武偵 古戸ヱリカの事件簿 (三白めめ)
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Furud Erika

名探偵は知っている。


 ──スクール水着で壁を登る女の子(変態)がいるのだから、空から女の子が降ってくることぐらいあるのだろう。

 映画や漫画の導入よりもよっぽど厄介なのが現実なんだと俺、遠山キンジは痛感したのだ。ある種の達観とも言うが。

 

クイんッっズィすわぁん(キンジさん)ッ!まぁだ生きてますかぁ?」

 

 空からは女の子が降ってきた数時間後には、事件に興奮したスク水の変態と遭遇する。本当に、トチ狂った日常だ。

 

 

 

「えっと、それでですね。チャリジャックの被害者であるキンジさんに、お話ししたいことがありまして。探偵として、現段階での報告です」

 

 東京武偵高校、武力を行使する探偵である武偵を育成する学校で、俺と、空から降ってきて俺を爆弾から救出した少女──アリアと会ったその日の放課後、探偵科(インケスタ)の授業終わりに、同じクラスの青い髪の少女が話しかけてきた。落ち着いた雰囲気や口調に整った所作は、一見どこかの令嬢と思われてもおかしくないだろう。初対面の人間だけには。

 古戸ヱリカ。探偵科の二人目のバカだ。Sランクの武偵であり筋金入りの変態で、自他ともに認める事件解決率百パーセントの知的強姦者。事件解決のために()()()()()()嵐の中スク水で恩人の屋敷の壁を登る変人。事件への自走式機雷。散々な言われようだが、全部本当のことだというのは探偵科では周知の事実だ。

 この探偵とは去年に任務で偶然会ったのが初めてだが、その時から変人度合いは変わらず。というか事前に聞いていた噂よりひどい。本当にこいつは武偵なのかと疑ったが、Sランクの武偵を続けられている以上はちゃんとした良識も持っているのだろう。発揮するかどうかは別として。

 

「なあ、それはここで話すことなのか?」

 

 自分が被害にあった事件について堂々と喋られるのはあまりいい気分じゃない。

 

「ええ、そうですね。聞く人間は多い方がいいでしょうから」

 

 ヱリカは深い笑みを浮かべる。どうせ、推理を聞く人間は多い方がいいとか、そういうことなんだろう。コイツに護衛って名目で散々任務(クエスト)に連れて行かされたからな。不本意だが大体想像がつく。

 

「さて、順番に整理していきましょう。今回の事件、ハウダニットは爆弾。フーダニットは武偵殺しの、えっと模倣犯ってことになってるんでしたっけ。面倒なので武偵殺しと呼びますね。まあこの武偵殺しが誰かは後々推測するとして、まずはワイダニットから始めましょう。武偵殺しがキンジさんを狙った理由ですね」

 

 ヱリカは嬉々として語りだし、歩き始める。

 だが、まずそもそもが分からない。相手は爆弾魔だ。てっきり無差別な犯行だと思っていたが。俺がそういうとヱリカは肩を竦める。

 

「まず、自転車の爆弾だけならともかく、セグウェイを使って追っかけてきたんですよ。明確にターゲットの行動を把握していないと、そんなことはできないじゃないですか」

 

「それは分かったが、わざわざ俺を狙う理由があるのか?」

 

 武偵をやってるからには心当たりはいくつもあるが、どれがそうなのか分からない。

 

「あるじゃないですか。武偵殺しに()()()()が狙われる理由」

 

 ヱリカは笑う。

 

 なにか妙だと違和感を覚える。いつも、ヱリカは俺を名前で呼んでいるはずだ。それを名字で呼ぶってことは……

 

「武偵殺しがチャリジャックやバスジャックをするなら、シージャックぐらいやりかねないと思いませんか?」

 

 遠山にシージャック。ヱリカが言いたいことは、まさか。

 

「──武偵殺しの逮捕前の、名武偵()()()()の海難事故。あれって事故なんですかね」

 

 疑問形で話してはいるが、これは『古戸ヱリカの推理』だ。推理を修正する、つまり間違いを認めることを極端に嫌う彼女にとっては、もはや確定した事実なのだろう。

 つまり、武偵殺しが兄さんを殺したのだと。ヱリカはそう結論づけたのだ。

 辺りがシンと静まり返る。風も凪いでいて、ヱリカの靴音だけがよく響いていた。

 あまりの衝撃に呆然とする俺を放っておいてヱリカは推理を進める。

 

「では、フーダニットですが。論点はなぜキンジさんの自転車に爆弾がついていたかです。バスと違って自転車は一人乗り。さらに言えばキンジさんが登校に自転車を使うかなんてわかんないですよね」

 

 もしかしたら自転車置き場の置物になっているかもしれないのにとヱリカは続ける。

 

「まあ埃の積もり方で推測してるかもしれませんが、白雪さんがそれを放置するとは思えません。そして、我々は武偵です。当然周囲の警戒はしますし、もしもキンジさんの行動を探っている部外者がいれば、誰かがキンジさんに伝えるでしょう。理子さんに調べてもらったのですが、キンジさんがネットに自分の個人情報を流すような真似はしていませんでしたし」

 

「あ、うん。そうだよ」

 

