外伝 とある原石の神造人形(エルキドゥ) (海鮮茶漬け)
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エルキドゥ〈アサシン〉
1.暗部


『とある原石の神造人形』とは違った、物語の流れを楽しんで貰えると嬉しいです。

エルキドゥ〈アサシン〉では起点のエーテルとの接触が無いため、本編とは違いエルキドゥを宿すこと無く科学一辺倒で物語は進みます


「や、やめてくれ私が悪かった、私だってしたくてしたわけじゃ無いんだ!!」

 

 とある路地裏。表の世界とは切り離された、冷たく暗い闇が包み込む絶望がそこにはあった。

 男の顔を含め、全身の至るところが腫れ上がっていた。ここで長時間拷問を受けていたのだろう。しかし、それではおかしな事がある。

 見た限りそこは特段特殊な場所というわけではない。よく街の中にある、建物と建物の隙間に空けられたただの空間だ。拷問をする場所としては不適格だ。

 だが、この街ではそんな何の変哲もない空間に意味を持たせることができる。

 

 例えば、この通路の入り口付近に設置されている、両隣の建物のこのそれぞれの位置と色合いは、この路地裏に入り辛くしている。

 右の飲食店をしているあのカフェの内装は、集客力を高めるために落ち着きながらも、目を引く色合いのインテリアを配置していた。左の画材屋は派手な色合いのポスターと、大きく崩した文字が書かれた看板で、どのような物を取り扱っているのか分かりやすい。

 このよくある光景の何が変わっているのか?

 人間は目で得る情報が九割と言われているほどに、視覚へ依存している。その視覚に錯覚のような誤認させる情報。あるいは、嫌悪感を抱かせる視覚情報を与えると人間は簡単に騙されてしまう。

 色彩感情というものがある。色を見る事によって落ち着いたり、気分が落ち着かなくなったり、好奇心を掻き立てられたりする現象だ。黄色のような好奇心を抱かせるものではなく、赤色のような集中力を乱す色を使用すれば、路地裏に意識を向ける人間は減るのだ。

 さらに、不自然になりすぎないように、日の当たり具合から路地裏に陰影を付けさせ、時間帯や両隣の建物のライト次第で、自由に人々の意識を変えて通行の数を調整することも可能だ。

 

 そして、施された技術はそれだけではなく、音響にも科学技術を取り入れている。この建物の壁には音を吸収し、別の音に変えるように計算された、特殊な切れ込みと素材が使用されている。

 音とは波だ。固有の音波が声となって人の口から放出される。ならその音波に変化をつけたらどうなるか?

 波の大きさ、高さ、間隔を変えてしまうともう原型は一切残らなくなる。そして、自由に音を変えられるということは、人が嫌がる音というのも作り出せるのだ。

 つまり、助けを呼ぶ声が要り組んだ路地裏で、特殊な壁に反響し生理的に嫌な周波数になってしまう事で、反って人が寄り付かなくなってしまうのだ。

 最初はこのようなところで拷問をし始めた相手を、侮蔑と共に内心嘲笑していたが、幾ら大声で助けを呼んでも反応しない街並みに絶望した。そう、希望から絶望に叩き落とす意味でも、ここは有効なのだ。

 そして、これを看破できる者は暗部でもそうはいない。何故ならこれは暗部の人間のやり口とは違うからだ。純粋な科学によるもののため、暗部の人間のような狡猾さが感じにくい。

 このようにして、人が不自然に通らなくなる路地裏が生まれるのだ。これは、何か障害物を置いたりするなどの手間や、痕跡を残さないようにすることができる。

 その中心に追い込まれた中年の男は、目の前の相手に向かって必死に懇願をした。

 

「私が知っている情報は全て吐いた!本当だ!信じてくれッ!」

 

「確かにもう情報は持ってないようだね。資金集めのために利用されたのが有力のようだ」

 

「もう決して裏切らない!今回の詫びは必ずする!賠償金も幾らでも用意しようッ!」

 

 男は脂汗を出しながら動くこともままならない身体を動かし、ひたすらに命乞いをする。それしか自らが生き残る道がないと既に分かっているからだ。

 自分よりも遥かに年下の小娘に、こうして無様な姿を晒していることに憎悪を抱くが、それでもこうするしか方法が無い。

 

「(そして、まだ私には勝ちの目が幸運にも残っている!)」

 

 そう、目の前の少女は他の暗部とは違った。それも決定的に。

 まずその身のこなし。暗部で生きていれば間違いなく出てしまうクセのようなものが一切なかったのだ。

 敵に不意討ちされないように周囲を観察するための視線、死角をなるべく隠すためのポジショニング、やたらと長く戦闘の邪魔にしかならない髪。

 そこから導き出される答えは一つ。

 

「(コイツは暗部に入ってからそこまで日が経っていない……)」

 

 このような場所をセッティングされたのは、おそらく百パーセント私を殺させるため。では何故?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 絶対に私を殺すことができるこの場所で私を殺せるのか。それがコイツの課題なのだ。今までコイツは人を殺したことがおそらく無い。そのためのここだ。ここならば殺せなかったは通じない。殺すか殺せなかったかの二択のみ。

 

「(ならばその理由を与えてしまえばいい。私に付くほどのその理由をッ!)」

 

 暗部に堕ちるものは何かしらの理由がある。それを聞き出し付け込めば、生存を掴み取ることができる……!

 

「何か欲しい物があるのか……?必要ならばその全てを用意してみせよう!だから私を──」

 

()()()()()()()()

 

「……へ?」

 

 パンッ!という発砲音と共に男の体が傾き、地面へと倒れた。この空間ならば例え消音機(サプレッサー)が無くとも発砲する事ができるのだ。

 その人物は使用した拳銃を再び腰のベルトに挟み、近くに居た下部組織の人間に死体の後始末を命令し、その場から離れる。

 入り組んだ路地裏を通りながら彼女は依頼主へ無線を繋いだ。

 

「依頼は完了したよ。彼は情報は持っていないただの駒のようだったね。あとは、君が私有している部隊が片付けるという話だったから、僕はここで引かせてもらおう」

 

『それで構わない。報酬は口座に振り込んでおく』

 

「了解」

 

 そう言って通話を切った。次の依頼がくるまであの人物とは話すことは無いだろう。路地裏から出て賑わっている街並みを通り抜ける。先ほどの惨劇を生み出した人物とは思えない、リラックスした平然な様子だった。

 そんな彼女は内心思う。

 

 

 

「(暗部落ちとかマジクソゲー。常に命懸けとか本当に馬鹿だわ)」

 

 

 

