そういうとこだぞ北条!! (パンド)
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例えばこんなモノローグ

 

 

 

 北条加蓮の話をしようと思う。

 そう、北条加蓮だ。

 ネイルが趣味で、髪型を気分次第でコロコロ変える、ポテトが大好きな──少女である、北条加蓮の話。

 負けず嫌いで、素直じゃなくて、一途で頑張り屋な──アイドルである、北条加蓮の話。

 語り部である俺が言うのもなんだが、語る側の俺が言うのもなんだが、中々に数奇で奇跡的な道を歩いてきた、北条加蓮の話を。

 奇跡なんて言葉は、本人は嫌がるかも知れないけれど。

 北条加蓮の、これまでの話をしよう。

 北条ってやつが、どんな風に北条になったのか。

 成るべくして成ったのか。

 アイドルになったのか。

 そんなことを語っていこう。

 語り尽くして、語り明かして、語り残して──大きな痕を残していこう。

 遠くからでも、よく見えるように。

 見逃すことがないように。

 一言では語れない北条の人生の、一年間にスポットライトを当てて、彼女が中学三年生だった頃の話をしよう。

 北条にとっては劇的で、喜劇的で──悲劇的だった、彼女が生まれ変わった一年間の話を。

 語り部が俺であることに一抹の不安を抱いたかも知れないが、その不安は酷く正しいと俺自身も思うけど、話の全体像を把握しているのは、きっと俺しかいないから。

 本当はもっと語るに相応しい人間がいるんだってことは分かっているけれど、なんなら北条自身に自分自身について語ってもらいたいところなのだけれど、山々なのだけれど。

 今回だけは、俺が語ろう。

 うん、前置きはこれくらいでいいだろうか。

 まず最初に、場所について話したい。

 物語の舞台、いつもの場所。

 北条加蓮という、一人の女子について話すとき、または一人のアイドルについて語るとき、切っても切り離せない場所。

 本人は普段から話題から切り離しているし、伝える必要がある時だって、話す相手を、語る相手をしっかり考えているけれど、だから彼女とあの場所の関係を知らない人間の方が、この世界には圧倒的に多いのだけれど。

 でも。

 それでも。

 そうだとしても。

 彼女にとって切り離せない、切り捨てられない場所がある。

 俺が語る北条加蓮の物語は、あそこから始まる。

 あの、409号室から。

 北条加蓮の、そしてある意味では俺とあの人の物語が。

 あの日のことは、昨日のことのように──までとはいかないが、よく覚えている。

 北条もきっと、まぁ本人は忘れたいと思っているかも知れないが、覚えているに違いない。

 俺と彼女が、初めて会った日。

 俺が、北条加蓮に出会った日。

 

 そこから話を始めるとしよう。

 

 

 

 



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そういうとこだぞ──!!

 

 

「お、おじゃましまーす」

 

 ドアを開けると、部屋はとても静かだった。

 あまりに静かで、ドアの閉まる音すら場違いだと思えるくらいには。

 俺が部屋へ踏み入り、足音が鳴っても、なんの返事もない。無反応の無応答だ。

 呼ばれて来た身としては、少なからずリアクションがあるものだと思っていので、なんというか拍子抜けである。そこまで広い部屋でもなかったので、お目当てのもの──というか呼び人はすぐに見つかった。

 視線の先にはベッドがあって、白いシーツの敷かれたその上に、一人の人間が横たわっている。

 性別は女性。

 白過ぎる肌は蛍光灯に照らされ際立ち、明るい茶髪が肩口まで伸びていて、毛先には緩いウェーブ。

 目蓋はピッタリと閉じており、彼女が眠っていることは誰の目にも明らかだった。

 ……人のことを呼び出しといて、呑気に寝てくれちゃってまぁ。

 

「おーい、来たぞー」

「…………」

 

 とりあえず呼びかけてみた。

 ……返答なし。

 俺の声が届いた気配もなく、睫毛の一本も動きやしない。完全に熟睡してるなこれ……仕方ない。

 

「おいってば」

「…………」

 

 そう言って、ユサユサと軽く肩を揺すってみる。

 ……またもや返答なし。

 普通の人なら目を覚さないまでも、眉間にシワを寄せたり、喉を鳴らしたり、なにかしらの反応を見せてもおかしくないのに、全くの無反応であった。

 

「…………」

「…………」

 

 無言でもう一度肩を揺する。

 仰向けになっていた首が、コテっと横に倒れた。

 でもそれ以外は無応答で、無音だ。

 俺が黙ると、部屋には最初から誰もいなかったように、ただただ静かだった。

 聞こえるのは自分の呼吸音くらいで……あれ? おかしい、それはおかしいぞ。

 なにがおかしいって、聞こえる呼吸音が俺のだけだってとこだ。寝てる人間だって呼吸はする、むしろ意識がない分、無意識に規則正しく呼吸をするはずなのに、それらしき音がしない。

 これじゃあまるで。

 

 ──まるでこの部屋に、呼吸をする人間が俺しかいないみたいじゃないか。

 

 嫌な予感とともに、俺はそいつの胸元を見た。呼吸をしているのなら、肺の運動に合わせて、上下に動いているはずの胸元を。

 動いてない。

 ピクリともしない。

 時が止まってしまったように、その胸は沈黙している。

 

「……うそ、だろ。なぁ、しっかりしろって!!」

 

 慌てて肩に触れ、声をかけるがやっぱり反応してくれない。

 今になって見てみれば、穏やかな顔はこの世に未練のない風に見えなくもなくて。

 呼吸が荒くなる。

 呼吸をしていない彼女との帳尻を合わせるように、酸素を取り込もうと肺が必死になる。そんなことをしたって、なんの意味もないと分かっていても。

 でもなんで、こんな急に。

 おかしいだろ、どうして……いや、今は早く助けを呼ばないと。

 隠しきれない動揺を押し殺し、俺は助けを呼びに行こうとした。まだ間に合うかもしれない──違う、絶対に間に合わせる。

 そう決意して、俺は部屋を出ようとした。

 出ようとして、ベッドに向けていた左手を掴まれて思い切りつんのめった。

 急なブレーキに旅立とうとする上半身を、気合いでなんとか押さえ込む。

 ……は? どういうこと?

 振り向くと、鳶色の瞳と目があう。

 そして、瞳の持ち主は俺に向かってニカっと笑い、屈託のない笑顔で言い放った。

 

「いぇーい、ドッキリ大成功!!」

 

 ドッキリ、大成功。

 投げかけられた、その言葉の意味を咀嚼する。一回噛み締めるたびに、荒れていた呼吸が落ち着いていく。

 あぁ、そういうことか。

 俺は察した。

 つまり、こいつは死んだフリで俺に一杯食わせたわけだ。ご丁寧に呼吸を止めて、気づかれないように文字通り息を殺して。

 ははぁーん、そうかそうか。そうやって本気になって慌てた俺を見て、密かにほくそ笑んでいたわけだ。

 やってくれたなこのチクショウ。

 そして俺は、こんなしょうもないドッキリに付き合わされて怒り心頭の俺は、自由になっている右手で手刀の構えを取り。

 

「あっ、ちょ──」

 

 問答無用に、その能天気な脳天目がけて振り下ろした。

 いや本当、そういうとこだぞ──!!

 

 

 

 



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そういうとこだぞ姉ちゃん!!

 

 

 プシューッと、客を下ろし終え乗せ終えたバスはそんな音を鳴らしドアを閉め、窮屈そうにバス乗り場から走り去っていく。

 3月末日。

 中学生最後の春休みが終わりを迎えようとしている頃、俺は都内の某病院を訪れていた。

 といっても、俺は至って健康体であり、これといって身体的な不自由があるわけでもない。

 晴れて中学3年生になり、学校の健康診断でよろしくない結果が出た日にはお世話になるかもしれないが、今日のところは医者要らずだと言える。

 なので俺の目的は診察を受けることではなく、そして特別な事情があるなんてこともなく、単なるお見舞いであった。

 そう、お見舞い。

 この病院に入院している、正確には数日前に地元の病院から転院した、姉のお見舞いだ。

 俺自身こちらに越したばかりで、明日から通う予定である中学校の下見やら、新しい家の整理やらで忙しく顔を出すのが遅れていたところ、姉からの催促がメッセージアプリに届いたのである。

 曰く、新しい看護師が厳しいだの。大部屋から二人部屋になったと思ったら、同室の子がめちゃくちゃ可愛くて昨日はほとんど寝られず寝不足だの。ざっくりそんな感じの文章がつらつらと書かれており、最後はおまけのように早くお見舞いに来いという一文で締められていた。

 いや知らん、眠いんだったら寝てくれ。というかお隣さんに迷惑をかけるな。

 しかし、流石に無視するわけにもいかず、元より行く予定ではあったので、こうしてバスに乗って病院まで来たわけだ。

 しかし、まぁ話には聞いてたけれど、実際来てみると。

 

「……でっか」

 

 でかいな、新しい病院。

 想像の3倍くらいでかい。

 地元の病院も県では1番の大きさだったのに、これと比べられたら豪邸と一般住宅だ。

 バス停から入り口までのそこそこ離れているし、そこから見える……これは庭ってことでいいんだろか、暫定庭も広々としていて、レンガの敷かれた道には、たくさんの人が歩いている。

 東京って凄いんだな……

 とはいえ、いくら広いとはいえ、1分も歩けばそこはもう入り口だ。

 二重になった自動ドアを通り過ぎて、ロビーに足を踏み入れる。そこもまたわけの分からない広さで、俺は目を白黒させながら受付カウンターを探す。

 幸いカウンターは、当然といえば当然ながら目につきやすい場所にあったので、すぐ見つけることができた。

 病院特有の雰囲気にソワソワしながら列に並び順番が回ってくると、受付のお姉さんは聞き取りやすい穏やかな声で。

 

「おはようございます、御用件をどうぞ」

「えっと、お見舞いです。姉が入院してて」

「お見舞いですね。お名前をうかがっても宜しいですか?」

「はい──浮島(うきしま)幸太(こうた)です」

「……ご家族のお名前をうかがっても宜しいでしょうか?」

「あっ、えっと……」

 

 終わった、俺はこれからこの病院の受付で『聞かれてもないのに名乗った小僧』として語り継がれていくんだ……そうだよな、普通に考えれば誰の見舞いに来たのかの確認に決まってるのに。

 気落ちしたまま姉の名前を伝えると、4階の409号室が目当ての部屋だと教えてくれた。

 中央の階段を使って4階まで上り、案内図に従って409号室のある廊下へと向かう。

 にしても、さっき名乗った時の、お姉さんの苦笑いをどうにか押さえ込もうとしていた顔を思い出すと、これから病院に来るたびさっきの失敗を想起しそうで、俺は早くも勝手な苦手意識をこの病院へ抱いていた。

 ──なんて、考え事をしていたのが不味かった。

 

「──っとと、すみません」

 

 廊下の突き当たり。

 T字になってる箇所を右折しようとした俺と、右側から歩いてきた少女の進路が重なりかけたのだ。

 黒髪の少女だ。

 二の腕辺りまで伸ばされた髪はボサボサで、前髪も好き放題に伸びているため今の角度だと目がよく見えない。

 背格好からして同い年くらいだろうか。

 とっさに避けられたはいいものの、不注意だった自覚もあった俺は素直に謝った。

 

「…………」

 

 すると少女の顔がこちらを向き、俺はようやっと彼女の瞳と目があった。

 鳶色の、大きな瞳。

 驚いたせいで見開かれていたのであろう目は、どんどん閉じられていって、ほぼ半開き状態で止まる。

 とても無気力で、無関心な瞳だと俺は思った。誰にも、そして何にも期待していない、そんな瞳。

 地元の病院にも、こういう目をした人がいたのを覚えている。

 少女はほんの数秒だけ俺を見て、元からほとんど無かったような興味を完全に失ったらしく、なんの返事もせずに廊下の向こう側へと去っていった。

 静かな廊下に一人取り残され、ちょっと気不味い。俺の前方不注意が原因ではあるんだけど。

 気を取り直して、今度こそ右に曲がって409号室を目指す。407、408……お、ここか。

 廊下の突き当たり、奥まった場所に409号室はあった。

 確か二人部屋になったんだったか。

 お隣さんに悪印象を与えないよう、俺はノックをした上で──

 

「お、おじゃましまーす」

 

 ゆっくりと、409号室のドアを開けた。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「いたーい!! 幸太が殴った!! 暴力反対だよっ、この低身長!! 155cm!!」

「身長のことを言うんじゃねえ!!」

 

 俺は躊躇なくもう1発手刀を喰らわせた。

 悪いか?

 中学生3年生にもなって155cmしかないのは悪いことなのか?

 このバカ姉、お見舞い初日から下らないドッキリを仕掛けた上に言ってはならないことを、それを言ったら戦争だろうが……っ。

 

「ぶったね……二度もぶった……親父にもぶたれたことないのに!!」

「某モビルスーツアニメの名台詞を逆ギレのために使うな、しかも微妙に誤用だし……」

「こんなことするなんて、親の顔が見てみたいっ」

「あんたの親と同じ顔だよ!!」

 

 そういやそうだね。と、ゲラゲラ笑う姉──浮島(うきしま)真莉(まり)の平常運転っぷりに、俺は早くも体力の限界を感じていた。

 この姉は昔からこうなのだ。

 元気だった頃は俺を引きずり回して町内の公園を征服しようとしたり、入院してからは大部屋の姫として君臨し好き勝手、転院して少しは大人しくなるかと思えば、病人の死んだフリとかいう一ミリも笑えないドッキリを容赦なく仕掛けてくる。

 書いて字の如く病的に白い肌、俺も人のことを言えないが派手な茶髪は手入れが行き届きサラサラしてて、加えて我が姉ながら顔が良いせいで、周りの人は父さん母さんを筆頭として皆んな姉に甘い。

 だからその分、こうして俺が厳しくしているのだ

 決して身長が174cmもある姉への当て付けではない。ないったらない、ないから10cmくらい寄越してくれ。モデルかよ。

 なにが悲しくて姉に19cmも高いところから見下ろさなければならんのか。

 神様ってやつは不公平である。

 

「つーかマジで止めろよな、こっちの心臓が止まるかと思ったわ」

「いや、あの……心臓を患ってる人の前でそういう発言はどうかなーって……」

「いっぺん止めてやろうか!!」

「ちなみに今のは高槻やよいちゃんの真似だよ」

 

 いや知らんし。

 テレビを見てことあるかも知れないけど、写ってるときに言ってもらわなきゃ分からん。

 

「で、どうよ新しい病院は」

「んー、病院食はこっちのが美味しいかも。けど看護師さんがちょっと厳しい人なんだよねぇ、こう理詰めしてくるというか」

「姉ちゃんにはそのくらいが丁度いいと思う、だいたいもう二十歳(ハタチ)になるんだから、落ち着きってやつを──」

「歳のことを言うなぁー!! 私はウサミンみたいに永遠の10代でいるんだから!!」

「ええい、見苦しい!!」

 

 両肩を揺すってくる姉を振り解き、ベッドに押し戻す。ったく、歳のことを言われたくない歳でもないだろうに。

 しかし厳しい看護師さんか。

 楽天家な姉が他人を厳しい人と評すのは珍しいけれど、そういうからには中々の人物なのだろう。ぜひ仲良くしたい。あわよくば自由奔放が過ぎる姉の抑止力になって欲しい。

 

「あっ、でもね、同じ部屋の子がちょー可愛いんだ」

「そういやそんなこと言ってたっけ」

「うん、おかげで昨晩は悶々して寝られなくって」

「さもお隣さんに責任があるような言い方してるけど自業自得だぞ?」

 

 姉は可愛い子が好きだ。

 恋愛対象という意味ではなく、可愛い子を愛でることが大好きな、変態という名の淑女なのである。

 でも18歳の誕生日、隣のベッドにいた女子中学生に膝枕をしてもらっていた姉は、普通にやべー奴なんだと改めて再認識させられた。

 そんな姉と二人部屋……顔も見たことのないお隣さんに、俺は早くも憐憫の感情を抱いていた。どうか強く生きて欲しい。

 

「いやー幸太も会わせてあげたかったんだけどなぁ、次の機会に期待だね」

「そうかい……んじゃ明日、当面の着替えやら何やら持ってくるよ」

「ん、ありがと」

 