 不穏な空気が漂う。どこか取り返しのつかない方向へと突き進んでいるようで、この季節に似つかわしくない寒気を背筋に覚えた。

 

「……まさかお前、武偵殺しは武偵だって言いたいのか」

 最悪の想像を口にする。それはあり得ないと切り捨てていた可能性だった。武偵憲章どころか、人間としての一線を踏み越えている手合いが仲間にいると考えたくなかったからだ。

 

「はい。そうですね。大方、武偵殺しは武偵でおそらくキンジさんの知り合い、同じクラスの人間あたりだとは思っていますが。あ、キンジさんは除きますよ。今のキンジさんは自転車の運転をしながらセグウェイの操作ができるほど器用じゃないと確認済みですし」

 

 それをヱリカ(探偵)は平然と言語化する。理解が追い付かなかった。状況の推理だけで、ヱリカは同じクラスメイト全員、つまり俺以外の()()()()()()()()()()()()を疑っていると明言したのだ。

 

「そんな……そんなはずがあるかよ!」

 

 誰かの声。それも当たり前だ。ヱリカの言ったことは、この中に武偵殺しがいるかもしれないということに等しい。

 

「ああ、武偵憲章の一条でしたっけ。私だって仲間は信じますけど、探偵が容疑者を信じてどうするんですか。疑っているから容疑者なんですよ」

 

 ヱリカが平然と言い放つ。違う、周りが言っているのは心情としての話だ。武偵法や武偵憲章といった理屈の話じゃない。それを分かったうえでヱリカはああ返したのだろう。

 

「アドバイスですけど、()()()()()()()()()()()()()()()()とか思いこんでいると、ありもしないものまで見えてしまいますよ」

 

 ざわめきにヱリカは笑みを深める。推理への反響が大きいことに満足しているのだろう。

 

「ああ、それと。探偵科は謎解きが本業ですよ?性格の悪い人間の集まりだってことくらい、探偵として推理できませんでしたか?」

 

 ニヤニヤと笑い、ヱリカは言葉を止める。クラスメイトを疑うのには納得しきれなかったが、あの推理の反論は思いつかなかった。一言も声が上がらないことから、周りもそうなんだろう。

 場が完全に静まったのを見てヱリカは足を止める。顔だけをこちらに向けて一礼。

 

「ただ爆弾がそこに存在するだけで、古戸ヱリカにはこの程度の推理が可能です。如何でしょうか、皆様方」

 

 推理の終わりにヱリカがいうセリフだ。いつものようにどうしようもなく澱んだ目で、見下すようにアイツは嗤った。

 

「そうだ。というわけでキンジさんに伝えたいことですが。以上の推理によって、知り合ったばかりのアリアさんは武偵殺しじゃないってことです」

 

 アリアも武偵殺しに襲われていたんだからそうだろうとは思う。だが、アイツは俺を追いかけ回してきたうえに風穴を開けようとしてきたんだ。どうせなら、俺が明日から無事に過ごせる方法を教えてほしい。

 受け止めきれない事態に回らない頭で、そんなことを思った。

 

 

 私、古戸ヱリカにとって、遠山キンジは理想的なワトソン役だ。十分な知識を持ち、私だけでは対処しきれない荒事は担当してくれる。なおかつ私に匹敵するかもしれないくらいの推理をすることもあるとくれば、パートナーとしては満点だ。たまに女に惚れられているのも、まあそういうものだと思っておけば問題ない。彼はあの浮気男とは違うのだ。まあ、別に恋愛対象にはならないが。

 だからこそ、彼が探偵科に来たときは驚いた。探偵がどういうものかなんてずっと見せてきただろうと疑問に思ったが、武偵を辞めると知って納得した。ただ、一年とはいえほとんどパートナーのように事件を解決してきたのだ。多少は思うところがあるわけで。それに、

 

「武偵を辞めたところで、傷が癒えるわけじゃないでしょうに」

 

 物理的な傷ならともかく、精神的なそれが自然に治る事はない。傷つけた相手を汚し尽くした快楽で忘れるしかないのだと私は思っている。だからこそ、私は知的強姦者なのだ。

 今回大勢に推理を聞かせたのもそうだ。一番信じているべきキンジさんですらもっともらしい虚実に圧し潰されかけていたのが見ていられなかったから、なんて私らしくもない親切だった。

 今はローマで異端審問官でもやっているのだろう友人のようなことを思っている自分をらしくないと一笑し、バスが来るまでの暇つぶしにとツイッターを眺めることにする。

 

戦人(バトラ)さんも元気そうでなによりです」

 

 タイムラインに流れてきた、とある一件で友達になった男のツイートを見て少しだけ頬が緩んだ。相変わらず楽しく暮らしているみたいで、いくら何十億の金を手に入れても人はそうそう変わらないのだと実感する。妹とも仲良くやっているみたいだし、今度の休日にでも遊びに行ってみようか。




黄金郷は開かれませんでした。/六軒島は爆発しませんでした。


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不可能密室 事件編

古戸ヱリカの事件簿。


 今日はとても疲れた。バスの中でそう思っていると、瞼が重くなっていく。朝からチャリジャックに遭い、放課後には衝撃的な推理を聞かされたのだ。それもしょうがないだろう。

 

 

 

 

 

 これは古い夢、俺が強襲科(アサルト)だった二学期の頃のことだった。

 

