Fate/天照 (yuto/ギルガメッシュ)
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断章
???


 「聖杯戦争」

 

 

 それは「聖杯」を争い奪い合う魔術師同士の殺し合いである。

 

 

 「聖杯」を求める魔術師は、その聖杯の力により呼び出された伝説の「英霊」たち、七騎のサーヴァントと契約し、覇権を争うのだ。

 

 

 その「英霊」たちを呼び出せてしまうほどの奇跡を実現したる「聖杯」は、必ずやいかなる願いも叶えることができるであろう。

 

 

 だが、これよりこの地で行われる聖杯戦争は、「聖杯戦争」であり、「聖杯戦争」ではない。

 

 

 もし彼の「英雄王」以上の存在である神霊自体が召喚されたなら………………

 

 

 それは「ハイ・サーヴァント」と呼ばれる存在だ。

 

 

 そんなことは人類の理解を超え、それに特化した「ムーンセル」でしか実現できないことだ。

 

 

 しかも「ムーンセル」が存在するのは、この世界とはまた違う別の世界線の話だ。魔法使いであれば見ることは可能かもしれない。しかしながらでもこちらの世界に持ち帰ってくることなど到底できない。

 

 

 だが仮に、「ハイ・サーヴァント」の召喚を「ムーンセル」にも頼らず、この世界で、この地上で、出来るのであれば、その者には聖杯はいらないだろう。

 

 

 神霊を呼び寄せることは極端にいえば、聖杯戦争の大本である「イエス」を召喚できるのと同じことだ。そうすれば聖杯戦争そのものが意味をなくしてしまう。

 

 

 だがそれでもその実現を求める者がいたのだ。

 

 

 いや、その者にはそもそも「聖杯戦争」などはどうでもいいのだ。意味をなくそうが、そんなことは些細な問題なのである。

 

 

 ただその者の野望だった。

 

 

 その実現のためにその者は、「聖杯戦争」を「目的」ではなく、「手段」として用いただけである。

 

 

 さらなる「奇跡」を求めて。

 

 

 だが、人とは欲深い生き物である。

 

 

 何もその者だけに与えられた特権ではない。この聖杯戦争に関わったすべての人物が各々の望みの果てに行動するのである。

 

 

 

 

 

 集められるサーヴァントは、本来は七騎。

 

 

 

 だが、その者の野望の前ではあまりにも足りない。あまりにも数がいない。質もない。魂の重みがない。だからその者は集めに集めたのだ。多くの欲望を。そして多くのサーヴァントたちを。

 

 

 現代、過去、未来。数多またの時間軸から呼び出される、実現や創作は問われない、人々がただ祀り上げ、昇華された大いなる化け物たち。

 

 

 戦いは熾烈を極め、激しく、醜く、鮮やかに、惨く、美しく、行われるのである。

 

 

 しかして、その戦いの先に、あるいはその欲望の行く末を知る者は、いつであっても本当の勝者のみなのだ。

 

 

 



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第一章 開戦の前奏
幕開けだ


聖杯に招かれた者たちが奇妙な運命により集結する。時期やここの能力は問われない。ただ聖杯に選ばれた者たちのみが集められるのだ。これは開戦までの前奏曲である。

 

 

 

セイバー   ???  マスター ???

 

 

 

アーチャー  ???  マスター ???

 

 

 

ランサー   ???  マスター ???

 

 

 

ライダー   ???  マスター ???

 

 

 

キャスター  ???  マスター ???

 

 

 

アサシン   ???  マスター ???

 

 

 

バーサーカー ???  マスター ???

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 ~日時不明~

 

「ランサー自害しろ」

 

「ごはっ」

 

 暗闇が広がる場所、杖をついた初老の男がいた。その男の一言により、目の前にいた大きな槍を持った男は自分の心の蔵をその槍で貫いていた。

 

「お、お前……」

 

 自身を槍で貫いた男は口から血を吐く。そしてかすれた声を出しながら命令した初老の男を睨みつけていた。

 

 今のこの行動、この男の表情から読み取れるように自身の意思ではなさそうだ。つまりそれは無理やり行わさせられたのだ。

 

 それをやったのは初老の男。初老の男は槍を持った男に自害を命じたのだ。

 

 その無茶苦茶な命令を実行させたのが、初老の男の左手の甲に光る『令呪』と呼ばれるものであった。その手には独特な文様が刻まれ、紅く光っていた。

 

 この『令呪』と呼ばれるものはかつて冬木と言う地で行われた『聖杯戦争』と呼ばれる儀式にて使われた代物である。

 

 『聖杯戦争』とは願望機たる聖杯を求めての魔術師同士の殺し合い。かつての英霊を呼び出し、契約して戦わせる。

 

 『令呪』とはその呼び出された英霊の契約者である者が英霊に対して持つ、魔力の結晶であり、回数制限のある絶対命令権である。

 

 呼び出された英霊はサーヴァントと呼ばれ、それを使役する魔術師はマスターと呼ばれる。

 

 なぜそれほどの代物である『令呪』が与えられている理由はサーヴァントは魔術師と比べられないほどの高位な存在であり、絶対的な力を持っているためである。魔術師依然に、人では決して抗うことは出来ない。それを抑え込むためにマスターには絶対命令権が与えられているのだ。

 

 『令呪』は魔力の結晶でもあるのでそのままサーヴァントに還元すれば、サーヴァントが持っている力以上を引き出すこともできる。

 

 だがこれはあくまで絶対命令権、サーヴァントの意思を捻じ曲げ、行うものである。単純な命令ほど効果は強く、『死ね』と言われても決して抗えない。

 

 別の話題になるがついでに説明するとこのサーヴァントには様々なクラスと言われるものがある。

 

 今、血を吐いてその場に倒れた槍を持った男は『ランサー』と呼ばれるクラスの『サーヴァント』であった。そして『令呪』を持っていることからわかるように初老の男はランサーのマスターである。

 

「ぐふ……が」

 

 自身の心の臓を貫いたランサーのサーヴァントはその場に倒れ、薄れゆく意識の中、眼光を光らせ激しい怒りを見せていた。しかし助かる術はない。倒れ込んで数分もすると全身の力は完全に途切れ、虚しく絶命した。

 

「騒がしいやつだ」

 

 初老の男からは退屈そうな声が漏れる。

 

 死んだサーヴァントの体は少し経つと光の粒子になって完全に消滅した。

 

 その様子を眺めていた初老の男はサーヴァントが消え去った後、自身に左手の甲に刻まれた独特な文様の『令呪』に目を向けた。今の命令により回数制限が減り、その文様は一部欠けてはいたが依然左の手の甲に存在している。

 

「『令呪』か、やはりマキリは天才的だな」

 

 令呪を見ながら初老の老人は微笑む。

 

「すべての世界線においてもこのシステムは生き続けている。すばらしい品だよ、これは」

 

 そう言いながら初老の男は暗闇の中で座っていた椅子から立ち上がった。

 

「あともう少しで100機か。10柱に分けた魂もあと2柱で完成する。だがまだまだだ。ならば続けるとしよう」

 



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彼は「我園」というルパン

~聖杯戦争開始半年前(2010年)~

 

「出たぞ。怪盗ルパンだ!」

 

 警報音とともに複数の警察が鹿児島のある博物館の廊下を走っていた。

 

「あのコソ泥、いつも何か盗む度に派手な予告状を出しやがって。いつもしょうもないものばかり盗み出す愉快犯め」

 

「だがこんなコソ泥すら捕まえられないと市民からは非難の嵐だ。事実、現れてからすでに一年は経過してるが捕まえられてない。これでは警察の沽券に関わる。だから警官が派遣されている。とにかく奴をすぐにでも捕らえる」

 

「わかりました。今、鉄砲の模型の近くで警報機の反応がありました。今回の狙いはおそらくそれです。しかし奴はルパンを名乗るだけあって本当に変装の名人です。油断は禁物はです」

 

 警官はリーダーを先頭にしてこの博物館に保管されている『鉄砲』の模型が置かれたコーナーに向かっていた。

 

 話を聞く限り、どうやらこの博物館にルパンと名乗る変装の名人の泥棒が侵入したらしい。そしてここにある展示品を盗み出したようだ。今、鳴り響いている警報はその展示物を取られて機械が反応した時の音なのだろう。

 

「ここを曲がったら展示場所だぞ。皆、構えろ」

 

 しばらくして警官達はその反応があった場所にたどり着いた。だが残っていたのはガラス張りショーケースのみ。展示してあった『鉄砲』の模型品は丸々無くなっていた。

 

 

「くそ、しかもこんな大胆にガラスに大穴開けやがって」

 

「張り紙して『盗んじゃったよ。てへ』なんて書いてある。ふざけやがって。どうします?」

 

「まだこの館内にいるはずだ。我々以外は出入り口に二人ずつ設置して、建物の外にも待機命令を出している。そうそうは逃げられん。まずは二手に分かれて探すぞ。出入り口と外の連中にもすぐに連絡をし、むやみに探し回らないように待機を続行させろ」

 

「「分かりました」」

 

 警官達はリーダーの案で二手に分かれることを考えた。盗まれたものがない以上ここに留まる理由もない。一人の警官は指示通り、他のメンバーに連絡を回した。

 

 そして展示スペースの通路は直線上の一方通行だったので来た道と先の道の二手に分かれて『ルパン』の追跡を始めることにした。

 

「俺たちは先に進む。お前たちは来た道だ。ここはシンプルな間取りだから隠れにくいとは思うが、くれぐれも念入りにな」

 

 そして合図とともに、警官たちは二手に分けれて追跡を再開した。

 

 

 

 

 

 二手に別れたあと、元の道を戻った警官達の組には別段問題はなかった。

 

 戻った道のりにはには潜伏するスペースもないし、逃げれるような窓もあるが頑丈にしまっており、無理にこじ開けたような形跡もない。出入り口付近からも誰かが逃げたという連絡はなかったのだ。

 

 問題は道を先に進んだリーダーを含めた組で起きた。

 

「連絡はあったか?」

 

「いえ、通路を戻った方は特に異常なしのようです。どの出入口からも連絡は無し」

 

「どういう事なんでしょうね。ここはそこまで広い場所でもないのに一向に見つかった連絡もなし。防犯カメラからの何故か連絡もありませんし」

 

「わからんな。この館内を探索しているのは我々A班だけだから探すのは時間がかかるのはわかる。しかし待機しているB班の出入り口からも連絡がないのはおかしい。となるとやはり建物内にいるとしか考えられん。まだ探し切れてないのかもな。注意をしろよ」

 

 状況を把握し合いながらも必死に探索をして走る警官達。辺りを見渡す限り、おかしいことは特に起きていない。だがさらに奥へ向かっている最中、警備員の一人が前方に何か発見したのであった。

 

「前方に人影があります!」

 

「なに!?」

 

 一人の声をきっかけに全員がその場に止まる。そして一斉に持っていたライトで照らした。するとライトの先には一人の警官が光の中に映し出された。

 

「なんだ、同じ警官隊の者か。確かお前は……」

 

 そこには怪盗ルパンを追っている警官たちと同じ制服を着ている男がいた。どうやらリーダーの警備員はこの者の事を知っているらしい。

 

「B班所属の山崎だったな」

 

「隊長、よく別の班の顔を覚えていましたね」

 

「当たり前だ。相手は怪盗ルパンだぞ。そういう所に隙が生まれるんだ。な、そうだな」

 

「は、はい。おしゃっる通りB班の山崎であります。警報が鳴ったもので急いで信長の鉄砲の所に行ったのですが、盗まれた後でして。今まさに探索していた最中です」

 

「うむ、そうか。我々もさっき盗まれたのを確認したところだ。出入り口からの連絡がないのでな、やつの探索を続けていたわけだ」

 

「そうですか。では隊長達がそちらに行かれるのでしたら私は引き返して探索を続けますね」

 

 そういうとB班の山崎という男はリーダーの警備員とすぐさま別れようとした。

 

 しかし、リーダーの男はこの山崎という男の違和感をすぐに看破していた。引き返そうとする山崎に声をかける。

 

「待て。きさま、なぜB班なのに待機していないのだ」

 

「た、待機!?」

 

 そう問われた瞬間山崎は深く動揺していた。

 

「B班にはあらかじめ出入口にて待機命令がしてあった。ここを探索しているのはA班以外ありえない。なのになぜここにいるのだ」

 

「そ、それはその……」

 

「それとだ、普通盗まれた物を発見した時はすぐに連絡するようのは当然だ。お前は聞いたところ我々より先に見つけたらしいが、なぜ連絡をしなかったのだ?」

 

「う、うう」

 

 リーダーの質問に山崎はどんどん顔を青ざめていっている。しかしリーダーが言っていることは尤もな事なのでなにもおかしくはない。

 

「もう、大体お前の正体は検討はついている。極めつけにもう一つ確認だ」

 

「な、なんでしょう?」

 

 リーダーが言い追い詰める中、ほかの警官たちもそれを察して徐々に山崎を取り囲んでいた。

 

「なぜ、貴様探索中に暗闇の中でライトの一つも照らさないのだ?」

 

 完全に山崎という男の行動はおかし過ぎた。そしてもはや言い逃れができないと山崎は理解したのだろう。がっくりと肩を落とした。しかし……

 

「ヌフフフフ。いやいや隊長さん。ちゃんとライトは持っていますよ。ただ小さいのでポケットに入れていただけ」

 

 山崎はそう言うと内ポケットから掌に収まる小さいペンライトを取り出していた。そしてそれを前にいた警備員達に光を出して当てたのだった。

 

 紫色の不気味な光だった。

 

 

「さてと、隊長さん。そしてみなさん。注目してください」

 

 そして山崎はリーダー達にそう促した。するとなぜかリーダー達はそのペンライトの先から目が離せなくなっていた。そして光を見るごとに徐々に目が虚ろになっていった。

 

 山崎は続ける。

 

 

「僕、山崎はB班です。しかし例外的にここにいるのを許されている。盗まれた物を見つけても連絡はしなくていい。そうですね?」

 

「「「はい……」」」

 

「では今一度、私におかしいところはありますか?」

 

「な、ないな。山崎、君におかしいことなんてなにもない。皆もそうだな」

 

 

「「はい」」

 

 なんと山崎に軽く言われただけで警官たちは自分の意見をあっさり変えてしまったのだ。

 

「では、疑問がないようなので探索を続けてください。僕は戻りますから」

 

「わかった。では行くぞお前たち」

 

「「はい」」

 

 リーダーはそういって仲間に合図をする。そして山崎に言われたままに先に進んで行ってしまった。そうしてその場には山崎が残される事になった。

 

「あらら、現場の情報が足りなさすぎたな。暗示はうまくいったおかげで助かったが、変装は完璧だったから監視は騙せたんだがなぁ」

 

 しかし一人になった途端、山崎の態度と急変した。

 

 そしてなんと自分の顔をマスクのように剥ぎ取ったのだ。すると中から別の人物の顔が出てきたのだった。

 

 顔はその声と口調に似合う青年であった。だいたい20代後半だろうか。人をからかうのが好きそうな憎たらしさを感じさせる顔だ。髪は軽く逆だっており、その髪色は日本人を感じさせる黒色だ。

 

 もうお分かりかと思うがこの男こそ泥棒。ここに予告状を出して侵入した『怪盗ルパン』なのだ。

 

「だが泥棒としてはまだまだだなぁ。暗示頼りとは少々心もとない。しかも今のところこれしか実用的に扱えてない、周りは魔術師とは認めてくらないのは当然と言えば当然か」

 

 ただ、この男は今発した口ぶりからしてただのコソ泥ではなさそうだ。

 

 この男は自分のことを『魔術師』と言った。そう彼はれっきとした魔術師なのだ。

 

 そして彼が言った『暗示』いう言葉。

 

 『暗示』とは言葉や合図によって、相手の行動、感情などを操作したり、誘導したりすることである。ただこれくらいは魔術師でなくても誰でも知っている事柄だ。ただ彼はその『暗示』に長けており、今の通りあっさりと人の認識を変えて見せた。

 

 彼の家系は魔術を始めてせいぜい四代。魔術師は代を重ねるごとに子孫に自身の魔術回路を託すため、彼は圧倒的に魔術回路が少ない。ろくに魔術が使いこなせない。

 

 唯一出来たのがその暗示だけ。この程度の事だけでは魔術師としての歴史を重んじる一般の魔術師たちから認められるわけがない。

 

 彼自身はその世界に嫌気がさし、自身は創作の中で見た人物に憧れて怪盗をやり始めた。魔術師の才能はなかったが、手先は神業とさせるほど器用であり、運動神経も抜群であった。自由気ままに生きられるこの泥棒に自分に合っていると感じたのである。

 

 しかし、そんな彼にある情報が入る。それは『聖杯戦争』のことである。

 

 ある極東の地、冬木市で行われたのとはまた違う聖杯戦争。それが行われるという事を知った。

 

 聖杯戦争の事は腐っても魔術師。聞いたことぐらいはあった。調べた結果、その戦いには彼は魔術師としても怪盗としても心が躍った。

 

 聖杯戦争で成果を挙げれば、魔術師として一目置かれる。そして何よりの商品だ。聖杯いう宝を手に入れるという泥棒冥利につきる代物である。

 

彼はすぐさまその準備に取り掛かったのだ。それが今回、彼がここにいる理由だ。

 

「さてと」

 

 怪盗ルパンは歩きながら盗み出した鉄砲を服から取り出していた。ただこの姿で鉄砲を出しているのが見つかるのはまずい。暗示はさっきの連中には成功したが、ほかの連中が来るかもしれない。

 

なのでしっかりと周囲の様子を確認して取り出していた。

 

「ふん、模型といえどなかなかの出来だな。これほどの品はそうは見れないな。まぁこれを触媒にしてあの方を呼び出せればこの地においては最強だろうな。何しろ知名度が違う。まぁ世間知らずの小僧に扱いきれるかは別問題だがな」

 

 怪盗ルパンはそういって盗み出した物に満足気に見つめな がら再び服の中にしまった。

 

「じゃあ、この『我園』(がえん)さんに勝利の女神が微笑むことを祈るぜ」

 

 『我園』と名乗った怪盗ルパンはその場を後にした。

 



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暗殺者召喚

2011年9月初頭

 

「ここか……」

 

 昼時。外国から関西空港に向かっていた飛行機が到着していた。空港には飛行機に乗っていた大勢の人々が雪崩のように外へ流れていく。

 

 ロビーにもそれ以上の人々が大勢いるので、辺りはゴッタ返している。

 

 そんな人ごみの中に威圧的な雰囲気の女性がいた。白く薄い手袋を着け、青暗いスーツを纏い、肩に届くほどの綺麗なストレート茶髪の青い瞳の女性だ。

 

「はぁ、武器が直接持ってこれないのは面倒だな」

 

 女はため息をついて何やら物騒なことを言いながら、預けていた自分の荷物を取りに行こうとしていた。

 

 この女性は日本のある場所である目的がある。そのためには多くの準備と物が必要であった。

 

 女性はこれから数日その場所で生活する。ただ目的がなんにせよ、生活するのであれば多くの日用品も余分に必要になる。そんな大荷物は客席には持ち込めないので預けていたわけだ。

