【対魔忍RPG】まりの大冒険 ふたたび (unko☆star)
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その①

首都圏有数の犯罪都市、センザキ――

かつて東京のベッドタウンとして栄えた頃の面影はもはや無く、数々の犯罪組織や魔界の住人たちがひしめき合う闇の繁華街――

そんな街の通りを、臆するそぶりもなく歩く一人の少女の姿があった。

 

「久しぶりだなあ…もうあれから1年になるのかあ…」

 

対魔忍・篠原(しのはら)まり。

五車学園(ごしゃがくえん)に通う学生対魔忍(たいまにん)だ。

学生でありながら人並み外れた怪力と土遁の術を操り、クラス委員も務める真面目な少女。

もっとも、生来の天然・ドジっ娘な性質が災いして十分に力を発揮できないことも多いのだが――

 

(いろいろあったなあ…魔人さんに出会って…紅さんに出会って…オークさん達にもお世話になって……ふふっ)

 

1年前、彼女は任務の帰りにある事件に巻き込まれ、偶然知り合った流浪の対魔忍『心願寺紅(しんがんじくれない)』と手を組みこれを解決した。

五車では“本の魔人事件”として記録されているこの騒動、表向きはまり一人の手柄とされているが、実際は紅の協力無くしては解決できなかった事件であった。

 

(プライベートでセンザキに来るのは初めてだけど…まずは、あのときの酒場に行ってみようかな…オークさん達にはちゃんとお礼できてなかったし…紅さんにも、会えるかもしれないし…)

 

1年前はおっかなびっくり歩いた道を、迷いなく進んでいくまり。

“本の魔人事件”、そしてこの1年で積んだ修練の数々が、確実に彼女を成長させていることが見て取れた。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「あれ…?」

 

酒場への道を急ぐまりの目に、見慣れない光景が飛び込んできた。

荷台に屋根と調理場を設け、暖簾を下げた古風なリヤカー…今や珍しい、移動式の屋台だ。

 

(へえ…センザキにあんなのがあるんだ……って、なにか言い争いしてるような…?)

 

どうやら店主らしい男が何度も頭を下げ、客がそんなことにはおかまいなしで怒鳴りつけているらしい。

 

「だから酒を出せってんだろうが、えーーーつ!?」

「すみませんが、何度も申し上げました通り今日はもう店じまいでして…」

「九竜会の俺様に出す酒が無いってのか、あーーん?」

「いえ、ですからその…話を…」

 

(ああ…あのお客さん酔いすぎだよ…全然お店の人の話聞いてないし…)

(そういえば、去年魔人さんに出会った時もこんなシチュエーションだったなあ…)

 

少し懐かしい気持ちが沸くが、ともかく黙って見過ごすことはできない。

 

「あのぅ…そのくらいにしませんか…?」

「おーん?なんだあテメェ…?」

「お店の人、今日はもう閉店だって言ってるじゃないですか…別にお客さんのことがどうとかじゃなくて…とりあえずまずは落ち着いて…」

「なめるなっメスブタァッ」

 

ドンッ。

 

「はうっ」

酔っ払いがまりを突き飛ばす。

不意を突かれたまりが後ろ向きに倒れる。

 

ドサッ。

 

――かに思われたが、何者かがその背中を受け止めた。

 

「まったく、相変わらず揉め事に首を突っ込むのが好きなようだな、君は」

 

それはまりがよく知った声であった。

 

「紅さん!」

「久しぶりだな、まり。春の任務以来か」

 

まりを支えた女性――心願寺紅がまりに微笑みかけた。

 

「すまないが、店主はこの後私と約束があるんだ。今日は別の店に行ってくれないか」

「何度も言わせるなってんだろ!俺は九竜会だぞ!?俺が酒を出せって言ったら出すんだよえーっ!」

「九竜会?…ああ、お前あそこの構成員なのか。あのシフォンとかいう女のいる…」

「貴様―っ美鳳(メイフォン)様を愚弄する気かあっ」

 

上司の名前を間違われて激昂した酔っ払いが懐から銃を取り出した。

 

ビシッ。

「痛ぅっ!?」

 

――が、瞬く間に紅の鋭い手刀で弾き飛ばされてしまった。

 

「本の魔人を取り逃がしてからは大人しくアミダハラに帰ったと思っていたが…。またセンザキに出しゃばってきているのか。ご苦労なことだな」

「ほ、本の魔人だあ…?テメェなんでそんな古い話を知って…る…」

 

手刀を食らった痛みが酔いを中和したのか、焦点の定まらなかった男の目がようやく紅をはっきりと見据えた。

その顔がみるみる青ざめていく。

 

「おまっ…対魔忍………あのときの…」

「なんだお前、あのとき私にのされた連中の一人か」

 

ずい、と紅が前に歩み出る。酔っ払いは素早く後ずさる。

 

「なんなら今から続きをしようか?せっかく再会できたんだ、今度は()()()相手になるぞ」

「あっ…あっ……」

 

もはや酔いは完全に冷めたようであった。男はへっぴり腰でガクガクと脚を震わせ、顔面蒼白となっている。

 

「あのぅ…」

まりが男になにかを差し出した。

「?」

 

「これ、落としましたよ。危険なものなんですからちゃんと安全装置をかけてくださいね」

「!!?はひーーっ!」

 

それは先ほど男の手から弾かれた銃…だったはずなのだが、重心がぐにゃぐにゃに曲げられて“ひねり揚げ”のようになってしまっていた。

まりが素手でねじってしまったのだ。

 

「ひーーっ!!!!」

男は差し出された銃を払いのけ、一目散に逃げていった。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「やるじゃないか。随分気の利いたあしらい方を覚えたな」

「い、いえ、そんな大したことじゃ…えへへ…」

まりが照れ臭く頬をかきながら赤面する。

“本の魔人事件”以来、紅はまりにとって最も尊敬する対魔忍の一人だ。

 

「今日はまた任務の帰りか?」

「いえ、今日は完全にプライベートで…その…紅さんに会いに…」

「…そうか。思えば春の任務の時はゆっくり別れを言う暇も無かったからな…。私も心残りだったんだ」

「そうですよ!せっかく紅さんと学校に通えると思ったのに、いつの間にかいなくなっちゃうんですから!私の友達にも紅さんを紹介したかったのに!」

「いや…あれはその…まあ…色々と事情があってな、はは…」

紅は気まずそうに視線を逸らした。

 