 外見と中身が全く違いすぎた。外見がたおやかさを持つ美しい少女なら、中身はこたつで寛いでいるちゃらんぽらんである。

 外見と中身が一致しない彼女であるがそれにも理由があった。彼女は『とある魔術の禁書目録』の世界に転生させられた転生者なのだ。

 元は男であったがその容姿はエルキドゥのモノであり、性別は女という奇妙奇天烈な事になっていた。唯一説明できる神が現れないため、一人で意味が分からないなりに、色々順応して生きていこうと思った矢先、木原に目を付けられたのだ。

 それが複数の木原ならば、対衝突させて均衡状態を作ればよかったのだが、俺に狙いを付けたのは木原幻生ただ一人。他の有象無象の科学者が相手になるはずもなく、俺は木原幻生の手によって暗部へと落ちた。

 

 そんな流れで暗部へと落ちた俺は、最初に考えていた上条勢力に入ることを早々に諦めた。これは色々あるのだが、一番の理由は上条のハードスケジュールを鑑みてだ。

 上条ならばきっと暗部からも救い出してくれるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうなれば、上条は間違いなく変わってしまう。上条が「自分には誰かを助けることはできない」と、考えるようになれば原作通りにはならず、この世界が破滅する。

 そのため、自分が暗部から救い出される未来は捨てることにした。このクソみたいな暗部で強かに生きていく事にしたのだ。

 決して上条の物語には関わらず、一方通行が暗部を解体してくれるその時を待つ。それが最善手なのだから。

 

 仕事にも慣れたものだ。最初は殺すのを躊躇うかと思ったが意外にもそんなことはなかった。この世界は余りにも『とある魔術の禁書目録』の世界そのものだったからだろう。

 最初に出会った木原幻生はもちろん、他の原作キャラも原作通りにしゃべり、原作通りに動き、アニメ通りの声をしていたのだ。そんな分かりきったキャラが平然といる世界が、現実と言われても実感などできるわけがない。

 それこそ、暇なときは「(このキャラに声当ててる人誰だったっけなー?)」なんて声優クイズをしてしまうほどに、そのまんまなのだ。

 先ほどの射撃もガンシューティングで遊んでいるような感覚だった。()()()()()()()()N()P()C()()()()()()()()()()()()()()()()。たったそれだけのことだ。

 このゲームの達成条件は《上条と関わらず暗部が解体するまで生き延びる》。これを見失わなければオールオッケー。

 仕事も終わったのでシャワー浴びてさっさと帰りたいところなのだが、このあとに大事な約束がある。

 その目的地まで歩いていると人垣の向こう側に知人が居た。

 

「仕事は終わったよォだな」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「アイツと二人きりなんざ死ンでもゴメンだ」

 

 そこに居たのは、十二歳にして濁りきった目をしている黒夜(くろよる)海鳥(うみどり)

 肩甲骨まである切り揃えたロングに、ぱっつんの前髪と耳元の髪が金色に色が抜かれている。服はパンク系でところどころ空けられた革には紐を通しており、全体的に地肌が見えてしまっているが、そんな彼女に色気を感じないのは、歳が十二歳程度と低く幼いためだけではなく、その黒く澱んだ雰囲気によるものだろう。

 そして白いフードつきのコートを頭に被っている。しかし、袖を通していないため、被ったフードのみで落ちないようにしていた。

 どこぞの世界最高の原石の白ランを思い出すが、あっちはフードですらなく肩に羽織っているだけだ。あれで風に飛ばされない第七位に比べれば全然大したことはない。

 

 そんな彼女は人目に映らないようにするためか、イルカのバルーンを持って一人で壁に寄りかかっていた。彼女に近寄ると黒夜は壁から離れ、約束の場所まで二人で一緒に並んで歩いていく。

 歩き出すと隣の黒夜が話し掛けてきた。

 

「また、科学者共と何かの開発か?」

 

「いや、今回は()()()()()の暗部の仕事さ。それに僕は自分の能力は特殊だけど、頭脳はそこまでのものではないよ」

 

「あの処理区域(デッドスペース)はアンタ発案だろォ?そンだけで、アンタの事を能力だけの人間だなんて誰も思わねェよ。あの場所を活用している奴も多いことだしなァ」

 

 そう、あれは俺の思い付きで生まれたものである。それというのも、幻想御手(レベルアッパー)事件で白井黒子が事件を解決する瞬間を、たまたま目撃したことが切っ掛けだ。

 それというのも敵の能力が偏光能力(トリックアート)という能力名なのだ。それを思い出したとき、「学園都市ってトリックアートが使われた建物とか無いよなー」と考えた。

 前世ではトリックアートを道路などに描き、目の錯覚で車のスピードを落とさせるという利用がされていた。

 それを思い出した俺は「ならそれを取り入れちゃえば何か使えるんじゃね?」と木原の爺に言ったところ、「悪くないねぇ」などと言って、人を無意識で操り、おまけに音響ベクトルを計算され尽くした障害物に当て、人が寄りつかなる周波数に変換するなどと、予想外過ぎるゲテモノな空間が生まれてしまった。

 

「へえ、あの場所を他の人間も使っているのかい?全然知らなかったよ」

 

「利権でも主張してみるか?別にあそこはアンタの私有地でも何でもねェから、十中八九無理だと思うけどな」

 

 そう、あの区画は木原幻生の私有地だ。あの爺が好き勝手させてるなら、別にそこまで隠しとく理由は無いのだろう。俺としても別にどうでもいいし。

 そのまま、とりとめの無い話をしながら二人並んで歩いていく。暗部に落ちてから色々あって黒夜とは出会ったけど、まさか黒夜とこんな関係を築くまでになるとは、当初は思ってもなかったな。

 そういう意味じゃあの子もそうなんだけどさ。

 

「あれから君の方は順調かい?」

 

「ああ、もう少ししたらサイボーグは実戦で使いモンになる。あとは時間だけだ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、どうやらなにかしらの突破口を見付け、実用段階まで来たようだ。戦力の増強はこちらとしても助かるため、どんどん改造をして欲しい。

 そんな会話をしていると目的地に着いたようだ。少し見渡してみると、そこにはお目当ての人物が一人で紅茶を飲んでいた。

 黒夜の話からなんとなく察していたが、やはり俺達より先に来ていたようだ。

 俺達がそのテーブルに近付くと、カフェテラスに一人で居る少女がこちらに気付く。

 

「ほんの少しだけ遅刻ですよ、天野さん」

 

 黒夜と同じ背格好にして、股下ギリギリまで攻めたニットを着ている茶髪の少女、絹旗(きぬはた)最愛(さいあい)がそこに居た。

 黒夜と絹旗が一つのテーブルに、無事争いなく集まった。これは本来ならば絶対に起こり得ないことだ。

 新約まで読んでいるから分かるが、黒夜と絹旗の組み合わせは絶対にあり得ない。彼女達は性格的にも()()()()()全く反りが会わないと原作に書かれているのだ。

 では、どうしてそんな二人が一緒に待ち合わせをしているのかというと、もちろん俺が原因だ。

 では何故俺と彼女達がこうして仲良く一緒に居るのか。それは一つの共通点があったからだ。

 俺と彼女達との共通点は一つ。

 

