【完結】無惨様が永遠を目指すRTA (佐藤東沙)
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本編
1話 「鬼舞辻無惨」 平安(西暦900~1100年頃)


 鬼滅の刃完結記念。


 はいどうも皆さんこんにちは。今日は昔に大ヒットした漫画「鬼滅の刃」を元にしたゲーム、「鬼滅の刃 血斬神楽テレプシコーラ」でRTAをやっていこうと思います。

 

 ではオープニングムービーの間に、ゲームの説明をしていきます。ゲームの内容を知らない方もいるでしょうからね。

 

 まずこのゲーム、目的らしい目的はありません。物凄く自由度が高いので、プレイヤーが自分で目的を決める事が出来ます。

 オリキャラ作って鬼殺隊で無惨打倒を狙うのもよし、鬼になって十二鬼月を目指すのもよしです。もちろんそれ以外、例えば(かくし)になって裏方に回るだとか、一般人ルートで鬼や鬼殺隊とは関わらず普通に暮らすとかでもオッケーです。

 とある走者は「総理大臣になって無惨抹殺」なんて事をやってくれました。総理大臣になった時点でもうエンディングじゃね、と思ったのは私だけではないはず。

 

 また、主人公の行動によってトロフィーを獲得する事が出来ます。まあこれはゲームではよくあるんで、詳しい説明は不要だと思います。強いて言うならコンプリートがめっちゃ大変な事くらいですかね、何しろ自由度高いんで……。

 

 そしてこのゲームで何より特徴的なのが、原作キャラがプレイアブルキャラクターである、つまりプレイヤーが原作キャラになる事が出来る、という点です。さすがに全員じゃないですけどね。でもなんで村田君ルートがあるんですかね。製作陣が好きだったんですかね村田君。

 

 まあ村田君は置いといて、今回は鬼の始祖たる鬼舞辻無惨となって、トロフィー「枯れない彼岸花」の取得を目指して行きます。

 このトロフィーは、鬼サイドでしか取る事が出来ません。条件はある意味単純で、「寿命のない生物である事」と、「生存を阻むものが存在しなくなる事」です。無惨様スタートだと「鬼殺隊壊滅」「太陽光克服」がそれに当たりますね。

 

 お、ムービーが終わりました。それでは無惨様を主人公に選んで……タイマースタートです!

 

>おのれ、おのれおのれおのれ……!

>何が『必ず良くなる』だ、藪医者が……!

 

 若かりし頃、というか人間だった頃の無惨様です。まだ十代ですが、病弱なのでいつも死にかけてます。なお平安時代なので本来は古語ですが、現代語に翻訳されてます。まあゲームですからね。

 

>…………殺す。

>……殺してやるぞ、無能めが……!

 

 死にかけなのに元気ですね。とか言ってる間に選択肢が出てきました。

 

>【鉈を医者の頭に振り下ろす】

 

 ここではこれ一つしか出ないんで、選択して……あ、最初のトロフィー「頭無惨」が取れましたね。これは無惨スタートなら必ず取れる、チュートリアル的なトロフィーです。無惨様以外でも頭無惨な行動をすれば取れますが。

 では早送りしてる間に、このゲームについてもう少し説明しておきましょう。

 

 最初に自由度が高いとは言いましたが、原作キャラを選んだ場合制限がかかります。そのキャラの性格に合わない行動や、知り得ない情報を元にした行動は出来ません。

 例えば無惨様が自殺するとか、『将来鬼殺隊を組織するだろうから』って理由で最初に産屋敷一族を全滅させるとかはムリ、って事です。

 

 とは言えそれじゃつまらないという意見が出るのも見越してたのか、制限を外す方法もあります。キャラの名前を変更すればいいんです。今回ならデフォルトネームの“鬼舞辻無惨”から一文字でも変えれば、無惨様の立場で完全に自由にプレイ出来ます。難易度によっては選択肢も出て来ません。

 これは説明書に書いてあるんでメーカーにクレーム入れるのは止めましょう。

 

>昼なお暗い、鬱蒼とした山の中。

>日が沈んだ今、無惨の行く手を阻むものは何もない。

 

 貴族のはずの無惨様がなんで山の中にいるのかっつーと、使用人とかを喰ってるのがバレて妖怪認定くらって逃げて来たからです。方違(かたたが)えや物忌みなんかをガチでやってたこの時代、妖怪認定は一発アウトで人生終了です。魔女とか異端認定みたいなもんです。

 

>【()()に行く】

>【しばらくここで待ってみる】

>【その他】

 

 はいまた選択肢が出ました。さすが無惨様、もう()()に慣れきってますね。こいつ本当にこの間まで人間だったんでしょうか。まあ選びますけど。

 

>無惨は食事のために人里に向かった……。

 

 こんな感じで無惨様の性格に準じた行動を取って永遠を目指さなきゃならないんで、無惨ルートは割と難易度が高いです。完全に原作通りにすると死んじゃいますしね。

 

 ちなみにここで食事を選ばなくても、最終的には選ばざるを得ないようになります。無惨様が空腹を我慢するとかありえませんからね。それなら早いとこ選んで、変に暴走しないようにした方が結果的に時間短縮になります。

 

>「う、うわあぁぁっ!」

>「あなたっ!」

>無惨が腕を振るうだけで命が千切れ飛ぶ。

>粗末なあばら家の中は、瞬く間に紅に染まった。

 

 うわぁ、死屍累々ですねえ……お?

 

>「この子だけは……やらせないっ!!」

>母が死力を振り絞り、包丁を無惨に突き立てる。

>無惨の反撃で即座にその頭は消し飛ばされるが、なんと数秒の後に再生した。

>無惨は驚きに目を見開き女を見やるが、その頭部には二本の角が生えている。

>偶然にも鬼の始祖の血が体内に入る事で、彼女は鬼として生まれ変わったのだ。

>先程まで母だった鬼は無惨に目もくれず、空腹に命じられるまま赤子を貪り始める。自分が守ろうとしていた事も忘れて。

>それを目にした無惨は、面白いものを見つけたと言わんばかりに口角を吊り上げた。

 

 おお、人間の鬼化イベント! まさかここで出るとは……。普通は無惨様を討伐に来た侍相手で起こるイベントなんですよ!

 無惨様いくら強いって言ってもこの時点では戦闘経験ゼロの元病人なので、強い奴相手だと普通に不覚を取ります。すぐに再生しますが血は出るので、それが相手の身体に入って鬼化、ってのがよくあるパターンです。

 

 一般人相手に傷を負わせられるのはかなり珍しいですが、RTA的には美味しいです。無惨様が自分の血で人間を鬼に出来ると知ったので、展開を早められますからね!

 

 ではここからしばらくは、食事して自分の強化をすると同時に配下の鬼を増やしていきます。特にイベントもないので早送り!

 

 今のうちに産屋敷壊滅とかしとけば楽なんですが、無惨ルートだと出来ませんからね……現時点だと無惨様別に産屋敷に恨みがある訳じゃないんで。鬼殺隊組織してちょっかいかけて来てウザいからぶっ殺そう、ってのが原作なんで。

 

 みるみるうちに配下の鬼が増えていきますね。そろそろ鬼殺隊も結成されるはず……あ、無惨様が鬼殺隊に襲撃されました。と言ってもまだ日輪刀も呼吸もないので、数でかかって朝まで粘るというゴリ押し戦法です。

 もちろん無惨様には通用しません。撃退したら、部下の鬼をどんどん増やしましょう。

 

 そんな頭無惨な事で大丈夫か、と思われるかもしれませんが心配ご無用。私のチャートは完璧です――とまでは言いませんが、最低でもそれなりのタイムでトロフィーは取れるはずなので問題ないです。

 

 ……ん? 早送りが解除された……って事は何かのイベントですね。ここでそんなのありましたっけ……。

 

>「もういい。お前たち鬼は、解体する」

 

 ファッ!!!!????

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 草木も眠る、丑三つ時。とある山の中に、異形の者どもが集まっていた。ある者は腕が四本あり、ある者は怪物としか言いようのない恐ろしげな風貌をしていたが、その外見とは裏腹に、皆恐怖に震え、地面に這いつくばっていた。

 

 その恐怖の根源鬼舞辻無惨が、いかにも不機嫌そうに鬼たちを見下す。張り詰めた鬼気に耐えられなくなったのか、一人の鬼が恐々と口を開いた。

 

「き、鬼舞辻様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「お前の目には私の機嫌が麗しいように見えるのか」

 

 難癖をつけられた鬼はびくりと体を震わせる。二の句を継げずに酸欠の金魚のごとく口をぱくぱくさせるが、それが無惨の勘気に触れた。

 

「ならばそのような節穴は不要だな」

 

 無惨の腕がぶれた次の瞬間、その鬼は肉塊へと変わっていた。再生能力が働く様子もなく、あまりにもあっさりとその鬼は死に、肉がぐずぐずと溶けていく。他の鬼たちが更なる恐怖に慄く中、無惨は額に青筋を浮かばせていた。

 

「私が問いたいのはただ一つのみ。『お前たちは何故に私の手を煩わせるのか』」

 

 誰も答えられない中、無惨の声だけが朗々と響く。

 

「二百年かけても青い彼岸花を見つける事も出来ず、あまつさえ鬼狩りなどという痴れ者どもを生み出す始末。万歩譲って、成果が出ないだけならまだ許す事も出来た。だがお前たちは、この私のもとまで鬼狩りを届かせる醜態を晒した。驚いたぞ、無能と役立たずに更に下があったとはな」

 

 バリッと奥歯を噛みしめる音が、這いつくばったままの鬼たちの恐怖を煽る。

 

「何故私の時間が鬼狩りなどと言う気狂いどものために削られねばならない? 私の役に立たぬどころか、何よりも貴重なる私の時間を空費させるとは、お前たちは一体何をやっていた?」

 

 時間など無限にあるような生物が何を言っているのか、と言える者はここにはいない。そう考える事すら許されない。だがそこで、四本腕の鬼が人生最大の勇気を振り絞った。

 

「む、無惨様! 発言をお許しください!」

「なんだ。言ってみろ」

「機会を、機会を下さいませ! 今ひとたび機会を得られたのなら必ずや、この私が鬼狩りどもを皆殺しにしてみせます!!」

「ほう」

 

 まさに必死の発言だったのだが、そのような事を斟酌するような無惨ではない。額の青筋がびきりと増えた。

 

「どうやってだ。今まで出来なかった事をどうやって実現するのだ。それともまさか」

 

 紅梅色の瞳が細まり、危険な色を帯びてゆく。

 

「これまで、手を抜いていたという事か? だから鬼狩りどもを殺しきれず、産屋敷の居場所も見つけられなかったのか?」

「そ、そのような事は決して!!」

「お前は私の言う事を否定するのか?」

 

 四本腕の鬼は絶望の表情だけを残し、二つ目の肉塊が生まれた。それが腐肉に変わってゆく隣で、恐怖に突き動かされた別の鬼が懇願した。

 

「お、お願いします! 血を、貴方様の血を! そうすれば必ずや順応し、より強い鬼に――!」

「私の手を煩わせるに留まらず、血をよこせだと? 何様のつもりだ、身の程を弁えろ。あまつさえ強くなる手段すら他人頼りとは、浅ましいにも程がある」

「ち、違っ」

「黙れ。何も違わない、私は何も間違えない。私の言う事は絶対だ。お前は私に指図した。万死に値する」

 

 瞬く間に三つ目の肉塊を作ると、無惨は心底失望しきった表情で宣言した。

 

「もういい。お前たち鬼は、解体する」

 

 その言葉に、ある鬼は脇目もふらず逃亡し、ある鬼は絶望のあまり腰を抜かした。だが無惨はその全てから興味を失ったように、拳を強く握り込む。その瞬間、無惨以外の全ての鬼は、血肉をまき散らして絶命した。

 

 静寂が戻って来た山の中。無惨はさもつまらなさそうに、鼻を鳴らして吐き捨てた。

 

「私が死ねと言えば疾く死ぬのが道理だろうに。最期まで私の手を煩わせるとは、どこまでも不愉快な連中だった」

 




今日の主な獲得トロフィー

「頭無惨」
 頭無惨な行動をした者に贈られる。種族不問。

「人畜有害」
 人間を百人以上虐殺(捕食含む)した者に贈られる。種族不問。

「一流の鬼狩り」
 鬼を五十体以上、もしくは十二鬼月を倒した者に贈られる。種族不問。
 類似トロフィーに「柱就任」があるが、これは鬼殺隊所属で階級が甲でないと取れない。

「鬼上司」
 パワハラによって自身の部下を百人以上死に追いやった者に贈られる。所属不問。
 


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2話 「珠世」 平安~鎌倉(西暦1100~1200年頃)

 はい皆さんこんにちは。前回は驚きのあまり途中で止まってしまって失礼しました。ですがあれはガバでもリセ案件でもないです。緻密な計算によって導き出された時短イベントだったんです。

 ……うそですごめんなさい。でも新しいチャートは組んで来たのでゆるして。

 

 では気を取り直して、ゲームの方を進めて行きたいと思います。

 

 前回配下の鬼を全滅させてしまった無惨様ですが、どうもストレスゲージが予想以上に溜まってたのが原因だったようです。ストレスゲージとは隠しデータの一つで、これが溜まり過ぎるとブチ切れて突発イベントが起こります。大体バッドイベントです。

 

 無惨様短気な上に気分屋なので、ゲージが計算出来なくて困るんですよね……てかここまで短気なキャラは他にはいません。一見短気で実際短気な風柱だってもっと気は長いです。まああの人意外と常識人だったりしますけど。

 

>【青い彼岸花を探す】

>【青い彼岸花以外で、日光を克服するための手段を探す】

>【鬼殺隊を攻撃する】

>【その他】

 

 おっと、選択肢が出てきました。日光克服と鬼狩り抹殺のどちらを優先するか、という事ですね。今の状況ではどっちも有力ですが、ここは【青い彼岸花以外で、日光を克服するための手段を探す】を選びます。

 

>「日光……日光か……忌々しい。克服するためにどうすれば……」

>そこで無惨はふと思い至った。

>あの医者は薬を用いて人間を鬼に変えた。

>ならば、同じように薬を用いれば、鬼が日光を克服する事も可能なのではないかと。

>それに必要なのは青い彼岸花だろうが、二百年探しても見つからなかったものがそう簡単に見つかるとは考えにくい。

>これ以上探して見つからなかったら、それこそ時間の無駄だ。

>諦める訳ではないが、他の方法を考えた方がいいだろう。

 

>「…………やってみるか」

>無惨は、日光を克服するための薬を開発する事を決めた。

 

 ここからは地味なので早送りです。その間に他の選択肢の解説をしておきます。

 

 まず、青い彼岸花探し。これはまず見つかりません。おまけに今は配下ゼロなので絶対見つかりません。罠ルートと言っても過言じゃないです。

 てか原作でもちらっとしか出ませんでしたし、Wiki見ても要領を得ない情報しか載ってないんですよね……。どなたか詳しい情報を持ってたら教えてほしいところです。

 

 鬼狩りの壊滅。普通にクリアを目指すなら有りです。時間は少々かかりますが安全度が上がります。

 この時代の鬼殺隊は呼吸がなくて弱いので、まだ原作ほど強くない無惨様一人でも戦えば余裕で勝てます。二百年の間にぼちぼち日輪刀は出始めてましたが、無惨様は原作通りに対策してるのでそっちも大した問題ではないです。

 

 ただ、一人残らず殺す、という事は無理です。逃げて隠れられたら、一人しかいない無惨様では探しきれませんからね。更に言うと産屋敷を見つける事は至難の業なので、鬼殺隊員をいくら殺しても頭を潰しきれずにそのうち鬼殺隊は復活しちゃいます。産屋敷が無惨抹殺を諦めるはずがないし、謎の勘と短命の呪いを根拠に無惨生存を断定してくるんで。

 今ルートだと無惨様以外の鬼がいないので原作みたいな鬼殺隊にはならないでしょうが、RTA的には時間浪費はNGなのでこの選択肢は駄目です。トロフィーのために最終的には壊滅させる必要はありますが、後回しにします。

 

 そしてさっき選んだ、日光を克服するための薬。結論を先に言ってしまいますと、出来ません。いやゲーム内で開発は可能なんですが、他にも条件が色々必要なので無惨様一人ではまず完成しないんです。

 

 じゃあなんで選んだかって事ですが、狙いがありまして……。まずは鬼殺隊の目を欺くためです。

 今鬼殺隊は血眼で無惨様を探してます。そこで研究のために引きこもれば、「無惨死んだんじゃね?」って意見が出てきます。産屋敷だけは生存を確信してますが、末端までその意思を完璧に行き届かせる事は不可能です。

 その上で鬼による被害も激減するので、鬼殺隊の規模を縮小せざるを得なくなります。結果として弱体化するので、後で壊滅させる時楽になります。

 

 もちろん無惨様は()()は続けますが、時代的に神隠しとか妖怪の仕業と思われて碌に捜査されない可能性は小さくないです。鬼殺隊の耳に入って捜査したところで無惨様の居場所は分からないでしょうし、分かったところで返り討ちです。タイムが延びるんでそれは遠慮したいところですが。

 

 んで他の狙いですが――。

 

>「ええい! 何故上手く行かんのだ!」

>無惨が拳を叩きつけると、石で出来ているはずの薬研(やげん)が粉々に砕け散る。

 

 おっと、そろそろ早送り解除しないとヤバイですね。またストレスが溜まってしまいます。

 こっちだとあっという間ですが、ゲーム内だと研究を始めてから百年くらい経ってます。今は西暦1200年くらいで、平安終わって鎌倉になってます。短気な無惨様がよくここまで持ったもんですが、さすがにそろそろ限界です。

 

>「…………くそ! 腹立たしいが、一個体の力には限界があるという事か……」

>普段はエベレストより高いプライドが邪魔をして認める事はないが、無惨以外には鼠しかいないここでは(比較的)素直に認める事が出来た。

 

 おっ、これです、この台詞を出させたかったんです。正確には「一人だけの力では出来ない事もある」と自覚させたかったんです。これで自由度が上がります。

 究極傲慢生物な無惨様らしくないと思われるかもしれませんが、一応原作でもその考えには至ってるんでキャラ崩壊という事はありません。ここまで至るのに三百年と最低百体以上の鬼の犠牲が必要だったという辺りが無惨様の無惨様たる所以ですが。

 

 ちなみにネズミは実験用です。最初は人間を攫ってましたが管理が面倒なので犬猫に変わり、それもいちいち捕まえるのが面倒なのでぽこぽこ増えて餌の確保が楽なネズミに変わりました。

 人間、考える事は変わらないんですね。無惨様人間じゃないですけど。

 

>【外に行く】

>【研究を続ける】

>【その他】

 

 ここは外に出ます。これ以上籠ってると今度は研究室を壊しかねませんからね。

 

>「しかし……どうする? もはや鬼などという無能有害を作る気も起きん」

 

 自分でやっといてひっでえ言い草です。この辺やっぱり無惨様ですね。

 とは言え新チャート的にはやたらと鬼を増やされても困るんで好都合です。

 

>「いや、ここで考えこんでいても仕方がない。……気分転換に外に出るか」

>無惨は研究室を後に、夜闇の中に繰り出した……。

 

 はい早送りー。さて、ここで無惨様を外に出させるのは、気分転換以外にも大きな理由があります。ずばり、原作きってのチート開発者、珠世を探すためです。無惨ルートだと、彼女がいないと太陽克服薬は出来ないと言ってもほぼ過言ではありません。原作でも色々やっべえ薬作ってますしね。

 

 とはいえ無惨様はそんな事は知らないので、珠世をピンポイントで探させる事は不可能です。なので外に出して、偶然の邂逅を狙ってる訳ですね。

 

 正直運頼り過ぎてあんまいい手段ではないんですが、当初のチャートが崩れた以上仕方ないです。一応年代と場所はあってるはずなんで、あとはホントに運ですね……駄目だったら他の手段も考えてますが、そっちだとより不確実性が増すので出来れば見つけてほしいところです。

 

 

 ――――ちょっと時間がかかりそうなので、無惨にも砕け散った元チャートについてでも話しましょうか。

 と言っても原作と大きくは変わりません。人間を喰って鬼を増やして戦力を整えて、産屋敷の居場所を見つけたらカチコミかけて皆殺し、ってだけです。通称脳筋チャートです。

 

 戦国時代で継国さんちの縁壱くんにコロコロされず、最終決戦で珠世の薬にさえ注意しておけば、このチャートで鬼殺隊壊滅は可能です。鳴女と無惨様だけで壊滅させた猛者走者もいます。

 

 問題は太陽克服です。一応「太陽を克服する鬼」は超低確率で出る仕様にはなってるようですが、そんなのを当てにする訳にもいきません。報告例もほとんどないですし。

 なので原作通り禰豆子の鬼化が必要になります。実は炭治郎でも行けますが、逃げられてしまう可能性があるので禰豆子のがお勧めです。

 

 禰豆子(炭治郎)の鬼化そのものは簡単なんですが、確保のタイミングが難しいです。

 早すぎると“逃れ者”として殺しちゃいますし、かといって太陽克服まで待つとその頃には鬼殺隊に保護されてます。鬼殺隊壊滅後だと人間化薬で人間に戻っててアウトです。このゲームだと再度鬼に変えても日光克服しないし、下手すると自殺されるんで。

 

 予定ではその辺こっちで上手くタイミング調整して確保するはずだったんですが……無惨様が配下を一斉処分セールしてくれたんで全部崩れました。今ルートの無惨様は鬼を作りたがってないので、何か特殊技能があるならまだしも、ただの炭焼きな竈門兄妹を鬼にする可能性はほぼゼロです。

 

>「明日にも死にそうだな、哀れなことだ」

>「…………あなた、は?」

>「鬼だ」

 

 おっ、来たんじゃないですかこれ? ――間違いないです、珠世です! しかもちょうどよく病気で死にかけてます。もうちょっと時間経ってたら死んでたでしょうが結果オーライ! 私の運も捨てたもんじゃないですねぇ!

 

 あとは原作通り、と言っても夫と子供を食い殺させないように気を付ける必要がありますが、ともかく鬼にしちゃえばミッションコンプリート! 

 

>「私は、鬼にはなりません」

 

 ファッ!!!!????

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鬼舞辻無惨がその噂を耳にしたのは偶然だった。腕のいい医者がいて、その妻が重病に侵されている。医者は自分の妻の病気も治せないと嘆き悲しんでいる。

 

 誰が生きて誰が死のうと、無惨にとってはどうでもいい。しかし“医者”という言葉には少しだけ興味が引かれた。ちょうど研究が袋小路に入っていた事もあり、彼は足を運んでみる事にした。

 

「――――あそこか」

 

 件の医者の家は、思っていたよりも小さかった。元は貴族を診る医者だったらしいが、僧医でもないのに庶民を診るようになり、それが原因で貴族(パトロン)にそっぽを向かれたのだと噂で聞いていた。

 

 その噂には“情け深い”だとか“仏様のような”だとかいう形容詞がくっついていたが、やはりそんな事は無惨にとってはどうでもいい。彼は何の躊躇もなく、引き戸を開けると家の中へと入っていった。

 

 部屋を見ていくが、急患でも出たのか医者だという男の姿はどこにも見当たらない。眠っている女と幼い子供がいただけだ。

 子供は特段見るところのない単なる幼子だったが、女の方はそうではなかった。蝋人形のように青白い顔で、纏う雰囲気はガラス細工のように脆く、病魔に侵されている事は一目で見て取れた。

 

「明日にも死にそうだな、哀れなことだ」

 

 見下ろす無惨の声に、女はうっすらと瞳を開ける。月光に照らされる無惨の姿を、夫ではないと気付いたのか彼女は誰何の声を上げた。

 

「…………あなた、は?」

「鬼だ」

「鬼……?」

 

 女は怪訝そうに眉根を寄せるが、それに構わず無惨は噂で聞いた名を口にした。

 

「お前は確か……珠世、とかいったか」

「は、はい……」

「夫の仕事を手伝う事もあったと聞いた。腕はいかほどだ」

「え、えっと……夫のいない時に、代わりを務めた事なら……」

「ほう…………」

 

 困惑のまま、思わずといった様子で答えた彼女を尻目に、無惨は顎に手を当てる。僅かばかり考えこんだ後、彼は珠世の傍に片膝を突いた。

 

「どうだ、鬼にならないか。鬼になればその病も治る。人間より遥かに強靭な身体も手に入る」

 

 これまでの鬼よりは使()()()と判断したのか、行き詰まった研究を進められるのなら何でもよかったのか、はたまた不治の病に伏せる姿をかつての自分に重ねたのか、それは無惨にしか分からない。

 だが、彼が手を差し伸べた事は確かであった。

 

「え……?」

 

 珠世の目が驚きに見開かれる。かすかに震える声で彼女は聞き返した。

 

「それは……本当ですか……?」

「ああ」

「この子が、大人になるところを見届けることも……?」

「子供より長く生きる事も出来よう。鬼に寿命はない。私はすでに三百年以上生きている」

 

 ひゅっと息を吸い込む音が夜闇に響く。彼女は気を落ち着かせるように大きく深呼吸すると、揺れた瞳のまま、それでもまっすぐに無惨を見上げた。

 

「なぜ……」

「なんだ?」

「なぜ、私を鬼にしようと……?」

 

 ようやく頭が回ってきたのか、珠世は至極尤もな疑問を吐き出す。

 

「鬼は病にかからぬし怪我も即座に再生する。完璧に限りなく近い生き物だ。だが腹立たしい事に、陽の下を歩く事が出来ん。お前にはそれを克服するための薬を作ってもらう」

「薬…………だから、私を……」

「そうだ」

 

 珠世の顔が納得に縁取られる。だが次の瞬間、無惨がどうでもよさそうに言った言葉によって顔色が変わった。

 

「鬼は人を喰う必要はあるが、大した問題ではあるまい。無限の時を手に入れられるのだからな」

「え……?」

 

 珠世の瞳が限界まで見開かれる。

 

「今、なんと……?」

「人を喰う必要がある、と言ったのだ。面倒ではあるが、どうという事はないだろう」

「な…………」

 

 絶句する珠世に無惨は手を差し伸べ、勧誘の言葉を吐き出す。

 

「さあ、鬼になれ。そうすればお前の望みは叶う」

 

 その言葉に、珠世は何かを決意したかのように、強く無惨を見つめて返した。

 

「私は、鬼にはなりません」

「何故だ」

「人を喰ってまで、生き永らえたいとは思いません」

 

 無惨の脳裏に無理矢理鬼にしてしまおうかという考えがよぎるが、即座に却下する。()()()されて偽物の薬を渡されても困るのだ。薬学の知識まで失われる可能性を考えると、記憶を奪うのも得策ではない。つまり珠世を鬼にするには、どうしても本人の同意がいる。

 昔の無惨ならばすでに殺すか無理矢理鬼にしていただろうが、百年の研究の日々は彼に多少の我慢強さと思慮深さを与えていた。

 

「ほう、それでいいのか?」

「いいも何も――」

「珠世。お前はこのままではあと一月もしないうちに死ぬだろう」

 

 珠世は言葉に詰まり、瞳を揺らがせる。それを見逃さなかった無惨が畳みかけるように言葉を続けた。

 

「人を喰いたくないと言うのなら、方法はある」

「ぇ……?」

「昔の話だが、お前と似たような事を言った鬼がいた。その鬼は肉を喰わず、血を吸って生きていた」

 

 そのせいか弱く、弱いがために鬼狩りに狩られたのだがそれは口にしない。それに珠世に求めるものは薬の開発であって戦闘力ではないので、弱くても構わないのだ。むしろ叛逆された時に制圧する手間を考えれば、弱い方がいい。

 だが無惨はそんな事はおくびにも出さず話を続ける。

 

「可能性なら他にもある」

 

 珠世は無言だったが、その目に隠しきれない興味の色が滲んでいるのを無惨は察していた。

 

「私は日光克服のために鼠を鬼にして実験しているが、その中で何も食べずに五年ほど生きたものがいた」

「五年……」

「鬼は眠らないが、その鼠の鬼は眠る事で何も食べなくても生きていけるようになっていたようだった。鼠で出来た事が人間で出来ぬという事もあるまい」

 

 もちろん珠世に出来るとは限らないが、余計な事は言わない。

 

「人間を喰わずとも生きていける、そういう薬を作っても構わぬ。無論、日光克服薬を優先してもらうがな」

 

 さて、と無惨はそこで一旦話を区切り、珠世の顔を正面から見つめる。縦に裂けた薄紅の瞳に魅入られ、珠世の呼吸が我知らず浅くなる。

 

「私にはお前に固執する理由はない。駄目なら他を探す。これが最後だ」

 

 再び手を差し伸べ、アダムとイヴを唆した蛇のように無惨は言った。三度目の正直。

 

「鬼になれ、珠世。今死ねば全ては終わりだ。そこの子供を残して逝きたくはないのだろう?」

「わ、たしは…………」

 

 震える珠世の手が差し伸ばされ、そして――――――――

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

「ガアアアアァァァッ!!!!」

「チッ、やはりこうなるのか」

 

 暴れる珠世を小脇に抱え、無惨は家の外へと飛び出す。背後から火の点いたように泣き出す幼子の声が聞こえるが、そんな事は意識にも入れない。

 

 鬼になった者は須く、理性を失くし近くの()()に襲い掛かる。変質した身体が栄養を欲し、鬼の本能が効率よく栄養になる()を嗅ぎ分けるのだ。

 

 珠世もまたその例外ではなく、近くにあった“肉”にかじりつこうとしたのだが、それは無惨によって止められた。子供や夫を殺すところを見逃したとなれば、正気に戻った珠世に()()()されかねなかったからだ。

 

 面倒の極みだったが、全ては日光克服のため。それでも腹が立つ事は止められず、無惨は夜の町を飛び跳ねながら苛立ちを(ほとばし)らせた。

 

「この私にここまで手間をかけさせたのだ! 私の役に立ってもらうぞ、必ずな!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 セ、セーフ! 圧倒的セーフ! 一時はどうなるかと思いましたが持ち直しました! 二死満塁サヨナラ逆転ホームラン! 今度こそミッションコンプリートです!

 

 いやー、マジで心臓に悪いです……でもよく考えたら、こうなる可能性はあったんですよね……。珠世は善人で良識があるので、人喰いに拒絶反応を示すのも当然です。いや悪人でも人喰いは嫌でしょうけど。

 海外だと葬式で故人を食べて弔うなんて風習がある場所も存在したらしいですが、ここ日本ですからそんなんないですし。

 

 でも無惨様が人喰いについて口を滑らすとか思わないじゃないですか……。むしろあそこから当初の目標を達成するとこまで持ってったんだから、頑張ったと言えますよ!

 ガバじゃないかって? (結果的に)上手くいったので(ガバでは)ないです(強弁)。

 

 とにかく、心臓に悪いので今日はここまで! お付き合い頂きありがとうございました!

 

 

 …………まさか次もこんな事になったりしないですよね?

 




今日の主な獲得トロフィー

「研究者の卵」
 何らかの研究を始めた者に贈られる。

「口八丁」
 困難な交渉を成功させた者に贈られる。
 


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3話 「薬師」 鎌倉~室町(西暦1200~1500年頃)

 はいどうも皆さんこんにちはー。では今日もRTA、始めて行きたいと思います。

 

 前回、珠世を鬼に出来たので、さっそく薬の開発を進めましょう。といっても珠世の家族、特に夫が生きてると本格的に取り掛かれないので、夫が死ぬまで早送りします。

 

>「もういいのか」

>「夫は亡くなり、子供もすでに仕事を受け継いでいます。もう思い残す事はありません」

>「ここまで待ってやったのだ。必ず私の役に立ってもらうぞ」

>「はい。必ずや、日光克服薬を」

 

 特に何事もなく夫は寿命で死にました。この時代だと50~60ってとこですかね? 平均寿命はもっと短いんですが、それは乳幼児が死にまくるせいなので、いったん大人になればそれなりには生きてたようです。

 

 寿命の話はさておいて、珠世のしがらみがなくなったのでこれで本格的に薬開発に移れます。今までは夫の手伝いとか子供の世話とかがあって研究に集中、って訳にはいきませんでしたからね。鬼は寝なくていいので毎日徹夜でやってたようですが。

 

 ちなみにあの後珠世は理性を取り戻して家に戻ってます。日光に当たれないのは病気の後遺症として、年を取らないのは段々顔を変えて擬態してごまかしてました。

 原作でも無惨様が子供になってたり、累の配下が顔を変えてたりしてたので、鬼はその気になればそういう事も出来るという解釈のようですねこのゲームでは。

 

>「ほう……血だけ、それも少量で生きていけるとは、興味深いな」

 

 お、珠世は原作通り少量の血で生きてけるように身体をいじったみたいですね。今ルートの無惨様は研究者としての側面が強いので、変わった鬼に興味を示してます。

 

>「無惨様も試してみますか? 食事が面倒だと仰っていましたし……」

>「……いや、やめておこう。それで弱くなってしまえば意味がない」

>「……そうですか」

 

 珠世は“食事”にいい顔はしませんね。無惨様に感謝はしてますが、それはそれとして人喰いは良く思ってませんからね。その辺複雑です。

 

 この会話はフラグになりますが、今すぐどうこうという事はありません。なのでまたまた早送りです。その間に今ルートの鬼殺隊の話でもしておきましょう。

 

 鬼による被害は無惨様によるもの以外なくなってますが、鬼殺隊はまだ存在してます。と言っても鬼と戦った事がある隊士はいません。それどころか、鬼の存在を信じてない隊士もいます。

 

 じゃあなんで残ってるのかと言いますと、前にちょっと触れましたが、産屋敷が無惨様を殺そうとしてるからです。理由は原作で出てた通り、無惨様が生きてる限り産屋敷の短命の呪いが解けない(と思ってる)からです。

 この時点では『産屋敷が代々短命である事』と『無惨様が産屋敷の血縁である事』に因果関係がある証明は全く存在しませんし、現代人が聞いたら呪いとか何言ってんだってなりますが、オカルトがガチで信じられてる時代ですし、鬼が存在する世界でもあるのでまあ仕方ないです。

 

 しかし戦う相手もいないのに戦力を保持し続ける事は困難です。モチベーションの問題もありますが、何より武力ってのは生産性ゼロのくせに金食い虫ですからね。武器に食事に給料にと、金がいくらあっても足りません。原作で出た「藤の花の家紋の家」みたいな支援者もいないので、いくら有能でも産屋敷単独ではカツカツです。

 

 なので産屋敷は、鬼殺隊の戦闘能力を売ってます。要するに傭兵です。当然戦う相手も鬼じゃなくて人間です。どこをどう見ても全く“鬼殺”隊じゃあないんですが、これは目的を忘れないようにするためだそうです。

 

 そして対人戦しかやってないので、主武装は弓や槍です。刀はサブウェポンですね、リーチが短いんで。

 刀は日輪刀なんですが、人間相手だと普通の刀と変わらないので、ステータスという意味合いが強いです。強い剣士が握ると色が変わる、これは実に神秘的で、自らの強さを誇示するにも良い方法ですからね。日輪刀が欲しくて鬼殺隊に入る人もいるようです。

 まだ呼吸法はないんですが、このゲームでは呼吸なしでも強い人が握れば色が変わるという設定になってます。

 

>トロフィー一廉(ひとかど)の研究者」を獲得しました。

 

 ん? このトロフィーが出たって事は、何かの薬が開発できたって事です。ログによると――「鬼を人間に戻す薬」ですね。これは幸先良いですよ!

 

 青い彼岸花なしで日光克服薬を作る場合、人間化薬はその第一歩になります。珠世は鬼を部分的に人間に戻す事によって人間の持つ日光耐性を鬼につけようとしてますので、あとはこの薬を上手い事弱めていくだけです。ここから先がまた長いんですが。

 

 原作だとしのぶの協力・上弦の血・禰豆子の血があってようやく出来た人間化薬ですが、こっちだと鬼の始祖本人が協力してるので完成しました。まあそれでも珠世の夫が死んでから二百年くらい経ってるんですけどね。西暦も1450年頃で、とっくに鎌倉は終わって室町です。

 

>「そうだ無惨様、人間化薬の他にも出来たものがあります」

>「なんだ?」

>「はい、『人間と同じ物を食べられるようになる薬』です」

>「なんだと? いつの間にそんなものを……」

>「空いた時間に少しずつ。日光克服薬より簡単だったのは幸運でした。ところで無惨様は“食事”が面倒だと、以前に仰っていましたよね?」

>「それは、確かに言ったが……」

>「今はまだ鼠で実験している段階ですが副作用や他の鼠に比べての弱体化もなさそうなので終わり次第私で試してみたいと思いますもしそれで問題がなければ無惨様もいかがでしょうかお食事なら私が作りますから面倒が減りますよ?」

>「わかったわかった、考えておく。全く、お前も大概しつこい女だな、珠世」

>口調とは裏腹に、無惨の口元には苦笑が浮かんでいた。

 

 珠世すっげえ早口で言ってそう……。っと、この薬について説明します。といっても読んで字のごとくの薬で、栄養源が人間+普通の食べ物になる、ってだけです。人間を食べられなくなるという訳じゃないです。

 

 無惨と珠世の関係が良好で、珠世が薬の開発を行っている場合、高確率でこの薬を作ります。人間化薬を作った後ならほぼ100%で作ります。人間化薬の効能を弱めたバリエーションの一つなんで。

 『簡単』とは言ってますが、難易度的には結構なもんです。あくまで鬼の始祖の協力があり、二百年もかけたから出来た薬、って事ですね。

 

 RTA的にはあってもなくてもいい薬です。それよりも人間化薬の方が重要ですね。これで――

 

>「くそ、これ以上の研究は、現状では難しいか……」

>「残念ながら……。人手も道具の精度も足りません」

>「また鬼を作るべきか……? いや、だが……」

>「道具については考えがあります。しかしこれには、無惨様のお力が必要になるのですが……」

>「言ってみろ」

 

 こーれーはー……イベントですかね?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 刻一刻と薄れていく茜色に照らされる土蔵に、それらを囲う漆喰の塀。分かりやすく『大きな商家』と全力で主張している建物の前に、無惨と珠世は訪れていた。

 

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 使用人の女性が二人を中へと案内する。ただし表門ではなく裏口から。廊下を歩く二人を見た他の使用人の視線からも、どのような感情を抱かれているかよく分かる。

 

(抑えて下さい無惨様。すぐ終わりますから)

(分かっている!)

 

 多少は改善されているとは言え、生来短気な無惨の額にはすでに青筋が浮いている。珠世が宥めながら通された先には、畳の上に横になっている女がいた。女は二十歳にも届かない程度に見えたが、誰が見ても分かるほどに死相が浮き出ていた。

 

「本当に娘は治るのか!?」

 

 その女の横に控えていた男が、噛みつかんばかりの勢いで珠世に掴みかかった。女と顔つきが似ており、血の繋がりを感じさせる顔だった。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

「ほ、本当か!? 本当だな!?」

 

 必死さを感じさせる男とは対照的に、後ろに控える使用人の顔には『このような胡乱な者どもに本当に任せるのか』と書いてあったが、幸運な事に誰の目にも入る事はなかった。

 

「お願いしておいたものは準備してくださいましたか?」

「あ、ああ。おい」

 

 男が使用人に声をかけると、大量の食糧が運び込まれて来た。魚や肉が中心で、野菜や穀物は少なかったが、それがどうでもよくなるほどに大量だった。

 

「これでいいのか?」

「十分です。では早速始めましょう。お願いします」

「……ああ」

 

 珠世に声をかけられた無惨が女の頭上で拳を握り締め、ぽとりと滴った血が女の口に入る。

 変化は劇的だった。

 

「ガッ、ガアアァァッ!!」

「お、おい!?」

 

 今の今まで死にかけていたとは思えないほど元気に暴れだす女。珠世はそれを必死で押さえつけ、無惨が女の口にあらかじめ用意していた丸薬を放り込む。それを確認した珠世が叫んだ。

 

「食事を! 急いで!」

「は、はい!」

 

 よく通る声から滲む危機感に押され、使用人たちが反射的に動き出す。用意されていた食料を女に近づけると、彼女は猛烈な勢いでそれを貪り始めた。

 

(『人間と同じ物を食べられるようになる薬』は上手く作用しているようですね)

(だが、思っていたより食べる量が多いな……やはり鬼にとっては人間こそが最も栄養になる、という事か?)

(かもしれませんが……“代用”が利くと分かっただけでも成果です。これで鼠の共食いも減るでしょう)

(確かにな)

 

 そうこうしているうちに、女は用意されていた食料の過半を食い尽くしていた。彼女の手が止まったのを見計らい、珠世が最後の薬をその口に放り込んだ。

 

「グッ、アアガァッ!!」

「お、おいこれはどうなっている!? 娘は大丈夫なのか!?」

「薬の副作用です。しばらく待てば――」

 

 女は苦しみのたうち回るが、ほどなくして顔を上げた。先程まで縦に裂けていた瞳は元に戻り、伸びていた犬歯は縮んでいた。茫洋としていた顔に意思が戻り、その眼が父親を捉えた。

 

「お父、様……?」

「か、身体は大丈夫なのか!?」

「え、ええ……とても体が軽いです。これは一体……?」

「お、おお……!!」

 

 そこから先は言葉にならない。父は娘に抱き着き、娘はしばらく困惑していたが、やがて父の背中に手を回す。そんな父娘を、正確には娘の方を、鬼二人は研究者の目で見つめていた。

 

(やはり成り立てだと効きが早いな)

(鬼になっていた間の事を覚えていないようですが……)

(記憶を消した。物は試しだったが上手くいったようだ)

(記憶を?)

「ありがとうございます!!」

 

 小声で話す二人に、男が頭を床につけんばかりの勢いで頭を下げる。使用人たちの見る目も明らかに変わっていたが、それを気にも留めず珠世がにこやかに返す。

 

「いえ、医者として当然の事をしたまでです。ところで――」

「おお、これは失礼いたした! おい」

 

 男が顎をしゃくると、使用人が袋を持ってきた。砂金が入っている為に大きさの割にずっしりと重いそれを珠世が受け取り、『確かに』と品よく頷く。彼女はそのまま、男に向かって頭を下げた。

 

「では、私達はこれでお暇いたします」

「そんな! これから寛解を祝って宴を――――」

「いえ、部外者がいてはお邪魔になるでしょう。何かあったらまたお呼びください」

 

 それだけを言い残すと、珠世は無惨と共にそそくさと退出する。男はあっけに取られていたが、娘に声をかけられると、すぐに声を張り上げ使用人に指示を出し始めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 重病人を鬼にして病気を治し、人間に戻して健康体にするという荒業治療で金稼ぎする事にしたようですね。んでその金で、鍛冶師やらに頼んで珠世の考えた実験道具を作ってもらうと。

 無惨様的には『金など奪えばいい』って考えなんですが、道具の特注、それも複数となると食事のついでの強盗程度じゃ足りないですからね。金稼ぎの手段があるのはいい事です。

 

 しかし珠世が部下になった事で、一気に善人プレイっぽくなってきましたね……いや日光克服薬に近くなりますし、別に悪人プレイをしたい訳じゃないんでいいんですけど。

 

>「金を稼ぐというのは悪くはない。だがやはり私の時間が削られるのは望ましくない」

>「ですが無惨様、鬼にするのは私では……」

>「分かっている。だから珠世、お前に私の血を分けてやる。今よりも血が濃くなれば、お前だけでも人間を鬼に変えられるようになるだろう」

 

 あっやっぱ面倒だったみたいですね無惨様。金稼ぎそのものは肯定しても、自分がいちいち出張るのは嫌だったようです。珠世にやらせる気です。まあ人当たりが良くて元医者の珠世の方が向いてるのは間違いないんで、名采配とも言えますが。

 

 さて、そろそろいい時間ですので、今日はここらで終わりにしたいと思います。

 

 いやー、毎回予想外のイベントが起きてましたけど、そんな事がね、いつもいつも起こる訳がないんですよ。三度目の正直ってやつです。私をガバの化身とかメガトンコインとか穴しかないチャートとか言った人はマリアナ海溝より深く反省して下さい。

 

 それでは皆さん、また次――――

 

>「まさか鬼……貴様が鬼舞辻無惨か!?」

>「何? 私を知っているのか?」

>「お館様を疑っていた訳ではないが、本当に存在したとはな……!

> ならば――――これぞ鬼殺隊の本懐! お館様のためにも、その頸頂戴する!」

 

 ファッ!!!!????

 




今日の主な獲得トロフィー

一廉(ひとかど)の研究者」
 一定以上の成果を出した研究者に贈られる。

「一流の研究者」
 自身の成果で利益を出した研究者に贈られる。

「医術の心得」
 怪我人や病人等を一人以上救った者に贈られる。鬼にする事は含まない。

「ブラックジャックへの(きざはし)
 その時代の医療技術では助からないであろう怪我人や病人等を、一人以上救った者に贈られる。鬼にする事は含まない。
 


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4話 「鬼殺隊」 室町(西暦1500~1550年頃)

 ランキング三位とかマジビビりました。
 これも皆様のおかげです、ありがとうございます!


 鬼舞辻無惨がその男()食事にしようとしたのは、特に深い理由があった訳ではない。強いて言うなら、夜にもかかわらず何か急ぎの用事でもあったのか馬を飛ばしていたから目立ったのと、それが自身の方へと近づいて来ていたからだ。

 

 十分近づいた――といっても30mはあったが――のを見計らい、無惨は腕を打ち振るう。馬の首が紅を撒きながらくるくると宙に飛んだが、驚いたことに男は馬からとっさに飛び降り着地してみせた。

 

「馬ごと首を落としたと思ったが……鈍ったか?」

「何奴!」

 

 男は警戒心を剥き出しにして腰の刀を抜き放つが、無惨はそんな事を意識にも入れず怪訝そうに眉根を寄せる。まあいい、とそのままぞんざいに右腕を振るうが、男はすんでのところでその鞭のような斬撃を躱した。

 

「この攻撃は……貴様、人間ではないな!? まさか鬼……貴様が鬼舞辻無惨か!?」

「何? 私を知っているのか?」

「お館様を疑っていた訳ではないが、本当に存在したとはな……!

 ならば――――これぞ鬼殺隊の本懐! お館様のためにも、その頸頂戴する!」

 

 この時、男にはいくつかの幸運があった。

 

 一つ。つい最近鬼殺隊に広まった『呼吸』という技術を、高レベルで修めていた事。以前から剣術は修めていたとは言え、短期間で呼吸法を修得出来たのは彼自身の才覚に他ならない。

 男が鬼や鬼舞辻無惨について詳しく知る事が出来るほどの地位にいたため、優先的に呼吸法の指導が受けられたという事も、決して無関係ではないだろう。

 

 一つ。無惨が油断しており、尚且つ戦闘が久しぶりだった事。肉体的な衰えは鬼には存在しないが、やはり長期間使わなければ錆び付く。スペックがあっても、それを使いこなせるかは別の話なのだ。でなければ最初の一撃で絶命させていただろう。

 

 一つ。馬に乗る都合上、弓や槍ではなく、刀を、それも日輪刀を所持していた事。鬼殺隊と言っても、鬼を殺せる「猩々緋砂鉄」と「猩々緋鉱石」で作られた武器は日輪刀のみなのだ。この二種は普通の鉄よりは貴重で、色変わりを起こすのが刀のみだったのがその理由である。

 

「また鬼狩りか……いい加減鬱陶しいぞ!!」

 

 そして男には、一つの不運があった。

 即ち、怒れる鬼の始祖の前では、その程度の幸運など風の前の塵にも等しいという事だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 はいどーも皆さんこんにちはー……。見事にランダムバッドイベントにぶち当たった屑運です……。仕方ないじゃないですか、あそこであんなん起こるなんて誰も思いませんて……。

 せめて鬼殺隊の名前さえ出なかったら、あんな一瞬でストレスゲージが振り切れるなんてなかったはずなのに……。

 

>「珠世! ここを移動する、荷物をまとめろ!」

>「えっ、ええ!? どういうことですか無惨様!?」

>「鬼狩りが出た! 私は奴らを殺し尽くす! 多少時間がかかっても構わん、お前は新たな隠れ家を見つけて荷物ごと移動しておけ! 後で連絡する!」

 

 ヤバイです、鬼おこです。鬼おこ無惨様です。こうなるとしばらくこっちの操作を受け付けなくなります。鬼殺隊で血の池地獄を作るまで止まんないです。しかし原作だと鬼殺隊壊滅は部下に任せきりでしたから、自分で動く分だけ成長してるとも……。

 

 いやそんなんどうでもいいんですよ! 鬼殺隊はどうせ産屋敷を探せないせいで潰しきれないから放置する予定でしたが、こうなっては仕方ないです! オリチャー発動! 鬼殺隊を削ります! そうと決まったら早送りィ!

 

 一応利点はない訳でもありません。鬼殺隊の数を減らせば有利になるのは間違いないです。万一にでも産屋敷の居場所を掴めれば、トロフィー取得条件の半分を満たせますし。

 

 また、上手い事こちらの戦力を増やせる可能性もあります。鬼を作りたがらない無惨様ですが、事ここに至ってはんな事言ってらんないでしょう。鬼殺隊壊滅を目指すなら、戦力はいくらあっても困りません。

 無惨様と鳴女だけで鬼殺隊を壊滅させた人の話は前にちょっとしましたが、あれはリアル人外級スキルが必須なので私には無理です。鬼殺隊が原作より弱体化する可能性は低くないですが、それでも可能性は可能性。戦力増強は義務です。

 

 なので……ガチャです! ガチャを回します!

 ガチャア! ガチャア! いっぱい回すのお! 溶ける! 溶けちゃうううぅぅ!!

 

 …………失礼しました、ガチャ人類悪の電波がどこからか……。

 気を取り直して、ガチャについて説明します。ガチャというのはですね、鬼ガチャです。もうちょっと詳しく言うと、人間を鬼にして有能な鬼だけ残し、そうでない者は記憶を消して人間に戻すというガチャです。人間化薬(ガチャチケ)はもうあるので遠慮なく回せます。

 

 ここの無惨様的には『有能じゃない鬼≒面倒を引き寄せる無能以下の有害』なんで処分対象ですが、珠世が説得して殺すんじゃなくて人間に戻して放流します。死んだら鬼殺隊が来て余計面倒になると納得すれば同意してくれます。

 説得できるのかって……? うん、まあ、そのね。

 

>トロフィー「慈悲なき殲滅者」を獲得しました。

 

 おおう……このトロフィーが出たって事は、最低でも十回以上戦闘をしてるって事です。んな事よりも日光克服薬を進めて欲しいんですが。

 

>「やはりここは手狭だな」

>珠世が見つけて来た新たな隠れ家を見回し無惨が言う。

>「申し訳ありません」

>「構わん。それについては私に考えがある」

 

 ようやく多少は落ち着いたようですね……鬼殺隊への攻撃はまだ止める気ないっぽいですけど。

 

 ところでこの会話ですが、無限城フラグです。といっても珠世以外の鬼は現状いないんで、鬼殺隊員を適当に鬼にして、記憶を奪って呪いでがんじがらめにして命令だけ聞く機械にして労働力にして地下に建築します。完成したら鬼は鬼殺隊に特攻させて処分します。

 珠世はいい顔しませんが、今は結構好感度高いおかげで離反はしないので問題ないです。

 

 ゲーム的には無限城はなくても何とかなりますが、あった方がいい事はいいです。逃げ隠れする必要がなくなるので薬の開発速度が安定し、万一の時のセーフハウスとしても機能します。鳴女がまだいないんで出入り口は必要ですが、上手い事偽装すれば誰かが入ってくる事もほぼありません。

 

>「しかし、呼吸か……。何かの役に立つか……?」

 

 おっと、落ち着いたら落ち着いたで、呼吸法について気になって来たようです。さすが研究者。

 しっかし縁壱の妻は別に鬼に襲われてないはずなのに、なんで鬼殺隊に呼吸が広まってるんでしょうねえ……。たまたまどっかで接触して教わったんでしょうか?

 

>「呼吸ですか……。話を聞く限りでは、何らかの方法で身体能力を上げているようですね。呼吸という事は心肺機能の強化なのでしょうが、詳しい仕組みまでは何とも」

>「研究の役に立つと思うか?」

>「分かりません。少なくとも、実物を見てみないと……」

>「それもそうか……」

 

 珠世はとっくに血鬼術を使えるようにはなってますが、戦闘能力はクソ低いので前線に出て呼吸法の観察とかは無理です。無惨様がついててもうっかり頸を落とされかねません。

 

>「今まで鬼にしてみた鬼狩りどもは、碌に呼吸を使えなかった。鬼狩りと言っても全員が呼吸を使える訳ではないようだ。やはり強き者でなければ参考にはならぬか」

>「そういった方が素直に鬼になるとは思いにくいですが……」

>「焦る事もなかろう。時間ならそれこそ無限にあるのだからな」

 

 うーん、研究の影響か気が長くなってるのはいいんですが、慢心ぶっこいてんのはよろしくないですねー。まあどこぞの英雄王よろしく、慢心してても勝てるんで普通なら問題にはならないです。ただですね、この時代は普通じゃないのがいるんですよ。皆さんご存じ、公式チートの縁壱が。

 

 縁壱はカチ合ったら勝てません。絶対勝てません。このゲーム、人力TASかってレベルのガチ人外プレイヤーがそこそこいるんですが、彼らでも勝てませんでした。原形留めて逃げるのでギリギリです。

 ちょっと運営、バランス調整ミスってんよー。

 

>「ならば、鬼になればいいではないか」

 

 ん? お? こ、これは兄上!? 間違いないです、お労しい兄上こと継国巌勝、後の上弦の壱、黒死牟です! なんで鬼殺隊にいるんだか分かりませんが、鬼ガチャSSRが来ましたよ!

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 それが()()()()の戦場だったのか、継国巌勝は覚えていない。ただ、普段よりも大きな戦だったせいで戦力が足りず、そのために上の者が傭兵を雇うという判断を下した、という事は覚えている。

 

 その傭兵たちは、鬼殺隊と名乗った。鬼ではなく人を殺すのに鬼殺を称し、背に『滅』の字を背負う、奇妙な傭兵たちだった。

 

 彼らは鬼のように強かった。一騎当千とはまさに彼らのためにある言葉ではないかと思わせた。弓を放てば必ず当たり、槍をしごけば必ず斃した。その中でも一際、目を引く男がいた。

 

 戦場だと言うのに具足()もつけず弓も槍も持たず、ただ一振りの刀だけを持っていた。だというのに石や矢はまるで男を避けたかのように当たらず、突き出された槍の穂先は豆腐が如く切り払われ、前に立つ者は悉く地に伏せた。

 

 驚くべき事に恐るべき事に、男に倒された者は一人として死んでいなかった。この場にいるのは多少なりとも腕に覚えのある者のみであったが、それでもどれほどの技量差があればそのような事が出来るのか想像もつかなかった。

 

 男が刀を振るうと炎が舞った。朝焼けのように燃え立つ焔がその刀身に幻視された。無人の野を征くが如きその男に味方は皆、いやひょっとしたら敵さえもが惹き付けられた。

 誰もが決して目を逸らせぬ、日輪のような男だった。

 

 ふと男が横を見た。その額には炎のような痣があった。その顔は巌勝が鏡の中に見るものだった。日輪は、巌勝の弟だった。

 

 巌勝の胸中に色鮮やかに蘇る、かつて抱いた焼けつく妬心。憧憬、憎悪、驚愕。そして言葉に出来ない何がしかの情感。それら全てがない交ぜになった混沌の先でただ一つ残ったものは、“欲しい”という感情だった。

 

 欲しい。欲しい。欲しい。継国巌勝は、継国縁壱の強さが欲しかった。本来は命を奪う業であるはずなのに、見る者を魅了してやまない、あの太陽のような剣技が欲しかった。

 

 戦の後、巌勝が十数年ぶりに言葉を交わした弟は、僅かなやり取りでも伝わってくるほどの人格者となっていた。ふと気になり、あれほど剣を嫌がっていたのに何故傭兵をと尋ねてみれば、妻と子のため出稼ぎにと返って来た。以前に偶然鬼殺隊の者と出会い、勧誘されたとの事だった。

 

 そして、剣を教えてほしいという巌勝の申し出は、とても丁寧な口調で断られた。縁壱としては教えても構わないような素振りだったが、周囲にいた鬼殺隊の者に窘められたのだ。いくら縁壱の兄と言えど、鬼殺隊でもない者に教える訳にはいかないと。

 

 その言葉に納得し、その場では引き下がった巌勝は、しかしどうしても諦め切れなかった。瞼の裏に焼き付いた太陽が、忘れる事を許さなかった。

 ゆえに彼は全てを捨てた。武家の主としての立場、政略結婚ながら夫婦仲の良かった妻、その妻との間に出来た子、付き従う家臣に使用人。我と我が身を形作って来た全てを捨てて、見果てぬ太陽に手を伸ばした。

 

 彼には剣の才能があった。あっという間に呼吸を覚え、弟と瓜二つの痣も発現したが、弟と同じ呼吸は使えなかった。使えたのは単なる派生。彼が悔しさに懊悩し、鍛錬を重ねれば追いつけるのかと思い詰めていると、痣を発現させた者がばたばたと死に始めた。

 痣を出せば人間離れした力を振るえる。だがそれは寿命の前借り、二十五に届く前に必ず死ぬ。

 

 さらに悪い事は重なった。鬼殺隊員が、何者かに殺され始めたのだ。下手人は分からず、死体だけが積み重なってゆく。その中には“柱”と呼ばれる鬼殺隊最高峰の強者すらも入っていた。

 

 古文書に記された鬼、鬼舞辻無惨の仕業であるという噂も流れたが、さすがに信じる者は少なかった。だが、鬼殺隊員の殺害が、自分には未来がないという巌勝の思いに拍車をかけたのは確かだった。

 

 

「ならば、鬼になれば良いではないか」

 

 

 男に出会ったのは、そんな折だった。暴虐的なまでの生命力に溢れているにもかかわらず、まるで実験動物を観察するかのような冷徹な瞳で巌勝を見る、炎と氷を内包したが如き男だった。

 

「鬼……だと……?」

「なんだ、鬼狩りのくせに知らぬのか? 私は鬼舞辻無惨。鬼だ」

 

 三日月の下、鬼舞辻無惨と名乗った男は、自らの腕を刀のように変形させ、さらに元に戻してみせた。どう見ても人間では有り得ぬ所業に、巌勝の目が大きく見開かれた。

 

「鬼となれば無限の刻も、人を超越した肉体も手に入る」

「刻…………」

「陽の下は歩けず、人を喰う必要はある。だが前者はいずれ必ず解決するし、後者はすでに解決済みだ。ゆえに喰っても喰わずとも良いが……人を喰わぬ鬼がどこまで強くなれるのか、血鬼術が使えるようになるのか、私としても興味はある」

 

 無惨に“人を喰った事のない鬼”を長期観察した経験はない。珠世でさえも人の血を吸っていたし、鼠はやはり人間とは異なる。研究者としての立場が言わせた言葉だったが、古文書の記録と異なるそれは、巌勝の心を酷く揺らした。

 

「お前は技を極めたい。私は呼吸が使える強き者を鬼にしてみたい。どうだ? 利害は一致していると思うがな」

 

 無惨に跪く事に躊躇は無かった。

 そうして継国巌勝は、黒死牟になったのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 濃い話でした……さすが後の上弦の壱。まあこのルートだと十二鬼月が出来るか分かんないですけど。

 

 それはともかく戦力が増えたので、これで鬼狩り狩りが捗ります。いやこっちとしては日光克服薬を優先してほしいんですが、無惨様がまだおこ状態なんで鬼殺隊への攻撃は止められません。これだから無惨ルートは……。

 

>「あの、つかぬ事をお伺いしますが……」

>「なんでしょうか……?」

>「どうして、眼が六つあるのでしょう……?」

>三日後。鬼となった巌勝を見て、珠世が半ば呆然としながら尋ねた。

>彼女がこれまで目にした鬼は、無惨と自身、実験用の鼠、そして病人を治す時に一時的に鬼にした者のみ。

>彼らは皆、瞳と犬歯以外には元の身体と殆ど差異がなかったため、巌勝のようなあからさまな異形は彼女にとって初めて見るものだったのだ。

 

>「そういえば珠世は知らぬか。鬼にするとたまに()()なる事がある。腕や耳が増えた鬼もいたな……」

>「腕や耳……あの、それは大丈夫なので……?」

>「不都合があるとは聞いた事が無いな」

>「どの目も……よく見えております……」

>それでも珠世は、不安と困惑を貼り付けた顔で男二人に視線を左右させる。

>その顔を見た無惨が話し始めた。

 

>「私の経験上、鬼の姿や血鬼術には、その者の望みや思想、適性が色濃く反映される」

>おそらく最も多く鬼を見て来ただろう男の話に、二人は自ずと引き付けられる。

>「剣を持つ手を増やせばより強くなると思った者は腕が増え、鬼には角があると考えていた者には角が生え、病に打ち勝つ身体が欲しいと願った者は姿はそのままに頑健になった。珠世」

>「は、はい」

>「お前が血鬼術を発現させた時、何を考えていた?」

>「それは……人間ではないのではと勘付かれて、“鬼であると知られたくない”と……」

>「だからお前には、認識を誤魔化せる血鬼術が発現したのだろう。それが“惑血”という形になったのはお前の素質ゆえだ。他の者なら他の形になっただろうよ」

>「なるほど……」

>感嘆に彩られた珠世の瞳が、六つ目へと向く。

>「とするとこれは……“よく見たい”と願った、という事でしょうか?」

>「おそらくは……そうでしょう……」

 

>一眼二足三胆四力。剣の道において、相手の動きを見極める眼こそが最も重要だと言う。

>継国巌勝は、弟の剣をもっとよく見たいと(こいねが)ったのだ。

>それこそ、眼を増やしてでも。

>「結局のところ、問題はない、という事でよろしいのですね?」

>「ああ」

>「少なくとも……今のところは……」

>「ならいいでしょう。これから、よろしくお願いします」

 

 早送り中にログを見てみましたが、中々興味深い話ですねえ……。てか無惨様、んな細かいとこまで見てたんですね。めっちゃ意外ですが、まあ合計三百年以上も研究者やってれば、これくらいは言えるようになるって事でしょうか。昔作った鬼の事を覚えてるとは思いませんでしたが、四本腕の鬼とか忘れる方が難しそうですしね。

 

 さて、ではそろそろ今日は終わりにしようかと思います。鬼殺隊攻撃ルートに入ってタイムロスしたのは痛恨でしたが、兄上を鬼に出来たんで将来的なトータルではプラスになるはずです。まさに禍福は糾える縄の如しですね。

 

>「……鬼? 鬼舞辻、無惨……?」

 

 ん? んん゛? ……継国縁壱!? ななななななんで!? 会わないよう気を付けてたのに!? ま、まさかさっき禍福は糾える縄の如しとか言ったから!? んなフラグ回収は誰も望んでないんですよ!!!!

 

>トロフィー「蛇に睨まれた蛙」を獲得しました。

 

 うるせー! システムメッセージまで私を追い詰めるんじゃねーですよ!! ど、どどどどどうしましょう!? RTAどころかちょっとミスったらここでゲームオーバーですよ!?

 

 と、とりあえず一時停止です! 次回の事は次回の私がきっと上手くやってくれます! 明日は明日の風が吹く! という事で今日はこれまで! ありがとうございました!!