 この辺りはもう慣れたもんだ。

 俺も、そして姉も。

 入院生活が始まって早くも5年目、姉は長期入院における心得を知っているし、俺もそれを支えるのに必要なことを弁えている。

 だから、大丈夫。

 きっと新しい生活にもすぐ慣れる。

 これだけ大きな病院で診てもらえるのだから、いつか無事に五体満足で退院できる日も来るだろう。

 そしたらまた、家族四人で一緒に。

 俺はその日を──

 

「あ、加蓮ちゃんおかえり!!」

 

 声がデカい、病人のくせに声も態度もデカいんだこの姉は。

 そして姉のデカい声に驚きつつ、振り返る。

 はたして、そこには一人の少女がいた。

 ボサボサの黒髪が目立つ、病院で買ったのであろう白い無地のパジャマを着た女の子。

 というか、さっきすれ違った女子だった。

 あぁ、この人が姉のお隣さんなのか。まいった初対面の前からやらかしてるぞ俺。

 少女は先ほどと同じように、無気力な瞳で俺たちを見る。興味のない、無関心な瞳で。

 

「ねぇねぇ加蓮ちゃん。紹介するねっ、弟の幸太だよ。幸太、こちらは北条加蓮ちゃん!!」

 

 姉に振られて、俺は姿勢を正す。数分前の失態を挽回すべく、ちゃんとした挨拶をしなければと。

 

「あの、初めまして、浮島幸太です。うちの姉がご迷惑を──」

「うるさい、静かにしてよ……私寝るから、邪魔しないで」

 

 気怠げにそれだけ言って、黒髪の少女──もとい北条さんはベッドに入ると、布団へ潜り込んでしまった。

 

「ね? 可愛いでしょ?」

「どうなってんだあんたの判断基準」

 

 小声で自慢げにドヤ顔を披露してくる姉に、俺は同じく小声でそう返す。

 毛虫みたいな髪に阻まれてよく見えなかったけど、確かに顔のパーツは整っているようにも見えたけど、可愛くはあっても可愛げはないだろ。

 びっくりだよ、挨拶の途中であんな風にバッサリ切り捨てられるとは思わないじゃん。

 ちょっと心にくる。

 

「私の可愛い子アンテナが過去最高にビンビン反応してるんだもん、加蓮ちゃんは20年に一人の逸材なんだってね」

「そりゃアンテナが出来てから20年なんだからそうなるって」

 

 というか壊れてないかそのアンテナ。

 呆れ顔でそう言うと、それでも姉は鳶色の瞳を輝かせて。

 

「私があの子を、ピカピカに磨き上げて見せるっ!!」

「いや、誰目線なんだよ姉ちゃん……」

 

 アイドルのプロデューサーにでもなったつもりかよ、いやプロデューサーの仕事とか知らんけどさ。

 姉のお見舞いに来るたびにこんな調子だと思うと、胃が痛い。なんとか関係の改善に努めて欲しいところだが、この様子だとそれも難しそうだ。

 結局その日、俺が引き上げるその瞬間まで、北条さんが起きることは一度もなかった。

 

 

 

 



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そういうことかよ渋谷

 

 

 

「起立──礼っ」

 

 日直の号令でクラスメイトが頭を下げる。

 もちろん俺も下げる。

 そして顔を上げると、終礼の済んだ教室はガヤガヤとした喧騒に包まれていた。

 そそくさと帰る者、部活動に向かう者、周りの友達と駄弁る者。

 あとは、掃除当番だけど中々皆が帰らないから待ちぼうけている者──つまりは俺だ。

 中学校3年生の初日は、思っていた以上に普通だった。俺は転校生だけれど、引っ越してきたタイミングがタイミングだ。これが学期途中であればクラスメイトの前で挨拶なんかしていたのかも知れないが、今日は一学期の始まりである。

 同級生が300人近くいる学校で全員の名前を覚えている奴なんていないし、転校生がその中に混じったところで、クラス替えという名のシャッフルが行われた後じゃ大して目立たない。

 別に目立ちたいって願望があったわけではないけれど、劇的な展開を望んでいたわけでもないけれど、まぁこういうもんだよな。

 強いて言うなら、クラスメイトは大抵過去2年間にできた友達や部活仲間との小さなグループに分かれていて、割って入れる隙間を見つけられなかったことくらいか。

 このままだとぼっちルートに入ってしまう。

 いや、どうせ放課後は姉のところに行くので、そんなに友達に飢えてるって話でもないが……うん、寂しくなんてない。

 そう思いながら何気なしにスマホを開くと、メッセージアプリに姉からの連絡が来ていた。

 

『ねぇ幸太、花買ってきてよ。花瓶に入れるやつ』

 

 どうした急に、今までそんなこと言ってこなかったろ……いや、というかだ。

 

『お見舞いに花ってNGなんじゃないの?』

 

 確か花にアレルゲンが含まれている可能性があるとかなんとかで、地元の病院だと禁止になっている──という話を、姉と同じ大部屋に入院していたおっちゃんから聞いたことがある。

 

『今のとこは大丈夫らしいよ、後藤さんが言ってた。あ、後藤さんっていうのは新しい看護師さんね』

『ふーん、そうなんだ。分かった、なんか適当に買ってくよ』

『適当はダメですー、スマホで花のこと調べるのも禁止っ!!』

 

 おいおいハードルを上げるんじゃない。

 しかも俺がやろうとしていたことを的確に潰しやがった、花のこととか全く分からないんだけど。

 

『幸太の想像力に期待します──以上』

 

 以上、じゃないが。

 どうしよう……流石に花屋の場所を調べるのはありだよな? スマホを開いてマップを検索すると、幸いなことに15分ほど歩いた場所に花屋があることが分かった。

 よし、これなら寄れそうだ。

 そろそろ教室も空いてきたし、まずは掃除を済ませるとしよう。

 

「なぁ、えーっと……浮島だっけ? 浮島も掃除当番だったよな」

「ん? あぁ、そうだけど──」

 

 掃除用具の入ったロッカーに近づくと、クラスメイトの一人が声をかけてきた。名前は確か……向こうが覚えているのにこちらが間違えるわけにはいかんと、俺は必死に脳みそから記憶を絞り出す。

 体格が良いスポーツ刈り、身長は177cmはあると見た。羨ましい。

 そうだ、思い出した。

 

「後藤、で合ってるっけ?」

「おう、合ってる合ってる。俺野球部だからさ、早めに終わらせたいんだよなー。浮島はなんか部活やってんの?」

「いや、帰宅部。てか部活なら行ってきてもいいよ、今日は大して汚れてないし」

 

 始業式の今日は授業らしい授業もなく、そういう理由で床には然程ゴミも落ちていないし、なんなら黒板も綺麗だ。

 掃除当番は男女二人ずつの当番制であるが、俺と後藤が今日の担当だったことから分かるように、出席番号順でなく無作為に選ばれている。それはさて置き、このくらいならもう俺一人で片してしまってもいいくらいであるのは事実だ。

 

「マジで?! めっちゃ助かるけどなんか悪いな、今度の給食デザート譲るよ」 

「おう、んじゃそういうことで」

「ありがとな浮島っ、じゃまた明日ー!!」

 

 そう言って、スポーツ刈り野球青年もといクラスメイトの後藤は大手を振って教室を出て行った。

 なんというか爽やかな奴だった、きっと野球部でも人気者なのだろう……にしても後藤か、さっき姉とのやり取りでも出てきた名字だけれど、そこまで珍しい名字でもないから、まさか縁者ってこともあるまい、世間はそこまで狭くないはずだ。

 兎に角、これで入学初日に誰とも話せず終わるなんてオチは回避できたなと安堵して、俺は残りの掃除当番メンバーを確かめようとした。

 

「ありがとー凛!! 今度はこっちが変わるからさっ」

「うん、気にしないで。部活大変だろうし」

「恩に着るよ〜、じゃあね!!」

 

 そして振り向くと、なんだか似たようなやりとりをして、恐らく掃除当番であったのだろう女子が一人、後藤と同じく部活に行くのが見えた。

 残されたのは俺ともう一人、腰あたりまで黒髪を伸ばした背の高い女子──いや本当に高いな、俺が低身長だからそう見えるとかそういう話ではなく、全国平均から見ても高いと思う。名前は……確か、渋谷だったか。そんな名前だった気がする。

 すると渋谷もこちらの様子に気がついたらしく、互いの視線が交差した。そこから数瞬間が空いて。

 

「浮島、だったよね。もしかして、そっちも?」

「あ、あぁ。正直一人でも余裕あるから、渋谷も用事あるなら帰っても……」

 

 構わないぞ。と、言おうとした俺の言葉を遮るように、彼女はロッカーの前まで来て、ドアを開け放ち、気がついた時には箒を手に取っていた。

 

「特に用事もないし、やるよ。浮島は?」

「……いや、俺も特には」

「そっか、なら椅子上げてもらってもいいかな」

「おう、わかった」

 

 なんというか気の強そうな、有無を云わせぬ立ち振る舞いだった。俺はそれ以上なにも言わず、黙々と椅子を机に上げ始める。

 渋谷は俺が椅子を上げた場所から順に床を掃いて、ゴミを教卓付近に集めていく。

 後はバケツに水を汲み、絞った雑巾で机を拭けば終了である。

 どうやら渋谷は作業中に雑談をするタイプではないらしく、俺も似たようなもんだったので、結局俺たちは掃除が終わるまでほぼ一言も交わさず、掃除用具をロッカーに仕舞い終えてしまった。

 最後にドアをしっかり閉め、俺たちは教室を後にした。

 

「お疲れ、また明日ね」

「ああ、お疲れさん。じゃあな」

 

 軽く挨拶をして、下駄箱で別れる。

 そして俺と渋谷は下駄箱で靴を履き替えると、校門を出て、同じように右に曲がった。

 まぁ、右か左かの二択だし、こういうこともあるだろう。

 なので、俺はそこまで疑問に思わず、悔しいことに俺よりも10cmほど背の高い、つまり歩幅も大きい渋谷の後を追うように歩いていく。

 渋谷が右に曲がり、俺も右に曲がる。

 二回くらいならまだあり得るだろう。

 渋谷が左に曲がり、俺も左に曲がる。

 二度あることは三度あると言うし。

 渋谷が交差点を直進し、俺も直進する。

 この辺りで、俺はなんだかおかしいと思い始めた。

 流石に続き過ぎじゃね? と。

 そんなことが5回ほど続いたあたりで、信号に引っかかるたびに隣り合っていた俺たちの間に、微妙な空気が漂い始め──先に声をあげたのは渋谷だった。

 

「家、この辺なの?」

「いや、もうちょい西の方。こっちに来たのは買い物だよ」

 

 すると、渋谷はほんの少し目を細め。

 

「ふーん、用事あったんだ」

「急ぎじゃなかったし、渋谷一人にやらせるわけにもいかないだろ?」

 

 姉には買ってから行くんで遅くなると連絡していたから、掃除に多少の時間を取られたところで、どうってことはない。

 女子に掃除を押しつけて来たなんてバレた日には、それが俺の命日である。

 

「自分は一人でやろうとしてたじゃん」

「いや、まぁ……そうだけどさ」

 

 そう言われてしまうと、反論できない。

 自分はいいのに、他人は駄目というのは、方向性はさて置き、筋が通らない話だ。

 返す言葉を失った俺は、とりあえず会話を続けてみようとして話題を振った。

 

「渋谷はこの辺地元なのか?」

「うん、生まれてからずっとここ。浮島は?」

「地元は埼玉で、先月こっちに越してきたって感じ」

 

 そう返事をすると、渋谷は少し目を見開く。

 

「あれ、じゃあ転校生なんだ」

「まぁ一応。あんま実感ないけどな」

「ふーん。でも確かに、これまで顔見た記憶ないかも」

 

 2年間の体育祭やら文化祭やら、他クラスと関わる機会のある学校行事を振り返ってみても、渋谷の検索に俺の顔と名前はヒットしなかったらしく、彼女は納得するようにそう言った。

 その後も全ての交差点と信号を渋谷と共有した俺は、10分ほど横並びになって歩きつつ、取り止めのない会話を続けているうちに、目的地であるところの花屋を発見した。

 つまりこの奇妙な道中の、終わりが見えてきた。

 俺は隣の渋谷へ、足を止めずに話しかける。

 

「じゃあ渋谷、俺そろそろ店着くから」

「そう、私もそろそろ家だよ」

 

 へー、目的地まで近いとは。

 珍しいこともあるもんだなぁ、と呑気に考えながら、俺は花屋の店先に並んだ鮮やかな花に視線を向けて、店内に入った。

 ダークブラウンの木材を使った棚や装飾、所狭しと並べられた赤橙黄緑青藍紫とカラフルな花々、全体的に落ち着いた雰囲気で、初めて花屋にきた俺は、思わずキョロキョロと店内を見てしまう。

 ──すると、隣にはなぜか渋谷がいた。

 隣の渋谷は、緑色の瞳を開いて、さっきよりも驚いた表情で俺を見ていた。

 一体どうしたんだろう、というよりだ。

 

「あれ、帰るんじゃねえの?」

「今帰ったとこだけど」

「いや、ここ花屋じゃん」

 

 商業施設じゃん。

 そんな俺のツッコミを、さらりと流して、渋谷は足元──花屋の床を指差すと。

 

「だから、ここが私の家なんだって」

 

……そういうことかよ渋谷。

 

 世間は思っていたより狭いようで、今更のように察した俺の頭上で、『Flower Shop SHIBUYA』と印された旗が、風に揺られはためいていた。

 

 

 



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こんにちは北条さん

 

 

 

 

「お会計2066円になります」

「ちょうどお預かりいたします」

「ありがとうございました」

 

 渋谷はそう言って頭を軽く下げ、お客さんを見送る。

 すげー、ちゃんと接客してる。

 なんか大人っぽいな、敬語だし。

 お見舞い用の花を買いに来たら、そこがクラスメイトの実家だった──なんて珍しい体験をした俺は、出会ったばかりの渋谷の働きっぷりになんとなく感心していた。

 が、肝心の花選びは難航しており。

 

「……駄目だ、ぜんっぜん分からん」

 

 俺は色とりどりの花が陳列された棚の前で、花の匂いに包まれながら、あーでもないこーでもないと、うんうん頭を捻っていた。

 姉の頼みというか要求に従って花を買いに来たはよいものの、お見舞いに持っていく花の良し悪しなんて分からないし、理不尽な命令で文明の利器もといスマホを封じられた俺は、花屋で迷子になっていたのである。

 病室は全体的に白っぽいカラーだったから、強い色が多いと悪目立ちするように思うし、かと言って色が薄いと存在感がないかもだし……さっきからこんな調子の堂々巡りだ。

 姉のことだから花言葉なんかも気にしてくるだろう。自分で調べることを禁じておいて、花言葉を起点に弄ってくるくらい平気でやるのが浮島真莉という人間だと、俺はよーく知っている。

 にしてもスマホで調べるな、とか意味不明な条件を付け加えてきやがってあのバカ姉は……調べられたら、ちゃんとした花を選んでやったのに。

 とりあえず、この黄色い……あータグに名前書いてあるな、黄色い菊なんか綺麗だし控えめでいいんじゃないか。

 

「ねぇ、浮島」

「うおっ、なんだ渋谷か」

 

 俺が菊を片手に悩んでいると、いつの間に近寄っていたのか、白いシャツにエプロン姿の渋谷が話しかけてきた。

 しかし彼女は俺の反応がお気に召さなかったようで、さきほどの立派な接客態度を放り投げたように眉を潜める。

 

「なんだって、なに?」

「うっ、悪い……店番はいいのか?」

「今、浮島しかいないし……なんか、悩んでるみたいだったから」

 

 なるほど、店員として助けに来てくれたらしい。正直、非常に助かるのだが……これはセーフだろうか? 確かスマホで調べることしか禁止されてないし、店員に聞くのはありだと思うけど。

 

「そっか、いや助かる。俺こういうの疎くってさ」

 

 まぁいいや、どっちにしろ断っちゃ声かけてくれた渋谷に悪い。

 

「ふーん、誰かに贈るの?」

「うん、そんなとこ。姉ちゃんに買ってく」

「どういう理由で贈るとか、聞いても大丈夫?」

 

