境界線上の二天流 (武智破)
しおりを挟む

1話 体育(カチコミ)

え? なんで武蔵ちゃんにしたのかって? そりゃうちのカルデアで唯一の100lv金フォウ&絆&宝具MAXの鯖だからだよ(隙自語)


 

 

 広く伸びた青空とどこまでも連なる山渓の間に波を作るものがあった。

 八つの艦艇からなる準バハムート級航空都市艦"武蔵"。その一角を担う"奥多摩"の最奥にある武蔵アリアダスト教導院から張りのある声が響いた。

 

 

「よーし、三年梅組集合ーっ! これから体育の授業を始めまーす! 準備はいいかしら?」

 

「「「Jud.!!(ジャッジメント)」」」

 

 

 高等部教師、オリオトライ・真喜子の呼掛けに梅組の生徒達は了解の意を示した。

 承認を確認したオリオトライは皆にはっきり聞こえるように"品川"に指を指して。

 

 

「ルールは簡単。先生これからヤクザを殴りに行くから事務所のある"品川"まで全速力でついてくること。そこから先は実践ね」

 

 

 一同から『え?』と渇いた声が上がった。

 教育者の口から出たまさかの言葉に戸惑いつつも、すぐに気持ちを一新した。この女教師相手に反論など無意味なのは知っていたことだった。

 

 その時、『会計』の腕章をつけたシロジロ・ベルトーニという青年が前に出た。

 

 

「教師オリオトライ。体育とヤクザに一体何の関係が?……まさか、金ですか?」

 

「バカねシロジロ。体育は運動するものよ? つまりヤクザへの殴り込みも運動なの。理解した?」

 

「なるほど、一銭にもならないということですな」

 

 

 どこか合点がいったシロジロの制服をちょいちょいと引っ張るのは『会計補佐』の腕章を持つハイディ・オーゲザヴァラーという少女だ。

 

 

「あのね、シロ君。先生ったらこの前あったヤクザの地上げのせいで表層の一軒家から最下層行きになっちゃったの。

それで自棄酒してたら酔っ払って暴れて辺り一体穴だらけにして教導部から雷落とされたちゃったんだって。……まあ、途中からほとんど自分のせいなんだけど、初心忘れず報復ってことなの」

 

「失礼ね。これは報復じゃないわ。……復讐よ」

 

「「「いや同じだよ!」」」

 

 

 一同のツッコミを軽く流した彼女は長剣を脇に挟んで辺りを見回した。

 

 

「んで、いない子いるー? ミリアム・ポークゥはまあ仕方ないとして、東は今日の昼に戻って来るって連絡入ってるから、他には──」

 

 

 生徒達が互いに顔を確認し合い、いない面子を探す。

 すると群集から元気よく手が上がる。その腕には腕章が巻かれ、『第三特務 マルゴット・ナイト』『第四特務 マルガ・ナルゼ』と書かれていた。

 

 

「はいはーい! ソーチョーとセージュンがいませーん!」

 

「正純なら講師をしに"多摩"の小等部教導院に行ってるはずよ。それに午後から酒井学長を三河まで送り届ける予定だから今日は自由出席だったわね。

 ……総長、葵・トーリは知らないわ」

 

「ナルゼも知らないのね。たくっ、あの子ったら一体どこで何してんのやら……。誰か"不可能男(インポッシブル)"のトーリについて知っている人ー?」

 

 

 問いかけに心当たりがあるのか、皆が一人の少女を見る。

 茶色のウェーブヘアを風に靡かせ、豊満な胸を揺らすように歩く少女に皆が思わず道を譲った。そして最後に決めポーズ。

 

 

「んふふふっ、ふふふっ。皆うちの愚弟がどこにいるか知りたいのね? 知りたいわよね? だって総長兼生徒会長だものね?

 

 ──私にもわからないわ!」

 

 

 『知らないんかい!』と全員がツッコむものの、意を介する振りも見せず。

 

 

「だって私が起きた頃にはもういなかったもの。あの愚弟、人の朝食も作らずに出掛けるなんて……まさか食べ過ぎ注意って言いたげなのかしら? とはいっても私は全然太ってないんだけどね。全っ然太ってないんだからっ!」

 

「あー、そうだね喜美ちゃん」

 

「……マルゴット。その名は無しよ? 私のことはベルフローレ・葵と呼びなさい。断じて(青い)喜美(黄身)なんていう生ゴミまっしぐらの名前で呼ばないでちょうだい!」

 

「……三日前はジョセフィーヌじゃなかった?」

 

「あれは三軒隣の中村さんが飼い犬につけた名前だから却下よ! しかも『ジョセフィーヌ~』って呼ばれたもんだから元気よく返事してやったら目を見開いた中村さんが犬抱いたままこっち見てたのよ! 愚衆の面前で恥かいちゃったじゃない!」

 

「あはは……御愁傷様……」

 

 

 そんな二人を脇目にオリオトライは出席簿にチェックをいれていく。

 

 

「うーん。喜美も知らないってなると、あと知ってそうなのは……」

 

「あー、ごめん先生。俺も知らないや」

 

 

 聞く前に答えたのは極東式制服の上に蒼紅の上着を着用し、銀白色の長髪を後ろに結んだ美丈夫の青年だった。

 顔は中性的な顔つきでどこかおおらかな気迫があり、左右の腰には大刀が一本ずつハードポイントに装着されていた。

 

 

「うーん、君なら知ってると思ったんだけどなー宮本・武蔵。ほら、毎日"武蔵"をランニングしてるじゃない?」

 

「してるけどトーリとは会ってないよ。会ったのは……アデーレくらいか」

 

 

 全員の視線がアデーレと呼ばれた少女に刺さった。

 アデーレ・バルフェット。毎朝トレーニングとして"武蔵"を三周するのが日課の従士階級の少女である。

 

 

「Jud.  自分、武蔵さんとは"村山"で会いまして、その後一緒に"武蔵"をぐるーっと二周した後、一緒に朝ごはんも──」

 

 