 




今日の主な獲得トロフィー

「慈悲なき殲滅者」
 戦闘において敵を一人も逃がさず、かつそれを十回以上行った者に贈られる。

「鬼狩り殺し」
 鬼殺隊員を五十人以上殺害した者に贈られる。

「蛇に睨まれた蛙」
 その時点では決して勝てない敵に邂逅した者に贈られる。
 


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5話 「継国縁壱」 室町~安土桃山・江戸(西暦1550~1600年頃)

 その日鬼舞辻無惨は、珠世と共に夕暮れの林道を歩いていた。珠世の医者稼業において、彼女の血の濃度では鬼に出来ない体質の患者に当たったため、足労を願われたのだ。それを受け、たまにはいいだろうと腰を上げたのである。

 

 そして無惨は男に出会った。その男は刀こそ差していたが敵意も殺意も無く、無惨の目には弱そうに映った。あえて目を惹く点を挙げるとするなら、額に炎のような痣がある事だった。そう、まるで黒死牟のような。

 

「……鬼? 鬼舞辻、無惨……?」

 

 男は酷く驚いたような顔をして、無惨の名前を言い当てた。無惨は一瞬だけ驚愕を見せたが、すぐに警戒心を露にした。

 

「なんだお前は。鬼狩りか?」

「継国縁壱。鬼殺隊だ」

 

 縁壱がここにいるのは偶然ではない。最近の隊士殺害事件を受けて、怪しそうな場所を見回っていたのだ。

 そして彼は鬼舞辻無惨の名や鬼の事を噂で聞いており、“透き通る世界”によって生物の体内を透かして見る事が出来る。一方無惨は、人間では有り得ぬ七つの心臓と五つの脳を持つ。ならば、鬼舞辻無惨と継国縁壱の二人が出会う事は、もはや必然を超えて運命だと言えた。

 

 いつか起こる事は必ず起こる。そのいつかとは、まさに今だった。

 

「ここ最近、鬼殺隊の隊士が殺される事件が相次いでいる。その犯人はお前で相違ないか」

「だったらどうした」

「そうか。ならば、見逃す訳にはいかないな」

 

 縁壱が()()と目を細め刀に手をかける。漆を塗ったように黒い刀が瞬く間に赫くなり、それと同時に無惨が腕を振るった。油断や慢心はあったかもしれないが、警戒している今、間違いなく本気の一撃だった。

 

 縁壱は生まれてはじめて背筋を()()()とさせながら、その薙ぎ払うような斬撃を躱した。背後で木が何本も切り倒されるのが分かった。その木が重力に引かれ斜めに傾ぐ前に、縁壱は全力で踏み込んだ。

 

「な…………!」

 

 一瞬だった。縁壱は目にも留まらぬという言葉そのものの速さで無惨の懐に飛び込むと、雲耀すら霞む速度で剣を振るった。無惨は何かに引っ張られたかのように反射的に飛びのいたが、それでもなお縁壱の日輪の如き剣閃からは逃れられなかった。

 

「無惨様っ!」

 

 バラバラの肉片になって崩れ落ちる無惨に珠世が駆け寄り、その首を抱え支える。縁壱は追撃する事なく、赫い刀を手に佇んでいた。つい今しがた刀を振るったとは思えぬほど静やかで、まるで年経た老木のような雰囲気だったが、それが逆に不気味極まりなかった。

 

「戦でもないのに、何故むやみに殺す? 何が楽しい? 何が面白い? お前は、命を何だと思っているのだ?」

 

 首だけとなった無惨に縁壱が問いかけるも、無惨は怒りに赤黒く染まった鬼そのものの形相をするばかりで、言葉は耳に届いてすらいなかった。縁壱は対話を諦め、とどめを刺すべく一歩踏み出したが、その瞬間地面に転がっていた無惨の身体が爆散した。

 

「!」

 

 無惨の肉体だったものは半分が肉片となって縁壱に向かい、半分が血霞となって視界を塞いだ。縁壱が反射的に肉片を斬り捨てる中、血を吐くような声が生首から発せられた。

 

「珠゛世!! 血゛た゛!!」

 

 その声にはっとなった珠世が、反射的に爪で自らの腕を切り裂き血を迸らせた。

 

 ――――血鬼術 惑血・視覚夢幻の香

 

 ここで無惨にとっての幸運があった。珠世に戦闘経験はないが、無惨から多くの血を分け与えられているため、血は濃いのだ。それは即ち、血鬼術の効能も強力になっているという事に他ならない。

 さらに幸運は重なった。縁壱には鬼との交戦経験が無く、鬼について噂以上のものを知らなかったため、鬼が血鬼術という条理を超えた力を持つ事を知らなかったのだ。

 

 だがいくら幸運を積み上げようが、縁壱の剣には些かの陰りも無い。幻炎を纏う赫刀が無惨の撒いた血霞を切り裂いた。いかな日輪刀が太陽の性質を持ち、鬼の血が太陽に弱いとは言え、余人には成し得ぬ絶技であった。

 

「む……?」

 

 それでも、この場での天秤は鬼の方に傾いた。縁壱は鬼の知識がない故に、血霞をあくまでも単なる目眩ましとしか思っていなかったのだ。それは正しかったがしかし、眩ませたのは縁壱の視界ではない。珠世の血鬼術の存在だ。

 

 その存在を気取られぬよう、無惨の血に珠世の血を紛れ込ませたのだ。正面から仕掛けていれば知識がなくとも縁壱は察知したかもしれなかったが、手負いの鬼の決死の策は、縁壱に確かに届いていた。

 

()()()()()()()()()()

 

 珠世の血鬼術が発動する。縁壱の視界に花のような奇怪な紋様が浮かび上がり、全てを覆い隠す。驚いた縁壱が動こうとした時、その足元が僅かにふらついた。

 

「これは……」

 

 珠世の血鬼術は人体に害がある。無惨の血と共に赫刀に斬られて多少効果が薄れたとは言え、全力で行使した血鬼術は、縁壱の身体にすら影響を及ぼしていた。

 

 それでも効果はほんの僅か。もし珠世が、いや万全の無惨であっても、攻撃していれば返り討ちに遭っていただろう。だが自らを知る珠世は隙と見るや、無惨の首を抱えたまま脇目も振らず森の中に逃げ込んでいた。

 

「無惨様! 無惨様、生きていますか!?」

「黒……ぅを…………呼……だ……。…………」

「無惨様!! …………くっ!」

 

 珠世は走る。戦いは門外漢で全く鍛えていないとは言え、その身は人間を超えた鬼。疲労が存在しない事も相まって、呼吸を修めた剣士にも勝るとも劣らない速度を出す事ができていた。珠世が背筋が粟立つような焦燥に焼かれながら走っていると、見知った気配が近づいてくるのを感じた。

 

「無惨様……!」

「黒死牟さん!?」

 

 刀を差した六つ目の鬼、黒死牟だ。無惨が呪いを通じて、たまたま近くにいたところを呼び寄せたのだ。首だけになった無惨を見るや、彼の眼全てが大きく見開かれた。

 

「これは……如何なる事か……お労しや……!」

「鬼狩りに、鬼狩りにやられました!」

「なんと……!? 無惨様をここまで……!?」

「継国縁壱と名乗り、黒死牟さんそっくりの痣がある男でした!」

 

 珠世は黒死牟が元鬼殺隊だという事だけは知っていたので、名を伝えれば何か分かるかと考えたにすぎない。だがその名を聞いた瞬間、黒死牟の気配が激変した。煮えたぎる激情が黒い瘴気となり、彼の身体から立ち昇るのが幻視された。

 

「あ、あの……?」

 

 その気配も、僅かな怯えを見せた珠世と首だけの無惨を再び視界に入れるとすぐに霧散した。黒死牟は自らを落ち着かせるように大きく息を吐くと、即座に指示を出した。

 

「すぐに西の隠れ家に向かいましょう……。もし追って来たならば……私が殿(しんがり)を務めまする……」

「わ、分かりました! お願いします!」

「任されよ……」

 

 そうして二人は主の首を抱え、深くなり始めた夜の中へと消えて行った。

 

 

 ――――古来より、夕暮れを“逢魔が時”、即ち“魔に逢う時”という。そして“魔”には、悪鬼や魑魅魍魎の他にも、化け物や恐るべきものという意味もある。

 

 鬼の始祖たる鬼舞辻無惨と、鬼よりも強い継国縁壱。であるならば、さて。“魔に逢った”のは果たして、どちらだったのであろうか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 はいどーもこんにちは……。もう屑運野郎と改名すべきか悩んでる走者です……。

 

 まさかの特大バッドイベントでした。このゲームは原作の修正力とかないはずなのにどうなってんの? つーか兄上はお労しやされる方じゃないんかい。

 

 ちなみに珠世が人前で無惨の名前を呼んでますが、“位置把握”と“読心”の呪いしかかかってないので死にません。四六時中一緒にいるので、他の呪いをかける意味があんまりないですからね。まあいつでも殺せる呪いは仕込んでますが。

 

 さて、いつまでもタイムロスに凹んではいられないんで、切り替えて行きましょう。とりあえず無惨様は縁壱が寿命で死ぬまで引きこもるので早送りです。動けないついでに薬の開発もします。身体を捨て駒にして首だけは残せたので、再生は割と早く済みそうです。

 これでも原作よりはマシなんですよね……マジ縁壱なんなん?

 

 縁壱邂逅はリセ案件かと思われるかもしれませんが、ここはあえてこのまま行きます。珠世が友好的で配下にいる、というのは大きいです。

 仮に再走しても、もう一度同じ事が出来るか分かんないですからね……。珠世と会えるかの運もありますが、それ以上に無惨様は訳の分からんところに癇癪スイッチがあるので、訳の分からん事で訳の分からん怒り方をしてピタゴラスイッチ的にオワタ、ってなる事が結構あるんです。

 頭無惨は伊達じゃないんですよ……伊達であって欲しかったですけど。

 

 ところで今回初めて戦闘パートが出ました。見ての通り、一人称視点のアクションゲームみたいな感じなので、プレイヤースキルが大きな意味を持ちます。

 まあ無惨ルートだとAI任せのオート戦闘でも余裕で勝てるんですけどね。なので今まではスキップしてました。無惨様主人公での数少ない良いとこです。

 

 でも肝心の縁壱戦ではAIは何の役にも立たないというね。高難易度だとAIに任せるとほぼ100%でデッドエンドなので任せちゃ駄目です。原作知ってる初心者がオート戦闘でも行けるだろと舐めてかかって死んで呆然とするのはもはや様式美。何割のプレイヤーが引っ掛かったんでしょうねこのデストラップ。

 

>「無惨様、具合はいかがでしょう」

>「大分マシにはなった。が、完治にはまだ遠い」

>何とか人の形を取り戻した無惨だったが、その内実は酷いものだった。

>今の無惨は重病人と大差ない。鬼殺隊の柱どころか、少し強い程度の平隊士にすら負けかねない。

>首から下は完全に新しく再生させたため傷そのものはないが、首を両断した赫刀の傷が回復を著しく阻害している。

>ゆえに新しい身体は以前と比べ、見る影もなく衰えてしまっていた。

>これを元に戻すまでは、長い時間がかかるだろう。

 

>「とにかく食事だ。食わねば治らぬ」

>「そう仰ると思いまして、すでに用意しています」

>「気が利くな。やはりお前は有能だ、珠世」

>「ありがとうございます」

>無惨は丁寧に頭を下げる珠世を流し見ると、焼き魚に手を付けた。

 

 この流れで焼き魚が出ると一気に所帯じみて来ますね……。まあ要するに『人間と同じ物を食べられるようになる薬』を使ったって事なんですけど。

 

 現状、人間以外で栄養を摂れるのは悪い事ではないですし、そもそも下手に人間を殺すと鬼殺隊(縁壱)が来かねない、と珠世が説得しました。今のところ薬の副作用も見つかってないので抵抗もなかったようです。

 

 しかし意にそぐわない引きこもりのせいでストレスゲージが心配だったんですが、思ったより溜まってないようで一安心。よっぽど縁壱がトラウマになったようですね。そりゃなるか。

 

>「只今戻りました……」

>黒死牟が姿を現し、肩に担いでいた猪をドカリと下ろした。

>食料調達と情報収集から戻って来たのだ。

>「どうだった?」

>「やはり……まだ鬼殺隊がうろついております……。しばらくは……外に出ぬ方が得策かと……」

>「…………チッ、やむを得ぬ、か……」

 

 無惨様がこんなに素直なのも縁壱効果ですね。ナマハゲかな? いや鬼がビビるとかナマハゲより怖いな……。ナマハゲだって鬼だもんな……。

 

>「ところで……猪はご指示通り血抜きも解体もしませんでしたが……よかったのでしょうか……。傷をつけず仕留め……川の水で冷やしたので……、臭くはないと……思いますが……」

>「ああ、それで良い。鬼にとっては血が多い方が栄養になる」

>「黒死牟さん、獣の解体も出来たんですね」

>「兵を率いて……野営をする事もありました故……」

 

 サバイバル力の高い兄上ですねえ……。ちなみに獣に傷をつける形で仕留めると、そこから雑菌が入って一気に繁殖するせいで肉が臭くなるそうです。だから無傷で斃した上で、念のために菌の繁殖しづらい温度にまで冷やしたんですね。

 やたらと描写がリアルなんですが、ゲームの開発陣に猟師でもいたんですかね?

 

 しっかし、鬼になって最初の仕事が上司の介護とか草生えますよ。それでも不満がなさそうな辺り、人が出来てますね兄上。

 

>黒死牟は無惨が動けない間、情報収集に出ていた。

>珠世と無惨から擬態の方法を習い顔を変えていたので、かつての同僚であっても気付かれる事はなかった。

>故に、様々な情報が入って来た。

>例えば、継国巌勝は死体こそ見つからなかったものの、隊士殺害犯に殺されたと思われているとか。

>例えば、継国縁壱が鬼殺隊を追放された、とか。

 

>鬼になった事で良くなった聴覚を駆使して集めたところによるならば。

>継国縁壱は、鬼殺隊士大量殺害犯を取り逃がした責任を取らされ、鬼殺隊を辞めさせられたという。

>中には鬼殺隊士にあるまじきという理由から、切腹すべきという意見すらもあったとか。

>それはお館様、つまり当代産屋敷家当主が止めた事から実現はしなかったが、追放は免れなかったとの事だった。

 

>事の顛末を聞いた巌勝は、ふざけるなと叫びたかった。

>その程度で鬼殺隊士にあるまじきと言うならば、逃げる事も出来ずに殺され屍を晒した隊士は何なのかと。

>殺害犯の尻尾すら掴めず無能を晒した、全ての鬼殺隊士は何なのかと。

 

>継国巌勝は知っている。

>縁壱と比べる事すらおこがましい、屑としか言えぬ隊士がいると知っている。

>その隊士は飲む打つ買うを繰り返し、“色男 金と力は なかりけり”などと(うそぶ)いて部下や同僚、果ては上司にまで金を借りていた。

>犯罪に手を染めていないと言うだけで、その半歩手前にいるような男だった。

 

>だがそんな男でも、切腹どころか追放の話すら出た事はない。

>何故なら男は仲間だったからだ。

>鬼殺隊の仲間だったからだ。

>屑だが鬼殺隊に受け入れられた、肩を並べる仲間だったからだ。

 

>つまるところ鬼殺隊は、継国縁壱を仲間だとは思っていなかったのだ。

>仲間なら誰かが庇ってくれる、許してくれる。(くだん)の屑隊士のように。

>だがそうはならなかった。鬼殺隊が見ていたのは縁壱の呼吸と剣技、煎じ詰めれば強さだけ。

>誰も縁壱の為人など見ていない。強さを仰ぎ見るばかりでその心など見ていない。

>だからこんなに簡単に捨てられる。

>呼吸を習い覚えた以上は用済みだとばかりに、適当な口実で捨てられる。

巌勝()はそれが悔しかった。

縁壱()がそれを気にも留めていないであろう事が、何よりも悔しかった。

 

>だが同時にこうも思うのだ。

>自分にそんな事を考える資格があるのかと。

>弟の剣が目当てで鬼殺隊に入った自分に、彼らを責める資格があるのかと。

>結局のところ自分も、連中と同じ穴の狢ではないのだろうかと。

>真面目さ故に劣等感故に、自身の美点に目が向かぬ男は、どうしてもそう思ってしまうのだ。

 

>それに黒死牟としては、継国縁壱の追放を喜ばねばならぬ。

>鬼殺隊から追放されたという事は、組織の後押しを受けられなくなり、無惨の居場所を探す術を大きく失ったという事。

>どれほど強かろうが、会う事が出来なければ戦えない。

>なればその赫刀が主に届く機会も減るだろう。

>縁壱に及ばず主を守れぬ不甲斐ない男としては、これを喜ばねばならぬ。

 

>だがしかし、ああしかし。

>継国巌勝として黒死牟として。兄として人として鬼として。

>愛情、憎悪、歓喜、羨望、悔恨。抑えきれぬ感情が入り混じり。

>彼の内面はぐちゃぐちゃだった。

 

――――月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

>こんな時は鍛錬で気を紛らわせるのがいいと、彼は経験で知っていた。

>鬼になっても変わらぬ三日月が、居並ぶ木々を二つに切り裂く。

>だがその三日月こそが、頭蓋の奥底をぎしりと軋ませる。

>欠けた月たる三日月が、欠ける事なき日輪に届く事などないと声がする。

>所詮月は日の劣化にすぎぬ、お前は弟に及ぶ事はないとどこからか声がする。

 

――――月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月

 

>鬼には疲労も睡眠もない。

>疲れ果てて何も考えず眠る事も、鬼には出来ない。

>身体に染み付かせた剣技に些かの陰りもない事が、何よりの皮肉のようだった。

 

 人は出来てますがこじらせてますね兄上……。「兄より優れた弟などいねえ!」の正反対ですから無理もないですけど。兄と弟が逆だったら……いややっぱそれでもこじらせそうですあの人。

 

>「黒死牟さん?」

>かけられた声に黒死牟が振り向くと、そこには珠世が立っていた。

>考えと鍛錬に集中するあまり、接近に気付かなかったようだ。

>自嘲と自戒に沈みかけるが、そこに再び珠世の声がかけられた。

>「相変わらず凄いものですね、呼吸というものは」

>「何が凄いものか……」

>吐き捨てる黒死牟に、珠世が僅かに首を傾げる。

>「主の窮地に駆け付けられぬ剣に……価値などありませぬ……」

>仮に駆け付けられたとしても、縁壱には勝てなかっただろう。

>だがそれでも、受けた恩義に報いぬなどあってはならぬ事。

>勝てずとも時間稼ぎ程度くらいは出来たやもしれぬと思うと、そうしていたなら無惨があそこまで傷つく事はなかったかもしれぬと思うと、彼は自らを責めずにはいられないのだ。

 

>「凄いというなら……珠世殿でありましょう……」

>「え?」

>「戦いを知らぬ方なのは……見ればわかります……。だがそれでも……あの縁壱から無惨様を守り切ったのです……。無能な私とは違いまする…………」

>際限なく()()()()と沈んでいきそうな黒死牟だったが、そこに珠世が三度声をかけた。

 

>「私はかつて、医者の夫の手伝いをしていました」

>「は……?」

>意の掴めぬ言に黒死牟は六つ目を丸くするが、それに構わず彼女は続ける。

>「明日をも知れぬ重病人を診る事もありましたが、彼らはおしなべて盆や正月を過ぎると亡くなる事が多かったのです。何故だと思いますか?」

>「…………。…………見当もつきませぬ…………」

>目をぱちくりとさせる黒死牟に向け、珠世は断ずるように言い切った。

>「逆です」

>「逆……とは……」

>「盆や正月を過ぎると亡くなるのではなく、盆や正月まで持ったのです」

>「それは……」

>「十日以内に亡くなると診断した重病人が、一月以上先の正月を生きて迎えた事がありました。三日以内に亡くなるだろうと思った老人が、盆までの半月を持たせてみせた事もありました」

>珠世がまっすぐ黒死牟を見詰める。その瞳に我知らず彼の背筋がすぅと伸びた。

>「病は気から。これは決して絵空事ではないのです。鬼は病にはかかりませんが、それでも思い詰めていると身体に毒ですよ」

>「顔に……出ておりましたか……。……私も……まだ未熟…………」

>「ああもう、だからそういうところが良くないと言っているのです」

>珠世はため息を一つ吐くと、ふわりと柔らかく微笑んでみせた。

>「ため込んでいても良い事はありません。たまには吐き出す事も必要ですよ。私で良ければ話くらいは聞きますから」

>「お気遣い……かたじけなく……」

>「硬いですね……。というか、敬語でなくていいですよ。長い付き合いになるでしょうし」

>それは暗に、無惨は黒死牟を割と気に入っていると伝える言葉だったが、まだ地盤沈下から持ち直しきっていない彼には微妙に伝わらない。

>「それならば……珠世殿も……」

>「私は誰にでもこのような感じです。特に畏まっている訳ではありません。でも黒死牟さんはそうではないのでしょう? ほら、普通に喋ってみて下さいな」

>「分かりま……」

>じとりとした珠世の瞳が黒死牟を貫く。彼はごほんとわざとらしく咳払いをすると言い直した。

>「……いや……あい分かった……。改めて……よろしく頼む……」

>「ええ、こちらこそ」

 

 うーん、立場的には同僚のはずなんですが、どう見てもメンタルセラピストとその患者……見た目だけなら美男美女で結構お似合いなんですが、どうやってもそういう関係には見えません。

 まあ二人とも既婚者ですし、巌勝の妻に至ってはまだ生きてますからね。別に愛情をなくした訳でもないですし。時代的には一夫多妻でもおかしくはないんですが、巌勝はそういうタイプではないようですね。

 

 というかそもそも鬼って性欲あるんですかね……? 三大欲求が食欲・食欲・食欲って感じの連中なんですけど。無惨様あんだけ美人の珠世と百年単位で一緒にいて何もないんですけど。……いやこの話題はやめときましょう、ドツボにはまりそうです。

 

 ――と、早送りが止まりました。イベントです。西暦1600年頃で、安土桃山の終わり江戸のはじめって辺りですね。

 

>「さて、ようやく身体も概ね治った……。あの男はもう、死んでいるだろうな?」

>「痣者は……二十五に届かず死にまする……。もしそれを……超える事が出来たとしても……、さすがに……寿命を迎えているかと……」

>「寿命か……人間なら当然だな。…………人間かあれは?」

>「…………」

>「…………」

>無惨がうっかり漏らした一言に、何とも言えない沈黙が場に落ちた。

>海外ならば“天使が通り過ぎた”と表現するところであった。

 

>「あ、あの……」

>その沈黙を破る珠世の声に、無惨ははっと我に返ると、雰囲気を切り替えた。

>「そうだな、死人の事をこれ以上考えても仕方ない。珠世!」

>「はい」

>「お前は今まで通り薬を作れ。日光克服薬が最優先だが、有用そうなら他に作っても構わん。回復薬は良い出来だった」

>「ありがとうございます」

>「ああそれから、医者も続けて構わん。あれは中々有用だ」

>「分かりました」

>「よし。黒死牟!」

>「はっ……」

 

>【鬼狩りの壊滅(産屋敷の捜索)を命じる】

>【戦力の増強(鬼を増やす)を命じる】

>【青い彼岸花を探させる】

>【その他】

 

 おっと、選択肢が出ました。これは今後の大方針を決めるイベントですね。ここは【その他】を選びます。

 

>「お前への命令は三つだ。まずは鬼狩りを潰せ。そのために産屋敷の居場所も探せ。頭を潰さねば連中はいくらでも湧いて出る」

>「承知……」

 

>「そして戦力を増やす。有能な鬼になりそうな者を見つけたら私に知らせろ。場合によってはお前が鬼にしても構わん。有能な者だぞ。最低でも私に面倒を持ち込まぬ者だ。いいな?」

>「はっ……」

 

>「最後だが、青い彼岸花を探せ。とは言え前にも言ったが、これは見つかるとは思っていない。だが頭には入れておけ」

>「畏まりました……」

 

 はい、【その他】の選択肢はこういう事です。要するに全部選んでプレイヤー側で優先順位をつける、という事ですね。こうしておくと柔軟に動けます。一応他の選択肢でも選ばなかった選択肢の行動は取りますが、大分行動に偏りが出るので、ここはその他を選んでおくのが正解です。

 薬の開発はそろそろ行き詰まって来てるので、新しい風を入れるという意味でも無惨様が外に出るのは悪い事じゃないです。

 

>「よし、差し当たっては日の呼吸を使う者を殺し尽くす! 行くぞ黒死牟!」

>「委細承知……!」

>「いってらっしゃいませ」

>日の呼吸の使い手は、無惨にとってはトラウマの代名詞で、黒死牟にとっては弟を追い出したにも関わらず()()()()とその成果を使っている連中の代表格で、珠世にとっては恐怖を伴って思い出されるものである。

>ゆえに無惨の言葉を止める者はなく、ここに彼らの命運は決まった。

 

 なんか意図した訳でもないのに、ここは原作通りになりそうです。可能不可能で言えば可能でしょうしね。炭治郎を見れば分かりますが、日の呼吸が特別強いんじゃないです。日の呼吸を使う縁壱が強いんです。やっぱあれ人間じゃないです。

 

 あと、ここでは出てませんが、無惨様には鬼狩り狩りと戦力増強の他に、薬開発と無限城建築の仕事もあります。と言っても無限城の方は前に言った通り、適当に鬼にした鬼殺隊員を使い潰すだけなんで、自分でやる訳じゃないですが。

 

 ちなみに兄上は無惨様の介護をしてたので、縁壱が老人になるまで生きてた事を知りません。最後に会ったのは多分、鬼殺隊に所属してた頃ですね。鬼になってからはニアミスはしても会ってはいないはずです。

 

 さてと、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。いやー縁壱は強敵でしたね。マジ強敵でしたね……絶対どっかバグってますってあれ……。公式チートって言っても限度があるだろマジで……。

 まあ何とか乗り越えられたんで、あんなバグは忘れましょう! 次回からは鬼ガチャを本格的に回していけると思います! それでは皆さん、ありがとうございました!

 

 

 …………今日は終了宣言の後にガバはなかった……。つまり実質ガバなし! ヨシ!(現場猫並感




今日の主な獲得トロフィー

「万死一生」
 絶体絶命の窮地から生還した者に贈られる。

「鬼を超えた鬼」
 日輪刀で頸を斬られても死ななかった鬼に贈られる。

「天照越え」
 一年以上一歩も外に出なかった者に贈られる。
 


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6話 「戦力増強」 江戸(西暦1600~1800年頃)

 はいどーも皆さんこんにちは。早速ですが、この間私をガバの呼吸のガバ柱とか言った奴は前に出なさい。先生怒らないから。本当に怒らないから。私は屑運かもしれませんが、断じてガバじゃないから。

 

 …………誰も出てこないので、そろそろ始めて行こうと思います。無惨様と黒死牟がタッグを組んで、日の呼吸を絶やし尽くそうとしてるとこからですね。

 これ鬼殺隊からしたらクソゲーですね。無惨様と黒死牟、どっちか一人でもどうしようもないのに、それが二人一緒に襲って来ます。『一人よりも二人がいい』ってのは確か聖書の言葉ですが、何で鬼が実践してるんですかね……。

 

 ああそうだ、前に言いそびれましたが、薬より鬼殺隊壊滅を優先したのは、無惨様にストレスゲージを溜めさせないためです。縁壱トラウマをある程度解消してゲージを溜めないようにしとかないと、今度こそゲームオーバーになりかねないんで。

 

>「……弱いな」

>日の呼吸の使い手の鬼殺隊士を殺した無惨が、死体を見下ろしぽつりとこぼした。

>「同じ日の呼吸でも……縁壱に及ぶ者はおりませなんだ……。この時代でも……それは変わらぬようです……」

>「まあ……だろうな。あのような者が、そうそう現れるはずもない」

>それはつまり、強いのは日の呼吸ではなく縁壱だという事だが、それに気付いたからと言って手を緩める理由はどこにもない。

>むしろ、あのような者がもう二度と出てこないよう、日の呼吸は滅ぼされねばならぬ、と決意を新たにするほどであった。

 

 カルタゴかな? ここだと炭治郎の祖先に日の呼吸を教えてるか分かんないんで、本当に滅ぶかもしれないんですよね。いや縁壱の実子が残ってるか……。まあ滅んでも滅ばなくても大勢に影響はありません。

 

>「そういえば黒死牟」

>「はい……」

>「この間徳川とやらが幕府を開き、戦国の世が終わったと言っていたな」

>「その通りに……ございまする……」

>「ならば戦乱が減る以上、傭兵もやっているという鬼狩りどもの戦力は、何もしなくても勝手に減っていくのではないか?」

 

 無惨様が賢い……だと……!? というのは冗談にしても、そこに気付くのは鋭いですね。確実に知能(INT)上がってますよこれは。研究者ライフと珠世のおかげですね。

 

>「おそらく……そうはならぬ……かと……」

>「何故だ?」

>「未だ世に荒くれは多く……何かにつけ武を持ち出す風潮は……薄れてはおりませぬ……。鬼殺隊の戦力が……減るにしても……、……それはまだ先の事かと……」

>黒死牟はこの数十年、動けない無惨の代わりに情報収集に出ていた。

>故に世情については、肌で感じて知っていた。

 

 分析能力高めな兄上。こっちは素で頭いいタイプですね……。

 

 兄上の言う通りで、武力で全てを決定するという空気、いわゆる「尚武の気風」が抜けるには、五代将軍綱吉の生類憐みの令を待たなければなりません。やりすぎじゃねってレベルで倫理観を矯正して、ようやく完全な太平の世になる訳です。

 

 つまりこれから八十年、ひょっとしたら百年くらいは、鬼殺隊もそれなりに戦力を保ち続ける可能性があるという事ですね。その先は分かりませんが、平和な世で戦力を維持できるとしたら……ヤ〇ザ稼業?

 

>「そうか……ならばまだまだ殺らねばな。行くぞ」

>「はっ……お供いたしまする……」

>無惨と黒死牟は新たな獲物を探すべく、夜闇の中へと消えて行った……。

 

 はい早送りー。まあ「鬼殺隊に入ると謎の襲撃者に殺される」という噂が立って、生類憐みの令を待たずに衰退する可能性はあります。でも産屋敷の執念もカリスマも半端じゃないので、頭を潰さない限り鬼殺隊が消える事はありません。規模は原作より小さいでしょうけど。

 

 さて、ではそろそろ鬼ガチャに移っていきましょう。狙い目は言わずもがな、もういる黒死牟を除いた上弦の月の面々です。

 中でも有用性から人権とまで言われる必須級が、琵琶女こと鳴女です。ただ、彼女はまだ生まれてすらいないので、他から探します。もちろん上弦以外にも有能なのがいれば鬼にします。

 

>「中々有能な者というのは見つからぬものだな……」

>先日鬼にした者を人間に戻しながら、無惨はぼそりと独り言ちた。

 

 と言ってもそうそう見つかんないんですけどね。近くに珠世(サポートSSR)と黒死牟(戦闘SSR)がいるせいで、無意識にハードルがガン上がりしてるのが原因です。

 

>「無惨様……。少しばかり……提案がございます……」

>「なんだ、言ってみろ黒死牟」

>「はい……。初めは……ごく僅かな例外を除き……どのような者も弱きもの……。人に教えられ……鍛え上げて強くなりまする……。故に……有能な者をお望みなら……、育ててみるのは如何でしょうか……」

>「ほう……」

>無惨は黒死牟を見る。

>全く人を喰っていないにもかかわらず、血鬼術を発現させ、さらにそれを呼吸法と融合させてより強くなった(育った)男を見る。

>「……一理あるな」

>ゆえにこそ無惨は、黒死牟の言葉に理を見出した。

>とは言え自分が育てる気はさらさら無かったが。

 

>理由は単純、面倒だからだ。

>面倒ごとなど願い下げ。

>自分の時間は自分の為だけに使いたい。

>後から自分の為になるとしても、それでも極力他人の為などに時間を割きたくない。

>傲慢で身勝手で、自儘で自己中心的。

(よわい)六百をゆうに超えても、縁壱に刻まれ斬られても、無惨の本質は全くもって変わってはいなかった。

 

>「ならば黒死牟、お前が育ててみるが良い。そういう経験もあるのだろう?」

>「は……承知いたしました……」

>なので無惨は、有能な部下に丸投げした。

 

 これは割と珍しいパターンですね。黒死牟が育てられるのは剣士なので、強い剣士が味方として出て来るかもしれません。これは後々のフラグにもなりますが、すぐにどうこうという事はないです。なので今は気にせず、早送りしつつ鬼ガチャを回しましょう。

 

 ……駄目…………没………………却下……………………NG。

 ……回すのは良いんですが、ちょっと基準が厳しすぎますねこれは……。

 

 鬼にして大体一年以内に、何らかの形で強くなる兆しを見せなければリセ。

 『人間と同じ物を食べられる薬』は使ってますが、それでも食うに困って人間を襲うと、将来的に無惨様に面倒ごとを持ち込むと判断されてリセ。

 強くなっても、将来的に黒死牟に遠く及ばないと判断されたらリセ。

 そもそも鬼にする時血が多過ぎて人生がリセットされる事も(ただし再起動はしない)。

 

 …………いやほんと厳しすぎません? いくら有能な鬼以外は不要と言っても、限度ってもんが……。下弦相当くらいならいたと思うんですが、それでも駄目とか厳選厨にも程がありますよ。6Vにあらねばポケモンにあらず、みたいな思考はやめて頂きたい。

 

 あ、でも無限城は大体できてますね。ログによると――――怪我を負って働けなくなった大工に、治療の対価として作ってもらったようです。鬼にして怪我を治し、そのまま(主に元鬼殺隊士の鬼を労働力として)建築に当たってもらい、完成したら大工の鬼は人間に戻して鬼の時の記憶を消して放り出し、元鬼殺隊の鬼は処分する、って感じですね。

 まあ交渉とかのめんどくさいところは大体珠世がやったようですが。というかその大工を見つけて来たのも珠世のようですが。ほんと有能だな珠世……そら“SSR以外は不要”みたいな感じにもなるわな無惨様……。

 

 しかしそろそろ戦力を増やしてもらわないと、最終決戦で困る事になります。鬼殺隊と産屋敷……というか正確には「無惨を殺そうとする意志を持ち、かつ行動に移す者」を一人残さず消さないとトロフィーは取れないんで。

 

 極論、鬼殺隊に勝つだけなら無惨様と黒死牟のみでも可能ではあります。しかし一人も逃がさず殲滅するには、戦力を増やすか、何らかの形で「敵を逃がさない」方法が必要になります。だから索敵の他に、無限城に落として逃亡阻止も出来る鳴女が重宝される訳です。でも鳴女が見つかるかは分かんないんで、いい加減上弦の一人も増やさないと……。

 

 

>雪化粧の山と太平洋に挟まれた、出歩く者も少ない冬の漁村。

>冷たい潮風が吹き付けるその場所に、鬼舞辻無惨は足を運んでいた。

 

 ん? 漁村? ってことは……。

 

>寒々とした空の下、一人の若い男が壺を覗き込んで不気味に笑っていた。

>壺の中には魚の骨や鱗がぎっしりと詰まり、悪臭を放っていたが、男にとってそれはむしろ好ましい事であるようだった。

 

 壺に魚……やっぱり玉壺かあ……。いや能力的にも性格的にも当たりの部類ではあります。血鬼術が強力で数を出せるので雑魚散らしには最適ですし、壺を売って金策もしてくれます。結構頭が回って探知や探索が得意なので、鳴女抜きで産屋敷の居場所を探せる可能性もあります。

 

 ただ、ほら、ビジュアルがね……。ちょっと強烈過ぎてね……。あとあの「芸術」も、さすがについてけないというか……。このゲーム、映像がめっちゃリアルなんで……。

 

>「ヒョッヒョッ。我が芸術を追い求める事が出来るなら、私は喜んで鬼になりましょうぞ!」

>「そうか。精々私の役に立て」

>言うと同時に無惨は、自らの血で濡れた手刀を男の胸に突き立てた。

 

 ああ、鬼にしちゃった……。強力な鬼になるのは間違いないんですけど、複雑です。

 

 ちなみに玉壺は黒死牟と比べてエピソードが少ないですが、単に語るべき内容が少ないってだけです。漁村で生まれ育った変人で、その変人っぷりに無惨がたまたま目をつけて鬼にしてみたら予想以上に強くなったという、三行どころか一文で済む内容しかないので。

 原作だと過去はほとんど分かりませんが、少なくともこのゲームではそうなってます。

 

 ま、私の心情以外に問題はないので次行きましょう次。百年以上かけて上弦一人だけとか、ほんと効率悪いんでどんどんガチャらないと。という事で早送りー。

 

 

>「どうだ珠世、新入りどもは使えるか?」

>「はい、以前よりは楽になりました」

>無限城にて。新たに入り、珠世の下についた鬼たち数名について、無惨がその様子を尋ねていた。

>彼らは無惨の許可と本人の同意を得て珠世が鬼にした者たちであり、珠世の手伝いになる事を望まれていた。

>最近無惨は外に出る事が多いので、教育は珠世に任せていたのだ。

 

>「そうか。日光克服薬の進捗は」

>「正直に申し上げるなら、(かんば)しいとは言いがたいです。詳細はこちらに」

>珠世が差し出した紙束を、無惨は素早く読み進めていく。

>その内容と行間を読んだ無惨はため息を吐いた。

>「新入りどもは手足にはなるが、手足以上にはならぬか」

>要するに指示された事は何とかこなせるが、それ以上の事はまだ出来ないという事である。

>ここに来て日が浅いという理由は多分にあるが、無惨にとっては満足の行く話ではなかったようだ。

>「藤の花の毒を扱えるのは、現状私と無惨様しかいないというのもありますね」

>「血の濃さからするなら、黒死牟が扱えてもおかしくはないのだがな」

>「人にも鬼にも、向き不向きがありますから……」

>「剣はあれほど器用だというのに、不器用な奴だ」

>無惨は再度ため息を吐くが、怒りも失望もしない。

>黒死牟が鬼殺隊に負けでもすれば怒るだろうが、試し程度にやらせてみた薬学で成果を出せずとも怒りはしない。

>怒りは期待の裏返し。黒死牟は薬学に期待して鬼にした訳ではないのだから。

 

>「それに、無惨様にこのような事を申し上げるのは釈迦に説法でしょうが」

>鬼に向かってこの表現は正しいのだろうかとふと思いつつも、珠世は言葉を続ける。

>「薬の開発には試行回数と、“勘”と呼ぶべきものが必要になります。前者はこれから増やせますが、後者ばかりはどうにも……」

>試行回数は人手があれば増やせる。

>だが“勘”とは即ち発想であり、人が増えてもどうにもならない時はどうにもならない。

>だからこそ、未来に生まれる発明王はそれを『1%の閃き』と呼び、『最初の閃きが良くなければいくら努力しても無駄』と言ったのだ。

>「勘か……確かにな。やはり薬学でも、有能な者は必要か」

>これまでは鬼殺隊壊滅のため強い者を優先して探してきたが、これからは珠世のような鬼にも注力すべきかと無惨は心を新たにした。

 

 現代だと、新薬の開発に成功する確率は2万5千分の1だそうです。それが本当かは分かりませんが、人材も予算も時間も山ほど必要なのは確かです。それを少人数でやってるんですから、そりゃ開発速度も遅いでしょう。むしろ何百年もやってるとは言え、きちんと成果を出してる辺り十分有能です。

 

 

 ……っと、早送りが止まりました。新たなガチャ結果が出て来たようです。今は――1800年ぐらいですね。あと半世紀で明治って時期です。

 

>着物が肌にべたりと貼り付く、酷く蒸し暑い夜だった。

>土が剥き出しの道の上に、ぼたぼたと落ちた血が続き、まるで轍の如くなっていた。

>血の先、おぼつかない足取りで歩んでいたのは、幼さを残す青年だった。

>眼は血走り息は荒く、白かった道着は血で赤く染まっていた。

>驚くべきはそれが全て返り血である事だった。

>土砂降りの大雨にでも遭ったかのようなその返り血は、未だに途切れる気配はなく、青年の固く握りしめられた拳から滴っていた。

 

>「鬼を作った覚えのない場所で、鬼が出たとの大騒ぎ」

>そんな青年の前に、男が姿を現した。

>「態々出向いて見てみれば、五十を超える惨殺死体。それをやったのがただの人間とはな」

>縦に裂けた薄紅の瞳に、隠そうともしない好奇心を宿した男。鬼舞辻無惨が姿を現した。

>「何とも、興味深い。強い鬼になりそうだ」

>「どけ…………。……殺す……ぞ」

>青年が言い終わる前に、無惨はその眼前に立っていた。まるで瞬間移動でもしたかのような、恐るべき速さだった。

>青年は反射的に格闘の構えを取り、拳を無惨に叩き込まんとする。

>それは人間離れして速かったが、人間ではない無惨の方がなお速い。

>無惨の手が首にかけられ、青年は軽々と吊り上げられた。

>「辛そうだな。どうだ鬼にならないか。鬼になれば何もかも忘れられる。お前を苦しめる全てを忘れ、新たな生を始められる」

>薄い唇を吊り上げ、どこか面白そうに勧誘する無惨を見る事もなく、青年は酸欠の為にぼやけた頭でうわ言のように呟いた。

>「……どう……で…………もい……い…………。…………全て……が…………」

>無惨は三日月のように口をゆがめると、青年の顔に血塗れの手刀をねじ込んだ。

>「薬学に長けた鬼は必要だが、やはり強い鬼も作らねばな。お前は私が与える血の量に耐えられるかな?」

 

 猗窩座ですね。父親が自殺して、婚約者とその父親が毒殺されるとか、本当に運の無い男です。不運に鬼が一切関係してないので、もうそういう星の下に生まれたとしか言えません。

 

 まあそれは置いといて、配下として見るならこれも当たりです。基本的に戦闘しか出来ませんが、その戦闘がとにかく強いので。向上心も強いので無惨様も気に入ります。「努力する姿」が意外と好きみたいですね無惨様。

 性格に少しは難はありますが、問題にはならないレベルです。というか性格に難のない鬼はほぼいないので、猗窩座程度ならどうという事はありません。女には甘いですし。

 

 

 にしても半天狗が出ませんね……時代的にはもういるはずなんですが。これは無惨様がスルーしたっぽいです。手当たり次第に鬼を作ってた原作ならともかく、ここだと鬼にする段階から選別してますからね。人間時代の半天狗はただの小物の犯罪者で戦闘能力もないので、強くなるとは思われなかったんでしょう。

 

 ちなみに半天狗もキャラとしては当たりです。本体が隠れて分裂体を出せば、炭治郎のような索敵能力持ちでない限り、負ける事はほぼありません。分裂体は範囲攻撃が出来て頸を斬られても平気なので、雑魚散らしも柱の足止めも可能という高性能です。強い。

 

 ただ、雑魚散らしならもう玉壺がいるので、半天狗がいなくても戦力的にはあまり問題にはなりません。というかそろそろ戦力的には十分なので、あとは鳴女さえいれば間に合います。出来れば妓夫太郎兄妹も欲しいですが、いなくても何とかはなります。童磨はいりません。

 

>蓮の花の屏風の前で、無惨は虹色の瞳の男に血を流し込んだ。

>「私の役に立つがいい」

 

 とか言ってる間に童磨が鬼になってました。なんでやねん。新興宗教の教祖として目立ってたから目をつけられたんですかね……?

 

 性能的には問題はないんですよ。氷の血鬼術はシンプルに強力で搦め手も豊富で、体術だって高レベル。文句のつけようのない強さです。さすがは上弦の弐としか言えません。

 ただね、この男はもう、人格がね……。

 

>数年後。童磨は無限城に呼ばれていた。

>発現した血鬼術が、薬作りに役立つと無惨が判断したためだ。

>また、一応程度だが、薬学への適性を見るという目的もある。

>薬学の適性検査は、普段は鬼にして比較的早い段階で行うのだが、教祖の童磨は何かと忙しく、まとまった時間が中々取れなかったのだ。

>教祖を辞めてしまえばそんな事もなかったのだろうが、その立場に利用価値があると考えた無惨が現状維持を命じたため、今にまでずれ込んだのである。

 

>「やあやあ初めまして、俺は童磨。よろしくね」

>「初めまして、珠世です。よろしくお願いします」

>にこにこと屈託なく笑う童磨と、折り目正しく一礼する珠世。

>二人の初対面は対照的な所作から始まった。

>「話は聞いてるよ、何百年も薬を作ってるんだって? すごいねえ」

>「いえ……」

>「でもそんなに時間をかけても、日光を克服する薬は作れてないんだよね? だから俺が呼ばれたんだよね?」

>軽薄な上に煽るような口調に珠世は少しばかりイラつきを感じたが、年長者としての矜持から表には出さなかった。

 

 言ってるそばからコイツはもう……! 童磨がいると他キャラのストレスゲージが上がるんですよ! しかも悪気がないから手に負えません。本人“は”有能だから首にする理由もなくて尚更手に負えません。タチの悪いサイコパスだなマジで!

 

>「……ええ、そうですよ」

>「そうかそうかあ、じゃあ無惨様のためにも頑張らないとねえ」

>「では、血鬼術を見せて頂けますか? 確か氷だとか」

>これ以上話していたくなかった珠世は、挨拶もそこそこに本題を切り出した。

>「うんそうそう、ホラこれ」

>童磨は珠世の心情はさっぱり分かってはいなかったが、それでも本題を振られれば見せる事に否やはない。その掌に氷の蓮が咲いた。

>「これが……」

>「これ以外にも色んな形に出来るぜ。まだ威力も規模もそこまでじゃないけどな」

 

>珠世は氷の血鬼術を見ながら、無惨の言葉を思い出していた。

>曰く、鬼の姿や血鬼術はその者の望みや思想を――畢竟(つまり)、心そのものを表すと。

>珠世自身や黒死牟、さらに最近増えた他の鬼を見る限り、その言葉はきっと正しい。

>ならば、この童磨という鬼の心とは?

>人間だった頃とほぼ変わらぬであろう姿に、凍て付く氷の血鬼術を発現させた――いや、“心を表すもの”として氷が発現した、この鬼の心とは?

>笑顔で友好的に接してくるにも関わらず、奇妙に言葉に熱が籠らず、どこか()()を感じざるを得ないこの鬼の心とは?

>ひょっとしたら、ひょっとしたならば、この男はひどく空虚で、ひどく哀れな存在なのでは――――

>「これで薬作りも上手く行くかな? 何百年も目的の薬が作れないなんて可哀そうだもんな。俺の血鬼術のおかげで完成するんなら、これほど喜ばしい事はないぜ」

>「…………」

>――――という考えは、怒りのために全てどこかに飛んで行った。

>珠世と童磨は、どうにも相性が悪いようであった。

 

>「ああでも俺には仕事があるからなあ。こっちには中々来られそうにないよ」

>じゃあ何で来たんです? という言葉が珠世の喉元まで出かかったが、それは何とか飲み込んだ。主命に従った男に言っていい言葉ではない。

>無論、理屈と感情は別物なので、納得した訳ではないが。

>「だからコイツを貸しておくぜ」

>童磨がどこからか両手に鉄扇を取り出し上下に重ね合わせると、その間に氷の人形が現出する。

>人形の大きさは10㎝くらい。全体的に作りは粗かったが、童磨本人を模しているようで、その両手には彼と同じ扇があった。

>「……これは?」

>「『結晶ノ御子』って言うんだ。効果は、ホラ」

>人形が自身の扇を広げると、その上に小さな氷の花が咲いた。

>サイズこそ小さかったが、先程童磨が見せた蓮と同じものだった。

>「見ての通り、この子も俺の血鬼術を使えるんだ。と言っても俺の半分以下にまで威力は落ちるし、今はまだ一種類しか使えないんだけど。将来的には俺と同じ強さと種類の術を使わせたいなあ」

>んなもんあるんなら最初から出せや、という言葉を再び飲み込み、珠世は無理矢理笑顔を作った。

>「そうですかありがとうございますではお仕事の方もお忙しいでしょうし今日はもう結構ですよ」

>「えっ、でもお前が薬作りに向いているかどうか一応確かめておけ、って無惨様が……」

>「大丈夫ですあなたにはきっと向いてませんさあお帰りはあちらです」

>「わあ、ほとんど何も見てないのにそんな事が分かるなんてすごいね!」

>童磨の背中を押して追い出そうとしている珠世の額に、びしりと青筋が浮いた。

>奇しくもその表情は、無惨によく似ていた。

 

 早口珠世再び。しかし、まさかここまで相性が悪いとは……いやナチュラルボーン煽りスト童磨と相性良い奴って思いつかないですけど。無惨様ですら「あまり好きじゃない」って言ってたってどっかで見た覚えがありますけど。

 

 それでも有能なのがどうしようもないです。夏でも氷を用意出来るって、時代的には凄い役に立ちますからね。

 でも今ルートでは配下の絶対数が少なく、薬学で協力させなければならない都合上、“共食いの呪い”がありません。そこに煽り野郎の童磨は劇薬です。童磨を殺したいがためだけに無惨の呪いを外す鬼が出ても驚きません。

 

 それでも使えるのは間違いないんで、なるべく他の面々と会わせないようにすれば何とかなるでしょう多分。普段は教祖やってて不在ですし。

 

 ともあれ、なんだかんだで今回は上手く上弦を配下に出来てますし、目的は達成出来てると言えると思います。これでガバと屑運という汚名も返上ですね。いや私はガバじゃないですが。

 

 

>「この者は如何でしょうか……。素質も才覚も……中々かと存じますが……」

>「なるほど、私に推薦するだけあって悪くはない。だが、お前に届くほどかと考えるとな……」

 

 おっと、場面は変わって無惨様と兄上が出てます。兄上が育てた剣士を無惨様に紹介してるところです。さっき言ってた『育てる』ってのを実践してる訳ですね。

 

 兄上は“透き通る世界”で肉体的な素質を直接視認出来るので、これはと思った者に剣を教える辻斬りならぬ辻師匠になってます。『身体能力が高くなる=戦いの才能がある』ではないし、一度に多数を教える事も難しいので、あんまりはかどってはいないようですが。

 

>「そうですか……。では……いつものように……?」

>「ああ。おい」

>「はっ、はい!」

>『師匠の主』という事でガチガチに緊張していた黒死牟の弟子が、直立不動で無惨に返事を返した。

>「お前は、私の役に立つ気はあるか」

>「し、師匠にはひとかたならぬ御恩があります! その御主君となれば、言うに及ばず!」

>この男は黒死牟に剣を習ったおかげで、とある藩の剣術指南役に抜擢されたのだ。

>指南役は家柄は無関係で本人の腕次第とはいえ、有名な流派を修めている訳でもない者が任命されるのはかなり珍しい。零細武家の五男坊としては大出世と言っていいだろう。

>故に男は黒死牟に並々ならぬ恩を感じ、その念が無惨にも向けられているのである。

>「ならば産屋敷の居場所と、青い彼岸花を探せ」

 

 あ、鬼にしないで人間のまま使う事にしたようです。鬼と違って情報漏れのリスクはありますが、有効な手段です。無惨様あんまり期待してないっぽいですが。

 

>「――これまで分かっているのはこんなところだな。何か分かったら黒死牟に知らせろ」

>「たまに様子を……見に来る……。これからも……精進することだ……」

>「はっ!!」

>「では――――どうした?」

>無惨は誰かに話しかけられたような素振りを見せたかと思うと、虚空を見つめる。

>鬼の始祖とその配下の鬼は、テレパシーのような事が出来るのだ。

>ただし通常は無惨からの一方通行で、無惨へ連絡する事が許されているのは黒死牟と珠世の二人だけ。

>黒死牟はここにいるので、相手は自動的に珠世という事になる。

>その珠世は軽々しく連絡するような性格ではなく、またそれを証明するように、切羽詰まったような声色だった。

>《無惨様、急いでお戻りください!》

>《落ち着け。何があった?》

>《無限城が鬼狩りに襲撃されました!!》

>《なんだと!?》

 

 ファッ!!!!???? 無限城があるのに襲撃!? 襲撃ナンデ!?

 




今日の主な獲得トロフィー

「感染拡大」
 累計で千人以上の人間を鬼にした者に贈られる。鬼にした対象の生死は問わない。

「無限の主」
 無限城を完成させた者に贈られる。
 


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間話 「とある水柱の憧憬」 江戸(西暦1800年頃)

「すまないね。わざわざ休みの日にまで見舞いに来てもらって」

「いえ、お館様がご壮健なら、私はそれで……」

 

 江戸時代も残り少なく、開国の足音が聞こえ始めてきた頃。桜散る産屋敷家にて、鬼殺隊の頂点たる産屋敷家当主が縁側に腰掛け、その部下の水柱が庭に跪いていた。

 

「お館様、お体の具合は……」

「うん、今日はいつもより良いみたいだ」

 

 にこやかに微笑む産屋敷の顔は、半分ほどが赤黒い痣のような腫瘍で覆われていた。それは頭の上部から侵食してきており、片目はすでに白濁し(めし)いていた。

 

「でも、あまり長くはもたないだろう。医者からはもって半年だと言われたよ」

「そんな妄言を吐き散らす医者はぶった切ってやります!」

「やめなさい」

「はっ!」

 

 水の名を冠しているのに血気盛んな水柱は、ばりばりと歯噛みしながら恨みを口に上らせる。

 

「しかし許し難きは鬼舞辻無惨……! お館様に、いや、産屋敷家に呪いをかけ、あまつさえ人を喰らいのうのうと生きているとは……! 見つけさえすれば、私がこの手で叩っ斬ってやるものを!」

 

 正確には呪いをかけた(と思われる)のは無惨ではないが、特に問題がある訳ではないので産屋敷は否定せず、代わりに話題を少しずらした。

 

「鬼舞辻無惨、か……。二百年ほど昔は剣士(こども)たちを殺して回っていたと聞くが、ここ百年は随分と大人しい。私の生きている間に、見つける事はおそらく不可能だろう」

「そのような事を仰らないで下さいませ! 私に出来る事があるならば何でも致します!!」

 

 見上げる水柱の目には、産屋敷しか映っていなかった。忠誠、親愛、盲従、狂信、その他全ての感情は、産屋敷にだけ向けられていた。産屋敷のカリスマの賜物か、それとも水柱本人にそういう素質が元々あったのか、判断に悩むところであった。

 

「ありがとう。でもね、水柱にまで上り詰めた君には、後進の育成に力を注いで欲しいんだ。今は無理でも、鬼殺隊を絶やさなければいつかはきっと、無惨の頸に届くはずだから」

「お館様……!!」

「見つからないものはどうしようもない。殺される剣士(こども)たちが昔よりは減った事を、今は喜ぼう」

「…………はっ!」

 

 淡く微笑む産屋敷を見ながら、この方を死なせてはならぬ、と水柱は強く強く心に刻んだ。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「鬼が出た、だと?」

 

 数日後。水柱は、部下の鬼殺隊士から報告を受けていた。

 

「噂の一つですがね。どっちかってーと神隠しと言われてます。しかし、夜な夜な若い女が消えているのは確かです。俺の顔見知りも消えています」

「奉行所は?」

「岡っ引きが動き始めていますが、まだ何も掴んではいないようです」

「そうか……」

 

 考え込む水柱。鬼という言葉を聞いた割に冷静に見えるが、さすがに確証もなく突貫するほど見境なしではない。この太平の世、いくら強くともそれを発揮できる場は少なく、それは鬼殺隊も変わらない。ただ強いだけでは柱の地位には至れないのである。

 

「お前はどう思う」

「鬼ってのがいるかは分かりませんが」

「鬼はいる! お館様がそう仰るのだから間違いない!」

 

 部下は何とも言い難い顔で水柱を見るが、水柱のお館様へ向ける感情は有名だったし、何よりいつもの事だったのでスルーした。

 

「……分かりませんが、人が消えてるってんなら放ってはおけんでしょう、鬼の仕業であってもなくても。そういう意味じゃあ、我々も調査する必要があると思います」

「やはりそう思うか。よし、調査と並行して、今夜より見回りも始める。人員を選んでおけ」

「承知」

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「これは……!」

「マジかよ……!」

 

 夜回りを始めてちょうど七日後。鬼殺隊は、“鬼”に出会っていた。鬼。そう、鬼である。額から二本の角を生やし、目には白目も黒目もなく、ただ血のような赤色一色。明らかに人間ではないその者は、“鬼”と称するしかなかった。

 

 廃屋に居座っていたその“鬼”は、穴の開いた天井から漏れる月明かりでもよく分かるほど口元や手を赤く染め、足下にバラバラになった()()()を散乱させていた。そのパーツの元が何で、その鬼が一体何をしていたのか、誰もが察していたが誰もが口にしようとはしなかった。

 

「鬼のようだな。犯人はこいつで間違いあるまい。生け捕りが出来るようには思えん、ここで仕留めるぞ」

 

 水柱の声に、隊士たちが慌てて刀を抜き放つ。その色とりどりの刀を目にした鬼が、赤一色の目を見開いた。

 

「そ、その刀、色変わりの刀! 日輪刀! 知っているぞ知っている! あのお方から聞いている! 貴様ら鬼狩り、鬼殺隊だな!?」

「そういうお前は、鬼で相違ないな?」

「お、鬼! そうだ俺は鬼だ! お、俺はあのお方に選ばれたんだキヒャハァハハ!!」

 

 涎をまき散らし奇声を発する鬼はどう見ても正気ではなく、隊士たちは警戒を深めたが、結果から言うならその警戒は遅きに失した。何故なら、すでに彼らは動けなくなっていたからだ。

 

「なっ……!」

「動けぬ……!?」

 

 隊士たちが足下に目線をやれば、そこには異様な光景があった。鬼の影が長く伸び、隊士たちの足に巻き付いていたのだ。

 

「お? 喋れるのか喋れるのか? 今まで喰った奴らとは違うなあ。強いとちったあ動けるのか? でも結局動けねえんじゃ意味ねえな意味ねえなギャハハハハ!」

「何だこれは!」

「血鬼術だよ血鬼術! 俺の血鬼術の影縛りだ! 俺の影に捕らわれた奴は動けなくなる!」

 

 この男を鬼にしたのは、当然のことながら鬼舞辻無惨だ。今の無惨が鬼を作る理由は二つ。

 

 一つは日光克服薬開発のため。だがそのために鬼にした者は即座に無限城に連れて行くし、食事も用意しているので外で人間を襲うような事はない。

 

 そしてもう一つが、鬼殺隊壊滅のため。単純に戦闘やそれに向いた血鬼術を発現する事を期待して、鬼とした者。そして数百年を生きる無惨の見立ては、かなりの確率で正しい。つまりこの鬼は、()()()()とは言え、強いのだ。呼吸を使えぬ者すら交じる一般隊士が後れを取るのは、無理からぬ事であった。

 

 ――――水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 

 だがそんな鬼より、柱の方が強い。たとえ鬼と戦うのが初めてでも、血鬼術という存在が初見でも、成り立ての鬼に()()()()される者が曲がりなりにも柱になれるはずもない。まるで最初からそういう風に出来ていたかのように、鬼の首がころんと床に転がった。

 

「へあ? ……首!? 俺の首が俺の首が!! てめえ、何してくれてんだ!!」

「驚いたな、首だけになっても喋れるのか。どういう身体をしているんだ」

「うるせえ! 許さねえぞ許さねえぞてめえら全員道連――」

「うるさいのはお前だ」

 

 水柱の手がぶれると、次の瞬間鬼の首は四つに分かたれていた。倒れていた身体の方も、頭を追いかけるように灰になって消えて行く。拘束から解放された隊士たちが、安堵に大きく息を吐いた。

 

「た、助かりました、水柱様」

「ありがとうございます」

「“日輪刀で頸を斬れば鬼を倒せる”。お館様の仰っていた事はやはり正しかったな」

 

 こんな時までお館様かよ、と隊士たちの心が一つになったが、それで助かったので何も言えない。取り繕うようにという訳でもないが、一人の隊士が口を開いた。

 

「そ、それにしても水柱様、よくあの影に捕まりませんでしたね」

「ああ、何か嫌な感じがしたから斬ってみたんだ。上手く斬れたのと、斬った事に気付かないくらい奴が鈍かったのは幸運だったな」

 

 血鬼術と言っても太陽には弱く、当然日輪刀にも弱い。だから斬れる事に不思議はないが、斬られても鬼が気付かなかったのは迂闊としか言いようがない。成り立てで血鬼術まで使える才能があったとしても、やはり成り立ては成り立てという事だったのであろう。

 

 ちなみに鬼は、珠世が作った『人間と同じものを食べられるようになる薬』を全員投与されている。従って野放図に人を喰う鬼は、将来的に無惨に面倒ごとを持って来ると判断されて処分される。あの鬼の存在が消滅するのは、遅かれ早かれ決まっていたのだった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「なぜだ! なぜ見つからんのだ!」

 

 三ヶ月後。水柱は吠えていた。鬼舞辻無惨が見つからず吠えていた。

 

「んな事言われましても、見つからんもんは見つからん、としか」

「なぜだ! 鬼が存在して人を喰っている事は、鬼殺隊全員が知るところになっただろう!」

「あの時見た奴らから広まってますからね」

「ならば鬼殺隊たる我らが鬼舞辻無惨を放っておく訳にはいかないという事も、鬼殺隊全員が同意しただろう!」

「いやあれはアンタの勢いに押されて同意させられたというか……まあ放置するのはまずいってのは同意しますが」

「だったらなぜ見つからんのだ! 人を喰っているのだ、死体がなくとも行方不明になった人間はいるはずで、それを探せば鬼に行き当たるはずだろう!」

「そうなんですよね……いやほんと何で見つかんないんでしょうね。見つかったのはどう考えても鬼には関係ないのばっかでしたし」

 

 激する水柱に首を捻る部下だったが、目の付け所は鋭いと言える。ただ彼らは、今の鬼が人を喰わずとも生きていけるようになっている事を知らず、人を喰う鬼は無惨が処分している事を知らなかっただけである。

 『人を喰うような鬼は自身に面倒を持ち込む』。自分で鬼にしておいてあまりに身勝手な無惨の言い分ではあったが、それは今のところ正しいと言えた。

 

「うぬぬぬぬ…………! 何とかしろ!」

「何とかっつっても……。これだけ探してもまともな情報が入らないって事は、鬼は人以外も食えるとか実はもう死んでるとか、そんなんじゃねえんですか?」

「そんなはずはない! お館様は“鬼は人喰いだ”と仰っていた! それにお館様の呪いは未だ解かれていない! お前はお館様を疑うのか!」

「いやそーゆー訳じゃねえですけどね……」

 

 部下――実質副官――は大きく息を吐き出し頭をばりぼりと掻く。そんな彼に向かい、水柱はずびしと指を突きつけ言い放った。

 

「お館様の御命がかかっているのだぞ! 時間もない、何とかならずとも何とかしろ! それともお前は、お館様が亡くなられても良いと言うのか!!」

「んな事は一言も言ってねえでしょうが……。まあ何とかやってみますよ」

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 無惨の如く部下に無茶振り(パワハラ)をして二ヶ月後。水柱は、その部下の肩を掴んでがくがくと揺さぶっていた。

 

「見つけただと!? それで場所はどこだ、鬼舞辻無惨はどこにいる!!」

「ちょっ、ちょっと落ち着いてくださいよ!」

 

 焦りで手加減を忘れているので本気であり、それに焦った実質副官がどうにかこうにか引き剥がす。それでも水柱は、ふんすふんすと鼻息荒く実質副官に迫った。

 

「いいですか、鬼舞辻何某を見つけた訳じゃありません。ただ怪しい奴がいた、ってだけです。そいつが鬼なのかもまだ分かりません」

「だが怪しいのには違いないのだろう!? さあ聞かせろ、今聞かせろ!」

「分かってますよ、実はですね――――」

 

 曰く、定期的に大量の食糧を買って行く者がいるという。それだけなら目は引くが不自然でもない。だがその男が、決まって日が暮れてからやって来て、しかもかなりの重さであるはずの食糧を、ただ一人で運んで帰るとなると話は違ってくる。

 

「鬼だな間違いない! さあ行くぞいざ斬るぞ!」

「いやそうと決まった訳じゃないですからほんと落ち着いてくださいよ。何か夜にしか動けない事情があるとか、呼吸を使えるから力があるとか、そんな感じかもしれないじゃないですか」

「何を言っている、鬼殺隊以外に呼吸を使える奴がいるはずがなかろう」

「いやそれは分かりませんて。鬼殺隊を辞めた奴が子供に教えたとかならありえますよ。才能のある奴だと、人が使ってるのを見て勝手に覚える事もありますし」

「む…………」

 

 考え込む水柱だったが、その考えは一瞬でどこかに行った。誰でも至れる結論に至ったからだ。

 

「……ともかく、確認しに行くぞ! 全てはそれからだ!」

「いや柱直々に行かんでも……。確認取れてからでもいいじゃないですか。それに他の柱の方々に協力を仰い……」

「時間がないのだ私は行く! 他の柱どもは“後進の育成に忙しいから確証が得られたら呼べ”と断ってきやがった! お館様の御命をないがしろにするとは、隊士の風上にも置けん奴らだ!」

 

 それはお館様の命令に従った結果なのではとか、確証が得られたら呼べというのは協力するという意味なのではとか、様々な考えが実質副官の胸によぎったが、その全てを彼は飲み込んだ。こうなった水柱は人の言う事を聞かないと、誰よりもよく知っていたからである。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「(あいつか)」

「(ええ、情報が正しければですがね)」

 

 数日後。情報にあった場所をずっと張っていた水柱は、件の“怪しい男”をようやく見つけていた。なお水柱以外の人員は交代制なので、今実質副官がいるのは単なる偶然である。

 

「(……見た目は普通の人間だな)」

「(いやまだあいつが鬼かどうかは分からないですからね?)」

「(おっ、動いたぞ!)」

 

 見られているとは気づかない男は、大きな袋を抱えて表の大八車に積み込んで行く。どうやら食料が入っていると思われたが、男の体格からすると明らかに大きすぎるサイズだった。とは言え、明らかにおかしいという程でもない。見た目よりも力がある、と驚かれるであろう程度である。

 

「(……どう思います? 力は確かに強いようですが、それだけでは何とも言えねえですよ?)」

「(……気配が、普通の人間と少しばかり違う気はする。だが、鬼かと言われると分からん)」

「(人喰いだってんなら、食料を買い込む必要もねえですしな)」

「(食料を買って行くからと言って、人喰いをしていないという証拠にはならん。偽装かもしれんし、人間を捕らえているためかもしれん)」

「(そりゃまあそうですが……ならどうすんで?)」

「(知れた事。このまま追いかけるだけだ)」

 

 二人は男を尾行していく。大八車は悪路も夜闇も物ともせず進み、郊外の森の中にある、目立たない小屋の中に入っていった。

 

「(あそこが根城ですかね……?)」

「(おそらくはな……)」

 

 部下が指示を仰ぐべく横を向くと、水柱は意を決したような顔で小屋を睨みつけていた。

 

「(…………私はこのままあの小屋を探る。お前は戻って皆に知らせろ)」

 

 未だ鬼殺隊に鎹鴉はいない。遠く離れた者に連絡を取ろうとするならば、直接人が行くしかない。だが、だからといって部下は水柱の命令に素直に従う事は出来なかった。

 

「(危険です! 場所は分かったんですから、一度撤退して皆を……出来るなら、他の柱の方たちも連れて来るべきです! それに、鬼と関係がなかったら何て言い訳すんですか!)」

「(時間がないんだ!!)」

 

 鬼気迫る水柱の迫力に部下は黙り込む。

 

「(お館様の両目はもう見えない。もう自分一人では、布団から起き上がる事も出来ないんだ。医者はあと一月などと言っていたが……最悪の事態が、いつ起こってもおかしくない。考えたくもないが、それこそ明日にでも……)」

「(だから鬼舞辻何某を倒して呪いを解く、ってんですか? ソイツが呪いをかけたという確証はないし、倒せば呪いが解けるって証拠もないんでしょう? いやそもそも、お館様一族の短命が、呪いによるものだって誰が言ったんです?)」

 

 理路整然とした部下の言に、今度は水柱が黙り込む。水柱は直情径行の気はあるが、決して馬鹿でも愚かでもない。それでも尚、譲れないものはある。

 

「(…………分かっている。だが私は行く。行かねばならん。可能性があるとしたらこれだけだ、()()()()()()()())」

「(そいつぁ……)」

 

 部下にも分かっている。産屋敷の病はどんな医者に見せても原因不明としか言われず、匙を投げられた事を。刀を振るしか能のない水柱が産屋敷を助けようと思ったら、いくら不確かでも鬼舞辻を倒して呪いが解けるのを祈るしかない事を。

 言葉が出てこない部下に向け、水柱が言い訳のように言葉を続けた。

 

「(……どちらにしても鬼なら人喰いだ。放っておく訳にはいかん)」

「(……まったく、そんな頑固だから嫁の貰い手がないんですよ)」

「(う、うるさいな! 私の事は放っておけ!)」

 

 顔を赤くして小声で怒鳴る水柱は、中性的な容姿ながらも、明らかに女性と分かる顔だった。

 

「(…………なるべく早く戻ります。無茶はせんでくださいよ?)」

「(…………ふん、私は鬼殺隊の柱だ。この程度無茶でも何でもない)」

 

 彼女は今までに、いくつもの分水嶺を越えて来た。産屋敷に出会った事、水柱となった事、本物の鬼と出会い戦った事、「怪しい男」の情報が入って来た事、そしてその男を実際に見つけた事。だが真の分水嶺――いや、帰還不能点(ポイントオブノーリターン)というものがあるのならば、それはまさに今この時だったのだろう。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 小屋の中に入りこんだ水柱が見たのは、がらんとした部屋だった。囲炉裏だけはあるが、熱を感じず使われたような形跡はない。小屋にはこの一室しかなく、もちろん隠れるような場所もない。いかに夜で視界は利きにくいとは言え、見逃す訳などあるはずもなかった。

 

(私に気付かれず、大八車ごと出て行けるような場所も見当たらない……どういう事だ?)

 

 訝しく思いながら周囲を調べていると、ふと床の異常に気が付いた。一部の床板がほんの少しだけせり上がり、段差になっていたのだ。月明かりの下だからこそ僅かな影の差に気付けたのであって、これがもしも昼間なら気付けなかっただろう。

 

「これは…………!」

 

 その場所を探ってみると、床が開くようになっている事に気付いた。開けた先には広く真っ暗な通路が、地の底に向かって伸びていた。水柱は唾を飲み込むと、そこに一歩足を踏み入れた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 通路の先、地下深くにあったのは普通の家だった。いや、通路は直接内部に繋がっていたので建物の外見は分からないし、地下に建っているという時点で普通ではないのだが、少なくとも水柱が見る限りでは普通の邸宅とさして変わらなかった。

 空間が歪むだとか、殺意に満ちた罠に溢れているだとかを考えていた彼女は拍子抜けしたが、そこで人影が動いているのを見つけ急いで身を隠した。

 

(鬼……だよな……?)

