がもう一つ重なって聞こえて来た。親父だ。珍しく親父が早い時間から帰って来ていて母さんの横で料理を手伝っている。

 

 ──ひんやりと、浮ついた気持ちから熱が逃げていく。

 

「珍しいね。親父が帰って来てるの」

 

「まあ色々とあってな。今日は早く帰って来た」

 

「ふーん。……何作ってるの? いい匂いするけど」

 

「味噌汁と焼き秋刀魚。これぞ日本の朝食ってやつさ」

 

「ニホンの朝食って……いや父さんの故郷の味なのかもだけどさ、夕食じゃん」

 

 自慢げな父さんにツッコミ入れてると母さんが。

 

「私が食べたかったの。久しぶりにね、食べたくなっちゃって……」

 

 出会った頃に食べさせてもらったとは聞いてるけども。

 

「別に文句があるわけじゃないよ。何か手伝う?」

 

「いやいいさ。はぐりんは待ってな」

 

「……じゃ部屋に戻ってるよ」

 

 母さんの肩に手を回した親父を見て、夫婦水入らずを邪魔するのは野暮かと察した。

 

 手洗いを終えて、部屋に引っ込む。あるえの小説を取り出して読み始めた。

 

 

 

 30分もせずに母さんに呼ばれて夕食を摂った。

 

 香ばしく焼かれた秋刀魚と、薄く切られた大根の漬物。そして味噌汁。

 

 秋刀魚然り、大根然り活きが良いと中々手間のかかる料理だと聞いているのだが、親父の故郷では簡単にできる料理の代表的なものなのだとか。

 

 忙しい朝の朝食にできるほどだ。料理器具が充実しているのかもしれない。

 

「なあはぐりん。話があるんだ」

 

 ──今日は何があったとか、どんな依頼を受けただとか。滅多と飯時に一緒にならないからこそ必ず話す父さんとそれを聞く母さん。

 

「……何の話?」

 

 そんないつもと違い、早々に終わった静かな食卓。

 

「ゆんゆんちゃんと、もう一人、女の子と付き合ってるらしいな」

 

 だから少し覚悟はしていた。

 

 親父は久しぶりにちゃんと父親の顔をしていた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ゆんゆんと同じくらい付き合いが長いこと。

 

 彼女が作家志望で、読書仲間で、俺が取材相手で、一人目のファンだったということ。

 

 ゆんゆんとの行き違い、二人から告白された経緯。

 

 その顛末。

 

 二人との取り決めの詳細は伏せたが、話せる事は全て両親に打ち明けた。

 

 ……一度ゆんゆんを選んだが、選ばれた本人はあるえとの仲を許したことも。あるえにその話をして一度泣かせたことも。

 

「ゆんゆんのこと、蔑ろにしてるわけじゃないんだ。……勘違いじゃなければ俺もゆんゆんも昔から好きあってた、と思う。でもそれは友達として、彼女もその自覚はなかっただろうから。でもいつか、ゆんゆんと一緒に冒険者やって、ある程度世界を知った後ちゃんと伝えるつもりだった。……そんなゆんゆんと同じくらい今はあるえのことも……。……告白されるまで俺は彼女の好意に気が付かなかった。あるえにとっての俺は、俺にとってのゆんゆんだったんだ。……揶揄われてるだけなんだと思っていたのが間違いだった。俺があるえの立場なら、わざとじゃなくても思わせぶりなことをして純情を弄んだ、俺みたいなやつは許せない! だからっ……!」

 

 つらつらと語り、感情のまま口にしかけた『責任を取る』という言葉は正しくなくて、言葉に詰まった。

 

 あるえへの罪悪感や義務感から出そうな、そんな言い訳じみたことは言いたく無い。

 

 俺があるえを好きだということ。今はその一点に尽きる。ただそれを言葉にするのは簡単だが、説得力は欠いてしまう。

 

 ……今持ってる一番新しい原稿。そして要らなくなったと預かっている古い原稿。先ほどまで読んでいたその内容からは、隠しきれない好意を感じ取れて胸の内側が掻きむしられる思いをした。……今もしている。

 

 義務だとは思ってない。でも、ここまで想ってくれている彼女を幸せにしたいと思う俺は、強欲だとしても浅ましいのだろうか。

 

 でももう、あるえとゆんゆん二人のどちらかを選べと言われても選べない。俺はもう選ばない。選ばないことを選んだのだ。

 

 母さんや父さんになんと言われたとしても、この意志は絶対に曲げない……! 

 

「あのね、はぐりん……」

 

「いや、なんなん。わかってるよ、はぐりんも。僕らの子供だ。頭は良いはずだから」

 

「……うん。私と似て意固地だから言ってもしょうがないわよね。……はあ。でもゆんゆんちゃんの気持ちを考えたらね……。あるえさんの気持ちもわからないでもないけど」

 

「仲良かったからなあ。許婚の話を持って来たのは向こうからだけど」

 

「そうね。……いつかはこの子がお嫁に来るんだなぁって私も思っていたわ……はぐりんが婿になって出ていくかもって思ったら眠れなくて」

 

「次期族長に相応しい成績だと聞くしね。そろそろ子離れする覚悟しとかないとな」

 

「そうねぇ……」

 

 話がなんだか違うことにずれてる気がして目で訴えると、母さんはコホンと咳払いをして。

 

「……ねえ、はぐりん。お父さんね、実は王都の魔王軍侵攻でも目覚ましい活躍をしてるのよ。同じ女性冒険者や依頼先の村の女性。果てには貴族の御令嬢まで……モテてモテてモテて……。……今思い出しただけでも腹が立つわね。あの──ども……

 

 ひっ……!? 

