かぐや様恋愛争奪戦 (白黒パーカー)
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早坂愛は警告したい

 

 

「どうして会長から告白してくれないのよ!」

 

とある一室にそんな声が響いた。その声の主は四宮かぐや。

今日も今日とて、白銀との恋愛頭脳戦が失敗に終わったのだ。

 

——恋愛頭脳戦。

恋愛は戦。

好きになったほうが負け。

 

そんなルールの元、生徒会室ではかぐやと白銀による勝負がよく繰り広げられていた。

なお、勝敗はともかく恋愛としての進展は全くないのだが。

 

「結局、ラブレター作戦は失敗しましたね」

 

乱心するかぐやの様子を見て声をかけたのはかぐやの付き人、早坂愛(はやさかあい)。彼女の顔は付き人モードで無表情だが、どこか呆れと疲れの混じったそんな雰囲気を(かも)し出していた。

 

今回の頭脳戦は下駄箱に入っていたラブレターを利用したもの。

突発的な作戦ゆえ成功確率はグッと下がってしまうが、それでも天才であるかぐやだからこそ形になった作戦。

しかし、白銀の一手でかぐやの想いはヒートアップしてしまい、最終的には藤原の泣き攻めをモロに食らって、失敗に終わった。

またしても対象F(ふじわら)の妨害か。その事実に早坂の胃がキリキリする。

痛みを何とか無視して、早坂は主に助言する。

 

「かぐや様、いい加減に自分から告白してみてはどうですか?」

「いやよ!なんで私から会長に告白しなくちゃいけないのよ!」

「ですよねー」

 

即答するかぐやに、わかっていたとため息をつく早坂。

お互いにプライドの高い人たち。

この様子じゃいつになっても白銀と結ばれる未来が見えてこない。どう考えても両想いななのに、相手に告白させようとして焦れったい。

2人の頭脳戦に巻き込まれる早坂にとって、主の変化に喜びはあれど、やっぱりめんどくさいものはめんどくさい。

これが彼女たちの今の日常。

激務の早坂が毎日苦労を感じているが、同時に心落ち着く数少ない瞬間でもあった。

 

(私もいつかかぐや様みたいな、そんな恋をしてみたいものですね)

 

一瞬緩んだ気持ち。しかし、早坂はすぐにきりっとした表情を作ると、かぐやに伝えておかなければならないことがあった。

 

「お話の途中ですが、かぐや様に一つだけ伝えておきたいことがありました」

「何かしら?」

 

突然の話題の転換。

ぷんぷんと不満を漏らすかぐやも、早坂の声音と表情の変化に意識を切り替える。

そして、早坂の言い回しに疑問を抱く。早坂は大抵、用事があるならもっと早い時間に伝えているはず。いくら天才なかぐやとはいえ、日々溢れ続ける四宮家の務めは一息に終わることはない。

それなのにこんな夜遅く、2人だけしかいないこのタイミングで重要そうな話をするのか。

 

それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう、と。

 

「うちのクラスの〝天野羽衣(あまのうい)〟が再び、かぐや様にアプローチを仕掛けてきました」

 

警戒したような表情で早坂の口から出た名前。

かぐやはそれに対して。

 

「……あまの?……って誰だったかしら?」

「えー」

 

かぐやは聞きなれない名前に小首を傾げる。早坂、自分の主の口から出た言葉に思わず呆れの声が漏れてしまった。

まさか、自分の主は頭の奥までお花畑になってしまったのか。心の中で酷い予想を立ててしまう。

 

「かぐや様、本気で忘れたわけじゃないですよね?天野羽衣とは、うちのクラスにいる〝天野グループ社長のご令息〝ですよ」

「あぁ、そういえばそんな生徒がうちのクラスにいたわね」

 

早坂の補足でピンときた。

無論、四宮かぐやがクラスメイトの名前を忘れるなんてことはない。

ただ、あまりにも天野羽衣という男子生徒がかぐやにとって〝使えない〟ものだから雑草程度の認識でしか頭に残っていなかったのだ。

 

「そんな扱いだと彼も可哀想ですね。あれでも四宮家に敵対する天野家の人間なのに」

 

天野グループとは海外にまで力を広げる今最も活躍している多国籍企業、その企業の代表の一つ。四宮家の縦の支配と違い、天野家は横の繋がりを強みにしていた。

四宮家と同じ京都を拠点としている。

そして、方針やテリトリー争いなど様々な理由でこの両家は敵対関係にある。

当然、四宮家ご令嬢のかぐやと天野家ご令息の天野は子どもとはいえ敵同士ということになる。

 

「仕方ないじゃない。彼が外部入学で同じ高校に来たときは私も肝を冷やしたけど。……実際に彼を見れば、私の敵じゃないことは早坂もわかっているでしょ」

「まあ、それは否定しませんけど」

 

容赦ないかぐやの言葉に早坂も肯定する。

天野羽衣は天野家社長の息子という大それた肩書きを持っている。しかし実際の能力値は全体的に低い。早坂の分析だと一般的な庶民レベルぐらいだ。

まぁ、あの藤原よりは成績がいいからマトモだが。

 

「それでその天野くんが、私にどんなアプローチをしてきたの?」

 

そこでかぐやは、ようやく本題について触れた。

平凡な人間ではあるが仮にも敵対者。四宮家の人間としては手を抜くつもりもない。

 

「実は今日の放課後、天野羽衣はかぐや様に声をかけようとしました。なので私が妨害しておきましたよ」

「それぐらいなら特に問題はないと思うけれど?」

 

早坂の言葉にかぐや、再び疑問を抱く。

声をかける、それぐらいなら他の生徒でもすることだ。もしかしたら生徒会に所属しているかぐやに何か用事があって声をかけた可能性のほうが高いと思うが。

でも、それなら早坂がわざわざ邪魔をする必要もない。

かぐやは視線で早坂に話の続きを促す。

 

「いえ、大問題です。確実にあれはかぐや様と()()()()()()()()声をかけましたね」

「はぁっ⁉︎」

 

早坂の次の言葉で思わず声を上げてしまうかぐや。

付き人が無表情で言ったその言葉は天野がかぐやに好意を抱いていること。

敵対しているはずの存在が自分を気にしているという事実が信じられない。

でも、こんな時に彼女が嘘をついてまでそんなくだらないことを言う性格でもない。

 

「ま、まぁ……、確かに私ほどの美少女なら好かれてもおかしくはないと思いますけど。なんで会長は私に告白をしてくれないのかしら」

(頭の中がお花畑。いえ、卑屈になられるよりはマシですか)

 

早坂、内心でそんなことを思うが口にしない。

 