 

――紅の生家、心願寺一党は、かつて五車に反旗を翻したふうま一族による反乱“弾正(だんじょう)の乱”に加担したことで里を追われた一族である。

もっとも積極的に反乱に加わったわけではないため、五車の長『井河(いがわ)アサギ』は追放に反対であった。

 

――が、紅の祖父『心願寺幻庵(しんがんじげんあん)』は追放を受け入れた。

心願寺を追放せよとの動きにはふうまの力を削ぎたい政府による横槍があったとされ、逆らえば無用な血が流れると判断したのだ。

かくして幻庵は隠居の身となり、紅も祖父の意思を継いで五車に所属しない流浪の対魔忍として生きてきた。

 

――しかし今年の春、心願寺の忍が井河アサギを暗殺せんとする事件が起きた。

紅は井河アサギから特別の許しを得て五車に学生として潜入し、従者の『槇島(まきしま)あやめ』と共にこれを捕らえた。

 

――「あなたが望むなら、このまま五車に残ってもいい」

アサギからの願ってもない申し出を、紅は固辞した。

(おじいさまが五車と心願寺のため、苦渋の思いで結んだ誓約を、今さら私が破るわけにはいかない…)

 

かくして、紅は再び五車を去り、以前と同じく流浪の対魔忍として生きる道を選んだのだ。

 

 

「お二人とも、有難うございました。紅さんと…」

「あ、私、篠原まりです」

「篠原さん。本当に有難うございました。助かりました。」

 

屋台の店主が何度も頭を下げる。

見るからに苦労を重ねてきた風貌で、真っ白な頭のところどころが丸く禿げあがっている。

 

――後に、実はまだ30代なかばであったことを知らされたまりは驚愕することになる。

 

「こちらは森浦(もりうら)さんだ。今日はこれから仕事の依頼を聞く予定だったんだが…場所を変えたほうがいいだろうな」

「では、私の家に…少し離れていますが…」

「あ、それなら私、屋台引きますよ!こういうの得意なので!」

 

「いえそんな…助けていただいたうえにそんなことまで…」

「お言葉に甘えさせてもらいましょう、森浦さん。彼女はこう見えてかなりの力持ちなんですよ」

(えへへ…紅さんに褒められてる…)

 

顔をニヤけさせたまりが屋台を引いて歩きだす。

 

「…まり、もし良ければなんだが…このまま私の仕事を手伝って貰えないか?」

「えっ」

「せっかくのオフに申し訳ないんだが、君の力があれば私も心強い。もちろん報酬も」

「やりますっ!私、頑張りますっっ!!」

 

(また紅さんと一緒に戦える!)

 

高揚感でハイになったまりが恐るべきスピードで屋台を引いていく。

 

――家と逆の方向に進んでいることを告げる森浦と紅の声で引き返したのは、100メートルほど進んでからであった。

 




ハーメルンに対魔忍二次創作を放てッ

まりの大冒険は2020/5/22まで復刻中なんだ
みんなで対魔忍になるんだ
絆が深まるんだ



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その②

――センザキの中心部は、戦争難民が大量に流入して築いたスラム街である。

この区域を中心に数々の犯罪組織が巣食い、“闇の繁華街”センザキを形成した。

森浦の住居はそんなスラム街の一角にある。

 

「こんな場所で恐縮ですが…紅さんはイカがお好きと伺いましたので…」

森浦が台所から料理と酒を運んで来る。

 

皿には焼いたイカを緑のタレで和え、香草のようなものを散らしたものが盛られている。

「木の芽和えですか。良いですね」

「昔、店を構えていたころはこういうのも得意だったんですが…屋台になってからはどうも…はは…」

 

ぺこぺこと頭を下げながら酒を勧めようとする森浦を紅が手で制する。

「すみませんが、仕事中は…」

「ああ済みません、いつもの癖で…」

「ふふふ」

 

紅の隣に座ったまりがニヤニヤと笑みを浮かべながら紅を見つめている。

「…なにか変なことを思い出してるんじゃないだろうな」

「い~えっ♪ぜんぜんそんなことありませんよっ♪」

 

紅は酒に弱いわけではないが、飲みすぎると泣き上戸になる癖がある。

普段のクールさが嘘のようにめそめそと語りだし、誰彼構わず愚痴をこぼしまくる。

まりは1年前の事件でそれを目にしたことを思い出していたのだ。

 

(あの時の紅さん、可愛かったなあ…最後は私と間違えて電柱やゴミ箱に話しかけて…)

 

「やっぱりなにか思い出してるだろう」

「そんなことないですよ~♪」

まりは紅をはぐらかしながら皿の上のイカに箸を伸ばし、ぱくりと頬張った。

 

「美味しいっ!」

「ありがとうございます」

失礼、と断りながら自分のグラスに酒を注いだ森浦が顔をほころばせる。

 

紅はまだ憮然とした様子でまりを睨んでいたが、やがて小さくため息をつき、森浦に向き直った。

「森浦さん、そろそろ…」

「……はい。依頼というのは他でもありません…。私の娘を探して頂きたいのです」

グラス傾け、唇を湿らした森浦が語りだす――

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

――森浦には『和香(わか)』という名の娘がいた。

母親は和香が小学校に上がる頃亡くなっているが、森浦は再婚せず男手ひとつで和香を育てた。

森浦の料理の腕はなかなか評判がよく、経営していた店も小さいながら父娘が食べていくには困らない程度には繁盛していたという。

 

――しかし5年前、外出先から森浦が戻ると、店は荒らされ、金目のものは全て奪い去られていた。

それだけではない、留守番をしていたはずの和香と従業員の女性…こちらは『美春(みはる)』といった…も行方不明になってしまったのだ。

 

――店内は派手に荒らされてはいたが血痕などの痕跡はなく、二人は犯人に連れ去られたものと考えられた。

しかし警察の捜査は遅々として進まず、森浦は自ら人を雇って行方を捜し始めた。

探偵、興信所、果てには怪しい稼業の人間まで…。しかし手がかりは掴めなかった。

やがて財産が底をついた森浦はこのスラム街に移り住み、不法投棄された資材でこしらえた屋台でなんとか日々生きていける程度の稼ぎを得て暮らしていたのだ。

 

 