 

 『暗闇の五月計画』

 

 

 学園都市の闇が生み出した悍しい実験の一つである。




本編とは違った箇所が幾つかあることに気が付きましたか?外伝でありながら伏線を色々張ってみます。
次回の投稿は未定。


◆作者の戯れ言◆
最近fgoで、長女、次女、施しの英雄、授かりの英雄、呪腕先生のパーティー編成を、『みんなはプリキュア!』って名付けて出撃するのにハマってる
あと、話数評価ってなんですか?知らないので知っている人が居るなら、それについて教えて欲しいです


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2.暗闇の五月計画

続きです


『暗闇の五月計画』

 

 この実験の目的はただ一つ。学園都市第一位である一方通行(アクセラレータ)の演算を他の能力者に入力し、能力の底上げをすることが可能なのかどうか。

 一方通行の力が使えるなら良いことかと思うかもしれないが、能力者の演算はその人物の人格の一部分を担っているため、それを植え付けられれば人格が分裂したり、廃人になってしまう事が起こる。

 だが、この学園都市の科学者にモラルなどがあるわけないため、置き去り(チャイルドエラー)の子供達を拐い、強制的に一方通行の演算を入力した。

 そうして生まれたのが一方通行の防御力を反映した能力、窒素装甲(オフェンスアーマー)を宿す絹旗最愛と、一方通行の攻撃力を反映した能力である、窒素爆槍(ボンバーランス)を宿す黒夜海鳥だ。

 その研究機関は黒夜によって科学者達が虐殺され、計画は凍結しその幕を閉じた。そして、正史での二人は別々の組織に入り、敵対する以外では関わらないようになるのだが、今はそうではない。

 それなりに人が通る街並みの中で、俺達は一つのテーブルに三人集まった。

 

「それじゃあ、さっさと会合を始めようぜ。こんなところに長居するなんざ吐き気がするね私は」

 

 席についた黒夜が切り出した。それを聞いて絹旗も言葉を発した。

 

「ええ、ここにただ座っていても超始まりませんしね。それに、こんな陰険な顔見ながら飲むドリンクは、どんなものでも超不味くなりますし」

 

「そう言うこった。まあ、絹旗ちゃんがその股下ギリギリのニットで誘った、脂ぎったオッサンと一夜をホテルで過ごしたいってンなら、俺達は喜んでここを離れてやるけどォ?

 あっ、もしかして既にこのあとのご予定が埋まってたりするう?いやー、私としたことが全く気が回らなかったなー。もしかしてお邪魔しちゃったかな絹旗ちゃーン?」

 

「超ふざけてンのかお前。この私がそんな安い真似をするとでも?舐めたこと言ってるとその腐った使えねェ脳ミソ、力ずくで引き摺り出すぞ」

 

 そんな開口一番に喧嘩を吹っ掛けまくる二人は、まさに油と水。決して混ざり会うことなどない正反対の二人だ。

 これが一方通行の攻撃性と防御性をそれぞれ獲得したためか、はたまた生来のものなのかは、今では確かめようもない。

 このままでは、確実に辺りが更地になるだろう戦闘が始まってしまうことだろう。しかし、幸運にもそんな彼女達に声をかける少女が居た。

 

「君達、仲が良いのはいいことだけど先を進めようか」

 

「……これがアンタには仲良く見えンの?もしかしてその目って節穴?」

 

「私としても超心外です。眼科行った方が良いと思いますよ」

 

 二人の少女から辛辣な声が投げ掛けられるが、彼女に苛ついた様子は無い。

 

「そうかい?僕から見れば二人はじゃれついているようにしか見えないけどね。それと、海鳥どちらかと言えば君の方が節穴じゃないかな」

 

「あ?」

 

 黒夜は天野の返答に、苛つきよりも疑問を抱いた。こういうとき、彼女は飄々と返事をするのが常なのだが、何故か幾らか刺があるような返しだった。

 

「(まさか、こんなしょうもないことでこの女から冷静さを奪ったつーのか?)」

 

 今までになかった反応に意表を突かれるが、そのあとに言われる言葉のせいで、そんな感情は全て吹き飛んだ。

 

()()()()()()()()()()()1().()4()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 その放たれた言葉に黒夜は驚愕する。

 

「(どォいう事だ?前回会ったときに能力増強のため、サイボーグ技術を取り入れた事は確かに言った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

 察知されるなどあり得ない。口止めは当然やったしそれをこの女に察知されないために、今まで接触をなるべく絶ってきた。そのはずの秘密をこうも簡単に看破されるとは流石に予想の範囲外だ。

 

「それで最愛はどうだい?馴染めているかな?」

 

「ええ、作戦通り超上手くやっていますよ。察知されるなんて間抜けなことはしていません。全員が女子だから変に気を使わなくていいですし。

 ……それにしても落ち着きませんねここは。大丈夫だと頭では分かってるんですけど」

 

 そう言って絹旗が目を向けるのは、数メートル先の人がよく通る歩道だ。このテーブルからほんの数メートルでしかないため、聞き耳を立てれば簡単に話の内容を聞かれてしまうだろう。

 

「こうも無防備に表の人間が居る空間で裏のことを話すのは、私としても気持ち悪いね。いくらここが最も内緒話に適しているとはいえな」

 

「ここの有用性は折り紙付きだよ」

 

「ハッ!アンタが言うと違うね。処理区画(デッドスペース)の技術で誰にも気付かれないこの不可視の空間を生み出した張本人殿?」

 

 木原幻生のやり方と違うのは、ここを一から作り上げた訳ではないのである。元々ここは店主が偶然物を配置したものでしかなく、周りの建物も偶然そこに建てられているものでしかない。

 だが、それに意味を持たせればどうなるのか。

 

処理区画(デッドスペース)は人為的に全てを計算され尽くして生み出されたけど、僕の提案した人為錯覚(トリックアート)はなんて事はない日常でこそ、その真価を発揮する。

 本来なら通行人の意識が向きにくい程度のカフェのテーブルに、『黒の髪色の少女が二人居る』という事実を挟み込むだけで、何故か人は意識を別の方に向けてしまう」

 

 ここにもそのゲテモノの技術が使われている。一番奥の席である事はもちろん、物の配置と配色で人の意識から自然と外れてしまうのだ。

 さらに、長い黒髪の人物がこの風景に溶け込むと、意識を無意識的に外してしまい、そちらに視線を向けることが無くなってしまう。

 そして、草むらの陰に隠された幾つかの小型の機械。これが三人の声を遮断している。というのも、店内に流れているBGMは、天野があらかじめ頼んで流して貰っている。

 それにも秘密があり、そのBGMと草むら音が機械から放たれる音を、ぶつけ合うと音が相殺しあい遮音膜が形成されるのだ。とはいっても自分達の周囲に展開しているため、二メートルまで近づかれば聞こえる程度のものだ。能力や盗聴器を使用されれば当然聞かれてしまう。