 

 灯りが極端に少ないため分かりづらいが、若い女であり、額の中央には一本の角が生えているように見えた。顔には入れ墨のような文様があり、黒目は黒のままだが白目の部分が赤くなっており、明らかに人間ではなかった。

 

 それでも戸惑わざるを得なかったのは、先日の影鬼とは気配が違い過ぎたためだ。暴力的という言葉そのままだった影鬼に比べ、この女鬼は大人しすぎた。全く強そうに感じられず、それこそ普通の人間とほとんど変わらない。実はあの角や眼は作り物だと言われたら、信じてしまいそうな程だった。

 

(いや、だが、躊躇っている暇はない! 鬼舞辻無惨を倒さねば、お館様が!)

 

 ぼんやりしていれば、他の鬼が来てしまうかもしれない。水柱は周囲に気配がない事を確認すると、女鬼の後ろに回り込み刀を首筋に押し当てた。

 

「動くな」

「え?」

 

 女鬼は反射的に後ろを振り向こうとして、首筋の冷たさに気付き身体を固まらせた。素人丸出しの挙動に水柱は内心戸惑ったが、それを表に出す事なく冷たい声で問いを投げた。

 

「貴様は鬼だな?」

 

 女鬼は恐怖に震え、口を開く事が出来なかった。水柱からはその恐怖に歪んだ顔は見えなかったが、返答がなかったため、首筋を軽く斬った。

 

「答えろ」

「ひっ!」

 

 痛みと恐怖に身じろいだ女鬼の手が当たり、鋏が床に落ちて音を立てた。あまり大きな音ではなかったものの、人が集まる事を恐れた水柱は、尋問を拷問に切り替える事にした。

 

「答えろと言ったぞ」

「いっ、いだっぃ」

 

 逃走防止も兼ねて刀で足を貫く。女鬼の足からがくんと力が抜け、地べたに座り込む。その拍子にちょうど見上げるような格好になり、水柱と女鬼が上下で向き合った。

 

「ぇ? 人間……? な、なんで……?」

「その言葉が出て来るという事は、やはり貴様は鬼だな。鬼舞辻無惨はどこにいる」

「し、知らない!」

 

 女鬼は身体を大きく震わせ叫んだが、それは逆効果であった。

 

「場所()知らないという事は、鬼舞辻無惨は知っているという事だな」

「あっ!?」

 

 誘導尋問に簡単に引っ掛かる素人ぶりに、水柱の戸惑いはますます大きくなるが、そんな感情は全て産屋敷への忠誠で塗りつぶす。心を固めた彼女の口から出て来たのは、氷のように冷たい声だった。

 

「奴がどこにいるか吐いてもらうぞ」

「言っ、言わない! 絶対言うもんか!」

「お前の意思など関係ない。そのうち嫌でも言いたくなる。だがここではまずいな……」

 

 水柱は女鬼の髪を掴むと、そのまま引き摺って元来た道を引き返し始めた。女鬼はばたばたと手足を振り回すが、仮にも柱。その程度ではこゆるぎもしない。

 

「いっ、嫌ぁっ!!」

「暴れるな。それとも手足の二、三本でも斬り落とした方が良いか?」

「ひぅっ」

 

 恐怖に縮こまる女鬼だったが、そこで水柱に異変が起きた。まるで酒に酔ったかのように、踏み出した足がぐらりと(かし)いだのである。

 

 ――――血鬼術 惑血・視覚夢幻の香

 

 騒ぎを聞きつけ鬼狩りを見つけた珠世が、血鬼術を使ったのだ。それはたちどころに効果を現し、水柱の視界を奇怪な紋様で埋め尽くし、方向感覚すらも狂わせた。

 

「逃げなさい! 急いで!」

「はっ、はい!」

 

 珠世の声に、女鬼は鬼の怪力で水柱の手から逃れ、慌てて脱兎の如く逃げ出す。ここで水柱に誤算があった。足を刺したから動けないだろうと思っていたのだが、実際はとっくに治っていたのだ。

 先日の影鬼は一撃で斃してしまったため、鬼の再生能力を知らなかったのである。女鬼の首筋をもっとよく見ていれば、先程の傷が消えていた事に気付けたかもしれないが、後の祭りだ。

 

「おのれ、血鬼術とやらか!」

 

 水柱は刀を振り回し、手当たり次第に斬りつける。珠世の血鬼術は知らないが、血鬼術の存在は知っている。()()()()の業を使われるかもしれないと覚悟していた彼女に、視界の閉塞や多少の体調不良など退く理由になりはしない。

 

「…………いない?」

 

 そのまましばらく暴れていたが、手応えがないと覚るとようやく落ち着いた。その時ちょうど術の効果が切れたのか視界が戻ってくるが、周りには誰もおらず気配もない。砕けた皿や何かが書かれた紙束等が散乱するだけである。

 

「逃げるにしても入口は私の後ろ……いや」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と彼女はようよう気が付いた。チッと舌打ちするが、もはやどうしようもない。忸怩たる思いだったが、ここは一旦味方と合流すべきだろうと、先程入って来た入口の方へと足を向けた。

 

「惜しかった……くそ、鬼舞辻無惨は一体どこに……」

「ほう、私を探しているのか」

 

 低い声に顔を上げた水柱の目に飛び込んできたのは、一人の男だった。(まなじり)を吊り上げ尖った犬歯を剥き出しにし、マグマの如き怒りを総身から噴き上げている男だった。

 

 だが水柱にとって、男の様相などどうでもいい。それよりも、男が口にした言葉の方が重要だった。それは即ち、この男こそが探し求めていた鬼舞辻無惨だという事なのだから。

 

「貴さ――――!」

「死ね」

 

 水柱は何かを言おうと口を開いたが、次の瞬間にはその口が無くなっていた。いや、口どころか首から上が全て消えて無くなっていた。血鬼術でもトリックでもない。もっと単純に、怒り狂った無惨が腕を振りぬいたのだ。ただのそれだけで走馬灯を見る間もなく、柱と呼ばれる鬼殺隊最高峰の剣士は絶命した。

 

「珠世! 生きているか!」

 

 血を噴き出させ()()と倒れる水柱だったものには目もくれず、無惨は腹心の名を呼ぶ。彼女は逃げたのではなく気配を消して隠れていただけだったようで、すぐに顔を見せた。

 

「無惨様!」

「無事だな!? 他の者は!」

空木(うつぎ)が怪我をしましたが、すでに治っています! 他は無事ですが、道具や資料を多少壊されました!」

「くそ……! やむを得ん、ここを引き払うぞ! 皆を集めて荷物をまとめろ!」

「はい!」

「無惨様……」

 

 後ろから、無惨と共に駆け付けた黒死牟が姿を見せた。その姿は一見して普段と変わりなかったが、付き合いの長い珠世は、雰囲気が常より鋭くなっている事に気が付いた。

 

「集まって来ていた鬼狩りの殲滅、滞りなく……。柱も一人おりましたが、一人たりとも逃がしてはおりません……」

「よし! 珠世、移動先は北の寺だ! 急げ!」

 

 まるで万一の場合に備えていたような口ぶりだが、そのような事実はない。単に大きな廃寺がある事を知っていただけである。それでもセーフハウスになり得る場所を記憶に留めていただけ、昔よりは成長していると言えるだろう。

 

「分かりました、ただちに準備にかかります!」

「黒死牟! お前は珠世たちの護衛だ! 鬼狩りが向かって来れば皆殺せ!」

「承知……!」

「私はまた来るだろう鬼狩りを殺し尽くす! いい加減しつこいぞ異常者どもめ、どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ……!!」

 

 無惨はすでに他の鬼を呼び寄せている。ほどなく猗窩座や玉壺、童磨という無惨が選りすぐった鬼たちが集結するだろう。だが、鬼そのものの形相で外に飛び出して行った無惨を見るだけでも、今日この場所に来る鬼殺隊がどのような運命を辿るかは明白だった。

 



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7話 「鳴女」 江戸~明治(西暦1800~1850年頃)

 はいどーもこんにちは。屑オブ屑運の走者です。無限城があれば襲撃される事はないとは何だったのか。いや“食料その他を直接運び込む必要がある&鳴女がいない”のが原因だって分かってはいるんですけどね。

 でもあんな水柱とか知りません。なんなのあの狂信者……産屋敷のカリスマこわい。

 

 もっとも水柱は知りませんが、影鬼の方は知ってます。ゲームオリジナルのキャラで、育てばかなり強くなります。私が見たプレイ動画だと、確か下弦の壱になってました。上手くすれば上弦にも届くみたいです。

 でも名前は忘れました。それもこれも“ラップ鬼”とか“鬼ラッパー”なんてあだ名をつけた連中のせいです。ワンピースの赤犬とラップバトルする動画を作った人は深く反省して欲しいです。

 

>「いつまで経っても鬼狩りどもを皆殺しに出来ず、あまつさえ無限城に攻め込ませる始末。お前たちは一体何をやっていた?」

>廃寺にて。跪く鬼たちを前に、無惨は怒り心頭に発していた。

 

 おっと、始まってました。無限城を引き払った直後ですね。猗窩座たち後の上弦を並べてパワハラです。でもこんなんでも原作よりは百倍くらいマシという事実。まあ無限城に戦力を置いてなかったのは無惨様の失態ですが、それを反省するようなら無惨様じゃないです。

 

 もっと言うと、影鬼が鬼殺隊に倒された事に気付いていれば防げたかもしれませんが、ちょうど間が悪く忙しい時だったので気付きませんでした。その後に反応がなくなってる事には一応気付きましたが、時間が経ってたので、間抜けな鬼が日光に焼かれたのかと気にもしてませんでした。

 強いけど脇がガバガバな辺り、無惨様はやはり無惨様です。

 

>「猗窩座。私はお前たちに何と命じた?」

>「は……鬼狩りどもを見つけ出し、皆殺しにせよと」

>「そうだ。それだけの事だ。そう難しい事ではないはずだ。だというのに何故、産屋敷の居場所すらも見つけられていない?」

>無惨の顔にびきびきと青筋が増えてゆく。

>誰も何も言えない中、声を上げたのは空気が読めない男、童磨だった。

>「誠に申し訳ありませぬ! どのようにお詫びいたしましょうか、はらわたを引きずり出しましょうか、それとも……」

>「いらん」

>わくわくしながら笑う童磨を、無惨は嫌そうな顔で一刀両断した。

>無惨は目の前にいれば配下の鬼の心が読めるので、本当に嫌そうだった。

 

 どんだけ嫌われてるんだ童磨……。でも無惨様のストレスゲージがちょっと下がって落ち着いた感。怒りが嫌悪に置き換わっただけな気もしますが結果オーライ。まさか童磨がこういう事で役に立つ日が来ようとは。でももう来なくていいです、危ないんで。

 

>「無惨様、少々よろしいでしょうか」

>「なんだ珠世」

>気勢が削がれたのを見計らい、珠世が無惨に声をかける。

>付き合いが長い彼女は、無惨の勘所をよく押さえていた。

>「猗窩座さんたちを責めても問題は解決しません。幸い被害も大したことはありませんでしたし、ここは善後策を講じるべきかと」

>「……確かにな。何か考えでもあるのか?」

>無惨の怒りの矛先が鈍った事に、鬼たちが空気を弛緩させる。

>童磨だけは変わらず笑顔だったが、何故か少しばかり残念そうにしていた。

 

 珠世と無惨様で「良い警官悪い警官」みたいになってますね。意図してやってる訳じゃないでしょうが、人心掌握には中々効果的な手法です。童磨以外には。マジなんなんでしょうコイツ。

 

>「はい。まず今回の問題は、無限城に攻め込まれた事です。どうやって場所を突き止められたのかは分かりませんが、時間的に考えておそらく買い出しの者が尾けられたのではないでしょうか」

>「……ありそうな話だな」

>無惨の目が珠世の後ろで小さくなっている鬼たちに向けられる。

>その言わんとする内容を察した珠世が機先を制した。

>「ですがこれからも有り得る話でもあります。彼らは戦いどころか気配の探知など出来ませんし、出来るように鍛えるとなるとどうしても研究の時間が削られてしまいます。それは無惨様も望まれないと思われます」

>「それはそうだが……ではどうする?」

>「解決策はいくつかあります。護衛をつける事、見つかりにくい場所に新しく無限城を造る事、産屋敷の居場所を見つけ、鬼殺隊を滅ぼす事。このうち、新たな無限城は皆さんの協力があれば造れると思います。隣で造るところを見ていましたし、教えてももらいましたので」

 

 さらりととんでもない事言ってますね……さすがサポートSSR。しかし研究者に医者に大工とか、珠世がどこに行こうとしてるのかいよいよもって分からなくなって来ました。

 

>「鬼殺隊は私ではどうにもなりませんが、一番いいのは見付からない事です。玉壺さんの壺のように、瞬間移動の血鬼術でもあればほぼ見付からなくなるのですが……」

>「玉壺の血鬼術だと、自分以外は移動出来ぬからな……。しかし空間系の血鬼術は珍しい。そうそう見つかるものではない」

>「はい。ですので現状では護衛をつけて頂き、より周囲を警戒する程度が関の山です」

>「…………よし」

 

>【黒死牟に護衛を命じる】

>【猗窩座に護衛を命じる】

>【玉壺に護衛を命じる】

>【その他】

 

 選択肢が出てきました。能力的には一応誰でもこなせますが、ここは【玉壺に護衛を命じる】を選びます。血鬼術で数を出せる上、短距離転移で玉壺本人が駆け付ける事も出来るので適任です。意外とコミュ能力もあるので性格的にも問題はありません。見た目はあんなんなのに。

 なお童磨の名前が出ないのは仕様です。一応【その他】で無理矢理やらせる事は可能ですが、その場合は教祖を辞めさせる必要があるのでデメリットが大きいです。あと珠世がブチ切れます。

 

>「玉壺。お前が珠世たちを守れ。せめてその程度は私の役に立て」

>「畏まりました」

>「今日のような事が再びあれば、どうなるかは分かっていような……?」

>「も、もちろんです! この玉壺、全身全霊をもって無惨様のお役に立たせていただきます!」

>「ならばよい。私はどうやら、お前たちを甘やかしすぎたようだ」

 

 ちょいちょいパワハラ挟むのマジ無惨様。でも玉壺はこれで喜ぶんだよなあ……無惨様鬼にする人選ミスってません?

 

 これで二代目無限城には壺焼き用の窯ができ、探索が得意な玉壺が動けなくなるので、鳴女が入らない限り産屋敷の居場所を見つける事は困難になります。鳴女が見つからなかったら玉壺に産屋敷を探させざるを得ないので、護衛は猗窩座にでもやらせるしかないんですが、強くても一人しかいないのであんま向いてません。やっぱ数を出せる半天狗がいればなあ……童磨じゃなくて。

 

 

>雲が低く垂れこめる冬の夜だった。

>吉原遊郭の中でも最下層と言われる、羅生門河岸。

>そんな場所を、青年にならんとしている少年が、よたよたとした足取りで歩いていた。

>真っ黒に焼け焦げた死にかけの妹を抱えて、覚束ない足取りで歩いていた。

>周囲の家に人はいるが、誰も彼もが自分の事で手一杯。人を助ける余裕などない。

>ましてそれが、醜く狂暴な嫌われ者と、侍の目を突き刺し報復で焼かれた遊女ともなれば。

>彼らに手を差し伸べる()()はどこにもいなかった。

 

>「雪…………」

>暗い灰色の空から、粒の大きい花弁雪が降って来た。

>血のように真っ赤な牡丹を連想させる雪だった。

>「く、そ……」

>音もなく降り積もる雪の中、少年は抱えていた妹と共に地面に倒れ込む。

>斬られた傷から、血と共に歩くための体力も流れ出てしまったようだった。

>死にかけの兄と、死にかけの妹。

>死んだ兄と死んだ妹になるのは、時間の問題だった。

 

>「死にかけているな……。治すのか、珠世殿……?」

>「ええ」

>倒れる二人の後ろから現れたのは、二人の男女だった。

>美しい女と、精悍な男。

>医者として吉原に来ていた珠世と、その護衛としてつけられた黒死牟だった。

 

>「この二人に……治療の対価は払えまいが……」

>「研究を手伝ってもらいましょう。前例はありますから、お許し下さると思います。そろそろ環境も整ってきましたし、手が足りていないのは事実ですし」

>「ならば私は……戦いを教えてみよう……。あの侍、抜いた刀ごと鎌で頭を割られていた……。誰にも習わず(こな)したのならば……この子供には才がある……。今度こそ、あのお方にご満足いただける……やもしれぬ……」

>「……ひょっとして、紹介した方々が中々お眼鏡にかなわない事を気にされていたんですか? 『黒死牟の弟子だと言うのなら、生半な者では鬼とは出来ぬ』と仰ってましたよ?」

>「そうか…………そうか」

>二人はどこか()()()空気を漂わせながら、倒れる二人に血を分けた。

>こうして妓夫太郎と梅の兄妹は、鬼となったのだ。

 

 兄上ちょっと嬉しそうなの草。今まで無惨様が兄上の弟子を不採用にしてたのは、黒死牟の弟子だからってハードル上がりまくってたせいっぽいです。柱を瞬殺できる方を基準にするのはやめた方が……兄上気にしてたみたいじゃん。

 

 しかし妓夫太郎と堕姫が入ったのは良いんですが、スカウトするの童磨じゃないんですね。まあ教祖と医者、どっちが吉原にいて自然かっつったら医者ですけど。

 むしろ原作で何故童磨が吉原にいたのかという……メンタルケアと獲物漁りですかね? 見事に矛盾してるんですけど、童磨ならありそうな……というかいつも教団でやってる事ですね。まあここの童磨は、無惨様に禁止されてるんで人は喰ってませんけど。

 

>「ほう……中々筋が良いな」

>「ありがとうございます、無惨様!」

>鬼となり美貌を取り戻した梅――堕姫は、無惨と珠世に薬学を習っていた。

>残念な事にあまり頭は良くなかったが、それを補って余るほどに集中力があり、手先が器用だった。

 

>そして妹が楽しそうにしている頃、兄は強くなるために黒死牟に挑みかかっていた。

>「ちっく、しょう……!」

>「ほう……まるで蟷螂のような刃筋……。なるほど、我流だろうが悪くない……」

>「余裕だなあぁぁ!!」

>両手に鎌を持ち斬りかかる妓夫太郎と、刀も抜かずに躱す黒死牟。

>二者の間には、大きな溝が横たわっていた。

>「才はあるが……経験が足りぬ……。精進を続ければ、いつか私にも届くだろう……」

>「いつかってのはいつだぁああ! 今届かなきゃ意味がねえんだよなぁああ!! 俺はぁぁ、もう二度と奪われねええぇぇぇ!!」

>「その意気や良し……。今までの弟子に欠けていたのは……このような執念だったのかもしれぬな……」

 

 妹の方に薬学の適性があると言われてますが、実は兄の方にもあります。頭が良く情報処理能力が高く、珠世が前に言ってた“勘”、エジソンの言うところの“閃き”を持つ逸材です。兄が閃き妹が集中力と器用さで形にする、という息のあったコンボが使えるので、妓夫太郎兄妹が欲しかった訳ですね。

 薬学適性は隠しパラメータとしてそれぞれ個別に設定されてますが、この二人は上弦の中で最も高いんです。これで日光克服薬に近づきました。実はもうだいぶ出来てるので、最後の一押しになるかもしれません。

 

 ちなみにこの二人の次に適性が高いのは実は童磨だったりするんですが、やっぱり珠世がブチ切れるので却下です。ほんと自分の才能を腐らせる才能のある奴だな童磨……。

 

 

 それにしても、そろそろ鳴女も生まれてるはずなので、いい加減入って欲しいところです。でも彼女は琵琶法師として全国を回ってるので、エンカウントが難しいんですよね。本当は琵琶法師じゃなくて瞽女(ごぜ)って言うらしいんですが、ここは分かりやすさ重点で琵琶法師で通します。

 

 

>「窯の調子は如何ですか、玉壺さん?」

>「ヒョッヒョッ、上々ですよ。わざわざ造って頂き感謝しております」

>鬼の怪力と珠世の指揮によって瞬く間に出来上がった、二代目無限城にて。

>珠世が玉壺のために据え付けた、壺焼き用の窯の様子を尋ねていた。

 

>「これが焼き上がった壺です。どうです、中々でしょう?」

>「ええ、とてもお上手です。これなら売り物にもなるのではないですか?」

>見せられた壺は、実際のところ良く出来ていると言えた。

>白地に赤い花模様があしらわれており、サイズも大きすぎず小さすぎず。

>少なくとも、骨董品屋に並んでいても違和感のない出来栄えだった。

 

>「売り物……それもまたよし。私の壺が売れるのなら、悪くはありませぬな」

>いくら複数あるとはいえ、この短い腕でどうやって壺を作っているのだろうと珠世は不思議に思ったが、口に出さない分別が彼女にはあった。

>当初はそのおぞましいランプの精じみた姿に驚いたものだが、案外お喋り好きな玉壺の性格もあって、今ではすっかり慣れていた。

>どんな姿をしていようが童磨に比べれば遥かにマシ、という考えがあったかは定かではない。

 

>「ヒョヒョッ、それにしても珠世殿は見る目がおありになる。もう一つの芸術も是非お目にかけたいが、今は材料が揃わぬゆえご寛恕願いたい」

>「芸術……確か、人の死体を使うとか……」

>「いかにもその通り! 死体を使う事で、『死』そのものを表現するのです!」

>「……そうですか」

>珠世の感性は普通なので、そういう話をされても理解できない。

>むしろ嫌悪や忌避を感じるのだが、同僚に対してそれを言う事が良い結果をもたらさない事くらいは分かっている。

>従って普段は適当に流すばかりなのだが、この日はふと思いついた事を口にしていた。

 

>「……死体を使うという事は、そのうち腐ってしまうのですよね?」

>「もちろんそうですが、それが何か?」

 

>「一月も持たずに朽ちるものが芸術なのですか?」

 

>その言葉に玉壺は固まった。

>目を見開き身体を震わせ、絶句していた。

>「あ、あの、玉壺さん?」

>あまりの豹変ぶりに困ったように声をかけるが、そこで玉壺が爆発した。

>「珠世殿ぉ!!」

>「はっ、はい!」

>「ありがとうございます!」

>「はい?」

>唐突な礼の言葉に目を丸くする珠世。しかし玉壺はそんな珠世を気にも留めず、自分の世界に入っていた。

 

>「そうだ、何故気付かなかったのか! 腐ってゆく儚さも含めての芸術だが、それでは見る者が限られてしまう! すぐに死んでしまう人間に見せる事も考えるのなら、長持ちさせる事も考えなければならなかった!」

>玉壺は赤子のような短い手で珠世の手を強く握る。見た目通りのぷにぷにとした手触りに珠世はさらに混乱するが、玉壺はそんな事に気付く様子もなくまくしたてた。

>「本当にありがとうございます珠世殿! 新境地が見え申した!」

>「は、はあ……どういたしまして?」

>「こうしてはいられぬ! 今すぐ色々と試してみなくては! 何かあったら呼んで下され! しからばごめん!」

>言うが早いか、玉壺は壺に引っ込み転移で姿を消した。

>後にはぽかんとした顔の珠世だけが残されていた。

 

 早送り中にログを見てみましたが、なんか結構仲いいですね。玉壺はある意味原作通りですが、ここだと殺人を無惨様から(基本的に)禁止されているので、「芸術」の素材が手に入ってないようです。それで新境地とか言ってる訳ですが……死体の防腐処理でも始めるつもりなんですかね? いや、死体そのものが手に入らないなら違うか……? ……まあいいか、玉壺だし。

 

 

>「その目が見えるようになりたくはないか」

>夜。無惨はとある女の許に訪れていた。

>昼間に薩摩琵琶を弾き、平家物語を吟じていた盲目の女の許だ。

>全く強そうには見えないし、強くなる事もないだろうが、『見たい』という思いが強いのなら、見る事に特化した血鬼術――例えば千里眼のような――を発現するかもしれないと思っての事だ。

>そうすれば産屋敷の居場所を見つけられるかもしれない。

>見つけられさえすれば、仮にこの女に戦闘能力がなくとも、手持ちの戦力で殲滅できる。

>無惨の思考は、どこまで行っても攻めの思考だった。

>「え……? 目、を……?」

>「そうだ、鬼になればその目も治るだろう。どうだ?」

 

 ひょっとして……鳴女? 間違いないです、鳴女です! 戦略級血鬼術の鳴女です! これは私にも運が回って来ましたよ! もう屑運とは言わせません!

 

 それでは私が屑運ではないと証明されたところで、ちょっと早めですが今日はこれまで! ありがとうございました! いやー、この運の良さからすると、ひょっとしたら次くらいでトロフィー取れちゃうかもしれませんね!

 




今日の主な獲得トロフィー

「無限は夢幻に」
 無限城を放棄した者に贈られる。
 


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8話 「弓張月」 明治(西暦1850~1900年頃)

「鳴女と申します」

 

 新たに完成した、二代目無限城にて。以前からいた鬼たち全員――忙しくて中々動けないはずの童磨も含め――と、琵琶を抱えた一つ目の鬼、鳴女が顔合わせを行っていた。

 

「鳴女の血鬼術は先程見せた通りだ。何故こうしてわざわざ紹介したか、分からぬ者はまさかいまいな?」

 

 鳴女の血鬼術を端的に表すなら、索敵と瞬間移動だ。自分で移動できる目玉の化け物のようなものを複数生み出し、それと視界を共有出来る。さらに虚空に襖を生じさせ、別の場所の襖と空間を繋げる事も出来る。これで外に出ていた者を呼んだのだ。

 

 分かりやすく例えるなら、自立移動式監視カメラとどこでもドアである。未だどちらも小規模にしか展開できないが、『鬼殺隊に見つからない』と『産屋敷の居場所を見つける』双方を一気に解決できる可能性を大いに秘めた、非常に有用な血鬼術だ。

 無惨がわざわざ顔合わせさせるのも無理からぬ事であった。

 

「――いないようなので本題に入る。どうにもお前たちは最近たるんでいるように思う」

 

 半分くらいは難癖なのだが、鬼気を発しながら話す無惨に意見出来る者はここにはいない。それに完全に言いがかりという訳でもない。先代無限城に鬼殺隊を通したのは明らかな失態であった。その責任は最終的に無惨に帰するものではあるが、無惨がそれを認める事はないし、失態である事に変わりはない。

 

「これは危機感が足りぬからではないかと私は考えた。故に“十二鬼月”を制定し、序列をはっきりさせる」

 

 耳慣れない単語に鬼たちの間に困惑が走るが、それを見越していたように無惨は説明を続けていく。

 

「戦闘を行う上弦の月と、薬の開発を行う下弦の月に分かれ、それぞれ()から()の六名ずつ。数字が小さいほうが序列は上だ。基本的に下弦より上弦が上だが、上弦は下弦を守れ」

 

 今までも得手不得手で専門は自然に分かれてはいたが、それをはっきりとした形にし、上弦を明確に下弦の護衛にもしようという事である。狙ったわけではないが、戦闘要員も薬開発班もちょうど六名ずつ揃った事もこの制度を考え付いた理由なのであろう。

 尤も一番の切っ掛けは、黒死牟の進言であったが。彼は戦国時代の武家出身なので、序列には厳しいのである。

 

「上弦は純粋に強さのみで決まり、下弦は私への貢献度で決まる。上弦が上に行きたい場合は、誰でも構わぬから上の番号の者に戦いを挑み勝て。勝てば数字が入れ替わる。下弦は成果を出し私の役に立て。では発表する」

 

 上弦の壱が黒死牟、弐が童磨、参が猗窩座、肆が玉壺、伍が妓夫太郎、陸が鳴女。

 下弦の壱が珠世、弐が空木(うつぎ)、参が(しきみ)、肆が鳥兜(とりかぶと)、伍が馬酔木(あしび)、陸が堕姫。

 

 下弦の鬼たちは血の気が多いという事もなく、そもそも元から珠世の下に横並びのようなものなので特に不満はないようであった。堕姫だけはもっと上に行って無惨の役に立ちたいと顔に出ているが、新入りで不足している物が多い事は分かっているので口には出さない。

 上を狙う理由と手段があるとするなら、上弦の方であった。

 

「下の者は上を目指せ。上の者は下に蹴落とされぬように努力しろ。何かある者は」

「よろしいでしょうか」

「何だ猗窩座」

「“上弦が上に行きたい場合は、上の番号の者に戦いを挑み勝て”との事でしたが、それは今すぐでも構いませんか」

「いいだろう。黒死牟と童磨、どちらに挑む?」

「童磨に」

「俺かい?」

 

 鋭い目つきで童磨を睨む猗窩座と、いつものようにへらへらと笑う童磨。どう見ても水と油の二人だったが、ここで悪意なく油に火を注ぐ*1のが童磨である。

 

「そうかそうか、後から来た俺が上にいちゃ面白くないもんな。いいぜ、戦おうか猗窩座殿。友達同士で戦うのもたまにはいい!」

「………………」

 

 今の猗窩座の顔に表題をつけるなら、“憎しみで鬼が殺せたら”である。その内心はここにいる全員が分かり過ぎるほど分かっており、分かっていないのは当の童磨だけ。つくづく、人の逆鱗を踏み抜く才能に溢れた男であった。

 

「……黒死牟、鳴女、流れ弾を処理して被害を減らせ。玉壺と妓夫太郎は下弦を守れ。猗窩座、童磨、前へ出ろ」

 

 怒った時の無惨に勝るとも劣らない形相になっている猗窩座と、にこにこと楽しそうな笑顔の童磨が前に出る。合図も待たず猗窩座が殴り掛かり戦いが始まったが、無惨がそれを咎める事はなかった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「死ね!!」

「さすが猗窩座殿だ、迫力あるねえ!」

 

 猗窩座が童磨の顔を殴り飛ばそう……いや、消し飛ばそうと突進し、童磨は笑顔を崩さず後ろに飛び退りながら迎撃の血鬼術を発動させる。

 

 ――――血鬼術 冬ざれ氷柱

 ――――破壊殺・乱式

 

 童磨が尖った氷柱を横向きにして何本も射出すると、猗窩座は拳から衝撃波を乱れ打ちしそれらを砕く。今度こそその頭に一撃を食らわさんと猗窩座が突っ込み、童磨が両手の鉄扇を振るい迎え撃った。

 

 ――――血鬼術 散り蓮華

 

 蓮の花弁を模った氷が扇の軌跡に沿うように出現し、猗窩座に襲い掛かる。猗窩座は舌打ちすると床を強く踏みしめ、進路を180度変えるようにバク転。そのまま少し離れたところに着地した。

 

「うーん、やっぱり格闘では猗窩座殿の方が強いかな? でも楽しいねえ、友達と遊ぶのは」

 

 童磨の軽口――本人だけはそう思っていないだろうが――を完全に無視し、猗窩座は己が血鬼術を展開する。

 

 ――――術式展開 破壊殺・羅針

 

 猗窩座の足元に戦いの羅針盤が顕現する。それは純粋に戦うためのものでありながら、まるで空を溶かし込んだ雪の結晶の如き色と形で、どこか優美さと儚さを感じさせるものだった。

 

 ――――破壊殺・空式

 

 猗窩座が再び拳を振るうと、衝撃波が虚空を引き裂き童磨へと向かう。童磨は横に跳んで攻撃を避けるが、猗窩座はそれを正確に捕捉する。

 

 戦いの羅針盤は闘気を感知する。どんな者にも、それこそ赤子にも闘気はある。羅針盤の探知から逃れる事は、何人たりとも出来はしない。闘気を消しでもしない限り。

 

 ――――血鬼術 寒烈の白姫

 

 だがそれは、どんな攻撃にも必ず対応できるという事ではない。氷蓮の花に咲いた女性の口から、広範囲を凍て付かせる冷気が吹き付けられる。猗窩座は衝撃波で吹き飛ばすが、あまりの範囲と威力によって、ほんの僅かながら手が凍ってしまっていた。

 

 羅針盤は相手からの攻撃を探知し、また、闘気の発生源たる相手の居場所も分かるため、正確無比な攻撃を繰り出す事も可能になる。だがあくまで補助用の能力であり、他に一切の性能を持たない。猗窩座本人が対応しきれない攻撃は、どうしようもないのである。

 

 それでも猗窩座の技量は高い。高いがために普段はそんな事は問題にならないのだが、今回の相手は上弦の弐(一つ上)。今はまだ無惨の見立てのみによる順位付けだとは言え、それが正しい事は証明されつつあった。

 

 ――――破壊殺 鬼芯八重芯

 

 このままではジリ貧だと判断した猗窩座は、大技に打って出る。本来崩しも牽制もなしの大技など当たるものではないが、広範囲の乱打と高速の突進という、技量と性能の合一がそれを可能にする。

 

「おおっ!?」

 

 体術において猗窩座に劣る童磨は避けきれず、身体を穴だらけにしながら吹き飛ばされる。だがそこで手を緩める猗窩座ではない。放たれた矢の如き脚技が童磨を追撃する。

 

 ――――破壊殺・脚式 飛遊星千輪

 

 下から突き上げる右足が、蛇行する衝撃波を伴い童磨に迫る。即座に身体を再生させた童磨は反撃せんとするが、大技を繰り出す時間はない。両の手の鉄扇を無尽に振るった。

 

 ――――血鬼術 枯園垂り

 

 扇による連撃が氷を伴い、猗窩座の技と衝突する。だが空中で不安定な童磨と、地に足をつけ安定していた猗窩座とでは、結果は分かり切っていた。

 

「うわあ、すごい威力だなあ」

 

 口調は軽いが、童磨の身体はもはやボロボロだ。飛遊星千輪は童磨を吹き飛ばすのではなく、その胴体に大穴を開け、他の箇所にも大きな傷を刻んでいた。勝敗はついたかのように思われたその時、猗窩座の足からがくりと力が抜けた。

 

「っ……!?」

 

 のみならず、口から血を吐き呼吸もままならない。肺に激痛が走る。

 

「吸っちゃったねえ」

 

 ――――血鬼術 粉凍り

 

 童磨の血を霧状に散布し、吸った者の肺を凍らせ破壊する、“呼吸殺し”の血鬼術。童磨は最初からこれを密かに撒き散らしていたが、今になってようやく吸わせる事に成功したのだ。猗窩座の羅針盤は反応してはいたが、童磨本人の闘気に紛れてしまい、気付けなかったのである。

 

 ――――血鬼術 冬ざれ氷柱

 

 ようやく見せた猗窩座の隙を逃さず、未だ宙にいる童磨が技を繰り出す。最初に見せた鋭い氷柱が、驟雨の如く天から降り注ぐ。猗窩座はとっさに避けようとするが、肺が損傷しているために普段通りの動きが出来ず、左足を床ごと刺し貫かれた。

 

 それでも鬼にとっては軽傷だ。即座に肺を再生させ、氷柱を破壊するべく裏拳を振るうが、上から追加される氷柱に手を取られ、放置せざるを得ない。僅かな時間だったが、童磨にとってはそれで十分だった。

 

「!」

 

 刺し貫かれた箇所から、びききと肉が凍ってゆく。冬ざれ氷柱がその真価を発揮し始めたのだ。猗窩座は脚を切り捨て逃げようとするが、さらに氷柱が降り注ぎ、その身体を貫き凍らせ固めてしまった。

 

「く、そ……!!!!」

「いやいや、やっぱり強いね猗窩座殿。でも残念、そうなっちゃったら戦えないよね?」

 

 猗窩座は氷柱に刺し貫かれ地に縫い留められ、身体が内側から凍りつき動けなくなっていた。青筋を浮かばせ食い殺さんばかりの視線を向けているが、いかな鬼とは言え物理的に動けないのではどうしようもない。

 着地した童磨の方は身体中に穴を開けて満身創痍だったが、あっという間に再生してしまった。結果として残るは動けぬ猗窩座と無傷の童磨。誰が見ても勝敗は一目瞭然だった。

 

 そも、飛び道具もあるとはいえ基本格闘のみの猗窩座と、猗窩座には及ばないが体術を使え、氷で相手を拘束できる童磨では相性が悪いのだ。日輪刀でも持ってこない限り、鬼は互いに互いを殺す手段がなく泥仕合に陥りやすいので、拘束手段があるという時点で童磨は強い。

 

 また、鬼はたくさん食べる事で基礎スペックが上昇し強くなるが、教団からの寄付が山ほどある童磨と、自分で熊や猪を狩るくらいしかない猗窩座では、食事量に差がつくのもやむを得ない事である。

 

「……そこまで。童磨の勝ちだ」

 

 無惨が勝敗を宣言すると、猗窩座の身体を貫いていた氷が消え、傷が即座に再生していく。猗窩座は未だ凄まじい顔で童磨を睨んでいたが、もう殴り掛かる事はなかった。

 

「(猗窩座さんが勝てばよかったのに……)」

「(馬鹿!)」

 

 下弦の空木がぼそっと呟き、隣にいた馬酔木が肘打ちを食らわせて黙らせる。鬼は耳が良いので近くにいた者達には聞こえていたが、誰も何も言わなかった。無惨はこの距離なら心を読めるが、やはり何も言わなかった。

 

「…………他に何かある者は」

 

 童磨がまた余計な事を言い出す前に、無惨が皆を見回し尋ねる。誰も何も言わない事を確認し宣言した。

 

「では()()。受け入れろ」

 

 何を、と尋ねる間もなく、鬼たちの瞳の細胞が蠢き始め、まるで刺青の如く文字を形作る。左目には『上弦』もしくは『下弦』。そして右目にはそれぞれ、壱から陸の指定された数字が。

 周りの者の瞳を見て皆が驚く中、無惨が下弦の一人に顔を向けた。

 

「樒、どうした? 不満か?」

「め、滅相も無い! 光栄です! ですがその……買い出しとかで人間に会う時、どうしようかと……」

「擬態しろ。今までと同じ感覚で出来るはずだ」

 

 無惨に言われ、樒はいつものように瞳の形を変えてゆく。きちんと変化している事を隣の鳥兜に確認してもらうと、彼は無惨に深々と頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます。お手数をおかけして、申し訳ございません」

「構わぬ。他の者は――何も無いな。鳴女」

「はい」

 

 べべんと琵琶の音が響き、黒死牟、童磨、猗窩座が元居た場所へと飛ばされる。他の者達も三々五々持ち場へと戻ってゆき、やがて無限城は常の姿を取り戻した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 はいどうもこんにちは、過去最高に調子に乗っていたら「屑運イキリ太郎」とか「これはフラグ、次絶対ガバる」とか言われた走者です。ガバは決してないですが、イキるのは仕方ないと思ってほしいところです。それだけ鳴女の血鬼術は有用なんです。何しろ人権ですからね。

 

>トロフィー「充ちる弓張月」を獲得しました。

 

 おっと、これは十二鬼月を制定した時に取れるトロフィーです。弓張月ってのは半月のことで、要するに上弦の月と下弦の月のことです。「人員が充足した」という意味なので、「満ちる」ではなく「充ちる」を使っている……と公式のQ&Aに載ってました。

 まあ「満ちる」にも引っかけてるんでしょう、月なので。

 

 しかし原作と別キャラでも取れるのは知ってましたが、内実が全然違っても取れるんですね。原作だと下弦は無惨様自ら解体しちゃってたので、薬開発要員の方がなんぼかマシですが。

 

 あと当然ですが、ここの下弦は大半オリキャラですね。鳥兜(とりかぶと)で何となく分かりましたが、毒のある植物が名前の由来っぽいです。空木(うつぎ)は多分ドクウツギでしょう。堕姫は一見関係ないですが、本名は梅で、これは青い実に毒があるれっきとした有毒植物です。

 戦闘要員ではなく薬を開発する人員なので、それらしい名前と言えます。珠世だけは違いますが、一人だけ特別という意味なのかなと深読みも出来て面白いですね。

 

 

>「妓夫太郎さんはズルいです」

>「はぁ?」

>無限城の研究室。下弦の弐たる空木が、上弦の伍の妓夫太郎に対しむくれた顔を見せていた。

>「何の話だぁぁ?」

>「だって上弦になれるくらい戦いの才能があるのに、薬作りの才能まであるなんてズルいです。私にはどっちもないのに」

>妓夫太郎は彼女の本気を疑ったが、どう見ても嘘を吐いているようには見えなかった。

>「上弦ったってよぉ、一番下みてえなもんじゃねえかよぉぉ」

>下に鳴女がいるが、明らかに戦闘能力は低い。それは鳴女本人すら認めるところだろう。

>彼女はあくまで血鬼術の有用性による抜擢であり、しかも現段階ではまだ未熟。

>将来性に期待されて上弦の陸とされた事は、鬼たち皆が分かっていた。

>それより上だと言われたところで、到底喜べるものではない。

 

>「分かってませんね、上弦になれたってだけで凄いんです。無惨様がどれくらい鬼を作って人間に戻してってなされたのか知りませんけど、作った人間化薬の量からして、百や二百なんて数じゃないはずです。その中から選ばれたんですから、本当に凄い事なんですよ」

>「…………」

>むすーっとしながらすり鉢でごりごりと薬草をすり潰す空木に、妓夫太郎は何も言う事が出来なかった。

>「私だって戦おうとした事はあります。でも黒死牟さんには『稀に見る才能の無さだ……』って言われて、猗窩座さんには無言で顔を逸らされて、玉壺さんには『強力な血鬼術に目覚めれば、何とか……?』って言われたんですよ! 血鬼術なんて全然使えないのに! 五十年以上生きてて、使える気配すらないのに!」

>妓夫太郎にはすり鉢の中身どころかすりこぎごと削れてすり潰されているように見えたが、こういう時の女には何も言うべきではないと知っていた。

>数少ない、吉原出身の利点だった。

>「それでもちょっとずつはやってたんですけど、この間で思い知りました。私に戦いは向いてないって。あれ柱だったらしいんですが、それでも人間相手にあんなザマじゃ、戦い以前のお話です」

>空木はすり潰された薬草を粗い布に包んで汁を絞り出す。その絞り方がまるで鶏を絞め殺しているようで、妓夫太郎の口がさらに重くなった。

>「だから私が珠世様と無惨様のお力になるためには、()()しかないんです。でも――――」

>空木がキッと妓夫太郎を強く睨む。

>『下弦』『弐』と刻まれた瞳が、妓夫太郎を強く睨む。

>実力的には全く大した事はないはずだったが、妓夫太郎はその視線に僅かにたじろいだ。

>「私には才能がありませんでした。頑張って頑張って珠世様の右腕くらいにはなれたかもしれませんが、腕は腕。妓夫太郎さんみたいに、頭になれる才能はありませんでした。だから妓夫太郎さんはズルいです。私が欲しいものをみんな持ってるんですから」

 

>妓夫太郎は醜い姿ゆえに、誰にも蔑まれ罵倒されて生きてきた。

>本気で自分を羨ましがる者に出会ったのは初めてだった。

>だから、何を言えばいいのか分からず、結局口をついて出たのはいつものような言葉だった。

>「……お前だってズルいよなあぁぁ。梅ほどじゃねえが美人だし、肌にシミや傷もねえ。いいもん食ってんだろうなあぁぁぁ」

>「鬼に美醜とか関係あるんですか? ほら」

>空木の顔から鬼独特の紋様が消え、額の一本角も消えてゆく。

>瞬き一つの間に現れたのは、妓夫太郎の良く知る顔。妓夫太郎自身の顔だった。

>「んなっ……」

>「どうです、上手いものでしょう? 擬態は得意なんです。これだけは無惨様も褒めてくださったんですよ」

>絶句する妓夫太郎に、ふふんと得意そうな空木。二人とも同じ顔なので違和感が凄まじい。

>しかし次の瞬間には、女物の着物の上に乗っている方の妓夫太郎が沈んだ顔になっていた。

>「と言っても無惨様は顔どころか骨まで変えて、子供の姿にもなれるんですけどね……。女装も上手くて最初誰だか分かんなかったしすっごい綺麗だったし、凹みますよホント……」

>はあぁぁぁぁぁ、と地の底まで沈んでゆきそうな溜息を吐く空木だったが、顔を戻すと妓夫太郎に向き直った。

>「ま、何が言いたいかと言いますとね、鬼に姿形はあんまり意味がないって事です。それでも納得できないんなら、玉壺さんを思い出してください」

>「ああ…………」

>妓夫太郎はうっかり納得してしまった。

>未だかつて経験した事のない、とてつもない説得力だった。

 

 玉壺は無限城の自宅警備員やってます。各所に壺を配置して、いつでもどこでも血鬼術を発動させられるようにしてます。おぞましいセコムとして非常に役に立ってます。

 でもこの役立ち方は草。確かにある意味、美醜とかそんなものを超越した姿ですからねあれ。

 

 にしても、空木がオリキャラの割に結構馴染んでますね。これは準レギュラーくらいにはなるかもです。てか擬態が得意な鬼とか、薬なんか作らせてる場合じゃないような……。昼に動けないのは難ですが、それでもスパイとかやらせたら凄そうです。

 

 

 さて、めでたく鳴女と妓夫太郎兄妹が入りましたが、こうなるとあんまりやる事はありません。と言うのも、鳴女の成長も日光克服薬の開発も、時間経過でしか進まないからです。

 

 無惨様は鳴女に血を多く分け与え、さらに大量に食事をさせて血鬼術を成長させようとしてますが、さすがにすぐには無理です。また“眼”による産屋敷の捜索にも時間は必要です。まだ数を出せない事に加えて、“眼”は日光で溶けるせいで昼間には動かせなくなるので。

 

 日光克服薬の方は喉元まで来てる段階です。弱すぎて無惨様には効きませんが、数分だけ日光を克服できる薬は実はもうあります。堕姫と妓夫太郎が入ったので、あとは切っ掛けがあれば一気に完成するでしょう。無ければまだしばらくかかります。

 どっちにしろ、今は早送りするしかないです。

 

 ……ん? 早送りが止まった? この時期、何かめぼしいイベントってありましたっけ……。

 

*1
誤字ではない。




今日の主な獲得トロフィー

「充ちる弓張月」
 十二鬼月制度を制定し、その席を全て埋めた者に贈られる。
 原作と顔ぶれが異なっていても構わない。
 


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9話 「前触れ」 明治~大正(西暦1900~1915年頃)

 黒死牟がその男に出会ったのは、単なる偶然だった。

 

 人間に擬態した黒死牟が夕暮れに道を歩いていると、子供に手を引かれ、まるで何かを探しているような様子の男に行きあったのだ。年の頃は十六前後。髪は剃っていなかったが、服装からすると僧侶であるように思われた。

 

 だがそんな事が目に入らなくなるほどに、背が高かった。時代はすでに明治に入っているが、それでも成人男性であっても平均身長は160㎝にも届かない。そんな中、この男は軽く2mを超えていたのである。

 黒死牟のみならず、すれ違う者の目線をよく引いていた。

 

「ほう……」

 

 だが黒死牟が目をつけたのは、巨躯ゆえではない。“透き通る世界”で透かし見た身体に、尋常ならざる力を秘めている事が分かったからである。

 

 身長の割に細身だったが、そんな事は問題にならぬほどの凄まじい素質。仮に戦いの才が人並み程度でも、鍛えれば身体能力だけで一廉の剣士に至れるだろうと確信させるほどの肉体だった。

 

「もし……少し、よろしいか……」

 

 ゆえに黒死牟は男に声をかけた。男は最初自分が呼ばれていると気付かなかったようだが、男の手を引いている子供が合図をした事で黒死牟に顔を向けた。

 

「私に、何か……?」

「何かを探しているように見えたので……どうしたのかとな……」

 

 いきなり『剣を学ばないか』などと持ちかけることはない。引かれてしまうのが関の山だ。黒死牟のコミュニケーション能力は別に低くはない。低くなるとすれば、弟を相手にした時くらいである。

 これで黒死牟が刀など差していれば怪しまれたかもしれないが、そういう事もないので話はすんなり進んだ。血鬼術ですぐ作れるため、人間に擬態している時は差さないようにしていたのが功を奏した形である。

 

「実は……子供を探しておりまして」

「子供……?」

「はい。私は寺で身寄りのない子供を育てているのですが、そのうちの一人がこの時間になっても戻らず……」

「ほう……。……ならば私も手伝おう……」

「え……いや、それはあなたに悪い。見知らぬ方にそこまで迷惑は……」

「構わぬ……。盲目では大変であろう……」

 

 辺りはもう暗くなり始めており、子供を探しているにもかかわらず別の子供を連れて外に出ている理由。立ち居振る舞いも併せて考えれば、黒死牟にとっては答えを出す事はそう難しくはなかった。

 

「てつだってもらったらいいんじゃね? ほかのやつならともかく、(きよ)だとどこまでいったかわからねえぞ」

「む……」

 

 男が連れていた子供から援護射撃が入った。口ぶりからすると、どうやら行方不明の子供は遠くまで行っている可能性があるようだった。

 

 男の中で、初対面の相手に迷惑をかける心苦しさと、一刻も早く見つけなければという責任感がせめぎ合うが、それも一時の事。最終的に子供の安全を取った男は、黒死牟に頭を下げた。

 

「お手数をかけるが、お願い致す。七歳ぐらいの女の子で、他は、えー……」

「きょうは緑のきものきてた。ひだりめの下にほくろが二つある」

「……という事です」

「利発な子だな……。承った……見つかったら、お主に話がある……」

「私に?」

 

 男は不思議そうな顔を見せたが、すぐにそれどころではないと捜索に意識を移した。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「……私に、剣を?」

「然り……」

 

 行方不明だった子供を見つけた後。眠ってしまったその子供を男が背中に担ぎ、寺へと戻る道中に、黒死牟は本題を切り出していた。

 

「その、まず私に、それほどの力があるとは思えぬのですが……」

「そこからか……。力はある……ただ、出し方を知らぬだけだ……」

 

 困惑顔の男と、無表情の裏に意外な情熱を見せる黒死牟。いまいち噛み合わない二人だったが、そこで子供が黒死牟を見上げて尋ねた。

 

「オッサン、つよいのか?」

「これ、失礼だぞ」

「構わぬ……。これくらいの子供からすれば、大人は皆おじさんであろう……」

 

 黒死牟が年長者らしい気遣いを見せる。尤も実際は約四百歳なので、年齢差はおじさんどころかお爺さんを通り越し、先祖とその子孫である。それを思えば、強く言う事も躊躇われたのであろう。

 

「して、強いのかという話だが……。私より強い者は今のところ一人……いや、二人しか見た事はない……」

「けっこうおおいな」

 

 その二人は本物の鬼とその鬼が認める化物なのだが、そんな事を知る由もない子供は素直だった。

 

「なあなあ、せっかくだし剣をみせてくれよ。今日じゃなくていいからさ。さんばんめにつよいんだろ?」

「お前はもう少し言葉遣いというものをだな……」

「構わぬ……」

 

 普段はそう簡単に剣を見せる事は無いのだが、この子供を通して男が剣に興味を持つ事を期待し、黒死牟は了承の意を返した。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 寺に戻る途中の森で、黒死牟は乞われた通り剣を見せていた。なお血鬼術で作った刀を見せた時、どこから出したのかと子供に驚かれたが、手妻(手品)の一言でゴリ押しし、剣技を見せる事で誤魔化した。強引さが主に似て来たようである。

 

 ――――月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 抜く手も見せず抜き放った刀が、木を横一文字に斬り倒す。それを見た子供は、文字通り目が点になった。

 

「すっ、げ……」

「木が倒れる音が聞こえたが……細い木だった、という事は……」

 

 音からして大体の太さは分かっていたが、それでもいまいち信じ切れない男が尋ねる。果たして子供からは予想にたがわぬ、しかして信じ切れない答えが返って来た。

 

「いや、おれよりぶっとい木……。なんかこう、三日月みてーなのがばーって出てまっぷたつ。まじすっげえ……」

「そうか……武芸者とは、すごいものなのだな……」

「お主も鍛えれば、この程度すぐに出来るようになる……」

 

 まごう事なき黒死牟の本音だったのだが、男にとっては逆効果であったようで、纏う空気が余計に委縮した。言葉にするなら『無理』であろう。どうすべきかと黒死牟が困る中、男がふと何かに気付いたような顔になった。

 

「ん……? 三日月……? ……ひょっとして、三日月流……?」

「なんだそれ?」

「私も聞いた事があるだけなのだが、そういう剣の流派があるそうだ。三日月流の達人の振るう剣には、三日月のような幻が見えるとか……」

 

 江戸時代、黒死牟が剣を教えた男が立ち上げた流派だ。小藩とはいえ剣術指南役であったので、道場を構え弟子を取る権利を持っていた。あまり有名にはならなかったが、それが明治にまで続いていたのである。

 

「オッサンがその三日月りゅうなのか?」

「そう名乗った事はないが……そうと言えばそうだな……」

 

 黒死牟は月の呼吸を教えはしたが、流派名は無かったので名乗ってはいなかった。なので流派名はかの弟子の命名である。

 

「ならさ、おれに剣をおしえてくれよ!」

「む……?」

 

 見上げる子供の顔に、今更ながら思い出す。鳴女による偵察の結果、今の鬼殺隊に手の付けられないほどの強者はおそらくいないだろうと知れたため、戦力をこれ以上増やす気はあまりないと無惨が言っていた事を。

 同時に未だ産屋敷の居場所は知れないとも言っていたが、それは今は関係ない。

 

 男のあまりの素質にうっかり声をかけてしまったが、本来ならばあまり推奨されない行為である。それでも仕上がった男を見せれば納得してもらえる自信はあったが、素質も才も分からぬ子供では話にならない。

 

「おれ、かちたいんだ! 上にいきたい! オッサンくらいすごかったら、上にいけるとおもうんだ! だから剣をやりたい!」

「…………」

 

 とは言え、最近――百年近くは経っているが――『弟子には上を目指す執念が必要かもしれない』と思った身としては、この上昇志向は見逃すには惜しい。それも五~六歳の幼さでだ。今から剣を握ればそれなり以上にはなるであろうし、悩むところである。

 

 なので思念で無惨に相談した。結果は是。“私の役に立つようなら構わぬ”との事だった。

 

「今の世、剣を握ったからといって……上に行けるとは限らぬ……。それに、剣の道は辛く厳しい……。それでもか……」

「ああ! おれ、がんばる!」

 

 子供の言だと切って捨てる事は容易かったが、その瞳に本気を見出した黒死牟は首を縦に振る。とそこで、思い出したように子供の保護者へと向き直った。

 

「という事になったが……構わぬだろうか……」

「おれがんばるからさ、剣やってもいいだろ!?」

「いや、その……」

 

 巨体に似合わず気は弱いようで男は子供に押されているが、それでも言うべき事は口にした。

 

「恥ずかしい話だが、うちにはあまり余裕はなく……。剣を習う事自体は構わないのだが、その、月謝が……」

「えーっ、じゃあだめなのかよ!! そりゃないぜ!!」

「金銭は不要……」

「え……? ……では何故、剣を教えようと? 声からするとかなり若い、失礼ながら隠居老人の趣味という訳でもなさそうですが……」

 

 警戒心が滲む声に、何と返したものかと黒死牟は少しばかり考え込む。彼のコミュニケーション能力は低い訳ではないが特段高くもないため、口で丸め込むのは無理だろうと見切りをつけ、事実をそのまま伝えることにした。

 

「とあるお方が戦力を求めている……。私はそのために、これはと思う者に剣を教えている……」

「戦力……? それは、危険に巻き込まれるという事では……」

「否定はせぬが……剣とはもとよりそのようなもの……。それに、危険に巻き込まれた時に……強さがあればそれを撥ね除ける事も出来よう……」

「それは……」

 

 考え込むような顔つきになった男に向け、黒死牟は言葉を重ねてゆく。

 

「私は無理強いはせぬ……。そも、あのお方は……今は戦力集めに積極的ではない……。私がお主に声をかけたのは……その素質を鍛えぬは惜しいと思っての事……」

「…………私は、そこまでですか?」

「本気で鍛えれば……稀代の剣士にもなれよう……。それほどの素質が、お主にはある……。その目も、私の知る医者にかかれば……治るやもしれぬ……」

「…………」

 

 すっかり考え込んでしまった男にしびれを切らしたように、子供がその着物の裾を引っ張りながら声を上げた。

 

「なあ! それで剣は!? いいだろ、おれがんばるからさ!!」

「……そこまで、剣を学びたいのか?」

「ああ!」

「…………そうか」

 

 男は大きく深呼吸をすると、真剣な顔つきで子供を見据えた。

 

「……危ないと思ったら止める。だが自分から言い出したからには、決して投げ出すな。守れるか?」

「うん! ありがとう!」

「話はついたな……。私は事情があり、日が沈んでからしか来る事ができぬ……。昼間のうちは、自ら鍛錬するのだ……」

「わかった! おれやるよ!」

 

 目をきらきらさせながら決意表明する子供を見ながら、黒死牟はふと気が付いた。

 

「そう言えば名乗っていなかったな……。私は黒死牟という……」

「こくしぼー? へんななまえだな」

「やめんか! この子が失礼いたした……私は悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)と申します」

「おれは獪岳(かいがく)! よろしくなオッサン!」

「オッサンではない……。これからは、師匠と呼べ……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ランダム遭遇イベントでした。ガバでも屑運でもないです。私だっていつもいつも屑運イベントばかり引いてくる訳じゃないんですよ。フラグは叩き折るものだという事が、これで証明されましたね。

 

 さて、こういった遭遇イベントについて少々説明しておきましょう。といっても内容は単純です、運次第で原作キャラに会えるイベントってだけです。和菓子屋でおはぎ食ってる風柱に出会えたり、定食屋で鮭大根食ってる水柱に出会えたりします。あくまで会うだけのイベントなので、会った後どうなるのかはプレイヤー次第です。

 今回の遭遇イベントは、RTA的にはタイムロスになるのであんまり美味しくはないです。

 

 悲鳴嶼行冥は鬼殺隊最強と言われるだけあって育てばめっちゃ強くなるんですが、鬼になる可能性は低いです。ここでは雑魚鬼に襲われるイベントも発生しようがないですし、鬼殺隊士にも鬼にもならないと思われます。来てくれれば頼りになったんですがね。

 

 そしてこの子供ですが、自分で言ってた通り獪岳ですね。すっかり忘れてたんですが、こいつも上弦でした。噛ませな印象がありますが、普通に強いです。才能はあるし努力も怠らないし、呼吸と組み合わせた血鬼術は完成すると()()()だけで即死の凶悪さを誇ります。接近戦も普通に出来るので、遠近共に隙の無い強キャラです。

 

 でも今ルートでは戦力は足りてますし、今更来られても、というのが正直なところ。そもそも獪岳が成長するより、鳴女の血鬼術が成長する方が早いでしょう。となると獪岳が無惨様に紹介できるレベルに達する前に産屋敷の場所が割れて最終決戦になって、戦力募集打ち切り、ってなりそうです。

 

 まあ育っても育たなくても大勢に影響はありません。鬼として不採用になったら、警察官にでもなるんじゃないでしょうか。生まれるのがあと百年くらい早ければ十分活躍できたんですけどね……原作キャラの生まれる年はこのゲームでは固定されてるので、仕方ないです。

 

 

>「――――ん様ー! 無惨様無惨様無惨様ー!!」

>堕姫が無限城を走る。

>瞳に『下弦』『肆』と刻まれた堕姫が、無限城をひた走る。

>彼女はそのまま、特急列車の如き勢いで無惨の許へとやって来た。

>元来短気な上、細かい薬の調合をしていた無惨は当然怒鳴りつける。

>「何事だ騒々しい!」

>「もっ、申し訳ありません! でもこれ! 見てください!!」

>勢いのまま堕姫が見せて来たのは、鼠の入った檻だった。尤も単なる鼠ではなく無惨が血を与えて作った鼠の鬼だが、この無限城では特に珍しくもない実験動物だ。

>当然訝しく思った無惨の眉根が寄った。

>「それがどうした」

>「見っ見て! とにかく見てください!」

>「それでは分かりませんよ」

>後ろから、少しばかりあきれ顔の珠世が姿を見せる。無惨の視線がそちらに向いた。

>「何があった?」

>「外に来て下されば分かります。口で説明するより、そちらの方が分かりやすいでしょう」

>「……いいだろう」

>未だ眉根は寄っていたが、珠世の言葉という事もあって、無惨は割と素直に腰を上げた。

 

>外に出ると、梢の網の目をくぐって日差しが地面に落ち、まだらな陰影を作っているのが目に入ってくる。

>直射日光に当たらなければ灼ける事はないとは言え、それでも陽光は鬼の天敵。無惨の眉間の皺が、より一層深くなった。

>「いきますよ……!!」

>そんな主の様子など目に入らないかのように、堕姫が鼠の檻に長い棒を括り付け、そろそろと遠くへと差し出してゆく。見た目はかなり間抜けなのだが、やっている本人は真剣そのものであった。

>「いいですか無惨様、よく見ててくださいね……!」

>あまりの間抜けさと真剣さに何も言えなかった無惨だが、檻が直射日光の下へと差し掛かると目を見開いた。

>鼠の鬼とは言っても鬼は鬼。太陽光は天敵であり、当たれば即座に灼き尽くされ骨も残らず灰になる。

>だが驚くべきことに、間違いなく直射日光に当たっているはずの檻の中の鼠は、毛の一本すら灼ける気配もなく元気に動き回っていたのだ。

>「これは…………!!」

>「日光を克服してますよねこれ!? 間違いないですよね無惨様!?」

>「ああ、間違いない……!! よくやった、よくやったぞ堕姫! 珠世!」

 

>【この鼠を吸収して日光耐性を得る】

>【この鼠を調べて日光克服薬を作る】

>【その他】

 

 こ、これは……! ついに日光を克服する鬼が出ました! 禰豆子鼠と命名しましょう! そしてここは、【この鼠を調べて日光克服薬を作る】を選びます。ここ重要です。本当に重要です。

 

>「すぐにこの鼠を調べる! 他の下弦と妓夫太郎を呼んで来い!」

>「はい!!」

>喜びのあまり、思念で配下を呼べる事を忘れている無惨であった。

 

 禰豆子鼠の血を調べれば日光克服薬が作れます。すでにある克服薬(欠陥品)と合わせれば、完成は目前と言えるでしょう。

 いやー、長かったです。もう明治も終わりそう……いや、ギリギリ終わって大正になってますね。千年くらいかかりましたが、こんなとこまで原作通りじゃなくていいのに……。

 

 他の選択肢ですが、【この鼠を吸収して日光耐性を得る】はトラップです。本物の禰豆子ならともかく、禰豆子鼠を無惨様が吸収しても日光耐性は得られません。人間の鬼じゃないのがまずいようなんですが、数々のプレイヤーが引っ掛かって阿鼻叫喚のズンドコに叩き落とされた、ガチで悪質なトラップです。くたばれ運営。

 

 このゲームでは、日光を克服する鬼は超低確率で出てきます。ネズミなら世代交代のサイクルが人間よりはるかに早いので、出て来る可能性は人間より上です。だからってトラップ仕込んだのは許しませんが。マジでくたばれ運営。

 

 原作の描写から、日光克服には日の呼吸が関係しているのではないかと考察してる人もいましたが、その辺はゲームだとよく分かっていません。

 縁壱以外にも日の呼吸の使い手はいるので、戦国時代で片っ端から鬼にして試した人はいるんですが、それでも日光を克服する鬼は出ませんでした。かと思えば、日の呼吸と全く関係ない元一般人の鬼が克服する事もありました。

 

 有志達の検証の結果、日光克服は当人の素質や周囲の環境が複雑に絡み合い、その上で奇跡のような偶然が起こって初めて実現するのではないか、と結論付けられました。全く同じ条件を揃えても上手くいかなかったらしいので、大きく外れてはいなさそうです。ゲームの中ではですが。

 まあ一卵性双生児でも全く同じにはならないし、そういうものなんでしょう。原作無惨様も千年鬼を作り続けて禰豆子だけでしたしね。炭治郎は全部注ぎ込んだので例外としても。

 

 

 ……おや、早送りが解除されてますね。またランダム遭遇イベントでしょうか……?

 

>「無惨様、ご報告がございます」

>珍しく自分の足で歩いている鳴女が、無惨の前に姿を現した。

>「何だ鳴女」

 

>「産屋敷の居場所を発見いたしました」

 

>その言葉に無惨は大きく目を見開き、歓喜の声を上げた。

>「よくやった! 素晴らしいぞ鳴女!」

>「光栄にございます」

>「他の鬼狩りどもの位置は!?」

>「概ね八割ほど捕捉しております」

>「よし、ならば全て捕捉し次第仕掛ける! これで鬼狩りもようやく片付く!」

>千年もの間自身の邪魔をし続けて来た相手を消す手掛かりを掴んだとあって、無惨は興奮気味だ。

>最近ではほとんど衝突する事もなくなっていたが、だからといって手を抜く理由にはならない。むしろ時折思い出したように鬱陶しいちょっかいをかけてくるので、殺意はいや増していた。

>「それでは、引き続き残りの鬼狩りの捜索にあたります」

>「ああ。……そうだ鳴女、一つ……いや、二つ追加で探せ」

>「畏まりました。何を探しましょうか」

 

 お、おお! ついに来ました! 産屋敷の居場所が割れました! これで鬼殺隊を頭ごとまとめて壊滅させられます! 千年見つからなかったものをあっさり見つけるとは、やはり鳴女は人権!

 

 

 それにしても二連続でグッドイベントが来るとか、これはもはや豪運を名乗ってもいいんじゃないでしょうか? これまでフラグとかガバとか屑運とか散々な事を散々言われて来ましたが、それら全ては今この時のためにあったとすら思えますね! やはり私はガバではなかった(確信)。

 

 この調子だと、次はいよいよ最終決戦に入れるはず! トロフィーも間近です! でも現有戦力から考えると、よっぽどの事がなければ負けはないので余裕です。点差にするなら33‐4くらいで勝ちですね、風呂入って来ます。

 

 ではまた次回! ありがとうございました!