 『食べましたね』と言おうとしたところでアデーレは口を閉じた。

 不気味な笑みを浮かべた女衆がこっちを見ているからである。

 

 

「あらなに! アデーレったら私が朝起きれないを利用して武蔵とデート!? まさかの朝帰りッ!?」

 

「ち、ちちち違いますよ! 朝ランニングしてたら偶然会ってご飯奢ってもらっただけですって!」

 

「ちょっと武蔵ー? あんた空腹死寸前の賢姉様を放っといてなに貧乳従士を餌付けしてんのかしら? ……餌付けってよく考えたらエロいわよね? だってほら。『ご飯欲しかったらどうすればいいか分かるよな?』的なシチュエーションだもの。わんわんプレイっやつね!」

 

「すぐエロに直結するのやめてもらっていいですか!?」

 

「はいはい痴話喧嘩はそこまでねー」

 

 

 ギャーギャーと姦しい輩はさておき、出席簿のトーリの項目部分を空白にしてオリオトライはパンパンと手拍子した。

 

 

「さて、いない子のことは後にして本題に入るわよ。ルールは簡単! 事務所に着くまでに先生に攻撃を当てること。当てられたら出席点を五点プラスしてあげるわ

 

 ──つまり、五回分サボれるってわけ。どう? やる気出たかしら?」

 

 

 オリオトライの提案に歓声が涌き出た。

 すると第一特務、点蔵・クロスユナイトが挙手しながら前に出た。

 

 

「先生! 攻撃を"通す"のではなく、"当てる"でいいので御座るか?」

 

「戦闘系は細かいわねー。どっちも似たようなものじゃないのよ。好きなようにやりなさい」

 

 

 それを聞くや否や、点蔵のとなりにいた第二特務、キヨナリ・ウルキアガが耳打ちし始める。

 

 

「聞いたか点蔵。あの女教師、『好きなようにしろ』と公的に認めたぞ」

 

「Jud.  拙者もしかと耳にしたで御座るよ。これがあの『先生の体でお勉強しようか♡』というやつで御座ろう。しかし……金髪巨乳キャラじゃなくてまさか女ゴリラで体験することになろうとは……」

 

「ふっ。甘いな点蔵は。そんなもの、想像力の前には些細なこと。想像力を駆使すれば火も涼しく感じられるということだ」

 

「なるほど……さすがはウッキー殿! ……ゴホンっ。では先生のパーツで触ったり揉んだりしたら減点されるパーツはあり申すか?」

 

「または加点やサービスポイントが出るようなところは?」

 

「よーし準備運動として二人を半殺しにしよっかなー?」

 

 

 『ひいっ!?』と抱き合う二人を尻目に全員の顔を軽く確認した瞬間、オリオトライの身体は後ろへ飛んだ。

 呆気にとられている生徒達の顔を面白がるように彼女は吠える。

 

 

「どうしたの! もう授業は始まってるわよ!」

 

「くっ、追うぞ!」

 

 

 ウルキアガの声に応え全員がオリオトライの後を追う。

 目指すは"品川"、ヤクザの事務所。梅組総動によるカチコミである。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 右舷二番艦"多摩"に警報が走ったのは午前九時前のことだ。

 『奴らが来るぞー!』という物見の声に従い、店を営む者はシャッターを閉じたり防護術式をかけたりとそれぞれに店を守るための対処に動いていた。

 

 そんな中、何の対処もしていない軽食屋の店内にドアベルの音が鳴り響いた。店の名を"青雷亭(ブルーサンダー)"という。

 

 

「──いらっしゃい。なんだい、大工屋の旦那じゃないかい」

 

「客になんだいとはひでぇもんだな、善鬼さんよ。しかし、ここは閉まってなくて助かるよ。ここのパン食わなきゃ、身体が動かねぇもん」

 

「買い被りすぎだよ。それに誉めるんなら、あたしじゃなくてその子に言いな」

 

 

 店主が顎で指したのは白い長髪の自動人形──P-01sだ。焼き上がったばかりのパンをトレーから商品棚に移し変える彼女を見ながら大人二人は。

 

 

「……そういや、この自動人形がこの店に来てからもう一年か。歳をとると一年が短くてしゃあねえな。どうだい、もう一人前かい?」

 

「あたしからすりゃあまだまだだよ。──でも助かってるよ。仕事は丁寧だし、客受けもいい。うちは問題児が二人はいるからねぇ。手伝いの一つや二つ、やってほしいもんだ」

 

「ははっ、自動人形の爪の垢でも煎じて飲ましてみりゃあ、ちっとはよくなるんじゃねえか?」

 

 

 そう言ったところで音が近づいてきた。物音が大きくなっていくにつれ、地震のような地のうねりまでもが増長していく。そろそろこの辺りを通過する頃だろう。

 それを見計らった店主がP-01sに命令した。

 

 

「あんたが作った創作パン、埃かぶんないように布被せときな」

 

「創作パン?」

 

「たまにはこの子のやりたいようにやらせたいと思ってね。そしたら自分のレパートリーを増やしてみるって言うから厨房も好きに使わせてんのさ。まあ、これが変わり種というか、珍妙というか……」

 

「気になるなそれ。なあなあ、おっちゃんに一つ食わしてくれよ」

 

「──jud.」

 

 

 P-01sが奥へ消えたところで店主が呆れたように。

 

 

「……こう言っちゃなんだけどさ、あんまり期待しないほうがいいよ? 自動人形だからなのかは知らないけど、奇をてらったようなモノばかりだから」

 

「いいっていいって。ここの店の商品にゃハズレがねぇんだ。ちょっとばかし形が崩れたもんでもいいってことよ」

 

「……あたしゃどうなっても知らないよ」

 

 

 厨房から戻ってきたP-01sが手にしているトレーに載せられていたのは──。

 

 

「お待たせしました。カツオの刺身にケチャップとマスタードをかけ、パンで挟んでみました。これぞ和洋折衷を体現したパンです。どうぞご賞味ください」

 

「………」

 

 

 外の騒音に負けないような店主の笑い声が店内に響いたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 青空教室



