亡き明日のアルカディア (白羽凪)
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プロローグ

新規小説、亡き明日のアルカディア、始めます。


 俺には、藍瀬(あいぜ) 達海(たつみ)には、何も無い。

 聞こえは悪いが普通の人間だ。

 

 ほとんどにおいて、特別誰かに好かれることなく、かと言って誰かに嫌われるようなことも無く、そんな空気のような日々を、達海は過ごしている。

 

 それで構わないと思っていた。

 はっきり言って、この生活は心地よいからだ。

 

 他人に不満を持つことなく、自分が環境の一部なんだと、そう思って生きれば、怖いものなど何も無いのだ。

そうすれば誰かを敵にすることもない。ほんの少しの友人と、話しなれた幼馴染がいる。それだけで十分なのだ。

 

 

 それに、この街、白飾(しらかざり)には、なんでも揃っている。

 

 あらゆるものは電化され、何も無い場所に空間投影も可能。明らかに世界文明から離れた街、それが白飾だ。

 

 この街は世界からも一目おかれ、近代都市だなんて呼ばれているが、その割には移り住む人も少ない。都市機関がそれを制限していると耳にするがおそらく間違いは無いだろう。

 

 そんな訳で人口が密集することもなく、程よい環境で不便なく暮らしていける。そんな街が暮らしやすくないはずなんて無いのだ。

 

 

 

 

 ただ一つ、少し気がかりなことがあるとすれば。

 ...この街には、黒いうわさがある。

 

 

 

『知らない間に、昨日まで生きていた誰かが消えていることがある』

 

 

 

 それが真実かどうかなんて誰も分からない。仮に真実だったとして、それは何が原因なのかも分からない。

 

 それをいいことに、白飾ではさまざまな考察が流れている。

 

 

 

 「人が消えるこの現象が、殺害だったとしたら?」

 

 何も無い状態から消えるなんてことは基本考えにくい。どこかに神隠しにあうか、はたまた別のものか。

 それが無いと仮定したら、知らない間に殺され、知らない間に存在を街から抹消される、という行動が行われているという結論になる。

 

 それを立証しようとした人がいた。

 

 

 そして、そうした人は、みな消えた。

 

 

 前日まで書き綴られていたメッセージが、次の日以降更新されず、やがて削除されていく。

 

 なので、この説の信憑性は高いが、リスクの高さゆえに完全に証明しようとする人間はいない。

 

 

 

 「殺害ではなく、この世界ではない場所に空間転移されているのでは?」

 

 これも無い話ではない。白飾にはなんでも存在する。不可能なことを探すほうが難しいくらいの街だ。であれば、空間転移の技術も持っていて不思議ではないだろう。

 しかし残念ながら、空間転移の技術はないと、白飾の行政機関から公表されてしまって以降は、レスが途絶えている。

 

 

 

 けれど、根本の問題は、なんのために、誰がそれをしているのか、はっきりと分からないことなのだ。

 だから人は口をそろえて言うのだ。

 

 

「白飾の夜は注意しろ」と。

 

 

 実際、この街に残業はないし、夜に出歩く必要性もない。

 なので、この言い伝えには従順に従っている。

 

 

 ...が、うわさのことが気になってもいるのが現状だ。

 

 

 そんなこんなで毎日を送る。

 実が無いかもしれないが、楽しいと思える日常だ。

 

 

 

 しかし唐突にこの日常が崩れ、いつか変わってしまうのなら...。

 

 

 

 そのときは、どんな道を選ぶのだろうか。何が答えとなり、何が間違いとなるのだろうか。

 それを選ぶ勇気が、俺にはあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 ...誰かを敵に回す勇気が。

 

 

 

 

 

 




久しぶりのオリジナル投稿で苦戦しております。
それに、内容は手出ししたことないバトル×恋愛系。
それでもこれからも読んでいただければありがたいです。
感想などいただければこれ以上の幸せは無いです。

では、次回また会いましょう。


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第1話 何気ない日常

本編には入りますが、まだまだプロローグです。


 

 心地よい眠りから目覚める。窓の外からは柔らかな朝日が差し込んでいた。

 

「...くぁ」

 

 達海は小さなあくびをして、ベッドの上で横になっている身体の上半身を持ち上げた。

 そのまま軽く背伸びをして、少し視界が開けてきたあたりでベッドから降りる。

 

 食事を取ろうと向かったダイニングの机の上には、『勝手に食べろ』とかかれた、見慣れた書置きと小遣い程度のお金が置いてあった。

 

「...ま、いるわけないよな」

 

 そういって書置きの隣においてある金を、近くのハンガーにかけてあった制服の胸ポケットにしまっておいた。

 

 

 この街、白飾は完璧なほどにノー残業を徹底している。夜八時くらいには、どこのオフィスビルも明かりを失っているのだ。

 夜を主戦場とする飲食店も、大体九時には皆閉まる。それまでに客足が途絶えるからだ。

 

 そんなノー残業が徹底されている裏には、勤務開始が早いという現実があるのだ。

 

 達海の両親もそれに当てはまるのだが、どちらかというと超早勤なのだ。朝起きる時間には当然家にはいないし、帰ってくればすぐに寝てしまうので達海が学校から家に帰る頃には眠ってしまっているのだ。

 そのため、朝、昼、夜分の金が全て含まれた食費がおいてあるのである。

 

 

 まあ、別に寂しいとは思わない。

 むしろそれが日常になっている分、逆に親がいるほうが不思議なのだ。

 

 

「んじゃ、道中で適当に何か買うとして...時間は...」

 

 達海は制服に着替えながら壁にかけてある時計を見る。そこに表示されていたのは、無常なる時の流れだった。

 

 

「8:30...。...ん? 待て待て。おいおいおい! 何やってんだ!?」

 

 指し示された時間は、学校の点呼の時間をとうに過ぎていた。いわゆる遅刻と言うやつである。

 

「あかん! 遅刻や!」

 

 時すでに遅いのは分かっているが、それでも達海は全力疾走で学校に向かうのであった。

 

 

 

 

---

 

 

「結局...、朝飯...食いっぱぐれた...」

 

「ドンマイだね。寝坊するのが悪い」

 

 

 結局学校に着いたのは九時だった。しかし、普段なら15分でつけるはずの通学に、ここまでかかるのにも理由があった。

 

 

 まず、家を出た時間が最悪なのだ。

 白飾は世界で一番文明が発展している街として有名であり、その名に恥じない設備が整っている。

 

 達海が通っている私立白飾学園、通称白学は山の上に立ててあるのだが、普段は近場から出ているモノレールで一直線にいけるのだ。

 

 しかし、通常の登校時間を過ぎると、極端にその本数が減ってしまうのだ。

 なので、達海が家を出た時間から次の便を待っては、かなり遅れが出てしまうのだ。

 

 そこで今回、達海は普段使わない自転車で登校をすることにした。

 これがまた、まずかったのだ。

 

 まず、学校そのものが山の上にある時点で自転車で登るという行為が体力的にキツい。電動自転車を買っておけばまだ楽になるのだが、あろうことか達海両親は『運動不足にならないように』と通常の自転車を買ってしまったのだ。

 

 この二択にせまられた達海は後者を選び、そしてこの時間に学校に辿り着いた。けれど結局この時間であれば、モノレールを待っても同じ時間でこれるのだ。

 

 完全に推測ミス、である。

 

 

「でも珍しいよね、たーくんが寝坊するなんて」

 

 そう言って達海の目の前で笑っている女性、生野(いくの) 陽菜(ひな)は、ちょんちょんと自転車で崩れた達海のアホ毛を触った。

 

 

「昨日生徒会の仕事手伝った分で疲れて、家帰ってシャワー浴びた後にそのまんま眠ったんだ、確か。...ってことは、昨日の晩も食べてないじゃん」

 

「また生徒会のお手伝い? お人よしだねぇ」

 

 

 少しからかうように陽菜は昨日の話をする。

 まあ、達海は別段お人よしと言うわけでもなかった。

 

 ただ単に、暇人、なのだ。

 家に帰ってもやることはないし、部活動に所属しているわけでもない。

 

 なら、少し仲のいいメンバーがいる生徒会を手伝うか。といった風に生徒会のお手伝いをしているのだ。

 かといって生徒会にもろもろ所属するのかと言われたら、それはモチベーションが出ないからと却下している。

 

 空気みたいな存在と言えば聞こえがいい、それが達海なのだ。

 

 

 

「会長が人手を探してたからな。...あー、流石にしんどい」

 

「大丈夫? おなか空いてない?」

 

「空いてる...。けど、ここから授業三つあるし、時間に余裕はないだろ」

 

「うーん、まあ、そうだね」

 

「というわけで、限られた予算で昼飯をたらふく食べる!」

 

 昨日の夕飯の代金も浮いているので、おそらく贅沢できるだろう。

 

 

「ところで...陽菜、昼飯は学食?」

 

「うん、今日はね」

 

「じゃ、一緒に行くか」

 

「そだね」

 

 陽菜は二つ返事でOKを出した。

 

 達海がこうやって躊躇いもなく女子を誘えるのは、おそらく陽菜くらいだ。

 

 陽菜は、幼い頃から達海と面識がある。いわゆる幼馴染というやつなのだ。小中と同じだと、仲はよくなるものなのだ。

 その仲のよさ故に、恋愛感情はわきあがらないのも現状だが。

 

 そんなこと、達海からすればどうでもよかった。

 

 

 

 

 

 やがて昼になると、約束どおり達海は陽菜と学食に向かった。...一名、ガヤを引き連れて。

 

 

「なーなー、達海ぃ、帰り遊んで帰らねえか?」

 

 背後から駄々をこねるような新妻(にいずま) 弥一(やいち)の声が聞こえる。鬱陶しい。

 

 

「却下って言ってるでしょうが。今月お財布ピンチなんだから」

 

「食費浮かせばいいじゃない」

 

「うるせえ! 今日は食べるんだよ!」

 

「晩朝抜いちゃってるからね、たーくん...」

 

 

 廊下で人とすれ違うとき、ひそひそと何か聞こえたりするのだが、幼馴染の陽菜と、こう見えて親友の弥一、そして達海と、この三人組はどうやら、一種の学校名物となっているらしい。

 

 とはいえ、それは達海個人が注目されているわけではないので、達海の存在空気に変わりは無い。

 

 

 そしていつものように三人で席を取り、好き好んでいるものを学食で食べる。これがほぼ毎日のルーティンなのだ。たまに陽菜が弁当を持ってくるときもあるが、学食で食事を取る行為自体は変わらない。

 

 

 ただたまには冒険してみようと、達海は麻婆丼を注文した。

 その行動に、少し引いたような仕草をみせつつ、弥一が口走った。

 

「麻婆...丼...? お前、まじで?」

 

「たまには新しいもの食べてみたいしな。...んで、なんで引いてるんだよ」

 

「あれ? たーくん、うちの学食の麻婆本場よりも辛いの知らない?」

 

「なにそれ、初めて聞いた」

 

「ちなみにこの学校で麻婆豆腐を頼むと、まわりからおいおいあいつ死んだなといった目で見られるらしい...。まあ、下に米がある丼ならまだましだといわれてるけど...」

 

 

 あぁ、地雷引いたなと、達海はこのとき初めて実感した。

 

 結局、とんでもなく食べるのがしんどかったというのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ...。食べきったけど、食べた気になれない...」

 

 20分後、達海の目の前には空になったどんぶりが置いてあった。苦節20分、なんとか食べきったと言う感じだ。

 

その辛さは正直言って以上だった。

 

「お疲れ。はいこれ」

 

 

 コトッと音を立てて、水が入れられたコップが目の前に現われる。陽菜が入れてくれたんだろう。

 

「おぉ...大天使陽菜様...」

 

「そんなたいしたこと無いよ。ただ水を入れただけだし」

 

 

 とは言いつつも、陽菜はほめられて嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 

「なんだかんだ食いきったんだな、すげえよお前」

 

 これには弥一も驚きの声を上げる。

 

 

 

「...そういや、そういえばたーくんに話して無かったね」

 

 陽菜は自分の分の水を一口飲んで、何かを思い出したのかそう語った。

 

 

「ん? なにが?」

 

「今日、朝のHRで言われたんだけどね、明日転校生が来るみたいなの」

 

「ふーん...えらく急だな」

 

「...感想それだけ?」

 

 

 左隣に座っている、普段から馬鹿面の弥一は呆れた表情を浮かべた。弥一に言われるのはなかなか腹が立つがここはぐっと飲み込む。

 

「別に俺のクラスに来ようと来るまいと関係ないんだけど...」

 

「そうじゃない。...ほら、うちの都市伝説、語られてるじゃん。極端に外部からの来客が少ない話」

 

「あぁ、そういえば」

 

 

 うちの街、白飾は、観光客も、移住者も全くといっていいほどいない。

 不思議ではあるのだが、きっと深い事情があるのだろう、で高校生は片付けてしまうのが現状だ。

 

 けれど、弥一の話によると、今回の転校生はまるっきり外部かららしい。

 つまり、上記の過程が崩れる。

 

 確かに、妙な話ではある。

 

 

「これは...白飾に新たな動きがありそうですねぇ」

 

「ま、何度も言うけど俺の知った話じゃないな。ただ、質問攻めは止めとこう。失礼だしな」

 

「うーん、そうだね」

 

 

 別に転校生が来るからといって、達海は特別お近づきになるつもりはなかった。

 やっぱりなんにしても、無難であることが一番なのだから。

 

 

 

---

 

 

 

 翌日のHRは、朝からちゃんと参加できた。そもそも達海は寝坊癖がある訳では無いので、連日寝坊することの方が珍しいが。

 

 達海のクラスに転校生が入ると言うのもあって、同クラスのメンバーはやはり浮き立っているのが伺えた。

 

 

 やがて、始業のベルがなると同時に、我が学校の紅一点、担任の野沢《のざわ》 聖《ひじり》先生が教室の中へ入ってきた。

 

「はい、みなさんおはようございます」

 

 教室のあちこちでおはようございますという声が返る。

 

 

「はい、というわけでみなさん、今日は転校生がうちのクラスに入ってくると昨日伝達してましたね。...というわけで、入っていいですよ」

 

 

 そしてガララという音が聞こえて、一人の女子が入ってきた。

 

 

 そのままその少女は教室中央の教壇の部分まで歩き、それを見計らって野沢先生は漫画のように黒板に名前を書いた。

 

 

 そして名前を書き終わり、前を向きなおして名前を伝えた。

 

 

氷川(ひかわ) 美雨(みう)それが彼女の名前のようだ。

 

 

 

「はい、というわけで氷川さんが今日からこのクラスの一員となります。...ああ、それと」

 

 

 野沢先生は説明の最後に満面の笑みで、どこか胸に突っかかる言葉を述べた。

 

 

 

 

 

 

「彼女の出生については、一切質問しないでくださいね」

 

 




バトル展開に入るのは5話くらいからです。
それまで気長に呼んでいただければありがたいです。
感想等の受付もやっております(批評ばっちこい)

ではまた次回会いましょう。


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第2話 白飾の謎

木日更新です


 

 教室内が一気にざわつき始める。

 しかし、それは当然の内容と言えるだろう。

 

『出生について問うことを禁止する』

 その言葉は、ますますこの街の謎を深めることになるからだ。

 

 達海は思わず近くの席の弥一の方を向く。弥一も自分に視線が向けられていることを察知してこちらを向き、少し緊張感をもった顔でコクリと頷いた。

 

 

「それでは氷川さん、自己紹介のほどを、可能な限りでお願いします」

 

 野沢がそう促すと、転校生である氷川はうんと頷いて一歩前に出た。

 

 

「今日からこちらでお世話になる氷川です。...出生以外なら訊かれたら答えますが、ひとつだけ最初に言わせてください」

 

 何かに起こっているのかというほど、常時鋭い目つきのまま氷川は続ける。

 

 

「私は曲がったことが嫌いです。...そういう連中がいるのなら、容赦はしないのでよろしくお願いします」

 

 さらに教室内がどよめく。

 当たり前だ。こんな最初から飛ばしている自己紹介なんて初めて聞いた。

 

 これは、自己流の他人との距離の測り方なのか、それとも...。

 

 

「はい。それでは氷川さんはせきについてください。空き席の用意は...、あ、藍瀬君の後ろですね。ではそちらに」

 

 そう促された氷川が俺の席の後ろに向かって歩いてくる。

 

 

 ...え、俺?

 

 

 思わず達海は後ろを振り向くが、空席がいつの間にか一つ置かれていた。

 しかし仕方のないことではある。これも後ろ列の宿命というやつだろう。

 

 

 氷川が後ろの席に着いた音がしたので、達海は軽くあいさつすることにした。

 

「あの...よろしく」

 

「ああ。...それと、HR中だ。前を向け」

 

「ですよね」

 

 

 

 先ほどの自己紹介通り、あまりよろしくない行動にはあたりが強いようだ。これはかなりの堅物だろうと達海は息を呑む。

 忠告に従い、おとなしく達海は前を向くことにした。

 

 その脳内は、これからどうなるのかと心配する感情で埋め尽くされていた。

 

 

 

---

 

 

 昼食時になると、いつもの三人組はなかよく席に座っていた。

 今日は平常より会話が尽きない。

 

 しかし、その内容は氷川のこと、それひとつだけだった。

 

 

 

「すっごく近寄りがたい雰囲気なんだよなぁ...」

 

「確かに、ああもきっぱり言える人間はね。ありゃ、自分から近づかないでくださいって言ってるようなものなんじゃないかな。前の席のたーくんからすればどう?」

 

「あれが他人との距離の測り方なんだろうなとは思う。...けど、悪人ではないし、別に嫌ったりする理由もないと思う」

 

 

 確かに、氷川が怖い人物であるかと問われれば、イエスと答えてしまうだろう。

 けれど、それも個性だとしたら、否定する理由はないのだ。

 

 誰にだって個性はあるのだから。

 

 

「それに、なにか思っての行動じゃないかと思う。...こう、自分の中の信念とか、信条とか、そういうのに従って生きてるようにも見えなくもない」

 

「そだね」

 

 陽菜は達海の意見に納得したように頷いた。

 

 

「とはいえ、今回の話は謎が多いよな。...外からの転校、出生の秘密、これ、調べればこの街の謎について紐解けていくんじゃないか?」

 

 

 好奇心をむきだしにして、弥一が目を輝かせる。

 けれど、達海はそんな気分にはならなかった。

 

 これに至っては、そもそもの問題なのだから。

 

 

 

「気になるのはわかるけど...やめとけよ? この街の夜が危ないのは知ってるだろ?」

 

「でも、何が起こってるのかは知らない」

 

「ぐっ...」

 

 

 この弥一の発言は、ごもっともすぎる発言だった。

 そもそも、達海自体、この街のことについて何も知らない。

 

 聞かされ続けた言い伝えをただ従順に守ってるだけなのだ。

 

 

「まあ、主に都市伝説の話だな。ちょっと待ってろ...」

 

 

 弥一は腕につけている時計のどこかしらのスイッチを押す。すると、そこから光の粒子が散布され、空間に現在視聴しているサイトのページが浮かび上がってきた。

 

 ...そもそも、この空間投影技術も、白飾の一種の都市伝説みたいなものなのだが。

 

 

 達海と陽菜は、映し出されたその画面を改めて覗いてみた。

 

 

「ここに記載されてるのが一番わかりやすいやつだな」

 

「えっと...。白飾都市伝説。何故人が来ない? 何故人がいなくなる? この街の正体は一体何なのか、その真意に迫りたい。って書いてあるね」

 

 陽菜が読み上げたこの文章に書かれているのが、白飾の2大都市伝説として語り継がれている内容だ。

 

 

「大体みんなが言ってる白飾の夜は危ないってのは、この二つ目の都市伝説だな。実際、俺の知人もこれ立証しようとして消えたし」

 

「え、は? 初耳なんだけど」

 

「言ってないからそら初耳だろうよ」

 

 

 だがそれよりも、達海は、知人がいなくなったことをケラケラと笑い、平然と言ってのける弥一にすら恐怖を覚えた。

 

 

「やっぱり、殺害、なのかな?」

 

「俺はそっち目線で見てる。...だからまあ、夜の白飾が危ないってのは間違いはない。俺も重々気をつけてるよ。けど、一つ目の都市伝説、これは完全に謎」

 

 弥一は神妙そうな表情を浮かべる。

 達海はそれを見てゴクリと唾を飲み込んだが、期待した答えは帰ってこなかった。

 

 

「けど、どれだけあがいても、一般人にはこの真意にたどり着くことすら不可能だけどな。知ってるのはせいぜいこの街60万の人口の中の上層部くらいだろうよ」

 

「なんだそれ。オチのない話だな」

 

「確たる証拠がないから仕方がない」

 

「結局、これまでどおり迂闊に動かずにそっとしておくのが一番だね。無難が一番、たーくんの言葉でしょ?」

 

「まあな」

 

 

 結局、陽菜のこの発言に行き着いて、この話は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 その後、達海の食事が一番早く終わった頃、後ろからやる気のない女性の声が達海の名前を呼んだ。

 

 

 

「藍瀬くーん、来れるー?」

 

 達海の耳を打ったやる気のなさそうな声に達海は立ち上がった。

 それが何かを確認するため、陽菜が達海に声をかける。

 

「生徒会長だね。お手伝いかな?」

 

「みたいだけど...。あの人、俺を使いすぎじゃないか...? まあいいや。というわけでごめん、先行く」

 

「分かったよ」

 

 

 そして達海はその場に弥一と陽菜を残して声の主のもとまで少し早歩きで向かった。

 その生徒会長と呼ばれる女性は、他数名の生徒会のメンバーと立っていた。これからどこか向かうついでで誘ったんだろうか。

 

 

 

「あれ、手伝ってくれるんだ?」

 

「まあ、呼ばれたので...。というか、俺の使用率高くないですか? 生徒会メンバーじゃないのに」

 

「いいじゃない、暇でしょ?」

 

「そう言われればそうですけど」

 

 

 しかしそもそも、達海がいようといまいと率先して何かをやろうとしないのがこの生徒会長、時島(ときしま) (れい)なのだ。

 

 

「それで? 今日は何するんですか?」

 

「昼のボランティア清掃♥」

 

「最悪なの引いてしまった!」

 

 

 この学校の生徒会の仕事量自体は、ぐうたらな会長に見合わず多い。

 しかしそれでも、達海はよりもよって短時間重労働のボランティア清掃を引き当ててしまったのだ。

 

 

「というわけで、グラウンド行こっか」

 

 

 しかし乗った船から降りることはできず、達海は生徒会面々とともにグラウンドへと向かうのだった。

 

 

---

 

 

 

 

 

 清掃自体が終わったのは、午後の授業開始五分前だった。昼休憩のほとんどが潰されたことになる。

 

 達海は教室に戻る前に、ほんの少し休憩を、とグラウンド外れのベンチに座っていた。

 

 

「やっと終わった...」

 

「お疲れ様。悪いな、引っ張り出して」

 

 その声とともに、首の後ろになにやら冷たい感触が伝わってきた。

 

 

「冷たっ! ...もっとほかの渡し方はないのかね。獅童くん」

 

「おごってあげてるんだ。感謝くらいしてくれ」

 

 そうして生徒会副会長である湯瀬(ゆのせ) 獅童(しどう)は達海の隣に座った。

 

 達海は生徒会の面々とよく仕事をするため、ある程度仲の良い人物を生徒会内に作っている。

 同学年である獅童がまさにそれだった。

 

「というか獅童、結局あの会長さん、今日も何もしなかったな」

 

「...もういつものことだ。目をつぶってくれ」

 

獅童は盛大なため息を吐いた。

 結局会長である零は、傍の方でずっと体育教師の小塚と会話しているだけだった。実質何もやっていないことになる。

 

 しかし生徒会では常時こんな様子らしく、動きだけで見れば、獅童が会長と呼ばれても仕方がない状態らしい。

 

 しかしそうは言いつつも、今回の獅童も明らかに苛立ちを見せていた。

 

 

「全く時島先輩、あの人ほんと...」

 

「まあ落ち着け。俺はなんとも思ってないから」

 

 

 こうして会長にイライラしている獅童をなだめる役割が達海に定着してきているのが現状だ。

 

 

 

「それより毎回毎回思うんだが...。藍瀬、こんなに生徒会手伝ってくれるなら、生徒会入ればいいじゃないか。なんでこう中途半端に力を貸すんだ?」

 

「そっちのほうがなんか気が楽でいいんだよ。それに、責任を取る必要性も薄い」

 

「なかなか理にかなった答えだな。生徒会副会長としてはありがたくないが」

 

 

 獅童は苦笑いを浮かべた。

 

 

「ま、そうならそれでいいか」

 

「肩書きなんかどうでもいいんだよ。別に。俺ひとりの力ぐらい。今後いくらでも貸すから」

 

「それはまた、頼もしい発言だな」

 

「さ、時間だ。行こうぜ」

 

 

 達海は獅童に奢られたお茶缶片手に、教室へと戻った。

 

