IS 灰色の向こうに (ズーキー)
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番外話
-ハロウィン・ロマンス?-


番外編です。



 

 

──ハロウィン。

それは本来古代ケルト人達の収穫祭であり、現代においては宗教要素も薄まり、(アメリカ)の民間行事と化したものである。

 

───そして現代日本においてハロウィンは、仮装パーティと称する方が無難だった。

大人子供関係なく仮装し、その1日を楽しむ。

賛否は別れるだろうが、それもまた1つの文化には違いなかった。

 

 

『というわけで!待ちに待った10月31日(ハロウィン)!──半月前からの告知通り───IS学園ハロウィンパーティーの開催を宣言するわ!』

 

 

歓声があがる。

生徒会長の声が、学園&寮全体に放送として届いていた。

 

『改めて概要を説明するわね?──対処区域は学園や寮全部。主なルールは3つ!生徒は皆何かしらの仮装を行うこと。お菓子を要求してお菓子が貰えなかった場合、相手に悪戯出来ること。そしてお菓子の要求を同じ相手に何度も行うことは原則禁止──だけど別の仮装でなら(・・・・・・・)別カウントとするわ!』

 

アナウンスを耳にしつつ、男子二人は顔を合わせる。

楽しいイベント──の筈なのだが、主催が楯無という事もあり嫌な予感しかしない。

 

時刻は17時半。

食堂にはパーティというだけあって、豪華な食事が並び賑わっている。

裏口は解放され、出た先の中庭にはテーブルまで設けられていた。

 

 

「すっげぇ盛り上がりだな…」

「そうだな。ハロウィンってこんなものなのか?」

「うーん。俺もあんまり馴染みが無かったからなぁ」

 

腕を組んで考える一夏。

黒く長い襟のコートに、高そうな中世風の衣装に身をまとった吸血鬼(ドラキュラ)の格好をしていた。

吸血鬼(ドラキュラ)らしさたる威厳こそ足りないが、そこそこ様になっている。

 

対して流星はカボチャの被り物を被っている。

服装はローブに黒い服であった。

ジャック・オー・ランタンの衣装だろう。

新鮮だと被り物を触る流星、釣られて一夏もカボチャ頭を確認していた。

 

 

「最後に1つ。悪戯についてだけど────」

 

「「……」」

 

嫌な予感は最高潮に。

流星はその場からいつでも逃げ出せるように周囲を確認。

一夏も同様に息を飲んだ。

 

 

「男子二人に限っては、どんな要求をする事も───生徒会権限で可能とするわ!」

 

「────」

「やっぱりかぁー!?」

 

再度湧き上がる食堂。

話を聞いていた専用機持ち達の目の色が変わった────。

 

「流星!」

「ああ、逃げるぞ!」

 

聞き終わるより先に同時に少年二人は動き出した。

ピロン、と各モニターに表示される詳細なルール。

それらを少年達は脳に叩き込みながら、人と人の間を走り抜けていく。

 

彼らが通り過ぎた事に気が付いた少女達も、彼らを追う。

要は学園祭の劇以上の報酬なのだ。

最低でもあの時にエントリーした───野良シンデレラ達は乗り気だ。

 

仮装した女生徒達は鬼気迫る様子で彼らを追う。

カボチャの被り物をした少年は振り返りつつ、真面目な声色で呟いた。

 

 

「これが───ハロウィン……っ!」

 

 

「絶対に違う───!!」

 

 

すんでのところで二人は食堂を出る。

あの人数に囲まれれば逃げられない。

二人は全力で寮の庭へ。

 

 

───背後にいた人混みからは一旦身を隠すことに成功した。

 

庭の草陰から顔を出し、周囲を確認。

二人はホッと安堵の息を漏らす。

 

「一夏、手持ちのお菓子は何個ある?…俺は大体10個飴があるだけだ」

 

「俺は30個位はあったけど、さっき逃げる時に落としたから同じくらいだ……」

 

項垂れる一夏を前に流星は端末を取り出す。

 

「さっき告知されていたルールの詳細だ。ひとまず触れられなければ要求はされないみたいだけど───」

「あの人数が追ってくるのか……。あ、『器物破損は失格』って書いてるぞ。こ、こうなったら俺の部屋のボロボロの扉を───」

「千冬さんに殺されるだろ。そもそも『ただし男子二人は除く』ってあるぞ」

 

──読まれている。

流星と一夏は大きく溜息をつく。

二人が思い浮かべるは扇子を開き高笑いする楯無の姿。

想像内の扇子には最強と書かれていた。

 

「誰かあの魔王を止めてくれ」

「…頑張ってくれ勇者一夏よ。ほら飴をやるよ」

「くそぅ……美味しいなこれ」

「む、本当だ──美味い。─────だが、これで残り8個だ」

「もっと大事にしろよ!?」

 

俺も食べたけどさ!と叫ぶ一夏。

流星は落ち着いた様子で周囲へと視線を移した。

 

「来たみたいだぞ。とりあえず頭を下げろ」

「またかよ!?」

 

流星が言い終わるよりも先に一夏は頭を下げる。

彼がいた場所を弾丸が通過し、後方の地面へと着弾する。

学園祭の時とは違い、もはや慣れたものであった。

 

「あら、反応が素晴らしいですわね。一夏さん」

「セシリア……その服───」

 

姿を現したのはライフルを持ったセシリア。

彼女が着ているのはシスター服であった。

とはいえコスプレ用とも違う本場のもの。

それも生地は高級品を使用した特注であった。

 

仮装という催しであっても、想い人に似合っていると言われたい一心が見て取れる。

対して一夏の答えはいつも通りであった。

 

「その服───高そうだな」

 

「……」

 

「一夏……お前……」

 

「ちょ───!?」

 

即座にライフル銃を構えるセシリア。

的確に銃弾が彼の額を狙う。

一夏は腕部を部分展開し、それを掴み取る。

 

「死ぬかと思った───」

「ご安心下さいまし、一夏さん。当然ゴム弾ですわ」

 

だとしても、まともに喰らえばタダじゃ済まないだろう。

どうしてこんな事をするのだろうか、なんて疑問が一夏の頭に浮かんだあたりでセシリアは口を開く。

 

 

「簡単ですわ。悪戯の権利を得たいなら、お菓子を渡せない状況を作れば宜しくてよ」

 

ニッコリと微笑むセシリアに一夏は悪寒を感じる。

ジリ、と一夏は逃げ出す機を窺う。

睨み合いの状況で流星はニタリと笑った。

 

「成程。ただ狙撃手が態々表に出てくるって事は、焦ってるなセシリア───やはりライバルが多い(ケーキを分けあえない)と見た──!」

 

「!」

 

流星が携帯端末を手にしていたことにセシリアは気が付く。

不味い──と引き金を引くよりも先に背後から足音が聞こえた。

 

「抜け駆けは許さないよ!セシリア!」

「ッ、シャルロットさん!邪魔をするなら容赦しませんわよ!?」

 

駆け付けて来たのは魔女の仮装をしたシャルロット。

魔女帽子とローブは似合っているが、杖に模した猟銃は物騒である。

 

「今の内に!」

 

脱兎の如く二人はその場から離脱する。

学園祭との違いは広さと見知った地形である点だ。

そして何より器物破損は失格──────。

 

「部屋に逃げ込んで鍵を掛ければ勝ちだ!」

 

──と簡単にいかないのが世の常。

箒やラウラの襲撃を掻い潜り、部屋前の廊下に辿り着いた一夏達。

彼らの眼前には大量の女子生徒達が居た。

 

「待ち伏せなんてありかよ」

「不味い、気付かれるぞ」

 

『見付けた!こっちよ!』

 

二人は見付かるより先に駆け出していた。

しかし、人が人を呼ぶ形で廊下は女生徒達が押し寄せてくる。

逃げようとした角から、次の角から───更には正面からも軍団の姿が見えた。

 

 

二人は通路の窓を開け、そこから飛び降りる。

一瞬だけISを部分展開し、華麗に着地して見せた。

 

「取り敢えず校舎に向かおう!」

 

「それしかなさそうだな!」

 

ドラキュラとジャック・オー・ランタンは校舎の方へと走る。

途中迫り来る仮装集団を避けながら彼らは校舎へと辿り着いた。

 

隠れる場所として選んだのは整備室。

職員室で真耶から鍵を受け取る。

───カボチャの帽子にミニスカ装備であったが、彼等は触れないことにする。

実に目のやりどころに困る格好だ。

 

 

他にも簡単な仮装をしている教員が結構見られた。

気分だけでも──というものであろう。

 

オレンジ髪の少年はその中でもいつも通りである千冬へと視線を移す。

──こういう時位はっちゃけても問題ないだろうに───。

 

千冬は溜息を付きながら流星をギロリと睨んだ。

 

「余計な事を考えたら分かっているな?」

 

思うくらい許して欲しい。

流星は口を尖らせながらそっぽを向くのであった。

 

 

 

 

 

 

そうして何事もなく整備室へ。

カチャリと鍵をかけ、二人は椅子に腰を下ろした。

今度こそひと息つけると安心する中、ゴソゴソと物陰で何かが動いた。

 

「「──!」」

 

勢いよく立ち上がり、距離をとる男子二人。

普段の訓練もあり俊敏な動きであった。

 

「なんだ、簪と箒か」

 

物陰から現れたのは簪と箒。

簪は天使、箒は悪魔をイメージした仮装だ。

双方共胸元が開いており、スカートは短くヒラヒラしたもの。

それが恥ずかしいのか、箒はスカートを上から押さえ付けていた。

 

「あ、あまり見るな!」

 

「いや、見るなって言われても───」

 

「いいから見るな!」

 

「はい……」

 

理不尽だと呟きつつ一夏は視線を逸らす。

そんなに恥ずかしいのなら着なければいいのに、とは流石に言えない。

 

「簪達はどうしてここに?」

 

「此処に居れば、流星達が来ると思った……からかな?」

 

「なあ、簪さんと箒は襲っては来ない、よな?お菓子を渡せない状況なら〜って考えでさ」

 

恐る恐る一夏は簪に問いかける。

先程まで追われていた事があって、彼も不安が滲み出ていた。

簪は顎に手を当てる。

 

「…考え無かった訳じゃないけど───」

 

((考えなかった訳じゃないんだ…))

 

「どうせ流星達に逃げられるし、正攻法で行こうかなって」

 

簪は数歩進み、流星の肩に触れる。

その後に半歩下がりお決まりの言葉を口にした。

 

「と、トリックオアトリート」

 

「トリート。はい飴」

 

流星はその言葉に反応し、懐から飴を取り出す。

包装紙に包まれたそれを簪に手渡した。

 

「おお、やっとハロウィンらしくなってきた」

 

一夏は喜びの声を漏らす。

 

箒もまた一夏へと近付き簪と同じ台詞を口にした。

一夏も同様に菓子を渡す。

箒と簪は目配せをし、互いに貰っていないもう1人の男子にもお菓子を要求するのであった。

 

あくまで流星達が逃げていたのは、女生徒の軍団の圧が凄かったからだ。

こうやって普通にイベントに参加している分には特に逃げる理由もない。

 

 

「1つの仮装につき、同じ人に要求出来るのは1回……つまり」

 

飴を舐め終わった簪が何やら呟く。

目の端がキラリと光ったような気がした。

 

「沢山仮装を用意していれば何度も挑戦できる─────」

 

得意気な簪の片手にはいつの間にか衣装が握られていた。

大方ISの拡張領域にしまっていたのだろう。

 

「く、やるしか無いのか」

 

箒は羞恥に震えながら覚悟を決める。

物陰に移動し、それぞれナース服とメイド服に着替える。

 

簪の作戦は至ってシンプル。

流星達のお菓子が無くなるまで要求し続ければ良いというもの。

 

整備室に逃げ込んでくる予想も的中。

彼らは態々危険な外へは逃げないだろう。

箒と手を組んだのも効率化の為である。

 

開催される箒と簪の仮装大会。

一夏は何とも言えない表情であった。

着替えの度に少し聞こえる布の擦れる音に居た堪れない気持ちになる。

流星の方は呑気なものであった。

『簪は何を着ても似合うな』と絶妙に女心を理解していないコメントを零している。

 

減っていくお菓子。

 

今更だが箒と簪は衣装を交換しながらである。

偶に一部の部分がブカブカの服を着て、ムスッとする簪が居たとか居なかったとか。

 

「…どうしたらそんなに大きくなるの……?」

「な、何を言っている!?こんなもの邪魔なだけで───」

「……やっぱり敵……」

 

 

「「……」」

 

恨みの籠った声色。

室温が数度下がった気がした。

 

 

そうして少年達の所持していたお菓子はついに尽きた。

 

流星と一夏は顔を見合わせる。

結構な時間をここで消費出来たが、これはピンチだ。

 

いよいよ何を要求されるのだろうかと二人が不安になる中、一夏はふと思い出したように呟くのだった。

 

「あれ?そもそもお菓子を補助すれば大丈夫なんじゃないか?」

 

「…すっかり忘れていたな」

 

少年達は簪と箒が着替えている内に整備室を後にする。

彼女達の作戦のひとつの欠点────それは着替えている最中に逃げられる事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、売店は開いているかな」

 

カボチャ頭がそう呟く。

現在彼が立っている場所は寮の屋上。

女生徒達に見付からないように回り込む為、ISを用いて登ったのだった。

 

一夏とは別行動。

お菓子を補充する為にそれぞれ別の売店を見に行く判断である。

 

 

(ん?)

 

遠くから聞こえた悲鳴に微妙な表情を浮かべる。

聞きなれた声。

校舎側から聞こえたが──と彼は身を乗り出してそちらを確認する。

ナイフと拳銃を持ったバニーガールに追われる一夏と、彼を追うラウラの姿が窓越しに視認できた。

 

 

(一夏にラウラ────、見なかったことにしよう)

 

 

流星は溜息をつきながら売店側へと足を────。

屋上の扉が勢いよく開かれた。

 

「見付けたわよ!」

 

「───」

 

鉄の扉を蹴り開けて現れたのは鈴である。

思わず身構える流星であったが、彼女の姿を見て目を丸める。

 

鈴が着ていたものはラウラと同じバニースーツ。

うさ耳の被り物にハイヒールと網タイツ、ラウラとの違いはスーツ部分の色がピンクと言う点のみである。

 

肩から掛けている小さなポーチはお菓子入れであろう。

 

「じ、ジロジロ見ないでよ」

 

「そんな格好しておいて言う事かよ。……どうしてここが分かった?」

 

「ここは校舎に比べて狭いし、座るような場所も無いから人気がないのよ。だから寮に戻る時に中継すると踏んで、この付近を待ち伏せしてたってワケ!」

 

ふふんと胸を張り得意げな鈴。

簪といい、常に見張られているのではないかと思う程の先読みっぷりである。

 

 

「覚悟しなさい!」

 

 

どこからか三節棍を取り出し、バニーガールは彼の方へ飛び込む。

 

───ただし鈴は現在ハイヒール姿。

加えて床に凸凹が多いこの場所では、躓くなという方が難しかった。

 

「あ」

 

「!」

 

小柄な少女の身体が勢いよく傾く。

ハイヒールの踵部分が床の隙間にハマったようであった。

 

逃げようとしていた少年は瞬時にそれに反応する。

切り返すように床を蹴り、少女と床の間に滑りこむ。

カボチャの被り物はその勢いで転げ落ちた。

 

身体に衝撃。

息を吐く少年であるが、その腕はしっかりと鈴を抱き抱えていた。

 

 

「怪我はないか」

 

「あ、ありがとう。大丈────」

 

状況が飲み込めず目をぱちくりとさせる鈴。

服越しに伝わる少年の体温。

微かにする少年の汗の匂い。

力強い腕の感触。

 

「っ〜〜〜〜〜?!」

 

かつてないほどに密着している事実を自覚し、三節棍を手放してしまっている事すら遠い彼方。

これがハロウィンだとか。

今ならお菓子を要求できるだとか。

それで同室にさせようだとか───そんな考えは吹き飛んでいた。

 

顔は真っ赤になり、目をぐるぐると回す。

少年は様子がおかしい鈴に対し、何処か打ったのかと心配を露わにする。

 

だが、改めて見て怪我をした様子が無さそうだと判断した流星は安堵の息を漏らした。

 

(ひょっとしてチャンス!?)

 

鈴もその数瞬の内に思考力を取り戻す。

罪悪感はあるが、今こそ要求出来るのではないだろうか。

少年も今ならお菓子を取り出す余裕は無いはず。

それに、取り出す前に腕だけ抑えてしまえばこちらの物である。

 

お決まりの台詞を言おうとしたあたりで───少年が先に口を開いていた。

 

 

「────トリックオアトリート。さあ選べ鈴」

 

「へ?」

 

流星はニタリと意地の悪い笑み。

呆気に取られている内に少女はポーチからお菓子を奪われるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が寝静まり、間もなく日付けも変わろうかという頃。

何やら違和感を覚え、オレンジ髪の少年は目を覚ました。

ゆっくりと瞼が開き、朧気な視界に何かが映る。

天井ではなく、覗き込むような人の顔───水色の髪に赤い瞳の少女だ。

少年は漸く状況を飲み込む。

 

のそりと半身を起こし、半目で少女を見る。

彼女は流星のベッドの上で四つん這いで覗き込んでいたようだった。

 

「あら?起きたの?」

 

何食わぬ顔で反応を示す楯無。

眠い中目蓋をこすり、流星は改めて彼女を見据える。

 

「………、」

 

その格好を前に思わず流星は言葉を失う。

寝起きは気にすらならなかったが、今の楯無───刀奈の格好はひと言で表せば『小悪魔』であった。

 

胸元と腹部が大きく開けられたフレンチスリーブの黒い服。

その裏からは悪魔を思わせる翼が生えていた。

また、カチューシャをしているのか──頭から小さな翼が見えている。

顔にはハートのタトゥーシール。

袖口には青いライン走っている。

胸元のリボンも同様の色。

──尻尾まできっちり生えていた。

 

目の前の少女らしからぬ──可愛いさをチョイスした格好なのは言うまでもない。

 

問題があるとすれば、ミスマッチなまでに胸元や腹部──そして太腿と肌色が多い事だ。

織斑一夏ならば赤面し、動揺を隠せずにいたであろう。

 

 

「どうやって入った」

「そりゃあ合鍵があるからね」

「そうだった…」

 

流星は頭を抑える。

同室ではなくなった時点で、寮長に返却してると思い込んでいたのだ。

つまり目の前の少女はいつでも流星の部屋に出入り可能。

プライバシーなんて言葉はやはり存在しなかった。

 

一方で刀奈は不満げな表情。

少し引いて自身の胸に手を当てる。

 

「この格好については何もないのかしら。せっかく気合い入れたんだから、感想くらい聞かせてくれてもいいんじゃない?」

 

「小悪魔の格好だろ?似合ってるよ。これ以上無いくらいしっくりくる」

 

「え、それだけ?もっとあってもいいんじゃない?可愛いとかドキドキする…!とかとかー、おねーさんの魅力を褒めてくれてもいいのに」

 

「勘弁してくれ。寝起きに何を求めてるんだよ」

 

「男の甲斐性かしら?」

 

「今日は売り切れだよ」

 

そう返すと、流星は布団を被って横になろうとする。

 

 

「まだ寝ちゃダメよ。本題はここからなんだから」

 

それを阻止するように刀奈は彼の手を持ち、彼の上に跨っていた。

得意げに舌なめずりし、彼女はある言葉を告げる。

 

 

「──お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ(トリック・オア・トリート)♪」

 

 

流石に予想外だったのか、少年はキョトンとした表情になった。

してすぐに彼女の意図に気が付いた流星は、視線を逸らし台所の方を見る。

時刻は23時50分───日は跨いでいない。

 

 

「確か菓子ならまだ戸棚に────」

「Trick or Treat?」

 

ヤケに圧を感じると少年は苦々しい表情。

 

当然、寝る際に菓子など持ち込むはずも無い。

取りに行こうにも彼の体には刀奈がのしかかっている。

となれば──選択肢は1つしかない。

彼は諦めたように深く溜息をついた。

 

「これが狙いか」

「答えを聞こうかしら?」

悪戯(トリック)。───けど、どうして今なんだ?俺がお菓子を持っていないタイミングなんて、お前は把握して───」

 

怪訝そうに尋ねる流星。

刀奈は人差し指を彼の唇に当てた。

───ガラリと楯無の雰囲気が変わる。

 

 

「──知りたい?」

 

静かに彼女はそう尋ねる。

落ち着きながらも微かに熱の篭った声。

優しく──そして甘く囁くような声色だった。

 

部屋に射し込む月明かり。

それに照らされる白い肌に水色の髪。

恍惚とした笑みは見る者の心を捉えて離さないだろう。

 

格好と時間帯も相まって現実感がない。

────気付けば、彼女は流星に寄りかかっていた。

 

 

「ねぇ、知りたい?」

 

 

そこから更に流星の体を這うようにして、ジリジリと詰め寄ってくる。

 

「───」

 

特に反応を返すこともなく、少年は見入ったまま。

突き飛ばすなんて──今はそんな発想が浮かんでこなかった。

脳の奥が麻痺しているのかとすら錯覚する。

柔らかな感触がそれを加速させる。

 

体重が預けられる感覚が妙に落ち着いた。

触れた状態で伝わる心音は──少し早い。

 

少女が顔をあげる。

彼女の瞳は流星を捉えていた。

 

「っ」

 

──互いの鼻先が微かに触れる。

ドクンと心臓が一際大きく脈を打つ。

 

触れそうになる唇。

少女の頬が紅く染まっていることに少年は気が付かない。

どちらかが顔をほんの少しでも動かせば触れてしまう───そんな距離だ。

 

 

「「───」」

 

 

互いを見つめて時が止まっていた。

二人ともピクリとすら動かず、瞳に見惚れているようにもとれる。

皆が寝静まった夜。

静けさが二人を包んでいた。

布と肌の擦れる音、吐息の音が聞こえてくる程である。

 

 

いつの間にか自由になっていた少年の手。

それはゆっくりとしかし迷いなく少女の方へと────。

 

 

 

 

「────えい♪」

 

「痛っ─────!?」

 

 

───ガブリと、刀奈が流星の首筋に噛み付いた。

痛覚により流星も現実に帰還する。

包んでいた空気も全て彼方に。

 

首筋を抑えて悶える少年の姿が出来上がった。

 

刀奈はそそくさと身を起こすと、ピースサイン。

まるで照れ隠しのように(・・・・・・・・)、してやったりと笑った。

 

 

「ふふ、引っかかったわね!」

「っ、思いっきり噛むやつがあるか馬鹿。やるなら普通の悪戯にしてくれ」

「隙を見せた流星くんが悪いのよ。それに普通の悪戯なら散々して貰ったでしょう────女の子に」

 

半目で睨む刀奈に流星は困った表情。

 

「噛む理由にはならないだろ。───ったく簪とかにはするなよ?嫌われても知らないからな」

「簪ちゃんにするわけないでしょう。というか誰にもしないわよ?勿論、一夏くんにもね」

「俺はいいのかよ…」

「うん」

 

楽しそうに頷く少女。

コロコロと変わる少女の表情。

色々と文句を言いたいところではあったが──『一夏にもしない』と聞いて、どこか安心している自分がいることに彼は気が付く。

その事実がちょっと癪で───流星は不満げに口を尖らせていた。

 

 

 

「じゃあね。おやすみなさい」

 

日付けも変わり、少女も颯爽とその場を去る。

騒がしいハロウィンも終わり。

仮装やなんやで盛り上がった学園も、朝からいつも通りだ。

 

「───疲れた」

 

思い返すと疲れがぶり返したのか、少年はさっさと寝るべく布団を被る。

驚くほどあっという間に少年の意識は微睡みの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────翌日。

想定通りハロウィンの余韻なども許さず、いつも通りの朝が訪れる。

HR前──皆が雑談に花を咲かせる中、流星は自席へと座る。

大きな欠伸。昨夜の事を思い出し、彼はしかめっ面になった。

 

「?」

 

不機嫌そうな彼に本音は小首を傾げた。

疲れているようにも見えるが、と本音は心配になって彼に尋ねる。

本音が話しかけた瞬間いつもの調子に戻る流星。

 

曰く、慣れないハロウィンで疲れただけとの事。

軽く雑談を交わしていると予鈴が鳴った。

千冬と真耶が教室へと現れ、一日が始まりを告げる。

 

そして、二限目。

1組と2組の合同でのIS授業で場は騒然とする事になった。

完全にフリーズした鈴と本音。唖然とする代表候補生達。

涙目の清香。盛り上がるクラスメイト達。

真耶は顔を赤くして狼狽え、千冬は苦虫を噛み潰したようである。

 

話題の中心にいる少年はハッとなり、首筋に手をやった。

───どうして気付かなかったのか。

固まる少年を置いて、邪推と言う言葉を知らない一夏は呑気に声をかける。

 

「そういや流星。さっきから気になってたんだけど──」

 

一夏の視線が少年の首筋へと向けられる。

そこには──ハッキリと歯型が残っていた────。

 

 

 

 

 

一方で、黛薫子と布仏虚は後にこう語る。

その日は───いつになく更識楯無がご機嫌な様子であった、と。

 

 

 

 

 



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-ある朝の出鱈目-

※注意。
悪ふざけあり。TS込の茶番です。
苦手な人は飛ばしてください。


 

 

それはある休日の朝であった。

少年──織斑一夏の部屋に、突如としてインターホンが鳴り響いた。

 

「ん〜、誰だ?こんな朝早くに」

 

眠い中目を擦りながら、一夏は起き上がる。

時刻は午前6時。休日の朝起きるにしては少し早い。

 

半分寝ぼけつつも、入口に向かう。

前日遅くまで鍛錬していたのも相まってか、疲れもまだ残っていた。

とはいえ問題は無い。

本日は久しぶりに、休息の為丸1日休みと決められていた。

 

 

ガチャりとドアノブを回し、扉を開ける。

相手を確認すらしなかったのは面倒なのもあったからだ。

 

 

「───誰?」

 

てっきり専用機持ちの誰かだと思っていた一夏は首を傾げた。

 

───目の前にいたの紅く長い髪に、男物の服を着た少女。

蘭は赤色の髪の為、また印象が違う。

髪の長さも腰より下まで伸びている。

背丈は箒よりも少し低い。

整った顔立ちもあって人形のようであった。

 

考えずとも、彼の中で知り合いに該当する人物はいない。

 

「驚くのも分かるが、部屋に入れてくれ。用件は中で話す」

 

「…いいけど」

 

と、正体不明の少女は一夏を急かした。

格好からしても訳ありと判断した一夏は仕方なく、部屋に案内する。

嫌な予感がヒシヒシとしてくる中、少女は慣れた様子で一夏の部屋に上がった。

 

一夏は洗面所で顔を洗い、そそくさと2人分のお茶をいれた。

戸棚から自身の朝食と茶菓子を取り出し、テーブルに置く。

 

「えっと、それでどちら様?」

 

一夏の問いかけに少女は気まずそうに視線を逸らした。

朝日の射し込む窓を見つつ、顎に手を当て返答する。

 

「あー、ド真剣な話だが…今宮流星だよ」

 

「………ゑ?」

 

怪訝そうな顔になる一夏に、流星と名乗った少女は苦虫を噛み潰したようであった。

──そら見たことか、なんて言いたげな様子である。

 

「信じられないかもしれないけど、同じクラスメイトの今宮流星だよ。同姓同名の別人でもないからな?」

 

「待て待て待て。お前女子だったのか!?───ぐはっ痛ってぇっ!?」

 

「お前の目は節穴か?…いや、シャルロットの件もあるから節穴かもな──兎も角、今までの俺はどう見ても男だっただろ」

 

殴られた頭を擦りつつ一夏は流星(仮)を見る。

未だ疑惑の視線を向けるのも無理は無いだろう。

 

「ほら、証拠」

 

「『時雨』か。…本当みたいだな」

 

少女の腕にある待機形態のISを見て一夏は渋々納得する。

とはいえ疑問は尽きない。

 

「というか、どうしてここに?」

 

「ここに来たのは避難の為だな。楯無が帰って来る前に部屋を脱出しておきたかった」

 

「鈴や簪さん、のほほんさんのところでも良かったんじゃないか?」

 

「馬鹿言え。こんな姿晒してみろ、遊ばれるのは間違いない」

 

嫌そうに告げる流星に一夏は頷く。

確かに今の別人のような姿では面白がられるだけだ。

 

「じゃあ、どうしてそんなことに?」

「特にこれと言って思い当たる節は…いや、ひとつだけ。…夢を見たんだ」

「夢?」

「Dr.タバネンと名乗る不審者が注射を俺に打つ夢だ。記憶も朧げでハッキリとしないんだけどな」

「……………」

 

────それ、もう犯人分かっちゃった気がする。

一夏は胸中でそう呟いた。

頭を抑え思い出そうとする流星。

他にもヤバい薬を打たれているのだろうか──と一夏は苦笑い。

 

「保健室に行った方がいいんじゃないか?」

「その方が良いんだろうな。けどこんな状態、誰もどうしようもないと思う。出歩くだけでも混乱が起きそうだ」

「だよなぁ…。となると時間経過で様子を見るのか?」

「ひとまずは、だな。今更だけど少し世話になるよ」

 

粗方話し終えたのか、ひと息つくように茶菓子に手を伸ばす流星。

こんな状況下でも焦った様子がないのが実に彼らしい、と一夏は呆れ気味である。

 

 

「筋肉量や体つきはともかく、骨格まで変わってるのがやりづらい。ああいや、全部変わってるって認識の方があってそうだ」

「声や髪色まで変わってるもんな。完全に別人だよなぁ。元々は紅かったとか?」

「そいつは違うな。確かに母親の髪は紅かったが…」

「…悪い。配慮が足りなかった」

 

既に死別した両親の話になりかけた為、一夏は神妙な面持ちで謝る。

彼自身、両親に捨てられた身である為その手の話題には敏感になっているのもあった。

 

「?謝る理由が分からない──ああいや、そういう事(・・・・・)か。謝るなよ。俺が気にしてないのは知ってるだろ?」

「…でもさ」

「くどい。謝りたいなら壁に向かって言ってくれ」

 

──それよりも、と彼は人差し指をピンと立てる。

 

「俺を知らないかと訪ねてくる連中のやり過ごし方を考えないとな」

 

「適当に知らないって言ってればいいんじゃないか」

 

小首を傾げる一夏に流星はキョトンとした顔。

直ぐに真剣な表情になると、深刻そうに語り出した。

 

 

「甘いな。一夏。最近のあいつらはそういう次元じゃ無いんだ」

 

 

あいつら──というワードを聞き、一夏が脳裏に該当しそうな人物を思い浮かべる。

鈴、本音、楯無、簪の4人だ。

 

「のほほんさん達なら、そりゃあ流星を探すだろ」

 

「そこは別に良い。普段から一緒に居るから別におかしな話じゃない。けどな、最近偶にだけど凄いというか───怖い」

 

「怖い?怒らせたのか?」

 

「当然怒ったら怖いだろ。具体的に言うと────」

 

 

と、流星は両腕を組みながら過去の出来事を思い返す。

直ぐに思い出せるエピソードとなると、数は少なくなる。

 

 

 

1つ目は前日の事。

走り込みを終え、少し離れた場所にある自販機で飲み物を買おうと立ち寄った時であった。

時刻は夜。

日も暮れて、珍しい場所に人影がある事に少年は気付く。

 

『あれ、簪か。どうしてここに?』

『流星ならここに来ると思って…。これ、今日探してた資料…』

『ああ、助かる。………なあ、俺がこの資料探してるってどうやってわかったんだ?』

『──後、このドリンクならつい今買っておいた…。気に、入ってるんだよね…?あげる』

『そうだな、ありがとう。……待て、このドリンク見つけたの一昨日なんだけど────』

『───』

 

笑顔で返す簪に少年は思考をやめた。

深く考えるのはNGと判断した為である。

 

 

 

「ぐ、偶然だろ?偶々流星が資料探してるとことか見掛けたとか、偶々流星がそこの自販機で買ってるところを見たとか」

 

「かもしれないな。ただずっと最近こんな調子なんだ。一夏、顔が引き攣ってるぞ。続けていいか?」

 

「よ、よし。続けてくれ」

 

 

そのまま流星は次の話へ。

今度は姉の楯無についてだ。

 

 

 

 

──それは丁度先週の夜。

楯無忙しい中合間を縫って部屋に訪ねて来た時に起きた事だ。

 

 

『ねぇ流星くん、明日って暇でしょう。どこか遊びに行かない?』

 

『急だな。悪いけど、明日暇って訳でも──』

 

『簪ちゃんとの整備の約束なら、多分簪ちゃんに日本代表候補生としての用事が来るから無理よ?』

 

『そうなのか』

 

『後、その後の山田先生との面談も山田先生に急用が出来るわ』

 

『…へ、へぇ』

 

『そしてその後の一夏くんと鍛錬も私が監督するから、超短縮ね!』

 

満面の笑顔で告げる少女に流星は反応が出来ない。

気の所為だろうと考えつつ、冗談である事を尋ねる。

 

『なあ、次の俺の日直はいつ?』

『3日後ね。もう1人の当番は今回は相川さんの筈』

『掃除当番が来るのは?』

『来週ね』

『今夜の俺の予定は?』

『20時10分から走り込み。21時頃からは貰った資料に目を通すのよね、確か。その後就寝準備よね?──あ!目覚ましのセットまだよね?やっといてあげる』

 

即答に戦慄を覚える流星。

おそるおそる尋ねる自身のスケジュールについて、彼女は即答し続けていた。

 

 

 

「──た、楯無さんは更識家として護衛する為の筈…」

 

「一夏、声が震えてるぞ。後は本音と鈴だが───」

 

「いや、もう十分だから!」

 

一夏は手で制止しつつ、ゆっくりと深呼吸する。

内容を再度吟味してひとつの結論に辿り着いた。

 

「──普通に怖ぇよ!!どうなってるんだ!?ナチュラルにスケジュールとか行動を全部把握されてるじゃねぇか!」

 

「だろ?ちょっと困る」

 

「なあ、麻痺してないか流星。麻痺してるよな?ちょっと困るってリアクションも怖い」

 

ちょっと困る、等と言いつつ当事者は眉を八の字にしていた。

軽いリアクションにドン引きする一夏。

背景に彼の慣れが見て取れるからだ。

 

 

 

「「!!!」」

 

インターホンの音に思わず2人は飛び退くよう立ち上がった。

時計を見るに時刻は7時を過ぎているが、まだまだ休日に人を訪ねるには早い。

 

「(任せたぞ…)」

「(お、おう)」

 

目配せと小声で最低限のやり取りを済ませると、流星は素早くベッド下に身を隠す。

一夏はおそるおそるドアへと向かった。

──何故だか緊張する。何故かは分からない。

 

 

 

鍵を内側からあけ、ガチャりと扉を開いた。

 

「おはようございます。楯無さん」

 

「おはよう一夏くん。朝からごめんね?」

 

訪問者は更識楯無。

噂をすればなんとやら。

ゲームで例えるならいきなりのボス格、負けイベントだと一夏は胸中で戦慄する。

 

「こんな朝早くからどうしたんですか?」

 

なるべく驚きを別方面へと昇華する。

かつて流星に聞いた事だ。

腹芸は専門家相手にはしない方が良い。

嘘も言わず、真実のみ話すのがセオリーである。

 

自身のそれでどうにかなる相手とは思えないが、事態が事態。

まず信憑性も皆無な流星の変化を見抜くなど、流石の楯無も不可能だろう。

 

 

「流星くんを見なかった?」

「(男の)流星の姿なら見てないですよ」

「そう…。訪ねてみたら部屋に居なくてね?一夏くんならもしかしたら〜って思ったんだけど、見てないなら仕方ないわね」

 

そっかー、と溜息をつく楯無。

いつもの口調であるがどことなく雰囲気が怪しい。

 

 

「あと、紅くて長い髪が1本だけ部屋に落ちてたんだけど、何か知らない?───ふふ、部屋に女の子でも連れ込んだのかしら」

 

「い、いえ何も!?」

 

ベッド下の流星からは楯無の顔は見えない。

しかし、一夏の震えた声と楯無のオーラから圧力はヒシヒシと伝わってきた。

 

(…物凄い勘違いが起きている気がする…)

 

このまま元の姿に戻れたとしても、ロクな目に合わない。

ならば今出ていくべきか?──紅い髪の少女は少し考える。

 

→今更だ、出ていかない。

 誤解を解いておこう。出ていく。

 

流星は隠れた事を半分後悔しつつ、彼女が去るのをただ待つことに。

 

 

「ありがとう。また何かあったら連絡頂戴」

 

「はぁ…分かりました」

 

ニッコリと笑顔で礼を告げて楯無は立ち去る。

脅威は去った。ベッド下から流星はゆっくりと這い出てくる。

 

 

「──っ、大丈夫。大丈夫だよな?」

 

「多分……な。助かったよ一夏」

 

ホッと安堵の息を漏らす2人。

あまりにも長い一日の始まりに、頭痛が止まらない。

 

「不味い、知らないってつい言ってしまった…!」

「…タイミングが悪過ぎた。仕方がない」

「こうなったら流星には毎回隠れて貰って、俺は知らないで通すしかないな」

「だな。心休まらないだろうけど…」

 

遠い目で作戦会議を終え、2人は湯呑みや茶菓子を片付ける。

少しでも物的証拠を消す為だ。

 

「なんか敷くものあるか?掃除が行き届いているとはいえ、今は髪が長いから色々付いてきそうだ」

 

「ベッド下に敷いとけるものかー。使ってない毛布でいいなら使うか?」

 

「良いのか?」

 

「どうせ使う前に洗濯するし。ほら」

 

「助かる。今のうちにシャワー浴びさせて貰ってもいいか?」

 

「おう。タオルなら棚に幾つかあるから好きなの使ってくれ」

 

一夏から手渡された毛布をベッド下に引き、シェルターを確保する少女。

髪に少し何かついていた為、流星は一夏な許可を貰いシャワールームへ。

 

体が変化しているのだが、本人は特に抵抗がない様子。

先の会話でも体を動かす上でのリアクションしかなかった。

…少し友人の将来が心配になる一夏である。

 

 

数分が経過した。

さっぱりしたと洗面所で体を拭く流星。

一夏は欠伸をしながら寝そべって漫画を読む。

双方とも楯無が去った後という事もあり、気が緩んでいた。

 

ガチャリという音がほぼ同時に2つ(・・)聞こえた。

 

「一夏。タオルは洗濯籠の中に放り込んでたら良いのか?」

「一夏〜ちょっとマフィン焼いてみたんだけどどうか───」

 

洗面所のドアと玄関のドアが同時に開く。

来訪者はシャルロット・デュノア。

金髪の少女と紅い髪の少女は運悪く鉢合わせる事となった。

 

 

「「────」」

 

互いに固まる少女達。

片や紅い髪の少女はどう切り抜けるかを頭をフル回転させ考えている。

 

もう一方の金髪の少女は、眼前の少女の格好と状況に意識がいく。

シャワーを浴びたばかりの艶のある肌。

男物の服。たった今気軽に一夏の名前を呼んだ事実。

朝から?何故────?

 

 

「しゃ、シャル、これはだな───」

 

死んだ魚のような目で呆然と立ち尽くすシャルロットに一夏は誤解を解こうと話し掛ける。

完全に失態である。鍵を掛け忘れていたことを彼は後悔した。

 

 

「どうしたのかな?織斑くん(・・・・)

 

「ひっ!?」

 

ドス黒いオーラを放ちながらシャルロットが再起動する。

同時に再起動した流星は、事の顛末を理解し苦虫を噛み潰したような顔になった。

言葉では止まらない。かといって慣れない体では物音立てずに──は難しい。

 

 

「待て待てシャル!多分物凄い勘違いだ!!こいつは──!」

「ラファール!!」

 

部分展開されるIS。

灰色の鱗殻(グレー・スケール)ごと腕部を展開し、一夏に振り下ろさんと───。

 

「────落ち着けシャルロット」

 

「──!?IS…!?こ、これって『時雨』!?」

 

すんでのところでそれは阻止された。

横からISを部分展開して割って入った流星が、振り下ろす前にシャルロットの腕を掴んだからだ。

 

 

「どうして『時雨』が!?キミは一体…?」

 

「一夏。鍵を締めてくれ」

「驚かせて悪いなシャル。これには海よりも深い訳があるんだ」

 

「ど、どういうこと…?」

 

困惑が怒りより勝ったのか、ISを解除するシャルロット。

一夏の命が奪われる展開は避けられたようだ。

 

 

「端的に言うと、俺は今宮流星だ」

 

「えっ?流星も実は女の子だったの───!?」

 

「…シャルロットまでその反応を返すのか」

 

「だってそういう事が一応あったからな」

 

「骨格まで変わってるんだから、もう少し別の反応でも良かったと思うが……どうでもいいか。実は─────」

 

 

紅い髪の少女が事情を説明する。

信じられないという表情のシャルロット。

完全にとはいかずとも、話としては聞き入れて貰えたようである。

 

「うーん、流石に信じきれない…かな?まだ流星が影で協力して嘘をついてるって言われた方がしっくりくるよ」

「だよなぁ。ここまで変わってたら別人としか思えないし」

 

両腕を組みながら、ウンウンと頷く2人。

 

「信じるかどうかは別にして。ここまで来たからにはシャルロットにも協力して欲しい」

 

「協力?」

 

「主に口裏合わせるとかになる。女子側で協力者がいると、何かとやり過ごしやすいんだよ」

 

「うーん、協力かぁ」

 

シャルロットは困ったように考え出す。

現実感が無いとはいえ、2人を疑っている訳では無い。

ただ問題があるとすれば、やり過ごす相手だ。

流星絡みでのあの4人は───とシャルロットも自信が無さげだ。

 

 

察したのか流星はササッとシャルロットの隣へ。

耳打ちするように、条件を提示した。

 

「(協力してくれれば一夏との2人きりのデートを工面してやる)」

「(えっ!?そんな事出来るの?)」

「(簡単だ。どうだ?乗るか?)」

 

「?」

 

内緒話に一夏は1人首をかしげる。

一方でシャルロットからすれば、提示されたものは破格のもの。

一夏と2人きりで出掛ける──これの難易度のなんと高いことか。

 

 

「さて、答えを聞こうか。シャルロット」

 

「僕でよければ力になるよ!」

 

がっちりと握手を交わす。

何やら密約を交わしていた事は理解した一夏だが、自身が関与しているとは夢にも思わない。

いつも通りの流星の意地の悪い笑みを見て、一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「その表情見てると、流星なんだなぁってなる」

「あ、分かるかも」

 

「…お前ら、俺をどういう目で見てるんだ」

 

紅い髪の少女が不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

ごしごしと乱暴にタオルで髪を拭きながら、2人を睨むようであった。

その表情も実に流星らしいんだけど──とシャルロットは敢えて口に出さない。

 

 

「というか流星、もう少し丁寧にドライヤーを当てないと綺麗な髪が勿体ないよ?」

 

「ここまで長くなった事がないから分からないんだよ。本音(他人)の髪は梳かせるんだが───」

 

「ああもう。櫛とかも用意しないと」

 

「必要ない。どうせ元の体に戻るだろうし──だから必要ないって」

 

「ラウラみたいな事言わない。ほら、梳かすから動かないで」

 

「……」

 

嫌そうな顔でシャルロットにされるがままの流星。

その姿はブラッシングされているペットを連想させた。

 

 

 

「……………。さて、これからどうするかだが」

 

紅い髪の少女は空いているベッドに腰をかける。

一夏は自身のベッドに腰をかけ、シャルロットは椅子に座ってそれぞれ向き合う形になった。

 

「基本は知らないスタンスで頼む。もう楯無に言ってしまった手前矛盾は避けたい」

 

「ここで流星が1人で待っているのは駄目なの?そもそも一夏が留守なら誰も入って来ないんじゃないかな?」

 

「確かにそうか」

 

「だといいんだけどな。一夏が居ないことを全員が理解してるならともかく、そうでないなら厳しいだろう。物音ひとつでもさせてみろ。扉を壊してくる可能性まであるぞ」

 

流星の言葉にシャルロットは言い淀む。

流星の危惧していることはシャルロットからすれば実に分かりやすい。

 

該当する人物は主に箒やセシリア、ラウラだ。

一夏が居ないはずの部屋で物音となれば、要らぬ思考が始まるのは必然。

押し入って目の前の紅い髪の少女と出くわした日には、…語る必要は無い。

 

 

「またドアが壊されるのはちょっと…」

「同感だ。俺も事後処理させられるのは面倒だしな」

 

「ねぇ、流星。やっぱり織斑先生のところへ行こうよ」

 

シャルロットの提案に流星は目を丸めた。

 

「織斑先生のところに?」

 

「うん。聞いた話だとやっぱり犯人が多分犯人だろうし…前の臨海学校でのリアクションを見る感じ、先生から言ってもらうのが1番だと思う」

 

「なるほど。一夏、今更だけど連絡は取れないのか?出向くよりは先生に来てもらった方が楽なんだが…」

 

「悪い…昨日に携帯が壊され──壊れたんだ…」

 

「…………。理由は聞かないでおこう」

 

苦々しい表情で告げる一夏に、流星は目を伏せる。

知っているのかシャルロットは気まずそうに目を逸らしていた。

 

 

「じゃ、じゃあ僕が呼んで来ようかな?それなら一夏がここに残れるし」

「流石シャル、名案だ!」

「頼めるか?シャルロット」

 

 

───と、話が纏まりかけたところで3度目のインターホンが鳴った。

 

 

「(!とりあえず俺は隠れる)」

「(シャルは自然体で!俺が対応するから!)」

「(分かった!)」

 

紅い髪の少女はベッド下へ。

シャルロットは椅子に座ったまま深呼吸。

一夏は流星が隠れたのを見計らってドアへと向かった。

 

 

「──のほほんさん?どうしたんだ」

 

思わず安堵の息が漏れた。

楯無や簪のエピソードを聞いた直後というのもあり、楯無が戻ってきたのかはたまた簪が来たのかと身構えていたが目の前にいるのは布仏本音である。

普段の通りのほほんとした空気を纏った彼女なら、と一夏は笑顔であった。

 

 

 

「おはよーおりむー。いまみーを知らない?」

 

 

「流星か?悪いけど知らないなぁ」

 

だが忘れてはいけない。

先程流星が言った中に本音も含まれていたという事を。

布仏本音とて更識関係者。鋭さならば────。

 

「ふ〜ん。何か事情があるの?」

 

「?事情?いや、俺は何も…」

 

「だっておりむーが隠すってことはそういうことでしょー?」

 

「え゛っ」

 

一夏の表情が思わず強ばる。

ベットの下で少女は戦慄を隠せずにいた。

 

「あ、本音さん。どうしたの?」

 

助太刀にシャルロットが顔を出す。

本音もシャルロットが居たのは予想外だったのか、目を丸めていた。

 

「ねぇねぇ、いまみー見てない?多分おりむーは知ってると思ったんだけど」

 

「流星?部屋には居なかったの?」

 

「…ふーん」

 

本音の纏う雰囲気が微かに変化する。

先に一夏には『知らないか』と尋ねた。

その時の反応から何か隠していると考えた本音は、次にシャルロットに『見ていないか』と質問を変化させていた。

 

そんな中、本音は甘い匂いに気が付く。

 

「なんかいい匂いがする〜。お菓子?」

「あ、うん。マフィンを焼いたんだけど良かったら布仏さんも食べる?」

「そうするー!」

 

わーいと喜びつつ、本音は部屋に入る。

シャルロットや一夏は話題を自然と逸らせたとほっと息をついた。

本音が椅子に座り、3人でテーブルを囲む。

一夏は備え付けの化粧台にある椅子を持ち出し、そこに腰をかけた。

 

紅茶も用意する。

不自然な動きをする訳にもいかなかった。

 

 

(ふーん)

 

部屋の状態を視界の端で捉えつつ、本音は紅茶に視線を落とす。

一瞬の鋭い視線。

さっき隣を通った時に分かったことだが、洗面所の方には水滴が落ちていた。

微かにするシャンプーの香り───シャワーを浴びたと考えるのが妥当だが目の前の2人はその後に見えない。

そうなれば消去法でもう1人いる可能性が出てくるのだが─────。

 

(隠れられるのはベッドの下2つとクローゼットだよね。あとは……浴室かな~)

 

と窓に視線をやる。

閉じているカーテンの裏に隠れられる──と本音は直感したが、足もとには何も無い。

考え過ぎと切り捨て、残り2つを自然に探すことを目標にした。

 

 

「ねぇおりむー。先に手を洗いたいから洗面所借りるね~」

「ああ!いいぜ!」

「ありがと~」

 

洗面所で手を洗いつつ、浴室をこっそり確認───いない。

 

「しっかし、のほほんさんもしっかりしてるんだな」

「私だって手くらい洗うよ~」

「前に虚さんに怒られてただろ?」

「虚さん…確か本音さんのお姉さんだよね」

 

話しながら一夏達の視線を本音は追う。

些細な視線の動きからして、この部屋に何かありそうではあるが───。

 

「ああ。のほほんさんってよく生徒会室でお菓子食べるからさ、よく言われてるんだよ」

 

「おりむ~」

 

ぷくりと膨れてみせる本音。

クローゼットへの距離はそう遠くない。

ある程度意識すれば、一夏達の視線から注意している方向は微かに見て取れる。

 

「ごめんごめん。ほら折角のシャルのマフィンだし食べよーぜ。シャルは料理が上手だよな。お菓子も作れるなんていいお嫁さんになれると思うぜ」

「─────おっ、お嫁さん!?」

 

何気ない唐変木の発言により、シャルロットは顔を真っ赤にした。

会話しながら二人が無意識に視線を外している箇所を絞り込む。

場所はあとベッド辺り────。

 

「ふぁあ、食べたらなんだか眠くなってきちゃった」

 

特に演技でもなく出た欠伸。

本音は心底眠そうにしつつ、席を立ちフラフラとベッドの方へ。

思わず一夏とシャルロットは度肝を抜かれたとばかりに驚く。

下手な反応は逆効果。

彼らにはもう何も出来ない。

 

隠れている流星にも緊張が走った。

 

 

「ん〜?」

 

 

そこで大きく着信音が鳴り響く。

音の発生源はのほほんとした少女のポケットであった。

本音は携帯端末を手に取り操作───すぐに耳に当てた。

 

「やっほーどうしたの〜お姉ちゃん」

 

『どうしたじゃないでしょう本音。聞いたわよ、あなた昨日の書類で────』

 

端末越しに聞こえる呆れたような虚の声。

どうやら一部仕事をサボって置いていた事がバレたらしかった。

苦笑いを浮かべる本音に端末越しに姉は怒る。

 

当然ながらこれには本音は頭が上がらない。

呼び出されティータイムの後に片付けなかった余罪を含め、彼女はすぐさま呼び出しを受けたのだった。

──虚が取っておいたお気に入りの茶菓子の恨みも、ほんの少しだけ混ざっているのだろう。

 

ドタバタと慌てて出ていく本音。

さながら嵐のように去っていく彼女を見ながら、ぽかんと一夏とシャルロットは呆けていた。

 

「た、助かった……?」

 

彼らはホッと息を漏らす。

対してベッドの下からのそのそと紅い髪の少女が這いずり出てきた。

 

「何とかなったか」

 

どっと疲れたような様子で少女はため息を着く。

その手には携帯端末が握られていた。

 

「なるほど、虚さんに連絡したのか」

 

「ああ。背に腹はかえられなくてな。本音には悪い事をしたけど……いや、自業自得だな」

 

「いやー、でも僕はもうバレたかと思ったよ」

 

「俺も。あれ本当にのほほんさんか?いつもよりなんか迫力あったと思う」

 

どれくらいかな?と苦笑いで問うシャルロット。

一夏はそれに対し、ハムスターが虎になったみたいと答える。

 

───いずれにせよ。

 

 

「「「この部屋に居られなくなった───な(ね)」」」」

 

 

 

本音には薄々勘づかれている。

そうなればここに居続けるのは危険である。

 

「……」

 

恐る恐る三人は時計を見る。

 

指し示すのは午前9時───外はとっくに人が出歩いている時間帯。

いつになく絶望した表情を見せる少女の姿が───そこにはあった。

 

 




続くかもしれないし続かないかもしれない。
こんなの流石に有り得ないって?いやいや大体あの人のせいにしとけば何とかなるもんさ。

世の中にはコーラルキメてる人も集団幻覚見る人達もいるから、なにも問題ない。
そうでしょう?ご友人。



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プロローグ
-1-


─。

 

むせ返るような硝煙の臭いに、まともに目を開けられないほどの砂埃。

降り注ぐ土と血と鉛の雨。

上も下も左右すらもはっきりしない。

あたりには原型のワカラナイ何かがいくつも転がっていた。

所々抜けている、曖昧な記憶。

────ただ覚えていることは握り締めていた物の、金属故の重みだけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!」

 

・・・。

 

「───いま・・り・・いくん───!!」

 

ぼやける視界。

眠気が支配する中、女性の声が聞こえた。

何かを訴えているように聞こえるその声に、意識がどんどんクリアなものになってくる。

体も少し揺さぶられている、というところまでは彼もわかった。

どんな夢を見ていたのかは覚えていない、きっと夢など見ないくらいに熟睡していたのだろう。

意識がはっきりしてきたところで、彼は状況を理解する。

──入学早々居眠り、これはかなり不味い。

 

「ッ!!」

 

焦りと緊張に駆られ、少年は急いで顔を上げることにした。

跳び起きるように、急いでだ。

これは少しばかり軽率な行動だった。

何故なら女性の声はすぐ近くから、ちょうど覗き込むような感じでかけられていた。

つまりは───

 

 

「今宮く───っ!?」

 

「~~~~~ッ!?」

 

ゴツンという擬音がよく合う光景だった。

女性と少年の頭がぶつかり、互いに目を回す。

程度のほどはそれほどのものでもなかったが、不意に頭と頭がぶつかって目が回らないなんてことは無い。

 

「~~~~、すいません。大丈夫ですか?」

 

僅かに回復が早かった少年は頭を抑えつつ、女性を見る。

緑のショートヘアに眼鏡、おっとりした雰囲気。

これから過ごしていくこのクラスの担任教師だろうことはすぐにわかった。

チラリと電子黒板に目をやると、そこには名前が書いてある。

山田真耶、それが彼女の名前のようだ。

副担任らしい。

 

 

「~・・・だ、大丈夫です。そ、その今は自己紹介中で次は今宮君の番なんだけど、自己紹介お願いできます?」

 

涙目のまま今の状況を伝えてくれる山田先生。

何だかその姿を見ると少し頼りなさも感じてしまうのは気のせいだと信じたい。

名前を呼ばれたオレンジ髪の少年──『今宮流星』はわかりました、と一言返事をして席を立つ。

周囲からの視線に今更気付くが、気にしないことにする。

どうせ男子は自分ともう1人だけなのだから目立つのは当たり前だ、と。

流星は自己紹介をさっさとすませ、席へ座る。

ありきたりな自己紹介だったが、丁寧にしたため特に変な目で見られるようなことはなかった。

では次の人~と、いつの間にか復活していた山田先生の言葉を受けて次の人の自己紹介が始まる。

 

 

──ここIS学園は『IS(アイエス)』──インフィニット・ストラトスと呼ばれるパワードスーツのことについて学ぶ場所だ。

パワードスーツと言っても、量子化していた銃を取り出して使ったり、空を飛んだりなどとぶっ飛んだもの。

兵器として使うことなど容易なのだが、一応それはアラスカ条約で禁止されたため一種のスポーツ扱いとなっている。

ただ、理由は不明だが本来ISは女にしか使えない。

そんな中、現れた男性搭乗者が流星ともう1人。

順番的には流星は2人目の男性操縦者だった。

 

(・・・)

 

流星は視線をもう1人の男性操縦者である『織斑一夏』のほうへ向ける。

ちょうど、自己紹介が彼の番になったところだった。

 

「では次、織斑一夏君!」

 

「は、はい!?」

 

慌てて立ち上がる一夏。

その光景に流星は既視感を覚えるがきっと気のせいだろう。

再び自己紹介のことを説明する山田先生。

一夏のほうは真剣な表情になると立ち上がり『織斑一夏です!よろしくお願いします!』と、だけ。

次の言葉を待ち、静まり返る教室。

本人もその空気に気がついていたのか、少しだけ間を空けた後何かを決めた様子で言葉を発した。

 

「以上です!」

唖然とするクラスメイト達。

ひっくり返る少女までいるのだからリアクションが豊富というべきか。

 

「あれ!?駄目でした!?───ッ!?」

 

1人驚く一夏の頭上に容赦ない拳骨が炸裂した。

再び教室に響く鈍い音とともに、一夏は1人痛みに悶える。

一方で、教室は静まり返っていた。

一夏に拳骨を喰らわせた人物、その人物を見て驚いているからだ。

すぐに回復した一夏は顔を上げ声を荒げる。

 

「げっ!千冬姉!?───ッ!!?」

 

再び炸裂する拳骨。

その拳を振るった本人は淡々とした様子で注意をする。

 

「学校では織斑先生だ」

 

その光景を見つつ、流星は心から山田先生に感謝した。

もし少し山田先生が起こすのが遅ければあの鉄拳をおそらく自分も喰らっていただろう。

 

彼女の名前は織斑千冬。

織斑一夏の実の姉であり、第1回IS世界大会(モンド・グロッソ)優勝者。

ブリュンヒルデと呼ばれた世界最強のIS操縦者でもある。

教室の静まりかえった雰囲気も、そんな有名人が目の前にいる故のものだろう。

が、このような沈黙は長く続くものではない。

織斑千冬は少し山田先生と話すと、生徒のほうに向き直ると自己紹介を始めた。

 

 

「諸君!私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物にするのが仕事だ」

 

湧き上がる黄色い歓声。

有名人ともなればファンはつき物だ。

これくらいは想像できるが、あまりの歓声の多さに流星は驚きを隠せなかった。

そこは一夏も同じようで不安そうな顔で周囲を見ている。

 

ふと、流星と一夏の目が合った。

まだ一言も言葉を交わしたことのない2人だったが目だけで会話が成立していた。

『ついていけない』

『ああ、俺もだ』

千冬と山田先生の説明が始まり、すぐに静かになる教室。

主にIS学園の寮生活についての説明や行事についてのものだ。

説明が終わり、それと同時にチャイムが鳴る。

再び周囲の視線が一夏や流星に集中する。

すでに廊下のほうが騒がしい、聞こえる会話からして流星たちを見に来たのは明らかだった。

期待と不安が入り混じった気持ちで、流星はため息をついた。

そんな流星の横から声がかけられる。

 

 

「人気者だね~いまみー」

 

はて、いまみーなどと面白い名前の人間がいたのか?などと一瞬考えた流星だが少し遅れてそれが自分を指していることに気付く。

流星は顔を上げ、その奇妙なあだ名で呼んだ女性徒に返事をする。

 

「こういうのは人気者ってのとは少し違うような・・・。君は布仏さんだったっけ?」

 

と、流星が見た先にいたのは眠たそうな目をしてのほほんとした空気を纏った少女。

布仏本音は彼に対しにんまりと笑みを見せつつ返す。

 

「そうだよー。でもいまみー、同級生だし呼び捨てでいいよ」

 

「1年間よろしくな布仏」

 

「よろしくねいまみー」

 

1人目の友人が出来たことに内心流星はホッとしていた。

案外、うまくやっていけそうだなんて思いながらもう1人の男子である一夏の席のほうへ視線を向ける。

席には座っていない。

流星は少し気になり教室を見渡す。

ちょうど、彼は1人の女子に連れられ教室を出るところだった。

だが目が合ったためか一夏のほうから流星に声をかける。

 

 

「俺は織斑一夏だ。一夏って呼んでくれていいぜ。俺も流星って呼ぶからさ!───っとまた後でな」

 

声をかけたというよりは言い残していったという感じだ。

黒髪ポニーテールの少女に連れられ教室を後にしていく。

流星が返事をする間もなかった。

 

「おりむー、篠ノ之さんと知り合いのなのかな?」

 

篠ノ之さん、とは先ほどの黒髪ポニーテールの少女のことなのは言うまでも無い。

疑問を口にする布仏に流星は返す。

 

「彼女とかじゃないか?」

 

「おりむーイケメンだからね~。狙ってる子も多いと思うからもし彼女なら大変なことになるよー」

 

『あっ、いまみーもイケメンだから人気者だよ~』とだけ付け加えるように、まるで今考え付いたように言う布仏に流星は苦笑いを浮かべる。

本人にはきっと悪気はないのだろう、ないと信じたい。

少し拗ねた感じで流星は質問する。

 

 

「君はどうなんだ?布仏は一夏を狙ってたりしてたんじゃないのか?」

 

「えーっと私はね~・・・・・・」

 

考え込んでいる、というわけではなさそうだった。

むしろどう違う理由を答えるべきか、と言ったような感じだ。

少し意地悪な質問でからかってやろうと考えていた流星だったが、その企みは完全に空ぶりに終わったのを意味する。

一方、布仏は何か名案が思いついたというように手を叩く。

 

 

「そうだ!私はいまみーのほうがいいからってことにしとくよー」

 

「真意はわからないけど、一夏争奪戦には加わらないってことはわかったよ」

 

面白くない、といじける流星に楽しげに笑う布仏。

続いて話題は美味しいお菓子の話に移る。

昔からの友人のように砕けて話す二人の会話に入っていけるクラスメイトはいなかった。

残っていた廊下の野次馬も不思議そうに眺めている。

そんな中、流星に話しかける1人の女子がいた。

 

 

「──ちょっとよろしくて?」

 

「ちょっと待ってくれ。布仏の言っているその美味しいお菓子にたまに変なのが混じってないか?」

 

「・・・へ?」

 

話しかけたにも関わらず続くお菓子談義、その前に戸惑う金髪縦ロールの似合うお嬢様系女子。

流星としては『ちょっと待ってくれ』と言った相手は布仏ではなく、金髪女子のほうだ。

一方、布仏のほうは口を尖らせて『そんなことないよー』と不満げに反論していた。

流星として『待ってくれ』と伝えたつもりだった。

だが傍から見れば、気付いていない布仏を除けば無視されたと受け取るのが普通だろう。

 

(・・・)

 

話しかけた金髪少女──セシリア・オルコットは何とか冷静さを保とうとする。

周囲から見れば彼女の周りの空気がピリピリしているのはわかる。

それに気付かないのは話していることに夢中な当事者二人だけ。

お菓子談義はそれから1分、長きに及ぶ論争を持って終結に至った。

 

 

「それで、オルコットさんは何か用なのか?」

 

きっちりと聞き返す流星に頭を痛めるセシリア。

変な人だ、自分のペースをもっていかれそうだと不安を抱えつつセシリアは言葉を返す。

 

 

「世界に2人だけしかいない男性操縦者がどのような人物かと思いまして。今宮さん、でよろしいですか?」

 

「あぁ、そう呼んでくれて構わない。こっちもオルコットさん、で問題はないよな?」

 

「えぇ、構いませんわ」

 

そう話しながらも流星を見るセシリアの目は少し冷ややかなものがあった。

言葉通り『見定めに来た』そんな感じの目を疑問に思ったが口には出さない。

 

「「・・・」」

 

しばしの間、無言で視線だけが交わされた。

睨み合うような構図の中、ほんの少し場の空気が緊張したものとなる。

 

そんな中、授業前のチャイムが鳴り響く。

 

ホッと胸を撫で下ろしたのは意外にも周囲にいた人間だけだった。

 

 

 

 

「やっと終わった~!」

 

鳴り響くチャイムの音とともに、一夏は大きく伸びをしつつ大きな欠伸をした。

時間は放課後。

参考書を捨ててしまったツケが回ってきたことをを授業で身をもって思い知らされたためか、一夏だけは他の生徒よりも遥かに疲れた様子だった。

この段階でついていけないということは致命的であることは本人も理解しており、今からあの分厚い参考書で勉強をしなければならないと考えると頭が痛い。

 

「一夏、随分と参ってるな。どうしたんだ?」

 

全員が下校の準備をしている中、いち早くそれを終えた流星は一夏の隣にきていた。

彼の言葉に返事しつつも一夏も思い出したように荷物を片付け始める。

 

「流星、お前は授業の内容わかったのかよ?」

 

「俺は参考書を捨てたりしてないからな」

 

「ぐっ・・・言い返せない。どうして捨てちまったんだろうな・・・」

 

ところで、と一夏は鞄に手を入れ、鍵を取り出した。

小さく番号の彫られた鍵を流星の目の前に出しつつ、尋ねる。

 

「寮って同じ部屋だよな?俺達」

 

その一夏の問いに何を言っているんだ?とばかりに首を傾げる流星。

当然だろ、と言いつつ自身の部屋の鍵を取り出した。

 

「二人部屋の寮で男子が二人いるのに同じ部屋じゃないのはないだろ」

 

「そうだよなー・・・。って待て流星。それ1053って書いてないか!?」

 

「ん?1053だけどどうしたんだ?」

 

キョトンとする流星とは対称的に一夏の顔は不安にかられたものになっていく。

その顔を見て流星はようやく一夏の言わんとしていることに気がついた。

まさか、とだけ面倒くさそうな顔で呟くように言う。

 

「お互い女子と相部屋ってことになるのか。学園側にも何か事情があるのかな?もしもの時とか?──ちょっと不安だけど、まぁなるようになるさ」

 

「そうだけど、何かいやな予感がする・・・」

 

「とりあえず部屋へ行ってみよう」

 

すぐに切り替えた流星と、未だ顔を青ざめさせている一夏の二人は早速寮へと向かった。

 

校舎の外に出ると、まだ相当数いる下校中の生徒の視線が自然と2人に集中するのがわかった。

好奇の目に晒されながら、一夏はこれからに不安を覚える。

 

──こんなところでやっていけるのだろうか、既にお腹と頭が痛い。

 

一方、流星の方は一夏から見ても平然としていた。

正確には他のことを考えているだけのようだが、一夏からはそこはわからない。

 

「これからが不安だ・・・」

 

「なるようになるさ」

 

自然と漏らした言葉に、返ってくる楽観的な返事。

一夏もそれほど不安ではないようで、1つため息をついた後笑みを浮かべた。

 

「それもそうだな。皆すぐ慣れるだろうし!」

 

慣れるのは俺達の方だろうな、と流星は思ったがあえて口にしなかった。

一夏の顔を見る限り既に分かって言っていることが見て取れたからだ。

 

「それはそうと部屋が気になるな」

 

「いい部屋だと思うぜ流星。何せIS学園だしな、もう驚かない」

 

「はは、言えてるな。荷物は先に届いてるんだっけか?俺の場合荷物はほとんどないができるだけ片付けておきたいから広い部屋がいいな」

 

他愛もない会話をしつつ、寮にたどり着く2人。

中に入り話しながら歩いてるうちに1025室の前にたどり着いた。

流星が住む1053室はもう少し先にある。

 

──じゃあまた明日な、と流星は1025室前で一夏と別れそのまま自室を目指す。

 

1分程して1053室に流星はたどり着いた。

寮に入ってから抱いた感想だが廊下や扉からしてそこそこ高級そうな寮だった。

 

(ルームメイトは先に来てるのか?気楽に話せる人だと助かるが)

 

ドアノブに手をかけ、回し扉を開ける。

鍵はかかっていなかった、既にルームメイトは中にいるらしい。

ガチャリ、とドアを開ける。

──既に先客はいたようだ。

ドアのほうにいる流星のほうに先客は顔を向けた。

 

「!」

 

「───」

 

そこにいたのは水色の髪の少女だった。

スタイルの良さは服の上からでもわかった。

どこかミステリアスな雰囲気をかもし出すその少女に、流星は一瞬だが見惚れていたのは言うまでもない。

クスリと笑う少女に流星は軽く恥ずかしそうに咳払いをしながら部屋に入り、荷物を置くと少女に向き直る。

 

「えーっと、今日からルームメイトとして一緒にやってく今宮流星だ。君は?」

 

流星の問いに水色の髪の少女はふふん♪と得意げに笑みを浮かべつつ、どこからか出した扇子を広げた。

その扇子には最強!と書かれていた。

 

 

「更識楯無。──この学園の生徒会長よ」

 

「・・・え?」

 

ポカンとする流星。

それも当然のことだ。

IS学園の生徒会長とはつまり、学園最強を意味する。

そして更識楯無は『あの』更識家の当主でありロシアの代表候補生でもあったはずだ。

そもそも、言うまでも無いが流星たちと学年が違う二年生のはずだ。

また、流星を含めた一部の人間しか知らないが、更識家というのは裏にも関わっているとかいないとか。

そんな人物がルームメイトになるなど予想できていなかった。

とりあえず、部屋割りは仕組まれたものと見てよさそうだ。

 

「リアクション薄いなぁ~、おねーさん悲しいわ。とりあえず慰めて欲しいなぁ」

 

「・・・どうしてよりにもよって生徒会長が同室に?どういうことですか?」

 

「総スルー・・・。思ったよりも流星くんは曲者のようね」

 

(あぁ、この人絶対面倒くさい人だ)

 

内心の残念感を顔に出さないように抑えつつ、流星は楯無を警戒する。

 

相手の目的もわからない以上、警戒するにこしたことはない。

さらには相手はおそらく専用機を、ISを持っている。

 

(・・・)

 

基本スペック含め、相手の方が流星より上手なのは言うまでもない。

──もちろん勝てはしない、だが出し抜くことは可能のはずだ。

流星は冷静に出方を見る。

 

一方で楯無は警戒する流星を見つつ、吟味する。

 

(なるほど、確かに調べた通り、ね)

 

何か納得するところがあったのか一瞬笑みを浮かべた後口を開いた。

 

「そんな警戒しなくてもいいじゃない。おねーさんは君の味方よ?」

 

と、一言言うと部屋の奥へと歩いていく。

流星もそれについていった。

 

 

「織斑千冬の弟である一夏くんと違って君は何の後ろ盾もないでしょう?そんな人間を普通の人と同じ部屋にしたら、それこそ盗聴やら侵入やら何でもアリになってしまうわ」

 

「なるほど、だからこそ生徒会長自身が抑止力に?」

 

「そうよ。それに更識家は昔から裏工作とか暗部には強いからね。でも流石におねーさんここまで警戒されるとは思わなかったわよ?」

 

拗ねるように口元を尖らせて言う楯無に流星は馬鹿らしくなって警戒するのをやめた。

流星には楯無が嘘をついている風には見えないし、敵対することはない、そう感じたからだ。

彼はフカフカのベッドに座った。

楯無も彼の正面のベッドに座る。

流星は申し訳なさそうに片手で頭を抑えながら、楯無の顔を見る。

 

 

「・・・そういうことですか。変に警戒してすいません、生徒会長」

 

「堅い堅い堅ーーーーーい!!!もー!君の場合は年齢的には同じなんだし、もっと砕けた話し方にしてよー」

 

「はい?」

 

急に駄々っ子のようにごてだした楯無。

流星の顔はまさにポカーンという擬音がピッタリな表情になっていた

──流星の年齢は楯無と同じ年齢だ。

諸事情でIS学園は一年生となっているが、年齢から考えれば楯無と同じ二年生だ。

だが一年生は一年生、と流星はそんなに深くも考えず後輩として接していたつもりだったが・・・。

 

「ルームメイトになるわけだし、そんな堅い物言いだとおねーさん落ち着かないなー。生徒会長って呼び方もよそよそしいし」

 

「なら更識さん、こんな話し方でいいか?」

 

「更識さん、ねー」

 

「はぁ・・」

 

───調子が狂う。

ため息を抑え、呼び方を変えて話を続ける。

 

「楯無、これでいいか?」

 

「む、不機嫌そうね」

 

「今後が思いやられているだけだよ。それで楯無、突然だけど頼みたいことがあるんだ」

 

「何何?おねーさんに惚れちゃった?」

 

「お前は何を言っているんだ。ISについて色々教えて欲しいんだ」

 

それはどのみち誰かに頼むつもりのものだった。

流星は一夏ほどではないが、ISについて細かいことはあまり知らない。

言うまでもなく操縦に関してはドがつくほどの素人だ

楯無に教えてもらえるとなれば、それは心強いと素直に伝える。

 

───そんな彼に対しての楯無の答えは簡単だった。

 

 

「いいわよ、ただし生徒会に入ってくれるならね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字も有るかもですがよろしくお願いします。


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-2-

「・・・はぁ」

IS学園二日目の朝。

食堂で今宮流星は1人ため息をついた。

 

理由は簡単だ、彼の真横に座っている更識楯無が朝から裸エプロンで無理に彼を起こしたためだ。

何故か流星が起きようとしていた時間を把握していたため、それより先に起きていたらしい。

朝から目の保養になるといえばなるが、これから毎日こうだと思うとため息をつくしかなかった。

 

──更識楯無は人をからかうのが好きらしい。

 

そんなこんなで彼は朝から走りこみを済ませ、早速楯無にISのことを教わり今に至る。

 

「流星くんって体力あるのね。これは鍛えがいがありそうかな」

 

「ケロリとした顔で付いてこられた身としては、それは皮肉にしか聞こえないな、楯無?」

 

「そうやってすぐ捻くれないの。学園最強が褒めてるんだから喜んでもいいと思うんだけど」

 

楯無の言葉に流星は半分耳を傾けながら朝食のメニューの一つの味噌汁をすする。

ほどよい熱さが体全体に染み渡るようだった。

 

「体力だけじゃあ意味無い。───っておい楯無、何さらっと俺の玉子焼き盗ってるんだおい!」

 

「長年少年兵してたっていう君の経歴を知ってる私だからこその評価なのに、グスンッおねーさん悲しいわ。あ、もう1ついただくわね?」

 

経歴、と聞いて流星は眉を僅かにひそめる。

 

流星は生まれこそ日本だが、両親の仕事で引っ越し住んでいたのは中東だ。

流星は紛争で両親を亡くし、その後4年以上紛争地域で兵士として生き延びていた。

 

ただ、その後に更識楯無も調べ切れなかった空白の2年間が存在している。

そしてその空白の2年間の後、彼は日本に住んでいたことになって暮らしていた。

 

ちょうどそれが半年前であり、そこから偶然ISに触れ、男性にしてIS適性があることが発覚して今に至る。

 

正直楯無も空白の2年間が気になるが、彼の人格を信用してか、触れてはいけないものと思ったのか本人には追求していない。

彼の性格を直感的に見抜いていたのかもしれない。

 

 

「そんなものISだとあんまり役にたたな───さらっと今度はメインディッシュの魚盗ってく気か!」

 

「今朝の授業料よ。それはそうと今日の放課後生徒会室にきて頂戴、庶務の仕事溜まってるのよね」

 

「いきなりブラックだな」

 

熱い茶を飲み、一服する流星。

おかずを多少奪われはしたが、さっき購入したデザートもある。

気にならない程度の空腹のため問題なかった。

楯無のほうもいつの間にか食べ終えていた。

 

「じゃあ私は先に行くわね。また放課後じゃあね~♪」

 

満腹!と書かれた扇子を広げ、すぐにそれを閉じると楯無はトレーを持ちそのまま席を後にした。

 

水色の少女を目で追いながら流星は二度目のため息。

次はおかずを奪われないようにしよう、と心に決めた流星にどこからか気の抜けた声がかけられた。

 

 

「いまみー、隣いいー?」

 

「あぁ、どうぞ布仏・・・なんだ君のその珍妙な格好は」

 

「寝巻きだよ~。いまみーも着てみる?」

 

「それ似合うのは君くらいだろう」

 

やった!とガッツポーズを取りながら隣3席に腰をかける少女たち。

流星の反応が遅れたのは真横に座った一人だけ、着ぐるみのようなパジャマ姿の少女『布仏本音』のせいだ。

 

 

「布仏達はいいのか?言っちゃなんだけど、男の俺の隣だと悪目立ちするぞ?」

 

「私たちは気にしないから大丈夫だよ~」

 

のほほんとした様子でそう言った彼女はゆっくりと食事を始めた。

釣られて残り二人『鏡ナギ』と『谷本癒子』も食事を始める。

デザートを食する流星を横目に布仏本音は尋ねる。

 

「聞いたよ~いまみー、生徒会に入ったんだって?」

 

「そうだけど情報早過ぎないか。布仏はもしかして生徒会関係者だったり?」

 

「えへへ、そうだよ。それにお姉ちゃんも生徒会だからね~。後これからお姉ちゃんもいる生徒会に入るわけだし布仏じゃなくて本音でいいよ~」

 

「ああ、わかったよ本音。──ってえ?生徒会の一員だったのか」

 

さらりと告げられた真実に流星は目を丸める。

こののほほんとした少女が生徒会とは想像もつかなかったからだ。

人は見た目で判断してはダメだな、などという反省をしている流星とはうってかわり、本音以外の残り二人は少し顔を紅くしていた。

さらりと正当な理由をつけて、名前呼びさせるクラスメイトに驚いたといったような感じだ。

おそらく本音本人はそんな気はないだろうが・・・。

 

 

 

周りからこれでもかという位の好奇の視線を感じるが、幸い本音たちのおかげで気にならなかった。

本音たちはパン一つとサラダ少しといったような少々物足りなさそうなメニューだったが、お菓子などの間食を取るため色々気にしているのだとか、そうでないとか。

他愛のない話を楽しそうに話していた。

どのISスーツが可愛いとか、そんな話が中心。

少しずつだが流星と三人は打ち解けていた、本音以外の残り二人から感じられたぎこちなさも今やすっかりない。

 

 

食事も終わりを迎えそうになったあたり。

パァン!と手を叩くような音が近くから聞こえた。

食堂にいた人間の視線が音の鳴ったほうへ自然と向けられる。

そこに立っていたのはジャージ姿の織斑千冬だった。

 

 

「いつまで食べてる!朝食は迅速に効率よくとれ。一年の寮長は私だ、遅刻はグラウンド10周を課すぞ!」

 

その言葉を聞いた途端、周囲の生徒の食事を摂る速度が上がった。

流星はその様子を見ながら少し呆れた様子で正面に向き直る。

 

 

「教師というより教官だなアレ」

 

デザートを食べ終えた流星は本音ら3人が食事を終えるのを待ってから教室に向かうことにした。

 

 

 

 

ところかわり教室。

俺──今宮流星はチャイムの音と同時にISの参考書から目を離した。

今はISの授業でなかったが簡単な授業だったため1人こっそりISの参考書を読みふけっていたのだが、もう休み時間のようだ。

 

「いまみー、しっかり授業受けなきゃだめだよー」

 

そんな事を言いつつ本音が俺の隣まで歩いてくる。

隣の席の一夏は大きな欠伸をしていた、真面目に授業を受けていたようだが疲れか睡眠不足からか眠いようだ。

本音に視線を戻し参考書をカバンにしまう。

 

「ISに関しちゃほんと遅れてるからな、これくらいしないと」

 

「いまみーは会長に教えて貰うんじゃなかったっけ?」

 

「そうなんだけど、なるべく自力でもやっておきたくてな」

 

なるべく実力を付けたいのもある。

強力な後ろ盾がない以上、そうする他ない。

楯無も手伝ってくれている、受身ではいられない。

そんなわけでISの参考書の他にもISのシステムに関する本、制御、PIC関連の本など部屋には図書館から借りてきた本が山積み。

それらを片っ端から頭に叩き込んでいる最中だ。

気が遠くなる量だが仕方ない、仕方ないんだと言い聞かせるが正直憂鬱だ。

 

 

「いまみー、ISでわからないところあったら教えてあげるよ?私整備科志望だしそこそこ知識はあるよ~」

 

俺の顔を見て何か察したのかえっへんと胸を張る本音。

立派な胸だ。

 

「魅力的な提案だがタダではないと見る」

 

「そうだね〜毎日昼休みにデザートとかどうかな?」

 

「そうきたか、あまり女性に言うのはダメだが言わせてもらおう。太るぞ」

 

「ほ、他でカロリー消費してるしっ!?大丈夫だよきっと」

 

狼狽えた様子で言い訳する本音。

明らかに目が泳いでいる、本人も多少は気にするようだ。

 

「そうだな。なら今度美味しいパフェでも奢るよ」

 

「いまみー約束したからね〜。もう取り消せないよ?後は〜」

 

得意気に笑う本音はどことなく楽しそうだった。

周囲ではヒソヒソと何か楽しそうに語り合うクラスメイトがいるが何を話しているのかは聞こえてこない。

関係ないことだろう、と思いつつ持ってきたお菓子を鞄から取り出す。

 

 

「ところで本音さんや、前金はいるかい?」

 

ニヤリ、と笑いつつ本音を前にお菓子の詰め合わせを見せびらかす。

正直校内でこのような時間に食べていいかと問われると答えはNOだと思われるが織斑先生も今はいないので気にしない。

おかしなテンションなのはノリだ。

 

 

「交渉するにはブツが1つ足りませんぜ。へっへっへ」

 

──うわぁ、予想以上にノリノリだよこの子。

原因はこちらなのだが、と内心声を押し殺しつつ鞄からもう1袋詰め合わせを持ち出す。

もちろん、全て本音の好みのモノ。

種類は多く、お菓子というよりおやつと言った方がいいかもしれない。

 

「追加分を出してやろう」

 

「──いまみー、交渉成立!」

 

手を取り合い喜ぶ本音。

随分と安上がりである、これでいいのか本音。

パフェは流石に安くは済ませないでおこうなどと考えていると、横の方から大きな声が聞こえた。

 

 

 

「──信じられませんわ!」

 

 

声のする方、横の席の一夏の方に目をやる。

彼は誰かと話しているようだ。

それは彼の幼馴染と噂で聞いた篠ノ之箒ではなく、金髪の女子──セシリア・オルコットだった。

教室に響いたのは彼女の声だ。

 

「日本の男性というのはこうも無知ですの!?」

 

 

「・・・一夏、どうした?何言ったんだ?」

 

「代表候補生って何って聞いただけだぞ?」

 

キョトンとした顔で返す一夏に返す言葉をなくす。

周りのクラスメイト皆もずっこけているのがわかった。

あぁ、気持ちがわかる気がする。

 

「IS国家代表者の候補生だよ。簡単に言うと凄い」

 

「なるほど」

 

凄いのはわかったようだが、どれくらい凄いかまでは伝わっていないようだ。

頭の上に?を浮かべている。

ISに今まで触れてこなかったのだ、仕方がない。

一夏の暢気な返事にそう半分諦めていると、先程まで唖然としていたはずのセシリアが復活していた。

 

「そうエリートなのですわ!」

 

凄い=エリートなのかはわからないがわかりやすいタイプである。

機嫌よく復活したセシリアに対し、一夏は素直に返す。

 

「へぇーすごいんだな」

 

おそらくは本当に素直な感想だったのだろう。

だが聞いている側からすれば煽られているようにも聞こえる。

特にセシリアのようなタイプからすると煽り以外には聞こえないだろう。

 

「馬鹿にしてますの!?」

 

「何でだよ」

 

少しだけムキになるセシリアだが内心何かに納得したように急に冷静になると、得意げな笑みを浮かべて一夏に優しく話しかけた。

 

「──ま、まぁ(わたくし)は優秀ですから貴方みたいな人間にも、泣いて頼まれたらわからないことがあれば優しく教えて差し上げてもよくってよ?何せ私、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから」

 

教官を倒した、と聞いて考えをめぐらせる。

IS学園とは一つの独立した機関であり、ISを教える機関としては最大級のもののはずだ。

そして、そこに所属する教官は織斑千冬をはじめとするISの操縦者。

ブリュンヒルデと称された織斑千冬がいた時に、国家代表候補だった山田先生などおそらく並の国家代表候補生以上だったはずだ。

 

教官が今から入学しようとしている国家代表候補生に負けるとは思えない。

試験なのだから、おそらくは手を抜いていたのだろう。

どのみち、教官を唯一倒したのであればこの生徒の中でセシリアは間違いなくエリートなのは違いないが。

セシリアのIS操縦技術が気になるところではあった。

 

 

「あれ?俺も倒したぞ、教官」

 

「「え?」」

 

唐突に投下された一夏の爆弾発言にセシリアと俺の声が重なった。

 

「それはどういう・・・」

 

「どうって、向こうが勝手に突っ込んできて壁に当たって自滅しただけだぞ?」

 

───ダメだ、教官にやる気があったのかすら疑問に思えてきたぞ。

俺自身はISの試験をまともに突破できていない。

ISに乗った瞬間墜落したためだ。

だから俺的には初心者のはずの一夏が普通に墜落しなかっただけでも驚きなのだが、その顛末だけを聞くと呆れる以外なかった。

 

 

「そ、そんな!貴方!貴方も教官を倒したって言うの!?」

 

「えっとおちつけよ」

 

ただ、セシリアだけは納得がいかないようで一夏に喰らいついていたのはいうまでも無い。

 

 

 

 

「・・・っ!─────寝てた、か」

 

 

場所も時間も変わり、次の日の朝。

俺が目を覚ました場所は寮のベッドではなく、IS学園内のIS整備室の中でだった。

時計を見ると、時刻は午前6時過ぎ。

ISの構造と知識を出来る限り知りたいと、放課後に生徒会での仕事を終えた後整備室に篭っていたのだった。

特別に許可を申請していたため徹夜未遂自体に問題はなく、分厚い本や資料の束を参考にしながら出来る範囲までのISの分解作業を4時頃まで行っていた記憶はあるのだが・・・。

 

(ほぼ終わった気の緩みで寝ちゃってたか。とりあえずもう少しだけ続けて片付けて、寮に戻るか)

 

眠気を振り払いながら重い瞼をこすりつつ、目の前の武装の仕組みを知るべくスパナを手にもつ。

 

(っと、ここの部品どういうのだっけ)

 

ふと我に返ったように隣に散乱している資料から目当ての物を探す。

積んで束にしていたはずが、寝ていたときに崩してしまったものと思われる。

資料を探そうとキョロキョロしていると、同じ整備室の少し後ろのほうでかすかに物音がした。

確か、深夜はこの整備室には俺1人だったはずだ。

 

(俺が寝てる間にきたのか?)

 

と、気になって顔を上げ後ろを見る。

 

「「あ」」

 

不意に目が合った。

水色の髪に眼鏡をかけた大人しそうな少女。

眼鏡、に見えるが度は入っていないように見える。

何かレンズ部分に映っている、まさかディスプレイなのだろうか。

 

それにしても、誰かに似ている。

 

「お、おはよう?」

 

寝起き故に出てしまう言葉。

まだ頭は寝ぼけているようだ。

相手は困ったような顔でキョトンとしていた。

 

「ごめん、まだ寝ぼけてるみたいだ。作業の邪魔になっちゃったのなら謝る。片付けてすぐ出て行くよ」

 

「・・・」

 

なんともいえない気恥ずかしさに急かされるように片づけをすすめる。

それに対し彼女も自分の作業に戻ったようだ。

彼女のほうからキーボードの音が聞こえた。

ISの調整でもしているのだろう。

 

資料を漁りつつ、バラした部分の組み立て作業を終える。

一度理解してからの作業のため一時間ほどで作業は終わりを告げた。

 

「───」

 

チラリと反対側にいる彼女のほうを見る。

俺が弄っていた量産機のラファールと違い見たことのないISだった。

専用機だろうか?

それに調整と言うより今まだ造り上げている感じに思えた。

この一つ一つをもしかすると彼女は造り上げているのだろうか。

 

 

「凄いな・・・」

 

「え?」

 

思わず呟いた言葉に、集中していて俺が見ていることに気付かなかった彼女がこちらを見た。

声に出ていたことに気付き、恥ずかしくなって顔を背け作業に戻る。

 

「すまない、忘れてくれ」

 

 

「・・・そこのパーツ、間違えてる」

 

 

「あ゛・・・」

 

・・・。

ぼそっと呟かれた彼女の指摘により、ハッと間違いに気付く。

俺は今、パーツを明らかにハマらない場所に取り付けようとしていたのだ。

小学生でもわかるだろうに・・・。

なんとも言えない気恥ずかしさに襲われる。

・・・話題を逸らそう。

 

 

「ありがとう、助かったよ。俺は1年1組の今宮流星、君は?」

 

「・・・1年4組。更識、簪」

 

更識と言ったあたりでチラリと彼女は様子を伺うように俺の方を視線を送っていた。

何か思うところがあるのか、その視線はどことなく不安げだ。

 

「更識簪か。なるほど楯無の妹さんか」

 

「・・・!」

 

俺のその言葉にこちらを見る瞳の不安の色が強まるのを感じた。

何かワケありなのだろうか?

触れない方が良さそうだ。

──彼女の傍らにある機体に目をやる。

 

「そのISは簪の専用機だったりするのか?学園に配備されてるものじゃなさそうだ」

 

コクリ、と頷くことで肯定する簪。

自然と下の名前で呼んでしまったがそれは気にして無さそうで安心した。

 

「しかし凄いな、まだ1年生になったばかりなのにIS作ってるのか」

 

簪のISを自分の横にある学園のIS『打鉄』と見比べる。

簪のISのフォルムは『打鉄』に比べ流線形がある程度目立ち、純粋に男心をくすぐるかっこ良さがあった。

多分、俺は少し浮かれて見入っていたのだろう。

彼女のISの周りを何回か回った後に尋ねた。

少し簪は困惑した様子だった。

 

「このISの名前はなんていうんだ?」

 

「え?う、『打鉄弐式』・・・」

 

「打鉄弐式か。完成したらまた見せて欲しい、構わないか?」

 

 

「え?う、うん?」

 

 

 

「打鉄弐式か。完成したらまた見せて欲しい、構わないか?」

 

楽しそうにそう言う今宮流星を見て、私──更識簪は戸惑いを隠せなかった。

未完成の『打鉄弐式』を見るこの今宮君の顔がなんとも楽しそうで、その様子は初めて飛行機を見た子供さながらだった。

 

「え?う、うん?」

 

未完成とはいえ、開発途中の自分のISをそんな楽しそうに見られるのは嫌ではない。

──どこかホッとした自分がいた。

それがこのISを認めてもらえたからなのか、姉のことをそれ以上彼が言わなかったからか、サラリと下の名前で呼ばれているからかはわからない。

 

 

 

一通り見て満足したのか、彼は真面目な顔でこちらに向き直る。

 

──2人目の男性操縦者。

 

彼の存在は私から見ても不思議なものだった。

 

1人目が織斑千冬という世界最強の弟というのに対し、

2人目は何の変哲もない一般人。

 

IS適正がCということもあり、各所から学園などに送らずどこかの研究所にいくべきでは?などという声もあとを絶たない。

 

ISに乗れる男ということでも、織斑千冬の弟は許せても、彼は許せないという恐ろしい思想の人までいる聞いたこともある。

 

 

 

織斑一夏と今宮流星。

 

 

不意に脳裏にチラつくのは優れた姉と、その妹の私。

 

きっとそれは根本的には間違っているだろうけど、私は今宮流星にどことなく親近感を持った。

 

 

 

「ありがとう簪、俺一旦片付けて寮に戻るよ」

 

 

 

そう言い自然と自分の作業に戻る今宮君。

 

私も自分の作業に戻る。

 

こういうのも悪くないかな、なんて思う自分がいることに驚く。

 

 

ちらりと今宮君の方を再び見る。

 

彼はまだ少し眠そうな目を擦りながら、機材と資料を片付けている。

 

何かはっきりとした目標か何かを秘めている、そんなものをその背から感じ取った。

 

 

彼と織斑一夏との関係は至って良好だと聞いている。

 

 

彼が私の立場なら、姉とはどうやってのけただろうか?

 

聞けば何か答えを得られるのだろうか。

 

 

「ん?どうした、簪」

 

ふとこちらの視線に気付いた彼が不思議そうに尋ねてくる。

 

「うぅん、なんでもない」

 

「そうか?じゃあ俺はもう行くよ」

 

--またな、と気前よく告げた彼は整備室を後にする。

 

喉まで出かかっていた『ある疑問』はついに口にすることはなかった。

 

 

 

整備室を後にした今宮流星はシャワーを浴びる為に一旦寮に戻って来ていた。

 

少しそれぞれの部屋から物音がするあたり皆登校の支度をしているのだろう。

 

おはよう、と声をかけてくるクラスメイトとも数名すれ違った。

 

彼女らは朝食を食べに食堂に向かったのだろう。

 

そんなことを考えながら流星は自室に入る。

 

扉を開けた先で迎えてくれたのは既に制服を着た状態のルームメイト、楯無だった。

 

 

「おかえりなさい流星くん。どう?捗った?」

 

「さあな。資料に載ってたようなことは一通り頭に叩き込んだつもりだが・・・量が多過ぎるし難しいことが多いのを改めて思い知らされたよ」

 

そうため息をつきながら言うと、楯無はどこか楽しそうに笑みを浮かべながら流星に書類を渡す。

 

それは先日に流星が提出したアリーナの使用申請を許可するものだった。

 

「ふふ、なら今日の放課後はISの操縦の指導よ。生徒会の仕事後にアリーナでね」

 

ISについて教えて貰えるのは有難いが、生徒会の仕事後、という言葉に流星はたまらずため息をつく。

先日捌いた書類の量と備品の点検などの山ほどの仕事を思い出し頭を抱える。

 

「うげ、仕事の量まだまだあるのにその後かよ。生徒会は新人を酷使し過ぎじゃねえか?ブラック生徒会長様」

 

「仕方ないじゃない、この学園が学園だもの。それに新学期始まったところだし猫の手も借りたいところなのよ」

 

そう言いつつ楯無が口元を覆うようにどこからか取り出した扇子を開く。

その扇子には『戦力』と達筆な字で書かれていた。

 

 

「人手不足ならそれこそ妹にでも手伝って貰ったらどうだ?」

 

楯無の様子を見つつ、探りを入れるように簪を話題に出す。

整備室での簪の反応的に姉妹仲は良好…とは行かなさそうだが。

楯無の様子は先程よりも元気がない。

どこか困ったような落ち込んだような様子だ。

 

───楯無の性格からは想像もつかない珍しい反応。

 

単に不仲、ということではなさそうだ。

 

 

「…簪ちゃんと会ったの?」

 

「整備室でな。お前の名前を出した時微妙な反応をしたからもしやと思ったが、ワケありのようだな」

 

静かに頷く楯無にはいつもの元気さはない。

これ以上は踏み込まない方が良さそうだな、などと流星が考えていると楯無の方から口を開いた。

 

 

「その、ね。簪ちゃんは今一人で専用機を作り上げようとしているの」

 

「『打鉄弐式』だったか。一人で、か。どうしてだ?」

 

ISの専用機を学生が作る、これは普通はない事だ。

学業とIS、それに合わせて専用機の開発などただでさえ時間もない上にありとあらゆる知識がいる。

簪の努力は如何程のものか、流星には計り知れない。

だが、そうなった経緯が流星には気になって仕方がなかった。

 

「それはね、倉持技研が一夏君のISを作るために放置しちゃったからなのよ」

 

「間接的にだが一夏のせいで専用機を一人で…?」

 

「後多分、私が今のこのISを一人で組み立てたって噂が流れてたせいだと思う」

 

 

「…なるほどな」

 

簪の不安そうな表情を思い出す。

そして、どこか強い意志を秘めた目を。

 

そこで大体を流星は理解した。

簪は優秀な姉と比較され続ける立場にあるはずだ。

簪にもおそらく思うところがあったのだろう。

だからこそ誰の助けも借りようとしないのだ。

そしてそんな状況だからこそ、姉の楯無も手だしできず、少しずつ開いた妹との距離に悩んでいる。

 

 

「一筋縄ではいかないわけだ」

 

流星は部屋の隅に置いているコーヒーメーカーでコーヒーを二人分入れ、片方を楯無に渡すと部屋のテーブル前のソファに腰をかける。

楯無も彼とテーブルを挟んで対面に座った。

一口飲んでお互いに一息つく。

少し調子が戻ったのか、楯無は少し呆れたように呟いた。

 

「──こういうこと、流星くんはもっと鈍いと思ったんだけど」

 

「失礼な、俺も人並みには鋭いよ」

 

そう言い、流星はコーヒーをさらに一口飲むとテーブルの上にISに関する参考書とパンを置き、その本を手に取るとコーヒーを片手に読み始めた。

 

「おねーさんもドン引きする位に勤勉ね。聞いた話授業中もずっとそうみたいだし少しは休んだら?」

 

「その年でロシアの国家代表IS操縦者になった人間に言われたくないな」

 

そう言って楯無に一瞬視線を戻す。

そして視線をまた参考書に戻す流星に楯無は不思議そうに尋ねた。

 

「食堂には行かないの?」

 

「今日は行かない。朝食ならこのパンで充分だ。楯無の分も買ってきているが食べるか?」

 

片手で指差すのは鞄の横に置かれた二個目のパン。

───ちゃっかりデザートも二つ買ってきていることに楯無は気付きニヤリと笑みを浮かべる。

 

「流星くん、おねーさんと二人で朝御飯食べたかったんだ?」

 

「そうかそうか、そうからかってくるのなら楯無の分はナシだな」

 

「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。まさか思わなかったわ。そんなに流星くんが私と二人きりになりたかったなんて…!」

 

「…お前はどうして朝からそんなにテンション高いんだ」

 

参考書から目を離さずにいる流星だが、楯無のノリに付いていけないとばかりにため息をつく。

楯無は遠慮無しという感じに流星が買ってきたパンを食べ始めていた。

 

「───まぁ、元気な方が楯無らしい、か」

 

ボソッと呟くように言ったが、楯無はそれを聞いていたのかキョトンとした顔になる。

対称的に余計な発言をしたと、流星は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「もしかして流星くん、私を口説きに来てた?」

 

「有り得ないから安心しろ」

 

「いけず。ノッてくれたっていいじゃない」

 

「ノッても調子に乗るだけだろお前」

 

否定しつつもこの気楽なやりとりにどこか懐かしいものを感じる流星。

過去に楯無のような性格の人間と親しかった、というわけではない。

 

何故かここまで自分でも気を許しているのが不思議だなと流星は一人思った、が気のせいだろうと結論づける。

 

──こうやって誰かとくつろぐのはいつぶりだろうか──。

 

 

そして、流星がほんの少しだけ見せた表情の変化を更識楯無が見落とすはずもなかった。

が、それは踏み込むべきではないことは理解している。

 

 

……。

 

流星は参考書を閉じると最後の一口になっていたパンを食べ切り、そのまま残ったコーヒーを飲み干す。

 

デザートのプリンは冷蔵庫にしまいつつ、参考書と制服の上着だけ自分のベッドに放り投げる。

 

「疲れた。シャワー浴びてくるよ」

 

「え?一緒に入るの?」

 

「やめてくれ。目に毒だ」

 

げんなりとした様子で脱衣所に入っていく流星。

その後ろ姿を見つつ、楽しそうに笑みを浮かべるは楯無。

 

 

 

───冷蔵庫に入れられていた流星のプリンの安否は言うまでもない。

 

 

 

 

 




20話位までは書けてるので毎日投稿します。
それ以降は週一とかになるかも知れません。



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-3-

「──という訳で今度のクラスの代表戦に出るクラス代表を決めることにする。クラスの代表は言うなればクラスの委員長と思え。一度なれば一年間そのままだ。自薦他薦は問わない、誰かいないか」

 

今はHRの時間。

1年1組の教室に織斑千冬の声が響き渡る。

クラスの代表、簡単に言うと委員長を決めようという話だが、相変わらず今宮流星は一人こっそりとISの参考書を黙々と読みふけっていた。

 

クラス代表戦、というワードにだけ惹かれそうになった流星だが生徒会に所属しており、ISについて学ぶことが多い今、その暇は無さそうだと判断する。

楯無との練習時間も考慮してのことだった。

 

そう一人結論を出すと視線ももう一度参考書へ戻そうとする。

 

──瞬間、流星の頭上から音もなく出席簿が振り下ろされた。

 

「ッ!?」

 

凄まじい音を炸裂させた出席簿を振るったのは言うまでもなく千冬だ。

 

「今宮、今はHRだ。勉強熱心なのはいい事だがここは集団生活を学ぶ場所でもあるということを忘れるな」

 

流星は片手で頭をさすりつつ、参考書をカバンの中にしまう。

とりあえずクラス代表が誰になるかなど微塵も興味がない流星は、頬杖をついた状態であたりを見回した。

 

 

「織斑君がいいと思います!」

「私も!」

「わたしもー!」

 

予想通り、という感じで他薦されるのは二人しかいない男性操縦者の一人目、織斑一夏だ。

 

「なっ!?嘘だろ!?」

 

「自薦他薦は問わないと言ったはずだ。推薦された以上候補から降りることは認めん」

 

畳み掛けるように言う千冬に一夏は完全に退路を絶たれた。

当の本人は困惑している様子であり、流星も少し同情してしまう。

 

一方、流星の名前が出ないのは当然だった。

世界最強の織斑千冬、その弟とぽっと出の一般人では期待のされ方、興味の持たれ方がまるで違う。

当の流星は逆に今はこの方が都合がいいか、などとどこか他人事だ。

 

 

──だが、そうは問屋がおろさない。

一人手を挙げ、いつも通りの笑みを浮かべるのは布仏本音。

 

「いまみーを推薦します」

 

よくわからず固まる流星の前で、少しだけ楽しそうに千冬は事実を告げた。

 

「だ、そうだ。よかったな今宮」

 

──何故か楽しんでるぞ、この鬼教師。

 

「・・・本音、あとで覚えてろよ・・・」

 

こうなってしまえば、後はもう既に推薦され候補になっている一夏に全て押し付ける他ない。

流星は素早く手をあげ、席を立ち行動に移る。

 

「一夏を推薦します!」

 

「そうくるなら、俺は流星を推薦するぞ!!」

 

「悪足掻きはよせ一夏」

 

「流星のそれも同じだろ!?」

 

対抗して席を立ち、流星を推薦する一夏。

傍から見れば醜い争いではあるが、本人達は至って真面目であった。

 

「他に推薦や立候補者はいないか?いないのならば推薦された二人から投票で決めるぞ」

 

千冬がそう言いつつクラスを見渡し、最終確認をする。

流星は投票で一夏が勝つことを確信しつつ、ISの参考書を取り出そうとしたその時だった。

 

 

「───納得がいきませんわ!」

 

バン!と机を叩いて立ち上がると、セシリア・オルコットは一夏と流星の方へ視線を向ける。

 

「男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!クラス代表はISの実力がトップの人間がなるべきですわ!イギリスの代表候補生である(わたくし)、セシリア・オルコットを差し置いて、ただ珍しいというだけで男なんかが代表になるなんて認められませんわ!」

 

ほんの一部は正論だな、と流星は思いつつセシリアを見る。

男なんかという言葉には棘を感じるが、実力主義かつあそこまで言い張れる自信──それを裏付ける実力があるのだろうなどとも考える。

 

一方一夏は棘のある言い方に少し思うところはあったが、別の立候補者?が現れたことに少し安堵していた。

これでクラス代表にならなくてすむ、などと気楽に考えていた。

 

セシリアの演説は終わっていない。

 

 

「大体、文化としても後進的な国で過ごさなくてはいけないこと自体(わたくし)には耐え難い苦痛で──」

 

と、そのあたりで一夏も不快に思ったのか口を開いた。

明らかに不快そうなムッとした表情で。

 

「そう言うイギリスだってたいしたお国自慢ないじゃないか。世界で一番不味い料理、何年覇者だよ?」

 

一夏の反論にセシリアは怒りを露わにして一夏と向かい合う。

まさか反論してくるとは思わなかったのだろう。

 

「貴方(わたくし)の祖国を馬鹿にしますのね!?」

 

「先に馬鹿にしてきたのはそっちだろ」

 

 

───そして、二人の言い合いをクラスメイト達が見守る中、流星はさり気なく着席してISの参考書を読んでいた。

 

セシリアと一夏のやり取りを様子見していた千冬ではあるが、流星のその行動に気付かないわけがなく、気配を殺して流星の席の前まで移動するとそのまま脳天に出席簿を叩き込んだ。

 

「がッ!?」

 

「この状況で気にせずそう出来るところには感心するが、先ほど注意したところだぞ今宮」

 

「そ、そうでしたね。でもあれ止めないんですか織斑先生」

 

「なに、そう変なことにはならんさ。収まるべきところに収まる」

 

「…他人事ですね」

 

「お前にだけは言われたくないな」

 

流星は千冬の放任っぷりに戸惑いつつ渦中の二人に視線を戻す。

その二人はしばらく睨み合ってはいたが、セシリアが痺れを切らしたらしく手を大きく振りかぶると振り下ろしそのまま一夏を指さした。

 

「決闘ですわ!」

 

「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

 

セシリアの決闘をすぐに了承する一夏。

国家代表候補生相手に一歩も下がらないのは男としての意地か、はたまた考えなしか。

 

「負けたら奴隷としてこき使ってあげますわ!」

 

趣旨が変わってないか?と突っ込みたくなる流星だが、首を突っ込まないのが正解だなと口を閉じている。

一夏はその台詞に対し、臆する様子もなく告げた。

 

「それで、ハンデはどれくらいつける?」

 

「あら?戦う前からお願いかしら?」

 

「いや違う、俺がどのくらいハンデをつけるかなんだが……」

 

瞬間、クラス中に笑い声が響き渡った。

当然だ。

クラスメイトは一夏の意図を理解して言う。

「男が女より強かったのはずっと昔のことだよ」

「今は男と女が戦争すれば男は三日と持たない」

「今からでもハンデをつけてもらいなよ」と。

 

あぁ、当然の話だ。

だが、一夏にあったのは今は多くの男から奪われた意地。

 

一夏が事実を認識しつつも、クラスメイトの忠告を無視しているとどこか他人事の様子で流星は呟いた。

 

「まあでもそれで、男なんかって発言は笑っちゃうかもな」

 

その言葉に一夏だけでなくセシリア、そしてクラスメイト全員が流星の方を見た。

セシリアは自身の発言を否定する流星に不満げだ。

 

「なんですの?さっきまで他人事と静観を決め込んでいた貴方に言われたくは───」

 

「そう言うなよ。オルコットはともかく、専用機も持ってない人間がIS前提で男女での力関係の話をするのが不思議なんだ。コアの数には限りがあり500未満なのに、だ」

 

不満と言うより疑問。

 

流星の言うそれに、あるものは不快感を持ち、あるものは同じように首を傾げ、あるものを唖然としていた。

そして、と流星は一夏の方に向かって言う。

 

 

「国家代表候補生にハンデやろうとするとか、男女関係なくお前バカだろ」

 

「なっ!?べ、別にいいだろ!?」

 

「別にいいけど、──いやなんか逆に安心してきた。お前なら何とか出来そうだわ。頑張れ」

 

 

途中から面倒臭くなったのか、テキトーに片付ける流星。

流星としては代表候補生というものを説明しておきたかったが、セシリアが調子に乗りそうなのもあり切り上げることにした。

 

──が、そんなテキトーに片付けた流星がどうその目に写ったのか、セシリアはため息をつきつつ呆れて見せた。

 

「やはり極東の国の人間は色々足りてませんわね。(わたくし)以外の代表候補生にも期待しておりましたが、自身の専用機を自分で作ろうとしている身の程知らずとは思いませんでしたし、やはり極東の後進国ですわね」

 

「おい!」

 

その発言に一夏は怒りを隠しきれずにセシリアに再度向き合う。

だが、今度は一夏だけではなかった。

流星は日本の代表候補生、という言葉に微かに眉をひそめる。

 

まだ少ししか話した事のない少女。

だが、その作業中の後ろ姿を見て奢ることない努力を流星は確かに見た。

確かに、無茶かもしれない。

無謀かもしれない。

だが、あの悩みつつも何とかしようとする簪の後ろ姿を見た以上、流星のとるべき行動は決まっていた。

 

一夏のように会ったこともない人間のために怒るわけでもなく、

また会ったばかりの人間のために怒れる人間とも流星は違う。

 

身の程知らず、とその一言でアレを片付けられた、その事に不快感を覚えた。

それだけだった。

 

 

 

「身の程知らずと言ったな?オルコット」

 

「それが何か…?」

 

「撤回させてやる。その決闘、俺も参加させてもらおう」

 

静かに告げる流星にクラスの全員が驚いた。

他人事だとほぼ一貫して流していた少年が、渦中に飛び込んできたからだ。

そして、様子を見ていた千冬は手を叩き生徒全員の注目を集めた。

決闘になることを予期していたのだろう。

 

 

「では、クラス代表決定戦をこの三名で行うこととする。試合は一週間後、わかったな」

 

千冬の言葉に三人とも頷くと静かに席に座る。

静まり返るクラスの中、本音ひとりだけがどこか嬉しそうな様子でいた。

 

 

 

 

朝のHRから一気に時間が過ぎ、放課後。

生徒会室で書類の山を捌いている流星を見ながら、楯無は頷いた。

 

「なるほどなるほど、クラス代表の座をかけてセシリアちゃんや一夏君と試合することになったということね」

 

バッ!と開いた扇子には挑戦と書かれている。

相変わらずどうやってるんだ、と仕組みが気になって仕方ない流星だが聞いてもはぐらかされるだけなので触れようとはしない。

 

「そういうわけだ。とりあえず今日から本格的に鍛えて欲しい」

 

「でも珍しいわね。流星くんがそういうことに熱くなるタイプだと思わなかったけど?」

 

「お嬢様ーそれはねー」

 

小首を傾げる楯無に耳打ちするようにして理由を教える本音。

流星はその行動を不思議に思ったが、すぐにその意味を知ることになる。

 

「流星くん、簪ちゃんの為に怒ってくれたのね?」

 

「それは一夏だ。俺はアレを身の程知らずと片付けられることが嫌だっただけだ」

 

「でもそれって結果的にかんちゃんの為だよねいまみー?」

 

本音の言葉にどう言い繕っても無駄だろうなと諦める流星。

この少女は好意的に捉えすぎだと結論付け、黙々と書類の山の処理に務める。

そして、このきっかけを伝えたことがある意味流星の不幸を招くことになった。

 

 

「━━勝つわよ!」

 

「え?」

 

勢いよく椅子から立ち上がる楯無の眼はいつになく真剣なものだった。

 

━━不思議と瞳の奥に炎が見えた気がした。

 

「簪ちゃんの為にもこれは負けられないわ!いや、負けることは許さないわよ!」

 

さらに流星は楯無の背にメラメラと燃え上がる炎を幻視した。

 

「おいなんでこんなに楯無が燃えてんだよ」

 

「お嬢様は妹のことになるとこうなるのよ…」

 

呆れたとため息をついて、本音の姉━━布仏虚は真実を告げた。

同情の視線を流星に向けている。

 

「とりあえず今日の訓練は生徒会長権限でギリギリまで使用時間延ばすわよ」

 

「あー、本音。これ俺死ぬかもしれない」

 

「かんちゃんの為に勝たないとね〜いまみー」

 

「なるほど、今更だけどお前簪と友達なのね……」

 

変に笑顔で圧力をかけてくる本音を前に納得する。

 

「私も、是非流星君には勝ってほしいですね」

 

と、さらなる圧力をかけるのはその姉の虚だ。

これは負けたら生徒会室に顔を出せないな、と流星は負けられないことをさらに自覚していた。

とりあえず訓練に移るにはまずこの書類の山を何とかしないと、と向かい合ったところであることに流星は気付いた。

 

 

「ところで思ったんだが、おい楯無」

 

「どうしたの?流星くん」

 

「何で淡々と作業進めている俺と、ゆっくりやってるお前と書類の山の高さが同じなんだ?」

 

「ほんとだー。結構減ってる!いまみーすごいねー!」

 

横で感心している本音をよそに流星は眉をひくつかせながら、楯無に問いかけた。

 

「楯無お前、自分の分減らして俺の分多くしただろ?」

 

「……まさか!」

 

「その間はなんだコラ。ほんとに生徒会長かお前」

 

「いやーだって流星くんの方がそういうの得意そうだし?適材適所って言葉あるでしょ?」

 

「楯無お前…」

 

青筋をたてながら立ち上がる流星。

それを見つつ楯無は怪しげな笑みを浮かべた。

 

 

「━━さて、じゃあ今日の分自体は片付いてるようだし、特訓しに行きましょう」

 

「は?はぁ?今日の分……だと!?これの残りは今日やらないといけないわけじゃねえのかよ」

 

「その残りは今週末までならいいのよ」

 

絶句する流星を前に手を口の前に当てながらも楯無は補足を入れる。

 

「とは言ってもどのみち今週中にはしないといけないし、疲れきってからさせるのは気が引けるし、今日にあの量をするのが一番なのは本当よ?」

 

「……それで今日はどこまでが目標なんだ?」

 

「今日の目標?それはね━━」

 

楯無が手持ちの扇子を開く。

そこには飛行と達筆な文字で書かれていた。

 

 

「━━飛行、跳躍、機動周りの初級編クリアよ」

 

 

 

 

━━そう、それが既に無茶苦茶な事は理解していた。

 

だが、試合相手のセシリアは代表候補生。

これぐらいの努力は必要だろう、それも流星は理解していた。

 

 

━━だが、それは想像以上に無茶苦茶なことだった。

場所は学園のアリーナ。

使用し始めてから既に三時間経過していた為、周囲にいた学生ももう居ない。

 

 

「ぐっ!?」

 

傾く機体、絶え間無く行わなければならない機体のPIC制御、ハイパーセンサーにより入ってくる周囲の視覚的、聴覚的な情報。

 

空をフラフラと飛んでいる、ISを纏った流星は必死に体勢を立て直そうと試みる。

 

 

「それじゃあ駄目よ流星くん。脚の方の制御に集中!それと逆さになっても落ちないようスラスターを調整すればいい訳だから今は向きより浮く事を優先して!」

 

楯無の助言を聞き、流星は脚部に意識を少し割く。

 

「!」

 

一瞬は持ち直した。

 

「くそっ!?」

 

そう、一瞬こそ持ち直したがそのまま制御を失い流星はアリーナの地面に墜落する。

灰色の機体は無様にも地面に叩きつけられる形となった。

 

 

「大分惜しいところまで来たわね。もうちょっとで普通の移動くらいなら出来るようになるわよ。さっきの一瞬安定した感じを忘れないようにね?」

 

「あぁ、わかった。次だ、次こそやってやる」

 

無論、ここまで苦戦していたのには訳がある。

流星の専用機たるISには、ISには普通存在するオートによる補助がなくマニュアル制御で飛ぶしかない。

 

そのため、飛ぶことなどの機動自体がまず難関であった。

 

 

「━━くそっ!こ、れ、なら!」

 

墜落を恐れては練習にならないと、ついには躊躇いを捨て制御に必死になる流星。

その躊躇いの無さ故に繰り返したのもありコツ自体はおそらく掴みかけている。

そして楯無もその躊躇いの無さには感心していた。

しかし悲しいかな、流星には恐らく才能はない。

代表候補生ならばあそこまですればもうかなり安定しているはず、と楯無は冷徹な評価を下す。

 

「ここからは浮いているイメージよりその場に立っているイメージをしたほうが良いわ。また墜落する」

 

「立っている?くっ──!?」

 

ふらつく機体。

一転して青に変化する目の前の景色。

身体全体で風を感じる瞬間には落下を始めている。

どうせ立とうとイメージしても浮こうとイメージしても、無理だ。

このままではまた落ちる。

 

「━━それならっ」

 

スラスターなどの機構を全て全開にしてやる。

バランスなど知ったことか──そもそも全開すら完全に出来ないはずだ。

幸い、今のアリーナには専用機持ちの楯無以外誰も居ない。

ヤケクソ気味に流星はその行動を起こした。

 

「う──おッ」

 

「━━ッ!無茶苦茶するわね」

 

通常の乗り物や兵器と違い、ISは三次元的に自由に動き回れるものだ。

故に、スラスターを全て全開に出来たとしてもそれは制御出来ないなどと言うレベルではなく──

 

「完全に振り回されてるわ!出力を緩めないと降りることすらままならないわよ」

 

蛇行という範疇でなく、流星は空中でひたすら不規則な軌道で振り回されていた。

地面や壁にぶつかるスレスレの所にいったりとおそらく何処かに叩きつけられるのも時間の問題。

目まぐるしく変わる景色にもはや自分がどこにいるかも把握しきれない流星。

だが、と冷や汗をかきながらも冷静に目を瞑る。

 

(──墜落しなければいい!スラスターの出力を手当り次第緩めて──)

 

「!」

 

そこで楯無も意図を理解した。

振り回されている機動が一瞬変わり、流星の体が大きく横に飛んでいく。

 

このままでは観客席の手前にあるシールドにぶつかる──だがそうはならない。

何故か、それは各種スラスターの調整を無理やり体感しながら行っているからだ。

 

各種スラスターなどの影響、差異を感覚で中々掴めなかったが故の行動。

規模を大きくしてしまえば影響も理解しやすい。

もちろん、絶対防御があるとはいえケガをする可能性も高いためリスクが大きい上、操作の猶予も振り回されるためほぼないという無謀な考えである。

 

しかし、流星は少しずつそれを活かし制御の感覚を掴み始めていた。

振り回される範囲も少しずつだが狭まって来ている。

ならば楯無もそれを手伝うだけだ。

的確に助言を加える。

 

「右方向へのブレが大きいわ!左下の出力を下げなさい!」

 

「左下だな!くっ!」

 

「今度は前後のバランスが取れてないわ!出力している角度を常に意識する!」

 

「──墜落する──ッ」

 

「地面には常に一定の出力は維持しなさい!無意識でも出来るように」

 

「無茶苦茶だなオイ!」

 

「出来なければ堕ちるだけよ」

 

 

──それから程なくして、ISを制御し空中に静止している流星の姿がそこにはあった。

 

 

「──やっとか」

 

「そうね、ゆっくりでいいから空中を移動、そこから静止は出来る?」

 

「何とか」

 

疲れた様子ではあるが、言われた事をやってみせる流星。

無茶苦茶した甲斐あってか、空中での行動は安定するようになった。

まだ完全とも自然に出来る訳でもないが、ほっと一息つく流星。

 

楯無は先程までの真剣な表情から一転して満面の笑みで言い放った。

 

「じゃあ次は高速で移動からの急停止ね。私の攻撃を避けながら」

 

「──えっ」

 

ISを展開する楯無を前に流星の顔が強張る。

勿論手加減するから!などと彼女が言い張るが流星はまだやっと制御出来るようになったところでしかなく──

 

「いや、流石にそれは──オイ!楯無!馬鹿ッ!撃つな!オイオイオイ!」

 

「避けないと撃墜するわよ?」

 

「楯無ぃぃいいい!」

 

しばらくの間アリーナに流星の悲鳴が響いたのは言うまでもない。

 

 

 

 




今後、基本描写していない部分はアニメや原作通りです。





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-4-

飛行の特訓から4日が経過した。

 

「だ、大丈夫か?流星」

 

「いまみー大丈夫?」

 

──授業が終わった瞬間、流星は心配そうな顔をした2人に挨拶よりも早く、そう声をかけられた。

一夏と本音である。

2人は鞄を持っており、机でだるそうにしている流星の横で様子を伺っていた。

 

声をかけられた当の本人は糖分の摂取とばかりにイチゴ牛乳を飲み干し、少し元気を取り戻した様子で反応する。

 

「何とか大丈夫。知識も順調に頭に入ってきてるし…」

 

「本当か?どう見てもそうは見えないけど…」

 

「いまみー、会長に扱かれてるんだし、その後くらい休まないとダメだよ?」

 

「…」

 

バツの悪そうな顔をする流星、確かに色々やっているから休んでいない。

それは楯無にも口酸っぱく部屋で注意されていたことだった。

 

「だけどまだまだ安定して避けられないからな、足回りは何とかしないといけない。知識面だけでも…」

 

「むぅ」

 

不満そうな本音。

見かねた一夏も心配を顕にして呆れたように促す。

 

「でも流星、体調管理も大事なことだぜ?」

 

「それもそうだな。分かった分かった、気を付ける。気を付けるから本音も機嫌直してくれ」

 

「後で会長に言い付けるからねいまみー」

 

うわ絶対面倒臭い、などとは口には出さないでおく流星。

こういう言葉は言った瞬間に本人が来るものだからだ。

 

 

「──それより一夏の部屋、どうしたんだよアレ。扉穴だらけだったじゃねぇか」

 

一夏の寮の部屋の扉、それは一夏がノックせずに部屋に入り故意ではなかったとはいえ箒の風呂上がりの下着姿を見てしまったのが発端である。

そして、箒がこの場にいないのは今日はそうならないように真っ先に部屋に戻ってシャワーを浴びているからだ。

 

──などとは一夏も公言できるわけが無く

 

「ちょっと色々あって…」

 

「棒状のもので突いたような穴だったな。あれ犯人篠ノ之さんだろ?複数穴あったし、外に追い出されてたらしいしお前何やらかしたんだよ」

 

実は言うと流星は一夏が何故か部屋の外に追い出されて木刀で扉越しにやられそうになっていたのを知っている。

周りの部屋に理由を聴いたからである。

一夏はそんなことも知らず目を丸めていた。

 

「あれ?どうしてそんなに詳しいんだ?」

 

一夏の疑問に渋い顔をする流星。

 

「…誰が新しい扉発注したと思ってるんだ。何故か生徒会にその書類が来てて俺が直接見に行ったんだよ」

 

「あぁ、そういうことか。お前の仕事増やしてしまってたんだな、悪かった…」

 

「気にすんな。俺に仕事押し付けた奴が悪い。主にどこかの馬鹿生徒会長が」

 

「なあのほほんさん、流星の奴こんなんだったっけ?」

 

「いまみーは働き者だからねー」

 

本音の言葉に完全にスイッチが入る流星。

先程の考えは頭から消えうせた。

 

「あの馬鹿会長、今朝も俺の朝食のおかずとるわ!朝から変な格好してリアクション困らせてくるわ!仕事急に増やしてくるわ!」

 

「いまみー、いまみー、えーっと……」

 

ちょんちょん、と流星の肩をつつく本音の意図には気付かず流星は続ける。

 

「ちょくちょく妹ストーカーしてる発言するし!仕事サボるし!楯無には生徒会長の威厳ってものが───」

 

「──呼んだかしら?」

 

「──」

 

その声にピタリと固まる流星。

その光景に一夏はテレビの一時停止を連想した。

流星はまるで油を差し忘れた機械のようにゆっくりと真後ろの人物───楯無の方を向く。

 

「随分楽しそうね」

 

「…楯無の悪口なんて一言も言ってないからな?ちなみにいつからそこに?」

 

「誰も悪口なんて言葉だしてないんだけど……後いつからと言われたらきいてたのは『あの馬鹿会長』からね」

 

「はは、全部じゃねぇか」

 

──気付けば肩をしっかり掴まれていた。

流星は視線で2人に助けを求めるがどちらも苦笑いを浮かべるだけであった。

 

「さぁ流星くん、一緒に特訓に行きましょう?今日のメニューはちょっと厳しめに組んであるから」

 

「ははは、それ今決めたよな。絶対そうだろ?今決めたよなぁ!?」

 

「じゃあそういうわけで流星くん借りるわね?あ、もしかすると明日の朝ボロボロかもしれないけど私は関係ないからね?」

 

「これ完全に私怨入ってるよな?特訓にかこつけてボコボコにする気だよな?一夏ァ!誰か他の教えてくれそうな人呼んできてくれ!」

 

「山田先生は今日忙しいって言ってたし、来ても千冬姉だけだな!」

 

「──状況が悪化するだけだな!」

 

流星自身も織斑千冬が特訓を指導する絵面を想像し、顔を青くする。

スパルタ以外のイメージが思い付かなかった。

一方で一夏は流星に対し、親指を立てサムズアップ。

いい笑顔を浮かべた。

触らぬ神に祟りなしである。

 

 

「頑張れ流星!骨なら拾うからさ」

 

 

「覚えてろよこの野郎」

 

流星は恨めしそうに言葉を吐き捨てながら、楯無に引きずられるように連行されていく。

 

本音はこの後に生徒会の仕事が残っており生徒会室へ、もはやストッパーを失った流星は楯無と共にアリーナへと向かった。

 

 

「……だ、大丈夫?」

 

「あ、あぁ……簪か。大丈夫、かな?」

 

時間は変わり、夜。

自身のISを調整するため、整備室に1人乗り込んだ流星に心配する声が再びかけられた。

今度は流星の体自体擦り傷だらけであり、先程よりも表情にも疲れが明らかに浮かんでいたためだ。

声の主は更識簪。

 

 

自身の作業をしつつも、背後の区画にいる流星をチラチラと見ていた。

 

流星の目の前にあるのは彼の専用機。

初めて見るそれは無骨で角ばったフォルムであり、灰色のISだ。

さらに彼の横に積み上げられたISの整備関連の本。

スムーズとはまるで行かないが少しずつ納得したように調整を進めていく流星。

 

 

視線を自身の製作中のISに戻す。

 

かすり傷だらけになっている理由は、噂で聞いた決闘に向けての特訓のせいだろう。

特訓2日目をアリーナの観客席で見ていたとされる者は多い。

曰く、才能は無さそうらしい。

 

そんな彼──IS初心者がイギリスの代表候補生との決闘──勝敗は見えている。

 

──だけど、

 

視線を再び一瞬だけ彼の方へ向ける。

 

 

 

 

(──楽しそう)

 

 

一切振り返る素振りも見せず、ISに夢中になって向き合う背中に簪はどこか懐かしいものを感じた。

 

今の自分とは違う。

私はあのように出来ない。

卑屈な考えが脳裏をよぎる。

 

 

(……頑張ろう)

 

すぐにそれを振り払い、簪は思考を完全に自身のISの方へと切り替えた。

自身の作業に黙々と取り掛かる2人。

特に声を発することもない。

 

こうして流星と共に整備室にこもるのは3日目である。

ほぼ無干渉であるとはいえ、2日目までは自分以外がこの空間に居ることに嫌悪感を少なくとも感じていた。

わざわざ学園の少し端にある整備室を選んでいるのに、他の整備室でなくどうしてここなのかと─。

 

 

しかし、早くも3日目にしてそれは簪の日常へと変わる。

 

 

ほぼ無干渉であり、お互い目の前に集中していられる。

工具の場所を聞かれることこそ、たまにあるものの無理に話すことも無く、かといって沈黙時の空気は険悪なものでもない。

悪くはない、と簪は感じた。

そう気が付いたところで、大した変化はない。

 

工具の受け渡しや場所のやり取りのコミュニケーションが多少円滑にはなったかもしれない。

 

 

黙々と作業を続け、一時間半が経過した。

 

ふと音がしないことに気が付き、簪が振り向くとそこには既に流星はなかった。

──本日の用は済んだため、先に帰ったのだろう。

 

時計を少し確認。

すぐに向き直り、簪は作業に戻る。

やることはまだまだあるがどこかで切り上げないといけない。

 

──もう少しだけやっていこう。

そう思いつつ調整用に扱っていた端末を取りに、振り返って近くの机へ手を伸ばした。

 

「あれ?」

 

そこであることに気が付いた。

端末だけが無造作に置かれている机、その一角に缶コーヒーらしきものが置かれていた。

 

彼が置いていったのだろうか?

缶コーヒーを手に取る。

──ひらり、と何かが地面に落ちる。

 

1切れの紙だ。

その紙を簪は拾う。

そこには一言だけ、メッセージが書かれていた。

 

『体調には注意』

 

脳裏にすぐ浮かんだのは疲れ切った様子の流星。

このメッセージを見ながら、簪は何ともいえなさそうな表情で1人呟いた。

 

 

「……今宮君にだけは言われたくない、かな…?」

 

 

その呟きは誰も居ない空間に溶けていく。

聞くものもいないはずのその呟き。

ただ1人、柱の陰で様子を見守る何者かを除いては──。

 

 

 

「おかえりなさい……」

 

「あぁただいま楯無……ってどうした?」

 

整備室から寮に戻った流星は部屋の中で、一人佇む楯無の様子に違和感を感じた。

不思議に思いつつも持っていた荷物を机の上に起き、上着をクローゼットにしまう。

そしてシャワーを浴びる準備を始めたところで楯無は揺らりと流星の方に向き直った。

 

「簪ちゃんと随分仲が良いのね…」

 

その言葉と同時に放つ殺気に流星は唖然としていた。

 

…何言っているんだコイツ。

 

 

「殆ど話さず互いに作業していたアレのどこが仲が良い、になるんだ」

 

「ふふ、ふふふふ。それすら出来ないお姉ちゃんの私に対するあてつけかしら?あてつけよね?それとも簪ちゃんを狙っているのかしら?流星くん」

 

話が通じないとはこの事か。

流星が楯無と出会ってから簪との行き違いをある程度は理解していた。

 

─だがそれとは別に、妹の事になるとやたらシスコンを拗らせている

楯無の側面もココ最近で思い知らされていた。

故に流星の反応もこの時ばかりは冷たい。

 

「…なんだまたストーカーしてたのかお前。流石に気持ち悪いぞ」

 

「妹を守る為よ、仕方ないことだわ。それより答えて貰うわ流星くん!私に近付いたのも簪ちゃんを狙ってなのね!?」

 

ジリジリと黒いオーラを放ちつつ近付いてくる楯無。

暴走の源はおそらく嫉妬。

 

「違うわ馬鹿。そんな訳ないだろ」

 

「簪ちゃんの魅力がないって言うの?許せないわこの節穴!」

 

「いやそれはそれでない。あんな美人普通誰もほっとかないだろ。あと俺は節穴じゃねぇぞバカ!」

 

「じゃあやっぱり狙ってるんじゃない!あとバカって言った方がバカなのよバカ!」

 

「じゃあなんて答えりゃいいんだよ!あとそれなら今バカって言ったからお前バカな?バァァカ!」

 

魔女裁判地味た発言からの小学生レベルのやり取りが2人の間で交わされる。

クラスや普段の流星を知る人物達がもしこの現場に居合わせていたなら目を疑ったに違いない奇妙な光景だった。

 

「とりあえずだ!俺と簪の間には何も無い」

 

「なるほど、本音ちゃん狙いなのね」

 

「何故本音がそこで出てくる…」

 

心底疲れたという顔の流星。

あらかたストレスを発散したのか楯無は急に真面目な顔で話を切り出す。

 

「それはそれとして、流星くんは明日外出届出してたわよね?」

 

「あぁ、明日は休日だし、休日明けにオルコットとの試合もあるし気分転換がてらに足りない日用品でも買いに──」

 

「それだけど、私もついていくことにしたわ」

 

「──」

 

凄まじく嫌そうな顔をした流星に楯無は思わず眉を潜めた。

せっかくの休日に振り回されそうな予感がしたからこその表情なのは言うまでもない。

 

「そんなに嫌そうな顔しないの。学園側が一応周りを調べてくれたとはいえ当日に何があるかわからないでしょ?」

 

「なるほど、つまり護衛だと」

 

「流星くん、そんなにお姉さんとのデートは嫌?」

 

「…………。わかったよ」

 

流星はしぶしぶ楯無がついてくるのを了承した。

疲れ果て思考力が鈍ったまま、シャワーを浴びに浴室に入っていく。

楯無は1人イタズラを思い付いたかのように悪い笑みを見せる。

勿論彼はそれに気付かなかった。

 

 

──数分後、裸エプロンの下に水着を着た楯無が乱入。

 

完全に油断していた流星は、楯無に弄ばれる事となった。

 

 

 




今回は短かかった気がしますがお許しを。
流星の内面についてちゃんと掘り下げるのはまだまだ先の予定です


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-5-

セシリア、一夏との試合前日。

流星はIS学園から少し離れた街に日用品を買いに行く事を予定していたため、護衛と称する楯無との待ち合わせ場所で1人暇そうに佇んでいた。

待ち合わせ場所は所謂、噴水の広場前。

休日であるためか他にも待ち合わせ場所にしている人は多かった。

 

楯無と何故寮から共に向かわなかったのかというと、楯無側が朝早くから何やら用事があるとのことで先に外に出ていたためだ。

 

 

「お待たせ〜」

 

聞き慣れた声に流星は顔を上げる。

 

「……誰だ、アンタ」

 

「酷いわね、わかっててやってるでしょう流星くん」

 

「いや、一瞬本当にわかんなかったよ」

 

そこにはキャスケットと呼ばれる帽子を被り、色の薄いサングラスをかけた楯無の姿があった。

服装自体は普段の制服姿からは連想出来ないベージュ色のセーターに黒のミニスカートといったような少しだけ冷える春用に備えた春先ファッションである。

また髪も茶色く染めており、流星が一瞬分からなかったのも仕方がなかった。

 

「どう?似合ってる?」

 

自身の姿をまわって見せつける楯無に流星は困ったような顔をする。

楯無のことだ、素直に褒めるとからかわれそうでどう言い表していいかわからなかった。

だが、そこは流星も男。

決断は早く、観念した様子で言い繕うことを辞めた。

 

 

「似合ってるよ。美人なのは今更だけど、こういう可愛い系も着こなせるとは思ってなかった。後、いつもの綺麗な水色だけじゃなく茶髪も似合うんだな」

 

「そ、そうね。りゅ、流星くんもわかってるじゃない!」

 

思わぬ直球での褒め殺しに逆に困惑する楯無。

織斑一夏だけでなくこの男も天然ではないだろうか?などと推測しつつ目を逸らす。

 

 

「しかしこう新鮮な姿を見るに、お忍びで遊びに行く芸能人みたいだな」

 

 

流星の恥ずかしさを誤魔化す発言に楯無はすかさず喰らいつく。

怪しい笑みを浮かべ、流星の右腕に自身の両手を絡ませた。

勿論、柔らかなものが流星に当たっている。

 

「あら?これはお忍びデートじゃないのかしら?」

 

その行動に警戒する流星の内心の困惑を楽しみつつ、楯無は流星を連れて歩き出した。

 

「護衛の話はどこに行ったんだよ……」

 

「嬉しい癖に」

 

「勝手に言っとけ」

 

「照れ隠しが下手ね流星くん。そんなんじゃこの先が心配ね」

 

反論したい流星だが、ここは堪えた。

楯無──いや、女子にこの手の分野で勝てる気がしないからだ。

楯無の言う通り照れ隠しな面も確かにあるだろう。

大いに不服だが、と流星は内心呟きつつ受け入れることにする。

 

と、ここで流星達は日用品も売っている大型のモールに辿り着く。

 

 

雑談をかわしつつ、目当てのものを見つけ、普通にショッピングを楽しむ。

 

こっちがいいだの、あっちの方が安いだの、こんな機能があるなど。

 

男女関係なく、このようなショッピングに憧れて居たのか、流星はどこか満足気だった。

楯無もそれを横目に安心したような笑みを浮かべる。

 

それを流星に悟らせず、服屋に足を運んだ。

 

「流星くんこんなのどうかしら?」

 

「いや、俺は」

 

楯無が見せ付けるのは流星に着せようとする服の候補。

思わず流星は『遠慮しておく』と言おうとする。

 

「そんなんじゃ来た意味無いでしょ?私がコーディネートしてあげるんだから付き合いなさい」

 

半ば無理やり何セットか渡され、試着室に押し込まれた。

仕方ないのでそれに付き合う形で何セットか楯無の出した組み合わせを着る流星。

基本まともな感じのコーディネートだったが、いくつか完全におふざけが目立つものもあった。

 

「おい、楯無これって…」

 

「ぷ、ぷっくくっ、似合ってるわよ流星くん」

 

所謂常夏のどこかのリゾート地にいそうなファッション。

春先だというのにカラフルなシャツに短パン、帽子、南国風サングラスという姿。

 

それをバッチり着こなすオレンジ髪の少年に楯無は声を漏らしながら笑う。

 

「……楯無、覚えとけよ」

 

流星もある程度わかっていて着たが、それでも屈辱感はかなりあったようで少々御機嫌を斜めにしつつ、元の服に着替えるためカーテンを締める。

 

それを見た楯無はイタズラ好きな笑みを浮かべ、そろりと試着室に向かって踏み出した。

 

片手にはいつの間にかどこからか選んできた自身の水着がある。

後一歩でカーテンをあけて入れる、その距離まで来た時に試着室の中の流星から呆れたような声で釘を刺された。

 

 

「言っておくけど楯無、そこを動くなよ?」

 

「一応聞くけど、どうして?」

 

「嫌な予感がしたからだ!」

 

無駄に勘のいいやつー!などと楯無は内心叫びつつもその笑みを崩すことは無い。

バレたところでもう既に遅い!と入り込もうとした瞬間、カーテンの中から流星の右手が楯無の顔面を鷲掴みにした。

 

「させる訳ないだろ。こっちが持たないって」

 

流星は右手に力を入れ、楯無を押しのけて試着室から出る。

少し冷や汗をかきつつホッと安心した。

一方楯無は流星のアイアンクローからサラリと脱出する。

痛がっている様子も見られない。

 

「持たないってどういう事かしら?襲っちゃう?いやん流星くんのえっち」

 

「はいはい楯無様は魅力的ですよ…。じゃあ俺は会計してくるから待っててくれ」

 

「えー?私の試着見ていかないの?」

 

「どうせロクなこと考えて無いだろ、お前」

 

そう言いつつ、流星は会計をしにレジへ向かった。

何だかんだ言いつつ楯無のまともに選んだ服は気に入ったらしく、ふざけた組み合わせ以外は全部買うらしい。

 

その様子を見つつ楯無は素直じゃないわね、などと得意気になる。

さて、と楯無はそこで自身の持っていた水着を見た。

かなり際どいタイプ、もはやただの紐かと疑うほどのもの。

一応彼からは見えないように隠し持っていたのだが、からかおうとしていた魂胆は見抜かれていたらしい。

 

チラリと流星の方を見る。

少し離れたレジに並ぶ流星の前にはそれなりに長い列があった。

 

時間はそれなりにあるようだ。

 

(じゃあ少し真面目に選ぼうかしら?)

 

などと思いつつ、楯無はフラリと水着コーナーの方へ足を運んだ。

 

 

それから暫くして、流星がレジで会計を終え戻ってくると楯無がレジの列に並んでいる事に気が付いた。

楯無も近付いてくる流星に気が付く。

 

「私もちょっと買う物あるから少し服でも見て待っててくれる?」

 

「わかった。じゃあ少し見て回ってから入口の外で待ってるよ」

 

そう言いつつ、流星はしばらく店内を見て周り、店を出る。

春先であるため、気温は少し冷える程度で寒いほどでもなく過ごしやすいものだった。

 

ぼーっとしつつ、空を見上げる。

文句のない快晴だ、などと当たり前のことを思いつつ自身の待機形態であるISに触れる。

唯一、流星に応えたIS。

どうして流星が乗れるのか、未だ謎のままである。

 

 

「お待たせ!さぁ行きましょう!」

 

楯無の声に流星は現実に引き戻される。

考えるだけその場で答えは出ない。

そう考えに終止符をうち、楯無とともにその場を離れた。

 

時刻は午後3時半過ぎ。

おやつ時であるため、今日1人でも行こうと目星を付けていた店に向かい足を進める流星。

密かに楽しみにしていたのもあって日頃からは見られないようなワクワクした様子だった。

 

「流星くんが前に本音ちゃんと話していた場所よね?」

 

「そうなんだよ。美味しいって評判でさ。少し歩くことになるけどいいか?」

 

「私が体力あるの知ってるでしょう?」

 

うげ、と苦虫を潰したような顔をする流星。

特訓やトレーニングでそれは嫌という程思い知らされているからだ。

 

2人は歩きつつ他愛のない会話を続けた。

少しモールから離れている場所を目指しているため、場所はビル街に移る。

とは言っても今日は休日、こちらの区画の人通りはほとんどないに等しいものだった。

流星が目指している店には隣駅から行く人間が殆どであるからだろう。

 

 

 

 

「──待って流星くん」

 

──不意に、楯無が真剣な声色で流星を呼び止めた。

そのまま流星の腕に両腕を絡ませるようにして自然な動作で近付き、視線だけ周囲に向ける。

 

 

「何人かがさっきから付いてきている」

 

「…IS学園が安全を確認したって話じゃなかったか?」

 

「一応ね。けど嫌な動きをしそうな気配があったのよね。念の為付いてきて正解だったわ」

 

楯無のその言葉に申し訳なく思う流星。

楯無が髪色を変えてきた時点で心のどこかでこういう可能性を孕んでいることに気付いていた。

 

自身はあくまで貴重な2人目の男性IS操縦者。

悲観する気はないが、苛立ちはあった。

どうして、この楽しい一時を邪魔してくるのか。

楯無を巻き込みたくない一方で今楯無がいることに頼もしく感じている。

情けないな、と自己評価を下しながら状況を尋ねる。

二人とも足は止めずにいた。

 

 

「数はわかるか?」

 

「わからない。でも相手の裏にそれなりの立場の人間がいるのは硬いと見ていいわ。更識家とIS学園が事前に警備を配置していたはず。それを抜けてきただけでなく、最低限レベルだけどある程度統率も取れているもの」

 

「付けられているのはついさっきからであってるな?あと、相手の裏がそうなるとISは使わない方が良いのか?」

 

「そうね。心当たりはいくつかあるけど証拠もないし、こっちが市街地でISを使ったってイチャモン付けられたらたまったものじゃないわね」

 

しかし、と楯無は強い意志を秘めた瞳で流星に言い放つ。

 

「もしもの時は私がISを使う。私ならいくらでも手札はあるし、流星くんは心配しなくていいわ」

 

「だが楯無」

 

だって、と楯無は微笑んでみせる。

 

 

「私は生徒会長よ?生徒を守るのは当然でしょ?」

 

 

と、そこで流星は諦めたように溜息をついた。

楯無は迷いなくあっけらかんとそう言ってのける。

簪が楯無を敬遠するのもどこかわかる気がした。

偉大過ぎるし、眩し過ぎる。

そう流星は楯無を評価した。

 

だが、流星も荒事に慣れていないわけではない。

 

「楯無、でもそれはもしもの時だろ?」

 

と、極めて冷静に告げる流星。

それに、と言葉を続ける。

 

「お前が俺を守るって言うのなら、俺もお前を守る」

 

流星の言葉に楯無は意外だったのか、目をぱちくりとしていた。

更識家を継いで、楯無となってから自身についてくるものや敬意を表するもの、味方するものは居れど正面から守るなどと言われたことは一度たりともなかった。

 

ましてや、同年代の男子になど。

 

(……)

 

ふざけてはいないだろうことはわかるが、内容を飲み込むのに少々時間を要した。

どこか嬉しそうな表情のまま楯無は流星に返事をする。

 

 

「学園最強を守るとは大きく出たわね。──じゃあ私も甘えちゃおうかしら?騎士様?」

 

早速プレッシャーを掛けてくる楯無の軽口に流星はいつも通りの態度で応対する。

 

「さて作戦はどうするんだ?お嬢様?」

 

「部下にもう連絡はしてあるの。相手の総数がわからない以上今いる追手を撒いてから合流してIS学園に戻るわよ」

 

楯無に方針を立ててもらい、やるべき事を把握する。

流星と楯無は同時にピタリと足を止めた。

視線だけで楯無にこれからの進路を伝える。

 

 

「方針は了解した。じゃあ早速──」

 

「─そうね!」

 

瞬間、二人同時に真横の路地に駆け込む。

実にわざとらしく、足音を立てて逃げるように見せ付ける。

 

同時に後方から複数の駆ける音が聞こえた。

突然の逃走には流石に相手も驚いたとみえる。

二人は走りながら後方と周囲を見渡す。

 

「狙撃手はいないと見る」

 

「そうね、さっきの通りも見る限り、ビルにもそれらしきものは居なかったわね」

 

「─なら、人数増やされて囲まれる前にコイツらを片付ける」

 

足音が増えている、そう感じた流星は楯無と共に路地裏に入る。

相手の動員数がわからない以上、下手に逃げ回っても包囲される可能性が万が一にもある。

ならば頭数を減らせる時に減らすべきだ。

幸い今の追ってきている数は5人。

 

流星は振り向き、自身が曲がったばかりの角に向かって転がっていたペットボトルを蹴り飛ばした。

 

するとすぐに流星達を追って曲がって来た1人に直撃、怯んだ隙を見逃さず流星は渾身の蹴りを顔面に叩き込む。

 

さらにその隙を見逃さず、楯無はすぐに来た2人目の溝に拳を叩き込み、流れるように背負い投げでコンクリートの地面に叩き付け昏倒させる。

 

──まず2人、とすぐに流星達は後ろに距離を取る。

倒れたのは私服姿の男2人。

街に溶け込むようにするためか、それぞれ普通の格好だ。

 

 

「貴様ら!」

 

後続の男3人が流星達と相対する。

倒れた2人を見ての発言。

 

男達は懐から何か棒状の物を取り出した。

 

「!」

 

ホルダーや入れ物を取り去り、銀色の部分が見える。

それは刃渡り15センチほどのナイフだった。

男達はナイフを構えながらジリジリと詰め寄ってくる。

 

流星は周囲へ警戒しながら問いかける。

 

「お前ら、何が目的だ?」

 

問いは当然のもの。

何か意図があり流星を殺そうとしているのか、それとも手段を選ばず生け捕りにして研究したいのか、はたまた私怨か。

 

 

「答えると思うのか?」

 

「じゃあ相手にする理由はないな」

 

答える気は無いという男の言葉に流星は楯無の手を引いて後方へと走り出す。

楯無はその行動を流星の目を見て理解し、慌てることなくそれに合わせる。

 

「!?」

「逃がすか!」

「追え!」

 

慌てて追いかける3人を前に、今度は楯無が振り向き仕掛けた。

3人のうちの1人の懐に楯無は潜り込む。

 

 

「なっ!?!」

 

 

そのまま鮮やかに掌底が相手の顎に入り、目を回している間に流星がその男の足を払う。

 

男の視界は上下左右に揺れながら、しばしの浮遊感の後ブラックアウトした。

地面に叩き付けられた衝撃がトドメになった。

 

「くそっ!?」

 

楯無に向かって振るわれるナイフ。

当然、彼女からすれば取るに足らない攻撃。

彼女自身もそれに気付いていたし、躱すことも受け止める事も造作ない。

 

だが、そもそもの攻撃は阻止された。

すぐ傍にいる男の存在によって。

 

「──らァっ!」

 

ナイフを振りかぶる2人目の腹部に、流れるように蹴りを入れる。

2人目が大きく仰け反り、ナイフを手放すのを流星は確認する。

 

 

「野郎!」

 

「私を忘れてるわよ!」

 

「!?!」

 

流星に飛びかかろうとした最後の一人を、楯無は後頭部への回し蹴りで意識を刈りとる。

 

「がっ!?」

 

流星もそのまま目前の相手の腕をとり地面に投げ、叩き付ける形で意識を奪った。

 

──これで、合計5人。

 

とりあえずの追手はこれで全員。

見事な連携だった事に楯無は舌を巻きつつ、流星の方を見る。

 

 

彼は相手の懐などに身分を証明するものがないかまさぐっていたが、特にこれと言ったものは出てこなかった。

耳につけていた小型の通信機、くらいか。

とりあえずそれらを破壊しておく。

 

この路地裏に入った情報こそ相手側に伝わっている可能性はあるが、この区画は幸い出口が多い。

故に流星達の正確な位置は見失ったと見ていいだろう。

 

楯無は自身の端末で連絡を入れると、流星の近くに歩み寄った。

 

 

「迎えを路地の出口の近くに用意したわ。そこへ向かいましょう」

 

流星は角を曲がった瞬間に壁に立て掛ける形で置いていた荷物を拾うと楯無の分を本人に渡す。

 

 

「わかった。じゃあナビゲート頼むよ楯無」

 

「任せなさい。それと気を抜かないようにね?流星くん。デートは帰るまでがデートなんだから」

 

「……」

 

かくして、流星のIS学園入学後初めての外出はこのような事件に見舞われた。

誰が、何を企んで仕込んで居たかはわからず、また残り何人潜伏しているのかはわからない。

とりあえず流星と楯無はIS学園に無事戻り、相手の襲撃は完全に失敗となった。

 

更識家の人間は流星達が倒した5人とその他潜伏していた何名かを拘束することに成功。

下っ端が何か重要な情報を持っているかは今後調査するらしい。

 

また、流星の身の安全という名目で世界がどう動いてくるかわからない。

そのため、おおっぴろげに公表出来ない。

 

流星はこの一連のことに関してIS学園の寮の部屋で一通りの説明を受けた。

 

 

「…こりゃあ暫くは外出出来ないな」

 

溜息をつきつつ、流星は呆れた様子でそう呟いた。

その心境にはどこか諦めを感じさせたが、悲観した様子は特に感じられなかった。

楯無はどこか平気そうな流星のその様子に疑問を感じ、尋ねる。

 

 

「平気そうね。こんな状況がいつまで続くかわからないのに」

 

どこか苛立ちを孕んだ自身の言葉。

何故そこまで苛立っているのかは楯無本人にもわからない。

 

「そうだな、不思議と平気だ。そりゃ外に迂闊に出られないのは色々と面倒だ」

 

──だけど、と流星は続ける。

 

 

「此処にはお前も皆もいるだろ?なら俺はそれでいい」

 

嘘偽りない本心からの言葉。

その言葉が意味するところを楯無はすぐに察した。

 

──この少年には、何も無いのだろう。

肉親を失い、戦場の後楯無ですら知りえない空白期間を過ごした少年にはおそらく帰る場所も身内もいないのだ。

いや、再び居場所を作ろうとしたところをIS適性の発見により奪われたのかもしれない。

やり切れない感情が楯無を支配した。

 

 

「───」

 

彼女はそれを流星には悟らせない。

帽子を脱ぎ捨て、サングラスを取りヤケクソ気味にベッドに投げ捨てる。

 

せめて、せめてこの学園では。

生徒会長としてでもなく、更識家としてでもなく更識楯無個人としての願い。

いや、決意に近かった。

───彼の居場所を、守ろう。

 

 

そう心に決めた楯無はいつものようなイタズラ好きな笑みを浮かべる。

 

 

「そういえば流星くんと私、二人ともシャワーはまだだったわね」

 

時間は8時をさしている。

そういえば移動に手続きに調査の報告にと時間を取られ、気付けばこの時間になっていた、と流星は気が付く。

 

「そうだな、ならお先にどうぞ。俺は後で浴びるよ」

 

「私はどうせ髪の色落としたり、シャワー浴びてもやる事があるから流星くん先でいいわよ?」

 

「わかった。じゃあお先に───」

 

と、流星が着替えを用意しバスルームに向かう。

その最中に流星は後方で何か衣類が床に落ちる音が聞こえた。

同時に現在進行形で衣類が肌と擦れる音が聞こえる。

 

 

非常に、何故か嫌な予感がする─────!!!

 

一気に血の気が引くのが分かる。

直感ともとれるそれに従い、流星は脱衣所に駆け込もうと駆け出そうとした。

 

「残念、逃がさないわよ?」

 

楯無の声。

嫌な予感は確信に変わり、急いで流星は脱衣所の扉に手をかけた。

扉を開き中に逃げ込もうとした所で失策に気が付く。

 

「なっ!」

 

次の瞬間、流星は押し込まれる形で脱衣所に押し込まれた。

 

「楯無!お前何考えて───!??」

 

堪らず楯無に文句を言おうと振り向いたところで流星の言葉が止まる。

 

そこには殆ど紐と形容出来るレベルで際どい水着を着た状態の楯無が倒れ込んでいる流星にもたれ掛かる姿勢でいた。

 

艶やかな肌に、目と鼻の先にある豊満な胸。

身体に触れている部分は柔らかく、女性の身体つきを嫌でも意識させられた。

またそのような距離であるためかほのかな香水の香りが思考を乱す。

 

「流星くん、脱衣所にこんな格好と姿勢で連れ込んで……どうする気かしら?」

 

「─!?っ!!!」

 

どう見ても後ろから押し倒される形で連れ込まれたのは流星だが、そう突っ込む余裕もない。

だがそこはあらゆる極限状況を超えてきた流星、一瞬の困惑の後思考を回復させる。

 

「どう?似合うでしょう?水着はもう1つ買ったんだけど──」

 

「ばっ馬鹿だろお前!もはやただの紐じゃねえか!」

 

「そう?なら脱いだ方がいいかしら?」

 

胸の部分の紐に人差し指をかける楯無。

その行動に流星は楯無の肩を押して自身から引き剥がす。

 

「なに考えてんだテメェ!?もう大人しくシャワー浴びさせてくれ!」

 

「疲れてるんでしょう?背中流して上げるわよ?」

 

「楯無にされても気が休まらねぇよ!?」

 

その言葉にどこからかカチッという音が鳴ったのが流星には聞こえた気がした。

楯無のどこかでスイッチが入ったのだろう。

 

「さぁ入るわよ?」

 

その言葉と共に流星に向かって手を伸ばす楯無。

完全にムキになっている、理由はわからないがムキになっていると流星は気がつく。

悪足掻きと崩した姿勢のまま抵抗する流星。

それにより、再び押し倒す楯無と押し倒される流星の構図が生まれた。

 

 

 

『いまみー?会長ー?入るよー』

 

────と、そこに聞こえるのは本音の声と彼女が寮の部屋に入ってくる音。

ガチャリと部屋の鍵を空けて入ってくる音と共に2人の動きも止まる。

この部屋の鍵に関しては、楯無と流星だけでなく生徒会権限により本音と虚も持っているのだ。

主に更識家関連の報告等に関わる部分も多いからなのだが……。

 

 

「──よし、とりあえず出ていけ。この状況が不味いことだけは理解出来るだろう!?」

 

「そうね、でもこれ出ていった瞬間にバレるわよ」

 

 

「「……」」

 

 

2人の間に一瞬の沈黙が訪れた。

しかし、流星は思い付いたように打開策を打ち出す。

 

「よし、やっぱり楯無出てけ。俺はシャワールームに行くから」

 

「嫌よ!?どうして本音ちゃんの前に一人こんな姿をしてるとこ見せなきゃ行けないのよ!?」

 

「今更言う!?アンタそれ今更言うの!?頭大丈夫!?」

 

「だって1人こんな格好してるとかそれこそ変じゃない!?」

 

「自業自得って言うんだよそれ!!」

 

ギャーギャーと言い合う2人の声。

それは部屋に入ってきた本音に聞こえたようで脱衣所の扉の方まで歩きながら本音が不思議そうな声で尋ねた。

 

『いまみー?会長どこにいるか知らない?』

 

「し、知らないな。そこに居ないのならどこか外に行ってるんじゃないのか?」

 

必死に本音が立ち去ることを祈りつつ、嘘をつく。

しかし、彼女は腐っても更識家の関係者。

すぐに部屋に脱ぎ捨てられた楯無の服を見付け、視線を脱衣所の扉に向けた。

 

『会長の脱ぎ捨てた服があるよ?』

 

「…………」

 

静かに流星は楯無を睨む。

楯無はどこか知らぬ顔で視線を逸らした。

 

まるで、頼りに、ならない。

 

 

「じゃあ知らん。どこかに行ったんじゃないのか?俺には関係な──」

 

『──あと、ここからさっき会長の声が聞こえた気がしたんだ〜』

 

 

──バレてるじゃねぇか!

いつになく威圧感を扉越しに放っている本音に困惑しつつ、流星は最悪の状況は避けようと楯無を押し退けようとする。

 

『……あけるよー?』

 

「待っ」

 

だが、そうは問屋がおろさなかった。

脱衣所の扉が開かれる。

 

そして、すぐに本音の目に飛び込んだ光景は、押し倒す楯無と押し倒される流星。

しかも楯無はもはやただの紐にしか見えない際どい水着姿である。

 

「違うんだ本音これはその楯無の馬鹿が……」

 

「いまみー?」

 

「勘違い……なんだが!」

 

「いまみー???」

 

「……くっ」

 

有無を言わさぬ本音の迫力に流星は反論出来なくなった。

何故こうなってしまったか、──正直思い返すほどに自身に非が無い気がするがもう諦めてしまおうと悟った。

 

「本音ちゃん、これはええっとね」

 

「会長?」

 

「……ごめんなさい」

 

楯無も何か弁明をはかるが、それは本音の圧力によって黙らされてしまうことになった。

 

 

自然と本音の前で正座する2人。

いつになく怒っている本音の怖さを2人は、そのあとのお説教によって思い知らされることになった。

 

 

 

 




※補足として
流星は更識家の庇護下にある訳ではなく、生徒会長として更識楯無が1生徒の安全を確保しようとしている状態です。
勿論それだと限界がありますが…。


あと、楯無の流星に対する好感度はLIKEです。




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-6-

タグの付け方とか間違えてました…。
ついでにアンチ・ヘイトタグも取りました。
恐らく当てはまってないので付ける必要無かったかな…。


──1組の代表を決める試合当日。

 

一夏とセシリア。

流星とセシリア。

流星と一夏という形で試合は行われることになった。

試合の直前まで一夏のISは届かず、順番を前後する案が出た辺りでギリギリ間に合う形で試合は開始した。

 

一夏は善戦していたが、セシリアに追い詰められピンチになったところ、一次移行(ファーストシフト)が間に合い一夏のISである『白式』の力が発揮され───たのだが、セシリアに切りかかるすんでのところで何故かエネルギーが切れてしまい一夏の負けという形で決着した。

何ともしまらない終わり方であったが、結果として見れば初めての機体で、しかもブレード一本での大健闘であった。

 

ピットに戻った一夏は箒と千冬に厳しい言葉を送られ、凹んでいる。

 

 

 

そして、補給や休憩の時間は終わり──流星とセシリアの試合が今始まろうとしていた。

 

 

 

 

「──勝つのは(わたくし)ですわ」

 

高らかに宣言をするセシリアを前に、流星はバツの悪そうな笑みを浮かべた。

一夏との戦闘を経て、セシリアから油断が消えていたからだ。

流星の操縦技術では到底太刀打ちできない。

流星が乗っている専用機『時雨』は第二世代ISのラファールと同性能の機体。

 

灰色の機体に、ゴツゴツとした背中の装甲、目元を守るバイザー、そして一回り小さい機体サイズに大きな翼型スラスター。

顔は半分隠れているが口元がしっかり見えており、表情は一目瞭然だった。

 

セシリアの乗っている第三世代の最新のISに性能は負けている。

搭載されている武装は少し多いとはいえ、意味はない。

アリーナで二人は睨みあいつつ開始の合図を待つ。

一夏とセシリアとの戦いでの情報は実質流星にとってみればありがたいハンデのようなものだった。

代わりに流星の搭乗機の性能データはセシリアに改めて知られているが、流星にとってみればこちらのほうが得たものが多い。

 

「いいや、それはどうかな」

 

流星の軽い挑発、セシリアも先ほどまでと違い余裕のある笑みで対応する。

 

「勝機があると?ですがそれも全力で潰して差し上げますわ」

 

流星の機体は敵機に照準を合わせられていると警告が出る。

この場に立って挑んでくる流星相手に、全力で相手取るというセシリアなりの敬意の払い方だろう。

セシリアの機体が流星の機体にロックを合わせた、もう気が抜けなくなった。

 

 

「「─────!!」」

試合開始のブザーが鳴った。

同時にセシリアがブルー・ティアーズを、とどのつまりビットを飛ばし流星に向けてレーザーを一斉掃射する。

流星はそれに伴い即座に簡易式の盾を展開した。

 

「ぐっ!」

 

盾に着弾し、流星は爆発に巻き込まれる。

流石にビット全てからの弾は防ぎきれなかったようだ。

盾でとはいえ高威力高弾速のそれを受けた流星は後方向に投げ出される形になる。

 

「逃しませんわ!」

 

続くセシリアの猛攻。

レーザーライフルである、スターライトMkⅢを構え引き金を引く。

 

「くそっ」

 

流星は悪態をつきつつ、盾を前に投げ出した。

セシリアの放った一撃は盾に直撃。

簡易式使い捨ての盾は今度こそ粉々に吹き飛ぶ。

 

───同時に流星はサブマシンガンを展開していた。

射撃直後のセシリアの向かって連射する。

 

 

「まさか───っ、ISの補助なしに!?」

 

 

被ロックオンに対する警告も出なかったことと何より虚を突かれたことにより、セシリアはその弾丸数発に直撃した。

ISの補助なしでの正確な流星の射撃に舌を巻きつつも、即座に回避に移るセシリア。

 

「やっぱそう簡単にはいかないか」

 

流星は悪態をつき、セシリアへ接近を試みた。

マシンガンを撃ちつつ距離を詰めようとする。

──セシリアのブルー・ティアーズの武器は射撃武装が多い。

接近戦は阻止してくるだろう。

 

 

(ならば)

 

流星はアサルトライフルを片手に展開。

サブマシンガンをしまい、即座に構える。

撃ち合いで勝てるとは思えない、故に狙うのはカウンター。

セシリアが照準を合わせた瞬間に横に動きながら引き金を引く。

 

 

「なっ!?」

 

セシリアのレーザーは流星を掠める形で直撃には到らず、逆に流星の偏差射撃による弾がセシリアに数発ヒットする。

流星は距離を詰めつつ、接近戦距離での射撃戦を仕掛けようと考える。

セシリアに追い付かれるかもしれないと思わせる距離で翻弄する考えだ。

 

 

 

「させませんわ!」

 

「!」

 

一閃、セシリアのレーザーライフルから正確な射撃が放たれる。

肉を切らせて骨を断つ。

セシリアは追撃の流星の弾を受けながらも、自身の一撃を流星に正確に当てるほうを優先した。

その行動に躊躇いはない。

流石代表候補生といったところか。

 

 

それを流星は二つ目の盾を展開させで防ぐ。

 

 

「今のを防ぎましたのね───ですが、甘いですわ」

 

その防いだ隙に流星の周囲には4基のビットが展開されていた。

それを見た瞬間流星は苦虫を潰したような顔になった。

反射的に身体を動かす。

 

「容赦なしか!」

 

───盾と身体を密着させ急いでセシリアとの距離を離そうと。

 

「逃しませんわ!」

 

 

瞬間、4基のビットからレーザーが放たれ--流星に直撃した。

そして、追撃のレーザーライフル。

 

 

「っ」

 

かろうじてセシリアのレーザーライフルによる追撃は半壊した盾で受けきったが、限界とばかりに盾は砕け散った。

 

「まだです!」

 

「ッ」

 

さらに撃ち落される形で流星はアリーナの地面に叩きつけられた。

大きく削られる流星のシールドエネルギー。

引き離された距離。

そして、彼を包囲するビット。

 

 

 

アリーナに見に来ていた生徒の大半が、勝敗は決したと確信させられた。

 

 

 

 

「・・・山田先生、どう見ます?」

 

アリーナの管制室でモニター越しに試合を見ていた織斑千冬は眉を顰めてそう言った。

相手はモニタリングしている山田先生である。

 

「セシリアさんの射撃もですけど、最初に見せた今宮君のISの補助なしの射撃の精度も凄いですね」

 

少し嬉しそうに生徒を褒める山田先生。

彼女のその言葉に千冬はモニターに改めて目を向ける。

モニターに映っているのはビット兵器から地面をアクロバティックに動き逃げている流星の姿だ。

 

 

「だからこそ今の撃墜は『出来すぎている』とは思いませんか?」

 

「出来すぎている、ですか?そんな気もしますが、射撃武装がメインのセシリアさんに今宮君がワザワザ距離を取る意味があまり思いつきませんが…」

 

少し困ったように考える山田先生をよそに、その会話を聞いていた一夏が驚きの声を上げた。

 

「ちょ、ちょっとまってくれよ!千冬姉!それじゃあアイツワザと攻撃を受けたってことか!?なん──っ!?」

 

「──織斑先生だ。後教師には敬語を使え」

 

一夏の頭に勢いよく振り下ろされる出席簿。

ドゴォッ!と凄まじい音がなる中、それを振るった本人である千冬はため息をついた。

 

 

「まだ憶測の域を出ないのは確かだ。あれから今のところ逃げているだけだからな」

 

だが、と千冬は続けた。

 

「あの盾を持っていた時の最後に見せた反応速度。この逃げ方...もしかするととんだ食わせ者かもしれないな」

 

「反応速度...?逃げ方?どういうことですか、織斑先生?」

 

首を傾げる一夏に千冬は少し呆れた様子で答える。

 

「反応速度はまあともかく、だ。今宮のやつはどうしてるように見える?」

 

「えっと、逃げ回っている?」

 

「そうだ。だが問題はそこじゃない、ビット兵器から逃げ回るのに空中に逃げないところだ」

 

そこでようやく一夏も気付いた。

流星は先ほど撃墜されてから、1度も空中に飛んで居ないことに。

確かに多少跳んだりして避けてはいるが、それはあくまで地面を駆け回っているだけに過ぎない。

 

「本当だ...。確かに地面じゃあ避けられる範囲が減るじゃないか!なのにどうして...」

 

「ISの空中制御が苦手なだけだと思っていたが、あの様子。何か仕掛ける気かもしれんな」

 

 

画面に見入る一夏をよそに千冬は1人静かに呟く。

 

 

「まあ見ておけ織斑、私の見立てではアイツは...手強いぞ?」

 

 

 

 

所変わり、アリーナの会場。

 

「!」

 

「ちょこまかと──!」

 

セシリアの4基のビット兵器によるレーザー攻撃を地面を駆け回り躱す流星の姿があった。

シールドエネルギーはあれからほとんど減っておらず、またセシリアのシールドエネルギーも同じように変化はない。

 

防戦一方──今の流星を見て観客の誰もがそう思うはずだ。

 

(そろそろ、か)

 

流星は攻撃を避けつつ、ビットの位置を見て静かに仕掛けるタイミングを考える。

 

──地上に降りた理由は2つ。

 

1つは地面で逃げることで、逃げ場こそ減るものの慣れない真下からの攻撃を気にする必要もなく、視界に4基とも入れやすいくし、攻撃を躱しやすくすること。

 

これは特にうまくいっていた。

ISがパワードスーツである側面も噛み合い、平常時よりも機敏に、かつ素早くかわせることも作用している。

 

2つ目は、──。

 

 

(仕掛けるか)

 

 

ビットが自分の四方を綺麗に囲った瞬間に決断した。

 

流星は回避行動と同時にある武装を展開した。

 

 

「手榴弾!?ですがそんなもの!」

 

 

ビットを迎撃しようとしたと予想したセシリアが急いでビットに指示を出す。

 

だが、ビットの攻撃が放たれた瞬間に手榴弾は爆発した。

 

「!?暴発!?」

 

巻き上がる砂埃と煙で流星の姿がセシリアから見えなくなる。

 

 

──瞬間、砂埃の中から何かが飛び出した。

真っ直ぐにセシリアに向かっていく。

 

 

「ッ──!」

 

ロックオンの警告もなくきた攻撃に対し、咄嗟にレーザーライフルを撃つセシリア。

この状況でも正確に撃ち抜くあたり、彼女の射撃の精度の高さが伺えた。

 

撃ち落とした弾は、グレネードの弾。

撃ち抜かれた瞬間に爆発を起こすが、セシリアには届かない。

 

 

「なるほど、先ほどのは目くらましで本命はこちらでしたのね!」

 

とすれば、納得が行く。

周りにビットがある状況下、ビットに気を引かせセシリア本体を直接狙うという作戦だと考えれば距離をあえてとり警戒を緩めさせていたと考えもできる。

逃げに徹しているように見えたのも隙をつくためだろう。

 

流星が一夏対セシリアの試合を見て得た『ビットを動かしている間はセシリア本体は無防備になる』という情報を活かしたものと考えるとより納得がいく。

 

 

だが、それは無駄に終わった。

 

そうセシリアが思った瞬間だった。

 

 

「なっ!?」

 

グレネードの弾の爆発で微かに気付くのが遅れた。

 

ちょうどその時、ビット兵器の1基が撃墜されたのだ。

そして、流星の本当の狙いに気付く。

気付いた時には遅かった。

 

 

───ビット兵器が4基とも撃墜されていた。

 

 

「まさか...先程の攻撃も囮!?本命はビットを全部落とすことでしたのね!?」

 

だとすれば地上で延々と逃げていたことも納得がいく。

4基のビットを確実に落とせる距離まで引きつけてるために──。

 

 

 

砂埃が晴れ、流星の姿が見える。

その手には黒色の槍が握られていた。

形状は細く、これといった装飾もないスピアだ。

それでおそらくビット兵器を落としたことをセシリアは理解した。

 

「────」

 

 

勢いよく地面を蹴り、流星はセシリアのいる方へ突っ込んだ。

距離があるため、そうすぐ詰められるものではない。

 

──同時にセシリアもレーザーライフルを構えなおす。

即座に標準をあわせ、引き金を引こうとする。

 

「させるか!!」

 

「なっ!?」

 

だが、流星はそれを阻止すべく槍を投擲する。

 

「無茶苦茶ですわね!」

 

結果、セシリアはかわしながら引き金を引いた。

放たれたレーザーは流星の機体を微かに掠めていく。

 

セシリアの射撃精度の高さには今更流星は驚きはしない。

 

──セシリアが次の行動を起こす前に仕掛けなければ狙撃されて負ける。

 

流星はすぐにグレネードランチャーとマシンガンを展開し、セシリアへ近づきつつマシンガンを放つ。

セシリアはそれに対し、距離を取りつつ迎撃に徹しようとする。

 

 

だが、セシリアの武装は今や手数の少ない武装ばかり。

 

 

結果、少しずつセシリアのシールドエネルギーが削られ始める。

 

 

「ッ!」

 

マシンガンでの攻撃をかわしつつのライフルでは埒が明かないと踏んだセシリアは、ブルーティアーズの左右についた実弾用の二基の銃口を流星に向ける。

それはその機体唯一の実弾武装であり、ミサイル弾。

目標を追いかけるため、この手数の少なさとマシンガンの牽制どちらかを覆してくれるはずだ。

 

一瞬だがセシリアの足が止まった。

 

(───ここだ!)

 

流星の機体が急加速し、セシリアとの距離を一気に詰める。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる技術だが流星のそれはまだまだ拙く、一流からみれば粗末な仕上がりであった。

だが、この場においてはセシリアとの距離を一気に詰める唯一にして最後とも言えるチャンスをものにするに到った。

 

 

「ですが、ここまでですわ!」

 

それでも、流星が接近戦を挑むよりセシリアがミサイルを撃つほうが遥かに早い。

 

向けられる二つの銃口。

 

 

「──そうくると、思っていた」

 

 

流星は静かにそう呟くと銃口を向けられるよりも早く、

──『グレネードランチャーそのもの』をブルーティアーズの銃口に方へ放り投げていた。

 

 

──ちょうど、マシンガンを放ちつつセシリアの微かな死角から軽く放り投げるように──。

 

 

「なっ───!」

 

 

そこでセシリアは初めて言葉を失った。

ミサイルはもう発射される、だが片方の銃口すぐ前には流星が放り投げたグレネードランチャーが迫っていた。

 

グレネードランチャーの残弾数は言うまでもなく、殆ど残っている状態。

 

ミサイルでそれを撃てばどうなるかなど───。

 

 

セシリアは世界がまるでゆっくりになったかと錯覚する。

目の前の流星はシールドエネルギー僅か。

 

だが、トドメがさせない。

彼はもうマシンガンも投げ捨て、まだ未熟な武装展開で三つ目の盾を展開している。

 

 

──あと少しですのに──!

 

 

接近してこようとする相手への自衛用としてこの武装を使っていたことがセシリアの敗因。

それは先の戦闘を経て、癖のような扱い方そのものを見抜かれていたのだろう。

流星が盾の強度を下げてでも三つも持っていたのも、未熟な武装展開における収納を殆ど切り捨てて戦うために、使い捨てとして選んだものだとしたら──。

 

 

(──完全に(わたくし)の負け、ですわね・・・)

 

 

 

──凄まじい爆発が轟音を鳴り響かせながらアリーナの中心で炸裂する。

 

直後に試合終了のブザーが響き渡り、静かに勝者の名が告げられる。

爆発による噴煙が晴れるよりも前に、その声は再び静寂に包まれたアリーナに響き渡った。

 

 

 

 

『─────勝者、今宮流星』

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

流星の試合が終了し、アリーナの内側で1人感嘆の声を一夏はもらした。

先にセシリアと戦ったからこそ一夏はセシリアに勝った流星に心の中で最大限の賛辞を贈る。

試合の内容は隣で唖然としている箒や、眉を顰めている千冬、素直に喜んでいる真耶ほど理解出来ていない。

だが、この試合には流星の努力の成果が嫌でもわかった。

 

自身も触発され、部屋ではひたすら参考書を読みふけり、剣道の稽古のあとも少しだけISに触る機会を増やした。

無理を言って稽古を付けてもらいもした。

だが彼の毎日の様子を一部見ているだけに、『足りない』と思い知らされる。

──勝てるだろうか……。

この後戦う相手を思いつつ、突き付けられる事実。

自分はセシリアに負けた、しかしそのセシリアに彼は勝った。

だからといってセシリアが彼より弱いかと言われれば、そうではないだろう。

だが織斑一夏にのしかかるは言いしれぬ不安。

同じ男性操縦者──だが彼は遥か前に進んでいる。

追い付けるのか。

勝てるのか。

 

「…」

 

アリーナのピット前に降り立つ。

彼は今、シールドエネルギーや武装の補給を行っているだろう。

 

 

「──不安か?織斑」

 

「千冬ね──織斑先生」

 

思わず呼び間違えそうになったが、出席簿を喰らわずに済んだようだ。

鼻で笑いながら千冬は一夏の後でそのまま言葉を投げかける。

 

「お前はアイツをどう見た?何を感じた?」

 

「流星はすげぇ奴だと思う……思います。あれだけ努力して、その上さっきの俺の試合で得た事活かし切って……、俺も追い付きたいです」

 

真っ直ぐな言葉に千冬は満足気に、しかし少々意地悪そうな顔で問いかける。

 

「織斑、お前はアイツの接近戦の強さは知っているか?」

 

「いや、あの一瞬槍で叩き落としてたって事くらいで、実際何も見ていな──!」

 

もしや、と目を丸める一夏。

千冬は腕を組んでそのまま推測を述べた。

 

「対織斑一夏用に接近戦を見せないようにしていたとした可能性がある」

 

セシリアが強く、接近戦を許さなかったのも当然ある。

しかし、戦い方に違和感を覚えた千冬の答えのひとつがそれであった。

流星は強かにこの2試合を獲りにきている。

その事実は揺るがない。

 

 

(───)

 

はっきり言って、勝ちの目はさらに詰まれた気がした。

おそらく自身にもきっちり対応してくるだろう、格上の流星の驚異を感じないはずがない。

だが、不安以上に嬉しかった。

そこまで全力でぶつかってきてくれている。

 

──ならば、

 

 

「ありがとう織斑先生。俺はアイツに全力でぶつかってくるよ」

 

 

きっと、この身体の震えは不安から来たものではない。

 

「待ってろ流星」

 

白式を展開し、ピットから勢いよく飛び立つ。

そんな一夏の背中を見つめる千冬の背中から、真耶はどこか嬉しそうに声をかけた。

 

「いい表情でしたね。織斑くん」

 

「……威勢が良いだけですよ山田先生」

 

 

 

「来たか一夏」

 

「待たせたな流星」

 

アリーナの中央近くで浮かびながら待っていた流星の正面にハッチから出てきた一夏が現れた。

並び立つ灰色と白色の機体。

アリーナの席から今日1番の大きな歓声が鳴り響く。

 

「流星、さっきの試合。勝利おめでとう」

 

「ありがとう。でもあれは一夏が先にオルコットと戦ったからこその結果だ。俺はそれを活かしてズルをしただけだ」

 

そう言いつつ流星は一夏を落ち着いた様子で観察していた。

その様はどう仕掛けようか吟味しているようにも見える。

初めての試合の筈だと言うのに、妙に流星の武器を持つ姿がしっくりくる。

 

手に焦を握るとはこの事か、ブレードである雪片弐型を握りつつピリピリとした緊張感で構える。

一夏もいつでも動けるように、どう来ても対処出来るように。

力を抜き、目をつぶった。

さながらそれは侍の居合を連想させる──。

 

 

 

「「──!」」

 

唐突になる試合開始のブザー。

先手を取ったのは流星だった。

 

グレネードランチャーを構え一夏に向かってすぐに2発撃つ。

 

「っ!」

 

 

一夏はそれを迷いなくブレードの先端で2発同時に切り裂いた。

 

 

「!」

 

その迷いのない行動には流星だけでなく、アリーナにいる全員が驚いた。

 

程よい緊張感により集中力が見事研ぎ澄まされたかつてないベストコンディションが生み出した一芸。

 

そのまま、一夏は爆風を受け流すように一瞬真後ろに離脱し、煙が晴れる前に前に勢いよく飛びだした。

 

 

(──速い!)

 

相手に手を撃たせない速攻。

元々開始の距離がそう遠くなかったのも起因してか、白式のスペックが高いのか、一夏はすぐに間合いに入り流星に斬りかかってくる。

 

 

一夏のブレードである雪片弐型、それが光の刃を帯びている。

 

──零落白夜。

おそらくだが織斑千冬と同じ一撃必殺のシールドエネルギーを消費した諸刃の剣。

推測でしかないが、それならば先程一夏がセシリアに切りかかる寸前にエネルギー切れで負けたのも納得出来た。

あれをマトモに受ければその時点で流星の負けの可能性が高い──。

 

ならば、喰らわなければ良い。

至極当然の思考に流星は切り替える。

生身と同じ、喰らえばやられるというだけ──!

 

 

「悪いな一夏。俺も負ける気はないんでな!!」

 

確かな自信。

学園最強に鍛えられたからこそ、同じ男性操縦者で初心者の一夏には絶対に負けられなかった。

振り下ろされる一撃必殺を前に踏み込んでみせる。

 

 

「なっ!!」

 

驚きは一夏のものだった。

確かに振り下ろした一刀をすんでの所で受け流されたからだ。

 

「っ!?」

 

すぐに背中に叩き込まれる衝撃に相手が長物を振り回していることに気が付いた。

 

(槍かっ!)

 

セシリアとの時は投げただけだった黒色の槍。

それを振り下ろしている流星の姿を、振り向き捉えた。

 

だが、受け止められたからといって流星の攻撃は止まらない。

一夏に対し、逆に猛攻をかける。

 

「──!」

 

「うぉぉおお──!」

 

全力で雄叫びを上げながら一夏も反抗する。

上から下から正面から──。

点と面を、斬撃と打撃を、駆使しつつ多彩に畳み掛けてくる流星の槍を前に一夏は押し負けていく。

 

 

「なんだ……あれは」

 

モニター越しのその光景に箒は思わず呟きが漏れる。

流星が弱いと思っていた訳では無い。

だが、一夏の剣筋は決して悪いものではなかったと箒は思っていた。

確かに千冬にはかなうわけが無いし、剣道でも全国大会優勝の箒には到底適わないが、それでもその箒から見て決して弱くはなかった。

 

さらに最初に見せた千冬地味た行動、あのコンディションならば普段よりも遥かに強いとさえ感じた。

そこにさらに一撃必殺とされる零落白夜が入るのだ、一太刀浴びせれば終わり──そのはずだった。

 

しかし、結果は当たらない。

零落白夜による一刀は尽く弾かれ、逆に流星の槍による猛攻を受けた。

今は逆に距離を取らざるを得ない状況。

 

 

(一夏……)

 

箒はただ静かに、劣勢である己の幼馴染の様子を見守っていた。

 

 

 

(不味いな…)

 

 

反撃の隙は見つからず、シールドエネルギーが確実に削られて行くのだけが理解出来た。

零落白夜を使っていることもあり戦況は厳しくなる一方だ。

 

「くっ」

 

先程までの研ぎ澄まされた集中力も既に切れていた。

ある程度鍛えられた反射神経と勘だけで戦うには相手が悪すぎた。

 

「くそっ!なら─」

 

「離脱か?いいぞ手伝ってやる!」

 

「ぐっ!?」

 

と、離脱して仕切り直しを狙った瞬間に数回斬撃を叩き付けられ、一夏は強制的に突き飛ばされた。

間合いこそ開き仕切り直しを狙えるものの、さらにシールドエネルギーを持っていかれかなりの劣勢に陥る。

 

仕切り直し、といってもどの道一夏は接近戦を仕掛けるしかなく、

距離が開いてしまえば流星から仕掛ける意味は無い。

一夏の圧倒的不利である。

流星は槍を片手に持ったまま一夏の様子を窺っていた。

一方、一夏は零落白夜を解除して流星に向き直る。

 

 

「すげぇな、流星。槍をそんなに使えるんだな…」

 

静かに流星に賛辞を贈る一夏。

流星からしてみれば初撃からの別人のような一夏の底知れぬものに内心驚きっぱなしであったが、零落白夜を前もって予想していたこともあり一太刀も喰らわずに圧倒的優勢に運んでいる。

 

カウンター気味の初撃で流れを持っていき、そのまま相手の思考を奪うように自身の槍術を叩き込むことにも成功した。

しかし、一夏は予想よりも反抗していたためそのまま仕留め切れないと判断し、今に至る。

油断は禁物、相手は一撃必殺。

話しながらも一夏の動向を考えつつ、話に応じる。

 

「槍はちょっと自信があってな。元々少し齧ってたんだけど誰かさんに扱かれたんだよ」

 

どこか遠い目をしながら答える流星からはその扱きの厳しさを感じさせられた。

一夏は毎日ボロボロになっていた流星の姿を思い出しつつ笑みを浮かべる。

 

「──なあ流星、俺さ、強くなるってセシリアとの戦いで決めたんだ。今度は守られる側じゃなく守れる側になるってな」

 

「唐突になんだよ」

 

「だから今決めた。お前をライバルにして俺はもっともっと強くなる!」

 

「──」

 

唐突なライバル宣言を前に一瞬困惑した流星だったが、一夏の真剣な目を見てそれが本気の宣言であるということに気が付く。

こういう真っ直ぐなことを本気で言ってのける部分を見て、流星は織斑一夏という人間を改めて理解した。

篠ノ之箒にあれだけ露骨に好意を向けられている訳もどこか理解した。

嫌な気はしない。

互いに自身以外で唯一の男性操縦者。

ライバルというものには惹かれるものがあるわけで──。

 

「馬鹿だな」

 

しかし、流星はそれを敢えて否定した。

 

意地の悪い笑みを浮かべて観客席の方を指差す。

 

 

「俺はあの威厳もへったくれもないアイツの鼻をあかす目標がある。今俺に苦戦してるお前をライバルにしてられるか」

 

 

その答えに一夏も嬉しそうに笑みを浮かべた。

まるでその答えを待っていたように雪片弐型を構え直す。

 

「なら!嫌でもそう思わせてやるさ!」

 

現状に決して満足する気は無い、それが流星の今の答え。

それを受け取り一夏もまた、己の考えは間違っていなかったと確信する。

 

 

「──させると思うか?」

 

唐突にそう言いつつ、仕掛けたのは流星だった。

片手にサブマシンガンを展開して一夏に向かって撃つ。

 

「くっ!?」

 

一夏はそれを数発受けたがすぐに回避行動に移った。

大きく回り込みながら近付く隙を窺うしかない。

流星にしてみれば、相手にもう近付く意味はなくこのまま残り少ない一夏のシールドエネルギーを減らしてしまえば勝ちだ。

 

(どうする?このまま近付けなきゃ俺の負けだ!いや、近付いても対処されたら負ける!)

 

脳裏に浮かんだのは、数少ない時間だが自ら姉に教えて貰った技術の幾つか。

殆ど内容も完全に理解出来ておらず、技術としてある程度だけ形になった未完のものが数個だけ。

ぶっつけ本番では絶望的な完成度であるが、それらの中で1つだけチャンスを作れる技術があることを思い出した。

そして、それを思い出すきっかけとなったのは先程の流星の試合である。

 

 

 

決断は早かった。

どうせ零落白夜をあと10秒も使えばエネルギーは尽きる。

次に零落白夜を展開するのはその技術を使う瞬間。

それに賭けるしかないと一夏はその瞬間を待つことを決めた。

 

 

サブマシンガンを必死にかわしつつ、ただ機を待つ。

 

──そして、その瞬間は訪れた。

 

 

「──行くぞ流星!!!」

 

サブマシンガンの弾が切れ、他の武装に切り替える瞬間──普通ならば剣の間合いにまで行く隙にはならない。

だが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)ならば可能だ。

 

練習では一度も完成しなかったそれは、この瞬間を持って完成に到る。

 

一夏の身体は弾丸のようにその隙を狙って流星へと向かっていく。

零落白夜は既に発動している。

 

 

「─なっ!」

 

一夏の瞬時加速に流星は驚きを隠しきれなかった。

意図こそ理解していたが、ここで完成形の瞬時加速を使ってくると予想出来なかったのだ。

反応こそしてアサルトライフルを展開するが、引き金を引くと同時に目の前に迫った一夏の一刀で、アサルトライフルを両断される。

 

すんでのところで1刀目をかわした流星だったが、体勢は良くない。

 

「まだだ!!」

 

「!」

 

切り返してきた2刀目を咄嗟に槍で凌ぐ。

だが、片手な上体勢が崩れていた為強引に槍は弾き飛ばされた。

 

体勢、バランスを立て直す一瞬の間は作れたが一夏の続く3刀目に武装の展開は間に合わない。

 

「これでトドメだ!」

 

踏み込みながら雪片弐型を振るう一夏。

相手は武器もなく展開する暇もない。

一夏自身見ていたが、何かを仕掛けていた様子もなかった。

沸きあがる観客席。

 

 

 

一夏の勝ち、アリーナの観客席で見守る誰もがそう確信する。

 

 

 

──ただ1人、観客席でどこかご機嫌なまま見守る水色の髪の少女以外は。

 

 

 

「──」

 

殆ど反射的な行動だった。

踏み込み振り下ろされる一撃必殺。

 

それに合わせるように、流星も踏み込む。

この状況になった時点で武器を展開する選択肢はなかった。

 

拳を握り、身体を大きく振り、ISのパワードスーツである部分を利用して強化された拳を放つ。

 

なまじ間合いが近かったため、流星側からも踏み込むだけで速度に関しては解決した。

 

 

──振り下ろされる一撃よりも早く、一夏の顔面に拳が叩き込まれた。

 

 

殴り飛ばされる一夏。

その瞬間に雪片弐型が流星の身体を掠めていたが、既に零落白夜は解除されていた。

 

 

しん、と静まり返るアリーナ。

 

困惑した様子で告げられる勝者の名。

 

それを聞きながら、流星は落ちて行く一夏の腕を掴むと満足気に笑みを浮かべた。

 

 

「そういうわけで、今回は俺の勝ちだ一夏」

 

 

 

再び沸きあがる歓声。

確かな勝利の余韻を感じながら、流星は一夏を連れてピットへ戻っていった。

 

 

 

 

『───』

 

(ん?……空耳?すぐ近くに誰か居たような……?)

 

 

途中、すぐ近くから誰かの発する声が聞こえた気がしたがすぐ振り返ってもそこには誰もいなかった。




薄暗い、冬の雨。
灰色を間接的に表す機体。
量産機でも優秀なラファールを真似ようとした器用貧乏な第二世代機。



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-7-

時間はクラス代表を決める試合が終わった日の夜。

場所は食堂であり、どう話が通っていたのかケーキやデザートまでも用意されていた。

 

一夏クラス代表決定のお祝い会である。

参加者は多く、明らかに1組だけではない。

もはや全クラスの混合と化していた。

そんな中、一夏はどこか納得していない様子で料理に手をつけずにいた。

 

「どうして俺がクラス代表なんだよ」

 

その疑問はもっともだった。

彼は結果として1勝も出来ず、負けただけである。

元々クラス代表を賭けた試合だっただけに意味がわからないと一夏は首を傾げる。

 

「それは(わたくし)達が辞退したからですわ」

 

と、一夏の疑問にセシリアは答えつつ彼の前に立つ。

その横を通り抜け、流星は一夏の横にドカッと勢いよく座る。

その手にはいつも通り参考書が開かれた状態であった。

 

「……俺は元々クラス代表には興味あったわけじゃないしな」

 

「でもおかしくないか?」

 

「知らないな。負けたお前に反論する権利はない」

 

「ぐっ……」

 

他人事と流星は決め込んで参考書にまた視線を戻している。

もはや一夏の中ではそれが流星の基本になっていた。

そんな流星と一夏を前に立ったままのセシリアはゴクリと息を飲んだ。

そして、意を決した様子で話を切り出す。

 

 

「……今宮流星さん、織斑一夏さん」

 

「ん?」

 

「どうしたオルコット」

 

真剣な表情で話しかけるセシリアに一夏は顔を上げ、流星も参考書を閉じて言葉を待つ。

すると、セシリアは突然頭を下げた。

 

 

「この前の発言、(わたくし)が間違っておりました。貴方達と戦い、(わたくし)の考えが狭く浅い考えであったことを思い知らされましたわ。オルコット家当主としてここに謝罪致します」

 

その行動に目をパチクリさせる一夏。

流星はその様子を見つつ、嘘偽りない本心であると直感する。

高い自信とプライドを持つほどの実力と努力家であろうセシリア。

そんな彼女が自身の間違いを認め、改める。

──なんだ、律儀なやつだなぁ。

などと思いつつ一夏と目を合わせる。

すぐに2人は頷き、立ち上がった。

 

「いいよ、俺も暴言を言ってしまったからさ。こちらこそごめん」

 

「俺は実に良い経験になったし、代表候補生の努力と練度を試合で感じ取れたように思う。得るものは大きかったから感謝している」

 

その2人の返事に、セシリアは頭を上げるとホッとしたように安堵の息をもらす。

 

と、そこで流星と一夏にセシリアは提案する。

 

 

「それでもし宜しければですけど、これからはセシリアとお呼び下さいませんか?(わたくし)も一夏さん、流星さんとお呼びしますので」

 

「あぁ、そうだな!これから改めてよろしくなセシリア!」

 

雨降って地固まる。

まさにこの事だなと1人納得する一夏の眩しい笑顔にセシリアは頬を赤らめて視線を逸らした。

 

「あー、……よろしくなセシリア」

 

その様子を見て色々察した流星は、参考書を再び開き席に座り込む。

釣られて座る一夏。

そして自身の反対側である一夏の右側に座るセシリアを見て、ふと何かの気配を流星は感じた。

はるか前方で心中穏やかでないためかワナワナと身体を震わせている箒が見えた。

直ぐにこちらにやってくるだろう。

 

 

「俺は知らない。関わらないでおこう……」

 

と流星は静かに一夏の横を離れ、人が座っていない席に移動した。

参考書を開き没頭しようとする。

そうしようとしたところで隣に座ってくる存在に気がついた。

 

「本音か……」

 

「どうしていまみーは身構えているの?」

 

「……なんでもない」

 

昨夜の記憶が蘇り、本音に対する恐怖も蘇り怯えていた流星。

対する本音はケーキを大量に乗せた皿を片手に、非常にいい笑顔でケーキを食べ進めていた。

昨夜のことは忘れよう、などと流星は誓う。

 

「こんな時間になんて量食う気なんだ」

 

「またいまみー乙女に言ったらいけないことを言ってるー!」

 

「知ってるか本音。こういうのは自業自得って言うんだ」

 

鼻で笑いながら参考書を読み進める。

そんな流星を見ながら、本音は穏やかな口調でボソリと呟いた。

 

 

「ありがといまみー。私の友達の為に怒ってくれて」

 

その声は隣だが流星には届かない。

本当にボソリと呟いた言葉。

彼にはそんな考えもなく、ただ怒ったのは簪の為でもない。

だが、流星は間違いなくその時の発言を撤回させようとしていた。

その事実は揺るがない。

 

 

「ん?何か言ったか?」

 

「うぅん何もー?」

 

少し恥ずかしかったからもう言ってやらない、と本音は静かに思う。

そんな彼女は流星がいつの間にか片手に小さなケーキを持って食べていることに気が付いた。

ふと、気付くと小さなケーキが1つ皿から消えている。

 

「いまみーそれ私のー!」

 

「ありがとう、わざわざ持ってきてくれたんだろ?」

 

「ちがうよー!」

 

「はっはっは、お前のカロリー計算に貢献してやっているんだ感謝しろ」

 

「むー」

 

この男、会長に影響を受けているのではないか?などと本音は感じつつケーキを食べるペースを早める。

横に来たのは自分だが、そのせいで流星がケーキを盗むのを止められないでいた。

 

流星のケーキを食べるペースが早い。

 

流石に疲れているのだろう、と本音は見抜いていた。

 

 

「いまみー?無理しちゃダメだよ?」

 

「なんだおもむろに。俺は無理なんて……」

 

「今日位は休まなくちゃダメーってこと。今日この後も1人で訓練する気だよね?」

 

本音の発言に流星はどこか気まずそうに視線を泳がせる。

変なところで勘は鋭い。

そう内心愚痴を吐きつつ、流星はもの惜しそうに告げる。

 

 

「こっそり申請してたのにバレてたのか。実は機動周りもう少し改善出来そうな気がしてきてたんだが…」

 

「いまみー」

 

「──わかったよ。今日は休むよ」

 

「ならよーし」

 

渋々従う流星。

それに満足気な本音。

その様子を一通り眺めた後、2人に近付く1人の影があった。

パシャリ、とカメラのシャッター音が聞こえた。

 

「いいねー。ケーキを食べる女子と談笑しつつも参考書を手放さない今宮君。これ名刺ね!あと取材いいかな?本音ちゃんも一緒に!」

 

腕に新聞部の腕章を付けた女生徒、リボンの色からして楯無と同じ2年生だろう。

名刺を受け取り、名前を確認する流星。

そこには黛薫子、と書かれていた。

 

「取材って何を取材するんですか……?」

 

「ズバリ!流星君には気になる女の子がいるのか居ないのか!」

 

「────IS学園の新聞部、俗過ぎないか」

 

呆れた様子で流星は顔を強ばらせる。

 

「あれ?こう言うのも何だけどIS学園ってレベル高いと思うんだけどなー?」

 

「どうしてだろう本音。この人を誰かと重ねてしまうんだが……」

 

「それはねいまみー。会長と先輩は友達だからだよ」

 

「…………類は友を呼ぶってやつか……」

 

脳裏に浮かぶはイタズラ好きな笑みを浮かべ、何故かピースサインを浮かべる楯無。

苦虫を噛み潰したような顔をしつつ流星は先程移動時に調達していたドリンクに口を付ける。

薫子は何か思いついた様子で口を開いた。

 

 

「──たっちゃん、いえ更識生徒会長との同棲生活はどう?」

 

「──ぶはっ!ゲホッ!?ゲホッ!!何だその言い方は!?」

 

「その様子だと多少意識はしてそうね。でも本音ちゃんとのあの様子…………これはいい記事が書けそうだわ!」

 

サラサラと手帳に書き記して行く薫子。

その片手には小型のボイスレコーダーが握られていた。

恐らく先程のリアクションも撮られていたと流星は気付く。

 

 

「ただのゴシップ記事じゃ無いですか。そんなのばっかりなら取材拒否しますよ?」

 

「釣れないなぁ今宮君は。本音ちゃん、他に何か面白そうな話題ない?」

 

「いまみーはね。あんまりクラスの人とも話してないかなー?」

 

「なるほど!所謂コミュニケーション障害と!?」

 

「本音、とりあえず今はそういう誤解を招く発言は辞めてくれ」

 

流星は参考書を閉じて机の上に置いた。

まともに相手をしてとっとと帰ってもらおう、などと考えたからだ。

 

「それで先輩、本題は?」

 

「そうね、一夏君からも貰ったし何かコメントでも」

 

ボイスレコーダーを流星の顔に近づけ、薫子はそう言い放った。

 

「えーっと、頑張って強くなります?」

 

「うーん、パンチが弱い。ほらこう何かない?俺に近付くと火傷するぜ!的なやつ!」

 

「……」

 

頭が痛い。

正直なところ、このようなコメントは当たり障りのないもので済ましたかったのだがそうはいかなさそうだった。

──下手に捏造でもされるのはゴメンだ。

 

「なら、学園最強を目指しますでお願いします」

 

「ほほう?いいね!男の子って感じのコメント!採用!」

 

「いまみーは生徒会長目指してるの?」

 

「……む、本音。別にそういう訳ではないのだが」

 

言い淀む流星。

このコメントに深い意味は特にない。

鍛えて貰っているとはいえ、散々からかわれているのだ。

見返したいと思うのは当然だろう。

 

さて、と薫子はボイスレコーダーと手帳をしまい立ち上がる。

 

 

「ありがとう!おかげでいい記事が書けそうだわ。じゃあ私はここで失礼するわね?今度の新聞楽しみにしといて!」

 

「まともな記事である事を祈りますよ」

 

「任せて!一夏君と今宮君の2人のことは特に大きく載せるから!」

 

「答えになってねぇ……」

 

と、そこで流星の参考書の上に何かが置かれた。

何かの紙の束。

直ぐに手を取り流星は目を通した。

 

それは、ISの整備科の資料を纏めたものであった。

 

「それは取材料ってことで」

 

「いいんですか?これ貰ってしまっても」

 

「大丈夫よ、コピーだし。IS学園内でしか使わないでしょ?」

 

──それに、と薫子は唇に人差し指を当ててジェスチャーを送る。

片手で隠し撮りしようとしているカメラが無ければ可愛い仕草で片付いていた。

 

 

「たっちゃんにとって遠慮なく色々言い合える人は貴重だからね。これからも親友としてたっちゃんをよろしく頼むよ、ってこと」

 

 

そう言い残し、じゃあねと薫子はその場を後にする。

それを見送りつつ、流星は彼女が置いていった資料を手に取り読み始めた。

 

 

その瞬間、どこからか飛んできた木刀が流星の顔の真横を高速で通り抜けていった。

 

「………は?」

 

ブワッと一気に冷や汗が吹き出し、直ぐに周囲を見回す。

すると、こちらへ逃げて来たと思われる一夏が流星の目前で立ち止まった。

目は明らかに助けを呼びかけていた。

 

 

「りゅ、流星!のほほんさん!助けてくれ!」

 

「どうしたのおりむー?」

 

「どうした──と俺も言いたいが真後ろを見ろ本音。多分あの鬼のせいだ」

 

流星は一夏の後方を指を指す。

そこには並々ならぬオーラを放つ箒が一夏のあとを追い掛けるようにゆっくりと歩いてきていた。

 

「おい一夏、何した」

 

「知らねぇよ!?俺が聞きたい位だ!」

 

その台詞に流星は顎に手を当てて考える。

セシリアも一夏に好意を向けるようになったと流星は認識している。

つまり、箒からすればそれは面白くない状況。

不用意に一夏が爆弾を踏んでしまった可能性が高い。

 

 

「とりあえず俺を巻き込むな!なんだあの鬼は」

 

「そんなこと言わずに助けてくれ!このままじゃあどんな目にあわされるかわからない!」

 

必死に訴える一夏だが、刻一刻と恐怖は近付いてくる。

 

「ちなみに、なんて言ったんだ?」

 

「2人が言い合ってたから、何故か突っかかっていく箒を止めてたんだよ!そしたらどっちの味方かってすげぇ勢いで詰め寄られて……」

 

「……まさかそのまま逃げて来たのか」

 

「ああ、流星の様子見てくる!って席を立って流星の方に逃げたら木刀を投げられた」

 

「よし、そのまま踵を返して立ち去れ!」

 

「っても今の木刀お前に向かってなかったか!?流星も狙われているんじゃあ……!?」

 

「!?」

 

その言葉に流星はすぐ近くに転がっている木刀の方を見た。

一夏が逃げて来た位置と照らし合わせるとあるひとつの仮説が生まれる。

つまり、さっきの一撃は流星を狙っていたものである。

 

 

「…………男に嫉妬する……だと…………!」

 

 

「いまみーが、今まで見た事ないくらい哀れなものを見る目をしてるっ……!?」

 

「のほほんさん、何か沈める案はないか!?」

 

「さ、流石にわからないかな?」

 

流石の本音も困った様子で返答する。

当たり前だ、こんなの関わるだけとばっちり食らうだけだと流星は内心叫ぶ。

 

もっとも、既に流星は巻き込まれているのだろうが。

 

 

「とりあえず、逃げるぞ一夏!」

 

参考書や資料を片手でまとめて持つと、流星は一夏の肩を引っ張り急いでその場を離脱する。

 

だが、待って欲しい。

一夏と流星は貴重な男性操縦者にして、一夏に至ってはこのパーティーの一応主役である。

つまり、話しかけられなくとも遠巻きに全部様子は見られていたわけで───。

 

『こ、これは篠ノ之さんからの略奪愛!?まさか一夏君と流星君ってそっちの人!?』

などと耳が痛くなるような台詞が遠巻きに聞こえたりもした。

もちろん、そこまで大きな声ではないはずだが無駄に今地獄耳になっている箒には火に油である。

 

 

「なるほど、一夏が昔から鈍いのはそういうことか。ふふ、ふふふふふふふ!」

 

瞬間、箒が全力疾走でこちらに向かってきた。

先程投げた木刀を速攻で拾い、かなりのスピードで駆けてくる。

 

「うおおお!?追ってくるぞ流星!?」

 

「速過ぎないか!?全力で走れ一夏!!」

 

「流星!俺はこんなに速く走れたのか!!」

 

「つべこべ言わずに走れ!一旦まいて頭を冷やしてもらう時間を作るしかない!」

 

2人も全力で疾走する。

すぐに廊下に出た2人は、箒を振り切るべく人気のない廊下を走る。

さすがにこれだけ必死に逃げているため距離はそれなりに開いていた。

これなら振り切れる!流星達はそう安堵する。

だがそうは問屋が卸さなかった。

 

 

「ほう、廊下を走るとは随分と元気だな?」

 

「「!??!!?」」

 

前方に急に現れた千冬に2人は思考が一瞬止まる。

何処から?いつの間に?などとの考えはとりあえず後回しにされていた。

 

「廊下は走るなと習って来なかったか?」

 

急ブレーキをかけ、千冬の前で止まる2人。

よりによってと2人は自身の運を呪う。

 

 

「前門の千冬姉、後門の箒かよ!!?」

 

 

「──ブハッ!?くくっ、ぷっ、ハハハハハッ!!!!」

 

思わず漏れた一夏の言葉に笑いを堪えられずに吹き出す流星。

千冬に恐ろしい虎の姿を幻視し、ツボに入ったようだ。

 

一方で千冬はそう言われて表情こそ崩しはしないが、迷わず手に持っている出席簿を縦にして振るっていた。

 

「織斑先生だ。馬鹿者」

 

「がっ!?」

 

「一夏───!?」

 

頭にそれをまともに喰らい崩れ落ちる一夏。

完全に意識を手放した彼を横目に真上から振り下ろされる出席簿に流星はかろうじて反応する。

 

「あぶねぇ!?」

 

「ほう。良い反応だな」

 

白刃取りのように出席簿を受け止める流星を見て、千冬は感心した様子で声を漏らす。

 

「だが、まだまだだな」

 

次の瞬間流星の足を軽く払うと、姿勢を崩す流星を前に出席簿を奪い取り、再び振りかぶる。

流石ブリュンヒルデ、反応が殆ど出来ない!?などと流星が思っている間にも出席簿は振り下ろされる。

 

 

「廊下は走るな。いいな?」

 

頭上にヒットする出席簿に流星の意識は強制的に刈り取られた。

 

ゴロンと転がる男2をそれぞれの寮の部屋に押し込むべく、千冬は2人とその荷物を軽々と抱える。

全く馬鹿共が、と愚痴を言いつつ廊下を歩く。

 

 

もちろん、後から追い付いた箒もこの後コテンパンに説教されるハメになった。

 

 

 

───同時刻、IS学園を外から眺めつつ1人佇む影がそこにはあった。

 

明かりのついている学園を眺めながら、──小柄なその少女はふふんと得意げに笑みを浮かべた。

 

「待ってなさいよ!一夏!」

 

 

 

 

「ちょっと、そこのあんた」

 

「……ん?」

 

翌々日の朝、流星は廊下で背後から突如呼ばれ振り返った。

背後に居たのはツインテールの少女、背は高くない。

その声色と表情からは、何処と無く自信を感じさせるものがある。

勝ち気な少女、そう感じた。

 

「なんでそんなあからさまに嫌そうな顔するのよ」

 

「いや、何故か嫌な予感がしただけだ。すまない。それで何の用だ?」

 

(あたし)さ、ここに来たばっかりだから、まだよくわかってないのよね。職員室どこか知らない?」

 

「ああ、ここは広いから仕方ない、案内しよう。しかし来たばかりか。俺それ知ってるぞ転校生ってやつだな」

 

どこか嬉しそうに転校生と言ってのける流星に少女は首を傾げる。

 

「ありがとう。でも、あんたってもしかして変人……?」

 

「いきなり失礼だな……。とりあえずこっちだ」

 

流星に連れられ、少女は廊下を歩き始める。

 

 

(あたし)は、凰鈴音(ファンリンイン)。鈴でいいわよ」

 

 

少女──鈴はざっくりと自己紹介を終え、流星へ視線を向ける。

流星はその視線の意図を読み取り、応じる。

 

「俺は今宮流星。知ってると思うが2人目の男性操縦者だ」

 

「ふーん、今宮ね。今宮はこんな朝早くから何してたの?」

 

「ちょっと生徒会の用事と朝の特訓終えたとこだ」

 

鈴の指摘はもっともだった。

HRの時間にも小一時間ほどある。

教室に人もいない中、廊下を歩いていた流星に声をかけたのは必然だった。

流星の答えに鈴は意外そうな顔をする。

 

「……今宮って生徒会の人だったんだ。それに特訓っていうのは誰と?もしかしてもう1人の男性操縦者?」

 

鈴はどこか期待した様子で尋ねる。

 

「いや、俺が今教えて貰っている人とやっている感じだよ」

 

鈴の様子を見て、流星の中にある仮説が浮かぶ。

 

「鈴こそどうしてこんな時間から?」

 

「その、えーっと、職員室に用があったから早めにね?」

 

「その割に教室を覗いたりしていたように見えたが?──誰かを探しているのか?」

 

意地悪な笑みを浮かべつつ、問を投げる流星。

鈴はギクリと身体を動かし、数歩前に出て流星の方に振り返る。

 

「なっ!誰がアイツを探してるって!?」

 

「それ探してるって自白してるだけじゃないか」

 

「ぐっ!?」

 

 

「それで、一夏を探しているんだろう?」

 

 

恥ずかしそうにする鈴を前に流星はいつになくいい笑顔になる。

彼自身やはり自覚はないが、楯無の影響も出ているのだろう。

元々の性格に近付いているのか、はたまたただの影響かは誰にもわからない。

 

「そ、そうよ!!それで一夏の奴は何組なのよ?」

 

「俺と同じ1組だよ。鈴は……2組か」

 

「なんであんたが知ってるのよ……」

 

鈴は呆れた様子で溜息をつく。

くつくつと笑う流星は困惑する鈴に種明かしをする。

 

「俺は生徒会だって言っただろ?それで転校生が来たとかなっても雑務があるんだよ。だから知ってたんだよ」

 

「あんた、性格悪いって言われない?」

 

「言われた事が無いな」

 

「じゃあ(あたし)が代表候補生って事も知ってるのね?」

 

鈴の真剣な問いに流星は首を傾げる。

明らかに何を言ってるんだといった顔をした。

 

「え、嘘、もしかして知らなかったの!?」

 

「いや、中国の代表候補生だろ?知ってる知ってる────ああ俺が悪かった!だから許してくれ」

 

ワナワナと震える鈴に流星は静止をかける。

鈴も怒っても仕方ないと呆れた様子で落ち着く。

再び流星の横に並び、職員室に向かって足を進め始める。

 

 

「あんた、イギリスの代表候補生に勝ったんだって?」

 

 

唐突に尋ねる鈴。

流星は少し驚いた様子で答えた。

 

「耳が早いな。結果としてはそうだよ」

 

「結果としてはってどういうことよ」

 

「俺がセシリアの武装とか特徴とかを、先に一夏との試合を見て知れたからな。ハンデがあったようなもんだ」

 

その言葉を聞き、鈴はつまらないといった様子で返す。

 

「あんたってそういうとこ無駄に真面目なの?勝ちは勝ちじゃない」

 

「そうかもしれない。だがあくまで出し抜いただけだ」

 

「ふーん」

 

その言葉を呟く流星の目は真剣そのものだった。

自身が弱い、そして彼自体が自覚しているからこそのこの発言。

謙遜ではなく、力量を把握しているからこそのもの。

鈴はそれを感じ取る。

 

「じゃあ(あたし)と模擬戦、近いうちにやらない?」

 

興味があった。

槍の腕はそれなりだそうだし、射撃の精度も良いと聞いていたからだ。

 

一方で流星は静かに考える。

武装も戦い方も知らない状態での、対代表候補生。

得るものはそれなりに有りそうだった。

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼む。またとない機会だ」

 

「決まりね」

 

「───着いたぞ」

 

流星の言葉を受け、鈴も足を止める。

職員室の目前に2人はたどり着いた。

 

流星は真面目な様子で鈴に話しかけた。

 

「鈴に先に忠告しておくことがある」

 

「何よ?」

 

「この部屋には恐らく織斑千冬がいる」

 

「え゛……千冬さんが……?」

 

流星の忠告に鈴は表情を強ばらせる。

やはり知り合いだったか、と流星は目を細めつつ続ける。

 

「とりあえず一夏みたいに普段の呼び方で呼ばないようにな。織斑先生と言わないと……」

 

「言わないと……?」

 

ゴクリと唾を飲み込む鈴。

有無を言わさぬ千冬の迫力を知っているからこその緊張感だろう。

 

「人知を超えた出席簿がお前を襲う」

 

「痛そうね……」

 

げんなりする鈴。

脳裏には織斑先生と呼ばずに、出席簿を叩き込まれる一夏が安易に想像出来た。

 

「アレはもはや武器だ。あの威力は生徒にやるものではない」

 

「なんか食らったことあるみたいな発言なんだけど」

 

「一昨日食らったよ。ゴリラもビックリの力だ」

 

自身の殴られた頭部を擦りながら言う流星に鈴は困惑を隠せずにいた。

あの千冬の力で殴られるのだ。

ひとたまりもないだろうことは言うまでもない。

 

「あんたも一夏もよく食らって平気ね」

 

「いや、一撃で意識を刈り取られた」

 

「そもそもなんでそんなことになったのよ」

 

「まあ待て、俺もまだ思い出し笑いしかねないんだ。この話は職員室の近くではしないでおこう」

 

また出席簿を食らっても困るしな、と流星が言おうとした瞬間、不意に背後から声が聞こえた。

 

 

「ほう?ここでは話せないか?今宮」

 

流星の背後を見て、鈴の顔色が一瞬にして悪くなる。

冷や汗をダラダラと流し、顔は貼り付けたかのようなヒクヒクとした歪な表情──所謂苦笑いだ。

 

そして、流星も声と鈴の表情で自身が窮地にいることを理解した。

 

背後に、千冬がいることも。

 

 

「ははは、怒られたことなんて楽しいお話ではないでしょう?」

 

「そう言うな今宮。遠慮はいらん、話してみろ」

 

「何を仰っているんです?織斑先生が美しいって話じゃないですかハッハッハ」

 

「そうだったな。ハッハッハ」

 

流星の笑いに釣られたかのように笑う千冬。

その明らかに合わせた不気味な雰囲気に鈴は数歩後ろに下がる。

 

「ハッハッハ、ところで今宮。私はゴリラか?」

 

「そりゃあゴリラかって思うくらいのパワーですねハッハッハ……ははは……」

 

自身の発言にサーッと流星の顔から血の気が引いていく。

 

瞬間、流星はずっと片手に携帯していた参考書を頭上に構えた。

 

 

 

 

──刹那、炸裂するような音が廊下に響く。

 

 

 

 

それは出席簿と参考書の激突した音だった。

 

「!?!!!?」

 

流星自身、千冬の動きに無我夢中で反応した為か目を見開いて驚きを隠せずにいる。

彼自身の肉体が急激な反応に悲鳴を上げていたのは言うまでもない。

 

一昨日の追撃を思い出し、流星は急いで千冬の出席簿の攻撃範囲から出る。

 

「ほう、やはり受け止めるか。危機回避能力は高いな」

 

「前よりも威力上がってただろアレ!ましたよね!アレ!」

 

「いやなに、お前のことを信頼してのことだ。危機回避能力は昔の経験則から来るものだな?」

 

千冬の言葉に流星は複雑な表情になる。

どう反応していいかわからない、といった様子だ。

 

「経験則?」

 

鈴が首を傾げた。

はたしてIS学園に来てここまでの期間で、あの出席簿に経験則で反応できるようになるものだろうか。

いや、昔のと言っていたと鈴は1人疑問を抱く。

 

 

「ああ、今宮の奴は昔、少年兵や傭兵をやってたことがあるからな」

 

「……その経験則も出席簿であしらわれる程度だ。自覚はあるけど、別に俺は運が良かっただけですよ」

 

「え……?」

 

いじけた様に言う流星に千冬は不敵な笑みを浮かべる。

鈴は意外な流星の過去に少し衝撃を受けていた。

少年兵?傭兵?