"武蔵"さんと主人公を差別化するために自動人形のほうに"をつけています。


 

 

 

「やあ"武蔵"さん。こんな朝っぱらから掃除かい? 精が出るねぇ」

 

「おはようございます酒井様。──以上」

 

 

 デッキブラシが人の手も借りずに一人掃き掃除していた光景は見る人が見れば絶叫を上げるであろう。そんなホラー染みた中央前艦の展望台デッキから一行を見守る者がいた。

 

 この航空都市艦"武蔵"の全権限を担う自動人形──"武蔵"。そしてその後ろから話しかけた中年の男は酒井・忠次といった。

 

 

「何かご用ですか? ないようですなら、教導院に戻って職務をしたほうがよろしいかと。何分、書類が溜まりに溜まっているはずですので。──以上」

 

「……手厳しいなあ」

 

「私は事実を申し上げているだけです。──以上」

 

 

 『反論出来ねえ……』と愚痴りながら頭を掻く酒井に"武蔵"は一つ確認事項を告げる。

 

 

「確かこれから三河に行かれる予定では? ──以上」

 

「うんそうなんだけど、まだまだ時間はあるからちょっくら見学だよ。……おうおう今日日も派手にやってんねえ真喜子くんのクラスは」

 

「Jud. 教導院を創設して以来の濃いお方達ですので。──以上」

 

 

 遠くのほうで光弾の幕が交差する。

 そんな戦局のある一点をじーっと凝視する"武蔵"。それに気づいた酒井は茶化すように。

 

 

育て親(・・・)としてはやっぱりあいつが気になるかい?」

 

「Jud. ……何か問題でも? ──以上」

 

「い、いや、別にどうこう言うつもりはないから。ね? ね?」

 

 

 『なんか文句あんのか』の言いたげな"武蔵"の態度に酒井は冷や汗をかきながらたじろいだ。

 この自動人形は宮本・武蔵のことになると見境がなくなる。感情がないはずの自動人形に感情が芽生えてるのでは?と囁かれるほどだ。

 

 

(しかし……あの日からもう十八年かあ……)

 

 

 思い出すのは武蔵という赤子を預かった夏のある日。あの日から"武蔵"のキャラが変わったなあと酒井は遠い昔のことを思い耽った。

 

 

『"武蔵"様。"多摩"より報告。現在、梅組一行は多摩市中内で戦闘したまま"品川"方面に向かっております。──以上』

 

「Jud. 多摩"はそのまま武蔵様の撮影をしなさい。鈴様のこともお忘れことなく。"品川"は撮影準備を。撮り忘れのないように勤めなさい。──以上」

 

「Jud. ──以上」

 

(親バカだなあ……)

 

 

 ──今の"武蔵"を見た感想がそれしか出てこなかった。

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

「あいた──っ!?」

 

「ほら! アデーレがリタイアしたわよ! お次は誰?」

 

 

 大型槍を持って突撃してきたアデーレをぶっ飛ばしてオリオトライは先を急ぐ。アデーレは屋根で大の字でノビている途中だ。

 

 そんな金髪少女を見て叫んだのは今回の陣頭指揮を担当するトゥーサン・ネシンバラという眼鏡の少年だ。

 

 

「ぐっ! ハッサン君は少しでも先生の速度を遅らせるんだ! その間にイトケン君とネンジ君はアデーレ君の救助を!」

 

 

 言われ、オリオトライの前に現れたのは頭にターバンに巻いた褐色の少年だ。

 その手には大盛りのカレー。涎を誘うスパイスが特徴の中辛カレーだが、これで一体何をする気なのかとオリオトライは身構えた。

 

 

「カレーはいかがですカ!」

 

「あとで貰う……わっ!」

 

 

 宣伝しただけでハッサンは襟を軸に回転投げされ吹き飛んだ。

 その後方、アデーレとハッサンの救助に入る怪しげな二人組が入ってきた。

 

 

「"多摩"の皆様方おはようございます! 本日もいい晴天の空ですね! おっと、怪しい者ではありません。淫靡なインキュバスの精霊、伊藤・健児と申します! 朝から少々騒がしい事かと思いますが、何卒ご理解の方をよろしくお願いいたします!」

 

「皆の者、少し世話になるぞ!」

 

 

 見た目は不審者ながら紳士的な淫魔とゆるキャラのような見た目だが硬派な朱色のスライムが横になっている二人の元へ駆け寄る。

 

 

「やあネンジ君! 今日もネバネバツヤツヤで元気そうだね!」

 

「うむ。今回は人助けだな! 早速アデーレとハッサンのところへ──」

 

 

グチャリ

 

 

「「あ」」

 

 

 後ろから遅れてきた喜美に踏まれネンジの身体?は無惨に飛び散った。

 

 

「フフフごめんねネンジ! 本気で悪いって思ってるわ! ええそうよッ! 私はいつだって本気よッ!」

 

 

 謝罪と呼んでいいのか分からない態度の喜美にすぐ後ろを走っていたボリュームのある銀の髪を持つ第五特務 ネイト・ミトツダイラが叫んだ。

 

 

「喜美っ! 貴女、謝る時はもう少し誠意を持って謝りなさい! あんな心のこもってないような謝罪では──」

 

「あら! ネイトったらアデーレが武蔵にわんわんプレイして貰ったからってご機嫌ナナメなのかしら? 心配ないわ! お願いすればアンタも今から駄犬プレイでチョメチョメ出来ちゃうわよ!」

 

「な、なな何を言ってますの!? そ、そんな卑猥な真似、だだ誰がするもんですか……

 

「語尾が聞こえないわよ──! ふふっ、さてはエロい妄想に耽ってたんでしょ? やっぱりアンタってムッツリ系騎士なのね!」

 

「なんですってぇ! あ、こら待ちなさい!」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

「さあ、次は誰!?」

 

 

 オリオトライが走ってるのはメジャー企業の建物が立ち並ぶ企業区画だ。これが意味するのは"多摩"と"品川"と境域が近いということ。事務所があるのは"品川"の貨物エリアだが、そこに最速でたどり着くには平面状の貨物倉庫の屋根を走るだろう。