 

 しかしこんなことは誰しもが利用することなので別段不思議なことではない。

 

「護身用の木刀はちゃんとある、分解した部品もあるか。でかいのは流石に直接拠点送りにしなければならんが 。しかし手元に馴染みの物がないと落ち着かない」

 

 ただこの女性は特別であった。女性の荷物の中には武器のパーツが含まれていた。人殺しの道具だ。取りに行った荷物の中には木刀とぬいぐるみや機器の中に隠してあった銃の部品があったのだ。

 

 どの国も違いはあれど武器の持ち込みは厳しい。日本では完全にアウトだ。

 

 模造品など武器になりそうな一部の物でさえ客席には持ち込めない。荷物を預けるにせよ、マシンガン等を堂々持ち込むのは出来ない。

 

 ただそれには盲点がある。要は武器と判定されなければその限りではない。

 

 女性は様々な武器をバラして、それを人形や機器の中に隠していたのだ。

 

「さて急ぐか」

 

 女性は荷物の中身を確認した後、木刀だけを手に構える。そして空港を出た後に拠点に向けて歩き始めた。

 

 そうやって女性はクールに去っていくつもりだったが、

 

「君、木刀なんてどうするの?」

 

「へ?」

 

 なんと警備員に呼び止められたのだ。

 

「なんでこんなものを振り回しているの?」

 

「いや、あのその……」

 

「少し来なさい!」

 

「ちょっただ私は……」

 

「僕は海外の人だからって手加減はしませんよ!!」

 

「違いますよ。警備員さ~~ん」

 

 なんとも締まらない幕開けであった。

 

 

 

「ふう、幸先が悪いぞ全く。まさかいきなり不審者扱いされるなんて」

 

 くたびれた様子で先ほどの女性は目的の地へなんとか到着していた。

 

 女性がたどり着いたこの地、周りには古ゆかしい日本の伝統的な家並みが並んでいた。まるでこの辺りだけ時代がタイムスリップしてしまったようだ。

 

 団子屋があったり、老舗の料理店もたくさんある。傘をさした舞妓さんも歩いている。道も広く、木々が風に揺れてなんとも心地よい雰囲気を出してくれている。

 

 しかしただ古めかしいだけではなく、遠くを見ると大きなデパートや建物も見ることができた。

 

この町は京都、古い歴史の面影を残しながらも近代の発達を続ける主要な都市である。日本でも特に有名な都市であり、近代と古代が織り交ざる町並みだけでなく、町の構造がかなり特殊になっている。

 

 囲碁などで用いられる碁盤の目というものがある。京都の中央の町の形はまさにそれを元に作られており、いくつもの大きな道路が街全体をほぼ直角に交わり合っているのである。これは中国の長安(西安)を元にしたといわれている。

 

「さてどの辺だったか? 少し尋ねるか」

 

 女性はこの町に借りた拠点の場所を探していた。女性は住所を書いたメモは持っているのだが、やはり日本語は難しいらしい。加えてこの女性は方向音痴の気があるらしくここに来るまでもかなり時間がかかってしまった。

 

 朝に日本に来て、今は夕方ぐらいだろうか。時間がかかりすぎてはだめだ。道に迷ったら人に聞くのが一番である。女性は通りかかって来た老輩の女性に道を聞いた。

 

「す、すいません」

 

「は、はい?」

 

 声をかけられた老輩の女性は声が裏返ってしまった。とても驚いてしまったようだ。背が高く、美しい外国の女性にまさか日本語で声をかけられたら無理もないだろう。

 

「え、わたしのことかい?」

 

「そうです。ちょっと道を尋ねたくて。この住所なんですけど」

 

 ましてやその見た目に合わない日本語のうまさである。そのギャップに 老女は声が出なくなってしまっていた。

 

「………」

 

「どうかされましたか?」

 

「あんた日本語うまいねぇ。外国の人だろう。発音もいいし驚いたわぁ」

 

「ありがとうございます。勉強しましたから」

 

「たいしたもんやなぁ。孫にもあんたの爪の垢を煎じて飲ましてやりたいわ」

 

「は、はぁ」

 

「おっとすまなかった、道やね。この住所なら今いるこの東山というの大通りからからもっと上(かみ)に上がったらええんよ」

 

「ええと『上』に上がるとは?」

 

「おぉそうか。すまないね、外国の人なのにこんなこと言ってもわからんわなぁ。京都ではな、北の方から南に向かって大きな通りがたくさんある。北から一条、二条って感じで十条まであるねん」

 

「は、はい」

 

「町の北の方を上(かみ)、南の方を下(しも)と言う。北に行くときに上(かみ)に上がる、南に行くときは下(しも)に下がるというんや」

 

「な、なるほど。この町独特の言い回しなんですね。わかりました。ではこのまま北に行けばようのですね、ありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

 女性はそう言うと、老輩の女性に深くお辞儀をした。そして女性は手を振って別れ、再び歩き始めた。

 

 どこにでも心の優しい人はいるものだ。親切にしてもらうのは気分がいい。人の優しさに触れ合うのは心安らぐものだ。女性はそう思った。

 

「やはりつらいな」

 

 ただ女性の中にはそれに対して罪悪感を抱かずには負えない事情があった。女性の準備物からわかる通り、この町へは戦いに来たのだ。そして今から自分たちの勝手な都合でこの地が戦場に変り果てるの。運が悪ければ、あのような人も戦いに巻き込まれて命を落とす羽目になるのだ。

 

 そう考えていると足取りが重くなる。だがこの戦いは自分で決めたことが後戻りはできない。女性は心の葛藤にめげず、前へと歩き始めた。

 

「もう振り返ることはしない」

 

 そう口ずさみ、自分の戒めとした。

 

「ああ、外国のお嬢さん。そっちは南や。北は反対側!!」

 

「…………」

 

 しかしその場で落胆。今誓った戒めが無残にも破られた。

 

「あんた、賢いみたいだけど方向音痴なのかねえ。その住所は家に近いから送っといてあげるさかい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 女性はそう言ってもらい、しっかりとおばあさんの方を『振り返り』自分の情けなさに涙を流しながらお礼を述べていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんとかたどり着いたな」

 

 周りはすっかり真っ暗。女性は近くまで案内をしてもらい、自分の拠点の場所に到着していた。拠点は洋館のようだ。見かけ木造りの二階建てで童話の魔女が住んでいそうな外観である。

 

 辺りには木々が生い茂っており、建物そのものが見えにくくなっている。夜も更けているのでいっそう不気味である。

 

 その洋館の二階に自分が持ってきた荷物を降ろし、そこに置かれていたベットに女性は座っていた。

 

 すでに送っていた荷物はすべてここに届いていたらしく、玄関付近に置かれていたので女性は中に運んだのだ。

 

 二階の部屋は荷物だらけだ。部屋の区切りがなく、とにかくかなり広いスペースなのだが、その大荷物のせいですでに窮屈になっていた。

 

 一階は台所やトイレなどがあり、部屋も区切られているのだが同じ、逆にここには荷物が一切置かれていないので広すぎるように感じる。

 

 しかし、このようにスペースを広くとることはわけがあるのだ。

 

 拠点にに着いてしばらくたったとき女性は荷物の整理と小休憩を済ますと、ちょっとした小道具を持って下へと降りてきた。

 

 持っていたものは、何かの動物の大量の血が入った瓶と水銀が入った数本の試験管だった。

 

「さてと、本当にこの地に聖杯が現れてるのなら今からつくる陣だけで十分らしいが、さてどうなるものか」

 

 女性はそう言うと血と水銀を使って部屋の床に何かを描き始めた。女性が描いているのは魔方陣、召喚の陣のようだ。

 

 消去の中に退去、退去の陣を四つ刻み、そこに核となる召喚の陣を描いている。かなり複雑な形ではあるが、女性は器用に描いていく。そしてものの数分で完成させてしまった。

 

「あとは触媒だが、あいにく都合よく手に入るものでもない。しかし聞いたところによるとその場合は自分との相性で決まるらしい。強さは選べないが制御できるならまだましか。さてと始めるか」

 

 女性は描いた陣から少し離れる。そして着けていた手袋を右手だけはだけさせた。その右手の甲にはなんと独特の形をした紋章があった。これは令呪だ。そして令呪とその魔方陣は呼応し、共鳴するように光り始めた。

 

 そして女性は告げる。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。

閉じよ(みたせ)。

 

繰り返すつどに五度。

 

ただ、満たされる刻を破却する

 

――――告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

誓いを此処に。

 

我は常世総ての善と成る者、

 

我は常世総ての悪を敷く者。

 

我は復讐者。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

 

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 言葉を告げるたびに、血で描いた魔方陣は強く反応する。そして詠唱をすべて言い切った瞬間、辺りをまぶしい大きな光が包み込んだ。

 

「くっ!?」

 

 同時に衝撃が魔方陣を中心に起こり、思わず腕で顔を隠してしまう。だがそれも一瞬、すぐに光と衝撃は消えた。

 

「……、くっ。成功したのか!?」

 

 女性は光と衝撃が消えたのを確認するとおそるおそる手をどかす。

 

「!!?」

 

 そして気が付くと目の前には人の影が現れていた。いや、人というべきではないだろう。

 

 聖杯によって導かれるのは、人ではない。そうサーヴァントという存在だ。

 

「せ、成功した。サーヴァントが召喚された……」

 

 召喚が成功したことで呆気が取られてしまった。しかしサーヴァントとはあくまで利害一致の関係と聞いていた。女性はそれを思い出し、すぐさま気を引き締めた。女性はすぐにサーヴァントの観察に入る。

 

(黒いローブに、何だ、何かの戦闘用の装束をまとってる。そして何より暗闇に光るあの赤い瞳は……?)

 

「…………」

 

 だが逆に召喚されたサーヴァントはあまり動揺が見られない。こちらをじっと見つめてくるだけだ。

 

(ここで、睨み合ってもなにも始まらないか)

 

 女性は少し考えた後、そのサーヴァントに質問をした。

 

「始めに尋ねる。お前は何のサーヴァントだ?」

 

「ふっ」

 

 質問をすることでようやくそのサーヴァントはこちらに反応を示した。ただ女性を鼻で笑い、軽くあしらうような態度をとっていた。

 

「アサシンだ……」

 

「えっ?」

 

「お前の召喚に応じて参上した『アサシン』のサーヴァントだ」

 



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黄金のサーヴァント

~聖杯戦争開始一年前(2010年)~

 

「はっはっはっ」

 

 ある少女が息を切らせながら山道を駆けていた。ぼさぼさの真っ黒な黒髪の少女だ。だが口から血を流し、体は傷だらけである。

 

 服装もどこかおかしい。薄汚れた表現するにはあまりにもお粗末な格好である。シャツといえるかわからないボロボロの灰色の上着。丈は長くももまで伸びている。

 

 この少女誰かから逃げているのだ。しかし疲れ果てているのか、足に限界が来ているのか、何にもない道で何度もこけている。そのたびにすぐ立ち上がり、走るが、また足がもつれ、こけてしまった。

 

「くそ、…」

 

 転びすぎて少女の足は血まみれになっていた。砂がまじり、微妙に乾いた個所もあり、足は赤黒く染まっている。そんな状態でも少女は立ち上がろうとするのだ。

 

「うぐっ」

 

 しかし今度は立ち上がることができなかった。足が滑り、うまく立ち上がろうにも立ち上がれない。それでも少女は立ち止まっていられない。必死に足を動かすのだが全くもって足が機能しなくなっていた。

 

 

 

 

この少女は違法的に人身売買された子供である。今はその転売人から逃げているのだ。顔つきは日本人ではない。彼女は元々ある国の農村地帯に住んでいた少女なのだ。

 

 貧困に喘いでいた少女の家族はこの子を『人身売買』へとかけたのだ。少女の顔はなかなかに端正なもので、とてもきれいな顔をしている。業者にとっては目ぼしい商品になったのだ。

 

 その後、様々な所に違法的に連れ出された。奉仕、売春行為、などなど奴隷のように扱われ、飽きられると再び売られた。このように人身売買などの末路など語らなくても悲惨になることは目に見えている。一緒に連れてこられた者たちはその過程で廃人と化していった。少女自身もすでに心身ともに限界を迎えていた。

 

 そして今回は連れてこられた所は日本の京都の地であった。ただ今回は身柄の輸送班の荷台が山道で事故を起こしたのだ。生きたいという気力がまだあったのが分かる。

 

 少女はそれをきっかけに今まさに、生きるために逃げ出していたのだ。

 

 

  ただ少女は足元が悪い森の中を走り続けている。

 

 道路を走らないのは別の車で追いつかれないように、町へ逃れようとしないのは目立つのを防ぐためだ。だからといってずっと山道を少女が走り続けられるわけがないのだ。もういくら踏ん張っても起き上がれない。

 

(こん……なところで、あいつらに……)

 

 体が動いてくれない。

 

 それでもまだ死ねない。

 

 弱者を家畜のようにここまで追い詰めたあいつらを、自分を捨てたあいつらを……いやそもそもの自分に悲劇をもたらしたこの世界を……。もっと力を……。

 

 少女は口から血が出るほど舌を噛み、ふるえる右手を前に伸ばしていた。

 

 そのときだった。

 

「ぐっ」

 

 

 右手に痛みが走り、その右の甲が光り始めたのだ。そしてそれに呼応するように、少女の目の前も光り始めた。

 

 なんという因果なのか、少女からあふれる血、枯れ木や落ち葉の配置がある程度の陣をかたどっていた。それはまさにサーヴァントの召喚陣、右手に現れたものは令呪そのものであった。

 

『まさか、魔術師でもない、ただの小娘が我(オレ)呼び出すとはな』

 

 姿はまだ見えない、どこからか体全体に響く、声が聞こえた。少女は何が起こったかわからず、声が出ない。

 

 だがしばらくするとその光も収まってきた。そしてその先には、少女の目の前には『黄金のサーヴァント』が立っていた。全身に黄金の鎧を着けた金髪の男がそこに立っていたのだ。

 

「だ、誰……だ?」

 

 少女の第一声は疑問であった。

 

「我(オレ)に許可なく話しかけるな、雑種」

 

 瞬間、轟音が飛んだ。その黄金の鎧の男はどこからともなくうち出した、大きな槍で少女の横の地面をえぐっていたのだ。もし、当たっていたらどうなるのか想像するのも恐ろしい。

 

 得体のしれない男、そして振るわれた強大な力。意味が分からない。だがおよそどんな者であれ、この状況は絶望である。光景を誰が見ても終わりだと思うだろう。

 

 しかしだ。もはや肉体的にも精神的にも追い詰められた少女にとってはこの状況などもはやどうでもよくなっていた。

 

 それどころかそういう心身の状態だからこそ、妙に冷静さを保つことが出来た。抱いていた復讐心は変わらない。自分の行く手を阻む、目の前の障害、少女は敵意だけが高まっていた。

 

「ほう。我(オレ)を眼前にし、瀕死の身でありながら、なおも気迫は損なわぬか」

 

 とはいえ少女に恐怖が全くないわけではない。黄金の男を睨みつけながらも軽く体を震わせている。

 

「ふん、ただの小娘……というわけではなさそうだ……」

 

 しかし、その態度は黄金の鎧の男の興味を誘ったようだ。思わず口元がにやけてしまっている。

 

 だがそれも一瞬、黄金の鎧の男は再び顔をこわばらせた。どうやら彼は何かを感知したようで、その顔は少女の後ろにある茂みの方を向いた。

 

 間近で黄金の鎧の男を対峙していた少女はその顔色の変化にすぐに気が付き、少女もまた後ろを振り向いた。

 

 すると黄金の鎧の男の察知通り、草むらから数人の男たちが現れた。

 

「手間取らせやがって」

 

「逃げてもらってはこまるわ。こちとら商売かかってるしな」

 

 草木をかき分け、続々といかつい顔の男たちが後ろから出てくる。

 

(お、追いつかれた…、なんで場所が……)

 

 まともな風貌ではないことは恰好や顔つきから一目でわかる。どうやら少女を追ってきていた者たちのようだ。

 

 しかし、少女はこの男たちが追いついたことに疑問を抱いていた。

 

 少女はなるべく目立たないように、わざわざ移動が不便な森の道を選んで逃げていたのだ。

 

 しかも少女が逃げてから今の状況までたった1時間ほどしか経っていない。なのになぜこうあっさりと追いつかれ、見つかってしまうのか。体力の問題か、いやそれでもやはりおかしい。

 

「なんでお前を見つけられたのか、疑問そうやな。お前ら飼い犬が逃げ出すなんてことは想定に入れとる。GPSって知らんか。発信機ぐらい家畜どもにはつけとる」

 

 男たちの中のリーダーのような者が小ばかにしたように少女に語りかける。言語が異なる少女のためにわざわざジェスチャーをしてまで首の後ろをとんとんと叩いていた。

 

(…………?)

 

 少女は不思議に思いながら首の後ろを触ってみる。するとちょっとした痛みが走った後、針のようなものがそこから抜けた。

 

 それに驚き、抜けた物をすぐに目の前に持ってきた。手にあったのは先端が針でその持ち手にはチカチカ点滅を繰り返すLEDが付いた小型の機械であった。

 

(なに……これ? いつの間に……?)

 

「いやぁ、おかげで見つかりやすかったで」

 

 男は余裕があるのか陽気そうに少女に次々と話しかけてくる。目は全くと言っていいほど笑っていないが。

 

「ふははは。動物の不始末でここまで迷惑かかされるとは。全く……」

 

 そして男は軽く笑った後に、急に態度を変えた。

 

「てめえら家畜共は、ただ人間様に従ってたらいいんじゃボケ!!! お前の存在価値は俺たちへの金以外ないじゃカスが!!!」

 

 男は激しく怒り狂い、理不尽な罵声を浴びせていた。異国の言葉はわからない少女であるがその怒りとあまりにも狂気だけは伝わってくる。

 

 その言葉と同時に合図を送り、男は仲間に少女の捕獲を命じた。そして一斉にほかの男たちが後ろから走り出した。

 

 瀕死で動けない身だ。少女のささやかな逃亡劇は終わってしまった。黄金の鎧を纏う男がいなければ。

 

「貴様ら、誰に許しを請いてその雑種に手を出す?」

 

 途端に少女に悪寒が走り、直後、目を疑う光景が映し出された。黄金の鎧の男の後ろから次々と矢や刀、槍など数えきれないほどの武器が出現したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと辺りが血で染まった。

 

 ものの数秒。リーダーの男を残してほかの仲間たちは肉塊へと変り果てていた。森の緑が赤黒い景色へと変わったのだ。

 

「は、はひ。な、なん……?」

 

 男は今起こったことに全く理解できなかった。何が起こったかわからない。体を震わし、心は恐怖に染まり、涙目になっていた。

 

「外したか、運がいいな……。いやぁ、ただ一人とはやはり運が悪いか……」

 

 黄金の鎧の男は口をつりあがらせる。そしてすぐさま新たな槍が後ろから出現し、発射された。

 

「え、?っぐ……」

 

 槍は男の腹を貫いた。また辺りに血が飛び散った。大きな風穴が腹に空いていることを認識すると男はそのまま後ろに倒れて絶命した。

 

 少女は今起こったことに呆気を取られてしてしまう。これは夢なのか、現実味がまるでない。

 

「流石に許容は出来んか。だがこの時代の幼子にしてみれば、直視出来ているのはまだましな方か」

 

 呆然とした少女は話しかけてきた黄金の鎧の男によって我に返った。

 

「こ、これはお前が……」

 

「夢物語ではないぞ。まぎれもなく現実だ……」

 

「うっ……」

 

 心が見透かされたように話す黄金の鎧の男に狼狽してしまう。

 

「そう威嚇するな。我(オレ)は貴様に興味が湧いた。話しかけるくらいの無礼は許してやろう」

 

 黄金の鎧の男は、そう言ってゆっくりと再び少女の目の前に立った。

 

「!!!!」

 

 この男を前にするとやはり威圧感が凄まじい。これだけで体が悲鳴をあげているのがわかる。

 

 だが死ねない。こんなところで。

 

 少女は最後に残っていたであろう力を必死に絞り出し、顔をきしめ、血しぶきをあげながらもその黄金の男の前で立ち上がった。瞳は消えかかり、もはや正気はない。

 

 だがそんな少女の様子を見ての黄金の男の反応は意外なものだった。

 

「フハハハハハハハ」

 

 黄金の鎧の男は突然大声で笑い始めたのだ。

 

(!!!!???)