 

 

---

 

 

 

 帰りのSHRが終わり、いつもどおり帰ろうとしていた放課後。達海を呼び止める声がまた聞こえた。

 

「達海くん、ちょっとこのあといいかな」

 

 帰り支度をしていた達海の席の前に、本を抱え、メガネをかけている少女が立った。

 

 

「ん、どうした? 千羽」

 

 そうしてその少女、琴那(ことな) 千羽(ちはね)は少し遠慮しがちに答えた。

 

 

 

「その...付き合って欲しいんだけど...」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は木曜日です。
よければ感想評価等ください。
それではまた次回


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第3話 それぞれの世界

バトル展開までしばしお待ちください。


 

 そうして千羽に連れられて達海が向かったのは、図書室だった。

 依頼は、図書当番が自分ともうひとりいるのだが、片方が30分外せない用事があるらしく、代役を探していたということらしい。

 

 で、それがなぜ達海なのかというのは聞くまでもない。

 

 千羽が仲のよい人間を探すと言ったら、達海くらいしかいないから、それだけである。

 

 

 とはいえ、放課後の図書室にあまり人はいなく、貸出を行う回数も少ない。せいぜい数人、図書室に来て本をその場で読んでいる程度だ。

 

 そもそも、ここ白飾の文明であれば、空間投影で電子書籍を読むくらい容易い。にも関わらず、紙の媒体が眠っているこの場所で本を読む人がいるのだ。

 

 これはもう完全に人の好みであるが、古き良き文化が、先に進んだ文明の中で消えてないことは素晴らしいことではないのだろうか。

 

 

 それぞれ図書室のカウンターに座り、達海は適当に棚から取り出したオカルト本を、千羽はかばんから取り出した本を読みながら、時間をつぶしていた。

 

 

「オカルト、好きなの?」

 

 ふいに千羽が手を止めて話しかけてきた。

 

「ん? んー...そういうわけじゃないけど、ほら、白飾は特殊じゃん。夜出歩くことすらままならないからさ、こういう外の世界のオカルト、結構興味あるんだよ」

 

「へぇー...」

 

 そんな身の入ってないような声を出して、千羽はぼそりと呟いた。

 

 

「私は、こんな世界なんて、どうでもいいんだけどな...」

 

「ん? どうした?」

 

「ううん? なんでもない。それより、今日はありがとね」

 

「気にすんな、ただの暇つぶし。そうやってのーんびり暮らしていくだけで、今は十分なんだからさ。なんでも揃ってるし、不便も無い。おまけに生きるのに苦しさを覚えない街だからさ、ここは」

 

「確かにそうだね。...けど」

 

 

 千羽は何かを言いたそうにして、直前で立ち止まって口ごもっていた。

 それがさっきから気になる達海は恐る恐る聞いてみることにした。

 

 

「千羽ってさ、何か遠慮してない? 俺に言いたいことがあったりするなら、聞くつもりなんだけど...」

 

「ごめん、迷惑かけちゃったね。...うん、じゃあ、嫌にならない程度で言わせて貰おうかな」

 

 千羽は達海の言葉で決心がついたのか、自分の胸中を語りだした。

 

 

「なんでも揃うっていいことだよね。足りないものに不便はあるけど、多すぎることに不便さはあまり感じない。...けど、そんな贅沢すぎる生活、私たちだけが送っていいのかな」

 

「あー...なるほど?」

 

 どうやら千羽は反論することを躊躇っていたのだと、達海はようやく理解した。

 けれど、これくらいのことを遠慮されていたのかと思うと、少し悲しくなる。

 

 自分の存在が空気でも構わないが、千羽とは腹を割って話せる間柄だと、そう思っていたからだ。

 

 

 けれど、それを口に出すまいと、達海はぐっと言葉を飲み込んだ。

 かわりに、さっきの千羽の意見に答える。

 

「...確かに、自分たちだけが、って思うことはある。それに、よくよく考えたらこの街はおかしいんだ。おいしい話には裏があるってことを考えると、怖いと思うよ。...けど、それを知ったところで、俺みたいな無力な輩は、傍観者となって、空気となって、生きていくしかないんじゃないかな」

 

 

 自分が非力なのは分かっている。

 本当は、この街にとんでもなく深い深い闇が隠れているのかもしれない。けれど、自分にそれに太刀打ちできるだけの力がないことは分かっている。

 

 

 だから、藍瀬 達海は空気なのだ。

 そうすることしか、できないから。

 

 

「そっか、そうだよね」

 

 それが千羽にどう伝わったかは分からない。千羽はただうんと一度頷いただけだった。

 

 

 それから数分、もくもくと本を読んでいるうちに、図書室のドアが開いた。

 

 

「すいません! 遅れてしまって...」

 

 どうやら代役の女子が到着したらしい。

 

(これで俺はお役ごめんだな)

 

 

 達海は椅子から立ち上がり、千羽に声をかけた。

 

「んじゃ、そういうわけだから帰るわ。仕事、頑張ってな」

 

「うん、手伝ってくれてありがとう」

 

 

 結局一度も貸し出しの業務を行うことは無かったが、感謝されているのならまあよしとしよう。

 達海は、読んでいた本を丁寧にもとあった場所へ返し、図書室を後にした。

 

 

 

 

---

 

 

 現時刻は5時。

 山を下るモノレールの帰りの便はまだいくらでもあるため、達海はのんびりして帰ることにした。

 

 普段なら帰る際は弥一、もしくは陽菜がいたりするのだが、昨日は自転車の件で、今日は千羽の手伝いとあり、帰り道が一人なのだ。

 別にそれが悪いことではないが、なんだか悲しくなる。

 

 

 そんなことを思いつつ、フラフラと歩いていると、気づけばグラウンドに足を運んでいた。

 グラウンドでは、野球部、サッカー部、陸上部等、多数の部活が活動していた。

 

 ただ、これもまた疑問なところなのだが、白飾の高校は、外の街の高校と大概試合をすることが無いのだ。

 白飾内でのみの大会が関の山と言ったところだ。

 

 これではまるで、白飾は世界から独立していると言ってくれといっているようなものだ。

 

 

 ふと、目の前に見知った顔が通った。達海は慌てて呼び止める。

 

 

「桐」

 

「あ、先輩。どうしたんですか? 入部希望?」

 

 そう言って陸上部であり学年的には達海の後輩の風音《かざね》 桐《きり》は走っていた足を止めた。

 

「ちげーよ、この時期から入部するわけないだろ」

 

「ですよねー。先輩からすりゃもう二年の秋ですし」

 

「それもあるけどなぁ...。なあ、外で大会とか出られないの、つまらないとか思ったことは無いか?」

 

「そうですねー...」

 

 

 桐は実際どう思っているのかを考えようとしたが、たいした答えが得られなかったのか、開き直って笑った。

 

 

「まあ、いいんじゃないですか? こんなので。一応、ここ白飾内の高校同士で対抗戦とかありますし。それに、陸上はまだマシなほうじゃないですか? あくまで個人競技、成績も出るし、自分の限界も知れる」

 

「たしかし」

 

「野球はなんか甲子園? なるものがあるんですよね。でも白飾は出られない。流石にかわいそうですね」

 

「ついでに言うとプロにも参加できないからな。白飾から外に出るときってどうなるんだろ」

 

「ひょっとして、記憶を消されたりして...!?」

 

 

 桐ははっと口に手を当てる。けれど、その仕草のせいで全然怖さを感じない。

 

「お前って馬鹿だよな」

 

「はぁ!? にゃにをおっしゃってますか!」

 

 

 桐がそうしてぷんすか怒っている光景を見るのも、また楽しみの一つなのかもしれない。

 

 

「ふん、いいですもん。私、先輩より早く走れますし」

 

「ほう? 相手男でもか?」

 

「男でもですよ。私の脚力舐めたらいけませんよ?」

 

「じゃあいい、ちょっと勝負するか」

 

 桐の担当が長距離か短距離かはいざ知らず、達海はおもむろに上に着ていたブレザーを脱ぎ捨てた。

 

 なぜか心の底から勝てる気が湧いてきておかしくなりそうだった。

 

 

 グラウンドに足で線をかいてそこをスタートラインとし、そこからゴールを決めてそこまでの短距離勝負。

 

 

「それじゃいきますよ。位置について...よーい...」

 

 

『パァン!』

 

 

 どこかからかピストルの音が聞こえた気がしたがそれはどうでもよく、音と同時に達海も桐も全力で走り出した。

 

 

 

 が、結果は火を見るより明らか。

 

 終わってみれば、達海の惨敗だった。

 

 

「はぁ...はぁ...、な、なぜだ?」

 

「ほら言ったじゃないですか。私の脚力舐めたらいけないって」

 

 桐は得意げにふふんと鼻を鳴らす。

 

 そういわれていたのは分かるが、ここまで早いとは思っても見なかった。

 それに、ぜぇはぁ息を切らしている達海と比べ、桐は息遣いも安定していた。

 

 ここまでの完全敗北は、プライドがズッタズタになる。

 

 

「だ、ださすぎるぞ俺...」

 

「私全力を出してなくてあれですからね。これは相当くるんじゃないですか?」

 

「...マジで?」

 

「マジです。最初の数秒は全力でしたけど、差が開いてからは微調整してました」

 

 

 いよいよ話にならない。男の面子も、もうそこにはなかった。

 

 

「...俺って、そんなに鈍足なの?」

 

「いや? まあ...普通くらいじゃないですか? 一般男性のデータなら」

 

「じゃあ、桐が異常ってことじゃねえか...」

 

「はっきり言ってそうです♪」

 

 完全勝利の余韻に浸っているのか、桐はそれはそれはもうノリノリだった。

 一芸の無い達海からすれば、それはとんでもないコンプレックスだと言うのに。

 

「なに? 桐、お前何を目指してるの?」

 

「完全生命体ですかね?」

 

「...」

 

「嘘ですすいません調子乗りました」

 

「本当は?」

 

 

 桐は数秒答えを考えて、数十秒経ってようやく捻出した。

 

「...先輩は、風より早く走れたらって思ったことはありますか?」

 

「なんだそれ」

 

「私の目標はそれなんです。馬鹿げてるかもしれませんが」

 

 もう何が何だか分からない。

 達海は考えるのをやめた。

 

「はぁ...もういいや」

 

「気が済みましたか、藍瀬さん」

 

 達海がそうして打ちひしがれていると、奥のほうからもう一人陸上部の後輩、が現れた。

 

 

「あ、迷惑かけてた?」

 

「当たり前です。人の部活動妨害...信じられませんよ。ね、桐ちゃん」

 

「えっと、私は別によかったんだけど...」

 

 

 空気が気まずくなったのを察したのか、桐は舞から目を逸らした。

 

「...コホン」

 

 舞はそれに一瞬呆気を取られて、すぐさま平常の素っ気無い態度に戻った。

 

「とにかく、あまり邪魔はしないでください。桐ちゃんはともかく、私が許しませんよ?」

 

「はいはい、分かっておりますよ。というか、その愛重たすぎない?」

 

「これくらいが普通です」

 

「私はちょっと重たいと思うけどな...」

 

「「...」」

 

 

 顔を逸らしながらも、桐はピンポイントで舞の弱点を突いた。

 

 

「まあ、そんなわけです。暇人は帰ってください」

 

「分かりましたよ。ま、どのみちそうするつもりだったし」

 

 

 ちょうど帰るきっかけが出来たのは助かった。

 それに上手く乗じて、達海は帰ることにした。

 

 

「じゃあな、桐。部活頑張れよ」

 

「そろそろ今日は終わりですけどねー。はい、また明日」

 

「できればもう来ないでください」

 

 

 

 若干一名からのあつーい罵声を浴びて、達海は帰路についた。

 




つかみって難しいですね!
そんな作品を読んでいただき、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします


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第四話 蠢き

学校再開しますね


 

 翌日になった。

 昨日はあの雰囲気のせいで美雨と上手く話すことが出来なかった。

 だから今日こそはと達海は一人燃えていた。

 

 一本早い便で登校し、ただひたすらに氷川が俺の後ろの席に座るのを待った。

 

 始業15分前。美雨が到着する。

 達海は美雨をじっと見つめたまま、落ち着くまでじっと待っていた。

 

 

「...」

 

「...(ジー)」

 

「......。おい」

 

「へっ?」

 

「いつまで見てるんだ、変態」

 

 

 声音の低い美雨の声で達海は正気に戻る。どうやら準備はとうに終わってたみたいだ。

 

 

「ああ、悪い悪い」

 

「全く、なんなんだ。私が入ってきてからというもの、ずっと私しかみていなかったじゃないか」

 

「いやぁ...まぁ、話す機会伺ってたんだよ。状況が落ち着くのを待ってた」

 

「そうならもっと自然でいればいいだろ」

 

「それはそうだな」

 

 

 達海を突き放そうとするために美雨はあえて厳しめな態度を取るが、はっきりと言っていいほど達海には効果が無かった。

 

 美雨も折れたみたいで、ため息を一つついた。

 

 

「はぁ...。もういい。別に特別嫌う理由も無いし。...それで? お前は何を話したいんだ? 悪いが大体極秘の案件だから、出生にまつわるところはほとんど答えれないぞ?」

 

「分かってる分かってる。むしろそれに触れることが怖いんだから。んー...じゃあさ」

 

 

 達海は昨日の千羽との話を思い出した。

 街について思うこと。

 

 外から来たのだ。何か思うところはあるはずだ。

 

 

「この街に来てさ、どんなことを感じた?」

 

「? 意味のなさそうなことを聞くんだな」

 

「氷川はさ、外から来たんだろ? 俺達白飾市民はさ、白飾が世界で一番文明が発展してると聞かされてるし、そう思ってるんだよ。そんな街に外から来たんだ。なら、感想の一つや二つ、あるんじゃないかなと」

 

「感想、か」

 

 

 美雨は少し神妙な顔つきで答えた。

 

 

「なぜかこの街は、生きてると体の奥底から力が湧いてくるような感じがするんだ。なぜだろうな、根拠はないんだ。けど、そんな気持ちだ」

 

「ほーう...」

 

「...なんだ、何か文句でもあるのか?」

 

「全然。聞けてよかったよ」

 

「そう、そうか...。まあ、それならいいんだ」

 

 

 美雨は少し頬を赤らめて、顔を背けた。この反応を見れただけで、本日の会話は収穫ありだ。

 

 美雨も、人間の子なのだ。

 

 少し雰囲気が打ち解けてきたあたりで、達海は昨日の話を挙げた。

 

「そういえば、昨日はびっくりしたよ。自己紹介であんな事言い張るんだから」

 

「...文句が?」

 

 さっきの表情とは一転、美雨は鋭い目つきに戻った。それを察して、達海は慌てて弁明する。

 

「違う違う。そうじゃない。...そうじゃなくて、あれだ。...ああまで言うってことは、何か強い信念か何かあるんじゃないかって勝手に思っただけだ。別にそれが悪いとも思わないし、なんなら強い意志がある人、うらやましいって思うし...」

 

「ふーん」

 

 

 美雨はそれでも疑いの目を向け続ける。

 

「...まあ、特に深い意味なんてない。ただの信条だ。私はな、死んだとき、自分の正義は正しかったって思える生き方をしたいんだ。それだけだ」

 

「だから、曲がったことが嫌いなんだな」

 

「率直に言えばそうなる」

 

 

 そう言い切れる氷川を、達海はますますうらやましいと思った。

 信念を持って生きる。それはまるで自分と対照的な生き方だった。

 

 少なくとも、そんな信念を、達海は持ち合わせていない。

 

「なるほど...。うらやましいよ、そういうの」

 

「お世辞か?」

 

「違う。...そうやって信念を持った生き方、多分俺には出来ない。だから、羨ましいんだ」

 

「そうか」

 

 

 それっきり、お前と話す気はないと言わんばかりに、美雨はあさっての方向を向いた。少しずけずけと入り込みすぎてしまっただろうか。

 

 しかしそれはどうしようもなく、達海はおとなしく前を向きなおした。

 そうして、朝のSHRが始まる。いつもと変わらない一日の始まりだ。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 放課後になった。

 ありきたりな毎日を過ごしていると、本当に一日の大切さを忘れてしまいそうになる。何をやったか、何を話したか、それすらも忘れてしまいそうなのが怖い。

 

 だから、誰かの自分を呼ぶ声には、多少なり敏感になるのだ。

 今日という一日を、何も無かった日にしないために。

 

 そんな訳で。

 

 

「悪い! 藍瀬、今日生徒会の人手が足りないんだ。ちょっと仕事手伝ってくれないか? 埋め合わせは今度するから」

 

 と獅童にお願いされた達海は、現在生徒会室の端に立っていた。

 

「えー、というわけで今日は生徒会メンバーだけでなく、ちょっと外部からの手伝いにも来て貰いました。人数揃ったんで説明始めます」

 

 いつになく真面目そうに零が話し出す。普段からこうすればいいのにと思いながら達海は耳を傾けた。

 

 

 

「クラスでの発表がまだですが、近々、白飾祭(はくしょくさい)が開催されます。これは、白飾の全ての高校による合同の文化祭みたいなものです。まあ、みなさん白飾市民なんで知らない人いないと思うので、知ってる前提で話し進めますね」

 

 

 そういわれて思い出した。

 白飾祭。この街における一番大きな祭りだ。

 運営は高校生合同委員会。各高校の生徒会が合同で作業を行うのだ。

 

 白飾祭の話が出た瞬間、生徒会室内がどよめいた。

 

 この白飾祭は、この街で唯一と言っていいほど、夜が安全な日なのだ。

 誰も消えない代わりに、都市伝説を立証することもできない。全くと言っていいほど何も起こらない日が、この祭りだ。

 

 

 達海も、小さい頃はよく親といっていたのを覚えている。

 

 

 しかし、そんな毎年ある祭ごときで、なぜ生徒会室内が騒ぐのか、達海には納得できなかった。

 その答えは、そこからの零の言葉で解決された。

 

 

「それでまあ...、今年のメイン担当校が、まさかのうちなんですよ。というわけで召集しました。はい、今日はたっぷり働いてもらいます」

 

 さっきまでの張り詰めた空気を一気に切り裂くように、零はトーンからやる気を消した。

 

 

「仕事は大まかに分けて三つ。市内回って広報する係と、学校内で作業進める係、それと、街の重役に挨拶に行く係。まあ、めんどくさい事に私が挨拶に行くのは確定なんで、適当に数名連れてっていきます。拒否権無し。残った人でやりたいほう回ってください。あー、それと、市内広報はツーマンセルで行動、片方生徒会であることを徹底。分からないことは大人に聞け、それじゃ、さっき私に声かけられた人、行くよー」

 

 そうして説明中途半端に、零は部屋から出て行った。

 残されたメンバーが困惑しているが、仕事を決めればいいことだけは分かった。

 

 

 

 

 結局、俺は獅童とふたりで街を回ることになった。

 ポスター交渉、告知、世間話。印象アップのために、あちこち駆け回った。

 

 

 午後5時半になったあたりでさすがに疲れたので、達海と獅童は近場の公園のベンチに腰掛けた。

 

 

「ふいー...疲れた。獅童、まだ回る場所がある?」

 

「...残念ながらな。けど、休憩は休憩だ。今はしっかり休め」

 

 獅童は缶コーヒーのプルタブを開けて、喉の奥にコーヒーを流し込むように飲み始めた。

 

 

「というか、いいのか? こんな時間まで仕事をやってて、まだ終わらないんだろ? 学校に一度帰らないといけない以上、帰る時間、大分遅くなるぞ?」

 

「ん、それは上も重々承知だ」

 

 

 帰る時間が遅くなるということは、次第にリスクが高まるということだ。

 とはいえ、7時8時くらいに家に着くなら、都市伝説の時間と照らし合わせてみても、まだ危険と呼ぶレベルではない。おそらく。

 

 

「まあ、それでも色々怖いと言うなら、俺が送り届けてやらないことも無いが...」

 

「やめとくよ。俺もそこまで女々しくないし」

 

 

 獅童の心遣いはありがたかったが、それでは男の面子が台無しだ。

 昨日ただでさえ桐にズタボロにされたんだ。これ以上の損失は厳しい。

 

 

「まあいい。...しかしまあ零も酷な仕事をさせる。なんで俺らのとこだけこんなに仕事振りが多いんだよ」

 

「ん? 零?」

 

 

 獅童のらしくない姿を見てしまった。

 獅童はあろうことか、一つ上である零を呼び捨てだ。

 

 

(これってもしかして...)

 

 

「あ? ああ、失敬。時島先輩だ」

 

「...」

 

「なんだ、何か俺の顔についてるか?」

 

「...獅童、できてんの? 先輩と」

 

「あいにく彼女を作るつもりは無いんでな。それは違う」

 

 

 獅童に、真顔であっさりと否定されてしまった。どうやら違うらしい。

 

 

「まあいいや。...よし、休憩終わり。獅童、行ける?」

 

「行ける。行かないといけないだろ。時間押してるんだから」

 

 

 満場一致でその場を離れる。

 そのまま二人、会長に押し付けられた仕事を迅速にこなして回った。

 

 

 

 

---

 

 

 結局色々とあり、学校から開放されたのは7時半だった。

 最終便のモノレールに乗って、達海は家付近まで戻ってくる。

 

 

「...あ、晩飯」

 

 真っ直ぐに家へ帰ることを考えてたため、コンビニを素通りしていたみたいだ。

 別に一食抜いたところで人は死ぬわけではないが、今日は食欲が抑えきれない。

 

 せっかくだしということで、裏路地を抜けて飲食店を探した。

 どんどん路地を進んでいく。暗い、暗い道を行く。

 

 

 そうして、気がつけば白飾に似合わない廃ビルが立ち並ぶ空き地に辿り着いてしまった。

 

 

「...こんなところ、あったのか」

 

 ずっとこの街に住んでいたにもかかわらず、全く知らない場所だ。

 どこからとなく不気味な雰囲気が漂う。明らかにおかしいと思える。

 

 

 

 すると、ふと、数名の人影が飛んで現れた。ばれてはまずいと思わず隠れる。

 

 そのまま近くにあった壁に身を隠し、目の前の人間たちを観察する。

 両方30才くらいだろうか、中途半端な距離間で間合いを取っている二人の男がいた。

 

 

(...これ、都市伝説?)

 

 

 一瞬そう思って声が出そうになるが、ここでばれては一環の終わりだとぐっと堪えた。

 

 その瞬間、当たりを強い光が覆った。耐えきれなかった達海は強く目をつぶる。

 

 やがて、視力は徐々に戻ってきた達海は、ゆっくりと目を開ける。

 すると、左隣に自分より一回り小さい女の子が立っていた。

 

 

「...え?」

 

(さっきまでは、いなかったのに...)