 



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10話 「最終決戦・其の壱」 大正(西暦1915年頃)

 満月に暈がかかる、星の見えない薄曇りの夜だった。無惨が踏みしめる白い玉砂利が、骨の軋むようなざらついた音を立てた。

 

 今無惨の目の前にあるのは、大きな武家屋敷だ。開け放たれた障子から、布団に横たわる一人の男と、その横に座る一人の女が見えていた。

 男は産屋敷家の当代当主、産屋敷耀哉。そして女はその妻、産屋敷あまね。前者は二十代前半、後者は二十代半ばから後半といったところだったが、産屋敷耀哉の顔の上半分には赤黒い腫瘍が浮き出ており、この歳にしてすでに死相が見えていた。

 

「初めまして、だね……、鬼舞辻……無惨……。我が一族が、鬼殺隊が千年追い続けた、鬼……」

「お前が産屋敷だな?」

 

 何とか自力で上半身を起こし、すでに見えなくなった瞳で無惨を見据える産屋敷に、酷くつまらなそうな顔を見せる無惨。奇しくも二人の顔は鏡に映したように瓜二つだったが、その表情は正反対だった。

 

「ついに無惨が……来た、私の目の前にまで……。あまね……。彼は、無惨は、どういう姿をしている……?」

「三つ揃えにコートを羽織った、二十代後半の男性に見えます。ただし瞳は猫のように縦長、色は薄い紅梅色です」

「そうか……。君は、我々産屋敷一族に酷く腹を立てているだろうから……。私だけは、こうして直接、殺しに来ると、思っていた……」

 

 絞り出すような産屋敷の声だったが、無惨はそれを鼻で笑った。

 

「フン……私が殺すまでもなく死にかけているとはな。興醒めだ、心底興醒めだ。お前はすでに屍と大差ない。ただ死んでいないだけだ。どう長く見積もっても、あと半年も持つまいよ」

「ふふ……医者には、一年前に同じ事を言われたよ……。だがこうして生きている……全ては、君を倒さんがためだ……無惨」

「そうか。身の程もわきまえず、千年私の邪魔をし続けて来た一族の長だ。絶望に沈めてから殺してやろうかと思っていたが、もはやどうでもよくなった。言い残す事はそれで終わりか?」

 

 無惨の右手がびきりと音を立て、その内心を表すように禍々しく変形していく。

 

「君と私は同じ血筋なんだよ……。君が生まれたのは千年以上前だろうから、もう血は、近くないけどね……」

「それがどうした? まさか、命乞いのつもりか?」

「君のような怪物を血筋から出してしまったせいで……私の一族は呪われていた……」

「呪い? 訳の分からぬ事を……私がそんなものをかけたとでも言いたいのか?」

「いや、おそらく君ではないのだろう……。神か仏か、かけた者は分からない……だが、かけられた内容はわかる。短命の呪いだ……」

 

 無惨は訝しげに眉根を寄せるが、その雰囲気に構わず産屋敷は続けた。

 

「生まれてくる子供たちは皆、病弱ですぐ死んでしまう……。今は代々神職の家系から妻を貰い……寿命も延びたが、それでも三十年と生きられない……。昔、一族が絶えかけた時……同じ血筋から出た鬼を倒すために力を注げば、一族は絶えないと、神主に助言を受けたんだ……」

「くだらぬ」

 

 この上なくつまらない事を聞いたと言わんばかりに、無惨は顔を歪めて吐き捨てた。

 

「迷言もここに極まれりだな、反吐が出る。そんな事のために私を千年邪魔してきたのか? お前の……いや、お前たちの病は頭にまで回るようだな。そんな事柄には何の因果関係もなし」

 

 薄く笑みを浮かべ無惨は言い放つ。まさに天上天下唯我独尊と言わんばかりの、傲慢極まりない笑みだった。

 

「なぜなら、神も仏もこの世にはいない。私ほど人間を殺した者はおらぬだろうが、それでも天罰とやらは私に下っていない。当然だ、存在せぬ者が天罰を落とせるはずがなく、呪いなぞかけられるはずもなし。呪いだ短命だなぞは、単なる遺伝病でしかない」

 

 無惨は見下しきった嗤いを浮かべると、出来の悪い教え子を諭す教師のように言った。

 

「大体、私が鬼になったがためにお前たち産屋敷に呪いがかけられたというのなら、神仏とやらはなぜ私に直接呪いをかけぬのだ? それこそ、神仏ですら私をどうにかする事など出来ないという証明ではないのか? 神仏にどうにか出来ぬ事が、人間にどうにか出来るというのか? 産屋敷、お前の言葉は何から何まで破綻している。狂人の戯言だ」

 

 無惨には数百年の研究者としての積み重ねがある。その日々で培われた論理性と、千年経っても一切変わっていない自己中心的な性格が言わせた言葉であった。

 

「君はそのように物事を考えるんだね……だが、私には私の、考え方がある……」

「そうか、それで話は終わりだな? 私の寛容にも限度がある、冴えない遺言だったな」

 

 向こうも終わっているだろうし、もう時間稼ぎはよかろう、と口の中でだけ無惨は呟く。いい加減話を終わらせようと、再度右手を変形させてゆく。

 

「君がこの千年、見ている夢を当てようか」

「……何?」

 

 ぴくりと無惨の眉が小さく跳ね、動きが止まった。

 そこで無惨はふと気づく。この屋敷には、人が少なすぎるという事に。

 

 曲がりなりにも鬼殺隊の長なのだ、最低でも護衛の数名はいて然るべき。いや、いなければならない。だが、産屋敷とその妻と思われる女の他には、庭で紙風船をついて遊んでいる童女二人のみで、他に人の気配はない。

 童女は顔つきや肉質からすると産屋敷の子供だろうから、ここにいる事はおかしくない。だが、無惨が来る事を予想していたような口ぶりだったにもかかわらず、ここにいる事は明らかにおかしい。

 

(しかもこの奇妙な安堵感と懐かしさ……何だこれは? 気色が悪い)

 

「君は永遠を夢見ている。不滅を夢見ている……」

「……その通りだ、そしてそれは間もなく叶う。お前たち、産屋敷と鬼殺隊を滅ぼしさえすれば」

「君の夢は叶わないよ、無惨」

 

 その言葉に無惨は無言をもって返したが、眉が再びぴくりと動いた。

 

「永遠とは、人の想いそのもの。想いこそが永遠であり、不滅なんだよ」

「くだらぬな。妄言を垂れ流す事しか出来ぬのか?」

「私がここで死んでも、私の想いは消えない。私の代わりはすでにいる。私がいなくなっても、鬼殺隊にとっては痛くも痒くもないし、消える事もない……。私自身の生死は、すでに重要ではなくなっているんだ」

 

 無惨は何かを言わんと口を開いたが、声が喉から出るその前に、どこからともなく琵琶の音が響く。無惨が口の端を吊り上げると、その後ろから黒死牟が姿を現した。

 

「遅かったな」

「申し訳ございませぬ……。元柱と思しき者がおり、少々手間取りました……。ですが、全て終わりましてございます……」

「ならば良い。もはや時間を稼ぐ理由は無いな」

 

 風向きが変わる。どこかなまぐさい風が吹いた。産屋敷は何とはなしに嫌な予感を感じたが、それはひとまず置き、情報収集に努めた。

 

「無惨がこの場に、自分以外の者を呼ぶとはね……。声が小さくてよく聞こえないが……あまね、誰が来たんだい……?」

「袴姿で、刀を差した鬼です。額と顎から首にかけての二ヶ所に炎のような痣があり、眼が六つあります」

「刀に、痣……? それはひょっとして、痣者のような……?」

「実際に見た事はないので確証はありませんが、おそらくは……」

 

 あの鬼は元鬼殺隊だったのではないか、と二人が口にする前に、無惨が話を再開させた。

 

「さて、産屋敷。『人の想いは永遠』『代わりはすでにいる』だったな?」

「…………その通りだよ。それがどうかしたのかい?」

「何も知らないまま殺してやろうかと思っていたが、気が変わった。黒死牟」

「はっ……」

 

 黒死牟は、手に持っていた三つの物体を産屋敷めがけて投げ放つ。攻撃ではないかとあまねは一瞬身体を固くしたが、すぐ近くまで転がって来たそれを見て、言葉を失った。

 

「な……ぁ……」

「あまね……? どうしたんだい、あまね?」

 

 目を見開き顔を強張らせ、尋常ではない様相だ。産屋敷にそれは見えていないが、ただ事ではないと察する事は出来た。だが、そんな事に頓着せず無惨は話を続ける。

 

「かつて私の部下は言った。“人間が滅べば共に滅ぶ存在が、本当に永遠なのですか?”とな」

 

 だからこそ無惨は、『人間と同じ物を食べられるようになる薬』を飲んだのだ。あの時代にそこまで想像が至った珠世は、慧眼と言う他ない。

 

「人の想いなど人が滅べば共に滅ぶ、儚いものでしかない。極論だが、全ての人間を殺し尽くせばお前の想いとやらも消えてなくなる。だがそこまでする必要はない。お前と同じ考えを持つとしたら、鬼狩りとお前の一族くらいしかいないのだからな」

「ま、さか…………」

「私の部下は有能だ。お前が隠そうとしていた()の場所を、見つけて来る程度には」

 

 先程投げられた三つの物体を、産屋敷は手探りで探し出す。盲目ではあるが、手で触れるだけで“何か”を……いや、“誰か”を判別するのは、彼にとっては造作もない。だが、能力があるという事は、必ずしもその者に幸福をもたらす訳ではないのだ。

 

「かなた……くいな……! ……輝利哉……!!」

 

 よく知る“顔”をその三つの物体に見つけてしまう産屋敷。偽物であってくれと願うが、手に伝わる感触や血の匂いが、まごう事なき本物だと、自らのよく知る息子と娘だと伝えて来る。

 産屋敷はその短い人生の中で初めて、頭の中が真っ白になった。

 

 そう、無惨が鳴女に命じた追加調査二つのうちの一つは、産屋敷の血族を全て見つけ出す事だったのだ。そして鳴女はそれによく応え、当代産屋敷とは別の場所にいた息子と娘を、見事見つけてみせた。となれば後は簡単だ。戦力的に最も信頼する部下を送り込み、いるであろう護衛ごと首を刈り取ってしまえばいい。

 

 無惨がわざわざ産屋敷と喋っていたのは、こちらに変事があればあちらに逃げられてしまうかもしれないと思ったための、時間稼ぎである。でなければ無駄な時間を過ごすなどという事はしない。元からの気質もあるが、研究者たる無惨は時間の浪費が嫌いなのだ。

 

「お前も鬼狩りもこれから殺す。一人残らず(みなごろし)にする」

「鬼舞辻……!!」

「これでお前の想いとやらも消える。人の想いなど永遠には程遠いと、お前の言葉は妄言だったと立証される。産屋敷も鬼狩りも、今宵で終わりだ」

「鬼舞辻、無ざぁぁぁあああああんんん!!」

「うるさい」

 

 無惨が振るった右腕が鞭のように伸び、産屋敷の首を刎ね飛ばす。息子と娘を殺され、般若のような形相となった父親の首が、くるくると回転しながら宙を舞った。

 

 だがその首が、地面に落ちるその前に。閃光と轟音が、全てを吹き飛ばした。

 

「なっ…………!」

 

 火薬だ。それも尋常な量ではない。かなりの大きさがある産屋敷邸を、跡形もなく消し飛ばすほどの量である。当然無惨と言えども、無傷では済まない。

 

 身体のあちこちを吹き飛ばされ、焼け焦がされる。ここまで肉体が損傷したのは縁壱以来だ。だがあの時とは違う。損傷こそ大きいが、日輪刀による傷ではない以上どうという事はない。苛立ちを吐き出すように大きく吼えた。

 

「産ッ屋敷ィ!!」

 

(爆薬!? 自分が死ねば爆発するようにしていた? いや、妻と子供はまだ生きていた。つまり奴は、最初からこうするつもりだったのだ。最初から妻と子供ごと自爆するつもりだったのだ! 屋敷に人の気配がなかったのはこのせいか! 何か仕掛けてくるとは思っていたが、ここまでとは! 狂人めが!!)

 

「無惨様……! ご無事ですか……!?」

「大事ない! ……いや、次にまた何かあるはずだ! 警戒しろ!」

「御意……!」

 

 日輪刀と同じ鉄で作られた撒菱のようなものが爆薬に混ぜられており、それによって身体の再生が遅らされている。単に無惨に一矢報いたいだけなら無用な代物。つまり、これで終わりではないという事である。

 それを証明するかのように、無惨の足に矢が突き立った。

 

「なんだと!?」

 

 人の気配も放たれる音も聞こえず、突き刺さるまで気づかなかった。鬼の知覚を潜り抜けたその一矢はまさに絶技と言うしかないものであったが、これではかすり傷にもならない。ゆえに無惨は矢は一旦放置し、発射元を割り出そうとしたが、その時矢と同じ方向から男が一人突貫してきた。

 

「おおおぉぉぉぉおお!!!!」

 

 男は弓を投げ捨て刀を大上段に構え、無惨に向かって斬りかかる。無惨がそちらに向くより早く、未だ身体の再生しきらぬ黒死牟が刀を抜き放ち割って入った。

 

「このお方に、これ以上手は出させぬ……!」

「どけぇ! お館様の最期の頼みだ、叶えねばならぬ!!」

 

 涙ながらに叫ぶ柱らしき男と、動画の逆再生のように肉体が復元してゆく黒死牟。二人は鍔迫り合いを演じるが、それはほんの僅かな時間で終わりを告げた。

 

 ――――月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦

 

 黒死牟が刀を振ることなく三日月の斬撃を繰り出す。男は反射的に大きく飛びのいたが、その頬から血が一筋落ちた。

 

「お館様!!」

「お館様ァ!!」

 

 複数の男女が息を切らせてやって来る。全力で走って来たらしき彼らを認めると、男は大きな声で叫んだ。

 

「この男が鬼舞辻無惨だ! どこまで効くかは分からんが毒を打ち込んだ! 夜明けまでここに拘束し日光で斃す!!」

 

 毒は鬼に効くか分からないため、ぶっつけ本番にならざるを得なかった。だが日光弱点は古い記録から得た知識であり、男は勝算は十分にあると踏んでいた。

 

 彼の声に柱と思しき人間たちは目の色を変え、刀を抜き放ちそれぞれの技を放たんとする。刀が届かんとするその時、無惨は口角を吊り上げ牙を剥き出しにし、地獄のような表情を作った。

 

「少々予想外はあったが予定通りだ!! 鳴女!!」

 

 べべんと琵琶の音がどこからか響き、ここにいる者のみならず、()()の鬼殺隊士の足元に障子が開く。鬼狩りは一人たりとも生かして返さぬという、無惨の意志の表れだった。

 

「これが策の全てか!? 小賢しく目障りな鬼狩りども! 今日がお前たちの命日だ!!」

「貴様は必ず私が倒す、お館様の仇必ず倒す!!」

「やれるものならやってみろ!!」

 

 鬼と人間。互いに互いを滅ぼし尽くさんとする者たちは、光差さぬ無限城の中へと落ちて行った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 はいどーもこんにちは、お館様の勘に戦慄してる豪運走者です。原作ではある程度無惨の来るタイミングが計れましたが、ここではそんなものはないはず。なのに準備万端待ち構えてるとか、産屋敷は超能力でも使えるんですかね……?

 

 短命の呪いについてもよく分かんないんですよね。一応ゲーム内では無惨様を倒すと産屋敷の寿命が人並みに延びる仕様になってますが、“呪いがある”と明言されてはいません。

 

 原作だと輝利哉は長命でしたが、他の一族がどうなったかは出てません。なので偶然彼だけ長命だった可能性はゼロではないです。

 「無惨を殺したから呪いが解けたんだ」とも言えるんですが、それは状況証拠から出された結果論の域を出ないんですよね。無惨様が生きてる状態では、呪いが本当に存在しているという確たる証拠も、無惨様と呪いに直接的な因果関係がある確たる証拠も全くないです。何百年か前の神主が言ってただけです。

 

 つまり、「無惨を殺してみないと、呪いの有無もそれが解けるかも分からない」って事です。そりゃ怒るわ。確かに無惨様は殺されるに足る悪人で悪役ですが、「人類の害になるから殺す」と「呪いが解けるかもしれないから殺す」では大分差があります。

 つっても産屋敷だって子々孫々の寿命がかかってる以上、藁だろうが蜘蛛の糸だろうが縋らなきゃならんでしょうし、謎の勘で確信してたのかもしれません。もうこうなると、どっちが正しいかというよりも、どっちが勝つかという話ですね。少なくともこのルートだと、そういう性質が強くなってます。

 

 

 まあその辺の話は置いといて、スキップ不可のムービーが終わったので早送りです。本来はここでプレイヤーが操作して戦闘に入るんですが、敵との戦力差が大きい場合はオート戦闘でも確殺出来るため、早送りして大幅なタイム短縮が見込めます。だから今まで戦力を増やしてたんですね。

 

 ただこの「敵との戦力差」ってのが曲者でして……高難易度だと、相当な差がないと確定では勝てません。体感ですが、ゲーム始めたばっかの初心者が操作しても勝てる、くらいの差がないと負ける事があります。まあ今ルートなら大丈夫でしょう多分。

 

 

 にしても無惨様、大分賢くなってしかも気も長くなってましたね。多少なりとも頭無惨が改善された無惨様とか、手の付けられないラスボスそのものですよ。言ってる事もやってる事も悪役ですが、悪役として一枚剥けた感。この調子で勝ってほしいところです。

 

 原作でもそうでしたがここでもスリーピース*1着てましたね。気に入ってるんでしょうか? この時代のスーツはフルオーダーしかないはずなんで、最低でも完成まで三ヶ月はかかる上に値段も安くないです。平安生まれがよく買おうと思ったもんです。意外と流行に敏感だったりするんですかねえ。

 

 

>鳴女の血鬼術によって空間が歪む、鬼の居城たる無限城。

>そこに落とされた鬼殺隊士たちを出迎えたのは、デッサンの狂った金魚たちであった。

>「ギョギョギョギョ!」

>「うっ、うわあああ!!」

>「な、なんだこれ!? こいつらが鬼って奴なのか!?」

>金魚は人間の手足が生えていたり、鎌のような刃を持っていたりと様々だったが、大きなものでは3mを超えていた。

>そんなものが次々に襲いかかって来るのだ。パニックに陥った隊士たちは、実力を発揮する事も出来ず次々に倒れて行った。

 

 玉壺が雑魚散らしに大活躍です。さすがおぞましいセコム。少数精鋭は突破には向いてても防戦や殲滅戦には向いてないもんですが、数を出せるこの血鬼術はそれを補ってくれます。本当に有能ですね、見た目によらず。

 

>さらに鬼殺隊を追い詰める出来事があった。

>金魚に襲われる者の中に、ひょっとこの面を被った者が交じっていたのである。

>「な、なんであいつらがここに!?」

>「言ってる場合か! 助けねえと!」

 

>ひょっとこの面。それは、日輪刀を打つ鍛冶師の証である。

>正確には、日輪刀を打つ鍛冶師が住む隠れ里の住人は、全員この面をつけている。

>ゆえに面を被っているから鍛冶師だとは限らないのだが、どちらにせよ剣士ではないために戦闘能力は持たない。

>襲われているところを見たのならば、助けねばならぬ道理であった。

 

>無惨が鳴女に命じた追加の捜索、その二つのうちの残り一つ。

>それこそがこれ、『日輪刀を作る者たちの居場所の捜索』。

>当初は直接居場所たる隠れ里を襲撃する予定だったのだが、鬼殺隊壊滅と被りそうだったため、どうせならという事で無惨が同時に行うように命じたのだ。

>結果としてひょっとこ面の彼らは、鬼殺隊に少し遅れて無限城に落とされる事になったのである。

>大半は落下死したが、運よく生き残った者たちは訳も分からず逃げ惑う羽目になっていた。

 

>「くっ、数が多過ぎる……!」

>「ひっ、ひいいっ!」

>「なっ、後ろから!」

>「駄目だ、支え切れねえ!」

>玉壺の金魚はさして強くはない。少なくとも柱なら、赤子の手をひねるように倒せる相手である。

>それでも数が多く毒を持つものまで混じっている事と、鳴女が無限城を操作し不利な地形を強いている事により、一般隊士では荷の重い敵となっていた。

>しかもそこに『守らねばならない対象(足手まとい)』まで追加されたのだ。

>彼らの命は、まさに風前の灯火であった。

 

 鬼特効武器を作る連中とか生かしておけないからね、仕方ないね。鍛冶師連中をまとめて処理しようとしたのは無惨様のいつもの短気でしょうが、何だか上手い方向に転がってます。そら戦闘能力ゼロが戦場に紛れ込んだら、邪魔にしかならないですよね。

 

 にしても、ひょっとこ面が金魚に襲われるのはもう運命なんですかね……? 別に狙った訳でも何でもないんですが、変なところで原作再現になりました。後は玉壺が霞柱に首を落とされないようにするだけです。霞柱いるか分かんないですけど。

 

 

 柱の話が出たので、そっちについても説明しておきましょう。このゲームでは、柱の顔ぶれが原作と変わる事があります。特に鬼が少ない、もしくはいないにもかかわらず鬼殺隊が存在しているルートだと大きく変わり、ゲームオリジナルのキャラが入ります。原作の最後のように、柱の定員九名に満ちていない場合もあります。

 

 原作柱は鬼に襲われたから鬼殺隊に入ったってのが多いので、鬼に襲われないなら鬼殺隊には入りません。花柱と蟲柱の胡蝶姉妹はほぼおらず、風柱の不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)、水柱の冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)、蛇柱の伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)、岩柱の悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)もいない事が多いです。皆元は一般人ですからね。

 

 特に悲鳴嶼行冥は、ここだと黒死牟に「鬼殺隊には入るな」って忠告されてるはずなのでいません。さっきも原作岩柱のポジにいたのは別人でしたしね。他のは暗くて顔が表示されてなかったんで分かりませんが。

 

 霞柱の時透(ときとう)無一郎(むいちろう)、音柱の宇髄(うずい)天元(てんげん)、恋柱の甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)はいるかどうか微妙なとこです。

 

 霞柱はあまねのスカウトが成功すればいます。猛反対する兄を何とか出来ればですが。

 

 音柱は原作沿いルートでもいたりいなかったりします。そもそも鬼に襲われた訳でもないので、鬼殺隊に入る事に拘る理由はないですからね。

 

 恋柱は時代的に「女性が戦う」って考えが薄いので、家族に反対されます。鬼殺隊は女性でも入れますが、ここだと「世の為人の為」って感じの組織ではなさそうなので、おそらく家族の説得はムリです。なのでいないでしょう。

 

 逆にほぼ確実にいるのは、炎柱の煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)です。煉獄家は実質的に産屋敷家の傘下……というか家単位での主従のようなので、剣才のある彼はまず間違いなく隊士になってます。なので多分どっかにいます。

 

 

>「弱い」

>隊士の頭が熟れすぎたザクロのように爆ぜる。

>「弱い」

>衝撃波で隊士が巻藁のように吹き飛び壁に叩きつけられ、壊れた人形が如く動かなくなる。

>猗窩座は無惨からの命を忠実に遂行していたが、敵のあまりの弱さに苛立ちを募らせていた。

>「弱い、弱い弱い弱い! 剣を手にしておきながら、鬼狩りを名乗っておきながら、何故ここまで弱いのだ! 虫唾が走る!」

>吼えながらも手は止まらない。拳を突き出し目の前の隊士を殺そうとするが、それを急遽中断すると、裏拳を背後へと叩き込む。その拳は、人体から出たとは思えぬ金属音を立てて防がれた。

>「チッ、やっぱ効かねえか」

>「強いな!」

>猗窩座は追撃をかけようとするが、それは男が持つ刀が突如爆発した事で防がれる。

>一瞬驚いたその隙に、男は後ろに飛び退き距離を取っていた。

>「その練り上げられた気配、柱と見た! 名乗れ! 名を聞いておきたい!」

>先程までの不機嫌もどこへやら、猗窩座は喜色を浮かべて名を尋ねる。

>左目の周りに派手な化粧をした筋骨隆々な男は、軽口でそれに返した。

>「人に名を聞く時にはまず自分からって習わなかったか?」

>「なるほどそれもそうだ。俺は猗窩座、上弦の参だ」

>意外と素直に名乗った猗窩座に、男は少しばかり意外そうな顔を見せるが、すぐに気を取り直した。

>「俺は派手の神、宇随天元。音柱だ」

>鎖で繋がれた、二振りの巨大な包丁のような刀を構えた男は、実に(かぶ)いた台詞で自らを示した。

 

 おっと、ここでも音柱は入隊してたみたいですね。猗窩座VS音柱とは、原作ではなかった組み合わせです。こういう対戦カードが組まれる事があるのもこのゲームの良いとこです。

 これは面白くなって来ましたよ! ゆっくり見たいところです、RTAでさえなければ!

 

*1
ベスト付きのスーツ。三つ揃え。ジャケット、ベスト、スラックス(長ズボン)の三種類から成る事から。



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11話 「最終決戦・其の弐」 大正(西暦1915年頃)

「猗窩座、上弦の参だ」

「俺は派手の神、宇随天元。音柱だ」

 

 (かぶ)いた自己紹介を気に留める事なく、猗窩座は嬉しそうに口を開いた。

 

「では天元、提案がある。お前も鬼にならないか?」

「はあ?」

 

 現在進行形で戦っている相手からのスカウトに、天元は思わず訳が分からないという顔になる。

 

「お前は強い。先程の奇襲からも、その闘気からも分かる。だがそれはすぐに失われる。人間だからだ。老いるからだ、死ぬからだ」

「んなモン当たり前だろーが」

「俺はそれが耐えられない。鬼になれば老いないし死なない。怪我をしてもすぐに治るし毒も効かない。百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。あのお方は今はあまり戦力を増やそうとはしておられないが、お前ほどの強者なら認められるだろう。俺も口添えする。だから天元、鬼となれ」

 

 饒舌に語る猗窩座に向け、天元は刀を持ったままの片手を突き出し制止する。

 

「あー……ちょっと待ってくれ。いくつか聞いていいか?」

「何だ?」

 

 猗窩座がすぐに襲い掛かって来る事はないと見た天元は、元忍びらしく情報収集に舵を切った。

 

「俺ぁ鬼ってのに詳しくはねえんだが、人間がなれるモンなのか?」

「鬼は全て元人間だ。だが選ばれし者しかなれない。お前にはその資格がある」

 

 無惨が選んだ者しかなれないので、猗窩座の言葉は全くその通りである。だがその無惨が戦力を集めていたのは鬼殺隊を滅ぼすためなので、天元の加入を認めるかは微妙なところだ。とは言え、自身の役に立つと判断すれば無下にはしないであろう。

 

「鬼は人喰いだとか聞いたんだが、どうなんだ?」

「昔はそうだったらしいが今は違う。少なくとも俺は人を喰った事はないし喰う気もない」

「んじゃ何を食ってんだよ」

「人間と同じだ。量は多いがな」

 

 人間が最も効率がいい事には変わりなく、あくまでその代用であるため、大量に食べる必要があるのだ。とは言え珠世が改良を重ねているので、昔ほど多く食べなくても済むようにはなっている。

 また、植物より肉の方が栄養になる。人間は草食よりの雑食だが、今の鬼は肉食よりの雑食だと言えるだろう。

 

「日輪刀で頸を斬られねえ限り死なねえってのは本当か?」

「さあな。試してみたらどうだ?」

 

 さすがに肝心なところは言わねえか、と天元は内心で舌打ちし、質問を変える。

 

「上弦の参ってのは何だ? その目の地味な刺青に関係があるのか?」

「強い鬼の証だ。壱から陸の六人いる」

「つまりお前は真ん中だって事か……。参考までに聞くが、俺はどのくらいだと思う?」

「そうだな……陸よりは上だが肆よりは下といったところか」

 

 だが、と猗窩座は歓喜と共に言葉を続ける。

 

「鬼になればもっと強くなれる。俺と同じところに……いや、ひょっとしたら上弦の壱にすら届くかもしれん。そろそろ答えを聞こう、天元。鬼になれ」

「断る」

 

 迷う素振りもなく拒絶した天元に、猗窩座の眉がぴくりと動いた。

 

「何故だ」

「こちとら色々背負うモンがあるんでな。投げ出す訳にゃあいかねえよ。何より」

 

 天元は目つきを険しくさせると、猗窩座を見据えて言い放った。

 

「お前らお館様を殺したんだろ? だったらせめて、仇くらいは取ってやらにゃならんだろうが……!」

「そうか。鬼にならないなら殺す」

 

 ――――術式展開 破壊殺・羅針

 

 猗窩座は雪の結晶の如き羅針盤を展開すると、間髪入れずに技を繰り出す。

 

 ――――破壊殺・乱式

 ――――音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

 衝撃波の乱打を、天元は爆ぜる刀を回転させて迎撃する。上弦の参と音柱の戦いが始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 猗窩座はこれまでの約百年で鬼殺隊と交戦し、柱も殺していますが、鬼殺隊が原作より小規模な事もあって原作ほど多くは殺ってません。音柱の方は鬼との交戦経験はありませんが、前職的に考えて原作より実力が大きく劣る、という事はないでしょう。

 なのでどっちが勝つのか気になるところではあります。だが早送り。悲しいけどこれってRTAなのよね。

 

 さて、他のところは……。

 

>地下水脈を引き込み、水がせせらぐ無限城の一角。

>自らの血鬼術を最大限に発揮できるその場所で、童磨は倒れ伏す水柱の傍に座り込んでいた。

>「辛そうだね、肺が凍って壊死してるもんね。もうちょっと注意してたら吸わずにいられたかな?」

>水柱は悔しそうに童磨を見上げるが、ぜひゅーぜひゅーと喘鳴(ぜんめい)が漏れるばかりで、身体は思うように動かない。吸った者の肺を凍らせる血鬼術、粉凍りを吸ってしまったためだ。

>鬼殺隊の力の要は呼吸法。だがこの血鬼術は、呼吸こそを狙い撃つ。

>目が良く空気中の細かな氷を捉えられるだとか、気配に敏感で粉凍りの気配を感知し避けられるだとかの特長があれば結果は違ったのかもしれない。

>だが、優れた剣客ではあってもそれ以上ではなかった彼女に気付く術はなく、気付いた時にはもはや遅かった。

 

>「いやー、無理かなあ。君ってば猪みたいに突進してきたもんね。昔空木ちゃんに聞いた事があるけど、水柱って皆そんな感じなのかな? 俺が殺した柱に水はいなかったから分かんないや」

>快活にケラケラ笑う童磨に水柱は何かを言い返そうとするが、口から出たのは咳と血だけだった。

>自らの血で溺れる水柱に、慌てたように童磨は告げる。

>「あっごめんね、肺に血が入ってるんだもんね、苦しいよね。すぐ楽にしてあげるからね」

>鉄扇を振るうと水柱の首がスパンと落ちる。

>血と涙に濡れ、憎悪と無念に歪んだ顔に、童磨は常と変わらぬ屈託のない笑顔で語りかけた。

>「君のようなか弱い女の子が刀なんて握っても無駄なのに、ここまでやり抜くなんて本当に感動したよ! これが儚い人間の素晴らしさなんだね! ここまで鍛えるのは苦しかったし辛かっただろうね、でも大丈夫、これで君はそんな苦しみから解放された。おめでとう、君は救われたんだ!」

>まるで舞台役者のように大仰に手を広げる童磨は、一転して沈んだ表情となった。

>「本当は俺と一つになって永遠を生きて欲しかったけど、信者の皆を差し置いてそうする訳にはいかないからなあ。ごめんね」

>童磨は、いや鬼たちは皆、面倒を嫌った無惨に殺人を(基本的には)禁止されている。

>故に童磨は自らの信者と“永遠を生きる”事はない。

>信者を“そう”していない以上は、信者ではない者を“そう”する訳にはいかないという、童磨のよく分からない律儀さであった。

 

>「……ううっ、でも、なんて可哀そうな子なんだ。救われたと言っても、天国も地獄もこの世にはないんだから、俺と一つにならない限り、消えてなくなるだけなのに。――――いや、泣いている暇はない。可哀そうな子たちを救ってあげなくちゃ。それが俺の使命なんだから!」

>童磨は空虚な涙を振り払うと、普段通りの中身のない笑みを浮かべ、『結晶ノ御子』を数体生み出し無限城の中に解き放った。

 

 水柱はやっぱり義勇じゃありませんでしたが、そんな事がどうでもよくなるこのサイコパスっぷりよ……。なのにこいつが最も仕事が早いというね。というか粉凍りが初見殺しすぎるんですよ。鬼殺隊士は呼吸が武器なのに、吸ったらアウトとか分かるかんなもん。有能なサイコパスとか扱いに困る……。

 

 

 ……気が滅入るんでサイコパスの話はもうやめましょう。はい、やめやめ。まだ早送りは続きそうですし、ここは前にちらっと言った「無惨様と鳴女のみで最終決戦勝利」の動画の話でもしましょうか。動画を探して見てもらうのが一番早いんですが、一応こっちでも説明します。

 

 まず前提として、原作とほぼ同じ状況で、無限城に鬼殺隊を落としたところからスタートです。鳴女がいるんならもっと良い方法があるんじゃねとか言ってはいけません。原作通り頭無惨なのであんま賢い事は出来ないんです。

 

 んで落とした後ですが、高難易度だと何故か時間制限があり、その中で鬼殺隊を全員殺さなければなりません。鳴女はほぼ戦力にならず他の鬼はいないので、無惨様一人で。

 

 この時点でかなり厳しいんですが、さらに鳴女を守りながら戦わなければなりません。うっかり目を離すと、原作通り鳴女が愈史郎に乗っ取られて鬼殺隊ごと地上に叩き出されます。そうなると、「鬼殺隊を一人残さず殺害する」という勝利条件を満たせなくなってゲームオーバーです。逃げ場があると逃げる隊士はいますからね。

 

 無惨様は本来なら鬼殺隊全てを相手取っても勝てますが、この時は珠世の薬で弱体化してるので厳しいです。なので無限城を操作して、無惨様のところに柱がまとめて来る事態を防がなければなりません。

 

 それでですね、高難易度だと鳴女AIはクソなので、自分で操作しないといけないんです。何がキツイってこれがキツイ。

 

 強い隊士がどこにいるのかを把握しながら、鳴女の“眼”の映像(複数。しかも画像が小さい)を見ながらその先を操作して進行を妨害しながら、血鬼術で隠れている愈史郎と隊士に注意しながら、時間制限に気を付けながら、柱や準柱級の隊士と戦わないといけません。

 普通はキャパオーバーで死にます。でもやり切った人がいるんだから、人間ってスゲーと言わざるを得ません。というか実は人間じゃなかったと言われても信じます。

 

 もちろん、勝つだけなら頭無惨な無惨ルートでももっと楽な方法はあります。鳴女AIがクソと言っても、戦力が多ければ問題にはなりません。あくまで魅せプレイの一つです。一人モードでぷよぷよ47連鎖みたいなもんです。さすがに真似は出来ません。する気もないですが。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ぜえぜえと天元は大きく息を吐く。その身体は血塗れで、肋骨は折れ内臓はいくつか潰れ、片目に至っては抉れていた。まさに満身創痍という言葉そのままだった。

 

「くっそ……」

 

 対する猗窩座もまた、満身創痍だった。片腕は斬り落とされ胴体は袈裟に斬られ、心臓は爆発によって抉り取られていた。だがそれらの傷は、瞬きする間に全て再生していた。

 

「マジか……どういう体してやがる……」

「爆ぜる刀など初めて見たが、素晴らしい威力だった。奇術やまやかしの類ではない、確かな業に裏打ちされた見事な剣だった。だが全ては無駄だ。見ての通り、既に完治してしまった」

 

 猗窩座は悲しそうな顔で語りかける。

 

「だがお前はどうだ? その傷はもはや致命的だ。放っておくだけで死ぬだろう。しかし鬼ならすぐに治る。鬼ならそんなものはかすり傷だ。鬼に人間では勝てない」

「だから、鬼に、なれってか」

「そうだ天元、鬼になれ。死ぬな。こんなところで死ぬ事はない。俺と永遠に戦い続けよう」

「随分、熱心に勧誘して、くれるじゃねえか……それはあれか、俺が強いからか」

 

 怪我に咳き込みながら問いかける天元に、猗窩座は端的に答える。

 

「そうだ。俺は強者が好きだ」

「んで……弱い奴が、嫌いってか」

「そうだ。俺は弱者が嫌いだ。弱い奴には虫唾が走る、反吐が出る。それでも、身の程を知り大人しく引っ込んでいるのなら、見逃してやらなくもない。だが」

 

 猗窩座は強く歯を食いしばる。歯が砕ける音が、天元のもとにまで届いた。

 

「駄目だ。剣を持って()()()()と戦いの場に出て来るような奴は駄目だ。おぞましい、鳥肌が立つ、消えて欲しい。ただ死にに来るなど、虫にも劣る愚かさだ」

 

 そもそも鬼殺隊士は鳴女に落とされたからここ無限城にいる訳だが、それを言えば『ならば最初から剣を取るな、鬼狩りになどなるな』と返って来るだろう。それを何となく察した天元は、だから話を変えた。

 

「なるほどなぁ、お前は自分が嫌いな訳だ」

「……なんだと?」

 

 猗窩座の表情が変わるが、天元はそれに構わず言葉を続ける。

 

「お前の戦い方は、力頼りじゃねえ。どっかで格闘技をしっかり習った奴の、戦い方だ。の割にゃ攻撃を食らい過ぎてる。最初はすぐ怪我が治る鬼だからかと思ったが……お前の話で違うと確信したぜ」

「出鱈目を抜かすな」

「出鱈目なんかじゃねえさ。お前は自分が嫌いなんだ。だから自分が傷つく事が怖くない……いや違うな、自分を傷つけるように戦ってんだ。嫌いな奴は痛めつけたくなるだろ? お前はそれが他人じゃなくて自分なのさ」

「黙れ」

 

 猗窩座の雰囲気が明らかに変容するが、天元の口は止まらない。

 

「で、だ。何故自分が嫌いなのか。お前はおそらく人間の時分も、相当強かったはずだ。じゃなきゃあここまで格闘技が身に染み付かねえ。んな強い奴が、自分を嫌いな理由。()()自分が嫌いな理由とくりゃあ、相場は決まってる」

 

 そこで一拍置き、天元は神経を逆なでするような笑みを意図的に浮かべて言い放った。

 

「お前、守れなかったんだろ」

 

 猗窩座の動きが完全に止まった。その顔に浮かぶのは“無”だ。何の感情も浮かんでいない、完全な無表情だ。だがそれが嵐の前の静けさだという事は、天元には分かった。それでもここで止める選択肢はない。

 

「強さを持ってても守れなかったから自分が嫌いなんだ。弱い奴は何も守れねえから嫌いなんだ。お前は強い奴が好きなんじゃねえ、弱い奴が嫌いなのさ。何のこたあねえ、ただの裏返しだ」

 

 鬼舞辻無惨曰く、『鬼の姿や血鬼術は、その心を表す』。

 

 猗窩座の身体には線のような紋様がある。これは江戸時代の刑罰、刺青刑の模様が広がって出来たものだ。三本の刺青は罪の象徴。罪の象徴が広がったその総身は、猗窩座の人生において、大切な者を誰一人守れなかった罪の意識を示す。

 

 戦いの羅針盤は、“羅針盤”と称する割には一般的な羅針盤とは全く異なる形をしている。雪の結晶のような形のそれは、恋人がいつもつけていた髪飾りを模している。

 技名は全て花火に関係しており、それは恋人と共に見た花火を示す。

 格闘術は恋人の父親から習い覚えたものであり、鬼になっても忘れられなかったものだ。

 

 猗窩座に人間だった頃の記憶はない。鬼にする時、鬼舞辻無惨が消している。だが頭は忘れても心は忘れなかった。守れなかった後悔が更なる強さを求めさせ、『毒を井戸に入れた者の敵意を察知できていれば』という思いが血鬼術に現れ、恋人と共に毒殺された恩人から習った格闘技で今なお戦っている。

 

 猗窩座の全ては過去で構成されている。だから天元のその言葉は、記憶がなくとも心の最も深いところに突き刺さった。

 

「あの時強けりゃ守れてたかも、なんざ究極に地味な奴だぜお前は!」

 

 ――――破壊殺・砕式 万葉閃柳

 

 言葉はなかった。返事は上から打ち下ろす拳だった。天元は何とか直撃は避けたが、床が砕け散り蜘蛛の巣状の罅が一帯に刻まれた。

 

「がっ……!」

 

 天元の鼻からどろりと血が垂れ、身体のあちこちが軋む。かすっただけだというのに、恐ろしい威力だった。

 

(躱したってのにこれか! 時間を稼いで何とか回復、ハッタリとこじつけ半分で挑発して怒らせて技を粗くさせられればと思ってたが、コイツぁ見誤ったか……!?)

 

 怒りは力を増加させるが、同時に動きを粗雑にする。そうすれば、どんな相手でも付け入る隙は生まれ得る。そういう意味では、天元の考えは決して間違っていない。

 

 だが彼は知らなかったのだ。激情にかられて完全にリミッターが外れた鬼の力と、闘気を探知しそこに正確に攻撃を捻じ込める、猗窩座の羅針盤と身に染み付いた格闘術を。

 

 ――――破壊殺・脚式 飛遊星千輪

 

 猗窩座の内面は嵐のように荒れ狂っているが、それとは対照的に蹴り上げる脚はまるで機械のように正確に、空中の天元に吸い寄せられる。何の皮肉か、恋人の髪飾りの羅針は正確無比に闘気を感知し、恩人の格闘技は些かたりとも陰りを見せず、花火を冠する技は圧倒的な破壊力を秘めていた。

 

 ――――音の呼吸 壱ノ型 轟

 

 天元は二刀を振り下ろし、爆発で技の威力を相殺しようとする。爆ぜる刀と衝撃波が衝突し、天元は吹き飛ばされ天井に叩きつけられる。重力に引かれ落ちようとする彼が目にしたのは、まるで花火のような技だった。

 

 ――――術式展開 終式 青銀乱残光

 

 猗窩座を中心に、百発以上の衝撃波が乱舞する。天元はそれを、音の呼吸最大威力の技を以って迎え撃った。

 

 ――――音の呼吸 漆ノ型 残響無音

 

 放てば必ず敵を斃し、その後には残響だけが残されそれもいつしか消えて無音になる。そういった意を込めて名付けられた最強の技でも、猗窩座の拳を全て打ち落とす事は出来なかった。

 

「がっ……は」

 

 地に墜ちた天元の胴体には、腕がすっぽり収まってしまいそうな大穴が開いていた。もはや助からない事を悟りせめて相打ちに持ち込まんと剣を握るが、背骨を痛めたのか腰から下に力が入らず立ち上がれない。

 

 猗窩座が無表情で、しかして目だけを炯々と光らせ突っ込んでくる。途轍もない速度のはずなのに、天元には何故かそれがゆっくり見えた。だが身体は動かない。心は折れずとも、物理的に動かないものはどうしようもない。

 

(ああ、くそ)

 

 宇随天元の脳裏に最期によぎったのは、三人の妻たちの顔だった。

 

 ――――破壊殺・滅式

 

 そんな走馬燈ごと、猗窩座の拳が全てを消し飛ばした。肉の一片すらもそこには残らず、砕けかけた二振りの刀のみが、墓標のように突き立っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 という事で、決着がつきました。このゲーム、原作で死ななかったキャラでも普通に死にます。それで発狂する人もたまにいますが、逆に原作キャラ救済を目指すと言って燃える人もいます。まあ楽しみ方は人それぞれですね。

 

 しかしあれですね、猗窩座は試合に勝って勝負に負けた感がありますね。天元は、猗窩座が鬼になってから格闘を学んだ可能性には言及してない等、よく見ると割と当てずっぽうで言ってる事が分かるんですが、それがたまたまクリティカル、もしくはファンブルを叩き出してしまった模様。

 

 つっても天元はあのまま戦ってても押し負けてたでしょうし、怒らせて隙を見つけるというのは十分有りだったでしょう。悪い方に転がってしまいましたが。やっぱり“痣”も鬼の知識も交戦経験もないのはキツかったですね。三人も嫁がいる野郎とか死んでいいと思いますけど(嫉妬)。

 

 でもよく考えたら、鬼殺隊に鬼との戦闘経験がないのは無惨様が少数精鋭方針を取ったからで、そうした切っ掛けは昔配下の鬼を一斉処分したからなんですよね……。あの時はガバかと思ったもんですが、実は高度な計算だった……?

 

 

>猗窩座と天元の戦いが始まる少し前。無限城のまた別の場所で、妓夫太郎が己が血肉で出来た鎌を振るっていた。

 

――――血鬼術 飛び血鎌

 

>「うっ、うわあっ!」

>「なんだこれっ!?」

>鎌を振るうたびに血の斬撃が飛び、隊士たちを刻んでゆく。なす術もなく殺されるだけかと隊士たちが絶望したその時、渦巻く炎の斬撃が血鎌を打ち落とした。

 

――――炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり

 

>「炎柱様!」

>「煉獄様!」

>「お前たちは下がっていろ!」

>「はっ、はい!」

>まるで燃える獅子のような、炎柱と呼ばれた男に妓夫太郎は無言で斬りかかる。一瞬の交錯の後に鈍い金属音が響き渡り、二人は互いに距離を取った。

>「いきなりだな!」

>「お前、強いなあぁ。羽織しか斬れなかったなぁあ。殺すつもりで斬ったけどなぁ。いいなあお前。いいなあぁぁああ」

>見上げるようにねめつける上弦の伍、妓夫太郎と、堂々とその視線を受け止める炎柱、煉獄杏寿郎。陰陽対照的な二人は、ここに邂逅した。

 

 お、今度は妓夫太郎VS炎柱ですね。これもどうなるのか気になるところではありますが、やっぱり早送りです。残念。

 



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12話 「最終決戦・其の参」 大正(西暦1915年頃)

「俺は炎柱の煉獄杏寿郎! 君が噂に聞く鬼か! 何故殺す?」

「鬼狩りが何を言ってんだぁ。お前顔はいいけど、頭は悪いなあぁぁ」

 

 さらりと杏寿郎を罵倒した妓夫太郎は、がりがりと爪で顔を掻く。

 

「でもいいな、いいなあぁぁ。顔もいいし肌も綺麗だし、肉付きもいいぃ。女にもさぞ持て囃されるんだろうなあぁぁ。妬ましいなあ妬ましいなあ、死んでくんねえかなあぁ。そりゃもう苦しい死に方でなぁあああ」

「君は人の美点を見つけるのが得意なようだな! だが妬んでばかりでは進歩はないぞ!」

「お前前向きだなぁ、幸せそうだなぁあ。許せねえなあ許せねえなあ」

 

 感情の昂りと共に掻きむしる爪が顔を引き裂き血を流させる。傷は即座に再生するがその上からまた傷が刻まれ、血がとめどなく流れ出ていた。

 

「許せないとはこちらが言いたい! 君は俺達を鬼狩りと言うが、隊士たちは鬼を狩った事などない! なのにこうも殺すとは、まさに悪鬼羅刹の所業!」

「だったら何で今も鬼殺隊を名乗ってるんだぁあ。やっぱお前頭悪いなぁぁあ」

 

 鬼殺隊が実際に鬼を殺していたのは平安の昔だ。戦国時代は傭兵で、今はヤクザの親戚――要は地域のまとめ役や用心棒――である。どこにも“鬼殺”の要素はないし、歴史的にも鬼よりも人を殺していた時期の方が長い。なのに未だに鬼殺を掲げているのは、つまりそういう事なのだろう。

 

「ああでも幸せそうだよなあぁぁ。頭が悪くてもやっぱ許せねえなぁあ。俺は取り立てるぜ、幸せそうな奴からは必ず取り立てる。死ぬ時グルグル巡らせろ、俺の名は妓夫太郎だからなあぁぁ!」

 

 妓夫太郎が鎌を振り上げると、血の斬撃が再び生成され杏寿郎を襲う。杏寿郎は刀を振るってそれを打ち落とすが、その攻撃方法そのものに眉を顰めた。

 

(分かっていたがやはり実体がある、呼吸法による幻影とは違う! これが記録にあった血鬼術というものか。鬼は頸を斬れば倒せるというが、このまま距離を取られて攻撃され続ければ不可能だ)

 

「ならば! 近寄るまで!」

 

 ――――炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

 杏寿郎は強く踏み込み、炎を纏いながら一直線に妓夫太郎に向かう。頸を斬らんと刀を横に一閃するが、それは片手の鎌で防がれた。

 

(速い! 何という反射速度!)

 

 妓夫太郎は空いている手の鎌で腹を裂こうとするが、杏寿郎はやや大仰なほどに跳びのき逃れた。それを見た妓夫太郎の顔が、ほんの少しだけ歪む。

 

「お前、まさか、気付いてるなぁ?」

「やはり()()か!」

 

 ――――血鬼術 飛び血鎌

 

 血色の刃が杏寿郎に殺到するが、横っ飛びに大きく跳んで避ける。血刃はそのまま外れ明後日の方向に飛んでいくかと思われたが、妓夫太郎は執念のこもった声でそれを覆す。

 

「曲がれ、飛び血鎌」

「むっ!」

 

 まるで意思があるかのように血刃は曲がり、杏寿郎を再び襲う。再度切り裂き打ち落とすが、その一瞬の間に妓夫太郎は距離を詰めていた。

 

「死ねぇ」

「断る!」

 

 妓夫太郎の鎌はまるで蟷螂のようで、動きが素早く不規則な太刀筋で読みづらい。それでもなお杏寿郎は刀を振るい鎌を捌いてゆく。金属音が鳴り響き、一時的な膠着状態が作られる。それを崩したのは、二人のどちらでもなかった。

 

「炎柱様をお助けするのだ!」

「おおお!!」

 

 最初に杏寿郎に庇われ、横で戦いを眺めているしかなかった隊士たちだ。()の足が止まったのを機と見て、杏寿郎を助けんと妓夫太郎の後ろから斬りかかったのだ。

 

「駄目だ来るな!」

「邪魔すんなよなぁあ」

 

 ――――血鬼術 円斬旋廻・飛び血鎌

 

 血刃が渦を巻き、横倒しの竜巻の如く広がってゆく。杏寿郎は何とか後ろに跳ぶと同時に技を繰り出し弾いて無事だったが、柱に遠く及ばない隊士たちはそうもいかなかった。一瞬にして血肉が飛び散り、悲鳴が木霊する地獄が現出した。

 

「う、腕が……!」

「ぉ、ぐ……」

「お、おい死ぬな!」

 

 それでも前の者が壁になったのか、数名は生き残っていた。妓夫太郎の眼がぎろりと動いて彼らを捉え、追撃をかけようとする。

 

「結構残ったなあぁぁ」

「やめろ!!」

 

 それを察した杏寿郎は、妓夫太郎に向け技を繰り出し妨害する。妨害と言っても本気の技であり、仕留めるつもりの攻撃でもあった。

 

 ――――炎の呼吸 伍ノ型 炎虎

 ――――血鬼術 跋扈跳梁

 

 炎の虎の如き斬撃が、斬撃の天蓋とぶつかり合う。双方は拮抗し、互いに後ろに下がり一旦距離を取った。

 

「これ以上はやらせん!」

「部下を守って格好良いなあ。羨ましいなあ妬ましいなあぁぁあ。でもやっぱ頭悪いなあ」

 

 妓夫太郎が口の端を吊り上げる。運よく重傷を免れ、軽傷で済んだはずの隊士たちが、杏寿郎の後ろでばたばたと倒れた。

 

「くっ……やはり毒か!」

「最初に見た死体の様子から気付いたなぁ? でもそれを活かせてねえ、ぜんぜん駄目だなぁ」

 

 妓夫太郎の血鎌には猛毒がある。杏寿郎はそれに気づいていたため、一撃も受けないように立ち回っていたのだ。そういう意味では妓夫太郎の言は的外れとも言えるのだが、杏寿郎にとってはそうではなかった。毒の事を伝えていれば一人でも助かったかもしれない、と考えてしまうのが杏寿郎なのだ。実際には不可能だったであろうにしても。

 

「……その通りだ! 柱として俺は未熟! やはり俺に才能はないのだろう!」

 

 杏寿郎の脳裏によぎるのは、自らの父親だ。昔は柱として立派に務めていたが、妻が……杏寿郎にとっての母が亡くなってから変わってしまった。柱を辞めると、日がな一日酒に溺れ、寝転がって腐るばかり。

 

 それでも杏寿郎は父を尊敬していたし、認めてほしくて剣の修練も全力で取り組んだ。教わる相手はおらず本で学ぶしかなかったが、それでも柱にまで至った。だが彼の父は“お前には才能など無い。才の無い者が何をしようが無駄だ”と繰り返すだけだった。

 

 普通ならそこで折れてしまいそうなものだが、真面目でまっすぐな杏寿郎は己の不明を恥じ、より一層の修練に励んだ。それでも、才能がないという言葉は胸にわだかまり、時折思い出したように浮かび上がってくる。そう、例えば今のように、守り切れなかった時に。

 

「なんだ分かってんじゃねえか。ひひっ、みっともねえなあみっともねえなあ」

「だが! だからこそ!」

 

 たとえ己に才がなくとも。力が足りておらずとも。

 退いてはならない時がある。行動せねばならない時がある。

 今がその時だ。これがその行動だ。

 

「もう誰も殺させない! 君を自由にすれば他の隊士たちを殺すだろう! ここで倒す!」

 

 心を、燃やせ。

 

 ――――炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄

 

 刀を肩に担ぎ、螺旋を描く炎を伴って妓夫太郎に向け疾駆する。一撃でも受ければ毒で動けなくなり戦えなくなると見た杏寿郎は、後手に回る事を避け、一気に決める事を決断したのだ。

 

「どうせ全員死ぬのに、瞳をきらきらさすなよなぁ」

 

 ――――血鬼術 空花乱墜

 

 妓夫太郎は防御を考えず、血鎌の乱れ撃ちで杏寿郎を迎え撃つ。一撃でも当たれば毒で勝てるという考えだ。炎と血刃が、これまでにない規模をもってぶつかり合った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 これもう炎柱が主人公でいいんじゃないかな(白目)。父親に否定されてもほぼ独学で剣を修め柱に至り、強大な敵に立ち向かうとか、どう見ても王道熱血主人公そのものですよ。いや原作でもそうでしたが。

 

 ここだと相手が猗窩座じゃなくて妓夫太郎なので、より熱血さが浮き彫りになってますね。性格的な相性の悪さも浮き彫りになってますが。熱血一直線な杏寿郎とひねくれて()()()()妓夫太郎では相性最悪です。妓夫太郎と相性良い奴ってそんな多くないですけど。

 

 

>無限城の一角、屋上のように高く視界が開けている場所に。

>鳴女と玉壺、そして下弦の全員が揃っていた。

 

>鳴女は無限城を操作する時は、一ヶ所に留まり動けなくなる。

>いかな上弦とは言え、元琵琶法師で、実戦経験ゼロの彼女を戦わせようと思う程無惨も無謀ではない。故に護衛は必須なので、そのために付けられたのが玉壺である。

 

>下弦の方は、本来なら無限城の外の、安全な場所に待機しているべきだ。

>が、万が一にもその場所に柱級の強者が来れば、その時点で全滅の危機である。

>鳴女の“眼”も完璧ではない、見落とす可能性は常にある。

>となればやはり護衛がいるのだが、“鳴女の護衛”と“下弦の護衛”双方に割けるほど人手に余裕はない。少数精鋭方針の弊害だ。

>ならばいっその事ひとまとめにして守ってしまえ、という事になったのである。

 

>なお玉壺の金魚や、童磨の結晶ノ御子を下弦の護衛としてつける案もあったのだが、前者は弱すぎ、後者は論外という事で却下された。

 

 例によって早送り中にログを見てみましたが、論外には草。童磨全く信用されてませんね。いや無惨様の命令ならしっかり遂行するでしょうけど、それを考慮に入れても嫌だったんでしょう。おそらく珠世が。

 

>そんな彼らは今、くつくつ煮える鍋の前で、肉と野菜をつついていた。

>鍋に割り下を入れ、牛肉と野菜を煮て食べる料理。牛鍋である。

>「こっち煮えてますよー」

>「俺達、こんな事してていいんでしょうか……」

>「何言ってんの(しきみ)、血鬼術を使うとお腹が空くんだからいっぱい食べないと!」

馬酔木(あしび)の言うように、疲労という概念のない鬼と言えど、血鬼術を使うと消耗する。それを補うために彼らはこうして食事をしているのだ。

>なお牛鍋になったのは準備した堕姫の趣味である。

>「それなら食べるのは玉壺さんと鳴女さんだけでいいんじゃ……いや何でもないです」

>馬酔木にぎろりと睨まれた樒が首をすくめて口を閉ざす。

>馬酔木が下弦の陸、樒が下弦の参で、序列は樒の方が上なのだが、そんな事は全く感じさせない光景だった。完全に尻に敷かれている。

>序列がはっきりしたとは言え、それまでの人間関係が消えてなくなる訳ではないのだ。人間ならざる鬼であっても。

 

>「たくさん用意したから皆どんどん食べてね!」

>堕姫が自身の血鬼術、“帯”から追加の肉を取り出しながら笑顔で言う。

>この“帯”こそ、彼女を下弦の陸から肆に押し上げた大きな要因だ。

>見た目は着物の帯にそっくりなそれは、体積をある程度無視して物体や生物を収納できる能力を持つ。さらに複数出せる上、自身の意思によって自由に動かせ、刃のように対象を切り裂く事も出来る。

>堕姫の器用さの象徴のようなこの血鬼術は、普段は実験動物の鼠や壊れやすい道具を安全に収納したりと大活躍だったが、今日は食材が大量に入っていた。

 

>「牛を食べるとは……これも時代でしょうか。いえ美味しいですし初めてでもありませんが」

>「ヒョッヒョッ、牛は労働力ですからな。食べるとは中々考え付かぬものです」

>「それもありますが、私にとっては牛車を曳くものという印象が強くてですね。貴族の持ち物ですから、それを食べるとは思いもよりませんでした」

>「ほう、牛車ですか。時代を感じますな」

>「ええ、本当に……遠くまで来たものです」

>美女と野獣ならぬ、美女と怪物といった組み合わせの珠世と玉壺だったが、意外と相性は悪くないようであった。

>同じ場所に住み、毎日のように顔を合わせているので無理からぬ事ではあったが。

 

>「ほら、鳴女さんも食べないと!」

>「いえ、私は……」

>琵琶から両手が離せない鳴女に向かって、笑顔で箸を差し出す堕姫。

>鳴女は正直あまり食べたくなかったのだが、堕姫に悪意がないのでとても断りにくい。

>結果として、口を開けざるを得なかった。

>「………………いただきます」

>牛肉の少し癖のある味が口の中に広がる。

>別に嫌いではないし、むしろ好きな方ではあるのだが、こうしていると()()()()を思い出して複雑な心境にならざるを得ないのだ。

>そう、血鬼術を成長させるために、ひたすら食べ続けた日々を。

 

>鬼はたくさん食べる事によって基礎能力が向上し、それに伴い血鬼術も強化される。

>非常に有用な血鬼術に目覚めた鳴女は、だからこそそれを成長させるために山ほど食べさせられたのだ。

>鳴女としても鬼狩りは壊滅させておきたかったので、血鬼術を成長させる事に否やはなかった。

>だが、量が尋常ではなかった。比喩ではなく、文字通り山のような食料だ。いくら鬼でも限度というものがある。

>それでも鳴女は頑張った。無惨を見て内心“この鬼……! あっ本物の鬼だった”と考えたり考えなかったりしながら、ものすごく頑張ったのだ。

>あまりの量に手が止まる事もあったが、そこで『やはり人間の方が効率が良いか……?』という無惨の独り言を聞いて内心戦慄してさらに頑張った。鳴女の感性は普通なので、なるべくなら人を喰いたくはなかったのだ。

>だから頑張って頑張って死ぬほど頑張って、どうにかこうにか血鬼術を成長させ、産屋敷の居場所だって見つけたし、その血族と日輪刀の製造者を見つけろという無茶振りにだって応えたのである。

 

>「どう!? おいしい!?」

>「…………………………オイシイデス」

>食事というのはそんな日々を否応なく思い出させるものなのだがしかし、肉は美味しいので、複雑な顔にならざるを得ない。

>結果として鳴女は、顔をひくつかせて片言になるしかなかった。

 

 フードファイター鳴女。でもあの血鬼術を見たら誰でもそーする、無惨様だってそーする。ちょっとトラウマが出来たとしても些細な事ですね!

 

 なお大食いの歴史は古く、1649年には大食い大会が開かれた記録があるそうです。それからもちょくちょく開かれ、1817年の大会ではご飯68杯に醤油2合という記録を残した人がいたとかいないとか。

 人間でもそれくらいいけたんだから鬼ならもっといけるいける大丈夫!

 

 

 ……っと、早送りが解除されました。これは決着つきましたかね?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(危なかった! まさに紙一重!)

 

 杏寿郎は冷や汗を流し大きく息を吐き、倒れ伏す妓夫太郎を見下ろしていた。その身体には首がなく、それは少し離れたところに転がっていた。

 

 『飛び血鎌に一発も被弾しない』『妓夫太郎の頸を斬る』。これまでの人生で間違いなく一番の難事だったが、杏寿郎はやり遂げた。正直もう一度やれと言われても不可能だ。後者はまだしも、前者は多大なる運を味方につけたが為だという事は分かっていた。

 

(記録通りなら、これで死ぬはずだが……)

 

 杏寿郎が鬼と戦うのはこれが初めてだ。だから『鬼は日輪刀で頸を斬れば倒せる』という情報も正しいかは分からなかった。そのため用心して、首が離れた妓夫太郎の身体から目を離さなかった。結果としてそれが功を奏した。

 

「!」

 

 突如として妓夫太郎の身体がバネ仕掛けの人形のように跳ね起き、杏寿郎に向かって鎌を振るって来たのだ。驚きこそあれど、彼の身体は訓練の通りに適切な行動を取る。

 

 ――――炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天

 

 下から炎の円を描くように斬り上げられる刀が、妓夫太郎を鎌ごと弾き飛ばす。残心を切っていなかった事と、妓夫太郎の動きが先程より明らかに劣っていた事の双方が、反撃を可能にした。片方だけでも欠けていれば、杏寿郎は今頃骸をさらしていただろう。

 

「よもやよもやだ! 頸を斬っても死なぬとは! 鬼とは皆そうなのか!?」

 

 鬼は日輪刀で頸を斬られれば死ぬが、妓夫太郎はそれだけでは死なない。妹の堕姫の首も同時に切り離した状態にしない限り、死ぬ事はないのだ。そして堕姫はここにはいないため、杏寿郎に妓夫太郎を殺す手段はない。

 

 とは言えそんな事を馬鹿正直に伝える必要はない。弾かれた妓夫太郎の胴体は、自らの首を拾い上げてくっつける。元の場所に戻った生首は、杏寿郎の問いに答える事なく忌々しそうに顔を歪めた。

 

「これでも駄目かあぁあ。お前、本当に強いなあぁぁ」

(いや……俺が弱いのかぁ)

 

 この炎柱と名乗った男は、少なくとも黒死牟よりは遥かに弱い。それでもなおかすり傷の一つすらつけられていないのは、運もあるにはあるが、妓夫太郎が弱いからだ。

 

 妓夫太郎に実戦経験は少ない。日光克服薬開発を優先していたためだ。無惨としても戦闘よりそちらを優先して欲しかったし、妹も兄と一緒だと喜ぶので、ますます戦う機会は減った。特にここ五十年は、その傾向が顕著だった。

 

 それでも鍛錬を欠かした事はなかったが、やはり実戦と訓練は違う。玉磨かざれば光なし。妓夫太郎に戦いの才はあるが、それを磨く機会が足りなかったのだ。そのツケは今、燃える獅子のような男の形を取って眼前に現れていた。

 

「いや、それなら『鬼は頸を斬れば倒せる』という記録が残るとは思えない! 頸を斬っても死なないのは、おそらく君だけだ!」

「だったらどうだってんだあぁ」

「死ぬまで斬るのみ! それで死なずとも、治るより早く斬れば動きは止められるだろう!」

 

 妓夫太郎は内心舌打ちをする。確かに現状では死ぬ事はないが、それだけだ。頸を斬られれば死なずとも弱体化する。一度どこかを斬られれば、再度くっつけるにしても新しく生やすにしても時間はかかる。再生速度よりも速く斬られ続ければ、動きは止められざるを得ない。

 可能かどうかはさて置くにしても、実行されると困るのは確かだった。

 

「…………未完成だったから使う気はなかったけどなぁ。こんなところで足止めされてる訳にもいかないからなぁああ」

「む!」

 

 雰囲気の変わった妓夫太郎に、何か仕掛ける気かと杏寿郎が構える。その耳が捉えたのは、どこか聞き覚えのある、しかして初めて聞く音だった。

 

 ――――ジャアアァァァァァ

 

 まるで砥石で刃を練磨するが如き音だ。鬼のものとは言え、人体から出ているとは到底思えぬ音だ。知らなければ、()()()()だとは決して分からなかったであろう音だ。

 

「まさか!」

 

 ――――鎌の呼吸 壱ノ型 飛刃砕月

 

 血刃が飛ぶ。だがそれは、先程までの血刃ではない。三日月を縦に二つに割ったような形の、鎌そっくりの刃が、無数に纏わりついていた。

 

「呼吸法だと!?」

 

 杏寿郎の目が、大きく見開かれた。

 



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13話 「最終決戦・其の肆」 大正(西暦1915年頃)

「ぐ、ぅ……!」

「ようやく喰らったなぁ」

 

 血刃の攻撃範囲が広がった事と、妓夫太郎の身体能力が上がった事により、杏寿郎はついに刃を受けてしまっていた。傷そのものは大した事はないが、毒はすでにその身体に入っている。耐性も解毒法も持たない以上、勝負はすでに決まっていると言えた。

 

「……チッ」

 

 妓夫太郎は小さく舌打ちする。杏寿郎には聞こえないほどの音量だったが、それでも自分だけはごまかせない。

 

 黒死牟の月の呼吸を見様見真似で覚え、自身に合うように変化させたが、それでもまだまだ未完成。未だ全集中・常中の呼吸――四六時中呼吸法を使い続ける事――は出来ず、血鬼術との融合も途上である。血刃に纏わりつく鎌状の刃は、実は半分ほどが幻影なのだ。黒死牟のように、全てに実体を持たせる事は出来ていない。

 

 呼吸を先に覚えてから、それを強化する形で血鬼術を使う、という事であればもう少し形にはなっていただろう。しかし先に使えるようになったのは血鬼術だったため、まずはそちらのみを磨く事を優先したのだ。

 

 血鬼術と呼吸を完全に融合させるには、未だ時間が足りていない。薬の研究に時間を使っていたせいだ。本来ならば、まだ実戦レベルには程遠い。黒死牟を知る身としては、それが痛いほどよく分かる。こんな不完全な代物、恥ずかしくて人目に晒せない。

 

 それでも、そんなものでも使ったのは、ここで負ける訳にはいかなかったからだ。妓夫太郎の原点は『もう二度と奪われない』事。人に奪われる前に人から奪い、取り立てる。故にこそ彼は“妓夫太郎”なのだ。

 

 その妓夫太郎の本能が言うのだ。決してここで負けてはならぬと。負ければ再び奪われると。あの冬の日のように。妹は焼かれ自身は斬られ、全てが奪われんとした、あの牡丹雪の夜のように。

 

 とは言え焦る必要はない。すでに毒は打ち込まれている。あとは時間を稼げば良い。故に妓夫太郎は、杏寿郎に話しかけた。

 

「……良い事教えてやるよ、ソイツは河豚の毒を血鬼術で改良したモンだ。河豚の毒にやられると、()()()()()()()()()んだよなぁぁ」

 

 フグ毒テトロドトキシンは、神経の伝達を阻害して麻痺を起こす。結果、脳からの呼吸に関する命令が届かなくなり、呼吸が止まって死に至る。

 

 呼吸が止まる。それは、呼吸法を武器にする鬼殺隊士にとって、致命傷である事を示していた。

 

「関係、ないな!」

 

 ――――炎の呼吸 陸ノ型 朱雀

 

 燃え立つ鳥の如き突き技が妓夫太郎に向かう。妓夫太郎は鎌で弾くが、眉を顰めた。毒で死にかけている者が出せる威力ではなかったのだ。

 

「俺は俺のなすべき事をなす! 毒も死も、関係ない!」

 

 杏寿郎の脳裏に、亡き母の声が色鮮やかに蘇る。『弱き人を助ける事は、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです』。彼はその言葉の通りに生きて来たし、そうありたいと思っている。

 

 だからこそここで退く事は出来ない。たとえ数分後に失われる命だったとしても、その数分で敵を倒す。そうすれば、他の場所でまだ生きているだろう隊士は殺されない。勝たねばならぬ、その後に自分が生きておらずとも。

 

「死んだら何も出来ないだろうが。やっぱお前、頭悪いなぁああ」

「それは、違う! 俺が、死んでも、俺を受け継ぐ者はいる! 俺の継子は、弟子は、優秀だ! 必ずや、俺の想いを継いでくれる!」

 

 毒で息が浅くなり始めているが、杏寿郎はそれでも目に力を込めて言い切る。妓夫太郎はそれに、嘲笑を以って応えた。

 

「やっぱお前前向きだなぁ。幸せそうで妬ましいなあ羨ましいなあ、でも無駄なんだよなぁああ」

「無駄では、ない!」

「いいや無駄だなぁ。その弟子も鬼狩りなら、この城のどっかに落とされて、他の誰かに殺されてるだろうからなぁああ」

 

 杏寿郎の瞳が一瞬揺れたが、すぐに力を取り戻し妓夫太郎を見据えた。

 

「ならば! 君を倒した後に、助けに行くまで!」

「毒でフラフラのその体でかぁ? 教えといてやるが、俺を殺せたとしても毒は消えねえ。血鬼術の影響が消えたって、元の毒に戻るだけだ。河豚の毒に解毒法はねえし、他の毒も混じってる」

 

 現代ですらフグ毒には、胃を洗浄して人工呼吸器をつけ、体内で毒が分解されるのを待つという対症療法しかない。人工呼吸器がなくとも、肺に空気を送り続けられれば助かる可能性はあるが、現状では到底不可能だ。

 

「だからどうやったってお前は、ここで死ぬしかないんだよなぁああ」

「関係ないと、言った! もう、誰も、死なせない!!」

 

(呼吸が上手く出来なくなって来ている! おそらく次の一撃で最期! ならば! 極大の威力で! あの鬼の、身体そのものを! 消滅させる!!)