 

 "品川"に入られたら追跡が難しい、ここで勝負を決めるべきだという皆の思いは一緒だった。だから──。

 

 

「自分が行くで御座るよ……!」

 

 

 点蔵は忍者だ。悪路での走破訓練を得意とし、壁も走ることが出来る。この高低差が激しい場所には最適な人物と言える。

 ……ついでに手柄を立てて『犬臭いパシり忍者』というイメージを払拭……なんて考えていたりなかったり。

 

 

戦種(スタイル)近接忍術師(ニンジャフォーサー)が点蔵──参る!」

 

 

 低い姿勢でオリオトライの懐目掛けて突っ込む。だが、オリオトライを見透かしていたのか、反転し背中の長剣を鞘ごと叩き込まんと振り下ろした。

 奇襲は失敗──そんな折、点蔵が天に向かって吠えた。

 

 

「今で御座るよウッキー殿!」

 

「応ッ!」

 

 

 空より高速の物体が飛来した。

 その正体が壁上から飛び降りたウルキアガだと気づいたのは長剣がウルキアガの顔を通過するところだった。ここで振り下ろす腕を止めても別の動きをしても、オリオトライはウルキアガの巨体を止める手立てはない。

 

 

「ぐぬっ……!?」

 

 

 ──にも関わらず、鋭い打撃がウルキアガの顔面を直撃した。

 

 その理由を点蔵は見た。鞘の留め具を外してリーチを伸ばすことで迎撃を可能にしたのだ。そして噛んだ鞘のベルトを首を捻って納刀させると勢いを止めることなく点蔵に打ち込んだ。

 

 

「(それも想定済で御座るよ……!) ……ノリ殿!」

 

 

 点蔵の忍術によって隠れていた少年──ノリキがファイティングポーズのままこちらに詰め寄ってくる。

 

 

「なるほど! 三重の奇襲ってわけね! 」

 

「分かってるなら、言わなくていい……!」

 

 

 長剣は点蔵が受け止めているが下手な動きをすればすぐに点蔵が動く。だが、こうしてる間にもノリキは距離を詰めてくる。

 奇襲に次ぐ奇襲。こちらに隙を与えない戦法なのだろう。今までにはやり口にオリオトライは称賛せざるをえなかった。

 

 

(やるじゃないの……! でもまだまだね……!)

 

 

 不敵に笑ったオリオトライが何かしてくるのかと点蔵は危惧した。すると突然、長剣に掛かっていた重みが消え、オリオトライが下がった。武器は頭上を越えて後ろへ流れていく。

 

 

(……武器を捨てたッ!? ……違う、これは──!)

 

 

 鞘尻がノリキの胸を抉る角度で迫ってくる。対し、ノリキはオリオトライに浴びせる筈の拳を仕方なく長剣に叩き込んだ。

 重い一撃を食らった長剣は"品川"方面、正確にはオリオトライの進行ルートの方へと飛ばされていった。

 

 

「……ちっ」

 

「……無念で御座るなあ。──後はお頼み申す。浅間殿ォ──!!」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

「──Jud.」

 

 

 浅間・智はいつでも射撃出来るように"片梅"を三つ折状態から展開し、弦のチューニングまでも済ませていた。

 だが、走りながらの射撃は不可能。止まれば逃げられる。そこで浅間は助けを求めた。

 

 

「ペルソナ君、足場をお願いします!」

 

 

 左肩を目を伏せた少女を乗せ、上半身裸、バケツ型ヘルメットを被った大男『ペルソナ君』が並んだ。

 浅間はペルソナ君が伸ばしてくれた右腕へと飛び乗り、地脈接続を開始する。

 

 

「──うちの神社経由で神奏術の術式を使用ッ! 浅間の神音借りを代演奉納で用います! ──ハナミ!」

 

 

 制服の襟元から出てきたのは微かに透けている巫女姿の走狗(マウス)だ。眠そうな表情で右手を振るうと浅間の眼前に表示枠(サインフレーム)が展開された。

 

 

「ハナミ、射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓い。それと照準添付の合計四つの術式を通神祈願で!」

 

【うん 神音術式 四つだから 代演 四つ いける?】

 

 

 Jud.と小さく頷く。

 

 

「二代演として昼食と夕食に五穀を奉納! 一代演として二時間の神楽舞い! さらに一代演として二時間ハナミとお散歩とお話し! これで合計四代演! ──ハナミ、これでオッケーだったら加護頂戴ッ!」

 

【ん 許可出たよー 拍手!】

 

 

 拍手に合わせて構えていた矢に光が宿る。さらには左目の義眼が照準と同期し、追尾指定の照準がオリオトライを貫いた。

 

 

「"木葉"、会いました。──射って!」

 

 

 放たれた光の矢は鳥のような優美な動きでオリオトライを追跡した。対し、オリオトライは首を振り向かせて矢を一瞥すると長剣の柄に手をかけ、迎撃の姿勢を見せる。

 

 

「無駄ですッ回り込みます! さあ、大人しく射たれてくださいッ!」

 

 

 光はオリオトライ目掛けて飛行し、爆散。それを目にした全員が『威力高過ぎだろ』と思ったのは当然のことだった。

 

 

(やった! これは食後にアイス追加しましょう! 大丈夫。代演で体重は減りますからプラマイゼロです! ふふふ……ってあれ──!?」

 

 

 ピンピンしたまま爆走中のオリオトライに浅間は何故だと唸る。そんな中、後方より追いついてきたネシンバラの目が光った。

 

 

『髪だ! 僅かに抜いた長剣で髪を切って空中に撒き散らしたんだ! その髪に矢が当たったことで術式の効力を失ったんだよ!』

 

「うそぉ──!?」

 

 

 これで決まるかと思った浅間の射撃さえも無力。その事に一同は打ちひしがれるが、その中でも浅間の落胆っぷりは尋常じゃなかった。

 自分の弓術が叶わないのが悔しいのか再度弓を引き始める浅間の目はイッちゃっていた。

 