 

「あの、なんなん? こ、怖いから……今はもう交流ないから!」

 

 父さんの焦るような声で……漏れ出ていた魔力が収まる。昨日のぶっころりーに向けた魔力の比じゃない。なんなら殺意も感じた。

 

 でも、そうだ。里は魔王軍の一部がチョロチョロしてる程度で割と平和だけど、人類の存亡がかかってるんだ。

 

 此処ベルゼルグ王国は魔王軍との戦いにおける人類の生存圏を護る防波堤。その一部に組み込まれる紅魔族の人間は魔法戦における最大戦力であり、毎度数名が戦場に駆り出される。その一員として父さんは参加している。魔力量は並みの紅魔族以上とはいえ、余裕があったとしても、わざわざ参加しなくても良いのにと思う。動機もあやふやで、聞いたら誰に対してかは知らないが義理があるとかないとか。母さんが許すくらいだから余程のモノなんだろう。

 

「あら、ごめんなさい。……別に、はぐりんがゆんゆんちゃん以外の女の子とも付き合うからって、文句があるわけじゃないの。私としては娘が増えるようなものだしね。悪い子じゃなければだけど。……でもね、紅魔族の女は嫉妬深いのよ? ……あるえちゃんの事は良く知らないけど。少なくともゆんゆんちゃんはちょっと私に似たところがあるから……正直心配なのよ。自業自得だとしても、いつか刺されるんじゃないかって」

 

 殺気と魔力を収めた母さんはまるで経験があるような口ぶりだ。……でもその可能性は十分に考えられる。二人には寂しい思いをさせないようにしないと。

 

「ははは……その、なんだ。母さんに似た子が好きになるあたり、遺伝というべきか……」

 

「男の子は母親に似た人を好きになるって聞いたことはあるけどねぇ……あるえちゃんもおっぱい大きかったし。紅魔族随一の発育というだけのことはあるわね、アレは」

 

「……なるほどな。なら仕方ない!」

 

「か、母さん! 別に俺は胸の大きさで決めたわけじゃ……ない、から……」

 

 ニヤニヤとする二人に耐えられず小さくなる俺。

 

「ま、その覚悟の程はわかったし、もとより人一倍強欲なんだ。……もうすぐこっちの国じゃお前も大人の仲間入りをする。そんなお前の選択だ。その分の苦労を俺たちは肩代わりしてやれないし、してやらない」

 

「責任重大よ。二人ともちゃんと幸せにしなきゃいけないんだからね?」

 

「……うん。それは覚悟してる」

 

 二年以上先のことを二ヶ月先ぐらいの感覚で言われるとモヤっとするものがあるのだが。

 

「ありがとう、父さん母さん……。頑張るよ、俺」

 

「……よし! それじゃ、一つレアで有用なスキルの存在を教えておこう」

 

「え、あ……は、早いから! はぐりんには!」

 

 親父は母さんが顔を赤くして慌てふためくのを他所に、悪戯めいた笑みを浮かべる。そこにあった先程までの真面目な父親の顔はとっくに消え失せていた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「……お、おはよう。はぐりん」

 

「!? ……あるえ。おはよう……」

 

 両親と話した次の日。家を出るとすぐそこにあるえがいた。視線を交わすと、恥ずかしくなりすぐに逸らしてしまう。誤魔化すように口を開いた。

 

「あの……今日はまた、どうして?」

 

「彼女なら、ほら……彼氏を……迎えにきちゃいけない、かな?」

 

「……っ」

 

「えっ……あの、昨日のことは間違いじゃない、よね?」

 

 俺は昨日の事を思い出して僅かに肯首する。不安だったあるえはほっとした様子で胸を撫で下ろした。

 

 気を紛らわせようと話題を振ったつもりが、さらに意識させられてしまった。顔、赤くなってないだろうか。

 

「そのとりあえず、行かないかい? ゆんゆんを待たせたら悪いし」

 

「そ、そうだな……うん」

 

 上擦る声を意識しないようにして歩き始める。

 

「……はぐりんは、昨日はよく眠れたかい?」

 

「……俺は、ちょっと寝不足だよ。あるえは?」

 

「私も少し寝れなかったかな。……あんな子供っぽいキスだけでこんな慌てふためくなんてね、自分じゃないみたいだ」

 

「……あるえは子供っぽいのは嫌だった?」

 

「……本で読む濃厚なものより、余程ドキドキしたよ」

 

「その、ごめん……。勢いに任せて雰囲気も何も考えてなくて……」

 

 俺としては夕陽に照らされて、充分良い雰囲気だとは思っていたが。紅魔族的には少し物足りないものがあった。

 

「確かに、ちょっと勿体ない気はしたけど。……でも悪くはなかったとも」

 