 

 

 その少女は俺が困惑して何も言葉に出来ないこと関係なく、口を開いて言葉を紡いだ。

 

 

 

「世界は滅びるよ。あなたは、どうするの?」




受験生の身分なので更新不定期になったら察してください。
ともあれ、ここまで読んでいただきありがとうございます。


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第5話 始まりの夜

ここから展開を変えていきます。よろしくお願いします


 

 

「え、今...なん」

 

 達海が少女に先の言葉の意味を聞こうとしたその瞬間、その場にすさまじい轟音が轟いた。

 

「!!?」

 

 塀を隔ててもその衝撃は達海に伝わる。ほんの少し舞った砂埃から目を守るため、達海は右腕で咄嗟に目の前をふさいだ。

 

 

 しかし、衝撃波はその一回で終わらなかった。

 塀の向こうではドスン、ズドンと言ったような、普段なら耳にすることのないような重たい音が一向に鳴り止まないでいる。その中に、金属と金属がぶつかるような音も混ざっている。

 

 まるで、戦闘でも行われているかのような音だ。

 

 

 その塀の向こうの景色を、達海は知りたかった。

 この先の世界では、一体何が行われているのか。

 自分の知りえない世界が、そこにあるのではないだろうか。

 

 達海は抑えられない不安、恐怖心の中に、ほんのわずか、好奇心を覚えていた。

 

 

 塀一枚を隔てて、自分は非日常のすぐそこまで来ている。

 この塀を越えたら、そこは体験できるはずのないであろう世界が待っている。

 

 

 

 けれど、本当に踏み込んでいいのだろうか。

 達海は、持ち上げようとした身体を一度元に戻した。

 

 

 そこに踏み込んでしまえば、もう二度と普通の生活に戻れなくなるかもしれない。

 弥一や陽菜と過ごしていた楽しいと思えた時間も、もう来ないかもしれない。

 

 

 達海の足は、気づけば竦んでいた。

 この間も、戦闘をしてるかのような音は鳴り止んでいない。

 

 

 ...そっと。

 

 そっと、覗くだけなら、大丈夫かもしれない。

 

 

 そう決心して、達海は塀の上のほうから、ほんの少しだけ、顔を覗かせた。

 

 

 

 

 

 そこにあった景色は、間違いなく非日常だった。

 

 最初に視認した二人の男性のうち、少し細身の身体な男は、明らかに法律で引っかかるであろうレベルの日本刀を持っており、もう片方の、がっちりと肉のついている男のほうこそ何も持っていなかったが、右足を踏み込んでいる地面に、尋常ではない大きさの皹が入っていた。

 

 普通の人間ではない。

 一般人である達海の目からしても、それは間違いないと言うことができた。

 

 

 気がつけば、達海は息を殺してその戦闘に見入っていた。

 途中、ソティラスだのガルディアだの、達海にはよく分からない言葉が耳に入ってきたが、そんなことがどうでもいいほどに、目の前の光景は異次元だった。

 

 

 達海にとってはお互い、戦闘のプロに見えた。

 剣さばき、身体の動かし方、視線の切り方、組み手になった際の足払い、急所を狙っての攻撃...。ずぶの素人がこんな動きはできない。

 

 

 しかし、その戦いも、長くは続かなかった。

 ふとした一瞬。何も持っていない男のほうが一瞬体制を崩してしまった瞬間、もう一人の男の日本刀が鋭く相手の胸元を切り裂いた。

 

 吹き上がる血しぶきで、ようやく達海は現実に引き戻された。

 そして、目の前で行われていた光景が、間違いなく命をかけた殺し合いだということを理解した。

 

 達海の身体を、10割の恐怖心が支配する。

 逃げなければと、心のどこかで叫んでいる。

 

 

 それでも、目の前の光景に釘付けになった身体は心と関係なく固まっていた。

 だから、捉えてしまった。

 

 

 目の前の、殺人現場の光景を。

 力尽き、致命傷を負って倒れた男の喉下に細身の男は刀をかざし、一直線に力をこめて貫き通す。

 先ほどよりも広範囲に飛び散った血の飛沫は、達海の頬を掠めた。

 

 

 

「...ふぅ」

 

 男は刀についた血をピッと払い落とす。そのまま、達海が顔を覗かせていた塀のほうへ歩き、近づいてきた。

 

 もしかしたら、ばれてるのかもしれない。

 

 そう思うと、次どうするか考える間もなく、達海は大きな声を出した。

 隣にまだ少女がいると思い込んで。

 

 

「おい! 何やってんだ! 逃げる...ぞ?」

 

 しかし、振り向いた先にさっきまでいたはずの少女はいなかった。

 変わりに、その大声で先の男に完全に気づかれてしまった。

 

 

「ちっ、目撃者がいたのか。あまり消したくはないが...機密情報でなあ」

 

 

 なにやら男は面倒くさそうにぶつぶつなにやら分からないことを言っていたが、少なくとも自分の命が危ないことを、達海の本能は悟っていた。

 

 そして、それは確信に変わる。

 

 

「というわけで、なんだ...。おとなしく死んでくれ」

 

 男は納刀したはずの刀を躊躇いなく抜刀し、ズンズンと歩いてくる。

 その距離はざっと4メートルほど。一瞬でも立ち止まれば間違いなく切り殺される。

 

 

 ...走れ!

 

 

 本能とともに達海は持っていた荷物も放り投げて走り出した。

 そこがどこかともいざ知らず、ただ男との距離を詰められないように走った。

 

 

 結果から言うと、そう簡単には追いつかれなかった。

 男も先の戦いで完全に無傷だったわけではない。少々手負いな分、走るスピードはおそらく本調子ではなかった。

 

 しかし、何度か振り向くたびに、男は不気味な笑みを浮かべていたのが視界に入った。それがずっと、達海は気になっていた。

 

 

 今、達海が遭遇しているのは明らかな非日常。

 なら、何が起こるのかも予想がつかない。

 

 空を飛ばれるかもしれない。超能力を使うかもしれない。化け物になるかもしれない。

 

 何が起こるのか、達海には全く想像できなかった。

 

 

 

 さて、現在達海が走っているのは知らない路地裏。

 白飾市民ではあるが、流石に見知らぬ路地はホームグラウンドではなかった。

 

 そうであれば、いずれ行き着く。

 

 

『行き止まり』

 

 

 達海は、無常にもコの字の端に追い詰められた。

 背中に冷や汗が走る。目を合わせた先の男の視界には、完全なる殺気が篭っていた。

 

「やっと止まってくれたか」

 

 男は退屈そうに首を鳴らした。

 

 

 目の前には、日本刀。

 躊躇いなく人を殺せるほどの、日本刀。

 

 

 何もしなければ、間違いなく殺される。

 

 

 そう思った瞬間、達海の脳裏を仲良くしてくれている人間の顔が過ぎった。

 弥一、陽菜、桐や舞に、生徒会のメンバー...。それに、これから築かれる人間関係だってある。

 

 (だから...。)

 

 (...死ねない。)

 (死んでは、いけない!)

 

 

 その信念が心に根付いた瞬間、どこからともなく立ち向かう勇気が湧いてきた。

 相手は刃物。こっちは丸腰。不利なのは分かっているつもりだ。

 

 それでも、と、声を出してみる。

 

 

「...おいおい、抵抗するのはやめてくれよ。こっちも楽に殺してえんだ。あんまり部外者の苦しむ姿、見たくないからよ」

 

 立ち向かい、戦闘できるようにと身構える達海に、男は明らかな呆れを覚えていた。

 

「だったら、どいてくれませんかね...!」

 

「お前さんの記憶がなくなるならそうしてやりたいんだがな。そんな能力を持ってるわけじゃねえだろ? じゃあ、殺すか施設で記憶を奪うしかない」

 

 

 そういって男は剣道の構えで両手で刀を構えた。臨戦態勢のようだ。

 

 (落ち着け...落ち着け達海。)

 (まず、真っ向から勝負に行くと間違いなくやられる。)

 

 (なら、どうにか回避して...)

 

 (...!)

 

 そんなことを考える間もなく、刀が振り下ろされる。

 達海はそれをギリギリの範囲でサイドステップでかわした。

 

 

 (くそっ! 考える暇も与えてくれないのかよ!)

 

 

 男は初撃をかわされたことに少し驚きつつも、二撃目を放つ。

 達海は再びそれをよけてみせた。

 

 

「ちっ! このクソガキ!」

 

「...っ!」

 

 

 結果、その後数回の攻撃を、達海は上手くよけてみせた。そのうちだんだんとコツを掴んできたのか、かわすことはたやすいと達海は感じていた。

 

 

 ただ、問題はそこから。

 かわせるにはかわせるものの、完全に逃げ道を封じられてるため、くぐり抜けて端って逃げるという行為は自殺行為。

 

 つまり、男を倒す必要があった。

 

 

 それをどうにかして考えなければいけなかったわけだが、攻撃をかわしながら思考を練れるほど、達海に余裕はなかった。

 

 

 (せめて...せめて、攻撃を反射でよけれれば...!)

 

 

 そんなことを思いながら、男の身体をじっくり観察しながらよける。すると、右わき腹に、少しばかり深そうな傷を達海は見つけた。

 

 

 (なるほど...、あそこを、もし全力で殴れれば...!)

 

 達海は浮かんできた案に全てを賭ける様に、攻撃の機をうかがった。

 

 

 わき腹に隙を作るのなら、おそらく縦に攻撃が振られたとき。その時、しっかり腕を振れるだけの空間を作るのが今やるべきこと。

 

 達海は、気持ち右角によるように、横攻撃を避けた。

 

 

「ちぃ! さっきからちょこまかと! いい加減...当たれ!」

 

 痺れを切らした男は精彩を欠いたのか、力任せに刀を縦に振った。

 それがまさに絶好の好機だった。

 

 

(空いた! ...そこ!)

 

 達海は上手く左側にかわし、右足でしっかり大地を踏みしめ、そのまま利き腕の渾身の右ストレートで男の右のわき腹を、力強く殴った。

 

 その時、地面が沈み込むような感覚に見舞われたが、そんなこと達海は全く気にならなかった。

 

 

達海の拳は、完全に男のわき腹を捉えた。

 傷の上に攻撃を食らった男は、刀を振り下ろしたままの腕を上げず、そのまま固まっていた。

 

 

(これで、よろめいてくれれば...!)

 

 しかし現状は違った。

 男は依然として反応がない。

 

 

 やがて、男の身体が動いたと思えば、その身体はズンッと前に倒れた。

 そのまま、ピクリとも動かない。

 

 

「...え? 嘘...だろ...?」

 

 命の危険がないと分かった瞬間、さきほどまで冷静だった達海の思考は大きく乱れ始めた。

 発狂とまではいかないが、明らかなパニック状態に見舞われる。

 

 

 そうなったのは他でもない、自分のせいだった。

 倒れた男の様子を見る際、自分が立っている足元が目に入ったからだ。

 

 

 足元のコンクリートは円方になるようにひびが入り、踏み込みの起点となった右足の場所は、完全に陥没していたのだ。

 

その大きさは、先程殺された男の踏み込みによるひびよりもさらに大きなものだった。

 

 

先ほどまでこのひびがなかったことを考えると、この状態は達海自身が作ったことになる。

 

 

 けれど、それが達海には信じられなかった。

 当然だ。まさか自分が、こんなことが出来るなんて思っていないのだから。

 

 

「これを...俺が? 何かの冗談だろ」

 

 そう思って達海はぴょんぴょんと二回ほどはねる。地面には、何も起こらなかった。

 ならばと右足に全力をこめてみる。すると、グッと力を入れた瞬間、先ほどよりほんの少し小さい、円形の陥没が出来た。

 

「...まじ、かよ」

 

 

 達海には笑う余裕も無かった。

 目の前の非日常に、自分も大きく踏み入れてしまったのだから。

 

 

「ははっ...まいったな。どうするよこれ」

 

 幸い、男は死亡まではいってないようだった。ならば話は早いと、男のポケットからこぼれていた紙を拾って、荷物を回収した後、達海は急いで家に戻った。

 

 

 

 その後、達海は携帯を取り出し、弥一と陽菜に『悪い。明日休む』と、短い文章を送りつけて、そのまま倒れこむように眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 




17話までが共通パートです。
気長に待っていただければ。

ここまで読んでいただきありがとうございます


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第6話 芽生えた能力

-刻まれるは、始まりの夜


 

 翌朝になっても、達海が感じている変な気分は治ることは無かった。

 むしろ、昨日の晩よりも、明らかに体調が悪かった。

 

 昨日、休むと弥一や陽菜に連絡をしておいてそのまま寝たため、二人から何かコンタクトの一つや二つあるんじゃないかと、達海は自分の携帯端末の履歴をチェックした。

 

 履歴の中には、着信待ちの電話が6件ほどあった。その全ては弥一からのようだ。

 

 幸い、まだ学校の始まっている時間じゃない、と、達海は弥一に電話をかけた。

 

 

「もしもし、俺だけど」

 

『おーう達海ぃ、なんで休んでんだ? サボりか? サボりなのか??』

 

「悪い。サボろうと思ったら本当に体調崩した。というわけで今日は休む」

 

 電話しながら体温計で熱を測ってみるが、本当に37.8度ほどあったのだから仕方がない。

 

 

『...分かった。陽菜ちゃんには伝えてんの?』

 

「サボりの段階で。詳細は弥一、伝えといてほしい」

 

『いいように使ってくれるんだな。まあいい。しっかり休んで明日には来いよ?』

 

「了解」

 

 

 そう言って弥一は通信を切った。

 休みを確定できたので、達海はもう一度ベッドに横になった。

 

 

「さてと...」

 

 ベッドから天井を見上げて、昨日のことを思い出す。

 

 さも当たり前のように繰り広げられていた戦闘、殺人行為。そして、自分もそれに足を踏み入れてしまった。

 

 そして何より、謎の少女の謎の言葉。

 

 

「世界は滅びるよ。あなたは、どうするの?」

 

 

 世界が滅びる。

 

 もしそれが本当なら、見過ごすことはできない事態だ。

 とはいえ、それがいつなのか、というのが分からない以上、その言葉は信じるには弱すぎる言葉だった。

 

 第一、何を持って滅びるのか分からない。

 

 それは、白飾の闇に関わってるのだろうか?

 それに、昨日のおかしな能力についても、分からないままだ。

 

 

 何一つ、答えが出てこない。

 

 

 

 

 

「...あ、そういえば」

 

 

 達海は、昨日男性から回収した紙のことを思い出した。

 

(結局、昨日回収したのは良いとして、一回も目を通してなかったな...)

 

 何かヒントになることが書いてあればと、達海は昨日着ていたズボンのポケットを漁った。

 

 バサバサとズボンを揺らすと、昨日の紙が出てきた。

 それを拾い上げて、達海は改めて内容を確認してみる。

 

 しかし、メモほどのサイズの紙には、せいぜいサイトURL、パスワードしか書いていなかった。

 

 もしこれが重要機密に関わる資料であるならば、もう少し厳重に保管されている可能性が高い。

 きっとこれは、せいぜい会社のサイトログイン用のパスワードか何かだろう。

 

 

 そう期待薄な状態で、サイトURLを空間投影された画面に打ち込む。

 

 すると、背面が黒一色のログイン画面に辿り着いた。

 

 

(ここまでは普通だな...。パスワードを入れて、どこに飛ぶか)

 

 

 半信半疑のまま、達海はパスワードを打つ。

 そして、少しのロード画面の後、ログイン成功後の画面に辿り着いた。

 

 

「これは...」

 

 そこは、綺麗なつくりのサイトだった。

 お店や、大企業のHPをイメージすれば分かりやすいだろう。

 

 

 そして、ページの左上に書いてある名前に、俺は目を留めた。

 

 

 

『ガルディア』

 

(そういえば昨日、男の話の中で似たような言葉が出てきていたよな...。同一のものかな?)

 

 

 ちょっと湧いた好奇心に従い、達海はサイト内の一覧を見てみる。昨日の男のパスワードでログインしているはずなので、きっと不正アクセス判定にはならないだろう。

 

 まず、達海は団体理念というページに飛んでみた。それで何をしているグループか分かるだろうと。

 その他、あちこちとサイト内を移動してみる。

 

 

 しかし、このサイトの内容は、達海にとっては想像の斜め上を行くほど難しい話だった。

 

 ただ、明らかに難しい文章を並べただけのページもあった。まったく内容にまとまりがなく、ダミーサイトといわれてもおかしくないくらいには、話にまとまりが無かった。

 

 

 

 そんなサイトの中で、かろうじて分かったことを、達海は手元に用意したノートにまとめる。

 

 

 

 まず、ガルディアという組織が何者なのか。

 

 

 ガルディアは、簡単に言えば、防衛軍みたいなものという結論に至った。何度か文章に出てくる、『ソティラス』という組織がどうやら敵対勢力とみて間違いないみたいだ。

 

 

 さて、先程、ガルディアの事を防衛軍と言った。なら、何を守っているのか。

 そこに、この街の闇に繋がる部分があった。

 

 

『コア』

 

 そう呼ばれるものが、白飾に眠っているらしい。

 このコアというものを守るために、ガルディアという組織が動いている。ソティラスは、その逆だ。

 

 

 しかし、そのコアというものがどういったものなのか、なぜ守る必要があるのか、なぜ攻める必要があるのか、という結論までには至れなかった。

 

 

 

 ちょうど、そのタイミングで張り詰めていた達海の緊張の糸が切れた。集中力がブツっと切れる。

 

 それと同時にたまっていた疲れがどっと達海に流れ込み、達海は全ての作業から手を引いた。

 

 

「ふぅ...」

 

 身体から一気に力が抜け、無気力な状態で達海は天を仰ぐ。

 

 

 ...一つ、大きな謎が解けたのはよかった。

 

 

 しかし、達海はもう一つ大事な問題を抱えていた。

 

 それは、達海自身が所持している能力のこと。

 昨日体験した、未曾有の出来事について。

 

 

 昨日達海が繰り出した攻撃は、明らかに異常と呼べるものだった。

 

 殴ろうと踏みこんだ際に力を入れた右足側のコンクリートの地面が破壊されたこと。

 それが偶然出ないことを立証しようと、もう一度力を入れて踏みこんだところ、同じように地面がえぐれたこと。

 

 つまり、おそらくこれは、任意で能力のようなものを発生させた、という事になる。

 

(さし当たるところ、重力操作の能力ってところか...)

 その発動範囲を知りたいと思い、達海はキッチン付近にあった林檎を力を込めて握ってみた。

 

 すると、その林檎は一瞬で破裂した。爆発と言っても過言ではないレベルだ。

 

「...握力でも同じようなことが起きるのか」

 

 

 ということは、身体全体、同じような増強が出来るのだろう。達海自身に力を込めたいという意思があれば。

 

 しかし、そんな力を持ったところで、大して意味は無いのだが。かえって邪魔なだけかもしれない。

 

 

 この能力については、当分触れないでおこう。

 

 

「さてと...」

 

 達海は目の前の惨状に目を向け直した。

 

「...片付け面倒くさいな」

 

 もう少し別物でやれば良かったと後悔しつつ、達海はあちこちに飛び散った林檎の欠片を回収し、ミキサーにかけた。

 

 そのままグイッとその果汁を飲み干す。

 

 ...意外と甘かった。

 

 

 

 

---

 

 

 

 時はすぎて、夕方になった。

 結局、その日は、それ以上何かをする気になれなかった。

 

 達海は、現状を冷静に考えて、自分の身に起こったことをまとめることで精一杯だった。

 

 何もやる気がないと入ったもの、達海はのそりと立ち上がる。

 

 

 達海は、頭がパンクしたせいか、はたまたずっと家にいたせいか、完全に気が滅入っていた。

 

 それに、自分が学校に行ってないことを伝えてないまま親と再会するのはどこか癪だと感じ、達海はフラリと外に出てみた。

 

 

 

 昨日の今日で何か起こるのではと内心思ってはいるものの、日はまだ暮れておらず、危ないと言うにはいささか要素が弱かった。

 

 

 達海は、そんな自分の思考と直感を信じて、家のドアを開ける。

 手に入れたメモもついでに持っていき、適当に家から離れた辺りで道端にポイっと投げ捨てた。

 

 

 

 

 数分落ち着きがなくグルグルしていると、昨日獅童と寄った公園に辿り着いた。

 

 達海は昨日と同じようにベンチに座って、ぼーっと夕焼け空を眺める。

 すると、遠くの方から達海の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

「おい。藍瀬じゃないか。お前、熱出して休んでたんだろ? なんで外ほっつき歩いてるんだ」

 

 声の主は獅童だった。手になにやら書類を持ってるあたり、今日も白飾祭の準備で動き回ってるのだろう。

 

 

「熱が下がったから、軽く運動を、と思ったんだよ。なんかじっと家で篭ってるの、嫌なんだよな」

 

「そうか...。でも、休む時くらい休め。じゃないとこういうのは長引くからな」

 

「分かってるよ。...それより、今日も仕事か? 悪いな、手伝ってやれなくて」

 

 

 達海が申し訳なさそうにそう言うと、何故か獅童は答えにくそうな素振りを一瞬見せた。

 

「...ん、まあいい。今日のは1人で出来る仕事だ。それに、時島先輩も今日は外部から人を呼んでいなかったしな」

 

「そうか。それならいいんだ」

 

「というか藍瀬、お前、昨日ちゃんと帰れたのか?」

 

「...え?」

 

 一瞬、何を聞かれたのか達海は理解できなかった。

 ようやく理解が追いついてくると、今度は返答に困った。

 

 

(まさか、昨日のこと見られていたんだろうか)

 

(それひょっとして、獅童も組織の人間だったりとか...)

 

(それならどうする? 名前を出して聞いてみるのか?)

 

(なんせよ、軽率な判断はダメだ!)

 

 

 そうして達海は1人で頭を悩ませていると、獅童は軽く笑いながら答えた。

 

 

「いやぁ、藍瀬。お前、夜遅くなることを気にしてたんだろう? そんな中でビビらず帰ることが出来たのかなとな」

 

「んなわけねーだろ! みくびんな!」

 

 

 色々と思い詰めていた達海は、獅童の軽口にムキになってしまった。

 けれど、それらの心配事がただの杞憂だったのだと思うと、心の底から安心できた。

 

「そうかそうか。それならいい。...ま。もう秋だ。これからどんどん冷えてくるし、体調も崩しやすくなるだろう。しっかり休めよ?」

 

「余計なお世話だバカヤロー...」

 

 そうは言いつつも、獅童と話が出来て、達海の少しばかり荒んだ心も安定していた。

 

 変な出来事に遭遇して、明日からの自分の生活が壊れてしまうんじゃないかと悩んでいた達海にとって、それはありがたいことだった。

 

 誰かと話せなければ、学校でどんな顔をしていいのかわからなくなってたかもしれない。

 だからこそ、達海は獅童に心の底から感謝して、立ち上がってベンチを離れた。

 

 

 

「そんじゃ、病人は帰りますわ」

 

「おう。明日は来るんだよな?」

 

「多分治ってるからな。明日はちゃんと学校行くよ。じゃあな」

 

 

 達海は手を挙げ、ヒラヒラと降って獅童と別れた。振り向けば見える先の、獅童が何をしてるかも知らずに。

 

 

 

 

 

---

 

~Side G~

 

 

「...先輩、どうしますか?」

 

「経過観察ね。...自分のことを過信して、むやみに力を振り回さない限りは、手は打たずにおきましょう」

 

「他に先に行動される可能性は?」

 

「可能性がないことはないわね。...とりあえず、彼の身辺、怪しいところには目をつけておいて」

 

「了解です」

 

 

 そうとだけ話して、獅童は電話を切った。

 そして、夜が始まる。

 

 

 

 白飾の夜が。




同時で出します


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第7話 未知なるゾーン

前書きわかんない( ˙-˙ )


 

 一日休んだおかげで、達海は翌日の学校にしっかりと参加できていた。

 しかし、流石に一日休んだつけが回ってきたのか、達海の机は朝から二人に囲まれていた。

 

 

「どうしてこうなってんの...?」

 

「お前が昨日休んだのが悪い」

 

「たーくん、体調大丈夫?」

 

「ん、まあな。昨日サボろうと思って熱出したんだから、笑える話だよな」

 

 

 まあ、今思えば熱を出したのも無理は無いんじゃないだろうかと達海は内心思っていた。

 

 そもそも、殺人の現場を見ておいて、軽度のショック状態にすらなっていない自分に違和感を覚えるほかなかった。

 こんな普通に生活を送れていることが、たまらなく怖く感じるほど。

 

 

「それより...」

 

「ん?」

 

 

 話題を切り出そうとした弥一が珍しく言葉に詰まっていた。弥一がこういう状態になるのは珍しい。

 

 

「どうしたよ?」

 

「ちょっとね、たーくん、一部で噂人になってるんだよ」

 

「噂人?」

 

 

 達海がそう尋ねると、こっそり弥一が耳打ちしてくれた。

 

 

「お前、一昨日夜の白飾歩いたんだってな。何かなかったのか?」

 

「...。それ、どこ情報?」

 

「出所は分かってない。...結局、本当に歩いてたのか?」

 

 

 真面目そうに心配してくれている弥一に、達海はふざけて答えることは出来なかった。

 かといって、まともな返答が思いつかない。

 

 何とかひねり出した答えを、達海は口にした。

 

 

「...そうだな。弥一。悪いがこの話は後で良いか?」

 

「いいけど...、ちゃんと答えてくれるんだろうな?」

 

「分かってる。...だから、お願い」

 

 

 できればあまり多い人間に聞かれたくないのだ。

 もし、これをさらけ出すことが出来る人間がいるとすれば、それは弥一と陽菜くらいだろうから。

 

 

「分かった。陽菜ちゃんも、それでいいか?」

 

「別に私はいいんだけどね。話してくれるんだったら、ありがたいくらい」

 

 

 陽菜もうんと頷く。

 そうしているうちに、教室前方のドアが開いた。

 

 

「はーい、それじゃHR始めますよー」

 

 野沢の気の抜けた声で、弥一と陽菜は席に戻る。

 そうして、何気ない一日が始まりを告げた。

 

 

---

 

 

 

 結局達海は、その日の午前の授業内容は全く頭に入ってこなかった。

 能力のこと、組織のこと、これからのことを考えるあまり、脳内回路がショートしていた。

 流石に、昨日一日では割り切ることは出来なかったということだ。

 

 その上に、弥一と陽菜にどう伝えるかというミッションが達海に与えられたのだ。

 どこから考えればいいか、分からない状態に、達海は瀕していた。

 

 

 結局、達海は弥一と陽菜に伝えるのを、昼のいつもの時間に決めた。

 そうして、今は食堂に三人で集まっている。

 

 このタイミングで集まることが、一番ローリスクだった。

 普段から集まっている三人が、普段の時間で集まっている。

 ヒソヒソ話をするには、まさに絶好の機会なのだ。

 

 

「...よし、話すぞ」

 

「力入れなくて良いからね? あと、嫌ならいいんだよ?」

 

「いや、どのみちちゃんと伝える必要があったんだ遅かれ早かれ。だから...ちゃんと言う」

 

 このとき、達海は弥一と陽菜に絶大の信頼を寄せていた。

 この二人になら、そう思って言葉を紡いだ。

 

 

「...一昨日、夜の白飾を歩いたのは、本当の話だ。といっても、深夜じゃない。夜営業の飲食店がまだ空いてるくらいの時間だけど」

 

「...ほう、それで?」

 

「それでまあ...」

 

 

(さて、どう言おうか...)