 なんでそんな確認をするのかと思ったが、一応プライバシーだもんな、気遣いが凄い、本当に中3かよ。

 

「お見舞い用だよ。入院中なんだ、姉ちゃん」

 

 自分でもなぜかは分からないけれど、姉のことで気を使われるのがどうも癪に障ってしまうので、俺は努めてなんでもない風に言った。

 

「……そっか、だったら菊は戻したほうがいいかな。仏壇に置く花として定番だから」

「げっ、そうなのか」

 

 あえて菊を持っていくという選択肢もあるけれど、後が怖いし渋谷への説明が難しいので止めておこう。

 

「じゃあ、こっちのチューリップは?」

「花が落ちるのが良くないって理由で避けられがち」

「このスイセンとか」

「匂いが強いからちょっと考えた方がいいかも」

「……ちなみにそこのアジサイは」

「色の褪せ方がダメって意見があるよ」

 

 タブーが、タブーが多い……っ。

 もうどの花を選んでも見舞い用の花には適してないように見えてきた。

 だってこんなの言おうと思えばいくらでも言えるじゃん……

 

「……難しくね? 花選び」

 

 もはや正解が分からず困惑する俺に、渋谷は俺が指さしてきた花達を見つめて。

 

「でも、私が言ったのはあくまで一般論だから。チューリップが好きな人にはチューリップを贈っていいと思うし、なにか思い出の花があるならそれでもいい、大切なのは贈る人と、贈られる人の気持ちだから」

 

 真剣な顔でそんなことを言う彼女の横顔は、なんだかとても凛々しく見えた。

 贈る人と、贈られる人の気持ち、か。

 確かにそうだ。

 誰かのために贈る花なのだから、そうじゃなくっちゃ駄目だ。

 俺は自然に手を伸ばし、一本の花を手に取った。

 

「じゃあ、これにするよ。うん、これ買ってく」

「ふーん、いいんじゃない? お姉さんも喜ぶよ、きっと」

「だといいけど……ありがとな、渋谷」

 

 渋谷が声をかけてくれなかったら、多分まだ悩んでいたし、ここまでハッキリとした気持ちで花を選ぶことは出来なかっただろう。

 そう思うと、お礼の言葉も素直に言うことができる。

 すると、渋谷は小さく笑って。

 

「いいよ。浮島、真剣な顔で選んでたから……結構お姉さんっ子なんだね」

「そこだけは断固拒否する!!!!」

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 ドアを開くと、病室はまたもや静かだった。

 まさかと思ってグースカ寝てる姉を見てみるが、今回は普通に息をしていた。どうやら本当に眠っているらしい。

 チラッと横を見てみると、掛け布団の隙間からはボサボサの黒髪がはみ出していた。北条さんも寝てるようだ。

 あれから、つまり渋谷のとこで花を買ってから、俺はいったん帰宅して花瓶やら姉の着替えやらを用意し、1日ぶりにこの部屋を訪れていた。

 まぁ寝ているんなら仕方ない。

 わざわざ起こすのもなんだし、とりあえず用事を済ませて帰るとしよう。あとで起こさなかったことを怒られそうだが、寝てる方が悪いのだ。

 姉が脱いで仕舞っておいた衣服だとかタオルをカゴから回収し、洗濯済みのものをクローゼットに入れていく。

 姉の購読している週刊雑誌を最新号に取り替えて、なぜかこちらも購読している釣り新聞を古い物と入れ替える。本当なんで読んでるんだろ……退院してから買えばいいのに。

 後は暇つぶし用に買ってきたDVDプレイヤーと、よく分からん姉チョイスのディスク群。ゾンビシャークってもう名前からしてB級の薫りしかしないぞ。

 他にもいくつか、姉に頼まれて買ってきたものをベッド周りの棚やらクローゼットに放り込んでいく。

 これだけあれば当分は退屈しないだろう。

 大部屋の頃はひたすら周りの人とくっちゃべっていた姉だけど、北条さん相手じゃそうはならないだろうし。

 最後に、用意した花瓶に水を入れて、選んだ花を差していく。

 最後の一本を差し終えると、俺の選んだ花が、窓際で目立っている様子がなんだか恥ずかしくて、俺はそそくさと帰り支度を済ませた。

 そして、いざ帰ろうとした俺に。

 

「……いつも、こんなことしてるの?」

 

 静かな声だった。

 街中で聞けば、聞き逃してしまいそうな、そんな声。

 しかしここは病室で、ここにいるのは俺を含めて三人で、人間拡声機である姉がこういう声を出すことは天地がひっくり返ってもあり得ない以上、俺に話しかけてきた人物は一人に縛られる。

 振り返ると、そこには案の定、かけ布団から顔を覗かせる北条さんの姿があった。

 

「あー、その……こんにちは、北条さん」

 

 ひとまず、この間は出来なかった挨拶をする。よし、今度は最後まで言えた。

 

「……こんにちは」

 

 意外、なんて言うと失礼かもしれないが、北条さんから挨拶が帰ってきて、俺は少し驚いた。

 この間はマジで人を寄せ付けない雰囲気だったから。

 

「あの、この間はすみませんでした。騒がしくしちゃって」

「……そうだね、この人常に騒がしいし、ずっとくっちゃべってるし」

「すみません、本当うちのバカ姉がすみませんっ」

 

 なにやってんだぁバカ姉!!

 そりゃ北条さんも怒るよ、大部屋と同じノリで絡まれたら誰だってキレるよ、現に北条さん怒ってるよっ。

 

「別にそれは……まぁ、よくないけど。いつもこんなことしてるの? 着替えとか、雑誌とか……花とか」

 

 数十秒前と、同じ質問を繰り返す北条さん。

 こんなこと。というのは、俺が病室でやっていた一連の行動を示していたらしい。見られてたのか。

 

「えっと、はい。なんでこれからも、ちょくちょくお邪魔すると思います」

 

 花に関しては、今回が初めてだけど。

 

「…………そう」

 

 聞いた割に、俺の返事には大した興味もないようで、北条さんは部屋を見渡した。

 正確には、俺が持ち込んだあれやそれらを、見ていた。

 俺が着替えを入れていたクローゼットを見て、雑誌の並んだ棚を見て、机に置かれたDVDプレイヤーを見て。

 最後に窓枠に置かれた花を、眩しいものを見るような目で、俺の勘違いでなければ、だけど──どこか羨ましそうな瞳で、見ていた。

 そんな北条さんが酷く脆そうで、話しかけたら傷つけてしまいそうで、俺は二の句を紡げずにいた。

 北条さんもそれっきりなにも言わず、俺たちの間を沈黙が埋めていき、そして。

 

「あれ、幸太じゃん。来てたんだ、花は?」

「……今だけは姉ちゃんの平常運転が頼もしいよ、花はそっち」

 

 窓を指差し、俺はこちらを見つめてくる姉の視線を誘導する。

 見てみれば、北条さんは関わりたくないと言いたげに、すでに掛け布団を被っていた。

 

「……これ、幸太が選んだの? 本数も?」

「ん? いや、本数は店員さんが考えてくれた」

 

 俺は花を選んだけれど、一本じゃ寂しいかと思ってもう何本か選ぼうとしたのだ。そんな俺に渋谷が「選んであげようか」と言ったので、そこはプロに任せてみたのである。

 

「そっか、店員さんに相談したんだね」

「……なんだよ、それもアウトだってか?」

 

 渋谷が相談に乗ってくれたことを否定されたように思って、口を尖らせてしまう。

 しかし、姉はなぜか嬉しそうに。

 

「ううん、ちゃんと相談できたんだなって。うん、いいチョイスだ!! 褒めて使わそう!!」

「んだよ偉そうに」

「ふふっ、ありがとう幸太。すごく嬉しいよ」

「……おう、どういたしまして」

 

 珍しく真っ直ぐな姉の言葉に、俺は下手な照れ隠しをしてしまった。

 

「四日に一度は新しいの買ってきてね!!」

「初耳なんだが?!」

 

 え、また渋谷のとこ行かなくちゃならんのか。いや別に毎回あそこで買わなくちゃいけないって話でもないんだろうけどさ。

 はしゃぐ姉と、慌てる俺と。

 そんな俺たちを、花瓶に飾られたオレンジの薔薇が9本、静かに見守っていた。

 

 

 




オレンジの薔薇→「絆」
9本の薔薇→ 「いつもあなたを想っています」


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北条加蓮のエピローグ

 北条加蓮にとって、世界とは小さく退屈なものである。

 彼女の世界はこの病院と、近所の公園、そしてもはや思い出すのも難しい自宅だけで作られていて。

 そのどれもが、小さい世界が、酷く退屈でたまらない。加蓮の目には、世界の全てがセピア色に褪せて見えている。

 いったい何時(いつ)から、こんな風になってしまったんだろう。

 最初は、単なる風邪だったはずだ。

 それを少し拗らせてしまっただけで、少しだけ入院したら帰れるはずだったのに。そう言われたのに。

 入院が延びて、退院できたと思ったらまた入院して、そんなことがしばらく続き、どんどん退院出来なくなって、ここ2年ほどは入院し続けている状態で。

 あぁ、自分は一生こうなんだろうなと、加蓮は子供ながらに悟り始めていた。

 病院から出られずに、なにも出来ず、何者にもなれずに死んでいくんだろうなと。

 たった2年という人間もいるかも知れないが、15年も生きていない加蓮にとって、2年間の入院は心を折るに十分すぎる長さだった。

 自分が中学3年生だという自覚すら、今の彼女には気薄で、どうでもいいことだった。

 どうせ一生ここにいるのだから、ここにいることしか出来ないんだから、どうだっていい。

 採血と、点滴と、検査と、投薬と、彼女の世界はその繰り返しで回っている。

 ある意味では、彼女の人生はそこで止まって、留まっていた。

 彼女自身、ここが人生の終着点であると、認めてしまっていた。

 入院し始める前の、あの頃までが北条加蓮の人生で、本編で──ここから先は、この先にあるのは長い長い、先の見えないエピローグなのだと。

 だから、個室から二人部屋に移動になると伝えられた時も、加蓮はなんの興味も関心も抱かなかった。

 今更、自分の世界になにが混じってきたって、もうなにも変わらない。終わった物語に、新しいページを書き加えることはできない。

 もうなにも、変えられないんだから。

 なのに。

 

「加蓮ちゃん……北条加蓮ちゃんっていうんだね、私は浮島真莉。よろしくね加蓮ちゃん!!!!」

 

 入院してきたのは、自分とは何もかもが違う人だった。共通事項は性別と鳶色の瞳くらいで、その他はまるで正反対。

 鮮やかな茶髪に、ハキハキとした声、異次元じみたスタイルに、常に浮かべているのは目が痛くなるほどの笑顔。

 彼女──浮島真莉は、加蓮の小さな世界に入ってきて、狭いと言わんばかりに暴れ回った。

 いつも大きい声で話しかけてくるし、静かにしてと言っても10分後にはケロっと忘れてまた絡んでくる。話しかけるなと突き放しても、どこ吹く風でちっとも懲りやしない。

 彼女がこの病室に来てそろそろ半月になるが、勢いは衰えるどころか益々増している。

 なんて元気な病人だ。どうせ直ぐ退院するくせに、自分の世界から消えていくくせに。こういう人間は、社会に必要とされていて、人気があって、今は話し相手が自分しかいないから声をかけてきているだけで、退院したらまるで最初から入院なんてしていなかったように、全てを忘れてしまえるんだ。

 あぁそうだ、そうに決まっている。

 本当に、憎たらしい。

 本当に、鬱陶しい。

 本当に、本当は──

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

『後ろの席まで、ちゃあんと見えてるからねえぇーーーー!!!!』

 

 備え付けのテレビの中。

 一人の少女が、ステージの上から客席の一番奥を指して、そこに向かって投げかけるように声をあげる。

 たったそれだけの言葉で、会場のボルテージが限界まで上がっていく様子が、画面越しにでも伝わってきて。

 北条加蓮は、ベッドに立てかけた枕へ頭を預けながら、ジッとその画面を見つめていた。

 流れているのは今週末に発売されるライブDVDの販促番組で、ダイジェスト映像を流しながら、出演していたアイドルに生の感想を聞いていく、という内容だった。

 代わる代わる、ドレスを模した綺麗なステージ衣装のアイドルが、それぞれの持ち歌を披露する姿が流れていき、本人のコメントがそれに続く。

 テレビの中のアイドルは誰もが輝いていて、自分とは余りにも違うその輝きに、加蓮は目を離すことが出来なかった。

 全てが色褪せていく中で、これだけは鮮明に、色鮮やかに、色付いて見えたから。

 

「加蓮ちゃんって、アイドル好きなの?」

「……別に、浮島さんには関係ないでしょ」

 

 不意に、向かいのベッドから声をかけてきたのは、ここ最近の悩みの種、浮島真莉であった。

 無視したって構わなかったけれど、会話の内容がアイドルだったせいか、加蓮はつい返事をしてしまった。その上で、これ以上踏み入ってくるなと、そう言わんばかりに突き離す。

 態度と、そして言葉で、壁を作る。

 だというのに、来るなと言っているのに、浮島真莉という人は、基本的に人の話を聞こうとしない。

 

「もー、浮島さんなんて他人行儀な言い方しないで、真莉姉さんって呼んでいーんだぞ?」

「いや、意味わかんないし」

 

 なにが真莉姉さんだ。

 こんな姉、こちらから願い下げである。

 こんな、拒んでも離れてもくっ付いてこようとする、諦めの悪い姉なんて。

 加蓮は視界に真莉の姿が入らぬよう、テレビの画面だけが目に入るように、身体の向きを調整した。

 画面の中では、明るい金髪の眩しいアイドルがアップテンポな曲に合わせて踊っているところで、生命力の躍動を感じさせる彼女は流れる汗すら美しいと感じさせる。観客もその圧倒的なパフォーマンスに沸いていた。

 思わず、加蓮の中にも熱いものが込み上げてくる。世界は小さくて退屈だけど、この四角形の中で踊る彼女たちを見ていると、不思議と気持ちが昂ってくる。

 

「凄いよねー、アイドルって。あんな風になれたら、きっと最高に楽しいんだろうなぁ」

 

 しみじみと、噛み締めるように、浮島真莉はそう言った。

 そして、彼女への苦手意識が染み付いていたせいか、そんな言葉にすら、加蓮は言い表せない感情を抱いてしまい。

 

「……なれるわけないじゃん」

 

 反応しなければいいと分かっていたのに、しなければ良かったのに、それでも加蓮は言わずにはいられなかった。

 アイドルは簡単になれるものじゃない。

 簡単になれていいものじゃないと、加蓮の心が訴えていたから。

 アイドルというのは、もっと崇高で、高みにあって、それで。

 そうだ、だからこそ。

 

「いやいや、分からないよ? もしかしたら数年後には、加蓮ちゃんがトップアイドルになっているなんて未来も──」

 

 北条加蓮は、その言葉を許すことができなかった。

 

「だから、なれるわけないでしょ!! 私みたいなのが、アイドルなんて。なろうとしたって、無理に決まってる!!」

 

 そんなつもりはなかったのに、気がつけば大声を出していた。久しぶりに出した怒声に、彼女自身の喉が驚いているようだった。

 加蓮は初めて、自分から真莉の目を見た。

 自分と同じ鳶色の瞳を、正面から見据えて、思い切り睨み付ける。

 それは加蓮が、一番言われたくないセリフだった。

 加蓮にも理由はよく分からなかったけど、無性に腹が立った。自分がアイドル? ふざけるな。この狭い病室で、小さな世界で、朽ちていくしかない自分がアイドルなんて。

 加蓮にとって、アイドルはそんなに簡単で単純なものじゃない。

 気軽に口にしていい言葉じゃないし、軽々しく扱っていい言葉でもない。

 北条加蓮にとってのアイドルとは、アイドルっていうのは。

 

「加蓮ちゃんは──憧れてるんだね、アイドルにさ」

「は? なにを言って──」

 

 自分の気持ちを知られたくなくて、心に踏み込まれたくなくて、そうすることでしか自分を守れなくて、とっさに反論しようとした加蓮へと、真莉は畳み掛けるように言葉を続けた。

 おちゃらけた空気はいつの間にか消えていて、聞いたことのない穏やかな声色で。

 