「そっか……。なあ、あるえ」

 

 いつもの調子が戻ってきた。

 

「……何かな、改まって」

 

「昨日、親に話したよ。二人のこと」

 

「そう、なんだ……。……それで、お二人はなんて?」

 

「大したことは言われなかったよ。……刺されないように気をつけろって話と、頑張れって言われた。……母さんは何か思うところはあったみたいだけど」

 

「お義母様は私について何か言っていたかい?」

 

「いや、特には。……俺が好きそうな子だね、って」

 

「ああ、確かに。はぐりんおっぱい好きだもんね」

 

「…………怒るぞ、あるえ。そんなこと言ってるとガン見するからな?」

 

 やすい挑発でも乗ってしまうのは紅魔族の性だろうか。

 

「君が我慢できるなら、幾らでも見ても良いよ。ゆんゆんのは見る癖に、私のは露骨に見ないんだもの。ゆんゆんだけずるいじゃないか」

 

「ずるいってお前……おいばか、やめろ。持ち上げるな」

 

 あるえは挑発的な笑みを浮かべて、腕に乗せたものを持ち上げる。

 

 すぐ視線を逸らしたので見てはいないが。……多分揺れてんだろうなぁ。ところてんスライムみたく……! 

 

「恋人だからね。見られても平気だよ?」

 

「我慢できなくなるから、そういうことマジでやめてくれっ……!」

 

 昨日のキスを迫られて恥じらうあるえはどこへ消えたのか。

 

 すっかり調子を取り戻して、揶揄ってくるあるえに俺は天を仰いだ。

 

 

 

 少し歩いていると道沿いで立って待つゆんゆんが見えてくる。

 

「あ、おはようございます……」

 

「おはよう、ゆんゆん」

 

「や、おはよう」

 

「……え、あれ? はぐりん? と、なんであるえが一緒にいるの!?」

 

 前を横切っていくと勘違いしたらしいゆんゆんは小さな声で挨拶してきたかが、立ち止まった俺たちを見て一転、驚きを露わにする。

 

「まあ良いじゃないか。はぐりんと登校してみたかったんだ」

 

「……そ、そういうこと……。なら、あの私のこと邪魔じゃない? 一緒に行っても良いの?」

 

「ゆんゆんはどこに行く気だよ。学校行くんだろ? 一緒に行こう」

 

「私も問題はないよ。元々ゆんゆんとも一緒に行くつもりだったしね」

 

「それなら……。……その、なんだか二人とも距離が近い気がするんだけど」

 

「まあちょっとね。行きながら話そうじゃないか」

 

 首を傾げるゆんゆんを間に挟み、再び学園を目指して歩き始める。

 

「で、どうしたの? あれから昨日、何かあったの? ……それとも何かしたの?」

 

 察しがいい。

 

 あるえが手招きして、顔を近づけさせたゆんゆんに耳打ちをしている。

 

 聞いているゆんゆんは徐々に顔を赤らめていく。

 

「うぇ!? は、はぐりん!? は、話が違うんだけど! キっ……スって! それにこ、恋人って……! それは、わ、私の事も……?」

 

「いや、その……うん、そうだよ。……ごめん、ゆんゆん。我慢できなくてさ」

 

「私も断らなきゃと思ったけど、断りきれなかったよ」

 

「そう……でも、はぐりんが我慢できなかったって……ねえ、大丈夫? 私の事も、恋人だってちゃんと思ってくれるのは嬉しいけど、ずるずるとしちゃわない? 色々と……」

 

「それは……まあ、うん。しそうだけど」

 

「が、我慢して! 私はぐりんに迫られたら断れる自信ないのに!」

 

「へえ、えろゆん。さては、そう言ってはぐりんのこと誘ってるね?」

 

「ささ誘ってないわよ! あとそんな風に呼ばないで! そんな、変態みたいな……うう」

 

「ま、私もゆんゆんのこと言えないけどね。私も断れる自信ないから」

 

「二人とも頼むから自信満々にそんなこと言わないでくれよ……俺出来るだけ我慢するからさ……」

 

 朝から誘惑してくるあるえも大概えろえである。……でも切実にどうしたらいいものか。このまま膨れ上がり続ける欲求に堪え忍ぶのにも限界がくる。

 

 どちらか二人と、いい雰囲気になればそのまま、なんて可能性が昨日のことで充分あり得るとわかってしまった以上、早急になんとかしないと。

 

 成人と同時に、結婚できるようになる年齢が14歳なのにはそれ相応の理由があるのだ。母体への影響が〜〜、なんてことを保健の授業で習った。

 

 異様に高い幸運値の俺のことだ。……肉体関係を持ったとして、おめでたい事が起こらないはずがない。

 

 いつも以上に静かになる保健の授業で、薬を飲む以外で避妊は完全には出来ないという話だったし。その薬も飲んだとしても幸運値の高い奴ほど効き目がない時があるから気をつけろよと、二人の子持ちのじぇいす先生は言っていた。

 

 すり替えられている可能性もあるからな気をつけろよ、と遠い目をして補足してたのも思い出した。

 

「それで、二人はいつするんだい?」

 