この少年は何故そんな状況になったのか、鈴は想像ができなかった。

少年自身から、一切そんな節を感じさせなかったからだ。

知って良かったのか?そう思う鈴の心境を読んでいるのか、千冬はごく普段の様子で応じる。

 

 

 

 

「そういじけるな今宮、私はこれでも評価しているんだ。──あと凰、コイツはこのように聞かれなければ特に話さない奴だ。それに織斑達がそう聞くとも思えんからな、お前くらい知ってた方が都合がいいだろう」

 

「は、はい!」

 

 

 

「それと今宮。凰は見ての通り悪い奴じゃない、仲良くしてやれ」

 

 

 

「え?嫌ですけど」

 

 

先程からいじけて若干不機嫌な流星はそう即答した。

 

「へ?」

 

「ほう」

 

間抜けな声を漏らすのは鈴であり、千冬の反応は一瞬だった。

流星の頭を有無を言わせぬ速さでワシ掴みにした。

そのまま流星の頭をその身体ごと、自身の腕1本で持ち上げる。

 

 

「あだだだだ!!?」

 

「いじけて素直になれないならさせてやろう。天邪鬼なのはこの脳か?どうだ?素直になったか?」

 

「口より手が出るの早い!!!頭もげ、もげげげげ!?」

 

俗に言うアイアンクローというやつだった。

流星は参考書を手放し、必死に千冬の手を剥がそうとするが、ビクともしなかった。

それどころか、締め上げる力は強くなるばかり。

 

「ギブ!ギブアップ!織斑先生ぇえええ!?参りました!!トマトみたいに潰れちゃうから!」

 

メキメキと凄まじい音が聞こえることに鈴は戦慄する。

なんだかんだとここまで案内してくれたわけだし、これからも付き合いは長くなる。

と、鈴は恐る恐る助け舟を出すことにした。

 

「お、織斑先生……それぐらいにしてあげても……?」

 

「──だ、そうだ。凰に感謝するように、今宮」

 

「た、助かっ……っ〜〜〜っ!?」

 

千冬は手を離し、流星を解放する。

流星はそのまましばらく廊下に転がり、悶絶していた。

千冬は満足したのか、そのまま職員室に入っていく。

 

「あんたも無謀よね。千冬さんにあんな返しをするなんて」

 

「なんだあの馬鹿力は。アレは同じ人間なのか……」

 

寝転がっている流星を覗き込みつつ言う鈴に、流星は一人呟く。

 

「これ以上言わない方がいいわよ今宮」

 

 

「そうだな。次こそ廊下が殺人現場になる」

 

 

ゆっくりと立ち上がる流星。

制服を叩き、埃などがついていないか確認していた。

 

「ありがとう、助かったぞ鈴」

 

「食堂のランチでいいわよ?」

 

「はいはい。──ん?こんな時間か」

 

と、流星は自身の腕で待機状態となっているISによって時間を表示しそう呟いた。

整備室で少しISを調整しようと予定していたことをおもいだしたからだった。

HRまではまだまだあるが、その時間を加味するとHRにもギリギリといったところだった。

 

「じゃあ俺は用事があるから」

 

「そう。(あたし)は元々職員室に用があったわけだし、行ってきなさいよ」

 

「ああ、じゃあまた後でな」

 

少し駆け足気味で去っていく流星を見送りつつ、溜息をもらす。

こんなに朝から彼はなんと忙しい人間なのだろうか。

しかし、どこか楽しそうだと鈴は感じていた。

悪い奴じゃなさそう、とだけ考えつつ職員室に入ろうとする。

 

そこでふと鈴は床に落ちたままの物を見つける。

 

「……参考書、ね」

 

それは流星が鈴を案内している時も、持ち歩いていた分厚いISの参考書だった。

ひょいと持ち上げ、どれどれと興味本位で中身を見る。

かなり簡単に開いた。

何度も読み直したのかページをめくるのは簡単だった。

中身もビッシリと書き込まれており、補足事項まで事細かに記されている。

 

 

「……何が運よ、ちゃんと努力した成果じゃない」

 

少しだけ目を通した後、本を閉じる。

特訓と先程言っていたことも思い出す。

おそらく、そちらもかなり努力をしているのだろう。

意外な一面を勝手に覗き見たような複雑な気分になる鈴。

初対面の癖に一度に仕入れた流星の情報が多く、鈴は今宮流星という人間を掴みきれずにいた。

 

「なんかムカつくわね……」

 

とりあえず後で一夏に会いにいくついでに渡してやるか、と鈴は参考書を片手に職員室に入る。

 

 

ついでに流星の実力をすぐにでも見てやろう、とも考えながら。

 

 

 




鈴登場。

千冬さんが鈴の前で過去に触れたのは、一夏達の周りだと一番その手の気が利くと考えたから。
千冬さん自身はそれで嫌われる可能性も考慮している。
あくまで言っても問題ないと判断した上での事。





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クラス代表戦
-8-


あれから時間は経過し、SHR前。

皆がそれぞれ登校し、座席付近でクラスメイトと会話し時間を潰しており、教室はざわついていた。

そんな中、いつもの様に参考書を読もうとした流星はそこで気付く。

 

 

「参考書が……ないっ!?」

 

思い当たる節はある。

鈴を案内して職員室前で千冬にアイアンクローされた時、あの時に落としたとしか考えられない。

しかし、今から探しにいったところでおそらく落し物として誰かが保管している可能性が高く、取りに行く時間もなかった。

 

「いまみーどうしたの?」

 

未だ眠そうに目を擦りながら、本音は流星の手元を見る。

すると、少し驚いた様子で声を発した。

 

「いまみーが参考書を読んでない!?」

 

「え!?ほ、ほんとだ!流星どうしたんだよ!?」

 

本音の言葉を聞き、流星の手元を見た一夏も驚きを隠せず声に出す。

一夏がこちらに来た事により、箒やセシリアもつられて流星の方へやってくる。

その2人も表情に驚きを出していた。

 

 

「俺をどういう目で見てるんだお前ら。今朝にちょいとあってな、参考書を落っことした」

 

「いまみーが参考書を落っことす状況?」

 

「それは、想像が付かないな……」

 

本音の言葉を引き継ぐようにして箒も首を傾げていた。

流星の全員のイメージといえば、片手にいつも参考書か何か分厚いものを持っているイメージが根強くついていた。

生半可なことで落とすとは思えなかった。

何かよほどのことがあったに違いない、と一同は考える。

 

 

それらをよそに、一昨夜の出来事が一夏の頭をよぎった。

 

 

「まさかと思うけど、千冬姉関係してたりしないよな?」

 

 

おそるおそる尋ねる一夏に、流星はその察しの良さに呆れ返る。

それをもう少し周りの箒などに向けていれば色々状況は変わるだろうに、と溜息が混ざった。

 

 

「……アイアンクローされた。その時に恐らく手放したんだろう」

 

「いまみー、よく無事だったね……」

 

流星の頭を撫でつつ無事を確認する本音。

こそばゆいと不満げな流星を前に、一夏はその話に疑問を持つ。

 

 

「なんでそんなことになったんだよ?」

 

 

「言う訳ないだろ。またこのタイプの話掘り返して痛い目に合うのはゴメンだ」

 

「──と、言うことはその調子で怒られたのですわね?流星さんってもう少しクールな感じだと思ってましたが、そうでもなさそうですわね」

 

意外、そう言いたげなセシリア。

その意図を理解してか、流星も応じる。

 

「問題児キャラはセシリアと被ってるから、確かに差別化しないとな。俺は隠れた天才系キャラで行くから安心してくれ」

 

「なっ!?それってどういうことですの!?」

 

異議を申し立てるセシリア。

その様子を見ながら一夏は呆れた声を発する。

 

「おいおい、天才系キャラはそれこそセシリアだろ?問題児は流星だけだって」

 

「お前にだけは言われたくないな問題児筆頭」

 

「俺の何処が問題児だよ?」

 

「問題児だな」

 

「問題児ですわね」

 

一夏の言葉を否定するように箒とセシリアは頷く。

一同のリアクションにショックを受ける一夏は、頷いてはいなかった本音に助けを求める。

 

「のほほんさん、俺は問題児じゃないよな!?」

 

「でもおりむーが1番、織斑先生に出席簿で叩かれてるよー」

 

「なっ!?」

 

だが、証拠といわんばかりの現実を知らされ大きく項垂れた。

 

「元気出せよ一夏」

 

「流星……」

 

ポンと肩を叩く流星。

一夏は顔を上げて彼の方を見る。

すると、流星はいい笑顔で箒とセシリアを指さした。

 

 

「────問題児しかいないじゃないか」

 

「そう言えばそうだな!!」

 

流星の言葉に即賛同する一夏。

先程までは良かったが、やはり箒やセシリア達も恋する乙女。

想い人の一夏に問題児と刷り込まれるのは、回避したかったのだろう。

 

「ちょっと待て今宮!」

「ちょっと待って下さる?流星さん!」

 

抗議しようとする彼女達を無視して、流星は本音と一夏の方に向き直る。

完全無視を決め込む気だ、と一夏は他人事のように感心していた。

 

 

「──そう言えば転校生なんだが、今朝会ったぞ」

 

「中国の代表候補生の人でしょ?」

 

「ああ」

 

「転校生?」

 

一夏が再び首を傾げる。

それを見て流星は眉を顰める。

 

「知らないのか?2組に今日、転校生が来るんだ。しかも中国代表候補生のな」

 

内心、思い浮かべるは先程会った活発そうなツインテールの少女。

恐らく、一夏はわかっていないだろうと察しつつ流星は鈴である事を伝えるのを辞めておくことにした。

流星も先程知り合ったばかりであるため、特に話すことも無いと判断したからだ。

 

「それでどんな奴だったんだ?」

 

「元気そうな奴だったよ。からかいがいがある面白い奴だ」

 

「いまみーまた悪い顔してる……」

 

 

「本音。お前も会ったらわかる。───アイツはそうだな、俺の好きなタイプだ」

 

「───え?」

 

 

───流星の言葉にクラス中が凍りついた。

 

 

一瞬にして静まり返り、クラスメイト全員が流星の方へ視線を向けていた。

大半が困惑、一部が好奇の目であった。

流星本人を除けば織斑一夏のみ、状況が理解出来ず首を傾げている。

 

「ん?俺何か変なこと言ったか?」

 

「ねぇいまみー?それってどういうこと?」

 

 

 

流星の言葉に困惑する本音。

クラスが固唾を飲んで見守る中、流星は本音の発言にあっけらかんとしたまま答えようとする。

 

 

「どういう事ってそのままの意───っ!?」

 

 

しかし、流星の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 

───何故なら高速で参考書が彼の顔目掛けて飛んできたからだ。

 

 

「うおっ!?俺の参考書!?」

 

流星は額に直撃する手前でそれをキャッチした。

間一髪、と流星は参考書をそのまま手に取り、参考書の飛んできた方向へ視線を移す。

 

方向は教室の入口、前側の扉。

そこには、顔を真っ赤にしたまま腕を振り切った状態の鈴が立っていた。

 

「い、今宮、ああああんたね!今のってどういう意味よ!?」

 

「どういうってだからそのままの───」

 

「〜〜〜〜っ!」

 

その言葉と周囲からの視線を前に、鈴の顔はさらに真っ赤になる。

そこで初めて、流星のすぐ側にいた一夏が笑顔で歩み寄った。

 

 

「鈴!?転校生って鈴だったのか!?久しぶりだな!元気にしてたのかよ!?」

 

嬉しそうな顔で鈴に駆け寄る一夏に、鈴は状況が状況だけに困惑している。

一方、一夏が嬉しそうな顔で女子に駆け寄る姿を見せられることになった箒とセシリアは、口をあんぐりと開けて呆然としていた。

 

「え、えぇ!そっちこそ怪我しなさいよ!?」

 

「滅茶苦茶言ってないかそれ?でも良かった!弾にも連絡入れてないよな?一緒に顔出したらアイツも驚くぞ!」

 

今までにないくらいフレンドリーな一夏の姿は、ある意味クラスメイトにとっても箒とセシリアにとっても衝撃的だった。

流星の先程の発言と一夏の今の発言を受け、再びクラスはザワつく。

 

一夏との関係。

一夏、流星、鈴の三角関係!?

セシリア達の一夏争奪戦の勃発!?

などと、噂好きな年頃の女子達の間で盛り上がっていた。

 

また、クラスの様相はそれだけには留まらない。

主に好奇心を向けているは殆どのクラスメイト。

嫉妬の炎を燃やすのは箒とセシリア。

どこか不安そうで不機嫌そうな本音。

 

そして、この直後の事を察して参考書を再び読み耽ることで我関せずな流星。

朝から、1組は混沌としていた。

だがそれも、流星の予想通りの幕引きを迎える事となる。

 

唐突に鈴の頭が何かで軽くだが叩かれた。

 

「痛っ!?──な、何よ!?」

 

再開を喜んでいる最中の邪魔に、鈴は文句を言おうと勢いよく振り返った。

しかし、鈴は相手を見て固まってしまった。

 

 

「ち、千冬さ……織斑先生……」

 

 

「おい、もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

鬼神、織斑千冬の登場によってクラス全体が一気に静まり返る。

HRこそはまだ始まっていないが、一気に空気が引き締まるのを感じた。

全員が席へ戻る。

一夏もそそくさと席へ戻っていく。

誰も出席簿をくらいたく無かったのだろう。

 

鈴は納得しない様子で教室に背を向けながらも、教室の中の方へ視線だけを向ける。

 

「また昼休みに来るから!逃げないでよね!一夏───あと今宮も!!」

 

捨て台詞をそのまま残すようにして駆け足で隣の2組に戻っていく鈴。

その後ろ姿をクラスの全員が見送る形となった。

 

 

「それではSHRを始める」

 

 

千冬の一声で日直が号令をかける。

こうして、一日の幕が開けた。

 

 

 

「───そんなわけで、鈴は幼馴染なんだ」

 

昼休みの食堂。

一夏は、周りを囲むように座っていた流星、本音、箒、セシリアに対しそう説明した。

一夏の隣に座っている鈴は、その話を聞きつつどこか得意気な顔をする。

箒が転校してから中学時代の途中まで共に過ごした仲らしく、一夏が喜んでいた理由もやっと理解出来た、と流星と本音は納得する。

 

一夏曰く、ファースト幼馴染が箒、セカンド幼馴染が鈴、のようだ。

 

「ファースト幼馴染だのセカンド幼馴染だの、幼馴染ってそういうもんだったっけ……?」

 

「おりむーは普通みたいな顔してたよねー」

 

「……よくわからん」

 

そう呟きつつ、流星は自身の目の前にある拉麺を啜る。

一夏、鈴、流星が拉麺定食、箒は焼き魚定食、セシリアはサンドイッチを食べている。

 

どこか半分納得した流星や本音と違い、納得できていないのは箒とセシリア。

箒とセシリアは仲良くテーブルを叩き、一夏と鈴に詰め寄った。

 

「2人はどういう関係なのだ!?」

 

「ま、まさか恋人!?」

 

薮をつつく気はない流星は、静観に徹することにした。

脳裏に浮かぶは、先程まで授業に集中出来ずにいた箒とセシリアの姿だ。

授業に集中出来ずにいたため、出席簿で叩かれたりもしていた。

 

「ちちがうわよ!?」

 

顔を赤くして否定する鈴。

真横の一夏も真っ赤になっていれば可愛らしかったのだが、やはりそんな男ではなかった。

 

「そうだぞ、ただの幼馴染だ」

 

「……」

 

全く異性として意識してないとも取れる平然とした答え方に、箒とセシリアは安堵の息を漏らす。

同時に、流星も2人が落ち着いたのを見て安堵する。

 

一方で鈴は不機嫌そうな視線を一夏に向けていた。

 

 

「ところで流星と鈴って今朝知り合ったって言ってたけど、どういう感じで会ったんだ?──というか、今鈴が食べている拉麺も流星の奢りだけど……」

 

一夏はそんな鈴に気が付くこともなく、流星と鈴2人に疑問を投げかける。

流星は食事を終えて暇が出来たため、一夏の疑問に答える。

 

「出会ったのは廊下でだ。奢りの件はお前のお姉さんにアイアンクローされた時に一応助けて貰ったからだ」

 

「ああ、さっきの話と繋がってたんだな!だから鈴が参考書を拾ってたのか」

 

「……とんでもなく危険な渡し方だったけどな」

 

「あ、あんたが変な事言うからでしょ!?」

 

流星が渋い顔で参考書の件について言及すると、鈴が発端となった流星の発言を思い出しつつも否定する。

よく見ると顔が少し赤くなっているが、男子二人が気付くことは無い。

と、今朝の事から思考を切り替えたい鈴は一夏の方を向いて尋ねる。

 

「そう言えばあんた、クラス代表になったんだって?」

 

「ああ。流星やセシリアに負けたけどな」

 

「じゃあが(あたし)練習見てあげよっか?クラス代表戦までもう少しでしょ?一夏も知ってる人の方が気楽だろうし」

 

自然な流れにして、完璧な誘い。

朴念仁な一夏でも、意図に気付かず自然に受け入れるであろうその提案に鈴は自画自賛しつつ相手の出方を見る。

じゃあ───などと笑顔で口を開いた一夏が言葉を発する、その前に箒とセシリアが強引に割って入った。

 

「一夏は既に私が教えている!」

 

「貴女はそもそも2組でしょう!?敵の施しは受けませんわ!」

 

(あたし)は一夏に聞いてるのよ」

 

1歩も譲る気はない鈴と止めにかかる2人。

元から教えている箒と先日から教えることになったセシリアからすればたまったものではないため、必死である。

 

しかし、勝ち気な性格である鈴は、2人の意見ではなく一夏の意見を求めているとばっさり切り捨てた。

 

こうなってしまっては、箒とセシリアも一夏の意見を待つしかない。

視線が一夏に集中した。

 

「どう?良い提案だと思うけど?」

 

鈴の言葉を前に、一夏にかかるは箒とセシリアからの無言の圧力。

とりあえず皆自分が教えたいのか?と疑問を抱く一夏。

どちらの選択肢を取っても理不尽に怒られることは目に見えていた。

 

 

「流星。午後の練習、俺に教えてくれないか……?」

 

 

真剣な表情でそう言う一夏に、流星は眉を顰める。

本音を除く女性陣からの鋭い視線が流星に突き刺さる。

 

「さらりと俺を巻き込むんじゃねぇ」

 

「なんだよ、冷たい事言うなよ。助けると思ってさ!」

 

「助けるも何も…」

 

「この通りだ!お願いだ!!」

 

両手を合わせて懇願する一夏。

少しばかり可哀想に思えてきた流星は仕方ない、と軽く呟いた。

瞬間、さらに鋭くなった視線が流星に突き刺さる。

流星もそれを予想していたため、多少冷や汗はかいていたが平然としていた。

逆に視線をそちらに向ける。

 

「とりあえず、今日は俺も同席する。練習は皆でだ。俺が参加出来ない日も多々あるだろうからそれを見越してな。──後、そこの女子3人組、文句はナシだからな」

 

ぐぬぬ、と女子3人組はその妥協案に不満を隠せずにいた。

しかし誰か他の女子と一夏が二人きりという、最悪の状況は回避出来た為完全に反対も出来ずにいた。

 

「し、仕方ないわね……」

 

「仕方ない……」

 

「仕方ないですわね……」

 

渋々提案を受け入れる3人。

その様子に一夏はほっと胸をなで下ろす。

流星はそんな一夏に鋭い視線を向ける。

 

「貸しだからな」

 

「ああ、また今度返すさ」

 

「早めに返さないと、利子付けるからな?」

 

流星はそういい、参考書を開いた。

 

 

 

 

「──違うぞ!こうドカッ!バキッ!とだな!」

 

「──このパターンは後方斜め45度へ!頭の角度は──脚の膝の───」

 

「はぁ?ここは感覚よ感覚!わかんない?どうしてわかんないのよ──!」

 

 

 

「───全然わからん!!!」

 

時間はかわり、放課後。

場所は第4アリーナ。

箒、セシリア、鈴の説明を前に一夏はそう叫ぶ。

それを見ていた流星は呆れかえり、言葉を失っていた。

ちなみに、箒は打鉄を借りており、他は専用機を身にまとっていた。

本音は、一夏に教える話にそもそも入っておらず、生徒会のお仕事があるため同席していない。

 

各々の教え方をわからないと告げた一夏に、各々が何故わからないのかと抗議している。

 

そんな中、流星は自身に稽古を付けてくれていた楯無の有能さを改めて思い知ることになった。

ロシアの国家代表たる彼女が代表候補生と違うだけなのか、更識楯無として優れているのかはわからない。

 

「いや、分からなくて当たり前だろ」

 

流星の言葉に、3人組がピクリと反応する。

逆に抗議されていた一夏は、助かったといわんばかりの表情で流星を見た。

 

「何よ!?(あたし)達が教えた事をどれも理解出来ない一夏が悪いんじゃない!」

 

「そうだ!」

「そうですわ!」

流星にそういい、鈴は食いかかる。

その言葉に箒やセシリアも賛同していた。

 

「擬音多用したり、数値で教えたり、感覚で分かれと言ったり……どう見ても教え方が悪くないか?」

 

「ならあんたは教えられるの?」

 

鈴の指摘に流星は困ったといった表情になる。

確かに流星は特訓をたくさんしたり、知識もたくさん付けているが指導する側となると自信が無い。

ただ、鈴達のようにはならないだろうという自信だけはあった。

 

 

「俺から教えられること自体が少ないが……そうだな、一夏。振り返る時、いやターンする時、何か意識していたりするか?」

 

「意識?してないな。でもターン出来てるから必要なくないか?」

 

首を傾げる一夏。

流星は一夏の手元の雪片弐型を指さした。

 

「特に一夏の場合、基礎的な動きも全部最適化してエネルギーを攻撃に回すべきだと思うんだ。だから無駄は減らした方がいい。一夏が振り返る時にしても、かなり機体にブレが見られるからな」

 

「確かに言われてみればそうかも。それでどうすれば良くなるとかあるのか?」

 

「軸足を意識するといいぞ。平常時と同じようにな」

 

「どっちでもいいのか?」

 

「振り返る時に自然と重心が偏る方だな」

 

流星の話を聞き、空中へ移動してから実践する一夏。

とりあえず構えはなしで反転、反転、反転。

言われたことを意識し、淡々とこなす。

すると、かなり数回試しただけでコツを掴んだのか、あっさりと出来るようになってしまっていた。

 

「おお!出来たぞ流星!」

 

「……飲み込み早くないか」

 

自身はもう少し苦労したような、と困惑する流星。

その横では鈴が納得のいかない様子で流星を見ていた。

一方で、セシリアは素直に感心した様子で流星に話しかける。

 

「お上手ですわね。人に教えた事があるのですか?」

 

「いや、生まれてこの方初めてだ。機動周りにしろ一夏のようにすんなりいかず、常にグダグダしっぱなしだったから、ビックリしてる」

 

「なるほど、だからこそわかりやすかったのですわね」

 

「複雑な気分だ」

 

「──でしたら、あの射撃の精度もひたすら努力をされたのですわね」

 

「……まともに撃ち合ったらセシリアには勝てないけどな」

 

セシリアの言葉に、一瞬だが微かにだが流星の顔が強ばった。

流石、射撃能力の高いセシリアだと内心感心しつつ、流星はそれを周りに悟らせないように努めた。

ただ1人、鈴だけはそこを見過ごさなかった。

 

 

「──イギリスの代表候補生にそこまで言わせるなら今宮、(あたし)と模擬戦しない?」

 

「鈴?」

 

「そういや、模擬戦やるって約束してたでしょ?今日は他のアリーナ空いてるっぽいし、模擬戦やるわよ?」

 

流星の有無を言わさずにISを解除し、外へ向かう鈴。

確かにそう約束したが、と唐突な鈴の提案に流星は戸惑いつつも彼女たちに同行する。

 

「ここで行いませんの?」

 

「そうね。ここでやってもいいけど、一夏の練習を邪魔したくはないし……とりあえず1戦したら戻ってくるわよ。移動するなら(あたし)か今宮のISに連絡頂戴」

 

「わかりましたわ」

 

セシリアはそう頷き、箒と一夏のもとへ駆け寄っていく。

鈴と流星はそのまま第4アリーナを後にする。

 

 

「良かったのか?一夏との練習放り出して」

 

「いいのよ。どうせあの調子じゃグダグダするだけってわかったし」

 

それに、とだけ付け加えて鈴は続ける。

 

「あんたと模擬戦するって話だったでしょ?」

 

一切気を使った様子を見せない鈴に対し、流星は溜息をついた。

こう見えて世話焼きでお人好しな鈴に少しだけ感謝の意を示す。

 

「参考書投げ付けた件は無かったことにするよ。ありがとう」

 

「な、なによ?(あたし)は模擬戦がしたかっただけで…」

 

「そういう事にしとくさ。それで鈴はクラス代表代わってもらったんだっけ」

 

隣の第3アリーナに入り、通路を進む。

通路もしっかり手入れされているあたり、流石IS学園といった異様な綺麗さだった。

 

「そうよ、もう2組代表の子がいたけど代わってもらったの。そういや、優勝したクラスに食堂のデザート年間パスが渡されるんだったっけ?それ目当てなのか凄い勢いで譲渡されたわよ」

 

「デザートの年間パスか、一夏には優勝して貰わなきゃな」

 

流星も食堂のデザートが好きな方であるため、年間パスとなると是が非でも欲しくなる。

あれもいい、これもいい、と皮算用といわんばかりにデザートの事を思い浮かべている流星を前に鈴は意地の悪そうな顔で笑みを浮かべた。

 

 

「残念、優勝するのは(あたし)だから年間パスは手に入らないわよ?」

 

「一夏が勝たないとも限らない」

 

「あんたに負けたんでしょ?槍で圧倒されてたって話聞いたけど」

 

「俺が強すぎた可能性もあるだろ?」

 

「あんた、思ったより自信家?」

 

「鈴だけには言われたくない」

 

と、2人は第3アリーナのグラウンドにたどり着いた。

人もおらず、空いていた。

 

 

「じゃあ始めましょう。その実力、確かめてあげる!」

 

 

すぐに迷わずIS──甲龍(シェンロン)を展開する鈴。

マゼンタと黒をメインカラーとしたIS、両肩には丸い砲門らしきものが浮いてある。

非固定式の武装だろう。

流星も釣られて時雨を展開した。

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

「来なさい!」

 

 

先に動いたのは流星だった。

グレネードランチャーを即座に展開し、鈴に向かって1発放つ。

その早撃ちとも取れる滑らかな撃ち方に、鈴は感心する。

 

「いい狙いね、でも!」

 

鈴は横にターンし、すぐに躱すと青龍刀である双天牙月を二振り展開し流星の方へ突っ込む。

 

「二刀流だと?だけど!」

 

「!」

 

流星は地面にグレネードランチャーを1発放ち、速攻を仕掛けてくる鈴に牽制する。

 

「目くらまし!でもね、効かないわよ!」

 

迷わず砂埃を突っ切ってくる鈴。

流星に向かい、青龍刀の一振りを繰り出す。

 

「ちっ」

 

流星はそれを反撃することもなく、飛び上がり空中に離脱することで避けた。

鈴はそれを追うように飛び上がる。

瞬間、ポロリと流星が何か落とすようにし何か投擲していることに鈴は気付いた。

 

「手榴弾!」

 

鈴の反応は早かった。

すぐに自身の軌道を変え、躱す。

爆発が起きるが、鈴が巻き込まれることは無かった。

 

「!」

 

流星はサブマシンガンを既に展開し、引き金を引いていた。

鈴はそれをほんの少しだけ被弾したが、すぐに攻勢に回る。

さらに加速し、流星と同じ高度に昇る。

 

「これはちょっとビックリするわよ!」

 

「なッ!?」

 

直後、流星の身体は大きく吹き飛ばされた。

何か爆発が叩きつけられたような衝撃を感じつつ、流星は地面に叩きつけられる前に何とか持ち直す。

 

ISが流星にロックオンされていると警告を出すが、弾は見えず二発目に被弾する。

 

 

「ぐっ!?」

 

「ほらほら、行くわよ!」

 

何が起きているかわからない流星だが、鈴が青龍刀以外手に持っていないことを確認すると、再度グレネードランチャーを展開した。

 

狙いは肩の砲門。

あれが見えない砲弾をどうにかして撃ち出しているのは、明らかだった。

 

「そこだ!」

 

回避しつつ、流星はグレネードランチャーの弾を放つ。

 

「甘い!」

 

鈴はそれを見えない砲弾で撃ち落とした。

流星はそれを見つつ、体勢を立て直す。

確信に満ちた様子で告げた。

 

 

「その両肩の砲門、衝撃砲ってやつだな。空間に圧力をかけて空気を撃ち出す仕組みのもの。それに射角の制限はほぼ無いと見た」

 

「へぇ、よくわかったわね。でもわかってもどうにも出来ないわよ!」

 

「いいや、そいつはどうかな?」

 

ニヤリと笑う流星は再びグレネードランチャーを構えた。

 

「もっと訳が分からない武装に覚えがあってな。攻略させてもらうさ」

 

流星の脳裏に浮かぶは更識楯無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の武装。

あれよりは武装としてわかりやすく、対策が取りやすい。

 

 

「ふーん、なら遠慮なく行くわよ!」

 

今度こそ、鈴が切りかかってくる。

流星は黒い槍を展開し、切り合いに応じた。

 

二振りの青龍刀、双天牙月を前に槍の長さを利用し弾くようにして対応する。

潜り込もうと鈴が踏み込むも、流星は逆に突きも利用し相手を弾き飛ばす。

自在に振るわれる鈴の二刀を流星は難なく凌いでいた。

 

 

「槍の腕、噂通りね!」

 

「そいつはどうも」

 

「なら、もう少し本気出して行くわよ!」

 

と、鈴は二刀の青龍刀を連結させる。

それを今度は回転させ、遠心力を利用し重い一撃を繰り出した。

 

「これが双天牙月の真の姿よ!喰らいなさい!」

 

「ッ」

 

先程までよりも、鈴の攻撃のペースが上がっていた。

流星は受け流すように初撃を防いだが、鈴の猛攻は続く。

先端と末端が刃である為、流星の槍よりも重量も威力も上だ。

それを難なく使いこなして見せる鈴に、流星は感心する。

 

「だが──!」

 

流星は近接戦闘の特訓で、楯無の槍とよく戦闘を行っている。

───単刀直入に言って、流星は長物同士のISの近接戦闘に慣れていた。

 

「!」

 

鈴の一撃を前に、流星は鈴の反対側の刃に向けて槍を振るった。

反対側の刃に流星の槍が当たり、鈴の双天牙月の軌道が大きく逸れる。

 

「なっ!?」

 

「生憎、長物相手は慣れてるんでな!」

 

流星が攻勢に回る。

流星は空ぶった鈴の双天牙月を蹴りつけ、隙を作り出し槍を一気に振るった。

数撃切り付けた所で、鈴は体勢を強引に立て直し切り合いに応じる。

 

 

「っ!思った以上にやるわね!?」

 

「いや、こっちも今のから持ち直すとは思わなかったさ!」

 

「舐めんじゃないわよ!(あたし)は中国の代表候補生なんだから!」

 

「っ」

 

回転しながらの切り付けが流星を襲った。

今度ばかりは受け流しきれなかったらしく、勢いよく切り付けられる。

 

「貰い!」

 

鈴はそのまま流れを持っていこうと、両肩の龍咆の砲門から衝撃砲を流星に放つ。

 

「ッ!!」

 

流星は再び衝撃砲に直撃する。

 

「えっ!?」

 

そこで、鈴は手榴弾が懐に投げ付けられていた事に気が付いた。

 

炸裂する手榴弾。

煙の先にいる流星を龍咆で追撃しようと、鈴はすぐに煙の中から出る。

 

 

「やってくれたわ────きゃあッ!?」

 

 

──瞬間、銃声と共に右肩の砲門が爆発した。

 

 

「───スナイパーライフルッ!?」

 

狙撃されたと鈴は気付き、銃声のした方を見た。

 

 

そこには、ライフルを構えた流星の姿があった。

 

 

(あの一瞬でこんな正確に砲門を撃ち抜くなんて…………っ!)

 

鈴は双天牙月を回転させ、残る左肩の龍咆への次弾を防御する。

 

鈴は内心してやられた、と舌打ちした。

 

思えば、あの先程の近接戦闘は、流星の近接のイメージを植え付けるものだった。

 

最初、近接戦闘を拒否していたのは、龍咆を警戒していたのと遠距離のイメージを与えてから近接戦闘でのギャップを与えるため。

 

 

(なるほど、この瞬間的な狙撃精度と咄嗟にやってのける胆力が少年兵や傭兵時代から来るものってやつね……)

 

 

遠近両方を巧みに使い分ける、いやらしい戦法。

得意なのは一瞬の狙撃と槍による近接。

 

手榴弾やグレネードランチャーの爆発物は、その切り替え用でもある。

 

 

 

流星の戦い方を分析しつつ、鈴は流星の出方を伺う。

 

 

 

「あんた、性格悪いでしょ」

 

「何だ、負け惜しみか?俺が勝ったら、鈴が優勝した時の年間パス貰うつもりなんだが」

 

「訂正、あんた絶対性格悪いわ!」

 

鈴は龍咆で牽制した後、一気に加速して流星に切り掛る。

流星は再び槍を展開して、それを受け止める。

 

金属音が周囲に鳴り響いた。

そこで鈴がニヤリと笑みを浮かべる。

 

鍔迫り合い状態の流星に、鈴の左肩の龍咆による狙いが定まる。

 

「ゼロ距離射撃!」

 

「その通り!」

 

「くっ!?」

 

何らかの武装を展開しようとする流星に、鈴はその隙を与えなかった。

 

「遅いっ!」

 

流星は三度衝撃砲に撃ち抜かれ、アリーナの地面に叩きつけられた。

 

「がっ!」

 

「まだまだ!」

 

と、鈴が追撃を加えようとしたところで左肩の砲門に衝撃が走る。

そこには、流星の黒い槍が刺さっていた。

 

 

「最悪っ!」

 

 

これで、流星は近接の武器を。

鈴は遠距離の武器を失った事になる。

 

左肩の龍咆の爆発を避け、鈴は流星のいる地上に視線を向けた。

流星はサブマシンガンを展開し、銃口を鈴に向けていた。

 

両者が同時に動き出そうとする。

 

だが、その瞬間に2人を止める声が聞こえた。

 

 

 

 

「───そこまでだ!!」

 

 

ビクッと2人の身体がその声に反応した。

声の主の方へ2人が振り向くと、そこには千冬の姿があった。

 

「本日のアリーナの貸出時間は、整備や点検の為短いという事を忘れたか?」

 

「……はーい、織斑先生……」

 

「……」

 

鈴は即座に地上に降り、ISを解除した。

どこか名残り惜しそうな鈴を前に、不完全燃焼な流星も不満ありげにISを解除する。

 

「何だ?不満か今宮?」

 

「そりゃそうですよ。これからだってとこだったんですから」

 

「そうだな。しかし、ああなるとお前は甲龍から逃げられるだけの機動性も技術もない状態だ。お前が不利になるのは避けられん。槍をあのようにも使うなら、もう少し武装を増やす事だな。拡張領域(バススロット)は余っているのだろう?」

 

「全くもってその通りですよ……。そうさせてもらいます」

 

千冬の助言に、流星は敵わないという様子で溜息をつく。

千冬は視線を流星から鈴に移した。

 

「凰は遠近の切り替えにもう少し気を払え。狙撃はともかく、最後の槍は避けれたはずだ。いいな」

 

「は、はいっ!」

 

鈴は千冬の言葉に対し、緊張した様子で返事した。

流星はその様子を横目で見つつ、鈴が千冬に苦手意識を持っていることに気が付く。

 

 

「以上だ!解散!」

 

 

 

千冬の言葉に、流星と鈴は第3アリーナを後にする。

 

 

 

 

「……覗き見とは感心しないな」

 

千冬はその2人に視線を向けたまま、呟くようにそう言った。

すると、アリーナの流星達が向かった方と逆側の入り口から楯無が姿を現す。

 

 

「バレちゃってました?」

 

 

おどけてみせる楯無に、千冬は振り返った。

 

「当然だ。──そこまで教え子のことが気になったか?」

 

「そりゃあそうですよー。そういう織斑先生こそ、様子を見に来てからしばらく観戦してたじゃないですか?」

 

「なに、私とて教師だ。生徒の健闘ぶりを見るのも楽しみの一つだからな」

 

ふっ、と笑う千冬。

それを前に楯無は質問する。

 

「そんな織斑先生から見て、流星君はどうですか?」

 

 

「──なんだ?私の意見が必要か?更識」

 

「ブリュンヒルデとしての意見を是非」

 

 

「そうだな、ざっくり言ってしまえばIS操縦技術の才能は無いな」

 

千冬の残酷な言葉を前に、楯無は驚いた様子は見せなかった。

むしろ、わかっているといった様子だ。

 

「だが、粗削りながら必要な技術は努力で習得している。何より戦い方で補っているな」

 

「そうですか。織斑先生からもその意見が聞けたから十分です」

 

「心配するのもいいが、うかうかしていると足元掬われるかも知れんぞ?生徒会長様」

 

にやりと笑う千冬に対し、楯無は扇子を開き自信に満ちた顔で応じる。

その扇子には『学園最強』と達筆な文字で書かれていた。

 

 

「学園最強の称号は、まだまだ譲る気ありませんから」

 

 

 

 




「アイツはそうだな、俺も好きなタイプだ」
友人的な意味か。
人間的な意味か。
女性的な意味か。
真相は不明。


模擬戦について
戦闘方法はこれが本来の流星のもの。
あのまま続けていれば敗色濃厚だった。
セシリア相手はメタっていたというのが大きい。






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-9-

鈴が転校してきた初日夜。

 

今宮流星は、非常に困惑していた。

 

 

「グスッ……一夏の馬鹿ァ……」

 

目の前で泣いているのは、夕方模擬戦を行ったばかりの鈴。

場所は流星と楯無の寮の部屋だが、楯無は忙しいらしく、留守にしていた。

 

事の発端はつい先程に遡る。

近くの廊下で泣きじゃくっていた鈴を流星が発見した。

第4アリーナの廊下で別れたはずだが、と流星は首を傾げつつも放ってはおけないため今に至る。

 

流石に泣きじゃくっている鈴を傍らに、参考書や資料を読み耽ることは出来なかったらしく、彼女に紅茶を用意する。

 

「とりあえず、落ち着いたか?」

 

流星のベッドでひたすら泣いていた鈴だが、泣いて少し落ち着いたらしく流星の言葉をうけ、視線を流星に向けた。

 

「ありがと、少し落ち着いた」

 

「そうかい。紅茶入れたからこっちに来ないか?」

 

「もうちょっとだけ、泣き止んでから……」

 

「……流石に枕をこれ以上涙で濡らされるのは困るんだが……」

 

困った様子でつぶやく流星の言葉に、鈴はハッとなった。

泣きじゃくっていたから気づかなかったが、自身が寝転んでいたのは流星のベッドで、顔を埋めていたのは流星の──つまりは異性の枕だ。

 

「〜〜〜〜〜っ!?」

 

恥ずかしさに鈴は顔を真っ赤にして、飛び上がるような勢いで椅子に移動した。

恥ずかしさを誤魔化すように、淹れたての紅茶を勢いよく口に含む。

 

「熱っ!」

 

「……お前、馬鹿だろ」

 

「っ〜〜、馬鹿ってなによ馬鹿ァ!も、もう一杯淹れなさいよ!」

 

空のティーカップを差し出す鈴に、流星は呆れた様子で紅茶を淹れる。

酒か何かと勘違いしてないか、という言葉を流星は飲み込んだ。

 

 

「それで、一夏と何があったんだ」

 

尋ねる流星に、鈴はほんの少し俯く。

だが、流石にもう完全に落ち着いたのか鈴は口を開いた。

 

 

「─────────」

 

 

経緯としては、鈴は流星と別れた後更衣室にいた一夏にドリンクとタオルを差し入れした所から始まった。

 

2人でしばらく会話した後、一夏が箒と寮の部屋が同じであることが発覚。

 

鈴は幼馴染が同じ部屋で良かったと語る一夏の台詞を受け、一夏と箒の寮の部屋に乗り込んだ。

 

その際、箒の反対などもあり一筋縄ではいかないことを理解。

 

そのまま、転校前にした約束の話を一夏に持ちかけた。

 

だが、それをまともに覚えていない一夏にショックを受けたとの事だった。

 

 

 

 

「その約束って?」

 

 

「そ、その言いにくいんだけどね?私の料理の腕が上達したら毎日酢豚を食べ、食べてくれる?っていう…………」

 

 

恥ずかしそうに呟く鈴を前に、流星は再び首を傾げて考えた。

少しだけ真面目に考えたが、わからないと言った様子で申し訳なさそうに鈴に尋ねる。

 

「ごめん、よくわからない」

 

鈴はジト目で流星を睨んだ。

真剣に考えている様子の流星を見て、意を決したように答える。

 

「……そ、そのね。本来、酢豚は味噌汁で言うのが正しいのよ」

 

「毎日味噌汁を飲む……?」

 

さらに困惑する流星を前に、鈴の脳裏を流星が過去少年兵をやっていた話がよぎる。

この手の話は本当に知らないのだろう。

 

「ぐっ……!その、ね!!日本では毎日味噌汁を飲んで貰うってことは要するに!毎日作って上げられる状況……!つまりね!」

 

 

そこまで言われれば、流石に流星も理解が出来た。

 

 

「あー……。なるほど、告白の類いか。なんかその、言わせて悪かった」

 

「わ、わかればいいのよ!それで一夏はなんて言ったと思う!?」

 

テーブルに両手をついて乗り出す鈴。

流星は苦笑いを浮かべながら、答える。

二人とも紅茶を飲む手が完全に止まっていた。

 

 

「そのまんま受け取ったとしか……。タダ飯食わせてくれるとか……?」

 

「………………正解よ」

 

「……」

 

呆れて声が出ない流星。

一夏の唐変木さはどこかしら察していたが、想像を超えていたものであることに今気が付いたのであった。

だが、と完全に一夏のせいにするのもいけないと流星は深呼吸する。

 

「えーっと、鈴。言いづらいんだが、それを酢豚にしたから伝わりにくかったんだと思う。相手は唐変木一夏だからな。超直球超ストレートを投げない限り……」

 

「そうね、(あたし)にも非がない訳じゃないものね。勢いで引っぱたいちゃったし……」

 

鈴はそういい、しゅんとする。

こうして自身の落ち度も省みれる鈴に、流星は感心する。

果たして自分がもしその立場であった場合、そのように反省出来るのだろうか。

そんなことを考え、流星は紅茶を飲む手を再び動かす。

 

「ありがと、明日にでもまた引っぱたいたことは謝ってみる」

 

鈴はそう言うと、紅茶を飲む。

 

 

「しかし、中国に行ってもずっと初恋の相手を想い続けてたのか。一夏も幸せ者だな」

 

 

「……うん、そうよね?」

 

どこか歯切れの悪い返事に、流星は小首を傾げる。

鈴はそれに対し、少しだけ自身に言い聞かせるようにつぶやく。

 

 

「…(あたし)は一夏が好き。それは紛れもない事実だから」

 

 

「?」

 

まるで何かを恐れているような言葉。

流星はあえて聞こえてないフリをする。

 

 

 

鈴は少し温くなった紅茶を半分ほど飲み干すと、流星に向き合い、そういえば、と口を開いた。

 

 

 

「今宮って、誰か好きな人とかいるの?」

 

「──ゲホッ」

 

不意打ちに、流星は紅茶でむせた。

少しだけ苦しそうにしながら、カップをテーブルに置く。

 

「どうなのよ?」

 

「残念ながらいないな」

 

「本当に?女の(あたし)が言うのもなんだけど、IS学園って女子のレベル高いと思うんだけど、いいと思う子とか居ないの?」

 

「他の場所をあまり知らないから何とも言えないが、そうかもしれないな。皆可愛いと思う。女子としても意識する。でもそれだけだよ」

 

流星の解答に鈴は口をとんがらせた。

 

 

 

「つまんないの」

 

「ほっとけ」

 

 

「なら、この部屋の子とかはどうなのよ?顔も名前も知らないけど、多分可愛いんでしょ?気になるとかないの?」

 

鈴は言い終わったあたりで、流星が怪訝な顔で固まっていることに気がついた。

その突然の表情の変化に、鈴は一瞬驚く。

流星はその反応を見て我に返ったようで頭を片手で抑えた。

 

「……正直な話、多分この学園で1番美人だと思うには思うさ」

 

「おぉ、意外な反応ね……」

 

「だけど、うん、その……クセがあるというかなんと言うか」

 

どう言葉に表すか困る流星に、鈴は不思議そうな顔をするしか出来なかった。

 

「よく分からないけど、ちょっと独特な人なのね」

 

 

「ああ」

 

 

「って、もうこんな時間!?明日の準備しなきゃ!」

 

 

時計に気が付いた鈴は、残りの紅茶を急いで飲み干す。

 

そしてそのまま持ってきていた荷物を背負うと部屋の入り口まで早足で歩いていく。

扉を半分あけたところで見送りに来た流星の方へ向き直った。

 

 

「その、愚痴に付き合ってくれてありがとう。お陰でスッキリしたわ」

 

「明日のランチで許してやろう」

 

「意趣返しのつもり?いいけどね」

 

 

じゃあね!と鈴は部屋を後にする。

 

 

流星はそれを見送った後、扉を閉めた。

そのまま部屋のテーブルに置いていたカップを洗う。

 

 

一通り洗い終わった後、流星は再び参考書と資料を出しテーブルに腰をかけた。

 

何か良い武装が無いかと、目を通す。

 

 

「だーれだ?」

 

「!」

 

突然、目が誰かの手で防がれた。

夢中で読んでいて気が付かなかったと、流星は読んでいたものをテーブルに置く。

 

「帰って来たのか楯無」

 

「いやーこの時期は本当に仕事が多くて困るわねー」

 

手を離しつつ楯無は身体を大きくのばす。

流星はそんな楯無を振り返って見た後、立ち上がるとキッチンの方へ足を運ぶ。

 

カーテンをかけ、部屋着に着替える楯無をよそに流星は新しいカップに紅茶を淹れ再びテーブルに置いた。

 

「あら、気が利くわね」

 

「実はセシリアに良い茶葉が手に入ったとかで貰っててな。よく分からないけど淹れ方だけ教わって淹れてみた感じだ」

 

楯無と流星はテーブルの前に腰をかけ、それぞれ紅茶の入ったカップを手に取った。

そのまま寛いだ様子で口をつける。

 

 

「美味しいわね。そして、流星くんはこれをダシに、私のいない間に女の子を部屋に連れ込んだってわけね」

 

「ブハッ」

 

楯無は目に指を当て泣き真似をする。

傍から見れば完全に本気の行動にしか見えない迫真の演技だが、慣れている流星が無駄に反応することはない。

 

流星が反応したのはリアクションではなく、楯無のその言葉の方だ。

 

「言い方が悪くないか」

 

「事実でしょう?」

 

「その通りではあるけど」

 

「生徒会長として悲しいわ……まさか流星くんが女の子を部屋に連れ込むようなケダモノだったなんて……っ!」

 

「紅茶取り上げるぞ」

 

「いやん、それはダメ」

 

楯無はそう言いつつ、再びカップを口へ。

紅茶の香りと風味を楽しみ、満足したように一息ついた。

 

 

「鈴ちゃんと模擬戦、したんでしょ?」

 

楯無の言葉に同じく紅茶を飲んで一息ついていた流星は楯無に視線を向ける。

 

「情報が早いな。まさか見ていたのか?」

 

「ちょっと小耳に挟んでね。第3アリーナで記録(ログ)を見たの」

 

「それで、コーチ的にはどうだった?」

 

流星の問いかけに、楯無は扇子を何処からか取り出し開いた。

そこには『大健闘』と達筆な文字で書かれていた。

 

「流星くんの戦い方が上手なのもあるけど、基本動作も順調に出来て来てると思うわ。瞬間的な凄まじい射撃精度も、上手いこと活かしてたからね」

 

「それで、悪い点は?」

 

「そうね、欠点は織斑先生に先に言われちゃったけど、戦い方に合わせて武装を増やす事とやっぱり基本的な技術ね。基本足回りになるわ」

 

「やっぱりか」

 

「だから特訓メニューはそれを意識したものにしてきたから。はいこれ」

 

と、楯無は何処からか取り出した紙を流星に渡す。

そこに書かれていたのは流星の特訓メニューが書かれていた。

流星はその紙を読み、頭にある程度叩き込むと楯無に視線を戻した。

 

 

「ありがとう。忙しい中ここまでしてくれることには頭が上がらないな」

 

「ふふふ、その分生徒会の用事もたくさん用意してるから、また明日の朝楽しみにしててね」

 

「頭が痛くなってきた……」

 

積み上がる書類の山を思い出し、流星は思わず頭を抱える。

黙々とこなしてはいても、疲れるものは疲れるのだ。

 

「流星くんがいると事務的な作業捗るのよね~」

 

「はいはい…。絶対生徒会の人数増やすべきだと思うんだけど?」

 

「そうは言われても中々いい子が居なくてね?元々忙しい子も多いし、他にも私が信用できるかっていうのもあるからね〜」

 

 

「難儀な話だ」

 

 

流星は溜息を付き、椅子に大きくもたれ掛かる。

 

現生徒会長は更識楯無だ。

 

だから現在の生徒会は学園を、生徒を守るという側面が大きい。

生徒を真に守る側に──IS学園側につけるかどうか、が判断材料になる。

 

その点、国家代表候補生などは国家寄りの部分がどうしても出てしまう為、簡単には入れられなかった。

 

その本人が忙しいというのもある。

 

だが1番は、その国家代表候補生や国家代表が信用たる人物であったとしても、後ろにいる国があるため問題は複雑になるからだ。

公平性が欠けるというイチャモンを付けられる問題ももちろん発生するだろう。

更識家関係者以外は。

 

その点、国籍が曖昧な状態の流星はその手の問題は発生しない。

 

もちろん、それもまた簡単ではない。

楯無が性格を見極める必要があり、信用出来ると判断される事も必要である。

 

 

「と、なると簪が入るのがやはり1番理想なんだけど───────わかった、わかったからそんな顔するな。悪かったって」

 

理由は姉妹の不仲というか、すれ違い。

それを自覚しているからこそ、楯無は俯く。

流星はその様子を見て罪悪感を感じたのか、近くの棚から菓子を取り楯無に渡した。

 

 

「ありがとう。でも確かに流星くんの言う通りなのはあるのよ。私が生徒会長のうちに、簪ちゃんを入れられたらいいと思うんだけど……」

 

「もし、手伝えることがあるなら手伝うさ。とは言っても流石に出過ぎた真似はしないけど」

 

流星は飲み干したカップをキッチンへ運びつつ、そう告げた。

楯無は自身のカップに残っている紅茶を眺めながら、不安を口にする。

 

「……仲直り出来ると思う?」

 

「わからない。それは姉妹の問題だ」

 

「そうよね……」

 

「だけど重要なのは仲直りしようとするか、だと俺は思う。仲直り出来る機会が作れるならそれは逃さない方がいい」

 

と、流星は何か思い出したように目を伏せる。

簡単な内容だが、実際はそう簡単な話でも無いのはわかっている。

 

だが、流星は知っていた。

実際に仲直りの機会が、二度と来なくなってしまうよりは何度も失敗する方がよっぽどマシだと。

 

「わかったわ。簪ちゃんの方が一区切りついたら頑張って話し掛けてみる」

 

 

そう言い、残りの紅茶を飲み干す楯無。

流星は自身のティーセットを洗い、片付けるとふと思いついたように呟いた。

 

 

「今日はこの手の話多くないか……?」

 

 

◽︎

 

翌日の朝。

流星は生徒会での仕事を朝早くからこなし、その後整備室に足を運んでいた。

要件はもちろん、先日言われた通り武装を増やす為である。

 

専用機である『時雨』は元々は日本のある企業が作った、特に目立った所のないISだった。

目指したのはラファールのような質のいい量産機。実現しなかったのは言うまでもない。

その企業はとうに潰れ、展示会で展示されていたものに流星が触れて起動し、彼の専用機となった。

 

その後、『時雨』はIS学園側のISとして学園が支援する事になった。

基本的な武装は既に用意されている。

それ以外の武装は自作するか、学園を通じて外注するしかない。

 

 

「ここはこうなって……」

 

流星は基本的に学園の用意してある武装を、ほぼ流用することにした。

補充するにしても何にせよ、すぐに替えがきくからである。

ISの拡張領域などを確認しつつ、武装のチェックも済ませる。

 

今そのまま導入したのは、『打鉄』に使われるような近接ブレード、ラファールに使われるようなアサルトライフル、そしてナイフだ。

 

 

(もうひとつ欲しいな……)

 

残り少しの容量になった状況で、流星は悩んでいた。

流星の戦い方的に、相手の虚をつけたり搦手に使えるものが理想だ。

好みは勿論量産されているような汎用的な武装であるが…。

 

 

しかし、流星は思いつかず、持っていた調整用のキーボードを横の棚に置く。

 

 

「!簪か」

 

「おはよう……」

 

「ああ、おはよう」

 

整備室の扉が開き、入ってきた簪は流星に挨拶だけすると、自身の調整中のISに向き合う。

 

互いに基本交わす言葉もなく、各々の作業に向かい合う。

それが普通。

 

だった。

 

 

「なぁ、簪」

 

「……何?」

 

唐突に声をかける流星に、簪は少し驚いた様子で振り返った。

流星は簪の方に身体を向け、資料を見せつつ尋ねる。

 

 

「容量が少なくて済む武装とかのアテってないか?」

 

「……え?」

 

「残りの拡張領域(バススロット)が少ないんだが、まだ武器が欲しくてな。俺の戦い方的に武装が多い方がいいらしいから、なるべく詰め込みたいんだが、何か武装はないか?」

 

昨夜から本気で悩んでいた流星は、ISとよく向き合っている簪だからこそ何かないかと尋ねたのだった。

簪もそれを察したのか、流星の問いに戸惑いつつも答える。

 

「容量が少ないならまず火器は外す必要があるかも。……IS用の武器だと容量をとるから……」

 

「……なるほど」

 

真剣に簪の意見に耳を傾け、聞きに入る流星。

そのまま少し俯くようにして考え込んでいる。

その様子を見てどこかほっとしていた。

流星は簪を更識ではなく、簪として見ている。

 

おそらく、整備室でこうして作業していなければ互いに話す事すらなかっただろうが簪にとってはそんな始まりだからこそ、そう確信していた。

 

 

「なら、ブーメランとかどうだ?」

 

「容量を考えるとブーメランは粗悪品しか多分積めないから、厳しいと思う……。返ってこない可能性すら……」

 

「弓矢とかは……」

 

「……矢がいるから、結局ある程度容量がいる……」

 

「……厳しいか」

 

悩む流星。

簪は顎に手を当てつつ、静かに考えていた。

 

「……」

 

脳裏に浮かぶは先日の彼と中国の代表候補生との模擬戦。

実は、偶然居合わせた簪もアレを見ていたのだった。

 

「今宮君は…」

 

「ん?」

 

「本当は、純粋な武器が欲しいわけじゃないんでしょ……?」

 

「ああ、そうなってくるな」

 

自身の考えを読まれ、意外といった様子で目を丸める流星。

その様子を見て簪は少しだけ得した気分になる。

 

「なら、左の腕に何か着けるとか…」

 

「何か……か」

 

「例えばISにはダメージをほとんど与えられないけど、対IS用ではない小口径の銃とか……っっっ」

 

と、そこで何か思い出したように口を噤んだ。

今の発想はどちらかというとISからではなく、自身が見てるようなヒーロー物などの特撮やアニメといったものからの発想だからだ。

思わず出てしまった為、簪は1人恥ずかしさに悶えていた。

 

だが、そんな簪に気が付くこともなく、流星はその意見を聞き、考える。

 

そして、彼の表情が何か閃いたものに変わるのは早かった。

 

 

「ありがとう簪!お陰で思い付いた」

 

「え?えっ!?」

 

「腕にあるものを着ける。これならいい感じに使えそうだ!」

 

笑顔でそう言い放つ流星は、即座に自身のISに向かい合う。

基本的にいつも本か何かに向かい合ってるイメージと掛け離れた、珍しい満面の笑み。

時々見せている、意地の悪そうな笑みともぜんぜん違った。

簪は困惑しながらも、流星に尋ねた。

 

「な、何を付けるの?」

 

「ちょっと待ってろ、えーっとな」

 

流星は近くにあった紙と鉛筆を手に取ると、簡単にスケッチを描く。

描き上がっていくそれを見て、簪はすぐに理解した。

 

「フックショット?」

 

「ああ。ワイヤーと先端のフックを撃ち出して引っ掛けるだけになるんだが、割と有用だと思ってな」

 

「巻き取り、というか、引き寄せる機能は?フックの細かい形状は……?」

 

こころなしか目を輝かせて見ている簪に、流星は気付く。

こういったものに興味があるのか、と流星はスケッチを改めて眺めた。

 

「巻き取り機能は……そうだな、容量的にあるには有るが、反抗する相手を引き寄せる程の力はなく、不意打ちで引き寄せる形か、こちら側がスラスターを節約して近付く感じになるな。フックの形状はフックが相手に食らいつくような形にするつもりだ」

 

「作るの?」

 

簪の言葉に、流星は少し考え込んだ。

IS学園ということもあり、材料は揃っている。

そして武装の構造は到って簡単だ。

 

 

「他の火器とか作るより遥かに楽だろうが、俺はそういう装備を作ったことは無いからな。難しいな」

 

だが、と流星は簪と向かい合って近くの資料を掲げてみせた。

 

 

「材料も資料も揃っているし、丁度いいから、自分でやってみようと思う。出来る保証はないけどな」

 

「あ、あの今宮君……」

 

「?どうした簪」

 

簪を突き動かすのは純粋な好奇心。

簡易的な武装だが、ロマンを感じる武装。

彼はその武装を使いこなせる気がした。

それが見たかったというのが、1番だった。

 

 

「私も、手伝っていい……?」

 

 

目を丸めて驚く流星。

簪がこんなことを言い出すと思わなかったからだ。

 

「ありがたい話だがいいのか?簪は専用機を作ってるんじゃないのか?」

 

「うん、でもこの武装はそんな時間かからないから……」

 

「ならよろしく頼む。心強いけど簪も忙しかったら無理しなくていいからな?」

 

「大丈夫」

 

簪の言葉に、流星は並々ならぬ力強さを感じた。

流星は近くの端末に手を伸ばしつつ、簪に向かって告げる。

時間はHRまで、まだ少しある。

 

 

「じゃあ、早速設計図を作るか」

 

 

こうして、2人は武装製作を開始した。

 

 

 




今更ながらの改めての補足。
既に出ていますが、流星は瞬間的な射撃精度と槍が武器。

早撃ちと狙撃が合わさるような瞬間的な狙撃は優秀。
とはいえセシリアもかなり早く、純粋な狙撃の精度ではセシリアに勝てない。


槍は少し使っていた事がある+楯無さん仕込み。
実はナイフの方が慣れているがISではあまり使えていない。

武器の扱いが雑なのは、それに気を遣える程器用では無かったから&余裕がなかった。
または奪ったり拾う、修理するなどで事足りて居たから。






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-10-

「──それで、一夏と鈴は『クラス代表戦で勝った方が負けた方の言うことを聞く』って約束を取り付けたわけか」

 

時間は過ぎ、放課後の教室。

終礼を終え、皆が荷物を纏めている中、流星は一夏に向かって確認するようにそう尋ねた。

箒とセシリアは先にアリーナに向かっている。

 

 

「ああ、だからしばらくの間は練習は別々になったんだ」

 

「とりあえず、仲直りは出来たんだな?」

 

「完全かは分からないけどな。その決着を代表戦でつける感じだし」

 

対して一夏も深刻そうな感じではない。

怒っている訳でもない様子からして、鈴も上手い落とし所に持っていけたのだろう。

一夏は『勝てば約束の意味を教えてもらう』ことが出来、鈴はそれこそ『一夏と付き合う』ことが出来るかもしれない、

どちらにせよ、鈴は損しないと流星は内心感心する。

 

ただ、鈴が二の足を踏む事態にさえならなければいいが。

 

「しかし流星、もう鈴と仲良くなったのか。飯を昨日奢ったと思ったら今日も奢ってもらってたし。鈴のやつはハッキリ言い過ぎるとこあるから心配してたんだけど、良かったぜ」

 

ほっとした様子で話す一夏の表情を見て、流星は苦笑いを浮かべた。

どうもこの男は良い奴だが、やはり好意にはとことん疎いらしい。

ここまで保護者や友人視点で語られているとは、本人も夢には思うまい。

 

 

「お前、保護者か」

 

「いや、1人の友人としてだな!」

 

「はいはい」

 

最も、流星も一夏の事をあまり言えないのだが本人には自覚がない。

荷物を鞄に入れ終えた流星が席から立ち上がる。

一夏もそれにつられ、置いていた鞄を持ち上げる。

二人は一組の教室から廊下へ出た。

 

「特訓の話なんだが、すまない。今日は俺は参加出来ない」

 

「昼間言ってた武装云々のやつか?」

 

「ああ、とりあえず今日は練習はあの二人とやってくれ」

 

「わかった。──じゃあまた明日な!」

 

流星にそう言うと、一夏は彼に背を向け廊下を歩いていく。

アリーナに少し急いで向かっているのか、その足はどことなく早足だった。

流星はそれを見送った後、真横へ視線を向けた。

 

すると、横の二組の教室の扉に向かって呟くように告げる。

 

 

「行ったぞ」

 

「……誰も教えてくれなんて言ってないわよ……」

 

こそこそと2組の教室から鈴がでてきた。

何処と無く不満そうに呟く鈴に、流星は溜息をつく。

 

「一応、仲直りはしたんだろ?」

 

「で、でも完全じゃないから何となく顔合わせ辛いのよ」

 

「そんなものなのか……?」

 

「そんなものなのよ!」

 

「そうかい」

 

勢いよく流星の前に立つ鈴。

流星は呆れた様子でその横を通り過ぎる。

 

「ちょっと何処行くのよ?」

 

「整備室。とりあえず武装の図面は形になって来たから打ち合わせだな」

 

「面白そうね。(あたし)もついて行っていい?」

 

「……練習はいいのか?」

 

「後でするから良いわよ。それにあんたを練習相手にしようと思ってたからね」

 

鈴の言葉に流星は少し悩んだ。

別に流星自体は気にしないが、今は簪に協力して貰っている状態だ。

 

二つ返事で了承することも出来なかった。

鈴は言葉を選ぼうとしている流星を見て、察する。

 

「なによ、(あたし)が居たらいけない感じ?」

 

「協力者の、開発中の機体もそこにあってな。御遠慮願いたいんだが」

 

「大丈夫よ、(あたし)も代表候補生だからそれくらいの心得はあるわ。後、見に行くのはあんたのISの武装だからね。あんたがいいならそれでいいのよ」

 

「……」

 

めんどくさい、と流星は渋い顔をした。

ここで変に意見すると色々拗れる予感がした流星は、簪の露骨に嫌そうな表情を思い浮かべ────、

 

(まあ、……何とかなるか……)

 

────とりあえず、諦める事にした。

 

 

 

 

◽︎

 

 

朝に始まった武装開発。

それは簪にとってささやかな楽しみの始まりであった。

が、それも一瞬で打ち壊されることとなった。

 

 

 

「────ってわけで、私は凰鈴音。よろしくね」

 

「よ、よろしく……」

 

突然の来訪者。

確か転校してきたばかりの中国の代表候補生だったような、と自身の記憶を引っ張り出す。

そもそも、何故ここに部外者を呼んだのだろうか。

簪はどこか申し訳なさそうな顔をしている流星を恨めしそうに睨み付ける。

 

「すまない簪、あまりにも暇で着いてくるって聞かなかったんだ」

 

「むぅ……」

 

不満タラタラの簪を前に、流星は謝り倒す。

それを前に、鈴はやれやれと言った様子でため息をついた。

 

「あんたが4組にいるっていう日本代表候補生よね」

 

「うん」

 

「同じ国家代表候補生として会っておきたかったのよ。気を悪くしたなら謝るわ」

 

「そんな、そういう訳じゃ……」

 

「そう。ならお言葉に甘えるわね。大丈夫、邪魔しに来たわけじゃないし」

 

「うっ」

 

────ダメだ、簪が完全に押し負けている。

流星は図面を空中ディスプレイに映しつつ、その様子を見守っていた。

ひょっとしたら、2人は仲良くなるかもしれないと一瞬でも思ったのが間違いだったのかもしれない。

 

いや、あまり関わろうとしない簪にはこれくらいのタイプの方が相性が良いのか?

 

流星は少しだけ考えた後、考えるだけ無駄と判断した。

設計図を眺める流星の横から、とりあえず作業に取り掛かろうと決めた簪もそれを覗き込む。

 

 

「今宮君、設計図の残りは出来たの?」

 

「ああ。これくらいの規模なら勉強してた甲斐もあってすぐだった。撃ち出す機構も簡易的なものだしな」

 

「……そこの部品は違う規格を使った方がいい」

 

「ん?ここか?でもここは小型化していた方が良いんじゃないのか?」

 

流星は簪の指摘した箇所を見ながら、意見を述べる。

だが、簪はいつになくキッパリと迷いなく答える。

 

「駄目、ここは負荷が掛かりやすいから少し大きめの規格にして」

 

「射出用を少し大きい規格にするのか?」

 

「うん、修正もほんの少しだけ変わるだけだから、これなら───」

 

と、そこで簪は近くの端末からディスプレイとキーボードを空中に投影する。

そのまま空中ディスプレイに触れつつ、キーボードを高速で叩き始めた。

 

 

「───できた」

 

瞬く間に設計図を修正してみせた。

ついでに耐久性の計算も再計算している。

その早業に流星だけでなく、後方で静観していた鈴も目を丸めていた。

 

「流石だな、簪」

 

「?何が?」

 

「いや、簡単な武装だとしても、修正の為の計算や処理はもう少し手間暇かけるものだと思うんだが……」

 

「これくらい、普通」

 

「───いや、あんたの普通おかしくない?」

 

簪の言葉に思わず静観に徹しようとしていた鈴がツッコミを入れる。

その言葉に、簪の顔がほんの少しだけ曇った。

 

 

「お姉ちゃんなら、もっと上手くやるから……」

 

 

複雑な感情が籠った呟きに、流星と鈴は迷わず口を開いていた。

 

「関係ないだろ」

「関係ないでしょ」

 

「──え?」

 

あまりにも早い2人の反応に簪は反応が遅れた。

流星は少々ハモった鈴を気にせず続ける。

鈴も自由に言うことにしたのか、気にした素振りは見せなかった。

 

「簪が自分のことをどう評価しているか知らないが、俺が凄いと感じたんだから、お前は俺にとって凄いやつなのは変わらないだろ」

 

「そうよ。あんたのお姉さんのこと私は知らないし、もっと堂々としてなさいよ。あんただって代表候補生なんでしょ」

 

2人の言葉に簪は呆気に取られていた。

どう答えていいか、どんな顔をしていいかわからない。

2人が簪を簪として見てるが故の言葉。

 

自分の評価を押し通す流星に、真っ直ぐ簪を肯定する鈴。

二人の意見を尊重するなら、否定してはいけない。

そんなことはわかっているが、簪は心の中にいる大きな姉の存在に劣等感を持たざるを得なかった。

自己評価の低さ、姉への羨望。

肯定してくれる他人。

あらゆるものが混じり、複雑な何とも言えない状態になる。

 

「そう、だけど……」

 

俯く簪。

そんな簪に対し、流星は落ち着いた様子で見ていた。

簪の葛藤がその一瞬には、込められていた。

 

様子を見ていた鈴は、ジッと簪を見た後に呟いた。

 

「あんた、暗くない?」

 

「!……」

 

「オイ、鈴……言い方ってものが……」

 

「真実でしょ?」

 

「うぅ……」

 

鈴の言葉を前に、完全に沈み込む簪。

完膚なきまでに叩きのめすかのような強烈な一撃。

 

だが、それにより複雑な感情から簪は強制的に解放された。

流星は鈴に軽く心の中で悪態をつく。

軽く、なのは結果として話を出来る状態に持っていけたからだ。

 

「簪。俺はその気持ちは間違ってないと思う」

 

「……え?」

 

振り向く簪に流星は気まずそうに頭に手をやる。

柄では無い、と内心呟きつつ簪に向かって告げる。

 

「目標が他者か理想か、──どっちにせよ自分への物足りなさから来るものだ。それが原動力になる。何も間違っちゃいない筈なんだ」

 

「……今宮君は、そういうの、あるの?」

 

簪の言葉に、流星は少しだけ目を伏せた。

そこは鈴も気になったのか、静かに流星の方を見る。

 

「あるどころか、そればっかりだ」

 

意外、と簪は目を丸めて驚く。

一方で鈴はその様子はない。

 

「それは理想が目標で……?」

 

「──だったんだが、理想って奴はどうにも具体的じゃない。そうなると他者がやはり目標になりやすいんだよ。簪と同じだ」

 

「私は、目標って程良いものじゃ……」

 

流星を見つつ簪は自身を振り返り、言葉を詰まらせた。

そうだ、自身を動かすのは目標と言えるほど芯の通ったものでは無い。

流星はそんな簪を見て、何言ってるんだと呆れたような表情になった。

 

「比較相手が居て、そこに劣等感や嫉妬が出てくるのは当然だ。

───結局、今自分が出来ることをやるしかない」

 

「──!」

 

その言葉に、簪は衝撃を受けた。

あれだけそういう事に無縁に見えた流星ですら、そういうものを他者へ持っている。

 

その現実で、流星の言葉で、特別簪の意識が変わることもない。

だが、少しだけ考え方を変えてみようと簪は少しだけ感じていた。

 

「長くなったな。作業の続きといこう」

 

流星は言い終わると、目の前にある端末を操作し、近くの棚から何個か材料を引き出す。

少し恥ずかしかったのかそそくさと動く。

それらをテーブルに並べた。

 

「この規模の物ならここの設備でいけるんだっけ?」

 

「うん、そっちの端末を操作したら加工用の装置を起動出来る。後、その装置に入れてから操作するといい……」

 

「そうなのか」

 

流星は簪の言葉に従い、材料をそれぞれ加工し始める。

使い方はある程度知っており、横にいる簪の補足もあって万全だった。

装置に設計図を読み込ませ、各部品の加工を始める。

今回はある程度工程を打ち込むと、後は装置任せで良いらしい。

 

 

「よし」

 

流星はそれを確認すると、自身のISを目の前の置き場に無人で展開し、左腕の装甲を一部分だけ取り外す作業を開始する。

ロックは既に解除してあるため、後は物理的に取り外すだけだ。

 

「鈴、暇ならあっちからこの工具とあの棚の治具持ってきてくれー」

 

鈴は不満を零しつつ工具を取りに行く。

 

「なんで(あたし)が」

 

その台詞に流星は鈴の方を見ることも無く即答した。

 

「そりゃ暇だからだろ」

 

「……ふふっ」

 

その言葉に思わず笑ってしまう簪。

鈴は簪を指差すと口をとんがらせる。

 

「そこ、笑わない」

 

「ごめん…」

 

「本気で謝られても困るんだけど……今宮あんた、やっぱり手際良いわね」

 

鈴は工具を手渡し、流星の様子を見て呟いた。

流星は装甲部の解体作業を進めながら対応する。

簪は設定を弄っているのか、空中に投影されたディスプレイとキーボードで何か入力していた。

 

「そうだな、ちょっとだけこういう心得くらいはあってだな」

 

「そんな気はしてたけどね」

 

「……そうなの?」

 

「とは言っても本当に大したことないレベルだ。簪のようにはいかないからな?」

 

「ふーん。あ、その配線は後での方が楽よ?手前の配線が多分細かいだろうし」

 

「……わかるのか?」

 

「整備科じゃないけど代表候補生だもの、それなりにはわかるわよ」

 

「へぇ、流石だな」

 

ふふん、と鼻を鳴らす鈴に流星は感心しながら作業を続ける。

 

鈴は黙々と作業を続ける二人を見つつ、ある事に気付いて口を開く。

 

「今宮と簪さん?──あんた達って結構仲良さそうだけど、入学してからすぐ知り合った感じ?」

 

「えっ」

 

「?」

 

「何よその意外そうな顔は。さっきから見てるけど、自然体で互いにあんまり気を使ってない気がしたんだけど、違ったの?」

 

鈴の指摘を前に、流星と簪は互いに目配せする。

瞬時に少し困ったような顔をした。

 

「あー、割と早めに知り合ったのは知り合ったんだが……」

 

「何よ?」

 

怪訝そんな顔で尋ねる鈴に答えたのは簪だった。

 

「……会話量は今日で今までの合計を超えてる……と思う」

 

「どうなってるのよ……」

 

げんなりとする鈴を前に、流星は作業に戻る。

作業に戻りながらも流星は口を開く。

 

「まあお互いやる事が多いからな。こんな感じで黙々と作業してた」

 

「不思議なものね。しかしあんた、フックショット?なんてよく思いついたわね」

 

「ヒントは簪からなんだが、自分でもよく思いついたと思ったよ」

 

「なーんか既視感強いのよねー。ちっちゃい頃どこかで見たような」

 

「多分それ……昔のゲーム……」

 

「あー多分それよそれ!毎日じゃないけどちょこちょこやってたような気がする」

 

鈴は思い出したとばかりにスッキリした様子で近くの椅子に腰をかける。

所謂、テレビゲームの事なのだか、流星は知ってはいるもののあまり詳しくはない。

最近、1回だけ偶然観たことがある程度である。

流星は意外そうな顔で簪へ視線をやった。

 

「簪は知ってるのか?」

 

「やってたから……」

 

「そうなのか。最近最新作も出てたり?」

 

「うん、少し前に新しいシリーズが出たかな?」

 

流星はそう言いつつ、左腕装甲部の解体を終える。

同時に音を鳴らしている装置の中から、加工された部品を取り出した。

 

「架空の武器が豊富そうだな。インスピレーション?が湧きそうな気がするから興味はある」

 

流星の言葉に、簪も意外そうに顔を上げた。

どこか目を輝かせ同士を見るような目で流星を見ていた。

 

「実家にはあるよ?今度の休み取ってくる…」

 

「……また今度それ見に遊びに行ってもいいのか?」

 

「うん。昔のも持ってるから……興味が出ればそれらも……」

 

どこか嬉しそうに頷く簪。

それを受け、流星は笑みを浮かべた。

 

なんだかんだこの手のモノに男子は惹かれるのだろうか、などと鈴はその様子を見て考える。

 

そうこうして、作業は進んだ。

加工された部品を、左腕の装甲部に取り付けていく。

配線とプログラミングに関しては簪が教える形で、進んでいく。

 

「あ、鈴。そこの測定器具取ってくれ」

 

「人使い荒いわね」

 

もちろん、鈴も手伝う形だ。

淡々と作業は続いていく。

 

そうこうして2時間程経過する。

 

流星の新武装が完成。

『時雨』の武装は万全なものになった。

 




鈴と簪というレアな組み合せ。
何だかんだ相性良さそうに見えるんだけど、どうだろう…。


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-11-

───新武装完成から数日が経過した、クラス代表戦当日。

 

目が覚めると、灰色の空が見えた。

 

「───ここは?」

 

今宮流星は驚きを隠せず、身体を起こす。

 

(草……?土……外か……?)

 

同時に自身が寝転んでいた場所が草むらであると気付く。

 

昨夜は記憶が正しければ、寮の部屋で寝ていたはずだ。

楯無の仕業か?などと一瞬考えたが、空を再び見上げた所で流星はそれは無いと溜息をついた。

 

何処までも続く灰色の空。

雲に覆われているのもあるが、雲の隙間から見える空までも灰色一色だ。

──まるで色を失ったかのような。

 

 

それに、この草原もおかしい。

あたりを見渡しても何も無く、水平線まで同様の草原が続いているだけである。

 

さらに、草原も色を失ったかのうような灰色。

 

モノクロの風景。

 

「夢、か」

 

現実味のない空間を前に、そんな言葉を吐き出す。

ここまで意識が鮮明な夢も見たことがない。

だが、それ以外にこの場所を理解できなかった。

 

「これは、貴方の」

 

「!」

 

声に反応して、流星は咄嗟に振り返る。

 

そこに居たのは、白い髪に黒い服を着た少女。

 

年齢はわからないが、見た感じ流星より数歳下に見える。

艶やかな髪は首元まで。

黒いドレスともゴスロリとも取れる洋服は、スカート部分が対称的に足下までしっかり包んでいる。

しかし、煌びやかさは欠片もない。

まるで喪服かのような大人しさもあり、一言で言うならば異様に尽きる。

動きにくそう、とだけ流星は感じた。

 

そして、その緑の瞳は真っ直ぐ流星を見つめていた。

 

「俺の?何だ?」

 

「……風景」

 

「風景……?」

 

少女の呟きに、流星は今一度辺りを見回した。

一通り見終わった後、一人残念そうに心の内で呟く。

 

──これが夢だと言うのなら、

せめて■■を見たかったのに。

 

「ッ!?」

 

思考にノイズが入った気がした。

いや、思考だけではない。

この今いる空間自体にノイズが走ったように見えた。

 

割れるように頭が痛い。

夢だというのに痛みを感じて、目が覚めない。

酷い話だ。

頭を抑えながら、流星は目の前の少女に問いかけた。

 

「これは夢であってるのか」

 

「夢だけど夢じゃない」

 

「なぞなぞってやつか?得意じゃないんだやめてくれ」

 

「なぞなぞではなく、ここは今宮流星の風景」

 

まるで機械か何かのように、少女は淡々と答える。

流星もその様子に不自然さを感じながら、続けた。

 

「なら何故お前が居る」

 

「それは、私の風景でもあるから」

 

少女の言葉に流星は不満を露わにする。

有り得ない、と。

否定の言葉を告げながら、眉を顰める。

 

「そんな事あるもんか、俺の風景だっていうのも納得出来ない」

 

こんな、──と

流星が続けようとした所で、少女も口を開く。

まるでそれを知っているかのように、まるで己の事かのように言葉を合わせた。

 

「──色を失っていて今にも崩れてしまいそうな空なんて、ですか?」

 

流星は言葉を詰まらせた。

一歩後退する形で離れ、様子を見る。

 

「っ!?……」

 

理解出来ない、流星はそう言いたげな様子だ。

一方で、少女は流星を静かに見つめて居た。

ただただ観察する様に、機械的に。

そして少女は流星の様子を見て感じ取ると、口を開く。

 

「そう感じただけです。他意はありません」

 

「……なら、お前は誰だ?」

 

流星は眉を顰めながら、少女に問いかけた。

そんな流星の問いに、少女は少しだけ俯く。

 

「今宮流星は知っている名前……」

 

「俺が……?初めて見る顔だと思うが……」

 

「知っているはずです。前にも会いましたから」

 

「前、に……」

 

ポツリ、と降り出す雨。

次第にそれは強く、激しくなっていく。

冷たい雨が流星の身体に降り注ぐ。

どこか息苦しかった。

雨はさらに強くなっていく。

 

「だけど、───今回はここまで」

 

少女の声に、流星は唐突に膝から崩れ落ちた。

身体に力が入らない。

 

「待……てっ!」

 

次第に意識も薄れていく中、流星は背を向けて歩いていく少女の姿を見つめる。

声すらまともに発するのが難しくなった。

 

だが、流星は必死に少女に手を伸ばす。

 

何故かそうしなければいけない気がしたから。

 

倒れ伏せながら流星の口は、声を出そうと必死に動いていた。

待ってくれ。

 

1人にしてはいけない。

名前も、今になって思い出せそうな気がした。

 

──待ってくれ!お前の名前は

 

だがもう遅い、音も聞こえず声も発せず、目も見えない。

 

───待ってくれ!!

 

手だけ自然と伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────待っ!!!!」

 

バッ、と流星は布団から飛び起きた。

すぐにあたりを見回し、そこが自身の部屋である事に気が付く。

 

「…………」

 

我に返った流星は静かに頭に手をやった。

あの光景は鮮明に脳裏に焼き付くように残っている。

しかし、少女については薄ぼんやりとしか思い出せない。

先程まで鮮明になりかけていたものが、再び霧がかったような、そんな感覚。

 

「大丈夫?魘されてたけど」

 

「楯無……」

 

流星は、目の前に立っている楯無に視線を向けた。

既に楯無は制服姿であり、朝である事が流星にも理解出来た。

 

「あぁ、大丈夫だ。多分夢だろう」

 

「どんな夢だったの?」

 

「何かを思い出そうとしてた、しか覚えてないな。夢の話なんて面白くもないだろ」

 

「そう?それって案外大事なことだったりするかもよ?」

 

楯無は大切、と書かれた扇子を何処からか取り出し開くといつもの調子で部屋の椅子に腰をかける。

時刻はまだ5時過ぎ。

流星はそれを見てゆっくりと布団から出る。

 

 

「今日は随分早いんだな」

 

「ちょっと目が覚めちゃって。寝ようにも時間が時間だったから」

 

よく見ると、テーブルの上にティーセットが置かれていた。

一方で楯無は、洗面所に支度にいった流星を他所に紅茶を淹れる。

そのままティーカップを手に取り、ホッと一息つく。

 

 

「……考え事か。っと俺の分もあるのか」

 

暫くして戻ってきた流星は自身の紅茶が淹れられていることに気がついた。

楯無が流星が戻るタイミングを察して淹れてくれたのだろう。

流星も楯無の向かい側の椅子に腰をかける。

 

 

「ちょっと淹れてみたのよ。どう?お姉さん上手でしょう?」

 

「美味いな。俺も素人だから大して分からないけどな」

 

「それ言っちゃったら意味が無いわよ流星くん。元々茶葉がいいんだから」

 

「美味けりゃいいだろ」

 

「…セシリアちゃんに淹れ方褒められた人が言う言葉じゃないわね」

 

流星の言動に楯無は呆れた様子で溜息をついた。

その反応にも特に流星は反応せず静かに紅茶と置いてあった菓子を楽しむ。

楯無も菓子に手を伸ばす。

 

「今日の鈴ちゃんと一夏君、どっちが勝つと思う?」

 

「鈴だな」

 

即答する流星。

彼は菓子を食べながら続けた。

 

「鈴は代表候補生にして中~近距離が得意。技量ももちろん高い。一夏が本番は得意で、織斑先生に何かを仕込まれてたとはいえ、武器はあれ1本、勝ち目はほぼないだろ」

 

「初見殺しの衝撃砲があるからね〜。一夏君のことだから、いい試合にはなりそうだけどね。今日は用事があって学外に出るから、観れないのよね」

 

「そうか、楯無はそういや今日は学内に居ないのか」

 

「───そうよ、だから何かあった時は任せるわ」

 

急に真面目なトーンで話だし、扇子を開く楯無。

その扇子には信頼、と達筆な文字で書かれていた。

 

「そうだ」

 

楯無は思い出したように、そっと何かを流星の枕元に置いた。

丸く卵形にも近いような、楕円形の水色の小型の物体。

それを見た流星は目を細めた。

 

「これは…?」

 

「御守り、かな?…ちょっと容量はとっちゃうけど、威力は保証するわよ?」

 

「随分と…物騒、だな」

 

「まあこれを使う機会はないと思うから、引き出しの中に置いとくわね?」

 

楯無はそう言うと、その水色の小型の物体を流星の机の引き出しの中にしまう。

流星は顔を顰めながらため息をついた。

 

「あー、本当に何かあったら今度缶コーヒー1本だからな」

 

「ありがとう。じゃあ、お願いね」

 

そう言うと楯無は立ち上がり、部屋の外へ向けて歩いていく。

用事、とはおそらく良いものではないと流星は理解していた。

楯無の様子からしてそこまで大したことでは無いだろうが。

 

流星は部屋の扉を開けた楯無の背に向かって声を掛ける。

 

「気を付けてな」

 

「お互いにね」

 

どこか少しだけ嬉しそうに返事をしながら、楯無は部屋の扉を閉めて出ていった。

ポツンと残された流星は1人、残った菓子を食べつつもテーブルのティーカップを見て溜息をつく。

 

「……自分のティーカップくらい洗っていけ。バカ」

 

 

「それでね、それでねいまみー」

 

「わかった。わかったからその年間パス手に入れた後の話はやめろ本音」

 

時間は過ぎ、場所も変わって第3アリーナ。

その観客席に流星、本音、その他1組ほぼ全員が居た。

箒とセシリアは一夏と共にピットに居るようだ。

本音は年間パスを手に入れた後を想像しつつ、目を輝かせている。

それに呆れる流星。

本音は口を尖らせる。

 

「えー」

 

「皮算用は後で虚しくなるだけだって。勝てば上々くらいで見ようさ」

 

「それ、応援に来た人の言葉じゃないような……」

 

同じクラスメイトである鷹月静寐は、流星の言葉に困った様子で反応した。

彼女の言葉に流星は躊躇う事無く発言する。

 

「?現実だろ?俺達の応援なんて関係なく、アイツが勝つかはアイツ次第だと思うし」

 

「リアリストだね……」

 

「いまみーは戦ったんでしょ?どうだったのー?」

 

「決着はついてない。ただ強いのは知ってる」

 

多分あのまま戦っていれば負けていた、という言葉を飲み込む。

 

「本音はそれでも一夏が勝つと思うのか?」

 

「おりむーはね、きっと勝つよ。零落白夜でズババーンって」

 

「……だといいけどな」

 

と、流星は静かに空を見上げた。

アリーナを包む青空を見つめながら、流星はどこか心配そうな様子でいた。

 

「あっ!出てきたよ!」

 

食い入るように一夏が出てきた所を見つめている本音たちは、その様子に一切気付くことはない。

 

 

 

「ちゃんと逃げずに来たわね」

 

ピットからアリーナに出てきた一夏を前に、少し早くピットから出てきた鈴は笑みを浮かべながら告げた。

 

一夏はそんな鈴に対し、雪片弐型を構える。

 

「誰が逃げるかよ。こっちの台詞だぜ?」

 

「ふーん、威勢はいいじゃない」

 

双天牙月を構える鈴に、一夏も笑みを浮かべて告げる。

 

 

「先に言っておくぜ、鈴。白式の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は、零落白夜は一撃必殺だからな」

 

「……それは、駆け引きのつもり?」

 

「さあな、だから気を付けた方がいいぜ」

 

不慣れな一夏の挑発を、鈴は静かに見抜く。

一夏の笑みはどこか緊張した様子であり、実力を勘違いした人間のそれではない。

かといって、自信満々のものでもなく、また嘘を付いている様子もなかった。

 

 

故に、これは駆け引きの一環だと鈴は冷静に判断する。

一夏と既知の仲だからこそ、それは確信を得る。

 

「一夏、慣れてないそれは誰に吹き込まれたか知らないけど……」

 

鈴の脳裏に浮かぶは、意地の悪い笑みを顔に貼り付けたオレンジ髪の少年。

鈴は二振りの双天牙月を構えると、試合開始のブザーと共に斬りかかった。

 

「舐めてたら痛い目見るわよ!」

 

「!」

 

一夏は鈴の一振り目を雪片弐型で防ぐ。

即座に来る二振り目を一振り目を弾き飛ばすようにして、離脱することでかわした。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

「様子見してる場合じゃないぞ、鈴!」

 

攻撃に転じる一夏が雪片弐型を振るった。

零落白夜を発動して切りかかるが、鈴はそれを最小限の動きでかわす。

 

 

「それが今言ってたやつね。確かに食らうとやばそうね」

 

鈴はそのまま二振りの双天牙月を振るい、一夏に数撃叩き込む。

 

「なっ!?」

 

「でも!甘いわよ!」

 

「くっ」

 

鈴の二刀流の攻撃を一夏は必死に防ぐ。

 

「だけど、これなら!」

 

最初こそ、ほとんど防げなかったが次第に二刀流を相手にすることに慣れたのか、一夏の動きに落ち着きが戻る。

 

弾き、受け流し、一夏は反撃の一太刀を見舞おうとした。

 

 

「うおおおおおおお!」

 

「なら、これはどうかしら!」

 

そんな一夏を見つつ、鈴は得意気に少しだけ身体を後方へ逸らす。

瞬間、甲龍の両肩部の非固定ユニットの銃口が一夏に向けられた。

 

ロックオンされている、と一夏が気付いたと同時だった。

 

 

「ぐっ!!?」

 

 

瞬間、一夏の体は大きく吹き飛ばされる。

 

「なにがっ!?────!」

 

なにか来ると気配を察した一夏は、体勢を立て直しながら身を捻る。

同時に、後方の地面が炸裂した。

 

「───!」

 

一夏は頭を振り、衝撃で混乱していた頭に冷静さを取り戻す。

 

「今のはジャブだからね、まだまだ行くわね!」

 

「くっ!?」

 

鈴の言葉に顔を上げると同時に、衝撃が一夏の身体を揺さぶった。

アリーナの地面に叩き付けられるが、先程と違い覚悟はしていた為すぐに体勢を立て直す。

 

被ロックオンの警告───!

 

まるで見えない弾でもぶつけられたような、そんな感覚のまま一夏は次弾、さらに次弾を地面を動き回り回避した。

 

狙いはセシリアや流星のライフル程正確ではなく、口径は大口。

連射もそこまではきかない。

一夏は直感的にそれを見抜いていた。

 

 

「よく避けるわね」

 

「見えない、砲弾か!?」

 

「説明する気はないわよ!!」

 

さらに仕掛ける鈴に、一夏は回避に徹していた。

彼の場合、遠距離武器もなくブレード一本のみ。

撃ち返すことも出来ない。

逃げ回っても追撃の手が緩まることは無い。

 

「やるしか、ない!」

 

このままだと埒が明かないと踏んだ一夏は、静かに逃げながらだが、腰を落とした。

 

───零落白夜を解除し、まるで居合のように雪片弐型を腰に構える。

 

 

「……何をする気?」

 

必殺と謳ったものを仕舞う一夏を見て、鈴は警戒する。

しかし、この状況でやる事は変わらない。

 

「まあいいわ、隙ありよ!」

 

構える一夏に衝撃砲を放つ。

 

「行くぞ鈴!」

 

一夏は鈴の衝撃砲を放とうとする微かな動作を見逃さなかった。

 

一歩踏み込み、加速する。

衝撃砲は、入れ違うように一夏がいた場所を吹き飛ばした。

 

一夏はそのまま構えを解かずに、鈴に直進する。

 

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!」

 

 

それも、白式の性能を叩き付けるような推進力だ。

十全の性能を引き出せていないとはいえ、驚異である事には変わらない。

 

 

衝撃砲発射までの間隔、そこに一夏は身をねじ込む。

 

 

一気に距離を詰めた一夏は、居合のように雪片弐型を引き抜くようにして鈴に斬りかかった。

 

 

「なっ!?」

 

斬りかかる寸前、零落白夜が目前で発動したのを確認した鈴は慌ててそれを受け流して防ぐ。

 

一夏が攻勢に出た瞬間だった。

 

 

「まだまだ!」

 

一夏は連続で雪片を振るい、鈴を押していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりむーが押してる!」

 

「ここで最初の宣言が活きてきた、か」

 

目を輝かせて一夏の活躍を見守る本音に、流星も少し驚いた様子で声を発した。

観客席から見守る他の一組の生徒は、固唾を飲んで見守っている状態だ。

 

 

実は一夏の最初の挑発は、流星は関与していない。

 

下手に武装を知らせる真似をすると、一夏の一撃必殺足り得る零落白夜による不意打ち──こと初見殺しでの勝利が無くなってしまうからだ。

 

だが、今はあの宣言が活きてきた。

急な接近からの零落白夜。

アレを振るわれる瞬間、鈴の脳裏に危機意識が大きく芽生えた事だろう。

それによる一夏攻勢の流れ。

一夏のあの居合のような構えからの急接近と加速は、IS稼働時間から見ても目を見張るものがあった。

 

 

「入れ知恵したのは、織斑千冬か」

 

 

静かに呟く流星。

彼の脳裏には少し愉しそうな千冬の顔が浮かぶ。

 

少しだけ溜息をついた後、流星は何度も切りかかる一夏を見て眉をひそめた。

 

「ここで決めないとキツイぞ、一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおお!」

 

一夏は雪片弐型を振るい、防御に徹している鈴を押していく。

一夏自身も此処が勝負所と理解していた。

二振りによる鈴の捌き方は見事と言うしかない。

不意打ちに近い一刀から、立て続けに防ぎ続けている。

 

 

「流石だぜ!鈴!」

 

「当然!(あたし)は代表候補生なんだから、こんな所で負けてられないのよ!」

 

「けど、勝つのは俺だぜ!!」

 

 

「それはっ!どうかしら!!」

 

「なっ!?」

 

鈴は一夏の雪片弐型を受け流すと、二振りの青龍刀である双天牙月を連結させ、1本の武器にする。

 

すると、鈴は一夏の一太刀を冷静にかわし、逆に身体を回転させその遠心力を乗せた強烈な一振りを一夏に浴びせた。

 

 

「ぐっ!?」

 

「驚いたでしょ!(あたし)も近接は得意なの。その程度でやられないわよ!」

 

「まだだ!」

 

距離を今度離されれば勝ち目はなくなる。

二度も同じ手が通じる相手ではない。

一夏は鈴に対し、攻撃を仕掛ける。

 

だが、鈴はもう体勢を立て直しており、そのまま応じる。

最初の数撃を受け流し、鈴が徐々に一夏のシールドエネルギーを減らして行った。

技術で完全に負けている。

 

 

(このままじゃやられる!)

 

 

一瞬、焦りが頭を支配しようとする。

 

しかしそこで、千冬に教えられた太刀筋が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

「そこだ!」

 

 

鈴の猛攻の中、雪片弐型を振るい華麗に受け流して見せた。

 

織斑一夏の実力では完全な再現は出来ない。

 

だが、その一端の再現なら、誰よりも千冬の太刀筋を知っているからこそ可能だった。

 

 

「なっ!?」

 

 

突然、双天牙月による猛攻を凌がれるだけでなく受け流された鈴の体勢が崩れる。

 

 

「っ──」

 

「───取った!」

 

「甘い!!」

 

 

姿勢を崩しながら鈴は冷静に龍咆を放つ。

 

 

 

「うおっ!?」

 

 

それを受けた一夏は大きく吹き飛ばされ、距離を離されることになった。

 

体勢を立て直し、一夏は鈴と向かい合う。

鈴は少しだけ一夏の姿を観察した後、一夏に話しかけた。

 

 

「まさかここまで粘るとは思わなかったわよ、一夏」

 

「もう勝ったつもりかよ?」

 

「あんたの力量もわかったからねー。ここからはさらにギア上げていくわよ!」

 

「なら俺も!もっと全力で行くぞ!!」

 

鈴と一夏が武器を構える。

──決着は近い。

観客が固唾を呑んで見守る中、2人は同時に動き出し────────

 

 

─────────刹那、アリーナの上空に貼られていたシールドごと、アリーナの中央が紫の閃光と共に撃ち抜かれた。



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-12-

次の更新は明後日になります。
すいません。


アリーナを貫く衝撃は、爆音と共に観客席を大きく揺るがした。

突然の出来事に生徒の殆どが困惑する中、流星は立ち上がりISを部分展開して警戒態勢に入った。

 

 

「…当たって欲しくない予感だったんだけどな」

 

本音達の前に出て腕部分と盾だけ展開───センサーを用いて襲撃者を確認しようとする。

だがすぐに緊急警報が鳴り響き、隔壁が観客席を覆った。

改めて襲撃されたと認識し、生徒達は半分混乱しながら避難に移る。

 

 

「無事だな、皆」

 

「う、うん」

 

「何が起きたかわかんないけど…」

 

「あの威力、ここも安心出来ない。もし襲撃者の狙いが観客席ならひとたまりもない程にはな」

 

 

流星はそう答えながら視線を出口に移す。

 

 

───観客席の入り口まで閉じていた。

生徒達がさらにパニックになっているのがわかる。

 

システム自体が正常に動作仕切っていない?

理由はわからないが、ここはIS学園だ。

誤作動ではなく、あの敵機が何かしたと見るのが妥当か。

 

 

「狙いは一夏か…?」

 

だとすれば納得はいく。

外部への連絡網を潰す。

一年生の対抗戦が行われているこのアリーナの総戦力を考えれば、当然だ。

この様子ではセシリアもすぐには動けないだろう。

 

 

──ならば、俺がすべき事は決まっている。

 

 

流星は考えを巡らせた後、振り返り近くにいた一組の生徒の様子を見た。

困惑と恐怖が見て取れるが、専用機持ちが近くに居た事もありパニックにはなっていない。

 

 

 

「いまみー、皆は私が避難させるよ」

 

流星の意図を見抜いてか、本音は真剣な表情でそう告げた。

流星も本音の考えを汲み取る。

 

 

「わかった。本音、アリーナに出れる最短の通路は?」

 

「1番下のピット側の通路。そこの突き当たりならスグ下に更衣室があるよ」

 

「床をぶち抜けばいいんだな。わかった。とりあえず皆の避難用に出口だけ機能するようにする」

 

「いまみー、気を付けてね」

 

「ああ」

 

そうして出口に向かおうとした流星に通信が入った。

 

 

 

『──…きこえるかっ!今宮!』

 

 

「織斑先生?」

 

 

突然のコアネットワークを介した通信に、流星は部分展開している腕を上げ空中にディスプレイを投影する。

そこに映ったのは織斑千冬。

その表情を見て、流星は緊急だと即座に理解した。

 

 

 

『───すぐに避けろ!』

 

 

 

何時になく焦りを感じさせる声に、即座に思考が切り替わる。

 

 

近くに居た本音達を首根っこ掴む勢いで抱え──その場から上の観客席へ飛び込む。

 

 

同時に観客席の上部の隔壁が一部吹き飛ぶ。

衝撃の凄まじさを物語るように轟音が響き渡る。

──先程流星達がいた場所に凄まじい衝撃が叩き込まれていた。

 

 

 

鋭利な爪。

観客席は跡形もなく貫かれている。

 

 

 

あと回避が1秒遅れていたら──?

語るまでもない。

 

 

ゾッとする本音達の前に、ゆっくりとその爪の持ち主は立ち上がる。

──それは流星と同様に灰色のISだった。

 

フルフェイス型のISであり、スラスターも小型──何より異様な程細身のISだ。

ただ、腕にはそれと矛盾するかのように大型の爪がある。

先の攻撃に用いられた特徴的な爪。

 

 

無機質な動きをするソレは、1歩だけ流星の方へ踏み出した。

肩には『ゴーレム:S』とだけ、彫られているのが見られる。

 

 

『今宮!無事だな!?』

 

「まあ何とかお陰様で……。敵機はもしかして2機ですか?」

 

『そうだ。いいか今宮!取り敢えずそいつを観客席から外へ出す事だけを考えろ!いいな?くれぐれも無茶は───』

 

そこで通信は切断された。

流星はコアネットワークが切断されたことに違和感を覚えつつ、本音達に声をかける。

視線は敵機に向けたまま、彼は少し前に出る。

 

 

「…本音。俺が合図したら、皆を連れて一斉に反対側の観客席へ走れ」

 

「いまみー、でもこんな狭い所でなんて」

 

「見ろ。出口に固まってる奴らも幸い呆気に取られて、今はパニックから解放されてる。今なら指示し易い」

 

「……うん」

 

少し納得行かなさそうに頷く本音を前に、流星は続ける。

 

「何より、狙いは恐らく俺だろう。男性操縦者とそのIS目当てなら一夏だけでなく俺も狙われるのが道理だ」

 

ゆっくりと、敵機が動き始める。

 

 

「行け、本音」

 

 

流星はISを展開し、近接ブレードを展開して敵機に突っ込む。

 

細身の敵機はそれを正面から爪で受け止めた。

金属音が鳴り響く。

流星は全力で突っ込んだのに対し、敵機はビクともしない。

 

 

 

「目的は男性操縦者か?」

 

鍔迫り合いの状態で流星は呟くようにして敵機に話し掛ける。

───反応は一切なかった。

フルフェイスで中身が見えないせいかどうかはわからないが、流星は妙な違和感を覚える。

 

 

「くっ!?」

 

敵機のもう片手の爪による横なぎを、流星は身を1歩引かせて避ける。

 

そのまま近接ブレードを下から切り上げるように振るった。

金属音と共に、相手の胴体を斬り付けた。

 

 

「硬いっ!」

 

しかし、結果は傷1つ付けられていない。

驚愕する流星に対し、敵機はもう片方の手の爪で切りつけた。

咄嗟にブレードを身体に対し縦に構え、ブレードの背で受け止めようとする。

 

 

「がっ!?」

 

しかしそれは叶わない。

その細身からは想像出来ない出力だった。

流星は観客席の上側の席に軽々と吹き飛ばされる。

 

 

「っ…何て馬鹿力だよ…」

 

即座に起き上がる流星。

そこで肩部にざっくりとした切り傷が出来ていることに気が付いた。

 

──防いだはずの爪でそのまま切りつけられ、しかも絶体防御を貫通して傷を負わされている。

 

掠っただけでこれだ──マトモに受ければひとたまりもない。

少し先で見守っていた本音も息をのむ。

 

 

「不味いな…」

 

静かに戦況を分析し、流星は予想以上に状況が良くない事を改めて把握した。

 

まず、観客席から皆が避難できないことが致命的だ。

下手に銃火器を使えない。

相手が銃火器を持っていない保証もないため、接近戦をなるべく仕掛けるしかない。

 

 

次に狭い場所であり、相手は小回りがきくこと。

槍を使うにしても、余りにこの空間は不向きだ。

ナイフで戦うにも離脱の手段が乏しい今は好ましくない。

 

故に、流星は相手を強引にでも観客席の外へと連れて行くことが得策だ。

しかし、相手の出力は予想を遥かに上回るもの。

その上あの危険な爪と怪力、そして装甲の硬さではどうしようもなかった。

 

 

(──まるで、この状況を想定した敵だな)

 

外で一夏と鈴が相手にしているであろうISのことはわからないが、正面の敵機はそういうものだと流星は直感する。

 

 

「!!」

 

 

今度は敵機が凄まじい跳躍力をもって流星に飛び掛った。

流星は何とかそれを受け流す。

流星の真下の床が一撃でクレーターのようになった。

 

(ここだ)

 

流星は姿勢を崩しそうになりながらも、強引にブレードを振るう。

カウンター気味の絶好の一撃。

狙いは硬い装甲の隙間。

 

 

「関節なら──!」

 

だがそれも空振りに終わる。

敵機の俊敏な動きを前に、今の状況下まともに狙いを捉えることは不可能に近かった。

 

真上から振るわれる爪。

それをブレードで受け止め、流星は左手にナイフを展開した。

 

 

(動きは単調だな──)

 

流星は関節に目掛けて、ナイフを投げつける。

 

だが敵機の動きは機敏だ。

───ナイフは敵機の肘関節を掠めて行くだけに留まった。

 

予想通り関節部はそんなに硬くないらしい。

明確に切り傷が出来ていた。

 

(───?)

 

さらなる違和感。

流星は敵機の攻撃を受け流し、敵の後方へ滑り込む。

 

 

 

その切口を見て、流星は目を見開いた。

 

「…機械…?」

 

見えたのは幾つものコードや金属の部品。

明らかに切り傷のスグ下に人の腕が見えても、おかしくないはずの細身のISの筈なのに、だ。

 

つまり、この敵機は─────。

 

 

「────無人機?」

 

 

呟きと共に、敵機の動きがさらに一段階速くなる。

避けきれない。

 

そう判断した流星は、防御姿勢を取らずに攻撃に走る。

ブレードを先程傷付けた───左腕の肘関節に強引に突き立てた。

 

 

「っっっ!」

 

 

相討ち気味に切り飛ばされた流星は、背後の観客席出口に叩き込まれる。

幸い、戦闘している流星の近くの出口だった為、付近には誰もいなかった。

出口の隔壁が壊れ、避難経路が出来上がる。

 

 

 

 

「いまみー!!」

 

 

本音の声が観客席に響き渡る。

 

 

 

「ごほっ…はっ!…かっ…」

 

息を大きく乱し、ISを装備したまま横たわる流星。

その姿を見て慌てて駆け寄った本音は、身体を起こそうとした所で気付く。

ドロリと赤い血が流星の左上腕と腹部から流れ出ていた。

 

「い、まみー?」

 

「っ、ははは…流石に、不味いな…」

 

「今すぐ止血しないと!」

 

本音は自身のハンカチと髪留めを駆使し、流星の左腕に巻き付け止血する。

だが、腹部はどうにもならないらしくそのダボダボの制服の上着を脱ぎ捨て、巻き付けて止血を図ろうとする。

 

 

しかし、敵機は腕からブレードを引っこ抜き立ち上がってくる。

 

 

それを見た流星は身体を強引に起こす。

敵機は流星の様子を観察している様だ。

 

──本音は、流星の周りに微かに赤い電撃が走ったように見えた。

 

 

「…ありがとな、本音。少し楽になった」

 

「すぐ後ろの出口が壊れて開いたよ?今ならいまみーだけでも…」

 

「バカ。逃げるのはお前らだ。……ここからどうにかしてコイツを引き離すから…その隙にここから逃げろ」

 

今にも飛びかかってきそうな敵機に警戒しつつ、足下をふらつかせる流星。

その瞳は何処か遠くを見ている。

そんな流星の姿を見て本音は疑問を口にする。

 

 

「怖く、ないの?」

 

自身の力量への理解と、状況への理解は流星が誰よりも優れていたはずだ。

だからこそ、出た言葉。

 

 

「……どうだろうな……」

 

「……死んじゃやだよ…?」

 

「善処するよ」

 

本音の言葉に、力なく笑う流星。

 

同時に敵機が動きを見せた。

 

流星も迎撃に踏み出し、敵機攻撃に咄嗟に出現させた黒い槍で応戦する。

最初の一撃を受け流し、そのまま石突部分で敵機の勢いを利用して投げ返す。

 

 

敵機は投げ飛ばされながら、何かを流星の首に巻き付けた。

 

「尻尾!?───っっ!?!」

 

敵機につられ、流星の身体も宙に浮かぶ。

避難口から離れることには成功した。

流星は尻尾を解こうとしたが、振り解けないと悟ると槍を強く握り直す。

 

敵機も流星の攻撃に反応して、尻尾を大きく振るった。

 

 

「磔にでも、なっとけっ…!」

 

 

流星は敵機の左肘に黒い槍を投擲した。

黒い槍は敵機の左肘を完全に貫き、出口と反対側の壁に敵機を磔にした。

 

 

 

「────っ!?」

 

瞬間、流星は観客席の中腹に凄まじい勢いで叩き付けられる。

 

 

 

──────轟音、それと共に流星は意識を失った。

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、アリーナ。

 

 

「くそっ!?観客席にもISがっ!!」

 

 

一夏は最初の襲撃者──『ゴーレム』と彫られた敵機のレーザーを躱しつつ、観客席の方を見た。

ゴーレムが襲来した直後、さらに細身のもう一機が観客席に飛来したのを見ているだけしか出来なかったのだ。

観客席の人間の安否を心配する一夏に、鈴は声を大きくしてよびかける。

龍砲をゴーレムに放つが、それは避けられる。

 

 

「一夏!(あたし)が時間を稼ぐからあんたも逃げんのよ!」

 

「逃げるって!?女を置いて逃げられるか!」

 

「あんたが1番弱いんだから仕方ないでしょ!」

 

「なら───!」

 

「──観客席の方には行かない方がいいわよ。それこそあの火力の高いレーザーが観客席に叩き込まれたらひとたまりもないから」

 

鈴は冷や汗を流しながら、冷静にそう告げた。

観客席がどうなっている不安で仕方がなかった。

鈴と一夏はレーザーを躱し、向かってくるゴーレムの拳を避けた。

その大きな図体に反して、機動力はそれなりにあるようだ。

 

 

『凰さん!織斑君!聞こえますか!?』

 

「山田先生!」

 

『良かった!こっちには通じました!』

 

ISのコアネットワークを通じての、2人への通信を寄越したのは管制室にいる山田真耶だった。

一夏と鈴はそのチャンネルを開きつつ、通信に応じる。

 

 

「山田先生!観客席はどうなってるんですか!?」

 

『飛来時の怪我人は居ません。でも出口の隔壁が誤作動で降りてしまっていて、皆逃げられない状況です。今は敵機と今宮君が交戦しています!』

 

「流星が!?」

 

「…あの狭い空間だと不味いわね…」

 

 

鈴も一夏も流星の実力は知っている。

だがそれを加味しても、あの狭い空間で戦うとなると不安が残る。

状況は決して楽観視していいものではなかった。

 

 

「鈴!」

 

「っ!?、アイツ手の裏にも銃口あったのね!」

 

一夏はレーザーに掠りそうになった鈴を咄嗟に抱き抱えて、射線上から離脱する。

 

 

「大丈夫か?」

 

「あ、ありがとぅ…」

 

鈴は状況を理解し、真っ赤になって俯いた。

のも一瞬。

すぐに恥ずかしさが勝り、じたばたと暴れた。

 

「と、とっとと下ろしなさいよ!」

 

すぐに一夏に下ろしてもらい、鈴と一夏は改めてゴーレムと対峙した。

 

 

『凰さん、織斑君。今は時間稼ぎをして下さい。学園の教師や3年生の精鋭達がアリーナのシステムを取り返しにかかっています。解除され次第すぐに部隊が駆けつけるのでそれまで──』

 

「山田先生、アイツは俺と鈴で倒します」

 

「同意ね。このまま逃げ続けてても観客席の方もヤバそうだし」

 

『!?ダメですよ!?生徒である貴方達にこれ以上危険な目に合わせる訳には行きません!今だって相当危険なお願いをしているというのに!』

 

一夏の言葉に真耶は声を荒らげた。

その声色は本当に一夏達を心配してのもの

生徒を危険な状況に晒している不甲斐なさを悔やんでいるのが伝わってくる。

 

駄目だと否定しようとしたところで、真耶の横から千冬が割り込んだ。

 

 

『──わかった。凰、織斑、やれるんだな?』

 

「ああ!」

 

「はい!」

 

『なら、任せたぞ』

 

短い言葉とともに通信がきれる。

一夏と鈴は互いに顔を見合わせると武器を改めて構えた。

 

 

「やるぞ!鈴!」

 

「いい?あんたは前に出過ぎちゃ駄目よ?あくまで(あたし)があんたを護るんだから!」

 

「──なら、その背中くらいは守るさ」

 

「──なっ!?」

 

「……?どうした?鈴」

 

不意打ちをくらい、1人赤面する鈴。

瞬間、ゴーレムは2人に向けてレーザーを放つ。

 

「「!」」

 

一夏と鈴はそれぞれ左右にかわし、同時にそのまま回り込む。

 

 

「喰らいなさい!」

 

鈴の両肩の龍砲から衝撃砲が放たれた。

 

ゴーレムは初撃のそれをマトモに受けるが、微かに巨体が後退するだけだ。

 

 

「硬いわね」

 

と、冷静に分析する鈴をよそに反対側から一夏が斬りかかる。

 

 

「うおおおおおお!」

 

だが、ゴーレムは一夏の方に振り向くと同時にその剛腕を振るっていた。

 

「がっ!?」

 

大きな衝撃を受け、一夏は後方へ殴り飛ばされる。

 

「一夏!」

 

即座に鈴は双天牙月を振るい、あいだに割って入る。

その剛腕を何とか受け流し、龍砲を撃つことで隙を作り一夏と共に離脱した。

あの図体の割には、反応速度と機動力は悪くない。

そう鈴が考えていると、一夏は何処か不思議そうな様子で尋ねた。

 

 

「なあ鈴、アイツやっぱり変じゃないか?」

 

「何処がよ?」

 

「今だってなんか俺達の様子を伺ってるし、反応の仕方が奇妙というか…」

 

「確かに反応の仕方はなんか違和感あるわね」

 

 

同意する鈴を前に、一夏は真剣な様子で呟く。

 

 

「もしかしてアイツ、機械なんじゃないか?」

 

 

「はぁ?そりゃISは機械でしょ…ってあんたまさか無人機だって言いたいワケ!?」

 

「ああ、俺はそう思った」

 

一夏の真剣な表情から、鈴は一夏の疑問を口に出し即座に自身で否定した。

 

「──ううん、有り得ない。人が乗らないと動かない、ISはそういうもののはずだもの…。──で、仮に無人機だったとしたら何か策があったりとかするわけ?」

 

 

「ああ。機械相手なら遠慮はいらねえ。零落白夜を全力でたたき込める!」

 

 

2人は回避に専念し、レーザーを躱す。

相手は確かに一夏の言う通り、動作が機械的だった。

あれ程の性能がありながら、仕掛け方も単調だ。

だが、装甲の硬さと反応速度や火力は脅威だ。

 

このままでは埒が明かない。

被害状況も考えると早期決着が望ましかった。

 

 

「なら、あれを無人機と仮定して動いてみましょうか!」

 

「ああ!」

 

半分賭けだが、と鈴は覚悟を決める。

一夏のエネルギーも残り少ない。

問題はどうやって一夏の攻撃を当てるか、だが──。

 

 

「俺に考えがある」

 

 

一夏は一人、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここは?」

 

流星が目を覚ますと、そこは灰色の草原だった。

どこまでも水平線まで広がる灰色の草原に、灰色の空。

モノクロの世界。

即座に身体を起こし、隣を見る。

 

そこには白い髪に黒い服の少女が居た。

 

輝きのない無機質な緑の瞳を見て、流星はやっと理解する。

 

 

「……アンタ、『時雨』なんだな」

 

 

自身の専用機の名前をしっかりと言葉にする。

少しだけ、風が吹いた。

雲が微かに動く。

少女──『時雨』は静かに流星を見つつ、コクリと頷く。

 

 

「はい。その通りです」

 

 

少女の返答の声色に感情は見られない。

ISには意志のようなものがある、ということは流星自身も知っていたが予想と少し違う為驚きを隠せなかった。

 

流星は『時雨』の方に怪訝な目を向ける。

 

流星が彼女を見て、どこか確信めいたものを直感する。

彼自身にもその理由はわからない。

 

 

「───アンタ、普通のISよりアイツらに近いだろ?」

 

 

「──、」

 

 

その言葉に、ほんの一瞬だけ『時雨』が反応した気がした。

 

 

「何故かわからない。わからないけど──あのゴーレムとかいう奴とアンタは似てる気がするんだ」

 

流星の脳裏に浮かぶは、襲撃者である『ゴーレム:S』という機体。

恐らく、最初にレーザーを撃ってきて一夏達と交戦しているISも無人機であるという確信めいたものがあった。

 

流星の言葉に『時雨』は静かに口を開いた。

 

 

「──コアは全てで幾つあるか、知っていますよね?」

 

 

「…確認されている分は467個だ」

 

 

「その通りです。そして私のコアナンバーは467、つまり作成者以外は知りませんが私は───」

 

 

「現存する中で最も後に産まれたコアってことか」

 

一人納得する流星に対し、『時雨』は彼の隣にちょこんと座り込む。

 

流星はその様子を見ながら、続けた。

 

 

「───それで用は何なんだ?」

 

「鋭いのですね」

 

もう一度、風が吹いた。

オレンジ髪と、その横で白髪が靡く。

綺麗な緑の瞳と、その隣のオレンジ色の髪。

 

色を殆ど失ったかのような風景の中では、2人は浮いていた。

 

 

「簡単だ。搭乗時間が長くもない俺がISであるアンタと俺は話せてる。IS適性も高くないのにな。だからあんた側が強引に呼び付けたと受け取ってる」

 

「……一つ、訂正しておきますと、貴方と私の相性の問題もあります。IS適性云々でなく、純粋な相性です」

 

「相性、か」

 

「同じものを強く望んでいる、それだけですよ」

 

思い当たるようなものはない、と流星は考え込む。

──こんな少女と自身の望んでいるものが同じ?

理解が及ばない。

それだけで自分は、この『時雨』と相性がいいのか。

 

 

「用件は先程の続きになります。私は467個目。元々は私もあのような形を想定したコアになっていました。しかし作成者の気まぐれにより作り替えられ、世に出ました」

 

「…」

 

微かに見え隠れし始める『時雨』の感情。

 

 

 

「だから、『アレ』は有り得た私の姿。────あの子達を解放して下さい、今宮流星」

 

 

 

それは、決して無機質なものでもなくなっており、ただ不器用な人間の表現そのものにも見えた。

 

流星は立ち上がり、『時雨』に手を差し出す。

 

 

「──やれるだけやってみるよ」

 

 

少女─『時雨』は少し驚いた様子でいたが、流星の即答を理解すると彼の手を握り立ち上がる。

 

 

同時に、流星は握った掌に違和感を感じた。

 

 

ゆっくりと手を開き、右手に握られていた物に気づく。

───黒い宝石だった。

 

 

「それを差し上げます。とっておきです」

 

「ありがとう。これで言い訳出来なくなったな」

 

「それでは、ご武運を」

 

少女が頭を下げ、流星を見送る。

 

少女はその場から流星が消えると、空を見上げ呟いた。

 

 

どこか祈るように、一人佇む。

 

 

 

「いつか此処も、色を取り戻す日が来ますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず飛び込んできたのは、周囲の避難する人達の騒がしさだった。

徐々に視力も回復し、周囲の状況が目に飛び込んでくる。

 

 

「…っ」

 

「いまみー!良かった…意識が戻ったんだね…」

 

「本音、か…」

 

流星が目を覚ますと、目の周りを赤くながらも懸命に流星を介抱する本音が目の前にいた。

 

眠っていたのは、ほんの数十秒くらいか?

 

その隣に視線をやると、そこでは簪が空中に表示されたディスプレイを慌ただしく操作している。

 

 

「最低限の処置なら出来るから、それで止血の補助くらいは。後これで問題はないはず!」

 

流星は簪の言葉を聞きながらも、まだ朦朧とした状態で立ち上がる。

正面を改めて見ると、敵機は左肘を槍で貫かれ完全に磔状態になっていたまま。

 

──安心は出来ない。

強引に左腕を引きちぎろうとしており動き出すのは時間の問題だった。

 

 

「──今宮君!?メンテナンスはまだ……っ!」

 

「いや、十分だ。おかげでとっておきを何の憂いもなく使える」

 

「え?」

 

困惑する簪をよそに、流星は簪や本音達より前に出た。

 

 

 

────次の瞬間、紅い電撃が流星の周りにまとわりついていく。

 

 

 

まるで層をなすように流星を紅い電撃が包み、直ぐに流星の姿はみえなくなった。

 

「何が、起きてるの?」

 

「私も、わからない…」

 

本音と簪は、流星の身に何が起きているか理解出来ずにいる。

あの紅い電撃は何なのか。

不思議と嫌な感じはしなかった、とだけ2人は思いつつ見守る。

 

 

 

─────そして、紅い電撃は突然弾け飛んだ。

 

 

 

中から現れたのは──真っ黒な装甲に大きな翼型スラスターを装備した流星の姿だった。

一回り、小型になったと簪や本音は感じる。

 

『時雨』とはフォルムも基本色も違う、まるで別のISのような姿。

スラスターから微かに漏れる光は紅いものだった。

 

 

黒の装甲の隙間に微かに見えるエメラルドのライン。

真っ赤なエネルギーと、バイザー。

流星はその姿にを自身で軽く確認すると、笑みを浮かべた。

 

 

「行くぞ、『黒時雨』」

 

 

流星の言葉と共に、紅いエネルギーが輝きを増した。

 

同時に、敵機が自身の左肘から槍を引き抜き、流星に飛びかかろうと地面を蹴ろうとする。

 

 

「──遅い」

 

次の瞬間、流星による飛び蹴りによりそれは阻止された。

顔面部分を蹴られた敵機は、流石によろけざるを得ない。

 

そのまま流星は落ちていたブレードを拾い上げ、壊れかかった左肘から先を切り落とした。

 

 

 

 

「凄い…」

 

簪はそれを見て驚きの声を漏らした。

圧倒的な機動力を前に、敵機が反応できていないことがわかる。

──先程までと機動力の差が逆転している。

 

 

 

「速攻で片をつける!」

 

流星は宣言と共に、さらに一歩踏み込んだ。

 

敵機は尻尾を素早く動かし、流星を捉えようとする。

同時に右手の爪を横に薙いだ。

 

しかし、それは悪手であった。

 

 

「!」

 

 

流星は自身を捉えようとする尻尾を片手で掴むと、敵機の爪攻撃に対し、足で踏むことで延ばして盾にする。

 

右手の鋭利な爪により、敵機の尻尾はあっさりと両断された。

即座に尻尾から手を離し、近接ブレードを振るい敵機の右肘を切り付けた。

 

 

「流石に一太刀では切り落とせないか」

 

 

ならば──と流星は敵機の左膝に返す刀で斬り付ける。

 

──敵機は完全に姿勢を崩した。

シールドエネルギーの残りも考えると、ここで決めるしかない。

 

 

「────トドメだ」

 

敵機の首元に近接ブレードを上から滑り込ませ、刃を突きつける。

そのまま流星敵機に馬乗りになった。

首元から胴体を貫くように、ブレードを突き立てていた。

 

 

 

 

 

────瞬間、『黒時雨』の背のスラスターが全開になった。

赤黒いエネルギーを吐き出しつつ、ブレードを握る柄に力を込める。

 

 

ブレードは少しずつ押し込まれ、床が勢いで砕けていく。

敵機の動きも鈍くなったように感じた。

 

 

敵機はゆっくりとだが、右手でを流星の肩を掴む。

力が込められ、爪が流星にくい込んでいく。

 

 

だが、流星は構わずエネルギーをさらに放出した。

 

 

 

 

「───────砕けっ、やがれええええええええ!!!!」

 

 

 

 

内部で敵機の何かにヒビが入る。

同時に敵機の右手の力が緩んだ。

 

 

迷わず流星は左腕のフックショットで黒い槍を引き寄せ───そのまま近接ブレードと同様に敵機の首元から胴体へ叩き込む。

 

 

 

───瞬間、何かが壊れた音が響き渡った。

 

敵機の右手から完全に力が抜けていき、静かに床に転がる。

 

 

「──…」

 

 

スラスターの噴射を止め、流星はふらつきながら距離をとった。

 

 

『黒時雨』が解除され、黒の装甲から変わって灰色のIS──『時雨』に戻る。

 

 

敵機は完全に停止したらしく、ピクリとも動かなかった。

 

 

流星は倒れそうになるのを堪えながら、通信状態を確認すると即座に状況確認を始める。

 

 

彼の視線は、既にアリーナに通じる隔壁の穴に向いていた。

 

 

 

 




時雨の強化形態。
詳細は後日に。
あまり多用できる感じではないとだけ先に。


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-13-

「──奇襲を仕掛ける。合図したら龍砲を全力で撃ってくれ」

 

「…いいけど、本当に策があるのよね?さっきから龍砲で牽制から避けられまくりじゃない?」

 

「大丈夫だ。この手なら、懐には潜り込める」

 

 

そう鈴に告げると一夏は雪片弐型を両手で持ち、構える。

ゴーレムはレーザーを撃つのを止め、一夏達の様子を観察するように静止していた。

 

 

──好都合だ。

ゆっくりと、大きく息を吸う。

仕様的に可能な作戦だ。

無茶ではあるが、無理ではない。

 

当然、失敗は許されない。

失敗した瞬間にエネルギーが尽きてしまうことは明白だ。

 

皆を守る。

そう決めたからこそ、この案を提案したのだ。

 

一夏は己を奮い立たせ、ゴーレムを見据える。

 

 

想像してたより、ずっと冷静であった。

だが心のどこかで、もしも───とだけ考えてしまう。

 

 

その微かな雑念が、失敗を招くかもしれないと一夏は眉を顰めた。

今この瞬間もおそらく流星は戦っている。

皆を守る為にも、コイツを行かせるわけには───

 

 

と、そこで突如アリーナのスピーカーがノイズを発した。

直後に、音量の調節など度外視した声がスピーカーから響き渡る。

 

 

『一夏!男なら…っ!男ならっ!その程度何とかしてみせろぉ!』

 

 

 

聞こえてきたのは、よく知る幼馴染の声。

箒のそのがむしゃらな行動と言葉に、思わず口角が上がる。

 

 

「──はは、箒らしいな」

 

 

肩の力が、自然と抜けていた。

ブツリときれるスピーカーの音を前に、完全に集中モードに入った。

 

一夏は腰を落とし姿勢前のめりにする。

雪片弐型は腰に納刀するように腰付近で構える。

 

吹っ切れたのか恐ろしく集中が出来ていた。

体の緊張感も丁度いい。

 

 

 

「今だ、鈴。撃て!」

 

「OK!」

 

龍砲をゴーレムに撃とうとする鈴。

 

その目の前の射線上に、一夏は即座に移動した。

鈴は突然の一夏の行動に驚きの声を上げる。

 

 

「ちょ、ちょっとあんた当たるわよ!?」

 

「構わない!撃ってくれ鈴!」

 

「あ〜もう!どうなっても知らないわよ!」

 

鈴が龍砲を一夏の背に放つ。

同時に、一夏は白式の背中のスラスターを大きく解放していた。

 

衝撃砲は、空気を圧縮してぶつけてくる仕組みだ。

だからこそ、それ自体は推進力足り得る。

スラスターから直にその威力───勢いを取り込み一夏は自身の推進力とした。

 

 

「う、ぉおおお!おおお!」

 

スラスターに凄まじい負荷がかかり、同様に彼の身体にも凄まじい力がかかる。

無茶苦茶な力技。

 

鈴もすぐにそれを察し、一夏を固唾を呑んで見守る。

 

 

──と瞬間、一夏が砲弾のように撃ち出される。

 

 

 

「────ぉおおおおお!零落白夜、展開!!!」

 

 

 

ありったけの残ったエネルギーが雪片弐型に注ぎ込まれ、特別大きなエネルギーの刃が出現する。

 

ゴーレムはそれに対し、機械的に反撃に転じた。

向かってくる一夏を避けられないと判断、──叩き落とさんと剛腕を振るう。

 

 

迫り来る拳を前に、一夏は雪片弐型を握る手に力を入れた。

脱力状態で迫ってからの、瞬発的な居合。

その動きは鮮やかだった。

 

 

(箒を、セシリアを、鈴を、流星を、──千冬姉も!)

 

 

スローモーションのように感じられる刹那の時。

一夏は剛腕を、斜めから斬り上げるように斬り捨てた。

断面から血は流れない。

想定通り、無人機だ。

 

 

 

「──皆は、俺が守る!!!」

 

 

エネルギー残量が限界になり、零落白夜で展開されていた刀身が消えていく。

完全にそれが消えるよりも先に懐に潜り込み、返す刃でゴーレムを袈裟斬りにする。

 

 

 

 

バチバチと音を立てつつ、ゴーレムは機能を停止した。

バランスを崩しそのまま地面に崩れ落ちていく。

鈴も警戒を怠らずそれを見届ける。

完全にそれは地面に墜落し、すべての機能の完全停止を確認した。

 

 

 

 

エネルギーはもう殆どないが、ギリギリ間に合った。

一夏はゴーレムの落下地点まで降りて確認し、ホッと一安心すると、鈴の方に向き直る。

 

 

 

 

──瞬間、非ロックオン警告が白式より一夏の眼前に映し出される。

 

鈴は一夏よりも早く『それ』に反応していたが、間に合わなかった。

 

 

 

「──すぐ離脱して──一夏!!」

 

 

鈴の声も虚しく、ミサイルとその爆風に一夏は呑まれた。

一夏も一応回避に移ろうとしていたが、新たな敵機の位置もわからず反応も遅れていた。

 

 

「一夏っ!!!」

 

力なく地面に倒れる一夏。

様子からして、ISの絶対防御があった為直撃にはならなかったようだ。

 

鈴は怒りを顕に新たに現れた敵機を睨みつけた。

敵機はゆっくりと上空から降りてくる。

 

 

「やりぃ!大した事ないなぁ。織斑千冬の弟ってのもねぇ?」

 

その機体は濃い紫のバイザーをした、緑色の機体だった。

バイザーのせいで敵の顔は見えないが、無人機でないのはあからさまだ。

 

 

「よく言うわね!ただの不意打ちの癖に──!」

 

鈴は相手に悟らせないように素早く予備動作なしで、龍砲を放った。

 

「へーそう来るかぁ」

 

「!?」

 

しかし、それは敵が手をかざした瞬間現れた『銀色のバリアのようなもの』により呆気なく防がれる。

着弾した筈が、それにより楽々と防がれたのだ。

 

 

「今度はこっちから行くから、ネ!」

 

敵の言葉と共に、敵機のスラスター横からミサイルが数機発射された。

 

「くっ!?」

 

鈴は一夏からそれを遠ざけるように回避しつつ、龍砲で何発か撃ち落としにかかる。

しかし、敵もそれを想定してか1発だけ鈴の背後に回り込ませていた。

 

 

「なっ──」

 

気付いた時にはもう遅い。

1発着弾して、怯んだ隙に他の数発が鈴を襲った。

 

「いっちょ上がりかな?」

 

衝撃砲を散弾仕様で放つにも爆風に巻き込まれる。

顔を真っ青にする鈴を前に、敵機は口元を大きく歪ませその様を眺めていた。

鈴も龍砲で抵抗しようとするが、ミサイルはすぐ近くまで迫っていた。

残りのシールドエネルギーを考慮しても、この数に直撃すればおしまいだ。

──少しでも撃ち落とさないと。

 

 

 

「くっ間に合わなっ────」

 

 

「──いいや、間に合ったな」

 

声とともに、鈴の身体は大きく下方向へ引き寄せられる。

 

「フックショット!?」

 

それと同時にマシンガンの音が聞こえ、眼前のミサイルが爆破。

 

残った1発が鈴を追うが、それに着弾する手前で鈴は浮遊感を感じる。

 

 

「い、今宮!?」

 

 

鈴はすぐに自身が流星に抱き抱えられていると理解した。

流星は鈴を確保すると、そのままサブマシンガンで最後の1発を撃ち爆破させた。

 

流星はそのまま鈴を抱き寄せるようにして、敵機から遠ざける。

その行動のあまりの素早さに反応が遅れていた鈴は、顔を真っ赤にして手で流星の胸を押す。

 

「は、離しなさいよ!?バカ!」

 

「馬鹿暴れるな。傷に響く」

 

「って、あんたその怪我…!」

 

下ろされたところで、彼女は流星の怪我に気付いた。

身体も少しふらつき、その表情からは疲れも見える。

 

流星は鈴の質問に答えることなく、無言で即座にマシンガンの引き金を引いた。

 

敵機は倒れている一夏に向かおうとしていたようだが、即座に踵を返し距離をとる。

 

 

「…せっかく見逃してあげようとしてたのに」

 

 

「見逃す?嘘つけ。漁夫の利を狙いに来た第3勢力の癖に」

 

 

「第3勢力…?アイツはあの無人機とは無関係だってこと!?」

 

 

「想像でしかないけど」

 

「──どうしてそう思った?」

 

 

敵機の言葉に流星は警戒心を緩めることなく答える。

一方で敵機はターゲットを密かに流星達に合わせていた。

 

 

「やり口が雑なんだよ。初めから一夏やそのISが目当てならあの『ゴーレム』ってのを導入してから、援護するなり隙をついて攻撃するなり出来たはず。もし仮にあの無人機が敵味方判別出来ないとしても、お前の一派ならその特性は理解して立ち回れた筈だからな」

 

 

「仰る通りだけどよー、慌てて来た増援って解釈はあってもいいんじゃない?」

 

 

「──貴重なコアを無人機に使う奴らが、焦る状況でISを出し渋る筈もないだろ」

 

 

流星の言葉に、敵機は困ったように頭に手をやった。

心底面倒臭いといった様子で溜息をつく。

 

 

「正解だ、(ウチ)は第3勢力って奴だよ。──これで満足だろ」

 

 

だから、と敵機は言葉を続けた。

 

 

「いい加減寝とけよ?そこで寝てるマヌケと同じようにな!」

 

 

吊り上がる口角。

ミサイルを再度一斉掃射する。

 

流星は迷わずマシンガンを構え再び鈴の前に出る。

薙ぎ払うように連射したが、落としきれないと判断し鈴を抱えて再び飛び上がった。

 

「なっあんた何を──!」

 

再び困惑する鈴。

流星は弾を補充すると再度サブマシンガンをミサイルに向かって放った。

数発ヒットしないと撃墜もままならないが、他の武器より遥かに迎撃に向いている。

 

 

「下手に離れてみろ。ミサイルの狙いが別れて対処し切れなくなる」

 

 

「でも一人あたりの量は減るでしょ!?」

 

 

「馬鹿、お前の方が連射きかないだろうが!」

 

 

「あんたその傷で(あたし)を心配してる場合!?しかも何かいつもより遅くない!?」

 

 

「黙ってろ!」

 

ミサイルを迎撃しながら、流星はミサイルの方向を調整する。

多方向から来るからこそ、対処が難しいのだ。

ならば、一方向からにして対処すればいい。

 

流星は敵機を見据え、サブマシンガンをしまうとグレネードランチャーを構えた。

引き金を引き、ミサイルを撃ち落とすと不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「──ところで一夏をマヌケと言ったが、果たしてどうかな?」

 

 

 

「──なっ!?」

 

 

 

────被ロックオン警告。

その瞬間、蒼い閃光が敵機に直撃した。

 

 

驚いた鈴が視線を横にずらすと、そこにはISを展開しアリーナの物陰から狙撃するセシリアの姿があった。

セシリアは爆煙の中に潜む敵に追撃すべく、ブルーティアーズのビット兵器を送り込み、レーザーを掃射する。

 

 

「流星さん!捉えましたわ!」

 

 

「鈴!今だ、一夏を──」

 

 

「任せなさい!」

 

急な状況の変化にも鈴はすぐに対応する。

国家代表候補生の名は伊達ではなかった。

即座にセシリアとともに追撃する流星から離れ、倒れている一夏の下へ駆けつける。

 

すぐに一夏を抱えると敵機から距離をとるべく後方まで離脱した。

流星とセシリアは攻撃を止めると、すぐに鈴の周囲に移動する。

 

 

「よくこんな不意打ちなんて出来たわね」

 

 

「一夏のお陰だ。一夏がやられる瞬間に敵機が来たってこととその座標を俺達に送ってきたからな」

 

 

「そういうことですわ」

 

 

一夏の判断に、鈴は少し認識を改めた。

彼はやられる瞬間に理解していたのだ。

自身のエネルギーは残り少なく、どの道尽きる。

だからこそ、この状況を伝える選択をした。

即座に反撃に転じられるように───。

 

 

 

 

 

「……てめえら、やってくれるじゃねえか…っ!」

 

 

「!」

 

爆煙が晴れ、現れた敵機は───銀色のバリアのようなものに覆われていた。

球状に広がるそれは敵機全体を包んでいた。

 

緑の装甲には、汚れすら見られない。

 

 

「そんな!?確かに直撃したはず!?」

 

「あの銀色のバリアみたいなののせいね…」

 

敵機を見つつ状況を分析するセシリアと鈴。

敵機は静かにだが、怒りをもってバイザー越しに流星を睨み付けていた。

 

 

「一発目でスラスターを狙撃して破壊して、そこからの連続で射撃を牽制も兼ねて撃ちつつ、織斑一夏の回収…。後は教師の増援を待つってか…?ムカつく野郎だ……!」

 

 

「まさかアレが防がれるとは俺も予想外だけどな…。さてどうする?スラスターを破壊、破損させられなかった以上、お前が逃げるのを止められないが」

 

 

「───本気でムカつくがその通りだ。お前らを倒してソレを回収する事は出来るが、その後の教師連中が面倒だし…。時間をかけすぎた。(ウチ)にも優先すべき目的があるから、今回は退いてやるよ」

 

 

背を向け、撤退する敵機に対しセシリアも鈴も流星も下手に手を出す事はしなかった。

 

流星は見るからにボロボロであり、立っているのもやっと。

そして一夏はISすら纏っていない状態で気を失っている。

 

言葉をかわさずしてこれが最善であると理解していた。

 

 

「何とか、なった、か………っ」

 

 

完全に敵機の姿が見えなくなったところで、地面に居た流星のISが解除された。

そのまま意識を失い、アリーナで倒れ伏す。

 

 

「今宮!?」

 

「流星さん!?」

 

 

静まり返るアリーナで、驚いた鈴とセシリアは流星に駆け寄り声をかける。

 

だが、流星はピクリとも反応しない。

すぐに一夏と流星は、医務室に運び込まれる事になった。

 

 

 

 

 

 

「…ここは?」

 

「いまみー!」

 

流星が目を覚ますと、そこは保健室のベッドの上だった。

保健室と言ってもIS学園のものなだけあり、そこらの病院よりしっかりした病室だ。

その一角で流星は目を覚ました。

彼のすぐ傍に居た本音が、流星が目を覚ました事に反応して詰め寄って来る。

様子からして、見舞いにきてずっと付き添ってくれていたのだろう。

流星は半身を起こす。

 

「本音か。怪我はないな?」

 

「いまみー、もしかして自分の状態に気付いてない?」

 

呆れた様子で本音がジト目で流星を見る。

珍しい光景に少し驚きながらも流星は自身の状態を再確認した。

 

腹部と腕部にグルグルに巻かれた包帯。

おそらく腹部はあの傷だ。

針で縫ったのだろう。

消毒液の臭いと包帯の臭いが流星の鼻腔に届く。

その臭いに嫌悪感を露わにする。

 

 

 

「気付いてなかったんだ」

 

「…まるでミイラ男だな。一夏は無事か?」

 

「…おりむーもまだ意識は戻ってないけど無事だよー。調べて貰ったら、絶対防御が上手いこと機能して衝撃受けて気絶してるだけみたい」

 

何か流星の言葉に思う所があったのか、本音は少し不満そうに答えた。

 

 

「怒ってるのか?」

 

「………いまみーはもう少し、自分の心配をするべきだと思う」

 

「自分の心配、か。怪我の具合も状況もわかってる。止血さえしてしまえば命に別状ないし問題ない。それより他に怪我人は────」

 

「…………」

 

「──ああ、心配かけたな。すまない」

 

本音の無言の怒りを前に、流星は困った様子で謝罪する。

どことなくズレたそれに本音は未だ少し不満を感じつつも、流星のそれが仕方の無いものだと自身に言い聞かせる。

今回の流星に関しては、特に状況が状況だった事もわかっている。

その上で、本音はある言葉を捻り出した。

 

 

「無茶したら、ダメだよ?」

 

 

流星は一人、その言葉を前に目を丸めた。

そこまで心配されたのは初めて──いやいつぶりかと困惑する。

実際に戦ってる時に心配されるのはあったが、戦闘も何もない今に心配されると思わなかったのだ。

 

 

流星はそれにどう答えていいか分からない。

戦闘中やそういった事態の最中なら答えられるが何も無い今、それにどう答えていいかわからない。

 

 

「…気を付けるよ」

 

 

流星はそれ以上の言葉を持ち合わせていなかった。

一瞬の沈黙、だがそれに耐えられなくなった流星は話題を切り替える。

 

「それで、一夏の所へはお見舞い誰が行ってるんだ?」

 

「そうだね。りんりんかなー?皆、いまみーのところにはさっきも来てたんだけどねー」

 

「そうか。ならからかいに行かないと──」

 

と、流星はゆっくりと床に脚を付け、ベッドから立ち上がろうとする。

怪我人である事も安静にしなければいけないことも分かっている為、傷口には一応気を使っていた。

 

傍に置かれていた松葉杖も持ち、立ち上がる。

 

しかし、それは叶わなかった。

 

 

「っ!?力が───」

 

「いまみー!?」

 

力を入れようとした段階で身体の力が入らないことに気付く。

そのまま倒れそうになるところを、本音に受け止められる形で助けられる。

結果、本音に抱きつく姿勢になった。

 

 

「……、ありがとう、助かった」

 

「──い、いいいまみー、力が入らないの!?」

 

「ああ」

 

麻酔の影響でも、傷の影響でもない、と流星は直感した。

倒れる松葉杖を前に、左手を見る。

手が震えており、感覚も曖昧だった。

 

一方で、本音は顔を赤くして俯いていた。

流星はそれどころではなかったため、気がつくことも無い。

 

 

 

「──なんだ、起きていたのか。身体はもういいのか?」

 

 

本音の背後からそう声をかけつつ、千冬が現れた。

 

 

「織斑先生…、そう思ってたんですけどね」

 

「やはり身体への負荷が凄まじかったようだな。これは返しておこう」

 

「…『時雨』!」

 

「解析が終わったのでな。今宮、『黒時雨』について幾つか分かったことがある。聞いておけ」

 

「!」

 

そう言って流星に待機携帯の腕輪となっている『時雨』が渡された。

流星は本音の手を借りて再びベッドに腰を下ろす。

 

 

「まず『黒時雨』だが、あれは2分程しかもたない。身体への負荷も大きく、あの形態へ移行する為の処理も時間がかかる」

 

「織斑先生、あの形態って一体…」

 

 

「布仏、あれは第二次移行(セカンドシフト)ではなく、純粋な強化形態のようなものだ。1回の戦闘中一度のみの強制的な性能の引き上げと見ていいだろう」

 

 

「──あれを実戦投入する分にはどうなんですか?」

 

 

流星の質問を前に、千冬は即答した。

 

 

「使い物にならんな。1分半程しか持たないのも身体への負荷が大きいのもあるが、何より現状で一番の問題は移行への時間だ」

 

 

「移行の処理時間か…」

 

 

「ああ、身体への負担もある程度の慣れと、それ用の鍛錬で多少軽減は出来るようになる。だが移行に時間がかかり、さらには解除後の『時雨』の出力もガタ落ちになる。最悪でも前者をどうにかしない限り、危険を招くだけだ」

 

 

「実戦では使用出来ない、って事ですか?」

 

 

「そうなるな」

 

 

千冬の言葉に、流星は困った様子で頭に手をやる。

その様子を見た千冬は、続ける。

 

 

「続いては質問になるが、お前が破壊した無人機のコアは───コアごと破壊したんだな?」

 

千冬の視線は、真っ直ぐと流星を見据えていた。

その視線を正面から受け止めつつ、流星は返す。

 

 

「はい。必死だったのでコアごと破壊しました」

 

 

「そうか。変な事を聞いてすまなかった。ゆっくり休んでくれ」

 

「ええ、そうします」

 

 

踵を返し、保健室を後にする千冬。

その背を見つめながら、流星は自身の待機形態となっているISに触れる。

 

(───これで、良かったんだよな?)

 

溜息をつくと、流星は力なくベッドに寝転がった。

安心した事によってか、唐突に眠気が襲ってきた為だ。

言葉を発することもままならず、意識を手放そうとする流星。

それを察した本音は布団を綺麗に直すと、静かに微笑んだ。

 

 

 

「──いまみー、おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──夜中、静かに流星は目を覚ました。

窓から差し込む月の光が、ほのかに室内を照らす。

今日は保健室で泊まりで良かったのだろうか、などともはや今から考える意味の無いことを考えつつ、流星は寝返りをうつ。

傷口の麻酔がほんの少し切れていて痛かった。

傷口付近はまだ熱を持っており、嫌な汗が出る。

そのせいで目が覚めたのだろう。

 

 

「あ…起きたんだ…」

 

 

覚醒しつつある意識の中、視界に入る象徴的なツインテール。

声と主である鈴は、流星が目覚めたのを見て顔を覗き込んだ。

 

 

「身体は大丈夫なの?」

 

「疲労の方は少しマシになった。怪我の痛みは今来てるとこだ」

 

「大丈夫じゃないじゃない。馬鹿…」

 

「ああそうですよ。俺は馬鹿です」

 

何処かしおらしい鈴を見て反論する気が失せたのか、流星はそう軽くおどけつつ身体を起こした。

 

 

「ところでこんな時間まで見舞いか?嬉しいが身体に毒だぞ」

 

「…」

 

「鈴?」

 

すぐに反応が返ってこないことに違和感を感じた流星は、鈴の顔を見た。

俯いたその顔は月明かりに照らされ微かに、その頬を伝う涙を映す。

 

 

「その、ね。ここに居るのは見舞いもあるけど寝れなかったからなの」

 

 

「悩んでるのか?」

 

 

「どっちかというともう終わってしまったことよ。その、ね────フラれちゃった……」

 

 

「……」

 

「その、ね。ごめん、って…。(あたし)、自分で気付いてたんだ、一夏の事好きだったけど、実は──っグスッ…」

 

 

声が震えていた。

肩は少し上下し、呼吸も乱れている。

それがどうしようもないもう起きてしまった出来事であると、改めて流星は理解した。

鈴の台詞を待たずして、流星は言葉を投げかけた。

 

 

 

「そうか。──頑張ったな」

 

 

俯く頭を軽く撫で、そのまま下を向かせておく。

泣いてる顔を見せないで済むようだと気付いた時には、鈴は感情を抑えられず泣き出していた。

 

 

この瞬間までずっと耐えていたのだろう。

堰を切ったように溢れ出る涙。

それを止めるすべを流星は知らない。

 

きっと、皆に気を遣って気丈に振舞っていたのだろう。

 

「ねぇ、今宮…。気持ちって変わっちゃうのかな?お父さんとお母さんが仲悪くなったみたいに、消えちゃうのが普通…なのかな?」

 

 

「…日本から中国に戻った理由、か」

 

 

「うん…。あんなに仲が良かったのにね…」

 

 

絞り出すような言葉には、鈴の不安が詰まっていた。

あんなに仲が良かった両親がそうでなくなってしまったのが、鈴にとっては相当堪えたのだろう。

 

 

だからこそ、鈴は変わらない気持ちに執着した。

 

 

それに拘った。

一夏への好意にずっとこだわって、ずっと、ずっと───。

 

それに、おそらく一夏は───。

 

変なところで鋭い奴だと流星は内心悪態をつく。

だが彼もおそらく鈴を思っての行動だと思いたい。

 

 

 

「消えるか変わるのか俺にはわからないけど」

 

 

 

流星は口を開くと、鈴の頭に乗せていた手を退けた。

いつになく優しい口調。

鈴は流星の次の言葉を待つ。

 

 

「変化しないものなんてないだろ。大事なのはその時の気持ちとどう向き合うかだと思う」

 

 

「向き合う…。でもやっぱり消えちゃうってこと…?これだけ想っててもそれだと───」

 

 

虚しいだけじゃない──そう思った鈴に対して流星は少し困ったように頭に手をやる。

 

 

「そう悪いことだけでもないな」

 

 

「え?」

 

 

どことなくいつもの感じで告げる。

 

 

 

「だって、悲しいままなんてのも嫌だろ」

 

 

その言葉に、鈴は目を丸めた。

あっけらかんとして言ってのける流星を前に、何処か馬鹿馬鹿しくなってしまう。

自然と泣きながら笑みをこぼしていた。

 

 

「ふふっ、そうよね。考えたら馬鹿らしくなって来ちゃった」

 

 

「そうだな。考えるだけ…あぁ、無駄だな」

 

 

釣られて流星も笑みを浮かべた。

変わらなければ良かったのに──そう何度も思った事があることは胸の内に秘めておく。

人に諭しておきながら、誰よりも惜しんでいるのは自分だと内心呟いた。

ちくりと痛む気がした。

──本当に変わらなければいけないのは果たして誰か。

 

 

 

「わかった。──(あたし)、前を向く事にする」

 

 

涙を拭いながら、鈴はそう言い顔を上げる。

しかし、すぐに涙は溢れ頬を再び涙が流れ落ちた。

 

 

「──でも、その前にもう少しだけ───」

 

 

深夜の保健室で、静かに啜り泣く少女の声が聞こえた。

少年は一人、その傍らで窓を見つめる。

 

せめて明日は、少女にとって良き一日でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ展開多。

謎の襲撃者に対し、敵の現れた方向などの情報を味方に送った一夏の判断が活きた感じです。
色々展開が少々急かも知れません。








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ツーマンセルトーナメント
-14-


クラス代表戦から一夜明け、場所はIS学園廊下。

朝から日差しが差し込む中、廊下を彷徨く一人の少女がいた。

背丈はそう高くなく、その茶色い髪はキメ細かで手入れも行き届いている。

特徴的なツインテールは、そんな髪を持ちながらも活発なイメージの少女に実に馴染んでいた。

泣き腫らしていた目元はもう普通になっている。

 

そんな少女は、一人何処へ行くかも決めていない足取りで廊下を行く。

時間は早朝。

SHRまでまだまだ時間はあった。

 

 

──はっきり言って少女──凰鈴音は悩んでいた。

 

 

「あー!もうイライラする!」

 

 

その顔は紅潮しており、日差しが差し込んでいない場所でもよくわかる状態であった。

目の下にはクマがあり、寝不足なのも伺える。

 

事の顛末は昨夜に遡る。

一応、立ち直る事は成功した。

だが問題は発生した。

 

寝る前にふと、流星の事を思い出したのが始まりだ。

 

ココ最近全てのやり取りや、無理矢理抱き寄せられ助けられた瞬間、昨夜の事を思い出すと顔が一瞬で茹で上がりそうな程真っ赤になった。

 

そのまま、以前まで一夏で想像していたシュチュエーションが丸々流星に置き換えられて考えられる。

──すぐに、真っ赤になる自身の顔が理解出来た。

 

 

確かに、流星は中学生の悪友と似たような関係にあった。

仲は良かったのだが、まさかここまでしっかり異性として認識している自分がいると思わなかったのだ。

 

自分はフラれたところであり、自身に言い聞かせるように執着していたことを抜いても一夏が好きだったはずだ。

 

だとすれば、この感情は何なのか。

鈴はどこか後ろめたさを感じていた。

 

 

(浮気…?浮気症…ってやつ?)

 

正確にはどちらと付き合っているわけでもなく、ましてやフラれている。

 

また、異性である以上それを意識するのは仕方の無いことであるが、鈴はそれが許せなかった。

 

もやもやは加速する。

あの後、部屋で寝れずに考えていたが答えは出なかったのだ。

もはやどうしようも無いことは自身でも理解していた。

 

ならば直接、流星に会って確かめよう。

そんなことを考えながら、ズンズンと保健室に向かって足を進める。

 

と、そこで背後から声が聞こえた。

 

 

「ってあれ?りんりんだー」

 

 

「りんりん…?もしかして(あたし)の事?」

 

 

「そうだよ〜?もしかしてりんりんもいまみーのお見舞い?」

 

 

振り返るとそこに居たのはのほほんとした雰囲気の少女だった。

袖までぶかぶかの制服はそののほほんとしたイメージを後押ししている。

どう見ても朝に弱そうなその少女に対し、鈴は驚きながらも記憶を辿る。

確かそう、今宮と一緒にいた──。

 

 

「一組の…」

 

「布仏本音。本音でいいよー」

 

「本音、ね。そうね、今から今宮の所に行くところ」

 

「なら一緒に行こ〜」

 

「う、うん。一緒に行きましょうか」

 

 

おっとりした少女に、何故か自身の今の悩みが見抜かれる気がした鈴だが気の所為だろう。

1人で行くつもりだっただけに、鈴の心中は少し複雑だった。

別に本音が邪魔というわけではない。

しかし、昨夜の事もあってか第三者がいるのは少し頂けなかった。

 

 

「っ、らしくないわよ(あたし)

 

 

「りんりんどうしたの?」

 

 

「な、なんでもないわよ!?アハハ…」

 

 

鈴の様子に少し首を傾げる本音。

誤魔化すように、鈴は片手に持っていた缶ジュースを口に含む。

 

廊下を歩いている中、唐突にある事を思い出したように口を開いた。

 

 

「そういえばいまみー、りんりんが好きなタイプって言ってたよね?」

 

 

「ブハッ」

 

 

盛大に噴き出す鈴。

そのままむせ返りそうになるが、なんとか耐えた。

 

 

「どどどうせアレはそういう意味じゃないしょ!」

 

 

その時の状況を思い出しつつ、鈴は顔を真っ赤にする。

それを見て何かを察した本音は、愉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「本当?でもりんりんといまみー、仲良いよねー」

 

 

「そ、そう?」

 

 

「もしかして本当に好みだったりして──」

 

 

「そ、そんなわけないわよ…多分…」

 

 

何とか話題を自身から逸らそうと、鈴は考えを張り巡らせる。

すぐに口が開いていた。

 

 

「そう言えば、本音ってアイツとよく一緒に居るけど──実際ど、どうなのよ?」

 

 

鈴の言葉に本音は少しだけ驚いたように目を丸める。

先程までの空気とは一転して、顎に指を当て真剣に考えている様子だった。

 

 

「──わからない、かな」

 

 

ポツリと出る言葉。

その声色からして、誤魔化している様子はなかった。

鈴はその様子を意外に感じながら、尋ねる。

 

 

「わからないってどういうことよ?」

 

「いまみーの事は確かに大切に思ってるけど……」

 

「それがどういったものかわからない…と?」

 

「うん、そうだよー?りんりんよくわかったね〜」

 

本音の思いを聞き、鈴は溜息をつくと頭を抱えた。

なんて事だ。

自分と近い状況ではないか、などと内心呟く。

 

 

「それで、本音はどう仲良くなったのよ?」

 

 

「いつの間にかそこに居るのが普通になってた、かな?いまみーほっとくとすぐ無茶するから…」

 

 

「確かにそうよね。ほっとくと倒れるまで無茶しそう」

 

 

ボロボロの姿でも、鈴の前に出ていた姿を思い出す。

それだけでなく、普段もひたすら無茶を続けているらしかった。

 

 

と、そんな話をしていると2人は保健室の前に着いた。

会話を中断し、中に入る。

 

そして、流星が寝かされているベッドの付近まで来たところで声が聞こえた。

 

 

「ちょっ!?お前!誰か来たらどうするんだ馬鹿」

 

「大丈夫よ。こんな時間に来ないわよ?そんなことよりお姉さんもう少し感想欲しいな〜」

 

「傷が開くわ、降りろ!」

 

「いやん、そんなとこ触るなんてエッチ」

 

「いいからどけ馬鹿!」

 

 

 

本音は声と流星の反応で犯人を察したのか、どこか諦めたような声を漏らしていた。

一方、鈴は無言で仕切りのカーテンまで近付くと勢いよくそれを開いた。

 

 

「「あ」」

 

 

目に入ってきた光景を前に、鈴の思考が止まった。

上半身裸の流星と、それに馬乗りになっているナース姿の水色の髪の少女。

ナース姿の少女の胸元は大きく開けており、そこからは豊満なものが顔を大きく覗かせていた。

 

 

口を半開きにして驚く2人を前に、鈴の思考は停止から一転──即座に行動に移った。

 

 

「殺そう!」

 

 

甲龍の腕だけを部分展開。

 

「トドメ刺しに来たのかよ!?」

 

流星のツッコミなど聞かずに、その拳を握り締め振るった。

 

 

「ここで流星くんにトドメ刺されるとお姉さん困っちゃうなー」

 

 

だがそれはナース服の少女──楯無によって阻止された。

あっさりと潜り込み、いつの間にか鈴の首筋に扇子をあてている。

 

「っ!?」

 

部分展開を解除する鈴。

楯無はそれを見ると笑顔を浮かべ、扇子を自身の口元で開く。

扇子には素直と書かれていた。

 

 

「うんうん、話のわかる子は好きよ?流星くん、これ貸しだからね?」

 

 

「そうだな。発端お前だからこれは俺からの貸しだ、ツケといてやるから今すぐ帰れ」

 

 

「仕方ないわね。こうなったら身体で払うしか」

 

 

「脱がなくていい。脱ぐな!また同じこと繰り返す気か!」

 

 

「ちぇっ、仕方ない」

 

 

流星の言葉に楯無は口を尖らせながらベッドから降りる。

 

 

「じゃあねー、ごゆっくり」

 

 

そのまま背を向け、満足したのか愉しげに去っていった。

楯無が去ったのを確認すると、流星は患者服をしっかりと着直した。

 

 

「何かどっと疲れたわね…。あれ何者よ?」

 

 

「この学園の秩序」

 

 

流星の言葉に鈴は意味がわからないと首を傾げた。

むしろアレは乱す側だろう、と心の中で呟く。

流星も本音も鈴の胸中を察したのか、苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

「ところでいまみー、身体は大丈夫?」

 

 

「あぁ、鎮痛剤の効果もあって痛みはほぼない。最先端技術の医療用ナノマシン?とかを使ってるから治りは早いらしい。今のところは多少力が入らないのと傷の都合で絶対安静ってだけだな」

 

 

「だけって……駄目だよいまみー。暫く特訓禁止ー」

 

 

「流石に今日はしないって」

 

 

「今日は?今日はって言ったわよねこのバカ。本音、コイツここに縛り付けといた方が良いんじゃない?」

 

 

「その方が良いかもね〜」

 

 

謎の威圧感を放つ本音に流星は顔を引き攣らせた。

2人して何かこそこそ話し合っている。

 

まさか、本当に縛り上げる気か。

 

一方で鈴が普段通りに話していることに気付き、流星は内心安心する。

 

 

「ん?何よ人の顔じっと見て」

 

 

「あー、いやなんでもない」

 

 

首を傾げる鈴。

流星も下手に言及する事は避けたかったのか、何でもない様子で話を切り出す。

 

 

「とりあえずSHRには間に合わないけど、1時間目の授業からは出るから…」

 

 

「いまみー?」

 

 

「──大丈夫、身体に関しては絶対安静にする。だから怒るな怒るな」

 

 

「はあ、あんた今日ぐらい休んだらいいのに。一時間目って確か1組と2組の合同演習よね?」

 

 

「そうだよー」

 

 

「俺は見学だけどな」

 

 

「当然でしょ馬鹿」

 

 

そこまで言葉をかわすと、鈴と本音は時間を見て顔を見合わせた。

流星も時間を察し、二人に教室へ戻るよう促す。

 

 

その言葉をうけて保健室を2人は去っていった。

鈴は当初の目的など、完全に頭から抜けていた。

 

 

流星は去っていく2人を見送ると、後ろに振り向かずに声だけ投げかけた。

 

 

「鈴なら行ったぞ」

 

 

「お、おう」

 

 

後ろの仕切りのカーテンをめくり、現れたのは制服姿の織斑一夏。

彼は流星と違い昨日のうちに普通に寮に戻っていた。

 

どこか気まずそうな顔をしている一夏を見て、流星は困ったように尋ねる。

 

 

「お前がそうしたんだろ」

 

 

「いや、そのほらやっぱり顔合わせづらくてな。って流星知ってたのか?」

 

 

「耳は早くてね。で──?どうしてフッたんだお前」

 

 

「…違うと、思ったんだ」

 

 

「違う?何が」

 

 

「俺自身そういう気持ちがわからないから偉そうには言えないんだけど、鈴のあれは何か変わらないことに執着してるだけに感じたんだ」

 

 

「…」

 

 

「だからその好意は、何か違うんだよ。鈴がそれに囚われてる気もして…ごめん、他にいい言葉が見つからない」

 

 

「それは鈴にも言ったのか?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

流星は一夏の言葉を聞いて、少しだけ納得する。

あの鈴の反応もあの言葉も。

 

 

ここで、脳裏に別の事が浮かぶ。

 

だとすれば、篠ノ之箒はどうなるのだろうか。

変わらないものなどないが、変わらなかったものである可能性は無きにしも非ず。

彼女のアレもただの執着にも見えるが果たして──。

そこまで考えたところで、流星は箒の事など殆ど知らないからと考えることを止めた。

 

 

 

ふと思い出したようにだけ、流星は口を開く。

わざとらしく。

鈴を泣かせた一夏へのちょっとした意地悪。

 

「────そういや、お前。時間大丈夫なのか」

 

──次の瞬間、保健室を爆速で飛び出す影があった。

 

 

 

 

 

 

「ほう?お前は見舞いを言い訳にする訳か」

 

 

「い、いやその言い訳にするつもりは無くてだな…!」

 

 

「教師には敬語を使え馬鹿者」

 

 

朝から凄まじい音と共に振るわれる出席簿。

その一撃を受けた一夏はフラフラとした足取りで自身の席へ着席する。

千冬のファンが多い一組と言えど、あの凄まじい出席簿を前にはその様子に無駄口を挟める人物はいなかった。

 

 

 

真耶により着実に進められていくSHR。

 

──相変わらず基本は山田先生に任せっきりだなぁ千冬姉。

などと一夏はお知らせなどの話を聞きながら1人考える。

──家事は丸っきしダメだったが、今は大丈夫だろうか。

──部屋とか散らかってないかな。

自身の姉の生活態度について考えていた一夏は完全に自分の世界に入ってしまっていた。

だが、真耶の次の言葉で現実に引き戻されることになる。

 

 

「──それでは転入生のお二人に入ってきて貰いますね」

 

 

──転入生!?

と、そこで微かに教室がザワついていることにも気が付いた。

気になるのも仕方がないと思ったのか、千冬もそれは許容しているようだった。

 

 

教室の前の扉が開く。

入ってきた2人は金髪と銀髪コンビ。

片方の制服は男物の…──男!?

 

 

「シャルル・デュノアです。僕と同じ境遇の人が居ると聞いてやって来ました。これからよろしくお願いします」

 

 

男!?金髪美少年!?

などと、一瞬にしてクラス中が湧き上がる。

千冬は少し頭を抑え呆れていたが、すぐに注意すると静まり返った。

視線を銀髪の小柄な少女に向け、指示を送る。

 

 

「ボーデヴィッヒ。挨拶をしろ」

 

 

「はい。教官」

 

 

眼帯をしたその少女は千冬の言葉を受けると、姿勢を正す。

まるで軍の号令をかけられたかのように見事な『気を付け』をした後、少女は厳格な様子で告げる。

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 

(…随分あっさりだなぁ。ん?千冬姉を教官って言ってたってことは…)

 

 

自身の座席に向かう転入生2人。

一夏がラウラの放った教官というワードに気を取られている中、気付けば当の本人であるラウラは一夏の目の前に立っていた。

 

 

「貴様がっ…!」

 

 

何か用かと尋ねようと考えた一夏の考えは一瞬で消えてなくなった。

ハッキリとわかるような怒りを向けられていると、ラウラの表情を見て一夏は理解した。

 

 

──その瞬間、一夏は頬をぶたれていた。

 

 

「認めん。貴様が教官の弟である事など認めん!」

 

 

それは、先程までのラウラのイメージから掛け離れた剥き出しの感情そのものだった。

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、グラウンド。

一組と二組の合同演習のため、一夏達は着替え終え整列して指示を待っていた。

シャルル・デュノアを連れて更衣室に向かう最中、転校生の噂を聞きつけ女子が待ち伏せしていて大変だった等、一夏の苦労は絶えなかった。

 

そんな中、流星は一人制服姿で壁に寄りかかって見学していた。

片手には松葉杖を持っており、そんな姿勢が許されている理由も納得出来る。

 

前に呼び出される鈴とセシリア。

どうやら2人を使って模擬戦を行うようで、他の生徒は各自散らばって見学という事になった。

 

最初やる気が無さそうだった2人だが、千冬に何か囁かれると一転してノリノリになっている。

流星はそれを見つつ、真耶が居ないことに気がついた。

同時に、空から何か落ちてくる。

 

それはラファールを纏った真耶であり、真下に居た一夏の驚きの声が上がった。

そして発生する不慮の事故、もといお約束。

真耶の豊満なものに包まれた一夏はそれを押しのけようと触れてしまう。

 

真耶も満更ではないようで、照れているだけであり強く拒絶はしなかった。

 

それを見たセシリアと箒が黒い嫉妬の炎を燃やす。

飛び交うレーザー、投擲される武器。

鈴も吹っ切れてはいるが、昨日の今日ではやはり気分のいいものではなかったらしく、不機嫌そうだ。

 

 

そんな諸々からの一夏への攻撃をあっさりと真耶は防ぎきった。

一夏の命が失われずに済んだ瞬間である。

 

その高い技量を垣間見た流星は目を丸める。

そこで流星は思い出した。

真耶は千冬が国家代表の時の国家代表候補生であった事に。

 

 

そうとは気付かず、鈴とセシリアはまんまと千冬の口車に乗せられ真耶と戦うことになった。

空中で2対1の模擬戦が始まろうとする中、一夏が観戦を共にしようと考えたのかこちらへやってくる。

 

 

「そんな身体の時くらい、休めばいいのに」

 

 

呆れたような声色でそう話す一夏に、流星は両手を広げて見せる。

 

 

「休んでるだろ?この通り」

 

「そういう所だぞ、のほほんさんに怒られるの」

 

「何故本音の名前がそこで出てくる」

 

と、会話しているうちに模擬戦が始まり2人の意識は上空に向けられた。

開始の合図と共に颯爽と空中を駆る3人。

鈴とセシリアは開幕から己の力をぶつけるべく、速攻をしかけた。

 

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「山田先生。賭けるか?」

 

「よし!昼ご飯をだ!」

 

「威勢が良いな。なら俺はデザートもレイズだ」

 

「…やっぱりやめとく」

 

流星はこっそりとISを部分展開し、真耶の立ち回りや視線の向け方を調べていた。

扱っている機体はラファール。

フランスのデュノア社の第2世代型量産機。

その機体については千冬が現在進行形でシャルルに説明させているが、流星は気にもとめていない。

 

 

真耶の洗練された戦闘は見事と言う他なかった。

セシリアのビットや狙撃を誘発しながら、鈴との間合いをコントロールしている。

鈴に近付かせるタイミングとセシリアの援護、そのリズムを的確に崩し自分のものにしつつ射撃と近接戦闘を上手く捌いていた。

圧倒的に劣るはずの手数や特殊な武装持たずして、逆に2人を圧倒していた。

 

バカスカ龍砲を放つ鈴、誘導されているセシリア。

徐々に冷静さを失い、また完全に立ち回りを崩された2人は空中で激突した。

 

真耶はその隙を見逃さず、追撃を加える。

 

激しい爆発が起こった。

同時に鈴とセシリアは2人仲良くグラウンドに叩き付けられる。

 

短い決着だったのは言うまでもなかった。

 

2人とも怪我はないらしく、グラウンドに出来たクレーターの中で2人仲良く喧嘩している。

負けず嫌いが悪い方向で作用しているようだが、放置しておくに限るだろう。

他の生徒は真耶の実力を前に、呆然としていた。

かくいう一夏も例外ではなく、ぽかんと間抜けな表情で固まっていた。

 

 

「山田先生は元代表候補生だ。諸君らもこれで教員の実力を理解しただろう。これからはより一層敬うように!」

 

「とはいっても代表候補生止まりでしたけどね」

 

自虐気味にそう言いつつ、真耶は苦笑いを浮かべる。

あれ程の技量を持ってしても驕った様子は見られない。

それほど千冬がとんでもないレベルだったのか、それともそういう性格であるだけなのかは流星はわからなかった。

 

そうしている内に、千冬の指示が聞こえた。

 

専用機持ちを中心に、各訓練機を使用する実習のようだ。

 

 

互いに理解を深める為、効率よく進めるための双方だろう。

流星の横に居た一夏も呼び出され、前に出ていった。

 

我関せずな態度で壁にもたれかかっていた流星の方へ千冬は声をかける。

 

 

「そこでISのセンサーを部分展開している馬鹿も来い」

 

 

「はい?」

 

 

「どうせ見学はするのだろう?なら教えるくらい参加しても問題あるまい」

 

 

「…おかしいな、俺怪我人のはずなんだけど」

 

 

無断でISを部分展開していたのは事実、流星は諦めた様子で前に出ていった。

内心、千冬がどう見破ったのか考えていたが結局答えは出なかった。

 

 

「それでは各自均等に別れろ」

 

 

千冬の声と共に生徒が散らばる。

殆どの生徒が一夏と流星の下に最初は来たが、千冬の注意でそれは散り散りになる。

元々上昇志向の強い生徒達や各々の仲良しの生徒達は専用機持ちに集まり、その他は珍しい男性操縦者の方へ集まっているようだ。

 

特にシャルルはその双方を兼ね備えており、集まった生徒の数はダントツだった。

専用機持ちの各々が教え始める中、流星は訓練機である『打鉄』に触れる。

そのまま一通りの確認を行い、仕様や安全性を確認すると離れた。

 

 

「問題なさそうだし、とっとと始めよう。そうだな、まずは───」

 

 

「はいはーい!出席番号1番、相川清香!ハンドボール部所属、趣味はスポーツ観戦とジョギングです!よろしくお願いしまーす!」

 

 

「……一体なんのよろしくお願いしますなんだ」

 

唐突なショートの髪の少女からの自己紹介と握手に流星は頭を抱えた。

その健康的な体と明るそうな雰囲気通り活発なタイプのようだ。

 

流星はそのまま指導する形で相川をISへ搭乗させる。

 

 

「歩行は…そうだな、最初は目を瞑ろうか」

 

 

「え?目を瞑るの?」

 

 

「立ってる感覚をはっきりと覚えて」

 

 

流星の言葉通り、相川は目を瞑った。

5秒ほど待った後、流星は再び声をかける。

 

 

「よし、次は歩くイメージをしてくれ。目を瞑ったままだぞ」

 

「わ、わかった!」

 

「──じゃあ歩いてくれ。目は開けるなよ」

 

「えっ!?このまま!?こけない?」

 

「平坦だから大丈夫だ。それに止まる時は合図するから」

 

「や、やってみる!」

 

恐る恐る歩き出す相川。

流星はそれを見ながら彼女に賛辞を送った。

2歩目からは緊張が解けたのか、淡々と数歩歩いてみせる。

 

 

「上手いな。じゃあ交代しよう。このペースなら2周目も行けそうだ」

 

 

「今宮くんありがとう!ここに並んでよかったぁ!」

 

 

「待て待て、降り方なんだけど───そのまま降りちゃったか」

 

 

降り方を指導しようとした流星だが、相川はそれを待たずにすぐに降りてしまった。

訓練機の場合、屈んでから降りないと次に乗る時に登る必要が出てくる。

 

すぐに声が聞こえ、流星が振り返ると一夏の班でも同様の現象が起きていた。

 

流星の班が始めたタイミングが遅かった事もあり、他の班の何人目かが終わったタイミングと重なったようだ。

 

 

一夏は大人しくISでお姫様抱っこして次の人間を乗せているらしく、その光景に歓声が上がる。

順番的に次点は箒だったらしく、満更でもない表情でどこか嬉しそうに運ばれる箒を見て流星は苦笑いを浮かべる。

 

 

「いまみー、こっちもお願いー」

 

 

「怪我人に何要求してんだテメェ」

 

 

振り返るとそこには笑みを浮かべた状態の本音がISスーツの状態で立っていた。

普段はダボダボの服や、着ぐるみパジャマなどで隠れているものの主張が激しい。

普段とのギャップに目を逸らしたくなる流星だが、視線を外そうとしたところで遠くの千冬と目が合う。

 

視線が全て物語っていた────いいから早くやれ、と。

 

 

「確かに運ぶ程度平気だが…」

 

 

「いまみーはどうせ何かする気だったでしょ?」

 

 

「そんな訳ないだろ」

 

 

「IS展開して調子確認ぐらいはする気だったでしょ?」

 

 

「はいはい。運べばいいんだろお嬢様」

 

 

流星は渋々ISを展開すると本音を抱き上げ、打鉄に乗せた。

本音の言葉を要約するなら、この機会に軽い確認ぐらいはしておけということらしい。

 

パラメータだけこっそりバイザーに投影し、自身の機体の稼働状況だけ目を通す。

特に異常は見られなかった。

 

何か凄まじい敵意を向けられている気がしたが、流星は気のせいだと自身に言い聞かせた。

 

 

「今度はしっかり手順踏んで降りるようにな。やらなかったらよじ登らせるぞ」

 

流星の言葉に色々企んでいた女子達は不満そうに返事をする。

少し不満が出ていたが、松葉杖を強調すると流石に皆諦めたようだ。

そのまま順調に演習は続き、気が付くと何処の班よりも早く2周目に入っていた。

 

疑問に思った流星はチラリとドイツ軍から来たというラウラの方を見る。

 

「うわぁ…」

 

思わず声が洩れた。

どうやらスパルタ仕様らしく、全員が既に疲弊していたたからだ。

順番待ちの間にもメニューを与えており、演習の趣旨とは少し離れたものになっていた。

ただ罵倒しようとスパルタであろうと、やる気のありそうな者には不器用であろうともきっちり向き合っていることだけはわかる。

悪い奴ではなさそうだが、と流星は渋い顔をする。

 

──何故か、ラウラは何処と無くイライラしているようにも見える。

触らぬ神に祟りなし。

流星は自身の班へ視線を戻した。

 

 

 

順調に授業は進み、特に何事もなく演習は無事終了する。

 

 

1人制服姿の流星を除き、皆は次の授業までに着替えようと足早にグラウンドを去っていく。

 

もちろん、更衣室の位置の都合で特に急がねばならない一夏とシャルルは既に居ない。

特に着替える必要もない流星は、松葉杖をつきながらゆっくりとグラウンドを後にしようとした。

 

 

「お前が、今宮流星だな?」

 

背後から声をかけられ、振り返るとそこに居たのは銀髪の小柄な少女だ。

 

 

「ああ、合ってる…。えーっと、そっちは確かドイツの軍人様…だったよな?」

 

「ラウラでいい…。少年兵や傭兵をやっていたことがあるらしいな?」

 

こちらを見定めるようにしながら、そう尋ねてくるラウラ。

流星は困った様子で返す。

 

 

「……まあそうだけど、俺に何の用だ?」

 

「なに、戦場を知っているお前がどういう人間か気になっただけだ」

 

「…俺?」

 

流星はラウラの言葉に首を傾げる。

ラウラはその力強い瞳で流星を見る。

 

「あの地域の戦場を生き残ったというからこそ、期待していたが…少し違ったな」

 

「期待外れか?」

 

「いや?期待していたものでは無いが、兵士としては目を見張るものがある。どうだ?我がドイツ軍に来ないか?」

 

仏頂面のまま淡々と話を続けるラウラを前に、流星は頭をかく。

どうもやりづらいといった様子で流星は応じていた。

 

「唐突だな。俺に声をかけるってドイツの軍人サマは頭でも打ったのか?」

 

「ほう、その物言い。やはり軍人は嫌いか」

 

「ああ、大嫌いだ」

 

嫌悪感を表に出す流星にラウラは特に驚いた様子は見られなかった。

その程度の調査は済んでいたのだろう、流星もそう理解する。

少し冷静になると、いつもの様子で続ける。

 

「───それに、もう戦場やそういう荒事に自分から首を突っ込む気は無いんだ」

 

「ならばその怪我はどういう事だ?」

 

ラウラは不思議そうに流星の身体を指さす。

当然、先日の無人機の件も知っているのだろう。

 

「…自衛の為なら戦うしかないだろ。痛くても怖くても」

 

「随分と弱気な発言だな。強い者が吐く言葉ではない」

 

「…強者なもんか。俺は弱者だからここにいる」

 

流星とラウラはどちらからともなく、歩き始めた。

向かう先は勿論教室。

2人並んでグランドを歩きながら、会話を続ける。

 

「で、何であんな不機嫌だったんだ?」

 

流星は疑問に思っていた事を口に出す。

ラウラの表情が険しいものになる。

 

「ここに居る者達は気に食わん。大半がISをファッションか何かと勘違いしている」

 

「ISは兵器だって言いたいのか?」

 

「無論だ」

 

「いいじゃないか、平和で」

 

兵器なんて、あんなもの知らなくてもいい。そう考える流星。

確かにISを兵器として使おうと各国が陰で動いている。

ISの開発競走もまた一種の戦争なのだろう。

だが、わざわざそれを理解する必要は無い。

 

IS学園に通う生徒も、戦闘員になる為に来た訳ではないのだから。

 

いつかその意味も風化して仕舞えばいい、なんて楽観的な考えだ。

 

一方でラウラはそう考えていない。

下らないと吐き捨てる。

話が平行線になるのは必然だった。

 

「───ふん、怪我が無ければ貴様のその性根を叩き直せたのだがな」

 

「───へぇ、怪我も考慮してくれるとは優しいな、軍人サマ」

 

その言葉に、ラウラは好戦的な笑みを浮かべる。

赤色の瞳が流星を捉える。

唐突にラウラは足を止めた。

 

「ほう、ここで叩きのめして欲しいか」

 

二人の間に険悪な空気が流れる。

ラウラは仕掛ける気で居ると流星も理解している為か、場はピリピリと緊張感が支配していた。

 

 

 

「───そこまでだ、そこから喧嘩してみろ。どうなるかわかっているな?」

 

「!織斑先生」

 

「!教官」

 

 

そんな一発触発の状態にわって入ったのは織斑千冬だった。

教官と呼んでいる千冬ということもあってか、ラウラはあっさりと引き下がる。

流星はその様子を見ながら理解した。

この少女の価値観には、織斑千冬が関係している。

 

「ボーデヴィッヒ、怪我人相手に何をしようとしていた?それに、そもそもお前達はクラスメイトだ。そのような喧嘩の仕方をするものではない」

 

「はっ!」

 

「今宮、お前も無闇に煽るな。良いな?」

 

「…わかりました」

 

千冬は渋々と返事した流星に向き直ると、溜息をついた。

 

「まあいい。私は今宮に用があって探していた。ボーデヴィッヒ、先に教室に戻っておけ」

 

「わかりました教官。では失礼します」

 

「…ここでは織斑先生だ」

 

千冬の言葉を受け、ラウラは即座に教室に戻るよう動き出す。

さっきまでとはスイッチが切り替わったように動くラウラに驚きつつ、流星は千冬に問いかける。

 

 

「用って言うのは?」

 

「その前に身体の調子はどうだ?」

 

「悪くないですね。治療技術が高いのと傷口がそう動かさない場所なんで楽です」

 

「ふむ、ならばなにか違和感は?」

 

改めて尋ねられた質問に流星は眉を顰める。

おそらく、用というのは何かしら流星の身体に関係あるのだろうか。

 

「強いて言うなら、──楽すぎる、ですかね。こうやって怪我中にある程度動くのは慣れてるはずなのに体調が安定している気がします」

 

流星の言葉に千冬は納得したように頷く。

 

「なるほどな。用というのはそれに関与した事だ。───お前のISが一時的に生体補助機能のような物を獲得し発動していると解析の結果分かった」

 

「生体…補助」

 

「怪我の治りや体調が良くなるようIS側が調整している、というくらいの認識でいい」

 

「理由は分かりましたけど、それってどれくらい信用出来るものなんですか?」

 

脳裏に浮かぶは白い髪の少女。

おそらく、あの戦闘を経て何かしらの機能を得ているのかもしれない。

改めて、ISの異質さを流星は認識する。

 

 

「緊急時は気休め程度、治療を受けた後に治りが早くなる方が恩恵としては意識出来るだろう。今現在は苦痛を和らげているというのが正しいところだ」

 

「…色々と納得出来た気がします」

 

「なら良い。だがくれぐれも安静にしろ。万が一があってはこちらが困る」

 

呆れ返った様子で千冬は肩を竦めている。

 

「休む時は休むべきとお前自身が一番分かっているだろうに───いや、そのギリギリのラインを熟知しているからこそこうなる、か」

 

「?」

 

「まあいい。これを機に無駄な時間を少しだけ増やしてみることだな。お前はどこか生き急いでいる部分がある」

 

「…十分休んでますし、特になにもしてない時間もありますよ?」

 

流星は少し不快そうな声色で返す。

千冬は教師で、善意で流星を気にかけているのもわかっている。

しかし、その見透かしたような発言はあまり得意ではない。

 

何処か休憩らしい休憩とばかりにセシリアに紅茶の淹れ方を教わったりしているのも千冬は知っている。

別にそれは何事にも勤勉なだけと評価する部分の筈だ。

 

だが千冬には、それに隠れた何かが気になって仕方がない。

欲から来るものというよりは、何かに引き摺られている印象を受ける。

 

まるで『停滞する』ことを拒むような。

何かここに居る意味を求めているような。

 

言葉にしようとしたが、千冬はそれを飲み込む。

極偶に見せる興味や、楽しいものをもっと覚えるべきなのだろうことも。

 

「…そうだな。私の勘違いだったようだ」

 

「…先に教室に戻ってます」

 

「ああ」

 

千冬はあっさりと自身の言葉を訂正しつつ、教室へ戻る流星の背に視線を戻す。

溜息をつきつつ、その後ろ姿を自身の銀髪の生徒と重ねてみていた。

 

「全く、手のかかる生徒ばかりだ」

 

呟きは誰にも聞こえず、空気に溶けていくようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




生体補助機能を獲得している時雨。
しかし白式程のものでも無く、本当に些細なもの。

学園の生徒に対する考えはラウラの方が現実的。
流星はラウラが嫌いなのではなく、軍人というものが好かないだけ。








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-15-

「へー、あんたも早速転校生と仲悪くなったわけね」

 

「悪くなった…訳では無いけど…」

 

「何よ、あった事聞いてるだけなのに、どう聞いても険悪にしか聞こえないけど?」

 

鈴の言葉に、流星は渋い顔をする。

右手に持ったスパナをクルクルと掌の上で回しながら流星は視線を目の前に戻した。

場所は整備室の一角。

放課後になって流星は自身の機体を調整しに来ていたのだった。

 

機体には特に異常は無かったが、細部やパーツ自体の点検も兼ねている。

調整のメインはもちろん、武装ではあった。

 

もちろん、千冬との会話の事は鈴には話していない。

 

 

「…しかし、なんで鈴はここに居る?」

 

「どっかの怪我人が参考書もなく、フラフラと整備室に向かってるのが見えたからね」

 

「お前、暇なんだな」

 

「何よ、人が心配でついて来たのに」

 

不満げにする鈴は作業をする流星を眺めつつ、感心した様子で呟く。

 

「あんたって結構機体弄り慣れてるわよね?」

 

視線の先にいる流星は、ちゃっかり作業着に着替えている。

IS学園では制服のまま作業する人間が多い中、流星は貴重だった。

ISは他の機械と違い、弄っていてもそう汚れる事がなかったりするのも一因だ。

 

 

「ここに入ってからひたすら弄ってたのもあるからな。それに俺のISは企業に調整してもらう訳じゃないし」

 

「大変ね。わざわざ今日にしなくてもいいのに。それに片手だとやりにくいでしょ?」

 

「今日やっておきたかったんだよ」

 

「多忙ねぇ。あんた、いつも何かしてるイメージあるわよ」

 

その言葉により、流星の脳裏を千冬との会話が過ぎる。

だが、すぐに流星はそれを振り払うと鈴の言葉に応じた。

 

「休む時は休んでるだろ。今だってほらそこ」

 

鈴は流星が指指した方を見て、近くにケトルがある事に気付いた。

 

 

「…あんた整備室で何お湯沸かしてるのよ」

 

「休憩に珈琲でも飲もうかと思ってな」

 

「もはやここ今宮の部屋みたいになってない?」

 

呆れた様子の鈴は近くにカップが2つ用意されている事に気が付く。

部屋にあったものとは別に、此方で使用する分を用意しているのだろう。

部屋では彼はそもそも紅茶を入れていたと鈴は思い出す。

 

 

「流石にそれはないな」

 

「そうかしら」

 

会話しつつ、流星も休憩に珈琲を淹れる。

とはいってもインスタントのものだ。

特にそこらへん2人ともこだわりはないらしい。

 

「!」

 

と、そこで整備室の扉が開いた。

一瞬教員か誰かではないかと鈴は驚いたが、その顔を見て安堵の息を漏らす。

流星はこの時間に来る人間を把握していたのか、落ち着いた様子であった。

 

整備室を訪れた主である簪は流星の姿を見て唖然としていた。

 

 

「今宮、君…?もう大丈夫…なの?」

 

「見ての通りだ。特に運動以外は何ともない」

 

──どこが大丈夫なのだろうか。

簪は流星の姿を見て困惑する。

服の上からでもわかる包帯に、近くにある松葉杖。

何より簪は流星の怪我を間近で見ていた為、怪我の度合いが分からないわけがない。

真横で珈琲を飲んでいた鈴も目を丸めて流星の発言に驚いている。

 

 

「簪も珈琲いるか?」

 

「今日はいい…」

 

簪は誘いを断りつつ、自身の機体を目の前のスペースに展開する。

すぐに目の前に投影ディスプレイも映し出し、データを表示した。

始まる作業を前に、鈴は珈琲を半分程飲み干し声をかける。

 

 

「簪、調子はどうなの?」

 

「えっと、制御のプログラムが全然…かな?」

 

「ふーん、どれくらいかかりそうなのよ?」

 

「凰さ───」

「──鈴。こっちも前から簪って呼んでるんだからいい加減鈴でいいわよ」

 

「り、鈴はどうして私の機体を気にしてるの?」

 

簪の言葉に、鈴はハッとしたように目をぱちくりさせた。

最近流星や簪と整備室に居た事が普通になっていた為、自然と簪の機体にも意識が行くようになっていたのだ。

1人で作り上げようとするなんて大変なのに。

──そう思っていたのだが、黙々と作業をする簪を見ていると出来上がる機体に楽しみが生まれて来ていた。

 

流星は鈴と簪の会話の様子を見ながら、すっかり2人とも慣れたなぁ等呑気に考えている。

 

実際、簪も鈴への抵抗は幾分か少なくなっていた。

姉や本音達とも違う、サバサバしていてアウトドアな感じの鈴に苦手意識が少なからずあった。

しかし、何だかんだ鈴が面倒見が良いタイプである事もあり互いの性格を理解しつつあった。

 

鈴は顎に手を当て、少しだけ考え込む。

すぐに簪に向き直った。

 

 

「んー、やっぱり簪と試合してみたいのもあるのよね」

 

「私と?」

 

「うん、簪がどんな武器でどう戦うか興味もあるし!」

 

鈴の言葉に簪は目を丸めた。

早く完成させなければという焦りはずっとあった。

しかし、それは姉への対抗意識から来ていたものもある。

だからこそ、完成させる目標たり得るその言葉は簪には新鮮だった。

 

 

「──なぁ、簪」

 

そんな中、流星は簪に声をかける。

簪は突然流星に話し掛けられたことに驚きつつ振り向く。

流星は簪の返事を待たずに本題に入った。

 

 

「その専用機の開発、俺も手伝っていいか────?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

その言葉に簪はとっさに返せなかった。

会話しながらISに割いていた思考が停止する。

困惑の色を隠せず、流星の方に向き直ってしまった。

 

簪がどうして1人で作り上げようとしているか、流星は知っている筈だ。

彼はそもそも自身からこちらへ踏み込んでくる事は一切無かった。

なのに、わざわざ自身から踏み込みつつそのような提案をしてきた。

その事実に、簪は彼の意図を考えようとする。

 

 

「…お姉ちゃんに、何か頼まれたの?」

 

違うと分かっているのに、声に出して聞いてしまった。

意地の悪い質問だと理解している。

しかし、簪自身流星のその申し出に姉が関与しているとしか思えなかった。

 

 

「違うな。更識楯無は関与していない。ちなみに本音もだ」

 

真っ向から簪の予想を否定し、流星は簪を見据える。

一切簪の質問を気にしている様子はなく、いつもの様子だ。

───益々わからない。

 

 

「…どうして?」

 

絞り出すように簪は尋ねる。

 

 

「どうしてってそりゃあ勉強の為だよ」

 

「で、でも今宮君は既に専用機が…」

 

「俺が作ったわけじゃない。それにこいつのメンテナンスの為にもなる」

 

何より、と一段落置いて流星は続ける。

 

 

「────俺も簪と戦ってみたい」

 

手伝うのは簪の為でもなんでもなく、己の為。

それを一貫する流星に簪はどこかホッとする。

哀れんで手を差し伸べたのでもなく、誰かに頼まれたわけでもない。

あくまで己の都合での頼み事。

それが本心かどうか自体は生まれもあり、それなりだが簪は見抜く自信がある。

 

嘘ではなさそうだった。

 

 

「…」

 

ここで簪の脳裏を過ぎるは、姉が一人でISを完成させたという噂。

この話を受け入れてしまえば、自分一人で完成させたことにはならない。

だが、このままでも停滞は目に見えていた。

完成しない事はないだろうが、時間がかかり過ぎるのは察している。

 

 

「……」

 

それではいけない事など、とっくに理解している。

流星がその部分に触れてこないのは、無意識かはたまた分かりきっている事だからかはわからない。

 

考え込む簪を前に流星は沈黙を貫く。

何か言いたげな鈴も言及することを避けていた。

 

こればかりは、自身で判断する他ない。

葛藤はあった。

積もり積もったものと、この状況を良しとしない双方の感情。

 

──自分は、どうしたい?

 

 

「今宮君」

 

「…答えが出た…って顔だな」

 

「うん、決めた」

 

ハキハキと答える簪は改めて流星と鈴に歩み寄る。

少しだけ息を吸い、勇気をもって答えを告げる。

 

 

「今宮君、そしてよければ鈴も───て、手伝って欲しい…」

 

 

瞬間、流星は珈琲を片付け何故か既に簪の隣に居た。

 

 

 

「──────じゃあ早速プログラム見せられるとこ見せてくれ。鈴、制御系の設定とかPICわかるか?ちょっと共通か見ておきたい部分が────」

 

 

「いや、(あたし)返事まだ何もしてないんだけど!?何なら簪はあんたのその切り替えの早さに固まっちゃってるけど!??」

 

「ん?鈴は手伝わないのか?」

 

「ばっ、手伝うけど!あんた自分のISのメンテナンスは!?」

 

「さっきキリがいい所で終わってる。───よし、準備出来た」

 

簪の返事から一転。

流星はテキパキと準備を終え、いつでも取り掛れる体勢になっていた。

ギャーギャーと流星の切り替えの早さに文句を言いつつ、対応する鈴。

 

2人に置いてけぼりを食らっていた簪だが、やっと思考が回復する。

 

 

「え、えっと、そこは────」

 

 

程なくして、簪、流星、鈴によるIS開発が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

流星達がIS開発を始めて3日が経過した。

 

 

 

「…どうしてこうなった」

 

 

 

織斑一夏は一人机の前で呟いた。

目の前には積み上げられた教科書や参考書、資料。

そして背後には仁王立ちで見張る鬼神、織斑千冬。

他には誰も居ない教室で一夏はダラダラと冷や汗を流しながら、机にかじりつくように問題を解いていく。

 

 

「どうした?今宮と同じ量をこなしたいと言ったのはお前だろう?」

 

首を傾げる千冬に一夏は思い出しながら目を見開く。

事の発端は襲撃の後、実力不足を改めて思い知らされた一夏は流星の急成長に注目した。

彼は無茶なペースで詰め込んでいるが、着実に強くなっている。

ならばそれを自分に合う部分だけ真似すれば少しは自分はマシになるのでは?と考えたのが運の尽きである。

 

それを姉である千冬に提案し、今に到る。

一夏は問題を解きつつ、疑問を口にする。

 

 

「く、訓練とか特訓は…?」

 

「これも訓練のうちだ。今宮は片っ端から頭に叩き込んでいたぞ」

 

「くそう!流星の名前出すのはずるいぜ千冬姉!───あだっ!?」

 

「学校では織斑先生だ、馬鹿者」

 

出席簿を脳天に喰らい、一夏は目をチカチカさせる。

想像していたのは肉体的に過酷な特訓や訓練だったが、まさか座学とは夢にも思わなかった。

 

 

「確かに流星はずっと参考書片手に知識叩き込んでたけど…!これは流星の戦い方だからこそ活きるんじゃあ…」

 

自分は頭より体を動かしてこそだ、と訴えんとする一夏に千冬は呆れた様子で溜息をついた。

 

 

「大きな勘違いをしているな」

 

「え?」

 

「そもそもの大前提としての知識だ。アイツとお前の戦い方の違いに関係なく、武器に関わらず知っておくべきということを覚えておけ」

 

「なるほど…」

 

確かに、と目の前の参考書等の山の意味を理解する。

姉の言っている事実をわかっていたつもりだった自身が恥ずかしい。

一夏は猛省しながら再び机に向き直る。

 

1時間が経過した。

 

欠片も減らない山を前に、一夏の表情は曇るばかりであった。

 

 

「終わる気がしない……」

 

これが積み重ねてきた量の差かと痛感する。

もっとも、流星のペースが異常なことも一因だが。

 

ふと、視線が廊下に向く。

集中力が切れていたこともあり足音に気がついたからだ。

 

足音は教室の目の前で止まり、教室のドアが開く。

現れたのは調子が戻りつつある流星であった。

 

 

「一夏ー居る…か……────うげっ」

 

流星は一夏を見るより先に千冬と視線を合わせ、声を漏らす。

千冬はそれを見て眉を引くつかせた。

 

 

「ほう、人の顔を見てそれは随分だな」

 

すぐに我に返った流星は失言に気付くが、手遅れであった。

焦りつつも弁明をはかろうとする。

 

 

「その参考書の山とのセットで見たら誰でもこのリアクションしますよ」

 

「なら山田先生がこの位置に居たらどうしていた?」

 

「あんな声出すわけないじゃないですか───はっ!?」

 

 

「…流星、俺は助けないぞ」

 

 

失言につぐ失言をしてしまったことで流星は視線を一夏に逸らす。

しかし、一夏としては絶対に巻き込まれたくない一心で流星を見捨てる事にした。

心の中で念仏を唱える。

 

 

「今宮、そろそろリハビリを始めている頃だろう?」

 

「あー、リハビリの相手は足りてるんで結構です」

 

「そう言うな。私も体を動かしたくなってきた所だ」

 

パキパキと拳を鳴らしながら笑みを浮かべる千冬。

出席簿が飛んでこない事が逆に恐ろしくて仕方が無かった。

一夏は恐ろしさのあまり、こっそり席から離れ抜け出そうと動き出す。

一歩一歩流星に歩み寄る千冬から距離はある程度取れた。

後は教室の後ろの席から逃げるだけ──────。

 

 

「さあ、ここではなんだし剣道場に行こうか。───二人とも」

 

バレていた。

瞬間、一夏は後ろのドアを開け廊下に飛び出す。

流星もそれと同時に背を向け廊下に飛び出していた。

廊下は走るな、なんて言葉が背後から聞こえた気がするが気にして居られない。

 

反対側の扉から出た二人は奇しくも同じ方向に走っていた。

 

 

「なんで俺まで!?ってか体大丈夫なのかよ!?」

 

「だいぶ良い!ってアレに捕まったらリハビリどころじゃないからな!!」

 

「なら良かった!こうなったの流星のせいだからな!!」

 

「どうせその内こうなってただろ!」

 

言い合いながら2人は角を曲がる。

 

 

「うぇ!?あんた達一体どうし──」

 

ぶつかりそうになった鈴を互いに左右に避け、階段へ。

驚く鈴に説明することもなく、二人は階段を駆け下りる。

 

 

「あら?今のは一夏さんに流星さん?」

 

「一夏に今宮だったな。あんなに焦ってどうしたんだ?」

 

さらに階段を降りたところでセシリアと箒にすれ違ったが、2人は構わず走る。

とりあえず校舎から出ることが目標だが、まずあの織斑千冬をまかなければ安全ではない。

 

ぐるぐるとフェイントをかけるべく、校舎を行く。

 

「あれー?いまみーとおりむーだー」

 

本音の横を通り抜け、遂に校舎から脱出する。

とりあえず剣道場からは離れるように外へは出れた。

2人は近くの物陰の段差に腰を下ろす。

 

 

「はー、はーっ、も、もう、走れねぇっ!」

 

「流石に、ここまで逃げたら大丈夫だろ」

 

全力疾走が堪えたのか、一夏は座り込んだまま顔を上げないでいた。

 

「ところで流星って、何で俺を探していたんだ?」

 

「俺はブレードの扱いが下手だからな。リハビリがてら相手して貰おうと考えただけだ」

 

「?俺より箒や、それこそ千冬姉が向いていると思うけど?」

 

「今回は別にブレードを使いこなす為のものじゃない。それに何よりあの二人がリハビリの相手に向いてると思うのか?」

 

流星が言っているのは実力云々でなく、性格的な話だった。

一夏もそれはわかっており、2人が流星とリハビリしている姿を思い浮かべる。

しごかれる未来しか見えなかった。

 

 

「うん、向いてないな!」

 

キリッとした顔で肯定しつつ一夏は顔を上げる。

流星は同調するように続けた。

 

「特に織斑先生が向いてないな」

 

 

「一応、どうしてか聞いておこうか」

 

 

「そりゃあの人はスパルタだし、何よりあの怪力の前じゃあ───」

 

「流星、質問したのは俺じゃないぞ」

 

「……え?」

 

流星は一夏が顔を引き攣らせている理由を察し、背後へ振り返る。

そこには千冬が立っていた。

 

 

「怪力で悪かったな。続きがまだあるのだろう?構わん、続けてくれ」

 

「…完全にまいたと思ったのに…どうしてここが──はっ!?」

 

「もう少し早く気付くべきだったな。方向は想像していたが、目撃者が多かったのが幸いした。逃げるならもう少しそこにも気を払うべきだが、やはり本調子では無さそうだな」

 

「あ、箒達か。いや、流星と俺が走ってるだけで目立つの忘れてた…」

 

「呑気に納得してる場合か」

 

どうにか逃げようと考える流星だが、間合い的にもうそれはほぼ不可能だった。諦めてしまっている一夏をよそに、何とかと考えをひねり出そうとするが今の状態ではどう動いても捕まる未来しか見えなかった。

 

 

「織斑、お前は教室に戻って続きをやれ。私が戻るまでに逃げ出したらどうなるか分かっているな?」

 

「…はい」

 

「今宮、剣道場へ行くぞ」

 

「痛っ、いだだだっ!?頭割れる割れる!」

 

アイアンクローで流星はあっさり捕縛され、千冬に軽々と連れていかれる。

一夏はその光景に苦笑いを浮かべる他ない。

自身もあの勉強地獄に戻るべく、校舎へ再び入っていく。

 

流星の悲鳴だけがあたりに響き渡っていた。

 

 

 

 

「成程、それで今宮は死体のようになっているのだな?」

 

「流石の流星さんも堪えたということですわね…」

 

夜、寮の食堂で箒とセシリアは納得したように斜め前の席を見た。

一夏の右隣で完全に机に突っ伏したままである流星がそこには居る。

いつものように何かを読んだりしている訳でもなくて、食事を取っている訳でも無い。

ただただ、何もせず突っ伏しているという流星を知るものにとっては異様な光景であった。

 

「あの後何時間勉強してたのよ?一夏」

 

「…記憶にない」

 

「あんたもご愁傷様」

 

鈴は男子2人を見つつ、ラーメンをすする。

何処か疲れた表情の鈴を見たシャルルは心配そうな顔をした。

 

「凰さんも疲れた様子だけど、大丈夫?」

 

(あたし)もまあ疲れてるけど、元凶のそいつがやる事やってからくたばってるから平気よ」

 

指を指した先は微動だにしない流星。

彼は織斑千冬に指導された後、整備室を訪れキッチリと働いてから事切れたのだ。

その為、鈴がやる予定だった事も幾らか減っている。

 

 

「今宮君が?」

 

シャルルは視線をオレンジ髪の少年に向ける。

相変わらずピクリとも動かない。

 

 

「流石に今回は本人からしても露骨な無茶だったわね」

 

 

鈴は淡々とそう言い、作業風景を思い返す。

 

───『手伝う』そう本人は形容していたが、その本格的さは今考えても『手伝う』の範疇を超えていた。

データ取り、解析、図面の手直し、組み立て作業。

どれも全力で行っており、学園に来てからの知識と学園の資料全てを駆使している。

 

作業が始まり、足りないものを把握してから流星が整備室に持ち込んだのは大量の資料。

3時間程かけて学園の図書室や資料室等から印刷してきたものであるらしく、未使用ではあった整備室の一角が、完全に物置になるほど。

簪も知識量はかなりのものだが、足りないものを集めることは流星の方が得意のようだった。

 

そうまでして全力で取り組む流星。

 

簪がドン引きしていたことも思い出す。

遠い目をする鈴をよそに、シャルルは話題転換をはかる。

 

 

「一夏、明日ISで一緒に練習しない?」

 

「おういいぜ!男同士気楽に練習って新鮮だ!」

 

「そ、そう?今宮君とは練習して来なかったの?」

 

「流星の奴忙しいから、殆ど別だな」

 

心底残念そうに告げる一夏。

今のやり取りを見て、セシリアと箒の脳裏をある発想が過ぎる。

 

 

「い、一夏!まさか貴様おおお男がいいのか!?」

 

「だだだ、ダメですわ!そんな不健全ですわ!!」

 

顔を真っ赤にしながら抗議する2人に、一夏は小首を傾げる。

鈴は想像してしまったのかげんなりしていて、シャルルは何処か顔を赤らめていた。

シャルルの様子に誰も気付く事はない。

一夏は不思議そうに2人に返す。

 

 

「そりゃあ、周り女子ばっかりだし男同士の方が気が楽だろ?」

 

「な、なら仕方がないが…」

 

「そ、それなら仕方ありませんけど…」

 

ごにょごにょと何かを言いつつ、箒とセシリアは納得したように座り直す。

 

「でも、頼めばその都度練習くらい付き合ってくれるんじゃないの?そもそも今回は今宮側から珍しく頼んでたようだし」

 

「それはほら、流星はなんと言うか特別なんだよ」

 

鈴との会話で飛び出した特別というワード。

それに箒とセシリアはやはり、と渋い顔をする。

自分達の好意にひたすら疎い朴念仁であるが故、まさかと想像してしまうのは無理はない。

 

 

「俺が一方的にライバルって決めたから、頼む時は普通に頼むけど練習はなるべく別々がいいなってだけだけどな」

 

「ライバルかぁ。いいなぁ、そういうの」

 

「シャルルも明日にでも練習試合しようぜ?やっぱり男同士そういうのワクワクするだろ?」

 

「う、うん!そうだね。明日を楽しみにしてるよ」

 

どこか歯切れの悪いシャルルに違和感を覚えたのは、対角に座っていた鈴だった。

しかし、その違和感について考えるより先に彼女の目の前に座っていた人物が顔を上げた。

 

 

「…腹が減った…」

 

 

それだけ呟くとフラフラと立ち上がり、1人食券を購入しに向かう。

全員それを見送ると、思い出した様に話題を切り替えた。

 

 

「…そう言えば一夏。あのもう1人の転校生と何があったのだ?」

 

「そう言えば気になっていましたの。あの後も険悪な感じで一夏さんが睨まれてますし…」

 

「…」

 

一夏はその質問に、ほんの少し表情を曇らせる。

 

「一夏?」

 

「アイツとは教室で初めて会った。だから思い当たる節があるとしたら…」

 

「成程、確かにラウラって子の話聞く限りあの事件の事よね?」

 

相槌を打つ鈴に一夏以外は首を傾げる。

鈴は一瞬、一夏に目配せする。

話してもいいか?という問いだ。

彼はそれを特に止める事もせず、肯定の意を表す様に頷く。

 

 

「鈴は知っているの?」

 

シャルルの質問に鈴はええ、と返し続ける。

 

「一夏はね、昔誘拐された事があるのよ。ISに関わるよりも前にね」

 

「そんな事はニュースには!?」

 

「なってないわよ。知ってるのは当時近くにいた極一部の人間だけだし」

 

「…一体、犯人は何が目的でしたの?」

 

「第2回モンド・グロッソ。その決勝戦を織斑千冬が棄権する事を、犯人は一夏を人質に要求したの」

 

鈴の言葉を聞き、一同の視線が再度一夏に向かう。

過去の話だが、やはり心配をしてしまう。

 

 

「そして、一夏は決勝戦を放棄して駆け付けた千冬さんに助けられた。その時に情報提供したドイツ軍に借りを返すため、千冬さんはドイツで1年間教官を勤めた。こんな所ね」

 

 

「だとすれば、ラウラさんはその時の教え子って事だよね?でもそれだと一夏を目の敵にする理由が…」

 

 

シャルルの言葉に辺事を返したのは、鈴ではなく一夏だった。

どこか悔しそうに口を開く。

 

 

「簡単だ、シャルル。きっとアイツは、千冬姉の優勝を手放す理由になった俺が許せないんだ。俺が誘拐されなければ千冬姉が棄権することも無かった」

 

「なんだと!?それではただの逆恨みではないか!」

 

「そうですわ!一夏さんはむしろ被害者!悪いのは誘拐した人達ですのに!」

 

 

声を荒げる箒達の前に、水が入ったコップが置かれる。

人数分置かれたそのコップを運んできたのは、先程席を立ち今戻ってきた流星だった。

 

 

「少し落ち着け。騒いでたら角生やした寮長が来るぞ」

 

「今宮、聞いていたのか?」

 

「最後の方だけならな。でも内容は知ってる。織斑先生にさっき聞いたからな」

 

さっき、とは恐らく剣道場で扱かれている最中の事だろう。

全員が不思議そうな視線を彼に向ける。

彼は買ってきたと思われるサンドイッチを片手に続ける。

 

 

「ラウラは少し特殊な境遇に居たらしい…。細かくは知らないけど、織斑先生はラウラをそこから救い出した教官みたいだ。そんな教官がチャンスを不意にされたのが許せなかったんだろう」

 

「でも、だからって一夏さんが責められる筋合いは…!」

 

「いや、いいんだセシリア。それに皆も、俺の為に怒ってくれてありがとう」

 

「一夏、貴様はそれでいいのか?」

 

「箒、冷たい言い方だけどこればかりは俺とアイツの問題なんだ。千冬姉のあの選択を俺は無意味にしたくない」

 

感じているのは負い目か。

一夏は力強くそう言い放ち、拳を握る。

 

 

「強くならないと…誰よりも、千冬姉よりも。皆を守れるくらいに」

 

 

流星はそんな一夏を何処か納得したような様子で眺めていた。

ラウラと一夏。

ある意味だがそれは、似た者同士なのかもしれない。

 

 

 

 




一夏の主人公力を上げて行きたい。


一夏によるリハビリ相手評

「うん、向いてないな!」
顎に手を置いてキリッとした顔で告げている状態。

流星にタゲが向かなければ、木刀と出席簿が飛んで来ていた筈。
武器種関係なくリハビリ相手探しても一夏なら同じ事を言いそう……。

飛んでくる攻撃が増える未来が見える。



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-16-

明日はおやすみします


『知識とは栄養だ。だから勉強という食事を摂らなくちゃ十分な思考は出来ない。あと、常に身体にあたる思考は働かせないといけない。肥えて身動きが取りにくくなるからね』

 

男は黒板に見立てた板の前で、そう淡々と告げる。

発する言葉の調子は柔らかく、それでいて何処か説得力がある。

柔和な笑みを浮かべながら、男は授業ごっこを続ける。

 

相変わらず胡散臭い。

 

誰かが手を挙げた。

どうしてこんな事をする必要があるのか。

それに対する回答が今の言葉だった。

 

日差しを辛うじて塞ぐだけの布、黒板代わりの板、今にも砕けそうな粗悪なおんぼろ椅子。

屋内とも屋外とも言えない空間で授業ごっこは行われていた。

老若男女様々な人間がここにはいる。

 

大半が学がなく、その日を生きるのに精一杯だったりする。

俺のように少年兵として扱き使われてる連中や、傭兵崩れ、怪我人、地域住民。

 

立場など問わず、男は人を集めた。

自身も明日どうなるかわからない1兵士でしか無いのに、だ。

 

俺は暇潰しも兼ねて、それに参加していた。

特に娯楽もない、腹も減る、戦場への不安もある。

それらを放棄して他のことを集中したかった、というのが主だった。

 

男は、様々な分野を教えていた。

元はどこかの学者だったらしいが、何とも追われる身になったとか何とか。

そこから不幸にもこういう場所に居座る羽目になったようだ。

 

どうでもいい、どうせ俺には関係ないのだから。

授業ごっこはほぼ毎日開かれていた。

大きな作戦もない時期は、欠員もないし授業ごっこが中止になることもない。

 

ただ、確実に日を追う事に参加者は減っていく。

死ぬだけでなく、来なくなるものも多かった。

 

ある者が言った。

知るだけ知っても無駄だと。

この授業ごっこは無駄に期待をさせるだけだと。

 

ある意味正しかった。

ここに居るのは殆ど自由など無い連中。

平和な日常等知りたくもないし、ここから出ることを無駄に期待するのも辛かった。

同じ意見を持つ者は多かった。

途中まで目を輝かせて聞いていた奴らが少しずつ減っていく。

半数減った所で、こんな質問が飛び出た。

 

人は分かり合えるのか?

 

男は一瞬キョトンとした後、いつも通り柔和な笑みで答える。

『それは不可能だ。推測は得られても解答は得られない。結局は分からないままを許すしかない』と。

だけど、男は続ける。

『真の意味で人は分かり合えないけど、思いやる事は出来る』

哲学は専門外だから受け売りだけどね、とだけ付け加えて───。

 

──相変わらず、胡散臭い。

俺は溜息だけついて、板に書かれた数式を目で追う。

 

 

男はその視線に気付き、満足気に授業ごっこを進めるのだった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…朝か」

 

身体を起こし、時計を見つめる。

時刻は5時過ぎをいったところか。

何か嫌な夢でも見ていたのか、憂鬱な気分だった。

 

「嫌な夢でも見た?」

 

楯無が隣のベッドに寝転んだまま問い掛けてくる。

いつの間に起きたのか疑問に思いながら、流星は答える。

 

「覚えてない。それより、なんで分かる」

 

「顔に書いてあるもん」

 

楯無の洞察力が凄いのか、そこまで顔に出やすいのかは流星にはわからない。

流星はベッドから降りると洗面所に向かう。

一通り朝の仕度を終えると、制服に着替えた。

 

楯無は流星の後に洗面所に入っていった。

流星は身体を軽く動かし、調子を確認する。

身体に多少疲れは残っているが、特に昨日から引きずるものはない。

流石はブリュンヒルデ、そういう加減は絶妙だ。

 

 

楯無も用意を終え、2人して朝食を摂る。

間に挟む他愛ない話はいつもと同じような感じ。

流星の淹れる紅茶は日々上達しているが、本人曰く虚の淹れた紅茶には敵わないとのこと。

虚レベルになったら毎日専属で淹れて貰おうかしら、などと楯無の言葉。

既にほぼ毎日淹れているという流星の反論。

すぐに話は生徒会の業務へ。

忙しいらしいが、少しは落ち着いたらしく本日流星は出なくても良いらしい。

 

今日のこれからの事を考えて言っているのだろう。

流星は苦虫を噛み潰したような顔でこの後の事を考える。

 

食事を終え、2人は部屋を出る。

楯無は何か言いたげだったが、遂にはそれを口にしなかった。

 

恐らく、妹の事だろう。

流星は下手に口出しせず、彼女と共にアリーナへと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいわよ。何時でも来なさい」

 

霧纏の淑女( ミステリアス・ レイディ)を展開した楯無は、アリーナの中心でそう告げた。

片手に蒼流旋というランスを持っており、至って自然体だ。

 

「ああ、わかった」

 

対する流星は『時雨』を展開しており、緊張した様子であった。

深呼吸をして、落ち着かせる。

そのまま意識を集中させると、彼の周囲に紅い雷が走り始める。

 

少しずつ増す紅い雷は、流星を纏うように球状になっていく。

程なくして無数の紅い雷が彼の身体を機体ごと包み込んだ。

完全に流星の姿は見えなくなり、紅い雷の球体だけが楯無の眼前にある。

 

 

─────楯無が見守る中、球体が弾け飛ぶ。

 

そこから現れたのは、全く先程までのISとは見た目の違う『黒時雨』を展開した流星。

真っ黒な装甲に大きな翼型スラスター。

そして、『時雨』の時より小型化している印象を楯無は受けた。

スラスターより漏れる微かな紅い光は神秘的だった。

 

紅いバイザーの奥にある流星の瞳が楯無へ向けられる。

展開時間は1分半程と限られている。

 

 

流星は片手に黒い槍を展開した。

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

刹那、流星の姿が消えたと楯無は錯覚する。

 

そう錯覚する程の速度で、彼は楯無の眼前に迫っていた。

 

 

 

 

(───速いっ!!!)

 

 

超高速で迫る一撃。

楯無は咄嗟に蒼流旋を──ランスを振るった。

 

───横に一閃。

受け流された黒い閃光が、楯無の横の地面に着弾する。

 

轟音、ともに凄まじい砂埃が舞い上がりそれは地面を抉り進む。

その光景は先の速度の異常さを語っていた。

 

壁に衝撃が走り、一部分が崩壊する。

楯無は反射的に流星が壁を蹴りつけ、飛び掛ってきたと理解する。

 

二回目の衝突。

今度は黒い槍が楯無の機体を掠めるだけに終わる。

そう思ったのも束の間、撃ち込まれる弾丸の雨。

楯無は先程振るったランスの勢いをそのまま利用し回転、薙ぐように振るい華麗に防ぎ切る。

 

 

───その隙間に、精密な狙撃が入る。

 

「!」

 

水のヴェールが盾となり、軌道を咄嗟に逸らす。

楯無はそのまま攻めに転じた。

アクアナノマシンである水と共に、流星に迫る。

 

攻めと防御を変幻自在にこなす特殊な武装。

流星はグレネードランチャーを展開し、引き金を引いた。

もちろん、これが本命ではないことは楯無も理解していた。

 

次に流星がとる行動を考え、ランスを正面に構えた。

楯無のランスである蒼流旋には、4つのガトリングの砲門がついている。

楯無はガトリングを撃ち、水のヴェールを周囲に待機させた。

 

グレネードの弾が撃ち落とされ炸裂する。

爆風は双方の間でどちらにも当たることはない。

 

今の『黒時雨』状態ならば、この間合いを一瞬で詰めてこられる。

読み通り、流星は楯無の眼前に突っ込み槍を振るう。

 

ほんの数撃切り結んだところで、流星は左手を前に突き出した。

楯無は咄嗟に1歩飛び退く。

そのまま流星の左腕装甲部から射出されるフックショットを、楯無は片手で掴んだ。

それを横へ引っ張り流星の姿勢を崩そうとする。

そこで楯無は大きく目を見開く事になった。

 

 

(これは──!)

