僕のヒーローはハードスーツを着ている (壁のほこりバスター)
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?回目のデスゲーム・現在31年目

“個性”という名の異能が溢れるこの世界。

この世界には、その“個性”を活かした職がある。ヒーローだ。

その職が成立するまで、非常に多くの紆余曲折があり、非常に多くの問題があったが…今では立派に職業として機能し、現代社会で確立されていた。

なので、ヒーローを育成する教育機関もある。

雄英高校が特に有名だろう。

東京の雄英高校と言えば、全国の優れた“個性”持ちが集まり、合格と無事な卒業を悲願とする。卒業できれば、ほぼ確実にプロヒーローへの道が約束されていると言っても過言ではない。

現役最強ヒーロー、オールマイトの出身校というのもあり、教師陣に現役プロヒーローとしてもトップレベルの傑物が揃えられていた。

メディア嫌いの為あまり一般の知名度は無いが、“個性”を打ち消す“個性”を持つ、抹消ヒーロー・イレイザーヘッド等は、ヒーロー業界でも屈指のエースである。

 

だが、関西の士傑高校もまた有名だ。

とかく雄英高校ばかり注目されがちだが、関西の雄、士傑高校もファットガムなど優れたヒーローを多く輩出している。

雄英高校に比べれば、確かに多くの面で多少劣ると言われても仕方ないが、この高校にもイレイザーヘッドに負けず劣らずのエースヒーローが教師として在籍していた――。

 

 

 

 

 

 

 

夕刻、下校時刻を過ぎ多くの学生が帰宅する。

ヒーロー科の者はまだ多く自習に励むが、普通科等の生徒には帰り道にどこに寄るかを相談しながら、笑顔で歩を進める者もいる。

そんな女生徒の一人が、校庭を歩く長身の教師へ手を振ってはにかんだ笑顔を見せた。

 

「お、岡せんせー!さよーならー!」

 

男は気怠げに振り返って軽く手を振る。

 

「おぅ。気ぃつけて帰りや」

 

女生徒は頬を赤らめて「なぁなっ!うち、岡せんせーと話しちゃったっ!」等と隣の友人とキャッキャと騒いで去っていく。

 

「岡せんせー、さいなら」

 

「あっ、岡じゃん!さよならっス」

 

「せんせー、ほなな」

 

普通科や経済科の少年少女らが足早に帰っていく。

その全てに一々返事をする程、教員の岡は愛想は良くない。

返事もせず、振り返りもせず、ただ掌をひらひらとさせて校舎裏の喫煙スペースまで怠そうに歩いていった。

さっきの女生徒は、返事も貰えて振り返っても貰えたのは、非常にレアな事だったのだ。

裏のベンチに腰掛け、ごく普通のワイシャツの内側からタバコを取り出す。

 

 

 

士傑高校一のエースヒーロー、教員の岡八郎。

年齢31歳。後輩にファットガム。関東の雄、雄英高校の有名教員陣とは何かと腐れ縁。“個性”は謎多き〝ガンツ〟。ヒーローネーム、ピンポンマン。

能力と一切関係の無い、ふざけきったヒーローネームは、若かりし頃にプロヒーロー仮免試験時に出会った雄英高校の少女に付けられたものだ。

露出狂かと思うほどのビキニとその上に羽織るコート…本人の言では「大胆にして実用的、機能美そのもの」のヒーロースーツを着、尖ったデカイサングラスを付けた派手な露出美少女…香山睡(かやまねむり)である。

そのスーツは色々と物議を醸し、日本のヒーロースーツに関する法整備に一躍買った露出過多ヒーロー・ミッドナイトとして今では有名だ。

高校卒業後、本当にそれを名乗ってデビューすると言ってやった際、その少女ですら慌てたという。

 

(…もう卒業シーズンか。来年は、もうちょい気張った奴入ってこんと…またミッドナイトのドヤ顔見させられんはキツイなぁ)

 

雄英高校で働く現役プロヒーロー、ミッドナイトこと香山睡とは出身校こそ違うが同学年であり、学生時分の仮免試験の時から何だかんだと今でも頻繁に連絡を取り合う仲だ。

香山の後輩、相澤消太(イレイザーヘッド)山田ひざし(プレゼント・マイク)ともその頃に知己を得て、今でも交流がある。

というよりも、最近は香山の後輩組…特にプレゼント・マイクから頻繁に連絡が来る。

曰く、「あんたが責任とらねーまま香山先輩は魅惑の三十路になっちまったヨ!?」との事であった。

岡八郎31歳。

色々と忙しいお年頃になりつつある。

教員として生徒の色々…指導…ケア…就職斡旋…他校との折衝。プロヒーローとして出動要請。そして、様々な人間関係。

色々と考えている内に、気付けば呑んでいたタバコは3本目だ。

 

「あかん、遅れる」

 

ちょっと一服のつもりだった。

自主練中のヒーロー科生徒達は、今も岡の到来を待っている筈だ。

 

「…なんか、全部オレがやっとる気ぃするな」

 

首を捻ってコリを解すと、骨がこきっと鳴る。

 

「………ファットガムを臨時講師に雇えんのかいな。ったく」

 

校長に何度も談判しているが中々実現しない。関西で圧倒的子供人気を誇る丸っこい後輩を思い出し、愚痴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?俺は何すりゃええねん」

 

体育館の一区画…訓練エリアに登場するやいなや、昼に頼んでおいた事を忘れている素振りの教師に、ヒーロー科1年肉倉精児(ししくらせいじ)はキツネ目を更に細くして岡を軽く睨んだ。

 

「私が昼にあれ程陳情した事をもうお忘れになったのですか!」

 

「冗談や。レベルアップしたから見てくれ…だったな」

 

「そうであります!」

 

まるで軍人か何かのように固い喋りの肉倉。今にも敬礼でもしそうだ。

対照的に、岡はやはり気怠げだった。

 

「…見るだけでええんか?」

 

「いえ!出来れば自分と手合わせ願います!」

 

「ええで」

 

短く答えたきり、岡は黙って肉倉の前に突っ立っていた。

 

「…?岡教員、“個性”はお使いにならないのですか?」

 

「アホやな。お前の“個性”は触れなきゃ使いもんにならん。俺に触れるか?」

 

「触れます!もう今までの自分とは思わないで頂きたい!」

 

生徒の勇ましい言いように、岡がニヤッと笑った。

 

「1対1じゃ“個性”使う気にもならん。えーから来い」

 

「っ!ならば遠慮無し!!」

 

肉倉の腕の肉がぶくぶくと膨れ上がり、ぶちゅるっと肉塊の弾丸が撃ち出される。

その肉の弾丸達は、しかも意思を持つように軌道を変えつつ岡に迫った。

 

「…肉倉ァ、確かにちぃっとは動きが良ーなっとる。頑張ったな」

 

「ありがとうございます!!」

 

「でもこの数じゃ俺には当たらへんよ」

 

岡は周り中を飛ぶ肉片を、今もひょいひょいと最小限の動きで躱し続けている。

実にリラックスした様子すらあった。

だが、1年間、岡に教えられていた肉倉も彼我の実力差はとっくに身に沁みていた。全く憤慨した様子も慌てた様子もない。

 

「そうでしょう!ですから、精度だけでなく数も増やす!我が精肉にもはや死角無し!」

 

肉倉の腕から更に肉塊がうねって飛び出る。

先程の奴よりも大きい。どうやら指を模した肉塊だ。

 

「ええな。だいぶ量も増えた。やるやないか」

 

「ありがとうございます!!」

 

生徒を褒める岡。肉倉の射出する肉の量も精度も実戦レベルになりつつある。

この1年間の成果が、3学期末になって結実しつつあると実感できるのは教員にとって大きな喜びだ。

岡の無表情の中にも歓喜があった。

見る人が見れば分かるレベルであったが、寡黙で無表情な岡八郎が喜んでいるのは確かだ。

肉倉精児は、多少嫌味で融通が利かない性格をしているが、士傑高校1年の中では三羽烏とも言える秀才であった。

当初は小生意気に色々と岡八郎に突っかかってきたりもしたが、今では熱心な岡信者とも言える。

岡が短い言葉で簡潔に褒めてくれれば、肉倉少年は至福を感じる程なのだ。

 

「…動きもええ。巧みに俺の逃げ道塞いどる。ほんま頑張っとるな」

 

「っ!…あ、ありがとうございます!!!」

 

実に簡単そうに避けているように見えるが、岡の動きも少しずつ激しい回避運動になっている。

気怠げモードで大体6割の力で回避しているから、肉倉の努力は大したものだ。なにせ、2学期までは気怠げモードの1割で全弾回避だったのだから。

だから、岡は、頑張った生徒にご褒美もやりたい気分になっていた。

 

「なら、ご褒美やらんとな。特別やで肉倉…俺の〝ハードスーツ〟、ちょこっと見せたる」

 

「っ!!あ、ありがとうございます!!!!」

 

岡は尋常ではない身体能力を持っている。

勿論それだけでなく、攻撃予測、危機察知、相手の戦力分析、弱点解析、etc…武闘派ヒーローとして求められる全てを高レベルで持っている。

そんな男だから、苛烈で危険な校外実習等でも岡は、生徒達の“個性”フル使用に対しても、“個性”不使用で完封してしまう事が多い。

岡八郎の“個性”を拝めるというのは、力量が認められた証拠でもあった。

 

「ガンツ、転送」

 

岡が呟くと、岡の腕が青白く光る。

 

(で、出たぁーーーー!!岡教員の黒光りする攻防一体の装甲腕っ!!太くっ!そして力強し!!)

 

キツネ目を大きくして肉倉は思わず見惚れてしまう。

そして、次の瞬間には『パウッ』と装甲腕の掌が光り、岡を激しく追尾していた肉塊達は一瞬にして霧散するのだった。

 

「い、一瞬…!は、はは………我、情けなし…!」

 

情けないと言いつつ肉倉の顔には、悔しさ以上に喜びがあった。

 

「おいおぃ、そこは悔しがらんとアカン。向上心持てや」

 

「持っております!今度は腕一本ではなく、二本…いや、全身を目指し、日夜特訓に精を出す所存!!」

 

「いや、ハードスーツは特別のご褒美やって。まずは俺にガンツスーツ着させるとこから頑張りや」

 

「はい!岡教員!!精進致します!」

 

ハードスーツの腕を再転送で消しつつ、直立不動の敬礼をしている生徒を見る。

 

「…毛原(もうら)現見(うつしみ)はもう帰ったのか?」

 

「いえ、先に食堂で夜食のパンを買い貯めておくと言っておりました」

 

「体育館の使用は8時までやで」

 

「はっ!心得てます」

 

そのまま別れ、後は全生徒が帰るまで職員室で生徒らの内申を…と思っていた岡だが、体育館を出る際にバッタリと毛原と現見に会って捕まってしまった。

結局、岡は8時まで彼らの特訓に付き合う事になってしまうのだった。

今日も残業は確定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡八郎が大阪の繁華街に現れる。

少しよれたサラリーマンといった姿であるが、長身で男前の岡がそういう格好をしていると、それだけでダンディ感溢れる魅力がある。

 

「…やっぱ先輩はずるいなぁ」

 

「なんやいきなり」

 

岡八郎を出迎えた黄色い丸っこい巨漢、プロヒーローのファットガムが嫉妬心全開で開口一番言った。

 

「頭もぼさぼさ、格好もよれよれ!なのに男前やん!いややわぁ!こんなんずるいわぁ」

 

「大阪一の人気ヒーローが何言うとる」

 

「あっ、いただきましたぁー!大阪一の人気ヒーロー!どの口が言うてんねん!ピンポンマンの方がぶっちぎりやん!」

 

「お子様人気はお前に敵わん」

 

それは暗に子供人気以外はピンポンマン…自分が持っていると自覚しているということだ。

ファットガムは愛嬌ある顔を思いっきりしかめてから、すぐに大きな歯をむき出しにして笑う。

 

「フフフ…先輩!子供人気こそ世情の人気指標やでぇ!」

 

「そう思う。俺はエンデヴァータイプやしな」

 

「そそ!実力あるけど嫌われもんや!」

 

「アホ。そこはフォローせんかい」

 

道頓堀で、目立つファットガムと、そして男前の大阪ヒーローとして有名な実力派・ピンポンマンがくっちゃべっているので、当然大阪の人々はすぐ気づく。

あっという間に周りは人だかりで、パシャパシャと携帯で撮影会が始まっていた。

ファットガムは愛想よく「どもー」とか言って手を振る。飴ちゃんもばら撒いている。

岡八郎は、薄く笑って軽く手をあげる程度。

対照的だが、この正反対な雰囲気のコンビは大阪で絶大な人気があった。

明るく陽気なファットガムと、クールでハードボイルドな雰囲気の岡八郎。

大阪を象徴する2大エースヒーローだ。

 

「通行の邪魔やな。先輩、歩きながら話そ」

 

「食べ歩きやろ、お前の目的」

 

「なははっ!ばれてるぅー」

 

道すがら、店の人々から「ファットぉ!うちの食っていき!」「こんなん作ってん!食ってみて!」「うそ!今日ピンポンマンおるやん!めちゃラッキーなんやけど!」と人々から施しを受けてしまう。

それを笑顔で受け取るファットガムを横目で眺めつつ、岡八郎は本題を促した。

 

「で、なんや。せっかくのオフの日に呼び出して」

 

「すんません、忙しい時に。…もう卒業シーズンですもんね」

 

「ああ」

 

「毛原くん、卒業したら下さいよ」

 

「まだ来年2年や。それに本人の希望優先だしな。第一、お前雄英高校の2年に唾つけとんのやろ?」

 

「うわー、耳早いなぁ。そうなんですよ。有望株で、おもろい“個性”持ってるんです。環くん、いうんですけどね」

 

「…天喰環(あまじきたまき)か。確か〝再現〟の子だったな」

 

「うぉ、さっすが教師。把握してるぅ!」

 

「…また話それたで」

 

「すんません。で、なんやけど…またクスリ…えらい出回ってて、それで調べたら国内に小さい工場見つけたんですわ」

 

「またか」

 

「そや、またなんや…んで……忙しいとは重々承知しとるんですけどォ…その…」

 

「構へん。俺が突っ込むんが安全やからな。で、どこや」

 

「ミナミです」

 

「…じゃあ行こか。今からやれば昼前には終わるやろ。そしたらお前の奢りで昼行こう」

 

「ひゃー、後輩に奢らすんですか」

 

「肉吸いで勘弁したるわ」

 

「おっ、いいですねェ!肉吸い!」

 

「…決まりやな。行くで」

 

「うす」

 

大通り、少し開けた所で二人は足を止める。

 

「ガンツ、エアバイク」

 

岡八郎が呟けば、青白い光線がその場で3Dモデルを構築するかのように、黒い大きな機械を呼び出す。

 

「…相変わらず、チートやな」

 

「謎ばっかやな、ガンツ」

 

個性(ガンツ)”の主、岡八郎にとってさえ、ガンツは未知数な所が多い。自他共に認める未知の“個性”だ。

()()()は使い捨てだった武器の数々も、1日のインターバルを挟めば自動修復されるようになっているし、あの得点集計機能も消えていた。大分変質していて、岡でさえ全てを把握していない…かもしれない。

今も、時折政府から“個性”解析の為に定期検診を受けるよう依頼が来る程だった。ガンツが齎す超アイテムの数々のメカニズムが解明できれば、日本のみならず人類全体の科学水準が爆発的に進化するだろう。

残念ながら、未だに殆ど解明できていないが…。

 

「それ自分で言う?」

 

ファットガムもやや呆れて突っ込む。

そうこうしている内に、大きな一輪バイクが二人の目の前に出現していた。中央のスペースが操縦席、タイヤの前部にエンジン、後部に座席。

バイク全体の周りを、更に黒い輪っかが横倒しになって覆っている。

本体を囲む横倒しの輪っかが飛行ユニットだ。

本来は、飛行ユニット無しに一輪で激走する一輪バイクである。

 

「乗れ」

 

座席に腰掛け、後部座席を親指で指す岡。

 

「うーん、ほんま不思議やなぁ」

 

ファットガムの巨体ですら危なげなく座れてしまう程に丈夫なバイクだ。

岡がアクセルを吹かすと、エアバイクは『ドッドッドッ』と唸るようなエンジン音を轟かせて浮かび上がる。

周りの民間人達は、やはりあっという間に人垣を作って岡のバイクの撮影会だ。

ファットガムが笑顔で眼下の人々へ手を振る。

 

「落ちるなよ」

 

一言ボソリと言って、岡はアクセルをフルスロットル。

エアバイクは滑るように空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれやな」

 

「そです」

 

エアバイクから見下ろす。

鬱蒼とした雑木林の中に、一見寂れた廃工場らしきものがある。

 

「もう周りに警官隊はいるな」

 

空から見ると分かるが、あの隠れ方ならば工場からは見えないだろう。

どうもエアバイクでの移動時間も計算して、この後輩は事前に警官隊に要請していたらしい。相変わらず用意が良い。

 

「裏からお前、表から俺でええか?」

 

「はい!またそれで頼んます」

 

そして、徐に二人はエアバイクを飛び降りた。

落ちながら、岡八郎はノーマルスーツを転送させ纏っていく。

通常ならば、ほぼ全てのヒーローは専門の会社に依頼し、国の審査を経た上でヒーロースーツを纏う。

だが、岡八郎は“個性”の都合上、身体能力向上のガンツスーツがあるのでヒーロースーツがいらない。

一応、正規のヒーロースーツはあるが高校卒業以来一度も袖を通していないのだ。ヒーロースーツ涙目である。

落ちつつ、後輩へ掌をひらひらさせるだけの挨拶で別れ、そして見事な着地。

と同時に扉を蹴破った。

 

「なんや!?」

 

「正義のヒーローや。お前ら皆、死にたくなかったら大人しくしーや」

 

一目見てスジモンと分かる男共がわんさといる。

 

「何やコラァ!?」

 

「てめぇ礼状あんのかコラァ!」

 

「っっすっぞてめぇコラァ!!」

 

恫喝の叫びをあげつつ、全員が懐から銃を取り出して躊躇無く発砲。

だが、岡はそれらを各々の目線、指の動き、銃口の向き、それらを見ただけで最小限の動きで回避していく。

腰のXガンもYガンも、ブレードも展開すらしない。

 

「っ!あいつ!ピンポンマンや!!」

 

「うそやろ…当たらん!」

 

「エンデヴァーとためはるっちゅーんはマジや!!やばいで!」

 

ふぅー、と軽く息を吐いて岡は足へ力を入れる。

 

――ギュィィィィン

 

スーツの脹脛が血管が浮き出るように異様な膨張を見せ、そして岡は跳ねた。

『ボンッ』とコンクリートが砕ける。横に跳ね、壁を蹴る。ヤクザ者の背後に着地、そして間髪入れず跳ねる。

それを繰り返すこと数度、ヤクザ達の怒号と銃声が少し響いて、しかしものの数分でそこは静かになった。

直後、扉から警官隊がわんさと突入してくる。

 

「あっ!も、もう皆倒れてる!?」

 

「うっわ…これが、ピンポンマンかぁーー!かっけぇぇ!」

 

警官隊の中にもピンポンマンのファンが多い。

マヌケなヒーロー名に誰もが一度は吹いてしまうが、実働する姿を見ればヴィランと見紛う黒尽くめの装備の数々は、岡八郎の危険な雰囲気も相まって全ヒーローの中でも異色のスタイリッシュさを醸し出している。

そのギャップが萌えると一部の者達からの支持も厚い。

倒れたヤクザ達を次々に確保していく警官。

 

(…後は裏手組か―――)

 

岡がそう思った時、その裏手方面から轟音が響く。

余程のことでもない限り、後輩のファットガムは大丈夫だ。

それは確信しているが、ファットガムが自分を呼んだのだから、きっと後輩が追っているヴィランの影がここにはあるに違いない。

凄まじい跳躍の連続で、岡は2秒とかからずに裏手へと到着。

 

「無事か?」

 

「あきまへん!」

 

体中を掻きむしっているファットガムと警官達が床の上で悶えていた。

 

「…痒くなる“個性”か?」

 

「みたいですわ!もうノミに噛まれたみたいにめっちゃかゆーてかゆーて!地獄や!!あっ!先輩後ろ!!」

 

「っ!」

 

言われると同時に背後に気配を感じ、岡は咄嗟に跳ねた。

先程まで岡がいた場所に、ノミのような虫人間が多数ある拳を突き立てていた。

 

「のーみのみのみ(笑い声)!畜生!ハズレたまんねーん!」

 

こてこてのキャラであった。

 

「拳で接近戦…つまり、接触系で対象に痒みを与える、か?」

 

「ちゃうわっ!わてはノミじゃ!ノミっちゅーたら、この立派なそそり勃つ馬並みのごん太針でぶっ刺すが故に痒いにきまっちょるんやで!!」

 

ノミ男が言うが、そんな理由でファットガムが痒みを食らうわけがないと岡は思う。

案の定、背後で痒みに苦しむファットガムはそれを否定した。

 

「ちゃうで!先輩、そいつきっとノミ操ったりできるんちゃうかな!?俺触られてないもん!」

 

「チッ!」

 

ノミ男が舌打ち。

 

「そうらしい。俺の足元に黒い点おるわ。ノミやな、これ」

 

岡は這い寄っていた黒点の群れを発見していた。

 

「のみのみのみのみ(笑い声)!分かった所でどうしようもないでぇ~!既にピンポンマン包囲網は出来上がっとるさかい!かかれワイの可愛いノミちゃんズ!」

 

壁、天井、そして床、無数の黒点が一斉に跳ねる。

見る人が見れば、この時点で失神しそうなおぞましい光景だ。

 

(雄英の山田あたりだったら、ここでK.Oやな)

 

虫嫌いの他校の後輩を思い出し、クスリと笑いつつ岡八郎は“個性”〝ガンツ〟を起動した。

普段は呟くが、実は起動を念じただけで呼び出せる。

次の瞬間には岡の肉体を、黒いマッシブな装甲服が覆っていた。

特に目を引くのは腕と頭だろう。

頭は10の青白い光点の目があるような無機質な黒いマスク。マスクの後頭部から生える無数の管。

そして腕は身長と同じぐらい長く、そして丸太のように太い。

 

「気ーつけや。この姿になると、弾けるで」

 

この強力な外骨格スーツ…ハードスーツ・通称『岡スーツ』は、岡八郎の最も象徴的な姿として多くの人々に認識されている。

このスーツは岡の戦闘センスもあって、まさに強力無比。

長年使用し続けた事で、様々な応用的使用方も岡は見出していた。

 

――チュイイイイイイイイイイン

 

ハードスーツが独特の唸りを上げた。

腕から射出すべきエネルギーを、全身に付いている丸い液晶メーターからエネルギー派として放つ。

『パァッ』という音ともに放たれたエネルギー派が、岡に群がろうとしていたノミ達を瞬時に消滅させてしまう。

 

(…ぬらりひょん(100点)の真似みたいで、気にくわんけどな)

 

岡の遠い記憶にある、かつて己を殺した強敵。

そいつが放っていた不可視の波動攻撃の要領であった。

 

(…生まれ変わっても、この黒アメちゃんと付き合う事になるなんてな。まったく…こいつは俺のストーカーかっちゅーねん)

 

