皆城椿は虚無の申し子である (仙儒)
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プロローグ

 拝啓、お母さんズへ。

 

 いかがお過ごしでしょうか? 私目は鬱で発狂しそうです。

 

 多分、アニメ蒼穹のファフナーEXODUS始まったばかりの頃の真壁一騎ヨロシク余命3年在るか無いか位ではないでしょうか。

 

 神世紀14年からいきなり神世紀298年に飛ばされて、訳がわからないまま後進育成しつつ戦場で極めてテクニカルな無双をしておりました。

 

 いやー、あの頃は俺も若かった。今も若いんだけどさ。

 

 訳も分からんまま転生してみれば醜い人間同士の暗躍に絶望とデスポエム溢れるくそったれな世界で皆城総士として生きていた。

 

 しかも、言動も思考も俺の意思とは別に存在しているようで自分の意思での行動はできない…ただただ絶望を体験するだけでした。

 

 で、成人式やって三日後の第四次蒼穹作戦でアニメヨロシク「ニヒト、怖いん? 俺も俺も」と言って消えた。次はザ☆beyondで総士君になるのかな? 何て思っていて、意識が戻ったらどう見ても未成年の母を名乗る少女が6人。姉を名乗る者が4人、よくわからない海を名乗るお姉さんが1人……海って何?

 

 全員が大赦と名乗る秘密結社shi☆n☆zyu☆に所属しているお偉いさんの家系だ。

 

 ……神世紀14年においてこの家格は名ばかり銘家だったけど、街を歩けば注目されるくらいには名声を得ていたと思う。まぁ、13年という時間の殆どを過ごした乃木邸と上里邸は桁外れの金持ちだったけど。乃木の曾祖母ちゃんに男子たるやとかなり扱かれて、大変だった。剣道然り、居合道然り、合気道然り。

 

 大変だったな、と過去へ思いを馳せながら何となく、気まぐれで買った缶珈琲を口に運ぶ。

 

 結局、帰る方法は判らず仕舞い。大赦系列の病院からの余命宣告……本当に色々だ。

 

 今日、この讃州中学では卒業式が執り行われ、眼下では保護者や生徒で賑わいを見せ、少し騒がしい。

 

 三度目になる中学卒業に何とも言えない感覚を覚えなくもない。

 

 それにしても、結局二十歳を迎えることなく終わるのは呪いか何かだろうか?

 

 スマホを取り出して時間を確認して、屋上を後にする。

 

 鞄は既に回収済み。風を始めとした勇者部のメンバーから恐ろしい量のメッセージがチャットアプリ「なるこ」を通して来ているが、無視を決め込む。

 

 皆がうるさいだろうが、プランCの急用が入って気が付かなかったで押し通すつもりだが、ご機嫌取りで、きっとかめやで奢らされるだろうから、財布に少し余裕を持たせたい。銀行にもよらなければ。

 

 

 

 他の皆に見つからないように学校から出て、近場のコンビニへよる。

 

 

 

 

「…………」

 

 英霊の碑に足を踏み入れて目的の墓の前に、コンビニでコピーした卒業証書を供える。名前のみが刻まれた共同墓地に近い形をしているこの霊園では墓石にお供えをすることはできない。

 

 あくまでも慰霊碑であって、母さんズの墓はまた別に存在する。

 

 そちらには、約300年後の時空に来てからは行っていない。どうしても俺の中で最後の一歩が踏み出せずにいる。

 

 そんなつまらない意地を張り続けて、遂には帰る方法も見つからず、存在すらほぼ使い切ってしまい、いつ居なくなってもおかしくない。

 

「帰りたい……、けど」

 

 涙が零れる。

 

「ごめんなさい、母さんたち。あなたたちの息子で幸せでした」

 

 本当にそう思う。ファフナーの世界では自分の存在を否定され、機械的である事を強く求められてきた。

 

 この世界でも人々は相変わらず醜く恐ろしかったが、ファフナーの世界のような身も心も凍てつくようなさみしさと孤独と虚無感を味わうことは無かった。

 

 友達こそ少なかったが、皆城総士になってから感じたことのないぬくもりを味わえた。少し親バカが過ぎるところとか煩わしい思いもなくは無かったが、総じて温かい思い出であった。

 

 

 元の時代に帰りたい。けど……、戻ったところで俺に残された時間はあまりにも少ない。

 

 俺一人の我儘と、母さんたちの思い。どちらを優先すべきか何て、考えるまでもない。

 

 

 それに、ちょうど良かった、そうだろう? ニヒト。

 

 

 

 ―――他の勇者たちと違い、アプリではなくインフィニットなストラトスのようなパワードスーツに近いような形で待機状態は風のチョーカーと同じだ。他にも待機状態は指輪にもできる。―――それを、手で撫でる。

 

 

 

 ―――死に場所を探そう。

 

 

 

「ッ!!」

 

 言葉にできない激痛に一瞬目の前が暗転しかかる。

 

「…………俺の生存限界、か」

 

 さり気にクロッシングして嫌がらせをしてくるニヒトにイラつきながら拒否する。

 

 痛覚遮断している筈なのに痛みで訴えてくる。ついでと言わんばかりに同化しようともしてくるし。

 

 天の神から取り戻した外の世界。その太平洋のド真ん中に沈めてフェンリル起動してやろうかと思うが、解体行動とその命令だけは何が何でも拒み続けているニヒト。こいつ本当にファフナーか? いや、まぁ、実質ファフナーの皮被ったフェストゥムだったわ。

 

「ぅぅっ……、ぐぅぅぅーーー!!!」

 

 時間を置くことなく、今度は激しい頭痛に襲われる。

 

 体の自由が利かない。

 

 遠のく意識の中で、誰かが駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、めでたく、風先輩と椿先輩の卒業式が終了した。友奈ちゃんは号泣して、風先輩もそれにつられて涙を流していた。

 

 風先輩と椿先輩が中学生として集まることはもうない勇者部の部室に集まり、思い出話に花を咲かせる。

 

 楽しかったこと、辛かったこと。本当に、特にこの一年間は激動の中を休むことなく走り続けた時間だった。

 

 椿先輩曰く、「時間にするとそんな物なのか。もっと何年も一緒に時を刻んだと思っていたが……、そうか。俺も年をとる訳だ。……引退だな、お互い」

 

 と、今一理解しずらい冗談を口にして風先輩の肩に右手を置き、風先輩もそれに乗るような形の台詞を言おうとして、その真意に気が付き「あたしはまだピッチピチよ!」と言って椿先輩をド突いていた。

 

 自然と、話は椿先輩の話になっていく。その中で、最近感じていた違和感を口にした。

 

 椿先輩の様子が最近おかしい気がする、と。本当に話のタネ程度の感覚で口にした言葉だったけど、その違和感は勇者部全員が思っていたが、口には出していない共通の認識だった。

 

 本当に気が付かない小さな小さな違和感。

 

 最初は気のせいだろうと片付けていたが、勇者部の面々はそれぞれ違った違和感や現象を感じたり見たりしていることがわかった。

 

 稽古等をよく一緒にする銀と夏凛ちゃんは最近、椿先輩の動きが鈍い、と。

 

 風先輩は椿先輩が左側に対する反応が鈍い、距離感を掴み損ねている感じがする、と。散華により片目を捧げていて、よく物の距離感を測りかねていた風先輩が言うのだから思い過ごしと跳ね除けることはできない。

 

 樹ちゃんは転びそうになって手を差し出されて助けられた際に、椿先輩の手が異様に冷たかった事が気になっているらしい。

 

 そう言えば、友奈ちゃんと私は椿先輩が杖を突いて大赦の病院に行くのを確認してる。その事について問いただしたけど、成果は得られず。結局、その後に杖を突いていた椿先輩を見なかったため、見間違いだったのだろうと友奈ちゃんと二人で納得していた。確か、風先輩が言うように左側に杖を付いていたような気がする。

 

 そのっちに関しては抱きついたりしているため体温の低さと、左側に対する異常なまでの警戒心を感じたらしい。

 

 友奈ちゃんの様子がおかしくなる少し前あたりから、椿先輩は目が悪いわけではないのに眼鏡をかけ始めた。それこそ、人目がある場合はどんなことがあろうと眼鏡を外さない位には注意していた気がする。

 

 精霊がまだ居た時、青坊主に椿先輩の家の鍵を開けてもらい部屋にお邪魔した時に眼鏡をかけてみたが、ただの伊達眼鏡だった。

 

 後は、そこそこの数の薬が置かれていた以外、生活感の欠片もない囚人みたいな部屋だと少し薄気味悪く思ってしまった。

 

 小さな冷蔵庫の中には水の入ったペットボトルに流動食のゼリー、スティック()状の栄養食とある意味夏凛ちゃん以上に食生活が酷い状況であった。

 

「東郷が椿の家にご飯作りに行くようになったのはそう言う理由だったのね」

 

「ええ、酷かったですから」

 

 皆で情報を共有する為に、気付いたことはどんなに小さなことでも話し合う。椿先輩がそれを徹底させていた。最も、天の神との最終決戦前には、話し合う余裕もなく怒涛の展開であったが。

 

 一応、精霊を使って侵入したことはぼかして、それっぽいことを言ってごまかす。

 

 それを振り返る中で、風先輩の言葉に苦笑いでそう返す。

 

「あいつ、普通に料理できんのに余りやろうとしないのよね~」と言う言葉に頷く。椿先輩は料理は愛情ではなく科学と豪語する。そして、それに恥じぬ調理法を取る。

 

 教えられたり、調べたレシピは、それに乗っている以外のことは絶対にしない。塩や胡椒、果ては煮込み時間に炒め時間。量は0.1g単位でもオーバーすると最初から測り直す徹底ぶり。その為レシピに分量が明記されていないとその料理を作るのを諦めたりする。目分量を絶対に信じないその料理工程に風先輩が激怒したのは確か2年くらい前の勇者部ができたばっかりの頃だったかしら? と振り返り、懐かしい気持ちになる。

 

 半面、分量や焼き時間等を明記されていることの多いお菓子作りにおいてはお店で出せるんじゃないかと勇者部内では周知のことだ。

 

 時折、差し入れとして何処かに作って持っていくのも確認している。

 

 報告と言う名の半ば思い出話に花を咲かせていると、そのっちが深刻そうな顔をしているのに気が付く。

 

 いつもならば小説のネタになるとメモを取ったりしているのだけれど……。

 

「そのっち、何か他に気になることがあるの?」

 

「……ねぇ、ツッキーおにーさんの目の色って赤色だったっけ?」

 

「? 何言ってるんだ? 園子。椿先輩の目は赤く何てないだろう」

 

 銀のその言葉にそのっちの目がスゥーと細められる。

 

 そのっちは普段、ほわほわのほほんとした態度とは裏腹に勘の良さや観察眼は目を見張るものがある。それはバーテックス戦でも遺憾なく発揮されていた。

 

「見間違い、ということは?」

 

 そのっちはその言葉に答えることなく、自分の鞄の中から眼鏡ケースを取り出す。

 

 そのっちはパソコンを使う際にブルーライト(青光り)対策に眼鏡をかけることがある。学校でパソコンを使う授業も存在するし、時折、勇者部のホームページをいじったりしているので持っていても不思議ではないのだけど……。

 

 ケースが開けられた中には片側のレンズが嵌められていない壊れた眼鏡。

 

「椿先輩と同じ…?」

 

 樹ちゃんが言う通り、椿先輩がかけている眼鏡と同じデザインだ。

 

「そう、天の神と戦いの後に屋上に戻った時に回収したんだ~」

 

 確か、その戦い中に眼鏡が壊れてしまったと言っていた。その際に左目を少し傷つけてしまったと左目を閉じていたのを思い出す。

 

 皆してかなり心配したことだ。それによって左目の視力が少し落ちたと言っていたが、それは日常生活に支障は無いし、治療で元に戻ると言われたはずだ。

 

「ちょっと待ちなさい。何でそれをあんたが持ってんのよ、園子」

 

 夏凛ちゃんが問いかけるが、それに答えずにそのっちが眼鏡をかけた。

 

「……え?」

 

 レンズが無い方とレンズのある方でそのっちの()()()()()()()()()()椿()()()()()()()()()

 

 

 そこからの行動は速かった。

 

 風先輩はスマホのチャットアプリで椿先輩を呼びかける。樹ちゃんもスマホでメールを送信していた。

 

 夏凛ちゃんと銀は学校内を探してくると言って部室を飛び出していった。

 

 私と友奈ちゃんは椿先輩の家に向かって走り出す。

 

 

 椿先輩の家に向かう途中、駅の方へ向かう椿先輩を見つけた。

 

 友奈ちゃんはが声をかけようとしたので口を塞ぐ。

 

 友奈ちゃんには悪いけど、椿先輩の様子が明らかにおかしい。

 

 

 人の機敏に一番敏感な友奈ちゃんが椿先輩の元へと駆け寄ろうとするのを何とか押さえ込みつつ尾行する。

 

 

 

 ついたのは英霊の碑がある霊園。

 

 天の神との最終決戦に於いて樹海が傷ついてしまい、現実には災害としてこの場所にも深い爪痕を残していた。

 

 これまでに人々を護るために人知れず尊い命を散らした勇者や巫女を慰める場所。幸い、私達には縁が無い場所だ。

 

 椿先輩は立ち入り禁止のロープをくぐり、中へ入っていってしまう。

 

 友奈ちゃんは首を傾げているが、私には幾つか心当たりがある。

 

 椿先輩は出自不明だが、乃木家に上里家、高嶋家、郡家、伊予島家、白鳥家、土居家、古波蔵家、秋原家、藤森家、安芸家と言った大赦の中でも強い影響力や発言権を持つ銘家から異様な程バックアップを受けていた。

 

 そして、私の養子先である鷲尾家も椿先輩を異様に気にかけていた。銀の家もそうらしい。

 

 椿先輩との縁談話も私に義父様(おとうさま)が良くしてきた。

 

 椿先輩はその事について、「男の身で戦えるのが珍しいんだろう」とそれっぽいことを言ってはぐらかす事を続けている。

 

 恐らく、それも本当のことだろうけどそれだけではないだろう。

 

 銘家が挙って椿先輩を繋ぎ止めるために銘家の実子、或いは縁者の娘、酷いときには孤児院から顔のいい娘を引き取り、椿先輩にすり寄らせていたのがその証拠。

 

 まぁ、縁談話やすり寄ってくる奴らはそのっちが一つ一つ牽制したり潰していたけど。

 

 椿先輩は幾つか家名が刻まれた碑の前に何やら紙を置いている。

 

 紙の置かれた碑には椿先輩を異様にバックアップしていた家名が刻まれている。

 

 そんなことを観察していると椿先輩が独り言を呟き始める。

 

 その背中は、今までに見たことがないほど小さく泣いているように私の瞳に写る。

 

 椿先輩が急にふらつき、大きくたたらを踏みそうになるのを友奈ちゃんと一緒に支えようと、物陰から出て駆け寄ろうとして、

 

 

 ―――俺の生存限界、か。

 

「「え?」」

 

 その小さな呟きが聞こえて友奈ちゃん共々足が止まる。

 

 頭が真っ白になって手足が震える。

 

 背筋が凍りつき、冷や汗が一瞬で溢れ出る。

 

「ぅぅっ……、ぐぅぅぅーーー!!!」

 

 唸るような声が聞こえて真っ白だった頭が現実に引き戻される。

 

 胸を抑え、倒れる椿先輩。

 

「っ! 椿先輩!」

 

 友奈ちゃんが椿先輩に駆け寄り揺すり声をかける。

 

「どうしよう、東郷さん! 椿先輩が起きないよ! どうして! 椿先輩!」

 

 友奈ちゃんが半ば錯乱状態で泣き叫ぶ。

 

 私も混乱しているけど、友奈ちゃんが錯乱しているのを見ているからか、幾分か冷静になれた。

 

 スマホ(携帯)に暗証番号を入力して救急車を呼ぼうとすると目の前が極彩色に包まれ、樹海の中に立っていた。

 