 

 ――――炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄・三連

 

 人生最後。その覚悟をもって杏寿郎は身体への負担も顧みず、炎の呼吸最大威力の技を三つ重ねて放つ。毒で弱っているはずの身体でそこまで出来たのは、一重に日頃の修練と才能の賜物だ。炎の螺旋は重なり渦巻き、横薙ぎの巨大な竜巻と化した。

 

 ――――鎌の呼吸 参ノ型 蟷螂機先

 

 炎の竜巻を、妓夫太郎は鎌を×の字に交差させるように振り下ろす技で迎え撃つ。その軌道に血刃が生成され、無数の鎌の刃を伴い杏寿郎へと殺到した。

 

 奇しくも先程までの焼き直しのように、両者は激突する。衝撃波が辺りにまき散らされ、床がめくれ上がり破片となって飛散する。それが治まった時、そこにあったのは、二丁の鎌で刀を完全に受け止めた妓夫太郎の姿だった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 戦いの中、成長するのは人間だけではない。人間が変じた鬼もまたしかり。まして妓夫太郎には黒死牟が認める程の戦いの才がある。杏寿郎が天才ならば妓夫太郎もまた天才。その才は、この土壇場で確かに妓夫太郎を成長させていた。

 

「無、念……!」

 

 毒が回り切った杏寿郎が、ずるりと地面に倒れ伏す。それを見下ろす妓夫太郎の顔は、嘲りではなく苦渋に歪んでいた。

 

 苦い勝利だった。毒に気付かれたのは仕方ないとしても、かすり傷さえ与える事が出来ず、あまつさえ一度は頸を斬り落とされ、奇襲は躱され使う予定の無かった呼吸法まで使わされ、それでようやくだ。

 

 特に呼吸を使わざるを得なかったのは我ながら無様だったと、妓夫太郎は苦虫を噛み潰す。一番最初は黒死牟に使って、そして勝ってやると決めていたのだ。だからこそ鎌の呼吸壱ノ型は飛刃“砕月”なのである。決して誰にも言う気はなかったが。

 

 妓夫太郎が黒死牟に向ける感情は複雑だ。恩を感じてはいるしその強さに憧れもする。だが同時に妬ましいとも思うし引き摺り落としたいとも思う。それら全ての感情が混じり合い出した差し当たっての結論は、まずは一勝を収める事だった。

 

「…………クソ」

 

 なのにこの体たらく。不格好さに悪態をつかずにはいられないが、勝ちは勝ちだ。人間の頃、夜の底を這って日々をどうにか生きていた妓夫太郎は知っている。死ねばそこまでだが、生きてさえいれば何とかなると。苦かろうが納得に程遠かろうが、生き残らねば何も始まらないのだと。

 

 それでも不快感が消える訳ではない。妓夫太郎は苛立ち紛れに杏寿郎にトドメを刺すと、無惨の命を果たすべく、死体に背を向け人間の気配のする方へと向かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 こっちも決着つきましたね。妓夫太郎が呼吸を使うとは、これはかなり珍しいパターンです。鬼が呼吸を使うルートはあるにはあるんですが、結構条件が厳しい上、呼吸を使ってもそこまで強化される訳じゃなくて微妙です。

 

 まず、呼吸のメリットと言えば身体能力が上がる事ですが、人間ならともかく鬼だと大して上がりません。人間が数倍から数十倍だとすると、鬼は精々一~三割増しって程度です。少なくともこのゲームでは。

 元が高いせいで上がり幅が小さく設定されてるようなんですが、それでも強い事は強いです。

 

 とは言え、鬼なら人間をたくさん食べれば身体能力は上がります。ついでに血鬼術も強化されてお得だし、何より楽です。普通の鬼ならそうします。

 

 呼吸の他のメリットは、技にエフェクトが出る事ですね。でもこれはあくまで幻なので、それだけだとほとんど意味がありません。黒死牟のように、血鬼術を併用して実体を持たせて初めてメリットになります。

 

 ただですね、そんな面倒な事をするくらいなら血鬼術だけでいいじゃん、って事になっちゃうんですよね。血鬼術の方が楽に使えるようになりますし、出来る事も多彩です。玉壺や鳴女のような血鬼術が発現すれば、呼吸で身体能力を上げる意味もほとんどなくなります。

 

 また、鬼の多くは自己中で傲慢で努力しないので、呼吸に必要な長期間の修練が性格的に出来ません。原作の無惨様みたいですね。

 

 話をまとめると、鬼にとっての呼吸はメリットが薄く、そのメリットも他で代替が利くものである、という事です。原作で呼吸を使う鬼が少ないのもそんな感じの事情なんじゃないかと思います。

 

 呼吸を使う黒死牟はクソ強いですが、あれ人間だった頃から強いですからね。最低でも柱級の実力はあったはずです。それを血鬼術でさらに強化してるから強いんです。呼吸を使う鬼が強いと言うより、黒死牟が強いと言った方がいいでしょう。縁壱と同じですね、さすが兄弟。

 

 

 んで妓夫太郎の話に戻りますが、さっきちょっと出たように月の呼吸の派生です。と言っても黒死牟が手取り足取り教えたのではなく、見て盗んだものです。黒死牟なら教えてくれっつったら教えてくれるでしょうが、妓夫太郎は性格上そういう事を言うとは思えませんからね。

 

 強さの方はさっきの話と矛盾するようですが、強いです。今ルートの妓夫太郎は薬の開発で時間足りないせいで大した事がなかったんですが、完成させれば上弦でも上位に食い込みます。

 

 まず、飛び血鎌の当たり判定が倍くらいになります。さらに、月の呼吸後半並みの広範囲攻撃をぽんぽん出してきます。円斬旋廻のように、出すまでにタイムラグが発生する欠点もありません。呼吸で生まれる刃にも毒が含まれるので、耐性がなければ柱でもかすっただけで死にます。

 

 ただ、血鬼術だけでも似たような境地には至れたんじゃないか、という疑問は残るんですよね。血鎌は強力な血鬼術ですし、妓夫太郎も戦いの才能があるので、可能性はあるはずです。

 

 まあここの妓夫太郎は呼吸と血鬼術の融合ルートに入ったので、将来的には強くなるでしょう。とは言え最終決戦が終わったら戦う機会は激減するので、戦いの道に進むかは不明です。薬開発も兼任していたように、戦闘以外で才能を発揮するかもしれません。その辺は今後の展開次第ですね。

 

 

>「まだまだあるからいっぱい食べてね!」

>「………………………………ハイ」

>堕姫に肉と野菜を口に突っ込まれ、食べる機械と化している鳴女。

>鳴女ならぬ泣女になりそうな彼女だったが、ふと表情が変わった。

>「あれ、どうしたの鳴女さん、なんか顔が硬いけど……。そっか、肉が足りなかったのね!」

>「いえ、そういう事ではなく……」

>「じゃあ野菜? ネギ? しらたき? あっ、牛鍋じゃなくておでんの方が良かった?」

>「食べ物から離れてください。そういう話ではなく、急いで伝えなければならない事があります」

>硬い声に、ただ事ではないと覚った堕姫の表情も硬くなる。

>「どうしたの?」

>「柱が二名ほど、こちらに向かっています」

 

 ファッ!? い、いや、まだ慌てるような時間じゃないです。原作でも鳴女は柱二人と戦ってましたからね。ここには玉壺もいるんですから、何とでもなるはず。…………原作より実戦経験が少ない上、ただの戦闘ではなく守るべき者がいる防衛戦ですが、何とかなるでしょう。……きっと!

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「柱が二名ほど、こちらに向かっています」

 

 その言葉に対する反応は素早かった。下弦の面々は即座に鍋や食器を堕姫の帯の中に放り込み片づけてゆく。あっという間に物が減っていく中、珠世が鳴女に顔を向けた。

 

「ここに来ないようには出来ませんか?」

「――――難しそうです。妨害はしていますが、まっすぐこちらに向かって来ます。何らかの方法で私達を捕捉しているようです」

「あとどのくらいで着きそうですか?」

「あまり猶予はありません。精々あと数分かと」

「という事ですが、どうしますか玉壺さん?」

「ヒョッ?」

 

 珠世のキラーパスに変な声が出た玉壺だが、思い返せば当然である。玉壺は上弦の肆であり、この場では最も序列が高い。彼が決定しなければ何も始まらないのは道理であった。

 

 とは言え悩みどころでもある。柱とは言え、一人だけなら下弦を守りながらでも勝てる自信が玉壺にはある。だが、二人となると判断に迷わざるを得ない。単に戦うだけなら柱三人でも勝つ自信はあるが、傷つけられてはならない対象がこの場にはいるのだ。最終的に勝てても、万一下弦の誰かが討ち取られでもしていれば敗北である。

 

「ぬぬぬぬ……」

 

 全員で別の場所に移動する、というのは無理だ。鳴女がこの場を離れてしまえば、再び無限城を操作出来るようになるまで時間がかかる。従って鳴女だけは動かせないし、その護衛でもある玉壺もここを動けない。

 

 ここで取り得る選択肢は概ね三つ。

 一つ目はこのまま戦う事。

 二つ目は鳴女に頼んで下弦の六名を避難させ、玉壺と鳴女だけで戦う事。

 三つ目は下弦はこのままにして、誰か増援を呼ぶ事。

 

 一つ目は、最も無難な選択肢だ。ただし、下弦が死ぬ可能性がある。鳴女がいる以上防御は硬いが、それでも決して無視できない可能性だと言える。

 

 二つ目は、下弦の安全はほぼ確保される。だが万一にでも移動先に柱級の実力者がいた場合、かなりまずい事になる。もちろん鳴女の“眼”で確認はしてもらうが、それも完全という訳ではない。

 また、“下弦を守れ”と命じられているのに避難させるのでは、玉壺では守り切れないという証明のようでとても面白くない。要するにプライドに傷が付く。

 

 三つ目は、安全性で言うなら最も高いだろう。だが、他人の手を借りるというのはやはり面白くない。それに、上弦の誰も手が空いていなければ取れない選択肢になる。だが立場上、確認しておかない訳にもいかない。

 

「……鳴女殿、どなたかこちらに呼べそうな方はおりますかな?」

「――――今は猗窩座殿が手隙のようです」

 

 正確には童磨も今は戦っている相手はいなかったが、鳴女はスルーした。結晶ノ御子の維持に手を取られているだろうという気遣いであって、決して他意はない。正直あまり顔を見たくないなー、などという考えは存在しないのである。

 

「あ、あの、私も戦います!」

 

 声を上げたのは堕姫だ。確かに彼女の血鬼術“帯”なら戦う事は出来る。だがそれは戦う能力があるというだけで、柱に及ぶかと言えば全くそんな事はない。

 

 “帯”は射程が長く手数が多く範囲攻撃も可能で、幾重にも重ねれば防御にも使える優れた血鬼術だ。だが如何せん、それを扱う肝心の堕姫に戦いの才能がない。空木(うつぎ)よりはマシだが、兄の妓夫太郎には遠く及ばないと黒死牟のお墨付きである。

 

 また、戦闘訓練もほとんどしていない。兄以上に日光克服薬の研究に集中していたからだ。結果として今の堕姫には、鳴女にも遠く及ばない程度の戦闘能力しかなかった。

 

「いや、それは無用。下弦の方に戦わせては上弦の名折れですからな」

 

 その辺りの事情を知っている玉壺はやんわり断った。見た目によらず、気遣いの出来る男であった。とは言え完全な出任せという訳でもない。守れと言われた対象に戦わせるなど、本末転倒甚だしい事は確かだからだ。

 

「ではどうしますか? もうすぐ来ます……いえ、来ました」

 

 鳴女がその一つ目を向けた先には、二人の男がいた。まだ遠いが、それでも鬼たちには気配で分かった。柱だ。

 

「……鳴女殿、猗窩座殿を呼んで下され」

 

 気配から強さを見て取った玉壺は、プライドよりも無惨の命令を優先した。内心忸怩たるものはあったが、それでも優先順位は変えられない。

 

 玉壺は、無惨の信を裏切りたくはなかった。叱責されるのは良い、首をもがれるのはむしろ良い、殺されるのはとても良いという業の深い男だったが、失望だけはされたくなかった。

 

 その覚悟を知ってか知らずか鳴女は何も言わず、べべんと琵琶を打ち鳴らし、猗窩座を呼んだ。玉壺は内心の懊悩を隠し、現れた猗窩座に顔を向けた。

 

「見ての通り、柱が二人来ております。勝つだけなら私だけでも造作もないが、万一にでも下弦の面々を守り切れなければ無惨様の失望は免れぬ。申し訳ないが、ここは一つ、力を貸してはくれまいか」

 

 猗窩座は心ここにあらずといった様子だったが、守るという言葉にぴくりと反応した。だがそれだけで動きを見せなかったので、不審に思った玉壺が首を傾げた。

 

「猗窩座殿?」

「わかった」

 

 平坦な声で返事を返すと猗窩座は消えた。いや、消えたと見紛うばかりの高速移動で柱たちの許へと移動し、瞬く間に片方の柱の頭を殴り砕いていた。

 

 それに驚いたのは玉壺だ。彼の知る猗窩座とは一線を画す動きと強さだったのだ。だが救援に全て片付けられてはそれこそプライドに傷が付く。玉壺は慌てて自らの血鬼術を発動させた。

 

 ――――血鬼術 一万滑空粘魚

 

 残る柱の傍に壺が短距離転移で現れ、そこから一万匹の魚が湧きいでる。()()()とした鋭い歯が生えた粘魚は、空を泳ぎ敵を喰い尽くさんと雪崩を打って柱に押し寄せた。

 

 ――――雷の呼吸 肆ノ型 遠雷

 

 柱はそれを、広範囲を薙ぎ払う技で全て斬った。粘魚には液状の経皮毒が含まれており、斬られるとそれが飛散するようになっているのだが、嫌な予感でもしたのか大きく跳んで躱していた。

 

(速い! やはり、相当な実力者!)

 

 その速度を目にした玉壺が瞠目する。雷の呼吸は速度が特長なのは知っていたが、ともすれば転移して避ける前に頸を斬られかねない速さだったのだ。猗窩座と二人がかりとは言え、これは気を引き締めてかからねばならぬと思ったが、そう思った次の瞬間にはその柱の胴体に穴が開いていた。

 

「は?」

 

 柱には一瞬の隙もなかった。なのに猗窩座は、あっという間に屠ってみせたのだ。これには玉壺も目を丸くせざるを得ない。戻って来た猗窩座に言いたい事もあったが、とりあえず礼儀を見せる事にした。

 

「……まずは礼を。お手間を取らせましたな」

「ああ」

 

 そっけない返事に玉壺の傷付いたプライドが刺激され、顔に青筋が僅かに浮く。不穏な雰囲気を感じ取ったのか、後ろから珠世が割って入った。

 

「その、玉壺さん、ありがとうございました。取りにくい選択肢を取って頂いて」

「い、いえ、無惨様の命を果たす事こそが肝要ですからな」

 

 珠世が頭を下げた事で、玉壺はどうにか機嫌を直す。自分を誤魔化したとも言えるが、ここで怒って争っても何もならない事は分かっていた。

 

「猗窩座さんも、守って頂いてありがとうございました。下弦を代表して御礼を申し上げます」

「守……る…………?」

 

 珠世の言葉を聞いた猗窩座が、呆然とした顔で珠世を見つめる。戸惑う珠世だったが、その横から空木が顔を出した。

 

「本当は私も戦いたかったですけど、そうしていれば負けてました」

 

 下弦の弐、空木に戦いの才はない。“稀に見る才能の無さだ……”と黒死牟が認めるほどに才がない。努力はしていない訳ではないが、薬の開発が本業であるため、その時間は全く足りていない。

 

 そして鬼としての才もない。彼女はもう百年くらいは生きているのだが、それでも血鬼術の一つも使えない。稀にそういう者は存在すると無惨が言っていたので、今後使える見込みもおそらくない。

 

 戦いというものにとことん向かない女は、代わりに戦ってくれた相手に頭を下げていた。

 

「ですから、ありがとうございます猗窩座さん。私達を守るために戦って下さって」

「俺は……守れたのか……?」

「え? ええ、もちろんです、私達がこうしているのがその証でしょう?」

「そう、か……………………」

 

 それきり猗窩座は沈黙した。誰が何をどうしても反応しないので、玉壺たちは顔を見合わせ困惑の表情を浮かべるしかなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 音柱の煽りめっちゃ効いてますね猗窩座殿。記憶が戻った訳じゃなさそうですが、“守る”って言葉が出る辺り、思い出しかけてるってとこでしょうか? ちょっと不安定な感じですかね。

 

 その割にはえらく強かったですが、ひょっとして“透き通る世界”に入れたんでしょうか? そうであっても自覚なさそう……というかそんな精神的余裕はなさそうですが。

 

 この後どうなるかは分かりませんが、まあ猗窩座がどうなってもこの段階まで来ちゃえばトロフィーにはほぼ関係ないんで、どうでもいいと言えばどうでもいいです。珠世辺りが何とかするでしょう。

 

 にしても、玉壺はいぶし銀に活躍してましたね。一体どういう事なのか。おかしい、そんな予定は一切なかったはずなのに……。いや別にいいんですけどね、防衛失敗するよりは。

 

 玉壺はここ百年くらいは無限城に引きこもっておぞましいセコムやってたので、実戦経験は少ないです。でも血鬼術が強力なタイプなので、やりようによっては言ってた通り柱三人に勝つ事も不可能ではないでしょう。毒も使いますしね。

 

 それでもあそこで、増援を呼ぶという選択肢が出て来るようになっていたとは驚きです。かなりプライド高い性格だったはずなんですが。それだけ無惨の言葉が重かったのか、それとも多少は情でも湧いてたのか……まあどっちでもいいですね、玉壺だし。

 

 

>「弱いな」

>鬼殺隊士を細切れにしながら、無惨はぽつりと呟いた。

 

 お、無惨様が出ました。何だかとても久しぶりな気がしますが、まあ無惨様なら負ける事はないでしょうきっと。原作と違って弱体化してませんし。これは勝ちましたね、パインサラダとステーキ用意してきます。

 



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14話 「最終決戦・其の伍」 大正(西暦1915年頃)

 全ての鬼殺隊士を無限城に落とし、無惨自らもまた落ちて行った直後。無惨は黒死牟と共に、目についた鬼殺隊士を片端から殺していた。

 

 黒死牟と一緒にいる理由は単純だ。近くにいたので、同じところに落ちたというだけである。分かれる理由もなかったので、そのまま二人で掃討戦に移行したのだ。

 

 掃討戦。そう、掃討戦だ。無惨と黒死牟の二人の前では、現在の鬼殺隊はもはや戦いを成立させる事も出来なかったのだ。

 

 ――――月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間

 

 黒死牟が全方位に三日月の斬撃を放つ。隊士たちは避ける事も相殺する事も出来ず、大半が巻き込まれて断末魔も上げられず死んでゆく。だが数が多いので全員が死んだ訳ではなく、生き残りもそれなりにいた。

 

「フン」

 

 その生残者を、無惨が腕を鞭のように振るって殺してゆく。こちらは単純な範囲こそ黒死牟には劣るが、自らの肉体の一部なので動作が精密だった。逃げる間もなく隊士たちは身体を欠けさせてゆく。

 

「ひっ、ひいいっ!」

「な、何だよこれ! 俺は楽に出世できりゃよかったのに、こんなの聞いてねえよ!!」

「んな事言ってる場合じゃ……ぎゃああっ!」

 

 黒死牟が大技を放ち、無惨が討ち漏らしを始末するという単純な戦法だが、連携が取れている事もあり、まさに必殺の領域に達していた。

 

「くっ、くそ!! 死んでたまるか!!」

 

 一人の隊士が懐から拳銃を取り出し、無惨に向けて撃ち放つ。だがその銃弾は、割って入った黒死牟の刀によって弾き飛ばされた。

 

「は……嘘だろ……?」

 

 ――――月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

 

 黒死牟は物も言わずその隊士をなます切りにする。床に落ちて転がったリボルバーの拳銃を無惨は手を伸ばして取り、しげしげと眺めまわした。

 

「小型の種子島か。随分と精巧な作りになったのだな」

 

 現在の鬼殺隊は対鬼ではなく対人なので、私物としてこのような武器を持つ隊士も存在するのだ。単なる鉛弾なのでもちろん鬼には効かない。“鬼殺隊”がすでに名ばかりになっている事がよく分かる代物だった。

 

「だが……弱い」

 

 銃を後ろに放り投げ、再び両手で鬼殺隊士を細切れにしながら、無惨はぽつりと呟いた。

 

「まことに……。以前仰っていたように、長き太平が牙を抜いたのでしょう……」

「今では本来なら刀も持ち歩いてはならぬのだったか? 時代も変わったものだな」

 

 自衛のために武装するのは、長らく常識だった。平和だった江戸時代でも、成人男性なら脇差を差して旅をしていたのだ。江戸時代の小説『東海道中膝栗毛』には、()()()の持っていた脇差が竹光だとバレて笑われるシーンがある。

 

 無惨は元貴族なので帯刀の習慣はなかったが、それでも人が武器を持ち歩いているところはよく目にしていた。だが目の前の鬼殺隊士たちの中には、刀を持っていない者すら交じっているのだ。感傷めいた言葉が出て来るのも自然な成り行きであった。

 

「それよりも……あの者は毒と言っておりましたが、お体の方は……」

「問題ない。人間用の毒だったようだ。藤の花の毒でも私には効かぬが」

 

 鬼に毒は効かない。唯一の例外が藤の花から抽出する毒だが、鬼の始祖たる無惨は元々高い耐性を持つ上、薬の開発で使う事があったので免疫がついている。従って、柱と思しき男に弓矢で打ち込まれた毒は、一切効果を発揮してはいなかった。

 

「攻撃を通してしまった事……誠に申し訳なく……」

「そう思うなら鬼狩りを殺せ。私の役に立つが良い」

「はっ……。では……」

 

 黒死牟の持つ刀が、一瞬にして変貌する。細部はともかく普通の刀と何ら変わりなかったはずのそれは、刃渡りが3m以上にまで伸び、新たな刃が枝のように中途から生える。石上神社の七支刀に似ているが、枝分かれは六本ではなく三本だ。七支刀ならぬ四支刀*1と言えるだろう。

 

 鉄ならば強度が足りず、持ち上げただけで折れかねない代物だが何の問題もない。黒死牟が血鬼術で自らの血肉から作ったそれは、道理を超越し刀として機能する。 

 

 ――――月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 四支刀を一振りすると、その動きに合わせて巨大な三日月が生まれ斬撃となる。今までの攻撃が児戯とすら思えるほどの馬鹿げた範囲と威力に、隊士たちは逃げる事すら出来ず次々と骸になってゆく。

 

「やめろーっ!!」

 

 その中から飛び出してきたのは一人の男だ。僅かに幼さを残す二十歳前後の青年で、強者のみが持つ気配を漂わせている。

 

「柱か」

「そのようです……」

 

 柱と思しきその青年は、見事な身のこなしで黒死牟の斬撃をかいくぐり接近し、手に持つ栗皮色の刀を振りかぶった。

 

 ――――木の呼吸 弐ノ……

 ――――月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面

 

 技を出そうとした青年だったが、それを透過する視界で捉えた黒死牟は、機先を制して技を放った。連なる三日月が真夏の夕立のように降り注ぐ。あまりの範囲の広さに避けきれず被弾し動きが鈍ったところで、無惨に真っ二つにされてあっけなく死んだ。まさに鎧袖一触だった。

 

 鳴女が産屋敷と全隊士の居場所を掴んだ時点で、全てまとめて殺す事は可能だった。落とす先を無限城ではなく、空の上や火山の火口にでも設定すればいいだけだ。それが無理だったとしても、無限城を水や毒霧で満たしておけば死んだだろう。

 

 そういった確実(面倒)な手段を取る事なく、無惨が鬼殺隊を直接的に殲滅する事を決めた理由。それがこれだ。何の事はない、無惨と黒死牟がいれば……いや、無惨一人でも鬼殺隊全てを殺し尽くす事が出来るのだ。いちいち迂遠な手段を取る必要などどこにもない。

 自分の手でやらないと気が済まない、死ぬところを自分の目で見ないと安心できない等はあるが、そちらはあまり大きな理由ではない。

 

 戦力を集めていたのは、鬼殺隊を一人たりとも逃がさないようにするためと、縁壱の再来を恐れての事である。前者はともかく後者にどれほど役立つかは疑問だったが、鳴女の偵察のおかげでその心配はなくなった。ならば後は手っ取り早く皆殺しにするだけである。

 

 だが無惨は、面倒事が現在進行形で片付いていくのを見て、喜ぶでも高揚するでもなく溜息を吐いていた。

 

「柱でもこんなものか。この程度の者どもに千年邪魔されて来たかと思うと、馬鹿馬鹿しくて怒りも湧かぬな」

 

 短気な無惨ではあるが、現状には怒りよりも呆れの方が勝ったようだった。ようやく見つけた産屋敷が手を下すまでもなく勝手に死にかけていた事、鬼殺隊が思っていたよりも弱かった事が気勢を削いでしまったらしい。

 

 それでも手を止める事はなく、死体を量産してゆく。あっという間に生きた人間と呼べるものは存在しなくなったが、すぐに第二波がやって来た。

 

「いた……! お館様の仇……!」

「落ち着け風柱、お前が打ち込んだという毒も効いているようには見えん。周りの死体を見ろ。(はや)れば死ぬぞ」

「分かっている、分かっているのだ岩柱、だが……!」

「あれが鬼……僕達が、倒すべき敵……!」

 

 第二波は先のような集団ではなく、三人の男だった。鬼二人には気配から彼らが柱だと分かったが、無惨は訝しげに眉を顰めた。

 

「また柱か……そこまで強そうには見えぬが、黒死牟、どうだ?」

「同感です……。私の時代より、質が落ちているようです……」

 

 一瞬無惨の脳裏に、『全く強そうに見えなかったのに自身の身体を切り刻んだ男』の姿がよぎるが、すぐにそれは打ち消した。あんなものがそうそう生まれるはずもないし、目の前の三人は『そこまで強そうには見えない』だけであり、柱程度の力は持っているように見える。『全く強そうに見えなかった』縁壱とは違う。

 

 そもそも今の鬼殺隊に日の呼吸の使い手はおらず、そこまでの強者もいないと鳴女から報告を受けている。無惨は部下の視界を覗き見る事が出来るため、それが事実だと知っていた。

 

「言ってくれるじゃないか、お館様の仇が……!!」

「しつこい」

 

 一安心したら今度は面倒臭さが頭をもたげて来たようで、無惨は心底辟易したという表情で言い放つ。その言葉に、柱たちは動きを止めた。

 

「お前たちは本当にしつこい。いい加減うんざりだ。いつの時代の誰であろうと、口を開けばお館様お館様と馬鹿の一つ覚え。あんな狂人の何が良いというのだ? やはり鬼狩りは異常者の集まりなのだな」

「貴様……何を、言っている……?」

「短命の呪いだったか、私を倒せばそれが解けるだと? そんな妄想で私を千年付け狙う一族だ、狂っていると言わずに何と言えばいいのだ。その狂人をお館様などと呼び、仇がどうと言って私を狙うお前たちも異常者としか言いようがない」

 

 一足す一が二になる事を理解できない者を見るような目で無惨は続ける。

 

「産屋敷は死んだ。死んだ人間が生き返る事はないのだ。そんなどうでもいい事に拘っていないで、日銭でも稼いで静かに暮らせば良いだろう」

「お館様のみならず、御内儀と御息女まで手にかけておいて何を……!!」

 

 無惨に矢を撃ち込んだ、風柱と呼ばれた男が、今にも飛びかからんばかりに激昂する。無惨はその様子に、再度溜息をついた。

 

「私は確かに産屋敷を殺した。だがその妻と娘を殺したのは私ではない。産屋敷自身だ」

「出鱈目をほざくな!!」

「産屋敷は爆薬を持ち込み、妻と娘ごと自爆したのだ。狂人の所業だ」

「貴様がいなければそんな事をせずに済んだのだ!」

「言葉が通じぬな。爆薬を持ち込んだのも火を点けたのも産屋敷だぞ? それが何故私のせいになるのだ? やはり狂人の部下は異常者か。いや、異常者だから狂人の部下になったのか? どちらにせようんざりだ、全くもってうんざりだ」

「貴様……貴様……!!」

 

 身勝手な言い分に風柱は今にも飛びかからんばかりだったが、実際に飛びかかったのは彼ではなかった。

 

「ガアアァァァアアァァアアッ!!!!」

「なっ!?」

 

 それは隊士たちの死体の山から飛び出してきた。それは隊服を着て、人間とそっくりの見た目をしていたが、犬歯が長く爪が鋭く、瞳が赤く縦に裂けていた。それは、三人が見覚えのある顔をしていた。

 

「伊藤!?」

「ギガッ、ガアグァアアァァ!!」

「……くっ!」

 

 話が通じるとは思えないと一瞬で判断を下した岩柱が、伊藤と呼ばれた者のみぞおちを殴りつける。普通ならば肺から空気が吐き出され行動不能になるところだが、伊藤には全く堪えていないようで、跳ね起き再び襲いかかる。

 

「どういう事だ!? 伊藤はここまで強くなかったはずだぞ!?」

「ごめん伊藤さん!」

 

 三人目の柱が刀を抜き、伊藤の足に突き刺す。人間ならば痛みに悶え動けなくなるところだが、今の伊藤にそんなものはかすり傷にもならない。あっという間に傷を治すとまたもや三人に向かい、彼らは伊藤を殺さず無力化するために悪戦苦闘する。

 

 その大混乱は鬼たちにとっては絶好のチャンスだったが、無惨は研究者の目で彼らを観察するだけだった。

 

「生き残りはあれだけか? やはり多少なりとも呼吸を使えると変化には時間がかかるようだな。呼吸には免疫効果でもあるのか? 身体能力を上げ、水やら火やらの幻を出すだけではなかったのか? 日光克服薬には役に立たぬと判断したから研究はしていなかったが……どう思う黒死牟?」

「私には……何とも……」

 

 呑気に会話を交わす二人に向け、風柱が怒鳴り上げた。

 

「貴様! 伊藤に何をしたァ!」

「鬼にした」

 

 端的に答えた無惨に対し、柱三人は絶句した。そんな彼らに、無惨は懇切丁寧に説明してゆく。

 

「私は攻撃に私自身の血を混ぜる。人間にとっては猛毒と同じだ、細胞を破壊して死に至らしめる。死を免れた者は鬼となる。鬼となった者は、飢えのために近くの()に喰らい付く。()ならその辺りに散乱しているが、新鮮な方が良かったようだな」

 

 何の肉かは言うまでもない。無惨の説明を聞いた岩柱は、わなわなと震えた。

 

「なんと、いうことを……!」

「…………鬼になってしまったというのなら、我らにはもはやどうしようもない! せめて、苦しまぬように……!」

 

 風柱は苦渋と怒りが入り混じった表情で、未だ暴れる伊藤の頸を一閃した。伊藤は断末魔も上げずに二つに分かれて倒れ伏し、肉体を灰へと変じさせてゆく。それを見送る風柱の顔は、もはや筆舌に尽くしがたいものになっていた。

 

「許さぬ……許さぬぞ鬼舞辻無惨……! お館様のみならず隊士まで手にかけ、あまつさえ私に殺させるとは……!!」

「何を言っているのだ? お前たちに襲いかかったのはその鬼だが、私はそうしろなどと命じてはいないし、お前にそれを殺せなどとも言っていない。仲間の頸を斬ったのはお前だろう。自分のやった事を人のせいにするな。やはり鬼狩りは異常者だな」

「な……ぁ……」

 

 風柱はあまりの怒りに人語を忘れ、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせるしかない。無惨は無自覚に追い打ちをかける。煽りなどではない、単なる本音だ。

 

「異常者の相手は疲れた。いい加減終わりにしよう」

「終わるのは貴様だ、鬼舞辻無惨……!!」

 

 ――――月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え

 

 柱三人が動き出そうとしたのを見て取り、黒死牟が機先を制して直進する斬撃を飛ばす。柱と鬼の戦いが始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 無惨様知能(INT)は上がったけど自己中が治ってないので、原作よりタチが悪くなってるような……。何となく正しく聞こえるのは箇条書きマジック的なサムシングですね。「犯罪者の100%はH2Oを日常的に摂取し、24時間摂取しないとまるで禁断症状のように苦しんでH2Oを要求し始める」みたいな。水は麻薬だった……?

 

 まあそれは置いといて早送りー。柱三人っつっても弱体化してない無惨様には勝てないからね、仕方ないね。おまけに黒死牟までいるんで、何をどうやっても勝てません。戦いになるかすら怪しいレベルなので、特にいいところもなく退場です。

 

 縁壱の子孫がいたらワンチャンあったかもしれませんが、さすがに先祖ほど強くないんでほぼ無理です。あと日の呼吸を使ってると、トラウマを刺激された無惨様と黒死牟がガチで殺しにかかってくるんで、よっぽど強くない限りすぐ死にます。鬼殺隊が弱体化してる今ルートでは、仮にいてもどうしようもなかったでしょう。

 

 

>柱二人はすでに地に倒れ伏し、残るはもはや風柱ただ一人。

>すでに自らの血に塗れ満身創痍だったが、彼の目は未だ死んではいなかった。

>「おのれ、おのれおのれおのれ……! お館様だけでは飽き足らず、岩永と金鋼まで……! 殺す、殺してやるぞ鬼どもめ……!」

>「ならば遠慮なく今やってみるがよい。出来るものならな」

 

――――風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

――――月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・籮月

 

>風柱は怒りのままに技を放つが、黒死牟に相殺されるどころか押し切られてしまい、浅からぬ傷を負ってしまう。

>それでも気勢は萎えず、地獄の悪鬼の如きぎらついた瞳で無惨を睨んだ。

>「ぐっ……! いい気になるなよ、仮に私を殺したとしても、怨霊となり必ず呪い殺してくれる……!」

>「生きている時に出来なかった事が、死んでから出来るようになるはずがないだろう。そも、この世には幽霊など存在しない。神や仏と同じようにな。何故そんな単純な事が分からないのだ?」

>今日何度目か分からぬ溜息まじりに吐き捨てる無惨に、風柱は額に青筋を浮かばせ斬りかかり、黒死牟がそれを阻んだ。

 

 お、勝ってますね。実は超低確率で縁壱並みに強いのが出る事もあるらしいんでちょっと警戒してたんですが、これなら大丈夫でしょう。まあこの豪運走者にそんな事が起こるはずはないんですけどね! (イキリ)

 

 

 そういえば、これで全ての柱が出た事になるんですかね? ちょっとまとめてみましょう。

 

 猗窩座 VS 音柱(宇随天元)

 童磨 VS 水柱(オリキャラ)

 妓夫太郎 VS 炎柱(煉獄杏寿郎)

 玉壺・鳴女+猗窩座 VS 鳴柱・?柱(双方オリキャラ)

 無惨・黒死牟 VS 木柱・風柱・岩柱・?柱(全てオリキャラ)

 

 柱はちゃんと九人出てますね。技を出してないせいで“?柱”になってるのが二人もいますが、顔が見えたおかげで分かりました。玉壺と鳴女のところに来たのは雲柱、無惨様と黒死牟のところに来たのは鋼柱です。どっちも木柱と同じように、ゲームオリジナルの呼吸の柱です。

 

 雲は水の派生で、変幻自在の動きと雷雨のような破壊力が特徴、鋼は岩の派生で、鋼のように硬い防御と全てを砕くが如き一撃が特徴、だったはずです。木も確か岩の派生で、大木のようなどっしりとした安定感と、木のしなやかさ強靭さを思わせる技が特徴、だったかな?

 きちんと技も設定されてます。出す前に全員やられましたが。

 

 ちなみに刀の色は、雲が灰白、鋼がまんま鋼(青みのかった灰)、木が茶です。鋼は色が変わった事が分かりにくく、「刀を染められないほど弱い剣士」と思われる事もままあったとか。

 

 今回の柱は水柱以外男ですが、これはまあしょうがないです。人間は男の方が身体能力が高いし、時代的に女性を戦わせるって考えもほぼないでしょうしね。女性は戦うんじゃなくて子供を産んで欲しい、って時代です。

 原作だと女性隊士は結構いましたが、ここだとそこまで強い入隊動機がないのでほとんどいません。男尊女卑も現代の比じゃないはずなので、ますます入る理由が薄れます。……水柱は何で女性だったんでしょうね……?

 

 

>無限城の一室にて、無惨の目の前に上弦下弦の計十二名が勢揃いしていた。

 

 っと、早送りが終わりました。どうやら全ての戦いが終わったようです。トロフィー取得も目の前ですよ!

 

*1
「枝分かれ+本来の刀の先端部分」と数えるので、「“枝の数+1”支刀」となる。



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15話 「金色の朝焼け」 大正(西暦1915年頃)

「では僭越ながら、職務上私からご報告させて頂きます」

 

 鳴女が恭しく無惨に一礼して話し始める。

 

「現在無限城内部に、生きた人間は存在しません。引き込んだ鬼狩りの殲滅、全て滞りなく完了いたしましてございます」

「よくやった!」

 

 爆発で吹っ飛ばされた服を着替えて来た無惨は、かなり珍しい事に嬉しそうに部下を褒める。千年頭を悩ませていた敵が消えたのだ、上機嫌にもなろうというものだ。

 

「これでようやく産屋敷も鬼狩りも消えた。狂人と異常者の相手もおしまいだ。そうだな……折角だ、外に出るか。鳴女」

「はい」

 

 べべんと琵琶の音が響くと、鬼たちは皆地上へと現れていた。ちょうど小高い丘になった、周囲の森を一望できる場所だ。

 

 薄曇りだった空は、すっかり晴れていた。東の空が白み、朝焼けがにじむように広がり始めている。本来なら鬼たちは、一刻も早く日陰を探さねばならない頃合いだ。だが、この場の誰も動こうとはしなかった。

 

 ついに朝陽が差す。鬼を灼き尽くす、黄金の光が差す。闇を消し去るその輝きに当てられた鬼たちはしかし、一切何も変わる事なく、平然としていた。

 

「ふふ……何度見ても良いものだな。あれほど忌々しかった太陽を、これほどまでに清々しく感じる日が来るとはな」

 

 無惨は目を細め、穏やかな表情で太陽を眺める。無惨自身と下弦の六名、そして妓夫太郎の尽力と、日光を克服した鼠の誕生により、日光克服薬は完成していたのだ。

 

 なお日光を克服したという事は、日輪刀で頸を斬られても死なないという事なのかもしれなかったが、さすがに自分で試そうと考える者はいなかった。

 

「お前たちを鬼にして正解だった。見事な働きだったぞ」

「光栄にございます」

 

 頭を下げる部下の中に童磨を見つけてしまいちょっと微妙な気分になるが、気分が良かったのでまあいいかと流した。事実として役に立ってはいるのだ。一般隊士やひょっとこの鍛冶師を殺した数では、玉壺に次いで二位であろう。

 しかし心を読んでも微かに快不快がある程度で、感情というものが碌になかったので、最近ではコイツ虫の親戚か何かなのではないかと疑い始めていたところであった。

 

「あの、無惨様」

「何だ?」

 

 そんな何とも言えない気分になっていた無惨に、下弦の弐、空木(うつぎ)が顔を向ける。無惨は気分を切り替えて彼女に向き直った。

 

「これから、どうなさるのですか?」

「これから?」

 

 その言葉に無惨は()()と考え込んだ。今までは日光克服と鬼殺隊壊滅を目標にしていたが、その二つが達成された今、特にやる事がないと気付いたのだ。

 

「…………そういえば、これといって考えてはいなかったな」

「なら、皆で会社を興すのはいかがでしょう?」

「会社だと?」

 

 意表を突かれたような表情を見せる無惨に、空木は詳細を語ってゆく。

 

「はい。日光克服薬の副産物として様々な薬が出来て、それを売ってるのは無惨様もご存じですよね?」

「その薬を売る会社を作ろうというのか?」

「その通りです。結構前から色んな人に『もっとたくさん売ってくれないか』って言われてたんです。だからきっと売れると思います」

 

 無惨はその言葉に、少しだけ考え込んで答えた。

 

「そういった事に詳しくはないが、色々と面倒な手続きが必要なのではなかったか?」

「大丈夫です。客の中にそういう事に融通の利く人がいて、戸籍とか手続きとかの諸々はどうにかしてくれるって言われてます。代わりにその人に優先して薬を売る必要があると思いますけど……どうでしょうか無惨様?」

「ほう……」

 

 無惨は顎に手を当て先程よりも長い時間考える。悪い話ではない。戦闘要員の上弦はまたいつか役に立つだろうからそのままでいいとして、薬開発要員の下弦を多少持て余していたのは確かだからだ。

 

 日光克服薬に何か不具合が出た時の事を考えて解散させるつもりは全くなかったが、それ以外特にやらせる事もない。かと言ってその能力を腐らせるのはもったいない。それが有効活用されるというのなら、無惨としても文句はなかった。

 

「いいだろう。面白そうだ」

「ありがとうございます!」

 

 無惨は嬉しそうな空木から視線をずらし、部下たちを見回すと指示を出した。

 

「上弦は今まで通りで良いが、自らの力を高める事は忘れるな。いつか必ず役に立つ」

『はっ』

「下弦は私と共に会社を興す! 行くぞ!」

『はいっ!』

 

 鬼には寿命も怪我も病気もない。さらに日光の克服と鬼殺隊の壊滅を果たした今、もはやその生存を阻むものは何もない。輝くような山吹色の朝焼けの中、鬼舞辻無惨は永遠に向けての一歩を踏み出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

>トロフィー枯れない彼岸花を獲得しました。

 

 という事でタイマーストップ! RTA終了です! お疲れさまでした!

 

 いやー、長かったです。特に縁壱が出て来た時はどうしようかと……ホントどうしようかと思いましたが、何とかなりました。ついにトロフィー獲得です。

 次必ずガバるとかフラグとか言われましたが、そんな事はないと証明されました。やはりこれは豪運ですね(かつてないイキリ)。

 

 今回は無惨様社長ルートとなりました。上弦を社員にしなかったのは、他にやって欲しい事があるとか、すでに教祖やら芸術家やらをやってる奴がいるからって事もありますが、単に向いてないと判断したからです。実に冷静で的確な判断ですね。

 

 別に無惨様本人が社長になる必要はないんですが、原作と違って率先して動く習慣がついてたせいで自然にそうなりました。無惨様は普通に優秀だし、その気になれば毎日徹夜でも余裕なので社長でも十分やっていけるでしょう。原作でも人間のふりして似たような事やってましたし。

 

 

 ではタイム発表…………の前に、唐突ですが一つお話を。『54年246日32分20.3秒』。これが何の数字かご存じでしょうか。これはですね、フルマラソンの世界最長記録です。ギネスにも載ってます。

 

 1912年のストックホルムオリンピックに、金栗(かなくり)四三(しそう)という日本人が参加しました。しかし彼はレース途中、最高気温40℃という暑さのせいで倒れてゴールできず、失踪扱いとなってしまいます。

 そして1967年のスウェーデンで、ストックホルムオリンピック開催55周年記念式典が開かれ、それに招待された金栗氏は半世紀以上をかけてゴールを果たしたのです。いい話ですね。

 

 つまり何が言いたいのかというと、オリンピックもRTAも参加する事に意義がある、という事です。記録が良いとか悪いとか、そんな事は些細な事なんですね。

 

 という事で今RTAのタイムは、2日と3時間41分57秒でした。トップ陣は2時間切って来るんでタイムとしてはまだまだです。やっぱり縁壱が出たのはきつかったですね。あのバグ規制してくんないかな……。

 

 ちょっとタイム悪くね? と思った方もいるでしょう。しかしRTAは参加する事に意義があるのです。少々記録が伴わなかっただけで、RTAはRTA。これは断じてRTAです。

 

 ……うっかりRTAとTAを勘違いしてコメントで気付いてやっべってなったけど結構進んでたせいで引っ込みがつかず続行したとかそういう事実はありません。ガバでは決してないのです。今までの人生で一度もガバらなかった者だけが私に石を投げなさい。

 

 …………はい、石は飛んで来なかったので、私はガバではないと証明されましたね。どれほど時間がかかろうが記録は記録、これは断じてRTAです。大事な事なので二度言いました。ガバとか記録が良くなかったとか、そういう事は些細な事なんです(断言)。

 

 

 という事でRTAそのものはここで終わりですが、残りも少ないし折角なのでエンディングまで行って終わりにしたいと思います。原作で最後に出た2020年頃に到達すればゲームエンドです。あと百年くらいなのですぐです。

 

 

>「いかがでしょうか……」

>「ほう……」

>無惨たちが製薬会社を立ち上げて少ししてからの事。黒死牟が自らの弟子たる獪岳を無惨に見せていた。

>鬼殺隊を潰した今、新しい戦力を入れる必要性は薄れているが、折角だからという事で会う事にしたのだ。ちょうど無惨の時間が空いた事も大きい。

>「剣の腕では黒死牟には遠く及ばぬ……が、貪欲に上を目指すところが気に入った。鬼狩りどもが存在していれば鬼にしていただろう」

>「それは重畳……。しかしやはり、鬼には致しませぬか……」

>「これ以上鬼を増やす気はないからな。さて……」

>機嫌の良さそうな無惨は、獪岳に視線を向けた。

 

>「獪岳と言ったか。鬼にはせぬが、人間のまま私の役に立つ気はあるか?」

>「えっ、えっとその、俺の出来る事と言ったら剣くらいで、それも師匠には全く敵わないんですが、それでも何かお役に立つんでしょうか……」

>いつになく獪岳が丁寧な口調だが、これは黒死牟が前もって『あのお方に何か無礼があれば、お前の首と胴は泣き別れだ』と脅していたからである。

>かれこれ十年の付き合いなので、弟子の性格はよく分かっている黒死牟であった。

>なお場合によっては脅しが脅しでなくなるかもしれなかったが、それは口にしなかった。

 

>「今私は会社を興したところだ。人手は多くて困る事はない」

>「それはつまり……会社に入れという事ですか?」

>「そうだ。だが入りたくないのならそれでも良い。私の役に立たぬ者はいらぬからな」

>獪岳は少し考えると、無惨の顔を見上げた。

>「その、少し質問いいでしょうか」

>「何だ?」

>「何をする会社で、俺はそこで何をすればいいんですか?」

>「薬を作り売る会社だ。作る方はそれなりに足りている。足りぬのは売る方だな。それくらいならお前にも出来るだろう」

>「どういう薬を作っていて、どういうところに売ってるんですか?」

>「回復薬、避妊薬、強壮剤等様々だ。売る先も様々だが、吉原や金持ち連中に人気がある」

>「なるほど……ありがとうございます」

 

>獪岳は再び考え込む。

>剣は黒死牟には及ばないまでもそれなりにはなったと自負しているので、警察官にでもなろうかと思っていたが、ここに来て別の道が見えたのだ。

>話を聞く限りではそう悪くない。むしろ良い。

>すでに客がいる上、売っている物の評判も良さそうだ。ならばこれから伸びる可能性は高い。

>警察官には必ずしもなれるとは限らない以上、この会社で上を目指すのも有りかと獪岳は判断した。

>「分かりました。入社します。よろしくお願いします」

>「いいだろう。私の役に立つが良い」

 

 そういや獪岳忘れてました。やっぱり最終決戦には間に合いませんでしたが、無惨様の部下にはなりました。これはこれで案外よかったのかもしれません。無惨様は結果を出せば評価してくれるでしょうし、勤勉な努力家の獪岳を気に入る可能性は結構高いですし。

 

 尤も要求する基準がただでさえ高い上、不眠不休で働ける鬼がデフォルトなので大変でしょうが……まあ原作よりはマシでしょう。駄目なら首(会社)になるだけです。金を盗んで逃げたりしたら首(物理)になりますが。鳴女がいるので絶対見つかりますし、黒死牟がブチ切れて本気で追っかけて来ます。師匠の腕を知ってる以上そんな馬鹿な事はしないでしょうけど。

 

 ちなみに獪岳の呼吸の適性は原作通り雷ですが、ここだと月の呼吸を使うようになってます。黒死牟が教えられるのはそれしかないですからね。いやまあ他の種類の呼吸を使えてもおかしくはありませんが、人に教えられるレベルかっつったら無理でしょう。

 

 

 ……ん? 早送りが止まりました。珠世が出てるんですが、ここで珠世関連のイベントって何かありましたっけ……。まあいいや、見れば分かるでしょう。

 

>あの日から。産屋敷と鬼狩りを絶やし尽くしたあの日から、珠世の様子は少し変わった。

>気付けばぼうっと呆けている事が多く、まるで老人のようだった。

>周囲の者は、思うところもあるのだろうと何も言わなかった。

>それでも珠世と無惨が育てた残りの下弦五名と妓夫太郎のおかげで、業務に差し障りは出なかった。

 

>そんな時間が過ぎる中のとある日。珠世は無惨のいる社長室へと向かっていた。

>その顔は真剣であり、何かを決意したような表情だった。

>「無惨様、少しよろしいでしょうか」

>「何だ?」

>無惨は書類から顔を上げ珠世を見る。

>珠世は無惨をまっすぐ見据え、単刀直入に本題を切り出した。

 

>「(なが)(いとま)を、頂きたく存じます」

 

 ファッ!!!!!!?????? 暇乞い!? 暇乞いナンデ!? しかも永の暇って永遠の別れって意味だから、まさか死ぬ気って事!? なんでここに来てこんなバッドイベントが!? 今まで立てたフラグが一気に回収されたとでも!?

 

 いやRTAは終わってますからタイムには関係ないですよ? でもやっぱこう、あるじゃないですか。気分的に綺麗に終わりたいという気持ちとか、そういうのあるじゃないですか!

 

 え、何、私は最後までこんな屑運ガバで終わるって事? ちょ、ちょっと冗談じゃないですよ! 誰かこのゲームに詳しい人、タスケテ!

 




今日の主な獲得トロフィー

枯れない彼岸花
 生存を阻むものがなくなった、寿命のない者に贈られる。
 


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最終話・上 「珠世」 大正~令和(西暦1915~2020年頃)

(なが)(いとま)を、頂きたく存じます」

「何だと?」

 

 あまりにも唐突な珠世の言葉に、無惨は眉根を寄せる。

 

「どういう意味だ?」

「無惨様。私と無惨様が初めて会った時の事を覚えてらっしゃいますか?」

「……覚えている。それがどうした」

 

 かすかに微笑みを見せて珠世は続けた。

 

「『私の子供が大人になるところを見届けられるようにする。代わりに日光克服薬を作る』というお話でした。それはすでに、果たされたものと思います」

「……そうだな。お前は日光克服薬開発に当たって、大きな力となった。お前がいなければ完成しなかっただろう。だから下弦の壱としたが……不満でもあったのか?」

 

 珠世はゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ、いいえ。とてもよくして頂きました。ですが、日光克服薬の開発が成った以上、もはや私の役割は終わったものと存じます。懸念であった鬼狩りも片付きました。ですので人間に戻り、これからは静かに暮らして行こうかと」

 

 その珠世の言葉に無惨は黙り込む。しばらく沈黙が続いたが、それは無惨が重い口を開いた事で終わりを告げた。

 

「……そういう理由なら、日光克服薬が出来た時に言い出してもおかしくはあるまい。何故今になって言い出した?」

「ふふ……無惨様はごまかせませんね」

 

 無言で先を促す無惨に向かい、少し嬉しそうに珠世は言う。

 

「嘘ではありませんよ? 日光も鬼狩りも解決しましたから、もう私がいなくても大丈夫だと思ったのです」

「だがお前の力はこれから先も役に立つ。それが分からぬ訳でもあるまい」

「ええ……。ですが、こう、何と言いますか……気が抜けてしまいまして」

 

 珠世の表情が、どこか懐かしむようなものになる。その目は今ではないいつか、ここではないどこかを見ているようであった。

 

「この間入社した、五条という方をご存じですよね?」

「当然だ。医者の家系だというから薬作りの方に回してみたが、それなりに上手くやっているようだな」

 

 獪岳以外にも人間の社員は増えて来ている。珠世が口にしたのはその中でも珍しい、薬の開発が出来るであろう人材だ。彼は医者の家系ではあるが三男であり、家そのものはすでに長男が継いでいるため、無惨の会社に入る事にしたのである。

 

「あの方は、私の子孫です」

「ほう」

「驚きました。何百年も経っているのに……分かるものなのですね。思っていたより感慨深く……そして、私の血が今に繋がっていると思うと、何と言いますか……安心してしまいまして」

「それで(いとま)などと言い出したのか?」

 

 無惨には血族だから特別に思うという気持ちは分からない。何しろ無惨の血族は産屋敷だ。特別と言えば特別だが、どう考えても良い意味ではない。むしろ消えてせいせいする類の特別である。

 

 だが、血族に思い入れを抱き特別に思う、そういうものがあるとは無惨も知っている。

 

「それだけではありません。あの子たちは、本当に立派になりました」

「……下弦か」

「ええ。馬酔木(あしび)は芯が強いですから、他の皆を引っ張ってくれるでしょう。鳥兜(とりかぶと)は私の医者としての腕を継いでくれました。堕姫は少々心配ではありますが、兄の妓夫太郎がついていれば大丈夫です。(しきみ)は少し気が弱いですが腕は良いですし、馬酔木がいれば何とかなるでしょう」

 

 まるで遺言のようだった。いや、真実遺言なのだ。人間に戻り、鬼をやめようとしている珠世の、鬼としての、無惨の部下としての、最期の言葉。

 

「そして空木(うつぎ)です。この間、会社を作ろうと提案したところを見て、確信しました」

「何をだ」

「私は今まで、軍師……と言うと大仰ですが、そのような事をする時もありました。戦略を立てる、と言った方が良いかもしれませんが、空木にはそれが出来ます。私よりもよほど上手く。きっと、そのような才があるのでしょう」

 

 要素や材料を知識や経験によって組み合わせ、望む未来を引き寄せる力。

 アイディアを現実に昇華し、理想を叶える力。

 社会(人間)と対立する事なく、社会(人間)を利用し、現実的な最適解を見出す力。

 それは本来誰もが持つ力。明日を掴む力。

 

「無惨様ならあの子を使いこなす事が出来ます。だからもう、私がいなくても大丈夫。皆は私を、私の想いを継いでくれました。上弦の皆さんもいます。きっとこれからも、立派にやっていける」

「…………お前も、産屋敷と同じ事を言うのだな」

「え?」

 

 目をきょとんとさせる珠世に向かい、無惨は続けた。

 

「産屋敷が言っていた。『永遠とは、人の想いそのもの。想いこそが永遠であり、不滅なのだ』とな。珠世、お前も同じ事を言うのか」

「想いこそが永遠、ですか……。無惨様はそれに何と返されたので?」

「『人の想いなど人が滅べば共に滅ぶ、儚いものでしかない』と言った」

「ふふ……無惨様らしいです。でも無惨様」

「何だ」

 

「鬼は、無惨様は、不滅なのでしょう?」

 

 無惨はその言葉に、大きく目を見開き珠世を見つめた。言葉の出ない無惨に、珠世は言葉を重ねてゆく。

 

「私の想いはすでに継がれました。それは下弦や上弦だけにではなく、無惨様にも。無惨様が永遠だというのなら、私の想いも永遠です。私はそう、信じています」

「…………だが」

 

 何かを言おうとした無惨に向けて珠世は柔らかな微笑を浮かべ、静かに首を左右に振った。

 

「もう良いのです。私は託す事が出来ました。ですから、長かった鬼としての生を、終わりにしても良いと思えたのですよ」

「………………託すと言うが、そこにお前はいない。それでもか。ようやく日光を克服し、永遠が目の前に来たというのに、手を伸ばさぬというのか」

「はい」

 

 澄んだ声だった。一点の曇りもない、水晶で出来た鈴のような声だった。

 

「もう思い残した事はありません。夫と子もあちらで待っているでしょう。これからは人間として生きて、そして死にたく存じます。ですので、どうか……」

 

 珠世は深々と頭を下げ、無惨はそれを無言で見つめる。物静かだが、濃密な沈黙だった。無惨と珠世が共に過ごした七百年の歳月が、沈黙となって降りてきたようだった。

 

「…………いいだろう」

 

 その沈黙を破ったのは、やはり無惨の声だった。低く重いその声は、永遠を目指すその声は、重ねた年月の重さなど感じさせずに沈黙を切り裂いた。

 

「ありがとうございます、無惨様」

「だが…………いや、いい」

 

 無惨は何かを言おうとしたが、それは喉の奥から出て来る事はなかった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「よろしかったのですか……無惨様……」

 

 黒死牟が無惨に問う。六つの目がどこか心配そうに、社長室の椅子に座る無惨を見る。無惨はそれに、鼻を鳴らして応えた。

 

「ならばどうしろと言うのだ。四六時中呪いで思考を縛れとでも? 何故私がそんな面倒な事をせねばならん」

「ですが……」

「それにだ、珠世が抜けても仕事に支障はない。珠世が何を言ったか知らぬが、下弦がやる気を出しているからな」

 

 彼らは一時期落ち込んではいたが、馬酔木が『託されたのなら応える事を考えなさい!』と一喝して気力を取り戻した。それからは遅れを取り戻すように鬼気迫る勢いで働いている。

 

「日光克服が成った以上、珠世は必ずしも必要という訳ではない。だが……分からぬ」

「何がで……ございましょう……」

「永遠が目の前にあるというのに、何故掴もうと考えぬのだ? 生きているのだから、死にたくないと考えるのは当然ではないのか? 何故わざわざ寿命のある人間に戻りたがる? ……やはり、分からぬな」

 

 初めてかもしれない、『他人の心情を考える』無惨に向け、黒死牟が口を開いた。

 

「無惨様……。意見を述べる事を……お許し頂けますか……」

「何だ、言ってみろ」

「では、恐れながら……。鬼の生は、人間にとっては長すぎるのではないでしょうか……」

「…………人間か」

「はい……。珠世殿は鬼の身ではありましたが、ずっと変わらず人間でありました……」

 

 その言葉に無惨は、珠世と初めて会った時の事を思い出す。病で死の淵にいながらも、“人を喰ってまで生き永らえたいとは思わない”と言い切った女の顔を思い出す。

 

 鬼になってからも人を喰う事なく、様々な要素が絡み合ったとは言え、ついには無惨に人喰いを止めさせるまでに至った。確かに珠世は鬼ではなく、人間であった。

 

「また……長く生きるには、何か心に期するものがなければ……難しいのではないかと考えまする……」

「……心に期する、か……。黒死牟。お前は、剣の道と言っていたな」

「はい……。猗窩座なら強くなる事、玉壺なら芸術といったように……皆、長き生で成したい事がございます……。それがない……いや、果たされた以上……終わりにしても良いと考えたのではないでしょうか……」

 

 その言葉に無惨は、黒死牟を見上げた。

 

「お前も剣の道を極めれば、そういう日が来るのか?」

「分かりませぬ……。四百年ほど生きましたが、剣の道は未だ半ば……。今は弟子を増やし、高め合えるような者を探してはおりますが……我が領域に届く者も出ず……」

 

 様々な事情があり、黒死牟は現在、江戸時代の剣の弟子が起こした“三日月流剣術”道場で剣を教えている。もちろん単なる趣味ではない。理由は二つ。

 

 一つ目は無惨の眼鏡に適うような強者の発掘。とは言え鬼殺隊も産屋敷も消えた現在、その必要性は低下している。黒死牟並みの強者でも現れれば別だろうが、可能性は低いだろう。

 

 二つ目は門下生を増やし、警察や軍に送り込む事で、黒死牟を通して間接的に無惨の影響力を発揮できるようにする事。情報収集にも役立つ事が期待されている。迂遠で時間もかかるが、鬼なので時間があり、今は特に焦る理由もないため採用された。なお発案者は空木である。

 

「そうか……まあそれは急ぐ話でもない。私の役に立てば良いのだ。気長に続けるが良い」

「はっ……」

 

 そこで何となく会話が途切れ、薄絹のような沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは二人のどちらでもなく、扉をノックする音だった。素早く黒死牟が人間に擬態し、無惨が入室許可を出す。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 入って来たのは獪岳だった。彼は自らの師匠の姿を認めると、驚いたように声を上げた。

 

「師匠! 来てたんすか」

「ああ……。……忙しいのは分かるが、鈍ってはおらぬか……?」

「うっ」

「……後で稽古をつけてやろう……」

「うす……」

 

 一瞬で沈んだ獪岳に無惨が顔を向ける。

 

「それで、何の用だ」

「あ、そうでした社長、この間任された件なんですけど――――」

 

 獪岳が書類片手に説明を始める。そこに珠世が抜けた事への感情はない。彼からしてみればほとんど関わりのない相手だ、それも当然と言えよう。

 

 人間も鬼も生きている。生きているが故に、生きてゆかねばならない。いなくなった者にいつまでも心を割いている訳にはいかないのだ。

 

 だがそれは、いなくなった者が消え去ってしまうという事を意味しない。人も鬼も、何かを残すのだ。それがどのような形であれ。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 時は止まらず過ぎてゆく。二度の世界大戦や冷戦といった激動を経て、世紀末に生まれた子供が大人となり、年号が平成から令和に変わる。だが鬼たちは変わらない。年を取らない彼らは、早々変わる事はない。

 

 

 そして無限城にて。()()()()たる玉壺は、出来上がった『作品』を眺めていた。

 

 それは死体だった。胸に刀を突き刺されて仰向けに倒れ、口から血と共に断末魔を吐き出している、若い男の死体だった。その表情は憎悪と無念で歪んでおり、今にも力尽きそうな手は仇を逃がすまいと死力の限りを尽くして差し伸ばされていたが、何も掴めず虚しく空を切っていた。

 

 玉壺がそれを満足げに見ていると、机の上に置かれているスマホが着信を知らせた。玉壺はその内容を確認すると口角を吊り上げ、布やウレタンを使って『作品』を梱包して紐で固定してゆく。単なる布でありながら血がにじむような事もなく、紐によって『作品』の形が変わる事もない。

 

 そう、この『作品』は、陶磁器なのだ。いつぞや珠世に熱く語った『新境地』。それこそが、こうして磁器で人の死体を模した『作品』を作る事だったのである。

 

 玉壺は自身のホームページを開設し、そういった『作品』を販売している。一番の売れ筋は変わらず壺だが、磁器人形や絵等の死をテーマにした作品も意外と売れており、最近では海外からの発注もある。今の玉壺は、自他共に認める『芸術家』であった。

 

「これでよし。……それにしても、珠世殿にも私の作品を見てもらいたかったものだ」

 

 玉壺は独り言をこぼすと、最後に作品を巨大な段ボールに詰め込み、それを持ち上げ障子を開ける。その先には上弦の陸、鳴女が座ってスマホをいじっていた。これは隣の部屋に鳴女がいたという訳ではない。鳴女の血鬼術が成長し、本物の障子や襖同士なら、空間を歪めて繋げたままにする事が出来るようになったのだ。

 

「鳴女殿、またよろしくお願い致す。場所はここです」

「分かりました」

 

 玉壺がスマホを見せ、鳴女が琵琶を取り出して鳴らす。作品は一瞬で指定された住所に送られた。この異常な配送の速度も、話題になった一因である。

 

「いやいや、いつも世話になって申し訳ありませんな。そうだ、今度材料の仕入れのついでにお土産でも……確かケーキの新作が出たと、馬酔木が……」

「いりません」

「そうですか……」

 

 一刀両断された玉壺が少しへこむ。鳴女は今に至っても、食事へのトラウマが抜け切れていなかった。

 

「そういえば聞いておりますかな? 鳥兜が――――」

 

 人気(ひとけ)の少なくなった無限城で、鬼二人の語らいは続く。変化の少ない鬼の中でもとりわけこの二人は、昔とやっている事が変わらないようであった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「うおおおおおぉぉぉ!! 猪突猛進猪突猛進!!」

 

 宗教組織、万世極楽教の施設の廊下を、十歳くらいの子供が騒ぎながら走り回っていた。大人たちが捕まえようとはしているが、巧みにすり抜け手を逃れている。それを見た教祖が楽しそうに笑っていた。

 

「あっはっはっは、いやぁ元気だねえ」

 

 木と紙の扇子で口元を隠した、二十歳くらいの男。言わずもがな、上弦の弐の童磨である。万世極楽教とは、童磨が教祖を務める宗教なのだ。

 