 

 

 

同時に、流星は槍を仕舞っていた。

崩れる体勢、自由のきかない腕、しかしその眼差しに楯無は寒気を感じた。

 

 

───なにか来る。

楯無のそれは直感に近い。

気を許せば喉元に喰らい付いて来るとさえ錯覚する。

瞬きすら許されない刹那に楯無も意識を集中させる。

 

 

『黒時雨』のスラスター部分に溜まっていた赤いエネルギー。

───それがその一瞬で炸裂した。

 

 

「っ!!」

 

 

ここで楯無の顔に初めて驚きの色が浮かんだ。

水のヴェールを纏い、衝撃を殺そうとする。

しかし、そんな最速の判断も間に合わなかった。

 

 

一発、出力に身を任せた蹴りが入る。

───再びアリーナの地面が大きく唸り声をあげた。

 

 

ここで鳴るブザー。

 

勝者は圧倒的にシールドエネルギーを余らせた、更識楯無。

流星側の時間切れではなく、楯無の攻撃によるシールドエネルギー切れ。

 

 

蹴り飛ばされる際に、流星の腹部にガトリング砲を接射、同時にアクアナノマシンを半ば自爆気味に水蒸気爆発させていたからだ。

 

 

 

時間にして1分にも満たなかった高速戦闘。

それはあまりにもあっけない幕切れであった。

 

 

 

流星はISが解除され、そのまま崩れ落ちる。

楯無はISを解除し、すぐに流星の傍に駆け寄った。

 

 

「具合はどう?流星くん」

 

「─────っ、身体に力が入らねぇ」

 

何とか仰向けになり、流星は楯無の方へ視線を向ける。

手すら満足には動かせず、立ち上がることは困難だ。

 

 

「純粋な出力だけであの機動力は見た事がないわよ?──とは言ってもシールドエネルギーの有無関係無しに、1分半経ったら機体と流星君が持たなくなって、通常の『時雨』に戻る。しかも出力ガタ落ちで……本当、ピーキーね」

 

 

「まだ朝だぞ、今日一日持つのか…?」

 

 

自身無さげに呟く流星。

彼はすぐ近くに歩み寄る足音が聞こえた為首を動かそうとする。

もちろん、動かすこともままならなかったが。

 

 

「試運転しておきたいと言い出したのはお前だぞ今宮。授業中は寝るなよ?」

 

「朝って指定したのは織斑先生ですけど…」

 

足音の主は千冬だった。

その傍には真耶もいる。

 

事の発端は昨日朝。

アリーナの貸出申請を求めた所、流星は千冬に呼び出しを喰らった。

曰く、『黒時雨』の運用ならば初回は教師同席でないと認めないとの事。

ピーキーで未知数な部分もある『黒時雨』の試運転。

しかも初回など何が起きるか分からない為の判断だった。

 

そして、他の生徒が万が一巻き込まれる事と教師である2人が空いている時間を考慮してこの時間になったのだった。

 

 

「何を言う。このアリーナの荒れ具合を見ろ。この時間にして正解だったな」

 

「………」

 

バツの悪そうな顔をする流星。

千冬は呆れながら『それに』と続ける。

 

 

「今回の相手が更識で無ければ、相手側の怪我も有り得た。機動力に振り回され過ぎだ」

 

「すいません…」

 

「その形態はやはり危険だな。使うべきではないと私は考えている。更識、お前はどうだ?」

 

千冬は楯無に向き直りながら、感想を求める。

楯無は少し考え込んだ後、周囲の光景を見渡しながら答えた。

 

 

「大体は織斑先生と同じです。危険という認識もあまり使うべきでないといつことも。ただ使いこなせるようになれば、彼の切り札になると思っています」

 

「───試合では使えないものがか?」

 

千冬は眉をひそめる。

楯無の言う切り札とはつまり試合ではなく、有事の際のこと。

生徒に身を守る対策させるのは賛成だが、この形態を使用させるのはそれこそ生徒自ら危険に晒させる可能性の方が高い。

 

そんな千冬の意図を知りつつも、楯無は正面から千冬の視線を受け止める。

 

 

 

「────はい。超高速においても彼は普段のように思考戦闘を織り交ぜていました。それがこの性能を使いこなせた上で発揮されるのであれば──」

 

「───まあ、良いだろう。許可してやる」

 

「──え?」

 

溜息をつきながら告げられた言葉に、楯無は目をぱちくりさせた。

流石の楯無も千冬があっさり認めるのは予想外だったらしい。

千冬は驚く楯無に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「どうした?禁止して欲しかったのか生徒会長?その形態の練習を制限付きだが認めると言っている」

 

「ありがとうございます、織斑先生」

 

ペコリとお辞儀をする楯無。

流星としては正直どちらが良いのかは分からない。

使いこなせる自信もなかった。

 

真耶は礼を告げた後の楯無に一歩歩み寄ると、笑顔で話しかける。

 

 

「そう言えば、初撃を防いだのは流石でした。流石は生徒会長と言った所ですね。最後の動きも冷静に対処出来ていました」

 

「ありがとうございます。山田先生にそう言って貰えると光栄です。彼の方はどうでしたか?」

 

「そうですね、今宮君の方は織斑先生も言った通り機動力に振り回され過ぎな所が見られます。でも、いつものスタイルをこの戦闘に挟めている点は良いと思いました。ですから、以前から求められていた機動周りの技術がもっと求められるようになったということですね」

 

「機動周り…ですか。やっぱりそこが課題になりますね」

 

「山田先生、それってどういう?」

 

流星の問いかけに、真耶はきっちりと彼に振り向きしゃがみこんで話し掛ける。

目線の高さを近くするというさり気ない行為が、真耶の教師としての真摯さを表していた。

 

「今宮君は武装と機動性の確立は出来ているので、純粋な機動としての訓練を徹底すべきですね。主に旋回技術や制御です。そこら辺、更識さんはしっかり理解していると思うのでどういう訓練にするかは彼女と打ち合わせして下さい。分からないところがあれば何時でも聞きに来てくださいね?」

 

「はい。そうさせてもらいます」

 

ニコニコと笑顔で言う真耶。

流星は少しばかり回復したのか、返事をしながらゆっくりと身体を起こす。

身体を起こすくらいなら出来た為、そのままゆっくりと立ち上がろうとする。

だが、途中で脚の力が抜けるのを流星自身理解した。

 

「っ」

 

姿勢を崩し、踏み止まることもままならず前に倒れる。

目の前の真耶を押し倒す形で。

 

「きゃ、きゃあ!?い、今宮君!?」

 

「っ…すいません。力が入らなくて」

 

「だ、駄目ですよ!?私達先生と生徒なんですから!?」

 

「…はい?」

 

流星はそこで初めて、自身が顔を埋めている物に気が付いた。

勿論、感覚に意識を割く余裕もなく両手で身体を起こす事も咄嗟に出来ない。

リアクションをとる前に、殺気を感じ取った。

急激に冷や汗だけが流れる。

 

 

「今宮、教師に何をしている?」

 

「えー、えーっとですね。これは事故で」

 

「ほう。前に布仏相手にもなっていた気がするが、気のせいか?」

 

「……流星くん?」

 

千冬がどこか楽しそうに笑みを浮かべながら言った言葉に、楯無が反応を示した。

笑顔だが、恐怖を感じた。

ダラダラと冷や汗が流れる中、流星は何とか真耶から離れる。

当の真耶本人は顔を赤らめながら、妄想の世界に1人耽っている。

正直、詰みだった。

 

 

「…おい楯無アレはだな…!」

 

 

「──大丈夫よ流星くん。少しお話しましょう?」

 

 

ガシッと首根っこを流星は掴まれた。

千冬は楽しそうに笑みを浮かべたまま、楯無の行動を止めずにいた。

絶対に楽しんでいる、と千冬に驚きを隠せないまま流星は楯無に引きづられて連れられていく。

 

──心の中で流星は本音や一夏達に助けを求める事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でまた流星の奴死んでるんだ?」

 

 

不思議そうに尋ねる一夏。

彼は鞄を肩にかけるように持ち、振り返った。

終礼の終わった教室で、机に倒れ伏して動かない流星が視線の先にいる。

その問いに答えるのはすぐ近くで荷物を片付けていた本音だ。

 

 

「いまみー、今日朝練したっぽいよー?」

 

「朝練?IS使って傷開いたりしてないか?大丈夫なのか」

 

「違うよおりむー。『黒時雨』形態を使って模擬戦したみたい」

 

模擬戦、と聞いて相手が気になった一夏だが聞いていた内容を反芻して驚く。

 

「『黒時雨』って慣れるよう訓練しないとヤバいくらい負荷で疲れるっていう…」

 

「うん、だからアレはそういう訓練の結果だね」

 

「だから今日ずっと動きがぎこちなかったのか」

 

体力はかなりあるハズのあの流星が──と一夏は顔を引き攣らせた。

荷物を纏め、近寄ってきたシャルルや箒、セシリアも視線を流星に向ける。

 

 

「あれはそういう事だったんだね。僕はその『黒時雨』っていうのを見た事ないからどんなものなのか分からないけど、相当な負荷なんだね」

 

(わたくし)達も実は見てませんわ。流星さんと合流した時にはその形態ではありませんでしたし」

 

「見たのは、のほほんさんとデータ解析した千冬姉か山田先生くらいじゃないのか?」

 

そう言っていた所で、教室の入口のドアが開いた。

結構な数の生徒が先に出ていっており、教室には一夏達しかいない。

当然、一同の視線はそちらへ向けられる。

 

「えーっと、今宮いるー?」

 

ドアを開けた主は鈴であった。

彼女の後ろに誰か見えた気がしたが、一夏と視線があった瞬間に背後にいた人物は廊下に隠れてしまった。

本音が微かに反応を示したが、誰もその様子には気付かない。

 

鈴は流星を見つけると気にせず入ってくる。

 

「何よ居るじゃない。って一夏これどういう状況?」

 

「朝練で『黒時雨』使ってこうなったらしい」

 

「ふーん、まあいいわ。関係ないし。起きなさい今宮、整備室行くわよ」

 

自業自得、知ったこっちゃないな勢いで鈴は流星の机の前に立ち起こす。

無理矢理起こされた流星は不機嫌そうに顔を上げた。

周囲の状況と鈴が目前にいる事から、用件を把握する。

 

「悪いな。すぐ行く」

 

フラつきながらも立ち上がり、流星は鈴の元へ歩いていく。

流石にそこまでフラフラなのは想定外だったのか、鈴は口元を引くつかせる。

 

 

「あ、あんた大丈夫?」

 

「大丈夫、だと思う。結構時間経ったからかなりマシにはなった。今試合や運動するのはキツイがそれ以外なら問題ない」

 

「本当に大丈夫?」

 

「くどい。とりあえず行こう。じゃあな皆、お先」

 

鈴と共に廊下に出る流星。

そこでふと廊下で待っていた影に気が付いた。

 

 

「身体、大丈夫…?」

 

「あー、作業には支障をきたすことはないから安心してくれ。しかし簪も迎えに来てくれてたのか。整備室で待っててくれても良かったのに」

 

「それは鈴に呼ばれたから」

 

「強引に連れ出されたのか」

 

純粋に身体のことを心配したことがあっさりと流され、ほんの少しだけ不機嫌になる簪。

流星はそんな事を気にもとめず、足を動かす。

3人並んで整備室に向かいだしたその時だった。

不意に流星が何かに気付き、振り向く。

そのまま簪の肩に流星は手を置いた。

 

 

「かんちゃん」

 

「本音…?」

 

簪が振り返ると、そこには本音が居た。

表情には不安の色が見え、何時になく緊張した面持ちである。

鈴が何か発しようとしたが、何かを察した流星は手をあげて静止を促した。

簪に向き合い、本音は問い掛ける。

 

 

「私も手伝っちゃ、ダメ?」

 

「それは…」

 

困った、というような表情の簪。

 

簪の心情としては、本音は身内であるが故──『更識』に関わりある故に手伝って貰いたくないというものがあった。

逆に、手伝って貰えたらどんなに心強いかという思いもある。

 

本音の事はもちろん、大事な親友として認識していた。

 

しかし、こればかりは譲れないと今まで断ってきている。

 

一人で作り上げる──それが理由だったが、今は流星達がいる手前その理由も消え去った。

ならば、手伝って貰うことにもはや躊躇いなどないはずなのに。

 

今更手伝って等と言えるのか?

悩みが簪の胸中を渦巻く。

 

変に拗れるのは簪も避けたい。

そうだ、2人の意見はどうだろうか?

簪は困ったような視線を流星達に向ける。

 

 

「簪の機体のことだ。冷たいけど、簪自身が決めないと意味が無い」

 

流星はそれだけ言うと口を閉ざす。

その言葉にハッとなり、簪は自分で決めようと自身を奮い立たせる。

 

 

再び本音に向き合う。

とはいえ、悩んでいるのは変わらない。

自身の中で悩み、言葉を発せずにいる。

 

 

それを見ていた鈴が口を開いた。

 

 

「──簪、あんたはどうしたいの?」

 

「鈴…」

 

「正直簪の事情なんてあんまり知らないから偉そうには言えないけど、手伝って欲しいなら欲しいって言いなさいよ?今まで断ってきたから今更…なんて考えるだけ無駄無駄」

 

それに、と鈴は本音へ視線を向ける。

 

「本音が手伝いたいって言ってるんだし、その手の遠慮なんて気にする必要ないわ。逆に必要ないなら必要ないで、きっぱり断るだけじゃない?────『優秀な中国代表候補生』と『数合わせの馬鹿』がいるから手は足りてるってね?」

 

鈴は自信満々で自身の胸を叩きつつ、そう告げた。

キョトンとする簪と本音を前に、流星は不満げに鈴を睨む。

 

「おい、数合わせの馬鹿ってのは俺の事か大馬鹿」

 

「何よ、今いい所なんだから黙ってなさいよ超馬鹿」

 

睨み合う2人。

ここ最近よく見るやり取りを前に彼女は吹っ切れた。

簪は本音に一歩歩み寄る。

 

 

「本音、良かったら手伝って欲しい」

 

「いいの?かんちゃん!?」

 

「本音がいれば、百人力だから」

 

力強く告げられた言葉に、本音は満面の笑みで応じる。

本音は簪のこの短期間での変化を感じ取る。

その元凶たる2人へ視線を移すが、何やら言い合っているようだった。

 

「じゃあ本音、整備室に行こう」

 

「え?でもいまみー達は」

 

「ほっといても大丈夫。どうせすぐ来るし、このまま居てもうるさいだけ…」

 

「アハハ…」

 

 

親友がこうやって毒を吐けるようになったのも、いい変化だと本音は自身に言い聞かせるのであった。

 

 

 

 

「準備はいい?一夏」

 

「ああ。いつでもいいぜ」

 

ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを展開したシャルルと白式を展開した一夏が空中で向かい合う。

場所は第2アリーナ。

一夏は本日の補習という名の詰め込みを終え、アリーナに合流。

そこでシャルルと約束していた模擬戦を始める事になった。

何故か第3アリーナは本日使えないらしい。

 

雪片弐型を構えながら、意識を正面のシャルルに集中させる。

 

汎用性の高い第2世代型ISのカスタム機。

真耶の戦闘を見たからこそ、オールレンジ対応の万能型機体であると予想はついていた。

 

 

「じゃあ、行くよ!」

 

「おう!」

 

シャルルはスナイパーライフルを展開し、即座に構えた。

一夏もそれと同時に動き出す。

当然、引き金を引くだけのシャルルの方が初撃は早い。

 

 

「そういうのはセシリアに散々喰らわされたからな!」

 

「!」

 

加速して横に移動。

弾を躱しシャルルの方へ向かう。

 

「!!」

 

──と、そこでシャルルが既に両手に持っているのはアサルトライフル。

いつの間に展開したのか、一夏が回避に移るも照準は既に合わされていた。

 

弾丸を受けつつも、軌道を斜め下に取り距離を縮める事を優先する。

少しずつ軌道を逸らすように弧を描くが、何故か交わすことが叶わない。

 

(読まれている?)

 

ジリジリと減るシールドエネルギー。

零落白夜を発動していないとはいえ、近付ける気配が一向にない。

セシリアのように弾幕を貼っている状況は本体が止まっているわけではなく、鈴のように弾の連射が効かない訳でもない。

1発1発こそ軽いが、確実にシールドエネルギーは削られている。

 

純粋に距離をとりながら行う射撃戦が上手い、と一夏は舌を巻く。

同時にこのままでは、という考えが早くも脳裏を過ぎった。

 

(なら!)

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を素直にただ突撃に使ったのでは、少し距離を詰めて終わるだけなのは明白。

一夏は突然上昇するように瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用した。

 

 

「行くぜ!シャルル!!」

 

正確にはシャルルの斜め上。

補足されていた照準を振り切り、零落白夜を発動させる。

雪片弐型から白い光の刃が顔を覗かせる。

 

「何をする気か知らないけど──甘いよ!」

 

だが、シャルルは即座に標準を一夏に戻す。

瞬間、一夏は減速しくるりと身を翻すように反転した。

 

今度はそのまま加速をかけ、シャルルに接近する。

シャルルは再び銃口を一夏に向け直し、アサルトライフルを掃射する。

 

多少の被弾は覚悟の上。

一夏はそこで再び瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用し、間合いへと踏み込んだ。

 

「!」

 

「うおおおお!」

 

そのまま雪片弐型を振るう。

アサルトライフルを持っているシャルルには、防ぐ術はない。

そう思い、全力の一刀を振るう。

 

 

「なっ!」

 

しかし、それはなにかによって防がれた。

それが盾である事を一夏が理解した時には、衝撃で吹き飛ばされていた。

 

 

「ショットガン!?いつの間に!?」

 

もう片方の手に握られていたショットガンに至近距離で撃ち抜かれ、一夏はシールドエネルギーを一気に削られる事になった。

 

 

姿勢を建て直す一夏に対し、シャルルは再びアサルトライフルによる弾幕で応戦する。

 

 

攻めあぐね続ける一夏に、それをひたすら捌き続けるシャルル。

その光景を見上げるように眺めながら、箒の横にいるセシリアはポツリと呟いた。

 

「あれが高速切替(ラピッド・スイッチ)…」

 

「セシリア、それは何なのだ?」

 

「武装展開と戦闘を並列思考で両立させ、戦闘中の武装展開を一瞬で行う技能ですわ。まさかこんな所で見られるなんて…」

 

となれば、一夏にはアレを突破する術は今はない。

先程のシャルルの反撃を凌げればチャンスはあったかもしれないが、高速切替(ラピッド・スイッチ)の存在も知らなかった一夏では、どうしようもない。

 

 

程なくして、決着は着いた。

 

 

セシリアの予想通り、一夏はあの後近づく事もままならず、シールドエネルギーを削り切られ敗北した。

 

 

 




胡散臭いオリキャラ。
流星が少年兵や傭兵をしていたのに教養や一般的な知識がある理由。


補足
『黒時雨』の初展開後に流星がすぐ倒れなかったのは、初回はフルパワー出してなかったのが大きい。









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-17-

次話から週一投稿に切り替えます。
御容赦を。


「…………え?」

 

 

織斑一夏の思考は、完全に真っ白になった。

事の発端は簡単な事だった。

一夏より先に帰ったルームメイトはシャワーを浴びていた。

そこで一夏はシャンプーが切れていた事に気が付き、詰め替え用を渡そうとバスルームの扉を特に気にせず開いた。

 

 

目の前に居たのは、素っ裸のルームメイト。

 

綺麗な金髪には勿論驚かない。

その綺麗な肌も別に驚く要素ではない。

中性的な顔立ちも特に気にしてはいなかった。

 

だからこそ、その胸部に一夏は驚きを隠せなかった。

その身体つきに改めて意識が移る。

理解が追い付かなかった。

ただ、脳内では結論は出かかっていた。

 

 

 

「い、いち…か?」

 

相手の思考も完全に止まっていた。

が、即座に片腕で胸を隠すと近くにあった桶を掴む。

顔を真っ赤にして、──まるで女子のように隠しながら──。

 

 

「き、きゃぁあああ!」

 

「ぶへらっ!?」

 

結構な速度で、桶を一夏に投げつけた。

 

 

 

 

 

「ん…、いてて…」

 

「一夏、だ、大丈夫?」

 

一夏が目を覚ますと、そこに居たのは先程のルームメイト似の金髪美少女だった。

あまり時間が経っていないようで、まだ髪は少し湿っている。

寝かされて居た場所は浴室のすぐ横の床。

シャルルも気絶した一夏を無闇に動かす事は駄目だと判断したのだろう。

膝枕状態で寝かされていた。

 

桶で一夏をノックアウトしてしまったことに慌てたのだろう事は様子からして理解出来た。

 

 

「…夢、じゃなかった」

 

「そうだね」

 

一夏がポツリと漏らす言葉をシャルルは肯定する。

膝枕状態でシャルルの顔を見上げていた一夏は、視界に入るシャルルの身体付きを見て確認する様に尋ねた。

 

 

「女、だったんだな」

 

「…うん」

 

その声は沈んだ様子だった。

だが、それは何処かホッとしたようにも見えた。

一夏は身体を起こすとそのままシャルルの正面に座り込む。

 

 

「聞かせてくれるか?シャルル」

 

シャルルの様子から何か事情があると察した一夏は彼女と向き合う。

彼女が悪人で自身を騙していたとは到底思えなかった。

 

シャルルも諦めていたのか、ゆっくりと話し始める。

 

 

「僕の本名は、シャルロット・デュノア。───単刀直入に言うと、僕はデュノア社のスパイとして一夏や白式のデータを取るように命じられてきたんだ。男と偽る事で君に近付いてね」

 

「スパイ…?でもデュノア社ってISのシェアで言ったら大手な筈だろ?どうしてそんなリスクの高い事をする必要あるんだよ?」

 

一夏の疑問は最もだった。

デュノア社自体はかなり大きい会社の筈だ。

そこの令嬢をわざわざ男装させて学園に入れるまでする必要があったのだろうか。

 

「確かにデュノア社のISのシェアはいいよ。けどね、最近業績が落ち込んでるんだ。ラファールって第二世代でしょ?」

 

「ああ」

 

「各国は今、第三世代開発に移行してる。まだ量産出来る程じゃないけど、どこの国もかなり進んできてる。それなのに、デュノア社は第三世代型ISの開発にが上手くいってないんだ。それで業績も徐々に悪化してて、国から割り当てられるコアの数も減らされそうなんだ」

 

第二世代であるラファールでは大成功したが、第三世代の開発では世界から取り残されている。

その状況が続けば勿論デュノア社に未来はない。

開発競争に置いて取り残されれば淘汰されるだけ。

各国が企業を支援し勧めているIS開発の競走においては、それは他の業界よりもさらに厳しい世界だろう。

 

 

「でもどうしてシャルロットなんだ」

 

だとしてもそれがシャルロットで無ければならない訳では無い。

企業の為とはいえ、我が子を男装させてスパイとして送り込む理由にはならなかった。

 

 

「だって、僕は妾の子だからね。デュノア社には病気でお母さんが亡くなってから引き取られたんだ…。だからこそ使い捨てるには適任じゃないか」

 

自嘲気味に笑うシャルロット。

その悲しそうな表情を見て一夏は拳を握り締め必死に感情を押さえ込んだ。

落ち着いているようでも一夏の様子に気付く余裕も無いのか、シャルロットはホッと一息ついた。

 

「でも、誰かに話せてちょっとスッキリしたよ…。騙していてごめんね。この後の事は考えたくはないけど、ずっと騙しているよりは気が楽だからいいや」

 

今にも泣き出しそうなその表情を前に一夏は静かに立ち上がった。

険しい表情でシャルロットを見る。

ただ1つだけ尋ねようと口を開いた。

 

 

「本当にそれでいいのかよ」

 

「え?」

 

「お前は本当にそれで良いのかよ!?」

 

「…これは仕方ないんだよ。僕は居ちゃいけない子だから」

 

その言葉に一夏は完全に感情を抑えられなくなった。

 

 

「親は親だろ!親だからって、勝手に子供に都合を押し付けていい訳がない!」

 

「一夏は優しいんだね。でももうどうしようも無いんだ。僕も片棒を担いでしまった以上、処罰は免れない」

 

違う。

優しいのではなく、これは私怨のようなものだ。

そう言いかけた一夏だが、目の前の少女が思った事を否定すべきでないと言葉を呑み込む。

この少女は諦めている。

目の前の環境に対して、順応こそすれど意思も意見も押さえ込んできたのだろう。

 

 

「…処罰に関しては、暫くの間俺がこの事を黙ってればいい」

 

「いいの?僕がそうやってして貰うのも作戦の内かもしれないんだよ?」

 

「ああ。けど俺はシャルロットを信じてるし、そうなった時はそうなった時さ」

 

「…」

 

「それに、ええっと確か…」

 

キョトンとするシャルロットをよそに、一夏は自身の鞄を漁る。

そこからでてきた生徒手帳をめくり、何かを探す。

直ぐに見つけたのか一夏はそのページを彼女の眼前に突き出した。

 

「これだ」

 

「IS学園…特記事項…?」

 

それはIS学園特記事項の欄。

一夏はそれの1つを指さしており、それを読み上げる。

 

 

「『第21項 本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』…つまり、IS学園に在籍している三年間はシャルロットはデュノア社に従わなくてもいいんだ」

 

「そんなものが…一夏、よく覚えてたね…」

 

目を丸めて驚くシャルロットに一夏は得意気に胸を張る。

 

「千冬姉に叩き込まれたからな!……思い出しただけで頭痛くなってきた」

 

「ぷっ、あはは。ごめんね、急に凹んだのがちょっとおかしくってさ」

 

「いいさ、それにシャルロットはやっぱり笑顔が似合うと思うぜ」

 

その言葉にシャルロットは顔を真っ赤にした。

この男が唐変木なのは知っていたが、まさかこうも天然のタラシだとは夢にも思わなかったようだ。

シャルロットは落ち着いた様子で、確認する様に呟く。

 

 

「僕は、ここに居てもいいんだね?」

 

 

「──当たり前だろ」

 

「良かった…………ありがとう…一夏……本当に……」

 

ボロボロと涙を流しながら、顔を俯ける。

一夏は突然シャルロットが泣き出した事に戸惑いながら、部屋にあったタオルを差し出す。

 

先程までの頼りになる感じは何処へ。

それがどうしようもなくシャルロットにとってはおかしくて、泣きながら笑ってしまった。

 

それを見た一夏はホッと安心した様子でベッドに腰をかける。

 

暫くして落ち着いたのか、シャルロットも自身のベッドに移動し腰を掛けた。

顔を上げて一夏の方を見る。

 

 

「一夏はどうしてそこまでしてくれるの?」

 

「…その、俺もシャルの事が他人事には思えなかっただけなんだ」

 

「シャル…?」

 

「あ、悪い。皆の前でシャルロットって呼ぶ訳にはいかないし、こう呼んだ方が良いかなって思ってたら出ちまった。嫌だったか?」

 

「う、ううん!僕達だけの呼び名……良いよ、凄く良い!!」

 

「そ、そうか。それなら良かった」

 

 

嬉しそうに目を輝かせるシャルロットだが、すぐに話題を戻す。

 

 

「ところで他人事に思えないって…?」

 

「ああ、俺と千冬姉は昔親に捨てられてるんだ」

 

「え」

 

強ばるシャルロットの表情。

薄々分かっていた筈だ。

2人に両親が居ないことを。

自分はあの表情の一夏を見ながら易々と踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまった。

あまりにも無神経だ。

 

「ごめん、変なこと聞いちゃったね…」

 

「いやもう気にしてないさ。ただ、だからこそ親の都合で子供が酷い目にあうのは許せなかっただけだ」

 

「……やっぱり一夏は優しいね」

 

微笑むシャルロットに一夏は恥ずかしそうに頬をかく。

流石に正面から褒められるのは恥ずかしいようだ。

 

 

と、そこでドアが開く音が聞こえた。

突然のことにビクリと身体を動かす2人。

今はシャルロットはサラシを巻いておらず、一目で女と分かってしまう。

咄嗟にどうにかしようとするが、間に合わなかった。

 

 

「っと、うわっ!?」

 

「え!?一夏!?うわぁ!?」

 

シャルロットをどうにか隠そうと近寄った時に躓き転ぶ一夏。

 

 

 

 

「一夏、例の資料持ってき─────は?」

 

 

 

訪れた人物は部屋着状態の流星。

彼は部屋に入るなり一瞬にして固まった。

目の前で一夏がシャルロットを押し倒しているからだ。

 

目元が赤くなっており、頬も紅潮させているシャルロット。

当然風呂上がりである為、どうしても艶っぽさが目立ちジャージも着崩れている。

そこに覆い被さる形の一夏。

2人の表情も強ばっており不味いものを見られたというようなリアクション。

 

流星はポーカーフェイスを努めつつ視線を逸らした。

 

 

 

「………資料ここに置いとくからな」

 

 

「…待て待て待て待て!!何を勘違いしたか知らないけど、お前が思ってる事と絶対違うからな!?そんな気がする!いや確証だ!」

 

 

「大丈夫だ一夏、俺は何も見ていない。ただ納得しただけだ。じゃあな」

 

「何に納得したんだよ!?待てって!」

 

そそくさと部屋を去ろうとする流星。

それを止めることに加勢しようとしたシャルロットが立ち上がりながら声を上げた。

 

 

「待って!今宮君!……あ」

 

「え?」

 

 

振り返る流星と立ち上がったシャルロットは双方驚きの声を漏らす。

先程まで一夏の影に上手いこと隠れていたシャルロットの身体が流星の瞳に映る。

シャルロットはシャルロットでやってしまったという表情であった。

 

 

一夏はドアの鍵を閉め、流星に向き直る。

 

 

「取り敢えずお茶でも出すから、話を聞いていってくれ」

 

 

 

 

「それでシャルル君ではなく、シャルロットさんだったというわけか」

 

お茶を飲みながら流星は視線をシャルロットへ移す。

コクリと静かに頷くことでシャルロットは肯定の意を示す。

 

先程までの一連の話を一夏は掻い摘んで流星へ説明し終えた。

漸く話が飲み込めたという流星に一夏は立ち上がりながら話しかける。

 

 

「だからさ、流星も暫く口裏を合わせるのを手伝って欲しいんだ」

 

「……本気か?一夏」

 

「勿論。こんな事冗談で言うやついないだろ」

 

流星は呆れ返ったといわんばかりに溜息をつく。

一夏の眼は本気だ。

 

流星は険しい表情で向き直った。

 

 

「───反対だ」

 

 

「なっ!?何でだよ!?事情は説明しただろ!?」

 

「何でだ、って…。じゃあ聞くが暫くってどの位だ?───デュノア社の命令に背いた時シャルロットは代表候補生である事もISも捨てられるのか?───3年間に何も思いつかなかったらどうする?」

 

「……」

 

流星の言葉に一夏は拳を握り締める。

当然、分かっていた。

問題は山積みだ。

簡単に片付くわけでもないし、これからそれに向き合わねばならない。

だが、だからと言って一夏はシャルロットを見捨てられなかった。

共にその問題に向き合う為の微かな時間、その為の時間稼ぎをしたい状況だ。

 

 

「そりゃあ答えられないだろう。俺も分からない。だから俺は全てぶちまけるのをオススメする。シャルロットは糾弾されるだろうし、デュノア社の名誉も地に落ちるだろう。だけど上手く立ち回れば自由にはなれる」

 

「だけど、それはっ…」

 

流星の言葉に一夏は下唇を噛む。

流星の言葉通りになれば、上手くいってもシャルロット・デュノアは学園には居られなくなる。

何もかも捨て去る、文字通り。

そうなればこれから先シャルロットは、一生後ろ指を指されながら過ごさなければならない。

恨みも買うだろうし、まともな人生を歩むのは困難に違いない。

 

 

「自由にはなれる。自由ってのは優しさじゃなく過酷さと隣合わせのものだ」

 

「他の方法を探すまでだけでもいい。その間だけでも!」

 

「駄目だ。俺はこの件には関わらない」

 

キッパリと断る流星。

2人の間に緊張感が生まれる。

 

「流星なら、協力してくれると思ったのに」

 

「生憎俺はお前みたいにお人好しじゃないんだよ。譲歩として、今の話は聞かなかった事にしとく。それまでだ」

 

流星は立ち上がり、ドアの方に向かう。

再度シャルロットへ視線をやる。

不安そうに流星と一夏を見ている彼女を見て、流星は視線を前方へ戻す。

 

 

「じゃあな」

 

 

ドアを開け、部屋を去る。

 

廊下に出た瞬間、流星は真横から声を掛けられた。

 

 

 

「別に話を合わせる位はしてあげても良かったと思うけど?」

 

楯無は呆れたように言う。

その様子からして最初からシャルロットの事はある程度まで知っていたようだった。

流星は自室に向かおうと歩き出しながら返答した。

 

「一夏にも言ったが俺は別にお人好しじゃない」

 

「そう?少なくとも私にはそう見えるけど?」

 

「俺が断った理由なんか分かってるだろ」

 

流星の隣を歩きながら楯無は扇子を開く。

当然とその扇子には書かれていた。

 

 

「シャルロットちゃんの口から頼まれてないから…でしょう?」

 

「ああ」

 

「シャルロットちゃん、その境遇に耐えるけどそれを変える行動を起こすには良い子過ぎるのよね~。社員の事まで考えちゃってそうだし」

 

「だからと言って、自身の事を相手の決断に委ね続けるのは駄目だ。手を差し伸べようとしてくれる誰かが…一夏みたいなのが現れても、それじゃ停滞と変わらない」

 

「意外と頑固者よね。流星くん」

 

楯無の発言に流星は顔を顰める。

否定する気は起きないがあまりいい気はしなかったらしい。

 

(しかし、停滞…ね…)

 

流星のその言葉を口にした際の表情から楯無は悟らせないよう少し考え込む。

流星は純粋な疑問を口にした。

 

 

 

「それでどうする気なんだ?」

 

「取り敢えずは静観ね。おおよその話は大体察してるんだけど、あんまり大事には出来ないし」

 

恐らくフランス政府も一枚噛んでいるのは明確だ。

とはいえ、かなり杜撰な計画であると楯無だけでなく流星も感じていた。

 

確かにこのIS学園で一夏に近付くのは難しい。

友達になること自体は簡単だが、情報収集を考えると難易度は跳ね上がる。

機器の類は直ぐに見つかるし、異性となれば常に一緒にいる事も難しい。

同性ならと男装させたのだろうが、あまりにも付け焼き刃な感が否めなかった。

 

そうなれば急な計画、関係者の限られた状況だった。

 

──または別の目的が存在した。

 

 

と、そこで流星は思考を中断する。

関わらないと決めた以上考える必要は無かったからだ。

それになんの後ろ盾もない流星には、どの道何も出来ない。

 

それどころかほんの少しの口裏合わせすら断ったのだ。

我が事ながらなんて器の小さな男か、と流星は自己嫌悪する。

 

流星を覗き込む楯無。

表情からその心情を楯無に悟られないよう、流星は話題を切り替える事にする。

 

 

「そういや楯無、夕方また簪を覗きに来てただろ」

 

「な、なんの事かしら?」

 

打って変わって動揺する楯無。

流星はジト目で問い詰める。

 

「整備室の搬入用出入口あたりから見てたのは知ってるぞ」

 

「…気付いてたの?」

 

「妹が絡んだ瞬間ポンコツになるな。俺の普段作業している場所からは見えるんだよ」

 

「次からはもっと見つからないように注意するわよ」

 

「覗きに来るのを止めろ」

 

「それは難しいわね」

 

シスコン全開の楯無に流星は呆れ返るしかない。

それがまた余計に空振っていなければここまで残念に感じないのだが。

また虚に怒られるのだろう楯無の姿を想像しながら、流星は楯無と共に部屋に戻る。

何故かドッと疲れた気がした流星はベッドに寝転がる。

いや、当然朝からあの特訓をしているせいもあり疲れているのだが…。

 

 

「流星くん、明日のメニューなんだけど…ってあらら?寝ちゃった?」

 

楯無が振り返ると既に流星は寝息を立てて眠っていた。

楯無は仕方ないと呟きながらそっと布団をかける。

時計を見ると既に就寝時間を回っていた。

自分も寝ようと思い、パジャマに着替える。

途中、何か思い付いたのか笑みを浮かべた。

そのまま彼女は部屋の電気を消し、布団に入った。

 

──翌日、目を覚ました流星は目の前で寝ている楯無に混乱する事になるのだった。

 

 

 

 

 

翌朝のSHR前、鈴と簪は2人して一組の教室に居た。

いつもより他クラス入り交じった状態である為別に目立ってはいない。

理由はひとつ。

ある噂について聞きに来たのだ。

 

 

「トーナメント戦で優勝したら、男子どちらかと付き合える……?」

 

鈴が聞いた情報を復唱して確認する。

どうにも意味がわからない。

男子2人の口から出た訳ではなさそうだが、と手を当てて考える。

 

「そーらしいよ〜?」

 

と、答えるのは本音。

相変わらず眠そうにしているが、平常運転なので特に周りは気にしない。

少しだけソワソワしている簪、内容が気になって仕方ない鈴、座って説明している本音と言う形だ。

 

「なんていうか、女子の間での取り決めみたい」

 

「でしょうね。あの2人が関わってるとは思えないし」

 

鈴の言葉を受け、本音と簪も頷く。

The唐変木オブ唐変木の一夏、そして暫定朴念仁の流星。

その2人が今回の件に関与しているイメージが湧かない。

ずっとザワついている教室の中、簪はある疑問を口に出す。

 

 

 

「本音と鈴は、優勝を狙うの?」

 

 

その質問への肯定は何を意味するか。

考えるまでも無く鈴は頬を赤らめる。

答えたのは本音だった。

 

 

「私は、…そうだね。優勝狙っちゃうかな〜」

 

特に恥ずかしがることもなく堂々と告げる本音に鈴は驚く。

簪も親友のその返答は想定外だったようで、恐る恐る問いかける。

 

 

「やっぱり、相手は今宮君?」

 

「うん。いまみーだよ」

 

「本音は今宮君が、その…好き、なの?」

 

「…えへへ〜」

 

そこで初めて本音は恥ずかしそうに頭をかく。

 

 

「気付いたのは本当に昨日とかだったんだけどね〜」

 

 

初めて会った時から、他愛ない会話をする機会は多かった。

一応、当初は見張りのような意味合いもある。

得体の知れない2人目。

友達視点で見張って欲しい、なんていうのは実は会長の指示だ。

しかし警戒心は無かった。

 

どこで好きになったかなど、自身も分かっていない。

ただ、気付けば惹かれていた。

 

発端はもしかすると一目惚れなんてオチかもしれない。

はたまた、あのアリーナの防衛時かもしれない。

自分と同じマイペースな人間で、それでいて気は遣える。

 

振り回されるタイプに見えて、案外揶揄うのが好きだったりする。

あと地味に頑固な性格だが、やはりそんな所も彼らしいと思ってしまう。

そういう所もきっと、好きなのだろう。

 

本音はそこまで考えると、自身の顔が熱くなっているのを自覚する。

 

 

「本音、顔が真っ赤」

 

「かんちゃん見ないでよ〜。りんりんも〜」

 

耳まで赤くしている本音は、少し慌てて顔を隠す。

簪もその光景を微笑ましそうに見つつ、鈴にも改めて問いかけた。

 

 

「鈴は?」

 

「───あ、(あたし)は───」

 

何故かズキリと胸が痛んだ。

言っていいものか。

許されていいのか。

以前から顔を覗かせていた疑問が鈴の中で浮かび上がる。

 

 

 

一瞬、俯く鈴。

が、程なくして顔を上げいつもの調子で答えた。

 

 

「そんな眉唾な噂には乗らないかな。大体本人たち関与してないし」

 

「身も蓋もない…流石鈴」

 

「りんりんらしいかな〜」

 

2人には一瞬の躊躇を悟られなかったらしく、鈴はホッと胸を撫で下ろす。

そして、直ぐに話題にされていた男子3人が教室に現れその流れは打ち切られる事になった。

千冬や真耶も教室に現れた為。蜘蛛の子を散らすように他クラスの生徒が去っていく。

簪も鈴もそれに合わせるように教室を後にする。

 

 

「……」

 

 

そんな鈴の一部始終を、遠目からセシリアだけは見ていたのだった。

 

 

 

 




流星のかなり面倒臭い部分が出てます。
彼自身、そんな部分を自己嫌悪していたりするのですが。
この中に悪い人は居ないという認識です。


純粋にこの時のシャルルと流星の相性があまり良くないと言うだけ。
強いて悪い方を挙げるなら流星であり、特別仲が悪くなるということもありません。

そのうち一夏を少し取り上げます、多分。



本音のタグ付け忘れてた…。





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-18-

(…気まずくてアリーナに来たはいいけど…練習に身が入らないわね…)

 

第4アリーナのど真ん中で鈴は一人佇んでいた。

整備室へは今日は行っていない。

顔が出しづらかったのもあり、鈴は自身の練習を理由に行っていない。

 

この時間、奇跡的にも他に使用者は居なかった。

甲龍を装着した状態で溜息をつく。

その表情はどこか暗い。

 

高速で移動しながらの射撃練習中だったのだが、いつもより精度が悪かった。

思い当たる節はある。

技術的でも身体的でもなく、メンタル的なことだろう。

 

 

 

「ちょっと鈴さん、宜しくて?」

 

 

突然声を掛けられ振り返る。

そこにいたのはISスーツ姿のセシリアだ。

 

「セシリア、模擬戦なら悪いけど今日は───」

 

「いえ、模擬戦を申し込みに来たのではありませんわよ?」

 

その言葉に鈴は小首を傾げる。

だとすると一体なんの用があって、ここで自分に話し掛けたのだろうか。

ISに関しても理論派なセシリアが感覚でやっている自身に聞くとは思えなかった。

 

「聞きたい事が少々。宜しくて?」

 

「?別にいいけど、何よ?」

 

コホン、とセシリアは一拍置く。

改まった様子で鈴に向き直ると口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「───鈴さんは、流星さんが好きでして?」

 

その言葉を聞いた瞬間は鈴も意味が分からなかった。

唐突であり反応が遅れた鈴だが、意味を飲み込むうちにみるみると顔が赤くなっていった。

ビデオの再生ボタンを押したように唐突にむせ返る。

何かを発しようとしたのだろう。

 

 

「ぶはっ!?いきなりなに言い出すのよ!?っていうかなんでそう思うのよ!?」

 

「女の勘…ですわ。その反応だと図星と見まして?」

 

「……」

 

得意げになるセシリアに鈴は押し黙る。

こればかりはバレたくなかった。

同じ人物を好きになってたが故、非難や嫌悪されると感じたからだ。

いや、されるべきだと鈴は柄にもなく考える。

 

 

「……フラれたばかりなの、言ったでしょ?それなのにそんなことなんて────」

 

「───あら?失恋から一転、また新たな恋というのもロマンチックでありだと思いますけど…」

 

「そ、それは…そうかもしれないけど…」

 

いつになく歯切れの悪い鈴を前にセシリアはその理由を察する。

視線をあまり合わせようとしないあたり、後ろめたさでも感じているのだろう。

軽くため息をつく。

普段はさばさばしている彼女も、恋愛が絡むとこうも乙女になるものか。

──いや、自身も傍から見るときっとそうなのだろう。

 

 

「…実はと言うと、(わたくし)と箒さん2人ともあの時部屋のすぐ外に居ましたのよ?」

 

「え…」

 

セシリアの言葉に息が詰まる。

過ぎた事ではある、しかしそれを他人に聞かれたいたとなると話は変わってくる。

どうしてあのやり取りを知っていて、自身を非難しないのか。

困惑を隠せずにいる鈴を前にセシリアは続ける。

 

 

「ですから、1部始終は失礼ながら知っています」

 

「だ、だったら余計…軽蔑するでしょ?おかしいと思わない…?」

 

鈴は俯きつつ、消え入りそうな言葉を紡ぐ。

どのような形であれ、一夏が好きだった──それなのに今は別の人物に好意を抱いていることは正しいのだろうか。

しかも、こんなにも早く。

 

セシリアははっきりと答える。

 

 

「いいえ、軽蔑なんてしませんわ。オルコット家当主としてそのような事はありえないと誓いましょう」

 

「…!」

 

「鈴さんのそれは歪な形であったかもしれません。とはいえ、気持ちは本物でした。一つが終わって、新しいものが始まった。それだけでしてよ」

 

 

それに、とセシリアは続ける。

 

 

「何より鈴さんは(わたくし)達の中で一番最初に想いを告げました。その勇気を笑う人が居るなら(わたくし)────セシリア・オルコットが許しませんわ」

 

「セシリア…」

 

「ですからお顔を上げてくださいな。自分を許すのも大事ですわよ?」

 

セシリアはそう告げると、鈴に優しく微笑んだ。

鈴はほんの少し呆気に取られた様子でいたが、すぐに我に返るとセシリアの言葉を心の内で反芻する。

そして、一連のセシリアの肯定の言葉もまた今の鈴には何よりも力強かった。

少しだけ目頭が熱くなったが、意地でそれを抑え込むと顔をあげる。

 

その瞳に、ここ最近までの悩みと先の弱々しさは既になかった。

 

 

「ありがと。セシリアって意外と良い奴?」

 

「ふふ、意外も何も私は最初からパーフェクトな淑女ですわ」

 

「あ、そのノリは相変わらずなのね…」

 

「そ、それに(わたくし)も友人がそんな顔をしているのは…あまり気分が良くありませんでしたし…」

 

恥ずかしそうに言うセシリアに鈴は自然と笑みが零れた。

 

 

「──あんたのこと、応援してるわよ?」

 

「──お互いに、ですわね」

 

 

「ふふ、ありがと。さぁ、これで心置き無く───!」

 

「ふふふ、そうですわね。手合わせ願えまして?」

 

そのまま2人は自然に模擬戦へと移る。

何時になく晴れやかな気分だと鈴は思った。

アリーナを軽やかに駆けながら、衝撃砲を放つ。

降り注ぐ閃光を凌ぎ、接近戦を挑む。

セシリアはそれをかわし、逃げながら鈴の隙を伺う。

絶え間なく入れ替わる攻防。

射撃戦ではセシリアが、接近戦では鈴が。

それぞれ踊るようにISを駆る。

 

それを影から見ていた本音は事情を把握し、ホッとひと安心する。

鈴の様子が気になった本音は、途中で整備室を後にし此処にやって来たのだった。

セシリアとは違い、どのように声を掛けていいか分からなかったがどうやら無事に解決したようだ。

ここ数日見れなかった曇りない鈴の笑顔。

それをこうもあっさりと取り戻してみせたセシリアへ視線を移す。

 

「凄いな〜…セッシー」

 

見抜く事は出来てもかける言葉が思い付かなかった。

親友とギクシャクしていた時もそうだ。

普段の鈴や今回のセシリアの様にはいかない。

だからこそ、本音は尊敬の念が篭もった視線を上空で舞う2人に向ける。

 

カッコよくて誇らしい友人達を眺めつつ、1人呟く。

 

 

「でも負けないよ〜、りんりん」

 

 

1人呟く宣戦布告。

本人も恥ずかしがっているのもあり、なんとも締まらない。

 

 

 

「負けないって、何にだよ?」

 

 

「───うひゃあ!?いいいいまみー!?」

 

いきなり背後から現れた流星に本音は驚き飛び退く。

その動きは普段から掛け離れた俊敏なものだ。

 

 

「本音、そんな俊敏に動けたんだな…」

 

「本音、驚き過ぎ」

 

「か、かんちゃんも?どうしてここに」

 

「部分展開しての試運転かな?」

 

本音の動きに対しマイペースな反応で応じる流星。

どうやら彼自体は先のつぶやきにあまり興味はないらしく、それ以上聞かなかった。

理由を答えた簪は腕部分を展開しながら見せる。

流星は自身の待機状態のISから投影ディスプレイを出し、簪のISの数値をモニタリングしている。

すっかりそういった姿が板についてきた、と本音は内心考える。

 

「今宮君、どう?」

 

「今のところ問題はない。そこに並べてある試験用の箱とかは掴めるか?」

 

「うん。こっちの方では力加減も問題無さそう。数値は?」

 

「誤差の範囲内」

 

「じゃあ今度は───」

 

淡々と進んでいくやり取りを前に本音も手伝おうと流星に歩み寄る。

すると流星は本音に端末を手渡した。

視線をディスプレイから離さずに用件を告げる。

 

 

「脚部分の値がちょっとズレてるから、頼む」

 

「どーんと任せて〜」

 

手馴れた手つきで操作し、本音は調整を進める。

整備科志望なこともありその調整も絶妙である。

すぐに脚部分の調整が終わり、テストする。

調子は良好。

流星の担当していた腕部はまだかかる為、簪は軽くその状態で走ってみる。

コケるくらいならば絶対防御がある為怪我の心配は皆無だった。

再び数値が表示され、それと本音は睨めっこする。

また、その間簪は感度や重心のがかかり方などを直接調整していた。

 

そうこうしているうちに腕部の調整が終わる。

物を持ち上げ、掴み、振り、投げる。

また細かな角度や振り向き時、等々更にデータを細かに調整する。

 

 

そして腕部脚部ともに作業を終えた所で、空中にいた鈴が此方に降りてきた。

模擬戦をしていたセシリアも同じように降りてくる。

地上に降り立った所で2人はISを解除する。

あー良い汗かいたー、なんて台詞を吐きつつ3人の方にやってくる。

 

 

「簪ー、今どんな感じ?」

 

「今ちょうど、腕部と脚部の最終調整が終わったところ」

 

「成程、でしたら見た所あとはスラスターと武器…と言ったところですのね?」

 

「う、うん」

 

横から簪の部分展開しているISをセシリアは興味深そうに見つめる。

簪は困った様子で流星のいる方へ半歩下がった。

それ以上下がらないのはセシリアへの気遣いか。

と、そこで簪の気まずそうな表情に気付いたセシリアは頭を軽く提げた。

 

「紹介が遅れましたわね。(わたくし)、イギリスの国家代表候補生セシリア・オルコットと申します。お名前、伺っても?」

 

「…日本国家代表候補生、更識…簪」

 

日本の国家代表候補生と聞きセシリアの眉がピクリと動く。

更識という名前に反応したのかと一瞬不安になる簪だったが、セシリアの行動に目を丸くした。

プライドの高そうな彼女がその綺麗な金髪を下に垂らせ、頭を下げている。

何事かと驚く簪にセシリアはその意味を口にする。

 

 

「───(わたくし)、貴女の事を身の程知らずと言ったことがありまして…。努力している事なんてすぐ見抜けた筈ですのに。ごめんなさい、私が愚かでしたわ」

 

「え?えっ!?」

 

一体なんの話だと簪は更に困惑する。

陰口を誰かに叩かれた事はある。

それを聞いた事も。

しかしまさかその程度の──ある意味客観的に見て正論と取れる発言を謝罪されるとは思わなかった。

反応に困る。

 

「えっと…、別に気にしてない…」

 

「お優しいのですわね。よろしければ同じ代表候補生同士、これからも仲良くして下さいませんか?」

 

「う、うん…」

 

スッキリしたような表情のセシリアと未だ困惑する簪。

本音はどこか満足気であった。

そのままセシリアは簪のISに興味を示したらしく、簪を質問攻めする。

本音はおそるおそる答える簪の補佐をしていた。

 

鈴はというと、クラス代表決定戦に関する話をセシリアや本音から聞いており事情は知っている。

故にもう1人の当事者である流星に視線を移す。

 

 

「『流星』、もしかして簪にあの発端話してないわけ?」

 

「ん?え、ああ?そりゃ当然話してない」

 

一瞬違和感を感じた流星だが、それが呼ばれ方が変わった為であることにすぐに気がついた。

別に呼び方などに殆ど流星は拘らないし、他人行儀な呼び方よりは不思議と気分が良い。

故に違和感の正体に気付いた後は特に思う所もなく、普通に返していた。

鈴自身は少し思い切ってやった事だったらしく、少しだけ照れたように顔を逸らしていた。

 

平然と自身の作業に戻る流星に気付き、頬を膨らませる。

一夏とはまた違った唐変木である事を鈴は再認識する。

そして此方だけが一方的に意識しているのが、また何とも悔しくて。

 

 

──見てなさい、そのうち振り向かせてやるんだから───!

 

 

捨て台詞のように心の中で呟く。

 

 

 

───素直になるのはもっと先かもしれないけど。

 

 

 

1歩近付いて流星のディスプレイを覗き込む。

屈託のない笑顔で彼に話し掛けた。

 

 

 

鈴が汗をかいていたことに気付き、臭いを気にして流星を殴るのはそれから2分後の話。

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

別のアリーナにて一夏は模擬戦や訓練に励んでいた。

 

 

「──はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…っ」

 

雪片を地面に刺し、杖代わりにして立つ。

立て続けに行う練習、そして模擬戦。

それは決められたメニューではなく、闇雲に行っているもの。

反復する基礎のメニューを行い、相手を変えて模擬戦の繰り返し。

ひたすらISの訓練に躍起になる一夏に対し同席していた箒、セシリアやシャルルは不安そうな眼差しを向けていた。

 

 

「一夏さん、そろそろ休まれた方が…」

 

「まだだ、次はシャルル…頼む」

 

「一夏、流石に休んだ方が───」

 

「そうだ。休まなくては身に付くものも身に付かないぞ一夏」

 

心配する3人を見て、一夏はありがとうとだけ呟く。

 

───どうすればシャルロットを守れるか。

その事について考えに考えた一夏は己の無力さに改めて気付かされた。

守られてばかりで結局、時間稼ぎの事項を提示することしかままならない。

そんなものはいざと言う時まるで意味が無い。

 

世界最強の姉は誇らしいし、自慢の姉だ。

しかし自分はただその弟でしかなく、結局は何も出来ない。

 

 

「強く、ならなきゃいけないんだ。だから、休んでなんかいられない!」

 

ビジョンなど見えていない。

しかし、自身が強くなれば何かを守れる筈だと拳に力を入れ雪片を地面から引き抜く。

護られてばかりのガキではいられない。

 

それが、独りよがりな考え方だと気付くはずもなかった。

 

 

「一夏…。分かった、それじゃあ準備するね」

 

一夏が言う事を聞く気がないと悟り、シャルルは装備を確認する。

自身の事で思い悩んでいるという事を理解しているシャルルにとっても、それは居た堪れないものだった。

しかしどう声を掛ければいいのか、シャルル自身にも分からない。

 

 

「おい」

 

 

と、そこで唐突にアリーナの上空ハッチ付近から声が聞こえた。

ISを通して発している為、当然地上にいる一夏達にも聞こえている。

顔を上げ、一同は声の主を見つける。

上空に浮かぶ黒の塊。

ゴツゴツとしたそれは大きなレールカノンが付いていることもあり、さながら砲台のようだ。

そんな黒のISを纏ったラウラは一夏を睨み付ける。

 

 

「織斑一夏。私と勝負しろ」

 

「断る、お前とやる理由がねぇよ」

 

「お前にはなくても私にはある。貴様さえ居なければま、教官は…!」

 

「嫌だ。断る」

 

一夏も頭では理解している。

ラウラと模擬戦を行うのは貴重な経験であり、やるべきだ。

反射的に断ったのは、上から目線が気に食わなかった──それだけだった。

険悪な空気が二人の間に流れる。

一夏は相手にしたくなかったのか、背を向けシャルルに向き直る。

ラウラはその行動に怒りを顕にした。

 

 

「そうか。ならば無理矢理そうさせるだけだ」

 

ラウラのISの砲身が静かに動く。

照準を一夏に合わせると共に、レールカノンを撃ち出した。

 

「!」

 

一夏は即座に反応して雪片弐型を振るおうとする。

振り返り雪片を振るい始めたところで、二人の間に割り込む影があった。

 

 

「ドイツの人って随分と沸点が低いんだね」

 

「シャル…」

 

割り込んだのは盾を構えたシャルル。

照準を定めた瞬間から一歩早く動き出していた為間に合ったのだ。

弾を盾で逸らし、一夏を守る形となった。

シャルルはライフルを構えラウラと向かい合う。

 

「フランスの第二世代(アンティーク)如きが、私とシュヴァルツェア・レーゲンに適うと?」

 

「どうかな?未だ量産の目処すら立っていない機体よりは戦えるかもね」

 

「良いだろう。まずは貴様に力の差を教えてやらねばな。…!」

 

と、そこでアリーナのスピーカーから教員の声が鳴り響く。

唐突にハッチ部分から攻撃したのだ。

危険極まりない行動であった為、注意されるのは必然だった。

教員の怒声と注意喚起が聞こえる中、ラウラは砲身を上げ踵を返す。

 

「興が削がれた」

 

特に悪びれる様子もなく立ち去るその背を見ながら、一夏はある確信を持っていた。

共に織斑千冬に憧れる身。

しかしあの姿に見出したものはまるで逆だという事に。

拳に力が入る。

気付かずして心のうちにある思いを彼は呟いていた。

 

 

「強く、ならないと…」

 

 

 

「へぇ、そんな事があったのか」

 

「ええ、そうですわ。全く、あの転校生には困ったものですわ」

 

時間は経過し、同日寮の食堂。

夕食を食べながら流星は事の顛末をセシリアから聞いていた。

あらかた話終わり、やれやれと溜息をつくセシリアを前に流星は何とも言えないリアクションを返す。

関心が全くない訳ではないが、彼にとってはあくまで他人事らしかった。

正確には、予想通りという事もあり驚いていないだけなのもある。

 

彼の近くに座っていた簪や鈴、本音もその様子を聞いている最中だ。

彼の対角線上に座る一夏やその隣のシャルルは黙々と夕食を食べ進めている。

前のやり取りから、特に最低限の会話以外はしていない。

険悪な訳でもないが以前ほど一夏から流星に関わる事はここ少しの間減っていた。

 

ハンバーグを食べながら、セシリアの話を聞いている流星。

本音はそんな中違和感に気が付く。

主に流星というよりは、一夏やシャルルの視線から見抜いたのだった。

 

 

「そう言えば、おりむーっていまみーと喧嘩でもしたのー?」

 

投げかけられる質問に一夏は少しドキリとする。

発端がシャルルの件なこともあり、迂闊に説明は出来ないからだ。

更には、喧嘩したと言うにも少し違う。

平静を装いながら、一夏は応じる。

 

「別に喧嘩したとかじゃあないぞ?」

 

「ほんとー?ならいいけど」

 

本音は一夏の言葉を信用したのか、それ以上突っ込むことは無い。

それが聞こえていたのか、セシリアは少し心配そうに流星へ視線を戻した。

 

「一夏さんはあのように仰ってますけど、本当に何も無かったのですか?」

 

「ああ。喧嘩した訳じゃない」

 

別に隠す気はないが、別段好んで流星もシャルルの話を振る気は無い。

かといって特別歩み寄る気もない。

強いて言うならば、一夏もシャルルもある一言を発すればいいだけ。

それが状況を良い方へ動かす可能性を秘めている事に気付いていなかった。

 

喧嘩した訳ではない以上、セシリアも取り付く島はなかった。

複雑な気持ちで納得する。

 

「そうでしたか。ごめんなさいな、余計な詮索でした」

 

「問題ないな」

 

それより、と話題を切り替えるべく流星はセシリアに問いかける。

彼はいつの間にか定食を食べ終わっていた。

片手には何故かISの資料がある。

 

 

「話していい範囲でいいから、BT兵器について教えてくれないか」

 

「え、えぇ」

 

いつも通りの流星の様子にセシリアは少し苦笑する。

この様子がブレないのならば、鈴もこれから苦労するだろうと心のうちで呟く。

 

その様子を見た一夏は素早く食事を終わらせると席を立つ。

 

「一夏?随分と早いな」

 

疑問に思った箒が尋ねると一夏は振り返る事もなく、答える。

 

「ちょっと食後の運動でもしようかなってさ」

 

「運動?根を詰め過ぎるのも身体に毒だぞ」

 

「いや、大丈夫だ。ありがとう箒。シャルルは先に部屋に戻っててくれ」

 

「え?…うん、わかった」

 

足早にトレーを持ってその場を去る一夏。

彼はそのまま自室に戻り、私服に着替えるとここ最近箒に借りている木刀を持って部屋を出る。

そのまま、寮の敷地内にて一人素振りを始めた。

 

がむしゃらに木刀を振るい、雑念を振り払う。

明確な無力感を痛感したのはシャルルの件以降。

しかし、始まりはクラス対抗戦の襲撃事件直後だ。

 

守ったつもりが結局逆に守られていた。

かつて姉に救われたからこそ、そちら側であろうとしたのに。

自分はいつまで守られる存在なのだろうか。

 

木刀を握る拳に力が入る。

 

 

「一夏…」

 

その様子を箒は心配そうに遠くから見つめる。

明らかに一夏は何かに悩んでいる。

その理由までは分からないが、想い人が悩む様子をいつまでも見ているのは辛いことだった。

 

力になりたい、相談に乗りたい。

だが、自身には幼馴染であるということ以外何も無い。

セシリア達のように専用機を持っていれば何かが違ったかもしれない、と彼女もまた力を欲していた。

 

そんな2人の様子を、遠巻きに銀色のリスは覗き見ているのだった。

 

 

 

 

 

 




ここから週更新でいきます。
ファンシーで小柄な動物って何居ますかね…。



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-19-

「流星、あんたこの後暇?」

 

「模擬戦か?」

 

いつもの放課後。

整備室で資料に埋もれていた流星に鈴はそう尋ねた。

流星は直近のトーナメント戦がある事を理解していた為、何を言おうとしていたか推測して聞き返す。

本音と簪は機体の前で何やら話し合っている。

 

「そうよ。トーナメント戦に備えて肩慣らしってとこ。模擬戦慣れてないでしょうし、あんたもその方が嬉しいでしょ?」

 

鈴の言葉に流星は一人考える。

模擬戦慣れに関しては毎朝…いや、やめておこうと発言を取り消す。

何故かろくな事にならないと直感したからだ。

 

「この後と言ってもそれなりに後になるが、いいのか?」

 

「何かやる事でもあるの?」

 

「改めて装甲に使う素材や種類について教えて貰う予定でな」

 

「簪に?」

 

「いや、別の奴にだよ」

 

流星はあえてその名前は出さなかった。

別段気を使ったという訳では無いが、簪がいる場であまり楯無の名前を出すのも気が引けただけだった。

鈴は特に突っ込むことはしない。

別の奴というからには自身が知らない人物なのだろう程度の認識だ。

 

「ふーん、ならセシリアと模擬戦してようかしら。当然後から来るのよね?」

 

「ああ、あとから行くさ」

 

「そう。なら待ってるわね」

 

流星の言葉に鈴は満足そうに頷き、整備室を後にする。

簪や本音も模擬戦には興味があるのか、いつの間にか流星の方を見ていた。

流星は資料の海で何やら目的のものを見つけたらしく、それを手に取る。

今日の分のノルマは終わっており、本音と簪は特に他に用事もないので作業を続けると言った感じであった。

流星は立ち上がると、此方を見ていた簪や本音に向かって出入り口を指さす。

 

「じゃあ俺も行くよ。何か用事があったら連絡してくれ」

 

そう言うとそそくさと彼も整備室をあとにする。

流星はいつも通り資料を片手に廊下を行く。

行先は生徒会室。

ノックもなく部屋に入る。

特に本日仕事もなく、楯無しかいないと承知済みだからだ。

 

「遅いわよ流星くん」

 

「何言ってる。時間ジャストだろ」

 

「そこは先に着いておいて、『ごめん待った?』って言わせて『いや俺も今来た所だよ』って返すものよ?」

 

楯無が扇子を開きながらふんぞり返って座っている。

その扇子には常識と書かれていた。

流星は資料を机に置き座りながら言葉を返す。

 

「ごめん待った?」

 

「いや、私も今来た所よ。って男女逆よ」

 

これで満足かと言わんばかりの流星の視線に、楯無はいじけた様子でホワイトボードを引っ張ってくる。

そのまま流れるように楯無による講義が始まった。

基礎的な話からおさらいする形で楯無が話し出す。

何故か楯無の服装はスーツに眼鏡という状態だが、流星は敢えて無視する。

本人の活発なイメージと反するような眼鏡。

きっちりと着ているが、身体のラインが露骨にスーツ越しに分かる気がした。

途中上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になる。

…目に毒だと流星はため息をつく。

 

総評として、似合っているが構うと面倒なので講義に集中していた。

時々それを構って欲しいのか、楯無は眼鏡をクイクイしたりする。

構わず、流星は無視した。

 

 

そうこうしている内に講義は進む。

楯無の講義は流星にとって相変わらず分かりやすいものだった。

 

 

一通り終え、楯無は会長席に腰をかける。

流星はメモした内容や資料を見返していた。

 

「ねぇ、流星くん。鈴ちゃんや本音ちゃんのことはどう思ってるの?」

 

純粋な興味で楯無は尋ねる。

楯無が見た所、どちらも流星に好意を抱いている。

ただ流星は今まで居た環境が環境の為、自身に向けられている好意にはそれなりに疎いと楯無は感じている。

 

流星は楯無の言葉を受け、呆れた様子で返す。

 

「悪いが浮いた話はないぞ」

 

「…分かってるわよ。なら、純粋にどう感じてるの?」

 

「…どう感じると言われてもな」

 

困った様子で頭に手をやる流星。

彼としても意識した事も考えたことも無い。

精々、過ごしやすい程度のものだろう。

 

「あっ、他に気になる子とか居るならそれを言ってもいいわよ?」

 

「居るか馬鹿」

 

「…ひょっとして、そっちの人…?」

 

「…」

 

楯無の言葉に流星は心底不服そうな顔になる。

何度したか分からないやり取りに返事をする事すら面倒になっているのだろう。

 

「何故そうなる」

 

「だってこんなに可愛い子がたくさん居る学園よ?気になる子1人や2人居ても良いじゃない?」

 

立ち上がり、楽しそうに覗き込んでくる楯無。

流星の脳裏ではその姿が新聞部の先輩と被っていた。

 

「こんなにって自分を指差すな」

 

「ごめんなさい、こんなに美人なのはお姉さんだけね」

 

「はいはいそうだな。楯無は美人だ。悔しいけどそれは言うまでもないさ」

 

「ふふ、流星くんもやっと気付いたようね」

 

「だけど性格は───…」

 

とそこまで言うと流星は押し黙る。

言葉を選ぼうとして良い言葉が見付からなかったのだ。

 

「ちょっと何で黙るのよ」

 

黙りこむ流星に楯無は口元をひくつかせる。

流星は特に言及しない。

自分が一番よく知ってるだろ?と言いたいのだろう。

 

「流星くんの意地悪ーっ」

 

「!」

 

と、楯無が拗ねている横で流星の端末が音を出して鳴り響く。

楯無のそれが演技と理解している流星は迷いなく端末を取り出し、通話に応じた。

簪の息抜きも兼ねて改良した結果産まれた、投影ディスプレイ式の小型携帯である。

投影ディスプレイに映し出されるのは本音。

背景からして保健室に居るのだろう。

 

「いまみー、りんりんが───」

 

 

話を聞き、流星は事情を知る。

ラウラと戦った鈴とセシリアが怪我したとのこと。

その怪我の仕方も痛ぶられた結果らしく、普通の怪我の仕方でも無いそうだ。

 

直ぐに流星は立ち上がり、すぐ行くとだけ返事をする。

楯無も近くで聞いていた為、事情をきく事は無い。

流星は生徒会室を後にする。

楯無も事の顛末を把握する為、アリーナのログを調べ始めていた。

 

 

生徒会室を後にした流星は廊下を移動する。

既に鈴達は保健室に居て、駆け付けなくてはまずい状態ではない事は知っている。

だが、流星の足は自然と駆け足に。

気付けば走っていた。

 

保健室の扉を開け、中に入る。

奥のベッド2つに2人は並んで座っていた。

 

頭や腕に包帯が巻かれており、首にはギプスがはめられている。

セシリアも同様だ。

見る限り痛々しい姿の二人だが、元気そうに話しているのを見て流星は内心ホッとする。

 

周りには本音、簪、一夏、シャルルの4人がいた。

簪は一夏にまだ思う所があるのか、視界に映りにくいよう本音に少し隠れているのがわかる。

流星はその4人の中に割り込む形で鈴の前に出る。

 

 

「思ったより元気そうだな」

 

「…来なくて良かったのに」

 

「何言ってんだ?」

 

ほんの少しだけ恨めしそうにそう呟く鈴に流星は小首を傾げる。

鈴としてはこのような姿を見せたくなかったからなのだが、流星は分からなかった。

更には発端がセシリア鈴双方とも、好きな人物を侮辱されたからという乙女な理由もあった。

それも関係していた。

 

察した本音が苦笑いを浮かべている中、シャルルは笑顔で説明しようとして鈴に口を抑えられる。

 

その際無理に身体を動かしたからか、鈴は直ぐに涙を浮かべながら固まる。

流星はいつもと変わらず振舞おうとする鈴を前に呆れていた。

そんな中、鈴はポツリと思い出したように告げる。

 

 

「ごめんね、負けちゃった」

 

「鈴さん…」

 

その胸中を理解出来るのは同じ思いをしたセシリアだけだ。

代表候補生としてのプライドが傷付けられたのとある。

しかしそれよりも2人とも好きな人を侮辱されたまま、一矢報いる事すら叶わなかったのだ。

その悔しさはどれ程のものか。

流星や一夏達は二人が悔しそうにしているという事までしか分からない。

 

故に、俯いた鈴を見た流星は励ます事も宥める事もしなかった。

ただひと言、質問をするだけだった。

 

 

「強かったか?」

 

「当たり前じゃない。でも、あんたは勝たないと許さないから」

 

「はいはい。…聞くんじゃなかった」

 

鈴の言葉に流星は肩を竦める。

何処か緊張感の抜けた様子だが、彼の眼には不安の色はなかった。

代表候補生2人を圧倒した相手だというのに、と周囲に居た皆は感じるが特に突っ込む事も無い。

 

 

「ん?」

 

と、そこで地響きのようなものが聞こえた。

次の瞬間、保健室の扉が勢いよく開き大勢の女生徒がなだれ込んでくる。

見舞いではなさそうだと一同が思った次の瞬間、女子の集団が一夏に詰め寄る。

 

手にしていた1枚の紙を見せつけ、全員我先にと声を荒らげた。

 

 

「織斑君!これ!!」

 

「え〜っとトーナメント戦の形式変更?1対1じゃなく、2対2のツーマンセルに変更?」

 

「そう!だから一緒に出ようよ織斑君!」

 

「シャルル君!一緒に出よう!」

 

グイグイと詰め寄る女子達に、状況を飲み込んだばかりの一夏とシャルルは顔を引き攣らせる。

少ない高校生活の1つのイベント。

男子とのツーマンセルトーナメントという最高のシュチュエーションで青春を彩りたい、というような思考までは一夏が読める事はないだろう。

あわよくばという考えがある人物も数多い。

とはいえ、シャルルは誰かと組んだ場合性別がバレる可能性が高くなってしまう。

シャルルは返事に困った。

下手に断っても食い下がられるだろう。

 

 

「ご、ごめん!俺シャルと組むから!」

 

咄嗟に機転を効かせた一夏により、女子集団も納得する。

ライバルになりうる誰かが一夏と組むなら不満は少しあったが、男同士のペアというのも絵になると感じたからだ。

 

納得し、あっさりと諦めた女子達は保健室を後にする。

 

「い、いまみー。元気出しなよー」

 

「今宮君、が、頑張って?」

 

「……」

 

流石の流星も今の完全スルーは効いたらしい。

一人落ち込む流星を本音と簪が慰めている。

こればかりは一夏も同情せざるを得なかった。

 

一拍置いて鈴とセシリアは同時に声を発する。

 

「流星!(あたし)と組みなさい!」

「一夏さん!是非(わたくし)と!」

 

「いけません。安静にしてなきゃですし、ISのダメージレベルがCを超えています。ですから身体もISも休ませないといけませんよ」

 

女子集団と入れ替わるように現れた真耶に釘を刺され、鈴もセシリアも項垂れる。

真耶はその後色々連絡事項を伝えると、忙しいのか直ぐにどこかへ行ってしまった。

 

項垂れる2人の脳裏に浮かぶのはトーナメント戦優勝者が男子に告白出来るという話。

自身が参加出来ないからには、ライバルではない人間に優勝して貰えばいい。

それに、あの約束は女子間でのもの。

男2人が優勝すれば何も状況は動かない。

 

セシリアと鈴はアイコンタクトを取る。

 

即座に思考を切り替え、一夏とシャルルの方へ向く。

 

「一夏あんた優勝しなさいよ!」

「そうですわ!絶対優勝していただきますわ!」

 

「お、おう。ありがとう」

 

鈴としては流星を応援したいがこればかりは譲れない。

内心複雑な心境ながらも、仕方ないと割り切る。

 

「負けると許さない癖に、一夏を応援するんだな」

 

「そ、そういう事じゃ」

 

「いいさ、意地でも優勝してやる」

 

不貞腐れる流星を前に戸惑う鈴。

焦っている本人は気が付かないが、それがいじけているからだと周囲の皆は理解した。

 

(子供っぽい…)

 

意外な一面を見た簪は素直に流星の様子をそう評する。

好きとかそういうものはよく分からないが、流星はヤキモチを妬いているのだろう。

恋愛的なものではないが、それなりに鈴を気に入っているのだと理解する。

簪が客観的にそう分析している横で、本音はなんとも言えない表情をしていた。

パッと見はいつもの表情だが、それもまたヤキモチだと簪には分かった。

 

 

「それでいまみーは誰と組むの?」

 

そわそわしながら尋ねる本音に流星は顎に手をあて考える。

 

「ここに居たか。今宮流星」

 

一同が振り返るとそこにラウラが立っていた。

鈴とセシリアをこうした元凶であるというのに、この場に来た事に流星以外驚いている。

 

「お前…ッ!」

 

「お前に用はない」

 

ピリピリとした緊張感が辺りを包み込む。

怒りを顕にする一夏や、警戒するセシリア達。

ただ流星と簪は落ち着いた様子であった。

ラウラはその事を見渡して確認すると、改めて流星の方を見る。

 

「トーナメントの事は知っているな?」

 

「ああ」

 

頷く流星。

ラウラは淡々と告げる。

彼女は先程の件など微塵も気にしていないのだろう。

それはそれ、これはこれなのだろう。

切り替えの早さに関しては流石軍人と言ったところか。

この場合感心するとこではないけど、等と簪は内心考えていた。

 

「今宮流星。私と組め」

「嫌だよ。他当たれ」

 

食い気味での拒絶にラウラは意外そうな顔をする。

断られた事自体にはショックを受けている様子はない。

純粋に流星は感情関係なしに勝つ為なら乗ってくると踏んでいたからだ。

 

「ほう?感情論で勝つ確率を下げるのか?」

 

「勝つ確率を下げる?逆だな。アンタと組むより勝率が高いから組まないんだよ」

 

「なんだと?」

 

その言葉にラウラは眉を顰める。

強さを求めるラウラにとって流星の発言は到底許せるものではなかった。

 

「ならば貴様は誰と組む気だ」

 

「簪とだよ」

 

視線を移し、簪の方を見る流星。

釣られてラウラも視線を簪に移し、話を聞いていた全員が遅れて簪を見る。

 

「え?わ、私?」

 

「嫌なら断ってくれて構わない」

 

簪はそう言われ、返答に困る。

隣の本音は微妙にふくれているが、勿論流星は気付かない。

恐らく自身を選んだのも何か理由があるのだろう事は簪も察しは付くが、もう少し女心を知るべきだと一人思う。

 

現状一年生最強であろうラウラを差し置いて、簪を選ぶ意味は簪自身にも分からない。

 

「貴様、私を舐めているのか?」

 

ラウラは簪を観察し、流星の方へ向き直る。

日本の代表候補生であり、実力はあることは知っている。

だが、ラウラの見解では簪よりそこに居るシャルルの方が実力は上と考えている。

しかも、簪の機体は未完成。

性格は様子を見る限り、戦闘にはあまり向いていないだろう。

ラウラは負ける事は有り得ないと評価していた。

 

故に流星に侮辱されたと考える。

 

「確かにアンタは一年生の中で最強かもしれない。実力を疑おうなんて思ってない」

 

だけど、と流星はラウラを指さす。

意地の悪い笑みを浮かべた。

「だからアンタは勝てない。断言してやる。優勝なんて出来ない」

 

「雑兵が吠えるな。…良いだろう、試合を楽しみにしておいてやる」

 

対してラウラも好戦的な笑みを浮かべ、背を向ける。

そのまま彼女が保健室を去ろうとするその時、流星はポツリと言葉を漏らす。

 

「とは言っても、戦えない可能性もあるんだけどな」

 

ラウラは無言で立ち去り、保健室内の緊張が解ける。

特に一夏を纏っていたピリピリした空気が消えた事もあり、流星と簪以外は安堵する。

また喧嘩でもするんじゃないかという心配もあった為だ。

 

 

「ねーねー、いまみー。かんちゃんが凄いのは私が良く知ってるけど、どうしてかんちゃんだと勝率が高いの?」

 

少し気になったとばかりに流星の横で尋ねる本音。

親友をきっちり評価されている点は自分の事のように嬉しい本音だが、彼女としては流星と組みたかった。

しかし、自分は整備科志望なのもあり、代表候補生でもなく操縦は苦手だから選ばれないのも仕方ない。

そんなふうに1人納得している節もあった為、簪を多少羨んでいる程度に収まっている。

 

「はは、それは企業秘密だ。って何ふくれてんだ本音」

 

「ふくれてないも〜ん。いまみーの馬鹿」

 

「むぅ。良いだろ、こういうのは後からお披露目でも」

 

はぁ、と溜息をつくのは鈴。

彼女は本音に心底同情し、更に流星の反応に妙な既視感を覚える。

具体的に言うとどっかの唐変木に振り回されている時を思い出し、1人頭を抱える。

結局は惚れた側が負けなのかもしれない、と胸中で独りごちる。

 

 

「簪。駄目か?」

 

「機体が量産機になるけど、それで良いの?」

 

「そんな事承知の上だ。ついでに機体開発の為のデータを取る事も出来る」

 

一石二鳥だ、と流星は得意気だ。

簪も流星がそこまで納得しているなら、断る理由はなかった。

自信はあまり無いが…。

 

「分かった…よろしく、今宮君」

 

「ああ、よろしく簪」

 

こうして流星と簪のタッグは成立した。

未知数のタッグ成立を前に流星の思惑を考えるセシリア。

しかし、数秒経って分からない事が分かると考える事を放棄する。

 

と、そこで一夏は流星の眼前に出るように1歩踏み出した。

 

「なあ、流星」

 

一夏に声を掛けられ、振り返る流星。

流星は少し意外そうに目を丸めている。

一夏からこうして話し掛けられるとは思っていなかったのだろう。

 

 

「俺と模擬戦してくれ」

 

 

 

 

 

 

アリーナの使用許可自体はかなりあっさりと取れた。

元々流星が練習の為に取っていたからだ。

周囲は既に暗いが、アリーナ自体はライトで照らされている為問題ない。

見に来ているのはシャルル1人。

鈴やセシリアは保健室。

更識さんとのほほんさんは2人の為に着替え等を持って行ったりする為来ていない。

 

 

アリーナの上空。

目の前でISを纏い、浮かんでいる流星を見据える。

無骨な灰色の機体、それは汎用的な武装を多く積んだ第二世代型。

性能ではこちらが優って居るのに弱いという印象を受けた事などない。

 

──今宮流星。

努力家でマイペースで、誰にでも優しい訳じゃない変わったクラスメイト。

でも、更識さんが貶された際訂正させようとしたり、襲撃事件の際は観客席の人達を命懸けで守ったりと良い奴である事は知っている。

正直な話、何を考えているかよく分からない時があるけど…。

 

 

目前の流星が構える。

 

そんな良い奴が、俺からも見て強いアイツが、シャルルの件に否定的だったのは理解出来なかった。

 

別にその事で流星を責めようなんて考えていない。

冷静に考えても、当然かもしれない。

アイツは国籍さえなく、学園にいる状態。

何の後ろ盾もなく、卒業後どうなるかさえ分かっていないんだ。

下手に首を突っ込まないのが精一杯の筈。

それでも、流星ならと考えてしまう。

 

だからこれは、俺の勝手な期待だ。

ある意味憧れていたからこそ、そうであって欲しくなかったという不満。

 

 

「準備は良いか?一夏」

 

「ああ」

 

雪片弐型を握る。

流星に対し勝手に気不味くなっていた理由はやっと分かった。

だけど、悩みは晴れない。

きっとそれは俺が力不足だから、シャルルをどうしてやる事も出来ないからなのだろう。

 

 

「行くぞ」

 

流星からの声。

同時に向けられる銃口。

反応が遅れることは無く、横に飛んでかわす。

その銃声が開始のブザー代わりとなった。

 

サブマシンガンによる牽制。

連射出来る武器の中でも威力は低いが、扱いやすいのだろう。

流星はそれを初撃に用いた。

 

かわした勢いで回り込もうとする。

流星も俺に追いつかれないように旋回しながら弾を放つ。

そのまま片手にアサルトライフルを展開した。

サブマシンガンによる牽制、流星はその回避先に置くようにアサルトライフルを掃射する。

 

「っ」

 

被弾。

狙撃は隙が大きいと判断したのか、連射出来る武装を徹底している流星。

ダメージは少ないけど、シールドエネルギーをなるべく残したいこちらにとってはジワジワ削られるのはくるものがある。

 

シャルルとの時もこうされた。

違いがあるとすれば、シャルルは流れを作り、流星は状況を作る。

線と点。

曲線と直線。

そのようにしか言い表す術はない。

恐らくそこに思うほど大きな差はないのかも知れない。

 

 

当たる状況を作る分、流星の方が弾切れは早い筈。

リロードの暇を与えない為、少し早めから被弾覚悟で回り込みながら突っ込む。

 

「!」

 

流星はそれを見て直ぐにアサルトライフルを収納。

残ったサブマシンガンのマガジンを排出、流れるような動きでリロードをする。

 

「させるか!」

 

動きながらだが、此方の方が速い。

左半身を前にして、サブマシンガンを構える流星。

サブマシンガンだけが故にリロードは早いが、切りかかっている俺の方が有利だ。

多少の軽いダメージなら、押し通せる。

 

零落白夜を発動。

そう確信し雪片弐型を振るう。

 

と、それはあっさりと流星の黒い槍に防がれた。

 

「なっ!?」

 

唐突に現れた槍を前に驚く暇もない。

すぐさま叩き込まれる槍による攻撃を防ぐ。

一撃一撃はそこまで重くない。

流星が右腕だけで槍を振るっているからであり、そこで漸く槍が突然現れたように見えた理由に気が付く。

 

左半身を前に出し、右半身を見えなくしていたのだ。

その間に槍を展開、反撃の流れだろう。

 

「くそっ!?」

 

片腕の槍といえど、以前より習熟度も上がっている。

上手くいなされ、咄嗟の零落白夜も許されない。

不意に近い防御からの反撃に体勢を崩され、少し押し返された。

瞬間、流星は左手のサブマシンガンの引き金を再度引く。

 

押し切るしかない。

被弾しつつ、踏み込む。

 

この場合最速で流星に届く攻撃は、突きだ。

姿勢を低くし、加速する。

至近距離での瞬時加速(イグニッション・ブースト)

同時に零落白夜を発動、突きを喰らわせようとする。

 

「!」

 

流星は迷わずサブマシンガンを手放し、左半身を後方に捻る。

そのまま槍を両手で持ち、突きは側面からいなされる。

 

「くっ」

 

流星の槍の腕は知っている。

恐らくこの少し崩れた俺の体勢からはほぼ押し勝てない。

更には生身での槍相手なら潜り込めばまだ有利を取れるが、これはIS戦だ。

空中での機動性も加わり有利になる筈の瞬間は、更に短くなる。

 

ここは立て直しつつ、再び隙を探すべきだ。

 

 

いや、そんな事じゃ駄目だ。

俺は正面から捩じ伏せられるくらいには、強くならないと駄目なんだ!

 

 

「うおおおおっ!」

 

「…」

 

流星の目が冷ややかなものを見る目に変わった気がした。

同時に横からの衝撃。

立て続けに来る斬撃、打撃は何とか凌ぐ。

 

「っ」

 

しかし、さらに立て続けに攻撃は来る。

鳩尾への突きは凌げなかった。

切っ先に意識が向いていたせいだ。

そのせいで反対側の打撃に気付けなかった。

 

仰け反った所に追撃が来る。

一度槍から目を逸らした手前、反応が間に合わない。

更には仰け反った際に流星が半歩引いたのか、間合いが微かに遠い。

槍を無理矢理受け止めてからの零落白夜による特攻も警戒してだ。

 

だとしても!

千冬姉なら正面から捩じ伏せる筈だ。

スラスターを噴射させ、強引に身体を間合いに捩じ込ませる。

 

瞬間、声が聞こえた。

 

 

「何してんだよ、一夏」

 

下からの衝撃。

潜り込むように踏み込んだ俺を待っていたのは、槍による顎への打撃。

視界が一瞬真っ白になり、思わず雪片弐型を手放す。

 

連続して蹴りが腹部叩き込まれ、為す術もなくアリーナの地面に衝突した。

シールドエネルギーは残り僅かと言ったところか。

距離も取られ、身体はまだ回復しきっていない。

絶対防御があるとはいえ、顎からしっかりと衝撃を貰ったのだ。

意識を失わないだけ上等だ。

そんな俺を見下ろしながら、流星は不機嫌そうにしている。

 

理由が分からない、が何か言いたそうだ。

恐らくそんな俺の様子が顔に出ていたのだろう。

流星は見かねた様子で口を開いた。

 

 

「…そんなんで何が守れるんだ」

 

「な、に?」

 

ハッキリとした俺への否定。

身体を無理矢理起き上がらせつつ、上空にいる流星を見る。

流星は槍を仕舞い、アサルトライフルと盾を展開する。

 

「退かないと駄目なタイミングが二度あった筈だ。何で突っ込んで来た」

 

「それは、退くといけないと思ったからだ」

 

俺の答えに流星は眉を顰める。

それは明確な怒りの感情だった。

珍しいなどと思う余裕も俺には無かった。

 

「出来ないと分かっていて挑むのは構わない。だけど今出来る事を引き出しもせず、ただそれをするのは停滞だ…!」

 

「!」

 

「ああ、模擬戦だけなら仕方ないさ。でも一夏、お前は誰かを守る時もそれをし続けるのか?なりふり構わない状況でもお前は出来ないことしか見ないのか!」

 

誰かを守る時──そう聞いて、シャルルの件の事を指していると気が付く。

もっと俺が強ければ──そう考え始めた所で流星の言葉に苛立ちが芽生えた。

無理矢理立ち上がりつつ、雪片を拾う。

 

「だったら、何が出来るって言うんだよ!俺に!」

 

シャルルに何もしてやれない事なんて分かっている。

それを協力すら拒んだ流星に言われる筋合いはない。

雪片を握り締め、地面を蹴る。

流星は構えず、俺を見据えていた。

一気に加速し、切りかかる。

 

それを盾で防がれ、鍔迫り合いの状態になった。

 

 

「頼る事を避け1人で立とうとしてるヤツと、頼る事を諦めているヤツ。そんな状態で何も好転するわけないだろ」

 

「知った風に言いやがって!お前に何が分かるんだよ!」

 

「分かりたくもないな…!」

 

流星はそう告げると、姿勢を低くし盾で押し飛ばしてくる。

俺はそれを受け流しつつ、一歩飛び退いた。

流星は即座にアサルトライフルの引き金を引く。

俺は堪らず横に飛び、回避に専念する。

 

「1人で何でも片付く事なんてない。最初から誰にも頼らずにいられるやつなんて居ない。今宮流星に出来なくてお前に出来ることは何だよ。土壇場でお前は立場を活かすことすら出来ないのかよ、織斑一夏!」

 

流星の言葉は更に続く。

言ってる事は理解し始めていた。

ただ、それが認められない。

 

「だからって、ただ人に頼れって!巻き込めって言うのかよ!」

 

「他に何がある!」

 

肯定、それに何よりも動揺する自分が居た。

分かっている。

しかも千冬姉は教師だ。

無関係じゃない事も。

分かっている。

 

でも無意識の内に、俺はその選択肢を見えなくしていたのだろう。

 

 

「…」

 

そもそもずっと守られている立場。

俺が何かに首を突っ込んだ時点で既に巻き込んでしまっている、というのも気付かないようにしていただけだ。

 

いや、そもそも心配してくれる皆にもきっと迷惑は掛けていた。

それにすら気付けないでいたんだろう。

 

だから俺は。

 

「…流星、ありがとう」

 

雪片を強く握る。

悩みは完全に晴れた訳では無い。

あくまで自分で誰かを守る訳でもない、自分もあくまで頼るだけだ。

完全にそれを許容出来るほど俺は大人にもなれなかった。

 

ただ目の前の事すらまともに見れていなかったという事実だけ自覚する。

 

──一瞬だけ、流星が微かに俯いたような気がした。

 

 

「…なら、良かった…か」

 

「続きといこうぜ、流星!」

 

「勝ちは貰うさ」

 

直ぐに流星はいつも通りの不敵な笑みを浮かべ、弾切れになったアサルトライフルを手放した。

 

「!」

 

同時に流星は左腕に着けていた盾を投げ付ける。

それは瞬時加速(イグニッション・ブースト)で仕掛けようとする俺を阻害するため。

俺はそれを切り弾く。

 

 

瞬間、衝撃が身体を叩いた。

流星の構えていたものはスナイパーライフル。

 

「…なんだかんだでトドメの算段付けてたのかよ…」

 

気付けば、俺の残り僅かだったシールドエネルギーはゼロになっていた。

 

 

 

 

 

 

 




流星が完全に正しい訳でもなく一夏が正しい訳でも無い。
シャルロットはどうにも出来ない状況が続き、性格的にも流されるしか無かった。

故に起きる小さな衝突。


ラウラが流星を選んだのは、強さとかでは無く戦場を知っている人間と組みたかったから。






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-20-

一夏との模擬戦も終わり、寮の部屋へと流星は戻っていた。

シャワーも浴び、寝巻きに着替えた彼は紅茶を飲みながら模擬戦の事を楯無に一通り報告していた。

彼も別段報告する気はなかったのだが、殆ど全部聞いていた筈の楯無が念の為説明を求めたからだ。

楯無がこっそり見ていた事は流星も勘づいていたが、まさか不用心と注意されるとは思わなかったようだ。

水色の寝巻きに着替えた楯無は、流星の対面に座りながら紅茶を飲む。

すっかり日課と化した状態で、話を聞き終えた彼女は頷く。

 

 

「それで織斑先生も調べる事になったのね」

 

「とは言ってもあの人の事だし、既に何か知ってそうだけどな」

 

「そうね」

 

と、楯無もある程度調べが付いているのか何処か他人事だ。

あまりにも杜撰な計画、そしてその背景。

楯無は大体察しがついている様子だったが、静観を貫いている。

流星はそんな楯無へ視線を戻した。

 

「楯無も目処は立ってるんだろ?」

 

「どうかしら?」

 

「嘘付け、ついてなきゃ放置して無いだろ?」

 

「それは分からないわよ?ところで、流星くんはどういう見解なの?」

 

楯無に返答を求められ、流星は困った様子で頭をかく。

彼自体の持ってる情報は一夏と変わらない。

故に妄想の域を出ない予想でしかないのだが、楯無はそれを知った上で聞いている。

試されているような気もした。

 

「最初は慌てて送り込んだとしか思ってなかったけど」

 

「けど?」

 

「あまりにも中身が杜撰すぎるからな。だから、シャルルがバレるバレないは関係なかった…って考えてる」

 

あくまでも憶測以下の話でしかない、と流星は言葉を続ける。

 

「シャルルを送り込んだ状態にしたかった。バレても同情誘ってシャルロットとして一夏と仲良くなって貰おうと考えたのか、はたまた何かから目を逸らす為の囮か。もしくは…流石にないか」

 

「続けていいわよ?」

 

「…もしくは、純粋にシャルロットをIS学園に送り込みたかった。そうしてシャルロットをややこしい状況から遠ざけたかった。そうなるとどの道──」

 

「───シャルル君がシャルロットちゃんとして登校しない限り、害があるか無いか判断出来ない、ね」

 

楯無は頷きながら、流星の言葉を引き継ぐ。

万が一最後の理由が該当した場合、そのためにあらゆるものを巻き込んだ首謀者も口を開くことは無いだろう。

もしバレればシャルロットにまで危険が及ぶ可能性が高い。

そしてその首謀者の理由を知っている関係者もまた然り。

確認する術としては、そうなった場合のシャルロットへの対応を見るしかない。

会社として、彼女に支援を続けるのならば流星の言ったどれかに該当する事になるのだろう。

 

 

楯無が不安など見せずに静観している事も頷ける。

 

 

「点数付けるなら何点だ?楯無先生」

 

「私の様子で判断してる部分があるし、これはカンニングね」

 

「それは禁止されてなかったからセーフだ」

 

流星が楯無の様子も織り込んで考えていた、という事は見抜かれていた。

と流星はそこでカンニングという言葉から、楯無が遠回りに肯定している事に気がつく。

この中に楯無の予想している事が混ざっていたのだろう。

直接肯定しないと言う事は明言を避けたと取るべきか。

流星はそこまで考えると思考を中断する。

 

 

「ねぇ、流星くん。簪ちゃんと組んだって本当?」

 

「?そうだけど、なんだ羨ましいのか?」

 

「そりゃあ羨ましいわよ!学年とかの縛りが無ければ私が真っ先に簪ちゃんのパートナーになってたわ!」

 

「言い出す勇気も無いくせに」

 

「それは、そうだけど…………」

 

しょんぼりする楯無。

相変わらず妹の事になるとテンションの上がり下がりが激しい。

また著しくポンコツ化するのも否めない。

 

「聞きたいのは理由だろ?」

 

「ええ!そうよ!確かに簪ちゃんの腕は私が保障するわ!でも現状は専用機が完成してない中ラウラちゃんを押し退けてまで指名……まさか流星くん、簪ちゃんを狙ってるの?」

 

「真面目に話すのやめるぞコラ」

 

「いえ!簪ちゃんは可愛い!だからそうに違いないわ!そうなのね!?」

 

容易く暴走する楯無に流星は額に青筋を浮かべる。

別に簪が可愛いという事には同意出来る。

だが楯無のこの暴走っぷりに、先程まで真面目に話そうとしていたのが馬鹿らしくなっていた。

流星は置いていた菓子に手を伸ばす。

真面目に話す気はとっくに無くなっていた。

 

「仮に簪が彼氏出来たって連れて来たりでもしたら、どうするのさ」

 

「それは勿論、その前からリサーチして試してるわよ」

 

「試すって?」

 

「簪ちゃんにその男が相応しいかどうかよ!そうじゃなければ排除するわよ」

 

悪い虫が付かないようにね、と胸を張る楯無。

果たして更識楯無のお眼鏡に適う男性がこの世に何人いるのやら。

 

それにしても過保護だ。

姉という生き物は皆こういうものなのだろうか。

流星は楯無との会話を適当にいなしつつ考える。

 

直ぐに思い浮かべたのは織斑千冬だ。

人一倍弟の一夏に厳しいように見えるが、その実アレはどう見ても気にかけているのが分かる。

本人の前で言おうものなら即アイアンクローだろう。

そもそもアレはアイアンクローなのか。

脳の中身が出るかとさえ錯覚する握力──まるでゴr

辞めておこう、何故か悪寒がする。

 

とはいえ唯一の肉親、そうなるのは当然か。

 

「楯無お姉ちゃんも忙しいな」

 

「!」

 

ピクリとその言葉に楯無は身体を揺らす。

流星からすれば多少の皮肉が混じった言葉。

しかしすぐに反応は帰ってこない。

楯無の反応の遅さと少なさに違和感を持つ。

 

「流星くん、もう一回言ってみて」

 

「ん?どうしたんだよ楯無」

 

「いいからさっきの台詞をもう一度、ね?」

 

ソワソワする楯無に流星は首を傾げる。

聴き取りづらかったのかと思いつつも、同じ台詞を口にする。

 

「楯無お姉ちゃんも忙しいな」

 

「…OK、それにしても流星くんって弟っぽさがあるわよね」

 

「いや、ないだろ」

 

「いえ、自分勝手に見えて無理やり踏み込まない粗暴な弟みを感じるわ」

 

真面目な顔になり顎に手を当てる楯無。

かなり早口に感じるのは気の所為だと信じたい。

訝しむ流星を他所に楯無は結論を出す。

 

 

「ハッ!──つまり 流星くんは私の弟だった…?」

 

「お前脳になんか詰まってるのか」

 

 

そもそも歳は同じだろうに、という流星の言葉は楯無には届かない。

ドン引きして何か可哀想なものを見る目で流星は楯無を見るが効果はない。

息を荒くして楯無は何処からか扇子を取り出す。

書かれている文字は真理。

──どこがだ馬鹿野郎。

 

 

「さあ流星くん!お姉ちゃん───いえ、楯無お姉ちゃんと呼ぶのよ!」

 

「呼ぶ訳ないだろ!簪と上手く行かなさ過ぎておかしくなったか!?」

 

「そんな事言わずに」

 

「勝手にやってろ。…俺はもう寝るぞ」

 

立ち上がり、流星は歯磨きの為洗面所に向かおうとする。

ティーセットはその後にでも洗うか等と考えながら欠伸をしていると、何かに勢いよく抱き着かれた。

 

振り返ると楯無がしがみついている。

無理矢理振りほどこうとするが、さすがに楯無を簡単には振り解けない。

 

 

「だぁあああ!?邪魔っだっ!バカ!」

 

「良いでしょ!減るものじゃないし!」

 

「減るわ!俺のプライド的な方で!」

 

「そんなものない癖に!ケチ!」

 

「あんたにもプライドないのな!?」

楯無の豊満なものがパジャマ越しに当たっている。

それによる羞恥、楯無の行動による困惑、苛立ちが混ざって流星も満足に頭が回っていない。

だから、だろう。

 

 

再三にわたるノックに気付かずに居たのは。

 

 

「いまみー?会長?…ナニシテルノ??」

 

 

「「えっ」」

 

2人はその声でやっと本音の存在に気が付く。

彼女が片手に持っていた資料は思わず地面に散らばっていた。

流星はそれを見て、資料を分けてもらおうとお願いしたことを思い出す。

翌朝に受け取る約束だったが、わざわざ持ってきてくれたのだろう。

 

だがその思考は一瞬。

本音の放つ並々ならぬ迫力に、セシリアとの模擬戦前夜を連想する。

そして自身の今の状態を再確認する。

パジャマ姿の楯無に抱き着かれ、無理やり剥がそうとした為楯無の服がはだけている。

どう見てもまずい光景。

流星が楯無を襲っているようにも見える。

 

 

「ほ、本音。これはだな!」

 

火事場のクソ力で無理矢理楯無を剥がし、言葉を模索する。

剥がされる時に軽く喘ぐ楯無に流星は全力で抗議したくなったが、それどころでは無い。

 

「…」

 

「いつものやり取りの延長というかなんというか…」

 

「いつもの…?」

 

「ひっ!」

 

ゆっくりと歩み寄る本音に流星は冷や汗を流す。

本音の顔は見えない、少し俯いている。

 

「え?」

 

と、流星の目の前まで近付いた本音から先程までの圧が無くなった。

流星は身構えている中、それを感じ取る。

同時に本音は俯いたまま、流星の胸元にポスンと頭を預ける形で抱き着いた。

 

 

「ずるい…、私だって…」

 

「本音?」

 

消え入るような声で呟きながら体重を預ける本音。

そのまま流星の腰に手を回す。

表情は流星からは見えていないがら、羞恥心を隠すように微妙に膨れっ面だ。

ただ、耳は茹で上がったように真っ赤であった。

無論それは着ぐるみパジャマのせいで横からしか見られない。

 

「っ」

 

風呂上がりのせいか彼女の体は暖かかった。

シャンプーの香り、小さく柔らかい少女の体。

そして何より自然と押し付けられているものに、流星は嫌でも意識させられる。

 

想定外の本音の行動に更に流星は困惑する。

後ろで扇子を開き、口を隠しながら感嘆の声をあげる楯無に気付く余裕もない。

その扇子には青春、と書かれていた。

 

 

「…えっと本音?は、離れてくれないと困るというかなんと言うか…」

 

「ヤダ」

 

即答かよ、と流星は内心で突っ込む。

努めて冷静さを取り戻していく。

 

「…」

 

静寂。

恥ずかしさがかなりある中、流星は特に何もしない。

先程までの楯無と違い、本音は簡単に引き剥せる。

 

しかし、まるでここに居る事を確認するかのようにしがみついている彼女を前に引き剥がす発想は奪われた。

 

誰よりもおっとりしていて天然そうだが、肝心な部分はきっちり捉える少女。

それでいて何だかんだ気配りも出来る事を知っている。

普段のほほんとしている彼女も、あまり弱みは見せないタイプだと流星は心得る。

 

故に甘えたい時も有るのだろう──と彼はこの状況を受け入れていた。

 

 

微笑ましいと笑っている楯無は別段この状況をどうしようという気はなかった。

面白い状況ではあるのだが、本音の気持ちを尊重したのだろう。

 

長い数秒、後に本音は我に返り慌てて離れた。

 

「あ、その、えっと──っ!」

 

流星の顔をマトモに見れない。

本音は着ぐるみパジャマのフード部分を左手で掴み顔を隠す。

それでも恥ずかしさはとれない。

慌てた様子で屈み、残った右手で先程落とした資料を拾った。

 

そそくさと資料を流星に押し付けるように渡す。

 

「じゃ、じゃあまた明日!!」

 

「お、おう?」

 

そのまま本音は走り去るように帰っていった。

少し呆気に取られ置いてけぼりの流星。

本音も恥ずかしかったのだろうと考え、心を平静に保つ。

 

 

「青春っていいわねー」

 

「あのなぁ、楯無。そうやって微笑ましく見られてるとこっちもかなり…」

 

「別に良いじゃない。それに恥ずかしくて嫌なら本音ちゃん引き剥がせたでしょう?」

 

「む」

 

そう言われると言い返せない流星。

こればかりは流星自身もその選択をした為、反論の余地はない。

 

「そう言えば流星くん、これとか面白いと思わない?」

 

と、楯無は楽しそうに携帯の画面を流星に見せる。

それは先程の光景を撮ったもの。

流星の顔がみるみる真っ青になる。

 

「なっ!?いつの間に撮ったんだ!」

 

「ふふふ、私を見くびられちゃ困るわね!悟らせないのがプロの技よ!」

 

「いいから消せ!そいつが出回る事になったら、間違いなく騒ぎになる!」

 

自身がドギマギしている光景など、人に見せたくないのが道理。

端末を横取りしようとする流星だが、楯無に軽くいなされる。

 

「ふふ、消して欲しかったら──分かってるわね?」

 

「くっ…」

 

頭を抱える流星。

何を要求されるか察しは付いていたらしい。

 

──今日も平和に夜は過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「簪、そこの値ってこのコードで良いのか?」

 

「うん。後それをこっちにも」

 

「OK」

 

整備室で2つの声。

流星と簪は本日も簪の専用機の開発に明け暮れていた。

本音はというと、何やら用事があったらしく今日は整備室に来ていない。

何やら流星の事を避けていた気もするが、気の所為だろう。

鈴も今日はまだ身体が痛むらしく、早めに寮に戻っている。

 

投影ディスプレイのキーボードよりあらゆるパラメータを打ち込む簪。

彼女は横目で流星を見た。

 

今は投影ディスプレイではなく、学園内の貸し出しの端末と睨めっこしている。

最初は任せていいか迷ったものだが、彼は勉強に勉強を重ねある程度ならこなせるようになっていた。

スムーズではないが、確実に進んでいる。

 

「今宮君、それ終わったら一旦休憩しよ?」

 

「ああ、そうする。その後はタッグマッチの練習でもするか?」

 

「良いけど、量産機の貸出申請が」

 

まだだった、と言う前に流星は不敵な笑みを浮かべた。

 

「──実はしてある。勿論簪の分だ」

 

「早い…」

 

こうして2人で整備室にいるのはいつ以来か。

思えば放課後はずっと流星と一緒にいる気がすると簪は内心思う。

だからなのだろう。

ここまで気軽に話せるようになったのは。

そんなことを考えつつ、作業を進める。

 

すぐに今日の分は終わった。

この調子だと近い内に試運転くらいは出来るようになるだろう。

当初は先が見えなかった状態からだった。

確かな手応えを感じつつ、簪はアリーナに向かう。

 

 

流星は本を図書室に返してから向かうらしく、簪1人で廊下を歩く。

廊下の端で集まっている女子達の会話を少し聞き、足を止めそうになる。

内容が、流星の悪口らしきものだったからだ。

ほんの少し気になった為、歩く速度が遅くなる。

も、ほんの数秒。

少しだけ聞くとそのまま歩き去る。

 

悪口の内容は幾つかあった。

どれも根拠もなくただただ気分を不快にするもの。

簪自身聞いていて嫌になったのだった。

 

そうやって悪口を叩かれる理由自体は察しがつく。

流星自体は織斑一夏と違い、誰にでも優しい訳では無い。

別に冷たい訳でもないのだが、基本的に無愛想だ。

その上何かを読んでいたりする頻度が高い為、既知の仲以外は益々声を掛けにくい。

更には織斑一夏が誰にでも優しく、人当たりがいい分目立ってしまうのだろう。

そう考えたあたりで簪の気分がまた沈む。

また織斑一夏か、そう一瞬考えたが暗い思考を振り払う。

そのような思考は先程の人間達と変わらないのではないか。

最も、簪は織斑一夏の専用機を優先され、自身の専用機を放ったらかしにされた過去がある。

理不尽な事であるとはいえ、良くない感情を抱くのは当然だった。

 

しかし、勝手な話だと簪は思う。

クラス代表戦の時は彼が観客席を守ったというのに、原因が彼だから居ない方がいいという人間もそれなりにいる。

理解できない。

それに関しては彼自身の耳に届いていてもおかしくないはずなのに、平然としている流星のことも簪は不思議でならなかった。

人の言う事など気にしていないのか、───またはそれを受け入れてしまっているのか。

 

思えば彼について知らない事だらけだ。

今宮流星という日本人らしい名前にも関わらず、彼は明確な国籍がない。

また、ラウラがタッグマッチの相方として声を掛けたことも気にかかる。

軍人である彼女が誘うということは恐らく何かあるのだろう。

 

鈴はともかく、本音は恐らく知っているのだろう。

姉の事だ、本音を監視の為彼に近付くよう仕向けた事は察しがつく。

気付かない程、簪は鈍くない。

 

そう考えた時、なんとも言えない寂しさを簪は覚えた。

すぐに仕方の無いことだと言い聞かせる。

 

程なくしてアリーナに着いた。

ISスーツに着替え、量産機を受け取りに行く。

彼が先に手続きしていた為待機状態のそれをアリーナで受け取れた。

緑の髪の教員から説明を軽く受け、サインだけする。

随分丁寧で優しそうな人だったと簪は1人思いながらラファールリヴァイヴを展開する。

軽く動き、機体の調子を見た所で背後から声を掛けられた。

 

 

「やあ、更識簪さん…だっけ?」

 

「えっと──」

 

「1組のシャルル・デュノア。こうして話すのは初めてだね、シャルルでいいよ」

 

にこやかに話しかけてきたシャルルもまたISを展開した状態だった。

3人目の男子に話し掛けられるとは思わず、簪も不思議そうにしている。

視線は自然とシャルルのISへ向いていた。

ラファールのカスタム機。

カラーリングはさておき、目立った変更点は見えない。

と、すぐに思考がそちらにいきかけていたのに気が付き我に返る。

 

「更識さんは今1人?」

 

「う、うん、今宮君を待ってる。デュノア君は?」

 

「僕も一夏待ちなんだ。その良かったらなんだけど、待ってる間に僕と模擬戦しない?」

 

「いいけど、どうして?」

 

「うん、僕も一夏と流星の模擬戦を見て思う所があってさ。後、敵情視察ってやつもあるかな?」

 

と少しおどけて笑うシャルル。

美形故の柔和な笑みは、恐らく女子によっては即落ちるだろう。

簪は他人事のように考えつつ、その申し出を受ける事にする。

フランス代表候補生。

その実力が気になったということもある。

それ以上に今の自分の実力がどこまで通じるか確認しておきたかった。

 

 

 

 

 

 

──結果として、模擬戦はシャルルの勝利に終わった。

終始礼儀正しかったシャルルに少しだけ違和感を覚えながらも、簪は一夏のいる方へ向かう彼を見送る。

 

ラファールについてはデュノア家である彼の方が理解が深い。

その上、量産機とそのカスタム機体という差。

 

それらがあっても、純粋な実力で負けていたと簪は内心理解していた。

 

前までなら凹んで居ただろう。

いや、正確にはショックは受けている。

代表候補生としてのプライドが傷つかない訳はない。

姉に追いつこうとしているのに、遠さだけ思い知らされる。

悔しかった。

同時に申し訳ない気持ちになる。

やはり今宮君は自分と組むべきでは────。

 

 

「完敗だな、簪」

 

 

背後からの声に慌てて振り返ると、そこにはISを纏った状態の流星が立っていた。

 

「今宮君。ごめん、その、逆に待たせる事になっちゃった…」

 

「いや俺も今来たとこ…って使い方違うか。──ごめん今の忘れてくれ」

 

「?」

 

首を傾げる簪に流星はコホンと咳払いして誤魔化す。

 

「しかし、シャルルと模擬戦か」

 

「見てたの…?」

 

「最初からじゃないけどな」

 

と流星が簪に記憶媒体を投げ渡す。

それは模擬戦のデータだった。

申し訳なさそうに簪は目を伏せる。

 

「ごめん、今宮君。負けちゃった」

 

「そんな事ないさ。確実に不利を背負ってるのは言うまでもない中、あれだけ戦えるのはやっぱり凄いよ」

 

「え、えっと…」

 

素直な賞賛の言葉に簪は唖然とする。

流星はシャルルに視線を移しつつ続ける。

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)。生で初めて見たけど、AICより厄介そうだな」

 

───と、流星の言葉に簪は大きく目を見開いた。

シャルルとラウラ、どちらの戦闘を見た事のある者達は皆AICにばかり注目している。

そんな中、簪はシャルルと戦い高速切替(ラピッド・スイッチ)の方が脅威であると認識していた。

あくまで武装に対する認識など、その人の戦い方との相性によるもの。

正否などない。

ただ、その意見が学年でも少数派であろう事は理解しているつもりだった。

 

その中で、戦い方が全く違うはずの流星も同じ感想を持っていた事に驚いたのだ。

 

ひょっとして、と簪は流星が自身を選んだ理由のひとつに気がつく。

そして流星と簪は練習を開始した。

 

 

 

 

 

「なんだ、もういいのか?」

 

寮の食堂に1人食事をしようと訪れた流星は、トレーを持ち机に座ろうと言う所で見慣れたツインテールの少女を見つけた。

腕に包帯を巻き、首から吊るしている状態の彼女は定食を食べる手を止める。

 

「何よ。ずっと保健室に居ろって言うの?」

 

「いや、もう動いて大丈夫なのかと思ってさ」

 

そう言いつつ、流星は鈴の向かいに腰をかける。

時間は食事時より少し遅め。

そのため食堂は少し空いている。

 

「そもそも皆大袈裟だっただけよ。そんな大した怪我でもないんだし…」

「だといいけど。くれぐれも無茶は止めておけよ?」

 

「あんた、どの口が言ってるのよ…」

 

「この口だけど?」

 

呆れた、と鈴は流星の怪我した時を思い出し溜息をつく。

一方本人は気にした素振りは見せない。

手を合わせ、食べ始める。

 

「ところでセシリアは一緒じゃないのか?」

 

「セシリアも連絡とか色々あるみたい。そういう流星はどうして1人なのよ」

 

「本音は簪と一緒に部屋で映画観てる。俺も誘われたけど…断った」

 

「断った?用事があったの?」

 

断ったと聞き、理由が気になる鈴。

正確には、その瞬間歯切れ悪そうに言った流星の様子から気になったのだった。

 

 

「あー、そのなんていうか。…精神衛生上宜しくない」

 

 

流星の脳裏に浮かぶはパジャマ姿の2人。

パジャマだから仕方ない所はあるのだが、それを抜いても2人は無自覚過ぎた。

衣服がはだけようと、パジャマが故に気にしていなかったりする。

気が付きにくいのかもしれないが、流星としては居た堪れない気持ちになる。

男として見られていないのかもしれないが、目に毒なのは違いなかった。

本音については先日の件もあり顔を合わせづらいのもある。

 

それを聞いた鈴も流石に察しはつく。

つくのだが、自身にはない豊満なものを意識せざるを得ない。

その為鈴はジト目で流星を睨む。

 

「今からでも行ってきたらいいでしょ。男冥利に尽きるじゃない」

 

中学時代の悪友ならば泣いて喜ぶだろうと鈴は内心考えていた。

流星はバツの悪そうに目を逸らしつつ呟く。

 

「そう睨むなよ。俺だって何とも思わないなら行ってるさ」

 

「…同室の娘も美人なんでしょ?慣れてないの?」

 

「アレはなんと言うか、無自覚じゃないのが逆に問題というか…」

 

「?」

 

「それはそれ、これはこれってことだ」

 

頭を抑える流星。

彼の苦労は彼女を知らねば想像することも出来ない。

同居人に関しての以前の流星評を思い出す。

もしかすると一番の難敵は流星のルームメイトかもしれない、と鈴は1人直感する。

 

 

──それにしても、と流星は鈴へ視線を戻しつつその手元を見る。

利き手でない方で箸を持つ彼女、そして未だ多く残っている定食。

 

「な、何よ?」

 

「食べにくそうだなって思ってな。手伝おうか?」

 

「へ?」

 

流星の言葉に目をぱちくりさせる鈴。

その意味を一瞬理解出来なかったのだが、すぐに顔を真っ赤にする。

 

「そ、それは…」

 

鈴にとっては魅力的な提案。

ではあるのだが、多くはないが周りに人が居る為目立ってしまう。

しかしと鈴は内心考える。

これはあくまで食べにくいから食べさせて貰う自然な流れ。

目立とうが仕方がない、仕方がない事だ。

羞恥よりも乙女心が勝る。

 

 

「じゃ、じゃあお願い」

 

「人にしたことないし、期待はするなよ」

 

流星はそう言いつつ鈴の横へ移動する。

そのまま鈴が使っていた箸を手に取ると、彼女の皿に乗ったおかずを箸で掴む。

鈴は意を決すると気恥ずかしそうにしながらも口を開ける。

 

「思ったよりタイミングが難しいな」

 

「そ、それはその、合図とか掛け声があれば分かりやすいんじゃない?」

 

「合図や掛け声?『はい、あ〜ん』って奴か?」

 

「そ、それしか知らないならそれでいいわよ」

 

耳まで真っ赤になる鈴。

流星は箸で持ったおかずを鈴の口へと運んだ。

鈴はそれを口に含む──恥ずかしさと高揚で味が分からない。

 

 

一方で、流星は流星で平常心ではなかった。

食事を手伝う都合、自然と鈴との距離は近くなる。

意識こそしていなかったが、ふとした瞬間に変わるものである。

 

向き合い自然と食べ物を食べさせる間に、彼女の整った顔立ちを間近で見る形になる。

さらりと流れる髪、少し長い睫毛、キメ細かな肌、柔らかそうな唇。

口を開ける瞬間何故か目を閉じる鈴に微かな背徳感を感じ、流星は少し視線を逸らす。

鈴側が意識し、汐らしくなっていることも起因していた。

流星側は普段意識してないからこそ、何故か小っ恥ずかしい気もしていた。

 

とりあえず、深呼吸だけして切り替える。

 

 

 

周囲の視線が少しずつ2人に集まる。

2人しかいない男子の片割れと中国代表候補生。

注目されるのは当然だった。

 

当の鈴はこれ以上周りに意識を割く余裕はなく、流星は気にしていない。

彼の場合は好奇の視線に晒される事に慣れてしまったのだろう。

2人は特に焦る様子もない。

また、鈴のドギマギする様子は野次馬からしても可愛らしいものだった。

普段の勝気な彼女から一転、汐らしくも乙女な姿。

ギャップというものだと周囲は理解させられる。

その為か遠巻きに見守るギャラリーは増えていく。

 

 

「──っと、これで最後だな」

 

最後のひと口を名残惜しそうに食べる鈴。

しかし怪我はすぐ治る訳では無い。

一度して貰ったことを理由に次も頼もう等と密かに企んでいた所で咀嚼し終える

完全に食事を終え、彼女は周囲からの好奇の視線に気が付いた。

 

 

「流星ありが……っえっ!?」

 

「どうやら結構目立ってたみたいだな。なんかさっきより人が増えてるし」

 

「さっきよりって、あんた気付いてたなら言いなさいよ!?」

 

「言った所でどうするんだよ」

 

言い返したいが言葉に詰まる鈴。

彼が善意で食べさせてくれた事に甘えていた罪悪感もあったからだ。

うぐ、と言葉を詰まらせた後視線を逸らす。

頬は微かに紅潮していた。

 

 

「こ、こうなったら治るまで手伝って貰うから!」

 

 

こうして、鈴の腕が治るまでの間流星が食べさせる事が決まった。

こんなやり取りをギャラリーの前でしてしまった為、直ぐに学園中に知れ渡ることになる事を鈴は気付く由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-21-

翌日の食堂。

昼ご飯を食べに集まった学生達の中、不機嫌そうに膨れっ面になる女子が居た。

彼女は自身の昼食を前に、箸を止めている。

視線の先は斜め向かいの座席。

周辺で食事をとる他の女子達も、視線を同じく向けていた。

 

 

「む〜…」

 

「本音、ご飯冷めちゃうよ?」

 

「むむ、むむむ〜…」

 

「はぁ…」

 

親友の珍しい反応にため息をつく簪。

本音はその言葉に反応する余裕も見せないで膨れている。

簪もかき揚げうどんを食べる手を止め、視線を本音と同じ方へ向ける。

 

そこにはご飯を食べさせる流星と食べさせて貰っている鈴の姿があった。

 

昨夜の事も見ていたクラスメイトから聞いた為、簪も本音も大体の流れは知っている。

鈴も怪我のため仕方ないと本音は理解していた。

しかし、実際にそれを目の当たりにした所で羨望の眼差しを向けざるを得なかった。

病人とそのお世話のつもりでやっている流星だが、されている鈴の反応はどう見ても初々しい彼女のそれだ。

恥ずかしさは取れていないが、それなりにこの状況を楽しんでいる。

 

「いまみーの馬鹿…」

 

呟く本音。

暫くはこの調子だろう。

簪は昼食を食べる事を再開する。

彼女はたっぷり汁をつけたかき揚げを食べながら、再度視線を渦中の2人へ戻す。

 

──自分もあのように誰かを好きになるのだろうか?

当然の疑問。

憧れはない訳ではない、ただどうしてもイメージが湧かない。

好きなタイプと聞かれたとしても、よく分からない。

 

強いて言うなら、ヒーローのような人物…だろう。

ヒーローもののアニメが好きな事が影響している。

如何せん現実味がないと簪は独りでに溜息をついた。

 

 

 

「簪に本音。ここに居たか」

 

いつの間にか、食べさせ終えた流星が目前に居た。

 

「へ?え?今宮君!?」

 

少し考えて居たこともあり、反応が遅れる簪。

本音は拗ねているのか流星を一瞥すると、食事を再会した。

一瞬不機嫌かと思った簪だったが、彼女が頬をほのかに紅潮させているのに気付く。

…?何か、思い出したのか気まずそうだ。

 

 

「簪、この後空いてるか?」

 

「え、あっ!?ちょっと待ってね?」

 

本日授業は午前中のみ。

この後の予定はない筈だが、と念の為スケジュールを確認すると。

眼鏡のフレームに触れ、レンズ部分にあたるディスプレイで何やら確認する。

して数秒。

 

「大丈夫。練習だよね?」

 

「ああ。整備室に行くのはその後しよう」

 

「分かった。食べ終わったらすぐ行く」

 

「じゃあ先に第3アリーナで待ってる」

 

簪の了承を得ると、流星は1人その場を後にする。

鈴の分の食器も既に片付けている。

鈴本人は我に返り、恥ずかしかったのか机に突っ伏したままである。

 

放っておいても問題無いだろうという判断であった。

オレンジ髪の少年はその道中でばったりとラウラと出くわした。

 

別段交わす言葉もない。

ただ余裕の無さそうな状態に見えた。

だが気遣う理由もない。

交わす言葉もない。

そのまますれ違う。

 

彼女の求める答えを持っているのは、きっと俺などではなく──。

 

流星は思考を中断し、足を早める。

2人の歩く廊下。

その様子を別の校舎の屋上から覗く影があった。

 

それは背丈はラウラよりも小さな小柄な少女の形をしている。

制服は着ていない、理由は明確。

目立つ場所、そこには何者も関心を示さない。

学園の最新技術を駆使した防犯カメラやレーダーには、少女とそのISは映って居なかった。

 

 

 

 

 

 

かくして、ツーマンセルトーナメントの当日が訪れた。

観客席は初戦前の賑わいで盛り上がっている。

一夏はシャルルと共に観客席へ。

テンションが上がった他クラス女子から近くを通ると黄色い歓声が上がる。

彼らは困ったように手をふり返しつつ、セシリアや鈴の隣に座った。

 

「あら?一夏さん達は試合があるのではなくて?」

 

「ああ、俺達の試合結構後の方なんだよ。1回戦の最後」

 

「ふーん、相手は?」

 

「ラウラと箒だ」

 

セシリアと鈴の顔が驚愕に染まる。

当然だ。

初戦から一夏とラウラがぶつかる事になるとは思わなかったからだ。

ラウラのペアにいる箒は恐らく抽選で決まったのだろう。

 

「あれ?いまみーとかんちゃんは?」

 

「1回戦初戦らしいよ。布仏さん」

 

「早速って事ね」

 

本音の疑問にシャルルが答え、鈴も納得して視線をアリーナ中心へ戻す。

すると同時に開幕のアナウンスが鳴り響く。

1回戦初戦の組み合せ、もといメンバーのアナウンス。

 

名前を呼ばれ場に現れる流星と簪。

特に緊張した様子も見られない。

簪はラファールを、流星は時雨を展開していた。

 

敵方の女生徒2人は緊張こそ見られるが、テンパっている感じでもない。

相手方はラファールと打鉄の組み合わせだ。

 

双方武器を構え、開始の合図を待つ。

 

流星は近接ブレードを展開。

簪はそれを見てアサルトライフルを展開する。

 

ここに来て、初めて緊張感が場を支配した。

あのペアの集中力が伝わってくるようだ、と一夏は感じる。

 

息を飲み、試合開始を全員が待つ。

始まるカウントダウン。

電子音と共に5の数字が表示される。

流星の姿勢は前のめり。

開幕と共に速攻をかける為と隠す気も見られない。

 

槍の腕なら知っているが、と一夏は顎に手を当てる。

初手に近接ブレードを展開する意味はよく分からない。

得意武器と思われる槍ではないのには何か理由があるのだろうか。

 

「始まった!」

 

シャルルの声と共に思考を打ち切る。

初手で飛び出したのは、やはり流星だった。

 

一気に距離を詰め、近接ブレードでラファール側に斬り掛かる。

相手は驚き反応が遅れた。

小細工無しの強襲はさすがに驚いたのだろう。

 

一太刀浴びせた所でもう一人が近接ブレードを持ち助けに向かう。

 

 

「え?」

 

と、瞬間に流星は地面を蹴る。

同時に敵機2人は何かに撃ち抜かれたように大きく後方へ吹き飛んだ。

 

数発ずつ弾を撃ち込まれた。

恐らく、飛び出して来なかった簪がやったのだ。

気付いた時にはもう遅い。

流星と入れ違うように、アサルトライフルを撃ちながら迫る簪。

そこで完全に相手側は思考を建て直す機会を失った。

 

追撃に2人は相手2機に詰める。

流星は近接ブレードで、簪は射撃兵装で。

2人してラファールの方へ攻撃を集中させている。

先にラファール側を落とす作戦だろう。

 

それは交互に流れるように行われた。

 

「…息、ぴったりだね…」

 

シャルルが零す声。

一夏が何か反応する前に試合の方で動きがあった。

何とかして反撃しようとする打鉄がブレードを振るい、流星に斬り掛かる。

 

それに簪が盾を持って割って入る。

ずっと見てたと言わんばかりの動き。

ブレードを受け流すとそのまま盾で殴り付け、反転。

いつの間にか持っていた近接ブレードで斬り掛かる。

あれは流星のを受け取ったのだろう。

一方で流星は簪のアサルトライフルを受け取っている。

展開よりも僅かに早い隙のない受け渡しに、セシリアは目を見開く。

2人はそのまま敵機を完全に分断し、残りのシールドエネルギーを押し切る形で0にした。

狙われていた事もあり、先に流星側の敵──ラファールが膝を着く。

すかさず加勢しようと振り返る流星だが、簪により打鉄も停止した。

観客は見入っていた。

 

試合時間はほんの1分。

勝敗のアナウンスと共に鈴は声を漏らす。

 

「容赦ないわね」

 

手早く終わらせた感じだが、そこに手加減は見られない。

相手は一応何処かの企業所属の生徒だったと鈴は記憶している。

だからと言って専用機を必ず持っているわけではないのが実状だ。

 

専用機持ちとそうでない者。

または国家代表候補生とそうでない者。

既にかなり技術的な差が開いており、場合によってはさらにそこに機体の差も入ってくる。

当たり前だが、明らかに平等ではないトーナメント。

そんな中これは少し気の毒ではあった。

 

最も、鈴もそんな事で手加減するタチでもないが。

 

 

「凄く綺麗な連携でしたわ」

 

セシリアは感想を呟く。

視線は会場を去る流星を追う。

正直、連携を取っている所を見た事がない事もあり驚いている。

 

恐らく近接ブレードを使っていたのは間合いを詰める為、そして今回の連携の仕方が理由だろう。

速攻をかける。

一夏もよくやる事だが、あれはまた違う。

今回のこれは2人での速攻。

簪は射撃武器ながらも絶妙な間合いの詰め方をしている。

あれは流星の動きを敵の動きと並行して把握出来ていないと出来ない芸当だ。

それは理解出来る。

問題はどちらが主体だったかということ。

先に動いたのは流星だったが、その後はどちらから合わせていたのか。

流星が跳び簪の銃弾が敵を襲ったのか。

先を読んで簪が撃ち、流星が跳んでかわしたのか。

どちらとも取れるタイミングだったのだ。

ISを使って観察をしていなかったセシリアには判断は付かない。

 

「…」

 

圧巻されながらも、表情が強ばることは無く何処か綻ぶ一夏。

脅威を認識したというのに、高揚感がある。

 

ただ早く闘いたい。

勝つとか負けるとかではなく。

俺は闘ってみたい。

 

一夏の様子を横で見たシャルルは笑みを零す。

彼自身の中の不安はそれで消えた。

強敵を見て闘志を燃やすパートナーに頼もしさを感じたのだ。

 

「いいなぁ、男の子!って感じで…」

 

ポツリと漏らす言葉を聞き取るものはいない。

直ぐに彼も笑みを浮かべると声をかけた。

 

「まず、ボーデヴィッヒさんを倒さないとね!」

 

「ああ!」

 

ラウラが強敵なのは2人共分かっている。

当然一夏も一番負けられない相手故分かっている。

 

待ちきれず、席を立った。

自身の試合は1回戦最後、準備には少し早い。

 

軽い準備運動位は、パートナーも許してくれるだろう。

 

 

 

 

「来たか」

 

金色の瞳と赤い瞳、銀色の髪、小柄な身体。

普通では無い、特異な容姿。

そして、そんな彼女を包む黒く重量感ある機体は彼女の華奢な体躯をそうと感じさせない。

 

ラウラの鋭い眼光が白い機体を射抜く。

軍人故のピリピリとした重圧を、一夏は正面から受け止める。

 

「ああ、来たぜ。お前を倒しにな」

 

一夏は臆する事なく平常運転で答える。

 

「ふん、威勢だけはいいな」

 

 

鈴やセシリアを痛め付けた相手。

怒りは勿論ある。

雪片を両手で強く握る。

 

また、同じように千冬姉に憧れた者。

なのに誇示するように力を振るう。

あれじゃあただの暴力だ。

認められない、それは間違っている。

視線を返す。

 

そして、千冬姉のあの時の選択は間違っていないと。

助けられたからこそ、証明する。

あの時は本当に無力だった。

今は、となると相変わらず出来ないことが多い。

だけど今やれる事は増えている、筈だ。

 

後ろでシャルルも構えている。

ラウラの後ろには箒が打鉄を纏い、近接ブレードを手にしている。

 

 

「威勢だけかどうか、見せてやる…!」

 

吠える織斑一夏。

それは教官の弱みたる邪魔者。

──私は、認めない。

脳裏に過ぎるは弟の存在を話した時の教官の顔。

強い教官が、見せた表情(やさしいかお)

理解出来ない(したくない)何故そんなに嬉しそうだったのか(私は持っていないものだ)

 

それは弱さに他ならない筈だ。

だから教官ですら優勝出来なかったのだ。

強さとは何物にも変え難い価値であり存在意義だ。

現に、私はそれを身をもって知っている。

あれは荷物だ。

忌むべき邪魔者だ。

 

 

 

───負けられない。

双方の試合を前に闘志を燃やす。

そこに善し悪しはなく、くべられるエネルギーは今か今かと身体を突き動かさんとしている。

 

 

試合開始へのカウントダウンが始まる。

 

5。

各々が身構える。

腰を落とし、改めて敵の配置へ意識を割く。

 

4。

会場全体が静けさに包まれる。

ラウラが少し前のめりになる。

 

3。

ゆっくり息を吐き、ゆっくり息を吸う。

一夏は脱力する。

シャルルはラウラと箒をロックオンする。

 

2。

静かに目を閉じた。

箒はこうして初めて対面する一夏の様子に目を丸める。

 

1。

目を開ける。

空気が変わった。

 

0。

ブザーが鳴り響く。

同時に2つの影が飛び出した。

 

「ぶっ倒す!」

「叩き潰す!」

 

アリーナの中心で激闘する。

それは見届けるシャルルを置いて、唖然とする箒を置いて。

プラズマ手刀と雪片弐型が互いに交差する。

 

 

切り弾く音。

初撃は互いに無傷。

 

「!」

 

ラウラのプラズマ手刀が再び振るわれる。

一夏はAICを警戒し、後方へ離脱する。

感情に反して冷静だった。

 

「任せて!」

 

「チッ小賢しい」

 

シャルルが前後衛入れ替わるように前へ。

アサルトライフルを撃ちながらラウラに向かう。

ラウラもまた即座にレールカノンを放ち応戦する。

 

「はああぁ!」

 

「箒!」

 

その隙に箒は一夏へ斬り掛かる。

白式を駆る一夏は接近する箒にも気が付いている。

振るわれる一刀を受け流す。

量産機といえど搭乗者は幼馴染。

剣に関しては油断ならない。

 

続く二刀目三刀目。

早い。

冷静に受け流し、機を待つ。

パートナーも理解している。

1対1が出来ないことを心の中で箒に詫びつつ、真上から振るわれる4刀目を受け止めた。

 

鍔迫り合う状態で一夏は微笑む。

 

 

箒は一夏の背後からシャルルが現れるのに気が付いた。

サブマシンガンの雨が箒を襲う。

咄嗟のことに箒は無防備な状態になる。

 

「くっ!?」

 

「行くぜ!」

 

一夏は踏み込み、一太刀入れようとする。

 

「!?」

 

しかしそれは虚空を切る。

驚きは一夏と箒のもの。

箒の身体が突如として持ち上がり、空中へ投げ出されたからだ。

 

「邪魔だ」

 

ラウラの声。

ワイヤーブレードによって箒を投げ飛ばしつつ、一夏に斬り掛かる。

不意打ち気味だったが一夏は何とか雪片で防ぐ。

ラウラの後方で箒は地面に叩き付けられた。

勢いが激しかっただけに、直ぐには立ち上がれない。

 

 

「ラウラ、箒を助けたわけじゃないのね…」

 

「そのよう、ですわね…」

 

観戦していた鈴とセシリアが顔を顰める。

気分の良いものでは無かった。

ツーマンセルトーナメントだというのにラウラには連携をとる気が欠片もみられない。

 

 

「お前っ…!」

 

これには一夏も苛立ちを感じた。

箒をあのように扱った事、連携をとる気がない事双方にだ。

ラウラは一夏の様子を鼻で笑う。

 

「ふっ」

 

一夏の頭に血が上りきる──ことは無かった。

 

そちらがその気なら好都合だと。

 

わざと強引に踏み込み、大振りの一太刀。

零落白夜を使用し、下から斬りあげる。

 

「そんなもの!」

 

ラウラが手を翳す。

瞬間、振るわれた雪片は空中にて静止した。

否、雪片だけではなく一夏自身もだ。

停止結界──AIC。

対象を止める武装に一夏は捕らわれた。

 

「っ」

 

「隙だらけだな」

 

ラウラの背にあるレールカノンの銃口が無防備な此方へ向く。

AIC。

以前鈴とセシリアを助けた際に喰らった以来だ。

だがあの時と違い一夏はこれをわざと使わせた。

攻略する必要がある脅威の武装。

捕らわれつつも分析に意識を割く。

相変わらず身体は動かない。

持続させる事に負担が掛かっているようにも見られない。

となると、掛かってから破る事は厳しい。

ならば───2人がかりならどうだ?

 

 

「一夏!」

 

少し観察していたシャルルが一夏の背後からスナイパーライフルで狙撃する。

ラウラは舌打ちをしながら離脱した。

角度的にはAICで防いでもおかしくない。

だというのにその気配すら無かった。

 

「…もしかして!」

 

一夏は何かを理解すると飛び退いたラウラへ追撃に走る。

シャルルは合わせるように一夏の方へ向かおうとする箒に割って入った。

互いに言葉を交わす事無く、シャルルは一夏の気付いた事を理解していた。

ならばすべき事は一つ。

シャルルは片手にサブマシンガンを、もう片手にアサルトライフルを展開し仕掛ける。

フランス代表候補生の巧みな攻めを前に箒は防戦に徹する事しか出来ない。

 

 

「うおおおおお!」

 

「愚かな」

 

一夏はレールカノンを切り弾き、斬り掛かる。

ラウラはプラズマ手刀で応戦する。

直ぐにAICで動きを止める算段をつけつつ、好戦的な笑みを浮かべた。

2人の間で獲物がぶつかり合う。

もう片方の手を翳そうとするラウラ。

 

 

「───」

 

一夏は、踏み込まなかった。

違う、踏み込んではいる。

両手で持った雪片弐型。

それを右手だけに持ち替えながら上から下へ、下から上へ振るう。

そして、その一刀に勢いを任せて身体は後ろへ。

 

絶妙だった。

AICへ意識を割かんとするラウラは失策に気付き、プラズマ手刀で防ごうとする。

 

「っ!?」

 

零落白夜を発動した一刀が黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)を掠める。

削られて減るシールドエネルギー。

ラウラの顔が驚愕に染まる。

直後にそれは怒りとなって現れた。

 

 

「貴様ァ!」

 

「ぐっ!?」

 

ワイヤーブレードが一夏を襲う。

多少冷静さを欠いていようとラウラが強い事実は変わらない。

ただ一夏も多少被弾しながらもそれを切り弾き前に進む。

 

ラウラは一夏の事を接近戦はそれなりに出来ると認識を改める。

まだまだ荒削りだが、先程見せたような咄嗟の動きには何か末恐ろしいものすら感じる。

だがそれまで。

所詮私の敵ではないとラウラは考える。

 

──零落白夜は諸刃の剣だ。

織斑一夏のエネルギーはそれなりに減っている。

一度止めて集中砲火すれば、一気に片はつく。

 

ラウラはそう考え、今度は自身から仕掛けようとする。

先程の動きも考慮した上で行動を開始した。

同時に、一夏は笑う。

 

「忘れたかよ。これはツーマンセルだぜ!」

 

銃声と共に弾丸が降り注ぐ。

シャルルが駆け付け、アサルトライフルを撃った為だ。

視界の隅で動けなくなっている箒を見て、ラウラは彼女がやられたと理解する。

問題ない。

ハナからあれは数に入れていない──!

 

即座にAICで防御&ワイヤーブレードでの反撃。

ワイヤーブレードは一夏の方にも放っていた。

シャルルが回避に移る先にレールカノンの照準を合わせる。

 

と、そこでワイヤーブレードを弾いた一夏がラウラの懐に迫る。

 

「速い!?」

 

間合いは微かに遠い。

だが一夏の狙いはレールカノン。

零落白夜を持って、その砲身の一部が切り落とされる。

しかしレールカノンはまだ使える。

そして切り終えた一夏の位置的にもチャンスだった。

 

接近戦は別に構わないがわざわざ付き合ってやる道理はない。

即座に照準を一夏に合わせつつ、手を翳す。

 

追撃しようとした一夏の身体が空間に固定された。

 

「何度でも言ってやるよ。俺たちは2人なんだぜ!」

 

「っ!」

 

スナイパーライフルがラウラの背のレールカノンを撃ち抜いた。

今度こそレールカノンはその機能を失う。

 

「ちぃっ!」

 

「ぐっ!?」

 

ラウラは咄嗟に目前の一夏を蹴り飛ばす。

AICが解けることが分かっていた為、今度は逆に自身から解き一夏を遠ざける判断をした。

 

「やっぱり、そうか!」

「みたいだね!」

 

弱点を把握し一夏は起き上がる。

シャルルは既にラウラに仕掛けていた。

サブマシンガンを撃ちつつ、一気に加速する。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと。こんなデータは──!」

 

「今初めて使ったからね!」

 

シャルルの言葉に一夏は苦笑する。

つくづく凄い奴だなぁなんて試合中とは思えない思考。

直ぐに試合へ戻るべく、一夏はあるものを拾う。

 

「だが停止結界の前では!」

 

ラウラがシャルルの動きを止める。

これこそ、決定的な隙。

奴が今停止結界を使ったのは、近接武器しかない一夏が少し離れた場所にいる為。

 

「なっ──」

 

その目論見は外れる。

一夏はあるものを構え、引き金を引く。

慣れない武装に緊張したのは言うまでもない。

シャルルのスナイパーライフル。

シャルルはこの為に許可を出してこの場に捨てて置いたのだ。

 

ラウラの身体が衝撃で揺れ、シャルルが解放される。

即座に動き出したシャルルをラウラが止めることは叶わなかった。

 

「この距離なら外さない!」

 

盾が外れ、顔覗かせる機構。

そこに見えるパイルバンカーを前にラウラの顔が歪む。

灰色の鱗殻(グレー・スケール)────!

 

シールドエネルギーは残り僅か。

そんな状態でこの攻撃を受ければどうなるかなど、明確だった。

腹部に叩きつけられる衝撃。

減っていくエネルギー。

 

私が、負ける?

 

脳裏に過ぎる失望の言葉。

歯ぎしりしても現実は変わらない。

 

私は、戻りたくない───!

出来損ないではない、役ただずではない、無能でもない。

強く、強く在らねばいけない。

こんな所で、ましてやあの弟に敗北するなど!!!

 

 

吹き飛ぶ黒の機体。

眼前で目まぐるしく表記される文字やシステムに彼女は気付く余裕も無かった。

 

アリーナの壁に叩きつけられた所で彼女の意識は闇に消える。

吹き飛ぶようにして晴れる砂埃。

 

 

 

次の瞬間、得体のしれない黒に呑まれるラウラの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-22-

「なんだよ、アレ」

 

一夏の問いは虚空にとけるように消える。

眼前で起きている状況が呑み込めないのは、別に一夏に限った話ではなかった。

終わったのか?そう確認する手前ラウラが何かに呑まれた。

ISが飴細工のように溶けラウラを取り込んだからだ。

そしてそれは全く違う形に変わっていく。

見るからに異様な光景。

 

緊急事態と判断されたのか、アリーナの障壁が落ちていく。

 

「あれ、は…」

 

眼前でよく分からない何かが形を成す。

それは人の形だった。

既視感がある。

それはISを装着していた。

見慣れたものだった。

それが手にしていたものは、雪片だった。

 

「ふざけやがって!」

 

冷静さを保たなければならない事など理解している。

それでも目の前の物は一夏から一瞬で冷静さを奪い去る。

 

 

雪片弐型を構え、斬り掛かる。

 

シャルルや箒がそれに気付くよりも速く、異形は一夏に牙を向いた。

振るわれる黒い雪片は斬り掛かった一夏よりも速い。

 

「っ」

 

咄嗟に反応し、一太刀目を受け流す。

IS越しだというのに両手が痺れた。

手の感覚を失いつつもガムシャラに二撃目に対応する。

一気に冷や汗が吹き出た。

次は防げない。

三回目の攻撃がやってくる。

横一閃。

まともに受ける事だけは、避けなくては。

防ぎ切ることは諦め、白式のスラスターを後方へ飛ぶよう全開する。

 

 

雪片弐型ごと弾かれるように、一夏はアリーナの地面へ叩き落とされた。

 

「「一夏!」」

 

一瞬の出来事にシャルルと箒が慌てて駆け寄る。

一夏の白式は解除されていた。

胴に切り傷。

幸い傷は浅い。

 

追撃が来るかと身構える一夏。

しかし、追撃は来なかった。

まるで敵は居なくなったとばかりに微動だにしない。

 

「?」

 

妙だとは思ったがすぐに怒りが彼を支配する。

羽交い締めするように止める箒。

それを他所にシャルルは数歩前に出て武器を構える。

 

「!」

 

その瞬間、迫る異形。

一瞬で間合いを詰めて振るわれる黒い一振りはシャルルを切り裂く──ことは無かった。

 

「っ…成程、ね…」

 

武器を手放した所でピタリと止まる異形。

念の為に回避も合わせようとしたのだが恐らく間に合わなかっただろう。

冷や汗をかきながらシャルルはその特性を理解する。

 

それは恐らく自動迎撃システムのようなもの。

武器を構えると敵と見なされる。

引き金に指を置く、剣を構える。

敵対行為の細かい線引きまでは分からないが、そういう事だろう。

 

「ふぅ…」

 

となれば多少は安心か。

油断はならないが、後退すると意識を一夏の方へ向ける。

 

ISを装着していない状態でも怒りを顕にしている彼に、箒が張り手を見舞う。

中々強烈だった。

一夏の姿勢が崩れ箒の声がやっと彼に届く。

問いただす箒の言葉に、一夏は絞り出すようにして言葉を紡いだ。

 

 

「あれは、千冬姉だ」

 

言葉には憎悪すら感じさせる程の怒りが混ざっていた。

その言葉を受け振り返りシャルルは納得する。

全身黒くうっすらとしてしかないが、面影がある。

そして一夏の怒りも最もだと考える。

他者が最強を目指したのか、模倣しようとしたのか。

力として織斑千冬を象ったあれは、あまりにも醜悪だ。

 

 

怒りの原因はそれだけではない。

彼は異形を睨みつけながら立ち上がる。

アレが振るう雪片はあまりにも侮辱していた。

千冬姉を、そして命を。

命を断つ(もの)の重さをあれは知らない。

そこに意思はなく、ただのプログラムとして人を切る兵器そのもの。

 

故に否定する。

──他の誰でもない、織斑一夏(おれ)自身が。

 

箒に貰った張り手により、理性が多少戻る。

 

箒は周囲を指さした。

何もお前が無茶をする必要は無いと。

事はお前が何もしなくても片付くと。

 

「違う、違うんだよ箒。俺がやらなくっちゃいけないんじゃない。俺がそうしたいんだ」

 

とはいえISが無ければさすがにどうしようもない。

脳裏を過ぎるは以前の流星の言葉。

シャルルの方へ向き直ると、シャルルは察したように笑みを浮かべた。

 

「エネルギーがあればいいんだね?」

 

取り出したコードを持ち、一夏の待機形態となっている白式に差し込む。

して数秒。

彼女のISは待機形態となり一夏は白式にエネルギーが流し込まれて居ることに気が付いた。

 

「コア・バイパスを使ってエネルギーを白式に補給したんだ。部分展開が精々だろうけどね」

 

「いや、助かったぜ。ありがとう、シャルル」

 

そんな簡単に出来た事じゃなかったようななんて考えつつも、一夏は視線を異形に向ける。

支えられつつも、背負おうと少年は右手だけを部分展開する。

1歩ずつ前へ、異形に向けて歩き出す。

 

 

 

一夏の背を見ながら、シャルルは愚直さを羨望した。

このままでいいのかと、彼の隣に自分は立つのにふさわしい存在なのかと自問する。

感傷に浸りそうになる自身を抑え、一夏に声をかける。

この場で不安を煽る言葉も激励も不要だろう。

 

「一夏、負けたら女子の制服で登校してもらうからね」

 

「…え、いやそれは!」

 

「自信がないの?」

 

「あー!何だってやってやる!」

 

「ふふ…」

 

きっと自身は悪い顔で笑っているのだろう。

──でもこんなにも心から笑えるのはきっと、僕の事で心から怒ってくれる誰かのおかげな訳で──。

頬が緩む。

こんなあたたかで何とも焦れったい感情は初めてだった。

 

 

 

「一夏…」

 

箒は一夏の背を見ながら、なんとも言えない無力感を味わっていた。

心配、なのは勿論だが結局自分は何も出来ていない。

試合で彼に強く印象を抱かせることも、彼を止める事も、力になる事も。

見送るしか出来ない事は、武人である彼女にとっては酷な事だった。

それ故に彼女は強く望む。

自身にも専用機があれば────と。

 

 

 

膠着する状況。

囲んだ教師陣もシステムの仕様、下手に手を出す真似はしていなかった。

貼り詰める緊張感。

紛い物とはいえ織斑千冬を象ったもののプレッシャーは大したものだった。

 

その眼前に歩いてくる人影。

一夏は異形の前に立つと、落ち着いた様子で部分展開した右手を前に出す。

 

 

「行くぜ。紛い物!」

 

シャルルが行った行動は一夏も見ていた。

自動迎撃のようなシステム的な反応。

敵対行為と見なされれば確実に仕掛けてくる。

 

──勝算はある。

あれが千冬姉の動きをトレースしているのならば、此方の構えや間合いから太刀筋を誘導出来る。

無論そう簡単な事ではない。

思惑通りになろうが、そのまま切り裂かれる可能性もある。

 

 

雪片弐型を展開。

ピクリと反応する異形。

間を置かず武器を構え零落白夜を発動した。

刃先を少し下げるように構えている。

 

 

同時に、異形は動いた。

一瞬で詰まる間合い。

既に黒い雪片は振るわれている。

上段からの袈裟斬り。

 

「───」

高速で振るわれるそれを一夏は異形の腕ごと切り飛ばす。

ラウラが囚われているのは本体奥。

躊躇いは無かった。

 

異形が何かアクションを起こす猶予も与えず、返す刀でその表面を斬り裂いた。

 

崩れる異形。

中から銀色の少女が崩れ落ちたのを一夏は受け止める。

 

 

断末魔などなく、異形は核たる少女を失い今度こそ完全に消え失せた。

 

 

 

 

少し時は遡り、一夏達の試合直前。

簪はアリーナの通路を歩いていた。

 

足取りは早足。

先程取れた射撃等の戦闘データを、待ちきれず機体に活かせるよう整理していた為気付けば1回戦も終盤になっていた。

怒られない程度の早足で急いで通路を往く。

誰にとは言わない。

鬼が出るだなんて噂がある。

とりあえず通路を走れば不味いことは、以前流星が力説していた。

 

調整の方も試合も手応えは上々。

機体の開発もかなり進んでいる。

このトーナメントが終わり次第、本音に依頼している打鉄の機動データを合わせれば試運転は出来そうだった。

先の試合の高揚感がまだ身体に残っている。

自信と言える程ではないが、安心はした。

自分もまだ棄てたものでは無い、と後ろ向きの思考ながらも彼女の心はいい方向に向かっていた。

 

 

通路に人は少ない。

皆既に観客席で応援しているのだろう。

織斑一夏&シャルル・デュノア対ラウラボーデヴィッヒ&篠ノ之箒。

今大会でも注目のカード揃い、観ないはずがなかった。

簪自身はそこまで興味は無い、しかし敵として当たる可能性を考えると観ない訳にもいかなかった。

 

「!」

 

歓声が上がる。

恐らく試合が始まろうとしているのだろう。

 

(急がないと───)

 

慌てて早足から駆け足に切り替えようとする。

 

 

─────瞬間、悪寒が簪の全身を駆け抜けた。

 

「っ…!」

 

それは判断か反射か。

踏み出した足に力が入る。

たった半歩、前へ。

姿勢を崩しながら簪は通路を転がった。

 

───首があった場所を何かが通過する。

 

背後は暗い。

連鎖的に全ての電灯が壊されていた。

 

 

「ねえ、あなた。更識…簪でしょう?」

 

「!?」

 

刀を持った小柄な少女がそこには立っていた。

長く、手入れの行き届いた黒髪。

暗闇に微かに浮かぶ緋色の瞳。

 

ISを腕部に展開しており、顔にはフェイスマスクをつけている。

暗がりの為か、ハッキリと顔は見えない。

ただその手の大きさから、年齢が一回り自身より小さい事は理解出来る。

 

 

一瞬混乱する簪だが、即座に命の危機と判断する。

先程避けられたのは最早奇跡的な何かでしかない。

訓練機もアリーナの格納庫に置いてある。

つまり今の簪はあまりにも無防備だ。

 

「だ、だれ…?」

 

身体を起こし少しずつ後ずさる。

別に誰かに特別優しくした覚えもないが、恨まれるようなことはしていない筈。

 

「わたし?そんなのどうでもいいでしょう?」

 

静かな声、あまりにも淡々としたもの。

その声色は一切の抑揚が無かった。

真っ当な相手ではないと改めて感じさせられた。

 

「───…っ」

 

逃げなければ。

相手から視線だけは離さず、距離を取ろうとする。

しかし相手はISだ。

距離などまるで意味が無い。

恐怖で身体が思うようには動かないのも、分かっていた。

思考だけは冷静なせいか恐怖を加速させる。

それは毒のようだった。

 

「もうちょっとだったのに」

 

踏み出す相手。

背を向けて走り出したい衝動に駆られながらも、理性だけはそれを抑える。

走り出したらその瞬間、殺される。

いつでも逃げ出せる隙を見せているのは恐らくそれを誘う為。

どうにかして逃げなければ。

 

──何処へ?

後ろに続くは観客席。

仮に辿り着いても惨状を招くだけなのは見えている。

緊張感に心がすり減る。

一瞬でも気は抜けなかった。

泣き叫びたい、逃げ出したい、全てを放り出してしまいたい。

弱気に呑まれそうになりながらも、簪は踏みとどまっていた。

胸中にあるのは僅かな勇気。

 

必死にどうにかする術を頭の中で考えるが、思い付かない。

 

「ど、どうして私なの?」

 

「しりたい?」

 

そこには大人しい口調ながら明確な殺意が顔を覗かせていた。

獲物を目の前にした蛇のようだと簪は感じる。

だとすれば自身は睨まれて動けないカエルだと、自嘲気味に内心悪態をつく。

 

「それはね、──ついでにたのまれたからだよ」

 

凍てつくような殺意。

それは微笑むような顔でするものでは無かった。

 

普通じゃない、簪が再び寒気を感じた瞬間────銃声が聞こえた。

 

「っ!!」

 

「!」

 

一瞬心臓が止まるかと感じた簪だが、直ぐにそれが相手へ撃たれたものと気付く。

3発。

銃声がしたのは背後。

相手は簪から距離を置くように飛び退く。

 

間髪入れずそこに銃声が再度鳴り響く。

ISのものでは無い為相手も今度は腕の装甲で軽く弾いた。

 

通路の影から拳銃を片手に現れたのは流星。

簪の横に出ると彼はさらに引き金を引き、1発撃つ。

よく知る人物の躊躇いの無い行動に簪は呆気に取られる。

 

「そんなおもちゃじゃ、きかないよ」

 

「流石に当たっちゃくれないか…」

 

流星は左手の装甲をサブマシンガンごと部分展開、右手の拳銃は制服のポケットに仕舞う。

 

「簪を探していたんだが、ドンピシャだったみたいだな」

 

「今宮君…?」

 

「下がってろ、簪」

 

前に出て簪を下がらせる流星。

それを見た敵は刀を構える。

刃渡りは少女の身長程ある。

別におかしなことは無い、少女が小さいというだけ──。

 

流星は敵が動くよりも先に引き金を引いていた。

銃弾の雨が敵を襲う。

敵の少女は気にも止めない。

即座に通路の壁を蹴り、流星に襲い掛かる。

 

「───」

 

「え、ふぇっ!?い今宮君!?」

 

流星は即座に簪を抱き抱え後ろに飛び退く。

脚の装甲を一瞬だけ部分展開した為素早かった。

全力で蹴った為床に亀裂が入る。

簪は突然の事を驚き、素っ頓狂な声を挙げる。

直ぐに流星は簪を下ろすと、少女に向き直る。

頬に切り傷が出来ていた。

それを拭き取るとサブマシンガンを構える。

脚の部分展開は邪魔になる為解除した。

 

「へえ」

 

感心したような少女の声。

相変わらず抑揚はない。

 

「わたしのねらい、きづいてたんだ?」

 

「ギリギリでだけどな」

 

冷や汗を流す流星。

刀の角度、微かな視線、そして敵の狙い。

気付けたのは一瞬前。

他の選択肢を取っていれば…言うまでもなかった。

 

揺らりと少女は向き直る。

今度は隙がまるで無かった。

先程の跳躍にはISは使われていない。

 

嫌でも分かる。

この少女は危険だ。

 

「あなたのおなまえは?」

 

「?」

 

思わず首を傾げる。

2人しかいない男性操縦者を知らない襲撃者。

あまりにも奇妙だ。

緋色の瞳は興味を向けていた。

 

「今宮流星」

 

今更隠す意味もない。

男でIS操縦者の時点で直ぐに分かってしまう。

流星は名乗ると同時に再び引き金を引く。

名乗る事で微かにタイミングをずらしていた。

それは奇襲に近い。

 

思わず、流星と簪は目を疑った。

銃弾の雨はたった1本の刀に弾かれていたからだ。

少女は刀を大きく振るってはいない。

最小の動きで、力を入れる様子もなく柄も用いて弾いているのだ。

軽く投げられた小石を弾くかのようにいとも容易くだ。

 

「そう、今宮流星。りゅうせいっていうのね」

 

無邪気に笑う少女。

流星は反射的に右手にもISを部分展開──そして迷わずIS用ナイフを握り締めた。

 

同時に、金属音。

一瞬何が起きたか自身でも分からなかった流星だが、それが攻撃を防いだからと気付く。

 

「っ!」

 

殆ど反射だった。

命の危機に咄嗟に身体が動いた、そのレベルの事だ。

 

───格上。

薄々感じていた事が確信に変わる。

当然と言えば当然か。

IS学園に忍び込みこんな事をする奴だ。

生半可な奴ではこのような事を目論む事すら出来ないだろう。

 

鍔迫り合いのような状況。

少女は意外そうな顔で流星を見る。

 

「ふせいだ…」

 

キョトンと首を傾げる。

それもつかの間。

直ぐにナイフを弾くと少女は刀を走らせる。

 

流星は左手のサブマシンガンを手放すと、瞬時に盾を展開しそれを凌いだ。

近い分滑り込ませるように受け流す。

そのまま構わず流星は右手をはね上げ、手放したサブマシンガンを拾う───そのまま引き金を引く。

少女は視線を動かすことも無く、銃口を即座に片手で逸らした。

 

「ちっ」

 

──返す刀で振るわれる刀。

それは流星の首目掛けて振るわれる。

サブマシンガンを今度こそ捨て、右手の装甲を首の横にして防御体勢。

 

「むだ」

 

「かっ!?」

 

刀は目前で消え、少女はその勢いで回し蹴りを放つ。

身軽なだけではなく、蹴りを放つ瞬間に脚部を部分展開。

威力は言うまでもなかった。

 

右手の装甲ごと蹴られ、流星は真横の壁に叩き付けられる。

少女はそのまま飛びかかる。

左手で流星の首を掴むと、馬乗りになるように押し倒す。

右手には刀を展開し直し、切っ先を喉元に突き付ける形となる。

 

「うごかないで」

 

「…!」

 

「今宮君っ!」

 

「あなたも」

 

刀など関係ない。

ISを部分展開して首を掴んでいる為、そのまま首の骨を折られて終わりだ。

簪自身もあと数歩踏み込もうものなら、一瞬で肉片にされるのは分かっていた。

澱んだ、それでいて無垢な眼が流星を見下ろす。

 

「これでおわり」

 

逆手に持ち替え、刀を振り下ろさんとする。

 

 

──刹那、少女の真後ろで何かが炸裂した。

少女は手榴弾であると直ぐに気が付いた。

流星が盾の裏で手榴弾を持っていて、倒れる前に投げた事を理解する。

爆発した場所からの距離は少しある。

この程度の衝撃など取るに足らない。

ただ、思わず手の力が緩んだ瞬間流星は無理矢理それを引き剥がしていた。

蹴りを入れて少女から距離を取ろうとするが、それでもまだ無防備だ。

コンマ2秒。

 

 

 

「!」

 

同時に、少女は真横の死角から飛来するナイフに気がつく。

回転しながら迫るナイフ。

それは少女の首目掛け、勢い良く迫る。

気が付くのが微かに遅れた為余裕を持って対処───とはいかない。

 

──少女はそこで理解した。

手榴弾は逃れる為の保険ではない。

あくまでナイフを壁に投擲する一瞬を作る為のもの。

端からこの少年は、少女の命を()る為に攻撃している。

この状況でもそれは変わらなかった。

 

 

「っ」

 

即座に攻撃して相討ちか、防ごうとして負傷か。

この状況で迫られる2択に、少女は咄嗟に刀を振るう。

最速で流星を殺すという選択を少女が態々選ぶ必要は無い。

かと言って生半可な防御は少女も気が引けた。

 

それは何かの剣技。

 

 

流星は急いで盾を展開。

スラスターを部分展開、飛ぶように後方へ。

白い刀が空間を切り裂く。

 

 

「!」

 

 

「え!?きゃあ…っ!!」

 

同時に崩れる床。

少女は床や壁を切り裂いたようだ。

戦いにより傷だらけになっていた床が壊しやすかったのは有るだろう。

 

 

 

刀は流星の首を薄皮一枚切るに留まる。

ナイフもまた少女の首を薄皮一枚切るに留まった。

 

 

「りゅうせい。あなたおもしろいね」

 

「…」

 

少女もまた、下のフロアへ降りる。

下の階に降りた事で少女の獲物がハッキリと見える。

それは刀身まで真っ白な変わった刀だった。

鍔らしきものは見当たらない。

少女はフェイスマスクをズラして顔を顕にする。

人形のように整った顔立ちだった。

 

「さいしょでしななかった。よわいけどつよい、ふしぎなヒト」

 

「…そいつはどうも」

 

言葉に応じる。

隙は見当たらず下手に仕掛けても悪手だと判断した為だった。

 

「──それにね。わたしわかるの。あなたはころすのをなんともおもってない」

 

じっと瞳が流星を捉える。

不快な程無垢で全て見透かすかのような瞳を前に、目を逸らすことさえ叶わない。

薄らと愉しそうに嗤う。

得体の知れないものを感じた。

 

 

「ねぇ、りゅうせい。あなたはそうなるまで───いったいなんにんころしたの?」

 

「───」

 

「ねぇ、おしえて────」

 

それ以上の言葉を待たず、流星は攻撃を仕掛けた。

即座に飛び出すように簪の前に出る。

悪手と知りながらアサルトライフルを展開、引き金を引く。

少女は跳躍し、1つ上のフロアの天井へ。

そのまま天井を蹴り、壁を蹴り、迫る。

 

白い刀を流星は黒い槍を展開して受け流す。

少女は弾かれても余裕を持ちつつ、壁に飛び移り再度流星に斬り掛かる。

 

「ふふ、あたってた?」

 

「うるせぇ」

 

「──きらわれちゃった?でもね、わたしはきにいっちゃったの」

 

「うるせぇよ!」

 

纒わり付く様な悪寒を前に、流星は槍を振るう。

1フロアぶち抜いた事もあり、先程よりも通路は広い。

黒い槍と白い刀。

交差する度に流星に軽い切り傷が増えていく。

 

「おこってるのにすごいれいせいだね。おかげでころしにいけない」

 

少女は視線を簪に移す。

先程から狙おうとしているのだが、流星が綺麗に立ち塞がる形になっている。

感情的になっても驚く程冷静な部分を持っている。

そう少女は分析し、視線を流星に戻す。

少女は別段簪に執着していない。

あくまでもついでの頼まれ事。

途中からは流星の対応を愉しむ為に狙っていたのだった。

 

 

故に、警報が鳴り響いた瞬間少女の動きはピタリと止まった。

その隙をつこうとした流星を軽くいなすと、後退する。

 

 

 

「そろそろ、わたしもおしごとがあるから」

 

 

 

「仕事だと?───っ!待ちやがれ!」

 

通路の闇に消えていく少女を流星は追いかけようとする。

先程の下のフロア、その先はアリーナだ。

 

一瞬流星がふらついたところで、簪は声を挙げた。

 

「今宮君、ダメ。アレは私達にどうにか出来る相手じゃ、ない」

 

「…簪?」

 

振り返る流星。

簪は先程の無垢な殺意を思い出し、微かに声を震わせる。

見過ごす事を良しとしている訳ではない。

ただ、手に負えないものだという実感は嫌でも湧いてくる。

恐らく専用機を手にしたところでも…。

 

「……だけど、追わないと」

 

「助けて貰って…言うことじゃないけど。──けど、今度は殺されちゃうかも知れない…」

 

「心配してくれてるのか?」

 

キョトンとした顔になる流星。

出来たばかりの生傷は浅い。

しかし簪は傷つき慣れている彼を見て言葉を続ける。

 

「だって、今宮君がこれ以上戦う必要はない」

 

無力な自分は恐らく滑稽な発言をしている。

そんなことは簪も分かっている。

何も出来なかったものが言っていい言葉で無いことも。

 

「そうだな」

 

彼は一瞬だけ顔を俯かせる。

確かに簪の言う通りだと納得する。

言葉に出すことはない、寧ろそれが正解だ。

 

「でも」

 

───彼は何かに懺悔するような、何かを自身に言い聞かせるような。

そんな仕草を一瞬だけした後、簪に向き直る。

彼女をモニター室に向かうよう指で示す。

 

「…もう当事者だ。無視するわけにも行かないだろ」

 

自身に言い訳するようにそう言うと彼は笑いながら背を向ける。

何とも痛ましい笑顔に見えた。

 

「どうして?」

 

「──寝覚めが悪いからだよ」

 

捻り出した疑問に彼は即答する。

すると彼は直ぐに少女を、追うように走り出した。

止めようと手を伸ばすも届かない。

簪はその背中を見続ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新オリヒロイン登場(大嘘)

流星が拳銃を持っているのは護身用。
ISの武装として普段持ち歩いている設定。
軍人であるラウラがナイフを持っているのが許されているのとは少し違いますが、同じように許されている(気付いている楯無が黙認している)状態。
ISの拡張領域にしまったり、懐に持っていたりと状況に応じてISをポケットのように使っているという認識でお願いします。(拡張領域云々あたりから持っている設定)
ISの武装の方が遥かに強いので、そもそもの話になっちゃいます。
不意打ち用に今回は使われた感じです。




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-23-

「──、今のは?」

 

ラウラを受け止めた一夏は、直前までの不思議な体験に静かに驚いていた。

記憶は曖昧だが確かにラウラと話した。

目の前の当人はぐったりしており気を失っている。

一瞬にしてはあまりにもしっかりと会話したような気もするが、時間的にありえない。

自身はラウラを受け止めた。

それだけの筈。

白昼夢でも見たかと考えるが、そんなものでは無いととりあえず受け入れる。

 

ともあれ、ラウラが力に固執していたのも何となく伝わってきた。

ラウラの背景は細部まで理解出来てはいない。

でも、存在意義が力で決められた事のあるラウラにとっては、力というとのはあまりにも大きな価値そのものだった。

そこに千冬姉への恩と尊敬の念、憧れ。

守るものというものが分からなかったラウラにとっては、千冬姉という存在が全てだったのかもしれない。

 

なんて考え、一夏はラウラを抱え異形から離れる。

本来なら待機形態となるISは異常に異常を重ね、操縦者も無しに取り残される。

シールドエネルギーももう無い。

異形は完全に機体の形に戻ろうと──────。

 

 

 

「!」

 

爆発音が聞こえた。

同時にアリーナの壁が吹き飛び、大きな穴が出来る。

箒やシャルルも驚いたように其方を向く。

当然、教師陣も其方へ視線を向けた。

 

「っ───!クソっ!」

 

「流星!?」

 

出てきてアリーナの地面を転がる流星。

ISを部分展開していた。

左手には盾、右手にはグレネードランチャーを持っている。

身体中、切り傷が目立つ。

傷自体は浅いがその量は多い。

 

 

流星は一夏の声に反応することもない。

彼の関心はアリーナの穴の奥、そこから出てくる人影に向けられている。

 

「わたしの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)をさいしょでしのぐなんて…」

 

それは白く長い刀を持った少女だった。

流星と同じく両手だけISを部分展開しながら出てくる。

そちらには傷はない。

人形のように綺麗な顔立ちに長い黒髪、そして緋色の瞳は何処まで澱んでいて無垢だった。

一夏はおぞましさを感じ思わず、目をそらしそうになる。

 

 

『その少女は恐らく侵入者です!2名は織斑君達の保護、1名は観客席側の護衛に!残りは侵入者を抑えてください!』

 

響き渡る真耶の言葉。

モニターしていた真耶が慌ただしく施設内のシステムを復旧させながら指示する。

その声は普段のおっとりとした様子とは真逆の緊迫したものだ。

教師の1人が合図を出した。

直ぐに一夏やラウラの元に2人の教員が降り立つ。

 

「先生、俺も!」

 

「君が仮にエネルギーを補給出来ても、疲れきっているはずです。教師に任せなさい!」

 

「くっ!」

 

教師陣の機体は合計5機。

いずれもラファールであり、異常事態に咄嗟にISを纏ってきた者達だ。

内少女に向かい合うは2機。

少女と流星の間に割り込むように1機が降り立つ。

もう1機はその上で銃口を少女に向けていた。

 

状況が膠着している中、少女は構わずラウラ達の方へ向き直った。

 

「気を付けろ、そいつは!」

 

流星の叫び声と共に上空で待機していた1機は少女を撃つ。

少女が何かしようとしているのは分かった為だった。

少女は刀でそれを切ると身を翻す。

 

───瞬間、少女の姿は跡形もなく消え去った。

 

「何!?どういう事!?」

 

レーダーにも映らず、そこにはもちろん何も無い。

動いて居るはずなのに音もその気配すら感じない。

 

 

「ねえ、わたしはここだよ?」

 

有り得ないスピードに上空のラファールは狼狽える。

消えて2秒足らず。

音も立てず少女の姿は眼前にあった。

 

かろうじて反応するが、少女は興味無さげに地面に降りた。

スラスターの一部を破壊され、ラファールは地面へ。

 

少女の姿が直ぐに消える。

 

「なっ──」

 

今度は一夏達の目の前。

教師は一斉に反応してその場へ向かうように動いた。

少女は脅威だ。

しかし一番優先すべきは、当たり前であるが生徒の安全───!

罠だと分かっている。

しかしどの道教師側に選択の余地はなかった。

少女は教師をいなすと、搭乗者無き黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の前に出る。

 

「このシステム、もらうね」

 

そのまま機体に触れ、何らかのコードを入力。

今度は少女を媒介に再度動き出そうとする異形。

 

────腕に絡まりついた辺りで逆に少女のISに取り込まれていった。

再びレーゲンがその場に残される。

 

ジリジリとラウラを抱えながら後退する一夏はその状況を理解出来なかった。

残った教師陣も迂闊に一夏やシャルル達の傍を離れられない。

相手の能力的にもかなり近くで動かなければ守りきれないと言う判断だ。

 

「おまたせ。おしごとおわったよ、りゅうせい」

 

朗らかな口調で少女は流星へ視線を向ける。

流星は無言で構える。

今度はISを完全に展開していた。

 

対する少女もISを完全に展開している。

その機体は流星と同じく灰色だった。

スラスターは小型なものが左右に4つずつ。

小回りも効きそうな機動特化のISと見て良いだろう。

 

厳密には一対一ではない。

しかし教師陣もスラスターを破損させられていたり、一夏達を守らなければならなかったりと攻撃には迂闊に出られない。

先の消える能力は少女の技術も合わさってこそのもの。

 

流星が初見で逃れられたのは、咄嗟になりふり構わずグレネードランチャーで自爆するように逃れたからだった。

 

通路での2度目の戦闘を経て流星は改めて力量の差を思い知らされていた。

射線予想もずば抜けている。

恐らく武器も刀だけでは無いはず。

 

サブマシンガンやアサルトライフルも凌がれる。

グレネードランチャーは少女相手には基本悪手。

スナイパーライフルで撃つ隙など与えて貰えないだろう。

 

───小回りが効き、威力もそこそこの銃が欲しい所だった。

しかし無いものねだりをしても何も変わらない。

 

右手に持っていたグレネードランチャーを仕舞い、黒い槍を展開する。

 

 

「───」

 

速かった。

消える能力も何も関係ない。

ただ高速で移動し、少女は流星に斬り掛かる。

 

「っ!」

 

左手の盾で受け、右手の槍を振るう。

少女は黒い槍を踏み付け、下に逸らす。

同時に白い刀が迫る。

流星は左手のフックショットを撃ち出し、少女の腕へ。

 

少女は身を翻し避ける。

ただ刀の軌道は微かに狙ったものではなくなった。

流星は脚の力を抜き、スラスターに身を任せる。

 

白い刀は虚空を斬った。

 

体勢を立て直しながら流星は盾を仕舞いサブマシンガンを手に取る。

凌がれるのはわかっていても使わないというわけにもいかない。

少女は歯牙にもかけない。

流星は槍で防御しつつ、逃げ回るように戦う。

 

ISを纏っているというのに、拭い切れぬ死の恐怖。

クラス代表戦時の方がよっぽど怪我をしていたというのに、此方の方が恐ろしい。

懐かしいような感覚と錯覚──、振り払う。

 

 

相変わらず心の奥底は冷え切っている気がした。

 

 

ISの隙間に見える少女の華奢な身体。

──喉にナイフを──頭部に銃弾を──目を──関節部を──筋を──血管を──。

ISの有無、可能不可能、現実非現実的であるなどと言う問題は関係ない。

明確に躊躇なく、先に先に殺そうと壊そうと身体は動いていた。

少年がISを駆る姿を知る者達には、酷く動きが不安定に見える。

 

気付けば武器を切り替え、逃げ回りつつも機械的に戦っている。

相変わらず意識は少女を殺す事へしか向けられていないように見えた。

 

少女はそれが嬉しかったのか、食い入るように流星の様子を観察しながら戦っている。

相も変わらず一方的に押されているのは流星。

 

「りゅうせいってちぐはぐだね」

 

返答はない。

更識簪を背に戦う彼の姿は、何処にでもいる普通の少年にも見えた。

何処にでもいて誰かを大切に出来る感性を持った優しい人物。

 

だが、初めて見た時点から、少女を殺しにくる事に躊躇いは持っていない。

少年の攻撃は簪を守っている最中だというのに、常に少女を殺しに来ている。

それは断じて───ISがあるからという判断ではないだろう。

 

 

そして、戦いながら少女は気付く。

更識簪を守りながら戦ってはいた。

彼も守ろうとする対象はあるのかもしれない。

 

しかしながら、あの視線。

もしあの場に、──た場合──彼は────。

 

少しだけ考える。

 

 

 

本当に彼はそのような人物なのだろうか、と。

そんな事をかんがえる余裕がないだけでは無いのか、と。

 

 

結論は出ていた。

少女は満足気だ。

取り込んだVTシステムの残滓か、はたまた別の要因か、微かに少年の意識も刀を通じて流れ込んでくる。

疑問は確信に変わる。

出会ったばかりだというのに少女は理解していた。

 

 

「っっあ…っ!」

 

腹部を襲う衝撃。

白い刀による攻撃を絶対防御が防いだ故の衝撃と流星は直ぐに気付いた。

アリーナの地面を転がる。

大きく減っているシールドエネルギー。

体力も既に限界は近い。

 

「っ、はっ、はっ──!」

 

「そろそろおわりにするね?」

 

「くそ…っ」

 

仮に『黒時雨』が展開出来ても勝てる未来が見えなかった。

少女は息ひとつ切らしていない。

悲しいが力の差はやはり覆らなかった。

 

「わたし、りゅうせいのことほんとうにきにいったのよ?」

 

だからね、などと口角を釣り上げる。

頬を紅潮させ、何故か照れるようにと見えた。

 

「あなたのいちぶをもってかえるね。うでとかあしとかみみとかいろいろあるけど───」

 

悩むように考える見た目相応の少女らしい仕草。

見ているだけしか出来なかった一夏もゾッとする。

あのままでは流星が危ない。

下手に行動を起こせば自体が悪化する事しか予想出来ない。

それでも何かないかと周囲を見渡す。

緊迫した様子で教師陣がライフルをしっかり握りしめる。

一か八か仕掛けるしか無いのかと彼等もまた考えを巡らせる。

 

 

「きめた。うでにするね──!」

 

少女の姿が消える。

倒れてまだ起き上がれていない流星。

一夏は次に起こる事を危惧し、声を荒らげた。

 

 

「流星っ!!!」

 

少女の姿が流星の斜め前に現れる。

───空気を切り裂く音が聞こえた。

 

思わず目を瞑るシャルル。

しかし、誰の悲鳴も混乱も聴こえない。

恐る恐る目を開けると、呆然とする一夏がまず目に入った。

 

 

「──え?」

 

声を漏らしたのは流星。

引き金を引こうとして固まる教師陣。

───白い刀は近接ブレードに受け止められている。

ギチギチと鍔迫り合いになっている。

 

少女もまたその光景に目を丸めていた。

 

 

「そこまでにしておくんだな」

 

そこに居たのは近接ブレードを片手に持った織斑千冬(ブリュンヒルデ)だった。

 

ISは纏っておらず、いつも通りのスーツ姿。

持っている近接ブレードもただ打鉄の武装でしかない。

アリーナ内の予備武装か何かだ。

だが、その近接ブレードは白い刀を真っ向から抑えていた。

 

「ブリュン、ヒルデ。そう、あなたが───」

 

言葉の最中に少女は身体を反転させ白い刀を振るう。

小柄な身体とISの腕力を合わせた攻撃を前に、一同は焦燥に駆られる。

あくまで千冬は生身。

少女の一撃をまともに受けられる筈が───。

 

「舐めるなよ、小娘」

 

白い刀による攻撃はあっさりと受け流される。

少女もそれは予想していたのか、続けて白い刀を振るう。

先程よりも速い。

連続で3回斬り掛かる。

 

 

「──おいおい、冗談だろ」

 

流星の呟きは誰にも届かない。

金属音が彼の目の前で声をかき消すように響き渡っていた。

間近で起きる光景に目を疑ってしまう。

千冬は少女の攻撃を全て受け流していた。

 

──少女もまた驚かずには居られなかった。

 

千冬の表情は変わらない。

いつもと同じく無愛想にも見える表情。

涼しい顔でやってのけている。

 

離れて見ている一夏の表情は口を開けたまま間抜けな表情だった。

ここまでは想定外だったのかもしれない。

 

 

「───っ」

 

千冬の力量を目の当たりにした少女は距離をとる。

これが世界最強。

これが織斑千冬。

認識を改めつつ、臨戦態勢を解く。

彼女もまた驚こうが冷静であった。

 

「ここまでだね。りゅうせいがほしかったんだけど…ざんねん」

 

千冬もまた臨戦態勢を解く。

彼女の場合即座に反応出来るからということもあるが、少女側に殺意が無くなっていることを見抜いたのだろう。

 

「逃げるのか?」

 

「ええ。だって千冬ってこわい人だもの。おしごともおわったからね」

 

少女の身体が浮かび上がる。

スラスターの輝きが少しずつ増している。

少女は再度視線を流星に戻す。

ふらつきながらも起き上がる彼に対し、歳相応の曇りない笑顔を見せた。

 

「じゃあね、わたしのおほしさま。また逢いましょう」

 

直ぐにスラスターが爆発するように光を放ち、少女は上空へ消え去る。

最後まで警戒し、構える一同。

レーダーにより少女が完全に学園を去ったことを知らされると肩の力を抜いた。

そこからは完全に反応が消えたらしい。

 

ISを解き、座り込む流星。

全身浅いとはいえ傷だらけ。

千冬は彼へ向き直り、じっと見つめる。

流星はその視線に気が付き、とりあえず礼を言おうと

 

「来るのが遅れて済まなかった。よく、耐えたな」

 

突然の淡々とした謝罪に流星は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

千冬がここに急いで駆け付けたのは誰の目を見ても明らか。

だというのにそんな言葉を掛けられるとは思ってもいなかったからだ。

いや、正直分からなくもない。

彼女は恐らく教師として言っているのだ。

 

「…来てくれなかったら、俺の腕持ち帰られてましたよ。ありがとうございます」

 

どう返していいか分からない。

彼自体反応に困りながらもそう返す。

 

千冬はその返答に安心したのかすぐにいつもの調子に戻る。

 

 

なら良いとだけ告げ、呆れたようにため息を付いた。

 

「それにしても、随分厄介なのに好かれたものだな」

 

厄介なのという千冬の認識。

流星としては何か怖くて不気味でやばい奴という認識の方が正しい。

少女の言葉をどう解釈しても憂鬱だった。

 

「あー、お腹が痛くなって来た…」

 

「……胃薬を処方して貰うよう頼んでおいてやろう」

 

とりあえず千冬の優しさが身に染みる。

ラウラを教師陣に任せた一夏達がこちらに駆け寄ってくるのを尻目に彼は今一度大きなため息を付いた。

 

 

「結局、あいつの正体は分からず仕舞いってことか?」

 

「ええ。あの後色んな手段を使ったけど影も形も見られないわね…」

 

「完全なステルスって事か。なんでもありだな」

 

「一応熱源は微かにだけど、隠しきれないみたい。広範囲を調べみるようなものでは無理だけど、学園に索敵範囲の狭い専用機器をいくつも置けば───」

 

「それ追うのは基本無理って事だよな……」

 

楯無の説明を前に流星は椅子に腰をおろす。

全身ガーゼだらけの不格好な姿であり、本人も煩わしそうにしている。

 

場所は寮の自室。

まだ夕食も摂っていない状態だが、血塗れの制服から私服に着替えるために部屋に戻ってきていた。

その際部屋でばったり出くわした楯無と情報交換。

ラウラのVTシステムのことも含めてだった。

勿論、あの少女に関しては箝口令が敷かれていたが楯無は知っている為問題ない。

箝口令が敷かれた理由はただ1つ。

学園の不手際と追及し、各国が押し掛けてくるのを避ける為だ。

 

 

血相を変え、最初に簪の安否を聞いてきた楯無の顔は忘れられない。

無事と知るや否や安心して座り込んだ姿なんて本人に見せてやりたいくらいのものだった。

 

 

「───ごめんね、そしてありがとう。簪ちゃんを守ってくれて」

 

力なく笑って礼を言う楯無。

恐らく楯無は敵の侵入を許しあまつさえ妹や他の生徒達を危険に晒してしまった事に責任を感じているのだろう。

 

探知出来ない、凄まじいまでのステルス機能を持った敵。

こうなった以上、微かな熱源を探知する事等で対策を固める事は出来る。

しかし無理だ。

初回で防ぐ事など不可能だった。

あんなものを想定出来る訳がなかった。

 

「楯無の責任じゃない。あんなものどうにもならないだろ」

 

「ふふ、ありがとう。でも流星くんや簪ちゃんを危ない目に合わせちゃったのは事実だから…。私も最近甘え過ぎてたかもね」

 

「…」

 

責任を感じているのは露骨に伝わってくる。

ただ流星はそれに対する最適な返答を持ち合わせていなかった。

 

「ただ、このままでは済まさないわ。そのうち報いは受けさせるわ」

 

「…闘志燃やし過ぎて空回りはするなよ、お姉ちゃん」

 

自身より強く優秀であるとはいえ、不安は拭えない。

妹も関わっていたとなると楯無が冷静さを欠く可能性も大いにあった。

皮肉混じりにした苦言に、楯無は一言『大丈夫』とだけ。

 

楯無は再度口を開く。

先程と少し空気は変わる。

世間話でもするような気軽さで楯無は流星にある事を告げた。

 

「そう言えば流星くん。暫くは外に出ても大丈夫になったわよ」

 

「ああ、分かっ───は?」

 

思わず声が出てしまった。

流星は楯無の言葉をもう一度脳内で反芻する。

楯無はその様子を見ながら補足する。

 

「前に襲ってきた連中…覚えてる?」

 

「ああ」

 

「あれからひたすら調べた結果、女性権利団体が怪しいってなってね」

 

「女性権利団体…」

 

読んで字の如し。

知らない人などほぼ居ない。

文字通り権利を訴えたりする活動団体とも言うべきなのだが、これがまた無視できない。

ISによって女尊男卑の価値観が生まれ、それにより飛躍的に力を持った組織。

また、逆に女性権利団体が成り上がった事で女尊男卑が加速したという事もある。

慈善事業を行うだけの団体なら良いのだが、ここ最近はロクな噂や主張を聞かない。

選民思想の人物が集う危険集団とでも言うべきか。

 

現状の価値観を揺るがしかねない男性操縦者など、彼女らからすれば許せる存在では無いのだろう。

正確には流星のみ。

織斑千冬を崇拝している奴らもいる為、弟である織斑一夏は特別視されているのか、はたまた何かが彼を守っているのか。

 

そんな女性権利団体の差し金が、あの男達。

良いように使われているのだろう。

 

「だからちょっと牽制してきたのよ。細かく言えないけど、下手に動けば疑いを強めるってね」

 

「それって楯無は大丈夫なのか?お前も標的にされたり…」

 

「私はあくまで学園側として仄めかしただけだから大丈夫よ。学園側の人間も連れていったし。───今回の襲撃は恐らく別件ね…」

 

あんまり効果はない可能性もあるけど、なんて疲れたように楯無は呟く。

しかし楯無がその上で外出しても問題ないと判断した。

それは流星のISの操縦技術や能力を加味して考えたのだろう。

 

───今回の件については、楯無は深く語ろうとしなかった。

心当たりがある、とまでは行かないが更識家として狙われた可能性が高い。

楯無の起こしたアクションに対しての女性権利団体からの報復と考えるには行動が早すぎる。

それに女性権利団体がISを駆使し、学園に仕掛けるような事はないと楯無も考えている。

 

 

あの少女は、ついでと言った。

VTシステムの回収が本命であったようだ。

今回暴走を予期していたのか偶然被ったのかは分からない。

 

ついでとはいえ、その気になれば簪を殺すことなど容易かった筈。

別段少女にとってはどうでも良さそうだった。

頼まれたとも言っていたあたり、頼んだのは組織ではなく────。

──私怨。

そのような単語が、脳裏を過ぎる。

 

「外出の件、ありがとう。益々頭が上がらないな」

 

「当然よ。生徒を守るのが生徒会長だからね」

 

流星は礼を告げ、部屋のドアに手をかける。

確証もなく、どうにも出来ない以上下手に聞くべきではない。

 

何故か気分が悪かった。

理由は分からない。

 

部屋を出ていこうとする流星。

気を紛らわす為か、振り向きながら楯無を夕食に誘う。

彼女はもう食べた旨を聞くと、流星は1人食堂に向かった。

 

 

 

 

「流星、前空いてるか?」

 

聞き慣れた声にカルボナーラを食べる手を一瞬止め、正面を見る。

目の前には制服姿でトレーを持った一夏が立っていた。

 

「ああ、今一人だから気にしなくていい」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

一夏は流星の対面に腰をかける。

彼のトレーの上にあったのは鯖定食。

一夏は自然と流星の食べているものを見て言葉を発した。

 

「カルボナーラ美味そうだな。っていうか流星もパスタ食べるんだな」

 

「何だ?意外なのか?」

 

「ああ、結構定食食べてるイメージだな」

 

「何のイメージだよ。そういう一夏は…鯖定食か。なんかイメージ通りだ」

 

「流星こそどういうイメージだよ、それ」

 

他愛ないやり取り。

2人とも先程まで色々あった為、疲れは双方に見られた。

大きな欠伸をしつつも、一夏は話題を切りだす。

 

「トーナメント。中止だってな」

 

「よく分からんシステムの暴走に侵入者。対策とか後始末で皆忙しそうだし、そうなるか」

 

「…確かに山田先生が走り回ってたような気がする」

 

「先生達も楽じゃないな」

 

他人事のように呟く流星。

彼自身は生徒会の仕事も増え、忙しくなる事から目を逸らしている。

どこか遠い目で虚空を見ていたが、直ぐに食べる事を再開する。

一夏は視線を流星に移す。

 

 

「流星。怪我大丈夫か?」

 

「お互い様だろ?俺は大丈夫だよ」

 

心配そうに尋ねる一夏。

流星としては怪我をした一夏に言われるとは思っても無かったらしい。

少し意外そうだった。

 

「そんなことないだろ。傷だらけだぞ流星」

 

「かすり傷だ」

 

「それに切り傷だけじゃないだろ?」

 

一夏の言葉に流星の食べる手がピタリと止まる。

訝しむ流星に一夏はあっけらかんとした様子で言ってのけた。

 

「手。捻ったのか分からないけど食べにくそうだったからさ。ああ、だからカルボナーラなのか。フォークの方が楽だもんな」

 

「………」

 

1人納得する一夏を流星は有り得ないものを見る目で見ていた。

別に頑張って隠していた訳では無い。

ただ違和感なく食べていた筈なのに気付かれた挙句、カルボナーラの理由まで見抜かれるとは思わなかった。

──多分、織斑一夏が相手でなければ彼もそこまで驚かなかっただろう。

 

「え?どうして警戒してるんだよ、流星?」

 

「…本物、だよな?」

 

「本物だ!」

 

流星は露骨に座り直して距離を取ろうとする。

一夏は慌てて訴え、流星もしぶしぶ納得する。

まだ文句を言いたげな一夏だったが、言葉を呑み込む。

 

「とにかく無茶はするなよ、流星。のほほんさんや鈴に怒られても知らないぞ」

 

「お前だけには言われたくないな。聞いたぞ、VTシステムに態々エネルギー補給して貰って挑んだんだろ」

 

「あれはその!無茶じゃない…と思う。勝算があったし、俺がそうしたかったんだよ」

 

「──そうだな。なら良いさ」

 

以前のように切羽詰まり無茶をしようとしている訳では無い。

恐らく自身ができる事の中で1番やりたい事をやった結果なのだろう。

それは普段通りの調子で告げる一夏を見ていると理解出来た。

着実に一歩ずつ前進している。

何処か流星は、羨ましそうに見ていた。

 

「一夏。以前話した近接ブレードの練習なんだけど───」

 

この後、真耶が大浴場の事を知らせにくるまで、2人は談笑しながら夕食を続けていた。

 

全身切り傷だらけの流星が拒否し、一人入っていた一夏のもとに乱入者が現れる事になるのだが、彼が知る由もなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-24-

──夢を、見る。

いつもそれは、灰色の世界。

建物の隙間から見る空は、いつも灰色だった。

どす黒い煙や灰色の粉塵が視界を汚す。

色を失っているような錯覚さえ覚えた。

ただ、赤色は消えることはない。

 

身体を奥まで震わせる爆発音。

降り注ぐ何かの破片。

舞い上がる煙。

慌ただしい何かの機械の駆動音。

騒音の中聞こえる銃声。

人の倒れる音なんて聞こえるわけが無い。

人が死ぬ時は無音だ。

死はいつだって真後ろまで迫っている。

次に肩を叩かれるのは果たして誰か。

 

 

背景にあるのは独裁国家vs隣国の支援を受けた革命軍の紛争。

オレ自身は寝床と食事を確保する為にテロ集団のようなものに所属していた。

正確に言うなら今回は、だ。

貧困者も多く見られる地域柄、こうでもしないと生きていけなかった。

 

 

途中までは、悪くなかった。

味方数人と共にオレ達は工作部隊として、ある建物に乗り込んだ。

 

簡素な作りの小型爆弾で錠を破壊し、敵狙撃手が居る部屋へ。

入ると同時に貴重な手榴弾見舞い、柱の影へ転がり込む。

窓は東側だけの広い部屋。

建物自体もボロボロの小さなビルということもあり、遮蔽物は多い。

 

 

簡単なサインを出し合い、オレは背後から回り込むべく煙の中を柱から柱へ移動する。

子供故の小さな身体を最大限に活かし、無事に気付かれず背後へ。

そこからは一方的だった。

この場所に関しては情報戦で既に有利を取れていた。

相手が対応すら出来ないのも当然だ。

煙が晴れる手前から銃声。

 

注意を味方が引き付けている内に背後から迫る。

ホルスターからナイフを引き抜き、飛びつく。

男の口を片手で防ぎ喉元を裂いた。

溢れ出るものなんて目もくれない。

見慣れたものだ、手が汚れないようにだけ気を付ける。

 

隣に居た敵がオレに気がついた──だが先にこちらが引き金を引く。

背後からの奇襲も流石に子供にやられるなんて思ってもいなかったのだろう

残り2人居た敵兵も間もなく肉塊となる。

 

とりあえず、部屋の制圧は完了。

他の場所の敵も殺すべくその場を後にしようとする。

 

 

 

────直後、窓際を確認していた1人が吹き飛んだ。

爆音が身体を叩き、天井からパラパラと破片が落ちる。

完全に爆心地だった。

安否を確認する必要もない。

追撃が来る前に残りの味方と共に部屋を出る。

 

 

 

 

 

「──はっ─────はっ……!」

 

息を切らさない事の方が珍しい。

目まぐるしい変化、情報の海。

瞬間瞬間の選択肢が生か死の二択。

基本的に負傷で済むとかそんな考えはない。

どこか欠損すればその時点で終わり。

慎重になるに超したことはない。

 

 

臆病であっても事態は好転しない。

勇猛であれば悪化しやすいというだけ。

 

 

思考自体は至って冷静。

ただ必死に最良を選択しようとして動き続ける。

 

 

「──はっ…はっ─────」

 

肺が裂けそうだ。

ライフルを背負い、瓦礫を乗り越え走る。

狙撃や鉢合わせるのを避ける為、身を隠しながら移動する。

廃墟と化した建物と建物を経由する。

視界が悪いのは好都合だった。

 

 

あれから、どれくらい経ったか。

状況は最悪に近かった。

紛争地域に突如投入された兵器の数々。

それは人と人が殺し合うだけの状況からただの殺戮へと変貌させる。

恐らく敵側の政府がとうとう本腰でコチラを潰しにかかったのだろう。

 

機関銃付きの装甲車何てものもあった。

強力な兵器というにはそいつは他に比べ物足りない気もする。

一見するとそう感じるが、実際はそれすらも脅威だった。

大口径の機関銃の掃射。

それは人を貫くだけに留まらず、四肢程度なら吹き飛ばす。

味方だった手や脚が地面に転がっていた。

操縦者を何とか狙撃し、事なきを得る。

 

ただ戦車や自律式のドローンまで飛ばされたら手の付けようがない。

 

 

人が機械に勝てる道理もない。

逃げる以外道はなかった。

倒そうとしている連中も居たが、おそらく無事ではないだろう。

 

 

「っ…っ…」

 

走りに走り、ようやく音が減る。

ばったり敵と出くわす事はない。

向こうは完全に兵器任せになったのだろう。

 

廃墟を渡り歩く。

簡易式の地雷は見当たらない。

全くないということも無いだろう。

誰かだったものが転がっている。

バラバラと言える程綺麗な形でもない。

 

肉片の痕が床にこびり付いている。

焦げている部分とズタズタになった部分が入り交じった右脚。

左脚は見当たらない。

上半身は微かに焦げていた。

嫌な臭いだ。

 

──死因はそれではない。

後頭部あたりから赤いものが飛び散っている。

焼け爛れた腕付近にはひしゃげた銃があった。

 

懐を即座に漁り、携帯食だけ見付ける。

栄養価は大してない。

極小量だがないよりマシだ。

宝石の様なものもあった。

それもとりあえず自身の懐へ。

 

即座にその場を離れる。

通りの表は死体だらけ。

市街地というのにお構い無しだ。

ただ、逃げるには好都合。

混乱に乗じて逃げ出すのが一番か。

 

とりあえず目指すは更に南。

もっと人口が多い方へ逃げるしかない。

 

土地勘がある場所だったのが幸いだ。

 

──足音が聞こえる。

ホルスターからナイフを抜き、右手に。

部屋の入り口から正面に死体が見えるようになっている。

死角から奇襲するべく入り口の柱に隠れる。

足音は1つ。

警戒の色はなかった。

入り口から構えられた状態の銃が見えた。

服も味方の物ではない。

反射的に振り向く前に、死角から首へナイフを滑り込ませるように振るう。

左手は銃口を逸らすべく、銃を上から抑えていた。

 

ナイフに赤い液体が付く。

呻き声も相手は挙げられず、喉元へ手を当てる。

藻掻くようにしているが、もう手遅れ。

間もなく崩れ落ちるようにして相手は倒れた。

 

装備には統一性が無い事に気が付く。

持っている銃も傷だらけであった。

ブカブカのヘルメットが床に倒れ伏すと同時に、剥がれ落ちる。

 

 

その日初めて───俺は同年代位の女の子を殺した。

 

 

 

場所は暗転する。

何度も見る灰色の夢。

その記憶はひとつに留まらない。

 

見たくない別の記憶が再生される。

出てくる赤色だけがやけに鮮やかで。

 

──オレは再び、初めて人を殺した時の夢を見る。

 

 

 

「──────はっ……!っ……!!」

 

流星が目を覚ますと、まだ部屋は真っ暗だった。

布団からはね起きる。

夢を見ていたと自覚し時計を見た。

深夜2時を回ったところ。

 

動悸が止まらない。

頭痛も酷かった。

気分は最悪。

込み上げるものを感じ、すぐにトイレへ。

胃の中のものが尽きても、暫くは嘔吐が止まらなかった。

 

初めて人を殺した時の夢。

10歳にして頭のおかしい男に慰みものにされ────。

 

「っ…!」

 

吐くのが止まらない。

あの時に喰いちぎった喉仏の味が、感触が鮮明に浮かぶ。

痛みにのたうちまる男を必死に奪ったで刃物で────。

 

「ぁっ…」

 

それを見るのは何度目か。

殆ど鮮明に覚えていない記憶の方が多い中、たまにこうやってフラッシュバックする。

 

ただ、ここ数年は見る事はなかった。

IS学園に住む以前も日常に溶け込み、完全に忘却したと安心しきっていた。

 

──何故、今になってまた────。

 

流星は吐き終えるとトイレの水を流す。

 

そのまま、洗面所へ移動。

とりあえず口を濯ぐ。

 

理由など1つしかない。

あの少女との戦闘、殺し合いが引き金だ。

無人機の時も命の危機だったが、結局のところ人ではない。

楯無と共にいた時の襲撃は、楯無が居たということが大きい。

油断していた。

油断しなくてもどうにもなるものでは無いが、油断していた。

 

こんなにあっさり引き戻されるなど、流星は思ってもいなかった。

スイッチのオンオフがもしあるのなら、半分オンに切り替えられてしまった状態だろう。

 

 

「くそっ…」

 

悪態を付きながら洗面所を出て部屋に戻る。

すると、部屋の電気がついていた。

 

水色の髪の少女がベッドに腰をかけている。

 

「随分、うなされてたみたいね」

 

「起きてたのか」

 

流星の瞳が楯無を捉える。

いつになく無機質な流星の瞳。

纏う雰囲気もいつもと全く違った。

真っ当な状態ではないのは言うまでもない。

楯無に返事をしたあたりで、少年の雰囲気がまた急速に変わり始めた。

 

「オレの事ならもう大丈夫だ、楯無」

 

「…本当に?」

 

「ああ、俺も疲れてたみたいだ。心配かけたみたいだな、悪い」

 

はにかむように笑う。

彼は自身のベッドに戻ると、布団をかけ寝転んだ。

確かに持ち直してはいる。

 

しかしながら、楯無は責任を感じずにはいられない。

あの少女の侵入を許したが為の結果と楯無は捉えていた。

彼の状態への認識を楯無は改める。

 

「っ」

 

深く踏み込む事は彼女も出来なかった。

不用意にそれをしてはならない。

下手に踏み込めば取り返しが付かなくなってしまいそうだった。

 

だから、彼女に出来ることは一つだけ。

いつも通りにイタズラ好き笑みを顔に張り付かせて。

 

彼はおやすみとは言わなかった。

恐らくすぐには寝られないのだろう。

なら少しくらい考える余裕を奪ってやろう。

 

こっそり隣のベッドへ。

考え事をしている流星の布団へ入る。

 

流星は特に反応を返さなかった。

目論見は失敗。

だが構うものかと楯無は彼に話し掛け続ける。

他愛ない話に、曖昧な返事をするだけの流星。

 

 

───気付けば彼も楯無も深い眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ツーマンセルトーナメント翌日。

 

天気は晴天。

だというのに、気分はイマイチ晴れない。

 

それでも、昨夜よりは気分はかなりマシになった。

 

 

 

朝から相変わらず1組の教室は賑やかだった。

正確には特に騒がしい、という言葉が相応しいだろう。

 

要因は大きくわけて2つ。

シャルロットの転入とラウラの行動。

 

シャルルではなくシャルロットとして、この学園に留まる事を決めたシャルロットは女生徒の姿で登校。

これによりルームメイトの一夏に注目が集まる。

そんな中飛び出る昨夜大浴場が男子用に開かれたという話。

女子の全員は一緒に入ったのかと疑いの目を向ける。

咄嗟に一夏は否定出来ず、シャルロットも満更ではない表情をする。

それが答えだった。

 

────嘘だろ、何してるんだよアイツら。

俺は入ってないとだけ、訝しむ本音にすぐに否定していたので難を逃れる。

セシリアと箒が一夏への制裁に乗り出す。

織斑先生が居ればどうなっている事やら、なんて考えながらも当然静観を決め込む。

参考書を開き一息。

平和だ、ああ平和だ。

 

飛び交う木刀やビット兵装。

それらは正確に一夏を狙っており、攻撃は彼を捉えたかに思えた。

 

そこに2つ目の要因が飛来する。

AICにより、攻撃は止まる。

ラウラが一夏を守ったことに思わず俺も驚き、顔を上げる。

一番困惑している一夏。

そんな彼にラウラはキスをした。

男前過ぎる一連の流れの後、少し恥じらいながらも告げる。

貴様を嫁にする!だなんて、もう俺にはついていけない。

吹っ切れた表情なのは見て取れたが、それ以上に意味が分からない。

 

全員が呆気に取られ、後にゆっくり状況を咀嚼する。

妙に声色の揃った驚く声が響き渡った。

 

……一夏にやられた時に頭でも打ったか、あの軍人サマ。

 

 

閑話休題。

 

シャルロットは咎められる事もなく無事に転入。

ラウラもまた当初からのギャップか、クラスに受け入れられる事になった。

楯無が何も語らなかったのは恐らく水面下で何らかの形に落ち着いたからだろう。

一夏も平然としているという事は、織斑千冬の方も同じ感じなのかもしれない。

そうなれば、何も出来ない俺が気にする必要もない。

 

つまり、シャルロットのこの選択は正解だったと見るべきか。

 

 

そのまま時間は経過し、昼休み。

屋上で皆で食べようなんて一夏に誘われた。

──嫌な予感がする。

とりあえず購買でパンを買い、遅れて屋上へ。

IS学園という事もあり、屋上には1部芝生が生えているエリアがある。

そこで皆座り込んでいた。

 

面子は一夏と俺を合わせ、8人の大所帯。

妙にソワソワしている箒、セシリア、シャルロットを前に一夏が俺に気が付く。

 

「突然で悪いな、流星」

 

「いやいいよ。偶にはこういうのも悪くない」

 

俺も一夏の横に腰を下ろす。

簪もセシリアや本音に誘われたのか、同席している。

一夏より俺の方が位置的に近いため視線を自然とそちらにやる。

簪は心配そうにに俺を見ていた。

そういえば昨夜あれから会ってなかった。

鈴と本音には今朝会った時に心配されている。

箝口令を敷かれている為ちゃんと説明出来ないのはもどかしかった。

 

各々弁当を開く。

俺はパンの袋をあけ、ジュース片手に食事を始める。

 

「ふっ、嫁との食事か。これが寝食を共にするということだな」

 

「………なんで居る」

 

「?普通に嫁に誘われたからだが?」

 

斜め前にラウラが居ることに気が付く。

話を聞けば一夏が最後に誘ったらしい。

一夏も昨日の今日でラウラに対する敵対心は消えている。

何があったのか分からないが、少なくともラウラの攻撃的な態度が変わった以上、一夏も普通に仲良くしたいというスタンスだろうか。

当の本人はシャルロットの件の弁明をしている。

さすがに関わるまい。

 

「なぁ軍人サマ」

 

「ラウラでいい。私も流星と呼ぶからな」

 

「……なぁラウラ。その嫁っていうのは何だ」

 

やりづらい。

以前からの切り替えの早さがこんな場所でも発揮されている。

それはそれ、これはこれという思考は優秀ではあるのだが吹っ切れるとこうも違うのか。

俺に対する態度まで柔らかいものになっている。

こっちが素なのか?

 

「日本では気に入った者を『俺の嫁にする』というのだろう?」

 

「え、そんな文化あったのか…?」

 

初耳である。

しかし、俺は鈴の言っていた味噌汁の話も知らなかった例がある。

もしかするとそういう変わったものもあるのかもしれない。

 

「いや、無いわよ」

 

困惑した表情の鈴のツッコミが入る。

流石にそのような文化はないらしい。

簪が何か言いたそうにしていたが、話し出すには至らなかった。

どうやら言うほどの事でもないと判断したらしい。

 

「お、箒の唐揚げ美味そうだな!自分で作ったのか!?」

 

一夏が箒の弁当に気が付いたらしい。

箒も気付いて貰うのを待っていたのか、嬉しそうに笑う。

 

「そ、そうなんだ!たまたま朝早起きして時間が余ってな!作り過ぎてしまった」

 

良かったら1つどうだ?なんて言いながら箒は箸で唐揚げを掴む。

唐揚げではないのだが──なんてポツリと漏らしていたのは一夏の耳には届かない。

そのまま箒は一夏の口へ唐揚げを持っていく。

 

「おお美味いな!」

 

「そ、そうか!それは良かった!!」

 

今まで見た事も無い程満面の笑みの箒。

傍から見るとカップルの微笑ましいやり取りに見える。

それが気に食わないのか、セシリアとシャルロットの背に黒いオーラが見えた。

関わらないでおこう。

そう思って俺が顔を正面に戻すと、そこには鈴が居た。

 

「ほら、口開けなさいよ」

 

「いや、俺は───」

 

「いいから、ほら!」

 

断る前に口に何かを入れられる。

食べさせ合いっこのような状態。

恥ずかしさはある筈なのだが、鈴の強引な行動の手前困惑の方が大きかった。

食べた物の美味しさに普通に感動したというのもある。

 

「酢豚か。美味いな…」

 

弁当こそ素っ気ない入れ物の鈴だが、中身の酢豚はかなり美味しかった。

程よい酸味もだが何よりも衣や肉のバランスも良い。

細かく表現出来ないのが惜しまれる。

あまりそっちに明るくない為断言出来ないが、この酢豚は店で出せるだろう。

 

「どう?見直したでしょ?」

 

「驚いた。こんな美味しいとは思わなかったよ」

 

「そ、そう?ほ、欲しいならまだ有るわよ」

 

2個目の酢豚を箸で掴む。

俺が箸を持ってないとはいえ、また食べさせられるのか。

酢豚は嬉しいがこれは小っ恥ずかしいような──。

 

「───いまみー?」

 

「…本音、怒ってるのか?」

 

「違うよ〜」

 

すぐ横で少しだけ黒いオーラを放つ本音。

簪が隣でオロオロしているのが癒しだったりする。

と、すぐに本音は手に持っていた惣菜パンを差し出す。

どうやら俺の持っているのとは全く別のパンだ。

そこはかとなく圧力を感じる。

意図はすぐに読めた。

 

「成程、食べかけでいいならだけど…ほら、一口」

 

「気にしないよー、いまみーもほら」

 

本音を纏っていた空気が一気に柔らかくなった。

 

互いに差し出したパンを齧る。

何かすっごい鈴にジト目で睨まれている気がする。

気の所為…だと思いたい。

本音は露骨に視線を合わせようとしない。

やった後に恥ずかしくなったのだろうか。

 

「やるわね、本音」

 

「りんりんもね」

 

バチりと火花が散った気がした。

笑みを浮かべている2人だが、背後には虎とか龍っぽいものが見える。

…とりあえず、離れるか。

静かに場所を移動しようとすると、即座に肩を掴まれた。

 

「どこ行くのよ」

 

「まだ昼ご飯は終わってないよ?」

 

両肩を掴まれ振り向けない。

その事にすぐ気が付いた2人が互いに向き合い火花を散らす。

 

「本音。食べさせ合いならもう終わったでしょ?」

 

「りんりんこそ、もう酢豚食べて貰ったでしょ?」

 

「えっと、2人とも…その、仲良く…?」

 

簪が頑張って仲裁に入ろうとしているが、あの様子では無理そうだ。

 

自然と解放された俺は静かに一夏の隣へ。

あの二人には下手に発言しても薮蛇だろう。

無心でパンに齧り付く。

 

隣の一夏は何やらサンドイッチを手にしている。

俺の視線に気が付いたセシリアが笑顔でバスケットに入ったサンドイッチを差し出す。

見た目は完璧。

かなり美味しそうなサンドイッチだ。

失礼な話だけど、セシリアって料理出来たのか。

 

「宜しければ流星さんもどうぞ」

 

勧められ手を伸ばす。

──嫌な予感がする。

何故かは分からないが猛烈に嫌な予感がする。

 

視線を一夏の方へ戻す。

 

彼はサンドイッチを1口食べた所だった。

みるみる内に顔が真っ青になり、冷や汗が吹き出しているように見える。

 

「い、一夏…?」

 

「一夏さん、如何でしたか?」

 

「あ、うん。ありがとうセシリア」

 

虚ろな目でサンドイッチを食べる一夏。

震える手を必死に抑え、平然と振舞おうとする努力に感動すら覚える。

作ってくれたセシリアの手前、不味いとは言えないんだろう。

それでも美味しいの一言を捻り出せないのは、彼の名誉の為に突っ込まないでおく。

 

サンドイッチへ伸ばした手をゆっくりと引こうとする。

 

「あら?流星さんも遠慮なさらなくても良いのですわよ?」

 

「え?」

 

断る言葉が思い付かず、逃げ場を失う。

諦めてサンドイッチを手に取り、眺める。

至って普通の見た目──というよりは美味しそうだ。

 

変なものを食べたことなら幾らでもある為、正直一夏よりは大丈夫だろう。

口にはいるなら何でも食べるしか無かった頃がそれなりにあった。

思い出すのもはばかられるが、あの時は美味い不味いなど二の次だった。

比べるのが失礼だが、そう思うと不味いだけの料理なら余裕だろう。

 

そう思い、1口齧る。

 

───………………。

 

1,2秒程思考が飛んだ。

 

ワケが分からない。

脳が理解を拒む。

何の食材が入ってるか一切分からなくなる。

独特な風味と酸味と辛味の不協和音。

辛いとかそういう類で吹っ切れてはいない。

居ないのだが、それよりも遥かに威力が凄まじい。

当然涙が出る訳ではない、が身体が震えそうになる。

後になって甘味がやってくる。

嘔吐く程ではないが、甘味料丸々入れたような普通じゃない味わいに寒気がする。

糊のような味がする部分もあった。

 

 

 

「こ、これは…」

 

1口で完全に手が止まった。

全身がこれ以上この物体を摂取しないように訴えている。

冷や汗がようやく出た。

 

得体の知れないとはまさにこの事。

紅茶の淹れ方を教えてくれたセシリアと同一人物とはとても思えない。

サンドイッチをどう弄ったらこうなるのか、教えて欲しい。

残りを無理矢理胃に詰め込む。

今度は記憶が5,6秒程飛んだ。

舌が痺れている。

早めに胃薬を飲まないと胃が壊れそうだ。

 

「如何でしょうか?」

 

キラキラした笑顔で聞いてくるセシリア。

一夏の方はまだ頑張って食べている最中だ。

無言で必死に食べている姿で察して欲しかった。

その自信はどこから湧いてくるのか。

 

仕方がない。

ここは苦肉の策だが、自身で味わって貰おう。

一夏がこのままでは死んでしまう。

 

「そうだな。レビューに自信はないから、セシリアも食べて貰っていいか?それからなら伝わりやすいだろ?」

 

「成程、でしたら────」

 

セシリアがサンドイッチを手に取る。

一同は一夏と俺のリアクションで察して居たのか、一歩引いた場所から眺めている。

ゴクリ、と誰かの喉の音。

セシリアが味見をした上でこのサンドイッチをOKとしたのか、これで分かる。

もし彼女が味見をしてこれならば、そのうち周囲で死人が出るだろう。

 

一夏以外の全員が固唾を飲んで見守る中、セシリアは自身のサンドイッチを口に含む。

結果は言うまでもなかった。

唐突に目を回し、セシリアは崩れ落ちる。

座っていたとはいえ咄嗟に一夏はセシリアを支える。

そのままセシリアの様子を覗き見て、俺の方へ視線を向ける。

 

首を横に振る。

完全に気を失ったらしい。

 

一夏はセシリアを壁に持たれ掛けれさせると、お腹を抑えながら口を開く。

 

「た、助かった…?のか?」

 

「みたいだな」

 

一口のセシリアがこうなった事を考えれば、あのまま何個も食べればどうなるかなど明白。

命の危機を想像し顔を引き攣らせる。

 

 

「いや、なんであんた達は平気なのよ」

 

呆れた様子で鈴が呟く。

 

返事をしようと口を開く。

そこで一夏に限界が来た。

顔からみるみる血の気が引いていく。

鈴への返答につまる一夏を疑問に思った箒が尋ねる。

 

一夏が箒の方を向いた。

目の焦点が合っていない。

 

 

「…それ、は…だな──」

 

「?どうしたんだ一夏?先程よりも顔色が悪く───」

 

「一夏っーーーー!?」

 

遅かった。

倒れる一夏に声をあげる箒。

シャルロットも駆け寄り、彼を心配する。

完全に気を失っていた。

 

唖然と口を開け皆がサンドイッチを見る。

サンドイッチからはみ出した具から微かに煙が出ている──気がした。

 

一同の中である結論が出る。

全員が全員、昼食がこのような惨状を招くなど想像していなかった。

 

そしてこうなれば次は誰がどうなるか想像が着く。

視線が俺に向けられた。

タイミングは同時だった。

 

 

「流石に、これ…は───っ!」

 

俺自身の視界もぐらりと傾く。

脚に思うように力が入らない。

平衡感覚もあやふやだった。

 

「ま、まさかいまみーも────!」

 

朦朧とする意識。

何とか気力で持たせようとし、壁に寄りかかる。

吐こうにも男子トイレはかなり遠い。

 

屋上の芝生の上にゆっくりと倒れた。

 

最後に視界の端に映ったのはラウラの姿。

顎に手を当て、俺達の様子を見ながら冷静に呟く。

 

「成程、2人が食べた方は遅効性の毒だったか」

 

そして俺は10分程、意識を失った。

 

 

 

 

 




流星の内面に触れるタイミングはまだ先です。


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姉妹
-25-


ある部屋の中。

赤い絨毯に暖色の照明。

照明には金の装飾が施され、置かれている棚もまた年季を感じさせる木製のものだ。

豪華なホテルの一室にも見えるその部屋に、少女は居た。

長い黒髪をなびかせながら少女は椅子に座る女性に近付く。

 

「ただいま!オータム」

 

「なんだ?もう戻ってきたのか」

 

「あのシステムはちゃんととってきたから、しごとはかんりょうだよ!」

 

来玖留(くくる)のやつ怒ってたぞ。ついでの方はしくじったってよ」

 

「くくるはつまんないもの。やるきもなかったし、べつにいいの」

 

少女の姿を一瞥すると、女性は触っていた端末を机に置く。

澱んだ瞳のまま見せる無邪気な笑顔。

何かいい事があったのか?──なんて女性は尋ねることは無かった。

内心思った瞬間に、少女は待ってましたと言わんばかりに応じる。

 

「きになるひとができたの!」

 

「…………はぁ?」

 

呆気に取られる女性。

それはそうだろう。

任務に向かった少女が何やらご機嫌かと思えば、このような話が飛び出すなど想像出来ない。

 

「だからね、オータムにアドバイスほしいなぁって!ほら、スコールとオータムってくわしそうだから!」

 

「なっ──まあ、そうだがよ」

 

まんざらでもない様子で応じる女性。

少女は女性に対し、気を許している。

女性もまた素っ気なく見えるがきちんと相手をしていた。

過去に構ってくれとうるさい少女に折れたのが要因だ。

また、自身の恋人が可愛がっている事もあり無下には出来かったというのもある。

少女が普通ではない事など女性は心得ている。

ただ自身に敵意もなく害もない相手故女性が気にする事はない。

 

「肝心の相手は?」

 

「りゅうせいっていうんだよ」

 

「──へぇ」

 

名前を聞き、女性の口角が上がる。

 

「アイツのどの部分が気に入ったんだよ?」

 

「むじゅんだらけなところよ。よわいのにつよくて、きれいなのによごれていて、ひどいのにまとも。かんじょうてきにみえて──」

 

「──機械のように冷静、だろ?」

 

「そうよ!さすがオータム。───ねぇ、わたしってあいくるしいみためでしょ?」

 

「は?」

 

突然の問いに女性は呆ける。

言いたい事は分からないでもないが、反応が遅れてしまうのは仕方の無い事だった。

少女は少しふくれっ面で女性の肩を叩く。

本気でショックを受けているようだった。

 

「もう、オータムのばか!───それでね」

 

「切り替え早えーなおい。中身は物騒そのものだが、まあ確かに見た目はちんちくりんの餓鬼だな」

 

「あいくるしいの!それなのに、さいしょからかくじつにころしにきてたの────ゾクゾクしちゃった」

 

両手を頬に当て、大きな笑みを浮かべる少女。

頬は何処か紅く、顔は完全に緩みきっている。

理解出来ない。

女性は半目で相槌だけ打ちつつ、少女の会話を聞く。

いい加減テンションの高さにうんざりしてきた中、女性は視線を逸らしながら呟くように告げる。

 

「それは普通じゃねえのか?」

 

敵に対し即非情になり殺しにかかる。

そこに見た目は関係ない。

別に少年に限った話ではないような気もした。

 

「ううん、ふつうじゃないよ?」

 

「どうして?」

 

「だってりゅうせい、ひじょうになったわけじゃない(・・・・・・・・・・)もの」

 

「ああ、成程な。アレは確かに───」

 

と女性は少女の意図を理解しつつ、言葉を呑み込む。

態々言葉にする必要も無いと感じたからだ。

 

怪しげに嗤う少女の顔には妖艶さすら垣間見えた。

 

「あとね───」

 

「まだあるのかよ」

 

話を続ける少女。

声色は更に弾む。

机に両手をつき、ぴょんぴょんと年相応の動き。

それらは、少女の内心を代わりに物語っていた。

女性は溜息を着く。

まだまだ話は長くなりそうだった────。

 

 

 

放課後の整備室。

幾つもの配線を前に、ぼーっと虚空を見つめる簪の姿があった。

 

「あれ?簪、手が止まってるけど大丈夫?」

 

「だ、大丈夫。ありがとう鈴」

 

鈴の指摘により、我に返る簪。

目の前の作業に戻る。

とはいえ考え事はついついしてしまうものだ。

 

脳裏に思い浮かぶは先日の出来事。

そして、何よりもその際守ってくれた流星だった。

 

命を狙ってきた少女も恐ろしかったが、何より簪が気になっていたのは別のことだ。

あの時の流星にそこはかとない違和感を覚えた。

明確なものはなく、未だはっきり確信もない。

以前の襲撃の際とは全く違うことだけはわかる。

 

 

───流星が助けに来た瞬間はヒーロー像を重ねそうになった。

抱えられたことも合わせ、つい口元が緩む。

別に恋心を抱いているとかそういう事ではない。

憧れのシュチュエーションというのは、不謹慎であってもつい嬉しくなってしまう。

そういうものだ。

 

「簪?なんかにやけてない?」

 

「え、うん!?大丈夫!」

 

鈴が何か訝しむような視線を向けている。

いけないと思い、思考に区切りを付けようとした所で再度違和感を思い出す。

 

ツーマンセルトーナメントで自身を流星が選んだ理由を、簪は2つ知っている。

1つは情報分析による流星の行動の予測。

並列思考能力も込みでらしい。

別段簪だけの特技と、簪は感じていない。

しかしこれらは流星が練習の時に簪に伝えていた事であり、それを活かすことで流星と簪自身の連携が円滑に進んでいた。

 

2つ目は、推測でしかない。

純粋に思考回路が他の操縦者よりも流星寄りだったという事。

の筈だったのだが、あの襲撃でその考えは吹き飛んだ。

 

──余りにも冷たい視線。

相手の意識の隙間をつこうとする普段の流星の戦い方が恐ろしく感じた。

 

 

『ねぇ、りゅうせい。あなたはそうなるまで───いったいなんにんころしたの?』

 

少女の言葉を思い出す。

 

流星の瞬間的な狙撃精度も、ナイフや銃器に手馴れていた事も。

息をするように少女の急所を狙っていた事も。

それを簡単に裏付ける。

 

今宮流星は、余りにも殺し慣れていた。

 

拳銃を持っていた事に関してはもはや簪は気に留めてもいない。

護身用か何か、あの状況が為に麻痺した思考がそれを肯定する。

 

失礼な話だが、彼に対する恐怖は勿論あった。

重ねようとしていたヒーロー像がいとも容易く崩れ落ちる。

ダークヒーローとかそういう物ですらない。

アレはどちらかと言えば、あの少女側の────。

 

 

だが、それよりも簪は流星の事がどうしてか心配になった。

 

「…」

 

あれからまともに流星と話せていない。

お礼もまだちゃんと言えてなかった。

 

「…何か悩みがあるなら聞くわよ?」

 

「だ、大丈夫だから!?」

 

また顔に出ていたのだろうか?と簪は今度こそ思考に区切りをつける。

とりあえず、日頃のことも込めて抹茶のカップケーキでも作って礼を言いに行こう。

他に特に渡せる品も無かった。

 

そう決めると、スラスター部の調整に精を出すのであった。

 

時間は更に経過し、今日の分は終わり。

これなら早ければ明日には試運転が叶うだろう。

鈴に礼を告げ、整備室を後にする。

鈴は鈴で自身の機体の調整があったらしい。

手伝うといったのだが、どうやらすぐ済むから問題ないとの事。

もう少し気を使うべきだったかもしれない、なんて反省しながら廊下を歩く。

 

とりあえず、鈴や本音にはバレないようにしよう。

別段やましい事がある訳でもないが、ややこしくなる気がしたからだ。

 

今、鈴が1人調整している状態はいいタイミングだった。

簪は早めに部屋に戻る。

幸い、材料は揃っていた。

 

時間としては18時前。

作ってから流星に渡しにいっても問題ないだろう。

 

急いで調理に取り掛かる。

──何故かルームメイトに生暖かい目で見守られていた。

 

そんなに料理が出来ないイメージだったのだろうか?

