傭兵たちの後日談(アフターストーリー) (踊り虫)
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傭兵たちの前日譚

今年最初の更新ダヨ!(白目)

 よくよく考えると、『後日譚』なのに始まりの話が無いのおかしくね?となって構想を練って付け加えたお話。
 なので後付設定がわんさか盛りだくさんとなっております←

 というか、後から調べてみて「これってそうだったの!?」という発見がメチャクチャ多くて、そこからの設定の見直しとかつけたしとかが多いですね。
 こういう設定に関しては事前にきっちり纏めてる人と行き当たりばったりな人の二択なんでしょうが、私は完全な後者だなぁ……と苦笑するばかりです。


 ――魔王討伐戦。

 

 魔王討伐のための勇者ご一行を魔王の本拠へと送り出し、周辺の魔物を魔王との決着まで押し留める人類最後にして最大の大規模作戦。

 勇者が魔王を討伐する舞台を作るためだけに残された戦力を結集し、挑んだ戦い。

 

 ルミナス教総本山、ルミナス王国が擁する『ルミナス騎士団』および『ルミナス教団』の全戦力、二万。

 

 ルミナス王国の呼びかけに応じた各地の傭兵団および義勇兵、十万。

 

 そして、魔王討伐という大役を任された『勇者』とその仲間たち、『勇者ご一行』

 

 総勢十二万からなる連合軍が、魔族の故郷、魔郷国『イルスターニャ』に結集。首都イルスターニャを取り囲んだ。

 

 

 対するは世界を破滅に導く魔王の軍勢。

 魔王が呼び出した異界の怪物たち『魔物』の群れ。総数、不明。

 魔王に付き従う強大な四人の魔族『四天王』。

 そして、魔王。

 

 これと真っ向から戦っても人類に勝利は無い。そこで連合軍は人類最大戦力である勇者を魔王の元に送り込み、敵軍の総大将たる魔王を討たせることに相成ったのだ。

 

 

 勝利条件は勇者が魔王の討伐に成功すること。

 敗北条件は魔王の討伐失敗。

 

 連合軍の役目はその間に溢れ出でる魔物たちにその邪魔をさせないこと。つまり時間稼ぎでしかなかった。

 

 これが人類最後の反抗。失敗はそのまま人類の滅びを意味する。

 だが、たとえどれだけの犠牲が出ようとも、それが達成されれば勝利である。

 ルミナス王国女王、レイア・ルミナ・ルミナ・クレアニスまでもが戦陣に加わり、兵へと加護を施し、負傷兵の治療に当たったと聞けば、その覚悟の程も分かるだろう。

 

 

 ――それほどに魔王陣営は膨大であり、強大。全ては勇者に委ねられた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 戦場が、鮮血で染まる。

 どさり、と崩れ落ちる魔物から次の魔物へと剣を振るい、拳を振るい、蹴りを叩き込む。

 少しでも動きを止めればそのまま(たか)られ、殺される。

 斬る、蹴る、殴る、何でも良い。倒しても倒しても尽きぬ化け物の大群相手に手段は問わない。愚直に、ただ目の前の敵を排除していく。

 

 幸い、後方支援として魔法使いや神官たちが付与魔法による強化を施し、援護射撃として魔法を雨霰と降らせて、数で勝る魔物相手に連合軍は対抗する策を執っており、乱戦は師と同じく得意とするところ。

 

 その中を駆け、その上で一人でも多く生き残らせるために一体でも多くの怪物を屠らなければならない。

 

 騎士鎧に身を包む傭兵は戦場を駆けた。

 

 

「うわぁぁぁ!ヤメロ!ヤメ!――」

 

 鬼の傭兵が魔物の群れに押し倒され、岩巨人(ゴーレム)が押しつぶそうとして――

 

「どぉりゃぁぁぁぁッ!」

 

 魔法で強化された身体能力を駆使して岩巨人(ゴーレム)の体を駆け登り、大剣で頭を叩き割った。

 ――コイツとは腕相撲をした。酔っ払った勢いで本気になって五分の勝負をしたっけ。鬼としての力を過信しすぎて、単独行動が多いと思ってたらこの様だ。

 

「多勢に無勢だアホ!戦線はもっと後ろだ、下がれ!」

「ワ、悪ィ」

 

 互いに武器を振るいながら少しずつ後退し、合流。そのまま戦線の維持を任せて別の場所へと向かう。

 

 

「う、腕が……腕が――」

 

 只人(ヒューマン)の歳若い剣士がどこからともなく現れた人型大の黒い蟷螂、達人蟷螂(アデプティス)に片腕を切り落とされ呆然としていた

 ――コイツは酒場でチビチビと酒を呑みながら居心地悪そうにしていた。話を聞くとこういう場所は初めてだったらしい。

 

 達人蟷螂(アデプティス)が返す刃で首を刈り取ろうとして――

 

「オラァァァァァァッ!」

 

 ブン投げた大剣に押し倒された達人蟷螂(アデプティス)に飛び掛り、頭を踏み潰してから大剣を拾い上げる。

 

「ア、アンタ――わぁぁぁっ!?」

「とっとと本陣に戻るぞ!こんな場所で死にたきゃねぇだろ!」

 

 剣士を肩に抱え上げて魔物を追い払い、蹴散らしながら全力疾走。戦線後方の医療班に預けてまた戦線へと引き返す。

 

 

「助っ人登場だ!オラァッ!気張って行けよ!」

「すまん、助かった!」

 

 戻りがてら、複数の魔物相手に苦戦していたエルフの傭兵を助けつつ、騎士鎧の傭兵は駆ける。

 

 彼に与えられた役目は遊撃救援――もっとも危険な戦場の最前線で窮地に陥った者を救援し、継戦不可の人材は後方の医療班にまで護衛搬送するのが()()()()()()()()として『ヴォロンダ』に招集された彼に与えられた仕事だった。

 

 彼の師である名高き傭兵、『戦場の金獅子』は、彼の居る場所とは別の場所で愛する夫(ルミナス王国最強の騎士)と共に戦場を駆け回っていることだろう。

 そう、例えば、魔物がポンポン宙に放り投げられている(ちぎっては投げ、ちぎっては投げられている)のが遠くからでも見える北側――魔王との戦いに臨む勇者ご一行の許へと魔物を向かわせない分断役として。

 

(ま、殺しても死なないようなババァだし、おやっさんも一緒なら大丈夫だろ)

 

 北から突風と共に飛来した岩巨人(ゴーレム)の残骸を避けつつ――それが師匠からの贈り物じゃないと良いな……なんて顔を青くしながら――魔物を倒しつつ次の救護者を探して駆け出した。

 

 

 

 

 しかし、個人で全てを救うことなど不可能、青年もそれはよくわかっている。

 

「た、たす――」

 

 あと一歩あれば助けられた者。

 

「ごめん、なさ――」

 

 急いで運んでいる中で死んでしまった者。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 戦いの音の中、どこからか聞こえる断末魔。

 

 傭兵は笑う。虚勢であることなど百も承知。死んでたまるか、死なせてたまるか、と歯を剥き出しにして獰猛に笑う。

 笑えなくなったらそれこそお終いなのだと、青年は知っている。

 絶望するにはまだ早い。そもそも絶望している暇など無い。

 

 

――名も知らない異界の勇者。早くこの地獄を終わらせてくれ。

 

 

 そんな弱音を億尾にも出さず、傭兵は戦場を駆けた。

 

 

◇◇◇

 

 約百年に渡り続いた魔王戦争の最後の戦い、魔王討伐戦こと『イルスターニャの戦い』

 

 ルミナス騎士団、戦死者、一万五千八百四十名。

 傭兵団および義勇兵の戦死者、六万六千七百六十名。

 勇者ご一行、戦死者、一名。

 

 戦いは一昼夜を掛けて続き。多大なる犠牲の元、魔王の討伐は為された。

 その最後を彩ったのは、魔王の居城より立ち昇った暗き闇の柱と天を貫く白銀の輝きのぶつかり合いであった、とされている。

 

 

 『多大な犠牲を払いながらも、こうして魔王は討たれ、世界に平和が戻ったのでした。めでたしめでたし――』

 

 

 

 

 

 

 

 ――それで物語の幕は下りてくれない(そんなエンドロールは流れない)

 

 

 

◇◇◇

 

 ルミナス王国は双神(ルミナ、ミナスの姉妹神)の加護により魔物の被害が少なく、魔王戦役が始まって以来、亡国の王族や公爵家の亡命を受け入れており、戦後で唯一、国としての体裁を保ち続けることが出来た国であった。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけであり、元の国領よりも支配領域は縮小、今は建て直しをしつつ、元々の領地がどのような状況にあるのかを調査、有力諸侯や大きな戦果を挙げた者たちに領主として『土地』を与えた。

 そもそもルミナス王国の周辺諸国は滅び、持ち主が居ない土地など有り余っている。先立つものをある程度提供したなら後は領主に統治を任せ、税を最低限に抑えて建て直しを行わせるのだ。

 

 人の営みが広がれば少しずつ人口も増えていく。人口が増えれば労働者が増える。労働者が増えれば彼らが働いた分だけ税収が増えて国も潤う。

 

 百年続いた戦争だ。その復興に百年を費やすのに否は無いだろう。

 

 ――そこで問題となったのが、土地を報酬として認めなかった傭兵たちへの報酬である。

 

 そもそも傭兵の多くは根無し草の荒くれ者たちであり、土地を貰って統治するという考えをそもそも持っていない。

 結局は報酬次第で働きはするが、その多くは自身の欲求に忠実な輩が大半なのである。

 

 そして、生き残った傭兵の半数がそうした者であり、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 しかし、報酬を渡す役目を受けた役人たちはそうした傭兵がいることはわかっていても「()()()()()()()」まではわからない。そして魔法や魔法薬による自白を促す行為は禁止されている上に、例外として行おうにも一人一人に施すのは割りに合わない。

 

 これからの国の建て直しのための財源を考えた現場の役人たちによって、報酬の額が減らされ、結果的に役人たちと傭兵たちの間で諍いが起きることとなった。中には暴れて兵に取り押さえられる者までも現れる始末。

 

 ついには女王からの「国としての信用に関わることであり、同時にあの戦場をどうあれ生き残ったことへの称賛でもある。出し惜しむことは許されない」という鶴の一声で、約束どおりに報酬は支払われることとなった。

 

 そのために傭兵達や兵士といった、先の戦いに関わった者たちからは女王は絶大な信頼を得ていくこととなる。

 

『そしてすばらしき為政者。麗しき女王陛下の治世は続いていくのだった』

 

 

 ――それで終われば、苦労はしない。

 

◇◇◇

 

 

 かつての魔王討伐戦の主戦場となった魔族の故郷イルスターニャでは魔王の座に就いた魔族の姫君にして勇者ご一行の一人、アイリス・カトル・エルケニスと彼女の婚約者となった『勇者』を指導者として、生き残った魔族たち約千人と共に国を立て直していく方針を固めた。

 

 ――本来魔王とは()()()()という意味で用いられる言葉であり、()()()()という意味でも使われたのは後にも先にも勇者に討伐された先代魔王だけである。

 

 閑話休題。

 

 そもそも、魔王討伐後に先代魔王の責任の所在を彼女たち魔族に追及する動きが、魔物により滅ぼされた国々の王家の末裔たちや豪商たちの間で広まっており、勇者やルミナス王国の有力諸侯がどうにか押さえ込んでいたのだが、一部の過激な思想を持った者たちの手によりアイリス姫の暗殺未遂事件が発生。

 これに怒り狂った勇者は下手人を返り討ちにすると共に、公式にアイリス姫との婚約を宣言。その上でルミナス王国からアイリス姫と生き残った千人の魔族を引き連れて出奔、一ヶ月後にはイルスターニャへの凱旋を果たした。

 

 この事件によりルミナス王国内ではアイリス姫を『勇者を誑かした売女』、レイア女王を『勇者を寝取られた女王』などと言う悪評が庶民の間に広がり、『魔族を滅ぼすべきだ』という訴えが各騎士団へと届けられ、酷い時には魔族に懸賞金を懸けて傭兵をイルスターニャに差し向ける者も居たというが、その全てを勇者は一人で蹴散らして見せたのだとか。

 

 またルミナス王国内では勇者ご一行に加えレイア女王を中心にルミナス王国騎士団および憲兵団が勇者の側に立つことを宣言。王国議会は荒れに荒れることとなった。

 

 しかし、その混乱に終止符を打ったのはルミナス教会からの発表であった。

 

 『俸神の聖女』より伝えられた神託である。

 

 その内容は『勇者とアイリス姫の婚姻を祝福する。また魔族も我らが隣人である』という物であり、それ以降、ルミナス教までもが魔族の後ろ盾となったことで少なくとも表面上は魔族を糾弾する動きは鎮静化することとなった。

 

 『そうして勇者と姫君は国を建て直すために奔走を始めました。心優しき魔族たちと共に素晴らしい国を作ることでしょう。愛し合う彼らの輝かしい物語はまだまだ続くのです』

 

 

 ――そんな都合よく行くほど現実は甘くない。

 

◇◇◇

 

 ウェルシュ傭兵団。

 

 元は今は亡き竜人の国『ブリタニア帝国』のウェルシュ王家の生き残りを中心に結成された傭兵団。彼らの悲願は帝国の領地奪還にあり、そのために魔王戦役において大きな戦果を挙げ続けてきた名実共に世界最強の傭兵団。

 また初代団長、アンドラダイト・ウェルシュ・ドラゴン老師は勇者ご一行の一人として魔王との対決に同行した猛者としても知られている。

 

 傭兵団は『イルスターニャの戦い』で犠牲者を出しながらも多大な戦果を挙げ、アンドラダイト老師は勇者を先に進ませるために魔王四天王が一人『音越えのクローザ』と一騎打ちに臨み、激闘の末にこれを打倒した。

 

 

 彼らは魔王討伐後は祖国の土地を魔物たちから取り戻すべくブリタニア地方へと帰還。魔物の残党や賊を相手に日々奮闘していた。

 今は亡き帝都に建てられた彼らの拠点には、今では数少なくなった行商人や、生き残った人々、そして傘下に入ることを望む傭兵団が訪れ、少しずつその規模を大きくし、活気を帯びていき、少しずつ国としての形を取り戻していく。

 

 

 『そして彼らは多大な努力と苦労の末に祖国を復興。千年帝国を築き上げる』

 

 

 ――そもそも、試練はまだ続いているのだ。

 

 

◇◇◇

 

 その異変の情報を齎したのは勇者だった。

 

 彼から送られてきた文には『こちらで魔物の巣穴がどこからとも無く出現した。そちらの国でもそうした現象が起きているか確認して欲しい』という簡単な物。しかし勇者の言葉ゆえに無視することは出来ず、各国でその事実確認のために各領主に調査を依頼した。

 

 するとあちこちで魔物の巣となっている洞が見つかったのである。

 

 このことを重く見たルミナス王国の声がけもあり、現時点で連絡を取り合えるブリタニア地方のウェルシュ傭兵団と情報の提供者たる勇者に召集を掛け、有力諸侯と共に情報の刷り合わせを行った。

 

 その時点でわかったことは以下の点だ。

 

 ・魔物の巣の発生する場所に共通点は無く、いつどこに発生するかわからない。

 ・魔物の巣の内部は洞窟や建造物の内部であったり、森や草原、果てには蒼穹に浮かぶ小島だったりと全くの別世界に繋がっている。

 ・魔物たちはこれまで戦ってきた種よりも凶暴で攻撃性が高くなっており、時間が経つと洞の中から出てくるようだ。

 ・また、巣の奥地にはその洞の主とも言える強い魔物が座している。勇者は容易く討伐してのけたが、ウェルシュ傭兵団とルミナス騎士団は不用意に踏み込んだ団員が数名犠牲になった他、苦戦を強いられた。

 ・これを討伐するといつのまにか()()()()洞の外に出ており、洞のあった場所に妙な宝箱が置かれていて、その中に金銀財宝や妙な道具が収められていた。

 ・この道具は直接の武器にはならないがそれぞれ不思議な力を発揮する道具であることが確認されており、これらは復興するに際して非常に有用であると考えられる。

 

 その後も話し合いは続き。勇者の提案でこの洞を『ダンジョン』。ダンジョンの主を『番人』。番人を倒した後に手に入る不思議な力を宿す道具を『宝具』と命名された。

 

 ルミナス王国は現在、勇者の離脱や急速な立て直しによる民衆の混乱が続いており、独力での対処は難しいとして、両者への協力を要請したが、共に断られてしまった。

 

 まずは自国の安定を目指すのが優先されるのは当然のこと。

 ウェルシュ傭兵団はすでにダンジョンの攻略に着手しており、ブリタニア地方を独力で解放していくことを宣言した。

 そもそもウェルシュ傭兵団との雇用契約も『魔王討伐まで』と定められており、そこから更に契約を結ぶのは財源的に難しい。

 

 また勇者は人手の少なさからルミナス王国を助けるだけの余裕は無いことを強調、以前の確執もあり、魔族、ひいてはイルスターニャの守護を優先すると宣言した。

 そもそもイルスターニャは魔王討伐後の火事場泥棒によって資材の大半が失われており、それをどうにか勇者の助力でやりくりしているのが現状である。

 

 ルミナス王国の貴族院や有力諸侯の一部から反感を買い騒ぎ立て、ルミナス王国騎士団、団長、シュトラール・フォン・ツヴェルフが一喝することで静まるという一幕こそありつつ、話し合いの末に勇者からは元四天王であり、現在は勇者の庇護下にあった魔族の少女、シャルウィがルミナス王国への派遣を自ら提案。元四天王という懸念材料もあり議会は紛糾したが、元は魔王の抱えていた特記戦力の一角。

 彼女を知るレイア女王や先の戦争の英雄に数えられる騎士の一人、オプティマス卿の説得もあり、王国議会はこれを承認した。

 

 ウェルシュ傭兵団からは現在隠居中の初代団長にして勇者と共に旅をしたアンドラダイト・ウェルシュ・ドラゴン老師が自らルミナス王国へ入り、ダンジョンの対処に協力することを約束した。

 

 しかしそれでも人材不足であることは変わらず、ツヴェルフ騎士団長は人材の育成に着手しつつ、王都周辺のダンジョンの攻略に着手することを提案したが、そこに王家の相談役として代々仕えてきたヴァンクリーフ一族当主、テオ・ヴァンクリーフ卿、そして勇者より提案が為された。

 

 ――陛下、ここは傭兵を上手く使えませぬか?

 ――ダンジョンの中は魔物の巣窟。それなら魔物の素材を手に入れるチャンス、じゃなかった、絶好の機会じゃないでしょうか?

 

 そもそもこの百年、魔物の毛皮や鉱物なんかの素材を用いることは珍しくなくなっており、ダンジョンの魔物の素材でやりくりするのは問題ない。

 前例として勇者達が旅の途中で寄ったという『グラガイアの街』なる鉱石を纏う巨大な竜種が横たわって眠る横に街を作り、その竜の鉱石を資源として発展した街の存在が報告されている。

 

 

 これに目を変えたのは領主の面々だ。魔王戦役後間もなく領主に任命された者も多く、財政難にある領主は非常に多い。

 そこに先ほどの提案だ。ダンジョンが金のなる木に見えたのだろう。有用そうな種の住まうダンジョンに限定しての保護を行うことや、ダンジョンを各領主の管轄とするなどの各種案を提出。

 

 レイア女王は難色こそ示したが、財政難にあるのは国も同じこと、渋々その案を承諾。

 

 これはもはやルミナス王国内の国政の話になってしまったので、ウェルシュ傭兵団および勇者は離席、別室で派遣することになるアンドラダイト氏とシャルウィに関する契約を結んで帰路に着く。

 

 王国議会はまだ終わらない。更に大々的にこの状況を発表した上で傭兵達を焚きつけ、同時に各種宝具をダンジョンを一つでも少なくしつつ、宝具と資源や報酬を引き換えにする形での依頼形式の運用を提案された他、ダンジョンにまつわる多くの法案が可決されていったのだった。

 

◇◇◇

 

 そしてルミナス王国ではルミナス騎士団の総力で王都近辺のダンジョン攻略が行われ、複数の宝具と当面の財を確保した後、女王レイアからダンジョンの存在やその危険性と有用性を説いた上でルミナス王国名義でダンジョン攻略を依頼。宝具と引き換えとして資源や財貨、国内での爵位や土地を与えるという発表が行われた。

 

 結果、様々な理由で新たな傭兵団が数多く発足し、ダンジョン攻略へと乗り出していく。

 

◇◇◇

 

 魔王討伐戦より3年後。ダンジョンと傭兵団の乱立による混乱の中。ルミナス王国の北東に連なる山脈の中にある山村から物語は始まる。




Tips:

・騎士の数
 当初は中世欧州圏での戦争の内容を参考にしつつ、魔物との戦いの中での疲弊具合を考えて最初はかなり少なめに設定していたのですが、それをそのまま参考にしたとして「あれ?この数で無尽蔵に湧く魔物の群れと戦って勝てるの?」と不安になり数を一気に増やしています。

 ……こういった面では非常に無知ゆえ、ご意見があれば感想か活動報告板にお願いします。


・王家の名前。
 こちらの世界におけるローマでの命名規則を使用。つまり個人名・氏族名・家名・通り名で表現される物。

 レイアは個人名。
 ルミナはルミナス教における主神たる双子の女神が片割れ、ルミナの系譜となる氏族。
 ルミナの家名はその氏族の直系であることを示す。

 クレアニス、は『勇者を呼びし者』の意。

 アイリス姫も同様。
 アイリスが個人名、カトルが氏族名、エルケニスが家名である。


・俸神の聖女
 ルミナ神とミナス神、それぞれに分かれてその生涯を神殿の奥にある『祈りの間』で神に祈りと感謝を捧げ、時に神託を受けとる役割を与えられた二人の巫女の名称。

・~地方
 魔王戦役の中で滅んでしまった国があった場所は今では国名+地方という形で呼称されるようになっている。


余談:

・ルミナス王国の貴族の名前。

 実はある投稿キャラに関して名前を勘違いしていました。

 それは以下の二人となります。

『ツヴェルフ・フォン・ドラッヘンバールト』※投稿キャラ。
『ツヴェルフ・フォン・シュトラール』※ルミナス王国騎士団、騎士団長

 ここでお分かりになった人はすごい。

 実はこれ、名前の順番が『家名・von・個人名』というこれまでのキャラとは変則的な形になっていたんです。
 (ちなみにツヴェルフと共通で付いてることに気付いたのはこの話を書いている途中。いやもっと早く気づけと)

 つまり設定をキッチリ見直すまで『ドラッヘンバールト』ちゃんではなく『ツヴェルフ』ちゃんと勘違いしていたのです。ルトちゃん、そして投稿者様、気付いてなくて本当にごめんなさい。

 なので本作ではそこを

『ドラッヘンバールト・フォン・ツヴェルフ』
『シュトラール・フォン・ツヴェルフ』

に修正(奥方もそれに合わせます)。

 なおvon姓は色々と厄介な物なので今回は流します。
 この騎士団長様、当初の設定では魔王討伐後は騎士団長をやめて、一族というか部族?の土地に家族共々帰ってるんです。von姓はそれゆえの『元貴族』という意味合いだったんだろうなぁ。

 あと、ドイツの領主って納めていた土地の名称を苗字のように使っていたらしいのですが、おそらくここに投稿してきた皆様は家名として送って下さっている物と思っています。

 なのでルミナス王国の各領主の命名規則を
「個人名・家名(家名が無い場合はvon姓で代用)・地名」に変えようかな?なんて案を持ってますが、どうですかね?(震え声)



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傭兵たちの始まり、その1

TIPS
・魔王
 本来は魔族と呼ばれる種族が統治していた国家イルスターニャを治める王の名だが、ここでは一世紀前に異界の怪物、魔物を引き連れて突如世界へ侵攻を始めた先代魔王、クライア・カトル・エルケニスの事を指す。

 クライア王は民を慈しみ、臣下を大事にしていたことから元は歴代最高の賢王と呼ばれ愛されていた。
 しかし一世紀前に突如異界の怪物、魔物を引き連れて全国へと侵攻を開始したのである。魔族は魔王一派――のちに魔王四天王と呼ばれる魔族とその配下――を除き、乱心した魔王を止めるべく武器を取るも敗北、極僅かな生き残りが各国に散り張り、魔王の乱心を訴えた。
 大陸最大の国家であったブリタニア帝国が落ちたことで各国は同盟を締結、連合によって魔王軍に対処するも、際限なく湧き出る魔物を前に惨敗。それ以降人類は『勇者』が召喚されるまで劣勢を強いられることになる。

 最終的には、勇者とその仲間たち、そして連合軍との総力戦の果てに討ち取られることとなった。この戦いを『魔王討伐戦役』と呼ぶ


 木々の間を潜り抜けるように、2つの人影が駆けていく。

 

 昼間には木漏れ日によって明るくなっていた森も、黄昏時の今では薄暗く、既に禍時(まがとき)の様相を示し、動物たちの声も風で鳴る葉音もなし。

 

 あるのは人の吐く息とこすれあう鎧の音――そしてそれを追う大きな足音が複数。

 

「トラヴィス!あとどれくらいだ!?」

 

 2つの人影の一つ。騎士鎧を身に纏った男が前を走る耳の長い青年に声を掛けた。

 ――良く見ると騎士鎧の男は脇に黒い肌と左右の耳で長さが違う小柄な少年を抱えながら駆けている。

 

「無駄口を叩く暇があったら走れ!」

 

 呼びかけられた黒装束の青年は手に持つ短弓に矢を番えると、後ろに向けて矢を放つ。

 その矢は追跡者の一体に当たった。

 

 「■ォォォ……」

 

 ドスン、と倒れる音がした。

 どうやら当たり所が良かった(クリティカルヒットした)らしい。足を止めずに横目で窺うと脳天に矢が刺さっている。走りながらでよく当てた物だ。

 

「マジかよお前!?すげぇなオイ!」

「褒めてる場合か!」

「驚いてんだよ!」

「同じだたわけ!走るのに集中しろ!」

 

 余裕なんだか、そうでないのかわからないやり取りをしながら走る二人――ふと、男が小脇に抱えていた少年が口を開いた。

 

『枷に繋ぐは悪逆の徒。影よ、掴め。夜よ、呑みこめ。闇よ、染まれ。御神は汝の魂を断罪する――』

 