 

「だけど、僕の気配を察知する力を使えば、ここでの話を誰かに聞かれることは万に一つも無い」

 

「まあ、私達は『暗闇の五月計画』っていう繋がりもあるから、ただの同窓会っつー言い訳もできるしな。無防備なのが安全性を高めるなんて不思議な話だ」

 

 何か一つの技術でなく、様々な要因で作り出される空間のため、見抜くことは難しくさらに保険まで用意している周到さだ。

 

「というか、他人の意識から外れるためにわざわざ黒髪のウィッグまで付けたんですか?」

 

「不安要素を取り除くのにやり過ぎなんて事はないからね。どうだい?似合ってるかな?」

 

 そう言って、黒髪のウィッグの髪を一房掴みながら天野は尋ねる。「ええ似合っていますよ。緑色の方があなたには似合いますけど」と端的に絹旗は答え、手元にある紅茶に口を付ける。

 

「そういや、あの鬱陶しいほどに長い髪はなんだよ?あの奇天烈な髪色からしてアンタの自前か?」

 

「あの長髪は油断させるための道具さ。あの男が他に情報を持っていれば言うことを聞くフリをして、探りを入れたんだけどね。

 でも、やることが少なくなって良かったと言えば良かったのかな?」

 

 そう、今の天野は長髪ではなくセミロングの長さだった。一度だけかなり伸ばしていたがそれで満足したのか、それ以降はセミロングが固定となっている。

 そのスーパーロングはウィッグにして、それも駆け引きに使って再利用しているなど抜け目がない。

 

「最愛の()()が上手くいっているようでよかったよ。僕達の野望を果たすための大事なピースだからね。それが達成できてるかどうかで成功への確率が変動してしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って彼女は二人の少女へと視線を向ける。二人の少女からも批判の声は上がらない。どうやら二人とも天野と同じ意見のようだ。

 この二人は何も仲良しこよしで共に行動しているわけではない。共通の利害の一致があったために、こうしてチームを人知れず組んでいるのだ。

 そんな二人を見て笑みを作った天野は、宣言するかのようにその言葉を言った。

 

 

 

「『グループ』『スクール』『アイテム』『メンバー』『ブロック』がぶつかるこの抗争に乗じて、暗部全体を手中に納め、統括理事会の一席を手に入れる」

 

 




この章では第一再臨のセミロングが、普通の髪型になります。FGOしてるかたならなんとなく分かりますよね?
あと、三人称は仕様です。


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3.少女達の始まり

長らくお待たせしました。いやー、投稿したものだと勝手に思っていました(笑)
それでは3話です


 去っていく天野(あまの)倶佐利(くさり)の背中を視界から消えるまで見ていた黒夜は、適当に頼んだ紅茶を飲みながらあの日のことを思い出していた。

 『暗部』へと入るその第一歩を踏み出し、今まで歩き続けたその人生のその瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、図らずして彼女にとっての人生の分かれ目となった。

 別に能力が暴走したとか殺意の限界だっただとか、そんな(かしこ)まった理由ではなく、黒夜からすれば『ただテンションが上がったから』という、特に理由もない突発的なものだった。

 

『あーあ、つい殺しちまった』

 

 黒夜海鳥はまるでつい口から溢れたかのようにそう呟いた。一方通行の攻撃力を反映した能力である、窒素爆槍(ボンバーランス)を宿す少女。彼女はたった今、ここにいる研究者全員を皆殺しにしたのだ。

 

『まァ、構いやしないだろ。どうせあとは調整するぐらいしかなかったし』

 

『勝手に自己完結しないでもらえませンか?そういうのこっちからすると超ムカつくンで』

 

 そんな彼女に苛立ち混じりの声をかけるのは、黒夜と対をなすかのように一方通行の防御力を反映した能力、窒素装甲(オフェンスアーマー)を宿す絹旗最愛。

 黒夜と同じく『暗闇の五月計画』の研究機関で、超能力を向上させる研究被験体とされていた彼女は、たった今そのしがらみから解放された。

 だが、そんな人を人として思わない研究者達が蠢く研究機関だとしても、必ずしも全員が全員解放されたい訳でもない。

 

『あなたは違うでしょうが私にはまだ成長の可能性がありました。それを一方的に潰された私の感情が理解できないほどに超マヌケなのかお前?』

 

『それはとっっても残念でしたァ♪つっても、この通り『暗闇の五月計画』の研究者は全員挽き肉になったわけだけど、どうする?きっとこの殺戮を知った奴らはこの計画は凍結するンじゃないの?』

 

 それはそうだろう。絹旗も研究者達が『自分達は安全な環境で研究をしている』と、前提に考えて研究をしているのを肌で感じていた。そのため、今回のような虐殺を見て同じような人間はまず現れない。

 もし、変わらず決行しようとする奴らが居るとすれば、更に頭のネジが壊れたマッド野郎ぐらいだ。そんなここよりもヤバい奴に、自らの身体を弄られることを絹旗は許容することはできない。

 

『……チッ、いいでしょう。私も私でこれからは自由に生きます。超命拾いしましたね』

 

『流石は絹旗チャン。ここで私と殺し合えば「暗部」での印象も悪くなるからな。殺しと権力が蔓延る「暗部」だからこそ、目に映るモノを全て殺す問題児よりも従順な方が目を掛けて貰える。いやー、本当に流石だよ』

 

 そんな黒夜からの挑発を無視しながら、絹旗は黒夜と反対の道へと歩く。しかし、歩む道は道は違っても同類になるだろうと絹旗は予想していた。

 これも、同じ人間の自分だけの理想(パーソナルリアリティー)を埋め込まれたために、予測が簡単に立ってしまう。絹旗はそれを思うと反吐が出ることこの上なかった。

 

 そして、絹旗と黒夜がそれぞれ暗部で活動していくため、それぞれの一歩を踏み出そうとしたその時、声をかけてきた女が居た。

 

 

『やあ、君達。これから「暗部」に関わるつもりなら僕と共に行動しないかい?』

 

 

 こちらの現状をいつから察知していたのか、その迅速過ぎる動きが気になるが、先程の言葉とここにいる意味から「暗部」の人間だろうと推察する。

 その言葉を聞いた黒夜は初めて会う相手を馬鹿にしたように返答した。

 

『はあ?何でそんなことをしなくちゃなんねェんだ?わざわざつるむ理由が無いね』

 

『同じく。私は自由にやりたいのでこんなところで余計な枷を作りたくありません。仲間を増やしたいのなら他を当たって下さい』

 