 変なこと考えてた所為であるえの言葉にビクつく。

 

「うぇっ!? あの、それはその……。……ねえはぐりん、いつしてくれるの……?」

 

「いつって……そんなの……すぐ決めれるわけ……!」

 

 ゆんゆんの視線が俺の口に注がれてるのに気がつき、恥ずかしくなって手で覆い隠す。

 

「あ、いや。わ、私はその……いつでも良いけど……。でもやっぱり早い方が嬉しいかなぁ……」

 

「じゃあ今日の放課後すれば良いんじゃないかな? 私も今日は邪魔しないと誓うよ」

 

「ええ!? あの、それはちょっと」

 

 昨日の今日でというのは節操がない気もするが、ゆんゆんからしてみれば待たされたら不安になるのかも。

 

「……一応そのつもりでいる?」

 

「は、はぐりんっ……!」

 

 顔を赤くするゆんゆんの目は若干の期待からか、瞳を僅かに揺らしていた。

 

 

 

 昨夜の両親と話した事をゆんゆんにも伝え、上の空だった意識をこちらに戻してもらう。

 

「え、なんなんさんが?」

 

「……うん。あるえのことで俺よりゆんゆんのこと心配してた」

 

「そっか……やっぱり私変かな」

 

「こればっかりはなぁ。客観的に見たら変わってるとしか」

 

「共有しようと言い出したのは私だからね。君のこと悪くは言えないよ」

 

「そう……。あのね、私思うんだけど。多分お父さんがはぐりんと許婚に、なんて言い出さなかったら、こうして私とはぐりんは付き合ったりしなかったと思うの」

 

 そんなことはないだろ、とは思ったがあるえの手前黙っておく。

 

「はぐりんと許婚じゃなかったら、あるえが先に付き合ってたんじゃないかな。男の子として意識してなかったら私、はぐりんと……ううん、友達と仲良くなるってことだけしか考えてなかったと思うの」

 

「大丈夫はぐりん? 目が虚だけど」

 

「だ、大丈夫……」

 

 ちょっとショックだ。俺としては許婚って関係がなくても好きになってたんじゃないかと思うくらい、ゆんゆんのことは気にかけてたから。

 

「あ、いや! 別に私が男の子として見れてなかったわけじゃなくてね! ……ほら、私面倒臭いじゃない?」

 

「あ、うん」

 

「は、はぐりん……!」

 

「ごめん、でも面倒臭いけどゆんゆんのは可愛いものだし」

 

「事実は時に嘘よりも残酷……!」

 

「あるえもそんなこと言ってふざけないでよ! はぐりんも、もう……その、でね? 今みたいに、私自分でも面倒臭いなぁって思って自己嫌悪しちゃうんだけど……同じ自己嫌悪でもちょっと好きな男の子の友達にするのと、いつか結婚するかもしれない男の子にするのだと、違うと、思うのよね? だから、許婚じゃないはぐりんを好きになった時、多分尻込みしちゃうんじゃないかなって。私が好きになってる頃には、あるえも多分はぐりんのこと好きになってるだろうし、二人の仲を裂くのは悪いと思って──んぐ!?」

 

 だんだん目が虚になっていくゆんゆんの口をあるえと二人で抑える。

 

「ストップゆんゆん……」

 

「失恋ものの恋愛小説読んでる気分になるからその辺で止めてくれるかい……?」

 

 口を紡がれたまま、ゆんゆんが首を縦に振るので手を離す。

 

「ぷはぁ──! もしかしたらの話だからね! 今は私ちゃんとはぐりんの許婚で恋人だから!」

 

「許婚って本当にずるいよね。どう思う、はぐりん?」

 

「俺に振るなよ……文句はゆんゆんの親父さんに言ってくれ」

 

 与えられ、それに甘んじているがために、今の状態になっている身としてはとやかく言えなかった。

 

 

 

「なんだってアクセルなんだろうね? 《上級魔法》を覚えた紅魔族には不相応じゃないかな?」

 

「あるえは、王都やアルカンレティアから始めたかったか?」

 

「そういうわけじゃないさ。ただ純粋に実力に対して見劣りするんじゃないかとね。駆け出しの冒険者ですら、脅威になると言えるのはジャイアントトード、あとは初心者殺しぐらいなんだろう?」

 

「魔力や魔法は強くても、レベルが低いのが理由かもな……あとは、多分俺が王都に知り合いがいるからだと思う。どっか甘えが出ると思われてるのかも。アクセルはレベル上げで近郊に連れてって貰うだけで、中までは立ち寄ったことはないから」

 

「あの、冒険者仲間を見つけろってことはない? 王都の冒険者って既にパーティーとか決まってるでしょ? そこへ入るのは難易度が高いというか……やっぱりはぐりんのお父さんは三人で冒険者するのは心配なんじゃないかなぁ……」

 

 ────『アクセルに行けばわかる』

 

 昨日の夜、ニヤニヤしながら有用なスキルを教えると言った親父が、ポコポコ殴る貌を赤くした母さんに根負けして、代わりにそう言った。

 

 あの様子だと碌なスキルではなさそうだが、母さんは俺がそのスキルを覚えることに反対自体はしてなかった。

 