 それは詠唱――魔法を発動させる秘伝の口訣。

 闇の女神、司法の番人であり、夜の化身たるミナス神の恩恵は、闇の中でより力を増す。

 

『――刑罰執行、冥府に落とすも生温い!闇へと葬れ【獄卒の(かいな)】』

 

 瞬間、追跡者の影が二つ消えた。

 否、地面から伸びる黒い腕に闇の中へ引き吊り込まれたのだ。

 

 ――【獄卒の(かいな)

 無数の腕が対象を肉を腐らせ魂を朽ちらせるどことも知れぬ闇の中に引き吊り込むミドルスペル(中級魔法)。少年の()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「やるな息子!」

「誰が息子だっ!ボクの方が年上だって言ってるでしょうがっ!というか二体取り逃がした悔しい!」

「……息子が反抗期でつらいんだけど、トラヴィスどうすれば良い?」

 

 黒装束の青年、トラヴィスは無視した。

 男はしょんぼりした。

 

「――あ、見えました!あそこです!」

 

 少年が叫んで、指差した。男はその方向に目を向けた。

 彼らの右前方、木々の切れ間に森の中にしては()()()()()()()()()がわずかに見えたのだ。

 ――もしも少年が気付かなかったら誤ってそのまま横を通過していたかもしれない。

 

「でかした!クルース!」

「え、えへへへへ!」

 

 クルースと呼ばれた少年が見た目相応の照れ笑いをしていた。

 

「そこに向かうぞ――危ない!」

 

 青年の声を耳にしながら、男は「あ」とマヌケな声を上げて前のめりになる。

 木の根だ。地面の上に出てきていた木の根に足を引っ掛け、体勢を崩したのだ。

 ――男の行動は迅速だった。

 

「トラヴィス!受け取れ!」

「うわぁぁぁ!?」

 

 小脇に抱えていた少年を青年に向けて放り投げる――がトラヴィスは難なく受け止めて走り出す。

 男は背に預けていた大剣の柄に手を掛けて――

 

「ウラァッ!」

 

 豪快に背後へと振り返り様に薙ぎ払う。

 血飛沫が飛び、背後に迫っていた影が断末魔すら上げずに倒れ伏す。

 ――大剣の軌跡は追跡者の胴体を綺麗に捉えていた。

 

 返り血を浴びながら、男はすぐに踵を返して二人を追いかけ、追いつく。鎧を着ているとは思えない速度だ。

 

「イヤァッホゥ!オレも捨てたモンじゃねぇなぁ!そうは思わねぇかクルース!?」

「そうじゃないでしょ!ボクを放り投げるとか危ないじゃないですか!というか自分でも驚いてるのばればれなんですよ!――あ、トラヴィスさんありがとうございます」

「まぐれ当たりだって立派な当たりってな!」

「走ることに集中しろこのバカ親子!」

 

 トラヴィスが怒鳴るのを男は豪快に笑い流しつつ、また背後を見やる。

 少し離れたところを追跡者たちはまだ追いかけて来ていた。その足は俊敏で、事を起こす前に()()()()()が施した脚力強化の魔法が無ければ追いつかれていたに違いない。

 男はほくそ笑んだ。

 

「作戦通り、ってね」

 

 

◇◇◇

 

 

 男達が見つけた明かりの先は拓けた広場になっていた。

 あちこちに切り株がまだ残っており、その切り口も新しい。しかも中央には人が隠れられる塹壕まで掘ってある。

 

 その中から、一人の可愛らしい獣人(ライカン)の少女が顔を出した。濡れ羽色の髪を左右に分けて結っており、その頭には丸い獣の耳――大陸東の国、ヤマトにのみ存在する狸という獣の物――が髪の間から生えている。

 二重瞼から覗く金色の垂れ目や全体的に丸みがある顔立ちは、彼女の穏やかな気性を表しているようで愛らしく可愛らしい少女だった。

 しかし、そんな彼女の唇は一文字に引き結ばれて、眉間にも少しばかり皺が寄っていて彼女の緊張感を示している。

 頭に付いた丸い耳をぴょこぴょこと動かし、鼻もすんすん、と動かしてなにやら窺うと、少女は手元にある()()()()()に声を吹き込んだ。

 

「左前方10時ん方向から来はるなぁ、陣形をちびっと(少し)変えましょか」

 

 『はいっす!』と筒の中から声があった。良く見るとその筒に底板があり、そこに付けられたワイヤーが伸ばされている。

 今で言う『糸電話』だ。

 

 伸ばされた先は自身の背後の茂みの裏に続いている。

 

 がさり、とそれが動いた。

 

 ――がさりがさりがさり。

 

 自然の茂みが動くなどありえない。よくよく耳を澄ませば、ひそひそとした話し声も聞こえてくる。そして動いている茂みもよく見ると葉の茂った木の枝が大量に付けられた木の板だ。

 

 ふと、筒から声が聞こえた。

 

『これで大丈夫っすかね?』

おんおん、ほしてええよ(うんうん、それでいいよ)

『……え?ほす?』

「あ……それでいいよって言いたかったんよ。かんにんなぁ(ごめんね)

『かん?……あ、はいっす』

 

 その返事を聞いて、少女――アズサは唇を尖らせた。

 アズサの話す言葉はヤマトの一部の地域で使われていた強い訛りがある。

 お陰で慣れている仲間内以外ではあまり伝わらない。

 

「むぅ、なして(なんで)クルースを連れていかはったんや……うち、標準語しゃべれんて(話せないって)言うた(言った)のにぃ」

 

 そんな少女の独り言染みた愚痴に、返事があった。

 

「策敵、必須」

 

 こちらも獣人(ライカン)の少女だった。表情こそ乏しいが、艶のある紅色の髪は長く伸ばされ、顔立ちも美しい。夜闇で金色に輝くその眼は爬虫類の物に近しいが、しかし同時に放たれる威圧感は彼女が上位の捕食者であることをはっきりと示しており、その証拠に左腕をまるで鎧のような鱗で覆われ、首元を覆う鱗の中には一枚だけ()()()()が見て取れた。

 

 ――竜のライカン、竜人である。

 

 今は亡き大国において高貴な身分にあった種族であり、その血統からか、服装こそ長旅用の少々薄汚れた外套と皮鎧という物であったが、その高貴さを打ち消すには至らない。

 

 そんな少女が口にしたのは簡潔な単語を二つだけという物だったが、アズサにも言いたいことは伝わっていた。

 アズサは獣人だ。嗅覚も聴覚も人と比べたら数段上であるため策敵役に最も相応しい。しかし、仲間には自分よりもそれが上手い人が居る。

 

「ほんならトラヴィスはんを残せば何も問題あらへんがな(問題無いでしょうが)

「……経験不足」

 

 キーッ!とアズサはへぞをかんだ。事実であるだけに反論しようが無いあたりが一番悔しい。

 自分はどちらかと言えば腰に帯びている刀を振るう方が性に合っていることも理解しているし、それにまだ15の小娘では経験もそれを補う知識も足りていない。今回の作戦を磐石にするための配置だと言われ渋々了承したのが今朝のこと。

 

 だが、それならまだ会話が出来るクルースを置いて行って、隣にいる()()()()()()()を連れて行って欲しかったものである。

 

「……大丈夫?」

よういわんわ(よく言うよ)あんさん(あんた)が代わりに言うてくれればいいだけやのに(言ってくれればいいだけなのに)!」

「……?」

「あかん、伝わっとらんわ」

 

 アズサは空を仰いだ――空は黄昏から、禍時へと移り変わろうとしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 事の発端は4日前、道中の魔物を追い払ったりしながらルミナス王国領の山中にある村に辿り着き、宿を探していたのを親切な村の若者の計らいで泊めてもらうことにした夜のことであった。

 

 その村――サンパ村は石造りの家屋に暮らしており、床は良く磨かれた木の板で作られていた。

 また裸足になるのが一般的なようで、靴を脱ぐと熱いお湯を桶に持ってきて足を洗い、乾いた布で水気を拭ってから上がるのが一般的なようだった。

 ヤマトの様式に近かったこともあって出身者のアズサは「足湯や!」とはしゃぎ、トラヴィスは興味深げに麻布で足を磨いていた。

 

 閑話休題。

 

「魔物が増えた?」

 

 彼らを家に招いた村の若者、アインと名乗った青年は、男の言葉に頷いてみせた。

 

「はいっス。この村はなんの特産品も無い場所っスけど、2年くらい前まで魔物が寄って来ないぐらい平和な村でした。だから被害があるとしても野生の獣、それこそ野犬とか猪が畑を荒らしたりってぐらいで、まだ大丈夫だったんスよ」

 

 だろうな、と男は思った。

 魔王の侵攻が最も遅かったルミナス王国は、ダンジョンが現れるようになった三年前まで魔物の被害が比較的少なかった土地だ。このような山中の長閑(のどか)な村では尚更のことだろう。

 

「でも、2年前に普通じゃない大きさの熊にきこりのおじさんが食い殺されて大騒ぎになったんす。その時は、旅の鍛冶師を名乗るお兄さんの助けもあってその化け物熊を退治したんスよ」

「そこの武器はその時に作ったのか?」

 

 黒装束を身に纏う白い肌のエルフの青年トラヴィスの問いに「はい」とアインは頷いた。

 

「流石にお兄さん一人じゃ大変だと思ったんで武器を作ってもらって村の若い衆も集めて協力したっす」

 

 なるほど、と男は壁に立てかけてある木の剣と小盾、そして弓を見た。棍棒や小盾は他の村でも見たことはあるが、木の剣はしっかり手入れがされ、盾も中々に立派だ。

 ただ、弓はあまり得意ではないのだろう、矢筒には矢が数本入ってたが、あまり使わない所為かほぼ新品同様に見えた。

 

「で、鍛冶師のお兄さんが旅に出た後も村の若い衆で自警団みたいなことをして、村に近寄ってきた魔物を追い払ったり、仕留めたりしてたんスけど……最近魔物が村の近くに現れる頻度が増えてるんスよ」

「それ、ダンジョンが大きくなったんじゃないです?」

 

 青年の言葉にフードを外した黒い肌に右耳の短いエルフの少年、クルースが問いかけた。

 

 ――ダンジョン。

 3年前の魔王討伐以降確認されるようになった魔王の遺した呪い、なんて呼ばれる魔物の巣窟の総称である。

 ダンジョンはどこにでも出現、成長し、ある程度の規模を持つと入り口から魔物が出入りするようになって周囲に被害を与える。

 しかしダンジョン内に潜り、見事深奥に居る番人を倒すことでダンジョンは消滅、代わりに特別な力を備えた道具、『宝具』が手に入る。

 

 しかし、低級のダンジョンであっても個人での踏破は難しく、集団であっても帰ってこなかったという話も多い。

 しかもダンジョンは定期的に各地で発生、減ることはあっても完全に無くなることはありえない――という情報がここ一年の間に公表されたのだったか。

 

「ウス、俺達も噂に聞くダンジョンだと思って自警団のみんなで探してるんスけど、ダンジョンがどういう物か全く見たこと無いんで、見つけられてないんスよ。魔物の後を追うって案も出たんスけど」

「私が止めました」

 

 そう言って女性が男の前に木の御椀を差し出した。アインの母親、フィーア夫人である。

 彼女が配っている御椀の中には野菜がごろごろと入ったスープで満たされていた。彼女は順繰りにそれを配膳すると席に着く。

 

「素人のあたしらじゃ見つけてもどうしようもないし、無理に突撃しても返り討ちに遭うってね」

「賢明な判断だ。素人が前知識も無くダンジョンに行くのは自殺行為だからな」

 

 フィーア夫人が、ふかした芋を山盛りにした器を、テーブルの中央に置くのを尻目に、トラヴィスは淡々と告げた。

 ダンジョンでは腕っ節はあればあるだけ良いものの、それだけではどうにもならない部分も多い。

 特に問題となるのは魔物の習性や策敵能力、そして対応できる手札の数だ。あまりにも硬すぎて魔法無しでは対応できないなんてのも少なくない。

 この村に戦闘を行える魔法使い(マジックユーザー)が居るとは思えなかった。

 

「だがよ、それじゃあ手詰まりなんじゃねェか?」

「ええ、それで村長の息子さんがウチの人を護衛に助けてくれる村や町が無いかって山を下っていきました」

「親父さん強いのか?」

「ウス、まぁ腕っ節だけなら村一番っスね。丸太を一人で軽々と持ち上げたりするっスから」

 

 そう言って、アインは力こぶを作るようなジェスチャーをした。

 残念ながら彼は引き締まった身体をしてはいたが、立派な力こぶは作れそうに無かった。

 

 しかし、それが功を奏するとは思えなかった。

 この近辺に村や街があるのかわからないこともそうだが、このような人の行き来に向かない辺境の村に救援を送ってくれるような村や街があるとは考え難い。

 

 (とすれば、自分たちがここに来たのは、神様のお導きって奴なのかねぇ……)

 

 そんなことを億尾にも出さず、カインズは快活に笑った。

 

「おお、そいつぁ会ってみたかったもんだぜ。オレと親父さん、どっちの腕っ節が強いか腕相撲でもして勝負できたのによ」

「そりゃ良いッすね!親父もよろこびそうっす!」

 

 そんな他愛無い会話をしつつ、フィーア夫人が席に着くのを確認して、男とトラヴィス、クルースは手を組んでお祈りの作法を取り――

 

「いただきます!」

 

 アズサだけが手を合わせてそう言って料理に手を出そうとしてピシリとそのまま固まった。

 そのことを失念していた男が慌てて弁明しようとして――

 

「あら、あなたヤマトの生まれだったのね」

 

 フィーア夫人がそう言ったことに目を丸くしたのだった。

 

 夫人の言う通り、アズサは大陸の東にあった国、ヤマトの生まれである。

 しかしここはルミナス王国であり、ルミナス教のお膝元であるため食前に一分ほどの黙祷を捧げるのが慣わし。そのためこの作法は『無作法だ』と咎められるのだ。

 

「おねえさん、『いただきます』って知っとるん?」

「あらあらお姉さんだなんて!アイン聞いた!?」

「なんで俺に振るんスか……。10年前にここに移り住んできた一家がそのヤマト生まれだったのと、さっき話した鍛冶師の兄さんがヤマト生まれだったんで聞いたことがあった程度のもんッス」

「そないやったん……こんな場所にも生き残りがいてくれはったんね」

 

 アズサがしみじみと言った。

 ヤマトは10年ほど前に首都であった京を魔物に滅ぼされ無政府状態に陥り、生き残りは放浪している者や各地の残った村落や街が外壁や堀を作って要塞化し魔物の襲撃に備えながら自治を行っている場所がほとんどだ。

 しかし各地に出現したダンジョンの影響で滅びと背中合わせの日々を送っており、生き残った人々は一日一日を賢明に生きようと足掻いていた。

 

 そんな国で生きていたアズサだから、何か思うところがあったのだろう。それに口を出すのは野暮という物。男は何も言わないでおいた。

 

「そうだ、じゃあ今夜はヤマト式のお祈りをしましょう」

 

 だからフィーア夫人の提案は非常に有り難かった。

 

「……ええの?」

「ええ、女神様たちも一日くらいは許してくれるはず。みなさんそれで良いかしら?」

 

 男は「そりゃいいな」と応じ、クルースとトラヴィスも頷くと、全員手を合わせた。

 

「じゃ、アズサちゃん、お願いできる?」

「うん!……いただきます!」

 

「いただきます」と、声を揃えて、そして皆食事を始めた。

 

「……あ、これえろうおいしおすなぁ(すごく美味しいなぁ)!」

 

 アズサがそう言ってスープに舌鼓を打っているのを男は微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

 ――久方ぶりの立派な食事を前に野郎三人と少女一人が大喜びで掻き込んで、大人気(おとなげ)なく(一人は見た目少年で一人は少女だが)おかわりをいただいた食後のこと。口元を拭うと、男は話を切り出した。

 

「魔物が増えたことをオレたちに伝えたってことは、その鍛冶師みたいに狩りの手伝いをすりゃいいのか?」

 

 すると、アインは慌てたように手を振った。

 

「あ、いやそういうつもりじゃないっすよ!?ただ、小さい子を連れてるんで魔物が出てくるから気をつけて行って欲しいってだけで」

「誰がガキですか誰が!」

 

 クルースが憤慨したのを男は「どおどお」と宥めた。エルフは長命な種族で200年ほど生きる。

 そのためクルースは少年の姿をしているが、実際の年齢は40代半ばである。

 

 ――エルフで見ればやはり子供なのだが、そこを突っついて怒らせるつもりは無かった。

 

「そいつは悪かった。確かにこいつらはこんな(なり)だが、立派な傭兵でね」

「この子たちが、傭兵、ですか」

 

 フィーア夫人が二人に目を向けた。

 自分の息子と比べても小柄な二人の少年少女が傭兵なんていう明日の身すら知れぬ生業をしていることが哀れなのだろう。

 だが、この子たちはまだ、暴力へと抗う術を持っている。それだけのことで救われている子供がいることを、男は知っている。

 山中にある僻地の村だ。世界ではもっと酷い扱いを受けている子供が居ることを彼女は知らないのだろう、と男は思った。

 

「――あなたたちは」

「大丈夫だよお嬢さん」

 

 そう言ったのはクルースだった。

 

「こんなことしないで良いって言ってくれてたんだけど、ワガママを言ってボクらが勝手に着いて行ってるんだ」

そやそや(そうそう)、うちら、好きで着いてきとるさかい(ついてきてるから)気に病まんで(気に病まなくて)ええよ」

 

 続けてヤマトの一部で使われる訛で言うアズサだったが、言葉は分からなくとも、言いたいことは伝わったらしい。

 フィーア夫人は溜め息をこぼし、二人に尋ねた。

 

「この人達が、あなたの親代わり、で良いのよね?」

「?、そやけど、それがどないしましたの?」

「だったら、この人達より先に死んではダメよ?親っていうのはね。子に生き抜いて欲しいと願っているものなの」

「……そういうもんやの?」

 

 その言葉に、男は二人から目を逸らす。そんなこと、真正面から言えるか!

 ごほん、と咳払いを一つして、男は慌てて話題を逸らす。その頬は気恥ずかしさから朱に染まっていた。

 

「ま、まぁ、一宿一飯の恩に加え、こいつらの心配までしてもらったんなら恩義に報いるのが筋ってもんだ。明日ダンジョンを探してきてやるよ」

「ほ、本当ッすか!?」

 

 喜ぶアインを尻目にクルースがぽつりと呟いた。

 

「最初からそのつもりだった癖に……また、タダ働きかぁ」

「そう言うなよ。タダ飯ってのはそれはそれで気にしちまうだろ?」

「それはそうですけど」

 

 クルースからジト目で見られ男は萎縮した。

 クルースは行商人の息子である、今でこそ傭兵に身を窶しているが財政管理は彼に一任されていたからこその小言であった。

 

「クルース、この人のお人好しは今に始まったことちゃうでっしゃろ?三つ子の魂百まで言うさかいな。それにそないなお人やったからこれまでやってこれたんやし」

「それで痛い目を見たこともあるが、何も攻略をしようって訳じゃないからな。一宿一飯……いや、もしかしたら明日もお世話になるかもしれんが、恩を返すという意味では丁度良い。それにどうせ探しに行くのは僕とアズサだ。そう目くじらを立てる必要は無い」

「……そういうことらしいので何日かお世話になります」

 

 アズサとトラヴィスがそう言うと、流石にクルースも引き下がると、フィーア夫人に頭を下げた。

 フィーア夫人がいえいえ、と微笑んで、ふと、思い出したかのようにアインに訊ねた。

 

「そういえば、傭兵さんたちのお名前を窺っていなかったのだけど、アイン、紹介してくれる?」

「あー、そういえば俺も傭兵さんの名前を聞いてなかったっスね」

 

 アインの言葉に男は苦笑いをこぼし、フィーア夫人は息子の頭を引っぱたいた。

 

「あいたっ!母さんなにするんスかぁ!?」

「このおバカッ!なんで家に泊めようって人の名前も確認しないで!すみません、抜けた息子で」

「いや気にすることは無い。むしろ碌に名乗りもせず、礼を失したのはこちらだ――僕はトラヴィス、そして彼女はアズサ、彼はクルースという」

 

 トラヴィスの紹介にアズサとクルースがそれぞれ「よろしゅう」「よろしくお願いします」と応じた

 

「そしてこいつが――」

 

 トラヴィスの言葉を引き継いで、男は答えた。

 

「――カインズ、傭兵のカインズだ」

 

 

――まさか、これが後に『施しのカインズ』の渾名で知られることになる傭兵と『傭兵団らしくない傭兵団』として知られることになる『カインズ傭兵団』の始まりになるとは誰も知らなかったのである。




京都弁の参考に出来るサイトが見つかってよかった……とはいえ、こちらが間違った文章で書いてしまっている部分があっても気付けないのでなんとも言えませんが。

いやはや、方言キャラを書いてる作者さんって博識なのか、もしくは本人もそれを用いているのか、そういう書籍とか集めてるのか……いずれにしろその労力を知りました……


・フィーア夫人
 アインの母親としてこちらで設定した女性。心優しく慈悲深いがちょっと抜けている。そんな母親をイメージ。
 名前の由来はドイツ数字である4(フィーア)から。同じくドイツ数字の1(アイン(ス))繋がり。
 本当は2か3にしたかったけどどっちもイメージよりもめちゃくちゃ強そうな名前になっちゃって「いや違うだろこれ」、となってやめました。


・カインズ。
 本作の主人公。名前の由来は親切を意味する英語のkindness。発音が近いカイネスも候補だったけど、カイネスだと個人的に優男なイメージが先立ったのでこちらにしました。


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傭兵たちの始まり、その2

 翌日、彼らは行動を開始した。

 

 カインズとクルースはアインに連れられて実際に魔物が目撃された場所の下見を。トラヴィスとアズサは森の中を分け入ってのダンジョンの入り口探しをしていた。

 トラヴィスとアズサは優秀な斥候だ。彼らなら魔物の痕跡を辿って、ダンジョンの位置を特定できるだろう。

 

 であれば、残された二人に出来るのは魔物の目撃情報と村の今後の防備──柵や堀を作る場所の助言をするぐらい──

 

「──だと思ってたんだがよぉ……」

「防壁とまで行きませんけど、柵も丸太でしっかり作ってるんですよね……」

 

 彼らの滞在しているこの村──サンパ村は山間、つまり山と山の間に拓かれた村だ。

 村の中央の大きな建造物(アイン曰く集会所で、村の中での祝い事や催しの中心となる場所らしい)を中心にその周囲を畑や家畜のが囲い、その外側に家屋が円形に、囲うようになっている。

 一応、畑や家屋に沿って道は作ってある物の、街道と呼べるほど立派な物ではない。

 

 ──そしてカインズ達がいるのは更に外側。村と山林の境に作られた防護柵の傍だった。

 

 これまで村人で構成された自警団で耐えてきただけのことはあり、高さ1.5m程の柵は木製とはいえ丸太を格子状に組んで頑丈に作られており、二重に設置されている。

 その配置も完璧の一言。アインいわく村人で生活の邪魔にならない範囲を模索して一緒に考えて作ったのだとか。

 近くの森の木々を見上げて、カインズは口笛を鳴らした。

 

「獣避けの鳴子もあるのか、要点はしっかり抑えてんだよな……」

「装備も準備も下手な村と比べてもだいぶ進んでますよね。警鐘も設置してありますし」

 

 クルースの視線の先には雨よけの屋根のある比較的新しい小さな鐘の吊るされた台だった。

 アインによるとこれは村人たちの相談の中で出てきた案を鍛冶師に頼んだところ快く引き受けてくれた物らしい。村を囲むように八方に設置してあって、魔物が出たらその方角の鐘を鳴らして知らせるように取り決められていた。

 

「あとは見張り用の矢倉でもあれば完璧……と言いてェが、結構近いんだよな」

「森を切り開くのは魔物が増えてる今は危ないと思うけど?」

「そうなんだよなぁ……どうせならこれ作るときに一緒にやってくれてると楽だったんだが──」

 

 そう零しつつ、丸太の柵を掌で叩いた。重厚感のあるずっしりとした木の手触りが頼もしい。

 

「──まぁ、この規模の村でここまでやれてんなら十分だわな」

「他の村って、どうだったんすか?」

 

 アインからの問いにカインズは答えた。

 

「ここほど恵まれてんのは少ねェな……細木を組み合わせて柵を作ってたり、農具を武器にそのまま使ってたりってだけでも良い方だ」

 

 そもそも、住人だけでの自治に成功している街や村は少ない。傭兵団の拠点として占拠されて統治を受けた結果、傭兵団が村人達の反攻の芽を潰すために農作業の道具以外の武器となる物品を全て取り上げるのも珍しくは無い。

 では正式な領主がいる村はどうなのか、と言えば、ここまで防備を揃えられていることはやはり珍しいことだった。

 

 そのことをざっくりと説明すると、アインはぽつりと呟いた。

 

「傭兵団、かぁ……」

「なんだ? 興味あんのか?」

「はいッス──傭兵さんの言うような酷い奴らもいるって聞いたこともあるし、そんな奴らになりたくないっすけど……」

 

 アインは顔を曇らせた。

 傭兵なんてのは金さえ貰えば何でもやるようなロクデナシ集団だ。

 例外なんて亡国の皇族だのとかが生き残りを中心に結成した規律を重んじる奴らぐらいのものだろう。ブリタニア帝国の復興を掲げるウェルシュ傭兵団なんかが良い例だ。

 一応自警団を元に立ち上がった傭兵団もあるにはあるが。そういうのも傭兵団の名を借りただけで自警団としての特性が根強かったり、結局傭兵家業で食っていけずに盗賊のようになる例もあるのだ。憧れを抱くような物ではない。それなら憲兵団に志願するなりした方がまだ健全だろう。

 

 だが、アインの目には憧憬の火が灯っている。

 

「でも、どうせなら──困ってる人達を助ける。そんな傭兵団を立ち上げてみたいッスねぇ」

 

 その言葉にカインズは顔を顰めそうになった。その夢を叶えるのは茨の道だ。

 かといってその理想を否定することはカインズには出来なかった。

 

「ま、世の中そうは甘くねぇが……そういう奴らが居たってバチはあたらねぇだろうさ」

「そ、そうっすよね! みんな困ってるんだからそんな人達の助けになれる傭兵団があったって、悪く無いッすよね!?」

 

 アインの熱の入った言葉にカインズは微笑んだ。

 

「応ともさ、つってもまずはこの周りのダンジョンをどうにかするのが先──」

 

 ──カン、カン、カン、カン、カン、カン! 