 

 予想外すぎて一体どう反応すればいいのかわからなかった。

 

「面白い、面白いぞ雑種の小娘。まさに風前の灯火。だがその敵意、殺意、生への執念でよくぞ立ち上がったな。これは幼子が見せるものではないな。そしてこの我(オレ)を召喚できたという凶運といい。やはり興味深い」

 

(…………)

 

「ただの雑種ならば早々に消したが、これは面白いものが見つかった。脆弱なものが溢れすぎたこの時代でもこういう輩が謳歌しているのだから人の世はなかなかよ」

 

 黄金の鎧の男は先ほどと打って変わり、楽しげに語り続ける。

 

 どうやら私への敵意など無くなっている。少女はそう感じた。

 

「よいぞ、貴様をマスターとして認めてやろう。ではまず貴様の名を名乗るがいい」

 

(…………)

 

「小娘に理解できるように、我(オレ)は貴様の母国の言葉で話してやっているのだぞ?」

 

 少女は言葉の意味は理解はしている。しかしそれでも警戒心はまだある。うかつに名乗りたくはない。だが状況が状況だ、従うほかない。

 

「……美麗(メイ・リー)」

 

「なるほど。では我(オレ)も名乗ってやるとするか。心して拝聴するがよい」

 

(…………)

 

「アーチャーのクラスとして貴様の召喚に応じて降臨した。英雄の中の英雄王、名は『ギルガメッシュ』」

 

「ギ、ギルガメッシュ……?」

 

「我(オレ)が直々に名乗ることなぞ、滅多にないぞ。故にこの名乗り、貴様の終生にまでしかと記憶に焼き付けておけ。小娘の雑種!!」

 



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目覚めと狐のサーヴァント①

~日時不明~

 

「う、うう」

 

 ある所、ある病室、ある時間、ある青年がベットの上で目覚めた。

 

 顔立ちは日本人らしくなく、少し背が高い茶髪の青年だ。袖の短い黒シャツに紺のジーンズを身に着けている。

 

 青年が目覚めて視界に入ったのは白い天井。真っ白で、部屋を照らす蛍光灯がいくつも並んでいた。

 

「どこだ、ここ?」

 

 青年は体を起こし、そして足をベットから降ろした。ベットには白いカーテンがかかっていたので、外を見渡すためにカーテンを払った。

 

 だがその先に見えたのは全く見覚えのない空間だった。部屋全体は少し広めの部屋である。そこにはベットが他にもいくつか置かれており、同じく白いカーテンがかかっている。

 

 他の家具は自分のベットの前に椅子が一つ置いてあるだけ。そのほかには何にもなく、壁や先ほど見つめた天井も含め、すべて白い部屋だ。扉はあるがそこには窓も何もない。

 

「殺風景な部屋だ」

 

 正直な感想が口から洩れる。だがまさにその通りの部屋なのだ。青年は立ち上がり、まず気になったその椅子を調べることにした。

 

「温かい、誰か座っていたのか?」

 

 椅子に触ると暖かさを感じる。どうやら少し前に誰かがいたようだ。だが何のためにだろう。考えてみるが情報が乏しすぎて全くもってわからない。

 

「部屋出てみるか」

 

 ならば行動あるのみ。部屋の外になら何か手がかりでもあるだろう。そう思い、青年はすぐに扉の前に向かった。そしてドアノブを開けようとしたその瞬間、急に部屋のドアが開いた。

 

「うお!?」

 

 不意を突かれた青年は思わず声をあげてしまった。

 

「あら、気が付いたのね」

 

 扉を開けたのは紫の髪をしたスタイルの良い長身の女性だった。赤いセーターとピンクの丈が長いスカートを穿いている。突然現れた女性に驚き、青年は思わず尻餅をついてしまう

 

「いてて……」

 

「何もない部屋だから退屈するのはわかるけど寝たきりだったんだから急に動いちゃだめよ」

 

「ね、寝たきり…?」

 

 女は扉を閉めると、倒れた青年に手を伸ばす。

 

「はい、手をつかんで」

 

「ああ…」

 

 意図を察した青年は女性に手を伸ばす。そしてそのまま力強く引き上げてもらった。

 

「病み上がり君に立ち話させるのもなんだから、ほらベットに座りなさい」

 

 そして女性はそう促して、青年をベットに座らせ、自分は椅子のところに座った。

 

「まったく、大変だったんだからね……」

 

「な、なにがだよ……?」

 

 座った直後、女性はため息をつきながら青年の方を見つめながら再び口を開く。

 

「私が今さっき言った言葉のこと」

 

「寝たきりって言ってたな。なんなんだ」

 

「唐突過ぎたかしら。実はね、あなたはずっと昏睡状態だったのよ」

 

 そして青年は女性が言ったことに大きく動揺してしまう。

 

「ど、どういうことだよ」

 

「数日前の話よ。夜も遅かったし、人通りも少ない路地だったわ。そこを歩いていたんだけども、どういうわけかその場所にボロボロになっていたあなたとあなたの連れがいたのを発見した」

 

「ボロボロって」

 

「文字通り、あなたは瀕死の重傷だった。すぐに処置をしなければ死んでたでしょうね。連れの子は私をずいぶんと警戒していたわ。にも関わらず、他に助ける手段がなかったのでしょうね。あなたを助けるために必死に懇願してたわ」

 

「瀕死…」

 

「で私は処置を承諾した。自分の体を見てみなさい。私としてもよく頑張った方だと思うわ」

 

 青年はそう言われて着ていた上のシャツを脱ぎ、自分の体を見る。するとそこにはいたるところに包帯が巻かれており、若干血がにじんでいるような跡も見えた。体中も少し痛む。

 

「そうか、あ、ありがとうあんた……」

 

「へぇ、見ず知らずの私の言葉を素直に信じるのね? 私がいま語ったことはすべて嘘で、本当は単にあなたを実験対象として監禁してる変態かもしれないわよ」

 

「監禁ねぇ。確かにあんたは怪しいが、部屋の鍵も閉めない監禁なんてあるのか?」

 

「ふふ、確かに、そりゃそうよね」

 

 そう言って女性は軽く微笑んだ。意地の悪そうな奴だが、笑顔だけはかわいげに見えてしまう。だがそれを悟られるのはなぜか癪に感じたので顔を逸らしながら青年は別の話を振った。

 

「い、いやそれよりもさっきあんたが言ってたことの中に他にも気になることがあるんだが」

 

「あら、何かしら?」

 

「さっきあんた、『連れ』とか言ってたよな。俺を助けてと懇願していたという連れが……」

 

「あなた、彼女と一緒にいたのに知らないの?」

 

「その彼女って誰だよ?」

 

「どういうことかしら。あんな強烈な娘、嫌でも覚えちゃうと思うけど」

 

 どうも話がかみ合わない。連れとは、彼女とはいったい誰なのだろう。なぜか青年には寝ていた前までの記憶がなかった。思わず頭を抱える。

 

 だがそんな悩める瞬間をぶち壊すのを狙ったかのように何やら部屋の外からうるさい声が聞こえてきた。

 

「みこーん、みこーん!! ややや、わたくしのケモ耳巫女レーダーにご主人様の復活をお知らせを受信受信!!」

 

 そのまま扉が勢いよく開かれた。

 

「ご主人様を尽くしに尽くす愛の良妻、耳としっぽがチャーミング、メインヒロイン玉藻ちゃん。盛大に帰還しました~~!!」

 

 そこに現れたのはなんと蒼を基調とした露出度の高い和装の狐娘だったのだ。

 

「すごいのが現れた………」

 

 青年はそのキャラを見てがっくりと肩を落としてしまった。しかしそんなことはなんのその。その狐娘は扉を開くとすぐさまかけ寄ってきた。

 

「そんな連れない反応もまた魅力の一つではありますが、ご主人様が起きるのを待っていたこの玉藻の気持ちをお察しくださいよ~~、ううう、ちら」

 

 寄ってきた狐娘の表情はまさに百面相。喜んだと思ったら、悲しんで、あからさまに青年の顔を疑っている。

 

「………」

 

 流石のハイテンションに青年はついていけない。むしろ体に触れてくる大きな胸が気になってしまう。

 

「なぜかマスターの反応が今一つ。確かに髪の色や背丈は以前より変化しましたが、その至高極まるイケ魂は変わらずです。よってご主人様本人には変わらないはずですが……」

 

「な、なに言っているのかわかんなんだが。そもそもご主人様って?」

 

「こらこら、玉藻君。青年君が困っているじゃない。目覚めたばかりで君のテンションに当てられたら誰でもそうなるわよ」

 

「外野は黙っててください。治療に関してだけは感謝しますが、それ以外はあなたは不要な存在ということをお忘れなく。わたくしとご主人様のラブラブライフにケチをつけないでください」

 

 見かねた女性が話に割って入るも、その狐娘は舌を出して子供らしくいじけている。

 

 青年はなぜこんなにもこの狐娘が自分に好意的にかまってくるのはよくわかなかった。

 

「な、なぁ。君は俺をそんなにがっつくんだ? 俺って君と初対面だよな」

 

「は?」

 

 自分への対応の理由。それを聞いた瞬間、狐娘は思い切り凍り付いてしまった。

 



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目覚めと狐のサーヴァント②

「えええええぇぇぇぇぇ~~~~~~、そんなそんな……。ご主人様と私が体を温め合い、求め合った、あの夜の記憶まですべて忘れてしまったのですかぁぁぁ~~~~~。玉藻ちゃん、超絶ショッキングじゃないですかっ!!」

 

「勝手に話を作るな!!!」

 

 

 

 青年の横には相も変わらず、恐怖の愛嫁『玉藻ちゃん』、否、狐娘は青年の横にべったりとくっついていた。

 

「まさか、青年君が前の記憶が全く無いなんてね。驚きだわ」

 

「そ、そんなこと言ってもしかたないだろ。俺だって不安なんだよ。記憶が全くないなんて。自分が何者だがわからなくなる」

 

 三人で会話をしているうちに青年は記憶喪失になっていることが分かったのだ。自分の年齢、家族、出身地、名前すらわからない状況であった。

 

 青年は頭を必死に頭の中を探ったのだがもやもやと頭の中がぼやけてしまい、何もわからなかった。一時的な記憶の混乱ではなさそうだ。

 

「わたくしだって精神的に不安定です。愛する旦那様に、私のすべてを忘れられたなんて、ショックの度合いが120%超ですよ!! いつも元気な私の尻尾や耳ちゃんも垂れ下がちゃってます~~~」

 

「と言いつつ、俺の体をなぜ舐めとるように触ってくるんだ!!」

 

 悲しんでいるのか喜んでいるのか、記憶を失っても愛は変わらないのだろうか。変態じみた行為で不意をついて青年を触っていた。

 

「マスター、愛情が激しすぎます。グリグリは勘弁勘弁です!!」

 

 当然、その嘘泣きをしつつ、顔がにやけている狐娘の頭を思い切りぐりぐりしていた。

 

 そんな一連の流れを見て女性はくすくすと笑っている。

 

「そういえばあんたは、医者かなんかなのか? 俺を重傷から治療してくれたんだろ。なにか医療の知識でも……?」

 

「そんなことまで忘れちゃったのかしら。私は魔術師と言われるもの。治癒はもちろん魔術を使って直したわ」

 

「魔術師……。魔術だと!?」

 

「ええ、そうよ。簡単に言うと魔術を研究する人。一から語るのはめんどくさいから、大まかに想像する不思議な力という認識でいいわよ。もともと私はこの風水がいい、京都の地が気に入って研究しているの」

 

「な、なるほど」

 

「あぁ、そういえばまだ自己紹介がまだだった気がするわ。改めて、京都の地を拠点とする魔術師『遠坂桜』といいます。よろしくね」

 

 女性はそう言って軽く青年に会釈した。

 

「そ、そうか。よろしく。だがそんなものが本当にあるのか……」

 

「まるで他人事のようね。すでに当事者になっているのに……」

 

「なに……?」

 

「隣にいる娘が何よりの証拠。あなたは大規模な儀式『聖杯戦争』に関わっている」

 

「聖杯戦争……?」

 

 その単語自体は青年の記憶にはなかった。だがその言葉を聞いた瞬間、少し頭が痛くなった。

 

「そう『聖杯戦争』も記憶にないのね。君は魔術師、いやマスターとして資格がすでに与えられて言うというのに……」

 

「一体なんの話をしてるんだよ、えーと、遠坂桜……」

 

「ふふ、『遠坂』でいいわよ。その話については、もう一人の当事者である君の腕を頬にすりすりしている娘に聞いてくれ……」

 

 青年はそう言われ、視線だけを横に逸らした。

 

「はぅ、どことなく前のご主人と違いますけど、この匂い! この顔! そして何よりこのイケ魂! こちらも全くもって悪くないはございませぬ。このままずっとご主人様とのすりすりタイムを満喫してたい今日この頃! ってはっ!!」

 

 すると、ちょうど視線が合った。

 

「…………」

 

「そ、そんなご主人様、ずっと見つめられると、私、その……」

 

「………」

 

「こ、恋する乙女という生き物はイケ魂に見つめられるのが非常に弱いのですよ。それなのにそんなに過激に見つめてくるなんて。ま、まさか、ご主人様は巷で言う、『ドS』というやつなのですか? いやがる乙女の顔を見るのが至福というあれなのですか。お、おそろしい。流石は我がマスター、なかなかdeepを感性をお持ちになっておられる。だけどそんな強気に攻められているのに、なぜ私の心はときめいているのか?」

 

 隣の娘が言葉を言い切ってから青年は、再び視線を遠坂桜に戻した。

 

「なぁ、遠坂。この娘気持ち悪いんだけど」

 

「はぉぉ!! けっこうグサッと来る言葉! しかし今玉藻ちゃん、何故か妙に心地いい。いやいや、私は目覚めていませんよ~~~!!!」

 

「大丈夫、私も気持ち悪いとは思うから……」

 

 二人とも同意見だった。

 

「ちょっ~~と。ご主人様に言われるのはいいけど、あんたみたいなあからさまに真の黒幕的な胡散臭さを持っている奴になんかに言われたくねーです!! あんたみたいな独り身の暗い女等、日々満たされない欲求不満を試験管でもぶっさして自己発電で…」

 

 流石に許容できない発言をしようとしたので、青年は思い切り頭を殴った。

 

「痛ったーーーーーい!! ご主人様、痛いのです! 女の子の体はdelicateなのですよ。しかももふもふの狐っ娘の頭がぼこぼこになったらマスコットとして、いえ、ましまし良妻ロマンがなくなってしまいます」

 

「お前にはすでにロマンの欠片もねぇ、マスコットでもないし、夫になった覚えもない! メタ的なうえに下ネタまでかぶせようとしていたろ」

 

「くぅぅぅぅ、ご主人様がなかなかこちらに乗ってきません。場を盛り上げるのも良妻の必須事項であるのに、それが全くできていませぬ! いったいどうすればいいのか!?」

 

 しぶれを切らした青年は次は狐っ娘の頭に両手をグーにして突き出した。そして回転させる。

 

「とりあえずお前は余計な話をするな!! ちゃんとした話をしろ!! お前は俺とどういう関係なんだ! 聖杯戦争ってやつとどういう関係があるんだ!!」

 

「いたたたたたた!!! ぐりぐりはノープリーズですよぉぉ!!  ご主人さまぁぁぁ~~~!! シ、シリアス展開は嫌だから引き延ばしをかけていましたのにぃぃぃ~~~!!! わ、分かりましたぁぁぁぁぁ~~~!! いいますから、真面目モードになりますからぁぁ~~~~」

 

 ぐりぐりをヒートアップするとさすがに参ったようだ。泣き顔になりながら彼女は降参した。そしてその言葉を聞いて、青年は手を緩めた。

 

「はぁはぁはぁ、激しい過ぎるのはNGですよ全く」

 

「お前が変な事ばかり言うからだ。早く話してくれ」

 

「はい、わかりました、マスター」

 

 ようやくちゃんとした話題をするみたいだ。狐娘は今までの態度とは打って変わって真面目な顔でこちらの瞳を見つめてくる。

 

 少し据わった目に青年はかすかに息を吞む。

 

「マスターはそもそも私の事自体を忘れているようなので、あまりにもあまりにもあまりにも悲しいことではありますが、まずはわたくしのことよりも『聖杯戦争』について話した方が混乱しないかと思います。ほんとは愛ある良妻玉藻ちゃんをアピールしたいですけど……、うぅぅ耐えろ私~~~、これが終われば出来るぞぉぉファイト!!」

 

「お、おう」

 

「コホン、まずあえて強調しますが、”今”我々が行っている聖杯戦争というのは魔術師同士が特別な力を持った『聖杯』奪い合う戦いです」

 

「今と言ったな。しかも聖杯だと……? その特別な力ってのはなんなんだ?」

 

「はい、この戦いで『聖杯』と呼ばれているのは簡単に言うと強大な魔力を取り込んだ願望器です」

 

「願望器……?」

 

「そう、何でも願えば何でもかなえられるという代物です。その過程で魔術師達はあることをします」

 

「あること……?」

 

 狐娘は一呼吸置いた後に、後に強く言った。

 

「それは過去の英霊達を召喚し、契約するのです」

 

「過去の英霊だと……? バカな、そんなことが……」

 

 青年は突拍子もない事を言われ、頭を抱えて唖然としてしまった。そんな様子に呆れたのだろう、遠坂桜はため息を吐いて青年に話しかけた。

 

「何をいまさら。そもそもこの世界に魔術という素人から見ればある種の奇跡が存在して以上、そういうのがあってもおかしくないじゃない? そういった考えを当てはまることもできるんじゃない?」