 大丈夫かと思われるかもしれないが、これでもう二百年以上続いている歴史ある宗教だ。『教祖が年を取らない』という神秘性も手伝い、小規模ながら固い結束を持ち得ていた。

 

「うおおぉぉぉぉおお!!」

「おっと」

 

 子供が童磨に向けて突進してきたが、童磨はそれをひょいっと持ち上げる。鬼であり上弦の弐である彼にとって、この程度は目をつぶっていても出来る簡単な事だ。

 

「も、申し訳ありません教祖様!」

「いいよいいよ、子供は元気なのが一番さ」

 

 後ろから追いついて来た親と思しき大人が慌てて頭を下げるが、童磨は朗らかにそれをあしらう。子供は釣り上げられたカツオのようにじたばたと暴れた。

 

「うおー、放せ放せー!!」

「いやあ、君は本当にひいおじいちゃんにそっくりだねえ」

「ひいおじいちゃん?」

 

 子供らしく一瞬で興味の対象が移り変わる。それを見て取った童磨が、笑顔のまま話し始めた。

 

「そうそう、君のひいおじいちゃんの嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)。あの子も小さい時は、君と同じように猪突猛進って叫んでそこらを走り回ってたよ。遺伝かな? 顔はそこまででもないけど、性格がここまでそっくりになるなんて不思議だねえ」

 

 一説によれば、人間の人格形成は遺伝四割、環境六割であるそうだが、伊之助が猪突猛進と叫ぶのは四割の方に入っていたらしい。もはやここまで来ると本能の域である。

 

「いや、不思議と言えば琴葉もかな? 伊之助の母親で、君からするとひいひいおばあちゃんなんだけど、これがまた顔以外伊之助には全然似てなくてね。どっちかって言うと、君のおじさんに似てたね」

「おっさん!」

「おっさんじゃなくておじさん。名前は確か……青葉だったかな。ほら、研究所に就職したっていう」

 

 何の研究所だったかと童磨が思い出そうとしていると、表から罵声が響いて来た。童磨は持っていた子供をぽんと親に預ける。

 

「じゃあ俺行って来るから」

「え!? 駄目ですよ教祖様、危ないですよ!?」

「大丈夫大丈夫、先に警察呼んどいて」

 

 指示を残すと童磨は玄関の方へと向かう。そこでは、プロレスラーと見紛わんばかりの筋骨隆々の大男と信者が押し問答をしていた。

 

「だから!! ここに京子のヤツが来てるんだろ!? とっとと出しやがれ!」

「そのような方はここにはおりません」

 

 万世極楽教は宗教組織だが、同時に駆け込み寺もやっている。となれば当然、駆け込んだ者を取り戻さんとする者もやって来るのだ。それが乱暴な手段に訴える事もしばしばであった。

 

「んだとこの野郎!」

「おおっと危ないなあ」

 

 振り上げられた男の拳を、童磨がひょいと掴む。男は反射的に振りほどこうとするが、童磨はこゆるぎもしない。

 

「んだてめえ! はなっ……放せ! 放せっつってんだろ!」

「うわあ十歳児と同じ事言ってるよ。その三倍以上は生きてるはずなのに、なんて頭が可哀そうな人なんだ。でも大丈夫、どんなに可哀そうでも俺は見捨てたりしないぜ。随分荒れてるけど、何か悩みでもあるのかな? 聞いてあげるよ話してごらん」

 

 あの決戦から百年以上経っているが、童磨の煽りスキルは衰えを見せず、むしろさらに磨かれていた。当然頭に血の上った男は、空いている手で童磨を殴ろうとする。が、あっさりと反撃の拳を胴体に受けて地に沈んだ。

 

「おお……ありがとうございます、教祖様……」

「教祖様のお手を煩わせ、申し訳次第も……」

「つえーなきょーそさま!!」

 

 どうやったのかあっという間に親の手から抜け出た子供が、目をキラキラさせながら童磨を見上げていた。

 

「いやー、君は本当に伊之助そっくりだねえ。昔の人が生まれ変わりなんてものを考えた理由がちょっと分かるよ」

「どうやったらそんな強くなれるんだ!?」

「そうだね、いっぱい食べれば強くなるよ。ほら、もうすぐお昼だから食べに行こう」

「うおおおメシだー!! 猪突猛進猪突猛進!!」

 

 子供はどたばたと足音を響かせ食堂に向かい、その親はぺこぺこと頭を下げ、童磨は笑いながらそれを許す。無惨に殺人を(基本的に)禁止された童磨は、実に真っ当に教祖をやっていた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 上弦の壱たる黒死牟。彼は今、銃を構える迷彩服姿の男たちに向かって、技を放っていた。

 

 ――――月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月

 

 その手にあるのは四支刀どころか、血鬼術で作ったものでもない、単なる刀だ。ゆえに威力も範囲も落ちてはいたが、それでも折り重なる三日月は、横向きの巨大な渦となって地形ごと迷彩服を巻き込んでいた。

 

「うおおっ!?」

「ウッソだろ!?」

「怯むな撃て!!」

 

 攻撃範囲から辛くも逃れた、もしくは最初から入っていなかった者たちは、黒死牟に向け銃を撃ち放つ。百年前とは異なり、個人でも雨霰のように間断なく弾を放てる高性能の銃だったが、それでも黒死牟には一発たりとも当たる事はなかった。

 

「当たんねえ!」

「どうなってんだ!?」

 

 視線と銃口の向き、引き金にかけられた指の動きから、銃弾の飛んでくる方向とタイミングを読み、呼吸法によって高められた鬼の身体能力がそれを避ける。結果として5.56ミリの銃弾は、一発たりとも黒死牟に触れる事さえ出来なかった。

 

 躱せる攻撃は躱し、躱しきれない攻撃は刀で弾いて防御する。黒死牟は鬼でありながら、その戦い方はどこまでも人間のようであった。

 

 ――――月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 横薙ぎの大きな三日月が残りの迷彩服を飲み込み、戦いは終わりを告げた。倒れていた彼らは三々五々立ち上がると列を作り、黒死牟に向けて声を揃えて頭を下げた。

 

『ありがとうございました!』

 

 迷彩服の彼らは自衛隊員だ。撃っていた銃弾は当たれば砕ける特殊なプラスチック弾で、黒死牟の技は斬撃ではなく加減した衝撃波である。これは訓練だったのだ。

 

「今日はありがとうございました、師範代。こいつらも達人というものを少しは理解できた事でしょう」

「いや、構わぬ……。これだけの数の銃と戦う機会は……滅多にない……」

 

 今日の訓練をセッティングした三日月流門下生の自衛官が、黒死牟に向けて嬉しそうに声をかける。彼は黒死牟の言葉を謙遜かそれに類するものと捉えたのか、少しトーンを落として続けた。

 

「しかしそうは言いますがね、師範代は剣に長けた相手をお望みでしょう。今日の事はこいつらにとっていい勉強になりましたが、師範代にとってはお遊びと変わりないはずだ。事実として、一発たりともかすってすらおられないのですからな」

「買い被りだ……。私にも、全く勝てぬ相手というのはいる……」

「そりゃ前にも聞いた事がありますが、全く信じられんのですがね……」

 

 男は大きく息を吐くと、居並ぶ隊員たちに何か言葉をかけてくれないかと頼む。黒死牟はそれに首肯すると話し始めた。

 

「先程見せたのは……呼吸法というものだ……。身体能力を上げ、技に何らかの幻が現れる……。呼吸の種類によっては、実際に攻撃方法にもなる……」

 

 黒死牟が教えられるのは月の呼吸だけだが、『呼吸を自身に合わせて変化させる』という概念を教えた結果、門下生の中には他の種類の呼吸を修める者も出て来ていた。そして実体のある攻撃が出来る風の呼吸と混ぜ、三日月に攻撃力を持たせる者も少数ながら現れている。

 

 それを見るたび黒死牟は、縁壱の言葉を思い出す。親の顔も、妻や子の顔も忘れた中、忘れたいのに唯一鮮明に記憶に残る弟の言葉を思い出す。『道を極めた者が辿り着く先はいつも同じだ』。

 

 極めた先には何があるのか、それとも誰かがいるのか、黒死牟には分からない。だが縁壱に未だ届いていない事は分かる。故に彼は歩み続けるのだろう、弟の言葉を(よすが)に。

 

「興味のある者は……三日月流道場に来るが良い……。場合によっては、こうして教えに来る事もあるだろう……。呼吸法の習得には年単位の時間がかかるが、それでも確実に強くなれる……。私はその中から……優れた戦士が現れるのを待っている……」

 

 人間に擬態している黒死牟は二つの瞳を細め、居並ぶ若人たちを眺めた。

 

 

 そしてその頃、無惨達は――――。

 




今日の主な獲得トロフィー

「欠ける弓張月」
 十二鬼月が一人でも欠けた時、その制定者と同僚に贈られる。
 


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最終話・下 「鬼舞辻無惨」 令和(西暦2020年頃)

 無惨の興した会社は成長し、この百年で押しも押されもせぬ大企業へと変貌を遂げていた。その会社が入る、都心に建つ巨大な高層ビルで、下弦の()()は忙しく働いていた。

 

空木(うつぎ)、塚本商事の件終わったよー」

「なら次は銀行の方をお願い。あと教育のために鈴木も連れてって」

「おっけー。あっ今の言い方なんかハイカラっぽくなかった?」

「いやハイカラって言い方がすでに古い」

「えっ……ホントに……?」

「いいからさっさと行く」

 

 新たに下弦の壱となった空木の指示に従い、馬酔木(あしび)が微妙に肩を落として部屋を後にする。入れ替わるように鳥兜(とりかぶと)が入って来た。

 

「藤原さんの治療終わりましたよ」

「じゃあ製薬の方顔出して来てー。鳥兜の毒の知識が必要とか言ってたから」

「分かりました」

 

 珠世の医者の腕を継いだ鳥兜は今、富裕層向けの医者をしている。それも現代医学ではどうしようもない病人や怪我人ばかりを診る医者だ。珠世がやっていたように、一旦鬼にして人間に戻すという荒業治療で治し、代価として高額の報酬を得ている。

 

 当然のように法律は守っていないが、問題になる事はない。患者やその身内には権力者も多いし、誰だって命は惜しい。病気や怪我の時、治してくれる者がいなくなったら皆困るのだ。それが現代医療で手に負えないものであるなら尚更に。

 

 無惨としても、大金が入り権力者や各所との繋がりも持てる医者業は割と気に入っていたため、血を多少分ける程度の事にためらいはなかった。

 

「あ、あと妓夫太郎さん呼んで来て」

「了解です」

 

 鳥兜が空木の声を背に、研究室へと向かう。薬の研究拠点は、すでに無限城からこちらに移っている。ドアを開いたその中には、白衣を着た人間たちと、妓夫太郎、堕姫の兄妹に、(しきみ)がいた。

 

「呼ばれたんで来たんですが、何かありました?」

「あ、ちょうどいいとこに。ここなんだけどさ、ベラドンナとジギタリス、どっちを使った方がいいと思う?」

 

 樒が書類を鳥兜に見せ意見を求める。彼はそのまま考え込みそうになるが、その前に妓夫太郎に顔を向けた。

 

「妓夫太郎さん、空木が呼んでましたよ。また妓夫太郎さん向けの仕事じゃないですかね」

「おう」

 

 その言葉に、妓夫太郎の眼に字が浮き出て来る。感情の高揚に伴い、擬態が解け始めているのだ。鳥兜が慌てて小声で伝える。

 

「(ちょ、眼! 眼!)」

「(っと、危ねえ危ねえぇ)」

「(気を付けてくださいよ、事情を知らない人間もいるんですから)」

「(分かってる)」

 

 左眼の『()()』、右眼の『下陸』という字がすうと消えてゆく。妓夫太郎はこの二十年で下弦の陸を兼任するようになり、呼吸と血鬼術を完全に融合させる事にも成功し、上弦の伍から一つ階級を上げたのだ。

 

 現在の下弦は、壱が空木、弐が樒、参が鳥兜、肆が堕姫、伍が馬酔木、陸が妓夫太郎である。日光克服薬の完成と共に下弦は必ずしも薬開発要員ではなくなったが、無惨への貢献度で序列が決まるのは変わっていない。

 

「いってらっしゃいお兄ちゃん!」

「おう。俺がいねえ間、樒と鳥兜の言う事きちんと聞いてろよ。おめえは頭が足りねえからなあぁ」

「大丈夫だもん! 私だって無惨様に認められたんだから!」

 

 なお無惨が認めたのは手先の器用さや血鬼術の便利さであって、堕姫本人の事は“頭の悪い子供”と思っている模様。

 

「…………なるべく早く戻るからなぁ」

「…………あの、こっちでもなるべく見ときますんで……」

「右に同じく……」

「? 早く帰って来てね!」

 

 微妙な雰囲気の男三人に気付かない妹に後ろ髪を引かれながらも、妓夫太郎は部屋を出て行った。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 高層ビル最上階の社長室で、無惨は書類をめくっていた。その様子は見るからに上機嫌だ。それも当然かもしれない。鬼殺隊は壊滅し、日光も克服した。会社の経営も順調だ。『何代目かの鬼舞辻無惨』として定期的に誤魔化す作業は面倒ではあるが、気分を害するほどではない。であるならば、笑みの一つがこぼれるのも当然と言えた。

 

 コンコンと扉をノックする音が響く。『入れ』と無惨が声をかけると、見慣れた顔が入って来た。この会社の警備員として勤めている、人間に擬態した猗窩座だ。上弦の参たる彼は、いつものように無惨の前に跪く。

 

「どうした」

「は……。無惨様の手の空いた時で構いませぬので、童磨に入れ替わりの血戦(けっせん)を挑みたく……」

 

 猗窩座はここ百年、無惨や下弦の近くからあまり離れようとはしなかった。その理由は本人にも分からないようであったが、別に怠けている訳でもなく、むしろ以前より強くなっているようだったので無惨は何も言わなかった。

 そして最近になってたまに遠出をするようになり、何かを掴んだのか、拳の切れに磨きがかかっていた。その成果を無惨に見せると言っているのだ。

 

「ほう……準備が出来たのか」

「はっ」

「いいだろう、励むが良い」

「ありがとうございます」

 

 猗窩座は深く頭を下げる。無惨は期待を込めてそれを見たが、手を動かした拍子に書類がバサバサと床に落ちた。

 

「む」

「拾います」

 

 気が利く男、猗窩座が素早くそれを拾う。だがその中に、少しばかり毛色の違う紙束がある事に気が付いた。クリップでまとめられた、十枚にも満たないほどの紙の束だ。プリンターに使う紙のようだったがその質がやたらと古く、新しい紙たちの中で異彩を放っていた。

 

「これは……?」

 

 猗窩座が思わずといった風情で声を漏らす。その紙束を目に入れた無惨の脳裏に、二十数年前の事がつい昨日の事のように蘇った。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 世紀末。ノストラダムスの予言による、恐怖の大王が世を賑わせていた頃。二十三日の下弦の月が、辺りを白く照らし上げる秋寒の夜に。山本という表札がかかる一軒家で、無惨は布団に横たわる老女を見下ろしていた。

 

「…………」

 

 髪は白く肌には皺が刻まれ、枯れ木のように細く小さくなった老人だ。齢は百にも届こうかというほどで、もはやいつその心臓が止まってもおかしくないほどの高齢である。その老女は何らかの気配を感じたのか、落ち窪んだ穴のようになっている瞳をゆっくりと開いた。

 

「無惨、様…………?」

「久しいな、珠世」

 

 老女が、珠世が見上げるのはかつての主。七百年もの時間を共に過ごした、鬼としての生そのもの。そして彼女を見下ろす無惨は何も変わっていない。八十年前と同じ、縦に裂けた薄紅の瞳が珠世を捉えていた。

 

「……老いたな」

「ふふ…………人間、ですからね……」

 

 愚にもつかない無惨の言葉に、薄く笑って珠世は応える。いつ迎えが来てもおかしくない高齢でありながら、彼女の頭脳は変わらず明晰だった。

 

「いつか……来ると、思って……いました…………」

「そうか。ならば用件も分かっているだろう」

 

 無惨は珠世に向けて手を差し出した。あの時のように。七百と八十年前の、初めて出会ったあの夜のように。

 

「鬼になれ、珠世。鬼になればまた若い身体に戻れる。目の前にある永遠を掴み取れ。お前にはその資格がある。下弦の壱は空けてある。戻って来るが良い」

 

 だが珠世は、ゆるゆると首を横に振った。どこかでこうなる事を予想していたのか、それとも断られるとは思っていなかったのか、どちらとも取れない無表情で無惨は尋ねた。

 

「何故だ」

「もう、十分……生きました。あれから、良い人にも恵まれて……孫どころか、曾孫の顔まで見る事が出来ました」

「知っている。お前が治したかつての患者に迫られて結婚したとな」

 

 珠世が人間に戻ったのは大正だ。正確な年齢は本人にも分からないだろうが、かつて子供がいた事を考えると、肉体年齢はおそらく十代後半から二十代前半。ましてや人目を惹く美人だ。となればこれは、結婚していない方がおかしい。そういう時代である。

 

 それでも、無惨と偽装結婚するという方法はあったかもしれない。だが珠世はそうする事を選ばず、人間と結婚する事を選んだ。(くだん)の患者と再会したのは偶然だが、結婚を決めたのは珠世本人だ。そこにいかなる思惑があったのか、それは珠世にしか分からない。人間に戻った珠世の心は、無惨にも読めない。

 

「だがその元患者も寿命で死んでいる。子供どころか孫も一人立ちしているのだろう。鬼になる事に何の問題がある?」

「そう、ですね……。ですが私は、私の人生に……満足してしまったのです……」

 

 珠世は満足そうに微笑んだ。普段の無惨なら醜いと断じたであろう皺だらけの顔だったが、何故かこの時はそういう気になれなかった。

 

「それに……皆は私を継いでくれました。私がいなくても……大きな問題は、起きなかったでしょう? それが……継ぐという事です」

「…………」

「ですから、いいのです。もう……いいのですよ」

 

 (とばり)のような長い沈黙が落ちた。部屋の中には、窓からこぼれる白い月光だけが満ちていた。無惨は、溜息のように声を吐き出した。

 

「……そうか」

「はい……。……そうでした、無惨様に、最後に……渡したいものがあります」

「何?」

 

 珠世の指示に従い、無惨は机の引き出しを開ける。そこには薄い茶色の封筒が入っていた。持ち上げると数枚の紙が入っている事が分かった。

 

「これか」

「そうです……。これが……本当に、最後の、心残りでした。安心、しました……」

 

 珠世は本当に、心の底から安堵したような顔を見せる。無惨はそれに背を向けた。

 

「鬼にならぬというのならもはや用はない。私は忙しいのだ」

「ふふ……。それでも、来てくださって、ありがとうございました……」

「ではな珠世。もう会う事もないだろう。…………だが」

 

 無惨は肩越しに振り返る。その目は、帽子に隠れて見えない。だが珠世には、何となくその表情が分かるような気がした。

 

「お前は最も私の役に立った鬼だった。今まで、よくやった」

 

 それは傲岸で自儘な無惨としては、最大級の賛辞だったのかもしれなかった。無惨はそのまま、珠世の返事を聞くことなく前を向く。べべんと、どこか懐かしい琵琶の音が響いた。

 

「――――――さらばだ」

 

 決別の言葉は琵琶に紛れて、歳のために遠くなった珠世の耳には届かない。だが彼女には、無惨がそう言ったと何故か分かった。あるいは、珠世の身体にほんの僅かに無惨の細胞が残っていたがための、ささやかな奇跡だったのかもしれない。

 

「――――――ええ。さようなら、無惨様」

 

 虚空に現れた襖の向こうに消えた無惨の背を見送り、珠世は呟く。部屋には再び静寂が戻り、老女は静かにまぶたを閉じた。ガラス越しの下弦の月だけが、それを見ていた。

 

 

 ――――無惨が空木を下弦の壱とし、『自身が死んだ時に全ての鬼も滅ぶ』呪いをなくしたのは、このしばらく後の事だった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「………………フン」

 

 紙束を目に入れた無惨は、昔の記憶を振り払うように鼻を鳴らした。それを見た猗窩座が、どうしたのかと言いたげな顔で無惨の方を向く。それに無惨が何かを返す前に、再度扉がノックされた。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 入って来たのは、スーツ姿がすっかり板についた空木だった。いかにも出来る女という雰囲気を漂わせた彼女は、猗窩座を視界に入れると少し目を見開いた。

 

「猗窩座さん? 来てたんですか」

「ああ」

「猗窩座は今度童磨に入れ替わりの血戦を申し込むそうだ」

「そうなんですか!? 勝ってくださいね猗窩座さん!」

「ああ」

 

 他の鬼であっても、童磨よりは猗窩座の勝利を望んだだろう。まさに童磨は鬼の心を一つにまとめる達人であった。なお童磨本人だけは除く模様。

 

「して、何の用だ空木」

「おっとそうでした。無惨様、お耳に入れておきたい事が」

「何だ」

「“青い彼岸花”が発見されました」

「ほう?」

 

 “青い彼岸花”。それは、無惨を鬼に変えた平安時代の医者が、日光克服薬を作るために使用しようとしていたものである。無惨が二百年かけても見つからなかったものであり、同時に今となっては手に入れる意味をなくしたものでもある。

 

「まさか今になって見つかるとはな。だが今更だな」

「はい。率直に申し上げまして、私もそう思いました。しかし私達鬼にとって、彼岸花は縁の深いもの」

 

 これまでに開発した薬の中には、彼岸花を材料にするものがそれなりに存在するのだ。藤の花が鬼にとって有害であるのとは対照的に、彼岸花は鬼にとって有益なものであるらしい。

 

「まして青い彼岸花は、日光克服薬の原料になるとの事。ですので、手に入れる事が出来れば新薬開発に役立つのではないかと思いまして」

「ふむ」

 

 無惨は空木に手渡された、青い彼岸花についての資料をぱらぱらとめくる。

 

「一年に二~三日、日中にのみ咲く花、か…………。見つからぬはずだ」

 

 ただでさえ咲く機会が少ない上、鬼は本来昼には動けない。平安という時代を考慮しても、鬼たちが見つけられなかったのはやむを得ないと言える。人間の協力者を得た江戸以降なら可能性はあったものの、絶対数が少なく本草学者でも薬師でもなかったため、運悪く耳にも入らなかったのであろう。

 

「嘴平青葉……?」

「いかがされましたか?」

「いや……この主任研究員の名を、どこかで聞いたような気がしたのだ」

 

 考え込む無惨に、今まで黙っていた猗窩座が口を開いた。

 

「嘴平という名には聞き覚えがあります。確か、童磨のところの者だったように思います」

「童磨の? 信者か?」

「はっきりとは聞いてはおりませんが、おそらくは」

 

 約百年前、『うちに嘴平伊之助っていう子がいてねえ、その子がいつも猪突猛進って叫んでそこらを走り回るんだよ。それを見てたら何だか猗窩座殿を思い出しちゃってねえ。いやあ、離れていても友達を感じられるなんて素晴らしい事だよね!』と言われた事を猗窩座は覚えていたのである。もちろんその後、童磨の頭は減らない口ごと粉微塵になった。

 

「童磨……童磨か……」

 

 微妙な表情になる無惨と空木と猗窩座。だがそれでも無惨は、呪いを通して童磨に確認を取る。その結果さらに微妙な表情になった。

 

「―――――確認した。確かに童磨のところの者のようだ」

 

 無惨は大きく溜息をつくと判断を下した。

 

「まずは私がこの研究所に行く。空木、アポを取っておけ」

「かしこまりました。……無惨様自ら行かれるのですか?」

「今のところ、緊急の案件もないからな。……………………駄目なら童磨の方から手を回す」

 

 先に童磨の方から口利きをさせた後に直接訪問すれば、入手出来る可能性は高くなる。だがそうしなかった理由は、言わずもがなである。人間でも鬼でも、いつも最適解を選べる訳ではないのだ。

 

「これから用がある故、私は外に出る。お前たちは仕事に戻れ」

「はっ」

「はい」

 

 無惨が立ち上がった拍子に起こった風で、古い紙束の一番上がめくれ、表題が露になる。そこには『鬼の始祖を人間に戻す方法』と書かれていた。鬼の人間化薬はすでに存在するが、効能が弱すぎて鬼の始祖たる無惨には効かない。その欠点を改良した方法である。

 

 これこそが、珠世が人間の時間を使い研究し、無惨に渡したもの。無惨が長すぎる生に飽いた時、死という終わりを迎えられるよう、用意したもの。『下弦の壱』としての、最後の仕事。

 

 とは言え無惨は、その方法を実行に移す予定はない。永遠がようやく手の届くところに来たのだ、手を伸ばさない理由などどこにもない。

 

 だが、それでも()()は、珠世から渡された紙束は、何故か捨てる気になれなかった。あまつさえ、たまにこうして取り出し読んでしまう。中身は全て暗記しているにもかかわらず。

 

 どうしてそうしてしまうのか、それは無惨にも分からなかったが、どうでもいいと深く考える事はなかった。

 

「…………」

 

 無惨はふと扉の前で立ち止まり、肩越しに後ろを振り向く。その視線の先には古ぼけた紙束があったが、一瞬の出来事だったために誰も気付かない。無惨の後ろについていた空木が、不思議そうな顔を向けた。

 

「無惨様?」

「……何でもない。行くぞ」

「はい!」

 

 無惨は前に向き直り、今度こそ振り返る事なく進んで行く。その背を守るように、空木と猗窩座が後ろに続いた。

 

 

 ――――鬼舞辻無惨は鬼であり、自己中心的で傲慢で短気である。それはこの千年変わっていない。だが、変わった事もある。

 

 少数ながらも有能で信の置ける部下を得て、人間を喰う必要がなくなり、太陽の下を歩けるようになった。無惨としては日光克服こそが何よりも重要だったのだろうが、本当に重要なのはそこではない。人間を喰う必要がなくなった事だ。

 

 それはつまり、人間の恨みを買う機会が激減したという事。人間を敵に回す必要がなくなったという事。人間の敵ではなくなったという事。無惨の命を脅かす者が、いなくなったという事。

 

 そう、無惨の夢たる『永遠』を阻む者はついに消え去り、未来においても現れる可能性は限りなく低くなったのだ。

 

 故に無惨はこの先も生きていくだろう。永遠の夢を叶えるために。不死をその身で体現するために。無惨は千年かけてついに、己が夢を叶える資格をその手に掴んだのだ。

 

 

 

――『永久(とこしえ)の彼岸花』END ――

 




 これにて本編完結! ありがとうございました!


 一応表示は完結に変えておきますが、書き上がり次第小ネタ集を投稿する予定です。
 それで本当に終わりとなります。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=241358&uid=213326
 何かネタがあるという方は上の活動報告の方にお願いします。
 感想だと規約違反になってしまうので。
 ただし、必ずしもそのネタで書くとは限りません。あしからず。

※ネタの募集を打ち切りました。ご提供、ありがとうございました。


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おまけ
小ネタ集その一


原作キャラたちのその後です。


竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)の場合(大正)

 

 

「こうか兄ちゃん?」

「そうそう、上手いぞ竹雄」

 

 山に住む炭焼き、竈門炭治郎。彼は今、弟の竹雄と共に炭を焼いていた。炭治郎は弱冠十五歳なのだが、幼い頃に父親が病死してしまったため、自身を含めて七人家族の長男として一家を支えなければならないのだ。こうして弟に仕事を教えるのもその一環である。

 

「お兄ちゃん、お昼持って来たよ」

「ありがとう禰豆子」

 

 炭焼き小屋の扉がガラリと開き、妹の禰豆子が姿を現した。その手にはおにぎりが載った皿があり、竹雄が目を輝かせる。

 

「飯!」

「こら駄目だ、手を洗ってから」

「えーっ、そりゃないぜ」

「手も顔も汚れてるだろ? ほら、一緒に外に洗いに行こう」

「はあーい……」

 

 炭治郎に背中を押され、渋々といった様子で竹雄は外へ出る。その後ろに続く炭治郎の耳に『太陽の耳飾り』はなく、当然『ヒノカミ神楽(日の呼吸)』も受け継いではいない。戦国時代、炭治郎の祖先が鬼に襲われる事もなかったため、彼が継国縁壱に出会う事も、日の呼吸を目にする事もなかったのだ。

 

 だがそんなものがなくても、生活が楽ではなくても、彼らは確かに幸福に暮らしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)の場合(大正)

 

 

「なぁんでこんな事になっちゃったんだろうなぁ……」

 

 我妻善逸は、肩を落としてとぼとぼと道を歩いていた。はあぁぁぁと地面に沈みそうなほど重い溜息を吐くが、気分は全く晴れない。隣を歩いている女が、彼の肩にぽんと手を乗せた。

 

「まあまあ、きっと何とかなりますって」

「悩んでる原因の半分は君なんだけどね……」

 

 善逸は恨めしげに女を見やるが、彼女にとってそんなものはどこ吹く風だ。どころか、わざとらしく()()をつくって問いかけてみせた。

 

「私の事、キライですか?」

「まさかそんな事あるはずないよ!! 可愛い女の子は大好きさ!!」

「なら問題ないですね。さあ行きましょう」

「ああああ俺の馬鹿……何で流されちゃうんだ俺って奴は……」

 

 頭を抱える善逸だったが、こんな事になっているのは半分以上自業自得である。彼はこれまで七人もの女性に騙され貢がされて捨てられたという凄まじい経歴を重ねて来ており、借金の総額がとんでもない事になっているのだ。当然払えないためこうして逃げている訳なのだが、その道中で出会ったのがこの女である。

 

「ホントもう、あの時の俺はどうかしてたよ……なぁんで初対面の人に結婚なんて申し込んじゃったのかなあ……」

「それに気付けただけ少しは賢くなりましたね、おめでとうございます」

「君に会う前にその賢さは発揮したかったよ……」

「だったら今からでもそうしてみてはいかがです? 鎖で繋いでいる訳でもなし、私のような手弱女(たおやめ)を振り切るなど容易い事でしょう。それとも」

 

 そこで言葉を切った彼女は、善逸の耳に口を近づけ囁いた。ぞっとするほど妖艶な声で。

 

「私が、欲しいのですか?」

 

 善逸と大して年齢が変わらないにもかかわらず、やたらと年季が入っている誘惑だがそれも当然。実はこの女、男に貢がせ破滅させるのが趣味というとんでもない女なのだ。もちろんそれを許さない男もいる訳で、それから逃げている最中に善逸と出会い、行動を共にするようになったのである。

 

「欲しいですッ!!」

「うわぁここまで自分に正直な人は初めて見ましたよ。恥ずかしくないんですか?」

「彼女の一人も出来ずに死ぬ方が恥ずかしいです!!」

「今でも十分恥ずかしいと思いますが」

「彼女の一人も出来ずに死ぬ方が恥ずかしいですッ!!!!」

「あなた本当に面白いですねぇ、生きてるだけで」

 

 天下の往来にもかかわらず全力で恥を晒す善逸だったが、その耳がぴくりと動いた。それを目ざとく見逃さなかった女が善逸に問いかける。

 

()()()()?」

「……この道の先にいる。このまま行くとヤバイ」

「なら遠回りですね」

 

 追手がいるという言外の言葉に、疑う素振りもなく女は道を変更する。これこそ彼女が善逸と行動を共にしている理由。善逸は非常に耳が良く、追手を察知出来るのだ。

 

 遠くの音を聞きつける事はもちろん、相手が嘘を吐いているかどうかも分かる。さらに強いか弱いか、人間か否かすらも()()()()られるという、聴覚の域をはみ出した超感覚だ。善逸はこの能力によって今まで逃げ延びており、女はそれを知って便乗しているという形である。

 

「相変わらず凄い耳ですね。人には一つくらい取り柄があるものなんですねえ、あんなに弱虫でヘタレで頭が悪いのに」

「酷くない? ねえ酷くない?」

「嘘が分かる耳なんて持ってるのに、今まで騙され続けて来たって方が酷いです」

「ひどぉい!」

 

 優れた耳を持っているのに、『信じたいものを信じる』という性格ゆえにそれを全く活かしきれていない善逸と、善悪はともかく世慣れて頭が回り強かな女。この珍道中がいつまで続くかは二人にも分からなかったが、能力的にも性格的にも相性は悪くなさそうで、存外に楽しそうであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)の場合(大正)

 

 

「うおおおお!! 猪突猛進猪突猛進!!」

 

 万世極楽教の寺院の廊下を、嘴平伊之助が爆走していた。この時点では誰も知り得ない事ではあるが、大人たちが止めようとするが全く捕まらないところを含めて、自身の子孫と瓜二つだった。

 

「あっはっはっは、毎日毎日よく飽きないねえ」

「出たな町長! ここで会ったが十年目! 今日こそ俺が勝つ!」

 

 騒いでいれば当然教祖の耳にも入る。楽しそうな顔で現れた童磨に向け、伊之助はずびしと指を突きつけ言い放った。彼は童磨に勝つべく、ここのところ毎日のように挑みかかっているのだ。

 

「それを言うなら百年目だし、俺は町長じゃなくて教祖だぜ」

「そんなの知ったこっちゃねえ! うおおぉぉぉおおおお! 猪突ゥ猛進!!」

「おっとっと」

 

 突進してくる伊之助を童磨は軽く躱す。いくら才能があろうが、呼吸も使えない単なる子供に上弦の弐が後れを取るはずもない。

 

「避けるんじゃねええええ!!」

「そうかい?」

 

 伊之助は再び突進するが、童磨はそれをひょいと投げ飛ばす。ぽーんと中空に投げ出され、じたばたしながら童磨にキャッチされた伊之助は、今日も負けたと悟って地団太を踏んだ。

 

「ムキィィィ゛ィ!! もうムッギィイイ゛イイ!!」

「それ悔しがってるのかい? 本当に君は見てて飽きないなぁ。なんだか猗窩座殿を思い出すよ」

 

 もはや完全に珍獣を見る目だが、童磨にしては珍しく本気で面白がっている。そんな童磨に、信者が近づき耳打ちした。

 

「教祖様、お客様が……」

「ああ今行くよ。じゃあまたね伊之助」

 

 童磨にはこれから、悩める人間の悩みを聞く仕事が待っている。同僚には蛇蝎のように嫌われている童磨だが、親身になってくれるので信者や来訪者には受けがいい。『天国も地獄もないのに本当に愚かだなあ』と内心で思っていようが、そんな愚かな人たちを救ってあげるのが自分の使命だと認識しているので、きちんと話は聞くのである。

 

 また、鬼なので年を取らない童磨は、信者にとってみれば掛け値なしの『神の子』だ。生まれつきの『白橡(しろつるばみ)の髪』や『虹色の瞳』という神秘性もまた、その認識に拍車をかけている。

 

 結果として万世極楽教は、約300人という少人数ながら固い結束を保ち、稀に来るマスコミも完全にシャットアウトする鉄壁を誇っていた。尤もその程度では諦めないマスコミもいるにはいたが、何も問題はない。万世極楽教はしっかりと寄付をしているため、警察とはとても仲良しなのだ。

 

「次こそぜってえ俺が勝つかんな! 指を洗ってまってろ!!」

「指じゃなくて首でしょ。君は本当に面白いなあ」

「ウキィィィイイイイイ!!」

 

 奇声を上げる伊之助を尻目に、童磨は機嫌よく去っていく。悔しさにのたうち回る伊之助を彼の母親が探しに来て、廊下はようやくいつもの静けさを取り戻した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

胡蝶(こちょう)カナエと胡蝶(こちょう)しのぶの場合(花柱と蟲柱・大正)

 

 

 胡蝶カナエと胡蝶しのぶ。近所でも有名な美人姉妹である。その姉妹の姉の方、胡蝶カナエは、心配そうな顔で妹のしのぶを見ていた。

 

「心配だわ……」

「何がよ姉さん」

 

 意識した訳ではなさそうだが、姉を見返すその眼光は鋭く強く、勝気な内面がよく現れていた。

 

「私がお嫁に行った後のしのぶが心配だわ……気に食わないからって、お見合いで男の人を引っぱたいたりしないかしら」

「私を何だと思ってるの?」

 

 突如として不名誉な疑いをかけられた妹は、眼光をますます鋭くして姉を見る。だが姉はそれを全く気にした様子もなく、蝶の髪飾りを揺らしておっとりと言葉を続けた。

 

「だってほら、いつぞやは勢いよく叩いてたじゃない」

「あれは……その……あの男が悪いのよ!」

 

 数年前、人買いが女児を連れているところに遭遇し、紆余曲折の後にしのぶがその人買いの頬をお札と硬貨でビンタして女児を攫って逃げたのである。おてんばという言葉では収まりきらない所業だったが、相手にも引け目があったのか警察沙汰にはならなかった。子供は身寄りがなかったらしいために胡蝶家で引き取り、何とか一件落着したのである。

 

「それより姉さん、お嫁にってどういう事」

 

 話題を変えたかったのかそれとも聞き逃せない言葉があったのか、しのぶは平坦な声で姉に尋ねる。カナエはにこにこと朗らかに笑いながら答えた。

 

「あら? 言ってなかったかしら? 私にお見合いのお話が来てるのよ」

「初耳よ!」

 

 年齢的にも家柄的にもそういう話が来るのは普通なのだが、それを聞かされていなかったしのぶは一瞬で沸騰した。

 

「何でそんな大事な事を言ってくれないの!」

「今言ったじゃない」

「前もってって事よ!」

「まあまあしのぶ、そんなに怒るとシワが増えちゃうわよぉ」

「誰のせいだと! 大体カナヲはどうするのよ!」

 

 しのぶは胡蝶家で引き取り育てている子供を引き合いに出すが、カナエは困ったような顔となった。

 

「うーん……でもね、お父さんとお母さんにはワガママを聞いてもらってる手前、断りにくいのよね」

「それは……」

 

 カナヲの養育費を出しているのは姉妹の両親だ。ただでさえ子供を引き取って欲しいという()()()を聞いてもらった手前、両親の言う事には逆らい難い。ましてや、子供の幸せを願っている事が分かるので、さらに逆らい難い。おまけにカナエはそろそろ大正の平均初婚年齢なので、物凄く逆らい難い。

 

「まあまあ、きっと大丈夫よ。最近はカナヲもちゃんと自分の意思を言えるようになってきたもの」

 

 引き取られて来た当初のカナヲは、虐待されていた影響で、誰かに命令されないと全く動かない子供だった。トイレや食事といった必要最低限の事すらも、言われないと出来ない子供だったのだ。

 だが近頃は大分改善され、自らの欲求を口に出すようになって来ている。それもカナエがお見合いの話を受けた一因だ。

 

「でも、だからって……」

「私もたまに見に来るし、しのぶもいるから何とかなるわよ。あ、それとも一人じゃ不安だった? お姉ちゃんがいないとやっぱり駄目かしら?」

「そんな訳ないでしょう!」

 

 姉の挑発に一瞬で噴火する妹。手玉に取るという言葉がぴったりだったが、それに気付かれて反論される前にカナエは話を切り上げた。

 

「じゃああとはよろしくね~。私はお父さんに呼ばれてるから~」

「えっちょっ、話は終わってないわよ姉さん!」

 

 そそくさと逃げる姉に追いかける妹。胡蝶姉妹は、今日も平和だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)の場合(水柱・大正)

 

 

「義勇ってさぁ、絶望的に口数が足りないよねぇ」

 

 冨岡義勇の友人、真菰(まこも)が義勇に呆れた目を向けていた。表情があまり変わらないので分かりにくいが、それでも憮然とする義勇に向けて彼女は首を傾けてみせた。

 

「この間のお見合いさぁ、何で上手く行かなかったんだっけ?」

「ふさわしくなかったからだ」

 

 その言葉を聞いた真菰は、さらに呆れた顔になった。付き合いの長さから、このコミュ障が省いた行間を読めたからだ。

 

「『あなたのような素晴らしい人には、俺のような者などふさわしくない』って意味なんだよね? 絶対伝わらないからね。現に相手の人泣いて帰っちゃったらしいじゃん。いい年していつまで独身でいる気なの?」

 

 いい年と言っても二十歳くらいなのだが、大正時代における平均初婚年齢は男性だと二十五歳。二十歳ならそろそろ本格的に結婚を考えなければならない年だ。まして、独身でいる事への社会的な圧力は現代の比ではない。『産めよ増やせよ』の時代なのである。

 

「俺は口数は足りている」

「いや足りてないよ、どう考えても足りてないよ」

「俺は口数は足りている」

「そこは認めなよ、錆兎(さびと)なら『男らしくない!』って言うよきっと」

 

 真菰は義勇との共通の友人の名前を出すが、それでも義勇は頑なに認めようとしない。どうしようかと悩む真菰だったが、何か思いついたのか明るい表情になった。

 

「分かった、女の人に慣れてないのが原因なんだね」

「違う」

「だから一緒に吉原行こっか」

「は?」

 

 あまりにあまりな言葉に固まる義勇。若い女連れで風俗に行こうというとんでもない事をのたまった女は、名案だとばかりに手を打ち合わせた。

 

「実は私もちょっと興味あったんだー。義勇の言葉足らずも治るかもしれないし、一石二鳥だね」

「待て」

「いやちょっと考えてもみてよ義勇、吉原だよ、吉原花魁だよ? 話は私より上手いだろうし、女心を分かりやすく説明してくれると思うよ」

「む」

 

 真菰は義勇の僅かな反応から脈ありと見て取り畳みかけた。

 

「義勇だってお見合いの連敗記録を伸ばしたい訳じゃないんでしょ? 今のままじゃまずいって思ってはいるんでしょ?」

「それはそうだが」

「なら行ってみようよ。百聞は一見に如かずって言うじゃない? それともまさか、行くのが怖いとか?」

「怖くない」

「なら決まりだね」

 

 真菰は義勇の手を取って立ち上がる。義勇も挑発が効いてしまったのか止まる様子がない。天然と天然が揃うとボケ倒しで歯止めが利かなくなるという悪い見本である。

 

 この後錆兎に見つかってめちゃくちゃ叱られた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

時透(ときとう)有一郎(ゆういちろう)時透(ときとう)無一郎(むいちろう)の場合(霞柱とその兄・大正)

 

 

「ねえ、兄さん……」

「なんだよ」

 

 時透無一郎が、双子の兄の時透有一郎におずおずと話しかける。余裕がない有一郎は、つっけんどんに言葉を返した。

 

「僕、剣を習ってみたいんだ」

「はぁ?」

 

 有一郎の目が吊り上がる。その迫力に怯みながらも、無一郎は自身の意思を伝えた。

 

「この間、町に行った時、剣を習ってみないかって誘われたんだ。だから、その……」

「寝言は寝て言え。うちのどこにそんな金があるって言うんだよ」

 

 二人は木こりなので、薪等の木を売って生計を立てている。未だ十代半ばであり本来なら親の庇護が必要なのだが、その親は揃って亡くなっているために、自分の面倒は自分で見なければならないのだ。当然生活に余裕はない。有一郎の言う事も尤もであった。

 

「そ、それは言ったよ。そしたら、個人的に教えてもいいって……」

「はぁ? そんな旨い話がある訳ないだろ。俺達みたいな貧乏な木こりにタダで剣を教えて、そいつに何の得があるっていうんだよ」

 

 正論を吐く有一郎に、それでも無一郎は食い下がる。

 

「でも僕、剣をやってみたいんだ」

「何言ってんだ? 前うちに来た女の言う事を真に受けたのか? 『始まりの剣士』とやらがどんなに凄かろうが、その子孫ってだけの俺達には関係ないだろ」

 

 『始まりの剣士』。つまり継国縁壱に呼吸を教えられ、呼吸を使うようになった戦国時代の剣士たちの事である。そして『うちに来た女』というのは、産屋敷の妻である産屋敷あまねの事だ。どこかに記録が残っていたようで、『始まりの剣士』の子孫である時透兄弟を、彼女自らスカウトしに来ていた時期があったのだ。有一郎が水をぶっかけて追っ払ったが。

 

「大体その話だって眉唾なんだ、馬鹿な事言ってないで飯の準備しろ」

「馬鹿な事じゃない!」

 

 普段とは違う激しい反応に、有一郎は驚き動きを止める。

 

「僕は、自分を変えたいんだ! もう何も出来ないのは嫌なんだよ!」

 

 何を指しているのか、言わずとも有一郎には分かった。先日町に出た時にチンピラに絡まれ、恐怖に固まる無一郎を有一郎が守ってどうにか逃げ切った事を言っているのだ。

 客観的に見れば大した事でもない。だが山に住み、変化の少ない環境にいる無一郎にとっては、心機一転するには十分すぎる出来事でもあった。

 

「それは……」

「それに、僕を騙してどうするのさ。こんな“貧乏な木こり”を騙したって、お金になんかならないよ」

 

 それも尤もな話で、騙すのならもう少し相手を選ぶであろう。何か良くない事を企んでいたとしても、子供と大人だ、力尽くでどうにでもなる。そうしていない時点で、『剣を教える』というのはそれなりに信憑性のある話だと言えよう。

 

「…………そいつはどういう奴だったんだ。剣を教えたいって言うからには、どっかの道場の師範とかか?」

「えっと、三日月流剣術の師範代だって言ってたよ。二十五くらいの男の人だったけど、なんかこう、雰囲気があるっていうか、威厳があるっていうか、そんな感じの人だったし嘘じゃないと思う。道場の場所も聞いたから、気が向いたら訪ねて来ると良いって……」

「まさかとは思うけど、ここの場所は教えてないよな?」

「う、うん」

 

 道場の場所を聞くと有一郎は、腕を組んで考え込み始めた。しばらくそうしていたが、顔を上げると強い瞳で弟を見つめて言った。

 

「今度薪を売りに行く時、ついでに行ってみる」

「兄さん!」

 

 顔を輝かせる弟に対し、釘を刺すように兄は言葉を被せる。

 

「ただし! 俺も行くし、ちょっとでも怪しかったらそれまでだ! いいな!?」

「うん! ありがとう!」

 

 有一郎は少し赤くなった顔を隠すかのように、早く食事の準備をしろと声を張り上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)の場合(風柱とその弟・大正)

 

 

「分かんねェ奴だなァ、だからお前は学校行けっつってんだろォ!」

「だから言ってるじゃないか兄ちゃん、俺はいいから就也たちに行かせてやってくれって!」

 

 不死川実弥と不死川玄弥の兄弟は、激しく口論をしていた。兄の実弥としては、弟を学校に通わせて上に行かせたい。弟の玄弥としては、自分はいいからより下の兄弟たちにそうして欲しい。

 七人兄弟の長男次男は、見事に平行線を辿っていた。

 

「俺の稼ぎが足りねェとでもォ!?」

「そんな事言ってないよ!」

 

 二人の父親はすでに亡くなっている。母親は存命だが、この時代一般的な女性がいくら働いたところで、稼ぎなど知れている。必然として、兄弟で唯一成人している実弥が稼ぎ頭となる訳だが、自身を含めて八人の家族を養うには少々厳しい。

 

 だからこそ弟は食い下がっている訳だが、兄としてはそんな事はどうでもいいから弟には少しでもマシな未来を用意してやりたかった。そのせいで揉めているのだが。

 

「俺じゃなくて弟たちを優先して欲しいって言ってるんだ!」

「お前ェだって弟だろォがよォ!」

 

 ヒートアップする二人を止めたのは二人のどちらでもなく、末妹の泣く声だった。玄弥もそうだが実弥は特に目つきが鋭く顔が怖い。それが怒鳴り合っているとなれば、十歳にも満たない彼女には刺激が強すぎたのだ。

 

「お、おにいちゃんたち、こわい~……うぇぇえええん」

「ご、ごめんな寿美(すみ)

「ケンカしてる訳じゃねェから安心しろォ」

 

 二人がかりで宥めるが、一旦泣き出した子供は中々止まらない。あの手この手で泣き止ませようとする中で、玄弥がぼそっとこぼした。

 

「こんな事なら、鬼殺隊に入ってればよかったかなぁ……」

 

 実弥と玄弥は、鬼殺隊からスカウトを受けた事があるのだ。と言っても剣の才能など分からないため、一山いくらのそのまた一部、といった扱いだったが。どうも生活に困窮している事を、どこかで聞きつけられたものらしい。

 

 それでも提示された給金は良かったし、何より当時は今より子供だった玄弥でも働ける、というのが魅力的だった。大正でも義務教育は制定されていたが、そんな事を言っていられない事情などいくらでも存在したのである。

 

「ヤクザの親戚になって刀持って人斬りってかァ? 戦国時代じゃねェんだぞォ。いくら金もらってもんなのはゴメンだぜェ」

「う……そうだね、ごめん兄ちゃん」

「まァ気持ちは分かるがなァ。……今連中がどうなってるのか、聞いてねェのかァ?」

「え?」

 

 少し口ごもる実弥だったが、伝えない訳にもいかないと、妹の頭をなでながら口を開いた。

 

「……消えたんだとよォ」

「消えた? どういう事?」

「どうもこうもねェ、そのままだァ。ある日を境に、煙みてェに消えちまったそォだぜェ」

「…………怪談?」

「だったら良かったんだがなァ。鬼殺隊が一人残らずいなくなったってのは、どうも確かみてェだ。何かが爆発するような音を聞いたってヤツもいるし、キナ臭ェ事この上ねェ」

「そ、それは……」

 

 玄弥はごくりと唾を飲み込む。ここまで聞けば、尋常ならざる事が起こったのだと嫌でも分かったからだ。

 

「鬼の仕業だとか抜かす奴もいたなァ」

「鬼だなんて、そんな……」

「分ァってる。連中“鬼殺”なんざ名乗ってたから、そっから出た噂だろォなァ。だがなァ、んな噂が出るほど謎だらけなんだよ。警察も何も掴んでねェみてェだしな。何にせよ、関わらなくて正解だろうぜェ」

 

 実弥は一息つくと話題を切り替えた。

 

「ま、人間真っ当に生きるのが一番ってこった。俺達のオヤジを思い出しゃあ分かるだろォ?」

「ああ……」

 

 彼らの父親は実にろくでなしで、家族をよく殴っていた。外でも同じ調子だったようで、人に恨みを買って刺し殺された。それでも自業自得としか思われなかった辺り、ろくでなしの見本のような男だった。

 

「だからお前は学校行けェ」

「結局その話に戻るのかよ兄ちゃん!?」

「当たり前だろォがよォ」

 

 弟には良い暮らしをさせてやりたい兄と、兄の負担を少しでも減らしたい弟。互いが互いを思いやるが故の平行線は、まだまだ続きそうであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)の場合(蛇柱・大正)

 

 

 伊黒小芭内。女ばかり生まれる一族で、実に三百七十年ぶりに生まれた男。二十歳をもうすぐ超そうかというその彼は、現在ピンチに陥っていた。

 

「ねぇ小芭内、私ってそんなに魅力なぁい?」

「い、いや、そんな事は……」

 

 妙齢の美女と言って良い女性に迫られる小芭内だったが、傍からすると蛇に睨まれた蛙にしか見えなかった。どちらが蛇でどちらが蛙なのかは言わずもがなである。

 

 一族ではとても珍しい男である小芭内は、こうして迫られる事がよくあるのだ。一応法的には婚姻は可能な相手ではあるし、美人と言って差支えのない相手でもあるのだが、幼少期から貞操の危機にさらされ続けて来た彼にとっては全く嬉しくなかった。過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 

「シャアー!」

「ひゃっ!」

 

 小芭内の襟元から出て来た白蛇が女性を威嚇し、彼女は悲鳴と共に後ろにのけぞる。小芭内はその隙を逃さず、脱兎の如く逃げ出した。

 

「あっちょっ……」

「シャアァー!!」

「きゃあっ!」

 

 追いかけようとする女性だったが、蛇に再度威嚇され怯んでしまう。その間に小芭内は逃げに逃げ、どうにか身を隠す事に成功した。

 

「うぅ……鏑丸(かぶらまる)、ありがとうな。俺の友達はお前だけだよ……」

 

 鏑丸。いつぞや部屋の中に迷い込み、それから小芭内が飼っているアルビノのアオダイショウだ。蛇にあるまじき知能の高さを誇り、飼い主の意をよく汲んでくれる出来た蛇である。

 

「皆の事は嫌いって訳じゃないんだが……何かずれてるんだよな……」

 

 鏑丸をなでる小芭内が思い出すのは、自身の幼い頃だ。早く大きくなるようにと、大量の食事を出されたのだ。大盛りというレベルではなく、軽く二十人前はあった。当時子供だった小芭内が食べきれるはずもないのだが、悪気も他意もない顔を見ていると、何も言えなかった。

 

「ここかぁ……!」

「うわああああああぁぁぁ!!」

 

 小芭内はいきなり現れた亡霊のような顔に跳び上がる。よくよく見れば先程まで見ていた顔ではあったのだが、そこまで気を回す余裕は今の彼にはない。

 

「いい加減既成事実作って私と結婚しなさい……! そろそろ婚期がヤバイのよ……!」

「知るか!」

「シャアァー!」

 

 忠犬ならぬ忠蛇の鏑丸が威嚇の声を上げる。女性は少し尻込みするが、それでも不敵な顔を浮かべてみせた。

 

「ふっ、甘いわね! 私が何の対策もしていないと!? 行きなさい華!」

「ニャアァァ!」

 

 女性がけしかけたのは三毛猫だった。猫は蛇に纏わりつき、小芭内から引き剥がそうとする。

 

「うわっなんだ華か!? やめろって!」

「よしよし良い調子よ華! でも殺しちゃ駄目よ、ちょーっとその蛇を引き剥がすだけで良いからね! 上手く行ったら高級牛肉よ!」

「ニャッ!」

「アンタ華に何させてんだ!」

「お黙り! 牛肉くらいで行き遅れにならずに済むんだったら安いモンよ!」

「俺は牛肉以下か!」

 

 どたばたと大騒ぎをしていれば、当然他の者にも音が届く。となればその後の展開は、考えるまでもなかった。

 

「あっちょっと何抜け駆けしてんのよ! 協定を忘れたの!?」

「あんたはまだ余裕あるんだから黙ってなさい! “おねーちゃんまだ結婚してないのぷっぷくぷー”とか煽られんのはもうまっぴらなのよ!」

「知ったこっちゃないわよ一生煽られてなさい!」

「あんですってー!」

 

 雪崩れ込んできた女性たちは、小芭内を放って醜い争いを始めた。一族全てが若い女という訳ではないが、それでも母数が多いのでそれなりの数がいる。くんずほぐれつのキャットファイトを繰り広げていた彼女達だったが、当の小芭内がいない事に気付くと動きを止めた。

 

「ちょっと、小芭内がいないわよ!」

「逃げたわね!」

「いた! あそこよ!」

「待ちなさいッ!!」

「誰が待つか!!」

 

 女たちは小芭内の背に目の色を変えて追いすがり、その小芭内はますます逃げる速度が上がる。現在進行形で女難の渦中にいる小芭内は、パニックホラーかラブコメか判然としない日々を送っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)の場合(恋柱・大正)

 

 

 無惨の会社にて、新しく入った社員が挨拶を行っていた。

 

「甘露寺蜜璃です! よろしくお願いします!」

 

 勢いよく頭を下げた彼女の髪は、何とも前衛的な事に桜色で、先端だけが薄緑色だ。これは染めているのではなく地毛であり、本人曰く桜餅を大量に食べたらこうなったとの事である。人体の神秘。

 

「この者は販売部門に配属する。獪岳、面倒を見ろ」

「お、俺っすか!?」

 

 無惨の指示に驚いたように言葉を返す獪岳。昔の無惨なら脅しつけていたところだろうが、日光を克服し鬼殺隊も壊滅させた今の無惨は精神的に余裕がある。故に怒鳴ったりはせず、単に思うところを口にした。

 

「お前は有能だ。新人の教育くらい出来るだろう」

「う、うす! 頑張ります!」

「それで良い。私の役に立て」

 

 能力を評価された獪岳は嬉しそうだ。努力家でしっかり結果も出している獪岳と、能力があれば出自や性別等に関係なく評価する無惨は、割と相性が良かった。

 

「では仕事にかかれ」

 

 無惨の一言で皆が散りそれぞれの仕事へと向かう。その中で蜜璃は、獪岳にくっついていた。

 

「ねえねえ、お仕事って何をすればいいんですか?」

「ち、近いから離れてくれ」

 

 顔を真っ赤にした獪岳が蜜璃を押しのける。思春期真っ只中の少年には、スタイルの良い彼女は少々刺激が強かったようだった。

 

「あっ、ごめんなさい……」

「いや別に怒ってる訳じゃ……ゴホン!」

 

 獪岳はわざとらしく咳払いをして空気を入れ替える。未だ顔の赤みは残っていたが、それでも真面目に仕事の説明へと移った。

 

「仕事は単純だ。薬を指定された場所に運ぶ事と、新しい場所に売り込む事」

 

 出来たばかりの小規模な会社で、人員もまだ少ないので、薬の搬送と売り込みはどちらも獪岳の仕事なのだ。共通項は『外に出る』である。

 

「今日は薬を運ぶから、まずは車への積み込みを手伝ってくれ」

「車があるんですか? 凄いですね!」

 

 この時代、自動車は普及のまさに途上である。1912年には500台しかなかった全国の自動車は、1924年になると2万台以上に増加する。それでもまだまだ珍しく高価なものには違いない。無惨には会社以外の収入があるため買えたのである。

 

「獪岳先輩が運転するんですか?」

「ああ。運転は甘露寺……さんにもそのうち覚えてもらうが、今日は横で見ててくれ」

 

 免許制度もまだ途上で、企業は願書を出して許可が下りれば車を運転できた。仕事用なら、能力があると認められた未成年でも運転は可能であったので、獪岳でも合法だ。免許取得が18歳以上と定められるのは1919年で、ここより少し未来の事である。

 

「向こうに着いたら甘露寺さんを取引先に紹介する。まあそれは後だから、まずは積み込みを終わらせよう」

「はいっ!」

 

 その積み込み作業は即座に終わった。蜜璃が見た目によらぬ剛腕で一気に薬の箱を運んだからだ。驚くべき事に、呼吸法を修めた獪岳を上回る力だった。

 

「す、すげえ力だな……」

「え、えっと、その……」

 

 蜜璃は瞳を右往左往させてうろたえていた。髪色はもう仕方ないにしても、こういった“普通ではない”ところはあまり表に出さないようにしようと思っていたのに、入社に浮かれてやらかしてしまったためだ。

 

「いや責めてる訳じゃねえよ。社長たちも力は強いしな」

「え? それってひょっとして、空木さんたちも……?」

「ああ、あんな見た目だけど皆力は強いぜ。甘露寺さんといい勝負なんじゃねえかな」

「そ、そうなんだ……!」

 

 蜜璃は、生まれて初めて自分と同じくらい力が強いという女性を見つけて嬉しそうだった。彼女は見た目こそ細いものの、筋肉の密度が常人の八倍もあるという特異体質。その筋肉を維持するため、生まれつき大食漢なのだ。全く太ってはいないのに、相撲取り三人前よりも食べると言えばどれ程か分かるだろう。

 

 その食費を稼ぐため、女性でも出世できると噂の無惨の会社に応募したのである。彼女の実家は、少なくとも蜜璃の食費で傾く事はない程度に裕福ではあったのだが、家族に負担をかけ続ける事を蜜璃本人が善しとはしなかったのだ。

 

 そして採用された事で食費については何とか目途が立ったが、蜜璃は怖かった。“普通ではない”自分を()()()()()もらえるかどうか、怖かったのだ。彼女は前衛的な髪色に167㎝という長身も相まって、これまでのお見合いは全て破談しており、それが軽いトラウマになっていたのである。

 

 だがこの会社では、怪力は珍しくないという。紹介された社員(鬼)たちの髪色が大概カラフル*1だった事もあり、ここなら自分を隠さなくても受け入れてもらえるかもしれないと、彼女は希望を見出していた。

 

 一方獪岳は、呼吸法も使っていなさそうなのに鬼と比較になる腕力とはどういう事だと戦慄していた。空木たち下弦は弱いがそれでも鬼は鬼。単純な力なら非常に強く、鍛えていない人間が勝てるような存在ではないのである。

 

「…………ま、俺が考えるこっちゃねえな」

「え? なぁに?」

「いや、何でもない。あんま遅れるのも良くねえから乗ってくれ」

「はいっ!」

 

 獪岳は蜜璃を促し車に乗り込む。このように余計な事に首を突っ込まない賢しさも、無惨が気に入っている所以であった。

 

 それでも疑問に思う事は止められない。こいつの身体どうなってるんだろうなあと考える獪岳と、受け入れてもらえるかもと浮かれる蜜璃の凸凹コンビは、隣り合って車に乗り、取引先へと向かっていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)の場合(岩柱・大正)

 

 

「その……行冥さん」

 

 獪岳がおずおずと行冥に話しかける。いつになくしおらしい獪岳の後ろには、行冥が引き取り育てている子供たち――といってもそれなりの年になっている者も多いが――が揃っていた。

 

「どうしたんだ、皆揃って……」

「今日は皆から行冥さんに贈り物があるんだ」

「贈り物……?」

「師匠、お願いします」

 

 首を捻る行冥の前に、黒死牟と鳥兜が姿を現した。行冥は知らない者の気配に首を捻る。

 

「黒死牟殿と……そちらは?」

「医者だ……」

「初めまして、鳥兜と申します。ご紹介に与りました通り、医者をしております」

「医者……」

 

 驚いたような顔を見せる行冥に向け、獪岳が口を開く。

 

「俺の勤めてる会社には、医者もいるんだ。本当なら高くて俺には払えないんだけど、社長がお前なら割り引いてやってもいいって言ってくれて、寺の皆もお金を出してくれたから、それで……」

「ひょっとして、以前に言っていた“腕のいい医者”というのが……」

「その弟子にあたる者だが、腕は確かだ……。良き子を持ったな……」

「お、おお……!」

 

 行冥はだばだばと滝のような涙を流す。彼は2mを超える図体に似合わず、非常に涙もろいのだ。身体中の水分を流し尽くさん勢いの彼に、鳥兜が問いかける。

 

「聞いてはいますが一応確認しておきます。その目は生まれつきではなく、病気でそうなったというのは間違いないですね?」

「その通り……見えていた頃の事はあまり覚えていないが、見えていた事は覚えている……」

「結構。それなら治ります。では早速かかりましょう」

「今すぐか?」

「ええ、早い方がいいですからね」

 

 一時的に鬼にして病気や怪我を治し、人間に戻す。珠世が続けて来た治療法は、鳥兜にしっかりと受け継がれていた。今は『飢餓感を抑え、理性を保たせる薬』も開発されているので、安全性も上がっている。鬼化の直後は大量に食べなければならないのは変わっていないが、その程度は大した問題ではない。

 

 しばらくの後。治療は無事に終わったが、行冥は自身の目で獪岳たちを見る事はしばらく叶わなかった。何故なら、次から次にあふれ出る涙によって視界を塞がれていたからだ。

 

*1
純日本人でも鬼になると髪色が変わる場合がある。猗窩座は赤毛、堕姫は銀髪、妓夫太郎は黒と緑のツートンカラー。



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小ネタ集その二

〇継国縁壱のその後(戦国)

 

 

「どうしたものか……」

 

 継国縁壱は道を歩いていた。肩を落とし、頭を悩ませながら家への道を歩いていた。日の高いうちから家への道を歩いているのは他でもない。鬼殺隊士連続殺害犯にして、(少なくとも建前の上では)鬼殺隊が追いかけている鬼の始祖を仕留めきれず逃した(かど)で、鬼殺隊を追放されてしまったためだ。

 

 切腹しろという声もあったが、それはお館様の一声でなくなった。だが、先代のお館様が謎の襲撃犯に殺害され、急遽お館様となった当代産屋敷は弱冠六歳。そんな子供に庇わせてしまったのが心苦しい。ごく少数庇ってくれた隊士たちもいたが、彼らの献身に報いる事が出来なかった事に心が痛む。

 

 そして何より、首になってしまった事に困っている。『神に愛された』だとか『剣の天才』だとか言われていても、生きていくのに金は必要なのだ。人間は心が苦しくても死なないが、生活が苦しくなると死ぬのである。

 縁壱一人だけならそこまで困りはしないが、妻も子もいる身。貯えはあるとはいえ、収入源が消えたのは厳しいのであった。

 

「……どうしたものか」

 

 そうやって困っている間に、家に着いてしまっていた。少しばかりためらうが、こうしていても仕方ないと引き戸を開ける。ちょうど昼餉だったようで味噌汁の香りがふわりと広がり、久しぶりに顔を合わせる妻と子が目を丸くして縁壱を出迎えた。

 

「お前様?」

「とーちゃん?」

「ああ……今帰った」

 

 妻が一人に三歳くらいの男児が一人、そしてすやすやと眠る双子で女子の赤子が二人。これが縁壱の家族である。剣神とまで謳われる男にしては、ごくごく普通の一家であった。

 

「こんな時間にどうしたんじゃ? 帰るのはまだ先だと聞いとったが……」

「その……だな……。……実は、鬼殺隊を首になってしまった」

「あれまあ」

 

 妻の()()は、茶碗と箸を持ったまま、その黒曜石のような瞳を見開く。何を言われるかと縁壱が内心慄いていると、彼女はふわりと微笑んだ。

 

「なら、もう戦には出なくていいんじゃな」

 

 縁壱は呆けたように妻の顔を見た。縁壱が何かを言うその前に、子供が腰に飛びついて来た。

 

「おかえりとーちゃん!」

「ああ……ただいま」

 

 子供の頭を撫でる縁壱に、うたは言葉を重ねた。

 

「お前様は戦いというものに向いていないからなあ。強いとは聞いているが、それでもやっぱり心配だったんじゃ。もう戦わずに済むのなら、その方がええ」

「…………ああ………そうかもしれないな」

 

 縁壱自身は人を殺さないようにはしていたが、それでも剣は振るわねばならない。人を打ち付ける感触は耐えがたく不快だったし、仲間が殺すのも殺されるのも苦しくて仕方なかった。

 

 人を殺す事を助長するようで、本当なら呼吸法もあまり教えたくはなかったが、立場として上の者からの命には逆らえない。加えて『仲間と敵の命どちらが大事なのだ』と言われてしまえば是非もない。

 

 かといって、自分から鬼殺隊を辞める事は出来なかった。妻と子供を養うにはどうしたって米やら金銭やらが必要だし、鬼殺隊の払いは良かったのだ。縁壱には一家の長としての立場と責務がある。これを放棄するのなら、家族を持つ資格はない。

 

「何か心残りでもあるのか?」

 

 突然妻からかけられた言葉に、子供をなでる縁壱の手が止まる。

 

「…………うたに隠し事はできないな」

「お前様が分かりやすいだけじゃ。それで、何があったんじゃ?」

 

 縁壱は大きく息を吐いて話し始めた。鬼の始祖、鬼舞辻無惨を取り逃がした話と、久しぶりに出会い、そして別れも言えなかった兄、継国巌勝の話を。

 

「はあ……鬼と来たか……」

「嘘ではない」

「いや疑ってはない。信じがたい話ではあるが、お前様がそう言うならそうなのじゃろう。それで、お前様はどうしたいのじゃ? その鬼を追いかけたいのか?」

「それは……」

 