 

(笑い話にできるといいのだけど...)

 

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「...結論から言うと、この街の都市伝説について触れた」

 

「...!」

 

 

 案の定、弥一の目は鋭さを増した。しかもそれは弥一だけではなく、陽菜まで。

 話し出したことを少し後悔しつつ、達海は続けた。

 

 

「はっきりそれがそうとはいえないけど...、あれは非日常にふさわしいものだった」

 

「...なるほど」

 

 

 弥一は肩の力を抜いて、椅子に深く腰掛けて腕を組んだ。

 

 

「...達海、はっきり忠告しとく。お前、当分夜は出歩かないほうがいい」

 

「...分かってる」

 

「分かってても俺は言う。出歩くな。じゃないと、お前の身体が危ない」

 

 

 

 いつになく真剣な弥一に、達海は完全に気圧されていた。

 それほどなまでに、今の雰囲気は殺伐としていた。

 

 それに加え、陽菜も少し弱弱しく声添えした。

 

 

「うん、私からも言っておく。...当分は、気をつけて」

 

「ああ」

 

 

 この間手にしたメモを調査され、自分の身分がばれてしまえば、命を狙われても不思議じゃない状況となる。

 一昨日みたいな、...それ以上の能力使いが達海の前に現れるかもしれない。

 

 

 今出来ることといえば、それらに出くわさないように過ごすことくらいだろう。

 

 

(というより...)

 

(本当は、弥一は都市伝説の正体を知っていた...のか?)

 

 

 ふと、達海の脳内に、自分の親友を疑う思考が浮かんだ。

 それに嫌悪を感じ、達海は首をぶんぶんと横に振った。

 

 

(自分の親友を疑うのか? 俺はそんなに偉い人間だったか?)

 

(...けれど、仮にそうだとしても...)

 

 

 もし、弥一が都市伝説を、この街の闇を知る人間だったとしても。

 

 

(俺は信じる)

 

 

 弥一は弥一だ。藍瀬 達海の親友なのだ。

 だから、最後まで信じ抜こう。

 

 

「達海?」

 

「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていた」

 

「まあいい。...話してくれてありがとな」

 

「いや、こちらこそだ。...誰かに伝えて楽になることのほうが多いからな」

 

「ま、行き詰ったら頼ってくれよ。親友なんだからさ」

 

 

 弥一は先ほどまでの重たい空気を切り裂くように朗らかに笑った。つられて達海も陽菜も笑った。

 

 

 

(そうだ。...俺には、こいつらがいる)

 

 それだけで、達海は十分だった。

 

 

 

 

---

 

 

 食後の五限目は体育だった。

 男女で場所が分かれており、男子はグラウンドで持久走。

 達海は弥一とともにグラウンドを走っていた。

 

 

「そういえば...俺ってさ、短距離遅いほう?」

 

「どしたんだよ、急にそんなこと」

 

 

 弥一に話しかけながら、達海はゆったりグラウンドを走る。

 

「こないださ、一年のさ、風音とさ、勝負したんだけどさ、ボロ負けだったんだよ」

 

「あー...あいつ? それは判断にならねえぞ」

 

「はぁ、やっぱり?」

 

「そりゃだって、あいつ、外で対外試合できりゃ、間違いなく世界レベルだし」

 

 

 弥一の評価をもってしても、やはり桐の能力は高かった。

 そんな風にちんたら走っていると、遠くから体育教師の小塚 一誠の野太い怒鳴り声が聞こえた。

 

 

「こらぁ! 新妻ぁ! 藍瀬ぇ! そんなちんたら走ってると追走かますぞオラァ!」

 

(おうおう威勢のいい怒鳴り声なこった)

 

 

 達海は、完全に小塚の怒鳴り声に慣れていた。

 そもそも、なぜか体育の授業毎に、小塚は弥一と達海の二人組を叱り飛ばしているのだ。

 

 

「というか、どうしてあの人、毎回、俺らを怒るわけ?」

 

「知らんよ。とにかく、真面目に走るぞ」

 

 

 怒られたからには、本気を出すしかなかった。

 それを分かっているようで、弥一は走るペースを徐々に上げた。

 

 遠く離れる弥一の背中を見て、達海は自分もとペースを上げようとする。

 

 けれど、その直前で達海は一度思考を止めた。

 

 

(...能力、か)

 

(俺の自己分析が正しければ...、俺の能力は自分に存在する体重を、自分のタイミングで任意に動かせる、操れる能力)

 

(ならば、走るときの体重移動をちょっと意識すれば...)

 

 

 気づけば、達海の身体は能力を介して動いていた。

 

 かかとからつま先へ。そして今度は逆の足。

 重心は常に前に。

 足の回転は常に速く。

 

 重力を、無視するように。

 

 

 

 気がつけば、身体が空に浮いてるように錯覚するくらい、軽く感じていた。

 力を増しても、全く身体が痛みを感じない。

 

 

 

(何も...聞こえない...?)

 

 音が聞こえない。これはゾーンという奴だろうか。

 

 

「...い。おーい。おい! 藍瀬! お前どこまで走ってるんだ!」

 

「...へ?」

 

 気がつけば、達海以外の全ての生徒がゴールし、休憩していた。

 けれど、いつ終わったのか、その記憶が達海にはなかった。

 

 

「...すいません。全く何も見えてなかったというか...」

 

「分かってる。俺が注意して以降、お前の走りは異常だったからな。どうした?」

 

「集中力が切れなかったというか...走っているうちにどんどん思考回路が単純になったって言うか...」

 

「なるほど、あれだな。それはゾーンというやつだな」

 

 

 小塚は珍しく怒ることなく、太い腕を組んでうんうんと頷いた。

 

「まあ、普段からそこまで注意して授業受けてくれればありがたいんだがな!」

 

「あ、すいません、それは無理っす」

 

「吹っ飛ばすぞ!」

 

 やっぱり怒鳴られた。

 

 

 

 

「全く...。たるんどる」

 

「高校生なんてそんなもんじゃないんですか? ...そうだ、俺ってどれくらい走り過ぎてたんですか?」

 

「ん? ...そうだな...。ビリ欠の部分から本気を出して、上位8番目くらいで終わったのに、そこから2周走ってたな」

 

「...まじですか?」

 

 自分の記憶に全くないところでの行動に、達海は明らかに戸惑っていた。

 

(...これも、能力のせいか?)

 

 

 そう考えると、ますます恐ろしくなってきた。

 背中に悪寒が走る。達海は、それをなんとか小塚に気づかれないように動いた。

 

 

 

「どうだ。ゾーンに入った感想は?」

 

「...なんか、怖いっす...。自分が自分じゃないというか...」

 

「そうかそうか。ならよし」

 

「へ?」

 

「ゾーンに入ってしまうと自分に才能を感じてうぬぼれてしまう奴がいるからな。俺はこの学校でそういう奴を何人か見てきた。...それに恐怖を覚えてるなら、大丈夫だ

 

「は、はぁ...」

 

「さあ、与太話は終わり! 体育委員! 整列させろ!」

 

 

 小塚はそれっきり通常の業務に戻り、達海も列の中の自分の居場所に戻った。

 

 

 しかし、能力のことについてますます謎が深まったのは、言うまでも無いことだった。

 

 

 

 

---

 

~Side G~

 

 

 

「時島、あいつ、警戒したほうがいいぞ」

 

「やはりそこまでなのね...。一誠、あなたの能力で、彼の思考は読み取れたのかしら?」

 

「まあな...。けど、あいつはまだ『どっち』にも染まってねえ」

 

「そう...。なら、引き続き監視かしら」

 

「おう、そうするか」

 

 

 

 シリアスな話が似合わない一誠は、話が終わった瞬間ガハハと笑った。

 そして、自分に与えられた部屋から、家へと帰る達海を見送りながら呟いた。

 

 

「お前はもう、戻れねえなぁ」

 

 

 




今回より2話投稿となりました。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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第8話 日の当たらない場所

9話まで挙げます。


週明けて月曜日、定刻に学校に着き、自席でただぼーっと座っている達海は、ちょいちょいと前の席のほうから自分を手招きしている手を見つけた。

 

 千羽のようだ。

 

 

 

 達海はそれに呼ばれるがまま千羽の元へ向かった。

 

 

 

「どしたんだ? 千羽」

 

 

 

「うん、ちょっと暇でさ。時間をつぶしたい訳なんだけど...」

 

 

 

「話せる相手が俺しかいないって?」

 

 

 

 

 千羽はこくりと頷いた。

 

 

 

 

「ごめんね、私ってこんな性格でさ、こうやってこそこそ何かをするしかないの。だから、友達って言える人も少ない」

 

 

 

「自虐すんなよ。...言えば俺だって、友達は多いほうじゃないし」

 

 

 

 

 達海のその姿勢に、能力を手に入れたことのおごりは全く無かった。

 

 あくまで自分は自分。存在が空気であるままの自分だと、達海は認識していた。

 

 

 

 

「似たもの同士だね」

 

 

 

「だから今こうやって話せる仲なんだろ」

 

 

 

 

 達海は空気を変えるために笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「それで? 話したいなんて言ってるんだ。面白い話の一つや二つあるんだろ?」

 

 

 

「うん、そこは。...この前さ、オカルトな本読んでたでしょ? それにまつわる話」

 

 

 

「ははぁ...いいね」

 

 

 

 

 外の世界のオカルトの話だろうか。

 

 自分の知らない世界の話は、ばっちこいだ。

 

 

 

 

「それでまあ色々とあるんだけど...。内と外、どっちの話から聞きたい?」

 

 

 

「そんじゃま、外から」

 

 

 

「分かった。...この間、白飾外の都市伝説にまつわる本を読んだんだけどさ、なにやら神隠しってのがよく起こる地域があるらしいよ。割と近くの町に」

 

 

 

「へぇ...。神隠しって...どんなのだっけ」

 

 

 

「人が勝手にいなくなって、帰ってこなくなる現象。一概に言えばそうだね」

 

 

 

 

 その説明を聞いて、達海はピクリと反応した。

 

 それが、白飾の都市伝説と呼ばれるものの説明に近かったから。

 

 

 

 

 達海はおそるおそる千羽に尋ねてみた。

 

 

 

 

「それって...この街でも起こるのか?」

 

 

 

「...いや、起こらないでしょうね。神隠しっていうのは、文字名のとおり神による仕業だと考えられているからね。そういうのは大体神社とかがある地域で多いそうなのだけど、この街に神社は無いから」

 

 

 

「ああ、そういえば」

 

 

 

 

 白飾は少々外の街と様子が違う。

 

 白飾に神社がないのもその一つ。

 

 

 

 

 達海は、神社というものの存在を、せいぜい本でくらいしか認識できていなかった。

 

 

 

 

「怖いもんだな。急にいなくなるって」

 

 

 

「まあ、あくまで言い伝えだし、全く同じ現象が起こらない白飾には関係がない話だね。じゃあ次、内の話、いく?」

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 

 内、というのはおそらく白飾市内の話だと、達海は予測をつけた。

 

 であるならば、自分の知りたい話が飛んでくるかもしれない。

 

 

 

 

 そう身構えていると、千羽は躊躇いなく話し出した。

 

 

 

 

「この街にはね...能力者と呼ばれる人間が存在するらしいよ」

 

 

 

「...!!」

 

 

 

 

 能力者という言葉を聞いて、達海は先ほどよりも大きく身を揺らした。

 

 そして次に、自分の正体がばれたのではないかと肝を冷やす。

 

 

 

 

 しかし、千羽は表情も身体も、何も動かない時間が少しあっただけで、すぐに話を戻した。

 

 

 

 

「まあ、見たって言う人間はおそらくこの学校にはいないし、一種の都市伝説だと思うけどね。私も見たことはないし」

 

 

 

 

 達海は、とりあえず自分のことを問いただされなかったことにほっと一息ついた。

 

 

 

 

「千羽は、それ、信じてるのか?」

 

 

 

「うーん...、分からないけど、この街なら、って思うな。白飾っておかしいからさ、そんな話があっても不思議じゃないとは思う」

 

 

 

「なるほど」

 

 

 

 

 非日常に足を踏み入れていないころの達海なら、同じようなリアクションを取れたかもしれない。

 

 

 

 けれど、そういったリアクションが取れないところまできてしまった達海は、もう自分は戻れないところまできてしまったのかもしれないと、心の底でそう思った。

 

 

 

 

「...はい、私のネタはこれでおしまい。どうだった?」

 

 

 

「興味をそそる内容だったな。というか、親近感ありそうで怖い」

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

 

 千羽が笑って、手元にある本を手に取った。

 

 その瞬間、野沢先生が教室に入ってきた。

 

 

 

 ひょっとして、このタイミングを完璧に分かっていたのだろうか。

 

 

 

 

 そんなどうでもいいことを思いつつ、達海は席に戻った。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

~Side S~

 

 

 

 

「...先生」

 

 

 

 千羽は、人のいなくなった教室の外れに聖を呼んだ。

 

 

 

「あら、どうしたの? 千羽さん」

 

 

 

「...近々、重役で話をしたほうがいいかと。お父様にも、そう伝えてるから」

 

 

 

「...承知しました。提案を出しておきます」

 

 

 

 

 これは、達海の知らない話。

 

 誰も知らない、闇の話。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「...なぁ、達海。どうして俺らのクラスは午後に体育が多いんだ?」

 

 

 

「それも五限目にな。そんなもん知らんけど」

 

 

 

 前日に引き続き、この日も食後の五限目は体育だった。

 

 また小塚の下で授業を受けなければならないと思うと、自然に達海のテンションは下がっていった。

 

 

 

 

「次! 藍瀬! 新妻!」

 

 

 

 野太い小塚の声が耳を打つ。

 

 

 

 

「おうおうおよびなことで」

 

 

 

 

 先日に続き今日もグラウンドでの体育。競技は走り幅跳びだった。

 

 線を一本引いたのを境目にレーンが2つ。それを隔てて達海と弥一は並んだ。

 

 

 

「よし! はじめ!」

 

 

 

 

 笛とともにお互い走り出し、助走をつける。

 

 

 

(あまり飛びすぎると目をつけられるな...。上手く調整した記録を出したいんだが...)

 

 

 

 達海の頭の中は、空中にいるときの重心のあり方で精一杯だった。

 

 

 

 

(助走は変に力を入れずに...、なるべく低く飛んで、最後は重力で強く地面に引っ張る...!)

 

 

 

 その時、達海の感覚から、また音が消えた。

 

 

 

 

(くそっ! また...!)

 

 

 

 

 昨日小塚が口にしたゾーンという言葉が頭の中を過ぎる。

 

 その一瞬、先ほど構築したはずの重力を動かすタイミングが、わずかにはやまった。

 

 

 

 

 ドシャァ! と音を立て、達海の足は砂場を削れる。

 

 その時、身体を襲った痛みで達海は我に帰った。

 

 

 

 

「...いって!」

 

 

 

 見れば、足が変な方向を向いて着地していた。

 

 達海はなんとか立っては見るものの、明らかに歩くフォームが崩れていた。

 

 

 

 

「...おい藍瀬、お前...どこか痛めたか?」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 顔を上げると、心配そうに小塚が達海の顔を覗いていた。

 

 

 

「えーっと...そうですね...。はい。足を少し」

 

 

 

「やはりな...。着地姿勢が完全に崩れていた。さしずめ捻ったんだろう。一応保健室に行っておけ」

 

 

 

「いや、これくらいなら休めば...」

 

 

 

 達海がそう言うと、小塚は厳しめの表情を見せた。

 

 

 

 

「捻挫はちゃんと治さなければ癖になるぞ。地味かもしれないが確かな怪我だ。具合のほう、朱鷺沢ときさわ先生に見てもらえ。歩けないなら新妻でも連れてきゃいいだろ」

 

 

 

「...はい、分かりました。...弥一、頼める?」

 

 

 

「OKでさぁ。それじゃ先生、行ってきます」

 

 

 

「おーう新妻、お前は戻って来いよ?」

 

 

 

「ですよねー」

 

 

 

 

 弥一はサボろうとしていたのを見抜かれ、バツが悪そうに舌を出した。

 

 

 

「んじゃ、行きますか」

 

 

 

 弥一に肩を貸してもらい、保健室まで歩いていく。

 

 その道中、達海は、うまく制御も出来ない力を、変に使ってしまったことをただひたすら後悔していた。

 

 

 

「なぁ弥一、さっきの...」

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

「いや...」

 

 

 

 それが外から見てどれだけ不自然だったか知りたがるが、怖さも混じり、聞きだせずにいた。

 

 

 

 しかし図らずも、弥一はそれを口にする。

 

 

 

 

「しっかしまあ、さっきのお前、相当おかしかったぞ?」

 

 

 

「...どんな感じに?」

 

 

 

「助走は普通だったんだけどよ、飛んでる時、低く飛んでた割にはなかなか落ちないし、なかなか落ちないと思っていたら今度は急に不自然に落下するし...。そりゃ、あんな感じで足捻っても不思議じゃねえよ」

 

 

 

「やっぱり、そんな感じか」

 

 

 

(やっぱり、想像どおり変なことやってたんだな...。今後、体育で変に意識するのは控えようか)

 

 

 

 そんなことを思っているうちに、二人は保健室についた。

 

 

 

 

「ま、大きな怪我じゃなさそうだし、しっかり休め。俺は帰らないと小塚に怒鳴られるからなぁ...」

 

 

 

「分かった。ありがとな、弥一」

 

 

 

「いいって事よ。それじゃあな」

 

 

 

 

 そう言って弥一は足早にグラウンドに戻っていった。一人残された達海はコンコンとノックし、保健室のドアを開ける。

 

 

 

 

「すいませーん」

 

 

 

「あら、えーっと...、藍瀬君。どうしたの? 怪我?」

 

 

 

「えぇ、まあ...」

 

 

 

 

 保健室を身体測定でしか利用しなかった達海は、養護担当の、朱鷺沢ときさわ 響きょうに名前を覚えられていたことに内心驚いた。

 

 

 

 しかしそんなことお構いなしに朱鷺沢は話を続けた。

 

 

 

 

「...ふーん、捻挫ね。とりあえずこっち来て」

 

 

 

「え、この距離で捻挫って分かるんですか?」

 

 

 

「まあね。気だるそうにしてないから体調不良じゃないし、目立った外傷もない。考えれるのは捻挫や肉離れくらい。それで、君は今一応普通に立って入れてるから肉離れは無いと。そうやって削っていけばそれくらいはね」

 

 

 

 

 少々ドヤ顔で朱鷺沢は解説を行った。

 

 

 

「というわけで、来なさい」

 

 

 

「はぁ...」

 

 

 

 ぽんぽんと朱鷺沢は自分の隣の椅子を叩く。達海はその指定された席に着いた。

 

 そのまま朱鷺沢は達海の足を掴んでじろじろと眺めた。

 

 

 

「...ふーん、なるほど...」

 

 

 

「えっと...どうなんでしょう?」

 

 

 

「軽症よ。全く問題ないわ。とりあえず、この時間ここで休んだらそこそこ治るわ。処置も何にもいらない」

 

 

 

「そんなんでいいんですか...?」

 

 

 

「医者がいいって言ったら問題ないの。ノープロブレム」

 

 

 

「は、はぁ...」

 

 

 

 養護教論がこんなのでいいのかと思いつつ、達海はため息をついた。

 

 

 

「と・こ・ろ・で」

 

 

 

「?」

 

 

 

「この時間、保健室利用者がいないの。休んでる人もいないし、ベッドは全部空いている」

 

 

 

「はぁ...。それで?」

 

 

 

「というわけで...しない?」

 

 

 

「...!?」

 

 

 

 

 達海はごくりと息を飲んだ。

 

 

 

(まさかこれは、えっちぃ展開のやつ...!?)

 

 

 

 

「お話」

 

 

 

「...は?」

 

 

 

「だってさ、暇なんだもん。誰もいない保健室で一人じっとしてるの。一応業務中だから変に携帯端末弄れないし。だから、お願い?」

 

 

 

「...はぁ、分かりました」

 

 

 

 

 

 結局、達海の残りの時間は、朱鷺沢との世間話に費やされるのだった。




個別まで遠くてしんどい。


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第9話 喫茶アガートラム

かしこまった前書きはもうやめにします。


 達海が体育の時間に負った怪我は、放課後になるまでにはすっかり治っていた。

 

 そんなわけで、先週の木曜日に生徒会を手伝えなかった分、今日こそはと思って、達海は獅童に声をかけにいった。

 

 

 

 

「獅童、今日何か手伝うことあるか?」

 

 

 

「おぉ、藍瀬か。そうだな...。外に出る用事はないが、校内で少しばかり仕事があるな。手伝ってくれるのか?」

 

 

 

「おうともさ。こないだ出来なかったからな」

 

 

 

「ありがたいんだが...。お前、怪我のほうは大丈夫なのか? 五限の時捻挫したって聞いたが...」

 

 

 

「ああ、あれ? 治ったよ。今はもうなんとも」

 

 

 

 そういって変に力を入れないように、達海はぴょんぴょんとその場で二回はねてみせた。

 

 

 

 養護の先生である朱鷺沢が言っていたとおり、一時間分安静にしていれば痛みが引いたのだ。あの発言が出鱈目に思っていた分、少しピンと来ないが。

 

 

 

 

「そうか。...それじゃあとりあえず、生徒会室向かうか」

 

 

 

「ほいよ」

 

 

 

 

 

 そうして獅童と二人で並んで生徒会室を目指す。

 

 その道中、まだ制服のままの桐と舞に遭遇した。

 

 

 

 

「げっ」

 

 

 

「出会って第一声がげってなんだよ、白嶺」

 

 

 

 

 達海を見るなり、舞は気まずそうに声を上げた。

 

 

 

「あっ、先輩。お疲れ様です」

 

 

 

「おう。珍しいな、この時間まだ部活に行ってないなんて」

 

 

 

「まあ、ちょっと色々やってたんです」

 

 

 

「色々?」

 

 

 

「色々です」

 

 

 

 

 にこやかに桐が答えるため、達海はそれを追及することが出来ずにいた。

 

 

 

「まあ、そんなわけですから、私たちはこれから部活です。さっさとどいてくれませんか?」

 

 

 

「白嶺さ、俺に親でも殺されたの...?」

 

 

 

 

 舞の達海への当たりはいつも通り強いままだ。

 

 

 

 

「というわけで部活行きますよ桐ちゃん。遅れると連絡済とはいえ、遅れすぎると部長に怒られますから」

 

 

 

 そう言って、舞は桐の腕を掴んでずるずると引きずりながら廊下を進んでいった。

 

 

 

(お母さんかよ...)