 

 どこからともなく警鐘が鳴り響いた。

 

「「「!」」」

 

 行動は迅速に、全員がその方向へ駆け出した。

 クルースが遅れそうだったのでカインズは脇に抱え上げた。

 少しすると、アインと距離が出来始め、アインがこちらを窺いながら走るようになった。

 武器の重さに加えクルースを抱えているというハンデがあるとはいえ、思ったよりアインの足が速い。流石は山育ち、足腰も鍛えられているといったところか。

 

(そういえば、()()()()()()()()()()()、なんて言ってやがったな)

 

 山間の長閑(のどか)な村が魔物が現れてから二年間、追い払うだけでなく、魔物を仕留めることが出来ていたのは伊達や酔狂ではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 集会所の横を通り抜けて辿り着いた場所には既に10人ほどの男達が集まっていた。各々、例の木の盾と木で出来た剣や棍棒、そして弩弓や弓を身に付けており、うち三人は既に矢を番えて20mほど先の森を、柵の間から見据えている。

 森の奥からは、鳴子のカラカラという音が鳴っており、未だに何かがいることを伝えていた。

 

 そんな中、アインが一人の人物に声を掛けた。

 

「おっちゃん!」

「おお、アイン、来たか」

 

 アインが話しかけたのは、集まった中で明らかに東洋の血が流れていると思わしき40代程の男性で、アインの声に応じるも、その目は森の置くを鋭く見据えていた。

 

「魔物は? 狼?」

「まだわからん、鳴子が聞こえたんで鐘を鳴らしたとこだ──どうせならトラバサミに引っかかってくれてると楽なんだが……鳴子の音はまだ鳴っておるから期待薄だな」

「そんなもんまで仕掛けてんのか……」

 

 カインズたちの姿を見て、男は鼻を鳴らす。

 

「掛かっても壊されちまって勿体無いが、負傷させる位は出来ようさ──で、アンタらがアインとこで泊めてるっちゅう傭兵さんか。話には聞いておるよ。儂はキイチ、畑を耕す傍ら獣を狩るのを生業にしとる」

 

 キイチ、と名乗った男は少し訛りのある言葉で応じた。

 そこには余所者に対する警戒心が見て取れたが、アインのように友好的な方が珍しいもので慣れた物。

 

「カインズだ。傭兵のカインズ。こっちはクルース。オレと一緒に旅をしてる。一宿一飯の恩で助太刀するぜ──で、確認なんだが、こっちの方から魔物が来るのは初めてか?」

 

 カインズは、先ほど居た方向を横目で見つつ問いかけた。

 先ほどいた場所からここに来るまで村の中央にある集会所の横を横断してきたのだ。つまり最初に魔物が出た場所の反対側に来たのである。

 そしてこの現象は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 男──キイチは首を横に振った。

 

「半年前から来るようになったが人手が足りんから家の近かった儂が罠を仕掛けつつ監視している。今日も畑仕事をしている途中で鳴子が鳴りやがったんで鐘を鳴らして報せたとこだ」

 

 その答えに厄介だな、とカインズは胸中で呟きつつ更に問いを投げる。

 

「どういう魔物が来てるんだ?」

「でっかい灰色の狼だ……そこのアインが最初に遭遇したのを血みどろになりながら倒してきてな。それ以降間を空けては出てくるようになりやがった」

 

 キイチはそう忌々しげに吐き捨てた。

 でっかい狼の魔物、というならおそらく一つ首(ハウンド)だろうが、聞き捨てなら無いことがある。

 

「お前、()()()()を一人で倒したのか?」

「はうんど? ……あ、いや、一頭だけだったんでどうにかトラバサミにひっかけてすぐに袋叩きに……もう二度としたくないッス……」

 

 顔を青くして、アインは言った。

 ただの村人が魔物相手に罠に引き込んで倒し、生き残るなどそうやれることではない。相手しただろう魔物──()()()()のことを思えば驚嘆に値する話だ。

 

「……それにしては遅いな」

 

 その機動力を考えれば駆けつけるまでの間に既に一戦交えていそうな物だが、まだ姿すら見えていない。

 

「ああ、鳴子の音も近づくのがゆっくりでな。不気味だ」

 

 キイチの言葉にカインズも頷いた。戦う相手の正体がわからないという恐怖や不安は時に冷静さを欠かせる。

 事実、数人の自警団の村人はどこか浮き足立っているような様子が見受けられた。

 

「……少し見てくるか。クルースは留守番頼んだ」

「うん、分かってると思うけど」

「『相手の土俵』で無理に戦わない──オレが教えたことを実践できなきゃ意味が無ェわな」

 

 そう言ってカインズは柵を飛び越えた。

 鎧と大きな剣を背負って軽々と飛び越える姿に驚く村人の面々だったが、カインズは彼らを尻目に森の中へと入っていく。

 

「傭兵さん、大丈夫なんすか!?」

「アンタらが見に行って死なれるよりゃマシってもんだ! 相手がわかったらとっとと逃げ帰るから気ィ抜かずに待ち構えてろよ!」

「は、はいッス!」

 

 アインの返事にカインズは手を振って返し、そして木々に紛れて姿が見えなくなった。

 

「……大丈夫、なんすよね?」

「そこは安心して良いですよ」

 

 アインの呟きにクルースが返した。

 

「あの人、弱くは無いから」

 

◇◇◇

 

 森を駆ける。

 後ろからは二つ首(オルトロス)が率いる一つ首(ハウンド)の群れ。計8頭が付かず離れずの位置を併走してくる──これでも2頭は減らしたのだが、中々にしつこい。

 

「■■ァァッ!」

 

 襲い掛かって来た個体に、飛び上がり様に両手に持つ剣を振り下ろす。

 狙い通りに剣は頭を串刺しにし、慣性のまま飛ぶ肉体に乗って着地の緩衝材にする。

 

「──3体目」

 

 仕留めた数は一度口に出して覚えておけ、と言う教えに従ってポツリと呟きながら剣を引き抜き、そのまま駆け出した。

 ──ここまでうまく運んだとはいえ、何回か失敗して食われかけている。ここまで来てかすり傷で済んでいるのは本当に運が良いとしか言い様が無い。

 

(もしかしたら次は無い?)

 

 そんな不安もあったが、しかし魔法を使うだけの余裕は無い。このままではジリ貧だ。

 

「嬢ちゃん! こっちだ! こっちに来い!」

 

 ──そんな時、男が大声で呼びかけてきた。

 刈り上げた黒髪に黒い目の精悍な顔つきの只人(ヒューマン)だ。騎士鎧を身に纏い、背には大剣を背負っている。

 

 その声に釣られて、一頭が牙を剥いて男に襲いかかった。

 

 ──危ない! と声を掛けるまでもなかった。

 

 男は避け様に背にした大剣を振りぬいて、魔物の胴を両断する。

 鎧袖一触。最低限の動きでそれを成し遂げた男──なんか驚いたような顔してる──はまたこちらに声を掛ける。

 

「急げ! 死にてェのか!」

 

 足は即座にそちらへ向き、そのまま追い抜いた。そのまま男も一緒に駆け出す。

 

「足元のトラバサミに気ィつけろよ! このまままっすぐだ!」

 

 男の指示に従って森の中を駆け抜ける。

 男は襲いかかってくる一つ首(ハウンド)を大剣を振るうことで牽制しながら逃げているが、流石に鎧姿で一つ首(ハウンド)から逃げ切れる訳もない──無いのだが。

 

「ぜりゃぁぁ!」

「■■ゥン!」

 

 隙を見ては襲い掛かってくるのをきっちり一太刀で返り討ちにしていて、一つ首(ハウンド)も警戒し、間合いに迂闊に飛び込まないように追いかけてきている。

 

 私も同じことをしていた訳だが、あちらはかなり手馴れているようだ。

 この辺りを縄張りとする傭兵団の人だろうか? 

 

「嬢ちゃん! この先森を抜けたら柵がある! 飛び越えられるか!」

「……高さ次第」

「嬢ちゃんの背の高さと同じぐらいだ!」

「……なら、一っ跳び」

 

 もう少しで脚力強化の魔法が解けるがそれまでは持つはず。

 そう返すと、男は「そりゃ良かった」と笑った。

 少しして森を抜けると、丸太を格子状に組み合わせて作ったであろう立派な柵が並んでいて、その向こう側に多くの人影が見えた。

 

「なんだありゃ!? 首が二つだァ!?」

 

 柵の内側がざわついたが一人の青年の声が響いた。

 

「慌てなくていいッスよ! たかが頭が一つ増えた程度、しっかり引き付けて当てるッス!」

「「「お、応!」」」

 

 声に応じて、柵の隙間から矢の鏃が見える。あれで迎撃するようだ。

 だが、今撃たれたらこっちはひとたまりも無く、しかし一つ首(ハウンド)の群れとは距離が近すぎて飛び越えてからじゃ遅すぎる。

 迎撃のために反転しようとして、男に腕を掴まれた──振りほどけない。

 反論する前に男が大声で叫んだ。

 

「クルゥゥスゥゥッ!」

『──刑罰執行、神は汝に枷と鎖を与え給うた! 這い蹲らせろ! 【鎖縛りの拷問者(トーチャー)】!』

 

 少年の声で朗々と口訣が紡がれると、先頭を駆けていた一つ首(ハウンド)四頭の足に黒い鎖が巻き付き、その動きを止めてみせた。

 

 ──【鎖縛りの拷問者(トーチャー)

 地面より飛び出た鎖によって対象を絡めとり、縛り付ける闇属性の中級魔法(ミドルスペル)

 今は昼であり、相手は魔物であるため、ただの足止めにしかならないが、その猶予は私たち二人が柵を飛び越えるのに十分な時間があった。

 

「今だ!」

 

 内側にいた男の号令を受けて柵の内側から矢が射掛けられた。

 一斉射で一つ首(ハウンド)が一頭、倒れた。

 

「弓組は援護射撃継続、牽制を続けて! 弩弓組は装填焦んなくて良いッすよ! 前衛組、オレと出るッす!」

 

 続けて掛けられる青年の号令に「応!」と男達は返して指示通りに動く。

 すごい人達、まるで統率の取れた兵隊だ。

 

「ハハハ、すげぇすげぇ! どうなってんだこの村。やってること下手な兵士顔負けじゃねぇの!」

「あなた、違うの?」

 

 そう問うと、彼は「昨日来たばっか」と返して即座に柵を飛び越える。

 

「アイン! オレも出る! アンタらは一体ずつ囲んで確実に仕留めろ!」

「助かるッス! まず群れの頭から潰すんで牽制頼みます!」

「りょーかい! クルースッ!」

『──処断するは悪逆の徒。影よ、伸びろ。御神は汝の罪を咎める』

 

 後ろに控えていたエルフの少年が朗々と口訣を紡いだ。

 さきほどの魔法はこの少年の物か。

 

『刑罰執行。【ミナスの縫い針】』

 

 紡がれたのはロースペル(下級魔法)【ミナスの縫い針】。

 罪人の影を地面に縫いつけたというミナス神の縫い針が群れのリーダーである二つ首(オルトロス)の影を地面に縫い付けた。

 

「アイツからッす! 頭二つあるっすから気をつけるっすよ!」

 

 透かさず、アインと呼ばれた青年を筆頭に村人たちがオルトロスに群がり、弓を使う村人たちと騎士鎧の男が牽制に回る。

 矢はオルトロスを助けようとするハウンドを近づけさせず、隙を見せれば騎士鎧の男が振るう身の丈ほどの大剣の餌食だ。

 

 分断が手際よく行われている中、村人達がオルトロスに挑んでいた。

 

 二つ首(オルトロス)は一つの頭を潰しただけでは死なない。両方の頭を潰して初めて倒れる魔物だ。

 素人だと片方を潰している間にもう片方に食い殺される──のだが、多勢に無勢、たった二つの頭では10の攻撃は捌けない。

 しかも先ほどまで指示を出していた青年が機転を利かせて真っ先に後ろ足に木剣を叩き込んで動けなくした。

 代わりに蹴り飛ばされて「ぐぇっ」なんて声を上げていたが、村人たちは青年を庇いつつオルトロスを追い詰めて行く。

 

 だが、オルトロスも最後の足掻きとばかりに牙を剥き、噛み砕こうとしていて、危なっかしい。

 

 ──私も加勢しようと柵に近寄ったら魔法を使っていた少年に止められてしまった。

 

「待って、君は魔力を使いすぎてるみたいだし、ここまでずっと走っていたんですよね? ライカンの体は頑丈だけど疲れ知らずって訳じゃない。あなたは休んでいて」

 

 でも、と言葉を出す前に、少年は続けた。

 

「それに、今回はこれ以上の手助けはいらないみたいだ」

 

 そう言って彼が柵の外を見たのでその視線を追うと、袋叩きにされていた二つ首(オルトロス)がドスン、と地に伏す。

 最後に村人の一人が持っていた棍棒に噛り付き、そのまま絶命したらしい。

 

 群れのリーダーが倒れたのを見て、残りの一つ首(ハウンド)が森の中に逃げ帰っていった。

 

 騎士鎧の男が高らかに叫んだ。

 

「オレ達の勝ちだぁぁぁぁ!」

 

 オオオオオ! と勝ち鬨を挙げるのを見て私は一息吐いて、魔法を解く。

 ──剣は、杖に戻った。

 

「すごく高度な魔法ですね。赤い結晶体を生み出して杖に纏わせて刀身に成形するなんて……ボクには出来そうに無いな」

 

 その様子を見ていたエルフの少年はそう言うと手を差し出した。

 

「ボクはクルース。あっちで村人達と騒いでいる騎士鎧の男はカインズ。一緒に旅をしている傭兵仲間、といったところかな」

 

 傭兵仲間、そういうのもあるのか。一人で旅をしていた私には無い物である。

 少年──クルースが「あなたは?」と訊ねてきた。

 

「私は──」

 

 ここで迷った。フルネームで名乗るべきだろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。気を使わせてしまうかもしれない。

 だが、彼らは結果的に私を助けてくれた恩人たちである。ここでフルネームで名乗らないのも不誠実という物ではないだろうか? 

 とはいえ名乗ったら名乗ったで面倒なことになる可能性は高い。そもそもあの傭兵団の縄張りの外にいるのだ。下手に私の家名を明かせば問題が起きるかも、それは非常にメンドくさい。

 

「……私はルビー」

「はい、よろしくお願いしますルビーさん」

 

 私は、クルースの差し出してきた手を握ったのだった。

 

 ──これが私、胸の躍る様な冒険を夢見て旅をする竜人の傭兵。ルビー・ウェルシュ・ドラゴンと彼らとの出会いであった。

 




・キイチ
 こちらで準備した村人の一人。農民であると同時に狩人。前回話に出てきたヤマト生まれの人です、漢字だと『喜一』と書く。
 設定上ではアインが自警団の中心となって色々と罠を考案したりして守っていたけれどそれを教える人物が欲しくて作りました。

・鍛冶師の青年
 二年前に村を訪れ、一宿一飯の恩で村人たちの防備を手伝ってくれている。流石に村人だけだと装備に限界があるよな?ということで登場していただきました。
 正体?さてさて、誰なんでしょうね(すっとぼけ)

・ハウンド&オルトロス
 詳細は次回に持ち越し。宛てられた言葉だけでバレバレでしょうけども。

・クルースの詠唱
 彼のは独自の形として流用するか、それとも共通として使用するか悩み中。

 ただ、ルミナス教の神官ではないので、独学で覚えたという形になっています。
 これが役割=職業『ではない』という意味。神官でなくても『秘伝書を正しく読み解けさえすれば魔法を扱えるようになります』
 ただし、相応の学が必要になるので文字の読み書きは必須。そこに更に色々な古文翻訳の技能なんかが必要になりますけども。


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傭兵たちの始まり、その3

 魔物退治に協力したことで村人達から感謝されたカインズとクルースは、アインと、なぜか着いて来た竜人の少女――カインズはクルースを通じてその少女の名を聞き、その名に違わぬ紅玉色の髪と鱗を見やってやれやれと頭を掻いた――と共に森の中に入って魔物の亡骸を回収していた。

 

 食物連鎖、の考えに則るなら放置しても自然が勝手に処理するだろうが、ここは村にも近い。悪戯に魔物を呼び寄せる餌を放置するのは下策。

 

 それに魔物とはいえ、姿が動物と似ている物は皮は加工して衣服や調度品に、肉は毒でも無い限りは食用にするのが一般的だ。

 

 また魔物の毒はごく一部を除き希釈することで薬にもできることがある錬金術師の実験で確認され、ルミナス王国を中心に各地に情報が発信されたのはここ最近の話で、傭兵の中にはそのサンプルを集めるのを生業とする者もいるらしい。

 

 他にも巨大な物であれば骨や牙、爪を武器や防具、装飾品や調度品の素材にする技術が研究、発展を続けている。

 特に中級の魔物であるゴーレムを破壊することで得られる鉱物を得られることから、討伐難度こそ高いもののゴーレムの生まれるダンジョン内の魔物を間引きながら意図的に残して制御する実験を行っている場所もあると風の噂で聞いた。

 

 ダンジョンが依然として人々の脅威であることは事実だが、同時にそこから得られる恩恵はダンジョン攻略の報酬である『宝具』だけではない、ということらしい。

 しかしダンジョンが乱立して、その脅威に抗う現在のヤマトを経験したカインズにとっては、あまり納得の行く話では無いが。

 

 閑話休題。

 

 最後の一番大きな一つ首(ハウンド)の亡骸――竜人の少女ルビーが討ち取った一つ首(ハウンド)を持ち上げる。

 綺麗に脳天をぶち抜いているだけで他に傷も無く状態も良い。

 自分が迎撃して胴体を両断したのはあまりにも臭いが酷く、麻袋に入れて運ぶことになった。

 あの時はとっさの迎撃が綺麗に決まったことに驚いたがこうして後片付けする段階になるとなんと億劫なことか、もっと綺麗に仕留めるんだった、と後悔をしつつ、それを顔に出さずにカインズはアインへと尋ねた。

 

「で?どこでこいつらを掻っ捌くんだ?」

 

 村の方へと先導するアインはハウンドを背負い隠れた背中越しに答えた。

 

「おっちゃん――キイチさんとこの離れ小屋ッス。あの二つ首の狼……えっと()()()()()?ってのもそこに運び込まれてて、今頃キイチさんが血抜きしてるんじゃないッスかねぇ」

「へぇ、ってことは精肉はもっぱらあのおっさんの仕事なんだな」

「そうッスね。昔は魔物の肉なんて怖いって言ってたんすけど、おっちゃんに勧められて実際に食べてみたらすっごく美味しかったんスよ。で、今じゃその手の作業はおっちゃんが率先して行ってくれてて、俺を含めた数人がその手伝いをしてるッス」

 

 なるほどな、とカインズは相槌を打つ。

 そもそも亡骸の回収を言い出したのはアインであり、そのことを自警団の面々はさも当然のように受け入れていた。

 普通の村人なら魔物の存在を恐れて森に入ろうとはしないだろうし、亡骸を解体しようという発想が出るとは思えない。

 

(あのおっさん、それなりの腕利きだったしなぁ……)

 

 近くからとはいえ、乱戦になるのを牽制する弓の腕は中々のものだった。弓術の巧みさも他の自警団の面々と比べても飛びぬけていた。

 察するにどこかでなんらかの兵役に就いていた人物なのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、カインズたちは足早に村に降りて行った。

 

◇◇◇

 

 キイチの家は家屋の密集した場所から離れた山林に程近い村の端にあった。様式はヤマトの物を再現したようでサンパ村の他の家屋と違って木と土で出来た平屋で、外には近くに川でもあるのか、そこから水を引き入れているようで小規模な田んぼも拵えていた。

 

 昨夜、話に挙がったヤマトから来た人物というのはやはりキイチだったようだ。

 

「おう、来たな。こっちだ」

 

 キイチはそう言って、離れの小屋を指差した。こちらも平屋建ての建物で入り口には小さな井戸もあった。

 中に入ると石瓦らしき物が隙間無く敷き詰められた床に石造りの大きな作業台が二つあって、そこで村人達が解体作業をしている。

 

 想像以上に立派な作業場である。アイン曰く作業が終わったら井戸水で床や作業台をしっかり血を洗い流すのだと言う。

 なんとも手馴れているな、とカインズは思いつつ彼は鎧を脱ぎ始めた。

 

「あれ?傭兵さんどうしたんすか?」

「このままだと鎧が無駄に汚れるからな。オレも解体手伝うぜ」

 

 その申し出にアインは喜んでキイチに呼びかけた。

 

「助かるッス!おっちゃん!傭兵さんも手伝ってくれるって!」

「おう、そんじゃその麻袋に入ってるのをやってくれ」

 

 そう言ってキイチが指差したのは、異臭を放つ麻袋ことカインズが両断してしまった一つ首(ハウンド)の亡骸であった。

 因果応報、やっぱりぶった切るんじゃなかったと、カインズは項垂れたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 一つ首(ハウンド)の亡骸を運びこみ、解体の手伝いも終わる頃には既に日が傾き始めていた。

 

 その時ルビーがどの家でお世話になるのかという話でもめた(見目麗しい少女にお近づきになりたいという自警団の面々の争奪戦だった)が、キイチが「全員まとめてうちに来い」と言ったことでとりあえずの決着がついた。

 

「てな訳で世話になるぜ」

「よろしくお願いします」

「……よろしく」

 

 三人はそう言いつつ、部屋を見回した。

 近い木の柱で支えられた広間で吹き抜けになっており、部屋の中央に囲炉裏があった。

 また、内装を飾る調度品も少なく、それが却って壁に掛けられた「臥薪嘗胆」と書かれた掛け軸を一際目立たせていた。

 

「適当にくつろぐのは構わん、が、物を壊すでないぞ」

 

 キイチはそう言って、魔物の血で塗れた衣服を桶にまとめて出て行った。庭先に小さな井戸があるらしく、そこから汲んだ水で洗うつもりらしい。

 ついでにカインズたちの汚れた衣服も洗ってくれるらしく「とっとと脱げ」と急かされ、男二人は下着一枚にされると、キイチから作務衣を渡されたので二人はそれを着ていた。

 なおルビーだけは流石に村の女衆の元に行って洗濯したり代わりの衣服を調達したりしているのでこの場には居なかった。

 

 クルースのサイズの作務衣があることに違和感があった。というのも確かに子供は居たであろう痕跡は見受けられるが、肝心の子供がどこにも居ないのだ。

 

「カインズ、まさかこれ……」

「言うな言うな。ありがたく使わせてもらっちまえ、その方がそれを着ていた奴も幸せだろうよ」

 

 二人は沈んだ面持ちでその作務衣を見たのであった。

 

 

 

「――勝手に殺すな阿呆。そりゃ今度産まれて来る孫の為にしつらえたもんだ」

 

 キイチはそう言って、お椀の中のスープをズゾゾゾ、と啜った。

 

 既に日は落ちた時分、着替えて帰って来たルビーに加えダンジョンを探して山林に入っていたアズサとトラヴィスも無事戻り、今日の宿が変わったついでの自己紹介もそこそこにしてキイチ宅では囲炉裏を囲んで夕餉の時間となっていた。

 キイチ宅の夕餉は干し肉と野菜の味噌汁に白米というこの国どころか、現在のヤマトでも珍しい献立で、アズサは大喜びし、クルースは初見だったため困惑していたが、実際に食べさせてみると驚きを顕わにしておかわりまで馳走になっている。

 

 そんなクルースを微笑ましく見ていたカインズがキイチに言った。

 

「生まれてくる孫にしちゃあ大きいんじゃねェか?」

「……娘にもそれを言われて慌てて新しく作ったっての」

 

 ぶっきらぼうにキイチは答えた。顔は真っ赤である。

 とはいえクルースはよかったぁ、と胸を撫で下ろしていたし、カインズも痛い所を突いてやることも無いので流した。

 

 そこからはその娘さんの話や、カインズ達が見てきたヤマトの様子なんかを話した。

 

 特にアズサの口から「今もヤマトの生き残りが頑張ってはるんよ」という話を聞いて、キイチは嬉しそうに「そうか、そうか」としきりに頷いていた。

 故郷を捨てて逃げ延びたのだとしても、そこにはやはり未練があるようだ。

 

「良い話を聞かせて貰った。あんがとよ」

「なぁに、一宿一飯の恩に比べりゃ安いもんさ」

「おいしい白米まで食わせてもろたしなぁ」

「ホントにね。すごくおいしかったよ。おじ様」

 

 あっはっはっは。

 4人は笑いあっていたが、ルビーは既にご飯を食べ終えて旅の所持品らしい本に目を通しており、トラヴィスはそんな五人の様子を黙って眺めている。

 ルビーに関しては知り合ったばかりだから別としても、トラヴィスがこうも静かなのは珍しい、と思っているとキイチから声を掛けられた。

 

「それよりお前さん、一つ確認してぇことがあんだがな?」

「魔物のことか?」

 

 なんとなしに言ってみたら、キイチは驚いていた。だが、群れを迎撃する際の慌てようのことを言うと悔しげに頭を垂れた。

 

「情けねぇが、その通りだ。あの二つ首の狼を儂らは初めて見た。なんなんだありゃァ?」

二つ首(オルトロス)だ」

「おるとろす?」

 

 ああ、とカインズは頷いて説明を始めた。

 

「そもそも、傭兵の界隈じゃ結構知られている魔物でな。成長と共に首を増やす特徴を持った狼に似た魔物だ」

 

 ――そも二つ首(オルトロス)とは三つ首(ケルベロス)の成長過程の名である。

 最初は一つの首だが、成長するごとに一つ首(ハウンド)から二つ首(オルトロス)三つ首(ケルベロス)と首を増やし、名前を変える。

 一つ首だと体長は1.5m、三つ首で3mを超える巨体になる。

 その機動力は外見に違わず俊敏。

 

 一つ首(ハウンド)は一応下級の魔物に分類され、本来なら群れを成す相手だが、かといって単体だとしてもその機動性に翻弄され、武器が揃っていようが素人では殺されかれない。

 

 そして三つ首になると途端に魔法まで使い出す厄介な魔物でもあった。

 

「たぶん、()()()()()()()この近くで奴らの巣穴になるダンジョンが出来たんだろうな。で半年前までに成長を続けてハウンドが出てくるようになって、そして今日、オルトロスが群れを率いる程度にダンジョンも成長したってとこなんじゃねェかねぇ」