「でも、さすがに彼には興味がないわ。それに……」

「そうですね。かぐや様は会長が好きなんですから」

「好きじゃないわよ!」

 

天野、知らないところで振られる。

彼女自身は認めることはないが、好きな相手は白銀御行(しろがねみゆき)と決めている。

今更、そこらの男に(なび)くような女ではない。

当然、告白されるようなことがあってもお断りさせてもらうつもりでいる。

 

「とりあえず早坂には天野くんが私に声をかけないように妨害を続けてちょうだい。あとできるだけ天野くんの情報も集めておいて」

「わかりました」

 

頬を赤らめつつも息を整えたかぐやは、早坂に命令する。

早坂も自分から伝えた手前、主からの命令に素直に従う。

それから話題はすぐに白銀攻略に切り替わる。

 

(情報収集に関しては彼本人と接触して集めればいいですが。ですが、妨害のほうはどうしましょうか)

 

その最中も早坂の頭の中では、天野について意識を働かせていた。

 

情報収集に関しては特殊だ。

天野家では四宮家がよく使う裏工作が意味をなさない。

一度、彼の家に盗聴器を仕掛けてみたこともあったがすぐにバレてしまった経緯もある。

絡め手は使えない。

 

だが、何も問題はない。

情報は直接彼から聞けばいいのだから。

 

天野羽衣はかぐやと同じぐらいの家柄であろうとその能力はあまりにお粗末(そまつ)

正直、そこらの庶民と同じぐらいには平凡な彼に対しての脅威度はたかが知れている。

 

(まぁ、いっか。男は所詮(しょせん)二言目にはセックスを言う生き物ですからね。書記ちゃんにでも誘導しておけばいいでしょう)

 

早坂、まさかの押し付け。

藤原(ふじわら)に面倒事を押し付けようとしていた。

別に普段の予測不可能な行動で邪魔をしてくる藤原に仕返しとか、そんなことは考えていない。

内心でそう結論づけて、今なお楽しそうに話す主を見る。

その様子に思わず呆れながらも微笑む。それから彼女の話に時折あいづちを返しながら、耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

かぐやと早坂が話している最中、とあるアパートで、1人の少年がゲームコントローラーを手に、テレビ画面を見ていた。

今日もバイトをしてきたからか疲れていて、ベッドに脱力するようにもたれかかっている。

部屋は大学生が1人暮しで使うような程々の広さのもの。本棚には漫画や小説、ゲーム類が綺麗に並べられていて、まさしく学生の部屋と呼べるものだった。

 

そして、現在もゲームをしているこの少年こそが、かぐやたちの話題に上がっていた天野グループ社長の息子、天野羽衣(あまのうい)本人である。

 

「なんで俺、漫画の世界に来てもゲーム三昧なんだろ」

 

思わず口から秘密が(こぼ)れる。この男、この世界が漫画の中だと知る転生者なのだ。

 

羽衣(うい)という女の子みたいな名前が付けられる前はどこにでもいる平凡な大学生。彼はある日、色々な偶然が重なり交通事故に遭ってしまう。そして、気がついた時には、この世界に産まれ直していたのだ。

 

どうして〝かぐや様は告らせたい〟の世界に転生したのか。その理由は天野(あまの)自身にもわからない。

現状わかっていることは、四宮グループと敵対している原作には登場していない天野グループが存在して、その社長の息子であること。

 

そして、父からの命令で、

〝高校3年以内に四宮かぐやと恋仲にならなければ、天野家から勘当される〟

という酷い事実だけだった。

 

「いや、かぐや様攻略とか無理でしょ」

 

素の気持ちが出てしまう。

理解できない。敵対しているのになぜかぐやと付き合わなければいけないのか、天野にはまったく理解できなかった。

そもそもかぐやと恋仲になるというのは難易度が高すぎるし、この恋愛は始まる前から負けているのだ。

プライドが高くてかぐや本人は気づいていないがかぐやは白銀のことが大好きだ。そして、同じくプライドの高い白銀もかぐやのことが好き。

両想いなのである。手を出す暇もなく、ただの恋愛と比べても難易度はルナティック。もしくは無理ゲー。

 

「そもそも話す機会すらほとんどないのに、早坂の妨害まであるとか……」

 

あまりのストレスに口から次々と言葉が零れていく。が仕方ない。所詮、社長の息子や転生者という属性が付与されても、中身はただのチキン童貞。

特典もなければチートもない一般人。

ギリギリ原作知識をもっていることだけがまだ救いかもしれない。

 

天野の近侍からは『盗聴される可能性もあるので、部屋の中でもあまり余計なことは喋らないでくださいね。まあ、あなたのことを監視するモノ好きは中々いないでしょうけど(笑)』なんて注意を受けていたが、それを思い出す余裕も今の天野にはない。

早坂みたいな近侍がいるのに、まったく仲良くなれない。それどころか下に見られているのも今のストレスの一つだろう。

 

(愛が欲しい。早坂のほうじゃないやつ)

 

天野、それほどに癒しを求めていた。今ならあのウザ可愛い藤原でもオーケーなぐらい精神が落ち込んでいた。それでも贅沢(ぜいたく)すぎるが。

 

「でも、今日の作戦も失敗したなぁ……」

 

天野の声かけ作戦は今日も失敗した。

恋仲になるとはいえ敵対関係であるせいでかぐやとは直接の関わりはない。天野がかぐやと恋仲になるためにもまずは普通に会話を始めるだけのきっかけが欲しかった。それを狙って放課後にかぐやに声をかけたのだが、ギャルモードの早坂にあっさりと妨害を受けてしまった。

さすが、早坂。会話スキルの(とぼ)しい天野では簡単に流されてしまう。

 

(でも、早坂って漫画で見るよりも可愛いかったな)

 

この男、とんでもなくちょろかった。

早坂のあのギャルギャルした笑みが演技だということを原作で知っておきながら、そんな彼女のギャップにときめいていた。

やっぱり美少女はずるい。

 

「あー、負けた……」

 

早坂のことを考えていたせいで、ゲームで負けてしまった。テレビ画面には英語で負けという文字が浮かぶ。

ゲームをするのも疲れた天野はコントローラーを床に置き、ベッドの上に寝転がる。

 

(どうしようかな、これから……)

 

とにもかくにも、天野は高校3年以内にかぐやと恋仲にならなくてはいけない。

しかし、原作を知っているからわかる。

本当の期限は致命的で残酷なほどに短かった。あの2人が付き合う文化祭最終日、それまでがタイムリミット。実際はもう1年もない瀬戸際だった。

 