 活動拠点を王都に持つ親父がどうしてアクセルにこだわるのか。元よりそのつもりではあったし、『アクセルから冒険者を始めろ』と最初、俺が冒険者をしたいと言い出した時に他ならぬ親父に言われたのだ。

 

 親父からステータスに補正のかかるスキル、その他有用なスキルの数々は教わるだけ教わり、後取得を残すのみとなっているスキルはまだまだある。それだけ親父は取得している……と思うと不貞腐れそうになるのだが、そのスキルとやらもきっと取得済みの筈。どうして態々俺に直接出向いてまで教われと言うのか。

 

「駆け出し冒険者の街、ね。冒険小説じゃ、始まりの街、村、故郷なんかに実は秘密があるなんて良くある設定だけど、現実でもそうなのかもしれないね?」

 

 どこかワクワクした様子のあるえだが、多分そんなことはないと思う。……ないよな? 

 

 駄弁りながら学校に着くまでの間、いつも鉢合わせるめぐみんとは会わなかった。

 

 





以下雑記。

3期だけでなく爆焔も来るとは思ってなかったので感無量です。
3巻分全部やるんだろうか。体術の授業前に準備運動をするあるえや、ゆんゆんに友達(仮)が出来た時にめぐみんの耳元で「これがNTR……」とか囁くシーンはあるのかないのか、小説でも名前しか出てないさきべりー、かいかいのビジュアルは出るのか、しゃべるのか、めぐみんを揶揄いすぎて結局あるえの胸はえらい目にあわされるのか否か……まだまだありますが注目したいところ。

それはそれとしてこのファンで伝説あるえが実装されてこの世の叡智が詰まっているようで、大変悟れる。特に臍。あれは真理、根源に通じるものがあるな。脇が隠されているのが残念ではあるがそれが逆に神秘を伴っているように思うが、実際その通りである。あの衣装考えた方をスタンディングオベーションで迎えたい。ブラボー実にブラボー。貴方は大変良い仕事をしました。congratulations! でもやっぱり脇は見たかった。伝説ウィズも大概叡智が極まっているが、私はあるえを推したい。


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24 昼食とテストと

ご無沙汰しております。
爆焔アニメ公開おめ。


 事前に連絡もあったが、今日から授業は午後もあるらしい。

 

 なんでも授業の進行状況が押しているのだとか。スキルアップポーションを配るためのテストが中々行えないという理由で、ここ三日は通常授業だそうだ。

 

 そんな午前と午後の合間の昼休みになって、廊下を歩いていると女子クラスの方から来た、少し機嫌の悪そうなめぐみんが話しかけてきた。

 

「あれ、一体全体どういうことですか?」

 

「あれ? ……朝のことか? あるえが朝出待ちしててゆんゆんと一緒に来ただけ、だけど……。そういやお前朝どうしたんだ? 会わなかったよな?」

 

「別に一緒に行く約束してるわけじゃないんですから、おかしくないでしょう」

 

「いや、まあそうだけど……」

 

「まあ今日は、来る途中ではぐりんのハーレムの一員だと思われたくなかったので、後からつけて来たんですが」

 

 そうかめぐみん後ろからつけて──

 

「……はぁ!? 何、そう思われてるの!?」

 

「いえ、そう見えるんじゃないかなぁと私が危惧しているだけです。まあ実際にそう思われていても不思議ではないですがね」

 

 びっくりした。

 

 いや、でも確かに。……里の全員に知られてたら、あり得る話か。

 

「あー、その。なんかごめん?」

 

「別にいいですよ、今に始まった事ではないですし。仮にそう思われていたとしても今のところ実害はありませんから」

 

 すまん。

 

「で、めぐみんの言うアレって、その、今朝のことで良かったのか?」

 

「いいえ、違います。……ゆんゆんのことです」

 

 頭を横に振りめぐみんは、顔を顰め。

 

「勝負を挑んでくる事もなく弁当を上の空で渡して来たり、何か思い出したのか急にソワソワしていたり。ゆんゆんの様子がおかしいのです。注意力も散漫で授業中当てられても質問が何か聞いてないとか。あの子にしては珍しいと思いましてね。私が聞いても本人は『なんでもない』『私には関係ない』と言うばかり。事情を知っているであろう、あるえにもはぐらかされてしまって。何か知っていますか? 多分今朝何かあったのだと思うのですが。……なんか前も同じようなこと聞きましたね」

 

 俺も聞かれたような気がする。

 

「あ、あー……いや、まあわかるけど」

 

「隣の席で気が散るんですよ。知ってるなら教えて下さい」

 

 愚痴っぽく言うあたり、相当気になってるようだ。

 

 ゆんゆん多分、放課後のことが気になってるんだろうなぁ。

 

 そんな彼女が気になって仕方ないめぐみんも大概だ。ゆんゆんのこと好き過ぎだろ、と(はた)から見てて思う。

 

 ……うーん。めぐみんのことだから正直に言ったらなぁ……多分怒る。

 

「ゆんゆんのことここまで気にかけるのってさ……最近こめっこちゃんがちょっと素っ気ないから、妹代わりにしてないよな?」

 