「そうでなきゃ、そんな真剣な顔はできないよ」

 

 ハッとして、加蓮は自分の頬に手を当てる。そして当ててから気がついた。この動作が、真莉の言葉が図星であり、正しく当てはまっているという何よりの証拠になってしまっていると。

 沸々と、加蓮の心に怒りに似たなにかが噴き出してくる。

 なんなんだ、この人は。

 さっきから心を見透かしたようなことを。

 仮に自分がアイドルが好きだとして、憧れているとして、それがなんだって言うんだ。

 もし仮に、そうだとしても。

 そうであるとしても。

 

「だから、関係ないって言ってるでしょ!! どうせ直ぐ退院するくせに!! もう知らない、意味わかんない!!!!」

 

 吐き捨てるようにそう言って、かけ布団を被り、これ以上なにを言われても聞こえないように閉じこもる。

 彼女と話していると、心を覆っているものが剥がれていきそうで、心を剥き出しにする事がどうしようもなく怖くて。

 そうなった時に、どうしていいか分からなかったから。

 そして、完全に意識を閉じる直前。

 

「えっ、なにこの空気。今の声ってもしかして北条さん? おいバカ姉、今度は一体何をやらかしたんだ。今すぐに吐け、キリキリ吐け」

 

 随分と慌てた様子の、場違いな、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 



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北条加蓮のプロローグ

 

 

 その晩、加蓮は自分ではどうしようもない理由で目を覚ました。

 早い話がお手洗いである。

 モゾモゾと布団から抜け出し、上履きに足を通す。ベッドから降りて、ふと視線を上げると、窓枠に置かれたオレンジの薔薇が目に入った。

 これは浮島真莉の弟であるところの、浮島幸太が買ってきたものだ。最初に買ってきたのはもう2週間前の話になるので、切り花の寿命を考えれば、この薔薇は3〜4代目になるはずである。

 背格好からして中学校へ上がったばかりに見えるあの少年は、姉の見舞いと言って、あれからほぼ毎日この病室を訪れていた。

 あんな姉の弟とは思えないくらい、いやこういう姉がいるからこそなのか、浮島幸太はいたって常識人であった。きちんと話したことはないけれど、あれだけ献身的に姉の世話をしているのだから、よほど人間ってやつが出来ているのだろう。

 少なくとも、自分が中学生になった頃よりはしっかりとしている。

 もっとも、その頃の加蓮はすでに入院が日常化していて、しっかりする余裕など何処にもなかったのだが。

 カーテン越しの月光に照らされて、オレンジ色の薔薇がボンヤリと、病室の暗闇に浮かび上がる。

 薔薇だけじゃない。

 真莉の周りには幸太の持ってきた物達が溢れていて、とても賑やかだ。対して自分の周囲には、ベッドや棚やクローゼットには、必要最低限のものしかなく、加蓮はなんだか惨めな気持ちになった。

 きっと望めば、彼女が欲しいと伝えれば、加蓮の両親は喜んでそれらを持ってきてくれるだろう。

 でも、そしたら期待させてしまう。

 加蓮が気力を吹き返したと、そういう期待を抱かせてしまう。もしかしたら、これをきっかけに娘は元気になるんじゃないかって。

 そんなこと、起こるはずがないのに。

 思えば入院したての頃は、親にあれこれとねだって、自分のベッドも真莉のように賑やかだった気がする。

 友達も入れ替わり立ち替わりにお見舞いに来てくれたりして、普段味わうことのない非日常に、少しドキドキすらしていた。

 しかし、入退院を繰り返しているうちに……加蓮も、両親も、友人も、みんな疲れてしまった。

 疲れて、疲れ果ててしまった。

 だから今更、伽藍堂な自分の周りを惨めに思うのはおかしいはずなのに、それなのに、加蓮はなぜだか惨めで悲しい気持ちになってしまう。

 それもこれも、目の前で呑気に寝ているこの人のせいだ。

 この人が来なければ、こんな気持ちを思い出さずに済んだのに。全て過去のものとして、忘れたままでいられたのに。

 

 ──とっくに忘れていたはずの、自分の夢を、憧れを、思い出さずにいられたのに。

 

 直視していられなくなった加蓮は真莉から目をそらすと、病室のドアを開けて歩き出した。

 深夜の病院というのは、人によっては不気味に感じるかも知れないが、加蓮にとってはこの薄暗い廊下も見慣れた光景であり、迷いのない足取りで進んでいく。

 人が入ってきたことを察知して、洗面所のライトが独りでに点灯し、加蓮は明かりに目が慣れるのを待ちながら瞬きを繰り返す。

 瞬きに合わせて、コマ送りのようにまぶたの裏へ映るのは、ステージに立つアイドルの姿であった。

 大きなお城のお姫様みたいに、煌びやかな衣装を身につけた、キラキラしている女の子。

 それはまるで、御伽噺に出てくるシンデレラのようで。

 ──もし、あんな風になることができたなら。

 

(馬鹿馬鹿しい……なに考えてるんだろ、私)

 

 不可能な話だ。

 無理だ、無謀だ、無意味だ。

 そんなこと、とうの昔に分かっていた。分かっていたからこそ、忘れていた。

 忘れたことに、していた。

 それを。

 

(なんで、なんで思い出させるの……っ)

 

 思い出したくなんて、なかった。

 忘れたままでいたかった。

 思い出したところで、それこそなんの意味もない、無意味だって知っていたから。

 用を済ませて蛇口の下へ手をやると、自動で流れ出た水が、加蓮のか細い指の間を淡々と通過していく。

 手を洗い終えて、ふと顔を上げると、鏡の中では泣きそうな顔の少女が加蓮を見ていて。

 つまり。

 今にも泣きそうな北条加蓮の顔が、そこにはあった。

 なんて顔だ。

 これじゃあまるで、自分が諦め切れてないみたいじゃないか。

 夢を叶えられないどころか、挑戦すらできないことを、本気で悔しがっているようではないか。

 

(やめてよ、どうせ無理に決まってるのに……どうして忘れさせてくれないの)

 

 過去を振り切るように、水を切って乾かして、部屋へ戻るべく加蓮は洗面所のドアに手をかけた。

 ドアを開けば、いつもと変わらない廊下の暗闇が加蓮を出迎えてくれる。

 そうだ、これでいい。

 自分は暗闇にいればいい、輝くステージには立てないのだから、無謀な希望なら最初から持たない方がいい。

 だって一度持ってしまったら、抱いてしまったら、落とした時に傷つくのは自分だ。指の間を抜けていく水滴のように、ポロポロと零してしまったら、きっと今度こそ心が折れてしまう。

 だから、北条加蓮は夢を見ない。

 叶えられもしない夢を見ないよう、余計なものが見えないように、好き放題伸ばした髪の隙間から、廊下を眺めて前に進む。

 一歩進んで、二歩進んで。

 

 

 ──三歩目を踏み込んだ瞬間、加蓮は呼吸をし損ねた。

 

「え……あっ、た……っ」

 

 し損ねたというより、気道が急に狭まって、空気が入ってこなくなった。

 助けて。そう言おうとして開いた口から出てきたのは、意味を成さない音の切れ端だけ。

 足がガクガクと震えて、立っていられなくなり膝を着く。

 懸命に声を上げようと、懸命に開いた口、その端から垂れる涎が床に落ちたのを見て、加蓮の脳裏にハッキリと最悪の事態がよぎった。

 

(えっ……死ぬの? 私、ここで? こんなにあっさり?)

 

 あまりに急過ぎる。

 残酷なほどに唐突だ。

 なんの伏線も、フラグもなく、唐突に呼吸を奪われて。お前の死に様なんか、そんなもんだと突き付けられるように。

 加蓮は思った。

 ここで死んだら、こんなところで死んだら……あれ、死んだら、なんだろ。

 死ぬ前に、何かしたいことでもあっただろうか。と。

 このまま小さく退屈な世界に閉じ込められて生きるくらいなら、今死んでしまっても別に構わないのではないか。

 両親はきっと悲しむだろうけれど、悲しんでくれるだろうけれど、このまま病気の娘を延々と背負わせてしまうくらいなら。

 もういっそ、ここで終わらせてしまっても。

 そう考えても仕方がないくらいの絶望を、北条加蓮は抱えて生きてきた。

 だから。

 だったら。

 なぜ自分は、今もこうして。

 

 ──必死に、息をしようと足掻き踠いているのか。

 

「……はぁ、あぁ、たすっ」

 

 理由なんて、加蓮にも分からなかった。

 人として当たり前の、生存欲が働いたのか。それとも、自分でも気がついていない生きる理由が身体を突き動かしたのか。

 掠れた声を振り絞る。

 掠れに掠れて、声にしたところで届くはずもない音を、それでも必死に絞り出す。

 

「………………たす、けて」

 

 やっとの思いで出した声は、いっそ笑えてしまうくらいに小さかった。

 うん、駄目だ。

 自分は頑張ってみたところで、これが限界なんだ。

 こんな声じゃあ誰にも届かない、誰にも気がついて貰えない。

 北条加蓮の人生は、これにて終幕。

 実に下らない物語だった。

 見る価値のない、見返す価値のない物語だった。

 エピローグすら綺麗に閉められない、三流作家が書き損じてゴミ箱に投げ捨てた、しわくちゃの原稿用紙に書かれているような人生だった。

 でも、最後に一つ言い残すのなら。

 北条加蓮の本音を、最期に言わせてもらえるのなら。

 やっぱり、私だって本当はアイドルに──

 

「──加蓮ちゃん!!!!」

 

 どこまで深く、底の底まで落ちていく加蓮の意識を引っ張り上げるような、そんな声だった。

 慌ててここまで駆けてきたのだろう。彼女は、浮島真莉は、とても辛そうな表情で、けれどどこか安心するような声で言う。

 

「大丈夫、だよ……はぁ……直ぐに、えほっ……先生たちが……こほ、来てくれるからね……」

 

 浮島真莉は、崩れ落ちた加蓮の体を支えるように抱きしめると、自分自身も息絶え絶えになりながら、一緒に床へと倒れ込んでしまった。

 二人は床に寝転んだ状態になり、鳶色の瞳が交差する。

 意識を保っていられる限界のところで、加蓮は呆然と、信じられない様子で真莉の顔を見ていた。

 尋常ではない量の汗をかいて、顔を真っ赤に染め上げながら、それでも彼女は加蓮に微笑んでいて。

 

 ──その笑みが、いつかテレビで見た、輝かしいアイドルの笑顔に重なって見えた。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 翌々日。

 晴れて体調復活を果たした加蓮は、いつもの病室の自分のベッドに戻ることを許されていた。

 幸いなことに発作は急ではあったが短いもので、念のため1日経過を見る流れにはなったものの、今日からいつも通りの元通り。

 しかし、現状を語るのならば、今の病室について語ろうとすると、元通りとは言い難く、その理由は向かいのベッドにあって。

 向かいのベッドは、依然もぬけの殻だった。

 加蓮は心ここにあらずといった様子で、ボーッとした目付きで件のベッドを、本来であれば浮島真莉が寝ているはずのベッドを眺める。

 あの晩、加蓮のもとへ駆けつけた真莉は、心臓の調子を崩して寝込んでしまったらしい。

 朝一で部屋に戻った加蓮は、なにをするでもなく真莉の帰りを待ち続けた。

 現在の時刻はそろそろ午後5時を回ろうとしていて、それでも真莉は戻って来なくて、そもそも。

 

(戻ってきたら、なにを話せばいいんだろう……)

 

 浮島真莉は、恩人だ。

 あそこで彼女が来てくれなかったら、きっと自分は死んでいた。

 実際に死の淵に立たされて、あと一歩で落ちるところまで追い詰められて、加蓮はようやく本当は生きたがっている自分に、気がつくことができた。

 だから、北条加蓮にとって浮島真莉は命の恩人だ。

 

(でも、酷いこと沢山言っちゃったし……今更どんな顔をして……)

 

 まずは謝らなくちゃならない。

 謝罪を受け入れてもらえるか、許してくれるかは別として、加蓮は真莉に頭を下げる必要がある。

 それだけのことを、自分はしたのだから当然のことだ。

 そうだ、まずは謝って、そしてそれから。

 なにを話せばいいんだろうか? 

 結局、話が一周して、ぐるりと回ったタイミングで、病室のドアが開いた。

 入ってきたのは、待ち人である浮島真莉ともう一人、看護師としての正装に身を包んだ20代後半の女性であった。

 

「真莉ちゃん。最後にもう一度言うけれど、無茶は絶対にダメよ? 今回の件だって、貴女の働きには私を含めて病院関係者の誰もが感謝をしていることに違いはないけれど……それと、無理して走った事とは全くの別問題で、その点に関しては怒っているんだからね?」

「あはは、ごめんなさい後藤さん。あの時は必死になっちゃって、つい」

「気持ちは、わかるけどね……事実として、貴女の役目は私たちをあの場に集めた時点で立派に果たされていたのだし、加蓮ちゃんのところまでダッシュして心臓に負担をかける意味は、ハッキリ言ってしまうとなかったんだから」

「はーい……反省してます」

「うん、分かってくれたらいいのよ。真莉ちゃんは良い子なんだから、あまり心配をかけさせないように、ね?」

 

 じゃあ安静にね。と、最後に付け加えて、看護師の女性──後藤さんは去っていった。

 彼女の気配が部屋から遠ざかると、真莉はベッドに座り、困ったように笑いながら。

 

「いやぁ参った参った、後藤さんってば私が起きてからずっとあんな調子なんだもん。まさか二十歳(ハタチ)にもなって、良い子なんだから。とか言われる日が来るなんてね」

 

 参ったという割に、困った笑みを浮かべているにしては、どことなく嬉しそうな言い方だった。

 

「なんというか、たった二日会ってなかっただけなのに、久しぶりな気がするよ。加蓮ちゃん、体調の方はもう大丈夫?」

「……はい。その、浮島さんこそ、大丈夫、なんですか?」

 

 おずおずとした加蓮の言葉に、真莉は大袈裟に仰け反りながら。

 

「え、ちょっとやめてよー加蓮ちゃん。敬語なんてさ、今まで通りでいこうよー。あ、身体は大丈夫だよ。でないと後藤さんが部屋に戻るのを許してくれるはずもないしね」

 

 確かにその通りだ。

 後藤さんは口調は柔らかく、本人も至って柔和な性格をしているけれど、言うべきことはハッキリガッツリと言うし、譲れない一線は手子でも動かさない人だ。

 真莉よりも数年長い付き合いの加蓮は、そのことをよく知っている。

 

「でも……浮島さんは年上だし」

「えー、この間までは普通に話せてたじゃん?」

「それはっ……あの、失礼な態度ばかりで、本当にゴメンなさい」

 

 謝っても、自分の誤ちが消えるわけではないけれど、一つのケジメとして加蓮は謝罪した。頭を下げて、赦しを請うた。

 すると真莉は、いつぞやの様に優しい声色で。

 

「加蓮ちゃん……隣、座ってもいい?」

「……はい、どうぞ」

「ん、ありがとう。お邪魔しまーす」

 

 ギシッと、二人分の体重を受けてスプリングが沈み込む。

 

「とりあえず、敬語は禁止ねっ。加蓮ちゃんは、加蓮ちゃんのままでいいんだよ」

 

 じわりと、真莉の言葉は加蓮の心に染み渡るようで。

 加蓮が隣に座った真莉を見ると、真莉も加蓮のことを見ていて、あの日の夜を思い出す。

 鳶色の瞳が交わる中で、加蓮は思わず病室に戻ってからずっと考えていた質問を、口から溢した。

 

「浮島さんは……どうして、その」

「ん? あぁ、なんであの場に居たかって話? 実を言うとね、加蓮ちゃんがベッドから降りたタイミングで目は覚めてたんだ。それで、歩き方とか重心の運び方とか、小さな違和感があったから……おおっと、こうやって言うと変態チック。いや、まぁそれで嫌な予感がして追いかけたってわけだね」

「いや、えっと、そうじゃなくって……」

 

 そこではない。

 加蓮自身が気づけていなかった不調の兆しを感知していた真莉の洞察力にも驚きはしたが、昨日の爆音といい一般人の枠から数歩はみ出している感すらあったけれど、加蓮が聞きたかったのはそこではなく。