かぐやと白銀が付き合ってしまえばこの命令は失敗になる。

そうなればあとは流れるように将来が決まる。

高校生の間は騙せても以降はバレる。高校生活を終えた後は確実に破門され、天野は一人でこの社会を生きていかなければならなくなる。

2度目の人生ではあるがそれで満足に生きていけるのかわからない。常にその不安と恐怖が胸にあるが、とりあえぶ天野は気にしないようにしている。

破門が嫌なら天野は何がなんでもかぐやと恋仲にならなくてはいけない。

 

(やるしかないよな。正直、俺の恋愛はほぼ負け戦だけど……)

 

天野は天井を見上げながら嘆息する。

結局のところ、彼にとってこの考えは意味がない。選択肢は初めから一つしかない。もしくは選んだ選択肢の行き先は同じ地獄の終着点。

 

彼にとって恋愛は負け戦。

かぐやの難易度、早坂の妨害、そして白銀という圧倒的ライバル。他にも障害はある。

初めから負けることがほぼ確定した恋愛頭脳戦を天野は行わなければいけないのだ。

 

でも男なら、負けるとわかっていても戦わねばならぬときがある。それがたとえ負けるとわかっていても。可能性がゼロでない限り、希望は捨てられない。

そう言っておけば少しはカッコよくなるような気がして。

だから、四宮かぐやを攻略する。

天野は胸の中に新たな決意を抱き、この世界で重要な言葉を最後にこぼした。

 

「恋愛頭脳戦……」

 

恋愛頭脳戦。

天野(あまの)はまず、そのステージに立たないといけなかった。

 

 

 



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早坂愛は探りたい

 

 

私立秀知院学園。

かつて貴族や士族を教育する機関として創立された由緒正しき名門校である。

貴族制が廃止された今でなお、富豪名家に生まれ、将来は国を背負うであろう人材が多く就学している。

 

外面だけは富豪系の天野羽衣(あまのうい)も当然、そのお金持ち学校に通っている。

そんな彼はというと、現在、物凄く困惑していた。

 

「天野くん、付き合って欲しいんだけど〜」

「……へ?」

 

天野が在籍する2年A組の教室で告白された。

自身の席で片付けを終えた彼の目の前には早坂がいる。

彼女はギャルモードで近づくと体を(かが)めて上目遣いにキラキラした笑みを浮かべてくる。

高校生活の中で初めての経験。

 

(どう考えても()()()()しかしないんですけど)

 

内心、そんなことを考えてしまった天野は悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

どの学校にも図書室が設置してあるが、ここ秀知院学園にもそれはあった。

それなりの広さを持つ図書室は利用する生徒も多い。

基本的に図書室に来る生徒は借りたい本を探しているか、勉強しにくる生徒がほとんど。学校の中でも一番の静寂が出来上がっていた。

 

「天野くんマジありがと!助かったし!」

 

そして、早坂の甲高い声によってそれが一瞬で壊された。

 

それを聞いた図書室にいる他の生徒たちから鋭い視線が向けられ、テーブルに早坂と横並びに着く天野(あまの)はビクついてしまう。

 

「いや、早坂さん。図書室だからできたら静かに。周りの視線がまじで怖いから」

「りょーかい」

 

ウィンクしながら小声で頷く早坂の態度に、天野は複雑な表情を浮かべる。

そんな彼の様子がおかしかったのかクスクス笑う早坂。

しかし、その綺麗な青い瞳の奥はまったくもって笑っていなかった。

 

()()()()()()()()()

 

もちろんわざとである。

早坂、天野との会話で有利性を確保するため、わざと大きな声を出して、視線を自分たちに向けたのだ。

これにより天野は萎縮(いしゅく)の色を示し、早坂に会話の主導権が(かたむ)いた。

 

(かぐや様の命令ですから手は抜けませんけど、さっさと彼から情報をもらって終わらせたいですね)

 

かぐやからの命令。

それはかぐやと白銀の恋愛頭脳戦の邪魔にならないように阻止すること、また天野に関しての情報収集が主な命令内容だった。

前半に関してはこうやって図書館に引き止めることで達成。後は直接の会話で彼から情報を引き出すことだけだった。

 

主からの命令ゆえに本気で挑む。

しかし、対象の難易度は今までよりも簡単すぎるため、特に問題ないだろうと結論づける早坂。

 

「でも、俺なんかでよかったのか?小テストの赤点対策って言っても、俺教えるのあんまり上手くないぞ」

「いいよいいよ!私、あんまり勉強してないから頭良すぎる子に聞いてもわかんないし」

 

ギャルだけど無害そうなイメージを意識しながら、早坂は元気よく答える。天野に近づくために利用したものは、もうすぐ行われる数学の小テスト。

 

学校での彼女はかぐやとのつながりを見せないため、ギャルの演技をしている。

その演技はどこまでも徹底的でテストの点数も赤点ギリギリセーフのところで調整していた。

実際は四宮家仕込みの知識でランキングトップに食い込むほどだ。

 

今回は赤点回避という名目で標的に近づくことに成功。

そして、ここからが彼女の本気を発揮するタイミングでもある。

 

「…………それに、天野くんみたいに優しそうな人、初めてだったし」

 

そう言って、早坂は少しだけもたれかけるような姿勢で、隣に座る天野を上目遣いに見る。彼の肩にはさりげなく早坂の細く白い手が優しく置かれた。

 

(かぐや様だけではないですよ。これが使えるのは)

 

早坂、純真無垢(カマトト)である。

 

以前、かぐやが白銀に使った武器。それを今回は天野に仕掛けていた。

これは四宮家の一家相伝。しかし、かぐやの近侍としてそばにいる彼女も盗み見て習得していた。

 

しかも、今回は特別バージョン。

ギャルである彼女から予想できない、しおらしい姿を見せる、ギャップ理論を利用していた。

 

(正直やり過ぎな気もしますが、これも情報のため。さっさと吐いてくださいよ)

 

どこまでも計算された早坂勝利の道筋。

天野はどう見ても平凡だが、仮にも天野家社長のご子息。

これぐらいやらないと意味がないと判断したて実行した。

 

かぐやに好意を持っている色目を差し引いても、あの白銀すらも精神が揺らいでしまった技術。早坂は勝利を確信しながら天野の反応を待つ。

彼の反応は——、

 

「わかったわかった。とりあえず早坂がわかんないところを教えてくれよ」

「え……う、うん!まかして!」

(な、なんで普通に流すんですかっ⁉︎)

 

まさかのスルー。

早坂の演技と技術によって生まれた攻撃を天野は適当にあしらい、テーブルの上に置いてある自分の数学のノートをペラペラとめくり出したではないか。

 

ありえない出来事に混乱。仮面が剥がれないように注意しながらも、早坂は内心で憤慨していた。

 

(なぜですか!なぜ予想よりも彼の反応が薄いんですか。というか、なんで今のトキメキポイントで私に()()を感じるんですか!)