『君達は気にならないのかい?僕の能力について』

 

『ハア……?馬ッ鹿じゃねェの??能力者なんてこの学園都市じゃ溢れてンだろ。引き止めるにしても余りにもチープ過ぎる理由だって気付いてるか?幾ら特殊な能力だろうがこれから数多ある選択肢を、それだけで狭める理由にはならないンだよ。

 そもそも、こんなところに居るんだからな大体察しは付く。どうせ、「暗部」について右も左も知らない──いや、まだ把握していない私達に声を掛けて、自分にとって都合のいい知識を与えようって腹だろ。誰がそんな手に引っ掛かるか。さっさと失せろマヌケ野郎』

 

 そんな相手を舐め腐ったように言葉を吐き捨てた黒夜に対し、その人物は動揺することが一切なく淡々と答えていく。

 

『ふむ、そう受け取られてしまうのも当然と言えば当然か。なら本当の僕を見せようか──僕の名前は天野(あまの)倶佐利(くさり)。君達には「模範生」の方が馴染みがあるかな?』

 

『『ッ!?』』

 

『僕は君達よりも長く暗部に居る。僕の知識と能力の出力方法を知りたければ僕の背中を見続けるといい。それが君達の力になると僕は確信しているよ』

 

 

 

 こうして二人は天野の話を受け入れ、共に行動することとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな自分にとって人生の節目に現れた女は、変わらず自分の予想外のことばかりをし、尚且つ自分に利益を与え続けている。

 天野倶佐利は未だに理解できない女ではあるが、共に行動していれば間違いなく何かしらのメリットを享受できるため、縁を切るということはあり得なかった。

 

「(それに、私の目的である暗部の天辺に立つという野望とも一致してる。アイツが統括理事会に入ることは私にとっても都合がいい)」

 

 利害の一致と奇想天外な言動。それが未だに彼女と関係を持つ理由だった。そして、その人物が去ったのならばここにいる理由はなく、立ち去るのが普通だが少女は未だにここにいる。その理由が目の前に居るもう一人の少女だ。

 彼女は天野倶佐利が立ち去ったにも関わらず、黒夜と同じくしてこのカフェテラスに居座っている。黒夜はそんな同じくらいの年齢の少女へ言葉を投げ掛けた。

 

「それで?絹旗ちゃん的にはどう見るよ」

 

「超何のことですか?」

 

「あれあれぇ?惚けるつもりぃ?こうしてまだここに居るのは、私と仲良くおしゃべりしたいって訳?いやー、照れちゃうね」

 

「チッ……別にいつもと変わらないでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しぶしぶ、絹旗は黒夜の問いに答えた。黒夜はそのことを特に咎める事なく、椅子の背もたれに体重をかけて長年の悩みを口に出す。

 

「本当にどうなってんだろうなありゃあ。一方通行の演算を植え付けられて、私達の人格は大なり小なり確実に影響を受けた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考えればおかしな事なのだ。自分達は第一位の演算パターンの一部を植え付けられただけで、感情が荒ぶったときはもちろん、在り方まで僅かに変質してしまっている。

 そして、それは自然な事だった。他人の演算パターンを植え付けるということは、他人の思考回路を移植するということ。

 人格に致命的なズレを与えてもおかしくない行為だ。実際に廃人へとなった『同級生』も居た。

 

「あの人に付いてきたのはそれも理由の一つですしね」

 

「アイツのアイデンティティの構築の仕方が分かりゃあ、能力の向上になるかと思ったンだが、未だに何一つ分からねェ。流石に原石だからっなンつうふざけた理由じゃないだろうがな」

 

 相性が致命的に悪い彼女達が頭を突き合わせるほどに、彼女達にとってこれは解明しなければならない事柄だったのだ。

 カップに残っていた紅茶を飲み干した絹旗は、肩を若干落としながら呟く。

 

「ですが、超解明できていないのは昔からのことです。これからも変わらず地道に探るしかないでしょう。分かったことがあればこうして情報交換ぐらいしかすることはないですよ」

 

「まァ、それが妥当かね。それじゃあ解散だ。ムカつく顔を見ていたいようなイカレた趣味もねェし」

 

「それは超こちらのセリフです」

 

 そして、彼女達は別々の道を歩いていく。本来ならば重なれば血を見ることになるのが必然でありながら、こうして幾度も接触するのは天野が彼女達の軸に居るからだ。

 それは、天野が居なければこの関係性は崩れ去ることと同義なのだが、彼女達からすればバッチコイなのが、互いの心証がどういうものなのかを如実に表しているだろう。

 

 そんな二人なのだから当然こういうことも起きる。

 

「(それにしても、情報交換ねェ……ブレインストーミングでは必要不可欠なことだが)」

 

「(それよりも優先しなくてはならないことが超あります)」

 

 既に見えないほどに離れながら、二人は全く同じタイミングで内心で吐露した。

 

 

「「(奴に教える情報など何一つありはしない。出し抜いた後に殺してやる)」」

 

 

 先程の会合もどれほど情報を相手が有しているかを、受け答えの反応で見極めるというのが本命だ。彼女達は利害が一致しているだけで仲間という訳ではない。

 例えそれが何年も共に行動していた人間だとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親船(おやふね)最中(もなか)の暗殺を『スクール』の奴らは決行した。ちゃんと『警告』はしたんだけどね」

 

 そう言葉を発したのは暗部組織『アイテム』のリーダー、麦野(むぎの)沈利(しずり)。秋物コーデに身を包む彼女は学園都市の第四位の原子崩し(メルトダウナー)である。

 とあるファミレスで外から持ち込んだシャケ弁を摘まみながら、彼女は周りからの視線を一切気にせず話し出した。

 

「『スクール』が計画してたって例のあれ?でも、結局三日前に私達であの陰険女は殺したから、暗殺用のスナイパーはもういないんじゃなかったっけ?」

 

 そう言ったのはこれまたファミレスの外で購入した鯖缶を、店内で堂々と開けているフレンダ=セルヴェルン。

 話によるとその女スナイパーはフレンダと因縁があったようで、麦野と一緒に始末したらしい。

 

「新しく補充したんでしょ。都合よくそんな奴が居るとは考えて無かったからね。まさか、決行できるだけの算段が付くとは思いもしなかったわ。

 まあ、どちらにしろ言えるのはアイツらは私達の『警告』を無視しやがったってことよ」

 

 その様子を見ていた浜面仕上はため息を吐いた。(かつ)ては百人の武装無能力集団(スキルアウト)のリーダーをしていた自分が、まさか女共の駒使いになるとは思ってもいなかった。

 非常識極まりない奴らから半分くらい現実逃避していると、『アイテム』のメンバーである滝壺(たきつぼ)理后(りこう)がふと呟く。

 