 

「いや、遠坂。はっきりいって『魔術』ってのも俺の頭の許容限界なんだからな……」

 

「そんなこと言ったって現にその英霊ってのが目の前にいるんだからしょうがないじゃない」

 

「えっ!?」

 

 青年は驚き、狐女の方をすぐに見直した。

 

「ふっふっふっ。そうなのですよ。実は私は『英霊』、あっいや少し違いますが、まぁとにかくその部類に私は入るのです」

 

「まさか………」

 

「青年君、彼女が言ってることは本当よ。それこそが彼女に言ってもらった『聖杯』というものの力なのよ。英霊をこの地に呼び寄せてしまうほどの奇跡、それを実現する『聖杯』は無限の力を持っている。それが願望器と呼ばれる由縁よ」

 

「そうなのです、マスター。そして召喚した魔術師は、その英霊と契約します。それぞれ魔術師と英霊をマスター、サーヴァントと呼びます」

 

「………っつ!」

 

記憶を失っている影響もあるのだろうか、自分の中の常識を飛び越える言葉の数々に青年は混乱してしまっていた。

 

 そして今初めて聞いたはずなのに『聖杯』『英霊』『マスター』『サーヴァント』などという単語が頭響き、そのたびの大きく頭痛がした。

 

 「マスター、だ、大丈夫ですか。まさかわたくしの溢れ出すのけも耳オーラにやられてしまい、そんなことに……っ!?」

 

 青年の様子に狐娘は心配そうに両手を青年の片手に乗せてきた。若干ふざけているようには聞こえるが、本気で心配しているようだ。かすかに握られた手は震えていた。

 

「い、いやちょっとめまいがしただけだよ。話は大体理解したし、ありがとう」

 

 本当はそんなどころではないのだが、青年は心配させまいと気を張って立て直した。

 

「青年君、やはりもう一眠りする? いっぺんにこんな話もされても理解が追いつかないだし、じっくり頭を整理する時間も必要だろうし、まだまだサーヴァントのクラスのことや聖杯戦争の概要を話し切れていない。まぁここが100%安心とは言えないが、一晩くらいの保証は出来るわ」

 

 言葉でごまかしても流石にその様子では隠し通せるものではない。現に狐娘は心配で震えていたし、遠坂桜は自然と青年の休息を促していた。

 

「そ、その手がありました。さっ、今日はもう寝ましょう。ここは閉めきっているのでわかりにくいですが、実は今は夜なのですよ。つまりこのあと大人の時間、night timeです。二人の身を絡ませば精力は文字通りパワーアップ!! 来た来た来たぁぁぁぁ~~~~!! さぁ、今まさに女と男の一線を超えに行きましょう!!!!」

 

(…………)

 

 本当にこの狐娘は心配しているのだろうか。先の憐れむ姿はどこへやらしっぽをぴんと直立させて、べっとりとこちらにすり寄ってくる。

 

 青年はとりあえず、そのぴんと立つしっぽを思い切り掴んだ。そして思い切り、こする。

 

「ま、マスター!! 強すぎますぅぅ!!! しっぽなでなでは好きですが、ちょ、いたいたい!! もっと柔らかく、スマートを要求しますぅぅぅ!!!!!」

 

 狐娘の反応を無視して青年は遠桜の方を向いた。

 

「本当にこいつは英霊なの?」

 

 それを聞くと、遠坂も気まずそうに視線を逸らした。

 

「ま、まぁ、『英霊』かはともかくサーヴァントであることは事実よ。明らかにその娘は規格外の魔力を持ってるし」

 

青年は再び、狐娘の方を向いた。

 

「さっきこいつは自分の事を『玉藻』って言ってたな。確か、日本に伝わる九尾の狐の名前の一つだったような。だけどこの娘がサーヴァントだとして一体誰がマスターなんだ?」

 

 青年にとっては素朴な疑問だった。

 

 サーヴァントには契約する魔術師、『マスター』がいる。ここにいる魔術師は遠坂桜だけだ。ではこの娘のマスターはどこにいるのだろう。

 

 しかしその疑問を言うと二人は呆れていた。

 

「青年君。なぜそこまで鈍感なの? この娘もたびたびあなたの事を『マスター』って言ってたし、聖杯戦争の当事者になっているとも言ったはずよ。それともその現実を見たくなかったの?」

 

「ま、まさか……」

 

「青年君、あなたの左手を見なさい」

 

 青年は言われて通りに左手の甲に目をやった。

 

「なんだ、この紋章………!?」

 

 青年の左の甲にはなにやら不思議な形をした紅い紋章が刻まれていた。ただ紋章の一部は上の方が少し欠けており、消失した跡が残っていた。

 

「全然、気が付かなかった……。なんなんだ?」

 

「それこそがサーヴァントとの契約の証、絶対命令権を持つ、『令呪』と呼ばれるものよ」

 

「『令呪』?」

 

「説明は長くなるから後でするけど、それがあるという事は、あなたはその娘はマスターの証なのよ」

 

「本当にこの娘のマスターなのか。でもやはり俺にはわからない。そもそも自分の名前でさえ覚えていないんだからな」

 

 青年は令呪を見ながらそう呟いた。いくら証拠を見せられたとしてもやはり『記憶』というのは重要なもので、青年はあまり納得がいかなかった。

 

 俯き、複雑な顔をする青年。そんな様子の青年に狐娘は再び彼の手を握って語り掛けた。

 

「『神無木せつ(かんなぎせつな)』、それがあなたの名前です」

 

「えっ!?」

 

「ご主人様は記憶が無くて不安でたまらないはずです。いくら我々が言ったとしても信じられないでしょう。ですがそれでも私は覚えています。あの衝撃的な運命の出会いを!!」

 

「………っ」

 

「その時にご主人様の名前を聞きました。『神無木せつ』と」

 

「そ、それが俺の名前……」

 

「す、少しでも不安を取り除こうと思いまして」

 

「お前……」

 

「こ、こんな私ですが、本当に私はあなたのサーヴァントなのです。信じてくださいマスター!!」

 

 狐娘の必死の懇願だった。青年はその勢いに圧倒されて驚いてしまったが、次の瞬間に青年は笑っていた。

 

「わ、わかったよ。俺はお前のマスターなんだな。そんな必死に言われたら記憶が無くてももう認めるしかないじゃないか」

 

 そうして青年はそのまま自分の左手を狐娘の頭に置き、頭を撫でた。

 

「ありがとな……」

 

「はい、マスター!!」

 

 なんとも微笑ましい光景だった。傍にいた遠坂も少し笑いながらその様子を見つめていた。

 



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目覚めと狐のサーヴァント③

(くくく、作戦成功です。泣き落としをすれば必ずなでなでをしてくると踏んでました。玉藻ちゃん天才天才!! アーンドなでなで最高ぉぉぉ~~!!! すべてが満たされそうです。このまま一線超えるのもそう遠くはない未来はずです!! ぐふふふ!!)

 

「お前、心の声がそのまま出てるぞ」

 

 狐娘は自分の思惑がうまくいったと確信したことでそのどす黒い感情が思い切り顔に出てしまっていた。そしてまんま声にも出してしまっていたようだ。

 

 神無木せつなはなでなでからまたぐりぐりに変更した。

 

「いたいいたい、ぐりぐりはノープリーズですよ、マスター~~~!! 今のはその、私はもともと悪霊ですから、原点に立ち戻り悪者の演技の練習を~~~~~!!!」

 

「どこにセクハラを練習する悪霊がいるんだよ~~~~~!!!」

 

「せ、セクハラなんて違うまするぅぅ~~! それは愛がある故の行いですので~~~!! いた、いたた、玉藻ちゃんの頭が潰れますよぉぉ~~~!!」

 

 その変わりゆく光景を見ていた遠坂の表情は苦笑いになっていた。だが惚気はここまで、重要な話はここからなので二人の絡みに遠坂は割って入る。

 

「しかしまぁ、よかったじゃない青年君! 『神無木せつな』、なかなかいい名前だと思うけど。ただ、君の見た目にはあまり合わない名前だねぇ。その日本人的な名前が」

 

「そうなのか……?」

 

「えぇ、染めたわけではなさそうなのに茶髪だし、あとは瞳の色が碧眼ってこともそうだしね。顔立ちがそもそも日本人顔ではないわ」

 

「そんなこと言われてもな……」

 

「別に広げなくてもいい話題だったわね、話を戻しましょう。青年君、いや『神無木せつな』君。まずその娘は君と契約したサーヴァントであり、君はその娘のマスターということ、もうこれは疑ってもしょうがないよ」

 

「あぁ、それは受け入れるよ! こいつの気持ちも多少なりとも伝わって来たよ。邪な感情がありきだがな」

 

「た、玉藻ぉぉ~~。悪いことなんて考えたことないからなんのことやらさっぱりわかりませぬ❤」

 

「ふん」

 

「あいた!!」

 

 神無木せつなは横の女狐の一言に軽くチョップした。その様子と神無木せつの言葉を聞いて、遠坂は軽く微笑む。

 

「だけど肝に銘じておいて。今、君が関わっているのは『聖杯戦争』という儀式。君がその娘のマスターである以上、他の参加者から命を狙われることになるわ。儀式の商品である願望器は最後に残った一組しか使えないから。この儀式に闘いなどない、あるのは完全な殺し合いよ」

 

「殺し合いか。その仕組みならそうなりうるのか………?」

 

納得しかけて、神無木せつなに少し疑問がよぎる。

 

「……いやでもよ。確かになんでも叶う願望器ってのはすごいが、ただ奪い合うだけで全員が殺し合いになるんだ? もちろん殺しに走るやつもいるだろうが、そうしない道もあるだろ?」

 

 神無木せつなの素朴な質問に遠坂は鼻で笑った。

 

「なかなかに甘い考えを持っているのね。でもね人の欲望とはおぞましいものよ、極限に追い込まれている者は他人の命の気づかいなど出来ないわ」

 

「俺が言ってるのは……」

 

「確かにそういうことも言えるわね。でもそういうわけにはいかない理由があるの」

 

「理由?」

 

「サーヴァントなんて大規模なものを使っての聖杯戦争は元々冬木という地で行われていたの。そこではサーヴァントが死亡するたびに、その魂が特殊な聖杯にくべられていた。それが最後の一体にならないとその聖杯は出現しない仕組みだったそうよ。サーヴァントの魂は一生かけても手に入らないような魔力量、それが脱落した人数分、くべられる。まさに聖杯とは無限の魔力の貯蔵庫なの」

 

「無限の魔力……」

 

「そんな途方もない魔力があればある程度の願いなら叶うでしょうね。さっき言ったけど、新たな魂が入っていない状態でサーヴァントを呼び出す代物なのよ、それが願望器と言われる意味。ここで行われているのがまるまる同じ仕組みかはわからないけど……」

 

「なるほど、聖杯の仕組みはよくわかったよ。だがサーヴァントの命だろう。だったらなおさら『マスター』に関しては必ず命を取る必要なんてないじゃないか?」

 

 命について軽んじているようで、遠坂の言葉に気に食わない様子の神無木せつなは意見を曲げようとしない。

 

「話は最後まで聞いて。さっきサーヴァントはマスターと契約で結ばれているといったわね。契約の証は令呪」

 

「あぁ、言っていたな」

 

「その契約は非常に重要な要素。この契約においてマスターはサーヴァントに魔力を供給させてこの世に現存させているの」

 

「じゃあ、俺もこの娘に魔力を送っているのか? あまり実感がないが……」 

 

 神無木せつなは横目で狐娘を見る。

 

「はい、さようでございます。今もマスターの中の熱くたぎるものが私の中に入ってくるのをひしひしと感じています。あぁ、どういったらいいでしょう、この感覚……!!!」

 

 神無木せつはスルーして遠坂桜の話を聞く。

 

「だから逆に言えばマスターさえいなければ、サーヴァントは自然に消えるわけ。サーヴァントは生身の人間が戦える存在ではない。例外はいるかもだけど、魔術師でさえ、戦えば一瞬で肉塊よ」

 

 遠坂の表現に血が引いてしまう。

 

「な、なるほど。そんな化け物と戦うくらいならだからマスターを狙う方が効率がいいってことか」

 

「理解した? だからあなたの望みがあるにしろないにしろ、あなたがマスターである限り、狙われ続ける。しかも記憶が無くて、魔術や聖杯戦争の仕組みを知らないあなたはまさにいい獲物よ」

 

「お、おい。わかっていることだがそうあからさまに物騒に言うなよ」

 

「いえ、マスター。そのことについては私もその女に納得です。サーヴァントはサーヴァントをある程度の能力があれば感知できるものです。魔術師も魔力をたどれますし、ここはこの女の魔術工房です。マスター、サーヴァント共にすぐに見つかるでしょう。いつ攻めてこられてもおかしくない状況です」

 

 そう二人から言われて、神無木せつなは嫌な汗を垂らしてしまう。

 

「まぁ、やすやすと敵を侵入させるほど私の工房は甘く作ってはいないけどね。ここは京都の町を囲む山の上に作った工房よ。こちらからの感知は楽だし、相手は攻めにくいし、なかなかいいところよ」

 

「き、きょうと……? ここはきょうと、という町なのか?」

 

「言ってなかったかしら? ここは日本の都市のひとつ、『京都』よ」

 

「に、日本の、京都……だと。初めて聞く名だ。くそ、全然場所の感覚もわからない」

 

 あまりにさらっと今更にここの場所を言われて余計に混乱してしまう。以前の記憶が断片的にないということは非常につらいことだ。

 

「その話もおいおいしましょう。この工房ならある程度は耐えしのげる自信はあるけど、それでも限界もあるわ。だからすぐにでも魔術や聖杯戦争の知識を入れたに越しことはないと思う」

 

「知識か……。一体何から」

 

「そうねぇ。とりあえず、サーヴァントの真名についてかしら。本当は隠した方がいいんだけど、なによりこの娘がすでに名乗っちゃってばれてるし。でもやっぱりマスターとサーヴァントととしてやっていくなら、もう一度しっかりとあなたの真名を言ってあげたら?」

 

 遠坂はそう言って狐娘の方に目をやった。

 

「あなたに言われるのは癪ですが、これもマスターのためです。立派な良妻であるなら旦那様にはうやむやではなく、しっかりと私の名前を今一度伝えないのは失礼ですからね」

 

「誰もお前の旦那になってない」

 

 狐娘は神無木せつのツッコミをスルーしてコホンと息ついた。そして立ち上がり、神無木せつの正面に移動して大声で名乗りを挙げた。

 

 

 

 

 

「この度の聖杯戦争にキャスターとして召喚されました。いつでもどこででもご主人様を愛する良妻!!! みこんと反り立つ立派なお耳と尻尾がアイデンティティ~~~~~!!! 狐のキャスターなのでファンの愛称はキャス狐!! しか~~し、真名は極めて神秘的かつクールエレガント!!! 京都ですし、宇迦之御魂(うかのみたま)にも我々の愛をみせつけてやりましょう!! ではでは私の真名をご拝聴あれ。名は『玉藻の前(たまものまえ)』。言わずと知れた九尾の狐名の一つであるというはまさにその通り。ですがぁぁ~~、今の私は最弱最弱!! ばれたら弱点晒して偉えらいことに、なので敵前ではご遠慮を!! っていうか玉藻の前はちょ~~と長いでの短くスマートに可愛らしく、マスターには玉藻ちゃんと呼んでほしいです。よろしくお願いいたします、ご主人様!!!!」

 

 

 

 

 

「う、うん」

 

やはりこのノリにはついていけない。神無木せつはなこの先は別の意味で茨の道だと実感した。

 

 



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野望

「また揃ったな。だが今回でようやく、『聖杯戦争』という器を満たす儀式はすべて終わる」

 

 どことも分からぬ暗闇で初老の男はその場に座りながらつぶやいていた。

 

「おーい、爺さん。こっちは終わったぞ。あんたの言ってた1柱はこちらでも完成した。残りは京都のそれだけだ」

 

 初老の男の独り言に繋げるように、また別の誰かの声が暗闇から聞こえた。若い青年の声である。コツコツと道を歩く音だけが聞こえる。

 

「終わったのは分かっていたが、改めて君の口から結果を聞こう……」

 

 初老の男はその声に体を振り向くことなく、ただ会話を続けた。

 

「暗いな。よくこんなところでずっといれるな。明かりをつけるぞ…」

 

 男は持っていたライターに火をつけた。するとその男のシルエットが浮かび上がる。赤い髪に数多くの銀色の装飾品をつけた男であった。

 

「結果はと聞いている」

 

「どうせわかってるくせになぜそこまで急ぐんだよ?」

 

「お前がサボっていないかを確認するだけだ」

 

「ちっ、へいへい」

 

 初老の男の言葉に少しいらだちを見せるも、青年はそのあとため息をつくと、内容を話し始めた。

 

「全くこっちは大変だったのにサボれるかよ。結果だけ言えば、勝ったのはなんとアサシン。マスターは現役JKだ。ちゃんとした魔術師は7人中2人だけという、どこが魔術師の決戦なんだかわかりゃしねぇな。んで死亡したマスターは3人だ。残ったマスターは令呪を返却してもらった後、退散してもらった」

 

 青年はその風貌にあった軽い口調で淡々と話していく。

 

「なるほどな。で願望器への願いはなんだったのだ?」

 

 

「あれ? 爺さんもそういうのに興味ある? いつも無関心なんだが……?」

 

「人の願望などに興味はない。あるのはあくまでも私の悲願に関与するもののみだ。今回使った魔力量が気になる」

 

 初老の男は青年の軽すぎる緊張感のない会話に少し呆れながらため息を吐いていた。

 

「確か不老不死って言ってたような。そんな願いまで叶えるなんて大したもんだな、聖杯様は」

 

「本能的に人は老いを嫌い、死を恐怖するものだ。なんら不思議ではない望みだろう。だがその程度の願いならば貯まった魔力は大丈夫だろう」

 

 不老不死をその程度という初老の男に青年少し疑問に思う。

 

「不老不死ってかなりすごいことだと思うが、爺さんにとってその程度なのか?」

 

「あぁそうだ。私の計画で使う量を考えれば微々たるものだ。倫理的価値を私に問いているのならお門違いだが」

 

「そりゃ、すまぇな。聞いた俺が悪かった。で、そういえば俺の管轄が終わったことでようやく計画の最終段階だろ。ここの聖杯戦争はどうなんだ?」

 

「今、始まったばかりだ。それで一体はさきほど聖杯にくべた。残るくべるべき魂はあと九つだ。つまり今参加しているサーヴァント達より余分で二つの魂が必要なわけだ」

 

 その言葉を聞いて青年はうんざりしたような顔をする。

 

「あんたまたさっきの戦いのようにイレギュラーサーヴァントを追加するつもりか? 参加者からしてみれば、チートやルール違反の嵐だぞ。全くでたらめにも程がある」

 

 初老の男は鼻で笑う。

 

「でたらめなのが聖杯戦争だろ?」

 

「はははは、確かに、とんでもねぇ皮肉だな。行ったことのない町だったが、あんたが言っていた『冬木』っていう町の戦いもそうだったみたいだしな」

 

 なかなかうまい切り返しに青年は不覚にも大きく笑ってしまった。

 

「始まりが矛盾だらけでは、派生もまた混沌と化すだろうさ」

 

 初老の男は青年の方に顔を向ける。

 

「まぁ楽しもうではないか。セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。果たして、今回の戦いの先がどういう結末を迎えるかを」

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

セイバー   ???  マスター ???