 

観察術で天野が照れているであろうこと、そしてなぜか恐怖を抱いていることが何となくわかる早坂。

 

自分の本気の武器があっさりと払われたことにふつふつと腹の中が煮えたぎる感覚に陥る。

彼女は天野の肩から手を離すと、テーブルの下でギリギリと自分のこぶしを握りしめた。

 

でも、それは仕方ないことだった。

 

(あー、さっきの仕草なに?ちょー可愛かったんですけど。でも、早坂のやつ、何の狙いがあってあんなことしたんだ?)

 

早坂は絶対に気づくことができないが、天野には原作知識がある。

そこで早坂の裏の顔、四宮かぐやの近侍ということはとっくに知っていた。

 

さっきの笑顔にはビックリした。あまりの可愛さに心臓もドキドキした。が、それだけである。

照れるよりも先に何か仕掛けがあるのではないか、という恐怖のほうが明らかに大きかったのだ。

 

天野にとって早坂の行動とは、〝あの早坂だから裏がある〟という一言で片付けられてしまう。

 

(ま、まぁ、いいでしょう。反応の薄さには困惑しましたが、しばらくは勉強会で安心させましょう。仕掛けるならその後でも十分です)

 

あらかたの分析を終えて、立て直した早坂。四宮ばりの思考速度で、すぐさま新たな計画を組み立てる。

 

さっきのハニートラップは失敗。

恐怖を抱く原因はわからないが、それも時間の問題。

しばらくはテスト勉強に集中させて、天野を安心させることに力を入れる。

情報収集はそれからでも遅くない。

 

早坂は演技を崩さず、悟られないように天野を横目に見て薄く微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「だいぶ出来てるみたいだし、ひとまず休憩するか」

「やった〜、休憩だー!」

 

天野(あまの)がそう提案すると、早坂はギャルらしい反応をしながら、テーブルにぐでーと倒れ込んだ。どこからどう見ても、疲れ果てたギャルにしか見えない。

 

あれからしばらく小テストの勉強をしていた。

やり方は先生から伝えられていたテスト範囲にそって、ギャル早坂ができないところを重点に問題に取り組むシンプルな方式である。

 

(やっぱり彼、天野家の息子にしては平凡ですね)

 

早坂、直接関わって確信に(いた)った。

天野羽衣(あまのうい)は平均的な能力しかもっていない。もしこれが、能ある鷹は爪を隠す状態なら彼女にもお手上げだが、彼の態度から見てもそれはないだろう。

 

彼の本質を見抜くのはそれほど苦労はなかった。

でも、

 

(上手くないと言ってたくせに、わかりやすい説明でしたね)

 

うつ伏せた状態のまま、ちらりと天野のことを盗み見る。

そこには休憩中なのに教科書とにらめっこする天野の姿があった。彼女はさきほどの彼との勉強を思い出す。

 

彼の成績はやはりそこまで高くない平均的なもの。しかし、勉強の教え方はそれなりに上手かった。というよりも教えることに手馴れていたのほうが正しいだろう。前から誰かに勉強を教えることがあったのだろうか。

 

時折、彼は問題の解き方でわからなかったのか手が止まることもあった。そのたびに彼は教科書に手を伸ばし、参考になるものを探しては、それを早坂に見せて丁寧に教えてくれた。

 

彼の感情はどうやら他の人よりもわかりやすいみたいだ。平凡というか単純というか。

 

なぜか私に対してまだ恐怖心が見えているが、その奥にある〝優しさ〟もはっきりと見えた。

総じて、底が浅い人間というのが早坂にとっての彼の印象だった。

 

(そういえば私、他人から優しさを向けられたことがあまりないですね)

 

天野の優しさに触れた早坂はふと、そんなことを考える。

彼女の人生の中で優しさを向けてくれる人がいないわけではない。大好きな彼女の母親、姉妹のように一緒に育ち支えてきた主のかぐやなど。

 

でも、それだけしかいない。早坂に優しさをくれるのは身内だけしかないのだ。

 

もしかしたらとっくに他人から優しさを向けられていたかもしれない。ただ今の早坂本人では気づけていない。彼女か自覚したものだと、今回の天野だけだった。

 

それもこれも天野のわかりやすいほどに底が浅い人間性のせいだろう。

 

(ですが、()()()()()()()()()()()()()。彼に好きな人がいるのか。それだけは確認しておかないと)

 

ぬるま湯のような優しさを振り払い、早坂は今回の目的を再認識する。

 

彼に対しての情報収集で一番大切なことは、天野がかぐやを狙っているのか。それだけだ。

もし天野がかぐやを好きでないのなら、わざわざ妨害する必要もない。いらない仕事として切り捨てることができる。

 

しかし、もし彼がかぐやのことを好きというのなら、早坂は全力をもって天野羽衣の妨害をしなければいけない。

 

「ねぇ、天野くん」

「どうした?」

 

早坂はうつ伏せたまま顔だけを天野に向けて、声をかける。彼も教科書から目を離して彼女を見る。

目と目が合った瞬間、

 

「天野くんってさ、好きな人とかいるの〜?」

 

それを確かめるためにも、早坂から攻撃を仕掛けることにした。

その質問に天野、体の動きが止まってしまう。

早坂、恋バナをすることで天野に先制攻撃を仕掛けることに成功。

 

(この人、やっぱりなんか仕掛けてきたよ⁉︎)

 

天野、内心でテンパる。

何かしてくるとは予想していたが、まさかここまでストレートに来るとは。

早坂を知っている彼は彼女の勢いの良さに面食らうが、なんとか思考する。

 

おそらくこれはかぐや関係の探りだろう。邪魔ものは排除するのが四宮家。恋路を邪魔しようとする彼は敵でしかない。排除する対象には入っているはずだ。

 

そこまでなら凡才の天野にもわかる。だが彼女の詳細な目的はまったくわからない。やっぱり原作知識があっても、わからないことばかり。

わざわざあの近侍が彼に接近してまで尋ねてくることは何なのか。

ここは適当に言い訳するべきと選択する。

 

「好きな人はいな……」

「好きな人はー?」

 

好きな人はいない。

その一言を言おうとしたが、ギャルらしい笑みを浮かべる彼女の仮面を見て、でかけた言葉が途中で止まる。

 

(これ嘘ついたらヤバいやつじゃない?)