「待て、お前さん()()()と言ったか?そりゃおかしい……あの人食い熊が出たのは二年前だぞ?」

「どこもおかしいところは無いですよ」

 

 クルースはなんてことも無い風に言った。

 

「ダンジョンが複数ある、なんてのは良くある話ですし」

「そやね。うちらが見つけたダンジョンに一つ首(ハウンド)は居らんもん。また別にあるんやろなぁ」

「……なに?つまりあれか?この村はダンジョンに囲まれているってことか?」

 

 そういうこった、とカインズが言うとキイチは顔を真っ青にしていた。

 

 だが、クルースの言うようにこうした現象は実は珍しいことではない。なんせ()()()()()()()()()()()()()()とされている。

 事実、ヤマトでは拠点としていた街の周囲に点在していて、集まった傭兵たちであーだこーだと話し合い、優先順位を定めながら計画を練り、協力して一つずつ攻略したのは記憶に新しい。

 

 酷い時には街の中に出現したダンジョンに遭遇し、行き合わせた鬼の傭兵と共に攻略したこともあった。この程度の状況は慣れた物である。

 

 それよりも気になるのは()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の存在だった。

 2年もあればダンジョンはそれなりに成長しているはずで、今の自警団の人員だけではどうしようもない相手が現れていてもおかしくない。

 だというのに、どういう訳かこの村は自警団だけの活躍で生き残り続けている。それがとても不可解だ。

 

 可能性としては間引き――定期的にダンジョン内の魔物を排除することでダンジョンの成長を遅くする手法――が行われている可能性だが、この山に囲まれた辺境の村でそれが出来る人物が居るとは思えなかった。

 

「てなわけで、さっきからだんまり決め込んでるトラヴィス、そろそろ報告頼める?」

「その言い方はやめろ――お前の方から襲撃の詳細と、()()()()()()()の報告を聞くのが先だ」

 

 トラヴィスの視線はおとなしく本を読んでいるルビーに向けられた。

 

 (そら気付くわな。()()()を知らない傭兵はよっぽどの駆け出しかモグリだ)

 

「んじゃあ、ざっくりと……二つ首(オルトロス)が率いた一つ首(ハウンド)の群れに追われてたそこの嬢ちゃんを助けるついでに村の自警団と連携して防衛。二つ首(オルトロス)は討伐、群れの一つ首(ハウンド)も数体討伐して残りは森の中に逃走した、でいいか?」

「……何が起きたかは分かった、が僕が聞きたいのはそんなことじゃないことはお前もわかっているだろう?」

 

 トラヴィスは真顔でカインズを見た。端整な顔立ちの人物の真顔だ。威圧感が凄まじい。

 しかしカインズは笑って見せた。

 

「わかんねぇなぁ。オレは一人旅してたお嬢ちゃんを助けただけだぜ?()()()()()()()()()()()()()()そこは変わらねェよ」

「……」

 

 トラヴィスは眉間に皺を寄せてカインズを見た。その目は「正気か?」と言外に告げていたが、不敵に笑みを浮かべるカインズに根負けしたのか深く息を吐いた。

 

「まぁ良い、いずれにせよ戦力は欲しいと思っていた。若い少女とはいえ()()()なら問題あるまい」

「……あー、トラヴィス、その時点で察した訳だけどよ、何?メチャクチャ厄介な訳?」

「貴様の言葉で言うなら厄ネタだ」

 

 うげぇ、とカインズが大仰に呻いたものだから、流石にルビーも頭を挙げた。

 

「……何?」

「ああ、いや気に――」

「――ルビー、と言ったな。貴様を戦力として数えるが構わんな?」

 

 カインズが最後まで言う前にトラヴィスが有無を言わせない口調で割り込んだ。

 ルビーが目をぱちくり、とさせてトラヴィスを見た。

 

「……冒険?」

「ダンジョン攻略だ。それも僕らがこれまで遭遇したことの無いケース――」

「わかった、手伝う」

 

 即決だった。

 本を仕舞うと、そのままこっちの話を聞く姿勢になる。

 あまりにも聞き分けが良すぎてカインズとトラヴィスは固まってしまった、が再起動が早かったのはトラヴィスだった。

 

「話が早いな。では説明を」

「――待て待て!ダンジョン攻略ってそんなにまずいのか?」

「ああ、急がなければ手が付けられなくなる」

 

 その言葉にカインズは眉間に皺を寄せた。

 

「……お前が言うならそうなんだろうな……だが嬢ちゃん、本当に良いのか?」

 

 カインズが問うと、ルビーはあっさり頷いた。

 

「手練れの人が初めて見るダンジョン……つまり冒険……!」

「そんな夢のある話じゃねぇと思うんだがなァ」

「……いや、夢のある話ではないが面白い話ではある」

「確かに絵巻物みたいなお話やったなぁ」

 

 カインズの言葉に、トラヴィスは彼にしては珍しく不敵な笑みを浮かべ、そして言葉を引き継いでアズサが答えた。

 

「……なんせ、()()()()()()()()()()()()()()()やし」

 

 カインズとクルース、そしてキイチのマヌケな声が重なり、ルビーは目を輝かせた。




人数が多くなると会話を回すのが大変……なんか描写不足感ガガガ()

・現在のヤマトの状況
 10年前に国を治めてきた朝廷が魔物の手により滅んだことで無政府状態に。生き残りは散り散りになりながらも一部の有力士族たちが残っていた街を要塞化。各地で防衛戦を展開していた。
 魔王討伐により復興の兆しが見えたものの、それ以降に出現したダンジョンの存在により日々滅びと隣り合わせになっている。
 カインズたちはそんな街の一つでダンジョンの攻略や街の防衛、住人の護送を行っていたが……

・ダンジョンの成長について
 ダンジョンは『時間の経過と共に内部の魔物を増やすことで成長する』が、ダンジョンごとに成長速度に差があり、僅か半年で魔物を外に排出する物もあれば、一年経過してなお魔物が出てこないという例も存在する。
 そして『ダンジョン内に魔物が増えることで成長する』以上、逆説的に『ダンジョン内の魔物が減ることで成長を遅くすることも可能』なのである。
 傭兵たちの間ではこれを『間引き』と呼んでおり、数少ない戦力でダンジョンの脅威を抑える手段として用いられている。
 だが、あくまで成長を遅くするだけであり、完全に停止させることは出来ない。



【与太話】
・白米のお話
 現在のヤマトでは手間のかかる白米よりも玄米の方が主食となっている。
 ヤマトへの侵攻が激化する以前は白米が日常的に食べられていて、国の特産品として米が挙げられるほどに有名。

・魔物を使った武器などのお話。
 イメージはモ○ハ○――は流石に言いすぎか(ガンスやスラアク、チャアクなどの可変武器やボウガン系他ギミックを持つ武器の数々を見つつ)
 一世紀ぐらい先になればそれぐらいの技術革新は起きていそうだけどハンターほどの人外がウヨウヨはしてないはず……いや書いてる内にカインズがその予備軍になってる気がするのは気のせいかな?(震え声)

 実は精肉に関しての描写もネットで調べつつ考えて書いていたけど「あれ?自分何を書いているんだ?(お目目ぐるぐる)」となって消した次第。話が進まなくなるしね。仕方ないネ!

 ……それはそうと、血抜きは狩ったその場で行うのがベターらしいんだけど、今作では魔物の襲撃を危険視して回収後に行っています。
 あと医療技術のことを考えると感染症関係の問題とか出てくるのでどうなのよそれ?とは思ったものの、そっちまで考えていくと話がまとめられなくなりそうなのでスルーすることになるかと思います。

 一応、ある人物の尽力(設定上)もあって、ある程度医療技術は発展しているんですが、それを一般化する以前に資源の確保や流通の問題が立ち塞がっているんですよね……


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傭兵たちの始まり、その4

長くなりすぎたので分割します。

おかしい、今回でダンジョンがどんな状態か説明まで終わらせるつもりだったのに……グヌヌヌヌ


 翌日、アインはカインズたちに誘われて、トラヴィスの先導の下、ルビーとカインズと共に山登りをしていた。

 

 クルースとアズサは留守番である。

 そして本当なら昨晩話を聞いていたキイチにも着いて来て欲しかったのだが、彼は辞退した上でアインを指名したのだと、トラヴィスは言った。

 

 ――儂は余所者だからな。ことと次第によってはお前の証言の方が信用を得られるだろう。

 

 そう言っていたが、村人達に彼を迫害するつもりは一切無く。むしろ自警団の若い衆はアインも含め頼りにしているのだが、あの人はそこらへんをもっとよく理解してほしい。

 

閑話休題。

 

 アインたちは山林を登っている。トラヴィスを先頭に、ルビー、カインズ、最後尾にアインという順番だった。

 アインにとって山は庭のような物。魔物の姿すら目にしていなかった小さい頃は、この辺りで歳の近い奴らと駆け回ったものである。

 そして自分の前を行くカインズは昨日とは違い鎧を着けず、軽装で背に皮のベルトで留めた大剣を負ぶっての登山だった。鎧姿だと鎧同士が擦れ合ってうるさくなるのを嫌ったらしいがそれなら大剣も置いてくるべきじゃないかな、と思いつつ黙っておくことにした。

 少なくとも、この人は自分よりも遥かに強い。道案内をするために先頭を行くトラヴィスも止めていなかったのでそれに倣った形だった。

 

 そして、ハウンドの群れから助けることとなった少女、ルビー。

 彼女もまた同行すると聞いて、アインはドキマギすることになった。

 

(ああもう、なんであんな話をするんすかね!)

 

 自警団の面々を思い出しつつ、アインは毒づいたのだった。

 ――時は前日、魔物の解体作業が終わった後まで遡る。

 

◇◇◇

 

「あ、えっと、ルビーちゃんだったね。うちに泊まっていかないかい?ごちそうするよ?」

 

 その誘いが、全ての始まりだった。

 声を掛けたのは村の中でアインに最も年齢の近い二つ年上の青年アジス。

 自警団の中でもキイチに次ぐ弓の使い手として活躍する青年であった。

 アインとしては自宅に傭兵さん共々泊めることも考えたのだが、流石に人数が多すぎて寝る場所が足りないのを思い出し断念していたので渡りに船であった。

 

 ――実は青年が両親から「嫁の姿が見てェなぁ」と圧力を掛けられていたことなどアインは露ほども知らなかったのである。

 

 で、肝心のルビーが答えようとして、しかし待ったを掛けた者がいた。

 

「あいや待たれィ!ルビーちゃんは我が家に招待しようじゃないか!」

 

 それはアインより10年上の少し小柄な青年ドゥルヴァだった。

 自警団ではアインと共に盾と棍棒を手に突撃していく前衛組に所属し、アインの父が不在な今、一番に突撃していく勇士であった。

 ――実はキイチの一人娘であるクズハに片思いをしていたのだが四年前に玉砕、子供まで生まれると聞いて傷心に浸っていたところで現れたのがルビーだったのである。これはもう猛アピールするしかねぇ!という暴走をしているのであった。

 

 そんなことを知らないアインは、なんで彼が名乗り出たのか分からず「ん?」と首を傾げた。

 

「いや待てよ、抜け駆けすんな!」

 

 続けてそう怒鳴ったのはアインの三つ下の少年トルリースだ。

 今年成人を迎えて自警団に入った新入りでアイン同様前衛組であり短気で喧嘩っ早いのが玉に瑕だが、アインを兄のように慕ってくれていた。

 ――なお、ルビーに一目惚れしてしまっているのだがそんなことアインが知る由もなし。

 

 アインとこの三人、そして今は村を出ている村長の息子というのが、キイチの手伝いをしている村の若い衆という奴であった。

 

「ちょっと、みんな何を揉めてるんすか!?ル――」

「アインはすっこんでるがよろしい!」

「そうだそうだ色男!」

「兄貴のバーカバーカ!」

「なんで俺罵倒されてるんス!?いや、ホントにどうしちゃったんスか!?」

 

 理不尽な罵倒に何がなんだか、という様子でうろたえるアイン。なおその場にはなんで「揉めてるの?」と首を傾げているルビーに「何騒いでんだろな~」と野次馬根性を発揮してニマニマと眺めているカインズ(先ほどまで解体作業をしていたため鎧は脱いでいる)と「何やってんですかね」とカインズを含めて呆れの表情で推移を見守っているクルース、そして我関せずとばかりに片付けを進めているキイチも居るのだが直接止めてくれる人は誰一人としていない。

 

 いや助けて欲しいんですけども。

 結局誰も止めないので三人はヒートアップ。

 

「そもそもアインとこは既に可愛い子を泊めてるじゃないか!それに飽き足らずルビーちゃんまで独占するつもりか!」

「「そうだそうだ!」」

「何言ってんすかマジで」

 

 呆れたように言うアインにむしろ三人は驚きの表情を浮かべ、ひそひそと話し始めた。

 

「待て、あの反応はまさか、アインの野郎、自覚なしか?」

「あの丸っこい耳の女の子、結構可愛かったよな。見慣れない恰好だったけど」

「ああ、そしてあの活発でありながら物腰柔らかさも併せ持つあり方は実に素晴らしい……あと4~5年もすればそれはそれは――」

「お前さんわかってるなぁ、ウチの娘、絶対その頃すっごい美人になってるよな?」

「全く以って将来有望――お父さん!娘さんを下さい!」

「娘から紹介されるほどの男になってから出直して来やがれ」

 

 ドゥルヴァが膝から崩れ落ちた。

 

「ドゥルヴァの奴、無茶しやがって……それよりもアインの奴、それほど魅力的な女の子を一晩泊めて置いて何も感じなかったってのか?」

「ま、まさか兄貴は女に興味が無いのか!?」

「な、なんてこった……アインの奴オレたちのケツを狙って――」

 

「全部聞こえてるッスよ~。あと傭兵さんは自然に混ざってんじゃないッス」

 

 アインはジト目で三(バカ)カインズ(親バカ)を見た。カインズがとぼけた様子で口笛を吹く。この野郎……。

 それはそれとして、そもそもなんでそんな話になるのかがわからない。

 アインもそういうのがわからない訳ではないけどやはり相手の意思を尊重したいと思うのだ。

 

 とりあえず「そんながっついたら女の子が怖がって逃げるんじゃ無いッスかね?」と言ってみたのだが。

 

「けど兄貴、この村じゃ女の子との出会いなんて全く望めないじゃんか」

「俺なんてもう20も過ぎちまってるからよぉ、『孫の顔が見たい』ってお袋からの催促がやべぇんだよぉ」

「……私など、もう二年もしたら30だ……う、うぅぅぅっ」

 

 そんなことを言って崩れ落ちる三(バカ)。自分より年下のトルリースは別として、アジスとドゥルヴァさんは切実だった。

 やれやれ、母さんに今度聞いてみるか、と首を振っているとカインズがアインの肩に手を置いてこんなことを言い出した。

 

「そういやぁルビー、お前さんコイツのことどう思ったよ?」

「……?」

「いや、傭兵さん何を言い出すッスか」

 

 アインが抗議するのも無視して、カインズは続けた。

 

「ほれ、今朝の戦いだ。あん時のコイツの働きはお前さんも見てただろ?あれを見て、なんか無ェか?」

 

 あれ、と聞いて思い浮かぶのは自警団への指示出しのことだったが、アインは特にすごいことしているとは思っていなかった。

 

「いや、あんなのどうってこと……」

「そんなこと、ない」

 

 だから、ルビーがはっきりとそう言ったことに目を丸くすることになった。

 

「すごかった。指揮の才能、ある」

「だよなぁ?少なくとも自警団の中で一番冷静に状況を見極めてたのはコイツだった。キイチのおっさんなんて二つ首(オルトロス)を見てうろたえてたし」

「うっさいわい!」

「えっ、あっ、えっと……」

 

 照れつつも、しかしどこか納得がいかない。

 魔物の群れを撃退したのは傭兵さんたちと自分を含む自警団の皆だ。称賛は皆が受けるべきものであって自分だけ褒められるのは何かが違う。

 それに自分は臆病者だ。臆病だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが――

 

「自信、持って良いよ?」

 

 ルビーがまっすぐこっちを見た。金色の瞳に吸い込まれそうな、そんな感覚をアインは覚えた。

 こんな綺麗な女の子にそう言ってもらえるのなら、少しはうぬぼれても――

 

「「「アイン(兄貴)、羨ましいぞコラァ!」」」

「うわわわわわっ!?」

 

 その後アインを現実に引き戻した三(バカ)に追い掛け回される羽目になり、戻ってきた頃にはルビーはキイチの家で傭兵さんご一行共々お世話になることで決まっていたのだった。

 

 ――三バカがまた文句を付けようとしたが、キイチさんが一睨みしたらすごすごと帰っていった。さすがキイチのおっちゃんである。

 

◇◇◇

 

 と、こんなことがあったのだ。

 綺麗な女の子に邪気の無い称賛を受けて平静でいられない程度にはアインも男だったのである。

 それで柄にも無くカッコイイところ見せてやる!ついでにルビーに手を貸してあげたり……なんてことを思っていたのだが。

 

『祖竜よ、我らに翼無く、しかして我らに足ありて、我が足に汝が翼の軽やかさを授け給え――紅龍の翼』

 

 魔法による補助でルビーは二人以上に軽々と山を登っていたのだった。

 魔法、ずるい。でもかっこいい。

 

「……良いなぁ、俺も魔法を使ってみたい」

「それに関しちゃ同意するが、お前さんそもそも文字の読み書きできんのか?」

 

 カインズの言葉に、アインは首を振った。

 サンパ村は山に囲まれた僻地にある村で、物品も基本的に物々交換で賄うような村だ。結果、文字を学ぶ機会自体が無かったのである。

 

「出来無いッスね。傭兵さんは?」

「オレは一応文字の読み書きは出来ッけど古文書とにらめっこするのは性に合わなくてな」

「あ、なるほど。でも傭兵さんは魔法を使えなくても歴戦の猛者、みたいなかっこよさがあったっすよ」

「はっはっは!歴戦の猛者を名乗るにゃオレはまだまだだ。オレより強い奴なんざ探せば幾らでも見つかるだろうよ。上には上がいるもんだ。ほれ、前を行ってるトラヴィスを見てみろよ」

 

 そう言われて、アインは黒を基調とした装束に身を包むエルフの青年、トラヴィスに目を向けた。

 人間業とは思えない身のこなしだった。

 そこそこ傾斜のある山肌を、木々の枝や石などを足場として駆使し、跳ぶ様にして音も無く登っていく。

 あれで魔法も無しだと言うのだから末恐ろしい物があった。

 

「……トラヴィスさんって何者なんスか?魔法なしでルビーさんより早いとか」

 

 カインズはあっけらかんとした様で言った。

 

「ま、人間血反吐吐いてガンバりゃアレくらい出来るようになるってこったな」

 

 あっはっは、と笑いながらカインズは先に進んでいく。

 その後姿を見て、アインは独り言ちた。

 

「……そういえば傭兵さん、魔法なしで鎧着て大剣背負ったまま、あの柵を飛び越えてたッスね」

 

 あんな重い物を身に付けながらそんなことをしてる時点で人間業じゃない。

 傭兵ってあんな化け物揃いなのだろうか、とアインは苦笑いを零しつつ、今回呼ばれた理由に思いを馳せて、カインズに問いかけた。

 

「あの、傭兵さん」

「あ?どうした?ばてたか?」

「いや、そうじゃなくて……その、()()()()()()()()()()()()なんて良くあるもんなんスか?ちょっと今でも信じられてないんスけど」

「魔剣聖剣がこの世に存在しないわけじゃあねぇが、まずお目に掛かれる代物じゃねぇよ。しかもダンジョンが世界各地に見られるようになったのはたった三年前の話だってのにダンジョンに関わる魔剣なんて代物があるなんて信じられるもんじゃあねぇな」

「あぁ、やっぱり……でも、それならなんで信じて着いて行ってるんすか?」

 

 カインズはアインの問いに笑って答えた。

 

「あいつらが仕事においてそんな馬鹿げた嘘を言う奴らじゃあねぇからさ。嘘を吐くなら吐くなりの裏があるか、真実をそのまま告げているかのどちらかってことになるだろ?――まぁ道草食って変なモン食べた可能性も捨て切れねェけど

「聞こえてるぞたわけ!」

「聞こえてるんすか今の!?」

 

 本当の小声でカインズは言っていたのだが先で待っているトラヴィスが耳ざとく反論したことにアインは本当に驚いた。

 やっぱり長い耳だから耳も良いのか?なんてアインは思ったが、残念ながらエルフの聴力は人間の聴力と大差ない。

 

 しかめっ面でこちらを見るトラヴィスにカインズは笑って返した。

 

「信じるために着いて行ってるんじゃねェか、そう怒るなよ」

「……僕も何も知らずにお前からそんな話を聞いたらそれを真っ先に疑っただろうよ。なんせ碌に知識が無い癖に山菜に手を出して腹を壊していたからな。あれが致死性の毒草だったらどうなっていたことか」

「ゲッ!トラヴィスその話は良いだろうがよ!それより魔剣だ魔剣!」

 

 真っ赤にして怒鳴るカインズにトラヴィスはやれやれと首を振った。

 しかし、彼らがそこまで言う以上、相当珍しい物なのだろうがアインには物珍しさよりもソレと関わることへの不安がある。

 『未知との遭遇』は恐怖を覚えさせる物。アインも例に漏れずそうした不安を抱いたのである。

 

 だが『未知との遭遇』は何も、恐怖だけをもたらす訳ではないようだ。

 

「早く、早く」

 

 足を止めたトラヴィスをルビーが急かした。

 思えば村を出発する時から表情こそあまり変わらないが楽しげにしていた気がする。

 だが、トラヴィスは淡々と告げた。

 

「ここから先は少ないとはいえ魔物が出てくる。警戒はしておけ」

「わかった」

 

 ルビーは素直に頷いて、しかしどこかそわそわとしていた。

 まるで待てをされた子犬のようだった。よほど楽しみなのだろう、とアインは思った。

 

「んじゃ、トラヴィス、頼む」

「ああ」

 

 短く答えて、トラヴィスはまた前に進んでいく。先ほどよりその進みは遅いが音が全くしていない。

 それに倣ってルビーは魔法を解いてゆっくりと歩き、カインズも着いて行くが、周囲に視線を向けている。

 アインも緊張を滲ませながら一歩を踏み出した。

 

◇◇◇

 

 道中、魔物を見かけこそしたが、戦闘は一度だけだった。

 

 それはアインも見たことのある人食い熊――より少し小柄な個体が二頭。

 カインズ曰く『篭手熊(アムドベア)』と呼ばれる魔物らしい。足が鉱物で覆われていて、これが篭手に見えることからそう名付けられたらしい。

 これが成長すると体が大きくなり、同時に頭や腹部にも鉱物が広がって鎧を纏っているかのような姿から『甲冑熊(キュイラスベア)』と呼ばれるようになる。

 おそらく二年前に現れたのは出会ったのはこの個体だろう。

 

 また更に成長する個体もいるらしい。

 体が更に大きくなる上、体を覆う鉱物が鋭利な形状へと変化、名前も『暴爪熊(ベルセベア)』と呼ばれ、上級モンスターに分類されるようになる。

 「オレ一人じゃ相打ち覚悟だな」とカインズに言わしめさせるほどの怪物になるそうだ。

 

 そんな解説を受けている間に二頭はトラヴィスが迅速に処理した。

 

 二頭を見かけるや否や腰に帯びていた短剣を引き抜いて投げると、短剣は吸い込まれるように篭手熊(アムドベア)一頭の片目を抉り、音も無く駆け抜けてその速度のまま刺さった短剣を押し込むように蹴りを入れると断末魔の声を上げながら崩れ落ちる。

 もう一頭が反撃しようとトラヴィスに襲い掛かるも、その鉱物に覆われた自慢の巨体をかわして背に飛び乗り首元に手を回して引き抜かれた短剣(スティレット)で一突き、そのまま中をかき回して離脱。

 ダメ押しで短弓に弓を番えて放つと脳天に矢が綺麗に突き立ち、篭手熊(アムドベア)を絶命させていたのだった。

 

 もはや戦闘ですらない。狩り、だとか処理、だとか、そういう言葉が似合う情け容赦の無い洗練された技術。

 

「……本当に人間辞めてません?」

「この手の仕事をするようになって30年は経つ。この程度、嫌でも覚えなければ五体満足で生き残ってはいない」

「……オレに同じことは出来ねェからこっち見ンなアイン」

「瞬殺……!」

 

 

 

 その後は、村の近辺で出没していた小型の魔物なんかを見かけこそしたが、小石を全くの別方向に投げて誘導したりしてうまくかわして進んでいく。

 自警団が捜索していた範囲の外、鬱蒼と葉の茂る山林には日の光が薄く射すのみ。

 

 ――そこでアインは、()()()()()()()()()()()()()()()を理解することになる。

 

「なんすか……これ」

 

 熊に鳥、兎、小鬼、新鮮な物から腐敗している中途の物、中には白骨化した物に加え、今息絶えようと浅く呼吸を繰り返す物まで、そんな濃密な死が、森の木々の間に隠しきれないほどに広がっている。

 

 

 村に魔物が押し寄せてこなかったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それを理解すると同時に胃からこみ上げてきた物をどうにか出さないように口元を抑えて努める。

 

 

 アインは二年間、村の自警団員として魔物と戦ってきた。確かに出現頻度はあの狼が出てくるまでは週に一度あるかどうかだったが自警団で協力すれば村は守れるのだと信じていた。

 

 ――それが違うのだと思い知らされたのだ。

 

 ここにいる魔物すべてが村を目指していた訳では無い、などと楽観的にはなれない。むしろこの亡骸の群れが生きて動いていたとしたら間違いなく村は滅んでいた。

 

 

「……思ってたのと、違う」 

 

 

 ルビーを見た。

 自分がこの有様なのだから、小柄な少女には更に酷な光景だろうと思ってのことだ。

 

 彼女は顔を顰めこそしていたが、だがそこに恐怖は無く、あったのは――落胆の色。

 唖然として目を見開くアインを余所に、トラヴィスが言う。

 

「間違ってなどいない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そもそも夢のある話ではない、と昨日言った筈だが?」

「……面白くない」

「面白いっつってもこれはどちらかといえば怪奇譚の類か、森の中に謎の魔物の変死体!その正体は魔剣の呪い、ってとこか」

 

 

「こりゃ参考にならねぇな、出てきた奴を片っ端から殺すとか出来るかっての」

 

 カインズは「くせぇくせぇ」と顔の前で手を振ると、布を取り出して口元を覆うように結び付けた。

 トラヴィスも同様のことをして、更にルビーとアインに布を差し出してカインズを顎で示す。

 

 同じようにしろ、ということなのだろうか?ルビーは素直に受け取ってそのまま結び、アインも遅れてマネをすると、トラヴィスは再び先導を始めた。

 

 カインズは油断無く――しかし先ほどよりはリラックスした風に登って行き、ルビーも表情を変えることなく登っていく。

 アインはこの光景を見ても大きな動揺を見せない三人が怖かった。

 トラヴィスとルビーは死体を避けつつ、カインズは死体を蹴飛ばしてまでして進んでいく。

 これが、傭兵。これが自分たちなんかよりも魔物を倒してきた人の姿。

 

 

 普通じゃな――

 

 

 アインは両手で勢いよく頬を張った。

 

(しっかりしろッ!この人達は村を助ける手助けをしてくれてるんだ。そんな人達を怖がるなんて以ての外!むしろ今は頼もしいじゃないっすか!)