「は、はああ!? しし、してないですよ、何言うんですかこのスケコマシは! おい、ニヤニヤ笑うんじゃない!」

 

 結構図星っぽいぞ。

 

「やあ、二人とも。どうしたんだい?」

 

 正直に中々言えず誤魔化していると、弁当を携えてあるえがやってきた。

 

「う、あるえ……二人が揃ってるので昨日のこと一応謝っときますね……ちょっとむかついたとはいえ、デートの邪魔をしてしまって」

 

「良いよ気にしてないから。良い事もあったし」

 

「良い事……?」

 

「ははは……まぁな」

 

 何ですか、とめぐみんが口を開きかけたところへ。

 

「三人とも何やってるの?」

 

 と、あるえに続くように弁当を二つ持って現れたゆんゆん。

 

「おや、ゆんゆん。どうしたんです、二つもお弁当を持って。二つとも食べるんですか? 大食い大会に出場する特訓?」

 

「そんなわけないでしょ! アンタの分以外に何があるっていうのよ。この前みたいに全部食べられたら敵わないから……」

 

「朝もですけど、自称ライバルが一足飛びで愛妻のようなことされたら流石に…………というか、今日三つも作って来てるのですか!? 万が一にもありませんがあなたが勝ったらどうするのです、その弁当は!」

 

「別に負けるつもりは無いけど、勝ったってめぐみんのことだから何かにつけてお弁当取ってくじゃない! あと自称ライバルじゃないわよ! れっきとしたライバルで、あ、愛妻でもなんでもないからね!! ……ごにょごにょ(はぐりんのなら良いけど)

 

 めぐみんの言うように弁当三つは確かに多い気もするが、ゆんゆんの主張もあながち間違ってない気がする。生まれが違えば取得職業は『盗賊』だったかもな、めぐみん。王都で指名手配中らしい『銀髪の義賊』とか好きそうだし。

 

 ……ゆんゆんが何か小声で言った気がするけど、多分俺の願望による空耳だろう。気が早い。

 

「ひ、人を強盗を呼ばわりするのはやめて貰おう! それはそれとして勿体無いと思いますのでお弁当はありがたく頂きます!」

 

「どういたしまして! ……もう。で、どうしたの? 私を除け者にして集まってたわけじゃ、無いのよね?」

 

 突き出したお弁当の包みをめぐみんが恭しく受け取ったの見届けた後、ゆんゆんは不安を隠しきれないままに言う。

 

「偶然だよ。はぐりんとめぐみんが話してたところに、彼と昼食を一緒に取ろうかと画策していた私が居合わせただけさ」

 

「……あ、えっと……そうなんだ……」

 

 俺を見て顔を赤らめるゆんゆんの態度に、めぐみんは。

 

「なんですかこの反応は! はぐりん、もしかしてあなた……」

 

「おい、なんで軽蔑した目で見るんだよ。そんな目で見るんじゃない! なんもやってない!」

 

「ゆんゆんにはまだ、ね」

 

 あるえの余計な一言でめぐみんがあわあわと声を震わせて。

 

「えええっちなことしたんですね! あるえと!」

 

「えっちなこと言うな! してない! 離せってば、ここ廊下だからな!!」

 

 震えた声を出しながら、服を引っ張って揺さぶるめぐみんはやけに力が強かった。

 

 

 

 お弁当がどうこうで有耶無耶になっていたが、ふにふらとどどんこは今日はねりまきと食べるそうだ。

 

 それで一緒にどうかと二人に誘われたものの、ねりまきとあまり親しくないゆんゆんは俺のクラスの方へ行っためぐみんを探すついでに、俺やあるえとお昼を食べようと思ったらしい。

 

 新しく友達ができるチャンスだったのでは、と思ったが、指摘したら可哀想だったのでやめておく。

 

「まったく、まったく……まひらわひい(まぎらわしい)ことひふのひゃめてもらへまへんかね」

 

「お行儀悪いし、食べながら言ってもわかんないわよ。めぐみんお茶……ほら、もー、口の端についてるよ? そのままでね……はい、取れた」

 

「むぐ、……むう、ありがとうございます……」

 

 ぶつくさ言いながら、されるがままに世話をやかれるめぐみん。さっきゆんゆんのことを妹の代わりにしてるのではと言ったが、これでは真逆だ。ゆんゆんの方がお姉ちゃんっぽい。

 

「朝昼とお弁当を作ってくれて甲斐甲斐しく世話をしてくれるって、ゆんゆんはめぐみんの母親だったかな?」

 

「こんな世話の焼ける母親持った覚えありません」

 

 ゆんゆんのお茶を啜りながら、あるえの冷やかしを否定するめぐみん。

 

「私もこんな子供持った覚えないから! お弁当は好きでこんなに作ってるんじゃ……ないし。最近めぐみんよく食べて私の分が無くなっちゃうから……それに放って置けないし……」

 

 ゆんゆんが全否定するのに躊躇っているのはちょっと嬉しいからだろう。前に愚痴ってたときそんな顔してた。……正直ライバルや友達だと思ってる相手に母性を働かせるのはどうかと思うが。

 

 いや、母性を出させてしまうめぐみんが悪いのか。名乗りの魔性を妹に譲っただのなんだの言ってたが、あながち間違いでもないのだろう。

 