 

正解である。

もし誤魔化しをしようものなら、早坂は警戒。敵認定していた。

それに天野は知っていたことだ。目の前にいるのは四宮と同じ教育を受けた天才ということを。

 

生徒会選挙選の時、かぐやは伊井野(いいの)ミコとの会話をする場面がある。

そこでなんとなくだが、かぐやが伊井野の心の中を見透かしていたシーンが登場した。

それがどれだけの精度かもわからない。

 

だが当然一緒に育てられた彼女にも嘘は見抜けるはずだ。

そうなると平凡な前世しかもたない彼の嘘では、当然、目の前の天才には通用しない。

 

でも本当のことを言えば、かぐやと白銀の仲を邪魔する存在として敵認定。どちらにせよアウトだ。

かぐや攻略を初めたときから予想していたことだが、その脅威が目の前まで来たかと思うと恐怖心が溢れてくる。

 

(どうすればいいんだよ。八方塞がりだよ、助けてよ、我が妹よ!)

 

あまりの怖さに前世の妹に助けを求める。それくらいに切羽詰まっていた天野。

すでに彼の頭はパンク寸前だった。思考は真っ白になる。

 

「もちろん好きな人くらいいるよ」

 

だから、天野は思い切って、いると宣言。

ただの考えなしである。

 

「……へぇ〜、やっぱり好きな人いるんだ!」

(切り返してきましたか)

 

早坂、その時の天野を観察したが嘘をついているようには見えない。

 

好きな人はいる。それは相手の知りたいという欲求を満たしつつ、誰とは言わない便利な言葉である。

嘘がつけないなら、真実を言わないそんな選択肢を直感で選んだのだ。

 

偶然の奇跡、薄皮一枚で助かった天野。

 

「もしかしてうちのクラスの子〜?」

「え、いや……」

「もう、秘密にするからヒントだけでも教えてよ!」

 

しかし、早坂にそんな手が通じるわけがなかった。

彼女のギャルらしい押しの強さを生かし、天野に考えさせる余裕も与えない。容赦ない攻め。

それによる動揺で彼が情報を零すことを狙っていた。

 

(ど、どうする?何を言えばいい!)

 

かぐやのことが好きだと言えばアウト。嘘をついてもアウト。

ここで求められるのは早坂がかぐやだと理解できないレベルのヒント。

 

天才たちの恋愛頭脳戦とは違い、彼の頭の中では混乱が渦巻いていた。まさにカオス。

どうすれば彼女に納得してもらえるのか。

 

そもそも言わなければいいじゃん、という答えはテンパっている天野の頭の中にはなかった。

2度目の人生なのに死にかけ気分で、走馬灯が走るような感覚。今まで見たものが通りすぎた。

 

(あ、そうだ頭脳内戦!)

 

走馬灯の中、見覚えのあるシーンを見て、天野は一つの答えを導く。

 

「どーなのよー!このこの!」

 

早坂はボディタッチも踏まえて、すでに最後の締めに入っていた。

内心、早く堕ちろよとムキになっている。

すると、天野の表情に変化があった。

 

それは今までの照れでも恐怖でもない。

どこかキリッとした顔つきになっていた。

 

「俺の好きな人のヒントだっけか?」

「うん、そーだよ!」

「俺が好きな人はな、たくさんの顔があってそれを使い分けてる人かな?」

 

彼が選択した一手は、先の未来で起きるであろう真実だった。

頭脳(内)戦。

 

それは四宮かぐやが相反する感情が入り交じり迷走する脳内イメージの具現化。

現在のかぐや、氷かぐや、アホかぐや、幼いかぐやにかぐやちゃん。

 

これらは多重人格ではなく防衛機能であるペルソナ。誰しもが持っている仮面だ。しかし、四宮の家柄のせいで別人格と勘違いしてしまうほどに強く分離、表面化していた。

 

これならまだ誰にでも当てはまるものであり、かつ早坂もギリギリ知らないであろう先の未来の話だ。

もし早坂が四宮のペルソナのことをガッツリ知っていたら終わりではあるし、そもそもアレは使いこなしているというよりは振り回されているのほうが正しいのだが。

 

どう見てもガバガバの一手だが、今の彼はすでに思考が回っていない。

再度言うが、ただの考えなしである。

 

「へ?」

 

だが早坂はそれどころではなかった。

天野の口から出た言葉に自身の体を強ばらせる。

 

(たくさんの顔があって使いこなしているって…………それ、私のことじゃないですか⁉︎)

 

勘違いである。

早坂、天野の言葉に動揺してしまった。しかし、彼女の反応も間違いではない。

確かにかぐやにはいくつもの顔がある。それゆえ天野の選択は間違いではない。

 

だが、彼は忘れていた。かぐや以上にたくさんの仮面を作り上げ、それを使いこなしている存在が目の前にいたことを。

 

早坂愛という人間は近侍以外の仕事をするため、様々な顔を利用している。

 

校内擬態早坂、対四宮家早坂、ハーサカ君。後々にはスミシー・A・ハーサカというのも出てくる。

自身の本当の顔なんてかぐや様や母しか知らないことなのに、目の前の男はそれに気づいている可能性が高いのだ。

 

今のヒントだと天野が好きなのはかぐやではなく早坂ということになる。

普段の早坂ならこれだけでこんな思考にたどり着くことはないだろう。

しかし、最弱と思っていた相手に渾身の武器を使うも失敗、身内以外から優しさを向けられた事実。

 

その積み重ねにより早坂の思考に淀みができていたのだ。

 

(まだ決めつけるには早すぎます。もう少し詳しく聞かないとわかりません)

 

ひび割れの仮面を両手で押さえつけるように耐えながら、早坂は質問を続ける。

そもそも早坂のこの演技がバレるはずがないし、天野にはそれに気づく能力もないはずだ。

 

「他に好きなところとかないの〜?」

「え、他のところ……」

 

彼女の困惑を知らず、再度の質問に苦悶する天野。

 

次に彼の頭に浮かんだのは文化祭の後、白銀と付き合ったあとのかぐやの様子。漫画を見ていた時も思ったが、かぐや様のあの構ってちゃんぷりは、なんというか……。

 

「……そうだな。特定の人に対してすごい甘えん坊なところとかかな?」

「なっ⁉︎」

 

その一撃に仮面がボロボロと崩れていく感覚。今度こそ早坂は心から驚きの声を上げてしまう。

彼女はいくつもの顔を持っている。

 

しかし、母親の前だけではどんな仮面も脱ぎ捨て、幼子のように甘えてしまう性格だ。素の早坂。

それは自他ともに認める重度さ。

そう、早坂愛はマザコンである。

 