 初対面だったにもかかわらず、『私はこの男を倒すために生まれて来た』と確信するほどの相手だった。あの時仕留めきれなかった事に、忸怩たる思いはある。あの後、兄が鬼舞辻無惨に殺されたであろうと聞き、その思いはますます強くなった。今でも倒したいという気持ちはある。

 

 だが、探す手段がない。お館様曰く、『鬼舞辻無惨はおそらくとても用心深い。こうなった以上は、縁壱が寿命で死ぬまで隠れ続けるだろう』との事だった。

 

 そして実際、あれから隊士への襲撃はぴたりと止んだ。それ自体はとても喜ばしい。だが同時に、無惨を探す手段が失われたという事でもある。となれば縁壱が無惨を見つけ出す事はまず不可能だ。いくら剣が強かろうが、戦えないのではどうしようもない。

 

「……そうしたいと思う気持ちはある。だが、お前たちを置いていく訳にはいかない」

「そうか。なら諦める事じゃな」

 

 うたは夫の懊悩をばっさり切り捨てた。一刀両断だった。あまりの切れ味に、縁壱の目が点になった。

 

「どうしようもないのじゃろ? ならそれは、もうお前様の手を離れたという事じゃ。神仏のお導きだとでも思って諦めるしかなかろうよ」

「…………そう、か」

 

 頭に浮かぶのは兄の姿だ。無惨に殺されたというのならせめて仇は討ってやりたかったが、それも叶わない。返す返す慙愧に堪えないが、時を戻す術などない。どうにもならない事はどうにもならないのだ。

 

「もう私には、どうしようもないのだな」

「そういう事じゃ。それとも、私達を放って探しにゆくか?」

「それは出来ない」

「それならこの話はおしまいじゃ。何、お前様のおかげで貯えはある。しばらくは畑仕事だけでもどうにかなるじゃろ」

 

 縁壱は妻を見る。話の間も食べ続け、満腹になって眠ってしまった長男を見る。すやすやと寝息を立てる、双子の赤子を見る。

 

 鬼殺隊を辞めさせられても、兄を亡くしても、仲間を失っても。その手に残ったものは確かにある。ならば残ったものを、家族を守らねばならない。それに比べれば、無惨を追いかける事など全くもって重要ではない。

 継国縁壱は、復讐者としてではなく、夫として父として生きる事を選んだのだ。

 

「――――」

 

 縁壱はもう一度家族を見回すと、己のすべき事を強く胸に刻み込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇玉壺の芸術(明治)

 

 

「失礼します。玉壺さん、お皿受け取りに来ました」

 

 無限城。玉壺の工房に、鳥兜(とりかぶと)が皿を受け取りにやって来た。玉壺は壺作りの傍らで、薬作りに使う小さな皿も一緒に焼いているのだ。

 

「そこに出来ておりますよ」

「ありがとうございます――――相変わらず良い出来ですね、俺ではこうはいきません」

「ヒョッヒョ、まあ余技というところですかな」

 

 玉壺は『芸術家』を自称しているが、このような『芸術』には遠い実用品の作製でも、特に不満はないようであった。もちろん無惨の命令なので、不満があってもなくても関係はないのであるが。

 

「……ところで鳥兜、少々見て欲しいものがあるのですが」

「珍しいですね、何ですか?」

 

 おもむろに玉壺は、隅に置かれていた何かの上から布を取り去る。現れたものを見た鳥兜が息を呑んだ。

 

「これは……」

 

 それは、陶磁器で出来た人形だった。死体を模したそれは、よく見ると細部の作りが甘く、“作り物”という感じが拭い切れなかったが、それでも奇妙に迫力があった。

 

「……まだ発展途上、というところでしょうか?」

「やはり分かりますか……」

「ええまあ……でも、凄みというか妖気というか、そういうものは感じます。直接死体を使うよりこっちの方が良いと思いますよ」

「そ、そうですかな?」

 

 少し嬉しそうな玉壺に対し鳥兜は一つ頷き、話を続ける。

 

「こう言うのはなんですが、死体を使った作品で『死』を感じさせるなんて誰でも出来ますからね。でも陶器で人形を作って『死』を感じさせるのは誰でもは出来ません。こっちの方が制作者の腕を感じられます」

「ほう……やはり鳥兜に聞いて正解でしたな。参考になります」

 

 真面目な鳥兜と、自分の作品には真摯な玉壺は割と相性が良く、こうして『芸術』について話す事もしばしばであった。と言っても鳥兜は芸術に造詣が深いわけではないので、あくまで一般的な知見からの意見であったが。

 

「それに、これなら壺と同じように売れるかもしれません」

「未完成な代物を売る気はありませぬが……」

「分かってますよ。完成したら、という事です。こういうのを好む人は少ないですが、一定数はいますからね。俺にも何人か心当たりがあります」

 

 鳥兜は珠世と共に医者として活動する事があるので、その客である金持ちの事も多少は知っている。いつの世にも変わった感性の持ち主は存在し、趣味のためなら大枚を叩いても構わないという趣味人もまた存在するのだ。

 

「ほう……壺に続いて私の作品が評価される……。とてもいいですな」

「でも問題もあります。まずは大きさですね。これだけ大きいと運ぶのも飾るのも大変ですから、いくら良いものでも中々売れません」

「むぅ……」

 

 これは骨董だとよくある事で、仮に本物の美品であっても、サイズが大きすぎると良い値はつきにくい。例えば2mを超えるサイズの壺など、一般家庭では置き場所に困るだけである。

 

 玉壺の『芸術』は人間を模しているものなので、ポーズにもよるが最低でも1mにはなるだろう。おまけに陶磁器なので脆く壊れやすい。見事に高値がつかない条件を満たしている。

 

「小さいものを作るなら、そういう問題はなくなりますが……」

「むむ……未だ未完成だと言うのに、小さくすればさらに難易度が上がってしまう……。それは看過できませぬな」

「そういう事だと、注文を受けたらその都度作る、という形の方がいいかもしれませんね。いくつか先に作って写真に撮っておけば見本にもなります」

「ふむ……」

「他は……陶芸じゃないですけど、絵なんてどうでしょう。最近は南蛮の画材も出回っているようですし、昔より選択肢は多くなってると思います」

 

 江戸末期から油絵は僅かながら入って来ていた。明治には油絵を教える学校も生まれ、市民権を獲得しつつあった時代だと言える。尤も画材の値段は現代の比ではないが。

 

「絵か……それもまたよし。しかし当面はこちらに集中したいので、形になってからになりそうですな」

「そうですか……では俺はそろそろ行きます」

「ええ、ではまた」

 

 鳥兜は皿の入った箱を持ち上げると一礼し、玉壺の工房を後にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇鬼の目にも涙(大正)

 

 

「いける……はずだ」

 

 無惨は森の中で、日陰になっている場所から外側を睨んでいた。そこはぽっかりと空いた空き地で、太陽光がさんさんと降り注いでいた。

 

 日光克服薬は完成した。実験も終わっており、鼠でも人間の鬼でも効果を発揮している。理論上では、鬼の始祖たる無惨にも効くはずである。だが、鬼の日光を恐れる本能と千年にも渡る習慣は、そう簡単に克服できるものではなかった。駄目ならすぐに日陰に戻れば良いと分かっていても。

 

「無惨様……」

 

 そんな無惨を、妓夫太郎と下弦の鬼たちは後ろから心配そうに見つめていた。彼らも無惨と共に作った薬に自信が無い訳ではない。だが無惨は生半な毒などあっという間に分解解毒してしまう。薬と毒が本質的には同じものである以上、心配になるのも無理のない事であった。

 

「……ええい!」

 

 いつまでもこうしてはいられぬと、無惨は陽光の下に踏み出した。視界が白く塗り潰され、肌に熱を感じた。だがそれだけだった。

 

「……!」

 

 即座に眩しさに慣れた眼には、太陽に照らされた自らの腕が映っている。鬼の身を黒く灼き骨まで焦がし尽くすはずの太陽の光は、一切の影響を無惨に与える事はなかった。無惨が、日光を克服した瞬間だった。

 

「お、おお……!」

 

 見上げた空には、太陽が眩しく白く輝いていた。千年ぶりに見る日輪は、無惨の心を強く揺さぶった。空は青くよく晴れているのに、どこからかぽつりと水滴が地に落ちて染みを作った。

 

「無惨、様……?」

 

 部下の声が耳に入らなくなるほど、無惨は感動していた。それこそ、自らの状態に気が回らなくなるほどに。

 

「無惨様! 大丈夫ですか!?」

 

 常にない珠世の大声に、はっと気が付き目を強く擦って向き直る。鬼の再生能力は陽光下でも問題なく働き、無惨の眼はいつもの姿を取り戻した。

 

「薬に何か不都合でも……!?」

「いや、問題ない」

「そ、そうですか。それなら良いのですが……」

 

 無惨の後ろに来ていた珠世が心配そうに言う。彼女は無惨に先駆け、自らの身体で日光克服薬の実験を行い、一足先に日光を克服していたのだ。自分の身体を実験台にするのは、研究者によくある事である。

 

「確かに、きちんと効果は出ていますね。短期的に問題がないとなると、今度は長期的に見ていく必要がありますね」

「そうだな。…………ある意味において人間に近づく、だったか?」

 

 誤魔化すように振られた話題だったが、それに気付かなかったのか見て見ぬふりをしたのか、珠世は説明を始めた。

 

「はい。『鬼を人間に近づける事で日光を克服する』というのがこの薬の開発思想です」

 

 人間化薬の効果を上手く弱める事で、全部ではなく一部だけ人間に近づけ、人間の持つ日光耐性を鬼の身に取り戻す、というコンセプトである。

 

「それは現在のところ上手く行っているようです。ですが無惨様はすでに『人間と同じものを食べられるようになる薬』も使用されてますので、より一層人間に近づくものと思われます」

「前も聞いたがもう一度聞いておこう。予想される問題は?」

「人間に近づく訳ですから、鬼としての特性が失われる可能性はあります。具体的には寿命や怪力、再生能力や血鬼術等ですね」

「む……」

 

 分かってはいたが、改めて言われると無惨としては愉快ではない。無惨は永遠に生きたいのであって人間に戻りたい訳ではないし、弱体化したい訳でもないのだ。

 

「しかしこれは勘ですが、そこまでの影響は出ないと思います。精々、人間を食べようと思わなくなる、程度のものではないでしょうか。もちろんこの後経過を見ていく必要はありますが」

「その程度なら問題はないと言って良いだろうな」

 

 無惨は人喰いに拘りはない。他に喰うものがなく、人間を喰えば強化されるから喰っていただけだ。実際、人間以外も食べられるようになったここ数百年は、人間を喰ってはいない。そんな事をしなくても、部下が食事を用意していたからだ。

 

「それでも、問題が出るかもしれぬのは確か……だが……」

 

 無惨はメリットデメリットを頭の中で考える。珠世は心得たもので何も言わない。しばらくの後無惨は頭を上げ、指示を出した。

 

「よし、日光克服薬を量産しろ。全員に服用させる」

「畏まりました。……よろしいのですね?」

「ああ。問題はあるかもしれぬが、それ以上に利が上回る」

 

 弱体化の可能性がある以上、産屋敷と鬼殺隊を壊滅させた後に使う方が無難ではある。だが太陽という即死要因がなくなるのは大きいし、日光を克服するという事は日輪刀も克服するという事にも繋がるかもしれない。日輪刀が鬼を殺せるのは、『日光を吸い込んだ特殊な鉄』で作られているためだからだ。

 もちろん確証はない。だがそれを抜きにしても、多少のリスクを覚悟してでもやるべきであると無惨は判断したのだ。

 

「では、そのように」

「それが終わる頃には鳴女も命令を果たしているだろう。ようやく鬼狩りも片付く」

 

 千年の面倒ごとが片付く予感に、無惨は機嫌よく口角を吊り上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇黒死牟(大正)

 

 

 それは、黒死牟が獪岳に剣を教え始めて数年経った頃の事。

 

「では、今日から本格的に教えていく……」

「はい!」

 

 これまでは獪岳が幼子であった事もあり、剣を教えると言っても、基礎の基礎のみしか教えていなかった。それも厳しくはあったが激しくはない、()()()()の鍛錬である。

 だがそれなりに基礎は修め、身体も出来てきたと判断した黒死牟は、今日からは本格的に呼吸法と剣を教えていこうとしていた。

 

「呼吸には様々な種類があるが……私が教えられるのは月の呼吸のみ……。だが、お前の適性は月ではなく……おそらくは雷……。合わぬ呼吸では……極める事は難しい……。それでも構わぬのか……」

「師匠とおなじのがいいです! 俺もあの三日月をつかってみたいです!」

 

 間髪入れずに返された返答に、黒死牟の瞳が細くなる。昔の自分を、縁壱の剣をどうしても使いたくて、家を出てまで鬼殺隊に入ったかつての自分を思い出したのだ。懐かしさに心なしか声も弾む。

 

「そうか……。お前には、そちらの方がいいかもしれぬな……」

 

 獪岳は『相手に踏み込むのが怖い』のではないかと黒死牟は薄々勘付いていた。人間関係ではなく戦闘の話である。剣というものは、相手に踏み込み近寄らねば攻撃は出来ない。だが近寄ればその分反撃も受けやすくなる。それが怖いのではないか、という事だ。

 

 それそのものは真っ当な感覚であり、黒死牟も責めるつもりはない。だが、雷の呼吸の壱の型は、相手に思い切り踏み込んでの居合一閃であり、それが全ての型の基本だ。獪岳に合っているとは考えにくい。適性があっても気質に合っていない、とも言える。

 

 翻って月の呼吸は、運用が固定砲台に近い。技は高威力かつ広範囲で、何も考えずに繰り出しているだけでも並の相手では手も足も出ない。近づかれても、斬撃に纏わりつく小さな三日月が間合いを狂わせる。紙一重で攻撃を見切れるような達人であるほど、その効果は大きくなるだろう。

 

 黒死牟が三日月に実体を持たせているのは血鬼術によるものなので、教えても同じようには出来ないだろうが、やりようはない訳ではない。

 

「自らに合わせ、呼吸を変えていくのもよくある事……。月の呼吸が合わぬと思えば、別の形にするのもいいだろう……」

「はい!」

「いい返事だ……だが、その前に」

 

 黒死牟は振り返り、木の陰を見据えた。

 

「何用だ……」

 

 獪岳は怪訝な顔になるが、そこから人が出て来たのを見て驚いた。それは二十代半ばの女性で、“凛とした”という言葉がぴったりくるような雰囲気を纏っていた。彼女は二人に向き直ると、深々と礼をしてみせた。

 

「大変失礼いたしました。渡辺美雪と申します」

「私は黒死牟……これは獪岳……。先程から見ていたようだが、何か用でもあるのか……」

「ええ。実は私は、三日月流剣術の師範でして」

「ほう……?」

 

 その言葉に黒死牟が感じたのは、納得と疑惑だ。三日月流とは、黒死牟のかつての弟子が興した剣の流派。即ち、月の呼吸そのものだ。黒死牟が獪岳に月の呼吸を教えている事は特に隠していないし技を見せる事もあったため、噂になっていてもおかしくはなく、それを師範が見に来る事もおかしくはない。

 

 だがそこで妙な事がある。目の前の女性は、師範と言うほど強そうには見えなかったのだ。とは言え黒死牟は大人なので、とりあえず彼女の話を聞く事にした。 

 

「この辺りで三日月流を子供に教えている剣士がいる、と聞いてやって来た次第です」

「そのためだけに、わざわざか……?」

「その辺り、少しばかり事情がありまして……出来ればで良いのですが、話を聞いて頂けないでしょうか」

 

 深々と頭を下げる彼女に、師弟は思わず顔を見合わせた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 獪岳の訓練の終了後。黒死牟と美雪は、寺の一部屋を借り話をしていた。

 

「道場破りか……」

「はい……」

 

 彼女の用件というのは単純だった。他の剣術道場から得た情報からして、道場破りが来る可能性が高いので、それに対抗できる者を求めて噂だけを頼りにここまで来た、という事だった。

 

「勝てる者は……おらぬのか……」

「…………兄なら、道場を継ぐ予定だった兄なら勝てたでしょう。しかし……」

 

 折悪しく、数年前に父親と共に事故で亡くなってしまったとの事。兄はもう一人いるが、軍人なので簡単には抜けられない。他は美雪よりも年下の妹のみで、当然この件では役に立たない。

 

 美雪本人が師範なのは血筋によるものなので、実力には期待できない。一応剣は学んでいるが、門下生の方がまだマシで、その門下生も道場破りには勝てないであろうとの事。要するに状況は詰んでいた。

 

「ですが、貴方ならきっと勝てます。あそこまで流麗な三日月流は見た事がない。うちの道場で貴方を見た事はありませんが、それも些細な事。どうか手を貸して頂けるよう、切にお願い申し上げます」

 

 言うと同時に美雪は額を床につけた。黒死牟が頭を縦に振るまで不動の構えだった。それを見た黒死牟は、大きく息を吐いた。

 

「よかろう……だが、今回だけだ……」

 

 鬼殺隊殲滅が目の前に見えているこの時期、本来ならばそんな暇はない。だが、かつての弟子が興した流派が潰える瀬戸際と聞けば、黒死牟にも思うところはある。

 

 らしくない事をしているという自覚はある。こんな事をしている場合ではないという思いもある。だが、大した手間でもなかろうと、黒死牟はそれら全ての感情に蓋をした。

 

「十分です。ありがとうございます。では報酬は私という事で……」

「いらぬ……」

「道場もつけますよ」

「いらぬ……」

「私と結婚して師範になりましょう。その強さなら皆も認めるでしょうし、道場も安泰です」

「ええい、にじり寄って来るな……!」

「お願いします、もう行き遅れと言われるのは嫌なんです」

 

 大正時代、女性の平均初婚年齢は21~22歳である。平均寿命が現代より短く、乳児死亡率も高かったので、早く結婚して多く産まなければならなかったのだ。

 

「父と兄が亡くなり結婚どころではなく、私の結婚相手は道場の跡継ぎになる可能性が高いので、下手な者と結婚する訳にもいかず……ですが貴方なら十分以上です。さあ結婚しましょう」

「お主の事情ではないか……! 婿は他所で探せ……!」

「そこを何とか」

「何ともならぬ……!」

 

 大阪のおばちゃんばりの腰の強さで、道場破りと後継者と自身の結婚という全ての問題をまとめて解決しようとする美雪に、黒死牟の顔が渋面になった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「今日は、ありがとうございました」

 

 後日。首尾よく曇天だったため黒死牟が動く事に支障はなく、黒死牟が動ける以上道場破りがいかに強かろうが関係はない。当然のように道場破りを鎧袖一触で破った黒死牟に、美雪が深々と頭を下げていた。

 

「構わぬ……」

「ではお礼に私を……」

「いらぬ……!」

 

 顔を上げた美雪はむむむと唸るが、黒死牟の意思が硬い事を見て取ると、息を吐いて話題を変えた。

 

「ところで、うちは三日月流初代の子孫です」

「それがどうした……」

「故に、初代の書き残した文書も残っています。曰く『我が三日月の剣、六つ目の鬼より伝授されしものなり。鬼は黒死牟と名乗りき。生涯懸け剣を磨くも、我が師には遠く及ばず。師とその主のお力になれざりきが、終生の心残りにて候』

 

 美雪はじっと黒死牟を見る。黒死牟は人間に擬態したままだったが、美雪は確信をもって口を開いた。

 

「貴方が、『六つ目の鬼』ですね?」

「あやつめ……」

 

 黒死牟は今は遠い己が弟子に、苦笑とも悪態ともつかない感情をこぼすと、擬態を解いた。現れるのは記録のままの六つの瞳。美雪の目が大きく見開かれた。

 

「やはり……」

「私が鬼だと知って……声をかけたのか……」

「ひょっとしたら、とは思っていました。ですが確信したのは今日です。あそこまで頭抜けて強い同名の三日月流剣士となれば、それ以外思いつきませんでしたから」

「そうか……」

 

 何にせよ用事は済んだと黒死牟は立ち上がろうとするが、美雪の言葉で動きが止まった。

 

「という事で結婚しましょう」

「待て……どうしてそうなる……?」

 

 珍しく混乱している黒死牟に向け、美雪はふふんと胸を張ってみせた。

 

「鬼に美女を献上するのはこの国の伝統です。その結果として道場の跡継ぎと私の結婚相手が出来るのなら、何も問題はないではありませんか」

「私にとっては問題しかないが……」

 

 図太い上に面の皮が厚い女である。このままでは妙な約束でもさせられかねぬと嫌な予感を覚えた黒死牟は、勢いよく立ち上がった。

 

「ともかく、道場破りは倒したのだ……。私はこれで失礼する……」

「ああっ待ってください、せめて師範代の座を――」

「失礼する……!」

 

 いつでも歓迎しますからねーという声を背に、黒死牟は道場を離脱する。獪岳に剣を教えているのは知られているため、また寺に来られるかもしれなかったが、この時の黒死牟はそこまで考えが及ばなかった。

 

 なおその後、話を聞いた空木が『門下生を増やして軍や警察に送り込めば、黒死牟を通して無惨の影響力を強く出来るのでは?』と思いつき、無惨が許可を出したせいで、また来る羽目になってしまった模様。

 



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小ネタ集その三

〇鬼たちの女子会(平成)

 

 

 無限城の一室にて、女の鬼たちが集まり、料理をつまみビールを喉に流し込んでいた。

 

「ぷっはぁー! いやーやっぱビールは最高ね! いい時代になったもんだわ!」

 

 実におっさんくさい動作と言動を垂れ流しているのは馬酔木(あしび)だ。100%植物から出来ている酒類は、本来ならば()()である鬼の口には合わない。しかし今生きている鬼は無惨以外全員、鬼になった瞬間から『人間と同じものを食べられる薬』を服用しているため、人間の頃とあまり感覚は変わっていない。

 要するにこの女、人間の時分から飲兵衛だったのである。

 

「アンタねえ、酔いもしないのに何がそんなにいいの? お酒なんて苦いだけじゃない」

 

 空木(うつぎ)が呆れた目を馬酔木に向け、普段よりも砕けた口調で喋る。彼女は全く酒を飲まないので、何が美味しいのかさっぱり分からない。鬼はアルコールも端から分解してしまい酔わないので、彼女にとっての酒は単なる苦い水である。

 

「この味が分からないなんてお子ちゃまね!」

「酒の味が分かる事が大人ってのもどうかと思うわ」

「細かい事はいいのよ! ねえ梅ちゃん?」

 

 会社では『謝花(しゃばな)梅』の名で働いており、最近では同僚にもそちらで呼ばれる事の多い堕姫は、困ったような顔で返した。

 

「うーん、私はあんまり好きじゃないけど……ビールより清酒の方が良いわ」

「ほら!」

「いや何がほらなの? 鬼の癖に酔ってんの?」

 

 女三人寄れば姦しいを見事に体現する彼女達を、一つ目がこれまた困ったような顔で見つめていた。

 

「あの、何故ここで……?」

 

 瞳に『上陸』と刻まれた、上弦唯一の女性である鳴女だ。会社と無限城を繋ぐ、彼女の血鬼術で固定化された『襖』を通って来たと思ったら、何故か目の前で酒盛りを始められてしまった。余りの手際の良さに何も言えず、流されるままに参加する事になってしまったのである。

 

「女子会よ!」

 

 答えにならない答えを言い切る馬酔木に、鳴女は何も言えなかった。彼女は曲者揃いの上弦の中では、比較的常識人なのだ。押しが弱くて苦労人気質とも言う。

 

「女子会ね……ちょいちょいセンスが古いアンタにしちゃ珍しく、流行りに乗って来たわね」

「何言ってんの空木、このナウなヤングの私が古いとかある訳ないじゃん!」

「言ってる傍から古さがぽろぽろ出て来るのは逆に凄いわ。ナウもヤングも四十年くらい前の流行だからね?」

「えっ?」

 

 鬼になると時間感覚が狂うのかもしれないが、最も長生きしている無惨は割と流行に敏感な節があるので、馬酔木が特に疎いという事なのであろう。

 

 ビール片手に固まる馬酔木をフォローすべく、堕姫が慌てたように口を開いた。

 

「ね、ねえ、女子会って何すればいいの?」

「え、そりゃあ……何かの話?」

 

 どこかで聞きかじったものをそのまま口にしただけなのか、馬酔木の女子会についての認識はだいぶ雑であった。当然のように空木に突っ込まれる。

 

「話って何のよ」

「うーん……仕事の話とか?」

「会社でいつもしてるじゃない……」

「じゃ、じゃあ、皆が鬼になった時の話とか?」

 

 空木と馬酔木はマジかこいつ、という顔で提案してきた堕姫を見つめる。堕姫より先に鬼になっていた二人は、彼女の事情を大まかに知っているのだ。知らない鳴女は雰囲気の変化に内心で首を捻っていたが、何も言わなかった。

 

 ちなみに無惨は、配下の鬼なら人間の頃の記憶を思い出せないように出来るが、彼女達は皆自分から鬼化を望んだので特にそういう事はしていない。尤も彼女達が人間だったのは百年以上前の事なので、時間経過でかなり忘れているのだが。

 

「あー……まあいいわ、んじゃ私からね」

 

 堕姫が良いならまあ良いか、と言わんばかりに口火を切ったのは空木だった。

 

「と言っても大した事でもないのよね……。私昔は親がいなくて孤児だったんだけど、ちょっとヘマして死にかけて、そこを珠世様が助けてくれたってだけ」

 

 口調は軽かったが中々に重い話だった。とはいえこの程度で怯むような者はここにはいない。共感するように馬酔木が深く頷いた。

 

「分かるわー。子供だとどうしてもヘマはしちゃうし、立て直しも利きにくいのよね」

「あれ、アンタも孤児だったんだっけ? 親がいたとか言ってなかった?」

「まあいるにはいたわ、結構大きな商家の娘だったのよ私」

 

 意外な言葉に目を瞬かせる空木と堕姫。その割に流行に疎すぎるんじゃない? という言葉は二人の口から出る事はなかった。武士の情けである。

 

「でも店が潰れちゃってね……売り飛ばされかけたところを逃げ出して、そっから孤児暮らしよ。兄弟はどさくさで行方不明になるし、親戚どもは掌返して邪険になるしで役に立たないしさ」

「あー、だからアンタ品があったのね。そういう動作の慣れって言うか、習慣になってる身体の動きって中々変えらんないからね。矯正には苦労したわー」

 

 食事のマナー、歩き方、喋り方。そういった日々の細かいところに育ちは出る。現代日本人なら意識などせずとも当たり前に出来るような事も、教育を受けてこなかった孤児にとっては難しい。矯正したと言うのならば、そこには多大な労苦があった事だろう。

 

 ついでに言うのならば、貧しいから清いという事は全くない。もちろん清く生きている者もいるが、衣食足りて礼節を知ると言うように、やむを得ずに盗みに手を染める者もいるのだ。現代よりも豊かとは言い難い時代で、教育者がいない孤児なら尚更に。

 

 そしてそのような者は、保護される等して盗みの必要がなくなっても習慣が抜けきらない事がある。もちろんごく一部の話だし、彼女達はそんな愚か者ではなかったからこそ、無惨の眼鏡に適った訳であるのだが。

 

「空木も苦労してんのね……。まあ話を戻すけど、世間知らずの子供がいきなり孤児になって生きていける訳ないじゃん? 当然のようにヘマして殺されかけて、珠世様に出会って鬼にしてもらった、って訳」

「お店は何で潰れちゃったの?」

 

 堕姫の問いに馬酔木は肩をすくめる。

 

「さあ?」

「アンタ自分の家の事でしょうが」

「しょうがないじゃない、当時は子供だったんだから。でも父親は優柔不断の塊みたいな人だったから、そのせいでどっかでポカをやらかしたんだと思うわ」

 

 馬酔木は情けない父親への憂さを晴らすようにビールを流し込むと、コップを机に叩きつけた。

 

「やっぱ男の人は決断力があって頼りがいがないとね!」

 

 誰の事を指しているかすぐに分かった堕姫と空木は、コクコクと何度も頷いた。

 

「うんうん、そうだよね!」

「あー、分かるわそれ。怒るとすっごい怖いけどさ、そういうとこも含めて、父親ってあんな感じなのかなって思うわね」

「うーん、私の父親の印象ってアレだから、父親って感じじゃないのよね……。あえて言うなら……上役?」

「馬酔木アンタねえ……そのまんまじゃない……」

「しょ、しょうがないでしょ! 他に言いようがないんだから! 梅ちゃんはどう見ても惚れてるわよね!?」

 

 どう見ても露骨な話題逸らしだったが、いきなり話題を振られた堕姫は一瞬で真っ赤になった。

 

「ふぇっ!?」

「あー、社員の間でも結構噂になってたわね」

「梅ちゃん美人だし、好意が全く隠れてないからね」

「え、えっ!? ななななんでぇ!?」

 

 知られている事を知らなかったのか、堕姫は分かりやすくうろたえる。一事が万事この調子だからこそ、兄と上司から頭が悪い認定を受けているのであろう。

 

「そ! それよりも! 鳴女さんはどうなの!?」

「はい?」

 

 馬酔木に続いての露骨すぎる話題逸らしだ。いきなり振られた鳴女が間抜けな声を出す。

 

「鳴女さんって何で鬼になったの!? 最初はそういう話だったよね!?」

 

 それなら堕姫の話が先なのではないか、と言わないのが鳴女の押しの弱さである。上弦なので下弦の彼女達より階級的には上ではあるのだが、それを振りかざすようなタイプではない彼女は、堕姫のすがるような瞳に押されて話し始めた。

 

「……私は瞽女(ごぜ)――琵琶法師だったのですが、ある時に無惨様が来られて、『目が見えるようになりたくはないか』と言われ、それで鬼になりました」

 

 一言で終わってしまった鳴女の話に、空木が首を斜めに傾ける。

 

「こう言うのもなんですけど、そんな事言われてよく信じましたね? 琵琶法師だったって事は、目が見えなかったはずなのに」

「まあ、嘘でもいいかなと思っていましたから」

「え、どういう事?」

 

 堕姫が反射的に問いかける。彼女は鳴女には『しっかりした大人』という印象を持っていたので、その言い分が意外だったからだ。

 

「……幼い頃から琵琶と唄の練習ばかりさせられ、盲目のため足元不如意にも関わらず、旅から旅への渡り鳥。そんな毎日に少し疲れてしまっていまして、ここで終わるのならそれもいいかなと」

 

 鳴女はちょうど人生の五月病だった折に、無惨からのスカウトを受けたという事だったようだ。鬼殺隊が壊滅し、鳴女が無限城に詰めていなければならない理由が薄れても、全く離れようとしないのはそれが理由であるらしい。

 身も蓋もなく言ってしまうのであれば、鳴女は引きこもり気質だったという事だ。玉壺と合わせて自宅警備員コンビである。

 

「はー……人に歴史ありなんですねー……」

「そういえば無惨様が『鬼の姿や血鬼術はその心を表す』って仰ってたけど、鳴女さんもそうなのかな?」

 

 感心する馬酔木の横で、堕姫が話題を変える。鳴女はそれに一つ頷くと話し始めた。

 

「おそらくは。この一つ目と眼の血鬼術は『目が見えるようになりたい』、空間移動の血鬼術は『ここではないどこかに行きたい』という心の表れなのでしょう」

 

 前者はともかく、後者は旅暮らしだった鳴女としてはおかしいと思うかもしれないが、こう言い換えれば分かりやすいだろう。『私を縛るものから自由になりたい』と。

 

 そう考えれば、『眼』と『空間移動』という二種類の血鬼術が発現した理由も分かる。鳴女の中では、目が見えるようになる事と自由になる事は同義だったのだ。即ち彼女は、『目が見えるようになれば、ここから逃げる事が出来る』と考えていたという事だ。

 

 なお逃げた先にいたのは無惨()で、フードファイターに転職させられそうになったり人間を喰わされかけたり便利に使い倒されて都合のいい女扱いされたりした模様。

 

「心かあ……馬酔木と梅の見た目は、人間とほとんど変わんないわよね」

「いや、人間の頃と比べるとかなり背が伸びたわ。多分私は、『大人だったらこうはならなかったのに』って思ってたのね」

「私は『もっと綺麗になりたい』かなぁ」

 

 鬼となるに伴い、肉体が子供から大人へと成長した馬酔木と堕姫だが、その理由は各々異なるようだ。馬酔木は孤児時代に感じた、子供が故の無力感への忌避。堕姫は生まれ故郷の吉原における価値観が『美』であった事から。

 猗窩座ほどではないが、人間だった頃の生き方に強く影響を受けていると言えよう。

 

「空木は? あんたは結構鬼っぽいわよね?」

「あー……」

 

 白目は赤く染まり、額には一本角が生え、右頬と額の左半分には虎のような紋様が入っている。知らぬ者が見れば入墨にも見えるだろう。この面々の中では、最も鬼らしい風貌だ。鳴女も一つ目の異形ではあるが、『鬼』のイメージからはかなり離れている。

 

「……私はきっと、鬼に憧れたのね」

「憧れ?」

「鬼は怪我をしてもすぐに治るし、病気にもならない。食べる量は増えたけど、食べるものを手に入れる方法は比べ物にならないくらい増えたわ。昔もこうだったらどんなに良かったか、って何度思ったか」

 

 鬼への憧れ、生への渇望。生きるためには力が必要だ。武力に知力に生命力、並べ立てればきりがなく、その力全てを有する鬼に空木は憧れを抱いたのだ。幸いだったのは、その時にはもうすでに鬼であった事であろう。

 

 だから彼女に現れた紋様は虎に似ている。鬼と言えば虎柄の腰巻だからだ。鬼と言えば虎というのは、鬼門が丑寅(うしとら)の方角であるためなので、角も牛に似てしかるべきだが、そうはならなかった。孤児なので、起源については知らなかったのかもしれない。

 

「それでいかにも鬼って格好になったの?」

「……鬼の身体は強い想いに応える。だからまあ、そういう事なんでしょうね」

 

 空木は言葉を切ると、スルメをむしり取ってオレンジジュースで流し込む。空いたグラスに、馬酔木がビールを勝手にどばどばと注ぎ込んだ。

 

「ちょっと、何すんのよ」

「飲みなさい! 飲んで忘れちゃいなさい!」

 

 空木は文句を言おうとするがそれを飲みこみ、代わりに息を一つ吐き出すとグラスを一気に呷った。

 

「いい飲みっぷりね! さあもっと飲んで飲んで!」

「いやもういいから……いいっつってんでしょうが! 酔わないんだからもういいわよ!」

「遠慮しなくていいから!」

「アンタこれが遠慮してる顔に見えんの!?」

 

 飲ませたい馬酔木と飲みたくない空木で押し合いへし合いしているが、それを見ていた堕姫が目を輝かせて鳴女にぐりんと顔を向けた。

 

「こっちも負けてらんないね! さあ鳴女さんも飲んで!」

「いえ、私は…………」

「飲んで飲んで!」

「その……………………」

「大丈夫こっちはビールじゃなくて清酒だから! さあ遠慮しないで飲んで!」

「…………………………………………ハイ」

 

 邪気の無い笑顔と勢いに押し切られ、何とも微妙な顔で鳴女は杯を傾ける。鬼たちの長い夜は、まだまだ終わりそうになかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇無惨様のパワハラ面接(平成)

 

 

「おや? 社長も来られるのですか?」

「少し気になる事があるのだ」

 

 これから新入社員の面接という時に、珍しく無惨が姿を現した。大企業になった現在、社長である無惨がわざわざ面接をする事はもうほとんどなく、基本的には人間の部下に任せている。それでも顔を見せた辺り、何か確認したい事があるようだった。

 

「ああ、私が出るのはこの一人だけだ。他はお前達に任せる」

「分かりました」

 

 無惨達は面接室に入り、椅子に座って最初の面接者を呼ぶ。分かってはいたがそれでも、その名前を聞いた無惨の眉がぴくりと動いた。

 

「失礼します」

 

 入って来た入社志望者が椅子に座ると、無惨の隣の人事担当者が質問を始めた。

 

「それでは継国陽一さん、当社に入社しようと思った動機を教えてください」

「はい!」

 

 通り一遍のやり取りが交わされるが、無惨は全く聞いていなかった。代わりに見ていたのは、とても聞き覚えのある姓で呼ばれた若者だ。

 

 彼の顔つきは普通だが、髪と瞳が少し赤を帯びている。鍛冶師の間では『赫灼(かくしゃく)の子』と呼ばれ縁起が良いとされる特徴だと聞いた事はあったが、無惨にとってそれはどうでもよかった。

 

 また、耳には“太陽のような模様”の、花札にも似た耳飾りがぶら下がっている。とても珍しい代物だ。千年以上生きている無惨でも、今まで一度しか見た事がないほどに。

 

 名前も身体的特徴も耳飾りも、無惨のトラウマをちくちくと刺激してやまなかったが、さすがにここで暴れるのはまずいという分別はあった。なので無惨は横の人事担当者に目配せをし、頷きが返って来るのを見るや口を開いた。

 

「ここからは私が質問しよう。その耳飾りは何だ?」

 

 無惨はマスコミ等への露出がほぼなく、見た目は若い。なので社長だとは夢にも思わなかった陽一だったが、言葉に出来ない迫力に押されて背筋が伸びた。

 

「そ、祖父の形見です。うちの長男はこれをつけるのが伝統なんです」

「ほう」

 

 無惨から発せられるプレッシャーがさらに強くなり、陽一の額に汗が浮かぶ。

 

「だが、面接の場にはふさわしくないとは考えなかったのか? そのようなものをつけている者がどのような評価をされるのか、想像する事も出来なかったのか? 伝統と我が社のどちらが大切なのだ?」

 

 質問の形を取った正論で責める無惨。百年以上も社長をやっていれば、瑕疵のある若造を咎めるなど朝飯前だ。だが陽一は、冷や汗をかきながらも言い切ってみせた。

 

「仰る、事は、ごもっともです。ですが、これが受け入れられないのなら、その時は仕方がないと思うしかありません」

「ほう」

 

 無惨から発せられるプレッシャーがますます強くなる。これはまずいと見て取った隣の人事担当者は、自身も冷や汗をかいていたが、空気を変えようと質問を飛ばした。

 

「で、伝統を大切にするというのは決して悪い事ではありません。他に何か、受け継いでいるものはありますか?」

「は、はい。うちは、剣の型を代々受け継いでいます」

「それは珍しいですね……折角ですし、ここで見せてもらっても?」

「分かりました」

 

 さすがに刀はないので伸ばした折り畳み傘がその代わりだが、請われるままに陽一が型を披露してゆく。

 

 ――――日の呼吸 壱ノ型 円舞

 ――――日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天

 ――――日の呼吸 参ノ型 列日紅鏡

 ――――日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 ――――日の呼吸 伍ノ型 陽華突

 ――――日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍

 ――――日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身

 ――――日の呼吸 捌ノ型 飛輪陽炎

 ――――日の呼吸 玖ノ型 輝輝恩光

 ――――日の呼吸 拾ノ型 火車

 ――――日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 ――――日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞

 

 まるで精霊が舞っているかのような、美しく幻想的な剣だった。型を見た人事担当者が、感心と感動に息を吐いているぐらいだ。舞い終わった陽一がその説明をする。

 

「壱ノ型の円舞と拾弐ノ型の炎舞を繋ぎ、円環とする事で拾参ノ型とする。それが、うちに伝わる『日の呼吸』という剣の型です」

「ほう」

 

 無惨からのプレッシャーは、すでに鬼気と呼べるものにまで変容していた。千年を超える歳月を生きる鬼の始祖にふさわしい威圧感だった。問題があるとするなら、それを向ける先が未だ大学生の若造だという事くらいである。

 

 無惨の機嫌がここまで悪いのは理由がある。陽一がまず間違いなく縁壱の子孫だと確定したという事もあるが、それはそこまで大きな理由ではない。そも血筋だけで言うなら、黒死牟は縁壱の子孫どころか双子の兄なのだ。血縁だけならここまで機嫌が悪くなりはしない。

 

 原因は今しがたの剣の型だ。記憶に焼き付けられた縁壱の剣と同じものなのである。それだけでもすでに機嫌はどん底だったが、『壱と拾弐を繋いで円環とする』と聞いた時点でその下を行った。何故環にするのか、その意図を悟ったからである。

 

 縁壱と出会った当時、無惨には七つの心臓と五つの脳があった。合計すると十二であり、日の呼吸の型の数と同じである。つまり日の呼吸の十二の型とは、無惨の心臓と脳を斬って殺すための型なのだ。円環になっているのは、無惨は心臓でも脳でも再生させる事が出来るからだ。

 

 要するに無惨は、目の前で自身を殺すための剣を見せられたのである。それはもう不愉快になるに決まっている。ましてそれを見せたのが仇敵の子孫となれば、機嫌は奈落の底であった。

 

「それで」

 

 だが無惨はまだ何とか冷静だった。陽一が大して強いように見えない事、鬼殺隊ではない事、ここで殺すのはどう考えてもまずい事等、要因は様々だったが、一応は無惨も成長しているという事だった。

 

「その剣の型とやらは、我が社で働くに当たってどのように役に立つのだ?」

 

 だが不愉快なのは変わらないので、大人げなくパワハラを続行する事にした。陽一にしてみればたまったものではないだろうが、入社してもいないのに首(物理)になるよりはマシだと思ってもらうしかない。

 

「そ、その……」

 

 物理的な圧力を伴っているのではないかとすら思わせる圧迫感を受け、陽一は身体中にだらだらと冷や汗をかいており、心なしか胃もキリキリと痛んで来ていた。何故ここまで目の敵にされているのか分からず困惑もしていたが、それどころではなかった。

 

「そも、何故その型を受け継いでいるのだ? 何かに使う予定でもあるのか?」

「いえ、そのような予定は……ただ、我が家に代々伝えられて来たものなので……」

 

 面接的にはあまり良い回答ではなかったが、それを聞いた無惨の鬼気が少しだけ和らいだ。陽一がそれに安心する間もなく、パワハラ面接は続けられた。

 

「ほう。つまりお前は、何の目的もなく何も考えず、ただ単に伝統だからというだけの理由で、その剣の型を覚えているのか。目的意識に欠けると評価されるとは思わなかったのか」

 

 難癖にも等しい厳しい言葉と、弱まったとはいえそれでも恐ろしい圧迫感に陽一は涙目である。無理もない、彼は単に日の呼吸を受け継いでいるだけで、戦いどころか喧嘩すらした事のない平成生まれなのだ。無惨の相手は荷が勝ちすぎる。

 

「我が社に限った事ではないが、製薬会社というものは新しい薬を次々に生み出してゆかねばならぬ。つまり創造性というものが重視される訳だが、そこで伝統に拘りすぎるとどうなるのか、考えた事はあるか」

「い、いえ……」

「ほう。製薬会社に入社しようとする者の回答とは思えぬな」

 

 ネチネチと蛇の如く責め立てる無惨だったが、さすがにまずいと思った隣の人事担当者が止めに入った。余波にあてられてこちらも胃を痛めていたが、無惨と付き合いが長いので、多少は耐性があったのだ。

 

「しゃ、社長、その辺りで……あまり変な噂になってもまずいですし……」

「む……」

 

 一昔前なら考える必要はなかったが、平成の今、個人が情報を発信できる方法は爆発的に増えている。仮にインターネットで悪評をばら撒かれれば、どれだけ上手く火消ししても良い影響は及ぼさない。それを理解する無惨は、一旦矛を収める事にした。

 そして陽一の方は、社長と聞いて今までとは違う汗を噴き出させていた。理由は分からずとも、社長に嫌われている事は分かるのだ。いかに楽観的に考えようが、明るい未来は見えてこない。

 

「面接はこれで終わりだ。下がって良い」

「ありがとうございましたッ!」

 

 陽一は猫に追われる鼠のように、尻に帆かけて面接室から逃げ出した。マナー的にはよろしくない行動であったが、それを咎める者はいなかった。

 

 

 後日、陽一の許にそっけない文章の不合格通知が届いた。彼はむしろ合格したらどうしようと気をもんでいたため、ホッと息を吐いた。自身を嫌う社長の下で働くなど悪夢に他ならないのだ、無理もない。

 

 なお無惨としては黒死牟を派遣するかどうか最後まで迷ったが、ここで如何なる形であれ陽一が消える事は好ましくないと判断して見送った。このタイミングで陽一に何かがあれば、一応程度とはいえ無惨の会社に警察が来るのは確実で、それはイメージ的にも実利的にも避けたいからだ。

 

 だがそれは、今でなければいつでも良いという事でもある。鳴女に監視を命じたので見失う事もない。継国一族の命運は、無惨の記憶力と気分に託されてしまったのであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇猗窩座 VS 童磨(令和)

 

 

「そこまで! 猗窩座の勝ちだ!」

 

 無惨の声が無限城に響く。猗窩座と童磨の入れ替わりの血戦が終わったのだ。後ろで見ていた鬼たちは猗窩座に駆け寄っていく。

 

「おめでとうございます猗窩座さん!」

「やりましたね猗窩座さん!」

「ああ……!」

 

 空木たちに囲まれる猗窩座は、嬉しそうな様子を隠そうともしていない。そんな猗窩座のもとに、六つ目の鬼が音もなく近づいて来ていた。

 

「強くなったな……猗窩座……」

「黒死牟……」

 

 猗窩座は喜色を引っ込め、黒死牟を見据えた。以前なら敵意も露に睨んでいただろうが、今はそういう事をする気にはなれず、ただ正面から見つめるだけだった。

 

「私と同じ世界に……至ったか……」

「次はお前だ。俺は必ずお前を倒す」

「そうか……励む、ことだ……」

 

 それだけを言い残すと黒死牟は元の場所へと戻った。無惨が機嫌良さげに宣言する。

 

「では変更する」

 

 その言葉に今まで戦っていた二人に変化が現れる。猗窩座の右眼の『参』が『弐』に、童磨の右眼の『弐』が『参』に。猗窩座が上弦の弐、童磨が上弦の参になった瞬間だった。

 

 一層盛り上がる猗窩座の周囲とは対照的に、童磨の周りには誰一人いなかった。だが童磨はそれを気にする事なく、石川啄木の如く自らの手をぢっと見ていた。

 

「うーん………………」

 

 童磨の敗因は大きく分けて二つだ。まず一つは、単純に力負けした事。

 

 氷の血鬼術は美麗で搦め手も多く強力だが、破壊力という面では猗窩座に一歩劣る。何しろ猗窩座は拳を振るえば衝撃波が出るのだ、何も考えずに氷を出せば全て砕かれておしまいである。

 

 だが童磨はそこまで間抜けではない。むしろ天才と言って良いほど知能が高い。伊達や酔狂で上弦の弐を戴いていた訳ではないのだ。攻撃を()()()くらいは簡単だし、何より相手を凍らせてしまえば拘束して勝てる。ならば、何故そうならなかったのか。

 

 それこそが二つ目の理由。童磨が技を出そうとする直前、そのことごとくを猗窩座が潰して先の先を取り続けたのだ。その結果、童磨は猗窩座に押されて押されて押し切られてしまったのである。

 

 その大きな原因になったのが、猗窩座が目覚めた『透き通る世界』だ。黒死牟と同じこの視界は、服や皮膚を透過して筋肉や骨を直接視認する事が出来る。そのため猗窩座には、童磨がどう動こうとしていたのかが先んじて分かったのだ。

 

 血管の中の血の動きを見れば血鬼術にも対応出来る。加えて、童磨は大抵鉄扇を振るうと同時に血鬼術を発動させるため、察知も容易かった。粉凍りならあまり関係はないが、知られているので効果も薄かったのである。

 

「うーんんん……?」

 

 だが手を握ったり開いたりを繰り返す童磨にとっては、それは大した事ではなかったようだ。いや、いかな童磨でも、負けた事はそれなりに重く受け止めている。だがそれよりも重要な事がある、というだけだ。

 

「猗窩座殿!」

「…………なんだ」

 

 唐突に童磨が猗窩座を呼んだ。呼ばれた猗窩座は嫌そうな顔で、しかし無視する訳にもいかないので顔を向ける。童磨はいつもの屈託のない笑みで、いつもは決して言わないような事をのたまった。

 

「何だか猗窩座殿の事を考えると、胸がドキドキするんだ!」

「……………………は?」

 

 猗窩座は一歩後じさった。無意識の行動だった。

 

 江戸時代出身の猗窩座には、()()()()方面の知識も一応ある。衆道は当時はそこまで珍しくはなかったし、猗窩座は行った事はなかったが陰間茶屋*1もまだ存在していた。

 

 が、猗窩座にそういう趣味はない。あったとしても童磨だけはない。それなら死んだほうが億倍マシである。ドン引きするのも当然だ。他の鬼たちも似たような反応をしていたが、馬酔木だけは何故か感じるかすかな胸の高鳴りに戸惑っていた。

 

「俺はどうやら、猗窩座殿に勝ちたいと思っているようだ!」

「…………そうか」

 

 最悪の事態は免れた事に、猗窩座は内心胸をなで下ろした。他の鬼たちも似たような反応をしていたが、馬酔木だけは何故か感じる落胆に戸惑っていた。

 

「という事で黒死牟殿、俺に呼吸を教えてくれ!」

「…………は?」

 

 脈絡のない――よく考えるとそんな事もなかったが――唐突な言葉に、黒死牟はとても珍しくその六つの目をまんまるにした。黒死牟が童磨の言葉の意味を理解する前に、童磨が再び口を開いた。

 

「呼吸を使えれば身体能力が上がるから、手っ取り早く強くなれるだろう? 鬼になった後でも呼吸を覚えられるのは、妓夫太郎殿が証明してるしね」

 

 呼吸法を修めれば、多少なりとも身体能力が上がる。そうすれば確実に強くなれる。鬼にとってはデメリットも特にない以上、童磨の考えは間違ってはいない。

 

 技に何らかのエフェクトが付随するようになるが、これにも特段デメリットはない。血鬼術で強化しない限り単なる幻だが、別に幻のままでも問題はない。まして童磨はすでに氷の血鬼術を使えるので、身体能力が上がればそれで十分という考えだ。理には適っていると言えるだろう。

 

 ようやくそこまで理解した黒死牟は、困ったような表情で無惨を見た。無惨は名状しがたい複雑な顔をしていたが、強くなりたいと言う部下を否定する事も出来ず、とても嫌そうに一つ頷きを返した。

 

「………………良かろう」

「ありがとう黒死牟殿! 御礼は何がいいだろうか。そうだ、うちの教団の若い子を……」

「いらぬ」

 

 黒死牟は童磨の言をばっさり切り捨て、強い口調で言葉を重ねた。

 

「無惨様のために強くなるのだ……礼ならそれで良い……」

「もちろん! 俺は無惨様の忠実なしもべさ! だから強くなろうとしてるんだよ!」

 

 その言葉に当の無惨は思い切り嫌な顔になったが、何も言わなかった。黒死牟さん手が滑って首とか刎ねてくんないかなと誰かが考えたが、鬼の心が読める無惨は何も言わなかった。

 

「そのために差し当たっては猗窩座殿に勝とうと思ってね!」

「次も俺が勝つ」

「さすが猗窩座殿だ、勇ましいねえ。でも俺も、負けてばかりじゃいられないからね」

 

 笑顔を引っ込め口にした最後の言葉だけには、珍しい事に真剣さがこもっていた。

 

 童磨。知能の高さ故かそう生まれ付いた故か情感が育たず、感情というものを碌に持たない男。(わらべ)のまま(みが)かれた男。だが彼もまた、この二百年で僅かながら成長しているのだ。自発的に猗窩座に勝ちたいと願い、そのために黒死牟に教えを乞うなど、今までの童磨ではありえなかった事だと言えよう。

 

「だから猗窩座殿、俺が勝つまで負けないでおくれよ。俺より下になったりしたら、俺から血戦を挑めなくなっちゃうからね」

「…………」

 

 猗窩座の顔に青筋が浮いた。悪意なく余計な事を言って人を怒らせる童磨の悪癖は、全く治っていないようだった。

 

*1
少年の男娼が売春をする店。客は大体男性。



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小ネタ集その四(一部掲示板有り)・獲得トロフィー一覧

〇掲示板ネタ(令和)

 

 

【ヤバイヤバイ】某巨大製薬会社の新入社員だけど質問ある?【マジヤバイ】

 

1:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 何か質問ある?

 

2:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:uuex1m2po

 2げと

 

3:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:ifq+uE0pD

 ヤバイって何がだ

 

4:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:Jbij+dYQQ

 製薬会社ってどこの?

 

5:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>3

 社長とかの幹部の人達

 マジで人間じゃねえヤバイ

 >>4

 こないだハゲに効く薬を出したとこっていえば分かるか?

 

7:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:Jbij+dYQQ

 ハゲの薬てあの大企業じゃねえか

 

8:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:a4SyXIxpk

 どうせカタリだろ

 

9:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:Jbij+dYQQ

 人間じゃないって何が?顔?

 

11:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:qMqrfQylj

 >>9

 失礼wwww

 

12:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>8

 信じても信じなくてもいいよ

 どうせ掲示板だしな

 >>9

 おまえどうなってもしらんぞ

 幹部の人達怒るとすっげえ怖いんだからな

 人間じゃねえのは体力

 

13:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:uuex1m2po

 体力?

 

14:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 そう体力

 一日中休憩もなしで働いてケロッとしてんの

 徹夜した翌日も寝ずに普通に働いてんの

 絶対人間じゃねえ

 

16:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:ZB36jfhvY

 うそこけ

 

17:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:uuex1m2po

 どっかでこっそり休んでんだろ

 

18:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:KkjWDUsc7

 >>17

 こっそり休む意味とはいったい

 

19:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:WiM5zIYTd

 ブラック企業?

 

20:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:1xxMwG+p2

 >>18

 なんかかっこいいから?

 

22:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:U1ejSCA5N

 >>20

 中二にしてもふわっとしすぎてんぞww

  

24:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>17

 その日は長時間席を外してなかったからそれはない

 昼休みも食堂にいたのをたまたま見てる

 >>19

 ブラックではないと思う

 徹夜はほんとの緊急時だけだし残業代もちゃんと出る

 でも幹部の人達率先してめっちゃ働くからすっげえ休みにくい……

 

25:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:yD0gNlTMM

 忖度残業か

 

26:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:JhsZdTBGX

 怒ると怖いってどゆこと?何か怒らせたん?

 

29:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:ifq+uE0pD

 製薬会社といっても仕事は色々だけど何してんの

 

30:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:TE6uBdpE0

 職場恋愛とかある?

  

32:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>25

 むしろ下手に残業してるととっとと帰れって言われる

 お前残業しないと仕事も終わらせられない無能なのって感じで

 >>26

 ちょっと口が軽い奴がいて、そいつが社長の悪口言ったんだよ

 …………すっげえ怖かった、死ぬかと思った。思い出したくもねえ

 >>29

 薬開発部門。理系だから

 >>30

 あるけど幹部の人達大体独身

 結婚する気なさそうな感じ

 

33:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:J3lr8pAoa

 >>30

 美人がいてもおまえには関係ないだろ

 

34:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:uOlOyiv/c

 口軽い奴ってどうなったの

 

35:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:TE6uBdpE0

 >>33

 うるせー夢くらいみたっていいじゃねえか

 

36:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:R/wSklmCD

 >>35

 涙ふけよ童貞

 

37:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:Tal8iIKBL

 >>35

 大丈夫だ童貞でも死なない

 

38:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>34

 次の日からこなくなった

 どうなったかは怖くて聞けない

 >>35

 幹部の女の人達みんな美人だけど当たって砕けた男ばっかだからドンマイ

 

39:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:uuex1m2po

 ここから>>35を慰めるスレになります

 

40:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:+9JDii87I

 当たってもないのに砕ける事になってる>>35にくさ

 

42:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:yyiLB/c22

 >>1の会社こわいんだけど

 社長の独裁政権なの?

 

43:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:M/dNtWXZJ

 薬の開発ってエリートじゃねーか

 ハゲろ

 

44:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:Jba2lmGiG

 幹部の人みんなそんな感じで体力あるの?

 

46:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>42

 ワンマン社長なのは間違いない

 でもなんつーか、幹部の人達は社長への忠誠心?が凄いみたいな感じ

 ただの社長と部下って感じじゃない

 >>43

 うちの薬送ってやるよ

 よく効くから希望を捨てるなハゲ

 >>44

 いやごく一部の人だけ

 でもそういう人に限ってトップ

 

 あと人間じゃねえのは能力も

 製薬部門の主任と副主任は絶対人外

 

47:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:eFieExpsz

 あそこの社長テレビとか全然でないけど一回だけ偶然見たことがある

 若いイケメンだった

 頭はワカメだったが

 

48:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:qZmDbIRDv

 能力?

 

49:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:TOb5yAGH8

 ワカメwwww

 

50:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:U49eBs3eQ

 あそこの社長は代々名前を受け継いでるから皆同じ名前なんでしょ?

 

51:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 >>47

 お前絶対よそで言うなよ

 どうなってもしらんからな

 あと社長はあの漫画家ばりに年取らないという噂だ

 見た目は若いが年は知らん

 >>50

 そうそう、一族で社長を受け継いでるって話

 創業は大正なんだけど、そこからずっと同じ名前らしい

 >>48

 皆のところを回ってちょっと見ただけで的確な助言してくれんの

 全員のやってる内容全部把握してるとしか思えない

 もちろん自分の研究も進めながらな

 しかもそれできるの二人いる

 天才はそれなりに見てきたつもりだったがつもりだったわ

 

 ちなみに副主任の妹さん超美人

 あんな綺麗な人見たことない

 

52:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:4jGwgkXTD

 ガタッ

 

53:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:ifq+uE0pD

 座ってろ

 

54:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:uOlOyiv/c

 美人ってどれくらい?

 

55:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:guCsMtajy

 忠誠心て具体的には?

 

57:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:aCZdxAmep

 その妹さん紹介してください!

 

58:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:BF1TChDpX

 兄と妹で同じところに勤めてるってこと?

 

59:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:TE6uBdpE0

 その美人のスリーサイズおしえて

  

61:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 お前ら美人の話題になったからって食いつき良すぎだろw

 >>54

 綺麗系と可愛い系のいいとこどりみたいな感じ

 性格はキツイけどそれが良いって奴はいそう

 >>55

 言葉のまま

 忠誠心としかいえない感じ

 たまに社長じゃなくて名前に様つけて呼んでる

 >>57

 勝手に紹介とかできねえから

 そもそもブラコンだし社長に惚れてるっぽいしお前なんか眼中にも入んねえよ

 >>58

 そうだよ

 二人とも同じ部署

 >>59

 俺が知りたいわ

 でも聞いたら兄に殺されそうだから聞けねえ

 

62:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:TE6uBdpE0

 そんな…ワカメに惚れてるなんて…嘘だ……

 

63:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:XQgUgDlQN

 いや社長に惚れてるのが嘘だったとしてもお前には惚れねえだろ

 

64:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:4r6QYKlPi

 てかこの>>62>>35じゃねえかwww諦めろよww

 

65:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:L8yvEAPyh

 マジだwwよく気付いたなw

 てか初っ端でスリーサイズ聞く奴に惚れる訳ねえだろww

 

66:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:N7DOzMra3

 ドンマイ童貞w

  

68:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:4Vkd+25V/

 顔も見たことない相手なんだからあきらめろよwww

 

69:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:bn9zvwTpd

 >>35を慰めるスレ継続中

 

71:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:TE6uBdpE0

 うっせー俺は諦めねーよ!!ぜってー入社してやるんだ!!

 

72:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:ava91KmHq

 諦めたら?試合終了だよ?

 

73:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:BF1TChDpX

 むしろ試合は始まってすらないな

 

74:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:9oUjqEqTj

 てか>>35って幾つなんだ?

 業界最大手のあそこに入社しようと思ったら半端じゃ無理だぞ

 新卒かそれなりの経歴がないと

 

75:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:BL1zbctXx

 そんな凄いのあそこ?

 

76:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 もう質問はいいのかな

 

77:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:9oUjqEqTj

 一部上場してないのにあの規模と言ったら少しは伝わるかな

 色々革新的な薬を出してるし、手広くやってるし、本当に凄い企業

 

78:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:iJu5Tu61k

 ならば私が質問してやろう

 就業時間中のはずだが、仕事はどうした?

 

80:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:WVfvY4iM7

 仕事?日曜なのに?

 

81:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:9oUjqEqTj

 別におかしなこっちゃない

 ラットとかの実験動物の世話しないといけないから休日出勤もある

 

82:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:Jbij+dYQQ

 はえー大変なんやな

  

84:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 えっまさか

 

86:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:iJu5Tu61k

 こんなところに書き込んでいるとはよほど暇なようだな

 ちょうどいい、南米のジャングルで新たな植物を探す仕事が空いている

 私の役に立たせてやろう、喜ぶが良い

 

87:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:KPChCZn8E

 まさか社長?

 

88:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:BF1TChDpX

 いやまっさかー

 

90:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:4Vkd+25V/

 社長そんなにヒマじゃないやろ

 

91:製薬社員 2020/*/** **:**:** ID:1SNLPj2FC

 ごめんなs

 

94:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:ifq+uE0pD

 イッチ?

 

95:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:pZAZ/wjIh

 え、なんか不穏なんだけど

 

96:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:VjobFX+gN

 >>1、生きてるー?

 

97:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:QgPbhVFp5

 書き込みないな……

 

98:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:4Vkd+25V/

 まさか、ねえ……?(汗

  

100:名無しの権兵衛 2020/*/** **:**:** ID:4KDGB+Kd6

 以後、>>1の姿を見た者はいなかった…………

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇鬼舞辻無惨が見る未来(令和)

 

 

 無惨は社長室で機嫌良く、かつて縁壱につけられた首の古傷に触れていた。四百年もの間一切治癒せず、肉体を灼き続けた常識外れの傷だったが、日光を克服したのを切っ掛けに、ゆっくりだが治っているのが分かるのだ。

 

 首から下は、一から再構成したために傷そのものはない。だが無惨には、復活した肉体が以前よりも明らかに劣っている事が分かっていた。

 ゲーム的に表現するのなら、『最大HPが永続的に削られた』状態だ。

 

 もしも以前の肉体を再利用して構築したのならば、もっと力は戻っていただろう。だがその場合はおそらく、縁壱に斬られた臓器が『脆く』なり、そこが『急所』になっていた。

 こちらをゲーム的に表現するのなら、『最大HPはほぼそのままだが、攻撃されるとダメージが増加する部位が生じた』状態だと言える。

 

 どちらが良かったのかは誰にも分からないが、日光を克服し、必然として日輪刀も克服した以上、無惨はもはや気にしてはいなかった。首の古傷が治ると共に、力も戻って来ている事を実感していたからだ。

 

「入れ」

 

 ノックの音に応えを返すと、人間に擬態している黒死牟が入って来る。彼は無惨の前に進み出ると口を開いた。

 

「無惨様……ご報告が二つほどございます……」

「聞こう」

「は……。()()()、噂を信じた者が道場に入門いたしました……。今回は……政治家なので、一応ご報告に上がった次第……」

「またか……」

 

 黒死牟は三日月流道場で剣を教えている。鬼なので年を取らず、擬態もあまり上手くないのでずっと若いままの姿で通しているのだが、そうしているうちに妙な噂が立った。『呼吸法で若さを保つ事が出来る』『呼吸法を極めれば若返る事が出来る』という噂だ。

 

 もちろん事実無根である。それどころか呼吸を磨き、『痣』が発現してしまえば二十五歳までしか生きられなくなるし、二十五歳以上の者が痣を出せば一晩程度で死ぬ。死ななかった唯一の例外が継国縁壱だが、彼も普通に年を取っていたため、呼吸で老化を抑える事は出来ない。

 

 だがたまに、噂を真に受けた者や、噂程度でもすがりたい者が道場の扉を叩く事があるのだ。……自分の年も考えずに。

 

「こちらにとって……特に問題はなさそうですが…………。腰が悪いのに……少しばかり張り切り過ぎておりますので、そのうち都議会の席が一つ空くやも……しれませぬ……」

「……そうか。まあ問題がないのならそれで良い。次を聞こう」

 

 何とも微妙な顔をしていた無惨だったが、次の報告で表情を明るくした。

 

「三日月流の門下生が、警視総監に就任いたしました……」

「ほう」

 

 全ての警察官の実質的なトップだ。一応は上に警察庁長官がいるとは言えるが、仕事の内容が異なる*1のであまり考える必要はないし、コネクションの価値が薄れる訳でもない。『黒死牟と三日月流を通して自衛隊や警察に繋がりを持つ』という空木の考えは、今のところ順調に推移していると言えた。

 

「その警視総監との関係はどうだ」

「若い頃から……知っております……。法の範囲内であれば……大抵は問題ないかと……」

「ならば良い。今のところ特に予定はないが、取れる手が多くて困る事はなかろう」

 

 無惨の機嫌がますます良くなる。この間不愉快極まる出来事はあったが実害はなく、それ以外は概ね問題なく運んでいるのだから、当然と言えば当然であろう。

 

「して、用はそれだけか?」

「この後……久しぶりに……妓夫太郎たちに稽古をつけようかと……」

「そうか。励むが良い」

「はっ……」

 

 とそこで、黒死牟の目が、机の上に新しく現れていた赤褐色の球体に向けられた。

 

「ところで無惨様……見慣れぬものがあるようですが、それは……」

「これは火星儀。火星を模したものだ」

 

 聞きなれない言葉に黒死牟は首を傾げるが、無惨は気にせず上機嫌のまま言葉を重ねる。

 

「知っているか黒死牟? あと何十億年もすれば、太陽が膨張してこの星を飲み込むそうだ」

「なんと……」

「そうなればいくら私でも死ぬだろうな」

 

 日光を克服したと言っても、太陽に直接突っ込めばさすがに死ぬ。仮に死を免れても、地球が滅べば死ぬしかない。鬼は確かに強力な生物だが、空気や水、食料は必要なのだ。

 

「そうなるかはまだ分からぬが、そうなった時に慌てても遅い。今から備えねばならん」

「と、申されますと……」

「居住可能な星を見つけてそこに移り住む。故に宇宙開発を推し進める」

「宇宙…………」

 

 スケールの大きさに一瞬呆けた黒死牟だったが、気を取り直すと無惨に向き直る。

 

「何とも……壮大な話にございます……」

「何を言っている、お前も来るのだろう黒死牟」

 

 無惨は訝しげな目を黒死牟に向ける。それは、部下が自身についてくる事を一切疑っていない目だった。黒死牟は我知らず、深く頭を下げた。

 

「は……どこまでも、お供いたしまする……」

「月はすでに到達している。ならば次は火星だ。NASAとJAXA、どちらを支援するか……いや、その前に核兵器廃絶か?」

 

 核兵器の放射能は鬼にとっては問題にならないが、強烈な熱と光はそうもいかない。一気に肉体を蒸発させられれば、鬼と言えども死ぬかもしれないのだ。故に無惨は核兵器だけは警戒していたが、物理的に消滅させるのは不可能であるため、核兵器廃絶運動を進めている。

 

 何故かかつての人類の敵が世界平和と人類の進歩に貢献しているのだが、無惨に矛盾は一切ない。生存に必要だと判断した事を実行しているだけである。

 

「まったく、生きるとは中々に難しいな。そうは思わぬか黒死牟」

「まことに…………」

 

 無惨は視線をずらし、窓の外の太陽を見た。かつて克服した輝きだ。だが数十億年後に牙を剥くと言うのなら、再び克服しなければならない。無惨は目を細め、永遠を生き続ける意志を改めて固くした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

〇獲得トロフィー一覧

 

「頭無惨」

 頭無惨な行動をした者に贈られる。種族不問。

 

「鬼の始祖」New !