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ先輩、これで私は失礼します...舞ー! 引っ張らないでー!」

 

 

 

「お、おう...。部活頑張れよ」

 

 

 

 

 達海がそう声をかける頃には、もう桐と舞は遠く廊下の端まで進んでいた。はたしてその声は届いたんだろうか。その真偽は知らない。

 

 

 

 

「...んじゃ、俺らも行きますか。足止めて悪かったな、獅童」

 

 

 

「...」

 

 

 

 

 獅童はだんまりを決めたまま、一向に身体を動かそうとしなかった。どこか一点をずっと眺めている。

 

 

 

「...獅童さん?」

 

 

 

「...はっ! どうした?」

 

 

 

「行こうぜ」

 

 

 

「ああ、そうするか」

 

 

 

 

 そうして再び生徒会室へ歩き出す。しかし、その間の獅童の顔が一向に厳しかったのが、達海はずっと気になったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室前に着き、達海はドアを開ける。

 

 

 

 

「あら、珍しい。自分から来てくれるなんて」

 

 

 

 生徒会室には、零しかいなかった。ただ一人、会長席でくつろいでいる。

 

 

 

 

「...あれ、仕事ないんですか?」

 

 

 

「今日はさほどないわよ。この部屋に誰もいないのは、いた人数を総動員して仕事に当たらせてるからね」

 

 

 

「外勤ですか?」

 

 

 

「校内だけれどね」

 

 

 

 

 零は一向に動く気配がない。

 

 達海には、それがあまりにも不気味に思えていた。

 

 

 

 

「というか、直接話せるチャンスだと思うんで言っておきます。会長って、なんで働かないのに会長なんて職についてるんですか?」

 

 

 

「...ほう? 私にそれを聞くの?」

 

 

 

 

 零は挑発気味ににやりと笑った。達海はゴクリとつばを飲み込む。

 

 

 

 

「そんなもの、大人にいい顔してたら勝手に推薦されたからに決まってるじゃない」

 

 

 

「...は?」

 

 

 

 その理由のあまりの薄さに、達海は思わず声を失っていた。

 

 そのリアクションに零も困ったのか、少し焦ったように話し始めた。

 

 

 

「いや、言ったとおりなのだけれど。授業やテスト、それなりにそつなくこなしていたら勝手に推薦されていただけ。でも、乗ってしまった船は下りられないじゃない」

 

 

 

「はぁ...まぁ、そうですけど。でもそれだけなら、いくらか真面目に仕事をしてもいいじゃないすか」

 

 

 

「嫌よ。人間、誰だって楽して生きたいもの。変に力使っちゃって、それで疲れちゃ大ばか者だわ?」

 

 

 

「会長らしくない台詞どうも...」

 

 

 

 

 とにかく、零に何を言っても聞かないだろうと達海はそう察した。

 

 

 

「というわけで、早速各教室にこの紙がちゃんと掲示されているか見てきてくれるかしら」

 

 

 

 零は手元にある資料一枚を持ち上げ、ぺらぺらと振った。

 

 達海は零に近づき、それを受け取る。

 

 

 

 

「この紙が、ですね?」

 

 

 

「そう。教室の後ろに掲示するよう伝達してあるから。出来てないところは直しておいて」

 

 

 

「はぁ...分かりました」

 

 

 

「それが終わったら勝手に帰っていいわよ」

 

 

 

「じゃ、そうします」

 

 

 

 特に否定する理由も無い達海は、その言葉に従うべく、生徒会室を退室した。

 

 

 

 

 

--- 

 

 

 

~Side G~

 

 

 

 

「...いいのか? 零。この場で藍瀬に問いただすこともできただろうに」

 

 

 

「時期尚早。彼はまだぬかるみに一歩足を踏み入れてしまったというところ。無理にこちらに引っ張るのは愚作よ」

 

 

 

「...上の考え的に、あまり能力者をノラの状態で置いておきたくはないはずだろ?」

 

 

 

「それはそうだけれど、あの程度である彼一人こちらに引き入れたところで戦力にはならないわ。それよりも、この間依頼しておいた他のノラの調査、終わってるかしら」

 

 

 

「...6割は。...ただ、その中で気になる人物がいくらか」

 

 

 

 獅童はかばんからクリップで留められた書類の束を零に手渡した。

 

 

 

「ふぅん...? ノラにもグループがあるかも、と。...警戒はしておいたほうがいいかもしれないわね」

 

 

 

 

 受け取った紙を一度眺めて、零は目の前のテーブルにそれを投げた。

 

 そのまま先ほどのように妖しい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「さて...そろそろ全面戦争かしらね」

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 翌日になった。

 

 ここ最近は自分の能力が制御不可能になっていること以外は、対した問題もなく、達海も大分日常に戻ってきたと思えるようになっていた。

 

 

 

 しかし、明らかに弥一や陽菜と帰る日が減ってきているのもまた事実だと、達海は頭を悩ましていた。

 

 

 

 たまには、ということで、昼食時に話を切り出してみた。

 

 

 

 

「なあ、弥一、陽菜。最近俺付き合い悪くなってることないか?」

 

 

 

「んー? 私は別にそんなこと思ってないけどなぁ。確かに一緒に帰れる日は減った気がするかもしれないけど...」

 

 

 

 

 陽菜は気にしてないように口にするが、その台詞の最後の部分が達海の一番気にしていることに触れていることを知らなかった。

 

 

 

「なに? また何か考えてんの? ネガキャンよくないよ?」

 

 

 

「嫌でも思ってしまうんだよ、性格の都合上」

 

 

 

 

 達海は従来より、あまり精神が強いとは言えない人間なのだ。

 

 それにより、時折こうやってネガティブになることがあるのだ。

 

 

 

 弥一は、また始まったよとため息をついて達海に声をかけた。

 

 

 

 

「別に俺らはなんとも思ってねーよ。たかが数日帰れないだけで崩れる人間関係じゃないことくらい、お前も分かってるだろ」

 

 

 

「まあ、な...」

 

 

 

「ならほら、いちいちネガティブになるな。そういう時はあれだぜ? どこか遊びに行く器量くらい持ち合わせてくるところだぜ?」

 

 

 

「遊び、か」

 

 

 

 

(そういえば最近は、そうやって寄り道して帰ることもなくなっていたからな...)

 

 

 

 達海がそう考えてると、はいはい! とここぞとばかりに陽菜が手を上げた。

 

 

 

 

「じゃあさじゃあさ、私、ちょっと行きたい店があるんだけど、放課後ついて来てくれるかな? ちょうどいい機会だし」

 

 

 

「...だってよ、達海。どうする?」

 

 

 

「...よし、行くか!」

 

 

 

「そう来なくっちゃな。...さ、昼飯食うぞ。冷めちゃ旨さも半減だ」

 

 

 

 

 達海は陽菜と弥一に内心感謝しつつ、放課後を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に期待を膨らませて待っていると、あっという間に放課後はやってきた。

 

 

 

 達海、弥一、陽菜の三人は下りのロープウェイに乗る。ここから街までのくだりはおおよそ10分くらいだ。

 

 

 

「ところで聞いてなかったんだけど、陽菜の行きたがってる店ってどういう店なんだ?」

 

 

 

「喫茶店だよ。あまり目立つところにないからタウンページに取り上げられたりしないんだけど、行った人の口コミ評価は高いよ。前々から気になってたの」

 

 

 

「ふーん...? なるほど」

 

 

 

 

 思い返してみれば、そういう店に行ったことはなかったなと達海は考えていた。

 

 達海はそもそも中学の頃まではあまり遊びに行くことはなかったし、高校に入ってからも街遊びはさほどだった。

 

 

 

 

 弥一は先ほどの陽菜の話を聞いて、何かを思い出したのかポンと手を叩いた。

 

 

 

「ああ、思い出した。アガートラムか」

 

 

 

「正解」

 

 

 

「なんだ? そこまで有名なのか?」

 

 

 

 

陽菜も弥一も知っておきながら自分だけ知らないというのは、達海にとってくやしいことだった。

 

 

 

 

「うちの母親がスーパー勤務なんだけどよ、そこのオーナーがよく買い物に来るらしいんだ」

 

 

 

「えらく身近な話だな」

 

 

 

「ま、喫茶店も客商売だし、何か物を出すところだしな。買い物に来るくらいは普通のことだろ」

 

 

 

「なるほど。...あ、ついたぞ」

 

 

 

 

 ロープウェイが止まった分の衝撃で、達海たちは下車のタイミングが来たと教えられた。

 

 

 

 

 三人はロープウェイ停車場から離れ、市街地のほうへ向け歩き出した。

 

 

 

 

「それで? アガートラム? はここから何分くらいなんだ?」

 

 

 

 達海がそう尋ねると、陽菜は腕上の装置からナビを起動させた。

 

 少々荒い粒子で、この街のマップが投影される。

 

 

 

 

「えっと...そう遠くないよ。歩いて10分。...ただ、割と路地裏のほうだから、ちょっと気をつけなきゃね」

 

 

 

 

 陽菜のその言葉で、達海は先日の襲撃のことのフラッシュバックをおこした。

 

 

 

(...そうか、路地裏なのか。...気をつけないとな)

 

 

 

 幸い、まだまだ明るい。きっと大丈夫だろうと達海はおろしかけた頭をまた持ち上げた。

 

 

 

 

「ま、まだこの時間だ。気にすることはないだろうよ」

 

 

 

「そうだね」

 

 

 

「...ただ達海、帰る時間は間違えるなよ」

 

 

 

「分かってるって」

 

 

 

 

 渋い顔をしている弥一に向けて達海は笑ってみせた。

 

 ほんとは、自分が一番それを怖がっていることを分かっていながら。

 

 

 

 

 

 そこから数分歩くと、小洒落た外見の建物の前についた。

 

 陽菜の腕上のナビが示す限り、ここで間違いないだろう。

 

 

 

 

「じゃあ、入るか」

 

 

 

 達海はそうとだけ言って、ドアに力を入れた。

 

 

 

 カランコロンと音を立てて、ドアは開く。

 

 すると奥のほうから、店主らしき男性が達海たちの前に現れた。

 

 

 

 

「おや。いらっしゃい、喫茶アガートラムへ」




というわけで九話。個別分岐になる17話まで残り10話切りましたね。
頑張ります。


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第10話 ボーダーラインの向こう側

戦いの律動。


 

 50歳ほどの見た目の店主は、その後、黒谷(くろたに)と名乗った。

 

 店内を改めて覗いてみるが、客の一人いないことに三人は戸惑っていた。

 もしかして、休みだったのではないか、と。

 

 

「すいません、ひょっとして、今日休業日でした...?」

 

「ん? あぁ、客がいないからかね。安心したまえ、先ほどまで休憩時間だったまでだ。ちょうどあけて一号の客が、君たちというわけさ」

 

「ならよかったです」

 

「さ、入りたまえ。店先で立ち話をしにきたわけじゃないのだろう?」

 

 

 黒谷に促されて、三人はテーブル席のほうへ座った。

 そして、陽菜がじっくりとメニュー表を凝視している中、達海は店内をぐるっと見回していた。

 

 

(えらくお洒落だな...。店長のセンスがいいのだろうか)

 

 そんな達海の様子が気になったのか、黒谷は声をかけた。

 

「こういう店、初めてかね?」

 

「え? あ、俺すか? ...そういうわけじゃないですけど、なかなかお洒落な店だなって」

 

 アンティーク調にできたものに囲まれて心が落ち着くといったところだろうか。

 達海はいつになく穏やかな気持ちでいれている気がしていた。

 

「はっは、気に入って貰えたなら何よりだよ。...ところで、注文は決まったかな?」

 

「んー...よく分からないので、店長おすすめのコーヒーお願いします。二人は?」

 

「あ、俺もそれでお願いします」

 

「私もそれで...。あと、ホットサンドお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 黒谷は執事のような丁寧な礼をして、カウンターのほうへ下がっていった。

 

 

 三人の空間に戻ったところで弥一が嬉しげに口を開く。

 

「ラッキーなタイミングで来たな」

 

「まあ、いようといまいとそんな変わりないけどね。変に気兼ねすることなく居れるってのは確かにありがたいかな」

 

「ところで陽菜、さっきずっとメニュー表眺めてたけど、よかったのか、あわせたように注文して?」

 

「あはは...コーヒーの銘柄、そんなによく分からなかったから、今回は流しちゃった。ま、それでもいいんだけどね」

 

 

 陽菜は、こうみえて天然が混じっている人間である。

 しっかり物のようで何かしでかし、真面目そうで思ったより馬鹿で。

 そのギャップに惹かれる人間が、学校に数名いるのだが、本人は全く気づいていない。そういうところも鈍感なのだ。

 

 

「お待たせ、店主おすすめはこいつだよ。あとホットサンド」

 

 他の客がいない分スピーディーに終わったのか、黒谷は湯気立つコーヒー3つとホットサンドを運んできた。

 

「ありがとうございます。...これ、銘柄とかはあるんですか?」

 

「んん? そうだな、ないことはないが...私特製のブレンドだ。いくらか混ざっている」

 

 

 やはり喫茶店のオーナーとしての意地があるのか、黒谷はそう語った。

 

 

 まあ、ものは聞くより飲むものだと、各々はコーヒーに口をつけた。

 

「...おぉ」

 

「これ...美味しいですね」

 

 実は猫舌な達海がふーふー冷ましているうちに先に飲んでみた弥一、陽菜が高評価な感想を上げる。ようやくある程度さめた達海も一口飲んでみた。

 

「...ふ、深い」

 

 その一言で十分だった。

 苦み、渋み、そしてその奥にある深さが直接伝わってくる。

 これまで達海が飲んできたコーヒーよりも格段に美味しかった。

 

 

「お気に召していただけて何より。...さて、私も暇になった。お話でもどうかな?」

 

 黒谷は近くの席から椅子を引っ張り出して、三人のテーブルの近くに座る。

 

 ただ黙々と味わうのも面白くないと、達海はその提案に乗ることにした。

 

 

「黒谷さんは、この道何年くらいなんですか?」

 

「数年前までは別なところで働いていたからね、この道3年くらいだ」

 

「3年でこんな味出せるんですか?」

 

「はっは、よく同業に言われるよ。成長が早いって」

 

 

 黒谷は嬉しそうに笑った。

 だんだんと話が盛り上がるにつれ、いつの間にか二人も入ってきた。

 

 

「ホットサンドも美味しいですね。料理とか普段やってたんですか? 私、そういうのちょっと苦手で...」

 

 苦笑いしながら陽菜が質問を投げかける。

 

「この職種に就く前から自炊はやっていたからね。それなりのものは作れる感じだよ。...まあ、料理の一つや二つで、男は女を決めないよ」

 

「そうなのか? 弥一」

 

「俺はそんなもんだと思うけどなぁ...」

 

 

(弥一のことだから、食べられれば万事OKみたいな雰囲気ありそうだけどな...)

 

 そんなことを思ってると、黒谷はじーっと三人の制服を見て尋ねた。

 

「...ところで、君たち、その制服は白学かね?」

 

「えぇ、そうですけど...」

 

「懐かしいもんだなぁ...。私も白学の生徒でね」

 

「へー、そうなんですか」

 

「ああ。あのころはここまで白飾も発展していなくてね」

 

「そうなんですか?」

 

 

 その話に達海は思わず食いついた。

 発展する前の白飾。

 そこは、どんな街なんだろうか。

 

 

「どんな街だったんですか? 白飾って」

 

「そうだな...」

 

 

 黒谷がどこから話そうかと悩んでいると、ドアの開く音が達海の耳を打った。どうやら別のお客が入ってきたらしい。

 

 

「...すまない、この話はまた今度にでも」

 

「そうですね、また来るとき、お願いします」

 

 

 三人の手元にあったコーヒーはいつの間にかなくなっていた。ホットサンドももうなくなっている。

 

「...それじゃ、帰ろっか。結構時間も経ったし」

 

「そうするか。達海、行こうぜ」

 

「了解」

 

 三人は席を立ち、しっかり割り勘で勘定をして、アガートラムを後にした。

 

(白飾の昔...。...というかそうだ。なんで白飾はいきなり発展したんだ?)

 

 達海の頭には、さっきの話で聞けなかったことから伸びた先の疑問がぐるぐるしていた。

 考えれば考えるほど謎が深まる街、それが、白飾だった。

 

 

 

 

---

 

 

 

 店を発って5分したころくらいだろうか。

 携帯の着信音が、突如鳴り出した。

 

 その持ち主である陽菜が電話を取り出す。

 

 

「はい。...え、あ、はい。......はい、分かりました。向かいます」

 

 時間にして30秒ほど。当の本人以外は黙ったまま、その電話が終わるのを待った。

 そして電話を終えたのか、陽菜は携帯をしまい、申し訳なさそうに笑った。

 

 

「ごめんね、ちょっと行かなきゃいけないところができちゃった」

 

「そうか。分かった。んじゃあ、陽菜ちゃんはここで分かれる感じ?」

 

「うん、そうなる。じゃあ、また明日」

 

 そう告げて、少し早足で陽菜はその場から去っていった。

 少し気まずそうに達海と弥一は顔を見合わせた。

 

「...ま、俺らももうそんな長いこといるわけじゃないけどな。家近いし」

 

「そうだな。...とりあえず、帰るか」

 

 

 

 それ以降は言葉もなく、二人はただ黙々と帰路を歩いた。

 しかし、路地裏から大通りに繋がる道で、ふとした瞬間、弥一は足を止めた。

 

 

 

「おい、どうしたんだよ」

 

 慌てて達海も足を止め、弥一が立ち止まっている後ろを振り向く。

 その弥一の表情は、いつになく緊張感を帯びていた。

 

 

「...達海、引き返すぞ」

 

「は?」

 

(何を言ってるのか分からない。どうしたんだ...?)

 

 

「いいから! 行くぞ!」

 

 そう叫んで、弥一は来た道を引き返すように全力で走り始めた。達海も弥一に追いつくようにで走った。

 

 

 達海は能力で上手に加速し、達海は弥一の隣に追いつく。そのまま走りながら、達海は説明を求めた。

 

 

「おい! 急にどうしたんだよ!?」

 

「さっき、前方にいた男! あれは明らかに殺気を持った目だ! 多分狙いは俺たちだ!」

 

「はぁ? さっきから何言って...」

 

「一瞬振り返ってみろ!」

 

 

 弥一に怒鳴られて達海が後ろを振り向くと、さっき達海と弥一が歩いてた道を対面で歩いていたフードつきのパーカーを着た男が追いかけてきていた。

 手には大型ナイフよりも更に大きな刃物を持って。

 

 達海は背筋を凍らす。

 

 

「どういうことだよ、あれ!?」

 

「どうもくそもねえよ! ...ああくそ! この先は行き止まりだ!」

 

 

 路地裏の構図を達海より把握しているのか弥一はそう叫んで逃げるのを諦め、その場でクルっと振り返った。

 

「おい! 立ち止まってどうするんだよ!?」

 

「応戦するしかねえだろ!」

 

「応戦って...お前!?」

 

 

 ふと、能力のことが頭を過ぎった。

 

(まさか、弥一は俺が能力者だって知って...!?)

 

(いや...そんな素振りはなかった!)

 

(じゃあ...もしかして)

 

 達海の脳裏に、最悪のケースが浮かぶ。

 

 

 

 

 

 もし、弥一自身が能力者だったら。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれは妄想から現実へと昇華する。

 

 達海の目の前に立っていた弥一は、みるみる姿を変えていった。

 人だったはずの弥一の手足は、明らかに獣と化していた。

 

 その姿は、まるで虎のようだった。

 

 

「や、いち...?」

 

 どうしようもなくなり、達海はその場で崩れ落ちる。

 

 しかし、そんなことお構い無しにと、弥一は目の前の男に向かって突っ込んだ。

 

 

「お前も...能力者かよ!」

 

「...!」

 

 爪立った弥一の右腕が、フード男めがけて先制攻撃といわんばかりに振られる。

 

 フード男はとっさに後ろにステップをしたが、間に合わずに刃を持っている左腕に裂傷を負った。

 

 

「ぐっ...! 舐めるな!」

 

 少しよろめいたが立て直したフード男は刃を力強く握りなおす。すると、その刃先からだんだんと刃全体が凍りだした。

 

 

「氷結...! そんくらい!」

 

「くたばれ!」

 

 フード男が刃を斜めに振り落とそうとするのに対し、弥一はその男の手首を上手く掴んだ。

 

「なっ!?」

 

「その程度の能力...これまで何度も見てきた!」

 

 弥一は獣化した腕で、力任せにフード男を後ろに放り投げた。フード男は勢いよく背中から地面についた。肺が圧迫されたのか、呼吸も絶え絶えになる。

 

 

「...眠ってろ」

 

 

 そのまま残忍な表情を装った弥一はフード男の腕、足にそれなりに深い傷を入れるべく、腕を振るった。

 

 

 フード男を無力化させるにはそれで十分だったみたいで、男がダウンしたのを確認した後、弥一は人の姿へと戻った。

 

「ふぅ...」

 

「あ...」

 

 達海は、その光景を終始ただ呆然と眺めていることしか出来なかった。

 何も出来ないうちに、その戦闘は終わった。

 

 しかし、それを終えてなお、達海は震えが止まらなかった。

 正気でいられる気がしなかった。

 

 

 

 

 この前のような戦いが目の前で行われていたこと。

 

 そして、それに参加していたのがかけがえのない自分の友人であったこと。

 

 

 達海が正気で入られなくなるには、それだけで十分だった。




進捗困ってます


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第11話 疑念、信頼、真実、親友

日常のあるべき姿


 

 弥一は固まったままの達海の腕を掴み、強引に持ち上げた。

 

「おい、一旦離れるぞ。...立てるだろ?」

 

「...ああ」

 

 達海は動揺の中から声を振り絞ってまだ少し竦んでいる足に力を入れた。

 しかし、力加減を誤った分、変に能力が働き、地面にほんの少しひびが入った。

 

 

「...。肩、いるか?」

 

「...すまん、頼む」

 

 

 達海は、弥一の目の前で能力を露呈してしまったが、弥一はそっと手を差し伸べた。達海はそれに甘え、弥一の肩を借りて、近場の公園まで歩いた。

 ベンチに腰掛け、二人はようやく落ち着いた。

 

 

 落ち着いたからこそ、脳内で混乱している部分が溢れて出てきた。

 

 

 

 

 

 弥一の能力。 

 

 弥一がどういう人間なのか。

 

 達海自身の能力がばれているのか。

 

 これから...どうなるのか。

 

 

 

 

 そうして達海がどうしようもなく頭を抱えていると、弥一は周りに人がいないのを確認して語りだした。

 

 

「...見せちまったな、俺の能力。あまり、人前で、しかもこんな時間に見せたくなかったんだがよ」

 

「...」

 

 

 達海は答えることが出来ないでいた。

 

 

「おいおい、だんまりかよ...。別にこっちも、何も言わずにいることだって出来たんだぜ?」

 

「...弥一は、組織の人間なのか? 見てしまった俺の命を消さなきゃならない身分なのか?」

 

 

 初めて、達海は親友を疑う。

 弥一は少しの間黙って、神妙な顔つきのまま答えた。

 

「...いいや、俺はどちらにも属してねーよ。世間一般的にノラと言われる能力者だ。お前と境遇は一緒かもな」

 

「そうか...よかった」

 

 

 弥一がどちらでもないという真実に、達海は大いに喜んだ。しかし、それを身体で表現できるほど、精神に余裕はなかった。

 

 前のショックとは比べ物にならないほどのショックを達海は受けていた。

 

 

「...ま、ここで話すのもなんだ。俺んち泊まれよ。明日休みでいいからさ」

 

「...ああ、そうする」

 

 

 とにかく、達海は今状況を整理する時間が欲しかった。

 だからこそ、達海にはその提案を断る理由は無かった。

 

 

 

 

 

---

 

 

 親に一報を入れ、達海は弥一の部屋にお邪魔することにした。

 

 

「一人暮らしなんだな」

 

「親に『一人暮らししたい』なんていったら、『息子が家にいる負担より、家賃を払う負担のほうがまし』っておふくろに言われたからな。ひでえ親だよ」

 

 弥一は大いに自虐して一人笑う。達海も声に出すことは出来なかったものの、微笑むくらいはやって見せた。

 

 

「まあ、適当にくつろいでてくれよ。ソファ使っていいから」

 

 

 そういい残して弥一はキッチンのほうへ行く。達海はその間に一人用のソファに腰掛けた。

 

 しかし当然落ち着くことができるはずもなく、むしろ震えはどんどん強くなっていった。

 

 

(弥一も能力者で...俺も能力者で)

 

(学校の皆に、どう顔向けすればいいんだよ?)

 

(言わなくていいとは分かってるけど...)

 

(そんな不安を抱えて生きれるほど、俺は...!)