 

 

 

アーチャー  ギルガメッシュ マスター 美麗(メイ・リー)

 

 

 

ランサー   ???  マスター ???

 

 

 

ライダー   ???  マスター ???

 

 

 

キャスター  玉藻の前  マスター 神無木せつ

 

 

 

アサシン   真名不明  マスター 茶髪の青い髪の女性

 

 

 

バーサーカー ???  マスター ???



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第二章 激戦
嵐山


2010年12月。いよいよ京都での聖杯戦争が本格的に勃発する。それぞれの参加者は強力なサーヴァントを引き連れ、願望器である聖杯を求めて戦いあう。

それがある陰謀の手段とは知らずに。

 

 

 

セイバー   ???  マスター ???

 

 

 

アーチャー  ギルガメッシュ マスター 美麗(メイ・リー)

 

 

 

ランサー   ???  マスター ???

 

 

 

ライダー   ???  マスター ???

 

 

 

キャスター  玉藻の前  マスター 神無木せつ

 

 

 

アサシン   真名不明  マスター 茶髪の青い髪の女性

 

 

 

バーサーカー ???  マスター ???

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 場所は嵐山。そこは木々が生い茂る森林地帯。

 

 今では観光地として有名だが、ここには地元の者たちはあまり近づきたがらない。

 

 かつて奈良の平城京から平安京に都を遷す間に7年の間、都は長岡京にあった。

 

 この長岡京には呪われた歴史がある。この地を治めていた桓武天皇の周りには様々な厄災が起き、京に都を遷したときに多くの、そして強力な結界を張り巡らせた。

 

 だがその結界が外れていた場所があったのだ。そこが嵐山だ。強力な結界故に、都に悪霊の類は入れず、そこにたまり続けて様々な怪奇現象を起こしていたという。

 

 だから人はここに近づかない。

 

 そして時間は午前二時、最も魔が盛んになる丑三つ時。

 

 本来静まり返るはずの深夜の呪われた森林地帯。

 

 だが人が近づかないこそ、呪われているからこそ、恰好の場所となりえる場合がある。

 

 

 

ガキィィィィィィィン!!!!

 

 

 

 そこでは今まさに壮絶な戦いが繰り広げられていた。何かがぶつかり合う音が響き渡っている。

 

 交わるのは剣と杖。そこには二つの影があった。

 

 交わる刃から出る火花と雲から漏れ出した月明りで、その二人の姿が明らかになる。

 

「森で戦うことになるとは、動物相手にここでは人間は不利だ。あんたは卑怯だな。だからここに誘い込んだな、ライダー」

 

 二つの影の内一人の正体は、金の鎧兜を身に着けた男であった。全体に反りのある刀を打ち付けていた。

 

「ふん、多対一の者がそれを言うのか。セイバー」

 

 そしてもう一方は犬の姿をしていた。全身が漆黒に溶けるような真っ黒な毛に、相手を威圧する赤い瞳をしている。

 

 そしてその犬は口に翼が付いた杖を咥え、杖からは雷光を走らせている。

 

 お互いの言動から分かるように、彼らはサーヴァントである。金の鎧兜をつけた方がセイバー、黒い犬の方がライダーである。

 

 二人は森林地帯を移動しながら、お互いの間合いや隙、技の分析をして、そして打ち合っている。

 

 だがそそれぞれが持っている自身の武器の威力はほぼ互角らしく、両者の技量もほぼ互角のようだ。

 

 だが戦いの時間が経つにつれ、徐々にライダーが押している。

 

 その原因はセイバーの足元にあった。

 

「やはり、お前とは直接打ち合いたくないものだな。足に大量の木々がめり込んでる。なんという運のなさだよ。お前といるとな」

 

 セイバーが押されている原因、それは彼自身が語った通り、足に突き刺さる無数の木の枝だった。血が溢れ、足の感覚が悪くなり、動きが鈍くなってきている。

 

「周りの者すべての幸運値のランクを下げる。言わば呪いのようなものだ。力が拮抗するサーヴァント戦では凶悪な能力だ」

 

 しかし、セイバーは追い詰められているのに何故か顔は笑っていた。

 

 当然、ライダーもその表情から何か企んでいる事ぐらいすぐにわかる。そして一瞬の時、殺気を感じた。

 

「上か!!」

 

「ち、気づいたか」

 

 ライダーが声を出すと同時に、セイバーはすぐさま後方へ跳びあがり、離れる。するとライダーの頭上に向かって新たな二つの影が突如として現れて攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「スキルが凶悪なのはお互い様だな!! セイバー!!」

 

 ライダーは上からの攻撃に気が付くと、素早く身をくねらして二つの影からの攻撃を寸前によけた。とたん攻撃は地面にぶつかり、衝撃で土が膨れ上がり、周りの木々や岩も破壊された。

 

 ライダーはそれを逆手に空中に飛び散った岩を足場に利用する。うまく岩を蹴りこみ、現れた影に対して岩を飛ばしたと同時にその反作用を用いて自身は後ろに跳び、セイバーと同じくその場所から大きく距離を取った。

 

「その分身。本当に厄介だな」

 

 遠くへ着地したライダーは一呼吸置くと、攻撃を防いだ影たちを見つめた。そしてライダーからはため息がこぼれる。

 

 なんとそこに立っていたのは全く同じ外見の金の鎧兜を着けたセイバーが二人いたのだ。

 

「多対一ではどうやっても防戦一方にならざる負えないのがつらい。セイバーらしくない戦い方だ。アサシンにでもクラスを変えればどうだ?」

 

 ライダーはそう言いながらその二人のセイバーを通り越して、さらに奥地の木の上に立つ今まで戦っていたセイバーに視線を合わせていた。

 

 その視線の先、セイバーの横には学生服を身に着けた女性が立っていた。格好は白と赤を基調としたカッターと紺のスカートを着けた一般的な学生服だ。ただ、辺りの暗さのせいで顔の部分はよく見えない。

 

 だがサーヴァントと共に行動する者、すなわちサーヴァントとの契約者という事はマスターであることははっきりしていた。それを示す確固たる証拠に彼女の右手には令呪が光っていた。

 

「馬鹿言うな、俺は暗殺者向きな性格はしてねぇよ。で、下らん話し合いよりさ、バトルを続けようぜ」

 

 セイバーは確実に疲労しきっているが、未だに好戦的だ。闘争心が全く消えていない。

 

 だがそんなセイバーを制止するようにマスターは口をはさんできた。

 

「セイバー、今宵はここまでに致しましょう。もう限界でしょう? 魔力も枯渇しますし、戦えば戦うほど戦術が相手にも覚えられます」

 

「それは向こうさんも同じだろうさ」

 

「あの規格外のキャスターとの戦闘の後、マスターもろとも飲み込んだ出た正体不明の影。そしてその場に居合わせていたライダーとの連戦。無理はしない方がいいです。それに……」

 

「ああ、わかってる。こちらの闘いをこそこそ見物している他の組のサーヴァントもいるな。いい機会じゃねぇか。見せつけてやろうぜ、俺たちの強さ!」

 

 セイバーのマスターは撤退を考えているようだ。だが闘いを楽しみたい彼は彼女の言葉を華麗にスルーしているようだ。流石にマスターである彼女も感情的になり、セイバーに叱咤する。

 

「セイバー!!」

 

「わかった。わかりましたよ。撤退すりゃいいんだろ」

 

 だが叱咤を受けるとセイバーは意外と素直にそれに応じた。そして臨戦態勢を止め、マスターを抱きかかえる。

 

「じゃあな、ライダー。なかなか楽しかったぜ」

 

 そう言ってセイバーは二人の同じ外見のセイバーに軽く指を振るう仕草をする。するとその二人のセイバーは空間に溶けるように消滅した。それを確認するとセイバーはマスターを抱えて森の奥へ去って行った。

 

「終わったか……」

 

 ライダーは後を追わなかった。むしろこうなってくれてありがたいと彼は思っていた。実際、彼も魔力もかなり消耗していた。

 

 そうしてライダーは戦い疲れた体をよろつかせながら森の後ろを見た。

 

 

 ライダーがその場でしばらく待っていると草木をかき分ける音がする。そして奥からは中性的な外見の男の子が現れた。

 

 青いセーターを羽織っている少年だ。だがどうも顔色が悪く、病弱な印象である。

 

「ありがとう、ライダー。その、大丈夫?」

 

「死神相手に気遣うな。お前の病を悪化させている私に」

 

 少年の言葉にライダーは冷たく言葉を返す。心配してくれるのはありがたい。だがライダーにとってはこの少年の方が心配に見えるのだ。

 

「君のせいじゃないよ。僕が病弱なのは生まれつき。一族の体質だよ。どうせもうじき死ぬしね。う、けほけほ」

 

「だからと言ってわざわざ激しく命を削りこの戦いに身を投じる意味が分からない。まして私を呼び出すなど理解に苦しむ。そこまでして聖杯が欲しいのか?」

 

 ライダーは自身の体を顧みないマスターに呆れ果てている。自らもう死ぬと言っている少年がこんな殺し合いに参加して願いを叶えたいとはどういう事なのか。

 

「だからこそだよ。この命一つを賭けることで膨大な魔術回路のために短命だった一族を救える。次世代はそれらを持って長寿のものにできるんだ」

 

「………。どんな生き物も元来、自分の命を惜しむものだが。やはり魔術師は生き物ではないな。頭のねじが外れてる」

 

「ふふ、僕もそう思うんだけどね……。こればかりは……ね」

 

「…………」

 

 この少年、自身の言葉を理解しながらもどこか理解できない所もあるらしい。だがそれを放棄することもできないらしい。この少年は精神的にも危うそうだ。ライダーはこれ以上その話をするのを止めた。

 

 ライダーは何も言わず少年に顔で合図を送り、拠点に帰ることを促す。そして自分は足を引きずりながら歩き始めようとした時、今度は少年が質問をしてきた。

 

「じゃあなんでライダーは僕の召喚に応じてくれたの?」

 

 そう言われて、ライダーは思わず振り返る。だが少年の瞳を見てから再び前を見て歩き始めた。

 

「セイバーも言っていたが、敵が近くにいる。拠点に早く戻るぞ」

 

「ねぇ、僕の質問に答えてよ……」

 

「さぁな……」

 

ライダーはその真意を答えず、ただただ地面をかき分ける草の音だけが響いていた。

 



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アサシンVSギルガメッシュ①

 ライダーとセイバーの対決と同時刻。ある男と女の二人組はその戦いの様子を一つ山の向こうで見物していた。

 

「終わったようだ……」

 

 戦いの終結を見届け、男はそう漏らした。

 

 男は黒いローブで顔を隠し、戦闘用の装束を着ている。この男『アサシン』と呼ばれるクラスのサーヴァントだ。その瞳は紅く光り、そこに独特な紋章が浮かんでいる。

 

「『ヒルデ・ラインハルト』と言ったか? どうやら勝負は引き分けたようだ」

 

 男は断崖に立っって振り向かないまま一緒にいた女性に声をかけていた。

 

「すごいな。ここから戦いの様子が見れるなんて」

 

 女性は手袋をつけ青黒いスーツを着た、青い瞳に肩に届く茶色い髪をしている。そして手には竹刀が握られていた。

 

 彼女の名は『ヒルデ・ラインハルト』と言う。

 

 女性はアサシンの後ろの岩場に座っている。彼女はアサシンのその視力にとても感心していた。

 

「ヒルデ・ラインハルト……」

 

「あぁ、ヒルデだけでいい」

 

「では、ヒルデと呼ぼう。さっきの問いの答えはそう難しくはない。俺がこの瞳を持っているからだ。この瞳はあらゆる特殊な力の流れを色で写すことが出来る。遠くの戦闘であれ、その色の流れははっきりとしている。それが理由だ」

 

「そ、そんなことが出来るのか…………」

 

「そしてサーヴァントであるからか、それとも召喚の影響なのか、どうやらそこまで視力は衰えていない様だ」

 

「その能力は視力云々の話なのか?」

 

 ヒルデはどうもアサシンの言うことがいまいちピンとこなかった。第一、瞳に特殊な能力を持つアサシンなど聞いたことがない上にその瞳の正体が全く分からないのだ。しかも最後の深みがある言葉も真意もつかめなかった。

 

「目に力を持っている英霊や悪魔、怪物はたくさんいる。しかし魔力を色で見通す目を持った人物など知らんぞ。ましてや暗殺者としてならなおさらだ。真名がまるで分からない」

 

 ヒルデはアサシンに少し強張った口調で言葉を返す。するとアサシンはその紅い瞳のままヒルデの方を向いた。

 

「俺はこの時代においては、他の語り継がれる英雄などより遥かに歴史が浅い。今のお前に言ったところでわかりはしないさ」

 

「せめて名は言ってくれないのか? どうしてそこまで隠す?」

 

「隠しているわけではない。どうせわからないと言っている。この日本の地にいればいずれわかるさ」

 

 だがアサシンはヒルデの問いには答えようとはしなかった。この感じだとどういっても無意味だろう。

 

(くっ。令呪で言わせるか、いやしかし……)

 

 手の甲の令呪を見てそう考えかけるが、すぐさま取りやめる。こんなことで無駄遣いしてはあまりにもお粗末である。感情をぐっとこらえて、再びアサシンに話しかける。

 

「はぁ、わかった。真名は弱点を晒すこともありうる。お前がいずれ分かるというなら待とう」

 

「今は情報収集が先だ。7人のサーヴァントが召喚されているなら他6人の情報を徹底的に集める。そしてこれは生き残りの戦いだ。無理に戦い事もないことも頭に入れて置け。極端に言えば、戦いの表舞台には上がらなくてもよいということだ」

 

 アサシンは冷静にそう言った。しかし真名については引き下がっていたヒルデだが、最後の言葉には納得が出来なかった。

 

「アサシン。戦わないのは認めないぞ。私にはやることがある。この聖杯戦争に参戦しているであろう、ある男を殺さなくてはいけないのでな」

 

 ヒルデは先ほどと打って変わり、怒りで顔を引きつらせていた。その瞳には恐れおののくほどの殺意が走っていた。

 

「復讐か。ただ殺したいだけなら、この戦いの末を待っていればいい。戦いの最中命を勝手に落とすかもしれん、そして生き残っているのなら我らとも当たるだろう。」

 

「誰かに殺されるまで待てるか!!!!」

 

 ヒルデがそう言った瞬間、彼女が持っていた竹刀の先を地面に叩きつけていた。大きな爆音と共にそこを中心に周りの地面が穴を空けてえぐれた。煙も舞い、土の焦げるにおいが立ち込める。

 

 しばらくするとその煙も払いのけられ、竹刀の形が見えてくる。だがどうも様子がおかしい。その爆発音を起こした竹刀の刃に当たる部分が、真っ赤に揺れる炎に変わっていたのだ。燃えてしまったというよりかは、まるで木という物質から火という物質に切り替わっていたというのが正しい。

 

「はぁはぁはぁはぁ……」

 

 ヒルデは息を荒立て、顔を引き攣らせていた。力を使った反動というよりかはどうも激情にかられたためと思われる。

 

「落ち着け、そう提案しただけだ。俺はサーヴァント、ある程度マスターの方針には従うさ」

 

「はぁはぁはぁ、……す、すまない……」

 

 

「ねぐらがある以上、いくら隠れていても襲撃を受ける可能性もある。情報収集のためにはこちらから打って出ることもあるだろうさ」

 

「そ、そうだな」

 

 ヒルデはアサシンになだめられ、呼吸を落ち着ける。それと同時に持っていた竹刀の剣先も元の形状に戻っていた。

 

「感情に支配されるのが人間の常だが、お前はそれに流され過ぎだ。自身の持つ『変化』の力を他の陣営に知られたくはないだろう?」

 

「わ、わかってる。自分の戦法を解析されるのはごめんだ」

 

「ならできるだけ抑えることだ」

 

 アサシンはそう返事するとヒルデの後ろに歩き始めた。

 

「拠点に戻るのか? せっかく出てきたのに、まだ他にも調べて言った方がいいんじゃないか?」

 

「この周辺にセイバーとライダー以外の霊体化はしているサーヴァントが数人は確認できた。微弱だがこの瞳から魔力の影が見える。しかもだ、今戦っていたその者たちにもこちらはばれているだろう。すぐにでも移動した方がいい」

 

「お、おい。貴様が仕切るな。私はお前のマスターなんだぞ!!」

 

 アサシンが歩き出した後にヒルデは急いで、後を追いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気づいているのなら何故、我(オレ)に許しを請ずに去る? 雑種……」

 

(!!??)

 

 瞬間、声と同時に空気を切る凄まじい轟音が響いた。

 

(馬鹿な、ここまで届くのか!!?)