 

 

 

「閉じ込められてしまいましたね」

 

 ヱリカは嬉々として語る。コイツとの任務はいつもこれだ。警備任務は『腕が鈍る仕事』とバカにされているが、そう言ったやつはコイツと組んで任務をしてほしい。絶対に、それこそ()()が悪い方向に働いているみたいになにかしらの事件が起きて、働かざるを得なくなるから。

 今回は富豪、筑波麗香(つくばれいか)のパーティーの警備任務で山奥、湖の近くの豪邸に来たんだ。麗香さんは二十台の女性で、今回は新しく当主になって初めての誕生日パーティーらしい。俺でも名前は聞いたことのある建築家や音楽家が数人集まっていた。

 

 そうして来客とパーティーを過ごしていたら、いつの間にか館自体が密室になっていたんだ。

 扉は外から強い力で抑えられてるみたいに固く閉まっていて、他の窓もそうだ。無理矢理窓を破ろうとしても、それもできない。幸い食料はあるようだから、しばらくはここにいても問題はないだろうが……

 警備として他の部屋の様子を見てくると言って、俺達は部屋を出た。一旦全員が集められた大広間には、何人かがいなかったんだ。

 

「キンジさん、心の準備はしておいてくださいね」

 

「やめろ。縁起でもない」

 

 携帯電話が通じないからと一緒に捜索していたヱリカが話しかけてきた。いつものことだが、こういう時にヱリカは不謹慎だ。旅に行くと必ず死者が出る体質と言っていたが、物騒にもほどがある。

 それにしても、こうしてみると本当に不気味な館だと思う。至る所に用途の分からないオカルトな道具が飾られていて、魔女や幽霊でも出そうな雰囲気だ。

 一つずつ部屋を覗いていったとき、それは起きた。

 

「鍵、掛かってますね」

 

 ノックをしたり、呼びかけてみても応答がない。ロックピックを使って鍵を開けるが、今度はチェーンロックが掛けられている。ヱリカは紐だったりいくつかの方法でチェーンを外そうと試みているが、上手くいかないみたいだ。

 

「しょうがないです。キンジさん、チェーンカッターです。使ってください」

 

 ヱリカから差し出されたカッターで鎖を無理矢理切断する。扉を開けると、幽かにシャワーの音が聞こえてきた。

 

「麗香さん!すいません、急を要する事態がありまして」

 

 ここから声をかけてみるが、反応がない。ヱリカが部屋に入っていくので、任せることにした。女のシャワー中に部屋に入るなんてろくなことにならないと何度も経験したんだ。そうして待つこと数分。

 

「キンジさん、来てもらっていいですか」

 

 ヱリカから声がかかる。来てもらっていいですかって、シャワー中じゃなかったのか?そうして躊躇っていた俺だが、

 

「大丈夫です。いくらキンジさんでも死体には興奮しないでしょうし」

 

 ──死体?考えるより先にベッドルームの隣にあるバスルームへ急ぐ。濡れたカーペットを進んだ先、そこにあったのは、この館の現在の主、筑波麗香(つくばれいか)の死体だった。まだ出ているシャワーによってずぶ濡れの服を着た状態で、血が胸から流れている。胸には過度に装飾された杭が突き刺さっている。蘇生のしようもない、即死だ。

 

「死因は胸に刺さっている杭でしょうね。死亡推定時刻はこのシャワーのせいで不明。()()()()()()()()()()()のはシャワーのお湯が外に溢れたのでしょうね。このことから、殺されたのは随分前と推測できます。まあ、わざわざこんなことをする犯人ですから問題ないとは思いますが。キンジさん」

 

「ああ、分かってる」

 

 一度息を吐き、冷静になるよう努める。

 この館は密室だ。犯人がこの屋敷に隠れていた人物でない限り、必然的にパーティーの参加者が犯人になる。

 この館に来ている客の安全の確保と事情を説明するためにも、俺はもう一度大広間に戻った。

 

 

 思っていた通り、大広間はにわかに騒がしくなった。誰が怪しいだのと言った話が多かったが、その中の話の一つに俺は気を取られた。

 

「先代の仕業?」

 

 使用人の加藤さんが話してくれた内容はこうだ。

 

「そうです。前当主の宗次郎様は魔術に傾倒しておられており、この館を御作りになったのもその一環です。事実、遺言状にもこう書かれております」

 

『贄を捧げよ。さすれば我が魔法により、我は黄泉還るだろう』

 

「魔法……か」

 

 ふざけるなよ。そんなもん、どうしようもないじゃないか。凶器の杭だって、あの密室から魔法で刺したのだ。

 

「ならこいつは、()()()()()だとでもいうのかよ……」

 

 そのためだけに人間が殺されたのかと頭に血が上る。握りしめた拳からは、いつの間にか血が垂れていた。

 

「キンジさん」

 

 背後から声がかかる。

 

 

「こうなるとお互いが信じられないという流れになりまして、一度全員が部屋に戻ることになりました。私たちも戻りましょうか。それと、館を調べましたが、私たち以外に人の形跡はありませんでしたよ」

 

 つまり、犯人は客のだれかか、前当主の幽霊ってわけだ。

 

 

 部屋に戻った俺は、ヱリカにさっきの話をした。

 