 

 

 

「おい」

 

 自分の世界で塞ぎこんでいた達海に、声がかけられた。弥一だ。

 

 

「ほい、コーヒーね。お店のを飲んだ後のインスタントで悪いけど」

 

「...ありがとう」

 

 弥一が差し出したマグカップを、達海は両手で受け取った。

 

 

 手を通して、温かさが伝わる。

 そこにはきっと、心の温かさもあった。

 

 

 手渡されたコーヒーを一口飲んで、達海は、普通に会話できるくらいには少し落ち着いた。

 

 

「...どうだ? 落ち着いたか?」

 

「...うん。ありがと」

 

「しっかしまあ、悪かったな。ああするしかなかったんだよ」

 

 

 弥一はカーペットの上に座って、途切れていた話を続けた。

 

 

 

「さっきも言ったけど、俺はノラの能力者。お前も知ってるであろうガルディアでも、ソティラスでもない。そいつらは闇の住人だからな。見た人は消さなきゃならないわけだが...、ま、ノラにそれは関係ない話よ」

 

「安心したよ。...お前が、どっちでもなくて」

 

 そういいつつ、達海は泣きそうになっていた。こういう部分、本当にメンタルが弱いなと達海は考える。

 

 

「...ま、この際、はっきりと伝えとくか」

 

「何をだ?」

 

「俺の能力の詳細。...ま、あくまで相手がお前だから話すんだけどな」

 

 

 弥一は一度深呼吸してはっきりと話し出した。

 

 

「俺の能力は見てのとおり獣化。まあ、あんな感じで身体の部分、および全身を虎にすることができるな。完全獣化したら、『人間の言葉が喋れて、意識を持っている虎』になるわけだな」

 

「なるほど...。さっきのは、部分的なものか?」

 

「まあな。胴の周りはまだ人間だったろ? あれがまあ7割くらいだ」

 

「そうか...」

 

「あ、これもこの際だから話しておくと、能力ってのは1~3種、E~S型まで区分が存在するんだ。1種は直接的な肉体変化、2種は任意での環境変化、3種は肉体自体は変わらないものの、本来人間ならできないはずのことができたりする特殊能力。この規定だと、俺の能力は1種だな」

 

 

 さもそれが当たり前のように弥一は語るが、その一部ほどしか達海は理解できなかった。

 

 

「...まあ、こんな話をいきなりしたところで現状を飲み込めれないだろうよ。俺が達海の立場でも、多分そうなってるだろうし」

 

「すまん。ちょっとしか分からない」

 

「分かってるよ。...でも、今お前が欲しいのはこんな教科書みたいな話じゃないだろ」

 

「...はっきり言って、そう」

 

「だろうな。お前のことだ、明日からどうすればいいかとか考えてるんだろ?」

 

 

 達海は答えられなかった。

 まさしく考えているのはそれだったのだから。

 

 それを弥一も察したのか、少し渋い表情をして言い放った。

 

 

「こればかりはどうとも言い様が無い。何事も無かったように生きるしかないよ。幸い、真昼間からおっぱじめるような馬鹿はいないし、日中は比較的平穏に過ごせる。それに慣れるしかないな」

 

「やっぱり、そうか...」

 

「というかあれだろ? 実際、お前も少し前から能力を発生させてたんだろ?」

 

 

 唐突に弥一が告げた言葉に、達海は固まった。

 自分が長らく思いつめてたことが、あっけなく口にされたのだから。

 

 

「...気づいてた、のか?」

 

「おかしいなとは思ってたんだよ。それを確定させたのがこの間の体育のとき」

 

「あっ...」

 

 

 達海は思い出した。

 調子に乗って変に能力を使ってへまをしてしまったこと。

 

 あれが起点になっていたなんて、思いもしなかった。

 

 

「具体的なのは分からないけど...、さしずめ能力は重力操作だな。これは区分的に3種に入る」

 

「やっぱり、あれはまずかったんだな」

 

「当たり前だ。あんなあからさまな使用、一部の人間はすぐに察すぞ」

 

 

 弥一は少し怒った表情をしていた。そのまま弥一はコーヒーのカップをテーブルにおいて立ち上がる。

 

 

「まず教訓その一。変わらない日常を送りたいなら、むやみに能力は使うな。じゃないと学校内にいる能力者に目をつけられるぞ」

 

「...やっぱり、学校に能力者はいるのか?」

 

「まあな。特に白学にはそういった匂いの人間がいくらでもいる。俺も具体的には分からないけどな。なんなら隣に立っている人間が能力者の可能性もある」

 

「...そうなってくると、ますます日常を送れるのか不安になってくるな」

 

「だから教訓そのニ。とにかく日中出会う相手を詮索しないことだな。こいつは能力者? なんて考え出したらきりが無い。せいぜい確信を持ってからかかったほうがいいな。けど...」

 

「けど?」

 

「お前はそういったことしたくないんだろ? だったら尚更詮索はするな。無理だと思っても、何も無かったように過ごせ。それが、先輩能力者である俺に言えることだな」

 

(やっぱり、そうするしかないんだよな...。忘れろ、忘れることが一番なんだ)

 

 達海はなんとなく光明を見つけた気がした。

 その気のまま口にしてみる。

 

 

「頑張ってみる」

 

「よし、それならいい」

 

 

 決心をした達海を見て少し安心したように弥一はカーペットに座りなおした。

 

 

「しかしまあ、さっきのあいつには驚いたよな」

 

 

 先ほどの体験をすぐ笑い話にできる弥一に対して、達海はまた肩に力を入れていた。

 

「...あいつは、組織の人間なのか?」

 

「さあな。...ただおそらく、あいつもノラだ」

 

「明確に分かる証拠があるのか?」

 

「具体的にはないな。けど、強いて言うとすればさっき言ったとおり両組織の連中は日中にはおっぱじめない。早くて夜の7時半くらいだけど、その時間に始める連中は基本消されることのほうが多い。ましてやさっきみたいな時間に始めるなんてもってのほか。おそらくノラによるノラ狩りだな」

 

「そんなものがあるのか?」

 

 

 弥一は顔をしかめて答えた。

 

 

「俺もこれまでそういうのには遭遇したこと無かったからな。...これでも俺、内心驚いてるんだぜ?」

 

「ごめん、そういう風には見えない」

 

「だろうよ。でもこれが、能力の有無による日常生活のオンオフの賜物って言えばそうなんだぞ?」

 

 弥一の自己肯定に、達海は素直に納得していた。

 ここまで割り切ることが出来れば、多分少しは楽になるんだろうと。

 

 

「...話を戻そうか。とりあえず、今回の襲撃は組織によるものじゃない。でも、俺もお前ももう組織に目をつけられてるのは確か、といったところだな」

 

「そうだよな...」

 

「だから俺からお前に言えることは一つだな」

 

「?」

 

「能力のことは忘れろ。自分が持ってることも、他人を詮索しようとしてることも全て忘れろ。そうすれば、組織も手を引く可能性がある」

 

「なるほど...」

 

 

 いつどこで目をつけられてるか分からない以上、それが一番効果的な話だということは達海も納得していた。

 けれど、一つ納得できなかったことがあるとすれば...。

 

 

「お前は...どうするんだ?」

 

「俺は今までどおり過ごすさ。どうせ目をつけられてることには変わりないし。けど、今までもそうやって生きて来れたんだ。大丈夫だろ」

 

 

 いつも通り。

 そういって楽観的に笑う弥一に達海は安心を覚えた。

 

 達海は手元に持ったままですっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、弥一に向けて言い放った。

 

 

「今日、泊まるのOKだよな」

 

「オフコース。...明日休むか?」

 

「いや、朝一で帰って学校行くよ。...少し気分晴れたから、多分大丈夫」

 

「そうか」

 

 

 弥一は満足そうに頷いて、一つ言葉添えをした。

 

 

 

 

 

「俺はいつでもお前の隣にいるからさ、だから安心しろよ」

 

 その一言が、達海には何よりありがたかった。




迷走中ですね。
困ってます。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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第11.5話 揺らぐ黒い影

間の話です


 

 この世に光があるならば、必然的に闇も存在する。

 もし、その闇を知ってしまったら。

 その闇に足を踏み入れてしまったら。

 

 そこから先の景色は地獄かもしれない。

 

 

 しかし。

 その闇の中だからこそ生きれる人間もいるとすれば。

 

 また話は変わる。

 

 

 

---

 

 

「それではこれより、緊急会議を開始する」

 

 野太い中年男性の声を金切りに、緊急会議は始まった。

 

 

「全く、こんなどうでもいいタイミングでの緊急会議、議題は何なんです? それなりの用があって私たちを呼んだわけですよね? 瞬水さん」

 

 柄木(がらき)(しん)は挑発気味に琴那(ことな) 瞬水(しゅんすい)に声をかけた。

 

「うむ...。いくらかな」

 

 瞬水は動じることなく頷いた。

 

「へぇ...? どんな内容ですか? あれですかね、鍵師(かぎし)が見つかったとかそういう話題ですかね」

 

「鍵師の話については担当の能力者が全力で捜索に当たってる。あと一息といったところだろう」

 

「それは前回の会議でも似たことを聞きました。進展なし、と見ても?」

 

「...複数人いたところから候補を二人ほどまで絞った、といったのが進展に値するかどうかだな。能力者の負担が激しい分、あまり活発に行動できないのが難点だ」

 

「お言葉ですが」

 

 柄木の隣に座っていた戌亥(いぬい)が会話を遮った。

 

「瞬水さん、能力者は消耗品となんら変わりないんです。時間もあまりないこと、十傑のリーダーであるあなたなら知ってるでしょう。この機を逃せば次がいつ来るか分からない。急がなければいけない状況でそんなことは甘えと思わないのですか?」

 

「...それは、確かにそうだが」

 

「でもそれは、戦闘に積極的に参加しているあなただから言える話でしょう。戌亥」

 

 

 戌亥の発言に引っ掛かりがあるのか、湧いて出た女性の声が戌亥を軽く糾弾した。

 

「野沢さん、女性のあなたには分からないでしょう。...日常だのなんだの知らないが、私たちはそうすることしかできないんです。お預けを食らわせられるほど、寛大な心は持ってないんですよ」

 

「...分かった。両者とも落ち着いてほしい。...鍵師捜索については、引き続き全力で当たってもらうことにする。...それで構わないかね? 柄木君、戌亥君」

 

 その場を取りまとめるように瞬水は声を響かせた。

 

 

「私はなんとも? ただ、早急に済むのであれば、それにこしたことはないとだけ」

 

「柄木さんと同意見です」

 

 柄木がイスに深く腰かけ、頷いたところのを確認して、戌亥もしぶしぶ了承した。

 

 場がいったん落ち着いたのを確認して、瞬水は本題に入ることにした。

 

 

「うむ。...その上で、今日本来話したかった議題のほうに移ろうと思う。...野沢君、説明お願いできるかな?」

 

「承知しました」

 

 

 瞬水の呼びかけに応じ、聖はテーブル中央のモニターに電源を入れた。

 少々荒っぽい粒子で、必要事項のデータが表示される。

 

 

「...これは?」

 

 予想外の内容に戸惑ったのか、真は声を上げた。

 

 

「最近になって能力者が増えてきている、という案件です。特に高校生までの年齢層にでしょうか」

 

 聖が説明を始めると同時に、一通り資料を読み終わった十傑のいくらかのメンバーがざわめきだした。

 

 

「おいおい、このデータ、大体が白学じゃねーか?」

 

「そうです。この能力者急増の案件、その人数の数割を白学の生徒が占めています。私が持っているクラスでも、数名ノラの能力者を確認しております」

 

「...つまり、何が言いたいんです?」

 

 

 真の尋ねに対し、聖は真のほうを向きなおして明確に答えた。

 

「...そもそも、能力というのは、白飾においてコアが人間にもたらす影響の一つ。コアが活発に動けば動くほど、白飾も発展し、能力者も増える。...つまり、能力者がだんだんと増えるということは、コアの活動状況がだんだんと強くなっているということです」

 

「...ということは、つまり」

 

 

 真は何かを確信したように微笑み、問いかける。

 それに動じることなく聖は答えた。

 

 

「ええ、そろそろ全面戦争の時が近づいてきてます。...それについて、瞬水さんの判断を仰ごうかと」

 

 

 聖は説明を終えて自席に着席した。

 周りが一度静かになったのを確認して、今度は瞬水が話し出す。

 

 

 

「犠牲が出る、出ないは一旦置いておくとして、全面戦争が避けれない状態となってきた。これまでのようなつばぜり合いとは格が違うだろう」

 

「で、どう動くんです?」

 

「先ほど話したように、鍵師の行動をつかみ、人物を特定できたところから勝負になるだろうと考える」

 

「それで、コアを発見し、例の手順での破壊を狙うと?」

 

「...そうなるだろうな。各自、念頭に入れておいてほしい」

 

 

 そう言い切って瞬水は立ち上がった。

 

「これで会議のほうは解散とする。質問があるなら後で直接私の元に来てほしい」

 

 

 瞬水が会議終了の合図を行うと、席についていた他の九人も立ち上がった。

 それを待ち、瞬水は最後に号令のように言い放った。

 

 

 

 

 

 

「我らの正義に栄光あれ」

 

 

 

 



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第12話 戻るべき場所

新章スタート


 

 弥一の能力を知った翌日以降、達海は能力を使わないようになっていた。

 どうやら達海の能力は、自分の意志によってすべてが決まるみたいだった。

 

 であればあとは難しい話はいらない。

 

 

「いつも通り過ごす」

 

 それさえ念頭にあれば、変に能力を発生させずに済んだ。

 

 

 そうして、いつの間にか金曜日にまでなっていた。

 達海は、これまで通り弥一、陽菜とともに行動したり、生徒会の手伝いをしたりと、能力が発生する前の暮らしに上手に戻っていた。

 

 

 

---

 

 

 その日の放課後は、弥一と帰ることになった。

 達海と弥一は下りのロープウェイに隣り合って座る。

 

 

「...しっかしまあ、暇だなぁ」

 

「秋だからな。うちの学校の行事は軒並み春に済ませるから、この時期はどうしても何もない時期になるんだよ」

 

「それはそうだけど...。あ、そうだ、達海、お前生徒会手伝ってるんだよな?」

 

「そうだけど?」

 

「今年、白飾祭の運営担当白学なんだっけ?」

 

 

 白飾祭というのは、この街一番の大きな祭りだ。

 

 

 

「白飾内の高校が合同で運営するんだけどな。それでも今年はメインは白学だな」

 

「何か忙しくなったりしないわけ?」

 

「ないだろうなぁ...。おそらく生徒会内で上手に回すだろうし、一般生徒には何もないと思う。...そだ、弥一、白飾祭一緒に回らねえか? 陽菜も誘ってさ」

 

「当然」

 

 

 達海の呼びかけに対して、弥一はさも当たり前のように答えた。

 おそらく、聞くに値しないほど、当たり前の話なのだろう。

 

 「三人そろって何かする」、ということは。

 

 

 

 そんな話をしていると、達海はあることを思い出した。

 

 

 

「ところで、白飾祭の夜は安全、ってよく聞くよな。つまり、能力者が暴れることもないのか?」

 

「...達海、その話は外でするな」

 

 

 弥一は鋭い目つきを達海に向ける。達海は自分の発言があまりにも軽率だったと反省しながら、周りを確認した。

 幸い、同じ車両に他の人は乗っていなかった。

 

 おそらく聞かれてないであろうことにホッとして、弥一に謝罪をする。

 

 

「悪い。不注意だった」

 

「...まあ、この車両に他の人が乗っていないからまだいいけど。...それでも、聴力を生かして盗み聞きをすることができる能力者だってこの世にはいるんだぞ?」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。確か【神音】といったかな、そういった感じの能力だ」

 

 

 達海より先にノラの能力者になった分、弥一のほうがそういった知識を多く持っていた。

 ならばこの際聞いておこうと、達海は話をつづけた。

 

 

「そういう人に、会ったことあるのか?」

 

「ん? いや、これはあくまで噂を聞いただけだな」

 

 

 そう言ったものの、弥一はさらに続けた。

 

 

「けどそもそも、この街の裏社会に能力の種類やランク付けを大まかに規定した本があるんだ。それを一度ほど読んだことがある。そこで知ったな」

 

「なるほど...。...待て、そういうことなら、自分と同じ能力を持っている別の誰かがいる可能性もあるのか?」

 

 

 一人一人違う能力なら、いったい誰がそれをチェックして、記すのだろうか。

 

 おそらく、それは不可能に近い。

 

 なら、いくらか同じ能力を持った人間がいて、そのありふれたいくらかを記しているのではないだろうか。

 

 

 そんな達海の考察を弥一は肯定した。

 

 

「というか、それがほとんどだな。...例えば俺の獣化。獣化という能力自体は結構ありふれたものなんだ。問題はそこから何になるか。例えば俺なら虎だし、鳥になる人間も入れば狼になる人間もいる。全身獣化できる人間もいるが、部分でしか獣化できない人間もいる。そういう違いがあるんだな」

 

「なるほど...」

 

「その本に記されていたのは、この本の【獣化】という部分だけ。そこからの内訳はさほど書かれちゃない」

 

 

「...んじゃあ、俺の能力に関する話も書いてあったのか?」

 

 

 弥一は腕を組んでうーんと頭を捻り、思い出していた。

 やがて思い出したのか顔を上げる。

 

 

「あったな。確か【重力操作】だろ? あれはマイナーからメジャーな間だから、ギリギリ書いてあるくらいだな」

 

「マイナーな部分はやっぱりないのか?」

 

「唯一無二の能力はそう書かれはしないだろうな。ただ、そういった能力は大体S型が殆どだ」

 

「S型...ってことは、最強クラスの能力か?」

 

「すべてがすべて攻撃系の能力ではないと思うけどな。...うちの白学にも、S型は数人いるぞ」

 

「...マジで?」

 

 

 そう言った弥一の瞳が笑っていなかったのを見て、達海はそれが本当なんだと察した。

 

 

 

「...なるほど。まあ、十分に気を付ける」

 

「ああ、そうしてくれ。ただ、最近のお前はよくやってるよ。前みたいに不器用に能力が発生することもなくなってきてるからな。だいぶコントロールができるようになったんだろう」

 

「まあ、そうなるけど...。そうだ、弥一が能力者になりたての頃はどうだったんだ?」

 

 

 そういわれて弥一はこぶしを握った。

 

 

「獣化は本当に自分の意志次第だからな。無意識になるなんてことはなかったんだ。自分が「獣化したい!」って思ったときのみ発動する感じ。だからまあ、苦労はしなかったな」

 

「いいなぁ...」

 

 

 少し羨望混じりに達海がそういうと、弥一は苦い顔を浮かべた。

 

 

「とはいえ、俺自体この能力をそんなに使いたくないんだよ。別に虎がかっこいいと思ってるわけでもないし、だれかと戦いたいわけじゃないし」

 

 

 その驕らない姿勢に、達海は一種のカッコよさを覚えていた。

 そんな中で達海にはもう一つ気になることがあった。

 

 

「...組織からの勧誘とかなかったのか?」

 

 

 弥一は割と古参の能力者だ。

 であれば、自身にコンタクトの一つや二つあってもおかしくないだろうと、達海はそう考えていた。

 

 弥一は一瞬答えるのをためらって、けれどちゃんと口にした。

 

「あったよ」

 

「マジで?」

 

「ああ。...けど、断った。そっとしておいてくれって」

 

「それって許されるのか?」

 

「許されないだろうな。そこから付け狙われて命を狙われるか、しつこく勧誘されるかどっちかだろうな。...けど、俺の場合それがなぜかない」

 

「なぜ?」

 

「知らんよ」

 

 

 あきらめたように弥一がふっと笑う。

 その時、まもなく停車のアナウンスが鳴った。

 

 

 

「さ、そろそろこの話も終わり。最後に何か聞きたいことはあるか?」

 

 

 弥一のその質問に、達海は一瞬何を聞こうか迷った。

 けれど、迷っていた脳とは別に、反射で勝手に口走っていた。

 

 

「今年の白飾祭は...安全なのか?」

 

「今まで安全だったんだ。信じようぜ」

 

 

 どっちとも明言せず弥一は答える。

 それが終わったと同時に達海らが座っている席の前方のドアが開いた。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 数日前の襲撃以降、できるだけ一人でいる時間を減らそうと、帰れるうちは二人で帰るようになっていた。

 今日もまた、その一日である。

 

 達海と弥一は、達海の家を目指し歩いていた。

 

「そういや、もう週末なんだな」

 

「あー、今日金曜か。早いよなぁ色々と。年を取るにつれて一日が早く感じるっていうけど、まさにそれだよな」

 

 

 子供のころから、明日を望めば望むほど時間がたつのが遅く感じるとは言われてきたが、そもそもこの年齢になってはどちらにせよ時が過ぎるのを早く感じるようになってきた。

 

 

 何気ない毎日を送って、何気ない休日を過ごして、何気なく年を取る。

 

 ...それは、どんなに幸せなことだろうか。

 少なくとも、それに慣れてしまった人間には分からないことである。

 

 

 

 

「なぁ達海、今週末何か予定あるか?」

 

「ないけど...。どったの?」

 

「いや、久しぶりに遊ばないかって話」

 

「いいんだけど...。一週間くらい前に金欠って言ったの、あんまり変わってないぞ?」

 

「いいのいいの。ウインドウショッピングってもんもあるでしょ、この世には」

 

「それって高校男子がするものなんですかね...」

 

 

 達海は、特に何かを欲しがることはなかった。

 いいな、なんて思うものはそれこそあるが、それが喉から手が出るほど欲しいものかと聞かれれば、答えは決まってNoだった。

 

 

 だからまあ、結論はというと...

 

 

「まあ、そんくらいなら、付き合ってもいいか。見るだけなら金はかからないしな」

 

「じゃ、決まりだな。日曜でいいか?」

 

「了解。...場所は、あそこか? 街のはずれの方のリオン?」

 

 

 リオンとは、白飾の街に存在する大型ショッピングモールである。衣服、貴金属、娯楽、生活用品、基本何でも揃っている有能な建物だ。郊外にあるため、歩いていけばとんでもない時間がかかるものの、電化された白飾のシステムでは、街の中心部からモノレール一本で10分でたどり着けるのである。

 

 

「まあ、うちの街には古き良き商店街みたいなのがないからね。あそこしかないでしょう」

 

「分かった。時間は明日にでも適当に送っててくれるか?」

 

「はいよ。...あ、俺ちょっとコンビニ寄るわ」

 

「外で待っとく」

 

 

 ふと立ち止まったところにあったコンビニの中に、弥一はそそくさと入っていく。

 その出入り口の部分で達海は一人壁にもたれかかって待つことにした。

 

 

 

「...おい、お前」

 

 達海は声が聞こえた方向を向く。そこには自分と同年代ほどの見た目で、フード付きのパーカーを着た人間がたっていた。

 

 達海はその男性をじっと見つめる。そうするうちに男性はもう一度尖りの入った声を発した。

 

「...お前だ、お前」

 

「...俺すか?」

 

 達海は自分に指をさして判断を仰ぐ。その男は小さく「お前だ」とだけ返事をした。

 

「俺に何かようですか? 見たところ初対面だと思うんですけど...」

 

「...」

 

 男は何も発さなかった。それを不思議に思った達海はさらに声をかける。

 

「どうしたんですか?」

 

「お前...匂うな」

 

「はい?」

 

 

 

「お前は...能力を」

 

「...!!」

 

「あったあったぜスイカバー♪」

 

 

 

 能力という、自分にとって不穏なフレーズが聞こえ、達海が背筋を伸ばした瞬間、コンビニの中から弥一が鼻歌混じりに出てきた。

 

「あれ、どったの? 達海。知り合い?」

 

「いや...」

 

「...ちっ」

 

 男は弥一が出てきたことにより気まずくなったのか、軽く舌打ちをして元の路地裏のほうへと戻っていった。

 

 

「...ふぅ」

 

 達海が一息つくと、腕になにか感触を感じた。よくよく見ると、弥一が達海の腕を握っていた。

 

 

「達海、ちょいと急いでここを離れるぞ」

 

 

 その険しい表情から、先ほどの相手が危険だったのかもしれないと達海は察した。

 

 

「...やっぱり?」

 

 達海が恐る恐る尋ねると、弥一はこれまで達海が見てきた中で一番厳しい表情で答えた。

 

 

 

 

「ああ、あいつは...相当危険な奴だ」

 

 

 



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第13話 棘

 

 その後、達海と弥一は行く先を変更し、先日のように弥一の家に入った。

 しかし達海に前回のような動揺はなく、だからこそ弥一の部屋をじっくりと見まわすことができた。

 

 そして達海はなんとなく部屋にあまり物がないことに気づいた。

 

 

「弥一さ、結構部屋すっきりしてんだな」

 

「あん?」

 

「いやさ、家具とか家電とか、必要最低限のものしかないんだなって」

 

「まあな。そんなに必要性を感じないっていうか、そんな感じ。手に残る娯楽より、記憶にちゃんと残る娯楽の方が俺には合ってるんだろうな」

 

「ふーん...」

 

 

 素面でそう語るあたり、弥一は本当に人付き合いや人間関係を大事にしているのだなと達海はしみじみと感じた。そういった人間が友人だと、達海も誇らしく感じる。

 

 

「まあ、そんな与太話をするためにうちに来たんじゃないだろ?」

 

「ああ。そうだな」

 

 弥一の呼びかけで達海は先ほどであった男のことを思い出した。

 鋭い目つき。少し枯れた声。そして謎ひしめく路地裏からふっと現れたこと。

 

 明らかに普通ではないことは、達海でも理解できていた。

 

 

「...ま、わかってると思うが、さっきであったあいつは間違いなく能力者だ。さすがに達海でも分かんだろ?」

 

「今回は」

 

 達海も能力者としての自覚が少し板についたのだろう。今回の相手が能力者だということはわかっていた。

 

 

「...あれはおそらくA、S型の能力者レベルだな。そういう匂いがする。それになにより...」

 

 弥一は先ほどの男と出会ったときと同じような顔をした。

 

「なにより、あいつは人を何人も殺してる」

 

「...!」

 

 

 弥一はソファに深く腰掛けた。

 

「ったくよぉ、なんで最近になってこんなに物騒になりだしたんだよ」

 

 

 その愚痴は、遠回しに自分のことを言っているように、達海はそう感じた。

 そうして浮かび上がるのは、弥一の平穏を脅かしたことへの罪悪感。

 

 

「...悪い。多分俺のせいだ」

 

「あ?」

 

 

 弥一はさらに不機嫌そうに答えた。

 

「誰もお前が悪いなんて言ってねーよ。たかが身近に一人能力者が増えたことで何か変わるわけじゃねーよ。本当にそう思ってるんなら、それはうぬぼれ」

 

「...そうか、悪い」

 

「第一、お前が能力者になる数日前からおかしい日は続いてたんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「まあな」

 

 

 先ほどまでの不機嫌から一転、弥一は肩の力を抜いて語りだした。

 

 

「俺はまあ、一応ノラの能力者だしな。定期的に夜に見回りをすることはしてたんだよ」

 

「虎の姿でか?」

 

「人間のまま出歩いたら人物特定につながるからな。そこは能力を使うようにしてる。獣化はそういう点では便利だな」

 

「なるほど」

 

「で、だ。夜の見回りをしている中での気づきなんだが、最近、両陣営の抗争が激しくなってきてんだよ。毎晩どこかで戦闘が行われてるといっても過言じゃないな」

 

 

 きっと、達海が初めて能力者に出会ったあの場面も、きっとその一環だったのかもしれない。

 

(...あれが、常日頃から行われてるというのか...)