「まあどっちも世話焼きだからね。ゆんゆんもめぐみんもいいお母さんになるんじゃないかな? ……はぐりん、あーん」

 

 あるえの差し出して来た肉団子を咥える。…………美味い。肉団子かと思いきや魚のつみれみたいだ。塩気が効いていて美味しい。

 

 お返しに玉子焼きを少し切り取って……弁当箱の空いてるところに置こうとしたら避難する目で見られたので口元まで運ぶ。

 

「……ん」

 

 顔にかかる髪を耳にかけ、箸ごと咥えた後あるえは味わうように咀嚼、嚥下した。……わざとこんな食べ方しなくてもいいのに。余計に恥ずかしい。

 

 気を紛らわせようと自分の弁当箱からご飯を運びモゴモゴ動かしてると

 

「あのはぐりん、流石に恥ずかしいよ……」

 

 ……あ、無意識に箸舐めてた。お行儀が悪かった。

 

「……。イチャつくのやめてもらえませんかね。腹が立つのを通り越して呆れますよ。今日は随分と雰囲気が甘ったるいんですよね、二人とも。取材という名の言い訳はどうしたんですか。……なんでゆんゆんは恥ずかしがってるんですか? さっきからおかしいですよ?」

 

「べ、別に……なんでも無いわよ?」

 

 三人で恥ずかしがっているとめぐみんの小言が飛ぶ。ゆんゆんはちょっと浮かれポンチだ。朝からだいぶ意識がお花畑にいってたみたいだし。今も自分が母親になったらとか考えて意識が飛んでたのかもしれない。でないと今のやりとり見て何も言ってこない筈がないし……まあそういうとこ可愛いんだけども。

 

「あなたという子は……なるほど。二人の距離がやたらと近いことと、今日ゆんゆんが変なのには関係が──やっぱり昨日えっちなことしたんですね!」

 

「してないって言ってるだろ! 清い体のまんまだよ! さてはお前昨日なんか読んだな!? 脳内ピンク色かお前!」

 

「な、なにおう!? あなたと違ってそんなもの……。読む訳ないじゃないですか!」

 

「ばっかお前何言ってんの!? 持ってないって言って……お前だって今の間はなんだこらあ!」

 

「大体うちにそんなもの置く余裕があるとでも!? あったらぶっころりーにでも売りつけて家計の足しにしてますよ!」

 

「……あ、いや。すまん」

 

「……急に冷静にならないでくださいよ。泣きたくなります」

 

 ……性癖が従妹に知られてるなんて考えたくもないが、この反応は怪しいこと極まりない。……昨日寝る前に隠し場所変えたからもう大丈夫な筈だ。いや、そもそも違う場所に隠してたけども、念のため。

 

「まあまあ。……はぐりんの性癖はあとで詳しく聞くとして。二人とも落ち着いて。……確かに昨日彼にキスされて、恋人だって言ってもらえたけど、それだけだよ。私が舞い上がってるだけだから」

 

 ちょっと頬を紅くしながらあるえがバラした。

 

「きっ……!?!? へ、ヘタレのはぐりんがですか!」

 

「……ヘタレとはなんだヘタレとは。俺だって男だぞ」

 

 やるときはやるんだぞ。……とはいえ舞い上がってるというあるえの自供には俺にも心当たりがあって少し恥ずかしい。朝から迎えに来てたり、今朝や今みたいに肩が触れるくらい近かったり。

 

「ゆんゆんは知って──ああ! それを今朝知ったんですね!? それもするつもりなんですね!? 今日!」

 

「め、めぐみんやめてよ、もー! は、恥ずかしいからあ……!」

 

「ドン引きですよ……! 昨日と今日とで取っ替え引っ替えってことじゃないですか……うわぁ……うわぁ……!」

 

 心外だ。めぐみんにそのあたりとやかく言われる筋合いはあんまりない筈だ。あと顔を赤らめながら言ってるせいで全然軽蔑してるようには聞こえない。

 

 ──なので経緯を説明すると。

 

「……つまりは私たちは当て馬にされてしまったと。……ゆんゆんは許せたんですか、それ」

 

「……その、私たちがデートの邪魔して、付き合わせちゃったじゃない? だから仕方がないかなぁって……それに私なら」

 

 思うところはあるのだろう。首を横に振り「何でもない」と言ってゆんゆんは言葉を濁した。

 

「……あるえは、キスで誤魔化されるような軽い女だと思われても良いんですか? 私なら到底許せませんけど」

 

「はぐりんがどうしても我慢できないって抱きしめて言うものだから。彼女なら応えたいって思っちゃダメかい? ……私がして欲しそうな顔してたのかもしれないけど」

 

「この男に今後こうすれば許されると思われても、ですか?」

 

「うーん。確かにそう思われるのは癪かもしれないけど……はぐりん、昨日水に流してあげるとは言ったけど、やっぱりデートの埋め合わせは──」

 

「元々デートの埋め合わせはするつもりだったし、構わないよ。というかあれを俺はあるえとの初デートだとは思いたくない」

 

「……うん」

 

「だからさ。次はちゃんと恋人として、初めてのデートをするってことでもいいかな?」

 