「正直、私も諦めていました…無我夢中で探しまわってもなにも見つからず……雇った人間も、正直、その……金をふんだくって行方をくらますようなのが何人も……さすがに、疲れ果ててしまいまして…」

「もう酒だけが生きがいのような毎日で…もっとも、自分で飲むぶんなんて大して買えないので…飲んだくれのくせにまあまあ健康という……ええ、今日は特別です、ははは…」

 

 

――しかし、先日。森浦はセンザキの繁華街で男と連れ添って歩く美春らしき女性を見かけたのだ。

「美春!」

森浦が名前を呼ぶと女は血相を変えて駆け出し、森浦もその後を追いかけようとした。

 

――が、すぐに女と連れ添っていた男に襟首を掴まれてしまった。

「おいっ!なんだテメェは!」

「放してくれっ…あのっ…美春っ…」

「ドブネズミがっ!!」

ゴッ。

 

――顔面を殴られて気絶した森浦が目を覚ました時には、男も美春らしき女も跡形もなく消えていたという。

 

 

「私も気が動転して、はっきりと顔を見れたのか自信はないんですが…あれは美春でした。ええ。間違いありません」

ぐい、と酒を飲み干した森浦が続ける。

「だって、そうじゃなきゃおかしいじゃないですか…美春の名前を呼んだだけで慌てて逃げ出すなんて…」

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

幸せな生活が一瞬で崩れた、あまりにも悲惨な身の上話。

しかし、それを語る森浦の様子にまりは違和感を覚えていた。

(なんだろう、この…引っかかるような感じ…?)

 

ちら、とまりは隣の紅の顔を見やった。

「……」

紅もなにか腑に落ちない顔で腕を組んでいる。

どうやら彼女もまりと同じ“何か”を感じているらしい。

 

「森浦さん、もう少し詳しくお聞きしたいことがあります」

「はい…?」

「美春さんについてです」

「あ、美春の…。はい、なんでしょう…」

森浦はグラスに目を移し、また酒を注ぎはじめた。

 

(そうだ、森浦さん…美春さんの名前を出すときだけ…なんというか…)

 

挙動がおかしい。

眼がきょろきょろと泳ぐ。

露骨に目の前の二人から視線を逸らす。

(まるで…)

 

 

() () () () () () () () () () () () () ・・・

 

 

「あなたと美春さんは、どのような関係だったんですか?」

「え…?」

酒を注いでいた森浦の手が、慌てて瓶をひっこめた。

グラスの酒はもう少しであふれそうなところまで注がれている。

「どのような、と言われましても…彼女はただの従業員で…」

 

「あなたは、美春さんと()()()()()()だったのではありませんか?」

「!!!」

びくり、と森浦の体がこわばる。

 

 

沈黙。

 

 

「森浦さん」

紅が沈黙を破った。森浦は俯いている。

「私は、一度受けた仕事には全身全霊でかかります。あなたのために命を懸けます」

「………」

「どうか、全て打ち明けてください。それが手掛かりになるかもしれない」

「…………」

 

 

やがて森浦は小さく頷き――静かに語り始めた。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

――森浦と美春は一緒に働くうちに惹かれ合い、関係を持った。

店が忙しくデートなどはあまりできなかったが、森浦がプロポーズを決心するまでにそう時間は必要としなかったという。

 

 

「和香と美春はとても仲が良かったんですよ…3人で上手く店を切り盛りして…これなら、本当の家族になれるかと…」

「ええ、美春は承諾してくれました。大層喜んでくれて…」

 

 

――しかし、父から再婚話を打ち明けられた和香は、思いがけず猛反対した。

「そんなことをするなら私は出ていく。父親とも思わない」

「私は美春さんをお母さんなんて思えない」

「お父さんはお母さんを忘れてしまったのか」

 

 

「娘があんなに怒るのを見たのは初めてでした…私も呆気にとられてしまって…」

「いえ、私が無神経だったんです…子どもにとって母親がどういうものなのか…娘が、小さい頃に亡くしてしまった母親をどう思っていたのか…考えもせずに…」

 

 

――和香が反対している以上、再婚は諦めるしかない。

だが、かといって何事もなかったようにまた3人で暮らすこともできない。

再婚話の頓挫は3人の間に決定的な亀裂を生んでしまったのだ。

 

「美春には、店を辞めてもらうように言いました…。友人のつてで、次の就職先を紹介して…」

「美春には反抗されました…わんわんと泣きじゃくって…」

「でももう私は耐えられなかったんです…それで……金を、渡したんです…もうこれで出て行ってくれと…」

 

「事件が起きたのは、その10日後でした…」

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

(それは…美春さんからすれば、プライドを傷つけられただけだっただろうな…)

紅はじっと、考えこんでいた。

 

仲が良かったはずの娘に裏切られた。

愛し合っていたはずの男に金で別れてくれと言われた。

美春はそう感じたのだろうか…。

 

 

 

「私の無神経さで、あんなことになってしまって…娘とも、仲違いしたっきりで…」

「娘に会いたい。謝りたい。今の私にあるのはそれだけです。それだけを思って、この5年間、生きてきました…」

 

最期の方は吐き出すように語り終えた森浦が、グラスの酒を一気にあおった。

半分以上が口に入らず、派手に床や服にこぼれた。

 

まりが拭くものを探しに席を立つのと、紅が次の質問を投げかけるのとが、ほぼ同時だった。

 

「森浦さん、もうひとつだけ。美春さんらしき女性と連れ添っていた男…あなたを殴った男の特徴は覚えていますか?」

「坊主頭で…顔はよく見ていません。背はかなり高くて…」

(気が動転していたそうだし、顔を覚えていないのも無理ないか…)

 

「……そうだ…チャーム…」

 

「チャーム?」

「はい、星の形をしたチャームを腰に下げていました…大きいのと、小さいのと、何種類も…」

まりが台所からタオルを持って戻ってきた。

 

「すみません、ちょっとお借りしました~」

「いえ、大丈夫ですから…」

「ダメですよ、すぐに拭かないとシミになっちゃいますから。服もすぐに洗濯してくださいね!」

床と森浦の服を拭きながらまりが言う。

 

「森浦さん…」

「はい?」

「その…和香さんのこと、絶対に見つけ出しますからね!美春さんも!きっと仲直りできますよ!」

 

「あ…」

「紅さんと私に任せてください!私はまだ学生ですけど…紅さんは、すっっっごい対魔忍なんですから!」

 