それとも、今回も黒アメ(ガンツ)のせいだろうか。

そんな事も時折考えるが、ガンツに強制転送される事もなく今の人生31年が過ぎている。かつての世界での命懸けのゲームの記憶も、もはや大分薄い。

それに、逆に今では岡の命令でガンツは起動し、望んだ所で望んだ働きをしてくれるという…唯一無二の“個性”として己の半身にすらなっていた。

つくづく謎の物体である。

 

「…!わ、わいの…可愛いノミちゃん達がぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

愕然としたノミ男に、岡は表情の窺えぬ10の目を向けていた。

 

「悪いな。こう見えて俺、学生時代…ピンポンやってんねん」

 

『パァッ』と、光弾がノミ男の脳天に直撃し、「ぎゃっ」と叫んで昏倒した。

勿論、出力は調整してあるので殺していない。

 

「…おーい、ファットガム。やっといたで」

 

まだ背後で体中をかいかいしている黄色い丸だるまの後輩に、岡はなんとも怠そうな声で終了を宣言した。

 

「あーっかゆっ!かゆかゆかゆっ!届かん!あっ、背中の真ん中ァーー!!届かんねん!そこっ!警官ちゃん、そこやで!そうそうそこ!」

 

「…いつまでやっとんねん」

 

結局、保健所に殺虫剤噴霧をされるまでファットガムと一部警官隊は痒みに苦しむ事になったのだった。

昼飯が流れたのは言うまでもない。

 



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先生は忙しい

“個性”が蔓延し、通常の人間の身体能力を競うだけのオリンピックは衰退し消えた。

現代日本では、雄英体育祭はオリンピックに変わって日本国民を熱狂させている。

諸外国も似たようなイベントで国威発揚をし、蔓延るヴィランの潜在的脅威を忘れて一時の平和を享受するのだ。

 

雄英体育祭は、日本国民全員が注目すると言っても過言ではない。

政治家、官僚、文系、理系、無“個性”、偉い人、下っ端、ブルーカラー、ホワイトカラー、老若男女、ヒーロー、ヴィラン、問わず皆が一度は見る。

ヒーローは未来のサイドキック(相棒)や弟子の発掘、ヴィランは未来の大敵のデータ集めの名目でより熱心に見る。

当然、雄英高校関係者以外も見に来る。

他校の教員も来る。

 

何十夜ものデスゲームを潜り抜けたあの男も、出張の名目で来るのは当然のことだった。

今では士傑高校の教師なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育祭本番当日…朝早く。

雄英高校のヒーロー科1年A組、芦戸(あしど)三奈(みな)は桃紫色の肌と昆虫を思わせる角を持った異形系の少女だ。

所謂、悪魔少女的な見た目をしているが、秀才鬼才天才揃いでおまけに美女揃いの雄英高校に相応しく美少女である。

そして、この年頃の少女らしく恋バナが大好物で、しかも恋関連の観察眼や()()()を嗅ぎつける能力が凄まじい。

もうじき体育祭の幕が開く。1年A組の少女二人が軽い偵察の為、会場に前乗りしていた。

 

「あれ?」

 

その芦戸三奈が、担任ではないものの色々と縁深い教員、ミッドナイトこと香山睡を見て違和感を感じた。

 

「どうしたの?三奈ちゃん」

 

カエルっぽい、これまた美少女と呼んで差し支えのない蛙吹梅雨(あすい つゆ)が素っ頓狂な声をだした友人を首を傾げながら見る。

 

「梅雨ちゃん、見て。ミッドナイト…香山先生さ、ちょっと雰囲気違くない?」

 

「…ケロ」

 

プレゼント・マイクやイレイザーヘッド、校長も交えて話し込んでいるミッドナイトを、蛙吹はジッと観察する。

 

「…確かに、いつもと化粧が違うわね」

 

「だよね?……あれって…ひょっとして…」

 

芦戸三奈がククク…と笑う。

 

「雄英体育祭は全国放送の人気番組だから、化粧を変えたんじゃない?」

 

「違う!違うよ梅雨ちゃん!いつもの香山先生より、ほら!薄化粧じゃない!?リップの色もナチュラル系!」

 

「…ケロ」

 

蛙吹梅雨も年頃の少女。人並みに化粧にも興味があるが、芦戸三奈ほど詳しくはない。

だが観察眼はある。

 

「確かにそうね」

 

「ほらそうでしょ!?キタこれーー!!」

 

「なにが?」

 

「香山先生だよ!?ミッドナイトだよ!?18禁ヒーローだよ!?いつも学校でさえバッチシメイクで色気振りまいてるのに、全国放送の体育祭であんな抑えめメイクに変える!?」

 

「うーん、カエルかも…?ケロ」

 

「変えないよ!先生の性格上絶対変えない!これは恋の予感だよ!!」

 

「…三奈ちゃんはすぐに恋バナに結びつけるのね」

 

「薄化粧好みの彼氏が見に来るんだよ!香山先生、すっごい美人なのに男の噂聞かないのは、きっと遠恋の一途な恋愛してるんだよ!」

 

関係ない話しも恋バナに結びつけたいという芦戸三奈の信念が、とんでも推理を完成させていた。

蛙吹梅雨も、無表情と思われがちな愛嬌ある顔を少し困らせて首をまた傾げた。

 

「おーい、お前らもうじき時間だぞー控え室行くぞー」

 

勝手口の方で、手を振りながら電気少年・上鳴が呼ぶ。

 

「はいはーい、今行くよ~」

 

芦戸と蛙吹はとてとてと歩きながら、「ね…、これは秘かに香山先生チェックだよ、梅雨ちゃん!」「そうなのかしら」他愛も無い会話を継続させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の1年主審はミッドナイト。

念入りに打ち合わせをし、そして会場を盛り上げながらも大事故も無く無難に会を進行させていった。

だが、ミッドナイトは秘かに、しかし割と必死に数千人以上を収容できる会場の客席…とくに他校からの来賓席を素早くチェックし続けていた。

 

「さーて第二種目よ!!私はもう知ってるけど~~~~~…!!」

(…あっちの来賓席にもいないの!?あいつ…ほんとに来てんでしょうね!?今朝のLIMEも既読スルーして!!)

 

司会進行しつつ、目当ての人物が見つからない憤慨も募らせる。

 

「あくまで騎馬戦!悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカード!一発退場とします!それじゃ、これより15分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!!」

 

基本的ルールを説明し、15分のチーム決めタイムを取り、そしてミッドナイト自身もその時間を有効利用する。

目を皿のようにし、他校教員のゲスト席を片っ端からチェック。

チェック、チェック、チェック…。

 

「…ぬ、ぬ、ぬ」

(あいつ…まさか、ステルスで隠れて見てるとか)

 

壇上で、爪をかじってイラつくミッドナイト。

 

「……15分経ったわ…………それじゃあ、いよいよ始めるわよ……」

 

時間が来てしまい、何やらテンションが下がっている雰囲気のミッドナイトに生徒達も あれ? という顔。

 

「なんかミッドナイト、不機嫌?」

 

麗日お茶子がコソッと緑谷出久に耳打ちすると、背後の峰田が「生r――」何かを言いかけて蛙吹梅雨のベロ攻撃で頬を強打されていた。

 

「…いひっ。ねっ、ねねっ、梅雨ちゃん…」

 

コソッと芦戸三奈が梅雨の隣に来て耳打ち。

もうじき敵味方に別れて点数の奪い合いをするというのに…一体どんな重要事だ、と蛙吹は芦戸に耳を貸す。

 

「やっぱミッドナイトの様子変だよ~!きっと彼氏見つからないんだって!」

 

「…またそれ?三奈ちゃん、ちょっといい加減にしておきましょう。今はそれどころじゃないし」

 

「ちぇー…はーい」

 

友人の忠告を受け入れ素直に引き下がる。

ここはこれで終わり、流れていったのだが…。

盛り上がりを見せた騎馬戦も終わり、午後のトーナメント戦に向けて昼の休憩に入った時、ミッドナイトは午後の部の進行の再確認を運営委員達と行い、自分も昼飯にしようと控室に向かおうとする。

すると通路に、背の高いスーツ姿の男が立っていた。

髪は七三、メガネを掛けた男。

 

「…あっ!?」

 

「なんや、デカイ声だして」

 

変装(そっち)で来てたの!?あー、しまった…その線を考えて無かったわ…」

 

「変装やない。正装や」

 

教員というのは出張し他校に赴くときはスーツ。これは基本である。

だがミッドナイトにも言い分はある。それももっともらしい言い分だ。

 

「教員と言えどもヒーロー!ヒーローの正装はヒーロースーツ!これは常識よ!」

 

「…別にヒーローのピンポンマンとして来たわけちゃうしなぁ」

 

「それ、ヒーローとしての気の緩みなんじゃないの?

ヒーローなら常にヒーローらしくなさいな」

 

つかつかヒールの音高らかに岡八郎へ寄ると、ピシリと整っていたネクタイを掴んで長身の彼を引き寄せてミッドナイトは蠱惑的に微笑んだ。

 

「ほら。油断してるからこんな簡単にあなたの首根っこ、捕まえられる」

 

「おいおい。人目を気にしぃや。ここはお前の学校(職場)やろが。

こんな際どい光景、学校に広まったら…停職で済めば御の字やな」

 

「あら?私は18禁ヒーローよ?この程度日常茶飯事なのよ」

 

ミッドナイトがネクタイを引っ張る力を更に強めた所で、岡八郎はようやく抵抗した。

あっという間にミッドナイトの腕を捻って逆に己の胸へ引き寄せる。

 

「きゃっ、あ、あら…なんだ。やっぱりその下にヒーロースーツは着てたの?」

 

「アホ。この程度ガンツスーツ無しでも出来る。ほら、まだ仕事中だ。さっさと行ってこい」

 

岡がミッドナイトの背を押して仕事へ向かうよう後押しすれば、

ミッドナイトは口を尖らせてぶーたれつつも歩を進めるのだった。

だがすぐに振り返って彼を見る。

 

「すぐ帰らないでよ!終わったら飲み行くわよ!」

 

「…日帰りで副校長に報告せなアカン」

 

「んなもん電話でいいでしょ!久しぶりに会えた私と仕事、どっちが大事!?」

 

「わかったわかった。わかったから行ってきぃや」

 

「ん。それでよろしい♪」

 

うんうんと満足気に頷きながらミッドナイトは廊下の向こうへと消えていく。

岡八郎も決して嫌なわけではないし、彼女との交流が面倒なわけでもない。

面倒ならばわざわざ運営サイドが通るこの廊下で彼女を待ちはしない。

岡八郎の目的の一つは、間違いなくミッドナイト…香山睡だった。

普段からポーカーフェイスの岡八郎で、さらに今はスーツにメガネであるから感情の変化が読み取り難いが、岡八郎にとっても彼女との短い交流は楽しいものだった。

微かに笑い、去っていくミッドナイトの背を見送る。

 

 

 

 

 

そしてその光景を陰から覗く三対の目。

芦戸三奈、蛙吹梅雨。と、今度はその二人に麗日お茶子までが加わっていた。

どこか目を輝かせ、そして頬を薄っすら染めている顔が串団子のように縦に連なって壁の陰から飛び出している。

 

「お、大人の恋の駆け引き…!?」

 

「ケロ…まさか三奈ちゃんの妄言が…当たってた?」

 

「う、うわぁ…さっきのネクタイくいってやるの…ドラマとか映画でしか見たことない…」

 

そんな風にキャッキャと小声で騒いでいる。

勿論、やり手のヒーローであるミッドナイトも、ピンポンマンこと岡八郎も彼女らに気づいてはいた。

だが、ミッドナイトも言った通り、別にこのレベルまでなら見られようが全く問題ないのだ。

雄英高校ではミッドナイトの過激さは有名で、この程度今更…といった感がある。

〝行為〟にまで至っていなければセーフ。

そういう風潮が彼女には出来上がっているし、またプロヒーロー・ミッドナイトの仮面を外し、香山睡の顔になれば彼女は貞操観念もしっかりした出来た人間だ。

過激なセクシーを売りにする18禁ヒーローとメディアにも騒がれるものの、ミッドナイトのスクープとしてそういう不純異性交遊がスッパヌカれた事はない。

それを芦戸三奈は何やら納得した顔で考察していた。

 

「ほーら、やっぱり香山先生は決めた人がいたんだ!だから18禁ヒーローの割に浮いた話一個もないんだよ!」

 

その言葉に、今度は特に否定も疑念も抱かない蛙吹。

麗日お茶子も同意の意を込めて何度も首を縦に振っていた。

 

 

 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

早いもので、もうじきプロヒーロー仮免試験である。

今年度の参加者は、2年生学級委員長の毛原長昌、肉倉精児、現見ケミィ…そして、1年の夜嵐イナサ。

特に、ヒーロー科の教員として、岡は1年の夜嵐に期待してしまう。

西の士傑、東の雄英と謳われるヒーロー育成機関としての双璧…夜嵐イナサはその東の雄英の推薦1位合格を蹴って、この士傑高校に入学してきた傑物であった。

教員達の満場一致の推薦もあって、特例で夜嵐イナサは受験を認められたのだ。

 

「夜嵐イナサ」

 

「あっ!岡先生!こんちわッス!」

 

「お前、今度の仮免試験に出るか?」

 

「え!?出ていいんスか!」

 

「1学期の成績見るに、イケるやろ。まー、落ちてもともとや。腕試しがてら出たいなら出てえーぞ」

 

「出るっス!出るっス!!」

 

「なら、これに目ェ通しとけ」

 

「ウス!!」

 

毬栗頭の巨漢が(190cm)ぴょいこらぴょいこら跳ねるものだから廊下の天井にぶつかりそうだ。

興奮してる為か“個性”の〝旋風〟でジャンプにブーストがかかっているから尚更だ。

吹き上がる風に岡は目を細める。

 

「おい、イナサ。風引っ込めーや」

 

「え!?出ちゃってるっスか!?」

 

二人の後ろで女生徒がスカートを押さえて「キャー!イナサくんのエッチ!」と叫んでいる。

 

「うわぁ!?すんません!!女子になんてハレンチな真似をっ!!どうも!大変!失礼致しましたァ!!」

 

廊下の床に頭突きをするぐらいにダイナミックに頭を下げて謝るイナサ。

床に毬栗頭をごりごり押し付けているイナサを尻目に、岡は他の受験予定生3人を探す。

階を昇り、2年生エリアを彷徨えば目当ての生徒はすぐ見つかる。

 

「…毛原」

 

「岡先生。何用でしょうか」

 

毛むくじゃらの、これまたガタイの良い男…毛原長昌。

〝伸毛〟の“個性”のために、王道的な雪男の容姿…或いは、某有名銀河戦争SFフォース映画に出てくるウーキ○族的な見た目で、表情は窺いづらいが実直で誠実な男だ。

教員の指名で学級委員長を任せられる事からも、その真面目さが窺える。

 

「ほれ、来週の仮免試験の資料や。軽くでえーから目ェ通しておきや」

 

「ありがとうございます。…フム、なるほど。例年通りまずは雄英潰しから…やはり」

 

「まっ、それは伝統やな。何かと目立つからな…あそこは。…後は肉倉と現見やな……あいつら学食か?」

 

「肉倉は学食です。現見は…隣のクラスで弁当だっと記憶しています」

 

「さすがやな、委員長。助かる」

 

腕時計を見れば、昼休みも既に半分。

さっさと渡さないと自分の食事時間が無くなってしまう。岡はやや足早に残り二人の探索を開始した。

まずは近場の隣のクラス…現見ケミィだ。

 

「入るで」

 

ガラッと開ければ、そこには姦しい女子達が大小様々なグループで昼ご飯に興じている。

 

「あっ♪岡せんせー。やっほー」

 

「岡やー、なー岡、一緒に食べよ」

 

「珍しいやん~、センセっ、こっち空いてるで」

 

雄英に比べイマイチぱっとしない士傑高校ヒーロー科の教員達の中で、岡八郎は群を抜く。

一人だけ、長身でワイルドな風貌の男前であり、そして全国レベル、世界レベルのヒーロー。

当然、男女共に生徒から絶大な人気がある。

しかも士傑高校は、ヒーロー科、普通科拘らず、生徒の不純異性交遊を全面禁止…自然と〝先生に相談したい事がある〟とか称して女生徒は虎視眈々と岡を狙っているのだ。

岡を視界に収めると、あからさまに短めのスカートで足組みを頻繁に組み替えたりして挑発する。

男子生徒がそのおこぼれをこっそりと狙うのは、思春期なら当たり前だった。

 

「アホ。ウチは厳しい校風なんや。シャキッとしーや。…で、現見は?おるか?」

 

「えー?ケミィ狙いですかーセンセー。ケミィなら飲みもん忘れた~って売店行ったで」

 

「うちの方がおっぱい大きいでー、先生~」

 

「あははっ、あんたオッパイだけやなくて腹もデカイやん。むんずと掴める横っ腹~」

 

「うっさいわボケ~!摘むな!」

 

ほどほどにしとき、と呟き岡は教室から出る。厳しい校風とは何だったのか、と思わされる景色だ。

だがまぁ常に気を張り詰めていては弓の弦も切れる。あの子らも、今はあの調子だがいざ授業が始まると別人かのようにビシッとなるのだから面白い。

「あー岡~行かんといて~」などとフザケた声を捨て置いて、岡は売店に向かうも、やはりそこにも現見ケミィはいなかった。引き続きふらふらと歩き回る。

しかし、とうとう現見を発見する前に食堂から戻ってきた肉倉を発見してしまった。

取り敢えずは肉倉にも資料を渡す。

岡は考えた。

 

(…もうじき予鈴なるな………おかしい。現見はアホやが、意外と突拍子もない動きはせん。普段と違う事が起きるのは……何かある)

 

“個性”〝ガンツ〟でレーダー機を転送。

生徒や他の職員のプライベートの侵害に繋がるとして、校長からも使用は控えるようにとお達しが出されているレーダーだが、岡はいざとなれば簡単にルールを破る。それだけの肝は座っている男だ。

 

(…赤い点おるやないか。敵意持った奴…おるな)

 

敵意を持つ者、或いは敵として設定した者を電子マップ上に表示するレーダー。これ一つで“個性”として成り立ちそうな程に便利で強力な能力だ。

岡はこういう便利過ぎる装備を幾つも持つのだ。後輩ヒーロー、ファットガムが「チートや!」と文句を垂れるのが分かるというものだ。

直様、岡は非常ベルを…鳴らすことはしない。

そうすれば敵意を持った者が「侵入がバレた」と気付いてしまう。

いつものように、気怠げに職員室へ。そして、居合わせた職員達に伝達。

 

「校舎裏に…敵意反応ですか。しかも現見が見当たらない…分かりました。直ぐに動ける教員を周囲に配置します」

 

「お願いします。直接は俺が仕掛けるんで」

 

「ご存分にどうぞ、岡先生。周りは固めます…逃しませんよ」

 

教員達の動きは迅速で淀みない。

雄英高校もだが、士傑高校も西の雄として並み以上の施設、人員がいる。

だが、その施設内に警備の目を盗んで入ってきている時点で侵入者は只者ではないのだ。

予め決められていた緊急時の校内放送…「副校長先生、ポストに青い荷物が届いております」というメッセージを流せば教職員達は直ちに動く。

生徒にすら気取られぬよう、校舎裏付近に職員らが集まりだしていた。

そして…。

 

(…現見が倒れとる。…生命反応有り。…最悪の状況やない。そして、あいつの顔…おいおい、指名手配犯の渡我被身子やないか?)

 

屋上から、ハードスーツの10の目で校舎裏を眼下に見る岡。

勿論、姿はステルスで不可視としているし、長年の戦闘経験で身につけた高度な気配消しの技術まで使っているものだから、余程の達人でも気付けない。

この光学迷彩機能すら、単一の“個性”として成り立つ程の強力な性能がある。

 

ゆら…と落ちるように、音も無く岡は落下した。

ひゅうぅ、と風を切る音で、現見ケミィの首元へ口を伸ばそうとしていた渡我被身子は、咄嗟に空を見た。

 

――ドゥッ

 

落下と同時に、渡我被身子の足を豪腕で叩き潰していた。

 

「っ!あ…!ぐ…っ!」

 

まずは機動力を削ぐ。

岡八郎はヒーローだ。

だが、手足の一本ぐらい別にえーやろ…そういうヒーローであった。

その姿勢には賛否両論、付きまとう。

「ピンポンマンはオールマイトの後継者成り得ない」「エンデヴァーよりもある意味で苛烈」…ピンポンマンには、常にそういう評価が纏わり付く。

 

――バチッ、バチバチ…

 

火花が散るような音を立てて、完全な透明から磨りガラス越しの透明に、そして完全な実体へ。

異形とも思える豪腕を持った巨漢が、渡我被身子を見下ろして現れた。

 

「先に謝っとくで。うちの生徒を襲ったんや無かったらスマンな。足一本、堪忍しろや」

 

「っ…あはっ♪知ってますよぉ、ピンポンマンだ。そんなでっかいのに気付かれないなんて…凄いですねぇ」

 

潰れて血だらけになった己の足を見て、見下ろしてくる黒い大男を見て、そしてトガは頬を紅く染めて恍惚然とした声で岡へ言う。

 

「…うちの現見に手ェ出したな?」

 

「ん~?出してませ――っ!?がっ!!」

 

ハードスーツの後頭部から生える無数の機械触手。その一本が高速でトガの腹にめり込んでいた。

 

「別にえーんや。お前は喋らんでもな。…状況証拠で充分やからなァ。続きは、タルタロスででも喋れや」

 

「が、は……ひゅー、ひゅー……お、じ…さん……素敵、です、ね……あは…よーしゃ、ないんだ……」

 

「こー見えてもなー、優しくなった方や。昔は、捕獲なんて考えた事も無かったからな」

 

触手がまた二本。倒れるトガの両腕に高速で叩きつけられると、ゴシャリッ、と嫌な音がしてトガの両腕が潰れた。

 

「っ!あ…!あっ!…っ!」

 

無力化完了。岡の合図で、周囲の教員が一斉に飛び出す。

連絡を受けていた警察も、直に来るだろう。

 

「お、岡先生…!ちょっとやりすぎでは!?」

 

トガを取り押さえる教員の一人が声を荒げるが、岡は意に介さない。

心で(アホ…)と思うのみだ。

 

「そーですかね。でも、そいつ…全国指名手配犯の渡我被身子ですよ?」

 

「え!?そ、そうなんですか!?」

 

「そいつの心配よりうちの生徒の心配でしょう、普通は。先生、現見のこと頼んます。俺は警察に出向しなきゃでしょうから」

 

保健の先生へと現見を託し、岡八郎はスーツを解除していくと、そこにはいつものボサボサ頭のジャージ男が現れる。

「あっちでタバコ吸ってます」と呟いて、警察が来るまで岡はずっとくつろいでいるのだった。

翌日の紙面を、ピンポンマンの活躍と渡我被身子逮捕のニュースが飾る。

 

『やりすぎ!?ピンポンマン!美少女の足をもぐ!』

『お手柄!ピンポンマン!やはり関西の雄は強かった!』

『連続通り魔美少女渡我被身子、ピンポンマンにお手上げ!』

 

文屋は今日もセンセーショナルな文字を羅列させ、好き勝手に騒ぐ。

岡八郎の日々は常に事も無い。

彼にとってはこの程度ですら平和の範疇だった。

 