 

「もう一発、もう一発ぅ! 射たせてくださーい!」

 

「やばい! ズドン巫女の禁断症状だ! ペルソナ君そいつ下げてぇ!」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 オリオトライは"多摩"を抜け、"品川"へと続く空中回路を突っ走ってる。

 ここを渡れば貨物エリアだが、ここで仕留めれなかったら梅組の敗北はほぼ決定的となる。それを阻止するのは箒に跨がった有翼二人組だった。

 

 

「行くわよマルゴット!」

 

「急ぐと危ないよ! ガッちゃん!」

 

 

 箒を翻してそのまま落下。重力に従って落ちていく二人は空中で手を繋ぎ合い、六枚翼を広げて黒と金の花を咲かせた。

 

 

遠隔魔術師(マギノ・ガンナー)の白と黒ッ!」

 

「堕天と墜天とアンサンブル!」

 

 

 翼で受けた空気を圧縮して後ろへとぶちまける。それを連続して行うことで空中跳躍とも言える大規模な加速を可能にした。

 二人はオリオトライの直上に位置すると箒の穂先で狙いをつけると術式を展開した。

 

 

「術式主体の連中が追いついてきたわけ? 皆の術式展開の時間稼ぎに出てきたってことかしら?」

 

「そういうこと。授業中だから白嬢(ヴァイスフローレン)黒嬢(シュバルツフローレン)も使わないでおいたげる!」

 

 

 財布から出した硬貨を術式に載せ、マルゴットは狙いを定めた。

 

 

「──Herrlich(ヘルリッヒ)!!」

 

 

 箒から放たれた無数の弾丸がオリオトライを中心とした半径五メートル内に着弾した。しかしどれも命中にはいたらず、ただ周囲を煙まみれにしただけだ。

 そのことに肩を落としたオリオトライは二人を諌めた。

 

 

「どうしたの! 狙いが甘いわよ?」

 

「ええそうね、でもいいの。──私達の役割は終わったから」

 

(役割……?  ──っ!)

 

 

 細身の刀身が白煙を切り裂いて現れたのを見逃さなかったオリオトライは背の長剣をすばやく抜いて防いだ。

 そして二戟目。先程より重い一撃に彼女は身を翻すことで衝撃を分散。コンテナ上に退いて態勢を整えようとする。

 

 

「──はあっ!」

 

 

 さらに追撃。足場にしていた金属製のコンテナがいとも簡単に両断された。こんな芸当が出来る人間は梅組に一人しかいない。 

 

 

「……やっぱり防がれたか。あー、惜しかったなあ」

 

「ここで真打登場ってわけ……ねっ!」

 

 

 負けずと押し返す。

 武蔵の手に握られているのはIZUMO製の大刀"金重"。その切れ味は一級品ものでトーリ曰く『これで切ったステーキは最高!』とのこと。

 

 

(なるほど……先回りしてきたってわけね)

 

 

 "多摩"での戦闘中に武蔵の姿を確認出来なかったのはスタート地点の"奥多摩"から"武蔵野"経由で"品川"まで移動していたからだった。 

 これまでの戦闘は少しでも時間を稼ぎ、オリオトライの体力を削るための布石でしかなかったのだ。

 

 

(随分回りくどいこと考えるわねぇ……)

 

 

 とは言うものの、オリオトライの口角は上がっていた。去年と比べて全てが段違いに上がってる。確かな成長に教員として嬉しさを隠しきれなかった。

 

 

『武蔵君! 事務所まであと少ししかない! ここで仕留めてくれ!』

 

「Jud. 任せてくれ。──さあ、決闘()ろうか、先生」

 

「しょうがないわねぇ……」

 

 

 両腕を突くような型をとる武蔵。これにはさすがのオリオトライも身構えた。

 相手は武蔵最強との声も挙がる宮本・武蔵。彼の担任を務めてるだけあって生徒の実力を見誤るほどの目は持ち合わせていない。

 

 何せ、武蔵は()()()()()()()()()。宮本・武蔵が二刀を使う、それが意味することはそんなに複雑なことではない。

 

 ならばやることは一つ。オリオトライは身を低く下げ、猫科の動物のような姿勢をとって──。

 

 

「それじゃ、バーイ!」

 

「……は?」

 

 

 ──反転して一目散に逃げた。呆気にとられている武蔵にオリオトライは首だけ振り向かせてるといたずらっ子染みた笑顔のまま。

 

 

「悪いわね! 君とまともに戦ってたらこっちの身が持たないっつーの! 逃げることも立派な作戦なのよ!」

 

「……はあ!? そりゃあねえって! おい待て!」

 

 

 静止の声も無視し、オリオトライは駆ける。

 目指すは品川暫定居住区。その間、武蔵の決闘の誘いは止まることなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 夢追い人

 

 

 

「──というわけで"品川"には暫定居住区と呼ばれる管理が杜撰な区域があって……って、コラコラ。後からやって来て寝ない! まだ授業中よ!」

 

「「「無茶言うな!」」」

 

 

 甲板に息絶え絶えで倒れている梅組生徒達。さすがに三十分近く走り続けていれば戦闘系、非戦闘系関わらずヘトヘトになるのは当然のこと。しまいには涙を流して木床を濡らす者さえいた。

 

 

「とりあえず、生きてるのは武蔵と鈴だけね」

 

「え、でも、わ、私、運んでもらっ、た、だけですので…はい……」

 

「いいのいいの! これもチームワークってやつよ。二年の頃なんて武蔵くらいしか辿り着けなかったんだし、それと比べたら遥かにいいわ。

 とりあえず二人にはボーナスとして単位でもあげようかしら」

 

 

 『ありが、とう、ございます……』と弱々しく感謝する向井・鈴に武蔵は驚かさないように小さめの声で。

 

 

「鈴さん、ほら手出して──いぇい、ハイターッチ!」

 

「ハイ、タッチ……えへへ……」

 

 

 『いいネタ思い付いたわ……!』。そんな声がどっから聞こえたような……。

 