小首を傾げているとルームメイトは首を横に振りながら溜息をつく。

…よく分からないが菓子作りを続ける。

 

久々に作った抹茶のカップケーキは、思ったよりも上手く作れた。

作った数は3個。

流星とそのルームメイトの分が2個。

彼のルームメイトが誰かは知らないが、わざわざ部屋に赴くのだ。

あった方が何かと良いだろう。

 

味見用の小さな1つは自身のルームメイトと分け合って食べた。

──うん、大丈夫。

簪は出来を確信する。

 

これなら後日、本音や鈴へも作ってあげられそうだ。

日頃の礼と言うならば彼女達に渡すのも当然だろう。

口元が少し綻ぶ。

こうやって誰かに物を作るのは悪くない。

 

こんな充実感はいつぶりだろうか。

 

カップケーキを包装し、袋に入れる。

派手なものは無い、変に感じられるようなものは無いだろうと1人納得する。

 

早めに渡してしまおう。

簪は抹茶のカップケーキが入った袋を手に部屋を出る。

 

廊下に出て数秒。

───そう言えば、彼は抹茶は好きなのだろうか。

ハッとなり考える。

得意だからと作ったのはいいが、浅慮だったと一人反省する。

引き返すべきかと考えたが、それはやめた。

 

彼が以前アイスの盛り合わせを頼んでいた時、抹茶も混ざっていたような気もする。

大丈夫、きっと大丈夫。

渡す際もこの前のお礼とそのまま言えばいいのだし、問題ない。

 

ちょっと緊張。

思えば男性に菓子を作って渡すなど初めてで───。

 

「〜〜〜!」

 

不味い、ちょっと不味い。

自身のルームメイトの視線の意味をようやく理解した。

恥ずかしさが込み上げて来る中、廊下を歩く。

 

違う、そういうのでは無い。

だから意識するな、意識しては緊張するだけだと自身に言い聞かせる。

言葉を噛みでもしたら更に恥ずかしい事になるだろう。

だからこそ簪は歩きながら深呼吸して、平静を保つ。

 

 

そうこうしているうちに、1053室──流星の部屋の前に辿り着く。

もう一度深呼吸。

 

 

────部屋のドアにノックしようとした瞬間だった。

 

部屋の中から、声が聞こえた。

 

『やっぱり流星くんが居ると書類仕事が楽でいいわよね!』

 

「っ」

 

聞き慣れた声。

思わず、身体が強ばった。

間違えるはずがない。

その声の主は自身の姉の──────。

 

──どうして?

部屋を間違えた?

悪い方向へ思考が働き出す。

気付けば聞き耳を立てていた。

 

『書類仕事ほぼ俺に押し付けてるだけだろ、お前』

 

続けて聞こえてくる流星の声。

その口調は呆れた様子のもの。

明らかな親しい様子に簪は真っ当な思考力が奪われていく。

 

浮かぶ1つの疑問。

そう言えば、今宮流星は何故こうも手伝ってくれていたのか。

 

納得してしまう理由が1つ。

良くない思考が導いた酷くしっくり来てしまう答え。

色々と麻痺していく中、残った理性が否定する。

 

──違う、今宮君はお姉ちゃんは関与していないと言った。

彼が嘘を付いているとは思えない。

 

──本当に?

仮に姉が手伝いとして彼を送り込んだとすれば、行動全てに納得が行く。

完璧な姉の遠回しな援助、だろう。

それは簪だけでは無理だと、このままでは完成出来ないが故に下した判断だと受け取るしか無かった。

そこはまだ良かった。

簪にとって、一番ショックだったのは全て姉の掌の上だったという事。

姉が嫌いな訳ではない。

それでも、色々劣等感を感じる程優秀な姉との差を思い知らされ心が折れそうになる。

この充実感も何も姉が創り出した状況なのだから。

 

「っ、!」

 

真偽を確認する証拠など何処にもない。

気付けば呼吸が乱れていた。

ただ、疑心の方に完全に傾いていないのは彼女なりの成長あっての事。

 

「っ」

 

ゴクリと唾を飲み込む。

直接流星に聴けば、余計な事を考える必要もなくなる。

答えが怖い。

もしもはいそうですなどと肯定されれば立ち直れないかもしれない。

それでもこのまま立ち尽くしているよりはマシだと、簪はドアにノックした──。

 

 

『────ところで!簪ちゃんの専用機はそろそろ完成し────あら?』

 

 

聞こえた内容を頭の中で反芻する余裕もない。

力を失った手から、抹茶のカップケーキが入った袋が落ちる。

 

今度こそ、完全に思考が真っ白になった。

 

 

 

 

「───あら?」

 

突然のノックに楯無が気が付いた。

ベッドに腰をかけていた流星も遅れて顔を上げる。

 

「ん?誰か来たのか?」

 

やけに力のないノックだった。

少し待っても声も聞こえない為、気の所為かと考える。

小首を傾げている流星に対し、楯無は席を立った。

彼女の方がドアに近かった。

 

「私にも聞こえてたし誰か来たのでしょう?私が出るわよ」

 

「任せた」

 

「はいはいー、どちらさ…ま………」

 

楯無はそのまま部屋のドアを開き、訪問者を見て少し固まった。

疑問に思い、流星も立ち上がってドアの方を見る。

そこに居たのは呆然と立ち尽くす簪であった。

先に再起動したのは楯無。

かなり驚いた様子で声を上げる。

 

「か、簪ちゃん!?」

 

声が少し上ずっている。

流石の楯無もこれは想定外だったのだろう。

動揺が手に取るように伝わってくる。

簪の視点からすれば、それは悪い意味でしか伝わらない動揺だった。

 

「お姉、ちゃん?どうして、今宮君と…?それに、私の専用機の話を────」

 

簪自身も上手く言葉が紡げないでいる。

楯無は簪の言葉から、誤解を招いている事を理解する。

しかし、彼女もまた上手く言葉が紡げないでいる。

互いを目の前に、2人は明確に余裕が無かった。

簪が一歩下がる。

楯無は慌てて弁解しようと、簪の方へ一歩踏み出した。

 

「違うの!簪ちゃん!これはその────」

 

「ばっ!楯無、足下!」

 

「────え?」

 

気付いた時には遅かった。

ぐしゃり、と楯無の1歩踏み出した足は床に落ちていた袋を踏む。

やってしまった。

そう楯無が判断するよりも先に簪の視線は踏み潰された袋へ向けられる。

それが決め手だった。

 

「───らい」

 

「──え?」

 

堰を切ったように熱いものが簪の目元まで込み上げる。

もう何も考えられなかった。

簪は身体を震わせながら、楯無を睨む。

 

 

「嫌い。お姉ちゃんなんかっ───お姉ちゃん、なんてっ───嫌いっ!大っ嫌い!!」

 

 

感情のままに叫んだ拒絶の言葉。

楯無は反応すら出来ず手を伸ばしたまま固まっていた。

見兼ねて流星が部屋から飛び出し声をかける。

簪はそんな流星を涙を溜めた目で睨んだ。

 

「簪!ちょっと待──」

 

「今宮君もっ!二度と話し掛けないでっ!!」

 

それだけ告げると、走るようにしてその場を立ち去る。

我慢出来ずにボロボロと涙を流していた。

どうしてこうなったのか。

どうしてこうなってしまうのか。

上手くいっていた筈の日常は、嘘だらけだった。

──そう思うだけで滑稽で、果てしなく悲しかった。

 

 

 

 

 

「…」

 

走り去る簪を見ながら、流星はこめかみを押さえる。

状況自体は大体理解出来ていた。

簪が用があったのは恐らく自身の方。

訪ねた際に楯無との会話を聞かれ、誤解を招いた。

楯無が簪の専用機の進捗を細かく知っていた事が大きな要因だろう。

 

流星は簪の専用機の話題を基本楯無の前で出さない。

だというのに楯無が専用機の事を事細かに知っているのは妹が心配で、基本こっそり覗いている為であった。

───空回り、ここに極まれり。

 

流星にも落ち度はある。

言う必要がないと思い、楯無がルームメイトである事を伝えていなかった。

少なくともそれを伝えていればこのような誤解は招かなかった。

 

「──」

 

弁解に行くべきなのだろう。

あんな状態の簪を放置するのは問題だ。

今すぐ誤解を解くために彼女の部屋を尋ねたい所だが────。

流星は簪が目に涙を溜めて睨んできた表情を思い出す。

 

まともに話が出来る状態ではなさそうだった。

 

それに、流星1人の誤解を解いたところで解決しない。

肝心の姉が話せる状態でないと意味が無い。

 

そう思い、楯無の方へ視線をやる。

 

彼女の視線はそのまま簪が居た場所に向けられたまま。

やっと状況を飲み込めたのかヘナヘナと力なくその場に座り込んだ。

 

「大嫌いって……、お姉ちゃんのこと、大嫌い…って…簪ちゃん私の事大嫌いって…………大嫌い…大嫌い…」

 

 

重症だった。

先程の簪の言葉を反芻しながら、壊れた玩具のようにひたすら呟いている。

 

ひとまず、部屋の中に移動させよう。

廊下で騒いだこともあり、皆何事かと確認しに顔を出すかもしれない。

流石にこの状態の楯無を廊下に出したままというのは気が引けた。

 

「楯無、とりあえず部屋に…楯無?おーい、楯無。………仕方ないか」

 

背後から抱きかかえるように部屋に引きずり入れる。

そして残された袋を拾い上げ、ドアを閉めた。

 

袋の中身を確認する。

中身は完全に潰れたカップケーキ?らしきもの。

色からするに抹茶だろう。

 

流星は思わず顔に手を当てる。

昼休みソワソワしていた簪を思い出す。

自惚れでなければ、先日の礼と受け取るのが妥当だろう。

ちゃんと2つあるあたり、ルームメイトの分も用意している。

 

 

何とも、間が悪い。

こればかりは流星自身の責任だった。

 

「どうしたものか」

 

思わず言葉を漏らす。

姉妹間の問題に首を突っ込む気などサラサラ無かった。

だが、自身が発端の今回ばかりは無視する事は出来ない。

 

流星も誰かと仲違いした事や喧嘩したこと等それなりにある。

暴力沙汰になるのが殆どだったが。

 

ただ、このように拒絶された経験は無かった。

どのようにすればいいのか、一切わからない。

 

────オレがわざわざ簪との仲を戻す必要があるのだろうか。

良くない思考。

それは先日からの影響か。

内からふつふつと湧き上がる声は流星自身のもの。

 

──結局は姉妹の問題だ、オレには関係ない。

─────そもそもオレが誰かと仲良くなっている事が間違いだろう─────。

 

「っ」

 

真っ当ではない思考。

顔覗かせるそれを振り払う。

 

また、簪の拒絶の言葉を前に何処か安堵している自分が居た。

簪と離れたかったからか。

簪を引き離したかったからか。

───はたまた、拒絶されて少しだけ傷付いた自分自身への安堵か。

 

「…」

 

本当に自分勝手だ。

こんな時にも自分の事を考えている。

あまりにも、下らない。

 

自己嫌悪に苛まれながら流星は椅子に腰をかける。

良くない思考はすぐには振り切れない。

だが、このままでもいけないと顔をあげた。

 

 

「…」

 

流星は袋から完全に潰れた抹茶のカップケーキを取り出した。

完全に潰れている。

思わず苦笑いを浮かべる。

 

迷わず口に入れる。

踏み潰されている以上、食感も恐らく本来のものでは無い。

味も恐らく損なわれているのだろう。

ゆっくりと咀嚼し味わう。

 

 

「…美味いな」

 

ぽつりと呟いた。

 

改めて、視線を呆然とする楯無へ戻す。

 

 

「ふふ、ふふふ。終わった。完全に嫌われた。簪ちゃんに嫌われた。お姉ちゃんなんて大嫌い。大嫌い……大嫌い…大嫌い……」

 

ダメだ、完全に壊れている。

いつもの優秀な姿はどこへ行ったのか。

まだ床に座り込んで落ち込んでいた。

 

「楯無、大丈夫か?」

 

「………」

 

「おい、楯無」

 

「…………………」

 

ブツブツと1人呟きながら何も無い空間を見ている。

して数秒。

流星の呼びかけにやっと気がついたのか、虚ろな目が彼を捉えた。

 

「何?流星くん…?」

 

「いや、何じゃねえよ。いつまでそうしてる気だよ」

 

「…簪ちゃんに嫌われた私なんてもうミジンコ以下だもの。ずっとこうしてるのがお似合いなの…」

 

完全に卑屈になっている。

かつて無い負のオーラを放つ楯無に流星は顔を強ばらせる。

突然、楯無が顔を上げた。

頭の上に電球が見えた気がした。

 

「───いや、これは夢よ夢。簪ちゃんがあんなこと言うはずがないわ!」

 

「──『お姉ちゃんなんかお姉ちゃんなんて』」

 

「かはっ…!?」

 

目を輝かせ、現実逃避に走る楯無に追撃が入った。

彼女はすぐに顔を引き攣らせ、固まる。

可哀想だが、まずこの現状を理解して貰わないといけなかった。

 

流星は呆れながらも簪の言葉を繰り返す。

台詞に抑揚は無かった。

 

「──『嫌い、大っ嫌い』」

 

「うぅ、ううう。流星くんが虐めるぅ〜」

 

「…やっと帰ってきたか」

 

不貞腐れてベッドに転がる楯無。

表情は相変わらず暗い。

やっと少し話せるようになったとはいえ、彼女の頭の大半は未だ簪の台詞で埋め尽くされていた。

彼女なりに持ち直そうとしているのか、流星を見ながら悪態をついた。

 

「普通、こういう時は優しい言葉をかけるものじゃないの?」

 

いつものように会話を始める。

これからどうするか等分からないが、ひとまず落ち着く為だった。

楯無の空元気に流星は付き合うことにした。

 

「優しい言葉って言われてもな」

 

「…それと流星くん、私を部屋に入れる時変なとこ触ったでしょ?」

 

わざとらしく恥じらうように胸に手を当てる。

いつも通りからかおうとしているのは分かっている。

 

流星は一切取り合わず本気で心配そうに返した。

 

「───大丈夫か、楯無。頭を打ったなら保健室にでも」

 

「違うのー!優しいけどそれは違うのっ!」

 

駄々を捏ねるように楯無言う。

対して流星は本当に面倒臭そうに溜息を付いた。

 

「優しい言葉なんて思いつかねえよ、馬鹿」

 

「──鈴ちゃんがフラれて凹んでる時は優しかった癖に」

 

ジト目で流星を睨む楯無。

流星がピタリと止まる。

楯無が言った台詞に引っかかるものがあった。

 

 

「待て、何で楯無が知ってる」

 

「………あ、……今の忘れていいわよ」

 

「そういう所だぞ。仕事かもしれないから俺はともかく、簪に対してもそんな事してるから──」

 

「そう、よね──だから、嫌われちゃった……」

 

「…」

 

一気に沈む空気。

流星は今のは失言だったと口を抑える。

どうにも、互いに本調子とは行かなかった。

 

 

「「……」」

 

 

重い空気の中、1人暗いオーラを再度纏い出す楯無。

今度は空元気を見せることもままならなかった。

そっとしておくしかない。

ただ、目の端に少し涙を溜め、まるで子供のように堪えている。

見ていられなかった。

 

流星は机の上に視線を戻す。

置かれているのは抹茶のカップケーキ。

それはルームメイトへの分と簪が用意した2つ目。

 

そのひとつに手をとる。

迷わずそれも口の中へ入れた。

 

 

「やるだけ、やってみるか」

 

投げやりに呟いて。

明日からどうするか考えつつ、ひとまずシャワーを浴びに彼は浴室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 




謎の女性、割と常識人なとこある気がします(小並感
生徒会長さんのキャラ崩壊が進みます。


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-26-

抹茶のカップケーキ事件から一夜が明けた。

朝練どころか朝起きた段階から更識楯無はガタガタであった。

ボーッと虚ろな目で覇気もなかった。

心ここに在らずといった様子で朝の支度を済ませ、先に生徒会の用事の為に登校していく。

時折ブツブツ簪ちゃんとつぶやく様など完全にホラーだった。

一夜明けたというのに、むしろ重症化している。

 

一応、学校に着いた途端キリッといつもの調子に戻った。

生徒会長モードとでも言うべきか、流石の筈だが不安で仕方ない。

肝心の仲直りも、楯無に踏み出す勇気がないのは丸分かりだった。

これ以上空回りするのを恐れているのだろう。

 

 

流星は学園について直ぐに整備室に向かった。

HR開始まではまだある。

遠回りにはなるが仕方ない。

 

整備室の扉を開こうとしたところで気が付いた。

 

「鍵が掛かってる…?」

 

一瞬誰も居ないのかと思ったが、そうではない。

整備室の奥の方に明かりが見えた。

となると答えは一つ。

 

内側から閉められている。

 

「…」

 

向こうも授業には間に合うように出てくる筈だ。

整備室の扉の横にもたれ掛かり、整備用の専門書を開く。

待つこと20分程。

程なくして、扉が開く音がした。

 

「簪」

 

「…」

 

出てきた簪は流星の存在に気が付く──が、顔を背け歩き出す。

流星は彼女を追い抜き前に出た。

顔を上げ、簪は流星を一瞥するとすぐにその横を通り抜け歩いていく。

 

再度追い抜き前に出る。

今度は立ち塞がるようにして話をしようとする。

 

「…話し掛けないで」

 

「謝る位はさせてくれ」

 

「要らない。だから話し掛けないで」

 

キッパリとそう言うと簪は再度流星の横を通り過ぎる。

取り付く島もないとはこの事か。

 

「簪っ」

 

だが、と流星が再度話しかけようとしたところで簪が振り返った。

先程よりも睨み付けるような表情。

流星の言葉が止まる。

同時に、パァンッと音が廊下に響き渡った。

 

「二度と、話し掛けないでって…!言った…っ!」

 

興奮気味に言葉を紡ぐ簪。

彼女はそれだけ告げるとその場を走り去る。

 

遠目だが、その様子を見ている人間は居た。

唖然とする野次馬、視線はその場に残った流星へと集中する。

別段流星がそれを気にする事はない。

ただビンタされたのは想定外だった。

避ける事も出来たがそれをする気もない。

 

「…」

 

溜息をつく。

昨日の今日。

配慮が出来ていなかったと言われればそれまでだが、事態は思ったより深刻そうだ。

一組の教室へ向かう。

 

流星が教室に入ってすぐ、視線が彼に集中した。

別に遅刻した訳でもない。

元々ザワついていた教室だが、流星が来た瞬間更にザワついた。

流星自身察しは付いた。

不機嫌そうに自身の席に向かう流星の前に、鈴が現れる。

2組から来たのだろう。

彼女は流星の顔を見ながら目を細める。

横から驚いた表情の本音も駆け寄ってくる。

 

 

「あんた、それどうしたのよ」

 

「…何の話?」

 

「いまみー、その頬っぺたどうしたの?」

 

「頬っぺがなんだって?」

 

すっとぼけながら流星は席に座る。

内心は今後どうするかをぼんやりと考えている最中だ。

自身の鞄を雑に机に起き、視線を2人へ向ける。

訝しむ様な視線を向けてくる2人。

 

「赤くなってるよ?」

 

「外、暑いからな」

 

「紅葉、出来てるけど…」

 

「季節を先取りしてるだけだよ」

 

淡々と答える流星。

決してまともに取り合わないあたり、答える気はないのだろう。

そう理解した2人は視線を一瞬合わせ、頷く。

再度流星に視線を戻した。

彼は参考書を開き、読み始めている。

 

「いや、どう見てもビンタの痕でしょそれ」

 

「そう見えるだけだ」

 

「──かんちゃん、だよね?」

 

本音の言葉に流星は参考書を閉じる。

知っていたのか、そう言いたげな視線を前に鈴が応じた。

 

「──噂になってるのよ。あんたが簪を捨てたとか何とか」

 

「…は?」

 

思わず声が出た。

顔を引き攣らせる流星に鈴は腕を組んで説明する。

 

「昨夜、あんたの部屋の方から泣きながら走ってくる更識さんを見たーって人が居たみたい。いつの間にか色んな噂になってて───1組では仲違いしたって噂が主…というか変に騒ぎ立てては居ないわね。でも、流星がいない2組や3組…後何だかんだで4組も……まあ酷いわよ?」

 

鈴がゲンナリした様子で言うあたり、彼女も噂をよく思っていないのだろう。

本音もそれを鈴から聞いていたのかあまりいい表情ではない。

2人が噂を信じて聞いてきた──訳ではないのは明白だった。

むしろ心配して様子を見に来たら、頬に紅葉を貼り付けた流星に出会ったという流れだろう。

 

細かく聞く気も起きなかった。

流星は鈴に一つだけ質問を投げかける。

 

「その噂に、簪を悪者にするようなの無かったか?」

 

「まあね。一応泣いてる側なのと、簪が大人しいタイプなのは知れ渡ってるし……」

 

「鈴や本音が関わってるみたいな話は?」

 

真面目な様子で聞かれ、鈴と本音は目を丸める。

完全に想定外だったのか、反応が少し遅れた。

咳払いをしつつ、不謹慎ながらも感じた嬉しさを誤魔化す。

 

「無かったわよ」

「無かったよー」

 

「───なら良いか」

 

興味を失ったように参考書を再度開く。

その様子に疑問を持ったのは本音だった。

 

「いまみーは怒らないの?」

 

何に対してかは言うまでもない。

謂れもない事を好き勝手言いふらされている。

その事にその人物達にその理不尽に異論を唱えないのかという質問だ。

流星は視線を本音に戻す。

 

「怒っても仕方ないだろ。原因はあくまで俺側だし、解決すれば勝手におさまる」

 

解決するビジョンが見えていないが──とは口に出さない。

それ所ではないというのが事実としてそこにはあった。

 

「そっか…」

 

本音もそれ以上は尋ねなかった。

鈴も溜息を付きながら背を向ける。

 

「───良いわよ。じゃあ(あたし)は理由を聞かないわ」

 

「?聞きたかったんじゃないのか?」

 

「そりゃあ何かあったか知りたいわよ。けど、流星が話さないって事は少なくとも簪の為でもある訳でしょ?───だから、簪から直接聞く事にするの」

 

鈴はそうとだけ告げると1組の教室から出ていく。

その背を見ながら、流星は顎に手を当て呟いた。

 

「…男前ってああいうのを言うんだな」

 

「りんりんにもビンタされるよ、いまみー」

 

本音が呆れたような視線を向ける。

素知らぬ顔で流星はやり過ごした。

 

同時になる朝のSHR前の予鈴。

もうそんな時間か、とクラスメイトが慌てて席に戻る。

同様に席に戻ろうとしていたラウラが、流星の顔みて得意げな顔で口を開く。

 

「それは…紅葉だな。私も写真で見た事があるぞ」

 

「もしかして、喧嘩売られてるのか俺」

 

困惑する流星。

彼としてはついつい軍人であるラウラには、他よりトゲのある言葉になってしまう。

ラウラは特に気にしていない。

流星自体も言い方こそアレだが、ラウラの発言に特に不快感を示すようなことは無い。

 

「そう言うな。似合ってるぞ」

 

「やっぱり喧嘩売ってるよな」

 

「?わざわざ喧嘩を売る理由もないだろう」

 

ラウラもまた、すぐに席に戻る。

あれは天然だと理解しつつも、流星は渋い顔をする。

やはりやりにくいというのが大きいのだろう。

 

本音も心配そうな顔をしながら席に戻っていった。

──本音の様子からするに、本音自体は理由を既に知っていそうだ。

 

すぐに入ってくる真耶と千冬。

一瞬流星の顔を見てぎょっとする真耶だったが、下手に触れてはいけないと思ったのかいつも通り挨拶から始める。

千冬はいつも通りの落ち着いた様子だった。

ふと思う疑問。

千冬は千冬で一夏との距離感に悩んだ事などはあるのだろうか。

千冬と一夏の性格上、想像はつかない。

 

楯無と違い、案外弱みを見せているのかもしれない。

───家事が出来ないとか。

 

ギロリと千冬の視線が流星に向けられる。

読心術でも身につけてる可能性がある。

思うだけくらい構わないはず、と流星は口を尖らせる。

 

真耶からの幾つかのお知らせがあり、授業が始まる。

 

珍しくあまり集中出来なかった。

 

 

「…おいおい」

 

昼休み、場所は廊下。

昼食を購買で買い終えた流星は教室に戻ろうとしていた。

頬の紅葉はとっくに消えている。

そんな中、簪を待ち構えている楯無を見つける。

同時に、そこへ現れる簪。

とりあえず、ややこしい事にならないように流星はすぐ角に身を隠す。

 

謝ろうと話しかける楯無。

簪は姉に対し警戒している様子だった。

怒りも感じられるが、朝よりは戸惑いが見られる。

まさか話しかけられるとは思わなかったのかもしれない。

 

話しかけられた段階で半歩後ろに引いている。

楯無はそれがショックだったのか、言葉が途切れ途切れ──というよりしどろもどろで何が言いたいか分からない。

すぐに言葉が途絶えた。

俯く楯無を前に簪は立ち去る。

残されたのは立ち尽くす楯無。

 

一先ずの課題は分かった気がした。

楯無に元気を取り戻して貰わなければ話にならない。

普段通りでもまともに話すのが厳しいのに、凹んでいる状態では不可能もいいところだ。

 

踵を返す。

携帯を取り出し、連絡先一覧を開く。

名前を見て一瞬迷う。

───黛薫子(まゆずみかおるこ)

普段生活をしているとたまに楯無の口から出てきたりする名前。

仲が良いのは知っている。

 

すぐにメッセージだけを送信。

昼休み終わりまでに返信は来た。

とりあえず、話は聞いてくれるらしい。

放課後に会う約束をした。

 

 

 

 

───午後の授業も終わり、放課後。

会う約束をした場所は屋上。

薫子の片手には取材用の道具がある。

 

表向き上は噂についての取材。

場所は聞き耳立てにくい開けた場所。

そうする事で遠慮なく話せるよう配慮してくれたようだった。

勿論、取材用のマイクにも電源は入っていない。

頭が上がらないとはこの事か。

 

「こうして面と向かって会うのは久々かな?学園内で見掛ける事はチラホラあったけど」

 

「そうですね、クラス代表決定戦以来じゃないですか?相談に応じてくれて助かります、黛先輩」

 

突っ込まない。

此方が薫子を学園内で視認した記憶が無い等この際触れないようにしておく。

 

「───それで、たっちゃんの事だよね?」

 

薫子の空気がガラリと変わる。

いつもの緩い感じから真剣な様子へ。

 

流星は相談がしたいと伝えていただけだった。

驚きはしない。

楯無がボロを出したと言うよりは、薫子が見抜いたと見るべきだった。

 

「ええ。楯無…あー…、更識先輩の──」

 

「別にいつも通りでいいよ。歳は同じなんだし、なんなら私を薫子と呼んでくれても───」

 

「嫌な予感しかしないんで遠慮しますよ。それで、楯無の事なんですけど────」

 

と、内容を掻い摘んで説明する。

とりあえず説明しても良さそうな部分だけを選び、事の顛末を伝える。

 

隠す理由も無かった。

楯無の事だと見抜いているのなら、流星の噂との関連性も分かっているはず。

新聞部故に噂などには恐らく敏感だという判断もあった。

一通りの説明を終えると、薫子は納得した様子で頷く。

 

「通りで今日のたっちゃん元気無かったんだ」

 

「やっぱり気付いてたんですね」

 

「そりゃあね。他の人は騙せるかもしれないけど、私の目は誤魔化せないよ。───それで流星君はたっちゃんに元気をとりあえず取り戻して貰おうと思っていると───」

 

「はい、そうなります」

 

話が早い。

これなら、期待出来そうだと流星は確信する。

直接、楯無と簪の仲についての相談をしなかった事には勿論ワケがある。

完全に背景を説明し切れないという理由と、あくまで当事者だけで解決した方が良いという判断。

薫子も楯無の事だからなのか、下手に首を突っ込もうとはしなかった。

 

 

「なら、これを授けよう。たっちゃんならこれで1発だよ」

 

───と、薫子は懐から封筒を取り出し流星に手渡す。

相談内容まで予想していたのか、明らかに用意されていた事に流星は苦笑い。

中身を確認しようとして、中を探る。

 

 

出てきたのは数枚の写真で─────。

 

 

「────なっ」

 

思わず言葉を失った。

出てきたのは簪の写真──だけならまだ良いのだが、趣向がおかしい。

どれもアングル的に絶妙で何とも際どい写真ばかり。

 

ちらりと薫子に目をやると、楽しげに笑う。

いやぁ何度か機会があったからね───何も突っ込むまい。

何故か下着姿の簪の写真まであった。

顔を抑える。

頭が痛い。

心の中で簪に詫びを入れる。

 

最後の写真だけは少し皮肉地味たものがあった。

簪を隠れて見ているのに必死な楯無も含めて撮った、一枚。

楯無と簪の関係性がある種現れている。

そして、その端に書かれているメッセージ。

それを読んで流星は納得する。

 

悔しいがこれらを纏めて渡すのが早いだろう。

流星は溜息を付き、封筒に写真を戻した。

 

 

「これ受け取ったら、俺の罪状増えそうなんですけど」

 

簪にでも見付かればどうなる事やら。

有り得ない可能性ではあるが、想像したくない。

そもそも誰かに見付かること自体考えたくもなかった。

本音、鈴のドン引きする表情が目に浮かぶ。

 

 

 

「罪状どころか、見付かれば一発アウトだよ~。今の世だともう表を歩けなくなったり」

 

「冤罪…でもないですね。そういうのも気を付けますよ」

 

流星は封筒を、懐へしまう。

こんな危険物を持っておきたくないという思いは当然あった。

何時になく懐にしまったものを意識してしまう。

 

 

「しかし、流星君がたっちゃんと仲良くしてくれてるみたいで安心したよ」

 

「仲が良い、んですかね?俺が合わせてもらってるだけの気がしますけど」

 

「──だってたっちゃん、わざとらしい隙は見せても弱味はあまり見せないでしょう?流星君にはそれを見せている。仲が良いからだと思うよ」

 

「そういうものですか?」

 

「そういうものだよ」

 

笑顔でそう答える薫子。

そこに面白がるような感情は見られず、微笑ましいものを見る目だった。

 

──それじゃあ、とそのまま去りたい流星だったがそうはいかないことなどわかっている。

持ちつ持たれつ。

そう以前に薫子が言った事を覚えていた。

心底嫌だが、仕方がない。

快く協力してくれた薫子を無下に扱えなかった。

 

「───それで、何をすればいいんですか?」

 

「おっ!流星君も記者の扱いが分かってきたみたいだね〜」

 

「喜んでいいんですかそれ」

 

「勿論。じゃあまずは─────」

 

取材用のマイクのスイッチが入れられる。

 

流星は覚悟を決め、薫子の気が済むまで取材に応じる事にしたのだった。

 

 

 

 

20時半。

ガチャリと寮の部屋の扉が開いた。

落ち着かず、椅子に座り本を読んでいた楯無の視線が入口に向けられる。

入ってきたのは予想通り、同居人の流星だ。

 

「……、疲れた…」

 

珍しくだるそうにしながら、ベッドに自身の鞄を放り投げる。

そしてそのままベッドに腰をかけ、仰向けに倒れ込むように寝転んだ。

その様子に違和感を覚える。

 

「流星くん…?」

 

いつものようにかける軽口が思い付かなかったのか、楯無は静かに声を掛ける。

流星は視線だけ楯無に向けた。

 

「あぁ、ただいま……。慣れないことはするもんじゃないな」

 

「慣れないこと?」

 

楯無が首を傾げる。

流星は相も変わらず覇気のない楯無を前に、少し考え込む。

3秒程の考え込んだ後、流星は身体を起こした。

心底嫌そうな表情で懐から封筒を取り出す。

 

そのままベッドから立ち上がると、楯無の座っている対面の椅子に腰をかけた。

 

テーブルに封筒を起き、お茶を入れる。

直ぐにそれを飲み干し、一服すると楯無へ視線を戻した。

 

「これは?」

 

「お前が元気になるもの…らしいぞ」

 

「?どういう事?」

 

「まず中身を確認してくれ」

 

流星に促され、楯無は封筒をあける。

中から出てきた写真に疑問を持ちつつも、それらを全て確認する。

 

ピタリと楯無の動きが止まった。

 

 

「こ、これは───!か、かか簪ちゃんの超レア!トップシークレットな写真────っ!!?」

 

「おい、顔。ヤバいことなってるぞ、オイ」

 

既に楯無の表情は口の端が緩み切り、ニヤついた気持ち悪いものになっていた。

予想以上の反応に流星は顔を引き攣らせる。

──シスコンを拗らせるとこうなるのか。

 

「ふ、ふふふ。これは良いわ!最高よ!ほら見て流星くんこれなんて簪ちゃんの可愛さをふんだんに詰め込んだ感じが出ていると思わない?普段目立たないけどこの肌の綺麗さとかこの無意識な感じとか内側に跳ねてるくせっ毛もやっぱりチャームポイントよね!この眼鏡型ディスプレイの色合いも似合ってるし何よりこのアングルから見える───────ふふ、ぐふふふ」

 

「……ぐふふとか初めて聞くよホント。涎、ヨダレ出てるって。きたねぇから拭け」

 

「はぁっ、はぁっ、思ったより刺激の強い写真が多いわね───!」

 

「──頼むから人として最低限の威厳くらいは守ってくれ」

 

効果てきめん───なのだが、想像していた百倍は気持ち悪い。

流星の口が裂けても直接言うことは無いだろうが、美人が完全に台無しになっていた。

涎までタレかけれている。

 

最愛の妹に拒絶され、凹んでいたところに供給される妹成分。

それも楯無すら絶賛する写真もとい芸術品。

それらは楯無のシスコン部分を暴走させ、強制的に彼女に活力を取り戻した。

数多の尊厳を犠牲にしていたような気がするが、と流星もう考える事を放棄した。

暫く放置していようと決め、視界になるべく楯無を映さないように参考書を開く。

息を荒くし、写真を漁る楯無。

 

 

───もうこのまま簪に近づけさせない方が良いのかもしれない。

 

 

 

 

暫くして、楯無は最後の写真を見る。

 

「────」

 

瞬間、彼女の表情が変化した。

緩みきった表情から一点。

何かを理解したように優しい微笑みを浮かべた。

 

「そっか…それならこうなっちゃうわよね…」

 

最後の写真の右端に書かれたメッセージを見て、苦笑する。

 

『たっちゃんの事も伝えないと駄目だよ』

 

それは見守るばかりで歩み寄らなかった楯無への言葉。

だからこそすれ違いは起きた。

コチラだけ一方的に把握して、向こうにはそれをさせない。

向こうの気持ちも考えず、姉として格好だけつけ続けた。

当然過ぎる結果だ。

 

「流星くん、ありがと」

 

書いた人間も想像がついた。

恐らく流星はこの為に彼女に連絡を取ってくれたのだろう。

 

「今度こそちゃんと、簪ちゃんと話し合ってみる」

 

暗いものはもうない。

そこにはいつものように元気な更識楯無の姿があった。

 

意気揚々と扇子を開く。

そこには復活の2文字が書かれていた。

流星はなるべく参考書から目を離さず、抑揚のない声で返事をする。

 

 

「───あの、俺に話し掛けないで欲しいんだけど、更識さん」

 

「まさかの拒絶───!?」

 

「自分の胸に手を当てて考えろ馬鹿」

 

流星はこめかみに青筋を立てて吐き捨てる。

それくらいで引き下がる楯無ではなかった。

楯無はわざとらしく胸元を少しあけ、下から腕で持ち上げるようにして強調する。

 

「胸に手を当てろってー?流星くんってばえっち」

 

「当ててるの腕だろそれ」

 

「何?いつも通りではあるけど、反応薄い流星くんってもしかして不能なの?」

 

流星の薄い反応にいじけながら呟く楯無。

抗議する気も起きなかったのか、流星は黙々と参考書を読み耽る。

その様子を眺めて数秒。

楯無はある事に気が付いた。

 

 

「そう言えば───」

 

声のトーンが明らかに下がる。

楯無はジト目で流星を睨む。

 

思い当たる節はある。

思わず流星は再度激しい頭痛を覚えた。

 

 

「───流星くんは簪ちゃんの写真見たのよね?───ねえ、答えないと酷いわよ」

 

 

───もう一悶着有りそうだと、流星は虚ろな目で天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 




シリアスの塩梅が難しい…。


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-27-

「成程、それはアイツが悪いわね」

 

鈴はそう呟きながらため息をついた。

時間は放課後。

場所は整備室の一角。

簪の専用機を前に、簪、本音、鈴の3人はいた。

 

俯きながら暗い表情の簪の背を本音は宥めるようにさすっている。

実はというと、簪から話を聞くのも一筋縄ではいかなかった。

流星の件により、簪は専用機開発の残りを1人で行おうとした。

それを予想していた本音と鈴は整備室に先に潜り込み、簪を待ち伏せ。

 

彼女が現れたところで説得を始め、小一時間。

何とか話を聞く所まで持っていったのだった。

 

もっとも、流星の時とは違い簪も時間が経ち少し冷静になっているのも作用した。

1番は彼女らが第三者であるという点。

鈴はともかく、本音が第三者と信じて貰うのには少々時間が掛かったのは言うまでもない。

そんなこんなで胸の内をポツリポツリと漏らすように簪は一昨日の出来事を話したのであった。

 

そして、先の鈴の台詞に辿り着く。

流星は恐らく言う必要がないと考えていたのだろう。

そんなことは鈴も理解している。

だが、言わなかった場合このようなすれ違いが起こると予想出来ただろうに。

 

簪が自室を訪ねる発想自体無かったのだろうか。

何が1番悪いかと言われれば間が悪い可能性もある。

今簪側の事情しか知らない鈴ではそこまでは断定できない。

本音は背景を知っている為、大体の推測は出来ていた。

 

「それで、かんちゃんはどうしたいの?」

 

「え……?」

 

「かんちゃん、何か後悔してるって顔してたから…」

 

「それ、は……」

 

──自分にも分からない。

出来ればあのような事など無ければ良かった。

それくらいしか簪には考えられない。

あんな事があった上で、拒絶した上でそのままなど都合がいい。

第一簪は今、流星の事を信じられずにいる。

 

「…わ、分からない」

 

辛うじて絞り出す。

簪の心の内を聞いた鈴や本音もそれ以上下手に聞き出そうとはしなかった。

 

 

ただ、本音は意を決したように静かに話し出す。

 

「──かんちゃん、あのね。一つだけ知っておいて欲しい事があるの」

 

「?」

 

「クラス代表決定戦が1組であったのは知ってるよね?」

 

「う、うん?」

 

どうしてそのような話を?

首を傾げる簪、鈴も黙って本音の話を聞きに入る。

本音も誤解を招かないよう、なるべく直球に内容を伝える。

 

 

「あの時いまみーが決闘を受けた理由。かんちゃんの事を馬鹿にされたからなんだよ」

 

「…え」

 

有り得ないと簪は眉を顰める。

 

「…嘘。だってあの時私と今宮くんはまともに話した事も─────」

 

「───『アレを身の程知らずと片付けられるのが嫌だった』、って言ってたよ。いまみーは会長絡みでもなく、ただ単純にかんちゃんの努力を否定されたくなかっただけみたい」

 

「───」

 

「だから、いまみーがかんちゃんに関わった発端に会長は関係ないと思う。それだけはかんちゃんに分かっていて欲しい」

 

簪は困惑する。

会って間も無い頃の流星がそんな動機で戦っていたとは夢にも思わなかった。

しっかりと話の流れを聞いた事はなかったが、クラス代表決定戦の流れは会話に途中から流星も割って入ったと言う事は知っている。

そして、以前セシリアに謝られた事がそれを裏付けているのだろう。

 

初めて知った理由に、簪はどう受け止めていいか分からなくなっていた。

 

だとすれば、今回の件は勘違いの可能性もあるのだろうか。

 

発端はそうだとしても結局はそれだけ。

流星への疑念は消えない。

 

「──そう…」

 

どの道もう取り返しは付かない。

簪は返事だけすると、すぐに機体に向き直る。

 

黙々と専用機開発を再開する。

答えがすぐに出るわけも無いと分かっていた2人は、簪の作業の手伝いを開始した。

 

 

──そして、更に1時間経過した。

 

作業も一区切り。

とりあえず機体は完成間近という状態に。

3人は近くに置いた簡易式テーブルで一息つく。

 

「もうすぐね」

 

「だね!もうすぐだよかんちゃん」

 

「う、うん」

 

機体を見上げながら思いを馳せる簪。

ここまで来るのに色々あったなんて感傷に浸りながらも、やはり心は晴れなかった。

簪の表情から察する二人。

どう言葉をかけようか、そう悩んだところで声が聞こえた。

 

 

 

『簪ー!ここに居るのか!』

 

「っ!」

 

扉の外から聞こえる流星の声に簪がビクリと驚く。

すぐに状況を飲み込むと、扉の方から顔を背けた。

 

「返事しなくていいの?」

 

「会いたくないから…」

 

「そう」

 

と、鈴は反論もなく納得する。

本人が会いたくないと言っている。

となれば鈴達がわざわざ返事をしたり鍵を開けたりして流星を入れるのは、野暮というもの。

冷たい話だがここは当人同士で解決しなければ意味がなかった。

ここで鈴達が深入りすると簪を傷付けてしまう可能性が高いこともある。

 

鈴は視線を扉へ戻す。

小刻みに聞こえるノック。

3人がいるのは整備室の奥の方。

作業中ならば聞こえない程度の音でしかなかった。

暫くすれば諦めるだろう、そう考える簪は意識を扉に向けないよう努めている。

逆に本音や鈴はリアクションには出さず耳を傾ける。

 

今整備室には3人しかおらず、ゆっくり休憩していた事もあり静かであった。

入口側が二重扉の構造になっており、鍵が閉まっているのは内側のみ。

内側の扉の都合、少し入り組んでおり声は内側から外への音に比べると響いて聞こえやすい。

その為だろう。

 

 

『───強硬手段しかない、か』

 

やけにトーンの低い声。

本音と鈴は何やらやけに物騒なことを聞いた気がした。

顔を思わず見合わせ、理解に至った時には遅かった。

 

 

「「!?」」

 

「え!?」

 

扉に斜めの線が入った。

右からと左からと交差する線。

あっさりと斬り裂かれ、扉は形を保てず床に散乱するように崩れ落ちた。

 

崩れ落ちる扉の破片も綺麗に斬られた為か、あまり大きな音は立たない。

予想外の犯人の行動に3人は反応出来ずにいた。

 

扉を斬り裂いた犯人───流星はISを右手首だけ部分展開しており、対IS用ナイフをその手で握っている。

すぐに部分展開を解除した。

扉の残骸を踏み越え室内に入る。

 

静かに簪達の方へ歩み寄り、流星と簪は向き合う形になった。

距離的には少し遠い。

簪達から大きく数歩離れた位置で流星は声を掛ける。

 

 

「───話したい事がある」

 

「…話す事なんてない」

 

ハッキリとした拒絶。

簪の目は正面から流星を見据えている。

もう信じられない。

だからこそ、もう惑わされるのは御免だった。

 

「ならこれは、独り言だ」

 

と、流星はわざと目を逸らし続ける。

会話ではなく一方的な言葉と強調する為だった。

簪も特別相手する気はない。

ただ、この状況で耳を防ぐような発想もなかった。

例え逃げ回っても、また同じ状況になるだけだと分かっているのもある。

そう思わせるだけ、今回の流星の行動は意外だった。

 

「別に俺を信じてくれなくてもいい。仲良くしてくれとも言わない。ただ1つ伝えたい事がある」

 

「───それは、なに?」

 

眉を顰め訪ねる簪。

 

流星が簪を騙していた訳じゃないという事だろうか。

姉が状況をコントロールしていた訳では無いということだろうか。

 

幾つか思い浮かべる、が今は言い訳にしか聞こえない。

どのように真実を伝えようとしても、完全に信用するなどもはや不可能に近かった。

 

流星はそれを聞きつつあくまで独り言の体で話す。

が、瞬間、あくどい笑みを浮かべ簪を睨むように見た。

纏っていた雰囲気がガラリと変わる。

 

 

「───何時まで姉妹揃って二の足を踏んでんだよ、マヌケ」

 

 

「っ──!」

 

「なっ───!?」

「えっ───!?」

 

思わず声を詰まらせる簪。

対して更なる予想外に声を漏らす鈴と本音。

簪は流星を睨み返す。

流星は冷ややかな視線で簪を見ていた。

 

「貴方にっ!何が─────っ!」

 

「──何が分かるかって?分かる位だから、マヌケって言ってるんだよ」

 

「それは、貴方が分かってるつもりなだけ!」

 

「なら楯無(あね)はどうして(いもうと)に歩み寄れていない。(いもうと)楯無(あね)の何を知って距離を置いている」

 

「っ!」

 

見え透いた挑発だと頭では理解している。

────だとしても、許せなかった。

始まりははっきり覚えていない。

元々仲が良かったのは遠い昔。

あの頃のように、なんて思い浮かべたこともある。

 

ただ、何事も思い通りには行かない。

ありとあらゆる感情がそこにはある。

それにどれだけ苦悩し続けているかなど、他人には分からないことだ。

不快でしか無かった。

 

───だというのに、咄嗟に言葉が出なかった事が悔しかった。

 

 

「──あんた、言っていいことと悪い事があるわよ!」

 

震える簪を前に、鈴が勢い良く立ち上がった。

流星の胸倉を掴み、怒りを顕にする。

本音もまた何時になく険しい表情で流星を見ていた。

 

流星は鈴を一瞥も、溜息をつく。

 

「鈴は関係ない。黙っててくれ」

 

「そんな事知らないわよ!あんたが何か考えてる事は分かってる。でもね、今言った事は取り消しなさい!」

 

「──取り消さない。別に俺は言いたい事を言いに来ただけだからな。…実はもう1つあるんだけど────それは後にする」

 

そう言うと流星は鈴の手を解く。

すると再度簪に向き直った。

 

 

「撤回、して欲しいか?簪」

 

「───、!」

 

悔しさのあまり、唇を噛んでいる簪へ流星は問いかける。

俯いていた簪は視線だけ流星に戻し、その強い瞳で返す。

その目は不貞腐れてなど居なかった。

自身の意見を主張しようとする強い意志がある。

怒りだけではなく、様々な感情を孕んだその瞳に流星は笑みを浮かべた。

一同の緊張感が一気に増す。

反対に、流星はいつも通り落ち着いた様子だった。

ただ、その笑みは微かな羨望を含んでいるものだった。

 

 

 

「───なら、勝負だ。────ISで白黒着けよう」

 

 

 

 

 

 

「…慣れない事はするもんじゃないな」

 

整備室での一件から少し後。

寮の部屋に戻った流星は、部屋に入るなりそう呟いた。

何故だか、どっと疲れた気がすると流星は独りごちる。

昨日とほぼ同じ台詞を吐いている自覚はある。

 

 

あの後、幾つかの話を経て勝負についての詳細が決まった。

 

勝負は3日後。

簪側の武装は完成はまだの為、武装は流星も簪も学園の量産機に付いているものや備品のみ使用可。

IS学園の物の流用とはいえ、流星の槍や手榴弾は使えない形だ。

勝負は単純にISの試合形式で行う。

勝負についてそれだけ。

 

簪が負けた場合、姉と話し合う事を約束させた。

この時点でかなりの進歩、この為だけに持ち掛けた勝負と言っても過言では無い。

とはいえ、半ば強引に納得させる為にかなり無理をした。

流星が負けた場合は発言を撤回だけでなく、金輪際簪に関わらないと約束する形になっている。

ついでに鈴や本音とも多少気不味くなっていた。

とりあえず、どうあっても負けられない。

 

随分と冒険をしたものだと、流星は考える。

 

一応、扉の件は千冬の説教と反省文&2日間のIS使用禁止で許して貰えた。

 

そもそも勝負をする案を出したのは千冬だったりするのは流星しか知らない。

流石に相談するのは躊躇ったが、掻い摘んで話すとそれだけで察して貰えた。

 

助言としては、そのような垣根は一度壊してしまうのが良いとの事。

話し合い自体が出来ない状態であると伝えた。

──何かしらの形で発散する場を設け、その後に話し合いに持ち込めば良い──らしい。

 

信じられずにいた流星は、思わずアイアンクローを受けるような発言をしてしまったりもする。

『織斑先生はこういったこと不器用だと思ってましたよ。ほら、普段すぐ手が出ますし一夏と喧嘩しても────いだだだだだっ!?』

『ほう、良くわかってるじゃないか。教師として物分りがいい生徒は誇らしいな。───まあ、しっかりやれ。生徒の事だ、最悪はフォローしてやらんでもない』

『っ──アイアンクローしながら言う台詞じゃないんですが──!?』

 

思い出すだけで頭が痛い。

実はもう頭蓋は割れているのではないかと思える程、アレは痛かった。

その際、気になったものがある。

まるで微笑ましいものを見るような、そんな保護者的な視線。

何か引っかかるが、教師と生徒の関係上特におかしなものでもない。

 

思考を辞め、流星はベッドに腰をかける。

同時にシャワーを浴び終えた楯無がバスタオル1枚の姿で姿を現した。

流星の姿を見るなり、そそくさと近付いてくる。

不安そうな顔で流星の手を掴んだ。

 

 

「だ、大丈夫だった流星くん!?ちゃんと約束してこれた!?」

 

「格好、格好もっと気にしろコラ。いや、簪との事気になるのは分かるけどさ」

 

「私の格好なんでこの際いいのよ!それよりどうなのよ?お姉ちゃん気になって落ち着かないっ!」

 

楯無はとりあえずこれ以上簪と拗れないように、なるべく用がない時は部屋で待機するよう流星から言われていた。

故に楯無は流星の先の件を覗いていない。

というより簪の様子を見る事自体、反省した事もあって自重してはいる。

この件は流星が自ら任せて欲しいと告げた事も作用し、楯無も下手に動くことはない。

 

今は簪の事に必死なのか、バスタオル1枚のくせにやけに距離が近い。

流星も言及するのが面倒になったのか、格好については無視する事にした。

 

「無事勝負の約束は取り付けたよ。代償として鈴と本音ともちょっと気不味くなったけどな」

 

「……絶対言い過ぎたでしょう、流星くん。簪ちゃん泣かせたら許さないわよ」

 

ジト目で流星を睨む楯無。

流星の手を掴む力が強くなる。

 

「……なあ、お前誰の味方だよ」

 

「勿論、簪ちゃんの味方よ」

 

「はいはい。───じゃあ約束取り消して貰いに行ってくるから」

 

「───はい嘘!嘘じゃないけど!冗談だからっ!冗談だから止めて!」

 

「ああもう抱き着くな!?──ってお前ずぶ濡れじゃねえか。ちゃんと拭け!その前に離れろ」

 

楯無が身体を拭くことをおざなりにしていた為、流星の制服もかなり濡れてしまう事になった。

楯無を引き剥がすと、流星は上着を脱ぎハンガーにかけ部屋に干す。

シャンプーのいい匂いが仄かにする───ちょっと腹が立った。

 

そんな流星くんの些細な表情の変化を見逃さなかったのか、楯無は笑みを浮かべた。

 

「流星くん、お姉さんのいい匂いに悶々しちゃった?」

 

「…」

 

即座に流星は消臭剤を手に取る。

そして、無言のまま制服の上着に吹き掛けた。

あまりにも黙々と吹き掛ける後ろ姿に楯無は不満そうに呟く。

 

「──そこまでされると純粋に傷付くんだけど…」

 

「知るか。いいから服を着てくれ」

 

流星に諭され、文句をブツブツ言いつつ楯無はパジャマに着替える。

流星もジャージに着替える。

シャワーを浴びるとばかり思っていた楯無が小首を傾げていると、流星は立ち上がり入口へ向かった。

 

「どこへ行くの?」

 

「身体が鈍ってるからな。走り込みだよ」

 

 

 

「…、本音か」

 

「いまみー…」

 

走り込みを終えた流星が寮の方へ戻ってくると、そこには部屋着姿の本音が1人塀の上に腰をかけていた。

思わず視線が合い、互いに気が付く。

一瞬は普段通りの反応をしそうになった本音だが、放課後の事を思い出したのか少し気不味そうに視線を逸らした。

 

「成程、思ったより特等席だなここは」

 

対して流星は気に留めていない。

本音が1人空を見上げていた事に気が付いた流星は、その横へ飛び乗る。

ムッと気に留めていない流星に不満そうにする本音だが、気にしても仕方ないと諦めたのか、口を開いた。

 

「いまみーは、凄いよね」

 

呟くように告げる言葉に、流星は首を傾げる。

 

「何の話だよ?」

 

「かんちゃんと会長のこと。──私は最初からある程度知ってるのに、何にも出来てない…」

 

自嘲気味に笑う本音。

流星は手に持っていたスポーツドリンクを一口飲み、呟く。

 

「俺は偶々当事者になっただけだ。姉妹仲なんて今まで無視していたさ」

 

「でもいまみーは、かんちゃんに嫌われる覚悟で今回の件も解決しようとしてる。私はね、いまみー。嫌われるのが怖くて出来ないだけ」

 

「嫌われる覚悟、ね…」

 

──そんな大層なものなどない。

喉まで出かかった言葉を飲み込みながら、流星は再度ドリンクを口に含む。

 

「りんりんは、詳しく知らなくてもかんちゃんの為にいまみーに怒ってくれた。かんちゃんや会長を否定されて、一番怒らなきゃいけない私は、黙ってる事しかできなかった。その上いまみーの意図を分かってるのに、いまみーを心の中で責めてるだけだった」

 

「…無駄に似てるよな。本音と簪」

 

「──え?」

 

「考え過ぎて思い詰めるところ。本音は鈴じゃないし鈴は本音じゃない。それに、本音は簪の為にちゃんと怒ってたじゃないか──その、なんだ。悪い、上手く言えない」

 

「────」

 

途切れる会話。

本音はそれを聞きながら、夜空を見上げていた。

 

───やっぱり、ズルい。

自分の事ははっきりと晒さず、気付けば此方の心のスグ近くにいる。

それが本音には不満で。

ほんの少しだけ身体を流星の方へ預けて、口を開く。

 

 

ずっと引っかかっていた疑問を改めて尋ねた。

 

 

「──いまみー自身は、かんちゃんとの仲直りを考えて無いでしょ?」

 

「……」

 

──鋭い。

本音の指摘に流星は内心悪態をつく。

気付かないでくれれば楽だったのに。

 

「俺は別に───」

 

「嘘。いまみーはこれで良いなんて思ってる。かんちゃんの事気に入ってるくせに」

 

「…根拠は?」

 

「乙女の勘───!」

 

「……」

 

自信満々に胸を張りながら言う本音に、流星は顔を引き攣らせた。

なんだかんだで、本音の観察眼は馬鹿にできない。

更識家に仕えてるだけあると言うべきなのだろうか。

真面目かふざけているのかの線引きは難しいが、あながち外れても居なかった。

流星自身そこまで考えていたと言うよりは無意識に近い。

そこを指摘され、返す言葉を失う。

 

「約束して、いまみー。かんちゃんも会長も、いまみー自身も仲直りするって」

 

「随分と無理を言う。……───まず勝たないとだけどな」

 

「反論する悪い子は〜こうだ〜」

 

「────っと」

 

強引に抱き寄せられ、塀の上で器用に横になる。

塀の幅がそれなりにある為か落ちるようなことは無い。

流星の頭はちょうど本音の膝───というより太腿の上に来ていた。

思っていたより、柔らかい。

部屋着だった為素足でないのが救いか。

多少の恥ずかしさを感じながら、流星は本音の顔を見上げる。

 

 

「にひひ〜、思ったより恥ずかしいね、これ」

 

顔を真っ赤にしながら照れ隠しのように笑う本音。

恥ずかしいのならやらなければいいのに──と流星は思いつつも断りを入れようとする。

 

「俺汗かいてるんだけど…」

 

「私は気にしないよー」

 

逃げ場なし。

羞恥に苛まれながらも流星は脱出する事を諦めた。

夜風が心地よい。

このまま眠ってしまおうかなんて思う程寝心地は悪くない。

 

僅かに心の奥で痛みが走る。

流星自身も気付きにくい鈍いもの。

 

 

「…」

 

本音越しに夜空を見る。

星はそんなに見えない。

街灯が明るいせいか、はたまたここでは見えないのか。

 

それがとても、残念で仕方がなかった。

 

 

「どう?いまみー?」

 

「いい寝心地。──先に言っとくけど、覗き込みすぎるなよ?ちょっと色々当たるから」

 

「───そ、ソウダネ!?」

 

言われてハッとなり、大きく覗き込もうとしていた本音は姿勢を正す。

顔は再び真っ赤に、今度は耳まで赤くなっている。

デリカシーに欠ける発言だったと流星は思い返す、が事故は未然に防げた為良しとする。

 

見上げる夜空。

交わす言葉は特にない。

 

 

それぞれのルームメイトに見付かるまで、2人はその光景を満喫するのだった。

 

 

 




次の更新は1週間空きます。
御容赦を


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-28-

勝負の日、当日。

第3アリーナの中央で戦う、2つの機体があった。

片や灰色の小柄な機体、もう一つは薄水色の機体。

 

上空を飛びながら、それぞれ武器を構える。

『時雨』を駆る流星はサブマシンガン2丁、『打鉄弍式』を駆る簪はアサルトライフルと盾をそれぞれ手にしている。

 

流星は近距離を旋回しながら引き金を引く。

 

「───っ!」

 

銃弾の雨が簪を襲う。

簪はそれを盾で防ぎつつ、横に移動──反撃にアサルトライフルの引き金を引く。

流星は進行方向を切り返し躱す。

攻撃の手は緩めずそのままである。

簪の弾道予測に舌を巻きながら、流星は様子見にサブマシンガンの弾を撃ち尽くす。

 

機動性は明らかに簪に分があった。

それもその筈、通常時の『時雨』の機動性はそう大したものではない。

第三世代として簪達が作り上げた『打鉄弍式』との差は大きい。

加えて簪は日本の代表候補生。

『打鉄弍式』がまだ本調子といかないとはいえ、その操作技術を持って乗りこなしている。

 

「負けないっ──!絶対に───!」

 

簪の根底にあるのは姉と自身の関係を簡単に済まされた事への反抗心。

流星に撤回させる。

その一心で彼女は撃ちあいをつづける。

 

流星はサブマシンガンからアサルトライフルに持ち替える。

牽制の隙間に弾丸をねじ込む。

確実に簪に着弾しているが、彼女が盾で地道に凌ぎ続けている為殆どダメージはない。

 

「──」

 

彼女は流星と組んだ事もあり、無意識の隙をつこうとする流星の対策も当然一番理解していた。

流星の行動パターンを常に並列して考え、弾を当ててくる。

常に持っている盾は保険。

純粋な飛行技術ならば積み上げたものが多い代表候補生の方がはるかに分がある。

 

対して流星は相変わらず淡々としていた。

簪の対処の仕方、普段の起点となる2つの武装が無い状態でどうするか考える。

 

すぐに流星は両手の武器を仕舞いスナイパーライフルを展開。

 

「!」

 

それを警戒していた簪が盾を全面に押し出しつつ、攻撃を仕掛ける。

流星は一気に減速。

姿勢をわざと崩す。

簪の弾丸は虚空を通過する。

簪との位置関係も一瞬だが大きくズレる。

 

「え────」

 

驚きと同時に盾を意識した。

ただ、流星が減速し姿勢を崩した一瞬で生まれた隙間までは守れない。

 

「っ」

 

気付いた時には衝撃が走っていた。

シールドエネルギーが減る。

撃たれたのは脚部スラスター。

損傷度合いは大した事はないが、一瞬の的確な狙撃に簪は冷や汗をかく。

動きが鈍った簪を流星は見逃さない。

警戒されているスナイパーライフルからアサルトライフルとグレネードランチャーへ持ち替える。

後者は特に回避軌道を止めた今が狙い目だ。

 

流星は簪へ向かうように移動しつつ、引き金を引く。

 

(防ぎ、きれない──!)

 

盾でそれを受ける簪。

グレネードランチャーの弾は受け止めた盾で炸裂。

爆発までは凌ぎきれず、機体ごと簪は後方へ投げ出される。

 

簪は瞬時に姿勢を立て直し、畳み掛けてくる流星へ逆に踏み込む。

アサルトライフルを撃ち、一気に加速。

次弾は斜めに飛びつつ回避。

盾を前面に半ば特攻するように瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込む。

 

 

流星のグレネードランチャーにより、簪のシールドエネルギーはジワジワと削られていく。

彼女が狙うは装填の瞬間。

流星も理解していた。

グレネードランチャーの弾が切れたと同時に量子化───

 

「!」

 

「!!」

 

───同時に近接ブレードで斬りかかる簪に流星は盾を展開して受け流す。

 

「──これなら!」

 

身体を反転させるようにして、簪は強引にその身をねじ込む。

片手に握られて居たのはグレネードランチャー。

特に驚くことも無く、流星は弾丸を盾で受け止めた

 

「これは──!」

 

炸裂───したのは爆発ではなく、電撃。

対IS用電撃弾とはいえ、威力はよく使われる榴弾などに比べると遥かに乏しい。

用途は基本的に電気系統の一時的妨害程度。

 

一発目は盾で受け止めた為、眩い光を放った程度で特に支障はない。

 

────成程、狙いは目くらましか。

流星は右手に近接ブレードを展開し、迎撃に走る。

目くらましを食らってなお初動は流星の方が早い。

 

「──早いっ!?けど!」

 

しかし、簪はグレネードランチャーを再度構え直し引き金を引いた。

近接ブレードは簪を斬り付け、彼女のシールドエネルギーを大きく減らす。

ただ同時に彼女は数度引き金を引いた。

右手に弾が直撃───炸裂したのは爆発でも電撃でもなく─────。

 

 

「冷凍弾────っ」

 

簪は斬り付けられながらも、その反動で離脱する。

簪が流星の上をとる形になった。

 

流星の右手は近接ブレードを握ったまま、氷で固められていた。

近接ブレードは量子化すれば収納出来るが、これでは銃器の引き金を引けない。

 

冷凍弾もまた、普段倉庫で埃を被っているような代物だ。

対IS同士の戦闘では基本的には役に立たない。

理由は簡単だ、細部を狙う事は基本的には難しくその為だけに近距離で撃つなどリスキーでしかない。

盾で防がれて仕舞えばなんの意味もなく、凍らせるにも1発程度では簡単に氷を剥がされてしまう。

そもそも凍らせて意味のある箇所も限られていた──そんなもので簪が狙ったのは流星の右手。

 

近接ブレードを展開させ、それを握らせたまま右手を凍らせ手数を封じる。

流星の戦い方を考えると、かなりの痛手。

スナイパーライフルも扱うのがかなり難しくなる。

封じたようなものだった。

 

そのために犠牲にしたシールドエネルギーからすれば割に合わない気もするが、それでも簪はそこまですべき相手だと流星を認識していた。

 

「してやられたな───」

 

弾の存在は勿論流星も知っていた。

ただ、倉庫で埃を被っているようなものまでは事細かに把握し切れていなかったということもある。

 

もし、あれが榴弾だった場合数度の爆発を自爆の形で受けた簪が一気に配色濃厚になる為、このようにはならない。

簪の自身への対策ととれる戦法に流星は純粋に感心していた。

 

 

───だとしても。

と、流星の表情は崩れない。

その目が見据える先は簪の姿。

 

一切負けを感じさせない視線に、簪は背筋に冷たいものを感じる。

 

あの襲撃者相手のものとは違うもの。

命のやり取りに見せる冷たいものではない。

だというのに、気を抜けば何かに固執すれば容赦なくやられてしまうという危機感を覚える。

 

「畳み掛ける!」

 

簪が取り出したのは25mmのガトリング砲。

本来ならラファールの追加武装として学園側に用意されているものの1門に過ぎない。

ただ、それだけならば大した調整は要らず流用できた。

機体が違う事もあり、内部パラメータを管理しながらの使用が必要になってしまうが簪にとっては簡単な事だった。

 

 

銃口が流星に向けられる。

 

彼は構わず────左手の盾を投げ出した。

同時に、右へ流星は飛び退く。

 

盾は簪の方へ──ただ簪に当たる軌道でもない。

外した──とは考えにくい。

恐らく警戒して撃たせ、掃射の隙を作る為のもの。

 

 

盾は簪から外れ、上空へ。

構わない、と簪は照準を合わせ直す。

彼の軌道を予測し置くように掃射を始める。

 

方向を切り返して流星はそれを躱す。

とはいえ躱しきれるはずも無く、数発が辺り衝撃が彼を襲う。

吹き飛ぶようによろけつつ、彼は左手にサブマシンガンを展開し引き金を引く。

 

武器の特性上あまり動けない簪にヒット、しかしこうなれば武器上流星の方がダメージは遥かに大きく意味は無い。

直ぐに彼はグレネードランチャーに切り替える。

数発撃つも、掃射し続けている簪には届かない。

簪へ届く前に、銃弾の雨で撃ち落とされる。

 

 

「────」

 

流星は近接ブレードを敢えて量子化する。

そして左手にスナイパーライフルを展開───右手の都合もあり狙いを定める為には完全に静止しなくてはならない。

 

構える流星。

いつもほどスムーズとはいかない。

 

更には正面から撃ち合ったところで、簪には弾が届かないのは言うまでも無い。

簪はこれで決める為、流星に意識を集中させる。

 

 

「────」

 

迫る銃弾の雨。

止まろうとする機体。

コンマ数秒にして、流星の引き金は引かれる。

銃口の先は簪ではなかった。

 

 

「───え」

 

声は簪の物だった。

彼の銃弾は外れた、そう思った瞬間に衝撃が背中から彼女襲う。

目前に表示される損傷のポップアップ。

被弾した箇所は右背中の1スラスター部分。

撃ち抜かれ、身体が揺れる。

流星は銃弾の雨に少し晒される程度で済み、大ダメージを受けることは無かった。

簪のシールドエネルギーが減る中、ハイパーセンサーが捉えたのは落ちていく盾。

 

 

「まさか──」

 

「───流石に背中の何処か、しか狙ってなかったが上手くいったか」

 

跳弾。

その言葉が簪の脳内を駆け巡るが、休んでいる暇などない。

 

呟きながらも一気に距離を詰める流星に対処しようと、ガトリング砲に手を伸ばす。

────同時に、榴弾がガトリング砲を撃ち抜いた。

既に言葉を発したタイミングで撃っていたと見るべきか───。

 

考える暇を与えることもなく、流星は迫る。

近接ブレードを警戒し、簪は近接ブレードを手に迎撃に出た。

 

それを前に流星は身を翻してそれを避ける。

続けて横に振るおうとすると、凍った右手首で殴り付けるようにそれをいなされた。

 

 

「っっ!!」

 

カチャリ、と突き付けられた銃を見て簪は言葉を失った。

彼の左手にはショットガンが握られている。

必死に次の手を考えようとするも、最早それは間に合わなかった。

 

──────大きな音と共に、シールドエネルギーがゼロになる。

 

アリーナの遥か上空で、簪はその意味を理解する。

互いに武装が量子化される中、簪はフラリと流星から離れた。

 

 

 

 

「負け、た─────」

 

目の前が真っ暗になりそうになる。

プライドを賭けて臨んだ一戦。

これ迄の苦悩も否定されたくがない一心で流星を倒そうとしていたが、それも叶わなかった。

姉との差をまた、理解する。

こんなものでは。

こんなままでは、一生───。

────追いつけない。

 

「簪」

 

「今宮、君?」

 

「話せるか?」

 

「う、うん」

 

気分は当然、晴れない。

気持ちのいい負け、の筈なのだが何よりも無力感が勝り平常心とはいかない。

ただ、戦う前よりは会話は自然と出来ていた。

流星は簪の状態を確認すると、正面から彼女を見すえる。

 

 

「───前の発言、取り消すよ」

 

「え…?」

 

唐突な流星の発言に簪は困惑する。

それは簪が勝った際に送られる言葉の筈だ。

怪訝そうな顔をする簪に流星は続けた。

 

「そんな顔しないでくれ。分かってるつもりなだけ───その通りだよ。簪の苦悩は簪だけの物だ。だから、謝らせてくれ。────すまなかった」

 

「…」

 

真摯に頭を下げる流星に、簪は口をぽかんとする。

薄々感じてはいた。

流星はこの勝負に話を持ち込む為、見え透いた挑発をしていたのだと。

彼の思惑もこの3日間の内に理解していた。

嘘を付いているようには見えない。

簪の思考も多少冷静になっていた。

 

ただ、彼の言葉を受けある疑問が顔を覗かせる。

 

「───どうして、そこまで?」

 

「それはだな───」

 

 

 

刹那、簪の目前に警告のポップアップが表示される。

───左背部のスラスターが、いきなり火を吹いた。

小規模の爆発。

 

 

「────っ!」

 

「!」

 

一気に落ち始める簪の身体。

他の部分のスラスターでバランスを取ろうとするも、制御が上手くいかない。

左背部のスラスターは簪の意図とは別に出力を上げる。

一瞬の出来事だった。

スラスターから音がしたと思った瞬間、簪は加速しながら落下を始める。

 

「っ!!!?」

 

「簪!」

 

流星はすぐに簪を追う。

───だが、このままでは簪が落ちる方が微かに早い。

 

「なら──」

 

「!」

 

制御しようと足掻いていた簪は、何かが右腕に巻き付いたと理解した。

右腕を見る──付いているのはフックショットだ。

 

「今宮君!?ダメ────!」

 

この武装では止められない。

それどころか流星を振り回したまま、地面に叩き付ける事になってしまうのは明らか。

 

「それを離すなよ───!」

 

流星はそう言いながら右手でフックショットを掴む。

ワイヤー部分を引っ張り、『時雨』のスラスターを噴射。

引っ張って止める為では無く下に向かって突き進む。

振り回されながらも一気に距離を詰めた。

 

迷いの一切見られない行動。

フックショットで掴んだ瞬間、一気に振り回されていたというのに彼は気にも留めていなかった。

真っ直ぐな視線。

その瞳に今映っているのは、簪だけ。

 

 

「──────」

 

その様子に、簪は心奪われる。

襲撃者の際彼に感じた恐怖や、違和感はハッキリと残っていた。

今宮流星は恐らく、ヒーローという柄ではないのは確かだ。

理由は、口では上手く言い表せない。

確信はあった。

 

 

──手を伸ばす。

右手でギュッとワイヤー部分を握り締め、不安定な状態ながら彼の方へと手を伸ばす。

ヒーローの条件なんてわからない。

彼が気難しい事も知っている。

何を抱え、何を考えているかなんて事も予想は付かない。

 

だけど、と唇を噛んだ。

こうやって助けに来てくれる。

あの時も、今も。

───彼は私を私として見てくれている。

最初から、ずっと。

 

だから彼がどんな人間であろうともう、関係がなかった。

 

伸ばした手が彼に触れる。

自然と頬が綻ぶのがわかった。

 

 

 

 

アリーナに轟音が鳴り響いた。

アリーナの地面を砕き、横に引き摺るように跡を作っていく。

 

飛び散る機体の破片───それは『時雨』の一部。

 

 

「っ!」

 

横から簪を捕まえた流星はそのまま簪を抱き抱え、背中から地面へ落下する事になった。

完全に静止した所で、スピーカーから何やら教師の声が聞こえる。

流星には何を言っているか聞き取れなかった。

何やら心配しているのだろう、とだけ。

幸いアリーナには人が居なかった。

他のアリーナに人が行くよう楯無に工面させたというのがここで活きている。

 

 

「っはっ、!?───ぁっ!」

 

「───い、今宮君!?」

 

肺の空気が完全に吐き出され、一瞬呼吸が出来なくなる。

シールドエネルギーは完全に尽きた、絶対防御が発動した為だろう。

すぐに呼吸ができるようになる。

心配する簪を前に流星は安堵したように笑みを見せた。

 

「怪我、無さそうだな」

 

「今宮君は!?怪我はっ!?」

 

「多分、大丈夫」

 

あっさりと返す流星に、簪は心配で堪らなくなる。

余りにも淡々としていた。

まるで自分の身など心配はしていないかのように。

 

「───どうして、ここまでしてくれるの?」

 

泣きそうな顔で尋ねる簪に、流星は困った様子だった。

 

「その、言いたい事があったからさ」

 

「───え?」

 

「抹茶のカップケーキ、美味しかった。それを本人に伝えられないっていうのは、何か嫌だろ?」

 

「───────、」

 

簪自身、自分が今どんな顔をしているか分からなかった。

自分にとってはその程度としか思えない理由。

だけど、彼にとっては今回のこの行動に繋がる程のもの。

簪は呆けることしか出来なかった。

ゆっくりと内容を咀嚼し、考える。

───なぜだが、彼らしいと思ってしまった。

 

同時に、あの踏み潰された後のカップケーキを彼が食べた事を思い返す。

 

 

「……えっ!?食べたの!?アレを!?」

 

「?ああ、食べたけど?待て、そんなビックリしなくてもいいだろ」

 

「お腹、壊さなかった?」

 

「何だ?セシリア料理と比べたら腹を壊すなんて────悪い悪かった、だから叩くな」

 

「〜〜〜〜っ!ばかっ!今宮君のばかっ!自分の体くらい気を遣って!」

 

ポカポカとISを解除した状態の簪が流星を叩く。

何だか色々気恥ずかしくて顔を見れない、その照れ隠しだったのだがそれが伝わる事は無い。

 

 

「二人とも無事!?」

 

「かんちゃん!いまみー!怪我はない!?」

 

飛び出してきた2人に視線が行く。

流星に馬乗りになっていた事に気が付いた簪は顔を真っ赤にしながら飛び退く。

一方で流星もISを解除すると、身体を起こした。

慌てて出てきた2人にも大丈夫とだけ告げ、放送室に教師にも通信で知らせる。

幾つかの書類の提出を求められ、流星は渋い顔をしながら立ち上がった。

 

 

「それで、約束だけど───」

 

「か、かかか簪ちゃん!大丈夫!?怪我は無かった!?」

 

「え?う、うん?」

 

約束の件について話し出した瞬間に現れた楯無に、一同は言葉を失った。

あまりにも素早く簪の全身を見て回ると、やっと安心したのか安堵の息を漏らす。

簪自身もキョトンとしたまま反応出来ずに居た。

流星は顔に手を当てながら、言葉を捻り出す。

 

「約束通り姉妹で話し合ってくれ。───楯無から言いたい事があるそうだから、簪も最後まで聞くように」

 

「あっ!?えっ!?流星くん!?」

 

「い、今宮君それは…」

 

静止する2人を置いて流星は鈴と本音の方まで歩く。

アレを放置して大丈夫なのだろうか?と心配する2人に流星は面倒臭そうに見てればいいと呟く。

 

改めて向き合う楯無と簪。

緊張の為か互いに黙り込んでしまう。

 

「「……」」

 

そんな中、先手を取ったのは楯無だった。

意を決して口を開く。

 

「きょ、今日はいい天気ね!」

 

「……………う、うん」

 

「「「…………」」」

 

皆が沈黙する。

同じく緊張して真面目に返事する簪。

ソワソワしながら見守る本音。

不安で仕方がない鈴。

そして、呆れる流星。

見る限り、楯無も簪もお互い話そうとタイミングを探している。

互いに歩み寄ろうとしているあたり、大きな進歩に見えた。

 

最後に助け舟だけ出す事にした。

 

「──簪、それがお前の姉だよ」

 

「今宮君…」

 

「過保護でストーカー気質で、傍迷惑なお節介焼いて、いい所見せようと妹の前では完璧な素振りを特に徹底する。──その癖妹と向き合う勇気がないバカだ」

 

「流星くん、後で覚えてなさい」

 

「だからきっと心配するような事なんてないさ。俺が保証するよ」

 

それだけ告げると、流星は背を向けた。

鈴と本音の背中を押し、姉妹2人を残しアリーナを去っていく。

不思議と緊張は解けていた。

 

 

「…簪ちゃん、あのね────」

 

ゆっくりと話し始める楯無。

 

よく覗き見していた事が今回の発端であること。

簪の事が気になって仕方が無かったという事が動機だったこと。

良いところを見せたい一心で、妹の前では特に完璧な素振りを徹底していたこと。

妹の為にと影でこっそり支援しようとした事もあったこと。

カップケーキを台無しにしてしまったこと。

 

ポツリポツリと伝えたい事、伝える事をしっかり考えた上で言葉を紡ぐ。

器用にいつも通りとはいかない、簪も真摯に姉の言葉に耳を傾ける。

理路整然としたどんな言葉よりも待ち望んだものだった。

 

 

「───ごめんなさい。私、簪ちゃんの気持ちをちゃんと考えられて無かった。いつも勝手なことばかりで何も……。信じて見守るなんて簡単なことすら出来ていなかったの。────お姉ちゃん失格、よね」

 

「……それは、私も同じ………。お姉ちゃんみたいになりたくて、対抗意識を持って……距離を置くだけ置いて………その、お姉ちゃんの気持ちを、考えられて無かった…」

 

「え─────?」

 

「だから……その…私も妹失格…だから……!」

 

真っ赤になって言う簪。

一瞬の沈黙が二人の間に流れる。

 

 

互いの言葉を受け、安堵の息がどちらからとなく漏れる。

二人同時に笑みが零れた。

 

「──ぷっ、アハハ」

「ふふっ」

 

───お互い様。

どちらも結局、不器用だっただけだった。

これ以上関係が悪化するのを恐れて空回りしていただけ。

 

それを改めて知るとなんだがおかしくて、自然と2人は笑いあっていた。

少し笑いあって、2人は改めて向き合った。

安心と嬉しさと可笑しさでごちゃごちゃになっていた感情を整理しながらも、笑顔で言葉を発した。

 

「今までごめんね、お姉ちゃん」

 

「ううん、私の方こそごめんなさい」

 

改めて謝りあう。

昔のように完全に元通り───とまではすぐにはいかない。

 

ただ、ぎこちなさは時間が解決してくれるだろう。

二人共その確信を胸に。

漸く普通の姉妹として話し始めるのだった。

 

 

 

 

「その、今更になるけど、掴みかかって悪かったわね…」

 

「別に、気にしてない」

 

「…あんたねぇ、言い方ってものが…」

 

「何だ、怒って欲しかったのか?」

 

流星の言葉に、鈴は出かかった言葉を呑み込んだ。

罪悪感が彼女の中にあるのだろう。

だが、流星が特に触れようともしなかった事に彼女も諦める。

 

 

──アリーナを後にした流星達は教師に改めて注意を受け、保健室に来ていた。

放課後になり暫く経ってい為、校舎内に残っている生徒は少ない。

保健室に居た保険医も流星を診ると、戻ってくるまで暫く様子を見るように言い保健室を後にした。

診察結果は打撲と捻挫。

様子を診る為保健室に置いていかれたあたり大した怪我でないのは明白だった。

 

暇になったと流星は横になる。

暑かったのか、上着を脱ぎ捨てシャツだけで寝転んでいた。

 

鈴と本音は無事仲直り出来たのかということに意識がいっている。

不安に思っていると言うよりは、純粋に心配している様子だった。

 

 

───そうこうしていると、保健室の扉が開く。

ベッドのカーテンを閉めていない為、流星達からも入口は丸見えだった。

入ってきたのは簪。

 

「かんちゃん!」

 

本音が椅子から立ち上がり、彼女に駆け寄る。

そのまま抱き着く。

簪は少し困った様子だったが、特に抵抗もしない。

慣れた様子だった。

 

「その顔、無事お姉さんと仲直り出来たのね」

 

「うん」

 

満面の笑みで頷く。

それが何よりの答えだった。

 

「その、心配してくれて、ありがとう…2人共」

 

「心配するのは当然でしょ。──と、友達なんだし…」

 

「いひひ〜りんりん照れてるでしょ〜」

 

「う、うるさいわね」

 

「りんりん可愛い〜。ごふぇんごふぇんふぁふぁい〜、ふぁふぇて〜」

 

本音に弄られ鈴も本音へ武力行使に移った。

とはいっても特に物騒なものは無い。

頬っぺを好きに弄られ本音は少しだけ痛そうだが、流星は静観を貫いた。

 

簪は二人の様子を微笑ましく見た後、視線を流星に移す。

 

「い───」

 

言葉を発しようとする。

──も、何かに詰まる。

顔はいつの間にか真っ赤だった。

再度、意を決したように口を開く。

 

 

「りゅ、流星…も、その、ありがとう」

 

「──ふぇ?」

「──ん?」

 

呟くように小さな声だった。

だが、乙女センサーが反応したのか本音と鈴は直ぐに振り返る。

──、もしやと2人は互いに顔を合わせていた。

 

当の流星は簪の礼を受け、上半身を起こす。

名前で呼ばれた事には特に興味を示していなかった。

礼に対し、気まずそうにだけ苦笑いを浮かべる。

彼自身罪悪感はあった──主に写真の件。

当然、口が裂けても彼が言うことはない。

 

 

「礼に関しては相殺というか…あんまり意識しないでくれる方が助かる。──簪、ホントに怪我はないのか?」

 

「え、あ、──う、うん!」

 

 

 

「視線、逸らしまくってるわね…」

「逸らしまくってるねー」

 

呆れ顔で見守る2人。

簪本人は流星の前に居るだけで緊張しているのか、見られている事に気が付かない。

だからこそ、簪は行動を起こそうと麻痺した判断力に身を任せた。

 

「りゅ、───流星っ!」

 

「ん?」

 

「なっ────!」

「えっ───!」

 

バクバクと騒がしい鼓動に簪の緊張感は最高潮に達する。

耳まで真っ赤になっているのが自身でも分かった。

頭がロクに回っておらず、混乱している。

だとしてもこの瞬間の衝動に全て委ねようと簪は1歩踏み出す。

 

 

並々ならぬ様子に鈴と本音も驚きの声をあげた。

これから簪が言わんとしている事が、同じ想いを持つ彼女達には分かってしまったからだ。

 

モジモジと体の前で遊ばせていた両手はギュッと握られている。

体も震えて居た。

呼吸も少し荒い中、視線だけは無理矢理流星に固定している。

 

 

「だ、大─────」

 

 

「──────流星くんー!簪ちゃん来てないー!?」

 

 

「────っ!?」

 

 

───沈黙が、一気にその場を包み込んだ。

 

保健室の扉が勢いよく開かれ、入ってきたのは楯無。

簪と仲直りした直後という事もあり、すこぶるご機嫌な彼女は心配で手付かずだった生徒会の仕事を終わらせ爆速でここに駆け付けたのだった。

仲直りしたばかり、妹と沢山話せると意気揚々と乗り込んできた──何とも微笑ましい状態だったのだが、あまりにもタイミングが悪かった。

 

出鼻をくじかれ、簪は完全に勢いを失う。

羞恥と期を失ったショックにより、固まってしまっていた。

 

 

「…」

 

「「…」」

 

「?」

 

余りの出来事に鈴と本音も言葉を失う。

小首を傾げているのは流星だけだった。

ただ、空気が非常に宜しくない事は全員理解していた。

冷めきった空気の中、耐えきれず楯無が言葉を漏らす。

 

 

「え、何この空気…」

 

「───の──か」

 

「か、簪ちゃん?」

 

フルフルと震えながら、俯いていた簪が口を開く。

 

「──お姉ちゃんの──」

 

何か悪い事をしてしまったと直感した楯無は、焦りながら簪に声を掛ける。

視線で周りに助けを求めようとした。

 

鈴は顔に手を当てて呆れつつ、数歩引いていた。

本音は私は何も見てませんという体で顔を背ける。

流星はそっとカーテンを閉めた。

 

「え、ちょっと皆!?」

 

「お姉ちゃんの────!」

 

孤立無援となった楯無に涙目の簪の怒声が浴びせられる事になった。

 

 

 

 

「───お姉ちゃんのっ!ばか───っ!!」

 

 

 

……楯無がその夜また凹んでいたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 



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-29-

簪と楯無の仲直りが終わった週末。

鈴は一人、駅中の大時計前で人を待っていた。

服装は白のブラウスにベージュのショートパンツというシンプルなもの。

当然ブラウスはノースリーブの夏仕様。

味気ないように見えるが、本人のスラリとした体型と肌のキメ細かさを内包した彼女らしい活発な少女のイメージで仕上がっている。

腕には勿論、甲龍が待機形態のブレスレットとして身に付けられていた。

悩みに悩んだ末、いつものように行こうと決めた彼女の葛藤は誰も知らない。

 

「──」

 

ソワソワと彼女は背後の時計と正面の改札を見る。

集合時間まで後20分。

自身が来てから10分過ぎただろうか。

思えば早く来すぎてしまった。

当の待ち合わせ相手は生徒会の仕事を終わらせてから来るらしい。

 

(い、いや。アイツがもっと早く来るべきなのよっ!)

 

静かに思い返す。

簪との一件が終わった次の日、サラリと誘われた。

デートの誘いかと舞い上がりそうになったが、はやる気持ちを抑え尋ねた。

どうやら、水着もとい濡れても構わない服を買いに行きたいようだ。

なんとも身体中傷痕が絶えない為、あまり胴体部分を晒しておきたくないらしい。

隠すというよりは痛々しい傷を見せるのは好まないという気遣いだろう。

 

鈴に白羽の矢が立ったのは、彼が戦場にいた事を知っているから。

 

…改めて考えると意識しているのは自分ばかりのような気がしてきた。

鈴は悪態を内心つきながら彼を待つ。

ただ、これはどんな形であれデートに違いない。

自然と口元が緩む。

 

「なんだ、もう来てたのか」

 

「っ〜〜〜!」

 

「睨むなって。待たせて悪かった」

 

鈴は緩みきった表情を誤魔化すように睨み付ける。

それを別の意味で受け取った流星は申し訳なさそうに謝る。

鈴としても別に謝罪を求めていた訳ではなかった。

逆に気不味くなりながらも、彼に視線を移す。

 

「…何よ。普通の服持ってたのね」

 

「この前買ったやつだよ。ひょっとして、変な服がお好みか?」

 

「着てきたら置いていくわよ」

 

いつもの様子で返す鈴だが、その胸中は穏やかではない。

この前というのは1人で買いに行ったのだろうか。

彼自身のセンスの有無は分からないが、特別服装に拘るタイプにも見えない。

彼女の中では、流星が誰かと一緒に行った説がやはり濃厚だった。

候補は本音や簪だが、服装を見る感じ彼女達の趣向とは違うと直感する。

鈴の脳裏に浮かぶはあの簪の姉にして流星のルームメイト──生徒会長こと更識楯無。

 

「ちょっと早いけど向かうか」

 

「え、ええ」

 

鈴の胸中など知らず、流星はそう促す。

遅れて反応しつつも鈴は流星の隣へ。

2人並んで歩き出し、その場を後にする。

 

 

「……行ったね」

「行った…」

 

コソコソとそれらを追う2つの影。

私服姿の本音と簪は柱などに身を隠しつつ、様子を伺う。

 

「まさかりんりんといまみーがこっそりデートしてるなんて…」

「今朝の鈴の様子がおかしかったのはこういうこと…」

「りんりん、食堂でもコソコソしてたし、時計もチラチラ見てたからねー」

「確かに、ちょっとおかしかった」

 

2人の脳裏に浮かぶは今朝の鈴。

朝食を食べる時点でも何かと挙動不審だった。

ソワソワしているというか落ち着きがないというか。

それでいて時折ニヤケている時があった。

明らかに何かあると踏んだ2人はそんな鈴を追ってこの場にいる。

本音の生徒会の仕事は実は流星がサラリとこなしている。

 

 

談笑しながら歩く流星と鈴。

本音と簪は特に何も考えていない。

羨ましくはあるが邪魔しようという発想はない。

 

「鈴、近い」

「ちょっとずつ間詰めてるねー」

「ずるい。鈴ずるい」

 

簪がぷくーっと頬を膨らませる。

何とも可愛らしい仕草なのだが、ほんのり滲み出る黒いオーラがそれを打ち消す。

これは偵察。

あくまで2人の仲がどこまでのものか見極める為のもの。

そう内心言い聞かせつつ、本音と簪は後に続く。

 

 

「ん?」

 

「?どうしたのよ」

 

「見られてる気がしたけど…気の所為か」

 

何かを察知したように振り返る流星。

しかし特に何も見当たらなかった。

人混みの中視線を自身に向けている者は見当たらない。

 

「…」

 

「どうしたのよ?急に振り向いて」

 

「何でもない。さっさと行こう」

 

「え、ちょっと何よ────ってうぇぇっ!?」

 

気の所為だと頷きつつ、流星は鈴を連れて早く目的地に向かおうと決めた。

躊躇う事もなく鈴の手を取り、少し早足で進む。

鈴は突然の事に思考がショートしそうになった。

握られた左手に意識がいく。

大きく力強い右手はしっかりと自身の左手を握っていた。

直に伝わる体温。

心臓はそれを認識すればする程高鳴っていく。

顔が真っ赤になっていくのが自覚出来た。

辛うじて握り返す。

 

 

「あー!手を繋いでるー!」

「手、繋いでるね。…よし」

「かんちゃん!?出ていくのはダメだよ!?」

「え?わ、私そんな気は!?」

 

一瞬だけ目が据わっていたとは本音は口に出さない。

そうこうしているうちに2人が着いたのは巨大ショッピングモールレゾナンス。

何を買いに来たのだろうなどと考えている内に、鈴と流星はアパレルショップに入っていった。

 

「追うよ、本音」

「がってんしょうちー」

 

簪と本音はこの状況を楽しんでもいた。

 

店に入ると、流星は急ぎ足を止め手を離す。

一瞬惜しむように手を伸ばしたところで鈴は我に返った。

すぐに手を引っ込める。

 

程なくして、目的の男性ものの水着コーナーに辿り着く。

羞恥は多少あるがそれよりも先程のせいで鈴の感覚は麻痺していた。

いつも通りの感じで鈴は流星に水着を見繕う。

 

「──これなんかどうよ?普通のパーカーっぽいけど、水着の短パンにあう感じよ?」

 

「暑くないか?それ。2枚あるのより俺はこの1枚のやつの方がいいと思うんだけど」

 

「いいのよ。色が薄い方が楽だし泳ぐ時は下の1枚になればいいだけだし」

 

「なら下の1枚だけで良くないか?」

 

「女子しか居ないし、シンプル過ぎても違和感凄いわよ。砂浜に居る時は羽織ってワンポイント出さないとどうしても目立つから」

 

「もう目立つのは諦めてるんだけどな」

 

「これ以上悪目立ちしたいの?」

 

「…好んでしないさ。アドバイス通りにするよ」

 

ふふん、と楽しそうに笑う鈴。

流星も鈴の選んだものを手に取る。

彼も気に入ったのか納得した様子だった。

彼はそのまま鈴を見ると振り返り、向こう側を指さす。

 

「じゃあ次は鈴のやつだな」

 

「えっ!?──えっっ!?」

 

「どうして2回驚くんだよ。誘った時に私も水着買わないとだから!って言ってたのお前だろ」

 

「ま、まあそうだけど」

 

誘われた際に何がなんでも約束をこじつける為言ったことを思い出す。

自身の身体に視線を落とす。

何処がとは言わない、自信は無かった。

本音や簪のものを想像し、少し凹みそうになる。

言ってしまった手前断る事も出来ない。

ただこういうシュチュエーションはやはり乙女的に悪いものでもない。

相手に異性として認識させるチャンスでもある。

 

そうと決まればと意を決して鈴は女性用の水着コーナーへ。

近くの試着室へ視線をチラチラ移しつつ、鈴は流星に尋ねる。

 

「こっ、この中だとどれがいいと思う?」

 

「…」

 

静かに考える流星。

鈴が持っているのはほんの少し柄が入ったビキニ。

オレンジ、白、青、黒と色合いや装飾、布面積が多少違う。

 

「白かオレンジ…だと思う」

 

「白…意外ね。これは選ぶと思わなかったのに」

 

「オレンジは思ってたのか?」

 

「ええ、ほらなんか似合う気がしてたし」

 

呟きつつ鈴は白の水着へ視線を移す。

少し柄が入っているオレンジとは違い、色としては白1色だ。

小さなフリルがついている正統派なもの。

良いとは感じていた。

似合うかの自信はないのだが、と鈴は胸中でひとりごちる。

らしくない、らしくないのだ。

しかし、こうなれば実際に着てみるしかない。

 

「鈴本人がそう感じるならオレンジで決まりじゃないか?」

 

「…い、いや、そのっ!」

 

「?」

 

「着てみないと分からないからっ!」

 

「試着室か。なら俺はコーナーの外で待って───」

 

「あんたも来るのよ」

 

「は!?」

 

普通の服とは訳が違うと言いたげな流星を無理矢理引き連れ、鈴は試着室へ移動する。

彼を試着室の前に立たせ、鈴は白の水着を片手にカーテンを閉じた。

 

やけに静かだった。

店内の音楽も小さいのかこのコーナーまでは届いてきていないようだ。

 

肌と衣服の擦れる音が聞こえ、衣服が床に落ちる。

足下が見えているのが何とも言えない。

申し訳ない気がした為、彼は試着室に背を向けて待つ事にした。

 

「着替えた…わよ」

 

「ああ、どうだった────っ」

 

流石に反応が遅れた。

流星はあくまで鈴が決めるものだとばかり考えていた。

水着とはいっても女性の下着と露出面積は変わらない。

男性に見せて決めてもらうといった可能性は鈴の性格も相まってないと思っていたのだった。

故に、それは不意打ちだった。

 

「───」

 

鈴の小柄な身体に白のビキニ、フリルもあり印象が違って感じられた。

オレンジであれば活発そうなイメージで固められただろう事は想像がつく。

恥じらいのせいか、本人は視線を逸らし続けていた。

顔だけでなく、耳まで真っ赤だった。

それが汐らしくなっている彼女と水着姿に妙にマッチした。

彼女の少女らしい部分が押し出されているようにも思える。

何時にも増して可愛らしく見えた。

 

 

「──良いと、思う」

 

「〜〜〜っ!?」

 

咄嗟に良い言葉が浮かばず、そう告げる流星。

その言葉と様子を見て、鈴の頭は混乱した。

明確に鈴を意識した上での一言。

彼自身も少しの恥じらいが見られた。

思わぬ反応に、改めて状況を認識する。

 

「そ、そう!なら良かった!」

 

鈴は慌ててカーテンを閉めた。

小さくガッツポーズ、してやったりと喜びを噛み締める。

私服に着替える。

 

 

 

その様子を見ていた二人はワナワナと体を震わせていた。

 

「…」

 

簪は1人静かに自身の胸部へ視線を落とす。

──勝ってる、鈴には勝っている。

視線が隣の本音の胸部へ。

ダボダボの私服とはいえ、たわわと実ったものが凶悪なまでに主張している。

別に自分が小さい訳では無い、純粋に周りが大き過ぎるだけ。

本音や姉のその部分に言いしれないジェラシーを感じた。

そんな時にある可能性が脳裏に浮かぶ。

 

「ねぇ本音。りゅ、流星って…小さい方が好きなのかな…?」

「────」

 

本音は即座に否定しようとしたが、会長に絡まれても平然としてる彼を思い出す。

また以前膝枕をした際の淡々とした反応も本音は思い出した。

アレは事故を未然に防いでいたのだが本音は気付かない。

ピキーンと本音に何か走る。

そんなまさか──と何時になく真面目な表情で呟く。

 

「…有り得るかも」

「え」

「会長のいつもの絡みにあれだけ冷静なのは、もしかしたら───」

 

「……本音、────その話詳しく聞かせて?」

 

「…へ?」

 

簪の目から光が完全に消えた。

不味いと本音が思った頃には遅い。

姉の所業について簪に根掘り葉掘り尋ねられるのであった。

追っていた2人のことは完全に頭から抜け落ちていた。

 

 

 

流星は再度試着室に背を向けて待っていた。

 

───同時に向かいの試着室に何やら見知った人影が入っていったことに気が付く。

 

「ん?」

 

「お待たせ。?どうしたのよ小難しい顔して」

 

「いやその、向かいの試着室に見た事あるヤツらが入っていった気がしたんだが…」

 

「クラスメイトとか?でも向かいの試着室の片方空いてるじゃない」

 

試着室を出て流星の横で鈴はキョトンと首を傾げる。

流星は呆れたように頭を抑えつつ、答える。

 

「1つに2人で入っていったんだよ。…一夏とシャルロットが」

 

「へぇ〜だから1つしか埋まってな───うえっ!?」

 

実際に見える足の数で2人が入っているのが丸わかりだった。

その発想はなかったと鈴はシャルロットの大胆さに驚く。

自分もすれば良かった──なんて思っても結局恥ずかしくて無理と直ぐに結論に至る。

 

「なにやってんだ…アイツら。一夏の声が聞こえて来るんだけど…」

 

「これ動揺の声よね。待ってあれ絶対中でシャルロット着替えてるわよ」

 

「嘘だろ…」

 

見なかった事にしよう。

そう思い離れようとした所で2人はばったりと2人の女性に出くわした。

またも見慣れた2人──千冬と真耶だ。

世間は狭いなと痛感させられる。

 

「今宮くん、凰さん!2人も来ていたんですね?」

 

「ええ、水着を買いに。山田先生と織斑先生も?」

 

「そんな所だ。こうもばったりと出くわすと世間は狭いと感じざるを得ないな」

 

「千冬さ──織斑先生はどんな水着買ったんですか?」

 

「今はオフだ。千冬さんでいい。2つまで絞ったのだが決め兼ねていてな、そんな時に見知った声が聞こえた気がしたのだが────」

 

と千冬が周囲を見回す。

流星はそれで察しが付いたのかボソリと一言。

 

「ブラコ─────っ痛っぁ!?」

 

「おっと、手が滑ったようだ」

 

頭を抑えしゃがみこむ流星。

彼と苦笑いの真耶や鈴を置いて千冬は周囲を一瞥する。

直ぐに視線は対面の試着室を捉えた。

 

ツカツカと近付き、カーテンを開ける。

 

「…!」

「…!?」

 

驚きのあまり固まる一夏と密着している水着姿のシャルロット──そして。

 

「ふ、2人とも!?そんな所で一体ななな何を───!?」

 

顔を真っ赤にして悲鳴を挙げそうになる真耶。

直後に教師モードに戻った真耶に一夏達は説教を受けるのだった。

 

 

 

 

「なんか、ドッと疲れた気がする」

 

「私も…」

 

その場を離れ、レジに向かった2人は項垂れながら歩いていた。

本音や簪は既に2人を見失い各々でショッピングを楽しんでいるのだが、流星達は知る由もない。

一夏達やそれを追っていたセシリアやラウラ、そして千冬達とのやり取り。

いつも通りではあるのだが、何故だか疲れた気がした。

 

「ちょっとその、待ってて」

 

と鈴はその場を後にした。

恐らくオレンジの水着を戻すのを忘れていた為だろう事はすぐに分かった。

流星は1人その場で鈴を待つ事にする。

 

 

「ちょっとそこの貴方」

 

声を掛けられた気がした。

が、流星は興味無しといった様子で婦人には振り向かない。

痺れを切らした婦人が流星の袖を掴んだ。

 

「貴方よ!貴方!ちょっとこれ直してきてくれない?」

 

「───」

 

一瞬冷たい視線に切り替わった。

怒りはない、煩わしいという視線でもなかった。

ただただ興味のないという視線。

──になるも直ぐにいつも通りに戻る流星。

流星は淡々と返す。

 

「御自分でされては?」

「はぁ?何よ、別にいいじゃないそれくらい」

「知らない人と関わるなって防犯指導とかでもありますので」

「男の癖に逆らうの?仕方ないわね──警備員さ───!」

 

女尊男卑に染まった今、このような輩は別段珍しいという程でもない。

警備員に何か言いつける気だろう。

流星に何かされたとでも言えば、それが通ってしまう。

 

いつの時代も、場所も変わらない。

自分は偉いと勘違いする環境とその行動がまかり通ってしまう世論。

これらの組み合わせは目の前にいるような輩を助長させる。

女尊男卑に限った話ではない。

 

別に戻しに行くのが嫌だとか扱き使われるのが嫌だとかそう言う話ではなかった。

鈴が戻ってきた時に探す手間を取らせるという発想。

──どうでもいい存在の為にそのような事は好ましくない。

 

婦人が警備員を呼ぼうとした所で、流星が端末を取り出した。

パシャリ、と写真だけ撮って婦人に見せつける。

 

「呼ばない方がいいと思いますよ?ほら」

「なっ──」

「流石に現行犯で証拠写真も撮られちゃ不味いよな」

 

写真を見る。

その中の婦人の持っている鞄からは商品の衣類が見え隠れしていた。

ご丁寧にタグがはみ出ており、万引き現行犯である事は火を見るよりも明らかで───。

 

「っ!?」

 

バッと婦人は自身の鞄に視線を落とす。

それはすぐ隣の棚にある商品だった。

婦人と流星の距離は近い。

思い当たるのは警備員を呼ぼうと視線を大きく逸らした瞬間だ。

監視カメラを探すがちょうどここには無い。

わざとらしく流星が自身のハンカチを畳んでいた、指紋も期待出来ない。

そう思った瞬間に2枚目を撮られていた。

それは鞄の中の商品を覗き込んでいる自身の姿。

 

──しまった、と婦人は顔を真っ青にする。

 

同時に鈴が戻ってきた。

 

 

「お待たせーってアレ?どうかしたの?」

「さあ?どうもしてないぞ」

 

流星は婦人の様子を一瞥すると、鈴を連れて歩き出した。

 

「ふと思ったんだけど、『知らない人に関わるな』って的を射てるよなぁ」

 

「唐突に何よ?それを言うなら『付いていくな』じゃないの?」

 

「そうなのか。勘違いしてた」

 

しまったと頭に手をやる流星。

どうでもいい話をしながら、2人はレジへ向かった。

 

 

会計を済まし、店を出る。

やけに微笑ましく見てくる店員のせいで鈴は頬が少し紅潮していた。

 

 

時間を見て昼食を忘れていたと気付く。

すぐに2人は近くの飲食店へ。

店は中華料理店だった。

清掃が行き届いており、高級店でこそないがそれっぽい雰囲気はある。

 

昼時を少し過ぎていた。

特に待つこともなく、店内へ通される。

 

料理も雑談をしていると直ぐに来た。

2人でテーブルを囲んで食事を始める。

ふと、鈴は思い出したようにポツリと呟く。

 

「そのさ、なんか思い出すのよね」

 

「…そう言えば鈴の親父が店やってたんだっけ」

 

「うん。離婚しなければこうやって日本で店を続けてたのかな」

 

思い返すように言う鈴。

その表情は悲しいというより寂しいというもの。

鈴も流星を見てすぐにハッとなる。

恐らく死別しているであろう流星を前に配慮がなかったと思ったのだろう。

 

「あ、ごめんねこんな話。その──」

 

「謝る理由がないだろ。それにさ、鈴は寂しいって思ってるんだろ?」

 

「…うん」

 

「それは真っ当なものなんだから、こうやって誰かに吐露するものだと俺は思う」

 

はにかむ流星。

微かな違和感、しかし鈴が感じたのはそこまで。

 

──それにしても、と流星は話題を切り替える。

 

「中華ってやっぱり良いな」

「分かるけど、学園でも食べられるじゃない」

「ほら、学園のやつも美味しいけど身体に気を遣ってるからさ」

「物足りない?」

「そんな感じ」

 

鈴の言葉に人差し指を上に向け肯定する。

鈴は思い付いたある事を提案したりした。

 

食事は和やかに進む。

全て食べ終わり会計を済ませ、店の外へ。

 

用事も済んでおり、食事も終えた。

 

どうしようかなどと考えた所で近くのゲームセンターへ鈴に連れられ寄る。

何もかも初めてだった流星には新鮮だった。

唯一苦戦があまりなかったのはガンシューティングゲーム。

最初のステージこそボロボロだったが、センサの位置やズレを認識すると瞬く間に無駄が無くなった。

ホラー要素には驚かない。

 

 

一番悪戦苦闘したのはクレーンゲームだった。

惜しい所まではいった。

試行すること10回。

やっと景品を掴み、少し運んだところでポロリと落ちた。

何とも悔しそうに断念する彼が忘れられなかった鈴である。

鈴はお菓子を2個獲得するに至っている。

 

 

そして夕方まであと少しといった時間。

2人は帰ろうと駅まで歩く。

その中でふと視界の端にクレープの屋台が目に入った。

それだけならあまり気にしないのだが、行列が出来ている。

 

「美味しいのかしら?」

「じゃないと並ばないだろう。食べるか?」

「ええ」

 

並ぼうとした所で流星は自分達の荷物の多さに気が付いた。

重くはないが持ったまま並ぶには邪魔だ。

近くの角にあるベンチもあった。

 

「俺が買ってくるよ。荷物を持ったまま並ぶのは疲れるから、荷物番頼めないか?ベンチもそこにあるしさ」

 

と、流星は近くの角に見えるベンチを指さす。

鈴も納得してそうすることにした。

流星と同じものとだけメニューをリクエストし、ベンチに座る。

流星は1人クレープの行列に並び出した。

 

1人ボーッと待つ鈴。

緊張などもあった為か、疲れがここに来て一気に現れる。

大きな欠伸をし、身体を伸ばす。

…ああ、アイツ分かってたのかなぁなんて心の内で呟く。

 

 

「──ねぇ、おねえさん」

 

正面にいつの間にか少女がいた。

黒く長い髪に華奢な身体。

白い帽子───女優帽と呼ばれるような、つばの大きな帽子を被っており顔はハッキリ見えない。

微かに見える緋色の瞳。

人形のような可愛さだと鈴は感じた。

 

「えっと、(あたし)?」

 

「ええ。えいがかん?までのみちをたずねたいのだけど、いいかしら?」

 

「映画館ね?それならこの通路を真っ直ぐ行って────」

 

先程地図を見た為、鈴も覚えていた。

口頭で最短ルートを伝える。

少女も困っていたのか、鈴から道を教えて貰うと笑顔になる。

無邪気な笑顔が眩しかった。

 

「ありがとう!あなたいいひとね。おなまえをきかせて?」

 

「凰鈴音、鈴でいいわよ」

 

「りん。おぼえたわ!ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

「──ところでさっきいっしょにいたのはカレシさん?」

 

「ぶはっ────!?」

 

唐突な質問に鈴は噴き出す。

その反応を見て少女は一瞬キョトンとするも、直ぐに愉しそうに話し出す。

 

「ふふ、りんってばかわいい」

 

「何よもう…」

 

普段なら色々言うところだが、相手は小さな少女。

言い返す事も出来ず、不貞腐れるしか出来なかった。

 

「──ねぇ、りん」

 

一瞬だが、少女の雰囲気が変わった。

年齢にそぐわない妖しげなもの。

あまりにも一瞬の為、それは違和感として鈴に伝わった。

少しの緊張感が場を支配する。

 

「すきなあいてがゆがんでいても、あなたは愛せる?」

 

「え?」

 

「ひとでなしだったとしても、あなたは好きでいられる?」

 

唐突な質問に鈴は固まった。

ただ、冷や汗が流れるのを自覚する。

──まるで特定の誰かを指しているような問いかけ。

ふざけているとも思えなかった。

脳裏に浮かぶ疑問や疑念。

 

少女の瞳は鈴を捉えて離さない。

真面目に答えるべきだと直感する。

 

「───そんなの、分からないわよ」

 

鈴の答えは無責任なものではなかった。

いずれ向き合うつもりだからこその答え。

少女はゆっくりとその言葉を咀嚼する。

少女の纏っていた雰囲気が再び無邪気な明るいものへと変質した。

 

「ふふ、いじわるなこときいてごめんね?りん」

 

満足したのか、少女はスキップしながら映画館の方へ。

鼻歌を歌いながらやけに楽しそうだった。

 

「───また会いましょう、りん」

 

と、だけ告げて少女は立ち去る。

不思議な少女を鈴は見送りながら、ホッと安堵の息を漏らす。

とりあえず少女が普通ではないだろうことは分かる。

 

 

「鈴?大丈夫か?顔色が悪いぞ」

 

「あ、え、ええ。大丈夫よ。なんでもない」

 

戻ってきた流星に声をかけられ、鈴は思わずそう返した。

相談すべきかと思ったが、事実としては不思議な少女がいたというだけ。

全て気の所為である可能性も否定できなかった。

 

「…それなら良いけどさ。ほら、クレープ」

「ありがとう」

 

流星は鈴にクレープを渡しつつ、彼女の隣に腰をかける。

2人してそれぞれのクレープに齧り付いた。

行列が並んでいただけの事はある。

美味しかった。

鈴はちらりと隣を見る。

クレープを楽しむ流星の姿。

そこにあるのはいつも通りのごく普通の少年の様だ。

 

あっという間に食べ終えた。

2人は立ち上がり、それぞれの荷物を持つ。

時間的にもそろそろ帰るべきだろう。

 

「それじゃあ帰るか」

 

「ええ」

 

2人きりの時間はもう終わる。

学園に帰ればいつも通りの日常にまた戻るだけ。

彼女にとってある種の非日常。

もう少し、と鈴は惜しみながらもそれを胸の奥にしまった。

 

「流星」

 

「ん?」

 

「その、ほら!く、来る時にしたんだから最後まで責任もってやりなさいよ」

 

手を差し出す鈴の意図を流星は察する。

少し困った表情ながらも彼女の手を握った。

 

「そうだな。責任もってエスコートさせて貰うよ」

 

「〜〜っ」

 

手を繋ぎ駅に向かう。

相変わらずバクバクとうるさい心臓。

それが手を通して伝わってしまわないか不安になる。

 

「お嬢様。行先はIS学園で?」

「…台無し」

「何だよ」

「こっちの話よ」

 

不貞腐れる鈴。

こんな時間も悪くない。

少年がそう思っていた事を少女は知る由もない。

 

IS学園の手前で本音や簪に出くわし、咄嗟に振りほどくまでそれは続く。

 

訝しむような2人の視線に顔を赤くしながらも必死に反論する鈴の姿がそこにはあった。

 

 

 




次の更新は1週空けてからになります。


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臨海学校
-30-


IS学園から離れたある海岸沿い。

トンネルを抜け、海岸沿いの道路に数台のバスが姿を現した。

他に走行している車はほとんど無い。

 

走っている場所はまだまだ高台の上だった。

見晴らしが良く、バスの窓からはスカイブルーに輝く海が一望できる。

トンネルを抜けた瞬間から、一斉にバスの中で歓喜の声が聞こえた。

 

 

「おっ、見ろよ流星。海が見えてきたぜ」

 

 

窓際に座っている一夏もクラスメイト達と同様に歓喜の声をあげる。

隣の席に声をかけた。

声を掛けられた肝心の流星本人も顔を上げる。

持っていたトランプから視線を逸らし、窓を見た。

 

「ああ、見えてきたな」

 

「ほら流星。せっかくだしもっとテンション上げていこうぜ」

 

「疲れるだけだろ、それ」

 

相変わらず平常運転の流星に、一夏は勿体ないと口にする。

 

話しながらも続けるは大富豪。

目の前の簡易テーブルに流星は11のカードを置く。

ルールは先程教わり、既に何戦目かに突入していた。

当然だが流星が負け越している。

2人の座席の背後から、伸びる手。

ダボダボの袖のその腕は目の前のテーブルにカードを置くと静かに後方へと帰っていった。

 

「次は僕の番だね」

 

ゲームの参加者は一夏、流星、本音、そして本音の隣に座るシャルロット。

遥か後方に座るセシリアからは怨嗟の念が伝わってくる気がした。

 

──なぜこの席順になったかは簡単だった。

一夏を巡り争いが起きた。

そんな中面倒になった千冬が一夏の隣に流星を選んだのだった。

とばっちりを食らった本音だったが、彼のすぐ近くは確保出来た為それ程ダメージはない。

 

シャルロットはジャンケン大会の結果ここに居た。

絶妙に繰り広げられていた心理戦により、一夏と流星は若干引いていたのはココだけの話。

 

「海か」

 

再度視線を外へ向ける。

太陽光を受けキラキラと輝いている。

それよりも気になったのは奥の方。

地平線と呼ばれる果てをボケーッと見つめる。

すぐも視線を戻し、ゲームを再開した。

程なくして本音の勝利に終わる。

 

「いまみーは海は初めて?」

 

「ちゃんと見たのは初めてかな」

「てっきり来慣れてるから平常運転なのかと思ったぜ」

「平常運転で悪かったな」

「そう拗ねるなって。言っといてなんだけど、流星のそれは落ち着きがあるってだけだと思うぜ」

 

トランプをシャッフルしながら、いじけるフリをする流星。

そしてそれをフォローする一夏。

互いに気を許した状態での発言。

学園唯一の男友達という事もあり、当然女子相手よりも気楽である。

1度軽くだがぶつかった事も作用していた。

 

「褒めたって何も出ないからな」

「そんなつもりねえよ。よーし、次下の順位の奴がかき氷奢りでどうだ」

「いいさ、慣れてきたところだ。そろそろ下克上といこうか」

「言ったな。俺も本気で行くぜ」

 

男子の普通のやり取りも、ほぼ女子高であるIS学園の生徒からすれば珍しいものだ。

2人が普段あまり行動を共にしていないのもあった。

遠巻きに皆が2人をチラチラ見ていた。

 

一部の特殊な趣向をもったクラスメイトは鼻息を荒くしながら聞き耳を立てている。

一夏が気付く事もない。

 

「ほんと楽しそうだよね、一夏」

「だねー」

「僕が男装してる時もアレくらい楽しそうだったんだよね……」

「…えーっと……」

 

遠い目になるシャルロットに本音は苦笑いを浮かべる。

こればかりは実際に男装していた本人を前に下手な事は言えなかった。

 

「まあ俺も一夏の気持ちはわかるさ」

 

一夏と話しつつも、本音達の話を聞いていた流星が答える。

えっ、と本音とシャルロットはショックを受けたような反応をした。

 

2人の思考を読んでか、呆れつつも流星は否定する。

 

「馬鹿。そういうのじゃない。流石にずっと女子と一緒は中々に気を遣うんだよ」

「いまみー、もしかしてずっと気を遣わせちゃってた?」

 

少ししょんぼりする本音。

気が付かなかったと自身の無神経さを悔やんでいた。

失言だったと感じつつ、流星は訂正する。

 

「言葉足らずだった。本音が悪いとかどうとかじゃない。こればかりは仕方の無い事なんだ」

「そうだぜのほほんさん。これは悪い意味じゃないんだ。例えば俺もシャル達と一緒に居る時嫌なんて思っていないし寧ろ好きだぜ。けど男友達ってのはそれより遠慮がいらないってだけなんだ」

 

一夏のフォローの台詞を聞きながらシャルロットは静かに俯く。

顔はほのかに赤かった。

意味合いも何も全然違うが、サラリと好きだと言うあたりやはり一夏の天然ジゴロさは健在らしい。

本音は一夏の言葉を聞きつつ、流星に問いかける。

 

「そうなの?いまみー?」

「多少違うけど、その認識で構わないさ」

 

年頃の男子である流星達からすれば、女子相手は気を遣う。

配慮ともいうそれは、蔑ろにすると相手を傷付ける可能性もある。

気にして疲れる──程でもないのだが。

何よりももっと簡単な理由があった。

口が裂けても言えない。

 

そこにふっ、と鼻で笑う声が聞こえた。

一夏と流星の前の座席に座る千冬のものだった。

 

「──布仏、デュノア。もっと単純な理由だぞ」

「織斑先生?」

 

「一夏。何でこの人こんな楽しそうなんだ?」

「なんだかんだ海が楽しみなんじゃないのか?」

 

即座にどこからか飛ぶ鉄拳。

2人は頭を抑えて黙り込んだ。

 

「女子の前では格好付けたいというのが男子だろう」

 

ニヤリと口角があがる。

千冬の台詞に周囲の女子も納得したように頷いた。

 

「やっぱり2人とも男の子なんですね〜」

 

真耶も楽しそうに呟く。

否定しても意味が無いと悟った2人は再度トランプに向き直った。

 

「ふふ、一夏も僕の前では格好付けようとしてたんだ?」

「いまみーもそういう事だったんだねー。意外」

 

別に全くそうでないとも言えない為、やりにくかった。

楽しそうなシャルロットと本音。

少し恥ずかしそうな一夏とちょっと不満そうな流星。

後者は学園名物教師を後ろから見つつ、ポツリと疑問を口にする。

 

「…あんな事言ってるけど、織斑先生って恋人いた事とかあるのか?どうなんだ一夏」

「……………俺の知ってる限りでは居ないと思う」

「悟らせないように隠してたって可能性もないのか?」

 

地雷原を突っ走る流星になんとなく一夏は答えた。

シャルロットと本音もこれは下手に話に入っては危険だと苦笑いでそれを見守る。

無神経な疑問である事は言わずもがな。

しかし完全無欠なイメージのある織斑千冬の恋愛事情は誰しも気になる所であった。

皆が聞き耳を立てていた。

千冬は呆れたようにため息をつく。

 

「───今宮、織斑。砂浜で基礎体力向上の特別メニューを組んでやろうか?」

「全力で遠慮します」

 

即答だった。

特別メニューなど絶対嘘だ。

身体が持たなくなるのは明白だった。

──と、流星は唐突に思い出したように呟く。

 

「っていうか、先生。以前アメリカ政府の若い官僚に口説かれた時見事なまでにフッてましたよね。イケメンで金持ちで優しい人なのにさ」

 

「ん?」

「え?」

 

小さな声だった為か周囲には聞こえていない。

辛うじて聞いた千冬と一夏がそれぞれ表情を変化させる。

 

一方で流星はその発言をした後、1人首を傾げた。

 

「─────あれ?なんでこんなこと俺は知ってるんだ」

 

「…」

「流星?」

 

千冬は怪訝そうな顔で流星を見るも直ぐに思考を切り替える。

一瞬脳裏に浮かんだのは更識楯無だが、楯無から聞いたのなら流星も自覚がある筈だった。

 

一夏は分からない事だらけの為頭の上に?マークを出しながらもこれ以上突っ込むのはやめにした。

話の内容がかなり気になるが、薮蛇の可能性が高い。

ただ、姉の事である為無視も出来なかった。

…後でこっそり聞こうなんて考える。

 

 

「考え込んでるところ悪いんだけどさ」

「ん?どうした流星?」

「お先だ一夏」

 

「あ」

 

話しながらも続いていた大富豪は、流星が真っ先にあがったのだった。

 

 

 

 

女将さんとの挨拶を済ませ、旅館に荷物を置く。

流星と一夏は千冬と同じ部屋であった。

うげ、と流星は思わず顔を顰めた。

セキュリティ面やその他諸々を考慮すると当然ではあるのだが、不満は多々残る。

曰く、どうせなら山田先生が良かったとの事。

 

簡単に荷物を纏め直し、水着やタオル等をそれ用の鞄へ移す。

日差しを見てゲンナリするが、これから貴重な自由時間。

楽しみではない訳では無かった。

こうやって海に来るのは初めてである。

 

海に向かうのは当然だがそれぞれ着替えてからとなる。

クラスメイトや千冬達と別れ、着替える。

一夏と共に砂浜に出た。

即座に必需品を装着する流星。

一夏は隣を見て暫く考え─────とりあえず尋ねることにした。

 

「…なあ流星」

「何だ一夏」

「もしかして浮かれてるのか?」

 

一夏の方に振り返る流星。

ティアドロップ型のサングラスをかけ、右手にはいつの間にか膨らんでいた大きな浮き輪を持っていた。

いつも通りのオレンジの髪にパーカーのような水着。

これらが全て合わさり、何とも様になっていた。

 

「浮かれてないぞ」

「嘘つけ!?なんだよその格好!どう見ても浮かれてる格好だろ!?」

「…………何がいけないんだ?」

 

小首を傾げる流星に一夏はどこから突っ込めばいいか分からなくなった。

冷静に観察する。

いや、正確には悪くないのだ。

別におかしな格好でもない。

ただバッチリ決まり過ぎて逆に目立っている。

陽射しを浴びるまで一切気にならなかったというのに、日の下に出た瞬間から場所とマッチし過ぎていた。

 

「一夏さん、流星さん、此方にいらしたのですね」

「2人ともこんな所に居たのね。…って誰よ?」

 

駆け寄ってくるセシリアと鈴。

セシリアは青色の水着を着ていた。

彼女のイメージカラーや白い肌と合わさり、綺麗という言葉がピッタリなのだろう。

一夏の視線が思わず谷間に行く。

すぐに邪念を振り払うように目を背けた。

 

鈴が着ていたのは先日の白の水着。

普段と違った色合いが彼女の魅力を際立たせている。

 

そんな彼女も流星の姿を見て困惑した。

流星は不満げに声を出す。

 

「なんだよ。水着を選んだのはお前だろ?」

「そのサングラスと浮輪は知らないわよ」

 

水着を選んだ──その発言を周囲に居た生徒やセシリアは聞き逃さなかった。

他の生徒はその情報に驚きつつ、その話題をそれぞれ話し合っている。

噂になるのもすぐだろう。

セシリアは友人の思わぬ情報に少し嬉しそうだった。

シャルロットと一夏の買物追跡時、鈴達とも同じ店に居たことには気付いていない。

微笑ましく笑いながらもセシリアは友人の援護を企てる。

周囲への牽制及び外側から固めていく狙いもあった。

 

「会話の流れからするに、もしや鈴さんの水着は流星さんが?」

「ああ。捨てたもんじゃないだろ?俺のセンスも」

「あんた、(あたし)が見せた候補の中から選んだだけじゃない」

「別のにする気満々だっただろ」

「うっ…それは…」

 

見抜かれていた、と言葉を詰まらせる。

何故か得意気な流星のせいで鈴は言いしれない恥ずかしさに襲われた。

直接褒められるのとはまた違ったものがある。

悪い気はしないのだが、と内心葛藤があった。

 

セシリアはそのやり取りを見届け、手にしていたピーチパラソルを砂浜に突き立てる。

シートをピーチパラソルの影に敷き、その上に座る。

コホンと咳払い。

勇気を出して一夏に向き直る。

 

「一夏さん。約束は通りその──サンオイルを塗って下さいませんか?」

「お、おう」

 

えーセシリアずるい!なんて声が周囲で沸き起こる。

各々サンオイルを用意して居なかったり、既に塗っていたり、塗っている最中であったり多種多様であった。

セシリアにサンオイルを貸してくれと懇願する者、次は私も!と一夏に迫る者まで出始める。

中にはサンオイルを落としてくると海に走っていく女子までいる始末。

一夏人気は凄まじいものであった。

セシリアは勝者の余裕も相まって少し得意気だ。

約束──なんてものをしてしまった以上一夏も無碍に出来ない。

しまった、サンオイルを忘れた───なんて真面目に考えている流星は完全に蚊帳の外だ。

 

「…」

 

ゴクリ、とつい唾を飲み込んでしまった。

シートの上に寝転ぶセシリア。

その白い肌も魅力的なのだが、何よりうつ伏せ故の押し潰されたものが一夏の理性を刺激する。

煩悩退散と念じてサンオイルを手に取る。

両手にそれらをかけ、セシリアの背中に触れた。

 

「ひゃんっ!?」

「ご、ごめん!?」

「い、いえ!冷たかったのでつい───」

「ごめん、こういうの初めてだったからさ!?」

「初めて、ふふそれなら仕方ありませんわね」

 

あられも無い声があがり、驚く一夏。

セシリアも真面目に謝る一夏の理由に口角が上がる。

初めて、初めて。

悪くないとニヨニヨしてしまう。

 

「一夏、それは手に馴染ませてから塗るのよ」

「おっ、そうなのか。ありがとう鈴」

 

鈴からの指摘を受け、一夏は作業を再開する。

途中途中声を漏らすセシリアに悶々としながらも、背中や足を塗り終える。

太腿あたりを触った時など緊張し過ぎて上手く塗れた自信が無い。

 

「せ、折角ですから、そのまま前の方もお願いしますわ」

「え゛」

 

前?前??

今まで塗ってたのは背中だ。

だから後を塗っていたことになる。

前?正面の事だろうか。

つまり、…。

一瞬理解出来ずに思考が止まる一夏。

 

助けを求め流星の方を見るが、彼は何処からか取り出した組み立て式ビーチチェアに寝転んでいた。

片手にISの資料らしきものが握られていた────海まで来て何してるんだ、アイツ。

鈴は何やら彼と言い合っている。

───…鈴に任せて俺は突っ込まないでおこう。

とはいえ結局誰も頼れない状況。

 

「はいはい、セシリアそこまでにしようね?」

 

「シャ、シャルロットさん!?」

 

黒いオーラを出しながら現れたシャルロットによってセシリアの目論見は阻止された。

一夏はひとまず助かったと胸を撫で下ろす。

 

「あれ?流星?鈴?」

 

気付けば流星と鈴の姿は無かった。

疑問に思い、海の方を見ると鈴を追う形で2人して海に走っているのが見えた。

鈴の片手には流星のサングラス。

成程、と事情を把握した一夏の前にシャルロットが躍り出る。

 

「一夏、見せたいものがあるんだけど…」

「…ミイラ?」

「もう、いつまで恥ずかしがってるのさ」

「し、しかし私にも心の準備がっ、タイミングがあってだな!」

「ミイラが喋った…」

 

バスタオルで全身ぐるぐる巻きになっている何かがシャルロットの隣に立っていた。

正確には連れてこられたという方が正しいだろう。

 

「それなら一夏と僕が遊んじゃってタイミングなんか無くなるけど、いいの?」

「そ、それは駄目だ!?くっ──仕方ない!」

 

と、バスタオルの精は覆われていたバスタオルを引き剥がす。

正体はラウラだった。

黒色の水着に身を包み、髪はツインテールにして纏めている。

一夏に見せるのが恥ずかしかった為、先のようなバスタオル姿になっていたのだった。

当然、どうだ!?と水着姿を見せられれば一夏でも水着姿に言及する。

 

可愛いなんて褒め言葉を受け、ラウラは走り去ってしまった。

 

「やっぱりこうなっちゃうかー」

「何だったんだ…?」

「褒められ慣れて無いんだろ」

「流星?ってうお」

 

と、そこに鈴を抱えた流星が戻ってくる。

文字通り脇に抱えられるように連れてこられた鈴を見て、一夏は驚く。

2人とも濡れていた。

海に入ってきたのはわかるが───。

 

「足吊って溺れそうになってた。やはり準備運動は大事だな」

「大丈夫か!?鈴」

「大丈夫…だけど、普通に海水飲んじゃって気持ち悪い…」

 

ビーチチェアに寝かされた鈴はグロッキーな状態だった。

青ざめた顔で調子が悪そうだが、聞いた感じ特に問題は無さそうだった。

 

「ちょっとだけゆっくりしてから遊ぶことにするわよ…。…借りるわよ、コレ」

「ああ、構わないさ」

「鈴さん、本当に大丈夫ですか?」

「あー…大丈夫よ。どちらかっていうと話すと戻しそうだから今は…」

「──という事だ。そっとしておこう」

 

淡々と告げる流星。

傍から見ると冷たくも見えるが、さり気なくタオルや水を鈴からすぐ取れる位置に配置していた。

一夏やセシリア、シャルロットは見逃さない。

自身のハンドタオルで軽く顔を拭く流星を見ながら、一夏は労おうと声をかける。

 

「サンオイル塗ってやろうか?」

「死んでも断る。男にベタベタ触られる趣味はない」

 

嫌そうに思いっきり顔を引き攣らせる。

流星にしては珍しい程の表情の変わり方だった。

本気でその行動を嫌悪しているように見える。

 

そこへ水着と形容し難い格好の本音が現れた。

相変わらず着ぐるみのようなダボダボの衣類。

よく見ると濡れてもいい仕様の物なのだが、純粋に暑苦しいだけであり着る意味は皆無である。

 

「探したよ〜」

「本音と…簪か」

「うう、こっち見ないで!?」

 

本音の背後に完全に重なるように隠れる水色の髪。

恥ずかしがっているのは明らかだった。

もじもじと本音の背後に隠れる簪の姿は小動物を連想させる。

嗜虐心を煽られ、流星は本音の後ろに回り込もうとする。

簪は流星から隠れるように本音を盾に逃げていた。

 

「!?」

 

途中フェイントを掛けて簪と鉢合わせる形に。

青みがかった黒に可愛らしいフリルのついた水着。

白の線のワンポイントも可愛らしい。

肌白く綺麗だった。

両手を胸に当て、今にも逃げ出しそうな簪に流星は言葉をかける。

 

「なんだ、似合ってるじゃないか」

「あぅ…っ…」

「肌も白くて綺麗だし、やっぱり簪は美人さんだな」

「っ…!!!?」

 

ボンッ!と何かが暴発したような気がした。

簪の顔が耳まで赤く染まる。

 

隣の本音は流星をジト目で見ていた。

一連の流れを見ながら、セシリアとシャルロット苦笑いを浮かべる。

 

「流星さんも、その、結構曲者のようですわね」

「本心で言ってそうなあたりが一夏と一緒だよね」

「ん?俺がどうかしたのか?」

「何でもありませんわ」

「何でもないよ」

「?」

 

不思議そうな一夏にそう言いつつ、2人は日向へと飛び出す。

本音も簪と流星の手を引いて日向に出た。

 

鈴には先に行くとだけ本音が告げ、一同は海へと駆け出す。

刺さる視線。

2人しかいない男性操縦者なのだから当然だった。

掛けられる声、寄ってくる生徒達。

目に毒だと流星は内心呟く。

 

結局、クラスメイトも複数人巻き込む形で遊ぶ事になった。

 

シャルロットが持ってきていたビーチボールを海面に落とさないようトスし続ける。

腰ぐらいまで浸かっている為、これが中々難しい。

オロオロしながらもキッチリトスをあげる簪。

ダボダボの格好ながら本音も綺麗にトスをあげる。

敗者はある地点まで泳いで帰ってくるという罰ゲームが課せられていた。

何度かやっている内に、遊びの趣旨も種類も変わる。

一夏に競走と持ち掛けられ流星も泳いだ。

鬼ごっこもした。

何人かの競走を見守る事もあったり、ゴーグルを借りて水中を見る事もあった。

 

途中、休憩がてらに浮き輪に乗っかり流星は一人くつろぐ。

────直ぐに合流した鈴にひっくり返された。

 

「いまみーはさ、楽しい?」

「ん?普通に楽しんでるけど、どうした?」

「ううん、ごめんね変な事聞いちゃった」

 

本音はそう言うとすぐに話題を切り替えた。

本音の服装が見た目より楽だったり、どこで買ったかなどの話。

 

それらをしつつ、2人は遊びに戻る。

姿勢を崩した簪が流星と密着し、恥ずかしさで倒れそうになったのは別の話。

 

 

───暫くして、一同は海から砂浜に戻った。

海水を拭きつつ、飲料水を飲み水分を摂る。

 

程なくして、キャーと黄色い悲鳴が上がった。

一夏や流星達は視線をそちらへ向ける。

そこに居たのは黒の水着姿の千冬、と真耶。

流星は納得し視線を手元に戻す。

その際に見えた一夏の反応に半目になる。

セシリアやシャルロットも気付いていた。

戦慄する2人をよそに、流星は呆れたように呟く。

 

「…シスコン」

「なっ!?違うって!?」

「ま、気持ちは分からんでもないけどさ。何?一夏はああいう人が好みなのか?」

「だから違うって!?」

 

見惚れていた一夏は慌てて流星の言葉を否定する。

が、あんなあからさまに思考停止で見惚れていた姿を見せられたのだ。

周囲の疑念は取り払えなかった。

セシリアとシャルロットはギリギリと奥歯を噛み締める。

思わぬ伏兵がいた事を認識──それも伏兵というよりは最終兵器クラスの強敵だった。

同性から見てもそれ程までに千冬は綺麗で大人な女性だった。

 

千冬と真耶は一夏達を見るとこちらに歩いてきた。

 

「ここにいたか。全員海は堪能したか?」

「織斑先生は泳がれませんの?」

「勿論泳ぐさ。しかしその前に良いものを見つけてな、お前らを誘いに来たんだ」

「良いもの?」

 

首を傾げる一夏に対し、千冬は砂浜のある場所を指さす。

見えたのは大きなネットに砂浜の上に引かれたライン。

 

「バレーボールは授業中で触ったことがあるだろう?」

 

楽しそうに告げる千冬。

苛烈なビーチバレーが始まる。

入れ替わり立ち代りビーチバレーが行われる。

千冬に挑んだり、千冬が交代している間に点数を稼ごうと必死だったり、一夏に褒められて集中出来ないラウラが顔面にボールを受けたりと騒がしかった。

激しい千冬のサーブを受けられるものはいない。

辛うじて上げてもトスは続かなかった。

 

それぞれが熱中する中、簪は一人ある事に気が付く。

キョロキョロと辺りを見回し、不思議に思ったのか疑問を口にした。

 

「あれ?流星…?」

 

 

 

「…へぇ、こんな所あったのか」

 

皆の居る砂浜から少し歩いた先。

洞窟の入口となった入り江がそこにはあった。

ゴツゴツと剥き出しの岩肌がちょうど日影を作っていた。

微かに射し込む日光が波に反射され、洞窟の屋根をユラユラと光らせる。

 

一人ポツリと呟いた流星は、周囲を散策するように歩く。

 

 

バレーボールに興がのらなかったわけでもない。

洞窟の奥を見る。

奥と言うほど広くない───行き止まりであるのは入口からでもすぐ視認できた。

何とも浪漫がない。

探検がしたいという訳でもないが、そう心の内で呟いてみる。

 

どうしてこうしているか、自分でもよく分かっていなかった。

よく分かっていない、よく分かっていないのだが予感がある。

何かを探す。

が、特に何も見当たらない。

 

「疲れてるのかも、な」

 

珍しいものに従ってここまで来た。

のだがやはり確証はなく、特に成果もない。

気の所為かと皆の場所に戻ろうとした時─────。

 

「へぇ、ここが分かったんだ」

「─────!」

 

その人物は現れた。

紫の髪に特徴的なウサ耳カチューシャ。

コーディネートとしては何処か童話チックな洋服。

だというのに幼稚とは感じられなかった。

一目で美人と判らされる整った顔立ちに、貼り付けたような笑顔。

 

浮いていた。

何もかもその場から浮いていてチグハグ。

変な緊張感を流星は感じた。

一瞬でも気を抜けば不味い。

敵対心は抱かないが、そんな予感だけはあった。

女性は軽く流星を一瞥する。

冷たく興味が無さそうな瞳。

反して『それだけではない』と感じさせられる。

 

「アンタは───?」

 

静かに尋ねる。

 

会話にすらならないであろう。

目の前の手合いは恐らく今宮流星に興味を示さない。

確信を持ちつつも話し掛けていた。

本来ならば今宮流星も同様だった。

しかし話し掛けている。

猛烈な既視感。

 

女性は少し考え──

 

「篠ノ之束。もう答えないから覚えときなよ、凡人」

 

──突き放すように吐き捨てるように名前だけ告げた。

 

 

 




更新ペース変更、しばらくこのペースです


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-31-

「篠ノ之、束───」

 

俺は目の前の女性が告げた名前をただ反芻した。

静かな空間。

言葉は静かに波の音に溶けていく。

 

知らない筈が無かった。

ISの開発者にして世紀の大天才。

世界中が手掛かりひとつ見付けられず、血眼になって探している存在。

あまりにもあっさりと目の前に現れた。

何故気付かなかったのか、疑問が頭を過ぎる。

写真なら見た事がある筈だ。

今まであらゆる資料を見ている。

だというのに今の今まで分からなかった。

違和感は依然として残っている。

だけど、俺にはそちらを考えている余裕なんてなかった。

 

「人気の無い場所に1人でくるなんて随分と迂闊だね」

 

スっと見透かすような視線。

博士の瞳は冷たく、鋭いもの。

貼り付けたような笑顔がある分、騙される人間も居るのだろう。

 

「…」

 

迂闊には近付かない。

この距離の時点で意味はないのだろう。

一目で理解した。

目の前の女性は、恐らく肉体面も規格外だ。

立っている姿勢から、重心の位置から体幹から思い知らされる。

 

俺と彼女との圧倒的な差。

…出し抜く事も適わないだろう。

戦力分析を終え、溜息をつく。

 

「迂闊も何も。考え出したら身動き取れないですよ俺」

「ぎこちなくて虫酸が走るから、敬語はなしでいいよ」

「…、──それに、篠ノ之束博士は──」

「博士なんて呼ばないでくれる?」

「…束さんは」

「呼んでいいって許可して無いけど?」

「……」

 

やりづらい。

どうにも突き放すように話す博士。

感情を剥き出しているように見えるが、その瞳は俺を観察していた。

いや、観察しているのはお互い様か。

 

「───アンタは、この瞬間は俺をどうにかする気は無いだろ」

 

思いっきり睨まれた。

アンタなんて呼べばそりゃあそうだろう。

しかし開き直る。

取り繕われるのも嫌いだろう。

発言に根拠はあった。

博士の瞳の奥に少なくとも攻撃の色は感じられない。

となれば、この態度は素か。

 

「君の都合のいい推測だったら?天才の束さんの思考を読もうなんておこがましいよ?」

「ああ、確かに。天才とか以前に、あんたの思考はあんたのものだからな。俺が出来るのは精々都合のいい推測くらいだよ」

「───……」

 

…その言葉に博士はジッと改めてこちらを見た。

表情に変化はない。

依然として視線も冷たいもの。

だけど、珍しいものを見ているようだと思ってしまった。

理由はわからない。

 

「まあいいや。そういう事にしてあげよう」

 

博士はそう言うと近くの岩に腰を下ろす。

先よりは少し明るく───まるで気でも変わったかのように話し出した。

 

「一つだけ、何か質問しても良いよ」

 

…突然の許可に反応は出来なかった。

その言葉の価値が計り知れないことは考えるまでもない。

ざっと思い浮かぶだけで幾つかある。

慎重に選ぶべきだろう。

こんな機会もう二度とない。

なのに俺はすぐに口を開いていた。

 

────どうしてISを作ったのか。

 

我ながら今更過ぎると感じた。

恐らく一番始めに質問されたであろうもの。

もはや世界中に出回っており、質問するべきものでは無い。

ISの説明が書いてあるものなら絶対書いてる事だ。

 

──そんな事で良いの?

 

頷く。

その名前に込められた意味を、願いを改めて知りたかった。

 

「────」

 

…結果は同じ。

どこかの質問と同じように名前の意味と用途を告げられ質問は終わる。

 

意味はあったのか。

万人がそう聞くだろう。

けど後悔はなかった。

 

「束さんからもひとつ質問いいかな?」

 

予想外の言葉に困惑する。

博士が知りたいような事なんて俺は知らない筈だ。

 

再度冷たい視線。

殺意すら感じさせられる薄ら寒いもの。

博士は淡々と告げた。

 

「もしそこの岩陰に、有象無象の死体が転がってるとしたら君はどう思うのかな」

 

 

 

 

 

「おお!流石IS学園!豪華だ」

 

並べられた料理を見て一夏は目を輝かせた。

並ぶ色とりどりの食材。

それらは主に新鮮な海の幸で構成されており、量もそれなりである。

時間は夕暮れ。

海で遊んだ生徒達の食欲は、空腹という追加のスパイスにより掻き立てられている。

見た目だけでもそれなりに値段のするものと理解出来た。

 

戴きますと合掌し食事を始める。

 

「美味い!刺身食べてみろよ、流星!」

「ホントだ。…幾らするんだろうな、コレ」

「そういう話は無粋ですわよ。この釜飯というのは初めてですわね」

「でも確かに器からして豪華だよね。IS学園って凄いなぁ」

「美味しいねー」

 

席は座敷と椅子で分けられていた。

一夏達が座っているのは座敷。

彼の両隣はセシリアとシャルロット、対面は流星が座っている状態だ。

流星の隣には本音が座っている。

クラス事にある程度は纏まって座らされている為、鈴や簪は周囲には見られない。

皆旅館の浴衣を着ている。

 

「うん、美味い。流石本わさだ」

「本わさ?」

 

シャルロットが首を傾げる。

視線が向けられた先は器の端に乗せられた緑色の物体。

美味しいという一夏の言葉を聞き、自然に塊を口へ運ぶ。

一夏はシャルロットが咀嚼する瞬間に気付く。

 

「っ〜!?」

「ちょっ!?シャル大丈夫かよ!?」

「だ、大丈夫。っ〜〜ふふぁみがふぁって(風味があって)いいね」

「解答が優等生過ぎる!ほら、水飲めよシャル」

 

涙目で口を抑えながらもそう答えるシャルロット。

普段の山葵よりはマシだろうと流星は彼女を見ながら箸を進める。

一夏も食事を再開する。

 

「あれ?流星、鮪は食べないのか?美味しいぞ?」

「ああ、良くない事なのはわかってるけど苦手なんだ」

「鮪だけ苦手って珍しいな。というか流星苦手な食べ物とかあったんだ」

「赤色の生肉っぽいのが苦手というか何と言うか…軟骨とかも得意じゃないな」

「へぇ、意外だ」

 

言葉を濁す流星に一夏は薄い反応を返す。

ただ、ちゃっかり覚えておこうと頭の片隅に置いてはいた。

友人の好き嫌いなどもちゃんと記憶しようとするのは彼の人の良さ故であろう。

薄い反応なのも気遣いあってのもの。

 

「無理するなよ。食事は美味しく食べるのが1番だしさ」

「そう言ってくれると助かるよ。一夏、食べるか?どうせお前腹ペコだろ?」

「おっ、なら遠慮なく」

「あー、私が貰おうと思ってたのにー」

 

流星は一夏に自身の皿を渡し、空の皿と入れ替えた。

マナーとしては宜しくないだろうが仕方がない。

残念そうに隣でつぶやく本音に流星は呆れた様子で溜息をつく。

 

「さっきお菓子食べてたのによく入るな」

「おやつは別腹ってやつだからね」

「摂取してる事に違いないと思うんだけど」

「うわーんおりむー!やっぱりいまみーにはデリカシーがないよ〜」

 

わざとらしい泣き真似で一夏に話題を振る本音。

うーん誰に学んだんだろうか、なんて流星は流しつつ釜飯の蓋を開ける。

実は懐柔されて一緒にお菓子を食べていたシャルロットは、気まずそうにチラチラ目を逸らしていた。

 

「のほほんさん食べ過ぎは太るぜ?」

「もっと無かった!?」

「一夏らしいね…」

 

と、そこで一同はセシリアが異様に静かな事に気が付く。

別に普通に食事をしているだけかも知れないが、こうも会話に入ってこないのは不思議だった。

視線をこっそりセシリアに。

彼女は食べながらも何か辛そうだ。

一夏はすぐに理由に気がつく。

 

「セシリア、正座が辛いならテーブル席もあるんだぞ?」

「い、いえそういう訳では!?」

 

この席を獲得する労力を無駄にする訳には───!

セシリアは心のうちで叫びながら堪える。

一夏は何か名案が浮かんだという表情になった。

 

「食べさせてやろうか?それなら姿勢も楽に出来るし、箸もあんまり慣れないだろうから良いだろ」

「そ、それは───!」

「あ、でもこれじゃあセシリアが恥ずかしいよな。すまん忘れ」

「いいえ、是非それでお願いしますわ!」

「お、おう。なら良かった」

 

食い気味で提案にのるセシリアに一夏は驚きながら、セシリアの箸を手に取る。

足を少し崩し一夏の方へ向くセシリア。

刺身に少し山葵を付け、醤油を少し付けてセシリアの口へ。

刺身と幸福感を噛み締めるセシリアは緩み切った表情をしていた。

 

「良いなぁ、セシリア」

「シャルロットもして貰えば良いじゃないか」

「便乗するのは一夏の善意を利用してるみたいでちょっとね」

「あんまり考えなくていいと思うんだが」

 

集まる視線。

あんな恥ずかしい事を以前したのかと流星は思い返す。

次は私も!なんてわざとらしく姿勢を崩そうとする周囲の女子達。

困惑する一夏に流星は再度溜息を漏らす。

わざとらしく隣でソワソワしていた本音だが、流星は気付かない。

 

ある程度騒ぎになってきた。

皆臨海学校という事もありテンションはいつもの3割増しである。

 

そして、騒ぎ過ぎた為か千冬が降臨し収束する。

原因故に一夏がお叱りを受けた。

 

 

食事を終え、一段落。

各々は部屋に戻り寛ぐ時間。

皆それぞれ温泉へ意気揚々と向かう。

一夏は楽しみだったのか見るからに嬉しそうだった。

流星は大浴場が解放された時の彼の表情を思い出す。

風呂というものがそもそも好きなのだろう。

別に流星も嫌いではない。

 

貸切状態の花月荘。

広々とした露天風呂を前に彼らは身体を洗う。

それぞれのタイミングで洗い終え、湯に浸かる。

贅沢、そんな言葉が2人の脳裏に浮かんだ。

 

「はー生き返る。極楽極楽」

 

「ああ」

 

浸かりながら岩にもたれ空を見上げる。

完全に日は沈み見えるのは夜空だった。

月と立ち上る湯気が四角に区切られた空を装飾する。

 

 

言葉はなく互いに無言で満喫していた。

特に互いに考え事をしている様子もない。

そんな中、ふと思い出したかのように一夏が呟いた。

 

 

「そういや、さ。前々から気になってたんだけど」

 

「なんだよ?」

 

「────流星のその身体の傷って、どうしたんだ?」

 

「!」

 

「ごめん無神経だった。言いたくないなら言わなくて良いんだ。そのさ、ISスーツに着替える時とかはハッキリ見えてなかったんだけど、思ったより色んな傷が見えたからさ」

 

互いに空を見上げながらの言葉。

声のトーンは普段より少し真面目なもの。

一夏が改めてそんなことを聞いた理由を流星は察する。

 

「銃痕が見えたんだろ?」

 

「──、ああ」

 

「切り傷も多々有るし疑問に思うよな。悪いな、傷痕なんて気分の悪いものだろ?」

 

「いや、そんなことはないぞ」

 

一夏はキッパリと否定する。

対して流星はいつも通りの落ち着いた様子。

言葉を選ぶように軽く考え、すぐに結論から口にした。

 

「兵士してたんだよ、俺。軍人のラウラみたいな上等なものでも無い、半端なもんさ」

 

「…兵士……」

 

傷痕が有無を言わさなかった。

一夏は言葉を理解するよりも先にそれを現実として受け止める。

どうしてそうなったか。

疑問をすぐに察した流星は続ける。

 

「俺に国籍がないのも、中東の紛争地域に居たからだ。住んでた国の隣に流れ着いてそのまま───雇われをやってた。えっと場所は確か───」

 

「っ───」

 

言葉が出なかった。

ある程度予想は立てて聞いたつもりだったが、普段の流星の様子からは一切想像が付かない事だったからだ。

すごい奴だとは思っている。

ただ、あくまで一般的な少年と認識していた相手はそうではなかった。

 

彼が居た場所もテレビや新聞、ネットなどの媒体でしか知らないがとても真っ当な場所ではない事ぐらいは知っていた。

ISが生まれてからの数年間はそういった地域は特に新たな武器の試す場所として大国に振り回されていた事も、一夏が知ってる程有名な噂だ。

それも氷山の一角だろう。

 

 

そんな場所に居た。

そんな場所で、兵士をしていた。

一夏の中に募るは友人への心配。

……恐らく、たくさんの人を殺してきたのだろう。

…見たくないものも多く見てきたのだろう。

 

だと言うのに、流星は今普通の少年として自身と話している。

今までの行動もやり取りも至っておかしな部分は無い。

ない、筈だ。

 

一夏は彼に強烈な違和感を覚えて仕方がなかった。

 

「そんな暗い顔するなよ。って暗い話をしてるのは俺の方だったか。折角の臨海学校なんだ、勿体ないぞ」

 

「……ああ、そうだな」

 

一夏は違和感を胸の奥にしまう。

彼の提案で2人は別の風呂へ移動した。

 

良くも悪くも互いに温泉を満喫し、無言で湯に浸かる。

 

気まずいという程でもない。

ただ交わす言葉が見付けられず、一夏は状況に甘んじていた。

不意に何か思いついたように流星が一夏の方を見る。

 

ニタリと不敵な笑み。

簪や本音が居たならば誰かを想起していただろう。

 

「ところで、一夏の好みの女性って年上って事でいいのか?ちなみに、山田先生と織斑先生ならどっちになる」

 

「ッ!?なっ───それは!?」

 

慌てて湯船内でひっくり返る一夏の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

「ん?簪か」

 

ばったりと廊下の角で出くわす。

何かを探すようにウロウロしていた簪は流星の声に驚いたように肩を上下させた。

 

「あ、あれ?流星!?部屋にいるんじゃ──」

「ああ、マッサージチェアってやつ?気になってな。っていうか、簪こそどうして俺が部屋にいるはずって知ってたんだ?」

「そ、それはその部屋に戻っていったって聞いたから…」

 

慌てながら弁明する簪に流星はふーんと軽い返事をする。

簪も彼の部屋に行く機会を伺っていたとは言えない。

 

「用は特に無いのか?俺は部屋に戻るつもりなんだけど、良かったら来るか?」

「え、ええっ」

「ま、織斑先生や一夏が居るからそれでよければになるけどな」

「うっ…でも、い、行く!」

 

多少の抵抗はあったがそれでも簪は即決した。

特に進展があるようなイベントは起きないだろう。

ただそれでも好きな人と臨海学校を過ごしたい。

簪は流星と共に彼の部屋に向かう。

 

「ん?何してんだアイツら」

「聞き耳を立ててる?」

 

「しー、静かに」

 

部屋の前で聞き耳を立てていた女子達に2人は小首を傾げる。

部屋の前に居たのは箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、鈴、本音。

唇の前で人差し指を立てつつも聞き耳を立てるシャルロットに流星は訪ねようとした。

しかし、すぐに本音に引き寄せられとりあえず静かにするように促される。

流されるまま流星と簪は皆と共に耳を傾ける。

 

聞こえてくるのは千冬と一夏の声。

思わず普段聞けない声を漏らす千冬と優しく声をかける一夏。

簪の顔はみるみる赤く染まる。

 

「えっ!?これって──」

 

極小の声で驚きつつ周りに視線を向ける。

皆が頬を微かに赤らめつつ、疑惑の視線を部屋に向けていた。

状況を飲み込んだ流星はどうしたものかと溜息をつく。

鈴は腕を組みながら思い返すように話す。

 

「そう言えばやけ千冬さんにベッタリだったけど、まさかこういう事だったとは思わなかったわ」

 

「そ、そそそんなことありませんわ。(わたくし)は部屋に呼ばれた筈。成程、一夏さんは(わたくし)を試していますのね!?」

 

「ま、まさか一夏の奴に限ってそんなことはな──!って待てセシリア。部屋に呼ばれていただと?」

 

「ふふふ、一夏は何をしているのかな?僕よく分かんないなぁ」

 

「シャルロット、まだ入っては駄目なのか?」

 

比較的冷静な鈴や本音とその他暴走する女子達。

簪は顔を赤らめ俯いたままだった。

本音はオチに気付いた上で一緒に面白がっているのだろう。

 

「なあ流星、皆は何故部屋に入ってはダメと言う?2人が何をしているというんだ?」

 

「あー、入っても問題ないぞ多分。マッサージしてるだけだし」

 

「まっ、マッサージだなんて流星さん!?ざっくり言いすぎでは!?」

 

「そ、そうだよ!?ラウラは何も知らないからってその表現は!?」

 

真っ赤な顔で止める金髪コンビ。

冷静な思考など出来ていない(セシリア)(シャルロット)、あと箒。

流星の言葉を聞き納得した鈴と元から冷静な本音は苦笑いをうかべている。

暴走する彼女らを擁護するとすれば、臨海学校ならではのロマンスを期待したが為である。

 

「水風呂にぶち込んだ方がいいな、コレ」

 

彼のつぶやきとともに襖が開く。

中から出てきた千冬は部屋の前に居る面子を一望すると困惑の色を浮かべた。

 

「…何の騒ぎだこれは」

 

 

 

 

 

「全く。とんだ勘違いもあったものだ」

 

「「「「ご、ごめんなさい」」」」

 

色々と察して呆れる千冬を前に、大きく勘違いしていた4人が項垂れる。

途中で気付いた鈴は気まずそうに視線を逸らしていた。

ラウラは未だ分からないと言った様子。

簪はまだ妄想の世界に片足を突っ込んでいるのかほのかに頬が赤い。

 

全員千冬の前で正座して向き合う形でいた。

一人暇そうにしている流星に一夏は尋ねる。

 

「?勘違いって皆何を勘違いしていたんだ?」

 

「さあな。鈴にでも聞いてみろよ」

 

「なっ!?ちょっとあんたなんて事言わせようと!?」

 

「駄目か?なら簪、説明してくれ」

 

「あうっ…!?」

 

説明が面倒になったのか放り投げる流星。

それに回答出来ず赤くなる2人を見て、一夏は益々分からないと首を傾げる。

何とも年頃には厳しい話であった。

疎すぎる一夏やそれを知って鈴や簪で遊んでいる流星も問題である。

千冬は1人愉しんでいる流星に視線をやり、釘を刺す。

 

「今宮、余計な騒ぎを起こす気なら───」

 

「部屋から追い出されるんですか?その方が羽伸ばせる気がするんですけど」

 

「簀巻きにして押し入れに叩き込む」

 

「……」

 

流星は思わず顔を引き攣らせた。

隣に居た一夏もそれを想像し同じ表情。

千冬は少し考え、財布を一夏に投げ渡し廊下を指さした。

 

「織斑、皆の分の菓子を買ってきてくれ。私では何がいいか判断出来んからな。今宮は手伝いだ」

 

「分かった。流星行こうぜ」

 

「はいよ。一夏、俺達の分のアイスも買おう。なるだけ高いやつ」

 

「せめて千冬姉のいない所で言ってくれ!?」

 

男子二人が部屋を出ていく。

舐めているというよりは、今はオフの千冬に接している様子だった。

 

2人が部屋をあとにしてすぐ千冬は冷蔵庫から飲み物を取り出す。

事前に用意してたのかきっちり人数分。

全員に行き渡らせると飲むように指示した。

ゴクリと一口。

 

「よし、飲んだな?」

 

見届けた千冬はニヤリと笑い、缶ビールを取り出した。

迷いなく開け、勢いよく飲む。

声を出して余韻を楽しみ、全員と向き直った。

明確なオンとオフの切り替え。

残っていた女子達全員が唖然とする。

 

「それで、お前達はアイツらの何処に惚れたんだ?」

 

『!?』

 

まさかの話題に驚く。

千冬からその手の話題が出るとは誰も思わなかったようだ。

 

「ああ、楽にしていいし敬語もいらない。今は教師と生徒では無いからな。───それでどうだ?」

 

端から理由を尋ねる千冬。

各々が恥ずかしがりながらも思い返し、理由を告げる。

千冬はビールを飲みながら耳を傾ける。

千冬と向かいあい緊張する面々、何時になくラフな千冬と珍しい光景だった。

 

「贔屓目に見ても、一夏の奴は家事も得意で気が利く。今宮の奴も勤勉で色々と器用だ。アイツらと付き合える奴は得だろうな」

 

「きょ、教官!いえ、織斑先生!嫁を頂けないでしょうか?」

「あっ!ラウラ!?ちょっと抜けがけはダメだよ!?」

 

「やるか馬鹿。女なら好きな男位奪うつもりで来るんだな」

 

楽しそうに言う千冬。

そんなぁと千冬という強大な壁を意識する箒達。

彼女としてはラウラがこのような話に参加している事自体が微笑ましかった。

感傷を胸に仕舞いつつ、グイッと1本早速飲み干す。

冷蔵庫から2本目を取り出し、開けた。

完全に肴にしていると本音は内心つぶやく。

良くも悪くも一同の千冬に対する意識は変わった。

依然として厳しく怖い教師というイメージは残っている。

 

恋バナに花を咲かせて少し。

千冬が引き出した事もあり、ちょっとしたエピソードが暴露され騒々しくなる。

盛り上がってきたあたりで男子二人が帰還した。

話している最中だったシャルロットがひっくり返る。

 

「お、おかえり!?2人共!?特に何も無かった!?」

 

「どうしたんだ?シャル?何も無かったけどさ」

 

「な、なら良かった!?アハハハハ!?」

 

「?」

 

一夏は買ってきたものを袋から出し、千冬に財布を返す。

流星は片手にアイスを持ったまま、部屋の奥の椅子に腰を掛けようと歩いていく。

千冬は流星が片手に持ったままのビニール袋を見て尋ねた。

 

「おい今宮。そのアイスは何本目だ」

 

「3本目ですね。でも、その代わりちゃんとツマミ選んで来ましたよ」

 

「ほう、悪くない。良いセンスだ。アイスの件は不問にしよう」

 

「有り難き幸せ」

 

ラフなやり取りに一夏は目をぱちくりさせる。

目からウロコ。

ポロリと落としていそうなそんな呆けた顔の一夏の横で、鈴もウンウンと頷く。

 

「何か仲良いのよね。アイツ千冬さんにやけに遠慮がないし」

 

「そうなんだよな。てっきり流星は千冬姉が苦手だと思ってたからさ。意外だ」

 

思い過ごしで良かったと呟く一夏。

 

強烈な既視感もまた、そこにはあった。

千冬が誰かを相手にしていた時を思い出させるそんな感覚。

 

近くに居た箒は無言で流星を見ていた。

 

一夏の横から本音が顔を覗かせる。

まだ少し困惑の色を残した彼を見て、本音は顎に手を当てニヤリと笑って見せた。

 

「おりむー、じぇらしぃー感じてる?」

 

「どうしてそうなるんだ!?」

 

一夏は思わず声をあげる。

それを引き金にセシリア達が一夏に詰め寄る。

 

騒ぎ過ぎて千冬に怒られるまで後───。

 

 

 

 

 

 

 




不穏な空気。
黒い?束さん。
設定上も色々考えているのですが、暫くは読めない人でしょう。
暫く…?かなり先まで…かも…。





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-32-

「──なんだ、片方生きてるじゃないか」

 

 

───その声で、私の意識は覚醒した。

すぐに目に入る光景はこちらを覗き込む少年の姿。

何かを発しようとするも、思うように動かない。

横になったままの視界。

頬に触れる砂。

聞こえる波の音。

目の前の岩。

 

───そして、隣には同僚の亡骸。

私と同じく選りすぐり。

無惨にも首の骨をへし折られ息絶えていた。

 

「っ!」

 

どうしてこうなったか直ぐに思い出す。

あぁ、しくじった。

 

始まりは二ヶ月ほど前。

我々の企業は窮地に立たされていた。

 

告発される違法な研究。

ISから得られる外的情報──それらを全て人に、直接流し込むというもの。

強引な同調。

 

成功すれば適性関係なく人々の操縦レベルが跳ね上がるだろう。

戦力としてもかなりの向上になる。

我々の目の付け所は完璧だった。

数分ももたなかったが、成功例もある。

ただ、精神的負荷により多くの廃人を出した。

仕方が無い。

そうでもしないと得られない物もある。

 

告発にまで発展したのはその犠牲に耐えられなくなった者のせいだった。

 

そこからは一瞬だった。

ISコアは国に剥奪され、企業の研究も禁止。

営業停止も当然喰らい、追い込まれた。

 

保険に作られていた別企業に見せた研究所は、バレずに済んだ。

しかし、肝心のコアも減り資金源も減る。

完全に詰みだった。

 

しかし諦め切れない。

こうなれば何か、何か成果を挙げて研究費用を手に入れなくてはならない。

狙いはモルモット集うIS学園に。

篠ノ之箒、織斑一夏、今宮流星のどれかに接触して何かしらを得ようとした。

 

失敗に終わる。

IS学園に放った諜報役はあっさり捕まった。

そして直ぐにこちらの出処も抑えられ、あらゆる方面から逃げ場を奪われる。

あの学園内の何かがそうなるように仕向けたのだろう。

 

あとは多少の支援もあった権利団体とも手が切れる。

数人の研究員と社員を残して処罰が下った。

残った我々は逃亡を謀る。

まだこのデータはバレてはいない。

これさえあれば、いずれ建て直せる。

そう思い、私は逃げた。

 

ただ、手を打たれていた。

殆どの仲間は、あっさり捕まった。

 

私ともう1人も捕まるのを覚悟した。

 

────そんな中、奇跡的に見つけた包囲網の隙。

 

 

ああ、しくじった。

それは第三者の罠だった。

我々の遥か上を行く相手、それすら上回るバケモノ。

想像もつかなかった。

想像もつかなかった我々に、一体なんの非があろうというのか。

 

現れたのは、ウサ耳のカチューシャを着けた女性。

正体を理解した時には、意識は奪われていた。

 

 

 

再度状況を噛み締め、冷や汗が吹き出る。

身体に痛みはない。

特に何かされた形跡もなく寝かされていただけ。

絶望的な状況には違いない。

生かされているということは、まだ利用価値があると判断されたのだろう。

冷静になれ。

冷静になれ。

奥に篠ノ之束が見えるが、岩の上に腰を掛けやる気がなさそうに見える。

となれば、この目の前の少年に何かさせようというのか。

辱めを受けさせようというのだろうか、それとも何か尋問でもさせようというのか。

考えている最中に、拘束が緩んでいる事に気が付く。

手錠で締められていた筈が壊れかかっていた。

横になったままもたれかかっている岩にでもぶつければ直ぐ壊れる。

 

運ぶ時に無茶でもしたのだろうか。

罠かと考えるが縋るしかない。

武器も取り上げられて居なかった──!

神は私を見捨ててはいない────。

 

少年がそう気付く前に仕掛ける!

私は錠を岩に叩き付け、壊すと同時に懐からナイフをとりだす。

我ながら鮮やかな流れだった。

右手に逆手に持ったナイフを振り下ろし──────

 

 

「っ──っ、ごっ───?」

 

声は勿論、息もままならなかった。

苦しい。

無我夢中で空になった手を喉元に当て、気付いてしまう。

ナイフは私の喉元に突き刺さっていた。

 

少年は崩れ落ちる私を軽く一瞥。

興味を微塵も持っていない瞳だった。

 

死にたくない。

死にたくない!

死にたくないっ!!

パクパクと口を動かし、何とか伝えようとする。

───助けて。

 

虫のいい話だとかもはや考える余裕もない。

一刻も早くこの苦しみから────。

 

「拘束が緩んでたし、首筋に針の痕…毒か。アンタ、俺に殺させる気だっただろ。水着に血が付いたらどうする」

「そんなのすぐ海に入れば良いだろ、凡人。──ああ、用は済んだから帰っていいよ」

 

もはや誰も、私を見ていなかった。

決死の思いで伸ばした手も空を切る。

───最期に見たのは、隣で事切れている同僚の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、全員揃ったな?」

 

ジャージ姿の千冬は海岸で腕を組みつつ、見回した。

その先に居たのはISスーツを来た一年生の面々。

少し離れた場所には他の生徒達が待機させられていた。

 

「あれ?なんで箒もいるんだ?」

 

一夏の疑問の声。

確かに、と他の面子の視線も一緒に並んでいる箒に向けられる。

箒も不思議だったのか千冬に尋ねる。

 

「あ、あの。なぜ私も?」

 

「───ああ、その件についてだが」

 

「 ちーちゃーんっ! 」

 

と、千冬が説明をしようとした所で大きな音が聞こえた。

同時に聞こえる声──千冬と箒は心当たりがあったのかすぐ苦い顔に。

パラパラと石が転がってくる音もする。

何かが崖側から転げ落ちてきている──のではなく、走っていた。

 

「とぅ!」

 

乱入者は高く跳ぶ。

軌道は真っ直ぐ千冬へ。

結構な速度が出ているのだがお構い無しに両手を広げ、抱きつこうとする。

 

あっさりとそれは阻止された。

千冬は流れるように的確に乱入者の頭を片手で掴み、アイアンクローを見舞った。

 

「恥ずかしがらなくても大丈夫だよ!久しぶりなんだし、さぁさぁ愛を確かめ合おう!具体的に言うとハグしよう!ちーちゃん!」

 

乱入者──こと篠ノ之束は構うこと無く千冬に抱きつこうとしていた。

ギチギチと音が聞こえていた。

人体ってこんなに音が出たっけ?とその様子を見た皆は困惑を隠せない。

凄まじい力がかかっているのは一目瞭然だ。

ただ、束は平然としていた。

 

「ねぇ、あの人ってまさか──」

「ああ、皆も多分写真なら見た事あるだろ?」

 

シャルロットの問いに一夏は頷く。

相変わらずだなぁなんて視線だけ向けていた。

束はサラリと千冬のアイアンクローから脱出すると、箒の方へ。

 

「やぁやぁ箒ちゃんも久しぶり!ハロハロー!」

「はぁ…」

「いやー箒ちゃんも大きくなったね!──特に胸とか!」

 

「──やめて下さい、殴りますよ」

「殴ってから言ったー!」

 

困った様子の箒に束は手をワキワキさせながら詰め寄る。

あっさり飛び出るセクハラ発言に耐えかねた箒は束の頭に拳骨を見舞っていた。

 

「いっくんも久しぶり!カッコよくなったね〜」

「は、はぁありがとうございます。お久しぶりです、束さん」

 

圧倒的ハイテンションの束についていけず、皆はポカンと間抜け面。

ただ1人流星は特に反応も示さず、冷静に束を観察していた。

 

───早めに状況を飲み込んだセシリアが束に話し掛けようと口を開く。

篠ノ之束博士に専用機を見てもらおうと勇気をだした行動だ。

も、あっさりと拒絶された。

冷たく突き放すようにあしらわれる。

暴言のらしい粗暴な言葉でもなく、また丁寧な口調でもない。

本心をそのまま叩き付けたような率直ながらも明確な拒絶にセシリアはショックを受ける。

 

「その、あんまり気にしなくていいと思うぞセシリア。これが普通なんだ」

「一夏さん…ありがとうございます。驚きはしましたがご心配には及びませんわ」

 

咄嗟にセシリアをフォローする一夏。

セシリアも一夏の言葉を受け、束への認識を修正する。

流星は一夏の言葉を聞き、昔からそうだったのだと理解する。

思わず声が漏れていた。

 

「排他的って言うんだっけ、ああいうの」

 

「はぁ?なんだい凡人。誰も束さんを見ていいなんて許可してないんだけど?なのにじっくり観察しちゃってさ」

 

「気を悪くしたならすまない、他意はないんだ」

 

「他意が無いことは知ってるよ。だって───擬態するには観察は必要だからね」

 

「!」

 

反応は辛うじて抑えた。

束はスキップでもするような軽快な動きで流星の正面へ。

笑顔を浮かべながらだが、鋭い視線が彼を射抜く。

 

呆気に取られる一同。

特に千冬と一夏、そして箒は驚きを隠せなかった。

何も会話の内容だけではない。

凡人、そう流星を呼んでおきながら彼に歩み寄っていった束の行動が異例のものだった。

 

「君がISを使える理由は簡単だ。君が特別だからじゃない。君が特別なISに気に入られたからここに居るんだよ。──今宮流星の存在に意味など無い。価値は無い。努努忘れないようにね」

 

「──っ」

 

顔を強ばらせる流星。

冷や汗が噴き出すのを自覚した。

思わず、一歩下がる。

 

「何故なら──」

 

動悸が早まる。

あの時の襲撃者よりも遥かに目の前の天災は────。

 

「束。そこまでにしておけよ?」

 

怒気を含んだ千冬の言葉に束はピタリと静止する。

えー、なんて不満そうに口を尖らせながら抗議しようとするが千冬は取り合わない。

まだ何か言おうとする束に対し、千冬は先に口を開く。

 

「束、自己紹介しろ」

「えー、面倒だなぁ……。はーい束さんだよー!終わり」

 

あっさりとした挨拶。

千冬は困った様子で頭を抑えつつも、これでもマシになったと呟く。

最初は挨拶すら考えられなかったレベルのようだ。

箒も複雑な表情。

簪と鈴は心配そうな顔を流星に向けている。

彼自身は既にこの間で持ち直していた。

 

「束、本題に入るぞ」

「はいはーい。さあさあ空を見よ!」

『!?』

 

と、同時に空から巨大な人参が降ってきた。

正確には人参型のポッドのようなもの。

それがゆっくりと開き、中から姿を現したのは───紅いIS。

 

「じゃーん、これが箒ちゃんの専用機。第四世代のIS、紅椿だよ!」

 

周囲が一気にザワついた。

第三世代の開発に各国が着手し始め少し経った所だというのに、第四世代と束は宣言した。

聞き間違いでもなんでもない。

嘘かと思いたくなるが、この篠ノ之束ならば──と各々は眼前の紅い機体を見つめる。

展開装甲なる技術を用いた、換装なしであらゆる状況に対応出来る機体───らしい。

 

ポツリと、見ていた一般生徒達の誰かの一言。

───束博士の身内というだけで専用機が貰えるなんて──不公平だと。

それは波紋のように数名に広がり、流星達の耳に届く。

一夏が何か言おうとするが、それよりも早く束は嘲笑った。

 

実に滑稽だ、と。

世の中の何処にそんなものが存在するのか。

呟いた女子生徒の置かれた場所も、公平でないから故のものである。

つまり

 

 

「平等なんて無い、か─────」

 

それを聞いた流星の小さな呟き。

その本心を察する事は余人には不可能だった。

 

「流星?大丈夫?」

「問題ないよ、簪」

「…」

 

簪も下手には突っ込めなかった。

そのまま流星達は視線を紅椿の方へ戻す。

 

 

「私の…IS……!」

 

箒はゆっくりと紅椿に歩み寄りながら手を伸ばす。

先程まで驚きに満ちては居た。

姉に連絡を取って頼んでいたとはいえこんなに早いとは思わなかった。

また、第四世代と規格外を渡されるとも思っていなかった。

ともあれ、目の前のISは待ち望んだ、焦がれた専用機。

 

指先が触れ、箒を眩い光が包む。

ISが展開され、箒は紅椿をその身に纏う。

 

「これが…!」

「箒ちゃんのデータはもう打ち込んであるから調整もいらないね!じゃあじゃあ早速試運転といってみようかー!」

「!」

 

束は突如何かの端末を取り出し、ボタンを押す。

すると彼女の隣に何やら設置型の砲台が展開された。

銃口の形状と兵器の形からしてミサイル用か。

箒はそれに反応すると上空へ。

 

束は間髪入れずに再度スイッチを押す。

設置型の砲台は銃口を箒へ向け、ミサイルを何発も放つ。

箒はミサイルを躱しつつ、武装を展開する。

雨月(あまづき)空裂(からわれ)

2本の日本刀型のブレードにより、複数のミサイルを切り裂き──残りに

空裂(からわれ)を一振り。

放たれる斬撃のようなもの、エネルギー兵器か何かか。

それは残りのミサイルを一掃した。

 

「やれる。この紅椿と私なら──!」

 

箒は歓喜に震える。

───これならば、これならば、一夏の隣に立てる。

もう無力な篠ノ之箒はいない、と彼女は内心無邪気に舞い上がっていた。

 

各々が紅椿を見つめる中、千冬は走ってくる真耶に気が付く。

表情から千冬はただ事ではないと見抜いた。

 

「山田先生、どうされました?」

「お、織斑先生!大変です!実は────」

「────!すぐに準備します。指揮と手配は私が。山田先生は他の教師と連絡を取り生徒を待機させるようお願いします」

「はい!」

 

唯ならぬ空気にまたも周囲がザワつく。

千冬は真耶と話し終えると、一夏達の方へ振り返った。

 

「生徒達は山田先生の指示に従い行動しろ!専用機持ちは私と共に来るように」

 

即座に移動する千冬に専用機持ちはついて行く。

駆け足気味に海岸を後にする。

 

広い場所に出る──という訳ではなくそのまま旅館へ。

制服をISスーツの上から皆着ると、旅館の一室に入る。

部屋の中央には投影型ディスプレイが配置されており、他も通信機器などの機器の数々が部屋に置かれていた。

襖をあけ二部屋利用している。

そこは一時的に小さな司令室と化していた。

 

「よし、全員中央まで来てくれ」

 

千冬は専用機持ちが全員部屋に入ったのを確認する。

すると神妙な面持ちで説明を始めた。

 

「───今回、アメリカ政府からある要請が入った────」

 

地図が投影され、視線がそこに集まる。

青いマップに表示された1つの赤い点。

その部分から映し出されたのは───白銀のIS。

 

───機体の名前は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 

事の発端は米軍の軍事演習から始まる。

軍用ISの試運転中に機体が暴走。

中の搭乗者を乗せたまま音速で飛び去ってしまったというもの。

 

 

公海へ出てしまった為、国として手が届かない地点を現在飛行中だ。

今は海上だが、もし何処かの国に到達し街に被害が出るようなことが有れば大問題になる。

広域殲滅用の機体となれば、更に国も焦らざるを得なかった。

放置する事は有り得ない。

ただ、ISを止めるにはISしかない。

色々と自由が効かないのは目に見えていた。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、国や政治に左右されないIS学園の専用機持ち。

それなりに近い地点に居るのも大きいのだろう。

そもそも軍用ISというものが黒よりのグレーな存在だが、今更である。

 

 

「───以上だ。大体の内容は説明し終えたが質問はあるか?」

 

「機体情報の開示は可能でしょうか?」

 

「可能だ。ただしこの情報については極秘の為、記録は勿論他言しての流出も気を付けろ。当然、ペナルティも課せられるから慎重に扱うように」

 

『はい』

 

中央のディスプレイに映し出される機体スペックなどの情報。

各々情報を見ながら改めてとんでもない機体が暴走した事を理解する。

 

「攻撃と機動に特化してるのね…」

「それも(わたくし)と同じオールレンジにも対応してますわ。弾幕量は…言うまでもなさそうですわね」

「となると防御は難しいね」

「捉えるのも、難しい…」

「短期決戦…一撃で落とせるのが理想だな。攻撃役とそこまで運ぶ足役が必要か」

 

国家代表達が考えつつ呟く。

視線はいつの間にか一夏に向けられていた。

一夏も状況を理解しているのか、緊張した面持ちで息を呑む。

 

「──零落白夜で倒すって事か」

 

「織斑、これは模擬戦や試合ではなく実戦だ。この作戦に反対というのなら誰も止めはしない」

 

「いえ、やります。やらせてください」

 

不安と緊張感を内包させながらも真っ直ぐな瞳。

それを受け千冬は安心したように微かな笑みを見せる。

 

「ならいい。後は誰が織斑をそこまで運ぶか、だが──」

(わたくし)の高機動パッケージなら可能かと」

「オルコット、音速機動下における稼働時間は?」

「20時間ですわ」

「決まりだな」

 

「ちょっと待ったー!」

 

と、千冬が作戦の概要を改めて説明しようとした所で部屋の天井が開いた。

天井裏に本来入るための場所から、まだ全員の記憶に新しい人物が飛び降りてくる。

 

「束さんの脳内にぃ、もっとグッドでビューティーな案が!」

「山田先生、部外者を外へ」

「た、束博士!こちらへ──ってきゃあ!?たたた束博士!?」

「うーん、この揉み心地は中々…ちーちゃんを誑かすだけはあるね」

「…………はぁ」

 

両腕で胸を抑え、涙目の真耶。

代表候補生+箒達は男子2人へ視線を向ける。

一夏は気まずそうに目を逸らしていた。

流星は我関せずを貫いている。

2人がしっかり見ていたのには変わり無く、彼女たちは2人を訝しむような視線を向けながら言葉を飲み込んだ。

千冬は眉間を抑えつつ、諦めて話を聞くことにした。

 

「…言ってみろ」

「これこそ紅椿の出番だよ!紅椿なら換装無しで、いっくんをすぐに目的の場所まで運べちゃうからね!」

「……」

 

千冬は顎に手を当てじっくりと考える。

反論は多々ある。

まず第1に搭乗したてである箒を送り出す事。

言うまでもなく、これは当たり前の理由だ。

場数を踏んだ代表候補生でさえ、実戦に送り出すには不安が残るからだ。

メンタル面、判断力、様々な要因が挙げられる。

第2には紅椿という存在そのものがまだ爆弾に近いものであるというもの。

 

万が一を考えれば却下すべき提案。

だが、考えてしまう。

箒を大切にしている束が、態々妹を危険に晒す様なことを発案するかというもの。

ISの開発者たる彼女が言う事だ。

相手の機体スペックも当然理解している筈。

──正しいのではないか、という持ち込むべきではない判断材料。

セシリアの高起動パッケージは時間が少しだけかかる。

微かだがそれで事態が動く可能性も無きにしも非ず。

 

眉を潜ませ、数秒間考える千冬。

ゴクリと息を呑んで決断を待つ一夏達。

 

千冬は顔を上げ、視線を一夏達戻した。

 

「良いだろう。この作戦は白式と紅椿で行うものとする」

「さっすがちーちゃん!話が分かる〜」

「ただし、遅れて2部隊目を送り込む。此方も2人1組であり、本隊とは別に迂回しながら織斑達に合流する形だ───ボーデヴィッヒ」

 

「はっ!」

「撤退戦になる可能性もある分、お前が適任だ。いけるか?」

「はい!」

「よし、ならば連れていくもう1人はお前が決めろ」

「私が、ですか───なら」

 

千冬の発言を受け、ラウラは振り返る。

決断はかなり早かった。

専用機持ちを見渡すとすぐに向き直った。

 

「今宮流星を連れて行っても?」

 

ラウラの言葉に驚いたのは専用機持ちの面々。

この状況で代表候補生でもない人間を選ぶとは思えなかったからだ。

要因を察する事が出来る一夏と鈴は納得した様子だった。

 

「だそうだ、今宮。いけるか?」

「問題ありません」

 

「よし、ならば改めて作戦を整理する。篠ノ之は織斑を連れ福音に最短距離で詰め、織斑は零落白夜の一撃で福音を行動不能にする。それが外れた場合は迂回している増援──ボーデヴィッヒと今宮が来るまで戦闘を継続、篠ノ之は織斑の支援に徹する事」

 

「「はい」」

 

「ボーデヴィッヒと今宮は合流した時の戦況で判断しろ。戦闘中の指揮はボーデヴィッヒが取れ」

 

「「はい(!)」」

 

「以上だ!織斑やボーデヴィッヒ達は海岸へ向かえ」

 

立ち上がり、流星と一夏達は外へ向かう。

 

篠ノ之束は一夏と箒を見送ると、視線を流星へ向けた。

冷ややかで残酷な笑みをほんの一瞬だけ見せ──いつもの笑顔に戻る。

見ていたのはすれ違った流星のみ。

静かに彼の横顔を見ながら、ポツリと呟く。

 

「じゃあまた後でね、凡人」

 

返事は即答だった。

含みある言葉を詮索することも無く、右手の掌を白旗のようにヒラヒラと動かす。

束への嫌悪は見られなかった。

 

「御遠慮願うよ、天災」

 

そうして3人を追うように出ていく流星。

──千冬は親友の様子を見ながら、眉を顰め何かを考え込んでいた。

 

 

 




時系列が前後してるのは仕様です。



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-33-

『皆、確認は終わったか?』

 

コアネットワークを通じて、千冬の声が皆に届く。

今はオープン・チャネルにより一夏、箒、ラウラ、流星に語り掛けている状態だ。

海岸でISを展開し、海の上で待機している一夏達は顔を見合わせる。

武装や装備の最終確認は大まかだが終えている。

 

「はい、全員問題ありません」

 

応答するのはラウラ。

最近の歳相応の彼女とは違い、今は1人の軍人としての顔。

千冬と通信を一旦閉じ、開始の準備を待つ。

初めて臨む任務を前に一夏の表情は険しいものであった。

 

「ふふ、怖いのか?」

「そういうのじゃねえよ」

「怖いのならば私に任せて下がっていても良いのだぞ?」

 

弾む声。

幼馴染の様子から一夏は少し不満そうに答える。

 

「そんな事してられるか。──それに箒、これは訓練じゃない。気を付けて掛からないと大変なことになるからな」

「分かっているさ。安心しろ、お前はきっちり私が送り届ける」

「───あぁ」

 

その様子を見ながら、一夏はどうしたものかと考える。

明らかに箒は浮かれていた。

彼女がISに対しどういう感情を持っていたか、一夏では分からない。

ただ今は欲しかった玩具を手に入れてはしゃぐ子供の姿と重ねて見えてしまう。

そこまでISを良く思っていないと感じていたが、と一夏は心の内で疑問を呟く。

問題はこれから任務である以上、あまり宜しくない状態なのは一夏でも分かった。

彼はかける言葉を見つけられなかった。

下手に士気を下げる言葉は躊躇われる。

 

「……──」

 

冷静にその様子を見ていた流星は数秒どうするか考え──

 

「一夏、退いてくれ」

「え───?」

 

一夏が横にズレた瞬間にナイフを展開。

紅椿に対し、流星は必要としない照準をわざと合わせた。

 

「なっ───!?」

 

鳴るアラート。

間髪入れず箒に───躊躇う事無くナイフを投げ付ける。

狙いは首筋。

動いた一夏の体を利用した死角からの投擲。

ISを付けているとはいえ、呆気に取られた彼女は腕で庇うよう防御の姿勢を咄嗟に取る。

 

「───」

 

それを見て即座にサブマシンガンを取り出す。

同時に射出していたフックショット。

鮮やかなまでの一連の流れ。

それが彼女の手首を捉える。

 

その直前に、一夏が割ってはいるようにフックショットを受け止めた。

サブマシンガンを構えている腕は横からラウラに掴まれていた。

ラウラのレールカノンの銃口は既に流星を捉えている。

 

不意の攻撃に対し、狙われた対象を直接守りに行く一夏と出処を抑え効率的に対象を守ったラウラ。

正解がどちらかと言われると、不意打ちに対してはどちらも正解足り得る。

不正解があるとすれば、即ち動けなかった者の事だろう。

 

「どうしていきなり箒を…!」

「答えてもらおうか」

 

一夏とラウラの問いに流星は武装を量子化させながら両手を上げる。

彼は軽く溜息をつきながら箒に視線を向けた。

彼に苛立ちや怒りといった感情は見られない。

分からない、と言った表情の箒に流星は頭に手をやる。

ラウラは理由を察していた。

 

「流石に無防備だな、箒」

「…それは…っ!」

 

反論しようとする箒だが、自分を観察するような流星の瞳を見て言葉が途切れる。

隙を探しているようにすら思えて彼の出方を警戒してしまう。

警戒する箒を見てラウラは呆れたように肩を落とす。

 

「意図は分かるが…新兵にすることでは無いな。もし萎縮してしまえば逆に危険だ」

「そうだな。…やり過ぎた、悪い。けど危機意識位は持ってくれただろ?」

「あ、ああ」

 

あっさりと反省した様子の流星に箒は静かに頷く。

完全に気分や認識、意識を万全にする事など不可能だ。

彼女の一夏の隣に立ちたいという強い思いが根底にあったからこそ、どうしても心のどこかで浮ついてしまうのは無理もない事だった。

誘拐にあったり、ISによる襲撃にあったりの経験もない。

そんな部分について掘り下げるには時間もない。

故に危機意識だけは刷り込んだ。

 

彼女の表情は先より緊張感がある。

一夏は複雑そうな表情で考え込んでいた。

流星は展開していた武装を再度チェックする為、ほんの少し3人から離れ背を向ける。

 

『すまない、今宮。貧乏くじを引かせたな…』

 

プライベート・チャネルで千冬の声が流星にのみ届く。

申し訳なさそうな声に流星は淡々と気にしていませんよ、と返す。

すると回線は閉じられ、流星は自然に皆の元へ戻る。

微かに一夏の表情に変化があった。

何からしら通信が入ったのだろう。

 

今度は皆を含めたオープン・チャネルへと再度切り替わる。

一夏と箒が更に上空へ。

流星とラウラは水面付近まで下降した。

一夏は箒の方に手をかけしゃがむ様にその背中に身体を預けた。

箒も前傾姿勢となる。

 

 

作戦開始の合図がなされた。

一気に水平線に向かうように飛び出す紅椿。

その推進力と加速はとてつもないものだった。

 

 

 

 

流星とラウラも別ルートで行動を開始する。

水面に影だけを落としながら、彼らは低空を飛行する。

姿が随分と小さくなった箒を見て、ラウラはポツリと言葉を漏らす。

 

「…速いな。あれでは各国の開発者達も真っ青だ」

「だろうな。卒倒する奴まで出てもおかしくない。──と、座標は問題無しだ」

「向こう側の進路も問題無い。ただ、予想より少し接敵が早くなりそうだ。スピードを上げるぞ」

「ああ」

 

2人して速度を上げる。

高速で迫り一撃必殺という作戦の都合、向こうからの報せは当然ない。

流星達は速度を上げ、すぐに視界に映った光景で状況を把握した。

 

───初撃は外れた。

そのまま戦闘に入っており、福音の弾幕に近寄れずにいるようだ。

コチラが合流するまで間もなく。

ある程度近付いた所で流星とラウラは一夏の避け方の違和感に気がついた。

ただ、遠巻きで見ていた事もあり理由を即座に理解する。

 

「この周囲は封鎖されている筈…密猟船か。人命優先だ。ひとまず私が弾幕を防いで避難させる。2人は任せる」

 

「…」

 

「流星?」

 

「──ああ、分かったよ」

 

ラウラは少し軌道を変え、流星から離れる。

口に出すべきでない、密猟船とラウラ達を見て感じた事は胸に秘めたまま。

彼は即座にスナイパーライフルを展開。

海上で動きつつも引き金を引いた。

 

『────』

 

(反応からの回避…成程、この距離で既に警戒されていたのか)

 

銀のIS───福音は弾丸に対し難なく回避行動を取る。

まるで水中を泳いでいるかのような軌道を取りながらも、移動と同時に攻撃を行っている。

 

「流星!」

 

一夏が声をあげる。

勿論、流星も回避行動に移っていた。

横に進路を取りつつサブマシンガンに持ち替え牽制をしようとする。

エネルギー弾の弾幕により福音には届かない。

福音の狙いはそこまで精密ではなく、弾幕の感覚も空いていた。

海面に弾が着弾し、水面に柱が何本も建つ。

ただ、それでも避けきれないのか少し被弾してしまう。

 

「ちっ」

 

思わず舌打ちが出る。

敵とは認識されている。

ただ、本格的な攻撃(・・・・・・)はまだ始まっていない。

それでこれ+あの機動性ならば、果たして全力はどうなるのか。

周囲を旋回しつつ、徐々に高度を上げ福音へ向かう。

牽制は欠かさない、さほど意味があるとは思えないが───。

 

 

「くそっ!?」

 

「一夏!私が───くっ!?」

 

近付けずにいる一夏と見かねて助けようとした箒が攻撃される。

白式のエネルギーは恐らくある程度減っているだろう。

密猟船を助けようとしていた事もかなり響いている。

ただ一夏の双眼に諦めの色は見えない。

 

焦っているのは箒の方だ。

危機意識も刷り込まれている、元々武人気質な彼女が戦闘行為そのものへ抵抗を感じる事はないだろう。

ただこの時点の箒は一夏しか見れていない。

 

──────流星達が合流するまでの間に何かあったのか。

 

強力な武装、性能があっても福音にはあっさり受け流されている。

 

流星はこの時点で無理だとあっさり判断した。

盾を展開し、弾を防ぎつつ更に高度を上げた。

両手にサブマシンガンとアサルトライフルを展開し、撃ちながら福音に距離を詰める。

 

「そこだ!」

 

その隙に箒がエネルギー刃で福音を攻撃した。

福音は自身のエネルギー弾で相殺───流石に第四世代の威力は想定外だったのか爆風でよろけた。

手応えを感じる箒。

追撃しようと2人は距離を詰める。

 

流星は一夏や箒に対し、コア・ネットワークを通し話しかけた。

2人が詰めていくのを見て流星はグレネードランチャーと盾に切り替える。

 

「撤退だ」

「えっ!?」

「!」

 

驚いた表情の2人。

敵機の体勢が崩れこれからという時に。

言葉は出ずとも考えはすぐ分かった。

当然だ。

数的に有利もこちらにあり、ラウラは恐らくすぐ戻る。

だというのに、大したダメージを与える事もなく福音を放置する事を良しとした。

もし、もし福音がこのままどこかの市街地に向かえば?

何も無い海の上、予想はつかない。

先程流星達が合流する前に密猟船を見捨てかけた手前、箒の顔色は悪い。

 

「───」

 

福音がよろけた瞬間に当然流星もグレネードランチャーを撃っていた。

回避に専念しているのか、福音からの攻撃は来ていない。

流星の言葉はラウラにも届いている。

彼女が応答するよりも早く、微かだが均衡は傾く。

 

──好機と思い、箒は一気に距離を詰めて切りかかろうとする。

 

『──』

 

「な──」

 

突如身を翻しながら放たれる弾幕。

密度は先と変わらない。

ただ今度は先よりも範囲が広かった。

扇状に拡がりつつ、箒を襲う。

 

「そんなものっ!」

 

弾幕に出来た隙間を抜け、箒は一歩踏み込む。

彼女は2振りの刀型ブレードを両手に福音へ切り掛かった。

 

それに福音は反応する。

近距離の迎撃による自爆を避けた動き。

大振りを急降下する事で回避し、距離をとる。

間髪入れず箒を小さなエネルギー弾で仰け反らせると、右の翼側に付いている銃口を箒へ向ける。

刹那、幾つもの銃口に光が集まる。

箒はよろけていて対応出来ない。

 

「!」

 

流星が放った攻撃は最小の動きでかわされる。

照準を箒に向けたままであった。

 

放たれるエネルギー弾。

 

 

「──っ!」

 

「箒!」

 

福音と箒の間に割り込むよう影。

強引に身体をねじ込むように接近した一夏は、雪片弐型を振るう。

奇跡的な反応速度。

無我夢中で振るわれた雪片により数発は凌ぐ。

──当然、防ぎ切れなかった。

 

「ぐっ!?」

 

「一夏っ!?」

 

『───』

 

「ッ、うおおおおおっっっ!」

 

「い、ちか…?」

 

畳み掛けるよう福音が照準を一夏に合わせ直しつつ、掃射を続ける。

小爆発が何度も一夏の身体に叩き付けられ、──ただそれでも彼は雪片を振るう。

歯を食いしばり前方を睨む。

仲間を守る、彼の頭にあるのはそれだけだった。

 

箒は動けない。

目の前で一夏が数瞬でボロボロになっていく様を見せ付けられ、飲み込めないでいる。

どうするかよりもどうしてこうなったかに思考がいってしまう。

 

 

「下がれ!箒!」

 

ラウラの声。

それで何とか我に返った。

 

同時に正面からレールカノン、後方からグレネードランチャーが福音を襲う。

回避は間に合わず、完全な直撃ではないが攻撃は双方とも当たった。

福音が怯む隙を見逃さず、流星は先に箒を掴み離脱する。

 

 

「──あ、ぁ、一夏、一夏がっ!!…どうして、どうして先に私を助ける!?」

 

「アイツはもう意識がない。非武装に攻撃しない保証こそないけど、福音にも優先順位があるのは確かだ」

 

白式を纏った一夏の体がぐらりと傾く。

流星はそれを見ながら片手でアサルトライフルを福音へ向けた。

──今の段階なら(・・・・・・)安易に誘導できる。

箒を自身の後ろへ離し、福音をロックオン。

 

「離れてろ」

 

それだけで福音は狙いを流星に変えた。

現在攻撃を仕掛けようとしているのは彼だけだった。

彼は迷わず引き金を引く。

 

────刹那、高速で回り込んでいたラウラが一夏を受け止めた。

 

「──っ!やはり意識がないか。白式も待機形態…不味いな」

 

楽観視出来る状況では無い。

ラウラは眉を顰めつつ、高度を下げる。

箒はラウラに抱き抱えられている一夏の姿を見て、慌てて近付く。

 

「いち、か……私の、私のせいでっ…!」

 

指先を震わせながら、後悔の言葉を口にする箒。

無理もない、とラウラはそれを見て先よりも思考がクリアになる。

元よりこの状況も想定してはいた。

福音の攻撃を盾で受けながら少しずつラウラ達から離れていく流星。

余裕とはいかない。

箒にラウラは一夏を引き渡す。

 

「私と流星は奴の注意を引く。その間に奴の補足範囲から離脱しろ」

 

「…それなら、私が…!」

 

「この中で一番速いのは箒、お前だ。嫁の身体を気遣ってる飛ぶ前提でもそれは変わらない」

 

「それ、は…」

 

ラウラの視線に箒はたじろぐ。

いつもなら簡単に受け止める視線も、今は受け止められない。

箒の様子を見ながらラウラは背を向ける。

 

 

「今は負傷者を連れて帰る事だけを考えろ。任せたぞ!」

 

 

それだけ告げると、ラウラは流星のいる方へ飛翔する。

箒も深く考える余裕などなく、ラウラの言葉と共に一夏を連れ空を翔けた。

 

「どうして…」

 

意識を失っている一夏に視線を落とす。

どうしてこうなったのか。

危機意識もあり、密猟船を見捨てかけた後も辛うじて反応は出来ていた。

だが、結局は認識が甘さがこの状況を生み出したと箒は1人考える。

 

一夏の隣に立ちたい。

役に立たなければそばに居る資格は無い。

緊急時に何も出来ない無能な篠ノ之箒は、居なくなったとばかり思い歓喜していた。

そんなもの無かった。

力を得れば何も見えなくなってしまう。

不満を埋め合わせるように剣を振るっていた頃から、何一つ変わっていなかった。

相変わらずだと自嘲気味に笑う。

 

「一夏…」

 

ボロボロと何かが落ちる。

視界はボヤけていた。

直ぐに拭き取るも一向に視界は良くならない。

 

「私が、…私が全部悪かったから…一夏……………」

 

独り言への返答は当然ない。

実戦など知る由もない1人の少女。

 

初戦であらゆるものを折られながら、紅い機体は海上を飛び去っていく。

 

 

 

 

「やはり分が悪い、か」

 

飛び交うエネルギー弾。

先よりも少しずつ弾の間隔は短くなっており、掃射を簡単には凌ぎきれない。

弾速はもとより早く、相手の武装の都合銃口からの射線予想も上手くいかなかった。

躱しきれない分盾で凌ぎつつ、注意を引くために攻撃を続けていた。

 

そんな真っ只中、福音が背後からの攻撃に回避行動を取る。

 

「すまない、待たせた」

 

「助かる」

 

ラウラの背後からのワイヤーブレードによる攻撃だ。

その隙を利用し、少し距離を取る。

福音の攻撃を回避しつつ、合流する。

 

「直進ではスペック的に追い付かれる。どう逃げる?」

 

「一度怯ませるしかない。怯ませたら箒と逆方面に一気に離脱。相手の直進は───」

 

「逃げる際に俺が手榴弾を投げて妨害しよう」

 

そこまで話したところでエネルギー弾の掃射が2人を襲った。

左右に躱しながらそれぞれの武器で福音へ撃ち返す。

 

福音の複数の銃口が流星とラウラを狙い直す。

総動員という訳ではない、まだまだ本調子では無さそうだが十分脅威だ。

 

先手を打ったのはラウラ。

レールカノンを放ち、福音を動かす。

 

「───」

 

間髪入れずスナイパーライフルから薬莢が排出される。

頭部を狙った狙撃。

弾丸は額を捉えるところで福音は身体を逸らす。

圧倒的俊敏性。

フルフェイスとなっている装甲の一部を掠めるだけに留まった。

 

ただ、そこにワイヤーブレードが迫る。

福音の挙動を抑え込むよう2本のワイヤーブレードは上下から来ていた。

 

互いに細かい打ち合わせはない。

流星はそれを見てグレネードを展開。

攻撃の隙間を縫って瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰める。

 

ワイヤーブレードは福音の回避先を流星側に取るように攻撃を仕掛ける。

福音はそれに誘導されつつも、ラウラに対し更に攻撃を放つ。

 

「!」

 

ラウラは咄嗟にAICを使い被弾を免れる。

代償としてワイヤーブレードの制御は一瞬疎かになった。

 

『───』

 

福音は鮮やかな動きで振り返り、迫る流星を補足し直す。

ラウラへの攻撃は続けながら流星にもエネルギー弾を放たんとした。

 

想定済みと驚く事もなく、流星は盾を投げ付ける。

射線から一瞬身を隠しつつ、空いた片手に槍を展開し死角から突いた。

 

 

「────くっ!?」

 

思わず、流星も目を見開いて驚く。

福音が唐突にギアを跳ね上げたような俊敏さを見せた事にではない。

見切られたように槍が躱された事にでもない。

 

反応出来ない速度で何かを放たれている────福音の掌が光っていた───。

 

────流星の左肩を何かが掠めている。

 

「──ぁがっ!?」

 

「流星!?くっ───!?」

 

焼ける感覚が遅れてくる。

盾を投げつけていた事もあり、直撃は何とか免れた。

 

未知の武装に疑問を持つ暇はない。

シールドエネルギーは減らされはしたが、稼働に問題は無い。

フックショットを何とか放ち、盾を掴む。

左腕を動かすのではなく、身体を捻るようにして動かし、それを振り下ろす。

 

福音のスラスター部の砲門が光を放つ。

瞬間、ワイヤーブレードが流星の胴体部に巻き付く。

引き寄せられ流星は後方へ。

福音の攻撃は外れ、振り下ろされた盾が直撃────。

 

「ラウラ!」

「ああ!」

 

間髪入れず、レールカノンとグレネードが福音へ叩き込まれた。

ラウラは直ぐに身を翻し、流星を連れて離脱する。

流星もグレネードを仕舞い、ダメ押しに背後に手榴弾だけ投げ付ける。

 

ラウラはワイヤーブレードを引き寄せ、斜め前方に流星を解放した。

背後への警戒はしつつ、流星へ視線を向ける。

 

「無事か?」

 

「左腕も手も動く。痛みはあるけど問題ない」

 

左手を握ったり閉じたりして流星は確認する。

問題ないと判断すると背後に視線を向ける。

追ってくる様子はない。

 

ラウラも大丈夫と告げる流星の様子を見ながら移動を続ける。

 

 

──そのまま大きく回り込むようにして、2人は花月荘へと帰還した。

 

 

 

 




結局は箒さんは一般人な枠組みでしかなく、危機意識を持っていてもあまり意味は無い。

あの流星の行動によって、描写外の密猟船のやり取り直後にすぐ落ちなかった(ギリギリ建て直せた)程度に受け取って下さい。

出撃前のあの行動で分かることは、あくまで一夏やラウラの積み重ねた物や在り方。


全員の動きを試させる千冬の指示ではありましたが、あの一連の動きや方法自体は流星の独断です。




未知の高火力の武装を持った福音。
さて、犯人は一体……





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-34-

「とりあえず、今宮君も絶対安静ですからね!」

 

保険医に診てもらった後、同伴していた真耶はそう念押しされた。

既に言われていた事なのだが、無茶をするイメージがついて回っているのだろう。

流星はそれを聞き、承諾しながら待機用に用意された部屋に移動する。

真耶は怪我の様子を報告しに行くのと用事が山積みと言い、別の所に向かった。

 

一人廊下を歩く。

機密の事もあり一般生徒達のいる場所からは離れていた。

旅館ではあるが人気はほぼない。

 

「…」

 

然るべき処置を施され、左肩に巻かれた包帯に流星は視線を落とす。

──動かしにくい。

思ったのはその程度。

怪我自体は大きなものの筈だが、彼の関心はあまり怪我には向いていない。

 

思考はあの未知の武装と福音の武装構成へと切り替わる。

 

掌に付いていた収束型レーザー。

あまり連打は出来ないだろうが、威力はかなりのものだ。

掠っただけでこれなのだから、直撃すればひとたまりもない。

 

オールレンジ攻撃を得意とする機動特化。

軍用というだけあり、凶悪な性能の片鱗も見た。

 

だが、あの武装への違和感だけは拭えない。

性能を見てもおかしかった。

あの一瞬でこの火力を出しながら、弾自体はスラスター部のものとほぼ同じ細さ。

スラスター部の方が砲身は大きく、同じものを撃ててもいいのだがそうではない。

スラスター部に付けるには危険だった?

エネルギー的にあまり乱発出来ないから付けなかった?