 スマホ(携帯)にはもう無い筈の勇者アプリが起動して勝手に勇者服に変った。

 

 

「何で? どうして? 天の神は倒したのに!」

 

 私の悲鳴に近い声に反応してか、それとも樹海に勇者として呼ばれたからか。或いは両方か。友奈ちゃんも錯乱状態が幾分か落ち着いたようだ。

 

「……多分だけど、皆も来てると思うから探して合流しよう、東郷さん。椿先輩、もう少し我慢してください」

 

 そう言って椿先輩を背負う。

 

 その問いかけに答える人物の声は無い。

 

 樹海の中に居ると言うことは敵が居る。それを倒すか追い返すかしないと椿先輩を病院に連れていくことは叶わない。

 

 比較的安全地帯を探して椿先輩を置いておくことが最善の選択だが、その安全が絶対では無いし、そうしている間に椿先輩が死んでしまうかもと言う恐怖が最善の選択肢を拒む。

 

 移動中に何体か小型のバーテックスを倒しながら皆を探す。

 

 不意に―――、樹海の中に女性の声が響く。

 

 声の主はこの状況がわかるらしい。

 

 敵を倒したら詳しく話をする旨だけを伝えると声は聞こえなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 樹海での戦闘を終え、話をしてくれると言う勇者部へと向かうことなく救急車を呼ぶ。

 

 途中で合流した面々と大赦系列の病院の緊急手術室に運び込まれて行くのを確認して、樹ちゃんがヘタリと地べたに座り込んでしまう。

 

 そんな妹を見て、無理矢理引きつった笑みを浮かべて樹ちゃんに肩を貸す風先輩とは反対側を銀が肩を貸す。

 

 近くの腰掛けに樹ちゃんを座らせると、重苦しい雰囲気を察した友奈ちゃんが空元気で飲み物を買いに行った。

 

 戻って来て、買った飲み物を皆に配るが空気が変わることは無い。

 

 誰も、何も話さない中で大赦の仮面をつけた二組の人物が来て軽い現状説明をする。

 

 風先輩が今にも殴りかかろうとしたけど、そのっちが羽交い締めして抑える。普段、こう言った暴走を止める側の夏凛ちゃんは珍しく行動も口も挟まないで静かに二組の人物を能面のような感情の消えた顔で見ているだけだ。

 

「……私達も急に呼び出されてここに来たの。状況を教えてくれないかしら? 鷲尾さん達」

 

「安芸…先生?」

 

 仮面を外して素顔をさらしたのは、何かと私達先代勇者のフォローをしてくれた人物であった。

 

 大赦の面々は信用できないが、安芸先生は別だ。

 

 上里家や藤森家には劣るが、大赦の代々巫女を多く輩出して来た由緒ある銘家の為に、ある程度の大赦の秘密主義に沿う形を取りはするが、勇者や巫女に対して重きを置く傾向にあり、嘘や誤魔化しと言った腹芸の類は私達にはすることはしない。

 

 ―――ただ、言えないことは言えないとはっきり言うのでこちらは歯がゆい思いや攻撃的な感情を向けてしまうこともあるが、他の大赦の者よりも心は置ける人物である。

 

 

 それに、安芸先生が言えないと言うことは、闇に私達の予想通りと言うことだと椿先輩も言っていた。

 

 まぁ、腹芸の類は椿先輩の方が上であることは今回のことで明るみに出てしまったわけだが。

 

「そう…、わかったわ。辛いのにありがとうね」

 

 私は安芸先生なら何か知っていることはないだろうかと話を聞こうとしたところ、予想以上に速く手術室から医師たちが出てくることで聞くことは叶わない。

 

 安芸先生と大赦の仮面を付けた人物だけが呼ばれ、連れて行かれそうになる前に友奈ちゃんと風先輩が医師に向かって椿先輩の安否を聞いてこの場から離れることを拒もうとする。

 

 私達を見て視線を投げかけた医師に安芸先生は「構いません」と言うと椿先輩の今の状態を説明してくれる。

 

「現状、何とも言えない状態です。バイタル等は安定しているので数日間検査してみないと何とも」

 

 そう言って、病室に移されていく椿先輩を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 椿先輩が倒れて一月。

 

 友奈ちゃんが抜け殻のように何に対しても反応しなかった時を思い出す。

 

 椿先輩は目を覚ますことは無い。

 

 検査の結果も原因不明。

 

 

 

 椿先輩が倒れて3ヶ月が過ぎた。

 

 時折、来る敵に怒りをぶつける日が続く。

 

 勇者部の面々は学校には余り行けていない。

 

 幸い、この不思議な世界は時は経過して季節は巡るけど、学年が上がったりすることは無いしそれについてこの世界の人達は疑問に思うことは無い……らしい。

 

 西暦時代の勇者を支え続けた巫女である上里ひなたさんがそう言っていた。

 

 その上里さんが色々良くしてくれているが、正直どうでもいい。

 

 椿先輩は死んだように眠り続けている。

 

 

 

 

 

 椿先輩が倒れて半年。

 

 夏凛ちゃんと銀が体を酷使しすぎる鍛錬を続けている。

 

 先日、銀が倒れて入院した。

 

 安芸先生が色々と融通してくれたらしく、銀は椿先輩と一緒の病室に入ることになった。

 

 人数こそ少ないものの、常に2人ならば手続き無しで泊まれるようにもしてくれた。

 

 銀を除いた勇者部6人でローテーションを決めた。

 

 

 

 

 椿先輩が倒れて10ヶ月。

 

 寒さが身にしみる冬。

 

 後2ヶ月すればこの世界に来て1年経つことになる。

 

 相変わらず目覚めない椿先輩。

 

 握った手の冷たさに言葉にできない恐怖を感じて、頭を振るう。

 

 遂に空元気でも、無理にでも笑っていた友奈ちゃんでさえ、笑みを浮かべることは無くなった。

 

 湯たんぽと、カイロを張れるだけ貼って椿先輩の寝ているベッドに入り込む。

 

 抱きついた体からは、人の温かさを一切感じない。

 

 それが、辛かった。悲しかった。怖かった。まるで■んでしまっているみたいで。

 

 自分が冷えるのを気にしないで抱きつくのは、その恐怖を否定する為。

 

 冷たく、身も心も凍えてしまいそうだけど、強く抱きつけば椿先輩の鼓動を感じられる。

 

 それだけが救いだった。




とある理由で「郡家」、「古波蔵家」、「秋原家」、「藤森家」、「安芸家」が銘家として残っている。
無論、作中で名誉銘家として石碑だけ残っていた「白鳥家」も銘家として存在している。


・安芸先生

 言わずと知れた大赦の人。この作品では安芸家は代々巫女を多く輩出して来た家計なのに自身に巫女の能力が無いことをとても気にしている。

 今は勇者のサポートと防人の教官を受け持っている。

・三好春信

 大赦の仮面その2

 シスコン。


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神の中の世界

 目を覚ましたらドアップで美森の顔がある。

 

 ……どういう状況?

 

 周りを見渡してここが病室である事が確認できた。

 

 そう言えば、卒業した報告を母さんたちの石碑にしに行った所で記憶が途切れている。多分、倒れたんだと思うけど。

 

 一応、春信さんと安芸先生に許可を貰っていたとは言え立ち入り禁止エリアに入っていたのだが良く見つかったな。

 

 スマホの電源は切っていたと思うのだけれどと考えながらナースコールを押す。

 

 どの位眠っていたかを把握する必要がある。

 

 目を覚ました美森や勇者部のメンバーに何処まで真実を混ぜた噓を報告するかを考えねばいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査を終えたら皆が勢ぞろいで出迎えてくれる。

 

 驚くことに俺は約1年間眠っていたらしい。北極から帰ってきた一騎が同じ位昏睡状態だったよな? 確か。

 

 ただでさえ、限られた時間の中で1年間も寝ることだけに使ってしまうのもなんだかなぁ。同化現象の治療手段が確立してない以上、本当にただ無駄に消費したの一言に尽きる。

 

 できれば、独りになって色々思いをゲロって悲観したいのだが……。

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 重苦しいを通り越して空気が死んでいる。心なしか勇者部メンバーのハイライトがいなくなっている気がする。

 

 今すぐ何か理由を付けて逃げ出したいが、夏凛と銀がさり気なく逃げ道を探す俺の視線の先に割り込んでくる辺り、流石のコンビネーションだ。

 

 はぁ、とため息をついて口を開く。

 

「さて、話をしよう」

 

 もう少し気の利いた言葉は出ないかな~と自分のことながら呆れる。

 

 皆は一回視線を各々と合わせた後

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 再び無言でこちらを見るだけだ。何回か同じ問答を繰り返しているのだが、一向に答えが返ってこない。

 

「そのように無言で居られると、どうしようもないのだが…」

 

 あちらが何処まで知っているか、感づいているかがわからない以上、此方から言葉を発することは避けたい。

 必然的に相手からの質問に答えるくらいしか選択肢がない。

 

()()にどうしろと……」

 

 思わず漏れ出た一人称。自分は皆城総士じゃないと言う自己暗示の為に、態々変えたものだ。変えてからもう何年も経つが、中々変わらないものだな。

 

「ボクに何か聞きたいんだろう? このままでは話し合いにすらならない。説明の二度手間を避けるためにも可及的速やかに互いの情報共有が必要だ。銀、そちらの現状を教えてくれ」

 

「……え? ええt「「「「「「銀(ミノ(さん)ちゃん)!!」」」」」」…」

 

「……勘弁してくれ」

 

 思わず頭を抱える。

 

 恐らくは相手側はある程度情報共有してるだろうし、それならばこの中で一番誘導がらk…比較的話が通じる銀にそれらしい事を言って情報を引き出そうとしたら他のメンバーに止められた。

 

 ある程度予想はしていたが、まさかここまで信用無いとは。

 

 その判断が正しすぎるだけに何とも言えない。

 

 ここまで細心の注意をしてくるってことは、皆、特に美森は俺のことをかなり疑っているだろう。

 美森は普段の国防思想に基づく可笑しな言動や価値観が突出しているが、勇者部のメンバーの中で園子とは違ったベクトルで洞察力が凄まじい人物だ。

 

 園子が直感による最善手を取るのならば、美森はありとあらゆるトラップを仕掛けて逃げ道を全部潰して答えへと導く探偵と言う他無い。

 どちらも相手にしたくないが、園子の場合は本人が納得しなくとも、「思い過ごしだ」「勘違いじゃないか?」で煙に巻ける。巻けなくともそれらしい言い訳を出したりする時間を稼ぐことができるし、物理的な時の流れを挟むことで有耶無耶にできる確率はグーンと上がる。

 

 しかし、美森はそうはいかない。

 

 彼女は普段の何気ない会話で情報を逐一集め、確信が持ててから行動に移る。

 

 つまり、美森が行動に出た時はもう詰みの状態だ。

 

 ストーカー心理に近い洞察力に、彼女が犯罪に手を出さない事を祈りつつ、勇者部メンバーの状況を把握するのに彼女からもたらされる情報がどれだけ役に立ったか数え知れない。

 

 それが今、俺を苦しめているんだけど。

 

 美森から仕掛けてこない以上、確証がない状況なのだろう。

 

 どこだ。何処までこちらの事情を知っている?

 

 安芸先生に春信さんは、この件に付いてはこの二人は外されてた筈。こんなんでも今の俺、大赦の派閥争いだか何かに巻き込まれて銘家側の発言権を強めないために、行動を制限されていたりする。

 

 安芸先生に春信さんから俺だけ外された背景がふざけすぎてる。人の敵はやっぱり人なのだ。

 

 でも、安芸先生と春信さん。こちらが引く位優秀だから自力で俺の状況位辿り着いてそうなんだよな~。

 

 勇者たちのバックアップの為の専用の医療機関と勇者システムの研究を中心に取り組む特別独立機関の重席は伊達じゃない。

 

 まだまだ改良の余地があるとはいえ、満開しても代償を支払わなくて済むようにした功績は無視できるものではない。

 

 正確には俺が提案したのを全部銘家側が全面支援してくれた結果なんだけど。大赦の巫女や勇者、防人達に頼るしかない状況なのに、彼女たちに対する姿勢がお世辞にもいいとは言えない状況だったから。

 

 その特殊霊位医療機関『スクナ』を立ち上げて銘家側からかなりの出資出費を惜しみ無く与えられ、安芸先生と春信さん両名と銘家側の発言権強化に繋がった。

 

 

 安芸先生と春信さんがどこまで俺の情報を掴んでいて、どこまで皆に流れてるかわからないからうかつなことを言えない。

 

 まぁ、同化の”ど”の字も知らない世界だから詳しくは知られていないだろうけど、寿命についてはボソッと呟いてしまったことがあるし、俺の遺伝子情報を使って色々人道的・非人道的問わず様々な研究もされてると聞く。クローン技術やゲノム編集技術がそれ程進歩していなくて良かったとマジで思う。

 

 

 何度目かわからないため息をつく。

 

 情報整理と言う名の現実逃避をし、どこまでのカードを切るかに思考を割く。

 

 美森がいる以上、下手にカードを切ると、その場はやり過ごせても後で必ず芋ずる式にばれる。

 

 ついでにここは現実世界とは少し違う世界であることは説明されている。造反神とやらが現れたためらしい。既に何度も造反神側との戦いが起こっている状況なので、必然的に俺も戦いに出なければならない。

 

 俺は戦えば戦うほど寿命と何かしらを差し出している。体温も人間の平均体温の半分に届きそうだし、体重も30kgを切った。日常生活に支障はないが左半身に痺れのようなものが出てるし、左目は視力を失いつつある。不幸中の幸いは、外部からわかる同化現象はおこっていないことだ。

 

 と言うか、本来俺は炭素生命体(人間)ではなくシリコン生命体(ケイ素くん)であるし、フェストゥム側の存在でもある。ファフナー使うのに同化現象抑制拮抗薬必要としないんだけど、やはりニヒトは別格らしい。

 

 流石はザルヴァートルモデル。さすザルだ。

 

 特に、ニヒトの開発コンセプトは敵を一体でも多く道連れにすること。そして、その名に恥じない圧倒的な力を発揮する。更に味方になっても弱体化しないというとんでも仕様(尚、寿命ry)。

 

 まぁ、それに加えて本来俺が使えないSDP現象も扱えているのが大きいだろう。便利な反面、寿命がマッハだ。

 

「わかった。話そう。だが、僕もこの現象については良く分かっていないんだ。それを念頭に置いてくれ」

 

 このままでは埒が明かない。

 

 居心地も悪いし。それに、同化現象の症状は本当に千差万別。共通点と言えば指に付いている指輪跡と瞳が赤くなること以外はマジで共通点は無い。後、末期になると結晶になって砕け消えるいがいは。

 

 それに、俺の知る限り同化現象については遠見先生と剣司以外あんまり腕のいい医師はいない。それらを総合すればマジでわかんないことの方が大きいので嘘にはならない。

 

「……じゃぁアタシから。椿さん。体の動きがおかしかったみたいだけど、何時からですか?」

 

 銀が挙手して口を開く。

 

 やはり、左半身については言い訳できないか。

 

「半年前からだ。予め言っておくが僕には満開のようなシステムは無い。大赦の方からも原因は不明と告げられている」

 

 くどいようだが噓は言っていない。大赦からは本当に原因不明と告げられている。

 

 そのことについてはどんなに皆が何をしてもそれ以上を確認のしようがない。

 

 ただ、大赦上層部側も素直に事実を言ってくれているとも思えないが、少なくとも大赦の上層部にとって俺と言う存在はかなり特別であるらしい。

 俺に対するごますりが乃木家当主や上里家当主よりも態度があからさまだ。

 

 美人を揃えて俺にあてがおうとしたり、とにかくご機嫌取りと(俺に気づかれないようにしているつもりの)監視が付いている辺り何とも言えないよな。

 

 銘家側もこれに対抗して縁談話が絶えないことからも俺と言う存在の重要性が伺える。

 