 

 その声、音にアサシンは即座に反応した。いや、反応したというよりその攻撃が来る可能性を彼はわかっていた素振りであった。ただその攻撃がここまで届くのは予想外であったようだ。

 

 アサシンに続き、ヒルデも遅れてその攻撃に気づき反応した。その攻撃はどこからともなく飛んできた槍であった。

 

 ただ、それが普通の槍ではない。それはもう直感で分かった。それも一本ではない。数十本もの槍が前方に放射状で二人をめがけて飛んできたのであった。

 

 離れてはいるが、距離とスピード、その数。到底対処できるわけがない。

 

「しまっ……」

 

 凄まじい速さで飛ぶ何十本の槍。突然の攻撃にヒルデは声を出す時間もない。そうしてヒルデの思考が固まる暇もなく、それぞれの槍は二人のもとに激突した。

 

 ヒルデ、アサシン。その二人の周辺に辺り一面に衝撃波が走り、砂埃が舞い散る。その光景が攻撃のすさまじさを物語っている。

 

「ふんっ」

 

 その攻撃の中、辺りの上空にどこからともなく緑色に光るエメラルドの羽を持つ金色のそれを飛行する舟が突如として現れた。

 

 この乗り物は、二大叙事詩『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』に登場する黄金とエメラルドで出来た、空飛ぶ舟『ヴィマーナ』と呼ばれる代物である。

 

 そしてアサシンとヒルデがいた位置をちょうど見える場所でそれは空中で停止した。すると、その舟に付いていた王座のあたりが輝き始め、空間から突如として黄金のサーヴァントが出現した。

 

 そう彼は『英雄王ギルガメッシュ』であった。

 

 英雄王は自身の出現と同時に自らの謎の異空間の壁を自分とは垂直方向で真上に展開していた。しばらくするとその異空間の壁からは黒髪の少女が突如降り立ってきた。そして英雄王の横に降り立ち、話しかける。

 

「どう、ギル? 死んだの?」

 

 少女は普段の彼を知る者ならとても考えないような言動で英雄王に話しかけているのだ。

 

「ふん、防がれたようだな。たかだが雑種風情になぁ」

 

 話しかけられた英雄王に手に力を込め、歯ぎしりを立てていた。

 

 これは英雄王に対して無礼を働いた少女への怒りではない。この怒りは英雄王からして小物と思っていたまさしく目の前にいる『雑種』に対する反応であった。

 

 その二人がやり取りを交わしている間、舞っていた辺りの粉塵は引いてくる。そしてようやく見えなくなっていたその場所が明らかになってきた。

 

 ただ見えてきた光景は当然、凄惨なものだった。辺りの岩や土はことごとく破壊され、大きなクレーンを作ってしまっており、遠くにあった大木でさえ、その衝撃で大きくねじ曲がっていた。

 

 ただ、一点だけ奇妙な物がギルガメッシュと少女の目に映る。その攻撃された場所の中央には、なんと自身を囲むように半透明で骨格のような形の赤いドーム状の鎧を出現させていたアサシンがいたのだ。

 

「大丈夫か?」

 

「ア、アサシン!?」

 

 ヒルデは気が付くと、その横には苦汁の顔に歪ませたアサシンの姿があった。

 

「ア、アサシン。一体どうなって……?」

 

 そしてすぐに自分たちの周りを囲う半透明の赤い壁が出現していたことに気が付いた。

 

 今まさに絶対絶命の躊躇のない攻撃をもろに受けていたのに、よく周りを凝らすと、その出現した赤い壁に宝具は阻まれていた。

 



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アサシンVSギルガメッシュ②

 数多の宝具はその赤い壁のいたるところの突き刺さり、一部、壁にひびを入れていた武器もあった。

 

「あ、アサシン。あなたがやったの?」

 

 ヒルデ自身、このような数々の宝具を防げる防壁など魔術で張れるわけはないのだ。ならばそれを行っていたアサシンしかいない。

 

「………あまり使いたくはなかったが。やむを得ないからな」

 

 彼は口をゆっくりと開いてそう答えていた。

 

 そしてマスターであるヒルデの身の安全と武器をすべて防ぎ切ったことを確認すると、途端に赤い鎧の壁は瞬く間に消え去っていき、突き刺さっていた宝具の数々が金属音を鳴らして次々と地面に落ちた。

 

「あ、あなた……。その目変わってる……」

 

 これがアサシンの術か何かなのか、考えながらふと気が付く点があった。それはアサシンの独特な瞳の文様が先ほどと大きく変わっていたことだった。

 

 初めに見ていた瞳の文様は赤い中に黒く浮かぶ三つ巴のだった。だが、それとはそれらが大きくなり重なり、また違う文様を作り出していた。

 

 そんな変化に戸惑うヒルデを特に気にすることもせず、アサシンは別の方向を睨んでいた。

 

 彼が見据えていたその先にあるのはそれはヒルデ達を攻撃した目の前に見える黄金とエメラルドの舟の台座に座る英雄王だった。

 

 しかし基本、自分以外の者を格下と考えるギルガメッシュにとってはそのアサシン眼光は癇に障る。

 

「その瞳、魔眼の類か? だがそれよりも貴様は我(オレ)に礼儀を欠きすぎたな」

 

 英雄王は静かに語る。

 

「まず王、自らの極刑を拒んだこと。そして、誰に許しを請いて我(オレ)を見る」

 

 その言葉を言った瞬間、英雄王の顔は強張り、再び英雄王の後ろに異空間が出現した。その異空間にはすでに数多の武器の先端が見えている。

 

 そしてすぐさまそれらの武器は発射された。

 

 しかしアサシンも馬鹿ではない。今度は先ほどとは違い、距離もそこまで遠くなく、しかも確実に攻撃が来ることが分かっているのだ。

 

「行くぞ!」

 

「え!?」

 

 刹那、アサシンは驚くヒルデを気にせずにすばやく抱きかかえ、素早く後ろの方に跳ねた。上方に飛ばないのは軌道が読まれやすく、なおかつ身動きが取れなくなってしまうためだ。狙い撃ちをされてしまう。

 

 飛んだ瞬間に、響き渡る宝具が地面へと突き刺さる轟音が響き渡り、再び砂芥が舞い散る。

 

 あまりにも多すぎる武器の数々は地面だけではなく、的確にアサシンたちに目がけて向かうもの達もある。だがそれに対してのガードも欠かしていない。アサシンは先ほどの出していた赤い鎧の壁をもしっかりと展開していた。

 

 ただし、武器の威力はすさまじく壁に当たった衝撃でアサシンたちは後ろに若干引吹き飛ばされてる様にも見える。

 

「無様だな……」

 

 その様子に英雄王はほくそ笑む。その顔を傍から見れば冷静に感じ取れるアサシンなのだが、ちょっとした顔色の変化は英雄王にはお見通しである。何よりも自身から全力で逃げている様を見れば、その動じていない顔つきも逆に笑いをそそる。

 

「ふん。下がったところで我(オレ)の攻撃圏内から逃れられるとでも?」

 

「距離を稼げば、ある程度の追撃は防げる。武器をまき散らすだけの攻撃ではな……」

 

 相手の気を逆撫でするようにアサシンは英雄王にすぐさま言葉を返す。

 

「お、おい、アサシン。相手を挑発するのは止めろ」

 

「そういうつもりではないのだがな」

 

抱きかかえられながら、ヒルデはアサシンの言動を注意していた。しかしアサシンはただ冷静に言葉を返すだけだ。だがその顔は大きく疲労しているのは一番近くで見ているヒルデにはすぐにわかった。

 

 アサシンは英雄王からかなり距離を稼ぎ、木々が生えている森の中まで下がると赤い鎧の盾を解く。と同時に抱えていたヒルデを地面に降ろした。

 

「確かに無様ではある。だが、貴様はいままでに会った脆弱なアサシンとは少し違うようだ。盾を持つアサシンとは珍しい」

 

 攻撃を二撃も放ち、すべてではないものの防ぎ、アサシンは生きながらえている。英雄王からすればこれ以上腹立たしいことではないのだが、アサシンのその瞳は一向に変わらないのだ。怒りよりもむしろ興味を抱きつつあった。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

「ア、アサシン……。くそなんて相手だ。奴はいくつ宝具を持っているんだ? 一人の英雄があれほどの武器を……」

 

 ヒルデが英雄王の無茶苦茶な攻撃に困惑を隠せず、そして彼女の横目にはアサシンが頬から汗を流し、息が荒らげている。

 

 アサシンのこの疲れ様は、今の使っている技の反動というよりは雨あられのように降り注ぐ宝具の数々を防いでいるためとわかる。ヒルデは相手の力量を見てそう感じるしかなかった。

 

(どうやって勝つんだこんな相手に……)

 

 絶望しかない。こんな相手に一体どうすれば勝利できるのだ。ヒルデがそう考えていることは彼女が浮かべている悲痛と恐怖、闘争心が混じり込んだ表情からアサシンは察したのだろう。彼はヒルデにくぎを刺す。

 

「……ヒルデ、言っておくが奴とは力量が圧倒的に違う。この戦いで勝つことには何も得られない。今は戦うのではなく、逃げることを考えるのが重要だ」

 

「わ、わ、わ、……わかってる。そ、それくらい」

 

 ありのままに心を読まれてしまったことにヒルデはとても驚き焦ってしまう。返す言葉がちぐはぐだ。

 

「ふっ」

 

 そのあまりに単純な性格に危機的な状況にもかかわらず、思わずアサシンは笑ってしまった。

 

「な、こんな時に。お、お前こそさっきわかりやすい挑発してただろ」

 

「相手は慢心屋に見えたからな、俺は奴の冷静さを欠かせようとしただけだ。……だが」

 

アサシンは遠く離れる英雄王を再び、睨みつける。

 

「だが……?」

 

「先までと違い、感情的には攻撃してこない。どうやら今は様子をうかがっているな。あの威力の攻撃なら構わず、何度も仕掛けてくると思ったんだがな」

 

「あんなもの、何度も喰らったらたまったものじゃないぞ。攻撃をしてこない分、まだましだ」

 

「いや、逆だ。確かにあの威力の攻撃を連撃されては敵わないのは確かだ。だがある程度の間隔で攻撃を行ってくれた方が、逃げやすくてよかった。後ろは逃げ込みやすい視界が悪い森だからな」

 

「な、なるほど……」

 

「全くやりずらい。怠慢以上に奴はすぐれた観察眼を持っているようだ」

 

 アサシンはヒルデにそう語り聞かせながら、何やら両手を動かし特別な印を結んでいた。その行動にヒルデは疑問を抱く。

 

「アサシン、何をするつもりだ?」

 

「突破口を開く」

 

「突破口?」

 

「時間がない。仕掛けてこないとはいえ、それも時間の問題だ。今度こそ、全力で仕留めに来るはずだ。すまないが説明は後だ。俺の手順に合わせてくれ」

 

「あ、ああ」

 

「いいか。まずは俺が得物を投げた後、技を出す。そのあとお前の『変化』の魔術で雷と炎を作り、それぞれ俺が言った所に、順にぶつけてくれ」

 

「それでどうやってあいつを……」

 

「理由は後だといっただろ。とにかく切り抜けるにはこれしかない」

 

「わ、わかった、それでいいんだな」

 

 何を考えているか読めないアサシンだが、赤く光るその瞳からは気迫が伝わってくる。ヒルデはそれに気押されて承諾していた。自分には何も考えが浮かばない以上、ここはその言葉を信じるしかない。

 

「ギル。攻撃はしないの? 相手はもうくたばるのに……」

 

「ちと興が乗ってきたところだ。あのアサシンはなかなかに良い。早々にケリをつけては芸がなかろう」

 

「さっきまではすぐにでも殺そうとしたのに……」

 

「まぁそういうな。貴様も娯楽は覚えるべきだ。それにああいう輩には少し慢心を抑えねばならんかもしれん」

 

「でも睨み合ってても、終わらないよ……」

 

「全く王を急かすとはなとんだ雑種を。まぁいい次の一撃を最後にしてやる。少しばかり本気を出すか」

 

 英雄王は隣にいた少女の催促に答えると口元を大きく歪める。そして片方の手を上に掲げると、再び特殊な空間を展開した。

 

「う、うそ。さっきよりあの空間の数が多いぞ!! アサシン、本当に大丈夫なのか」

 

 先ほどまではその異空間は一つのみであったが、今回は違った。その異空間の数は一気に数を増し、それに伴い空間から出てきていた多数の宝具を影は異常な量を見せている。

 

 ヒルデに悪寒が走る。

 

「怯むな。恐怖を感じているのは俺も同じだ、だが集中しろ。死にたくなければな」

 

「ああ」

 

 震え始めていたヒルデをアサシンは叱咤する。そして服の中から得物を複数個取り出し、手に力を込めた。

 

 次の瞬間、英雄王からの大量の武器が発射された。

 

 発射のタイミングと同時に、すさまじいスピードでアサシンは持っていた得物を投げる。

 

 放ったものは小さな鉄のクナイだ。別段、特殊なものではなく丸いリンク状持ち手と先がとがった形状をしたただのクナイであった。

 

(そんなもので、どうするっていうんだ!?)

 

 どう考えてもこんなもので撃ち落とすことは不可能である。それを見ていたアサシン以外のその場にいた三人はそう思った。

 

 

 

 しかし、アサシンの狙いは違ったのだ。

 

 

 

キン!!!

 

 

 

 アサシンの投げたクナイ同士はその宝具と交わる際、また別のクナイとぶつかった。すると投げたクナイ達は、全く別の方へ飛ぶ。

 

 そのクナイの先端が向かっているのはそれぞれの宝具。正確にはそれら武器の刃の部分ではなく、取っ手の部分であった。

 

 そしてクナイはぶつかる。

 

 当然、ただのクナイでは宝具の力に遠く及ぶはずがない。武器の力関係により撃墜は不可能であったが、しかしながら宝具の軌道が『多少』変わったのだ。

 

 その『多少』こそが重要。

 

 一つ、また一つと、飛ばされる宝具たちの変わった軌道はまた別の宝具に影響を及ぼした。

 

 

 

ガガガガガガガガガガガッ!!!!

 

 

 

 アサシンが放ったクナイによって初めに軌道が変えられた宝は3つ程。しかしそれは平行に直進してくる全体の宝具の軌道をさらに大きく狂わすのには十分な数であった。

 

 ただのクナイでは宝具相手にわずかに軌道を逸らす程度だが、宝具同士の干渉なら話は変わってくる。飛ぶ方向を狂わされた宝具、別の宝具にぶつかり合い、そして空中で大きくはじけ飛んだのだ。

 

 結果、アサシンたちにはその宝具はほとんどが届かなかった。届いたものに関しても二人の横に大きく外れて地面に突き刺さるのみであった。

 

「なんだと!?」

 

 英雄王も流石に呆気にとられてしまった。

 

 理論的に実現できる可能性はあれどはっきり言ってこのような芸当などは普通は出来るものではないのだ。わずかでも投げる位置や相手が放ってくる武器の威力などを誤ると確実に失敗するものである。

 

「す、すごい……」

 

「ヒルデ、気を取られるな! 次だ!」

 

 だがアサシンの作戦はまだ続いている。アサシンは驚くヒルデに声をかけて次の行動を開始する。目には見えないほどの速さで特殊な印をアサシンは結んでいた。そしてアサシンは叫ぶ。

 

「水牙弾!!!」

 

 その言葉を叫ぶと、アサシンを頬は大きく広がり、そして口から途轍もない大きな水流が発射した。

 

「こ、これは……。」

 

アサシンが繰り出す、技にヒルデは次々と呆気を取られてしまう。だがアサシンの目線がこちらを見つめることでヒルデは作戦の言葉を思い出した。

 

(そうか、だから電流なのか!!)

 

 ヒルデは持っていた竹刀に力を込める。すると竹刀の剣先がまるで溶けるように変化し、そこには電流が発生する。そしてそのままヒルデはアサシンの意図をつかみ取るとその電流を帯びた竹刀を思い切り振るった。

 

 振るった先はアサシンは起こした水流である。電流が水にぶつかると轟音を荒立てて混ざりこむ。

 

 そしてうねりをあげながらそのまま電気を帯びた水流は英雄王の乗っている舟に向かった。

 



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アサシンVSギルガメッシュ③

「ギル、よけるの?」

 

 ただその電撃を帯びた水流が向かって来ようとも少女は動揺することなく、冷静に英雄王に問う。

 

「ここまで多芸なのは正直驚かされた。しかしこの程度は避ける必要もあるまいて」

 

 英雄王はそう返すと特殊な空間を今度は目の前に展開した。

 

 ただ今度は武器ではない。そこからは光で出来た七枚の花弁が出現した。

 

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」

 

 英雄王がそう言うと花弁は大きく開き、光り輝く。直後、アサシンたちが放った電撃を帯びた水流がぶつかる。

 

花弁にぶつかる水流は依然威力を損なわず、猛烈に突撃をする。しかしながら光るその花弁の効果で後ろまで控えるギルガメッシュ達には全く届いていなかった。

 

 そして数十秒もすると水流も次第に威力を弱めていき、最後には離散してしまった。

 

 電撃を帯びた水流の攻撃をギルなら簡単に防げると思っていた少女であったが、やはり多少は驚いた様だ。ギルガメッシュが出したその美しい宝具に興味が出ていた。

 

「ギル、この花弁は?」

 

「これはギリシャ神話にて語られるトロイア戦争の最中、アイオスがヘクトールの攻撃を幾度も防ぎ切った代物だ。元はただの青銅の盾に牛皮を敷き詰めた物らしいがな。どうやら時代超え、我(オレ)の貯蔵庫にも収納されていたらしいな」

 

「なるほど。なかなかの代物」

 

「だがこれを使ってみると妙に憤りを感じるな。これはオリジナルに蓄積された記憶か何かなのか?」

 

「ギ、ギル?」

 

「ふん、まぁよい。これはもう使うまい」

 

 英雄王は攻撃を完全に防ぎ切ったことを確認すると、そのまま異空間にその花弁の宝具を収納し、異空間は消え失せた。そして目の前のアサシンに声をかける。

 

「フハハハハハ。浅知恵だな、暗殺者。この程度では我(オレ)を倒せぬとわかるだろう?」

 

 英雄王は嘲笑った。

 

「おい、防がれたぞ。どうするんだ!?」

 

「問題ない。次準備をしろ」

 

 攻撃が完全に無効化されたことにヒルデは取り乱してしまう。ただそれはアサシン想定内の事であった。アサシンは間髪入れず、次の行動に移る。

 

「水牙弾!」

 

 アサシンは先ほどと同じ言葉を叫び、数流が発生する。

 

 もはや打ちひしがれて場合でもない。ここまで来たのなら最後までと、ヒルデもやむ負えず攻撃に合わせた。

 

(こうなったらやけだ。竹刀の先もあと一発ほどならいけるはずだ)

 

 先ほどまで持っていた竹刀は先が半分ほどまで減っていたが、ヒルデは構わずに力を籠める。今度は剣先が炎に変わった。そして同じように発生させた炎をアサシンの水流にぶつける。

 

 

 

シュゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!!!!!