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退屈

岡八郎はプロヒーローである。

だが、それは彼の上っ面でしかない。

彼の本質は、恋人の香山睡(ミッドナイト)も、旧友の相澤消太(イレイザーヘッド)山田ひざし(プレゼント・マイク)も、後輩の豊満太志郎(ファットガム)も知らない。

いや、薄っすらとその上澄みの香り程度は感じ取っているかもしれないが、彼の獣の如き危険でタフな精神性を甘く見ている。

彼の本質は、命を命とも思わない極めて冷酷冷徹なもので、命のやり取りを行っている時にこそ脳内の快楽物質の解放を感じ取り、己の生の充足を味わう。

そういう男だった。

 

 

岡八郎は教師である。

しかしそれは彼の心に芯から適う職業ではない。天職ではない。

彼はかつて…一度死ぬ前、銀行員だった事もある。

彼は頭が良いから、そうやって表向き、社会的信用を得る事の出来るオカタイ職に付くことを選ぶ。

彼は誰よりも猫かぶりが上手い。

彼は、ぱっと見、誰の目から見ても人付き合いも無難に行い、生徒の話にも耳を傾け、生徒の世話もきちんと熟す。

教員としての岡八郎を知る者は誰もが彼をこう評するだろう。

「彼は生徒思いの、素晴らしい教師です」と。

士傑高校の誰も、岡八郎の本質を知りはしない。

彼の本質は、己の勝利の為なら誰でも彼でも生贄に捧げる事を躊躇わないものだ。

未知の脅威の敵と相対した時、彼は友人知人が危険にさらされようが助けないだろう。

たとえ生徒や一般人がヴィランとの戦いに巻き込まれ命を落とそうとも、それで敵の手の内が明かされて自分の勝利につながるならば、ジッといつまでも敵を観察できる…。

そういう男だった。

 

 

岡八郎は快楽殺人者ではない。頭もキレる。

だから己が絶対的に破滅するような無謀なゲームには挑まない。

結局の所、彼が求めるのは極限の死線を潜り抜けて最後には己が勝てる…そういうスレスレの快感であり、自分が死んでも良いとは思っていない。

戦っているのだ。いつかはその戦いの中で死ぬことはあるだろうが、岡八郎は死にたがりではない。

だから、かつてソロプレイに徹し、それ故にぬらりひょんに敗北した事から、今の世では協力者を作るよう心掛けてもいる。

報奨が出るから計算ずくで市民を守り、救助する。

彼は計算ずくで弱き者のヒーローであり、計算ずくで法的正義側に付き、計算ずくで合法的に敵を殺す。

観衆や警察等の味方がいる時は控えるが、ヴィランを煽るだけ煽り追い詰め、がむしゃら状態にして正当防衛を適応し、殺す。

プロヒーローとてヴィラン殺しは重大な問題行為だが、時と場合においては正当防衛が認められる。

しかしそんなものでは足りない。制限がありすぎるのだ。

岡八郎はいつだって飢えている。

どうしようもなく飢えている。

 

美しい恋人を抱こうが満たされない。

ヴィランの手足をもごうが満たされない。

この飢餓感は、『〝敵〟の命』というトロフィーを得ねば決して満たされないと岡は知っている。

 

岡八郎はデスゲームを望む。

それも自分が勝てるデスゲームだ。

所詮この世界は、デスゲームの後の延長戦だ。彼はそう思っている。

ゲームのおまけステージ。エクストラステージ。ボーナスステージ。

岡八郎は、せっかく拾ったこの人生でもまたデスゲームがしたい。

それも、ヴィラン等というお尋ね者にならずに、だ。

 

「それが出来る世の中や。なんたって…この世界には“個性”なんちゅーバカげたもんが溢れとる。

そして人間は…そんなバカげた力を持ったら、ジッとなんて出来ん…簡単に悪の道に走る」

 

岡八郎は、工夫次第で合法的なデスゲームが出来る今の世が嫌いではない。

だから岡八郎はヴィランからこの世界を守るのだ。

 

空調の音が静かに響く暗い部屋。

ルーティンたるトレーニングメニューを熟した汗で、岡の足元には水溜りが出来ていた。

荒い息のまま、冷蔵庫から毟るように安いビール缶を取り出し、プルタブを指で弾けばプシュリッと軽快な音が鳴る。

音声を消したTVの中で、見るだけで騒がしいコメンテーターを眺めながら岡八郎は独り笑い、そしてアルコールで喉を潤す。

 

「…平和の象徴の終わり、か。嵐が来るなァ…それもとびきりの嵐や」

 

あの日、神野区テロから結構な時も経ったというのに世のニュースは今もオールマイトの引退で賑わう。

バカの一つ覚えのように、壊れたラジオのように、同じ事を繰り返すメディア。

答えの出ない議論を延々続け、視聴者を煽るマスメディアをせせら笑いつつも、岡はヴィラン達がどんな暴れっぷりをみせてくれるのかに思いを馳せる。

彼らが無軌道に暴れれば暴れるほど、プロヒーローは鎮圧の為、市民を守る為、()()()()()殺害してしまう場合も充分ある。

岡は口角の片側を鋭く持ち上げてもう一度笑った。

ヒーローとは対極に位置する精神を持ちつつも、彼はプロヒーローであり続ける。

ステインが最も嫌う、唾棄すべき打算的プロヒーロー…いや、それ以下のヒーローとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒーローを志望する生徒達の仮免試験の前。

つまり渡我被身子逮捕の更に前。

この夏、神野区で日本中を騒がす大事件が起きた事は、日本人ならば園児でも知っている。

日本だけでなく、そのニュースは世界でもその日のゴールデンタイムのトップを飾った。

日本No.1ヒーローであり、世界にも通用するワールド級ヒーロー・オールマイトの引退と、生ける伝説的犯罪者オール・フォー・ワンの撃破と逮捕。

その事件には多数の上位ランカーヒーローが投入されたものの、そこにはピンポンマンの姿は無かった。

その時は、岡八郎は〝勝ち気なバニー〟兎山ルミ(ミルコ)や〝シールドヒーロー〟クラストと共に別の案件に対処していたからだ。

その事件も中々の規模のもので、神野区テロの報道がなければ大々的に取り上げられていただろうが、

さすがにオールマイトの引退やベストジーニストの負傷と活動休止、根強い人気があるプッシーキャッツの一人ラグドールまでが活動休止となれば誰もピンポンマンとミルコとクラストの事件等知りもしない。

 

駆けつけられなかったプロヒーロー達のほぼ全ては嘆いている。

「オールマイトの最後の戦いに共に在りたかった」とか「私がいればひょっとしたらオールマイトは引退せずに…」とか言う者もいて、名声欲か名誉欲か、或いは純粋にオールマイトを慕うが故だろう。

しかし岡は今更名声は欲しくはない。既に充分ある。

寧ろ、己が神野区に駆けつけられなかったお陰で、世の潜在的ヴィラン達への強烈な抑止力であった巨星が敵の手で墜ちたのだから岡にとっては好都合だ。

それに世間の注目が神野区に参戦したヒーローに向いている今、岡の日々は平穏が守られているのも良い気分だ。

岡八郎の日常はいつも通り。

ちょっとした事件は警察や公安委員会からの要請で協力し、本業は教師。

そして今、岡はその本業で頭を悩ませている。

 

「しかし肉倉と現見だけじゃなく、夜嵐まで追試組か…」

 

仕事を熟す義務感はある岡八郎だ。

だからこうして上っ面とはいえ教師として悩む時はある。

参加した士傑高校生の内、期待の四天王だった4人中、3人までが最終選考で落選。

合格者は毛浦のみという体たらく。

これはなかなかヒーロー科の主任教諭としては頭が痛い。

最終試験での落第者は、後日の追試で仮免が与えられるチャンスがあるのは不幸中の幸いだった。

 

「…まぁあの3人なら追試は大丈夫やろ。…でも補習の日程は組まんとアカンな」

 

公安委員会から貰った評価一覧の資料をデスクの上に投げ出して、岡は楽観的に呟いた。

チラリと時計を見れば時刻は20:00に近い。

後少しで深夜警備に切り替わる…消灯時間前には教員達も校舎を出なくては。岡はそう思って帰宅準備に入る。

生徒達の個人情報に繋がる幾つかの資料はそのまま引き出しに仕舞い施錠。

机上を軽く片付け、ジャージからワイシャツ姿へと着替え、校門の守衛に挨拶をし、出る。

 

最寄り駅と学園の中間という好立地の自宅マンションまでは徒歩だ。

この時間、人も疎らになる。

 

――ジ、ジジ

 

その音は街路灯に群がる虫が焼けたか、或いは電球の劣化か。

 

岡の足が止まった。

 

「…」

 

夏の、暑い夜。

蝉の音は聞こえない。

 

「出てこんかィ」

 

岡は路地の向こうの暗がりに一人声を発した。

 

――ジジ、ジ、ジ

 

街路灯の音が静かに聞こえる。

それ以外に応える音はない。

 

「臭うんや。隠れるのヘッタやな、お前」

 

もう一度、岡は暗がりにそう言った。

今度は手にXガンを構え、突きつけながら。

 

「…チッ、なんで分かりやがった?」

 

暗がりから出てきたソイツ…一目で異形系と分かるトカゲ男がようやく応える。

 

「こういうのに敏感なんや、俺は」

 

「さすがはピンポンマンだな…褒めてやる!

申し遅れたが、俺はスピナー!ステインの夢を紡ぐ者!

ピンポンマン…てめぇの存在はステインのご意思に背く!!

俺達の仲間を…トガヒミコを滅茶苦茶にして捕縛する…それはヒーローの所業じゃねぇ…!」

 

「…」

(お礼参り、か)

 

岡はその言葉だけである程度、ソイツの正体を推測できた。

トガヒミコの関係者で、つまりはヴィラン連合だろう。

岡はファットガムと共に地元警察ともよく活動する。警察の機密もちょいちょい目にし、耳にする。

未成年のヴィラン、トガヒミコの顔と名前も知っていたのはそういうわけで、そしてそのように情報通だからヴィラン連合の顔と名前もある程度しっていた。

 

(なんやったかな……あ~、スピナー…伊口秀一だったか…)

 

そしてこいつは己に復讐にきたのだ。

無謀なのか、それとも相当に腕に覚えがあるツワモノか。

Xガンのスコープが、眼前のトカゲ男…スピナーの内部構造まで暴き出し、徐ろに岡はトリガーに指をかける。

 

(…骨格は通常の人体に準拠…特に不明な器官、骨はない…

筋肉、骨の発達…共に通常の人間よりやや強固…

それに手には刃渡りの長い得物。なるほどな…オーソドックスな近距離スタイルや)

 

解析しつつ、岡の指が第1トリガーを引いた。

これで対象はロックオンされる。もはや逃れられない。

躱せられるのなら躱してみろ。躱して、そして自分と薄氷を踏み合う殺し合いを演じてみせろ。

岡の口の端が、ほんの僅か持ち上がっていた。

 

「ピンポンマン!なんでトガヒミコの足を…腕を潰した!

トガヒミコはまだ若い女の子なんだぞ!

手足を潰すなんて…トガヒミコの今後の人生を考えてもみろ!どこまで俺達爪弾き者の未来を奪う!

プロヒーローのどこにそんな権利がある!

やはりステインの仰った事は正しい!プロヒーローは腐っている!

だからこそ俺達ヴィラン連合は―――」

 

スピナーは尚も怒りを漲らせ演説を垂れ流しているが、岡という男がそんなものに悠長に付き合うと思ったら、それは間違いだ。

容赦無く、直様中指の第2トリガーを引く。

Xガンが不可視の破壊的エネルギーを吐き出した。

 

――ギョーン

 

「――あ?」

 

少し間抜けな音がオモチャのようなSF的拳銃から聞こえて、思わずスピナーも間の抜けた声を出した。

次の瞬間。

 

パァンッという音と共に勢いよくトカゲの上半身が弾け飛んだ。

内部から炸裂し、肉片が四方に飛び散る。

 

「…これは…肉が溶けた…?」

 

岡はすぐに異変に気付く。四散したスピナーの肉片がドロドロと溶けて消えていくのだ。

 

「…粘体変化系か?液体人間…いや、そうか。後ろに同じ呼吸の癖の奴がもう一人…増加系やな」

 

呟き、岡は振り返る。

そこには気配を殺しつつ背後から勢いよく迫るもう一人のスピナー。

岡がXガンをもう一度構えてやれば、

 

「っ!やっ、やばい!!」

 

スピナーは慌てて横へ飛んで住宅の陰へ逃れ、止まらず走り続けた。

 

――ギョーン、ギョーン、ギョーン

 

夜の街に響く間抜けな音。直後に破裂音。

次々に住宅街の道路が弾け飛び、コンクリートの塀が炸裂する。

走り続けるスピナーだが、その間抜けな恐怖の音は一向に自分から離れてくれない。

 

「あ、あいつ…さっきも(コピー)に容赦無く撃ちやがった…!今も住宅街で飛び道具を連射しやがって!

つーか何だあの銃!当たったら爆発するし見えねぇし!!おっかねぇ!!

本当にプロヒーローかよ!あいつ!腐りすぎだろう!!」

 

スピナーの鱗の肌を嫌な汗が伝う。

心臓がうるさいくらいになっていた。

多分、この鼓動は全力で走っているからだけではない。

 

「おい!」

 

「おわ!?!?」

 

スピナーが叫びながら声の方に剣を向ければ、そこには全身タイツ姿の男が刃物を向けられギョッとしていた。

 

「お、俺だよ!トゥワイスだって!斬るな!さぁ一思いに斬りやがれ!」

 

思わず一瞬足を止めてしまったが、言い合いながら両者共にまた走り出す。

明らかにヤバそうな敵を前にして足を止めるのは愚策だ。

 

「バカヤロウ!いきなり後ろから声かけるな!

そ、そうだトゥワイス、早くもう一度俺を増やしてくれ!」

 

「おい見てたぞ…!あいつはヤバい!ヤバくはないけどな!

プロヒーローなら住宅街で戦えばもっと動き制限できると思ったが…他のヒーローと様子が違ぇ!」

 

「見りゃ分かるよ!

こりゃ話以上にヤバいぞ…死柄木弔にも、ヤバいと思ったらすぐ逃げるって条件でお礼参りに行かせて貰ったんだ…

とにかく、お前の〝倍化〟で時間稼いで黒霧のダンナに迎えに来てもらおう」

 

「おい!?一太刀も浴びせずに逃げるのか!?あり得ねぇ!逃げようぜ!けどトガちゃんの仇なんだぞ!あいつは!!」

 

「俺だって悔しいけど…ありゃ無理だよ!」

 

住宅の陰から陰へ。

隠れつつ走り、言い合いをするスピナーとトゥワイス。

走る2人の前方から、ドンッという音が聞こえる。

2人は思った。

おかしい。

ずっと自分達は走って逃げていた。

ピンポンマンから離れるように逃げていたのに、何故前から音がする。増援だろうか。

スピナーとトゥワイスの足が止まり、暗がりの向こうを凝視する。

 

――キュイィィィィィィ…

 

妙な機械音が耳に飛び込んでくる。何かを引き絞るかのような、そういう機械の音。

小さな、薄く青い光が幾つか瞬き、2人のヴィランの目に映った次の瞬間。

 

「っ!?」

 

「なぁ!!?」

 

風を切るような速度。

録画映像の、まるで早回しだ。

そんな速度で黒いタイトな全身スーツ姿へと変わっていたピンポンマンがアスファルトを抉りながら走り寄る。

腕を大上段に構える先には黒い日本刀のような得物。

 

「や、やるっきゃねぇぞ…ッ、トゥワイスっ!」

 

「やりたくねぇ!任せろ!」

 

スピナーが相方に視線も寄越さずそう言えば、トゥワイスの“個性”〝倍化〟がスピナーを増殖させる。

コピースピナーが肉壁になるように真正面から突進。

オリジナルスピナーとトゥワイスが左右に別れ、翔ぶ。

 

(これで…!)

 

(3方向からの挟撃!誰か一人は奴に食らわせる!

食らわせたらまた逃げる…!ちょい当てして逃げてを繰り返して…黒霧にTEL入れて…!逃げてやらぁ!)

 

前。左真上。右ナナメ上。

それぞれに視線を飛ばさず視界で捉える岡は、真一文字に結んでいた口をやや開け、溜めた息を吐くと同時に刀を振る。

高速で煌めく黒い刀身。

 

――チュィィィィ

 

また耳をつんざくような機械音が聞こえてくる。

今度は岡の黒い刀から響く。そして伸びる。伸びる。伸びる。

 

「っなぁ!?」

 

「んだってぇぇぇ!!?」

 

巨人でもぶった切れそうな程に伸びた黒刀が、猛烈な速度で横薙ぎに振り抜かれ、

返す刃で斬り上げる。

まるで佐々木小次郎の燕返しだ。

風を切る音だけがやたら静かに2人のヴィランの耳に届く。

同時に、ズルリ、とヴィラン達の足が切断されて闇夜を舞う。

吹き上がる血が霧雨のように注ぎ、その鮮血の赤は美しい。

 

「あっ、ああああっ!ぐああああっ!!!」

 

本物のスピナーが両足の切断面からおびただしい量の血を撒き散らして落下。

 

「お、おおおっ俺のっ!足っ!?足が増えちまったァァァァ!!蕩ける程痛ェェェェェ!!」

 

トゥワイスもまた無くなった両足を見て喚き、ゴロゴロと血溜まりの中を転げた。

こんな有様でもどこまでも剽軽な空気を持つ男だ。

コピースピナーはすでに崩れて消え失せている。

 

「…なんや、この程度躱せや。ヴィラン連合…噂程やないんか…」

 

フゥー、と岡の口からため息が漏れた。

 

(もう少し手強い連中かと思っとったら…拍子抜けやな。おもろないわ)

 

岡は、かつてGANTZと死のゲームに興じていた頃から徹底して大物食いのゲームスタイルだ。

だから、ヴィラン連合にそういうデスゲーム時代の高得点レベルを期待していたのだが、これには岡も消沈してしまう。

赤と青の光が夜を照らし近づいてくる。

これだけの騒動を起こしていれば、このご時世、直様通報されるのは当たり前だ。

 

「お前ら運、良いなァ。警察に感謝せなアカンで」

 

岡の言葉は本当にそういう意味だ。彼らは感謝せねばならない。

なにせ、岡は警察が間に合わねばこのまま彼らを殺すつもりだったのだから。

喚き泣き叫ぶスピナーの横で、トゥワイスが突っ伏しながらも顔を持ち上げると血走った眼でピンポンマンを睨みつけて叫ぶ。

 

「て、てめぇは!てめぇは…ぜっっっったい許してやらねぇ!!でも思い切りの良さはグッド!!

トガちゃんも可愛がってくれちゃって、俺と…スピナーまで…両足素敵に斬りやがってチクショウ!

これで俺様は未来の俊足ランナーだぜ!ワハハハ、ハ…ッあ゛あ゛あ゛あ゛痛ェェェ、気持ちよすぎだぜクッソぉぉぉ!!」

 

岡はその怨嗟を右から左へ黙して流し、興味すら抱かない。

サイレンが近づく。

車両のドアが勢いよく開閉する音がし、何人もの警察官が慌てて駆け寄ってくるのを、岡はなんとも気怠げに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴィラン連合、早くも3人逮捕!!ピンポンマンまたもお手柄!』

『お騒がせピンポンマン!!またもヴィランの足をぶった切る!!』

『逮捕されたヴィラン連合の2人、瀕死の重傷。ピンポンマンの過激対応は是か否か』

「またピンポンマンがヴィランを逮捕しました。いやぁ彼は本当に強いですね。

しかし、今回でピンポンマンがヴィランに深刻な傷害を負わせたのは、これで32件目です。

他にも、彼は正当防衛によるヴィラン殺害数が、なんと2位以下を桁一つ違いでぶっちぎりのNo.1です。

これは少々、ヒーローとしてのモラルというか…姿勢が問われる数字ではないでしょうか」

「確かに多い。多すぎる数字ですねぇ。しかしですね?裏を返せば、これだけ凶悪なヴィラン犯罪者が多いという事ですよ。

これは深刻な社会問題で、我が国だけの問題ではありません。

現に、ヒーローの本場アメリカでは年々、正当防衛によるヴィラン殺害件数は増加傾向にあります。

ピンポンマンの正当防衛数は、アメリカではまだまだ上位10名にギリギリ入るかの数字で―――」

 

青年が雑誌、新聞紙を握りつぶす。

喚き散らすテレビに優しく触れて、そっと五指で縁をなぞればピンポンマンの活躍を称賛と非難を混ぜて放送するテレビジョンはそのまま塵へと還っていった。

くっくっ、と青年は口の中で笑う。

 

「ピンポンマン…ね。そうだよなぁ…オールマイトだけじゃないんだ…ヒーローってのはさ。

他にも見るべきプロヒーローはいるってこったなァ…。

こいつだけにもう3人…トガヒミコ、スピナー、トゥワイス…許し難ぇ所業だ……。

だが、認めるよ…スピナーとトゥワイスがやられちまったのは俺のミスだ…お前は悪くねぇ、ピンポンマン。

一人捕まれば皆危ない…ンなことぁ分かってた筈が…ガキみてぇに悔しがってピンポンマンに吠え面かかそうって言うトゥワイス達を許しちまった…とんでもねぇミスだよなァ。

ここももう引っ越さなきゃいけねぇし…。

……あぁ、まいったな。これでもう…先生もいれて4人、監獄(タルタロス)にいるのかよ…返してもらわなきゃダメだ…タルタロスには宝がいっぱいある…やる事ぁ山積みだ」

 

ぶつぶつ呟いて静かに笑う青年。

尚も独り呟き続ける。

 

「どうしてだろうな。お前の容赦の無さ…嫌いじゃない…。

今のプロヒーローの誰にも無い…エンデヴァーにもねぇ、

この明らかに過剰で徹底的なヴィラン制圧…いや、〝殺意〟…好きだぜぇ…ピンポンマン…く、くくく」

 

廃墟の壁に張られた黒いタイトスーツ姿のピンポンマン…岡八郎の大判ポスター。

黒霧に言って調達させたプロヒーローグッズの一つだ。税込み7800円。

人気プロヒーローのグッズは安くはない。

その安くないポスターに描かれた男に、青年、死柄木弔は笑いかけて、そしてナイフを突き立てた。

これでもう20本目。

ピンポンマンの顔といい身体といい、ナイフで埋め尽くされそうな勢いだ。

 

「仲間の礼は…いつかするぜ、岡八郎。だが…今じゃない。

今はまだお前に勝てねぇらしい。お前は…オールマイトよりも弱い癖にオールマイトよりも厄介だ。

雑魚を守り、色んなバカげたもんを守るオールマイトと違ってお前には付け入る隙がない…。

もっと…俺は…俺達は、成長しなきゃ…ダメなんだよ…じゃなきゃお前と殺し合えねぇ…なァ、そうだよな…岡八郎」

 

騒がしい仲間が3人も減り、広くなってしまった空虚なアジトで死柄木弔は静かに笑っていた。

 



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ヤクザ退治

緑谷出久は緊張の面持ちでその部屋に佇んでいた。

プロヒーローの仮免を活用し、インターン制度を行使する中で緑谷出久は、オールマイトのかつての相棒(サイドキック)である大物プロヒーロー(サー・ナイトアイ)の事務所に世話になっていた。

緑谷出久はインターン活動の初日から一騒動に巻き込まれ、これから起こる大きな案件に巻き込まれる事となる。

それは、彼が〝壊理〟というあどけない少女と出会ってしまった事に端を発する。

そこからナイトアイ事務所の手掛ける重大案件の調査は飛躍的に進み、そしてとうとう事態が動き出した。

 

他のプロヒーロー事務所とチームアップをしての指定(ヴィラン)団体〝死穢八斎會(しえはっさいかい)〟包囲網。

 

現在、緑谷出久を含む一部の雄英高校生徒は、インターン制度の名の下にプロヒーロー、警察関係者達と共に事務所に集結していた。

緑谷出久はヒーローマニアだ。

全国級のプロヒーローはもちろん、地方で活動するマイナーヒーローも知っている。

そんなデク少年は、仕事前の緊張感や壊理少女との邂逅からの複雑な思いも一旦忘れ、その場に集っていた錚々たるメンバーに喜色を含んだ驚愕を見せた。

 

「グラントリノ!!?それに…相澤先生!?