(まったく…あんな話を聞かされたのに、よく明るく振舞えるな…)

(…いや、こういうところがまりの良いところだ)

ふっ、と紅の顔から笑みがこぼれる。

 

「ごちそうさまでした、森浦さん。これから調査に向かいます」

紅が席を立ち、脇に置いてあった二本の刀――祖父から受け継いだ小太刀『白神(はくじん)』『紅魔(こうま)』を腰に差した。

 

「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです!」

タオルを畳んだまりがぺこりと頭を下げる。

 

「よろしく…よろしく、お願いします」

まりの元気に癒されたのであろうか、森浦の顔にも、少し、笑顔が戻っていた。

 



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その③

「ああ、そりゃあオソメ・ブラザーズの兄貴のほうだろ…。星のチャームね、うん。アイツしかいねえわ…」

 

――センザキの一角にある安酒場。

そのカウンターに紅、まり、そして傭兵らしき姿のオークが腰かけていた。

 

「オソメ・ブラザーズ?」

「港の倉庫街を根城にしてる半グレ兄弟だよ…ゲスな商売で稼いでるクソ野郎さ…本名は染谷(そめや)って言うらしいがな…」

「お前にそこまで言われるということは、よほどの悪党らしいな」

 

「ガハハ!ひでーな紅よお、俺はお前に言われて以来、ちゃーんと週に1回風呂に入ってるんだぜ!」

「自慢するな。そもそも風呂は毎日入るものだ」

「ククク酷い言われようだな…まあ事実だからしょうがないけど」

 

紅と軽口を叩きあうこのオークは、傭兵稼業のなかで紅と知り合い、たまに顔を合わせれば一緒に酒を飲む間柄になった。

紅が魔のモノの血を引いていること――長くなるためここでは詳しく触れないが――そのこともあり、もともと紅は人外の存在に対しても偏見無く接する。

 

「なら生活習慣を改めろ。今だって匂うぞ。不潔な連中とばかり付き合ってるから気にならんのだろうがな」

 

 

――もっとも、少々言葉遣いは悪くなるが。

 

 

「しかしまりちゃんも久しぶりだよなあ!連絡先も聞けないうちに帰っちまったから、俺あ寂しかったぜえ…?」

「あうう、すみません…。ちゃんとお礼をしなきゃとは思ってたんですが…。なかなか時間がなくて…」

「ガハハハハ!謝ることじゃねえよ!今日またこうして会えたんだからな!」

 

“本の魔人事件”で紅とまりの窮地を救ってくれたこともあり、かつては異種族に対して恐怖心を抱いていたまりも、このオークにはすっかり心を許している。

 

 

 

「話を戻すぞ。そのオソメ・ブラザーズとかいう連中についてもっと詳しく教えてくれ」

「…ん?ああ、別にいいけどよ…」

ふいに、オークはきょろきょろと店内を見まわした。

 

傭兵やならず者が集うこの酒場は、明るいうちからぞろぞろと客が押し寄せ、夜更けまで下卑た会話と笑い声でいっぱいになる。

しかし、今日は比較的人が少なく、店の入り口から一番離れた奥の席が空いていた。

 

「…奥、行かねえか?別に変なことはしねえからよ」

「万一そんなことをしたら酔い覚ましをプレゼントしてやろう。強烈なやつをな。もっとも二度と銃が握れなくなるかもしれんが」

「ガハハ!こわいねえ~」

 

3人はカウンターから奥の席に移動し、オークが新しい酒を注文した。

「悪いな。どうせみんな酔っぱらって俺たちの話なんか聞こえねえと思うが…それでも、な。楽しく酒飲んでるときに聞きたい話じゃねえんだわ…あの兄弟については…」

「さっき言っていた“ゲスな商売”というやつか」

「そう。あいつらはな…兄弟でスナッフ・ビデオを作って売りさばいてるんだよ」

 

「すなっふ…?」

まりがきょとんとした顔で尋ねる。

 

「なんだ、対魔忍の学校じゃそんなことも教えてくれねえのか」

「そんなことを授業で教える学校があるわけないだろう」

「対魔忍なら知っといたほうがいいと思うがなあ…スナッフ・ビデオってのは、人を殺したり、バラしたりする様子を撮影したビデオだよ」

 

「ひっ…!」

さあっ…とまりの顔が青ざめる。

「いるんだよ、そういうのを観て興奮したり、オナニーしたりするヘンタイが…とくにこういうガラの悪い街ではな…」

 

ジョッキの酒をがぶ飲みしながらオークが続ける。

 

「まず、弟の『狂二(きょうじ)』…ムカつくことに結構なイケメンなんだが…そいつが女をひっかけてくる。で、兄貴の『狂一(きょういち)』…こいつは飲んだくれのクソ野郎でな…女をレイプするなりバラすなりして…その様子を映像に収めて、闇のルートで売りさばくんだよ」

 

「ひっかけてくる女は、奴隷娼婦だったり、戦争難民だったり、家出少女だったり…まあ、身寄りがなかったり、突然いなくなっても騒がれないようなのを選んでるらしいぜ。おまけに奴らのビデオはお偉いさん…政治家だとか、ヤクザの親分にもファンがいるらしくてな。多少のことはもみ消されちまうんだと」

 

「その狂一というのが、私たちが探している男だと?」

「ああ、星形のチャームをジャラジャラ着けてたんだろ?それは()()()()()()()()をアクセサリーにしてるんだよ。小さい星が1人、大きい星が10人。最近50人を超えたから、全部大きいチャームに変えるとかなんとか…」

 

「ゲスが」

ギリ、と歯ぎしりをして紅は吐き捨てた。

「ああ、ゲス野郎だよ。すっかり酒がまずくなっちまった」

飲みかけたジョッキをテーブルに戻し、オークがため息をつく。

 

紅がポケットから小さな包みを取り出し、オークの前に置いた。

「それで飲みなおしてくれ。あと、その兄弟が根城にしてる場所を教えてくれ」

「いいけどよ…やっぱ乗り込むのか?下手に関わらないほうがいいと思うがなあ」

「私が半グレ風情にどうこうされるとでも思うのか?」

「ま、確かにそうか…。だが気をつけろよ。弟はともかく兄貴の方はかなり腕っぷしが強いらしいからな」

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「行こう。急いだほうが良さそうだ」

「はい…」

不安げな表情のまりが紅に続いて店を出る。

 

(嫌な予感がする…たぶん、紅さんも同じことを…)

 

しかし、前を歩く紅の足取りはぶれない。

(ううん、余計なことは考えないようにしなきゃ…紅さんの足手まといにならないように…)

 

(どうか…どうか、間に合ってくださいっ!)