特定の人に甘えるなら誰にでも当てはまるが、今の早坂は先入観で自分のことを言っているようにしか思えない。

 

(どうして、私のことを知っているんですか?演技が本当にバレてた?いや、でもそんな素振りは一度もなかったし)

 

不正解。

とにかく何か言わないといけないと考えていた天野の死にものぐるいの答えだ。

 

だが、早坂は気づけない。気づく余裕すらない。

再三、彼女の自信は天野によって無意識に折られていて、すでに2人とも正常な考えをもつことなんてできていなかった。

 

正しくカオス理論。

すれ違いによって生まれた問題である。

 

「普段は見せようともしてこないんだけど、時折見えるその顔が可愛くてね」

「うっ」

「もう少し素直になればいいんだけど、そのいじらしさも見ていて楽しいし」

「あぅ……」

「それと……」

「も、もういいから!よくわかったから!」

 

天野の無意識なカウンターは早坂のボディを容赦なくえぐる。

半分くらい剥がれ落ちたギャルの仮面で演技を続けながらも、すでに彼女は限界。

 

座っていた椅子から腰を上げて少しでも距離を離す。

 

「と、とりあえず好きなんだね〜、その人」

「お、おう。そうだな」

 

(もう、無理。考えられない)

 

正常な判断ができない早坂にはもう限界だった。

火が出るほどに熱く赤くなる顔を片手で押さえて、この時間が早く終わることを祈るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

勉強会があったその日の夜。

かぐやの部屋で二人だけの報告会が開かれていた。

 

「それで早坂。天野くんの情報は何か掴めたの?」

「はい、かぐや様」

 

ご令嬢らしいかぐやの広い部屋の中、かぐやは椅子に腰掛け、近侍の服を着た早坂の報告を待っていた。

 

(やはり彼は私に好意を抱いているのかしら)

 

もしそうなら、かぐやはお断りをするつもりだし、そもそもただの雑草に興味はない。

邪魔するつもりなら容赦しないが。

 

まぁ、それこそ情熱的に、そして天野家の秘密を全部バラしてくれるのならお茶ぐらいには付き合ってあげよう、と考えるかぐや。

 

早坂の入れてくれた紅茶を丁寧な所作で優雅に飲む。

そんなかぐやを無表情に見ながら、早坂は今日の結果を報告する。

 

「かぐや様。どうやら天野くんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいです」

「はい?」

 

無表情でとんでもないことを言う早坂はどこかもぬけの殻のようにふ抜けていて。

彼女のその言葉と普段見せない態度に、かぐやは思わずポカンと口を開けて、首を傾げるしかできなかった。

 

 

 

 

 



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四宮かぐやは尾行したい

 

「早坂!次の作戦について相談したいことがあるのだけれど」

「あー……」

「早坂?」

 

かぐやの自室。

今日も、白銀に告白させるための作戦を組み立てていた。その相談相手として近侍の早坂に声をかけたのだが。

 

目の前に立つ早坂はいつも通りの無表情。しかし、どこか気の抜けたような声を出しながら、ぼーっと突っ立っていた。

よく見ればどこか遠いところを眺めているのがわかる。

 

「聞いているの早坂?」

 

もう一度声をかけると、焦点のあっていない視線がかぐやに向けられる。

 

「あー……はい、聞いていますよかぐや様。なにかご用ですか?」

「聞いてないじゃない」

 

早坂の言葉に、またか、とため息をつくかぐや。

ここ数日、彼女は魂が抜けたように腑抜けた状態が続いていた。

それもこれも理由はわかっている。

 

「まだ天野くんに言われたことを気にしているのかしら」

 

かぐやの言葉に早坂はピクリと肩を揺らす。

 

天野羽衣(あまのうい)

天野グループ社長の息子にして、白銀との恋路を邪魔するかもしれない同じクラスの男子生徒。

 

大層な肩書きにしては平凡な彼の調査を信頼できる近侍に任せたのだが、彼女からの報告は『かぐやではなく早坂に好意を抱いている』という意味のわからないものだった。

正直、かぐやは早坂の勘違いだろうと、勝手に確信していた。

 

しかし、早坂も相手が悪かった。

自慢の武器をあっさりと折られて、身内以外からの優しさを与えられる。

 

それから好きな人のヒントで、早坂にピンポイントで刺さるような言葉を次々と言われたのだ。

なんだかんだ澄ましているが、恋愛経験のないむっつり早坂にはよく効いた。

 

とにかく今の早坂は恋愛相談と天野関連の仕事においては全く使い物にならないのだ。

 

しかし、四宮かぐやの近侍としての仕事は十全にこなしている。

ほぼ毎日仕事をしていることも理由だろうが、意識半分であの激務をこなせる辺り、やはり彼女も天才である。

 

「大体、あなた。そんなにチョロくないでしょ。どうして男なんかに振り回されているのかしら」

「……その言葉、そっくりそのままかぐや様にお返ししたいですね」

 

ブーメラン。

かぐや、自分のことを棚上げして、早坂のことを上から目線で情けないと首を振る。

放心していた早坂もあまりの主の態度に口をつぐんでムッとしてしまう。

 

「でも、驚いたわね。まさか天野くんが早坂の演技に気づくなんて」

 

意識が戻った早坂の言葉をスルーしながら、報告にあった内容の1つに意識を向ける。

 

天野は能力値で見れば平凡で、そこらの庶民と大差ないはず。

それなのに、未だ誰にも気づかれていない早坂の演技を見破ったかもしれないのだ。素直に感心する。

かぐやの中で少しだけ天野の価値が上がる。

 

かぐやは知らないことだが、実際は原作知識を持っているだけにすぎない。

原作を知らなかったら気づかないまであると、天野は内心で自負している。

 

「でも、あなたがこのままなのは困るわね」

 

ティーカップを片手に思っていたことをつぶやく。

四宮家としての仕事は十分にこなしてくれてはいる。

が、肝心の白銀攻略では使えない。

恋愛話をするだけで今の早坂は不調になってしまう。

 

(別に早坂がいなくても私は上手くできますけど。……でも、少しぐらいは客観的な意見ももらわないといけないわね)

 

内心で私利私欲が(うごめ)く。

彼女には早く元の状態に復帰して、白銀攻略の手伝いをしてもらいたい。

 

「申し訳ありません、かぐや様」

 

考え込む主を見て、自分の不甲斐なさに頭を下げる早坂。

 

「いいわよ、早坂。それと当分は天野くんに関する仕事はしなくていいわ。頭を冷やしなさい」

 