こんなに大勢…すごいぞ…!一体何を…!」

 

チャートに乗るランカーNo.9の〝ドラグーンヒーロー〟リューキュウや、〝錠前ヒーロー〟ロックロック。

他にも事務所所属のサイドキックまでいるからかなりの大所帯だ。

雄英高校ビッグ3と讃えられる3年生三人組までいるから心強い…と同時に不安にも駆られる。

 

(いったいどんな大事件なんだ…!?)

 

そう思うのは緑谷出久以外もだ。

蛙吹梅雨、麗日お茶子、切島鋭児郎も同じように緊張しているように見える。

ビッグ3の一人、波動ねじれが見知ったプロヒーローであるリューキュウへと駆け寄って親しげに言葉を交わす。

ちなみに蛙吹梅雨と麗日お茶子は、波動ねじれと共にリューキュウ事務所でインターンに勤しんでいる為、当然彼女らもリューキュウと知己を得ている。

 

「リューキュウ!ねぇねぇこれ何?何するの?会議って言ってたけどー。知ってるけどー!何の!?」

 

不思議ちゃんオーラを纏いつつリューキュウにハグし尋ねる。

リューキュウも彼女を優しく撫でてやりながら答えた。

 

「直ぐわかるよ。でももうちょっと待ってね。まだ…肝心な人が来てないのよ」

 

「えー誰?誰誰~?」

 

頭を捻っている波動ねじれにイタズラ心を沸き立たせたリューキュウ。

まだまだ待ち時間でやる事もないのでクイズ形式だ。

 

「じゃあヒント。その人は強いです」

 

「うー?んー…エンデヴァー?」

 

「ぶー」

 

「強いヒーローなんてみんなそうだよー。えー?誰、誰?」

 

「第2ヒント。その人はサイドキックを雇いません」

 

「わかった!」

 

バッと手を上げ緑谷出久がそのクイズに乱入した。

 

「勝ち気なバニー、ミルコです!」

 

「はずれ」

 

リューキュウは乱入者にも優しくハズレを宣告してやる。

デク少年も顎に手を当て再考し、面白いと見て麗日お茶子や蛙吹梅雨も共にシンキングタイムに入っていた。

 

「…ケロ。第3ヒントください」

 

「そうね…じゃあ、その人は身長が高い。190cmくらいよ」

 

「むむー…ベストジーニスト…はサイドキックを使うし…今は療養中だし…うーん」

 

お茶子もウンウン唸る。

蛙吹梅雨がソッと控え目に手を上げた。

 

「忍者ヒーローのエッジショット?」

 

「残念。違うわね」

 

ケロ…と梅雨は無表情ながら残念そうに見えた。

そんな風にどこか穏やかに時間を潰していた時に、ドアが開く。

 

「おー…………遅れたみたいで、すみません」

 

よれたスーツ姿の長身男がそこに立っていた。

一見してだらしない先輩サラリーマン、或いは売れない私立探偵。それともしがないルポライターか。

しかしモデルのようなスラリとした四肢が、ややだらしないスーツの着こなしを一転、ワイルドに仕立て上げる。

そんな雰囲気の男が、申し訳無さそうに後頭部を指で一掻きしながら、軽い会釈のように頭を下げた。

だがその申し訳無さがただのポーズであるのは、経験の浅い高校生達から見ても明らかだ。

謝った割に堂々としている。

そんな悪びれぬ男を見て、緑谷出久は「あっ!」と声を挙げた。

 

「あの人は…ピ…ピンポンマン!!!!ビルドボードチャートJPランク3位!!!!

その強さと功績はオールマイトに次いでエンデヴァーと並ぶとも噂されるのに、数多の()()()()件数から万年No.3止まり!

飛び抜けた警察との共同作戦数で警察協力章授与回数は26回!

併せて、“個性”〝ガンツ〟の解析協力による科学の発展協力もあって瑞宝章の授与さえその若さで検討されるも、

ヒーロー活動に伴う危険行為の数の多さが問題視されノミネートから外される事7回!!!

授与7回取り消し(クリア)の男…ッ、岡八郎ッ!!!!」

 

さすがはヒーローオタクだった。

岡八郎本人ですら覚えていない(興味のない)章の授与回数を把握しているのは脅威の記憶力といえる。

あまり一般的でない、7回クリアという因果的な渾名で呼ばれ、岡は視線を緑谷出久へ向けた。

 

「あっ…」

 

熱の無い視線と目が合い、緑谷は「しまった」という顔をする。

己の悪い癖が出たという自覚がある。

オタク的な発言は気味悪く思われる事が多いし、何より〝万年No.3〟とか〝7回取り消し〟とかの、聞く人によっては不名誉とも思われかねない評をデカイ声でのたまうのは宜しく無かったと思わないでもない。

エンデヴァーのように苛烈で気難しい面があると思われる岡八郎に、初っ端からこういう態度はまずかった。少年はそう思った。

 

「…詳しいなァ。よく調べとる…中々の情報収集能力や。“個性”とは別にそのスキルは大切にした方がええ」

 

だが、岡は呟くと出久のボサボサ頭にポンッと軽く手を置いて、それきり興味なさげに部屋の奥へと歩いていく。

子供にそういう評価を一言添えて褒めてやるのは、教師という職が板についてきた証拠だろうか。

呆気にとられて去りゆく岡の背中を見送る出久。

プロヒーローに頭を撫でられる等…しかもそれをやったのが()()ピンポンマンだ等と、プロヒーローマニアであればある程「あり得ない!」と嫉妬の文句を垂れるに違いない。

 

(ピンポンマンに…なでられて褒められた!?う、うわぁぁ…なんというレア体験を僕は…っ!す、すごいぞ…!)

 

そしてお察しの通り緑谷出久は感極まって停止した。

オールマイトこそ至高であるが、プロヒーローは軒並み好きな真正オタクなのだからこうもなる。

それはさておいて岡だ。

 

「遅いわよ」

 

「悪かった」

 

すれ違いざまリューキュウにぴしりと言われる。

 

「岡先輩が香山先輩から乗り換える現場を目撃するとは…」

 

すれ違いざまにイレイザーヘッドこと相澤消太に言われる。

挨拶しただけで不貞認定とは、相澤消太のモラルの高さには恐れ入る。

視線だけで「勘弁してくれ」と関東の後輩に訴えかけるもリューキュウがクスッと笑う。

 

「あら。乗り換えてくれるの?」

 

ミッドナイト(あいつ)にどつかれるで」

 

「ミッドナイトにどつかれるくらいで乗り換えてくれるならチャレンジする価値あるわね」

 

「笑えん冗談や。それにどつかれるンは俺でお前やない」

 

「先輩がどつかれるン見てみたいなァ!」

 

ファットガムまで大きな歯をむき出してイタズラ小僧染みて笑う。

勿論、イレイザーヘッドの発言からの一連の流れはただの冗談だ。

大人達の肩の力を抜いている様子を見て、緊張に身を染めていた少年少女達も幾分心を安らいだ様子だ。

岡はともかく、他者に気を使えるリューキュウやファットガムはそういう理由もあって、岡とフランクな会話を楽しんだのかもしれない。

岡が席に着くと、サー・ナイトアイが彼を見る。

 

「久しぶりだな。ピンポンマン」

 

「久しぶりやな、サー」

 

サー・ナイトアイは7歳年長だ。

しかしプロヒーローというのはあまり年の差で言葉遣いが変わらない。

岡と相澤、豊満のように学生の頃から先輩後輩とかであればそのまま慣れ親しんだ敬語でいく場合もあるが、

現場に出るようになってから知り合う場合は、共に現場で命を張る者同士…そこに順列は無く同じ戦友という価値観から言葉遣いを気にしない者は多い。

岡とサーもそういう関係である。

また、どうでも良い情報だが一部では岡の変装姿(スーツと眼鏡)はサー・ナイトアイと似ていると指摘する者もいるが、唯の偶然だ。

だが本当に似ているので、かつて共に仕事をした時には替え玉作戦でヴィランの目をだまくらかした事もある。

大きく違うのは身長がサーの方が10cm高い事と、そして肌の色が岡の方が浅黒い事ぐらいで、その他細かい点は良く見れば勿論違うがパッと見ではそっくりなのだった。

 

「さて…皆、役者は揃った。会議を始めましょう。

…死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか…知り得た情報の共有と共に協議を行わせて頂きます」

 

皆の表情が一変する。

弛緩した空気が吹き飛ぶ。

大捕物の始まりだ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

会議後、しばらく後。

 

某月某日、AM8:30。

死穢八斎會 事務所・邸宅前に令状を持ったプロヒーローと警察の一団が陣取る。

大ベテランのグラントリノの姿は無いが、彼は緊急の別件が入ってしまった為に余儀なく離脱した。

 

兎にも角にも作戦決行だ。

既にヤクザ達の登録“個性”リストは分かる範囲で全員が頭に叩き込んでいる。

正面はリューキュウ事務所が受け持ち、内部にその他がなだれ込む。。

 

(…かったるい)

 

皆と歩調を合わせ、話を合わせ、そしてヴィランをなるべく五体満足で捕らえる。

岡八郎にとってそれらは強い自制を伴う作業だった。

しかし、彼もわがままし放題の子供でもないから、仕事と割り切ってそういう事を無難に熟せる。

だがそれにしても周りの速度は遅い。

物理的に遅過ぎて合わせるのが少々つらい。

 

今生…“個性”で溢れるこの世界は、“個性”を持った人間はそれを使用する為か、肉体が『無“個性”』よりも強い傾向にある。

“個性”使用の反動か反作用か、そういうモノに幼い頃から慣れ親しむせいなのか…

それとも個性因子が“個性”を使う為に(肉体)を強くするのかは、まだ現代医学では解明しきれていない。

だが、明らかに“個性”持ちは肉体強化能力者以外も、身体能力に優れている。

それでも岡と比べると足が遅いと言わざるを得ない。

岡も“個性”持ちの常として肉体は常人より上…そこをガンツスーツでさらに強化しているのだから、まさに今の岡は超人なのだ。

岡の全速力について来れるプロヒーローなど、今は引退したオールマイト(彼の場合は岡よりも速い)やホークス、エッジショット、ミルコ…などトップヒーローの中でも極限られている。

 

今回の岡の任務は、ヴィラン逮捕だけでなく学生達の保護もある。

インターンなのだから学生もプロと同じように扱うし、仕事中の負傷や死は自己責任…という建前はあるが、当たり前だが彼らは未成年。

プロ資格を持った未成年ならばまた話は変わるが、持っていても精々が仮免の学生達で、本来の所属はあくまで学校だ。

大人とプロヒーローが保護すべき対象で、インターンシップの根幹は〝教育〟である。

〝労働〟ではない。〝奉仕〟でもない。

彼らに致命傷を与えられてしまったり、ましてや死なれたりすればヒーロー公安委員会が、ひいては警察庁がどんな非難をされるかは想像に難くない。

十数年前、雄英高校のホープ、白雲朧がインターン中に死亡した時などは、メディアが水を得た魚のように大騒ぎし雄英高校だけの問題ではなくなりヒーローのインターン制度そのものが危ぶまれた。

だから警察庁は岡八郎に依頼を出したのだ。

「学生達を守ってくれ」と。

死穢八斎會とヴィラン連合という危険極まりない任務に、子供達を無防備に矢面に立たせるわけにはいかない。

面倒な依頼ではあったが、教育者でありプロヒーローでもある岡が、社会的責任から断ることは不可能だった。

 

サー・ナイトアイが“個性”〝予知〟によって得ていた情報のお陰で次々に邸宅を突破していく一行。

隠し通路もあっさりと見つけ、時折飛び出るヤクザを打倒、確保しどんどん進む。

 

「道が塞がれている!」

 

「治崎の“個性”なら通路をこうやって塞ぐことも出来るか…!」

 

「止まってられない!破壊して――」

 

一行がそう言っている間に、既に腕を振りかぶっている男がいた。

迅速な判断力に定評がある岡八郎なのは言うまでもない。

轟音と共に砕ける壁。

 

「さっさと行くで」

 

「は、はやっ」

 

切島鋭児郎がプロの判断の早さに舌を巻く。

とにかく、岡は己が先頭を張る。

子供達をこのミッションで先頭に立たせるつもりはなかった。

 

(インターンで生徒の成長を促す…理屈は分かるが、もうちょいガキ共を使う仕事を選べや、事務所ヒーロー共が。

ヴィラン連合との抗争で死人も出した本格の筋モン相手した大規模作戦に、ケツの青いガキを使うべきやない。

今は弱小に落ちぶれたとはいえ、相手は“個性”持ちのヤクザ…ガキにはリスクが高過ぎる)

 

それは一教師としての岡の感想でもある。

出動させた事務所ヒーローだけでなく、それを是とした雄英高校…そして、そこの教師である後輩・相澤消太の判断も、是非ゆっくりと問いただしてみたい所だが…。

 

(…まっ、俺の生徒(受け持ち)やない。今回は〝上〟からの依頼やからケツ拭いたるだけや…これから後、雄英のガキ共が死のうが俺の知ったことやなィ)

 

思考を一気にドライに切り替える。

その時だった。

 

地下フロアの壁という壁。

床、天井も、そして地上と地下を繋ぐ隠し階段までがうねって伸縮し、こじ開けてきた扉を覆い隠していく。

このままでは地上に残留し、せっせと現行犯逮捕をしている大半の警察、ヒーロー達との合流も難しくなってしまうだろう。

 

「道が!うねって変わっていく!?」

 

「治崎じゃねぇ…逸脱している!考えられるとしたら…〝本部長〟入中!」

 

「しかし規模が大きすぎるぞ!奴が入り操れるのはせいぜい冷蔵庫程の大きさまでと――…!」

 

突入組の警官達は狼狽を隠せない。

だが、不測の事態に慣れている経験豊富なプロヒーロー達はやはり一味違うようだ。

ファットガムは努めて冷静に言った。

 

「かなーーりキツめにブーストさせれば無い話じゃァないわ。

モノに入り自由自在に操る“個性”…〝擬態〟!

地下を形成するコンクリに入り込んで()()()()にしおった!

イレイザー!消せへんのか!!!?」

 

「本体が見えないとどうにも…」

 

イレイザーヘッドは口惜しそうに(かぶり)を振るしかない。

思ったよりも大規模な異能の発揮。

大人達の動揺が伝搬したか、生来の臆病性である〝サンイーター〟の天喰環を筆頭に子供達を徐々に不安が飲み込む。

子供達の中でも最も心の強い〝ルミリオン〟通形ミリオが、怯えを見せた友人や後輩達を鼓舞しようと思い立ったその瞬間に、やはり一人の先達のプロヒーローが動いていた。

 

「こけおどしやな。所詮、周りは全部コンクリや」

 

コンクリート程度の強度、この男には発泡スチロールと同じだ。

岡八郎ことピンポンマンが、先程と同じようにうねる壁をまるで無人の野を行くが如く()()()()()先行する。

 

「す、す、すげぇ…」

 

切島はまたもあんぐりとなって、そして緑谷出久も愕然となる。

 

(なんて…パワーだ…!ピンポンマンは…オールマイト並のパワーを持っているの!?)

 

出久のそういう感想は半分当たっている。

全盛期のオールマイトには及ばないが、衰えきった神野区戦時のオールマイトよりは総合力で言えば上だろう。

ガンツスーツでこれであるから、ハードスーツまで持ち出せば、今の男盛りの岡ならばオールマイト超えもそう夢物語ではない。

 

「ガキどもは俺の後ろから来ィや」

 

「そ、そんな事言ってられません!こうしている間にも…壊理ちゃんは…泣いている!!

俺なら、うねる壁を無視して先に行ける!

スピード勝負…奴らもそれを分かっているからこその時間稼ぎでしょう!

先に向かいます!!」

 

通形ミリオが〝透過〟の“個性”で壁をすり抜けようとしたが、しかし岡がそれを許さない。

 

「お前、死ぬで…分からへんのか」

 

「俺は…死にません!泣いている子を助けるまでは、死ねない!」

 

「精神論の話やない。お前如きが一人で先走っても、なんも解決せん、ちゅーことぐらい分かれ」

 

「でも!このまま、ピンポンマンの進み方でも時間がかかりすぎます!」

 

「いつまでも俺がこんな事するわけないやろ」

 

猛る若者を窘めつつ、岡が腰のXガンを構える。

もう片方の手には小さな機器。

まるで一昔前のウォークマンのコントローラーにも似るそれをチキチキと弄れば、岡は迷い無く、とある方向に破壊エネルギーを連射しだす。

 

――ギョーン、ギョーン、ギョーン

 

間の抜けた音。

数拍後にはうねる壁面が加速度的に抉れ破砕されていく。

ひたすらに破壊されていく。

 

「こ、こんな事をして…!間に合わなくなります!ピンポンマン…すみませんが、俺はもう行きま――…ッ!?」

 

焦り、痺れを切らしたミリオが壁を半ばまで通り抜けた時、四方の壁がギクリッと激しくうねりだした。

グネグネうねうねとのたうち回るように脈動する。

地下通路全体が、危険から逃れようとするミミズのようにうねった。

 

「!?」

 

「こ、これは!?」

 

驚く周囲を尻目に、岡は顔色一つ変えずにもう一度コントローラーを操作する。

 

「今度はこっちや」

 

――ギョーン、ギョーン、ギョーン

 

レーダーに映る赤い点。

真下に待ち受ける3つの赤い点とは別に、やや離れた障害物の中をゆるゆる動く赤い点が一つ。

岡は、さっきからこの一つ離れた赤い光点の方へひたすらに攻撃を加えているのだ。

また壁がうねった。

激しく、急速にうねる。

 

「なんだ…?今までとうねり方が違う…!」

 

「こいつは…怯えているようにも見えるでぇ!?

さすが先輩、いや、ピンポンマン!もう入中の動きを完璧に把握し、捕捉しとる!!」

 

ロックロックとファットガムが、先程とは違う驚愕の顔で岡を見る。

ミリオもだ。

 

『なぜ…!なぜ俺の位置が!!!く、くそおおおお!!!』

 

地下中に反響する、野太い男の叫び声が皆の鼓膜を揺らす。

それは岡八郎が〝生き迷宮〟のコアを的確に追い詰めている証左だ。

 

「声だ!奴ァ焦ってるぜ!!」

 

「…俺の出番無さそーですね。ピンポンマンがカチこむ…成程、合理的だ」

 

ロックロックが興奮し鼻息を荒くし、相澤消太は少し気を抜き出した。

 

(岡先輩は、どうやら今日は結構やる気があるらしい。…という事は、俺は楽が出来る)

 

付き合いの長い相澤消太は分かっていた。

いつもは、岡八郎という男はチームで動く時、自分の役割を最低限こなした時点で動かなくなるタイプだ。

だが今日は、どうやら色んな事をしてくれそうな雰囲気がある。

だったら全部任せてしまおう。

生徒達の成長を思うと、インターンで辛い思いを潜り抜ければ爆発的な成長が見込めるが、しかしその辛い思いも程度が必要だ。

今回の事件では、相澤はインターン中止を提言しに来た程だから、ピンポンマンというチート先輩が来てくれたのは心底ありがたい。

 

(…今回のインターンは、ピンポンマンの活動を観察する事。これも合理的授業だな)

 

オールマイトとはまた違った方向性のチートヒーローがいる。

世の中は広い。

そう知る事の出来る得難い授業となりそうだった。

 

『こうなれば…!こうなればぁぁぁぁ!!!そのまま全員、貴様ら押し潰して殺すッッ!!!』

 

より激しく、より狂おしく壁という壁が蠕動する。

急速に迫る天井、床、壁。

大慌てになる警官達を嘲笑うように岡は呟く。

 

「アホぅが。もう目の前なンや」

 

跳ねた岡が拳を振りかぶる。

砕き抜いた即興のトンネルの向こうへ、思い切り拳撃を突き立てれば、砕けたコンクリートの向こうで無数の瓦礫礫と拳の衝撃に打ちのめされ、白目を向きながら血反吐を吐く男。

 

「入中や!サンイーター、確保や!!!」

 

「っ!はい!!」

 

天喰環がタコの足となった腕で気を失った男…死穢八斎會〝本部長〟入中を捕縛。

生き迷宮であった地下通路が急速に元のそっけないモノへと戻っていく。

 

「…ルミリオン、もう一度言うで。お前は俺の後ろや…えーな」

 

「ピンポンマン…!こ、これが…プロ中のプロヒーローの、強さ…!!」

 

通形ミリオは戦慄する。

雄英高校でNo.1と謳われた。プロを含めてすら、No.1に手の届き得る男とも呼んでくれる者もいる。

だが、今、通形ミリオは上には上がある事を痛感した。

今まで、通形ミリオは(オールマイトは別格として)サー・ナイトアイを超えるプロヒーローはいないと思っていた。

しかし、初めて生で見た関西随一のプロヒーロー、ピンポンマンの化け物っぷりを見て、その考えは少し揺らいだ。

 

(こ、こんなハイレベルに、パワー、スピード、判断力、洞察力をまとめている!しかも…なんて便利なアイテムの数々…!雄英のサポート科なんて目じゃないんだよね!!!)

 

「さて…お前が急ぎたがっとるからな。こっからは、もうちょい飛ばしていくで」

 

レーダーマップを広域に見れば、更に離れた地下に赤い点が複数、群れている。

 

「治崎はここや」

 

岡八郎には全てが見えていた。

 



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ヤクザ退治おわり

――ガッ、ガッ、ガガガッ

 

薄暗い通路を踏み抜き抉る音が地下に反響する。

治崎廻(ちさきかい)…オーバーホールが鋭い目を背後に向けた。

 

「…何かが近づいてくる」

 

「もうですかい?ちと早すぎませんか?入中ならもうちょい気張ってくれるんじゃないですかね」

 

若頭補佐であり、幼馴染として治崎廻が唯一信頼する男とも言える側近、玄野針(くろのはり)

死穢八斎會の幹部は治崎廻を除き、皆がそれぞれに特徴的なペストマスクを被っているから素顔は見えないが、玄野は白いコートとマスクである為に判別は容易だ。

そんな側近の顔を見もせず、治崎廻は闇の向こうを凝視した。

 

――ガッ!ガガガガッ!ガッ!ガガッ!