祈るような気持ちで、まりは紅の後を追いかけた。

 

 

 




今週のプレイ・ボーイ買ったけどやっぱり猿先生は天才なんだ
還暦過ぎてなおライブ感溢れるストーリーを圧倒的な画力で描き続ける超人を超えた超人なんだ

まあライブすぎて物語の着地点はまったく見えないんやけどなブヘヘへ




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その④

――センザキ港は、江戸時代の埋めたて工事によって築かれた歴史ある港である。

かつては大規模な石油コンビナートを中心に様々な企業が工場を構えて栄えたが、今はその全てが稼働を停止。

放棄された工場や倉庫は犯罪組織の根城と化し、国籍不明の船が夜な夜な停泊する危険地帯と化している。

 

 

まりと紅は、オークから聞き出した倉庫の前にたどり着いていた。

外から中の様子は見えないが、明らかに人の気配がする。

 

「準備はいいか?」

「…はいっ」

まりが力強く頷く。

 

(大丈夫…紅さんが一緒だから…それに、私だって…たくさん修行したんだから…)

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

倉庫のカギは開いていた。

一歩足を踏み入れると、中はあらゆるものが散乱する“ゴミ屋敷”と言うべき空間であった。

 

衣類、雑誌、食べ物のパッケージ、ぼろぼろの家具、壊れた電化製品、よくわからないどろどろしたもの――おそらくもとは生ゴミだったのだろう――それぞれがごちゃごちゃに散らばり、あるものは異臭を放ってる。

対魔忍として数々の修羅場を潜り抜けてきた紅も、さすに鼻をしかめざるを得なかった。

 

 

 

――よく見ると、倉庫の中心には比較的きれいなソファー、テレビ、テーブル、パソコンなどが集められたスペースがあり、ちょうどリビングのような空間になっていた。

そのソファーの上で、大柄な男が一人、寝そべって酒を飲んでいる。

 

「…あ?オンナ…?」

二人に気づいた男が振り向く。

 

「狂二のやつ、もう次の女優を見つけて来たのかあ…?」

「ブヘヘ…ついこないだ撮影したばっかだってのに…おにいちゃん疲れちゃうよお…」

目の焦点が合っていない。よく見るとテーブルの上に注射器のようなものも見える。

 

 

 

ぞくっ。

 

(ついこないだ…() () () ()…?)

まりの額から冷や汗がふき出す。

 

 

 

「夜分にすまない。私たちは人探しをしているんだ。この女性を…」

紅はあくまで丁寧に、和香の写真を男に差し出した。

「さがすう…?」

 

男は右手に持っていた蒸留酒の瓶を左手に持ち替え、空いた手の親指でこめかみをぐりぐりと刺激しながら、写真に目の焦点を合わせようとしている。

不用意に持ち替えた酒瓶は傾き、こぼれた酒がソファーを濡らしているが、気にする様子はない。

 

「……ああ、客かよ…ヒヒっ…可愛い顔して()()()かよ…まあ…見かけによらねえよな…こういうこたあ…」

男はよろよろと立ち上がり、テーブルの横に置かれたパソコンの前に腰を下ろす。

 

その腰には、10円玉ほどの大きさの、星形のチャームが5つ、ぶら下がっていた。

 

「ネエちゃんたち初めてだよな……誰から聞いてきた…?…いや、いいや…大体想像つく…狭い業界だからな…ヒック…」

「初めてにしては…ヒック…目の付け所がいいや…ヒヒ…こいつは大ロングセラーだからな…」

 

 

 

心臓が早鐘を打つ。

呼吸が荒くなる。

まりは、無意識のうちに紅の体に身を寄せていた。

紅は微動だにしていない。

 

 

 

「最近はいろいろと…昔より難しくなってなあ…ヒック…この場でモノを確認してもらって…OKならディスクに焼いて渡すんだ…」

のろのろとキーボードを操作しながら男が言う。

「……準備オーケー…ヒック…ほれ、確認しな…間違いないと思うがね…ヒヒ…」

 

カチッ。

男がマウスをクリックした。

 

 

 

「!!!!うわあああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

まりの絶叫。

 

 

 

――モニターに映し出されたのは、地獄だった。

 

 

 

――それは、少女が破壊されていく映像。

ノコギリで足を切断され、鉈で手を叩き潰され、ペンチで歯をへし折られていく。

 

 

――悲鳴。

 

――笑い声。

 

――グチャグチャ。

 

――「お父さん」――

 

 

「この()()で間違いないだろ?ヒヒ…。名演だろ…今でも忘れられねえや…」

 

男が――オソメ・ブラザーズの狂一が、夢見ごこちでモニターに向かって語り掛ける。

半開きの口をぎこちなく動かすその様子は、明らかに薬物の影響であった。

 

「同じ女優でも奴隷娼婦なんかはよ…もう頭が()()()()()()()…いざクライマックスってときも大して反応しないようなのが多いんだ…」

「この撮影のときは運が良くてなあ…久々に生きのいいのが手に入ったんだよ…ヒッ…」

 

「もちろん俺様主演のレイプ・パートも収録されてるからな…。クク…。続きは製品版で…」

再生画面を閉じた狂一が振り向く。

 

まりは両耳を塞ぎ、震えながらしゃがみ込んでいた。

「なんだあ…刺激が強かったか…?でもあんたの方は問題なさそうだな…ヒヒッ…」

「…。」

 

紅は微動だにしていない。

 

「さ、金だ…。持ってきてるんだろ…。ヒヒ…。しかしアンタ良い体してるよなあ…。どうだ、この後…」

狂一が下品に指を動かしながら紅に右手を伸ばす。

 

 

 

――その右手が、手首から切断された。

 

 

 

「…は?」

「酔い覚ましだ。少し飲みすぎているようだったからな」

「はひーっ!」

 

「なにっ、すんだテメエエエエ!!」

狂一が左手に持った酒瓶で紅に殴りつけてくる。

 

ザシュッ。

しかし、その手が今度は肘から切断される。

 