「……西南西から信号が来てる」

 

 どうやら、この女もおかしいようだ。

 浜面はドリンクバーから人数分のドリンクを補充するパシリに使われている。小物らしく愚痴りながらドリンクを机に置いていく。

 

「まあ、そんなわけで調子乗っている『スクール』は皆殺しにするわよ」

 

「……」

 

 浜面は嘗て武装無能力集団を束ねていたとはいえ、実際は駒場利得というリーダーが死んだために、代わりに()てがわれた名ばかりの頭目に過ぎない。

 絶対に譲れない信念も物も無い彼に、人の命をそう簡単に奪えるような覚悟などありはしなかった。

 これが俺とこいつらとの格の差というものなのだろうか、と内心でそんなことを小物の浜面は思う。そんな彼女らを羨ましくもありつつ、そんなことを普通に言えてしまうこいつらを同時に悍しく思った。

 そんなことを考えていると、店の自動ドアから幼いと言えるだろう少女が入ってくる。その姿に浜面は見覚えがあった。

 

「ちょっと絹旗。アンタのせいで話進められないじゃない。遅刻よ遅刻」

 

「予め遅れることになるだろうと超連絡はしておいたでしょう。もし、連絡が行ってないのなら浜面が悪いです。浜面超ギルティ」

 

「いやいやいやいや、俺はちゃんと言ったってッ!だよな!?なッ!?」

 

「うわー……、浜面が必死過ぎてキモいって訳よ」

 

「浜面は超浜面ですからね」

 

「大丈夫だよはまづら、私はそんなはまづらを応援してる」

 

 そんな感じで今しがたやって来た絹旗も加わり、和気あいあいと話しているのは『アイテム』の面々だ。彼女達は同じ暗部組織で活動している仲間である。

 

 

 

 だが、彼女達は知らない。彼女がここに来るまでの間何をしていたのか誰と話していたのか。

 気付くのが致命的なタイミングとなることを、この場ではたった一人しか知らなかった。



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4.暗部組織

過去に書き貯めしたやつを載っけておきます。本編も書くとこまで書いた感ありますし


 ─『グループ』─

 

 キャンピングカーの中でその三人は食事を取りながら密会をしていた。

 

「統括理事会の一人である親船(おやふね)最中(もなか)に向けての狙撃は一先ず阻止出来た。だが、厄介な事実が出てきたな」

 

 土御門がハンバーガーを齧りながら切り出した。既に彼らは今回の騒動の一端に介入している。

 強大な権力を持つ統括理事会のメンバーの抹殺計画。学園都市の大物を襲撃したことから、彼らとしてもいち早く対処しなければならない事案だった。

 

「ええ、今回裏で動いているのが私達『グループ』と同じ、学園都市の暗部組織である『スクール』。その『スクール』とかいう奴らが暗躍してるのは分かったけどそれ以外の情報はなし。

 機密性で言えば私達と同じで名前ぐらいしか載ってはいないわ」

 

 地中海から産地直送の高級サラダに口を付けながら、結標(むすじめ)淡希(あわき)が答える。

 彼女がノートパソコンで見ているのは、別行動中の海原光貴(みつき)が潜入している暗部組織『ブロック』で入手した、紙幣の中に内臓されているICチップに入力されていたデータだ。

 専用の読み取り機とケーブルで繋がれたノートパソコンには、次々とデータが画面に表示されていく。

 

「でも、この紙幣に情報を載せた仲介役の『人材派遣(マネジメント)』は、やっぱり必要以上の情報は与えられていないだろうから妥当なところじゃないかしら?

 親船を抹殺するためのスナイパーである砂皿(すなざら)緻密(ちみつ)の手配に加えて、今回の計画書の立案までしていたみたいだから、『スクール』はとことん使い勝手のいい雑用として『人材派遣』を利用していたみたいね」

 

「ハッ、大した便利屋じゃねェか」

 

 一方通行(アクセラレータ)が辛味チキンを片手に鼻で嗤う。彼からすれば悪党が悪党に媚びへつらう滑稽な話でしかないのだ。

 『人材派遣』は『スクール』に都合よく利用されていることは当然分かっていたことだろう。つまりは、どこまでもビジネスライク。だからこそ、信頼ではなく金で結ばれたその関係性は極めて脆弱だった。

 

「まあ、俺に捕まったことで『人材派遣』は移送中に処分されたがな。おかげ様で俺達が得られる情報は、海原が残した暗号化されているICチップの紙幣五枚だけ。

 それも、衝撃や熱でエラー箇所が出ている始末だ。どれだけ情報が得られるか分かったものじゃないぞ」

 

 土御門が新しいハンバーガーの包みを開けながら端的に問題を言葉にする。情報が不足しているため現場で即時対応するしかない状況は、魔術が使うことが出来ず肉弾戦しか出来ない土御門からすれば余り良い状況とは言えない。

 

「(防衛戦は地力の差が諸に出てくる。超能力やら学園都市の最先端化学兵器やらが出張ってくると、高位能力者である一方通行や結標なら対処出来るだろうが俺にはキツい。

 俺の十八番であるブラフや隠密が出来ない時点で、劣勢になることはほぼ確実だからな)」

 

 ジャンキーな味を噛み締めながら土御門は不安材料を上げていく。海原と同じくスパイとして敵組織の潜入や隠密が担当である彼からすれば、鉄火場になる前にケリを付けたいところだ。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、結標が何処か得意気に情報を二人に開示していく。

 

書庫(バンク)にも目ぼしい情報はなかったけど、それらしい組織名が幾つか出てきたわ」

 

 土御門と一方通行は手に掴んだ食事に再び口を付ける寸前で、その動きを止めた。

 ()()()()()()()()

 それはつまり、『スクール』以外の暗部組織の名前があるということ。結標は表示されたその名称を口に出していく。

 

「『グループ』、『スクール』、『アイテム』、『メンバー』、『ブロック』……私達と同じ少数精鋭の非公式部隊のようね。

 規模が大きくなればその分使い勝手が悪くなるのかもしれないけど、その分少数だからこそ秘匿性が高まって情報が外に出にくくなるから、今回みたいな反乱が起こるんじゃないかしら?