 

廊下を反響するコンクリートを砕く音は尚も大きくなり接近してくる。かなりの速度だ。

逃走中のヤクザ達は皆、何事だと思わず足を止めてそちらへ目を凝らし、そして最大限の警戒を抱いた。

 

「チッ…やっぱこっちの場所、バレてやすね。足止めももう突破されたとなると…オーバーホール…どうしやす?」

 

小柄な少女、壊理を抱える腕とは反対の手で銃を取り出し、万が一に備える。

オーバーホールも手袋を外す。

それはオーバーホールの戦闘準備の合図でもあった。

 

「…了解」

 

それを見、古い付き合いの玄野は仕える主の意思を察し、周囲に潜み己らを護衛する者達へ頭の動きと頷きで合図を送る。

廊下の天井、むき出しのパイプやダクトにへばり付く酒木泥泥(さかきでいどろ)

廊下の角に陣取るシルクハット姿の音本真(ねもとしん)

そう簡単には負け得ぬ布陣。

たとえプロヒーロー達が束になって掛かろうとオーバーホールがいれば勝てる。

オーバーホールを中心に戦えば、たとえどんな者が相手でも負けはしない。

玄野はそう確信している。

そう思っていたのだが――。

 

暗い廊下の向こうから突如光る何かが高速で飛来する。

 

「っ!?」

 

(なんだ!光る…縄!?速――…!)

 

避ける間もない。

薄っすらと紅に光るワイヤーのようなナニかが玄野針の身体に高速で巻き付いていき、銃は保持できても抱いていた壊理が腕からまろび出る。

 

「ぐぁ!?」

 

巻き付いた紅い光縄は、そのまま玄野を固定するように床に(アンカー)を打つとギリギリと玄野を締め付け、身を捩る事すら不能に追い込む。

 

「クロノ!」

 

オーバーホールが破壊と再構築で幼馴染を助けようとし、駆け出す。その時だ。

 

――ボンッ

 

音がオーバーホールの足元から響き、駆け寄ろうとしてもそれは出来なかった。

急速にバランスが崩れる。

踏み出そうとした足が無い。

 

「っ!!足が!!?」

 

吹き飛んだ足を視界におさめた瞬間から、途方も無い熱が足から昇ってくる。

熱い。

とんでもなく熱く、焼けるようだ。

痛みが熱となってオーバーホールの脳に届く。

 

「ぐっ、あああ!こ、これは…!プロヒーローの仕業か!?ぐ…!こ、こんな手荒な真似を…プロヒーローがするだと!?」

 

己に手で触れ、瞬時に治癒と再構築。

足を治し、衣類すら直すオーバーホールの驚異の“個性”。

だが、すでにその一瞬の停滞すらもクロノ救助には手遅れとなった。

 

「な、に…!?これは…!」

 

紅い縄でグルグル巻きにされていたクロノスタシスは、見ればもう上半身が無い。存在しない。

斬り落とされたのかと一瞬思ったが、どうやらそうではない。

クロノスタシアの肉体が徐々に消えている。

血が吹き出るでもなく、青白い淡い光を発する切断面から一筋の光条が〝上〟へ昇っていき、その光に引っ張られるようにして切断面は下がっていった。

クロノスタシスの臓器から背骨まで丸見えで、それは徐々に下に下に降りていく。

まるで3Dプリンタの逆再生だ。

 

(クロノが…消えていく!)

 

殺されたのか。

オーバーホールはそう思ったが、しかしまだ残っている玄野針の指先が空中で動いていた。

その様を見て壊理はガタガタと声も無く震えているが無理もない。

治崎とてその異様な光景に唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「…っ!どんな“個性”だ!!貴様ァ!」

 

理解が及ばぬ、というのは計り知れぬ恐怖だ。

一瞬感じてしまった恐怖を怒りで染め直し、オーバーホールは床に手をあて破壊と再構築の応用でそこを組み立て直す。

床が隆起し、床そのものが巨大な無数の棘となって暗闇の向こうに潜む何者かを雑に攻撃。

とにかく、この謎多き攻撃をさせない。させたくない。

襲いかかってきているヒーローの攻撃を妨害する為の攻撃。

しかし。

 

「っ!」

(紅い、三角形のワイヤー!)

 

アンカー式の弾丸とワイヤーが三角を描き高速で迫る。

だが迫るのはオーバーホールにではない。

 

「避けろ!酒木!音本!!」

 

薄暗い中、撃ち出されたアンカー弾は正確に隠れ潜む部下を狙撃していた。

 

「げっ!?な、なんだこりゃ…き、きついぃぃ!!」

 

「こ、これは!?うぐっ!!」

 

瞬時にワイヤーが2人の部下を雁字搦めに捕らえ、酒木はそのまま天井にアンカーで固定。

音本は壁にがっしりと固定されてしまった。

 

「チッ!」

 

舌打ちと共にオーバーホールは駆け出す。

消えてしまった玄野は手遅れらしいが、まだそこに存在するならばオーバーホールには手の打ちようがある。

オーバーホールの“個性”ならばどのような強度を持つ素材でも関係ない。

触れれば分解できる。

紅く光るワイヤーと部下を諸共に分解し、そして部下だけを再構築すればそれで救助は完了だ。

部下は勿論、激痛にのたうち回るだろうがそれも一瞬。

 

(ここで駒をこれ以上失うわけにはいかない!)

 

なんとしても部下を消されるのを阻止しなければ、この謎の“個性”を持つプロヒーローに一人で立ち向かわなければならなくなる。

オーバーホールはそれは御免であった。

立ち上がり、持ち前の優れた身体能力で駆け出そうとした、その時。

 

「ごふっ!!?」

 

オーバーホールの顔面に強烈な衝撃が走り、彼は盛大に吹っ飛んだ。

床にバウンドし、壁面まで転がる程の衝撃。

 

(な、んだ…お、俺は、何に…な、殴られ、た…っ!)

 

生物は、殴られると予感し、備えるからこそ強烈な衝撃にも耐えられる。

肉を固くし、骨で踏ん張り、重心を調整し、衝撃を逃がし…或いは跳ね返し耐えようとする。

だが完全に油断している時に人体の急所にピンポイントで強力な衝撃を受ければ、どのような達人でもダメージは大きい。

 

(脳が…揺れた!指が…動かん…!視界が、霞む…意識が…!お、俺を…触るんだ!俺、を、再構築…しなければ!)

 

腕を持ち上げろ。己を触れ。分解し、再構築せよ。

治崎は脳から必死に肉体に指令を飛ばす。

だが、今にもシャットダウンしそうな意識の中、痙攣するばかりで指一つ満足に動かない。

再構築できればダメージも何もかもリセットできる。

だが、オーバーホールの“個性”は対象に触れなければ何も効力を発揮できない。

今のオーバーホールは無力な、ただの治崎廻であった。

 

いやだいやだ!と騒いでいた酒木泥泥は、既につま先しか存在しない。

オーバーホールの心配をひたすらしていた忠誠心厚き音本は、今や膝から下しかない。

両者とも謎の光条に引っ張られ、天井を越えた空の向こうに連れて行かれてしまったらしい。

 

――バチッ、バチバチ…バチッ

 

虚ろな治崎廻の頭の直ぐ側で、何か電流がスパークするような音が小さく鳴ったが、それを確認することは治崎には出来ない。

首を動かし、視線を動かすことすら酷く重労働であった。

 

「死穢八斎會、若頭。オーバーホールこと治崎廻。死体損壊・遺棄罪、器物損壊罪、恐喝罪、強盗罪、盗品等関与罪、凶器準備集合罪・凶器準備結集罪、共謀罪、傷害罪、違法薬物取締法違反…ふぅーー、全部読み上げたらきりが無いなァ…まァ、こんぐらいでええやろ。とにかくな、逮捕や。死穢八斎會もこれで終いや」

 

どこか呑気な雰囲気すら醸し出した関西弁が、世界が揺れている治崎廻の耳に届く。

こういう場合、普通のプロヒーローならば良くも悪くも熱の籠もった声と態度でヴィランを捕縛するものだ。

捕縛したヴィランが、オーバーホールのような凶悪な人間だったならば尚更そうだろう。

この凶悪ヴィランがこれ以上、無辜の民に害を及ぼす前に…

この凶悪ヴィランがこれ以上、罪を重ねる前に…

この凶悪ヴィランの命を奪わずに逮捕できた事をプロヒーローは喜ぶものだ。

だというのにどうだろう。

治崎廻は、罪状を読み上げた関西弁を操る男に酷く腹がたった。

彼の弁には、これっぽっちもオーバーホールを確保した歓びが籠もっていない。

感情の熱量というものが、全く欠如していた。

 

(こいつに、とって…俺の、逮捕は…こんなに…()()()()()ものなのか…?

俺は、その程度だとでも、言うのか…?

これ程、熱意の無い…無気力な態度で、この俺を…オーバーホールを…降そうというのか…!

組長(オヤジ)と、俺の…ッ、死穢八斎會を…っ!!こんなッ、取るに足らないモノとして…道端の石ころのように、潰そうというのか!!!)

 

「ふ、ざ…ける、な…!」

 

「ン?」

 

治崎廻は執念の男だ。妄執の男だ。

世話になった組長の恩に報いるため、組長の実孫(壊理)さえ生贄に捧げて違法薬物をせっせとこしらえてシノギを拡大しようとした男だ。

人の情念は、時に肉体の限界を超えさせる。

度を越えて執着し、その結果限界を超える…そういうモノは、基本的に常に渇いている岡八郎には理解し難い。

 

―パンッ

 

「っ!」

 

ここ数年で初めてだろう。岡八郎が驚いた顔を見せたのは。

パンッという音…それは治崎廻が、己を破壊し爆ぜた音。

そして次の瞬間には、治崎廻はオーバーホールとして完全に復活し、ゆらりと立ち上がってみせた。

 

(まさか動けるとはな)

 

しこたま脳を揺らしてやった筈だった。

指一本動かすのさえままならぬ筈だった。

 

「やるやないか」

 

動けぬ程のダメージを与えたつもりが、与ダメージ量を誤ったのは岡八郎の手加減の下手さか、或いは治崎廻の執念の結果か。

立ち上がった男、治崎廻へ素直に称賛を送った岡八郎へ、治崎は重々しく口を開いた。

 

「…その黒一色のスーツ…貴様がピンポンマンか。

正直、ゾッとしているよ…No.3ヒーローが、まさかうち如き弱小を潰すのに動くなんてな。

治療には痛みが伴う…俺自身にこれを使わせないでくれ」

 

「そうか。せやったら大変やな…お前。今から何度も使うことになるで」

 

岡八郎も、治崎廻も無表情を装いつつ憎まれ口を叩き合う。

無表情に見える2人だが、しかし観察眼に優れた者がよくよく観察すればそこから滲むある種の感情が垣間見えるだろう。

治崎からは怒りと憎しみ、僅かな恐れ。

岡からは立ち上がった相手への期待感、感謝、好奇心。そして歓びと興奮。

 

鋭い互いの目。

殺意に満ちた目が交差する。

 

「俺の邪魔をするやつは…誰であろうと、殺す」

 

「やってみぃ」

 

岡の挑発が言い終わるかどうかの瞬間には、もう治崎は高速の掌底で襲いかかっていた。

最低限の動きで、脱力したままに身を捩る岡。

掌底は空を切り何も掴めない。

直様、二撃目。

最小限のスイングで襲いくる掌を、岡は頭を低くし回避。

 

「…!」

 

(…速い!?)

 

蹴り上げてから掴んでやろうとしたオーバーホールの企みは、岡が一歩左に体をずらしただけで軽やかに避けられる。

 

「こいつ…!」

 

直後、治崎も身を低くしスライディングのような下段蹴り。

岡は狙われた脚をただ軽く持ち上げ、その動きだけで蹴りを避けて、そのまま持ち上げた脚を治崎のキック目掛けて力いっぱい素早く下ろした。

 

―メキャリ

 

「っぐぁ!?」

 

治崎の脚の肉が潰れ骨が粉砕され、岡のストンピングの勢い余って床が砕けた。

そして直ちに治崎の、己への治癒。極度の潔癖症故に、脚を踏み砕かれる際に岡と身体的接触を持った事で治崎の皮膚に蕁麻疹が走る。

 

「貴様ァ!!」

 

触れる嫌悪感で怒りを倍増させ、またも素早い体術による連撃。

治崎廻の身体能力は純粋にずば抜けている。

才能で言えば治崎廻は旧世紀オリンピック選手級を悠に上回る肉体を持ち、頭脳も然るべき教育機関で磨いていれば権威ある賞を総ナメできただろう麒麟児だ。

〝壊理〟というイレギュラー中のイレギュラーであるレア“個性”人間が側にいたアドバンテージはあれど、独自の小規模施設による研究で“個性”の深淵を垣間見、“個性”を消失させる薬物を作り上げた。

文武両道…やくざ者でさえなければ世に貴重な人材となっていたに違いない。

そんな麒麟児の凄まじい連撃を、岡は最小の動きで回避し続け、そして時折反撃。

 

びゅうぅぅと風を切って何処からか取り出し握っていた黒い刀を逆袈裟に斬り上げれば、治崎の左腕が宙を舞う。

 

「っ!!」

 

一瞬の痛みに目を血走らせながらも、治崎は直ちにそれに対応し、舞う腕を回収し自分を修理する。

だが次の瞬間、今度は逆の腕。

治崎の右腕が斬り落とされて床に転がる。

 

「がッ!!?」

 

苦悶しつつ、転がる腕を追いかけ拾い、そしてまた治療。

床に手を当て、高速の破壊と再構築をすれば無数の巨大な棘が吹き出るように床から壁から天井から岡を狙う。

だが、それらも全て網を潜るように、或いは障害物を跨ぐように次々と避けてしまう。

そして一振りの反撃。

再び斬り落ち、跳ぶ腕。

蹴り砕かれる脚。

治療。

裂かれる腕。

今度は脚も斬り飛ばされ、痛みに呻きながらもオーバーホールは再治療をする。

斬られ、治療し、殴り潰され、治療する。

垂れ流れ出た血も、その度に自分の体内へと再構築していき失血死を遠ざけるが、血の全てを回収しきれない。

確実に、治崎の体内から血液は失われていく。

 

「…っ!」

 

(間に、合わない…!?〝修復〟が…間に合わなく、なっている!?そんな馬鹿な!

…っ、くそっ…誰か一人でも…駒が残っていれば!)

 

(部下)が残っていれば、自分と部下とを融合させて倍の手足になれる。

そうなれば単純に手数は倍。筋肉量も倍。速度も増す。足りなくなってくる血も補充できる。

だがその目論見は、岡がYガンで部下達を早々に排除した事で脆くも崩れた。

とはいえ2人の戦いは常軌を逸したスピードである。

身体能力に優れていても、経験が不足していれば…修練が不足していれば見切れぬ速さの攻防なのだ。

しかしそれでも展開は一方的だった。

少なくとも、傍目にはそう見える。

治療によって傷も体力の消耗も完全に修復できる筈のオーバーホールは、確実に追い詰められているらしい。

すっかり棘の魔宮となった地下通路は治崎の血で紅黒く染まり、治崎の表情にも余裕など微塵もなく、消耗した体力も適宜治療されているのに関わらず体中から嫌な汗が溢れて呼吸は荒い。

 

「俺がッ!俺が…ッ!!こんな所で終わる訳が…ないッッ!!!」

 

「お前はここで終いや。治崎廻」

 

岡は薄っすらと笑いながら終わりを告げれば、本名で呼ばれた事に治崎は激昂する。

 

「貴様が、その名で…俺を呼ぶなぁぁぁぁぁ!!!!」

 

岡と治崎の激しい舞踏の周囲には、既にかなりの量の血が流れ落ちて溜まっていた。

血溜まりが地下の床にベタリと広がり、幼い少女、壊理は鮮血の水溜りで跳ね回る悪夢のような男達の舞踏を血に浸かりながら震えて眺める。

 

「あ…あっ…あぁ…!い、や…いやっ!いやぁ…!」

 

少女の恐怖の叫びが地下に木霊する。

だが、2人の男はそんな無垢な叫びを完全に無視して殺し合いの世界に入り浸っていた。

 

「いやぁァァァ!!!」

 

少女に血の雨が降り注ぐ。

岡に削がれる治崎の肉片が降る。血が降る。

治崎が回収しきれぬ、彼の肉体だった細かい破片が次から次に降ってきては、肉片が壊理のワンピースにベタリと張り付いた。

治崎の血肉で紅く染まった壊理は、本来の運命ならばルミリオンや緑谷出久の救助によって絶望の中にも希望を見出し、助かりたいと切に願って“個性”を覚醒させただろう。

だがここに真っ先に来たのは岡八郎だ。ピンポンマンだ。

その凄惨極まる戦いぶりを間近に目撃した少女は、“個性”を覚醒させることなく、悍ましい光景から逃れたい一心でとうとう意識をプツリと途絶えさせた。

そしてその事実は、皮肉にも彼女が覚醒することで起きたかもしれない大きな被害を最小限に留めるに繋がった。

 

少女の叫び声の残響が消えた頃、プロヒーロー達がようやく岡に追いつく。

 

「うっ!!」

 

少年達が、その光景と猛烈な血の臭いに目眩を感じる程に背筋を震わせ、胃からこみ上げてくるモノを必死に喉に押し留めた。

イレイザーヘッドもロックロックも…プロヒーロー達でさえ初めて見るかもしれない程の血の池地獄の中で、ピンポンマンと組むことの多い地元繋がりのファットガムだけは慣れたものだ。

 

「ありゃ~、こりゃ…派手にやったなァ…ピンポンマン、えげつなッ。まー、治崎廻の“個性”ならこーなるのもしゃーないけど…子供らには少しばかり刺激、強すぎひん?」

 

気を失って倒れていた少女を確保し、抱き上げながらファットガムは苦笑い。

警官達の中には吐き出す者もいたから、雄英の生徒達はやはり優秀だった。

 

ヒーローの増援が来ても言葉無く立っていたオーバーホールだが、やがて血の池にドシャリと倒れる。

治崎を見下ろして、準備運動でもし終えた程度の荒い息を吐きながら岡八郎は皆を振り返った。

 

「イレイザー。お前の操縛布でこいつの手足、縛っといてくれや」

 

イレイザーヘッドでさえ、気を抜けば吐きそうになる。

岡に言われ、チラリとオーバーホールを見ればそこには五体満足の治崎廻が意識を刈り取られ転がっていた。

ただ、端正な顔は殴り潰されていて半死半生である。

強烈なパンチで意識を落とされたらしいのが一目で見て分かった。

 

「…必要あります?」

 

相澤の口からは自然と当たり前の疑問が出ていた。

 



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閑話 ピンポンマンとミッドナイト

ヒーロービルボードチャートJP。

簡単に言えば日本におけるプロヒーローの人気ランキングだ。

年の内、上半期、下半期に分かれ発表され、その発表は報道機関によって大々的に行われる。

国外でも、それぞれの国々がヒーローランキングを発表し、決まってそれは注目イベントとしてお祭り騒ぎとなるものだ。

上位ランク入りする事はプロヒーロー達の間でも一つの目標とされ、トップ10以内にランクインすればそれはもう、一国の権力者よりも著名になれて様々な企業からも広告塔として人気は引っ張りだこ。

そんな、プロヒーローにとっての一大イベントであるが、今期の発表は特に重要度が高い。

オールマイトが神野区テロの件で引退に追い込まれ、そしてその混乱によって上半期のランキング発表は有耶無耶。

久しぶりのランキング発表と、そして伝説のヒーロー・オールマイト引退後初のチャートという事で、何と今期ランキング発表は実際にプロヒーロー達をスタジアムの壇上に招いての豪盛なものとなった。

 

もともと人気イベントだったのに、今回は本人達が登場するという事で盛り上がりは鰻登りで、後のテレビ局各局の調査によると瞬間最高視聴率は何と82%をマークしたという。

警察庁もヒーロー公安委員会も、今回のビルドボードチャートを重要な節目と捉えているのは明らかで、余程の事情が無い限りスタジアムへの招集は厳命とされていた。

平和の象徴(アイコン)・オールマイト引退。

テロの頻発。

ハッキリと目に見える形での日本安全神話の崩壊。

密かに民衆間に流行り始めている昔のトンデモ本〝異能解放戦線〟の存在。

オール・フォー・ワンの元で製造されていた人造のヴィラン〝改人〟の存在。

動揺しカルトに傾倒しつつある世間を鎮めたい…国家のそういう思惑が存分に発揮された〝見世物〟…それが今期ビルドボードチャート発表会であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは♪男前に映ってるわね」

 

マンションの一室。リビングのソファーで寛ぐ岡に、背後からもたれ掛かってきた女性が囁いた。

女は薄手のインナーの上にややダボついた白いニットワンピースを着ている為に、一見して裸にセーターだけを着ているような扇情的な姿である。

付き合い当初…高校の頃から彼女は同年代の少女より豊満でスタイルは良かったが、長い付き合いの中、肌を重ねるコト数百…ではきかず数千回はいっている。

元々スタイル良し美人だった女が、更に妖艶な女として花開くには充分な女性フェロモンを、パートナーに愛される事で満たし続けたものだから今現在の彼女の美貌とスタイルは悪魔的だ。

岡は、そんな彼女のやや跳ねっ返りな髪質を楽しみながら撫でてやれば、女は普段はやや鋭い切れ長の目をふにゃりとさせる。

 

「…またこの録画か。これでもう4度目やぞ…チャンネル変えてえーか?」

 

「だーめ」

 

女性…プロヒーロー・ミッドナイトは女としての素の顔、香山睡の表情で笑う。

テレビ画面の中ではプロヒーロー達が紹介され、トップ10のヒーローには個別にインタビュータイムまであって、ヒーローとしては最高の宣伝舞台だった。

皆が興味津々で見守ったランク発表ではあるが、大方ほぼ予想通りで誰もが納得のランキング。

しかし、ランク入りを予想されていた、子供達からエゲツない人気を誇る〝洗濯ヒーロー〟ワッシャがトップ10入り逃したのは一部ファンには小さい衝撃だったようである。

通による分析によれば、子供人気が『タフでハードなピンポンマンの相方的ポジションの癒やし系関西ヒーロー・ファットガム』にも予想以上に流れてしまい、結果、13位にウォッシュ…14位にファットガム、と完全に子供票が二分割されたのが原因であろうとの事。

蓋を開けてみれば…

 

No.10、〝ドラグーン・ヒーロー〟リューキュウ

No.9、〝具足ヒーロー〟ヨロイムシャ

No.8、〝気鋭の新樹〟シンリンカムイ

No.7、〝シールドヒーロー〟クラスト

No.6、〝勝ち気なバニー〟〝ラビットヒーロー〟ミルコ

No.5、〝忍者ヒーロー〟エッジショット

No.4、〝ファイバーヒーロー〟ベストジーニスト

No.3、〝7回授与取り消し(クリア)の男〟〝ブラックヒーロー〟ピンポンマン

No.2、〝ウィングヒーロー〟ホークス

No.1、〝フレイムヒーロー〟エンデヴァー

 

こういう順位となっていた。

 

「ほら見て見て、八郎。う~ん…この角度もかっこいい~」

 