 

「どうして、私のことを助けてくれたの? 私、凄く嫌なやつだったのに……酷いことも、たくさん言って、なのに……どうして」

 

 あんな必死な顔で、駆け寄ってきてくれたのか。

 自分で言うのもなんだが、今になって思うと相当当たりの強かった、同情の余地がない自分を、なぜ。

 加蓮は尋ねたはいいけれど、答えを聞くのがなんだか怖くて、目線を下げてしまった。

 そこから数秒、間が空いて。

 ギュッと拳を握りしめ、肩を震わせる加蓮へと、浮島真莉は一呼吸置いて、静かに語り始めた。

 

 

「──私ね、アイドルになりたかったんだ」

 

 あの日テレビの中で、歌って踊っていた、光り輝くアイドルに。

 自分はなりたかったのだと、真莉は語る。

 

「子供の頃からずっと憧れてて、夢見てて……高校生なってすぐ養成所に申し込んでさ、合格を貰ったの」 

「…………えっ?」

 

 知らなかった。

 真莉はとてもお喋りで、この半月の間加蓮に色々な話をしていたけれど、彼女がアイドルの養成所にいたという話は聞いたこともなかった。

 けれど、同時に合点が入った。

 あれだけの大声を出すことができたのは、彼女が然るべき機関でトレーニングを受けていたからなのだと。

 

「たくさん練習して、オーディションも受けたりして……16歳の時に、デビューが決まって」

「…………」

「でも、結局1度もステージには立てなかったんだよね。その前に、ここが言うことを聞かなくなっちゃってさ」

「…………っ」

 

 ここ。と、心臓を指差しながら、真莉は笑った。決して笑えない話のはずなのに、それでも笑顔を浮かべて。

 

「だから、かな。アイドルを観る加蓮ちゃんを見てたら、放って置けなくって……いや、これは後付けかな。きっと特に理由がなくても、私は加蓮ちゃんのところに走ってたと思う」

 

 それが私だから。

 それが浮島真莉って人間だから。

 だからこそ、真莉は加蓮の瞳を覗き込みながら、あの日と同じ質問を繰り返した。

 

「加蓮ちゃん、アイドルは好き?」

「……うん、好きだよ」

「あんな風になれたらって、思ってる?」

「うん……あぁいう風になれたらって、ずっと思ってた」

 

 驚くほど素直に、加蓮は頷くことができた。それが自分の本心なのだと、受け入れることができた。

 

「だったら、それでいいんだよ加蓮ちゃん。好きなものは好きで、なりたいものはなりたいって、胸を張っていこうよ」

 

 心を覆っていたカサブタが、剥がれていく。一度深く傷ついて、カサブタだらけになっていた心が、再び剥き出しになっていく。

 以前の自分なら耐えられなかっただろう心境も、隣に彼女が居てくれると思えば、そう悪いものでもなかった。

 確かに、真莉の言うとおりだ。

 自分の思いに、憧れに、夢に、蓋をして閉じ込めたって、思いや憧れや夢が消えて無くなるわけではない。いくらそれを隠して諦めたフリをしても、結局辛いのは自分自身だ。

 だったら、素直になろう。

 好きなものは好きだと言って、なりたいものにはなりたいと声に出そう。

 それが叶うかは分からないけれど、声に出さずに仕舞い込んでいるよりはずっといい。

 

「私ね、いつか退院したら、もっかいデビュー目指して頑張るんだ」

 

 それがどれだけ困難であるかを誰よりも理解しながら、それでも真莉は断言した。

 だから、加蓮も言わなくちゃと思った。

 自分の思いを、忘れたことにして封じ込めていた、あの日抱いた大切な夢を。

 今までの、今日までの不貞腐れた北条加蓮を終わらせて。

 新しい北条加蓮を、その人生のプロローグを始めよう。

 

「私も……なりたい。身体を治して、アイドルになって、ステージに立ちたい」

「じゃあ、退院したら私たち、ライバル同士ってことになるね」

 

 額を突き合わせるように近付けて、真莉は挑戦的な笑みを見せてくる。

 そんな風に言われては、性根のところで負けず嫌いな加蓮は、応えずにはいられない。

 コツンと額と額をぶつけ合って、真莉は未来のライバルへ宣言した。

 

「負けないよ、加蓮ちゃん」

 

 それに対し、加蓮は一瞬考える素振りをして、邪魔な前髪を避けながら。

 

「うん。今はまだ、なにもない私だけど、気持ちだけは確かに持ったから。だから、負けない。その……ま、真莉姉さんにも、負けないアイドルになる。それで──」

 

 それで、いつか見たあのシンデレラに、今度は自分がなるんだ。

 

 

 



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女子、10日会わざれば刮目して見よ

 

 

 

「浮島、今日は来るの?」

「あぁ、そのつもり。姉ちゃんが新しい花が見たいって言いだしてさ」

「そっか、じゃあ後でね」

「おう、またな」

 

 4月末である。

 俺と姉が東京に越してきて、ちょうど一ヶ月が経過したその日の放課後、俺は手元の書類──転校生用のアンケートにペンを走らせつつ、渋谷の話に相槌を打っていた。

 姉のワガママで週に2度は花瓶に飾る花を買いに行かなくてはならない俺は、今日も『Flower Shop SHIBUYA』のお世話になりに行くわけで、渋谷がわざわざ俺の来店の有無を確認したのは、ここ最近──10日間くらいか、俺が花を買いに行かなかったせいだろう。

 俺も電話で知らされたのだが、知らせが来た時はちょいと肝を冷やしたが、姉は先々週に心臓をやらかし安静状態だったのだ。

 なのでお見舞いは一時中断しており、今日になって病院からの許可が下りた形になる。

 

「な、なぁ浮島、ちょっといいか?」

「ん、どうしたよ後藤」

 

 教室から出ていく渋谷を見送ると、野球部の後藤が声をかけてきた。

 以前に俺がこいつの分の掃除当番を受け持って、後日お礼にデザートのプリンを受け取って以来、なにかと話す機会の増えた後藤である。

 

「お前さ、渋谷と仲いいの?」

「え、なんだよ急に」

 

 妙にソワソワしてるなと思ったら、訳の分からない質問だった。

 俺と渋谷の仲がいいのかなんて、俺にだって分からん。

 確かに、花屋に行くとだいたい渋谷が店番をしていて、ついでに花選びを手伝ってくれるので、その縁もあって学校でも多少話す仲ではあるけども。

 

「仲良く見えたんならそうなんじゃねえの?」

「そういう哲学的な答えは求めてないんだよ!! いや、ほら……お前ら二人とも放課後すぐ帰るけど、なんか親しげじゃん??」

「じゃん、って言われてもな、別に放課後一緒に遊んでるとかじゃないし……なんでそんな気にするんだよ」

 

 仮に俺と渋谷が仲良しだとして、仲良し小好しだとして、だからなんだっていうんだ。

 誰が誰と仲良くしようと、誰が誰と不仲でいようと、それは当人の自由じゃないか。

 訝しげな目で見やると、後藤は少し声を潜めて。

 

「だってさー、渋谷ってめっちゃ可愛いだろ? 俺もそうだけど、お近づきになりたい男子は多いんだぜ?」

「お近づきって……芸能人じゃあるまいし、近づきたきゃ勝手に近づけばいいじゃんか」

「それができれば苦労しないんだよなぁ、なんつーか普通に受け答えはしてくれるんだけど、踏み込めない的な?」

 

 まぁ、素っ気ない返事が多いし、壁を作っているみたいに思われるのは渋谷らしいと言えるかも知れん。

 母親らしき人と話してる時もあんな感じだし。

 

「別に隠すようなことでもないから言うけど、俺と渋谷が話してたのは、あいつの家で花を買うからだよ。花屋なんだ、渋谷の家」

「へー、そうなんだ。え、てかなんだよ浮島、お前花を送るような関係の相手がいるのか? 彼女か? 彼女なのか?!」

「ええい、暑苦しい!!」

 

 ずずっと目を見開いて詰め寄ってくる後藤のスポーツ刈りヘッドを抑えつけようとし──175cmもある後藤の頭に俺の手が届くわけもなく、脇腹を抑える形になりながら、俺は何時ぞやのように、花を買うわけを説明する。

 

「姉ちゃんが入院中なんで、そのお見舞い用。彼女とかじゃねえって」

「……悪い、変なこと聞いちまった。ホントごめん」

「お、おう? 別に気にしてないけど」

 

 なんだ、どうした。

 急に物分かりがよくなったというか、さっきまでの勢いはどこいった。

 クワッと開いていた目は本気で申し訳なさそうに細められていて、反省の色がありありと見える。

 すると、後藤はささっと荷物をまとめて。

 

「んじゃ、部活行ってくるわ。じゃあな浮島……お姉さん、早く良くなるといいな」

「あ、ああ。サンキューな」

 

 言うだけ言って、行ってしまった。

 なんだったんだろ。

 どうにもおかしかった後藤の様子を不思議に思いながら、俺は俺で花屋に向かうべく、残ったアンケートの欄を埋めるのだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 ガーベラの花言葉は『希望』らしい。

 正確には色によって違いがあるので、希望の意味を込めてガーベラを贈るのなら、白色を中心にした方がいい。

 というのが、姉の要望に従い、バラ以外の花を買いに来た俺へガーベラを勧めた渋谷の弁であった。

 

「ガーベラはお見舞い用の花としては定番、というか王道だね」

「まぁ希望ってめちゃくちゃそれっぽいしな。可愛い感じの花だし、病室にも合いそうだ」

「……ふーん、結構そういうの気にするんだ」

 

 意外そうに渋谷が言うので、俺は心外だと言わんばかりに。

 

「当たり前だ、適当に選んだら姉ちゃんにドヤされるからな」

「それはそれで、どうかと思うけど」

 

 なぜか呆れたような目線を受ける羽目になった。なんでだ。

 10cmも高い位置から、そんな視線で見下ろされると、なんだか居た堪れない気持ちになってくる。

 渋谷はその目線のまま、ガーベラを包み俺に手渡すと。

 

「そういえば浮島、友達はできたの?」

「お前は俺の親かよ……」

 

 今日は後藤といい渋谷といい、突拍子もない質問をするのが流行っているのだろうか。

 

「浮島って、なんか放っておけない感じがするからさ」

「おい渋谷、お前俺よりも10cmばかし背が高いからって保護者ぶるんじゃあないぞ!!」

「あ、やっぱり気にしてるんだ身長のこと。別に私はどうも思ってないけど、しいて言うなら浮島は弟キャラ? みたいな、うん」

 

 いや、キャラっていうか実際弟なんだが。

 というか、弟キャラって結局年下扱いしてるじゃないか。

 こいつ、妙に親切にしてくれるなと思ったら……そんなことを考えてたのか。花選び手伝ってくれたとき、ちょぴっと感動してたのに。あの時の感動を返してほしい。

 

「なに勝手に納得してるんだよ……あー、友達だったか? そうだな、後藤とは仲良くやらせてもらってる」

 

 つい1時間ほど前に、微妙な別れ方をしたばかりではあるが、少なくとも俺は後藤を友達だと思っている。

 といっても後藤は野球部で、背も高くミーハーなところはあるけど概ね爽やかな奴だから、クラスでも話の中心にいることの多い男だ。当然、友達も多いし、そんな後藤からすると俺は友達というカテゴリから外れた、1クラスメイトに過ぎないのかもしれない……そう思うと結構凹むな。

 

「そっか、ならいいんだけど。3年になると、グループが固まるのも早いから」

 

 どうやら気を遣ってくれていたのは本当らしく、渋谷の声はどこか優しかった。

 でも、それを言うなら俺も一つ気になっていたことがある。ここへ来る前に後藤と話していたから思い当たったことなのだが。

 

「渋谷こそ、学校終わったら店番に直行だろ? その、立派だと思うし……言いたくなかった構わないけどさ──大変じゃないのか?」

 

 思えば、俺が放課後病院へ通うのと同じように、渋谷もまた自宅である花屋へ寄り道せずに帰っているのだ。

 友達と遊ぶ時間があるようには、見えなかった。

 転校してきたばかりの俺が、知り合って間もない俺が気にするのは、お門違いかもしれないけれど。

 

「そうでもないよ。楽しいし、好きでやってることだから。それにもう少ししたら、お父さんも帰ってくるしね」

「へぇ、お父さんが。店主……なんだよな、出張とか?」

「まぁ、そんな感じ。大口の契約だーって張り切っちゃって」

 

 聞けば、販路拡大のために一月ほどの単身赴任を敢行していた渋谷の父親は、無事に仕事を終えたようで、今週末にでも帰宅するとのことだった。

 そうなれば渋谷の店番も機会が減って、具体的には休日の数時間程度にまで減るらしい。

 

「そいつはなんというか、お疲れ様でした」

「だから、別に疲れてないよ」

「いや、社交辞令だって」

「知ってる。でも、ありがとね」

 

 礼を言って、小さく微笑んだ渋谷は、なるほど確かに後藤の言うように、仲良くなりたい男子が多いのも分かる気がして。

 

「あー、そういやさ。実は──」

 

 なんだか照れ臭くなった俺は、誤魔化すように話題を切り替えた。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 ところ変わって病院である。

 病院の、4階。

 409号室の、ドアの前だ。

 俺はそこに立っていた。そこに立って、しかしドアを開けるのを躊躇っていた。

 なぜかと聞かれれば、前回訪れた際に姉と同室にいる北条さんが、わりと本気で姉に対し激怒している瞬間を聞いてしまったからだ。

 激怒も激怒、大激怒だ。

 いつも気怠げで、無気力な語り口調の北条さんが、あの時ばかりは大声で怒っていた。最初、誰の声か分からなかったくらいだ。

 しかも姉を問い詰めても、彼女が怒った理由については頑なに黙秘されたし……本当いったいなにをしでかしたんだ、うちの姉は。

 結局姉が要安静になってしまい、俺も10日ばかり病院に来ていなかったので、その後の進展については知らないけれど、あの様子からして和解している可能性は絶望的だし、なんなら関係が悪化している可能性もある。

 それを思うと、気が重い。

 あまりの重さに、取手にかけた手まで重たくなってしまったほどだ。

 一応、保険(・・)は用意したけれど、受け取ってくれるだろうか。

 ……いや、まぁこうやってグダグダ考えても仕方ない。仕方がないので、いい加減腹をくくろう。

 

「お邪魔しまーす」

「あ、弟くんじゃん。こんにちは」

 

 ドアを開けると、俺を出迎えたのは明るい声だった。

 明るい、女子の声。

 声の主はベッドの上に、上半身を起こした状態で寝ており、手鏡を片手に髪を整えているところで。

 艶やかな黒髪であった。

 肩口のやや下辺りで切り揃えられた黒髪の少女が、俺に向かって笑いかけていた。

 唖然として、俺はその笑顔を受け止める。

 受け止めた上で、顔のパーツやら声質やら、なにより遮るものがなくなってよく見えるようになった──鳶色の瞳に、半分くらい信じて、半分くらい疑って、つまり半信半疑のまま、俺は一言呟いた。

 

「…………北条さん?」

 

 

 

 



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自分の知っていることを、相手が知っている前提で話してはいけない

 

 

 前略、ドアを開けると、別人のようになった北条さんに挨拶された。

 

「……えと、こんにちは北条さん。すみません、ちょっと驚いちゃって」

 

 あまりの衝撃に、ぽろっと名前だけを呟いてしまったが、今日は北条さんの方から挨拶してくれたのだと思い出した俺は、しどろもどろになりながら言葉を返す。

 

「うん、イメチェンしてみたんだ」

 

 イメチェンをしたのだと、驚きを隠せない俺に北条さんは言った。

 イメチェンとは、ご存知の通りイメージチェンジの略語である。

 たいていの場合、髪型や髪色、もしくは服装を、印象をガラッと変えた人に対して使われる言葉であり、そういう意味ではボサボサで好き放題に伸びていた黒髪を切り揃え整えた北条さんにも、この言葉は当て嵌って然るべきなのかも知れない。

 が、しかしだ。

 俺が驚いたのはそこではなく、そこだけではなく、彼女の表情についてだった。

 無気力でも、無関心でも、無感情でもない。本来そうであったのだろう、無邪気な笑みを浮かべる北条さんに、そのパッチリ開いた鳶色の瞳に見つめられて、俺は思わず視線をそらしてしまう。

 

「あー、その。似合ってます、凄く」

「あはは、ありがとね」

 

 挨拶されたばかりか、お礼まで言われた。

 月の初めに出会った頃とは大違いで段違いな対応だ。

 なんて返せばいいんだろう。

 そもそも、彼女とはもとより大して絡みがあったわけでもないので、これ以上の会話をいかに続けるべきなのか、俺は分からなくなってしまった。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の時が流れる。

 話しかけてくれたのは嬉しいけれど、会話のノリを量りかねるというか、どんなテンションで話すべきなのかが定まらない。

 すると返事に迷う俺の態度を、はたしてどう受け取ったのか、北条さんは眉を八の字に傾けて。

 

「……ごめん、困らせちゃったかな。急にこんな風にされても戸惑っちゃうよね」

「い、いや!! そういうんじゃなくて……」

 

 ションボリとした北条さんの表情に、俺は反射的に否定する。

 確かにちょっとだけ困ったけど、今少し戸惑ってるけどっ。決してマイナスな意味ではない、びっくりはしたが、北条さんの態度が軟化したのは俺にとっても喜ばしいことだ。

 少なくとも、初対面のときよりはずっといい。

 うちの姉とも是非この調子で仲良くしていただきたい。そういえば、この変化を俺以上に喜びそうな、狂喜乱舞しそうな姉の姿が見えない。

 こういう空気が微妙なときこそ、あの猪突猛進暴走マシンである姉の出番だというのに、どこに行ったのやら。

 なんて、心中に姉への愚痴をこぼしていると。

 

「ん? あぁ、真莉姉さんなら、お手洗いだよ」

「あ、どうもです」

 

 俺の視線から意図を読み取ってくれたらしく、北条さんは姉の居場所を、居場所を……真莉姉さんんん??????