理由を考えるもスラスター部の攻撃とは技術力が桁外れているように思えた。

 

まるで後から付けられたような───。

 

 

「!織斑先生」

 

「今宮か。傷は大丈夫か?」

 

「ええ、織斑先生は一夏の所に?」

 

「…いや、専用機持ちに待機を命じてきた所だ」

 

ばったり角で千冬と出くわす。

千冬は流星の左肩を見ながら、一瞬考える。

そして、流星を連れすぐ隣の部屋に入った。

 

「今宮、福音について何か気付いた事はあるか?」

 

「福音について、ですか?報告なら山田先生にさっき…」

 

「報告と記録されていたデータならもう見たさ。それとは別に、一番間近で見たお前の口から直接聞きたくてな。所感でも構わない。単刀直入に聞こう。あの武装はアメリカ政府が隠してたものだと思うか?」

 

険しい表情の千冬。

彼女も思う所がある様子だ。

 

「いえ、違うと思います。掌に完全に隠れていましたし、手の装甲は分厚くも無かった…銃口がやけにコンパクトでそれでいてあの火力。他の武装との技術力の差を感じました」

 

「そうか。それが聞ければ十分だ。そもそもあんなものを隠していて、他国の代表候補生に万が一があれば国際問題になる。やはり……。今宮、記録は見たがもう1ついいか?」

 

「構いません」

 

「──あの武装を、織斑や篠ノ之に使おうとした素振りはあったか?」

 

眉を顰めながら、千冬は尋ねる。

質問の内容、流れ、彼女の表情から流星も容易に察する事が出来た。

 

「ありません」

 

「…分かった。休憩を邪魔してすまない」

 

両者共に謎の確信があった。

決定打は何処にもなく、状況証拠や妄想の域を出ない答え。

ただ、彼らの脳裏に浮かべたことは同じだった。

 

千冬は部屋を出ていく。

流星も彼女を見送った後、待機を命じられた部屋に移動すべく廊下に出る。

 

「…」

 

歩きながら考えるのは福音の事。

妄想の域を出ない黒幕探しに彼は興味を示さない。

 

となれば、考えるのは対抗手段もとい立ち回り。

武装とその状態、仕組みは間近で見た。

複数人で挑んでも真っ当に勝てる気はしない。

 

 

 

しかし、と流星はふと足を止めて考える。

搭乗者の命を狙う方法が近道だろう。

 

手っ取り早いのは零落白夜のようなものでどうにか腹部を貫いてしまうこと。

絶対防御を発動させてエネルギーを削る使い方をするよりも加減も要らず楽だろう。

搭乗者の命は助からない点は仕方がない。

どの道流星はそのような武装を持っていない。

自身の武装で出来ることを考える。

 

機体は一応、搭乗者を守るように動いている。

システム的に戦闘を行っているが、人のように相手の思惑を想定することは無理だ。

 

ひたすら衝撃を殺しきれない攻撃を叩き込み──絶対防御を強制的に発動させつつ、搭乗者に少しづつではあるが着実にダメージを蓄積させる。

当然狙い続けるは急所。

 

可能性が低いが、倒す事は無理ではない。

 

 

──福音が本気を出した時に実行出来れば、の話だが。

 

 

現状、足りない物だらけであった。

流星自身の反応速度も、操縦スキルも相まって到底無理な話。

本気の機動を取られた暁には流石に狙撃も厳しい。

 

複数人での戦闘を考えるには時間も経験も足りない。

 

 

 

 

「──まあ、一夏が倒れている以上オレらが出来ることは無いな」

 

 

他人事のように呟く。

命令されれば赴くだけ、されないなら大人しくしていればいい。

思考を中断する、改めて疲れを自覚した。

アイスでも買いに行きたいと考えるが今は無理だ。

 

残念と溜息を付きつつ、ふと別の考え。

 

果たして、今宮流星のこの考え方は──マトモなのだろうか。

他の人間なら、と身近な人間の発想をイメージする。

……。

 

部屋への移動を再開した。

 

 

 

「お困りかな?凡人」

 

「────」

 

縁側の上からひょっこり顔を出す大天才──もとい天災。

流石の流星もすぐに言葉は出なかった。

 

「困ってるって程じゃ無いけど」

 

「それはおかしいね。いっくんがやられてる状態、それなりに傷心するか、この状況に満足出来ないのが普通の筈だよ?──いや、そもそもいっくんがやられた時に君は全く揺らがなかったんじゃないかい?」

 

「冷静さを失ってろくな事にはならないだろ。アレが正解だ、俺は──」

 

「答えになっていないよ?だって君は冷静さを保ったんじゃなく、何も感じなかったんだから」

 

知っているという様子の束。

流星の表情が険しいものになる。

流星としても不思議で仕方無かった。

よく知らない他人の言葉など取り合うこともない筈なのに、何故か彼女の言葉は捨て置けない。

苦しいと言い表すなら今なのだろう。

 

内から嫌悪が顔を出す。

矛先は彼女ではなく──────。

 

「…」

 

「それを受け入れられずにいるから君は凡人なんだ。考え方を変えればいい、君に罪などないよ。あるとすればそれは世界(まわり)の方。憎んでいい、絶望すればいい、そうすればきっと君のISは応えてくれる」

 

妖艶ともとれる甘い囁き。

まるで何かを誘導しているようだった。

 

流星は拳を強く握る。

そうは成らない、そう在ってはならない。

 

束は内心を読みつつ、優しい笑みを浮かべる。

流星が考え込む様子を観察すると、答えを待たず言葉を告げた。

 

「手伝ってあげようか?」

 

「手伝う?どういう…」

 

「───君とよくいる4人の誰かが死ねば、変化があるかな」

 

「─────」

 

反応は早かった。

思考は切り替わり、両手を槍ごと部分展開。

機械的に、黒い槍が振るわれた。

 

「かっ!?」

 

中庭に流星の身体が放り出される。

地面を転がるも体勢を立て直し、槍からサブマシンガンに切り替える。

構えて撃とうとした所で束は彼の眼前に立っていた。

ISも展開せず、高速の奇襲にカウンターの蹴りを放ち、すぐさま距離を詰めている。

思わず流星の額を冷や汗が流れる。

想像を超えた規格外っぷりに感動すら覚えそうだ。

 

サブマシンガンの引き金を引く瞬間に、左手にナイフを持った。

ナイフを振るう瞬間にフックショットを放とうとする。

間近で軽々とバク宙で躱され、フックショットを掴まれた。

反応する間もなく、体勢を崩され上を取られる。

やはり、と流星は不満そうに眉を顰める。

出し抜くなんて出来るほど可愛い差では無い。

初手の槍も展開に合わせ、射程を悟らせないタイミングだったというのに普通に反撃された。

 

「束さんは身体能力も規格外なのでしたー。分かっていたのにらしくない行動だね」

 

「っっ!」

 

束の足は流星の胸部を踏み付けて離さない。

振りほどこうとしても、それは強く地面と流星の体を固定する。

流星は抑えつけられながらも選択肢を吟味する。

 

「足掻いても無理だよ。結局、そもそもの反応速度も身体能力も足りない。君が1番わかってる事だ」

 

「っ…」

 

咄嗟に全身ISを展開し、束を振りほどく。

改めて対峙する形で向き直った。

次の手を考える流星に対し、束はあっさりと背を向けた。

隙はなく手出しは出来ない。

 

「今の反応が見れただけで良しとしよう。流石にこれ以上騒いでたらちーちゃんにバレるし」

 

「待て。アンタはオレにどうさせたい」

 

「さあね。自分で考えなよ」

 

束は軽快な身のこなしで屋根を飛び越え、姿を消した。

流星はそれを見送ると、ISを解除する。

張り詰めた空気からはあっさり解放された。

 

…篠ノ之束という存在を再度認識し直す。

掴めない人物、その程度の認識だったが違う。

アレは何か企んでいて流星を何かしらの形で利用しようとしている。

 

──特別なIS。

海で言われた言葉を思い出す。

『時雨』の事を指しているのだろうが、イマイチピンと来なかった。

 

そっと待機形態のISに触れる。

当然、答えなど返ってこない。

 

 

再度廊下に戻り、今度こそ待機していようと歩き出した。

瞬間、ドタバタと走り回る音。

姿を現したのは真耶だった。

 

「!」

 

「あ!今宮君!?ここに居たんですね!?」

 

「?」

 

「良かった…今宮君も居なくなっちゃったかとばかり……!」

 

分からないと首を傾げる流星に、真耶は慌てながらも駆け寄る。

慌てている理由を推察して福音関連だろう。

戦況が動いたのかと尋ねようと口を開くよりも先に、落ち着きを取り戻した真耶は内容を告げた。

 

 

「────待機させていた専用機持ち皆が居なくなっちゃったんです」

 

 

 

 

時刻は、少し遡る。

呆然としながら夕暮れの砂浜に訪れる影。

長い髪を潮風にたなびかせながら、その人物は足を止めた。

足取りは朧気──それは身体的というより精神的に参っている証拠でもあった。

一夏の病室に居ることも耐えられず、気付けばここに居た。

 

「……」

 

思い返すは彼との思い出。

変わらないこの想いはあの時からのもの。

今よりも遥かに幼かった時から、一夏は箒の為に怒り守ろうとしてくれていた。

子供の記憶、深い意味も何も無いだろう事は分かっている。

しかし、思い返すだけで胸が痛くなった。

 

あの時から何も変わらない。

──自分は、一夏にずっと守られてばかりだ。

 

憧れだった。

愛おしかった。

離れたくなかった。

だから、今度こそ隣に立ちたかった。

遠ざけていた姉に卑しくも頼り、身内というだけで力を得た。

 

その結果がこれだ。

一夏が居なければ、危うく篠ノ之箒は密漁船を、命を見捨てる所だった。

どうして悪人(そいつら)を助けなければならないか、一瞬とはいえそんな恐ろしい考えで見殺しかけた。

しかし、一夏は怒ることもせずただ諭す様に箒に告げた。

そう思い至った愚かさを否定することも無く、寂しいとだけ。

 

あの時の目が忘れられない。

また暴力に溺れかけた弱い自分を、もはや箒は信じられなかった。

全て、自身の軽率さ、甘さ、愚かさが招いたものだと彼女は何度も自分を責める。

病室に居られなかったのも、一夏を見ているのが辛かったからではない。

一夏を通して感じられる自身の心の弱さや罪深さに耐えきれなかっただけだった。

 

顔を上げ海を見る事すら叶わない。

責められた方が何倍もマシだったのに、流星やラウラはそのような言葉は口にしなかった。

彼の怪我も自身がちゃんと判断していれば有り得なかった筈なのに。

皆の優しさも居た堪れない。

間が悪かった訳でも何でもない。

 

何も見えなくなっていた自身が─────。

 

待機形態になっていた専用機を手に取る。

スズが付いたブレスレット。

それを外し握りしめる。

 

──こんなものに頼ろうとしたから。

これを持っている限り、篠ノ之箒はまた道を踏み外す。

惜しさは勿論ある、だが最早箒はそれを手放さずに居られなかった。

そうやって、直ぐに放り投げられない自分に気付く。

投げようと振りかぶった腕はだらんと力なく下へ。

 

「あーあ、わっかりやすいわね。箒」

 

聞きなれた声。

いつもなら何かしら返事をするところだが、彼女にはそんな気力は残っていなかった。

振り返った先に居たのは鈴。

夕陽の眩しさにも潮風の強さも気を留めることなく、いつもの調子で箒を見ている。

彼女の後ろには専用機持ち達が少し離れて立っている。

 

 

「一夏がああなったのってあんたのせいよね?」

 

「……」

 

「で?あんたは落ち込んでますって?ポーズ?」

 

返答はない。

箒は言われるがまま俯いているだけ。

少し返答を期待していた鈴がため息をつく。

波の音により箒には聞こえない。

 

「……、悪いけど(あたし)はあんたを慰めに来たんじゃないの。──第二ラウンド、行くわよ」

「私は、ISはもう……」

「何?」

「私はISはもう、使わない…」

 

俯いたまま呟く箒。

箒の言葉を聞き、鈴はズカズカと彼女に近付く。

迷わず、胸倉を掴んだ。

 

「甘ったれるのもいい加減にしなさい!あんたのそれは反省でも何でもない。助けてくれる誰かを待っているだけじゃ何も好転しない。あんたは望んでそのISを手に入れたんでしょう!なら、今は落ち込んでる場合じゃない───それにね、専用機持ちって言うのはそんなワガママが許される立場じゃないのよ!」

 

「お前達と……私は違う。お前達のような代表候補生でもないただの凡人の私に、何ができると言うんだ…っ」

 

箒は涙を浮かべながら無力を噛み締めていた。

胸倉を掴む手に力が籠る。

グイッと無理やり箒と視線を合わせる。

 

「知らないわよ、そんな事。それにね言ってあげる。今のあんたは無力な凡人でも何でもない、ただの臆病者よ!肝心な時に立ち上がれないあんたなんて、一夏もすぐ愛想を尽かすわ」

 

「……っ!言わせておけば!」

 

鈴の言葉に箒は怒りを顕にした。

瞳に微かに意思が戻る。

 

「お前に私の何がわかる!代表候補生で自力で専用機を手に入れたお前たちに!凡人の何が───」

「あんた、(あたし)達が羨ましいの?」

「ああ、そうだ!普段から積極的なお前達が!こんな時も強く居られるお前達が私は───!」

「お前達、ね───なら、あんたも一夏にフラれたいの?」

「っっ!」

 

ハッと箒は我に返る。

鈴は内心、それは自分だけの話だけどねなんて呟く。

 

思ったよりも平気だった。

自身が思っていたよりずっと気にならないようだ。

一方箒はどう答えればいいか分からなくなっていた。

鈴は一転、呆れながらも冷静に告げた。

 

「結局羨んでも後悔しても何も変わんないの。自分が出来ることをするだけ、簡単で良いでしょ?後ね、勘違いして欲しくないんだけど、もしあんたの立場なら(あたし)もコネでISを手に入れただろうし、そこをグチグチ言う気はないから」

 

「……やはり、鈴は凄いな。私も、変われるだろうか?」

 

「だから知らないわよ。けど、変化しないものなんてない──らしいからあんた次第だと思う」

 

知らない、とバッサリ跳ね除けた鈴に思わず箒は笑みを零した。

鈴らしいと感じつつ、顔を上げる。

 

手に持っていたブレスレットを再度手首に付け直し、鈴と専用機持ちに向き直る。

頭を下げ、先程までとは違った覇気のある調子で意思を表す。

 

 

「──改めて、勝手を承知の上で頼みがある。どうか私も同行させて貰えないだろうか」

 

 

その言葉に全員が頷く。

肯定の意。

ラウラが代表して一歩踏み出し歓迎する。

タッグトーナメントからは考えられない光景であった。

 

「こちらからも頼もう。篠ノ之箒、力を貸してほしい」

 

ホッとセシリアやシャルロットが安堵の息を漏らす。

鈴は一同の後ろまで下がりながら、わざとらしく伸びをした。

 

「あー面倒くさかった。二度とやりたくないわ」

「でも流石鈴さんですわね。他の方ではこうは行きませんから」

「そう言う割にセシリアは心配そうだったけどね?」

「なっ!?シャルロットさんもソワソワしてましたわ!」

 

金髪コンビのやり取りに鈴は頭を抑える。

気持ちは分かるが双方不安で仕方が無かったようだ。

勿論、その場にいる全員が流石鈴だと内心褒めているのは言うまでもない。

鈴や簪以外の面々も恋敵だとか関係なく箒を心配していた事が伝わってくる。

 

確かにいい空気では無かったが、と鈴は視線を簪に向ける。

簪は鈴相手は大分慣れている故にさっくりと本心を漏らした。

 

「私も冷や冷やしたかな…。鈴ってバッサリ言っちゃうから……」

「次からあんたに任せる事にするわ」

「…鈴じゃないと絶対無理」

「ふふん、分かればいいのよ」

 

鈴は簪に返事をしながら額をデコピンした。

あぅ、と簪は可愛い声を出しながら頭を抑える。

 

「福音の位置は?」

「我がドイツ軍の方で探知している。座標を送ろう」

 

ラウラから箒は座標データを受け取る。

ラウラによると福音は今岩礁の上で休息しているようだ。

 

 

「改めて皆、覚悟は出来ているな?」

 

ラウラの言葉に一同は頷く。

待機の命を破って赴く第二ラウンド。

箒以外は自身の立場もあり、成功しようとも何らかの処罰は下るだろう。

ただ、彼女達は感情を優先した。

愚かだと賢者は笑うだろう。

子供だと大人達は咎めるだろう。

最悪な事態も脳裏を過っている。

それでも、想い人が、または友人がああなって黙っていられる訳ではなかった。

 

「鈴、簪。本当に流星には何も言わずに行くが、構わないのか?」

「ええ。アイツ怪我してるしそれに──」

「──なるべく、流星にはああいう場に来て欲しくない……かな?」

 

鈴と簪は顔を見合わせながらラウラに答えた。

ふむ?とラウラは微かに首を傾げたが、これは当然の反応。

 

流星のここ最近の様子や束とのやり取りを見た鈴と簪は互いの情報を共有していた。

彼が少年兵として戦場にいた事や、襲撃された際の明確な違和感等。

そして先の任務での様子。

冷静さが崩れることはない、ただ心配するとすれば内の方。

少なくとも今の彼は違和感がある。

 

だからこそ、ここで自分達が終わらせる───そのような思いがあった。

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

各々が覚悟を決め、ISを展開する。

砂浜に残された足跡は全て同じ方角を指し示していた。

 

 

 

 

 

そして、少女達が海岸を後にして少し。

花月荘内の司令室である教員が慌てた様子で振り返った。

見付けたとの報告。

別のモニターを見ていた千冬と真耶は直ぐに顔を上げ、結果を中央の投影ディスプレイに映し出す。

写し出されるのは専用機持ち達の反応。

 

「やはり福音を倒しに向かっていたか」

 

千冬は眉を顰めつつ、呟く。

真耶は細かな位置を割り出すべく手を進める。

司令室の一角には流星が待機させられていた。

真耶は即座に細かな座標を割り出し、衛星からの映像を表示した。

大まかではあるが、戦闘を行っていることがわかる。

 

先の戦闘を行った場所からも離れていた。

動き回る幾つかの光。

夜空で動き回るそれはISのスラスターのもの。

 

その中でも一際明るく、そして銀の光を複数放つ福音が映る。

相対するは国家代表候補生と箒。

先の落ち込んでいた姿を知るだけに真耶の顔が一気に不安で曇る。

 

「織斑先生!」

「落ち着いて下さい、山田先生。こんな時こそ我々が冷静にならなくてはいけません」

「でも!」

「通信は安定していない上、撤退命令を出したところで福音は交戦モードに完全に移っています。かえって危険だ。それにこうなった以上彼女達が引き下がると思えない」

 

冷静に告げつつも、千冬の拳が強く握り締められている事に流星は気が付く。

他の人間は角度的に見えていない。

 

「……」

 

あくまで流星がここに居る理由はどちらかと言うと監視されている側面が大きい。

流星まで居なくなる可能性を考えた教師陣が手元に置いている状態だ。

別段、流星も逆らう気は無かった。

千冬の感情を押し殺している様を見て、感じるのはいつもと同じ1つのもの。

湧き上がる嫌悪感、向かう先は端から1つ。

代表候補生達のようにはなれない、思えない。

故に流星は冷静に映像を眺める。

 

このままでいいのか。

 

微かな自問。

疑う余地もなく、自身が出張って出来ることなどない。

見る限り連携も取れている彼女達に余計な世話を焼く気もない。

 

──不意に、脳裏を束の言葉が過ぎる。

罠の可能性も否定出来ず、根拠も何も無い。

流星があの場に行くことこそ悪手である確信はあった。

 

「……」

 

考えつく有り得ない選択。

気紛れに近い何かに従いながら、彼は静かに立ち上がった。

 

「織斑先生。───俺が出ます」

 

自分自身が何故そんな発言をしたのか、彼には分からない。

変化や進歩というには余りにも些細でやはり気紛れという言葉が合っていた。

無論、それだけでは無い(・・・・・・・・)

 

千冬も彼を一瞥し、険しい表情。

 

「駄目だ。お前に何が出来る」

「先生だって分かってるはずです。この状況、動ける人間が休んでいる場合じゃないでしょう。そもそも止める前提では福音をどうにか出来ない」

 

「……」

 

彼の瞳は有無を言わせない何かがあった。

仮に止めても出ていく、そう直感した千冬は彼に背を向けた。

 

「───ならば、任務を与える。今宮流星、あの馬鹿どもを連れ帰ってこい。あくまで任務は帰還だ、分かったな?」

「ええ、わかりました」

 

 

千冬は彼とは目を合わさず、部屋から出ていく彼に背を向けていた。

 

実力が如何に規格外のものであろうとも、今何もしてやれない。

あくまで動けるのは生徒たち。

どの判断が正しいか悩みつつも苦渋の選択であった。

 

嫌な胸騒ぎがして仕方ない。

千冬の表情から内心を読み取った真耶はどう言葉を掛けていいか分からなかった。

 

 

流星は部屋を出てすぐ、一夏が寝かされている部屋に向かった。

戸を開けて、部屋に入るとすぐ目に入ったのは幾つかの機械に繋がれた一夏の姿。

……、……。

立ったままその光景を数秒眺め、彼は直ぐに背を向ける。

やはり、と呟きながらその先は飲み込む。

再度戸を開けて、廊下に出る。

そしてそのまま中庭まで移動した。

 

彼はISを展開し、屋根に飛び移ると視線を上へ向ける。

 

 

見上げた空は既に陽が落ち、夜空へと姿を変えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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-35-

太平洋のある海上、ゴツゴツとした岩が幾つか見られる岩礁地帯。

陽はすっかり落ち、夜の闇が深まる中幾つもの光が舞っていた。

点滅する光。

スラスターの出力と共に風を切る音が聞こえる。

動く金属の塊。

本来ならば飛ぶはずがないような代物が鳥よりも自在に駆け巡る。

その中で一際自在に動く銀色。

 

 

「っ!デタラメな機動力ですわねっ!」

 

青白い閃光が銀の横をすり抜けていく。

頭では分かっていたとはいえ、目の前でこうも簡単に躱されるのは気に入らない。

 

反応速度は先の小競り合い時よりもかなり高い。

福音が完全に交戦モードへ移行した証拠だ。

 

セシリアは蒼の機体を駆りながら視線を上へ。

自身は後衛側。

意識をなるべく味方の位置にも向けつつ、位置取りを変える。

スターライトmkⅢで狙撃しつつ、即座に離脱。

強襲離脱用高機動パッケージによりそれは可能となっていた。

移動に割く分ビットが飛ばせないが殲滅用である福音相手ならば問題は無い。

下手にビットがあった所で撃ち落とされるのが関の山だ。

 

俯瞰するように周りを見ながらポイントへ誘導。

同じく後衛側のラウラが、砲戦パッケージにより二門になったレールカノンを良いタイミングで合わせてくる。

ラウラはセシリア程撃てる訳では無いが、狙う位置が中々にいやらしい。

片や高速下の射撃精度に、片や立ち回りの上手さに感心しながら戦う。

 

砲弾とレーザーを躱し福音は二人の動きを飲み込み始めた。

躱し方が紙一重のものに変わり、早くも反撃に移る。

 

「そうは───」

「させない……!」

 

それを上空から迫った二機が止めるように割って入った。

簪とシャルロット。

前後衛兼任組として区分された二人はそれぞれのサブマシンガンとショットガンで仕掛けに行く。

戦い方が上手いシャルロットと、ある程度前でも全体が把握出来ている簪は前後衛どっち付かずの立ち位置。

普通なら高い機動力もあって簪も後衛側なのだが、本来の武装が未完成の都合と持っている武装が汎用で豊富である為この役割だ。

 

後衛組の援護の中、二人は近接射撃戦を続ける。

福音の装甲を数発掠める。

しかし即座に福音はこれにも対応。

羽ばたくように上へ。

同時に銀色のエネルギー弾がシャルロットと簪を襲う。

当然防ぎきれないが、二人は盾を展開し防御に移る。

レーザーと回避先を読んだレールカノンに福音は一瞬攻撃を止める。

当たってはいないが満足に武装を使わせないのが目的の為、問題ない。

シャルロットと簪は武装を切り替えながら横に飛び退く。

 

「箒、合わせなさいよ!」

「ああ!」

 

上と下からの近接武器による攻撃。

上からは青龍刀が、下からは日本刀が鮮やかに切り込む。

二振りの双天牙月、雨月(あまづき)空裂(からわれ)の二本。

計4本による巧みな攻撃は福音を捉えた。

 

前衛組は鈴と箒。

二人が適任なのは語るまでもない。

 

一気に離脱を計っていた福音も転げ落ちるように姿勢が崩れる。

 

高機動といえど、流石に躱しきれなかったようだ。

 

「鈴!下がるぞ!」

「ええ!」

 

前衛組が一旦中距離へ。

下手に近距離に居続ければ『あの』高火力兵装に反応し切れない為だ。

 

福音が次の行動を起こす前に後衛組と兼任組が攻撃を続ける。

飛び交う弾幕。

鈴もパッケージにより龍咆の砲門が増えている為、衝撃砲を離脱時に放っている。

仕様が変わり視認出来るようになっているため、連携もやりやすくなっている。

 

福音の行動をひたすらに妨害する為攻撃を続ける。

如何に代表候補生までのし上がった5人が居たとしても、練習もなく6機での連携など不可能だ。

故に役割を決め、役割ごとのツーマンセルを基本とした。

 

6機の連携ではなく、3組の波状攻撃。

一応他の面子を意識してはいるが、優先順位があると難度は劇的に変化する。

結果遥かにレベルの高い連携と化していた。

 

根幹たる役割の提案はラウラ。

6人である事を棄てたツーマンセルの発案者は簪。

 

そして、役割ごとのツーマンセルへと昇華したのはセシリア。

以前真耶を相手にした際、得意距離の違う人間と即興で組む難しさを痛感しての事だ。

反対はゼロだった。

幾つかの状況だけ打ち合わせし、彼女達は全力で己の実力を発揮する。

 

改めて遠い背中だと箒は実感する。

ただそこにもう暗い気持ちはない。

今はただ頼もしく、自身も全力を出さんとしている。

 

 

『──』

 

息もつかせぬ攻防が続く。

福音も攻撃しているが、自由には出来ていない。

エネルギー弾は凌げている。

 

何度もタイミングをズラし、順番も臨機応変に切り替える。

兼任組のみ距離を気にせず動き、福音の翻弄と周囲のサポートに尽力する。

 

 

戦況は優勢。

少しずつ福音を追い込んでいる。

だとしても油断はならない。

相手は軍用機。

1つの綻びが全滅へと繋がる。

ただ失敗しないように動いても意味は無い。

あくまで攻め続けた。

 

 

「っあ!?」

「シャルロット!?」

 

そして、緩やかに運んでいた戦況がついに大きく動く。

福音がカウンター気味にシャルロットを捉えた。

首元を掴み、追撃を計ろうとした所で簪が体当たりするようにシールドで殴り飛ばす。

 

『!』

「お返しだよ!」

 

解放されたシャルロットは即座にパイルバンカーを、灰色の鱗殻(グレー・スケール)を叩き付けんと踏み込んだ。

同時に簪も近接ブレードで切り掛る。

福音は紙一重でそれらを躱し、背部の砲門をシャルロットと簪へ向けた。

 

「させるか!」

 

土壇場で急加速して突っ込んだ箒の突きは福音の肩へ。

大きく仰け反る手前でラウラが声をあげていた。

 

「──畳み掛けろっ!」

 

レールカノンと龍咆が福音へヒットし、立て直す事を阻止した。

各々が一斉に攻撃しようとした所に、福音は構わず攻撃を放たんとする。

 

咄嗟に鈴が蹴りを入れ、福音が落下の軌道を描く。

しかし、照準は依然として彼女達を捉えて──────。

 

 

(わたくし)を忘れていましてよ?」

 

3射、間髪入れずに閃光が走る。

蒼の機体が高速機動下で引き金を引いていた。

今度こそ福音の砲門&スラスター部である銀の鐘(シルバー・ベル)を捉え、福音は完全に海へ落下していく。

銀の機体の背面が炸裂し、海面に。

 

水柱が吹き上がる。

下手な追撃は悪手。

集中力を保ちつつ、様子を窺う面々だが今回ばかりは手応えを感じていた。

 

あと少し。

主武装である翼はこれで完全に破壊した。

 

こちらに傾いた戦況を前に乱れた息を整え次に備える。

 

 

───瞬間、海面が爆ぜた。

 

 

「なっ!?」

 

驚きの声は誰のものか。

膨大な出力を感知し、目を丸める。

海面の水が持ち上がるように白銀の翼が姿を現す。

 

昼のように一瞬だけ周囲が明るくなった。

光源は勿論銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 

姿が変化していた。

破壊された銀の鐘(シルバー・ベル)とは違う、白銀のエネルギー。

 

翼を象ったそれは天使のそれを連想させる。

全員が息を飲み、理解した。

 

「──第二次移行(セカンドシフト)!?不味い───!」

 

速攻で動こうとするラウラ。

ラウラの声で全員がすぐ来るであろう攻撃な備えた。

 

『La──』

 

羽ばたくように翼が動く。

撒き散らされる銀の弾幕は上空目掛け、炸裂した。

 

「私達の後ろに────!」

 

回避は不可能。

弾幕の多さに一瞬で悟りラウラやシャルロット、簪が前に出た。

言葉を交わす暇もなく、残り3人は彼女達の後方へ。

ラウラ達はシールドを展開、銀の雨が下からやってくる。

 

「……っ!」

 

着弾、小規模だが幾つもの爆発が起きた。

攻撃を防ぎ切れず、3人の身体が後方へ投げ出される。

ただ、それにより出来た攻撃の隙間からセシリア達は難を逃れた。

 

「3人とも無事でして!?」

 

「何とか……」

 

簪が即座に応答し、セシリア達は直ぐに意識を福音へ向ける。

あんなものを連発されては堪らない。

 

セシリアは大きく上昇しつつ、射撃に移る。

箒は正面からエネルギー刃を放ち、牽制。

牽制と同時に鈴が回り込みながら接近を試みる。

 

遅れてシャルロットと簪も続く。

彼女達はサブマシンガンを展開、引き金を引いた。

 

福音はエネルギーを充填しながら海面から離れる。

機動性も先より高い。

 

それでも、とセシリアは照準を直ぐに合わせ直す。

 

『───』

 

2回目の攻撃は更に速かった。

振るわれる翼。

拡散する銀色に全員退避を余儀なくされる。

一斉に後方に飛び、弾幕の密度が薄い場所へ場所へ回避する。

 

完全な回避は難しく、箒が被弾する。

盾で受けている面々含め、他も少しずつ被弾する。

 

「箒っ!」

「だ、大丈夫だ。それより──」

「休んでる暇は無さそうね……っ」

 

箒が体勢を立て直す。

鈴も頷くと2人は互いに背を向け、一気に離脱した。

 

その場をエネルギー弾が通過する。

撒き散らされる攻撃。

全員が回避や防御に精一杯で受け身になってしまった。

 

第二形態へと進化した福音は圧倒的殲滅&制圧力を見せ付ける。

 

それでも──、と各自武装を展開し、構える。

 

少女達の双眸には諦めの色は見られなかった。

 

今度は、福音が一気に距離を詰めに来る。

標的は後衛組のセシリアとラウラだ。

福音は銀翼を振るい、彼女らに攻撃を浴びせる。

助けようと後を追う皆の中、簪は1人立ち止まる。

 

「…!」

 

簪はすぐに武装を25mmのガトリング砲に切り替えた。

流星との模擬戦で用いた武装であり、攻撃中ほぼ動けなくなるもの。

 

この状況下ならば下手に近付くより、または狙撃するより有効だ。

狙いが2人に向いた今ならばと狙いをつけた。

 

砲身を回転させながら銃弾が飛ぶ。

福音は着弾より先に横へ。

 

「!」

 

次の瞬間には簪の眼前を埋め尽くすように、エネルギー弾が降り注いだ。

しかし、直撃には到らない。

シャルロットが簪の近くで盾を片手に待機していたからだ。

彼女は衝撃に耐えながら下がっていき、何とか凌ぐ。

 

福音はレールカノンを避ける為攻撃を中断。

セシリアの攻撃もそのまま避ける。

不意をつくように仕掛けられた箒や鈴の中距離攻撃も難なく躱される。

 

「セシリア、頼みがある」

「──ええ、任されましたわ」

 

その直前に交わされていたやり取りを福音は知る由もない。

躱した先には瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急降下したセシリアが居た。

高機動パッケージの名に恥じぬ機動力でセシリアは潜り込んでいる。

彼女の手にはインターセプターというショートブレードが握られていた。

当然、口頭での呼出(コール)ではなく眼前での展開。

 

土壇場でイメージするのは一夏の姿。

稀に見せる彼の鋭い踏み込みを思い出しつつ、福音に斬りかかった。

 

『──』

「っ!そう上手くは行きませんわね……」

 

セシリアは自嘲気味に笑う。

福音に掌ごと受け止められており、攻撃は届いてはいない。

振りほどこうとするも、ギチギチと音を立てるだけ。

 

───後方から黒い影が迫る。

 

一閃、プラズマ手刀が敵を捉えた。

 

福音の手が離され解放されたセシリアはレーザーライフルを構え、ラウラもまたレールカノンを構える。

一度しか許されないハイリスクな後衛組の強襲。

普通ならば反応など適わない───。

 

 

『───』

 

──超速で反応し、翼が振るわれる。

2人が挟むように撃つ瞬間、エネルギー弾もまた両者を襲わんと───。

 

そこへ、ガトリング砲が命中した。

よろけた福音、それによりラウラ達へ当たるエネルギー弾が大幅に減少する。

小規模の爆風を複数受けながら吹き飛ばされる二機。

しっかり二人の攻撃は福音を捉えていた。

 

福音は止まらない。

 

攻撃を受けつつも、福音はエネルギー弾を全方位に放った。

咄嗟に前衛組2人は吹き飛ばされた後衛組のフォローに回る。

 

福音は攻撃を放つと同時にガトリング砲を放つ簪へ。

途中止めに来るシャルロットを殴り飛ばすと、一目散に簪に向かいつつエネルギー弾を飛ばす。

 

「うぐっ!?」

 

大破する武装。

よろけながらも反撃に移ろうとする彼女の首根っこを福音は掴む。

 

銀翼が大きく広がり、彼女を包まんとする。

 

「簪ッ!!」

「不味いっ!」

 

鈴と箒が飛び出し、体勢を立て直したシャルロットも止めようとした。

各々が行動を起こそうと武装を構え───瞬間、銃声が聞こえた。

 

 

『!!』

 

───福音の腕部への精密な射撃。

一瞬セシリアかと思ったが、それが実弾である事に全員気が付く。

福音は咄嗟に手を離し、続く弾丸や前衛組とシャルロットの弾を躱すため距離をとる。

 

 

「無事だな?簪」

 

聞き慣れた声。

飲み込むよりも早く視界に原因が映る。

────眼前へ、灰色の小柄な機体が降り立った。

 

 

 

 

「撤退は…やはり無理そうだな」

 

すぐに再開された戦闘に参加しつつ、流星がポツリと呟いた。

 

視線の先にいる福音は銀色のエネルギー翼を纏い、依然として周囲に照準を合わせている。

機動力も何もかも向上しており、しかも完全な交戦モード。

如何に隙を作ろうが、追い付かれ攻撃されるのは日の目を見るより明らかであった。

 

やはり、倒し切る以外選択肢はない。

少女達の戦術を彼は理解し、敢えて単独で動く。

3組の内どれに加勢しようとも、3人以上での連携を練習していない以上危険だと判断したからだ。

基本は味方の動きに沿う───位置をなるべくズラしながら福音を妨害し続ける。

 

 

簪や鈴と言葉は交わしていない。

 

『助けに来てくれたの?』その言葉を前に即答出来なかった。

彼女を軽く一瞥すると、そのまま戦闘を再開する。

助けに来た──状況的にはそうだ。

だが彼はあくまで自身のためにここに来た。

一夏のように誰かを助けるだとかそういった上等なものでは無い。

 

武器を持ち替え、アサルトライフルに。

例え余計な思考が入ろうとも身体は機械的に動く。

 

狙うは急所。

その位置から狙える部位を撃つ。

当然、当たりはしない。

 

しかし、流星が加わる事で頭数が増えた影響はあった。

福音の攻撃する長さが減り、全方位への攻撃は控え目。

地道ではあるが、微かに戦況は有利に傾く。

 

 

不意に、福音がピタリと動きを止めた。

少し考え込むようにも急停止したようにも見える行動に一同は驚く。

も、2秒足らず。

 

『───』

「なっ───」

 

唐突に福音が再び動き出した。

驚きは全員のもの。

 

突然、大きく銀翼を羽ばたかせ強引に全方位に攻撃を放った。

今までで一番肥大化したエネルギー翼。

 

銀の雨が福音を中心に周囲へ。

小規模な爆発が辺りで炸裂する。

凌ぎきれた者は居なかった。

分かってはいたが、やはり殲滅用という事もあり凄まじい。

 

包囲網が崩れ、福音は踵を返すように向きを変える。

向きを変えると同時に、そちらへ急加速。

 

福音の先に居たのは流星。

 

「っ!?」

 

体勢を立て直しながら、何とかIS用ナイフを展開した。

反応は間に合ってはいない。

如何にハイパーセンサーがあろうともISと人が別存在である以上限界がある。

そもそもの反射神経が、動体視力が足りていなかった。

加えて、彼は他の代表候補生ほどISを上手く扱えていない為それを補う事もままならない。

純然たる適性の差もまたそこにはある。

 

とはいえ、ナイフを展開出来たのは彼の危機察知能力があってのもの。

首元目掛けた手刀による突きを彼はナイフで受け流す。

 

「っ!!」

 

眼前に広がる白銀の翼。

正確には片翼だけだが、流星に叩き付けられた。

 

銀のエネルギー弾が飛ぶ。

溜めもない為数は少ないが、接射という事もあり流星は為す術もない。

機体は下へ。

彼は福音を見上げるような状態。

 

────福音が掌を翳した。

掌に仕込まれた銃口が微かに光を帯びる。

 

「っ!」

 

先の高火力兵装。

流星はグレネードランチャーを展開しようと───

 

視界の端に映った機体に、流星は目を見開く。

この速度に付いてこれる者は考えるまでもない。

 

左手のフックショットを放つ。

狙いは福音ではなく真横。

 

『!』

 

福音の追撃は虚空へ。

流星は亜音速で連れ去られる形で距離をとる事になった。

 

福音は静かに振り向く。

そこには皆と合流する流星と箒の姿があった。

 

「助かった。ありがとう箒」

「礼はいい。先程助けて貰ったばかりだしな」

 

「箒、いい判断だ。しかし、何故奴はあのような行動を?」

 

ラウラは疑問を口にする。

特に流星を狙う理由はない筈、と訝しむ。

簪が狙われた時は戦況的な理由があった。

 

「考えてる暇は無さそうだね…」

「みたい、だね」

 

シャルロットと簪が仕掛けようとする福音に先制する。

それを合図に一斉に動き出す。

福音の動きのキレが更に上がっていた。

 

皆の攻撃の中流星とセシリアが交互に狙撃を試みても、掠りもしない。

代わりに見舞われるは銀色のエネルギー弾。

向こうには当たらないのに対し、こちらは面制圧され確実に減らされている。

下手に流れを崩せば、その瞬間流星に向かっていくのは目に見えていた。

 

流星は福音の動きを見つつ、回線を開き全員へ告げた。

 

「少し前に出る。アイツが何故か俺を狙うなら利用すべきだろう」

 

唐突に標的を変える可能性もある。

だが現状は利用する他なかった。

危険性は百も承知。

彼は戦力差や自身の実力を把握した上で前に出る。

先のような不意ではない故少しはマシだろう。

 

意見を待たずして通信を切る。

 

何の躊躇いもなく前に出た。

 

(自分の、命をなんだと……!)

 

簪が彼の様子に歯噛みする。

無論、戦況は分かっている。

だとしても、彼の行動を喜ぶものはこの中に一人もいない。

 

 

『!』

 

福音が真っ先に反応し、翼を翻す。

 

「っ」

 

収束するように流星に攻撃迫る。

エネルギー翼だというのに、しなやかな動き。

本物の翼かと錯覚した頃には眼前に銀のエネルギー弾がある。

 

盾を展開し、なんとか凌ぐ。

凌ぎ切るより先に各々が仕掛けにかかった。

それを福音は意にも介さない。

最小の動きであしらい、最短の距離で彼に詰める。

だが、邪魔が入り最速ではない───。

 

軌道も分かっている為、後衛組の攻撃が音速下の福音を掠めた。

兼任組がそれに伴い弾数の多い武器で牽制し、前衛組が中距離攻撃を直撃させ体勢を変えさせる。

 

 

「捉えた──!」

 

上へ急加速し、流星は踏み込んだ。

手に持っているのはいつもの黒い槍。

福音が掌を翳すより先に顎部分に突き上げるような打撃を叩き込んだ。

 

 

重い一撃。

吹き飛ぶ福音。

 

────なのに、立て直すのは一瞬だった。

 

「!」

『───』

 

ギアがさらに上がったような反応に眼前の流星も驚きを隠せなかった。

羽ばたきと共に辺り一面が銀に飲まれた。

特に前側にいる流星ではなく、後方にいる少女たちへの弾幕量は凄まじいの一言だ。

 

全員が被弾し、爆風と煙が周囲を覆う。

 

 

「────舐めんじゃ、ないわよ!!」

 

唐突に煙の中から飛び出す影。

衝撃砲が福音を横へはじき飛ばした。

間一髪、流星は追撃を逃れた所で、福音の掌が自身に向いていなかったことに気が付く。

 

 

「あ……やば───」

 

────その先は、鈴。

銃口を向けられた鈴も事実に気が付き、間の抜けた調子で声を漏らす。

 

篠ノ之束の言葉が流星の脳裏を再度過ぎった。

 

『─────La』

「っ!!!」

 

 

閃光と爆音が周囲に聞こえた。

 

衝撃で煙が吹き飛ぶ。

ISの装甲の破片が宙を舞った。

いつまで経っても来ない衝撃に鈴は恐る恐る目をあけた。

 

 

「───え……?」

 

理解が追い付かなかった。

目の前に灰色の機体があった。

砕けた盾、焼け焦げた臭い。

 

「……あ、ぁあ……」

 

フラリと機体が傾き、鈴に身体を預ける形となった。

彼女はそれを意識せず受け止める。

 

 

「あ、ああ……ああああ……っ!」

 

ドロりと手に触れるもの。

すぐに、それが赤いと認識した。

理由も何もやっと理解したのに頭が真っ白になる。

 

「う、あぁぁあ、……ああああ……!」

 

言葉が出なかった。

冷静にならねばならないことなど分かっていても、思考は戻らなかった。

震える手で彼を抱き寄せながら、辛うじて眼前にいる福音を認識した。

 

「だ、め……、それは……っ!」

 

ただ、圧倒的に遅い。

既に銀のエネルギー翼は2人を取り囲むように広がっていた。

気付いた瞬間、鈴は彼を庇うように抱き締める。

 

『─』

 

 

ゼロ距離での銀の雨。

爆音が周囲に響き渡った。

 

煙が完全に晴れた瞬間、簪は慌てて戦況を把握しようと辺りを見回す。

狙われていた流星や他の皆の安否が気になり、必死だった。

 

───そんな中、彼女の目に入ったのは墜落していく二人の姿だった。

 

 




次の更新は来週です


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-36-

福音編終われば日常を多めに書く予定。


───微睡みの中、慣れない臭いに彼女は目を覚ました。

 

「───ここ、は───っ!?」

 

朧気な記憶を辿ることもままならず、頭を抑える。

微かに頭に走る痛みが彼女の意識を覚醒へと導いた。

 

起き上がり、見回す。

 

場所は灰色の草原。

どこまでも続くそれは水平線まで続いているようであった。

不安になるのは、草も空も全て灰色であるという点。

雲が空を覆い、地面もまた植物やらで見えない。

草原の癖に足下は何故かゴツゴツとした感触が伝わってくる。

砂利や石の上に草原を敷いたようだと鈴は独りごちる。

とりあえず、ISを展開して空から様子を見ようと─────。

 

 

「……あれ?」

 

待機形態の甲龍も見当たらず、鈴は小首を傾げた。

自身は制服姿。

特にISを何処かに置いた記憶もない。

 

「夢、よねこれ……」

 

どうしてここにいるのか。

彼女は静かに考えるも、直ぐに分からないと結論が出た。

ジッとしている気にもなれなかった為辺りを散策しようと歩き出す。

 

「貴女は───」

「うわっ!?な、何よ!?何時から居たのよ!?」

 

唐突に声を掛けられ、振り返る。

背後に居たのは1人の少女。

先程見渡した時に誰も居なかった筈、と鈴は困惑する。

 

白い髪に黒いドレスのような服。

無機質な緑の瞳。

ドレスのような服なのに煌びやかさを感じさせない少女は、鈴の顔を覗き込むように見ていた。

あどけなさのまだまだ残る顔はキョトンとした表情のまま。

 

「最初から、居ました」

「えっ、いやいや。流石にこれだけ遮蔽物がない場所で見失わないわよ」

「いいえ、貴女が認識していなかっただけです。注意散漫なだけなのを私のせいにしないで下さい」

「え、えー……」

 

プイ、と拗ねたように横を向く少女。

よく見ると頬を少し膨らませて分かりやすく怒っている。

感情を顕にする少女に対し、何故か機械的なものを鈴は感じる。

 

と、そこで鈴は少女の右手に握られている物に気が付いた。

 

「あ、それって」

「落ちていたから返しに来ました」

「ありがとう。あれ?でもどうして(あたし)のって分かったの?」

「聞いたからです」

「?」

 

益々分からないと首を傾げる鈴に、少女は静かに待機形態の甲龍を差し出す。

まあ、いいかなんて軽い気持ちで受け取ろうと鈴は手を伸ばし────

 

「あ……」

 

 

────指先が少女の手に触れた瞬間、空間が揺れた。

テレビの画面にノイズが走ったように、何かが横入りする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断片的に流れてくる何か。

銃声、爆音、そして自身の走った際の微かに聴こえる金属音。

手元にあるのは銃。

 

視点は周囲の建物に身を隠していた。

いつの間にかあの草原もどこかへ消えている。

 

 

「どこよ……ここ……」

 

 

灰色の世界。

あまりにも色に乏しいその世界は、視点の主の状態を表しているようにも取れる。

 

単に色が捉えられて居ないというわけでもないだろう。

 

 

 

──戦場。

鈴がそうだと理解するのに時間は要らなかった。

理解したところで、見えないようには出来ない。

 

 

視界の端に転がるモノ。

灰色の世界にやけに鮮やかに映る色に惹かれ───つい見てしまう。

鮮やかな赤。

それは視点の主にとって紛れもない死の色。

 

 

 

「───…っ!?」

 

 

胴体に綺麗に穴が空いていた。

小さいが、鮮やかな赤が滲み出ている為すぐに分かる。

肉がえぐれている部分もあった。

鮮やかな赤はその死体から周囲の地面を赤にする。

それ以上は勢いよく広がることは無かった。

もう心臓は止まっているのだから。

その者の瞳孔は開ききっていた。

 

息が詰まる。

息を吐いていたのか吸おうとしていたのかさえ分からなくなった。

 

 

───反応を許さず、場面は切り替わる。

断片的に流れてくるソレは人の死に様だった。

 

 

敵兵。

味方。

善良な市民。

強盗。

犯罪者。

友人。

軍人。

雇い主。

裏切り者。

 

 

立場も死に様もひとつな訳が無い。

四肢が飛び、それでも生き長らえて弱っていく様まで流れ込んでくる。

 

 

「─────っぇ!あっ、っ!!」

 

明確な死を目の当たりにし、思わず嘔吐しそうになる。

 

いや、何度吐いたか分からない。

それ程までに鈴は断片的なソレらを見てしまう。

 

 

臭いも音も、全て。

頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。

 

 

「────何よ、これ」

 

 

 

何とか息を整えつつも、顔を上げる。

それは記憶だった。

誰のもの等考えるまでもない。

 

 

「────流星の…」

 

 

目の前の光景が移り変わり、嫌でも見せられる。

流星が命を奪う様を。

流星の目の前で人が死んでいく様を。

 

「っぇ……っ!っ!」

 

鈴は、身体を震わせながらもその記憶の断片と向き合う。

移り変わる光景に口を抑え、吐気を堪える。

 

これは彼が内に秘めたもの。

誰も深くまで知らず、日常を共に過ごした存在の凄惨な過去。

ここで向き合わなければ、嘘だと思った。

 

 

────心が折れそうだった。

 

 

臭いも音も、リアルな触感まで伝わってくる。

まるで目の前で今起きているような錯覚さえしてしまう。

 

 

1番問題だったのはそこでは無い。

流れ込んでくる彼自身の感情の断片。

 

 

「──────────っ!…」

 

 

何よりも、それがキツかった。

殺しても目の前で友人が死のうとも、彼の中に高揚感や絶望感はない。

 

無感動───そう形容した方が早いくらい、彼の心は空っぽだった。

 

人の死に心が動かない。

目の前の肉塊に想うことなどない。

友人が死んでも、少し勿体ない程度にもいかない感傷。

殺すのに慣れてしまったとかそんな生易しいものでは無かった。

 

 

彼に感情が無いわけでも無い。

誰かが死ぬ度、動かない心に傷付いていく彼自身がそこには居た。

 

非情になれる訳では無く、ただ人を人と思わない非道な(ひどい)だけの人間だと彼は自身をそう評した。

 

 

───こんな自分が生き残るべきでは無い。

───自分が生き残らなければ死者への否定である。

 

 

矛盾していた。

どちらも根源は自責の念。

数多の死体を積み上げ、その上で何も感じず生き長らえる自身に嫌悪する流星の抱えるもの。

 

 

「やめて、よ……」

 

ポツリと漏らす言葉。

記憶は絶え間なく切り替わり続ける。

彼のそんな内面すら摩耗し出す程、地獄は続く。

地獄から抜け出すには国を幾つも股がねばなければいけなかった。

抜け出す術など当然彼は持っていない。

殺し殺される状況でただ無感動に命を奪う。

微かな恐怖心に安堵すら感じる程、彼の心は更に壊れていく。

 

伝わってくる悲壮感はもうなりを潜めていた。

残ったのは自身への嫌悪感。

 

 

「やめてよ…、お願いだから、もう、やめなさい………よ……」

 

力ない言葉。

このままでは彼はもたない。

そんな所に居てはいけない。

そんなことをし続けてはいけない。

 

もっとも、既に過ぎたことである。

 

それでも、────思わず鈴は目の前の光景に声を挙げずには居られなかった。

 

分かってしまっている。

彼は慣れたのでも、段々壊れていったのでもない。

 

 

────既に、壊れていた。

 

耐え切れずに座り込む。

目の前で起こる惨劇から目を離すまいと何とか顔を上げた。

 

そんな中、最初の人殺しの場面がやってくる。

 

「……っ!!」

 

それは嬲られる視点。

そして、喉に喰らいつき命を奪いに行く子供の視点でもあった。

吐きに吐ききったと思っていた鈴も、思わず口を抑え再度嘔吐く。

 

「げほっ……ぉぇ……ぁ……げほっ……!」

 

最初に見なくて良かったと不謹慎にも思ってしまった。

キャパシティオーバーの今だからこそ、この程度で済む。

もっとも、断片であり灰色の世界故の緩和もある。

この部分だけは、臭いも音も触感も無かった。

あれば、どうなっていたか分からない。

 

 

それでも、彼の絶望は漏れ出て伝わってきた。

両親が死んだ時には気付けなかった、自身の失った部分。

男を殺した事よりも、嬲られた事よりもその事実が彼を蝕む要因となった。

 

 

断片はそこでピタリと止まる。

灰色の世界の雲もその流れを止めた。

記憶から解放されても、鈴は呆然とその場に座り尽くしていた。

気付けば、先の草原に戻って来ている。

 

 

「───」

 

鈴は立ち上がる事もままならなかった。

少年兵や傭兵をしていた、そんな過去は一度千冬から聞いた。

といってもそれだけでしかない。

 

こんなものだとは、想像出来なかった。

他人事だと心のどこかで甘えて想像していなかった。

強く後悔する。

 

 

「こんなのっ……どうしろって言うのよ……」

 

ただ日常を謳歌し、彼が平穏に過ごしたとしてもその内側はきっと救われない。

平穏を望んでも世界はそれを阻む。

二人目の男性操縦者という名札はもはや外しようがない。

何よりこのままでは彼自身がただ平穏を享受することを望まないだろう。

かといって、争いの中に身を投じる事も死に近づく事になる。

 

死ぬことなど許されない。

だが生きているだけで、死を望む程の嫌悪感に苛まれていく。

二律背反なものは何れ破綻し彼自身を殺す。

彼が彼自身を認めない。

彼は彼自身を赦さない。

 

 

当然、壊れてしまった以上、元に戻ることも無い。

今突き付けられた部分も、壊れた一側面でしかない。

 

 

自分では恐らく何も出来ない。

彼の矛盾を真に理解出来るのはきっと────。

ポロポロと涙が零れた。

想い人の悲壮な感情だけが分かっても、何も出来ない無力さに悲しみが込み上げる。

 

 

同時に、崩れ落ちていく世界。

鈴はぼんやりと灰色の空を見上げていた。

───このまま目を覚ますのだろうか。

 

前後の記憶がはっきりと戻る。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の一撃を喰らい、流星と共に気を失った筈。

流星は高火力兵装の直撃を受けていた。

自身は追撃で気絶したに過ぎない。

 

 

流星への心配はあった。

怪我は生易しいものでは無かった。

軍用機の、データにも無かった高火力兵装を受けている。

 

 

「…戻らないと…」

 

──アイツが、危ない。

危機感が彼女を無理やり奮い立たせた。

涙を拭き、立ち上がる。

目の下は真っ赤に腫れていた。

まだ今にも泣き出しそうな顔で記憶の断片へ背を向ける。

 

 

「!」

 

崩れ行く世界。

振り返ったところで、鈴は驚いて立ち止まった。

 

「───」

 

 

 

 

「!」

 

足元が崩れ、座り込んでいた草原が消え去る。

その下に隠れていた骸たちもまた、一瞬で消え去っていく。

 

 

 

「────なっ」

 

足場を失い急転直下で落ちる鈴。

方向感覚はなく、落ちているという認識もない。

下は真っ黒。

しかしそこに不安は感じなかった。

 

 

鈴は灰色の空を見上げる形で落ちていく。

────そんな中。

 

 

「──────え?」

 

 

灰色の雲の切れ間に見える微かな■空。

遥か遠く、灰色の空のほんの微かな一部。

─────それを見上げながら、鈴は常闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

「っ!!」

「鈴!」

「か、簪」

 

目を覚まし、鈴が半身を起こすといきなり簪に抱きつかれた。

簪も鈴もISは付けたまま、よく見ると簪の目元は赤く腫れている。

今いるのは岩礁の上。

状況が理解出来ず隣を見るとそこにはボロボロの流星の姿があった。

簪が鈴から離れ、安堵の息を漏らした。

 

「鈴もこのまま起きないのかと……」

「ありがと、簪。(あたし)はもう大丈夫」

「………だ、大丈夫じゃない、よね?」

 

簪から見て明らかに鈴の顔色は悪かった。

外傷は特に見られないが、汗がびっしょりで今にも倒れそうだ。

 

「何かあったの?」

 

簪は鈴のIS内部のパラメータがずっと変動していたのを思い出す。

鈴は心配する簪を手で制して倒れている流星に視線を戻す。

 

「…後で、…話すから……。それより今どうなってるの?皆は無事?」

 

未だ鮮明に浮かぶ数々の光景に思わず口を抑える。

何とか抑えて状況を尋ねた。

 

「うん。鈴達以外は無事。今は必死に注意を引いている状態だから、戦況的には絶望的……」

「……、容態は?」

「生体補助が何とか繋いでる状態、かな……。今エネルギーを分け終えたけど、このままだと持たない…」

 

改めて彼の怪我を注視する。

火傷や装甲の破片による切り傷が多数。

1番の傷は貫かれたように穴が空いた腹部。

大きな穴ではないが、傷は深かった。

 

応急処置のあとが見られた──とはいっても傷が傷である。

出血は止まらない。

ISの生体補助も追いついていなかった。

下手に動かせない為連れて戻る事など不可能だ。

 

間近に感じる死、に思わず鈴は目元を拭う。

自然と溢れ出る涙を何とか押しとどめようとしながら、地面に手を着いた。

 

フラフラと立ち上がりながら、自身に言い聞かせるように呟く。

 

「なら、尚更早く福音(アレ)をなんとかしないと……」

 

簪もそれを聞いて流星を一瞥。

これ以上自身に出来ることはない。

 

(今、私に出来ることは──)

 

ギュッと唇を噛み締めると、彼女も立ち上がる。

まだふらつく鈴の背を押して支える。

簪もまた言いしれない不安を押し殺していた。

 

「「───」」

 

顔を見合わせ、互いに頷く。

簪が先行するように飛び立った。

鈴も後に続くべく一歩踏み出す。

振り返らず、込み上げるものを抑えながら胸に手を当てる。

 

「……死んだら、赦さないから……」

 

それだけ告げると、鈴も直ぐに空へ。

目指すは銀色の機体。

 

夜の太平洋。

 

明かりもない闇を少女達は駆け抜けていく。

 

 

 

「お、織斑先生───!!」

「作戦中だ。入ってくるなと────」

「おりむー……織斑君が!目を覚まして────!」

「!」

 

同時刻。

緊張感張り詰める司令室の入口が勢い良く開けられた。

入ってきたのはいつもと違い慌てた様子の本音だ。

 

 

 

通信が流星達の被弾と共に途絶し、衛星による戦況把握もチグハグ。

今宮流星が庇う形で大怪我を負い、その他が何とか食い下がっている大まかな部分は分かっていた。

 

千冬が取った行動はアメリカへのIS貸出要請とIS学園の訓練機体を持ち出す手続き。

前者は国家間で問題が起こるのであれば、IS学園サイドを介してしまえという苦肉の策──デメリットだらけではあるが、事は一刻を争う。

戦闘用というよりは、医療班を無理矢理送り込む為であった。

学園側の手続きは迅速であっても、許可する国連等は対応が遅い。

それだけでは無い、アメリカの方も恐らく色々な意図が絡んでくるだろう。

データを取るため遠方から見ている可能性すら否定できない。

大人しく首を縦に振るかどうかも……。

 

───どちらが先に着けども、相当後になるのは目に見えていた。

 

他の案を考える千冬と一部最悪を想定する教師達。

沈黙が司令室を包んでいた。

 

 

 

───そんな中静寂を破った少女。

自然と全員の注目が彼女に集まり、彼女の言葉に千冬すら驚愕を顕にした。

 

織斑一夏が目を覚まし、そのまま制止する本音や医師を前にISで飛び去ったというもの。

 

 

「織斑君が!?」

「止めたけど、『皆がまだ、戦ってるから』って言ってそのまま───」

「そんな、無茶です。でも今出たところなら────!来ました、白式の位置情報補足!織斑先生!」

「……、情報も無しに真っ直ぐ戦闘区域に向かっている?──山田先生、映像を」

「はい」

 

真耶が直ぐに海上を行く白式を映し出す。

千冬は中央の投影ディスプレイに近付き、映像と共に映る各種パラメータ等に意識を向ける。

先の状態とは機体の見た目も違い、パラメータも明らかに違っていた。

 

 

「──…」

 

千冬は静かにそれを見て、ほんの少しだけ目を丸めた。

機体の変化ではなく、彼の表情を見て───呆れたようにため息をつく。

ほのかにだが安堵が混ざったそれに、回線を開こうとしていた真耶も思わず手を止めた。

 

 

千冬は振り返ると、再度各教員に指示を出す。

医療面、情報面、政治面あらゆるものを処理しながら千冬は真耶に告げた。

 

「山田先生、通信が届く位置まで織斑のナビと各代表候補生達のパッケージ、福音の変化と確認された攻撃パターンの説明を」

「支援、ですか。…止めないんですね?」

「ええ」

 

真耶はこくりと頷き、画面に向かう。

 

千冬はぼそりと、誰にも聞かれないように呟いた。

 

「頼んだぞ、一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───正直言って、気分も何もかも最悪だった。

ガムシャラに振るう青龍刀。

振り払うように振るっている。

銀の雨の中、味方の動きに合わせながら攻撃の隙を伺う。

 

胸に込み上げる悲愴感。

頭にこびり付いた光景。

歯を食いしばり、理性と衝動のバランスを保とうとする。

 

本当に最悪。

不謹慎だけど、知りたくなかった。

見たくなかった。

出来ることなら、そんなものを抱えているだなんて考えたくも無かった。

 

ごちゃごちゃの思考。

心と身体が別れたように、思考だけが別で考え続けている。

 

 

こんな時に考えることじゃ無いのに。

 

 

今思えば、簪や本音は何かを察していた。

彼の歪な部分を垣間見ていたり、見抜いていたのかもしれない。

 

 

何も知らず接していたのは多分(あたし)だけ。

 

 

否定したくても事実は変わらない。

好きという感情に任せて盲目になっていた。

 

 

その根幹も分からない。

一体、(あたし)は彼のどこを好きになったんだろう────?

 

千冬さんに聞かれた時の答えは、はっきりしたものを言えなかった。

 

優しくされたから?

──違う。

フラれた直後で依存しやすかった?

──違う。

カッコよかったから?

──違う。

 

その点、簪が羨ましかった。

理由が一番簡潔で、それでいて足る理由。

何者でもなく、ただの簪として見てくれている瞳に惹かれた──から。

 

本音は、彼が優しい人だからと告げていた。

 

 

(あたし)は──?

 

 

彼の記憶も覗いても答えは得られない。

中身を見て益々分からなくなっていく。

 

自信が無くなっていく。

『すきなあいてがゆがんでいても、あなたは愛せる?』

少女の言葉が反芻される。

 

分からない、とその時は答えた。

それはその時になってみなければという意味。

 

だけど、結局分からないまま。

 

 

焦がれるような感情は今も尚存在しているというのに、断言出来ない。

 

 

 

 

心情とは裏腹に、戦況は立て直しつつあった。

 

立て直しかけてはいるが如何せん残りのエネルギーが厳しい。

(あたし)達が戻るまでの間、皆は何とか耐えていた状態。

(あたし)は大きな攻撃を喰らった後であり、簪は流星にエネルギーを分け与えた後。

 

こちら側は何時誰が墜ちてもおかしくない。

 

それでも喰らいつく。

 

そこから福音の攻撃パターンを多少読みながら、連携攻撃でペースを奪った。

対応力がやはり高く、変化を加えなければ攻撃すらままならない。

 

でも、勝たないと。

満足に救援すら呼べない。

生半可な撤退も彼を危険に晒すだけ。

 

 

『──』

 

 

福音が高速で距離を取った。

背中の翼を大きく広げ、全体に弾幕を形成する気だ。

 

 

「っ!」

 

 

息が上がっている。

周りの皆ももう限界が近い。

止めようと動いた所で、先に牽制がてらに撃たれた小さなエネルギー弾に阻止された。

 

 

不味い。

少し溜めが長い。

大きな攻撃が来る。

 

セシリアやラウラが対応しようとしても、被弾している状態からでは間に合わない。

二人はスラスターを損傷させられていて、避ける事も厳しい。

(あたし)の龍咆も簪やシャルロットの攻撃も間に合わない。

 

 

片手に盾を持っていたシャルロットと簪が(あたし)達の前に出た。

冷や汗が出る。

 

それじゃあギリギリ(あたし)達が耐えれても───あんた達が────!

 

無事では済まない。

 

光が広がろうとする。

 

 

 

 

───瞬間、福音が大きくよろけた。

 

胴体を捉えたそれにより、福音の攻撃は中断。

 

同時に眼前に現れる灰の機体。

 

 

 

「ぇ、あ……」

 

驚きで声が出なかった。

涙が出そうになるのを堪えながら、その背中を見て理解する。

 

悩む必要なんて無かった。

真っ直ぐ空に立つ彼の姿が全てだった。

 

 

この感情の始まりは些細な理由かもしれない。

少なくとも今は、違う。

 

壊れながらも真っ直ぐなものを尊重するあり方が、綺麗と思った。

きっと、根幹がどこまでも純粋だから壊れてもそう在った。

 

それを感じたから、きっと(あたし)は彼の中身を知っても焦がれていられた。

 

 

一瞬が永遠に感じる中、彼は振り向かなかった。

敵を見据えながら、武器を構え引き金を引かんとする。

 

 

 

「後は任せてくれ。───敵は、オレが倒す」

 

 

 

その声からは、今まで見たことない程ハッキリとした意思が感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ああ、実に下らない苦悩だよねぇ。そう思わない?くーちゃん」

「───」

「え?何故かって?だって簡単な事だよ。解決方法なんて『自分はそういうものだ』って受け入れるだけだからね。壊れた部分を否定するほど滑稽で無駄な事は無いよ」


「────」


「──生まれつきなら?どうなってたかって?勿論ああはならなかっただろうね!」








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-37-

福音にやられた傷から、血が滴り落ちる。

 

 

「…ぁ………っ」

 

 

もう身体は動かなかった。

腹部の傷は、どう怪我しているか感覚もない。

足も腕も火傷が酷かった。

特に酷いのは、恐らく出血。

ISがそれを防ごうとしている状態。

 

効果は以前よりは多少強い、理由は分からない。

けどそれもジリ貧で、持たないのは明白だった。

ただ、このまま意識を失えばそれこそ失血死まっしぐらで…。

 

 

 

 

そんな中、迷い込んだ場所。

いつも見る、灰色の夢。

場所はどこかの廃墟。

正確には民家だったものだが、正確な原型など記憶にない。

夢の中だと言うのに痛みは微かに残っていた。

 

自身の身体を確認する。

傷も何も無く、ISも纏っていなかった。

走馬灯だと自嘲気味に笑う。

 

 

「!」

 

 

ふと気付く。

 

 

目前の柱。

そこにナニカある。

───否、人のようなものがそこにはあった。

 

「…」

 

柱にもたれ掛かるように、ナニカが息絶えていた。

 

 

足下にまで広がってくる赤い血溜まり。

死因は考えるまでもない。

腹部の半分が爆ぜていた。

 

 

───ソレは、IS学園の制服を着ていた。

見慣れた華奢な身体。

髪型はツインテール、結っているのは黄色のリボン。

 

知っている。

オレはこの人物をよく知っている。

 

「…」

 

近付いて顔を見る。

目の焦点はあっていない。

口からは血が垂れていた。

顔に生気は見られない。

髪も少し乱れていた。

両腕は力なく床に置かれている。

片腕だけ、ISの部分展開──それは、甲龍のもの。

 

「…」

 

夢だと思えない程精巧だった。

流れている血も、髪の毛も、手も、瞳も、全部本物と思えるほどのもの。

 

だと言うのに、何も無い。

込み上げる悲しみも絶望感もない。

ショックを受けるということも無かった。

───むしろ、キツイのは。

 

 

「久しいですね、今宮流星」

 

「───『時雨』…」

 

突然、背後から声を掛けられた。

驚いて振り返る。

そこにいたのは黒い服の少女───『時雨』。

彼女は寂しそうに、オレの顔を覗き込んでいた。

少しだが以前よりも、彼女の髪が伸びている。

 

 

「やはり、何も感じられないのですね」

 

「……ああ」

 

静かに肯定する。

目の前の死体に再度視線を移す。

その事実を改めて突きつけられる。

親愛も友情も絆も全部無意味と思わされてしまう。

手の届かないものだと、オレには一生真に理解できないものだと改めて思い知らされる。

 

鈴を庇ったのも結局、何も感じない自分を思い知らされたくないからだ。

 

───。

 

 

「出口は……何処だ。いや、どうすれば目覚められる?」

「このまま、あの暗がりに進んでいけば出られます。ですが……」

「……出られるなら、行かないと」

 

弱弱しくも、はっきりと呟く。

今更だと吐き捨て、その死体に背を向けた。

 

「起きて、どうするのです?福音は貴方では倒せない。起きた所で───」

「無策じゃない。ここに来た時に、アンタの顔を見た時にひとつ思い付いた」

「私が分からないとでも?とても策とは言えません。許可しかねます」

「……けど、このまま倒れているよりはマシだ」

 

抑揚のない声色の『時雨』。

相変わらず機械的に感じる。

ただ、感情というものを学習し取り込んでいるように見えた。

 

彼女の方がよっぽど人間らしく思えて仕方ない。

 

1歩、進んだ所でノイズが走る。

 

 

 

「っ!」

 

記憶の奥底に封じ込めていたものが顔を覗かせる。

生き残った事に、特に意味は無い。

 

分かっている。

強かったから生き残った訳じゃない。

たまたま運が良かったから。

多くの屍を見て。

それを踏み越えて。

 

そのせいで代わりに何人死んだのか。

その価値が、オレにあるのか。

 

 

 

───混濁した意識。

この空間の存在を、オレはようやく理解した。

 

自身の無意識が殺しに来ている。

積み重ねた嫌悪、それがこの空間だ。

 

足を進める事に、身体が重くなる。

 

様々な記憶や感触が、脳裏を過ぎる。

中には、記憶以外のものも存在した。

 

 

 

「───」

 

 

 

息が詰まる。

 

 

 

娘と再開する父親。

勝利を祝い会う戦友。

夢を語る少年。

貧しいながらもささやかに過ごす老夫婦。

胡散臭い授業を続けるエセ教師。

 

有り得ない未来を幻視する。

輝かしいそれは紛れもなく、はかり知れない価値のものだろう。

訪れない。

それは絶対に訪れる事は無い。

 

 

「……」

 

足を進める。

水場を歩いているように上手く足が動かせない。

 

 

──生き残ったのがオレで無ければ。

何度そんな状況があったか。

何度思ったか。

失った数も、奪った数も、オレでは釣り合わない。

見合う価値があるとは思えなかった。

 

だからこそ生き延びて証明しなければ、と考えた。

だけどそれはイタズラにそれらの数を増やすだけ。

 

その行為が簡単だったことも起因する。

引き金を引く。

先に当ててしまえば相手は動かなくなる。

喉を裂けば、頭を撃てば、爆発物を当てれば、銃床で殴り付ければ、完全にモノに成り果てる。

腹部を狙撃するだけでも簡単に奪いされた。

赤いものが撒き散らされる。

爆発で四肢が飛び散り、もう何であったか分からない。

 

だというのに、生き残るオレは何も感じない。

その事実と奪う行為だけが積み重なっていく。

間違いだ。

そんなものが生き残るのは間違っている。

 

──楽になってしまえばいい。

それも、ダメだと否定する。

 

逃げるだけの死は許されない。

ただ、何か意味がなくては、と。

そうでなくては許されない。

 

だから過程に何かを見出そうとする。

まともな感性を模倣し擬態する。

 

でも無意味だ。

どんなに取り繕おうと変わる事はない。

────なぜなら今宮流星は両親を失った時点でそう成ったのだから。

 

それは途中からではなく一番最初から。

生命について何も感じない。

人を亡くしても痛みはない。

奪っても感じない。

亡くなった者を想えない。

誰かの為に泣く事も出来ない。

そこに知人も友人も敵も味方も関係ない。

 

 

「……」

 

──そんな人間が、失ったものの意味を求めるなどあまりにも滑稽だった。

その為に生き延びるなど、中身の無い空っぽの贖罪でしか無かった。

 

勿論、そんなものも一部に過ぎない。

焦がれていた筈の平穏な日常も、残酷にそれを思い知らせるだけだった。

全てが眩しくて、でも真に理解は出来ない。

 

身に余るものだった。

オレで無ければ──オレで無ければ───きっとこの平穏も───。

 

 

 

「──────」

 

 

折れそうになりながらも、足を進める。

ほんの少しずつしか進めない。

身体にかかる力が更に強くなり、まともに立つことすらままならなくなった。

あと数歩だというのに、倒れ伏す。

 

 

「っ……ぁ……」

 

 

いつの間にか、現実と同じ怪我を負っていた。

腹部の怪我のせいで呼吸が上手くできない。

手も足も、満足に動かせなかった。

 

───それでも、這いずるように前に進む。

激痛と共に傷が更に開いた。

鋭利なもので裂かれたように更に切り裂かれる。

 

ボトり、と臓腑が零れ落ちた。

左手首に風穴が空く───当然、もう動かせない。

 

 

まるで他人事のように関心は無かった。

 

 

 

「正気、ですか?」

 

 

その光景を見た『時雨』が初めて困惑を顕わにした。

答える余裕はない。

正気かどうか、それはオレ自身が聞きたいくらいだった。

 

「一番最初の理由すら思い出せないのに……。もう眠ってしまった方が、楽かも知れないのですよ?」

 

知っている。

そんな当たり前の事、頭では痛い程分かっている。

 

「分かっていて、何故……?」

 

彼女の疑問は最もだった。

過去を振り払う強さも、自身を受け入れる度量もない。

真っ当に向き合うことすら出来ていない。

 

命に執着が無くなった直後だというのに、あの男を殺してでも生きようとした。

『時雨』の言う最初の理由、動機(・・・・・・・・)

それすらも今は思い出せなかった。

 

 

オレは自分を受け入れられない半端者だ。

赦す気もない。

答えはでない。

価値なんてまるでない。

 

それでも、前に進むと決めたのだ。

その死に何も感じられないのなら。

その未来を奪って哀しむこともままならないのなら。

苦しくても、生きて、生きて、生きて─────。

 

 

 

 

 

────なにが、したかった、んだったっけ?

 

 

 

 

「───」

 

次第に音も遠くなる。

ただ苦しかった。

痛みも麻痺しているのに、何故か苦しい。

呼吸も浅い。

猛烈な眠気も感じた。

このまま眠ってしまえば、生体補助を切ってしまえば、きっと楽になれるだろう。

苦しむ事も、もう無くなる。

 

 

前に伸ばしていた右手の感覚も無くなる。

痛覚すらまともに機能せず、何も無い空間に取り残されているとさえ錯覚した。

もはや、どちらが前かすら────。

 

「っ……くっ……」

 

最後に残っていた意識まで遠のいている。

抗う術は無かった。

 

───徒労に終わる。

やはりお前に価値は無いのだと。

ここまでは全て無駄であったと。

 

他でもない、オレ自身が告げていた。

 

 

 

 

「……」

 

静かだった。

そこは妙に、息苦しくて。

でも、心地が良くて……。

 

 

不意に、瞼の裏に映る。

 

それは泣いている少女の姿だった。

 

 

─────、唐突に沈みかかっていた意識が浮上する。

 

 

 

「─────っ」

 

 

────少女が、泣いていた。

 

 

朧気な意識、誰だか分からない。

しかも、直感的で説明できないもの。

些末な問題だった。

 

 

断片とはいえ、今宮流星の過去を知って、歪さを知って、なお涙を流した。

 

涙の真意や想いは分からずとも、たったひとつだけ思い知らされる。

こんなオレの為に泣いてくれる誰かがいるのだと。

この平穏には、きっとそれたらしめる価値があったのだ。

 

 

─────同時に、この平穏を惜しむ自分に気が付いた。

 

 

 

「─────!」

 

燃料はたったそれだけ。

冷たい心に灯る微かな火。

 

焼け付くような衝動が、感覚を呼び戻す。

 

 

唸るように声を上げる。

消えてしまいそうで頼りない火でも、十分だった。

 

眩しくても、真に理解出来なくても、惜しんで居た。

 

 

同居人との騒がしい日々も。

マイペースな少女とのささやかな瞬間も。

水色の少女と努力した時間も。

小柄な少女とのやり取りも。

 

 

力が籠る。

抑え込んで居たものを強引に引き剥がす。

 

重かった身体が、ゆっくりと持ち上がった。

 

 

更に数歩進む。

片脚は動かず、引き摺るようだが進むことは出来た。

 

そこへ辿り着く。

 

 

置かれていたのは、一丁の『拳銃』。

 

 

「──相変わらず、ですね」

 

呆れたような声。

振り向くと、彼女はそこに居た。

何処と無く嬉しそうだった。

初めて平穏に執着しようとするオレに、安堵しているように見える。

 

 

彼女の背後に見える深淵。

底がなく、彼女すら包みこもうとする何か。

霧状だった。

蝕んでいた。

微かに手が見えた。

無数の眼が見えた。

そんなものを背に彼女は平然としていた。

 

多分、真っ当なら不安を持つべき場面なのだろう。

 

『時雨』が本当はどんなISなのかは知らない。

この目の前の拳銃も正体不明。

オレが今から行おうとしている事は、彼女との繋がりを強くするだろう。

 

不安はなかった。

彼女が悪いものでは無い事は、オレが誰よりも分かっている。

 

 

茶化すように、我ながら意地の悪い笑みをいつも通り(・・・・・)の調子で浮かべた。

 

 

「アンタ、変わってるよな」

「それはお互い様ですよ」

「それもそうか」

 

 

 

 

正面に向き直る。

惜しんだものには気付けた。

答えは出ずとも、苦悩は終わらなくとも。

 

惜しんだものを掴み直すため、離さないために。

 

 

オレは手を伸ばした。

 

 

 

「さあ、行こうか『時雨』」

 

 

 

 

迷わず、拳銃を手に取った────『時雨』の姿も、死体も、記憶の蓋から漏れ出ていた光景も、何処かに消える。

 

 

 

 

気付けば場所はいつの間にか、叩きつけられた岩礁の上へと戻っていた。

 

───無理矢理体を起こしていた様だ。

臓物は落ちておらず、左手首の風穴もない。

感触として残っていただけに違和感がある。

 

 

片手に握られているのは見た事もない『拳銃』。

見た目は一般的な自動式(オートマチック)と同一、サイズ的にIS用というだけ。

 

 

口の中に溜まった血を吐き捨て、空を見上げる。

 

 

空中ではまだ、戦いが続いていた。

鈴が、簪が、皆が戦っている。

 

このままでは、足りない。

オレ如きが戦闘に復帰しても状況は何も変えられないだろう。

 

そもそもの話、今の生体補助ではどの道死を待つだけだ。

 

 

口元を拭いながら、静かに息を整えた。

 

 

 

 

「…」

 

 

目の前に投影ディスプレイを表示させ、調整する。

 

そもそも、IS展開時の操縦者は五感の一部をISによって拡張されている状態にある。

ハイパーセンサーと総称されるものがそれだ。

パワードスーツらしく、外付けで人の機能を拡張している。

 

 

着目したのは外付け部分と全てを含めたISからの情報量。

IS側で調整されるそれらの安全機構を外し無理矢理引き上げる─────操縦者とISの垣根を弄る事は許されていない。

 

ISの適性も何も無視した強制的な『同調』。

試合において認められていないという話ではない。

危険だからだ。

 

夥しい量の情報は脳だけではなく、精神にも莫大な負荷をかける。

身体にかかる負荷はIS側で軽減出来る為、先に限界が来るのは当然後者。

 

過去にはそれによって廃人になった事例が殆どと聞く。

 

故の禁止事項(タブー)

 

 

それを、破る。

 

─────【警告】─────

─────【警告】─────

─────【警告】─────

 

表示される警告。

当然、無視する。

 

防御面は最低限、代わりにISから送られてくる情報量を引き上げた。

同時に迫り来る目まぐるしい情報量に目眩がした。

 

 

「っ、あっ………かっ………!」

 

 

爆音が頭蓋を叩く。

だというのに、鼓膜は無事。

凄まじい音量だというのに、その中で細かな足音まで聴き分けられる。

視界は鮮明──目を凝らす必要もなくなるまでに細かく見える。

眩しさは感じない、明暗はもはや関係ない。

無論、それらだけではない

五感全てが強制的に引き上げられIS内で観測された熱源情報も全て流れ込んできた。

 

頭の中が直にかき混ぜられ続けている気がした。

IS内の情報を知覚出来るようになる──余りにも慣れない。

 

 

痛覚も当然増した。

麻痺している部分もあるとはいえ、痛みと形容出来ない衝撃が身体を襲う。

全身が内側からバラバラになるのを幻視する。

 

 

 

「っぁ……!!」

 

気を失いそうになるも、踏みとどまる。

 

ここに来てISの生体補助が実感として分かった。

ISとの結び付きが強くなっている為、効果は以前よりもしっかりとしたもの。

自滅も有り得た。

必死に手綱を握る。

 

 

「思った、より…、厳しいな…っ」

 

気分は先程よりも悪い。

───凄まじい情報量に精神が押し潰されるはずが、その程度で済んでいた。

 

こうなる確信があったとはいえ、嫌でも思い知らされる。

自身の状態を。

 

…今は考えない事にする。

 

 

状態が安定した。

 

 

準備は出来た。

再度意識を空へ。

 

捉えるのは銀の機体。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 

無理矢理暴走させられ、更には改造を施されたであろう福音。

それは中の搭乗者を守るべく外敵全てを倒さんとしていた。

ただそれも何者かによって悪用された。

もはや今は凶悪な武装を撒き散らす存在でしかない。

 

一夏のように皆を助ける等とは言わない。

別段敵対する事も市街地に被害が出る事も構わない。

──ただ、平穏脅かすならば排除する。

 

 

「──────」

 

拳銃を一旦量子化する。

拡張領域も同調による影響か、理由は分からないが増えていた。

 

福音が皆から大きく距離を取る───大きな攻撃を繰り出す気だ。

撃墜された者はいない、が満身創痍なのは明らか。

 

「……」

 

スナイパーライフルを展開し、即座に引き金を引いた。

 

機動性を活かし動き回る福音だとしても無警戒の状態。

加えて今のオレならば捉えきれる。

 

狙撃は腹部へ。

福音がよろけるのを確認する前に、空中へ飛び立つ。

 

 

ボロボロの簪や鈴と福音の間に割って入った。

 

驚きの声を漏らす二人。

皆も満身創痍の状態なのは言うまでもない。

 

 

「後は任せてくれ。───敵は、オレが倒す」

 

「っ──流星!?」

 

「!?あんたッ、そんな身体で!?」

 

返事はしなかった。

簪と鈴を置いたまま、福音の方へ。

 

 

 

『La』

 

改めて福音がオレを外敵と認識した。

掃射されるエネルギー弾。

それは全員に向けてでは無く、オレ個人に対してだ。

相変わらず、オレに対して手厳しい。

何が彼女をそうさせているかは分からない。

 

避けられる筈のない銀の雨。

 

 

「─────」

 

それを避ける。

後方へ緩やかに加速しつつ、他上下左右前方へ緩急を付けるようにスラスターを吹かす。

背中のスラスターまで自分の体のように完璧に知覚できていた。

銀色の雨を最小の距離で抜け、アサルトライフルで反撃に出る。

 

 

「嘘…」

 

「一体、何が…」

 

セシリアとシャルロットの驚きの声。

戦闘中だというのにやけに鮮明に聴こえた。

驚きは当然だ。

先程までとは動きの精密さが明らかに違う。

 

脳内で絶えず吹き荒れる情報の嵐。

活かされるのは今までの経験則、もとい取捨選択。

完全に自身の身体のようになったのだ、武器を扱うのも随分自然体になった。

目まぐるしい情報量に対し、必要なものを何とか選び取る。

 

アサルトライフルで胴体目掛け牽制し、福音の攻撃間隔をズラす。

精密に動けるようになり、多少の機動性が上がったとはいえ軍用機との性能差は歴然。

 

追い付くのは至難の業。

だが距離を空けては勝てない。

福音を自由にさせては倒せない。

やる事はいつも通り。

もはや機械が相手だろうと変わらない。

空いていた左手に手榴弾を持つ。

 

『─────!』

 

福音が警戒を示す。

あくまで奴は基本的に武装の特性に応じて動きを変える。

───その動きの初動。

エネルギー翼の角度、光量。

機体の向き、姿勢。

拡張された情報量と動体視力をもって、軌道だけを読む。

とはいえ現状は幾らでも逃げ場がある。

アサルトライフルを置くように連射し、手榴弾を投擲した。

 

『──』

 

当然、手榴弾は当たるはずがない。

圧倒的に速度が違う。

だがこれはあくまで陽動。

福音は爆破物を撃ち落とさんとエネルギー翼を羽ばたかせる。

 

その隙を突くように撃ちながら距離を詰める。

逃げる方向を制限。

射線により誘導。

敵機の攻撃も対応も今なら見てから対処が出来る。

 

 

縮まる距離。

 

「っ、」

 

苦痛に思わず顔を歪ませる。

身体が悲鳴を上げていた。

短時間での無茶苦茶な軌道、反応。

全身にかかる負荷、血も減った事があり酸素が圧倒的に足りない。

 

「────」

 

無視しろ。

平穏に手を伸ばしたいなら、バラバラになろうと戦え。

お前に出来ることはそれだけだろう。

敵を排除しろ。

 

 

 

「!」

 

福音が逆に前へ出た。

距離を取るのではなく、強襲するように音速で向かってくる。

 

即座に武装を切り替えながら、オレも加速した。

 

右手に展開したのは先の拳銃────眼前のポップアップ曰く特殊兵装『シリウス』。

見た目に派手な装飾は無く、ただのIS用の拳銃に見える。

 

だが中身は違う。

扱うのは実弾では無く、福音と同じエネルギー弾。

その為スライドを引く必要はない。

福音が何かするよりも早く、引き金を引いた。

 

 

「ちっ…」

 

思わず舌打ち。

青白い弾丸は、初撃は、虚空に消える。

 

流石に実弾以外がいきなり使いこなせるとは思っていない。

福音が身体を捻ったのもあるが、それでも慣れていないという事が大きかった。

だが、一発だけで感覚は掴めた。

 

 

右の手刀を躱し、同時に振り返る。

 

やけに手に馴染む。

一瞬にも満たない間で銃口を福音へ向け直す。

福音もまた、左の掌を突き出した。

掌の銃口が光を発さんとする。

 

 

一瞬、オレの方が早い。

 

青白い弾丸が掌の銃口へ。

 

 

──────眩い光と共に、爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、何が、起きている?」

 

遥か上空で行われる戦闘を目にしながら、ラウラは思わず呟いた。

ひたすら戦い続けていた代表候補生と箒達だったが、簪と鈴が戻るまでに半壊状態に。

2人が合流した後は戦闘が一時有利までは食らいついたものの、全員が満身創痍にまで追い詰められていた。

諦めはなく、全員が福音を止めようと全力だったところに灰の機体が割り込んできた。

 

 

復帰してきたこと自体驚きなのだが、それだけに留まらない。

そこからの戦闘は正直ラウラだけでなく皆も目を疑った。

 

正面から福音に肉薄している────機体性能は負けている中、福音の広範囲攻撃を捌きながら単身距離を詰めている。

 

福音が掌の高火力兵装を見せた所で、全員が思わず身を乗り出そうとした。

 

────刹那、眩い光と共に爆発が起きた。

 

衝撃を受け流す為か、福音が後方へ。

彼も下手に踏み込まず、下へ旋回するように離脱した。

福音の左の掌から黒い煙が上がっている。

左掌の銃口がひしゃげている────原因は流星の右手に握られている『拳銃』だろう。

特殊な兵装だろう、何故あんなものを持っているのかも分からない。

 

「何、あの武装……」

 

一番『時雨』のメンテナンスも見ていた簪が声を漏らす。

エネルギー弾を放つような武装、『時雨』には無かったはずだ。

そもそも拡張領域(バススロット)の都合、そんな武装を詰め込む余裕も無い。

しかし、彼は今見た事もない武装を使っていた。

可能性としては2つ。

自己進化で獲得したか、はたまた把握しきれて居なかったか。

どちらにしても不可思議な現象、簪は思考を切り替える。

 

 

戦闘は続く。

 

やはり、彼の動きのキレが上がっている。

特に、スラスターの扱い方が異様に上手くなっていた。

福音と同様、空中を泳いでいると錯覚してしまう。

 

「本当に流星さん、でして?」

「動きが別人だよ」

 

セシリアとシャルロットも立て直しながら呟いた。

射撃行動中のPIC制御も何もかもが見違えた。

少なくとも機動周りを戦い方で補っていたとはとても思えない。

 

箒はハッと我に返りながら、慌てた様子で声をあげる。

 

「援護をしなければ、一人では危険だ──!」

「待て、箒。我々のシールドエネルギーは残り少ない。下手に加勢すればかえって邪魔になる」

「し、しかし……!」

「今出来ることを…考えるしかない…」

 

ラウラの言葉にもどかしい思いを露わにする箒。

勝手に飛び出すような真似はしないが、それでも先の一夏がやられた手前不安を隠しきれない。

そこへ前へ来るように声を掛けたのは簪だ。

彼女もまた心配でいっぱいなのは考えるまでもない。

箒は視線をそのまま手前の鈴へ。

彼女は今にも泣き出しそうな表情で、戦う灰の機体を見つめていた。

強く握り締められる拳と震える肩。

 

深呼吸すると、彼女は箒の方に振り向いた。

 

「箒、あんたはまだ戦う覚悟がある?」

「?……ああ、勿論だ。もう私は迷わない。───いや、迷っても己を見失うつもりはない」

「そ、らしいわよ。ラウラ」

 

「やはり、それしかないか。皆はそれで異論はないな?」

「異論はない、かな」

(わたくし)もですわ」

「僕もだね」

 

「何を…?」

 

分からないと首を傾げる箒の前にシャルロットが降り立つ。

シャルロットもまた装甲のいたるところがボロボロだ。

彼女は武装を量子化すると、片手にコードを持つ。

 

「!」

 

以前見た事のある箒はそこで意図を理解した。

簪も同様にコードを紅椿に繋ぎながら、何やらデータを調整している。

 

「知っての通り、僕達のエネルギーは全員殆どない。仮に僕1人の分をあげてもちょっとしか足しにならない」

「だから、皆の分を集める…。戦闘には参加出来ないけど、ISは辛うじて展開出来るギリギリ残して残りを箒に…」

 

即興でこんな事が出来るのは勿論シャルロットと簪のみ。

ISを開発していただけあって、簪は自身だけでなく残りの皆の分のコア・バイパスも紅椿に繋いでいる。

 

「他に、適任がいるのでは無いか?」

 

ポツリと不安が顔を出す。

理屈はわかる。

現在最も機体的被害が少なく、かつ紅椿という未知数の存在に乗っている自分が最適である。

 

ただ、客観的に見て素人の自分が代表候補生に適うわけが無い。

恐怖以上に、自信が無いというのが本音だった。

セシリアが箒の肩を叩く。

 

「機体性能も加味して出た話というのは否定しませんわ。ですけど、箒さんが紅椿をちゃんと使えている事は皆が理解しています」

「セシリア……」

 

──それに、と隣からラウラが口を開く。

 

「力に溺れた事がある者同士だからこそ、私はお前に託したい」

「…タッグトーナメントの時は、こう言われる日が来るとは思わなかったな…」

「そ、それは言わない約束だっ!」

「ふふ、冗談だ」

 

赤面するラウラに箒は自然と顔が綻ぶ。

緊張はいい感じにほぐれていた。

エネルギー供給が終わり、コードが外れた。

 

 

「行くぞ、紅椿───!」

 

 

最低限のエネルギーのみを残した代表候補生達を横目に、箒は戦いの場である遥か上空へ飛び立つ。

 

 

 

 

 

一気に加速し、瞬く間に紅い機体は上空へ駆け付けた。

 

 

 

───エネルギー刃が真横から福音に振るわれる。

福音が難なくそれを躱す中、流星は驚くこと無くアサルトライフルで追撃する。

福音は羽ばたく事でエネルギー弾を放ち、彼の攻撃を相殺していた。

 

紅椿が眼前へ。

互いに動きながらも回線を通じて言葉を交わす。

 

「すまない、遅くなった」

 

「早いくらいだ。エネルギーはどれくらいある?」

 

「5割程だ。今宮は?」

 

「3割切る位だ。お互い、そう余裕はないか」

 

いつもの様子で応じる流星。

箒の視線は彼の腹部に。

出血はかなり収まっているように見える。

ただ依然として傷はそのまま残っていた。

顔色も良くない。

 

箒は心配する言葉を飲み込む。

 

「来るぞ」

「!」

 

『La──』

 

相手の攻撃よりも少しだけ先に流星が告げる。

箒はその声を聞いて左へ飛んだ。

そのまま福音の背後に回るよう箒は旋回する。

流星もまた挟み撃ちになるように反対側へ。

 

螺旋状に軌道を取りながら、弾幕を形成。

振り払うような動きで離脱を測る福音に箒は機動力で、流星は牽制と反応速度を活かして立ち回る。

 

『──』

 

竜巻状に撒き散らされる銀のエネルギー弾。

先程から少しずつ弾の軌道が直線一辺倒ではなくなり始めていた。

──益々のんびりしてはいられない。

 

銀の竜巻の中心へと2人は踏み込むように回避する。

竜巻を抜け、視界が晴れる。

箒は中心に出たと同時に加速し斬りかかった。

合わせるように流星も接近を試みる。

先の高火力兵装はもはや右手のみ。

 

彼は『拳銃(シリウス)』を展開。

特性は把握しかけている。

射程は余りなく、近距離向けの兵装、連射

弾丸はエネルギー弾、セシリアの武器のような圧倒的速さはない。

 

そして、この拳銃と同時に拡張領域(バススロット)に現れた謎のマガジンが1つ。

 

 

箒の攻撃を福音が躱す。

交差する2機。

 

「くっ!?」

「箒、左へ逸れろ」

 

マガジンを展開、現在のものと取り替えた。

左手にナイフを展開。

箒と入れ替わるように流星は福音に切りかかる。

 

『!』

 

叩き付けるように振るわれる翼。

彼はそれを紙一重で躱す──────ナイフは虚空を切る。

 

拳銃の銃口は既に福音に向けられている。

 

引き金が引かれた。

 

出てきたエネルギー弾は先と形が違い、球状。

サイズも少し大きかった。

銃口から射出された瞬間、それは分裂した。

 

分裂した弾もさらに枝分かれする様に分裂し、増えていく。

 

 

回避を取ろうとする福音も至近距離でそれは避けられなかった。

突然の出来事に箒は内心驚きを隠せずにいる。

 

(分裂弾!?あのような武装まであったのか…!?)

 

複数の弾が直撃し、福音が大きく吹き飛ぶ。

竜巻の外側へ。

 

(射程は先より更に短い……威力も下か)

 

流星は弾の性質が変化する仕様も完全に理解する。

箒と共に追撃しに消えていく竜巻の外側へ出た。

箒は展開装甲を用いて一気に詰める。

 

流星は追わずにスナイパーライフルで援護する。

 

 

 

 

───目まぐるしく動き回る3機。

距離を起きながらもそれを見守る影が5つ。

箒にエネルギーの殆どを託した代表候補生達は固唾を飲む。

状況としては流星達が押していた。

このままいけば、恐らく福音は倒せるだろう。

全員がそう思いながらも、一抹の不安を隠しきれない。

特に、簪は福音の対応の仕方を見ながらその不安を積もらせる。

 

福音はずっと敵の行動や武装を学習しながら戦っていた。

戦い方に大きな変化がある訳ではないが、対策はしっかり講じている。

また、武装の使い方もかなり幅が広がっていた。

先の竜巻のようにエネルギー弾を放つ事なんて無かった。

 

「……」

 

彼等を信じていない訳では無い。

恐らく、どのような事になろうとも福音を倒すだろう。

 

問題は結末だ。

このまま難なく倒せるのが一番だが、そうはいかないという予感があった。

 

更なる重傷、相討ち、福音のパイロットの死亡…このままいけばいずれかに辿り着く。

限界は近い。

一番被害が少ない結末が福音のパイロットの死亡───それも当然望む結末では────完全勝利とは言えない。

 

祈るように見守る簪。

代表候補生全員が感じている事を、彼女は独り口に出した。

 

「……あと、一手…足りない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────っ!今宮!」

 

「無事だ。とはいえ、これは想定外だな」

 

福音を連携し捉え続けていた2人が、回避の為に一気に距離を取った。

眼前の福音がエネルギー翼を広げ、踊るように回転しながら動いたからだ。

横軸に撒き散らされるエネルギー弾。

回転しながらということもあり、弾速は微かに速くなっている。

また軌道も直線ではない。

 

「これでは、近付いても2人纏めて迎撃されるだけだ!」

 

「迂闊に近寄れない、か。厄介だな」

 

被弾しないように避ける事なら可能だ。

ただ、そうなると福音も逃げながらの為、機動力の差で一定の距離から詰められない。

更に薙ぎ払うような弾幕に弾も消されてしまう。

拳銃(シリウス)は射程外。

盾も壊れている為、無理矢理突破も厳しい。

 

「───」

 

ジリ貧だった。

完全に2人を警戒し守りに徹する福音。

明らかにこちら側の消耗を見越してだろう。

せめてあと1人いれば、と箒が眉を顰める。

 

流星はその状況を前にしても淡々と戦闘を続ける。

ヤケになっている訳でもなく、ただその時を待っているかのようだった。

箒からは、彼が戦闘中に何かを察知したようにも見えた。

 

銀の雨をただ躱し、ギリギリの射撃戦を続けている。

あの回転攻撃を誘発しているようにも見えた。

 

──────そして、その時は訪れる。

 

 

 

一閃。

 

 

何かが福音のエネルギー翼を切り裂いた。

 

 

 

 

「え─────」

 

 

箒が声を漏らす。

有り得ないものを見たように口蓋も開けて思わず立ち止まりそうになる。

 

『!?』

 

強襲に対し、福音は反応し回避行動を取っていた。

ただ、この状況下の不意打ちには、エネルギー翼を切り裂く異質な攻撃には流石に対応し切れなかったのだろう。

 

 

「悪い、遅くなった」

 

眼前に降り立つ白の機体。

この土壇場で、この状況下で、聞き慣れた声はあまりにも心強かった。

溢れるものを抑える箒を後目に、白の機体は手に持っている武器を構えた。

 

 

「仲間は、皆は、───俺が守る!」

 

 

『あと一手』が現れた瞬間。

ここに役者は揃った。

 

 

──────最終ラウンド、開始。

 

 

 

 

 



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-38-

──何とも、奇妙な現象だった。

 

 

綺麗な世界、見渡す限りの水平線、青い空と綺麗な水の───いや海の床。

立っているのも不思議な世界で、白い騎士は居た。

見た事のあるようなIS。

姿も誰かと重なる、なんて感じた。

 

思えば不思議な感覚だった。

懐かしいようでいて、心が落ち着く。

あの場所は温かな感じがした

そこで、白い騎士から聞かれたんだ。

 

『力を欲しますか?』って。

 

よく分からないだろ?いきなりだもんな。

力って単語を聞いて思い出すのはラウラとの一件だ。

力に固執するのは駄目だ。

 

けどさ、必要ない世界でも無いんだ。

俺は肯定した。

ちゃんと答えを告げた。

 

仲間を、皆を、守る為に。

 

ISが生まれた事で騒乱に巻き込まれた少女が居た。

両親と一緒に居られなくなった少女が居た。

一族を背負う事になった少女が居た。

親の会社のためにと謀略に加担させられた少女も居た。

国の都合によって遺伝子操作で作られた少女が居た。

 

───そして、苦しいってすら人に言えなくなった少年(ヤツ)が居た。

 

理不尽や不条理が存在する。

大も小もないんだ。

勿論、腕力だけじゃない事も分かってる。

だけどさ、どうにかしたいんだ。

せめて目の届く範囲は、仲間位は守りたいんだ。

 

想いを告げていたら、いつの間にか隣には白のワンピースの女の子が居た。

『じゃあ、行かないとね』なんて手を差し伸べていた。

何となくだけど、女の子の正体に俺は勘づいていたんだろうな。

 

迷わずに手を取ったら、すぐに目が覚めた。

 

一瞬だけ見えた灰の記憶。

理解までは行かなかったけど、アイツが苦しんでる事は嫌でも分かった。

『か細い糸のようだけど繋がっているから』って女の子は言っていたっけ。

とりあえず、何故か皆の位置情報は分かっていた。

 

 

飛び出すように花月荘を後にして、今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

───翼を斬られ、福音は一気にバランスを崩した。

下降に移る前にライフルの弾が飛来する。

福音は残った左のエネルギー翼を肥大化させ、繭に籠るかのように丸まった。

銀色の球体、下手に手出しするのは悪手。

向こうにはスタミナという存在は無いが、こちら側にはある。

少し息を整えるべく、追撃は見送る形になった。

場に暫しの静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

「一、夏……なのか?」

 

「ああ」

 

静かに確認をしながら、彼女は白の機体に近付く。

彼女の内心を占めるは驚愕と喜び。

怪我などまるで無かったというように、平然と雪片弐型を構え眼前に立っている。

 

機体の見た目も変わっているが、彼自身が無事な事の方が箒にとって全てであった。

このまま目覚めないかもしれない、そんな不安もあった程だ。

 

そんな箒に声を掛けようとする一夏。

唐突に、横から彼の頭上に拳骨が入った。

手加減はしているとはいえ、それなりの鈍い音がする。

 

「痛っ!?───何だよ流星!?」

 

ほんの少し涙目なりながら訴える一夏。

に対し、流星は呆れたようにため息を付きながら返す。

 

「何カッコ付けてんだ。本当に遅くてどうするんだよ」

 

「これでも全速力できたんだって!?──っていうか流星その傷!?」

 

「問題ない。一応、内蔵は無事だ。血もほぼ止まっている」

 

「いや、問題大ありだろ……」

 

勿論、彼の傷は腹部のものだけでは無い。

ドン引きしながらも一夏は何か気が付いたのか、不思議そうな表情になる。

顎に手を当てて如何にも考えているポーズ。

視線の先は流星の顔。

ジロジロと顔を見られている事に、流星は顔を引き攣らせていた。

 

「…どうした?」

 

「何か…そのさ、吹っ切れたのか?───前よりこう~壁が減った感じがする」

 

「……お前、気持ち悪いな」

 

「なっ!?酷くねぇか!?」

 

ストレートな物言い。

驚きを隠せずにいる一夏と不満気な流星。

 

「ふ、ぷはははっ」

 

戦闘中と思えない間の抜けたやり取りに箒はつい笑みを零す。

 

「箒も笑うなんて酷いぞ」

「ふふ、いや、ついな。なぜかお前らしいと思ってしまったんだ」

「…そんなに変な事だったか?」

 

と、首を傾げる彼を前に流星は白の機体を見る。

以前と見た目からして明らかに変化した白式。

腕部には何かスラスターとも銃口ともうけとれる物もあった。

ニ次移行(セカンドシフト)を果たしたのだろう。

 

 

「!──箒、一夏」

「「!」」

 

と、そこで流星は一夏の前に出た。

微かに遅れて一夏と箒は福音に視線を向け直す。

福音がゆっくりと銀の翼を開き、姿を現す。

右のエネルギー翼は少し小さめとはいえ復活していた。

 

「───来るぞ」

 

「ああ!」

 

羽ばたく福音を前に流星が先手を取っていた。

動くエネルギー翼よりも早くライフルの弾が福音の肩部へ。

 

着弾を合図に一夏と箒が前に出た。

白式の機動力が上がった事もあり、速度はかなりのもの。

迫るは左右から。

あくまで高機動が一機増えただけ──そう捉えてもおかしくないだろう。

福音は何故か流星を優先していたが、一瞬だけ狙いが変わる。

 

 

『──!』

 

ただ、それで攻撃に移れるかは別だった。

流星から一瞬福音の意識が逸れた瞬間、狙撃が更に入る。

彼は牽制のマシンガンを撃ちつつ、絶えず場所を移動する。

 

『La』

 

薙ぎ払うようなエネルギー弾。

流星の攻撃を躱しながら、消しながら全方向へ福音は攻撃する。

 

「喰らうかよ!」

 

腕に新たについた武装───雪羅で盾を展開。

機動力で振り払うように逃げつつ、最小の被弾で彼は距離を詰める。

箒はエネルギー刃をひたすら連打し、撃ち落としながら突っ切っていた。

 

先までとは違い、弾幕が薄かった事が起因している。

一夏がエネルギー翼を切り裂いた影響もあるが、一番大きいのは恐らくは消耗故だろう。

皆の積み重ねたものがここに来て活きている。

 

 

流星もまた牽制を挟みながら銀の雨に向かっていく。

彼だけはほぼ直進で詰めていた。

3人同時に雨を抜ける。

 

畳み掛けるべく、各々が武装を構え──────

 

 

『La──aaaa───!』

 

「…!」

「え!?」

「なっ!?」

 

───刹那、福音が白銀に輝いた。

 

暗い周囲を銀の太陽が照らしているようだった。

叩き付けるように振り回されるエネルギー翼を防ぎ、3人は弾き飛ばされる。

 

 

翼は──4枚になっていた。

 

 

「──これは、まさか第三次移行(サードシフト)!?いくら何でもそれは───」

 

嘘だろう。

箒がそう言おうとしたあたりで福音は飛翔した。

 

舞う羽根状の残滓。

もはや跳躍とすら呼べる程の機動力で、福音は更に上空へ降り立つ。

神々しさすら感じられた。

その姿に天使を重ねてしまうのも無理はないだろう。

 

「……」

 

そして、未だエネルギーを迸らせる福音の装甲部分。

流星はある事に気が付き、呟きながらもアサルトライフルを撃つ。

一対のエネルギー翼が弾丸を防いでいた。

 

微かに、エネルギー翼が陽炎のように揺れたのを彼は見逃さない。

 

「…形状維持が不安定──となるとアレは移行しきれていない不完全な状態か」

 

「どういう事だ?」

 

「……急激な変化を無理に重ねた結果、攻撃用に変換したエネルギーが制御出来なくなっている。このままいけば福音は内部からのエネルギー不全、暴発で自滅すると見ていいだろう」

 

「「!」」

 

淡々と言う流星とは対称的に一夏と箒は表情な険しいものになった。

自滅、その言葉から連想出来る結末は気分のいいものでは無いのだろう。

 

福音の反撃が来る。

残ったもう一対の翼が振るわれ、落ちてくるのは雹のように大きくなったエネルギー弾。

狙いは多少雑だ。

後退しながら3人は回避に徹する。

 

「自滅って、まさか操縦者は───」

 

「想像の通りだ。本来エネルギー弾とかそういうのはデリケートな物なんだよ。───戦闘が激化したら、持って数分ってとこだな」

 

「そんな…!」

 

「そんなのって……!」

 

ショックを受ける二人。

一方で流星は福音を観察しつつ、反撃の隙を伺う。

自滅が確定していても、敵機が最期まで危険な存在には違いない。

ダメージを重ねれば確実に早く終わらせられる。

彼はあくまで自ら手でケリを付けるつもりだった。

 

そんな流星に知ってか知らずか、一夏は緊張した面持ちで福音を見据える。

 

竜巻状のエネルギー弾の雨。

3人はそれぞれ散らばるように回避した。

 

「───エネルギーが暴走するんだよな?」

「───零落白夜、か」

「ああ」

 

流星は一夏が言わんとしている事を即座に理解した。

その感性こそ持ち合わせてはいないが、織斑一夏がどういう人間かはとっくに知っている。

 

彼の考えは簡単だ。

エネルギーが暴走するというのなら、零落白夜をもって一気に強制停止まで追い込むというもの。

 

「でも俺だけじゃ不可能だ。だから力を貸してくれ、二人共」

「あぁ!私で良ければ幾らでも力を貸すぞ!」

 

必死に避けながら告げる一夏。

箒は即答だった。

福音の操縦者が犠牲になる事に、彼女も納得がいかないようだった。

 

尚も続く攻撃を躱し、牽制を入れつつも流星は溜息をつく。

 

「……本気か?アレはもう爆弾みたいなものだ。零落白夜で──となっても半端な当て方をすれば暴発する。第一、勝利は目前なのに態々賭けをするのか?」

 

「確かに、賭けかもしれない。危険なのも綺麗事なのも分かってる。けどこのまま見殺しにするのは、俺には出来ない。勝利するだけじゃ駄目なんだ」

 

「勝利が駄目なら何を求めてるんだ」

 

完全勝利(・・・・)さ」

 

「──」

 

一夏の言葉に流星はポカンと珍しい表情になった。

 

一度墜とされたからこそ、一夏自身も恐怖はある。

脳裏に最悪の状況が浮かばない程、彼も楽観的でもない。

操縦者も一夏自身も命を落とす可能性がおおいにある。

 

───だが、それでもと彼は声を上げた。

眼前の理不尽を認められない。

誰かが犠牲になるのを認められない。

ガキだと言われればそれまで。

万が一の時に友人がとる行動も察している。

その上で命を懸け、彼は道を貫かんとする。

 

 

『──』

 

再度、竜巻状になったエネルギー弾の雨が迫る。

今度は小型であり、代わりに複数個放たれている。

流星はそれを紙一重で躱しながら、次の瞬間には口元に笑みを浮かべていた。

 

「───ハッ」

 

馬鹿馬鹿しい。

そういった嘲笑と羨望(・・・・・)の含まれたものだった。

 

理解は出来ない。

だが、彼らしいと流星は尊重することにした。

 

敵は排除する──考えは変わらない。

もし、しくじろうとも結末がほんの少し変わるだけだ。

 

「──協力するさ。断ってももう遅いからな、一夏」

 

「流星…!」

 

「──と、言ったはいいんだが」

 

流星は再度鋭い視線を福音に戻す。

短期決戦を行うには、あまりにも流星側の機動力が足りない。

一夏のサポートもこのままでは満足に出来ないだろう。

 

「準備がいる。少しでいい、俺に攻撃が来ないよう注意を引いてくれ。あとは──────」

 

「────分かった、任せろ」

「了解した」

 

流星が後方へ。

一夏と箒は逆に前方へ踏み込む。

完全に流星へ攻撃が途絶えれば、その隙に『黒時雨』になろうという魂胆だ。

福音は流星も巻き込むように基本攻撃を放つ。

 

完全に途絶えさせるのは中々に難しい。

つまり、流星が換装するまでに倒すつもりで戦う必要があった。

 

 

「───行くぜ!」

 

一夏が先陣を切る。

続いて箒が彼をサポートするようにエネルギー弾を撃ち落とさんと、エネルギー刃を飛ばす。

 

『L─a─』

 

ノイズ混じりの機械音声。

銀の雨が前後左右から襲いかかる。

もはや直進する弾の方が少なかった。

様々な要因で吹き荒れる嵐に対し、一夏は雪羅でシールドを展開。

防ぎつつも、衝撃を殺し切れず身体は後退していた。

 

全神経を集中させて攻撃を避けようとする。

シールドで防ぐのもエネルギーを使用する。

一発でもまともに受ければ、その時点で作戦は終わる。

 

「ぐっ──ううう!」

 

銀の嵐は分厚い壁のように彼らの行く道を遮る。

いたる所に竜巻も立ち並ぶ。

微かに揺れるエネルギー翼、時間が無いという現実を突き付けられる。

 

───このままでは。

箒だけでなく、見ていた代表候補生達も不安に駆られる。

 

 

そんな中、一夏は無言で思考を張り巡らせて居た。

悪い想像を切り捨て、どう打破するかだけに思考を偏らせている。

迷いは見られなかった。

 

箒はその姿を見て改めてISを欲した理由に思い至る。

 

(───ああ、そんなお前だからこそ、隣に立って支えたいと思ったのだったな──!!)

 

刀を握る手の力が強くなる。

彼女自身に残っていた弱気も吹き飛んだ。

瞬間、彼女の眼前に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)発動の表記が浮かび上がる。

絢爛舞踏(けんらんぶとう)】──名前を読み上げるより早く、彼女の機体が光を発した。

 

(エネルギーが回復している!?そうか、これなら────!)

 

「箒!?何を──」

 

展開装甲を纏い、凄まじい機動力で彼女は機体を走らせた。

嵐の周囲を一気に旋回し、層が薄い点を見つけると雨月(あまづき)空裂(からわれ)を持ち、突くようにエネルギー刃を射出した。

今までで一番出力の高い攻撃は嵐を突っ切り、福音の意識は完全に箒へ向けられる。

 

 

『!』

 

「一夏!手を───!」

 

大きく移動して回避を行う福音。

その隙をついて箒は一夏と合流した。

言われるまま一夏が手を伸ばし、箒がそれを掴む。

 

あたたかな光が白式をも包んだ。

白式のエネルギーが回復していく事を理解し、一夏も驚く。

 

「紅椿の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)だ。これで───」

「───確実に救える!」

 

一夏はすぐに腕を突き出し、雪羅に搭載された荷電粒子砲を放つ。

エネルギー弾と相殺し、爆風が広がった。

箒は展開装甲を完全に展開しながら、一夏は全スラスターを躊躇いなく吹かしながら回り込む。

 

福音は完全に二人を警戒し、一対のエネルギー翼を大きく上へ。

 

エネルギー翼の上で大きな球体ができあがった。

福音はその塊に指向性を与える。

すると、球体はエネルギー濁流と変化し、流体として彼らを襲う。

 

「行くぞ、白式!」

 

濁流は真っ二つに。

万全な状態まで回復した白式によって、その攻撃は無力化された。

 

爆風の中、突っ切る紅椿。

意表を突くように福音に迫らんとする。

 

 

────そして、もう1つ────黒い影。

展開装甲で無理やり突破した紅椿とは別に、隙間を抜けながら黒の機体は駆け上がる。

圧倒的機動力でありながらも、それは完全に制御されていた。

 

途中撃った青白い弾丸が福音の用意した白銀の球体を貫く──福音の攻撃を中断させた。

 

 

嵐が止まる。

 

 

 

「────」

 

一夏は大きく弧を描くよう上昇しながら、静かに息を吐き出した。

緩やかに加速を始め、身体からは力を抜く。

脳裏に浮かぶは姉の教え。

脱力することだけを意識した。

 

勝利への道は仲間の積み重ねにより、舗装されている。

思考は無へ。

程なくして音も消えた。

スラスターも止め残った慣性だけで上へ。

構えも何も無い。

 

 

 

 

 

 

───紅の機体と黒の機体が増えた両翼を破壊した。

福音が体勢を崩し、見上げるような姿勢になった。

 

 

福音の視界に白の機体が入る。

 

 

それは、遥か上空。

認識と同時────彼は身体をしならせ、目を開いた。

 

 

─────白の機体は砲弾のように、標的へと突っ込む。

 

 

『!aaa───────L』

 

福音が悲鳴にも似た声をあげる。

右掌から高出力のレーザーが放たれた。

真横に向いていた右の掌から出たレーザーは虚空へ消えず。

 

放出した状態で薙ぐように一夏へ振るう。

どれがどの機体であるかの認識も、最早福音からは欠け落ちていた。

 

「───」

 

一夏は高火力兵装によるなぎ払いにも動じない。

迫るレーザーを一瞬だけ零落白夜を発動させ、切り弾く。

 

『──La』

 

構わず、福音は再度薙ぎ払わんと右腕を振るおうと────

 

 

「もうその武装も見飽きた」

 

下から衝撃。

黒の機体が神速とも言えるスピードで背中に蹴りを入れていた。

使用されたのは二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)という技術。

装甲にヒビが入る。

 

『…a……La…』

 

最後の足掻きか福音は残ったエネルギー翼2枚を肥大化させた。

天使を思わせた羽もこうなればただの異形でしかない。

周囲全てを巻き込もうとする行動に、流星と一夏は瞬きすらしなかった。

 

 

青白い弾丸が、白い閃光が残った両翼を断ち切る。

 

 

タイミングは同時だった。

完全に翼を失った天使は反応すら許されず──

 

 

「俺達の、勝ちだ────」

 

 

───返す刀で振るわれた零落白夜によって、その装甲は完全に崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-39-

夜の空も色が明るく変わり始めた。

見渡す限り障害物などない太平洋の真上、地平線の向こうから顔を覗かせ始める太陽が海上に浮かぶ機体を照らす。

崩れゆく銀の機体。

朝日に照らされながら光に還るそれを、周囲に浮かぶ3機は見守っていた。

その中から解放され落ちる女性。

 

近くに居た一夏は自然と彼女を抱きかかえた。

 

緊張感から解放され、遅れて終わった実感がやってくる。

一夏がホッと安堵の息を漏らす。

 

同時に隣で赤い雷が再度走り、黒い機体は灰の機体へとその姿を戻した。

 

 

 

「っ……」

「流星!?」

「今宮!」

 

糸の切れた人形のように流星がその場で堕ちそうになる。

怪我からしても当然の事だった。

慌てて箒が支え、事なきを得る。

 

彼の目は虚ろで焦点は合っていない。

意識が辛うじてある、そんな状態だ。

 

「っ、わ…るい」

「話すな。命に関わる」

「そう、だな……っ」

 

全身の状態を改めて認識する流星。

畳み掛ける為とはいえ、この状態で『黒時雨』まで使用したのだ。

『同調』により増幅された五感に、強化形態の反動や怪我等の全てがこの瞬間押し寄せていた。

 

息を吸っても一向に身体へ酸素が行き渡らない。

指先まで麻痺し始めており、顔を上げる事すら困難になる。

 

──このままでは。

不味いと思った矢先、飛来する影。

 

「篠ノ之さん!今宮君を此方へ!」

 

現れる真耶。

身を包んでいるISはとても戦闘出来るような武装状態では無く、無理やりブースター等を注ぎ込んだ即興のカスタム式。

使っているISもラファールではなく、何処かの第2世代と思われた。

箒から流星を担いで預かると、そのまま彼女は振り返る。

 

真耶に続いて現れた3人。

目まぐるしいスピードで行われる応急処置。

 

 

それは、千冬が早くから手配していた医療部隊だった。

彼の意識は、そこで途切れる。

 

 

……。

 

 

 

 

流星が目を覚ました時には、再び日は沈んでいた。

花月荘内の明かりはまだ付いており、就寝時間とはいかないようだ。

繋がれた数々の機器、見たことの無い最新のものも見られる。

腕を見る──そこにはちゃんと待機形態の『時雨』があった。

ゆっくりと身体を起こす。

──傷は塞がりつつある。

一人驚いていると、千冬が現れた。

 

「目を覚ましたか」

「織斑先生。これは─」

「最新の医療ナノマシンも手配していたからな。加えてISの生体補助。これらのお陰だ。絶対安静には違いないがな」

 

成程、と流星は頷く。

身体の調子がかなりいいのも納得だ。

 

「あの後は?」

「福音と操縦者をアメリカサイドに引き渡した。恐らく原因は分からず終いだろうがな。──それとは別に専用機持ち達は検査を一通り済ませ、今はゆっくり過ごしている」

「結局、分からず終いですか。そんな気はしてましたけど」

「ああ、すまないな」

「織斑先生が謝る必要ありませんよ」

 

申し訳なさそうな千冬に困惑しながらも流星は言葉を返した。

少なくともこの医療機器を短時間で用意出来たのも千冬の手腕なのは明らかだった。

そもそも、彼女も巻き込まれた側であり流星の傷も自己責任でしかないと彼自身考えている。

 

と、千冬はある情報機器を流星に渡した。

流星はすぐにそれをISに接続し、中身を確かめる。

それは稼働データだった。

 

「───ISとの繋がりは深くなっている。恐らくあの『同調』による影響だろうな」

「はい。……表に出せないものですよね、これ」

「当たり前だ。───人とISを強制的に『同調』させる事で適性や資質、身体能力を上げる───究極的には誰もが高い適性や能力でISを乗りこなせるようになる、という机上の空論でしかなかったものだが……」

「廃人にならなかった例が出てしまった。机上の空論がそうでなくなるかもしれない第一例、ですね」

 

溜息をつく流星。

千冬は彼の纏っている雰囲気の微かな変化にそこで気が付いた。

意外そうな表情で少しだけ彼を見て、ふむ、と納得したように頷く。

彼には悟られないようにそうした後、千冬は続けた。

 

「そういう訳だ。身体への負担もある。今後『同調』は控えろ」

「控えろ、なんですね」

「本当なら禁止したい所なのだがな。今のところ異常らしい部分は見当たらない。それに、抜き差しならない状況というものもある」

「分かりました」

「あと、お前には言いそびれていたが───よく帰ってきた」

 

首を傾げる流星を前に千冬の表情が柔らかくなる。

流星も正面きってこう告げられるのは慣れていないのか、恥ずかしそうに視線を逸らした。

フッとそれを微笑ましく見た千冬は背を向ける。

安静にしろよ、と念押しだけして部屋を後にしようとした。

 

思い付いたように流星は千冬に声をかける。

 

 

「あー、織斑先生。1つ良いですか?」

 

 

 

 

そうして今に至る。

少しの外出許可を貰い、彼は花月荘から外へ。

 

場所は流星が篠ノ之束と出会った入り江の真上。

ちょうど崖となっている。

結構高い位置だというのに、ハッキリと波の音も聞こえてきた。

座る場所は剥き出しの岩肌しかない。

 

岩に腰をかけ、脚を崖下に放り投げるように座る。

波の音がやはり心地良かった。

昼とうってかわりヒンヤリした空気もまた悪くない。

 

1人その場を堪能していると、背後から足音が聞こえた。

流星は足音に反応して振り返る。

ちょうど来訪者も流星に気が付き、視線があった。

 

 

「───あ」

 

それはどちらが漏らした声か。

来訪者は寝巻き姿に上を羽織っただけの鈴。

まさかこんな所で会うとは思わなかったのか、両者とも驚きは隠せない。

よりによって──と鈴は視線を逸らす。

流星は正面に顔を戻し、少し横に。

 

一瞬迷った鈴だったが、彼の隣に腰を掛けた。

 

 

「「……」」

 

静寂。

二人の間に言葉が交わされることは無く、数分の時間が過ぎる。

そうして漸く、鈴が口を開いた。

 

 

「ごめん。その、さ……勝手に簪や本音に……見せたの」

「そっか」

 

 

──何を、かは聞かずとも分かっていた。

素っ気ない返事をする流星の横顔を恐る恐る鈴は見る。

 

「…怒らないの?」

「?怒る理由がないだろ?」

(あたし)が言うのもなんだけどさ。──勝手に覗いて、勝手に人に話したり見せたりしたら……普通は怒るものだと思うけど……」

 

怒るどころか、何処か安堵した様子の流星に鈴は困惑を隠せない。

話すかどうかも、実は大いに悩んだ。

偶然とはいえ、覗いてしまった記憶──それを誰かに見せるなど非常識にも程がある。

 

しかし、それでも1人で彼の問題を抱えるのは駄目だと彼女は考えた。

 

彼の内情を1人知ったというアドバンテージ、なんて発想は頭にない。

あったのは自身だけではどうにも出来ないという危機感のみ。

そうして甲龍に何故か残っていた映像データを、2人に見せた。

 

それが最善だと判断してだが、それでも罪悪感は取れず独りになる為に此処へ来た。

 

「見てしまったのはそもそも事故みたいなもんだろ?2人に伝えたのだって鈴がその方が良いと思ったからの筈だ。ならオレが言える事なんてないさ」

 

それに、と流星は続ける。

声は微かに明るいものだった。

 

「どう言おうか考えてたんだ。きっとこの事は何時か言わなきゃいけない事だったから」

「……あんたが、真っ当じゃないって事?」

「あぁ」

「────っ」

 

至極当たり前という顔で頷く彼に、鈴は思わず唇を噛む。

違う、と否定するのは簡単だ。

だが、それは彼の苦悩への否定に違いない。

現に彼は真っ当ではない。

壊れた部分は治らず、歪なままそこに在る。

 

──嗚呼、今なら分かる。

『変化しないものなんてない』という言葉は、彼自身の実体験であり祈りでもあったんだ。

そう思い至った瞬間、鈴は言葉を返していた。

 

「考え過ぎよ、馬鹿」

「え」

「そのままで良いなんて絶対言わない。変われるなんて無責任な事も言わない。───でも間違ってたら、私達(・・)が蹴っ飛ばしてやるから覚悟しなさい」

 

一瞬呆気に取られていた流星だが、それを聞くと納得したように頷き、溜息を付いた。

何処か嬉しそうに、いつもの意地の悪そうな笑みで鈴を見る。

 

「目を真っ赤にして言う事じゃないな」

「……誰のせいだと思ってんのよ、誰の」

「ごめんって、オレが悪かったよ」

 

キッと睨まれ、堪らず流星は両手を挙げて降参のポーズをとった。

その状態で何か思い出したように、あ、とだけ声を出した。

 

「言い損ねてた」

「……何よ」

「──ありがとう。鈴が居てくれて、本当に良かった」

「……」

 

む、と鈴は不満げに彼を見つつ少し黙り込む。

それが照れ隠しだという事は流石に流星も分かっていた。

 

鈴の方は相変わらずよねコイツ、だなんて内側で呟きながらある事を思い付く。

 

頬を紅潮させながら、視線を逸らす。

 

「と、とりあえず目を瞑りなさいよ」

「はい?」

「女の子泣かした…ば、罰よ罰!」

「……?」

 

分からないと首を傾げる流星。

こういう部分の察しの悪さは誰かを連想させられる。

 

「こうか?」

 

言われるがままに目を閉じる流星。

罰と言われた手前少しだけ身構えている状態なのは仕方がない。

 

 

夜の海。

空に架かる天の川の下。

 

打ち付ける波の音だけが聞こえる空間で、鈴は意を決したように身を乗り出す。

よし、と小さく呟き自身も目を閉じて顔を彼の方へ近付ける。

やけに大きく聞こえる自身の心臓の鼓動。

2つの影が重なろうと─────。

 

 

「────何してるの?二人共」

 

「────ひゃああぁあぃ!?」

 

鈴は、盛大にひっくり返った。

 

岩から転げ落ちるも、幸い崖とは反対側で済んでいた。

奇声を上げながら転げる鈴と聞こえた声に反応し、流星は目を開ける。

そこに居たのは立ち尽くす簪と何故か困った様子の本音。

2人はそれぞれ私服だった。

 

周囲の気温が下がった気がしたが、気の所為だろう。

特に簪の周囲から冷気を感じる気がするが、それもまた気の所為だと流星は自身に言い聞かす。

何故か目が据わっているが、それもまた気の所為だろう。

 

「鈴、ナニシテタノ?」

「ななな何もしてないけど!?何も!」

「─────流星、本当……?」

「罰、としか聞いてないんだけど……何をしようとしてたんだ?」

「成程…」

 

色々察したのか、簪は横目で地面に転がっている鈴を見る。

鈴も見られては不味い所を見られた為、言い返せずにいた。

簪の纏っていた雰囲気がすぐにいつも通りに戻る。

ホッと安堵の息を本音と鈴が漏らした。

 

「こんな所に来てどうしたんだ?……まさか、オレを探してたのか?」

「うん」

「そうだよー。ほらねかんちゃん、やっぱりここに居たでしょー?」

 

いつも通りの様子で受け応えする2人に、流星は不思議に思いつつ問い掛ける。

記憶(アレ)を見たというのに、何故いつも通りだというのか。

 

「えーっと、二人共鈴に見せて貰ったんだよ…な?」

「……ごめん。やっぱり見られたくなかった……よね。私が無理言っちゃったから───」

「かんちゃんそうやって自分のせいにしない。私も無理言ったし。……ごめんね、いまみー」

「あー、いや違うんだ。それは別に気にしてない。アレを見たって事は擬似的な電脳ダイブをしたんだろ?…2人の様子がいつも通り過ぎてちょっと驚いてるだけだ。」

 

珍しく驚きを隠せずにいる流星。

2人はキョトンとした表情で顔を見合わせる。

 

「流石に平気……ではなかったけど……関係ない、かな?」

「見てから半日以上経ってるのはあるけど、やっぱりいまみーはいまみーだからね」

 

簡単に言ってのける2人に、流星は困ったように頭に手をやった。

鈴とはまた別の解答に流星はどう反応していいか分からなくなる。

 

「……敵わないな」

 

そうとだけ呟いて彼は笑みを浮かべた。

呆れたような表情の手前、声色は今までのどれよりも柔らかだった。

 

 

「うひひ〜、センチメンタルないまみーには──それ〜!」

「なっ」

 

本音はそれを理解すると満足そうに笑う。

彼に駆け寄ってクシャクシャとオレンジの髪を掻き乱す。

癖毛もある為彼の髪型は一時的にぐしゃぐしゃになった。

 

「この馬鹿」

「退避〜」

 

流星にし返される前にすぐに離れる本音。

不満げな彼に今度は簪が歩み寄る。

 

「はい……これ…」

 

渡されたのはなんてことの無いアクセサリーだった。

☆型に特に装飾もないシンプルなデザインだ。

色は銀──なのだが灰色(グレー)にも見える少し暗い色。

小さく、とてもかわいらしいものだった。

 

「これは?」

「前にレゾナンスに尾こ──じゃなくて、か、買い物に行った時に見つけたの…。一応、御守りみたいなものらしい…」

「……くれるのか?」

「流星が、嫌じゃないなら……。そのつもりで買った…」

「嫌な訳が無いだろ。簪がくれる物なら何だって喜ぶ自信がある」

「ぅ」

 

言葉を失う簪とは別に、流星はアクセサリーを受け取る。

さて、どう身につけようか等と考えながら一先ずは懐にしまいこんだ。

 

きっと、返さなければならないものを沢山受け取った。

一時の感覚であるのは分かってはいるが、この感覚は何ものにも変え難い。

 

 

ところで、どうしてここが2人には分かったのだろうか。

偶然だろう鈴は兎も角、口ぶりからしてここに居ることを察していたようだ。

流星が疑問を持つも、それを口にする事は叶わなかった。

 

 

「「「「!」」」」

 

騒がしい音が聞こえ───花月荘側の砂浜に視線を移す。

そこでは、ISを展開したセシリアやシャルロット、ラウラに追いかけ回される一夏の姿があった。

何事かと思った全員だったが、一夏が箒を横抱き(お姫様抱っこ)して逃げている様子から察する。

 

 

「なにやってんのよ……アイツら」

「IS、展開してる……?」

「おりむーが何かしたのかな〜…」

 

鈴が顔を引き攣らせる。

簪は理解が追い付かず怪訝な視線を向け、本音は苦笑いを浮かべていた。

 

 

「はは、相変わらずだな。アイツらも」

 

笑いつつ流星は岩から飛び降りる。

待機形態の『時雨』に手を置きながら、砂浜側の崖に歩いていく。

 

「仕方ない、止めに行くか」

 

安静なんて言葉は既に頭の中に無かった。

ISを展開しながら飛び降りる彼を見て、慌てて簪と鈴が追い掛ける。

本音はそれを見送りながら、あー……と声を漏らした。

 

目を逸らしながら困ったように頬をかく。

 

「──多分、いまみーがいちばん怒られるよね……これ」

 

呟きは虚空に消える。

天の川の下、夜の砂浜を駆ける幾つかの光があった。

 

 

 

 

 

「───青春だねぇ」

 

夜風が吹く中、長く綺麗な髪をたなびかせながら1人女性は呟いた。

場所は崖の上。

ゴツゴツと剥き出しの岩場に腰を下ろしながら、篠ノ之束は視線を砂浜から移した。

顔を上げ、月を見つめる。

水平線までを綺麗に照らす月と連なるかのような天の川は遮蔽物がない為か、やけに大きく見えた。

 

ウサ耳型のカチューシャにそっと触れる。

表面に微かに付いた傷跡。

それをなぞりながら、彼女は後方に声を投げかける。

 

「そうは思わない?ちーちゃん」

「随分と騒々しい気もするがな。後で全員説教コースだ」

「ふふふ、ちーちゃんらしいね」

 

束は振り返ることも無い。

昼間のような明るさはなりを潜め、どことなく感傷に浸っているように千冬は感じた。

 

 

 

「───過去に今宮と何があった?」

「…質問の意味がよく分からないかな?」

 

「茜さんの息子…なだけならばお前は興味すら示さない筈。だと言うのにあの視線はどういう事だ?」

 

その声には確信に満ちたものがこもっていた。

束はそれを聞きながら敵わないなぁなんて漏らす。

一瞬の視線の変化を見抜かれていたようだ。

 

「流石はちーちゃんだね」

 

親友に賛辞を贈る。

声はどことなく嬉しそうだった。

 

「けど、束さんと彼には何も無いよ。あくまで私やちーちゃんが母親を知っていたってだけだよ」

 

 

 

「…妙だと思わないか?世界中が調べても出てこない空白がアイツにはある。まるで何処かの誰かが消し去ったようにな」

「それはとんだ天才もいたものだね」

「更にその天才は妹の華々しいデビュー戦として軍用機を暴走させる程の天才ときた」

「凄過ぎて、皆目見当もつかないな〜」

「一夏のISのコアは大方白騎士のコアだろう?並び替えてしろしき──白式────随分と単純な言葉遊びだ」

「さあ?どうかな?」

 

とぼける束は座ったまま足を投げ出し、バタバタと動かす。

千冬の声色は平静ではあるものの疑心を孕んでいた。

 

束は微笑む。

千冬の位置からその表情は見えない。

何の脈絡もなく、聞きなれない単語を口にした。

 

「過剰同調」

 

「!」

 

「あの凡人の唯一と言っていい才能にして、欠点の象徴だよ」

 

束の言葉を受け、千冬は何を指しているか即座に理解した。

今宮流星が突如として行ったISのリミッター解除。

本来なら廃人になる筈のもの。

彼が適応している事を束は知っていたのか。

 

尚、千冬レベルならばする必要はない。

そもそも身体的な才能が秀でている者程、感受性や五感が研ぎ澄まされて居ることもあり精神への負担も大きくなる。

 

最も、廃人になるかどうかについては、強さや性格でどうにかなるようなものではない。

 

「以前、それを使っている雑用係の貧弱な下っ端が居たんだ」

 

束の声が弾んで聞こえた。

凡人、そう呼びつつも背景にある感情は有象無象に向けるものではなかった。

 

「下っ端だと?」

「うん、下っ端。コレが使い勝手良くてさ、仕事をしくじった事もなかったね」

「…仕事、か。ロクなものでは無さそうだな」

「ただのお掃除だよ、ちーちゃん」

 

微かに眉を潜める千冬。

岩礁に打ち付ける波音が周囲に溶けていく。

親友の語る言葉を頼りに、考えを走らせる。

親友の態度も加味して彼女の中である仮説が生まれていた。

表には出さず、彼女は疑問を口にする。

 

「使い勝手が良かったなら、何故今お前の傍に居ない?」

「簡単だよ。結局予定が狂っちゃったから白紙に戻しただけ。コアの方も下っ端の方も何処かにやっちゃった」

「……束、お前───」

「筈なんだけどねぇ……いやー、流石の束さんも運命?っていうの?感じずにはいられなかったね」

 

愚痴を言うような調子で束は話をしていた。

懐かしんでいる。

明らかだった。

 

「───」

 

「ねぇ、ちーちゃん」

 

千冬は考えを張り巡らせる中、束から呼び掛けられた。

風に髪をたなびかせながら呟くように問いかけた。

 

「─────今の世界は楽しい?」

 

先までよりも遥かに真剣な声色だった。

いつも通りに余人は感じられるだろう。

ただ、千冬はそうではないと判断した。

彼女は思っている事をそのまま口に出す。

 

「…そこそこにな」

「そうなんだ」

 

返事はいつになく素っ気ない。

何を思い、何を考えているのか想像は付かない。

千冬は視線を束から空に移した。

 

束は千冬の回答に数秒考え込むと、振り向かずして口を開く。

 

 

「私はね───────」

 

「!」

 

告げられる言葉に、思わず千冬は目を丸める。

 

すぐに束の方へ振り向くも遅い。

 

束の姿は、既にそこになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、銀の福音編はこれにて終了です。
学園に帰る所はまだありますが、大まかな部分はということでどうか。

長い…長かった……。


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-40-

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)暴走事件解決の翌日。

花月荘の女将さん達に礼を告げ、教師引率の状態で近くの駐車場へ流星達は来ていた。

帰りのバスに乗る為だ。

皆の顔は晴れやか。

臨海学校を惜しんでいるものこそ多いが、皆楽しんだのだろう事が窺える。

 

…数名を除いては。

 

 

「喉が、乾いた…」

「「「…」」」

 

眩しい日差しの中も尚色濃く見える黒い負のオーラ。

ぐったりした一夏の言葉を前にも、3人の女子は素知らぬ顔。

 

元凶でもある一夏は3人の負のオーラになど気が付かず、話し掛ける。

 

 

「すまん、誰か飲み物持ってないか?」

「知りませんわ」

「唾でも飲んでいろ」

「あるけどあげない」

 

セシリア、ラウラ、シャルロットの順で一夏への塩対応が見られた。

彼としても昨夜千冬に大目玉を喰らい、疲れ果ててヘトヘトという事もある。

そんなぁ、と棄てられた子犬のような表情。

横を通り掛かった箒にすかさず声を掛けるも───

 

「なっ、何を見ているかっ!?」

 

──等と水を直に顔に掛けられてしまった。

箒の耳が赤い。

大方照れ隠しなのだろう、と後方から見ていた本音は苦笑いを浮かべる。

 

その一連の様子を見ながら、二人目の男子はため息をつく。

理由は昨夜の騒動。

発端は聞いた感じでは、何やら一夏と箒が良い感じの雰囲気になっていたとか何とか。

直接見ていない為、にわかに信じ難いが真実らしい。

 

流星自身も大目玉を食らうキッカケが一夏であった為、放っておくつもりであった。

のだが、流石に可哀想になってきた。

 

 

負のオーラを出していた3人+箒もまた、同時に一夏が可哀想になってきたと各々の考えを張り巡らせる。

 

シャルロットは先程購入した缶ジュースを胸あたりで抱えた。

 

(うーん、ちょっと可哀想だったかな…?まあ昨夜は結局何も無かったんだし、そろそろ許してあげようかなぁ…。──みんなは動かないみたいだし、よしっ!)

 

セシリアは自前の飲み物が入った瓶を取り出す。

 

(さすがに冷たかったかしら…?───よくよく考えれば他の女子が非好意的なのですから優しくするチャンスだったのでは?そうと決まれば、善は急げですわ)

 

ラウラもまた帰路の事を考えつつ、缶ジュースを手に持った。

 

(さっきは別の言い方があったのでは無いか…?せっかくビーチで新しく一歩を踏み出したのだ。あそこで笑顔を見せてこそいい女というものではないだろうか?──そう…だな。どうも喉が乾いているようだし、さりげなく隣に座って渡すか。…そ、それならずっと帰りは隣に居られるな!)

 

続き、箒も顔を上げつつペットボトルを握り締める。

水の入ったペットボトルがひしゃげて音を立てていた。

 

(ああやってしまった…いかんな、私はすぐ手を出す癖がついているのではないか?よ、よし!今こそ優しさをもって接するべきか!)

 

 

よし、と4人同時に一夏の方に振り返る。

息はピッタリだった。

 

ただ、4人とも乙女的な思考を働かせていた事が仇となる。

 

 

「ほら一夏。水でいいならやるよ」

「おおっ!?ありがとう流星!やっぱ持つべきものは男友達だな!」

「…優しさに飢えてるのな、お前」

 

「「「「……」」」」

 

立ち尽くす女子4人。

流星が予備で持っていた水を一夏に渡していた。

一夏は先程まで冷たくされていた反動か、感極まった様子だ。

一気に半分位飲み干し、生き返ったと笑顔になる。

 

「代わりにサービスエリアで何か奢るぜ。何がいい?」

「いや、別に俺は構わな───」

「いまみーには甘いものがいいと思うよ。きっと好物だし」

「あ、分かるぜのほほんさん。表情に出てないけどアイスなら花月荘でも黙々と食べてたしな!」

「でしょ〜?」

 

流星が遠慮しようとした所に本音が割り込み、一夏もその話題にのる。

自身はそこまで意識していなかったのだが、そう捉えられていたのかと思うと少し恥ずかしい。

特に間違いという訳でも無い為、否定はしない。

「はぁ───…ならソフトクリームを頼むよ」

「おう、いいぜ。──あ、流星隣の席良いか?トランプしようぜトランプ。行きの時のリベンジマッチだ」

「あー私も参加する〜」

「2人とも元気だな…。いいさ、返り討ちだ」

 

ワイワイと盛り上がる3人を前に、4人は付け入る隙を見付けられずガックリと項垂れる。

あの瞬間優しくしておけば───と後悔するも、もう遅い。

 

 

そうして皆がバスに乗り込もうと並んでいると、後ろから声を掛けられた。

 

 

「織斑一夏君っているのかしら?」

「あ、はい。俺ですけど」

 

振り返る一夏と流星。

そこに居たのはイヤリングに長い金髪の女性だった。

見た目からして二人よりも少し上──20代前半位に見える。

言うまでもなく美人だった。

フワリとした柑橘系の香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「君がそうなんだ。へぇ───」

 

女性は顔を近付け一夏を見定めるように視線を全身へ。

急に美人に近くで見られる事もあり、ドギマギする一夏。

女性は一夏の緊張を知ってか知らずか、フレンドリーに話し掛ける。

 

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者よ」

 

すると、女性は一歩踏み出し一夏の頬に顔を近付ける。

一夏の頬に柔らかいものが触れた───流れるような自然な動きに彼は反応が遅れる。

 

──同時にピシリと、4人がいる方向から音が聞こえた気がした。

 

「これは暴走を止めてくれたお礼。ありがとう白い騎士(ナイト)さん」

「っ!?!??」

 

ナターシャはそう告げると一歩下がる。

 

ワナワナと彼の背後で震える4人。

一夏に飛んでくるペットボトル等を気に留める事もなく、流星は訝しむような視線をナターシャに向けていた。

 

ナターシャもまた、流星に向き直る。

 

「───となると、君が今宮流星君かな。その眼、やっぱり軍属の人間はキライ?」

「答える必要が無い。好きに捉えてくれ。──それで?軍人サマが何の用で?」

「お礼に来ただけよ。良かった、貴方が元気そうで。貴方にも感謝してるの、灰の兵士さん」

 

感謝の意を述べるナターシャに流星は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「感謝、ね。随分都合がいいんだな」

「本心なのに。結果として私も助けてくれたでしょう?」

 

意識を失っていたとはいえ、ISが稼働していた状態。

無意識下での記憶があってもおかしくない為、ナターシャは流星が彼女を殺そうとしていた事も分かっていた筈だった。

 

しかし、ナターシャも軍属である。

もしもを考えた時、彼女からすれば流星の存在は有難い部分もあったのだった。

 

そして興味本位でどんな人間かと見に来てみれば、普通の少年の様だった。

思い悩むことも無く殺しに来ていたのに、とナターシャは顎に手を当てる。

パッと見れば織斑一夏と大差ないように見えた。

 

──『あの子』が興味を抱き、同時に警戒する相手というのも何となくわかるわね。

 

都合がいい、と言われたナターシャは小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

チラリと一瞬視線を後方の本音へ。

ナターシャが一夏へした事を見ていた為か、本音は警戒するようにナターシャを見ている。

 

一目瞭然の彼女の様子に、ナターシャはクスリと笑い人差し指を唇に当てた。

 

 

「勿論、責任はとってくれるでしょ?首筋ならともかく、女性の背中に大きな痣を作ったのだもの」

「それはお互い様だろ?こっちも身体に穴が空いたんだ」

「ふふ、なら私も責任を取らないと────これ、私のプライベートの連絡先。じゃあまたね、バーイ」

 

アドレスらしきものが書かれた紙を無理矢理渡され、困惑する流星。

一夏も自身も何故か気に入られている事に疑問を抱くも、理由は思い当たらない。

更識楯無(ルームメイト)程のしたたかさは感じない。

どちらかと言うとお国柄と素のフランクさ故のものだと彼は結論付ける。

 

ウインクをしながら立ち去る彼女を後目に、流星は紙を懐に直す。

 

──疲れた、と声を漏らし振り向いた所に本音が居た。

佇む彼女は少し疑うような視線を彼に向け、恐る恐る口を開く。

 

「……いまみーって実は年上好き?」

 

「…勘弁してくれ」

 

既に疲れきっていた彼は、返答より先に珍しく弱音を口にした。

それにより本音の中の新たな疑惑が補強されるのだが、彼は知る由もない。

問い詰める本音と弁解する流星の構図が出来上がる。

 

2人の男子を中心に騒がしくなるバス前。

背を向ける彼女に呆れた様子で声をかける者が居た。

 

「まったく、また余計な火種を蒔いてくれたものだ。──それより、昨日の今日でもう動いても平気なのか?」

 

ナターシャが声の方へ視線をやる。

そこにあったのはスーツに身を包んだ千冬の姿。

 

「ええ、それは問題なく。私はあの子(銀の福音)に守られていましたから」

「…そのようだな」

 

千冬はナターシャの身体へ視線をやる。

特に外傷も見られず、立ち姿にもどこかを庇っているような違和感はない。

恐らく怪我らしい怪我は、先程言っていた背中の痣くらいだろう。

 

ナターシャを包んでいた空気が引き締まる。

 

「ブリュンヒルデ、一つ伺いたい事が」

「なんだ?」

「今回の件の犯人に、心当たりは?」

「ないな」

 

即答だった。

心当たりが『全く』ないかと言われれば分からない。

少なくとも、疑惑程度は持ち合わせている。

ただ、確証もない上、ナターシャの立場の都合もある。

不確定な情報を態々口にする千冬ではなかった。

 

「そうですか…」

「…仮にあった場合はどうする気だったんだ?」

「……飛ぶ事が好きだったあの子の翼が奪われる事になった……だから、何者であっても私は許しはしない。───簡単ですよ、ブリュンヒルデ。犯人には報いを受けて貰うだけです」

 

ナターシャの言葉に千冬は静かに瞳を閉じた。

彼女の様子から、その覚悟とISへの想いは言うまでもなく伝わってくる。

良い操縦者も居るものだと千冬は内で感心する。

 

立ち去ろうとするナターシャに対し、千冬は口を開いた。

 

「あまり無茶はしないことだな。この後、査問会もあるんだろう?しばらくは大人しくしておくことだな」

 

ナターシャは言葉を受け少し振り返った。

意外そうな表情をしながら、真意を問う。

 

「それは忠告ですか?」

「アドバイスさ。ただのな」

「そうですか。それでは大人しくしていましょう。暫くは、ね」

 

風が吹き、彼女の金色の髪が揺れる。

彼女は何を思ったか、足を止め視線を背後へ。

視線の先は2人目の男子──そして、待機形態の彼のIS。

 

(──杞憂だと、いいけど)

 

胸中で1人呟き、彼女は今度こそその場を後にする。

 

────あの子が興味を抱き、同時に警戒したのは操縦者。

そして、何かを『危惧』していた対象は─────。

 

 

 

 

 

 

こうして、一同は海を後にした。

 

バスが学園に着く手前、少年は1人窓の外を見つめる。

車内にはいつもの騒がしさは欠けらも無かった。

1人起きている少年や教師2名を除き、乗客は皆夢の中。

周囲の座席の女子達も、静かに眠っていた。

丁度いい揺れが眠気を誘う。

真耶が大きく欠伸をする。

 

少しして、IS学園が見えてきた。

真耶が振り返り、皆を起こすように促そうとして面食らう。

ほぼ全員寝ているとは思わなかったのだろう。

 

真耶と千冬に呼びかけられ、各々目を覚ます。

そこで初めてうたた寝していた事に、一夏は気が付いた。

先まで何か夢を見ていたのか、垂らした涎を慌てて拭き取るセシリアとシャルロット。

ラウラは千冬の声に誰よりも早く反応し、目を覚ましていた。

目尻に涙を溜めながら、大きな欠伸をする本音。

後ろの座席から身を乗り出し、流星と一夏の隙間にぐでーっともたれ掛かる。

思わず強調されるものから一夏は顔を逸らす。

 

「いまみ〜おはよ〜…」

「…寝癖ついてるぞ」

「梳いて〜」

「…仕方ないな本音は。やった事ないからな。痛くしても知らないぞ」

 

渋々本音の鞄から櫛を取ってもらい、彼女の髪を梳かす流星。

流石にその反応は1組の皆からしても驚きを隠せなかった。

本音の隣に座っていた鏡ナギを含め、周囲で見ている者達はポカンと口を空けている。

 

「…あんなに気を許してたっけ…?」

 

1人呟く彼女だが、返事をするものはいない。

勿論、一夏は相変わらずであった。

仲が良いんだな程度の認識である。

 

 

バスが停車する。

 

 

彼らは伸びをしながらバスを降りた。

少しぶりのIS学園。

やけに懐かしく感じてしまうのも無理は無いだろう。

 

千冬や真耶による話もすぐ終わり、解散となる。

少しずつ散らばる集団。

流星や一夏達も寮に帰るべく歩き出す。

 

のだが…。

 

「ぐっ、重っ…!」

 

一夏が辛そうに声を漏らす。

彼の持っている荷物の数は自身のものを含め、7つ。

全身荷物で覆われたフルアーマーな一夏はゆっくりと歩を進める。

 

半分は帰りのトランプによる罰ゲーム。

流星と本音の分の荷物がそれだ。

 

残りは箒やセシリア、シャルロット、ラウラの分。

売り言葉に買い言葉。

つい負けず嫌いを発動した一夏の自業自得だった。

 

「一夏?もういいのだぞ?自身の物くらい自分で運ぶ」

 

「はは、大丈夫さ箒。これくらいなんて事な──」

 

強がった瞬間、背後から足音が聞こえた。

一同が視線を向けると、そこには鈴が居た。

彼女は一夏の惨状を見て察したのか、笑顔で荷物を彼の上へ。

 

「ほらコレ、(あたし)の分も」

 

「ちょ、待ってくれ鈴!?これ以上は流石に…うおおおおおっ!?」

 

グシャリ、と一夏が潰れた。

一同は鈴を見ながら内心で、鬼が居る…と呟く。

慌ててシャルロット達が荷物を取り除いて彼を救出しにかかる。

 

一方でラウラは鈴に詰め寄っていた。

 

 

そこで、学園に戻ろうと歩いてきた千冬と遭遇する。

──騒がしい、と連帯責任で怒られた。

 

 

 

各々自分の荷物を持ち直し、寮へ。

 

通路で皆に別れを告げ、自室を目指す。

 

そうして、流星は1053室の前に辿り着いた。

ドアノブを回し、部屋に入る。

 

 

ドアを開けた瞬間、見慣れた水色の髪が視界に映った。

 

 

 

「おかえりなさい!私にする?───私にする?───それとも──わ・た・し?」

 

 

 

とりあえず、そっとドアを閉めた。

 

 

「……」

 

大きく溜息が出る。

待っていた少女の服装はパッと見て、裸にエプロン姿だった。

 

流石の彼女もそこまで馬鹿ではない筈。

下には水着あたりを着込んでいると願いたい。

重ねてあの台詞。

 

流星はドアの前で額に手を当てる。

 

 

──頭が痛い。

疲れとか怪我とか寝不足でもなかった。

今からこの部屋に入らなければならないと思うと憂鬱だ。

 

だと言うのに帰ってきた実感がかなりある。

懐かしさまで感じている始末。

最近はここまでのアクションこそ無かったが、慣れてしまっているのを自覚されられる。

かなり毒されているのかもしれない、と心の中で呟いた。

 

「…」

 

再度ドアノブに手をかけ、部屋の中へ。

 

 

「おかえりなさい!私にする?──私にする?────そ・れ・と・も──」

 

「…楯無以外で頼むよ」

 

呆れた様子で流星は楯無に言葉を投げかけた。

彼女の姿はやはり俗に言う裸エプロンという姿。

エプロンの隙間から見える白く艶のある肌に、前屈みになる事で更に強調される胸元。

目に毒なのは言うまでも無い。

男のロマンであるはずだとか何だとか、以前楯無に力説された為覚えている。

 

 

「私ね?少し待ってね?」

 

「待ってね、じゃねぇ馬鹿。何聞いてたんだお前」

 

「えっ…、そんなに待ちきれないの?──この変態」

 

「鏡なら洗面所にあるぞ」

 

待ってね?なんて言いつつエプロンの紐を緩めようとする楯無。

彼女に返答しつつも流星はその横を素通りし、部屋の奥で荷物を下ろす。

 

楯無は真横から彼の表情を見て、何かに気が付いたの柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「──うん、前よりはずっといい表情になったわね」

 

「どういう意味だ…?」

 

「そのままの意味よ」

 

楯無は口元を隠すように扇子を広げる。

そこには達筆な字で『安心』と書かれていた。

 

───それより、と彼女は言いながら彼に歩み寄った。

イタズラ好きな笑みに表情が変わる。

 

「!」

 

そのまま自然に、流れるように彼の胸元を大きく押した。

えいっ!なんて呟いているがその実様々な技術が集約されている。

 

あっさりと流星は自身のベッドの上に押し倒される形になった。

 

「そろそろこの格好にもコメント欲しいなー。折角着たんだし」

 

「その格好で揚げ物を作ってくれるなら考えるかもな」

 

「…この格好の弱点をピンポイントで突くのはやめて欲しいわね。地味に辛いし却下するわ。──────体調はどう?」

 

急に真剣な声色で尋ねられ、流星は目を丸めた。

流星はベッドに横になるように仕向けられていた事にも気付き、目を逸らす。

 

あー…と言葉を選ぼうとして、辞めた。

身体を起こす事も辞め、力を抜く。

 

楯無の目は誤魔化せなかったようであった。

 

「楯無の想像通り…だと思う」

 

「怪我も勿論だけど、反動で全身が痛むのよね?『黒時雨』の性能を如何なく引き出したのだもの、無理もないわ」

 

と、楯無はベッドの縁に座りながら続ける。

恐らく『同調』の事も知っているのだろう。

 

「よくボロを出さずに居たわね。体力的にも限界近いでしょうに…簪ちゃん達に心配かけない為かしら?」

 

「好意的に捉えすぎだ、そんなんじゃない。オレはだな──いや、何でもない」

 

「どういうことかしら?言えない理由?」

 

「──」

 

口を紡ぐ流星。

平穏に執着し始めたからこそ、真っ直ぐ自室に帰りたかった──なんてホームシックもいい所だった。

 

意図に気が付いたのか、楯無は楽しそうにニンマリと笑って見せた。

 

「ふふ、案外可愛いところがあるじゃない」

 

「…」

 

流星は無言で楯無のいる方向に背を向ける。

ふて寝にも見えた。

楯無はその背に向かって言葉を投げ掛ける。

 

 

「おかえりなさい。流星くん」

 

 

返事は無かった。

代わりに聞こえてくるのは静かな寝息。

 

「もう、仕方ないルームメイトね」

 

呆れた様子で楯無は立ち上がる。

このままでは風邪を引くと布団をそっと掛けた。

 

エプロンから着替えながら、次の悪戯を考える。

さあ明日の朝はどうやって驚かそうか。

 

心を弾ませながら、彼女は着信中の携帯を取り出したのだった。

 

 

 

 




今回は銀の福音編のエピローグ…エピローグということで。

前回で銀の福音編の本筋は終わったから…ナニモオカシクナイ。

気付けば40話。
ゆっくりではありますが更新して行くつもりです。




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-41-

臨海学校から数日が経過した。

 

あれから特に何事もない日々が続いている。

流星の傷も完治し、ISバトルも先日から再開していた。

 

───あの事件から少しだけ周囲の環境は変化した。

主にそれは放課後の練習時のものだ。

 

 

あの時、皆思う所があったのだろう。

前よりも実戦時を見据えた意見も特訓の際出るようになった。

また、各自の換装用パッケージや新武装の試運転も積極的に行うようになっている。

新たな立ち回りをしようと試す流れも多々ある。

 

模擬戦の頻度も更に増えた。

 

 

 

後は純粋に練習する面子の変化だ。

 

紅椿を得て改めて専用機持ちとして練習に参加するようになった箒。

それだけでなく、流星も以前より一夏達の練習に顔を出すようになった。

何か心境の変化か、はたまた気まぐれかは分からない。

 

──簪さんの専用機開発も残りが武装だけになったからか、暇を持て余してるのかもしれない。

白式の荷電粒子砲のデータが欲しいと言われたあたり、流星が今も手伝っているのだろう事は分かる。

 

当の簪もまた、練習によく顔を出すようになっていた。

 

 

 

そして、第二次移行(セカンドシフト)を果たした白式・雪羅の存在。

 

スラスターも増設され、盾や荷電粒子砲まで使えるようになった。

元々高かった性能が上がることで、彼が性能に振り回されがちになっているのは否めない。

だが、彼もそれを何とかものにしようと日々努力を重ねていた。

 

 

戦績こそ宜しくないが、毎夜自主練を行う。

 

メニューは見えた課題に応じたもの。

泥だらけに汗でズブ濡れになりながら、彼は今日もシャワーを浴びてから食堂へ向かう。

シャワーを浴びる時間も自由であり、夜に自主練をしても誰にも迷惑がかからない。

また、部屋を広々と使える。

 

寂しいという点を除けば、これはこれで悪くない。

一人部屋になった恩恵を彼は感じるのであった。

 

…ラウラがたまに布団に潜り込んでいる展開は何とも精神衛生上良くないが…。

 

 

ああ、実に平和である。

 

そうして自主練を終え、ご機嫌な一夏が食堂へ訪れる。

流石に遅めと言うこともあり、売り切れのメニューは多々見られる。

が、全て美味しい為気にならない。

 

ハンドタオルを首にかけ、部屋着というラフな格好の一夏は定食の乗ったトレイを手に座る場所を探す。

待ち合わせの約束をしている訳では無く、純粋にどうせならと辺りを見回しただけである。

 

と、見慣れた人影が視界に映る。

タイミングが良いなと胸中で呟きながら、一夏はそちらの席へ足を運んだ。

 

そこに居たのは珍しい組み合わせ。

オレンジと金色の髪が来訪者に気付きそれぞれ揺れる。

 

口を開こうとした所で、視線がテーブルに映る。

そこにあったのは夜ご飯───ではなく、開かれ散乱した教科書の数々。

一瞬不思議に思った彼だったが、理由を考えた所顔を強ばらせた。

 

同席していいか訪ねようとしていた筈の口は、全く別の言葉を吐き出すことになった。

 

「期末……試験……!?」

 

固まる一夏。

サーッと血の気が引いていくのが目に見えて分かる。

それが全てを物語っていた。

 

彼のリアクションから、勉強していた2人は結論を導き出す。

 

「一夏、もしかしてだけど忘れてたの…?」

「…どうやら図星らしいぞ、シャルロット」

「みたいだね。───あ、一夏。とりあえず座りなよ」

 

しれっと一夏を隣に誘導するシャルロット。

口で言う前から奥へ座り直していたあたり、自然な誘導だ。

親切心7割、恋心3割といったところであろうか。

対面の少年は感心した様子だ。

 

一夏は席に座りつつ、苦虫を噛み潰したような顔。

 

「ありがとうシャル。──やばいかも。マジで忘れてた」

「ここ最近ホームルームで口酸っぱく言われてたと思うんだけど……。大丈夫?最初のテストまであと1週間だよ?」

「最近ISの事ばっかり考えてて聞いてなかった…。どうしよう」

 

手を静かに合わせ、戴きますと食べ始める一夏。

テストに向けてスケジュールを考えている中、黙々と勉強を続ける流星に視線をやる。

一定の感覚で数式を解いていく。

シャープペンシルが紙の上を走る音が心地良かった。

 

「シャルが教えてたのか」

 

2,3問先の問題を眺めているシャルロットに一夏が声を掛ける。

目の前の少年に話し掛けなかったのは邪魔をしてはいけないという思いからだ。

反してシャルロットより先に少年が答えた。

 

「ああ、気晴らしにここで1人解いてたら教えてくれるってなったんだ。普段はルームメイトに頼むんだけど、生憎今日は忙しいみたいでな。丁度困ってたから助かってる」

 

「成程」

 

視線を手元に集中させたまま、彼はそう言った。

指もまた止まる事無く問題を解き続けている。

シャルロットは少し遠慮気味に彼の言葉に返す。

 

「お互い様だよ。僕も教えてた方が復習にもなるからね」

 

「相変わらずの優等生っぷりだ。それで一夏、どうする気だ?別に普段から復習予習が完璧って訳じゃないだろ?」

 

「確かにそうだな。なあ、いつもこの時間勉強してるのか?」

 

「俺は大体してる。基本的に自室でだけど」

 

「自室でだけど、僕もこの時間にしてる事が多いかな?テスト前って事で明日から授業も短縮だし、明日からはもう少し早めからするつもり」

 

「う、見習わないとな。俺も食べ終えたらすぐ始めるよ」

 

食べる手が自然と早まる一夏。

彼の向かい合っている先は焼き魚定食。

綺麗に骨を残し食べる彼からは育ちの良さを感じる。

 

と、シャルロットの視線は一夏の方へ。

何か思い付いた様子であった。

 

「ねぇ、一夏さえ良ければなんどけどさ。一夏の部屋で一緒に勉強しない?分からない所があったらすぐ教えられると思うし、いい案だと思うんだ」

 

そこには策士がいた。

少し恥ずかしがりながらも一夏の様子を窺うような視線。

普通の男子ならば『ひょっとして───』と期待してしまう所だが、ここに普通の男子は存在しない。

比較的普通である感性を持つ織斑一夏はこの部分に関してのみ、異常なまでに鈍感であった。

 

なので普通に親切心100%と信じて疑わない。

彼女の提案に目を輝かせながら、無垢な反応を返す。

 

「いいのか!?流石シャル、恩にきる!」

「決まりだね。僕も勉強したいから、毎日でもいいかな」

「全然いいぞ。俺は今一人部屋だし、広く使えるしな」

 

彼が鈍感なのは百も承知。

シャルロットもまた笑顔で頷く。

あくまで密室に2人きり、それも一週間毎日。

かつてない好機(チャンス)と彼女は内心黒い笑みを浮かべる。

 

彼女の考えを察し、もう1人の少年は内心溜息をついていた。

最も、彼も自身に向けられている好意には気づけてもそれが恋心だとは察せない。

自身に向いている矢印がそういったものと夢にも思わないから、というのが要因の一つだからである。

IS学園男子2人はそれぞれ重症であった。

 

───この約束を他の3人(箒、セシリア、ラウラ)が知ればどうなる事やら────。

 

知らないフリをしていよう、そう誓いながら少年は問題を解き続ける。

 

 

ここで話が終わるなら、誰も苦労はしないものである。

 

一夏は笑顔のまま正面に向き直り、何か思いついたように爆弾を投下した。

 

「そうだ!皆も誘って勉強会でもしないか?教えあった方が効率的だし、きっと楽しいぞ!」

「え?」

 

固まるシャルロット。

そこで『二人だけがいい』なんてストレートに言える度胸があるなら、そもそも一夏に好意を寄せる4人は何かしら進展があったものだった。

 

楽しそうに笑顔を浮かべる一夏の手前、その案を咄嗟に否定する考えが浮かばない。

学生らしく皆で勉強会というのも、確かに悪くないと思ってしまうシャルロット自身もいる。

目の前の少年は我関せず。

どうしようかと考えるシャルロットを手前、一夏は正面の少年にも声を掛けた。

 

「なあ、流星もそう思うだろ?」

 

「え───」

 

そこで初めて、少年の指が止まった。

先程までBGMと化していた音も消える。

話は聞いていた、聞いていたのだがまさかだった。

 

少し思考を会話の内容に働かせ、もしや──と半目で困ったように顔を上げる。

眩しい笑顔の一夏を前に1つの結論に彼は至る。

 

「…………ひょっとして、俺も参加なのか?」

「当然だろ?折角の男子二人だし、助け合おうぜ」

 

即答だった。

固まって動けないシャルロットをよそ目に、少年は溜息をついた。

二人で、という事を先に告げないからこうなるんだと胸中で呟く。

彼もまた一夏の表情を前に断るのは気が引けていた。

 

そんな周りの思考など露知らず、一夏は楽しそうに口を開く。

 

「買い置きのアイスもあるから、勉強後に皆で食べようぜ。それなら来るだろ?」

 

「お前、俺をなんだと思ってるんだ」

 

呆れながら流星は再度問題に向き直る。

すぐに再開されるBGM。

筆圧が先より強い。

勘違いされている、と少年は不満気であった。

 

 

───まぁ、行くのだが…。

 

 

 

 

 

「よーし、じゃあ勉強会を始めるとするか」

 

翌日。

部屋の真ん中に置かれた簡易式の長テーブルを前に、一夏は意気揚々とそう告げた。

用意されたテーブルも椅子も用務員の方に頼み、借りてきたものである。

座っている面々も持ってきた教科書や問題集を開き、手元へ視線を落とす。

参加者は箒、セシリア、ラウラ、本音、簪、鈴+一夏達の9人。

かなりの大所帯であり、部屋は賑わっていた。

 

ここまで人数が集まるのであれば、食堂ですれば良い話である。

ただ、食堂では一夏と流星が揃うだけで嫌でも目立つ。

大所帯となれば、尚更である。

座席順は希望ごと。

意見が別れればジャンケンで決められた。

 

座って勉強するだけなら余裕で部屋に収まる。

IS学園の寮の広さを再認識させられた一夏達。

 

皆が問題を解き始めて十数分。

静かにツインテールの少女が顔を上げた。

対面に座っていたセシリア達に視線を向ける。

 

ふふん、と少し含み笑いを浮かべた後口を開いた。

 

 

「───今更だけどさ、代表候補生(あんた達)ってこんな事しなくても余裕じゃないの?」

 

 

気になった一夏も顔を上げる。

彼の認識としてはあくまでセシリア達も、大差ないという感覚である。

一応、自身よりもかなり優秀という事は分かっていた。

───のだが現実は少し違う。

 

返事をしたのはラウラだ。

お誕生日席に座る一夏から見て左にあたる。

 

「そうだな。この程度なら対策せずとも高得点は堅い」

「へ?そうなのか?ラウラってやっぱり凄いんだな」

「む。嫁に褒められて悪い気はしないが、私に限った話ではないぞ」

「?どういう事だよ。あ、セシリアやシャルもってことか」

「───正確には代表候補生の皆だな。私達は国の代表だ。選出される時点で、時間管理能力と一定の学力も求められる。IS学園に入るとなれば尚更だ」

 

ラウラが答え、一夏はそれにポカンと口を開けたまま。

そりゃそうよね、と鈴は頷く。

一夏の想像と前提からして違ったのだ。

そもそも彼女達にとって勉強会はあまり意味が無い。

 

それを知った一夏は困った様子で頭に手をやる。

迷惑だったかな?なんて考えた辺りで、改めて疑問が浮かぶ。

 

「知らなかった。────あれ?でもならどうして勉強会に参加しているんだ?」

 

一夏の疑問にセシリア、シャルロットが顔を上げる。

一夏から見て右手側の席。

彼の右隣に居るのはシャルロットである。

 

彼女達もここしか無いと理由を告げようとした所で、ラウラがそのまま得意げに言い放つ。

 

「夫婦とは助け合うものだと聞いた。共同作業ともいうのだろう?───分からぬ所があれば私に聞け。幾らでも教えてやろう」

 

「ちょっとラウラ!先に一夏に教える約束をしたのは僕だよ?」

 

「お二人の手を煩わせるまでもありませんわ。ここは私が───!」

 

立ち上がるシャルロットとセシリア。

一夏に勉強を教える座を我の物にせんという思考がダダ漏れであった。

元凶の少年は何故?という表情で固まっている。

 

バチりと三者の間で火花が散る。

 

「私の嫁だ。故に私が教える方が筋が通っている。他の者の助けは不要だ」

 

「ラウラさんの嫁ではありませんわ!それに、入試首席の私が教える方が理にかなってましてよ!」

 

「二人とも勉強会で誘われだけでしょ!───ねぇ一夏、僕が教えるって約束したよね?」

 

「嫁よ、どうなのだ?」

 

「一夏さん!」

 

3人に詰め寄られ、一夏は肩を大きく竦めた。

鬼気迫る様子でまさか先生役を買って出られるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「相変わらずよね…」

 

言葉を濁す彼を後目にツインテールが上下する。

大きく溜息をつき、心底呆れたといった表情であった。

 

ちなみに、彼女の左横に座っているのは本音。

更にその横に座っているのが流星だ。

簪の位置は流星の対面にあたる。

 

彼女達もまた、教える側だ。

本音や流星、そして一夏や箒の為に来たのが主な目的である。

取り合うような愚は冒さない。

というより、目の前の反面教師達がその愚かさを現在進行形で教えてくれているのも作用している。

 

「…」

 

鈴の言葉を聞き、簪は怪訝な顔で彼女を見た。

責めるような視線に鈴は思わずたじろぐ。

妙に威圧感があった。

 

「な、何よその目は」

「呆れてるだけ。こうなるの分かってて、油に火種投げ込んだのは鈴なのに」

「冤罪よ冤罪。こんなの、いつも通りの自然発火じゃない」

 

自分は悪くない、と言いたげな少女。

こう騒がしくなった事へ多少の負い目はあるのか、視線を逸らしている。

ここまで綺麗に言い争いになるとは思わなかったのだろう。

簪の視線はそんな彼女を捉えて離さない。

 

「鎮めてきて」

「嫌よ。あんたが行きなさいよ」

「鈴のせいだから、鈴が行くべき」

 

こちらでもまた軽くだが、火花が散る。

最初の頃を思えば、想像すら出来ない絵面だろう。

 

鈴と簪の打ち解け具合が手に取るようにわかる。

 

──と、仲睦まじいのも良いがこのままでは向こう側の収集が付かない。

 

黙々と勉強していた流星も表を上げ、口を開いた。

 

「本音、採決を取ってくれ」

「了解〜。じゃありんりんが有罪(ギルティ)だと思う人〜」

「はい」

「同じく」

「しゅーりょ〜」

 

片手を上げ採決を取ろうとする本音に即手を挙げる流星と簪。

鈴としても普通に嫌なのか手を挙げる。

 

「異議あり!異議ありよ!」

「…本音裁判長、お願い」

「静粛に〜」

 

簪の言葉に従いノリノリな裁判長。

机を叩くのは気が引けたのか、ブカブカの袖を振って木槌(ガベル)を叩くフリをする。

イマイチ締まらないのも彼女の魅力か。

 

この小芝居をする暇があるのなら、その間に何とか出来ただろうと言うのは禁句である。

 

「じゃありんりんお願い」

「…………仕方ないわね…」

 

渋々立ち上がって鈴は一夏達の方へ。

体良く裁定者(生贄)を遣わし、心配も要らなくなったのか流星達は黙々と勉強を再開する。

簪の左隣の箒もまた、同様に黙々と取り組んでいた。

勉強していた教科はIS基礎工学やIS基礎整備技術等のIS関係の科目。

それらは少し前までISを敬遠していた手前、彼女の苦手科目と化していた。

ただ、今はきちんと取り組んでいる様子。

面子的に考えても、今回の勉強会を一番活かせる教科かもしれない。

 

「簪、少しいいだろうか?」

「大丈夫、見せて」

 

箒は問題集を開いたまま横の簪の方へ移す。

ちょこんと座りながら遠慮気味に覗き込み、メカニック系女子は内容を把握。

 

「えっと、これは──」

「───ふむふむ。ああ、少し待ってくれ。ここは───?」

「この部分は───」

 

分かりやすい様に段階を踏んで教えていく簪。

飲み込めない部分は素直に伝え、説明を求める箒。

多少箒の聞き方が分かり難くても、簪は幅広い知識でそれを理解する。

また、簪が専門的な言葉をつい出してしまっても、先に教えて貰っていた本音や流星がフォローしている。

 

───この4人だけで良いのでは───?

喉まで出かかったものを飲み込み、4人は問題に向き合う。

 

集中力という壁で遮断していた向こう側から、1人の少女が帰還した。

 

「はぁー、疲れた〜」

「…おかえり」

 

自身の持参した資料を漁りながら、水色の少女が返事する。

ぐでーっと机に突っ伏す鈴。

簪は視線を一夏達の方へ向けた。

 

……織斑君は兎も角、ラウラさん達が齧り付くように勉強してる───?

 

真面目に勉強するのはいい事ではある。

あるのだが、セシリア、シャルロット、ラウラの三人の纏っている空気があからさまに違った。

前傾姿勢で目の前の教科書や問題集に集中している。

聞こえるシャープペンシルの音は、ヤケに間隔が短く筆圧が強いのがわかる。

 

一夏の方を気にしてる素振りすら見せていないのは、ハッキリ言って異常だ。

 

簪の視線は斜め前の鈴に戻る。

 

「ねぇ、鈴。どんな魔法使ったの?」

「もうどうにもならなそうだから、報酬用意することにしたのよ」

「報酬?テストの結果で決まる感じ?」

「そ。学力テストで1位取った奴は、参加者の1人を1日自由に出来る───って話になったの」

 

「───なんだと!?」

 

箒が席を立ちながら声を上げる。

その報酬の真価を理解し、ぐぬぬと歯軋りをたてる。

 

勿論、箒も勝負には乗るつもりだ。

ただ、中々に厳しい戦いになるのは目に見えていた。

とりあえず1位を目指すつもりではあるが、そもそも国側の都合で入学させられた箒では圧倒的に不利だ。

 

一夏に勝って貰えばひと安心だが、彼もまた箒とその点は変わらない。

 

───余談だが、この発案をした鈴はセシリア有利とまで織り込み済み。

 

負けられない戦い。

箒は何か策はないかと考え────閃いたのか、すぐに立ち上がりつつも顔を一夏の方へ向けた。

いつもと変わらぬ調子で口を開く。

シャルロット達も一旦意識を彼女に向けていた。

 

「一夏、1位になった者に報酬があるのは本当か?」

「ああ、そうだぜ。箒も参加するか?」

 

「無論だ。だが、どうせならここにいる全員で競うのはどうだ?」

 

「おお!いいな、それ」

 

「「「────!」」」

 

その時点でセシリア、シャルロット、ラウラの表情が驚愕に染まる。

 

(策士、策士ですわ!まさか箒さんもこのような戦い方が出来るなんて───!)

(まさかこの一瞬でそれを思い付くなんて…!これは壮絶な戦いになりそうだね)

(確か、武士や武将なるものは頭の回る者が多いと聞く。箒もそうであったか──!)

 

思わぬ絡め手。

この一手はあまりにも革新的だった。

こうなれば、自分達とは別の報酬(・・・・)を狙う勢力が加わってくる。

 

ユラりと立ち上がる影が二つ。

 

「そういう事なら───」

「───やるしか無いわね」

 

燃え盛る炎を一夏はその背後に幻視する。

いや、やる気になるのは素晴らしい事なのだがセシリア達の時といい、何かがおかしい。

据わった目が怖い────割と本気で怖い、と一夏は顔を強ばらせる。

 

「手加減はしないわよ、簪」

「こっちの台詞…」

 

睨みを効かせる両者。

負けられない戦いがここでも勃発していた。

 

「ふっ」

 

そして、その様子を見て箒は得意気。

 

見ていた本音は完全に観戦モード。

ヤケに楽しそうでそれでいて少し焦っているようにも見えた。

 

 

ともあれ、皆目標が決まり、テストは別のイベントへと変貌を遂げた。

 

俺も頑張ろう等と呑気に勉強を再開する報酬A。

 

────そして、報酬Bは思わぬ展開を前に切実な感想を漏らすのであった。

 

 

 

「………頼むから普通に勉強させてくれ」

 

 

 

かくして、何気ない期末テストは熾烈極まる勝負へと変貌を遂げた。

渦巻く欲望と対極的なまでに健全な勝負内容。

エリートひしめく中、勝利を掴むのは──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の就寝前。

ある部屋で内容を聞いた第三者は異様な食い付きを見せたという。

 

「勝つのよ、流星くん!勝って簪ちゃんに用意したにゃんにゃんな服を────」

 

「却下だ馬鹿」

 

 

 

 




幕を開けた期末テスト。
多 分 続 か な い。


ちなみに席順は

簪箒英仏
■■■■一
流本鈴独

でお願いします。


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-42-

時刻は昼過ぎ。

燦々と降り注ぐ日の下、飛び交う2つの影があった。

アリーナの上空。

昼間だというのに静かなその場では黒と白が交差した。

 

「やるな────!」

「まだまだ…!」

 

片やプラズマ手刀、片や雪片弐型を振るう。

金属音が周囲に木霊した。

 

互いに切り札は使用していない。

黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』を駆るラウラは振り返ると同時にワイヤーブレードを射出。

 

 

「────」

 

振り返りながら一夏は右半身を後方へズラす。

1本のワイヤーブレードをその動きでかわし、迫るもう一本へは左腕に展開した盾で受け流す。

 

「!」

 

ラウラは一連の行動に違和感を覚えた。

今までの彼ならば完全に躱すよう動くか、切り弾くかの二択だった為だ。

暗に盾にもなる兵装が増えた為だろうか。

彼女は分析しつつ、レールカノンで追撃に走る。

 

「行くぞ!」

 

盾で受け流した一夏はそのまま反転。

受け流す動作と同時に相手へ迫るよう、踏み込んでいた。

 

「成程、回避を温存の為でなく接近の起点にするか──」

 

既に放ったレールカノンに対して、彼は身を屈めて突っ込む。

表情は緊張した様子。

無理もない。

放たれた攻撃に自ら突っ込んでいくのだ。

実戦や模擬戦というのは関係ない。

確証がない以上、恐れるのが当然だ。

 

ただ、踏み込みには思い切りがあった。

一秒先に起こる出来事を確信し、ラウラは感心の意を示す。

 

 

──だが、と彼女は笑みを浮かべた。

 

「まだまだ拙いな、そこからどうする?新兵(ルーキー)!」

 

 

切り捨てられる砲弾。

かつては、相当なベストコンディションでのみ出来た芸当を彼はやってのけた。

 

返す刀で決めにくる一夏に、彼女はプラズマ手刀で先に切り掛かる。

同時に戻ってくるワイヤーブレード。

 

彼は咄嗟に対応しようと姿勢を変えた。

 

「!」

 

それが罠だと気付いた時には遅かった。

金縛りにあったように彼の手が止まる。

動かそうとしてもビクともしない。

 

一夏の身体は空中に固定されていた。

 

「っ、慣性停止結界(A I C)か!」

 

先のレールカノンは戻ってくるワイヤーブレードから意識を逸らす為のもの。

プラズマ手刀で切り掛かって見せたのは相手の出方を見つつ、選択肢を減らす為だ。

巧みな立ち回りに思わず彼は舌を巻く。

どうにか反抗しようと試みるもそれは叶わない。

 

目の前でレールカノンの照準が一夏に向けられる。

 

 

「私の勝ちだな」

 

 

勝敗はあっさりとついた。

 

模擬戦を終え、降りてくる2人。

降りた先は観ていた箒達のいる場所。

白と黒の機体はそれぞれ待機形態に戻る。

 

「また負けた…。攻めるタイミングを間違えたのか?いや、でもなぁ…」

 

頭に手をやり、浮かない顔の一夏。

試み通り接近こそ出来た。

が、結局はあっさり対処された事がショックだったらしい。

ラウラはそんな彼を横目に、目の前に先の映像を投影した。

一同の視線がそちらへ向く。

再生されているのは彼が攻撃へと転じるあたりだ。

 

「一夏、ここの流れ自体は悪く無い。攻めの起点としては完璧だった」

「でも結局綺麗にあしらわれたからな。読んでたのか?」

「いいや、あの様に来るとは想定外だったな。毎度の事ながらお前の成長には驚かされる」

「想定外だった?」

 

一夏は映像を見返しながら首を傾げる。

想定外だったというのに、あのように容易く捌かれたのだろうか。

彼の言いたげな事は皆すぐに理解した。

 

ラウラは映像を止め、彼の方に向き直る。

 

「簡単な事だ。近距離への備えを先にしていただけだからな。いつ踏み込まれてもいいようにしていた、というのが正しいか」

 

「あー、そういう事か。言われて見れば本当に今更だ」

 

苦虫を噛み潰したような一夏。

どの道、『白式』は近距離でどうこうする機体だ。

ならば相手は当然近寄られた時の対策を先に講じている。

極々当たり前の事を、突きつけられる課題の1つを改めて思い知る。

 

「距離を詰めてもその距離でどうにか出来なきゃだもんな」

 

ほぼブレード1本で戦わざるを得ない一夏には大きな問題である。

こればかりは、他の専用機持ち達が模範解答を示す事も至難の業であった。

 

顎に手を当て考え込む一夏。

一緒に考えながら箒は何となく口を開く。

 

「過去の千冬さんの試合は参考にならないのか?」

「そう思ったんだけど…」

「───あ、いや。すまない。理由は何となく理解した」

「分かってくれて助かる。操縦技術は勿論なんだけど、基本的に先手必勝で全部躱して零落白夜を叩き込んでるから、何も分からないというか…」

 

ははは、と困ったように一夏は頬をかく。

呆れたような口調ではあるが、そこには誇らしさが混ざっていた。

 

 

 

「完成形過ぎるのも問題か。確かにアレは参考にならないな」

 

映像を思い返しながら流星も溜息をつく。

アレは、次元が違う。

理想とするには良いが、目標にするにはまるで役に立たない。

 

ウンウン考えていた一夏は何か思い付いたように視線を少年に移した。

 

 

「ところで流星」

「どうした?」

「最近動きが滑らかになった気がするけど、なにかコツとか掴んだのか?」

「そうか?特別変化はないと思うが───」

 

「──確かに、ここ最近の流星さんは動きが違いますわね。──あの時程の動きではありませんけど、明らかに操縦技術が上がってますわ」

 

「……」

 

一夏に次いでセシリアにも指摘され、少年の視線は待機形態の時雨に。

表情こそ変えずにいるが、内心には驚きがあった。

 

『同調』時程ではないが、現時点での機動性は明らかに臨海学校前より高い。

うんうんと頷く一同。

指摘されるまで気付けなかった。

まるで、そう出来るのが普通であると何故か認識していたからである。

ISとの繋がりが深くなった影響だろうか。

 

すぐにその思考を打ち切る。

それよりも大きな問題があった。

 

───質問にどう答えていいのか分からない。

ISと無理矢理『同調』した結果です───なんて即研究所送りの案件を安易に口に出すのははばかられる。

下手に伝えれば彼らの身にも危険を及ぼす可能性があるからだ。

現状、知っているのは織斑千冬と更識楯無の両名のみ。

 

 

視線が集まる。

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)戦から皆ずっと疑問に思っていたのだろう。

聞く機会を逃していたのも起因している。

流星はとりあえず気付かなかった事だけは口にする事にした。

理由は思い当たるがそこを分からないとすれば話は広がらないからだ。

 

「そうか?自然にやってるつもりだったから気付かなかった…。土壇場でコツでも掴んでたのかもな」

 

「それにしては差があり過ぎる気がしますけど…?」

 

コツとかそのような次元ではないのは明白ではある。

が、本人も知らないと言う以上収穫はないだろう。

 

──まあ良いですわ、とセシリアは追及を止める。

他の代表候補生達も納得はしていない様子である。

 

そして、簪は一人不満そうにジト目で睨んでいた。

明らかに何かを怪しんでいる。

 

少年は彼女の方を見ないように意識しつつ、『俺の事はいいだろう』と無理矢理話題を切り上げた。

 

小首を傾げながら、一夏はISの状態を確認する。

あまり詳しい訳でもないが、簡単な点検くらいは出来るようになっていた。

装甲の損傷具合やスラスター、PIC制御周りのパラメータも問題無かった。

ただエネルギーの回復を考えると少し時間を置かなくてはいけない。

人の練習を見ているのも悪くないが…。

 

どうせならと彼は思い至る。

一夏はすぐに振り向き、行き先を告げその場を後にした。

 

「ちょっと剣道場で素振りでもしてくる!」

 

そそくさと消える一夏。

その背を見送りながらシャルロットと箒は不思議そうな表情であった。

 

「行っちゃった」

 

「ここの所、剣道場で素振りをする機会も増えたな。全く、剣道部員でも無いというのに」

 

「そう言ってやるな。今はテスト前だし、使用するだけなら特に申請も要らない筈。──最近の体捌きと言い、もしかすると何か方向性は見えてきてるのかもな」

そう言いつつ彼はISを展開し、武装を展開。

そのままアリーナ内の機能にアクセスし、射撃訓練用のシステムを起動した。

種類は豊富。

今回選んだのは近接射撃用のものだ。

 

空中に現れる多くの的。

一部動いているドローン等もあり、少し離れた場所には残り時間とスコアが表示されていた。

決められたルートが幾つか存在し、それに従いつつも的を的確に撃ち抜けばいい。

彼は片手に拳銃型の特殊兵装を展開し、後ろに振り向いた。

やたら挑発的な笑みで彼は言ってのける。

 

「今日の1位は俺が貰うからな」

 

即座に振り返り、開始のブザーと共に飛び出す。

特殊兵装を巧みに駆使し、彼は空を駆け上がっていく。

 

「上等。代表候補性舐めるんじゃないわよ。目にもの見せてやるからね!」

 

余談ではあるが、その発言を口火に白熱したスコア合戦が行われる事になった。

 

 

 

そして、その日の夕暮れ。

整備室で作業する4つの人影があった。

宣言通りその日の1位を見事獲得した少年は、静かに『打鉄弐式』に向き合っている。

 

傍らで不機嫌そうに手伝う鈴。

不機嫌な理由は手伝いへ何か思っている訳ではなく、純粋に勝負に負けた為だ。

 

本音と簪は何やら小さなBOXの中身を弄っていた。

聞いた話によると火器管制装置らしく、中々手こずっているとの事。

 

流星と鈴は、背部に取り付けようとしている荷電粒子砲のデータを整理している。

 

一応、近接武装である夢現(ゆめうつつ)は完成している。

曰く、超振動薙刀───対複合装甲を想定してのものらしい。

らしい、というのもこの武装に関してはほぼ簪が作った為、流星達は殆ど中身を知らない。

 

荷電粒子砲のデータは白式のものを利用している。

元々が同じ倉持技研の機体という事もあり、恐らく親和性も高い。

中身はまだまだだが、それでも計算上問題は無かった。

連射型にする為に少し制御系を弄り、2人は投影ディスプレイに無言で向き合う。

多少は詳しくなったのだが、それでも分からない部分はある。

 

「疲れた。休憩するわ…」

 

「だな」

 

地道に進め、30分経ったあたりで鈴は引いていたシートの上に転がる。

逆に流星は立ち上がり、離れたテーブルにあるポッドの電源を入れた。

そのまま彼はパッと手を洗い、椅子を用意する。

 

それに気付いた2人も時間を見て作業の手を止める。

 

 

「休憩しよっか」

「賛成〜」

 

やってきた2人を後目に流星はマグカップも用意する。

数は4つ。

金属製の無骨なマグカップは本人の物。

 

特にこだわりの無さそうなシンプルなマグカップ。

何かのアニメキャラらしきものが描かれたマグカップ。

動物がプリントされた可愛らしいマグカップ。

 

それぞれに彼はインスタント珈琲の素を入れ、シュガースティックを用意する。

 

「いまみー」

「分かってるよ。砂糖多めだろ?簪は?」

「私は、無しで大丈夫」

「良いのか?言っちゃなんだが上等なものじゃないぞ」

「大丈夫」

 

と、簪は流星の手前にある袋を置いた。

包装されている袋からは仄かに甘い香りがする。

中身を察し、流星と本音は顔を見合わせた。

 

袋を遠目から見た鈴も華麗に飛び起きて此方に。

とりあえず手を洗って来ることを流星に促され、女子3人は手を洗う。

 

戻ってきた簪は袋を開けた。

中から顔を覗かせるは人数分の抹茶のカップケーキ。

おー、と目をキラキラさせる本音。

そして。

 

「これが噂のカップケーキね」

「…鈴、前の時の話は忘れて…」

 

まじまじとカップケーキを見つめる鈴。

彼女の脳裏に浮かんでいるのは、前の2人の喧嘩。

雨降って地固まるを体現した後でこそあるが、簪本人としては苦い思い出であった。

はいはい、と了承する鈴。

軽く流された事にちょっと口を尖らせる簪。

鈴は気にせず目前のカップケーキを手に取り、眺める。

 

「結構手間じゃない?人数分よく作ったわよね」

「いつも手伝って貰ってるから…そのお礼?かな」

「ふーん、あんたも律儀ね」

 

素っ気ない返事をしつつ、鈴は内心羨んでいる。

 

別に不得意な訳ではない。

こういったものを作って振る舞うのは慣れていないだけ。

 

勿論簪も振る舞う事に慣れている確証はないが、なんというかにじみ出る女子力というやつが大事だ。

見た目が普通なあたりが彼女らしい。

悪い意味ではなく、素直に完成されていると言うか…。

 

そこまで考えたところで、鈴は目の前の少女に視線をやる。

少女は抹茶のカップケーキを頬張っていた。

 

「うまうま〜」

「本音、意地汚い…」

 

簪も呆れた様子。

隣の少年は最早言及する気はないらしい。

彼も一人美味しいと感想を言いながら食べている。

 

鈴もひと口齧る。

ふんわりと抹茶の風味。

口内に広がる優しい甘さ。

口あたりもまろやか。

生地がしっとりしているからだろう。

 

「──」

 

む、と思わず声を漏らす。

成程。

これは確かに美味しい。

食べる手が少し早まる。

 

それを見ていた簪はホッと安堵の息を漏らした。

彼女は食べる皆を他所にガサガサと鞄を漁る。

自分の分を口にしながら、鞄から先より小さな袋を取り出した。

 

「これ、お姉ちゃんの分だから、その──」

「了解。渡しておく」

 

笑顔で受け取り、自分の鞄に仕舞う流星。

仲直りしたといっても簪は勿論、楯無が忙しいのは変わりない。

実は内心生徒会に入るのも考えている簪だが、それは完全に武装が完成してから。

別の日に渡しに行くのも良かったのだが、早く食べて貰いたい気持ちを彼女は優先した。

…大喜びする姉が少年の脳裏に浮かぶ。

 

 

「ところでさ、あんたのISは弄らなくていいの?」

 

「俺の?」

 

小柄な少女へ少年の視線が移る。

釣られて残りの少女達も視線をキョトンとしたままの少年へ。

 

「だって拡張領域(バススロット)増えたんでしょう?まともな後付武装(イコライザ)だって少ないんだし、何か追加とかした方がいいんじゃないの?」

 

「ああ、それなら学園側で配備しているような汎用装備で何個か目星が付いてる。今発注依頼の書類を書いて───ってなんだ不満そうな顔して」

 

「あんたねぇ…もう少し拘って考えなさいよ。汎用装備ばっかりでも結局容量は量産機(ラファール)に勝てないんだし。第三世代程とはいかないけどひと捻りあった方がいいと思うわ」

 

頑丈なだけの槍、変哲のないIS用のナイフ、訓練機と同型の近接ブレード。

等々、基本的に汎用通り越して凡庸な武装を好む流星には耳の痛い話である。

 

変わったものは例の特殊兵装。

ヤケに手に馴染むのが気になるが、それでも『同調』時程上手く使えない。

加えて高威力である分、燃費は良くない。

戦闘で使いこなすとなるとハードルはかなり上がる。

 

『時雨』がそもそも第二世代機として、元々パッとしない性能(スペック)ではある。

コアに関してはよく分からないが、機体を作っていた企業は潰れたとか何とか。

国内では打鉄との量産機競争に負けたと記憶している。

──理由は確か、劣化ラファールでしかないから。

 

少年は溜息をつく。

一応『時雨』には奥の手として第三世代機すら凌駕する『黒時雨』があるのだが、あれはなんと言うか武装ではないし、元々の仕様には関係ない。

特殊兵装も恐らく、コア側問題が関係している。

 

 

閑話休題。

 

鈴の言い分は、他の武装ももう少し考えてみては?という事らしい。

カップケーキを堪能しながらも、視線を珈琲の水面に落とし考える。

 

「ピンと来ないな」

 

困ったような表情でマグカップに手を伸ばす。

思い出したように、彼は鈴の隣を見る。

 

「本音はどんなのがいいと思う?」

「何か新しい機能なんてどう!?」

「へー、新しい機能か。例えば?」

「お菓子が焼けたりすると便利だよ〜」

「斬新過ぎる」

 

お菓子を焼いてどうしろと言うのか。

本音は楽しそうにアレコレ候補を言っていく。

どれも家電にあるようなもので、途中から鈴まで楽しそうにノリ始める始末。

内心面白そうだななんて思っている自身も居た。

 

流星は珈琲をひと口飲み、抹茶のカップケーキを食べ終える。

隣で考え込んでいる簪へ彼は顔を向けた。

ブツブツと呟きつつも何やら自分の世界に入り込んでいるようにも見えるが──。

 

「簪の方は何か──」

 

「──やっぱりここは…待機音」

 

「………え?待機……なに?」

 

「変身待機音。変形機構の武器とかも捨て難いけど…これは譲れない…!」

 

「?、??」

 

意味がサッパリ分からなかった。

流星も珍しく困惑した表情で彼女の言っている意味を考えている。

簪の方はソワソワしてテンションが高く、少年の様子にも気付いていなかった。

簪の発言が聞こえたのか本音が同調するように身を乗り出してくる。

 

「かんちゃん、それならちゃんとエフェクトも出るようにしよ〜」

 

「本音、完璧。それも付けよう───」

 

「エフェクトって意味あるの?」

 

「大丈夫、鈴。ちゃんと展開までの間、操縦者を守るようにバリアとか攻撃も兼ねてるやつだから。種類にもよるけど、かなり強力だったりもする。他にも───」

 

得意気に早口で告げる簪に鈴は思わずたじろぐ。

───あ、そうなんだ?なんて無難な返事だけして苦笑い。

完全に趣味の世界に入っており、話が長くなると判断したのだろう。

 

それなりにそっちを知っている本音と仲良く談義が始まっている。

置いていかれた流星と鈴はそれを傍観しながら珈琲を啜っていた。

 

「完全にスイッチ入ってるな」

「ええ。……ISの展開速度だと音もエフェクトも出る暇が無い───って言うのは野暮よね」

「…言うなよ?」

 

半目で呟く少年。

鈴は楽しげな2人を見つつ、口を尖らせる。

 

「言うに言えないわよ。──でも『黒時雨』移行時なら換装時間的に可能よね」

「……………言うなよ?」

「言わないわよ」

 

自身の専用機が好き勝手改造される姿を想像する流星。

簪の言っている意味は分からないが、聞いている感じエフェクトやら音を出しながら態々展開する画はシュールの一言に尽きる。

というより、自分がそれをやるとなると流石に恥ずかしい。

分かる人には分かる話なのだろうが、イマイチ流星には分からない領域であった。

 

聞こえてくる2人の会話。

何やら待機形態をどうにかしてベルトに変えようやら、声で反応するようにしようだとか言っている。

 

──姉妹で一緒だな、と胸中で独りごちる。

趣味が、でなく好きな物の事になると周りが見えなくなる辺りが。

 

 

「『打鉄弐式』に付けるのは駄目なのか?その機能」

 

ふと思った疑問を口にする。

簪がそういった物が好きなのなら、自機に付けるのが最良だと思っただけであったのだが…。

 

 

「「ダメ。付けるなら『時雨』」」

 

即答であった。

2人同時に否定され、益々分からなくなる。

何故自身に使わせたいのか、少年は眉を八の字にしながらツインテールの少女へ。

 

少女側としては他人事。

ちょっと見てみたいという欲も出てきたのか、ニヤついて返す。

わざとらしく口元に手を当てていた。

 

「ま、頑張りなさいよ。ヒーローさん?」

 

「期末テストで勝ったら覚えてろよ」

 

「覚えといてあげるわよ。勝つのは(あたし)だけどね」

 

バチバチと火花を散らす流星と鈴。

前のめりの姿勢で簪は間に割り込む。

 

「勝つのは私」

 

「ふふん、返り討ちよ」

 

静かながらも確かなる宣言。

先までのテンションもあってか、ドヤ顔というものに見えなくもない。

 

(────…)

 

入学時期辺りをひたすら専用機開発に注ぎ込んでいたような少女だが、今は状況がまるで違う。

ずっと専用機開発に取り組んでいた少女が、全力で勉強に取り込めばどうなるか───想像は容易い。

 

 

「よし、じゃあ再開するか」

 

いい感じに話題を戻せたと流星は作業再開を促す。

マグカップを回収し、残った袋等をササッと処分して彼はその場から離れようと───。

 

ガシリと肩に誰かの手。

油を挿し忘れた機械のようにゆっくりと振り返ると、そこには満面の笑みの簪の顔があった。

 

 

「流星、ちょっと『黒時雨』についてなんだけど───」

 

「────あぁ、いや今日は『時雨』の調子がだな───」

 

「大丈夫だよいまみー。1回だけ!1回だけ!だから!」

 

何故か一瞬気配がなかったと思えば、本音は工具一式を用意し、既に流星の眼前にいた。

無情にも鈴は我関せず。

というより、彼女もまた楽しそうであった。

逃げ場が無いことに気付き、ガックリと肩を落とす。

 

 

その日、────簪の動画(コレクション)が増える事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほのぼのした日常回。
次回は出席番号1番さんが出る予定。


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-43-

────私、相川清香は困惑していた。

何にって?

それは言うなら目の前の存在にだ。

 

オレンジの髪に端正な顔立ち、制服の上からでも分かる鍛えられた身体。

この学園に2人しかいない男子の片割れ。

 

何故ここに居るんだろう。

何故此処で書類を書いているのだろう。

ぐるぐる頭の中で疑問が回るけど、一切分からない。

 

場所は体育倉庫───の一角。

主にハンドボール部の備品が多く仕舞われている区画に彼は居た。

置かれていた座席の上で山積みの書類を捌いている────何故。

いや、生徒会のメンバーだからきっとそれ関係なのは分かるんだけど────。

 

薄暗くはない、照明はキチンとついている。

最初は誰かが消し忘れたとばかり思っていた。

空いている事にも疑問はあったけど、倉庫の奥に入って正直人が居てビクってなってしまった。

 

「───」

 

でも、一人なのも珍しいかな。

彼は最近、必ず3人の内の誰かとよく居るから。

まず同じクラスの布仏さん。

2組の(ファン)さん。

そして4組の更識さんだ。

見るに織斑くんとも打ち解けていると思う。

 

 

真剣に取り組んでいる姿を見て、絵になってるなんて思ってしまう。

 

他クラスを含めれば圧倒的に織斑君なんだけど、1組の間では彼はそこそこ人気だ。

布仏さんへの優しい対応も然ることながら、最近の彼は周りと多少関わるようになった。

基本的に参考書とか読み耽ってた時期からは想像も付かない。

優しい訳でもないけど、特別愛想が悪い訳でも無かった。

時折身内に見せるやわらかな態度に憧れる人はいるんだろうなぁ。

 

私はどっち派かって?どっちでもないけど、強いて言うならそれは────。

 

って、そんな事どうでもいいの。

とりあえず話し掛けるべきか、そうでないか。

 

考えて居ると、ふと彼が顔を上げた。

視線が合う。

ちょっと気不味いなぁ。

 

ジッと此方を見る彼の視線は割と独特だ。

人によっては熱烈な視線にも感じるだとか。

私としては見透かされてる?感覚がして恥ずかしい。

慣れていない男子からの真っ直ぐな視線と言うのもあわさって緊張してしまう。

 

 

「え、エッと奇遇だね!イ、今宮くん!」

 

「ああ、奇遇だな。相川さん」

 

やってしまった。

恥ずかしくなり頭を抱えたい衝動に駆られる。

けど彼はあくまで普通。

別に変に思われていないのに悶える方が変な人だ。

 

「そう言えばハンドボール部だったか。今更だけどお邪魔してる」

 

「部活覚えててくれたんだ。てっきり覚えてないかと思ってた」

 

「間違っちゃいないさ。この瞬間まで忘れてたよ」

 

だけど思い出したということは結局覚えていたのだろう。

謙遜するように笑う彼に私も合わせてはにかむ。

…上手くは笑えなかったけど、問題無かった筈。

 

「何してるの?」

 

「生徒会のお仕事。夏休み前だから思ったより仕事があってさ。ここでやっているのは備品の点検とか数量確認の書類もあるからだ。ほら、後半にあるだろ?」

 

 

ペラリと紙の束を捲り下の方を見せてくる。

確かに、それらしい事が書かれているけど…。

 

───あれ?やっぱり此処でしてる理由が分からない。

正直に言うとここは室温的な環境としては良くない。

思ったより広いから多少涼しいけど、クーラーが聞いている部屋を思えば、暑い方だ。

 

 

───それに、倉庫関連の書類以外をここでする意味はない…よね?

隣に勉強道具まであるのが余計に気になる。

 

 

疑問だ。

そんな私の様子に気が付いたのか、今宮くんはバツが悪そうに視線を逸らしている。

 

話題転換を図る為か、彼は視線を私に戻しながら思い出したように口を開いた。

 

「ところで、相川さんはどうしてここに?今はテスト前で部活も休みだろ?」

 

「ちょ、ちょっと体を動かしたくて。ジョギングじゃあ物足りなくてボールでも触ろうかなーなんて」

 

ちょっと端折って説明する。

どうしてそう思ったか、の部分が実はあったりするのだけど言う必要は多分ない。

再度ジッと見透かすような視線。

の後、彼は作業を再開しながら後方を指をさした。

 

「ハンドボール持っていく位構わないぞ。1個だけ先にカウントしておくだけだし」

 

「あ、ありがと」

 

「ま、悩みは誰かに相談した方がいいかもしれないけどな」

 

「え!?」

 

流れるように自然に言われた事に思わず固まる。

 

「気付いてたの?」

 

「いんや、当てずっぽう」

 

私は慌てて口に手を当てる。

それを見て彼は肩を竦めて苦笑した。

当てずっぽうと言っているけど何となく見抜いていたんだろう。

バレるなんて思わなかった。

…その鋭さを普段の3人に向けてあげればいいのに。

 

ともあれ、悩んでいる事がバレたから割り切ることにした。

 

 

「───その、独り言なんだけどね」

 

作業中の彼の手が止まる。

私は近くパイプ椅子に腰をかけた。

 

「最近、中学の時の友達数人と会ってさ」

 

「…」

 

「皆さ、やりたい事があるって勉強してたり、大会に出るんだーって部活に全力だったり、趣味に目覚めたーって夢中になってたり、彼氏出来てたり───なんかキラキラしてた。初めて周りを見渡したら、学園の皆もちゃんと将来を考えてて───それに比べて、私って特に何にもないように思えてきちゃったの」

 

当然、IS学園に入る為に頑張って勉強もした。

でもここに居る皆は何かしらを既に持っていた。

代表候補生であったり、企業の後押しがあったり。

きっと、私よりもずっと前から努力して来たからなんだけど今更ひっくり返せなくて。

多分羨ましいんだろう。

努力たらしめる原動力が、目標が、夢があることに。

それでいて普通な自分に少し嫌気がさす。

 

「私ってさ、多分凄く普通の人なんだ。部活も勉強も中途半端で、皆みたいにしっかりした夢も無いの。だってISに乗りたいって思っただけなんだもん。───そう考えると、この学園に来たのは短絡的だったかなーなんて。…考えすぎちゃって…。悩んでたら、皆にらしくないって励まされて────なんか余計にモヤモヤしちゃって」

 

────らしくない、のかな?

 

そう言いながら彼の方へ顔を上げる。

独り言の体で話していたんだけど、話している内に頭から抜け落ちていた。

 

彼は返事をすべきかを悩んだのだろう。

顎に手を当て少し考えると、少し斜めを向いて独り言を意識させるかのよう。

変なところで律儀だ。

 

「確かに、この学園は将来を見据えたやつが多いよな。……俺も、幼稚な理由からくる目標はあるけど、それだけだ。先を考える───なんてして来なかったからそういう事はよく分からないんだ」

 

「え?」

 

思わず声が出た。

普段の彼の様子からそんな事思いもしなかった。

努力を重ね今の操縦技術を身に付けてるはずなのに、考えてこなかった?

そんなの、有り得ない。

もっとしっかり先を見据えてるものだとばかり──。

 

彼は俺の事なんてどうでも良い、なんて呟くと言葉を続ける。

 

 

「────相川さんはISに乗りたいって思ったんだろ?なら、それは理由じゃなくてキッカケってヤツだ」

 

「────」

 

「それは相川さんの純粋な気持ちなんだから、大事に抱えておかないと勿体無い。先を見る前にそいつも尊重してやらないと、色々見落とすと思う」

 

目から鱗だった。

勿体無い、そんなことを言われるとは思わなかった。

印象的な彼の横顔。

まるで心の底から羨むかのようで、本心から肯定されていると理解する。

素直な喜べるかと言われると、なんだかそれもいけない気がして…。

不思議な感覚だった。

 

「受け売りだけど、後は見付けやすくする為に日々勉学に励む事か。ちゃんと授業を受けて課題をして───勿論、居眠りはダメだからな?」

 

───と言いつつ、ニタリと彼は意地の悪い笑みを浮かべた。

…これは過去に授業で寝かけた事がバレてる……!

あの日は疲れてたのー!

 

いい事言ってると思ったのに、とんだ意地悪だった。

そう言えば、クラス内でも布仏さんをからかってたりしてたかも。

 

口を尖らせて不機嫌ですとアピールしていると、彼はおどけて片手をヒラヒラさせた。

 

「───と、役にも立たない独り言だ。ちなみに『学生を楽しむのも大事よ!』──って現生徒会長サマが言ってたこともあるっけな。アイツの言う学生を楽しむというと………───悪い、やっぱり俺にはさっぱりだ」

 

話の最中に思いっきり椅子にもたれ掛かる。

先までの真剣さとのギャップが妙に面白くて、自然と笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、何それ。さっきまでの話が台無しだよ」

 

「…独り言だから問題は無いだろ」

 

「ソウイエバソウデシタ。───その、ありがと。少し楽になったよ」

 

笑顔でお礼を言う。

普段ちゃんとした関わりが少ないからこそ、吐露出来たのもあるのかも。

さっきよりもずっと自然に笑えていたと思う。

 

…本当に臨海学校過ぎてから変わった気がする。

 

 

 

それはそうと。

視線を私に戻した彼は意外そうなものを見た顔。

 

成程、と彼は小声で呟いていた。

意味深な言葉はやめて!?気になる!

 

くつくつと笑い、話そうとしない彼に私は抗議した。

何を笑っているのか問いただすとケロリとした顔でとんでもない事を言ってのけた。

 

「らしくないって言われたのに納得してた。そりゃ言われるさ。相川さんには笑顔が1番似合うからな」

 

「────なあっ!?なん、なんでそうなるの!?」

 

思わぬ台詞に顔が熱くなる。

サラりと口説かれた?

え?織斑くんだけじゃなく今宮くんもそういうタイプなの!?え?へ?

 

なんとか捻り出した言葉も声が上擦っていた。

女子校出身だから慣れてないの!そういうのは!

うう、恥ずかしい。

どういう神経をしているのだろうか。

此方の様子など気にも留めずスラスラと彼は返す。

 

 

「らしくないって言葉は、そう在って欲しいっていう願望の裏返しだ。それだけ相川さんの笑顔が魅力的だったんだろ」

 

「〜〜〜っ」

 

天然なのだろうか、いやそうに違いない。

……今、耳まで真っ赤なのがわかる。

我ながらチョロい、ほんと耐性って大事だよね。

 

あと、どんな顔をしていいか分からない。

笑顔なのか苦笑いなのか、ニヤついてるのか、口元が安定しなかった。

 

 

取り敢えず!取り敢えず話題を変えよう!!

ゴホンと軽く咳払い…わざとらしかったかな?──をして傍らにある勉強道具一式を指差した。

ずっと気になっていた事に触れる。

 

 

「話は変わるけど、ここで勉強もする気なの?……生徒会の仕事終えてから、部屋でした方が良いと思うけど…」

「そうだな…。そう、なんだけど」

 

作業に戻りながら、彼は僅かに困惑したような表情。

ちょっと嗜虐心がそそられる、常識の範囲で。

 

「相川さん、飲み物はいるか?今更だけどジョギングの後だろ?丁度手前の台に飲み物が─────」

「──有難く頂くけど、流石にそれで誤魔化されないからね?」

「…」

 

言葉を受け、露骨な不満顔。

後に大きな溜息をつきながら、今宮くんは口を開く。

はぐらかす労力を考え、諦めたと受け取れた。

 

「…暫く部屋に帰れなくなったんだよ」

「喧嘩?」

「だったら逃げ───此処に留まってないぞ」

 

今逃げてきたって言おうとしたよね?

益々状況が分からない。

 

でも、彼が逃げるような相手は想像が付く。

候補としては織斑先生、または黒いオーラを纏った3人の誰か。

恐らく、後者が有力だと思う。

 

嫉妬の炎を静かに燃やしている時の3人は、遠目でしか見た事がないが迫力があったから。

それに、織斑先生相手ならここまで逃げて来れない筈。

一応、織斑くん周り(篠ノ之さん達)の可能性もあるけど……そんな気がした。

 

完全に直感だけど、案外当たってると思うんだ。

 

 

「逃げて来たの───?(ファン)さん達から?」

 

「───」

 

私の言葉に彼は顔を引き攣らせた。

同時にちょっと距離を取るように身構える。

露骨に警戒されている。

 

 

「実は俺を探しに来てたり、とかじゃないよな?察しが良過ぎるのも怖いんだけど」

 

「大丈夫大丈夫、見ての通りジョギングの後だよ。いやーまさか直感が当たってるとは思わなかったなぁ…。名探偵になれるかも」

 

「直感を推理と言い張れるならなれるんじゃないか?」

 

ちょっと毒を含んだ言い方。

それは囁かな彼の抵抗であった。

言いたくないと意思を示しながらも、強く反対しないのは先の独り言を聞いてしまったからだろう。

やはり変なところでだけ律儀だ。

都合がいいので、そこに甘えることにした。

気になるし。

 

 

「何があったの?」

 

「端的に話すと、見付かってはならない物が見付かってしまったというか────」

 

「見付かってはならない物?」

 

「詳しくは口が裂けても言えないんだ。そこばかりはそういう物とだけ認識してくれ」

 

「?」

 

人には言えない、のだろうか。

ガックリ肩を落としながら語る彼をよそ目に考えてみる。

 

見付かってはならない物かつ、口が裂けても言えない物。

場所は彼の部屋。

現状、追われている…それも、あの3人に。

 

…、成程。

並べられた情報から察した。

兄弟がいる友達から聞いた事がある。

男の子という奴はアレな本とかを隠し持ってるとかなんとか。

存外、彼も真っ当な男の子だったみたい。

 

 

ははーん、と得意気に納得する私。

 

ただ、その物を想像するとちょっと恥ずかしい。

そっちに関しても本当に耐性ないなぁ、私。

割とクラスの皆はそこら辺エグい話する人も居るのに。

 

対して彼は表を上げ、訝しむような視線を私に送っていた。

 

 

「なんか勘違いしてないか?」

 

「だ、大丈夫っ!そういうの普通だって聞くし、むしろそう言うの無い方がおかしいかもだし!?」

 

「…きっと相川さんが想像してるやつとは違うからな」

 

「え?…えっと、じゃあやましい物では無い?」

 

「いや、やましい物なのは違いないんだけど────」

 

言葉を濁す彼。

やましい物なの!?

じゃあまた別の物?

 

「補足しておくと、俺の物じゃないからな?ルームメイトが凹んでる時に俺が貰ってきただけだよ」

 

「!!?」

 

「………物凄く勘違いされてるよな、コレ」

 

言葉が出ずにいる私を見ながら、彼は深いため息をつく。

 

正直、私は悪くないと思う。

彼がちゃんと中身を言えば勘違いなんて起きない訳だし。

でも、やましい物には違いないあたり、もやもやする。

答えが気になるよー。

 

弁明する気力もないのか、彼はそのまま続けた。

 

「大まかに言うと皆がISの資料を借りに来て、ルームメイトが対応した。──で、不運にも───違うな、身から出た錆ってやつか。資料を探してたら、本の山が崩れて簪の手元に例のブツが………。当然、ルームメイトは即説教喰らったんだけど、出自が俺ってバレてさ。何とか隙を見て逃げ出してきたんだ。……特に簪が滅茶苦茶怖かった。喧嘩した時なんか比じゃない位迫力あったぞ、アレ」

 

説明をしながら思い出したのか、今宮くんはゲンナリとしている。

私は追ってくる3人を想像した。

…共感しなくもない。

 

「よく逃げ切れたね…。でも、織斑くんに頼るのは駄目だったの?彼なら男同士だし、匿ってくれそうだけど。それに一人部屋だから広く使えるしさ」

 

と、私の言葉に彼はピクリと眉を動かした。

あー、と気だるげに発しつつまるで思い返すよう。

そのまま彼は清々しい程の綺麗な笑顔になると告げた。

 

 

「一夏か。アイツは良い奴だったよ」

 

 

「────何があったの!!?」

 

 

思わずパイプ椅子から立ち上がる。

いやいやいや!織斑くん無関係じゃなかったの!?

 

「丁度、俺が部屋を抜け出す時か。偶然訪ねてきた一夏の手元に例のブツが─────後は分かるよな?」

 

「篠ノ之さん達も居たんだね…」

 

「加えて本気の簪にトドメを刺されてた。……人の形をしてるといいが…」

 

他人事のように呟く彼。

最後をボソッと言っていた辺りが、物騒過ぎた。

 

「もっと心配してあげた方がいいと思うよ。今回ばかりは織斑くんが不憫すぎる…」

 

「大丈夫。アイツはあれくらい平気だ」

 

「えぇ…」

 

やはりいい笑顔で告げる彼。

皮肉じゃなく本気で言ってそうなのに驚く。

その自信はどこから来るのだろうか。

 

完全にとばっちりを喰らった織斑くんには同情するしかない。

無事だと良いけど。

 

 

「───ともあれ、この資料とか勉強道具の1部が生徒会室に置きっぱなしだったのは不幸中の幸いだった。試験前だからな」

 

と、終わったのか束になっていた生徒会の資料を横によける。

残ったのは備品管理の資料。

彼は椅子から立ち上がると、私に背を向けて数え始める。

 

「私も手伝うよ」

 

「助かる。そっちのボールとか手間がかかるのは俺がやるから、相川さんは小物を頼む。場所とか詳しいだろ?」

 

「分かった。あ、ここに記入すればいいのかな?」

 

「ああ、それであってる。あと、壊れてる物とかもう捨てなくちゃ行けないものとかあったら、ビニールに放り込んで備考欄に書いておいて欲しい」

 

説明をしながら数える今宮くん。

テキパキと記入する手が動いているあたり、慣れを感じる。

そう言えば、今宮くんは結構早くから生徒会に入っていたね。

 

作業を進めながら、雑談に花を咲かせる。

今まで生徒会の仕事で気になったものを尋ねる。

 

返ってきた答えは意外なもので、寮の扉の発注らしい。

寮側でやれと思った彼だが、どうにも織斑先生が面倒くさがったとか何とか。

 

───ちなみに、それは織斑くんの部屋の扉らしい。

…何も考えないようにしよう。

 

 

そうこうしている内に20分程経過した。

作業も終わり、出来上がった書類を机に置く。

廃棄するものは入口付近に置いた。

 

…今更だけど、ジョギングの後なのも相まって汗びっしょりだ。

うぅ、汗臭くないかな?

そんなことを気にしていると、彼は近くの台に置いてあった何かを手に取った。

 

「悪いな、気が付くのが遅れた。喉が乾いてただろ?」

 

「あ、ありがとう」

 

言いつつ、投げ渡されたのはペットボトル。

ぬるくは無い、冷えてもないんだけど、喉が乾いてる今は有難い。

キンキンに冷えていた方が気持ちはいいが、体を考えると正直これがベストかも。

勢いよく流し込まれる水が喉を潤す。

───飲み終えてから、ペットボトルが元から空いていた事に気がついた。

こ、これって───。

 

 

 

それに関する思考は、そこで中断させられた。

理由は簡単。

 

 

いつの間にか、私の横に水色の髪の女生徒が覗き込むように立っていたからだ。

 

 

 

「ふーん、楽しそうね。流星くん───と1組の相川さん?」

 

「っ!?」

 

「…よくここに居るのが分かったな」

 

「聞き込んでたら相川さんが居ないって事と、体育倉庫に入ったって目撃情報を聞いてね。あと生徒会の仕事の残り覚えてたのもあったから、もしや──なんて」

 

今宮くんがガックリと肩を落とす。

よりにもよって、なんて言いたげな彼。

見付けられた事にか、それとも女生徒が追ってきた事にかは分からない。

 

そんな彼に女生徒は笑顔で話し掛けた。

リボンの色からして、二年生だと分かる。

凄い綺麗な人だ。

額に4つ角を浮かべているのは、触れないでおこう。

 

「お楽しみ中みたいだったけど、いいご身分ね」

 

「……どうしてお前が怒ってるんだよ」

 

「私が簪ちゃんに怒られてる最中に逃げ出して、他の女子を口説いてたらそりゃあムカつくわよ」

 

「口説く?そいつは誤解だ。第一、お前の場合は自業自得だろ」

 

不満げに応じる今宮くん。

対して女生徒は扇子で口元を隠しながら、目を細める。

ミステリアス、そんな言葉が私の脳裏を過ぎる。

 

「あら、IS学園(ここ)では私がルールよ?それに、私の辞書に自業自得なんて言葉は無いわ」

 

「辞書じゃなくメモ帳だったか、そりゃあ白紙だろうに。──というかだ。その理屈を簪に言ってきたらどうだ?晴れて無罪放免だろ」

 

「だったのだけど、怒った簪ちゃんと織斑先生は例外みたい」

 

「………」

 

その言葉を聞き、今宮くんが思いっ切り苦笑いを浮かべた。

納得しているようで哀れんでいるようにも見える。

 

っていうか、会話からして今宮くんのルームメイトだよね。

つまり……………………………〜〜〜〜〜〜〜っ。

考えるのを辞めよう。

 

ルームメイトさんは、話しながら何か思い出したのか一瞬遠い目でどこかを見ていた。

…トラウマになってるのかな。

 

2人とも自然体に見えるけど、その実、空気は緊張感を孕んでいた。

私には何も分からないけど、言葉を交わしながら隙を窺ってる気がしてならない。

 

 

「見逃してはくれないよな?」

 

「悪いけど、私も今回は引くに引けないのよ」

 

「そうか。なら仕方ない」

 

立ち上がる今宮くん。

空気が更にピリピリする。

 

「仕方ない?流星くん、私に勝つつもりなのかしら?」

 

「いや、俺にも考えがあるってだけだ────」

 

会話の最中に今宮くんが地面を蹴った。

踏み込んだのか潜り込んだのか。

何れにせよ、一瞬で私もよく分からなかったけど彼は確かにルームメイトさんに仕掛けた。

 

掌底や掴み。

それをフェイントにした足払い。

これらをルームメイトさんは華麗に捌き切る。

 

多分、手加減してるんだろう。

ギリギリ、私でも何が起きているか理解出来ている。

 

捌き切られたと言っても、今宮くんは驚きもしない。

綺麗に弧を描く反撃の蹴りを微かに後退して躱す。

彼自身も反撃を喰らうことなく、姿勢も崩れていなかった。

 

「いやん、パンツ見られちゃった。おねーさんのパンツは高いわよ?」

 

「今更何言ってるんだ。もう色々見慣れ────っ!」

 

急に2人の動きが早くなる。

もう細かい動きなんて見えないけど、ルームメイトさんの攻撃が激しくなったからだと分かる。

 

「危ないだろ」

 

「なんかムカついたのよ」

 

「理不尽だろ…」

 

ふたりの関係がよく分からないけど、パンツでノーリアクションってどういう…。

 

それにしても今宮くんもよく躱すなぁ。

避けきれないのを受けて、互いに掴まれないようにだけ動いている。

さながら組手を連想させられるやり取り。

 

 

「それで───考えがあるって言ってたけど────?」

 

「俺が捕まったら、お前の罪状を片っ端から告発する」

 

「───────」

 

ピタリとルームメイトさんの動きが固まった。

道連れだ、と言葉を並べる今宮くん。

意地の悪い笑みがやたらと似合っている。

 

告発されるだけの罪があるのがおかしいような。

 

 

「俺を見逃すなら告発はしない。どうする?」

 

「───くっ。仕方ない、わね」

 

悔しそうなルームメイトさん。

今宮くんは愉しそうに笑みを浮かべると、置いていた荷物を纏める。

余裕を見せる彼に、ルームメイトさんは一拍置くと目を細めた。

口元を開いた扇子で隠しながら、───扇子には好機と書かれていた───呟くように告げる。

 

「仕方ないから私は見逃すけど、ここを知ったのが私一人とは言ってないわよ?」

 

「……………」

 

勢いよく開く倉庫の扉。

死刑宣告を聞いた今宮くんは思わず額に手を当てていた。

 

入ってきたのは黒いオーラを纏った更識さん(?)。

揺らりと赤い瞳を彼に向け、ジリジリと距離を詰める。

 

「見 つ け た」

 

ひぇ、誰か助けて…。

更識さんが彼をロックオンする。

思わぬ迫力に私まで冷や汗が止まらない。

本当に何をしたの?今宮くーーーん!?