 

 

 

 すると蒸発音とともに大量の水蒸気が辺り一面に発生した。そのため一気に視界が遮断した。

 

「ヒルデ、俺の瞳は魔力を色で見る。この視界なら問題ない。行くぞ!!」

 

「ああ」

 

 アサシンの本当の狙いはこれである。さっきの攻撃はあくまで陽動的なもの。本当は視界を断つことが目的であった。

 

 二人はその作り出したチャンスの利用して一気に駆けた。

 

「ふん。この隙に逃げるか。二段構えではあるが、考えが浅い」

 

 しかし英雄王は動じない。満身創痍の者が圧倒的強者ならば逃げだすのは当たり前。だが多少興味を持ち始めたアサシンがこうも単純ではと英雄王は落胆してしまった。

 

「興が冷めた。追うぞ、美麗(メイ・リー)」

 

 英雄王は逃げだしたそのまま追撃をするべく『ヴィマーナ』を動かそうとした。

 

「待って、ギル。奴ら来る」

 

 だがその矢先だ。美麗(メイ・リー)は王の行動を制止した。

 

 どうやら少女はギルガメッシュでは感じ取れない二人の気配を感じ取ったようだ。そして今まさにすぐそばまで近づいていることがわかったのだ。

 

 刹那、視界を遮る水蒸気の中からアサシンが空中を飛びあがるように出現した。なんとギルガメッシュ達が乗っていた舟のそばに飛び込んできたのだ。

 

「フハハハハハ!!! 愚かすぎるぞ、雑種ぅぅ!! これでは浅知恵を通り越して阿呆だな!!」

 

 アサシンのそのあまりにも無謀な特攻に英雄王は呆れを超えて大笑いしてしまった。

 

 空中に跳びあがり、防御もままならない状況では先ほどの鎧をしてもこの至近距離からの攻撃は防ぎきれないだろう。

 

 先ほどまでの自身の大量の宝具での攻撃を知っているはずなのに突っ込んでくるとはと英雄王は笑いが止まらない。

 

 そうして英雄王は無慈悲にも特殊な空間を再度複数個展開する。そして瞬く間に武器の数々が発射された。

 

 これでは絶対に防げるはずもない。ものの数秒後にはその宝具の数々は、アサシンの身をすべて切り刻んだ。

 

 

 

 

 そう切り刻んだ筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが

 

 

 

「カー、カー、カー、カー」

 

 

「なに!?」

 

 アサシンのその体は攻撃が体に当たった瞬間にまるで溶けるように離散したのだ。直後その離散した体は無数のカラスに変化した。

 

「まさか、そんな身代わり……!? いやでも確かに魔力は感じたのに……。あれは正真正銘のアサシンだったのに」

 

 感情が希薄であった少女もこのアサシンの技には驚きを隠せないでいた。今、英雄王を襲った相手はアサシンの技による身代わりだったのである。

 

 少女の感知能力のことはアサシンは分かってわけではない。しかし結果的に自らの魔力の探知力を逆手に取られてしまうことになったことで感情が高ぶってしまった。

 

 そしてその身代わりを攻撃している間にさっきまで視界を覆っていた水蒸気は完全に無くなった。

 

 当然のことながら英雄王が見るその先にはアサシンとヒルデの姿はもうどこにもなかった。

 

「浅知恵なのは我(オレ)の方であったか。美麗(メイ・リー)よ。どうやら一杯喰わされたようだ」

 

「…………」

 

「そう機嫌を損ねるな。まぁ我(オレ)が言えたものではないのかもしれんが貴様も冷静さを保ち、観察眼を養うことだ」

 

 してやられたというのに英雄王はむしろ嬉しそうな顔を浮かべている。やはりあのアサシンは楽しませてくれると。ただ傍らにいる少女の美麗(メイ・リー)は納得ができていないようである。先ほどから黙り込んで、うつ向いている。

 

「………………」

 

「我(オレ)自らが自嘲してやったのにな。ふふ、今回のマスターは扱いづらい。それこそサーヴァントの身になってほしいものだ」

 

「…………、くぅ」

 

「いつまでふてくされている。余興には十分すぎるものだ。また我(オレ)の財奪い合う下らぬ雑種共の戯れと思ってはいたが、ああいうのはまぎれていただけでも十二分の価値はある。行くぞ」

 

 英雄王は少女をなだめると、『ヴィマーナ』は光り輝いて動き出した。そして轟音を出し、その場から飛び去ったのであった。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 アサシンと英雄王の戦いを見ていたのは、他の組も同じであった。

 

 アサシンはこの周辺に霊体化はしているサーヴァントが数人は確認できた。』と言っていたのは事実であった。

 

 こんな大規模な戦いを他の者たちが無視するはずがない。そもそもアサシン達も『ライダー』と『セイバー』の戦いを見ていたのだから。

 

 ライダーとセイバーの戦いの場所を中心として、アサシンと英雄王との戦いの場所を考えたとき、その制反対側に位置するある山の頂。場所には一組のマスターとサーヴァントがいた。

 

 戦いが終わっていたこともあり、隠れる必要がなくなったサーヴァントは霊体化を解いていた。

 

 マスターは黒入りのスーツを身に着ける30代程の強面の男であった。そしてその横にいるのは彼のサーヴァント。背がかなり高い女性で。聖娼のような簡素な白い衣服を着けた恰好をしている。ただし、聖娼特有の女の色気というのはあまり感じられない。

 

 戦いを見届けたその二人はそれぞれの思惑を巡らせていた。少しの沈黙を終えて先に話しだしたのは女性の方であった。

 

「すごい戦いだったわね。あの二組。特にあの金ピカの奴には勝てる気がしないわ……」

 

「ああ、そうだな」

 

「なによ、そっけない返事ね。そんなに私が嫌い?」

 

「お前を信用したわけではない。自分の意思のなく、ただ守り手を担い続けた者など特にな」

 

「ふーん、そんな理由で大事な大事な令呪を使ってまで私を縛ってるわけね……」

 

 自分の現状を憂い、皮肉気味に女は男に話す。

 

 この女はサーヴァントである。サーヴァントは魔術師でマスターと契約を結ぶが、その力は人間などとは比べ物にならない。故に抑止力の令呪があり、マスターである男はそれを存分使っていた。

 

 彼は自らのサーヴァントに『自らのマスターを殺すな』とかけていた。その証拠に、彼の右の甲には少し欠けた特殊な紋章があった。

 

 このような命令をするということは、サーヴァントである自身を一切信用していない証である。動きも制限されているため、不服があるのは当然であった。

 

「まぁ、聖杯を取ってくれさえなんでもいいけどね、『マスター』」

 

「敬愛されてない者に言われると、腹立たしいものだな。まぁいい、情報は取れた。帰るぞ『ランサー』……」

 

「はいはい」

 

 男の言葉に素っ気なく女は答え、二人はその場を去っていった。

 

「来たか、ヒルデ……」

 

 同行しているおんなに聞こえないように男は小さくそうつぶやいた。

 



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観察者

『ライダー』と『セイバー』の戦いが終わった。

 

 次に勃発した『アサシン』と『ギルガメッシュ』が戦いが終わった。

 

 アサシンとギルガメッシュの戦いは『ランサー』が見ていた。

 

 実はその戦いは手負いであったはずの『セイバー』も眺めていたのであった。

 

 『ライダー』はマスターの少年の容態を心配して早々に帰還していたが、好戦的であった『セイバー』は、マスターの気苦労も知らずにその戦いを楽しそうに眺めていたようである。

 

 だが、その二つの戦いが終わると、それらの鑑賞者たちも、それぞれの陣地へ戻っていたのであった。

 

 しかしながらその場にはいなくても、自分の陣地から離れず、安全な位置からその二つの戦いを常に見ていた組も存在する。

 

 その者達はある魔術師の工房にいた。

 

 そう自分の陣地で戦いを眺めていたのはキャスター陣営であった。

 

 拠点の中にある部屋には、マスターである青年である『神無木せつな』とそのサーヴァントである『キャスター』、そして工房の持ち主、『遠坂桜』がいた。

 

 神無木せつなと遠坂桜はキャスターを囲み、その手に持っている不思議な鏡に視線を送っていた。

 

 なんとその鏡には先ほど戦いがあった嵐山の風景が映されていたのだ。これはキャスターの能力の一つであるようだ。

 

「これが、サーヴァント。と、とんでもない化物がいるもんだな」

 

「だから言ったでしょ、神無木君。無知なままだと死しかのこらない。絶望しかないわ」

 

 神無木せつなの顔からは冷や汗とめどなく流れていた。

 

「ある意味、ここでキャスターを召喚して正解だったかもね。高みの見物しながらためになる戦いの予習が出来たんだから」

 

「ああ、そうだな……」

 

「マスタ~~~~~、玉藻ちゃんを褒めるときはもふもふやるのが夫としての努め、もはやテンプレなのでございますよ。早急にもふもふを所望する」

 

「うるさい。お前の力には感謝するが、その欲望にまみれた顔を早急にやめろ」

 

 相変わらず、キャスターのハイテンションに苦労しているようだ。隣にいる遠坂桜も苦笑いしかできていない。

 

「だがこの状況がありがたいとは言え、このままただ縮こまっているだけだと少々辛くもあるな。実践の感覚がつかめるわけじゃないからな」

 

「神無木君、聖杯戦争は殺し合いと言ったわよね。いわゆる生き残りの形式の戦いよ」

 

「そう言ったな」

 

「なら戦いを最小限に留めるのは定石よ。戦えば手の内がばれていく。当然、危険度や死亡率も戦えば戦うだけ上がる。ここもいずれはバレるでしょうから、その時間を存分に生かしなさい。あなたは記憶と共に魔術の知識まで失っている。だからここで魔術の勉強をしてあげてるんでしょ」

 

「あぁ……」

 

 神無木せつは納得が出来ないようだが、遠坂桜の判断は正しい。言いくるめられる形になり、こみあげるプライドのためか、自然と視線も下がる。

 

 しかし、神無木せつは遠坂桜のあまりのこの親切ぶりに思うことがあった。

 

「なぁ遠坂、さっき魔術師の傾向について語ってたが、あんたもその魔術師なら何事も『対価』を要求するはずだよな」

 

「まぁ。そうかもね」

 

「ならなぜ、利益もない俺なんかのためにここまでしてくれる? 俺を助けてくれたこともそうだが、魔術指導まで……」

 

「それは……」

 

 

 

 

「みこーん!!!!! な、何か何か何かいますよ~~~~!! ちょっとこいつはなんなんですか~~~!!」

 

 

彼女が答えようとした瞬間、それを思い切り遮るくそやかましい狐っ娘の声が部屋に響いた。

 

「だ~~、うるさいな。何なんだよ一体」

 

「はぁ、このサーヴァントはいろんな意味ですごいわね」

 

 キャスターの一言により、重くなっていた二人の空気は一気にブレイクされた。いい意味でも悪い意味でも。

 

「そんなことはどうでもいいのですよ。今、鏡に凄まじい邪気を放ってたものが写りまして……」

 

「「はぁ?」」

 

 キャスターが言ったことが分からなかった二人は、そのまま怪訝そうな顔を浮かべながら、キャスターの鏡をもう一度眺める。

 

「キャスター? 何もいないぞ……」

 

「確かにそれらしきものはいないけど……、いや待って中央に何か!!」

 

 鏡を見てから数秒、先に遠坂桜が何かを発見した。そして続けて神無木せつも発見する。

 

「な、何だこりゃ? 黒い獣? いやいやそんなことよりもなんだあの持っている剣の大きさは……」

 

 

三人が驚愕する中、その鏡に写っていた何かは大樹の上で咆哮をあげていた。

 



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焦り

「あれはだめだ!!」

 

 暗闇が広がる場所。そこの弱弱しい電灯が辺りを照らしていた。

 

 そこにはここの主である杖をついた初老の男いる。だがその場で座りながら彼は声を張り上げていた。

 

「あのバーサーカーは聖杯に組み込んではいかんな」

 

 いつもの余裕ある風格とは違い、余裕が見られず、焦りの様子が伺える。

 

「キャスター陣営についてはあいつに任せている。となれば他の者たちを使役したいが皆、まともに動くとは思えん」

 

 薄暗い中ではあるので顔は見えないが、それでも初老の男は顔が険しくなっているのが想像に難くない。

 

「この世全ての悪、通称『アンリマユ』……。あれは冬木の聖杯戦争の狂った原因だ。純粋な無色のものに一つの色が混ざり込んだだけで全てが変わってしまった……。まぁあれこそが人の根源の表れでもあるが」

 

 初老の男はまるで誰かに語りかけているように言葉をつぶやきながら自分はその重い腰をあげていた。

 

「善と悪という考え方がより複雑化している今の現代で生まれた作品ためか、『アサシン』『バーサーカー』は少し特異になってしまった。致し方ない面もあるだろう」

 

「まぁ、アサシンについてはその心配はなかろう」

 

 初老の男は、木の杖で椅子から体を起き上がらせる。

 

「だがあれはだめだ。あの烙印は……。聖杯はすべてを体現するからこそ聖杯なのだから……」

 

 初老の男はそう言うと、暗闇のある方向を見つめる。そして少しばかしため息をつくと、そのまま杖の音を鳴らせ歩き始める。

 

「仕事さえすれば娯楽に勤しむのはよかろうて。ただこれから起こりうることに命の保証はせんぞ」

 

 男は誰に話しかけたのか、そう発するとそのまま暗闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり気づかれてたか。しかも考えまで読みやがって半端ないなあの爺さん。しかしまぁ、休みは頂けたら様ですし、ちょっくら遊ぶに行きますかね。」

 

 暗闇の場所にあった一つの柱、そこには初老の男と会話していた部下らしき赤い髪の青年立っていた。

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

セイバー   真名不明   マスター 学生服を着た女性

       金の鎧兜の男

 

 

アーチャー  ギルガメッシュ  マスター 美麗(メイ・リー)

 

 

 

ランサー   真名不明   マスター 強面の男

       白の衣服の娼婦の女性      

 

 

ライダー   真名不明   マスター 中性的な虚弱な少年

       赤の瞳を持つ黒い犬

 

 

キャスター  玉藻の前   マスター 神無木せつ

 

 

 

アサシン   真名不明   マスター 茶髪の青い髪の女性

       赤い瞳と黒いローブの男

 

 

バーサーカー ???   マスター ???



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第三章 気分転換の昼下がり
ロンギネス


アサシンとギルガメッシュの戦いを明けてからの昼時。それぞれの傷を癒すサーヴァント達。しかしそれを尻目に元気満天の良妻はマスターに一日デートを付合わせるのであった。

 

 

 

セイバー   ???  マスター ???

 

 

 

アーチャー  ギルガメッシュ マスター 美麗(メイ・リー)

 

 

 

ランサー   ???  マスター ???

 

 

 

ライダー   ???  マスター ???

 

 

 

キャスター  玉藻の前  マスター 神無木せつ

 

 

 

アサシン   真名不明  マスター 茶髪の青い髪の女性

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 日が登るずいぶんと前。

 

 遠坂桜の魔術工房、ある一室で神無木せつなは何かをしていた。

 

 そこには板やナイフ、石など小道具が置いてある小さな倉庫である。彼は光が入るように入口を少し開け、そこの中央に座っている。

 

「これが遠坂が言っていた『強化』か」

 

 神無木せつなは近くにあったナイフを握り締め、それに魔力を注ぎ込んでいた。彼が行っているのは『強化』と呼ばれる基本的な魔術の一つである。

 

 『強化』というのは物が固有に持つ性質を引き上げる魔術だ。硬いものならより硬度を上げ、鋭利な刃物は切れ味を上げる。

 

 神無木せつなは目を閉じて近くにあったナイフを握り締め、それに魔力を注ぎ込んでいた。彼が行っているのは『強化』と呼ばれる基本的な魔術の一つである。

 

 『強化』というのは物が固有に持つ性質を引き上げる魔術だ。硬いものならより硬度を上げ、鋭利な刃物は切れ味を上げる。

 

 神無木せつなは魔力を込めきると、そばに置いてあった石めがけてナイフを構えた。

 

「はっ!」

 

キンッ!!

 

 そして振り下ろすと、見事石が割れてのだ。だが、同時に持っていたナイフの刃も割れてしまった。

 

「…………」

 

 その様子に苦い表情を浮かべていた。

 

「やはりうまくいかないな。何故か体の『痛み』を感じない数少ないものだってのに……。しょうがない次だ……」

 

 彼は不満をこぼしながらも次の魔術の練習に取り掛かかりはじめた。次に行おうとしているのはまた別の魔術である。

 

「…………」

 

彼は今度は何も持たずに目を閉じて再び力を込めた。力を込めてしばらくすると手の平に何やら違和感が発生した。そして神無木せつの手になんと先ほどのナイフが現れた。

 

「ふう………」

 

 だが気を抜いたのも束の間。そのナイフはすぐに消え去った。

 

 今、彼が行ったものは『投影』と呼ばれる魔術だ。魔力を込め、イメージした物を実物として再現する魔術。だがこれは非常に効率が悪く、再現は数分しか持たない。

 

「だけどこの武器だと………。ふっ!」

 

 彼は再び、投影のために魔力を込めた。今度は別の物をイメージした。

 

 だが今度彼がイメージした物はより具体的により鮮明に形を思い浮かべられていた。構造、中身、外見、さっきのナイフとは比べられないほどのイメージが湧いたのだ。

 

「ぐっ!!」

 

 彼の体に大きな痛みが走る。だがそれを意に返さず、力を込め切った。

 

 しばらく続けると彼の手には大きな槍が出現した。と同時に額から汗と血が流れ出る。

 

「はぁはぁ……」

 

 力ががくんと抜け落ちた。だがなぜか手には物体の感覚が残っている。視線の先には自身が投影したものが消えずに残っている。

 

「なぜこれは消えないんだ……?」

 

 彼の手には神殺しで有名な武器である『ロンギネスの槍』が握られていた。

 



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四条を歩く

 朝、11時。

 

 四条の河原町と烏丸。その間にある新京極と呼ばれる商店街がある。

 

 古い町並みで静かなイメージをされる京都だが、ここはそのイメージとは逆に様々な店が集まり、大きな活気がある場所だ。

 

 飲食店も数多く、映画館も、本屋も、路上売店も、銃(レプリカ)の店もある。そんなところを楽しいそうに歩く一人の少女がいた。

 

「ふふん、来ましたよ来ましたよ。来た来た来たぁぁぁ~~~!! ご主人様とのデート!! 身を削り、尽くしたかいがありましたよ。これこそ至上の喜びである」

 

「………」

 

 このテンションが高い少女は狐耳を生やした少女のサーヴァント『キャスター』である。今はいつもとは違い、現代風の衣装に着替えていた。

 

 チャックを大きく開けてブラとその谷間を思い切り強調した桃色と白色のうさ耳パーカーを身に着け、先に赤色の模様が入った黒のショートパンツとタイツを履き、そして同色の黒のブーツを履いている。

 

 そして横にはその少女に片腕ををがっしり掴まれ、あまりのテンションの違いから顔が引きつり気味の神無木せつの姿があった。彼もまた少ししゃれた格好をしている。

 

 二人がこのような格好をしているのは目立たないためではあるのだが、神無木せつなはともかくキャスターのその露出が高い格好とそれに伴う彼女自身の高いプロポーションのせいで余計目立ち、キャスターに見惚れる男が続出していた。

 

「ふふん。デートデート。なんという興奮、なんという興奮。夫と妻。これほどの幸せがあっただろうか……」

 

「いや、ちょっとキャスター近すぎるよ。もうちょっと離れて歩こう。む、胸が……当って」

 

「え? 何ですかマスター?」

 

 キャスターはマスターの心意を分かりきっていながら、自分の胸をスリスリと神無木せつの腕に押し付ける。

 

神無木せつなも男。こんなことをされては冷静ではいられない。顔も赤くなってしまっている。

 

「キャスター、お前わざとだろ……」

 

「ふふふ、夫を魅了するのは女の宿命。男を落とすには自分のプロポーションを最大限利用しなければいけません。そのための努力は怠らないものなのですよ。まぁすでに夫婦の契りを交わした間柄ですがね」

 

「サーヴァント契約だ」

 

「ふふふ、まぁいたずらはこれくらいにしておきますねマスター。でも本当に今日はマスターとデート出来ると思ってこの服も頑張ってこしらえたんですよ。どうですか、これ可愛いですか?」

 

 キャスターは胸の押し付けは止めてくれたが、代わりに上目遣いでこちらを見つめてきた。

 

 そんな顔をされてはどんなにキャスターに苦手意識を持っていようと耐えられるわけがなかった。

 

「か、可愛いよ……」

 

「きゃん! ありがとうございます。照れるマスターもなかなかに可愛いでござまいすね。」

 

「う、うるさいな」

 

 キャスターの色仕掛けに毎度呆れる神無木せつなではあるがやはり可愛いことには変わりない。

 

「そ、そんなことより、周りを見てみろ。目立ちすぎだ……」

 

 たまらずキャスターの関心を周りへ移そうとする神無木せつな。だがそれは事実だ。キャスターの格好とそしてその狐耳と尻尾はあまりにも目立ちすぎている。ましてや彼女のあまりの熱愛っぷりに先ほどよりさらに増えた視線が集まっていた。

 

「まぁ、いいじゃないですか。こんなに見られると逆にそそられるものがあります。あぁ、なんだが尻尾もそそり立ちそうでする」

 

「興奮するな、馬鹿! 本当に目立ちすぎだし、何よりとても恥ずかしい!!」

 

 大勢に見つめられる状況、敵のマスターに見つかる確率は確実に跳ね上がる上に、なによりこのラブラブにくっついてくるキャスターそのものがとてつもなく恥ずかしい。

 

 周りの状況を見て流石にキャスターも冗談が過ぎたと思ったのか、服からするっと何やら怪しげな紙を取り出した。

 

「まぁ、お任せあれマスター。青いたぬき型ロボとまでは行きませんが、私とて何気にキャスター。ひみつ道具の一つや二つ持っているものなのですよ」

 

 キャスターが取り出したのは簡単な人の形をした紙だった。いわゆる式神みたいなものだろうか。そしてそれを何枚も周りにばらまいた。

 

「そりゃ~~、さっきの興奮はうそじゃい!! やはりお前らなんかに私のご主人様をジロジロ見せてやるものか。とっとと向こうを向きやがれ~~~!!!」

 

「キ、キャスター!?」

 

 キャスターがその紙を放ったその一瞬、異様な感覚に神無木せつは包まれる。だがその違和感もすぐに収まった。

 

「一体、何を……?」

 

「さぁ行きましょう、マスター」

 

 状況がいまいち理解できない神無木せつなをキャスターはまた腕を掴んで歩き始めた。

 

「お、おいまた目立つって……、あれ」

 

 しかしながら心配は杞憂に終わった。周りの人々はあれほどまでに二人に注目していたのに平然と歩きだしていた。

 

「こ、これは一体!? キャスター、お前一体何をしたんだ? まさかやはりさっきの紙に何か……」

 

 神無木せつなはキャスターに掴まれながら姿勢を下ろしてその人型の紙を拾った。

 

「ネタをバラせば単に魔力を瞬発的に放って気を散らしただけですが」

 

「な、そんなことが出来るのか…」

 

 神無木は手に取った紙を見つめた。魔力とは違うが、確かに何か特別な力が感じ取れる気がする。

 

「あ、それただの紙です」

 

「ただの紙かよ!!」

 

バン!!