 何人か怪しい奴らは同化して消したが、何か控えめに言ってアウトなブラックすぎる案件しか出てこないし、相手側が慎重すぎて重要な情報までたどり着けなかった。

 

 ……予測の域を出ないが、大赦は信用できないが、大赦の神樹様に対する言動だけは信用できる。

 

 だから、神樹様がある程度俺に対して特別視するような神託が下りていると考えるのが自然だろう。

 

 少なくとも、ポッと出の正体不明の俺の不興を買わないように動く程度には。

 

 それ程のことをして、俺を取り込もうとしている以上、ここで大赦側が俺に本当のことを告げていないとしても、俺をどうにかし治療しようと本腰を入れているのは確かだ。治療が成功すれば恩が俺に売れる。

 

 大赦上層部側が俺に自分達側につくように交渉する手札にするにはこれ以上ない程効率的だ。

 

 個人的にはその行動力と手間を厭わない情熱を少しでも勇者たちに回していればもう少しいい状況や戦力が整っていたと思うのだが。

 

 

 

 暫く話し合いは続いたが、此方から話せる情報はハッキリ言って全くない。殆どの内容も似たり寄ったりだった。

 

 皆が不満顔であったが、こちらも余り情報は知れなかった。ただ、美森がボソッと「……傷が無い」と言っていたが、何のことだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椿先輩と寝ていた時に、徐に首に付けっぱなしのチョーカーに触れる。

 

 風先輩と同色のチョーカー。余りそう言った物を付けようとは思わなかったけど、お揃いということに密かに憧れと羨ましさがあった。

 

「………あったかい」

 

 椿先輩の体は熱を感じさせない冷たさなのに、チョーカーだけは熱を感じる。

 

「っ!!」

 

 不思議に思ってチョーカーを触れて、外そうとしたとき、私の手に小さな緑色の鉱石の結晶が生える。

 

 鋭い痛みと、異物が入って来る不快感と恐怖で手を離す。

 

 結晶は綺麗に砕け散る。

 

 

 ―――君の名を僕は知らない。

 

 

 椿先輩の声に、意識が戻ったのかと顔を見るが、相変わらず死んだように眠っている。

 

 

 ―――もし、この声を聴くならば。それが、君の運命となる。

 

「記録音声……、このチョーカーから?」

 

 目の前の椿先輩が話していない以上、それ以外に考えられない。

 

 

 ―――僕の名は皆城総士。君がこの声を聞く時、もう僕はこの世にいないだろう。

 

 

 目の前に椿先輩にそっくりな人が居る。

 

 違いがあるとすれば、左目に大きな傷があることくらいだろう。

 

 その人の体に、綺麗な結晶が生えて、どんどんとその面積を広げていく。

 

 あれは椿先輩が武器を使う際に時々出てきたり、背中の羽のような物から伸びる棘のような装甲が刺さった相手を消したり、損傷した場所を瞬時に治したりするので出てきていた光景だ。

 

 なのにどうして、こうも不安に駆られるのだろうか。

 

 胸が締め付けられるのだろうか。

 

 恐怖がこみ上げて来るのだろうか。

 

 

 ―――これが辿り着いた未来。

 

 

 その答えは、椿先輩にそっくりな人が口にした。

 

 

 ―――存在が消える恐怖。痛みの後継か。怖いか? ニヒト。……僕もだ。

 

 

 微かに震える声音で告げられる言葉。

 

 その言葉を最後に、結晶が全身を覆い、パリーンと砕け散る。

 

 その光景は悲しいほど幻想的で………。

 

 砕け散った場所には、もう何も存在しない。

 

 

 

 

「っ!! ……夢?」

 

 ハッとして目の前を見る。

 

 さっきの光景はいったい?

 

 夢とは思えないあの感覚。椿先輩にそっくりだったあの人物の諦めが、後悔が、痛みが、そして、恐怖を我がことのように感じた。

 

 

 取り敢えず、椿先輩の体に結晶が生えていないかを急いで確認した。

 

 夢の中のように結晶が生えていないのを確認して、いつの間にか眠っていたらしいと結論づけた。

 

 安堵のため息をつくと同時に、椿先輩の安否確認の為とは言え、身にまとう患者服を脱がせる事をしでかした自分の行動に、今更ながらに羞恥心が芽生えた。

 

「幾ら椿先輩に勇者部皆で将来を誓ったからと言えど、段階と言うものがあるはずよ! それなのにこんな、夜這いのような行動までするなんて、わ、私ったらなんて破廉恥な!」

 

 一通り羞恥心に悶えた後、自分が夢見が悪くて冷や汗で全身が濡れていることに気が付いた。

 

 このままでは風邪をひいてしまうので、着替えることにした。

 

 

 それにしても、椿先輩の体は相変わらず()()()()()()()()のを思い出し思わずにゴクリと喉を鳴らしてしまい、再び湧き上がってきた羞恥心を誤魔化すために急いで椿先輩の寝ているベッドから下りて、カーテンを敷く。

 

 ベッドから降りた際、美森の寝間着として使っている和服から()()()()()が落ちたのだが、湧き上がる羞恥心と、夜の暗がりで気が付くことは無かった。




ニヒト「ニヤリ」

ニヒトが無言でアップを始めた。


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思い

 目覚めた世界で奇跡が起こった。

 

 この世界そのものに充分驚いたつもりで居たが、それ以上に驚くことがあるとは。

 

 そして、世界の悪意を知った。

 

 あれ程会いたいと願った母親たちの一人に再会できた。

 

 それは確かに叶ったが、俺の願った再会では無かった。

 

 上里ひなた……。

 

 俺の母さんの一人。

 

 再会したたひなた母さんはどこの時間軸から来たのかは不明だが、俺の知り得るひなた母さんよりも若く、幼い印象を受ける姿だった。

 

 まぁ、俺が神世紀297年に飛ばされる前の時点で20代後半だったので、若いのは若いのだが……。

 

 母さんは俺を知らなかった。

 

 取り乱しそうになったが、何とか冷静に対処できた…………筈だ。

 

 咄嗟に自分の事を言おうとしたが、寸でのところでこらえることができた。

 

 どの位ここで過ごすのかはわからないが、今後のことを考えると俺が息子ということは伏せていた方が円滑に進む。

 

 なりふり構わず縋り付いて泣き叫びたい衝動を堪え、普段通りを演じる。

 

 ひなた母さんは巫女としての能力故か、生まれ持った才能か。育った環境がそうさせたのかはわからないが、人の感情と言うものにとても敏感だ。

 

 おそらく、こちらが動揺しているのはバレているだろう。

 

 園子がこちらを心配そうな様子でチラチラとこちらを見ているが、そちらに対応する余裕は無かった。

 

 幸いにも、ひなた母さんはその事について指摘、追求することはしなかった。

 

 一刻も早くこの場から離れたい一心で、体調がすぐれないから帰る旨を伝える。

 

 病み上がりと言うこともあり皆が気を利かせてくれた。友奈が看病すると声をあげたことによりひなた母さんを除く全員が付いてきそうだったのを、何とかそれらしい事を言って誤魔化す。

 

 

 ―――今は、独りになりたかった。

 

 

 心の中で願ったそれが通じたのか、皆は不服そうではあるが下がってくれた。

 

 その代わりに、具合が悪化したら直ぐに皆に伝えるように何度か念を押された。

 

 

 

 大赦の用意したマンションに帰る。

 

 一年ぶりに帰った時は、埃だらけだろうから掃除をしなければと思っていたが、塵一つ無かった。

 

 どうやら、俺が昏睡状態の間大赦の人が掃除しておいてくれたらしい。

 

 正直助かりはしたが、素直に感謝する気にはなれなかった。だって、大赦だし。痛くもないが、腹を探られていい気分になる奴はいないだろう。

 

 ベッドに身を投げ出し、大きく息をつく。

 

 隠してある板を横にずらすと、写真が何枚か置いてあるだけのスペースが出て来る。

 

 何故か、ニヒトに収納されていたそれぞれの母さん達との写真が一枚ずつ。面倒を見てくれた近所の姉さん達との写真が一枚ずつ。

 

 全員の集合写真が一枚。

 

 そして―――、

 

 かつての存在と思われる存在(おそらく父さん)と若い母さん達と、姉さん達の集合写真が一枚。

 

 皆、楽しそうに、そして幸せそうに笑っている。

 

 ああ、恐らくひなた母さんは俺の容姿がかつての存在(父さん)にそっくりだから動揺したのだろう。

 

 俺も友奈の顔を見た時はとても驚いた覚えがある。

 

 

 やはり、言わなくて、思いとどまれて正解だった。

 

 父親と思われる人物の集合写真の中に写る若き母親たちとそう変わらない容姿なのを再確認して思う。

 

 この胸の痛みと、言葉にできない思いにを我慢すれば全てが丸く収まる。

 

 なに、常に我慢する必要はない。

 

 母さんと、勇者達と会わない時間にこの思いを消化できればいい。

 

 

 痛みは、生きるためには必要不可欠で、俺と言う存在を語るには無くては成らないものだ。

 

「う゛う゛ぅ」

 

 色々頭の中で言い訳を並べて、涙を流す。

 

 良かった。何とかみんなの前では我慢できた。

 

 堰を切ったように次々と流れ続ける涙。

 

「ツッキー……先輩?」

 

 不意に聞き覚えのある。しかし、今聞こえる筈のない声に心臓が鷲掴みにされた様な感覚になり、急いで涙を拭いつつ、持っている写真を戻して振り返りながら板を戻す。

 

「園子、どうやって入って来たんだ」

 

 少し鼻声になってしまうが、普段通りに話せていると思う。

 

 園子は何も言葉を発さず、ベッドに上がってくる。

 

「お、おい。そのk」

 

 最後まで言い終わる前に園子の胸に抱きしめられる。

 

 離すように言おうともがくが、抱きしめる力が強くなる一方だ。

 

 ………困ったな。

 

 俺は園子が苦手なのだ。

 

 それは、園子に落ち度があるわけではない。俺の個人的且つ、幼稚な理由からだ。

 

 俺の母さん達の一人。その中でも一番発言権を持つ乃木若葉に良く似ている……と言う理由が一つ。

 

 性格面こそひなた母さんに似ているが、ふとした拍子に見せる仕草が母さんと同じなのだ。

 

 そう言った意味では、今はひなた母さん以上に会いたくない人物でもある。

 

 考えてみて欲しい。

 

 勇者部のメンバーには言っていないことだが、俺は園子の先祖に当たる存在だ。それが、子孫の……それも女の子に宥めてもらうと言うのは気が引ける。

 しかも、理由が母の面影を求めてとか、情けなさすぎるだろう。

 

 下らない意地を張り続けなければ、全てが崩れてしまいそうな恐怖。

 

 それは、抑圧されていた時間が長ければ長い程制御が利かなくなる。

 

 俺としては“()”に対する覚悟、或いは折り合いを付けたかった。

 

 そのための残りの3年間であった筈なのだが、予想外のことで1年を無駄に浪費してしまった。

 

 大赦から説明されたこの世界での御役目も聞かされている。

 

 必然的に戦わなくてはならない。同化現象は戦う時間が長ければ長いほど進行する。

 

 その為の感情整理の時間が欲しかった。

 

 最早余命2年はこちらの希望的観測に希望的数値を含めた時間でしかない。

 

 1年半生きられれば充分長生きしたと言える。

 

 

 このままで居たら、その理不尽の全てを園子にぶつけてしまいそうで怖い。

 

 それだけは一人の人間としてやってはいけない。結果的に彼女達は治りはしたが、彼女は違った意味で2年間と言う時間、恐怖に震え、涙し、世界を呪い、あの薄暗い寂しい部屋で泣き続けた少女の一人である。

 

 ベクトルこそ違えど、世界の理不尽を叫び、恐怖し、怒りを抱いたこの同じ胸の痛みと激情をぶつけることだけはしてはならない。

 

 必死に激情を抑え込むことにのみ全神経を集中する。

 

 皆城総士の天才症候群がここで役に立つとは………。

 

 

 園子は何かを聞き出そうとすることは無く、唯々優しく。けれど決して離さないように抱きしめながら、撫で続ける。

 

 

 久しく感じていなかったぬくもりに安堵の思い。

 

 

 病院で目が覚めてから検査を数日して退院したが、余り眠れなかった。

 

 眠れば、再び目覚める保証は無かった。

 

 自分にも まだ 明日があることをただ祈っている毎日。

 

 少なくとも、患者に処方できる一番強い睡眠導入剤を飲んで一時間ウトウトしたか? と言うくらいには精神的不安が大きい。

 

 

 そう言えば、小さい頃は母さん達は俺を抱き枕にして寝ることが当たり前だった。

 

 こちらとしても、恥ずかしさこそあったものの、嬉しかったのも事実だ。

 

 ………監禁状態でなければ、と枕詞が付くが。

 

 

 懐かしい感覚にいつの間にか意識は無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やか……であればどれだけ良かったことか。

 

 園子は大人しくなった最愛の人の寝顔を見る。

 

 眉間に深く刻まれた皺を見て、言い表すこととのできない怒りと空しさ。

 

 

 微かに震えている体に、死人のように温かさを失った彼。

 

 

 その事実に悲しさと無力感で涙が出た。

 

 

 彼と言う存在は乃木園子と言う存在にとっての救いであり、神そのものだ。

 

 一番最初にできた年上だけど初めてのお友達。

 

 乃木の娘ではなく、園子と言う一人の少女を見つめてくれた。

 

 それは、今まで体験したことのない新鮮な感覚で、テンションが振り切れて、途中から雑な扱いをされることですら私にとって嬉しいことだった。

 対等で気負いなく言葉や態度を交わすそれは、乃木園子の中では御伽噺(物語)の世界でしか無かったから。

 

 二人の得難い親友も彼を通して得た。それは御役目がらみだったけど、わっしーもミノさんもとても良い娘だった。

 皆が彼に好意を向けているのは少しモヤモヤしたけど、それだけ彼が魅力的だからだと納得をした。

 

 一緒に樹海で戦うこともしているため、その苦楽と恐怖を理解できる存在であったのも大きい。

 

 そして、大橋での戦い。

 

 常に彼の戦いの足を引っ張っている感が否めない状況での勇者システムのアップデート。それに伴う新しいシステム”満開”が追加された事で喜んでいた。これで彼に近づけると。

 

 彼の使わない方が良いと言う助言を聞かず、皆で使ってしまった。

 

 今までにないくらいの力を発揮して、戦いを圧倒的有利に事が運んだ後、満開が解除された時に悲劇が起こった。

 

 わっしーが「ここはどこ? あなたたちは誰? ……ですか?」と困惑気味に聞いてきた。

 

 ミノさんも私も体の異常を感じたところで意識を失い、薄気味悪い部屋で目覚めた。

 

 ツッキー先輩が目覚めた私達に説明してくれた。満開の代償、散華の事を。わっしーのことも。

 

 唯々悲しかった。辛かった。その怒りを、不満を、不安を、恐怖を私達は彼にぶつけてしまった。

 

 ―――”その事について、言い訳するつもりはない”。

 

 超然とした態度でいることに更に怒りが爆発してしまった。

 

 来る日も来る日も、酷いことを言ってしまった。母親も父親すらも来てくれないこの牢獄の中ではそれしか出来なかった。

 

 そして、何時ものように彼は見舞いの花とケーキを持って来た。それを払いのけた時に事は起きた。

 

 彼は大量の血を吐いて倒れた。私達の目の前で。

 

 流石に驚いて、直ぐに大赦の人をナースコールで呼び出した。

 

 駆け付けた大赦の人たちが慌ただしく彼を運んでいくのを見ているしかできなくて。

 

 安芸先生が残って状況を説明してくれた。

 

 予測の域を出ないが、私達とは別に何かしらの代償を支払っている可能性が高い、と。

 

 頭に冷水をかけられた感覚だった。血の気が一気に引き、体が震えた。夥しく床を染める命の色は、明らかに異常な量だ。

 

 相当の代価を支払っている、と言うのはそれだけで嫌と言うほどわかってしまう。それこそ、命にかかわる程の物を。

 