 その時だ。オリオトライの背後の事務所が勢いよく開いた。あまりに鋭い開閉音に鈴が『ひぃ!』と小さく身を引かせてしまう。

 身長三メートルは下らない赤い肌を持つ四本腕の魔神族が苛立った様子でこっちに向かってきた。

 

 

「うるせぇぞテメェら! 一体何の騒ぎだあぁん?」

 

「うるさいのはどっちよ。まったく、魔神族も地に落ちたわねぇ……あ、ここ空か」

 

 

 やれやれといった態度で背の長剣を肩に担ぐ。そして周囲の生徒達に聞こえるように。

 

 

「さて皆、準備はいい? 魔神族の特徴として体内に流体炉のような器官を持ってるおかげで内燃拝気の獲得速度がハンパじゃないの。肌は重装甲並み、筋力も軽量級武神クラス。ステータスだけ見れば優秀な種族なのよね。

 んで、最も重要な倒し方なんだけど──」

 

 

 その前に、と付け足してオリオトライは魔神族に向かい直す。

 

 

「ねぇ、一つ聞きたいんだけどこの前あった高尾の地上げ憶えてる?」

 

「あん? そんなんいつものことで憶えてねぇなあ!」

 

「あら、そう。じゃあ理由も分からずにぶっ飛ばされるのもかわいそうよねぇ」

 

 

 魔神族のこめかみに血管が浮き走った。

 振り下ろされた二本の腕。一本一本が丸太のような太さを持つ剛腕が繰り出すパンチは人の身体など軽くへし折るだろう。だがオリオトライは難なく避け、戦闘の最中に講説し始めた。

 

 

「いい? 確かに魔神族は強いけど身体の構造は人間とさほど変わらないわ! この魔神族にも頭蓋があり、脳があるの! だから脳震盪を起こすことも可能ってわけ!」

 

 

 連続で殴ってくる魔神族の隙を見て長剣を鞘付きのまま構える。

 

 

「人なら顎の先端を叩く。そして魔神族なら──ここッ!!」

 

 

 魔神族の左角に長剣が叩き込まれる。鈍い音と共に魔神族は膝から力を失って転倒した。くそっ、と吐き捨てながら立とうとするが膝に力が入らなかった。

 オリオトライは止まらない。振りかぶった回転を殺すことなくチャージして。

 

 

「魔神族みたいな大型の生物には神経塊ってのがあるから回復が早いの。だから立ち上がる前に対角線上の位置を強く打つ!」

 

 

 流れるように右角に打撃をぶちこんだ。一発目よりも鈍い音の末、魔神族の意識は闇に落ち、その巨体は木床に沈んだ。

 魔神族が白目を向いているのを確認すると振り返って。

 

 

「──んじゃ、やってみよっか?」

 

「「「出来るかあ!!」」」

 

 

 生徒達が実技を拒否していると背後の事務所が扉を閉まる。扉に施錠の術式がかけられているのを見て面倒くさげにため息を吐いて。

 

 

「あー、こりゃ警戒されちゃったかあ。じゃあ武蔵、あのドアをスパッとやってちょーだい。あ、なんなら事務所ごと斬っちゃっていいわよ。それはそれで手間が省けるし」

 

「Jud. 事務所のみならず"品川"まで斬り伏せてみせよっか?」

 

 

"品川":『やめてください。──以上』

 

 

 

「──あれ? おいおい、皆こんなところでなにやってんだよ」

 

 

 抜こうとした瞬間、後ろのほうで声が聞こえた。

 野次馬が割けて間からやって来たのは小脇に紙袋を挟んだ少年。紙袋からパンを取り出して食しながら向かってくる少年を見て野次馬の誰かが口にした。

 

 

「武蔵の総長……?」

 

「葵・トーリ……!」

 

「"不可能男(インポッシブル)……!"」

 

 

「ん、俺俺、葵・トーリはここにいるぜ? しっかし皆ここでなにしてんだよ? あ、言わなくていいぜ? 俺分かってっからよ! やっぱり皆も俺みたいにエロゲ買いに並んでるんだろ! だろ!?」

 

 

 聞き捨てならない単語が聞こえ、オリオトライの顔が歪んだ。

 しかし万が一……億が一聞き間違えたことも考量して明らかな作り笑顔のまま優しそうな口調で。

 

 

「えーと、もう一度だけ聞くわ。……な・に・を買いに並んだですって?」

 

「おいおいマジかよ先生! 俺の収穫物興味あんのかよ! たくっ、しょうがねぇなあ!」

 

 

 キャラクターの描かれたパッケージの箱を紙袋から取り出し、周囲に自慢気に語り始めた。

 

 

「見ろよこれ! 今日新発売のR元服エロゲ"ぬるはちっ!" これが超泣けるらしくってさ。初回限定版が朝から発売だから早めに起きとかないと、間に合わなかったんだよ。

 しかもよ。あの『チーム・ベラスケス』の最新エロゲなんだぜ! ああ、先生、『チーム・ベラスケス』知ってっか? 綺麗な作画に音は高音質、シチュエーションは最高の三拍子揃った製作チームなんだよ!

 

 テンゾーとウッキーもそう思うだろ? 確かお前らも五、六本持ってたよな?」

 

 

 聞くや否や、点蔵とウルキアガの周りにいた人が距離をとり始めた。ひそひそと聞こえる陰口が二人の心をさらに抉った。

 

 

「……あの馬鹿。こんなところで話すようなことじゃないだろう……!」

 

「うぅ……皆の視線がキツイで御座るよ……」

 

 

「……へぇ、君は授業サボってエロゲ買いに行ってたんだー……」

 

 

 ピキッピキッ、と笑顔はそのままで青筋が二つ。むしろその笑みが怒りをより強調させたのか、皆がオリオトライの周りから引いていく。

  

 だが、トーリはオリオトライの表情が見えておらず、気にも留めない態度のままで。

 

 