頭を冷やすなら3日もかかるまい。

そう判断して、主としての指示を出す。

早坂もしばらくは落ち着きたかったため、彼女の提案に素直に納得する。

 

「はい、わかりました。……ですが、数日の間、彼の対応はどうしますか?」

 

もし早坂が好きならば、わざわざ早坂が邪魔をする必要もない。

だが、やはりかぐやが狙いなのだとすればその数日間は隙となり、攻め込まれてしまう。

でも、何も問題はなかった。

 

「大丈夫よ、早坂。このまま守りに入るなんて四宮家としてはありえないことだから」

 

早坂の考えていることはわかっているとばかりに、氷のように冷たい眼をしたかぐやは、そう告げた。

 

「私が天野くんの情報収集を行います」

 

 

 

 

 

 

(なんて早坂には言ったものの、どうすればいいのかしら)

 

全ての授業は終えて、時刻は放課後。

かぐやは秀知院学園の廊下の端から、こそこそと天野のことを観察していた。

 

仮にもこの学校の生徒会副会長にして目立つ存在。

もちろん周りからの目線も気にしながら、時には廊下ですれ違った生徒と談笑し、無理のない尾行を続けている。

 

すでに生徒会の仕事は終わらせて、白銀にも用事があるから先に帰ると伝えておいた。

何事も抜かりはない。

対象F(ふじわら)の対応なら今の早坂でも問題ないから任してある。

 

あとは天野が何か良からぬことでもしようものなら、脅迫材料にしてしまえばいいと目を光らせている、のだが……。

 

「ありがとう、天野くん助かったよ」

「はいはい、どういたしまして」

(普通に良い人じゃないですか!)

 

女子生徒からお礼を言われる天野。

彼女が運んでいた重そうなダンボール箱を天野が代わりに運んであげるところを終始見ていた、かぐやが心の中で叫ぶ。

 

これだけなら女の子に良いところを見せようとする思春期男子特有のアレだったはず。

しかし、それは違う。

天野が誰かに手を貸したのは今日だけで5回目。しかも、男女関係ないどころか生徒だけでなく教師の手伝いまでしている。

これではただのお人好し。

早坂の報告から予想していた天野のイメージとズレまくりである。

 

(これで何の情報も集められなかったら、早坂にバカにされるわ)

 

別に早坂にそう思われるのはそこまで嫌ではない。が、自分から宣言した手前、収穫なしというのも気分が悪い。というよりそれは四宮家としてダメだ。

仕方ないことだが、かぐやはもう少しだけ天野の情報収集を続けなければいけなかった。

 

「すまん、天野。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどいいか」

「あぁ、田中か。勉強教える以外なら別にいいよ」

(またですか!いくらなんでも安請け合いがすぎますよ!)

 

今度は男子生徒からの頼みに二つ返事で答える天野。

あまりに不合理。何の利益も生まないであろう行動に彼女は驚愕してしまう。

こればかりは四宮家で育った彼女にはまだ理解できない。

 

天野は男子生徒としばらく話をすると、そのままどこかを目指す。

彼から少し離れたところを気づかれないように歩くかぐや。

後ろ姿しか見えないが、天野が男子生徒と楽しそうに笑っているのがわかる。

 

これまでの他生徒たちとのやり取りを思い出す。

天野と関わった人たちは目の前の2人のようにどこか楽しそうに会話をしていた。

ふと、忘れていた去年の彼にまつわる呼び名が頭の隅をよぎった。

 

(入学当時の〝()ちた羽衣(はごろも)〟が嘘みたいですね)

 

——()ちた羽衣(はごろも)

 

それは天野羽衣のことを指した蔑称である。

彼は天野のグループの社長の息子だが、この学校には外部入学で入ってきた異例人物だ。

 

それまでは一般の学校に通っていたというのは、この学校に通っている生徒のほとんどが噂などで知っていること。

 

なぜ高校で秀知院を選んだのかはわからない。

が、それが知られる程には天野グループという存在は大きく、天野羽衣という存在は小さかった。

 

四宮家と敵対関係にある天野家。

その息子が愚息(ぐそく)なら、かぐやたちが生きる社会ではそれだけで恥になる。

おまけに天野羽衣には天才の姉もいる。天野家を率いるのもその姉になるのだろう。

 

天野家の落ちこぼれに加え、一般校からの外部入学。

その二つの事実は同じ外部入学の白銀御行(しろがねみゆき)と同等か、それ以上の(さげす)みがあったのをかぐやは他人事のように覚えている。

 

その時につけられたものが堕ちた羽衣。彼にとってどうしようもない屈辱(くつじょく)だったとかぐやは予測する。

 

(私ならそんな巫山戯(ふざけ)たことを言ってきた方々には、全力をもってお返しをするでしょうけど)

「ひっ!」

 

天野の境遇を自身に置き換えてみたが、あまりのイラつきに、つい内心の冷たさが漏れてしまう。

近くにいた女子生徒がそんなかぐやを見て悲鳴をあげたので、すぐにその考えを振り払い、怯えた女の子に笑みを浮かべる。

 

それから、さっきより少しだけ離れた天野たちとの距離を縮めるため、品を崩さい程度に足の歩みを速めた。

彼らからはまだ笑い声混じりの会話が聞こえてくる。

 

(どうして天野くんは今、()()()()()()()()

 

そんな疑問が彼女の頭に浮かんだ。

去年までは多くの生徒から蔑まされていたはずなのに、今の彼からはまったくそんな雰囲気は感じられない。

 

かぐやたちが生徒会に入る前にはその蔑称を使う生徒たちはいなくなっていたこと。しかも、あれほど流行っていた噂はいつの間にか消えていた。

当時の白銀は初の生徒会として介入しようとしていたのだが、肩透かしをくらったのだ。

 

当時はそんな天野の境遇など興味のなかったかぐやだったが、このことを早坂に調査させておけば良かったと、今更ながら後悔する。

 

正直、あの惨状(さんじょう)では平凡な彼は(つぶ)れてしまうと思った。

 

凡人で、特に優れた能力のない彼。

白銀御行は生徒会長という箔や、かぐやすら退ける学力、そして誠実な行動を見せつけたからこそ秀知院の生徒たちを認めさせた。

 

では、天野は?