 まあ、学園都市の現状を見れば人数が多かろうが少なかろうが、反乱の一つや二つは起きてもおかしくは…………待って、もう一つ何かあるわ」

 

 話ながら結標が書庫のデータを漁っていく中で、他の五つの暗部組織とは別枠だと思われるものがあった。

 まず、暗部の事柄であることは間違いない筈なのにその五つとは、別の検索方法で検索をかけなければ表示されなかったことを踏まえれば、結標の所感は間違っているとは言えないだろう。

 

「(下請けの下部組織?それにしては、私達と同じ様に名前持ち(ネームド)なんてあり得るのかしら?途中で解体されたなんて可能性もありそうだけど)」

 

 疑問が浮かぶも結標は画面に表示された暗部組織名に目を向け、そこに書かれている単語を口に出した。

 

「───『クラブ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─『アイテム』─

 

「影響力の無い親船最中に殺すだけの価値はない。それにも拘わらず、目を付けられるリスクを負ってでも『スクール』が狙撃したのは『VIP用安全保障体制』があるからよ」

 

 第七学区のファミレスで彼女達は昼食を食べていた。暗部組織『アイテム』がこんな何処にでもあるファミレスに集まるなど、彼女達を知っている者からすれば考えられないだろう。あるいは、それこそが彼女達の狙いなのか。

 ファミレスのメニューではなく外で買ったコンビニ弁当を堂々と広げた麦野沈利(しずり)は、シャケ弁に箸を伸ばしながら日常会話の一幕ように坦々と話していく。

 

「学園都市でVIP認定された奴は命の危機が差し迫れば、あらゆる部署や機関が総出で対応することになっている。

 だから、『スクール』の奴らは親船の治療先を守るために送られる、人員や機材の収集で起こるだろう混乱を利用するつもりなのよ」

 

「そんなことしても、『隙』を作ることぐらいは可能かもしれませんが『窓のないビル』にはとても手が届きません。反逆を起こした割には超決め手に欠ける手だと言わざるを得ませんね」

 

 麦野絹旗がC級映画のパンフレットを手にしながら呆れるように呟いた。

 

「それこそ、『保険』程度のつもりだったのかもしれないわね。あるいは、それで手に入れることが出来る何かが本当にこの街のウィークポイントに為り得る何かなのか……」

 

 それ自体に興味がないと言えば嘘にはなるが、まずは砂皿の前任のスナイパーを潰して『警告』したにも拘わらず、補充をして再び行動を起こした『スクール』を潰すことが麦野沈利には先決だった。

 舐められたのならば、それ相応の報復を与えるのは暗部の鉄則なのだから。

 

「ほら、アンタ達そろそろ行くわよ。『スクール』の奴等が『VIP用安全保障体制』で、何処の施設や機関の守りが薄くなるのを狙っていたのか調べるわ。浜面、さっさと車回して」

 

「ええーっ!?ちょっと待って欲しいって訳よ!まだサバ缶を食べ終わって無いんだけど!?」

 

「……サバ缶なら車内で食べれば?」

 

「それって、車内にサバ缶の匂いが超籠りません?」

 

 そんな姦しい女性陣の声を聞きながら、浜面仕上は車を取りに向かいながら一人ごちる。

 

「……俺は一〇〇人以上のスキルアウトを率いてたリーダーだったんだぞ……ちくしょう」

 

 

 

 

 

 

「(……『スクール』との戦闘は予定通りとはいえ本丸から超遠ざかるのは否めませんね。まあ、私の役割は囮なので無い物ねだりに近いのですが)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─『メンバー』─

 

 とあるオープンカフェにて彼女達は向かい合って話し合っていた。机に並べられた大量のコピー用紙を凝視する白衣を纏った老人に向けて、褐色の肌をしてる少女は疑念を口にする。

 

「今回の騒動は統括理事会の内部抗争ということは無いのか?だとするなら、無闇に関わるべきではないと思うが」

 

 これが暗部組織の反乱ではなく、裏で手を引く統括理事が居るのならば最悪泥沼に引き摺り込まれることもある。それを彼女は懸念しているのだ。

 

「いや、VIPの人間を暗殺するのは学園都市上層部の全員の意向ではないと見ていいだろう。確かに、反乱分子という名目で嘘の情報を私達に送り、使い捨ての駒として扱う可能性は無くはないが、アビニョンの暴徒鎮圧に駆動鎧(パワードスーツ)の大半を送っている今の暗部は、普段よりもそのガードが手薄になってしまっている。

 その状況で蹴落とす価値もない親船最中を狙うくらいならば、自分の守衛やセキュリティを増やすなどした方が遥かに有意義だ。

 ならば、私達に嘘の情報を与えいざというときに足踏みさせるよりかは、信用を得るために本当の情報を与えるという算段を立てるだろう」

 

 まあ、その情報でさえ隠したり部分的に変えたりはするだろうがね、と白衣の老人は付け加えた。暗部の世界では真実の情報が自然と流れて来ることなど無く、裏の裏まで疑念を抱かなくてはやってはいけないのだ。

 

「そのコピー用紙がこれから起きる騒動で使えるのか?」

 

「ああ、使えるとも。()()()である君からすれば大したものには見えないかもしれないが、これは書庫(バンク)に登録された能力者のAIM拡散力場のデータだ。

 AIM拡散力場とは能力者が無意識に発する微弱な力場であり、世界に干渉する『自分だけの現実(パーソナルリアリティー)』でもある。それはつまり、このデータを解析していけば能力者の思考・主義・行動パターンなどの数値を導き出すことも可能であるということだよ。

 実に、即物的で確証を抱かせるには充分なパラメーターだろう?」

 

 それを聞いた魔術師の女は首を傾げる。学園都市の『外』の人間であるため実感が無いのは仕方が無いだろう。

 

『博士。「グループ」と「スクール」が一時的に近付きました。しかし、「グループ」との直接的なラインを構築するほどのものではなく、徹底抗戦までの道のりはまだ遠いと思います』

 

「ふむ、接触という程でも無いにしろ、これで他の連中も動き出すだろう」

 

 博士と呼ばれた白衣の老人は、傍らに侍らせた犬型のロボットに目を向ける。発せられた電子音はAIによるものではなく、遠距離からの通信による声音を更に輪を掛けて複雑に調整した人工音声だ。

 馬場芳郎(よしお)。表に決して現れない裏方にして情報収集と作戦立案を受け持つ『メンバー』の一員。このロボットも馬場の所持しているもので、彼はこのように『メンバー』の構成員とコミュニケーションを取っている。

 

「頃合いですか」

 

 そのように声をかけてきたのはおかっぱの茶髪に赤いダウンジャケットをした少年だった。いつの間にそこに居たのか、褐色の少女の背後に彼は立っている。しかし、そのことに対して驚く者はここには居ない。

 彼らを率いる『博士』と呼ばれた老人は、広げたコピー用紙を纏めると感慨深そうに呟いた。

 

超能力者(レベル5)を失うのは(いささ)か損失が大きいが仕方あるまい。この街の王に逆らうということはそう言うことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─『ブロック』─

 

 二十代後半の熊のような大柄な男、佐久(さく)辰彦がノートパソコンの画面を見ながら口を開く。

 

「アレイスターの作り出したクソみたいな世界から外れるための第一歩、『ひこぼしⅡ号』のクラッキングを始めるぞ」

 