「おいなんだよ先生! 先生もこれ欲しかったのかよ! でも残念だけどよ、再販はいつ来るかわかんねぇってゲーム屋のおっちゃん言ってたぜ。まあ安心しなって! 俺がこれクリアしたら次は先生に貸してやんよ。俺と先生の仲だからさ!」

 

「あのさー……先生がなに言いたいか分かってる?」

 

「ああ? 何言ってんだよ先生! 俺と先生は以心伝心のツーカーだろ!? 先生の言いたいことはしっかり俺に伝わってるからよ!」

 

「あら? だったら君は今すぐ"武蔵"から飛び降りてもらわないといけないんだけど」

 

「はあ!? 先生のオッパイ揉ませてくれるんじゃなかったのかよ! 汚ねぇ……大人って汚ねぇよ! 期待させるだけさせといてあっさり裏切るなんて……!」

 

「おいコラ君、頭大丈夫? なんか変なもの見えてない?」

 

「うんとりあえず今はこれだな♪」

 

 

────ムニュリ

 

「な──」

 

「「「あっ──」」」

 

 

「あんれー? っかしなあ。先生のは筋肉とかで硬い見立てだったんだけど、意外と柔らかいんだな」

 

 

 白昼堂々 女性の胸を揉みしだく変態がそこにはいた。

 じっくりねっとりと両の五指を使ってもみもみと、それはパン生地をこねるかのような手つきだった。パン屋の息子だけに。

 

 十数秒揉んだのち、トーリは硬直するオリオトライを他所に皆の前で改まる。

 

 

「あのさ、みんな聞いてくれ。前々から話そうと思ってたんだけど……

 

 ────明日、俺コクろうと思うわ」

 

 

「「「は……?」」」

 

 

 

 立て続けにやって来る情報に理解が追いついてこない。

 そんな中、乱れたウェーブの髪を整え直した喜美がいつものテンションのまま首を傾げて。

 

 

「フフフ愚弟? いきなりやって来てオパーイ揉んだ挙げ句、コクり宣言なんていくらこの私でも予想だに出来なかったわ! 正気の沙汰じゃないわよ! でもって私は優しいからフラれる前に相手の名前だけは聞いてあげる! さあゲロりなさい今すぐッ!」

 

「おい姉ちゃん! フラれるって決めつけないでくれよ! それに姉ちゃんだって分かってるだろ? 

 

 ──ホライゾンだよ」

 

 

 その名を聞いて皆の表情が重くなった。どうすればいいのか分からずに。

 

 何故ならもうこの世にはいない人物の名だったからだ。

 

 

「トーリ……ホライゾンはな……」

 

「分かってるってマイフレンド。ホライゾンは十年前に死んだ、あの後悔通りでな。それは分かってる……」

 

 

「……俺はずっと逃げてた。それにコクった後、皆に迷惑かける。俺、なんも出来ねぇしな。それにその後やろうとしてることは尻拭いってか、世界に喧嘩吹っ掛けるようなもんだしな……」

 

 

 でもよ──。決意を込めた言葉がトーリの口から出た。

 

 

「明日で十年目なんだ、ホライゾンがいなくなってから。だからコクってくるッ! 俺はもう逃げねぇ!」

 

 

 普段とはまるっきり違うトーリを皆は静かに見守っていた。最後に喜美が肩をすくめながら弟に確認を促す。

 

 

「じゃあ愚弟、今日はいろいろ準備の日よね。そして、……今日が最後の普通の日?」

 

「そうだな。──でも安心しろよ姉ちゃん! 俺は何にも出来ねぇけど」

 

 

 右の親指を立て、満面の笑みで──トーリは高らかに謳った。

 

 

「──高望みだけは忘れねぇからよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなトーリの肩をポンと叩く手があった。

 

 

「……ねぇ」

 

「ん? おい誰だよ、せっかくいい所だったのに……おわっ!? なんだよ先生か! もしかして聞いてたかよ!? 今の話!」

 

「……人間ってさ、怒りが頂点に達すると周りの声が聞こえなくなるんだけど、それについてどう思う?」

 

「おいおい先生、もしかして更年期かあ? 先生まだ若いんだからもっと草食って身体作らねぇとダメだぜ? 仕方ねぇ、もう一回言ってやんよ」

 

 

 『あ、これヤバイやつや』

 何かを察知したのか、距離をとる梅組一同。

 

 

「──俺、明日になったら告白しに行くんだ♡」

 

 

「よっしゃあぁぁ! 死亡フラグゲットぉぉぉッ!!」

 

 

 左足に重心を乗せ、右足は伸ばして振るように。

 オリオトライ本気のハイキックはトーリの脇腹を深く抉るようにしてぶっ飛ばした。

 

 トーリはヤクザの事務所の扉を突き破り、そのまま建物までもを貫通して、後ろの倉庫にめり込んでようやく止まった。

 

 倉庫のオーナー曰く、それはそれは綺麗な大の字だっという──。

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 "品川"で馬鹿共が馬鹿やってる頃、戦闘があった"多摩"では嵐が過ぎ去ったことに安堵しながら営業を再開する店が多く見られた。

 

その一角、青雷亭ブルーサンダー前ではP-01sが店先に打ち水していると珍客がやって来る。

 

 

『おみず』

 

『おみず ほしいの』

 

 

 黒い塊に白い点を付け足しただけの珍客だった。その塊が数体、側溝から現れると人目につかないように物陰を移動しなからP-01sの元へと飛び寄ってくる。

 

 

「また淀みましたか?』」

 

『うん おみず こないの』

 

 

 彼らは"武蔵"の下水処理として働く黒藻の獣と呼ばれる意思共通生物だ。

 下水の汚れを取り除き、真水へ濾過するのが彼らの務めなのたが、ちょうどこの辺りは下水管が歪む場所なのだ。流れてくるはずの汚水を"食べる"ことが出来ないのでこうして水を貰いに来たのだ。

 

 

「Jud.」

 

『ありがと』

 

『わんもあ ぷりーず』

 

 

 柄杓で水をかけてあげると側溝からもう一体現れ、水をねだってきたためにその黒藻にも水をかけた。

 連続してかけ続け、七匹目にかけたところで。

 