 そして、彼には命を守ってくれる精霊が付いていないことも。

 

 彼も辛いのに、私達は彼に辛く当たってしまった。悔やんでも悔み切れない。

 

 

 それから、彼は暫く私達の前に姿を現さなかった。精霊を使って、夢に呼び出そうにも、彼だけはどうやっても呼び出すことが出来なかった。

 

 そのことが、私の後悔と罪悪感を加速させた。

 

 彼に謝りたかった。彼をわかった気でいた私自身が恥ずかしかった。彼の優しさと寛容さに甘んじる己の浅ましさに嫌気がさした。

 

 最愛の人の苦しむ姿に、自分と言う存在は何も役に立たない。

 

 彼の役に立ちたかった。

 

 あの日からずっと考えていた。どうすれば彼の役に立てるかを。

 

 彼はあの時、自分が責められるように動いていた。自分だって辛いのに、そんなこと一切私達に悟られること無く、何も落度もない彼は私達の酷いことを全てを受け止めていた。

 

 ならば、今度はその立ち位置に私が成るべきだろう。

 

 勇者部のメンバーとひなタンに噓を付いて彼の後を付けてきた。

 

 部室を出る際、ミノさんが凄く小さい声で「無理だけはするなよ」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。

 

 彼の周りにきな臭い奴らがたむろしていることにも起因する焦りがあった。

 

 そいつらに()()()してツッキー先輩から遠ざけたけど、未だ奴らの目的が何なのかつかめていない。

 

 それでも諦め悪く、大赦の連中がツッキー先輩の家にちょくちょく隠しカメラや盗聴器の類を仕掛けていることも気掛かりだ。

 

 そんなことを考えながら、勝手に作った合鍵で玄関を開ける。

 

 

 彼の家は相変わらず、必要最低限の物に届いているのかも怪しい物の少なさ。

 

 生活感をほぼ感じさせない光景を焦る気持ちで眺めていると、すすり泣くような声がした。

 

 

 宥めて眠ってしまった彼の頭をもう一度撫でる。

 

 少し、残念に思う自分が居る。

 この思いが報われることは無いことを。それでも、身勝手だと理解しているけど、私の胸に秘めたる思いは既に私をバケモノへと変化させてしまっていた。

 

 彼の一番になる資格も権利も、二年前の私が破棄してしまった。

 

 だから、一番になれないのはわかってる。けど、彼の中から私が消されるのは、繋がりを絶たれるのは何を犠牲にしても何を差出しても避けたい。

 

 その繋がりが、自分の思い描く物では無い、憎しみや怒りだとしても。

 

 都合のいい女で良いから、彼との繋がりを保ち続けたかった。何なら、今日この場で純潔を彼に捧げるつもりでいた。

 

 世間一般で言う宥めックスを期待していた自分の浅ましさに再び自傷気味に笑いつつ、頭を切り替える。

 

 結局、事はわからず仕舞い。ただ、これ程まで彼が何かに追い詰められているのは確かだった。

 

 彼の医療カルテやデータは既に私を通して、銘家側が圧力をかけて手に入れている。

 

 が、それが全てのデータだと思うほど大赦の連中を信じてもいなければ、頭の中がお花畑でもない。

 

 ちょっとでも情報が欲しくて、彼の家の中を漁る。

 

 薬の類が多い。

 

 殆どが痛み止めの類。

 

 新しく貰ったと思われる薬には、睡眠導入剤に抗うつ薬が多い。

 

 薬の説明書を読み、一応、スマホで写真を撮って安芸先生に送る。

 

 

 ―――ふと、

 

 

 髪の毛の長い綺麗な女の子がこちらを見つめているのに気が付いた。

 

 気配すら感じず、訝しむ。

 

 目の前の少女が人間で無いことを直感で理解した。

 

 

 ―――あなたは、あの子を何で祝福するの?

 

 小学生くらいの小さな少女。

 その少女に差し出された手をまじまじと見つめる。

 

「……祝福って何? 何を知ってるのかな?」

 

 自分の口から出た言葉が思いの外低くて、自分でもビックリする。

 

 

 ―――言葉のままの意味だよ。あなたたちがあの子に押し付けた痛み。それをあの子が受け止めたのは、かつてのこあの子が痛みにより自我を確立したから。

 

 背を向けて言葉を続ける目の前の少女。

 

 ―――罪悪感で歩みを止めるのは構わないけど、その自己満足にあの子を巻き込むのはダメ。それは、あの子の存在(行い)を冒涜する行為。それだけは許さない。

 

 振り返る少女の顔は優しい笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

 

「……何処まで、知ってるの?」

 

 自然と言葉に敵意を含ませてしまう。強く睨んでいるのも自覚している。

 

 最初に問いかけた言葉と重複してしまう。

 

 

 ―――それはどっちの意味? まぁ、どっちも知ってるんだけどね。貴女のことも、あの子の事も。改めて、何が知りたい? ああ、そうそう。忘れるところだった。私の名前は皆城乙姫(つばき)。かつてのあの子の妹であり、今は叔母に当たる存在だよ。

 

「つ…ばき?」

 

 ―――そう、乙姫。

 

 それが、彼女との初めての対面だった。



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訣別

 この世界に来てからの戦闘に俺は不参加だった。

 

 理由は本調子ではないだろうからと言う皆のお節介だ。

 

 何らかの理由で勇者になれない園子と銀と、ひなた母さんと部室で皆の帰りを待つ時間が続いた。

 

 その事に少し安堵している自分に嫌悪と皆に対する後ろめたさが募る。

 

 流石は神樹様の中と言うべきか、不思議なことが起こる。

 

 小さい先代勇者組(俺を除く)が来たり、初代勇者である母さん達に姉さんズに、人数こそ少ないが戦闘力が頭一つ飛び出ている防人達を含め、勇者部は着々と勢力を拡大していっている。

 

 完全な余談だが、勇者に対する尊敬の念が強すぎる亜耶は先代勇者と共に戦っていた俺を勇者としてカウントし、初対面の時に土下座して挨拶をしてきたのだ。で、どうなることやらと思っていたら案の定、勇者達に土下座をかました。少し解せないのはその後すぐに打ち解けたことだ。

 いや……まぁ、いいことなんだが、亜耶はどこか俺を神聖視している節があり、未だにそれが抜けきらないのだ。

 不公平だとは思わんか? 後、どことなくミツヒロ連想させるんで本当に止めていただきたい。「世界の勇者を私が殺す!」とか言い出さないだろうな…マジでシャレにならんのだが。

 

 

 それはさておき。

 

 

 風が勇者部の部長として頑張っている樹の姿に涙を流したり、「あたしはお役御免かね?」と言っていたので、「引退だな……お互いに」と何時ぞや口にした言葉を言うと、「あたしはまだ、樹と離れるつもりはさらさらない!」と返ってきた。

 それに苦笑いしていたら風から「あんたとも、離れる気は無いわよ」と真顔で返ってきたのに驚いて焦った。

 その一言に初代勇者部メンバーの空気が少し重苦しい物になりそうだったので、咄嗟に「それは告白と受け取って良いのか? 風」と言うと風は顔を真っ赤にして否定する。

 

 何故か芽吹が殺気立ち、夕海子は何かメラメラ燃えだし、しずくコンビが騒がしくなり、亜耶は頬をリスのように膨らませてる。それらの雰囲気にビビッてる加賀城……は、何時ものことか。

 

 空気は別の意味で変わってしまったが、茶化したことで俺が何か隠していると感じられる雰囲気は誤魔化せたはずだ。

 

 それとは別に、防人達と初代勇者部メンバーの間に溝のような物を感じる。修正とテコ入れが必要だ。

 

 

 後は、家に帰るたびに、サラダと肉ぶっかけうどんが用意されるようになった。鍋には出汁の効いた醤油ベースの汁も置かれている。

 大赦の奴らなら、もっとバランスのとれた食事を用意する。何なら一流シェフを派遣するので大赦の連中ではない。

 

 勇者部メンバーの誰か、と言う線も無さそうだ。

 

 毒とかは入ってなさそうなので一応食べている。

 

 半月程代わり映えしないこの食事をしていたら、定期的に様子を見に来る初代勇者部メンバーにバレたらしく、順番を決めて交代制で夕食を作りに来るようになった。

 

 何なら、園子と銀は両隣に引っ越してきた。

 

 朝食は園子か銀が作り、3人で食べるのが最近の日常になりつつある。

 

 所で、俺は2人に鍵を渡した覚えが無い。今度、鍵を付け替えるべきだろうと頭の片隅で考えながら今日の予定を確認する。

 

「椿さん、前々から気になってたんですけどその指のそれ………どうしたんですか?」

 

 最近、EXODUSのオープニングで一騎が手を見てるのヨロシク、同じ事をして物思いに耽る事が多くなっていた。

 

 実際、感慨深いものではあるし。

 

 ニーベリングの指輪跡。ファフナーと脳を繋ぐために神経を繋ぐ必要がある。その神経が一番外部に近い場所であり、且つ、脳以外で多く集中している数少ない場所………それが指なのだ。

 

 そして、指輪跡はファフナーを動かすうえで一番最初に現れる同化現象なのだ。

 

 ファフナー登場歴が短ければ直ぐに消えるらしいが、歴戦のパイロットとなるとこれは消えないことから小説ではエースの証と表現されている。

 

 俺のニヒトは、最早ファフナーではなくパワードスーツ……デザイン的には防人の戦闘衣装に近い物になっているので指輪をしているような感覚は皆無なんだが、何故かくっきりついている。

 

 普段、指輪をしていない奴がこんなにくっきり跡付けているのは確かに怪しいだろう。しかも、左右の全部の指に。

 

 気が付けば園子が小説でも書いているであろうノートパソコンのキーを押すタイピング音が消えていた。

 

 空気が変わったのを感じつつ、ここで誤魔化して話が拗れるのは悪手だろうと思い、話すことにした。

 

 話したところで問題ない内容でもあるし。

 

 ニーベリングの指輪について。

 

 銀は余り理解できていないような様子だが、腕を組んで必死に理解しようと首を傾げつつもブツブツ小声で何かしらを呟き、園子が眉間に魔皺を寄せている。いつもなら結構事態が逼迫してても「ムムム~」と間延びしたゆっくりとした口調で惚けたり茶化したりするのだが、それがないのが不気味だ。

 

 別に話しても構わない内容だから話したのだが、少し早計だったか? 無論のこと、同化現象と言う言葉は伏せたが不安になる。

 

 一瞬、園子へ耳打ちしている黒髪の少女が見えた気がして二度見してしまったが見間違いだろう。

 

 黒髪の少女は頭のネジが取れかかった国防少女が二人と写真を撮るのが趣味の若葉母さん狂いが居るのでお腹一杯だ。黒髪の奴は皆やばい奴と言う法則でもあるのだろうか? 千景母さんも地雷臭しかしないし。

 

 

 後、この間何故か友奈の精霊である牛鬼増殖事件で牛鬼が二匹(で良いんだろうか?)に増えていた。

 

 皆は「まぁ、そんなこともあるよね」で結構軽く流していたが、友奈に異変が起きていないかが心配だ。満開と言う前例もある。

 この世界ではデメリットなく力を使えると言うひなた母さんの言を信じないわけではないが、例外と言うのは必ず存在する。それにひなた母さんは噓は言わないが、本当のことも言わなかったり、ミスリードをさせて目的を有耶無耶にすることは多々ある。

 

 仲間意識は強いし、優しく面倒見も良く、愛情深い人ではある。でも、若葉母さん以外に対しては割とあっさりで残酷な一面も持ち合わせているのを()()は知っている。

 

 そのあっさり切り捨てられる側に()()が入っていることも含めて。

 

 

 

 ………部室に行くのが少し、怖いかな。

 

 

 風とボクは讃州中学を卒業した筈だが、中三をやり直している。

 

 他の皆も学年は上がっていないそうだ。

 

 そんな訳で学校に一応来てはいるが、自分のことで精一杯な状況で授業を受けている余裕なんか持てなかった。

 

 造反神からある程度土地を取り返したことで、そろそろ攻勢に出てもいいかもしれない。

 

 

 屋上で缶コーヒーを飲みながらぼんやりと考える。

 

 

  グイグイッ

 

 

 増えた牛鬼の一匹はいつの間にかボクの近くに居ることが何故か多い。その牛鬼が友奈が渡したであろう好物のビーフジャーキーをボクの頬にグイグイ押し付けてくる。

 

 ゲドーメッ!

 

 差し出されたビーフジャーキーの代わりに何故か夏凛の精霊の義輝がもごもごされてる……見なかったことにしよう。

 

 そう言えば、いつの間にかボクの家に侵食しつつある園子の私物のサンチョも何匹か犠牲になっていた。

 

 そして、震え続けるスマホ。

 

 画面を見てみると、皆からのメッセージが結構来ていた。

 

 どうやら、風経由でボクがさぼっているのが広まっているらしい。

 

 と言うか風よ、授業中にメッセージ送ってくんなよ。怒られんぞ。

 

 皆も律儀に返信してんなよ、暇なのか?

 

 

 取り敢えず、電源を切っておこう。

 

 

 昼間の学校なのに静かだ。ポケットに手を突っ込んで短冊を取り出す。

 

 この間勇者部への依頼で小さな銀が笹を貰って来たので皆がせっかくだからと皆で短冊に願い事を書いて部室に飾った。

 

 その折、平成の勇者達の反応に少し違和感を覚えて、慌てて謝罪しに行ったものだ。

 

 ボクは外に出れなかったから知り得なかったが、神世紀初頭ではまだ天空恐怖症候群……天恐が社会問題になっていたのを思い出したからだ。

 

 その謝罪を偶々聞いてしまった小さな銀が責任を感じてしまい一悶着あったがそれは置いておこう。

 

 その時、何でも書いていいと言われて無意識に「生きたい」と書いてしまい、友奈と美森が覗こうとして反射的に握りつぶしてしまった短冊。

 

 エグゾダスの一騎はこんな気持ちだったのかと思わずに苦笑いし、その時の握りつぶした短冊の内容について風が聞き出そうとして茶化し、いじってきた時に美森が風を凄い顔で睨んでいたのが気掛かりだ。

 

 結局、それとは別の短冊の表に「皆が幸福(幸せ)でありますように」と書き、裏には「生きる」と書いて笹に吊るした。

 

 「生きたい」と書かれたその短冊を見つめて物思いに耽る。

 

 部室に捨てる訳には行かず、さりとて家で捨てるにもリスクがある。

 

 と、言う言い訳を並べるが、実際のところただ何となく捨てるタイミングを失っているだけだ。毎回忘れているだけとも言う。

 

「こんな所に居たんですか、椿さm……先輩! さぼりは良くないと思います!」

 

 空気をぶち壊すように場違いな声がする。

 

「ボクにも気乗りしない日の100日や200日はある」

 

「一年間の大体じゃないですか」

 

 言葉とは裏腹に、呆れを少しも感じさせない声音に驚きを覚える。

 

「そう言う君も人のことは言えないだろう」

 

「ええと、その…アハハ」

 

 笑って誤魔化す彼女。傍にいる()()()()全く反応しなかった(ふれない)彼女を不審に思いながらも、何となく……その場の気分で指摘することはしなかった。

 

「………近くないか?」

 

「? 普通じゃないですか?」

 

「そ、そうか」

 

 ベッタリくっつき、もたれかかるような態勢になったから問いかけたのだが、それに違和感を持つことなく何言っているんだこいつみたいな目で見られながらの返答に思わずに納得の声を発してしまったが、ボクは絶対に間違っていない。

 

 取り敢えず、そのまま彼女に寄り添われる形で引っ付かれて時が過ぎる。距離が物理的にゼロなので彼女の胸が押し付けられている。童貞のボクには厳しいものがある。

 他にも余りくっつかれたくない理由があるのだが、何度か距離を開けようと動いた結果、それが煩わしかったのか彼女は真後ろに周り抱きついてきた。

 

 のんびりとした時間だけが過ぎる。

 