 

 ギリッと奥歯を噛み締めて弱気な心を蹴り飛ばす。

 なぜ自分がここに居るのかを思い出せ。

 

(自分はこの先で起きていることの証人にならなきゃいけない)

 

「ど、どうしたんだアイン?いきなり頬を張ったりして」

「大丈夫ッス!早く行きましょう!」

「お、おう……どうしたんだアイツ?

 

 トラヴィスに置いていかれないように、とアインはズンズンと突き進んで行く。

 

 ――間違って腐敗した魔物の死体を踏み潰して悲鳴を挙げることになったのだが、それは余談だろう。

 

 

 しばらく森の中を歩いていくと一つの洞の前に辿り着いた。

 文字通りの死屍累々。先ほどまであちこちに魔物の亡骸が散らばっていたが、ここではそれが積み重なっていた。

 

 その中央に座すは覗き込むことを戸惑わせる一寸先すら見通せない暗闇を覗かせる(うろ)

 周囲の惨状も相俟ってまるで御伽噺に出てくる死の国への入り口を想起させる。

 

 

 怖気がアインを襲った。

 ()()が死の中心。()()()()()()()()こそが死を森の中に撒き散らしていた元凶だと悟ったからだ。

 

 

 ――アインの視線の先には()()()()()()()()()()()()があった。

 

(なんだ、あれ)

 

 絶対に触れるな、と警鐘が鳴る。

 生存本能がこれ以上近づくなと教えてくる。

 

 あれは、ダメな物だ。

 

「う……あ……」

 

 あの剣こそが死の坩堝を産んでいるのだと本能で理解できた。

 大声を挙げて逃げ出してしまえと本能が訴えかけてくるが、実際に口から漏れ出たのは掠れた声だけ、逃げようにも足が震えて言うことを利かない。

 正直、ちびりそうだ。

 

 たかが剣一本に情けないなどと言わないで欲しい。目の前にあるのは自分の生殺与奪を握る()()()()()()()()()()()だ。

 

 だから、誰かに助けを求めようとして――小さく震える紅髪を見た。

 

 ルビーの姿を見たのは偶然だった。

 先ほどの普通じゃないと考えそうになった少女までもが震えている。とすればこれはよほどの事態なのだと理性が告げていて、本能はすぐに逃げろと叫び続けていた。

 

 ――そんなことは関係なかった

 

 アインの頭から雑念が全て消し飛んだ。

 恐怖で震えている少女の手を握るのに、そもそも理性も本能も不要だった。

 

「ルビーちゃん、しっかり!」

「――え……あ……」

 

 手を握られた上で声を掛けられたことでルビーはアインを見上げた。

 瞳が震えている。危うく魅入られるところだったのかもしれない。

 

「ルビーちゃん、()()を見たらダメだ。俺も危うく呑まれかけたッス」

「……うん」

 

 ルビーは相変わらず感情を感じさせない声で応じてアインの背中に隠れた

 

「傭兵さん、トラヴィスさん。俺とルビーちゃんはこれ以上()()を見れないんで、背中に隠れさせてほしいっす」

「上出来だぜ、アイン」

 

 カインズはそう言うとアインの前に仁王立ちして二人を自分の背に隠す。

 その時――

 

『よくぞ参られたお客人。この身では出迎えの用意すら儘ならんが、何、安全だけならば保証しよう』

 

 ――美しい女の声が、頭に響いた。




・キイチの立場。
 娘さんと共に10年前のヤマト滅亡寸前に亡命してきた。
 心優しい村人たちに支えられて今の家で暮らすことになり、また娘も今の村長の息子と恋愛の末に結婚をしていて、余所者だなんて考える人は居ないのですが――


・アジス、ドゥルヴァ、トルリース。
 サンパ村の若い衆三人組。この場に居ない村長の息子およびアインと一緒にキイチの手伝いを度々していた。
 年齢はそれぞれ

・アイン:18
・アジス:20
・ドゥルヴァ:28
・トルリース:15
・村長の息子:25

となっている。
 ちなみに名前の由来はロシア数字の1(アジン)、2(ドゥヴァ)、3(トゥリィ)をもじったつもり。


・『篭手熊』『甲冑熊』『暴爪熊』
 モンハン基準で

 『篭手熊』:下位の小型モンスター
 『甲冑熊』:下位最序盤の大型モンスター
 『暴爪熊』:下位中盤の大型モンスター

 みたいなイメージで書いてます。

 この世界の人々もある程度は盛ってるけど、某怪物狩りの皆様に比べて劣っているので必然的に難易度は上がっています。
 モンスターの巨体で突進なんぞされてもひき肉にならずに吹っ飛ばされるだけで済んだり、雷落とされても消し炭にならない怪物狩りの皆さんマジ人外。

 この魔物が纏う鉱物は鉄に性質が近いため、良質な武器や鎧の素材に出来ますが、一体から取れる量は成長するほど増えると同時に討伐難易度も上がる仕様。


・余談:
 当初の予定では『暴爪熊』三頭に追いかけられるけど、妖刀ちゃんの領域に足を踏み込んだことで三頭ともぶっ倒れてより異常をより強調する展開も考えてたんですけど余分に長くなるだけだなと思い辞めました。

……そもそも道中のやり取りって必要?とか言ってはいけない。
後になってから「これ、道中のやり取り省略して妖刀ちゃんと出会ったとこから書いたほうが良かったんじゃね?」なんて思って発狂したのが前話の投稿日だったけど、書き直すとトラヴィスの容赦ない対魔物処理技能とかアインの主人公ムーヴとか色々とおいしい場面が削れて個人的に勿体無い感あって書き直さなかったという裏話があります。

 ……話進まないけどキャラ動かすの楽しいからこうなっちゃうんですよね。なので序章の話数が確実に伸びます()


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傭兵たちの始まり、その5

 暑さにやられて気が付けば一ヶ月を越えていた…ひぇぇぇ!

 結局妖刀との対話はダイジェスト化&留守番組のお話省略……これはもう自爆しかありますまい!(陳宮並感)

 ……はい、すみません。ふざけすぎました。
 今後もこんな感じで亀更新が続くかと思います。本当にすみません。

 それと日数計算が合わなくなったんで一話に書いてた日数を加算する予定。



 ――すまんな(わっぱ)ども。妾とて好きで死を振り撒いているわけではない。しかし、これだけが()()()()()()()()()()()()()()最善にして最悪の方策であることは、理解してほしい。

 

 ――これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。特にダンジョンの魔物は死への恐怖を知らぬからな、やるだけやってみたが二年はもたせたぞ。

 

 ――左様、妾の主は二年前におぬしの村で世話になった流れ者の刀鍛冶じゃ。妾も共におったが、そこな(わっぱ)は思い出せぬのも無理は無い。

 この二年、雨風をしのぐことも敵わぬがゆえ、刀身にはツタが絡まり錆が浮き、苔まで生えおったでな。

 

 ――なぜ、と聞くとは無粋な。妾も主も何も無しにこのようなことはせぬ。

 

 ――察しの悪い奴め……わからぬか?汝らは我が主にやすらぎのひと時を与えたのだ。

 それこそ、厄介事を嫌う主が魔物退治に手を貸し、武具や鐘を拵えるのを快く引き受けるほどに、だ。

 

 ――だが、魔物退治だけではこの村は救えない、というのは妾も主もわかっておった……だから妾が残った。あの長閑で、人に安らぎを与える暖かな村を守るために、の。

 

 ――さて、ここからが本題じゃ。これまで頑張って来たが、妾の足止めもあと一月もすれば消え失せる。

 我が呪で以って押さえ込んでいた魔物が溢れ出でて、汝の村を滅ぼすのは目に見えるであろう?

 

 ――(わっぱ)よ、村の者達に伝えて欲しい。

 命を粗末にするのではなく、皆で生きて逃げ延びる道を探すが良い。

 

 ――中を見ることすら敵わぬ妾でも、わかることがある。もはやこのダンジョンは我が呪により蟲毒の洞穴と化した。中に溢れかえる魔物はもはやそこな傭兵や村の民でどうこう出来るなどとは思えん。

 

 ――ゆえに、死んでくれるな。このような物のためにおぬしらが死ぬのを妾と主は望まぬ。生き延びよ。泥をすする覚悟で以って生き延びよ。それが主と妾の願いなのだから

 

 ――……妾のことは捨て置け、ただの刀に情を向けるで無いわ。全く、だから妾も主も見捨てられなんだ。

 

 

 ――っ!行け!魔物が這い出てくるぞ!急ぎ村に戻りこのことを伝えよ!()()()()()()()()()()()()()とな!

 

 

◇◇◇

 

 

「――そんなことがあったんだ」

 

 アインが話を締めるのを、カインズとトラヴィスは集まりから離れた場所から見ていた。

 アインの言葉で集会所に集められた村人たちは困惑していて、アイン自身は不安げにして言葉を待っている。

 

 

 

 ――村の人達への説明を頼めねェか?

 

 そう頼んだのは自分たちだ。

 なぜ、と困惑するアインに、カインズは言った。

 

 ――オレたちは余所者だ。ただ泊めるだけならまだ良いだろうが、村の存亡に関わる話を余所者が言い出して信じるのは余程の阿呆だ。

 

 数日前に旅人がやってきたとしよう。彼らは村人に友好的で、色々な手伝いをしてくれていた。

 だが、そんな人物達が『喋る剣』と村に迫る危機を村人達に訴える。

 

 はたして、その剣の主が二年前に出会った青年であることを。彼らが恩を返すためにダンジョンからあふれ出てくる魔物の群れを屍に変えていたことを。

 ()()が村のために頑張ってくれていたことを、信じてもらえるだろうか。

 

 否、否だ。

 

 誰も信じないことだろう。実際にそれを目にしても事実として受け止められる者もどれだけいることか。

 だが全員をその場所に連れて行くなど現実的ではない。

 何せ先ほど逃げ帰った時も出てきた一部の魔物を追い払いながらの撤退戦となったのだ。犠牲者が出るのは想像に難くない。

 

 ――だからオレ達は証人となってくれる村人が必要だった訳だ。

 

 

「あの鍛冶師のお兄さんが」「でも喋る剣なんて本当にあるのか?」「この村を捨てて逃げろって、そんな……」「他の村や街に全員で移り住めると思うか?」「家畜は置いていくしか」「この村に骨を埋めるつもりでおったのに……」「でも魔物に食われちゃったら骨も残らないよ?」「まさかこの村を捨てて逃げなきゃいけないなんて」

 

 ……思ったよりも話を信じているような声が多いのは気のせいだろうか?

 

「アイン、少しよろしいかな?」

 

 ざわめく村人達の中で、唯一アインに向けて声を上げたのは、白髪の老人だった。

 この村の長閑さがそのまま人になったようなにこやかな好々爺、という風に見える。

 

 ――サンパ村の村長、ローナン・サンパ氏だ。

 彼とはこの村に辿り着いた際に滞在することの断りを入れるために一度顔を合わせていた。

 アイン同様に何かを要求されることもなく、にこやかに迎えられてしまったこともあってみんなで拍子抜けしたのは記憶に新しい。

 

「村長さん、嘘は何一つ――」

「慌てなくても良い。アインが嘘を吐いていないことは皆わかっておるとも」

 

 ローナンの言葉に、村人達も口々に応えた。

 

「兄貴は、嘘が下手だからねぇ」

「ああ、すぐにわかっちまうんだよな」

「そこが可愛らしいのよねぇ……ああ、私がもっと若かったら嫁に行っていたのに」

「お、おいおい冗談はよしてくれよ。お前にゃ俺がいるだろ?ほら、トルリースも見てるじゃねぇか」

「……」

「母ちゃんその沈黙は怖いんだけど!?」

 

 トルリースの一家が家族会議まっしぐらの修羅場を演じ始めてカインズは笑いそうになるのを堪え。

 

「某はアインのことを信用しておる。可愛い弟分の言葉を疑うなどありえぬわ、はっはっはっは!」

「ドゥルヴァ、アンタまたその変な話し方をして!いい加減辞めなさい!」

「……昔やってきた旅人さんのマネが抜けなかったからなぁ……」

 

 ドゥルヴァの一家が何やら揉め出したのを「まぁあの口調は珍しいしなぁ」なんて遠い目をしつつ。

 

「まぁ、アインがそんな嘘を吐くとしたら相応の理由があるはずだしな」

「ええ、昔から素直な子だものね」

「ホント、ホント、むしろ良く騙される側だったな」

「……今回も騙されてないか心配になるわ」

「「「……」」」

 

 一斉に静まり返り、村人達の目がアインに集まる。

 

「な、なんすか?」

「「「「否定、できない……ッ!」」」」

「なんで合わせたっすか!」

「ブハッ!」

 

 アジス一家の言葉に村人達が賛同し、アインが口を尖らせたのを見て堪えきれず吹き出した。

 少々緊張感に欠けているが、しかしとても暖かだ。

 村の者は皆、家族同然。だから家族の言葉を疑わずに信じようとしている。

 

 

「――皆の者、静粛に」

 

 厳かな声が、場を静めた。

 キイチだ。

 キイチには昨夜の時点でトラヴィスから話を聞いている。故に事の重要性を理解しており、その面持ちは固い。

 

「ローナン殿の話がまだ終わっておらん、最後まで聞けぃ」

 

 キイチの言葉で静まり返った村人達に、ローナンもまた固い面持ちで話す。

 

「ありがとうキイチさん。確かに皆の疑念はもっともだ。私たちはアインが嘘を吐いていない事はわかるが、傭兵の皆さんがアインを騙している可能性も大いにありえる」

「そんな……!村長、そんなこと――」

 

 アインが反論しようとしたが、彼は手でその先を制した。

 

「さて、話は変わるが、キイチさん。我々村人達の中でも魔物を倒してきた経験の長いあなたから見て、この村の守りは万全かな?」

 

 キイチは深刻な表情で答えた。

 

「やれることはやっているが限界が近い、というのが現状じゃな」

 

 静まり返った。

 村人達は絶句し、自警団の面々も驚きを顕わにした。

 村人達の中で唯一言葉をそのままに受け入れていたのはローナン氏と、ダンジョンを見てきたアインだけ。そんな中で、キイチは淡々と話を続ける。

 

「まず、この村に攻め込んできておる魔物じゃが、二年前の備えもあってこちらの少ない人数であっても村の中に入れる事無く押し留めることが出来ておった。ただの村人で結成した自警団としてはこれ以上無い大戦果であろうよ」

 

 それに関してはカインズも同意見だ。領主が居らず正式な番兵隊も居ない小さな村で、たったあれだけの人数の自警団が魔物を退けているなどと、外で話そう物なら法螺吹きと呼ばれてしまうだろう。

 それほどまでの大戦果だ。この村の自警団員が兵士として訓練すればそれはそれは頼もしい守りとなったことだろう。

 

 だが、今の彼らはただの村人でしかないのだ。

 

「昨日、魔物の群れを迎え撃ったことは周知したが、その中に群れを統率する二つ首の巨大な狼が出て来ておった。昨日はそこの傭兵たちの助けを借りて孤立させ、そこを村の衆で袋叩きにして事なきを得たが、あれが数頭出ようモンなら数人食われるのを覚悟せねばならん。そしてそうならんようにするには、奴らの城を攻め落とす以外の手立ては無いが……それも厳しい」

 

 キイチはダンジョンの攻略をして、「城攻め」と称し、話を進めた。

 

「古代の高名な軍師は城攻めを『下策で最も避けるべき』としている。何せ消耗があまりにも激しいからな」

「相手の城を攻めるのが下策って、なんでそんな風に言われてるんだ?城を落とせば勝ちも同然だろ?」

 

 そう問うトルリースに何人かの村人が賛同したが、キイチは溜め息を零した。

 ――この村ではそうした教育はされていなかったのだろうと容易に察せられる問いでもあった。

 

「トルリース、この村を城と考えよ。そして魔物たちは城に攻め込んでくる兵だ。儂らはそのための備えをしているな?」

「あの防柵とか鳴子だろ?でもそれが――」

「――ダンジョンの中にそんな儂らを守ってくれる道具は無い。この意味が分かるな?」

「えっと……?」

 

 尚もピンと来ていない様子のトルリースを見かねてアインが口を挟んだ。

 

「魔物が来たのを教えてくれる鳴子も無ければ、魔物が自分たちに襲い掛かってくるのを防ぐ柵も無い……ってことっすよ。しかもダンジョンの中は魔物どもの庭ッス。そんな中に放り込まれて群れで襲い掛かられたとしたら?」

「う、お、俺一人じゃ無理でも自警団の皆と一緒なら」

「そうッスね。俺もそう思いたいッスよ。でも、ダンジョンは奴らの巣窟。昨日の狼の群れに間を置かずに何度も襲われたら、どうッスか?」

「それは……無理だ」

 

 トルリースはようやく理解したのだろう、青い顔になりながらおとなしく引き下がった。

 

「自警団では人も、武器も足りないが、一番足りないのは魔物とダンジョンへの知識だ。特にダンジョンは現れ始めた三年前から経験を積んでこなければどうしようもあるまい」

「……あの傭兵の方々にはそれがあると?」

 

 ローナンの言葉に、キイチは鼻を鳴らして答えた。

 

「業腹じゃが、少なくとも儂よりは頼りになる。なんせ例の二つ首の狼に関しても知っておった上に腕も立ち、魔法を扱う者もいる。それにここに来る前はヤマトにてダンジョンの攻略に手を貸しておったとか。魔物がいる以上、ダンジョンがあるのは間違いない。彼奴等の言葉が嘘か真かは実際に働きを見せてもらわんことにはわからんが、真であればこれ以上無い助けになろう――儂から言えるのはそこまでじゃ」

「……なるほど」

 

 キイチの言葉にローナンは頷き、そして

 

「さて、確認しよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()殿()の言葉を聞くに、この村を救うためには彼らの手を借りる以外の選択肢は無いと思うのだが、皆はどう思う?」

 

 そのように村人達に問いを投げた。

 

――村人達は皆、言葉は違えど賛同した。

 

◇◇◇

 

「では傭兵の皆様方、事の次第はアインから聞きましたが……あなた方から説明していただけますかな?」

「ああ、わかっている」

 

 そう言って前に出たのはトラヴィスだった。

 

「傭兵のトラヴィスだ。一宿一飯の恩、ということでこの辺りのダンジョンを調査していた。結果、二つのダンジョンを発見、しかし傭兵のみでこれらの攻略は不可能と判断。そこで自警団に協力していただきたい」

 

 村人達はざわめいた。

「ダンジョンが二つもあるのか」「……待て、ゼオさんたちは大丈夫なのか!?」「そういえば何の音沙汰も無い」「まさか――」

 

 助けを呼ぶために村を出た人々の末路を想像して顔を青くする中トラヴィスは冷たく言い放つ。

 

「――まだ話の途中だ。お静かに願いたい」

「傭兵さんそれどころじゃ」

「捜索隊を組んでる時間はない、と言っている――あの刀の言葉が真実なら少なくともこれから一週間で何をするにしても邪魔になる狼共の巣を攻略する必要がある」

「その理由をお尋ねしても?」

 

 ローナンの問いにトラヴィスは頷く。

 

「まず村を守るために件のダンジョンを攻略するにしてもその間の村の防備が足りなくなる。オルトロス――二つ首の狼という群れの統率者が出てきた以上、今後は一つの群れの頭数は増え、襲撃の回数も増える上に行動範囲も広がる可能性が高い。複数の箇所を同時に襲撃されることもあるだろう。だが自警団の人数では対処が遅れ、犠牲者が出るかもしれない。そうなる前にここを叩く」

「勝ち目はあるのですか?」

「幸いなことに狼の巣はオルトロスが出てきたばかりだ。大仕事になるが、自警団の協力さえあれば一週間での攻略は可能と見ている」

「危険は無いのか?もしかしてダンジョンの中に入ったりは……」

「もちろん自警団にも魔物退治をしてもらうが素人を慣れさせるだけの時間は無い以上、直接ダンジョンの中に入るのは我々傭兵だけだ」

 

 トラヴィスの言葉に対する村人の反応は多くは安堵し、不満げにする者が少数とで別れた。 

 「あわよくばダンジョン制覇の名誉が得られるかも」と考えたのだろうか?

 昨日発破を掛けてしまったドゥルヴァを中心に自警団員に多く見受けられる。

 

 確かにカインズは彼らを見て「兵士顔負け」と言ったが、それはあくまで連携での話であって、個々人の実力は素人よりマシ程度。生まれたばかりのダンジョンならともかく、成長しているダンジョンの踏破は無理だ。

 

(口は災いの元、だったか?)

 

 ヤマトに伝わる戒めの言葉を思い出しつつ、カインズはやれやれと頭を掻く。

 なにせこの説明もまだ前半分が終わったばかり。重要なのはここからだ。

 

「問題はもう一つのダンジョン……おそらく2年半以上放置されていたであろう人食い熊の巣だ」

「……問題?何が問題なんだ?」

 

 ざわめく村人達に対し、トラヴィスは端的に答えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。どうあがいても犠牲者が出るのは想像に容易い」

 

 ざわめきがより大きくなった。

 ダンジョンが攻略できない、ということは放置するということ、そして放置したダンジョンから魔物が出てくるのは自明の理。

 

 つまりこの村は助からないという通告だ。

 

 実際問題、二年近く放置されたダンジョンの攻略はもっと大人数でダンジョン内の魔物を間引きつつ長い時間を掛けて行う長期戦である。

 しかもダンジョンの最奥に待ち構える魔物の変異種、通称『番人』は年月に応じて力を付ける存在。二年も放置されている番人相手なら装備を整えた精鋭が少なくとも10人は欲しい

 

 それに対してこちらの戦力は傭兵五人と自警団十数人。しかも自警団側の武器は木製の物が多い。

 

 キイチが言っていた通りに人も、武器も、練度も足りないが、カインズはそこに時間を付け加える。

 もしも(IF)なんてのを想像するだけ無駄だが、もしも二年前にこの村に来ていたのが自分たちだったなら()()()()()()()()()()()()自警団を鍛えてダンジョン攻略も経験させて自衛できるように備えさせるくらいは出来ていたかもしれない。

 

 ――全く以って無駄な思考だ。二年前、自分たちが助けた命を見捨てられる訳が無い。

 

「悪いがオレたちは英雄じゃなくて傭兵でな。犠牲を許容してまでダンジョンを攻略しようなんざ思っちゃいねェ。やれることしかできねぇのさ」

「提案できるのは障害となる狼の巣を踏破してから貴様らを他の街へと避難させることぐらいだ。もちろん、その護衛も我々が引き受けよう。カインズ、地図はあるか?」

「おう」

 

 カインズは懐から取り出した布地をトラヴィスに放る。

 それは三年前――ある地獄を乗り越えた後に旅の選別として()()()()()()ルミナス王国およびその周辺諸国の地図だった。

 

 トラヴィスはそれを広げて説明を始める。

 

「――この村の大体の位置から考えても南下してこの街に向かうのが最善だ」

「最寄の村や街では無いようですが?」

「この街に伝がある。話によると一年ほど前、かの英雄オプティマス卿が領主に任命され開拓をしているとか、彼のお方の領なら貴様らの受け入れを拒否することも無いだろう」

「オプティマス卿が!?」

 

 ――ロランド・オプティマス卿。

 ルミナス王国が有するルミナス聖騎士団、第三師団を率いる団長にして三年前の魔王討伐戦役において活躍した傭兵と騎士団の混成遊撃部隊『ヴォロンタ』を指揮した名将。

 その名声は国内のみならず国外にまで響く英雄の一人である。

 とはいえ幼少の頃より病弱であったため、今は戦線を退き、戦後による混乱の中にある国領の一部を与えられ、領主としてその辣腕を振るっているとか。

 

 その名声にあやかる形で説得するつもりだったので知っていてもらえて大助かりである。

 なんせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(まぁ、()()()がこの人達に酷い扱いをするとは思って無ェけど)

 

「ああ、あの方は難民の受け入れにも積極的と聞いている。きっとあなた方のことも受け入れてくださるはずだ」

 

 トラヴィスの言葉に村人達は口々に話し始めた。

 

「オプティマス卿は先代の頃から素晴らしい為政者だって話だぜ?」「おお!それなら安心できる」「でもこの村を捨てるのか?」「でも命には代えられないだろ?」「じゃが住み心地はどうかのう?」「それは……まぁ領主に仕える、なんてことここ数十年無かったからな」「それに為政者が素晴らしいからと言って、元居た人達が余所者の儂らをすんなり受け入れてくれるともかぎらんよな?」「そうだけど仕方ないことなんじゃ」

 

 喧々諤々。村人達は先の不安を語り合う。

 確かに気持ちは分かるが、そんなことを言い始めたら動けなくなる。

 

「最終決定はあなた方に委ねるが、いずれにしろあの狼の巣を潰す必要があることに変わりは無い。自警団にご協力願えるだろうか?」

 

 トラヴィスの問いかけにそのように声を上げたのはドゥルヴァだった

 

「村を守るのは自警団の義務ゆえ、むしろ手を借り受けられるのは有り難きお言葉……しかし、この村を捨てる以外の道は無いのか?援軍を連れて帰ってくる者達を見捨てろと?」

「……僅か一ヶ月の残り時間に圧倒的に不足している戦力、そんな中で不確かな増援を期待して皆殺しにされるのを待つつもりか?」

「時間は一ヶ月とはいえ残されているのだろう?その間に援軍が来たなら協力すれば……」

 