 ほ、北条さんが姉のことを真莉姉さんって、え? ナンデ? マリネエサンナンデ? 前に来たときは一発即発の、むしろもう爆発してる空気だったのに。

 どうしてそうなった。

 

「は、あ、ま、真莉姉さんって、真莉姉さんって……あの、北条さん」

「う、うん」

 

 思考回路がバグった挙動で話しかけてしまったが、おかげで北条さんもびっくりさせてしまった様子だったが、それどころではない。

 なぜなら、俺には北条さんからわけを聞くという使命があったからだ。

 

「弱味でも握られて脅されたんですか?! 大丈夫ですよ無理しなくても、俺がキッチリ締めておくんで。あんのバカ姉タダじゃおかねえ!!」

 

 全く本当に。

 出会って一ヶ月の相手に自分を姉呼びさせるって、どうなってんだ姉の頭ん中は。

 いったいどんな手口を使ったのかは知らないが、そっちがその気なら俺にも考えってものがある。

 なにせ姉の娯楽ラインを握っているのは他ならぬ俺なのだ、やろうと思えば姉を干して退屈にするなど造作もないこと……どうしてやろうか、どうしてくれようかバカ姉め。

 俺は拳を握りしめ、姉への制裁を誓った。

 そして、誓った俺を見て、北条さんは耐えかねたように。

 

「──ふふっ、あははは、あっはははは!!」

「ほ、北条さん?」

 

 笑いだした。

 堪えようとしていた感じの小さな笑いが、次第に我慢できなくなったのか、ついには声に出して笑い始めてしまった。

 

「ど、どうかしたんですか? なんで急に……」

 

 姉の脳天へ落とすために振り上げたゲンコツが、落とし所を見失って宙ぶらりんになる。

 所在なさげに揺れる俺の拳を横目に、笑いすぎて目尻にたまった涙を、人差し指で拭いながら、北条さんはなおもクスクス笑いながら。

 

「だって、だって弟くん──真莉姉さんの話題になった途端に元気になっちゃうんだもん」 

「なぁ?!」

 

 なんてことを言い出すんだ。

 俺が姉の話になったからって、それで元気になったって、我田引水のいき過ぎもいいところである。

 

「あれ、違うの?」

「ち、違いますよ!! 俺はただ、姉ちゃんが北条さんに迷惑をかけてるんじゃないかって」

「別に慌てなくても、真莉姉さんを盗ったりはしないって」

「だぁからぁ!! 違いますって!!」

 

 なぜか知らんが、北条さんが食いついてきた。あれだけ忌避していたはずの姉の話題に。マジになにがあったんだ。

 話題を、話題を変えなくては。

 ……こういう時に限って、ろくな話題転換が思いつかない。

 あぁ、でも。そうだ、いい物があるじゃないか。

 こんなタイミングで使うことなるとは思っていなかったし、想定もしていなかったけど、話の舵を切るには丁度いい物があるじゃあないか。

 俺は手に持っていたビニール袋から、それを取り出し、半ば突き出すように北条さんへ差し出した。

 

「あの、北条さんっ。これどうぞ」

「これって……」

「ガーベラです。花瓶もあるんで、もし良ければですけど、窓枠にでも置いてもらえたらって」

 

 姉に買った白いガーベラとは別に、北条さんへの贈り物として買ったオレンジ色のガーベラだ。

 姉と北条さんの、関係修繕の切っ掛けというか、その一端を担えればと思い購入したのだが、なので本来の役割とは全く違った使い方になってしまったが、やむを得ない。

 だいたい、俺の見立てではもう、その意味ではもうすでに、使う必要はないように思えた。

 

「……ありがとうね。それと、ごめんなさい。前は凄く失礼なことを言っちゃって……反省してる」

 

 受け取ったガーベラを、花瓶ごと抱きしめながら、北条さんはお礼の言葉を返してくれた。

 

「今は気にしてないですよ。誰だって、間違えることはありますから」

 

 だから、間違えたら謝って。

 そして、謝られたら許せばいい。

 完璧な人間なんていないんだし、不完全な人と人とが付き合っていくのだから、そのくらいが丁度いいのだと、俺は思ってる。

 これはあの破天荒な姉と、なんだかんだと15年付き合ってきて得られた知見であった。

 

「……なんか、自信失くすなぁ」

 

 なにか眩しいものでも見るように目を細めて、北条さんはそう溢した。

 

「私、小さい頃から入院続きだったからさ。周りには大人の人が多くて、学校の同級生よりも、その人たちと話している時間の方がよっぽど長かったんだよね」

「はぁ、そうだったんですか」

 

 北条さんの伝えようとしていることが分からず、解せず、俺は生返事をしてしまう。

 ただ、少なくとも、彼女のこれまでを取り巻いていた状況の、その端っこくらいは垣間見えた気がした。

 

「そんな毎日だったから、かな。久しぶりに学校に行くと、クラスメイトが皆んな子供っぽく見えちゃったりして……今思うと、そんな風に思ってる私が、実は一番子供だったんだろうけど」

 

 クラスに一人や二人はいる、斜に構えたやつだったのだろう。自分は周りの子供とは違うんだと思っている子供。

 彼女がそうであったことは、そうであった理由も含めて、理解できる気がする。

 

「でも、まぁ自覚してからは、自覚したからには、ちょっとは大人になれたのかなー。なんて、思ってたんだけどね」

 

 そう言って、長い前置きを言い終えて、北条さんは俺に向かって言い放った。

 

「弟くん──幸太くんだっけ? 中学生になったばかりとかだよね。なのに、私なんかより凄くしっかりしてるんだもん」

「お・れ・は!! 中学三年生だあぁぁあぁっ!!!!」

 

 思わず叫びながら、俺は制服のポケットから学生証を取り出し、彼女の眼前へよく見えるように、見逃すことのないように提示した。

 

「えっ、中三? 本当に?」

「流石に信じてくださいよ、身分証明書見たんだからっ!!」

「ってことはタメじゃん。しかも同じ中学だし、ウケる」

「ウケるな!! もう俺は北条さんのキャラが分からねえよ!!」

 

 いくらなんでもブレ過ぎだろう。

 うっかり敬語もかなぐり捨ててしまった、いや同級生ならタメ口でも不思議ではないのだが、てか中学校も一緒なのか……立地を考えればおかしな話でもないけれど。

 

「真莉姉さんと話してて思い出したんだけど、私って元はこんな感じだったんだよね。幸太くん……いや、同い年だし幸太でいっか、いいよね?」

「えっ、いや、その……いい、ですけど……」

「んー、敬語は止めない? 小慣れてるのは分かるけど……せっかく同級生だって分かったんだしさ」

 

 北条さん──いや、北条がそういうのなら是非もない。

 

「……分かったよ。北条、これでいいか?」

「お、いいじゃん。なんか同い年の人と話すの久しぶりだなぁ……花まで貰っちゃったし」

 

 俺だって同い年の女子に花を贈ったのなんて初めてだ。

 やばい、北条が同学年だって判明したせいか、今更になって恥ずかしくなってきたぞ。

 さっきとは別の意味で、二の句を続けられない。会話の流れを変えるために渡した花が、今度は会話の流れを堰き止めてしまった。

 

「加蓮ちゃんただいまーっ。お、幸太もいるじゃん、久しぶり。……なになにこの雰囲気、加蓮ちゃんてば見慣れない花持ってるし、私のいない間に二人の距離が縮まっちゃったって感じなの? 私の入る隙間はもうないってことなの? どうなの幸太」

「一息が長え」

 

 ドアを開き、浮島真莉登場。

 現れたと思ったらポンポンよく考えもせずに言葉をばら撒きやがって。

 聞きたいことがあるのは俺の方だ。

 

「姉ちゃんこそ、北条となにがあったんだよ。この間は怒られてた癖に、真莉姉さんってなんだ真莉姉さんて、なにがどうなったらこうなるんだ?」

「雨降って地固まる。ってやつ? いやー、ほら私と加蓮ちゃんは今やベストパートナーだからね、例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット!! ウッチャンに対するナンチャン!! 高森朝雄の原作に対するちばてつやの“あしたのジョー”!! そうだよね加蓮ちゃん?!」

 

 ね? と姉が同意を求めると、北条は申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「えっ、ごめん真莉姉さん。その例えはちょっと分かんない」

「なん……だと?」

「はっはー!! ざまあ見晒せ、全人類がジョジョ4部を履修してると思ってるからそういう目に合うんだ!!」

 

 自分の言葉で伝えないから痛い目に合うんだよ。

 

「あのさ幸太、勝ち誇ってるところ悪いんだけど、後ろ後ろ」

「ん? なんもねえけど」

 

 北条に言われて振り返ってみたが、そこには窓があるだけである。

 

「じゃなくて、真莉姉さんの後ろ」

「え………あっ」

「気がついてくれてありがとうね、幸太くん。毎週お見舞いに来てくれてることは、私も尊敬しているんだけどね、それでも気をつけなきゃいけないことは、いくつかあるよね? 例えば、病室で大声を出したりとか」

 

 スッと、初めからそこにいたのであろう看護服の女性が、姉の影から現れた。

 俺は、彼女の名を知っている。

 後藤さん。姉の見舞いに行くとたびたび遭遇する看護師さんで、姉から厳しいと評判の人でもある。

 今日までそんな印象は全く受けなかったのだが、優しいお姉さんだとばかり思っていた俺に、彼女はとてもよい笑顔で、さながら絞首台へ登る罪人に告げるように。

 

「少し、お話ししようか」

 

 本日得られた新しい知見、後藤さんを怒らせてはいけない。

 

 

 



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助けて後藤さん

 

 

 

 5月5日。

 GWもそろそろ終わりを迎えようとしていたその日、例年より気温の高い今日は、例年通りこどもの日であった。

 

「まぁ、そうはいっても俺らもう中3だし、言うほど子供じゃあないし、今更こどもの日だからって、特別なにかをするわけでもないよな」

「……浮島、話が読めない」

「いや、今日はこどもの日だなって話」

 

 そうなのだ。

 確かに本日5月5日はこどもの日であるが、俺ぐらいの歳になると、なんというか単なるGWの休日その4やら5に過ぎず、俺は今日も今日とて病院へ行く前に見舞い用の花を購入しようと、『Flower Shop SHIBUYA』を訪れていた。

 

「ふーん、表通りに小さいこいのぼりが飾ってあるのは見たけど」

「あー、そういやあった気がする。あとはこども服が安くなってたりとか」

 

 そこにいたのか、こどもの日要素。

 危うく見逃すところだった。

 ちなみに数百メートルほど離れた商業ビルの4階服飾フロアでは、こどもの日フェアと銘打って、こども服のセールを行っていたらしく、似たような催しがあちこちで、それこそ全国規模で行われているのだろうが、やっぱり俺たちには関係のない話である。

 

「……浮島なら、ギリギリ着られるんじゃない?」

「おい待てこら渋谷、誰がこども服サイズがジャストフィットのチビだ!! こどものお使いってか?!」

「いや、そこまでは言ってないし。冗談だって冗談」

 

 どうどう、と(てのひら)を向けてくる渋谷……こいつが言うと冗談が冗談に聞こえない。

 本当クールっつーか、起伏の乏しい表情をしている彼女は、表情筋に服を着せたような姉と違って揶揄(からか)ってる時とそうでない時の差が分かりにくいのだ。

 

「そういえば、あのガーベラの子とは上手くいったの?」

「あぁ、おかげさまでな」

 

 ガーベラの子。というのは4月末に俺がガーベラを贈った相手、姉のお隣さん、北条加蓮を指している。

 姉と北条の関係が絶望的になる前に、どうにかならないかと苦悩した俺は、ベタで古典的でありきたりな手として、北条へプレゼントを贈ることにした。そして選ばれたのがオレンジ色のガーベラであり、購入するさいに渋谷へは少しだけ事情を説明していたのだった。

 

「結局、俺の取り越し苦労というか、取り越し苦悩だったっぽいけど……てかそいつ、俺らと同じ中学らしいんだよ。しかも学年まで一緒」

 

 世間は狭く、北条と俺は同じ中学校に通っている同学年だと判明した。俺と同学年ってことはつまり、渋谷と北条も同学年になる。

 すると渋谷は思い当たる節があったのか、しばらく思案顔になると。

 

「……もしかして、北条加蓮さん?」

「やっぱ知ってたのか」

「本当に知ってるだけだよ。去年同じクラスだったけど、北条さん学校に来られてなかったから」

 

 それは、北条自身も認めていたことだ。

 中学に上がってからは、ほとんどの時間を病院のあの部屋で過ごしていたと。

 彼女がどんな気持ちで2年間もの間、入院生活を送っていたのかなんて、もちろん俺なんぞに推し量れるはずもない。

 ただ、こうして実際にクラスメイトであったはずの渋谷が、北条の名前しか認識していなかった事実を知ると、ほんの少し胸が痛む。

 本来であれば1年間同じクラスで、学校生活を共にして──もしかしたら、二人は友達になれていたのかも知れない。とか、そんなことを考えてしまう。

 俺が考えたって、どうしようもない事なのに。

 

「……んじゃ、俺そろそろ行くよ」

「うん──あ、浮島。ちょっと待ってもらってもいいかな、時間大丈夫?」

「あぁ、時間は問題ないけど」

「待ってて、すぐ戻るから」

 

 言うなりカウンターの奥にある、居住スペースに続いているのだろうドアを開けて行ってしまった渋谷。

 おい、この状況でお客さんが来たらどうするんだよ。なんて考えてるうちに。

 

「お待たせ。はい、これ。持ってって」

 

 差し出されたのは、透明なフィルムでラッピングされた焼き菓子だった。目算で20枚くらいの花を模したクッキーが、黄色のリボンの結ばれた袋に入っている。

 

「最近、お母さんがクッキー焼くのにハマっててさ。友達にあげる分って持たされたんだよね」

「それ、俺が貰っちゃっていいのか?」

「私がいいって言ったんだから、いいんだよ。浮島とお姉さんと……あと、北条さんの分ってことで。今更かも知れないけど、さ」

 

 渋谷は、どことなく気不味そうに、それでもクッキーを俺の手に持たせた。

 今更。と渋谷が言ったのは、きっと去年クラスメイトだった頃に、なにもしなかった自分が、今になってお見舞い品を贈ることへの皮肉なのだろう。

 

「今更、なんてことはないだろ。きっと北条も喜ぶ」

「そうかな……そうだと、いいんだけど。なんかゴメンね浮島、勝手に間に挟んじゃって」 

 

 本当なら直接渡しに行くのが筋だと考えているようで、渋谷は申し訳なさそうに目線を落とした。

 そこまで思い悩むことはないと思うが、根が真面目で真摯に考えたからこそ、彼女は罪悪感を抱いたはずで。

 だから俺は。

 

「気にすんなって、クラスメイトだろ? これくらい、それこそ──こどものお使いみたいなもんだ」

 

 今日はこどもの日で、こどもの日なのだから。今日くらいは、こどもっぽい事をしてやろうじゃないか。

 茶化すように笑うと、釣られて渋谷も小さく笑う。

 

「そっか、じゃあ頼んじゃおっかな」

「おう、頼まれた」

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

『ノミっているよなあ・・・ちっぽけな虫ケラのノミじゃよ! あの虫は我我巨大で頭のいい人間にところかまわず攻撃を仕掛けて 戦いを挑んでくるなあ!