 どれだけ時間が経ったのかわからないが、彼女の心音と温もり(そんざい)を確かに感じてウトウトしていたら、彼女が離れたのでそちらを見る。

 

「もういいのか?」

 

 その問いは抱きしめていた手がほんの少し……微かに震えていたのがわかったからだ。

 

 少し皮肉気に聞こえてしまっただろうかと思ったが裏のない笑顔が返ってきたで杞憂だったようだ。

 

「はい! 元気、頂きました! 椿先輩も余りさぼっちゃダメですよ!」

 

「善処しよう」

 

「そこはわかったって頷く場所じゃないですか?」

 

「無茶を言うな」

 

 そう言い合って、互いに少し吹き出し笑う。久しぶりの感覚だ。

 

 「約束ですよ~」と再度釘をさす言葉を言うと彼女は屋上を後にしようとして、扉の前でいったん止まり、「緋色、舞うよ」と小さく呟き今度こそ屋上から出ていった。

 一瞬立ち止まったのは何だったのだろうか? ボクには知り得ない。

 

「………世界には同じ顔が3人は居ると言うが、本当にいるものだな」

 

 正確に言うならば、存在する時間軸が違うので正しくはないのだが心境は似たようなものだろう。

 

「声まで同じだもんな」

 

 そう呟いた言葉は休み時間を告げる鐘の音にかき消される。

 

 

 

 

 放課後、勇者部の部室にて質問攻めにされ、それについて言い訳を並べる。

 

 ボクのことを異様に気にする風達に理由を知っていて苦笑いをするひなた母さんを除く防人達と平成の勇者達、先代勇者達が困惑の雰囲気を醸し出している。

 

 慌てて、強引に話題を逸らす。

 

 今日はひなた母さんに大事な話があると勇者に巫女、防人達に集合がかけられたのだ。

 

 戦力が整った今、攻勢に出るべきか今しばらく守備に徹するか。

 

 やはりと言うべきか、攻勢派と守勢派にわかれた。とは言っても守勢派が殆どを占めている。

 

 正確には全員が守勢派なのだが、敵を知ることが味方の安全に繋がると言う考えが少なからず頭脳派労働組の頭の片隅に存在した。

 

 ボクも守勢を選びたくはあるが、敵地に責める以上どの位敵がいるのか、罠はないか。

 

 陽動はできるか、敵の能力は? 等の情報が少しでも欲しいからこその威力偵察のような物が必要だと訴える。

 

 どの道、何時かは攻勢に出なければこの戦いの終わりは来ない。この戦いは四国を取り戻し、造反神を鎮める戦いなのだ。

 

 その訴えに美森と雪花姉さんが同調、球子母さんも同調しかけたが、杏母さんとひなた母さんの言に秒で手の平を返した。

 

 意見がまとまらない中、神樹様の神託の言葉が出たことで、大勢が決した。

 

 最後までこちらに付いていた美森に神樹様の神託が如何に大切かをひなた母さんが実体験を交えながら話、美森もそれならばと鉾を納めたのだ。

 

 

 小さな違和感を覚えながらも、ボクは威力偵察の必要性を最後まで訴える。

 

「これは決定事項です。幾ら精霊バリアがあるとは言え、下手をすれば()()()しまうかもしれないんですよ!」

 

 多少言葉尻を強めて叱りつけるような言葉がひなた母さんの口から発される。

 

 それは正しいだろう。

 

 心が冷えていく。

 

 

 ―――ああ、()()()()とは分かり合えない。

 

 

 漠然とそんな思いが心を蝕む。

 

 

 

 自分の中で何かが壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分だけわかったような! 綺麗事を言うな! あんたは()()()そうだ!」

 

 椿の怒号が部室に響く。

 

 確かに主張のしあいは白熱していたが、普段理知的な彼とは思えないただの怒りに任せた声に皆が目を白黒させている。

 

「ちょ、椿! 一旦落ち着きなさいよ」

 

「ボクは冷静だ!!」

 

 間髪入れずに返される返答は、明らかに冷静ではない。

 

「ボク一人で行く。……それならば文句はないだろう!」

 

「ちょ、椿!!」

 

 すごい勢いで部室から出ていく椿を園子と銀が一拍遅れて追いかけていく。

 

 皆が啞然とする中、いちはやく現実に戻ったあたしは雑に頭をかく。

 

「どうしちゃったのよ。……椿の奴」

 

 元々、世間知らずで少しずれてる所はあったけど、最近は輪をかけておかしかった。

 

「取り敢えず、椿はあの2人に任せましょう」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 最近、成長著しく物おじしなくなってきたと思っていたMYシスターが弱々しくあたしに近づいてくる。

 

 全く、しょうがないわね。

 

 あたしは「大丈夫よ」と頭を撫でながらあやすように言うが、表情は晴れることがない。

 

「彼は……、何時もああなのか?」

 

 若葉からそう問いかけが来る。

 

 そう言えば西暦組は椿と事務的なかかわり以外は消極的で、椿をどこか避けている節があった。

 

 まぁ、椿が勇者部の黒一転だからというのも少なからずあるだろう。

 

「いいえ、冷静で理知的な人よ。………ここまで声を荒げたのは初めてのことで私達もびっくりしてるわ」

 

「……そうか」

 

 東郷がどこかソワソワしながら答える。それを友奈が横に立ちながら背中をさすってあげている。

 

 こっちもこっちで挙動のおかしさに拍車がかかってるし。

 

 それにしても、椿はひなたに対して言った言葉にあたしの女子力が反応した。

 

「ひなたって椿と仲が良かったの?」

 

 できるだけ笑顔で話しかけたつもりだが、ひなたの顔が引きつり、加賀城がビビッてるがどうかしたのかしら?

 

「い、いえ。彼とは本当に事務的に2、3言交わす以外の関わりを持ってませんので」

 

 どこか困惑しつつ言葉を返すひなたは噓をついてはいないようだ。

 

「あれ? 何か落ちていませんか?」

 

 部の入り口にはクシャっとなった紙が落ちているのを見つけ、国土が拾い上げる。

 

「これは、この前お願い事を書いた短冊ですかね? ………えっ?」

 

「その色、……まさか! ……風先輩、ダメ! それは椿先輩の」

 

 困惑の声が国土から発せられ、東郷も反応した。

 

 あたしは純粋な好奇心とこの部内に漂う空気をぶち壊すために軽い気持ちで「なんて書いてあるのよ」と言いつつ短冊を見ようとして、東郷が悲鳴じみた声をあげて国土が持っている短冊を奪おうとしたがあたしが内容を読む方が速かった。

 

「えっ?」

 

 短冊に書かれた内容はとってもシンプルで「生きたい」と書かれていて、東郷の口から出た名前は椿で、椿は3ヶ月前まで昏睡状態で……。

 

 頭が真っ白になる。そんな、だって、こんな。

 

 否定の言葉を求めて口が開く。さっきまで何ともなかったが喉が酷く乾いたように声が出しずらい。

 

「東郷……これ」

 

 やっとの思いで搾り出した声は拙くて、それでも救いを求めて東郷に問いかけた。否定してほしいと言う願いを込めて。

 東郷は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら俯くだけ。

 

 つまり、そう言うことなのだ。

 

 椿を追いかけるために部室を出ようとして、敵襲を告げる警報が響く。

 

「ッ!! こんな時に!!」

 

 取り敢えず、このどうしようもない気持ちを敵にぶつけて憂さ晴らしをすることにした。




 屋上で出会った人物は一体何嶺さん家の友奈さんなのだろうか?

 キャラが濃いゆゆゆいだけど、その中でも黒髪の人はいろんな意味でぶっ飛んでるような気がする、しない? ああ、そう。

 尚、椿は知らないだけで芽吹も色々病んでるもよう。


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悪役

 何時だか、銘家の”銘”は「名」の方じゃね? と言う意見が来たけど


 大社が大赦に名前を変えたように名家も銘家に変わったんだよ、きっと。

 っというのは流石に冗談で、

 大赦が、初代勇者達が組織の中枢に入って来たのが気に食わなくって勇者をその家産の銘柄(商品)に例えた皮肉から銘家になりました。この小説では。なので、(間違いでは)ないです。


 皆城椿………彼には悪いが私は、私達は彼が苦手だ。

 

 総士さんに瓜二つと言うだけではなく、彼とほとんど変わらない仕草をする。

 

 その仕草の中にひなたと同じ癖を見た時の言葉にできない複雑な気持ち。

 

 思わずにひなたを睨んでしまったのはなぜだろうか? 自分のことなのに未だに理解しえないことである。

 

 この世界の事と風さん達未来のメンバーと仲がいいことから未来から来たことはわかるんだが、彼らとのやり取りを見ていると胸の辺りがムカムカして、口の中が甘くなるような気がする。

 

 それとは別に、総士さんにそっくりすぎて他の女性と仲良くしてるのを見てると胸が締め付けられるような苦しさと、ズキリとした鈍い痛みと切なさがこみ上げてくる。

 

 皆城と言う姓からわかるように彼は総士さんの子孫なのだろう。

 

 彼は誰と結ばれたのだろうか? 等々、色々理由がある。

 

 中でも一番大きな理由は単純に彼と接しずらい、というのも大きくはある。まぁ、それは彼が悪いわけではなく、完全に私達側に原因があるわけだが。

 

 左目の傷の有無以外総士さんと同じすぎて、彼と接しているのではなく、総士さんと接している気持ちになってしまう。彼を彼として見ていないと言う罪悪感と後ろめたさに駆られてしまうのだ。

 

 他にも様々な理由があるが平成から来たメンバーは雪花と棗以外は概ね彼を避け続けていた。

 

 こういう時、雪花の割り切りの良さと、棗独特の価値観が羨ましいと感じると同時に見習わねばならぬと思うのだが、現実はそう簡単に行かないものだな。

 

 所で、棗は彼のことを「ここに集ったメンバーの中で最も私達に近しい存在だと海が言っている」と言う意味深な台詞が気掛かりだ。

 

 そんななあなあで煮え切らない態度を貫く中で方向性の違いで意見が割れ、彼と対立してしまった。

 

 総士さんと同じでちゃんと客観的に見ても筋が通っている。神樹様の神託としてひなたから予め話されていなかったら彼の意見に賛同していた位だ。

 

 そんな中、ひなたの発した言葉に彼が過剰反応し、激昂した。

 

 あれは、「死」と言う単語に反応した。踏み込んではいけない彼の中に土足で踏み込み、見事地雷を踏み抜いてしまったのだ。

 

 その折、彼はひなただけではなく………私も睨んでいた。親の仇を見るような顔で見る、と言うのはああ言う顔を言うのだろう。

 

 ひなたのおやつを食べてしまった時とは別ベクトルでの恐怖を感じた。ある意味、敵に立ち向かうよりも恐怖を感じたかもしれない。

 

 彼の何に私とひなたは触れてしまったのだろう。それを知るには余りにも彼を知らなさ過ぎた。

 

 交流を持とうとすらしなかった代償だ。

 

「彼は……、何時もああなのか?」

 

 今更ながら、彼を知ろうと問いかける。

 

 問いかけておいてなんだが、それは彼とは事務的なやり取りしかしなかったがそれは無いと断言できる。

 

 勇者部の中心には彼の存在があった。それだけ皆の中の精神的支柱を務めるような人物がただの癇癪をおこすことは無いだろう。

 

 何処か千景と雰囲気が似ている東郷が否定の言葉を返してくる。

 

 尚更、いたたまれない気持ちに駆られる。

 

 彼にあんな顔で睨まれたのが、そして総士さんと同じ声で言われたからなのだろうか。

 

 彼だけではなく、総士さんにも責められているような気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出して、フェストゥムの力を使いワープする。

 

 やってしまった、と頭を抱えるが結果としてこれはこれで良かったのかもしれない。怪我の功名とも言うべきか。

 

 ひなた母さんに強く当たってしまったが……まぁ、いい機会だったのだろう。

 

 こういう時でないと本音を零すことは無かったと思うし。

 

 部屋の荷物をまとめる。

 

 ボクの家に私物は少ない。

 

 着替えを3、4着だけしか詰めていないと言え、スポーツバッグに収まりきる荷物量は流石にどうなんだろうか?

 

 薬類は別の小さめのバッグに詰め込んでいる。

 

 部屋を見渡す。

 

 もう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、たぶん死んでも戻っては来れないんだけどさ。結晶になって砕け散るからせめてもの存在した証である死体が残らないし。

 

 後はベッドの写真と日記を持てば終わりだ。

 

 

 ベッドにある小物入れスペースを開けようとして、びくともしないことに首を傾げる。

 

 答えはすぐにわかった。………敵襲か。

 

 皆の前に戻るのは少し気まずい。

 

 ニヒトを起動しようとしたら、昼間に会った人物が目の前に現れて手を握り顔を左右に振るっている。

 

 赤と黒を基調とした勇者服、美森には負けるがスタイルが良い。どことは言わないが大きくそして、揺れている。

 

 体のラインがハッキリ表に現れているので目のやり場に困るのだが。幾ら転生者だからといってDTを舐めないで欲しい。……何故か目の前が霞んできたような気がするが気のせいだろう。

 

 にしても、新たにこの世界に召喚された勇者だろうか?

 

 過去で彼女に会った事は無い。そうなると、あり得ないことだが未来で彼女に会っているのか? もう、タイムリミッドが秒読みで来てるボクが。

 

「椿様……」

 

「待て、待ってくれ。ボクは様付される程の者ではない」

 

 大赦からの縁談か、銘家側からの縁談でもしかしていただろうか?

 

 いや、それは無い。それならばボクにとって何かと縁があるこの顔を忘れる訳がない。

 

 少し泣きそうな顔をして、ボクの手を握る力が強くなる。

 

 美森の散華で記憶が無くなったのを見た時の園子のような悲痛に歪んだ顔をしている。

 

「……初めまして。私の名前は赤嶺友奈と言います。以後、貴方様の身の回りのお世話等を申し付けられています。よろしくしてくださいますか?」

 

「………後で、説明をしてくれるのであればな」

 

「わk……心得ています」

 

 友奈顔の中では、だいぶ落ち着いた物静かな言葉が発せられる。

 

 しかし、赤嶺と来たか。

 

 大赦の中では真ん中よりも少し上あたりの、余り良い噂を聞かない銘家だ。

 

 まぁ、一部の権限において乃木家や上里家ですら口出しできないことから来るやっかみが7割位を占めているが。

 

 ボクに縁談を持って来た鷲尾家現当主(美森の義父)と赤嶺家の当主が鉢合わせて嫌味と皮肉の舌戦始めた時は自分でもビックリするほど低い声が出て両家当主が土下座しながら謝罪してきたのが印象的だったりする。

 因みに、土下座して謝罪しながらも嫌味や皮肉の罵倒の言葉が途切れなかったのでボクは面子も気にせず家に帰った。あのままだと胃に穴が開きそうだったし。

 

 後日、両家から謝罪の品がこれでもかと送られて来た。

 

 その殆どが園子と銀と美森(須美)の胃の中に消えた。謝罪の品は原則として形として残る品はNGだからな。高級和菓子の山を眺めながら、洋菓子が一つもないなと疑問を口にしたところ、ケーキのような皿を汚す物は謝罪先の手を煩わせるからダメ。と、めんどくさいしきたりの暗黙のルールや取り決めがあることを美森(須美)が怒りながら説明してくれた。どうやら養子先の義父を説教したらしい。

 

 ボクとしては、和菓子よりも洋菓子の方が好きなので皿が汚れても良いからモンブランやチーズケーキやチョコケーキが良かったのだが、と呟いたら美森(須美)のハイライトが消えたのはいい思い出。

 

 後日、美森(須美)の手作りのチョコケーキが振る舞われた。ハイライトの消えた素敵な笑顔で。

 

 それから、美森(須美)による調教と洗脳じみたことをされ始めたがそれは置いておこう。

 