 『ひこぼしⅡ号』。

 気象衛星という建前のスパイ衛星であり、学園都市全域を逐一監視するために打ち上げられたこの街の監視網の一つである。そして、その『ひこぼしⅡ号』にはとある物が搭載されていた。

 

「(地上攻撃用大口径レーザー……まずいですね。『ブロック』の狙いが読めました)」

 

 内心でそう呟くのは暗部組織『グループ』最後の構成員、海原(うなばら)光貴(みつき)。魔術師である彼は暗部組織『ブロック』の人間に魔術で成り代わり、潜入任務を遂行し情報を入手していたのだ。

 

「(『ひこぼしⅡ号』の地上攻撃用大口径レーザーによって、第十三学区にある幼稚園や小学校を攻撃して、学園都市に居る最年少の子供達を虐殺するつもりですか。

 親御さん達に不信感を抱かせて、学園都市に子供を預けなくするために)」

 

 学生が人口の八割を占める学園都市で、子供が預けられなくなる事態はまさに死活問題である。それは、能力開発の面でも多大な影響を出すことは想像に固くない。

 どれだけ情報操作を行おうが、大勢の小さい子供達が亡くなった前例は多くの親からすればマイナスイメージが強過ぎる。学園都市を十年単位で着実に殺すためのこの策が、『ブロック』の狙いだったのだ。

 海原はノートパソコンを操作してクラッキングしている、『ブロック』のリーダー佐久辰彦に一言入れて席を離れた。

 仲間である『グループ』の最高戦力を動かすためにバレるリスクが高まるとしても、『ブロック』の狙いを仲間に伝えなければ最悪なケースに陥ると彼は察する。

 

「(衛星とのアクセスを断ち切るなら、最速最大の火力を出せる彼に任せるのが適任ですか。未来ある子供達のためです。彼の小言も受け入れましょう)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─『スクール』─

 

「砂皿は親船の暗殺を失敗か。まあ、第一位の奴が邪魔しに来やがったんならそうもなるだろう」

 

 携帯を片手に高級なソファーに腰掛けた彼は、砂皿緻密からの暗殺報告に目を通しながら呟いた。

 

「第一位が所属する『グループ』に、第四位がリーダーをしている『アイテム』。上の奴等は俺達の行動を遮るための手段を惜しまずに、超能力者(レベル5)の居る暗部組織を総出で送り込む算段らしいな。

 駆動鎧(パワードスーツ)が学園都市の外に出払ってる時点で他に方法はねえだろうが」

 

 何処かホストのような印象を与える赤紫のジャケットとスラックスに茶髪をした風貌と、チンピラの思わせる横柄な態度から暗部の人間だと察するのは至極簡単だろう。

 その自信から溢れるカリスマ性はそこに居るだけで空間を支配していた。

 

「すいません垣根さん。他の暗部組織が俺達の計画を察知したのは『人材派遣(マネジメント)』の奴が持っていた情報からです。『アイテム』がこれほど早く俺達の前に立ち塞がるのはアイツを処理するのが遅れた俺の責任です」

 

「お前は俺の指示通りにアイツを殺した。そこに落ち度はねえよ。今回は第一位が居る『グループ』の構成員が上手くやったってだけだろう。

 それに、この街の隅々まで監視してやがるアレイスターなら、『グループ』の監視役の『電話相手』に指示を出して、第一位を騒動の中心に送り込むことも不可能じゃねえ筈だ。どっちにしろ時間の問題でしかねえよ」

 

 まるで、土星のように三六〇度全てにプラグが挿さっている、金属製のゴーグルを着けた少年がリーダーに頭を下げるが、それを何でもないかのように彼は許した。

 彼が見ているのは部下の落ち度などではなく、これから起こる遥か先の展開だ。

 

「まあ、私としてはどうでもいいけどね。これから、予定通り『ピンセット』を奪いに行くつもりなんでしょうけど、親船の暗殺は失敗したせいで『ピンセット』を手に入れることは難しいんじゃないの?」

 

 ドレスを身に纏う少女が問い掛ける。彼女も『スクール』の構成員の一人にして精神系能力者だ。ホステスのような雰囲気を纏う彼女も闇で(うごめ)く暗部の住人の一人であり、ここに居る悪党とその闇の濃さは遜色無い。

 

「いや、未遂だろうがなんだろうが統括理事会の人間が暗殺されかけたなんて分かれば、もしものときのために関係各所は準備に取り掛かるもんだ。

 当初の予定よりかは空ける『隙』は小さくなるが、このまま親船の暗殺にこだわって『グループ』や『アイテム』と徹底抗戦する可能性が高まるのは面倒だ。このまま『ピンセット』を奪いに行くぞ」

 

 そう言って、彼が艶のあるソファーから腰を上げた瞬間、

 

 

 

 キュガッッ!!!!と、空間を焼く音と共に緑色の閃光が突き抜けた。

 

 

 

 その緑色の閃光は一直線に彼へ向けて突き進み着弾する。その一瞬のことに『スクール』の二人は驚くが直ぐに冷静になって閃光が突き抜けた扉を注視した。

 そこから現れたのは四人の女だ。その女達を率いる先頭を歩く茶色の長髪こそ彼女達のリーダーに他ならない。

 

「アンタらが『スクール』ね。この私の警告を無視したんだから全員死ぬ覚悟は当然してるって認識で構わないんだろうから、一人一人ちゃぁ~~んと、泣き叫ぶまで痛め付けてから地獄に送ってやる」

 

 整った顔を悪意で歪めた『アイテム』のリーダー麦野沈利が、二人に向けて(ねぶ)るように視線を向ける。彼女からすればこれから起きることは一方的なワンサイドゲーム。どうやって自分を侮辱した人間を殺すことしか見えていない。

 そんな学園都市第四位を前にして、『スクール』の二人は落ち着き払っている。リーダーの身体が熱線によって穴が空けられた悲嘆はそこには無い。彼をを殺されれば次は彼女達自身にその猛威が降り掛かる可能性が高いにも拘わらず。

 

 その理由はとても簡単だった。

 

「……痛ってえな。ムカついたぜ格下。まずはお前から相手をしてやるよ第四位。第二位と第四位の違いを教えてやる」

 

 学園都市第二位、垣根(かきね)帝督(ていとく)

 科学の街に似つかわしくない白い翼を背中から生み出すその姿は、まるで神を冒涜するかのような光景だ。

 

 そしてそのまま、翼を広げた垣根は自らに楯突く襲撃者に向けて、背中から生えるその六枚の翼を躊躇無く振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 液晶モニターの前で黒髪の少女が口に飴を咥えながら、(あざけ)るようにして声に出す。

 

「予定通り五つの暗部組織が動いたか。精々、ド派手に潰し合いをしてくれ。お前達がはしゃいでくれればくれる程に私らの目標は達成しやすくなンだからよ」




説明回とも言う。次回は未定


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