 

『いいの?』

 

「いいの、とは?」

 

『におうよね? くさくない?』

 

 

 本来、黒藻の獣達は普段から人前には現れない。それもそのはず、汚水を掃除するということは当然ながらその臭いも身体に染み付いてしまうということ。それを彼らは懸念していた。

 

 

「Jud. 正直に申しますと確かに臭います。ですが、その臭いは誰かに害をなそうとして生んだものではありません。そして貴方方は"武蔵"の人々のために働いてくれている。それに応えないわけがありません」

 

 

 それはつまり──。

 

 

『ともだち?』

 

「Jud. 認め合ってる仲をそう呼ぶなら」

 

 

 初めての友達に黒藻達はどこか嬉しそうな動きを見せ。

 

 

『おまなえ ぷりーず』

 

「P-01sと言います」

 

『ありがと いつも』

 

 

 ペコリと身体全体を傾けて一礼。

 それに連動するように後ろで影が動いた。振り返れば、人がやって来た。

 

 

「──?」

 

 

 来客なのだろうか。武蔵アリアダスト教導院の制服に身を包んだ綺麗な黒髪の男子生徒がフラフラと危ない足取りでよろけながらこっちに向かって来て。

 

 

「み、みず……」

 

 

 パタン、と倒れた。

 

 

「……」

 

『いきだおれ?』

 

「Jud. そのようです」

 

 

 とりあえず柄杓でつついてみる。頬の辺りをツンツンと。

 

 

「──返事がない、ただの屍のようです」

 

 

 ……というのは冗談で微かに背中が上下してるので生きてはいるようだ。

 しかしP-01sの一存では決められないので黒藻達を帰すと。

 

 

「店主様、落とし物を拾いました。──いえ、番所への届け出は不要かと。持ち主が分かるのかって? 調べるまでもありません。──持ち主自身が落とし物なのです」

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

「いやいや正純さん。もう少し割りのいいバイト探して、食べてけるようにしたほうがいいよ?」

 

「……はい、以後気をつけます……」

 

 

 申し訳なさそうに出来損ないのパンをムシャムシャ食べる本多・正純。飢えた腹をパンを満たすため、慌てて食べたもんだから喉に詰まりかけてしまう。

 出された水で一気に食道内のモノを飲み流すのを確認すると。

 

 

「誰もとらないからゆっくり食べなよ。正純さん、女の子なんだからもう少しゆとりのある食べ方したほうがいいと思うんだけどなあ。そんなんじゃ、ファンの一人や二人つかないよ?」

 

「……す、すいません……! そ、それに私のこと女だと知ってるのは父の知り合いとか一部だけですし、あまり知られたくないことですから……」

 

「まあ私も倒れた正純さんを脱がすまでは知らなかったわけだしね」

 

「あ、あれは恥ずかしいので……出来れば忘れてほしいです」

 

 

 食べ終わった皿を下げつつ、店主は会話を切り替えた。

 

 

「ところでこんな時間に何してんの? 確かこの時間帯は教導院は授業中だったけど……もしかして生徒会の仕事? それともサボり?」

 

「あ、いえ、この後副会長として酒井学長を三河まで送り届ける予定なんです。オリオトライ先生からは自由登校していいと言われてるので今日は休ませてもらおうかなと」

 

「立派だねえ。なんで"武蔵"の生徒会長が正純さんじゃなくて、うちのトーリなのか、理解に苦しむよ。そういや、どうして生徒会長に立候補しなかったの? 総長は聖連の推薦だけど、生徒会長は立候補と選挙だよね?」

 

「──生徒会長に葵が立候補したからですよ。……"武蔵"に来て一年の私より、この"武蔵"生まれの彼のほうが人となりなどもわかるでしょう。

 

 それに──宮本・武蔵の後押しが一番の理由だからだと思います」

 

 

 当時の教導院では立候補者以外にも生徒会長に適格だとを思われる人物への推薦も多数あった。その中でも人望があり、武に秀でた武蔵が大多数の推薦を受けた。が、結局武蔵が生徒会長になることはなかった。

 

 何故なら武蔵はトーリを推したからだ。これが決定打となり、晴れてトーリは生徒会長に就任することとなった。

 

 

「武蔵のことはよく知りませんけど、あの二人……仲いいですよね。いや幼馴染みだとは聞いてますけど、それ以上の仲といいますか……。実の兄弟と言われても信じられるくらいの間柄ですから」

 

「まあ武蔵が小さい頃はうちでしばらく預かってたりしてたんだよ。武蔵は両親いないから、よくうちに入り浸ってたんだよ」

 

「そう、ですか……」

 

 

 あまり他人の身の上話をとやかく聞くもんじゃないな、と正純は猛省した。

 するとどうだろう。店主はいい笑顔でこちらをじっと見つめ、楽しそうに微笑すると。

 

 

「なんだい、武蔵のことが気になるのかい?」

 

 

 そう言われ、言葉の意味理解するまで数秒。気づいたときは顔を真っ赤にして否定していた。

 

 

「ち、ちちち違いますよ! ただ単純に仲がいいなあってなだけで──!」

 

「そうかいそうかい。──だったらさ、もっと親しくなりたくないかい?」

 

 

 その問いかけの意味が分からず、正純は首を傾げた。そして店主はどこか遠い目をしていた。何かを思い耽った、そういった目だ。

 

 

「正純さん、もしこの後時間あるならさ──後悔通り、調べてみなよ」

 

「後悔通りって……」

 

 

 その名は知っていた。中央後艦"奥多摩"右舷側、自然公園を抜けた先にある小道。

 初めて聞いた時は変わった名だなとは思っていたが、それが一体何だというのか。

 

 

「もっと"武蔵"のこと、みんなのこと知りたいなら調べるのもいいんじゃないかなってね。だから──一歩踏み出してみなよ。そうすれば"武蔵"の、あの子達のいろんな面が見えてくるさ」

 

 

 そう言った店主の顔は亡き母にどこか似た笑顔で紙袋を渡してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。