 

 

「──相川さん。悪いけど、その書類とか後で生徒会室に持って行ってくれ」

 

「鈴、本音。確保」

 

諦めて両手をあげた彼は、瞬く間に倉庫から連れ出されていく。

そして──。

 

「お姉ちゃんも、来て。罪状って何か、キリキリ吐いてもらうから…」

 

「か、簪ちゃん!?」

 

流れるようにルームメイトさんも連れ出されていく。

 

さながら出荷されていく牛を見る気分だ。

 

 

 

ポツンと取り残される私。

 

ついさっきまでの騒々しさは何処へやら、体育倉庫に静寂が帰ってきた。

 

 

「な、なんだったの?」

 

理解が追い付かず思わず呟くけど、帰ってくるのは静けさのみ。

私は彼の遺言を実行すべく、残った荷物を手に持った。

 

 

 

────以上が、後に『1053室事変』と名付けられる騒動の一端である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




楯「私は許そう。だがコイツ(いもうと)は許すかな?」
流「」
簪「お 姉 ち ゃ ん ?」
楯「」


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-44-

次回から夏休みです。


「──これは、どういう事だ?」

 

とあるホテルの一室で、疑問の声が静寂を破った。

言葉を発したのはオレンジの長い髪の女性。

短パンにタンクトップと身軽な格好だ。

気の強さを主張するような目付きと格好が合わさり、美女というよりは美人と形容するのが適切である。

 

彼女の視線の先にあるのは、1つの記録映像。

空中に投影されており、部屋の全員がその映像を眺めていた。

 

「そうね、オータム。貴女もそう思うわよね」

 

投影された映像の横にいた女性が頷く。

毛先や一部が赤みがかった特徴的な長い金髪に、赤いドレス姿。

彼女の声は落ち着いた呟きは静かながらも、響く。

 

オータム、と呼ばれた女性は視線をその女性に移した。

 

「機動性が飛躍的に上がっているのも、動きが最適化されてるのも、いきなり未知の武装が出てくるのも気になる所だが────」

 

と、オータムは映像に視線を戻す。

そこを翔けるは『黒の機体』。

銀の機体に攻撃するソレを睨むようにしながら、彼女は呟く。

 

「──余りにも似てやがる。あの『邪魔者』に。───スラスター部分も使っている拳銃も、瓜二つなんてレベルじゃねぇ。お前はどう見てるんだ?スコール」

 

スコール、と呼ばれた女性はふむ、と口元に手を当てる。

ほんの少しだけ考えるような仕草の後に考えを口にした。

 

「同一と見ても良いでしょうね。───彼が行方不明になった時期と、『アレ』の出没開始時期もピッタリ合うの。でもね、奇妙な点もあるの。今彼が乗っている機体の所在を洗ったのだけど、ここ2年は確実に誰も乗っていなかった(・・・・・・・・・・)

 

「……、ならコアの方か────?」

 

「それこそ、意味も意図も分からないわ。仮にすり替えられていたとして、ああやって以前の機体の特性が出る保証もない。……奇妙な話ね」

 

「…」

 

溜息と共にオータムは考える事をやめた。

幾ら考えても答えが分からない以上、その必要がないと思ったのだろう。

 

──と、そんな彼女の隣で小首を傾げる黒髪の少女。

彼女は会話の内容が分かっていないのか、純朴な瞳をオータムに向ける。

 

「ねぇ、オータム。その『邪魔者』ってなぁに?」

 

「あー…お前らは居なかったから知らないのか。──あれは、確か約2年前からだ。私らの任務の時によ、丁度獲物を横取りしたり、こっちを利用してくる正体不明のISが現れる事が何度かだけあったんだ」

 

その時を思い出したのか、オータムは不機嫌そうに眉を顰める。

何度思い返しても忌々しい、と拳に力が篭もる。

反して、少女は納得したように笑顔で応じた。

 

「ソレのとくちょうと、りゅうせいのISがにてるのね!」

 

「物分かりが良くて何よりだ。突然桁外れに強くなってる点も考えりゃ、アイツに何かあるって見て正解だろうな」

 

オータムの説明に少女は手挙げてわかったーと返事をする。

オータムってやっぱり優しいのね、なんて少女の言葉を無視する彼女。

スコールはその様子を見つつ、頷いた。

 

「えぇ、だから今後彼をIS学園の特記戦力とするわ。各自頭にその事だけ入れて置いて。エム達は何か気が付いた事がある?」

 

スコールは1人離れた位置で立っている少女に言葉を投げかけた。

少女は暗がりの中、壁に背を預け立っている。

 

少女はスコールを一瞥すると、壁から背を離す。

 

「興味が無い───戦闘能力は評価するが、それだけだ。どうせコイツの相手はそこの餓鬼がするだろう」

 

む、とオータムの隣にいた少女は眉を逆八の字に。

明らかに文句があると言った様子で反論を口にした。

 

「わたしはLita(リタ)っていうなまえがあるの!ガキじゃないんだから!」

 

「ハッ、駄々を捏ねるな。教育がいるならその身に刻んでやるが、どうする?」

 

「ふふふ、マドカおねえちゃんはやさしいのね。わたしにはちゅうこくなんていらないのに」

 

「貴様に姉と呼ばれると、虫唾が走る」

 

一瞬、部屋を凍てつくような殺意が支配した。

マドカと呼ばれた少女とリタの視線がぶつかり合う。

妖艶な笑みを浮かべるリタに対し、マドカもまた好戦的な笑みを浮かべる。

何処までも澱んだ瞳と冷徹な瞳。

共通点があるとすれば、互いに隙を窺っているという事。

 

 

一発触発。

 

何度目か分からない状況に、スコールはやれやれと呆れた様子だった。

オータムはスコールの表情を見てか、隣に居る幼い少女──リタの肩に手を置く。

リタはオータムの手に気が付くと、ケロッと雰囲気を変えた。

幼い顔立ちに似合う可愛らしさで、少しだけ不満そうに口を尖らせた。

 

「はぁーい。わかったわよ、オータム」

 

「…ふん」

 

一方、マドカは興が削がれたと言わんばかりに自室へ戻る。

部屋に残ったのはスコールとオータムとリタと────もう1人。

 

「オイオイオイ、オータムチャンよぉ。ガキの世話とは苦労してんなぁオイ」

 

「譲ってやろうか?来玖留(くくる)

 

長く、青い髪の少女が容姿に似合わぬ粗暴な座り方で椅子に座っている。

態度こそ粗暴だが、気品の高そうなオータムとはまた逆の雰囲気を放っていた。

 

「カッ、誰が好き好んでするか。それはそうと、あの『邪魔者』ってのを随分警戒してるご様子だがビビってるのかい?」

 

「舐めてかかって漁夫の利を逃したやつよりはマシだろ。それとも何だ?弱い奴ほどよく吠えるってのか?」

 

「…喧嘩を売ってるのか?」

 

「売ってるのは手前(てめぇ)だろ」

 

険悪な空気を前に、スコールは反応を示さなかった。

ある種、オータムが来玖留と呼ばれた少女を相手にする気がない事が見て取れたからだ。

 

 

「まぁ、1人目とか2人目とかどうでも良い。そりゃあ両方ムカついちゃいるが、(ウチ)の目的は1人だけ。もうすぐだ───アイツから全て奪う、その為だけに組織に協力してんだ」

 

吐き捨てながら部屋を後にする来玖留の背に、冷ややかな視線を向けるのはリタ。

彼女はオータムに甘えるようにその腕に抱き着きながら、恐ろしく冷たい声色で呟いた。

 

 

「───ほんと、つまらないひと」

 

 

そして、と再度視線を彼女は映像に戻す。

 

復讐など何だの、実に滑稽極まりない。

自分が求めているものとは、余りにも対極に位置している。

 

少女(リタ)は黒く長い髪を弄りながら、緋色の瞳を楽しそうに光らせ────口の端を吊り上げた。

 

 

「───ああ、はやく逢いたいわ。りゅうせい」

 

 

 

 

 

 

『1053室事変』から、一週間が経過した。

本日は期末テスト最終日───も、期末テスト自体はもう終わったのだが。

ザワつく教室。

テストどうだった〜なんて各々の声が教室内のあちこちで聞こえた。

長かったテスト期間も終わり、学生なら浮き足立つ頃。

テスト期間という試練は消えた。

結果はどうあれ、目前の夏休みを前に心を弾ませるのも無理はない。

 

クラス内を見渡し、疲れきった表情で一夏は天井を見上げた。

椅子にもたれ掛かり、首まで完全に預ける。

 

今年は例年より小テストが少なくなっていた為、期末テストは難しく作られていた。

襲撃やタッグマッチトーナメント、臨海学校等イレギュラーが積み重なった結果だ。

事前に告知はされたものの、立場上学園に入らざるを得なかった一夏や箒、流星の3人には厳しいものだった。

IS関連の教科があるだけでなく、この学園自体のレベルが高いのもある。

 

告知した時の愉しそうな姉と、心底嫌そうだった流星の表情が頭から離れない。

勉強はそれなりにしていた筈だが、まるで分からなかった部分も多々あった。

あの問題どうだったかな?と思案するも過去の話。

彼を現実に連れ戻すかのように、金髪の少女が歩み寄る。

 

「お疲れ様ですわ、一夏さん」

「セシリアの方もお疲れ様。その様子だと、手応えありって感じか?」

「ええ、勿論。これで首位は(わたくし)が戴きましたわ」

 

「──それは、良かったな」

 

無愛想に返したのは一夏の目前にやってきた箒だった。

テストの難易度や手応えにより、1位は取れないと悟っているためか少々不機嫌だ。

テストが終わった安心感もあるのだが、負けず嫌いも先行している様子だった。

 

「ふふふ、箒さんの努力も認めますが、この(わたくし)──セシリア・オルコットが相手なのが悪かったのですわ!」

「はいはい。セシリア、あんまり勝った気でいると案外足下掬われちゃうよ?」

 

終礼も終わっており、各々帰り始めている。

そんな中一夏の座席の周りにシャルロットも鞄を持ってやってきた。

待たせるのもいけないと思ったのか一夏も鞄に筆記用具を突っ込む。

夏休み内の注意事項含め、プリント類も鞄に入れ終えた彼はゆっくりと立ち上がった。

 

チラリともう1人の男子の座席へ視線をやる。

彼は前の座席の少女───清香と話していた。

清香の方が振り返り、彼に話し掛けている状態だった。

流星の方はいつも通りの淡々とした調子だが、清香の方は誰の目から見ても楽しげだ。

 

その様子を眺めつつ、苦笑いを浮かべたのはシャルロットだった。

大体この後の誰かさんの膨れっ面が想像出来た彼女は、本音の席の方へ視線をやる。

 

「──あれ?」

 

そこで初めてシャルロットはある事に気が付いた。

彼女の視線を追い、遅れて一夏達もある事に気が付く。

 

別段おかしな事でもないのだが───、ほんの少し珍しい状況をシャルロットは口にした。

 

 

「布仏さんがいない────?」

 

 

 

 

────場所は変わり学生寮、1053室。

楯無と流星の部屋にして、まだ嫌な思い出が鮮明なこの場所に4人(・・)は居た。

流星のベッドに腰をかける楯無、それと向き合うように椅子に座った鈴と本音、楯無のベッドにちょこんと座り込んでいる簪という構図だ。

空気は少し引き締まっている。

楯無以外の3人は緊張した面持ちであった。

どういう類いの話かある程度想像が付いていたのだろう。

 

 

「それで、集まってもらった理由だけど────」

 

と、楯無はあっさりと切り出す。

ここに3人がいるのは、予め楯無がセッティングしていた為だった。

大事な話があるから、と場所と時間を指定し今に至る。

 

「流星の話…だよね?」

 

「ええ。一応はね」

 

簪の言葉に楯無は素っ気なく答えた。

姉としてではなく、生徒会長───引いては───鈴は知る由もないが『更識家当主』としての彼女の顔。

表情としてはいつもと変わらない筈が、冷たく感じる。

 

 

「単刀直入に聞くわ。貴女達はどこまで見たの────?」

 

ジッと彼女の視線が、正面に座っていた鈴に向けられる。

言い逃れなど許さない鋭い視線を前に、鈴は何とか言葉を返す。

 

「質問の意味が分からないんだけど…」

「それもそうね、鈴ちゃん。じゃあ聞き方を変えましょう───貴女達が見た記憶の中に、ここ2年間は含まれていたのかしら?」

 

楯無の言葉を受け、考え込む一同。

楯無はその様子を一瞥し、既に答えを得ていた。

答えるのを渋っている──というのもあるが、どちらかと言えばどう答えて良いか分からないという表情。

対暗部組織の長である彼女には一目瞭然だった。

簪はそれを悟り口を開く。

言って良い事なのかどうなのか

 

「そのね、お姉ちゃん。細かい時期は分からないけど……流星の記憶は日本に来る手前から、つい最近まで……」

 

カチリと頭の中でピースがハマる。

先の沈黙は言葉よりも雄弁であった。

楯無は何処からか取り出した扇子を取り出し、口元を隠すように開く。

 

 

「成程、彼の記憶の中でも空白があったのね」

 

 

「「「!」」」

 

「あら?当たってた?」

 

開かれた扇子に書かれていた言葉は『的中』。

目を見開く3人に楯無はいつも通りのイタズラ好きな笑顔を浮かべた。

嵌められた、と渋い顔の3人。

 

ただ、緊張は緩和した。

場を彼女が絶妙な加減でコントロールしているのは言うまでもない。

 

「それで、その、簪のお姉さん?はどうしてそんなことを聞くのよ?」

「もう、焦れったい呼び方は駄目よ、鈴ちゃん。楯無さんでも生徒会長でもたっちゃんでも可よ。──理由はまず、臨海学校の直後に学園側に依頼されたから──かしら?細かいクライアントまでは話せないけど。別に、彼をどうこうしようとか思ってる訳では無いわよ?」

「依頼ー?」

 

小首を傾げる本音に楯無はええ、と肯定する。

本音のように首を傾げてこそいないが、鈴も簪も依頼の意図を図り損ねていた。

記憶にあった空白。

そこに至るまでの記憶に押し潰されて、表に出てこなかっただけ──無意識にそう考えていた。

 

 

「順を追って振り返るわね。新しい発見が無きにしも非ずだし」

 

 

彼女はそう言いながら、指先で虚空を指さす。

空中に投影されるディスプレイ。

ISを介し、映し出された情報に視線が集まる。

その中に、癖毛の青年と紅い髪の女性の写真があった。

 

 

「まずは出自からよ。名前から分かるけど、生まれは日本。父親の名前は今宮(ひびき)──外資系企業のサラリーマンね。母親の名前は今宮(あかね)───教師をしていたみたい。普通の一般家庭生まれだったわ」

 

「普通…」

 

楯無の言葉に思わず簪は俯く。

本音も鈴も目を伏せる。

あんな事が無ければ、と考えてしまうのも無理はなかった。

 

楯無は気にする素振りも見せず、続ける。

ディスプレイに投影された情報が切り替わる。

 

「彼が8歳の頃、父親の転勤に付いていく形で中東へ…。当時はまだ内戦も何も起きていない地域だったから、別におかしな事でも無いわ。給料もそれなりにあったみたいだし、治安も別に悪くはなかった」

 

───だけど、と楯無の声のトーンが少し下がる。

 

 

「激化した兵器開発の競走──その実験場として、紛争は拡大した。彼が10歳の頃に──両親は巻き込まれて帰らぬ人になった。家ごと攻撃に巻き込まれて、彼だけが生き残った………」

 

映し出されるのは当時の新聞や地域の写真。

ハッキリした死体こそ映っていないが、荒れ果てた街や廃墟と化した家々は確認出来る。

3人の中で、灰色の記憶と合致した。

フラッシュバックする光景に、本人でない3人が吐き気を催す。

 

資料を通して改めて背景も理解した。

ISの兵器転用や打倒ISを諦めきれない者達による運用試験。

大国の皺寄せを食らった小国。

形ばかりのアラスカ条約に、付け足される事項が増えようともイタチごっこに過ぎない。

彼の悲劇の根幹にはISの存在があった。

彼女達の胸中には複雑な思いが渦巻く。

 

 

楯無は視線を3人に戻す。

視線は『大丈夫?』と問いかける。

3人は別々に頷き、続けるよう促した。

 

 

「ここから先は、貴女達の方が詳しいと思うわ。地元警察の資料に奇跡的に残ってたのだと───彼はその直後に大男に襲われて、そいつを殺害。他に監禁されてた子供達の証言の記録から、彼と判断出来たのに過ぎないけど…………合ってるみたいね」

 

こくりと頷く本音。

楯無はあくまであった事実と概要だけを並べていた。

勿論、ある程度の内容は楯無も知っている。

ただ、態々その事件の中身まで語る気は楯無も起きなかった。

凄惨な死体の写真もここには載せていない。

出来ることなら、妹に彼の記憶(そんなもの)なんて見て欲しくなかったというのが我儘な思いだ。

 

勝手な自身に嫌気がさす。

 

実に、気が進まない。

 

 

「その後は、彼が色んな所を転々としていた事しか分からないの。両親が死んだ段階で、国側からは死亡者扱いされてたのよ。あと紛争が激化して、基本的に国が把握しきれなくなっていたというのもあるわ。彼が少年兵として動いていたのも…その頃からのおおよそ4年間ね」

 

「…私達が見たのも殆どそこだと思う。色んな記憶を見てその……最初の…現場の記憶に戻っていったし…。ここ最近らしいのは全然無かった筈。少しだけど、幼少期の記憶もあったのに。そうだよね?鈴」

 

「ええ。簪の言う通りよ。でも、ひとつだけ気になる光景があったわ。最後の方、いきなり装備が綺麗なのになったのよ。でも一瞬だったし、暗がりが多かったから何とも…。そこから気付いたら日本にいる記憶だったような……」

 

「りんりんの言ってる部分私も気になったー。こっちに来たのも普通に来た訳じゃないと思うけど……」

 

と、3人の話に耳を傾けながら楯無は顎に手を当てる。

ここまで話した情報と彼女達の様子からして、この情報の成否は見て取れた。

 

 

「成程ね。ありがとう。やっぱり日本に来た経緯は不明みたいね」

 

楯無の中の仮説は補強される。

依頼者の出した情報や調査して出てきた情報と合わせれば、ある程度は予想出来る。

 

言うべきか、言わぬべきか。

楯無は己の中で吟味した後、核心部分は言うべきではないと判断した。

 

混乱を避ける目的もあるが、何より直感的な部分が大きい。

ただ、真剣に答えてもらった手前、ある程度は伝えておこうと決めていた。

 

 

「──これは、憶測でしかないけど」

 

目前に投影したディスプレイを閉じ、彼女は今一度深く座り直す。

 

 

「彼、この期間にもISに乗ってたんじゃないかしら──────?」

 

 

場を包み込む沈黙。

楯無の言葉を前に、目を見開く3人の姿があった。

言っても問題ない根拠を話し出す楯無。

聞き入る3人。

 

 

………奇しくも。

 

タイミングを同じくして───ある組織と、少女達は同じ答えに近付きつつあった─────。

 

 

 

 

 

 

 

「っくしゅん…」

 

生徒会室で、静寂を破るように小さな声が響いた。

俺は咄嗟に背けた顔を正面に戻し、此方に視線を向けた少女の方へ向ける。

眼鏡を掛けた少女──もとい、虚さんは心配そうな表情をしていた。

作業の手を珍しく止め、キョトンとした様子。

その様子が何とも本音にそっくりで、姉妹なのだと実感する。

 

「風邪…ですか?」

 

「ただのくしゃみです。集中してたのにすいません」

 

「丁度キリのいい所でしたから問題ありませんよ。どうせなら、休憩にしましょう。紅茶で良ければ淹れますが」

 

実に魅力的な提案。

虚さんの淹れる紅茶は、至高のひと言に尽きる。

生徒会に入って1番嬉しかったことはなにか、そう聞かれたら虚さんの紅茶が飲める事だと即答する程だ。

セシリアに教えてもらい、多少の心得こそ俺にもある。

ただ、それでも虚さんの紅茶には敵わない。

 

「なら、お言葉に甘えて。お茶請けってまだ有りましたっけ?」

「流星君達が買ってきたお土産も残っていた筈。本音も流星君も買ってきたから、大量にあったような───」

「あー…、あの饅頭ですか…。紅茶に饅頭ってどうなんでしょうね」

 

あまり拘らない俺には分からない話題。

特別気にしてもいないのか、虚さんも軽く考えるようだった。

 

「どうでしょう。ベストでは無いかもしれませんが、美味しいと思いますよ」

「なら饅頭にします。虚さんも食べますか?」

「はい、私も戴きます」

 

虚さんに紅茶の準備を任せ、俺は棚を漁る。

 

…なんか、補充されてる。

前よりも大量に菓子が追加されていた。

ちなみにスナック菓子は少ない。

誰が置いたかは言うまでもなかった。

 

「菓子、凄い増えてますね」

「本音ね……。あの子食べてばかりで大丈夫なのかしら」

 

ため息をつく虚さん。

姉として、妹を気にかけるのはごく当たり前の事だ。

楯無(あちら)の過保護っぷりに比べれば、微笑ましいものである。

 

確かに、大丈夫かどうか気になりはする。

ただ、本人があの様子なら問題は無いのだろう。

 

「大丈夫なんじゃないですか?」

「だといいけど」

 

資料を横に避け、饅頭を自身と虚さんの机の上に。

そして、虚さんに淹れて貰った紅茶を片手にひと息ついた。

 

特に、これといった会話はない。

気まずくはない。

互いにまったりしているというだけだ。

こうして虚さんと2人だけというのは初めてだったりする。

 

餡の甘さが疲れた脳に染み込むようだ。

カチャリ、とティーカップが持ち上げられる。

口に含んだ紅茶の温かさが全身を伝わっていく。

 

「──期末試験はどうでしたか?」

「何とも。やれるだけの事はやりましたけど、結果は微妙かと」

「流星君の事ですから、悪い結果にはならないと思いますよ?」

「だといいですけど、一応皆で勝負してるんですよ」

「勝負?」

「勝ったやつが、負けたヤツを1日好きに出来るんです。多分、一夏を自由にする詭弁でしょうし、誰も俺を指定するとも限りませんが」

 

成程、と頷く虚さん。

どことなく呆れてるように見えるのは気のせいか。

 

「流星君は、勝ったらどうするつもりだったんですか?」

「───」

 

虚さんの言葉に思わず目を見開く。

目から鱗だ。

勝つ勢いで臨んでこそいたが、そんな事を欠片も考えて居なかった。

顎に手を当て考える。

誰かをどうこう、というのは思い付かない。

饅頭の残りを口に放り込む。

虚さんは眉間に皺を寄せながら俺を見ていた。

 

「流星君は誰かと…なんて望むことは無いんですか?」

「無いわけではないんですけどね」

 

溜息をつきながら近くの資料を手に取った。

休憩ではあるが、書類の山の中に気になる物を見つけたからだ。

片手で紅茶を飲み干しながら、文字を目で追う。

 

 

「誰かをどうこうで思い出しましたけど、これどうするんですか?」

「…織斑君の所属の事ね。それで何件目かしらね」

「そろそろ運動部は制覇しますよ…。一夏を部活に所属させろーだなんて、パンダですか?アイツ」

「言いたくありませんけど、物珍しさならパンダより希少ですよ。貴方達は」

 

改めてゲンナリする事実に俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

虚さんが紅茶を入れてくれる───ありがたい。

 

一学期の半ばから急激に増えた部活の所属問題。

希少な男子を我が部活に───と声を上げる女子達。

殆どは一夏を指名しているものだ。

俺が指名されないのは、既に生徒会に所属しているのもあるからだろう。

何よりの理由は、彼の人あたりの良さが広まっているのもある。

 

再度紅茶に口をつける。

 

 

ともあれ、人気な分にマシだと考えるか。

 

 

この学園内に限った事ではないらしいが、女性主義者(ミサンドリー)の親族も生徒には居るらしく、俺達を追い出そうと署名を集める輩もいるだとか何とか。

一部、過激思考の生徒達も存在するようだが、何かあったのか今は大人しい。

察せない程おめでたい人間ではない。

 

楯無には俺が気付いているよりも、ずっと世話になっているみたいだ。

夏休み明けの学園祭位は、色々と手伝って楽をさせてやりたい─────。

 

 

「お嬢様──会長が策を考えるらしいですよ。『大丈夫!私に任せてたら楽しくなるわよ!』とも言ってましたね」

 

 

────気もしたが、やめよう。

 

脳裏にVサインでおちゃめな笑顔の誰かが思い浮かぶ。

どこかのキャンディの包装紙に写ってそうな、舌を出してデフォルメされた生徒会長。

確実に面倒なことになる。

一夏だけでなく俺も含めて、だ。

 

「…頑張って下さい」

 

俺の表情を見て察したのか、虚さんはティーセットを片付け始めた。

流石に片付けまでやって貰うのは申し訳ない。

資料を置いて立ち上がり、彼女に歩み寄る。

 

「片付け、やりますよ。紅茶を淹れて貰いましたし」

「ありがとう。貴方は本音と違ってマメね」

「部屋では俺が淹れる側なんで、慣れてるだけです」

 

アイツ注文多いんで、とひと言多めに呟きつつ片付ける。

流石に何もしないのは落ち着かないのか、虚さんは手早くテーブルを拭いていた。

 

「そう言えばだけど───」

 

────ふと、思いついたように虚さんは振り返る。

何気ない疑問口にするように。

すぐ近くの虚空へ視線を移しながら、彼女は呟いた。

 

「────貴方は、お嬢様をどう思ってるの─────?」

 

 

 

 

 

 



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夏休み
-45-


 

───早朝。

朝日が窓から射し込み始めた中、少年は背中から床に倒れ込んだ。

 

「はぁっはぁっ……、もう、動け………げほっ!」

 

大の字になって倒れる少年は袴姿。

全汗だくで息も絶え絶え───握力も限界なのか竹刀を持つ手は震えていた。

静寂な道場。

少年の息遣いだけが、やけに大きく聞こえる。

 

 

「…、IS学園に入った当初を思えば体力は付いている。しかし、その体たらくではまだまだだな」

 

そして、少年を見下ろす影が1つ。

薄暗い道場の中、竹刀を片手に持った織斑千冬がそこにいた。

彼女の服装は道場に似合わぬ出で立ち。

スーツの上着を脱ぎ捨てたワイシャツ姿である。

ただ、そのような姿でも違和感は覚えない。

彼女の放つ凛とした空気のせいだろう。

 

 

「───くそ、まだだ。もう1回だ、千冬姉」

 

何とか息を整えながら、一夏は身体を起こす。

膝がガクガクと笑っている事を自覚し、無理矢理左手で抑える。

 

────かれこれ、稽古を始めて1時間が過ぎようとしていた。

 

経緯としては至極単純な話である。

福音事件を経て実力不足を痛感した一夏は、千冬に稽古をつけて欲しいと頼み込んだ。

千冬としても一夏の考えを汲み取った。

 

──とは言っても、彼女は多忙な上に教師という立場。

弟を贔屓に出来ない事もある。

 

故に夏休みの早朝。

彼女が仕事に行くまでの時間に篠ノ之家の剣道場で稽古を付ける事になったのである。

余談ではあるが、箒は色々と『紅椿』の手続きや確認等があるらしくまだ実家に帰ってはいない。

 

 

───初日からいきなりボロボロであることに苦笑いしか出てこない。

一夏は深く息を吸った。

 

体は依然として重い。

息苦しさすら感じる。

竹刀の切っ先が思ったように上を向かなかった。

両手では竹刀を握れない。

 

(それなら…)

 

彼の脳裏に浮かぶは、最近の実戦を想定した模擬戦。

そして密かに積み重ねているある戦術。

だらりと脱力する彼の体。

意識しないと立っていられない中、それを自然体と仮定して補う。

疲れを辛うじて意識の外へ。

 

 

「ふっ─────」

 

一夏の様子を見て千冬は笑みを浮かべた。

彼自身が強みを理解し、活かす道を見出さんとしている。

至らぬ点ばかりではあるが、集中力は悪くない。

 

 

 

「なら、行くとしよう」

 

1歩。

千冬はあっさりと一夏の方へ踏み込む。

 

「!!」

 

否、既に間合いまで踏み込んでいた(・・・・・・・)

かなり手加減しているとはいえ、それでも最強の名は揺るがない。

 

「───っ!」

 

思わず、全身が強ばりそうになるのを一夏は堪える。

まだだ。

まだ千冬は間合いに来ただけに過ぎない────。

 

走る緊張感。

冷や汗が噴き出すのが分かった。

 

本能が警鐘を鳴らす。

早く迎撃しろ。

早くここから追い出せ。

寄らせるな、離れろ。

早く速く疾く─────

 

 

(───馬鹿か、俺はッ)

 

唇を噛み締め耐える。

引いたところで姿勢を崩して終わりだ。

相手はここからどんな選択肢も取れる状態。

 

射撃の躱し方、近付き方、特性の把握、盾、荷電粒子砲、操縦技術、エネルギー節約、思考戦闘。

ISにおいて必要な事だらけだが、それらは全て二の次だ。

 

必殺の一刀を当てる事に専心する──これが出来なければ話にならない。

博打も意味が無い、求めるのは必然。

一瞬だけ相手を凌駕すればいい。

 

 

「!」

 

千冬が竹刀を振るう。

軌道は横薙ぎ、移動しても範囲外まで出るのは不可能だ。

 

──竹刀で弾くより他ない。

だが、一夏は最後の力を振り絞って床を蹴った。

 

 

「うおおぉぉぉぉっ!」

 

身体を丸めるように脚を曲げる。

同時に、彼は竹刀を振りかぶっていた。

 

「!」

 

脱力からの瞬発力は言うまでもない。

流石にその行動に千冬は驚いたのか、目を丸めていた。

千冬は対応すべく、半身の重心を移動させようとしてそれを辞めた。

理由は明白。

 

 

跳躍した体は、縄を跳ぶ要領で竹刀を飛び越え─────はしなかった。

 

 

 

「───痛ぁっ!?」

 

 

竹刀の子気味いい音が響く。

一夏の足の小指に、竹刀は直撃した。

 

「………」

 

「〜〜っ!!!ぐぅぉおおおお?!」

 

どしんと床に身体が叩き付けられ、一夏は小指の痛さに悶える。

落ちる瞬間に受け身を取れていたのは、日頃の努力の成果だろう。

限界まで疲れ切っていた脚では思ったより跳躍出来なかったらしい。

 

足を抑え、のたうち回る。

締まらない結果に千冬は思わず頭を抑えた。

先は長いか、と1人ため息をつきながら一夏に歩み寄る。

 

 

「立てるか?一夏」

「あ、ああ。ありがとう、千冬姉」

 

強がりつつ一夏は差し出された手を取る。

引っ張られ重かった体は軽々と立ち上がった。

身体中の疲労感は取れないが、仕方ない。

 

「私はこのまま学園に向かう。すまないが一夏」

「分かってるって、俺が片付けとくよ。そういう約束だったし」

「なら良い。それと、明日からは体力向上用のメニューも追加するから覚悟しておけ」

「お、応」

 

不穏なことが聞こえた気がする。

ともあれ、やってやると決めたのだ。

 

短い期間で出来ることは少ないが、何かをものにしてみせる。

 

 

剣道場を去っていく姉の背を見送り、一夏は片付けを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝉の声が、辺りで鳴り響いていた。

澄み渡るような青空に、ギラギラと自己主張する太陽。

窓の外を眺めながら、少年は溜息をつく、

 

明るく照らされた道路が眩しかった。

降り注ぐ陽の光は、うだるような暑さを招いている。

表に人影が見えないのも無理はない。

炎天下の中、出歩く事を避けるのは当然であった。

 

棒アイスを咥えながら、少年はクーラーの効いた居間で視線をテレビに戻す。

テレビに映っているのは何の変哲もないワイドショー。

暇潰しにつけたはいいが、時事問題にもタレントにも興味がない彼にはそれにもならない。

 

──大きな欠伸をしながら少年──今宮流星は台所の方へ言葉を投げかけた。

 

「何か手伝えるものは無いのか?」

「ああ、洗い物も今終わったし、洗濯物も干し終えてるからな。折角の客なんだしゆっくりしててくれよ」

「買い出しは?」

「夕方で良いだろ。夕方の方が安くなるんだぜ?」

 

水の流れる音が聞こえる。

顔を居間に向け、台所から答えているのは一夏だ。

掃除も今朝したしな──と流星は考える。

 

やる事がない。

改めて一夏の生活力の高さに感心する流星。

 

 

────現在、彼は織斑家に居候している状態である。

帰省する場所もない彼に、良かれと思い一夏が提案した為だ。

 

一応、理由はそれだけではなかったりする。

 

 

 

「と、なると暇だな。参考書、置いてこなけりゃ良かったかも」

「アレ、結構な荷物だと思うぞ。というか、他に暇潰せるものとかなかったのか?」

「ないな」

「普段暇な時は?」

「同居人とティータイムか、資料を読んでる事が多い。生徒会の仕事の残りをやってる時もあるか」

 

話しながらアイスを食べ切る流星。

ゆっくりと立ち上がり、ゴミ袋のある台所の奥──ひいては勝手口へ。

残った棒を棄てる流星を横目に、一夏は冷凍庫から自身のアイスを取り出した。

 

「生徒会って大変なのか?」

「ああ、会長や会計の先輩も優秀なんだけど、結局人手不足なのが響いてるんだ」

「のほほんさんは?」

「未知数。人をあれこれ言えないけど、ちゃんとやってる分には普通以上だと思う。ISの整備の方は、言うまでもなくずば抜けてるんだけどな」

 

2人で居間に戻り、一夏はテレビのリモコンを手に取った。

昼間のワイドショーに彼もさほど興味を示さなかったのか、視線で確認を取るとチャンネルを変える。

数度切り替わる画面。

 

彼も暇を潰せるものを見付けられなかったらしい。

結局、何の変哲もないニュース番組に落ち着いた。

 

「何だかんだニュース番組観るのも久しぶりだな」

 

疲れた様子でソファーもたれ掛かる一夏。

──彼のぐったりした状態は、今朝の出来事に起因していたりする。

 

「一夏はニュースをあまり見ないのか?」

「逆かな。普段は朝とかに付けっぱなしにしてたんだけどさ、この学園に入る手前辺りからは、自分のニュースが結構な頻度で流れるんだぜ?やれ世界は変わるかとか、学園じゃなく企業に所属するかもーとか、国はどう対応するかーとか」

「成程な。見たくなくなるわけだ」

 

IS学園に入る直前は忙しかった為、流星はテレビを見ていなかった。

ただ、一夏の言う通りなら自身も見なかっただろう。

 

他愛ない会話が続く。

一夏もまた、アイスを食べ終えた。

 

どうしようかと考える彼の携帯に通知が入る。

それを見て彼は携帯を手に取り、少し操作。

おっ、とだけ声を出し彼は立ち上がった。

 

視線で疑問を投げかける流星に振り向いて、彼は告げる。

 

「ちょっと出ようぜ、流星」

「…え?」

「まあまあ、そんな顔せずにさ」

 

窓の外に目をやり、困惑を見せる流星。

暑いのは好きじゃない、そう呟く彼を一夏は宥める。

 

 

───結局、流星が丸め込まれ、外出する形になった。

 

 

外出用の服に着替え、表に出る。

彼等を真っ先に出迎えたのは燦々と降り注ぐ陽の光であった。

直ぐに踵を返し、家に戻りたくなる衝動に駆られる。

流星は仕方ないと諦め、一夏と共に住宅街へと足を進めた。

 

あらゆる戦場を駆け抜けてきた彼には、実は暑さも苦ではない。

あくまで好む好まざるの話であった。

 

「それで、どこに行くんだ?」

「中学の時の友達の家。折角だし流星もと思ってさ」

「向こうが困らないか?それ」

 

訝しむような視線を向ける流星に、一夏は笑って返す。

 

「弾にも許可を取ってるし、大丈夫。それに、向こうもどんな奴か気になってたらしいぞ」

「…」

 

──とんだ変わり者もいるもんだ。

流星は喉まででかかった言葉を呑み込む。

 

そのまま歩くこと数分。

着いた先は飲食店もとい、食堂。

一夏は特に躊躇うことなく中へ入っていく。

厳つい男性に慣れた様子で挨拶して奥へ──そのまま階段を上がる。

流星も軽く挨拶だけして、彼に続く。

『今宮』と告げた時、男性が一瞬表情を変えたのが気になる流星であった。

自身も一応は有名人である為、別に不思議な事でもないのだが───。

 

 

「よっ、久しぶりだな。一夏」

 

出迎えたのは赤い髪にバンダナ姿の少年。

身長は一夏と同じ位、容姿に反して伝わってくる雰囲気は人あたりの良さそうなもの。

 

「おう、久しぶり弾。元気してたか」

「当然」

 

友人に会えて嬉しいのか一夏も笑顔を浮かべる。

弾と呼ばれた少年の視線は、流星に向けられた。

 

「一夏と中学の頃から友達やってる五反田弾だ。よろしくな、流星」

 

「今宮流星だ。よろしく、弾」

 

挨拶を終え、弾に連れられ彼の部屋へ移動する。

部屋の内装は至って普通。

物は一夏の部屋と違って多い──が整理はされている。

テレビとそれに繋げられているゲーム機もある。

コントローラーが床に投げ出されているのは、最近使ったからであろう。

部屋の隅に立てかけられた物に流星は気がついた。

ごく普通の部屋に溶け込めない異物──もとい楽器らしきもの。

 

「なんだベースに興味あるのか?」

「ベース?」

「ざっくりギターって言った方が伝わるか。もし音楽に興味あるなら同好会とか──」

「──弾、流星は忙しいからそんな暇ないと思うぜ?」

 

と、そこに流れを遮るように一夏が口を挟む。

ちぇっ、と残念そうに頭に手をやる弾。

大方同好の士を増やしたかったのだろう。

 

適当に各々が腰を下ろす。

一夏は持って来ていた菓子折を弾に渡す。

弾はそれをテーブルに置き、テレビとゲーム機の電源を入れた。

テーブルの上には既にコップとお茶が用意されている。

 

画面に表示されたゲームには、ISらしきものが映っていた。

ISを取り扱ったゲームらしい。

慣れた様子で操作し、2つ目のコントローラーを一夏に渡す弾。

交代制と告げる弾をよそに、流星は近くの棚に置かれていたゲームソフトのパッケージを手に取る。

 

 

「それでどうなんだ?実際」

「どうって、何がだよ?」

 

対戦しながら弾はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「女の園──IS学園にいるんだぜ?なんかあるだろ」

「ねぇよ。慣れたけど結構気を遣うんだぞ?」

 

一夏はあっさりと否定する。

だが、中学からの付き合いである弾は一夏の鈍感さも折込済み。

彼の視線はゲームの画面から外れ、そのままパッケージを眺めている流星へ向けられる。

ゲーム中の無敵時間に、チラリと振り返っていた。

 

「──本当(マジ)?」

本当(マジ)。パンダよりレアだからな、俺達は」

「なんかスマン」

「はは、そう気を遣ってちゃ弾はやっていけないな。一夏位図太くないと」

 

申し訳なさそうな弾にわざとらしく流星は肩を竦める。

弾は一夏の友人ということもあり、結構な善人であるらしい。

 

流星の反応にムッと眉を八の字にする一夏。

対戦も佳境なのか、弾と一夏は互いに姿勢を軽く崩し画面を睨んでいる。

 

「図太さならお互い様だろ。この前だって───」

「───違いない。しかし、いいのか一夏。集中しないと負けるぞ?」

 

くつくつと笑う流星。

背後で意地の悪い───いつもの笑みを浮かべてる彼が目に浮かぶ。

微かな集中の妨げが勝敗を分けた。

 

「よし、俺の勝ち!」

「くそっ、あと少しでゲージ溜まったのに!」

 

一夏の扱っていたキャラクターが撃墜し、決着。

 

弾はコントローラーを流星に渡し、軽く操作説明だけ済ませる。

そのまま練習モードを選択させた。

流星は説明に従い、ぎこち無さ満点でキャラを操作する。

一夏もコントローラーを手放し、2人して様子を見守っていた。

 

 

「逆に苦労したこととかどーよ?」

「ああ、それなら」

「沢山あるぞ」

 

どちらともなく弾の問い掛けに返事をした。

操作を覚えようとがむしゃらにキャラを動かす流星を置いて、弾は一夏に尋ねる。

 

「例えば──?勉強方面は察しが付くけどよ」

「色々あり過ぎてなぁ。まあひとつは…たまに男って忘れられてる事だな」

「ん?下手に気を遣われるより気楽でいいんじゃねーの?」

「そこは助かるんだけど……」

 

言葉を濁す一夏に、弾は首を傾げる。

考え込んだ後、一夏は仕方なくストレートに言うことにした。

 

 

「正直、目のやり場に困る」

 

 

「───────おい」

 

 

怒気を微かに含んだ声。

目を細め、弾は一夏を睨む。

しかし弾は1回深呼吸を挟んだ。

織斑一夏なるもの、そもそもが黄色い声援が絶えない男だ。

彼がモテるから、彼の周りだから、かもしれない。

 

───話を片手間で聞いていた流星は、考え込むような神妙な面持ち。

弾の心境など彼は知らない。

脳裏にのほほんとした誰かと、大人しい誰かが浮かぶ。

先日も暑いからと整備室でブカブカの上着を脱いでラフな格好になったり、整備室で徹夜して着崩れしたキャミソール姿で眠りこけていたり───。

 

「確かに、無防備なのは良くない」

 

元々女子高だから仕方ないんだけど──という彼の言葉は弾の耳には届かない。

一番の問題児は流星の脳裏からフェードアウトしていた。

 

弾は肩を落としながら、テーブルのお茶を飲む。

怒りよりも先に呆れが来ていた。

コイツも大概だなぁと流星と一夏を交互に見る。

 

 

「…鈴も苦労するわこりゃ」

 

 

誰にも聞かれないようボソリと呟く。

最近掛かってきた(恋愛)相談的な電話や報告に加え、今の反応。

弾は内心、彼女に同情するしか出来なかった。

 

───弾を置いて、IS学園男子による対戦が幕を開けた。

 

ISを取り扱ったゲーム───である為、機体も現実に存在するものが殆ど。

武装の特性など、試合で見れる範囲では再現度も高い。

人気ゲームの看板は伊達ではない。

ただ、各国によってゲーム内の所謂『強キャラ』というやつが違うようで───比較的バランスが良い日本版を除いては忖度が激しいらしい。

 

ただ、どの国でも強いのが『暮桜』。

使いこなせれば最強ではあるが、ピーキーな性能な為敬遠されがちだ。

一撃の火力が高く、素早いのだが近接武器しか存在しない。

 

 

──どこかで聞いた話である。

 

当然、一夏は『暮桜』を選んでいる。

流星は迷わず『ラファール』を選ぶ。

2本先取制、爆速に近い形で一夏が1本取る。

彼も素早く一夏の必殺パターンを頭に入れ、対抗しようとするがあえなく2本目を取られる。

初心者には当然の結果。

弾の許可を貰い、続けて数試合行う。

結果は流星の惨敗であった。

 

 

「ぐぬ」

 

 

珍しく変な声を漏らす。

IS操縦者である為か、ISの動きに自由度がないと感じてしまう。

判定や操作を理解するまでは、一夏から見ても早かった。

 

ゲーム故の制限や無敵に苦戦している。

やられながらも流星は頭に敵の動きを叩き込んでいた。

一夏のキャラの決まった強行動。

流星は技を片っ端から出して、一夏の行動1つ1つを吟味している。

 

負けを重ねること10試合を超えた。

ぽち、ぽち、とボタンをタイミング良く押し入力してからの動作を再度確認している流星。

 

一夏のキャラが距離を詰めるまでの間に、流星は軽くよしとだけ呟いた。

 

──結果としては、一夏の勝ちに終わる。

一夏の辛勝──ではあるが、と弾は目を丸める。

ちょっぴり残念そうにコントローラーを渡してくる流星を見ながら、成程と納得した。

才能があるというよりは、順応性が高い。

出来る出来ないを割り切って対応している。

距離を離すことを諦め、一夏のパターンを読んでいた。

 

「指が疲れた。暫く休憩させてくれ」

「よーし、ゆっくり休んでろ流星。仇はとってやる」

「頼む、一夏をボコボコにしてくれ」

「あたぼうよ」

 

「…俺も疲れてきたんだけど」

 

呆れた様子の一夏を他所に結託する2人。

実のところ、仲良くしてる様子を見て少し安心していたりする。

 

 

そうやってゲームでワイワイ楽しんでいる内に日も傾き始める。

雑談を挟みながらのゲーム。

久々に会うというのもあり、話題は互いに沢山あった。

本命はゲームでなく、そちらである。

ベースも少し触らせて貰ったり、弾の練習の微笑ましい成果を見せて貰ったりもした。

楽しげに話している最中、ようやく時間に気がついた一夏は慌てて立ち上がった。

 

「そろそろ帰るか。買い物して晩飯作らないといけないし」

「もうそんな時間か。ウチで食って言ってもいいと思うぜ?」

「サンキュ。でも千冬姉の分も作らないとだし、今日は遠慮しておく」

「そうか。なら仕方ない。一夏は勿論、流星もまた今度食いに来いよ。自慢になるけど、ウチ結構美味しいと思うからさ」

「楽しみにしておくよ」

 

弾に別れを告げ、2人は家を出る。

帰ると聞いて慌てての妹も駆け付け、丁寧に一夏に挨拶をしていた。

一夏に好意を向けているのは一目瞭然。

明らかに猫を被っている気がしたが、流星は心の内に留めておくことにする。

 

…何やらジーっと見られていた気がしたのも置いておこう。

帰路に着き、視線を一夏に向ける。

彼は意図を察したのか説明する。

彼女の名前は五反田蘭。

一夏曰く、鈴とも仲が良かった?とのこと。

 

 

途中スーパーに寄り、食材を買う。

2人して買い物袋片手に帰路に着いた。

 

茜色を背に歩道を歩く。

特に会話も無かった中、オレンジ髪の少年は視線を正面に向けたまま。

 

「その、なんだ一夏」

 

ふと思い立ったように、ポツリと言葉を口にした。

 

「悪くないな。こういうのも」

 

「だろ?」

 

学園とはまた違った日常の1ページ。

きっと1人では触れる事も叶わなかった未知。

 

してやったりと笑う一夏を見ようとせず、流星は背後の街並みに視線をやった。

 

織斑家まではまだ少しある。

弾の家側からスーパーに行った為か、行き道とは違った。

 

手前の角から曲がって行くと、篠ノ之神社にいけるらしい。

 

 

(…)

 

「どうした?流星」

 

その角を見ながら、首を傾げる。

既視感とも言える何か。

とはいっても余りにも朧げな感覚に違和感を覚えながら、彼は前へ向き直った。

 

 

「…明日の料理当番俺だよな?」

「だな。もし分からなかったら手伝うぞ」

「いや、まあ出来なくは無いんだけどさ。一夏、中華鍋とか家にあったりするか?」

「え───?」

 

 

 

 




話が進まない()
流星のちゃんとした男友達は弾でやっと2人目。

学年等の問題はとりあえずおいて。
もし、もし彼が日本にそのまま居続けれていれば――なんて。



織斑家へ皆が来る回?次だ。

次回は更新お休みさせて頂きます。

書きたい事は多いけど、忙しくて追い付かない…。










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-46-

夏休みが始まって、1週間が経過した。

特別何か起きる事もなく、平穏は続いている。

早朝からの一夏の稽古は続いている。

神社周りのランニングや筋トレも増えた事により、苛烈さは増している。

2日目からゲロゲロと吐くまでが日課になっていた。

ここ2日は収まってはいるが、体力が増えたのか慣れてしまったのかは謎である。

 

流星の方は、2日に1回程の頻度でIS学園に登校していた。

曰く、生徒会の仕事が多いんだそう。

 

そんな織斑一夏と今宮流星の2人がトランプで遊んでいる中、インターホンの音が鳴り響いた。

 

「ん?誰か来たのか?」

 

「見てくる」

 

流星は欠伸をしながら立ち上がり、インターホンの確認に向かう。

画面に映る来訪者の姿に彼は思わず眉を顰めた。

映っていたのはセールスや宅配でもなんでもなく────。

 

「あー…」

「どうした?流星。セールスっぽいなら断ってくれても────ってシャルか?」

 

彼の反応が気になったからか、後ろから一夏も画面を覗き込む。

映っていたのは見慣れた人物──シャルロット・デュノアである。

照り付ける炎天下の中、気合いの入った私服姿に何処か緊張した面持ち。

笑顔ではあるのだが、絶妙に硬い。

隣の鈍感は気が付かないであろうが、彼は見抜いていた。

 

すぐに通話ボタンを押そうとする一夏に流星は待ったをかける。

 

「俺、二階行ってるよ」

「どうしてだよ?お前シャルと仲悪かったっけ?」

「違うさ。ただ、向こうは俺がいるって知らないだろ」

「流星が居たらダメなのか?」

「…ダメだと思うけどな」

 

首を傾げる一夏を前に流星は溜息をつく。

これ以上の発言はシャルロットに悪いと判断した為だった。

 

呆れる流星を他所に一夏は通話で返事だけして玄関へ。

流星はトランプを片付けにかかった。

 

『シャル?突然でびっくりしたぜ』

『ほ、本日はお日柄もよく──!?』

『?』

『あ、いやそのー。IS学園で同じクラスのシャルロット・デュノアです───おお織斑君はいらっしゃいますか───じゃないや、えーっとその…き───』

『き?』

『来ちゃった…っ』

 

通話状態で放置されたインターホンから聞こえる声。

心の準備が追い付いていなかったのか、テンパっているシャルロット。

 

明らかに嬉しそうなシャルロットの様子に、流星は頭を抑えたくなった。

十数秒して、居間のドアが開く。

一夏はシャルロットの為に麦茶を用意しに台所の方へ。

彼に連れられ入ってきたシャルロットはすぐに流星に気がついた。

 

「あれ……?流星も来てたの?」

 

「悪いな、2人きりにしてやれなくて」

「な、何言ってるの流星!?ぼぼ僕は別に──」

「来ちゃったって言うくらいにはしゃいでただろ」

「そ、それは言わないで!?」

 

シャルロットは慌てて流星に詰め寄る。

はいはい、と軽く流す流星。

ところで、とシャルロットは訝しむような視線を彼に向けた。

 

「昼一に来たつもりなんだけど、流星ってもっと前から?────もしかして───」

「怖気が走る想像はよしてくれ。ここの所泊まってるんだよ」

 

すぐにライバル認定しようとするシャルロットに対し、流星は語気を強めて返す。

それもこれも女子9率割以上という環境により、一夏からすれば同性の友達が貴重であるのは当然。

一夏の鈍感さも相まって焦がれる者から警戒されるのは分かるのだが…。

 

納得するシャルロット。

今後一夏について相談する相手にしようと胸中で呟く。

 

そんなことも露知らず、一夏は麦茶とコップを片手に戻ってきた。

ソファに腰をかけるシャルの対面に一夏もまた腰を下ろす。

 

「ほい麦茶。今朝いれた所だからちょっと薄いかも」

「ありがとう。家の事って基本一夏がやってるの?」

「千冬姉は基本働いてるし、ずっと家を空けてたからなぁ。あ、夏休みは流星と分担してるぞ」

「当番制を忘れた一夏が全部やる事もあるけどな」

 

流星の言葉にそうだなぁと苦笑いの一夏。

──楽だから良いけどな、と続ける流星の言葉を聞きつつ一夏も頭に手をやる。

曰く、いつも一人でやってたからとのこと。

 

シャルロットは部屋をさりげなく見回す。

カウンター越しではあるが台所を見ても、この居間についても綺麗に片付いていた。

生活感はそれなりにある。

ホコリも無いあたり、物がない訳でなく整理整頓と掃除がなっているのだ。

 

「一夏っていい旦那さんになりそうだよね」

「ん?おう?ありがとう」

「あ、いや!その、今のはつい───じゃなくて!」

 

顔を真っ赤にするシャルロット。

その相手を咄嗟に妄想してしまったとは言え無かったらしい。

 

──と、不意にまたインターホンから音が聞こえた。

直感からくるものか、はたまた何か感じたのか。

あー、と間延びした声を漏らす流星。

確認しに向かう家主を他所に彼はもう1つコップを取りに行った。

 

 

…存外にも、予感というものは当たるらしい。

 

 

「ふふ、それではお邪魔しますわ───シャ、シャルロットさんに流星さん!?」

 

「あはは…や、やあセシリア」

 

「ようセシリア」

 

一夏に連れられ入ってきた客人(セシリア)は思わず2人を見て固まる。

ライバルの来訪&そもそも2人きりを期待していたシャルロットもまた、どんよりと凹み半分でいた。

脱いだ女優帽は玄関のコートハンガーに掛けられている。

帽子の高級感は周囲からかなり浮いて見える。

 

私服姿の2人。

普通なら彼女達の新鮮な姿に男子は心ときめかせるものである。

──が、一夏は特に気にした様子もない。

 

(流星さんは兎も角…シャルロットさんがどうしてここに。まさか抜け駆けを狙ってましたの?)

 

(とほほ、セシリアも同じ事を考えてたんだろうなぁ)

 

警戒しつつもセシリアは手に持っていた箱を机の上に置いた。

外箱の印字を見て流星はピクリと反応を示す。

 

「それって確か二駅先の───有名なやつだな」

 

「ええ、これを買いに来たのでどうせならとここに───。どうぞ戴いて下さいまし」

 

「確かシンプルなケーキで勝負してるんだっけ。生クリームも絶品らしいが何より生地が良いと聞いた。あと結構高いとかなんとか」

 

「最近思ったけど流星そういうの詳しいよな。…好きなのか?あ、サンキューセシリア。食器取ってくるよ」

 

慣れた様子で人数分の皿とフォークを用意する一夏。

 

並べられ各々の皿に違う種類のケーキが乗せられた。

自然と4人は食べ始める。

流石は有名店、と一夏は舌づつみを打つ。

無言で黙々と食べる流星、頬に手を当て美味しそうに食べるシャルロット。

綺麗な佇まいで静かに食べるセシリア──絵になると一夏は思わず注視していた。

 

その視線に気が付いたセシリアは小首を傾げ、誤解する。

笑顔で自身のケーキを切り分け、ケーキの一部を一夏の眼前へ。

───あまり褒められた行為ではありませんが、とだけ彼女は弁明しつつも嬉しそうに欲求に従った。

その手があったかと便乗するシャルロット。

自分のフォークで食べればいいだろうにという一夏の主張は勿論通らない。

流星は我関せずを貫く。

彼女達はおそるおそる一夏のケーキも気になると仄めかす。

真意はともかく意図を理解した一夏に彼女達は自身に食べさせることを要求────食べさせ合う光景が誕生した。

 

 

────そして、3度目のインターホンの音が部屋に鳴り響く。

 

新たな来客は3人。

箒、ラウラ、鈴であった。

何故かいる先客達に顔を顰める箒。

タイミングが悪かった、と鈴は苦笑いを浮かべていた。

ラウラに関していえば、気にした様子はない。

 

 

一同が並んで座っている中、一夏は眉間に手を当てた。

来客自体は別に構わないのだが──。

 

「どうして誰も来るって言わないんだ…」

「た、偶々今日が空いていただけだ」

「そ、そうですわ」

「そうだよ!」

 

「私は突然来て嫁を驚かせたかったのだ。どうだ、嬉しいだろう?」

 

「「「「───」」」」

 

「…連絡位入れても良いと思うんだけど…」

 

ラウラの言葉を前に押し黙る4人。

それとは別に一夏は居た堪れない様子で呟く。

何とも、自身がここに居る時点で彼女達の『一夏と2人きり』という目論見は端から破綻していた。

鈴は呆れる彼を横目にため息。

弾から流星がここに居ると聞いて遊びに来たのだとは誰も知らない。

肩を竦めてみせる流星を前に鈴はソファにもたれ掛かる。

 

「何よ。(あたし)達が突然来たら困るの?なになに、エロい物でも隠してたりするわけ?」

「ねーよ、人の家だぞ。何よりあの千冬さんから隠せると思うのか」

「つまんないわね」

「まっ、そういった類いのものは弾に預けてきたんだけどな」

「え゛っ」

「冗談だ。本気にするやつがあるか」

 

変な声を出して驚く鈴を見て───というよりは、流星の発言に固まるラウラ以外の女子sを見て彼は半目でそう告げた。

一夏は冗談と分かっているので突っ込まない──というより下手に発言したら疑いを持たれそうだからである。

話題を変える為にも一夏は提案する。

 

「とりあえず何かして遊ぶか。外は暑いし室内がいいよな」

 

 

こくりと頷く女子達。

横目で流星は困り顔を浮かべた。

 

「この人数で何するんだ?」

「んー、この人数でとなると…そうだ!」

 

一夏の頭上に電球が浮かぶ。

ドタバタと二階に上がり数分。

皆が首を傾げる中、何やら大きな箱を持って居間に戻ってきた。

一夏は手際よく準備を行う。

 

テーブルに広げられたボード、サイコロ、コマ、粘土、その他諸々。

薄いルールブック表紙や箱には『バルバロッサ』と表記されている。

ルールブックを見つけたラウラはそれを手に取り読み込んでいた。

 

暫くして、準備が終わった頃に流星はボードを覗き込んだ。

 

「ボードゲームってやつか?こないだやった人生ゲームとは随分違って見えるな」

「バルバロッサ──ふむ、これは我がドイツのゲームだな。流星、感謝してゲームに励むがいい」

「はいはいそうします。で?何時までそれ(ルールブック)睨んでるんだよ。セールのチラシじゃないんだ、サッと流せよ軍人サマ」

「───ラウラだ。流星、急かす男は嫌われるぞ」

「早合点する女も同じだろう」

「まずお前に足りないのは寛容さだな。もう少し嫁を見習え」

 

慣れているのか元兵士と現役軍人のやり取りに皆は無関心。

多少棘ついてはいるものの、互いへの戦闘時の評価は高いあたり仲が良いともとれる。

一夏もサイコロや粘土を手に取ると、立ち上がり皆にルール説明を始めた。

 

ゲーム名はバルバロッサ。

粘土で作ったものがどういうものか、伝わるか否かが肝である。

ポイント制であったり、サイコロやピンも使用する。

それぞれ作った粘土へ質問をする場合は、限られた解答しか出来ない等の補足も入った。

 

初めてのゲームではあるが、そこは代表候補生達。

理解は早かった。

 

ゲームは混沌を極めた。

開幕からラウラが出した粘土の塊に皆困惑を隠せなかった。

ベタりと板の上に置かれる粘土。

それは先が尖っているが、それ以外特徴が分からない。

重力に従って粘土の一部が下に垂れているようにも取れる。

 

箒はラウラに問いを投げ、確信を得られず。

箒は油田と答える───全員がその答えにも顔をひきつらせる中違うとだけ告げられ彼女は肩を落とす。

 

「答えは山だ」

「いやいや待て待て。山はこんなに尖ってないだろ」

 

一同の意思を代弁するように一夏がツッコミを入れる。

むぅ、とラウラは不満顔で彼の顔を見た。

 

「そんな事は無い。エベレストはこんな感じだろう」

「それならエベレストって特定しないと分かんねぇって!?」

「うるさい奴だな。それでも貴様は私の嫁か」

「だから嫁じゃねぇし!?」

 

やり取りを眺めながら鈴は嫌な予感に従い視線を横にズラす。

セシリアの作ったものも気になる所ではあるが、問題はオレンジ髪の少年の方だ。

ラウラと一夏のやり取りを他人事のように聞き流す流星。

その手元には直方体の粘土があった。

 

 

「…あんた、それ何」

「今聞くのはルール違反だろ」

「いや、あんたのそれラウラと変わんないわよ?多分」

「俺は特定してるからな?」

 

口を尖らせる流星。

鈴は呆れた様子でため息をつく。

セシリアはそれを見ながら眉を八の字にして考え込んでいた。

 

 

ゲームは進む。

気付けば流星の作品をセシリアが質問する流れになっていた。

 

「それは地球上にあるものですの?」

「ああ」

(わたくし)達が見た事あるものですの?」

「ああ」

「それは勉強に使えまして?」

「いいえ、だ」

 

読みが外れたのか悩むセシリア。

くつくつと愉しそうな流星を前に、彼女が捻り出した答えは───。

 

「工具箱ですわ!」

「ハズレだ」

「くっ…!」

 

悔しがるセシリアとは対象的に、一夏はキョトンとした締まらない表情であった。

彼の意図を察した鈴が口を開く。

 

「もしかしてあんたも分かった?」

「ん?そうだな。直感に近いけど妙な確信がある。って鈴もか?」

「ええ。分かったらあほらしくなってくるわ」

 

「随分余裕そうだな。なら、答えてみろよ」

 

2人の余裕そうな様子に流星は不満顔。

対して一夏も鈴は顔を見合わせ、タイミングだけ合わせると答えを口にした。

 

 

「「豆腐だろ(でしょ)」」

 

「──────」

 

 

───撃沈。

様子を見ていた箒やシャルロットは目の前の光景をそう形容した。

口元をひくつかせてなんとも言えない表情で押し黙る少年。

 

 

順番は替わり、シャルロットの番となった─────。

 

 

────して、1時間半程経過した。

波乱万丈なゲームも一度幕を引き、次のゲームへ移行する。

各々が次の粘土を話しながら捏ねる中、ガチャりと居間のドアが開いた。

 

 

「騒がしいと思えば、何だお前らか」

 

 

居間に入ってきたのは学園から帰宅した千冬だった。

彼女はソファとテーブルに集う少年少女へと視線を移し、納得した様子。

玄関にあった靴の数と種類から大方察しは付いていたのだろう。

 

「おかえり千冬姉。外暑かっただろ」

「ああ」

「お茶いれるよ。熱いのと冷たいのどっちがいい?」

「そうだな。外が暑かったし冷たいのを貰おうか」

「分かった」

 

慣れた様子で千冬の鞄を受け取り、一夏はそれを棚に置くと台所へ。

千冬も上着を脱ぎながら一夏にお茶を頼む。

箒やセシリア、シャルロットは唖然とその様子を見つめていた。

 

(何なのだこれは)

(仲が良いのは普通ですが…!これでは───)

(まるで熟年夫婦みたいだよぉ…)

(ふむ、実家での教官はこうなのか)

 

さながら、その光景から夫婦を連想していたのだろう。

ラウラは顎に手を当て、貴重なプライベートの織斑千冬を観察している。

 

「───いや、いい。すぐ出る。仕事だ」

 

千冬も向けられる視線に気が付いた。

完全にプライベート全開になりかけていたのを引き締め、顔を一夏の方に向ける。

 

「え?今から?」

「教師は色々忙しいんだ」

「そっか。夜ご飯は?」

「食べてくるさ」

 

千冬の言葉に首を傾げながら戻ってきた一夏に千冬は素っ気なく告げる。

一夏も必要事項だけ尋ね、送り出す。

千冬は上着と財布だけ拾い上げ、箒達の方に視線をやる。

 

ゆっくりしていけと告げ、彼女はそのまま部屋を後にした。

泊まりはダメだときっちり念は押している。

 

玄関の扉の音を聴きながら、一夏、流星、ラウラ以外の4人の肩から力が抜ける。

 

「あんた相変わらず千冬さんにベッタリね」

「そうか?普通だろ」

「一夏、織斑先生のお嫁さんみたいだったよ。…はぁ」

 

シャルロットと合わせてセシリアや箒も溜息をつく。

臨海学校で欲しいなら奪ってみせろと言われたのを意識しているのだが、男子二人が知る由もない。

実に大きな壁である。

 

余談ではあるが、もう片方の男子としては見慣れた光景である為違和感などない。

判断材料が乏しい為か、こういうものが普通と認識しているらしい。

 

 

もう1ゲーム終わり、体を伸ばす一夏。

彼は時計に視線をやり、晩御飯の時刻が迫っている事に気がついた。

 

「夜ご飯どうする?食べていくなら食材を買いに行ってくるけど」

 

「せ、折角だ。私が作ってやらんことも無いぞ一夏」

「───抜け駆けは良くないなぁ。お邪魔してる訳だし、僕も作るよ」

「そういうことならば私も作ろう。なに、日本の食べ物については予習済みだ」

「わ、(わたくし)も────!」

 

 

という訳で────何故か全員で買い出しに出る事に。

 

とりあえず食材を買い揃えにスーパーへ。

何度も皆説得を試みたが、結局セシリアも料理を作る事になってしまった。

以前の事を思い出し、お腹に手を当てる男子2人。

ただ、今回は台所に複数人立つのだ。

問題はない……はずだ。

 

織斑家に戻り、夕食作りの仕度を各々が進める。

男子2人組は女子全員の要望により待機。

居間で仲良くポーカーで遊びながら暇を潰している。

 

正確には、暇を潰しているというより気を逸らしていると言うべきか。

 

「切る……切る……」

 

小刻みに聞こえるまな板の音。

普通に包丁を使っていれば気にならない程度なのだが、音が明らかに大きい。

チラリと気になって一夏はラウラの方を見る。

じゃがいもをサバイバルナイフで切る姿が見えた────不安だ。

 

「……大丈夫だよな?火炎放射器で焼いたりしないよな?」

 

「じゃがいもを丸焼きにする日本の料理なんて無かったはずだから、大丈夫だろ」

 

「そういう問題じゃないような………」

 

一夏の発想には一切触れていないあたり、有り得るというのが共通認識なのだろう。

ソワソワする一夏をよそに流星はカードを交換する。

 

 

「───なあ、台所にブルー・ティアーズが見えたんだけど」

 

「爆発音聞こえないから気のせ─────いじゃ無かったみたいだな」

 

「………禍々しい色の液体が飛び散ってた……」

 

「IS料理とかトンデモワードまで聞こえて来たな」

 

流していた流星も聞こえてくる音や声に思わず頭を抑える。

このままでは織斑邸が吹き飛びかねない。

 

大きく溜息をつきながら、男子2人はセシリアの方へ向かう。

 

 

 

────色々あって、無事夕食を食べる。

先のじゃがいもはどこへやら。

ラウラの作ったおでん(仮)は衝撃的だったが、味は普通。

彼女の日本文化の情報源である副官が一夏は気になって仕方がない。

 

箒はカレイの煮付け、鈴は肉じゃが、シャルロットは唐揚げ。

それぞれが見た目、味ともにハイクオリティのもの。

 

錬成された『焦げた鍋』には誰も触れない。

というより触れない方が良さそうだ。

中身が吹き飛んだ事に心の底から感謝する男子二人であった。

 

楽しく話しながら皆夕食を摂る。

それぞれの作ったものに舌鼓を打ちつつ、レシピの教え合いなどもしていた。

 

 

 

───と、不意に流星が何かに気が付く。

箒が作った味噌汁を啜りながら、彼は懐の端末を取り出した。

 

「───…」

 

来ていたのはメッセージの通知。

送られてきたメッセージ、その送信元を見た彼の表情は訝しむようなものへと変化した。

 

 

その送信者の名は─────『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の操縦者ナターシャ・ファイルス。

 

内容は取るに足らない展示会への誘いであった───────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────同時刻。

ある港で金髪の女は端末を手に取り口を開く。

暗闇の中、周りに倒れる武装集団など気にも留めない。

コツコツとヒールの音だけを響かせながら端末に向かって言葉を投げかけた。

 

 

「───エム、少しお願いがあるのだけど───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-47-

一夏の家で皆が集まった2日後。

彼の家から電車に乗り、乗り換えを二度程行い数駅。

都市からは少し離れた郊外の駅で彼ら(・・)は降りた。

 

炎天下の中、水を喉に流し込みながら流星は辺りを見渡す。

駅としては大きく立派ではあるものの、周りは開けている。

基本的に緑地帯のような広い空間が目立つ中、ポツンと見えるは何やら大きな建物。

 

「確かに駅にさえ着ければ迷う事はないな」

「見事に何も無いね〜」

 

ガコン、と自販機から音がした。

屈みながらジュースを手にすると、本音はそのまま飲み始める。

 

流星は彼女の服装へと意識を向ける。

当然私服なのだが、向かう場所が場所な為か何時もの着ぐるみテイストな服装ではない。

ブカッとしているのは相変わらずだが、いつもと違いカジュアルスタイルだ。

黒のブカブカしたシャツに生地の薄い紺のロングスカート。

キャップまで被り、可愛さと活発さが活かされていた。

よく見るとキャップに小さな耳の様なものが着いており、本音らしさまで完備している。

 

「どうしたの?いまみー?」

「やっぱ似合ってるな」

「わーい、いまみーに褒められたえへへ〜」

 

にんまりと笑う本音。

頬を少し紅潮させながらも、素直に喜びを露わにする。

 

駅を通過する特急列車。

風に吹かれつつ、流星は時刻と位置を再度確認した。

 

彼は本音と共に改札を出る。

人はそれなりに居たが駅自体は広く気にならない。

駅の案内板を確認し、近くの入口から外へ出た。

 

彼らを真っ先に出迎えたのは太陽。

ギラりとした光が影から出てきた彼らを照らす。

腕で日光を遮りながら外へ。

蝉の鳴き声が響き渡る中、周囲で唯一目立つ建物を目指す。

 

少し開けた場所に佇むは鉄筋コンクリートの建物。

特徴としては高階層のビルではなく、商業施設などの横に広い建物に近い。

内部の構造は恐らくまるで違うだろう。

窓ガラスは縦に長く細かった。

近付いてみて敷地自体も相当広い事に気が付く。

 

「広いね〜」

「広いな。展示会をここでするのも納得だよ。──建物は米国(アメリカ)の所有物だったか」

「そうみたい。学生も多いねー。一般開放も結構してるのかな」

 

かもな──と同意しながら流星は門の前で待っている影に気が付く。

長く少しウェーブがかかっている金髪にイヤリング。

最近見た顔───間違えるはずが無かった。

 

視線が合う。

向こうも気が付いたようで手を挙げながら流星達の方に歩いてきた。

対して流星の隣の本音も笑顔で手を挙げながら前に出る。

 

「少しぶりね。流星くんに本音ちゃん?」

「お久しぶりですナタっちさん!」

「──ナタっちさん?」

 

理解が追い付かず流星の表情が固まった。

以前は何故か(・・・)警戒していた様子だというのに、いつの間にか打ち解けている。

 

一応、互いの連絡先を教えた記憶はあるが───変わり過ぎだろう。

 

「前に本音ちゃんも交えて通話した時あったでしょう?あの後にね、日本の美味しいケーキ屋さんとかを教えて貰ったのよ。本音ちゃんは本当に良い娘ね」

「ナタっちさんにケーキ送って貰ったりもしてたんだよー。綺麗だしオシャレとかも色々教えて貰ってるんだー」

「あー…ハイハイなるほどね」

 

ナターシャと本音の性格を考え、あっさり打ち解ける図が思い浮かぶ。

あまり興味も無いのか流星は流すように返事をした。

本音がナターシャを警戒していた?理由は定かでは無いが───打ち解けているならば気にする事もない。

 

「ここで話していても暑いだけだし、入りましょう。手続きは済ましてあるし、スグ入れるから」

 

ナターシャに連れられ、2人は門を通る。

敷地は広く、見晴らしも良かった。

塀や床を眺めつつ、成程と流星は胸中で独りごちる。

勿論外からの侵入も想定しているが、どちらかと言えば外に逃がさない仕掛けがある。

IS学園のアリーナにあるようなシールドも、簡易的なものならばあってもおかしくない。

勘ではあるが、壁の装飾や出っ張りから彼はそう推測していた。

最も──ISで襲撃された場合は足止めになるかも怪しい。

つまりはこのような催しの際は警備側にISが居るのが当たり前だが、果たして────。

ナターシャをチラリと見る。

楽しそうに本音と2人何やら話をして盛り上がっていた

───彼女は今ISを所持していない。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は凍結されている。

ほぼ解体され、初期化する話も出ているらしい。

 

前提として彼女は、今日は完全な(オフ)

警備がいるとすれば別の人間だろう。

考える必要もないことである。

 

建物の手前まで来た所でナターシャが流星の方へ振り返る。

 

「そう言えば、はいコレ」

 

「眼鏡…?」

 

目の前に差し出されたものを見て流星の顔が引き攣る。

ナターシャから差し出されたのは眼鏡だった。

 

「勿論、貴方って有名人だもの。要らない勧誘とかそういうのは避けたいでしょう?」

 

「いひひー、きっといまみーに似合うと思って選んだんだよ?」

 

「──」

 

本音を見て流星の中で全てが繋がる。

今日ここに来る際、髪型を本音がセットすると言って聞かなかったのはこの為だったのだ。

伊達眼鏡に抵抗はないのだが、着せ替え人形にされているのは気が乗らない。

 

「後で覚えてろよ」

 

渋々伊達眼鏡をかける。

ヘアピンを使用してセットされており、オレンジ髪も相まって違和感はない。

本音は嬉しそうに携帯で写真を撮る。

頭上に軽いチョップをお見舞いされ、止められる。

ナターシャはその様子を見てクスリと笑みを浮かべた。

 

「似合ってるわよ」

「有難うよ」

 

不貞腐れた様子の流星と2人は建物内へ。

 

ロビーは広く、天井も高かった。

背中側から射し込む陽の光は、窓の形も相まって細長い。

中央に投影された大きな案内板(ディスプレイ)が客人を出迎えている。

 

「アンタが行きたいのは2階だっけか」

「ええ。けど後でも構わないわ。本音ちゃんは見て回りたいとことかない?」

「出来るだけ沢山見れたら私は良いかなー」

「なら近場から回るか」

 

ロビーを抜け、扉を開ける。

そこには幾つものISの武装が展示されていた。

室内は広いが、基本的には幾つもの部屋が連なっている状態。

この区画は基本的な武装───主に銃器がメインであった。

 

米国(アメリカ)製という事もあり、ナターシャが分かりやすく武装の説明をする。

説明欄のダラダラ長い文章より分かりやすい。

 

書かれているスペックをなるべく脳裏に叩き込みつつ、展示されている物を見て回る。

 

「いまみー!これすっごいよ〜」

 

「なになに?……超長距離用対物狙撃銃?ISなのに、ボルトアクション式の意味が分から────いや、これは」

 

「そうよ。弾が特殊過ぎるから機構が追い付かなかったの。ISの癖に固定砲台にならないといけないし、反動も凄まじいの。お陰様で弾道制御も難しくて、本当に距離だけの代物よ」

 

「飛距離に対しての威力は凄いんだけどねー…。あ、でもこれ結構銃身自体はスリムだよ」

 

と、眺めながら言葉が飛び交う。

普段日の目を見ないようなものまであるのがこの展示会の特徴だろう。

 

 

───この展示会はマーケティングも兼ねている。

 

ISのコアは467個──しかもその全てがキチンと管理されている訳では無い。

 

各国がISの開発競争に勤しむ中、大手企業も参入を試み。

1つでも武装が採用されれば、それだけで莫大な利益になるからだ。

ある種、宝くじに近い。

 

だが、コアを持っている企業は兎も角、持っていない企業が武装を売り込むとなると至難の業である。

市場が限られている事が大きかった。

 

故に、ISの装備を展示してアピールするこの場が設けられていた。

市場兼ねた展示会。

国際企業IS武装展示会──別名ISA&M(Infinite Stratos Arms&Market)

偶にあらゆる場所で行われているらしく、そこまで珍しいものでもない。

他国でのマーケティングも割と頻繁に行われているのは、各国で開発競争を支持する流れがある為だ。

 

一般開放されているのは話題性の為。

2人はナターシャに誘われ一般枠として来ている。

 

 

閑話休題。

 

銃器を見終わり、そのまま近接武器へ。

ISの勉強としてはある種完璧な社会見学だ。

有名どころから、なぜ作ったか怪しいような不可思議なものまで存在する。

経費の無駄だろ、と思わず呟く少年にナターシャは苦笑い。

 

そうして時間は経過していく。

あらゆる装備を見終わり、1階から2階へと移動する。

 

2階のコンセプトは1階とはまた違い、複合装備である。

ISの装甲に組み込んだり、スラスターと砲身両方を兼ねていたり──どこかで聞いた話だ。

 

流星も本音も、ナターシャが見たいものの察しは付いていた。

 

そうして2階の装備もあらかた見終えた辺りで、『ソレ』を見つけた。

 

 

「───」

 

無言で近付くナターシャ。

明るさはなりを潜める。

表情は先までとうってかわりどこか物憂げな様子であった。

本音は近くの表示を見て、目を丸める。

 

「これって…『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の───」

 

「…ええ。試作のものだけど、背部にあった『銀の鐘(シルバー・ベル)』を腕部に装備出来るよう調整したものよ。本当は機密の塊なのだけど、プロジェクトは凍結されたし、あの子は今コアだけ状態。ここに出展されたって訳」

 

「成程────」

 

本音に説明するナターシャをよそに、流星は1人静かに一歩踏み出す。

柵があり触れる事は叶わない。

ただ彼は何かに吸い寄せられるかのようにその武装に近付いて居たのだった。

銀の腕部装備、使用時に砲門が顔を覗かせる仕組みだ。

 

本来ならばこのような場には無いはずの武装。

あの暴走がなければ、きっと『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』と共にあっただろう。

 

──ドロりとした黒い何かが内側に流れ込んでくる。

圧倒的な違和感。

恐らくそれは良いものとは言い難い。

自身のものではない何かに彼は思わず顔を顰めた。

 

(…何だ、この感じ)

 

「いまみー?どうかしたの?」

 

「なんでもない。しかし、やっぱり他の展示と見比べるとこいつが抜きん出てるな」

 

小首を傾げる本音に彼はディスプレイを指さす。

性能の情報へ本音と共に意識を向けた。

 

スラスターとしての性能やエネルギー弾の強さは勿論、簡易的なマルチロックシステムなるものが搭載されている。

複数ある砲門一つ一つの制御の為だと安易に想像がつく。

広域殲滅型の名残と考えるとしっくりきた。

 

 

───と、そこでアナウンスが建物内に響き渡る。

 

内容は、1階の広間の閲覧が可能になったとの事だ。

その場所にある装備は目玉になるような物が多く、第三世代機の技術が大半だ。

福音の装備(コレ)はそもそもここにあるのが例外の為除外。

 

色々な都合、時間が制限されているのもあり最初から開放されて居なかった。

広間が開放された報せを受け皆は顔を見合わせる。

 

「折角だし行きましょう」

「賛成〜」

「だな」

 

特に目的もないので見に行くことにした。

建物は地下、1階、2階の3階層によって構成されている。

地下は装甲の材質や簡易的な仕組み等の解説などが多く、3人には今更な情報が多い。

企業の説明もあるが、優先度は低かった。

 

 

階段を降り、広間に辿り着く。

先までよりも大きな装備が目立った空間だった。

天井は吹き抜けとなっており、そのまま建物の屋根が見える。

2階の中心側に部屋がなかったのも納得であった。

 

 

 

装備の種類は様々。

英国(イギリス)程ではないがBT兵器も見られた。

また、炎を扱う装備なんてものもあったりする。

機密のためここにあるのは一つだけ。

しかし、説明によると派生した装備が幾つもあるようだ。

 

他にも参考にならないような第三世代の武装が盛り沢山だ。

 

 

一通り見て回ったところで広間の端に移動する。

 

 

「炎のやつ『時雨』に入れてみようよ。織斑先生に言って学園通したら発注も行けるでしょー」

「確かに、それの稼働データを送る条件付きなら余裕だろうけど…却下」

「えー」

「俺には無理だ。使いこなせないだろうな」

 

キッパリと言い切る流星に本音は残念そうに項垂れる。

あの武装を間近で見てみたかったのか、中身を見てみたかったのか。

勉強熱心と言えば聞こえはいいが、要は珍しいもの見たさだろう。

 

「あら?そういうのは練習を重ねて補うものでしょう?」

「当然好みも入ってるよ」

 

ナターシャの言葉に視線を逸らしつつ、流星はそう返す。

 

そのまま視線は時計へ。

すぐに視線を2人の方へ戻した。

 

「これからどうする?地下でも見に行くか?」

「そうね。あらかた終わったし、そっちも見て回りましょう」

「階段はどっちだっけー?」

「右の通路から行けたハズだ」

 

話は決まったとすぐに行動を始める3人。

周りには企業の人間や学生、子供など老若男女問わず大勢が展示を見入っている。

 

気付かれない事に安堵しつつ、流星は広間に背を向けた。

 

 

 

───瞬間だった。

 

 

「ッ───!」

 

 

轟音と共に建物が揺れる。

音の源が屋根の上である事や、それが爆発音である事に気付けたのは何人居たか。

周囲から悲鳴すら上がらないのは、呆気に取られているからだろう。

 

天井に亀裂が走る。

まるでスローモーションのように感じられる中、既に動き出している2人が本音の視界に映った。

 

ぐいっ──と本音の身体が何かに引っ張られた。

流星に抱き寄せられたと彼女が気が付いた時には、彼は右手だけ『時雨』を部分展開していた。

 

 

その手には既に『拳銃(シリウス)』が握られている。

 

彼らより中央側に居たナターシャは、目前の子供を抱え飛び退く。

いつの間にか崩落していた天井。

銃口は落ちてくる瓦礫へと向けられていた。

 

 

 

──青白い閃光が炸裂する。

分裂するそれは落ちてくる瓦礫の雨を迎え撃つ。

タイミングは完璧であった。

 

 

「怪我はないな?」

 

「う、うん。ありがとう。───!な、ナタっちさんは!?」

 

砂埃舞う中、パラパラと降り注ぐ破片。

小石程度の大きさまで粉砕されており、勢いも殺されているため危険はない。

 

慌てて周囲を見渡す本音。

すぐに足下の方からヒラヒラと手を挙げている影に気が付いた。

 

「ゲホッゲホッ、無事よ。良かった───どうやら、皆無事みたいね」

 

ナターシャは体をすぐ起こし、助けた子供の安否も確認する。

ホッと本音とナターシャの安堵が重なる。

子供はすぐに同伴していた親の元へ。

状況を理解し始めた者達が周囲を確認する中、少年は銃口を天井に向けたままだ。

 

 

流星の視線は崩落しきった天井の穴へ向けられていた。

分厚い鉄筋コンクリートには大穴がポッカリと空いている。

射し込む陽光。

砂埃が一瞬で晴れ、その中心にはある機体が姿を現した。

 

その視線は流星らを捉えている。

 

 

 

「────ほう。暇な雑務だとばかり思っていたが、存外に楽しめそうだな」

 

 

 

蝶を思わせるその機体は、口元に怪しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 



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-48-

『エム、貴女の任務は第三世代の武装の強奪よ』

 

電話越しに聞こえる声に、少女は舌打ちした。

 

黒髪に体に薄めのコート。

コートといえば聞こえはいいが、それは拘束具を思わせる。

少女は通話をしながらホテルの廊下を歩く。

人気は無い。

隠れ家として使用している為当然であった。

 

「つまらない。何故私がやる必要がある」

 

ISに送られてきた情報を見ながら不満を口にする。

襲撃先は日本国内にある米国(アメリカ)の施設。

区分としては研究施設といったものより、大使館のそれに近い。

多少のセキュリティこそあれ、ISで襲撃する場合造作もない任務だ。

 

『そう言わないの。エム、理由は勿論貴女が適任だからよ』

 

小娘(アレ)は?」

 

『別の任務よ』

 

向こう側から聞こえる女性の声にエムは鼻で笑う。

冷ややかな目で投影されたディスプレイを閉じた。

大方今回の任務の真意を理解したからだ。

 

「──本命はそっち(・・・)か」

 

『ええ、理解が早くて助かるわ。だから貴女の役目は襲撃した時点で完了する。いいかしら?くれぐれも───』

 

「分かっている。…忌々しい首輪だ」

 

エムはそう吐き捨てると通信を切る。

体内に埋め込まれたナノマシンにより、命は向こうに握られている。

 

別に命は惜しいと感じない。

恐怖も特別無いが、彼女にとっては都合が悪かった。

彼女には明確な目的がある。

それまでは組織を利用する。

顔に触れ、笑みを浮かべる。

目的と瓜二つの顔に触れながら、恍惚とした表情で彼女は足を進めた。

 

(嗚呼、もうすぐだ…もうすぐだよ───ねえさん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…英国(イギリス)のBT2号機……こんな所でお目にかかれるなんてね」

 

広間の中央に浮かぶ機体を見て、ナターシャはそう呟いた。

この場を見下ろすかのような機体、背後に浮かぶビット。

英国(イギリス)が襲撃してきた──にしては不可解な点が多過ぎた。

強奪された機体だという結論にナターシャ達は自然と至る。

 

ぞろぞろと民衆は逃げ惑う。

流石に危機を認識したのか、蜘蛛の子を散らす様に広間から離れていく。

 

流星は振り返ること無く銃口を敵に向けたまま、口を開く。

言葉を待たずしてナターシャは本音の前に出ていた。

 

「ファイルス」

 

「ナタルでいいわよ。──任せて、エスコートも慣れてるわ」

 

「……ナタル、お早めに頼むよ」

 

 

そのまま本音の手を取り、後方の通路へ2人は走り去っていく。

本音が心配そうに彼の背を見ていたが、流星は振り返らない。

意識も全て眼前に。

 

遠ざかっていく足音を背に、前へと足を進めるのだった。

 

「随分お行儀がいいな。攻撃する隙ならあった筈だ」

 

「勝手に邪魔者が消えるならそれでいい。邪魔者を殺して逆上するなら話は別だが──貴様は違うだろう」

 

「…」

 

不快そうに眉を顰める流星。

隙は見付からない。

 

「気に障ったか。少年兵」

 

体格は小柄な少女のもの。

顔はバイザーで隠れて全容は分からないが、それも体と同様だ。

声も変声機を使用しているようには感じない。

齢はあの時の襲撃者よりは上ではあるが、流星達よりは下だろう。

 

無論、彼にはそんなこと関係ない。

 

躊躇も無ければ同情なんてさらに無い。

年齢は情報のひとつでしかなかった。

以前の襲撃者にしろ、この少女にしろ──ラウラのように真っ当な生まれでは無いと見るべきだ。

となれば、素の身体能力やずば抜けたISの才能(センス)があって然るべき。

警戒すべき点は多い。

 

ビットの一基がその銃口を流星に向け直す。

少年は視界の片隅でそれを捉えつつ、数手先まで思考していた。

 

「どうだろうな。そっちは事実だ。ただ理由の方は…そうだな───」

 

いつもの様子で応じる少年。

────少女もまた少年を前に思考する。

 

少年にも隙は見当たらない。

ISを完全に展開していないのは出方を見ているからだろう。

 

彼の手にあるのは特殊兵装。

福音との戦闘で見せた二種の弾があるが、どちらも射程は長くない。

他は汎用的な武装がほとんど。

警戒するは少年自体の技量と戦闘スキルか───。

 

 

「───お前が邪魔だからだよ、害虫」

 

 

愉しい愉しい日常は一時幕を下ろす。

悪と正義──なんて洒落た構図ではない。

悪党とひとでなしとの獲り合いだ。

 

冷たい視線がぶつかり合う。

狂気に任せ口もとを歪めて嗤うのは片方のみ。

 

 

引かれる引き金。

仕掛けたのはどちらか。

分裂弾は拡がりきる前に、ビットの攻撃により撃ち落とされた。

 

青紫の閃光が青白い光とぶつかり合う。

エネルギーは霧散し、互いの初撃は失敗に終わる。

 

「「!」」

 

地を這うように前へと駆ける少年。

その頭上に一基のビットによるレーザーが通り過ぎる。

 

ISはいつの間にか両手が展開されていた。

左手に握られていたのはサブマシンガン。

 

三基のビットが飛び回る。

二基は彼を追うように、残り一基は前方に回り込む。

レーザーの掃射を躱しながら、彼はエムに向け発泡していた。

 

エムはビットを操作しながらそれを躱す。

当然、ビットの動きのキレが落ちることは無い。

 

迎撃に流星は振り返った。

サブマシンガンの銃口はビットの方へ。

拳銃(シリウス)は量子化、もう片方の手にもサブマシンガンを握り締めていた。

 

(制御が上手い───)

 

銃弾の雨にビットがそれぞれ回避行動をとる。

躱しながらも反撃のレーザー。

流星は脚部を展開し、左へと駆ける。

 

「逃がさん」

「!」

 

間髪入れずに頭上から降り注ぐ熱線。

残り三基による掃射が容赦なく周囲を破壊して回った。

爆発音と共に上がる砂埃。

手応えを感じない。

彼女は迷わず『星を砕く者(スターブレイカー)』───銃剣を構えた。

 

「チッ────」

 

舌打ちと共に回避に移る。

彼女が照準を合わせるより微かに速く、彼が引き金を引いていたからだ。

スナイパーライフルの弾丸は遥か後方の壁を貫く。

 

耳をつんざくような音へも互いに反応は無い。

 

回避と同時にエムはビットに攻撃を仕掛けさせていた。

ただ彼は空中へと逃れ、囲まれないように動いている。

言うまでもなく、ISは完全展開されていた。

高度は既にエムと同じ高さだ。

 

広間を翔ける二機。

 

サブマシンガンとビット、そして互いのライフルによる射撃戦が繰り広げられていた。

 

(六基のビットをここまで動かせるのか。本体が止まるなんて弱点もない。しかもあの察しの良さ…厄介どころじゃないな。このままだと────)

 

(ビットに追われながらも此方を狙い続けている…。しかもビット撃墜という選択肢を一瞬で切り捨てた判断───瞬間的な狙撃の精度……成程、今のままでは───)

 

互いに戦闘を進めながら思考する。

戦況で言えば不利なのは少年の方。

現状で辿り着いた答えは、奇しくも同じであった。

 

((埒があかない───か))

 

同時に射撃を躱し、急加速。

最低限の被弾で弾幕を抜け、互いに切りかかった。

 

銃剣と黒い槍がぶつかり合う。

返すように振るわれる槍をエムは手の甲で受け流した。

 

(こいつ───接近戦の方が得意なのか)

 

肩から胴目掛けて銃剣が振るわれる。

相手に蹴りを入れ躱す流星、直ぐに背後にはビットの銃口が2つ。

 

「さあ、どうする?」

 

声より先に流星の意識は前方へと向けられていた。

身を翻し黒い槍で切りかかる。

当然、正面からの攻撃は受け止められた。

スラスターを全開で吹かしている事にエムが遅れて気がつく。

彼はエムを支点に自機の軌道を逸らしていた。

 

「っ」

 

───被弾、も最小限に抑える。

スラスター等は無事。

戦闘への支障はない。

 

近距離でのビットの扱いも少女はずば抜けていた。

射線を無意識に把握している流星でも、やりにくいと思う程、常に対象は移動し続けている。

 

近接戦闘でも一級なのは明らか。

今まで全力で戦った相手の中で、1番強い相手だと理解する。

全力の楯無は戦った事が無い為、流星では比較出来ない。

 

 

槍を右手に持ち替え、サブマシンガンを左手に展開し直す。

少年は接射を試みたが、エムは銃剣の銃床で銃口を殴りつけて逸らした。

行き場を失った弾丸は柱に吸い込まれていく。

 

 

天秤の傾きは徐々に大きくなる。

ビットを躱しながら近接を捌き続ける流星だが、完全に劣勢に陥っていた。

畳み掛けるべくエムは猛攻をかける。

 

 

「っ!」

 

ビットから放たれた一撃が彼の腹部へ。

小規模な爆発と共に身体が大きく傾いた。

 

 

ビットの銃口は管理していた────予想外の場所からの攻撃。

眼前の少女が手にしている武器は変わらない。

周囲にあるビットの数にも変化はない。

 

 

───まさか、とコマ送りの風景の中彼は眉を顰める。

実際に体験するとは思えなかった理論上の世界。

 

 

(───偏向射撃(フレキシブル)!)

 

 

彼は一度セシリアに尋ねた時の事を思い出す。

BT兵器との適性が高い彼女曰く、誰も実現したことの無い技。

それも、実戦において凄まじい精度で使用されている。

 

驚愕とは並行して彼は追撃に対処する。

銃剣(スターブレイカー)による切り付けは数度凌ぐも、体勢は整えられず。

 

 

──左手にナイフを展開して彼女の首を狙った。

槍は囮、本命のナイフが彼女の銃剣をすり抜ける。

 

 

「!」

「───今のは惜しかったな」

 

 

ただ、ビットの一基が滑り込み、それを弾いた。

ビットの表装は硬く、傷こそついたがあくまで表面上だ。

 

シールド・ビット───ただのビットではなく防御手段としても扱える攻防兼ね備えた兵器。

高火力の武器ならいざ知らず、ただの銃弾やナイフを受け流す位訳ないだろう。

 

サブマシンガンを避けさせていたのはブラフか─────。

 

一応は凌がれる事を想定していたのか、流星はナイフを量子化していた。

左手に握られているのは手榴弾。

 

──並行して彼はISとの『同調』を進める。

 

 

「!!」

 

エムの表情に変化が出る。

しかし、エムも行動に変化はない。

銃剣を量子化したかと思うと彼女もまたナイフらしきものを手にしていた。

 

互いにバイザー越しだが、表情は手に取るように理解出来た。

 

 

「一基貰おうか」

 

「高くつくぞ」

 

 

────爆発が起きた。

半ば自爆のように喰らわせた手榴弾。

同時に振るわれる凶刃。

 

 

ビットの一基は粉々に。

同時に爆風と共に鮮血が飛び散った。

 

 

「っ──!!」

 

(手応えが浅い…!───今の反応速度は何だ?)

 

 

爆風よりそれぞれが逆方向に飛び出し姿を現す。

少年の左腕は真っ赤に染まっていた。

ナイフで切り付けられ、溢れ出る血。

見るからに大怪我の類いだ。

 

方やエムはビットを二基(・・)失った。

流星の右手には拳銃(シリウス)がいつの間に握られている。

 

 

──あの瞬間、近くにあったもう一基を高火力の兵装で撃ち落としたのだ。

 

 

別人のように反応が速くなった瞬間を、エムは見逃さなかった。

 

(──何かタネがあるか)

 

外見上は特に変化はない。

特殊兵装であろう拳銃に何か仕掛けがあるのか──いや違うと彼女は直感する。

 

即座に立て直し四基のビットを駆使し追撃をはかる。

勿論、『星を砕く者(スターブレイカー)』を展開し直し、そちらの引き金も引いた。

 

「───」

 

彼は盾を展開して狙撃を防ぎ、残りのビットによる攻撃を目もくれずに躱す。

当初よりも最適化されている。

空中を縫うように精密な動きだ。

先程と違い、幾分余裕があるように見える。

 

 

反撃に放たれていたグレネードランチャー。

エムはそれを撃ち落とさず、避ける事を選択した。

 

無理矢理確保した射線とビットの偏向射撃(フレキシブル)による面制圧。

レーザーライフルの銃口が光る。

 

盾を使おうとも凌ぎきれない状況。

広間ではあるが、あくまで室内。

あのような精密な動きで躱すならば回避不可にするまで。

 

「!!」

 

驚きはエムのもの。

刹那的なISを完全展開から部分展開への切替────彼は攻撃を回避した。

非常識な避け方ではあるが、使いこなせるなら理にかなってはいる。

 

 

飛んでくる彼のスナイパーライフルをエムは旋回してやり過ごす。

互いの視線が再度交差した。

 

(あれでも撃ち抜けない、か。とんだ化け物だ)

 

(今のを躱すか。面白い──)

 

『同調』の度合いは以前より低い。

とはいえ、あの狙撃で撃ち抜けないのは相手の力量が凄まじいからだ。

少年は独り足りない(・・・・)、と呟く。

 

 

少女は少年を完全に標的として認識した。

少女のギアが跳ね上がったかのように、更に俊敏にビットが駆け巡る。

 

 

「────」

 

 

シールド・ビット相手に、サブマシンガンは牽制としても有効ではないだろう。

取り回しは少し劣るが、アサルトライフルを展開する。

左手にはそのまま盾が握られていた。

 

──『同調』を更に進める。

膨れ上がる情報量。

どろりとした黒い何かも彼の内へ。

 

(…)

 

裂傷こそ見られるが、左手が使えない訳では無い。

増幅している激痛に表情1つ変えず、彼は射撃戦を継続した。

 

銃口から射線の予測は困難。

回避先だけはアサルトライフルを駆使して確保しながら、後退する。

 

建物の壁や柱を利用しようとしている。

エムは感づき、攻撃の矛先を変える。

彼が何を企んでいようとも、関係ない────。

 

まず、逃げ場を無くす。

彼女のアドバンテージであるビットによる攻撃は、開けた空間でこそ真価を発揮する。

少年が頑なに天井から外へと出ないのはそれを知っていたからだろう。

 

 

 

(狙いが逸れた?───いや、障害物を減らしに来たか)

 

彼の周囲に閃光が降り注ぐ。

着弾の少し手前から狙う先が違う事に気が付いた彼は、瓦礫に巻き込まれないように動く。

 

彼は武器を咄嗟に持ち替える。

舞う砂埃と爆煙。

 

視界は双方とも悪くなる。

 

だが、2人には関係ない。

 

レーザーライフルとスナイパーライフルの狙撃が互いの肩を撃ち抜いた。

 

「「───っ!!」」

 

砕ける装甲。

絶対防御が発動している為大きな怪我には至らない。

ただ、殺しきれなかったダメージを受け、苦痛に顔を歪める。

 

もし、戦闘を見ている第三者がいれば『無茶苦茶だ』と評するだろう。

 

甚大な被害が建物や展示物に及んでいる。

未だ一般人に死傷者が出ていないのは奇跡に等しかった。

 

 

爆煙の中、盾がエムの眼前に姿を現す。

投擲されていた事を理解していたエムは難なく躱し、盾への細工に気が付いた。

盾への持ち手部分に、フックショットが引っ掛けられている。

 

「!」

 

彼女は脳裏で鎖鎌を連想した。

振るわれる空中の盾を銃剣で弾く。

フックショットの切断は実行に至らなかった。

 

 

──爆発音と共に天井がさらに砕ける。

グレネードランチャーの榴弾により、天井の穴が広げられた。

タイミングとしては盾の奇襲と同時。

 

彼女の頭上から大きな瓦礫が降り注ぐ。

回避は出来ないサイズだ。

銃剣の銃口は盾を弾いた為下に向いている。

 

 

(これは────)

 

エムはビット二基を駆使して瓦礫を撃ち抜く。

砕ける瓦礫に関心を向けている暇はない。

エムは視線を眼前へと戻す。

 

 

─────瞬間、煙が晴れ───眼前にナイフを持った『時雨』の姿があった。

咄嗟の残り二基による攻撃を躱し、切りかかる。

 

「チッ────」

 

銃剣では間に合わないと悟ったエムは左腕の装甲で弾く。

当然、対IS用のナイフだ。

シールドエネルギーが削られ、装甲も損傷する。

 

畳み掛けるべく流星はナイフを振るう。

エムもまたナイフを展開。

 

 

ナイフによる近接格闘戦が発生した。

空中で互いの急所を目掛けてナイフが振るわれる。

当然だが、大振りはない。

あくまで的確な突きと切り付けが主軸。

 

金属音が鳴り響く。

手数がある中、態々ナイフ戦に付き合う必要は無い。

エムはシールド・ビットを操作し、切り合いの最中偏向射撃(フレキシブル)を────。

 

「───」

 

少年の左手には、いつの間にか拳銃(シリウス)が握られていた。

少女は少年の意図を理解して笑みを浮かべる。

一番近くで攻撃を放とうとしていたビットを眼前へ。

 

 

 

少女の懐で青白い閃光が───少年の背部では青紫の閃光が炸裂する。

 

 

 

爆発音と共に、灰と青の装甲が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ二学期へと入りたい。
デートの話も何処かに入れたい気が…。


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-49-

 

爆音は空気を伝いビリビリと建物を振動させていた。

舞う爆煙──中心から勢いよく2つの物体が飛び出す。

間髪入れず轟音が聞こえた。

二箇所から砂塵が舞い上がる。

 

 

 

───広間の床に灰の機体が叩き落とされた。

一方で青の蝶は壁を突き破り、2階で身体を起こしている。

 

 

 

「っ、決めきれないか…」

 

 

灰の機体が身体を起こしながら、眉を顰める。

 

拳銃(シリウス)より放たれた青白い光は分裂弾ではなく高威力の貫通弾であった。

それも最大出力────だというのにエムは未だ健在。

 

だが、咄嗟に左腕で胴体を庇った代償か。

エムの左腕の装甲も中破していた。

 

勿論、それだけでは無くシールド・ビット一基も大破。

全身の装甲も亀裂が入っている。

 

ビットを自爆させ、攻撃を逸らした上で咄嗟に左腕で庇ったのだ。

 

 

流星の方もまた背部の装甲が砕けていた。

スラスターから直撃は逸らしたが、破損は目立つ。

 

エムは2階の床の縁から彼を見下ろす。

だらりと下がった左腕。

怪我をしているが、彼女に弱った様子は見られなかった。

 

 

「──貴様の強さの根幹は、戦い方と経験則か。それよりも常に敵を殺す状況を作りに来ている。加えて狙撃とナイフは1級。くく、悪くないな。精密過ぎる機動には何か─────いや、ISとの繋がりが強くなっていると見た」

 

 

愉しそうに告げる少女。

彼女の周りに集まって行くシールド・ビットを見つつ、流星は舌打ちする。

勘がいいとは思っていたが、まさか『同調』にまで勘づくのはデタラメである。

 

 

ただ、流星の意識はそちらに無い。

敵を倒す事に向いているのは当然として、捨て置けない物を目撃してしまったからだ。

 

 

 

 

少女の舌打ちと共に、ピシリと周囲に音が響く。

音の源はひび割れた少女のバイザー。

 

──先のダメージが影響してか、その左半分が砕け落ちた。

 

 

「っ!」

「!!」

 

 

思わず目を丸める流星。

その下から現れた顔は、よく見知った顔だったからだ。

 

バイザーの下から現れたのは織斑千冬(ブリュンヒルデ)の顔。

顔立ちは幼いが、見間違う筈もない。

 

(…偶然な訳が無い、か)

 

先の推測が確信に変わる。

目の前の少女は、間違いなくラウラのように人道に背いた出自だ。

 

問題は織斑千冬から生み出されたのか──はたまた織斑千冬もその1人なのか───。

詳しい事は分からないが、彼女も何らかの形で関係していると見るのが道理か。

────そう言えば、と一夏達の両親の事情を思い出す。

 

(…証拠は何一つ無い。考えるだけ無駄だな)

 

深く考えている暇は無い為、彼は思考を中断する。

 

ズキリと頭の奥が傷んだ。何かが引っ掛かる。

ISを通じて再度ドロりとした何かが流れ込んでくる。

 

 

 

「回避が甘かったか…」

 

一方で少女は砕けたバイザーに触れ、不満げに呟いていた。

彼女としてもバイザーが砕けたのは想定外だったらしい。

左側のバイザーが完全に崩れた状態。

左手で顔に触れ、頬に傷が付いていた事に気が付いた。

1本の赤い線。

 

「!」

 

破片で切ったのだろう。

浅い切り傷ではあるが、手に付いた微かな血を見てすぐ流星を睨む。

明確に怒りを露にする相手に違和感を覚えつつも、流星は右手にスナイパーライフルを展開した。

 

双方共損傷度合いはそれなり。

戦闘を続けられる状態を維持しているのも辛うじてに近い。

 

 

「怒るなよ、かすり傷だろ」

 

「──黙れ」

 

綺麗な顔(・・・・)に傷が付いたのがそんなに嫌なのか?」

 

「…言葉には気を付けろ。さもなくば──」

 

ピリピリとした緊張が二人の間に走る。

叩き付けられる少女の凄まじい殺意を前に、少年はいつも通り意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 

互いの意識が自身の武器に向けられる─────も、戦闘が再開されることは無かった。

 

 

 

 

「───そこまでよ、エム」

 

 

「「!」」

 

声と同時に、流星はその場を飛び退いた。

彼のいた場所は、瞬く間に炎に包まれる。

火球らしきものが叩き込まれた、と彼は冷静に分析しつつ攻撃が来た方向へ視線をやる。

 

 

「…増援か」

 

 

そこに居たのは金色のIS。

尾が生えており、両腕には何やら球体らしきものが備わっている。

また腕と球体を挟むように、小さな尾のようなものが付いていた。

ヒレや角にも取れなくはない。

 

 

エムが最初に空けた大穴から、二人を見下ろすように空中に浮かんでいた。

顔全体をバイザーで覆われている為、顔は確認出来ない。

操縦者は長身で金色の髪の女性。

佇まいだけでも相応の実力者であることは理解出来た。

 

 

 

「邪魔をするな…!」

 

忌々しげに金色のISを睨み付けるエム。

鋭い殺気が向けられる中、金色のISはやれやれと呆れたように肩を竦めてみせる。

 

隙は見当たらない。

厄介だと少年は1人悪態をつく。

 

 

金色のISはエムに対し、何かの情報を送り付けた。

不意にエムの眼前に現れるディスプレイ。

内容を見て、エムは舌打ちする。

 

「───時間切れ(・・・・)よ。向こうは無事目標を確保したみたいだし、欲しいデータも取れた。これ以上の長居は無用よ。分かるわね?」

 

「…ッ…!」

 

「ふふ、物分りのいい子は好きよ」

 

渋々引き下がるエム。

その視線を女性は平然と受け止めつつ、撤収を促す。

 

 

「次は殺してやる。お前が生きていれば──だがな」

 

 

不穏な言葉を残しつつ、少女は天井の穴から離脱する。

 

追撃したいところではあるが、それは金色のISの背後にあたる。

少女と金色のIS、どちらにも隙がなく撤退を選んでいる以上、流星が無理に手出しする必要もない。

 

 

少女が去るのを見送り、場に残されたのは金色のISと灰色のIS。

そのまま立ち去るのかと思いきや、金色のISはまじまじと流星を眺めていた。

その様子を訝しむ流星。

 

エムと流星の戦闘は全てでは無いが移動中モニタリングしていた。

ぶつけられる刹那のやり取り、エム相手に引かない立ち回り。

初見の偏向射撃(フレキシブル)を凌いだ事実。

 

戦闘技量と判断力、ナイフの扱いや狙撃の腕。

それらは元から彼が兼ね備えたもの───操縦技術がそれに追い付きつつある今なら、エムと渡り合っても何らおかしくはない。

 

ただ、所々何かツギハギのように感じた。

途中から急速に戦闘の安定性は上がっている──そんな感覚を金色のISは覚えている。

 

───成程、エムの言っている事が正解と見るべきね。

 

金色のISはひと通り観察し終えたのか、あっさりと背を向けた。

 

 

「今度はお話ししましょう。今宮流星」

 

 

立ち去る金色のIS。

最後まで隙は見せず、屋外に出ると高速で何処かに飛び去っていく。

 

広間は激しい戦闘の爪痕を残し、建物は半壊していた。

 

パラパラと瓦礫の破片が周囲を転がる。

天井の穴から射し込む陽光が辺りを眩しく照らしていた。

 

 

ついさっきまでと一転して、静寂が帰ってくる。

脅威が無くなったのを確認すると、流星はISを解除する。

 

左腕から血が滴り落ちる。

ハンカチを巻き付け止血し、彼も早急にその場を立ち去る事にした。

 

 

警備の薄さ、2人目の襲撃者の様子からして米国(アメリカ)側も信用が出来ない。

ここは政治的にも向こうが有利な空間。

IS学園にひとまず戻る事を彼は選択するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そうして本音に連絡を取り、無事を確認し合流。

ナターシャがひと役買ってくれた甲斐あってか、スムーズに建物から抜け出せた。

建物から出てしまえば、後はこちらのもの。

後は警戒だけ緩めず、移動するだけであった。

 

 

──襲撃から2時間半。

こうして、彼らはIS学園に戻ってきた。

 

 

 

「兎も角、2人とも無事で何よりだわ」

 

水色の少女──更識楯無はそう呟き、ベッドの正面にある椅子に腰を下ろした。

口元を隠すように扇子を広げる。

扇子には安堵と書いてあった。

 

保健室の一角。

流星はベッドに座り、本音はベッドの隣の椅子に腰を掛けている。

虚は少し離れたソファで何やら端末で情報をやり取りしている。

 

───真っ直ぐと保健室へ向かった流星達を出迎えたのは、楯無達であった。

処置を終え、常駐している医者が席を外すと保健室の奥へ移動。

個室へと移った流星はあった出来事について報告した。

 

───ただ一点、襲撃者の素顔についてだけ、伏せて────。

隠し事をしたつもりもない。

だが直感的に言うべきではないと珍しい判断がそこにあった。

信用や信頼の話ではない。

混乱を避けたかったというのもあるが、何かが引っ掛かっている。

頭の奥で微かに痛みが走る。

 

 

「かなりの実力者2人の襲撃……加えて強奪された機体…厄介ね。接敵したのが流星くんだったことは不幸中の幸いだわ。実力を疑う訳では無いけど、他の1年だったら…とは考えたく無いわね」

 

「…俺も無事とは言えないけどな」

 

流星は左腕に視線を落とす。

ギプスに包帯、鎮痛剤こそ打っているが未だ熱を多少感じる。

そこまで深くないとはいえ、ざっくり切れていたのだ。

全体的な怪我の度合いは、あのエムと呼ばれた少女と同等ではある。

 

最新鋭の治療なら治るまでそうかからない。

 

「アイツら相手にその程度で済むのは貴方だからよ。これは…うかうかしてられないわね。少しでも手を打たないと手遅れになる」

 

「…奴らは何なんだ、知ってるのか?」

 

ええ、と楯無は頷く。

何処まで話すか考え、すぐに話し始めた。

 

「───亡国機業(ファントム・タスク)。第二次世界大戦から結成された秘密結社でね。世界の裏で暗躍するテロリスト集団……って認識で構わないわ」

 

「ISを持ったテロリスト集団か。報道されないのは何となく察しがつくな」

 

呆れた様子でため息をつく流星。

楯無も彼の言わんとしていることを察し、額に手を当てながら話を続ける。

 

「多分考えているとおりよ。長い組織ってのはそこも厄介なの。奴らは各国の政府と裏で繋がってる。だから今回の件も純粋に彼らが殴り込んで来た───って訳じゃないのよね。──襲撃後に抜け出してきたのは本当に英断よ?」

 

「それで、アイツらの今回の目的は何だったんだ?」

 

「福音のコアよ。強奪されたみたいね」

 

 

アッサリと告げる楯無の言葉に流星は眉をひそめた。

笑えない、とあっさり最高機密を奪い去る戦力と、裏への繋がりの強さを実感する。

 

亡国機業(ファントム・タスク)によるIS学園襲撃はいつ起きてもおかしくない。

貴重な男性IS操縦者が今年から増えた上、第四世代ISまで存在している。

楯無が深刻そうな表情で考え込んでいるのも納得だ。

 

 

一筋縄で行く相手ではない。

理解した流星は再度先の楯無の言葉を思い出す。

 

 

「手を打つって言ってたけど、何か対策でも出来るものなのか?」

 

「そうね。とは言っても、出来ることなんて限られてるんだケド。君は兎も角、他にももっと強くなってもらわないと不味いの。特に1人──」

 

「…一夏か」

 

「そ。数日後には二学期が始まるから、彼のコーチをしようと思うの。暫くは朝練が自主練になっちゃうけど、大丈夫?」

 

「問題ないさ。どうせやる事は沢山あるしな」

 

 

頷く流星。

その様子をジト目で見ながら、本音は口を開く。

微かに黒いオーラを放ちながら、である。

 

 

「いまみー。わかってると思うけど怪我が治るまではダメだからね?」

 

「わ、分かってるって。今更だけど、本音は本当に怪我は無いのか?一応診てもらっても良いと思うけど」

 

「…いまみーに言われたくないもん。怪我してる癖に」

 

「俺は慣れてるからな。マズイかどうかも分かるから────オイ、怪我人を小突くな、オイ」

 

淡々と返す流星に対し、不満に思ったのか本音はポコポコと彼の右肩を叩く。

少ししてその手を止めると、ポツリと言葉を漏らした。

 

「───もっと弱音を言ってくれても良いのに…」

 

彼にも届かない程小さな声。

いじける様な言葉は少女の口もとで溶けて消える。

小首を傾げる流星と俯く本音。

 

 

楯無は呆れた様子で溜息をつくと、口を開いた。

 

 

「流星くん、後で一応精密検査を受けておきなさい。ISと同調してる以上、用心するに越したことはないの」

 

「…分かったよ」

 

「あと、今回の件だけど口外禁止。学園側は恐らく『貴方はあの場に居なかった』形で国側と話をつけるだろうから」

 

楯無は口元を隠すように扇子を再度開く。

書かれている文字は先とは違い、交渉と達筆で書かれている。

 

 

「それで引き下がってくれるのか?」

 

「福音のコアが強奪された事も公にしたくないでしょうし、何とかってところね。───流石に、流星くんもそろそろどこかに帰属しないと厳しいかも…」

 

目を伏せ、呟くように告げる楯無。

不安そうに本音は彼を見る。

何処かの国や企業に帰属する──というのは、簡単ではない。

元からその国に住んでいたり、国籍を持っていれば問題は無いのだが彼にはそれが無かった。

紛争地域に居た手前、行政はまともに機能せず彼は死亡扱い。

国としても名前が変わってしまっていた。

 

当然、国籍が無ければ企業との契約も厳しいだろう。

貴重な男性IS操縦者であるからこそ、厄介事はついて回る。

何処かに何となく帰属となれば、奪い合いが国で発生するだろう。

しかも、帰属した国側も彼をそのままにしておくとは思えない。

 

このままでもいけないのだが…と楯無は額に手をやる。

 

流星は楯無が考える事じゃないだろう、とあっさり告げた。

 

ムッと口を尖らせる楯無だが、彼側に悪意が無いのは知っている。

不満を込めて畳んだ扇子を流星の頭にぽすりと乗せる。

勢いは無いが叩かれた形だ。

 

流星は歯牙にもかけず、視線を楯無に向けたまま。

そう言えば、と彼は話題を切り替えた。

 

 

「で、一夏を指導するのは良いとして。今いるコーチ達はどうするんだ?」

 

今いるコーチ達──というのも一夏に想いを寄せる代表候補生達のことだ。

楯無も勿論把握している。

 

「そりゃあもう、納得して譲って貰うつもりよ?先に彼から説得するし」

 

一転して楽しげに話す楯無に流星は苦笑い。

この先の一夏の苦労を察したようだった。

 

「からかうのも程々にしてやれよ」

 

「嫌よ。面白そうだもの」

 

あっけらかんとして言ってのける楯無を前に、彼は溜息を漏らす。

他のコーチ達に詰め寄られる一夏を想像し、額に手をやる。

ニコニコとからかう方法を考えて居た楯無は時計を見てハッとする。

 

 

「───っと、生徒会の仕事まだ残ってたんだった!はいコレ!」

 

そそくさと立ち上がりながら、彼女は何処からともなく書類の山を取り出した。

ドサリと流星の膝の上に置かれる書類の山。

崩れそうになるそれを右手で受け止めつつ、流星は顔を強ばらせた。

 

「これは…?」

 

短い言葉に反抗心が見え隠れする。

微かに声色に表れる不満すら楯無は笑顔で無視(スルー)

言葉通りに受け取り返事をした。

 

「何って、流星くんの分の書類だけど?またやることが増えたのよねー」

 

「怪我してるのに渡してくんな」

 

「あら?右手も怪我してたかしら。大丈夫よ!目を通して承認するものが大半だから!」

 

まともに取り合う気がない楯無に、流星は口の端を引くつかせる。

 

「思いやりは無いのか。怪我人に鞭打つ仕打ちには反対だ」

 

「飴と鞭は使いこなすものよ」

 

「飴要素はどこだ」

 

彼の言葉に楯無はキョトンとした顔に。

人差し指を顎にあてつつ少し考え──ニッコリと笑顔に戻った。

 

 

「──人間、甘やかし過ぎてもダメなのよね」

 

 

「おいコラ待て。逃げるな楯無、オイ!」

 

電光石火。

駆け出すように楯無はその場を立ち去る。

手を伸ばし抗議する流星であるが、彼はベッドに座ったままだ。

一応怪我をしており、咄嗟に追いかけられず彼の手は虚空を掴む。

 

ポカンと一連の流れを見ていた本音は視線を扉から彼の手元へ向ける。

残された書類。

崩れかけているその山を眺めつつ、彼女は苦笑いを浮かべる。

 

 

「え、えーっと。手伝うよいまみー」

 

 

優しさが身に染みる、と少年は苦笑するのであった。

 

 

 

 

 




気付いたら1年経ってた。
これからもよろしくお願いします。


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二学期の始まり
-50-


やっと二学期です。


 

「あれ?怪我してるみたいだけどどうしたの?流星君」

 

「──げ」

 

思わず、少年の口から声が漏れでた。

言葉にはなっていない音。

直訳すると、面倒なのに出くわした──である。

 

場所は整備室。

灰色の機体を前に、右手1本で作業していた少年の前に現れたのは黛薫子。

片腕にギプスを嵌めているのを見るや否や、そそくさと近付いてきた。

───迂闊だった。

口外禁止の中、よりにもよって新聞部部長の彼女と出くわすのは非常に宜しくない。

地味に勘が鋭いあたり、厄介であった。

 

整備に苦戦し、気が回らなかったとはいえ本当に迂闊だ。

表情には出さずどう切り抜けるか考えていると、薫子は何かを察したのか笑顔で再度話し出す。

 

「多分言えない感じかな?大丈夫。流石に個人に迷惑がかかるだけの事は記事にしないよ。あ、そんな顔しない。この前のインタビュー面白おかしく書いたのは謝るからさー」

 

「もっと悪びれて言ってください」

 

「そりゃあ私達は新聞部だから、真実を面白おかしく書かないと行けない時も有るし」

 

「新聞じゃなくてゴシップ誌の方が向いてますよ」

 

「褒め言葉ありがとう。それにしても、随分苦戦してる様子だったみたいだけど?」

 

薫子の視線が灰色の機体へ移る。

流星としては本筋から逸れて嬉しいのだが、『時雨』のこの状態もまた事件の確固たる証拠な訳で─────。

 

──いや、と彼は内心否定した。

先程の彼女の発言を信用し、ひとまず今悩んでいた事だけ打ち明けることにした。

 

「『時雨』の自己修復における内部処理でどうにもエラーが出てるみたいです。生体補助なんかはまともに機能しているんですけど、自己修復が進まなくて」

 

「自己修復で?ちょっと見てもいい?」

 

「先輩が良いのなら是非」

 

彼女は確か整備科でもかなり優秀と聞く。

流星は場所を彼女に譲り、デバイスを渡す。

 

薫子は慣れた手つきでそれを操作し、機体の状態を確認する。

次々と現れる見慣れないパラメータ。

 

「んーこれでもないなぁ」

 

呟きながら作業を進める薫子。

流星はその様子を背後から見ながら思わず目を見開いていた。

整備等は慣れたものと思っていたが、まだまだ奥が深いようだ。

 

 

「ありゃ、これは久々に見たなぁ」

 

「理由が分かったんですか?」

 

「うん。ここを見て」

 

「一部の数値上で、この部分だけ自己修復が完了している?でも強度はパラメータ上低い……まさか」

 

「うんうん、簪さんと整備室籠ってただけはあるね。整備科に欲しい位!───っと、本題に戻るけどここのフレームに限界が来たみたい」

 

滅多に起こらない事なんだけどねーと薫子は言いつつ、他の部位も調べていく。

普通ならばISの機体フレーム、もとい装甲等はこまめに新しいものに取り替えられている。

自己修復こそあるが、第二世代でも古い方になると金属そのものの限界を迎える事がある為だそうだ。

 

とはいえ、それも理論上の話。

基本的に大破クラスの攻撃を受けたり、実戦を重ねない限りはまず起きないとの事。

 

理由を聞き、流星は顔を引き攣らせた。

思い当たる節しかない。

大破クラスの攻撃───つまりは臨海学校での戦闘。

後者も同じくそれに該当し、加えて今回の件。

 

少し前になるが、クラス対抗戦やタッグトーナメントでの襲撃も無関係では無いだろう。

 

(…『黒時雨』の影響もあるのかもな)

 

色々とオーバースペックな換装形態を思い出しつつ、溜息をつく。

そんな彼に振り返りつつ、薫子は言葉を投げかける。

 

「『時雨』って作った企業ももう無いんだっけー?」

 

 

「ええ。そうらしいです。だから基本的に武装は学園経由で量産機のものを使ってます」

 

「そっかー、なら暫くはお預けだね」

 

残念そうな表情で振り返った薫子が流星に何かを手渡す。

それは待機形態となった『時雨』であった。

あっさりと告げられた言葉と先の話を脳内で反芻しつつ、彼も察する。

 

───暫くは『時雨』で戦えない。

機体そのものへの負荷を考えると無理をさせるのは良くないだろう。

部分展開も安易にしていれば致命的な欠陥になる可能性がある。

 

早めにフレームを発注し、学園内にて調整して取り付ける作業が必要だ。

待機形態での生体補助は機能しているが、展開出来ないとなれば色々と問題だろう。

 

「流石に君が専用機を展開出来ないのは危険よね。たっちゃん経由で訓練機でも貸し出して貰う?」

 

「そうするつもりです。…助かりました。黛先輩が居なかったら分からなかったかも知れません。整備科のエースは伊達じゃないですね」

 

「あはは、煽てても何も出ないよ?記者は持ちつ持たれつが基本だから、また今度に期待してるよ」

 

「…お手柔らかに頼みます」

 

顎に手を当てキラリと鋭く目を光らせる薫子。

流星は呆れた様子で周囲の道具を片付け始めた。

 

そこは出来る女子、黛薫子。

恩を売るべく、そつなく片付けを手伝う。

 

黙々と進められる片付け。

粗方デバイスやディスプレイといった電子機器を片付け終えた辺りで、流星の方から彼女に振り返った。

 

 

───そう言えば───と思い出したように口を開く。

 

 

「以前、楯無と遠慮なく言い合える人は貴重──みたいに言ってましたけど、他に誰か居なかったんですか?」

 

 

手元でコードを回収しつつ尋ねる流星を前に、工具を集めていた薫子の手はピタリと止まった。

一瞬の静止に首を傾げる流星だが、薫子はすぐにニヤついて彼に切り返す。

 

 

「それは…たっちゃんの事が気になるのかな〜?」

「違います」

 

キッパリと否定する流星。

背景にNOと文字が浮かぶ程の即答であったが、薫子はニヤついたまま。

 

「流星くんって、たっちゃんの事になると意地になるよね」

 

「………どういう意味ですか」

 

訝しむような視線を流星は薫子に向ける。

薫子の方は片手をヒラヒラさせ、彼を宥める。

 

そして、急に真剣な表情に戻り質問への回答を口にした。

 

 

「気にしない気にしない。──そうだね、一人居たんだよ(・・・・・)

 

「───」

 

彼女の発言に流星の手もピタリと止まる。

薫子は逆に作業を再開しながら彼に背を向ける。

手を動かしながら淡々と事実だけを口にしていた。

 

「正確にはライバルみたいな人が居たの。成績も優秀で運動も出来て、IS操縦技術も優秀なね」

 

「黛先輩は違うんですか?」

 

流星の疑問に薫子は人差し指を立てくるくると回す。

随分直球だなぁ、と軽く呟きつつ続ける。

 

「私は確かに親友だと思うけど、そういうのと違うかな。たっちゃんのお家の事とかはよく把握してないし」

 

「──その人は楯無の家の事を知っていたんですか?」

 

「そうみたい。その人も特別な家系出身らしいんだけど、学校辞めちゃったみたいだし、もう確かめようがないかなぁ」

 

薫子はそう言いながら、懐かしむように遠くを見る。

他人事のように呟く薫子だが、様子からして彼女もそこそこ交流があったらしい。

少年からは薫子の表情が見えない。

 

 

 

「……それ、俺に言って良かったんですか?」

 

「聞きたがったのは流星君だよ。伝えてた方が良い気がしたからね」

 

「……」

 

沈黙も一瞬。

不審がる流星に薫子は笑顔で振り向く。

 

 

「───と・こ・ろ・で!」

 

 

彼女は彼の肩を強く叩きつつ、先までと一転した様子で詰め寄る。

いつの間にかメモ帳とペンを片手に用意していた。

 

 

「臨海学校から一部女子と仲が良いって噂だけど、詳しく聞かせてもらっていいかな!」

 

 

「──やっぱそういうの企んでやがったな、畜生っ」

 

 

 

 

 

 

そうして、夏休みは終わり二学期に入る。

始業式も無事に終え、二学期2日目のこと。

 

 

「だ〜れだ♪」

 

「!?」

 

背後から女子の声が聞こえた。

視界が突如暗くなり、顔に指が触れる。

不意の目隠しにもだが、急に現れた気配に思わず一夏は驚いた。

 

彼の驚きも無理はない。

場所は男子更衣室──朝練もとい模擬戦を終え、着替えに来たところである。

真面目に考えたが思い当たる人物は居ない。

 

 

「えっ、だ、誰だ!?」

 

「ほらほら、ちゃんと考えてよ」

 

「えーっと…」

 

「はい時間切れ。アハっ、引っかかった」

 

目を覆っていた指が離れ、一夏は振り返る。

彼の頬に畳まれた扇子が当たる。

振り向いた時に人差し指で頬をつつくイタズラだ。

 

頬をつつかれながらも一夏は背後の人物の顔を見る。

水色の髪──4組の更識簪が一瞬彼の脳裏でチラつくが、容姿も声も何より行動からしても別人だ。

髪色も彼女に比べて薄く、毛先がほんのり赤みがかっている。

胸元のネクタイは黄色──つまりは2年生だろう。

 

「誰…?いや、貴方は…前に会ったことあるような───」

 

彼は首を傾げながら困惑を隠せず、呟く。

対して水色の少女は彼に背を向けて歩き出していた。

 

「ほらほら、君も急がないと織斑先生に怒られるよ〜?」

 

からかう様な、悪戯好きな笑みを浮かべた少女の視線は近くの時計へ。

表示された時刻を目の当たりにして、一夏は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 

「───あぁあっ!?マズイ!?」

 

顔が真っ青になり、冷や汗が出る。

時刻からして今すぐ更衣室から出てギリギリだ。

しかし、未だ彼はISスーツのまま。

遅刻の2文字が脳裏に浮かぶ。

 

一夏は慌てて着替え始めた。

 

 

 

 

 

急いだ所で現実は非情である。

 

 

 

 

鳴り響くチャイムの中、肩で息をする彼を出迎えたのは実の姉であった。

 

「ほう、遅刻するとはいい度胸だな」

 

「いや、その、あのですね。見知ぬ女生徒が──」

 

「そうか。お前は初対面の女子との会話を優先して授業に遅れたのか」

 

「ち、違います」

 

一夏の言おうとした事を読んだ上で千冬はそう告げた。

有無を言わせぬ迫力。

出席簿を警戒して一夏は1歩後ずさる。

 

 

──ふと彼の視界に呆れた様相の少年が映った。

流星を見て何か思いだしたのか、一夏は意識はそちらに向けられる。

あっ、と一夏の口蓋から声が漏れる。

 

「思い出した!そういや以前流星と居た人だ!」

 

「あのさ、俺巻き込むのやめてくれない?」

 

周囲の視線が流星に向けられる。

見知らぬ女生徒の存在を聞き、心中穏やかではない1組内の代表候補生達───彼女らの目は据わっていた。

 

「(ねぇ、心当たりはあるの?)」

 

「(今の情報だけ分かるならエスパーだ。…ない訳ではないけど)」

 

小声で囁くように尋ねてくる清香。

代表候補生達とはまた違う理由で彼女も興味を持っていた。

 

千冬は溜息をついた。

 

「織斑、話はそこまでか?」

 

千冬は視線を一夏から座席の方へ向ける。

 

「デュノア。高速切替(ラピッド・スイッチ)の実演をしろ」

 

実質的一夏への宣告が下る。

サーっと彼の顔から血の気が引く。

指名されたシャルロットは彼の前に出る。

 

「あ、あのシャルロット?」

「何かな?織斑くん(・・・・)

 

あ、これ終わった──彼の内心を代弁するならそれに尽きるだろう。

疾風の再誕(ラファール・リヴァイブ)を展開し、ニッコリと笑顔を浮かべるシャルロット。

 

 

 

一夏の絶叫が教室に響き渡った。

 

 

 

 

 

「それで、あれは誰なんだ?」

 

授業も終わり放課後。

至る所煤けた汚れが目立つ一夏は廊下を歩きながら、隣の少年にそう問いかけた。

今朝に出会った少女──それについて改めて聞こうとしている。

 

放課後になるまで聞けなかったのは単に流星が面倒を避けて答えようとしなかったからだ。

周りの代表候補生達を刺激しまいという意図もある。

 

2人は放課後の練習の為にアリーナに向かっていた。

 

「水色の髪の2年生ね。あー、ハイハイ」

 

「何で呆れてるんだ?」

 

「この学園で知らない人の方が少ない人間だからな」

 

「え?有名なのか?」

 

「始業式に出て無かったのか?」

 

「始業式…。出てたぞ、出てたけど覚えてるもんか?普通」

 

一夏は腕を組んで考えつつ、始業式の光景を思い出そうとする。

ぼんやりと誰か生徒が前で話していた記憶はある。

しかし、欠伸をしながら話の大半を聞き逃していた為、顔までは思い出せなかった。

 

「でも皆の前で話すって、なんか凄い人なのか?成績首席とか?」

 

「あながち間違いでも無いな。大体何でも出来るし」

 

「へー、なんか人懐っこい猫みたいなイメージだったけど意外だ」

 

「…」

 

「───流星、今凄い顔してるぞ」

 

ギョッとするオレンジ髪の少年に一夏は指摘する。

猫という一夏の言葉に引き摺られ、不意に猫のコスプレをした少女が流星の脳裏を過ぎる。

 

彼の趣味や妄想──という訳ではない。

以前、彼をからかう為に少女自らが自室で着ていた過去があったからだ。

頭を抑えながら流星はそれを振り払う。

首を傾げている一夏を横目で見ると、彼は再度口を開いた。

 

「気にしないでくれ。まず名前からだな。名前は───」

 

彼の説明が始まる。

だがその言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

 

目の前に歩み寄ってくる人影。

2人は正面へ視線を戻す。

そこに居た少女は、勢いよくパシリと扇子を閉じ彼の言葉から続けた。

 

 

「──更識楯無。この学園の生徒会長よ」

 

 

水色の少女──もとい楯無を見た一夏はぽかんと口を開いている。

噂をすればなんとやら。

まさかこのタイミングで再開するのが意外だったのだろう。

 

「生徒会長…?あっ!確か前に流星が悪口言って連れて行かれた時の───!」

 

「思い出さなくていいんだよ、そこは」

 

手のひらを拳で叩いて納得する一夏。

隣の少年は彼をジト目で睨む。

 

楯無は笑顔で一夏に近付き、観察するように彼を見ていた。

何気なくではあったものの気取らせない動き。

一夏は驚き、身体を仰け反らせる。

 

 

「ふむふむ、成程ね〜。休み中もちゃんと鍛錬してたみたいね」

 

「分かるんですか?」

 

「当然よ。だって私は生徒会長だもの」

 

「??」

 

一夏は意味が分からないと言った顔。

いまいち生徒会長である事と、見抜いた事の繋がりが見えない。

 

「ふふ、理由が分からないって顔ね」

 

纏った雰囲気も独特だ。

堂々とした佇まいの癖にお淑やか。

窓から射し込む午後の陽光が彼女の水色の髪を明るく照らしている。

歳は1つ違うだけだというのに、凛々しい大人の女性らしさも感じる。

だが、笑顔は少女のもの───それが何とも形容し難い。

 

「っ!」

 

「覚悟っ!!!」

 

不意に大きな声と共に彼の背後から飛び出す影。

思わずビクリと肩を上下する一夏の体は隣に引き寄せられていた。

隣の少年が彼の襟を掴んで無造作に引き寄せたからだ。

 

少年の足下に尻もちをつくように一夏は倒れ込む。

そうして状況を飲み込むよりも早く、一夏は一連の流れを目撃する。

 

飛びかかった道着の少女を、楯無は殆ど動くこと無く受け流していた。

仕掛けた少女の動きもそれなりのもの。

素早く正確な一撃は標的を捉えず。

 

───楯無の背後には更にもう1人の影。

今度は竹刀を持った剣道着の少女。

 

「覚えておくと良いわ。一夏くん」

 

「ちょっ!?危な───」

 

仕掛ける2人の少女に目もくれず、楯無は彼に告げる。

 

 

「IS学園の生徒会長はね、ある一つのことを意味するの」

 

 

背後からの蹴りを軽く屈んで避け、彼女は身体を反転させた。

回避と同時に仕掛けてきた楯無に驚く空手少女。

楯無は少女の襟を掴むとそのまま綺麗に投げ技を決めた。

勿論、力加減も完璧であるがそれは余談である。

 

 

「全ての生徒の長たる者───最強であれ」

 

 

続く竹刀に対しては、先端スレスレで躱してみせ懐に潜り込む。

そのまま手を取る──少女は一人でに床に転がっていった。

 

いつの間にか楯無の手には剣道少女が握っていた竹刀がある。

 

ポカンと開いた口が塞がらない一夏。

そのリアクションを見てご満悦なのか、笑顔で楯無は頷く。

 

そのまま楯無は何かを察知したのか、隣の少年に竹刀を投げた。

 

「あ、流星くんこれあげる」

 

「覚えとけよ」

 

忌々しそうに流星は竹刀を手に取る。

 

振り返ると同時に竹刀が軋む音が聞こえた。

叩き込まれる数発の拳を彼は竹刀で受けきる。

襲いかかって来たのはボクシンググローブを嵌めた少女。

 

追撃より先に彼に足を払われ、無理やりカウンターに放った拳はアッサリ回避される。

コツンと額を竹刀で小突かれ、彼女は意識を手放す。

 

瞬く間に起きた出来事に一夏は言葉が出なかった。

 

襲撃者は4名(・・)

流星に竹刀を渡した直後の一瞬で、楯無は最後の1人を迎撃していた。

 

 

「立てる?一夏くん」

 

「は、はい。今のは?」

 

「大方、学園祭で勝ち目が無いから私を倒して報酬を操作しようって魂胆かな?」

 

「報酬?操作?」

 

「アハハ、気にしなくても大丈夫よ?その内発表するから」

 

只者ではない。

一夏は楯無の足運びを思い返しながら、彼女の手を取る。

楯無は扇子を開いていた。

扇子には最強と書かれている。

疑問だらけでどこから聞いていいか分からない中、彼は思っていた事を捻り出した。

 

 

「それで、その生徒会長が俺に何の用ですか?」

 

「固いな〜。楯無さんでも良いわよ?」

 

おちゃらけた様子の彼女だが、態度も作ったものとは感じない。

警戒する程の実力者なのだろうが、不思議とそんな気は湧かなかった。

後にそれが彼女の人たらし故の特徴であると思い知る事になる。

 

「率直に言うとね。君のコーチをしようと思ってきたの」

 

「悪いですけど、コーチなら間に合ってます。───どうして突然そんなことを…?」

 

「そんなの簡単だよ。君が弱いから」

 

ムッと一夏の顔が不満に染まる。

楯無は乗ってきた、と内心でガッツポーズ。

透けて見えるのか流星は壁に背を預け、気だるそうに見守っていた。

 

「それなりに弱くも、ないつもりです」

 

「弱いよ。滅茶苦茶弱い。私が流星くんのコーチ放っぽり出して、君を鍛えようとする位には弱い」

 

声色は先よりも重く鋭い。

挑発だと分かっているが、一夏は流す事も出来なかった。

簡単な話、彼も男として引けないものがある。

 

「お断りします」

 

「未熟なのに頑固ね。弱いままでいいのかしら?」

 

「未熟なのは認めます。けど、だからって会ったばかりの人に弱いって言われて『はいそうです』は違うと思うんです」

 

一夏は思った事をそのまま吐露した。

弱さの自覚は当然。

言葉の裏には自身の弱さ故に仲間が傷付いてしまった臨海学校の存在があった。

複雑な思いが混じる彼の言葉を受け、楯無は目を丸めた。

すぐに口元を隠すように扇子を開く。

 

「ふふ、それなら良いわ。勝負しましょう」

 

「勝負?」

 

「そ。互いが勝った方の言う事を聞く。簡単で良いでしょう?」

 

扇子には『必勝』と書かれていた。

舐められていると理解した一夏の表情は険しいものになる。

 

 

「分かりました。それでいいです」

 

 

───彼は勝負に乗ることにした。

 

 

 

一緒に居た少年も連れ、場は柔道場へと移る。

素早く着替えも済ませ、互いに柔道着で向かいあっていた。

 

少年は面倒臭そうに端で壁にもたれかかっている。

 

なぜこの場所にこの格好なのか、は少年も大方予想がついていた。

楯無の挑発的な指摘、獲物も何も無い生身での勝負。

 

目的は純粋な戦力差を思い知らせる為だ。

男女差も彼の練習も何も関係ない。

 

楯無は対面する一夏に向かって、口を開いた。

 

 

「ルールは簡単、一度でも私を床に倒せたら君の勝ち。逆に君が続行不能になったら私の勝ち──それでいいかな?」

 

「それは──」

 

楯無の言葉に一夏は困惑した表情を見せた。

時間制限もなく、一夏が圧倒的有利な勝利条件。

目の前の相手が強い事は分かっているが、一夏もここまで何もして来なかった訳では無い。

軍人のラウラにも生身での鍛錬はさせられたことがあり、しぶとさには自信がある。

 

勝負としてあまりにも成り立っていないと感じる一夏を前に、楯無は鼻で笑う事すらしない。

 

 

「大丈夫。私が勝つから」

 

冷たく静かに言い放った言葉に、一夏のスイッチが切り替わった。

何がなんでも勝つ。

細かい思考はよそに、彼はジリジリと距離を詰め出した。

 

基本的にはすり足。

一歩一歩を慎重に進める。

相手の挙動に意識を置く───こちらは相手を床に倒すだけで良い、下手に欲張るのは避けろ─────!

 

(意外と、悪くない。今年から鍛錬し始めたにしては出来過ぎな位かな?)

 

楯無は一夏の姿勢や近寄り方を観察しながら、胸中呟く。

 

間合い管理や体幹等未熟な部分を挙げ出せばキリがない。

しかし、あくまで半年前まではただ普通に過ごして来た少年である点を考慮するなら、感動すら覚える成長だ。

 

(けど、それ止まりね)

 

二人の間合いが詰まる。

仕掛けたのは一夏、楯無はギリギリまで一夏の行動を吟味する。

 

彼女の襟を掴まんと一夏は大きく踏み込んだ。

楯無が誘うように微かに重心をずらした瞬間を狙っている。

 

楯無は彼の土壇場で見せるポテンシャルの高さも知っている。

真っ当な動機も。

その上で楯無は辛い評価を下した。

 

「一夏くん、そんなのじゃ掴まえることすら出来ないわよ?」

 

「っ!?」

 

楯無の声と共に視界が反転するのを一夏は理解した。

一瞬の浮遊感と見慣れない光景。

遅れてやってくる衝撃に投げられたと彼は知覚した。

 

 

──反射的に受け身だけ成立している。

辛うじて、という言葉が入るが何も無く床に叩きつけられるよりは遥かにマシだ。

とはいえ、衝撃が勢いに反して少ない。

手加減された上でこれだと、彼は理解した。

 

「どうする?まだ続ける?」

 

楯無は追撃せず、倒れた彼を前に一歩引いて立っている。

 

「当然っ!」

 

すぐに起き上がり、一夏は構えた。

 

そのまま仕掛けようと相手を見る。

だが、起き上がった一夏は思わず動きを止めた。

 

 

先まで見えた欠片の隙も見当たらない。

 

 

「来ないの?──じゃあこっちから行くわね」

 

 

キョトンとした顔で首を傾げる楯無。

一夏の状況を理解しているのか、小悪魔的な笑みだけ浮かべ彼女は動き出した────。

 

 

 

十数分経過した。

 

 

唯一の観客である少年の目に映るのは、何とか身体を起こしている一夏とそれを待つように眺めている楯無の姿。

 

 

結果は分かりきったものであった。

 

 

「くそっ」

 

一夏はふらつきつつも、膝を抑えながら立ち上がる。

何度投げられたか、もうわからない。

ふらつく足下。

加減されているとはいえ、休みなくダメージが蓄積すれば当然こうなる。

 

──身体が重い。

楯無に向かっていくのも、躱そうと避けるのも全力だ。

息も切らしていた。

 

「どう?降参する気になった?」

 

見上げるように自身を見ている一夏に楯無は問いかける。

彼女の息が乱れていないのはもちろんとして、衣服の乱れすら見られなかった。

『学園最強』──その言葉が一夏の脳裏に浮かぶ。

 

痛感せざるを得ない。

自身のよく知る代表候補生達ではここまで差を見せ付けられる事は無いだろう。

 

「まだまだ!」

 

「うん。頑張る男の子は好きよ?」

 

ふらつく身体を気合いだけで起こす。

勝利は現実的ではない。

あれ程有利な条件でもそう感じる位には楯無は強い。

 

だからといって引く事はしない。

今出来るだけのものを出し切って勝ちを取りにいくだけ────。

 

「!」

 

渾身の踏み込みに楯無は目を丸めた。

窮地の彼が見せるただならぬ集中。

瞬発的なものであるが、目を見張るものがそこにはある。

 

(これは、鍛えがいがありそうね)

 

思わず手癖で扇子を開きたくなる。

もしここで扇子を持っていたならば『有望』と書かれていただろう。

 

拙さはひとまず。

掴みかかった一夏に対して、楯無は笑みを浮かべたまま何もしなかった。

 

 

(好機(チャンス)!)

 

 

一夏の手が楯無の襟を掴む。

これだけの数投げられて初めて楯無に触れた。

逃せば後はないと一夏は力を入れ──────

 

 

 

「あら?」

 

 

「ぶっ!?」

 

 

肌色が大きく視界に映った。

綺麗な肌色──そして白の布。

さらけ出された豊満なものに一夏の集中力は弾け飛ぶ。

はだけた道着、そこから顔をのぞかせるのは水色の少女の──。

 

 

「うわあぁっ!?」

 

「きゃあ!一夏くんのエッチ!」

 

わざとらしい悲鳴をあげながら楯無はうずくまる。

顔を真っ赤にしながら一夏は飛び退いた。

疲弊した身体からは想像も出来ない瞬発力である。

 

見慣れた(・・・・)観客の少年なら、一連の流れから全て演技だと分かる。

 

しかし、楯無の迫真の演技を前には大抵の者は違和感すら覚えない。

 

やってしまったと焦る一夏を前に楯無はフラリと立ち上がる。

 

 

───補足するなら、楯無としても下着までは見せる気は無かった。

 

 

「ふふ、ふふふ。ねぇ、一夏くん」

 

 

普段からからかう為に際どい格好をしたりもするが、不意に見られるのは何か違う。

見られた、確実にあの少年にも見られた──モヤモヤしたものは隠せず。

 

微かに黒いものを纏いながら、楯無は握り拳を作った。

 

 

「──おねーさんの下着姿は高いわよ?」

 

 

一夏の弁明を待たず水色の少女は動き出す。

───本日二度目となる一夏の悲鳴が辺りに響き渡った。

 

 

 

「さて」

 

 

崩れ落ちる少年。

少女はその横でニッコリと笑顔で振り返る。

もう1人の少年は苦虫を噛み潰したよう。

少女は微かに首を傾けながら、静かな調子で口を開いた。

 

 

 

「見たわよね?」

 

「何をだ?」

 

「見 た わ よ ね ?」

 

「…………」

 

有無を言わさぬ迫力で飛びかかる水色の影。

 

───この後、柔道場で激戦が繰り広げられたとか、られなかったとか。

 

 

 

 

 



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-51-

柔道場でのやり取りから1時間。

日が傾き始めた頃、アリーナで蒼の機体が水色の少女に詰め寄っていた。

操縦者はその金髪を揺らしつつ、納得がいかない様子で斜め後方を指さす。

 

「か、簪さん!?あれは一体どういうことですの!?」

 

詰め寄られた少女───もといISスーツ姿の簪は勢いに負け引き攣った表情を浮かべた。

セシリアの指さす方には一夏と楯無がいる。

 

迫力満点のセシリアを前に何とか言葉を吐き出した。

 

「た、確か勝負に負けたからコーチしてもらう事になったって…」

 

「そ、それは分かっていますわ!問題はそちらではなく───」

 

「落ち着いてセシリアさん…」

 

簪は苦笑いを浮かべながら、彼女を宥めように努める。

ただ、押しかけるのはセシリアだけではない。

同様に簪の前に詰め寄る3つの影があった。

 

「か、簪。あの人はお前の姉なのだろう?これは一体どういう事なのだ!?」

 

「コーチするって言うのは分かるけど、あんなにベタベタしてるのはおかしいよ!」

 

「嫁も嫁だ。夫以外にデレデレと鼻の下を伸ばすとは………!」

 

それぞれ怒りや不満を露わにする少女達。

 

それもその筈。

 

いつもの調子で一夏を待っていれば、彼と共に現れたのは生徒会長(更識楯無)

彼のコーチを楯無がする事になった────と告げられ、抗議する隙もなく練習は始まる。

ここまではまだいい、納得はしていないが。

 

 

彼女らの一番の不満は楯無の行動にあった。

セシリアとシャルロットが円状制御飛翔(サークル・ロンド)を実演している最中に一夏の耳に息を吹き掛ける程くっつく。

また説明中に少し位置の高いところに座り、足を組みかえて見えそうで見えない事でからかったり。

 

練習内容こそしっかりしたもの。

効率もよく、短時間でやるべき事をしっかり分からせている。

 

それとは別に───彼女の一夏をからかう行動には彼女達も気が気でないらしい。

 

 

「あんた達、落ち着きなさいよ。簪が怯えちゃってるじゃない」

 

「り、鈴…!」

 

呆れた様子でやってきた鈴の後ろに簪は移動する。

箒はハッとなるとコホンと咳払いをし、2人に向き直る。

 

「たしかに少し取り乱し過ぎたか…。しかし、鈴も気持ちは分かるだろう?」

 

「まーね。でもあの人って普段からあんな感じらしいから慣れた方がいいかもね」

 

「心が休まらないね…それ」

 

苦笑いを浮かべるシャルロット。

彼女達の不安は大きくなるばかりだ。

 

楯無は彼女達から見ても才色兼備を絵にしたような少女である。

腕も立ち、歳上。

たった1時間程の付き合いとはいえ、愛嬌も溢れており非の打ち所がないのは思い知らされていた。

 

一夏が歳上好きなのではないか──その疑惑も不安を助長する。

 

「えっと…お姉ちゃんが迷惑かけてごめんね?」

 

「別にそういう訳ではありませんのよ?何と言うかその────」

 

「簪、実際どうなんだ?お前の姉は嫁のことが好きなのか?」

 

申し訳なさそうにする簪にセシリアは慌てて弁明する。

そんな中思っていた事をラウラはストレートに投げた。

一同の視線が簪に集まる。

鈴としても気にはなるらしい。

 

 

「お姉ちゃんからそういう話は聞かないけど、見た感じだと純粋にリアクションを楽しんでるみたい」

 

会話をよそに、2人の少年による円状制御飛翔(サークル・ロンド)が始まっている。

もう1人の少年が使用しているISは『打鉄』。

学園から暫くは彼の専用機扱いで貸し出されていた。

アサルトライフル『焔備』を手に、一夏と円を描きながら射撃と回避を行っている。

一夏の方はシャルロットから借りたスナイパーライフルを手に訓練に臨んでいる。

 

一夏の荷電粒子砲は連射が効かず、性質としてはスナイパーライフルのそれに近い。

しかし一夏の射撃能力は低く、近接で当てる用途が主になる。

故の射撃型の訓練。

 

白式についている雪麗を使わないのは、エネルギー効率面で練習に向かないからだ。

 

 

少女達はそれを休憩ついでに見守る。

 

 

「それに、お姉ちゃんはどっちかと言うと多分────」

 

「多分──?」

 

「──やっぱり何でもない。気の所為かも。お姉ちゃん、ああ見えて独占欲強いし。………とりあえず、織斑くんが好きとかはないと思う」

 

簪の言葉に鈴は微かに目を細める。

反して他の4人は安堵の息を漏らしていた。

この場は少し落ち着いたと見ていいだろう。

簪は安心して鈴の背後から前に出る。

 

 

「かーんざーしちゃん!」

 

「ひゃ!?おおお姉ちゃん!」

 

背後から突然抱き締められ、簪はビクリと肩を上下する。

鈴やセシリアといった近くにいた者もまた、楯無が現れた事に驚きを隠せずにいる。

 

「何々?皆私を見てどうしたの?おねーさんひょっとして人気者?」

 

「ある意味、ね」

 

「やっほー鈴ちゃんも少しぶりね」

 

「気配も無く寄って来ないでよ。簪だけじゃなくこっちの心臓にも悪いから」

 

「じゃないと簪ちゃんにこうやって抱きつけないでしょ?」

 

「はぁ」

 

セシリアの視線が隣の鈴へ移る。

『知り合いでしたの──?』という問い掛けを含んだそれに鈴は『まあね』と視線で返す。

全員楯無の顔と名前は知っていた。

IS学園生徒会長であり、ロシアの国家代表IS操縦者。

代表候補生とはまた一線を画した存在である。

 

 

「それで何話してたの?私も混ぜて欲しいな〜」

 

始業式の際のきっちりしたイメージとは相反して、人懐っこく話し掛けやすい雰囲気だ。

一夏をからかうときの妖艶さも何処へやら。

呆気に取られるセシリア、箒、シャルロット。

 

ラウラは、彼女の生身での実力も垣間見たせいか納得がいかない様子である。

 

 

「お、お姉ちゃん?恥ずかしいから離れて…」

 

「えー」

 

「えー、じゃない」

 

「──ちぇっ、ならりーんちゃんっ!」

 

と、楯無はいじけつつも勢いよく鈴に抱き着く。

呆れてジト目の簪とノリについていけない周囲は置いて、鈴は突然の事に声をあげる。

 

「ちょぉおっと!?何でこっちに来てるわけ!?」

 

「えーっと、見た目が妹っぽいから?」

 

「その理由によっては龍咆食らわすわよ!?」

 

楯無の視線と人形の様な扱いに耐えきれなかったのか、怒声を上げながら鈴は楯無を引き剥がす。

苦戦したようでぜぇぜぇと息を切らしながら、楯無を睨み付けていた。

全身の毛を逆立てて怒る猫を周囲は連想する。

 

 

「というか、大丈夫なんですか?更識先輩」

 

「ん?何が?」

 

「いや、アレ───」

 

シャルロットが指さす先を皆が見る。

キョトンとしたままの楯無はそちらを見ることもなく、納得したように反応を示した。

 

「ああ、そうね。思ったより持ったんじゃないかしら」

 

 

 

「────くっそぉおおおおおおっ!?」

 

 

彼女の言葉と共に叫び声が聞こえた。

悲鳴ともとれるそれを上げながら、白い機体がアリーナの壁に叩き付けられる。

 

「「「「一夏 (さん)!?」」」」

 

轟音。

 

舞い上がる砂埃と壁の破片はパラパラと周囲に降り注ぐ。

とはいえ楯無達までは距離があり、降り注ぐのは白い機体の周辺だけに留まっていた。

 

 

「痛つつ…くっそー、ここまで難しいものなのか…」

 

一夏は身体を起こしながら呟く。

心配し駆け寄る面々。

──へぇ、と楯無は一夏の様子を観察し感嘆の声を漏らす。

制御を誤り、姿勢を崩して墜落はしたものの被害は最小。

スラスター部や腕の荷電粒子砲、ライフルといった武器、それらの損傷しては支障が出る部分を庇っている。

 

 

「───気を抜くなって言ったろ、一夏」

 

 

溜息をつきながら降りてくるもう一機。

銀灰色の機体に身を包んだ流星は『焔備』を量子化する。

 

PIC制御に加えて射撃と回避に気を配らないといけない訓練。

+楯無からの要望により瞬時加速(イグニッション・ブースト)も織り交ぜている。

 

高度な操作技術が求められ、射撃に不慣れな一夏は難易度が上乗せ状態。

特に旋回軌道から直線軌道への切り替えは非常にシビアである。

 

心配で見に来た少女達に大丈夫だと伝えると、一夏は流星の方まで歩いていく。

先に楯無に言われたコツや内容、目的は頭に入っている。

後はひたすら練習あるのみだ。

 

「くそ、もう一回だ。っていうか流星はなんで『打鉄』でこれが出来るんだよ」

 

「そりゃあ何度も堕ちたからな」

 

『時雨』でだったけど、と少年は付け加える。

一夏は落下地点へ視線をやった。

 

「今の俺みたいに?」

 

「いんや、もっと酷かったな。受け身もままならなかったし、クレーターも何個出来たか…………果ては『黒時雨』でさせられた事もある」

 

「それ大丈夫……だったんだよな?」

 

「ああ、身体がバラバラになる夢を見ただけだな」

 

はははと渇いた笑みと共に流星は遠くを見る。

その虚ろな瞳を見て少し未来の自分がどういう目に遭うか、一夏は何となく分かってしまった。

 

補足として、当時の流星と今の流星の操縦技術には相当な差がある。

つまり、今の一夏よりも拙い頃の経験談。

 

────最も、だからと言って一夏が地獄を見ない訳では無い。

後日、楯無がそれを織り込んでメニューをグレードアップさせるのは別の話。

 

 

「はーい、無駄話はそこまで。──最後の方、重心が左に寄り過ぎよ一夏くん。少しでもズレてると、円周軌道を重ねた時にこうやって制御不能にまで陥るから覚えててね。それと立て直しの際は冷静にズレを知覚して、バランスを取ること。その際大きな動きは禁物だからね」

 

「はい!」

 

「いい返事ね。よし、始め!」

 

あれでちゃんと見てたのか、と楯無に対し目を丸める少女達。

それでいて指導内容も的確だ。

驚いていないのは簪だけであった。

 

練習を再開する二人。

 

1つでも何か得ようと、白い機体は全神経を集中させて練習に臨む。

 

 

「うんうん、良い感じね」

 

見上げながら楯無は扇子で口元を覆う。

彼の状態を見て、彼女は思惑通りとでも言いたげである。

 

「それで、この後はどうするんですか?更識先輩」

 

同様に視線を上空に向けながらシャルロットは呟く。

彼に必要なものを選び取り、ひたすら身体に叩き込む───本人の飲み込みも早い方でありやる気も万全───となれば多少なりとも身に付いていくはずだ。

 

見た様子だと彼の体力も限界に近い。

楯無との戦闘、基礎の反復練習、そして円状制御飛翔(サークル・ロンド)とずっと続けている。

今日はこれで切り上げるのかな?なんて思考を裏切るように、楯無は小悪魔的な笑みを浮かべてこう告げた。

 

「この後?勿論、模擬戦をして貰うわ」

 

初めての円状制御飛翔(サークル・ロンド)時、どのような疲労感襲われたかはよく覚えている。

筋肉や体力だけでなく、感覚まで酷使するのだ。

 

代表候補生達の口が引き攣る。

彼女らがどれ程の努力をして来たかは今更語るまでもない。

その上での彼女達の反応が一夏の苦難の度合いを表している。

 

 

「貴方達が自主的に始めた『不利な状況下での戦闘訓練』──結構いいと思うの。でもね、理不尽が足りない。───生身での負傷から想定しなさい。スラスターの破損は勿論、片腕が使えない状況、その上での多対1……一撃で撃墜される程のエネルギー残量……まだまだシミュレート出来るわね。一夏くんのこれからの模擬戦にはもっと盛り込んでいくわ」

 

「そ、それは───無茶苦茶ですわ!?(わたくし)達でもかなり──」

 

と、思わずセシリアは声をあげた。

彼女のやろうとしている事は、下手すると織斑一夏を壊す事になりかねないと思ったからだ。

 

 

「心配要らないわ。これに関しては彼も了承したから」

 

「え───」

 

声を発したのは誰だったか。

 

唖然とする一同、その視線の先には奮闘する一夏の姿があった。

 

 

 

 

 

そうして────案の定、彼は地獄を見た。

世の中はそう甘くない。

如何に現状を変えようと決心していても、根性だけではどうにもならない。

 

練習の後の惨状は分かりきったものだった。

───なんか最近、吐いてばっかな気がする。

夏休みの初日を思い返しつつ、懐かしさすら覚える。

正確には今朝の事すら数日前の感覚だ。

 

 

「う…気持ち悪い…」

 

「…吐くなよ。一旦どこかで休むか?」

 

「いや、いい……動けなくなりそうだし…」

 

フラフラと寮の廊下を歩く2つの影。

IS学園に2人しかいない少年達である。

 

一夏は肩を借りた状態で息も絶え絶えといった様子。

顔には今にも死にそうな悲壮感すら見られた。

 

日は暮れており、夕飯の時間もとうに過ぎている。

 

流石に無理をしすぎたらしい。

夕食を食べ終えるのに、かなり時間を掛ける事になった。

本心を言うと食べる元気すら無かったのだが、食べない方が不味いと半ば無理やり乗り切った。

そうして心配する少女達をからげんきで見送り、力尽きた───のが先刻の事である。

 

 

「悪い…流星」

 

「誠意は物で返してもらうさ」

 

ニヒルな笑みを浮かべるオレンジ髪の少年に一夏は半目で内容を理解する。

特に悪意も何も無く、思った事がそのまま口から漏れ出ていた。

 

 

「アイスか…お前わっかりやすいよなぁ……」

 

 

「───おっと、こんな事してる場合じゃ無かった」

 

「ちょっと待ってくれ!洒落にならないから…!今ここで投げ捨てられたら再起不能になる!」

 

するりと貸していた肩をずらし、一夏をその場に捨てようとする流星。

一夏は何とか彼の服の端を掴んで倒れまいとしていた。

とはいっても握力すら限界。

 

ずり落ちるように高度が下がる一夏に、ヤレヤレと流星は再度肩を貸す。

彼の状態に流星は独りため息をついた。

 

「夏休みから随分鍛錬してるみたいだけど、あんま無茶は良くないからな。『白式』の生体再生があるといっても───だ」

 

「…そう、だな」

 

「ラウラの時みたいな切羽詰まった感じじゃないからいいけど、一体どうしたんだよ?」

 

思えば夏休み辺りから彼は鍛錬への姿勢が一変した。

元々不真面目な訳でも無かったのだが、常に有事を意識したような緊張感だけが仄かに付きまとうようになっている。

 

その変化への疑問を特に考えもせずに流星は口にしていた。

───否、察しは付いている。

 

一方で一夏は愛想笑いを浮かべながら、遠くを見て呟く。

 

 

「お前にさ、勝ちたいんだ。俺」

 

「は?なんだよ、突然」

 

突拍子もない一夏の言葉に流星は困惑を露わにする。

 

「前にも言ったけど、俺は皆を守りたい。千冬姉みたいに誰かを背負って立てる人間になりたいんだ」

 

「………」

 

「だからさ、お前に勝ちたい」

 

「どうしてそうなるんだ」

 

「そりゃあ好敵手(ライバル)だって決めたし。──それに」

 

一夏は笑いかける。

多少気恥ずかしそうな面も見せながら、前を向いて意志を口にした。

 

「『皆』にはお前も入ってるからだよ」

 

「────」

 

今度こそ流星の思考は一瞬止まりかけた。

その目は本気だった。

理解の全く及ばない彼の感性に少年は返す言葉を暫し失っている。

 

 

 

「必要ない」

 

「…え?」

 

──その必要はない、そんな価値はない、そんな上等な人間ではない。

罪の意識とは違う自己評価。

先よりも強い語気で彼は一夏へ言葉を返した。

 

「オレは人でなしだ。目の前で子供が死にそうな目にあっても──そもそも『見捨てる』って感覚すらない程、ヒドいやつなんだ」

 

「、………………知ってる」

 

咄嗟に否定しようとして。

その行動の軽率さを理解した一夏は静かに肯定した。

その様子を眺めながら流星は胸中で溜息をつく。

 

「だから、お前がやれ。オレはいいから他を護れ」

 

「──!──ああ!」

 

力強く頷く一夏。

 

最も、と隣の流星は意地の悪い笑みを浮かべていた。

いつもの調子に戻っている。

 

 

「今のままじゃおんぶにだっこもいい所だけどな」

 

 

「ぐっ、耳が痛い」

 

 

指摘に対し苦虫を噛み潰したようになる一夏。

先までの一瞬の緊張感も完全に消え、雑談に移る。

 

 

 

───気付けば、一夏の部屋のすぐ手前まで帰ってきていた。

 

 

「ありがとう、もう1人で立てる──」

 

「ったく、明日からはしないからな」

 

「はは、気を付けるよ」

 

1人でフラフラと扉まで歩く一夏。

ここで倒れる可能性もある為、流星はそれを見守っていた。

 

 

鍵をあけ、一夏はドアノブに手をかける。

 

ガチャり──とドアが開く瞬間に2人の少年は予想外の光景を目の当たりにする事になった。

 

 

 

「お帰りなさ〜い!──私にする?──私にする?────それとも──わ・た・し?」

 

 

「「…………」」

 

 

バタン───とドアが自然に閉められる。

呆気に取られる一夏を置いて、額に青筋を浮かべた少年が素早くドアを閉めたからだ。

 

「え、えーっと…何だったんだ…?」

 

「…頭が痛い」

 

状況を整理する。

 

ドアの向こうに居たのは裸エプロン姿(と思われる)更識楯無(不審者)だ。

部屋番号を2人して確認する。

1025室───間違いなく一夏の部屋だ。

──待て、やっぱり、なにも、分からない。

 

 

「はは、俺思ったよりずっと疲れてたみたいだ。楯無さんの幻覚まで見るなんてさ」

 

「おーい戻ってこい。俺も見えたんだから紛うことなき現実だ」

 

「いやいや、だって俺の部屋に居る訳無いだろ。しかもあんな格好して───」

 

と現実逃避しながら一夏は再度ドアを開ける。

勿論先の少女は幻覚などではなく、現実の出来事な訳で───。

 

「私にする??それとも───わ・た・し?」

 

「───うわぁ!?なんて格好してるんですか!何考えてるんですか!?貴方は!?」

 

裸エプロンを前に一夏は顔を真っ赤にしつつ、そう告げる。

動揺を隠せず強くなる語気に、楯無から笑顔は消え瞳を潤わせる。

ショックを受けたようにしか見えない汐らしい表情に一夏は驚く。

楯無の迫真の演技を前に、傷つけてしまったかと困惑していた。

 

「特別コーチだから…寝食を共にして波長を合わせていくの…」

 

「え、あ、その……!?」

 

エプロンの肩紐部分に彼女は手をかける。

するりと肩から腕に。

一連の仕草に一夏は思わず視線を明後日の方向へ逸らす。

 

理屈として、意味が分からない等と考える余裕も一夏にはない。

彼の後方で大きな溜息が聞こえた。

 

 

「下に水着を着てるだろ」

 

「いやん、流星くんのえっち。しっかり観察して見抜いたの?」

 

「経験則だ。つーか、マニアックな格好の変態には言われたくない」

 

「「……」」

 

笑顔で睨み合う2人。

2人共にこやかな笑みだと言うのに、背景には鬼が見える。

 

───経験則って?

深く考えないようにしよう、と一夏は逃避する。

 

置いてけぼりを喰らっていた一夏だが、何とか思考力を取り戻した。

 

 

「というか、どうして楯無さんがここに?」

 

「それは勿論、ここが私の部屋だからよ?」

 

「はい?」

 

当たり前でしょう?と言いたげな楯無に一夏の顔が固まる。

ヒクヒクと口の端だけが動き、彼の心情をしっかりと表している。

対象的に流星は納得がいったようで、不可解そうだった表情からいつもの表情に戻った。

 

理由の配分としては『体調管理や指導』が4割、『警備』が3割、『愉しそうだから』が3割と見るのが妥当か。

 

「───という訳で。今日から私がルームメイトだからよろしくね」

 

「どうしてそうなるんですか!?」

 

流星はドアから数歩離れて廊下の壁に背を預ける。

未だに抗議を続ける一夏と受け流す楯無。

 

 

ご愁傷様と胸中で独りごちる流星。

暫く(・・)は一人部屋の気楽さをまったり堪能しよう──などと考えつつ、その考えの不自然な点には気が付かない本人である。

 

 

───廊下を歩く影。

人の気配を感じ視線をそちらに向けると同時、向こうも流星に気が付いた。

流星を見つけた箒が彼の方に歩み寄る。

手には何やら箱の様なものを持っていた。

 

 

「ん?今宮か?成程、一夏を送っていたのだな」

 

「そんなとこだ。ところで一夏に用か?」

 

「ああ、この前簪にお菓子作りを教えて貰ってな。少々焼き過ぎたから分けようかと───丁度良い。簡単なクッキーだが、1つどうだ?」

 

差し出される入れ物。

クッキングシートの上に並べれたクッキーからは、ふわりと甘い匂いがしている。

バターの匂いが鼻腔を通して食欲を唆る。

 

 

「良いのか?一夏用に焼いたんだろう」

 

「そ、そうでは無い!焼き過ぎたからと言っただろう!?」

 

「なら有難く」

 

ひとつを手に取り、口に運ぶ。

サクリと本人にしか聞こえない音。

口に広がる甘みも程よい、ベタついてもおらず、またバターが多いとも感じない。

 

「美味いな。これなら一夏も喜ぶぞ」

 

「そうか!────っと、余っただけだ余ったから渡すだけだ」

 

一際明るい笑顔を箒は見せる。

その表情を一夏に見せてやればいいのになぁ、とすんでのところで流星は口に出さずに抑えた。

 

箒は男子からの太鼓判に満足したのか、小走りで部屋の方へ。

 

 

「あ゛──今はやめた方が──」

 

「ん?どうし─────て─────……………」

 

「「あ」」

 

時既に遅し。

箒の視界に映ったのは、裸エプロン(にしか見えない)楯無と服を着させようと彼女の制服を持った一夏。

理解が及ばず箒は口を半開きにしたまま固まる。

 

一夏は彼女のリアクションにより、傍から見た時の絵面を把握する。

冷や汗が吹き出るのを彼は自覚した。

時間を置いてワナワナと震える箒。

彼女からにじみ出る怒りのオーラに、一夏は弁明すらままならなかった。

 

「じょ、女子を連れ込み、あまつさえ破廉恥極まりない格好をさせる等───見損なったぞ一夏!!」

 

「ま、待て!誤解だって!?」

 

「問答無用!」

 

「うわぁ!?」

 

腕を部分展開し、雨月(あまづき)を振るう。

───ただ振るわれた瞬間に金属音が聞こえた。

 

「ここで一夏くんを亡き者にされると、おねーさん困っちゃうなー」

 

同様に部分展開した楯無により、箒の攻撃はあっさり封じられた。

一夏よりも後方にいた彼女だが、あの一瞬で前に出つつ一夏を抱えていた。

 

「なっ───」

 

思わず箒は目を丸める。

今の踏み込みも一連の動作も、達人のそれだと理解したからだ。

 

気取らせぬ生身での動き。

ISの武装で防いでこそいるが展開するまでが鮮やかだ。

完全に箒の太刀筋を読み取り、最小の力で防いだ。

 

それだけではない。

あそこから箒が仕掛けるとして───1手先すらもイメージが湧かなかったのだ。

 

二度目の驚きにより我に返る。

未だに先の動きを思い出しながら、唖然としている箒。

一方で、一夏の方へ振り返りながら学園最強は改めて宣言した。

 

 

「これから暫くよろしくね!一夏くん」

 

 

面白い玩具達を見つけたと言わんばかりの笑顔に、一夏はもう言葉が出なかった。

 

織斑一夏にとって災難だらけの日々が、始まりを告げた瞬間であった。

 

 

 

 




圧倒的な強さを垣間見せる生徒会長。
箒相手に部分展開したのは狭い通路や都壁を傷付けない為。



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-52-

本編はどこに行った



これは、二学期明け直後の休日の話である。

少年が初の一人部屋になって少し経った。

朝の鍛錬を終え、シャワーも浴び出掛ける準備も終える。

私服に着替え、部屋を出ようと扉を開けた途端───少年は思わず眉を潜めた。

 

 

「ここを通りたければ私を倒していきなさい…!」

 

 

少年の目の前に現れたのは妹狂愛者(シスコン)であった。

 

「……何事?」

 

「あら?聞こえなかったのかしら。ここを通りたくば私を倒していく事ね!」

 

何処かのドラマや漫画で有りそうな台詞を告げる楯無。

彼女の背に燃える炎を幻視してしまうのは仕方が無い事だろう。

ビシッと閉じた扇子を突き付け、彼女は流星の前に立ちはだかる。

 

「いや、簪との約束があるから退いてくれ。用件なら後で聞いてやるから」

 

「──用件はそれよ。簪ちゃんとのデートなんて私の目が黒い内は許さないわ」

 

黒い炎を纏いながら楯無は流星を睨み付ける。

対して流星は半ば理由を察して居たらしく、心底面倒臭そうに肩を落とした。

 

「それは、ちょっと…………。流石に引くわー……」

 

「私同伴なら許さなくも無いわ」

 

「同級生との遊びに約束してない姉が同伴か。…今度こそ嫌われても知らないからな」

 

「ぐっ……そ、それは───」

 

胸元を抑える楯無。

以前の台詞がトラウマと化しているのか、顔も真っ青。

今にも血を吐いて倒れそうだ。

 

擁護するなら、すれ違っていた頃の反動が押し寄せているのであろう。

隠れて心配していたのが、オープンに心配するようになり更には──といった調子だ。

 

流星は半目で彼女を見る。

 

「それで、生徒会の仕事の方はどうしたんだ?俺の分は粗方片付いたけど、お前のまだだろ」

 

「ふふ、妹への愛の前にそんな物は障害にすらならないわ。それにね?私には優秀な相棒がいるもの」

 

楯無は得意げに胸を張る。

要約するなら『こっちを優先して、仕事を布仏虚に押し付けてきた』という事だ。

 

端末を背に隠した状態で操作し、虚へ通報(メッセージ)

慣れているわけでもないのに、画面を見ず文字を打てるのはひとえに彼が器用だからだ。

 

 

「──見付けましたよ!お嬢様」

 

「う、虚!?」

 

流星のメッセージを見た虚は直ぐに現場に駆け付けた。

楯無を探して、同室の一夏に尋ねるべく寮へ来ていた事が幸いした様子。

 

虚は楯無の前に立ち塞がるように割り込む。

 

「何してるんですか。戻りますよ」

 

「どきなさい!私はお姉ちゃんよ!」

 

「お 嬢 様?」

 

怒り心頭な虚は問答無用で楯無の襟を掴む。

逃げ出そうと動き始めた楯無の初動はそれにより抑えられた。

 

「協力ありがとう流星君、楽しんで来て下さい。──さぁいきますよ」

 

「いやー、もう仕事はいーやーなーのー」

 

 

「忙しいやつだな…」

 

ズルズルと引き摺られていく楯無を眺めつつ、流星は呟く。

 

「──あ」

 

時計を見直し、彼の表情が固まる。

直後、廊下を駆け足で行く少年の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

私──更識簪は、1人ボーっと空を眺めていた。

背後には噴水。

時間はまだ午前という事もあり、ここら辺はまだ涼しかった。

コーディネートはグレーのシャツにスカイブルーのサマーカーディガン。

レースの入ったカーディガンである為、少し派手目。

色は薄いから主張は少ないけど……きっと似合ってない。

 

『かんちゃん似合ってるよー。ねー?かなりん?』

 

『うん!似合ってるよ。簪さん!』

 

…やっぱり二人を信じよう。疑うのは良くない。

けど、やっぱりこういう時お姉ちゃんがとても羨ましくなる。

 

胸が大きいのは勿論だけど、何よりスタイルが完璧だと思う。

こう、理想的な体型を挙げるなら間違いなくお姉ちゃんを出すくらいには凄い。

 

同じ姉妹なのに…と考えると、妬ましくもなる。

ちょっといいなって思う位は許して欲しい。…神様って不公平。

 

「はぁ」

 

駄目駄目。

緊張と不安のせいで思考が後ろめたくなっている。

中々寝付けなかった位には楽しみにしてたんだから、楽しまないと。

 

待ち合わせの時間よりかなり早めから来てしまっている。

 

1人頬を叩く。

せっかくの流星とのデート───それも───。

持っている鞄に意識がいく。

 

話の発端は──1学期まで遡る。

私は期末テストで1位を取った。

1位を、取った。

確かに全力で勉強したけど、こんな事なんて初めてで実感が湧かない。

嬉しいんだけど、それよりも驚きが勝っていた。

 

ともあれ──専用機持ち+本音の中での戦利品は無事私のものに。

流星を1日自由に出来る権利を手に入れた私は、最近出来たというウォーターワールドに彼を誘い今に至る。

 

無料ペアチケットを手に入れたからウォーターワールドになったというのもあるけど、改めて緊張してきた。

 

ちゃんと訓練はしてるし、前より太ったなんてことは無い。

大丈夫大丈夫だよ…ね?鈴よりは大きいし…。

 

…悪寒がする。

不意に思い浮かべた鈴は、目が真っ赤でツインテールを逆立てた状態だった。

……ごめんなさい。

 

 

 

「ねぇ、キミ1人?」

 

「可愛いね。さっきからずっとここにいるけど誰か待ってるの?」

 

「あっ、えっ……?」

 

色々と1人で考え込んでいると、不意に超えを掛けられた。

目の前にはいつの間にか男の人が2人。

頭の側面に刈り込みが入った人と、耳にピアスをした人。

 

「結構待ってるみたいだけど、こんなに待たせるなんてひどいね」

 

「良かったら俺達とお出かけしない?」

 

突然の事でどう返していいか分からない。

これって、もしかしてナンパ……?

わ、私を?

 

 

「ごめんなさい、そ、その。約束があるから」

 

「───大丈夫大丈夫。ちょっと待たせるくらいならおあいこだって!」

 

「あ…っ!」

 

キチンと断った直後、力強く手首を掴まれた。

湧き上がる不安──目の前の人は笑顔なのが余計にそれを煽る。

 

「い、いや…っ」

 

無理矢理手を振りほどく。

護身術は身に付けているけど、今はそこまで頭が回らない。

変な話だけど、ナイフを持った人が襲って来たら迎え撃とうと動く事は出来る。

けど、今は何か違った。

根本的にこの男達が私を見る目が何故か怖くて………。

 

 

「遠慮しなくていいのに───」

 

再び男の手が伸びる。

1歩引いてキュッと目を瞑る。

殴られる訳でも無いのに、肩を掴まれるのが怖くて縮こまることしか出来なかった。

 

 

ただ、男の手は私の肩に置かれることは無かった。

 

 

「諦めろ、先約だ」

 

 

そっと後ろに抱き寄せられて身体が後方へ傾く。

不意打ちなんだけど、あまりにも自然だったから反応が遅れた。

 

「ぇ?」

 

背後から聞こえた声と匂い。

見覚えのある手にトクンと心臓が高鳴る。

不安は融解して跡形もなくなる。

 

────というか、わ、私としては最早それどころじゃ無いというか……。

ち、近いどころじゃないよ!?

ってあれ?抱き寄せられてる?どういう状況?!

 

混乱が混乱をうんで目を回す。

そんな私を置いて、流星は2人の男と向き合っていた。

 

 

「その子は俺らと遊ぶって言ってたケド?」

 

「そうそう。恐喝してる訳でもねぇ。ちょっとお店見て回るだけだって。少し待っててくれるだけで良いからさぁ、なぁ?」

 

流星の肩に手を置くピアスの男。

一瞬流星の目がいつかの冷ややかな目になった気がした。

元からの冷たさが表に出る感覚。

 

それを見てハッと私は我に返る。

駄目、一般人に手を出すなんて駄目──────。

直ぐに流星の顔を見上げる。

 

──視線だけで私の言いたい事に気が付いたのか、彼は呆れたように溜息だけついた。

 

 

「断る。他所を当たってくれ。あと離れろ」

 

「おい、女の前だからって強がるなよ」

 

流星のあしらう様な言い方に男達の表情が一変した。

彼の肩に置かれた手に力が入っていく。

2人の男は大柄、年齢からしてもう少し上かもしれない。

 

「どう捉えるかは自由だが──、直接言った方がいいか」

 

「あ?」

 

諦めたように呟く流星。

変わる声のトーンに男2人も険悪な空気になる。

 

と、とめないと…。

私が何か発しようとしたところで流星は私を抱えていた腕を離した。

 

 

「臭いから手を退けろって言ってるんだよ」

 

「てめ───な─っ!?」

 

男が殴ろうとする──しかし男は背中から地面に落ちていた。

流星が手首をとって捻りあげ、直後に足払いを素早く入れたからだと思う。

 

何が起きたか分からないと驚く2人目には目もくれず、彼は私の方へ戻ってきた。

触れられていた肩だけパッパと叩いて払うと、私の手を取る。

 

 

「〜〜〜!?」

 

余りの行動の速さに相手も呆気に取られていた。

流星はそのまま私を抱え、走り出す。

 

所謂お姫様抱っこ──、待って、周囲の視線が────凄い。

 

 

コケた相手に追撃もない。

至って平和的にその場から離れる事に成功していた。

 

 

───離れた大通り手前で降ろされる。

最初から想定外が重なり過ぎて、真っ赤になった顔が元に戻らない。

 

 

「ア、ありがとう…」

 

辛うじてお礼を言う。

まだ緊張して発音がおかしくなっている私を見て、流星がくつくつと笑った。

 

 

「くく、案外悪くないな。こういうのも」

 

 

本当に愉しそうに笑みを見せる彼を見て、私は頬を膨らませる。

恥ずかしかったのを笑われた不満と、彼が特に意識してないことへの不満。

 

睨んでいると流星は笑うのを堪えながら口を開いた。

 

「悪い。簪のそういう顔見られるのが嬉しくてさ」

 

「む、むぅ」

 

ど、どういう意味なんだろう。

そう言われたら怒る事も出来ない。

本音がよく口にする『ずるい』という言葉がよく分かる。

こちらの好意を理解しているかと錯覚しそうになる。

でも、嫌な気にならない程──私は深みに嵌ってしまっているのだろう。

 

 

「ん」

 

「?」

 

手を差し出し彼を見る。

一瞬キョトンとする彼に、私は意図を伝える。

 

「今日は、1日…私の言う通りだから…その…手を…」

 

消え入りそうな声なっちゃったけど彼はしっかり聞いてくれていた。

伸ばした手を少し大きな手が包む。

彼自身も少し照れ臭そうにしながら、私に笑いかけるのだった。

 

 

「じゃ、行こうか。簪」

 

「うん!」

 

私も笑顔でしっかりと握り返す。

 

 

…。

──服の趣味がお姉ちゃんのものな理由は……後で聞いておこう。

 

 

 

 

 

「ペア──チケット…?」

 

差し出されたチケットを前に、簪は目をぱちくりさせていた。

二学期が始まってすぐ。

流星とのデートの日が近くとなった辺りで、簪の前の席のクラスメイト──坂道綾(さかみちあや)が簪にそれを差し出してきたのだ。

 

ヘアピンで前髪を留めている少女は得意気に笑みを浮かべる。

 

「ふっふーん。どう?欲しい?」

「え、えっと。水着はあんまり得意じゃないかな…?」

「そうかなー?実は簪さんには素晴らしいアイテムだと思うんだけど」

 

ニヤニヤしながら綾はチケットをひらひらさせる。

 

「綾、それって…どういう?」

 

「───デート、するんでしょ?」

 

「!?」

 

耳打ちするようにして探りを入れる綾。

席が近い事もあり4組で簪に1番話し掛けるのが彼女である。

一学期の余裕のない時期でも彼女は気さくに簪に話し掛けていた。

流星達と関わるようになってからは、簪からもちょくちょく綾に声をかけるようになっている。

 

ともあれ、何故か知られている事実を前に簪は驚愕を露わにする。

デートという単語に改めて固まりそうになっている。

 

「相変わらず簪さんの反応は可愛いなぁ〜。っと本題に戻るよ。専用機持ち達の取り決めはちょっとした噂になってて、簪さん成績1位だったじゃん?だからそうするのかなーって思っただけ。その様子だとやっぱりまだなのね」

 

「綾。このことは───」

 

「大丈夫。言いふらさないよ。それでさ、私もチケットを貰ったのは良いけど特別行きたいワケじゃないし………後ね、また大きくなってきたから水着買い替えないとなのよねー」

 

「…まだ育ってるの──?」

 

綾の言葉を聞いて簪の視線が彼女の胸部へ。

訝しむような視線を前に綾は頷く。

その視線に込められた羨望の念はスルーだ。

 

「そりゃ勿論、育ち盛りだから。──で?で?どうよ?欲しい?」

 

「……えっと…」

 

「『プールデート』…凄い魅力的な言葉だと思わない?」

 

「────」

 

『プールデート』という単語を聞き、目を見開く簪。

その時の彼女の瞳の奥はキラキラしていたと後の綾は語る。

 

簪の中にあったプールへの抵抗は、いとも容易く砕け散っていた。

 

 

 

 

 

 

───更識簪は、美少女である。

 

自己を低く評価する事が多い彼女だが、美人が多い学園で周りと比較しても尚──彼女が埋もれる様な事は無い。

1部の有識者()によるとむしろ抜きん出ている、との事。

 

今更な話である。

しかし、改めてそうなのだと少年は1人納得していた。

 

 

更衣室手前で別れ、プールサイドで合流した2人。

モジモジと自信なさげにだが、少女の視線は少年の方へ。

海の時とは少し色の違う水着。

今度は青みがかった黒──ではなく完全な黒色の水着。

以前と同じようにフリルこそついてはいるが、ワンポイントとなっていた白い線もない。

 

また、普段は付けないであろう縁の赤い伊達眼鏡。

 

───全てが彼女の白く柔らかな肌を強調していた。

 

 

「ど、どう…かな?」

 

「────」

 

以前よりも遥かに大人びた見た目と仕草とのミスマッチ。

 

思わずこれには、流星も言葉が一瞬出なかった。

その後に反射的に零れ落ちる言葉。

流星としても別の言葉を選ぼうとしたのだが、あっさりそれは漏れ出てしまった。

 

「綺麗、だな」

 

「───え?」

 

「さ、行こうか」

 

「ちょ、ちょっと…流星?」

 

手を取られ入口付近から砂浜付きの流れるプールへ手前に移る。

表情に変化はなく、照れ隠しだと簪は夢にも思わない。

いつもならば微かな雰囲気の差で理解出来るのだが、彼女も余裕は無かった。

まさか、そんな直球の感想───とは信じられずにいる。

 

以前の感想の一部分──ではあるのだが、ニュアンスが違う。

前が本心でなかった訳では無い。

ただ、はっきりとした意識の違いがそこにはあった。

 

軽くストレッチだけすると、そのままプールへ入っていく。

ストレッチの際、手を離した。

 

「…………ぁ…」

 

簪はもの惜しそうに手を伸ばす。

ストレッチする上で自然に解けるように離された手を数秒見詰める。

 

 

『あげてもいいけど、条件があるよ。簪さん───攻めないと許さないからね?』

 

これからやるべき事を理解し、深呼吸。

こんな機会中々ないのだ、ないのだと自身に言い聞かせ身体を震わせながら1歩進む。

そうして───

 

 

「!────っ、えいっ」

 

 

意を決したように後ろから流星の腕に抱き着いた。

 

 

「!」

 

普段の彼女には見られない積極的な行動。

彼女を良く知るものほど想像しないそれは、流星からも想定外だったらしい。

勢いよく右腕に抱き着かれ、意外そうな顔をする流星。

 

「あ…」

 

今日で完全に意識させる──そんな彼女の決意は行動に勢いを持たせ過ぎた。

 

 

半身が浸かる程まで波のプールに入っていた流星。

そして、その右腕に勢い良く抱き着いた彼女は勢い余って前方へ身を乗り出す。

転けそうになるも、流星の右腕を掴んでいた。

反転して彼の方へ向き直りながら、プールへ。

 

 

結果、彼を引き摺り込む形で2人ともプールに倒れ込んだ。

大きく水飛沫が上がる。

 

ピーッと監視員の笛の音。

傍からは飛び込んだようにも見えたらしい。

 

 

「ぷはっ、ビックリした。怪我はないか簪」

 

「げほっ…う、うん大丈夫──ありがとう。流星、左手!」

 

「あぁ、問題ない」

 

簪は後頭部(・・・)に添えられている左手に意識をやる。

咄嗟に彼は簪に抱き着く形で後頭部をカバーしていたのだ。

 

頬が紅潮していくのがわかる。

彼が誰彼構わずこういう事をする人間では無いのを知っている。

───ずるい、ズルい、ズルいズルい。流星ばっかり────。

 

 

1人ふくれる少女。

どうにかして意識させたい。

半ばヤケになった思考で何か無いかと考えている中、簪はあるものを見付けていた。

 

 

「流星、アレに行こ」

 

 

簪が指さした方向。

其方へ流星も視線を向ける。

 

そこにあったのはウォータースライダーであった。

 

 

 

 

先頭で待っていたのは、バイザーに小型のマイクを装備した係員の女性だった。

スラリとしていてスタイルも良く、活気溢れる声で客案内している。

お姉さん、という言葉が似合う女性であった。

 

「はい、次の方どうぞー。──ああ、カップルの方ですね?ご一緒に滑られる感じですかー?」

 

「あー、俺達は────」

 

「は、はい!そう、そうです…!」

 

「…はい?」

 

──思わず流星は反応が遅れた。

係員の言葉に対し、目の前にいた簪が有無を言わさない勢いで肯定した為だ。

並んでいる最中に見ていた光景を思い出し、思わず流星は顔を強ばらせる。

理由は簡単だ。

 

「じゃあ先に彼女さんの方から。そこに座って下さいねー」

 

案内に従い、スライダーの開始地点に簪は移動する。

恐る恐る浅瀬に。

ひんやりと冷たさが指先から足首へ広がる。

彼女はそのまま座り込む。

 

縮こまるように正面を向いていた。

小さく綺麗な背中を前に、流星は諦める事にする。

 

「じゃあ次は彼氏さん。後ろからぎゅう〜っと抱き締める感じで捕まって下さい」

 

こう、と係員にジェスチャーで示され流星もまた移動する。

簪は一切振り返ること無く、微動だにしなかった。

係員の言葉を聞いて身構えているようにも見える。

明らかに彼女は緊張していた。

 

緊張する位ならしなけりゃいいのに、と流星は胸中でぼやく。

 

簪のすぐ後ろで座り込む流星。

恐る恐る彼も両腕を簪の腹部に回す。

 

「ひゃっ!?」

 

──身体が触れる。

彼女の背中は水に濡れているものの、温かい。

流星は衣類を来ている為、簪からすれば冷たいのだろう。

素っ頓狂な声は冷たさによるものか、抱き着いたせいかは分からない。

 

「もっとピッタリくっ付いた方が安全ですよ〜」

 

2人にとって係員の声は、遥か遠くからのものに感じた。

内容を一瞬聞き逃しそうになりながらも、流星は指示に従い腕の力を少し入れる。

壊れ物を触るように慎重に。

 

如何に彼と言えど、年頃の男子である事に変わりない。

普段は意識しない彼女の『異性らしさ』を前には、完全に平静では居られなかった。

 

心臓の鼓動が聞こえる。

それは簪のものか、はたまた自身のものか。

柔らかな肌。

視界いっぱいの肌色───もとい、見下ろすと見えてしまう景色。

伝わる体温。

鼻腔をくすぐる彼女の匂い。

聞こえてくる緊張した彼女の息遣い。

 

 

 

────本当に、良くない。

 

 

そして、彼女の方もまたドギマギを隠せずにいる。

真横で流れている水の音も、彼女には聞こえてはいない。

五感は全て、背後で密着している彼の方へ向けられていた。

自身よりも大きな手。

硬い指先、胸板。

全身を包み込むような安心感。

振り返ることはままならないが、すぐ近くに彼の顔がある。

 

「〜〜〜〜〜っ!!」

 

明らかに伝わっているであろう心音も、更に彼女の緊張を加速させていた。

 

(近い近い近い近い近い〜〜〜っ!!)

 

彼女の心はあらゆる感情によりオーバーヒート。

頭が真っ白になり、時間感覚もあやふやだ。

 

 

(これは、流石に…)

 

 

流星は非常に自然に、かつ理性的に簪と身体を密着させた。

 

 

「じゃあ、いってらっしゃーい」

 

 

係員が笑顔で頷く。

押される流星の背中。

身体にかかる慣性。

水の流れと共に二人の身体はスライダーへ呑まれていく。

 

身体を強ばらせたままの簪を危惧し、流星は腕の力を強めて抱き寄せた。

 

 

「────へ?」

 

 

───そこでやっと、簪は現実に引き戻される。

真っ赤だった顔の色が引いていく。

狭い空間の中、風を感じた。

 

流れていく筒の中の景色。

絶え間なく視界は揺れている。

飛び散る水しぶきもなんのその。

 

 

ポカンとした表情も一瞬。

滑っている中、冷静に視線は彼の腕へ。

───ある事に気がついた彼女の顔は、サーっと一度青くなった後。

───再度、爆発するように真っ赤になった。

 

 

「りゅ、流星!お腹は、だっ、駄目────っ!!」

 

 

目をぐるぐると回しながら声すら出し切れない簪。

突然混乱し始め彼女を前に、流星も困惑せざるを得なかった。

乙女な理由を察せないのも仕方がない。

 

 

「おい、暴れると危な───────」

 

じたばたと暴れる簪を抑えつけようと試みる。

水で滑りやすくなっていたり、簪が腹部の腕を振りほどこうとしているのもあって上手くいかない。

あと少しの辛抱。

あと少しでスライダーも終わる────。

 

そう彼が考えている最中だった。

 

 

「─────」

 

むにゅり、と。

彼の腕と手に先までとは違った感触が伝わる。

柔らかい何かに指が沈む。

 

 

「──────んっ…」

 

 

目の前の少女から漏れる艶めかしい声。

ピタリと動きも止まる。

暴れていた力も抜け、呼吸すら忘れてしまう。

 

彼女は視線を腕に戻しながら、消え入るような声で弱々しく呟くしか出来なかった。

 

「───そこ、も…駄目…っ」

 

理解が追いついていないのか、抵抗もない。

 

 

対して少年は苦々しい表情。

───不味い、なんて冷静な思考。

この状況下でも冷静で居られるのは彼だからこそだろう。

 

順応性が高過ぎるのも問題か。

 

 

 

先が明るく、開けていた。

10数秒にも満たないウォータースライダーも終わりが近い。

腕を組み替える時間もなく、ただ流星は申し訳なさそうに視線を逸らした。

 

 

「………悪い」

 

 

程なくして、二人はプールにその身を放り出される。

 

 

───大きな水しぶきがあがった。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「うん…」

 

ウォーターワールドの飲食店が並ぶ一角。

白い椅子に座る簪を前に、彼は手に持っていた物をテーブルに置く。

 

彼の両手にあったのは、すぐ目の前の店で購入した焼きそばとたこ焼き。

プラスチックの容器に盛られたそれらから湯気が立ち上っており、鰹節はひとりでに揺れている。

 

簪は両手で包むようにジュースを持ったまま、視線だけで鰹節を追っていた。

───対面に座る彼と目が合わせられない。

 

昼時ということもあり、周囲は人で賑わっている。

プールから少し離れた簡易のテラス席──とは言っても室内である。

 

広大なウォーターワールド。

そのエリア端などにはチラホラ2階があり、飲食や休憩を取る空間となっていた。

気分的なものかパーソナルスペースとやらの為か、テーブルの中央からは派手なパラソルが生えている。

 

「冷めない内に食べよう。たこ焼きであってたよな?」

 

「うん。ありがとう、取ってきて貰っちゃって」

 

「どういたしまして。代わりに座席取っててくれてありがとうな」

 

「えっ、そ、そんな別に」

 

 

──なるべく周囲に視線を逸らしつつ、簪はそう返す。

フラッシュバックする先の出来事。

悶えそうになるのを何とか堪える。

 

言葉もなく食べ物を口に含む。

普段なら気になるたこ焼きの熱さも今はさして気にならない。

 

 

このまま先の出来事に触れないで居るのも落ち着かなかった。

どう切り出そう、と少女は考えようとする。

 

言い出そうと決め、顔を上げるも挫折。

 

 

 

「ごめん、簪。浅慮だった。もう少しやりようがあったかもしれない」

 

と、不意に沈黙が破られた。

申し訳無さそうに謝る流星。

まさかこうもしっかり謝られるとは思わなかったのか、簪は慌てて口を開く。

 

「あ、謝らないで!?悪いのは私なんだし……」

 

「事故であれなんであれ、悪いのは変わらないだろ。簪に嫌な思いさせちまったからさ」

 

「ち、違うよ!?嫌じゃ無かったし…!」

 

手をあたふたさせながら、簪はそう告げた。

簪の言葉に流星は一瞬困惑。

 

「…え?」

 

「や、その、違うから。変な意味じゃ…!無くて…!流星になら触られても平気ってだけ…!さっきのは、恥ずかしくてびっくりしただけだから……!!」

 

力強く弁明する簪に流星はキョトンとした顔。

暴走気味で何やら失言している様子。

真意は理解しかねるが、悪い気はしない。

 

彼もまた言葉が浮かんでこなかった。

手前にあった水に手を伸ばしながら数瞬考える。

 

今度は簪が恐る恐る彼の顔を覗き見ていた。

上気した頬、あらゆる感情が入り交じった赤い瞳。

髪も身体も乾ききっていおらず、目先に見える唇も艶やかだ。

 

思わず見入る流星を前に簪は不安そうに尋ねる。

 

 

「流星は…、本音やお姉ちゃんの方が良かった───?」

 

「何故そこで2人が出てくる」

 

「だ、だって2人ともその…大きいし…流星、平気そうだから…」

 

──と簪が視線を自身の胸に落とす。

別に簪は小さい訳ではない。

無いのだが、比較対象が悪かった。

 

──鈴が親の仇を見るような目で、本音の胸元を睨んでいたのを思い出す。

この類いの話はとてもデリケートである。

 

 

「そういうのは無いな。簪は女の子としても魅力的なんだから気にしなくて良いと思う」

 

「み、魅力的…?本当に?」

 

「……その、なんだ。ぶっちゃけると役得だったって思う位には」

 

少し照れ臭そうに視線逸らす流星。

簪もまた、串で刺したたこ焼きに思わず視線を逸らす。

 

「───っ」

 

再度沈黙が2人の間に訪れる。

先のような気まずさこそない。

2人は黙々と目前の食事を口に運んでいた。

 

 

 

「あれ、今宮くんだー」

 

「凄い偶然!一緒に居るのは4組の更識さん?」

 

2つの声に流星は視線をそちらへ。

簪はビクッと驚きつつも、振り返る。

そこに居たのは2人の少女。

片方はショートの髪にヘアピンを付けていた。

もう1人はおさげヘアーが特徴的であった。

鷹月静寐と谷本癒子───1組の人間である。

 

「えっと…──」

 

流星を迎えに度々1組に来る為、簪側も顔は知っている。

しかし、名前までは分からなかった。

代表候補生かつクラス代表、そして流星とよく居る事もあって有名人な簪を2人が知っているのは当然である。

また、簪が話した事すらない2人の名前を知らないのも当然であった。

流星は困った様子の簪に助け舟を出す。

 

「気付いてるみたいだけど、2人は俺のクラスメイトの鷹月さんに谷本さん。───で、2人も知ってる通り、此方は4組の更識簪さんだ」

 

「よろしくねー更識さん!」

「よろしく〜」

「よ、よろしく」

 

互いに挨拶を交わす少女達。

それが終わった瞬間に静寐は目を輝かせた。

意味深な笑みを浮かべながら簪に詰め寄る。

 

「それで、おふたりはデート?」

 

「で、ででデート!?」

 

「どうなの?2人できたってことはそういう事でしょー?」

 

「それは──っ〜〜〜 」

 

茹で上がったタコのように簪の顔が赤くなる。

見兼ねた癒子は静寐の肩に手を置いた。

 

「静寐ー、更識さんが困惑してるからあんまりぐいぐい行くとダメだって。でさー、結局どうなの?今宮くん」

 

「そりゃ、デート以外ないだろ」

 

「〜〜〜〜!」

 

簪を横目に流星は水を口に運ぶ。

彼女は真っ赤なまま口をパクパクさせていた。

ヒューっと茶化すように声を上げるクラスメイト2人。

 

「とは言っても2人が想像してるような関係性じゃ無い──事の発端も簪がペアチケット手に入れたからだしな」

 

「……」

 

「簪?」

 

微かに変わる簪の表情に流星は小首を傾げる。

2人も気付かなかった些細な変化には気付く癖に、肝心な所が抜けていた。

 

遅れて簪の様子を知った2人はヤレヤレと肩を竦める。

 

「相変わらずだね」

「更識さんでこれだから、清香も大変だろうね」

 

「相川さんがどうかしたのか?」

 

「「ううん!気にしないで!」」

 

尋ねる流星を前に2人は笑顔で否定する。

これは聞くなって事だな、と彼は理解しそれ以上は尋ねなかった。

 

ハッとなったように癒子はあるものを指さす。

 

 

「そういえば、2人はアレ出るの?」

 

「「?」」

 

アレ──と言われフロアの入口付近の看板を見る。

そこに書かれている事を流星と簪は読み上げるようにして飲み込む。

 

 

「水上ペアタッグ障害物レース?」

「優勝賞品は───ペアでの沖縄5泊6日の旅……!」

 

 

ただ、反応は正反対であった。

興味が無さそうな少年に反し、突然少女は目を輝かせ立ち上がる。

キョトンとする流星に対し、鼻息荒く簪は提案するのであった。

 

 

「流星!一緒に出よう───!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?プール?なんで(あたし)なのよ」

 

流星と簪のデートの日の朝。

IS学園寮内の食堂でツインテールの少女は不満そうに声を上げた。

朝練後朝食を食べ終え、これからどうしようかと考えていた所であった。

 

フッた相手をプールに誘う──皆で──という訳でもない。

どんな神経をしてるのかと言いたげな鈴だが、一夏も自覚はあったらしく困り顔だ。

 

「いや、相手は俺じゃないというか。セシリアだ」

 

「は?」

 

「白式のデータ取りだとかって急遽開発の人が来るらしい。それで──」

 

「あー、ちょっと待ちなさい。察したわよ」

 

左手で待ったを掛けながら鈴はこめかみを抑える。

 

「要するに、代わりに行けって事?」

 

「凄く雑に言うとそうだな。鈴が良ければ──だけど」

 

「なんで(あたし)なのよ。電話すればいいじゃない」

 

「鈴はセシリアと仲良いからさ。あと電話したんだけど出なくて…」

 

と、一夏はポケットからチケットを取り出す。

それを見て鈴は『あー』と間抜けな声を漏らした。

それはペアチケット。

以前セシリアが偶然手に入れたと鼻息荒く自慢していたのを思い出したからだ。

この真実を告げた時の彼女の心中は流石に想像したくない。

───というか、この役目自体普通に嫌だ。

 

「嫌。って言いたいけど、他の人だと状況ややこしくなりそうだし──仕方ないわね」

 

大きな溜息をつきつつ、鈴は手を差し出しチケットを受け取る。

この後の一夏のアテを考えるに、ややこしくなる未来しか見えない。

箒やシャルロット、ラウラなどに声を掛ければ彼女らは『一夏と2人』でと勘違いし舞い上がって現場に向かうだろう。

 

 

「ごめん鈴」

 

「っても連絡役(メッセンジャー)としてあんたが来ないこと伝えるだけだけどね。そこからはセシリアの決める事だし」

 

「いや、本当に助かる」

 

両手を合わせ感謝の意を示す一夏。

仕方のない事ではあるが、こういうので責任を取るのも男の甲斐性である。

 

「今度奢んなさいよ。食堂のデザート3日分。セシリアの分もね」

 

「お、おう」

 

@cruise(アットクルーズ)のパフェでも良かったかな、と鈴は少し考える。

ただ、それは後日あの少年と行けばいいかと考え直しつつ、彼女は立ち上がる。

 

手に取ったチケットを眺めながら、行先を彼女は呟くように口するのだった。

 

 

「ウォーターワールド、ねぇ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




1話におさまらなかった…。


※どうでもいい補足
坂道綾(さかみちあや)
恋バナ好きな一般生徒。世話焼きだがお調子者。成績は中の上。
ヘアピンで前髪を留めており、身長と相まってスタイルも良い。
実は隠れアイドルオタクであり、簪には見抜かれている。
最近の悩みは推しが増えそうな事、らしい。




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-53-

 

──沖縄旅行、それも5泊6日のペア旅行。

南国に男女2人で──なんて想像は当然のもので、景品としての価値は恋する乙女達にとっては計り知れなかった。

 

彼女達のやる気の凄まじさはそれだけに起因するものでは無い。

勝負内容が水上障害物レースというのもある。

くじ引きやビンゴ大会、トーナメント形式の競技よりは1位が現実的だ。

故に、やる気を加速させていた。

 

 

とはいえ、本気(マジ)になっている層はごく一部。

それなりのやる気とそれなりに楽しもうとしている層が殆どである。

 

 

「流星、作戦…会議…」

「え、作戦会議いるのか。これ」

 

静かに闘志を燃やす少女を前に少年は困り顔。

改めて2人はプールサイドでストレッチをしながら、巨大プールに目をやった。

参加者全員がストレッチをしている中、係員によるステージのアナウンスが入る。

 

用意されているのは巨大な浮島の数々。

基本的に足場は水中で乗り移っていく形だろう。

水中に落ちても失格にはならないらしい。

ただ、ステージの構造上最初からになってしまう。

 

少年は顎に手を置いて考える。

参加者もそれなりに多く、足場は限られている。

勝利条件は設置されたフラッグを取ること。

小柄で身軽な者の方が有利だろう。

邪魔者を格闘して水中に落とす戦法もあるが、女性だらけの手前、下手なトラブルに巻き込まれそうな為却下。

 

 

「俺はあんまり役に立てなさそうだが」

 

「弱気は駄目…。私達は優勝するの…」

 

「お、おう」

 

隣からの異様な圧に流星はたじろぐ。

簪としては何が何でも欲しい代物。

タイミングとしても完璧だった。

このペアで賞品を手に入れられれば、そのまま旅行に誘うのは自然の流れ。

南国の海、男女2人は夏の魔力によって────。

 

(えへ、えへへ…)

 

過去最高に緩んだ顔を見せそうになるも、ハッとなり持ち直す。

ギリギリ彼に見られなかったことに安堵しつつも、再度キリッとした表情に戻る。

 

 

「作戦はこう…。私が前、流星は後ろから援護お願い」

 

「援護って何だよ」

 

流星は苦言を呈する。

どうも簪の様子がおかしい。

今日の簪自体いつもとは少し違うのだが、特に今は段違いだ。

 

「なら全員落としながら進む…。全員落としてれば1位になれる」

 

「もはや作戦でも何でもないな…」

 

「なら流星が決めて…。ぶっちゃけ…こんな競技に作戦なんてないと思う…」

 

「結論出てないか…?」

 

暴走気味──と称するべきか。

彼の中で姉と重なって見えていた──やはり姉妹か。

それはそれで可愛らしい一面でもあるのだが──と彼は考え出したところでそれを止めた。

 

「こういう場合の作戦って、スピード重視とか落ちないよう安定性を取るとか、そういうのじゃないのか?あとはスタート地点の混雑をどう対処するかだな」

 

「じゃ、じゃあ『ガンガンいこうぜ』で」

 

「ああ?スピード重視ね。最初もとっとと抜ける事だけ考えるか」

 

「…」

 

少し寂しそうな顔をする簪。

今度ゲームを貸そうかな、なんて呟いていた。

 

 

 

そうして作戦会議も終わり、参加者全員がスタート位置につく。

 

 

 

『さあ、いよいよレース開始です!位置について〜〜』

 

 

水着姿の監視員が右手を下におろす。

旗は持っていないが、掌を旗に見立てているのだろう。

簪は隣の流星に声をかける。

先までよりは落ち着いていた。

 

「流星、頑張ろう」

 

「だな」

 

流星は足場と人数の確認ついでに周りを見渡す。

比率はやはり女性が圧倒的に多い。

チラホラ見える同性も同年代か年下がポツリポツリいるだけだ。

とはいえ、人が多過ぎる為全容は見えない。

 

 

『よ〜い、スタートっ!!』

 

 

合図と共に2人は駆け出した。

動き出す集団。しかしバランス感覚の差が露骨に出ている。

走り出すも遅い者、転けた者に道連れにされた者。

 

開始早々篩に掛けられ、烏合の1部はアッサリと水中へ放り出される。

開幕からの混乱。お祭りイベントとしては美味しい展開に会場は湧き上がった。

開幕走り出すも首位に出る訳では無い。

人数の都合、どうしても開始位置に差が出てしまう。

 

 

「流石に母数が多いだけあるな」

「そう、だね。運動神経良さそうな人が結構残ってる」

 

転んだ人間も飛び越え、2人は特にバランスを崩すこと無く次の足場へ。

 

隣から落とそうと飛びかかってくる女子。

簪は躱し、流星は追撃に軽く足払いしてそれらをプールへ落とす。

 

「流星…容赦ない…」

「こっちの方がお得だろ」

 

振り返りもせず、2人は走る。

───と、そこで実況が聞こえた。

 

『こ、これは凄い!2人は何か訓練でも受けているのでしょうか!?軽やかな身のこなしです!』

 

先の方が何やら騒がしい。

足場を飛び移りながら2人はそこに迫る。

どうやら曲者が居るようだが───。

 

先頭集団に紛れ込んだ瞬間、見慣れたツインテールが視界に映る。

女子の間を押しのけ、共に駆けるは見慣れた金髪ロールだ。

 

不意にその2人と流星達───4人の視線が交差する。

 

「「「「───え?」」」」

 

漏れ出た素っ頓狂な声。

全員が驚きを隠せずにいる中、鈴はいち早く言葉を発した。

 

「な、なんであんた達がここに居るのよ!?」

「こっちの台詞…。なんで鈴達もいるの!?まさか…後をつけて…!?」

「鈴さんはともかく、(わたくし)はそんな事しませんわ!」

「ちょっとセシリア!?何自分だけ弁明してるのよ!?こっちだって今知ったんだからね!?」

 

ぎゃあぎゃあと言い合う女子達。

話しながらも身体は襲い掛かる参加者達を捌いているあたり流石と言うべきだろう。

流星の視線は鈴とセシリアの手元へ。

──何故、他人の水着を持っているのだろうか。

 

一方で、鈴は簪の新しい水着と流星がいることを見て、改めて理解。

先までより、少し彼女の背後が澱んで見える。

 

「ふふ、ふふふ。一瞬理解が遅れたけど、2人ともここに居るってやっぱりそういう事よね。白昼夢でも何でもなく…そういう事でいいのよね!」

 

「そ、そういう事というか、これはその……プールデートだから…!」

 

「ぐ、ぐぐ…」

 

赤くなり真実を伝える簪。

ただ、それはそれで火に油。

プールデートなる単語は深く鈴の心に突き刺さったらしい。

 

「どっちでもいいわよ!迎え撃つまでよ!簪!」

 

「望むところ──!」

 

仕掛けようとする鈴を前に簪は迎え撃とうとする。

一方で嫌な予感がした流星は、簪の肩を掴み後退させた。

そのまま軽く鈴の攻撃を受け流す。

 

「待て、簪。迂闊に相手したら再起不能になるぞ」

 

「え?」

 

「──チッ、勘が良いわね。セシリア、先を急ぐわよ!」

 

「ええ!」

 

時間がかかると踏んだのか、鈴とセシリアは彼らに背を向けた。

ホッと胸を撫で下ろす流星に簪は分からないといった顔。

 

「多分見てたら分かる。とりあえず追うぞ」

 

「う、うん」

 

遅れて2人も後を追い掛ける。

追い掛けながら鈴達の快進撃を見て、流星と簪は思わず顔を引き攣らせた。

 

鈴とセシリアの戦法は単純だ。

 

格闘してプールに落とすのも手間と判断。

周りもびっくりの早業で相手の水着の紐を解き、プールに投げ捨てるというもの。

これでは流石に動けない。

赤面して蹲る女子達。

観客が盛り上がっていた理由も頷けた。

 

 

「…………えぇ…」

 

「うわ…、えげつねぇ…」

 

 

セシリア達のやり口に流星は口元を引くつかせる。

簪も同様──唖然としている。

戦法を知らなければアレの餌食。

流星が止めた理由にも納得し、なら──と簪は思考を切り替える。

何が何でも鈴に負ける訳には行かなかった。

 

「私も───」

 

目には目を歯には歯を──だ。

完全にスイッチの入った簪。

流星もまたそれを察して頭を抑えた。

 

簪もまた、襲い来る参加者を同様の方法で捌く。

代表候補生達は訓練を受けている。

要は何をやらせても優秀であった。

───タチが悪い。

鈴達同様、再起不能者を作りながら簪も進む。

 

浮島にそびえ立つアスレチックを前にして、2人は鈴達に追い付いた。

 

 

「追い付いた!」

 

「セシリア!流星(あいつ)をお願い。時間を稼いで!」

 

「ええ!承知しましたわ!」

 

ここから先のアスレチックの都合、振り切るのは厳しい。

そう判断した鈴とセシリアは、簪と流星を迎撃しに振り返る。

やる気に満ちた少女3人と、いまいちな1人。

 

1対1の流れに──鈴と簪は互いの姿しか見えていない。

簪がそうしたいなら──と火種の少年はその流れに身を任せることにした。

 

(簪と鈴に邪魔が入らないようにすればいいか)

 

他の少女達をいなしながら、流星とセシリアは向かい合う。

セシリアの方としては、迂闊に流星へ近付く愚は犯さない。

彼の近接での格闘能力の高さは訓練で身に染みて知っているからだ。

故にセシリアの目的も時間稼ぎ。

2対1にさえなれば、後は逃げるだけでいい。

 

 

「仕掛けてきてくれないのか。つれないな」

 

「あら?エスコートは殿方がするものですわよ」

 

「レディファーストだ。気が利くだろ」

 

意地の悪い笑みを浮かべる。

やる気がないとはいえ、鈴の邪魔をしないとも限らない。

一瞬油断すれば──とセシリアは警戒を強める。

流星としてはセシリアが自身に釘付けになるよう仕向けていた。

 

 

 

───簪と鈴は互いの手を躱す。

軽やかな身のこなしの鈴に翻弄されつつも、簪は鈴の背に回り込もうとする。

一方でまた鈴も簪の背に手を伸ばしている。

すんでのところで2人とも回避に。

1つ間違えれば大惨事である。

 

鈴と簪は取っ組み合いになりながら、顔を突き合わせた。

 

「賞品は絶対に渡さない…!」

 

「その賞品はどう使うつもり?」

 

「そ、それは勿論りゅ、流星と─────」

 

想像通り、もとい同じ考え。

鈴はそれを再認識しつつ、炎を燃やす。

 

「なら益々負けられないわ!!そうなるのは(あたし)!────というか、プールデートだけじゃなく旅行もとか欲張り過ぎよ」

 

「鈴だって、前にデートしてた癖に…!」

 

取っ組み合い最中の腕に更に力が入る。

睨み合う2人──会話の内容こそはっきり聞こえないが、迫力だけはヒシヒシと周囲へ伝わっていた。

 

簪に指摘され、鈴は思わずたじろぐ。

 

「け、結構前だからいいのよそれは!───とりあえず、こっちには勝算があるの!だから負ける訳には行かないのよ!」

 

「勝算…?」

 

「そうよ。そっちには無いでしょうけど」

 

ふふんと得意げな鈴。

ゴクリと息を飲みながら、簪は訝しむよう鈴を見る。

 

 

「場所さえ整えば、(あたし)の魅力でイチコロなんだから!」

 

 

鈴の勝気な発言に簪は口を尖らせる。

鈴はいつの間にか余裕を取り戻していた。

完全に鈴のペースである。

 

「そ、そんなの私だって同じ…!」

 

「甘いわ。あいつは前の時、(あたし)の水着に前見惚れてたのよ!」

 

「──そ、それなら私なんて──!」

 

と、簪の声が大きくなる。

醜い取っ組み合いの中、簪の声に流星とセシリアはそちらを向いた。

目をグルグルと回しながら、半分混乱した様子の簪。

──あ、なんか嫌な予感がする──と流星が1人思う中、爆弾は投下された。

 

 

「──流星に胸を触られたんだから──!!」

 

 

「「「───」」」

 

周囲の空気が凍り付くのを流星は肌で感じた。

氷点下18度──真夏だというのに、さながら冷凍庫の中に居るようだ。

 

 

「…………流星さん?事実でして?」

 

 

睨み合いとなっていたセシリアがスススと彼から距離を取る。

腕で胸を隠しながら、軽蔑の眼差しを彼へと向けていた。

 

「……事実だが……なんと言うか、言葉のチョイスに悪意を感じる」

 

「事実、ですのね」

 

「…否定出来ない」

 

苦虫を噛み潰したような流星。

対称的に簪はどこか得意げだ。

感覚が麻痺しているのだろう。

その日の夜、彼女は寝る前に思い出して悶えることになるのだが──それは別の話。

 

 

「────ふふふ、やっぱり男ってそればっかり───胸胸胸ムネムネ…!」

 

 

一方で鈴の瞳から光が消えた。

──無表情のまま簪との取っ組み合いを続けている───怖い。

ユラユラとツインテールが揺れる。

 

 

「そんなに脂肪の塊が良いか───!」

 

 

魂の叫びと共に簪は突き飛ばされる。

均衡は崩れ、ふらつきながら後退する簪。

 

「鈴…落ち着いて…。鈴のスタイルは良いんだから、そこまで気にする事じゃ無いと思う」

 

「──嫌味?嫌味ね!?ぶっ倒すわ!」

 

簪としては鈴の腹部や脚を含めた総合的なものへの言及──もといフォローのつもりであり、悪意はない。

現に簪としては羨んでいる部分だ。

 

ただ、鈴にはそれは伝わらなかった。

 

 

激化する争い。

純粋な水上障害物レースの面影は無くなっていた。

鈴と簪の格闘戦が勃発──IS学園でよく見られる格闘戦の練習を彷彿とさせる緊張感である。

 

プール上、それも浮島の上だと言うのにそれを感じさせない。

 

『先までのは前座だった!?水上だというのに組手のようなものが始まりました!先の2人だけでなく、こちらのペアも何か訓練を受けているのでしょうか!?』

 

盛り上がる実況とギャラリー。

当の本人達は目の前に集中しており、気にしてはいない。

主に男性客が盛り上がっているのを見て、流星は少し不機嫌そうに眉を顰めていた。

その光景にセシリアは目を丸める。

 

 

(このままだと──負けるっ)

 

純粋な格闘戦なら鈴と簪では鈴に分がある。

身軽なのもそうだが、中国武術を鈴が身に付けているというのもあった。

独特なリズムからの強い一撃。

小柄な身体、不安定な足場だというのに防いだ簪は吹き飛ばされそうになる。

 

 

獣の如き速さで鈴は追撃に踏み込む。

普段よりも遥かに素早い。

体勢を立て直しきれていない簪は背筋を凍らせる。

もってあと二手、それも敗北がほぼ確定している。

だから、簪は賭けに出た。

 

「負けない!絶対に!!」

 

己を鼓舞し、集中する。

防御を捨てて反撃に全てを注ぎ込む。

 

「「!」」

 

見守っていたセシリアと流星は簪の判断を理解した。

外から眺めていたが故、早く気付けたのだが当事者である鈴は気付く筈もない。

 

トドメと踏み込む鈴。

完全にプールに突き落とすつもりの彼女に対し、簪はわざと後方へ飛んだ。

 

 

「な───っ!」

 

これにより簪がプールに落ちるのは確定。

しかし、簪が代わりに伸ばした腕は鈴の背に────。

 

「私の勝ち─────!」

 

水着の紐を掴んだ簪が笑みを浮かべる。対して鈴も開き直った。

 

「ならあんたも道連れよ!!」

 

簪の背に無理矢理手を伸ばし、またも水着を掴む。

もはや防ぐ事を諦めた互いの手。

音も立てず、紐はするりと解かれ──────。

 

 

 

「「────あ」」

 

 

そこで2人は我に返った。

布が取れ、晒される肌色。

目と鼻の先にいるのは───2人の想い人───思わず目が合ってしまった。

 

 

「「あ、あ、あああぁぁぁぁ!?」」

 

 

パクパクと口を動かしながら状況を飲み込む。

やれやれと頭を抑えるセシリア。

視線を逸らしながら走り寄ってくる少年。

 

───な、なんでこっちきてんのよ!?