 鬼の始祖となった者に贈られる。

 

「放浪者」New !

 故郷を捨てた者に贈られる。

 

「人畜有害」

 人間を百人以上殺害(捕食含む)した者に贈られる。種族不問。

 

「一流の鬼狩り」

 鬼を五十体以上、もしくは十二鬼月を倒した者に贈られる。種族不問。

 

「鬼上司」

 パワハラによって自身の部下を百人以上死に追いやった者に贈られる。所属不問。

 

「研究者の卵」

 何らかの研究を始めた者に贈られる。

 

「口八丁」

 困難な交渉を成功させた者に贈られる。

 

一廉(ひとかど)の研究者」

 一定以上の成果を出した研究者に贈られる。

 

「一流の研究者」

 自身の成果で利益を出した研究者に贈られる。

 

「医術の心得」

 怪我人や病人等を一人以上救った者に贈られる。鬼にする事は含まない。

 

「ブラックジャックへの(きざはし)

 その時代の医療技術では助からないであろう怪我人や病人等を、一人以上救った者に贈られる。鬼にする事は含まない。

 

「下弦への道」New !

 鬼殺隊員を十名以上殺害した者に贈られる。

 

「上弦への道」New !

 鬼殺隊員を五十名以上、もしくは柱を一名以上殺害した者に贈られる。

 

「慈悲なき殲滅者」

 戦闘において敵を一人も逃がさず、かつそれを十回以上行った者に贈られる。

 

「鬼狩り殺し」

 鬼殺隊員を五十名以上殺害した者に贈られる。

 

「蛇に睨まれた蛙」

 その時点では決して勝てない敵に邂逅した者に贈られる。

 

「万死一生」

 絶体絶命の窮地から生還した者に贈られる。

 

「鬼を超えた鬼」

 日輪刀で頸を斬られても死ななかった鬼に贈られる。

 

「天照越え」

 一年以上一歩も外に出なかった者に贈られる。

 

「本能超克」New !

 一年以上人間を食べなかった鬼に贈られる。

 

「感染拡大」

 累計で千人以上の人間を鬼にした者に贈られる。鬼にした対象の生死は問わない。

 

「無限の主」

 無限城を完成させた者に贈られる。

 

「無限は夢幻に」

 無限城を放棄した者に贈られる。

 

「充ちる弓張月」

 十二鬼月制度を制定し、その席を全て埋めた者に贈られる。

 原作と顔ぶれが異なっていても構わない。

 

「陽日超克」New !

 日光を克服した鬼に贈られる。

 

「鬼の目にも涙」New !

 強い感情によって涙を流した鬼に贈られる。

 

「一鬼当千」New !

 千年以上生存した者に贈られる。

 

「柱崩し」New !

 鬼殺隊の柱を全て殺害した者に贈られる。

 部下に殺させる等、間接的な殺害でも構わない。

 

「枯れ落ちる藤」New !

 鬼殺隊を壊滅させた者に贈られる。

 部下に殺させる等、間接的な手段でも構わない。

 

枯れない彼岸花

 生存を阻むものがなくなった、寿命のない者に贈られる。

 

「事業創業者」New !

 何らかの会社を興し、事業を始めた者に贈られる。種族不問。

 

「一廉の経営者」New !

 何らかの会社のトップ(社長・CEO等)になった者に贈られる。種族不問。

 

「欠ける弓張月」

 十二鬼月が一人でも欠けた時、その制定者と同僚に贈られる。

 

「一流の経営者」New !

 何らかの会社のトップ(社長・CEO等)になり、会社を一定以上の規模に成長させた者に贈られる。種族不問。

 

*1
警察庁は防衛省や文部科学省等と近い性質の組織であり、警察全体の行政を司る。警視庁は他の県警と性質は同じで、東京の都警の名称。ただし首都の警察なので、警察の階級の頂点が務める。




思ってたより長くなりましたが、これでおまけはおしまいです。
ネタのご提供、ありがとうございました。
そして採用できなかった方はごめんなさい。でもさすがにあの量はムリorz

それでは今度こそ完結です!
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
 


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小ネタ集その五

〇猗窩座の山籠もり(大正)

 

 

 鬼狩り達を殺し尽くしたその数日後。猗窩座は念のために人間に擬態し、深い山奥へと足を踏み入れていた。目的は単純、修行だ。つい先日に垣間見た、『透き通る世界』。それを猗窩座は求めていた。

 

「……いたな」

 

 闘気を探知する羅針盤をレーダー代わりに、しばらく歩いた猗窩座の目の前に現れたのは巨大な熊だ。ツキノワグマのサイズは通常1m半前後だが、この個体は2mを軽く超えている。そんな規格外のツキノワグマは、見慣れぬ人影に低く唸った。

 

「グルルルッ……!」

 

 鬼殺隊が消滅した今、猗窩座が求めるような“強い人間”は少ない。かといって鬼同士では手詰まりを感じている。従って気分を変えるべくこうして熊を戦闘相手に選んだのだが、猗窩座の顔は晴れなかった。

 

「ガアアァァッ!!」

「弱い……」

 

 熊は巨体故に負け知らずだったのか、逃げずに襲いかかって来たところまでは良かった。だが良かったのはそこまでだった。猗窩座からすれば、弱いのだ。

 もちろん体格や身体能力は人間の比ではないのだが、鬼、それも上弦の参に及ぶほどでは全くない。おまけに技術もないので動きが直線的で読みやすい。猗窩座は期待外れだと言わんばかりに深い溜息を吐いた。

 

「……まあいい」

 

 役に立たないのなら()()にしてしまおうと、猗窩座は軽く構えを取る。漏れ出た殺気に反応したのか、熊はびくりと身体を強張らせて逃げ出す素振りを見せた。だがそれも猗窩座にとっては遅すぎる。急所を狙い拳を突き出そうとしたその瞬間、横合いから声が飛んで来た。

 

「伏せろ!」

「何ッ!?」

 

 黒色火薬の間延びした銃声が響き、熊の横腹から血がしぶく。熊はそれでも目の前の()に爪を振るおうとするが、猗窩座の手刀がその首を刎ね飛ばした。余人には成し得ぬ絶技ではあったがしかし、猗窩座の意識はすでに熊から離れていた。

 

「どういう……事だ……!?」

 

 戦いの羅針盤に不調はない。熊だろうが赤子だろうが、闘気を探知できないという事はあり得ないし、銃で熊を撃ったのなら闘気がないという事もまたあり得ない。にも拘わらず、羅針盤は一切の反応を示さなかったのだ。

 機械的な罠なら闘気はないが、そのような仕掛けは見当たらなかった。大正のこの時代、便利なセンサー類は存在しないので、罠なら仕掛け用の紐等が必要なのだ。

 

 猗窩座は信じられないと言わんばかりに目を見開き、首と胴を泣き別れさせぴくりとも動かなくなった熊を見つめていた。

 

「無事か?」

 

 茂みから出て来た男に、猗窩座の視線が素早く向けられる。四十絡みのその男は長い銃を持ち、腰に毛皮を巻き付けいかにも猟師といった風情だったが、猗窩座の目には全く強そうには映らなかった。だが状況からして、彼が闘気もなしに銃を撃って熊を倒した事は疑いようがなかった。猗窩座の中で、興味と関心が一気に膨れ上がった。

 

「今のはどうやった!?」

「は?」

 

 今にも喰らい付かんばかりの勢いで詰め寄る猗窩座に、男は目を白黒させて戸惑った。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 猟師は猛る猗窩座をなだめ、とりあえず熊を解体する事を提案した。その結果二人は焚火を囲んで座り込み、熊肉を棒に刺して焼く事となっていた。

 

「危ないと思ったからとっさに撃ったが……余計なお世話だったか?」

 

 彼は『熊に人が襲われている』と思ったがために危険を承知で撃ったのだ。猗窩座に当たる可能性はあったが、普通なら熊に殺される方が早かっただろうから判断としては間違っていない。尤も猗窩座が熊に負ける事などありえないのだが、それは彼の知り得ない事である。

 

「そんな事はどうでもいい。それより、さっきのはどうやった?」

「さっきの?」

 

 単刀直入に本題に入る猗窩座に、猟師が不思議そうな顔を見せる。そんな彼に向け、猗窩座は半音下がった声で言い募った。

 

「とぼけるな、闘気もなしに銃を撃っていただろう」

「闘気……ってのはよく分からんが、気配を消して撃つ方法って事か?」

「そうだ。どんな人間でも攻撃する時には闘気……分かりやすく言うなら殺気が漏れる。だがお前にはそれがなかった。そんな人間を見たのは初めてだ」

 

 闘気のない人間はいない。赤子にも、蟲の生まれ変わりか何かかと猗窩座が内心で疑っている童磨にすら闘気はある。だがこの目の前の猟師は、確かに闘気を出す事なく熊を撃ってみせたのだ。猗窩座の驚愕はいかばかりか。

 

「どこか、あの男(上弦の壱)に通じるものを感じた……。俺にもそれが出来るようになれば、もっと強くなれるかもしれん」

「お前さん、強くなりたいのかい」

「そうだ。俺はもっと強くなる。強くなりたい。だから知りたいのだ、闘気なしで闘う方法を」

 

 猗窩座は真剣な瞳で男をまっすぐに見つめる。彼はいかにも自然な仕草でついと目を逸らすと、棒に刺さった肉を地面から抜いて猗窩座に差し出した。

 

「まあ食え」

「あ、ああ……」

 

 その流れるような動きに流され、反射的に肉を受け取る猗窩座。火に炙られた野趣溢れる香りが鼻をくすぐる。食っている場合ではないと強く男を睨むが、睨まれた当の男は飄々と肩をすくめてみせた。

 

「それじゃ駄目だ」

「何がだ」

「どうも殺気が強すぎるな。それじゃあ亀にだって逃げられるぞ」

「…………」

 

 心当たりでもあったのか、猗窩座は憮然として押し黙る。男は自身も肉を取ると、一口噛みちぎって飲み込み言葉を続けた。

 

「まあ強くなりたいのは分かったが、何でまたそんなに強くなりたいんだ?」

「何、で…………」

 

 どうという事のない質問だったはずだが、それを聞いた猗窩座は石のように固まった。猟師は怪訝な顔で猗窩座を見るが、猗窩座の意識はすでにここにはなかった。

 

 猗窩座の脳裏に映像がフラッシュバックする。いや映像だけではない、感覚すらもが蘇ってゆく。肌を撫でる水気を含んだ風、空で爆ぜる火薬の音、濃い群青の空に色鮮やかに咲く花火。そして、見知らぬ女。

 

(誰、だ?)

 

 二十歳にも届かぬだろう、若い女だ。まるで淡雪のような儚い印象を与える女で、髪をきちんと結い上げている。大正ではそうでもないが、百年前の江戸時代ではよく見かけた髪型だ。だが猗窩座の目が引き付けられたのは、髪型ではなかった。

 

(この、髪飾り、は……)

 

 雪の結晶のような形をした髪飾り。戦いの羅針盤そっくりの髪飾り。()()()()()()()()の髪飾り。見覚えがないはずなのに、何故か目を離せない。

 

『私は――さんがいい――す』

 

 女が何かを言っている。だがところどころ音が掠れ、完全には聞き取れない。どうにか聞こうとするも、集中すればするほど逃げ水のようにするりとすり抜けてしまう。

 

『私と――になって――すか?』

『俺は――――くな――――必ずあ――守――す』

 

 音だけではなく、映像も掠れてゆく。それを契機に、全てが蜃気楼のようにぼやけていってしまう。思わず手を伸ばしかけた猗窩座だったが、その視界に映ったのは見知らぬ男だった。

 

「兄ちゃん?」

 

 猗窩座ははっと気を取り直す。知らない顔は先程出会った猟師であり、その顔が訝しげに猗窩座を覗き込んでいた。

 

「どうした? 大丈夫か?」

 

 どうやら急に黙ってしまった猗窩座を心配したものらしかったが、猗窩座はそれに構わずうわ言のように呟いた。

 

「…………まもる」

「ん?」

「守る…………。……そうだ……あのお方は、あいつら(下弦)を守れと仰った……」

 

 見知らぬはずの女に代わって脳裏に浮かぶのは、下弦の鬼たちの顔だ。珠世、空木(うつぎ)(しきみ)鳥兜(とりかぶと)馬酔木(あしび)、堕姫。同じ鬼とは思えぬほど弱く、しかして必ず守れと無惨に命じられた対象。その命令は、鬼殺隊が消滅した現在でも依然生きている。

 

 猗窩座は弱者は嫌いだが、無惨の命とあらば是非もない。それに理由は猗窩座にも分からなかったが、不思議と彼女らには不快感は抱かなかった。

 

「あのお方ってのが誰だかは知らんが、それが兄ちゃんの強くなりたい理由ってやつかい?」

「…………ああ」

 

「(そうだ、強くなりたい理由など、ましてや知りもしない女などどうでも良い。無惨様の命を果たすためにも、強くならねば)」

 

 猗窩座の頭のどこかに何かが引っ掛かる。だが彼は頭を振ってそれを錯覚だと振り払うと、闘気なしに銃を撃つ方法について男に尋ねる作業に戻った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇社章(大正)

 

 

「あの、この会社って何か目印みたいなものはないんですか?」

 

 無惨達が会社を立ち上げてしばらくの頃。取引先に薬を運んで戻って来た獪岳が、そんな事を言い出した。

 

「目印? どういう意味ですか?」

「ええと……」

 

 訝しそうな空木に獪岳が答えて曰く。今現在薬は箱に詰めて届けているが、届けた先でその箱が他の似たような箱と混じって区別がつかなくなってしまう事があるという。そこで、いちいち開けずとも一目で分かるように箱に何か目印をつけてほしい、と要望されたという事だった。

 

「知った事か」

 

 そんな要望を、無惨は鼻を鳴らして切り捨てた。『お客様は神様です』を鼻で笑う所業だが、元よりそんな精神の持ち合わせは無惨にはないし、何より間違っている訳でもない。薬の品質に問題がない以上は()()()()の問題だ、と言えなくもないのだ。

 

「うーん……でも、会社の象徴となる記号を作るのは良いと思いますよ?」

 

 とそこで、馬酔木(あしび)が横から口を挟んだ。元商家の娘らしい意見だった。鳥兜(とりかぶと)がそれに続く。

 

「まあ確かに、一目でうちの商品だと分かるならこの先便利な事もあるでしょうね」

「そ、そう……?」

「ええ、今のように直接取引先に持って行くのではなく、店先に並べる時ですね。一目でうちのものだと分かるなら、効能を知っている人が買って行きやすくなるでしょう」

 

 鳥兜と(しきみ)の会話に、堕姫が自身の過去を思い出す。

 

「家紋みたいなもの? そういえば昔、自分の持ち物に必ず家紋を入れてた遊女がいたわね」

「そんなのいたかぁ?」

「ほら、小紫よ。あの人、櫛や簪には必ず桔梗の紋を入れてたの。それをお客に渡す事もあったから、桔梗を見るたびに小紫の事を思い出してまた来たくなるって訳」

「あぁ、そういえばそんな奴もいたなぁ。まあ俺達には家紋なんて関係ねえ話だったけどなぁ」

 

 家紋という言葉に脳を刺激された鳥兜が、ぽろりと自分の過去を漏らした。

 

「家紋か……うちは確か、丸に揚羽蝶でしたねえ」

「え、揚羽……? ひょっとして、土御門家……?」

 

 樒が驚いたように聞き返し、鳥兜が肩をすくめる。

 

「分家ですがね。昔の話ですし、何よりその家を飛び出した身ですから、さすがに使えませんよ」

「飛び出した……?」

「ええまあ……死病を患った際、医者として呼ばれた珠世様に治して頂いたんですが、俺もどうしてもそれと同じ事が出来るようになりたくなって飛び出したんです。その先はご存じの通りですね」

 

 長男ではなく次男だったとはいえ大概とんでもない事をしているが、その執着こそが無惨に気に入られた所以でもある。鬼に向いているのは、強い執着がある者や他人を顧みない者であるからだ。童磨? 部下の心が直接的に分かる無惨でも、分からない事くらいある。

 

 ちなみに鬼から人間に戻ると免疫が出来て再度鬼にはならなくなるが、そうなるかは体質に左右される。鳥兜の受けた鬼化治療なら鬼になっているのは極短時間なので、大抵の場合免疫は出来ない。

 

「樒はどうなんです? さらりと家紋の知識が出てくる辺り、それなり以上の生まれのようですが」

「お、俺は、人間の頃の事はほとんど覚えてない……。ただ、気弱な自分が嫌だったのだけは……覚えてる……」

 

 空木曰く、『鬼の身体は強い想いに応える』。人を喰うようになった鬼は大抵の場合、強い罪悪感から人間だった頃の事を忘れようとし、実際に忘れてしまう。樒は人を喰った事はないが、気の弱かった自分を嫌っていたがためにその頃の事を忘れているのだ。

 

「でも、強い無惨様の近くにいれば、俺も強くなれるかな……って……」

「成程……」

 

 ここで言う強さとは、戦闘能力的な強さではなく精神的な強さであろう。ただ生きるためだけに手段を選ばず全精力を尽くせるその精神は、強いと言うより他にない。見習おうと思うかは個人差があるだろうが。

 

「はいはい、話が逸れてますよ」

 

 ぱんぱんと手を打ち鳴らして話を本題に戻した空木が、珠世に意見を求める。

 

「要するに社章を作るかどうかという話ですね。珠世様はどう思われます?」

「え?」

 

 珠世はここ最近そうであったようにぼうっと呆けていたが、空木の言葉に意識を現に引き戻す。皆の視線が自身に集まっているのに気付き、慌てて答えを返した。

 

「そ、そうですね、社章はあってもいいと思います。特に不都合がある訳ではありませんし、分かりやすい目印があれば覚えられやすくなりますから、売り上げ上昇に繋がるかもしれません」

「さすが珠世様です。という事ですが、いかがでしょう無惨様?」

「ふむ……」

 

 無惨は顎に手を当て少しばかり考える。無惨は気分屋で傲慢だが、地頭は良いので理詰めで説明すれば理解はするし、部下の意見を聞く耳も一応ある。それが有用だと判断すれば採用する程度の柔軟性だって持ち合わせているのだ。採用のハードルは高いが。

 

「あまり興味が出ぬな」

 

 長く鬼として活動している無惨だが、シンボルとなるマークを作る事はなかった。自己顕示欲が強い訳でもないし、全ての鬼は呪いを通じて直接的に支配出来ていたので、必要性を感じなかったのかもしれない。とは言え、社章の有用性を理解できないほど頭が固い訳でもなかった。

 

「まあ悪いというほどでもない。お前たちに任せる、適当に決めておけ」

「畏まりました」

 

 こういう事を言う者に限って適当なものを出すと怒り狂うのだが、鬼たちは無惨と付き合いが長いのでその辺りは抜かりなかった。

 

「なら、玉壺さんに相談してみましょう。こういうのは得意でしょうし」

 

 無惨の気に入りそうなデザインを考えられる者の名前を、空木が即座に上げた。上手く行かなかったら責任もそっちに行くという考えはない。おそらく。

 

「大丈夫かしら……」

「まあ大丈夫でしょう多分。壺()綺麗ですから」

 

 棚に置かれている壺を横目で見ながら空木が答える。これは玉壺が血鬼術で作ったものであり、いざという時は魚が湧き出て敵に襲いかかる。“上弦は下弦を守れ”という無惨の命令は今も有効だった。

 

「さて、そろそろ休憩は終わりだ。仕事に戻れ」

「はっ」

 

 無惨の一声で鬼たちと獪岳は昼休みを終わらせ、三々五々己の仕事へと戻ってゆく。程なく会社は、常の姿を取り戻した。

 

 

 後日、無惨の会社の社章を作るという事で気合を入れまくった玉壺が、彼岸花をモチーフとしたデザインを出してきた。シンプルながらも格調高く、一目で覚えやすいそれには無惨も満足したという。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇産業スパイ(昭和)

 

 

 年号が大正から昭和に変わり、ブラウン管テレビがようやく発明された頃。己が会社の社長室にて、無惨が不機嫌そうな顔で椅子に腰かけていた。

 

「全く、珠世が抜けた傍からこんな事が起ころうとはな」

 

 無惨の眉間に皺が寄っている理由は単純だ。薬の製法を盗もうとした産業スパイが見付かったためである。もうすでに()()されているし実害はなかったのだが、不快である事に変わりはない。

 

「……まあ良い。過ぎた事だ」

 

 昔なら怒り狂っていたかもしれないが、案外そのような事もなく冷静だった。何せその産業スパイの入社試験を行ったのは無惨本人なのだ。しかもそのスパイを怪しみ決定的瞬間を押さえたのは部下である。これで怒るほど無惨のプライドは安くはない。怒るようなら恥の上塗りである。

 

 意外かもしれないが、無惨の辞書にも『プライド』や『恥』という言葉は載っている。ただ単に『生きる』と『逃げる』の後にあるだけだ。そういう意味では無惨は割と普通なのだ。ただうっかり『共感』と『気遣い』という単語を載せ忘れただけである。

 

「とは言え、だ。次に同じ事があってはならぬ。空木、何か考えはあるか」

「そうですね……」

 

 無惨は産業スパイを直接摘発した部下に水を向ける。空木や堕姫、獪岳といった元孤児たちは人の顔色や悪意に敏感であり、故にこそスパイだった社員に最初から不審を抱いていたのだ。尤もそういつも上手く行くとは彼女達自身も思ってはいないため、こうして頭を悩ませているのである。

 

「社員を全員鬼にする、というのも一つの手ですが……」

「これ以上鬼を増やす気はない。少なくとも今はな」

「んー……そうだ、それなら猗窩座さんはどうでしょう」

「猗窩座?」

 

 胸の前でぽんと手を叩き合わせた空木の言に、無惨は意表を突かれたような顔になる。猗窩座は強いが、それ以外に役立つとはあまり思っていなかったのだ。

 

「はい、猗窩座さんの血鬼術は闘気を感知できるそうです。それなら、敵意や害意も感知できるのではないでしょうか。もしそれが可能なら、確実に炙り出せます」

「ほう……」

 

 無惨は感心したような声を漏らし、早速猗窩座に念話を繋げる。その返答を聞いた無惨の顔が明るくなった。

 

「『やった事はないが、おそらく可能』だそうだ。ならば話は早い」

 

 べんと琵琶の音が響くと、猗窩座が社長室に姿を現した。即座に跪く猗窩座に向け、無惨が命令を下す。

 

「猗窩座、お前は今日から我が社の社員だ。役職は……そうだな、警備員という事で良かろう。社内で怪しい動きをする者を見つけて報告しろ。ついでだ、それ以外では社員を守れ」

「はっ」

 

 大分説明が足りない命令だったが、無惨の言葉に対して質問や否定は厳禁である。それを良く知る猗窩座は従順に従った。

 

「猗窩座さんの血鬼術で、会社に敵意や害意を持つ人間を見つけて欲しいんです。つい先日に間諜が……今風に言うなら産業スパイが入っているのを見つけましたので」

「分かった」

 

 補足する空木にこくりと頷きを返す猗窩座。それを見た空木は空気を切り替えるように、再度手を胸の前で叩き合わせた。

 

「となると、人間としての名前も決めないといけませんね。どうします?」

「名前?」

「はい、戸籍に登録する名前です。今は必ず苗字をつけないといけませんから」

 

 無惨につけてもらったり適当に自分でつけたりと様々だが、人間として動く鬼は皆苗字を作っている。黒死牟などはちゃっかり本名を使っているくらいだ。人には“黒死牟”と呼ばせてはいるが、それはあくまで通称という扱いである。

 

「名前……」

 

 名前と聞いて何故か少し呆けた猗窩座の耳に、ノイズ混じりの声が響く。聞き覚えなどないはずの、なのによく知っているような忘れてはならなかったような、若い女の声だ。

 

『――――さん』

 

 自身に呼びかけているような気がするが、そうではないような気もする。何と言っているかは夢の向こうの出来事のようで判然としないが、それでも何となく聞こえて来た音を猗窩座はぽつりと口にした。

 

「はくじ……」

 

 聞きなれない名前を聞いた空木が、こてんと首を横に傾げて問いかける。

 

「はくじ? ひょっとして、猗窩座さんが人間だった頃の名前ですか? どう書くんです?」

「…………分からん。人間だった頃の事は覚えていない」

 

 その言葉に空木は反射的に無惨にちらりと視線を向けるが、その答えはにべもなかった。

 

「私も知らぬな」

 

 嘘ではない。無惨は猗窩座の記憶を封印したが読み取った訳ではないため、本当に知らないのだ。当時の騒ぎで名前くらいは出ていたかもしれないが、無惨の記憶には残っていない。

 

「まあ名前と聞いて出たんですから、多分そうなんでしょう。となると、人間としての名前はそれでいいですか?」

「何でもいい」

「なら……(あかざ)白磁(はくじ)なんてどうでしょう。植物の藜に、白磁の壺の白磁です。藜は猗窩座さんの名前と音が同じですし、下弦は皆植物由来の名前なのでそっちとも合います。白磁はまあ、色が白いので」

 

 鬼は本来陽光に当たれないため基本的に色白だ。それでもここで白磁という言葉が出たのには、空木の視界の端に映る玉壺作の壺が無関係ではないだろう。とは言え余計な事は口にしない。上弦同士はそう仲が良い訳ではないのだ。雄弁は銀で沈黙は金なのである。

 

「それでいい」

「ならば決まりだな。空木、細かい処理はお前に任せる」

「分かりました。これからもよろしくお願いしますね、藜白磁さん!」

 

 笑顔を見せ、『はくじ』と自身を呼ぶ女を猗窩座は思わず見つめた。その顔に、知らないはずの女の顔が重なる。雪の結晶の髪飾りをつけた、淡雪のような女だ。空木とは顔も雰囲気も全く似ておらず、(見た目は)若い女という事くらいしか共通点はないのだが、不思議と印象がダブったのだ。

 

「どうした、猗窩座?」

 

 だがそれも、無惨に声をかけられると幻のように消え去った。まるで風に吹かれた砂絵のように不自然な消え方だった。

 

「いえ、何でもありません」

「とりあえず猗窩座さん、服を買いに行きましょう」

 

 だが猗窩座が違和感を抱くより前に、空木の言葉に意識が向く。猗窩座はその言われた内容に訝しげに眉を顰めた。

 

「服だと?」

「はい。今着ているのはお似合いではありますが、警備員にふさわしいかと言うとちょっと……」

 

 下は道着にも似た七分丈のパンツに、足首に巻かれた太い数珠。上はほぼ裸で、ベストに似た短い羽織のみ。それが猗窩座の服の全てである。引き締まった肉体や身体の紋様と相まってよく似合ってはいるものの、製薬会社の社員に合っているとは言い難い。

 

「そういう事ならテーラー前田に行け。スーツと制服は違うが……まああそこなら作れるだろう」

「テーラー、ですか?」

「仕立て屋ですよ。前田は変人ですが、腕は確かです。変人ですが」

 

 その言葉を聞いてそこはかとなく不安になった猗窩座だったが、自身の同僚の方がよほど変人だった事を思い出してちょっと微妙な気分になった。

 

「ちょうど終業時間だ、今から行ってこい。あの類の服は作るのに時間がかかる、早いに越した事はなかろう」

「はっ」

「私が案内します。さ、行きましょう猗窩座さん」

「あ、ああ……」

 

 手を差し出す空木を、少しだけ呆けたように見つめる猗窩座。だがすぐに気を取り直し、その小さな背中に続いて社長室を出る。その頃にはもう、雪のような女の事などすっかり頭から消えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇無惨のグルメ(平成・R15G?)

 

 

 高級そうな、それでいて品を感じさせる車が道路を走る。その運転席に座るのは無惨だ。新しい機械全般を好む無惨は車の運転を割と気に入っており、運転手は雇わず自身でハンドルを握るのが常だった。

 

「……腹が減ったな」

 

 無惨がふと呟いた。商談が長引き、今は午後二時。社員食堂で食べるには、何となく中途半端な時間帯。おまけに会社まではまだ少し距離がある。かといって燃費があまり宜しくない鬼としては、食事抜きという訳にもいかない。

 どうしたものかと内心で首を捻っていると、助手席から小鳥のような声が飛んで来た。

 

「鳴女さんと玉壺さんに用意してもらいます?」

 

 無惨の付き人として同行していた、下弦の伍の馬酔木だ。彼女は無限城の料理担当の名前を出すが、無惨はあまり気乗りしない様子だった。

 

「いや、あまり時間はかけたくない」

 

 鳴女が“眼”と“扉”の血鬼術で獣や魚を捕らえ、玉壺の金魚がそれを捌いて調理する、というのがここ何百年かのルーチンだ。従って無限城に戻れば何らかの食事はあるだろうが、昼時を過ぎている以上調理から始めねばならず、それには必然時間がかかる。無惨としてはそれは望ましくないようだった。

 

「ではどうしましょう。その辺で食べていきますか?」

「悪くないが、この辺りで良い場所は――――む?」

 

 無惨の卓越した視力が、遠目に見慣れない店を捉えた。興味を引かれた無惨は、その店の駐車場に車を停める。車から降りた馬酔木が、店の看板を見上げながら言った。

 

「食堂? こんなの出来てたんですね」

 

 彼女の記憶によれば、以前は蕎麦屋だった場所だ。いつの間に変わったのだろうと思う間もなく、無惨が入口の方へと歩いて行っていた。

 

「この際ここで構わぬだろう。行くぞ」

「あっ、待ってください無惨様」

 

 馬酔木を引き連れた無惨がガラリと引き戸を開ける。そこは食堂というより定食屋といった風情の店であった。香ばしいスパイスの匂いが鼻をくすぐり、油が熱せられて爆ぜる音が耳に届く。店の主と思しき四十絡みの男が手を止めないまま、無惨達にちらりと目線を向けた。

 

「いらっしゃい。空いてるところに適当に座ってくれ」

 

 昼食から少し外れた時間であるためか、店の中に客は入っていなかった。無惨はそれに頓着する事なく、どかりと席に腰を下ろすと即座に注文を出した。

 

「日替わり定食一つだ」

「あ、私も同じのでお願いします」

 

 一人分では全く足りないが、ここの味が分からないので様子見である。少しでも食べておけば会社までは持つだろうという考えだ。無惨はあまり味に拘る方ではない――でなければ数百年も人間だけを食べて過ごせない――が、かといって不味いものを食べたい訳ではないのだ。

 

「あいよ」

 

 待つことしばし。二人の前に同じものが置かれた。茶碗に入った白米に、湯気を立てる味噌汁。小皿の中で控え目に自己主張する沢庵。そしてキャベツとキュウリを枕に、膳の中央にででんと鎮座する岩の如き茶色の物体。メンチカツ定食である。

 

「ほう……」

 

 食前の挨拶もそこそこに味噌汁に口を付けた無惨は、ぴくりと眉を動かし声を漏らした。ワカメと豆腐、そして玉ねぎの入ったごくごく普通の味噌汁。だがその玉ねぎの味こそが、古い記憶を呼び覚ましたのだ。

 

「(…………心臓の味を思い出すな)」

 

 脳裏に蘇るは、数百年喰らい続けた人間の味。その中でも人体の中心に位置する心臓だ。赤く脈打つ筋肉の塊は、鬼にとっては仄かな甘みを感じさせる、デザートにも食の中心にもなり得る部位なのだ。もちろん玉ねぎとは似ても似つかぬ触感だが、その自然な甘さがどことなく心臓を彷彿とさせたのである。

 無惨は感じる郷愁と共に、次はキャベツに箸をつけた。

 

「(こちらは、骨か)」

 

 歯に伝わるシャキシャキとした感触が、新鮮な骨を思い出させる。鮮度が落ちた骨は干からび尽くしたビスケットのようで食えたものではないが、獲れたての骨はそうではない。含まれた水分が適度な歯ごたえを演出し、肉ばかりで飽きた舌にほどよい刺激をもたらすのだ。

 主食には足りないが、主演を引き立てまた自らも確かに主張する名脇役と言えるだろう。まるでこのキャベツのように。

 

「懐かしい味だな」

「美味しいですけど……懐かしい、ですか?」

「ああ」

 

 首を傾げる馬酔木を置き去りに、無惨は視線を自らの目の前のメンチカツに移した。

 

「(さて、これはどうか)」

 

 いくつかに切り分けられた中の一つを取り、口へと運ぶ。無惨にしては珍しく、少しばかり期待していたのかもしれない。果たしてその期待は裏切られる事はなかった。

 

「(これは……)」

 

 衣を歯が掻き分けるざくりとした触感は、人間の部位のどこにも当てはまらないものだ。だがその味……より正確に言うならば、その油の味こそが無惨の記憶を呼び起こした。

 

「(乳房……そうだ、乳房だ)」

 

 それも、若い女の乳房だ。乳房は九割がた脂肪なので、そのまま食べると舌にべたついてあまり触感が良くない。ゆえに無惨はあまり好んではいなかったが、このメンチカツは違う。太腿辺りの上等な肉をミンチにし、乳房の脂を使って揚げたならばこうなるだろうという味だったのだ。

 こういう発想もあったのかと半ば感心しながら、無惨は箸休めの沢庵を摘まんだ。

 

「(む)」

 

 これもキャベツと同じように骨かと思いきや、その予想は裏切られた。骨は骨でも軟骨だ。自家製らしきこの沢庵は、耳や鼻を口の中で転がした時のこりこり感ととても良く似ていたのだ。尤も人間の軟骨はあまり味がないので、塩気の利いたこの沢庵とはやはり異なる。無惨にとしては、どちらかと言えばこちらの方が好みであった。

 

「おい店主、追加だ。日替わり定食をもう一つと、海鮮丼二つ。後はそうだな……生姜焼き定食だ」

「あれ社長、お昼はここで食べていかれるんですか?」

「ああ、中々悪くない」

「じゃあ私も! えーと、サイコロステーキ定食とサバ味噌煮定食と天ぷら定食お願いしまーす!」

「そんなに食いきれるのかい?」

 

 注文を聞き少し驚いたような表情を見せた店主に、馬酔木が人懐っこさを感じさせる笑顔で返した。

 

「大丈夫ですよー」

「そんな心配はいらぬ。だが私は空腹だ、遅ければお前を喰うとしよう」

「ははっ、喰われちゃ大変だ。あいよ、今作るから待ってな」

 

 無惨の言葉を冗談だと受け取った店主は、軽く笑みをこぼすと料理に取り掛かる。もちろん冗談では済まないのだが、知らぬが仏とはまさにこの事であった。

 



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小ネタ集その六

〇猗窩座、猗窩座、猗窩座!!(昭和)

 

 

「――――何だと!?」

 

 社長室。無惨の拳の下で、机が真っ二つに割れる。いかにも高級そうな代物だったのだが、無惨はそれを意識に入れる事もなく鷹のように目つきを鋭くさせ、机だった物の前に立つ空木(うつぎ)を見据えた。

 

「確かなのだな?」

「はい。当人と私以外知らないはずの事を知っていました。私の耳には声も同じに聞こえましたし、本人ではない可能性は限りなく低いものと思われます」

 

 その報告を聞いた無惨は、心底不愉快そうに顔を歪めると、空木に短く指示を出した。

 

「猗窩座と妓夫太郎を呼んで来い」

「ただちに」

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 数分後。青白い鬼気を立ち昇らせる無惨の前に、猗窩座と妓夫太郎、無限城から呼ばれた玉壺、そして空木が跪いていた。

 

「南米に出張させている我が社の社員が誘拐された」

 

 キナノキからマラリアの特効薬が採れたり、アオカビからペニシリンが採れたりと、植物や微生物が薬の材料になる事は多い。そのため無惨は世界のめぼしい場所に社員を派遣し、役に立ちそうな新種や珍種を探させている。

 ワシントン条約が採択されるのはこの時代からすると未来の1973年であるため、法的な問題も(おそらく)ない。あったところで無惨が気にするはずもないが。

 

「犯人は現地の違法武装組織、いわゆるカルテルのようだ。今鳴女にその居場所を探させている。見つけ次第殲滅する」

 

 無惨が部下に方針を通達したちょうどその時、鳴女から念話が入ってきた。

 

《無惨様、誘拐された二人を見つけました》

《早かったな》

 

 ここまで早いのには訳がある。鳴女は常日頃から世界中に“眼”をばら撒いて監視網を作り上げているのだ。と言っても普段は世界の観光名所や絶景を眺めるくらいにしか使っていないのだが、そのうちの一つに運よく引っ掛かったのである。

 

《間違いないのか?》

《はい。無惨様に見せて頂いた写真と同じ顔です》

 

 その言葉に無惨は鳴女の“眼”と視界を共有する。暗い部屋の中うなだれている二人の男は、確かに無惨が知る顔だった。それを確認した無惨は、低い声で命令を下した。

 

「鳴女が見つけた。犯人どもは一人残らず殺せ。社員は死んでいなければ助けろ」

 

 ここで鳴女に任せたり、他の上弦を呼ばないのは合理的な理由がある訳ではない。単に無惨のストレス解消である。頭は悪くないのに、感情を最優先して動くところは千年経っても全く変わっていなかった。

 

「空木はここで私の代理を務めろ。場合によっては私の姿を使っても構わぬ。行くぞ!」

『はっ!』

 

 琵琶の音が響き、無惨と上弦の三名は地球の反対側へと跳んだ。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 麻薬カルテル、というものがある。主に南米や中南米を拠点とした、麻薬を取り扱う武装集団をそう呼ぶ。2000年代からメキシコで仁義なき戦いを繰り広げているのが有名だろう。時として軍に匹敵するほど巨大化する事もあるが、大抵は泡沫政党のように生まれて消えるのみである。

 

 無惨の部下を誘拐した彼らもまた、そんな麻薬カルテルの一員だ。とは言え上り調子であり、人員もそれなりに有する、将来有望と言って良い組織であった。

 

『ちょろい仕事だったな』

『ああ、楽な仕事で良かったぜ』

 

 人目につかぬよう、ジャングルの中に建てられたアジト。かなり大きめのその建物の外に立つ見張りの二人は、薔薇色の未来を夢見て笑みをこぼしていた。

 

『薬だけじゃ金が足りねえからって誘拐までやる、なんて聞いた時にはどうなるかと思ったが……こんな楽なもんならもっと早くやっときゃよかったぜ』

『今度は日本人か……日本人は金持ちだからな。身代金も期待できるな』

『なあに、ケチるようなら指の二三本でも送り付けてやりゃいいんだ。そしたら処女みてえにビビッて金を吐き出すだろうぜ』

『ハハッ、違いねえ!』

 

 誘拐された二人も無策だった訳ではない。現地の案内人を雇って、危険なところは避けるようにしていた。が、その案内人が真っ先に殺されたのだ。ジャングルには詳しくても、裏の事情には詳しくなかったらしい。要は人選ミスである。

 

『ん? 何だ、あれ?』

『どうした?』

 

 見張りの一人が何かを見つける。木の陰から見え隠れする、白色の何かだ。不審に思い銃を構えながら近づくと、その正体に眉をひそめた。

 

『……壺? なんでこんなとこに……』

 

 華美な花の紋様が描かれた、高そうな壺である。明らかにこんなところにあって良い物体ではない。見張りは声を上げて相方に異変を知らせようとしたが、それは叶わなかった。その見張りの身体がまるでブラックホールに吸い込まれるように、壺の中に無理矢理引きこまれたからである。

 

『……は?』

 

 あまりにも常識を外れた光景に、残されたもう一人の見張りは動きを止める。次の瞬間、壺から肉塊が排出され、それに続いて()()としか形容できない何かが湧き出て来た。

 

「ヒョッヒョ、初めまして。私は玉壺と申す者。殺す前に少々よろしいか?」

『は? え? 何?』

「あのお方の怒りに触れたあなた方は、もはや死ぬ以外の道はない。だがそれだけではあまりに憐れ。故に我が芸術を以って、冥途の土産にして頂きたい! ではご覧頂きましょう、『愚か者どもの嘆き』です!」

 

 玉壺の横に地味な壺が現れ、そこから大きな塊が姿を現す。見張りの男にはそれが何なのか一瞬分からなかったが、そこから飛び出る()が誰なのかを認識すると、一気に喉の奥から熱いものがこみあげて来た。

 

「おお! なんとなんと、吐く程感動して頂けるとは!」

 

 その塊は、誰が誰かも分からぬほどぐちゃぐちゃに圧縮された人間たちだった。血塗れのそれの所々から、そこだけは原形を留めた頭が突き出している。その表情は断末魔をそのまま保存したかのように、絶望に歪んでいる。さらに肉塊には彼らが持っていた銃が突き刺され、まるでパフェに刺さった棒状の焼き菓子の如くなっていた。

 

「あのお方に歯向かうなど愚かの極み。頭がいくらあろうと何の意味もない。ゆえに身体をひとまとめにし、頭だけをあえて残す事で、その愚かさを分かりやすく表現してみたのですよ! 『船頭多くして船山に上る』と言えば少しは分かりますかな?」

 

 その短い腕を打ち鳴らしながら悦に入って説明する玉壺だったが、一転して残念そうな表情を作ると説明を切り上げた。

 

「本来はもっと説明したいところでしたが、残念ながら時間がない。冥途の土産はもう十分でしょうし、最後にあなたを芸術にして差し上げよう」

『こ、この、化物めえぇぇぇッ!』

 

 男は渾身の気力を振り絞って銃口を向けるが、その引き金が引かれるよりも玉壺が動く方が早かった。

 

 ――――血鬼術 水獄鉢

 

 玉壺の手から一瞬で壺が生み出され、そこから粘性の高い水が溢れ出す。不可思議な事に水は重力に従う事なく男の周りに寄り集まり、壺の形となって憐れな人間を閉じ込めた。

 

「溺死はこの世で最も美しい死に方だ。愚かな人間の中でも特別に愚かな者だったが、最期に美しい芸術になれるのだからこれ以上の事はないだろう」

 

 酸欠の苦しみに男は手に持つ銃を乱射するが、水の抵抗が大きい事と、水獄鉢の表面がゴムのように柔らかく強靭である事により、脱出の役には一切立っていなかった。

 

「玉壺」

「これはこれは、無惨様」

 

 無惨が背に妓夫太郎を伴い姿を現した。遊んでいた訳ではない。他の場所にいた見張りを始末して来たのだ。

 

「これで見張りは全てのようです」

「ならば鳴女と協力し、引き続き周囲を包囲しろ。一人たりとも決して逃すな」

「御意」

「妓夫太郎は私についてこい」

「はっ」

 

 水獄鉢の中で最期のもがきを見せる男の事など気にも留めず、無惨は妓夫太郎と共に建物の正面玄関に歩みを進めた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 その頃、猗窩座は正面玄関の反対側、裏口から侵入を果たし、攫われた社員たちがいる場所を目指して突き進んでいた。無惨の命令は第一に敵の殲滅、第二に救出なのだが、何故殲滅より救出を優先するような行動を取っているのか、猗窩座自身にも分からなかった。

 

「…………」

『何だお前は』

 

 ――――破壊殺・滅式

 

 上弦の参の前に、カルテルの構成員たちは断末魔も上げられずにひき肉になっていく。文字通りの鎧袖一触だ。呼吸も使えず武装は銃くらいしかないので、当然の結果なのだが。

 

「……まあいい。あのお方の意に反している訳でもない」

 

 猗窩座は誰にともなく言い訳じみた言葉を呟くと、誘拐された社員たちの許へと一直線に向かって行った。何故か頭のどこかに引っ掛かる、“守る”という単語を無視して。 

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 正面から堂々と侵入した無惨達の前に、構成員が立ち塞がる。最初こそ少なかったものの、あっという間に数が増え、通路の陰や部屋の内側に隠れつつ、雨霰のような銃弾を無惨達に浴びせかけていた。

 

「自動小銃か。外の連中は持っていなかったが……米軍から流れたか?」

「無惨様、ここは俺が……」

「下がっていろ」

 

 妓夫太郎は鬱陶しい連中を処理しようとするが、無惨に止められる。自らを危険に晒すような台詞に思わず妓夫太郎は反論しそうになったが、その爆発しそうな表情を見て反射的に口をつぐんだ。敵にもなれない憐れな連中の、十秒後の姿が分かったからだ。

 

「鬱陶しいぞ羽虫どもが!」

 

 狭い通路を埋める銃弾は、黒死牟ならその卓越した剣技で弾き飛ばすだろう。童磨なら氷の血鬼術でこともなげに防ぐだろうし、猗窩座ならば闘気を探知し躱してしまうだろう。だが無惨の剣才は黒死牟に劣り血鬼術の才は童磨に劣り拳才は猗窩座に劣る。ならばどうするか。

 

『効いてねえ!?』

『撃て撃て、とにかく撃て!!』

『嘘だろ、どうなってんだ!?』

 

 無惨は“鬼としての性能”で全てを解決する。

 

 銃弾は無惨に当たってはいるし、その体に穴も開けているのだが、その一瞬後には全て元に戻っている。まるで水でも撃っているかのような、恐るべき再生速度だ。技も何もない、単なる性能任せのゴリ押しである。

 格上には通用しない戦法だが何の問題もない。現在の地球には、無惨より格上の生物など存在しないのだから。縁壱? あれは生物の例外だ、だって縁壱だもん。

 

『も、もうダメだ!』

『やってられっか!』

『あっ、おいまて逃げるな!』

 

 銃の効かない無惨を見て、逃げる者が現れ始めた。どう考えても早すぎるが、軍や警察ではない単なる武装集団ならそういう者が交じっていても不思議はない。

 

「逃がすかァッ!」

 

 とは言え逃げられると無惨としては少々困る。無惨がいくら強かろうが一人しかいないので、四方八方に散らばられると逃がす可能性があるからだ。玉壺と鳴女が包囲しているとはいえ、逃がさないに越した事はない。

 

 こういう時、黒死牟なら逃げられる前に斬撃を飛ばして全員始末するだろう。童磨なら地面を伝って足を凍らせて足止めするだろうし、猗窩座なら闘気を察知する血鬼術で居場所を見つけるだろう。だが無惨にはどれも出来ない。ならばどうするか。

 

『ひいっ!』

『ば、化物! 化物!』

 

 無惨は“鬼としての性能”で全てを解決する。

 

 ぼろ布になった服を破り捨てると、その背中から触手を生やして攻撃し始めたのだ。血管の先に刃がついたような形状のその触手は、逃げる人間の背を正確に追尾し串刺しにする。複数ある脳で触手の動きの補助をしているのだ。触手がちょうど八本である事もありまるでタコのようだが、煮ても焼いても食えない辺りタコとは一線を画している。

 

「む」

 

 無惨の攻撃には漏れなくその血が付随する。人間にとっては猛毒であり大抵は即死するが、死ななければ鬼になる事がある。この場にも、そんな元人間が存在していた。

 

「フン」

 

 成り立てであるがゆえに飢餓状態のその鬼は、辺りに散らばる()を貪っていたが、無惨が追加で血を注入し理性を消して呪いでがんじがらめにすると、ぴたりと動きを止めた。

 

「お前の仲間を殺してこい」

 

 無惨がその鬼に命令するが、全く動く気配がない。これまでにない事態に無惨の眉根が寄る。こうなった鬼にもはや自我はほとんどなく、無惨の命令にだけ従うロボットのようなものなのだ。飢えのため勝手に人間や他の鬼を襲い始める事はあるものの、無惨の命令を無視するような事はありえない。

 

「何だ? 何故動かぬ?」

「ひょっとして、日本語が分からないのでは?」

 

 妓夫太郎の言葉に、無惨は虚をつかれたような顔を見せる。日本語を解さない者を鬼にするのは初めてだったため、想定外の出来事だったのだ。

 

「……Mate seu companheiro.」

 

 無惨の趣味の一つは外国語を学ぶ事であり、仕事で使う事もあるので、当然のようにこの国の公用語も喋れる。自らの理解出来る言語で命令された鬼は、弾かれたように動いてあっという間に姿を消した。その先から悲鳴と怒声と銃声が聞こえて来たので、今度は通じたらしかった。

 

「このような事があるとはな……」

 

 思念ならば言語に関係なく通じたかもしれなかったが、音声によるものだったので本人の知らない言語は通じなかったのであろう。思わぬ出来事に気勢を削がれた無惨は、溜息を吐くと妓夫太郎に指示を出した。

 

「ここはもう私だけで良い。他に行って殺してこい」

「はっ」

 

 意外と腰が軽く、率先して自身で動く事が多い無惨だが、その実単独で戦う事はほとんどない。万一の時盾になる部下を同行させる事が大半だ。それを外したという事は、もはやここに脅威はないと判断したという事だった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「社員の救出と敵の殲滅、完了いたしました」

 

 上弦の三名が無惨の前に跪き、猗窩座がその代表として報告していた。なお助け出された社員二名は、色々面倒だった猗窩座が気絶させてその辺に転がしている。扱いがぞんざいだがまあ、あのままピーチ姫をやっているよりはマシであろう。

 

「よし。ならばこのまま他の場所にいる連中の仲間と、ついでに周辺の武装組織を殲滅する。予防だ」

 

 製薬会社の社長らしい台詞が飛び出て来た。つまり無惨は、この辺りでの植物発見を諦めてはいないという事であった。

 

 ちなみに何故他の場所に仲間がいる事を知っているのかと言えば、先程鬼にした男を喰って記憶を読んだからだ。その鬼は再生する事もなくそのまま無惨の腹の中である。記憶を消しても敵意が持続する事があるため、鬼にした敵は基本的にその場限りの使い捨てだった。

 

「猗窩座。お前はこの二人を空港まで連れて行き、日本行きの飛行機に突っ込んで来い」

「ですが、それでは無惨様を守る者が減る事に……」

「猗窩座」

 

 思わず反論した猗窩座の名を無惨が呼ぶ。一切の情を感じさせない氷のようであり、爆発寸前の火山のようでもある、不機嫌を極めた声だった。

 

「猗窩座。お前は、この程度の者どもに、万一にでも私が負けると思うのか?」

「いえ……」

「それとも猗窩座、お前はこの二人が無事に日本まで帰れると思っているのか?」

 

 誘拐された社員の優先順位は低かったが、生きて助け出されたのならば見捨てる気は無惨にはない。その程度には自身の役に立っていると認めているのだ。

 

「お前は私を、日に二度も部下を攫われた間抜けにするつもりか? それとも、人間に鳴女の血鬼術を見せろとでも言うのか? どうなのだ、猗窩座!?」

 

 無惨から灼熱のような怒気が立ち昇る。遠くで鳥が一斉に飛び立ち、獣が種類を問わず鼠のように逃げ去った。

 

「猗窩座、猗窩座、猗窩座!!」

 

 跪く猗窩座の身体から、絞り出されるように血が滴り落ちる。無惨の怒りに鬼の肉体が悲鳴を上げているのだ。永劫にも思えるような時間だったが、それは唐突に終わりを告げた。

 

「最近どうもたるんでいるようだな。強くなるのではなかったか? 私を失望させるなよ、猗窩座」

「……………………………………はっ」

「行け」

 

 無惨が顎をしゃくると、猗窩座は気絶したままの社員二人を小脇に抱え姿を消す。無惨は鼻を鳴らしてその後ろ姿を一瞥すると、玉壺と妓夫太郎を伴い鳴女の作った扉をくぐった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 クッパに助け出されたピーチ姫、もとい、何が何だか分からないうちに誘拐され、何が何だか分からないうちに助け出され気付けば日本行きの飛行機に乗っていた社員の二人は、揃って呆けたような顔を見せていた。

 

「先輩……」

「なんだ後輩……」

「飛行機の席、空いてて良かったっすね……」

「そうだな……」

「てか俺ら、日本に帰っていいんすかね……」

(あかざ)さんが言ってたんだし、いいんじゃねえの……」

 

 二人はぼんやりと正面を見ながらぼんやりと言葉を交わす。窓の外の風景を眺めるとか、話し相手の顔を見るだとかの余裕も今は無い。

 

「何で警備員の藜さんがあそこにいたんすかね……。こっちに来てたなんて話は聞いてないから……どう考えても移動時間足りないっしょ……」

「俺が知ってる訳ねえだろ……」

「やっぱあれっすかね……『不老不死の薬を開発した』って噂、本当だったりするんすかね……」

 

 無惨を始めとした鬼たちは不老なので、ずっと若いままの姿だ。擬態は可能ではあるが、『老い』は『死』を連想させるため、そうする意思が無惨に全くない。となれば部下の鬼たちも右に倣えである。製薬会社である事も相まって、『社長たちは不老不死の薬を開発して服用している』という噂が根強く囁かれているのだ。

 

「なんで不老不死だったら地球の反対側まで移動出来るんだよ……」

「それはほら、あれっすよあれ……なんかこう、不老不死がもたらす不思議な力で超能力とか使えるんすよ……」

「やる気とセンスのない推測だなおい……雑にも程があんぞ……」

 

 実は大体あってるのだが、二人がそんな事を知る由もない。

 

「でも実際、そうでも考えないと辻褄が……」

「後輩」

 

 僅かに低くなった先輩の声にこれまでにない真剣さを感じ取り、後輩は思わず口を閉ざした。

 

「少しばかりお前より長く生きている俺が、この会社で上手くやっていくコツを教えてやろう。余計な事に首を突っ込まない事だ」

「…………」

「必要な事ならさすがに教えてくれるさ。そうしてないって事は、知る必要がないってこった」

 

 無惨は部下の意見を聞く耳を持っていない訳ではないが、それでも究極のワンマン社長なので、部下として残るのは極端な話イエスマンのみだ。もちろんただのイエスマンではない。有能かつパワハラをものともしない選ばれたイエスマンであり、ある種の事なかれ主義の権化である。

 

「でも……」

「納得できなくてもしておけ。お前だって職を失いたくはねえだろ」

「…………」

 

 後輩は黙り込むが、その顔には納得できないと大きく書かれている。それを見た先輩は、一つ溜息を吐くと口を開いた。

 

「社長は確かに自分の思い通りに行かないと怒りだす、少々人格に難のある御仁だ」

 

 いきなり自身の雇い主をこき下ろし始めた先輩に、後輩の目が点になる。酷い言い草だが、何より酷いのは単なる事実である点であろう。

 

 ちなみに今回猗窩座が猗窩座猗窩座されたのも、元を正せばそれが原因だ。『たるんでいる』というのは殲滅よりも救出を優先した猗窩座の態度もだが、何より記憶の封印の事なのだ。自身の支配が緩んでいる事を察して怒ったのだ。それが自身への怒りではなく猗窩座猗窩座になる辺り、無惨はやはり無惨であった。

 

「が、経営手腕は確かだ」

 

 意外かもしれないが、無惨の会社経営は堅実である。好きなものは“不変”と言うだけあって急激な変化を善しとはしないし、今現在は特に焦る理由もないので、必然的にそうなっているのだ。無惨の会社以外では作れない薬があり、部下も優秀なので、それで十分成立するのである。

 

「結果を出せば認めてくれるし、そこに人物の好悪を差し挟んだりもしない。社長としてはある種の理想だろう」

 

 人格はともかく、と口にする事はなかったが些か遅きに失した感はあった。

 

 なお無惨の価値基準は『自身の役に立つかどうか』なので、あまり好きではない相手だとしても能力を示せば評価はする。童磨が未だに首にならず、上弦の弐であり続けている点からもそれは明らかだ。もちろん極端に機嫌を害させるような相手なら別ではあるが。

 

「つまり会社が潰れる心配はほとんどないし、俺らの出世の目もあるって事だ。それ以上何が必要だ?」

「………………そうっすね!」

 

 後輩はこの上ない現金さを見せ、凄い勢いで掌を返した。手首にモーターが内蔵されているかの如き速度の掌返しだった。

 

「よく考えたら助けてくれた訳っすからね! あれこれ聞き回るのも良くないっすよね!」

「そーそーその通り。俺らは自分の仕事をきちんとこなしゃあいいんだよ。それはどこの会社でも変わんねえだろうさ」

 

 そこで先輩は話を切ると、くぁと大きなあくびをした。

 

「つー事で、だ。日本までまだ時間がかかる。寝るぞ」

「あんま眠くないっすけど……」

「そりゃ疲れを感じてないだけだ。いいから寝とけ」

「うす……」

 

 そしてしばらくの後、二人は並んで寝息を立てていた。日本に帰った後、どうやってか先に戻っていた猗窩座に会って驚く十数時間前の出来事であった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〇色変わりの刀(平成)

 

 

 数百年ぶりに上皇が誕生すると巷で話題になり、平成から令和に移り変わろうとする頃。黒死牟は無限城で、日輪刀を手に無惨と向き合っていた。

 

「どうした黒死牟、さっさと来るが良い」

「は……」

 

 無惨の忠実なる部下たる黒死牟が、何故その主に刀を向けているのか。その理由は、数日前に遡る。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 とある日曜日の午後。どこか気怠い雰囲気の中、黒死牟と三日月流師範は、縁側に座って囲碁を打っていた。

 

「待った……」

「またですか……これで三度目ですよ」

 

 師範は呆れたような目で黒死牟を見る。黒死牟は囲碁が趣味なのだが、残念な事にあまり強くは無いのだ。五百年も続けていてこれなので、剣と違ってこちらにはあまり才がなかったらしい。

 

「まあいいですが……」

「かたじけない……」

 

 そうしてまたしばらく、パチリパチリと石が碁盤に打ち付けられる音だけが響く。数手ほど進んだところで、師範がふと何かに気付いたように顔を上げた。

 

「そういえば、師範代に見て頂きたい物を手に入れたのです」

「何だ……?」

「現物があった方が説明しやすいので、今持ってきます」

 

 腰を浮かせようとする師範を、黒死牟が呼び止める。

 

「まだ……対局は、終わっておらぬが……」

「いえ、そこの大石はもう死んでおりますので。ここからの逆転はもう無理でしょう」

「………………」

 

 その言葉に黒死牟は盤面を見る。言われて初めて気づいたが、五十子ほどの大石が欠け目になって死んでいた。おまけにそれに連鎖して、生きていたはずの別の石まで死んでいた。ここからの逆転は、たとえ本因坊秀策でも不可能であろう。黒死牟の表情は変わる事はなかったが、どこか雨に打たれた犬のような雰囲気を醸し出していた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「それで…………見せたい物というのは…………それか…………」

「はい、この刀です」

 

 普段より『……』が若干多い黒死牟だったが、気を取り直して師範の持って来た刀を見る。とそこで、僅かに背筋に嫌な感覚が走った。

 

「日輪刀、か……? いや、しかし……」

 

 日輪刀は鬼の天敵。故に相対すると本能的に、“何となく嫌な感じ”がする。それは日光を克服した現在でも変わらない。その感覚を目の前の刀から覚えたのだが、黒死牟の知る日輪刀からの感覚とは、どことなく異なる気がした。

 

「やはりそうなのですか……まあ百聞は一見に如かず、とりあえず見て頂きたい」

 

 師範は刀を鞘から抜き放つ。鈍い白銀に輝く刀身が、白日の下に晒された。だがその()を見た黒死牟の眉根が、訝しそうに寄せられた。

 

「色が……変わっておらぬ……?」

 

 強い剣士が日輪刀を握ると色が変わる。この師範の強さなら確実に変わる、もしくはすでに変わっているはずである。すでに変色済みの刀ならその色に固定されるが、黒死牟が見る限りそのような事はないようだった。

 

「日輪刀では……ないのか……?」

「私も最初はただの刀かと思っていました。ですが――――」

 

 師範は両手で柄を握り、力の限りをそこに込める。すると驚いたことに、刀身が根本から薄紫に染まっていく。薄紫、即ち藤色は月の呼吸の剣の色だ。“色変わりの刀”である事のこの上ない証左であった。

 

「――――このように、強く握ると色が変わるのです。そして力を抜くと元に戻ります」

「ほう…………」

「噂に聞く日輪刀かとも思ったのですが、日輪刀は力を込めずとも色が変わる上、一度変わると戻らないという話でしたので、やはり別物なのかとも……」

 

 少し考えた黒死牟が、刀に目を向け話し始めた。

 

「材料は……日輪刀と同じであろう……。……おそらく、作り方が……違うのだ……」

「作り方、ですか」

「日輪刀を……作ろうとして、失敗したのか……、何も知らぬ者が……偶然日輪刀に使われている……鉄を見つけて作ったのか…………。あるいは……そのどちらでも……ないのかは……、分からぬが……」

 

 日輪刀の材料は、陽光山という場所で“太陽の光を吸い込んだ鉄”だ。が、これは要するに“地表に露出した鉄”という事である。陽光山は立ち入り禁止という訳でもないので、何も知らない人間がたまたまその鉄を見つけてそれで刀を打った、という可能性はある。

 もちろん単に日輪刀の失敗作が出回っただけかもしれないが、ひょっとこの鍛冶師たちが既に全滅しており、この刀にも銘がない以上、真相は藪の中であった。

 

「して……この刀を……どうするつもりだ……」

「そうでした、それが本題でした。今、各呼吸への振り分けは師範代に任せきりですが、これを使えばより分かりやすく出来るのではないかと」

「ふむ……」

 

 江戸時代、黒死牟に月の呼吸を教えられた男が立ち上げたのが三日月流剣術だ。故に三日月流剣術とは月の呼吸そのものであり、三日月流の門を叩いた者は必ず最初に月の呼吸を学ぶ。しかる後に自身に合った呼吸に移行するのだが、何が自身に合った呼吸なのか、というのは日輪刀抜きでは中々分かるものではない。故に今は、黒死牟が経験則から一人一人見て振り分けている。その作業を、この刀を使って代行しようという話だった。

 

「悪くは……ないな……。適性が……一目で分かるのならば……、鍛錬にも……身が入ろう……」

「それは良かった。これで師範代の負担も減りますな」

「私への……気遣いは、無用……。鬼に疲労は……存在せぬ故……」

 

 師範は何かを言いたげだったが、それは黒死牟がふと思いついた言葉を口にした事で喉から出る事はなかった。

 

「そういえば……その刀は、藤色以外にも……なるのか……?」

 

 日輪刀なら適性に合わせて色が変わる。が、これは日輪刀とは厳密には言い難い代物。万一程度の事だが、藤色以外には変わらない可能性も残されていた。

 

「……試しておりませんでしたな。とりあえず師範代、試されてみますか?」

「私が握っても……藤色になるだけだと……思うが……」

「もしも別の色になったら、欠陥品であって判別には使えないという事ですから」

「それもそうか……」

 

 黒死牟は刀を受け取り握りしめる。だがその色は、全く変わる事はなかった。

 

「む……?」

「もっと強く握ってください。相当に力を入れないと変わりません」

「あい分かった……」

 

 今度は両手をかけ、思い切り握りしめる。鬼、それも上弦の壱の剛力に晒された刀は、先程と同じように根元からその色を変えていく。だがその色は、月の呼吸のものではなかった。

 

「オレンジ……いや赫……? 藤色ではないという事は、やはり欠陥品……? 師範代はどう……」

 

 黒死牟の意見を聞こうとした師範は、ぎょっとして固まった。覗き込んだその顔に、眼が六つあったからだ。初見ではないとは言え、いきなり眼が増えればさすがに驚く。

 

「どういう……事だ…………!?」

 

 赫刀。日の呼吸の使い手にしか――より正確には、縁壱にしか使えなかったはずの刀の色。それを目にした黒死牟は、擬態が解ける程に驚きを露にしていた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「(そうだ……それを報告したところ、このような事になったのだったか)」

 

 黒死牟からの報告を聞いた無惨は、実験用として無限城に保管していた日輪刀で実験する事を命じた。その刀でも赫刀になる事を確認すると、鼠の鬼を使った実験を経て、無惨自身を斬るよう命令したのだ。

 

 日光克服に伴い、無惨以外の鬼も日輪刀を克服した。だが縁壱以外使い手のいなかった赫刀で斬られた場合どうなるか、それが分からなかった。かつて縁壱から受け、その後数百年に渡ってその身を灼き続けた赫刀の斬撃。その二の舞にならない事を、無惨は求めていた。

 

「どうした黒死牟。鼠の鬼でも、日光を克服していれば赫刀でも死ななかった。ならば、私を殺す事など夢のまた夢のはずだ。何をためらう事がある」

「しかし……」

「いいからやれ。私は、確かめねばならぬのだ」

「……………………は」

 

 ためらいを振り払った黒死牟が、()()の日輪刀を強く握りしめる。壊れんばかりの力を込められた刀は、黒死牟の記憶の通りに赫く染まった。

 

「…………」

 

 その色を目にした無惨の眉が、不快げにぴくりと動く。あのトラウマを、自らの身体を切り刻んだ、出鱈目な御伽噺の住人を否応なしに想起したのだ。よりにもよって黒死牟と同じ顔なので、不快感は倍である。

 

 とは言えここに来て止めるという選択肢はない。というか自分で言い出しておいて止めるなど、無惨のなけなしのプライドが許さない。故に赫い刀から勝手に逃げようとする身体を、今まで生きて来た中で最大級の忍耐力を以って押さえつける。

 

 そして赫刀が自身の腕を()()()()()時。無惨は歓喜の叫びを上げた。

 

「は、ははははははは……!!」

 

 過去に無惨を生死の淵まで追いやった赫刀は、その肉体に一切の影響を残す事はなかったのだ。日光を克服していない鼠の鬼を使った実験では、黒死牟の赫刀でも再生能力を阻害していたにも関わらず。

 

「成った……成ったぞ……! ついに私は、完璧なる生物に成ったのだ……!!」

 

 毒も効かず太陽も日輪刀も赫刀も効かない、究極の生物。老いず、朽ちず、死なない、完璧な生物。無惨が夢見て焦がれたそれに、ようやく手が届いた――――いや、()()()()()()()事を、今この瞬間に確信したのだ。

 

「これでもはや日の呼吸だろうが赫刀だろうが、恐れる事はない……! 長かった、本当に長かったが、ようやくだ……!!」

 

 もはや無惨にとって脅威となり得るのは、核兵器くらいのものだろう。だがそうそう使われるものではないし、地面に潜るなり物陰に隠れるなりして直撃だけは避け細胞をいくらか残せれば再生できる。放射線は鬼にとっては問題にならない。であるならば、もはや無惨の生を阻むものは、地球上に存在しえないと言っても過言ではなかった。

 

「これで私は、永遠だ……!!」

「祝着至極に……存じまする……」

 

 無惨はこの世の誰よりも死から遠ざかってようやく、生の確信を得る事が出来たのだ。無惨が己が夢の名を付けた無限城に、その歓喜の声だけが響き渡っていた。

 

 

 なお無惨が日の呼吸を恐れる必要がなくなったので、縁壱の子孫である陽一の首が紙一重で繋がったのは全くの余談である。

 



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