 ただ、真夜中にボクの枕元で行燈を持ちながら「あなたは和菓子が好き、あなたは和菓子が好き」と壊れたラジオのように繰り返し続けたり、通りゃんせを小さな声で歌うのはやめてくれ。本気で呪いに来てると身の危険を感じた。

 

 

 話がそれた。

 

 治安維持などの統括においてほぼ全てを任されてるのが赤嶺家だ。

 

 何かと面子を気にする銘家は、どちらかと言うと成り上がりの野蛮な家と言うイメージが赤嶺家にあるらしく、面白くないのだ。銘家とは、優雅で華やかであるべき……みたいな。ここら辺の確執はわからない。何せ江戸幕府よりも長く続いているのだ。神世紀は。

 

 一応、この世界に来てからも大赦上層部はボクに必要以上に媚びを売ってくるし、銘家側はボクへの点数稼ぎが続いている。

 

 正直、失礼を承知で言えば他の銘家に煙たがられている赤嶺家が(頼んでもいない)ボクの傍付きを申し付けられるとは思えないのだが……。

 今までは銀と園子がボクの傍付きモドキをしていたのだが。ボクの方が彼女達の御守をしていたようなきもするがこの際置いておこう。

 

 

 まぁ、この際どうでもいいか。

 

 彼女の真意はどうであれ、悪いようにはされないだろうし、もしもの場合に抵抗する力は幸い持っている。

 それに、実のところ悲観している所も確かにあるが、前世も全前世でも家出と言うものを経験したことがないので不謹慎だが少しドキドキしている。

 

 自棄になっているのももちろんあるが、消えるまでにできるだけ多くのことを経験したい。

 

「後のことは、私が引き継ぎますから。わたしが」

 

 握られてる手に力が籠り、微かに震えてもいる。

 

 ゆーな母さんと友奈と同じ顔をしているが、何処か健康的に焼けている彼女の顔を覗き込む。

 

 潤んだ紅い瞳がこちらを見ている。

 

「ッヅ!!」

 

「椿様!!」

 

 生理現象である涙が流れる。

 

 この痛みは……、ファフナーに神経を繋ぐ針をぶっ刺された時の痛みに似ている。

 

 あれ、パイロットスーツ有でも普通に痛いのに、それ無しだと形容しがたい痛みになるんだよな。いや、本当に勘弁してくれ。

 

「大丈夫だ、赤嶺。……いや、本当に大丈夫だから止めてくれるとありがたい」

 

「………」

 

 涙目になりながら、必死に体に触れたりして怪我等が無いかを確認している。

 

 こいつ、本当にゆーな母さんか友奈じゃないだろうな。

 

 とる行動が全て一致すると言うミラクルを起こしている。

 

 その行動を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。それと同時に、郷愁を誘うような切なさを孕んだ矛盾した感情が胸に去来する。

 

 久しぶりの胸の熱に、まだ自分が存在していると実感する。

 

「椿様、大丈夫ですか?」

 

「………」

 

 すり減り続けた心の脆弱を埋めるために、思わず赤嶺に抱き着いてしまう。

 

 最初こそ驚いたような反応をしたが、彼女はボクの安否を気に掛ける声をかけた後、優しく抱きしめ返してくれる。

 

 同化現象を察知させないために、他者との物理的接触には人一倍気を使ってきた。その弊害だ。

 

 

 

 ああ、温かい。命の温かさだ。

 

 

 

 とめどなく流れる涙を堪えることが出来なかった。

 

「ああ、……ああ」

 

 曖昧な返事だけを彼女に返す。

 

 この熱だけは、覚えておこう。ボクが人であるために、ボクが人として終わりを迎えるために。

 

 そして、理由も聞かず抱きしめてくれている彼女の好意に感謝しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は敵役として、神樹様の世界に呼び出された勇者。

 

 まさか、この世界で初めて勇者の戦闘衣になれるとはね。

 

 取り敢えず、カミサマの言いつけで私の存在を打ち明けるのは彼方にゲストたちがそろってから。

 

 それまでは偵察用の人口精霊でコッソリと覗き見をする毎日。正直、気乗りしないんだけどな~、こういうの。

 でも、御役目だから仕方ない。

 

 何回かの威力偵察で、相手側が相当いらだってるのがわかった。

 

 カミサマから渡された記憶……この場合は記録って言う方が正しいのかな? とは反対の印象を受けるのに疑問を持って、攻めるのを止めて情報を集めるのに集中する。

 

 こういうのはれんちの役割なんだけどな~、と何事にも自信を持ち、完璧主義者でプロマイドにサインを書いて配っている親友のことを思い浮かべる。

 

 どこか庶民的だけどお嬢様っぽい印象を受ける親友の作るうどんが食べたくなった。

 

 

 それは偶々、本当に偶然だった。

 

 相手側の勇者達のが現状よろしくない状態になり、勇者システムに完全な歪みが生じて勇者に変身できない状況になってしまったみたいで、私の御役目遂行ができなくなってカミサマからどうにかしろと丸投げされて原因を探っていた。

 

 勇者に変身する勇者システムは変身する少女たちの心の状態が直結している為、今の彼女達の状況では神樹様との間に霊的回路を生成できないのだ。

 

「正直、心の問題はこれをしたから解決! って簡単にいくものじゃないからな~」

 

 頭を悩ませながら、三ノ輪銀ちゃんが運び込まれた病室にコッソリと様子を見に行く。

 

 薄暗い廊下に、微かにすすり泣く声が聞こえた。

 

 どうやら三ノ輪銀ちゃんが泣いているらしい。

 

 鳴き声が聞こえなくなるまで、暫く待つ。

 

「御役目柄こう言った行動を要求されることが多かったけど、どれだけやっても慣れないな~」

 

 細心の注意を払いながら音を立てないように個室に入り込む。

 

「え? ……噓、だよね」

 

 呼吸が止まる。

 

「噓、噓、何で…」

 

 ドキドキと破裂しそうになる心臓、指先が震える。

 

「っ!」

 

 何とか触れたその指先からは、人の熱を感じない。

 

 取り付けられている機械の規則的な音で、生きているのがわかる。

 

 理由は……、多分”同化現象”。

 

 現実世界で右手が結晶となって砕け散った光景が頭をよぎる。

 

 何が原因とか、詳しくは教えてもらえなかったけど、目星は付いてる。

 

 この椿様が何処の時間軸の椿様かはわからないけど、これ以上茶番劇に巻き込むわけにはいかないかな。

 

 カミサマに確認してみても、何故ここにいるかは不明。ただ、丁重にもてなせ、絶対に粗相をするなと釘を刺される。

 

 そんなのはわかっている。椿様のこれを治せないのか聞いてみると、できないと返ってくる。カミサマでもできることとできないことがあるらしい。

 

 

 

 それから、花を一輪椿様の病室の花瓶に挿す日々が続く。

 

 相手側の皆が2、3日おきに泊まり込みで椿様の所にいるせいで、皆が寝静まった真夜中に数分しか病室内にいれない。

 

 昼間は精霊を通して皆を観察する。皆、献身的に意識のない椿様の介護をしている。

 

 本当なら私が一人ですることなんだけど、今回だけは彼女たちに譲ってあげる。

 

 そもそも、彼女たちのメンタルが落ち着いてくれないと本来の御役目ができない。

 

 

 

 椿様が目覚めてからは、椿様の家の掃除と洗濯、料理を作るルーティーンが繰り返されている。とは言っても半月位で両隣に園子ちゃんと銀ちゃんが引っ越してきて続けることができなくなっちゃったけど。

 

 やっぱり、料理のレパートリーは増やさなきゃ駄目だよね。助けてれんち……はいないんだった。

 

 幸いなのは、椿様を料理で喜ばせたいと料理の練習始めたら、料理に詳しいカミサマ達? が積極的にアドバイスやコツを教えてくれ始めたことだ。

 料理の腕はメキメキと上がっている。最初は焦がしていた肉じゃがが普通に食べられるようになったんだからこれはかなりの上達だよね?

 

 季節が一つ過ぎる頃。

 

 当初よりもだいぶ時間がかかっちゃったけど、いよいよ本格的な戦いになるからその挨拶に行ったら椿様とひなた様が意見の対立で言い合っていたら椿様が激昂した。

 

 ビックリした。椿様でもここまで感情的になるんだと少し安心もした。だけど、普段理知的で温厚な椿様をここまで怒らせるなんて、ひなた様何を言ったんだろう?

 

 結局、入るタイミングを逃した私は椿様の方を優先することにするのだった




 12月27日に皆城椿誕生祭書こうと思ったけど間に合わなかったよorz


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乃木(皆城)椿誕生祭

 12月27日。

 

 皆城総士の誕生日。

 

 ボクの誕生日でもある。

 

 幼少期はクリスマスに一緒に済まされていたので、24日が誕生日だと勘違いしていたが27日に必ず母さん達に姉さんズが揃って誰がボクを抱き枕にして寝るかで揉めるのを不思議に思い、思い切って聞いてみたことで発覚した事実だった。

 全員が何とも言えない表情をしていたのが印象的だった。尚、次の年からは誕生会は相変わらず24日に済ませてしまうが、27日に再度「誕生日おめでとう」と言われるようになった。

 

 そんな母親達と姉達、友を裏切って敵に回ったのだ(正確には敵ではないが)。

 

 もう、誕生を祝ってくれる人は誰一人としておらず、ただ嘗て特別な意味を持っていた日がただの経過するだけ……消費するだけの何もない日に戻っただけ。

 

 今頃、風達は年越しの為の準備に忙しなく動いている事だろう。彼女達はイベントごとが大好きだからな。

 

 それに、人数も多い。きっと……楽しいのだろうな。

 

 縁側に座りながらそんなことをボーっと思う。

 

 造反神側の赤嶺が根城にしている場所は赤嶺一人が住むには広すぎる、美森と須美が目を輝かせて喜びそうな武家屋敷仕様となっている。

 

 ひなた母さんから逃げ出したボクは、その勢いのまま生まれて初めての家出と言うものを遂行し、何故か赤嶺に拾われた。

 

 行き場が無かったのと、自棄になっていたからその勢いで寝返ってしまったが、だからと言って赤嶺は重要な情報をポンポンとしゃべりすぎなような気がする。

 

 造反神側の真の目的と言うべき、見事なマッチポンプ作戦を早々にばらすとか情報管理に問題しかないんだが……。

 等の赤嶺自身に、その情報を持って勇者部に帰るとは考えないのかと聞き返したら「その時はその時だよ」と軽く返された。

 

 確かに、ボクがこの情報を持って勇者部に戻ったところで、神樹様の中の立ち位置を決めかねている神が決意をするまでこのマッチポンプは続くだろう。

 

 そう考えると、どう転ぼうが貧乏くじしか引けない赤嶺に同情を禁じ得ない。しかも、赤嶺陣営は赤嶺一人だけだ。

 

 その寂しさは相当なものだろう。幾ら勇者だ何だと言ったところで十代の少女に変わりないのだから。

 

 段々と感覚が遠のいていく。

 

 同化現象の進行を直に感じる。

 

 造反神側の指令ポジションに付いたボクは、作戦を立て、それを赤嶺に実行させている。

 普通は逆じゃないか? と思いながらも、結構ノリで作戦を立案してそれを赤嶺が引きつった顔で了承するのがテンプレになっている。

 

 敵陣営に危機感を煽るのと、結束を強めるのに極めて効率の良い作戦プランだ。まぁ、そこにボク自身の嫌がらせも含まれていることは否定しないが。

 

 ボク自身も何度か前線に立ち、造反神側の刺客であると皆には嘘を吐いた。

 

 何故か赤嶺にヘイトが集まってしまったが、ボクが倒すべき側の人物であることを認識させるのが目的であるため、気にしないことにした。

 

「終わりに近づいている、か。ボクの皆城椿としての御役目も、乃木椿としての役割も」

 

 ―――そして、ボクのいのち(存在)も。

 

 良く晴れた青空を眺めながら呟く。

 

「あの、椿さん」

 

「わかってる、………行って来る」

 

 赤嶺は最初、ボクを様付で呼んでいた。その様付をやめるようにするのに結構な時間を費やした。今でも気を抜いたり、テンパったりすると様付に戻るし。

 

 その赤嶺は何というか、過保護だ。

 

 何かと一緒にいたがる彼女が、今回の戦いをボクだけに任せるのは非常に珍しい。と言うか初めてだ。

 

 

 

 星屑に命令を下す。

 

 今まで様々な作戦で風達に危機感を煽ってきた。

 

 こちらが数では圧倒的に有利なのを利用しない手は無い。

 

 数で押しつつ、罠を張る。流石に圧倒してしまうことが無いようにギリギリを見極めて命令を出さないといけないのが何とも言えない。

 

 と言うか、赤嶺には悪いが、良くこの絶妙な匙加減を彼女ができていたものだと感心する。

 

 赤嶺はミステリアスを思わせる言動をとっているが、実際はポンコツだし、ガチガチの体躯会系の思考をしている。

 

 夏凛のポンコツと銀の根性論、友奈の何処か抜けている所を足しただけで割らずに終わった感じが今の彼女にボクが抱いている印象だ。後、筋肉があれば何でもできるを豪語する生粋の筋肉信仰者だ。ボクの腹筋がお気に入りらしく、良く見せて欲しいや触らせてくれと言ってくる。赤嶺の誕生日のさい、何が欲しいかわからなかったため、直接聞く愚行を犯した過去のボクを思いっきりぶん殴りたい。その日一日上半身裸過ごすことを強要され、事あるごとに彼女に触られたり、何なら頬ずりまでされて過ごした。秋の深まる10月の出来事である。

 

 北極ミール攻略戦において、総士がフェストゥムに教えた消耗戦。

 

 総士は痛みに耐えて戦う戦法と痛みに対する特別視が強調された戦いだった。

 

 思えば、遠くまで来たものだな。

 

 時間的にも、物理的距離でも。

 

「皆城! 覚悟!」

 

「なっ、しまっ!!」

 

 まさか、ここまで速く合流して来るとは思わなかった。

 

 ボクの高次元防壁は精霊バリアのように自動で発動し、攻撃を防いでくれることは無い。

 

 それでも反射的に後ろに下がったのと、中途半端ではあるが超次元防壁が張れたことが運命を分けた。

 

 視界が急に狭まる。熱が左目から頬までに走る。

 

 若葉母さんの生太刀の切っ先がボクの左目から頬まで切り裂かれたと理解した。

 

 涙とは違う生温かいものが滴り落ちる。

 

 左目が焼けるように熱い。

 

 吐き気を含む軽いパニック障害を起こしかける。

 

 それも一瞬のこと。

 

 視界がぼやける。鋭い痛みが襲う。

 

 左目を押さえて嗚咽を零す。

 

 そこからは、余り憶えていない。ただ、心が凍てつくような寒さと孤独を感じていたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 病院のベッドの上で目を覚ます。

 

 右手と腹部に温かみを感じて顔を動かしてみると赤嶺がボクの右手を握りしめ、腹に突っ伏している。

 

 視界は……、狭いままだ。

 

 自由に動く左手で顔を触ってみると布が巻かれている。

 

 そうわかると、急に左目がジクジクと痛むような気がする。

 

「んっ……ん? っ! 椿様!」

 

「目覚めて直ぐで悪いが、状況を教えてくれ」

 

「ダメです! 左目が大変なことになってるんですよ!」

 

 ボクのことなのに涙を流しながらボクの胸に縋り付き、嗚咽を漏らし始める。

 

 不謹慎だが、気分のいいものだな。まだ、ボクもここにいていいような気分になる。

 

 

 ―――ボクの居場所等、もう無いのに。

 

 

「赤嶺」

 

「ダメ゛です゛」

 

「赤嶺」

 

「ダメ゛です゛」

 

 同じ事を繰り返し問いかけながら、彼女の頭を撫でる。サラサラとした感触が心地よい。昔は妹たちが順番を決めてボクに髪をすいてもらいに来たものだ。

 母さん達とは思わぬ再開を果たしたが、妹たちとは今生の別れになってしまったな。

 

「………ゆうな」

 

「!! い゛や゛っ゛!」

 