「キンジさん。前提として、魔法は不可能を可能にはできません」

 

 キンジさんはこの手の話(ステルス)には疎いでしょうしとヱリカは続ける。

 

「簡単に言うと、死者を蘇らせることはできないです」

 

「そうなのか。そういえば、白雪もそんなことを言ってたな」

 

 ヱリカが言うには、こういう事件のために調べておいたらしい。これによって前当主の筑波宗次郎が殺したんじゃないかという疑問は、あっけなく崩れ去った。

 

「じゃあ、この館のオカルトな道具は何なんだ?」

 

「見ての通り装飾品ですよ。魔法があると思わせるための。単純に魔法を使ったなら、シャワーで死亡時刻を分からなくさせる必要もないですし。つまりこの事件は、人間によるトリックを使った殺人です」

 

 この事件もまた推理可能であると、ヱリカは淡々と答えを返していく。交代で館を見回りつつ、二人で謎を一つずつ解決していく内に夜が明けた。

 

 

 

「──死体が、無くなっている?」

 

 翌朝、俺たち全員の耳に飛び込んできたのはそんな衝撃的な知らせだった。死体がこの館のどこにもない。俺や客の全員で探し回ったが、確かに麗香の死体は見つからない。

 

「私たちは館を出歩く方がいないか見回っていましたから、廊下に出て歩いているのを見逃すはずがありません」

 

「俺もそうだ」

 

 間違いなく見落としはなかった。それに、部屋に一切の隠し扉は見当たらなかった。

 

「ええ。部屋に一切、隠し扉はありませんでした。

 

 ヱリカの手に、一瞬赤い刃が見えた気がした。

 何故か、ああそうなのだろうと納得する。絶対に隠し扉がないなどと言い切れないはずだ。それなのに、難儀な言い方だが、必ずありはしないと本能で理解したのだ。

それは全員が同じようで、やはり魔法を使った前当主の仕業だと声が上がる。だが、俺はそうではないと思っている。なにせ、ヱリカが、()()()()()()()()()()()のだ。昨日、あいつは言っていた。

 ──相手は私たちに魔法を認めさせようと必死です。クローズドサークルで密室殺人なんてする以上、第三者以外には犯行が不可能と全員に思わせなければなりませんからね。

 どうやら、ヱリカの推理は当たりのようだ。死体の消失。当然、ヱリカが動く。

 

「キンジさん、少しだけ、部屋に来てもらっていいですか?」

 

 

 俺達の部屋は、麗香が使っていたものと()()()()レイアウトだ。全ての部屋がこの部屋と同じ間取りだというのだから、筑波家というのはやっぱり相当な金持ちだったのだろう。

 

「この机、動かしてもらっていいですか」

 

 ヱリカが頼んできた。こいつってそんなに力がなかったかと不思議に思うが、なにか理由があるのだろう。力を入れて押してみるが──

 

「全然動かない……」

 

 両手で思いっきり押しているが、まったく動かない。

 

「この部屋以外の部屋の他の家具も同じです。動かないように固定されているんですよ」

 

「つまり、俺がやったのは最後の確認だったってことか。見たところ金具で固定されているみたいだが」

 

 俺達の部屋だけならともかく普段使う部屋までそうなのだから、必ず意味があるはずだ。

 

「それと、お前が尋ねておいてほしいと言っていたことだが、遺言状の内容は今回呼ばれた客の全員が知っていたらしい」

 

 そう伝えると、ヱリカは少し目をつぶって考え込んだ後、

 

「抜けましたよ、キンジさん。私の推理は完璧です」

 

 そう宣言した。




推理ものって難しいですね。


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不可能密室 解決編

蒼色の冷笑。


「では、推理を始めましょうか」

 

 大広間に全員を集め、ヱリカはそう切り出した。剣のように指を天井に上げ、たった一人にその指先を銃口のように向けた。

 

「告発します。あなたが犯人です」

 

 堂々と指し示したその相手は、

 

「俺、ですか」

 

 建築家、相模達樹だ。犯人と指摘された相模は戸惑っている。

 

「俺も現場は見ましたが、あの密室は人間業じゃない。俺達人間ができないのなら、先代、筑波宗次郎の仕業じゃないんですか」

 

 最初の反論に対して、

 

「ゲロカス妄想もたいがいにしてください。幽霊なんざいるわけないでしょう」

 

 淡々とした返し。

 

「では、真実を暴きますよ」

 

 ここからが本番だ。古戸ヱリカの推理が始まる。

 

君も言っていたように、隠し扉は存在しないんだろう?犯人はどうやってあの密室から脱出したというのさ

 

 最初にして最大の疑問。ここにいる全員が頭を悩ませたそれに対してヱリカは答える。

 

隠し扉ではないです。部屋の入口の扉を別の場所、湖に繋げただけですよ!