「……今度は恋人として、だね。それなら全然……」

 

 俺とあるえの人目を憚らないやりとりに呆気に取られていたらしきめぐみんを見やり。

 

「大体、俺、誤魔化すつもりでしたんじゃないからな……キスはしたくてしたんだ。ちょっとタイミング悪かったけど」

 

「……。……あ、そ、そうですか……。いや、何堂々と言ってるんですか。二股野郎のくせにちょっと格好いいとか思ってしまいました。……はぐりんのくせに生意気な」

 

「二股野郎は余計だろ。めぐみんは心配性過ぎるんだよ……。俺やゆんゆんの姉でもあるまいし」

 

「そうですね。……自覚はしてます。……はー、なんだって私はこんな言わなくてもいいことまで言ってしまうんですかね。首を突っ込まなくてもいい話だというのに……はあー」

 

 随分大きな溜め息だった。めぐみんは残ったお茶を呷る。

 

 そんな、俺とめぐみんのやりとりをじいっと見ていたゆんゆんが。

 

「……はぐりんとめぐみんってお互い遠慮しないよね。ちょっと羨ましいなぁ」

 

「ああ、確かにね……。私もゆんゆんと同意見だよ。君たち二人の関係は少し羨ましいものがある」

 

「何のこと言ってるんですか二人とも……? はぐりん何のことだかわかります?」

 

「いや、全然」

 

 なんのことを言ってるのかさっぱり。

 

 すると少し顔を顰めたあるえが。

 

「……ゆんゆん言ってあげてよ」

 

「え、ええ、私が!? ……めぐみんに負けたみたいだから言いたくないんだけど」

 

「それは、確かにね。私も嫌だな」

 

 あるえとゆんゆんがめぐみんに嫉妬してる、のか? え、どこに。

 

「……よくはわかりませんが、あまり嬉しくないことだけはなんとなくわかりますよ、ええ。……さて。ご馳走様でした、ゆんゆん。美味しかったですよ」

 

 空になった弁当箱を包み直し、ゆんゆんに返しためぐみんは立ち上がってそう言った。

 

「あ、うん。……あのね、その、そういうことだから……めぐみん今日ははぐりんと二人で帰るから……」

 

「まあライバルは普通一緒に帰ったりしませんからね。今までが少しおかしかったのです。友達なら別ですが。……おっとそうですね、いい機会ですから明日からはお互い別々で帰りましょうか」

 

「め、めぐみんの意地悪っ! うう……はぐりん」

 

 ゆんゆんが泣きそうになりながら、俺に縋るような視線を向けてくる。

 

「……そのうち愛想尽かされるぞ」

 

「誰が誰に愛想尽かされるのか詳しく聞こうじゃないか。……近い将来、私の魔法の的にされたくなければよく考えて物を言うことですね……!」

 

 照れ隠しの冗談だろうが、本当にやりかねない凄みがあるのがめぐみんの怖いところだ。こんな短気なくせに爆裂魔法取得して、冒険者なんて……。

 

「ツンデレはもう参考資料が間に合って……ああ、何するんだい!?」

 

「ご馳走様でした! また後ほど教室で!」

 

 立ち上がると同時にめぐみんは、揶揄おうとしたあるえの弁当から俺も食べたつみれの団子を指で摘んで口に放り込み食べて立ち去っていく。あるえの弁当箱には、残り一口。おかずは無く、ご飯が残っている。

 

「あの、あるえ。私のでよければ……」

 

「……ありがとう、ゆんゆん」

 

 揶揄ったあるえ本人が悪いとはいえ、片目でご飯を見つめるあるえは哀愁漂っていた。

 

 

 

 午後の初っ端の授業は抜き打ちでテストだった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ただキスして家に帰ろう、なんてのは流石に素っ気ない。そもそも愛情を示す手段であり、目的にしては駄目なんじゃなかろうか。

 

「そういうわけでちょっとデートをしよっか、ゆんゆん」

 

「で、デート!? え、あのそれなら一回家に帰って……」

 

「親父曰く『学生のうちしか制服着て放課後デートなんて出来ないからな。それ以降はただのコスプレだ!』……なんて言ってたんだけど。あ、コスプレってのは衣装着て遊ぶって意味な」

 

「へぇ……はぐりんのお父さんもしたってことなのかな?」

 

「どうだろ? やってたとしてもうちの母さんが相手じゃないのは確かだろうな。紅魔の里出身じゃないからね」

 

 でもあの母さん以外が父さんの横に立ってるのが想像できない。うーむ。

 

「そうよね。つい忘れそうになっちゃうけど、はぐりんのお父さん紅魔族じゃなかったものね……」

 

「名乗り以外は俺より紅魔族らしいからなぁ……無理もないけど」

 

 混沌を体現せし者だとか。貪欲にして強欲だとか。色々と他称が多い。それを嬉々として使ってるあたり紅魔族と間違われる所以だ。自称の方は永遠のチュウニビョウらしい。意味はわからない。

 

「ま、俺の親父の話は置いといて。ゆんゆん、デートしよう」

 

 頬に僅かに赤らめて彼女は小さく頷いた。

 

 







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