 巨大な敵に立ち向かうノミ・・・これは『勇気』と呼べるだろうかねェ、ノミどものは「勇気」とは呼べんなあ

 それではジョジョ!「勇気」とはいったい何か!?

「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃあッ!

 人間讃歌は「勇気」の讃歌ッ!! 人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!! いくら強くてもこいつら屍生人(ゾンビ)は「勇気」を知らん! ノミと同類よォーッ!!』

「きゃー!! ツェペリ男爵カッコいい!!」

「…………」

「なんだこれ」

 

 いや、本当になんだこれ。

 どういう状況だ。

 病室のドアを開けると、姉と北条がテレビに張り付いていた。

 テレビに張り付いて、アニメを見ていた。

 まぁ、姉はわかる。姉は結構なアニメ好きだし、俺もその手のBD/DVDを山ほど持ち込んでいるので、姉がこうなってるのはまだ分かる。

 しかし北条まで同じように夢中になるとは……かなり真剣な表情で見てるし。

 どこか琴線に触れるシーンでもあったのだろうか。

 

「幸太っ、いいところに来たねぇ〜。ほら、椅子に座った座った」

「待て姉ちゃん、ナチュラルにアニメ鑑賞に混ぜようとするな。挨拶くらいさせてくれ、こんにちは北条」

「ん、こんにちは幸太。今日もおつかれー」

 

 せめて挨拶のときくらいは視線をこちらへ向けて欲しかった。

 俺の扱いが雑なのは間違いなく疑いの余地なく、姉の態度を見習っているからだ。おのれバカ姉。

 

「そう思うならポジション代わってくれ……それ、面白いか?」

 

 俺がテレビの画面を指差し、問いかけると北条はやっぱり真面目な顔で。

 

「うん、生きるってことの意味を考えさせられるっていうか。見てて熱くなってきちゃう感じ?」

「ふぅん……この間はあぁ言ってたけど、俺からすると北条の方がよっぽど大人に見えるよ」

 

 少なくとも、俺が最初にこのアニメを見たとき、そこまで深い感想は抱けなかった。

 

「いやぁ、先週の例えが通じなかったのが悔しくってさ。加蓮ちゃんには1部から見てもらってるんだけど、適性があったみたいでなによりだよっ」

「おい最年長」

「一通り終わったら次はどのアニメに行こうかな〜、あえて古典アニメから入るというのも……」

「あー、うん。好きにしてくれ」

 

 見るか否かは北条が決めることだし。

 しかしどうだろう、この調子でこのペースだと、一年後にはやたら古いアニメに詳しい北条加蓮が爆誕してしまいそうだ。

 それはそれで、怖いもの見たさで見てみたくもあるけれど。

 とりあえずは、だ。

 

「楽しんでるとこ悪いけど、ちょいと一時停止頼む。二人にお届け物を預かってんだ」

「え、私にも?」

「おう、北条にも」

 

 意外そうな顔をする北条。

 きっと心当たりがなくて、差出人が分からず、加えて姉と同時にってとこが混乱を深めているに違いない。

 俺は鞄からクッキーの入った袋を取り出して、二人に分かるよう掲げて見せる。

 

「花屋の……えっと、実家の花屋を手伝ってる同級生の渋谷から。北条とは去年クラスメイトだったらしいぞ」

「……そっか」

 

 北条は、そう一言だけ呟いて、一言では言い表せない表情を浮かべクッキーを見つめていた。

 彼女が、いったい何を思ったのか。

 俺には分からなかった。

 ただ、どこか困っているように見てなくもなく。

 そんな北条に、俺は上手く言葉をかけられなくて。それを補うように、姉は端的に、それこそが正解なのだと言わんばかりに笑った。

 

「よかったね、加蓮ちゃん」

「真莉姉さん……」

「気持ちは、なんとなく分かるけど。きっとその渋谷さんも、勇気を出して贈ってくれたんだと思うから」

 

 勇気。

 そうだ、本人も迷いはしていたが、最終的に渋谷は俺にクッキーを託した。あの決断には、きっと勇気が必要だったはずだ。

 あり得たかも知れない関係を、今日から、ゼロから始める決意を。

 

「そう、だね。そうだよね。幸太、私の代わりにお礼を言ってもらっても大丈夫?」

「あぁ、お安い御用だ。任せてくれ」

「ありがと。ホントは凄く嬉しいんだけどさ、なんて言うのかな……こういう時に、どう喜べばいいのか思い出せなくって」

 

 多分、これが北条の嘘偽りのない、違えようのない本心だったのだろう。

 長期に渡る入院生活で、彼女が失ってしまったものの一つ。

 でも、失ったからといって、忘れてしまったからといって、それが永遠に続くわけじゃない。

 失ったなら、取り戻せばいい。

 忘れたなら、思い出せばいい。

 今すぐには難しくても、いずれ時間をかけてゆっくりと、気が済むまで。

 

「で、幸太。その渋谷さんって子はさ、女の子なの?」

「えっ、うん、まぁそうだけど……」

 

 唐突に聞かれて、俺はそう答えた。

 答えてから、しまったと思った。

 飢えた獣の目の前に、肉を担いで飛び出してしまった、と。

 

「へぇ、ふぅーん。私の知らない間に、女の子とクッキー貰うような仲になってたんだ。これは根掘り葉掘り聞かないとだねぇ?」

「待て待て待て、にじり寄って来るんじゃあないっ!! ただのクラスメイトで、よく行く花屋の店員ってだけだよ渋谷は。やれやれ、これだから直ぐに恋愛と結びつけたがる奴は困るぜ」

「スカしてるとこ悪いけど、そっちこそ入院生活長過ぎて恋バナに飢えた人間の貪欲さを舐めてもらっちゃあ困るよ。その証拠にほらッ!! 加蓮ちゃんも興味津々にこっちを見てるっ!!」

 

 ズビシィッ!! 

 と、姉の人差し指が示した先を見てみれば。体はこちら側へ向けているのに、首だけ横に反らした北条がいた。

 いや、誤魔化せると思ったのかそれで、本当に。

 

「ね、加蓮ちゃんも気になるよねー??」

「そ、そんなんじゃないけど……クッキー貰ったお礼もしたいし、どんな子なのかは気になる、かな」

 

 言いながら、チラッと視線を向けてくる北条。

 2対1になった瞬間である。

 嘘だろ……嘘だと言ってくれ北条っ。

 姉が臨戦態勢になっただけでもシンドイのに、北条までそちらに回ってしまったら打つ手がない。

 万事休す。

 進退窮まった。

 

「まずは馴れ初めからいこうか」

「お礼を贈るなら、性格も知っとかないといけないしさ……?」

 

 前門の姉に、後門の北条。

 退路を絶たれた俺は、絶体絶命の危機に追い込まれた俺は、活路を見出すべく。

 怒られない程度の音量まで絞ると、病室の外へとこう言った。

 

「た、助けて後藤さん!!」

 

 

 

 



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やりやがったなぁ渋谷っ!!

 

 

「あのさ浮島、ちょっと頼みがあるんだけど」

「渋谷が俺に? 珍しいな」

 

 5月も終わりを迎えようとしていたある日の放課後、終礼が終わるや否や渋谷は俺の席までやって来て、座ったままの俺を見下ろしながら、そう言った。

 まぁ例え俺が立ち上がったところで、渋谷には見下ろされる他ないのだが……いや、人間20歳までは背が伸びると聞く、俺だって後20cmくらい伸びるはずだ。

 しかし、珍しいといえば渋谷と学校でこうして話すこと自体が珍しい気がする。

 暗黙の了解。って程じゃないにせよ、俺と渋谷の会話はほぼ花屋で行われていたから。

 

「今日は友達と遊びに行くから……その、今のうちに預かって欲しくて」

「あー、そういうこと。いいぜ、お安い御用だ」

 

 渋谷は俺の机に一枚の封筒を置く。

 シンプルな白地に若葉色のストライプ模様の封筒であった。

 封筒ということはつまり、まさか中身が空なんてオチはなく、当然のように便箋が入っているわけで。

 便箋、手紙。

 差出人は渋谷で、受取人は誰なのかと言えば。

 

「ありがと、北条さんによろしく言っておいて」

「あいよ、確かに受け取った」

 

 あの日、渋谷からクッキーを受け取った北条は、どんなお礼を返すか散々悩んだ末に、姉のアイデアにより手紙を書くことにした。

 だったら姉と北条の二人がかりで尋問されたあの時間は何だったんだと問いたくなるが、声を大にして抗議したいが、それはさて置き。

 北条は渋谷に、お礼として手紙を書いたのである。

 で、俺は快く配達員を務め、渋谷に北条からの手紙を届けた。

 すると渋谷が返事を書くと言い出したので、俺はそれも同じように配達したのだが……お察しのとおり、それから始まったのは手紙配達の日々だ。

 北条がお手紙を書き、俺が配達し。渋谷が返事を書いたら、俺が届ける。

 ペンフレンドの橋渡しというやつである。

 そんな日々が、ここ一ヶ月ほど続いている。

 いや、まぁ。それが疲れるだとか、そろそろ辞めたいと思っているだとか、嫌になったってわけではない。

 わけではないが、こんな風になるとは思ってもみなかったので、ほんの少しだけ驚いてはいる。

 直接お見舞いに行けばいいのにと俺は思ったけれど、第三者が言うべきことでもないし、二人は今の関係に満足しているようだったので、それでよいのかも知れない。

 

「それとさ、今日は店に……いや、やっぱいいや」

「おいなんだよ、そこまで言われたら気になるじゃんか」

 

 中途半端に話を切り上げて、渋谷は席を離れようとする。

 店に、なんだ。何があるんだ。

 

「そこは、ほら。行ってからのお楽しみってことで」

「余計に気になるんだけど??」

「じゃあ浮島、また明日ね」 

「あっ、おい渋谷!!」

 

 追求の目線と言葉を避けながら、鞄を手に取り友人と合流して、さっさと教室を後にする渋谷。

 マジで帰りやがったよあいつ……え、花屋に行くのが少し怖くなってきたんだけど。

 とはいえ、花を取り替えなければならない日であるのも事実なので、そして今更別の店に行く気にもならないので、結局は行かざるを得ないのだが。

 

「おい、浮島ぁ!! なんだ今のッ!! ま、まさか……ら、」 

「ラブレターとか抜かしやがったら許さんからな」

「んだよ違うのか……」

「つーか人の封筒に食いつくなよ」

 

 あからさまにホッとしやがったな後藤のやつ。

 ご丁寧に渋谷が友達と帰るまで、タイミングを見計らっていたらしい。

 迫りくるスポーツ刈りから封筒を逃がしながら、俺は後藤の胸板に逆水平を入れた。

 

「前に姉ちゃんが入院してるって言ったろ? 同じ部屋に俺らの同学年がいて、そいつと渋谷が手紙のやり取りしてるんだよ。で、俺はその配達員ってわけ」

 

 だからお前が考えてるような話じゃないぞと、俺は後藤に伝えたが、それで止まってくれればと思ったのだが。

 

「……北条か」

「あれ、知ってんの?」

 

 こちらの想像以上に、どこか神妙な声色で後藤は北条のことを口にした。

 

「1年の時に同級生だったんだ。それで、一回だけ学校で会ったんだけど……俺、北条のこと怒らせちゃってさ」

「ふぅん、まぁなんとなく想像はできるけど」

 

 おおかた、いつものテンションで話しかけた後藤を、出会った頃のような感じで北条が撃沈させたのだろう。

 

「なんとなくで想像された……いや、たぶん当たってる。でもそっか、北条と渋谷が……ん? いや待て、浮島お前渋谷に飽き足らず北条とも仲良くしてんの?! ざっけんなよこの役得チビ!!」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ!! つーか言ってはならんことを言いやがったなスポーツハゲ野郎!!!!」

「これはハゲじゃねえよ!!!!!!」

 

 そこから先はよく覚えてないが、担任の(さえずり)先生が慌てて止めにくるまで後藤と取っ組み合いをしていた気がする。

 違うんですよ囀先生、後藤のやつが俺のことを顕微鏡サイズのマイクロバクテリアって言うから……

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「ったた。後藤のやつ思い切り引っ叩きやがってあの野郎……」

 

 少なく見積もっても2倍くらいは叩き返したはずだが、倍返しにしたはずだが、向こうの方が一撃は重いのでダメージ的にイーブンである。

 なので俺は謝らない。

 赤くなった頬を摩りつつ、渋谷のいない店内で今日の花を選ぶ。

 結局、渋谷が言いかけていた話の正体は分からずじまいだ。店には渋谷ではなく、彼女の母親がいて、それ以外はいつも通りである。

 でも……なんというか、変な感じだ。

 渋谷はあぁ見えて、いやご存知の通り面倒見が良いので、ほかに客が入ってない時は花選びを手伝ってくれる。だから、こうして一人で花を選ぶというのは、実のところ久しぶりなのだ。

 別に寂しいとか、そういうわけではないれけど。

 強いていていうなら、渋谷の含蓄がないと、ほんの少し物足りない。

 俺の花選びが難航していると、見かねた渋谷が声をかけてくる。

 そんないつものパターンも、今日はない。

 例えば、こんな風に花を吟味していても──

 

「少年、悩んでいるのかい?」

 

 話しかけてきたのは、同級生の渋谷ではなく、渋い外見のおじさんだった。

 白い生地に青のストライプ模様のシャツ。その上から紺のエプロンを身につけた、顎髭の生えた中年の男性だ。

 ドラマの中でしか見たことのないような、ダンディーな顎髭を整えており、これが世間でいうところのイケオジってやつなのだと俺は理解した。

 

「ははは、急にすまない──君が浮島くんだろう? 話は娘から聞いているよ」

 

 突然の出来事に固まっていると、男性は小さく笑いながら俺に確認をとる。

 うーん、外見を裏切らない深みのある声だ。俺もこんな声が出れば小学生に間違われたりしないのに……いや、羨ましがってる場合じゃない。

 もう察しはついている。

 服装と、セリフと──なにより小さく笑った口元から、俺はこの人が誰であるか気がつくことができた。

 

「えっと、初めまして、浮島幸太です。渋谷のお父さん…….ですよね?」

 

 一応聞いてみると、男性は快活な笑みを浮かべて。

 

「ご名答。私は渋谷涼という、よろしく浮島くん。それにしても、よく分かったね」

「いや、その──口元が、似ていたので」

「なるほど……そうか、口元か」

 

 男性──渋谷涼さんは、これまた面白そうに笑いながら俺に言った。

 

「君は娘のことをよく見ているようだ──付き合っているのかい?」

「んぶふっ!!!!」

 

 あっさりと、世間話みたいな口調で言った。

 

「おや、その反応から察するに違うみたいだね」

「そ、そりゃ違いますよっ。ていうかなんで少し残念そうなんですか……」

 

 世の父親というのは、娘に彼氏ができることを嫌がる風潮にあるものだと、俺は勝手に思っていたのだけれど。そして、それは思い違いでないと考えていたのだけれど、どうも彼は違ったらしい。

 

「娘は……凛は父親の贔屓目を抜きにしても、とても芯のしっかりした子だからね。あの子が交際したいと思えるだけの相手に出会えたのなら、それは私にとっても喜ばしいことなんだよ」

 

 穏やかな口調で、渋谷さんは頷いた。

 なんというか、あの娘にして此の父親ありといった感じである。

 娘への、渋谷へ寄せる全幅の信頼。

 その姿勢の、思考のブレなさは渋谷に通ずるものがあって。

 