「うぎゃあああああああ!!!」

「少し効きが弱かったか?ヤク中には強めの刺激が必要ということだな」

 

もんどり打って床に転げ落ちた狂一に、紅がゆっくりと近づいていく。

その両手には抜刀した小太刀が握られている。

 

「なっ…なんだあっ…なんなんだテメエは…?」

「私たちは対魔忍だ。お前が言う()()の父上からの依頼で彼女を探しに来た」

「ふっ…ざけんなクソがああああああああ!」

 

狂一は悪態をつきながらも、背中を床に着けたままずりずりと交代することしかできない。

両手が無くなっていてはどうしようもない。

 

「私もこういったやり方は好きではなかったのだがな…貴様の素晴らしいビデオのおかげで興味が湧いた」

「ひっ…」

 

「“この後俺と付き合わないか”さっきはそう言おうとしたのか?」

「ひっ…」

 

「願ってもないことだ。() () () () ()――」

紅が小太刀を構える。

「ひーっ!!!」

 

 

バーンッ!

 

 

その時、倉庫のドアから別の男が駆け込んできた。

「兄貴!どうした!?」

 

金髪に優男ふうの整った顔立ち――オソメ・ブラザーズの狂二だ。

手には拳銃が握られている。

 

「狂二っ!対魔忍だっ!殺せっ!ぶっ殺せっ!!」

狂一が吠える。

「兄貴から離れろおっ!」

 

パン!パン!

 

狂二が紅に向けて発砲した。

 

風陣斬(ふうじんざん)!」

キイイイィイン!

 

紅の斬撃が弾丸を弾き飛ばす。

 

「まり!やるぞ!一気に片づける!」

まだうずくまったままのまりに向けて紅が叫んだ。

「君は対魔忍だろう!?立て!魔を討て!それが君の役目だ!」

 

「…っ!はい!土遁(どとん)土劉破(どりゅうは)!」

まりが拳を床に叩きつけると、いくつもの巨大な岩が床を突き破って生えてきた。

 

「なにっ!?」

「なっ…なんだあっ!?」

 

 

「絶技・旋風陣(せんぷうじん)!」

ゴオオオオオオォォオオオオオ――!!

 

紅の刃が生んだ風が岩を砕き、鋭利な礫を含んだ暴風となってオソメ・ブラザーズに襲い掛かる。

 

「うわあああああああ!!!!!」

 

この技はかつて、二人が本の魔人を倒した際に編み出された必殺のコンビネーションである。

 

「貴様ら如きには勿体ない技だ…」

紅が呟く。

 

ガシッ。

 

その右腕を、何者かが掴んだ。

 

「なにっ」

ゴッ!

「うぐっ!?」

 

完全なる不意打ち。

腹に強烈な蹴りを食らった紅の体がくの字に折れる。

 

「はーっ!」

紅の右腕を左手で掴んだままの狂二が、うつむいた紅の後頭部めがけて右肘を振り下ろす――

 

「土遁・土劉破ッ!」

ドッ!

 

――間一髪。

二人の真横から生えてきた岩が狂二を突き飛ばし、腹を押さえながらよろける紅をまりが抱き止めた。

 

「紅さん!!」

「…!ゲホッ……!」

吐血。

 

(そんな…!紅さんが一撃で…)

 

「がああああああああ!」

体制を立て直した狂二が突進してくる。

 

「ッ!土遁・土劉破!」

まりが新たな岩を生やし、行く手を遮った。

 

「うらあああ!!!」

ゴッ!!

 

(うそっ!?)

なんと、狂二は素手で岩を破壊し、なおも二人に迫ってくる。

 

「せっ…ん風陣!」

ビュオッ!

 

「ぐうっ!?」

紅が再び繰り出した風が破壊された岩の粉塵を巻き上げ、狂二に降りかかる。

威力はないが、はじめから目くらましのための攻撃だ。

 

「距離を…取れ!…一旦…!」

「はい!土遁・土劉破!」

まりは無我夢中で狂二の周囲に岩を生やした。

 

ドドドドドドドドド――!!

「うううああああああああああぁぁああああああ!!!」

 

 

――轟音。

 

――――粉塵。

 

――――――狂二の絶叫――。

 

 

「はーっ、はーっ、はーっ」

 

粉塵が収まると、狂二が忌々しげに岩を弾きとばして這い出てきた。

 

「どこに行った…?」

衣服はズタズタに破れ、その下の肌が――いや、本来肌があるはずの場所には、無機質な金属性の装甲が覗いている。

 

「出てこい対魔忍!コソコソするんじゃねえっ!」

倉庫内は砂と砕かれた岩とが散乱しており、まりと紅はどこにも見当たらない。

 

「………う……」

うめき声。

 

 

「…じ…狂…二…」

狂二が声の方向に振り向くと、岩の下敷きになった狂一が助けを求めている。

「兄貴!」

 

「狂…ジ…おまえ…それ…」

「…ああ、これ…。ちょっとずつ手術したんだ…気づかなかったろ…」

「と、にかく…だして、くれ…」

「わかってるよ」

 

グッ。

 

狂二は兄に覆いかぶさった岩――ではなく、なぜか狂一の頭を掴んだ。

「…は?」

「……」

 

「おい…なにして…」

「兄貴…」

 

狂一の背筋が凍った。

 

自分を覗き込んだ弟の視線――声――どちらも人間のものとは思えなかった。

恐ろしく冷たい――まさに機械のような――。

 

「俺…撮影のときはずっとカメラマンだったろ…。たまには俺にもヤらせてくれって何度も頼んだけどさ…。兄貴、一回も耳を貸してくれなかったよな…」

「な、んだよ…なん、で、いま…」

「女をひっかけて来るのは俺なのにさ…。でも兄貴強いから…。いっつも最後は力で脅してさ…。だから強くなることにしたんだよ…俺も」

 

「があっ!?」

 

狂二の手に力がこもる。

「すげーだろ?実はもう脳以外は全部機械なんだぜ…俺…」

「奴隷娼婦抱いてもさ…ナンパした女抱いてもさ…ダメなんだよ…。俺は…兄貴と同じなんだよ…。()()()()()()()()()()さ…」

 

「気づいてたか、兄貴…美春と俺はデキてたんだぜ…。あいつ、本気で俺に惚れてて…自分だけは絶対殺されないと思ってて…。もう、イチかバチかでヤっちまおうと思ってたんだ…」

 