 トラヴィスは呆れたとばかりに大きく、深く、溜め息を零した。

 

「一ヶ月という時間にはダンジョンから離れる時間も含まれている。馬の数が少なく老人の多い現状、その全員を救うとなると馬に荷馬車を引かせ家財道具や老人を乗せての大移動だ。その歩みは遅々となることは想像に容易い。そのような状態で一ヶ月後に出発などしてみろ、雪崩れ込んで来る魔物に追いすがられ皆殺しになるのは確実だ。そうなる前にダンジョンを攻略できるのが最善だが、それが出来ないならば別の守りが万全な場所に逃げ込む他に無い。それとも村諸共――」

「――トラヴィス」

 

 カインズの呼びかけに、トラヴィスは言葉を止めて更に息を吐く。

 

「こちらからの話は終わりだ――行くぞカインズ」

「あいよ。そんじゃ、後はアンタ達で話し合ってくれ。つっても時間が無いから今日中には動きたいんで早めにしてくれると助かる――あ、余り遠くには行かねぇから安心してくれ」

 

 それだけ告げて、二人は集会所を出ることにした。

 集会所を出る間際に、アインから村人達に声を掛けていたのを見て、後は任せた、と胸中で手を合わせて、そのまま視線を切ったのだった。

 

◇◇◇

 

「さて、あとはアインとキイチ次第だろうが、どう転ぶか……貴様はどう見ている?」

「成功3割、失敗7割かねぇ?ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実を言えば、狼の巣を邪魔だと思っていたのはカインズたち傭兵も同じだった。

 そもそもカインズが提案したダンジョン調査をトラヴィスが拒否しなかったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが一番の理由だったのだ。

 この村に到着するまで出くわした魔物を屠ってきたし、助け合えば生き残るだけの技量を彼らは持っているが、機動力と数で攻めてくる一つ首(ハウンド)相手では分が悪く、縄張りを突っ切るというのは現実的ではない。

 しかもそれとは別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし『狼の巣』の攻略には人手が足りず、時間が掛かってしまうのは明白。だからこそ、トラヴィスは村の自警団の協力を欲していたのだ。

 

 だが、隣で軽く笑うカインズは、更に仕事を増やしたのだ。

 

――よし、ついでに村の人達も逃がすとすっか。

 

 本当にお人好しである。

 

「僕らの障害は『狼の巣』だけだというのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。おかげで余計な仕事が増えた」

「協力してもらって見捨てるとか夢見が悪くなるじゃねェか。そう言うお前だってキイチのオッサンの前で言わなくても良いこと喋ってただろ。あれって要するに()()()()()()()()()()()()って意思表示だろ?素直じゃねェなァ」

 

 カインズはそのように言ったが残念ながらそんな考えで言った訳では無い。ダンジョンを見つけた帰りに、嬉しそうにアズサが言ったのだ。

 

 ――ダンジョンの話をしたら、あの人のことや、村の人()も助けなはるんやろなぁ。

 

 そうだろうな、とトラヴィスも理解していたし、自分も巻き込まれるのだろうことも想像に容易かった。何せヤマトで幾度と無く繰り返したことだ。これが初めてではない。

 しかし損得も無い善意を疑うのは人の(さが)。なんらかの損得を建前にしておいた方がまだ信用できるという物である。余所者ということであれば尚更だろう。

 

 そしてカインズという男はそんな当たり前を知らない男ではない。

 

「僕が言わなければお前が言っていただろうよ」

「まぁな。頼れる奴がやってくれるなら任せもするってもんだろ?」

 

 カインズは悪びれずに答えた。

 

「違いない」

 

 トラヴィスは薄く口角を上げた。

 

「貴様の交渉下手さはクルースも呆れていたからな」

「……そ、それはそうとキイチのおっさんに感謝しねぇとな」

 

 話を逸らすカインズを鼻で笑いつつ、トラヴィスもその話に合わせる。

 

「あの様子だとローナン氏も示し合わせてくれていたようだな」

「だなぁ……前からダンジョンのことで相談でもしてたのかね?」

「そこまで僕が知る訳無いだろう?」

 

 「だよなぁ~」とのんきにカインズは言いつつ、空を仰いだ。

 トラヴィスも釣られて空を見る。

 日が中天に差し掛かろうとしている。もうじき昼時だろうか。今頃警戒してあちこち歩き回っているクルースとアズサ、ルビーが腹を空かす頃合かもしれないが、村の人々はそれどころではないだろう。さて、どうしたものか。

 

 そんなことを考えていたら、カインズが笑顔でこんなことを言ったのだった。

 

「ま、結局の所、()()()()()()()って奴だな」

 

 何が言いたいのかは良く分かる。良く分かるが、色々台無しの間違いをしている。

 あっはっはっは、と笑うカインズに、トラヴィスは呆れ顔で言った。

 

「それを言うなら()()()()()()だ、たわけ」

 

 

 

 

 

――自警団もダンジョン攻略に協力します。

 

 その答えを聞いたのは、夕闇迫る黄昏時であった。




【没シーン】

『よくぞ参られたお客人。この身では出迎えの用意すら儘ならんが、何、安全だけならば保証しよう』

 女の声が脳裏に響く。
 ――カインズは背にアインとルビーを庇いながらもいつでも叩き斬れるようにと油断無く洞の前を陣取るように突き立つ刀を見ていた。
 刀身には錆が浮き、柄や鍔には青い苔が生えている。だが、錆こそ浮いてはいたが刀身は欠けている様子も無く、柄の布地もしっかりとしているように見えた。

(ありゃぁ……思ったよりは新しいな)

 傍目から見れば古ぼけた刀に見えるだろうが、実際は抜き身のまま放置され雨風にさらされた結果と見るべきか。
 二年間も放置されればこうなるのは想像に容易かった。

「安全を保障する、ねぇ。オレの後ろに居る二人はお前さんに魅入られそうになってたんだが?」
『……ム?何を大げさな……ってなんじゃこれ!?

 大きな女の声が響くとそのまま静かになる。

「……おい、どうした?」
『し、暫し待たれよ………何がどうしてこうなった!?あ、そこな小童どもは妾を絶対に見るでないぞ!?絶対じゃぞ!?』

 早口で捲し立てる刀の声はあまりにも人間味があって最初に感じていた超常的存在を思わせる貫禄など、霧散してしまっている。
 呆気に取られたカインズは、思わずトラヴィスに呼びかけた。

「……トラヴィス?」
「口には出さない方が良いだろうな。八つ当たりされたら堪った物ではない。気長に待つとしよう」

 そういうことじゃないんだけどなぁ……とジト目を向けたカインズだったが、トラヴィスは我関せずとばかりに傍らにある木に背を預けた。
 仕方ないか、と溜め息を漏らし先ほどからブツブツと脳裏に響いてくる女の声に苦笑いを零して刀を見守ることにしたのであった。


 ――10分経過

ぬぅ……対魔物の呪殺結界が、いつのまに死の苦しみを知らぬ者に死を齎す結界になっておるんじゃ……ということはあの狸娘も……修羅の世だのう


「暇潰し」

 暇だな、と空をぼんやりと見上げていたカインズに、ルビーが腰に付けたポーチから木で出来たカードの束を取り出したので、そのルールをアインに説明しつつ、遊びに興じることにする。
 トラヴィスはその様子を見ていた。


 ――20分経過

……地脈に変化があったのか、この妾としたことが見逃しておったわ

「やった!勝ったッス!」
「カーッ!今回はブタかーッ!」
「むぅ」


 ――30分後

ふ、ふふ、なんという難解な呪じゃ……これを作った奴は天才か?ならばこれを解けるのは天才たる妾だけじゃな!……作ったの妾じゃったわ、てへぺ――』

「勝ち」
「くぅぅ……全然表情が読め無いッス」
「こいつは一本取られたぜ」
「言うほどわかりにくいとは思わんがな。どれ、僕も混ざるとしようか」

『……』


 ――40分後

「そら、僕の勝ちだ」
「あ、あれからほぼほぼ勝ってる……」
「むぅぅぅっ!」
「トラヴィスさん大人気ないッス!」



「――傭兵さん、なんで俺の声真似するんスか」
「悪い悪い騙されると思ってよ」
「……全然似てないッス」

いいもん、いいもん。これが終わったら混ぜてもらうんじゃもんね……グスン


 ――50分後

うぇぇぇん!ずるいぃぃぃ!妾も混ざりたいぃぃぃ
「仲間はずれにして悪かった!ほら一緒に遊ぼう、な?」
駄目なんじゃぁぁぁぁ!まだ解呪出来てないから童らが死んじゃうんじゃよぉぉぉ
「死ぬんすか!?」
「それは、ダメ。カード、お預け」
わぁぁぁぁぁん!

――――

 没理由:長くなりすぎ&妖刀ちゃんに残念属性を付与しようと思ったけどこのあとの展開を考えているうちに「それはどうなの?」となった結果没になりました。
 でもこういう「キャラクターの残念さ」が逆に魅力になると感じるようになったから「こ○すば」ってすげぇな、って思う(マテ)
 なお見た目は刀だからすっごいシュール。

でもその結果が場面スキップとかいう最低な手段になってしまった!ガッテム!


 それとは別に、一話を読んでたならばお察しだと思いますがこの後一日どころか現実だともっと掛かりそうな作業をこのあと魔法抜きでやらせるんで、日数を変更しようかと思っています。
 ……あ、この辺りはあっさりダイジェストにしていわゆる冒頭に戻る的な感じにする予定にしています。


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傭兵たちの始まり、その6

 ――ダンジョンに謎は多いが、この三年の間に研究が為されなかった訳では無い。多大な犠牲こそ生まれているが、ダンジョンを解明しようとする動きは各所で行われてきた。そうでなければ只人である僕たちにダンジョンの攻略なんて出来るものか。

 アイン、何か言いたげだが貴様は黙っていろ。

 

 ――ダンジョン内で魔物が増えるのには周期が存在することが確認されている。

 周期が短いほど数は多いが魔物が弱く、ダンジョンの成長は早い。逆に周期が長いほど数は少ないが魔物が強く、ダンジョンの成長も遅くなるようだ。

 理由は不明。そもそもダンジョン内の魔物がどのようにして増えているのか自体が未だに分かっていないのが現状だ。

 

 ――だが、周期があるのなら、その間に魔物を減らしてしまえばダンジョン内の魔物の総数も減るということになる。大人数でダンジョンに入り、魔物を殲滅する手法はダンジョン攻略法の一つだ。

 

 ――しかし、今回のように人数が少ない場合や、より安全にダンジョンの攻略を行う場合はダンジョン内の魔物を外に引きずり出して誘導し、罠に引きずり込んで迎撃、殲滅するのが一般的だ。

 

 ――自警団の皆には、この罠の設営と迎撃、即ち『間引き』の作業に協力してもらう。

 

 

 自警団が協力を申し出た翌日、彼らは作業を始めた。

 村から少し離れた地点の山林を切り開き、そこを迎撃地点とする。

 

 自警団から「村の柵の前に作らないのか?」という疑問を投げかけたが、トラヴィス曰く「囮役が戦わずに済むならそうしていたが、今回は余りにも人数が足りないのでな、戦闘にもしっかりと参加することを考えると少しでもダンジョンに近い方が良い。ああ、安心しろ、何もダンジョンのすぐ傍に設営する訳では無い」とのこと。

 

 途中で魔物の襲撃を受けながらも協力して迎え撃ちながら作業を進めること二日。

 彼らは村から少し離れた位置に、迎撃するための戦場を作り上げたのである。

 

◇◇◇

 

 木々の切れ間から飛び出してきたカインズとトラヴィスを見て、アズサは身構えた。

 その後ろから獣の臭いがする。狼の魔物たちだ。

 

 こちらに走り込んでくる二人の後ろから木々の間を縫って飛び出して来る二つ首(オルトロス)を筆頭とする狼たち。その数、20頭弱――普段が10頭居るかなので単純に二倍の数だ。

 

 そんな数を一度に戦ったことの無い自警団からどよめきが上がる――が、アズサはむしろ、少ない、と考えていた。

 おそらく『間引き』の経験の無い自警団のためにここに来るまでに削るなり、誘き出す数自体を少なくしたのだろう。普段なら30~40は引き摺りだしている筈だった。

 

「うろたえたらアカン(ダメ)よ!そのために準備したんやさかい(だから)!シャキッとしい(して)!――返事は!?」

『『『お、応ッ!』』』

 

 手元の筒から声が返って来たので、良し、と鼻を鳴らした。

 

「……肝っ玉」

「これぐらいせな着いて行けまへんもん。あの人らばっかり無理するんは嫌や」

 

 ルビーの言葉にアズサはそう返しつつ、近づいてくる三人と魔物の群れを見比べる。

 

(群れを引き付け過ぎたんやね……あのままやと()()()()()()()()()()()()()()()

 

 はぁー、とため息を一つ漏らし、腰に佩いた二刀の柄に手を掛けて立ち上がる。

 目測にしておよそ30m。大体4歩か。

 

「ルビー、自警団への号令頼んます」

「……え?待――」

 

 時間が無いので返事は聞かなかった。

 塹壕から飛び出す。息を吐いてそのまま止め、気を練りこみ、一歩踏み込む――

 

 ――縮地

 ヤマトの伝承において『地を縮めるかのようだ』と謳われたある英雄の活躍を由来とし、再現しようとして生み出された古武術の歩法が一つ。

 流派によって様々な解釈が為されるために「これこそが縮地である」という固定概念が存在しないが、それらを総じて縮地、もしくは縮地法と呼ばれるようになった技術の総称。

 

 アズサが今から行うのもその一種。息を止めて意図的に火事場の馬鹿力を引き出しながら気を練り上げ一歩目に全て注ぎ込むことで行う直線軌道の()()

 

 

 ――師匠に教わったけど、オレじゃ良くて3mの距離を一息で詰めるぐらいが精々だ。しかも一回でスゲェ疲れる。だからアズサは才能があるんだな。

 

 

 そう言って頭を撫でる無骨な掌を覚えている。

 あの人の傍にいて、そして自分にしか出来ないことがあると分かって、どれほど嬉しかったかも覚えている。

 

 当然この跳躍、魔法抜きで人外染みた速度を叩き出す代わりに弱点も多い。

 跳躍である以上、軌道はほぼ直線。その間の回避は不可能。もはや跳躍ではなく長距離の突進と言い換えても良い。

 

 また気を練り上げるのもかなりの集中力を要する。

 そも気とは広義では魔力と呼称される物。それを詠唱という道筋を立てずに練り上げること自体が非常に集中力の要る作業であり、達人でもないアズサにとって非常に神経を使う。

 

 それでも愚直に鍛え上げて来たのはなんのためか?

 そんなもの決まっている。

 

 

 大好きな人達(家族)を助ける。

 

 

 一歩目――ドン、と細足の踏み込みで大きく地面を踏み鳴らし、アズサの体は一瞬にして7m強の距離を飛び越える。

 

 二歩目――更に踏み込む。凄まじい踏み込みにより足の裏から頭の頂点へと伸びてくる衝撃を全て前へと進むためだけに重心を下げ、滑るように使う。

 

 三歩目――耳は突っ切る風で役に立たず、目は開けるだけの余裕も無し。役に立つのは風の中でも役に立つ獣人の嗅覚だけ。

 

 四歩目――二人を追い抜いた。

 

「――ッ!」

 

 そのままの速度で二刀を抜刀、

 

「やぁぁぁぁッ!」

 

 すれ違い様に彼らの背後に迫っていた二頭の首を掻っ捌く。

 

「アズサありがとよ!」

「助かった」

 

 通り過ぎる二人からの言葉はアズサには届いていないし、息を止めているので言葉を返す余裕は無い。再度跳躍。群れの霍乱を図る。

 跳躍しては斬り付け、跳躍しては斬り付ける。

 

 小太刀に塗っておく毒薬を切らしているため獣人(ライカン)とはいえ女の細腕で倒すには急所を狙わなければならないがそこまでの余裕も無く、逃げる分の跳躍は温存しなければならない。

 しかし群れの意識をこちらに向けさせるには十分。意識をこちらに向けさせることが出来たなら、猶予が出来る。

 

 その猶予をクルース、そして塹壕の中から様子を窺っていたルビーが見逃さない。

 

 

『刑罰執行!茨は咎人阻む城壁と成り、転じて檻と化す!【茨の監獄】!』

 

 瞬間、黒い茨がアズサと狼を分断し()()()()()を囲うように繁茂、茨の壁を形成して群れの進軍を阻む。

 更に――

 

『祖よ、地を焼く紅き龍よ。御身の爪を以ってここに楔を打ち立てる――』

 

 ルビーの掲げた二つの杖の先、空中に紅色の結晶体が生み出された。その数、六。

 彼女の名と同じ宝石(ルビー)を思わせるその結晶体は、しかし膨大な熱を放っていることがわかるほどに空気を揺らす。

 

 狙うは()()()()()、ルビーの杖が振り下ろされる。

 

『――穿て【紅龍の爪撃】!』

 

 撃ち出されるは灼熱の結晶。竜の爪が如き一撃は最後尾の狼を叩き潰した上で()()()退()()()()()()

 

 後方に燃え盛る結晶の壁。前方には茨の壁。そして茨の向こうにはヒト(獲物)の気配。

 群れがまだ多い現状、狼たちに逃げるという選択肢は無い。

 

 狼たちは左右に分かれ、壁の無い()()()()()()()()()

 

「――今!」

『ツタを斬れ!』

 

 ルビーがすかさず号令を掛け、アインが大声で指示を飛ばすと、隠れていた自警団員達が斧で周囲の木々に巻き付いていたツタを叩き切る。

 

 

 瞬間、地面が崩れ、大穴が狼の群れを呑み込んだ。

 

 

 落とし穴だ。

 それなりの広さと深さで掘られた穴を広場に隠していた。切り株のように偽装されていたのは、落とし穴の底に立てられた柱である

 狼たちは全て穴の中へと落ちていく。それを見て自警団の面々が飛び出した。

 

「前衛組!手筈通りに這い上がってくる狼を叩き落とすッス!弓組は確実に当てて弱らせるッスよ!一匹も逃がすなッ!」

「おめぇら気合入れろ!二つ首は傭兵さん方がやっから、儂らは狼に二人一組できっちり当たれ、いけいけいけ!」

 

 応ッという威勢の良い声と共に彼らは飛び出し、穴から這い出ようと足掻く狼を一匹一匹確実に穴へと叩き落とし、矢で射抜いていく。手が足りなくなったらすぐにそっちに駆けつけ、叩き落とす。

 

 そんな中、アズサは一足先に塹壕に入っていたカインズとトラヴィスも飛び出して加勢しにいくのとすれ違うように跳躍、塹壕内に転がり込んだ。

 

「――っはぁ!はぁっ、はぁ、げほっげほっ!」

 

 瞬間、アズサは息を吸い、そして盛大に咽た。

 

 アズサの縮地の最大の欠点、それは所謂『火事場の馬鹿力』を引き出すために『息を止める』こと。

 そのため一度使うとこのように息を整える必要が出てくる。歩数を増やせば当然無呼吸の時間が伸びるのだ。

 更に足に本来出せない力を無理矢理引き出した所為でズキズキとした痛みを訴える。

 

――だから使い所はきちんと見極めて使ってくれ。

 

 そう言って頭を撫でる手を、アズサは覚えていた。

 

「今回、は、文句、あらへん、やろ?」

「助かったよアズサ。おかげで逃げ切れた」

 

 クルースは疲れたと言って土壁に凭れ掛かっていた。

 魔力を使いすぎたのだろう、少々顔色が悪い。

 

「クルース、あんさん、無理しはったなぁ」

「数が思ったより多くて、道中で中級魔法を5回も使わなくちゃいけなくてさ……あと一回でも使ったら完全に動けなくなるかも」

「……ほなら、今は休んどき。ふぅ……」

 

 軽く息を整えるとアズサも加勢しようと塹壕から這い上がろうとして

 

「休憩」

 

 ルビーに手を掴まれた。

 

「あ、ちょっとルビーはん!?」

「休憩、護衛」

 

 ルビーからはたったの二言。しかも単語である。

 一応クルースのことを指差しているのでなんとなく「休憩ついでにクルースの護衛もして」と言われている……ような気がする。

 

「そうだね……今回は足手まといになるだろうしもう少し休もう。カインズたちが行ったならすぐに押し込まれることは無いよ」

 

 ぐったりしているクルースもそう言って休憩を促す、がダメだ。

 クルースの言は要するに「今は抑えていられるがいつか押し込まれる」と言っているのと同義だ。

 

「クルース、ダメや。人が少ないさかい、休憩する暇はあらしまへん」

「アズサ、休憩」

「でも苦戦――「休、憩……!」ふぎゅ!」

「ぎょえっ!?」

 

 ルビーに塹壕へと引きずり込まれそのまま塹壕の中に放り込まれた。

 ――なお、クルースが尻に敷かれて呻き声を上げたが無視である。

 

「ちょっ、アンタ乱暴」

「アズサ、休む。残りは、まとめて、やる」

 

 抗議も聞かずに出て行ったルビーを、しかしアズサは追いかけられなかった。

 実のところ、ルビーに引きずり込まれた時点で足が震えてもつれてしまい踏ん張ることができなかったのだ。

 

 鍛錬不足やわぁ……とぐったりとするアズサに、クルースは声を上げた。

 

「アズサ、重ぃ……どいてぇ……しぬぅ」

「……女子(おなご)に重いは禁句やアホォ」

 

 クルース、魔力の使いすぎによる疲労により離脱。

 アズサ、縮地による足の酷使により離脱。

 

◇◇◇

 

 アズサが這い上がるのを辞めてぐったりしているのを見下ろし、ルビーはそっと胸を撫で下ろした。

 あんな超高速移動を魔法無しで行う技術があることには素直に驚いたが、それでも魔法無しでの技術だ、肉体に掛かる負荷は想像するも容易い。

 

 故に止めた。

 確かにこちらの手勢は少ない。自警団は20人ぽっちで自分たち傭兵含めても25名。

 今回引きずりこんだ狼の群れを目視した限りではほぼ同数。

 しかし自警団は連携こそ目を見張る物はあれど個々人の能力は低いと言わざるを得ない。事実、自警団だけで抑え切れずに飛び出した狼をトラヴィスとカインズがきっちりしとめて尻拭いをしているが、あれだけの運動量だ。こちらが劣勢と言って間違いは無く、彼女が無茶をする理由もわかる。

 

 だったら、簡単な話だ。こっちを優勢にしてしまえば良い。

 幸い今日使った魔法はカインズへの身体強化の付与魔法が一回と、先ほど用いた『紅龍の爪』だけだ。一回であれば規模の大きい魔法を使える。

 

 ルビーは背に背負っていた布に包まれた棒状の何かに手を伸ばし、両手で持って天に掲げた。

 

『我らが祖たる紅き龍。かの御方の怒りを恐れよ――』

 

 それは詠唱。彼女達竜人の祖とされる紅き龍を畏れ、崇める一説。

 共に、掲げていた物の布が解け、その姿を晒していく。

 

 それは表面は綺麗に磨きぬかれ、なんらかの加工で光沢すら見える白亜の大杖。

 

 カインズたちは与り知らぬことだが、それは竜人たちの祖たる龍の遺骨より切り出され、加工され作り出された大杖。国は滅ぶも血脈を今も繋ぐウェルシュ王家のみが持つことを許される祖龍の杖。最高峰の魔法触媒である。

 

 

『――かの御方は一吠えで地を焼き天を焦がす――』

 

 彼女が紡ぐは祖龍の力の再現。

 伝承にのみ伝わる怨敵の軍勢を焼き尽くすに留まらなかったという灼熱地獄――その模倣。

 ルビーでは使えても中級魔法(ミドルスペル)相当が限度。軍勢を全て焼き払うなんて逆立ちをしようと無理だ。走り回るこの狼の群れ相手には逃げられる可能性の方が高い。

 

 しかし、こうして大穴の中に囚われたのであれば、話は別だ。

 

『――生者、天地に残ることなく尽くを滅するモノなり――』

 

 大穴ゆえに動き回りはするだろうが、袋のネズミであることは以前変わり無く、そも、炎とは燃え広がる物。余波を大穴全体に波及させることは今の魔力量でも不可能では無い。

 

 大杖の先端部に赤い結晶体が纏わりつき、魔力が収束、紅く光を放つ。

 それにいち早く気付いたトラヴィス(黒い衣を身に纏ったエルフ)が声を上げた。

 

「全員!穴から離れろぉぉぉぉっ!」

『――須らく焼き払え!【紅龍の咆哮】!』

 

 大杖を振り下ろすと同時に、穴の中を劫火が埋め尽くし、複数の狼を纏めて消し飛ばし、余波で狼たちを燃やす。

 その光景は自警団の度肝を抜くには十分だ。

 

「わぁっ!?」

「あちちちちちち!?」

「なんだあれ!?なんだあれ!?」

「う、うぇっ!うげぇっ!」

 

 ついでに生きたまま動物が丸焦げになる様子を見せられ、その臭いを知って気分が悪くなる者も出る始末――

 

「い、今だァァァァァァッ!数が減った今が好機ッス!」

 

 どうにか声を張り上げたアインに続いてカインズとトラヴィスが穴の中に飛び込み、どうにか気を取り直した自警団も続くことで、今回の戦いは犠牲者を出すことなく終わったのであった。

 

 

◇◇◇

 

 土や煤に汚れたトラヴィスとカインズが自警団の前に立つ。

 同じように落とし穴の中に乗り込んで戦っていた自警団たちの多くもまた土や煤にまみれていて、その疲れも一目瞭然であり、中には顔を青くしながらもどうにか立っている者もいた。

 だが、誰一人として欠けていない。

 

「これをもう何回か行う訳だが。今日は全員しっかりと休むように」

「いや本当にお疲れさん。初めてでこれは大戦果だぜ?あー…悪ィけどキイチのおっさんはアズサとクルースを連れてってくれ」

 

 自警団はキイチを先頭に村へと戻り、その後ろをキイチが塹壕の中でぐったりしていた二人を背負って歩いていくのを見送った。

 

 

 自警団にとっては初めての間引きであるにも関わらず犠牲者は無し。何人か爪で引っ搔かれたりして軽傷を負う者はいたが、明日も戦えない、という程の物では無い。

 まぁ、アズサとクルースに初日から無理をさせてしまったのは失敗だったが、でも、誰も死なず、脱落もしなかったなら上々の結果と言って差し支えないだろう。

 