 

「待って、ヱリカさん。繋げたって、扉の先を湖にしたってことだよな。どうやったんだ。それこそ宗次郎さんの魔法でないと──」

 

 思わず口を挟んだ音楽家の湊さんの言葉を遮り、ヱリカは説明をする。

 

「簡単な話です。つまり、()()()は湖の中にあったんですよ。私たちが入ってきた館と()()()()()、湖の中の館がここです

 

 周囲がざわめく。当然だ。俺だって驚いたさ。密室なんてのは、誰かが意図的に閉じるものだと思ってたからな。

 

そもそもとしてこの館が閉じられているのは、ただの水圧!部屋はそれぞれ配電盤が備わっているので電気が切れて不審に思われることはない。魔法なんざありはしないんですよ」

 

「──っ」

 

 トリックですらない、ただの物理法則。どうやって閉じたかじゃない。この館は全て、はじめから閉じていたんだ。

 

「先ほどキンジさんが実演してくれたように、この部屋の家具はすべて固定されています。何せ部屋を館からずらしたときに動いていたら、この構造がばれてしまいますからね」

 

「ということは、シャワーを出していた理由って……」

 

 使用人の加藤さんも気づいたようだ。

 

「そう、湖の水が部屋に流れ込んだのを誤魔化すためだ。死亡推定時刻自体は大して重要じゃなかったんだよ。火のない所に煙は立たないから、無理矢理火を着けたのさ」

 

 俺も一手、詰めていく。案外探偵も向いているんじゃないか?

 

「グッド!そういうことですよ」

 

だからと言って、チェーンロックがある以上あの密室から人間が抜け出すことはできないだろう。あれは先代当主の犯行だ」

 

 この館の謎は解けたが、依然として密室は解けていないと迫る相模。

 

あの扉、一部は木製でして。水を吸えば、それなりにしなるようになっていましてね。チェーンを掛けたままでも人ひとりが抜け出す隙間くらいは作れるんですよ。死体も重りを付けてそこから出してしまえばいい。湖の底の館の、その更に底に沈んでいるなんて思わないでしょうからね

 

 それも全て解決していると、ヱリカは答えを返す。

 

「これを設計したのは相模さんだけです。どうやら麗香さんはこの館を見世物にしようとしていたみたいで。犯行の動機は、筑波宗次郎の魔法を守るためですかね」

 

 息を吐いて、集中する。

 

「日記、拝見させていただきました。筑波宗次郎は稀代の実業家でして、一部の界隈、確か、『イ・ウー』でしたっけ。そこではご自分を真の魔法使いと称して名を馳せていたようで、多額の融資も貰っていたようです。この館という魔法を見世物にしてしまったら、魔法は詐欺だったと見抜かれてこれまでの事業の融資も全て断られてしまうと考えていたのでしょうね」

 

「因みに、麗香さんが死んだ場合の彼女の会社の代表は、相模さんになるらしいですよ」

 

 これで詰みだろう。トリックに動機まで全て解明されたのだ。もうどうしようもない。相模はそれでもと否定するが、

 

「違う、俺はやってない。宗次郎さんが魔法で……」

 

「だーかーらぁー、魔法なんざありャしねーんですよォ!」

 

 一転、表情を柔らかくしてヱリカは微笑む。あれは勝者としての余裕とか、そういう表情だ。

 

「それでも否定なさるというのであれば。自分はこんな設計はしていないと、館にはなんの仕掛けもないのだと、さあ、高らかにお願いしますッ!」

 

 ここで相模が宣言すれば、ヱリカは容赦なく仕掛けを使ってみせるのだろう。相模が仕掛けを認めれば、つまり彼は罪を認めることになる。

 

「……クソッ、だがここの全員を殺せば、真相を知るものはいない!死ね、古戸ヱリカァ!」

 

 相模が扉へと走る。扉の仕掛けを使って俺達全員を溺れさせる気だろう。追い詰められた犯人が取る行動は大抵、真相の隠蔽に決まっている。

 

「させるかよっ!」

 

 ヱリカは動かない。ここからは俺の仕事だ。素早く相模に組み付いて、両腕を抑える。念のためにと持ってきていた手錠で両手を拘束し、確保。

 

「相模達樹、殺人及び死体遺棄の罪で逮捕する!」

 

「チェックメイトです。ただ部屋がそこに存在するだけで、古戸ヱリカはこの程度の推理が可能です。如何でしょうか、皆様方?」

 

 最後の一言。これで、事件解決だ。そうして仕掛けを見つけた俺達は地上の館へと上がって、外に出た。

 

「そういえば、さっきは散々魔法なんてないって言ってたが、なんでなんだ?」

 

 ふとそう思う。ヱリカがあそこまで丹念に否定するのは珍しい。

 

「単純に、超能力や魔法で思考停止されて、真実が覆い隠されるのが気に食わないだけですよ。なにせ私って、真実の魔女ですから」

 

 ヱリカはくすくすと笑う。

 

「なんだそれ。魔法が嫌いなのに魔女なのかよ」

 

 それに、真実を覆い隠すのが魔法なら、真実の魔女なんて矛盾している。

 

「ええ。魔法を殺すなら魔女に限ります。それに──」

 

 新手の冗談なんだろう。そうして俺達が歩きながら話していると、日の光が視界いっぱいに広がって──

 

 

「愛なんかがあるから、ありもしないものが、視えてしまう」

 

 声が聞こえた気がした。

 

 

 ──バスの止まる振動で目が覚めた。俺が降りるバス停まではあと少しだ。特にすることもなく車道を眺めていると思い出したが、ヱリカは自分の車を持ってたな。だいぶ高そうな車で、武藤が色々と言ってた気がする。貰いものだって言ってたが、誰から貰ったんだ?