画面に映るピンポンマンを指差し喜ぶ香山睡。

ソファーの背もたれをぴょんと飛び越え、男の膝に肉付きの良い尻を預けながら屈託なく微笑んでいる。

 

「…もう見飽きてる顔やろ」

 

「ずーっと見てても飽きない。飽きるというか…見慣れる?慣れたけど飽きてない。不思議よね」

 

「…確かになァ。お前の顔もそンな感じやな」

 

「でしょ?美人は3日で飽きるって嘘よね」

 

「自分でゆーなや」

 

「てへ」

 

わざとらしくベロをちょこんと出して片目を瞑る香山睡。

岡八郎と香山睡は、かれこれ14,5年、このようなやり取りを繰り返している。

同じようなやり取り。同じような展開。次に何を言うか、何をしてくるか。予想通りでありながら飽きは来ない。在るのは安心感だ。

 

初めて出会ったのは、16年前のプロヒーロー仮免試験。

岡八郎は士傑高校生のエース。

香山睡は雄英高校のエース。

エース同士、対抗心から意識し合い、競い合い、切磋琢磨している内に自然と打ち解けて気付けば何となく付き合っている雰囲気となり、まず周囲がそういう認定をして囃し立てたり、さも当然のように「え?付き合ってるんでしょ?名門のエース同士お似合いだよ?」という感じで、岡も香山も異性からの人気は高かったが周りが勝手に諦めて去っていった。

そして本当に付き合い出し、付き合ってみればやはり相性は悪くなくズルズルと16年近くの腐れ縁で、今や互いの黒子(ほくろ)の数を知る者同士だ。

 

ピンポンマンは、ワイルド性もあるハードボイルドで暴力的な、どこか危険なヒーローとして。

ミッドナイトは、アダルティで際どいお色気18禁ヒーローとして。

どちらも異性関係は派手でさぞモテモテで、交際相手をとっかえひっかえだったり、所謂〝ヤリ捨て〟でもしてそうな雰囲気はある。

あるのだが、実のところ両者の私生活面の思考は堅実で実直。

お互いに男と女としての生活でも不満を感じるどころか満足感が常にあるので、2人は新しい恋愛パートナーを求める事も無く、そのまま2人は浸かり心地の良い微温湯にどっぷりとなっていた。

互いに関西と関東の教員として就職してからは、自然消滅や浮気…破局も覚悟の遠距離恋愛の道を選択したものの、空いた時間はプロヒーローとしての活動もあってとうとう浮気・二股とは無縁であれた。

ピンポンマンとミッドナイトが、二人共に〝夜の〟経験人数一人…等というのは、世間の人々からすればとてつもなく意外な事実だろう。

下世話な週刊誌等が知れば直ぐに食いついて全国にバラ撒きたいネタだろうが、幸いにも誰にも彼らの夜の私生活がスッパ抜かれた事はない。

 

「ね…もしさ」

 

言いながら、画面に釘付けだった視線を真後ろの岡へと向け、そのまま彼の膝の上でくるりと180度反転。

開脚した白い太腿で彼の腰を挟み、鼻と鼻がくっつきそうな距離で彼の目を見る。

 

「もし、ね。もしもの場合。…私達に子供が出来たら、どんな“個性”になるかな」

 

「出来たンか?」

 

「もしもだって!」

 

岡は少し目を閉じて考える。考えた素振りだけかもしれないが、とにかく数秒目を閉じてから彼女の目を見返した。

 

「分からへん。俺の〝ガンツ〟がどう作用するかやなァ。“個性”は遺伝子に刻まれとるから子に引き継がれる筈やけど…中には、あの…なんちゅーたか…あのガキ」

 

「こら。ガキ呼ばわりはやめなさい。その言葉遣い、ヒーローのイメージじゃないでしょ」

 

「そないゆーて…お前ンとこの雄英体育祭の1位のガキはどうなっとんのや。ヒトのこと言えるか?」

 

それを言われると香山睡は目をそらして口笛を吹いて嘯く。

 

「あれは…ほらっ、相澤くんが担任だし?相澤くんの指導の賜物っていうか?」

 

「…相澤なぁ…あいつも大変そうやな。今年度に入ってから苦労続きや」

 

睡が額をこつんと岡にくっつけた。

 

「話それてる~。最初に言ったガキってだれ?」

 

「俺が相澤との事件で保護した、ヤクザのガキや」

 

あぁ、と睡が合点いく。

 

「壊理ちゃんね。あの子、今は雄英で保護してるのよ。すっっっごい可愛くてさぁ…♪私もあんな娘ほし~!」

 

また頬を緩めた睡。岡は察する。

あの時の少女を保護し、接する内に母性本能をいたく刺激されたから、突然子供うんぬんと言い出したのだろう。

 

「…で、そのガ…壊理か?あいつみたいなレア“個性”は順当に子孫に引き継がれる事例はあんま聞いたコト無い。

“個性”持ちの二親から無“個性”のガキが生まれる場合もあるし…俺にもよー分からん。

せやから多分、睡の〝睡眠フェロモン〟がメインのガキ生まれるンとちゃうか?」

 

真面目な考察を返してくるパートナーに、睡はクスッと笑い、そして直ぐにイタズラ者の笑みを浮かべて彼を見た。

 

「不思議よねぇ。こればっかりは生んでみないと分からない。…ねぇ興味ない?」

 

「…まァ、あるかないかで言ったら、あるな」

 

「作ってみる?子供」

 

イタズラ者の微笑みに、頬に差す朱色まで加わる。

イタズラ者は自分が言いだした癖に照れているらしい。

岡は軽く溜息をつく。

 

「教職にある人間が、未婚でガキ作るもんやないなァ」

 

「じゃー結婚しちゃおっか」

 

「別にお前と結婚するンは構わへん…けどなァ、お前のバックボーンが面倒や。大事になる」

 

「私ぃ?」

 

構わないと言われ喜色を浮かべたものの、睡は少しとぼけた顔をして己を指差した。

 

「俺と違ぉてお前は交友関係が広い。知り合い全部呼びたい性分やろ…お前」

 

「…」

 

黙って目を逸らす睡。

睡は、確かに自分はそういう性格だと自覚している。

派手好みで、やや見栄っ張りだ。

そして岡は、反対に派手を好まない。

しかも香山睡は雄英高校の有名プロヒーロー教師。

校長のネズミも間違いなく披露宴には来る。

オールマイトも来る可能性は高い。

その両者の人脈たるや、恐ろしいものがある。

しかも岡八郎ことピンポンマンも、大々的にビルドボードチャートJPでNo.3なんぞにノミネートされていて、何かと話題を振りまくプロヒーローだ。

それでいて西の雄・士傑高校のトップ教師。

そんな2人が「結婚します。披露宴します」などと言えば、それこそ今期ビルドボードチャートJP並みの大イベントになる。

大袈裟ではなくそうなる。

なぜなら、張本人(ミッドナイト)がそう誘導するだろうからだ。

 

「籍入れるだけなら構わへんで。俺は」

 

「うーん」

 

細い顎に指を当て、香山睡は少し首をひねり考え中。

だがそのポーズは2秒で終わり、彼女は満面の笑みを男に見せた。

 

「じゃあそれでいいわよ」

 

「…」

(えーんか…)

 

少し、岡の計算が外れた。

岡八郎、命を張った戦闘以外では意外なうっかりがあるらしい。

彼女の性質ならば、結婚式も披露宴も嫌と言えば渋ると思っていたのだが、どうもそれは甘かった。

30代に突入している香山睡は、とにかくそんな条件でも結婚したいらしい。

確かに子供を生む気があるならそろそろ生まねば将来的に不安のモヤが迫りくるお年頃だろう。

 

(俺が結婚か……性分やない)

 

岡はやや内心で戸惑う。

別に、自分がヴィランを殺したがる殺人者だから結婚して幸福な家庭を築いてはいけない。しちゃいけない。…なんて殊勝な心掛けは勿論、無い。

()()()()()でも、表面を取り繕い社会に溶け込んでいた社会不適合者…それが岡八郎だ。

今もそうだがプロヒーローという職についている分、やや彼の本質がはみ出てきているが…それでも充分社会的信用を築いている真人間ぶれている。

こんな仮面生活を続けている自分が結婚などしても、きっと結婚生活はうまく行かない。

香山睡という女に、ただ離婚歴をつけてしまうだけではないかという心配は一応しているのだ。

これでも15年以上恋人である女だから、いくら岡の精神の根っこが冷酷者であってもそういう気遣いぐらいはする。

そこに愛が在るのかは分からない。

しかし愛着は確実にある。

 

そのように岡が少し真面目な顔で考えていると、香山睡は温かい笑顔を男に向けて、少しはにかんで言った。

そして、それが岡に踏ん切りをつける切っ掛けを与えてくれた。

 

「…八郎って、結構危なっかしいとこあるから。私があなたを正義のヒーローに縛り付けといてあげる。そのためには、結婚って〝枷〟もイイと思うのよ」

 

岡の、常に動じぬ鋭い目が少し大きくなった。

 

「なによ、その目。私が分かってないって思ってた?

こんだけ長いこと付き合ってて、八郎のヒーロー活動の履歴も見てれば分かるって。

けっこー殺したがりよね、八郎は。色んなヴィランを見てきたから…ヒーローからヴィランに堕ちる人も見てきたから…だから分かる」

 

伊達に三十路になってないってことね、と睡は少し自虐ネタを入れつつ茶化して続けた。

 

「ヴィラン向けの、ヤバい性質…薄っすらとだけど、そんなコト分かってた。

…私はプロヒーローだから。ヴィランに転向しないよう…道を踏み外し切らないよう…八郎を()()()()に繋ぎ止める。そういう存在…あなたの杭になりたい。

ヴィラン化未然防止…それって立派にプロヒーロー活動よね?」

 

さすがはプロヒーローを育成するトップ機関の一線級教師。

()()()()()で、表社会では誰にも見抜かれたことの無い己の素顔に、かつてここまで迫った女はいない。

 

「…お前の言うた通りだとして……せやったら俺は殺人者や。きっと、それは死ぬまで…いや、死んでも治らんで。人気プロヒーローが、殺人者と一緒になる…おかしな話や」

 

文学的比喩ではなく、実際デスゲームの中で死んだことのある岡が言うのだから、これは間違いない。

 

「プロヒーローとしては私も失格かもだけど…殺してるのはヴィラン。

たまには、あなたみたいなダークヒーローがいても良い。

…なーんて言っても、それは八郎だからね…。身内贔屓ってやつ。これが赤の他人がやってるんなら、私も全力でぶちのめして逮捕する。

…人間って勝手よね。プロヒーローって言っても…やっぱり身内が一番。

八郎と付き合ってて、そう気付いた時は私自身、自分に幻滅したけど…もうね…受け入れちゃった。で、受け入れたら楽になった」

 

そう言って微笑んだ睡の表情の中には、先の茶化した自虐とは違う、真に自虐的で己を憐れむかのようなモノが滲む。

プロヒーロー・ミッドナイトは恋に墜ち、オールマイトやステインの標榜する〝真のヒーロー〟から転げ落ちた。

 

「私も、あなたと一緒。もう真のヒーローじゃない。多かれ少なかれ、道を踏み外した。

幾千の無辜の人々の為のミッドナイトから、あなただけのミッドナイトに墜ちたの。

似た者夫婦って奴…かな?」

 

気の強い香山睡の割に珍しく、その視線は彼の機嫌を窺うようなものだった。

健気な女だと岡は思った。

とどのつまり、香山睡は岡八郎に寄り添う為にプロヒーローとしての矜持を一部捻じ曲げたのだ。

赤裸々の情熱の真意を、冗談混じりに告げるのは可愛気がある。

 

(それでも愛しているのかは分からへんし、俺は自分勝手な男や…けど――)

 

きっと、この女が自分以外に殺されたら岡は怒るだろう。

そう思えるだけの愛玩すべき女なのは間違いなかった。

 

「俺は…結婚式も披露宴も…女の一大イベントをさせン男や」

 

「うん、知ってる。今断られたしぃー」

 

頬を膨らませぶーたれる。

 

「俺の本性知って…それでも一緒になる気か」

 

「…今更、別の相手見つけるのもしんどくて。結婚には妥協も必要って言うじゃない?」

 

ふん、と岡は鼻で笑った。

瞳を明らかに熱で蕩けさせながら、そういうウィットに富んだジョークを飛ばせる。

小気味良く、やはり良い女だと再認識させられる。

 

「…ま、籍だけはいれるか」

 

「やりぃ♪」

 

イタズラが成功した悪童の笑みの香山睡。

岡に、奇襲のような深い口付けをたっぷりとしてから、瞳を潤ませてフェロモン香る吐息を吹きかけ囁いた。

 

「じゃ、ヤリましょ♪子作り」

 

「…おいおい」

 

淫卑に微笑む未来の妻を、岡八郎は深い溜息と共に降参とばかりに両手を挙げ、迎え入れる。

 

(とんでもない女に食らいつかれたかもしれんなァ)

 

そう思いつつ、それもまた悪くない。そんな風に思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――…以上で冬季に私の毛並みを保つ秘訣 ~食事事情編~ を終わります。えー、次に近代ヒーロー美術史のミッドナイト先生からお話があります」

 

とある日、雄英高校の朝礼で珍しくミッドナイトが、ネズミの根津校長に譲られ朝礼台の上に立つ。

一部生徒が小声で何かをひそひそと言い合う。

芦戸三奈が、蛙吹や麗日、八百万に耳郎まで巻き込んで無駄話を展開している一方で、緑谷出久は一人ビクビクとしていた。

 

(なんだろう…この前の文化祭の事かな)

 

彼には思い当たる事が多々あるからだ。

動画投稿を人生の糧とする、怪盗を名乗るヴィランのようなそうでないような“個性”持ちの変人(ジェントル・クリミナル)と陰ながら戦闘行為を行ってしまっていたのだ。

あの時は、ハウンドドッグ先生とエクトプラズム先生、両名の温情と、そして犯人のジェントル・クリミナル本人の機転で事なきを得たが…真相が発覚すれば緑谷出久が罰を受けるのは当然だろう。

 

「スゥーーーー…」

 

壇上でミッドナイトが大きく息を吸った。

何かを大声で発表する気だ。

生徒の誰もが思った。

そしてきっとそれは大事だろう。

進路に関わる事か、それとも頻発する雄英高校を狙う魔の手に関するものか。

ゴクリ…と生徒達は固唾を呑んでミッドナイトを見守った。

イレイザーヘッドやプレゼント・マイクも、その他の教員達も見守っていた。

 

「私、結婚します!!!」

 

真面目な顔で息を吸い込んでいたのが一転、満面且つ力強い笑みでミッドナイトは宣言した。

目が点になる皆。

 

「んん?んんんんんん???」

 

「はぃ?」

 

「え?」

 

「…ん?」

 

「…」

 

「…ミッナイ先生?」

 

キョトンとし、数秒の間全員が沈黙した。

雄英高校の朝の校庭に、冬の風が吹き荒ぶ。

 

「私、結婚します!!!!!ピンポンマンと!!!!!!」

 

片腕を振り上げ、まるでステージを盛り上げる歌手のようなポーズと勝ち誇った顔で、再度結婚宣言をするミッドナイト。

雄英高校に割れんばかりの様々な叫び声が響き渡る。

 

翌日、新聞各社とテレビ各局が雄英高校と士傑高校に殺到したのは言うまでもない。

 

(やってくれおったなァ、あのアホ。…確かに、約束は式と披露宴しないってだけやったな…やられたわ)

 

オールマイト引退から悲観的なニュースが続いた事もあり、世間は久々に浮かれた空気に包まれる。

誰にも口外しないという約束をしなかったのは岡の落ち度。

どうやら暫く安穏とは出来そうもないと、岡八郎は諦めたように息を吐いた。

 



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巨人

愛知県泥花市で起きた、ヒーローに恨みを持つという男女20名による襲撃事件。

緻密且つ大規模な計画的犯行によって、プロヒーローが事件直前に市街に誘い出され、その事件を迎え撃ったのは多数の“個性”持ち市民だったという。

後にヒーロー達も合流し犯人グループを撃破…結果的に犯人20名は全員死亡。

泥花市にはデトラネット社代表取締役社長・四ツ橋力也氏等、多数の著名人も巻き込まれたと報道は伝える。

 

惨禍は続く。

オールマイトを神野区で失ってから、日本という国には暗雲が垂れ込み続けている。

No.1を継いだヒーロー、エンデヴァーも新たなる〝改人(ハイエンド)〟との戦闘で、No.1に就いた早々に大ダメージを負ってしまった。

勝利を掴みはしたのだ。

その勝鬨に一時、市民達は湧き、大いに勇気を貰い、そこに希望を見た。

しかし時が少し経ち、世間が冷静さを取り戻し様々な考察を行う余裕が出ると、人々はやはり不安に慄いた。

現No.1があれ程苦戦するヴィランが、まだまだ世の陰に潜んでいるかもしれぬ恐怖。

泥花市事件で、プロヒーローの至らなさを責めるだけでなく市民も立ち上がるのだ…そういう風潮が出来上がったのは、やはり現在のプロヒーローの実力に皆が不満を抱いている事の裏返しでもあるのかもしれない。

やはりオールマイトを失った意味は大き過ぎたのだ。

 

季節は冬。

寒い季節。

本格的な寒さが日本にやって来ようとしている。

皆、心の何処かにどうしようもない不安を抱え、その隙間に容赦なく冷たい風が吹く…寒い時代が近づいている。

 

そんな、迫りくる寒さを忘れようと善良な人々は皆、友と、愛する人と寄り集まって温もりを分け合う。

発祥の地とは無縁の遠い極東の島国の人々ですら愛するウキウキのイベント…クリスマスは絶好の機会だ。

未来のヒーローの卵達、雄英高校の生徒らも、そして士傑高校の生徒らもちょっとした催し物等で楽しみ、それを切っ掛けに中には恋人になる若者もいるだろう。

勿論、クリスマスは恋人や子供達だけのイベントではない。

老いも若きも男も女も楽しめるものだ。

クリスマスはそうやって家族愛を深める為にプレゼントを送り合ったり、皆で上手い食事に舌鼓を打つわけだが、日本では不思議と恋人達が聖なる(…性なる)夜を楽しむ事も多い。

ここにも、そういう熱く爛れた夜を過ごす大人がいる。

イブの朝に入籍したプロヒーローの2人だ。

 

香山睡のマンション…自室。

その寝室では、ミニスカサンタ衣装にHカップのバストを押し込み、スラリと長い脚をハイソックスで覆った姿の睡が、男の上で乱れている。

熱気と嬌声、独特な臭気に満ちた部屋でダブルベッドのスプリングが軋む。

長年男に愛され、すっかり大きく柔らかくなった極上の胸と尻が揺れて男の視界を楽しませていた。

それが終われば今度は男が女にのしかかる。

それの後は互いに寝そべって横から。

その後は向き合い抱き合って。

次は獣のように背後から覆いかぶさる。

おつぎはベッドの縁に睡が手を突いて、長い足で尻を突き出す。

次から次に、男女が絡みつき、体位が変わる度に衣装は崩れ、剥がれていくものだから今では香山睡の姿は、まるで性的暴行を受けたかのように着衣が乱れ切り、それはそれで男の劣情を激しく掻き立てるのに一役買っていた。

体中に熱を湛え、切れ長の瞳は思慕と悦楽が振り切って蕩けて涙で濡れ、前後不覚となって“個性”の制御すら失った睡は体中から汗と体液と眠りフェロモンすら垂れ流す。

限度を忘れて垂れ流れるフェロモンに、本来ならば岡も眠ってしまう所だが、その気配が見えた時点で部分転送によりすかさず十目の黒面(ハードスーツ・マスク)を装着すれば彼の呼吸は守られて、変わらずに女を攻め立て喘がせた。

元恋人、現新妻の忘我の際の癖への対処など手慣れたものだった。

 

ヴィランの中には、彼女の美貌に目がくらみ()()目当てで襲おうとした者もかつていたらしいが、そもそも彼女をモノにしたかったらこの性的興奮と共に垂れ流れてしまう眠りフェロモンもどうにかせねばならない。

それ故に、彼女の恋人となるハードルが更に一段高くなったと言えるし、彼女を暴漢から守ったとも言える。

その有象無象の男を寄せ付けなかった眠りフェロモンは岡の〝ガンツ〟に完全に食い破られてしまうのだから、元々ミッドナイトはそういう意味でもピンポンマンとそうなるべくしてなったのかもしれない。

やはり相性が良いらしい。

 

イブの夜、朝日で窓の外が明るむ頃には、さすがにベッドルームから響く肉と肉のぶつかる音は消え失せた。

疲れ果て、共に微睡み、そして昼頃に共に目覚める。

香山睡が若い頃に描いていた、愛しい人との幸せでラブラブで怠惰な休日という奴そのものの光景だった。

尊い有給を行使した甲斐があるというものだ。

 

「…おはよ」

 

隣で、自分の寝顔を見ていた新夫と目が合い、今更ながら照れて朝の挨拶を交わす。

 

「おゥ」

 

「…あ~…ダルいぃ~。ほんっと…八郎ってフィジカルお化けよね。5キロ痩せた…絶対痩せた…1ヶ月分の運動量だったわ…」

 

「プロヒーローやからな」

 

「それにしても、でしょ。実はガンツスーツ着てた?」

 

「途中、頭だけな。いつものお前の癖のせいや。しなかったら寝てまうからな」

 

指摘され、睡の寝ぼけ眼から眠気の残骸が吹き飛んで羞恥に染まる。

 

「っ!う、うるさいっての…八郎のせいでしょ…もうっ。…………ねぇ、ご飯、八郎が作ってぇ~」

 

「…自分で作れや。俺はもうカップ麺食った」

 

どうやら岡は、既に一度起きてからベッドに出戻ったらしい。

 

「えー!はくじょうものー!私、お腹重くて動けないんだもん。どっかの誰かが全弾中に出すし」

 

「そうしろって言ったの誰や」

 

「てへ。だって新婚よ?」

 

オチャメに笑いながら睡が自分のお腹を擦る。

まだ妊娠したわけではないが、まるでもうお腹に子がいるかのように慈しみのある撫で方だ。

香山睡は早く母親になりたくて仕方ないのだ。

 

暗雲立ち込む現代。

希望の未来を紡ぐのはプロヒーローの使命の一つ。

そして、未来とは子供そのものだ。

ならば子を生む世の母親達は皆、尊いヒーローであり、例え様々な事情から子を生めずとも、子を愛し次世代へ繋ごうとする意思ある者は須らくヒーローと讃えられるべきだ。

 

「…岡睡、かぁ………岡睡…うふふ、フフッ。子供の名前…どーしよっかなー」

 

ベッドでごろごろしつつ、〝香山睡〟改め〝岡睡〟は自分の名前を呟いて悦に浸る。

岡八郎は既に、のそりと長身をベッドから起き上がらせて台所へと向かっている事から、一応、新妻の為に何か作ってやるつもりらしい。

 

岡睡…旧姓、香山。

ミッドナイト、まさに灼熱の時。

大晦日と新年には実家に帰り、事後ではあるが結婚の報告。

娘の性格から行き遅れを心配すらしていた老親の顔にも、やっと心底の安堵が見られて娘として感無量であった。

1月1日の元旦には家族皆で詣でて、2日は地元の昔からの女友達と、3日は高校時代の親しい者達と詣でて、親しい者達だけで小さな披露宴も催した。

ファットガム、プレゼント・マイク、イレイザーヘッドや一部親交暑いプロヒーローも駆けつけてくれて、皆、心の底から祝福してくれた。

 

「とうとう香山先輩が結婚ですか…岡先輩も年貢の納め時ですね。

未婚者同士の結婚…うん、合理的判断だと思います。先輩方、心底おめでとうございます」

 

少しシニカルな色合いを含有しつつも、隠しきれない穏やかな笑みで敬意を抱く先輩へ祝辞を述べる相澤消太。

 

「うぅ…と、とうとう…グス、あの中々くっつかない先輩ヒーローズカップルのあんたらが結婚かYO…泣けるぜ…幸せになれYOこんちきしょ」

 

山田ひざしはトレードマークの三角カラーグラサンの下に涙を湛えながらの祝福。

情に厚い彼は、10年以上ヤキモキしながら2人を見守ってきただけあって涙を堪えることが出来なかったらしい。

最後の方には濁流となっていた。

 

「付き合ってたんは知っとったけど、まさか先輩が結婚するなンてなァ!意外やわ!