 

 

 

 

時は数秒遡る。

簪の様子を見て、決着の様を予想した流星は思わず駆け出した。

セシリアも彼の意図を理解した為、止めることは無い。

 

憶測ではあるが、大勢に2人のあられも無い姿を見せたくないのであろう。

 

普段のリアクションからは意外な一面。

案外可愛い所もありますのね、なんて後日のセシリア談。

 

少年の水着は上着を羽織った二枚着状態だ。

上着を脱ぎ、それを水着の取れた鈴に被せようとしたところ─────。

 

 

 

「!」

 

簪の方もとんでもない事になっていた。

思わず視界に2人の肌色が移る───少年はそれどころではなく気にする事はない。

スローモーションに錯覚する数瞬の中、少年は機転を利かせ先に鈴を突き飛ばす。

 

 

───そのまま簪と鈴に上着が覆い被さる&身体を隠すよう彼はそれを脱ぎ捨てた。

 

 

 

大きな水しぶきがあがる。

 

観客席はポカンとしたまま顛末を眺めていた。

期待されていた光景はなく。

 

こうして、2人の少女のあられも無い姿が公然に晒される事もなくなった。

 

 

───ただ、1つ見落としがある。

少女達の立場からすれば──1番見られたら恥ずかしい相手に見られた訳で────。

 

その点に気付かないのがやはり彼らしい。

 

水面に浮き上がる2つの影。

頭を文字通り冷やす事になった少女達だ。

 

 

「見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた……」

 

「……………………」

 

冷静になったのか、互いに水着を返し直ぐに着直す2人。

壊れたラジオのように呟く簪と、黙りこくる鈴。

どんよりとした空気だけが伝わってきた。

自業自得ではあるのだが、流石にここでそう告げる事は無い。

 

「悪いな、こうするしか思い付かなかった」

 

どうフォローするか流星が悩んでいると、水着を着直した鈴がプールに浸かったまま口を開く。

虚ろな目で少年を見ていた。

 

 

「そこは気にしてないわよ。───ねぇ、1つ聞いてもいい?」

 

「あぁ…」

 

 

軽い口調に、少し身構えていた流星もホッと息を漏らす。

この手のパターンは一夏がその身をもって顛末を示してきていた──故に嫌な予感がしていたからだ。

 

彼の安堵も空振りに終わる。

 

「見たのよね?──えぇ、分かってるわ。大丈夫。方法はあるから」

 

「…方法?何を──」

 

落ち着いた口調に流星が訝しんでいると、水中から紫の装甲が突然生えてきた。

ザパァッと大きな音を立てて現れたのは甲龍(シェンロン)の右腕───つまり。

 

 

「あんたを殺して──(あたし)も死ぬ──!」

 

「なっ────!?」

 

「死ねぇええ────!!」

 

程なくしてオレンジ髪の少年は、宙を舞った。

 

 

余談ではあるが、1位になったのは鷹月静寐と谷本癒子のペア。

 

更には裏で色々あったのか──ウォーターランドは後日オルコットランドとしてリニューアルオープンする事になるのは、少し先の話────。

 

 

 

 

 

 

 




コメディ寄り回。

実はこの後にCafe@cruise(アットクルーズ)でラウラ達に鉢合わせる話を書いていたのですが、長くなったので没。

次回更新は1回お休み頂きます。別に定期更新という訳でも無いのですが一応。


シリアスが欲しい…けどまだだ、まだ堪えるんだ…。
想定としては学園祭編直後にオリジナル挟む予定です。


・追記
今回のプールでの出来事なんて知ったら
…あの姉影様…黙っていられませんね。















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-54-

───覚醒した意識、直ぐに感じたものは土の匂いであった。

 

「…」

 

少年は特に慌てた様子もなく周りを見渡す。

視界を埋めつくしたのは鮮やかな(あか)

辺りは紅葉の林になっており、真っ赤な紅葉がひらひらと宙を舞う。

腐葉土の上にもまた、幾層にも積み重なる形で紅葉が敷き詰められていた。

 

見慣れない場所。

普通にベッドで眠りについたというのに、屋外の地面に彼は横たわっていた。

不可解な現象であるが、流星には覚えがある。

起き上がりつつ、身体に被さった紅葉を払う。

 

「『打鉄』、いるんだろ」

 

「ええ、此処に」

 

紅葉の中、彼は問いかける。

現れたのは白く無地の着物に身を包んだ女性だった。

後髪を束ねた長髪。着飾った様子はない。

受ける印象はどちらかと言えば箒と同じ武人のそれだ。

年齢は流星達より10歳程上に見える。

 

「アンタが俺を呼んだのか?」

「いいえ、違います。此度の件に私は関与しておりませんよ。どちらかと言えば…」

「?俺?」

 

首を傾げる流星。

『打鉄』の搭乗時間は現状あまりにも少なく、『同調』も行ってはいない。

───思い当たる節があるとすれば、『時雨』の時のように相性が良いのだろうか。

 

「──相性は普通ですよ。少なくとも『あの子』程、貴方と相性の良いISは居ないでしょう」

 

思考を読んだように『打鉄』が告げる。

なら、と流星は口を開いた。

 

「『時雨』が関係してるんだな。後は…『同調』の影響か」

「聡明ですね。どちらも的を射ています。補足するなら、『あの子』の性質がこのような形で発言したのでしょう」

「性質?」

「今更ですがISはコア・ネットワークにより繋がっています。ただ、『あの子』のコア・ネットワークはひときわ特別──とだけ申しましょうか」

 

『打鉄』は静かに目を伏せる。

中身を言えないのか、言わないのか、はたまた細かくは把握出来ていないのか。

少なくとも現状の理由はぼんやりだが理解出来た。

 

「そうか。なら邪魔したな。どうすれば出れる?」

「問題ありませんよ。時間が経てば自然と目が覚めます」

「成程」

 

言葉を聞き、彼は近くの木々にもたれ掛かる。

時間が経てば──とあるが、それまで暇には違いない。

 

ぼんやりと上を見上げた。

紅葉の隙間から、微かに空が見えている。

虫や鳥、他の植物はない。

寂しさもあるが、周囲の風景は言葉を失わせる程の美しさがあった。

 

 

「あんた、名前は『打鉄』なのか?」

「はい。私は『打鉄』。それ以上でも以下でもない。数いる『打鉄』の1つですが、何か問題が…?」

 

どうしてそのような事を?と彼女は首を傾げる。

 

「個体名がないのは、何か勿体ないな」

 

「勿体ない…ですか?」

 

「こんなに鮮やかなで、落ち着きのある紅は見たことがない。コア毎に性格も世界も違うんだ。数いる『打鉄』の1人(・・)…で片付けるのは勿体ないだろ」

 

「1人……ですか。そう言えば貴方は……私達と人間の境界が曖昧なのでしたね」

 

『打鉄』は彼の目を見る。

言うまでもなく、本心からの言葉だと理解した。

 

「だとしても、あまりみだりにISを口説くのはいけませんよ。『あの子』がヤキモチを焼きますし──何より、ずっと取り憑きたくなります」

 

ふふふ、と口元を隠しつつ妖しげな笑みを浮かべる。

──ぞわりと少年の背すじを悪寒が走り抜けた。

 

取り憑くとはなんだろうか。

あの笑みの意味は何か。

ひとまず、考えないでおこうと少年は思考を止める。

 

 

「感情豊かだな。本当に」

 

「それはもう。我々には恋愛感情は有りませんが…所有欲のようなものはありますから」

 

「……気を付けるよ」

 

「ふふ、お気になさらず。───して、名前が頂けるのでしたね?」

 

「そんな話だったか?」

 

どうにも向こうのペースに乗せられている。

別段、問題が出るわけでも無いため少年も受け入れているのもあるが、イマイチ掴み所がない女性だ。

流星は顎に手を当て、少し考える。

 

「安直になるが…(もみじ)なんてどうだ」

「本当に安直ですね」

「ぐ………、不満なら───」

「いいえ、私は気に入りましたよ?」

 

『打鉄』──もとい椛は愉しげに笑いつつ口元を隠す。

絵になるような美人の上品な笑み。

 

対面する少年は不機嫌そうに口を尖らせていた。

 

 

「はいはい、喜んでもらえて何よりだよ」

「そう拗ねてはいけませんよ。流星様」

 

いじける少年の隣で椛は腰を下ろす。

自然な仕草でいつの間にかそばに居た。

 

1人悠然と上を眺めていた。

流星も同様に上を眺め──彼女の視線の先を見る。

見事なまでの紅葉──木漏れ日と相まってそれは神秘的に見えた。

 

ただ、違和感は拭えない。

椛が見ているものは、これではなく───。

 

 

「なあ、あんたが見ているものって───」

 

流星はふと椛が見ていたものに気が付く。

彼女の見ていた先は、隙間から見えるあの──。

 

振り向こうとした辺りで周囲がブラックアウトする。

鮮やかな世界を離れ、暗闇の中目覚めを待つ。

 

 

一瞬が永遠にも感じる中、彼は静かに瞼を開けた。

 

 

 

 

 

「────、眠…」

 

目覚めた場所は、いつもの自室。

見慣れた天井──窓から射し込む光はまだ弱い。

異様に残った眠気の中。

彼は二度寝を諦め、ベッドから飛び起きるのであった。

 

 

 

 

 

 

織斑一夏は、呆気に取られていた。

 

事の始まりは数分前の全校集会。

突然体育館に集められたかと思えば、学園祭の説明がされる。

学生としては楽しみな行事、IS学園の学園祭はそれなりに大掛かりだと聞いていた為一夏も期待を胸に耳を傾けていた。

 

壇上で説明している人物は──更識楯無こと生徒会長。

ごく最近、一夏の囁かな生活を壊した水色の悪魔(ひとたらし)だ。

 

普段は人をからかうのが大好きな彼女だが、こうした生徒の前での振る舞いは流石としか言いようがない。

 

───常にあれならなぁ、と疲れきった顔の一夏。

練習メニューには特に不満はない、全く無い訳では無いが──自身が望んだことだ。

問題は同居人たる彼女が、事ある事にからかってくる点だ。

 

初日の水着エプロン姿は勿論、胸元をはだけさせたシャツ姿、ナース姿、際どい足の組み換え──等々男子高校生には心が休まらない。

 

余談ではあるが、しれっと代表候補生達の好みや扱い方を彼女は心得ている。

それもあり、皆いつの間にか楯無に気を許していた。

となれば、楯無が一夏を揶揄う際のツケ…及び矛先は自然と一夏へ向かう。

 

混沌とする一夏周辺。

彼がぼやくのも無理はなかった。

そんな中、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

『以上の通り、今年の学園祭は投票制にて1番を決めるものにします。売上は別枠で例年通りにランキングするから、そっちも頑張ってね。ちなみに投票制の方で1位になった部活には───織斑一夏を生徒会権限で強制的に入部させる事を約束するわ』

 

 

賞品として自身の名前がいきなり挙がったのだ。

理解が及ばずぽかんと口を半開きにするしか、彼には出来なかった。

 

 

そうして、教室に戻る。

 

教室に戻るや否や、クラスの出し物を決める事に。

千冬はクラス代表である一夏にその進行を放り投げると、職員室へ戻ってしまった。

生徒間で決めるものである為、別段おかしくもない。

真耶が見守る中、一夏は前に出て案を募った。

 

 

──のだが───。

 

 

「ウチのクラスの出し物の件ですが────全部却下!!」

 

「「「えええー!」」」

 

「ダメに決まってるだろ!こんなの!」

 

声を荒らげるつつ、一夏は電子黒板を指さす。

そこに書かれていたのは、一部の欲望に忠実なものばかりであった。

 

『男子2人のホストクラブ』

『男子2人とツイスター』

『男子2人とポッキーゲーム』

『男子2人と王様ゲーム』

 

他クラスにはないアドバンテージを活かす気満々である。

ただ、勢いだけの案しかないのは間違いない。

 

「人気だなー」

 

男子の片割れは抑揚のない声で呆然と呟く。

本格的に檻を用意し、中で座っているだけで客が来るのでは無かろうか。

 

 

「おい、流星。他人事じゃないからな!?お前も対象だからな!!反論しようぜ!?」

 

「あー、えー………まず、ツイスター?ポッキーゲーム?王様ゲーム?って何?」

 

「そこからかよ」

 

???と改めて文字を読みつつ首を傾げるオレンジ髪の少年。

少年の経緯からして知らなくても仕方が無い。

 

頼りにならないと判断した一夏は隣の真耶の方へ顔を向けた。

 

「山田先生もそう思いますよね!?」

「えっ?私は3番のポッキーゲームとかが良いかなぁなんて」

「え」

「あれっ!?駄目なんですか?」

 

困惑の表情を露わにする真耶。

女子校出身という事もあり、何処かズレていた。

 

溜息をつきながら、一夏はクラスメイトの方へ向き直る。

 

 

「大体誰が喜ぶんだよ!こんなもん!!」

 

「私は喜ぶけどなー。断言する」

「そーだそーだ!女子を喜ばせる義務を全うせよー」

 

「はぁ!?」

 

何がいいのかさっぱり分からない。

楽しげに反論する女子達に一夏は眉を八の字に。

 

 

『織斑一夏並びに今宮流星は1組の共有財産である──!』

 

 

そうだそうだー!と女子達は盛り上がる。

一夏の苦言など聞く耳持たず──元より桁外れの唐変木相手という認識もあったのだろう。

1組女子の盛り上がりは最高潮にまで達しようとしている。

 

そんな中、捨て置かれていた流星は何かに気が付いたように口を開いた。

 

 

「これ、そもそも客の数に限界がないか?」

 

「確かに、言われてみればその通りですね」

 

「「「え〜、そんなぁ…」」」

 

ホッと胸を撫で下ろす一夏。

真耶の同意により、女子達の希望は潰える。

 

現実的な話になると問題だらけ。

半分目を背けていた女子達も改めてそれを直視し、机に突っ伏した。

 

「こほん、とにかく!普通の意見は無いのか?」

「普通というと?」

 

問いかけるクラスメイト達。

言うからには自身も何か案を出さねばと一夏は顎に手を置き、一瞬考える。

 

「喫茶店とか?」

「普通過ぎるー!」

 

「──じゃあお化け屋敷とか?」

「IS学園と合わなくない?」

 

「──なら───」

「っていうか普通過ぎな気もするんだよねー」

 

ピシリと一夏が固まる。

端々から否定され、彼は大きな溜息をつく。

また奇っ怪な案が出る前にどうにかしたい所ではあるが───。

 

 

「いいだろうか?」

 

クラスの視線が一斉に声のもとへ向けられる。

手を挙げ、意見を述べようとしていたのはラウラであった。

 

 

「メイド喫茶はどうだろうか。客受けもいいだろう」

 

「は?」

「ら、ラウラ?」

 

───聞き間違いか?

ポカンと口をあける男子2人。

意外な単語が銀色の少女の口から出た事に驚きを隠せずにいる。

 

対象的に女子の方は気にしてはいない様子。

『おー』と感心の意を示していた。

 

 

「嫁の言っていた喫茶店というのは悪くない。経費の回収も可能だからな。ただインパクトに欠けると思って一捻り加えた形だ」

 

「織斑君や今宮君はどうするのー?」

「メイド服着てもらう?」

 

 

「えっ…」

「はは、ウケる」

 

1組はラウラの案を聞き、賑やかさを取り戻す。

女子達としては冗談半分の発言も、男子達2人には不穏なものにしか聞こえない。

 

メイド服を着せられる未来を想像し、男子二人はげんなりする。

苦虫を噛み潰したような一夏と現実逃避気味の流星。

 

奇跡的に2人がメイド服を着る未来は回避される事になる。

 

 

「男子二人は執事の格好をして貰うなんてどうかな?一夏だと料理も上手だし、厨房もやって貰うとかどう?」

「いいねそれ!」

「賛成!」

 

シャルロットの案に皆が目を輝かせる。

一夏の執事姿を見たい──なんていうシャルロットの欲望が入っていたりするのは今更な話である。

 

肝心の服の調達や料理のメニュー等の話も、トントン拍子に進む。

皆積極的に役割を申し出る事もあり、かなり細部までの話が纏まった。

 

十分現実的な案にまで成長を果たす。

『御奉仕喫茶』──1組の出し物は決定した。

 

 

 

そうして、一夏は纏められた案を紙媒体にして職員室の千冬のもとへ向かう。

 

 

「───成程、衣装だけ変わった喫茶店か。メニューや準備の構想も出来ている。良いだろう、許可する。ところで───提案者は誰だ?」

 

「ラウラですけど…」

 

「ほう、ラウラか。…────!?」

 

 

 

 

 

激しく叩き付けられる金属の音が辺りに響いた。

ぶつかり合いにより火花が散る。

場所はアリーナの上空──発生源は空を舞う2つの機体。

『紅椿』と『白式』だ。

 

 

「はぁッ!!」

 

「っ!?」

 

箒が振るう二刀を一夏は雪片弍型で切り弾く。

出力は箒が上。

力を横に受け流しつつ、彼は身を反転させる。

 

スラスターの光の輝きが増す。

互いの踏み込み位置、攻撃範囲(リーチ)、手数。

それらを加味しつつ此方が攻める際に有利な位置取りに移ろうとする。

近距離と一括りにするのは愚考だ。

 

(くそ、上手くいかない!)

 

───更識楯無の指導の1つ、自身に有利な位置取りの意識。

多少慣れては来ているが、それでも難しい。

箒程の剣士相手となれば当然の事、相手の決められる間合いで詰められる。

 

 

『そこ!重心が2cmズレてるわよ!』

 

「──っ、はい!」

 

───同時にPIC制御も意識する。

模擬戦の中、それも篠ノ之箒という優秀な剣士との近接戦闘の最中である。

 

「隙だらけだ!」

 

案の定、一夏側の動きに綻びが生じる。

隙を逃すまいと動く箒。

先までの間合い管理も水泡に帰す───のだが、ここからこそ本番であると一夏は自身に喝を入れた。

 

 

「ふ─────ッ」

「!」

 

軽く息を吐き、タイミングを合わせる。

見極めるは体捌き。踏み込む手前から全身、腕、手、と情報は細部に──次第に少なくなっていく。

感覚的にではあるが、次の攻撃が見て取れた。

 

片手で雪片を振るう。

 

 

 

「何!?」

(───なんだ?今の感じ)

 

受け流した瞬間に箒が驚きの声を発した。

無我夢中で凌いだ一夏もまた、結果を見て目を丸める。

 

刹那的ではあったが、異様な立て直しの速度だった。

いつもならば確実にやられていた場面をどうにか出来たのは、大きな前進である。

 

───と、喜びも束の間。

一瞬の攻防に一喜一憂する暇は当然あるはずもなく。

 

 

『そこ!気を緩めない!!』

 

「え…?」

「そこだっ!!」

 

「っ!?ぐはっ!?」

 

 

ハエたたきを食らったハエの如く、一夏は地面に叩き落とされた。

以前までと違い、受け身は取れており機体自体の損傷もほとんどない。

楯無は確認を終えると、呆れた様子で口を開いた

 

 

「戦いの最中に気を抜かないこと!(ペナルティ)としてメニュー追加ね」

 

「分かりました。…あの、何かコツとか無いですか?2つ以上意識するのが難しくて…」

 

「コツ?」

 

楯無に対し、一夏は起き上がりながら尋ねる。

楯無はその質問に対し、キョトンとした表情を浮かべた。

 

「無いわよ。そんなの」

「はい?」

「だから、ないわよ。そんなの」

「ちょ、ちょっとそれは無いんじゃないですか!?」

 

一夏は堪らず抗議する。

楯無は閉じた扇子で口元を隠しつつ困った様子で応じた。

 

「だって一夏くん、並列思考はあまり得意じゃ無いでしょう?あーだこーだ言っても多分無理なのよ」

「うっ…」

「だから並列でやる感覚を体に叩き込む。シンプルだけどこれが一番よ」

「なるほど」

 

あっさり納得する男子に楯無は満足気に頷く。

愚直だが素直、加えてIS操縦者としてのセンスはある。

教え甲斐が有るというもの。

 

 

「さ、すぐに再開して頂戴。このペースだと日が暮れるわよ?」

 

 

 

 

 

 

そしてまた、金属の叩き付けられる音が鳴り響いた。

場所は別のアリーナ上空。

銀灰の機体と黒の機体が空中で交差した瞬間であった──。

 

「「──」」

 

互いを一瞥し、高速の切り返し。

大きな選択肢は二択。

 

空中で反転する無機物が2つ。見た目にそぐわぬ素早さで相手へと仕掛ける。

 

近接を選んだ銀灰の機体は盾を展開。

中距離を選択した黒の機体はワイヤーブレードを射出した。

 

「ちっ」

 

先にワイヤーブレードが少年へ襲いかかる。

旋回しつつ近寄ろうとしていた少年は、軌道を変え頭上からのそれを受け流した。

切っ先を受け流し、そのままワイヤーを掴む。

そのままワイヤーを引っ張り、スラスターを吹かす。

 

少し歪な軌道で接近。

近接ブレードに持ち替え、流星はラウラに斬りかかった。

 

素早く手を翳すラウラ。

──同時に流星は直角に動き、AICのタイミングをズラしていた。

 

「時間差か!」

 

この為に、斜めの慣性を乗せていたのだとラウラは気付く。

ラウラもまた素早くレールカノンの照準を合わせる。

少しの後退により、近接ブレードの間合いからは逃れている。

 

一方で流星は直進という選択をした。

左の盾を全面に押し出し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

「っ!」

 

黒の雨(シュヴァルツァ・レーゲン)』と『打鉄』が衝突。

ラウラは少し飛ばされそうになるも、空中で踏みとどまった。

中距離砲撃機である『黒の雨(シュヴァルツァ・レーゲン)』は純粋に重い。

加速距離の少ない突進なら、出力もあって受け止めきれる。

 

「レーゲンと力比べするつもりか?」

「まさか。そのつもりは無いな」

「意見が合うとはな」

 

AICの射程──とラウラは流星を捕縛せんと動く。

 

「っ!」

 

同時にゼロ距離での銃撃。

思わずラウラの体が仰け反る。

流星は盾の裏にアサルトライフル──焔備を隠し持っていた。

 

展開より一歩早い。

 

レールカノンで反撃するも、掠っただけ。

ラウラは後退しつつ、AICでアサルトライフルの銃弾を止めた。

何も無い筈の空間で突然止まる銃弾の雨。

塗り固められたように、銃弾が止まる奇妙な光景である。

 

 

回り込もうとする少年。

少女はレールカノンを先に撃ち、少年の移動範囲を操作。

 

「!」

 

ワイヤーブレードをけしかけるも避けられた。

 

こうなってしまえば──互いに膠着状態に陥る。

片や避け続け、片や防ぎ続ける流れになる。

集中を切らせば戦況が傾く──我慢比べだ。

 

 

 

 

 

「ラウラ〜流星〜、シュークリーム貰ったんだけどどうかな〜。───ってゴメン、模擬戦中だった?」

 

不意に入口の方からシャルロットの声が聞こえた。

 

「「──!」」

 

───ピタリと空中の2機の動きが止まる。

打ち合わせたかのように同時であった。

ピリピリとした緊張感も消え、互いに構えたまま睨み合う形になる。

 

 

「「…」」

 

 

少し不満そうにだが、2機はそのまま下降した。

想像とは違うリアクションにシュークリームを持参したシャルロットも苦笑い。

 

地面に降り立った彼等はISを解除。

咳払いだけすると、何事も無かったかのようにシャルロットの元へ駆け寄った。

 

 

 

 

────アリーナ内部の休憩室。

1つのテーブルに4人(・・)顔を突き合わせながら、シュークリームを口にしていた。

 

 

「うまうま〜」

「どうして本音までいる」

「それはねー、ビビッときたからだよ〜」

「説明になってない」

 

呆れる流星をよそに黙々とラウラは食べ進める。

流星とラウラはISスーツ姿のままであった。

 

美味しそうに食べる本音を見つつ、まあいいかと彼もシュークリームを口にする。

 

 

「結構白熱してたみたいだけど、どうだったの?」

 

先の模擬戦についてシャルロットが尋ねる。

シャルロットの目から見ても、現在の今宮流星の操縦技術は代表候補生に匹敵する。

更に今まで見せた戦闘スキルに於いては、それ以上かもしれない。

 

そして、軍人かつ代表候補生のラウラとの模擬戦。

シャルロットも興味を持って当然だ。

 

 

「「あのままなら俺(私)が勝って(い)た」」

 

オレンジ髪と銀髪が動きを止める。

ほぼ同じタイミングで発した互いの言葉に、口を尖らせる。

 

「聞き間違いか?近接ブレードの扱いが下手な貴様に、私が負ける筈が無い」

 

「…扱いが下手で悪かったな。というか、AICで満足に俺を捕まえられない奴に言われたくない」

 

「何だ貴様、やるか?」

「俺はどっちでもいいけど、やりたいなら付き合ってやるよ」

 

意地の悪い笑みを浮かべる少年に少女もまた不敵に笑う。

いつもの事ではあるが、何時になく好戦的である。

 

シャルロットはそれとなく話題転換をはかった。

 

 

「そう言えば、『打鉄』のデザインが変わってる気がするけど何かあったの?」

 

「デザイン?」

「確かに少し違ったな。何か調整したのか?」

 

2人の発言に少年は小首を傾げる。

 

「ねえねえ、もう一個食べていい?」

「良いんじゃないか?──見た目が変わってるってことか?」

 

我が道を行く少女は1人余ったシュークリームに手を伸ばす。

 

「うん。一次移行(ファーストシフト)でもニ次移行(セカンドシフト)でもなさそうだけど、すぐ差が分かる位」

 

それをよそに流星は右手を上に上げ、ISを部分展開した。

現れる銀灰色の腕───なのだが、装甲の隙間に紅いラインが走っている。

鮮やかな色、それを見て流星は思わず顔を顰めた。

 

「こいつ、思ったより自由だな…」

 

「「こいつ?」」

 

「気にしないでくれ。イメチェンみたいなものだ」

 

部分展開を解除し、飲み物を口に含む。

特に説明はしない。

説明しても話がややこしくなるだけだからだ。

 

「綺麗な色だったねー」

 

何気にしっかり確認していたらしい。

隣の本音は感想を告げていた。

よく見ると、頬にクリームが付きっぱなしである。

 

「で、本音は何してたんだよ?」

 

話しながら指でクリームを拭う。

自然な動きに誰も違和感は覚えない。

 

「いまみーを探してたんだよ〜。かんちゃんとりんりんの様子がおかしかったから、知ってるのかなって」

「様子…?」

 

本音の言葉に眉を顰める。

そう言えば今日は姿を見ていない。向こうのアリーナにも居なかった筈だ。

思い出したようにラウラも口を開く。

 

「私はここに来る前に見たな。特に鈴が挙動不審というか、何かを避けるような動きだったが──」

 

と、ラウラが少年へ視線をやる。

半目で彼を見つつ、無言でシュークリームを口にした。

大方お前を避けてるのだろう──視線がそう物語る。

 

 

「…」

 

思い当たる節はな───いや、ひとつだけある。

ただ、思い出してはいけない気がして流星は一時記憶を封印する。

思わず眉間を抑える彼をシャルロットは覗き込んでいた。

 

「休日に何かあったとか?喧嘩?」

「聞くな。聞かないでくれ」

 

「───何かあったんだね、いまみー」

 

「……」

 

スっ──と細くなり圧が強くなる本音。

 

ひとまずはこれをどう凌ぐかが、少年の目下の課題となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───同時刻、某所。

 

「へぇ、思ったより元気そうじゃん」

 

軽やかだが、響く声。

サイレント・ゼフィルスと呼ばれるBT2号機の前に佇む少女は振り返った。

 

「貴様か…」

 

不満げに声を漏らし、機体に向き直る。

彼女の手もとの端末には、以前の灰の機体との戦闘記録が記されていた。

 

先程の声の主──もとい青い髪の少女は口角を吊り上げる。

 

 

「んだよぉ、(ウチ)が折角心配して来てやってんのに」

 

あの女(スコール)には待機と言われている。それに、貴様の悪趣味に関わる気もない」

 

「悪趣味ぃー?」

 

キッパリとした拒絶に対し、とぼけてみせる青い髪の少女。

織斑千冬と瓜二つの少女──エムは目前の情報に意識を向けつつ、口を開く。

普段通りなら会話すらする気はないのだが、今は作業中であり動く気は無い。

ついでに気になった点がひとつだけあった為、気まぐれに尋ねていた。

 

 

女性主義者(ミサンドリー)を焚き付けていただろう」

「エム見てたのー?──なんて冗談だからさぁ、殺気飛ばすのは止めてね」

 

一瞬場をピリピリとした空気が支配した。

青い髪の少女はわざとらしく慌てた様子で彼女を宥める。

 

「理由なんて分かりきったものじゃん?」

「陽動か。貴様の言う更識?とやらに通じるとは思えんな。可能性があるとして──」

「──織斑一夏への奇襲?確かに戦力で考えればそうだよねー。でもでもぉ、ひとつだけ皆抜けてる事があるの」

 

薄気味悪い、顔に貼り付けたような笑み。

青い髪の少女は愉しげに頬に人差し指を当てる。

 

 

「更識は対暗部組織であって、軍じゃない。兵士でも無ければ対テロの武装組織でもない。粒が多少揃っていても──完全な民間人による数の暴力、圧倒的武力──理屈が通じないものには勝てないもんよ。最も──ああいうのは戦いを情報戦で封じ込めてくるのが基本───そこでこの組織のコネが活きるってわけ」

 

だから焚き付けたのよ、なんて青い髪の少女は告げる。

聞かされていたエムは特に興味が無さげに端末の映像を消す。

機体の情報や戦闘の情報を記録し終えたのか、用が終わったとばかりに部屋の扉へ歩き出す。

 

 

力説する少女を鼻で笑いつつ、視線を向けた。

表情の変化こそ少ないが、嘲笑っているのはすぐに分かった。

 

 

「随分な高説だ。対暗部組織の家系というのは嘘ではないらしい」

「────」

「井神家、だったか。更識に長を殺され凋落した───」

 

 

「───それ以上話すと(ウチ)、何するか分かんないから」

 

 

青い髪の少女の表情から笑みが消え去る。

今まで見せてこなかった澱んだ瞳。

先のエムとは違った焼き尽くすような激情がそこにはあった。

 

 

「──くく」

 

エムは見下した視線のまま、声を漏らす。

今までのような取り繕った空気やより余程上等だと言いたげであった。

 

「事実だろう、井神来玖留(くくる)

「チ──ッ」

 

自動の扉が開閉する間の抜けた機械音が聞こえた。

エムが部屋を後にし、静寂が帰ってくる。

立ち尽くす青い髪の少女──もとい井神来玖留。

 

女性主義者(ミサンドリー)を焚き付けた──それは間違っていない。

 

───ただ、正確にはもう1つアクセントを加えている。

対立している男性復権主義組織に、『女性主義者(ミサンドリー)男性操縦者(・・・・・)を狙って動いている』と情報をあえて漏らした。

 

ちょっとした策。

普通なら見抜かれて終わりだが──。

 

「さあて、入念に準備を始めるか」

 

彼女は青い髪をかきあげながら、再び貼り付けたような不気味な笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 



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-55-

「───鈴に避けられてる?何したんだよお前」

 

「出来ればそこは聞かないで貰えると助かるんだが───」

 

「なんだそれ」

 

訝しむような視線を向ける一夏に、流星は目を伏せる。

互いに大きなビニール袋を持ちながら街を歩く。

学園祭に備えた買い出し。

食品や大きな物は当日や直前になる為、小物を先に揃えていこうというわけだ。

 

学校おわりに私服に着替え、近くのレゾナンス内の雑貨屋で調達を終えた。

ズッシリとした重みが両手にかかる。

 

「喧嘩したのか?」

「喧嘩では無いんだが、やらかしたと言うか。鈴側の自業自得というか」

「歯切れ悪いな」

「詳細を話したら今度こそ刺される」

 

ましてや一夏に話すなど、八つ裂きにされても文句は言えないだろう。

 

──簪と鈴はラウラの言う通り、流星を避けていた。

真意は分からないが、前の一件が原因だろうことは間違いない。

ひとまず話し掛けようとした流星であったが、鈴には逃げられた。

簪はかなりたどたどしいが、会話は出来た。

 

折り合いは付いているのだろう。

鈴程正面から見た訳では無かったのも起因している。

 

 

「深刻な感じか?何か手伝える事があったら手伝うぞ」

 

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」

 

流星はそうとだけ返事をすると、近くの店へ視線を移す。

一夏も釣られてその先を見る。

そこにあったのは、なんて事ないアクセサリーショップ。

 

 

「…物で釣るのはあんまり効果がないと思うぞ?」

 

「そんなんじゃない」

 

一夏の発想を否定しつつ、店に近付く。

巨大ショッピングモール内である為、扉はない。

通路から見えたケース──その中にあった物に見覚えがあったのだった。

ビニール袋を足下に置き、懐から簪に貰ったアクセサリーを取り出す。

 

 

「それは?」

 

「簪に貰ったんだ。裏にあるロゴから見るに、ここで買ってたみたいだな」

 

「へー。中覗いて行くか?学生向けみたいだし」

 

「ああ、そうしよう。──って、何ニヤついてるんだよ」

 

「何でもねえよ」

 

楽しそうな一夏に流星は首を傾げる。

店内に入りアクセサリーを眺めていると、店員に声を掛けられた。

淡いピンクのカッターシャツを着た女性店員だ。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 

「貰ったものがここで買われた商品みたいで。ちょっと見て回ろうかなと」

 

「──そうなんですか!拝見しても?」

 

「ええ。これですけど」

 

と、手持ちの物を少年は見せる。

 

「!こちらですね。成程!」

 

興味深そうに女性店員はそれを確認すると、直後に微笑ましいものを見るような目になった。

曰く、この店のアクセサリーには元々効果と別に贈り物にした場合の意味(・・)もあるらしい。

故に値段的なものだけでなく、贈り物としてもここの商品は人気だという。

 

『知りたいですか?』と尋ねる店員に流星は『必要ない』と答えた。

態々本人のいない所で意味を調べるなど、気が引けたからだ。

 

「──」

 

店内にある幾つものショーケースの中を見る。

種類や形は様々。学生向けを謳っているのもあってか装飾も細かく綺麗だ。

──貰ってばかりだ、少しは何か形にして返した方がいいのかもしれない。

 

考え込む少年に一夏は小首を傾げる。

 

一方で───

少年の思い付きに気が付いたのか、女性店員はにこやかに声を掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「らしくないな」

 

レゾナンスの一角で流星は独り呟いた。

 

椅子に完全にもたれかかり、顔を上げてため息をつく。

彼の対面の椅子に一夏の姿はない。

代わりとばかりに置かれたビニール袋──それは一夏の持っていた物である。

 

彼は現在、買い忘れた物を慌てて買いに行っているところだ。

店が閉まる直前に思い出し、ジャンケンに負けた一夏が走って向かった形になる。

 

(……学園祭、か)

 

思えば人生初の体験。

元を辿れば何もかも初めてであるが──。

 

 

 

「───キミが今宮…流星君だね?」

 

 

背後から聞こえる男性の声に、少年の瞳は静かに冷たさを宿した。

背後の席に座っている男性は缶コーヒーをテーブルに置く。

対象的に、流星は振り返る事もせず自身の飲み物を飲んでいる。

特に応じようとしない彼に対し、スーツ姿の男性は柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

「突然ですまない。私は古河、古河大吾。──男性人権保護の会、日本支部の会長だ」

 

男性人権保護の会──聞こえはいいが、実態は男性復権主義も入り交じった組織だ。

女性主義者(ミサンドリー)そのものである女性権利団体の反動とも取れる過激派も多数存在する。

あちら程揉み消す力や世論はないにせよ、各国で活動するだけの規模はあるのだろう。

 

付けられていたのは気付いていた。

特に危険も無いと判断し、泳がせていた。

 

勿論、重役であろう古河1人ではない。

護衛に数人私服の男をつけている───周囲の席に座る数人がそれだろう。

一夏の方をつけていった様子は無かった。

 

 

「で?そんなお偉いさんが何の用ですか」

 

心底嫌そうに口を開く流星。

先までの気分が台無しだ、とでも言いたげな様子。

古河という初老の男性は苦笑いしつつ、宥めるような物言いで進めた。

 

 

「いやいや、お偉いさんなんて柄でも無いさ。こうしてキミに直接会いに来ているあたりで察しがつくだろう?まあこんな立場だ。警戒されるのは当然だけど、どうか気を楽にして貰いたい」

 

 

何をぬけぬけと、と流星は内心呟く。

──男性操縦者2人の突然の外出。それに対応出来ている時点で組織的行動力と情報伝達は油断ならない。

その上、直接来たのは敵意は無いと示すためだろう。

 

 

「先に言っておきますが、俺は政治には興味がありません。そもそも立場もふわふわしてる。だから関わる気もありません」

 

「だろうね。だけど、我々がキミの立場をどうにかして保証すると言えば──話は変わらないかい?」

 

「保証?随分と都合がいい話じゃないですか」

 

古河の言葉を流星は鼻で笑う。

反応を示しそうになったのは護衛の数人。

ピクリと不機嫌そうに眉を動かしていた。

 

 

「確かに下心がないかと言われれば違うと言い切れない。そうだね、キミとは友好的な関係を築きたいから正直に話そう。キミ自身のデータも欲しいんだ。あくまで常識的な範疇でね。保証はその見返りでもある」

 

落ち着いた口調で淡々と告げる男性。

ああ面倒だと流星は独りごちる。

 

「説明になってませんよ」

 

「ISに男性も乗れるようにしたい。そうすれば今の世の中はひっくり返る。男女の不平等も必ず減るだろう。目的と理由は分かって貰えたかな?」

 

古河の説明に流星は溜息をついた。

──だからそれは、建前だろう。

彼が告げたのはあくまで綺麗な部分のみ。

嘘はついていないが、まだまだある理由のひとつに過ぎない

 

 

どうして流星に声を掛けたのか──織斑千冬や篠ノ之束に警戒した──?

IS学園に任せていればいいものを自身達で行おうとするのか───引き入れること自体に意味がある──?

 

 

何にせよ、乗る気などハナから無かった。

 

 

「そうですか。───でも、勝手にやっててくれ。俺は知ったことじゃない」

 

「んだと!?さっきから聞いてればお前!」

 

「やめなさい。近藤君」

 

立ち上がる取り巻きの男性。

周り抑えようとする中、近藤と呼ばれた彼は流星の席の隣まで近付く。

 

「お前は何も分かっていない。自分の重要度も、この不平等故に起きる悲劇も」

 

「悲劇なんてごまんと転がってる。それに、自分がこの上なく厄介な立場っては理解出来てるつもりだ」

 

「自分が良ければいいのか!?お前が呑気に女への土産を買ってる間にも、苦しんでる人がいるかもしれないんだぞ」

 

近藤の物言いに流星の眉がピクリと動く。

耳障り。そう感じた流星の雰囲気を見てとった古河はスっと右手を上げた。

 

「近藤君」

 

「あ…すいません、古河さん」

 

先よりも強い口調の古河に近藤は頭を下げて席へ戻る。

 

 

「すまないね。ツレが粗相したようだ。だけどね、キミのISを扱えるという能力は世界でも2つしかない貴重なもの。その上で、何もしない事を勿体無いと感じてしまうのは大衆の性だ。どうか寛容に見て欲しい」

 

ゆっくりと古河はそう告げた。

近藤という男は、能力がありながら悲劇を静観する姿勢の流星が気に食わないらしい。

大衆の心理故多めに見てくれとの事。

 

不意に湧き上がるどろりとした黒いもの。

間違いなく『時雨』から出たそれを理解しつつ、流星は嘲笑した。

 

 

「──大衆の心理ね。だから皆して、篠ノ之束に愛想尽かされるんだ」

 

「というと?」

 

「能力のある奴は相応の事をするのが普通───勝手な話だ。大天才ってだけで世界は博士にあらゆるものを求め縛り付けようとした。そりゃ雲隠れもするだろうな」

 

「ふむ…?」

 

最も博士(アレ)に同情する気も無ければ理解出来る気もしない。

だというのに、まるで自身の発言は博士側のようだ──と流星は疑問に感じつつ話題を変えた。

 

 

「兎も角、アンタら側に付くことはない。それにこっちのツレももうすぐ戻ってくる。悪いけど、お帰り願うよ」

 

「そのようだね。私としては非常に残念だが、キミの人柄を少しでも知れたのは大きい。近藤君が立ち上がった時は肝を冷やしたが、キミが真っ当で助かった」

 

ははは、と愛想笑いを浮かべつつ思っていた事を暴露する古河。

今回の接触の目的は流星の人柄を知る事も含まれていたらしい。

他はあわよくばという所か。

 

 

「さて、最後に一つだけ」

 

ゆっくりと古河は立ち上がり、出口の方向へ足を向けた。

同時に取り巻きの男達も立ち上がり古河と共にその場を後にしようとする。

先程よりも古河の声のトーンが少し変わっていた。

温厚だが真剣な声色。

初めて視線をそちらへやる流星に、古河は鋭い目つきを返した。

 

 

「女性権利団体が近いうち何かやる気らしい。男性操縦者を狙っているとの事だ。気を付けなさい」

 

「…」

 

それだけ言うと柔和な笑みを浮かべ、古河は立ち去る。

あくまで敵対する気はないというスタンスが見て取れるが、警戒するに越したことはない。

 

完全に彼らの姿が見えなくなったあたりで遠くから走ってくる人物が見えた。

駆け寄ってくる一夏に対し、流星は缶ジュースを投げ渡す。

──やはり一夏をつけている者は居ない。

改めて買ったものを確認し、2人は帰路に着くのであった。

 

 

 

 

 

 

──それからというもの。

ご奉仕喫茶なるものの準備は、思ったよりもすんなりと進んだ。

 

メイド服や執事服は裁縫が得意──というより、その類いの服を作るのが得意な女子生徒の主導となり、手先が器用な面子で取り掛かる。

時間こそ掛かったが出来上がったものはかなり上等。

1番の難題はあっさりとクリア。

 

 

次に料理メニューの手順化、マニュアル作り。

特に手順化とマニュアル作りは味の均一化の為に必須だ。

また、作業効率やリスク回避の面からしても大きい。

──これらは一夏主導で進められた。

料理が得意な女子も多い為、意見も飛び交う。

熱い議論の中、そわそわしているセシリアを抑えるのが大変だったと箒は語る。

 

 

後は細かい流れの取り決めや、教室の装飾。

そして何より荒れたのが、休憩時間の配分である。

案の定、一夏の休憩時間と被らせたい女子達の醜い争いが勃発した。

結果、彼女らの休憩時間は少しずつ一夏と被らせる形で落ち着く。

順番に関しては勿論ジャンケンで決められた。

 

 

───そうして、学園祭当日。

 

 

「わぁー!織斑くんも今宮くんも似合ってるよ!」

 

 

歓声を上げるクラスメイトを前に、男子二人は複雑な表情を浮かべた。

褒められるのは正直悪い気はしない。

ただ、これから見せ物になるという点や慣れない格好に落ち着かない部分が大きい。

 

 

「ま、馬子にも衣装というものだな」

「我がオルコット家の執事に…というのもフフッ悪くないですわ」

「カッコイイなぁ」

「執事服というのも…悪くないな」

 

箒、セシリア、シャルロット、ラウラの4人は陰ながら一夏の姿への感想を述べる。

直接本人に言いに行けないあたり、彼女達も恥ずかしいのだろう。

 

 

 

「え?は?着崩せ?ヘアピン?伊達眼鏡?待て。誰だそんな事決めたやつ──ってやっぱり本音か。後で文句言ってやる」

 

鏡ナギに呼び止められ、流星は一瞬にしてクラスメイトに囲まれる。

あれよあれよと髪と服装を調整され、出てきたのはやさぐれ系執事。

一夏は思わず吹き出してしまった。

 

「ぷっ、はははっ!似合ってる似合ってるぞ流星!」

「おい皆。一夏がメイド服着たいってよ」

「や め ろ」

 

一夏が血相を変えて流星の口を抑える。

その必死さと彼の発言を聞いた女子達が怪しげに笑っていた。

 

「やっぱり織斑くんは…ふふふ、良いものを見させて貰いました!ってな訳で私達はちゃんとこっちの準備もしてたのよ!」

 

そういう趣味かと勝手に脳内で補完した一部女子達はグフフと涎を垂らしつつ、予備のメイド服をチラつかせる。

一夏の背筋を冷たいものが走り抜ける。

 

 

「い、一夏さん?」

「だああ!?絶対着ないからな!セシリアも勘違いするなよ!?」

 

怪訝な目を向けるセシリアに一夏は全力で否定する。

誤解も解けたのかホッとひと安心するセシリア。

彼女はコホンと咳払いしつつ、自身のスカートの端を持ち少し持つ。

頬を紅潮させつつ、ヒラリと回ってみせる。

 

 

「そ、それよりも一夏さんっ!(わたくし)の格好に変な所はありませんでしょうか!?当主としてはそぐわぬ格好だと自覚してはおりますが!着こなしてこそ淑女というもの!さ、さあ!ご感想を下さいまし!!」

 

白のエプロンに黒のシャツ、スカート。

エプロンこそヒラヒラが少しついたサブカルさこそあれど、セシリアの持つ気品がそれを余り余る程正当さ際立つものへと昇華していた。

これがメイドの正装──そう言われれば頷けるレベルで馴染んでいる。

 

 

「おお!すっげぇ似合ってる!Theメイドさんって感じの綺麗さだ!」

 

「────そ、そうですか。ふふ、綺麗、綺麗ですかふふふ」

 

「セシリアずるい!一夏!僕はどう!?」

「一夏よ!まずは嫁として私の格好から褒めるのが筋ではないのか!?」

 

一夏のなんの気もない褒め言葉にセシリアは口もとを緩ませる。

そこまで露骨なら普通気付くだろう、なんて口が裂けても言えない流星である。

詰め寄るシャルロットとラウラに一夏は困惑しながらも対応している。

一方で箒は未だ部屋の隅。

物陰から出てこられずにいた。

 

流星は溜息をつきながら彼女に声を掛ける。

 

「今行かないと置いてかれるぞ」

 

「し、しかしだな!私にこのようなヒラヒラは似合わん!もし一夏にも似合わないなんて言われた日には…!私は!私は!」

 

「あぁもうめんどくさい。巫女服も似合ってるって言われたんだろ。いいから行け」

 

流星に押され箒は一夏の前に出る。

一夏は突然現れた箒に視線を向けた。

もじもじしながら目を合わせない箒。

一夏は彼女の胸中など知る由もなく、感想を告げる。

 

───パァァと笑顔になる箒。

 

一連の流れを見ながら、流星は準備の手伝いに移った。

いつも通りだと言いたげな様子である。

 

 

 

「今宮くん、ちょっとこっち届かないから手伝って〜」

「あぁ、今行く」

 

高い場所への装飾に困っていた少女と入れ替わり、少年は作業を行う。

慌ただしい教室。

すぐに気が付いた一夏達も他の準備に動いていた。

 

作業中の流星に眼鏡少女──岸原理子は気が付いたように口を開いた。

 

 

「あれ?布仏さんは?あっ、生徒会の仕事なんだっけ?」

「生徒会だな。朝から走り回ってた気がする」

「た、大変そー…。今宮くんはここにいて大丈夫なの?」

「色々理由は聞いたが、多分生徒会長サマ(・・・・・・)の配慮だろうな」

 

不服そうに応じる流星に理子は首を傾げる。

それも一瞬。

理由を想像しつつ、理子はニマニマと笑みを浮かべた。

 

「布仏さんのメイド服、見られなくて残念だったね」

「何故そうなる」

 

確かに見れるなら、とは彼も思う。

しかし今の不満はそういったものでは無いだろう、と彼は無自覚ながらも分類した。

流星の反応の薄さにつまらないと口を尖らせる理子。

 

2人の前に清香が恐る恐る姿を現した。

 

 

「い、今宮くん…!何か手伝える事はあ、あるかな!?」

 

恥ずかしいのか少し屈みつつも清香は勇気を振り絞って話しかける。

クラスメイトに行ってこいとけしかけられた背景を少年は知らない。

逆に理子はそれを察し、少し距離を置く。

 

「そうだな。少し補強しときたいからテープを取ってくれると助かる」

 

「これだね、はい!──っ」

 

テープの受け渡しで微かに触れる指。

手放した直後に清香は勢いよく手を引っ込めた。

見守る癒子達は苦笑いを浮かべている。

 

普段こそ活発な彼女だが、こういう場ではそうはいかないらしい。

そそくさと退散していった。

理子達は大きな溜息をつく──も執事は首を傾げるのみ。

 

 

そうこうしている内に最終の準備も終わる。

同時に開園時刻になり、校内にアナウンスが流れる。

 

 

──波乱に満ちた学園祭が幕を開けた。

 

 

 

 

 



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学園祭
-56-


学園祭が始まって少し。

一般向けに解放された校舎は、生徒と外部の人間で賑わっていた。

 

呼び込みの人間も見える中、ある生徒達は廊下を歩く。

人数は3人組。傍から見れば仲の良い生徒達が学園祭をまわっているよう。

上品に笑いながら雑談をする様は微笑ましいものすらあった。

 

──ただ一つ、普通ではない点があるとするならば。

微かに意識を自身の懐に向けている。

それはまるで──凶器を隠し持っている一般人のそれであった。

 

とはいえ、見抜ける人間は限られている。

万が一は有り得ない。

 

見つかってはいけない。しくじってはならない。

この学園のために、綺麗な世界のために。

その報せが来るまで、女生徒達は賑わいの中に身を潜めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭開始から1時間。

一夏達の御奉仕喫茶は苛烈を極めていた。

 

──理由は明白。

世界に2人しかいない男性操縦者。

その姿を一目見ようとする客が内外問わずに押し寄せているからだ。

+αセシリアのように顔の知れた代表候補生達のメイド姿というものが拍車を掛けている。

 

 

「地獄か…?」

 

働きながら一夏が思わず声を漏らす。

それも当然、廊下には長蛇の列が出来上がっている為だ。

現在進行形で追加される列。

客の入れ替わり速度がさほど早くないのもあり、行列は増える一方だ。

 

「廊下を見る暇あるのかよ」

「あだっ!?いいだろ、今は呼ばれてないんだし!」

 

一夏はコツンとトレーで叩かれ、頭を抑える。

不服そうに顔を上げる彼にオレンジ髪の執事は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「あれの何割がお前目当てだろうな、執事様」

「男性操縦者は2人だぜ?執事見習い」

 

はははと乾いた笑いを浮かべる。

 

「「はぁ」」

 

揃えて溜息を漏らす執事2人。

一応喫茶店も兼ねている為、皆が食事に集中する時間が存在する。

気休めにしかならない小休止、もとい無駄口の時間。

 

それも直ぐに終わってしまった。

次にくる波を想像しつつ、2人は呼び出しに応じる。

 

身を粉にして働いて更に少し。

入口から入ってきた見知った顔を見て2人は目を丸めた。

 

「───お。弾と蘭!来たのか──って様子がおかしくないか」

「どうした一夏──っと、五反田兄妹か。…兄貴の方は何凹んでるんだ」

 

「こんにちは!一夏さんに今宮さん!兄のことはお構いなく。自業自得なので」

 

客として訪れたのは五反田兄妹。

何故かどんよりしている弾に元気いっぱいの蘭だ。

後者は大方一夏に会える事が楽しみで来たのだろう。

 

「お嬢様。お席に案内させていただきます」

「お、お嬢様!?あ、お願いします!」

 

蘭は一夏に座席を案内される形で奥に進んでいく。

一方で、弾はとぼとぼとその後を追う。

幸い他の客に指名されてはいない。

流星は弾を引き止めつつ問いかける。

 

「何があったんだよ?」

「悪い…そっとしておいてくれ…。どうせ俺は駄目な奴なんだ。どうして咄嗟に上手く言えなかったんだ…」

「余計気になるから。んだよ、失恋でもしたか?」

「うぐっ!?」

「────嘘だろ図星かよ」

 

胸を抑えつつ精神的ダメージを受ける弾。

流星は思わず苦笑いを浮かべた。

冗談のつもりで言ったのだが───。

 

「……」

 

思い返してしまったのか、弾は無言になる。

まるでこの世の終わりと言わんばかりの絶望ぶりに、流星すら言葉を失っていた。

弾を席へと素早く連れて行き、彼は困った様子で視線を蘭の方へ向ける。

蘭は察したのか呆れた様子でざっくり説明をした。

 

「受付あたりにいた眼鏡の女子に声掛けにいって、撃沈したみたいです」

「受付あたり、ね。撃沈ってなんか言われたのか?」

「いえ、自爆した感じです。でも、お兄の好みってああいう人だったんだ。意外」

「うるせー。俺だってあんなに綺麗だって女子に思ったのは初めてだよ」

 

蘭の言葉に対し、弾は悪態をつく。

まだ本調子ではないが空元気位は出来るようになってきたらしい。

 

 

「今宮くーん!指名入ったよー!」

「今行──承知しました。すぐ参ります」

 

呼ばれてすぐにそちらへ向かうオレンジ髪の執事。

立ち去る彼をボーッと見つつ、『大変そうだ』と弾は呟く。

覇気も抑揚もない言葉を聞きつつ、一夏は何か思い出したような顔になる。

 

 

「流星に聞いたら良かったな、弾」

「何を?」

「ほら、受付あたりに居たんだろ?その人。もしかしたら生徒会の関係者かもしれないし」

「おいアイツは何処に───ってあれ、鈴か?」

 

一夏の言葉を聞き、立ち上がった弾はあたりを見回した。

直後、目を丸めて固まると大きな溜息をつき椅子に再度腰をかける。

──あれ邪魔すると蹴飛ばされるよなぁ、なんて呟きを彼らは聞いて頷く。

 

 

 

 

 

彼らの視線の先にあったのは、座席に座る鈴の姿。

袖のないタイプの旗袍(チャイナドレス)を着た彼女に指名され、オレンジ髪の執事はメニューを渡す。

 

 

間にあった会話は口調は執事のものなれど、店員と客の簡単なやり取りのみ。

明らかに互いに口数が少なく、ぎこちない。

鈴は露骨に視線を合わせず下を向いているが、ソワソワしている。

メニューもまともに選ぶ余裕が無い。

 

こうしてちゃんと顔を合わせる(合わせられていない)のは、プールの件以来。

この状態を何とかしたい少年と、恥ずかしくて目を合わせられない少女。

 

こうしてちょこんと席に座っている少女は随分と小さく見えた。

なんとも言えない空気の中、少年は意を決したように口を開いた。

 

 

旗袍(チャイナドレス)ってやつか」

「な、何よ」

「そう目くじら立てるなって。…似合ってるって言いたかったんだよ馬鹿」

 

正面から褒めるのは恥ずかしいのか、彼の方も視線を逸らす。

その言葉でニヤけそうになるのを抑えつつ、顔をあげた。

誤魔化す為に睨み付けるような表情になっているが、毒気はない。

 

「そ、そう?──って今更!当然よとーぜん!」

 

ふふんと胸を張る鈴に流星は安堵の息を漏らす。

やっと調子が戻ってきたな、と胸中で呟きつつ彼女の注文を待つ。

シニヨンで髪を纏め、その身を旗袍(チャイナドレス)に身を包んだ鈴。

何処で調達したのか、見るからに安物では無い為イロモノ感はない。

ほんの、ほんの少しだけ新鮮さと魅力を覚えたのは錯覚だろう。

自身に言い聞かせる───脳裏にプールの件がチラつく。

 

鈴の方も調子が多少戻ったのか、ようやくメニューにしっかりと目を通す。

 

「執事のご褒美セット?なにこれ──って何よその顔」

「1部女子達にゴリ押されたメニューだよ。俺や一夏にポッキーを食べさせる感じ」

 

項垂れる執事を少女は横目で見る。

露骨に嫌そうな横顔──嗜虐心がくすぐられた少女はニンマリと笑みを浮かべた。

 

「じゃあこれにする」

 

「─────ちっ」

 

 

 

 

 

同じ頃。

蘭の方にもご褒美セットが運ばれて来ていた。

一夏は蘭の隣に腰をかけ、いたたまれなさそうな表情である。

 

「はい、一夏さん。あーん」

「お、おう…」

 

差し出されるポッキーを一夏は口に含む。

友人と妹のそんなやり取りを間近で見せられながら、弾は怪訝な顔をすることしか出来なかった。

 

「何を見せられているんだ。俺」

 

片手に持ったジュースを口に含む。

複雑な気持ちで再び周囲に意識を向ける。

周囲には気が気でないのか、ふるふると体を震わせながら蘭と一夏を見守る影が3つ。

仕事をこなしながらも、彼女らの視線は一夏に釘付けであった。

 

「いや、ほんと何見せられてんだ俺」

 

死んだ魚のような目で弾はメニューを見返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら流星、口を開けなさいよ。あーん」

 

ご機嫌な声色と共に差し出されるポッキー。

店内の視線が集まる中、執事は顔を引き攣らせている。

 

「くそ、愉しそうにしやがって」

 

文句を言いつつ、彼はそれを口にする。

既に何人かの客にされているメニューだが、ここまで気恥ずかしくは無かった。

 

食べさせつつも鈴は疑問を口にする。

どうしてポッキーなのか。

 

食べさせやすく、作る手間も要らない。

汚れるということもなく、原価も安い。

最後に、ポッキーゲームを押し通そうとした勢力との妥協点でのメニューという側面。

 

執事が淡々と説明し、中華娘は納得した。

 

ちらりと鈴はポッキーの残りの本数を確認する。

残り3本、猶予はある。

今更ながらに目的を思い出し、鈴は頬を紅くした。

 

『休憩時間は暇でしょ?(あたし)も暇だし、仕方ないから学園祭を一緒に見てまわってあげる』

───切り出すタイミングを窺う。

幸い好敵手(ライバル)の本音は生徒会の仕事で不在。

簪は4組、当然ここにいない。

何やら先程からこちらをチラチラ見ている少女がいるが、あの様子では警戒するに越したことはないだろう。

 

気付けば残り1本。

いよいよといったところで、先に少年が口を開いた。

それは、鈴からすれば願ってもないことで───。

 

 

「もしこの後空いてるなら一緒に学園祭を見て回らないか?」

 

唐突な申し出に、彼女はポカンと口を開けていた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、くくる」

 

校舎の影、壁にもたれ掛かりながら幼い少女は不満げに口を開いた。

黒い長髪に緋色の瞳。

あどけなさのまだまだ残る顔立ちでありながら、少女の声色は凍てつくようである。

明らかに宿る嫌悪に青い髪の少女は気にも留めない。

さも自然と携帯を弄るようにして、外部と連絡を取っている。

 

「何だよ。(ウチ)はこれでも忙しいんだっつの」

 

「しってる。それよりどうしてあなたとなの?わたしはオータムとうごきたかったのに」

 

(ウチ)に聞くなし。あいつは探り入れるのもあるからでしょ」

 

「あといつまでこまかくしじしているの?わたしもうすこしまわりたいのに、これじゃあつまらないわ」

 

会話の最中も青い髪の少女は、黒髪の少女に目もくれない。

諜報から入る情報をもとに部隊を再編成させているのだ。

勿論(・・)学園襲撃用ではない(・・・・・・・・・)

笑みを浮かべる彼女に、黒髪の少女はため息をつく。

 

「いんしつね。あんなしろうともつかえるの?あなたってじつえきもないし、リスクばかり。はめつてきなこうどうがすきなの?」

 

「いいや、だからこそ誰も想像し得ないってもんよ。──いいかクソガキ。本命ってのはぼかすもんだが、複数あっても問題ねぇのさ。大事なのは優先順位を悟らせねぇ事だ。奇襲、そして混乱の為にはその仕込みを欠かせねぇの」

 

青い髪の少女はそうとだけ告げると、目前の端末へと向き合い続ける。

一方で黒髪の少女はポカンと口を開けたまま。

青い髪の少女の画面を見ながら、目を丸め呟いた。

 

「おどろいた。あなたってまめなのね」

 

「殺されてーの?」

 

殺気を叩き付けられつつも、黒髪の少女はそれを歯牙にかけずため息をつく。

折角の学園祭──なんて言いたげな顔で、空を見上げながら言葉を漏らした。

 

「ひまだし、りゅうせいやりんに会いにいこうかしら?」

 

 

 

 

「──巻紙礼子…さん?」

 

差し出された名刺を前に、思わず執事は面食らったような顔になった。

 

「はい。宜しければ少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

 

対してスーツ姿の女性は微笑みながら、相席を促す。

オレンジの髪、見知った少年のものよりは明るいものだ。

客を無下にするのははばかられる為、一夏は対面に腰をかける。

女性はふわりと優しい表情で資料を取り出した。

 

始まったのはISの営業トーク、もといセールス。

 

──どうするべきなんだろうか。

一夏は何とか表情に出すのを抑えつつ、どこか抜けた相槌をうつ。

IS学園という都合、こういったケースは十分考えてはいた。

しかし、今回生徒へのそういった交渉は禁止されている。

完全に決まりを無視した相手方。

どう断ろうかと考える一夏だが、切り出すタイミングが見付からない。

流れなど無視して断るのが1番なのかもしれない。

 

彼はそうは出来なかった。

下手に刺激したくはない。

なぜなら──────。

 

「外部スラスターなど如何でしょう?今なら脚部ブレードも───」

 

考えている中、ポスリと一夏の頭にトレーが乗せられた。

溜息をつきながらもう1人の少年が姿を現す。

 

「一夏、ご指名だ。行くぞ」

 

「お、おう。急かすなって」

 

グイッと首根っこを引っ張られ、席から立たされる執事。

ほんの一瞬だけ女性の視線が鋭くなる──も目撃者はいない。

 

オレンジ髪の少年は女性の方を一瞥し、その場を後にした。

当然、指名というのも詭弁だ。

流星は仕切りとして置かれているパーテーション裏まで一夏を連れてくると、手を離した。

解放された一夏はホッと一息をつく。

そんな彼へ隣の少年は世間話でもするかのように口を開く。

 

「あれは営業職の人間じゃないな」

 

直球な台詞に一夏は驚いた様子を見せない。

むしろ相槌をうちつつ、頭に手をやる。

 

「え?あぁ、でも確かに変な感じがしたな。上手く言い表せないけど」

 

「分かってるならいいさ。でも用心はしておけよ?放置してるが、産業スパイっぽいのも多数いた」

 

「さ、産業スパイ…。そんなのが多数居たのか…?」

 

フィクションの中でしか聞いたことの無い言葉。

一夏は困惑と反応の遅れで間抜けな表情になっている。

現実感が無いのは仕方がない。

流星は半目であたりを見回しつつ、溜息をついた。

 

「とは言っても害は無さそうだがな。大半が俺達を見に来ただけだろう」

 

「俺達を?見たところで何も分からないと思うけど…」

 

「実物を見る事が大事なんだろうさ。なんせ世界に2つしかない事例だ」

 

呆れ返るような口調に一夏も苦笑いを浮かべた。

あわよくば何か──とソレらが考えている事までは態々口にしない。

忘れてこそいないが、学園祭の時にまでそんな事情を突き付けられるのは快く──とはいかない。

 

「っても、特に変なとこは無いんだけどなぁ」

 

「全くもってその通りだ」

 

一夏に同意する流星。

実のところ、乗れる理由など皆目見当もつかない──訳でも無い。

簡単なやり取りの中、不意に浮かぶ篠ノ之束の言葉。

 

──君が特別だからじゃない。君が特別なISに気に入られたからここに居るんだよ──

 

考えた事など欠片も無かったが、何とも奇妙な話である。

特別なISに気に入られた──『時雨』がそれだと仮定しても腑に落ちない。

『打鉄』など他のISにも流星は乗れるからだ。

 

(『時雨』がコア・ネットワークを介して何か影響を与えている?確かに、情報を送り合う事は確認されているけど──それでも他のIS全てに直接的な影響を及ぼすなんて有り得るのか?)

 

『打鉄』こと椛は性質と口にしていた。

ならば想像は出来る。

『時雨』には他のISに影響を及ぼす何かがある。

 

と、なれば一夏はどうなのだろう

 

「ん?考え込んでどうしたんだ?」

 

「なんでもない。些末な事だ」

 

思考を中断、接客作業に戻る。

──いつの間にか先の女性は店を後にしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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-57-

 

正直言おう。

学園祭というものを俺は舐めていた。

 

弁明すると人の多さや規模に驚いた訳では無い。

天下のIS学園。

最新技術、最新の教育。

あらゆる国の人間が在学する此処に人が集まるのは当然のこと。

今年は俺達の存在もあり、話題性は更に富んでいる。

なにやら宜しくないものも紛れ込んでいるが、それを差し置いても───。

 

 

──熱量が、凄まじい。

 

 

それは、自身のクラスにいる時から感じていた。

昼を前に溢れ返る人、人、人。

接客、料理、会計、片付け。

接客の中でも特に異質な俺達を除けば、他のクラスメイトは純粋な仕事の域を出ない。

学生である為厳密なルールや空気はないが、それぞれが真剣に取り組んでいる。

忙しさに追われる中も、皆どことなく楽しげであった。

 

祭りというのは皆こうなるのだろうか。

篠ノ之神社の夏祭りには行かなかった為、そういうものは知らない。

 

この光景は見る限り、廊下の外もさほど変わらなかった。

 

どうにも慣れない。

 

楽しんでいないか、となればそうでは無いだろう。

気分は悪くない。落ち着いているしむしろ気楽だ。

この催しが他人事なのかと言われれば断じて違う。

 

 

 

 

「あら?結構様になっててびっくりよ。不良執事クン」

 

──…。

 

休憩手前で物思いに耽っていると、目の前に見知った水色の影が現れた。

それもなんの間違いか、うちのクラスのメイド服を着ている。

片手にはいつもの扇子。

達筆で書いてある言葉は『悪漢』──喧嘩を売られているのだろうか。

 

 

「…仕事はもう良いのか。生徒会長サマ」

 

「あれ?ひょっとしてのけ者にされたのを拗ねてる?可愛いとこあるのね流星くん」

 

悪態で返した筈が上機嫌に。

ニマニマと笑みを浮かべ、楯無はこちらの顔を覗き込んでくる。

仕舞われる扇子。

メイド服も完璧に着こなしてくるのが、実に楯無らしい。

 

「どう?似合ってるでしょう?」

 

心を読んだのか、一歩引いてくるりと回ってみせる楯無。

モデルさながらの華麗な動き。

俺はいつも通りの笑みを浮かべつつ、口を開く。

 

「似合ってるんじゃないか。お調子者メイドってところだけど」

 

「…素直じゃない男の子はモテないわよ?」

 

呆れた様子で楯無はそう呟いた。

ほっとけ。思ったことなんだからいいだろ。

 

そうこうしていると一夏が接客から戻ってきた。

一夏は楯無を見て目を丸める。

 

「た、楯無さん?どうして?」

 

「お茶しようかなーって思ってねー」

 

「その格好なのに接客しないんですか…」

 

「うん♪」

 

元気いっぱいで肯定する楯無に一夏は何とも言えない表情。

 

本当に何しに来たんだコイツ。

…真面目な観点で考えるなら察しはつく。

俺達とそれ目当ての客を見に来たのだろう。

 

最近振り回されているのがトラウマ地味ているのか、一夏は顔を引き攣らせている。

 

 

「ところでそのメイド服はどこで調達したんだよ」

「確かに。どうやって用意したんですか?」

 

「それはね───」

 

「───どうもー。新聞部でーす!話題の男子2人の取材に来ましたー!」

 

更に面倒なタイミングでやってくる新聞部のエース。

一夏の表情は固まっていた。

 

「あ、薫子ちゃんだ。やっほー」

「わお、たっちゃんじゃん!メイド服も似合うわねー。あ、どうせならそこの男子とのツーショットをちょうだい」

「勿論いいわよ」

 

俺達の返事など聞かずにシャッターが切られる。

楯無は即座に近付くと腕を組んでピースサイン。

いえい♪なんて実に楽しそうである。

腕に何かが当たる感触は気の所為だろう。

 

直後に同じ事をされた一夏は真っ赤になって驚いていた。

からかわれ、疲れた様子の一夏が俺の方に戻ってくる。

 

「なぁ流星。二年生の人って皆あんな感じなのか?」

「俺が知るかよ。おっと、用事思い出し──」

「おい待て流星。1人だけ逃げようとするな」

 

ガシリと一夏に腕を掴まれる。

反応が早かった。最近の鍛錬の成果だろう。

余計な事を。

オーダーも入ったので仕方なくそちらへ。

俺達をよそに自由人2人の会話は続く。

 

「やっぱり女子が写らないとダメねー」

「私写ってるわよ?」

「たっちゃんはオーラがあり過ぎてダメだよー。あ、どうせなら他の子達も一緒に撮ろうかな?」

「それでいきましょう。皆こっちに来てー」

 

箒、セシリア、シャルロット、ラウラを集め撮影会が始まる。

勿論、一夏とのツーショット。

彼の返事など待たずにパシャリパシャリとシャッターが切られる音が聞こえた。

 

 

「楽しんでる?」

 

空いた皿を下げていると隣で作業し始めた楯無がそう尋ねてきた。

一夏や他の女子達を撮影に使う都合、楯無が一時的に店を手伝っている形だ。

 

「どうだろうな。楽しんでると思うけど、イマイチよく分からない」

 

正直に口にする。

楯無を前に嘘をついても意味は無い。

彼女が今回の生徒会の仕事を俺に手伝わせなかった理由は理解していた。

生徒会としての雑務や更識としての厄介な仕事──それらを自身らが引き受け、俺がいち生徒として楽しめるようにとの配慮だろう。

前提が間違えている。俺は────。

 

思考を遮るようにカチャリと皿が擦れる音。

 

「…ふーん」

 

意味深な表情で納得する楯無。

心做しか微かに表情が緩んで見える。

 

テーブルを拭き終わり、新たな客を案内。

ひと通り注文を受け、持ち場に戻る。

 

すぐにコホンと咳払いして楯無は真剣な表情に戻った。

 

「──それはそうと、さっき『時雨』のフレームが届いたらしいわ。整備室に直接搬入されたみたい」

 

成程、楯無がここに来たのはそれを伝えるのも兼ねていたか。

『時雨』が俺の手もとにある為、調整はすぐに行えない。

だが今夜にでも調整すればすぐ『時雨』で戦えるようになるだろう。

 

「早いな。普通ならあと2ヶ月はかかるだろうに」

 

「そこは流石IS学園ってところね。秘密裏に搬入するのにはこっちも協力したケド」

 

扇子を開く楯無。

そこに書かれた文字は偉大。

確かに恩恵は感じるが、その表現はどうなのだろう。

 

 

「おーい流星くーん」

 

黛先輩の声。

意図は言うまでもない。

一夏と箒達の写真が撮り終わったのだろう。

ホクホク顔の先輩は俺を手でこまねいている。

 

「あとたっちゃんもー」

 

「あら?」

 

予想外なのか楯無も小首を傾げる。

呼ばれたままに黛先輩のもとに。

 

「ほらほらー、並んで並んでー」

 

「私と流星くんの組み合わせなら、さっき撮ってなかった?」

 

確かに、と俺も頷く。

最初に撮ったのに何故またこの組み合わせなのだろうか。

先輩は逆に不思議そうに首を傾げてみせる。

表情曰く、何を当たり前のことを言ってるの?らしい。

 

「普通のポーズだけじゃん。まだまだ撮りたい写真が有るんだよねー。ラウラちゃんがやって貰ってたお姫様抱っことか!」

 

「「え」」

 

珍しく楯無とリアクションが一致する。

そもそもなんだ、ラウラのやつそんな事してたのか。

心底願い下げだ。

 

「というか、楯無はオーラがあり過ぎるって先輩言ってませんでしたっけ?」

 

「言ったよ?けど被写体がやさぐれ系執事だから丁度良いの」

 

…なんだその理由は。

助けを求めて隣へ視線を移す。

珍しく反応が同じだったのだ。

楯無も望んではいないだろう───。

 

 

「──私が流星くんをお姫様抱っこ……?」

 

 

──なんて期待したのが間違いだった。

真面目な顔で考え込みつつ、そう呟いた楯無。

 

どうして、そうなる。

 

背景に何故か宇宙が見えた気がした。

 

「それも面白そうだけど、とりあえず逆をお願いするかなー」

 

「仕方ないわね。楽しそうだし出血大サービスよ?後で生徒会の方も頼むわね。薫子ちゃん」

 

「大いに任された。ほら流星くん早く早く」

 

復帰する楯無。

やはり、俺や一夏に決定権はないらしい。

 

「さっと撮って終わりですからね?」

 

「勿論!手間は掛けさせないよー。──じゃあ早速1枚目ー!」

 

デジカメを構える先輩。

撮影会はなんだかんだ10分程続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

昼も過ぎ、休憩に入る。

注文用の小型マイクを服から外し、クラスメイトに預ける。

燕尾服は動き辛いがそのまま。着替え直すのも手間だ。

一夏は先に休憩し始めていた。

 

 

 

「ごめん。その、待たせたわね」

 

2組の教室の前の廊下で待っていると、中から鈴が姿を現す。

旗袍(チャイナドレス)───相変わらずよく似合っている。

頭のシニヨンは言わずもがな、赤の生地に金のライン。

太腿辺りのスリットからはあえて目を逸らす。

 

2組前にあるメニュー表が目に入った。

 

「そうでも無い。今更だけど中華喫茶…いや、お茶…?なのか」

 

「そうね。あえて言い直すなら飲茶って言うの。お茶って言うとなんかイメージが違うし。まあ──あんたのとこに客が取られて、そこまでなんだけど…」

 

「こっちは客寄せの俺達(パンダ)が居るからな。気にするな。服装も似合ってるし、単に客の見る目が無いだけだ」

 

教室から恐る恐る出てきたのは、今更になって服装が恥ずかしくなってきたからだろうか?

いや、ジロジロ見過ぎたのか?配慮が足りていないのかもしれない。

 

「「…」」

 

改めて言葉に困る。

そう半目で睨まないで欲しい。俺達はただでさえ目立つのだから。

今に至っては失言なんてしてない筈。

 

でも鈴の表情は変わらない。

そのせいで視線を感じ───

 

 

「「「じぃぃー」」」

 

「……」

 

視線は2組と教室と1組の教室、双方からであった。

出口のドアから顔を出して眺めている少女達。

 

その目は好奇心に満ち満ちていた。

普段は一切気にならないが、今は少しむず痒い。

見る暇あるなら働いてろ。馬鹿。

 

「鈴ーがんばー」

「頑張ってー鈴さーん」

「ごゆっくり〜」

 

「うっ、うっさい!?余計なお世話よっ!」

 

2組の方へ怒鳴る鈴。

ずっと見られているのは流石に気が進まない。

 

「ほら、行くぞ」

「あっ…」

 

鈴の手を引き、そそくさとその場を後にする。

ギャラリーが騒がしい。勘弁してくれ。

 

一方で鈴は借りてきた猫みたいに大人しくなっていた。

 

2階への階段の踊り場で手を離し、立ち止まる。

ここまで来れば野次馬は居ない。

どこから回るか等もここで決めてしまおう。

 

「どこから回る?」

 

パンフレットを取り出し、鈴に渡す。

鈴は小首を傾げながらそれを受け取った。

 

「こういうのってあてもなく歩くものなのよ」

 

「へぇ」

 

抑揚のない返事をする。

反応が薄いためか、鈴は少し不満そうだ。

こればかりは学園祭初心者だ、許して欲しい。

パンフレットを俯瞰するように見る鈴。

最低限の情報を頭に入れているらしい。

 

パンフレットを直ぐに俺に返すと得意気な様子で彼女は歩き出した。

 

「さ、行くわよ。どうせ先にお昼ご飯よね?」

「ああ。鈴は何か食べたいとかあるか?」

「特にないわ。折角だし食べ歩きするわよ。食べ歩き!」

 

なるほど、悪くない。時間も無駄なく使えるのもいい。

飲食をやっているところも、食べ歩き用を廊下側で販売していたハズだ。

歩き出した鈴に置いていかれないよう俺も歩き出す。

2人並んで廊下を探索。

適当に見付けたものを購入。

小さなワッフル。バターの香りが食欲を唆る。

 

「しかしメニュー名が普通だな。てっきりもっと長いメニューばかりだと思った」

 

「どういう偏見よ。普通は食べ物の名前だけじゃない?」

 

こちらの言葉を訝しむような鈴。

会話や言葉こそいつも通りだが、露骨に視線を逸らされているのが分かる。

 

「鈴が見てたメニューだけど、あれの3ページ目とか酷いぞ。声に出して読みたくない」

 

「例えば?」

 

想像出来なかったのか、具体例を求められる。

読みたくないって言ったことは考慮されていないらしい。

 

「『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』なんてのが───」

 

「──は?ナイチンゲールの?湖畔?」

 

鈴は呆気に取られている。

やはり鈴でもついていけない名前のようだ。

 

「あと『深き森にて奏でよ愛の調べセット』なんてものもある」

 

鈴はそれを聞き、顔を引き攣らせる。

もはやメニュー内容を考える気さえ起きないようだ。

 

 

そう言えば、と鈴は思い出したように口を開く。

 

「あんた招待券はどうしたの?まさか、あの福音の操縦者に──」

 

鈴が疑いの目を俺に向ける。

間髪入れず否定で返した。

 

アイツ(ナタル)を誘う程仲良くはねえよ」

 

「──ふ〜〜ん?ナタル(・・・)ねぇ〜。随分気を許してるわね」

 

「──む」

 

鋭い視線に思わず言葉が詰まる。

俺だって気を許している訳じゃない。

相手は米国(アメリカ)の軍人にしてIS操縦者。むしろ苦手だ。

 

ただ、信用出来る人間であるのは否定しない。

互いに友好的な関係ではあるが、互いにこれ以上踏み込む事も無いだろう。

利害関係が出てくれば話は別だが。

 

ちなみに『時雨』の方はそうじゃない。むしろナタルを気に入ってすらいる。

…その影響もあるのだろうか。

 

 

「気を許しているってのには語弊があるな」

 

「別に取り繕う必要無いわよ。だってあんな美人相手、男なら仕方ないじゃない。ふふ───そっか…1度首輪でも付けて置いとくべきね…」

 

 

────。

 

後半はハッキリ聞こえなかったけど、何故か悪寒が走る。

虚ろな目。何やら黒いオーラが出ているのは錯覚か。

本音と言いこうなった時は有無を言わせない迫力を感じさせる。

 

癒しは簪だけか。

いや、確か前に凄まじいことになったような…頭が痛い。思い出せない。

とりあえずこのままではロクなことにならないのは確かだ。

 

早急に話を戻そうとする。

すると、目前の教室から五反田兄妹と一夏が出てきた。

 

先頭にいた弾と鈴の目が合う。

開口1番にとんでもない発言を繰り出した。

 

「ははっ、旗袍(チャイナドレス)似合わねー───って痛ぁっ!?」

 

爆速で脛を蹴られ、飛び上がる弾。

本心から貶めているというよりは、仲の良さの証明とも取れる。

中学までのやり取りが目に浮かぶようだ。

 

「うっさいわねばーか!殴るわよ!」

「もう蹴られてるんだけど!?」

「何よ?本気でぶっ飛ばされたいの?」

 

ギロリと弾を睨む鈴。

なんと言うか、間が悪い。

絶対に八つ当たりも入っている。

 

「やだよ。お前代表かなんかで凄いんだろ?俺死んじまうよ…」

 

──大丈夫だ。人は思っているより頑丈に出来ている。

口に出しかけたがなんとか抑えた。

余計なことは言わないに限る。

 

「そうよ。だから敬いなさい」

 

「面白いなそれ」

 

一夏が2人のやりとりを見て笑う。

表情からするに懐かしさでも感じたのかもしれない。

一夏の隣に居た蘭はその赤髪を揺らしながら、その影からひょっこり顔を出す。

鈴に対して『お久しぶりです』とだけ告げてから口を開く。

 

「鈴さん達も爆弾解体ゲームをしに来たんですか?」

 

「特に考えて無かったわ。そんな事やってるのね」

 

随分と変わった出し物だ。

視線を上に──美術部の部室のようだ。

いつの間にか部室棟まで歩いてきていたらしい。

「──話は変わるけどよく蘭も来れたわね。招待券って1人1枚じゃ無かった?」

「あ、それは──」

 

「流星がくれたんだよ。折角だから兄妹で来れるようにってな」

 

先の会話の冒頭、招待券の行方が明かされ鈴は目を丸める。

弾にとっては間が悪かったが、俺にとってはありがたいタイミングであった。

彼女の纏っていた雰囲気が柔らかくなる。

 

…よし、今しかないな。

 

「折角だし俺達も挑戦するよ。また後でな」

「あっ…」

 

「おう、また後でなー」

「そうだ!折角だし勝負といこうぜ流せ────」

「ばーか、お前はこっちだよ。……相変わらずだなぁ、お前」

「なっ、馬鹿ってお前こそ馬鹿だろ」

 

背後が騒がしい中、鈴の手を引いて部室に入る。

不意打ちだったのか、鈴はなされるがまま。

…微かに残るしこり、それを解消したい。

 

美術部の部室に入り、説明を受けた。

何故爆弾解体ゲームなどをしているのかは皆目見当もつかない。

──芸術は爆発だ?客を爆発させる気か。

 

どうやら初級、中級、上級と分かれているらしい。

遠目だが、明らかに美術部からかけ離れた出来。

それも整備科の人間が多いから可能なのだろう。

 

「別々で早さを競うか?」

「どっちでも。やるっていうなら手加減はしないわよ」

 

というわけで、互いに上級を選ぶ。

クリア出来る前提で話しているのは自信があるからだ。

 

出てきたのは学生鞄サイズの機械。

剥き出しの配線や基盤、想像より遥かに仰々しい。

もしこんなものが部屋の隅に置かれていれば、騒ぎが起きる。

 

 

美術部部長の合図と共に爆弾の解体に取り掛かる。

とはいえ最初は構造を把握に努める必要があった。

信管は流石に見えない。構造上チラリと見えてはいるが全容は分からない。

基盤の組み合わせ、配線、露骨に時間を刻むタイマーを眺めどこから手を出すか考える。

して、数秒。作業に取り掛かり始めた。

 

 

 

 

「…なあ、鈴」

「…なによ」

 

貸し出されている工具を片手に、声を投げ掛ける。

視線はそちらへ向けず、同様に隣の鈴も作業を進めながら声を返した。

 

無愛想ながらも毒気はない。

 

 

「プールの件…すまなかった」

 

「……、謝る必要無いわよ。(あたし)だってあんた殴り飛ばしたし……」

 

何とも言えない空気が流れる。

互いに手もとが動いている為、作業による雑音だけが聞こえた。

少し離れたところで客の案内をしている美術部員達の声など、遥か遠くに感じる。

 

溜息をつく。

謝ったところで好転しそうにない。

もとより鈴も怒っていなかったというのは、今の反応で理解出来た。

こればかりは時間経過に任せる他ないのか───。

 

考えたところで自然と溜息が出る。

 

ああ、成程。

俺ってやつはどうにも勝手な人間らしい。

要はそれ(・・)が気に入らないのだ。

 

「くく、ありゃ痛かった。殴られたのもだけど、その後水面に叩き付けられたのは気を失うかと思ったさ」

 

「わ、悪かったわね。──ってこんな時にその話する?まさか妨害のつもりじゃないでしょうね」

 

言葉の割に覇気は感じない。

向こうも罪悪感があるのだろう。

 

解体作業は続く。

ある程度付属品が取れ、爆弾本体が見え始める。

これで完全な時限式になったわけだ。

 

「まさか。妨害目的なら他のことを話してたよ。こういう場じゃないとあの件について話を聞かないだろ?」

「うっ…そうだけど…。学園祭後とか幾らでもあるじゃない」

「それもそうか。思い付かなかった。…思ってたより鈴に避けられるのが嫌だったみたいだ、俺」

 

「───なぁっ……!」

 

───背後で工具箱がひっくり返る音が聞こえた。

工具を取る際に盛大に手を滑らせたのだろうか。

怪我をしてないかと手を止めて振り返る。

 

 

「「あ」」

 

しっかりと目が合った。

鈴は反射的に目を逸らしそうになるも、口を噤んで堪える。

 

「ひとつだけ、教えて」

 

俺の顔を、覗き込むように。

頬を紅潮させ、鈴は言葉を紡いだ。

 

 

「──どう……だった──?」

 

「ばっ…」

 

──何を馬鹿なことを。

そんな言葉も出なかった。

ドクン、と鼓動。

心音が身体に響く。

 

どうだったか。

『何が』かは聞くまでもなく──。

 

「いいから。答えなさいよ…。女の子の裸を見ておいて何も思わない──なんて無いでしょ」

 

…言いたくない。

だってそうだろう。

思い出すことは避けたが、忘れようという発想は今の今まで抜けていたのだ。

簪といい、どうしてこういう事の感想を聞いてくるんだ。

 

「………やめてくれ。今度は俺が鈴の顔を見れなくなる」

「ど、どういう意味よ!?」

 

周りのことなどお構いなしに身を乗り出す鈴。

ムキになっているのか、ヤケに顔が近い事には気が付いていないようだ。

 

脳裏に過ぎる光景。

目の前の少女が嫌でも異性なのだと思い知らされる。

 

ああ、もう。

 

珍しく思考が纏まらない。

片手に触れたままの機械なんて意識の外。

だからだろう。

ヤケになって本心を口にした。

 

「他の奴には見せたくないって思ったんだよ。悪いか?」

 

………、………。

ポカンとする鈴。

だから言いたくなかったんだ。

頼むから何か反応して欲しい。

 

「そ、そうなんだ」

 

上擦った声。鈴も相当恥ずかしかったのが分かる。

ニヤケ掛けているのは気の所為か。

 

 

「さ、さあ作業に戻りましょう!時間掛けすぎちゃったし!!」

「あ、ああ」

 

───カチカチと機械が音を立てる。

 

気付けば残り1分前。

互いに何も言わず機械に向き直った。

 

とはいえ、冷静さは何処かに置いてきたらしい。

目の前に集中し切れない。

改めて見る機械を前にどこまで処理したか思い出すところからだ。

 

残り時間が気を急かす──なんてことは無い。

あくまでそれはそれ、これはこれ。

落ち着かない思考に反してテキパキと手は動く。

簡単に解体して終わりだ。

 

「思ったよりかかったな」

 

ほぼ会話のせいもあるが、仕方がない。

最後に残ったのは赤と青2本のコード。

2つ同時ではなく、片方のみ切る事が許されているらしい。

 

迷わず赤を切った。

タイマーも完全に静止、無事クリアだ。

 

 

「あっ」

 

同時に声が聞こえた。

遅れて聞こえてくるブザーの音。

振り返らずに結末を悟り苦笑い。

 

 

どうやら、鈴の方は失敗したようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-58-

美術部を後にしてから少し。

廊下を駆ける水色の影は、料理部に入ろうとする2つの影を捉えた。

 

「見つけた───!」

 

声に反応し、振り返る2人───オレンジ髪の少年とツインテールの少女。

聞き慣れた声の真剣な声色。

振り返った先に居たのは不機嫌そうな簪であった。

 

「げ…」

 

思わず鈴は声を漏らす。

作戦としてはこのまま流星を連れ回し、ずっと2人きりで学園祭を回ろうという魂胆であった。

簪を誘いに行かないのか?と聞かれた手前、『さっき見た時忙しそうだったし、このまま回りましょう』なんて言った事も思い返される。

 

 

一方、簪が1組に顔を出した時には既に流星は居なかった。

居たのは何故か手伝いをしている姉。

曰く、1人で休憩に出ていった───嫌な予感に従い2組を覗いたところ鈴も居なかった。

廊下を探し回っていると、出くわしたのは織斑一夏。

彼女はセシリアと共に吹奏楽部の部室に入ろうとしていた。

『あれ、簪さん?どうしたんだ?──ああ、流星ならさっきあっちの方で──』

後は片っ端から教室を探し今に至る。

 

 

「鈴、まさか抜け駆けするなんて…」

 

「抜け駆けじゃないわよ。というか、今回は抜け駆け禁止なんて話は無いし、早い者勝ちでしょ」

 

「…そうだけど…」

 

簪が口を尖らせる。

特に学園祭において3人での取り決めはない。

実は巧妙に1年の教室から遠ざかるように動いていたりした、なんてのは本人の胸中に留まるのみであった。

 

話はよく分からないが、と流星は頭に手をやる。

この話題に深く首を突っ込むとロクな目に合わないと直感が物語る。

 

「簪も一緒に見てまわるか?」

 

「うん…!」

「…」

 

簪は思わず笑顔に、鈴は不満そうに半目で彼を見ていた。

2人きりを惜しんで欲しかった、なんて彼女の思いなど少年は露知らず。

 

「じゃあ決まりだ」

 

と、3人は料理部の部室へと足を踏み入れた。

出迎えたのはやけにテンションの高い料理部部長である。

 

「おおっ、今宮くんだ。両手に花かな?織斑くんはメイドと執事の逢い引きだったけど、こっちはやさぐれ執事に一般生徒とチャイナ服!いやー背徳的な感じがするねー。あっ、もちろんミンチじゃないわよ?合い挽きだけに!」

 

 

「───部屋間違えました」

 

 

少年は刹那で踵を返した。

一緒にいた2人の少女を連れ、無表情のまま外へ出ようとする。

少女達も特に異を唱えることはなく、そのまま教室を出ようとしていた。

 

「ちょ、ちょっと待って!?一体何が駄目だったの!?」

 

「なーんか、既視感あるわね。この先輩…」

「あれだな。気が抜けてる時の一夏だ」

「織斑くん…親父ギャグ好きなんだ…」

 

鈴と流星が納得して頷く中、意外な真実に簪は苦笑いを浮かべた。

彼女のズレた笑いのツボと実は相性が良かったりするのは余談である。

と、何か香ばしい匂いに気がつく。

 

「肉じゃが…?」

「正解、流石更識さん。3人とも特別にタダでいいよ!代わりに票をお願いね!」

「成程、料理部は不正投票アリ…っと」

「──というのは冗談でぇ」

 

「掌を返すスピードがすごいわね」

 

変わり身の速さに鈴は溜息をつく。

リボンを見るに2年生。

流星は一刻前の一夏の言葉を反芻しつつ、口もとを引くつかせた。

案外、一夏の発言は的を射ているかもしれない。

 

ともあれ、折角料理部に来たのだ。

自慢の料理を堪能すべく奥へ。

奥にいた部員から肉じゃがを取り分けてもらった。

 

3人並んで肉じゃがに舌づつみを打つ。

ホクホクとしながらパサつかないじゃがいもは絶妙である。

 

「入った方が…料理、上手くなるかな…」

 

ボソリと簪が呟きつつ、隣を見る。

まず胃袋を掴むべし、なんて何かの本に書いてあったのも思い出す。

 

「確かに入った方が上手くなるだろうな」

「な、なら…」

「けど俺は今の簪の味付けも好きだな。ほら、ついこないだ差し入れでくれただろ?」

「〜〜っ、そ、そう…かな?」

 

一瞬で顔が真っ赤になるのを簪は自覚する。

恥ずかしそうに頬を抑える彼女を前に、流星はくつくつと笑った。

 

「照れてるのか?可愛いな。───っ痛、何だよ鈴」

「うっさい。静かに食べなさいよ」

「馬鹿。態々肘打ちする必要あったかよ」

 

悪態をつく流星に、にこやかに鈴は向き直る。

片手に小鉢を持ったまま、黒いオーラがチラつく。

 

「はーい。お砂糖は十分なので痴話喧嘩はよそでやってね」

「痴話喧嘩じゃないから!?」

 

料理部部長は呆れた様子でそれを止めた。

反論する鈴を軽く宥めつつ、料理の説明を行う。

細部はぼかしている。知りたければ入部、と促していた。

 

 

料金を払い、礼を告げ3人は料理部を後にする。

 

そのまま宛もなく歩いていると、茶道部部室が目に付いた。

特に相談もなく3人はそこに入る。

兎の形の饅頭とお茶を貰い、茶道の体験だけして部屋を出る。

ラウラが兎の饅頭に食べるのを躊躇っていた、と茶道部員に聞いた少年が怪訝な顔で固まったのは無理もない。

 

 

 

吹奏楽部による楽器体験。

生まれて初めて触れる楽器は実に新鮮であった。

 

そして剣道部──というよりは剣道部部長による花札占い。

 

恋愛運や相性運について占う──などと言いつつもイマイチ占いとは言い難いやり方。

というのも、一定時間手を繋がせたり見つめ合わせたりというもの。

結果は嫌いな相手とはそんなことをしない──至極当然であった。

後であの部長のリボンの色を確認しよう───と少年は考えてしまう

 

 

 

「あ、そう言えば忘れてた」

 

剣道場を出たあたりで不意に流星は口を開いた。

首を傾げる2人の少女を前に、彼は一歩踏み出す。

 

「すっかり忘れるところだった。2人とも手を出してくれ」

「「?」」

「ああ。悪い。そうじゃなくて掌を上にしてくれ」

 

訳もわからず手を差し出した2人に流星は頭に手をやる。

言われるままに掌を上に向けた瞬間、少年はそこに何かを手渡した。

 

「───」

 

2人は驚いて掌を見つめたまま。

手渡されたのはネックレスであった。

 

「どっ!?…どういうこと…!!?」

 

鈴は思わず顔をあげ、本人に尋ねる。

何かとんでもない事が起きた──そう言わんばかりの迫力に少年は思わず1歩下がった。

 

「いや、何って日頃の感謝ってやつだよ」

 

「─────」

 

───いやいやいやいや。

ツインテールの少女は目を見開いたまま固まっていた。

簪も同様、掌に乗ったものを見てピクリともしない。

 

というか。の話である。

そもそもこの目の前の男子が女子に贈り物をするなど、あまりにも非現実的な事である。

受け入れられないのも無理はない。

 

(…)

 

いいや待て、妙な現実感(リアリティ)はある。

女子への贈り物をするのに2人同時である点なんて実に彼らしい。

それぞれ別々に呼び出して渡せばいい話なのに、その発想がないのだから。

─にしては。

ツイストのかかったスティック型。シンプルではあるが実に悪くない────。

 

 

しかし、やはり2人きりの時に渡して欲しかった。

そうすればこの喜びの何倍にもなっていただろう。

尚、それが自身だけではない(・・・・・・・・)と気付いたら大惨事の引き金になりかねないが。

 

 

少女達の数瞬にして、超速の独白は終わる。

 

ネックレスを大事そうに抱えつつ、それぞれ礼を告げる少女達。

気に入って貰えないかもしれないと懸念していたが杞憂だったようだ。

流星もまたホッと胸を撫で下ろす。

 

ネックレスを再度眺める少女達。

異性からのこの手の贈り物は初めてである為、ついまじまじと見てしまう。

 

そうして、更識簪はある事に気が付いた。

ネックレスの留め具の裏に小さく彫られた、店のロゴだ。

 

 

「ね、ねぇ。流星、変なこと聞くけど…これって何処で──」

「簪がくれたやつと同じところだ」

「────」

 

再度簪の動きが止まった。

ビデオの再生を停止したが如く、表情までそのままである。

 

先までの温かな喜びは遥か彼方へ。

 

あの店のアクセサリーには、贈り物にした場合の言葉(メッセージ)もとい意味が存在する。

流星相手ならばそんな事考えもしないだろうと踏んでいた。

店に立ち寄る姿も想像出来なかったからだ。

 

しかし、あろう事かその店のものをプレゼントしてきた。

簪の胸中は焦りと羞恥がグルグルと巡っている。

 

「「?」」

 

彼女の反応に流星と鈴は分からないといった顔。

意を決した簪は目の前の流星に問い掛けるのであった。

 

「……い、意味…知っちゃった?」

「贈り物する時のやつか。簪がくれたものについては調べてないな」

 

安堵の息を漏らす簪。

ただ同じ店だと気付いた上で調べなかった事実に複雑な気持ちになる。

どうでもいいと思われているのだろうか?なんて自身でも嫌になる暗い感情。

 

「気にならなかったの…?」

「気になるけど、そういうのは本人に聞くものだからな。本人の居ない場所で探るのは野暮だろ」

 

彼らしい回答に、簪は視線を逸らして押し黙ってしまった。

自分のいない所でも、尊重してくれているのだと考えるとにやけてしまう。

 

鈴は簪の百面相を横目にため息をついた。

大方彼女の渡したものの意味や、それ故の焦りと安堵を理解したからだ。

 

とはいえ、気になるものが1つ。

鈴はネックレスを少年に見せつつ、思い付いたように尋ねた。

 

「じゃあさ、あんたのこれはどういう意味があるの?」

 

簪もピクリと反応して、静かに耳を傾ける。

贈り物としての意味が存在すると知っているのだ。

当然、流星もそれを理解して選んで───。

 

 

「ああ、それは──」

 

「「──」」

 

「──秘密だ」

 

「えっ」

「へ?」

 

思わず固まる鈴と、ポカンと口を開けたままの簪。

途中まで真剣な表情の彼に釣られて身構えていた。

それが裏目に出てしまったのだろう。

 

ニタリ、なんて擬音が似合う表情で彼は満足気に歩き出した。

 

「さーて、教室に戻るか」

 

悪戯の成功した子供のような軽快な足取り。

目標を達成したからだが、少女達は気付けない。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!?」

 

慌てて追いかける2人。

彼の休憩時間も終わりを告げようとしている。

 

帰り道にどの出し物に寄っていくか、という話題で言い合いが始まるのであった。

 

 

 

 

 

俺が流星より早く休憩を終えて少し。

休憩を終えてから、店の忙しさは倍増していた。

 

楯無さん?あの人はいつの間にか居なくなってた。

相変わらずの自由人だ。

 

ともあれ店は相変わらず大盛況。

メニューの仕様にはまだまだ慣れないでいる。

っていうか慣れるか!あんなの!

 

だけど、皆でこうやって思い出を作るっていうのは気持ちがいいもんだ。

 

厨房や接客、加えて列の整理なんかの本当に忙しそうな仕事を見ていると申し訳なくなる。

 

あくまで俺達は珍しさが売りでしかないからだ。

肉体的な負担も少ないしなぁ

 

もう少し貢献出来るように頑張ろう。

 

───なんて考えていた矢先。

 

 

「じゃじゃん!楯無おねーさんの登場です」

 

「…」

 

職場放棄人間 が あらわれた!

コマンド

→逃げる 逃げる 逃げる。

 

「だが、逃げられない!」

 

「だぁっ!?何サラッと心読んだ上、進路妨害してるんですか!」

 

嫌な予感に従い、全力ダッシュで逃げようとしたが回り込まれていた。

楯無さんは俊敏な動きで出口側との間を塞ぐ位置へ。

 

流石というべきなのか、隙がない。

けどこのまま話を聞いたらろくな事にならない。

これは流星に倣って早めに断ろう。

 

「ときに一夏くん」

「断ります!」

「そんなっ!酷い!一夏くんのケチ!鬼!悪魔!人でなし!唐変木!」

 

断っただけでこの言いようである。

よく考えればもうひとつの扉から逃げれば良いんじゃないか?

よし。改めて──。

 

コマンド

逃げる→逃げる 逃げる。

 

「知らなかったの?生徒会長からは逃げられない…!」

 

生徒会長ってなんだっけ。

気付けば腕に抱き着かれる形で捕まえられていた。

い、いつの間に。

 

「当たってる!当たってますから!?」

「あはは、やっぱり一夏くんはいいリアクションしてくれるわね」

「全然嬉しくないんですけど…」

「良いのよそれで!流星くんってば最近反応が薄いのよねー。折角おねーさんがセクシーな格好しても戸惑わないし…」

 

それは完全に慣れきってしまっているだけでは?

口に出しそうになるのを辛うじて抑える。

そういえば、俺が楯無さんに振り回された話をする度に流星の奴は渋い顔してたっけ。アイツも苦労してたんだな…。

 

 

「それで、何をすればいいんですか?」

「あら、聞き分けがいいのね。てっきりもう少しごねるかと思ったのに」

「どうせ逃げても無駄なので」

「おねーさんのこと分かったつもり?まだまだねー」

 

抵抗を諦めた俺に対して、楯無さんは楽しそうに頷く。

やっと腕を離してくれた。安堵の息が漏れる。

この人のペースに打ち勝てた試しがない。

引っ掻き回されるのになんか憎めないんだよな。

 

「生徒会の出し物に協力しなさい。っていうか、衣装はもうあるから着替えてきてねー」

「衣装?ちょっと待って下さい!用意してたってことですか!?」

「うん。そりゃあ衣装はそこら辺に落ちてないからね」

 

はて?と首を傾げる楯無さん。

そんな当たり前みたいな反応をしないで欲しい。

楯無さんの開いた扇子には必然と書かれていた。

 

「俺の意思は存在しないのか…」

「勝手に決定したっていいじゃない。生徒会長だもの」

「横暴が過ぎる…」

 

生徒会長ってなんだっけ。

さっきも同じ疑問を抱いた気がする。

 

「…出し物って何するんですか」

「劇よ。観客参加型演劇」

 

なんだそれ。はじめて聞くけど、存在するのだろうか。

第六感がやめた方がいいと囁いていた。

 

「やっぱりやめておき────」

「はーい。一夏くんは参加ねー。これ決定だから。生徒会長の決定だから絶対なの」

 

即座に首根っこを掴まれた。

──不味い、連れて行かれる!

 

慌てて助けを求めようと、周りを見回す。

 

 

「今どうなって────」

 

 

視界に映ったのは、丁度休憩を終えて戻ったばかりの流星であった。

向こうも此方に気が付き、目線がバッチリ合う。

 

「た、助けてくれ!」

「?」

「いや振り返るなよ?お前に言ってるんだからな!?」

 

とぼけて振り返る流星に思わず突っ込んでしまう。

ひしひしと関わりたくないオーラが伝わってくる。

ただ、それを楯無さんが逃すはずがない。

 

「丁度いいところに!流星くんも来なさい!」

「絶賛悪くなったところだ。っと、油断も隙もない」

 

楯無さんの腕を躱し、流星は溜息をついた。

何気に凄いな。今の気配とか無かったぞ。

 

「──で、どういう状況だよ」

「生徒会の出し物に出ろって言われて…」

「出し物………?」

「演劇らしいぜ。しかも観客参加型演劇。衣装もあるらしい」

「演、劇……?」

 

考え込む流星。

生徒会の出し物なのにまるで知らないという顔。

なんか、洗脳が解ける寸前の味方キャラみたいだ。

 

「当然よ。だって流星くんには秘密にしてたし?」

「は…?」

「知られてたらサプライズにならないもの」

 

上機嫌で告げる楯無さん。

一方で流星は珍しく困惑した様子。

頭を抑え、もう片方の手で待ったのジェスチャーをしていた。

 

 

「いや、待て。お前はそれを進めつつ他の業務まで全部こなしてたのか!?───それ以前に、どうやってここまで隠し通して来た!?セットの用意とかもあるだろ!」

 

楯無さんはそれに対し、キリッとした表情で胸を張る。

 

「──更識の力、舐めないでよね」

 

「ああもう、さてはお前馬鹿だな!?」

 

やけくそ気味だな…。

楯無さんの方は満面の笑みを浮かべていた。

見るからにイキイキしている。

 

こちらが騒がしい事に気が付いたのか、シャルが様子を見にやってくる。

首根っこを掴まれた俺とゲンナリしている流星を交互に見て、何やら状況を察してくれたようだ。

神はまだ俺を見捨てていなかったらしい。

 

「えっと、先輩?今一夏を連れていかれるのはちょっと困るんですけど…」

「シャルロットちゃん、あなたも来なさい」

「ふぇ!?」

「おねーさんが綺麗なドレス着せてあげるわよ〜?」

「ド、ドレス…!?」

 

しゃ、シャル?まさかと思うけど誘惑には負けないよな?

 

「勿論、素材にはこだわってるからちゃんとしたやつよ?」

「じゃあ、ちょっとだけ…」

 

神は死んだ。

誰でもいいから助けてくれ。

 

「素直で可愛いわね〜。という訳で、箒ちゃん、セシリアちゃん、そしてラウラちゃんもゴーね」

「「「な─」」」

「勿論ドレスを着せてあげるから。どう?」

 

不敵な笑みを浮かべながら、楯無さんは提案する。

箒達の反応はまんざらでもないという様子。

やっぱり女子にはそういうものへの憧れとかあるんだろうか。

憧れとかで釣ってくる楯無さんは実に小悪魔的というべきなのだろうか。

 

 

陥落する3人。

ダメだこりゃ。

 

 

「後は流星くんだけね───」

 

振り返る楯無さん。

た、頼む流星。お前が最後の希望だ。

 

「じゃあな一夏」

「うおい!?」

 

秒で見捨てられた。

背を向けて逃げ出すやさぐれ系執事。

教室のドアが近いのも相まって、流星はすぐに教室を後にする。

 

楯無さんは焦る事もなくそれを見送っていた。

閉じた扇子で口を隠す。

 

数秒後、教室の外が騒がしくなった。

 

 

「───なっ!?ISだと?お前ら正気か!?」

「大丈夫。許可は貰ったから…」

「許可?おいまさか───!?」

「いいからあんたも来るのよ──!」

 

ドンガラガッシャーンと受付の机がひっくり返る音。

間違いない。これはISを部分展開してる誰かがいる。

とはいえ、声から大体を想像出来た。

楯無さんが余裕をぶっこいていた理由も理解し、今度こそ諦めた俺は一つだけ尋ねるのであった。

 

 

「…演目は何なんですか?」

 

「シンデレラよ」

 

 

 



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-59-

本編に関係ないifの出鱈目イベントとか、二次創作あるあるネタで書いてる最中なんですが……需要はあるんですかね。



 

 

「────はぁ、お嬢様もああ見えてマメね。織斑くんの為に態々ここまでするなんて」

「そうだねー。でも、おりむーを生徒会に入れる為だけじゃないと思うよー?」

 

部室棟のある校舎の一角。

学園祭で賑わう廊下を2人の少女が歩いていた。

片やのほほんとした雰囲気の少女、もう片方は対象的なしっかりとした雰囲気を放つ少女。

布仏本音とその姉、布仏虚。

 

彼女らは生徒会の仕事の最中であった。

現在は不要な小道具を纏めたダンボールを運んでいる。

中身の都合、重くはない。

 

──本来なら、楯無はそれらの仕事も1人でこなすつもりであった。

特に楯無からすれば3年生の虚には、めいっぱい楽しんで貰いたかったという思いもある。

しかし楯無の負担を増やしたくないと、この姉妹は手伝いを申し出たのだ。

あくまで流星には悟らせず、を条件に渋々楯無はそれを呑む。

故に姉妹2人して、仕事三昧な学園祭を過ごしていた。

 

「お嬢様自身も楽しむ為。でしょう?…ちょっと流星くんや織斑くんが心配になってきたわ…」

「あはは、特におりむーは振り回され慣れてないからねー」

 

苦笑いを浮かべる本音に虚は呆れた様子。

 

「本音、あなたね。もう少し流星くんの心配もしてあげたら?」

「えー。だっていまみーは慣れてるでしょ〜」

「それはそうだけど…」

「後ねー、お姉ちゃんも知ってると思うけど。いまみーはなんだかんだ、お嬢様のああいうところも気に入ってるんだと思うよー?」

 

本音の言葉に視線を逸らす虚。

こういうところの鋭さは相変わらず、ずば抜けている。

───それだけで、自分が居なくなった後もやっていけるのだろうか。

虚は自分が卒業した後の事に少し不安を覚える。

…今考えるべき事ではないと、虚は考えを振り払った。

 

「確かにそうね」

 

「それよりさー。さっきの人おりむーの友達だったよね?」

 

本音の言葉にピクリと虚は体を揺らす。

本音はニンマリと笑顔を浮かべた。

 

「お姉ちゃん、なんて話しかけられてたのー?」

 

「ニヤつかないの。普通の事よ。今日は良い天気ですね…って」

 

「ふ〜ん?」

 

ニヤニヤとした笑みを崩さない本音。

虚はバツが悪そうに本音の方へ顔を向けないでいる。

 

受付での出来事。

織斑一夏が招待した友人が唐突に、何か意を決したように虚へ話しかけて来た。

最も先のように他愛もない話題を振られただけであるが、真意を察せない程虚も子供ではない。

また、その事に不快感は無かった。マイナス的な感情も特にない。

少し、ほんの少しだけそういう事に縁がないと思っていただけに驚いた───だけである。

 

 

「でも確かに今日は良い天気だよねー」

「ええ、そうね」

「妹さんも一緒に来てたねー」

「そうね」

 

淡々と答える虚に対し、本音は目の端をキラリと輝かせた。

 

「──良い人そうだったね?」

 

「そうね。見た目よりもずっと優しそう───って何を言わせるの本音」

 

「いひひ。引っかかった〜」

 

本音の質問攻めに乗せられ、虚はつい赤毛の少年について言及してしまう。

ギロリと彼女を睨むも照れ隠しにしかならない。

笑う妹に対し、虚は諦めたように溜息をついた。

 

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと仕事を終わらせるわよ」

 

「あー、待ってよ〜」

 

歩く速度を上げ、本音をおいて行く。

慌てて本音も着いていこうと歩幅を大きくした。

 

人混みに紛れるようにその場を去っていく姉妹。

 

急に早歩きにした為だろうか。

 

───ひらり、と虚の制服のポケットからハンカチが落ちた。

本人達は特に気付かず。

 

 

「あれ?今のは────」

 

偶然は重なる。

落とした場所は丁度曲がり角。

すれ違うように訪れたのは、妹と別行動を始めたばかりの1人の少年。

ハンカチを拾った少年は、少女達が雑踏に消えた方向を見つつ首を傾げた。

 

(いやまさか──まさかな。偶然でもこれ以上キモイって思われるのもなぁ。いやでも────)

 

バンダナに赤い髪。

特徴的な外見を持つ少年は数秒躊躇った後、同じ方向へと足を進めた。

記憶にまだ新しい後ろ姿を探して、彼も雑踏へと紛れていく。

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり第4アリーナの更衣室。

普段ならISスーツに着替える場所で、一夏と流星は出し物の衣装に着替える。

元が燕尾服ということもあり、今更抵抗もない。

なるようになれという気持ちも多少は存在する。

 

ガチャりと更衣室の扉が開いた。

男子は2人しかいないこの学園。

ノックも無しに無遠慮に入ってくるのは1人のみだ。

 

「着替え終わった?ってなんだ、着替え終わってるじゃない」

「サラッと入ってこないで下さいよ」

「なになに、一夏くんは初心な()の方が好みだった?」

「そういう話じゃなくてですね…」

 

「そういやラウラのやつも『一夏は奥ゆかしい女性が好きと言っていた』って話してたな」

「だからそういう話じゃなくて!」

 

2人の発言に眉を顰める一夏。

入ってきた楯無はケロリとしていつものペースである。

 

「そんな事より、はいこれ」

「王冠…?」

「もしかしてガラスの靴の方が良かった?」

「どうしてそうなるんですか!」

 

渡されたのは何の変哲もない王冠。

一夏はノックするようにトントンと叩く。

質感からしてちゃんと金属で出来ていた。

装飾といい、手が込んでいる。

 

妙なところで感心している一夏をよそに、流星はわざとらしく咳払いした。

彼の格好は一般的なスーツ姿だ。

勿論、伊達眼鏡やヘアピンも外している。

着崩して着るよう言われていた先までの燕尾服とはうってかわり、真面目な着こなしである。

 

「一夏が王子様の格好なのは分かる。だけど、これはなんだ?」

「?スーパーエージェントだけど?」

「世界観が分からない…」

 

オレンジ髪の少年は今すぐ帰りたい衝動に駆られる。

帰ったところで無駄な為、実行はしない。

 

そして、一夏の格好は王子様のような姿。

青を基調とした服の肩に金色の肩章。

軍服に近い格好だが、襟あたりのデザインがそれよりもカジュアルである。

王冠を彼は被る──これで、紛うことなき王子様だ。

 

 

「さあさあ、もうすぐ始まるわよ。行きましょう」

 

 

2人は楯無に背を押され、更衣室を出る。

恐ろしく1歩1歩が重い。二の足を踏むだなんて表現すら可愛らしい程気が乗らなかった。

 

たどり着いたのは舞台袖。

セットは第4アリーナを丸々使った特大サイズのものであった。

アリーナの天井は開閉が可能であり、現在は閉じた状態。

観客席は満員に近い状態となっていた。

 

「台本とか見てないけど大丈夫なんですか?」

「基本的にこっちからアナウンスするから、それに従ってくれれば問題はないわ。台詞はアドリブでお願いね」

 

「アドリブも何も、俺の方は配役時点で意味不明なんだが…どうしろと?」

「期待してるわよ…!」

「ぶん投げやがった…っ!」

 

──不安だ。

一夏は呆然とセットの方へと視線をやる。

実に豪華なセットだと半ば現実逃避に走っていたのも一瞬。

 

ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

こんなブザーが元々あったとは思わない。男子二人は後付けの機能と理解して苦笑した。

ともあれ男子二人は、舞台上へ移動するのを余儀なくされる。

 

 

『むかしむかしあるところにシンデレラという少女がいました』

 

 

始まるアナウンス。

声は元凶たる更識楯無のものだ。

 

「良かった。普通の劇っぽいな」

「だといいけどな…」

 

『否、それはもはや名前ではない!幾多の舞踏会を潜り抜け、群がる敵兵を薙ぎ倒し、灰燼を纏うことさえ厭わぬ地上最強の兵士達。彼女達を呼ぶにふさわしい称号──それが『灰被り姫(シンデレラ)』!!』

 

 

「「……」」

 

安心も束の間。

スピーカー越しの楯無の言葉に男子二人は顔を見合わせた。

舞踏会じゃなくてそれは武闘会だろうとか、灰燼じゃなく返り血では無かろうかとか、疑問も何もかも追い付かない。

お構い無しにアナウンスは続く。

 

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が幕を開ける!王子の冠に隠された隣国の軍事秘密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!!』

 

 

飛び交う物騒な言葉に一夏は何となくこの後の展開を理解した。

加えてシンデレラ達にも察しがついている流星は一夏の肩を掴む。

 

「1歩下がれ」

「え?うおっ────!?」

 

金属の刃が一夏の眼前を通過した。

隣の壁に刺さった刃物が振動しながら存在を主張する。

 

「飛刀!?」

「成程、投擲用の刃物か」

 

驚く一夏を置いて流星は冷静に追撃に対処する。

物陰からの投擲に対し、壁に刺さった飛刀を抜いてそれで弾いた。

 

 

『───しかし軍事機密には当然守る側も存在する!王子の護衛と機密の防衛。2つの任務を受けもったスーパーエージェントが舞踏会に潜り込んでいた!!』

 

「アイツ後で覚えてろよ…」

 

スピーカーを睨みつつ呟くエージェント。

彼が続く飛刀を弾いたところで、純白のドレスを着た少女が姿を現した。

キッチリガラスの靴まで履いている。

 

「邪魔するんじゃないわよ──!」

「───!」

 

飛刀の主は鈴───跳躍し流星に接近戦を仕掛けてくる。

一瞬止まりそうになる(・・・・・・・・・・)流星だが、蹴りを躱し足首を掴んで彼女を投げる。

鈴は受身をとって数歩引いた。

 

「殺す気かお前」

「死なない程度に殺すだけよ───!」

 

そう言い、大量の飛刀を投げ付ける鈴。

狙いは流星ではなく、一夏だ。

 

「やっぱり狙いは一夏か」

「いや、助けてくれよ!?王冠重いんだぞ!!」

「ほら、やっぱり敵の狙いをはっきりさせないとな?」

「このエージェント、もう守る気ないぞ!?」

 

話しながらも飛刀を躱す一夏。

その場であたふたと動いてはいるが、避けきっている。

一夏の背後の壁に大量に刺さる飛刀を眺めながら、エージェントは感心したように声を漏らしていた。

鈴は痺れをきらす。

 

「ちょこまかと!その王冠を置いていきなさい!」

 

飛刀が無くなったのか一気に踏み込んでくる鈴。

間合いに入った直後大きく地面を蹴り付けた。

震脚と呼ばれる技術。直後の掌底を前に交戦する気がない一夏は狼狽えるばかりで─────。

 

「よっと」

「ぶはっ!?」

「なっ!?」

 

エージェントが先に王子様を蹴りつけた。

床をゴロゴロと転がり、結構な威力であったことが窺える。

直後の銃声。

先までの一夏の居た場所の床に穴が空いた。

 

 

「──へ?」

 

突然の事に一夏の顔が真っ青になる。

直感だが狙撃手を把握し、すぐにその場を飛び退いた。

先と同様の銃痕が床に出来る。

 

「せ、セシリアか!?」

「っ、セシリア!危ないじゃない!?」

 

「──鈴さんが離れれば済む話ですわ!」

「ぐぬぬ……!」

 

射撃&移動を徹底し、鈴ごと王冠を狙うセシリア。

仕方なく鈴も一時離脱する。

 

セットの構造を頭に入れつつ、エージェントは王子様の首根っこを掴んで走り出した。

 

「うわぁっ!?死ぬ!?これは死ぬって!」

「よし、その調子で避け続けろ。土壇場には強い方だろ」

「これはそういうのと違うだろ!って、きっちりサイレンサーまで付けてないか?」

 

セットは大掛かりなだけあって階段まである。

正確には、ひとつの建物という認識の方があってるだろう。

遮蔽物の間を潜りつつ、階段まで走ろうとしたところで狙撃が一夏を襲う。

 

 

「危ない!一夏!」

 

銃弾を弾く音が響く。

男子2人の眼前にいたのは防弾シールドを構えたシャルロットであった。

 

「しゃ、シャル─────!」

 

この窮地で王子にとってドレス姿のシャルロットは女神に見えたことだろう。

感極まった様子の彼の声に、内心ガッツポーズをするシャルロット。

何も奪う必要はない。彼からちゃんと渡して貰おうという魂胆だ。

 

 

「2人とも!早く逃げて!」

 

「お、おう!ありがとう!シャル!」

「行くぞ一夏。奥に逃げればすぐにセシリアも撃ってこれない」

 

女子にのみ教えられた秘密の景品。

王冠を手に入れた者は男子と同室になる権利を獲得出来る───というもの。

勿論、生徒会長権限が行使されるため容易に実現出来る。

 

ドレス姿を見て貰う───等と考えている暇は少女達には無かった。

当初の誘い文句など、もう誰も覚えていない。

 

───ともあれシャルロットの作戦はつつがなく進んでいる。

 

 

「その、王冠を置いていって貰えると───」

 

「ああ、これか。確か軍事機密がうんたらとかって設定だったよな。これさえ無ければ狙われないなら、全然構わないぞ」

「や、やった!」

 

パァァと笑顔になるシャルロット。

エージェントは王冠に手をかける王子様を前に首を傾げた。

そんなことをあの楯無が許すか?という疑問。

 

 

『王子様にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』

 

「え?─────ぎゃあっ!?」

 

王冠を持ち上げた一夏に電流が走る。

分かりやすく青白い電撃が彼の身を一瞬包んだ。

プスプスと服の端を焦がしながら、一夏は慌てて王冠を被り直す。

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 

『ああ!なんという事でしょう!王子様の国を思う心はそうまでして重いのか。しかし私達には見守ることしか出来ません。なんという事でしょう!』

 

「なん、だと…」

「ご愁傷様…」

「あの人は何考えてるんだ────!」

 

楽しそうに語る楯無に一夏は叫ぶ。

しかし、当たり前だが相手にされない。

ついでとばかりに、それは飛び火する。

 

 

『──なお、王子様と王冠を守る任務を受けもったエージェントにも、もれなく電流が流れます』

 

 

「は───?っ!?」

 

バリバリと電撃が炸裂した。

もはや自責の念という設定すら皆無である。

よろけつつ持ち直すエージェント。

あまりにも理不尽な仕打ちを前に青筋を立てる。

 

「絶対私怨だ。あいつ、簪とプールに行った事をまだ根に持ってやがる…!」

 

『ピンポンパンポーン♪この処置には一切私情は挟まれておりません。公平性に於いて生徒会が保証していますのでご安心下さい♪』

 

要は生徒会長の独断と自白したようなもの。

抗議しても無意味と判断した流星は切り替えつつ衣服を整えた。

 

「くそ、酷い目にあった。一夏、王冠を手放すなよ!」

「お、おう。って訳でシャル、諦めてくれ」

「そ、そんなぁ」

 

計画が水の泡になり、ガクリと膝から崩れ落ちるシャルロット。

その様子を見て二人は確信する。

──王冠を手に入れた者には何かしら景品があるのだろう。

 

最も、その景品が自身達だとは夢にも思わない。

 

 

「一夏。早いとこ上の階に移ろう。セシリアに上から撃ちおろされるのは御免だ」

 

「分かった。助かったぜ!シャル!」

 

「ま、待ってよぉ!?」

 

すぐに階段を駆け上がり、上の階へと移動する。

セットの城の2階──外壁部分へと出た。

 

 

「危ねぇ!!?」

 

強襲に対し、一夏は間一髪で躱す。

楯無のしごきや夏休み中の努力も相まってか、リアクションに反しては的確な動きだった。

 

ただ、傍から見ればコメディアニメのワンシーンが如く。

大仰なリアクションで周りの床や壁だけ傷が付き、本人は無傷である。

 

 

「いい身のこなしだ。夫として私も鼻が高いぞ、嫁よ」

「だから嫁じゃないって」

 

立ち塞がったのは2本のタクティカルナイフを握ったラウラ。

姿は麗しき純白のドレスだというのに、腕を交差させナイフを構えているせいでホラーテイストが目立ってしまっている。

 

「!」

 

投げられた飛刀を彼女は弾いた。

エージェントが先程拾った内の一本。

銀髪のシンデレラは、油断すること無く身構える。

 

挨拶代わりに振るわれる飛刀。

ラウラは身軽な動きで迎撃を図る。

聞こえる金属音。獲物は飛刀だが、少年の動きはナイフ戦のそれだ。

 

「ドレスにナイフ───血糊(化粧)はお忘れかな、軍人サマ。それくらい舞台裏にあったろうに」

 

「ふん、貴様のその格好も酔狂だがな。どれ、もう少し似合うように仕立ててやろう」

 

 

目にも止まらぬ攻防。

飛刀を逆手に持ち替え、2本のナイフを捌くエージェントと、不意に来る飛刀(飛び道具)をたたき落とすシンデレラ。

 

凄さだけは周りに伝わったらしく、観客席は盛り上がっている。

持っていた飛刀の刃こぼれを確認した流星は、大きく飛び退き距離をとった。

牽制にそれを足下に投げ捨て、追撃を阻止する。

飛刀のストックはまだある。

彼は新たな飛刀を取り出した。

 

「フッ、やはり貴様を倒さねば嫁は手に入らないか」

 

「俺も電流はゴメンでね。阻止させて貰う」

 

黄色い歓声が上がる。

真意について、少年達は理解しない方がいいだろう。

 

軍人と兵士の迫力溢れる戦闘に一夏は見入っていた。

そこへポニーテールのシンデレラが刀で斬りかかる。

 

「覚悟───!」

「箒!?」

 

渾身の箒の一太刀を何とか受け止めた。

───正直見えてなかった!生きてる!生きてる!?

 

「な、白刃取りだと!?」

 

見事な真剣白刃取り。

先に箒の姿が視界に入ったからこそ、タイミングが奇跡的に合ったのだ。

とはいえ一夏にはそこからどうにか出来る選択肢はない。

 

驚いた隙をつき、そそくさと離れる。

箒は冷静さを取り戻すと一夏にそのまま斬りかかった。

 

「一夏、王冠を渡せ!」

「出来るならやってるって!電流が流れるんだよ!」

「ええい!男ならそれくらい耐えてみせろ!」

「む、無茶苦茶言うな!」

 

 

「──良いのか?ラウラ。このままだと箒に取られるぞ」

 

 

2人のやり取りを見ながら、流星は問いかける。

いつにも増して意地の悪い笑み。

彼の意図も理解しつつ、ラウラは矛先を変えずにはいられなかった。

 

 

「くっ!させるか────!王冠(よめ)は私のものだ!」

「邪魔をするなラウラ──!」

 

刀と2本のナイフがぶつかり合う。

シンデレラは互いにライバルであり、こうなってしまえば潰し合うしかない。

エージェントは得意気に王子の隣まで後退した。

 

「よし、これで暫くは持つな」

「でかした!けど、後が怖いような…」

「………、その時に考えよう。残りは鈴とセシリアか───っと」

 

嫌な予感がした流星の頭上を銃弾が通り過ぎた。

慌てて一夏は遮蔽物に身を隠す。

 

「どこからだ!?」

「角度からして、外壁部端の照明裏。分かったところでどうにもならないけどな」

「でも、どうにかしないと…」

 

2人は遮蔽物に隠れつつ、考えを張り巡らせる。

そこへ、背後の柱からひょっこり顔を出す水色の少女。

 

「流星、織斑くん…こっち」

「簪!」

「簪さん!」

 

ドレス姿の簪は柱の影から2人をこまねいていた。

 

2人は柱の影まで素早く移動する。

そこには見落としていた通路があった。

更に上の階へ通じる階段。

すかさず簪の後を追うように2人はそれを上る。

 

追っ手もないと安心して振り返る簪。

流星は簪の格好を見つつ、顎に手を当てた。

 

「簪もシンデレラ姿なのか」

「え、あっ、うん…」

「うん、よく似合ってる。劇に参加した価値があったかもな」

「な、ななな───…っ!?」

 

独りでに頷くエージェントを前にシンデレラは真っ赤になる。

恥ずかしがる様子もなく、満足気なエージェントの表情を見て余計に混乱しそうになっていた。

 

「鈴もよく似合ってたし、2人とも元の素材が良いんだろう。──?どうして膨れてるんだ?」

「ふ、膨れてないもん」

 

簪は否定しつつ口を尖らせる。

決して、褒めるタイミングで他の少女の名前も挙がったから──なんて理由ではない。

 

「そ、それよりも!」

 

と、簪は前のめりになる。

男子2人は小首を傾げ次の言葉を待った。

 

「織斑くん、王冠を見せて欲しい…」

「王冠を?いや、でも外したら電流が流れるしなぁ」

「着けたままで大丈夫。仕組みを知りたいだけ…」

「おう、それならいいぜ」

 

一夏はしゃがんで簪に王冠を見せる。

2人は簪の意図を理解していた。

簪は電流の仕組みを解除しようとしている。

 

「どうだ?簪」

「やっぱり、王冠は発信機のようなものが付けられてるだけ。電流を流す仕組みは服装の方だと思う」

「王冠の方を取れないのか?簪さん」

「ダメ。こっちは多分被ってたら取り除けない」

「となると、服装の方の仕組みを解除する必要があるのか」

 

こくりと頷く簪。

彼女はどこからともなく工具一式を取り出した。

頼もしい限りだが、安心より疑問の方がそれを上回る。

 

「…随分用意が良いな、簪」

「話を聞いた時、大体予想がついてた…」

「「え?」」

「だってお姉ちゃんだし…」

 

何とも言えない顔になる流星。

実に仲の良い姉妹だ。姉への理解が深い。

───……止めるという選択肢は無かったのだろうか。

少し前までの姉妹仲を思えば、微笑ましい事に違いない。

 

簪と楯無の仲直りを知らない一夏は、何処か納得した様子であった。

簪は『装置は複数ある』と告げ、解除しにかかる。

1つ目の場所は一夏の肩章と生地の隙間に存在していた。

 

 

流星は溜息をついて飛刀を取り出し、振り返った。

 

 

────裏を返せば、(いもうと)の行動も楯無(あね)は読んでいるという訳で────。

 

 

「来るよな。そりゃあ」

 

 

「気配を見抜いた事は褒めてあげる。──という訳で、満を持して楯無おねーさん再登場!」

 

 

ローブに魔女帽子、そして杖代わりの扇子。

胡散臭いを擬人化したような諸悪の根源がそこにはいた。

 

 

 



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-60-

 

 

 

 

俺達の前に現れた人物は、元凶というか、諸悪の根源であった。

この人まで出てくるとかありかよ。

俺は隣のエージェントに目をやる。

流星(エージェント)は苦虫を噛み潰したようであった。

 

 

────黄色い歓声が上がる。

楯無さんのファンがかなり存在している事は知っていた。

何せ1年1組内にもいる程だ。

最強にして才色兼備、自由人にして愛嬌もある。

のほほんさんのお姉さん───虚さんから聞いた話を思い出す。

関係ない話だけど──楯無さんが打ち負かしたロシアの元国家代表も現在は熱狂的(・・・)なファンらしい。

曰く、楯無さんとルームメイトである事実を間違っても口にしてはいけないとのこと。

どういう事なんだろう。

 

 

 

閑話休題。

目の前にいる楯無さんは小悪魔的な笑みを浮かべていた。

格好は童話シンデレラに出てくる魔法使い。

皆をシンデレラにした事を考えればこれ以上ない配役だ。

 

…俺達からすれば、魔女にしか見えないけど。

 

 

「流石簪ちゃん。奪うのではなく仕組みがあることを予測、解除して平和的に譲って貰おうなんて思い付かないわ」

 

「お姉ちゃん…。邪魔しに来たの?」

 

「ぐ、ぐぬ。そんな目で見ないでよ簪ちゃん。これでも主催なの。仕組みそのものを()解除されるととーっても困るのよね」

 

歯切れが悪い楯無さん。

妹に睨まれ狼狽えるあたり、相変わらず簪さんには弱いみたいだ。

 

それを見て、ニタリとあくどい笑みを浮かべるエージェント。

簪さんのいる此方へと駆け寄ってくる。

あ、何か思いついたな。

 

「簪。楯無を迎撃する手っ取り早い策がある」

「えっ?できるの?」

「ああ、簪なら出来る。というか簪にしか出来ない方法だ」

 

先までの険しい顔から、一気に明るい表情へと変化する簪さん。

心做しか流星が悪い事を唆しているようにしか見えない。

 

────楯無さんも察したのか、一気に表情が強ばった。

同時に恐ろしいオーラが。不味い。これは不味いぞ!!?

 

 

「こう言えば一撃だ。お姉ちゃんなんて──────ぐあああっ!?」

 

「「りゅ、流星───!?」」

 

突然流星が発光した────電流だコレ!

いきなり流れ出した電流でエージェントは膝から崩れ落ちる。

流星のリアクション的にさっき迄より威力は高そうだ。

 

 

「ど、どうしてだ?王冠は外してないのに!?」

「だ、大丈夫?流星」

 

驚きながら近寄ったところで、直感的に顔を上げた。

視線は正面の楯無さんの方へ。

 

 

「───ん?どうしたのかしら?」

 

サッと手に持っていたものを隠す。

やけにボタンの大きい、レトロなリモコンを持っていたような…。

 

 

「楯無さん、今何を隠したんですか」

 

「隠した?何も持ってないけど、どうかしたのかしら?」

 

「いや、でもつい今───」

 

「いやん一夏くんのえっち。女の子の体を舐め回すように見るなんて駄目よ?」

 

「…」

 

駄目だ。取り付く島もない。

口調は軽いけど楯無さんのオーラは物語っていた。

曰く、これ以上その事に触れるな。

 

 

「こんにゃろ…まさか手動スイッチまで備えてるとか、ふざけやがって…」

 

「流星…!大丈夫か!?」

 

ヨロヨロとだが、起き上がるエージェント。

さっき凄い音が出てたのに、もう起き上がれるのか。

青筋を立てている流星に対し、楯無さんはもう一度リモコンを取り出した。

 

 

「ふっ、私に簪ちゃんの言葉(じゅもん)で勝とうなんて百年早いわ!喰らいなさい!」

 

「させるか!」

 

「!」

 

流星が踏み込もうとした瞬間、楯無さんがリモコンを前に突き出す。

気付けば投擲された飛刀がリモコンを貫いていた。

破片を撒き散らしながら、楯無さんの掌から落ちるリモコン。

背後の壁に飛刀が既に刺さっている────今のは二本目なのか!?

 

と、取り敢えず、これでリモコンは壊れた!

 

 

「甘いわ流星くん!───エクスペクトッ!パト〇ーナム!」

 

「に、2個目だと─────かっ…!?」

 

 

確かに魔法使いですけど──────!

一瞬の情報量に俺と簪さんは置いてけぼりだ。

電撃を受け、再度崩れ落ちる流星。

簪さんと俺は慌てて駆け寄る。

意識はあるようだが、立ち上がれないようだ。

 

 

「お姉ちゃん…そこまでして邪魔するの…?」

 

簪さんの声のトーンはいつになく低かった。

ギョッとしたのは俺だけじゃないみたいで、楯無さんもビクッと体を動かす。

 

「あ、いや!?そそういう事じゃないのよ!簪ちゃん。これは成り行きというか、流星くんがとんでもない事を口走りそうだったからつい────」

 

「自分は(同室でも)いいのに私は駄目なんだ…」

 

「そ、それはその───簪ちゃんが心配で…」

 

「………、流星を疑ってるの?」

 

「まさか!───だって流星くんよ?私が裸エプロンになっても、タオル一枚で抱き着いた時も特に反応が薄かった流星くんよ!?」

 

今のが明確に地雷発言だったのは俺でも分かった。

──え、と簪さんが目を丸めて驚く。

これは、アレだな。

姉がそんな事をしてるなんて知って、情報処理が追い付いてない感じだ。

 

 

「あ」

 

楯無さんも遅れて気が付いたようだ。

きっと1番の被害者は流星なんだけど、これは黙っておこう。

 

「裸エプロン…?タオル一枚で抱き着いた…?本当…なの?お姉ちゃん」

 

「ちょ、ちょっと待って簪ちゃん。これはね?」

 

「そう。事実なんだ…」

 

凍てつくような視線に、楯無さんは冷や汗を流す。

先までの空気よりも遥かに怖い。迫力だけなら最強だった。

 

「えーっと…」

 

弁解しようと考えている楯無さんだったけど、言い訳すら思い付かないらしい。

内容が内容だからなぁ。

楯無さん()がそんなことしてるってなったら、簪さん()もそうなるか。

 

「誤解──そう、誤解なのよ簪ちゃん!」

 

「──話し掛けないで、……更識先輩」

 

「ぐはっ……!?」

 

拒絶の意思が明確に叩き付けられた。

本当にショックなのか、胸を抑えながら楯無さんは倒れ込む。

血を吐いているようにも見えた。

簪さんの言葉に深々と心を抉られたらしい。

 

 

「倒れてる…。よっぽどショックだったのかな?なあ、簪さん。楯無さんはどうする?ボタンくらい取り上げとくべきかな?」

 

「放っておけばいいと思う。どうせ仕掛けを解除する物もないだろうし…」

 

「…」

 

いつになく冷たく言い放つ簪さん。

少し背筋がゾッとした。

楯無さんといい、たまに形容し難い凄みがあるのは姉妹揃ってなのか。

 

 

「…仕掛けを解除するから。織斑くん、動かないで」

 

「分かった」

 

エージェントと魔法使いの2人が倒れたままなのを横目に、俺は簪さんの前で座る。

『WINNER 更識簪』なんて文字がつい脳裏に浮かんでしまった。

 

「ここは…こうなってて…」

 

装置を取り外しにかかる簪さん。

思ったよりもハイテクな装置らしい。

 

 

「今更になるけど…装置を解除したら、王冠を…その…」

 

「ん?勿論構わないぞ」

 

「あ、ありがとう…!」

 

目を輝かせて喜ぶ簪さん。

以前、流星に簪さんの事を尋ねた際、『端的に表現すると可愛い』と言っていた意味が理解出来る。

 

そんな事を考えてると、背筋を悪寒が走り抜けた。

 

 

「いーちーかー?」

 

 

「「!」」

 

揺らりと簪さんの後ろで何かが揺らめいた。

慌てて離れるように簪さんが飛び退くと、王冠を何かが掠めた。

俺も驚いて身を少し引いたのが幸いした。

危ない!銃弾だ。

 

 

「ダメだよ?一夏。僕以外に王冠をあげちゃ」

 

「ひいっ!?シャル!?」

 

奥の物陰からシャルが現れた。

持っているのは先と違い拳銃。

ニッコリと笑顔なのにどうしようもなく怖い。

 

 

「簪さんには悪いけど、王冠は僕の物だよ」

「…だめ。これは私の物…!」

 

簪さんは工具を構えて向かい合った。

ただ、2人だけの戦闘が始まる──なんてことは無い。

 

「追い付いたぞ!嫁よ!」

「観念しろ一夏!」

(わたくし)を忘れて貰っては困りますわ!」

 

 

「うわぁぁぁ!?」

 

飛び交う銃弾、振り下ろされる刃物。

ガラスの靴が床を蹴りつける音がそこらから聞こえた。

追い付いてきた3人も加わり、もう収集は付かなくなっている。

 

全員が互いに争いながらも、俺に向かってくる。

 

あ、そういや誰か忘れてるような───。

 

 

「貰ったぁぁあああ───!」

 

「っ!?」

 

突然鈴が物陰から飛び出してきた。

何やら長物を持っている。

偃月刀!?多芸過ぎないか鈴のやつ!

 

一刀目を躱したけど、流石に対応し切れなかった。

体のバランスを崩して尻餅をつく。

好機とばかりに鈴の目の端が光った。

殺られる───!

 

 

「お前ばかり追われるのは、流石に妬けるな」

 

「っ、引っ込んでなさいよ!」

 

甲高い金属音が辺りに響く。

すんでのところで流星が飛刀で弾いたのだった。

流星が復活してきたってことは───。

 

「ふ、ふふふ。嫌われた訳じゃない嫌われた訳じゃない嫌われた訳じゃない。だから大丈夫よ大丈夫…」

 

視界の端でのそのそと起き上がる魔法使い(楯無さん)

まだ(心の)ダメージが残ってるのか、動きにキレがない。

やっと立ち上がったと思えば、襟に着いた小型マイクに向かって話しかけた。

 

 

『さあ!ただいまよりフリーエントリー組の参加です!皆さん王子様の王冠目指して頑張って下さい!』

 

 

 

「「は?」」

 

思わず俺と流星は固まってしまった。

釣られて鈴も怪訝な表情。

 

遠くから地響きが聞こえてくる。

フリーエントリー組という言葉から察しがついた俺と流星は、互いに顔を見合わせた。

 

おそるおそる舞台袖付近を覗き見る。

今まさに大量のシンデレラがこの城に雪崩込んでいる真っ最中であった。

脳が理解を拒む。

 

バタン!とセットの一部が倒れた。

どうやら隠し通路となっていたらしい。

大量のシンデレラが目の前に出現した。

 

 

「織斑くん、大人しくしなさい!」

「一緒に幸せになりましょう、王子様」

「私にも構って!今宮くん!ある程度ツンツンした後に優しくして!」

「王冠をよこせええええ!」

 

ゾンビ映画も真っ青な圧に、頭が痛くなる。

 

「…なんか、変なの居ないか?───いや、それよりもこの人数は不味いな。一夏!」

「お、おう!」

「使え!」

「サンキュー!───って使えるか!」

 

渡された飛刀を床に投げつける。

あの大量のシンデレラを倒せってか!?

俺は一目散に背を向けて逃げ出した。

 

「仕方ない。逃げるか」

 

不満そうにしつつ、エージェントもついてくる。

その更に背後からは、鈴や箒達、その更に後ろからはフリーエントリーのシンデレラ達が追ってくる。

 

このままじゃあ逃げ場なんてすぐに無くなる。

 

「そこの塀に最後の飛刀を投げた。俺が手伝うからそれを足場にしていけ」

 

「助かる!」

 

「ま、あとは頑張って逃げてくれ。頼むぞ王子様」

 

皮肉げにエージェントは笑う。

 

我ながら、スムーズに事は進んだ。

流星に持ち上げてもらう形で塀に飛び移る。

その際に刺さった飛刀の柄を蹴り、そのまま何とか飛び越えた。

 

そのままセット城の中へ。

 

「飛び越えて逃げた!?」

「ものどもであえであえー!」

「下の階からなら入れるよ!」

 

ここも安全とはいかないみたいだ。

ドタドタと追い掛ける足音が聞こえる。

ガラスの靴だからか機動力が低いのが救いだ。

 

城に押し入ってくるシンデレラ。

風情も何も無い。というか、時間制限がないのか。

 

上で逃げるのは悪手と判断して、おそるおそる1階へと移動した。

物陰をこそこそと経由して奥へ奥へ。

 

上の方へと皆が走り去っていく。

ひとまず脅威は去ったとひと息ついた。

 

 

けど、ここにい続けるのも危険だ。

どうしよう。

 

 

──そう考えている時だった。

 

誰も居ないはずの背後。

正確には斜め下から声が聞こえた。

 

 

「───こちらへ」

 

「へっ?」

 

瞬く間に、俺はセットから転げ落ちる形でその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

一夏が移動した先は、セットの隣部屋であった。

ドタバタと音が聞こえる中、彼は誰かに案内されるままに移動する。

アリーナの裏手側。

一般解放されていないため、通路に電気はついておらず薄暗い。

辛うじてついているのも足下の照明のみ。

相手の顔もよく見えなかった。

 

「着きましたよ」

 

案内されたのは更衣室。

アリーナのものである為、普通よりは相変わらず広い。

今は照明が落ちたままである。

 

と、一夏の目がようやく暗さに慣れてきた。

先導していた人物の顔を見て、一夏は首を傾げる。

 

「巻紙さん?どうしてここに?」

 

「この機会に『白式』をいただきたいと思いまして」

 

「…は?」

 

言葉の意味が咄嗟に理解出来なかった。

目の前の女性は笑顔を崩さず、それでいて敵意さえ感じられない。

 

「いいからとっとと寄越せよ、ガキ」

 

「…冗談、じゃ無さそうですね」

 

「あ?冗談でテメェみたいなガキと話すかよ。マジでムカつくぜ!」

 

「っ!」

 

唐突に纏っていた雰囲気が変化した。

一夏の中で警鐘が鳴り響く。

鍛錬により叩き込まれた嗅覚が、最初から女性が只者で無いことを見抜いていた。

女性の不意打ちに近い蹴りを彼は後退する事で躱す。

女性はニコニコとした表情のまま、その身のこなしに感心した様子。

 

「へぇ思ったよりいい反応するもんだな。ったく、顔が戻らねぇじゃねぇか」

 

「企業スパイって訳でも無さそうだけど…、あなたは一体何なんだ」

 

「企業の人間になりすました謎の美女、ってところか?」

 

「B級映画かよ…」

 

とはいえ、一夏は非日常に慣れていない。

誰かに悪意を向けられる、その感覚も。

何処かの誰かを真似して皮肉げに呟いてみたが、やはり動揺は収まらない。

 

「ほらよぉ!」

 

「『白式』!」

 

突然、巻紙と名乗っていた女性の背から何かが飛び出した。

一夏は『白式』を展開──PICにより重力を相殺しつつ、天井に着地。

───背後にあったロッカーを何かが貫いていた。

 

「IS!?本当になんなんだよ!」

 

「おーおー、いい反応するねぇ。言うなら悪の秘密結社──の1人ってトコかぁ?」

 

蜘蛛のように女性の背から生える八本の脚。

装甲に覆われ、先端が鋭く尖ったソレはさながら爪のようである。

 

(これは───)

 

ロッカーから腕を引き抜く動作を読んで、一夏は『雪片弐型』を持ち変えた。

天井蹴り、一気に仕掛ける。

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を今使うべきでないとの直感的な判断。

刀はフェイント。本命は雪羅のクロー攻撃だ。

 

「このオータム様にそんなもん当たるかよ!」

 

迷いのない攻撃だったが、それは空を切る。

オータム──そう名乗った女性に対し、息をつかず腕を突き出す。

雪羅の射撃形態───避けられると同時に切り替えは済んでいた。

 

「チッ」

 

(速い!)

 

雪羅による射撃に対し、八本の装甲脚が一斉に動き出す。

オータムの背から生えた脚は地面を蹴り、軽快に躱してみせた。

 

オータムがISを完全に展開する。

黒と黄の機体。フルフェイスであることやシルエットも相まってISにはとても見えなかった。

 

(──、銃口!?)

 

オータムに装甲脚を向けられた一夏は慌てて横に飛び退く。

脚の先端が開き、放たれる実弾がその場を蜂の巣にした。

 

装甲脚は近接武器だけでなく、射撃武器としても機能しているようだ。

断定は出来ないが、近〜中距離に適性のある機体だと一夏は推測する。

砲門は8、故に手数は圧倒的にオータムが多い。

 

──被弾。

衝撃が体を叩く中、彼は敵を見据えていた。

 

(なら!)

 

「!」

 

脚の長さから懐ならば、と彼は再度床を蹴る。

スラスターを吹かしながら射撃。

オータムの弾丸については機体を微かに傾け躱した。

 

精度は兎も角、相手の回避行動に合わせるように瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰める。

 

(──!福音の時より目に見えて制御の仕方が上達してやがる。加えて牽制と距離の詰め方を学んだか)

 

だが、とオータムは笑う。

織斑一夏の成長を理解しつつ、彼女は敢えて前に飛び込んだ。

 

 

「懐が弱点だと思ったかよ?残念だったなぁ!」

 

(脚の可動域が広いっ!?八本をここまで細かに操れるのか!)

 

「ほらほら、ちゃんと防がねーと串刺しだぜ?」

 

「っ!」

 

八本の装甲脚があらゆる角度から一夏を襲う。

四方だけでなく、上下左右。

躱した先から少しずつ一夏を追い詰めるように、しなやかで繊細な操作。

 

「くそっ!」

 

雪羅のシールドを叩き付けるようにして、彼は何とか離脱した。

数回切り付けられた為、シールドエネルギーが減ってしまっている。

オータムはまだまだ手加減しているように見えた。

 

──完全な格上。

一夏の頬を汗がつたう。

自身が一番得意な間合いで勝つビジョンが見えない。

先の一瞬でやられなかったのは、完全に訓練の賜物であった。

 

──オータムもまた、それを見て口角を吊り上げる。

愉しげに目を細めある事実を告げた。

 

「あの時からは随分と見違えたなぁ、オイ」

 

「あの時?」

 

「なんだよ。気付いてねーのかぁ?折角の感動の再会だろ?──第二回モンド・グロッソの時のよぉ!」

 

「まさか──、」

 

「そのまさかだよ。あの時お前を拉致ったとはうちの組織だよ!ハハハハ!」

 

「お前───────っ!!」

 

内から湧き出る激情に駆られ、一夏は飛び掛かった。

雪片を握る手に力が籠る。

無我夢中で発動する『零落白夜』。

冷静さも何もかなぐり捨てた全力の一刀。

 

純粋な踏み込みや速さなら、目を見張るものがあった。

ただ、読まれていれば(・・・・・・・)意味は無い。

 

「やっぱりガキだな。そんなもん、『王蜘蛛(アラクネ)』の前じゃ無力なんだよ!」

 

「っ!?」

 

オータムが指先で弄っていたものを放り投げた。

それは瞬く間に拡がって網状になると、一夏を絡めとる。

エネルギー・ワイヤーで形成されたそれは引きちぎる事も難しい。

 

(全身に拡がるのが早い。なら雪羅で無理矢理──)

 

「させるかよ!」

 

全身に伸びるよりも先に──と、機転を効かせた一夏よりも速く装甲脚が一夏を押さえ込んだ。

 

「っはっ!?」

 

壁に叩き付けられ、吊るされる状態。

肺の空気を吐き出し、怯む一夏の胸元に何かの装置が取り付けられる。

 

「終いだ。じゃあ貰うぜ『白式』をよ」

 

「何を──がっ!?あああ!」

 

一夏の体に激痛が走った。

それは電流とは似て非なるエネルギー。

文字通り、ISを引き剥がす──『剥離剤(リムーバー)』によるものだ。

彼の絶叫が空間に響いた。

とはいえ、広く閉じた空間。外には漏れることは無い。

 

暫くして、一夏の体が網から床に落ちた。

背中から落ちたが未だ感覚がハッキリとしない。

何とかオータムに向き直るも、ISは解除されていた。

 

──そして、オータムの手には菱形立体のクリスタルが。

感覚的に一夏はそれが『白式』であると理解した。

 

「ぐっ!?」

 

取り返そうと体を動かし始めた瞬間、彼はオータムによって軽く投げ飛ばされる。

5m程床を転がり起き上がろうとするも、一夏は胸元を踏みつけられた。

オータムに慢心はあれど、油断は無かった。

 

「くっ、そっ…!かえ…せ!」

 

「やるかよ、バーカ」

 

「がはっ、ぁ…く、そ、かえ、せ…!」

 

「ギャハハハハ!返せと言われて返す訳ねーだろうが!」

 

「ぐぁっ!!」

 

一夏は腹部を蹴られ、投げられ、ボロボロの状態で床を転がっていた。

無力感が襲ってくる中、闘志だけで突破口を模索するが痛みのせいで頭も回らない。

 

オータムは暫く嬲った後、満足したのか装甲脚の爪の部分を彼に向けた。

 

「あばよ、ガキ。もうてめぇに用はねぇから殺しといてやるよ」

 

台詞が終わると共に、装甲脚が振り下ろされる。

 

───直後に、金属音があたりに響いた。

 

 

 

 

 

 





一夏の戦闘については、やられこそしましたがエネルギーは原作より温存出来ている想定です。
ただ、鍛錬を積んだところでオータムのような実戦慣れした実力者には流石に分が悪かった様子。


オータムさんの描写にも気を付けていきたいところ。
さあ学園祭後半、開幕。







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-61-

「!」

 

──不意に金属音が鳴り響いた。

咄嗟に反応して振るわれた装甲脚。

音を立てて何か金属が一夏の眼前に転がる。

 

暗闇を翔けるソレは、吸い込まれるようにオータムの顔を狙ったものであった。

 

「これ、は…!」

 

何の変哲もないコンバットナイフ。

一瞬ラウラかと考えた一夏だが、彼女のものよりひと回り小ぶりなそれを見て違うと理解する。

 

 

直後に更衣室の入口から飛び出す影。

 

オータムも来訪者の正体を理解したのか、愉しげに口もとを吊り上げた。

 

「来やがったか…!」

 

「──」

 

迷いなく振るわれる近接ブレードを装甲脚で受けるオータム。

現れたのは右腕を部分展開した流星である。

 

数度の切り込み。

少しオータムを後退させたところで彼は飛び退く。

反撃とばかりに振るわれた脚が、近くにあったロッカーを一瞬にしてスクラップにした。

 

 

「言動の割に器用な奴だ」

 

 

一夏の眼前まで下がった流星は、周囲の光景を見ながら呆れていた。

小物のような発言に、感情剥き出しのガラの悪さ。

そして鋭い狩人のような目付き──粗暴なイメージこそあれど、この室内で不自由さは見られない。

 

「ハッ、また会ったな邪魔者!──1年半前の借りを返させて貰おうか!」

 

「…1年半前?」

 

オータムの発言に怪訝な顔になる流星。

身に覚えがない。

そう言いたげな彼をオータムは不快そうに睨み付ける。

 

「すっとぼけやがって。1年半前、私らを邪魔した黒い高機動型のIS──あれはお前だろーが」

 

「──黒いISだと?」

 

「ちっ、どこまでもシラを切るってか」

 

困惑させる為の嘘かと流星は考えたが、オータムにその様子はない。

むしろオータムの方が苛立っているようであった。

 

「なら仕方ねぇ!ズタズタにしてから聞き出してやるよぉ!」

 

──オータムに微かな重心の変化。

言い終わる手前からのソレに流星は合わせて動く。

 

「──」

「!?」

 

真後ろに居た一夏を蹴り飛ばし、彼は反対側へ飛び出す。

IS『打鉄─椛』を完全に展開。

 

銃声が遅れて聞こえた。

 

 

流星はアサルトライフル『焔備』に持ち替え、ロッカーの影から反撃する。

多少広いとはいえ、屋内の戦闘。

跳弾や逃げ場を頭に入れつつ、彼は暗闇を駆る。

 

「ちょこまかと──!」

 

一夏との戦闘により、乱雑に立っているロッカー。

傾き、それぞれが絶妙なバランスで支え合っている状態だ。

それらの隙間からの弾丸に、オータムは舌打ちする。

 

八本の装甲脚の一部を防御に回す──弾幕が少し薄くなる。

火薬の臭いが鼻をつつく。

 

薄暗い中、装甲脚の細かな角度は射撃時の火花が教えていた。

ハイパーセンサーがあるとはいえど、暗闇での戦闘。

こと生身を含めば、経験値は少年の方が上である。

 

(仕掛けるか)

 

空いた手に近接武器を展開した。

従来の近接ブレードよりも、小ぶりな一振り。

銘は『討鉄(うちがね)』──、脇差や小太刀に該当する近接武器だ。

箒の助言により使う事にした『打鉄』の補助武装である。

 

 

「しゃらくせぇ!吹き飛ばしてやるよ!」

 

「───」

 

痺れを切らしたオータムが装甲脚を二本振り上げた。

流星は迷わずアサルトライフルを量子化し、近接ブレードを展開。

小太刀と揃え、二刀。

小太刀の方を逆手に持ってタイミングを合わせた。

 

「な──!」

 

オータムの顔が驚愕に染まる。

少年の動いていた付近目掛けて踏み込み、装甲脚を振るう瞬間に飛び出した影。

オータムもカウンターは想定していた。

────だが、それでも疾かった。

 

先にロッカーを切り捨て、少年はすかさず瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行っていた。

 

 

悪寒がオータムの背筋を走り抜ける。

薙ぎ払う装甲脚の下を縫うように迫り、彼は一撃を見舞った。

 

「!」

 

装甲の隙間──首筋を狙った小太刀は今1歩届かなかった。

王蜘蛛(アラクネ)』の肩部の装甲は分厚く、大したダメージにはならない。

大きな傷が装甲に残る。

土壇場のオータムの行動でズレたと見るべきだろう。

 

反撃の装甲脚を二刀で弾き、銀灰色の機体はそのまま離脱した。

離脱ついでに少年は近接ブレードを量子化、アサルトライフルの引き金を引いていた。

 

 

「舐めんな!」

 

装甲脚を巧みに使い、後方へ飛ぶオータム。

頭に血が上り追撃しようとしないあたり、冷静だと流星は独りごちる。

 

 

 

「すげぇ…」

 

見ていた一夏は思わず声を漏らした。

──最低限の近距離での打ち合い、距離の詰め方、タイミング、離脱までの判断。

ISだというのにしなやかな動き。

武術とはまた違う、少年の苛烈な人生を物語る──洗練されたものがそこにはあった。

 

 

 

──操縦技術が戦闘技術に追い付きつつある。

以前のエムとの戦闘を見た恋人(スコール)の発言を思い出し、オータムは眉を顰める。

先程見せた超低空の瞬時加速(イグニッション・ブースト)

あれは緻密なPIC制御や出力操作、空間把握力がないと出来たものでは無い。

 

(エムとやり合っただけあるってことか…仕方がねぇ)

 

(…何を狙っている──?)

 

更に1歩後退するオータム。

撤退する気かと一瞬考えた流星だが、相手の様子に違和感を覚えた。

 

「ほらよ、守らねぇと友達が死ぬぜ!」

 

「!」

 

装甲脚を突き出し、銃口が横一列に。

空いた手でネットを用意しつつ、オータムは一斉射撃を行った。

 

「────」

 

少年は揺らがない。

小太刀を量子化し、オータムの射撃より速く盾を展開。

一夏の眼前の床に盾が打ち付けられた──力任せに投げた為だろう。

それは彼を弾丸から守り抜く。

 

一方、流星は足下のロッカーの残骸を拾い上げる。

盾代わりにはあまりにも心許ないが、直撃よりはまだダメージは少なかった。

弾幕の隙間にアサルトライフルで応じる。

 

 

 

 

────その、直後であった。

 

 

 

「ねぇ、よそみはだめよ。りゅうせい」

 

 

ぞわりと。

 

少年の全身が、本能が、経験が、警鐘を鳴らした。

 

 

「っ!!!」

 

コンマ以下の思考の隙間。

死んだ事さえ気付けない、なんて喩えでも笑えない。

 

奇跡的に振り返った少年の眼前には、何も無かった(・・・・・・)

 

──前方にいる。

 

人間は視界に重きを置く生き物だ。

如何なる境遇の人間とて、視界を持つ限りは変わりない。

そこに脅威が(なにも)無いと目視してしまえば──体は止まる。

反射という思考を挟まない行動なら尚更であった。

 

ただ、幾度もの死線を潜り抜けた肉体はそれを無視した。

───狙いは、心臓か。

 

 

 

 

「流星!」

 

「ッ!」

 

鮮血が舞う。

避けられると判断し、軌道修正された白刃。

それを力尽くで彼は逸らした。

『打鉄─椛』の装甲が裂け、中から赤色が覗かせている。

機体に走る紅のラインとはまた違う、濃い赤色だ。

 

 

「ちっ…!」

 

即座にアサルトライフルの引き金を引く。

白刃の主───少女は飛び退き、それらを躱した。

 

 

「こえのほうこうをズラしてゆうどうしたのに、はんのうできるんだ」

 

声がした方とは別の──何も無い空間に現れる少女。

腹部を抑えつつ、流星は片手でアサルトライフルを構えた。

 

腹部に切り傷が出来ているが幸い浅い。

どちらかと言えば、ごっそり減ったシールドエネルギーの方が少年にとっては痛手である。

 

(成程、コイツもあの女の仲間か)

 

敵はかつてツーマンセルトーナメントの時に襲撃してきた少女。

仕組みは知らないが威力の高い刃物、更には消える能力まで備えたIS。

付け加えて近接の高い技能と厄介極まりない。

 

少女は緋色の瞳で少年を捉え、嬉しそうにはにかんだ。

日常的な会話だと言わんばかりに口を開く。

 

「ひさしぶりねりゅうせい!─わたしはリタ。リタ・イグレシアス!えっとね、えっとね──」

 

「───」

 

流星は構わず腕を突き出し引き金を引いていた。

敵の話やペースに乗る気も無い。

 

「もう!レディがはなしてるのに───」

 

リタはそれを天井や壁を伝って躱した。

スラスターが一瞬光を放ち、上下左右自在に跳躍している。

 

「──たく、初撃をミスりやがって。だがまあ、それなりにダメージはあるよなぁ!2人目ぇ!」

 

「!」

 

「あそびましょう。りゅうせい。オータムもいっしょにあそんでくれるから────!」

 

幼い見た目にそぐわぬ妖艶な声色。

オータムとリタが同時に動き出す。

装甲脚からの射撃で牽制しつつ、直線で距離を詰めるオータムと多角的な動きで距離を詰めるリタ。

 

こうなれば、接近戦はあまりにも分が悪い。

どちらかに固執すれば確実に殺られる状況。

一夏の事も考えると更に制限が加わる。

 

 

彼はアサルトライフルをもう一丁展開。

戦い方はある程度頭の中で組み上がっていた。

2人の位置を常に頭に入れつつ、射撃戦を──────

 

 

 

「そこまでよ。亡国機業(ファントム・タスク)

 

「!」

 

不意に聞き慣れた声が聞こえた。

 

「!!」

 

───仕掛けようとしていたリタはソレを回避。

横に身を翻し、少女は距離を取る。

少女が居た床を蒼流旋(ランス)が粉砕した。

叩きつけられた質量はその威力を代弁するように瓦礫を撒き散らす。

 

 

──そして、流星の周りに水のヴェールが展開され、オータムの射撃を受け止めた。

 

 

 

割って入るように現れた人物。

正体を察するまでもなく、不満そうに流星はため息をついた。

 

 

「遅いぞ。楯無」

 

「待つのも男の甲斐性よ?それとも…おねーさんが恋しくなっちゃった?」

 

「…言ってろ馬鹿。どうせ上手いこと言って生徒を避難させてたんだろ?」

 

「まあね♪」

 

新たに現れた水色の影を見ながら、リタは不満そうに口を尖らせるのであった。

 

「──さらしきたてなし、ね」

 

落ち着いた口調とは裏腹に、緋色の瞳には明確な殺意が込められていた。

黒い感情。

2人の逢瀬に水をさされた、とでも言わんばかりのドロついたものである。

 

 

「あらら。嫌われちゃったみたいね」

 

 

いつもの調子でおどけつつ楯無は2人と敵の間に立つ。

片腕のみの部分展開を維持しつつ、敵を見据えていた。

当然、楯無に隙は見当たらない。

オータムとリタも迂闊には仕掛けられないでいた。

 

「楯無さん…!」

「はぁい、お待たせ一夏くん。状況を聞いてもいいかしら?」

「そいつらが突然襲ってきて…『白式』が…!」

 

一夏の言葉にキョトンとする楯無。

今の一夏の実力なら、この早さで倒される事はないだろう。

何より彼自身の怪我の度合いがそれを物語っている。

 

となれば何をされたかはすぐに思い至った。

笑みを浮かべると、敵2人の前に出つつ蒼流旋を軽く振り回す。

ISを完全に展開。臨戦態勢に入った。

 

「一夏くん、それなら問題ないわ。あなたの望むままを願いなさい。そうすれば、きっと応えてくれるから」

 

「それってどういう…?」

 

「流星くん。ちょっと一夏くんの護衛を頼めるかしら?」

 

「分かった」

 

首を傾げる一夏の元へ、流星は移動する。

先までの冷たい空気から一転して、いつもの空気のまま一夏の隣まで来た。

 

必然的に、リタやオータムと楯無は1人で向き合う形になる。

一夏はその状況を理解すると、慌てた様子で声を荒らげた。

 

「1人で戦う気なのか!?流星、俺はいいから楯無さんの援護を───」

 

「必要ないな」

 

キッパリとした物言いに一夏の言葉が詰まる。

流星はISを解除し、腹部を応急処置をひとまず行う。

一夏からすると流星には先までの冷たさはなく、いつもの調子に見えた。

その最中、当たり前のことを告げるように一夏の方を見ずに答える。

 

 

「楯無が前に言ってただろ。生徒会長…いや更識楯無(アイツ)は────」

 

 

 

 

──学園最強。

それ自体は、一夏も知ってはいた。

生身の状態でもラウラを圧倒する強さを目の当たりにしている。

達人である箒の剣もあっさり見切られていた、それは間違いない。

ただ、彼はそれでも理解出来ていなかった。

 

彼の中に不安が募る。

こんな簡単に人を殺そうとする連中を前にして、問題無いのだろうか──と。

 

 

 

結論が出るのは、あまりにも早かった。

 

「───な、」

 

ぽかんと口を開く一夏。

その光景はあまりにも異質であった。

 

 

────楯無に対し、2人の襲撃者が取った行動はシンプル。

2対1の利点、数での優位を活かした連携での攻めだ。

 

リタは姿を消し、オータムが弾幕を展開しつつ距離を詰める。

リタの強襲能力の高さは言わずもがな。

オータムの手数や勘も相当なものである。

 

 

だが、2人は攻めきれずにいた。

 

水が逆巻き、銃弾を防ぐ。

中心にいる少女にリタが斬り掛かるも、まるで分かっていたかのように捌かれている。

高速でいなし続けられる白刃。

銃弾も全て水のドレス(IS)を着た楯無には届かない。

反響する金属音。

戦闘の凄まじさを物語るように、余波で天井や床が抉れていく。

 

白刃を捌きつつ、蒼流旋がリタに叩き付けるように振るわれた。

 

 

「…くうきちゅうにナノマシンをバラまいて、わたしのいちをはあくしてるのね───」

 

リタはそれを受け流し、純粋な斬り合いに集中する。

彼女の純粋な剣の技量はかなりのもの。

身軽な上にずば抜けた身体能力。

身の丈以上の白刃を自分の体のように扱っている。

 

だが、楯無はそれをものともしない。

獲物のリーチを活かし、少女を踏み込ませないで居た。

 

 

 

(つよい…、これがたてなし…!)

 

 

リタも思わず舌を巻く。

戦争(殺し合い)に特化した流星ともまた違う、純粋な強者。

武術を修め、そして対暗部としての鍛錬が築き上げた実戦的な身体の運び。

 

 

「きゃあっ!」

 

回転し、威力を上げた1振りがリタを白刃ごと天井へ叩き付けた。

衝撃で亀裂が走る。

肺の中の空気を吐き出しながらも、リタは猫のように軽やかに着地する。

 

「これならどうよ!更識楯無!」

「舐められたものね」

「なっ──」

 

彼女はリタへ攻撃した姿勢から飛んで、オータムの装甲脚を躱した。

上下逆さのまま蒼流旋の先端──ガトリングの砲門がオータムの胴を狙い撃つ。

攻撃は直撃し、オータムの体が大きくのけぞった。

 

「ハン!舐めてんのはそっちだ!」

「!」

 

すぐに体勢を立て直すオータム。

彼女の手にしたカタールと装甲脚が一斉に楯無に向かう。

 

八本脚が故の立て直し。その点に関しては他のどの機体よりも素早い。

相手が猛者であろうとその強みは明確であった。

 

ざっくりとカタールによる袈裟斬りが楯無の身体に入った。

そのまま、装甲脚の鋭い突きは楯無の身体をアッサリと貫く───。

 

 

(!手応えが───ない?)

 

「あちゃー、やられちゃった」

 

貫かれたハズの楯無の身体が崩れ、完全に水へと変化する。

オータムがそれを目の当たりにした瞬間、再度胴に衝撃が走った。

楯無の突きにより吹き飛ばされたからである。

 

 

「ッ───クソっ!?分身か!!」

 

「ご名答♪でも───遅い!」

 

「がッ!!」

 

水流による追撃がオータムを地面に叩きつけた。

 

 

アクア・ナノマシンによる水の分身。

一見便利だが、戦闘中の入れ替わりなんて芸当はとても容易なものでは無い。

立ち回りは当然として、アクア・ナノマシンの扱いには緻密な操作も要求される。

 

しかし、扱うのは更識楯無(学園最強)───使いこなせなくては名乗るに能わず。

 

オータムが最初よろけた瞬間、自身と微かに重なるように配置。

入れ替わりを実現したのだ。

 

 

 

──ハイレベルな攻防、そして2対1をものともしない楯無を前に一夏はゴクリと喉を鳴らす。

これが学園最強。

自分が教えを受けていた相手のレベルだと知り、心配はあっという間に消し飛んでしまう。

 

 

「一夏。見入ってる場合じゃないぞ」

「あ、ああ」

 

ISを展開し直した流星の言葉で我に返り、一夏は楯無の言葉を思い出す。

言われた瞬間は意味が分からなかった。

今は───何故だが、それとなく理解出来ている。

 

前に手を伸ばし彼は目を瞑る。

無理矢理引き剥がされたというのに、近くに在る感覚がハッキリとあった。

 

「帰って来い『白式』────!」

 

途切れていた何かが強く繋がり直す。

彼の呼び掛けと共に、オータムの片手にあったキューブが眩い光を放った。

 

「なっ!?」

 

直ぐにキューブは量子化し、彼女は何も無くなった掌に唖然とする。

光の粒子は一夏へと集まり、再度ISを展開するに至っていた。

 

 

(遠隔での呼出(コール)!多分欠陥があるなんてリタが言ってたのは、そういう事か!───ちっ、エムの奴め!)

 

戦闘を続けながら、オータムは思わず舌打ちをする。

折角『白式』を奪うまでスムーズに進んだのだが、これで振り出しだ。

 

援軍が来た段階で頃合いを見計らい、離脱する気であったのを阻止されたせいでもある。

今宮流星と更識楯無。

2人とも戦闘時は撤退する隙を与えないようにしていたのが大きい。

 

これで3対2。

数的な優位も無くなった。

 

 

────しかし、そんな事態も折込済みだ。

飛び退いたリタは、一旦オータムの隣に。

まだ策はあると言わんばかりの2人の行動を前に、楯無は焦ること無く不敵に笑った。

 

 

「ねぇ──ところでこの部屋…暑いと思わない?」

 

なんて事のない日常会話──ではない。

警告でも無ければ慢心でもない。

 

「ふふ、温度の問題じゃなくて体感の話───そうね、こう言った方がいいかしら?この部屋、湿度が高い(・・・・・)わよ」

 

一夏はすぐに周囲の変化を感じ取った。

先までとは違い、ジメジメとして暑さだ。

室内全体がまるで浴室にでもなったかのよう。

霧なんて室内に似合わないものも楯無の言葉と共に現れだした。

 

「──!」

「まさか」

 

オータム達もそれ(・・)に気が付く。

今にも先までの分身や水のヴェールなど、視覚的に分かりやすい技を使っていたのはブラフ。

本命は一夏がISを取り戻した後の範囲攻撃であった。

 

「おい!」

「わかった!」

 

2人の襲撃者はそれぞれ動き出した。

楯無にその引き金を引かせないよう、最速で行動に移そうとしする。

 

彼女らの行動に誤りはない。

あるとすれば──────楯無が話し出した瞬間に仕掛けなかった事だ。

 

 

「詰みね」

 

 

楯無がパチンと指を鳴らした。

ISのエネルギーが霧状になったナノマシンに伝わり、熱が発生───────瞬く間に、2人の周囲を爆発が飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────え…」

 

 

驚いたような、少女の声が漏れた。

 

粉塵が舞い、半壊した更衣室。

爆音は部屋を震わせ、一夏達の周囲にも砂埃が立ち込めていた

爆発は局所的なものだが、狙いは完璧である。

確実にオータムとリタだけを無力化する火力で『清き熱情(クリア・パッション)』を喰らわせた────筈だ。

 

粉塵が消え、視界が戻ってくる。

 

 

 

(あれは───…)

 

「なんだよ、あれ」

 

流星が目の前の光景に眉を顰める中、一夏は困惑を露わにした。

どう見ても防御不可のタイミングだと、彼ですら悟れるレベルであった。

仮に凌いでも相手は大きな損傷は避けられない。

 

 

 

眼前に広がるは、銀色の壁。

エネルギーが迸るように繭を作り、檻を作り、気味の悪い蛹のよう。

表面を銀色の稲妻が走っていた───何らかのエネルギー兵装だろう。

 

 

その中のオータムとリタ、そしてもう1人(・・・・)は無傷であった。

 

 

 

「───はは、間一髪でしょ。だから言ったじゃんオータムぅ、アレは生半可な用意じゃ駄目だってさ〜」

 

「うるせぇ。テメェが役目サボってなけりゃこうならなかったんだ」

「まったくね。これだからいやがらせしかのうのないひとは…」

 

「助けたのにその言い草、ウケる。助けたんだからお礼ぐらいしてよね」

 

相手の声を聞き、楯無の顔が初めて驚愕に染まった。

一夏はそこで漸く楯無が何に驚いていたか(・・・・・・・・)を理解する。

 

 

「ウソ…でしょう?どう、してあなたが─────」

 

 

増えたもう1人。

長い青髪を携えた少女に、楯無の視線は釘付けであった。

IS学園の制服を身に纏い、右腕だけISを展開していた。

 

毒々しい程鮮やかな緑色の装甲。

薄暗い部屋の中だというのに、眩しい銀色がそれを照らす。

 

 

 

青い髪の少女は振り返り、ニパーっと眩しい笑顔を見せる。

仲の良い友人に久々に会ったような感覚で手を挙げ───口を開いた。

 

 

 

 

「久しぶりー、楯無ちゃん。やっぱり元気にしてたー?」

 

 

 

───銀雷が、声に呼応するように周囲へ炸裂した。

 

 

 

 



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-62-

 

時間は少し遡る。

人が行き交う廊下の中、鼻歌を唄いながら闊歩する眼鏡の少女の姿があった。

襟が見えるよう髪を上げており、左腕には新聞部の腕章が着いている。

リボンは楯無と同じ黄色───二年生である。

そんな少女──黛薫子の右手には、デジカメが握られていた。

 

(さてさて、どんな見出しにしようかな〜)

 

話題性トップの1組1組は勿論、他の部活などの出し物はあらかた回った。

学園祭ということもありネタには困らない。

───まあそもそも、IS学園で困った事などないが。

 

大人気の生徒会長のメイド姿はもちろん、専用機持ち達のメイド姿や男子2人の執事姿も十分に撮れた。

 

この後の劇も考えれば写真は有り余る程だ。

どれを記事に載せるか───贅沢な悩みに彼女はニマニマと笑みをこぼす。

 

「っと、見出しのイメージがある内に下書きでも済ませちゃおっかな」

 

生徒会の催し──劇までも時間はある。

 

薫子は少し歩き移動、適当な空き教室を見つけてそこに入った。

IS学園は特殊な学園である都合、空き教室がそれなりに存在する。

あらゆる状況を想定して作られたものであるが、基本的には自習室として開かれているだけだ。

 

学園祭では休憩として使えるように扉は開放されている。

無論、一般開放されていない教室も多々存在するがそれは別校舎である。

 

 

何はともあれ、薫子は下書きの作成に取り掛かる。

持参していた端末とデジカメの画像、メモを見つつレイアウトを考えていた。

 

新聞部は各々が記事を書き、1つの新聞として完成させる。

手間こそかかるが基本的に各々が作りたいものを刷り、調整を皆で加えるのが主流であった。

薫子が作ろうとしているのはその前段階、それの下書きだ。

 

デスクに座り格闘すること少し。

ある程度書き上げたあたりで、薫子はやっとその存在(・・・・)に気がついた。

 

 

 

「──え?くくるちゃん…?」

 

驚きで彼女の動きが止まる。

目の前にいたのは青く長い髪の少女。

IS学園の制服に身を包み、首にはチョーカーらしき物が付いている。

覗き込むような姿勢で薫子を見ていた彼女はにっこりと笑顔を浮かべた。

 

「他の何かに見える?」

「嘘、本物…?いつ来てたの?この事をたっちゃんは────」

更識楯無(・・・・)は知らないよ」

「そう…」

 

青い髪の少女の言葉を受け、俯く薫子。

事情も何も分からないが、喜ばしくない感情がこもっていたのは察する事ができた。

 

ただ、細かな話を知らない薫子にはどうする事も出来ない。

一拍置くと彼女に視線を戻した。

 

「元気にしてた?」

 

「色々あったけど元気。っていうか(ウチ)の凄さを知ってるんだから心配なんて要らないって分かるっしょ」

 

「それとこれとは話が別だよ。連絡取れなかったら普通心配するって。それはそうと…写真いい?」

 

「───薫子ちゃんは相変わらずみたいで安心したかも。悪いけど写真はNGだから。事務所を通してね♪」

 

少女は人差し指を交差させ、バッテンを作る。

それを見て、薫子は思わず破顔した。

少女の対応が懐かしいものだったからである。

 

暫くだけ2人は会話をした。

内容は他愛もない、新聞部部長になった話や教師の話など。

少女の方も海外に行った時の話題を出し、些細なことで笑い合う。

 

それから少し。

ひと通り話し終えたところで、少女は腕時計を見て表情を変えた。

 

 

「…もう行くの?」

「うん、そろそろ時間みたい」

 

一瞬の鋭い視線に、薫子は息が詰まる。

あくまで一般人である薫子には、少女がどうしてここに来たのかもどうしてここに居るのかも分からなかった。

ただ、良くない事が起きそうである───そんな前触れだけは感じ取れる。

 

 

「──ねぇ、もうあの頃には戻れないのかな?」

 

自然と零れる言葉。

薫子は目の前の少女に、そう問いかけた。

少女は目をぱちくりさせた後、冷たい表情で頷く。

 

「戻る気もないよ。例えこの先に何があっても、この道は(ウチ)が選んだ道だから」

 

そこには一切の躊躇も未練も無かった。

清々しさすら憶える彼女の言葉に、薫子は何も言えなくなった。

 

「やっぱり薫子ちゃんは優しいね。普段は違うのに、こういう時は変に踏み込まないし、無理に引き止めもしない。(ウチ)はそういうとこ気に入ってたんだ」

 

「…」

 

「けど薫子ちゃんとはここでお別れ。ちゃんと幸せになりなよ」

 

「────ま、待って!」

 

ここで別れれば、もう二度と会えない。

そんな確信をもって薫子は少女に、向かって手を伸ばした。

 

「っ───?」

 

だが手は何も掴むことがなく、虚空を掴んだ。

バチりと小さな音が聞こえ、力なく薫子の体は机に倒れ込む。

 

銀色の電撃を掌に浮かべながら、少女は静かに薫子を見下ろしていた。

 

 

「そんな顔しないでよ、薫子ちゃん。(ウチ)は今とっても楽しいんだから───人を■するのも、人を騙すのも。これ以上ないって程良いの」

 

当然、返事はない。

気を失ったまま(・・・・・・・)の薫子に対し、少女は溜息をつくと背を向ける。

 

先までと違い、物憂げな表情で呟くように別れを口にしていた。

 

 

 

「じゃあね薫子ちゃん。私の数少ない──大切な友達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい少女の顔。

特徴的な長く青い髪を見た楯無の胸中は──あらゆる感情が渦巻いていた。

あの顔も声も、寸分違わず彼女のものだ。

 

どうしてここに?  

        偽物?

           そんな筈は───。

 

心が否定しようとも、聡明な彼女は頭で理解している。

ISを使い、亡国機業(ファントム・タスク)を助けるように現れた。

そして、亡国機業(ファントム・タスク)がこの校舎の構造を細かに把握している点────言うまでもなく、彼女は───。

 

 

脳裏に焼き付いた記憶(もの)が、フラッシュバックする。

彼女との思い出も何もかも差し置いて、トラウマ地味た2つの光景が顔を覗かせていた。

 

動かなくなった井神家当主と───この学園を去る直前の彼女の表情。

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 

─────銀雷が、青い髪の少女を起点に炸裂した。

 

銀色の眩い光が楯無達3人を飲み込まんと襲い掛かる。

一瞬にも満たない内に余計な思考を捨て去り、楯無は手を前に掲げた。

 

「2人とも、動いちゃ駄目!」

 

「─!」

「!」

 

刹那の間に楯無は水のヴェールを前方に展開───銀色の電撃と衝突した。

蒸発するような音、しかしそれは爆発音でもある。

 

瞬く間に銀色の電撃と水のヴェールは弾け飛んだ。

蒸気爆発に指向性を何とか持たせ、楯無は自身と2人の男子が爆発に巻き込まれない様にしていた。

 

余波により、粉塵が舞い上がる。

リタの奇襲を警戒し、敵がいるであろう場所を見つめる楯無。

だが、粉塵が晴れてもなお襲撃者3人は同じ場所に立っていた。

 

 

「やっぱり不意打ちは効かないか。今のはいい線行ってると思ったんだけどねー」

 

頭に手を当てながら、失敗失敗と笑う少女。

特に悪気も無さそうに、日常会話のような気楽さだ。

サラリと揺れる綺麗な青い髪。

楯無は鋭い視線で少女を見た。

 

「…そっちに居るって事は、そういう事(・・・・・)で良いのよね?──

井神(いかみ)来玖留(くくる)

 

「えー、フルネームだなんて他人行儀で傷付くんですけど?昔みたいに『くくるちゃん』って呼んで欲しいな〜」

 

「とぼけないで。あなた、自分が何をしている分かってるの?」

 

「あ、そう。感動のご対面なのにさ、ホントそういうとこ──ご当主サマって感じ。より一層のムカつく感じになってんじゃん」

 

井神(いかみ)来玖留(くくる)

そう呼ばれた青い髪の少女は口もとに三日月を浮かべていた。

2人の唯ならぬ緊迫した様子とやり取りに、一夏は眉を顰める。

 

「2人とも面識がある…?それにIS学園の制服…もしかして、あの人って……」

「十中八九、元IS学園の生徒だろうな」

 

流星は淡々と一夏に返す。

それよりも、と彼が見たのは緑色のISが部分展開されている来玖留の右腕だ。

 

 

「お前、無人機の時の奴か」

 

アサルトライフル『焔備』の銃口を向ける。

来玖留は2人の少年に視線をやりながら、声をあげた。

 

「──ああ、思い出した。あの時のボロ雑巾くんじゃん。隣に居るのは──ブリュンヒルデの腰巾着か」

 

「…一夏」

「分かってるさ。もうその手には乗らねえ」

 

敵の挑発に表情だけ変えながら、冷静さを保つ一夏。

敵の言葉に不快感を露わにしつつも、警戒への集中力に乱れはない。

 

「あーあ、流石に懲りたか。つまんない」

 

言葉が自然と消え、睨み合いになる。

独り前にでた状態の楯無に対し、来玖留も半歩前に出つつISを完全に展開した。

緑の装甲に紫のバイザー、配色も相まって毒々しさが伝わってくる。

少女は両手を広げながら狂気に口元を歪めていた。

 

 

 

「いい加減やろうか───!更識ィ!」

 

 

「─────」

 

銀色の電撃が井神の掌から放出される。

掌に何か仕掛けがあるのかと考えつつ、楯無はアクア・ナノマシンを操る。

 

範囲武装を持つ2人の動きを口火に、高速で互いの背後から1人が駆けた。

 

「「!」」

 

金属音が周囲に鳴り響く。

小太刀と白刃が弾き合う──互いに強襲を仕掛けたのは良いが、邪魔し合う形になった。

 

 

「ふふ、おなじかんがえね──りゅうせい!」

 

「ちっ──」

 

リタと流星、2人の眼前で雷と水流が再度衝突した。

先に銃声と──それを弾く金属音が聞こえる。

 

 

遅れて爆発が起きた。

先よりも規模は小さいが、視界は一気に悪くなる。

 

 

そんな中々、水色の影と緑色の機体は互いの獲物を手に踏み込んだ。

 

「折角なんだし楽しもうぜ、ご当主サマ!」

 

「残念だけど私もそんなに暇じゃないの」

 

蒼流旋(ランス)と大鎌。

独特なリーチを持つ二種の武器が、使用者により的確に振るわれる。

線と点の応酬──空気を裂く音と共に水平に振るわれる大鎌。

形状的に受け止めるは困難───鎌の持ち手を叩き楯無は軌道を逸らす。

 

 

「っ!」

 

バチりと音が聞こえた。

楯無の顔が苦痛に歪む。

相手の攻撃を逸らした際に、鎌を通じて電流を流し込まれていた。

 

 

「楯無さん!!」

「──ほら、お前も人の心配してる場合かよ!ガキ!」

「くそっ!」

 

加勢しようとした一夏へとオータムが仕掛ける。

カタールによる斬撃を一夏は何とか凌いでいる状態だ。

 

 

 

───喰らったとはいえ、楯無にとっては特に問題は無い。

むしろ問題はこの混戦の方。

範囲武装を持つ来玖留から目を離せない以上、楯無の動きにも制限が出る。

加えて来玖留のISは危険なものであることを楯無は知っていた。

彼女は攻撃の手を緩めず、眉を顰める。

 

 

「ロシアの第三世代試作軍用IS…『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』ね……。銀雷(セレブロ)は欠陥兵器じゃなかったのかしら?」

 

「ああ、欠陥だったよ(・・・・・・)。本当に最近まではね」

 

鎌を避け、蒼流旋の先端部にあるガトリングを敵機へ楯無は掃射する。

姿勢を低くした突きの構えからの射撃。

来玖留もそれに反応し──鎌を横に回し防いでみせた。

緑の装甲──腕部の装甲が浮き上がり、隙間から銃口が顔を覗かせる。

上下左右から飛び出した4つ銃口が火を噴いた。

 

 

「最近まで…?まさか───」

 

 

水のヴェールで受け止めながら楯無は険しい表情になる。

 

来玖留のISの兵器は、エネルギー機構に欠陥を抱えていた。

強力が故に回路へ多大な負荷がかかり、その上制御が不能になる程の電気信号の混雑。

様々な理由から開発自体が凍結されかかっていたのだが────。

 

最近の亡国機業(ファントム・タスク)の行動の1つが、答えとして存在していた。

 

 

「そのまさかさ───!」

 

銀の電撃が来玖留の掌から、鎌を通じて横薙ぎに放たれた。

薄く伸ばされたような電撃に楯無は再度水のヴェールで防ごうと───。

 

(!?反応が鈍い───!)

 

違和感を覚え、楯無は防御から回避へと切り替えた。

急加速からの反転、自然な動作で天井からの反撃へ。

対象を逃した雷は更衣室のロッカーを纏めて吹き飛ばす。

 

 

「流石に気付くか。そりゃこれでやられたら拍子抜けもいいとこだし、当然かな」

 

「…アクア・ナノマシンに干渉したのね」

 

「正解」

 

振るわれる大鎌。

楯無は蛇腹剣(ラスティー・ネイル)を展開し、懐に潜り込まんとする。

こちらの武装が減らされた以上、潜り込む方が吉と判断した為だ。

大鎌の間合いの弱点も、腕部についた隠し小銃が物語っている。

 

 

「──チッ」

 

舌打ちし、来玖留は後退する。

踏み込んでくる楯無へ小銃を掃射───も、楯無は更にそれを躱し、来玖留へ一太刀入れた。

 

本来ならカウンターで電撃を入れるつもりであったが、楯無はそれを見抜いている。

来玖留の掌の角度を確実に理解しつつの斬撃。

 

来玖留の目が不愉快と言葉を発するかのよう。

 

立て直しつつ、来玖留は掌に電撃を浮かべた。

攻め切ろうとする楯無と自身の間に、拡散するように銀色の電撃を放つ。

楯無のアクア・ナノマシンは現在制限されている。

防御仕切ることは不可能、回避に移る──はずだった。

 

 

「甘い─────!」

 

銀色を振り払うように来玖留の眼前に楯無が現れた。

武器に纏わせた微かな水を起点に軌道を逸らしたのだ。

多少のダメージは覚悟の上。

楯無の蛇腹剣(ラスティー・ネイル)を来玖留は大鎌で受け止めた。

 

 

「投降しなさい。今ならまだ最悪は回避出来る」

「投降?…(ウチ)が?────ハッハハハハハ!ウケる!なんの為に(ウチ)がここで遊んでるか、分かってないの?」

「!」

「態々男性復権主義にリークしてやったのは(ウチ)なんだぜ?女性主義(ミサンドリー)が男性操縦者を狙ってるってよ。一応事実っちゃ事実だけど」

「私を二人の護衛として誘い出す為ね。でも───」

「『私を倒さなくちゃ意味がない?』成程ね。でもその標的(ねらい)がアンタだって何時言ったよ!!」

 

「─────っ!!」

 

そこで漸く楯無の表情が強ばった。

井神来玖留の言葉──そしてこの状況により、誰が一番危険な状態かを理解したからだ。

 

 

「そうだ、その表情を(ウチ)は見たかったんだよ!」

 

斬り合いの中で来玖留は声を荒らげる。

楯無は彼女を睨みつつも、その狙いを口に出した。

 

 

「虚と本音ちゃんが危ない─────!」

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

避難誘導を終え、劇の参加者や観客を別アリーナへと移した布仏虚と布仏本音は校舎の中を急ぎ足で歩いていた。

廊下の人混みを掻い潜りながら、二人は保健室を目指す。

 

───ある空き教室で発見された黛薫子。

彼女は気絶させられていた──虚の脳裏にある人物像が浮かぶ。

根拠はなく、杞憂かも知れない中で虚は薫子に会うことを選んだ。

既に薫子が目を覚ましたとの報せは聞いている。

 

一刻も話を詳しく聞く為に、2人は足を速めた。

避難先の別アリーナの方は、更識の協力者である教師が管理している場所なので問題は無い。

 

 

楯無に薫子の事を伝えようにも、何故か連絡が繋がらなかった。

一時的な電波障害が起きているらしい。

先の報せを聞いた直後からずっとこうだ。

 

──敵の仕業と考えるのが妥当だろう。

 

 

「人が多いわね…。本音!」

 

「うん、こっちからなら早いよ!」

 

虚は本音を連れて渡り廊下へと向かう。

保健室のある校舎は現在いる校舎とは別の校舎だ。

人で溢れている最短ルートより、学園祭では立ち入り禁止としている中庭側の校舎を迂回した方が早いとの判断である。

 

「急ぎましょう。お嬢様がいるとはいえ、もしかすると想像よりもずっと不味い状況かもしれない──」

 

もし──虚の想像した人物が関与しているのなら、亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃は脅威の度合いが桁外れなものになる。

 

同じような元・対暗部の家系にして学園の元生徒。

学園の情報は勿論のこと、更識の情報網まである程度調べている事だろう。

最も警戒する点は彼女にはもう、失うものがないということ。

リスク度外視の破滅的な行動も辞さないという確信があった。

今どこかに属しているとしても、彼女はそれを手段の1つとしか捉えていない。

ある程度リスクやリターンで行動する組織的な動きよりも、ずっと厄介だ。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。いまみー達は、大丈夫だよね?」

 

ぽつりと言葉を漏らす本音。

彼女自身は、虚と違いあの少女(・・・・)について詳しく知らない。

更識家でも極々限られた者しか知りえない事だからだ。

 

「きっと大丈夫よ」

 

虚は落ち着いた様子でそう返す。

そこには楯無への圧倒的信頼が表れていた。

ただ、油断ならない状況には違いない。

虚は背後を走る本音に向かって口を開く。

 

 

「本音。保健室に着いたら貴方はそこで待機。連絡が取れるようになるまではそこを動かないこと。連絡が取れるようになり次第、本家にいる内海に私がこれから言う事と状況を伝えなさい」

 

虚の指示を聞いた本音は不安げな表情になった。

内容は的確ではあるが、それは本音を安全な場所に置いておく為でもある。

本音も非戦闘員の自身が出る幕が無いのは分かっている。

だが、同じ立場の姉は何かしようとしている。

出来ることがあるのなら、と本音は虚へと訴えかける。

 

「で、でも、私も何か────」

 

「連絡手段が断たれている以上、行き違うリスクは減らしたいの。言うことを聞いて本音」

 

「……っ」

 

ピシャリと否定され本音は言葉に詰まる。

いつになく真剣で重い声色。

また何も出来ないのかと本音は唇を噛む。

 

「分かった…」

 

して、二人の間に沈黙が訪れる。

悟られないようにホッと胸を撫で下ろす虚。

ごねられると考えていたが、聞き分けが良くて安心したという姉心である。

 

 

ともあれ、急がなければならない。

息を切らしつつ走る2人は階段に差し掛かる。

これを降り、渡り廊下を抜ければ別校舎。

 

目的地もあと僅か。

───という時であった。

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

トン、と押され虚の視界が傾く。

踏み外した──訳では無く、明らかに背後から押されたもの。

視界の端に映る見慣れない女生徒。そして、突き出したままの手。

 

 

「お姉ちゃん……っ!!?」

 

 

スローモーションに映る景色。

 

妹の悲鳴に似た叫びを聞きながら────虚の視界は────勢いを取り戻し────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-63-

ハロウィンの話半分位書いたんですけど、もう時期が過ぎてしまった…。
どこかいい感じのとこで番外として挟みたいんですが難しいですね。


 

 

「お姉ちゃん──!」

 

少女の悲痛な叫びが人気の無い廊下に響き渡った。

本音は突き落とした少女には目もくれず、階段を降りて横たわる姉の傍へ。

 

「ぁ…っ」

 

屈んで姉の体を起こそうとして、本音は気付く。

どろりとした何かが手に付着している。

言うまでもなくそれは赤い。

 

「っ」

 

ぐったりとして意識を失った姉の姿。

泣きそうになるのを堪え、脈や怪我の具合を急いで確認する。

早く応急処置を───。

 

 

「はは、アハハハ八!いい気味ね!お、男を追い出さないからこういう事になるのよ!」

 

上擦った笑い声が聞こえた。

振り返ると、そこに居たのは見慣れない短髪の女生徒。

リボンからして2年生。

手を震わせながらも口もとにぎこちない笑みを浮かべ、踊場にいる本音と虚を見下ろしていた。

 

 

「どう、して、こんなひどい……」

 

頭では状況を飲み込みつつも、本音はそう口にせざるを得なかった。

短髪の少女の背後から、更に2人程が現れる。

それはこの絶望的な現状を理解するには、あまりにも十分過ぎた。

長い茶髪の少女が半歩前に出る。鋭い目付きで本音を見ていた。

 

 

「どうしてですって?当然でしょう。他の人達が訴えていた男性排除を無視してきたからです。汚らしいケダモノなどこの学園には相応しくありません」

 

語るまでもなく彼女達は女性主義者(ミサンドリー)だ。

更識楯無にマークされていなかったのは、今までずっと活動もせず息を潜めていたからだろう。

組織と違い、実際に行動していなければ特定のしようが無い。

女性権利団体とは違って組織ではなく──要は個人の思想であるからだ。

だからこそ、このように計画的に潜伏(・・・・・・)なんて有り得ない。

 

タイミングからしても、亡国機業(ファントム・タスク)が関与しているのは明らかだった。

 

そして、本音達を狙うのは、あらかじめ布仏家について知っていないと辻褄が合わない。

 

 

誰が唆したか──狙うよう仕向けたか──は本音には分からない。

 

 

「そうよそうよ。追い出すべきなのにあまつさえ味方してるなんて、信じられない!」

 

「だから思い知らせてやったの!そこの生徒会長の腰巾着女にね!」

 

愉しげに笑う3人。

本音は目に涙を溜めながらも、3人を睨み付けた。

いつになく怒気を含んだ言葉を叫ぶように告げた。

 

 

「違う…違うもん……!いまみーもおりむーも!この学園の立派な生徒なの!!お姉ちゃんも!腰巾着なんかじゃない……!!」

 

叫ぶ本音を前に3人は不愉快そうに眉間に皺を作る。

1人は苛立ちを隠さず剥き出しに、落ち着いた1人は冷たい瞳で本音を睨みつける。

 

「立派な生徒?あんなのが?神聖なISを汚しておいて……聞いているだけで寒気がする」

 

「全くもってその通りです。ISは我々女性のもの。極僅かな例外により野蛮で下賎な猿が…自分達も──と騒ぎ出すのは本当に醜い。──アレら(・・・)なんて、殺処分でもしてしまえばいい」

 

「っ!」

 

溜め込んでいた底無しの負の感情。偏見、嘲笑、差別、そして見え隠れする選民思想。

言葉も何も届くはずがない。

完全にタガが外れた少女達を前に、本音は悔しさで胸がいっぱいになっていた。

 

姉の体に手を添える。

動かすのは避けるべきだが、目の前の少女達はあまりにも危険だ。

 

でも、どうやって逃げる?

非力さに打ちひしがれそうになる。

意識を失った姉を背負い、まともに動けるとは思えなかった。

それでも、本音は姉の命がかかった状況で思考を働かせ続ける。

 

 

「でも、生徒会がある限り追い出す事すら叶わない。なら───自分達でこの学園を良くするまでです」

 

コツリと階段を3人は降り始める。

距離はそう離れていない。

彼女らも本音が姉を置いて逃げることはないと確信している為、歩みは緩やかだ。

 

──本音の瞳は強さを取り戻している。

姉を連れた状態で一瞬だけ相手を撒く方法は思いついた──ただ、実行する為には結局今を凌がなければならない。

 

考えを必死に張り巡らせ中、本音は少女達よりも上──廊下から現れた人物に気がついた。

赤い髪、額にバンダナを巻いた少年は困惑した様子ながらも表情を険しくしていた。

 

 

「な、何してるんだよ!あんたら───!」

 

 

 

 

 

 

 

───居合わせたのは、本当に偶然だった。

 

 

人が溢れる学園祭の廊下。

俺は人目なんて気にせず、肩をガックリと落として歩いていた。

 

見付からない。

さっき通ったと思ったんだけどな、なんて頭をかく。

 

事の始まりは学校の友達と会った蘭と別行動始めた直後だった。

俺がどう時間を潰そうか考えていると──受付で会ったあの人とすれ違った。

受付での爆散を思い出して頭を抱えた瞬間、ひらりと目の前に何かが落ちる。

理解するまで数秒。

それがハンカチだと理解した時は、本気で悩んだ。

 

直接届けたい所であるが、受付での爆散もある。

まっっったく下心がないかと言われれば、断言出来る自信はないが、完全に善意からの行動だとは言いきれる。

 

ただ────傍から見た時、完全にストーカーの行動と捉えられかねない。

嫌われるのもかなり精神に来るが、瑣末事。

万が一ストーカー疑惑なんて付こうものなら、一夏や流星のやつにまで迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 

 

(…やめておこう。落し物として届けるか。えっと案内所は───)

 

直接届けるのは諦める事にした。

受付で貰ったパンフレットを後ろポケットから取り出そうとする。

 

「人が多いわね…。本音!」

「うん、こっちからなら早いよ!」

 

そのタイミングで少し先の角を走り抜けていく二人が見えた。

声からして急いでいる。

何かあったのか?

 

立ち入り禁止の校舎側。

そこへ続く渡り廊下に2人は駆け込んで行った。

 

立ち入り禁止だけど、生徒会の人ならいいのか?

何にせよ、俺には関係がない話だ。

最後に姿を見れて良かった、なんて自分に言い聞かせながらその場を去ろうとする。

 

 

(ん──?)

 

更に2人の女生徒が勢いよく同じ場所へ足を踏み入れていく。

それだけなら同じような関係者だって思えた。

 

───けどなんつーか、空気が違った。

急いでいる2人とは違って、嫌な感じ。

周りを窺いながらコソコソとしている。

 

廊下の窓越しに走っていくさっきの2人を見て、追っているかのような印象だ。

何かイベントでもしてるのか?でも、最初の2人の様子───。

 

心配性なのか、冴えていたのか。

ちょっと不安になった俺─五反田弾もまた、その校舎に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

そこから1分も経たずして。

女の子の悲痛な叫び声と、鈍い音。

何かが転げ落ちるような気分の良くならない音を聞いた。

 

 

 

 

──嘘、だろ。

聞こえて来る会話と反論しようとする女の子。

追ってた?側の女子達はいつの間にか3()人になっていた。

 

 

気の所為だよな?

ここからは見えないけど、階段の踊場から聞こえる声は一つだけだ。

鈍い音、悲鳴、人数、階段の上と下の位置、会話の内容。

もしかして、1人が待ち伏せして突き落としたのか───?

 

イヤな予感が止まらない。

今俺がピンチな訳じゃないのに、冷や汗が止まらなかった。

小心者かよ。

 

そうしている内に女生徒達が、足を進め出す。

ダメだ。

これじゃあまるで、あの二人をどうにかしようとしてるみたいだ。

 

不味い不味い不味い、止めないとこのままじゃあ───。

 

とはいえ俺に何が出来る?

 

動こうとしたあたりで冷静な思考が挟まる。

…多分、凶器位持ってるよな。

くそ、どこまで一般人なんだ!目の前で人が死ぬかもしれないんだぞ!!

自分に喝を入れて足に力を入れた。

心臓がバクバク鳴っているが、知ったこっちゃない。

 

思い切って廊下から階段へ踏み込んだ。

 

 

「な、何してるんだよ!あんたら───!」

 

「「「!!?」」」

「──!」

 

一斉に視線が俺に集まる。

3人の女生徒は顔が強ばった様子、奥で倒れている女子の傍の子は俺を見て目を丸めていた。

そのまま逃げて欲しいけど、あの子の体格だと人を1人抱えて階段は厳しい。

俺が手伝わないと不味そうだ。

 

「…どこまでも鬱陶しい……」

 

突き刺さるような視線が向けられる。

まさか一般人がここに来るなんて思ってなかったんだろうな。

何にしても考える時間を与えるのは駄目だ。

 

「──ッ!邪魔しないでよ!!」

 

──なんて考えていたら、襲いかかってこられた。

1人が此方へ掴みかかってくる。

喧嘩なんて得意じゃないぞ。

 

「!」

 

両手を掴んで無理矢理横へ突き飛ばす。

廊下の床に転ける1人。

相手なんてしてられるか!

勢いに任せ、他の2人を押しのけて踊場へと駆け下りた。

 

「っ……」

 

降りたあたりで倒れている女子の容態を目の当たりにする。

怯んでる場合かよ。

一瞬頭が真っ白になったのを振り切り、横抱きで抱える。

それを見た隣の子は、迷わず先導した。

 

「こっち!!階段から出て!すぐ!!」

 

火事場の馬鹿力か、重いとか考える余裕はなかった。

起き上がろうとしている女生徒に目もくれず、俺は階段をかけ下りる。

 

──隣にいた女の子は先に階段を掛け下り、壁のパネルを弄り出していた。

よく分からない操作。俺は無我夢中でその子の方へ。

 

「逃がすな──!」

 

起き上がった女生徒達が慌てて階段をかけ下りる。

やばい。

廊下に出たけど、このままじゃすぐ追いつかれる。

 

 

「間に合った───!」

 

と思った瞬間───廊下と階段の間に勢いよくシャッターが降りてきた。

それは丁度俺達と女生徒達を分断する形になる。

 

「ありがとう……おりむーの友達の確か……」

 

「あ、ああ?五反田弾だ」

 

防災シャッターかと思ったけど、こんな勢いで降りるものだったか?

唖然として立ち尽くしかけていた俺に、パネルを弄り終わった子が駆け寄ってくる。

彼女が操作したとみて間違いない。

すげぇな。

こんな状況で咄嗟にできるもんなのか。

 

「!」

 

でも、状況は非常に不味い。

向こう側で階段を更に降りていく音が聞こえた。

 

回り込まれる前に動くしかなさそうだった。

すぐに抱えていた女子を背負い直す。

走るにはこっちの方が都合がいい。

 

「こっち!」

「分かった!」

 

案内され、息を切らしながら廊下を走る。

 

…不意に、女生徒らを突き飛ばした瞬間がフラッシュバックする。

彼女らの取り出そうとしていたもの──アレは確かに果物ナイフだった。

 

シャッター越しに聞こえた足音。

興奮気味の苛立った声。

 

 

もし、次追い付かれたら────。

背筋が凍り付きそうになる。

表情に出そうになるのを何とか抑えた。

 

早く安全な場所に行かないと。

でも俺の体力的にもそう長く背負って走れない。

せめて人気のある場所に出られれば助けが呼べるんだけど、距離がある。

いい考えも思いつかなかった。

 

 

…一夏、流星、お前らならこんな時どうするんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──楯無の言葉は、二人の男子にも届いていた。

布仏姉妹の危機。

更識という背景を知らない一夏でも、それが以下に不味い状況かは想像できた。

青い髪の少女の邪悪な笑みが危険度を物語る。

強奪や人質なんて生易しいものではない。

アレは二人を殺そうとしている──。

 

 

「脇がガラ空きだぜ、クソガキ」

「か───っ」

 

装甲脚に鳩尾を殴られ、彼は横へ吹っ飛ぶ。

受け身だけは取り、追撃の銃弾を躱す。

相手(オータム)は実戦慣れした格上だ。

少しでも気を抜けばやられる───一夏は焦りを感じつつも、二人の安否が気がかりで仕方無かった。

 

(くそっ!連絡もつかない!)

 

他の代表候補生達に連絡を取ろうと試みるも、繋がらない。

ISのコア・ネットワークによる通信すらままならない事実に困惑を隠せなかった。

 

 

現在は3対3の状況。

井神来玖留という存在がいる以上、楯無は自由に動けない。

範囲武装であるあの電撃からの被害を最小に抑える都合、楯無が彼女を相手取るしかないからだ。

 

そして、八本脚のISと消えるIS。

 

前者は荒々しい立ち回りをこなしつつ、繊細な操縦技術を駆使して一夏を殺しに来ている。

目的である『白式』を奪う為だ。

実戦や殺し合いに不慣れな一夏には、明らかに荷が重い。

彼女の頭に血が上れば機会(チャンス)はあるかもしれないが──先の楯無との戦闘でそれを堪えていた───まず運良く(ラッキー)はない。

 

 

後者は殺しに重きをおいた高機動型IS。

俊敏な動きとトリッキーな能力、そして少女(リタ)自体の高い近接戦闘技術───派手さに欠けるが、混戦の場において一番厄介な存在だ。

 

 

「────」

 

攻撃を凌ぎつつ、少年は改めて戦況を把握し終えた。

誰が一番向かうべきか、分かっている。

少年が行動を起こそうとしたところで───来玖留は掌を彼に向けた。

 

「させるかよ──!」

「こっちの台詞───!」

「チィッ!」

「!へぇ、やるわね。たてなし───」

 

「行って!流星くん─────!!」

 

すんでのところで楯無の一刀が来玖留に入る。

楯無の方も流星が向かうのが最適解だと判断していた。

リタへの牽制も入れつつ、彼女は流星へ道を作る。

───銀雷は放たれることなく、来玖留は不満げに体勢を立て直した。

 

「オータム!」

「命令すんじゃねぇよ!──が、お前にはまだまだ聞きたい事があんだよ二人目!」

 

一気に距離を詰め、流星にオータムは切りかかる。

彼女の立ち位置上、出口に近かった為すぐに追いつく形となった。

獲物はカタール。それを布石に八本の装甲脚が一斉に遅いかかる。

 

 

「お前の相手は──俺だろッ!!」

 

それを雪羅のシールドと雪片弐型で一夏は受け止めた。

金属音が反響する中、彼はスラスターの出力を上げて、何とか踏みとどまる。

 

「すっこんでろ!ガキ!」

「断る!大体、邪魔してるのはそっちだろ!」

 

実力差を理解しつつも、強がるように反論する一夏。

状況が分からずとも、どうするべきかは直感的に理解していたからこそ割って入れたのだった。

 

「行ってくれ流星!のほほんさん達が危ないんだろ!?」

 

無謀な行動。

今の(・・)一夏では万に1つも勝てない事を流星もまた理解していた。

 

しかし彼は振り返る事無く去って行く。

アリーナの廊下──その頭上を壊し、外へと消えていった。

 

 

オータムと来玖留はそれを見ながら呆れた様にため息をついた。

目配せすると満面の笑みのリタが、スキップしながら出口へ向かう。

 

 

「ふふ、やっとよ。やっとふたりになれるわね。りゅうせい────」

 

 

「ッ!」

 

楯無が再度止めようとするも、今度は逆に来玖留に妨害された。

手の甲に切り傷ができる。

彼女は苦痛に顔を歪めつつも、攻撃の手を緩めない。

 

──理解している(わかっている)

来玖留やオータムを止められても───敵機の特性上、リタ・イグレシアスは混戦下での足止めは不可能だ。

 

また、リタ自身も楯無相手は不利。

居場所もバレ、一夏へ強襲しようものなら楯無の自爆覚悟の手が来る事も理解している。

故にこの空間に残る意味は無かった。

 

彼女の姿が消える。

補足しようと楯無が動くも、来玖留の攻撃でそれは叶わない。

生徒や学園への被害──それらを考えれば、楯無の今戦うべき相手は目前の来玖留に違いない。

 

布仏姉妹の身を案じつつ、楯無は迷いない表情で蒼流旋を手に取った。

来玖留との戦闘は続く。

 

 

(頼んだわよ。流星くん)

 

───そして、と。

 

来玖留を敢えて一夏から遠ざけるように立ち回りながら、楯無は不敵な笑みを浮かべた。

 

(これを乗り越えなきゃ、彼には追い付けないわよ。一夏くん───!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-64-

第4アリーナ更衣室を出た流星は、校舎側への連絡通路を駆けながら戦闘を続けていた。

背後からきた紫の閃光が周囲を破壊していく。

出鱈目な狙いで二基の有線式ビット兵器───薄い板のような形状の先端から閃光が放たれる。

 

「!」

 

 

窓が割れ、壁が砕ける。

高熱源のエネルギー故に、小規模な爆発も着弾の度に起こった。

小さな瓦礫や粉塵が舞い上がり、視界は悪くなる。

 

その中を通過する銃弾の雨。

アサルトライフルによる掃射に対し、追想者は丸い盾──バックラーと称されるものを展開する。

一般的な盾とは異なり、小さな身体すら隠しきれないそれを少女は前面に押し出すようにして姿勢を低くした。

スラスターが三度輝きを変化させる。

 

加速する追想者は回避と防御を最小で行い、少年へと迫る。

 

「あははははっ!どこにいくの?わたしとあそんで?もっともっと、もっと!!」

 

「…!」

 

リタの姿が消え、少年はアサルトライフルを横薙ぎに撃つ。

銃弾の軌道と建物の損壊具合を視界の端で捉えつつ、流星は速度を上げた。

 

同時に襲い来るリタ。

小太刀へと持ち替えていた流星は白刃を受け流し、左手に盾を展開。

死角から迫り来る紫の閃光も防いでいた。

返す刀で首を狙う流星だが、リタはそれをバックラーで弾く。

 

「まえよりもずっとするどい。ISにもなれたのね、りゅうせい」

「しつこい奴だ」

「とうぜんよ?せっかくのふたりきりのチャンスなんだもの。愛しあいましょう」

 

振るわれた白刃。

それを流星は距離を取って躱した──リタはすぐに距離を詰めて斬りかかってくる。

 

(あれは…)

 

流星の視線がリタの機体のスラスターへと向けられる。

異様な可動域のスラスターが少女のISには付いていた。

PICを駆使して自在に動く事が可能なISには、本来不要な筈の技術。

だが、そこに組み合わせることで変則的な動きを可能としているのだろう。

 

 

彼の顔の横を白刃が通過した。

余波で彼の頬に切り傷がつく。

 

(刃の上を高速で小さな刃が動いてる───チェーンソーと同じか。道理で威力が高い訳だ)

 

小太刀で応戦しながら、流星は離脱のタイミングを図る。

前のめり気味に斬りかかってくる少女。

バックラーの打撃と白刃による斬撃は彼を追い詰めていく。

 

 

──恐ろしく勘が鋭い。

流星が射撃へ移ろうとすれば、姿を消して加速し斬りかかってくる。

 

小太刀で凌ぎきれていない。

リタの猛攻を受ける度、彼の体には切り傷が増えていく。

『打鉄─椛』の装甲にも無数の傷。

 

 

サブマシンガンも無ければ、取り回しのいいあの特殊兵装もない為、近距離における射撃武器は更に厳しい。

 

展開から射撃までの工程をワンアクションにでも纏めなければ、密接で当てることはままならないだろう。

時間もかけてはいられない。

 

「お前に用はない。退け」

「イヤよ。だってほかのおんなのところにいくのでしょう?あははは!させない────!!」

 

ならば、と流星は武装を呼び出す(コール)

対象は追加武装(パッケージ)───超長距離射撃装備『撃鉄』。

少女の一太刀が赤い線を作る──問題ない。

 

──展開をワンテンポ遅らせ、銃身位置を特定の座標に。

 

「えっ───」

 

素っ頓狂な少女の声が聞こえた。

大きな質量を腹部に叩き付けられる感覚。

巨大な銃身───銃口で殴られていたのだとリタは気が付く。

カウンター気味の展開。

引き金は既に引かれていた(・・・・・・・・)

 

「ッ!!」

 

 

轟音と共に連絡路が崩落する。

足掻きの有線ビットによる攻撃と『撃鉄』の零距離射撃。

その双方の余波や、吹き飛ばされた互いの機体が壁や床全てを壊したからだ。

外に投げ出された2人は空中で体勢を整える。

 

 

「けほっ…、かはっ…!──ふふ、いまのはおどろいたかも」

 

口もとの血を拭い、リタは笑みを浮かべる。

緋色の瞳は妖しげな光を放つかのよう───正面にいる少年を捉えていた。

少女の纏う灰のISは1部装甲が砕け、そこから血が滴っている。

 

「っ」

 

一方で流星は切られていた肩の傷に手をやった。

そこまで深くはないが、血が止まらない。

全身の傷、シールドエネルギーと確実に消耗させられている。

 

今の攻撃で決め手にならない事実に彼は眉を顰める。

『時雨』と同調しているならともかく、現在は相手の位置の特定すら困難。

引き離すのはまず不可能だ。

 

 

「────」

 

リタの後方で動く有線ビットの銃口は流星に向いている。

初動を挫くべく、流星はアサルトライフル『焔備』を構え警戒する。

 

 

「!」

 

その時だった。

突然リタは身を翻して離脱──直後に背後の地面が陥没した。

砂埃が舞い、リタの姿が隠れる。

 

かわりに現れるは見慣れたIS『甲龍(シェンロン)』。

黒とマゼンタに近い赤のコントラスト───ツインテールを揺らしつつ、少女は流星の正面に降り立った。

 

「鈴!」

「非常事態ってことでいいのよね。状況は?」

 

双天牙月を構えた鈴はリタの方を警戒しつつ、流星に問う。

彼は接触回線で敵機の武装データと位置を送りつつ口を開いた。

 

「敵機は三機。その内二機は第4アリーナで戦闘中。狙いは『白式』と──布仏姉妹だ」

「はぁ!?なんで本音とお姉さんが狙われるのよ!──それで、二人の場所は?」

「特定出来てないな。手遅れでなければいいが───」

 

 

砂埃の中から、有線ビットによる攻撃が放たれる。

それを躱しつつ、流星はアサルトライフルをリタに向かって放った。

 

鈴はその数瞬の内にリタの武装データを流し見──予想されるスペックや相手の技量を頭に入れる。

 

晴れる粉塵。

灰の機体に身をまとった少女と鈴は互いを見て、目を丸めた。

 

 

「!──ひさしぶりね、会いたかったわ──りん」

「な──あんたは───っ!」

 

───あの時、道を教えた少女。

見間違う筈がなかった。

人形のように整った顔に緋色の瞳───小柄な身体、長い黒髪。

何故このような少女がここに居るのか。

 

今考えることでは無いと鈴はすぐに振り切った。

 

流星は鈴に理由を尋ねることはしない。

この場においては不要な情報と切り捨て、彼はアサルトライフル『焔備』を二丁展開した。

 

 

「時間が無い。鈴、やるぞ」

「え、ええ!」

 

先導する流星に着いていくように鈴も動く。

リタ・イグレシアス相手には半端な足止めは不可能だ。

片方が残って足止めしようとしても、少女の俊敏さと能力でそれは叶わない。

 

──流星がアサルトライフルの引き金を引いた。

銃口が火花を散らす。

リタは弧を描くような軌道でそれを回避しつつ、有線ビットで閃光を放つ。

 

 

それを2人は上下に別れるように避けた。

そこに加速が加わり、一気に2人の距離が開く。

福音事件以降、連携訓練はこなしている。

 

下へ回り込む流星とは対象的に、鈴は円周軌道から瞬時加速(イグニッション・ブースト)による直線軌道へ──一気にリタへと切りかかる。

 

「!」

 

迎撃しようとリタが動くと同時──アサルトライフルの引き金が再び引かれた。

想定内──とリタは鈴の方へ加速する。

多対一に慣れている訳ではなく、純粋な勘。

相手の数的優位を潰す為の位置取り、得意な近接で鈴を潰す。

 

言うは易し行うは難し。

少女のISのスラスターは独特な可動域から、変則的な挙動が繰り出された。

 

「!!」

 

急停止──からの旋回で双天牙月を切り離し、二刀へと鈴は持ち変える。

変則軌道で縦回転に斬撃を乗せてくるリタの攻撃を、そのまま受け流した。

 

(こいつ──、なんて反応速度よっ!)