 

 神無木せつまは紙を思い切り叩きつけた。

 

「ナイスアドリブ、ナイスツッコミ流石です、ご主人様」

 

「褒められても嬉しくねぇ。何なんだよ、今の舞とか、この紙とかは!!」

 

「まぁまぁこれは演出というものです。とにかく人の目は気にならなくなったということで万事OK。これで心置きなく二人のデートが出来ると言うものです。ね、ご主人様」

 

「はいはい。わかったわかった」

 

 キャスターの行動にはいつも困らされる。だが時折見せる可愛い笑顔に最後まで言い切れさせてくれない魅惑がある。

 

「しかしだ。さっきの魔力放出とやらは大丈夫なのか? 敵に居場所を知られるだろに」

 

「まぁ、軽めにやっといたので大丈夫ですよ。たぶん……」

 

「たぶんって……、おいおい」

 

「実は私が感知したところによると何故かこの京都の地は魔術師が多いようです。それに伴ってか魔力がかなりはびこっているように感じます。だから我々が多少動いた所で他のサーヴァントにはわかりませんよ。昨日のような大きな戦いがない限り大丈夫大丈夫」

 

「ちょっと待て、全然大丈夫じゃないんだけど。なんだその重大な事実は……」

 

「細かいことはさておきです。時間がなくなってしまいます。もらった時間は有限有限。さぁ、まずは映画館に出発ッッ!!」

 

 キャスターはそのまま駆け出していってしまう。

 

「おい、全然細かくねぇよ!!」

 

 神無木せつは走り出したキャスターを追いかけ、あまりにも楽観的なキャスターに怒りの咆哮を上げていた。

 

ドカ!!

 

「痛てっ」

 

 その時、『見知らぬ男』がすれ違いざまに肩にぶつかって来たのだった。倒れるほどではないが少しよろけてしまった。

 

(なんだあいつ、全身黒ずくめで怪しげな……)

 

 彼は無礼な態度に注意を促そうとしたが、その不気味な雰囲気にたじろいてしまう。

 

「………」

 

 彼はその男を気にしながらもキャスターの後を追ったのであった。

 



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アンドロメダ

 キャスターの言った通り、数分後には二人で映画館に入っていた。もちろん隣同士の席である。

 

 そして席には定番のポップコーンとジュースをある。ただ愛を育むためとかの理由で特大サイズを二人で共有して食べていた。

 

 神無木せつは内心げんなりしていたが予算も浮くし、いつもどおりなので特には気にしないことにした。ちなみに金は遠坂桜が出しているようだ。

 

 彼が気になるのはむしろ映画館でこんなのんびりとしていることである。

 

 まだ自身は一回も戦っていないので実感が湧きにくいのは確かだが、それでも昨日の夜にはキャスターの鏡でその様子は見ていたのである。不安が収まるわけがない。

 

 

「まぁ、この映画内容にも驚かされたけど……」

 

 

『殿、なぜ私を裏切ったのですか!! なぜなぜ……なぜ!!!』

 

 

『お主には失望した。お主を愛は常軌を逸している。私のみならず私に近づく、すべての女を調べ上げ、そして……手をあげた。もはや貴様は呪いの域だ』

 

 

「うう、なぜこのお方は乙女の愛に気づかないのか……」

 

 

「これが『乙女』のやることかな……」

 

 

 今、二人が見ていたのは『時代劇』だ。ちょうどやっていたので二人で観ることにした。

 

 記憶ない神無木せつなだがこの時代劇のポスターを映画館で見たときに見ていると妙に懐かしく感じたのだ。キャスターもなにか魅力を感じたらしく、二人で見ることにした。

 

 ただ、内容があまりにもドロドロしている。昼ドラ並みに暗く重い。特に泣いている女の愛があまりにも激しすぎて重すぎるのだ。

 

 神無木せつはキャスターのいつもの能天気さから、選ぶ映画ももっとラブラブなコメディ要素が強いものを好むと思っていたので意外だった。

 

 そう思ったのもつかの間、今までのキャスター言動を考えたら、ありえると納得する。

 

 内容としてはある地方の大名とそこに使える下女中が恋に落ちるというものというB級映画だ。時代は江戸時代の初期だろうか。

 

 その女は身分が低い上で、その大名と恋に落ちたために、多くの者たちから嫉妬を受けることになる。

 

 しかし女もめげることはなく、相手を裏から次々と殺していく。それは精神的なことや、肉体的にと様々な手段を使っていた。後半になる頃にはおよそ人の心を持っているのを疑うほどに変貌していく。

 

 毒殺はお手の物、賊を金で雇い、陵辱したあげく首を掻っ切って川へと捨てる、女の目の前で両親を殺させたり、呪術を学んだりと精神異常としか思えない事もしていた。

 

「これ、時代劇の皮をかぶったホラー映画じゃないか?」

 

 内容を観てきた神無木せつなはビクビクさせながら鑑賞している。

 

 そして今見ているシーンがクライマックス。すべての所業がバレ、愛した大名自身に処罰を受けようとしていた。

 

 場所は牢獄の前。大名の部下によって、体を押さえつけられ、拘束させられている。服も純白なものに着替えさせられている。そして大名自身は刀を携えていた。

 

 神無木せつは当たり前の結末と思っているのだが、どうやったらそう感情移入できるのか女に同情したキャスターは号泣していた。

 

 

『私の前から消え失せてくれ』

 

 

 そして大名は大きく刀を振りかざした。

 

 

『いやあああああああ』

 

 

 致命傷ではないほどに、女の体は切り裂かれた。白い服が引き裂かれて場所から赤く染まる。

 

 

『がぁ、私の愛をなぜなぜ、うけとらないのですかぁぁああぁああ〜〜〜〜〜〜!!!!』

 

 

「ほら、あの女の人かなしんでいるではありませぬか。乙女の愛は、海より深い……。そんなこともわからないとはこの男、許すまじ!!」

 

 

「キャスター、目が怖い」

 

 

 女は大名自らの手で文字通り罰せられていた。その後手下の男達に引きずられ、目の前の牢へ投げ込まれていた。

 

 

『そこでゆっくりと死ぬがいい、暗い地下牢でその傷の痛みをかかえながらで今までの他の者たちの受けた報いを……』

 

 

『ああぁあぁぁあぁ、殿のぉぉぉ……』

 

 

 そして結局、下女中は負わされた傷をそのまま衰弱して死ぬというエンディングを迎えた。 途中、女は牢屋の檻にしがみついて目を血眼にして何度も何度も殴ったり噛んだりして檻を壊そうとしていた。手と口は血で染まり、女はもはや人間とは思えないものになっていった。

 

そんなものを見せられて神無木せつなは完全に気分がダダ下がりであった。しかしながらキャスターは終始ずっと映画に熱中していた。

 

「キャスター、お前すごいな……」

 

「きゃん、なんのことかは存じませんが素直に褒められると嬉しいものですねぇ」

 

 

 

 

 映画のエンドロールが終わると薄暗かった映画館に照明がつき始めた。そして映画が完全に終わると、続々と人が立ち上がり始めた。

 

「それにしても、ずっと座りっぱなしってのは疲れるな、さてキャスター俺たちも行こ……」

 

 神無木せつなは席から立ち上がろうとした瞬間、つながっていた手に重みを感じた。その原因は、その場から立とうとしなかったキャスターの手につながっていたものだった。

 

「どうした、キャスター?」

 

「じ、実は……」

 

 キャスターは顔を伏せたまま、神無木せつなの方向を見ない。顔色もとても悪そうであった。

 

「お、おい具合が悪いのか? まさか何らかの敵サーヴァントからの攻撃を受けてるんじゃ?」

 

「……女の子の日なのです。てへ♪」

 

「~~~~~~~!!!!」

 

 そのあまりのふざっけっぷりに神無木せつなの拳がさえわたる。キャスターの頭を両手をグーにしてねじ回したのだった。

 

ぐりぐりぐりぐりぐり

 

「イタタタタ、じょ、冗談です、冗談。イッツジョークですよ。ぐりぐりはやめてくださいまし」

 

「お前が変なこと言うからだ!!」

 

「い、いえ。ちょっと外であまりにもヤバそうな気配を感じたので、本当に気負いしてただけです。しかしこのままいくとシリアスな展開になるのは明白なので、ユーモアは空気作りを心がけたまでです」

 

「え……」

 

 いつもながらただふざけているだけと思ったキャスターから驚く言葉が発せられた。

 

「お、おいどういうことだよ!?……『あまりにもヤバそう』ってなんだ」

 

 神無木せつなが聞くと、いつになく真剣な表情になるキャスター。その表情が感知したであろう事の深刻さを表していた。

 

「実は、今この地域にいる大部分の人の反応が消えているんです」

 

「はっ!?」

 

 キャスターが言ったことに神無木せつは言葉を失う。

 

「もうマスターにはお伝えしましたが、ここでは私はかなり知名度が高い。なので感知の力も随分と上がっています。人が殺されてる。これはサーヴァントです、マスター」

 

 人が死んでいる。本当にそうなのかと疑うほどに、先ほどまで映画を見ていた人たちのにぎやかで騒がしい声は絶え間無い。だがいつもふざけているキャスターでもそんな冗談は言わないはずだ。

 

「ほ、本当にそんなことが……」

 

「ええ。ですが、これとは別件でもっとやばいことも起きそうです……」

 

『ほう、流石。九尾の狐、いや玉藻前だな』

 

「!!?」

 

 キャスターの言葉が終わった瞬間、上映場所の出入り口付近で見知らぬ声が響いた。しかも突然、キャスターの真名を叫ばれたのだ。

 

「だ、誰だ!?」

 

 神無木せつなとキャスターは一斉に声がした方を向いた。そこには赤い髪の青年が立っていた。

 

「さ、さっきの声はお前だな。なんだ、なぜこいつの真名を知っている!?」

 

「さてね……」

 

「………っ」

 

 神無木せつなは彼を睨みつける。赤い髪の青年のその妙な雰囲気に加えて、男はキャスターの真名を知っている。

 

 右のキャスターを玉藻の前と呼ぶこと自体、聖杯戦争の参加者である事は間違いない。しかも真名が割られていると言うことはさらにこの男への危険度が上がる。

 

 初めての他の参加者との対峙と言うのもあったのだろう。神無木せつなは多少震えてしまっている。

 

「まさかこいつがもっとやばいことなのかキャスター?」

 

「いえ違います。確かにこの男も危険だとは思いますが、そこまで構えなくても大丈夫なようです」

 

しかしキャスターは冷静だった。この男がキャスターの言う最大の危険ではないらしい。

 

「でもな……」

 

「その娘さんの言うとおりだ。俺は別にお前らに危害を加えようとしてここにきたわけじゃねえよ。興味本位だ興味本位。しかも俺はお前が危惧してる『聖杯戦争』の参加者じゃねぇよ」

 

「…………」

 

 赤い髪の青年は自身が敵ではないと言った。がそれはそれで気になる点はさらに増えた。

 

「聖杯戦争の参加者じゃないなら、なぜサーヴァントのことと、キャスターの事がわかった?なぜそこまで詳しい。キャスターと違って俺はお前の不信感が拭えない……」

 

 何故か気に食わない。赤い髪の青年の態度が神無木せつの癪に障っていた。

 

「おいおい、俺ばっかりにかまけてないでそろそろだぞ、気をつけろ」

 

「???」

 

 青年の言葉に頭に疑問符が浮かんでしまう。

 

「来ます……」

 

 青年の言葉に続き、キャスターが声を発した。

 

 すると

 

ずうん!!!!!!!!!!!!

 

「ぐぅぃううう……!!!!???」

 

 突然、重い空気に包まれた。

 

「な、なんだこれは……。き、気分が悪い……」

 

 気分がとてつもなく悪くなった。

 

 だがそれだけではない。先程まで賑わっていた映画館内の声が一斉に止まっていた。そして気づくと上映室に残っていた他の客たちが、神無木せつなと同じように気分を悪くしてぐったりと倒れ込んでいた。

 

「こ、これは一体……?」

 

「もうだからシリアス展開は嫌なんですよ!! せっかくのデートが台無しに。くぅぅ、ショック!!」

 

 そしてこの状況に完全に嫌気がさしたキャスターは思い切り吠えた。

 

「お、おい。どうなってんだ、キャスターこれは……」

 

「一種の結界のようです。強力な。さっきから結界を張る準備をしている魔術師たちを感知出来ていたので、やっぱりって感じですが……」

 

「おいおい、わかってんなら言え……よ。……てかさっきからすごく意識が……。なんの結界なんだ……」

 

 うまく頭が働かない。気分が悪いことに加え、意識が朦朧としてきた。そして体を動かそうにも、思った通りに動いてくれない。

 

 その様子を見かねたのか、赤い髪の青年は神無木せつなに助言をした。

 

「おい、キャスターのマスター。魔力を放出しろ。突っ立てると本当に意識を失うぞ。それが出来んならその馬鹿程の魔力を持ったキャスター本人にくっついておけ。魔力供給が効率的に行われて、なんとかなるかもな」

 

「ムキー!! なんであんたなんかに馬鹿なんて言われなくてはならないんですか!! まぁ、ご主人様に合法的にくっつける理由を言ってくれてナイスですが」

 

「おいおいおい……」

 

 キャスターは言われてすぐに神無木せつの手を握りに行った。

 

「これで大丈夫らしいですよ、マスター……」

 

 そしていやらしいように両手をスリスリとこすりつけてきた。

 

「やめろ!!」

 

ゴン!!

 

「あて」

 

 たまらず、頭を叩いてしまった。

 

「こんな時にセクハラをするんじゃねえ!! ってあれ? 体が……」

 

 つい手が動いてしまった神無木せつなだったが、何故か体をうまく動けていることに気づいた。意識もさっきよりはっきりとしている。

 

 その様子を確認すると赤い髪の青年は再び二人に語りかけた。

 

「この結界はどうやら中にいる対象者の生命力を吸い取るようだ。そして衰弱させる。根本は全く違うがかつてメドゥーサが使用した『アンドロメダ』に似ているな」

 

「メ、メドゥーサ?」

 

「あぁ、そうさ。まぁどちらも魔術を通して吸い取るって事は対魔力で対抗できるだろう思ったまでよ。尤もサーヴァント規模ではないから殺すほどのレベルではなさそうだが」

 

 青年はそう言って、軽く口を緩めた。

 

「本当に何なんだお前は、なぜ俺たちに助言を!?」

 

「そうさねぇ。俺は気ままに面白くなるように生きてるだけだよ。そして今まさに最高のエンターテイメントを発見した。そんな中、爺さんが起こしたしょうもないことでリタイアされたら面白くねぇだろ……」

 

「面白さだと…………、こんな状況なのにか……?」

 

 人が重体になっている。そんな中なのに赤髪の青年はヘラヘラと笑っている。その様子に神無木せつなは怒りを覚えてしまう。

 

「だから睨むなって。この規模じゃ周りの奴は死なねぇよ。俺はこの周りの連中を見て愉悦を感じる歪んだ性格じゃない。お前たちだよ、お前たちが俺の楽しみだ。しかもなこの術はすぐ終わる」

 

「それでも、俺はあんたを気に食わん」

 

「ふん、だがな俺が何も言わなかったらお前は本当にリタイアの可能性だってあったんだぜ。この術で死なないにしろ、他のサーヴァントは常に命を狙ってる。むしろ感謝して欲しいもんだがね」

 

「………っく」

 

「それにな倫理的にいかすかねぇと思うのなら、俺よりむしろ外の奴に怒れ。誰でもお構いなしに人を殺しているぞ、そいつ。そっちを叩く方が先じゃねえのか?」

 

「てめぇ……」

 

「まぁ、どうするかはお前の正義感次第だが……」

 

 赤髪の青年の言葉に腹が立ち、拳に力が入る。

「マスター、抑えて下さい。あんな奴を相手にするより、むしろわたくしの相手を……。あ、いえいえ、今は外の様子を見に行きましょう。ここにいても時間の無駄です」

 

「……。わかった。行こう」

 

 だがキャスターの説得で、神無木せつなは手を下ろした。だが完全には納得言っていないようで、もう一度青年を睨みつけたあとに、映画館の出口に向かった。

 

「ふふ、なかなか面白い奴だったな」

 

 二人が出て行った後。青年は口を開いた。

 

「しかしまさか例のサーヴァントを探すためだけにここまでするとは末恐ろしいなあの爺さん。完成が近いからか? しかもおそらくキャスターが言っていた外での生命反応の消失ってのはその例のサーヴァントっぽいな……」

 

 赤い髪の青年はそう言い終わると、青年も出口に歩き始めた。

 

「いやぁ。面白くなりそうだな」



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