のらりくらりと何だかんだ結婚せーへん無責任男やと思ってました!」

 

独り身仲間が減る寂しさを匂わせつつも、ファットガムは満面の笑みで分厚い祝儀袋を持ってきた。

何でも「洒落にならン金額渡して離婚させん為や」という事らしく、彼なりに2人の結婚生活の長続きを祈っての事らしい。

その他、ヒーロー仲間や教員仲間、先を越されママになっていた地元の女友達…皆々からの祝を受け、涙ながらに喜ぶ親を見て、香山睡こと岡睡も薄く涙を浮かべて頭を下げて回り続けていた。

頭を上げた睡の顔は、まさに屈託のない微笑み。

どんな鈍感であろうと彼女が喜んでいるのが丸分かりという程の良い笑顔であった。

 

「…私、ことミッドナイトは!この先も新婚ヒーロー、マタニティヒーロー、そしてママさんヒーローとして名を挙げてみせるわ!

Mt.レディ(あんた)にもウワバミ(あんた)にも差をつけてやるんだから!見てなさい!!」

 

祝に駆けつけた後輩美女ヒーローにズビシッと指差しながらそんな事を宣言するのも、それは照れ隠しの一種と言える。

「はいはい」とMt.レディが呆れながらも優しく微笑み、「ふふ、期待してる」とウワバミも嬉しそうに返して、指差しされた2人の美女ヒーローは微笑ましそうにミッドナイトの相手をするのだ。

その光景はまさに幸福に満ちたそれだったろう。誰が見てもそう思うに違いない。

だが、そんな安穏とした平和な幸せは、今の時代では長く続かないのはもはや宿命だとでも言うのだろうか。

プロヒーローという、ある意味で茨の道を突き進む選択をした者達を、いつまでもそっとしておいてくれる程世の平穏の(ヴィラン)達は甘くはない。

 

 

僅か数カ月後…風雲急を告げる事態が巻き起こる。

嵐が来たのだ。

岡八郎が予見した、大きな嵐。

日本全土を巻き込みかねない…流れを堰き止められなければ世界にも垂れ流れていきそうな巨大な嵐だ。

その嵐は、まだ殻の取れきらぬヒヨッコヒーロー達をも動員する、所謂『学徒動員』態勢というある種の禁じ手のカードすら国家にきらせた。

 

潜伏していたヴィラン連合が、浸透し埋伏していた大規模テロ集団〝異能解放戦線〟と合流。

その大勢力を吸収し、〝超常解放戦線〟と成って、日本だけでなく世界にも届き得る牙となって世間にそれを突き立てんと蠢動していたのだ。

そして…何よりも睡の大切な人は、その嵐を喜々として受け入れてしまう。

それが睡は恐ろしい。

ヴィランが運んでくる大嵐が、睡の最愛の人を遠くへ奪い去ってしまうのだ。

公安委員会から届いた暗号化済みの〝招集命令書〟を見た時、睡は、覚悟はしていたものの暗鬱たる気分になっていた。

それが普通の反応だろう。

未熟な教え子すらも駆り出され、新婚生活も掻き乱されるのだから。

 

だが、睡は見たのだ。

岡八郎が、美しいくらいに獰猛な微笑みを浮かべながら命令書を読み耽っていたのを。

 

(…八郎…私、あなたを絶対にコチラ側に…留めてみせる)

 

睡は一人暮らし時代からの愛猫を膝に抱きながら、夫となった男の横顔をジッと見ていた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

3月下旬、全国から有名ランカーヒーローが姿を消す。

それだけではない。

可能な限り、動けるプロヒーローの全てが日本中から大動員された。

 

捕らえたヴィランから引き出した情報により、異能解放戦線の重要施設が判明。

本部と、その重要施設を主要な全ヒーローで包囲、殲滅するという日本ヒーロー史上最大級の作戦であった。

京都府蛇腔から和歌山県郡訝山までをカバーする超弩級規模の大作戦。

その作戦にあたってピンポンマンこと岡八郎は〝切り札〟の一つとして郡訝山近くの市街に一人佇んでいた。

作戦参加ヒーローの大部分が市民の避難誘導に駆り出されるが、ピンポンマンの仕事は当然のように避難誘導ではない。

公安が彼に期待している役目はいつだって切り札(エースインザホール)

こういう難事に直面する時は、ヒーロー公安委員会のお偉方を常々悩ませてきたピンポンマンの()()()かつ()()()な面を期待されているというわけだった。

 

岡は一際高いビルの屋上で、人気の無くなった市街から作戦領域最前線たる郡訝山を眺めている。

風を受けながら耳に装着した超小型インカムが次々に発する雑音やら怒声やら新たな情報やら指示やらを半ば聞き流して、その中から己に必要なモノだけを精査し拾う。

 

『貴様か…脳無の製造者…AOF(オール・フォー・ワン)の片腕。…観念しろ、悪魔の手先よ!』

 

『なんでこんな使い方だよジジィ!!!!』

 

『皆!強そうな脳無とジジイいた!…………―――知らね。蹴りゃわかる』

 

『開けます!』

 

『一人逃せばどこかで誰かを脅かす!守るために…攻めろ!!』

 

それぞれの役目を全うせんとするチームメンバー達の通信が飛び交う。

今、生徒児童達の中ですら最前線に身を置く者もいる中で、しかし岡八郎は独りで戦場全体を眺めている。

岡はヒーロー達の音に静かに耳を傾け、彼はビルの屋上でまるでくつろいだように立ち呆け続けた。

その時だった。

 

――ゴォォォン

 

凄まじい振動と共に爆音と閃光が郡訝山近くの山荘で確認できる。

まるで、本当に大規模爆発が起きたかのように見える。

 

「…山荘が割れた。セメントスか…今の光は…誰や。爆発やない………まぁええ」

 

遠目に状況を分析する。

岡八郎は理解している。

自分の役目は切り込み隊長ではない。

討ち漏らしの雑魚を狩ることでもない。

だから彼は同胞と学徒兵が身を削っている今も平気の平左でタバコなど咥えだす。

 

(この程度やない。解放戦線にはまだ手札がある……動かないっちゅー()()()()…必ずソイツは動く)

「やないと拍子抜けや…せっかくあの()()()の許可が出たんやからな」

 

いつも密かに己を呼び出し、影に陽に無理難題を押し付けてくる公安のやり手の女を思い出し、岡は思わず皮肉気に口の端を釣り上げた。

岡に婆さんと揶揄されるにはまだ若過ぎるその女は、ヒーロー公安委員会の会長だ。

“個性”〝ガンツ〟の調査解析を10年以上、あの会長を筆頭とする政府のお偉方に強制され、表向き岡は協力的姿勢を保ちつつもその一端しか手の内は見せてこなかった。

その女会長が、つい先日、彼にポツリとこう言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

もう一人の公安の狗、ホークスが恐らく殺人許可証を与えられているのと同じで、岡八郎もそれを得たという事だ。

女会長のその言葉が、果たして岡のガンツの深淵を見抜いての事かはわからない。

やり手で抜け目なく、食えない会長の事だからひょっとしたらその可能性もあるが、とにかくそれは置いておいておくびにも出さずに岡八郎は内心喜んだのは言うまでもない事だった。

 

(言質はとった。せいぜい楽しませてくれや…解放戦線)

 

岡は、ビルの屋上でタバコを吹かしながら横へちらりと視線を投げた。

何もない筈の虚空。

ただそこには空が見える。

しかし岡は空など見ていなかった。

 

――バチ

 

一瞬、虚空に一条の電流が迸って景色が歪んだ。

そう見えた。

景色の歪みは20m以上あるビルの足元から屋上を超えてまだ続く。

巨大で重厚な()()がビルの横には間違いなく在った。

 

政府も公安も、そして仲間ヒーロー達も…そして解放戦線の者達も…未だ誰も岡八郎の全力を知りはしない。

解放戦線のボスである死柄木弔の命令しか聞かないデカブツは必ず動き出す。

岡がそう思っているという事は、つまり彼は根っこの所で蛇腔組が〝失敗〟すると思っているからだ。

思っているというより、そう願っているだけかもしれないが、とにかく岡は蛇腔総合病院に突入したチームのある程度の失敗を見越していた(望んでいた)

 

公安委員長(ばあさん)はゆーとった…〝完璧な包囲殲滅作戦〟…。エンデヴァーはゆーてた…〝必ず成功さす〟…。必ず…完璧…そういう風に詰めた作戦ちゅーんは、現場で()()綻ぶもんや)

 

敵も味方も超人だらけで、オマケに命をかけた死物狂い。

そんな大規模騒乱が計画通りいくだなんて、岡の経験上有り得ない事だった。

 

「けど…ミルコの頑張り次第やな。あいつが止めるなら…それはそれでえー」

 

作戦に参加しているプロヒーローの一人とは思えぬ程に他人事。

仲間が命を張って強敵の目覚めを阻止しようと躍起になっているのを一笑に付すが如く…岡の態度はそうも見える。

しかし、少しの変化が孤高の男にも起きているようだ。

今回の作戦に参加している学徒は雄英高校の児童だけではない。

岡の薫陶を受けたという理由で、士傑高校四天王と俗に称される四名…夜嵐イナサ、肉倉精児、毛原長昌、現見ケミィに加えて、彼の新妻であるミッドナイトもプロヒーローとして当然この大作戦に参加していた。

これまでのヒーロー人生を経て、多少なりとも岡八郎にも守ったほうが良いかもしれぬ、と思えるモノができ始めていたのは幸か不幸か。

岡八郎自身、特に面倒を見た四名の生徒と、そして妻となった女に愛着を自覚しだしている。

だがそれだけだ。

愛着程度だ。

岡八郎はそう思っている。

今はまだ、その程度の認識だった。

岡八郎はこの感情を少し持て余しているのだ。

この感情がこの後どう転ぶか、それはまだ誰も分からない。

 

それから数分程度…少し経った。

 

スパイとなっていたホークスが内部から超常解放戦線の切り崩しを狙い、それを見咎めた荼毘と激闘を繰り広げ、蛇腔ではミルコが単騎でハイエンド相手に奮闘し、奮闘虚しく死柄木弔が覚醒した。

そういったドラマティックな激闘がアチラでもコチラでも起きていたそんな時だった。

また郡訝山荘で轟音が響き、岡の目の前でもそういう劇的な激闘が巻き起こりだしていた。

賑やかな事だ、などとどこかのんびりとした感想を抱きつつ岡は口に咥えていたタバコを所持していた携帯灰皿へとなすって捨てる。

 

これもまた岡の小さな変化の一つだ。

独身時代…特に20代前半までは気にもしなかった煙草のポイ捨てだが、香山睡との親交が深まり、そして特に結婚を契機にして彼のポイ捨ての習慣がおさまった。

妻曰く、「プロヒーローがタバコのポイ捨てなんてイメージダウンも甚だしい!っていうかそれ以前に私の夫になった人がそれじゃミッドナイトとしても面目潰れるし…何より岡八郎がそんな人だって世間の人に思われたくないの。私の自慢の旦那なんだから」という事らしい。

ポイ捨てという行為に特別矜持があるわけでもない岡八郎は、おとなしく妻の命令に従った。

結婚の先達が言うには、家庭円満の秘訣は妻の言うことに逆らわない事らしい。

 

それは置いておいて、とにかく岡は意識を切り替える。

只事ではない出来事がようやく起きたようだった。

細く切れ長の冷たい目に力を入れて郡訝山荘の様子を観る。

 

騒動の原因は、巨体に変じていた後輩ヒーロー、Mt.レディがどでかい氷山に押し出されて森林地帯に巨大な尻もちをついた事であった。

 

「…デカブツはデカブツでもあっちかいな…ま、えェ…アイツももうじきやろ」

 

少し嘆息する。

しかし、いよいよヒーロー側の圧倒的攻勢の維持が揺らぎつつあると感じた岡八郎は重い腰をあげる。

 

(この振動…最前線でふんばってる奴らには気付けへん。来とる…()や)

 

傍観者に徹して俯瞰している岡だからこそそれに気付いていた。

この中の誰よりも命を賭けたデスゲームに慣れた岡八郎だからこそ冷静さを保ち、気付けた程の微弱な振動が続いている。

 

――ジジジ、ジジジジジジ…

 

岡八郎の代名詞、ハードスーツが彼の黒いスーツの上に転送されつつあった。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、でかい…!!」

 

そいつは〝巨大〟であった。

ただひたすらに巨大で、筋肉の鎧に全身を包まれた、まさに古代神話にでも出てくるような荒々しき巨人そのものだ。

それと真正面から頭を打ち付けて組み合うのは、同じく巨人であるMt.レディ。

 

「ぐぎ、ぎぎぎぎぎ!!」

 

巨体に変じていたMt.レディと同じサイズのヴィランというのは、なかなかにレアだがままあることだ。

だが、こうまでパワフルな相手にとがっぷり四つというのは、多くの巨大ヴィランを退治していきたMt.レディをもってしてもレアな体験であった。

 

「がんばれ!!」

 

「絶対押し負けるな!!Mt.レディ!!」

 

その他プロヒーロー達の声援を一身に受けた女戦士が、たった一人で巨人へと立ち向かっている。

残念がら規格外すぎて、誰も巨人同士の一騎打ちにまともに割って入れないでいた。

声援を受けて、思わず彼女も声を荒げる。

 

「言われなくても…!!行かせませんよっ!!!!」

 

Mt.レディ本人とて力を振り絞っている。

この場の誰よりも危機を感じて、美を売りの一つにしているプロヒーローである彼女が、それはもう一心不乱に歯を食いしばった酷い顔で踏ん張っているのだ。

 

(あ、圧倒的だわ!このパワー…!!大きさを別にして、私とは筋力の桁が違う!!クソっ!クソっクソっ!!!)

 

筋力で勝てないならせめて大きさで圧倒したい。

だが、今の大きさが彼女の“個性”の限界だ。

 

(なんで…!なんで私の大きさはこの程度なのよ!!!くっそぉぉ~~~!!!)

「んぎっ、ギギギギギギ!!」

 

普段の業務では自分を悩ます大きさの“個性”だが、今はその限界点が口惜しい。

もっと大きければ、大きくなれればこんな巨人野郎に負けはしないのに。Mt.レディは己の無力が一番許せない。

いや、今この場のどんなヒーロー達もそうだった。

 

「レディ!!もう少し頑張れ!!!」

 

ミッドナイトを背に森を跳び駆け、力強い声で後輩ヒーローを励ますシンリンカムイも無力感にさいなまれる一人だ。

彼の能力のMAXではとても巨人ヴィランを押し止める事が出来ない。

足止めにすらなれないのだった。

何かとつるむことの多い先輩ヒーローからの励ましに、しかしドデカイ後輩ヒーローは虚勢すら張れない。

返事をするのも億劫なぐらいに現在奮闘中だ。

 

「んんばって…っ、ますってぶぁっ!!!!!」

 

もはやMt.レディの返事はまともな言葉にもなっていない。

そんな彼女のがんばりを…、

 

「主への〝最短距離〟」

 

ポツリと呟きながら、あっさりと巨人ヴィランは踏みにじった。

ゴミを除けるようにMt.レディの片足を掴むと無造作に放り投げる。

Mt.レディの巨体が木の葉のように宙を待って郡訝山の中腹に顔面から突っ込んだ。

 

「岳山ァ!!!」

 

シンリンカムイが思わずMt.レディの本名を叫ぶ。

それ程にヤバい勢いと角度で彼女は山に突っ込んでいた。

だが、背にいるミッドナイトがシンリンカムイの意識を切り替えさせる。

 

「よそ見しないで!!…恐らく蛇腔側が失敗した!奴が街へ下りたら未曾有の大災害になる…!力じゃ止まらない!」

 

ミッドナイトは極薄の全身タイツコスチュームを引きむしりながら、強い瞳で言った。

 

「私を奴の顔まで…連れてって!」

 

自分の眠りフェロモンならば、生き物に遍く効く。それは絶対だ。

特殊なガスマスク等で対策をしない限り、ミッドナイトのフェロモンは効果の大小はあれど必ず生物には効果がある。

 

(奴は…どう見ても呼吸は無防備!どれほど強力な生命力を持っていたとしても、毒に抗体を持っていたとしても…!私のフェロモンを生命の眠りを誘発するだけ…命あるものは抗い難い“個性”!)

 

眠りフェロモンを近接で嗅がせる事が出来れば、ミッドナイトにはこの〝歩く災害〟を深い眠りに誘う自信がある。

そのための距離まであと僅か数m。

シンリンカムイの見事な跳躍が、巨人の鼻腔を射程に捉えたその瞬間。

 

「っ!!!」

 

「炎…!!?」

 

シンリンカムイを炎が襲った。

よりにもよって、〝歩く災害〟の背にはシンリンカムイへの特効となる炎使い、荼毘がいたのだった。

ホークスと戦っていた筈の荼毘は、ホークスを仕留め損なったものの彼を敗北せしめてこうしてギガントマキアの背に潜んでいた。

 

(連合が背中に!!!…けど!あとちょっと!あとちょっとで、私の射程に巨人は入る!!)

 

シンリンカムイが最後の力でミッドナイトを放り投げてくれたおかげで、ギガントマキアの呼吸器官は目前だ。

風の向き、ギガントマキアの踏破速度…諸々を計算するとどうしてもあと数十cm。

そこまで迫ったその時に、ミッドナイトの眼前に突然巨大な瓦礫が、瞬間移動でもしたかのように現れる。

 

「…っ!くそ……っっ!!」

 

ミッドナイトの、心底からの悔しさが滲む言葉が漏れ出ていた。

超常解放戦線の幹部の一人、Mr.コンプレスの“個性”が、ミッドナイトの前に立ち塞がる。

圧縮から開放された瓦礫に、跳躍の加速が乗ったままにミッドナイトは激突。

地に落ちていった。

 

顔面衝突の衝撃に揺らぐ視界の端。巨人の背からコチラを見下ろす荼毘とコンプレスの姿が、やけにはっきりとミッドナイトの瞳に映っている。

20m近い高さからの落下の衝撃もミッドナイトを襲う。

何とか受け身をとり、木々の枝葉もクッションになって一命を取り留めたミッドナイトだが、もはや満身創痍だ。

 

端正な顔を血に染めながら、不甲斐なさに歯軋りする。

 

「ぐっ…かはッ…、ふぅ、ぐっ…フ…フ…っ」

(アレを…止められる“個性”を……マジェスティック…いや、ダメだ…大き過ぎる…!!)

 

一瞬、ミッドナイトの脳裏に、万が一のために後方に待機している生徒達の姿が浮かぶ。

 

「そんな…そこまで、不甲斐ない事…出来るわきゃ、ない…でしょ…」

 

血と共に怨嗟のように、そう絞り出したミッドナイトは、ミッドナイトの顔をかなぐり捨て…香山睡の顔になって薄く涙を流し、その名を呟いた。

 

「八郎…」

 

心が挫けそうになるミッドナイトの耳に、遠くからドタドタと大勢の足音が聞こえていた。

方向から察するに、その足音の持ち主たちは十中八九ヴィラン達。

ヴィラン達の何人かはフルフェイス型のコスチュームやマスクのようなモノを装着している。

ミッドナイト対策はあるらしい。

今のボロボロのミッドナイトならば、それこそ無力な女と同じだろう。

彼女を煮るなり焼くなり、美しい肢体を弄んで殺すなり自由自在なのは想像に易い。

 

最後に生徒達へ苦渋の決断を伝えるべきか。

破れかぶれ、近づくヴィラン達へ一矢報いて最期の徒花を咲かせるか。

 

ミッドナイトとして香山睡として決断を迫られていた。

 

 

 

 

それとほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

かすれた目で、憎らし気に見送るしかなかった〝歩く災害〟の巨体が突如、宙を舞った。

 

(な、に!?今のは…!?私の視界がグラついてるだけじゃない……歩く災害が…見えない何かに()()()()!!!?)