 

 

 

 

 

 

 あの館でキンジと事件を解決した数日後、いくつかの日用品を買い忘れていたと気づいたので、私はコンビニまで行っていた。いくらお箸があっても、食事がなければ使えないのだ。

「そういえば、あの書類に書いてた『イ・ウー』って、どんな団体なんですかね」

 片手間に調べてみたが、それなりの情報しか出てこなかった。公式の団体ではなくて、私的な組織らしいということくらいだ。それにしては筑波へ渡していた金額はやけに多かったのが気になる。

 一応理子にも調べて貰ったが、何も分からなかったらしい。何か言いたそうにはしていたけど、情報が足りなくて推理はできなかった。大方、元の情報の出処だろう。

「それにしても、どうにかならないんですかね、この体質」

 事件あるところに探偵ありといえば聞こえはいいが、要は事件に遭いやすくなるということを意味している。愉しい知的強姦の機会が増えるのはいいことだが、たまには普通の休みも欲しい。

 超能力捜査研究科(SSR)の類のものみたいで、因果がどうだのといった説明を受けた。要約すると、悪運を引き寄せているらしい。正直、超能力捜査って名称は途轍もなく気に入らない。

「第二条に真っ向から喧嘩売ってますよね」

 ノックス第二条、探偵方法に超自然能力を用いてはならない。()()が見たらきっと呆れるだろうと思いをはせる。そうして夜道を歩いていると。

 

「古戸ヱリカだな。私は、いや我々はお前に用がある」

 

 氷のような銀髪の少女と出会った。




もう少しだけ過去編です。


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煉獄の──

遅くなりました。


 用がある。そう言って私の前に立った少女は、自らを『魔剣』と名乗った。

 

「『魔剣(デュランダル)』?ああ、最近話題の人攫いですか。それが何の御用で?」

 

 まあ、大方私の持っている金が目的だろう。どこから情報が漏れたかは知らないが、そのくらいはできる相手と承知している。それか、私自身の事件に遭いやすい体質。これは超能力と言えなくもないでしょうけど、それなりに珍しいのかもしれない。だが、返ってきたのはそんな想像より少し上の答えだった。

 

私に続け(フォロー・ミー)、ヱリカ。教授(プロフェシオン)はお前を、『真実の魔女』を地獄から連れ出せる」

 

 英語にしては違和感のある訛り方の発音の後。一拍、その場を沈黙が埋め尽くす。ああ、無理だ。そんなことを言われてしまえば、私はこうせざるを得ない。『教授』とやらもわかっているだろう。なにせ、私は──

 

「お断りします。むしろあなたの、いえあなた方の親玉の『教授』とやらの正体を暴いてみたくなりましたから」

 

 探偵なのだから。魔剣が超偵を狙っているのも『教授』とやらのまとめ上げている組織、おそらくは例のイ・ウーのためだろう。超能力と魔法使いと奇麗に符合する。それほどまでに強大な組織を作り上げるのには、相応の目的があるのだろう。知的強姦者としても探偵としても、そんな格好の獲物を見逃す方が不出来だ。

 後方に跳ぶと同時に、懐に仕舞っていた杭を投擲する。直後、私の立っていた場所が凍り付く。

 

「無駄な足掻きだ」

 

 『魔剣』は私の投げた杭を銃剣で弾く。カラカラという音とともにそれは明後日の方向に飛んで行った。『アレ』は切り札である以上、ここで切るわけにはいかない。もう一度後退しようとして、片足が氷におおわれていることに気づく。おそらく、避けきれなかったのだろう。おそらく凍傷をしていないのは幸運だ。

 

「ふん、確かにお前は探偵だな。戦闘は得意でないと見えるぞ。殺しはしない。少し眠ってもらうだけだ」

 

 これで私の打つ手はなくなった。つまり──

 

「いやあ、持っててよかったですよ。たかが文鎮だと思っていましたが、それなりには使えるじゃないですか」

 

 仕込みもこれで十分だということだ。

 『魔剣』が振り上げた右肩には、目論見通りに一本の杭が突き刺さっていた。戦人さんから一本だけ借りていた、鋭いアメリカ産の文鎮(煉獄の七姉妹)。どうやらある種の超能力(ステルス)を持った物体らしく、理論上相手に突き刺さるのであれば必ず当たるらしい。眉唾物ではあるが、有用性だけは確かだ。まったく、私の専門外で、トリックも何もあった物じゃない。探偵としてなるべく使いたくはない、忌々しいものではあるが、有用なことには変わりない。特に、こんな何でもありの超能力者相手には。

 

超能力(ステルス)、いや、この意匠は悪魔(ディアブル)か。忌々しい」

 

 舌打ちが聞こえる。思ったよりも効いていなかったみたいだ。その分収穫はあったけれども。

 それについての思考は後回しと、今のうちに奥の手を少しだけ取り出して、足を覆っていた氷を砕く。相手はこっちを注目していなかったので、こちらの手札を見られなかったのは幸いだ。 

 とはいえ相手は犯罪者で、私は武偵というより探偵。敵の方が戦闘者としては上だ。すぐさま杭を抜いて応急手当をした『魔剣』は背後に手をやるが、何をするでもなく殺気を解く。

 