「あっ、あっ」

狂一が魚のように口をぱくぱく動かしている。顔がうっ血し、目玉が飛び出しそうだ。

 

「なのにさ…。あんなオヤジに見つかったからって美春を殺しやがって…。なにが証拠隠滅だ…。今更足がつくワケねえだろが…。」

「どうせラリってわけわかんなくなってたんだろ…。()()()はいつもそうだ…。もう限界だよ…。ああ…()()()()()()()()()()!」

 

 

「や゛め゛ロ゛お゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛ぉ゛オ゛ォ゛ぉ゛お!!!!!!!!!!」

 

 

バギャッ。

 

 

狂一の頭部が粉砕された。

 

 

「……………」

 

 

狂二は、手に残された兄の脳漿をじっと見つめ――

 

 

「…………………………ハッ」

 

 

ぐちゅぐちゅと、何度も手でもて遊び――

 

 

「アハハハハハはははハハハハハハぁハハハハハ!!!!!!」

 

 

――おぞましい、高笑いを上げた――。

 



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その⑤

(くそっ…サイボーグだったのか…。油断した…!)

 

巨大な岩盤の陰で、紅が腹の痛みを必死でこらえながら様子を覗っている。

 

「だ、大丈夫ですか…?」

「問題ない…。この程度…。しかし…」

 

(旋風陣を受けても無傷…。そしてあの怪力…。どうする…?)

(“奥の手”を使うしか…だが、このダメージでは…)

 

「紅さん」

「なんだ…?」

「私に、考えがあります」

 

ドクン。

 

まりを振り返った紅の心臓が激しく収縮した。

 

眼鏡の奥の瞳が鋭い輝きを放っている。

顔を合わせただけで、彼女の感情が流れ込んでくるようだ。

 

『決意』『覚悟』――そして――激しい『怒り』――

 

紅が今まで目にしたことがない“篠原まり”が、そこにいた。

 

 

(いや、違う…。私は…。私は、このまりを知っている…)

 

 

 

――(君の力が必要だ。協力してくれるか?)

――(はいっ!でも、どうやって――)

――(互いの為すべきことを。対魔忍であれば、それはわかるはず)

 

 

 

「フッ…。あの時と同じ、だな」

「でも、今度は立場が逆です」

「確かに…。ならば…」

「“互いの為すべきことを”、ですよね!」

「ああ!」

 

ひらり、と紅が岩盤を飛び越え、狂二の前に降り立つ。

 

「なんだ、出て来たのか…。ちょうどいいや、お前を俺の女優第一号にしてやる!」

「悪いが、私は黙って凌辱されるような女ではない…。対魔忍なのでな」

 

 

「ハアッ!」

紅が狂二に切りつける。

 

キイイイイン!

「切れねーよ!」

 

ボッ!

難なくガードした狂二の拳が唸りをあげて紅を襲う。

 

「くっ!」

紙一重でかわすも、狂二のラッシュは止まらない。

 

「ハーッ!」

ボボボボボッ!

 

(間合いを保て…!つかず離れず…!コイツの意識を、私に集中させる!)

 

 

「動きが鈍いぜ!ダメージ抜けてねえんだろお!?」

ブアッ!

 

「ウッ…」

致命的なアッパーが紅の顎をかすめ、体勢が崩れる。

 

「もらったあっ!」

狂二がトドメの一撃を紅に放つ。

 

ゴッ!

そのとき、狂二の背後から岩が隆起し、狂二に襲い掛かった。

 

「ワンパターンだなあ!対魔忍!」

しかし狂二は振り向きざまに裏拳で岩を破壊――

 

「はああああああああ!!!」

 

「なにっ!?」

さすがの狂二も完全に不意を突かれた。破壊した岩の中からまりが飛び出し、全力の右ストレートを打ち込んできたのだ。

 

(これは…マズイ!)

ガアアァン!

 

紅の斬撃をもろともしない狂二が、まりの拳を両腕でガードした。そこに込められた恐るべきパワーを瞬時に感じ取ったのだ。

 

(よし、狙い通りです!)

 

 

 

――(すげーだろ?実はもう脳以外は全部機械なんだぜ…俺…)

 

(違う…そんなはずありません!)

 

 

 

――(奴隷娼婦抱いてもさ…ナンパした女抱いてもさ…ダメなんだよ…。俺は…兄貴と同じなんだよ…。殺しながら抱かねえとさ…)

 

(この人にはある…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 

 

ドッ!!

 

 

 

まりの前蹴りが――規格外の破壊力を込めた足刀が――()()()()()()()()()()()()

 

 

「ここは生身…ですよね!」

――グジュリ。

 

「……ぷにっ」

 

 

狂二は聞いた――股間の左で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 

(つ、潰れえっ!?つぶれたアッ!?お、俺の、おれのがあっ?!!?!!)

(せ…生殖器は機械ではないッ!まりのやつ、とんだ奇策を…!)

 

「うりゃあっっ!」

すかさず狂二に肉薄したまりが、一本背負いで狂二を投げ飛ばす。

 

ドンッ!

「がはっ!?」

 

「ふんっ!」

後頭部と背中をしたたかに打ち付けた狂二の胸めがけて、まりが全体重をかけたエルボーを落とす。

 

ドガッ!

「ぐうっ…ううう~っ!」

 

なんとかガードした狂二だったが、まりの右手は流れるような動きで狂二の股間を捕らえている。

()()()

 

「ナイスディフェンス、です」

ギュッ。

 

「やめッ」

ぐちっ!

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!」

 

狂二は口から泡を吹き、がくがくと痙攣しながらのたうち回る。

 

ばっ、と飛びのいて距離をとったまりが、渾身の力を込めて両拳を地面に叩きつけた。

土遁(どとん)裂閃牙(れっせんが)!!!」

地面から巻き上がった土砂が蛇の形で渦を巻き、一斉に襲い掛かる。

 

ガガガガガガガガガガガガガガ!

「ぬうああああああああアアあああぁああああ!!!」

 

狂二のサイボーグ・ボディが、徐々に、徐々に砂に削り取られていく。

 

タッ。

紅が飛んだ。

 

「絶技ッ!旋・風・陣!」

ゴオオオオォォオオオ――!!