 

ミッドナイトは半目の瞳を擦って霞む視界を叱咤し、状況を把握しようと努める。

轟音と共に地に倒れ滑ったのは、信じられない事に間違いなく巨人ヴィランだ。

あの無双の怪物がぶっ飛んで、さきのMt.レディの如く山の腹に叩きつけられていた。

 

しかもミッドナイトへ迫っていたヴィランの一隊の上に倒れ、地を削って吹っ飛ばされた為にミッドナイトへ迫る危機も霧散してしまった。

偶然かもしれないが、何ともドンピシャで押し潰してくれたものである。

しかしそれは偶然でも何でも無いと、ミッドナイトはすぐに知る事になる。

 

「なんやァ?呼んだか睡」

 

今、香山睡が最も聞きたい声が、超小型インカムからではなく頭上から響いた。

 

――バチッ、バチバチッ

 

ミッドナイトは声の方を思わず向く。

荒れ果てた森からそちらを見上げれば、放電するかのような音と共に空の景色が歪み、黒色の豪腕が徐々に顕になっていく。

ソイツは歩く災害にも負けぬ巨体を誇る、Mt.レディ級の巨大な化け物だった。

 

「黒い…巨人………八郎…その声、八郎、なの…?八郎ぉ…!」

 

ミッドナイトの声が僅かに涙声になり、少しの嗚咽が混じる。

張り詰めていた緊張の糸が切れそうだった。

 

――バチバチ、バチッバチッ

 

――ズズ、ズンッ、ズンッ

 

電磁を垂れ流し重厚な鉄の音を響かせて、黒い巨人が倒れたギガントマキアへと迫る。

ミッドナイトですら知らない。見たことがない。

しかし、その黒い鋼鉄の巨人は間違いなく彼女が良くする夫の“個性”の特徴を持つ。

 

「八郎の…ガンツ装備っ!まったく、あんたはぁ…!そんなの持ってたならもっと早く来てよ!!!遅いのよこのバカ!!!!」

 

気の強い香山睡はこれ以上泣くまいと堪えて、ギリギリまで出てきてくれなかった愛しい男に怒鳴りつけてやるのだった。

その怒りももっともだろう。

こんな良いタイミングで現れたという事は、間違いなく岡八郎はこの状況をどこかで観察していたに違いないのだ、と長い付き合いの新妻は理解していた。

そして、情に流されず奇襲タイミングを見誤らない夫のその冷徹さが、今は何よりも心強い。

ヒーローは遅れて登場する…という事らしい。

 

そんな妻の憤慨を半ば聞き流し、岡はガンツロボの頭部の深部で悠然と胡座をかく。

別にだらけているわけではない。それがガンツロボの操縦スタイルなのだった。

ハードスーツの頭部から生える無数の機械の触手をガンツロボのコクピットチェンバーから各コネクタに接続し、思考で制御する。

だが動作には巨体ゆえの独特のタイムラグがあり、また特殊コマンドでしか使用できない武装、動作などもあって、その操縦には熟練が必要だ。

かつて、このガンツロボを岡はぶっつけ本番でギガントマキアにも劣らぬ巨大怪物〝牛鬼星人〟に使用し、あっさりと破壊されてしまったが牛鬼に充分なダメージを与える事に成功していた。

ガンツロボ初心者の時でさえ、ある程度はコントロールしてみせた岡が、今回は密かに操縦訓練を続け10年以上…7300時間以上の総操縦時間を誇る。

 

地響きを轟かせ、異形の巨大ロボが地を蹴って飛び上がった。

異音と共にガンツロボが豪腕を振り上げ、そして倒れるギガントマキアへ思い切り叩きつける。

 

 

郡訝山の一角が削れた。

凄まじい音。

振動。

 

ギガントマキアの巨体が山に埋没し、ガンツロボはそのままギガントマキアに馬乗りとなって豪腕の連打を叩き込む。

ガンツロボの全ての動きは淀みなく滑らかだ。

隙が無い。

 

「…っ!!!!??!?」

 

ギガントマキアは己に何が起きたのか、それすらまだ良く分かっていなかった。

全ての事は些事。

主への最短距離を邁進し、道中のモノは走って蹴散らせば良いだけのハズだった。

犬並みの嗅覚を持つギガントマキアならば、本来はその奇襲に気付いて然るべきハズだった。

彼の化け物じみた視力を持ってすれば、景色をうっすらと歪ませて前方に潜む巨人に気付けるハズだった。

だが、その全てを注意力散漫となって見落とす選択をしたのは、他の誰でもないギガントマキア本人。

主の後継、死柄木弔への〝最短距離〟を盲目した彼は、最高のタイミングで顎にクリティカルを貰っていたのだ。

 

(なんだ、これは…!!揺れる!前が、見えない!!!黒い何かに、殴られている!!!!)

 

脳が揺れ、視界がブレる。

それはギガントマキアにとって生まれて始めての酩酊感だ。

思考が定まらない。

状況が掴めない。

ただ、自分を真正面から殴りつけダメージを通してくる、己と同じような巨大で力強い何かが自分を襲っているのだという事は直様理解した。

 

「っっっ!!!ぐ、ガァァッ!!グァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

どうせ定まらぬ思考なら考えなければ良い。

もともとギガントマキアは本能で戦う野獣なのだ。

巨獣は叫び、そして、とにかくやたらめったら()()()()()()

 

「まるでガキやな、コイツ」

 

その理性の無さに小気味良ささえ覚える岡は思わずほくそ笑む。

ガンツロボはギガントマキアが繰り出してくる駄々をこねているかのような拳の嵐を、無理に防ぐ事なく一発を捌き、その勢いを利用して後方に跳躍。

機体のダメージを最小限に留めつつ距離をとる。

 

「グオオオオオオオ!!!」

 

雄叫び、背筋と脚力だけで無理矢理起き上がったギガントマキア。

その圧力を平然と受けて岡はガンツロボを構えさす。

 

「俺の女を可愛がってくれたよーやなァ…礼はするで、デカブツ」

 

ロボの歩を一歩進め、足元からコチラを見上げているミッドナイトをチラリと見て、岡は小さくそう言った。

そして、彼の好きな、いつもの挑発台詞を雄叫びを上げている怪物に放ってやるのだった。

 

「今の俺になァー、スキあったら……どっからでもかかッて~~~~~、こんかい!!!」

 

「ガアアアアアアア!!!!」

 

土気色の生体巨人と、黒きマシンの巨人が互いに走り寄った。

 



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巨人VS巨人

――チュイィィィィィ、ヂュイイイイイイイイ

 

――ガンッ、ガンッガンッガンッ

 

異音轟かす巨大な鋼鉄の拳が暴風のように荒れ狂う。

 

――ガンッ、ガッ、ガッ、ガンッ、ガンッ

 

黒光りする鋼鉄の拳の暴虐が、ギガントマキアの“個性”〝土竜〟によって発現していた頬の外骨格アーマーを完璧に捉え砕く。

 

「グオォ!!おおおおおおッ!!!」

 

しかしその程度のダメージは、ギガントマキアの“個性”〝剛筋〟と〝耐久〟によって本人に大したダメージを与えてはいない。

だが、あくまで()()()ダメージは与えていないだけだ。

先程までの有象無象ヒーロー達のこしょばゆい攻撃や、Mt.レディの攻撃とは違い、完全に無効化までは出来ていない。

確実にギガントマキアの無敵の肉体に損傷を蓄積させていく。

 

「っっっっ!!!!」

 

ギガントマキアは苛立っている。

子供の癇癪のように暴れまくっている。

彼は怒っていた。

己に溜まってくるダメージを感じる。

痛みを感じぬ〝痛覚遮断〟の“個性”があれども自分のダメージを感じる。

そして何より彼を怒り狂わせているのは〝主命を達成することが不可能になった〟という一点であった。

 

――背に潜ませていたヴィラン達が、皆押し潰れた――

 

これに尽きる。

 

岡八郎からの致命的な一撃は、ギガントマキアでなく巨獣の背に乗っていた解放戦線幹部達を一掃してしまっていたのだ。

見えない巨人からの一撃はギガントマキアに受け身を取ることを許さず、またヴィラン幹部達にも逃亡の隙も防御の隙も与えなかった。

あまりに突然の事に、背に潜んでいた幹部達は何が起きたか理解も出来ず皆圧死していた。

 

通常、プロヒーローはヴィランの身柄の確保を目論む。

ヴィランでさえも、その人命は守り、逮捕するのがプロヒーローだ。

だがそれはヴィランはヒーローも人民も全力で殺してくるのに、プロヒーローはヴィランを殺せないという事だ。

その〝殺意〟の差は大きい。

土壇場において殺意の有無は勝敗の行方を左右する、とても重要な要素なのだ。

ヴィランだけが持ち得るそのアドバンテージを、岡八郎は持っている。

岡は敵の命など守ってやる気はさらさら無い。

寧ろ積極的に殺しにかかるのが岡だ。

ピンポンマンは、つぶさに戦場を観察していた。当然、ギガントマキアの背に幹部連中がへばり付いていたのも知っている。

()()()()()()()ピンポンマンは、ロボに豪腕を振らせたのだ。

死んだって構わない…寧ろ死んでくれ、と。

そして案の定、彼らは死んだ。

引き潰れてミンチになって死んだ。

荼毘も、Mr.コンプレスも、スケプティックも潰れた。

それをガンツロボのセンサーは見届けていた。

そして、それを知った岡が抱いた感想は「タルタロスの独房に少し余裕ができた」とか「奴らを養う税金が浮いた」とか、その程度だ。

 

「おおおおおおお!!主よ!!主よ!!!!お許しください!!無能な我をお許しください!!!!!」

 

涙を滝のように流し、怒りと焦燥で脳と心の中が満たされて掻き混ぜられる。

天井知らずに怒髪天を衝くギガントマキアの弩級の一撃が、天性の野生的センスから繰り出された。

体勢もろくに整っていない有り得ない角度からの弩級パンチは、しかしガンツロボの両腕によってしっかりとガードされる。

だが、さすがにガンツロボも()()

 

(真正面から受けるのは、やッぱりマズいか。あんだけデカいのに速さも(ロボ)より上や…やっぱバケモンやな)

 

間違いなくバケモノだ。

しかしそれを確信してなお岡はコクピットで笑っている。

 

(バケモンや…けど…)

「お前はなァ~~、80点ッてとこやッ!!」

 

「ッガ!!!?」

 

振り上げられたガンツロボのアッパーがギガントマキアの顎を直撃。

その巨体が僅かに浮き上がる。

 

「ッッ!!!許さんッ!許さん、ぞぉ…!貴様だけ、はァァァ!!!」

 

脳震盪を怒りで無理矢理に掻き消して、ギガントマキアは巨体に似合わぬ柔軟さと速度で振り抜かれたガンツロボの腕に絡みつく。

 

「自分、猿か。離さんかいッ」

 

巨獣が猿か蛇のようにロボの腕を締め上げ、腕ひしぎ十字固めの要領でマシーンの腕を破壊せんとする。

それを岡は、何度も何度も大地へ打ち付けた。

ロボの腕が悲鳴を上げる。

しかし岡はそんな事お構いなしでギガントマキアを執拗に打ち据える。

これが自分の生身の腕であろうと岡はきっとこうする事に躊躇はない。

ガンツの機能の一つに〝復元再生〟がある。

それを使える岡にとって、手足がもげようとも命があればいくらでも再生が出来るのだから、四肢欠損というものは痛覚さえ我慢してしまえば岡八郎は非常に軽視かつ楽観視できるもので、しかも長年のデスゲームを通して岡は痛覚のコントロールには長けている。

この機能は多少の条件はあれど()()()と同じように他人に対しても適用できるのだから、チートという誹りを後輩関西ヒーローから受けるのもむべなるかな。

しかもガンツを制御する自分自身は死ねばそれで終わりでも、他人に関して言えば命を失おうとも復元再生が可能。

もはや()の領域の“個性”と言って差し支えないが、だが岡は命の復元までは他人の目に披露した事はない。

(死人の完全再生まで出来るとお偉方(政府連中)に知られたら…確実に俺はラボ送りや)

という岡の判断は合っているだろう。

“個性”解明と発展の歴史の影の闇深さは尋常一様ではない。

どの国家も、とても表に出せない悪辣な非人道的実験を繰り返している事など、一般の人々にとってすら想像に易い事だろうし、ある程度裏事情に詳しい岡八郎はもっと生々しい裏事情を見聞きしていた。

だからこそヒーロー協会にも政府にも手の内は明かさない。

ヒーロー協会に全ての手の内を明かすはめになるなら、いっそヴィランにでも身をやつした方がマシだろう。

それぐらいに岡の〝ガンツ〟という“個性”は神秘と可能性に満ちたものだった。

 

「っ!ぐっ!っ!!っ!!!!」

 

「どこまでッ、しがみつけるかぁッ…、根比べもオモロイなァ!」

 

――ゴゥンッ、ズズンッ、ズンッ、ズズンッッ

 

局地的大地震が何度も起きている。

とんでもない振動と音。

郡訝山は大崩落を始め、大地が抉れていく。

地形が変わる。

 

ミシミシという嫌な音と共にガンツロボの左腕関節が崩壊を始めるが、それでも岡は狂ったようにギガントマキアを大地へ叩きつけ続け、そして…。

 

――プシュウゥゥゥゥゥゥ

 

ロボの左腕付け根の排熱口とアクチュエーターが噴火のように煙を吐き出し、同時に付け根がパージされた。

 

「!!?」

 

驚愕するギガントマキアごと、切り離された腕は盛大にすっ飛び…、

 

――ヂュィィィィィィィィ

 

そして、切り離された腕の各部エネルギータンクが異常に発光。急速にエネルギーが高まるのを告げ…爆発。

エネルギーのオーバーフローを左腕に意図的に起こした岡は、パージした腕をそのまま超熱の大弾頭としたのだ。

プラズマエネルギーを撒き散らす青白い爆発が、小規模ながらも破滅的なエネルギーをギガントマキアへ浴びせた。

 

巨獣の天を割るような叫び声が郡訝山の空に響き渡り、その青い爆発光は近畿一円からも確認できる程に爛々と輝いた。

当然、岡がそれらを投げ放った方向は計算尽くの事。

なるべく味方がいない方向へ。

そしてなるべく敵がいる方向へ。

 

現時点で岡の戦闘に巻き込まれて死んだヴィランは50人を超す。

だが、それは岡だけがガンツ装備の電子データとして把握しているだけで、もはや死体も残っていないヴィラン達の多くは他のヒーロー達には生死の確認も不可能だ。

 

「やった!!!」

 

「ピンポンマンが!ピンポンマンが、あの歩く災害をやったぞ!!」

 

「7回授与取り消し(クリア)の男…岡八郎…!嘘だろ…俺たちの最終兵器が!あのギガントマキアが!!」

 

「やっちまえ~~!ピンポンマン!」

 

「そ、そんな…もうだめだ!外典様ぁ!リ・デストロ様ぁお助けぇ!!」

 

ヴィランとヒーロー達、思い思いの歓声や悲鳴が遠巻きに混ぜこぜで起こる。

もはや他のヒーロー達も、ヴィランの生死に拘っていられる状況ではないらしい。

歩く災害が死んだかもしれない爆発を歓喜をもって迎え入れていた。

それとは逆に、解放戦線のヴィラン達の士気はもはや壊滅的だ。

大幹部リ・デストロは忍者ヒーロー・エッジショットに、そして氷使いの外典はセメントスに押し込まれている今、期待のギガントマキアまでもがピンポンマンに押されていてはもはや解放戦線郡訝山荘組に勝ち目はないだろう。

 

「まだや…!まだ終わッとらんッ」

 

だが岡は攻勢を緩めない。隻腕になったガンツロボの残った右手を左腰部へと伸ばす。

短い〝鞘〟と〝柄〟がそこには在る。

マシーンの右手がそれに触れた瞬間、重機がぶつかり合うような音をけたたましく轟かせながら〝鞘〟が下方へと伸び、そして、柄を引っ掴んだ右手がずるぅぅぅっと青白い刃を引き摺り出した。

 

上段に構え、刀身の光が増していく。

 

「な、なんだァ!?あんなに距離が離れたのに…刀ぁ!?」

 

「で、でかいソードだ…!あの光は、まさか…あれか!?ソニックブームとか、そんな感じか!?」

 

「きゃー!さっすが私の八郎!!」

 

「おわっ!?ミッドナイト、血だらけじゃねぇーか!だ、誰かー!治療してやれ!!」

 

観衆の見抜いた通り、そのブレードが纏う光刃は遠距離でも敵を切り刻む代物だ。

恐ろしい巨大刀にまた歓声と悲鳴があがり、そして一際大きなヴィランの声が喝采を彩る。そのヴィランは指差して笑った。

 

「見ろ!まだだ!まだギガントマキアは生きている!!」

 

「う、うおおお!そうだ立て!立ってくれギガントマキア!!」

 

「くそ!まだ生きてやがるなんて!?」

 

「嘘だろ…!あ、あの異常な爆発でまだ生きている…!もう、俺たちの次元の戦いじゃねぇ!」

 

「八郎!そこよー!手ぇ緩めんなぁーー!!そこだ!そこぉー!!」

 

「ミッドナイトじっとしてください!治療が…あぁもう、ちょっと!誰か手を貸して!プロレス見てる酔っぱらいみたいに暴れるのよこの人!!」

 

すっかり爆煙が消え去り、後には突っ伏すギガントマキアがヨロヨロと必死に立ち直ろうとしている…そこに、ガンツロボは(愛する妻の声援が聞こえているのかいないのか)容赦のない一撃を振り下ろした。

〝歩く災害〟に痛覚はなくとも肉体にダメージはある。

ギガントマキアには途方も無い体力と装甲はあれども、再生能力はないのだ。

そもそも、AFOと氏子達磨はギガントマキアがまともなダメージを喰らうという事を想定外に7つの“個性”を彼に組み込んだ節がある。

今、痛覚が無いことが、逆にギガントマキアに己の肉体の状態を認識させる事の足を引っ張ってしまっていた。

 

(肉体が…傷んでいるっ!主から頂いた…強化された肉体が…!!!主からの賜り物が傷んでしまって――)

「――斬撃が!!?ッ、膝が、動かぬだと!?――ガァアァァア!!?」

 

回避失敗。

まともに青白いブレード光刃が直撃し、ギガントマキアに胸板を深く切り裂いて内部まで破壊エネルギーを伝搬させる。

 

「ガぁッ!!!!?」

(なんだ!どうなっている!!!主より賜りし我が肉体はっ!!!どうなってしまったのだ!!!!)

 

臓器が傷んだ。

呼吸がままならない。

血の味が食道を昇る。

膝が笑う。

視界が歪み焦点が定まらない。

聴覚にも異常。

あらゆる音が耳の内側で湾曲し反響し、不快な耳鳴りが思考まで侵食する。

発汗。

大量の発汗。

熱と悪寒、吐き気。

体液という体液が逆流し、耳からも鼻からも口からも目からも垂れていく。

 

全てがギガントマキアにとって未知の領域たる感覚。

或いは、もう覚えてもいないくらいに昔の事でとっくに忘却してしまった感覚。

 

「なんだこれはぁあああああああああ!!!!!」

 

巨人が慟哭する。

そして、そのさなかにももう一人の巨人は黒光りする大刀を再度大上段に構えている。

岡八郎という男は容赦がない。

 

「もう一発や」

 

――ブゥゥゥゥゥン…!

 

光刃が飛ぶ。

そしてヒビだらけとなっているギガントマキアの剛筋の鎧を砕く。

 

「もう一発」

 

岡は呟きほくそ笑む。さらにもう一撃の光刃。

 

「グッ、あぁぁ!貴様っ!!ぎざま゛ァァァっ!!!!」

 

叫ぶギガントマキアに次々に光刃が浴びせられ、無敵の鎧に見るも痛々しいヒビ割れがどんどん大きくなって、そして鮮血が巨人の分厚い胸板から噴き出し山々へと降り注ぐ。

もはや言葉にもなっていない叫びを上げて、ギガントマキアは正体を失って巨大ロボ目掛けて最後の大跳躍を試みる。

大地が揺れ、巨人が跳んだ。

 

「っっ!!見ろぉ!!ギガントマキアが、跳んだ!!!!」

 

「やれギガントマキア!組み付いちまえば相手は片腕だ!!」

 

「ピンポンマン!近づけさせるな!!」

 

「そのまま刀でぶった斬れぇーー!!」

 

ヴィランとヒーロー達は、互いを攻撃しあう手も休みがちに声援を飛ばし続ける。

もはや、この超獣決戦の勝敗がそのままこの戦場の勝敗に直結すると知っているからだろう。

巨人同士の決戦以外…すなわち小粒な自分達の争いなど、この戦闘規模に比べたら目くそ鼻くそ。

固唾を飲んで観客達(ヒーロー・ヴィランズ)が2体の巨人を見守っている中、皆が「あっ!」と息を飲む。

 

「Mt.レディ!!!?」

 

「まさかの乱入!!!!」

 

「Mt.レディが、意識を取り戻してギガントマキアの足に!」

 

「組み付いたァーーーー!!!」

 

ヒーローとヴィラン、妙に息のあった実況。

実況通り、突如復活したMt.レディが跳んだギガントマキアの足に「ふんがっ!」と必死にしがみつけば、そのままギガントマキアは勢いを急速に失い、そして山へと顔面から叩きつけられる。

 

「ピンポンマァァアァン!!岡先輩!!押さえました!!!!押さえましたよぉ!!!」

 

叫ぶMt.レディ。

岡はニヒルに微笑んだ。

 

「さすがやなァMt.レディ!」

 

ガンツロボが走り出す。

大地を踏みしめ、山を震わせて、巨大な一歩を力強く踏み出して、跳ねるように走った。

このまま光刃で跳ぶギガントマキアを撃墜する気だったが、Mt.レディの妨害で勝利への確実性が増した。

コレを逃す岡ではない。

光刃を連発する予定を捨て、即座に直接の斬撃を脳天に見舞ってやることにしたのだ。

 

「そのまま離すなァ岳山!!意地でも押さえろ!!」

 

「掻っ切れピンポンマン!!!」

 

「うわあぁぁあああ立てギガントマキア!!立ってくれぇぇぇぇ!!!!」

 

「ギガントマキアぁぁぁぁぁ立てぇぇぇぇ!!!!」

 

悲喜こもごもの大声援。

震える山。

黒い巨人の隻腕に全ての速度と力が集約されて、倒れ伏すギガントマキアの脳天へ唐竹割りに振り下ろされる。

一切の迷いなく、慈悲なく、ただただ相手を絶命たらしめる為の一撃。

倒れた巨人が、ギョロリと巨大な目玉を見開いた。

 

「っっっ!!!!!」

(主よっ!!!我に!我に力をっ!!!主よ!!!!しゅ―――――…よ…、お、おぉ…あ゛?景色――2つ、割れ……―――)

 

巨大な目玉が、ギガントマキアの顔から()()へボロンっとまろび出る。

ドクンと、その目玉は一瞬脈動したかのように見えて、そして目玉をきっかけにして次から次にギガントマキアの顔面からボタボタと漏れた。

 

「あ゛???」

 

最後にギガントマキアがそう呟くと、そのまま大きな大きなベロは裂けて2枚に卸され、巨大なうどん玉のような脳髄が溢れて大地を赤とピンクの肉塊と血で埋めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギガントマキア、完全死亡。

 

もはや医療的判断を待つまでもない、完璧なる殺人。

 

喧騒に包まれていた山が、怖いほどに静まり返る。

風の音にざわめく木々の揺れ音さえ聞こえた。

 

そして、誰もがポカンとする中に、ムワッとむせ返る血と臓物の臭いが満ち始めると、やがてヒーローとヴィラン達は正気を取り戻すのだ。

 

「っ!か、勝ったぞ!!ピンポンマンがやった!…っうぉゲェ!?ぐっ、おぶォエっ!」

 

「や、やりやがった…!完全に、ピンポンマンのやつ…!こ、殺した!う、うぷっ…!」

 

「噂通り、だ…ほ、本当に…容赦なく…ためらわずに、こ、殺しちまった…」

 

「ハァ、ハァ…こ、この場合…殺すだの捕獲だの言ってられるか!ピンポンマン!よくやったぞーー!!!」

 

「やらなきゃ…やられてたんだ…それは、間違いないこと、だろ?」

 

「そ、そうだ…そうだよな…!俺たちの勝ちだ!」

 

「解放戦線は士気がもうめちゃくちゃだ!チャンスだ…一斉検挙だ!!!」

 

「っ!そ、そうだな…こうしちゃいられん!皆、今はヴィラン共の逮捕を!」

 

「ピンポンマンのくれたチャンスを無駄にするな!」

 

わぁわぁと、再びの大喧騒。

しかしそれはもはや闘争ではなく、一方的な逮捕劇の繰り返しに過ぎない。

組織的抵抗は完全に終わったのだ。

異能解放戦線郡訝山荘本部、壊滅。

その日は、歴史上最多数のヴィランが死んだ日として歴史に名を残す事になる。

時刻はまだ太陽が天高い。

黄昏の時まではまだ間がある。

()()()はまだ終わっていなかった。

 

――ヂュイィィィィィィィ…

 

独特の駆動音を響かせて、ガンツロボはまた歩を進めだす。

巨大な肉塊と成り果てた巨人の躯を見下ろしながら、岡は小さく呟いた。

 

「蛇腔か……あっちが〝100点〟やったか…?」

 

長い一日になりそうだ。

誰もがそう思った。

 



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