「遂に断るのではなく、拒絶か。………幾らボクとて落ち込むことはあるんだが。そんなに嫌だったか? 名前呼び」

 

「ぢ、ぢが……ぅぅぅ」

 

「すまない…、今のはボクが悪かった」

 

 ボクなりの場を和ませるジョークのつもりだったんだが、想像以上の彼女のメンタル面でのダメージの大きさに認識の修正が必要だな、とガバッ! と顔を上げてボクの顔を見つめながら涙の勢いが心なしか増したような気がする彼女に謝罪の言葉を口にする。

 

 そう遠くない未来にボクのいのち(存在)は消える。

 

 正直言ってしまうと、ショックであるのは事実だ。今まで当たり前にあった体の機能が消失するのだ。それも視界と言う人間の情報収集能力の約9割を占める場所の片方が無くなったのだ。

 

 だが、それでもいいと思っている自分も居る。左目は段々と見えなくなっていたし。自棄になってるのも否めないが。

 

 

 ―――ああ、でも。心が痛いな。

 

 

 普通にその場の弾みと成り行き、加えて戦場でボーっとしていたボクが間違いなく悪いのだが。それでも思ってしまうのだ。

 

 

 そんなに憎かったのだろうか。邪魔だったのだろうか、と。

 

 

 左目を潰したのが母親だったこと。そして、運悪くその傷を与えられたのが誕生日だった不幸が被害妄想を加速させる。

 

 

 

 ―――そんなに憎いなら、何でボクなんかを育てたのか。赤ん坊の時に殺せば(消せば)良かったじゃないか。

 

 

 今まで奇跡的に。噛み合わずとも何とか機能していた歯車は、今度こそ完全に空回りをし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椿さんが敵に回ったことに多大なショックを隠し切れないアタシ達神世紀メンバー達。

 

 西暦からやって来た勇者達との意見の食い違いが小さな亀裂を生んでいたが、造反者側の勇者である赤嶺が精神攻撃に特化した精霊を使役したことで、椿さんは操られている……或いは洗脳されてる可能性が大きいと結論がでた。

 

 皆で赤嶺を捕まえるために集中攻撃を仕掛けるが、何時もいい所、或いは捕まえることには成功するが突風が吹き赤嶺が姿を消すことから須美と園子がワープのような移動系の能力を持つ精霊を使役している可能性が高いと赤嶺を捕まえる案は没になり、取り敢えず赤嶺を集中的に攻撃する作戦になる。

 

 アタシたちがこの世界に呼ばれた理由は理解しているつもりだ。

 

 敵は倒す。神樹様を護る。けど、西暦組の勇者と防人達と言うメンバーの多さと強さを考えた結果、アタシ達は(小さいアタシたちを除く)星屑を倒すのよりも赤嶺を叩くのを最優先に行動をしている。

 

 敵の頭を叩くのは戦いの定積? だと須美が言っていたし赤嶺を倒せば戦いが終わる。

 

 悪いとは思ってるけど、「生きたい」と書かれた短冊を(あんなの)見ちまったからには星屑を倒すのよりも椿さんを助けるのを最優先にしたい。

 

 勿論助け出すが、先ずは星屑とバーテックスを倒すのに集中してくれと言う若葉さんとひなたさん達西暦の勇者達と、敵は倒しはするし、神樹様も護るけど椿さん救出を最優先に行動するアタシたち神世紀の勇者と防人達の衝突が目立つ。

 

 それに、西暦勇者達の椿さんに対する態度と、椿さんが勇者部(ここ)を出ていく時の激昂の件で今一歩み寄れない現状が続いている。

 

「なぁ、園子」

 

「なぁに? ミノさん」

 

「椿さん、ちゃんと楽しく過ごしてるかな?」

 

「ん~、どうだろうねぇ。私にはわかんないや」

 

「そっか、そうだよな………」

 

 園子が全力で調べているとはいえ、椿さんの病状に関することは何一つ掴めていない。ただ、カルテには余命3年と記されていただけ。しかも、椿さんが倒れる前に書かれた記録。詰まり、実際は後2年もない。

 

 椿さんが敵に回ってから通院している形跡も無い。もしも、急激に病状が悪化したら。アタシ達の預かり知らぬ所でで死んでしまったらどうしよう。

 

 そんな恐怖と焦燥感が頭の中をグルグルと回り続ける。こういうのをドツボにはまるって言うんだろうな。

 

 寒さとは違う理由で体が震える。

 

 隣で寝ている園子がそっとアタシの手を握ってくる。温かい。

 

「椿さん……と、一緒に過ごしたかったな。クリスマス」

 

 椿さんが死んだらどうしようと、不安を口にしそうになったのを何とか飲み込み、別の言葉を紡ぐ。こちらも本心ではあるんだけど……。

 

 どちらも勇者部初期メンバー全員が抱いてる恐怖。気に食わないけど、たぶん防人達も共通してる思い。園子も例外じゃない。

 

 掛け布団を被り、深呼吸する。

 

 布団は定期的に干したり布団乾燥機をかけているけど、椿さんの使ってた布団だと思うと震えが少し落ち着く。

 

「ツッキーお兄さんの臭いがするような気がするんよ~」

 

 どうやら園子も同じ事をしてるらしい。

 

 いつのころからか椿さんが居る前では椿さんの事を先輩と呼ぶようになった園子。

 

 ………あの時の事、気にしてるんだよな。

 

 無理もないか。

 

 園子のように当たりはしなかったけど、園子の言動を止めようとはしなかった。

 

 椿さんの代償が何なのかはわからない。体の機能を捧げているわけではないみたいだけど、それ以外はカルテに書かれていた。

 

 人間の平均体温の半分以下の体温。アタシの三分の一位の体重。

 

 左半身の麻痺と、それに伴う内臓機能の低下。医者でないアタシにはこの病状カルテに書かれていたことは殆ど把握できないけど、素人目に見てもただ事ではないのは理解できた。

 

 ………椿さんには、命を護ってくれる精霊が付いていない。

 

 人間が生命活動を維持するのに必要な体温よりもずーっと低い体温。最早、風邪をひくだけで簡単に死んでしまう状況だと園子が言っていた。

 

 

 

 

 そして、少なからずあった西暦勇者達とアタシ達神世紀の勇者に決定的な亀裂が走る。

 

 それも最悪な形で……。

 

「うぅ゛、あぁぁぁぁぁ゛あ゛あ゛!!」

 

 顔の左半分を押さえて唸る椿さんとその前に驚愕した顔で立ち尽くす若葉さん。

 

 椿さんが押さえている指の間から夥しい血が滴り落ち、紅い水たまりを作っている。

 

「…おm「ワァカァバァーーー!!! あんた、あんたねぇ!!!」風さん! くそっ!」

 

 思わずに攻撃しそうになったのが、横から風さんが大剣を更に巨大化させて振り下ろしたので我に返り、手に持っている斧剣をぶん投げて大剣にぶつけて若葉に向けられた斬撃を逸らす。

 

「夏凛!」

 

「わかってるわよっ! バカ風、気持はわかるけど今はそれよりも椿さんのことが最優先よ!」

 

 夏凛が短刀を投げつけ牽制しながら風さんに接近して思いっ切りボディーブローかまして、倒れた風さんを羽交い締めにする。

 

「離しなさい、夏凛! あいつは、若葉は!」

 

「わかってる、わたしも後で加減なしでぶん殴るから! でも、今は、椿さんが!」

 

 激しく抵抗している風さんを抑え込みながら言葉を紡ぐ夏凛の悲痛な叫びが響く。

 

「っ、わっしー! それはツッキー先輩の痛みでわっしーの痛みじゃない!」

 

 後方から園子の叫びが聞こえる。

 

 振り向くと、後方は後方で、園子が須美を思いっ切りビンタしている。

 

 状況がカオスなまま、取り敢えず椿さんを助けようと行動しようとした瞬間。

 

 

 ―――ゾクリッ!

 

 

 息ができなくなったと錯覚する程の濃密な殺気。

 

「ボクを憎め、そして、ボクの憎しみを想いしれぇーーー!!!」

 

 椿さんが攻撃を仕掛けてる。

 

 動ける勇者達は全力で回避行動を取る。

 

 敵も味方も関係なく子供が癇癪を起す要領で放たれた攻撃。

 

 ただ、その一撃でかなりの数いた星屑にバーテックスモドキが消し飛び、樹海にも深い傷跡がクッキリ残り攻撃の威力の凄まじさを見て、背筋に氷を入れられたような冷たさを感じる。

 

 嫌でも今までアタシたちに手加減、いや、手抜きをしていたかがわかる攻撃だった。

 

 

 相変わらず左半分顔を押さえている椿さんが空中に浮遊し、涙を流しながら凄い顔でこちらを睨みつけていた。

 

 けど、それも一瞬のこと。

 

「ぁ、まっ!!」

 

 誰かが言いかけた静止の言葉も届くことは無く、凄いスピードで樹海を飛んで行ってしまう。

 

 

 カランッ。と音がして、そちらを振り向くと()()()()が武器を落として膝立ちに成り、自分の震える手の平を見ながら慟哭する。

 

 実に、どうでもいい。

 

 ただ、彼女達西暦の勇者達を仲間と思うことはことはもう無いだろう。叫び続ける乃木若葉(あいつ)とそれをなだめようとしている西暦勇者達を無感動に見ながらそう思った。

 

 

 今日は12月27日。椿さんの誕生日。

 

 「和」が命のあの須美がこの日だけは心情を曲げて洋菓子(ケーキ類)を作って持ってくる日でもある。

 

 それは、敵対している今も例外じゃない。

 

 話は通じていたから、説得は無理だったとしてもせめて、ケーキを渡して「誕生日おめでとうございます」と伝えたかったんだけど、それも無理だ。

 

「あの、おっきいアタシ……」

 

 袖を引っ張られるような感覚にそちらを向くと、小さいアタシが不安で押しつぶされそうな泣きそうな顔でオロオロしながら助けを求めてきた。

 

 悪いけど、小さいアタシのそれに答える余裕はない。行き場のないこの心を染めるドロリとした粘着質な感情が暴れだそうとするのに待ったをかけるので手いっぱいだ。その感情を飲み込むために、一言だけ呟く。

 

「はぁ。さいっっっ悪だな、本当」

 

 アタシが思ったよりもずっと低い声に、小さいアタシはビクッ! と肩を震わせ、引っ張っていた手を引っ込めた。

 

 流石に悪いとは思ったので、少し雑に小さいアタシの頭を撫でる。

 

 それにしても、何もこの日にこんな事を起こさなくてもいいじゃないか。

 

 恨みますよ、神樹様。




若葉「総士はどこだ! 何でお前は総士じゃない!」

椿「………」

 本当は12月27日に間に合わせるために書いていたため、いつも以上に端折ってます。もしかしたら書き加えるかも?


 さぁ、どうするの椿。せっかくの誕生日にプレゼントされたのは左目に傷。これじゃ今後の展開に愉悦部の人たちがワインと麻婆豆腐を用意して心を躍らせてしまうじゃない。

 次回、番外編。

 「皆城椿ちゃんの憂鬱」、デュエルスタンバイ! 断ち切りたい、その愉悦。


 シリアス展開だけとか(作者が)いやー、きついっす。


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苦痛

皆城椿ちゃんを先にやると言ったな…あれは嘘だ。

書いてたら筆が載ってシマウマ。


 ―――これが、最も希望に満ちた最良の未来。

 

 ()()()()()愛しい人は、力なく樹海の根に体を預けている。

 

 

 ―――存在が消える恐怖。痛みの後継、か。ボクは父さんではないんだけどな。……怖いか、ニヒト? ()()もだ。

 

 

 その光景に啞然としていると、綺麗な結晶が生え始める。その結晶が愛しい人を飲み込んでいく。

 

 

 ―――ハハッ、わかっていたさ。ボクの一人相撲だってことは。………まぁ、無理もない。人でない者が人間の真似事をしたんだ。嚙み合う訳が無かったのさ。でも、それなりにちゃんとできてただろ?

 

 

 ゆっくりと、だけど確実に体を覆っていく綺麗な若葉色の結晶。

 

 私は彼の頬に触れる。

 

 

 ―――罰が、当たったな。

 

 

 目の前がぼやけて彼の顔が良く見えない。それでも、必死に何かを伝えようと胸の中の言葉を叫ぶ。

 

『そんなことない! 貴方は何も、悪いことも罰される事も……!』

 

 私の声とは違ったような気がするけど、今はそれを気にしてる余裕はない。

 

 

 ―――あるんだ。彼女たちこそ、この世界の誰よりも幸せになる資格……いや、義務がある。その幸福を嚙み締める、()()()()()()()()()()

 

 

『っ!』

 

 出て来た言葉に思わず返す言葉を無くす。

 

 自分はヒトでは無いと自傷気味に口にした愛しい人は、人間として当たり前のこと(感情)をあってはならない事と否定する。

 天の神の祟りを受けて、人に言えずに苦しみ、皆の為ならと追い詰められて悲壮な覚悟を決めた()()の顔と重なる。

 

 だから、友奈に言ったように伝えようとする。”それは、仕方がないことだ”と。むしろ、”世界の方が間違っている”のだと。

 

 なのに、なのに! どうして口が動いてくれないの!

 

 嫌! 見たくない! 椿先輩(愛しい人)の絶望と恐怖、そして、諦めが閉ざすその顔を。

 

 ―――ずっと、謝りたかった。でも、それを問いかける勇気を持てなくて。何でオレを責めなかったんだ! 何でオレが憎いって言ってくれなかった! 問いかける勇気を持てなかったからかっ! ……怖かったんだ。母さん達に敵意を向けた自分自身が怖かった。だから逃げ出したんだ! 母さん達はオレを怒ってるんだろう? オレが憎いんだろう? だから、苦しんで。……せめて、利用価値が無くなってから死ねって、そう言いたかったんだろう!