 ただし一つ、今後に響く失敗もあった訳だが。

 

「……ごめん、なさい」

 

 しょんぼりとするルビーにカインズは声を掛けた。

 

「いや、あの魔法で助けられたのはこっちだぜ嬢ちゃん。あのままじゃ劣勢だったしな。何人か肉が食えなくなる奴も出てくるだろうが……」

「……それで明日の策に悩む羽目になってしまっては本末転倒だ」

「「うっ」」

 

 カインズとルビーは二人して顔を反らした。

 カインズまで顔を反らすあたり、色々と心当たりがあるようで何よりだ。やれやれ、と首を振り、トラヴィスは穴を覗いた。

 酷い有様だった。地の底の大半が焼けて真っ黒に煤けており、魔物の燃えカスがあちこちに散らかっている。

 ――そして致命的だったのが、柱が一つ残らず焼けてしまったことだった。

 

 ダンジョンから生まれた動物系の魔物のほとんどは野生の獣よりも狂暴であり、劣勢にならなければ獲物を前に敗走はない。誘導自体は非常に容易い相手で、ヤマトでは一週間続けて対応した実績もある。

 しかし大きな落とし穴を作る以上、表面を覆い偽装する必要があるわけだが、穴を覆う蓋と、狼たちが足場に違和感を覚えない程度にきちんと蓋を支える物が必要だったのだ。

 そのための切り株に偽装した柱だった。

 柱を基点にツタを結び付け穴の上を覆い、周囲の森の木々に括りつけて固定、その上を薄い木の板で覆い、土を盛ってから押し固め、草や葉を乗せて上手に隠す。

 人の目から見れば一目瞭然だが、大抵のダンジョンの魔物相手にはとても効果のある手法。明日以降もこの柱を利用して穴を覆い、使いまわすつもりだったのだ。

 

 だが、ルビーの魔法が柱を跡形も残らず焼いてしまった。直すのも時間を要するのを考えれば明日は修復に宛てなければなるまい。

 

 ――とはいえ助かったのも事実だった。

 

 あの時点でクルースとアズサが戦えず、穴の上という有利を取っていたとはいえ魔物は魔物。その生命力は通常の獣とは桁が違う。彼女が早々に魔法で焼き払っていなければ、少なくとも自警団に犠牲者がでていたかもしれない。

 ゆえにカインズの言うとおり、ルビーの魔法が群れの半数をまとめて蹴散らしたことは間違いではなかった。

 

「で、どうするよトラヴィス」

「今日は撤収だ……夜に作業をするのは自殺行為だ。今夜はしっかり休み、明日の早朝、直す以外あるまい」

 

 トラヴィスが諦めたように溜め息混じりにそう言うと、カインズは途端に明るい顔になった。

 

「よっし、そんじゃあ帰るかぁ。今日の夕飯はなんだと思うよトラヴィス?」

「現金な奴だ……少なくとも狼鍋ではあるまい。キイチも今日ばかりは狼の肉は見たくはあるまい」

「いやいや、狩りを生業にしてたってんなら普通にあるんじゃねぇか?貴族の道楽じゃあるまいし、命を粗末にしないのが狩人としての最低限の礼儀ってもんさ」

「お前は狩人ではないだろうに」

「魔物のお肉、おいしい、よ?」

「それともオレが食ってやろうか?」

「私、もらう」

「いつ食わないと言った」

 

 三者三様に好き勝手に話ながら村に戻っていく。

 ――夕飯は狼鍋だった。傭兵達で肉の取り合いになったのは余談でしかないだろう。




Tips
・「気」について
 突然出てきて困惑されたかと思います。
 以前に活動報告の世界観でも変更しましたが、要するに魔力(いわゆるMP)の別称の一つです。

・縮地などの「気(魔力)」を併用する技術。
 正直、上記含めて入れるかどうか割りと本気で悩んだモノ。
 キャラの性能的な差別化をするために導入、作者個人の偏見により一部のキャラに適用する予定(本来は挌闘家に使わせたかった……)

 ざっくり言えば様々な創作物(主にライトノベル)に出てくる「魔力放出」や「気」の劣化版。
 ……結果的にマジカル八極拳化してるのは許して……許して(土下座)

 魔法による強化との差異としては
・通常は無意識に魔力で自分を守っているのでこれを使う=魔力を消耗して守りを弱めてしまうことに繋がる。
・魔法は魔力の消耗による疲労が発生するが、こちらは更に肉体への負荷が掛かるのが基本。負荷は強化幅が大きければ大きいほど大きくなる。
・魔法による強化と比べると瞬間的な身体強化による動作の補強に特化しており即効性で勝るが持続性と安全性では逆立ちしても敵わない。
・秘伝書を読み解くための難解な知識が不要だが精神的、肉体的な苦行と呼べる鍛錬が不可欠。
・また、詠唱という「魔力に形を与える行為」が無くなっているためその制御は達人であっても苦労する。
・ビームとか光弾とか飛ぶ斬撃とか物質の強化とか物質の形成などなどは魔法の専売特許。魔法よりも下と思ってください。


個人的には「持ってて損は無いが習熟できるかは別問題」「正直素養があるなら魔法を覚えた方が良い」ぐらいの感覚。

今回の場合は俊敏性を武器とするトラヴィスとアズサの差別化が狙い
・小回りは利かないが短距離を最短最速で跳ぶ短期戦を得意とするアズサ
・無駄が無く、地形に合わせて音も無く素早く移動し死角から強襲するトラヴィス。

 短距離走が得意か障害物競走が得意かみたいな感覚ですが、やりすぎじゃないかと言われればちょっと考え直さないとなぁ。
 ちなみに『誰にどのような技術を使わせるか』は完全にこちらの独断と偏見で行いますのでそこは

・mの表記
 長さの単位を別途用意するだけの余力は無かったでござる(無念)

・落とし穴
 幅30m深さ2mから3m程の大きな穴を掘り、カインズ達誘導組が歩く足場と支柱代わりに切り株に偽装した丸太をしっかりと作ってからハリボテの板を重ね合わせて複数の縄で繋ぎ合わせて固定した上に土や雑草で覆って隠した物。
 後ろと前を塞がれ、左右にしか道が無い状況を作り出し、巧く分散したところで縄を切って足場を崩しつつ、自警団は左右から囲んで穴の中に押し返しながら一頭ずつ仕留めるのが今回の作戦。

 作業の容易さだけでいえば小さな落とし穴を複数作るほうが労力は少なく、落ちた狼たちが這い上がってくるまでの間に落ちなかった狼を殲滅できるのであればそちらの方が上策であることに疑いの余地は無い。

 だが、今回の間引きでは撃ち漏らしを絶対に出してはならない。魔物とて生き物。知能が低いからと言って学習しない訳では無い。
 ゆえに群れを全て穴の中に陥れ、確実に殲滅しなければならなかったのだ。

・ルビーの魔法。
 大元はキャラ設定の投稿の際に記載されていた台詞の中にある魔法に合わせて『紅龍の○○』としています。
 ……滅竜魔法を連想させるけどワイは好き。詠唱の内容は祖たる龍を崇め恐れ敬うといった面を自分なりに意識していますが如何でしょう?


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傭兵たちの始まり、その7

 そろそろ事態をある程度動かさねぇとなぁ……


「あぁぁぁぁぁぁっ! 離せ! 離せクソ狼!」

「トルリース!」

 

 ドゥルヴァがトルリースの足に噛り付いた一つ首(ハウンド)の首に斧を全力で叩き込んで骨を圧し折り大慌てで引き摺って戻ろうとしたが、それを黙って見守ってくれるほど魔物は優しくはない。

 隙だらけの二人を狙って一つ首(ハウンド)が飛び掛かる──

 

「アジス! アイン!」

 

 ドゥルヴァの声に応じて飛び出したアインが狼の横っ面を盾で殴って怯ませ、アジスが矢を射掛けるとすぐさまドゥルヴァが肩にトルリースを抱え挙げる。傷口は酷いが、早く処置すれば助かる傷だ

 そうして顔を青くしながら三人は、全員が全員、叫んで走り出した。

 

「「「走れェェェェェェェェェェッ!」」」

 

 一目散に逃げ出した三人の後ろから、多くの一つ首(ハウンド)が追いかけてきた。

 

 

 

 ──想定外の襲撃だった。

 

 そもそも今日は前回の間引きで無くなった柱を立てて、再度蓋をする作業をする予定であり、一つ首(ハウンド)の群れが襲い掛かって来たのはその最中。

 前回の間引き以前にも襲撃はあり、普段どおりであれば撃退していたが、数が問題だった。

 

 

 ──一つ首(ハウンド)! 目測だけでも40頭! 全員村に戻れッ! 

 

 

 ダンジョンの方向を監視していたトラヴィスの報告だ。

 最初は現実味の無い数に自警団員は首を傾げ、しかしそのままカインズが呆然とするアインの尻を蹴り上げたことで再起動を果たしたアインが声を張り上げて撤退を指示したことで自警団は全員村へと駆け出したのだ。

 

 幸い二つ首(オルトロス)の姿こそ無かったが、この数の強襲を真っ向から迎え撃つなど不可能。

 

 

 ──クルースとルビーは自警団を守りながら撤退! アズサ! トラヴィス! オレ達で数を減らすぞ! 

 

 そして傭兵たちは村人達を逃がすためにクルースが『茨の檻』で一つ首(ハウンド)を分断、ルビーと共に自警団の誘導を務め、残ったカインズ、アズサ、トラヴィスの三人が一頭でも多くの一つ首(ハウンド)を屠る。

 

「みんなこっちだよ! 急いで!」

 

 先頭を走るクルースの声を聞きながら、アインは願った。

 

(どうか、皆、無事に帰れますように)

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ダンジョンの魔物と通常の獣との大きな差異は狂ったように人へと襲い掛かるその凶暴性と数による暴力、そして高い生命力だ。こちらが攻撃しようがきっちり一撃で仕留めなければ高い生命力で生き残り、そのまま群れでお構いなく突撃してくる。そこに野生の動物が持つような知性は微塵も感じられないだろう。

 

 ──故に、迎撃は非常に容易い。

 

「オラァァッ!」

 

 裂帛の気魄と共に横なぎに振るわれた大剣──鉄の塊が空気を裂き、迫り来る狼の胴を打ち抜き。

 

「セイッ!」

 

 迅雷が如き返しの刃が反対から飛び掛って来た三頭の狼をまとめてなぎ払い。

 

「ラァッ!」

 

 更に柄から離した右拳での裏拳で飛び掛って来たのを叩き落し。

 

「フンッ!」

 

 更に足で踏みつけて頭蓋を粉砕する。

 

 

 ──生き残るためになんでも使えるようになるのが一番なんだろうが、人一人が持てる物なんて限度があるからな、なら元々ある物を武器にするしかない。という訳で、アタシと組み手だ。こんな美人と組み手とか嬉しいだろう? ──

 

 ニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべて、若き日のカインズを見下ろす獅子の獣人(ライカン)

 己の師の姿を思い出して苛立つと同時に、その教えのお陰で生き残っていることを痛感するのだ。

 

(本当に──)

 

 ──隙だらけのカインズ目掛けて飛び掛って来た一つ首(ハウンド)の横っ腹にナイフが突き刺さり、飛び出てきたトラヴィスが蹴り飛ばし。

 

「助か──」

「疾ッ!」

 

 続け様に手にした短剣でカインズの死角にいた一つ首(ハウンド)の首をかき斬る。

 

「余所見をするな阿呆!」

「ア、ハイ」

 

 カインズが答えたのを確認して、そのまま音も無く森の木々の合間に消えて行った──流石はトラヴィス。奇襲はお手の物か。

 少し離れたところでアズサも複数の一つ首(ハウンド)に囲まれながらも上手く攻撃をいなして時間を掛けながらも隙を見つけては二刀で撫で斬りにしていく。

 そしてその横、森の木々の合間から飛び出す矢が更に一頭を打ち抜いた。

 

(本当にオレは──)

 

「アズサッ、ここはもう良いからクルースたちを追え!」

「まかしとき!」

 

 その言葉と共に一つ首(ハウンド)から身を翻し、そのままアズサが姿を消した。縮地だ。

 置き去りにされた一つ首(ハウンド)たちが走り去っていくアズサの後姿を見つけて追いかけようと一歩踏み出し、そこにカインズが割り込んで牽制する。

 

「オラオラァッ! テメェらの相手はオレだァッ!」

 

 新たな獲物に飛び掛ってくる一つ首(ハウンド)を前に、カインズは大剣を正眼に構えた。

 ただ向かって来るだけの相手は容易いとはいえ、迎撃している間に別の方向からの攻撃に対処は出来ないのはカインズとて同じこと、同時に飛び掛られたらひとたまりも無い。

 しかし、目の前の一頭を叩き潰す間に、トラヴィスの投げた短剣が残った狼へと突き刺さり、怯ませ、更に最も遅れていた一頭に急襲。頭に短剣を突き立てる。

 

 ──実は、先ほどからトラヴィスは一つ首(ハウンド)に狙われること無く、自由に動いている。

 

 それがどのような隠行術なのかはカインズにはさっぱりだが、共に行動するようになってからこうした状況をよく目にすることになった。

 

 自分やアズサを囮に、時には罠を仕掛け、時には援護を、時には一撃離脱を行い、確実に敵を霍乱(かくらん)し、数を減らしてくれる熟練の隠行使い。

 

(──本当にオレは、運が良い)

 

 トラヴィスが居なかったら、アズサを自警団の援護へと向かわせることなど出来なかった。

 いや、それ以前にアズサとクルースを逃がして自分一人で一つ首(ハウンド)の群れと戦ってくたばるか。

 だが、卓越した隠行術と冷静な戦術眼を持ち合わせ、隙を見逃さす仕留めてくれる、そんな頼もしい仲間が居てくれたことがどれほどの幸運か。

 

(神の思し召し、なんて言うのはそんな好きじゃねぇが)

 

 自分はとても運の良いヤツなのだと、トラヴィスが怯ませた一つ首(ハウンド)を両断しながらカインズは再確認するのだった。

 

 

 

 一つ首(ハウンド)の殲滅に20分近く時間を取られてしまった。肩で息をしながら、カインズはトラヴィスに目を向ける――息一つ乱していないあたり、流石だ。

 

「オレは村」

「僕はダンジョンに」

 

 トラヴィスと一言ずつ交わし、別れる。

 統率種も居ない中で40頭近い群れが生まれることはまずありえない。つまり、ダンジョンで何かが起きたのは明白。

 確認しにいくのが並の斥候であればカインズは止めただろうが、トラヴィスは並では無い。情報を持ち帰ってくれるだろう。

 

 カインズは村へと駆ける。

 道中で血痕と一つ首(ハウンド)の遺体を見つけたが、人の遺体は見当たらない。土地勘は自警団の奴らの方があり、そこにルビーの援護とクルースの妨害がある。村に戻れていると良いが──

 

 ◇◇◇

 

 カインズが村に着いた時点でまだ戦いは続いていた。一つ首(ハウンド)は目測で20頭弱。道中でも何頭か亡骸を見たのでかなりの数がダンジョンから出てきたようだ。

 

 柵の外に出て戦っているのはルビーとアイン、ドゥルヴァを筆頭とする自警団の中で前衛組と呼ばれていた面々。それぞれが手傷を負いながらも孤立しないように固まって動き、武器や盾で猛攻に耐えている。

 そして柵の後ろから矢を射掛ける弓組──負傷者が多いのか、数が少ない。キイチまでもが片腕を負傷したのか、精度も悪い。

 死者無しでここまで耐え抜いたのが奇跡的だった。

 

 しかし、一つ首(ハウンド)たちは引き下がらない。

 何度も猛攻を仕掛け、その巨体で押し倒そうとしては連携して押し返されるを繰り返す。その押し返す側にルビーも加わっているために魔法を準備する暇も無く、アズサも単独で数体を引き付けてはいるが多勢に無勢、柵の奥でクルースが青白い顔で倒れているのを見る限り、逃げてる間に魔力を使いすぎたか。

 このままでは自警団の方が押し込まれる。

 

 その前に間にあって良かった。

 

「オォォォォォッ!」

 

 木々の合間から身を低くしたまま飛び出し、大剣で下から上へと大振りで叩き込み、振り上げる勢いそのままに一つ首(ハウンド)の巨体を吹き飛ばす。

 

「野郎共、生きてるな? 反撃開始だァァァァァッ」

 

 自警団から雄たけびが上がった。

 挟み撃ちの形でカインズは大剣で狼たちを叩き潰し、自警団はここぞとばかりに一つ首(ハウンド)たちを押し返す。

 

「ハッハァッ!」

 

 傍目から見ればたった一人増えただけであり、状況は多勢に無勢であることに変わりない。

 

 しかし人とは不思議な物でその一人の差で士気が上がり、士気の高さが勝敗をひっくり返すことがあるのも戦いの常。自警団も群れを相手に恐れることなく飛び掛るカインズの姿に感化され、声を張り上げて傷付きながらも一体、また一体と屠っていく。

 

 そして──

 

「ぬぅぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ドゥルヴァが血濡れになった斧を最後の一頭に何度も何度も叩き付け、そして完全に動かなくなった。

 息を整える彼の姿を横目にカインズが大剣を掲げる。

 

「勝ったぞォォォォォッ!」

 

 ワァァァァァァァッ! と歓喜に沸いた。

 自警団側は負傷者こそ多数出したが、この襲撃を乗り越えることが出来たのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 急ごしらえの救護所とした村の集会所で怪我をした自警団員の治療のためにアズサとルビーを中心に村人たちが忙しなく動き回るのを、カインズもまた横になって見ていた。

 

 鎧の上からとはいえ魔物相手に彼方此方噛み付かれては怪我もするというもの。戦っている間は興奮のあまり痛みを忘れているが、落ち着いてくれば体は痛みを思い出す物で、こうしてご厄介になっているのだ。

 

 体感的には全治一週間。荷物として持ってきていたポーションとルビーの治癒魔法込みでも三日だが無理を通せばまだ動けるといった程度。少なくとも今日はおとなしく療養しなくてはなるまい。骨が折れていなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 なお、アズサとルビーは元々攻撃を受けないようにする立ち回りが基本。小さな擦り傷などはあれど大きな怪我は無く、処置も簡単に済んだので看護する側に回っているのだ。

 アズサは先の魔王討伐戦で救護所の手伝いをしていたので不安は無く、ルビーは応急処置程度にはなる下級の治癒魔法を会得していたのであちこちで怪我の重いのを優先して治癒を施してもらっている。

 クルースは──

 

「足は大丈夫だった?」

「大丈夫! しばらくは歩けないけどルビーさんの魔法とアズサちゃんの準備してくれた軟膏のお陰で痛みも引いたし、静かにしてれば2週間もあれば動かせるようになるって言ってた。それにしてもクルースはいっつもぶっ倒れてるよな? 魔法って不便なのか?」

 

 藁の敷物の上で横になりながら同じく横になっているトルリースとお喋りをしていた。魔力の欠乏が原因であり、半日はゆっくりと安静にしてるように、とアズサから釘を打たれて苦笑いしていたのは記憶に新しい。

 

「僕の使う魔法って実は魔物には効き難くて」

「そうなのか? でも狼の群れを黒い茨で何度も邪魔してたじゃないか」

「あれは魔力を多く使って強くしてるんだ。普段どおりに使ってたらあの群れ相手じゃ突破されてただろうからね」

「へぇ~、でもあれだけの狼を押さえ込めるのはすごいよなぁ~……なぁ? オレも魔法使えるようになんねぇかな?」

「文字の読み書きが出来る様になって、古代ルミナス語を覚えてから古文書を読み解く必要があるから勉強して、王都の士官学校に行くか、魔法使いの弟子になるのが一番早いかな?」

「しかんがっこう?」

「国の兵士になりたいって人が行くところだよ。筋が良ければ簡単な魔法の手解きをしてくれる。他にも神学校と魔法院があるけど、色々とお勧めは出来ないかな」

「ふ~ん……クルースはそこに行ってたのか?」

「いや、ボクは独学。文字の読み書きは元々出来てたからあとはひたすら勉強してた」

「そうなのか……決めた! オレを弟子にしてくれよクルース!」

「ヤダよ、そもそもボクは文字の読み書きが出来てた上で魔法を勉強し始めてから10年以上経つんだ。トルリースは文字の読み書きから始めなきゃいけないからもっと時間が掛かるよ」

「う、う~ん、それはなぁ」

「それにこれでもボク45歳だからね?」

「え゛? ウチのとーちゃんより年上なの!?」

「エルフは長命だからね。というか、女王さまもエルフなんだからそれぐらいはわかると思ってたけど」

「エルフってすげぇなぁ~」

 

 結構人見知りするクルースがこうも早く打ち解けるとは、クルースも無理のし甲斐はあったらしい。

 そこに自警団員の奮闘も加わって怪我人こそ出たものの、死人は一人もいないとなればこれ以上無い戦果だろう。これには村長のローナン氏も安堵の溜め息を零していた。

 

「本当に皆無事で良かった。傭兵の皆様のおかげです」

「はっはっは! そうだろうそうだろう?」

 

 ローナンの言葉に気を良くしてカインズはわざとらしく高笑いした。背中がむず痒いが、褒められるのは良い気分だ。これが美人のお姉さんなら言うことなし、そのまま口説いて夜の──そこまで考えたところでアズサの殺気混じりの視線が突き刺さって冷や汗を掻いたので咳払いを一つする。

 

「ゲフンゲフン、今回ばかりは誰かは死ぬかと思ったけどな。なんせあの数だ。オレたちだけならギリギリどうにかなっても自警団まで庇いきれるとは思ってなかった。コイツは自警団の奴らが歯ァ食いしばって諦めなかったから神様が少しばかり恵んでくれたのかもな」

「神の思し召し、ということですな」

 

 そう言ってローナンは集会所の奥に鎮座する二つの小さな木彫りの像を見た。ルミナス教の主神たる双子の女神の像だ。ローナンは女神の像に向けて感謝するように祈りを捧げる。

 辺境の地とはいえどルミナス王国内の村である以上、彼らもまたルミナス教の信徒であり、日に一度はこの集会所にある女神像に向けて祈りを捧げるのだということはアインから耳に入れていた。

 

「ところで、今回の狼の大群ですが……何かの前触れなのでしょうか」

「正確なとこはオレもわかんねェけど、まぁダンジョンで何かあったのは間違いねェだろうさ」

「といいますと?」

「間引きの後ってのはダンジョンの中から魔物の数が減って縄張り争いが無くなっておとなしくなるのが普通なんだが──」

「──縄張り争い? 魔物同士で争うのですか?」

 

 ローナンは目を瞬かせて驚きを顕わにする。そこからか、とカインズは面倒に思ったが、ダンジョンのことを知らない人々にとっては当たり前のことと思いなおし、口を開いた。

 

「『魔物は魔王の尖兵』なんてよく勘違いされてるがよ、一口に魔物といっても獣と同じで色んな奴らがいてな。共生したり、食べられたり、縄張りの奪い合いなんかもしてるのさ。これまでこの村を襲ってきていた狼共や例の人食い熊は縄張り争いで負けてダンジョンから追い出された奴らだろうよ」

「なんと……いえ、お待ちくだされカインズ様。もしや縄張り争いをするということは、ダンジョンの中には魔物共が生きる上で必要な物がある、ということでしょうか?」

 

 察しが良くて助かる。

 

「その通り、ダンジョンは魔物共に必要な環境がある程度揃ってやがるのさ。だから出来たばかりのダンジョンから魔物は外に出てこない。ダンジョンの中で何不自由なく暮らして数を増やし、ダンジョンも大きくなっていく」

「ですが、縄張り争いが起きる、ということはそれにも限りがある、ということですね」

「そうだ。だから魔物が増えすぎると互いに食べ物や住処を奪い合うようになっていき、負けた奴らがダンジョンの外に出てきて人を襲う──魔物によっては事情が変わってくるが、あの狼共はそういう手合いだと覚えときゃ良い」

 

 なるほど、とローナンは頷き、その上で顔を顰めた。

 

「つまり、今回のような大群が出てくるのは一大事なのでは?」

「そういうこった。だからトラヴィスがダンジョンを見に行ってるとこさ」

 

 ローナンは一瞬息を止めた。驚いて大声を上げそうになったのかもしれない。その後落ち着かせるように一つ息を吐き、そして小声で問う。

 

「……大丈夫なのですか?」

「心配しなさんな。むしろアイツ一人の方が好きに動けるぐらいだしよ」

「信頼なされているのですね」

「そりゃあそこそこの付き合いがあるからな」

 

 カインズは大きくあくびを漏らした。

 流石に緊張の糸が切れて、身体が疲労を思い出したらしい。

 

「さて、と、オレは一眠りするわ」

「はい、私は動ける者達と外の見張りをしています」

「あいよぉ~……」

 

 回らない頭で適当に返事をして、カインズはまどろみに意識を手放すのだった。

 

◇◇◇

 

「カインズ、起きなはれ、トラヴィスはんが帰ってきおったよ」

 

 まどろみの中、耳元で囁かれたアズサの声で目を覚ました。

 時はすでに日暮れが近く、空は赤くなっていて、自警団員たちの寝息が聞こえてくる。

 

 思ったより早かったな、と思いながら身体を起こす。少しばかり痛みはあるが、ポーションの助けもあって激しく動かなければ問題は無い。アズサが手伝おうとしてくれたがやんわりと断って立ち上がった。

 

「どこにいる?」

「キイチさんとこ。血塗れやったさかい、井戸水で洗い流しとるよ」

「血塗れ……お前が慌ててないってことは匂い消し代わりに使ったか」

「せや。急いで話したい言うてたけど、そないな恰好やにおうてかなわんし皆怖がるさかいな、水をぶっかけてきた」

「水も滴る良い男の完成ってか? トラヴィスの奴、怒っただろ?」

「怒るんわこっちや。フィーアさんが心配してんの無視してそのままここに来ようとしとったんよ」

「本当かそれ?」

 

 頷いたアズサを見て、カインズは顔を顰めた。トラヴィス自身はたまに上手く行かないことで不機嫌になることはあるが、気を配れる男だ。

 それが余裕を失っているということは、厄ネタが増えたということ。何があったのか確認しなくてはならないが……

 

「……ルビーはどこだ?」

「ルビーはん? あの子ならキイチはんの家でよぉ寝とるよ?」

「じゃあキイチさんの家で集まるか……クルースは寝かせとけよ? 流石に二日連続で魔力切れはきついだろうからな。お前は先に行ってトラヴィスにそのことを伝えてくれ」

「りょーかい」

 