 

 達海の手には汗がにじんでいた。

 

 

 

「で、問題はそれだけじゃない」

 

「他には?」

 

 

「単刀直入に言うと、お前みたいな能力者がここ最近急激に増加しているって話だ」

 

 

 弥一は達海を指さしてそう言った。

 

「...理由は、わかるのか?」

 

「さあな。俺は組織の人間じゃないからなんとも。この街に存在するコアってのが、能力に影響を与えてるってのは知ってるがそれっきり。ノラが情報を仕入れるには限界があるんだ。なんせ味方がいないしな、ははは」

 

 何かを諦めきったのか、弥一は乾いた笑いを浮かべる。

 

 

「ノラがノラ同士で集まって行動するってのはないのか?」

 

 

 達海がそう聞くと弥一は乾いた笑いを止めた。

 

 

「ある。むしろ最近になってそれが増えてるんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「さっきいた奴。あいつを俺は少し前に目撃したことがある。その時は、ほかの奴らと路地裏を徘徊してた。おそらく、あれはノラの能力者の集団だ。...それも、バチバチの過激派のな」

 

 

 その人間たちがどういう行動をしているのか達海は分からなかったが、わずかにわいてきた恐怖心に鳥肌を立たせた。

 

 

「だからまあ、さっきコンビニから出たときは焦ったよ。目の前にそいつがいたんだからな」

 

「...俺は、殺されてたかもしれないのか?」

 

「基本能力者は表舞台で能力をふるうことはないが...。なんせああいったノラ集団だ。お前にだからこそ厳しく言うが、殺されてても不思議じゃない」

 

「...なるほど。悪い、また助けられたな」

 

 

 少しひきつったままの顔で達海がそういうと、弥一はいつものごとく笑った。

 

 

「いいってことよ。友人なんだろ? 助けあいくらいは当然じゃねえか」

 

「そういわれてもな...。一方的に守られてばかりだと、気にもなる」

 

 

 そう発言した矢先、弥一は今度は一転して鋭い言葉を並べてきた。

 

 

「...だからお前はダメなんだよ。そんな後ろ向きな発言で、そんな後ろ向きな思考で、この世界は生きれないぞ。仮にも能力者になった身分なんだ。変わらない日常を送るために気にするなとは言っても、いつ命どこで命を狙われているか分からないんだぞ。明日の平穏も不安定な世界だ。『生きられた、ラッキー』くらい思える人間じゃないと、すぐに死ぬことになるぞ」

 

 

 弥一の言いたいことは、おそらくもっと自分に傲慢であれ、ということだろう。

 それは他人に恩義を感じたり、自分に自信を持てたりしない達海には難しい話だった。

 

 が、ここでその弱音を吐いてしまったら、また弥一に叱られる。

 達海はぐっと言葉を飲み込んだ。

 

 

「そうする」

 

「よし、それでいい」

 

 その答えに満足したのか、弥一は明るい声音だった。

 

 

「まあ、危ないと思ったら今は素直に逃げるんだな。後はうかつに危ないところに行かないこと。日中の路地裏でさえギリギリだからな」

 

「肝に銘じておく。...じゃ、そろそろ帰りますかね」

 

 そういって達海は壁に掛けられた時計を見る。針は6時を示していた。

 窓の外はもうだいぶ暗くなっている。日を追うごとに暗くなるのが早く感じてくるころだ。

 

 弥一も同じように時計と外を見て声をかけた。

 

「おう。安全な道を通って帰れよ」

 

「運のいいことにうちは割と大通り沿いのマンションでね。助かったよ」

 

 

 そう軽く笑って見せて、達海はドアの向こうの世界へと戻った。

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 怪しげな人物との遭遇から翌日。達海は散歩でも、と家を飛び出した。

 危ないことに首を突っ込むなと言われても、体を動かさなければ心が落ち着かなくなっていた。

 

 とはいえ危ないところに足を踏み入れるほど余裕も勇気も度胸もなく、ただ大通りを散歩するといったところだ。

 家を出て左に進むと、電気街と呼ばれる、大型の商業ビルが立ち並ぶ場所に出る。達海は今日の散歩場所を底に決めた。

 

 

 ビルに挟まれた歩道を歩く。

 そうしていると、ふとこの間の黒谷の言葉を思い出した。

 

 

『あの頃はこの街もここまで発展していなくてね』

 

 

 

 少なくとも、達海が生まれてきたころにはすでに先進した技術を持つ街になっていたと親から聞いている。

 白飾には古き良き文化、というものがあまり存在しない。資料館の一つもないので、昔のことを思い出すのは容易ではない。

 

 

 

(発展した、というよりは...生まれ変わった、のかな)

 

 そんなことを思っていると、達海は目の前の細路地への入り口あたりに複数の男と見慣れた姿を見た。

 

「あれは...」

 

 思考を凝らして思い出す。

 

 

(そうだ。あれは...氷川だ)

 

 見る限り、どうやらもめごとのようだった。

 

(まぁ...氷川ならやりかねないよな。曲がったこと嫌いって言ってたし)

 

 

 などと苦笑いで感心している場合ではなかった。

 男3:氷川1、明らかに状勢不利な状況だった。いつ氷川が手を出されるか分からない。

 

 

「んだとてめぇこのアマ!」

 

 言ってるそばから男の一人が怒鳴り声を挙げながら美雨の胸倉をつかむ。それを見てようやく達海の脳内のサイレンが鳴った。

 

 

「おい待て! そこの男!」

 

「あぁん!? なんだてめぇ!」

 

 

 別の男が達海にガンを飛ばす。しかし達海はいつの間にか度胸慣れしてたのか全くひるむことなく美雨の元まで詰め寄った。

 

 

「お前...確か藍瀬...。なんてのはどうでもいい。とにかく手を放せ。野蛮人」

 

「んだとごらぁ!」

 

 首元をつかんでいた男は堪忍袋の緒が切れたのか、つかんでいない左手を大きく振りかぶり、殴りかかろうとした。

 しかし、その行動が容易に予測できたのか、美雨は首を動かし、男のこぶしをひょいと避けた。

 

 

 そのままつかまれていた方の男の右腕を爪を立てて全力で握り返した。

 

「ってぇ!」

 

「せいっ!」

 

 その痛みに耐えきれなくなった男は即座に氷川の首元から手を放す。その瞬間、美雨は一歩ほど後ろに下がり。男の中腹部に回し蹴りを決めた。

 

 

「かはっ!」

 

 

 男は倒れこそしなかったが大きく後ろに下がり、悶絶していた。そのままよゆうを持て余した美雨が氷のような目つきで言い放った。

 

 

「次はだれが来るんだ?」

 

「...ちぃ、撤退だ! 撤退するぞ!」

 

 3:1でも分が悪いと判断したのか、リーダー格の男がそう叫ぶと取り巻きも一斉に逃げ去っていった。

 

 ここまで達海は何もしていない。

 何もしないうちにすべて終わってしまった。

 

 

「...えぇ?」

 

 達海が呆気に取られていると、美雨は大きなため息をついた。

 

 

「はぁ...。全く。というか、なんでお前は来たんだ」

 

「え、そりゃだって、女子が一人で男三人に囲まれてたら見過ごすわけにはいかんでしょ」

 

 さも当たり前のように達海が返事をすると、美雨は一層大きなため息をついた。

 

「馬鹿な男だな、お前」

 

「あん?」

 

 その言葉に少しピクリと来た達海はこめかみに血管を浮かばせた。しかし女子に手を出してしまう方がもっと馬鹿だと踏みとどまる。

 

「全くの他人ごとに足を踏み入れる必要なんてないだろう。それで自分がそんな立ち回りになって怪我でもする羽目になったらどうするんだ。そんな無鉄砲、馬鹿としか言いようがないだろう」

 

「あー...なるほど?」

 

 

 これは美雨なりの心配の言葉なんだ。と、達海は解釈しつつ、少しばかりわいた怒りをどうにか沈めて、いい答えを模索した。

 

 そうして絞って絞って出てきた言葉を口にする。

 

 

「これが...俺の正義なんだよ」

 

 

 

 

 美雨の肩がピクリと動いた。

 




最近下書きが溜まって困っています。
意見あれば是非ください。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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第14話 己が正義

あと4話で共通部分終了となります


 

 

「お前の...正義」

 

「そうだ。何か文句があるのか?」

 

 ここまでくればむしろ高圧的な態度をとった方がいいのではと達海はふんぞり返ることにした。

 

「...ふふっ」

 

 美雨は、笑った。

 かすかに笑った。けれど確かに笑った。

 それが嘲笑でないことだけは、達海は理解できた。

 

 

 達海は、自分の言ったことが笑われたことに怒りを覚えなかった。

 むしろ、嬉しさが心の底から沸き立ってきた。

 

 氷が少し溶けたような気がした。

 氷川も笑えるのだと、そう思った。

 

 

 美雨は落ち着いたのか、少し穏やかで、でもかすかに強かさを持った声で達海にそんお覚悟を問った。

 

「つくづく馬鹿だな...。そんなでたらめな正義、最後まで貫けるのか?」

 

「...ああ」

 

 達海はためらうことなくそう口にした。

 

 

「自分が守らなければと思った相手は最後まで守り切る。きっと、すべての人の味方になるなんてことは出来ないからな。...だから、手の届く範囲、自分の守りたいもの、それを守るのが俺の正義だ」

 

「えらく傲慢な正義だな。それは自己の欲求を満たすだけじゃないのか?」

 

「別に分かってもらおうなんて気はないよ。正義の反対は別の正義。悪じゃないし同じものでもない。俺は...俺の正義を全うするだけだ」

 

「...面白いな、お前。気に入った。じゃああれだな? お前が私を守ろうとしたのは、私が守りたいものだったからなんだな?」

 

 

 挑発気味に美雨は笑みを浮かべたが、達海はまっすぐに答えた。

 

 

「はたから見れば困ってそうだったし、何より俺の知人だ。変に傷つかれたら嫌だろ。それだけだ」

 

「...ふぅん?」

 

 美雨はそれ以上達海の思う正義について何も質問しなかった。興味を失ったのか、勝ち目がないと悟ったのか。その答えは達海には分からなかった。

 

 そのまま顔を背けて、美雨は言う。

 

 

「そもそもお前、何しに来たんだ?」

 

「ただの散歩。ここ、家から近いしさ」

 

「そう。私は歩きついでに助けられようとしてたわけだな」

 

「客観的に見ればな」

 

 

 実際そうなのだからそういうしかないのだが。

 

 

「...まあいい。私はそろそろここを離れる。別についてくるつもりもないんだろう?」

 

「まあ、ここでバイバイだろうな」

 

「そうか」

 

 

 美雨は一瞬だけ無言になり、そして聞き取れるか聞き取れないか分からないくらいの声で呟いた。

 

 

「別に助けられたつもりはないが...。その、気にしてくれて...ありがとな」

 

「え? なんて?」

 

「何でもない! とにかく、また学校でな!」

 

 最後に美雨が何と言ったか達海は聞き取れないまま美雨は去ってしまった。

 

 

 その場に残された達海は疲れを吐き出すためにため息をついた。

 

 

「...氷川と話すの、力はいるなぁ...」

 

 そう呟いては見るものの、美雨の普段は見られない一面を見ることができた達海は悪い気分はしていなかった。

 

 

---

 

 

 

 結局そのあとは何も起きることなく、瞬く間に日曜日となった。

 約束通り、達海は駅前で一人携帯端末をつつきながら待っていた。

 

 時刻は集合時間の五分前。達海は人を待たすことが苦手な人間な分、こうして早めに集合場所に到着することがよくある。

 

 結局、弥一が到着したのは集合時間ぴったりだった。

 

「よっ、待たせたな」

 

「そんなに待ってない。...じゃ、行こうか」

 

「はいよ。次のモノレールは何分後くらい?」

 

「7分。十分に時間はあるだろうよ」

 

 他愛のない話をしながらホームに向かう。そのまま二人は車両に乗った。

 

 

 二人落ち着いてシートに座ったところで、達海は昨日の美雨との話を思い出した。

 これまで弥一としてきた話を思い出す限り、弥一の美雨への評価はあまりよくないと達海は思い込んでいた。もしそうなら、とそれを払しょくするために話を切り出した。

 

 

「なあ、弥一。昨日散歩してたら氷川に会ったんだよ」

 

「それがどうした」

 

 真顔で弥一は切り返す。

 残念ながらごもっともだ。話の切り出し方が完全にコミュ障である。

 

 

「悪い。切り出し方下手くそだった」

 

「まあいい。それで? 氷川がどうしたんだ」

 

「簡単に言うと、なんか男に襲われそうになってたけど簡単に撃退したって話」

 

「話完結したぞ...」

 

 

 弥一は達海のトークスキルのなさに呆れていた。

 

 

「...まあ? 氷川ならありえなくもない話だと思うぞ。正義感が強い人間だからな。それゆえにってのはあるだろうよ」

 

「けど、あそこまであっさり撃退したのは驚いたな。こう...対処慣れとかしてるというかそんな感じというか...」

 

「なるほどね?」

 

 その達海の言葉を聞いた弥一は達海が何を言いたいのかを察し、あごに手を当て、考察しながらつぶやいた。

 

 

「...氷川が、能力者?」

 

「...お前にはそう見えるのか?」

 

「分からん。というか、変に詮索するなって言ったろ」

 

「分かってるけど...」

 

 わかってはいるものの、それが行動に移せるかどうかは別だった。

 達海も不本意ながらそっちに足を踏み入れてしまった人間。そう簡単に割り切ることは出来なかった。

 

 けれど、それができる出来ないはさておき、達海は自分の思ってることを口にした。

 

「けど、そんな雰囲気は感じられなかった」

 

「ふぅん...?」

 

 

 疑り深い目で弥一は達海を見るが、その言葉に嘘はないと達海の瞳から弥一は判断した。

 

 

「それでまあ、いろいろ話したけどさ、氷川は悪い奴じゃないよ。態度こそ少し厳しいかもしれないけど、それでもあくまで一人の女子なんだなって」

 

「分かってるよそんなこと」

 

 

 弥一は少し食い気味に答えた。

 

「別に俺も嫌ってるわけじゃないし、ああいう人がどういった性格かってのは少しは分かってるつもりだし。我の強い人間だから、うかつに触れないようにしてるだけだよ。それで相手の触れてはいけないところに触れるのは気が引けるでしょ」

 

「ああ、そう。それならいいんだ」

 

 

 達海は当初の目的を思い出した。

 別に弥一が変に思ってないのなら、それでよくなった。達海はこの話を切り上げることにした。

 

 そうするうちに二人を乗せたモノレールは白飾郊外のリオンに到着した。

 

 

 

 

---

 

 

 

 リオンにはなんでも揃っていた。

 それは分かっていたのだが、達海はあまりリオンを利用したことがなかった分、それらがどこか新鮮に感じていた。

 

 

 男二人で服を見たり、ちょっとした雑貨を買ったり、そんなことをして時間はどんどんつぶれていく。

 ランチタイム直前ということで、少し休憩することにした二人は、道の中心部に設置してある椅子に腰かけた。

 

 

「ふぃー...。結構歩いたっしょ」

 

「これでまだ全然回った気にならないあたり、この建物って大きいよな。ま、元から全部回るつもりはないんだけど」

 

 

 これまではどちらかというと達海が弥一のウインドウショッピングについていった形だった。そのため達海はあまり自分がとても興味ある場所に回れていなかった。

 

 それを弥一も少しばかり気にしていたのか、弥一は申し訳なさそうに達海に聞いてきた。

 

「なぁ達海。お前はどこか寄るとことかないのか? その...さっきから俺のに付き合ってばっかになってる気がするんだけど」

 

「んー? そうだな....」

 

 そうは聞かれたものの、別に達海にそこまで大きな願望はなかった。欲が弱い人間な分、周りに興味を持つことも少なかったのだ。

 

 

 それでも、すべてがすべてそうではない。

 達海は何か見たいものがあるか考え始めた。そして時間のたたないうちに答えは出る。

 

「本、か」

 

「本? 一応本屋はあったはずだけど。それに結構大きめの」

 

「んじゃ、昼飯後に寄ってもらっていい?」

 

「合点承知の助。なんなら昼飯何食べるか、そっちの意見採用するぞ」

 

「それはありがたい」

 

 

 ちょうど昼時、おなかがすいているのもあって、達海は割とすぐに何が食べたいか浮かんできた。

 

「...イタリアンどうすか?」

 

「あー、なるほど? いいね。うちの学校の食堂にそっち系のメニューあまりないし」

 

「じゃ、そうしますか」

 

 

 弥一曰く、ちょうどこの建物の中にしゃれた店があるということなので、二人は休憩ののち、そこへ向かった。

 

 

 

 

---

 

 

 食事を終え、本屋へ向かう道中、不意に弥一が立ち止まった。

 前にも似たようなことがあり、達海に緊張が走る。

 

 とにかく聞かないことには始まらないと、即座に達海は弥一に何があったのか聞いてみることにした。

 

「どしたんだ、弥一」

 

「...ん?」

 

 声に反応した弥一が振り向く。

 しかし弥一は先日襲撃された時のような深刻な顔はしてなかった。

 

 

「ああ、ちょっとトイレ行こうと思ってな。だから達海、先行っといてくれ」

 

「うい」

 

 結局達海は変に杞憂していただけだったが、何もないならそれでいいと達海は特に気にすることもせず、一人でつかつかと書店へ向かった。

 

 レオンの中に店舗を構えている書店は、達海の知る限り白飾で一番大きな書店だった。

 各ジャンルに分けられ、きれいな陳列。豊富な品揃え。達海はさほど読書家ではないものの、さすがに直感にくるものはあった。

 

 

 

 ふらふらと足を運ばせると、毎度のごとくオカルト関連のブースへと向かっていた。

 

(...この街の謎はオカルトじゃないって割れたのに、なんでいまだに追ってるんだ

? 俺は...)

 

 自分の行動を不信に思いつつ、それでも達海は棚に並んだ本を手に取ってみる。

 そうして分かったことだが、達海は能力だの白飾の謎だの関係なく、いつの間にかオカルトというものに興味を持つようになったみたいだった。

 

 

「...人間どうなるかわかんねぇなぁ...」

 

 特定の何かに向けてではなく、広く抽象的な何かを相手に、達海はそう独り言をこぼした。

 それは、内容を探すだけ無駄だった。あてはまるものが多いのだから。

 

 自分が能力者になること。自分がいつの間にか興味のなかったものを好きになること。

 その他もろもろ。たくさんのことだ。

 

 

(本当に、何が起こるか分かんないな)

 

 

 そんなことを思いながら別の本を手に取ろうとすると、どこか耳につく声が聞こえてきた。

 

 

「藍瀬君」

 

 その呼ばれた方に体を向けると、そこには千羽がたっていた。

 

 

 

 

 

 

「やっほ、藍瀬君」

 

 

 




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第15話 unknown world

ここら辺グダってます。


 

 千羽は控えめに手を振った。

 達海も小さく手を振り返して、話をすることにした。

 

 

「千羽も、こういうところ来るんだ」

 

「うん。ほんのたまに、しかも、この店だけだけどね」

 

 千羽は小さく微笑んで、近くの本棚から適当に本を取り出した。

 

 

「オカルト、やっぱり好きなんだね」

 

「まあ、それなりに。なかなか奥が深かったりする話題が多いし」

 

 けど。

 

 達海は少し顔を歪めた。

 この街のシステムを知って、そういう事象は全て科学の力で証明されるんじゃないだろうかと思った日から、素直な気持ちで世界を見ることが達海は出来なくなっていた。

 

 そんな達海の表情を察したのか、千羽は探るように尋ねてきた。

 

「...まっすぐオカルトを見ることができないって?」

 

「...うん、そうなる」

 

「どうして、そういう風になっちゃったのかな?」

 

 

 千羽は自分の中に浮かんだ疑問を率直に、子供を諭す先生のように尋ねてきた。

 

 

「最初は軽い気持ちで読めてたんだけどな...。どんどん奥深くに入るにつれて、見たくない真実に触れて、まっすぐな気持ちで見れなくなったっていうか...」

 

「なるほど、俗にいうネタバレというやつですか」

 

「ネタバレとかいうやつです」

 

 達海自身は、うまくごまかせたんじゃないかなと思っていた。

 能力者、組織、そういうたぐいの言葉を一言も発さずに、今の心境をきちんと述べていたのだから。

 

 それを千羽はどうとらえたか達海は知らないが、深く詮索するような瞳は見られなかった。

 

 

「真実、って怖いよね。知りたくもないことを知らされるし、知ったところで意味のないことの方が多いし」

 

「それでも進んで知ろうとする人がいるんだから、この世は面白いもんだよな」

 

「ほんと。...そだ、藍瀬君。オカルト以外の本に興味があったりするかな?」

 

「そういやそういうの、考えたことなかったな...」

 

 

 達海自身が読書家ではないため、本当に自分の核心につくもの以外は基本触れていなかった。

 

 しかし、達海は別段読書が嫌いな訳ではない。

 

 ならば、と。

 

 自分の視野を広げてみる、という点に乗じて賛同し、千羽の話を呑むことにした。

 

 

「そういうの分からないから、いろいろと教えてくれないかな?」

 

「私が? いいの?」

 

「読書家の人以上に本を探すのに参考になる人はいないでしょ」

 

「そう。そういうことなら」

 

 

 千羽は少し顔を赤らめていたが、NOとは言わなかった。

 その千羽の厚意にあやかり、達海は書店を案内してもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま二人で店内を右往左往。

 結局達海は千羽に色々と教えてもらった。

 

 エッセイ、ノンフィクション、SF、そういった類の小説はもちろん、タウンページやグルメ本などの雑誌。それらの世界は、達海にとって脅威的なほどに新鮮だった。

 

 言い返せば、達海の世界はあまりにも小さすぎた。

 自分の視野が広まることの喜びと同時に、自分の世界が狭かったことへの悔しさをどこか感じていた。

 

 

 

 

 一周したあたりで、二人はもとのブースに戻った。

 千羽は嬉々としながら感想を求めてきた。

 

「どうだった? いろいろ回ったから、少しくらい興味を持ってくれたものがあったら嬉しいんだけど...」

 

「あったよ。...いっぱいあって、正直困った」

 

「そっか、それはよかった」

 

 千羽はすがすがしいほどの笑顔で笑う。それを見て、達海も微笑まずにはいられなかった。

 

「...本ってさ、奥が深いんだ。藍瀬君に見せたように、物語を綴ったこれぞ本っ! ってのもあれば、雑誌みたいな本もある。その一つ一つは全て違うものだし、一つとして一緒のものなんてない。生きてるうちに絶対に全部読み切ることなんてできやしない。だからさ、面白いんだよ」

 

 

 目を輝かせて千羽が語る。それを聞くだけで達海はよかった。

 

 

「本という世界に身を投じてさ、深く深くおぼれそうなくらいまで深くに入って...。目を開けたら、そこが私の世界。本っていいよねぇ...」

 

「随分と陶酔してるんだな。...けど、そういうの、うらやましい」

 

「...あっ! ごめんね? なんか私の一人語りになってて」

 

「いや、いいよ。それに、勉強になったし」

 

「そっか。それなら何よりだ」

 

 

 千羽は満足そうに笑って、時間を確認した。

 そのまま小さく「げっ」と声を出す。

 

 

「あ、用事の時間が!」

 

「いや、言わなくていいから行こうぜ、用事あるなら」

 

「そうだよね! ごめん、また今度!」

 

 

 千羽は時間に間に合うのか間に合わないのかさておき、とても急ぎ足で駆けていった。達海は苦笑いをして、その背中を見送る。

 

 達海の目に映る千羽の背中が小さくなったところで、達海は後ろから声を掛けられた。

 

 

「よお、お楽しみの時間は終わったかい?」

 

「...あ」

 

「あ、じゃねえよ。人の存在完全に忘れやがって」

 

 

 達海は千羽と話していた間完全に弥一の存在を忘れていた。

 弥一は怒ってこそいないものの、明らかに迷惑したように苦笑いを浮かべていた。

 

 

「悪い。完全に忘れてた」

 

「素直に言ってくれるな。悲しくなるだろ。...でもまあ、これまでこっちに付き合ってもらってたからな。達海が充実した時間を送ってくれたんなら、俺は構わねえよ」

 

「充実した時間、ねぇ...」

 

 