白銀以上の過酷さを平凡な能力だけで、どうやってくぐり抜けたのか。

 

悪意なんてものは簡単には消せない。ねちっこくて、ドロドロしていて。他人のことなどどうとも思っていない感情。

たくさんの悪者を見てきたかぐやだからこそわかる。

人は簡単に変わらない。

 

でも彼がどうやって解決したのか、その方法は彼女にはわからない。

 

「まるで多くの生徒が(てん)羽衣(はごろも)を身につけたみたいですね」

 

かぐやは廊下を歩きながら静かに言葉をこぼす。

 

天の羽衣。自分の名前と謎深いそれ。

その衣を着た人は着る前と心が変わってしまう。

 

そんな話を思い出した彼女は少しだけ、目の前を歩く天野のことが怖くなった。

 

 

 

 

 

 

「助かったよ、天野」

「はいよ、お疲れさん」

(天野くんは、いつまでお人好しを続けるのかしら)

 

何度目かわからない天野のお人好しにかぐやは疲弊(ひへい)する。

あれから何度ともなく誰かに会っては頼みごとを受けるの繰り返し。

自分で尾行していてなんだが、いい加減何かしらの変化が欲しかった。

 

そんなかぐやの理不尽な願いが叶ったのだろうか。

 

学校にある庭園。

男子生徒と別れた天野を少し離れた場所から眺めているかぐやは、彼に近づく一人の女子生徒の存在に気づく。

 

「あら可愛い」

 

思わず口から出てしまい、ハッとして手で口を抑える。

 

(あれは中等部の生徒かしら。なぜ私は初対面なのに可愛いだなんて。でも、どこか見覚えが……)

 

中等部を示す白色の制服。

かぐやはその女子生徒と会ったことはないはずなのだが、彼女のことをずっと目で追ってしまう。

 

白黒のレースのバンドを揺らして天野の元へ歩みを進める彼女に、ものすごい既視感を感じるのだ。

主に目つきというか、雰囲気というか。

 

天野も少女の接近に気づいたのか、顔を向けると優しげな笑みを浮かべた。

 

「白銀妹か。こんなとこでどした?」

「その呼び方やめてください。おに……兄さんと同じ扱いで嫌です」

「それは白銀が可哀想だと思うけど」

 

白銀妹と呼ばれた少女は呼び方に不満をこぼす。

彼女のあまりのばっさりとした意見に、天野は苦笑する。

前世とはいえ同じ兄という立場もあり、白銀に同情してしまう。

 

そんな二人のやり取りを収めたかぐやはというと、

 

(この子、話に聞いていた会長の妹だわ!)

 

少女の存在が白銀御行の妹だと知ると、今までの疲れが吹き飛ぶくらいにはテンションが上がっていた。

 

「いいんですよ」

「いいんだ」

(目が怖いところとか面影ある!)

 

かぐや、(けい)が聞いたら今よりも不貞腐れそうなことを考えしまうが、聞こえてないから問題ないだろう。

 

すでに彼女の頭の中では白銀御行に告白させるため、白銀圭と仲良くなる計画が立てられていく。

 

ターゲットを狙うなら、まず周囲から。

身内と仲良くなれば家族ぐるみの付き合いに発展して、より親密な交流が発生する。

 

ゆくゆくは白銀圭の口から『かぐや姉さん!』と声をかけられて……。

 

(あっ、いい!いいですよこれ!いずれはこの子に姉と呼ばせてみせましょう!)

 

かぐや、妄想が膨らむ。脳内お花畑ができあがっていた。

そこではたと気づく。

 

なぜ会長の妹が天野に声をかけたのかと。

どういう関係なのか確認するため、かぐやは遠目に見える二人の会話に耳を澄ませる。

 

「じゃあ、なんて呼べばいいの。白銀だと会長さんと被っちゃうし。圭ちゃんとか?」

(圭ちゃん⁉︎あなた、会長の妹さんに馴れ馴れしすぎやしませんか!)

 

天野の発言に憤慨(ふんがい)するかぐや。

できることなら私だってそう呼びたい、なんて願望がチラチラしてしまう。

 

「圭でいいですよ、天野先輩」

(圭っ⁉︎)

 

まさかの彼女からの提案。

名前の呼び捨て。

素直になれないかぐやのフィルターで見ると、それは相当仲が良くないとできない所業。

 

(あなたは、天野家のくせにプライドの欠片もないんですか!私だって、圭って呼び捨てしてみたいのに!)

 

別に天野から提案したわけではないのに、理不尽な怒りが注がれる。

そんな彼女のことなど気づかずに2人は会話を続ける。

 

「あ、そういえばこれ。もしよかったら使ってくれよ」

「え、さすがに何度も貰うのは……」

(なにかを渡そうとしている?)

 

天野がスマホケースに挟んでいた小さなチケットサイズの紙を3枚ほど、圭に渡す。

圭はそれを見て、困ったような申し訳ないような表情になる。

 

遠目で見にくいが、かぐやには関係ない。

視力の良さで天野が圭に渡した紙に書かれた内容を見ると。

 

「……コーヒー、一杯無料?」

 

それはどこかのカフェで使える無料券だった。

なぜそれを圭に。

そこでかぐやの思考が一瞬のうちに加速する。

 

(もしかして、ナンパっ⁉︎)

 

不正解。

それは天野のバイト先で貰ったもので、天野自身、特に使うつもりもないし白銀家の事情を知っていたから、良心で圭に譲っただけにすぎない。

しかし、かぐやはそうは受け取らなかった。

 

(あなた、早坂が好きなんでしょ!なに、妹さんにまで手を出そうとしてるんですか!)

 

違う。

ただの勘違いである。

そんな事実は天野と繋がりのない彼女には知ることの出来ないことであるが。

 

「いいよ、どうせ俺は使わないし。それに圭だからあげるんだよ」

(なんですかその浮ついた言葉は。やっぱりナンパですか⁉︎)

 

全くもって違う。

天野は妹属性をもつ圭に対して前世からもつお兄ちゃんスキルを発動しているだけだ。

しかも無意識。

この男、今世に持ち込むほどに()()()()を拗らせていた。

 

「あ、ありがとうございます。今度、使わせてもらいますね」

 

どう言っても引き下がらないと判断した圭は、素直にお礼を言って無料券を受け取る。

それから花が咲いたように優しく微笑んだ。

 

「あー、もう!私だって妹さんと仲良くしたいのに!」

 

地団駄を踏んで怒りに燃えるかぐや。

 

こんな気持ちになるのは白銀の手作り弁当をかぐやの目の前で食べた藤原以来。

彼は藤原とはまた違ったトラブルメーカーの素質を持っているのかもしれない。

 

結果的に四宮かぐやの尾行はそこで終了。徒労に終わった。

その日、天野羽衣はかぐやたちから対象Aとして、対象Fに並ぶほどに危険視されることになる。

 

あと、なぜかかぐやは天野のことをライバル認定するのだが、それは当分、天野が知ることはないだろう。

 

 

 

 



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