 そしてアズサとは集会所で別れ、そのままキイチの家に向かって歩いていく。

 ――自警団の大半が動けなくなったことで、ご婦人方は協力して炊事をして夕餉の用意をしていたり、普段は戦わない老人が武器を手に見張りの代わりをしているようで、緊張している様子が見て取れる。

 

 早く安心させてやりたいが、トラヴィスの報告次第だ。カインズは気持ち足早にキイチの家へと向かった。

 

◇◇◇

 

「来たか」

 

 トラヴィスとアズサはすでにキイチの家で料理をする家主共々炉に当たって暖を取っていた。ルビーは部屋の隅で丸くなって小さな寝息を立てている。

 話合いの前に起こすことも考えたが、彼女も結構な頻度で魔法を使っていたらしいから今はそっとしておくことにしてトラヴィスへと話す。

 

「トラヴィス、聞いたぜ? フィーアさんを驚かせたらしいじゃねェか」

「それについてはアズサに水を浴びせられた時に一度謝罪した。明日再度謝罪に行くし、反省もしている……僕とした事が冷静さを欠いていた」

「わかってんなら良いさ。正直ただの偵察でお前がそうなるってこたぁ、やばいことになってんだろうけどよ」

「その通りだ、早速その話を――」

「――それだが、暫し待てぃ」

 

 片手を吊りながらも無事な左腕で鍋を掻き混ぜていたキイチは、器用にミソを取り出しながら言った。

 

「……どういう意味だキイチ殿?」

「オレとしても時間は惜しいんだがよ……」

「そう慌てるな」

 

 キイチは取り合わず、ミソを鍋に溶かして掻き混ぜる。

 ミソの香ばしい匂いが立ち込める中でカインズは一言文句を言いそうになって――そこでお腹が鳴って言葉が出てこなかった。

 キイチはニヤニヤと笑う。

 

「お前さんの腹の虫は正直だの」

「……あー、そういやぁ、朝飯から何も食ってねェわ」

「『腹が減っては戦は出来ぬ』だったか。何事も腹が減っていてはよい働きはできないという意味だったと思うが、そういうことだなキイチ殿」

「そのとおり。どうせならその話し合いは飯を食ってからの方が良かろう。ついでに湯に浸かれれば言うことは無いが、この腕では用意出来そうに無いのが残念だ」

 

「……ごはん?」

 

 寝ぼけ眼のルビーが起き上がりのそりのそりと炉の近くへと来た。彼女もまたお腹が減ったらしい。

 ふとアズサが妙に静かだと思ったら、目がずっと鍋から離れていない。

 

「そういう訳だ、まずは飯じゃ飯。今夜は味噌雑炊と味噌漬けにした狼肉の串焼きだ。あの狼共を退治した後とはいえ食えぬとは――」

「「「いただきますっ!」」」

 

 心配ご無用。傭兵としては『食える時に食え』が当たり前。好き嫌いなどする余裕は皆無だ。

 思い思いにお椀に雑炊を取り、串を手に食べ進める。

 

「あ!? アズサてめっ! それはオレの狙ってた奴!」

「カインズもう三本目やろ! うちはまだ二本目や阿呆! ってルビーは寝るか食うかどっちかにしぃ! 雑炊落としそうやないの!」

「くー……くー……」

 

 当然行儀が悪いとキイチとトラヴィスから雷を落とされたが、賑やかな夕餉であった。

 

 

 

 なお、集会所にいた自警団の面々とクルースも飯にはありつけたので悪しからず。 




Tips
・トラヴィスの隠行術
 卓越した観察眼とミスディレクション、そして音を極力出さない特殊な歩法を組み合わせて行われる技術。単独であっても敵前からの逃亡を容易く実現し、囮がいれば魔物相手に自身の存在を隠し通すのも容易い。

 ここに隠密の闇魔法である『ハイド』『サイレス』などを組み合わせるとそれはもう酷いことになるとかなんとか。

 この技術は彼の過去に関連する物であり、同じような技術を持つ者は居ても、彼ほどとなると指の数で数える程度しか居ないだろう。


・闇魔法/光魔法の欠陥
 実は闇魔法は魔物への効力が薄いため、余分に魔力を練りこんで強度を上げなければ使い物にならないという欠点を抱えているが逆に対人では非常に強力な効果を発揮する。
 対して光魔法は魔物に対し絶大な威力を発揮するが、対人では余分に魔力を練りこまなければ効力が薄いという欠点を持つ。

 現時点ではその理由は判明しておらず、多くの魔法使いや歴史の研究家たちの研究テーマとされている。
※なお設定はしてありますがここでは関係ないのでそういう物という認識程度でお願いします。

・士官学校/神学校/魔法院
 ルミナス王国が抱える教育機関や研究機関。
 士官学校は憲兵などの兵士を目指す人が入学することになる。身体を鍛え、武器の扱いや団体での戦術、筋が良ければ下級の魔法に関しても教えてもらえる。卒業後は国の兵士として憲兵隊や騎士団の兵などとして配属されたり、気に入られれば貴族お抱えの兵隊の一員として勧誘されることもあるとか。

 神学校はルミナス教の教えと共に(この世界における最低限の)学問やその秘伝を教える場。
 卒業後はルミナス教修道会の修道士や神殿騎士となる道があるが、その実態は貴族階級の親を持つ少年少女が生徒の大半を占めた将来の貴族たちの社交場。
 一応、神学校として希望者に対しその者に与えられた加護に応じた光/闇魔法の手解きも行うが、真剣に取り組むのは修道会への入会を望む平民階級や敬虔な信徒という少数に限られている。

 魔法院は魔法関係の研究機関。ここに入れるのはよほど優秀な魔法使いや錬金術師に限られ、魔法の研鑽や研究を日夜行い、社会へと貢献するのがこの機関の役目であり、正確には教育機関ではないが、所属する魔法使いが弟子を連れてきて手解きする姿が散見される。

 入学難易度は神学校<士官学校<<(高すぎる壁)<<魔法院。
 一応文字の読み書きさえ出来れば士官学校には入れるのだが、近年のダンジョン騒ぎ以降、力を付けたいという精力的な少年少女が増えており、王国議会で士官学校を増やすべきではないか?と議題に挙がっていたほどの人気があり、ダンジョンの存在が知れ渡ってからここ二年の間に在籍生徒が増えている。


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傭兵たちの始まり、その8

 結局予告から更に半月経ってしまった……これはいかん……


「変異種の魔物に門番が倒されただぁ!?」

 

 ダンジョンの門番。

 それはそのダンジョンの支配者でありダンジョンの核となる魔物。奴を倒すことでそのダンジョンは消滅し、金銀財宝や宝具が手に入る。

 そして門番は他の魔物のように徘徊せず、どういう訳かダンジョンの最奥にある結界内で待ち構えている――と、いうのがカインズたちにとってのこれまでの常識だったのだ。

 

 トラヴィスの言葉を咀嚼し、飲み込んですぐにカインズは呻いた。

 

「ダンジョン、なんでもありかよ……」

 

 ダンジョンの門番が変わる、なんてことを経験したことがないカインズにはこの先何が起こるかわからない。

 幸い、ダンジョン内に居た魔物はその変異種が殲滅していたらしいので、魔物が現れる(リポップ)までの時間は少しはあるはずだと、トラヴィスは言う。

 

 仕掛けるなら今、なのだが。正体不明の現象を前にしてカインズとしても下手に手を出したくは無い。

 さてどうしたものか、と悩んだカインズの耳に、ルビーのか細い声が聞こえた。

 

「……代替わり」

「知ってんのか?」

 

 コクリ、とルビーは頷くと、知り合いから聞いた話だと前置きしてから話し始めた。

 

「強い魔物、出て、門番と縄張り争い……勝った方……強くなって門番になる。出てくる魔物も、強くなる」

「ダンジョンの環境そのものに変化は起きるのか?」

「変わってたって言ってた……だから、すぐに門番を倒しに行く」

「つまり時間が無ェのか」

 

 ルビーが再度頷いた。

 ルビーの生まれを考えればその信憑性は高い。

 となれば明日の朝一番にダンジョンに突撃かまして――いや、無謀だ。

 

「――明日は療養に宛てろ。万全は望めないにしても無理に行けばこちらが死ぬぞ」

 

 トラヴィスも同じ考えらしい。

 

「せやねぇ……うちは良くてもクルースは魔力枯渇が昨日今日と続いとるさかい、流石に門番相手はもたんわぁ」

 

 アズサはクルースを引き合いに出して言う。

 トラヴィスもナイフや矢を結構な数使っているので補充する必要がある。

 

「オレも結構良いように噛まれまくったからな……」

 

 カインズもまたキイチの娘が作ったという軟膏をあちこちに塗り、ボロ布をしっかりと洗った物を包帯代わりに使ってポーションを飲むという処置を施した訳だが、明日動くには万全と程遠い。

 トラヴィスの言うとおり、明日は休むしかないだろう。

 

「で? どんなバケモンが待ってるんだ?」

「血塗れの大狼だ。門番だった三つ首(ケルベロス)を圧倒する体躯と敏捷性、一撃一撃は間違いなく三つ首(ケルベロス)の上を行く」

「戦場」

「ダンジョンは典型的な森だ。獣道の最奥に注連縄(しめなわ)が施された大木に囲まれた広場があり、そこで戦うことになるだろう。障害物は一切無いが、注連縄を挟んで結界があるようでな、その外から矢を放ったが見えない何かに阻まれた。察するに一度入ったら門番を倒すまで出てこられないと考えた方が良い」

「強度」

「修復速度が尋常ではなかった。武器は通るだろうが、倒すのは簡単ではない」

「魔法」

「使用は確認していない。が、使用してくること前提で行くべきだ」

「凶暴性」

「打ち勝ったのちにこちらに向かって襲い掛かって来た。結界の外で無ければ殺されていたかもしれん」

「増援」

「不明だが、相手は狼。三つ首(ケルベロス)同様に群れを呼び出すと仮定した方が良いだろう」

 

 そこまで一門一答を繰り返したところでカインズは宙を仰ぎ見た。

 

三つ首(ケルベロス)ならどうとでも出来ると思ってたんだがナァ……」

「ああ、まったくだ。それを圧倒する体格となるとお前でも抑えきれるか……」

「無理無理。体格差どんだけあると思ってやがんだ。鎧で重心があるっつっても組み付かれた時点で押し倒されて押し潰されるっての」

 

 カインズは手をひらひらさせながら言った。

 

「……やはりか。そうなると普段どおり後ろのクルースを守りながらの戦闘は不可能。さて、どうしたものか」

「うちがクルースのお守りするんじゃアカンの?」

「囮をさせるにゃ相手が悪すぎるわな」

三つ首(ケルベロス)より素早い相手だ。お前の速度でも長くは持たん」

「そない言うても、カインズに抑えられんもん、どないしますの?」

「そりゃあ――」

 

 カインズは横目でルビーを見た。

 さきほどまでうつらうつらと舟を漕いでいたのが嘘のように、金色の瞳がこちらを見ている。

 

「――ルビーの付与術(エンチャント)頼りになるんだがよ。頼めるか?」

 

 ルビーの持つ付与術(エンチャント)。身体強化――特に下半身の強化により俊敏性を高める物を一度付与してもらっていた。そして下半身の強化が為されれば、同時に踏ん張る力も強くなる。

 その効果や持続時間は昨日の間引き作業の時点で把握済み。付与術(エンチャント)を掛けなおす手間を省くために数々の実戦の中で編み出された物であることは想像に容易い。

 

 ルビーは少し悩む仕草をした後、小さく呟く。

 

「一人……だけなら」

「一人だけか?」

 

 ルビーは頷いた。

 おそらく詠唱の速度からして下級魔法(ロースペル)と考えていたのだが、それで一人だけというのは少々違和感がある。

 

 もしかしたら下級魔法(ロースペル)だと思い込んでいたが、実は中級魔法(ミドルスペル)に匹敵する代物なのかもしれない。

 

 ――昨日の間引きでオレにしか付与術(エンチャント)を使わなかったんじゃなくて、後のことを考えると使えなかったのか。

 

 あの付与術(エンチャント)を全員に施せていたならどれだけ有利になっていたかを思うと残念だが、出来ないということなら仕方ない。

 

「それで十分だ。オレを前衛にして門番の猛攻を凌ぐにゃお前らに飛び掛られる前に追いつく速度と(やっこ)さんを押さえ込む馬力が要る。お前さんの付与術が頼りだ」

「わかった」

「アズサはクルースと一緒に増援を抑えてくれ」

「はいな」

「僕とルビー、そしてカインズで門番か……」

「不服か?」

「いや、戦力不足とはいえ時間が無いからな。これ以上の案はないだろう」

「……よし、ダンジョン攻略は明後日だ。それまで全員しっかり休んだ上で準備を怠らないように……っと、話合い終わり! とっとと寝るぞ~」

 

 トラヴィスが納得を示したのを確認してカインズは一つ頷くとそれだけ言って寝床に潜り込み、すぐにでかいいびきを掻き始めた。

 それを見てアズサはクスクスと笑う。

 

「よっぽど疲れとったんやねぇ……あれ? トラヴィスはんどこ行きなはるの?」

 

 徐に立ち上がったトラヴィスにアズサが問いかける。

 

「僕は見回りをしてくる」

いけるん(大丈夫なの)?」

 

 心配そうなアズサの言葉に、トラヴィスは笑って答えた。

 

「自警団が機能していない今がもっとも危険な状態だ。見て回る者は必要だろうからな。何、村の外には出ないさ」

「でも、疲れとるんとちゃいます?」

「ダンジョンの攻略が明後日と決まったからな。明日の昼間にしっかり休むつもりだ。とはいえ明日の昼間はおまえたちに任せることになる。アズサ、お前も今の内に寝ておけ」

「わかった、けど無理はせんといてな?」

「気をつけていってこい」

 

 キイチとアズサに見送られて、トラヴィスは出て行った。

 

「……じゃあルビー、うちらも――」

 

 寝よう、と続けようとしたアズサだったが、すでにルビーも寝床に入り込んですぴーすぴーと寝息を立てていた。

 夕飯の時点でとても眠そうにしていたことを思い出しつつ、アズサもあくびを漏らす。

 

「くぁ~……じゃあキイチはん、お先に」

「おうおう寝ろ寝ろ」

 

 そしてアズサもまた寝床に入り込み、そのまま寝息を立てて眠り始めた。

 後には残りの火の番をするキイチと、パチパチと燃える炉の音だけが残るのだった。

 

◇◇◇

 

 間引きとは、ダンジョンの中の魔物を減らすための策である。

 そのように傭兵さんは言っていた。

 

 昨日の間引き、そして今日の襲撃で結構な数の狼が倒されたはず――つまり今頃ダンジョンの中にいる魔物の数は非常に少ないに違いない。

 つまり――

 

「傭兵たちがダンジョンに挑む好機は早くても明日か明後日――我らが傭兵となる第一歩を彼らと共に踏み出すのになんの心配があろうか」

 

 怪我の比較的軽い動ける者は全て家へと戻り、残りが寝息を立てる集会所の裏手でドゥルヴァは三人の村人に告げた。

 この面々はドゥルヴァを中心に以前からダンジョン攻略という名誉と冒険を夢見る者達の集まりであった。

 全員傷だらけであったが、その眼には力強い光があった。

 

「応ともさ。あん人達は強い。オラたちだけだば無理だども、あん人達が一緒だば心強い」

「あれだけの強さだし、ダンジョンの奥にいるとかいう主も、一緒に戦えば勝てる……よね?」

「俺達よりも若いのが多いってのがちょっと気になるけどな」

 

 彼らは今回の襲撃で傭兵たちの強さを目の当たりにした。

 クルースとルビーの魔法。

 あとから追いついてきたアズサの人外染みた歩法と剣の冴え。

 

 そして最後にボロボロになりながらも笑いながら駆けつけてくれたカインズ。

 

 あれだけの強さを誇る彼らが敗北するなど、考えられないことだった。

 

「で、でも、傭兵さんたちが俺たちがついていくのを許すかなぁ?」

「それなんだよなぁ……あの人達からしたら足手まといだぜ?」

「一昨日の集まりでのことを覚えているか?」

「「「……」」」

 

 この村を、故郷を捨てることが宣告された時を思い出し、4人の表情は硬くなる。

 

 キイチ。

 この村に10年前に来て定住した隣人。この閉塞した村の中で唯一、戦いを知っている人物。

 彼とあの鍛冶師の少年がいなければ村を守るための案を形にすることが出来なかっただろう。

 そんな彼が「この村を守るのは難しい」と断言した。自警団にとって大きな衝撃だった。

 

 トラヴィス。

 黒い衣を身に纏う怜悧なエルフの青年。

 彼の言葉は徹頭徹尾厳しい物だった。彼は自警団に対し、間引きこそ依頼したが、ダンジョンそのものの踏破は一切期待していない。

 それが経験に裏打ちされた結論であることは明白だ。

 先に挙げた傭兵達に比べて活躍が目立たない人物ではあるが、その活躍していた傭兵達が彼の指示に従っているという事実が、彼の意見の正しさを裏打ちしている。

 ダンジョンの門番退治にまで自警団が参加させないことは傭兵達全員の総意である、と見ていい。

 

 そして、その判断には何一つとして誤りは無いのだろう。

 今日の襲撃に際して、彼らの助けが無ければ滅んでいたのはこちらだということはドゥルヴァたちもきちんとわかっている。

 

 しかし、しかしだ。

 

「悔しい」

 

 自分たちでは故郷を守れないと宣告されたことを悔しく思わない理由にはなりえない。

 

「悔しい、よね」

「悔しいべ」

 

 経験が無い? それがどうした。ダンジョンを踏破した者たち全てに経験はあったというのか?

 人手が足りない? 武器が足りない? それがどうした。人手や物が無くとも為さねばならないことは幾らでもあるだろう。

 

 それに、意地がある。

 自分たちと彼らの実力に天と地ほどの差があろうとも、それでも村を守ってきたという誇りがあるのだ。村の命運を全て傭兵(村の外の人間)に託す訳にはいかない。

 

「やっぱり勝手についていくしかねぇべよ」

「某もそう考えている。武器の手入れをしておけ。動き出したら我らも出るぞ」

「「「応」」」

 

 「また明日だ」とドゥルヴァが言うと、四人はばらばらにわかれて家に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 ――その姿を密かに見ていた影が集会所の中に入っていったのに彼らが気付くことは無く。

 

 

「やれやれ――」

 

 

 まして、闇に紛れていたトラヴィスに気付くことなど出来る訳も無かった。

 トラヴィスとしてはあのような蛮行はお断り願いたいのだが、このままではより面倒なことになるのは明白。

 

 

「――どうしたものかな」

 

 

 独りごちて、トラヴィスは見回りのためにまた闇に溶け込んだのだった。

 月は、彼らを見下ろしている。

 

◇◇◇

 

 森の手前に設営された野営地。そこには翼を模した紋章を持つ軽鎧に身を包んだ者たちが一つの篝火の前に集り酒宴を開いている。中心にいるのは右目に眼帯を付けた白髪交じりの黒髪を持つ鬼だ。

 ヤマト由来の種族ゆえにその服装もヤマトらしいものだが、彼は毛皮で拵えた虎柄の羽織を肩に掛けていた。

 鬼は上機嫌に笑う。

 

「ハッハッハァッ!ほぉれ飲め飲め! 酒断ち前の酒宴だ! 全部オレの奢りだ、飲めや踊れや歌えや!」

 

 機嫌よく笑い、それに吊られて男たちも喝采を挙げて、肩を組んでよく呑み、良く笑う。

 

 ――その宴の空気から離れた場所で一人の青年が、空に浮かぶ月を見上げ、独りごちた。

 

「ったく、あんなん付き合い切れるかっての……」

 

 大陸東特有の黄色人種(イストロイド)の肌は酒気で赤みを帯び。赤の着流しと黒の股引き、右手に杖、という装い。ここに襟付き合羽と三度笠があればヤマトの一般的な旅装姿になるだろう。

 伸び放題で頭の後ろに一括りにされた黒髪が風に揺れ、ちりんちりん、と鈴の音が鳴った。

 

「やれやれ、姫さん迎えに行くのにこんなに掛かるたぁ……姫さんもカンカンだろうなぁ」

「テンマのにいちゃん、どうしたんだこんなとこで?」

 

 青年の傍に近づいたのはリネンのシャツにズボン、そして毛皮の上着で身を包んだ筋骨隆々の大男だ。酒宴で一緒になって呑んでいたはずだが、日に焼けて浅黒くなった肌に赤みは見えず、外見からは素面にしか見えない。もしかしたら生まれつきの酒豪なのだろうか。

 

「ゼオの旦那か……いや何、ちっとばかし熱さましがてら、月を眺めてた」

「お、そうかそうか。でもよ、お前さんは早く寝ちまった方が良いんじゃねぇの? こっからだと陸路じゃ4日は掛かるからローウェンと騎士の方々連れて一足先に飛竜でひとっ飛びするって聞いてるぜ?」

 

 テンマ、と呼ばれた青年は鼻で笑い、その上で答えた。

 

「俺はなぁんの心配もありゃしやせんぜ。それよりもこの話を聞いたローウェンの奴の方が問題だなぁ。アイツしか道案内できねぇってのに空飛ぶって聞いて顔を青くしてやがった。今頃眠れねぇンじゃぁねぇか?」

「そこは安心してくれや。テントの中で酔いつぶれてぐっすり眠ってるよ」

「……締め落とした、とかじゃねぇよな?」

 

 テンマが男――ゼオの太い腕を見て顔を顰めたが、ゼオは呵呵と笑う。

 

「にいちゃんも冗談を言うようになったじゃねぇか! ローウェンは昔から寝つきがよくてな。一度寝ちまうと滅多なことじゃ起きない昼寝小僧だったんだぜ? まぁ酒に弱いってのはそもそも初めて知ったんだけどよ。オラも酒は初めてだったしな。しっかしこの酒の刺激は癖になるもんがあるな」

「……冗談のつもりは無ェんだけどな……まぁ、そういうことなら良い。俺は少し月を眺めて、火照りを覚ましてから寝るさ」

 

 そういうと、男――ゼオは頷いて踵を返す。酒宴に戻るつもりなのだろう。

 なのでテンマは一つ、声を掛けた。

 

「あんま呑み過ぎんなよ旦那。二日酔いは地獄だぜ?」

「ガッハッハッハ!なぁに大丈夫大丈夫!孫六、酒くれぇ!」

 

 ゼオはそう言いながら酒宴の中に戻っていった。

 明日は二日酔い確定だ。大将が切れそうだ、とテンマは呆れつつまた空を見上げる。

 

 今頃、姫――自分がそう呼んでいる相棒もこの景色を見ているのだろうか。

 テンマはそんなことを考えながら、酒が抜けるのを待つのだった。

 

 

 

 翌日、ゼオだけが二日酔いになってしまい、色々と予定が狂ってしまうのだが、それはまた別のお話。




Tips
・代替わり
 ダンジョンは成長する中で、番人に匹敵する魔物が生まれ、番人と勢力争いを行い、番人が入れ替わることがある。
 これを代替わりと呼ぶ。

 そもそもダンジョンは番人となった種が繁栄しやすくなるように成長しながら環境が整えられるようになっており、代替わりが起きることで環境も変化することになる。

・ケルベロス
 残念、君の出番は無くなってしまった!――と、いうことで改めて紹介。

 三つの首を持つ大狼。
 一つ首(ハウンド)二つ首(オルトロス)に続いて成長、進化した個体。
 三つの首になったことで知能もダンジョンの魔物にしては高い部類になり、魔法のようなものを使うようになる他、遠吠えで一つ首(ハウンド)を召喚し統率、連携して襲い掛かってくるといった集団戦術も使用してくる。

 流石にカインズ一人で倒せるような相手ではないが、以前アズサとクルースが呼び出される群れを抑え、カインズとトラヴィスで三つ首(ケルベロス)を打倒する、という形で討伐した経験があったため、ルビーも居るなら三つ首(ケルベロス)はどうとでもなる、とカインズとトラヴィスは考えていた。

・血塗れの大狼

 読者考案の魔物「ブラッディ・ウォルフ」が設定を弄くられて登場!
 変更点は……戦闘になればわかります。



裏Tips
・集っていた村人たち。
 完全なモブキャラ。一応こんな名前や設定を与えてます。
 ジョー
 訛りの強い村人。30代前半。前衛組の一人。村に数人いる石切り職人であり、村の家の修繕作業を生業としている。自作した石槍で戦う。
 ロブ
 少し気の弱そうな村人。20代後半。弓組の一人。手先が器用で木を使った家具や食器を作ったりその修理を担う
 ダン
 気の強い村人。30代前半。前衛組。昔から村の外に憧れを持っていたが、病弱な母が居たため村に残り続けていた。
 その母も一月ほど前に亡くなっており、喪に服したら村を出る心積もりだった。

・翼の紋章を掲げる一団。
 彼らというか彼らを率いる彼無しには傭兵団は始まらないのでわかる人にはわかるかな?
 ただ、彼らが酒に呑まれる姿は書けないよなぁ……ということで二日酔いの被害に遭ったのがゼオさんだけになるという()

・テンマ君の旅装
 江戸時代の旅装を参考にしています。
 出来ればもののけ姫のアシタカの旅装を参考にしたかったんですが、服装の各種の名称がわからず断念。

・ゼオ
 アインの父親としてこちらで設定していた人物。名前だけは以前にちらっと出してました。
 筋骨隆々の大男で村一番の力持ち。
 村の中ではかなり頼りにされていて頼もしい人物。家族愛が強く、むしろ家族なしでは生きていけないファミコン親父。今回の話では家族に会えない寂しさを紛らわすために酒に呑まれてしまい、二日酔いに。

・ローウェン
 サンパ村村長ローナンの息子で次期村長に目されている人物。アイン曰く「ドジだったり鈍くさかったりはするけど優しい兄ちゃんっす」とのこと。
 腕っ節はお世辞にもいいとは言えず村人たちの中ではもっとも体力が無く、武器を扱う要領も悪かったため自警団に所属してこそいたが一番弱かった。
 しかしいざとなると頭の回転が早くなり行動力を発揮する人物。

 由来は特になし。設定としてサンパ村の村長の一族は代々長男に「ロー○○」という形で名前を付ける、というものを考えていました。


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