「これ以上お前(探偵)に手の内を晒すのは得策ではないな。ここは一度退こう。だが覚えておくといい。『教授』ならばお前の理解者になれる」

 

「理解者なんて必要ないですよ。フランス訛りの、悪魔を嫌う魔剣使いさん。エクソシストか聖女サマでもやってらっしゃいましたかぁ?」

 

 顔をしかめ、返答はない。聖女の部分でより一層顔をしかめていたのは不用心だと思いつつ、さらに情報を与えてくれたことは思わぬ収穫と喜ばしい気持ちになる。

 となると正解か。フランスで聖女と言えばジャンヌダルクが真っ先に出てくるが、さて、どうなんだろう。今までの経験則からして、この手の人間はそれこそ何でもありだ。実は生きていた有名人の子孫だったなんてことはざらにある。悪魔に吸血鬼、それに魔女に至っては散々目にしてきた。無言で立ち去っていくあたり、相当に図星と見える。まあ、少なくとも、彼女は犯罪者なのだから、今現在は聖人でないことは確かだろう。先祖がどうであれ。

 

「さて、どうしたものでしょうか」

 一度退くということは、また何かの形で接触してくるのだろう。ここまであっさりと撤退するとは思わなかったが、『教授』とやらに何かしら言われていたのだろうか。もう少し情報を引き出したかったのだが、そういう点では相手の方が上手と感じる。それにしても──

 

「おなか減りましたねぇ」

 

 そもそも、夕食を買いに出かけたのに戦闘する羽目になるとは思わなかった。疲れ切っていて、料理をするのも本当に面倒くさい。

 

「刺身、高いんですよね」

 

 少し切り分けて、箸で白米に乗せる。手軽でいて美味な日本食として気に入ってはいるけれども、値段の高さについては少し厄介に思っていた。いくら収入があっても、値段を見て多少は躊躇するものだろう。金銭感覚については、探偵自体が不安定な収入である以上、そう簡単に変わるものではない。そういえば、今着ている制服も傷だらけだった。買い物に行く前に、一度家に帰らないと。きっとそのまま寝てしまうんだろうと予測して、家路についた。

 

「っ──痛い」

 

 氷漬けにされて、動きにくい足を引きずりながら。そういえば、こういう荒事はめっきりキンジさんに任せていたんだったと思い出す。以前までは親友と組んでいたし、信用できる相方は便利だけれども、些か頼り切りになっていたかもしれない。

 

 

 

 ──そんな、事件とも言えない荒っぽい邂逅が、昔あった。そんなことをふと思い出して少し不愉快になる。武偵殺しなんてビックネーム、あのフランス人が目をつけていないとは思えない。イ・ウーに勧誘している、もしくは既に仲間だったのだろう。それに、覚えておくといいとまで言っていたのだから、おそらく魔剣はまた私に会いに来る。なんとなくそう考えて、根拠のない思い付きと一蹴する。

 そういえば、あの時はキンジさんが武偵を辞めるとは思っていなかった。まあ、私は探偵だ。過去を推理して未来の犯行を防ぐことはあっても、はじめから未来を予測して事件そのものを防ぐような真似はしない。結局、私には向いていないことだし、そもそも、そんなことは探偵の領分じゃない。むしろ黒幕とでもいうべき手合いのすることだ。

 

「さて、今日やるべきことは終わりましたし」

 

 箸の手入れはとっくに済んでいて、SNSやメールの確認も速やかに終わらせている。特に目新しい連絡もなく、穏やかな食後の時間が訪れた。

 そう、何もない穏やかな時間だ。普段なら事件に関わっていて推理の最中であったり、事件が起こるだろうと見当をつけて張り込んだりしているのだが、それもない。武偵として活動するようになってからは久しぶりの休みといってもいいだろう。なにやら近所でドタバタと音がする気もするが、武偵高校自体が変人の集まりだ。誰かが暴れたりしている程度のことでわざわざ騒ぐほどでもない。

 

「キンジさんですかね」

 

 女運のあり過ぎる知り合いが原因だろうと見当をつけてベッドに向かう。見ていて退屈しないのも、彼の面白い部分の一つだろう。彼はきっと今日も明日もろくな目にあわない。そんなことを思いながら目を閉じていると、いつの間にか意識は沈んでいた。

 そういえば、あの文鎮はまだ持っていた気がする。どこに仕舞ったのだったか。

 

 

 ──カタカタと、音がした。




ひぐらしのアニメが始まったので。


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もしくは簡単な推理

忘却の深淵から帰りました。


 

 探偵科には、ある種の言い伝えというか、伝統がある。それが、"探偵科で頼るならAランク"だ。その理由については、探偵科のSランクこと古戸ヱリカと事件を一つ経験すればわかるだろう。武偵高校では一番マトモな探偵科といえど、所属する人間がマトモかどうかは別だった。

 

「あー……アリアさんですかぁ……」

 

 そんなわけでまあ、知的強姦者を自称している私に話しかけてくる人はいない。実力差というより、近寄りたくないという気持ちの方が大きいのだろう。SSRには、別の理由で避けられているが。そんな中、切実な理由なく私に話しかけてくる数少ない人間の内の一人が、キンジさんだった。