 

 

「う あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ・ ・ ・ 」

 

 

断末魔が風にかき消され――やがてそれが止むと――砂と金属片が、雨のように降り注いだ――。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「おい、立てるか?」

「だ、だいじょうぶですぅ~。ちょっと…力、抜けちゃって…あはは…」

地面にへたりこんだまりを紅が引き起こした。

 

「…本当に強くなったな、まり」

「ふえっ!?」

「私は、まだどこかで君を見くびっていたのかもしれない…」

 

「いえいえいえいえ!?そんな、ほ、褒めすぎですよう…。」

顔をふにゃけさせながら照れるまり。

 

(しかし、まさかあんな戦法を思いつくとはな…そら恐ろしい子だ…)

――実のところ、紅の顔には、若干の“苦笑い”が浮かんでいたのだが…。

 

「えへへへ…」

当のまりは、知る由もない――。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

――1週間後。

まりは、センザキにある紅のアジトを訪ねていた。

 

「あの後、倉庫に残されていた悪趣味なデータは全て回収した。…やはり、5年前に悪党どもを手引きしたのは美春さんだったらしい」

緑茶を運んできた紅が続ける。

 

「森浦さんの店に努める前の美春さんは、かなり荒んだ生活をしていたらしい。ようやく足を洗って、まっとうな人生を歩もうとしたところで森浦さんに雇われて…。プロポーズされたときは、本当に嬉しかったのだろうと思う」

 

「――だが、その幸せはあと少しのところで打ち砕かれてしまった。激昂した美春さんは昔の仲間に連絡を取ってしまい…あの惨劇に繋がってしまった…」

 

「でも、いくらなんでも…。あんなことをするなんて…」

「まさしく、“魔が差した”のだろうな。人は感情を爆発させると、時に思いもよらないことを――自分でもどうしてこんなことを、と思うようなことをしてしまう。自分のなかに巣くう“魔”に負けて破滅していく人を、私は何人も見てきた」

 

ズズ…と茶を啜った紅が苦々しげに顔をしかめる。

 

 

「対魔忍として戦い続けるならば、魔族や魔物だけでなく、人の心に潜む“魔”とも戦わなくてはならない。それが私たちの宿命なんだ」

 

「――だから、こういったことにも慣れていかなくてはいけない」

 

紅が茶碗を置き、折りたたまれた便箋をまりに差し出した。

「これは…?」

読んでみろ、と紅が目で語り掛ける。

 

 

 

 

――心願寺紅様・篠原まり様

この度は娘の仇を討って頂き、感謝のしようもございません。

ようやく私も、天国の娘に謝罪に赴く決心がつきました。

これも全て、お二人のおかげです。

本当に、ありがとうございました――

 

 

 

 

「…!!」

「私も、すぐ家に駆け付けたのだが…。遅かった…」

「そんな…!そんなのって…!!」

「気にするな。君は立派に任務を果たした。その後に起きたことは君のせいじゃない」

 

まりは俯いた。

涙が頬を伝わり、森浦の遺書に滴る。

 

「約束の報酬だ。それと…」

「私、いいです」

「受け取るんだ。それが依頼者への礼儀になる。それと、人の話は最後まで聞くものだ」

 

ドサッ。

 

紅がテーブルの上に置いたのは、札束が入った封筒と――何十冊ものノートだった。

 

 

 

「…?」

「森浦さんのレシピ・ノートだ。好きに使ってほしいという書置きが残されていてな」

 

「ええっ!?これ、全部ですか!?」

「ああ。すごいぞ、和・洋・中、君が好きな甘いものまでばっちり網羅されてる」

「ふわあ…」

 

「…まり。よければなんだが…私と料理の練習をしないか?」

「え?」

 

「いや、私もこういう漫画みたいなセリフは好きじゃないんだが…。ほら、あるじゃないか…。“森浦さんの料理を私たちが受け継げば、私たちの中で森浦さんは生き続ける”…とかなんとか…」

 

紅が照れ臭そうに頬をかきながら目をそらした。

 

「…ふふっ。ふふふふ…」

「わ、笑うなよ!私だって言おうか迷ってたんだぞ!でも、君が落ち込んでいたから…」

「ふふふ…すみません、紅さんが…まさかそんな…ふふふふふ…」

 

まりが眼鏡をずらし、人差し指で涙をぬぐう。

 

「…ありがとうございます。私なんかでよければ、ぜひ!」

「うむ。料理は食べさせる相手がいれば上達が早いと言うからな。二人で試食し合えば効率がいいだろう」

「楽しみです、紅さんの料理!」

 

「私もたまにはあやめに手料理を振舞ってみたいしな…。それと、あいつにも…」

「あいつ?」

 

「あ!?いやいや、あー…、あつい、暑いなあ、今日は!暑い!うん!」

(うわっ!?めちゃくちゃベタなやつだ!)

 

「もしかして、例の“王子様”のことですか?」

「なっ!!??!?」

紅の顔が爆発した。

 

「なななっ、なんの話だっ!?そ、そんなことは――」

「去年、酒場にご一緒したときにオークさんたちが言ってました」

「し、知らんっ!知らんぞっ!というか、酒の席での話を間に受けるんじゃないッ!」

「でも」

「知らないっっ!!!そんな奴はいないっっっッ!!」

 

紅はノートの山から一番上のものをひっ掴み、顔に押し付けるようにして読み始めてしまった。

 

 

(わかりやすいなあ…)

紅の、普段のクールさからは想像もつかない取り乱しぶりに唖然とするまり。

 

「じ、じゃあ、わたしはこの“和菓子①”って書いてあるやつからにしますね…?」

「………」

 

無言。

 

(はわわ…。ちょっと、怒らせちゃったかな…?)

紅の様子を覗いながらゆっくりと表紙を開く。

“団子”“汁粉”“揚げまんじゅう” ――和菓子好きの彼女にはたまらない言葉が並んでいる。

 

 

(…でも、いつか聞きたいな…紅さんの“王子様”の話…)

 

 

(きっとその人も、紅さんみたいに素敵な人なんだろうな…)

 

 

そんなことを考えながら、まりはページをめくりはじめた――。

 




初投稿でしたが楽しんでいただければ幸いです

今年の対魔忍RPGは春先の限定祭りやら決戦クエスト実装やらそに子コラボやらで話題に事欠きませんね…
シナリオも紅やまりの出番が増えて嬉しいし、これからも楽しんでいこうと思います


アイナピックアップガチャの話はするな、ワシは今メチャクチャ機嫌が悪いんや




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