 自分に可能性を感じて、自分に弱さを感じて。そんな数分だったが、確かに実のある時間だったと、達海は自分の中で納得できた。

 

 

「まあ、ここに来た意味はあったかな」

 

「そいつは何より。それと...」

 

「?」

 

「琴那もあんな顔で笑えるんだなって」

 

 

 弥一は素面のままでそんなことをつぶやいた。

 けれど、そのセリフが多少痛いものであろうとも、達海はそれを笑うことはしなかった。

 

 先ほどの時間で見た笑顔は、少なくとも達海が初めて千羽に会ったときから今までの中で一番な笑顔だったのだから。

 

 だから、ただ簡単な言葉だけを口にした。

 

「誰だって、いつかはあんな風に笑えるだろ」

 

「...そうだな」

 

 

 弥一は微笑のまま賛同した。

 

 

「じゃ、帰るか」

 

「あっ、もういいのか?」

 

「もともと何かを買うつもりなんてなかったしな。色々と見れただけで充分」

 

「そ。んじゃあ帰ろうぜ」

 

 

 

 これ以上見るものはない、と達海と弥一は帰る道へとついた。

 その道中ずっと、達海は胸にいっぱいの満足感を抱えてた。

 

 久しぶりに有意義な休日だった、と。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 そうして周期はまた月曜に、平日に戻った。

 何気なく授業を送って、何気なく友人と話して、何気なく過ぎる時間の中で自然体で生きる。

 

 一時は日常が崩れ去ることを覚悟していたが、達海は完全に元の生活に戻れていた。

 

 

 

 達海が昼食を終えて一人で廊下を歩いていると、壁の掲示板とにらめっこをしている後輩の姿が目に映った。

 何をしているのだろうと声を掛ける。

 

 

「よっ。何してるんだ? 桐」

 

「あ、先輩。これですよこれ」

 

「ん?」

 

 桐は自分の体が達海が掲示板を見るのを邪魔していると感じたのか、少し後ろに引く。掲示板には、白飾祭のポスターが張られてあった。

 

 

「なんだ、白飾祭のポスターか。...で、こいつがどうしたんだ?」

 

 達海がそう聞くと、桐は言い出しにくそうに話し出した。

 

 

「私...、こういうの行ったことないんですよ。だから、雰囲気とかも分からないし、どうすればいいか分からないんですよね...」

 

「親とか連れてってくれなかったのか?」

 

「そんな感じです...」

 

 

 白飾にいるのに、桐は本当に祭りのことを知らないみたいで、少しおどおどとしていた。桐の性格は元来明るいだけに、その光景は意外ともいえた。

 

(けど...そうか。人には人の世界があって、だれか別の人に干渉できるもんじゃないもんな)

 

 

 達海はそんな桐に優しく声を掛けた。

 

「じゃあさ、これまでの過程は置いておいて...。桐はさ、白飾祭、行きたい?」

 

「そりゃ行きたい...ですけど。でも、相手とか分からないし、どうすればいいか聞く相手もそうそういませんし...」

 

「相談役、俺じゃダメなのか?」

 

「女性のことは女性に聞くのが一番なんで」

 

「ああ、そうね」

 

 

 桐が口にした正論に、達海はぐうの音も出なかった。

 

(そりゃそうだ。男に化粧とか浴衣のこと聞いて分かるわけないもんな)

 

 けれど、達海はそれと他にもう一つ気になることがあった。

 

 「相手がいない」

 

 桐がそう言ったのが達海は気になっていた。

 

 

 そうだ、普段から口うるさいおせっかい焼きの子が桐にはいるじゃないか。

 なんで、それを口にしないんだろうか。

 

 そういった思念が達海の脳内でひたすらぐるぐると回っている。

 

 

「というか、さっき相手がいないなんてこと言ってたけど、白嶺がいるじゃないか。あいつじゃダメなのか?」

 

「舞ですか? ...別に、舞と回るのは何のためらいもないんですけど、でも、舞と二人だといつもと変わらない気がして、それで本当に楽しいのかなって」

 

「お祭り気分を味わいたいから、いつもと違う雰囲気で臨みたい、か」

 

 

 達海の言ったことがあってるのか、桐はコクコクと頷いた。

 けれど、だからこそ達海はそれは違うと言いたかった。

 

 

 祭りは、誰と行っても楽しいものなのだから。

 

 少なくとも達海自身はそう思っている。そして、そうあってほしい。

 それを口にする。

 

 

「祭りってのは、誰と行っても楽しいものであると思うんだけどな。雰囲気は確かに特別だけど、慣れ親しんだ誰かと二人で回るのも、普通に楽しいと思う」

 

「そうなん...ですかね?」

 

「そういうもんだと思うぞ」

 

 

 達海がそう言うと、桐はしばらく深く考えるようなそぶりを見せた。

 先ほどからの行動で察せるが、本当に悩んでいるのだろう。

 

 本当に初めてで、だからこそ楽しみたくて。

 そのためにどうすればいいか、きっと桐は考えていた。

 

 そして、少し解が出たのか、桐は思い切って口にした。

 

「じゃあ先輩。もし私が先輩に来てくださいって言ったら、先輩は来てくれますか?」

 

「それは一緒に祭りを回ってくれということか?」

 

「率直に言えば、そうです」

 

 

 桐はつぶらな瞳でそう答えた。

 

 この時達海は、白飾祭の約束をすでに持っていた。

 けれど、その瞳の前では、とても断ることは出来なかった。

 

 

 それが一番、残酷な判断だとは知らずに。

 

 

「...まあ、その日の予定がどうなるか分からないから、一応保留ってことにしておいてくれ」

 

「...ま、まだ時間もありますしね」

 

 そう言ってあははと桐は笑う。

 

 

 

 

 けれど、その瞳に悲しさが映っていたのは、きっと間違いではない。

 

 




どうか個別部分まで待っていただければ幸いです。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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第16話 私立白飾学園生徒会

そろそろ共通部分終わりです


 

 先日、悠々と白飾祭について桐に語っていた達海だったが、実はその達海自身にもそんなに余裕はなかった。

 

 達海は以前より生徒会にかなりの助力をしてきた。

 そう中途半端に手をかけてしまった以上、ここで仕事から身を引くことが癪に感じていたのだ。

 

 そうして手伝いを重ねていくうちに、気が付けば白飾祭まであと一週間に迫っていたのだ。

 

 今日も仕事を、と立ち寄った生徒会室の空気はやはり張りつめていた。

 

 

 ...若干一名を除いて。

 

 

 

「というわけで来週の土曜日曜は白飾祭。各々、進捗いかが?」

 

 

 初めの方はそこそこきれいな口調で議事を進行していたはずだった零は、いつの間にか自分なりのだれた口調になっていた。

 しかしそれに周りは納得しているのか、生徒会メンバーに物申すものはだれもいなかった。

 

 

「問題ないです。このまま仕事を進めれば万全の状態で臨めるかと」

 

「自分のところもそうです」

 

「そう。助かるわ」

 

 

 零は他生徒会メンバーからの進捗報告を受け、簡単な返事と小さな笑みを浮かべた。零自身が動いているわけではないのに、肌身を持って会長の貫録を感じるのは、一体なぜだろうか。

 

 

「そういうことなら、特にこれまで以上に気合を入れる必要とかはなさそうね。計画通り、段階を踏んで仕事をよろしく」

 

 

 生徒会室のあちこちから了解の声が聞こえる。零はその反応を待っていたかのようににやりと笑った。

 

 

「よろしい。では解散」

 

 

 結局、達海に会議中に何か仕事が降られることなく、会議は終わってしまった。

 そして気が付けばまたこの間のように零と獅童と達海のみが、その場に残っていた。

 

 

「えっと...? 私また仕事ないやつですかね...?」

 

「そうね。来てもらって悪いけど、今日はないと思うわよ」

 

「まじか...」

 

 そうは言うものの、今日達海がここに来たのは誰からかの誘いとかではなく、自分の意志で来ただけなので、仕事がなくてもそれは当然と言えた。

 

 しかしそれでも、零の指示の速さ、用意周到さに達海は驚いていた。

 

 

「でもすごいですね。ここまで来て遅れがなかったりとか、不足分がなかったりとか。会長が裏操作して綿密に計画練ってるんですね?」

 

「...何馬鹿な事言ってんの?」

 

「はい?」

 

 

 零は呆れたようにため息をついて、やれやれと言わんばかりに首を横に振った。

 

 

「私がそんな面倒くさいことするわけないじゃない。あなた、私を誰だと思ってるの?」

 

「そんな堂々と言われても困るんですが...。ってことは、ここまでの仕事は?」

 

「...俺だ」

 

 部屋の端の方で息をひそめて立っていた獅童が、小さく声を上げた。その存在を少しばかり忘れていた達海はあっと声を漏らした。

 

 

「生徒会の仕事の大概を仕切ってるのはそこの獅童ね。今回の仕事の割り振り、進むスピード、すべて管理してもらってるわ」

 

「...そういうことだ」

 

「じゃああんたは何してるんですか...」

 

 

 達海がそう聞くと零はふふんと鼻をならした。

 

 

「まあ、名目上会長だから、表向きの会合や発表会、そう言ったのは一応私の担当ね。本当はこういうのもやりたくないのだけれど、さすがに印象がダウンするのはよくないわ」

 

「少しくらい本意を隠すくらいしたらどうですかね...」

 

 

 そうはいったものの、その姿を実際に見ているため、零が主だって行動するところは容易に想像できた。

 

 

「まあ、そういうことよ。私は今までさほど仕事なんてしてないし、これからもそんなするつもりはない。力を出し切るのもばかばかしく思うわ」

 

「それをバリバリ駒として働かせてる獅童の前で言うんですか...」

 

「慣れたからな」

 

 

 そう短い言葉だけを獅童は返すが、完全なる怒気が含まれているのは言うまでもなかった。

 

 

「けれど、藍瀬君、これだけは覚えておきなさい。馬鹿正直に、正義のために行動する人間が正しいなんてそんなことは絶対にあり得ない。この世は効率が全てなの。目的のために手段を選ばない、そういった人間が勝つの」

 

「...それでいいんですか?」

 

「それがいいのよ」

 

 

 遠くを見つめて、零はそう呟いた。

 

 

 

「...んじゃ、仕事がないようなら帰ります」

 

「...あ、ちょっと待ちなさい」

 

「はい?」

 

「せっかくここに来たんだから、ちょっとくらい私の話に付き合いなさい」

 

 

 曰く、雑談に付き合え、という命令だった。

 

 

 帰る、とは言ったものの特別急いだ用事のない達海は足を止めて、くるりとドアの方を向いていた体の方向を変えた。

 

「はぁ、いいですけど」

 

「じゃあ、適当に座って。結構長くなるわよ?」

 

「はぁ...」

 

「会長、所定の時間なんで外回り行ってきます」

 

「頼むわ」

 

 

 達海が席に着くのと同時に、獅童は生徒会室を出ていった。

 目の前には、会長席でくつろいでいる零が一人。

 

 

(一対一の話って緊張するはずなのに相手がこの人だとなぁ...)

 

 達海の肩に別段強い力は入ってなく、自然体なままで座っていた。

 そんな中、先に零が話題を切り出した。

 

 

「時に藍瀬君。あなたは能力を信じるかしら?」

 

「...能力、ですか?」

 

「そう。能力」

 

 

 毎度毎度その名が出るたびに体をこわばらせてきた達海だったが、今回はうまくシラを切って見せた。

 

 ...シラを切るしかなかった。

 

 

 ここで変に動揺して、相手に変に感づかれることを恐れたからだ。ましてや相手はこの学校の会長。どこかに繋がってる可能性も大いにある。であれば尚更動揺するわけにはいかなかった。

 

 

「大体、能力ってなんですか? 具体的な何かもわかりませんし...、ちょっと、信じられないですね」

 

「ふぅん? でもあなた、オカルトみたいな話、好きでしょ?」

 

「...っ。そうですね。好きではありますよ。けれど大体白飾以外の話です」

 

 

 変に出てきそうになった言葉を飲み込んで、次の言葉を急いで詮索し言葉にする。

 意識しなければ、いつもの癖で能力のことについて話してしまいそうなことを達海は内心悔やんだ。

 

 

 しかし、達海の中で疼く『ここから逃げ出したい』という思考はだんだんと強さを増していった。

 

 次零が何を口にするかが怖く、自分がボロを出してしまわないかが怖く、自分のことをどこまで見抜かれているのか怖く...。今はまだうまくできているかもしれないが、それが終わるのも時間の問題と達海は分かっていた。

 

 

「けれどあなた、学校がマークしている危険箇所に足を踏み入れてるって情報が、私の手元に入っているのだけれど?」

 

「知らないですよ。どこが危険箇所かなんて。...まあそりゃ、多少は冒険だー、なんだーって言って路地裏を探索することはありますが」

 

「なら、それがダメなんでしょうね。でも、あなたがそういうことするのも珍しいわよね?」

 

「どうですかね」

 

「ましてや無難が一番、なんて口走ってる人がそういうことをするかしら?」

 

 

 達海は、もはや完全に余裕をなくしていた。

 背中にとめどなくあふれる冷や汗を感じながら、それでもそれが表に出ないようになんとか務めていた。

 

 

(あと...あとどれくらいで終わるんだよ...)

 

 

 心の奥底から湧いてくる不安を能力で重力を与えるように、奥深くにもう一度叩き込む。湧き上がってくるなと何度も願いながら。

 

 

「とりあえず、そういった行動がまずいなら謝っておきます。けれど本当に、やましい意味なんてないですよ?」

 

「...そ。それならいいわ」

 

 

 ここで手を引くことを決めたのか、零はようやく引き下がった。

 

 

 

「まあ別に、私はあなたが能力を信じようと信じてなかろうとどうでもいいから」

 

「じゃあなんでそんなこと質問したんですか」

 

「気まぐれよ気まぐれ」

 

 

 常に平装を装って話す零ほど、今の達海に恐ろしいと感じるものはなかった。

 しかし、それももう終わり。達海は気づかれないようにホッと息をついた。

 

 

「...じゃ、別な話に切り替えましょうかね」

 

「どんなですか?」

 

「そうね...。ちょっと議論してみましょうか」

 

「議論?」

 

「私が今からお題を出すわ。それについて思ってることを述べてちょうだい」

 

 

 そういう零の表情は先ほどに比べて少し真剣さが籠っていた。

 それが少し気になるものの、達海は変わらず対処することにした。

 

 

「構いませんよ」

 

「そう。なら、もう聞かせてもらうわ」

 

「どうぞ」

 

「白飾は日々発展している。昨日できなかったことが、明日にはできている、なんてこともざらじゃない。...でもそれが、環境を破壊する行動だったり、世界が崩壊するに至るものだったりしたら、あなたはどうする?」

 

 

 

 それはなかなかに難しい問題だった。

 白飾に例えなくても、その話はよくあることかもしれない。

 

 世界を犠牲にしてまで発展を望むか。立ち止まるか。

 

 

 普段からそれがどうあるべきか考えてるわけでもない達海にとって、それは難問以外の何者でもなかった。

 

 

「...正直、これはずっと考えてるような人じゃないと答えれないんじゃ?」

 

「でもあなたなら答えれる。そう思って聞いたのだけれど?」

 

「...そうですか。...けど、何が正しいか俺には分からないですよ?」

 

「私にも分からないわ。...けれど、人は歩むことを止めてはいけないと私は思う。私たちが生きてるここ、白飾は世界から浮いてる。ここに住んでる以上、私たちは世界のだれより優遇されている。けれど、だからと言って恨まれる対象であったり、報いを受けるべき対象であっていいはずはない。そう思うわ」

 

 

 達海は零のその発言を聞いて、いつか千羽が言っていた言葉について思い出していた。

 

『私たちだけが贅沢な生き方をしてていいのかな』

 

 この話に通ずるものが、どこかにあるかもしれない。

 

 

 けれどそれを言葉にできるほど達海は器用ではなく、ただ自分の意見を述べるにとどまった。

 

「それを聞いても、やっぱりわかりませんね。...だから、せめて俺は、その形を最後まで見届けたい、そう思ってます」

 

「...そう。それがあなたの答えね」

 

 

 零はそれに何のリアクションも示さなかった。

 さっきの答えが正しくないと達海も分かっていたが、どこかこれでいいという気持ちで満たされていた。

 

 

「...はい、議論はこれで終わり。私も仕事に戻るわ」

 

「あれ? 仕事やるんですか?」

 

「どことなくやる気が出たのよ。別にいいでしょう?」

 

「はぁ...、そうですか」

 

 

 目つきが変わり、仕事への意欲が湧いた零を止める必要もなく、達海は生徒会室から退出し、速足で家を目指した。

 

 

 

~Side S~

 

 

 零は達海の背中が遠くに遠ざかったのを確認して、獅童に電話を掛けた。

 

『...終わったか?』

 

「ええ、終わったわよ」

 

『で、どうなんだ?』

 

「一項目はシラを切られたわ。おそらく外から何かアドバイスでもされたんでしょう」

 

『...先手を打たれたか?』

 

「誰かに、ね。けれど、おそらく向こう組織ではないわ」

 

『ということは、ノラか?』

 

「おそらくね。...まあ、ここはさほど重要に思ってないわ」

 

『じゃあ、二項目か?』

 

「そうね。...彼の思考は一誠からいくらか聞いていたけれど、今回話してみて感じたわ。彼は、おそらく人次第でどちらにでも動く。...もし敵になるようなら、警戒した方がいいわよ」

 

『...そうか』

 

「けど、今のところ何もするつもりはないわ。そのつもりがあるなら彼には十分、青春を謳歌してもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

「...邪魔にならない範囲で、ね」

 

 

 

 

 



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第17話 崩壊の序曲

 

 それからも別段何事もなく、日は進んでいった。

 

 

 結局桐にいい返事を返せていないなど、何も問題がないわけではなかったが、比較的穏やかな日常を達海は送れていた。

 

 

 

 気にしなければ、何も問題ない。

 

 

 

 あの日弥一が言った言葉を、今になってようやく達海は理解できようとしていた。

 

 なら、目をそらす、ということは悪いことではないのだろう。

 などと思いつつ、今日という一日を過ごす。

 

 

 時に本日は火曜日。今週末には白飾祭が控えている。

 ようやく祭りのムードが学校全体に伝わってきたのか、やはり校内のあちこちでそわそわした空気が漂っていた。

 

 達海もまた、その一人である。

 

 

 

---

 

 

 学校も終わりの夕方、白学の生徒はみな体育館に集められた。

 全校集会、ということらしいが、その内容は大方予想できている。

 

 

 おそらくは、白飾祭での諸注意だろう。

 

 

 祭りとは言えど、何でもしていいわけではない。夜が安全な訳でもない。

 そういった当たり前のことを伝えるのが今回の集会の趣旨だろう。

 

 

「ったく...こんな面倒なことしなくてもいいだろうに...」

 

 達海の隣にはそう愚痴たれている弥一が立っている。教師陣が割と間近である前列でよくそんなことを言えるなと、達海は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「お前よくそんなこと言えるよな...。目の前で先生が話してるってのに」

 

「んなこといちいち気にするかね? 私はしないね」

 

「そらそうだろうな」

 

「えー、とりあえず私が話しているうちは無駄口垂れないでください」

 

 

 この会話がしっかりと聞こえていたのか、前に立っていた教師は名指しこそしなかったものの達海と弥一に口頭注意を行った。

 

 

 しかしそれをあまり気にしないとばかりに弥一はほんの少しだけボリュームを下げて話をつづけた。

 

「...気にしますかね普通」

 

「うん、お前、そろそろ黙ろうか」

 

 

 さすがにこれ以上やると今度は名指しで注意だろう。

 達海はそう悪目立ちすることだけは避けたかった。

 

「ちぇ、つまんねーの」

 

 話し相手を失い、退屈が加速したのか弥一は口の先をとがらせ、すねたように独り言を呟いた。

 

 弥一が静かになったところで達海はちゃんと目の前の教師の話に耳を傾けてみた。

 

 

 すると、先ほどまでノイズ混じりに聞こえていたはずの言葉がちゃんと一言一言くっきりと耳に入ってきた。

 

 

「...というわけで、週末は年に一度の白飾祭です。開催時間は一日中ですので、参加する生徒はいつもより夜遅くまで起きることになるでしょう。普段と生活リズムが違うようになると思うので、しっかり気を付けるように。それと、危険な場所には近づかない。白飾は大きい街ですので、当然細くて暗い、光の当たらない道があったりします。そういう場所ほど危険ですし、なにより何か起こっても私たちは責任を負いかねます。自己判断を間違えないように」

 

 

 毎年何か面倒ごとが起きているのだろうか、先方で話す教師もなかなかにけだるそうに注意を行った。

 

「私からの話は以上です。それでは、次。実行委員会からお願いします」

 

 

 先ほどまで話をしていた教師はそう言って横の方に捌け、代わりにマイクを受け取った零が生徒の目の前に現れた。

 

 そのまま零はぺこりと一礼をして、お手本のような姿勢で話し始めた。

 

 

「皆さん。繰り返すようですが週末は白飾祭です。...とまあ、このままだと「こいつも注意をするんじゃないか」と嫌な目を向けてくる人がいるかもしれないので私は別の話を」

 

 

 零と同学年の生徒の集団から笑い声が上がる。普段零がどういった生活をしているのかは分からないが、こうなるということはきっとそれなりに人望も厚いのだろう。

 

 不本意ではあるが、現に目の前に立ってこうやって話しているのがもはやそれの表れなのだから。

 

 

「私たち生徒会は、今回合同委員会のメイン担当ということで、かなり尽力してきました。進度も順調。かといって手は一切抜いておりません。うぬぼれでもなんでもなく、なかなかに面白い祭りになるんじゃないでしょうか、と私は思ってます」

 

 そう言って例は普段なら絶対に見せないであろう笑顔を全校生徒に披露した。

 

 

(え、営業スマイル...)

 

 達海はただ茫然とその笑顔を見つめる。

 

 

「...こうやって前で話しているのは私ですが、ここまで順調にやってこれたのは私の力じゃありません。...ですので、もし終わった後とかで感謝をしてくれる人がいるのなら、私以外の生徒会メンバーにしてあげてください」

 

 

 そう話す、普段とは違う零の姿に、完全に達海は混乱していた。

 今、零と面と向かって話せるなら、30分は突っ込みが出来るだろう。

 

 そもそも、零がこんなことを口走るなど、達海には想像できてなかった。

 

 生徒や先生の前ではいい顔をするとは分かっていたけど、まさかここまでとは...、と思わずにはいられない。

 

 

 

 

 ふと達海は、体育館全体の空気が何か暖かい空気に包まれはじめたような気がした。おそらく零の会長としての持ち前の力だろう。

 

 いつもとは違う。そう分かってても、それがどうでもよくなるほどに達海もその空気に飲まれていた。

 

 その空気の残響に浸りながら、零は最後の言葉を述べようとする。

 

「それでは、最後になりましたが」

 

 

 

 

 

 

 零が言い始めようとしたその瞬間、どこかから尖った叫び声が聞こえた。

 

 

「さぁ! 一足早い祭りと行こうじゃねえかぁあああ!!」

 

 

「!?」

 

 聞こえてきた声に達海は驚く。

 それと同時に、肌がびりびりと焼けるような熱さを感じ始めた。

 

 

 

(まさか...さっき俺が感じた暖かい空気ってのは...!!)

 

 

 

 

 しかし、達海がその真実に気づいた時にはもう遅かった。

 

 

「まずはきたねえ花火! 打ち上げてやらぁ!!」

 

 その叫び声とともに、館内の熱は最高潮に達する。

 

 

 

 

 

 

 ドォン!!!

 

 

 

 

という轟音とともに、体育館の屋根側で爆発が起きる。体育館内には狂気に満ちた笑いと、幾多の悲鳴がこだまする。

 

 

 達海が見上げると、天井があちこちで崩壊を始めていた。

 

 

(くそっ!!!? なんだってんだ! ...とりあえず、俺はどうする!? まずは逃げるしか...!)

 

(...!!)

 

 

 達海の頭上にも、壊れた天井の欠片が降り注いでくる。

 しかし達海は動かず、ただそれを見つめて考える。

 

(誰かのところに身を寄せた方がいい...! 周りには...誰がいる...?)

 

(...ええい! 気にしてもだめだ! 動け!)

 

 そう思いようやく動こうとしたが、達海の瞳は見知った顔を映していた。

 

 けれど、誰かのもとに行けば、もう他には戻れなくなる。達海は瞬時にそう判断した。

 

 

 それでも...進まなければならないのなら。

 

 

 

 

 

 

 

(俺は...!!!!!)

 

 

 

 

 

====================

〇以下、作者より追記。

 

ここから先は、各ヒロインの個別の物語になります。

一応章分けはします。が、分からない場合があってはいけないのでここに記しておきます。

 

全部別パートなので、話はつながっていません。パラレルです。

それを把握の上、お楽しみいただければ。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回より、個別ルート入ります。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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