 昼のちょっとした時間、ネットで知り合った友人にチャットを返しつつ、キンジさんの相談に少し考える。女嫌いなのに平然と話しかけてくるあたり、私を女として見ていないのだろうか。

 まあ、一晩中同じ部屋にいながらずっと隣の部屋の壁に聞き耳を立てていたりしている女には、ロマンスも興奮もあったものじゃないかと納得する。

 

 アリアについて記憶を探ってみるが、ロクな思い出がない。幸いなのが、探偵寄りのスタンスな私と現場に強襲する彼女が会うことは極めて少なかったということだろうか。以前、ちょっとした事情で滞在していたヨーロッパで何回か同じ事件を担当したが、なんというか──相性が悪かった。そして妹の方は、推理を得手とする探偵故に同じ事件になることそのものが無い。言ってしまえば、名探偵二人を同じ事件に宛がうよりも別々の事件二つを解決させた方が効率がいいのだろう。だから、妹の名前がメヌエットだということは知っているが、それ以外は全く知らない。まあ、推理する気もない相手のことはいいだろうと、キンジさんの聞いてきたことに答える。

 

「強いですよ。戦闘者としては格段に」

 

 武偵ではなく戦闘者と言ったのは、もちろんわざとだ。武装()()を名乗るなら、勘に理屈を伴わせてほしい。ワトソンというには犯人を当てる勘の良さを持っているし、ホームズというには推理が足りないと中途半端な性能をしていた。

 

「あと、私が"真実の魔女"という二つ名があるように、双剣双銃の二つ名がありましたか」

「あ、お前の二つ名ってそれだったか」

 

 知的強姦者とか変態とか色々あったからな……。そう言ったキンジさんの呟きをスルーして話を続ける。

 自慢じゃないが、高性能なボイスレコーダー並みの聴力を自負しているのだ。目の前の難聴系とは違う。

 

「というか、そういうことを積極的に聞きに来るなんて珍しいですね。てっきり状況に流されていたらいつの間にか動かざるを得なくなって、やれやれと言わんばかりに事件に乗り出すのかと」

 

 やれやれというか、キンジさんの体質(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)で情報を点と点を線に繋がるのだろう。まあ、私はあの状態のキンジさんが好きじゃないが。無自覚にそういう言動をしたせいで十七人が死ぬかもしれない事件の発端となった男を私は知っている。危うく関係ない私を巻き添えにして爆死する羽目になりそうだったのだ。

 

「……まあな」

 

 それはともかく、キンジさんがやる気を出しているのは以前の推理によるものだろう。大方、私以外の──理子さんあたりにでも同じようにアリアについての情報を頼んでいるはずだ。

 

 

 

 

 さて、考えを巡らせるのは現状について。普段なら並列思考程度は余裕にこなせるが、今の作業──チャットの返信はかなり頭を使っていた。正直に武偵をやっていると話すのは無警戒にすぎると偽の経歴を名乗っているが、おそらく相手もそうだろう。それも巧妙に隠していて、ふと漏らしたかのような日常の情報はバックストーリーに矛盾がなく構成されている。チャットの返信時刻やオンライン状態の時間から考えて、イギリス在住。()()()()()()()()()()()()らしいが、それを言い出してから辻褄を合わせているように感じる。おそらくそれ自体は咄嗟の嘘。ただ、私のような探偵にしかわからないくらいの違和感だったが。

 話していて楽しいのは本心であり、そのうえで互いに銃を突きつけ合っているような感覚。別のことをこなしながらでは、下手を打つ可能性があった。よって、心苦しいがチャットを中断する。

 

「……金があればできることが増える、というのも複雑な気分ですね」

 

 通話状態を保った、十数台の携帯電話に異音が無いかを確認する作業。おそらく徹夜になるだろうそれをこなしながら、並行して思考を巡らせる。

 犯人がキンジさんと同じクラスメイトと推測できる以上、今までのように理子さんも容疑者だ。

 

「こういうのも全部ひとりでやるのは、意外と久しぶりです」

 

 そういえば、イ・ウーという単語が出てきたので、関連がありそうな魔剣(デュランダル)について正体を推理しておこうと思う。

 現状、フランス圏ということは分かっている。デュランダルといえばローランやヘクトールといった騎士道物語の人物が思い浮かぶが、以前に見せた悪魔に眉を顰める態度からして、なにかしらの聖職者の子孫と考える方が妥当だろう。そして、そのうえで聖女と言われたことへの態度から、先祖は一度魔女狩りか魔女として認定されていると考える。

 ローランのデュランダルには、柄にいくつかの聖遺物が収められているという言い伝えがあったはずだ。右代宮家の書庫で目にした覚えがある。

 となれば、逆説として聖遺物が有名な聖人やエクソシストではないと推理できる。聖ジョージであればアスカロンというように、特定個人に結び付く物であればそれに執着するはずだ。そうでなければ縁のない剣の名前を通称にすることはないだろう。

 よって、物質的な逸話の無い、戦功で名を遺したと推測。そのうえで、彼女の訛りやデュランダル──シャルルマーニュ伝説の範囲であるフランス圏内なら──

 

「ジャンヌ・ダルクですかね」

 

 ……情報が足りてしまった。今は武偵殺しを追っている以上関係はそれほどないけれど。

 

 ──青の弾丸が、フリントロックの拳銃に装填された。



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