 

 私には彼が何を言っているのか聞き取れなかった。ちゃんと大声で、今までに一度も見たこともない魂の叫びが、助けを求める肝心な言葉が、私には聞き取れない。

 

『違っ、違うの! ……ごめんなさい。全部、全部私達が。いいえ、私が悪いことなの』

 

 

 ―――……父さん、迎えに来てくれたのか? ()()、頑張って生きた。人間として、最後まで。今、そっちに逝くよ。

 

 

『待って! 椿ちゃん! お母さんが全部悪かったから! だから! だから……逝かないで!! もう、閉じ込めないから! もっと優しくするから! もう、怖い思いをさせないから! もっと、ハンバーグカレー作ってあげるから! だから、だから!』

 

『『『『椿(先輩)(さん)!!』』』』

 

 防人達に、西暦の勇者達と、神世紀の勇者達が駆け寄ってくる。その中には()()()()()()()。じゃぁ、この光景を見ているこの私は()

 

 そんな疑問に構う余地を与えてくれない現実。

 

 

 ―――その声は……皆の声か。そこに、居るのか? 心配するな。先に逝くだけだ、少しだけ。

 

 

 少しだけ顔を皆の方に向けて言う椿先輩。

 

 結晶が首まで迫っている。

 

 

 ―――100年先で、とびっきり長い幸福な土産話、待ってる。

 

 

 そう言うと、目をゆっくりと瞑る椿先輩。

 

 何か声をかける時間すら与えてくれず、一気に残っていた顔全体が結晶に覆われる。

 

 パリンッ、ガラスの割れるような音だけを残し、結晶が砕け散る。

 

 それは、宛ら小さな線香花火のようで。儚く、とても幻想的だった。

 

 

 ……椿先輩の着ていた衣類と靴、若葉色の結晶以外何も残らなかった最後。

 

 私達は遅すぎたのだ。

 

 皆のむせび泣く声、行き場のない慟哭が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!!!」

 

 荒い呼吸、バクバクと暴れる心臓。そして、見慣れない……いい思い出のない景色。

 

 周りを見渡す。

 

 薬品と消毒の臭いがする。

 

「ここは………病室?」

 

 汗で肌に張り付く患者服を見ながら、何故、こんな所に居るのか思い出す。

 

 確か―――、

 

「目が覚めた? ()()()()()。こう聞くのも可笑しな話だけど、大丈夫?」

 

 かけられた声の方に向くと、そこにはそのっちが心配を孕んだ複雑な顔をしている。

 

「そのっち?」

 

 一度は忘れてしまったけど、大切な親友の顔を見間違うはずはない。

 

 だけど、目の前の人物はその大切な親友と断言することが出来なかった。

 

 言葉にできないけど、決定的に何かが違うと感じる。

 

「………どうしたの。想いは口にしないと伝わらないよ? クロッシングしててもね」

 

 ()()()()()な瞳が私を見つめている。

 

 心なしか、窓から差し込む日の光によって淡く輝いているようにも見える。

 

「貴方は誰? そのっちをどうしたの」

 

 口に出た攻撃的な言葉。

 

「それには、皆が来てから話すね」

 

 苦笑いしながら彼女は「行くね」と言って病室から一旦出ていく。

 

 混乱する頭で、状況を整理s…。

 

「東郷さん! 大丈夫!?」

 

「友奈ちゃん! ええ、大丈夫よ」

 

「良かったよ、本当に…」

 

 すぐに友奈ちゃんが入って来て、整理する時間が無かった。

 

「………東郷は、大丈夫みたいね」

 

「ええ、風先輩。心配をお掛けしました」

 

 続いて入って来る風先輩にも挨拶をする。取り繕えていない暗さが表に出ている。

 

「そう、よかったわ。一応、サプリ。持ってきたわ」

 

「飲み物買ってきましたよ。長い話になるそうですから」

 

「ようやく起きたか、須美」

 

 そう言って、風先輩の後から夏凛ちゃんが煮干しとサプリの入ったビニール袋を渡してきて、樹ちゃんと銀が全員にジュースを配る。

 

 その光景を、いつの間にか閉まった扉に背を預けたそのっち? が微笑ましそうに見ている。

 

 ひとしきり挨拶を終えて、そのっち? に問いかける。

 

「それで? 園子。話って何なのよ?」

 

 私が問いかける前に風先輩が疑問を口にする。如何やら彼女が皆を集めたらしい。

 

「その前に、()()()()()の症状について説明するね」

 

「急にのた打ち回ったって奴?」

 

「のた打ち回ったって、お姉ちゃん…」

 

 風先輩は後衛の私からは離れた位置にいて、私のことを知らなかったらしい。

 

 流石にその言い方に、樹ちゃんが苦言を呈しているが。

 

「……それ以外にもだよ。日常からソワソワして落ち着かない事が多くなかった?」

 

「ん? 確かに。普段から少しおかしくはあったけど、最近は輪をかけておかしかったわね」

 

 夏凛ちゃんがそう口にする。

 

「それ、クロッシングのせいだなんだよ」

 

「くろっしんぐ?」

 

 聞きなれない単語に皆が首を傾げ、代表して友奈ちゃんが言葉を口にする。

 

「…園子。それって」

 

 銀だけは何かを知っているのか、聞き返す。

 

「うん。本来であれば特殊なシステムを使わないとできないことなの。詳しく説明しても分からないだろうから省くけど、脳を直接繋ぐ事で意思疎通ができる………一種のテレパシーのような状態になってるって思って」

 

 誰かが疑問を口にする前に彼女は右手を挙げ首を振り、話の腰を折らせないように制する。

 

()()()()()は限定的なクロッシング状態にあるの。これを見て」

 

 そう言うと、目の前に非現実的な空中ディスプレイが現れる。そこには、折れ線グラフで示された波が上下に二つ映っている。

 

「上があの子で、下が()()()()()の。数値の上がり方は全然違うけど、タイミング的にはほぼ同じでしょう?」

 

「あ、本当(ですね)だ」

 

 樹ちゃんと友奈ちゃんの声が重なる。

 

「………すまん。あんまよくわからんが、須美があの時パニック状態になったのは、椿さんの痛みをそのクロッシングとやらで直に感じたからってことか?」

 

 銀は取り敢えず、私がここに居る原因の大半を占める理由の確認をする。

 

「うん、合ってる」

 

「…で? それはわかったわ。色々疑問は有るけど今は置いときましょう。東郷が椿さんとクロッシングとかって奴でおかしくなったのは何が原因なの」

 

 夏凛ちゃんが先を急かす。

 

「…あの子が感じた恐怖を()()()()()がクロッシングを通じて感じてしまったの」

 

「恐怖…?」

 

「一応、言うけど死に対する恐怖ではないよ? まぁ、それも無くは無いんだろうけど、あの子が感じてた恐怖は別物。あなたなら、わかるよね?」

 

 銀が疑問を口にして、それに彼女が頷き私に問いかけてくる。

 

 皆の顔が私に向く。

 

「……捨てられるって、憎まれてるって、思ってる。確証はないけれど、多分そう」

 

 何時も感じていた焦燥感への中には、そんな感情があった気がする。

 

 私はその恐怖を友奈ちゃんに甘え、また、友奈ちゃんと椿先輩に尽くすことで誤魔化してきた。

 

「ちょっと待ちなさい! 何で椿はそんな恐怖を感じていたのよ!」

 

 風先輩の言う通りだ。

 

 思い返す限り、それに対する原因らしい物も、そもそもその感情を抱いたそぶりすら表には出さなかったのだ。

 

「家庭環境の問題、かな?」

 

「家庭、環境?」

 

 思わぬ単語が出てきたことに啞然とする。そう言えば椿先輩に関することは殆ど知らない。

 

「うん、あの子の母親が、この世界の中に居るの。そのことについて知っているのは、私を除いてこの世界に3人だけ。っと言っても、一人はもしかしてって感じで確証が持ててないんだろうけど」

 

 今度は言葉を失う。

 

 椿先輩のお母様が、この世界の中に居る?

 

「……誰なのよ」

 

 死んだ空気の中で一番最初に口を開いたのは風先輩だった。

 

 その問いかけに言い辛そうに目を泳がせるそのっち? 私を含めて全員が彼女を見つめる。

 

 当たり前だ、将来の義理の母親になる相手の事が気にならないはずがない。

 

 私以外が地味に無言でじりじりとそのっち? との距離を詰めていく。

 

 

 しかし、それを邪魔するかのように敵襲を知らせる警報が鳴り響く。 

 

 

「ちっ、こんな時にぃ!」

 

 風先輩が今まに見たことのない鬼の形相をする。

 

 世界が極彩色に染まる。

 

 

 樹海には星屑はいなかった。

 

 

 敵の先兵である赤嶺さん。友奈ちゃんと同じ顔で同じ声。

 

 前髪で目が隠れて表情が伺えないけど、泣いているのはわかった。

 

 幽鬼のようにのっそのそとこちらにゆっくりと近づいてくる敵に恐怖と威圧を感じる。

 

「お前ら……許せない。あの人を、あのお方を。椿様の目を奪ったのは誰だ!」

 

 敵意と憎しみ、怒りに染まる顔を涙で濡らしながら私達を睨む。

 

「赤嶺………あんたが、あんたが椿を操らなければそもそもあんなこt「違う!!!」なっ!?」

 

「お姉ちゃん!」

 

 声を上げて自分の武器である大剣で斬りかかる風先輩。それを簡単にいなし、逆に一発反撃を貰い吹き飛ばされる。

 

「私は何もしていない! 椿様に精霊の力は通用しない! 椿様はあなたたちの敵になるように仕向けられたから私の所に来たんだ!」

 

 泣き叫びながら吐き捨てるように言う赤嶺さん。

 

「え? ちょっと待ってよ! じゃぁ、誰がそんなことを」

 

 防人のリーダーである楠さんが困惑し、疑問を問いかける。

 

「居るだろう! この世界に誰よりも早く来て、貴方たちを導いた人が。西暦の勇者達の頭脳、上里ひなた様が!!」

 

 私達に動揺が走る。

 

 目の前の彼女が噓をついているようには思えない。

 

「……それが、本当だっていう保証があるの?」

 

 西暦勇者達の一人の秋原雪花さんが勤めて冷静に、搾り出すように問いかける。

 

「椿様が言った。皆城椿としての御役目の終わりと、()()椿としての役割の終わりが来たって! ………私、嬉しかったんだ。椿様、毎晩魘されて恐怖で震えていたし、食べたものも殆ど吐いちゃってたから。これで、ようやく椿様が重荷を降ろせるんだって、勘違いしてた! 椿様の言ってた終わりって、椿様の死を指していたんだ! そんな悲しいことがあってたまるか! 誰よりも命を削って! 怖くて怖くて、それでも皆のためにって戦い続けた果てにあるのが! ()()()()がなくなったから死ね、何て!!」

 

 お腹の底まで響く増悪の叫び。

 

「さ、流石にそれは………」

 

「私もそう思ってた。いくら何でもそれは無いって。でも、下手したら命を落としかねない傷まで負わされた! さぁ、椿様の目を奪ったのは誰だ!」

 

 加賀城さんが呟くもっともな言葉に、同意しつつ否定する赤嶺さん。そして、それを荒唐無稽だと否定するだけの材料(交流)は、少なくとも神世紀の勇者達は持ち合わせていない。

 

「わ、私は…」

 

 カランと元々持つだけだった、その刀身を振るうことすらままならなかった飾りだけのそれを。終には持つことすら儘ならなくなった乃木若葉(そいつ)

 

「ちょ、乃木さん! しっかりなさい。踊らされてるわよ!」

 

「で、でも。それに、乃木って…!」

 

「そうやって私達を混乱させるのが彼女の狙いよ!」

 

 膝をつきそうになる乃木若葉(そいつ)を郡さんが腕で支えて叱渇する。勇者の変身すらも解けている。

 

 そんなことよりも、赤嶺さんが口にした()()の家名が気になる。

 

 乃木の名は四国では余りにも有名すぎる。おいそれと名乗れる家名ではないのだ。

 

 そして、椿先輩は出自不明。本家の次期当主であるそのっちでさえ椿先輩が乃木家の卒だと知らないのだ。余り想像したくないけれど、妾とか愛人の子…なのだろうか?

 

 世間体としては宜しくないが実際にやろうと思えばできるだけの財力も権力も、影響力も乃木家は持ち合わせている。

 でも、だとしたら大赦の上層部からの待遇は理解できるけども、乃木家()含めた銘家側にも異様に気にかけられてるのは何故かしら? 謎が謎を呼んでいる状況では答えが出ない。

 

 園子ちゃんが明らかに動揺してる。色々ありすぎて感情の処理が追い付かないのか今にも泣きそうな顔でオロオロしてる。

 

「そっちがどう思おうが、どうでもいいよ。さぁ、椿様の目を潰したのは誰だ!」

 

「「乃木若葉よ」」

 

「ちょ! メブゥ!」

 

 防人のリーダーである楠さんと夏凛ちゃんが迷うことなく告げ、それを加賀城さんが咎めるような悲鳴に似た声を上げる。

 

 私達からしてみれば、大切な人を物理的に傷つけた人を庇う必要性を感じないし、そもそも西暦の人達とは交流もそこまで深いわけではない。友達の友達程度なのだ。私達神世紀の勇者達(小学生組を除く)と、気に食わないけど防人達の精神的主柱を傷付けたことは許容できないことだし、元々椿先輩ありきの仲間(繋がり)だったのだ。その確執は簡単に取り除けるものではない。

 

「今、何て言ったかな?」

 

 空気が死ぬ。

 

 先程よりも濃密になる殺気。

 

「ふざけないでよ………、本当に。ふざけんな!」

 

 いきなり乃木若葉(そいつ)に飛び掛かり、支えている郡さんが持ってる大鎌で弾き飛ばして古波蔵さんと秋原さんが二人係で組み伏せる。

 

「ちょ、なにこの子。馬鹿力過ぎでしょ!」

 

「大人しく……しろっ」

 

 組み伏せてる二人の口から言葉が漏れる。

 

 それでも、激しく動いて拘束から抜け出そうと藻掻く赤嶺さん。

 

「何で、何で貴女なんだ! 他の誰かならまだ良かったっ。なんで、なんでなんだよ! なんで椿様の目を奪ったのが

 

 

     ―――実の母親である若葉様なんだ!!!」

 

 

 今度こそ、その言葉に西暦勇者達も含めて固まる。

 

 取り押さえている古波蔵さんだけが、動揺しながらも何処か納得したような顔でいる。

 

 が、元々二人がかりでやっと抑え込めていたその片方が力を弱めてしまったのだ。

 

 当然の帰結として抑え込んでいた二人は吹き飛ばされ、赤嶺さんは乃木若葉(そいつ)に向けて一直線に進む。

 

 激情を多分に孕んだ雄叫びと共に拳を振り上げ、咄嗟にそれを庇おうとする郡さん。

 

「ストップだ、赤嶺」

 

 しかし、構えた拳は振るわれる事は無かった。

 

 どこからともなく、急に現れた椿先輩の手によって。

 

「椿様っ、でも!」

 

 後ろから肘部分を手で掴まれている為、握った拳を目の前の敵に振えない赤嶺さん。それでも、握った拳で目の前の人物だけは殴ろうとしてる。

 

 その掴んでる椿先輩は顔の大半を包帯で巻かれている痛々しい姿だ。

 

「……ありがとう」

 

「っ!」

 

 椿先輩がお礼の言葉を口にすると赤嶺さんは今度こそ構えていた拳を下げ、力なくへたり込むと只々、感情のままに大きな声を上げて泣きじゃくる。

 

 椿先輩は乃木若葉(そいつ)に向けて言葉を口にする。

 

「西暦と神世紀の勇者を代表して乃木若葉に対して、ボクら造反神側が占領している土地をかけての一騎打ち(決闘)を申し込む。この一騎打ち(決闘)について、ボクか彼女のどちらかが死ぬまで一騎打ち(決闘)は終わらないものとする」

 

「ちょ、そんなの飲めるわけ「少なくとも!」っ!」

 

「すくなくとも()()()()()()はそれを望んでいる。母さん(乃木若葉)が西暦と神世紀の勇者達を束ねて(ボク)殺す(倒す)ことを」

 

 途轍もない爆弾発言をして、それを飲めるわけが無いと声を荒げる秋原さんの言葉に被せるように声を張る椿先輩。

 

 多少言葉に感情が乗っていたのを隠し切れなかったけど、努めて淡々と告げる言葉に交渉の余地が無いことが伺えた。

 

 もうここにようはもう無いと言わんばかりに赤嶺さんを抱えて立ち去ろうとする椿先輩。

 

「あ、あの! その……ぅぅ」

 

 そんな椿先輩に樹ちゃんが何とか声をかけるけど、言葉が続かづに泣き出してしまう。

 

 その光景に、何とか我慢できて居た小学生組が触発されて泣き始める。

 

「ボクには精霊バリアが無いが、ボクの力の一つに精霊バリアを無効化するものがある。十分フェアな条件だと思うが?」

 

 振り返ることはせずに、立ち止まってそう告げた椿先輩は、最初からそこにいなかったかのように赤嶺さんと一緒に消えた。

 

 それが夢で見た光景に繋がるようで、比喩ではなく身震いしてしまう。

 

 友奈ちゃんが抱きしめて体を擦ってくれるけど震えは止まらなくて。歯がカツカツと鳴る。

 

 心に巣食う恐怖と寂しさを友奈ちゃんだけでは誤魔化すことができなくなってしまった。

 

 そのっち? だけが何かを決意した顔をしていたけど、それに気を向けるだけの余裕は私には無かった。




千景と若葉の役割が逆な件について。

まるで、千景が西暦勇者達のリーダーのようだ……。まぁ、そこまで細かく描写してないんですけどね、読者さん。

ファフナーと勇者であるシリーズの相性が良すぎるんだよな~。

どちらも「ほら、胃、ズ~ンな展開ばかりだし。(尚、愉悦部は笑顔の模様)」

良く考えなくてもまだ皆、中学生の子供なんだよな~。性格聖人過ぎて忘れがちだけど。


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