「だが、しかしだ。違ったのなら謝るよ、すまない浮島くん、おかしなことを訊いてしまったね」

「い、いえ。少し驚きましたけど、驚いただけなので、気にしてません」

 

 あぁ、この人は渋谷の父親なのだなと。俺は当たり前のことを、当たり前のように思った。

 まぁ彼女の父親にしては、茶目っ気が多い感じではあるけれど。

 

「そうかい? ならせめてのお詫び──いや、娘と仲良くしてくれているお礼に、今日の選花を私に手伝わせて欲しい」

 

 一体全体、渋谷がどこまで俺の話を父親にしていたのかは知らないが、少なくともこの人は俺が『Flower Shop SHIBUYA』に通って、花を選んで買っていることは知っているようだった。

 にしても渋谷め、なにを隠していたのかと思えばこのことか。

 父親がしばらく前に出張から戻ってきたという話は確かに聞いていた。その後の動向については流石に聞き及んでいなかったけれど、きっと渋谷のことだから黙っていた方が面白いと判断したに違いない。

 そういうとこあるからなぁ。

 思い直すと、渋谷は渋谷で悪ノリすることがあった……ばっちり親子だった。

 

「それは……願ってもないお話です。でも、渋谷さんも俺のこと、どうして分かったんですか?」

 

 もしかすると、その辺も渋谷から説明があったのだろうか。

 例えば、その、あくまで例え話であって、彼女がそんな説明をした可能性について言及するだけで、俺が意識してるってわけじゃ全然ないけど、背が低い男子。とか。

 あ、ダメだ。自分で言ってて結構心にきた。

 なんて、俺が一人で勝手にダメージを受けていると。

 自考自爆していると。

 渋谷さんは、ゆったりとした嬉しそうな声色で。

 

「凛が言っていたよ。『うちの制服を着た男子が真剣な顔で花を選んでいたら』それが君だとね」

 

 ……ったく、伝言が曖昧すぎる。

 俺以外の男子がここに来て、真剣に花を選んでいたらどうするつもりだったんだ。

 もしくは、仮に他に誰かがいたとしても、最初に来るのは俺だろうという確信のなせる技か。

 あー、もう。気恥ずかしいこと言ってくれるじゃないか渋谷のやつ。

 思わず、意図せず、グッときてしまった。

 

「そう、ですか……渋谷がそんなことを」

「うん、あとは身長が155cmくらいなら間違いないと──」

「やりやがったなぁ渋谷っ!!」

 

 決めた、あいつにはグーで1発入れよう。

 なぜか堪え損ねたように笑い始めた渋谷さんの渋い声をBGMに、俺はそう決意するのだった。

 

 

 

 



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趣味:ネイル

 

 

 さて、言動はともかく、渋谷涼さんは単なる甘いマスクの面白おじさんではない。

 渋谷の父親であり『Flower Shop SHIBUYA』の店長、彼女にとっては花の師匠でもある。

 そんな渋谷さんが手伝ってくれたのだから、花選びは難航することなく、難なく終わった。

 花を選んでいる途中に、渋谷とのことを色々と、それこそ根掘り葉掘り、そして花掘り聞かれたけれど、必要経費というやつだろう。

 少なくとも俺には疚しいことなどない。

 渋谷は俺を弟キャラ扱いしてくるたまに愉快なクラスメイトである。

 それだけの話だ。

 あとでいっぺん〆る件については、今はまだ胸の内に秘めておこう。

 まぁ、そんなこんなで、俺は花屋を後にし病院へと向かった。

 いつもの病院の、いつもの病室、409号室へ。

 

「でね、ここはこの公式を当てはめるんだけど、注意しなくちゃいけないのが──」

「あっ、そっか。順番を間違えると不等号が逆になるんだ」

「そゆこと、加蓮ちゃん飲み込みが早いな〜、教え甲斐があるよ──どっかの幸太と違って」

「おいやめろ、弟を名指しで槍玉に挙げるな」

 

 で、いつもの409号室で。

 俺はなぜか、実の姉であるところの浮島真莉に、学力について叩かれていた。

 

「へー、幸太って勉強苦手なんだ。なんか意外」

「べ、別に苦手ってわけじゃない。本番に少し弱いだけだっ」

「そうだよね、その通りだよね。私が付きっきりで教えたのに、しょうもないミスで平均点を下回っただけだもんね。私全然気にしてないけど」

「思いっきり根に持ってんじゃねーか!!」

 

 根に持つどころか、話の枝葉を広げて、会話に花を咲かせてやがるじゃねーか。

 どうしてこんな話題になったんだったかな。

 あぁ、そうだ。

 思い出した。

 確か北条に渋谷から預かっていた手紙を渡したら、そこに6月末の定期考査について書かれていて、それで勉強の話になったんだ。

 おのれ渋谷。俺は義憤を燃やした。

 しかし、まぁ姉は頭がいいし、こうやって北条に教えている様子を見ていると、それに実際に教えられた身としては、姉の家庭教師としての適性の高さに疑いの余地はない。

 そんな姉のマンツーマンを受けながら、模擬試験では悪くない点数を取っておきながら、本番でプレッシャーに負けて平均点を下回った俺にも責任がないわけでもないのだ。

 

「ほら、幸太もノート出す。次はちゃんと点数とってきてよね?」

「うぐっ、分かってるよ……」

「なんかゴメンねー、私は課題だけだからさ」

 

 ぐぬぬ。

 試験を受けに学校へ行くことができない北条は、代わりとなる課題をこなすことでそれらを免除されている。

 しかし本人が望んで免除されているわけではないのに、そこへ言及するわけにもいかず、結果として俺は声にならない歯軋りをするしかなかった。

 

「でも、さっき意外って言ったのは本当だよ? 幸太、こういうの卒なくこなすイメージだったし」

「かなりの緊張しいだからねー、幸太ってば。その辺は私に似てないんだもん」

「仕方ないだろっ、だってさっき解いた問題とか、ミスしてないから気になるじゃんか」

 

 特に数学の文章題とか、答え出したあとに気になって戻って確認したくなるじゃん?

 俺が訴えかけると、姉は真顔で、当たり前のことを言うように。事実、姉にとっては当然のことなのだろう。呆れた声でこんなことを言う。

 

「それを気にし過ぎて時間が足りなくなってちゃ世話ないよ、ある程度は割り切って全体のクオリティ上げなきゃ」

「おっしゃる通りだよチクショウ!!」

「わーお、真莉姉さんマジレスじゃん」

 

 ダメだ今日も味方がいない。

 北条はこういう時、基本的に姉側に立つ。

 元はと言えば姉と北条が仲良くなって、俺は北条からすれば姉のオマケみたいなものなのだから、別におかしな話じゃないのだけれど。

 なんだか、会うたびに距離感が近づいている風に見える二人だ。

 あの3月末からは想像もつかない関係に、彼女達はなったと思う。

 姉に、そして俺にも刺々しい態度を貫いていた北条はもういない。俺が409号室の扉を開けば、姉と北条はそれこそ姉妹のように語らっていて、穏やかな時間が流れている。

 

「んじゃ、数学からでいいのか?」

「そだね、今回の試験範囲的に数学は厚めにやっとかなきゃだし」

「私の課題もそんな感じー」

「そしたらテキストの四十九ページから、これが少しでも幸太の身になることを祈りながら、始めよっか」

「その句読点の間に挟んである一文必要だった??」

 

 願わくば、そんな時間が少しでも長く続けばと、思わずにいられなかった。

 ただし、俺への当て付けは続けなくていい、勉強に身が入らなくなってしまったらどうしてくれる。

 そんなことを心の中でぼやきながら、俺はペンを手に取るのだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「そういえばさ、真莉姉さんはネイルってしたことある?」

 

 勉強会が始まってから2時間。

 そろそろ休憩しようか、と姉がペンを置くと、それを待っていたかのように北条は切り出した。

 ソワソワと、落ち着きのない様子で。

 言おうと思っていたけれど、タイミングを逃して言えていなかった言葉を、ようやっと言えた。 

 そんな感じだ。

 

「あるある、超あるよ。前の病院じゃネイルの名手として名を馳せていたんだから」

 

 尋ねられて、ドヤ顔とともに胸を張る姉から迷台詞が飛び出す。

 ネイルの名手って、微妙に胤を踏んでいるのが小癪だ。

 だいたい……馳せていたか?

 姉があの病院で打ち立てた、様々な記録を頭の中で総当たりする。

 どちらかと言えば、馳せていたのは……

 

「ホントっ? じゃあさ……その、私に教えて欲しいんだ、ネイルを」

「もちろんだよ〜!! 任せて加蓮ちゃん、ばっちりキメさせてあげちゃう!!」

 

 ほんの少し頬を赤らめて、恥ずかしそうに頼む北条と、頼られたのが嬉しかったらしくはしゃぐ姉。

 一抹の不安を拭えない構図である。

 にしても、ネイルか。

 急にどうしたのだろう。

 考えていて行き当たったのは、俺が届けた渋谷からの手紙だ。

 北条が手紙を読んでいる間、俺と姉は邪魔をしないように洗濯物の回収やら、消耗品の補充やらをして時間を潰すのだが、チラッと彼女の様子を見たときに、北条は左手に手紙を持ちながら右手の甲を眺めていたのだ。

 なるほど、アレは甲ではなく──爪を見ていたのか。

 きっと手紙の中で、渋谷がネイルについて触れていたのだろう。

 そうに違いない。

 なぜなら数日前、ネイルを教師に発見されてやんわりと注意を受けているクラスメイトがいたことを、今更ながらに思い出したからだ。

 まったく、こうなるんだったら、その一幕についても触れておけばよかった。

 これじゃあまるで、伏線の後張りみたいじゃないか。

 

「渋谷から聞いたのか?」

「うん……それに、実は前から興味があってさ」

 

 趣味らしい趣味も、特技らしい特技もない私だけど。

 北条はそう言って、両手の爪を見つめながら、小さく微笑む。

 自暴ではなく、自虐しているわけでもなく──だけど頑張ってみたい。そんな決意を込めているようだった。

 

「いいじゃん、これからたくさん増えていくんだよ。趣味も、特技もね」

 

 なんでもない風に姉は言ったが、その通りだと俺も思った。

 趣味も、特技も。

 これから増えて、増やしていくのだから、それらが無かった過去なんて、一々気にしていたらキリがない。

 そして、北条も同じ気持ちであることは、彼女の目を見れば明らかである。

 

「よーし、始めちゃおっか!! 幸太、下から三段目の箱取って」

「あいよ、てか本当に姉ちゃんがやるのか……」

「なに、文句あるの?」

「あるのは文句じゃなくて不安なんだよなぁ」

「…………??」

 

 会話の意味がピンと来ない様子の北条。

 俺は彼女に真実を告げるべきか悩んだけれど、物事の感じ方は人それぞれで、十人十色だ。

 俺がそう感じたからって、北条も同じ感想を抱くとは限らない。

 だから、最初から決めつけて話すのもよくないだろう。 

 そう考えて、自分を納得させて、あえて口は出さないことにした。

 決して姉の圧力に屈したわけではない。

 いや、でもやっぱり不安だな。姉ちゃん、頭はいいし基本的になんでもできるけど……

 などと俺が考えているうちに、姉は受け取った箱を手に、北条のベッドへ腰掛ける。

 

「加蓮ちゃん、右手出してもらっていいかな? こっちの台に乗せちゃう感じ」

 

 姉に催促され、右手を出す北条。

 その表情はどこか真剣で、強張っているようにも見えた。

 

「う、うん。よろしくお願いします」

「あははっ、緊張しなくても大丈夫だよ〜」

「いや、でも初めてだし……こういうお洒落とか、本当に分からなくて」

 

 髪とかも、結局は真莉姉さんに任せきりだったし。

 と、北条は小さく溢した。

 きっと、それが本音だったのだろう。

 初挑戦への不安。

 今の今まで触れてこなかった、向き合ったことのなかったことへ、正面から取り組むことは誰だって勇気がいる。

 

「それを言うなら、私も加蓮ちゃんみたいな可愛い子にネイルするのは初めてだよ?」

「……真莉姉さんがその台詞を言うのは、初めてじゃない気がする」

 

 ジトッとした北条の言葉は、はたして図星であったのか、姉は返事の代わりにニッコリと微笑んで、ネイル道具の入った箱を開くのだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「それで、こうなっちゃったんだ」

「なっちゃいましたね……」

 

 なっちゃったなぁ。

 一通りの事情を聞いて、納得した様子の後藤さんに、俺は呟くように追従した。

 まぁ、俺としては予想の範囲内というか、むしろ予想通りの展開だが。

 なるべくしてなった結果なのだが。

 視線の先では、困った表情の北条が、こんもりと盛り上がった布団に対して話しかけている。

 

「真莉姉さんてば、機嫌治してよ〜」

「……ふんだ」

 

 二十歳の姉がリアルでふんだとか言い始めてしまった。

 これはかなりの重症だ。

 重症というか、重傷だ。 

 姉の負った傷は想像以上に深いらしい。

 

「もういいもん、どうせ私はダサいもん……」

「いやぁ、だから、それは……その」

 

 姉の言葉に、北条は言葉を濁した。

 けれど、それはもはや答えと言って差し支えなく、姉は布団のさらに奥へと潜っていく。

 さて、この光景を見れば、察しの良い人はすでに気がついているだろうけれど。

 改めて説明すると。

 端的に言ってしまうと。

 姉にネイルを施された北条が一言。

 

『えっ、ダサい』

 

 と、言葉を飾らず、歯に衣着せず、オブラートに包まず言ってしまったのだ。

 うん、北条が正しい。

 確かに姉はおおよそ弱点らしい弱点を持たない、ゲームでいうところの壊れキャラであるのだが。

 美的センスが、その……あれだ。

 一般人から、かけ離れている。

 北条に倣い遠慮せずに気を遣わずに言うと。

 そう、致命的にダサい。

 あり得ないレベルでダサい。

 どれくらいダサいかって、姉にベタ甘だった大部屋の患者たちが、揃いに揃って顔を痙攣らせるくらいにはダサい。

 それでも、あの人たちは決して姉には真実を告げようとせず、結果として姉は自分のセンスに自信を持ったままここまで来てしまったのである。

 その結果がこれだと思うと、肉親であるところの俺が、もっと早くに指摘してやるべきだったのかも知れない。

 

「ほらほら、ダメよ真莉ちゃん。加蓮ちゃんのことを困らせちゃ、さっき落とす前に見せてもらった加蓮ちゃんのネイルも……うん、配色とデザインと手順を変えればよくなるわ」

「全否定されたっ!!!!!!」

 

 後藤さんの追撃に耐えかねたらしく、姉は布団から飛び出すと、握った拳をポカポカと後藤へとぶつけ始めた。

 が、哀しかな。

 今の姉に、現役バリバリの看護師である後藤さんを打倒するだけの筋力があるはずもなく、あっという間に両肩を押さえつけられ、ベッドへ寝かしつけられてしまった。

 すると、北条が意外そうな声で。

 

「えっ、てかなに後藤さん、ネイル詳しいの?」

「人並みにはね。本当は人に教えられるほどじゃないんだけど、基礎でよければ教えられると思う」

「やった、ありがとっ」

 

 嬉しそうに北条は声を弾ませる。

 そして後藤さんも、楽しげな北条の返事に頬を緩ませた。

 

「ううん、せっかく加蓮ちゃんが興味を持ってくれたんだもの、これくらいはお安い御用ってね」

「……後藤さん。ホント、ありがとね」

 

 よく分からんが、なんだが若干蚊帳の外だが、どうやら丸くおさまったらしい。

 北条と後藤さんの関係について、俺は深く知らないし、掘り下げようとも思っていない。

 けれど、まぁ、好転している。のだろう。それは見てたら分かることだし、自分の周りの人間関係が良好であることに越したことはないのだから。

 

「……なんか、気がついたら私まで蚊帳の外なんだけど」

「そういうこともあるだろ。今回はそれでいいんだよ」

 

 いつの間にか移動して、隣でぼやく姉に、俺はそう返した。

 そうだ、今回はそれでいいんだ。というより、それがいいんだよ。

 

 

 

 



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