 

続く斬撃を鈴は無我夢中で受け流す。

リタの縦回転に対し、鈴は旋回を利用した横回転で対応していた。

格闘戦に絡められるバックラーや、蹴りによる打撃は後退を織り込むことで何とか躱す。

 

「っ」

 

──カクンとリタの動きが一瞬止まる。

鈴の攻撃の隙間を縫うように、3発の銃弾が間髪入れずに肩と腕───そして頭へと撃ち込まれていた為だ。

ISの守りを突破する威力は無いが、リタの姿勢を崩す事は出来ている。

 

(なるほど。りんもりゅうせいのうごきにあわせてたのね───)

 

追撃に走る鈴の攻撃にリタはスラスターの出力を上げる。

刹那の判断において、彼女のずば抜けた勘は最適解を導き出していた。

 

逆転する少女の視界。

獲物を振るう鈴の手の甲を彼女は蹴りつける。

結果機体が僅かに逸れた。

流星からの銃撃も白刃で切り落とす。

立て直しまで1秒も掛からなかった。

 

──鈴への認識も改めたリタは有線ビットを鈴へと向けた。

 

「やるわね、りん。ならこれはどうかしら」

 

彼女は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を使う。

空中に溶けるようにリタの姿が消えていく。

 

(あれが消える能力──!)

 

「チッ──」

 

流星は止めようと撃つが、彼女はそこに変則軌道を織り交ぜる為捉えきれない。

彼の狙撃精度をもってしても、機体の表面を掠めていくか防がれるかだ。

リタの姿が完全に消える。

彼女がどちらを狙うか──それは攻撃の手前まで分からない。

 

 

 

「っ」

 

不意に虚空から光が放たれた。

紫の閃光──有線ビットによる攻撃が鈴を襲う。

想定外の角度からの攻撃に鈴は躱し切れず被弾───体勢を崩す。

 

 

流星は小太刀と近接ブレードを展開した。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)により、鈴の後方へと割り込む。

 

──同時に白刃が振り下ろされる。

 

「っ───っ!」

「流星っ!?」

 

『打鉄─椛』の腕装甲に傷が入った。

血が溢れる中、彼は背後から来る一刀を受け流す。

直ぐにその場に現れるリタ。

妖艶な笑み──流星の血を一滴指から舐めとる。

 

──やはりか、と流星は凌ぎながら考える。

少女の消える能力──その発動時間は移動距離に依存する。

IS内での限界かはわからないが、少女が消えてから詰められる距離は精々50m程。

 

 

「こんの──!」

 

龍咆による射撃をリタはあっさり躱し、離脱する。

そこで能力は使用されず、空中でボールが跳ねるかの挙動で距離をとる。

 

「りんのいけず。べつにいいでしょう?りんのものでもないんだし」

「何を…」

 

鈴が少女を警戒する中、流星は鈴と合流した。

腕から血は止まらないがエムとの戦いほどでは無い。

彼は鈴に接触回線で今判明した情報のメッセージを送る。

あくまでブラフの可能性もあると付け加えていた。

 

 

流星はアサルトライフルに持ち変え、戦闘を続行した。

距離の縛りがあると分かれば戦法も変わる。

要は一定距離まで寄らせなければ、不意打ちをされる可能性はぐんと減る。

 

とはいえ、それでは状況は好転しない。

完全にリタを倒す──となれば、相応の時間がかかる。

今は一刻を争う。そのような余裕は無かった。

 

(見えないって事が、こんなにも厄介だなんてね)

 

繰り広げられる射撃戦。

鈴も攻撃をしながら脳裏で突破口を探る。

 

一度見て分かったが、音による探知も殆どアテにならない。

レーダーはどういう仕組みか機能もしない。

完全な不可視──龍咆と同じで目に見えない─────。

 

 

(あれ…?)

 

気付きは突然に、閃きは必然として舞い降りた。

カチリと鈴の脳裏でピースが嵌る。

 

「鈴?」

 

彼女の不自然な様子に疑問を持った流星が、射撃戦を展開しながら問い掛ける。

その問い掛けに対し、彼女は普段の少年と同じように不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

 

 

第4アリーナ更衣室──その壁が轟音と共に突き破られた。

 

「っ─は…っ!」

 

舞う粉塵の中から、『白式』が放り出される。

床に二度背中を打ち付けて、隣の準備室──さらに先にあるシャワールームの壁もぶち破っていく。

 

再度廊下に叩き出された一夏は何とか身体を起こした。

 

 

「っ、」

 

追撃の射撃に対し、雪羅のシールドを展開する。

背後の壁が銃弾を受け亀裂が入った。

次の手を一夏が考えるより早く───オータムはカタールを片手に瞬時加速(イグニッション・ブースト)、近距離へと迫る。

 

 

(この距離は───くそっ!)

 

装甲脚とカタール、そして糸。

唐突に突きつけられる三択に一夏は雪片弐型で斬り掛かる事を選ぶ。

 

「───」

「!」

 

振るわれた雪片は相手の攻撃を度外視し、懐に滑り込ませるような軌道。

タイミングは絶妙。代表候補生レベルなら勝ちを確信するものだ。

 

ただ、オータムは口もとを吊り上げて笑った。

油断している彼女ならいざ知らず、今はそんなものはない格上。

 

彼女が取ったのはその三択にはないゼロ距離射撃。

8つの銃口が一夏へと向けられていた。

手にしたカタールの斬撃も本命では無いことに、遅れて一夏は気が付く。

 

「遅いぜ、ガキ」

「───がっ……!」

 

オータムの声が聞こえた時には、銃口は火花を散らしていた。

前方が光る中一夏に一斉射撃が叩き込まれる。

咄嗟に彼が出来たのは身体を丸め、雪羅のシールドを展開するのみ。

 

当然ながら弾は防ぎ切れなかった。

大半をその身に受け、彼の身体は吹き飛ぶ。

 

後方の壁に背中から叩き付けられ、首を大きく揺らした。

壁は大きく陥没し、今にも瓦礫が彼に覆いかぶさらんとしている。

絶対防御が作用し彼は銃弾に撃ち抜かれることは無かった。

ただし、絶対防御の発動は多大なエネルギーを持っていく。

加えて防ぎ切れなかった衝撃により、彼の身体にダメージは入っていた。

 

 

「かっ────」

 

肺から吐き出される空気。

暗転しかける視界、強く意識を保とうと手網を握る。

全てがスローモーションになったかのようにすら感じる中、どろりと頭から液体が流れ落ちる。

 

呼吸が出来ていない事に遅れて気が付いた。

ISによる補助もあってか、咳き込んだことで呼吸する機能を取り戻す。

 

 

───重い。

身体が鉛にでもなったかのようだ。

 

流星が離脱して数分といったところ。

目の前のオータムと一対一となってから、彼は持てるもの全てを駆使して戦闘に臨んだ。

 

しかし、夏休みや二学期と積み重ねた鍛錬も尽くオータムには通用しなかった。

基本的な技術や場数は勿論、近接における手数もオータムに軍杯が上がる。

 

また、狭いこの場所での空間把握も彼は完全に出来ていない。

確認する余裕も奪われ、追い詰められている。

 

意識が朦朧とする中辛うじて分かるのは、現在のオータムとの距離だけ。

 

 

「……」

 

 

オータムは先程の場所から動こうとはしなかった。

織斑一夏はもう限界である。

わざわざ近付くリスクを負う必要はないと判断し、装甲脚の先についた銃口を向け直す。

手で糸を準備し、今度こそトドメを刺す段取りを用意していた。

 

 

 

肩で息をし、ぐったりとした一夏。

向けられる銃口と殺意よりも、湧き上がる無力感に心が折れそうだった。

 

弱音を吐いている場合でないと自身を奮い立たせようとする。

 

だが──と冷静な思考───どうやってアレを倒す────?

 

 

 

エネルギー残量は僅か。

スラスターは半損、いつもの速度はもう出せない。

こちらの間合いに入ってもあの装甲脚による手数は突破出来ない──。

 

初めて叩き付けられる殺意。

そして迫る死の実感が彼の思考を改めて鈍らせた。

 

福音の時の暴走とも、無人機の襲撃とも違う悪意の渦巻く世界。

その片鱗に触れ、らしくもない考えが彼の頭に浮かんでくる。

 

───流星が助けに行ったんだ、俺は足止めを────。

勝てなくても、やられてもそれに徹していれば彼が布仏姉妹を守って─────。

 

『だから、お前がやれ。オレはいいから他を護れ』

 

────いつかの発言が、脳裏を過ぎった。

…自分は何をそんな甘えた事を考えていたのか。

急速に明瞭化する視界。

歯を食いしばり、全身に力を入れんとする。

 

皆を守る───これは織斑一夏が、織斑一夏(・・・・)足る為に決めた絶対的指針だ。

 

現実を知らない人間の戯言。

そう嘲笑うこともせず、少年(・・)はその考えを肯定した。

最強たる彼の姉も、国家代表たる楯無もだ。

 

 

 

「!」

 

ガラリ──、と瓦礫が崩れる音が沈黙を破った。

時間にして数秒も満たない独白が終わる。

 

瓦礫に手をかけ、一夏は立ち上がる。

彼の双眸は先までと違う何かが宿っていた。

 

 

 

「ハッ、しぶといな──寝てろ!」

 

「…!」

 

オータムはエネルギー・ワイヤーで形成された糸を投げ付け、それを囮に一斉射撃を行った。

 

一夏は雪羅の荷電粒子砲で糸を撃ち抜き、一斉射撃は横に跳んで躱す。

 

 

彼の迷いのない行動にオータムは眉をひそめた。

違和感を覚えつつ、射撃をして追い回す。

『白式』のスラスターは破損しており、速度に任せた不意打ちは出来ない。

彼の身体ではそう長く避けきれないと踏んでいた。

 

 

───オータムの考えは真実であった。

攻撃を躱してこそいるが、一夏は徐々に追い詰められている。

銃口が火を噴く度に周囲の壁や床も撃ち抜かれ(つぶて)が舞う。

 

改めて彼は状況を整理した。

恐怖は彼方へ。感情さえも忘れ今は目前に集中する。

 

──『零落白夜』。

エネルギーを無効化し、相手への直接攻撃を可能とする単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)

絶対防御によるシールドエネルギーの消費を考えれば、一撃必殺の名に恥じない彼の切り札だ。

 

 

それが当てられない。

理由は簡単だ。

相手の近距離での手数が多いに尽きる。

 

あの八本の装甲脚。

そして手にしているカタール。

それらに阻まれ、攻撃は届かない。

 

 

(──────、)

 

攻撃を避け、追い詰められていく度に思考がクリアになっていく。

 

近距離の手数で負けている。

───それ自体は別に珍しいことでは無い(・・・・・・・・・)

箒や鈴、場合によってはシャルロットや流星にも近距離の手数は負けていた。

 

数の違いが問題か。

違う、動きが予測出来ないからだ──────。

人体ベースの攻撃に比べ、あの八本の装甲脚は独特な動きをする。

一本に対処しても、次から次へと意識の外から攻撃が来る。

 

故に求められるのは俯瞰すること。

敵全体の動きを捉え、流れを制する。

 

一夏は楯無との訓練を思い出しつつ、雪片を強く握る。

そして唐突に直角に向きを変え───姿勢を低く。

彼は真っ直ぐオータムへと向かっていった。

 

 

「───」

「ちっ」

 

オータムも迎撃に走る。

発生する近接戦闘。

カタールを受け流し、彼が踏み込もうとしたあたりで装甲脚が襲い掛かる。

 

 

(このガキ、何を考えてる?)

 

無我夢中で迎え撃つ一夏。

今まで手も足も出ていなかったのだ。

当然ながら、優勢とはいかない。

避ける皮膚───その下から赤色が浮かび上がり少しずつ彼の動きを鈍らせていく。

 

 

だが、オータムの顔は驚愕に染まりつつあった。

一夏は間合いから離れる事もせず、一心不乱にオータムの攻撃を受け流している。

 

オータムの体捌き、変化から来る次の一手。

そこに一刀一刀を合わせて弾く。

最適化され、次の一手を弾く一夏の速度が上がっていく。

ゼロ距離射撃も銃口をズラされ虚空へ消える。

 

 

オータムの背筋を悪寒が走り抜けた。

数手先で覆る予感すら浮かんでくる。

────こんな、実戦も知らねえガキに───!

 

 

織斑一夏は一般人である。

日常に生き、戦場や殺し合いも知らずにぬくぬくと育ってきた。

そんな奴にとオータムは睨み付ける。

 

更識楯無がその場にいれば、その考えを嗤うだろう。

 

 

兆しは十分にあった。

努力や覚悟もそれなりに足りていた。

必要だったのはキッカケのみ。

 

 

一夏が大きく踏み込んだ。

迎え撃つべくオータムは装甲脚を振るう。

 

 

「────」

 

 

才能は花開く。

 

一刀は遂に装甲脚の一本を切り落とした。

鮮やかな切り口から機械の断面が露出する。

 

 

「な──この─────っ!!」

 

堰を切ったように戦闘は激化する。

 

なりふり構わなくなったオータムは周囲の全てを粉砕すべく、出力限界の威力で攻撃を繰り出す。

一夏のリズムを崩すように糸や射撃、カタールの全てを駆使していた。

 

床や壁が轟音を立てて粉砕されていく。

巻き上がる礫には目もくれず、一夏はオータムに対処する。

 

銃弾が頬を掠めていく。一刀が二本目を切り落とす。

脇腹の隣を装甲脚の一刺しが通過する。一刀が三本目を解体する。

不意打ちの足への攻撃を跳んで躱す。一刀が四本目を貫く。

 

 

「────っ、テメェ!」

 

跳んだ一夏は身を反転させPICを制御し、逆さで天井に着地。

オータムは残った装甲脚を三本纏め、叩きつけるように振るう。

更に身を翻し彼は装甲脚を蹴りつけた。

オータムの背後へと飛び移った一夏は振り返りざまに斬撃を見舞う。

 

「!?」

 

辛うじてオータムが躱したところで──それがビーム・クローのものだと気が付いた。

雪片を過剰に警戒しつつあったオータムへのフェイント。

引っかかったオータムに僅かな隙が生まれる。

 

その隙を今の一夏が見逃す筈が無かった。

居合いを思わせる踏み込みを行い、彼女の懐へと潜り込む。

完全に押されていたオータムはそこでニタリと口もとを歪ませた。

一夏に向けられる4つの銃口。完全なカウンターであった。

 

 

「ハ、ハハッ!やっぱりガキだ──私の───」

 

「いいや、俺の勝ちだ」

 

「は───?」

 

切断される残りの装甲脚。

最小限にして刹那の零落白夜が叩き込まれる。

 

八本の脚をもぎ取られた蜘蛛に為す術はない。

足掻きのカタールも難無く弾かれ、装甲の破片が周囲に散る。

勝敗は火を見るより明らかであった。

 

 

──『王蜘蛛(アラクネ)』はシールドエネルギーを失い完全停止した。

 

 

 

 

 




久々に原作を読み返しましたが、やっぱり楯無さん周りで数巻使ってますね。そして色々書きたい事を再確認しましたが先が長ぇ……。

今回は一夏パート。
学園祭編はここらへんが書きたかった。


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-65-

 

 

──衝撃砲『龍咆』。

それは空間に圧力を掛けて見えない砲身を生成し、空気の衝撃を砲弾として扱う第三世代型兵器。

 

見えない砲身と見えない砲弾。

これらが意味するところは、それを制御し、知覚する方法が『甲龍(シェンロン)』にはあるということだ。

 

補足するなら、普通のISでも一応知覚は可能である。

大気圧の変化を読み取り周囲を索敵する──しかしそれでは余りにも遅かった。

 

結論として『甲龍(シェンロン)』ならば、実用的な探知が可能である。

想定された運用からは外れたソレを鈴は思いついたのだった。

 

 

───鈴からソレを聞き、流星も意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

して戦闘は再開される。

交わした言葉は数個のもの。

ただし、連携訓練を重ねていた二人ならばそれで事足りた。

 

 

(なにかたくらんでる…。きょりのせいげんはばれちゃったみたいだけど────まだまだわたしのほうがゆうり)

 

射撃を躱しつつ、リタは2人の様子から策があると考える。

そもそも流星は気の抜けない相手だ。

『打鉄』であろうともそれは変わらない。

 

有線ビットを飛ばし、リタは動き回りつつ射撃戦に興じた。

彼女の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の都合、一定の距離まで近付く必要がある。

奇襲や回避用に遠距離で使うのも問題ないが、2対1の状況ではあまり賢い選択ではない。

駆け引きには明るくない彼女であったが、そこら辺は本能で理解していた。

 

───こういうカードはきらないほうがけんせいになるの。

 

 

(こいつ……急に牽制が増えた?)

 

戦況としてはやや膠着、先を急ぎたい流星にとっては焦らされる場面だ。

鈴も少しばかり唇を噛んでいる。

先までの能力乱発から突然の沈黙。

まるでこちらの動きを全て見抜いたかのような動きに眉を顰める。

 

 

「────」

 

アサルトライフルの銃口が絶えず火を噴く。

少年は焦ること無く落ち着いたまま。

少女との距離を保ちつつ、紫の閃光を躱す。

鈴と動きを合わせ、空中で回避を行いながらもなるべく固まって動いていた。

 

「!」

 

リタの身体が再度吹き飛ばされる。

 

放たれる不可視の砲弾。

貫通弾として放たれたそれはバックラーでは防ぎきれず、また防ごうとする事自体困難であった。

リタが見えている事と流星による誘導───この2つにより砲弾は的確にリタを捉えているからだ。

 

 

先までの戦闘との分かりやすい相違は主軸が鈴の龍咆へと変わっている点にある。

そして有線ビットの攻撃に対しては流星が盾で受けるように立ち回っていた。

 

(────)

 

能力を使って距離を詰める選択肢はある。

しかし、クールタイムが存在する為連発は不可。

なにか有ると直感している以上、やはり迂闊な能力使用は避けるべき。

 

幸い時間的な余裕がないのは彼らの方。

我慢比べになれば仕掛けざるを得なくなるだろう。

分があるのは自身だとリタは判断し、機体を駆る。

 

 

有線ビットは攻撃を避けつつ閃光を放つ。

 

常に動き回る2つの有線ビットの破壊は難しい。

相当頑丈な作りになっている為である。

あくまで本命はリタ本体、余計な行動は避けるべきだ。

 

 

閃光を盾で受けながら流星は旋回軌道をとる。

維持される距離。

互いに射撃を送る度に装甲が傷付き、肉体へもダメージが蓄積していく。

高い防御性能を誇る『打鉄』であっても、ダメージが無くなる訳では無い。

 

「っ」

「流星!」

「構うな。あいつを撃つことに集中しろ────」

「っ────言われなくても!」

 

戦闘の場は徐々に高度を上げていく。

距離を保つには上空の方が都合がいい。

このまま膠着状態は続くかに思われた─────その時だった。

 

 

 

「!!」

 

リタは目を丸める。

 

 

────膠着状態からの突然の強襲。

少年はリタの真上を取った瞬間に加速し、二刀に持ち変えている。

 

リタが距離に意識を割いた瞬間を狙ったもの──彼女は口角を吊り上げて笑う。

一気に詰まる距離。

小太刀による眉間への突きはすんでのところで空を切る。

 

少女の頬に赤い線が走った。

 

 

「そうくるのね───!」

 

迷わず白刃で応じるリタ。

金属音が周囲に響き渡った。

有線ビットが自らの意思を持ち合わせたかのように、彼を左右から狙い撃たんとする。

 

「ちっ」

 

流星は片手にもった近接ブレード『葵』を躊躇わず投げた。

閃光は近接ブレードに着弾、小爆発を起こす。

もう一発の攻撃に関しては肩の装甲で受け何とか凌ぐ。

 

 

「ぐ──!?」

 

リタは不可視の砲弾に直撃し吹き飛ばされた。

即座に体勢を立て直す───も目の前には左手にショットガンを構えた流星の姿。

 

(たたみかけにきてる──?)

 

散弾をバックラーで弾き、彼女は有線ビットを駆使して彼の動きを阻害する。

構わず猛攻掛け続ける流星。

近接戦闘を行いつつ、リタは龍咆を避ける。

 

相変わらず狙いは謎だがリタとしては悪くない流れである。

流星との距離は近い。連携こそ取られているが能力を使用すればその間は数の不利が消える。

 

 

(わたしがきえるのをまってる…?)

 

強襲の為に膠着状態を演出したのか、はたまた流星に対して能力を使わせるのが目的か。

不可視の砲弾を主軸にした立ち回りは厄介でこそあったが、短期決戦に不向き。

流星ならばあの能力にも多少反応出来るとはいえ、先までの膠着状態を捨てる程のメリットはない。

 

つまりは後者。

流星に対して能力を使わせ───直後に畳み掛ける気か。

 

リタは直ぐに上空を見た。

──流星と鈴の距離が先までよりも開いている。

武装の再発動までの時間は恐らくバレてはいない─────。

 

 

「──いくわよ、りゅうせい」

 

リタは直感だけで追撃の龍咆を躱し、流星へと踏み込んだ。

空中に歪な軌道を描きながら更に加速──二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を駆使し、彼の懐へと潜り込む。

 

踊るような動きながらも圧倒的な加速を見せるリタ。

流星は咄嗟に小太刀で受けるも少女の勢いは止まらない。

 

 

「っ!」

 

 

数度の剣戟、白刃は銀灰色の装甲を切り裂く。

二の腕に傷を負ったが戦闘に支障はない。

流星は敢えてその一刀を受けていた──反撃に小太刀を振るう。

 

「ほんめいはそっちね!」

 

「!」

 

それと同時にショットガンの引き金を引く。

しかしリタは勘づいていたのかバックラーで彼を殴り付け、銃口を逸らした。

 

「まずはそっち────!」

 

「──!」

 

ぐるんと振り返る少女。

緋色の瞳が鈴を捉えると同時に、少女は飛び出していた。

有線ビットによる追撃で逆に地面へと叩き落とされる流星。

彼には目もくれずリタは鈴の方へと翔ける。

 

龍咆による攻撃を警戒してか、螺旋軌道を織り交ぜている。

牽制もない今彼女は直撃以外なら気にも留めていないようだ。

 

 

能力の射程圏内に入った。

リタは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を発動し、空中に消えていく。

流星の機体の機動力では追いつく事も出来ず、見えない為射撃もまともに機能しない。

 

死線を潜り抜けた流星だからこそ何とか対応していた奇襲。

 

更にリタの速度は亜音速にまで達していた。

上下左右前後ろ、どこから来るか分からない状態。

コンマを下回る世界でリタは鈴の不敵な表情に気が付いた。

 

 

回り込み首筋目掛け白刃()を突き立てようとする。

鈴は双天牙月を手にしているが、正面を向いたまま。

視線すら此方に向けていない──そう少女が考えた瞬間であった。

 

 

「──カっ……ッ!?」

 

 

リタの視界が大きく暗転した。

 

前触れなんてものは存在しなかった。

勝ちを確信した少女の全身に発生する叩き付けられるような衝撃。

 

 

それは完璧なカウンターとなった。

 

飛びかけた意識の手網を握り、少女は身体へと司令を出す──まだ動かない。

偶然など有り得ない。完全にこれは狙ってのものだ。

────まさか、みえてた────!?

 

(かんがえるのはあと───!)

 

スローモーションの視界の中でリタは思考する。

直撃によるエネルギーの減少、身体へのダメージはあるが幸い機体へのダメージは少ない。

鈴のこの行動が有効なのは、最初の一度限りだ。

そのカードを切らせたのなら、いよいよ後がないのは流星達(・・・)の方で─────。

 

───りゅう、せい?

 

ハッと今日初めて顔を青くするリタ。

気付けば───彼女の能力は解けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────それよりも二,三秒前。

少年は有線ビットによる追撃を受けたと同時に、一切の迷いなくある武装を展開していた。

 

彼が展開したのは先と同じ──超長距離射撃装備『撃鉄』。

ただそこには、先よりも物々しい装置の数々が継ぎ足されていた。

 

 

 

『時雨』は『打鉄─椛』よりも小型である為、小回りが利いた。

更に現在ならば高火力の特殊兵装や大量の汎用武装、腕についたフックショット────と実戦面では『打鉄』に比べ選択肢が多い。

武装をあまり丁寧に扱わない流星の趣向が表れているが故だ。

 

では『打鉄』が劣っているのかといえばそうでは無い。

 

───『打鉄─椛』つまるところ『打鉄』は基本的なスペックは『時雨』より上である。

スラスターのエネルギー効率やPICの安定性、総合的な燃費。

防御面の秀でた装甲。

豊富な追加武装(パッケージ)

OSの親和性も幅広い為、武装の後付けも容易だ。

特化を考えた場合、各方面の最大値は目を見張るものがある。

 

 

そして────本来汎用を通り越して凡庸な武装を好む流星は、仕方なくであるがそこに着眼した。

実戦では物足りない攻撃面を補う為、彼は『撃鉄』に更に武装を組み合わせる事を選んだのだ。

追加武装(パッケージ)の掛け合わせ。

学園ですら使う者がいないアタッチメント各種を注ぎ込んだ───ゲテモノ狙撃砲台。

 

対反動用の外部装甲もあり、もはや別物のISであった。

肝心の制御や狙撃に関しては拡張領域も残っていない為ノータッチ。

ISのパラメータと勘で事足りると彼は切り捨てていた。

 

 

 

「─────」

 

 

展開と同時に組み上がる超長距離狙撃用IS『椛』。

そこから一秒経つよりも早く─────少年は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

(──っ!!!)

 

バックラーでは間に合わない。

本能的な動きで流星のいる方角にリタは白刃を振るっていた。

ただそれも大した意味を持たない。

遅かったと少女が考える暇すら、その神業は許さなかった。

 

 

 

 

音すら置き去りにして、弾丸は少女を捉える。

 

 

 

 

白い金属片と真っ赤な鮮血が炸裂した。

遅れて聞こえる轟音。もはやそれは爆発音と形容する方が正しい。

弾丸は刹那の間に機体の翼部分を片方抉りとっていった。

畳み掛けるような衝撃、破損した装甲が誘爆し更なるダメージを負わせる。

 

 

舞う数々の破片と共に灰の機体が堕ちていく。

砕け散った白刃を握っていた右腕は装甲も剥がれ、生身の腕が剥き出しになっていた。

その白く細かった腕は衝撃の余波でズタズタに裂けており、今や見る影もない。

 

 

 

 

「──ぁ、あ」

 

 

朦朧とする意識の中、リタは機体の制御を取り戻す。

連射はきかないらしく流星からの追撃は来ない。

まだエネルギーは残っていた。

スラスターも全損していない離脱ならば可能───。

────奥の手はあるが──それでもこの損傷は不味い。

 

流星と鈴だけでなく、援軍が更に来た場合詰み。

どう撤退すべきか──と彼女が考えたところで────。

 

 

 

「───いいザマだな。出し惜しみをするからこうなる」

 

 

声と共に小型のレーザーガトリングが流星と鈴の方へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですって。まだ見つからないの!?」

「あの状態じゃあ遠くにはいけないはず。隠れているに違いないわ!」

 

人気の無い校舎でヒステリックな叫びが廊下に響き渡った。

聞こえる複数の女生徒の声。

駆け回る足音。それは、3人よりもさらに多い。

明らかに焦りが見えるそれらを聞きながら、弾達は固唾を呑む。

 

数分経ち、騒がしさは遠くへと消えていった。

ひとまずは難を逃れたらしい。

ホッとひと息つきながら、弾は背負っていた虚を床に寝かせる。

気休めでしかないが、自身の上着で枕を作っていた。

虚の頭の傷に対し、本音は応急処置を施す。

持っていた携帯式の医療キットと包帯でひとまず頭の傷は覆えた。

足や腕の怪我、頭を打ったことに関してはちゃんとした場所で診てもらう他ない。

 

 

彼等が居るのは空き教室の一角。

ドアからの死角となっている場所に座り込んでいる形だ。

 

 

「人数が明らかに増えてるよな…?」

 

弾は廊下の方に視線をやりながら思わず呟く。

それに対し本音はこくりと頷いた。

 

「…足音からして、結構増えてる…」

 

「それだけ本気って事か───くそっ、あいつら何なんだよ。男だとか女だとか、庇ってるとかでどうしてこんな事が出来るんだ」

 

「…ごめんなさい。こんなことに巻き込んじゃって…」

 

本音は申し訳なさそうに俯く。

本来ならば一般人である弾はこの件には関係なく、自身達と同じような危機に晒される理由など欠片もなかった。

織斑一夏の友人であったとしても、肉親では無いのだ。

弾をどうにかして一夏を──なんて、リスクリターンの見合わない愚行でしかない。

 

しかし、弾が居なければと考えるだけでゾッとするのも事実。

無力感に苛まれながら告げる本音に、弾は1拍だけあけて返した。

すぐに気の利いた言葉を返せる友人を羨みながら、弾は口を開く。

悪い状況だからこそ、せめてもと明るく振る舞おうとする。

 

「悪いのはその、あいつらだろ?布仏さんじゃないよ。とりあえずここからどうするか…だよな──よし、助けを呼ぼう。鈴の奴はなんかの代表だし、一夏や流星もISを持ってるから助けを求めれば───!」

 

「言いにくいけど今は…」

 

「なっ…繋がらない。これじゃあ助けも呼べないじゃねえか!早く布仏さんのお姉さんを治療しないといけないのに…」

 

助けを呼べばなんとかなる──そんな希望も絶たれたのか、彼の表情も険しいものになる。

 

「「…」」

 

2人して無言で考え込む。

 

現状、ここがすぐに見つかることは無いだろう。

先程女生徒が見回った後にこっそりと入ったからだ。

一度見た場所への警戒心は薄れる───隣で考えを張り巡らせている本音の発案がこの猶予を作った。

 

とはいえ、一時的なものだ。

見付からないとなればここもまた見回りが来る。

 

本音もまた、思考を張り巡らせる。

 

──先のように緊急用のシャッターを操作する?

閉じ込める。安全地帯を確保する。足止めする。

幾つかの案が浮かぶが──あれは不意打ちだから出来た事だ。

もし開けるだけの技術力が相手にあれば、その時点で詰み。

何より相手の全体数が分かっていない以上、逃げ道を減らすのは得策ではなかった。

 

 

今1番優先すべき事はなにか。

言うまでもなく姉を治療してもらうことだ。

 

本音は虚を抱えて走れない。

一般人の弾も早く安全な場所に避難させなければならない。

 

 

「───私が注意を引くから、五反田さんはお姉ちゃんを抱えて逃げて」

 

「な──!」

 

真剣な眼差しで告げる本音に対し、弾は状況を忘れて声を上げそうになる。

すぐに声を抑えると弾は苦々しい表情で本音に向き直った。

 

「それだと布仏さんはどうするんだよ…!?」

 

「大丈夫。さっきの応用──緊急用のシャッターで閉じ込める。もしくは閉じこもる…かな?五反田さんが助けを呼んでくれたら、それで何とかなるかも」

 

心配をかけまいと弱々しくも笑顔を見せる少女。

弾は本音達の立場など知る由もない。

ただ、震えそうな手を抑え込んでいるのはハッキリと分かった。

蘭の顔が脳裏を過ぎる。

 

 

「っ──駄目だ。そんなの、お姉さんが悲しむ」

 

案は浮かばない中弾はハッキリとそう告げた。

自身に妹がいるからこそ、彼はその案を絶対に認める訳にはいかなかった。

 

「でも…このままだと…」

 

「だ、だとしてもダメなものはダメだ!いいか?兄や姉ってのは何よりも弟や妹が大切なんだ。そりゃあ布仏さんもお姉ちゃんを守りたいって思うかも知れねえよ。けどそれでもし妹に何かあったら──俺なら耐えられない」

 

「───、こうでもしないと共倒れするだけだよ?」

 

「失敗したらどの道共倒れだ。…その、ごめん。布仏さんの善意まで否定する気は無かったんだ。別の策を考えよう」

 

「──うん…!」

 

相変わらず不安や緊張で体が固まっている弾ではあるが、声には調子が戻ってきていた。

彼が本音ほど自体を正確に把握出来ていない事もあるが、その一般人的な感性こそが───今回は最悪を回避させている。

 

本音もまた自分がどうにかしなければならない──という考えから一度脱却する。

 

2人して再度策を考えようとする。

 

 

 

────ただ、現実はそんな事すら許さなかった。

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

勢いよくドアが開かれた。

ゆっくりと女生徒達が入ってくる。

それも、教室の両側のドアから。

 

 

バクバクと心臓が止まらない。

呼吸のリズムが一定でなくなり、目の前が真っ白になったかのように弾達は錯覚する。

 

終わった。終わった────。

全てを諦めそうになりながらも、弾はゆっくりと息を整える。

偶然、偶然ここに入ってきた。

そう言い聞かせようとしていた弾に対し、女生徒はそちらに向き直って笑みを浮かべた。

 

 

「──やっと見つけた。薄汚い腰巾着共」

 

「────っ!」

 

血の気が引く感覚を、彼は初めて理解した。

ゾロゾロと教室に入ってくる女生徒達。

数は9人。

まるでここに居るのが分かっていたかのような動きに、2人は驚きを隠せない。

 

 

本音と弾は虚を引き摺って、直ぐに離れようとする。

とはいえ、逃げ場はない。

 

少し後退し───教室の窓際まで追い詰められることになった。

 

 

「ど、どうしてここが────」

「男──いえ、ケダモノらしい知能の低さで助かりました。ええ、抵抗されても不快ですし、逃げても無駄と教えて差し上げます。ほぉら、あちらですよ」

 

──と、1人の女生徒が指さしたのは窓の外。

意味がわからずにいる弾とは対象的に、本音は目を見開いていた。

 

「…他の校舎から覗かれてた…」

「な───」

「どうしてそこまでして…なんて言いたげですね。これは至極当たり前の話。邪魔な男を排除したいという者はそれなりにいます」

 

長い茶髪の女生徒の発言に弾は拳を強く握った。

言わせておけば──、と彼は怒りを露わにする。

彼は本音や虚の前に立ち、正面から女生徒達を睨みつけた。

 

 

「……一夏や流星が、お前らに何かしたのかよ…!!」

 

「?私達は不快な思いをさせられてきましたが?」

 

「あいつらがなにかしたのかって聞いてんだよ…!!」

 

「はあ、何度も言わせないで下さい。───ISは女性のものだからです。それを極わずかな例外が自分のものように乗り回すなど、ああ寒気が走る──!」

 

「……っ!」

 

会話が通じない。

改めてその事実を突き付けられ、弾は悔しそうに顔を歪める。

喧嘩慣れなんてしていないが、やるしか無い。

そんな考えがチラつき始めた時に、女生徒達は懐から何かを取り出した。

 

鈍い輝きを放つ金属──果物ナイフが握られていた。

人によっては警棒やカッターを持っていたりと──多様ではあるが凶器を所持している。

 

手が震えている生徒もいた。

殺したくないのではなく、慣れていないからだろう。

ただ思想としては染まりきっているのか、震えながらも口もとに笑みを浮かべている。

一般人による惨劇は、目の前の種類の人間によって起こされるに違いない。

 

 

「…」

 

本音は背後の窓に目をやる。

女生徒は本音の視線に気が付き、鼻で笑った。

 

「飛び降りてもいいですよ。ここは三階──運が良ければ…いえ悪ければ生き残れます。ええ、折角です。あなたが飛び降りるなら2人を殺しはしない──なんてどうでしょう?」

「…」

「布仏さん!?」

 

本音は少女達の前で窓を解錠する。

それを見て女生徒達はクスクスとあざ笑う。

止めようと手を伸ばす弾の意を介さず、本音は窓の枠を潜り縁に立つ。

 

「そのままゆっくりと進みなさい。足を止めればその瞬間…わかってますね?」

 

「ま、待て!」

 

彼女は教室側に向きながらジリジリと後退。

窓の縁は落下防止用かほんの少し足場が続いている。

 

勝ちを確信した女生徒達が眺める中、彼女は袖の中で───携帯端末を操作していた。

 

弾が本音より前に出たあのタイミング。

そこで本音のみが知る事が出来たアドバンテージ。

 

彼女にとっての最後の賭け。

しかし恐怖は無かった。

彼なら来てくれる───確信がそこにはあったからだ。

 

もう足場はない。

足を止める事も出来ない。

ふわりと本音の身体が宙に投げ出される。

 

 

違和感を覚えた数名───しかし、もう遅かった。

 

 

 

本音の背後──虚空に銀灰色の機体が姿を現す。

揺れる特徴的なオレンジ髪。

操縦者は本音を抱え片腕を振るう。

 

走る線───割れるのではなく切り落とされる窓ガラス。

ゴッソリと窓際を切り落とし、教室の窓際にポッカリと穴が空く。

 

ISを解除し、1人の少年は教室へと足を踏み入れた。

 

 

「今宮───流星っっ!!!」

 

女生徒達の思考は漸く目の前の光景の意味を呑み込む。

虚を庇うように立っていた弾も、乱入者に目を丸めていた。

 

一方で、少年は抱えていた本音を下ろした。

凶器を持ち突っ立っている女生徒達には目もくれず、弾と本音に向き直る。

 

「──流、星?」

「他の何に見えるんだ。…まさかお前が居るとは思わなかったが、大手柄だ弾。おかげで間に合った───本音、怪我はないな?」

「うん…!───っていまみー!?いまみーこそ怪我は大丈夫!?血が出てるよ!?」

「問題ない。って睨むな。本当に問題ないから」

 

いつもの調子で話をしつつ、流星は本音の頭に手をやる。

状況を見るに弾の乱入がイレギュラーとして機能したのだろう。

かなり危険な状況になっていたが、間に合ったのは彼の存在と本音の機転と言う他ない。

 

流星はISによる簡易的なスキャンを行う。

虚の状態も命に別状はない。

 

 

(た、助かった…んだよな?)

 

この状況下で振り返りすらせず、普通に話す流星に弾は内心ヒヤヒヤを隠せない。

凶器を持った女生徒達が目と鼻の先にいる状況で、彼はあまりにも自然体であった。

彼自体も何故か傷だらけである事が、弾の不安を加速させる。

それが杞憂であると知っている本音は、改めて姉の容態を確認していた。

 

 

「……、───」

 

「っ!」

 

さて、と少年は振り返る。

その瞳には怒りも何も見られない。

 

 

─────数秒後には女生徒達は床に横たわっていた。

 

 

「………、っ」

 

思わず、弾は目を逸らした。

 

コキュリと──最後の1人の関節が外される音が聞こえた。

悲鳴を上げて横たわる女生徒。

何も無く広いはずの空き教室は、蹲る女生徒達で埋まっている。

 

少年は1人その間を歩く。

床に散乱する凶器を拾い、無造作に離れた場所に投げ捨てる。

 

全員が動けないのを確認すると、少年は弾達の方まで歩いてきた。

手にはいつの間にか女生徒達が使っていたであろう通信端末が握られている。

 

「弾。平気か?」

「…平気だ。流星、お前強かったんだな」

「荒事に慣れてるってだけだよ。一夏も訓練を積んでるし、これくらいなら出来るさ」

 

マジか、と口を開けたままの弾。

 

最もここまで鮮やかに捩じ伏せるのは一年生の中で2人しかいない。

片や現役軍人、片や百戦錬磨の元少年兵。

相手は何をされたかすら認識出来ないだろう。

 

2人の違いがあるとすれば、それは今の女生徒達の状態に現れている。

意識を奪い無力化は簡単──しかし拘束する手段がない為、流星は敢えて相手の手足を破壊する方法をとった。

敵の戦力を削ぐ。動かれる可能性を潰す。

例えそれが一般人であろうとも、敵であることに変わりは無い。

意識を奪わないのは趣味や趣向ではなく、情報を聞き出す為─────。

 

「弾、虚さんを保健室まで連れて行って欲しい──今なら道中襲われる心配もないだろう。あと織斑先生には連絡したから、保健室で保護して貰え」

「分かった。その、蘭は何ともないんだよな?」

「ああ。一般開放されてる校舎は特に何も起きていないみたいだ」

「良かった…」

 

ホッとする弾。

彼を横目に、流星は腕から待機状態になっている『時雨』を取り外す。

 

「本音」

 

それを本音の方に差し出した。

本音も意図を理解したのか、それを受け取る。

 

「弾達を保健室に案内した後、腕部装甲の調整を頼む。本音にも権限を付与したから、もしもの時は展開してくれ。一応短時間の戦闘なら可能だ」

 

「──任せて。直ぐに届けるから」

 

「ああ、任せた」

 

弾はすぐに虚を背負い、本音は『時雨』を腕に着け教室を出ていこうとする。

周囲に脅威がいないのは流星も確認している。

まだこの校舎内にも数人居るがそれだけである。

本音達が向かう側にも反応はなく、女生徒達は現在混乱に陥っている事だろう。

 

取り残されたのは、蹲り動けない女生徒達と少年1人。

彼は2人が居なくなったのを再度確認すると、手にしていた女生徒達の通信端末を顔に近付けた。

 

「───」

 

静かで冷徹な宣告に返答はない。

 

やる事はただ1つ。

窓際からある教室に視線を移し、彼はすぐにソレらを見付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2つの話の間は次回に。


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-66-

あけましておめでとうございます。
今年もそれなりの頻度で更新していきますので、よろしくお願いします。




──反動による負荷を受けきった外部装甲の隙間が大きく開いた。

空気が噴出し内部から装甲を冷却している。

ある程度の距離でも聞こえるような噴出音。

それは先の狙撃の多大な反動を示唆していた。

 

全身を駆け巡る衝撃も気にせず、少年は武装を全て量子化する。

 

『打鉄─椛』の片手にはアサルトライフル『焔備』が展開された。

もう片手には盾が握られている──それは少女にトドメをさす為ではなかった。

 

 

「───いいザマだな。出し惜しみをするからこうなる」

「!」

「な───」

 

驚きは鈴のもの。

降り注ぐ小型のレーザーガトリングが流星と彼女を襲う。

鈴は堪らずその場から大きく距離をとった。

少年は盾でそれを凌ぎ、反撃にアサルトライフルの引き金を引く。

 

「増援!?しかもあれってBT兵器よね──!?」

「───またあいつか」

 

レーザーガトリングの主は青の蝶。

その姿を見て流星は不機嫌そうに眉を顰めていた。

 

エムと呼ばれていた少女───彼女の実力を流星は知っている。

鈴と2人がかりといえど、負傷&消耗した状態──『打鉄─椛』では容易くといかない。

時間的にも相手にしている暇はないだろう。

 

鈴は龍砲で、流星はアサルトライフルで応じていた。

 

「どうするのよ、流星!?このままじゃあいつまで経っても──!」

「そうだな。これは良くない状況だ」

 

次の手を考える流星。

一応、エムならばリタのように振り切れない……という訳でもない。

手の内を知る流星が残り、鈴に本音達を任せる方が良いか──そんな考えが頭を過ぎる。

 

「さて、どうする?少年兵」

 

宙を舞うシールド・ビットが彼等へ照準を合わせる。

連戦に入ろうとする中、流星は更なる機体の反応に気が付いた。

 

「──!」

 

死角からの繰り出される蒼い閃光。

狙いはエムとリタ双方───エムはシールド・ビットを操作し容易くそれを防ぐ。

エムはその最中に残りのビット駆使して反撃──青紫の閃光が蒼い機体に向かっていく。

今度は黒い機体が現れ、それを受け止めた。

 

乱入した二機は流星達とエムの間に割り込む。

 

「2人共、無事だな?」

「ラウラ、セシリア!」

「ったく、───ナイスタイミングだ、軍人サマ」

 

駆け付けたのはラウラとセシリア。

流星はすぐに鈴と目配せすると、更に後退する。

 

「────3人共。ここは任せる」

 

「承知した。その様子だと時間が無いのだろう?」

 

「ああ、話が早くて何よりだ。──油断するなよ。あいつ相当強いぞ」

 

「……、心得ましたわ」

 

────身を翻し、流星は素早く校舎の方角へ飛び去る。

追撃も考えたエムだったが、それより先にレールカノンを放たれ目論見は阻止された。

 

 

「足止めか」

 

エムはつまらなさそうに呟くと、シールド・ビットを広く展開した。

セシリアはその様子を見ながら険しい顔でエムを睨み付ける。

エムの乗る機体は『サイレント・ゼフィルス』。

セシリアの駆る『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』の基礎データも使わている───英国(イギリス)のISだ。

 

「貴方、その機体をどこで─────」

「BT1号機の操縦者か…この状況を見て理解出来ぬ程間抜けではないだろう?」

「っ!」

 

殺気をもって射抜く視線。

先に動いたのはセシリア───ミサイル・ビットを放ち、同時にスターライトMkⅢの引き金を引く。

更にはビットも飛ばし、一斉に多方向から攻撃を仕掛ける。

 

エムはそれらを鼻で笑い、ミサイル・ビットを容易く撃ち落とす。

残る攻撃を視界に収めながら、余裕を持って告げた。

 

 

「──興が乗らないが、少しだけ遊んでやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっそ、そんな事あんの?まじウケる」

 

蒼い長髪の少女──来玖留は楽しそうに笑った。

 

「慰めてよーくくるちゃーん。それのせいで折角の取材データも消えちゃったの……はぁ」

 

それに対して溜息をつく黛薫子。

彼女の溜息は深く体はぐったりと机に突っ伏している。

心底落ち込んでいる──そんな様子であった。

 

「本当にツイてないわね。バックアップもオリジナルもデータが両方とんじゃうなんて、中々ないでしょうに…」

「たっちゃんなら何とか出来たりしない!?元の状態に戻せたり──!」

「それ楯無ちゃんでも無理でしょ。物理的に壊れてんのよ?」

「そ、そこはたっちゃんだし何とかできるかな〜って!おねがい!」

「粉々になってるけど───薫子ちゃん、私をなんだと思ってるのよ」

「生徒会長」

「生徒会長を神様あたりと勘違いしてるくね……?」

 

薫子は両手を合わせ、楯無を拝んでいるようなポーズをとる。

楯無と来玖留は呆れた様子であった。

 

 

「──それよりさ、駅前にカフェ出来たのは知ってるよね。二人とも」

 

話しつつポチポチと端末を弄る来玖留。

それよりという物言いに抗議する薫子の言葉は聞き流していた。

 

「確か一昨日オープンしたところよね。海外のお店だったかしら?」

「そうだよ楯無ちゃん。これが美味しいらしくてさー(ウチ)気になって夜しか寝れないのなんの」

 

来玖留はわざとらしく頭に手をやる。

薫子ももうどうしようも無い話を切り捨て、思い出しつつ返す。

 

「タルトが美味しいって新聞部でも昨日聞いたかな」

「そうそう!さっすが薫子ちゃん、情報がはやい。でさでさどうよ?3人でこの後行ってみない?」

 

来玖留は端末の画面に表示した店のHPを2人にみせた。

2人は画面を覗き込みつつ、目を輝かせている。

 

「良いわね。今日は特に予定も無かったから行きましょう」

「学園も近いし取材にもなるかも!」

「ほい。それじゃ決まりね。ちょっと学生には値が張るかも知れないらしいけど、問題ない感じ?」

「ふっ、問題ないわよ。もしもの時は本気のポケットマネーで何とかするから───!」

 

扇子を開く楯無。

そこには無敵と書かれていた。

おぉさすがーと持ち上げる薫子を他所に、来玖留は顔を引き攣らせる。

 

「いやダメでしょそれは。あーたのポケットマネー洒落になんねーし」

「でも気になるメニューが幾つかあるのよ。出来るなら沢山頼んで1番美味しいものを探すのもやぶさかではないわ」

「──女子高生の楽しみ方じゃねぇよ楯無ちゃん」

 

前に突き出した拳を握り、楯無は力説する。

凄まじい熱意に来玖留が苦笑いを浮かべる中、薫子は画面を見て気付いたように声をあげた。

 

「あ、たっちゃんさては姉妹割ってとこ見たね?」

「なるほど、妹さん誘って今度行こうとか思ったのね。──というかさ、気まずくなってる姉に誘われても普通行かなくない?」

「む、そこはもう少し気の利いたこと言うところでしょう」

「だって事実だし」

「くくるちゃんの意地悪」

 

口を尖らせる楯無に来玖留はあっけらかんとしてそう告げた。

楯無はそのままいじけてみせる。

ニタリと笑いながら会話を続ける来玖留。

 

薫子はレアな楯無のその姿を隠し撮りしようと、こっそりカメラを構えた。

しかし、シャッターを押す瞬間に扇子が開き目論見は失敗に終わる。

そうしている内に予鈴が鳴り、3人ともそれぞれの席に戻っていく。

 

 

 

……その日の放課後に食べたタルトは──本当に、美味しかった。

 

──なんてことない日常の一幕。

 

……余計な事なんて考えたら駄目。

────惜しむ資格なんて、きっと私には無いのだから。

 

 

 

 

 

振り払うかのように眼前に没頭する。

第4アリーナの更衣室の中、振るわれる蛇腹剣(ラスティー・ネイル)と大鎌。

水を微かに纏った一振りと、電撃を纏った一閃が互いを弾く。

高速下での鋭い攻撃は床や壁に触れることは無い。

無駄のない正確無比な一撃は相応の一撃で無力化される。

踊るような美しさ──しかし爆撃のような激しさも共存している。

 

 

「────ち」

 

静かに舌打ちをする来玖留。

それは楯無に対するものだけでなく、別の対象に向けてのもの。

レーダーが示す反応はある事実を示していた。

オータムが負けた──それは亡国機業(ファントム・タスク)に属する者全員が驚く結果だった。

 

(オータムが油断した──?いや違う(・・・・)──織斑一夏のやつ、まさか正面からオータムを打ち破った──────!?)

 

「───」

 

「っ!」

 

鋭い踏み込み──来玖留は大鎌の柄でそれを受け流す。

先までと違い、かなり前のめりな一太刀。

蛇腹剣(ラスティー・ネイル)に纏わせている水流の量も増していた。

更識楯無を拘束していた枷が一つ外れた───来玖留は内心毒気付く。

 

来玖留が電撃を放とうとしても、楯無は構わず蛇腹剣(ラスティー・ネイル)を振るう。

アクア・クリスタルが銀雷(セレブロ)と相性が悪い事は言うまでもない。

 

ただ、一夏が単身敵に打ち勝った───楯無がもしもを想定し余力を残す必要が無くなった事を意味する。

 

───当然それだけでは無い。

楯無はこの少ない時間の中で、ある確信を得ていた。

 

銀雷の使用頻度と規模──それは『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』の本来の性能から考えると、あまりにも大人しい。

 

室内の為か、何か他に策があるのかと警戒していたが、にしても──来玖留がこの場面で自身を前に出し惜しむと思えなかった。

 

そこである仮説が立つ。

ISの通信すら阻害する通信妨害──それを行っているのが、目の前のISであるというもの。

となれば、来玖留の立ち回りも辻褄が合う。

 

楯無は残ったアクア・ナノマシンを駆使してただ攻め続けた。

1歩退いて躱す来玖留。

だが、振るった蛇腹剣(ラスティー・ネイル)から水刃が放たれている。

 

来玖留は即座に銀雷で消し飛ばしたが、楯無は水流で盾を作りながら踏み込んでいる。

どんどん制御出来るアクア・ナノマシンは減っている。

だが、楯無は止まらない。

 

(こいつ──!)

 

「嫌がらせのつもりでしょうけど、それをしながら勝てる程──私は甘くないわよ?」

 

来玖留の手を蹴り、楯無はスラスターを吹かす。

反撃に振るわれる大鎌を躱しながら反転───斜め上からの斬撃を見舞った。

 

「ぐっ──ッ、舐めんな──!」

「甘い────!」

 

楯無は腕部の小銃による反撃を甘んじて受けながら、攻撃を続ける。

対して押されつつも来玖留は大鎌を振るう。

振り回した大鎌は散乱するロッカーを綺麗に両断していく。

 

付近にいた楯無の体も真っ二つに。

それは液状になり、たちまちただの水となる。

電撃の余波で弾ける水──分身により出来た死角から、蛇腹剣(ラスティー・ネイル)の突きが飛び出す。

 

「!」

 

来玖留の肩をそれは掠めていく。

装甲が斬れ、赤い線が肩に走った。

 

楯無に蹴りを入れて来玖留は距離をとる。

 

───結論から言えば──楯無の仮説は当たっていた。

来玖留のISには楯無が知る性能に加え、高度な通信妨害も可能である。

勿論欠点も見抜かれた通り。

それを維持しながらの戦闘となると、銀雷(セレブロ)の出力にもかなりの制限が入る。

 

───加えて意識はそちらに割く必要があった。

その状態で楯無と打ち合えているのはひとえに彼女の実力が高いからである。

 

 

(バレたか。けど(ウチ)との機体相性は変わらない。そこまで解除に必死なんだよなぁ!更識ィ!)

 

無理やり攻めている楯無のジリ貧には違いない。

来玖留はニタリと笑みを浮かべた。

放たれる電撃が一直線に楯無へと向かう。

対して楯無は壁へと滑空し、着地───そのまま天井を蹴り反転しつつ斬り掛かる。

 

最中に蒼流旋へと持ち替えていた。

蛇腹剣(ラスティー・ネイル)はいつの間にか投擲されている。

 

 

来玖留は顔を逸らし、それを躱す。

追撃の振り下ろし───警戒し来玖留は後方へ跳んだ。

ガトリング掃射は銀雷を盾にやり過ごす。

 

「な─────!!!」

 

─────瞬間、着地と同時に違和感を覚えた。

飛び退いた先の湿度が局所的に高い。

来玖留は考えるよりも早く銀雷をその場に放ち、小規模の清き熱情(クリア・パッション)を阻止───。

 

 

「─────」

「かっ──────」

 

腹部に衝撃が走る。

鈍る思考、来玖留の腹部には蒼流旋が叩き込まれていた。

 

神速の瞬時加速(イグニッション・ブースト)は、来玖留の反応すら許さない。

出力の幅、タイミング、予備動作の無さ。

どれをとっても代表候補生達とは一線を画する。

 

追撃のガトリング接射を受け、来玖留は大きく吹き飛んだ。

更衣室の壁を突き破り、彼女は隣の部屋へと追いやられる。

 

 

 

──回復する通信。猛攻により通信妨害がままならなくなったようだ。

楯無は状況を確認しながら、代表候補生達に必要な情報を送る。

 

 

「──あぁ、ほんと。ムカつく」

 

積み重なった瓦礫から銀色が広がった。

炸裂する銀雷は瓦礫すら消し飛ばし、薄暗い地下を一瞬で照らしていく。

その中央で佇む緑色の機体。

余波で旋風が巻き起こる──楯無の水色の髪が風にたなびいている。

 

 

「!──オータムだけじゃなくてあのガキもやられた、か。どいつもこいつも(ウチ)の邪魔ばっかり……!」

 

「……随分な物言いね、井神来玖留。学園祭の邪魔をしているのは貴方もでしょう」

 

「更識……っ!」

 

来玖留の顔が怒りに染まる。

対して楯無は冷ややかな視線を彼女に向けていた。

 

して一秒。来玖留はふぅ、と溜息をつくとケロりと笑みを浮かべた。

 

「──なんてね。(ウチ)としては布仏姉妹襲撃(今回のやつ)って別に失敗しても良かったし?まあ熱くなる必要もないかな」

 

「負け惜しみにしか聞こえないわよ、来玖留(・・・)

 

蒼流旋を構え、警戒を続ける楯無。

冷ややかな視線のままではあるが、その声には微かに怒気が篭っていた。

来玖留の朗らかな笑みは歪なものに変わる。

 

「だって事実だし。本当にあいつらをどうにかしたいなら──あんな役立たずを唆す必要も無かったわけ。なんていうか、アンタへの嫌がらせ兼ね戦力分散が狙いだったんだけどね」

 

「嫌がらせの為だけに、こんな事を───」

 

「え?何何?まさかの被害者ヅラ?アンタさえ居なければ──こんな事にはならなかったとは考えないワケ?」

 

「───、破綻した理屈ね」

 

楯無は静かにそう切り捨てる。

その表情は更識家当主の(かお)であった。

 

「……、アンタが、そんなんだから────」

 

冷静さを保ちつつ、来玖留はほんの少し苛立ちを露わにしていた。

銀雷が一旦収まりを見せる。

相対する二人の実力者。

睨み合いの中、来玖留は再度歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「──いや、いいや。今回は撤退する」

 

「……見逃すと思っているの?」

 

「うん、見逃すしか無いよね。だってそうでしょう?そっちが知ってるこの機体の性能(スペック)だけでも、暴れ回られたら手を付けられないのは分かってるハズだし」

 

「出来る出来ないの話じゃないの。私は更識楯無よ」

 

「そのように振る舞うだけってやつ?───アハハ、マジで変わってないじゃん。────ああ、ちなみに更識家(そっち)の方も(ウチ)の私兵が今頃襲撃してるハズだよ?ここで道草食ってて良いのかな?」

 

「!」

 

「うーん、動揺が少ないなぁ。良識も常識も備わってるのに、完全にソレと切り離して思考出来る。ホント気持ち悪い(・・・・・)

 

コロコロと変わる来玖留の表情。

彼女は心底不快そうに楯無を見つつ、掌を翳した。

 

「───」

 

楯無は予備動作よりも早く動こうとする。

しかし来玖留もそれは折り込み済み。

 

(───速い!)

 

銀雷が来玖留を起点に炸裂した。

それは本来の出力をもって更衣室を吹き飛ばそうとする。

その速さも───先までとは比較にならない。

─────地下を丸々吹き飛ばす気か。

 

「っ」

 

楯無は咄嗟にアクア・ナノマシンを総動員してアクア・ヴェールを形成する。

威力を最小限に抑えるべく包み込むように展開。

ぶつかり合う水と電撃───爆発と共に蒸気が辺りを飲み込んだ。

 

 

 

 

緑の機体は攻撃を放つと同時に、ある方向に向かって加速した。

崩れ落ちる更衣室の中を高速で飛行し、白い機体に迫る。

 

「な──!?」

(!成程、今のに反応するか───)

 

衝撃を前に立て直そうとしていた一夏へ蹴りが入る。

不意打ちに対し彼は反応していたらしく、雪羅のシールドで受け止めていた。

 

とはいえ来玖留の狙いはそちらではない。

いつの間にかオータムを拾い上げている。

縛られていた彼女は来玖留に拾い上げられるや否や、彼女を睨んでいた。

 

「オイテメェ、私ごと殺す気か」

「大丈夫大丈夫。そこは皆守ってくれるから」

 

楽しげに返答しながら、来玖留は片手で大鎌を振るう。

一夏を無理やり押し退け、壁に空いた大穴を背に振り返る。

 

 

「待ちなさい───」

「楯無さん!?」

 

ガトリングは銀色の光が消し飛ばす。

掌から放たれたそれを楯無は躱す──その間に来玖留は大穴からその場を後にしていた。

 

 

『じゃあね、楯無ちゃん(・・・・・)。今度は、そっちから遊びにおいでよ』

 

「っ!」

 

秘匿通信と共に送られてくるあるデータ。

追おうと動く楯無だが、大穴は瞬く間に崩れ落ちていた。

他のルートから追っても恐らく間に合わない。

今や主武装を失った楯無では、戦闘になった場合学園を守り切れない。

 

「────」

 

半壊した地下で楯無は大穴の先を睨み付ける。

すぐに彼女は回線を開き───同時に複数の箇所に連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

───蒼い機体を青紫の閃光が直撃した。

 

「くっ!?」

 

セシリアの体がグラりと傾く。

蒼いビットが動き反撃を試みる──もそれより速く敵のビットがセシリアを撃ち抜く。

鈴やラウラがビットや敵機を捉えようとするも、俊敏な為捉えきれず。

 

幾ら敵機が強力であっても、連携訓練まで重ねた彼女達がここまで圧倒されるのには理由がある。

エムは攻撃を繰り出す際───校舎側を射線に収めたものも織り交ぜているからだ。

 

「く、舐めた真似してくれるわね!」

 

鈴は思わず声を漏らす。

追い詰められてはいない。

どちらかと言えば鈴達は現在あしらわれている状態だ

学園の安全を優先する都合防戦寄りになっている中、鈴はそれがもどかしくて仕方がないようだ。

リタがその間に撤退したのもあり、鈴は不機嫌そうに唇を噛む。

 

ラウラは敵の攻撃を防ぎつつ、注意を促した。

 

「…悔しいが多対1のやり方からして向こうが上手だ。気を抜くな二人共」

「っ、分かってるわよ」

「その通りのようですわね……」

 

会話の合間にも青紫の閃光が3人へ牙を剥く。

セシリアは回避に専念する。

一方で防御して最小限のダメージに鈴とラウラは抑えていた。

 

相手の行動を制限すべく射撃をそれぞれ繰り出すも、エムにはあっさりと躱される。

 

「っ!」

 

セシリアは敵機のビットの配置と軌道を全て把握しつつ、自身のビットを動かす。

シールド・ビットも結局は銃口と盾部分が存在する。

要はそれぞれに適した角度を咄嗟に向けていなければ、機能しない。

戦闘を開始してそれなりといったところ、セシリアは敵機のビットの挙動は覚え始めていたり

 

高速で飛行しつつ咄嗟に導き出した複数の射線(ルート)

相手のビットと相手自身を誘導し、それを死角から別のビットで撃ち抜く──!

 

 

(姉妹機の(わたくし)が────)

 

機体の性能ならば、ほぼ同じ。

例え相手が格上だとしてもBT適性の最高値は自身である。

つまりはその分野のみならどうにか出来る筈、とセシリアは考えていた。

 

 

──それさえ甘い考えであったと、直後にセシリアは思い知る。

 

 

「な──────っ!?」

 

虚空で弧を描いて曲がる──青紫の閃光。

 

───ありえない(・・・・・)

完全に予想だにしないものに反応など出来るはずも無かった。

 

複数の閃光が同時に曲がり、セシリアを襲う。

咄嗟に動いていたのは左目の『ヴォーダン・オージェ』で真っ先に反応できていたラウラだ。

 

「セシリア───、く──っ!」

「ラウラさん!?」

 

蒼の機体を突き飛ばし、黒の機体が閃光に撃ち抜かれる。

完全に防ぎきれ無かったのか装甲が厚い『黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』もそれなりのダメージを受けていた。

 

 

「──その程度か、ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 

「貴様…なぜそれを知っている」

 

「言う必要はない」

 

瞬く間に六基のビットがセシリアのビットを全て撃墜する。

偏光制御射撃の歪な軌道を前には予測しきれなかったようだ。

 

(っ──不味いですわ──(わたくし)のせいで─────っ!?)

 

抑えるどころか完全に足を引っ張る形になったと顔を顰めるセシリア。

刹那彼女はエム自身の狙撃によって撃ち落とされた。

 

鈴もその間に動く────が、背後からの三本の閃光が彼女を撃ち抜く。

 

 

「っぐ!?──な、によ───」

 

損傷具合とエネルギーの損失を警告(アラート)として表示される中、『甲龍(シェンロン)』は高度を落としていく。

 

 

「──」

 

エムは完全に体勢を崩した鈴へと『星を砕く者(スターブレイカー)』──銃剣を構えた。

 

 

「────!」

 

 

 

不意に建物の隙間から狙撃が入る。

鈴を狙って引き金を引く瞬間、エムの銃口を横から叩くようにソレは撃たれていた。

逸れた攻撃は鈴の隣を通過していく。

 

何の変哲もないIS用スナイパーライフル。

誰が狙撃主かなど──このタイミングと狙いからして1人しか存在しない。

 

 

「戻って来たか」

 

エムの口もとが三日月に歪んだ。

全員の意識がそちらに傾く。

エムの視線の先には小柄な灰の機体───『時雨』を纏った流星の姿がそこにはあった。

 

「「───」」

 

交わされる冷徹な視線。

片方が仕掛ければ戦闘が激化するのは見て取れた。

──流星の方も『同調』は済んでいる。

互いの手の内も知っている以上──今度の戦闘は死力を尽くしたものになるのは間違いないと確信があった。

 

「…」

 

睨み合いの中、ラウラは密かに立て直している。

流星が加わった際の動きや戦い方を考え、機体の状況を再確認する。

ダメージを負ったとはいえ戦闘に支障はない。

彼女もレールカノンを構えたところで──────。

 

 

「──時間、か」

 

エムの呟き───一斉に6基のビットがあらぬ方向に向けて、閃光を放った。

それぞれが別方向で曲がり多角的に流星へ。

 

「────」

 

『同調』を行っている彼は、エムが仕掛けるタイミングで察知出来ている。

反転からの高速の旋回機動。

回避仕切れない角度を盾で防ぎ、爆発の衝撃も自身の推進力へ──黒い槍をエム目掛けて投擲していた。

回避と同時の攻撃にエムは愉しげに嗤う。

彼女は銃剣でそれを叩き落とし、シールド・ビットを総動員した。

 

 

「「!」」

 

閃光を放ちながら標敵へと向かっていくシールド・ビット。

流星とラウラに三基ずつ、それらは高速で向かっていく。

 

 

──自爆。

意図に気が付いた流星とラウラはそれぞれの対応をとる。

ラウラはAICの為に手を掲げ───流星は盾と拳銃(シリウス)を持つ。

二人は敢えて自身からビットに近付き───タイミングをズラして破壊した。

爆風はそれぞれの防御手段で対応し、事なきを得る。

 

黒煙が上がり、周囲を包みこむ。

 

 

 

煙が未だ晴れぬ中、流星はエムが飛び去っていった方角を見つつ眉を顰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと時系列が前後して読みづらかったかもしれませんので、補足を。

アリーナ地下での襲撃

流星離脱

流星側に鈴合流

一夏、オータムを単独撃破
ほぼ同時に
流星と鈴、リタを撃破

エム襲来&流星再度離脱

楯無により通信阻害解除
ほぼ同時に
流星駆けつける&潜伏している敵排除へ

来玖留撤退

『時雨』を受け取り、流星再度参戦

エム撤退


の流れですね。
大体の流れは分かるようにしているんですが、あんまり前後しても問題ないとこは明記していなかったので……。



亡国機業の被害状況。


・オータム
ISがコア以外全損(一夏によって解体された)

・リタ
ISが半壊。右腕もズタズタの重傷。

・来玖留
軽傷。だが学園内で利用していた主義者達が一掃される形になる。

・エム
ビットを爆発させ撤退。一応補充は効く模様。














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-67-

「───というのが、あの後の出来事よ」

 

半壊したアリーナの地下室で、楯無の声が静けさを破った。

一夏は神妙な面持ちでそれを聞く。

彼の頭は楯無による応急処置が行われた後である。

フラフラではあるものの、特に異常はなく消毒と包帯で今はやり過ごしている。

ISの生体再生もある為、今すぐ診てもらう──必要も無いようだ。

 

楯無が話していたのは、来玖留が去った後の事と他の場所で起きていた仔細であった。

建物的被害は多々あれど、結果として全員無事。

弾が関与していた事には一夏も驚いたが、怪我ひとつない+流星と合流していると聞き安堵する。

 

そして楯無の口から亡国機業(ファントム・タスク)について大まかな説明が入った。

内容としては流星にしたものと大差ない。

夏休みの間に流星が遭遇した事件も、彼女は隠さずに話した。

一夏は納得したように頷く。

『時雨』が使えなかった理由の全容をやっと知ることが出来たからだ。

 

と、ここまでの話を聞きつつ一夏はある疑問を抱く。

 

「楯無さんは一体何者なんですか?」

 

「私?私はただの頼りになる可愛いおねーさんよ?」

 

「そういうんじゃなくてです」

 

真剣な表情で問い掛ける一夏に、楯無は扇子で口もとを隠す。

彼の様子は襲撃前とは違い、実戦を知った戦士の面持ちになっている。

まだまだ未熟な部分は多いが、これならば以前ほど過保護になる必要は無いだろう。

 

 

「更識家はね、代々この手の裏工作が得意なの。簡潔に言うと──対暗部用暗部。想像はつくかしら?」

 

閉じていた扇子が開かれ、常在戦場の文字が現れる。

一夏はそれを呆れつつも、楯無の発言をゆっくりと咀嚼する。

非現実的な言葉──しかし、納得せざるを得ない説得力があった。

来玖留の言葉を思い返しつつ、一夏は口を開く。

 

「想像ぐらいなら、はい。楯無さんはその当主ってことですか?」

 

「ええ。私は十七代目『楯無』──つまりは更識家の現当主よ」

 

「…だからあんなに強かったんですね」

 

現役軍人のラウラを圧倒し、ISに於いては国家代表候補生達をもあっさり凌駕する。

頭の回転も早く、人付き合いも抜かりない。

文武両道、才色兼備──只者ではない理由が垣間見えた気がした。

 

「同室になったのも俺の警備の為ですね。…ちゃんと言ってくれれば良かったんじゃないですか」

 

「言って実感が湧かないでしょう?対暗部用暗部なんて信じる?鍛えるっていうのも事実だったんだし、丁度良かったの」

 

「それはそうですけど」

 

「ここまでの戦力投入は当分ないでしょうね。一先ずの危機は去ったと見ていいわ。一夏くん、大手柄よ」

 

ニッコリと満足気に笑みを浮かべる楯無。

一夏は思わず不意打ちの笑顔にドキリとしてしまう。

特殊な立場故か大人びてる少女の、歳相応の笑顔は心臓に悪い。

 

「俺は、大した事は…」

 

ともあれ、彼は知っている。

楯無が来玖留と戦う際──一夏側の戦闘に影響を及ぼさないように立ち回っていた事を。

衝撃の余波すら、最小限に押しトドメていた。

本来ならもっと混戦になるはずの状況を阻止していたのだ。

 

「そう暗い顔しないの。あなたは正面から格上の敵機を完全撃破した。初めての戦場で──明確にやる事を理解していた。これは誇る事よ」

 

「…」

 

「もう同室の必要も無いわ。おねーさんも少し肩の荷が下りた気分よ」

 

──と、つらつらと話しつつ楯無がどこからか取り出したのは王冠。

先の劇で一夏が身に付けていたものであった。

 

「──あ」

 

それを見て一夏は慌てて身構える。

服装は制服であるが、反射的に電撃を警戒してしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「一夏くん、今制服よ?───これで王冠を手に入れたのは私になった。いつでもそっちに遊びに行けるようになったわね」

 

「───?」

 

景品の件を知らない一夏は首を傾げる。

楯無はふふふと愉しげな声を漏らすと、一転──少し小声で呟く。

一夏には聞こえない声で──微笑ましげな顔であった。

 

 

「一夏くんと流星くん、二人が居れば──学園は大丈夫そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭襲撃から二時間後。

保健室で布仏虚は静かに目を覚ました。

 

「ここ、は───?っ!」

 

ゆっくりと目を覚ましたところで、痛みが意識を無理矢理覚醒させた。

頭に違和感──手を当てて包帯が巻かれていることを察する。

同時に怪我をした瞬間の記憶が蘇った。

確か階段で突き落とされて───そのまま────。

 

 

「お姉ちゃん──!」

 

「本音────?」

 

慌てて辺りを見回そうと虚が身体を起こした瞬間、彼女に飛びつく影があった。

彼女の胸に飛び込むように抱きつく本音。

目もとが赤くなっているのを隠すように彼女は顔を俯けていた。

 

驚きのあまりキョトンとした顔で固まった虚だが、様子から状況を理解する。

本音も怪我等は無さそうだ。

良かったと安堵している妹の頭に手をやりつつ、虚もホッと息を漏らした。

 

抱き着いて暫くして、本音もハッとなり飛び退く。

目を覚ました事に嬉しくなって抱き着いたはいいものの、相手は怪我人であることを思い出したのだ。

処置が済んだ後ではあるが、軽率な行動だったのだろうか。

 

「──!だ、大丈夫だよね!?頭が痛んだりする!?」

「ふふ、ちょっと痛いけどもう大丈夫。ごめんなさい、心配をかけたわね」

「〜〜」

 

 

 

そんな姉妹のやり取りを外で聞きながら、流星は1人溜息をついた。

そそくさと立ち去ろうとする弾に対して半ば呆れ気味に声を掛ける。

 

「いいのか?会っていかなくて」

 

突然声を掛けられて驚いたのか弾はビクリと肩を上下した。

現在保健室は関係者以外立ち入り禁止。

弾は虚の容態が気になっていた為、流星が連れて来てカーテンの外で待っていたのだった。

 

虚が目を覚まし、隣の席にいた本音の声が聞こえた辺りで弾は胸を撫で下ろしていた。

弾側からもことの顛末を聞いていた流星は、挨拶位はしていくものと考えていたが、本人にそのつもりは無かったらしい。

振り返る弾。

余談であるが、流星もまた身体の至るところにガーゼや包帯が処置されている状態である。

 

 

「こんな時に会ってどうするんだよ。俺らを助けたのは流星だし、本人が起きてない時の事を恩着せがましく言うのも、カッコ悪いだろ」

 

「お前が居なきゃ間に合わなかったのに何言ってるんだか。───弾は虚さんのこと、気になってるんじゃ無かったのか?」

 

半目で睨まれ、弾は口の端を引くつかせる。

ほんの少し頬を赤くしながら『まぁ──うん…』とそれを肯定した。

 

「でも今は姉妹水入らず…俺は邪魔でしかねーよ。──何よりストーカーとか思われる方が心にくる。蘭も心配だし、このまま戻るわ」

 

弾の話を聞き、流星は小首を傾げる。

一夏と同じくお人好しなのは分かるが、損をするタイプなのは間違いなく弾の方だろう。

後半は詭弁も入っている。

ちょっと後ろ髪引かれる自分を言い聞かせている部分もあるように流星は感じた。

───なんというか。

 

 

「面倒くさい奴なんだな、お前」

 

「───お前には言われたかねーよっ!?」

 

 

引き気味のオレンジ髪に、赤い髪はムキになって声をあげる。

"保健室では静かに"

近くで待機していた教師に彼らは怒られる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

───そうして、劇に襲撃にと忙しかった学園祭も終わりを告げた。

 

正確には二日目もあったのだが、それは学園の人間のみで行う小規模なもの。

大半の催しは午後三時過ぎに終わり、片付けに入る。

1年1組のご奉仕喫茶は相も変わらず大盛況────忙しさのあまり男子二人は休憩をゆっくり取れなかった。

一日目のあの後を治療で消費した罪滅しがないと言えば嘘になる。

双方きっちりと最新の医療設備で処置を受けた為だ。

 

男子二人は怪我を事情を知るもの達の協力───化粧で誤魔化し、無理のないレベルで仕事に取り組んだ。

激務ということもあり、流石にキツかったと一夏の言。

余談だが、終始不機嫌そうな顔をしたオレンジ髪の執事が居たとか居なかったとか。

 

そうして午後4時半。

織斑一夏争奪戦の結果───もとい最も投票された催し物の発表が体育館で行われた。

 

結果は言うまでもなく生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』である。

 

自分達こそ、と期待に胸を膨らませていた各種部活の女子達は一斉に声を上げた。

寄せられる抗議の声。

しかし『シンデレラ』参加の条件が生徒会への投票という、巧妙な手口だった事を改めて告げられ今度は自身達の軽率さを理解する。

 

同時に不満が顔を覗かせる。

理屈(ルール)上、生徒会は姑息であっても反則は使っていない。

 

少年は溜息をつく。

ぶっちゃけ反則な気もするが────差し置いても不正は働いていない。

頭で分かっていても感情的には納得いかないのが道理、それを読んでいたかのように水色の少女は次の政策を発表した。

 

織斑一夏は結果に則り、生徒会に所属。

代わりに各部活動への貸出及び派遣を行うというものだ。

 

勝ち目の無かった部活のメンバーからは歓声があがる。

多少自信があったところも一夏所属のややこしさを客観的に再確認し、仕方ないと納得した。

 

機会の均等化、アメと鞭、キッチリと配慮も出来ているのがタチが悪い。

最も一夏自身への配慮があるかは別である。それが一番火種を生まないのは分かっているが──一夏としては空いた口が塞がらない状態だ。

 

 

「……」

 

「元気出せよ。生徒会庶務」

 

流星は隣の一夏へと慰めの言葉をかける。

不満げにそちらに視線を向け、一夏は流星の様子に気が付く。

彼の方もまた物憂げであった。

 

「どうしてお前まで嫌そうな顔してるんだ、生徒会副会長(・・・)

 

一夏の返答には少しの棘が含まれていた。

どうしてそっちは景品にならないのか、恨めしげな一夏の視線を流星は軽く受け流す。

彼は一夏の生徒会所属に伴い、庶務から副会長へと役職が変わったのだった。

 

「…仕事が増えるのが確定してるからな。今の話聞いてただろ?一夏を各部活に派遣するのに色々申請させる気だ。そっちの仕事も増えるんだろうな」

 

「あー、そういや忙しそうにしてたなぁ」

 

「もう他人事じゃないだろ。───あと副会長になるって事は俺の仕事量も多分跳ね上がる」

 

「?人数が増えるから負担が減るんじゃ無いのか?」

 

一夏は首を傾げる。

事情を知らない彼からすれば無理もない。

 

「確かに人数が増えるのはありがたいさ。けど今まで後回しにされてた仕事もあるし、加えて生徒会の仕事も増える時期なんだよ」

 

「そうなのか。……なあ流星、もしかして俺がこのタイミングで生徒会に所属したのって────」

 

「はは、気付くのが早いな。流石一夏だ」

 

一夏の言葉が発されるより早く、流星は頷く。

反応の早さは肯定の度合いを表していた。

要は一夏の生徒会所属は、彼を労働力としても酷使する魂胆であった。

一夏はガックリと肩を落とす。

場は既に部活のアピール合戦の舞台となっていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

────集会も終わり少年ら二人は体育館の外に出る。

片付けの残りを手伝うべく1組に向かう中、不意に一夏は足を止めた。

 

 

「───なあ、流星は気にならないのか?」

 

流星も足を止めつつ振り返る。

一夏の声色からして真面目な話──先の襲撃に関してだと少年は察した。

少年は廊下の人通りを確認し、彼は渡り廊下の先を指さしスタスタと歩き出す。

意図を理解し、一夏もあとについていく。

行先は一般開放されて居なかった校舎。

故に片付けとも無縁である。

 

そこの廊下で彼は足を止め、再度振り返った。

 

 

「あの青髪の女のことか」

 

流星は視線を窓にやりながら敵の少女を思い出す。

一夏はこくりと頷き、考えを口にする。

 

「IS学園の制服を着てたし、楯無さんの知り合いぽかった──いや、あの瞬間の楯無さんも相当驚いてたから、ただの知り合いでも無いと思う」

 

「だろうな。というか、昨日何も聞かなかったのか?今同室だろ?」

 

「昨日は楯無さん帰ってくるのが遅かったんだ。だから聞くタイミングを逃した…」

 

「成程」

 

最も怪我や疲れも相まって待つ前に眠ってしまったというのもある。

──どの道流星は聞くつもりも無かった事。

彼は窓へと視線を移す。

 

「向こうから説明されなかった時点で、特別俺達が首を突っ込むことじゃない。不要な情報っていう判断だろうしな」

 

「……」

 

興味なさげに言い放つ流星に対し、一夏は顔を伏せる。

あくまで楯無の問題であるという流星のスタンスに少し納得がいかなかったからだ。

一夏も下手に踏み込んで楯無を傷付ける事は本意ではない。

しかし、流星のそれもまた違うと考える。

 

そこに関しては互いの感性が違い過ぎた。

反対の言葉を発しなかったのは一夏なりの配慮である。

流星もまたそこで会話を終わらせる事を良しとしない。

彼なりに一夏の話に付き合うつもりだ。

 

「分かってることから整理しよう。ネクタイの色は黄色──楯無と同じ学年だった筈だ。会話から察するに友人だろうな」

 

「それも仲が良かったって感じがした。あと、かなり強かったと思う」

 

「───」

 

「どうしたんだ?流星」

 

突然考え込む流星に一夏は問いかける。

彼は確認するようにあった出来事を呟いた。

 

「楯無とあの女に何があったかは兎も角。仲のいい同級生──だけなら楯無へあそこまで敵意を向ける理由が分からない」

 

「それだけの出来事がこの学園であったってことじゃないのか?」

 

「だとしてもだ。女性主義者(ミサンドリー)を唆して虚さんと本音を襲わせる───これは更識家の存在を知っていなければ説明が付かない」

 

流星が制圧した際に判明したことだが、きっちり標的に本音まで入っていた。

虚と楯無の仲が良く──それを知って──なら本音まで入るのはおかしい。

 

 

「……亡国機業(ファントム・タスク)で知ったって可能性は……低いよな?」

 

「俺もそう思う。虚さんと本音の存在は確かに学園内で機能する。けど亡国機業(ファントム・タスク)が把握する機会も必要も薄いポジションだ」

 

「つまり最初から知っていた(・・・・・・・・・)?」

 

一夏は顎に手を当てながら考えられうる答えを呟く。

楯無と同級生かつ更識家を知り、彼女への強い敵意を持っている者。

 

謎が深まるばかりであるが、情報が足りない。

これ以上は考えるだけ無駄と流星は判断した。

 

「行くぞ一夏」

 

背を向け歩き出す流星。

考え込んでいた一夏は慌てて後を追うようについていく。

 

「どこに行くんだ?楯無さんのところか?」

「いや、本人に聞いてもはぐらかされる可能性もあるからな。まず学園でのあの女を知ってそうな人に聞こう」

「誰だ?」

「お前も知ってる人だ」

 

気は進まないが──と呟く流星に一夏は困り顔。

咄嗟には思い浮かばなかったらしい。

流星は呆れた様にため息をついた。

 

「──我らが新聞部部長、黛先輩だよ」

 

 

日も暮れて暫く、夜が深まる頃───。

片付けも終わったのか、騒がしかった学園からも人が消えていた。

学園祭の空気もすっかりどこへやら、静けさが包む廊下を歩く人影があった。

水色の髪の少女──更識楯無は学長室の前で足を止める。

ノックをし、重厚なドアを開く。

前時代的なドアノブを回し──彼女は学長室の中に足を踏み入れた。

 

「失礼します」

 

彼女の視線の先には、白髪の初老の男性が座っている。

高そうな机に組んだ腕を置き、座る男性の名は轡木十蔵。

普段は校務員として働く男性だが、実質的な学園の運営を行っている人物だ。

妻に学園長を任せているのはIS学園という特殊な環境というのもあった。

 

「更識くん、ちょうどよかった。今回の件について話を聞きたいと思っていたところだったんです」

 

学長室という格式ばった場所に関わらず、十蔵の纏う穏やかな空気がそれを塗り潰す。

柔和な笑み───十蔵の人柄がそのまま現れているようだった。

 

十蔵の言葉を受け、楯無は彼の机の上に資料と情報端末を置く。

 

「先にこれを。今回の件について纏めたので詳細はこちらでお願いします」

 

「ほほう。相変わらず仕事が早いですな」

 

「ありがとうございます。こちらとしても、外向けの対応を早めにして下さって助かりました。下手を打てば各国に文句を付けられますから」

 

「いやいや、これくらいしか出来ないのが情けないものです。更識くんにはいつも迷惑をかけてしまう」

 

十蔵は資料を受け取りながら、そう告げた。

とはいえ、政治的にもややこしい立場にある学園をこの状態で保つ事の難しさは言うまでもない。

 

──楯無は口頭での報告に移る。

資料の情報、その要点を彼女は口にする。

今回の襲撃の件、一夏の成長具合、そして────。

 

「ふぅむ、今宮くん()を生徒会副会長にした、と」

 

「はい。彼自体は別に更識とも関係がある訳ではありませんが、こと実戦に於いては申し分ありません。頭も回りますし、更識関係者が連携を取れば情報も十分。彼等だけでも学園は心配ないと考えています」

 

楯無の発言に十蔵は少し眉を寄せる。

彼女の発言は卒業後を想定するに少し早い気もした。

 

「彼等だけで、ですか。まるで更識くんが居なくなるような言い方と感じますが────何か動くのですか?」

 

「────はい」

 

楯無は真っ直ぐと見つめてくる十蔵に視線を返した。

十蔵はその瞳を見て、彼女の考えを理解する。

 

 

「──井神くんですか」

 

こくりと楯無は無言で頷く。

 

「これは、学園での問題ではなく──楯無(わたし)の問題です。だから、私がどうにかします」

 

「………どう言っても、君は止まらないのでしょうな。くれぐれも言っておきますが、無理はしないで下さい。更識以前に君は──」

 

「はい。ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。───私は、更識楯無ですから」

 

「───…」

 

迷いもなく告げた楯無の言葉を十蔵は静かに聞いていた。

教育者として、大人として発言しても────更識楯無には今一歩響かないだろう。

 

彼女の抱える物、それは他の人間ならば容易く押し潰される程の重責だ。

対暗部組織の長───『楯無』の名───それを抱えてしまえる彼女。

努力も才能も──彼女の強さ(・・)の一部に過ぎないのだと、改めて実感する。

誰かに心配されても、一人で立ててしまう。

どんなに辛くとも乗り越えてしまう───。

 

それのなんともどかしいものか。

それのなんと───残酷な事か。

 

 

「──それでは、暫くだけ学園を空けさせて貰います」

 

 

一礼をして学長室を後にする楯無。

十蔵はそれを見送りながら、ただ物憂げな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

──────そうして、文化祭終了と同日。

更識楯無は────IS学園から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──エム、てめぇ剥離剤(リムーバー)の効果を知ってて渡しやがったな!」

 

オータムの怒号が、ホテルの最上階で響き渡った。

赤色のカーペットが目立つ、煌びやかな装飾の室内。

彼女の手は黒髪の少女の胸倉を掴む。

 

「──」

 

冷ややかな視線で黙り込むエム。

その口の端は微かに上がっている。

貶されているとオータムは理解し、そのまま彼女を壁に押し付けた。

 

エムは動じることなく、薄ら笑いを浮かべる。

 

「…ISが全損した割に元気だな」

「っ!なんだと……!」

 

ギリ、と歯軋りが聞こえてきそうだ。

険しい表情でオータムはエムを睨み付け、片手は懐のナイフへ伸びていた。

それすらエムは涼しい顔で見ていた。

 

「……効果がどうあれ、織斑一夏(やつ)が気付く前に殺してしまえば良かった筈だ」

 

「知ってれば動きも違ったさ。あんな欠陥品使わせやがって……!」

 

オータムの手もとから鈍い輝き──彼女はナイフを取り出していた。

現在ISを所持していないオータムだが、それはエムも同じ。

彼女も一時的にISを所持していない状態であった。

 

「やめなさい。オータム」

 

「っ、スコール!」

 

バスルームから出てきた金髪の女性がオータムを静止する。

オータムはエムから手を離し、ナイフを仕舞うとスコールの方へと向き直った。

 

「お前は知っていたのか?あれのデメリットを」

 

「ええ」

 

即答するスコールを前に、オータムは目を丸める。

彼女の纏っていた怒りは困惑へと姿を変えていた。

 

「どうして私に言わなかったんだ?私……お前の……!」

 

「分かってるわオータム。あなたは私の大切な恋人──だからこそ、あなたの回収の為だけにエムを送り込んだのだもの」

 

結果は違ったけどね、とスコールは付け足した。

 

「スコール……」

 

頬を赤く染めてホッと安堵の息を吐くオータム。

さながら少女のような姿にスコールは微笑む。

 

「支度してらっしゃい、オータム。髪を洗ってあげる」

 

「あ、ああ!」

 

先までの一発触発の空気から様変わりしていた。

オータムは早足で支度を済ませるべく、フロアの奥に向かう。

それを横目で見ながら、エムは下らないと溜息をついた。

 

 

一方でスコールは腕を組んでドアの方を見る。

 

「──覗き見はあまり趣味が良いとは言えないわよ、来玖留」

 

「バレてた?流石実働部隊のリーダーってとこかな?」

 

ひょっこりと青い髪が顔を覗かせる。

愉しげに笑いながら、来玖留は部屋に入ってきた。

相も変わらずIS学園の制服を身に纏っており、高層ビルの派手な装飾の中では浮いて見える。

 

「なにか用かしら?」

 

ごく自然に尋ねるスコールだが、彼女の視線は先よりも鋭い。

エムを宥める時やリタを制御する時とも違う。

──スコールにとって幹部会から派遣された(・・・・・・・・・・)来玖留は、油断ならない存在であった。

対暗部用暗部を抜け、幹部会にどう取り入ったかは分からないが現在軍用機も手に入れ自身らと行動を共にしている。

目的はハッキリしている点は楽であるが───。

 

 

「用も何も。挨拶しに来ただけだよスコール。──そろそろ(ウチ)、別行動取るから」

 

「そう。いよいよなのね」

 

来玖留の言葉を受け、スコールは軽くそう返した。

互いへの警戒こそあれど、両者の間に真っ当な関心などあるはずもない。

 

一応スコールからすれば、これからの来玖留の行動は成功すれば利になる。

ただ、あくまで来玖留の動機は私怨───リスクリターンを度外視した彼女に合わせる気にはなれなかった。

 

 

「念の為言っとくけど、邪魔はしないでよね」

 

「まさか。わざわざ面倒なだけの場に関与する気はないわ」

 

「ならいいや。じゃあね♪スコール、あとマドカちゃん。──別にその顔見たいワケじゃないけど───また今度ね」

 

「…」

 

わざとらしく舌を出し、ウインク。

そのまま来玖留は笑顔で部屋を後にした。

かなり機嫌が良い状態──スコールは冷静にその様子を見つつ、無言で彼女を送り出す。

 

 

「興味無いって顔ね、エム」

 

「──」

 

パタンとドアが閉まるのを見ると、スコールは壁に背を預けているエムに話し掛けた。

エムは特に反応を示さず、スコールに背を向けてその場を去る。

──下らない。エムが胸中で呟いた言葉が聞こえてくるようだった。

 

 

入れ替わるような慌ただしい足音。

それを聞いてスコールの表情が明確に柔らかいものへと変化する。

リタの負傷、『王蜘蛛(アラクネ)』の全損、問題は山積みであるが────今は。

 

「ま、待たせたなスコール」

 

「──そうでもないわ、オータム」

 

先までの剣呑とした空気もなくなり、恋人をスコールは笑顔で出迎えた。

 

───結末だけ見届けさせて貰うわよ、来玖留。

 

 

 

 

 




片付いたようで片付いてない学園祭ですが、これでひとまず終了です。原作でもどちらかと言えばこれが始まりみたいな終わり方してるから仕方がないよね!……よね?

いや、長かった。見れば3ヶ月はやってますね……長すぎた。
読んで下さる方々には、お付き合い頂き感謝しかありません。

次の行事までの間にオリジナル章を少々挟みます。
展開はサクサク進むようにしたいと考えてますが、ががが。

……話の流れ自体はもう決まってるんでそこは御安心を。


















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『楯無』
-68-


 

 

────雨が降っていた。

 

「───」

 

窓越しに聞こえる雨の音。

予報では降らないと言っていた筈なのに、窓を絶え間なく雫が流れ落ちていく。

雨水でぼやける外の風景──今日は、よく冷える。

静かな空間は外の騒々しさを強調していた。

土砂降りというには遥かに大人しい──だが普通かと言われれば激しいと感じる。

 

(雨、か───)

 

窓にそっと近付いて、外の景色へ目をやる。

鉛色の空は何処までも続いており、太陽は隠れきっている。

雲は分厚い。

昼間であるにも関わらず、どんよりと暗かった。

 

眼下に見える道路は傘で埋め尽くされている。

──誰も空の色など気に留めず雑踏に紛れていく。

 

伝う雫。

窓の内側から指でなぞった。

 

そう言えば、と窓を眺めていた少女は呟く。

あの日も────こんな雨が降っていたのだった─────。

 

 

(──、……)

 

 

脳裏を過ぎる血の匂い。

倒れる男性。その首もとに刺さった短刀───。

 

 

畳の上で悶える命。

助かるはずがない、男性の獲物であった短刀は深々とその身体に刺さっている。

赤で着物が滲む。畳に染み込む。

動揺に反して思考は落ち着いていた。

駆け寄ることもせず、襖の向こうで(・・・・・・)事切れるその結末を見届けている。

声も聞こえない。他人事のよう──雨音と心臓だけがヤケにうるさい。

 

友達が楯無になってすぐの事だった。

初めて人を■した。

それも(ウチ)の父親を───。

 

『ごめん、なさい────』

 

涙も出ない。

自然と出た彼女の言葉は多分見ていた(ウチ)へのものだ。

冷たくなったモノは答えない、当たり前の事だ。

 

力が及ばなくてごめんなさい。

もっと早くどうにか出来なくてごめんなさい。

悪質なそれを彼女(・・)はその場で数度繰り返す。

 

───仕方が無かった(・・・・・・・)、と誰かが言った。

彼女は正しい事をした、と同じ組織でも呟く人が多かった。

 

正直な話、(ウチ)も仕方がないって思ってた。

……あの日までは、それで何とも思わなかったし。

 

 

 

───別の雨の日、学園の廊下で(ウチ)は立ち尽くす。

 

 

『──楯無ちゃん、やっぱ無理みたい。(ウチ)さ、あんたを─────』

 

どんな顔をしていいか分からなくて、グチャグチャの思考の中で顔を抑える。でも気持ちは澄み渡るほど晴れやかだった。

その指の隙間から見えた更識楯無(あいつ)の顔は、(ウチ)を見て愉快な程に困惑していたから───。

 

『───赦さないって決めたの』

 

 

 

 

口角が自然と吊り上がるのを自覚する。

窓から離れ、目的地へ足を向け直した。

 

ピチャリ、と床の水溜まりを踏み付ける。

赤色の水溜まり。

転がってるのはこの地域に潜んでいた『更識』の人間の成れの果て。

 

「────」

 

息を吸い込んで吐き出す。

うるさいのを黙らせるのは好きだけど、臭いは嫌い。

 

これからやる事を思い返しながら、(ウチ)は水溜まりから端末を拾い上げた─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと窓の外に目をやると、ポツリと水滴が付いた。

雨の日独特のにおい。

気付いた直後にはザァーっと雨が勢いよく降り出していた。

見下ろした中庭───レンガが水を吸う。

地面に描かれたまだら模様もすぐに消える。

 

言うまでもなく夕立ちであった。

ここ最近降っていなかった為、やけに久しぶりに感じる。

 

抱えた大量の書類に目線を落とす。

生徒会室から職員室へは、中庭を突っ切るのが一番早かったのだが───。

 

(これは、中庭を突っ切るのは無理だな)

 

溜息をつく。

校舎の中を迂回すべく、足先を階段から廊下へと向け直した。

 

 

 

──学園祭から4日が経過した。

襲撃の爪痕は残っているものの、何かと理由を付けてこっそりと修復作業が行われている。

既にIS学園は学園祭の余韻などなく、通常運転。

騒がしく油断ならないいつもの日々が続いていた。

 

ただし、そこに───彼女(更識楯無)はいない。

専用機の調整の為に学園を空けているという事だった。

 

 

(────)

 

進行形で襲撃している敵もいなければ、危機的未来がすぐそこにある訳でもない。

惜しんだ平穏の一幕が戻って来ている。

だと言うのに、俺はヤケに落ち着かなかった。

何かがつっかえている。

違和感は依然としてそこにあり、正体も掴めずにいる。

 

 

───黛先輩の話は、一夏と俺の推論を裏付けるものであった。

 

青い髪の女──井神来玖留は、楯無や黛先輩の元同級生だ。

三人とも仲が良く、行動を共にすることが多かったらしい。

周囲からの評価は楯無に負けず劣らずの才能人にして、取っ付きやすい性格。

それが一年程前、突如として学園を後にする。

以降楯無は彼女の名前を口にしなくなった────とのこと。

何より重要な情報がひとつ──井神来玖留も特殊な家柄だった──。

 

無言で足を進めながら、思考を進める。

 

楯無と来玖留。

二人の根幹に───『更識』()側の事情がある。

 

 

楯無が調整から帰って来たら聞こう──。

一夏は彼女の意思を尊重すべくそう言った。

 

 

………。

──違和感が強烈に訴えている。

それでは手遅れである、と。

 

「───」

 

実にらしくない。彼女の心配は無用だと一夏に言ったのは誰か。

学園に来てずっと──オマエ(オレ)は何を見てきたというのか。

そもそもあいつは専用機の調整で学園を出ている。

全て杞憂でしかない。

こんな考えがバレたなら、満面の笑みでからかわれるのは間違いない。

 

 

───それでも。

喉に魚の小骨がつっかえたようだった。

 

 

(─────)

 

 

 

気付けば職員室も目と鼻の先。

思考をやめ、書類の事へ意識を切り替える。

 

職員室に入り書類の山を各担当の教師に渡した。

学園祭関連もあり、提出するだけでもひと仕事だ。

 

書類の山もかなり掃けた。

俺は残った書類を持って学園1スーツの似合う女性と名高い人物のもとへ。

 

「今宮か───。書類は適当に置いておいてくれ」

 

織斑先生はオフィスチェアに座ったままこちらへ振り返る。

ちらりと先生が見た先は、書類で溢れかえっている。

織斑先生の事だ。普通に仕事量が凄いのだろう。

 

見えた書類の中には、顔写真つきの書類も見られた。

見覚えがあるようなないような顔写真。この前捕らえた女生徒に似ている。

名前は知らない上、顔もうろ覚えだ。正直合っているかの自信はない。

 

「これ、見られてもいいやつなんですか?」

「ああ。そこに書かれていることは大したことでは無いからな。重要度は一般書類程度だ」

「へぇ」

「その生徒達がどうなったか位は話してやれるが、どうする?」

「必要なら聞きますよ」

 

他人事のように返す俺に織斑先生は呆れたような表情をした。

 

「手足をきっちり壊してその反応か…」

「その方が楽でしたから」

 

怒っていたと答えた方が自然だったのだろうか。

しかし、それは無い。

彼女らの思想も行動も俺は特に気にならない。

本音や虚さんが無事だったのだからそれでいい。

今後もし敵対行動を取ってくるなら、そのように(・・・・・)扱うだけである。

 

「…茜さんには聞かせられないな」

 

ボソリと織斑先生が何かを呟く。

はっきりと聞き取れなかった。 誰に対しての話か。

 

「それはそうと、体はもう良いのか?」

「はい。もうIS使用許可も下りましたからね」

「確かに怪我は大丈夫そうだが、疲れているのか?」

 

溜息をつく織斑先生。

ああ、なんだ。怪我の事じゃなく体調も心配してくれていたのか。

学園祭の片付けから生徒会業務、整備───走り回ってた記憶しかない。

 

「そりゃあまあ、忙しいですから」

「そうか。副会長になって大変かも知れないがあまり無理はするなよ?可能なら早めに言え───こちらでも調整しよう」

 

調整という言葉を聞いて、何故か山田先生が脳裏に浮かんだ。

基本的にIS学園教師は激務。

くたびれた様子の先生方を見るとちょっと申し訳なくなる。

 

「ありがとうございます。その時はお言葉に甘えるようにします」

 

ぺこりと頭を下げ、職員室を後にする。

扉を閉め、ひと息ついた。

腕を上に、身体を大きく伸ばす。

 

 

「───?」

 

視界の端に人影が映った。

慌てて廊下の角に隠れたようだが、正直バレバレだ。

体格は小柄。髪は黒…だろうか。

ネクタイは黄色だったような。

 

「……」

 

害がありそうな感じでもない。

気にせず背を向け、生徒会室に戻る事にする。

来た道を戻るように歩いた。

 

 

「……」

「───」

 

生徒会室までもう少しというところまできた。

先程の人影はコソコソと今もまだ俺をつけている──俺に用があるのか?

 

このまま生徒会室に入ってもいいが、誰か位は確認しておくか。

突然足を止め振り返る。

尾行していたやつはビクリと反応して物陰に隠れた。

 

「何か用ですか?」

「───」

「さっきからバレバレですけど、まだやるんですか」

 

呆れ返りつつ声をかける。

すると、隠れても無駄と判断したのか物陰からひょっこりと少女が姿を現した。

 

「…流石生徒会副会長。よく見破ったっス」

 

太く長い三つ編みを首に巻いた、猫背の少女。

気だるそうな表情に所々髪が整っていない点が印象的だ。

見た感じ外国の人か。ここだと珍しくないけど国までは分からない。

 

──ひとまず。

 

「尾行下手過ぎませんか」

 

「…っぐ!?先輩にもその直球のダメ出し…やっぱ『一年生で近寄りにくい人』ランキングトップは格が違ったっスね」

 

「…はい?」

 

三つ編み先輩は不満げに呟く。

待て、なんだその不名誉なランキングは。

 

「ちなみに元一位はドイツの代表候補生だったっス。でもギャップとかもあって今は違うみたいっスよ?」

 

淡々と言う先輩。

その点には納得出来てしまうのが困る。

ラウラは最初と今とで別人のようだからな。

 

「そのランキングは置いておいて──で、先輩はそもそもどちら様ですか?」

 

「よーく聞くっス今宮。私はギリシャ国家代表候補生のフォルテ・サファイアっス」

 

「──」

 

フォルテ・サファイア。

その名前ならこの学園でチラホラ耳にしたことがある。

三年の先輩とのコンビネーションが凄いとかで有名だったか。

専用機は確か──『冷血(コールド・ブラッド)』。

 

「暫くの間私がISを教える事になったから、早速様子を見に来たんスよ」

 

「ありがたい話ですけど急ですね」

 

「それは更識に頼まれたからっスよ。ってアレ?聞いてなかったんスか?」

 

楯無(あいつ)、人になんにも言わずに決定してたのか。

今に始まったことでは無いが、一言くらい欲しいものだ。

…しかし、何故このタイミングなのだろうか。

国を発つ前に頼んだ?やっぱり変な感じだ。

 

「初耳ですよ。────それで、先輩がISを見てくれるんですか?模擬戦の練習相手とか?」

 

「それもあるんスけど、メニューというか方針自体は更識からもう聞いてるっス。ズバリ今宮強化プラン──って言ってたっスね」

 

「──」

 

最近活発化してきた亡国機業(ファントム・タスク)に備えてと考えるのが道理か。

強化プラン──俺自身強くなれるなら悪くない話だ。

 

「具体的にはどうするんですか?」

「そう急かさないっス。そこは先輩の私がしっかり教えてあげるんスから」

 

気だるそうながらも得意げなフォルテ先輩。

…もしかして先輩面出来るのが嬉しいんだろうか。

 

「……更識は私にしか頼めないって言ってたっスからね。しっかりと敬うっス」

 

「…」

 

…これは、アレだ。

フォルテ先輩の腕を疑ってるとかではないが、体良く丸め込まれただけの可能性も出てきた。

 

ただ強化プラン云々は真実だろう。

ISの経験値は確実に俺よりフォルテ先輩の方が上、+になるのは間違いない。

 

「じゃあ来るっス」

 

意気揚々とアリーナに向けて歩き出す先輩。

もしかして───今からなのか?

チラリと生徒会室の方を見つつ、残った資料の山を思い出す。

 

「…」

 

大きくため息をつき、俺は先輩の後に続くのだった。

 

 

 

 

 

場所は変わり───第3アリーナ。

悪天候ということもあり、ひと気は少なかった。

天井がついたアリーナへと多くが身を移した為だ。

 

───空中で剣戟が鳴り響いた。

雨の中で散る火花。

僅かな交差、すれ違う紅と白。

 

「────」

「──っ」

 

互いに無傷。

しかし浮かべている表情は大きく違った。

 

直前の一太刀をもって研ぎ澄まされていく感覚。

一夏は増していく集中力に身を任せつつ、ゆっくりと息を吐く。

反転、姿勢制御からの切り返し。

意識は眼前に向けながらもISを華麗に制御する様は、ピットで見守る代表候補生達からしても見事なもの。

 

「っ」

 

対して箒は機動力で振り切ろうと後退する。

接近戦に自身のある彼女だが、咄嗟にそうするしか出来なかった。

空を切る雪片弐型。

彼女の剣技は言うまでもなく一級。

だというのに一夏と打ち合った直後から、背筋に何かが張り付いている。

 

(一夏の剣自体に変化はない───。なのになんだ、この感覚は────!)

 

箒は雨月(あまづき)空裂(からわれ)を振るい、エネルギー刃を飛ばす。

双刃は距離を詰めようとしていた一夏へと直撃する。

エネルギー刃は派手に爆発し、瞬く間に白の機体を包み込んだ。

畳み掛けるべく、箒は上空から回り込もうと動き出した。

 

 

「何──!?」

 

爆風が晴れるよりも速くに現れる影。

箒は彼の狙いにここで気付いた。

一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使う瞬間、わざと(・・・)雪羅で受けていたのだ。

更には急停止と急発進を間に挟んでいる。

直撃のタイミングを本能的に調整していた事も箒の反応が遅れた原因だ。

 

詰まる距離。

二刀を構えるが、既に遅い。

一夏はもう雪片を振るっている。

────零落白夜が発動した。

 

 

 

 

「何よアレ」

「別人、みたい…」

 

皆で模擬戦の様子を観ている中、鈴と簪は思わず言葉を漏らした。

ピット内の大きなモニターから皆目が離せずにいる。

 

模擬戦の結果は一夏の勝ち。

 

体力向上も兼ねた連戦。

エネルギーのみ補給していたとはいえ、彼が箒をこうもストレートに倒しきるのは初めてである。

 

「僕との模擬戦でもこの動きだったら…もしかしたら…」

 

シャルロットは真剣な面持ちで呟く。

勝敗で言えばシャルロットは先程一夏を下している。

しかしシャルロット戦と打って変わり、今の一夏の動きには凄まじいキレが見られた。

 

「なるほど。この集中力を一夏がいつでも引き出す事が今後の課題、か。生徒会長(あの女)の言う通りなのが少し癪だがな」

 

「そのようですわね…」

 

ラウラの言葉にセシリアは同意する。

そこには微かな翳りがあった。

それも一瞬。皆の視線の方向もあって、気付くことは無い。

 

「一夏凄いなぁ。僕達も負けてられないね」

「あったりまえよ。襲撃者だかファントムなんちゃらだか知らないけど、今度はぶっ倒してやるんだから!」

 

バシンと鈴は掌を拳で叩きつつ宣言する。

学園祭の邪魔をされた鬱憤も溜まっているらしい。

 

「しかし相手の実力も相当なものだ。少なくとも1対1は殆どの確率で負けると見た方が賢明か…」

 

ラウラは眉を顰めつつ呟く。

脳裏に浮かべるのは『サイレント・ゼフィルス』と戦闘記録(ログ)にあった消えるIS───そして『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』。

王蜘蛛(アラクネ)』も脅威だが、機体は全損──当分は動けないだろう。

 

「どうしたの?随分弱気よね、ラウラ」

 

「冷静に戦力分析してるだけだ。消えるISとも戦った鈴なら分かるだろう」

 

「まあ、確かに楽観視は出来ないわよね…」

 

ラウラの静かな言葉に鈴はため息をつく。

流星と二人がかりで撃破した消えるIS───それも相性差が機能した事が大きい。

 

「『サイレント・ゼフィルス』に関しては、流星が夏休みの時に襲撃されたみたい…」

 

「流星さんが!?」

 

「……やはりか」

 

簪の発言に目を丸めるセシリアと納得するラウラ。

シャルロットと鈴はその情報に大きな反応は示さず、簪の言葉に耳を傾けていた。

 

「『サイレント・ゼフィルス』がこうして学園に現れたから、話せるようになった───ってお姉ちゃんが学園祭の時に教えてくれたの…。その時本音も居たみたい」

 

「……簪のお姉さんは、そう言えば今ロシアに行ってるんだっけ?」

 

「そう、らしい…。専用機の調整──らしいけど…」

 

「けど?」

 

「──ううん、なんでもない」

 

首を横に振る簪に鈴は首を傾げる。

それより、と簪はすぐに話題を変えた。

 

「──織斑くんは殆ど一人で『王蜘蛛(アラクネ)』を撃破した。不意打ちでもなんでもなく、正面からの勝利…。そして流星も『サイレント・ゼフィルス』相手にほぼ互角の戦いをしてた…」

 

「我々も負けてはいられない、か」

 

簪はこくりと頷く。

ギュッと握りしめた拳は感情を押し殺すかのよう。

 

全員が個々の実力を伸ばす方法を考え出した辺りで、部屋の扉が開いた。

戻ってきた一夏と箒に皆の視線が向かう。

ISスーツの彼らは首にタオルをかけている。

雨もあってびしょ濡れらしい、髪の水を拭き取りながら口を開いた。

 

「なあどうだった?」

 

「良かったよ。僕との時より集中の仕方が自然だった。スラスターの出力も安定してるし───最後の攻撃なんて、皆されたらびっくりするんじゃないかな?」

 

「サンキューシャル。悪い点はどんな感じかな?」

 

「そうだね。基本的な空中の動きにもっと上下の自由度を織り交ぜた方が良いかも。雪羅を使う時だけスラスターの制御が少し疎かなのも駄目かな?稼働状態と記録(ログ)は撮ってるから、後からも確認しておいて」

 

シャルロットから記録媒体を受け取り、一夏はそれを白式へと読み込ませる。

箒の方は同様にラウラに助言を受けていた。

IS搭乗時間が誰よりも短い分、指摘される点は多い。

 

二人のやり取りを尻目に、一夏はセシリアの隣へと移動する。

 

「そういやセシリアは何かあったのか?」

「へ?」

 

思わずセシリアは素っ頓狂な声をだした。

いや、あまりに自然に聞かれてこうならない人物は居ないだろう。

 

「元気がないように見えたからさ。何か悩みがあるのか?俺でいいなら何時でも聞くから、言ってくれよな」

「え、ええ!大丈夫ですわ!──これは、(わたくし)が未熟というだけですので…」

 

本当か?と心配してセシリアをじっと見る一夏。

突然の彼の察しの良さに彼女の心臓はバクバクと騒がしい。

しっかりと自身を見てくれていた───そんな事に喜びを隠せない。

────だからこそ、このままではいけない。

心配をかけるだけではいけない。

自身も彼のように、己の殻を破らなければならない。

 

笑顔を崩さずに礼を告げるセシリア。

一夏はそれ以上追及せず、持っていたドリンクに口をつけた。

 

そう言えば──とだけ思い出したように呟く。

 

 

「楯無さん、いつ帰ってくるんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-69-

出会いは、特に派手なものでも無かった。

 

私が本当に『楯無』を継ぐ前のこと。

対暗部用暗部の長──その後継として父親に連れられて私はある家を訪ねた。

 

『井神家』──日本の対暗部用暗部の1つ。

対暗部なんて性質的に数える程しかなく、それも殆ど『更識』の一部だったりする。

そんな中『井神』の規模は『更識』に劣るものの、対暗部用暗部としての格はかなりのものだった。

 

 

──今でも覚えている。

本家と同じくらい大きなお屋敷に、少々派手な日本庭園。

年季の入った屋敷なのは言うまでもない。

庭に見える池には大きな錦鯉。

そこには在るべき素朴さも趣も感じられなかった。

やけに整えられていた。

旧さを活かし古さを破棄した空間。

 

節々から財を感じる。

自分の家も規模としては大差ない屋敷であるにも関わらず、あまり良いとは感じなかった。

 

それは家の中も同じ。

折角の味わいを装飾過多が押しつぶす。

現当主の趣味だろうか。

 

親同士の話が盛り上がっていた為、特にやることも無い私は縁側へ腰を下ろす。

ぼんやりと鯉の動きを目で追っている時だった。

パタリと歩く音。

傍で立ち止まった誰かは驚いた様子だった。

 

『────あれ?まさか、あなたが十七代目の…』

『ええ、そうよ。あなたは──?』

 

真っ先に目に入ったのは長く青い髪。

外側にはねている自分とは違い、見事なまでのストレートだった。

緑の着物に身を包み、落ち着いた印象。

彼女はゆっくりと私の横に腰を下ろした。

 

(ウチ)は十一代目井神家当主、井神来玖留。よろしく楯無ちゃん』

 

 

来玖留はそうはにかんだのだった。

 

話が驚くほど合った。

境遇を考えれば当然、彼女も次期当主の人間だ。

多少の差異はあれどあらゆる知識や武術、交渉術、人心掌握の術などを教え込まれている。

 

天才と期待された点も同じ。

その時点で私と彼女にさしたる違いは無かった。

 

雑談に花が咲く。

学校の同級生や、高校はIS学園に入る事───様々だった。

 

(ウチ)はさ。正直使命とか責任とかよく分かんないけど────』

 

話の途中に、来玖留は遠くを眺めて両手を床につける。

空を見上げるような姿勢で思いを告げるのだった。

 

 

『──(ウチ)自身が善いと思った道を歩いて行きたい』

 

 

──雲ひとつ無い空の下。

井神家次期当主の器である彼女の純粋さは──この上なく輝いて見えた───。

 

 

 

 

 

「──、」

 

微睡みから、意識が浮上した。

静かに身体を起こし、視線を周囲へ。

寝ていた場所はホテルの一室───周囲に異常は見られない。

 

 

夢を見た感覚がはっきりと残っている。

中学一年生終わり、私がまだ当主を継いでいない時の思い出。

 

別段、その後IS学園に進学するまで彼女と大した付き合いはない。

その時には私が楯無を継いだ──彼女の父親を■■した後にあたる。

 

 

──事の発端は私が楯無を正式に継いですぐの事。

 

十代目井神家当主『井神忠人(いかみ ただひと)』が裏で犯罪組織や反政府組織と繋がっていた事が発覚した。

それも捜査の為でも何でもない。互いに援助し合う完全なクロ。

 

『更識』は捜査に乗り出し、証拠を特定。

関わりのあった組織の人間を拘束し、首謀者の井神忠人を捕らえんと屋敷に乗り込んだ。

あくまで騒ぎを大きくしない為、私は直に井神忠人と会おうとした。

それが甘かった。

 

───井神忠人は完全に悪人だった。

動機は家を大きくする為。金の為、いずれ裏から国を牛耳る為。

話し合いになどなる訳がなく、実力行使で私を排除しにきた。

更識に思うところもあったらしい。

 

結末は前述の通り、私は生け捕りに失敗した。

最後の最後───短刀による強襲。

普段の私ならきっと上手く凌げたのに、それが出来なかった。

 

 

「…」

 

外はまだ暗い。

日が昇りきっていないからか、曇っているのか。

気分は良くないけど落ち着いてはいた。

服を着替えつつ、本家から来た報告に目を通す。

 

 

そうして私は───人を殺めた。

未熟だったせいで…友達の肉親を手にかけた。

当然、覚悟はしていたわ。

 

 

けど、今でもあの時の来玖留の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

憎悪と悲しみに満ちたあの表情が。

 

──私は悪くないと、言ってくれた人達は居た。

悪いのは井神忠人や状況で──私が気に病む必要など無いと。

仕方が無かった(・・・・・・・)のだと皆が口を揃えた。

来玖留でさえも───学園から去る前まではそう言っていた。

 

きっと割り切る事が1番早いのだろう。

けど、それでも事実は──過去は消えない。

 

「──」

 

責任を取ろうと考えた。

償おうとも考えた。

だけど──なんて考えが脳裏を過ぎる。

 

私がそうして当主を降りたら────次の当主(楯無)はどうなるの?

そうよ、楯無(わたし)

貴女が考えるまでもない。その選択肢は私にはない。

 

私が■■に戻るなら、次に楯無(当主)になるのは簪ちゃんだ。

 

こんな重荷を……あの子に背負わせるなんて絶対駄目。

どうせ私の手はもう汚れている。

 

───なら、例え嫌われても、疎まれても。

私は何時だってどんな時だって──更識楯無であり続ける。

強く、聡く、自由。

表も裏もこなして、誰よりも優れた───誰よりもいい姉になる。

そうやって走り続けて来た。

 

だから、この件は私の手でケリをつけなきゃいけない。

他の誰にも背負わせちゃいけない。

 

来玖留はもう真っ当ではない。

学園祭の襲撃時、更識の本家を私兵を使って攻撃する程にイカレてしまっている。

今回は無事だった薫子ちゃんもいつ狙われるか分からない。

 

私の事情で──学園を危険に晒す事は避けるべきだ。

 

 

 

 

考えている内に支度は終わった。

部屋を出る前に虚からの報告に目を通す。

IS学園側には特に問題は起きていない。

壊れた施設の修復も上手くいっているみたい。

生徒会の仕事も忙しくはあるが順調。

頼んでいたフォルテちゃんも早速流星くんに接触したとのこと。

 

 

 

(───流星くんが知ったら、なんて言うかしらね)

 

脳裏に気難しい元ルームメイトが浮かぶ。

一夏くんなら私は悪くないときっと言ってくれるだろう。

けど、彼は…どうなのだろうか。

 

同じように割り切る事を善しとしなかった(・・・・・・・・)人間ならば、どう答えるのだろう。

 

「────」

 

ああ、随分と甘えた思考だ。

私はこの後に及んで誰かに頼ろうとしているのだろうか。

そんなことは許されない。

ましてや、一般人を巻き込むなんて。

 

 

真っ向から考えを切り捨て、私はドアノブに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2アリーナ。

雨が降りしきる中、『時雨』に身を包んだ流星は降り立つや否やフォルテに睨まれる事になった。

 

「遅いっスよ、今宮」

「仕方ないでしょう。更衣室遠いんですから」

「だからって雨の中でレディを待たせるなっス。男の甲斐性?ってやつ見せるっス」

 

流星をビシリと指差しながらフォルテは小言のように呟く。

対して少年はため息だけを静かについた。

 

「そもそも、俺がくるまでピットに居れば良かったんじゃないですか」

「そっちの都合に合わせるの面倒くさいっス」

「…」

 

おい、と喉まで出かかったツッコミを少年は全力で呑み込んだ。

フォルテはそんな流星など露知らず、両手を叩く。

 

「さて、早速始めるっスよ今宮」

「お願いします」

 

フォルテのレクチャーが開始される。

とりあえず、ひと通りの基礎技術のおさらいからである。

フォルテが指示を出し、その通りの行動をとる。

流星自身の基礎技術力を測る為──それは行われた。

欠点があればそこをつつくつもりでさせたフォルテであったが、予想は覆る。

 

当然、入学からこの方楯無に仕込まれてきた流星である。

更には『同調』の副次的作用によるISへの急激な慣れ、襲撃等の実戦を重ねた今、粗など特に見当たる筈もない。

 

(これは──)

 

感心しながら、フォルテは動きを観察していた。

更識楯無が彼を副会長に任命するだけはある。

現時点で代表候補生クラスに匹敵する精度だと彼女は考える。

 

「…これなら問題無さそうっスね。降りて来ていいっスよ」

「ありがとうございます。どうでしたか?」

「粗は見当たらなかったっス。突き詰める分にはまだまだ出来ることはありそうっスけど、今回の本題はそこじゃないから省くっス」

 

本題?と首を傾げる流星。

フォルテは構わず話を変えた。

 

「今宮は第三世代兵器についてどこまで知ってるっスか?」

「各機体についてはともかく、ざっくり言ってしまえば特殊兵装の搭載された機体ですよね?ISの性質──イメージ・インターフェースを武装に活用しようっていう」

「そうっスね。だからその性質上、普通の兵器ではとても扱えないようなデタラメな攻撃が出来るっス」

 

こんな風に、掌の上にで拳大程の氷塊が出来上がった。

特定の座標、特定のタイミング、精度。

ISというデタラメだからこそ成立する特殊兵装をフォルテは分かりやすく見せたのだった。

楯無のISにより、特異な現象は見慣れている流星だが改めてされる説明に静かに耳を傾けている。

 

流星の持つ特殊兵装『シリウス』は、つまるところ第三世代兵器ではない。

デタラメさはあれど要は普通に引き金を引いてエネルギー弾を撃つだけの武装。『時雨』でなくては使えない──訳でもなかった。

──要は高度な後付装備(イコライザ)のようなものである。

 

 

「──これは更識からの受け売りなんスけど、第三世代ISと第二世代ISが向き合った時、基本的に第二世代だと絶対に負ける部分があるんス」

 

「絶対に負ける部分──」

 

流星は手を顎に当てて考え込む。

単純な武装の規模や破壊力は、各ISによって変わる。

特異性という点は確実に勝るだろうが、そんなもの負けると表現するはずも無い。

対策のされにくさ?そんなものも一括りに出来ない。

 

となれば───。

 

 

「──攻撃までの時間ですね」

 

「うげ、なんで気付くんスか。これ理論値前提な上、第三世代IS使ってる私も勘づく程度だったのに。───まぁいいっス。ほら今宮、サブマシンガンを出して私を撃つっス」

 

口を尖らせるフォルテに急かされ、流星は腕を跳ね上げつつサブマシンガンを展開。

───素早く引き金を引こうとしたところで、指とサブマシンガンが氷漬けになった。

 

「!」

 

少年は動かそうと試みるが右人差し指はビクともしない。

空気中の水分を凍らせて流星の手先とサブマシンガンを固めつけている為だ。

流星は実演に納得しつつも、どこか不満げに目の前のフォルテを睨んだ。

 

「やる必要あったんですか?コレ」

 

「そりゃー、実際に体感する方が速いっスから。ちなみにこっちは今宮が武器を手に取ってから発動したっス。やっぱり挟む工程が少ない分全然違うっスね」

 

得意げに納得するフォルテに流星はサブマシンガンへ視線を落とす。

今のは距離が近い&相手の行動が分かっている──等の前置きこそあったが理論値前提ならば同時では勝てない────を体現している。

 

実戦に於いては策次第と流星は考えているが───。

 

 

「やる事としては単純っス。────要は多い分の工程を纏めればいいんスから」

 

「!」

 

リタ・イグレシアスとの戦闘が流星の脳裏を過ぎる。

あの時『撃鉄』を接射した流れがソレに近い。

 

「ぶっちゃけ今宮はもう出来てかけている事───らしいんスけど、武装の『呼出(コール)』と『照準(ロック)』、『攻撃(アクション)』をほぼ同時に行うんス。─────これは高度な空間把握能力と戦闘経験から来る読みや超速の反応が必須だって更識が言ってたっスね」

 

「……成程」

 

顎に手を当て彼はあの時の感触を思い出す。

あの時は『撃鉄』の座標や角度を、無意識下で先読みした箇所に呼出(コール)───敵へと攻撃をねじ込んだ。

 

彼は武装の呼出が速いと楯無に評価されたこともあった。

それらをひとつの技能として確立させるのが、今回の目的である。

 

 

 

フォルテによる話は続く。

コレは高速切替(ラピッド・スイッチ)と似て非なるもの。

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)拡張領域(バススロット)を利用している都合により連続しての使用も可能──弾の補充にもひと役買う為、継戦能力も高めのもの。機体的条件だけでなく、並列処理のスキルも高くないといけない。

 

一方で今回の技能は、高度な空間把握能力と多彩な経験値、読みがあれば理屈上は可能。

 

長所は高速切替(ラピッド・スイッチ)をコンマ数秒上回る攻撃速度。

───高速切替(ラピッド・スイッチ)と違い、攻撃の動作すらひとつに纏めているからだ。

短所はそれが故に連続しての使用は厳しい、というもの。

 

ここぞと言う時に使うものだろう。

 

余談であるが、かつて一夏はシャルロットと流星の違いを線と点(・・・)と表現していた───それが奇しくもこの二つの技能の差異に表れている。

 

 

「よし、じゃあ早速実戦形式で練習するっス」

 

「え?」

 

フォルテの唐突な提案に流星は思わず声が出た。

こういうのは普通、練習してから実戦形式なのではないだろうか。

手本も何も無い。理屈だけ聞いて後は実戦───投げやりである。

 

流星の返事を聞いて、フォルテは溜息をつく。

やれやれ、と肩を竦めた様子だった。

 

 

「仕方ないじゃないっスか。ソレ、出来る人いないんスから」

「な────」

高速切替(ラピッド・スイッチ)に比べて、使い所が難しい上に戦い方によっては必要ないっスからね。──何より、狙って出来る人間はいないんスよ」

 

偶然出るケースはあるんスけど───と呟きつつ、フォルテの機体は上昇していく。

流星は言い返す事もせず、静かに上空へと移動した。

頭に手をやりつつも、以前の感覚を事細かに手繰り寄せる。

 

二人向き合ったところで、模擬戦が開始される。

無量子移行(ゼロ・シフト)』──そう呼ばれるものの習得へと少年は踏み出すのだった。

 

 

「ほら、今宮!展開がさっきより遅れてるっスよ」

 

「──くそ、無茶を───」

 

 

 

 

 

 

ロシアの首都──モスクワ。文化的な建物が存在する中で、先進国らしい現代的な建物が多く建ち並んでいる。

また、大都市らしく高層ビルや広い道路も目立っていた。

薄暗い空模様、広大な都市の中を人々は行き交う。

 

そのなんて事ない建物の一部屋。

更識楯無はガチャりとドアを開け──その惨状を目撃した。

彼女の目的は現地の諜報員との接触であった。

 

(……)

 

楯無は部屋に入り、倒れ伏す者達のもとでしゃがみこむ。

つい先刻、定期連絡が来なかった時点で想像はしていた。

 

様子からして時間は一日経過したところだろう。

死体は複数あった。

本来ならば集まることの無い諜報員。

それがこうも集まって殺られている。──いや、集めたのだ(・・・・・)

楯無が来る事も想像通り。

つまりは見せしめ。

 

 

IS学園時に来玖留は本家を私兵を用いて襲撃していた。

ただそれは怪我人が出た程度で収まっている。

確証は無かったが、なんらかの襲撃がある事は直前に本家側で察知出来たからだ。

ただ此方に関してはそうではない。

 

 

(目的は一時的に更識家の活動を弱める為……。来玖留も何か準備中ってことかしら)

 

となれば一連の行動にも納得が行く。

勿論復讐もあるだろうが、あくまでこれらの本命は邪魔者を抑えることにある。

 

(…)

 

楯無は本家側に端末を操作しつつ立ち上がった。

すぐに部屋を出て外へ向かう。

向かう先は当初の予定通り。

 

彼女は街に出つつ端末に耳を当てる。

向こうから聞こえてきたのはドスのきいた男の声であった────。

 

『十七代目、何か御用でしょうか?』

「こっちの状態を確認したわ。諜報員がわざわざ集められて殺されてた。完全に来玖留個人の動きね。感じからして全部は発見出来てないみたい」

『──ならそっちは今手薄ってことですね。何人か手配しましょうか?』

「それは辞めた方が良さそうね。むしろ逆よ。今残ってる人員を一時的に避難させて頂戴。来玖留個人が動いてる以上、腕が立つ人間でも最悪ISを持ち出されたら生き残れない」

『まさか、十七代目単独で動かれるのですか?』

『───』

 

無言の肯定に対し、相手は押し黙ったままであった。

確かに今現在モスクワに潜伏している来玖留に対し、人員を割くのは危険だ。

襲撃されたばかりの本家や今回失った分の立て直し、加えて学園を狙う存在への警戒は続けなくてはならない。

かと言って来玖留を放置するのも危険だ。

 

 

「解析が必要なデータや、重要な情報はそっちに送ることにするわ。実質的な現場の指揮は暫く内海、貴方に任せる」

 

『承知』

 

内海──そう呼ばれた男は楯無の指示に短く応じる。

案ずる言葉も不要、男は楯無の覚悟を尊重しそれで口を閉ざす。

通信はそこまでだった。

 

端末を仕舞い、彼女はISにあるデータを確認した。

楯無にのみ見えるように映るISのディスプレイ。

虚空に浮かぶそれらをモニターしつつ、楯無はある情報に目をやった。

 

 

(まず追手をどうにかしないとね)

 

纏う空気はそのまま、静かにスイッチだけが切り替わる。

入国時から追われている気配は無かった。

恐らくこの付近をマークしていたのだろう。

 

楯無は角を曲がり、広い通りに出る。

追手を捕まえる事も出来るがどうせロクな情報は持っていないだろう。

騒ぎを起こすリスクも僅かながらある為、ここは撒いた方が良いと彼女は判断する。

 

どの道彼女にとっては造作もない。

雑踏へと紛れながら相手を誘導し、自然なタイミングで視線を切る。

僅かに外れた複数人の視点。その隙に彼女は別の建物へと入った。

 

裏手から外に出て、別の場所で着込んでいた服を別のものへと変えた。

目立つ水色の髪も茶色に染めてそのまま郊外を目指す。

 

公共機関を乗り継ぎ少し遠回りをする。

そうして時間をかけて彼女はある場所に辿り着いた。

 

 

(───)

 

彼女の視線の先にあるのは、モスクワ郊外のある研究施設だ。

来玖留の駆る『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』の開発場所でもある。

 

──『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』は欠陥機であった。

そのコンセプトこそ上手くはいったが、主にコア周りの問題諸々を解決出来ず凍結されたはずの機体。

だが、来玖留の扱っていたソレは明らかに問題をクリアしていた。

 

考えられる要因は最近の亡国機業(ファントム・タスク)の福音のコア強奪。

これだけならなんの関連性も無いように思える。

ただ、福音のコアは独自進化を遂げ───エネルギー兵器に関しての適性はずば抜けたものとなっていた。

 

それを組み込んで、またはデータを流用出来れば『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』の問題も解決するだろう。

 

ここで浮かぶ疑問が二つ。

来玖留が福音のコアをもってして完成させたか。

はたまた来玖留は完成させる為に協力しただけなのか。

 

 

ここまでは、学園祭襲撃の時に楯無が考えたことである。

彼女が態々リスクを犯す程のものではない。

しかし───来玖留は立ち去る際、楯無にあるデータを渡していた。

 

(まさか、自分が福音のコアを持っている事をバラすなんて……)

 

加えてロシアで待っている、とのメッセージ。

彼女のISが完成しているとなると、その殲滅能力は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』クラスに相当する。

来ないなら学園を火の海にする───言わずしても意図は理解出来た。

 

一応、決戦に向け準備(・・)は終えている。

だが『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』とコアの件について確認する必要はあった。

 

 

(───確認するしかなさそうね)

 

 

 

 

 

 



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-70-

 

「へぇ、あれが二人目か──」

 

流星とフォルテが訓練を始めて少し後。

第2アリーナのひと気が少ない観客席で金髪の少女は独り呟いた。

雨が降っているとはいえ観客席側には天井があり濡れることは無い。

 

うなじで束ねた金髪(ホーステール)に高身長と特徴的な彼女は、柵に肘を置いて二人の様子を眺めていた。

整った顔に張り付いた、自信に満ちている男勝りな表情。

身体つきも含めば中性的とは程遠い。

『兄貴分のお姉様』とは言い得て妙な言葉である。

 

そんな少女──ダリル・ケイシーは少年の方へと視線を向ける。

指導しているのは自身の恋人フォルテ・サファイアだ。

 

(しかし、『ゼロ・シフト』の習得だなんて無茶な事を生徒会長も言うもんだ)

 

思わず溜息をつく。

少年が習得しようとしている技能は、ISの技能の中でも相当な難度のもの。

その上実戦で扱うとなれば難易度は跳ね上がる。

 

(しかし、あの生徒会長がただ無茶を言うとは思えない)

 

となれば、彼はそれを使いこなすだけのものを持っているのか。

無人機、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)、エム、リタとの戦闘──実戦の回数を重ねる度にその質は上がっていると聞く(・・)

生身の戦闘能力がどうかは知らないが、あの環境で生き残った人間が半端とも思えなかった。

 

更識楯無がフォルテ・サファイアにコーチを任せた理由は簡単だ。

第三世代兵器としての射程、慣れ、汎用性。

そして何より一年生達よりもIS操縦者として熟達している部分にある。

 

(問題はオレがいるのにサファイアに頼んだってとこか)

 

思考だけそちらへ切り替える。

フォルテがコーチするということは自然とダリル・ケイシーとも関わる可能性が跳ね上がる。

更識楯無に警戒されていない可能性も考えるダリルだが、織り込み済みの可能性も存在する。

どの道その分野で彼女を出し抜く事は困難。織り込み済みと考えて動く方が利口であった。

 

(さて、じゃあ大人しくデータを取らせて貰いますか)

 

──と、改めて少年を見だしたところで視線の先に変化があった。

 

「───」

「!!」

 

少年が戦闘中に此方へ視線を向ける。

不意に合う視線。思わずダリルも驚かざるを得なかった。

 

一方で戦闘中の不自然な流星の行動に、フォルテは違和感を覚える。

釣られるように視線の先を見て漸くその存在に気が付いた。

 

 

 

「あ、来てたんスね」

 

 

 

それから更に少しして、訓練を終えフォルテは流星を連れ観客席へ。

フォルテの行動を察していたダリルは特に移動すること無く、その場で待っていた。

 

「紹介するっス。この如何にも粗暴そうな人が三年のダリル・ケイシーっス」

「おいフォルテ、説明の仕方が雑過ぎんぞ」

「えー、他にどう説明するんスか。お堅い説明より気楽な説明の方が後輩も尻込みしないっスよ?」

「コイツがそんなタマかよ。それに織斑一夏にしたって目上相手でもハッキリ意見は言うみたいだし、必要ない配慮だろ」

 

ダリルは呆れた様子でそう告げ、1歩前へ。

 

「オレはダリル・ケイシー。アメリカの国家代表候補生だ」

「アメリカの──」

「なんだお前。嫌そうな顔だな」

「むしろその情報で俺が喜ぶと思ってるんですか」

「そりゃあ良くは思わねぇな。正直なのは気に入ったぜ、色男」

 

不満げな流星の背をダリルは楽しそうに笑いながら叩く。

 

「で、そのダリル先輩がどうしてここに?」

「フォルテがコーチするって言うんで見に来たんだ」

 

成程───と流星はフォルテへ視線をやる。

彼女とダリルの関係は学園でもそれなりに有名である。

とは言っても彼がそれを知っているのは彼女らのコンビネーション『イージス』に付いてきた話だからだ。

 

──先程の探るような視線は気の所為だろうか。

 

 

「心配されなくてもちゃんとコーチしてるっスよ」

「みたいで安心したぜ、フォルテ。…ん?どうした女誑し、オレの顔になんか付いてるか?」

「いえ、なんでもないですよ───というか、女誑しってダリル先輩に言われたくないんですが」

「へぇ、オレの事知ってるのか。生徒会長(・・・・)にでも聞いたか?」

 

なんでもない質問をダリルは様子見に投げ掛ける。

先ほどの視線が合った瞬間から、目の前の少年に対しての認識を改めていた。

暗部の人間ではないとはいえ、戦場を駆け抜けた人間───加えて生きてきた場所が場所だ。

悪意や敵意に対しての直感や嗅覚は馬鹿にならない。

観察眼もずば抜けているとのこと。

 

「まさか。コーチしてくれるフォルテ先輩の事すら聞いて無かったんですよ。知ってたのは先輩が有名人だからですよ。色んな意味で」

 

彼女は流星に何も話していない。彼も嘘はついて無さそうだ。

──更識楯無は恐らく彼の性質を理解している。

模擬戦と称してなら彼の戦闘データを直接取る事が可能だが──彼相手の場合こちらの手札を晒す方がマイナスになるだろう。

ならば、普通に接し普通に仲良くなるしかない。

 

「───今宮、ダリル先輩が女誑しってとこ詳しく聞かせるっス」

 

黒いオーラを放ちながらガシリと少年の肩を掴むフォルテ。

流星は引き攣った表情でダリルの方へ助けを求める。

ダリルも察したのかフォルテを引っ張って抱き寄せた。

 

「お前が後輩に圧かけてどうするんだよフォルテ。どうせオレの行動に周りが勝手に舞い上がってるだけだろ?安心しな、オレの本命は──」

「──後輩の前で何言おうとしてんスか。……恥ずかしいからやめるっス」

「そう照れるなよ。妬いてたんだろ?」

 

紅くなるフォルテにダリルはくつくつと笑う。

二人のやり取りを受け流しつつ、流星は溜息をついた。

実に熱々である。湯を沸かすにもポッドは不要そうだ。

立ち去ろうかとも考え出す流星だが、そこへダリルが思い出したかのように言葉をかけた。

 

 

「今宮、一つ気になってたんだけどよ。──お前、生徒会長とデキてんのか?」

 

「───は?」

 

完全な不意打ちなのか、流星は渋い顔で声を漏らした。

更識楯無との関係性。

ダリルとしては興味本位も兼ねているが、重要な話に違いない。

 

「あ、それ私も気になるっス」

 

気だるそうではあるが、フォルテも好奇心を隠せていない。

なんだかんだ彼女らも噂好きな女子高生であった。

ダリルに関しては揶揄おうとしている面が大きい。

 

「ただルームメイトだったってだけですよ」

「面白くねぇな。じゃあ中国の代表候補生───それとも妹の方か?」

「もしくは生徒会の人っスね。あ、ただのクラスメイトって線もあるっス!」

 

盛り上がる二人を前に流星はどうしたものかと考える。

別にどうこう言われるのは構わないのだが、面白い回答が出るまで食い下がられるのがオチだろう。

 

「!」

 

抜け出す方法を考えている中、アリーナに現れる影。

この学園に二人しか居ない男子のもう片割れ、織斑一夏であった。

 

「先輩すいません。あいつに用があるんで先に失礼します」

「あ」

「え?」

 

油断した、と手を伸ばす二人からそそくさと離れ流星は一夏の方へ。

 

「あれ?流星、ここで訓練してたのか」

「ああ、うん。よし丁度いい所に来た。お前に用があったんだ」

「すっげぇ棒読みだけどどうしたん──」

「ほら、行くぞ」

 

駆け寄ってから一切止まることなく、彼は一夏の背中を押してアリーナを出ていく。

こうして──面倒臭いスイッチが入った先輩二人から逃走を流星は成し遂げる。

ひとまず一夏には待ってもらい、彼はサッとシャワーを浴び制服へと着替え直す。

一夏は特にやる事も無かった為、手に持っていた資料を読み耽っていた。

 

「悪い、待たせたな。ん?何読んでるんだ?」

「ああ、これか。楯無さんが用意したらしい練習メニュー。山田先生に偶に監督して貰って軌道修正入れていく流れらしいんだ」

「じゃあさっきは山田先生を探しに来たのか。誰に貰ったんだ?それ」

「虚さんだよ。預かってたんだって」

 

へぇ、と生返事を返しつつ流星は資料を受け取って目を通す。

書いてある事は課題やそれに対する練習メニュー。彼の癖を記したもの。

分かりやすいように纏められたソレは明らかに長期想定(・・・・)のものであった。

なにもおかしいことでは無い。───のだが、彼の違和感は既に確信へと変わっている。

 

流星は表情に出さないようにしつつ、一夏へと資料を返す。

一夏は資料をファイルに入れながら流星の方へ振り返る。

 

「それで、さっきはどうしたんだよ?いきなりで驚いたぞ」

「端的に言うと先輩が面倒臭くなってさ」

「随分とぶっちゃけたな」

 

困惑する一夏に少年は素知らぬ顔。

二人は山田先生を探してもう一度職員室に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

ロシア連邦国立IS総合研究所。

モスクワ郊外にあるそれは名前の通りISの開発や研究に携わる国立の機関だ。

基本的な装甲の作成は別の施設が担当している。

その為ここはコア研究やOS──新機体の開発と第三世代兵器の調整が主となっていた。

 

周囲にひと気が無くなったタイミングを見計らい楯無は搬入口から動く。

ダミーのセキュリティカードは作成済み。

予め用意していた衣類を纏い、念の為の変装も済ませている。

 

窓は少なく、シミひとつない綺麗な廊下。

真っ白な天井と床、等間隔に天井に植え付けられた直方体の照明。

監視カメラの死角を楯無は移動した。

途中どうしても監視カメラを抜けられない場所に関しては、研究員を模した水の分身を作り、その影を利用する。

 

設備自体が最新であっても、第三世代兵器の特異性には対処し切れない。

部屋の中の構造をドアの隙間からアクア・ナノマシンを散布して把握し、先に進む。

 

エレベーターを発見した彼女は同様に探知する。

何階層まで下が存在するのか、を確認し彼女は眉を顰めた。

 

(───地下三階まであるわね)

 

以前この施設を訪れた際の話だ。

楯無はここの施設の人間に『地下は二階まである』と説明を受けていた。

 

現にエレベーターの表示も地下二階までしかない。

 

(……)

 

疑惑が確信に変わりつつある。

エレベーターに入る前に監視カメラにクラッキングをかけ、ダミーの映像を流し込んだ。

 

そうして彼女はエレベーターに乗り込む。

やはり──地下三階を示すボタンは存在しない。

彼女が着眼したのはセキュリティカードの認証部分。

一般的にこれを翳して初めてエレベーターが利用できる仕組みである。

 

(このエレベーター自体は地下三階まで繋がっている。だとするとセキュリティカードの種類で行けるようになるのかしらね)

 

彼女はエレベーター点検用の出口を見つけた。

巧妙に照明で隠されていたが、構造上やはりあったらしい。

そこから箱の外へ出て、地下三階へ。

 

扉の向こう側に人がいない事を確認して、彼女は再度水を操る。

扉の隙間から推し広がる水は扉を強引に開けた。

地下三階も通路の様子に変化はない。

ただ、各部屋の広さや物々しさは増していた。

研究施設というよりは軍事施設の印象の方が大きい。

 

エレベーターのセキュリティを解析──やっつけではあるが偽装IDを獲得。

予想通り(・・・・)、軍事関係者のもので何とかなった。

欺ける期限は1時間と短いが十分だ。

淡々と行えているのはひとえに関係者による準備が出来ていたが故であった。

 

彼女は慎重に探索を続け──そして──そのデータに行き着く。

 

 

「─────!」

 

端末を操作していた手が思わず止まった。

目当ての『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』についての情報。

内容に関しては────『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のコアによって銀雷(セレブロ)使用エネルギー効率の激的改善が見られたというもの。

 

更に実験データも見つかった。

これらは間違いなく福音のコアを機体に組み込み、稼働した上で測定したものだ。

予想通りではあるが、半ば当たって欲しくなかった予想でもある。

こうも直球(ストレート)な案件は、最悪戦争に発展する。

 

以前から怪しいと感じていた軍上層部の人物が脳裏に浮かんだ。

 

(ここにこれがあるってことは、間違いなく軍上層部に来玖留達と繋がってる奴がいる。こんな事をしそうなのは─────)

 

 

──と、楯無はデータのバックアップだけ確保し別の場所へ。

来玖留に関する情報も得るべく、別の区画のデータも漁り出したところで更に気になる資料が目に付いた。

 

 

(コアによる親和性の検証。強力なレーザー兵器を使用していたコアは独自進化で他のコアより軍用機の出力に相性が良い可能性────?)

 

問題はそこでは無く、これからの実験の候補として挙げられるコアだ。

基本的にこのパラメータに該当するコアはない筈──と候補に目をやる。

 

そこに記載されていたのは無人機(・・・)のコアであった。

 

 

(───っ!?)

 

 

これには楯無も驚きを隠せない。

無人機の存在やIS学園がそのコアを秘密裏に所有している事実を知っていることはそこまでおかしくはない。

 

ただ、IS学園以外で無人機のコアを所持しているという情報は無かった。

なのに、ここに記載されている。

つまり──遠くない内に学園のものを奪うつもりか。

 

 

今暴走しているのはロシア軍の一部の派閥。

それが亡国機業(ファントム・タスク)と繋がる事で軍事的な改革を進めようとしている。

IS学園も標的となっているのは言うまでもない。

それだけでなく、福音のコアの存在が明るみに出るのも時間の問題と来た。

 

手持ちのデータは交渉用の材料としても不十分である。

 

(想像してたよりずっと不味い。───これは一刻も早く暴走を止めないと────)

 

「───最悪戦争が起きるかも…でしょ。楯無ちゃん」

 

「!」

 

声に反応して楯無は即座に振り返る。

部屋の扉の前にいつの間にか来玖留は佇んでいた。

 

「───来玖留」

 

「驚いた。(ウチ)より先にここに来てるなんて、流石楯無ちゃんじゃん。前々からある程度の目星はついてたってこと?」

 

薄らとした笑みを浮かべる来玖留。

空いた手はその青い髪の毛先を弄っている。

 

楯無は端末を仕舞い、彼女を警戒する。

鋭い視線で睨まれ、来玖留は肩を竦めてみせた。

 

「その様子だと色々分かっちゃったかな。けどもう遅いよ。コアはもう(ウチ)の手の中。お馬鹿なタカ派の上層部もまだ事の深刻さに気が付いてないし」

「唆したのは貴方でしょう」

「手を差し伸べたの間違いっしょ。(ウチ)は研究が破綻して責任問われそうになってる人達に道を提示してやっただけだし」

 

日常会話でもするような気楽さで来玖留はそう告げる。

彼女から感じ取れるのはあくまで気にしていないということのみ。

 

楯無は扇子で口もとを隠しながら問い掛けた。

 

 

「来玖留、目的は何?」

「変わんないよ。あんたを殺すこと」

 

 

声のトーンが変化する。

先までの抑揚に飛んだものから一気に冷たなものへと変化した。

ニタリと口もとを歪ませ、彼女は周囲へ視線をやる。

 

「さて問題。楯無ちゃん────いや、更識。現在OFFになってる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のコアの信号──ソレをONにしたらどうなると思う」

 

「───ッ!」

 

楯無の表情が驚愕に染まる。

 

完全に初期化しない限り変化はないコアの識別信号。

ISのコアの強奪が武力的問題を抜いても難しい、とされる理由のひとつでもある。

初期化及びにOFFに切り替える処置を行わなければ、場所が特定されて終わりなのだから。

それを一瞬でもONにする。

当然アメリカ側はこの情報を察知して──。

 

来玖留はISの右腕を部分展開する。

緑色の装甲。掌を掲げて視線を下へ向けた。

 

「そこまでして貴方は……っ!」

「──これでいよいよアンタは(ウチ)を倒す以外無くなる。追って来なよ更識。舞台は整えてやっからさぁ!!」

 

バチりと来玖留の右手に銀色の光が集まる。

楯無もまたISを展開し蒼流旋を構えた。

 

「来玖留─────!」

 

振り下ろされる来玖留の腕。

圧倒的出力の銀雷(セレブロ)の狙いは楯無ではなく───来玖留自身の足下であった。

 

炸裂する銀色の光は右腕に留まらず、装甲の隙間からも周囲へと拡散した。

眩いまでの光がフロア全体を包み込み、融解───電子機器をショートさせ、誘爆を引き起こす。

 

融解を免れた天井や壁にも亀裂が走っていった。

 

「!!」

 

楯無は迷わず防御を選択。

アクア・クリスタルから出た水流は彼女を覆うように四重の壁を作り出す。

敢えて床と天井を蒼流旋で砕き、瓦礫を更に盾とした。

 

 

水と雷撃。誘爆と崩壊。

凄まじい衝撃は建物全体を瞬く間に駆け抜けていく。

 

 

────光とともに外壁の一部が崩落し、施設周囲まで巻き込むような爆発がモスクワ郊外で炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

──その報せを目にしたのは、偶然だった。

IS学園、寮の食堂。

各々の生徒が朝食をとっている中、ソレは放送された。

 

『先日ロシアのモスクワ郊外で─────』

「────」

 

天気予報以外あまり気に留められないニュース番組。

食堂に備え付けられた大きなモニターにでかでかとテロップと映像が映し出されていた。

オレンジ髪の少年はだし巻き定食を食べる手を思わず止める。

ピタリと動かなくなる箸。隣にいた鈴もまた視線をモニターに向けた。

 

「これって…ISの施設よね?」

「ああ──」

 

静かに頷きつつ眉を顰める流星。

中継されているのはロシアの研究施設であった。

ほんの数刻前に事故で吹き飛んだとのこと。

爆発の瞬間の映像こそ無いが、凄まじい爆発だったらしく建物も半壊状態。

地下に到ってはほぼ廃墟と化しているようであった。

 

(……)

 

ヘリによる遠目からの様子が映される。

爆心地と思われる地下付近は、床や壁が融解していた。

 

それはまだ記憶に新しい(・・・・・・)光景だ。

確定的かと言えばそうでは無い。

しかし、場所はロシア──該当するあの機体もその軍用機だった。

連想するなという方が無理がある。

 

「──悪い鈴、それ片付けといてくれ」

「ちょ──」

 

戸惑う鈴を置いて彼はそそくさと立ち上がる。

脳裏を過ぎる来玖留の存在。楯無がロシアに居るというのも無関係とは思えない。

 

少年は食堂を後にする。

 

行先は勿論生徒会室。朝ということもあり生徒会室付近の廊下はひと気がなかった。

 

一夏は朝練、本音は恐らくもう教室に向かったのだろう。

都合が良いと流星は生徒会室に入っていった。

 

「!流星君」

 

そこに目当ての人物は居た。

布仏虚。更識家に仕える人間にして、楯無の幼馴染み。

彼女は流星の方を見るや否や、その雰囲気から彼の目的を察した。

 

 

 

「ひとまず紅茶でも如何ですか?」

「…いただきます」

 

虚の目線から意図を汲み取り、流星は生徒会室のドアに鍵をかける。

あらかじめ準備していたのかすぐに少年の前へ紅茶が用意された。

彼はゆっくりと口を付ける。

ひとくち飲むと彼は机へそれを置き、虚の方を見た。

 

「楯無が機体調整を目的にこの学園を出ている──ってのは嘘ですね」

 

彼女もまたカップから口を離しつつ流星を見る。

 

「…どうしてそのように?」

「今さっき放送されたIS研究施設の爆発事故。その跡が学園祭で見たものとそっくりでした」

 

それに、と流星は生徒会長の席へと視線をやる。

 

「期間の明かされないロシア滞在。会長不在でも成り立つように調整された書類。フォルテ先輩へのコーチ役の譲渡。一夏の指導用メニューが長期想定のものだったこと。何より──虚さん、あなたの持っている警備周りの資料──これから先楯無が居ない場合を想定したものなんじゃないですか?」

 

「───」

 

流星の言葉に虚は静かに目を伏せる。

彼の発言や手もとに確たる証拠がある訳では無い。

否定してしまえば早い話である。しかし、と虚はため息をついた。

ここまで気付いているのであればそれも無意味である。

 

 

「ええ、あなたの言う通りよ。会長──お嬢様の本当の目的は機体整備ではなく──」

「──井神来玖留…ですね」

「──」

 

流星の返答に虚は沈黙で肯定した。

構わず流星は続ける。

 

「黛先輩に少しだけ聞きました。楯無や黛先輩と仲が良かったっていうのも。そして───特殊な家柄だったって事も」

「…意外でした。織斑君ならともかく、流星君が他人をそこまで気にするなんて。…お嬢様も予想していなかったのに」

「…」

 

再度紅茶に口をつけながら虚も視線を生徒会長席へ。

少し逡巡したかと思ったが、彼女は流星へと視線を戻した。

 

 

「──先刻、お嬢様はあの施設に潜入しました」

 

「!!」

 

「仔細を省いて話しますが、ロシア連邦軍上層部の一派閥と亡国機業(ファントム・タスク)に繋がりがあったようです。軍用機開発にも深く関わっていると」

 

「──!」

 

「お嬢様はこれらについての情報を本家に送った後、消息不明に───。解析されたデータによると福音のコアの存在が根幹にあるようです」

 

消息不明という言葉を淡々と告げる虚。

冷静な口調とは裏腹に表情は不安を隠せないでいる。

流星もピクリとだけその単語に反応を示しつつ、もうひとつの単語に眉を顰めた。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のコア。そんなものが関与しているとなれば──状況は良くない。

 

「……」

 

紅茶を飲み終え、流星はカップをソーサーに戻し改めて机に置く。

どうするべきか─それは流星自身にも分からなかった。

本人にも理解できない苛立ちがそこにはある。

 

そんな流星の表情を見て、虚の表情は険しいものになった。

 

 

「流星君なら、もう分かっている筈です。もしこの件の関わるのであれば、それはもうこれからも暗部に関わる道しかない」

「──」

 

虚は今一度正面から流星を見据える。

 

恐らく首謀者達も躍起になって証拠を潰しに来るはずだ。

大国同士、仮に大事にならなかったとしても水面下での抗争は起きる。

これはもう一個人が関わっていい領分を超えていた。

踏み込むのならばそれこそ───暗部組織に身を置くしかない。

 

────それを誰よりも更識楯無は望まないだろう。

 

 

虚は冷たく突き放すように続きを口にする。

 

 

 

「──お嬢様の為に、全てを棄てられますか──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オータム、あなたは来玖留についてどう感じたのかしら?」

 

あるホテルの一室で、薄い金色の髪を持つ女性はそう尋ねた。

背後には綺麗な夜景──グラスに入ったワインを揺らしながら、対面に居る女性の方へ向く。

 

「どうしてこんな時に来玖留の話なんだよ」

 

「気を悪くしたかしら?ごめんなさいねオータム。──でも、あなたは学園祭手前までの少しの間、行動を一緒にしていたでしょう?」

 

不機嫌そうに口を尖らせるオータムに、金髪の女性───スコールはクスリと笑う。

折角の恋人との会食の時──とオータムのもっともな不満が伝わってきたからでもあった。

 

「ひと言で表すなら破滅的な奴って感じだ。戦闘や諜報、組織相手の本命のぼかし方とかは一流なのに、報酬なんて二の次で利用する事しか考えてねぇ。しかもそのあとのリスクリターンを理解した上でかき乱そうとするから最悪だ」

 

肉を切り分けつつオータムはそう評する。

確かに、とスコールは納得しつつワインを口に含む。

一瞬風味堪能したあと、スコールはワイングラスをテーブルに置いた。

 

「私も大体同じ感想ね。付け加えるなら、彼女──それなのにその瞬間を切り抜ける手札(カード)だけは絶対に持っているって事かしら」

「こういう世界ならそうでもしないと生きていけねぇんじゃねぇか」

「ええ、当たり前の事よ。でもさっき言ってたでしょう?破滅的な奴…って。ああやってかき乱すけど、その分敵の数だけ手札があるのよ」

 

言われてみればとオータムは彼女のことを思い返す。

あれだけ好きにして幹部会に始末されないのもそれなら頷ける。

 

「あとね、破滅的っていうのもひとつの手札(カード)なの。誰も破滅したくないもの、本来ならそんな爆弾みたいな人間は皆に狙われて終わりだけど──彼女のせいで既にかき乱されてるから、そうもならないのよね」

 

「益々関わり合いなりたくねぇな」

 

うげ、と苦々しい表情でオータムは呆れる。

同時に安堵の息をもらしていた。

 

「しかし、実働部隊はもうあいつとの関わりはねぇんだろ?」

「そうね。けど一つ───気にならないかしらオータム」

「…幹部会の情報だな。あいつの幹部会に対する手札(カード)ってやつか」

「彼女ならそれが私達への交渉材料になる事も理解している筈よ」

「──!」

 

とスコールが告げたあたりでオータムは気が付く。

スコールも来玖留も互いの事情に一切関心は無いが、利用するつもりではあったようだ。

今回の件にスコールは深く関わるつもりは無く、静観の姿勢だ。

ただ、来玖留側からアクションがあれば───その限りでは無かった。

 

エムを現在出撃可能な状態で待機させている理由をオータムは理解する。

 

 

「ところでオータム。あなたはこのワインを飲まないの──?とっても美味しいわよ?」

 

先の妖しげな様子から一転してスコールはオータムにワインを勧める。

オータムもまたワイングラスへ手を伸ばすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-71-

 

───。

その日をオレは、ハッキリと憶えている。

IS学園入学初日。周りに擬態し(あわせ)て日常を始めた日。

言いしれない閉塞感に襲われながら、廊下を歩く。

 

誰も彼も善人だった。

 

何かに怯える事もなければ、恐れることも無い。

少しの間日本で過ごしていたから知っていたのだが、こうも接する人間が増えると実感は濃くなるというもの。

 

つい一夏に対して『また明日』という言葉を口にする。

ここにいる皆が疑わずに口するそれを倣って、オレも言ってみたのだ。

どうにもしっくり来ない。

あんな風に心からそう思えない。

なんの意味もなく、時間を消費している。

 

(───)

 

死臭もしない。

転がる死体も道端で蹲る子供もなければ、生気を失った人間も歩いてはいない。

笑顔も整えられた廊下もヤケに冷たく感じた。

 

あらゆる人間が存在するIS学園の中でも、今宮流星は紛うことなき異物だ。

 

あくまで目に映るものは灰色の世界でしかない。

形は分かれど真価(いろ)は理解出来ない。

きっと喜ぶべき平穏で享受すべき時間も同様だ。

 

…ひとまず考えるのを止める。

部屋は近い、今は思考をそちらへと傾ける。

 

 

 

──辿り着いた自室で待っていたのは、綺麗な水色の髪の少女だった。

 

 

 

更識楯無は、そんな異物をあっさりと受け入れた。

驚きよりも困惑が勝る。

演技や欺く為ではなく、今宮流星を本気で日常へと引っ張り入れようとしていた。

 

有り得ない話だ。

表と裏の両方を知る存在なら、特に。

全部見抜かれていたとして、彼女の考えは分からなかった。

 

『私は生徒会長よ?生徒を守るのは当然でしょ?』

 

今思えば、アレは彼女の生き方そのものだ。

 

確かな己を持ち、誰かを当然のように守る。

どちらの世界も知りながら、正しい在り方を優先する。

在り方は口にするまでもなく綺麗だった。

裏の為の偽りの表でもなく、表の為に裏を犠牲にする訳でもない。

どちらの彼女も自由でいて、どちらも眩しい。

 

 

数多の死体を積み重ね、やっと惜しむようなものに気付いた奴がいた。

あの馬鹿はそれに気付いたから、学園祭の時と言いなるべくオレを裏から遠ざけようとしていた。

あくまで降り掛かる火の粉を払う形以外では関与させまいとしている。

 

 

オレなんかとはまるで違った。

 

羨んでいないと言えば嘘になる。

こんな奴もいるのだと感動すら覚えそうになった。

 

 

だけど同時に、なんだか無性に────気に食わなかった。

 

 

柄にもなくあの時言った言葉を胸中で反芻する。

あれはそうだ。多分奥底ではムカついてたんだった。

 

人よりずっと優れていて、なんでも1人でこなしてしまって。

だからこそ本当は孤独な彼女に。

 

 

────貴方は、お嬢様をどう思ってるの─────?

以前の問いが頭を過ぎる。 

あの時は分からないと告げたんだった。

 

 

 

「───」

 

オレは静かに虚さんと向き合う。

 

楯無の為に全てを棄てられるか。

彼女の考えを知った上で、彼女の強さも知った上で今ある全てを棄てられるのか。

…前提が間違えている。

 

 

「棄てられないから──行くんです」

 

 

「お嬢様はそれを望んでいません…。そもそも無駄足かもしれない───お嬢様が1人で片付ける可能性も、手遅れの可能性もあります。それでもしあなたまで帰って来れなくなったら───」

 

鋭い視線。

けど声から虚さんの迷いも伝わってくるようだ。

彼女も楯無の身を案じてはいるのだろう。

どころか、楯無と同じくオレの身を案じている。

 

 

「だとしても、オレはあいつを放っておけない。世界が邪魔するなら全部を壊してでも連れ戻します」

 

 

けどオレはそれを無視する。

惜しんだもの───そこにはあいつも居ないと意味が無い。

例え今宮流星に価値は無かろうと、誤った存在であろうとそこは揺らがない。

あいつはオレなんかより、ずっと価値がある。

 

 

 

──それに、と言葉を続ける。

自然と笑みが零れていた。

 

「柄にもないことを前に言ったんです。それを果たさないと」

 

「───」

 

一瞬ぽかんとする虚さん。

……こうも面食らった反応をされると此方も困ってしまう。

 

虚さんはすぐにこほんと咳払いした。

 

「……お嬢様もこればかりは読み違えてたようね……」

 

呆れたように虚さんはそう呟き、懐から通信端末を取り出した。

誰かにそのまま連絡を取り、数言交わす。

して彼女は端末を懐へと仕舞った。

 

「流星君。これから迎えが来ますので、半刻後に裏門に来てください」

「はい。空港へ向かうんですか?」

「ええ、流石にここからISは目立ち過ぎますから。来玖留の件についても道中で説明があります」

 

 

 

 

───そうして、オレは生徒会室を後にした。

『更識』も自由に動ける状況では無いが、オレを送り出す位は可能らしい。

 

廊下にでた瞬間これからやるべき事に意識が向かう。

向こうに着けば殺し合いが始まるだろう。

 

今持っているナイフや拳銃の整備も再度しておくべきだ。

携帯食も多少必要か。現地で調達するには手間もある。

 

 

自室に戻り準備を行う。

 

IS学園の制服は何処の国家にも属さない象徴(シンボル)──だが、オレがこれを着て向こうに出ていけば問題が増えるだけだ。

 

「……」

 

制服を脱ぎ捨て、折り畳んでベッドの上へ。

私服に着替え、机の引き出しから必要なものを余った拡張領域に取り込んだ。

 

やけに部屋が広く感じた。

今は一人部屋だったことを思い出す。

ここに来てから相当長く過ごしていたかのような錯覚を覚える。

 

 

──……。

 

部屋を出て鍵を閉める。

鍵は虚さんに預けることにしよう。

予鈴前でひと気がないとはいえ、寮を出ていく姿を見られる訳にも行かない。

 

比較的広い場所を避けつつ最短で裏門へ。

先日まで雨が降っていたせいか、まだ地面には水溜まりがある。

反射して見える空───は雲で隠れて色を失っていた。

 

歩いてその場を後にする。

角を曲がったところで裏門と虚さんの姿が見えた。

 

傍には見た事がないスーツの男。

サングラスを掛けているが風貌はSPというより、テレビに出てきそうなヤクザ?というやつだ。

 

 

……あれが迎えか?

色々言いたい事が二、三言あるがこの際飲み込もう。

 

 

なんにせよ、ここから先は慣れた世界だ。

自身からわざわざ目的があって飛び込むのは初めてだが、それだけの事。

優先順位は勿論楯無の確保。

何人殺そうが何を敵に回そうが関係ない。有象無象が巻き込まれるというのならそれも構わない。

 

 

学園を背に外へ向かう。

──その最中であった。

 

 

「!」

 

バシャリと後ろから水溜まりを蹴りつける音。

どこかの廊下の窓から飛び出してきたであろう誰かは───息を切らしながら此方へとやってくる。

この足音は恐らく──。

 

「なッ───!?」

 

振り返る前に背後から思いっきり蹴られた。

オレは咄嗟に反応して倒れることも無くその場に踏みとどまる。

 

「──っと、何するんだよ馬鹿」

 

「こっちの台詞よ!大馬鹿!!人に片付けさせといて何出ていこうとしてんのよ!」

 

そこに乱れた息を整えながら捲し立てるように不満を告げる鈴だった。

彼女の機嫌を代弁するようにツインテールが上下に揺れる。

 

予鈴までもう間も無いというのに、どうしてここに居るのか。

 

「片付けさせたのは悪かったよ。でもだからって蹴ることないだろ」

「言ったでしょ。間違ってたら蹴っ飛ばすって」

「───」

 

ピタリとオレの動きが止まる。

鈴は呆れた様子で腰に手を当てた。

 

「あんたが何を抱えてるか(あたし)は分からないし、無理矢理聞き出す方法も知らない。大方、簪のお姉さんがここ数日姿を見せない事が関係してるんでしょうけど、きっとあんたの事だから黙ってるわよね」

 

今朝のニュースやオレの反応で鈴も勘づいたのだろう。

だが、鈴は中国の代表候補生。

大国故に誰よりも今回の件に踏み込めないのは言うまでも無い。

オレが彼女に言わない事も、彼女は察していた。

 

「それで、何が間違ってるんだよ」

 

「──あんた、自分が戻ってくる事まで考えていないでしょ?」

 

「!」

 

内容も知らない鈴に言い切られ、オレは言葉を失う。

驚くオレにやっぱり…と鈴は溜息をつきながら、歩み寄ってくる。

 

「そこが間違ってるのよ。簪のお姉さんもだけど、あんたも(・・・・)帰って来ないと赦さないから!!」

 

トン、と鈴は人差し指でオレを小突く。

どうして─?と言葉を吐く前に、先までの自分の考えが思い出された。

…やっぱり、鈴には敵わない。

 

「……ありがとう。なら少しだけ欲張ってみる事にするよ。楯無(あいつ)はオレが必ず連れて帰ってくる。文句を言うなら四肢をもいででも連れ帰るよ」

 

「そこは普通に連れ帰りなさいよ──!?」

 

「それもそうか。まあ、そんなことだからさ───簪や本音達にもよろしく頼む(・・・・・・)

 

嗚呼、黙って行くならあいつと同じだ。

ただそう気付かされたのはつい今。あくまで鈴に伝言を頼むしかない。

 

「そ。じゃあ伝えておくから、帰ってきたら覚悟しなさい」

 

鈴は素っ気なく返事をする。

嬉しそうだと感じたのは気の所為か。

 

「───ああ」

 

頷くと鈴に背を向け、裏門へ急ぐ。

虚さん達とすぐに合流し、待機していた車へと乗り込んだ。

────オレは、一切振り返らずIS学園を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今ので気付かないとかほんと───」

 

残された少女は一人。

────鈍いんだから、と口を尖らせつつ少年を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、あの女め」

 

ロシア某所。

軍事施設のある一室で、軍服に身を包み大柄な男は忌々しげにそう呟いた。

ぎしりと椅子が鳴る。乱暴に椅子に座った男は報告書を片手に目前の部下を見た。

 

「如何致しましょう?奴を拘束する為に部隊を出しますか?」

 

同様に軍服に身を包んだ女性は、男の前で直立したまま問い掛ける。

彼女はある部隊のIS操縦者だ。

 

「─いや()については放っておこう。奴を追ってアメリカの手先と何か起きる方が手間だ。そもそも手元にあるデータでも最悪研究は進められる」

 

冷静に男はそう告げる。

井神来玖留は無視したくない存在ではあるが、敵対するには条件が悪い。

彼女は現在研究の成果たるISとそのデータ、そして渦中の存在であるコアまで所持している。

現在はまだ彼女と協力関係は維持されている。

施設の破壊は証拠隠滅と彼女が称して実行の少し前に告知はされていた。

しかし、振り回されているのも事実。男は苦々しい表情である。

 

「時間が無い。じきアメリカも動く。その前にひとまず君達を派遣する。最優先は不穏分子──更識楯無の拘束だ。勿論抵抗するなら殺しても構わん」

 

「彼女は我々ロシアの国家代表ですが、宜しいのですか?」

 

女性が恐る恐る質問する。

男に対し意見したというより、部隊長としての素直な疑問。

質問の意図は尤もだと男もそれに答えた。

 

「恐らく一連の情報を持っている。アレを放置すれば不利になるのは我々だ。優秀だとしても我々の派閥にとって彼女は邪魔だ」

 

それに、と男は書類を彼女らに差し出す。

 

「自由国籍により今は我が国の人間と言えど、元は日本人。それが国家代表────ログナーのように平然と受け入れられる人間の方が少ないものだ……皆口に出さないだけでな。口さえ封じれば『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』の実稼働でお釣りがくる」

 

男の話が終わると同時に女性は敬礼した。

 

「では直ぐに向かいます。機体の方は?」

 

「それならもう手配している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、施設爆破からすぐの事。

────モスクワ郊外の雑木林で楯無は足を止めた。

 

彼女の体に怪我は見当たらない。

先の爆発を受け、多少ISのエネルギーが減ったがそれだけ。

多方向からの誘爆にも対処し、痕跡を残すこと無く彼女は現場から離れていた。

現在はあの後東へ飛び去った来玖留を追っている。

同様にISで追いかける選択肢はない。

来玖留と違い、楯無が今この付近を飛び回るのは悪手だ。

市街地を戦闘に巻き込む可能性もあり、今の目標はこの林をとっとと抜けてしまう事になっている。

 

 

「───」

 

そんな中、楯無は周囲を見渡す。

唐突に現れた気配は瞬く間に彼女を取り囲んでいた。

 

 

「!」

 

直後に木の影から何かが飛び出す。

楯無に向かって行くのは特殊な装備で身を包んだ人間。

黒を基調とした装備により顔は見えない。

 

楯無は咄嗟に身を翻し、その者の攻撃を躱す。

暗闇の中走る一閃。音もなく引き抜かれた刃物は虚空を切る。

 

 

(───)

 

初撃を銃撃ではなくナイフにしたのは、恐らくISの展開前に不意をつくため。

熟練のIS操縦者相手ならば銃などあっさり凌がれて終わりだからだ。

 

仕掛けてきた者は勢いを殺さず地面を手を付き、反転。

速攻で楯無から距離をとった。

 

────それと同時に、雑木林の奥から火花が炸裂する。

複数の銃口、間髪入れない連携が楯無を襲う。

 

(最初のはブラフ…。連携の精度からして軍の人間ね───)

 

即座に爆発が起きる。

放たれていたのは榴弾──ただし水のヴェールにより全て防がれる結果となった。

 

(今の行動も生身の人間にする事じゃない。私がISを持っている人間だと既に知って仕掛けてきている)

 

───つまり、敵の中にIS操縦者が編成されている可能性が高い。

楯無は周囲への警戒を続けつつ、最初に仕掛けてきた者へと視線を戻す。

自然に考えるならば一番危険を冒したその者が操縦者だろう。

 

 

 

(今のを凌いだ。少しも動揺する様子もなし……当然か)

 

装備に身を包んだ女もまた楯無と向かい合う。

周囲の木は爆発で折れ、見晴らしは少し良くなっていた。

 

初撃に意識を向けてからの榴弾により、シールドエネルギーを消費させる───あわよくば展開を遅らせ負傷させる事も考えていたが、失敗に終わっている。

 

 

「更識楯無ですね」

 

女は意識を自身に向けさせる為問い掛ける。

畳み掛ける事も出来たが、そうしたところで通じないという判断だ。

 

「……」

 

楯無は特に応じない。

この場において肯定する理由も否定する理由も無かった。

奇襲が失敗したのなら正面から武力行使に出る、これはその前のポーズに過ぎない。

 

「貴方には現在福音のコアの盗難及び施設の破壊容疑がかけられています」

 

そう来たか、と楯無は内心溜息をつく。

 

来玖留がこの周囲の更識家関係者を排除していたのもこの為だろう。

更識楯無の孤立──強行手段がまかり通る状況の作成。

政府側の関係者から見て楯無さえどうにかしてしまえば───後はでっち上げて無理矢理問題を片付けられる。

 

(そんなところね)

 

冷たい視線で相手を見つつ、楯無は蒼流旋を手にした。

部分展開によりISの右手だけが現れる。

それは彼女の答えを代弁していた。

 

 

黒の装備に身を包んだ女性は即座にISを展開する。

 

(この状況で部分展開。舐められているな)

 

現れたのは青銅色のIS。

『時雨』程ではないが小型であり、何より細身なのが特徴的だ。

装甲は薄長い物がいくつも連なっている為、分厚くはある。

 

彼女は両手を前につき前傾姿勢に。

 

───直後、地面を蹴り飛び出していた。

 

(ならば、それを利用するまで!)

 

青銅のISは同時にスラスターを一気に吹かす。

直進に対し、反応して構える楯無の意表を突くよう───彼女は脚部のブースターも使用した。

 

「!」

 

巻き上がる土煙。

それを周囲が視認するより早く、女は楯無の懐へと踏み込んだ。

 

(早い───)

 

女の手もとで光る対IS用ナイフ。

金属音───同時に火花が散った。

 

影が交差する中、女の方は振り返り腕を突き出す。

装甲が開き、そこからワイヤーブレードが真っ直ぐと楯無に向かった。

 

水色の髪が大きく揺れる。

頭があった場所を通過するワイヤーブレード。

楯無は蒼流旋で更に軌道をずらす。

 

そして、蒼流旋の先端のガトリングから銃弾が掃射された。

 

「!!」

 

 

──女は盾を展開しながら後退する。

楯無の対応力も今のやり取りで理解した。

そして、この数瞬は1on1と錯覚させる為に仕掛けただけである。

 

(やるようだが────我々は1人ではない───!)

 

周囲から何かを発射した音が聞こえた。

楯無は即座に上を見る。

───数発の小型ミサイル弾が彼女を取り囲むように放たれている。

 

ISを援護すべく結成されたEOSによる、対IS用兵器の遠距離射撃。

威力はISを駆使しての攻撃に比べると落ちる。

ただ、数が数だ。楯無はISを完全展開し防御に回らざるを得ない。

 

その隙を叩かんと女はある武装を呼び出す。

IS用のパイルバンカー。狙いは着弾直後である。

 

敵機(楯無)に近接を挑むには、当然相応のリスクが生じる。

しかし───これもあくまで1つのブラフ。

隠し玉は部隊に隠れたもう一機のIS───つまり、此方との挟撃にある。

部隊の援護もあくまで主戦力が此方の一機と刷り込むため。

 

 

(今!)

 

────着弾を確認した。

合図は不要。もう一機と共に短期決戦で仕留めるべく─────。

 

 

「な──に───っ!?」

 

着弾による爆発が起きるよりも早く──女の眼前が炸裂した。

ミサイルによる爆発が遅れて起きる。

衝撃に身を揺さぶられながら、女は踏み込んできた楯無に反応していた。

何とか蒼流旋を受け止める。

───まさか、ガードしながらとはいえ自分ごと(・・・・)爆発させてくるとは───。

 

 

肉を切らせて骨を断つ戦術。

現在消耗を抑えたい楯無であったが、相手の実力と策を読み──最低限の経費としてシールドエネルギーを消費する判断をした。

 

もう一機が楯無の背後から強襲にかかる。

タイミングがズラされたが問題ない。

あくまで2対1ならば、彼女達の優位は変わらない。

 

 

 

───簡単な話、彼女らの実力は相当なものだ。

訓練を重ね、実戦も臨み──特殊部隊程ではないが目を見張るものがある。

 

彼女らに非があったとすれば、短期決戦を狙えると考えた点にあった。

 

 

 

「私もね、流石に怒ってるのよ?」

 

地面を突き破り激しい水流が吹き出す。

逆巻く水流は蒼流旋に巻き付くようにして渦を作り出す。

舞いにも見える幻想的な光景。

楯無のもう片方の手には蛇腹剣(ラスティー・ネイル)が握られている。

 

 

「だから、これは八つ当たりも入ってるの。────覚悟してね」

 

楯無は部分展開をしつつ仕込みを済ませている。

もう一機がいた事も予想が付いていた。

 

 

ここはもう彼女の空間だった。

 

前方からの水刃。

背後からの水流。

局所的な清き熱情(クリア・パッション)

 

───勝敗は語るまでもない。

倒れ伏す相手に目もくれず、楯無はその場を立ち去る。

 

決着を一刻も早くつける。

彼女はある実験場のデータを解析しながら、空を見た。

 

 

「今行くから待ってなさい。井神来玖留」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-72-

 

 

「…流星のやつどうしたんだろ」

 

HR開始時刻。

予鈴が鳴る中一夏は傾げた。

彼の視線に映るのはもう一人の少年の少し離れた座席だ。

予鈴を聞き皆が着席しているのに未だ彼は訪れないでいる。

 

──そこへ現れる織斑千冬。

いつも通り出席簿を片手に凛とした顔で教室に入ってきた。

微かにザワついていた教室も静かになる。

空気が引き締まる──日直により号令が掛けられた。

一連の流れから着席し、すぐに彼は挙手する。

 

「あの、織斑先生」

「どうした織斑」

「──流星が居ないんですけど」

 

彼の言葉を受け千冬は間髪入れずに返した。

 

「あいつなら休学だ。暫く学園を留守にしISの整備先を探す予定と聞いている」

「え」

 

唐突な話に一夏は違和感を覚えた。

そんな事ひと言も彼から聞いていなかった。

───のほほんさんは知っていたのか?

そんな考えが過ぎり、チラリと視線を少女の方へ。

彼女はいつになく険しい表情でそれを聞いていた。

千冬は2人の様子を見た後、静かにため息をつく。

 

「───あと、別件だが(・・・・)

 

───と、千冬の数言を聞き一夏は此処で掘り下げる話では無いと理解した。

後で専用機持ち達に話があると伝えられ、専用機達も何かあるのだと察する。

 

真耶と入れ替わるように教室を後にする千冬。

始まる授業。

疑問が尽きない中あっという間に授業が終わる。

 

 

 

二限目。

一年生専用機持ち達は、IS学園地下特別区画へと招集された。

 

 

本来ならば誰も知りえないエリアを前に、一夏達は驚きを隠せない。

オペレーションルームには旧式のディスプレイや端末が置かれており、見るからに仰々しい空間だった。

 

「よし、全員揃ったな」

 

千冬が奥の扉から現れる。

全員の視線が彼女に集まった。

 

「──今朝方あった事件については皆知っているな?」

 

こくりと頷く代表候補生達。

一方で一夏と箒はピンと来ないという表情を浮かべた。

 

「……織斑、篠ノ之。IS関連の事件やニュースについては常にアンテナを張っておけ。特にお前達二人はその情報ひとつが人生を左右しかねない」

「う、たしかに…」

「気を付けます…」

 

千冬に苦言を呈され、危機管理の甘さを自覚する二人。

すぐ近くの出来事やISに対する意識は変わって来ているものの、ニュースについては一般人的な感性が少々邪魔していた。

こればかりは二人の立場が一般人に毛が生えた程度ということも助長している。

千冬は二人から視線を皆へと戻し、話を再開する。

 

 

「話を戻すぞ。先刻にロシアのIS研究施設が吹き飛ぶ事故が発生した。原因等の詳細は政府によると調査中とのことだが────織斑、この写真を見て思うところはないか?」

「これって……学園祭の時と同じ───!」

 

千冬の背後のモニターに半壊した建物が映る。

それを見た一夏は驚いた様子で声を漏らした。

 

一夏の反応に──成程、と鈴は静かに納得する。

銀色の電撃を扱うIS───一夏も当事者だからこそ、それが起こした出来事だと分かったのだろう。つまり流星もこれを見て例のISが動いている確証を得たのだ。

 

最も───鈴は井神来玖留と更識楯無の関係など知る由もない。

また一夏の方も楯無の留守への違和感があまりない為、仮に朝これを目にしても楯無と結びつきはしなかっただろう。

 

 

「そうだな。これは恐らくお前達が先日相手にしたものが関与していると見ていいだろう」

「少しよろしいですか?」

 

ラウラが静かに挙手する。

千冬は頷いた。

 

「ボーデヴィッヒ、発言を許可する」

「この件と今宮流星の不在に関連性は有るのでしょうか?」

 

ラウラは直球で皆の疑問を代弁する。

この場において話が進むよりも先に確定させて起きたかったのだろう。

彼女の的確な質問に千冬は淡々と返す。

 

 

「ある。一定ならば情報の開示も可能だ。──だが、お前達がこの件に関与する事を禁ずる。これは命令だ」

 

「どうしてだよ、千冬姉……!」

 

冷たく言い放つ千冬に一夏は眉を顰める。

千冬は強い視線で彼を睨んだ。

 

「織斑先生だ、莫迦者。───何故かだと?場合によっては戦争になりかねないからだ」

 

「っ」

 

「「「「「!」」」」」

 

一夏と代表候補生達は千冬の言葉に目を見開いた。

流星の様子から唯ならぬ事態である事は知っていた鈴や予感があった簪の二人でもやはり戦争という言葉を前には驚かざるを得なかったらしい。

ラウラのみは険しい表情ながらも驚いた様子はない。

 

「戦争……」

 

ポツリと簪は呟く。

おそらく姉はこの事態に関与している───。

ぎゅっと拳を握り締める彼女を横目に一夏は千冬の前に出る。

 

「なら尚更流星のやつを止めないと──」

「行ってどうする気だ?諜報員でもなければ、軍人でも兵士でもない人間に何か出来ると?──いくら訓練を積んだところで、お前は今IS頼りだ」

「そういう問題じゃないだろ。流星を見捨てろって言うのかよ?それにロシアってことは楯無さんも───」

 

それ以前の問題(・・・・・・・)だ」

 

ピシャリと千冬が強い口調で一夏の言葉を遮った。

 

「いいか───今宮流星はあくまで無国籍の人間だ。更識に関しては自由国籍であり現在はロシア国家代表。二人と違い───日本国籍のお前やその他の国の代表候補生が出張ればどうなるか、想像出来ん訳ではないだろう」

 

「……くそ……」

 

一夏は悔しげに唇を噛む。

千冬の言う通り国家間の問題になれば取り返しが付かない。

 

 

最も『それ以前の問題』という言葉には、別の意味も含まれていた。

流星は混雑した状況から更識関係者として動く判断をしている。

あっさりと────今後も暗部に関わる道を選択して、だ。

本来人に付随するべき倫理や道徳──大前提として少年の根幹にはその手の迷いなど存在し無かった。

善人(一夏)悪人(流星)の明確な差。

 

それが土壇場でどこまで響くか、当人達には分からない。

 

 

「そういう訳だ。流石に今回の件で何者かによる学園襲撃は無いだろうが、万一に備えろ。当たり前だがこの情報も機密扱いだ、他言すれば監視がつくことを心得ておけ」

 

千冬は一夏達の反応を余計な発言はしない。

この件には生徒会長も関わっており、彼女が独力でなんとかする可能性も十分あるという事も不要な情報であった。

…本当にこれで正しいのか。

そんな考えは彼女ですら持っていた。

 

 

「───」

 

───そんな中、静かに頷いて立ち去ろうとする水色の少女。

確かな足取り、そこからは強い意思を感じ取れた。

 

「ちょ──簪」

 

慌てて鈴が追いかける。

簪と彼女を追う鈴の2人を残った専用機持ち達はぽかんと見つめていた。

誰よりもショックを受けると思っていた少女の淡白な反応。

全員が違和感を覚えるのも無理はなかった。

千冬も止めはしない。

残った少女達へ開示出来る情報を提供しつつ、この場を後にした簪の行動に思考を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

皆から少し離れた辺りで、鈴は簪の背後から声をかけた。

なんだかんだ専用機開発といい、付き合いはそれなりになる。

 

「何か考えがあるのよね?」

「ある」

 

即答に鈴はゴクリと唾を飲む。

流星が出ていった経緯を連絡した際の様子とはまるで別人であった。

 

「…鈴、本音を連れて来て欲しい。──まず『打鉄弐式』の装備を完成させる(・・・・・)…」

 

簪の言葉に頷きつつ、鈴は首を傾げる。

 

「わかった。けどどうするつもり?この状況じゃああんたも迂闊には…」

 

動けない筈。

鈴の当然の疑問に対し彼女は振り向かずにいた。

 

「大丈夫。少しなら動けるから。だって私も──更識だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…成程、してやられた───か」

 

部下からの報告に、男は表情を変えずそう呟いた。

危機感や焦燥感は彼の顔からは見られない。

窓の外へ視線をやり次の司令を部下に伝える。

 

 

「───ああそうだ。あの部隊を派遣してくれ。方針として数の有利を活かして消耗戦を仕掛ければそれでいい」

 

「─────」

 

男の言葉に端末の向こう側の相手は、確認をとる。

相手からすれば悠長に構える男の思考が読めないのだろう。

一方で男は資料を片手に返事をする。

そこに記されているのは更識楯無の戦闘データと、その機体の情報だ。

自国の機体───故に性能は把握しているが、それを十全に活かせる人間と真っ向から戦うのは得策ではない。

 

最初こそIS部隊を送り付けたが、短期決戦を狙った為敗北。

彼女の実戦における脅威度を再確認し、男はやむ無く自身達による早期決着に見切りをつけた。

 

部隊を動かせはすれど、騒ぎを別の派閥に悟られつつある。

別段強引な手段も可能だが楽に解決出来る方法があるならば、そちらの方が優先される。

 

────あくまで、更識楯無は脅威だが個人に過ぎない。

その狙いは恐らく福音のコア───ひいては井神来玖留だろう。

 

ならば──奴の計画通り日本人同士(ふたり)を争わせ、井神来玖留に勝たせるor彼女が負けた際に畳みかければいい。

 

────その為に合同軍事演習まで予め手配していた。

相手先はアメリカ。状況も加味すると互いに緊迫したものになるのは間違いない。

ただ、向こうも馬鹿ではない。探りを入れるならば合同演習を隠れ蓑程度に扱うだろう。本命の部隊がいるとすれば本国に送り込まれてくる筈。

となれば、此方の目論見はバレない。

まさか、演習でミサイルを打ち込む先に──お目当ての物があるなど夢にも思わないだろう

…利用する事になるとは思わなかったが、と男は静かに考える。

 

(いや、これもまたいい機会か)

 

稼働データもそれで取れるなら万々歳。

今国内の第三世代IS事情においても、『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』より『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』が上である事の証明も出来る。

 

 

癪だがそう立ち回るのが賢い選択だ。

男は特殊部隊手配の為に、腰を上げ別室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、今日くらいもう休まれては如何ですか」

 

溜息をつきながら、虚は水色の少女へと視線を向けた。

ある日の生徒会室。

日は既に傾き始めており、黄金色の光が窓から射し込んでいた。

眩しかったのか虚は立ち上がり、ブラインドカーテンを閉める。

 

「確かに疲れてきたから早く切り上げたいところだけどね〜」

 

と、楯無は体を大きく伸ばしつつ声を漏らす。

仰け反る体、彼女の疲れる原因が大きく自己主張していた。

 

「…もしかして、気付いてないのですか?」

「ん〜、なにか忘れてたっけ?」

「───」

虚は再度溜息をつく。

表情からは呆れきっているのが理解出来た。

 

「え、なになにどうしたの?」

「重症ですね…。残りは私がやっておきますから、お嬢様はもう休んでいいですよ」

「え、ええ?ありがとう────?」

 

有無を言わさない迫力の虚に押され、生徒会室を楯無は後にする。

今日取り掛かっていたのは、生徒会の仕事兼ね『更識』関連のもの。

重要な部分は済んだとはいえ手伝いは呼べない状況であった。

 

善意というのは分かったがそれ程疲れているように見えただろうか?

楯無は疑問に思いつつも寮に戻る事にした。

どうせ今からやる事もない。

揶揄う対象のルームメイトも今日は不在であった。

───ピコン、楯無の姉センサーが反応した。

 

 

「あの、お姉ちゃん───」

「───あら簪ちゃんっ」

 

現れた簪に間髪入れず楯無は抱きつく。

疲れたところに現れた癒しの存在。無理もない。

 

「は、はなれて…」

「ごめんなさい。つい」

 

突然のリアクションに簪はなされるがまま数秒。

恥ずかしがりながら無理やり引き剥がし、向き合う形になった。

 

「何かしら簪ちゃん」

「そ、その…」

 

言い淀む簪を楯無はじっと待つ。

こうやって再び妹から話しかけて来るようになって少し。

もう幾らでも待っていられると彼女の言だ。

 

一方で簪もひと呼吸入れ言葉を発する。

最後に言ったのはいつだろうか。それもこのようにしっかり向かい合ってなど初めてな気さえする───。

 

 

「た、誕生日おめでとう───!」

 

「────え」

 

言葉と共に差し出されたアクセサリー。

それによって楯無はぽかんとした表情になった。

 

「これ、誕生日プレゼントだけど…良かったら…」

 

────そう言えばと思い出す。

今日は自分の誕生日で──────。

 

「…あれ?お姉ちゃん……?もしかしてイヤ、だった…?」

 

「ぎゃ、逆だからね!?簪ちゃん!!お姉ちゃん感動し過ぎて心臓止まりかけてただけだから!」

 

「そ、そうなの…!?でも心臓止まるのは駄目だからね…?」

 

「大丈夫よお姉ちゃんは不死身なの────というか、正直に言うと誕生日って事を忘れてたのよね…」

 

自身の誕生日を忘れていたという事実に多少ダメージを受けながら、楯無は遠い目で窓の外を見る。

 

ああ夕陽が実に綺麗である。

普段の生活の真っ黒さを忘れさせてくれる。

 

「って、折角簪ちゃんが祝ってくれてるのに黄昏てちゃ駄目よね。これってキーホルダー?……もしかして、簪ちゃんが鞄に付けてる奴とお揃い?」

「うん。自分でプレゼントなんて久しぶりで、折角だからお揃いのやつを買ってみたの…」

 

───くっ──眩しいっ!

楯無は目の前の妹を前に歓喜の涙を抑える。

仲直りした姉妹。その証拠と言わんばかりのお揃いのキーホルダー。

─────もうこんな日は来ないと思っていたのに────。

 

「───ありがとう。簪ちゃん」

 

思わず頬が緩む。

喜んでもらえるか不安だった簪も、その表情を見て微笑んだ。

 

「──さて、じゃあ一緒に夜ご飯食べましょう!何でも頼みなさい簪ちゃん!生徒会長権限でパーティーにするわよ!!」

「え?それって私が奢らないと意味が───」

「文句禁止っ!なんたって今日は私が主役なんだから───」

 

さあ、本音ちゃんや鈴ちゃん達も呼ぶわよ!と意気込む楯無。

簪と肩を組んで半ば強引に食堂へと連れて行く。

構内放送で大々的に行われる突然のパーティー。

理由はてきとうにでっち上げ、生徒会長権限と騒々しいお食事会が幕を開けた。

IS学園の生徒のノリの良さもここに極まれり。

盛り上がる食堂。並ぶ豪勢な食事。

費用の出処は考えないでおこうと簪は心に決める。

 

仕舞いには業務に励んでいた虚も引っ張り出し──誕生日パーティーは盛大に行われる事となった。

 

 

 

 

 

そして、日が完全に沈み就寝時間手前頃。

片付けも全て終えた楯無はご機嫌な様子で自室へと帰ってきた。

 

部屋の鍵が空いていることに気が付き、楯無は空けると同時に同居人に声をかける。

 

「帰ってきてたのね」

「ああ、用が早く済んだからな」

 

と、少年のくたびれ具合を一瞥しつつ楯無は自身のベッドへと腰をかける。

疲れはあるがそれよりもスッキリしている。

リフレッシュが出来たと言うべきなのだろう。

 

「なんかいい事があったのか?」

「ふっふ〜ん、当ててみる?」

「いや、いいさ」

 

ご機嫌な声色の楯無に少年は淡白に返す。

聞いて欲しかったが故に一瞬ムッとした楯無だったが、色々と察しは着いていたのかニンマリとした。

 

「そ・れ・で。今日は何を買いに行ってくれてたのかしら──?」

「………」

「今日が何の日か分からないなんて言わせないわよ?簪ちゃんにお揃いが良いって助言したの、あなたでしょう?」

 

椅子に座るオレンジ髪。

紅茶を飲んでいた手を止め、渋そうな顔をしていた。

紅茶が渋かった───訳ではなさそうだ。

 

「察しが良いのも問題だな」

「こうも褒められると照れるわね」

「皮肉だからな?」

 

少年は近くの棚を開き、中から紙袋を取り出す。

興味津々の楯無を前に出てきたのは──『編み物の基礎』と書かれた本。

楯無の表情が音を立てて固まった。

 

して数秒。楯無は冷ややかな目で少年を見た。

 

「──もしかして、小学生の頃は気になる女の子を虐めてた?」

「んなわけあるか。これは自分用だ」

 

意地の悪い笑みを浮かべつつ、満足気に彼はあるものを取り出す。

出てきたのは二枚のチケット。

それはあるテーマパークのものだった。

 

「ほら、プレゼントだ」

「これってあの有名な──」

「ああ。お前ってずっと生徒会とか家の仕事してるだろ?生徒会の通常業務は数日分俺が引き受けてやるから、今度の休みにでも誰かを誘って行ってこい」

 

手渡されたチケットを受け取る楯無。

彼女もまた呆れたようにため息をついた。

前に流れたテレビCMに一瞬意識がいったのを見られていたようだ。

 

「──こういうのって、男の子が一緒に行こうって誘うものじゃないの?」

「それをしたら誕生日プレゼントにならないだろ」

「変なところで律儀ね」

 

チケットを眺めつつ、楯無はちらりと少年を見た。

楯無は少しだけ不満そうに口を尖らせる。

 

「じゃあ明日にやること全部終わらせて、今度の休みに二人で行きましょう」

「え」

 

目をぱちくりさせるオレンジ髪。

まさか誘われるとは考えていなかったらしい。

 

「…分かった。なら尚更仕事を片付けないとな」

 

どかっと椅子に座り直す少年に楯無も頷く。

 

 

「言い忘れるところだった」

 

 

ハッと思い出したような表情を浮かべ、少年は告げた。

 

 

「ハッピーバースデー。おめでとう楯無」

 

 

───『ハッピーバースデー。おめでとう楯無ちゃん』

 

「───」

 

脳裏を過ぎる去年の記憶。

そう言えばこんな感じで祝ってくれた、なんてチクリとした痛み。

 

「どうした?楯無」

「ううん、なんでもないわ」

 

それを振り払うように、楯無は少年を揶揄う行動へと移るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「!───、」

 

意識が半ば強制的に覚醒した。

 

先の部隊による襲撃から四時間が経過した。

場所はモスクワから北東。丁度ヤロスラヴリという州に差し掛かる辺り。

楯無は一人、適当な木の影に座り込んでいた。

 

(これは思ったより厄介ね)

 

20分程の仮眠は終えた。

空は白み、もう夜が明けがかっている。

楯無は空を見上げながら周囲へと視線を移した。

 

───追手のやり方が明らかに変化していた。

明らかな非公式部隊+ISによる奇襲と撤退の繰り返し。

絶対に踏み込む事はせず、ダメージよりも楯無の疲弊を狙った動きは正直厄介である。

 

個人に対してはあまりにも有効な戦術。

来玖留のもとに向かいたい楯無としては早く振り切りたいところだが────。

 

「!」

 

気配と共に楯無の居る場所に閃光手榴弾が投げ込まれた。

彼女は即座にそれを水で包み、音を軽減。

光に関しては蒼流旋を盾にやり過ごした。

 

「っ」

 

そこへ小型のミサイルが一斉に飛来する。

都市部ではないとはいえ、なりふり構わない攻撃に楯無は思わず舌打ちした。

続くガトリング砲を横に転がる様にして躱しながら、楯無はISを完全に展開した。

 

 

────完全に夜が明ければ、振り切るのはさらに困難になる。

 

消耗は必然。

これ以上は無駄だと判断し、彼女は再度撃退へと身を乗り出す。

目指しているのはIS兵器の実験場でもあり、井神来玖留が潜伏しているであろう場所。

太平洋北に浮かぶ無人島であり、ここからは相当な距離がある。

ISで飛んでいく他ない。

 

彼女は追手を撃退しつつ、東を目指した。

 

 

 

 

 

───それから更に数時間後。

 

ゴトリと人が床に倒れた。

倒れたのはモスクワから退避出来ていない『更識』を狩らんとしていた者達。

全身を軽度ではあるが、武装しており体格はがっしりとした軍人のそれである。

─それらは井神来玖留の私兵であった。

数は8人───誰一人として立ってはいない。

 

 

一人少年のみ、それらの傍に立っていた。

防弾ベストに身を包み、関節部にはプロテクターも装備している。

あくまで動きやすさを重視している為か、気休め程度の装備である。

 

 

「よし、鈍ってはないな」

 

なんでもない様子で少年は呟く。

まるで久しぶりに競技をする選手のように、調子を確認する。

 

恐らく周囲には残りの私兵。

そろそろ異常に気付く頃合だと少年は冷静な思考を挟む。

聞こえる小さな足音。ピクリと彼は反応を示す。

 

準備運動は終わり。

──邪魔なものを蹴散らすべく今宮流星は再始動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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-73-

日常回を…日常回を書きたい…


室内に静けさが帰ってきた。

倒れ伏す武装集団。散乱したままの家具や硝子の破片。

一人立ち尽くす少年は改めて周囲を確認し、ひと息ついた。

 

「終わりましたよ」

 

近くの物陰から1人の女性が姿を現す。

纏められた金髪に碧眼、上部にフレームがない眼鏡、スラリとしたスーツ姿。

一般的なしっかり者のビジネスウーマン。

そんな印象の女性は眼前の光景に目を丸める。

 

「これは…」

 

倒れているのは井神来玖留の用意した私兵部隊。

軍のような規模の大きな装備はないとはいえ、一人一人の強さは言うまでもない。

この少年が1人でやったのか。

事態が飲み込めずにいる。

 

更識楯無から退避命令が出てそれなりに時間が経過した。

当主が多くの注意を引いている間にと関係者達は離脱を図ったが、それを井神来玖留は逃そうとはしなかった。追手を放っていたのである。

 

そして、いよいよ殺されるかといったところでこの少年が来て──今に到る。

敵か味方か。

物陰から出てきたのは、逃げられないと本能が告げていたからだ。

しかし───と冷静に彼女の思考が戻ってくる。

井神来玖留の勢力やロシア軍とは違い、敵と考えるには不自然だ。

 

「助かりました。貴方は一体…」

「ああ、暗がりだから顔がよく見えないのか」

 

と、流星はものぐさそうに呟きつつ数歩前に出た。

照明は殆どが壊れている中、残った微かな灯りにその髪色が照らされる。

その顔を見て『更識』である女性は理解した。

彼はIS学園に二人しか居ない男子の1人───。

 

「──なるほど、味方という認識で良いのですね?」

「はい。詳しい事は後で内海?ってやつや虚さんに聞いて下さい」

 

流星は先刻会ったばかりの強面の男を思い出しつつ、手持ちの武器の整備を済ます。

ヤのつく家業にしか見えないあのサングラスの男──しかし、楯無の有能な部下だと言うのだから、見た目とは頼りにならない。

 

相手の使えそうな武器も探りながら本題に入る。

 

「それで──今はどういう状況ですか?流石に現地単位の情報は無かったんでここには虱潰しで来たんです。教えてくれませんか」

「ええ、構いません。ですが念の為に本人かどうかだけ確認させて下さい」

「ならこれで」

 

流星は片腕だけ部分展開して女性に見せる。

万が一という事もあった為、本物か確認しようという考えは彼も理解していた。

手っ取り早く的確な証明。便利だと彼は一人考える。

 

「ありがとうございます。…それでは、これを───」

 

渡される小型の電子記憶媒体。

軽く手持ちの端末でスキャン───本物かつ破損も無さそうだ。

 

 

流星はそれを受け取りつつ、女性を連れてその場から離脱した。

──ひとまずこの場に居座るよりは良いという判断だ。

倒れている者達の端末もサラリとくすねておく。

 

『更識』である女性とはその場で別れた。

 

あくまで彼女も裏側の人間。

井神来玖留による邪魔が入らぬ限りは問題なく離脱可能だ。

更に情報は流星に渡している。最悪捕まっても問題ないと女性は口に出さずにその場を後にした。

 

流星が移動した先はある公園。

噴水の傍らで彼は腰を下ろす。

 

すぐに彼は手持ちの端末にて情報の中身を確認した。

 

ズラリと投影ディスプレイに並ぶ文字列。

論文さながらの情報量を彼は淡々と読み進めていく。

 

書かれていたのはここ数時間でのロシア軍と井神来玖留の私兵の動き。

この事件の核たる軍用機の詳細。

そして───米露合同軍事演習。

 

行われることは知っていた流星だが、まさかこの状況下でも決行するとは驚きである。

 

「!」

 

───そこである情報が流星の目にとまる。

井神来玖留の潜伏場所──それは合同演習の海上から更に北の無人島だという情報だ。

 

(────)

 

太平洋北のロシア国境内の無人島。

…なるほど、それならば邪魔は入らない。

流星は顎に手を当てて頷きつつそれぞれの地点の座標を読み込んでいく。

予想通り更識楯無の現在位置は不明のまま。

ただ、彼女の最終目標地点が知れたのは大きかった。

 

(…何か引っ掛かるな。ロシア軍側の動きもまだ余裕があるように思える)

 

彼は端末を仕舞いつつ目を伏せる。

今のモスクワの静けさや警戒態勢を見るに、ロシア軍側の追手が楯無へと向けられているのは確かだ。

だとしても余裕があるように感じられる。地方で大規模な戦闘の情報はない。

今のところは情報統制をギリギリで行える規模、または場所に限定しているのだろう。

 

にしても余裕がある。直感的な判断もあるが──と流星は考える。

井神来玖留の勝ちを確信しているのか──または楯無をどうにかする算段があるのだろうか。

 

(さて───)

 

顔を上げ周囲を見渡す。

入国から少し。

更識に対し過敏になっているロシア軍や井神来玖留勢力なら、そろそろ流星(イレギュラー)に気が付く頃合だ。

 

先程やこれまで潰した部隊の端末から情報を覗き見る。

IS頼りの手法───専門の人間よりは遥かに拙い。

 

得られた情報は相手側の部隊数とロシア軍の主な指示。

楯無の追撃に関して今はロシア軍に任せているようだ。

余計な衝突だけは避けるべく、一定の情報は共有しているらしい。

 

 

(好都合だ。井神来玖留の私兵部隊を一掃しつつ、情報を得る)

 

 

そうと決まればと少年は次の場所に移る。

渡り歩く場所は惨状そのもの──あっさりと殺された屍の数々。

変色した赤色の水溜まりを前に彼は眉をピクリとも動かなさない。

 

 

 

 

────既に幾つかの部隊が潰された事が分かっていたのか待ち伏せされていた。

物陰からの火花に対し、彼は姿勢を低くし駆ける。

重なる僅かな足音、向けられる銃口の数。

薄暗い中を彼は刹那で把握して、拳銃の引き金を引いた。

 

配置が鮮明に頭の中に浮かぶ。

銃はAR。膠着すれば押し負ける。

少年は近くの物陰へと滑り込んだ───ホルスターからナイフを抜く。

無駄が省かれた鮮やかな動き。

逃げ場のない銃撃には敵の1人を盾に一瞬を稼ぐ。

 

 

相手の戦力を見誤ったと気付いた敵は、待機している者にも指示を出した。

 

(挟撃───)

 

流星は倒れた男の装備からARを奪い、廊下の角へと飛び込んだ。

彼の影を追うように銃痕が壁や床に刻まれていく。

コンクリートが欠けることにより微かに粉塵が舞った。

 

非常階段からの足音。

挟撃を許せば不利になる。

彼は先に非常階段への扉を開けた。

力任せに開けた為、重い金属扉が大きく音を立てる。

 

「──」

 

ドンピシャの鉢合わせるタイミング。

不意に対応しようと動く相手よりも速く───引き金を引いた。

小さな呻き声が聞こえる。

畳み掛けるように接近戦を仕掛け、残った者達も崩れ落ちていく。

向けられる銃口に怯むことなく懐へ。

反応してナイフを引き抜いた者も、気付けば天井を仰ぎながら床に叩き付けられていた。

 

 

挟撃を無事阻止した彼は、そのまま別のフロアから回り込む。

 

 

────制圧に十分も掛からなかった。

付近を確認しながら、流星はARをその場に投げ捨てる。

 

その服に汚れは一切付着していない。

如何に訓練を積んでいようと、如何に統率されていようと──戦況が雪崩のように動き出せば彼の独壇場であった。

 

 

 

(──)

 

流星は倒れている男の持ち物を物色する。

その男は先程指示を出していた──部隊長か何かだろう。

電子端末を拾い上げ、確認する。

作戦会議用の小型投影ディスプレイだ。

地図などの情報を空間に投影し、視覚的にも分かりやすく共有する為のものである。

 

「!」

 

そこに記されていたのは、私兵部隊の位置だけではない。

現在のロシア軍特殊部隊───ひいては楯無を追っている連中の所在だ。

つまり、その先に更識楯無がいる。

 

 

「…見付けた」

 

1人呟きながら、彼は端末を仕舞う。

示された座標は遥か東───。

想定より遥かに目的地近くまで進んでいた。

 

「───」

 

───彼は即座に支度し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「………」

 

所かわりIS学園の第3アリーナ。

その中心には1人の小柄な少女が立っていた。

 

ISスーツ姿で仁王立ち状態。

相変わらずの猫背ではある──腕を組み、人差し指がトントンと二の腕を叩く。

彼女の顔には『The 不機嫌』と書かれているようであった。

 

誰かを待っているが、その人物は一向に現れない。

彼が休学である情報を二年生の彼女は知る由もない。

また、一年の専用機持ちにしか千冬が説明していなかったことが起因している。

 

「遅いっス…」

 

苛立ち混じりに呟くフォルテ。

ダウナー気質な彼女もここばかりはプンスカと怒りを露わにしている。

 

 

「──どうした?あいつはいねえのか?」

 

声の方へフォルテは視線をやる。

そこに居たのは金髪オレ様系美少女、ダリル・ケイシーだ。

 

「そうっス!折角こっちが準備済ませて待ってるのに、一向に来ないんスよ!?どこで道草食ってるんスか今宮(あいつ)

「連絡とか来なかったのか?」

「それが全然。更にはこっちから連絡しても繋がらないっス」

 

フォルテの言葉にダリルは意外そうな表情を浮かべた。

少年について、そういう部分は律儀な人間である───と認識していたからだ。

 

「なにかあったのかもな」

 

生徒会長不在の件を思い返しながら、ダリルは頭を搔く。

不用意に探れば勘づかれる事もあり、彼女も流星が学園に居ない事を知らなかった。

休学に関しては公の情報であるものの、特別告知された訳でもない。

また理由に関しては一年生専用機持ち達以外には知らされていなかった。

 

「それならそれで連絡位欲しいんスけど」

「とりあえず聞いてみるか」

 

ダリルはフォルテと共にアリーナから移動する。

その際すれ違った一年生達に二人は流星の行方を聞いた。

 

────聞いた話によると、休学しているらしい。

今朝から突然のことだったと語られる。

 

「休学ってどういう事っスか」

「さあな。ISの整備先を探しに幾つかの施設に訪問……っても──」

「随分と急っス」

 

フォルテの返しにダリルも頷く。

ロシアの研究施設の件はフォルテの耳にも入っていたが、それと流星が結び付かないのも無理はなかった。

──何よりそれならそれで少しくらい連絡を入れろ、と怒りを再燃させている。

 

一方でダリルの方はフォルテと普通に会話しながら、確信を持つ。

今宮流星は間違いなく更識楯無の件に関与している。

 

(流石にこりゃあ叔母さんに知らせた方が良さそうだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───、部隊が潰された?」

 

ところかわりロシアのある無人島。

正確にはその一角にある実験施設で井神来玖留は不満げに声を出した。

廃棄された施設を改築したからか、内装は外観に比べ豪華──高級ホテルさながらであった。

 

『───』

 

報告を聞きながら、彼女は眼前に投影ディスプレイを展開する。

映し出される被害状況や現場の状態。

その様からするに、他組織の動きと言うより個人による介入だ。

とはいえ自身が手配した部隊がそう簡単にやられるとは思えなかった。

 

詳細を聞き、情報を照らし合わせる。

最後にやられた部隊は辛うじて更なる増援を要請しようとしていた。

それも叶わなかったようだ。

 

(状況を見るに畳み掛けるまでが早い。純粋な銃撃戦もだけど、複数相手にこうも立ち回れるのは────)

 

少なくとも、今の更識には居ない。

手練はいてもここまでの実戦───生身での銃撃戦への慣れは、早々培えるものではない。

 

 

────彼女のISの回線に通信が入った。

 

私兵部隊へは一定の指示を送り、即座に其方へ折り返す。

すぐに女性の声が聞こえてきた。

 

『調子はどうかしら?来玖留』

 

「…スコール」

 

声の主に対し、来玖留は眉を顰める。

このタイミングでの連絡──相手の意図を来玖留は察していた。

 

「順調だよ。更識楯無は消耗しながらこっちに向かってるし、『更識』自体も動けない状態。殆ど(ウチ)の思惑通りに事は進んでる」

 

『殆ど…ね。なにか想定外の事でもあったの?』

 

「知ってるのにとぼけちゃって。今更探り合う必要なんてないでしょ。──ハッキリ言えよスコール」

 

来玖留は語気を強める。

先までの温和な様子から一転──表に出る元対暗部組織の貌。

空気がピリつく中、端末の向こうでスコールはクスリと笑っていた。

じゃあ遠慮なく──と前置きを入れスコールは告げる。

 

『貴方、このままだと失敗するわよ?』

「───へぇ、理由は?」

『数時間以上前にIS学園から1人の男性IS操縦者が姿を消した。後は分かるでしょう?』

「──!」

 

スコールの発言に来玖留は目を丸めた。

同時に納得する。

今宮流星(あれ)ならば確かに自身の部隊を相手取れる。

 

「それで?教える為だけに連絡を寄越した訳じゃないでしょ?」

『そうね。話が早くて助かるわ。関与する気はないと言ったけど、交渉次第で手を貸す位ならしてあげる』

「…幹部会の情報を報酬にってワケ。都合が良いじゃん」

『どうせ貴方も私達への交渉材料(カード)として持ってたのでしょうし、悪い話じゃないと思うの』

 

と、スコールの言葉に来玖留は口角を上げた。

彼女の言う通りこのような事態への保険として、来玖留はそれを隠し持っていた。

どの道遅かれ早かれ──ではあるが、態々向こうから話を持ちかけて来たのだ。

 

「そんなに情報が欲しかったんだ。そうだよねー、大変だもんね?スコール・ミューゼル」

『ふふ、貴方程じゃないわよ』

 

端末越しに互いの殺気が伝わってくる。

来玖留は薄ら笑いを崩さず、椅子から立ち上がった。

 

「いいよ、情報をあげる。但し前払い分だけだからそこんとこヨロシク」

『ええ、構わないわ。流石に前払いで全部くれる程太っ腹ではないでしょうし』

「ウケる。今の状況でそれする奴はただの間抜けでしょ」

『それもそうね』

 

先までの張り詰めた空気もいつの間にか消えていた。

飄々とした様子で会話する二人の女性。

来玖留はデータを準備しつつ、再度端末の向こうに問いかけた。

 

「それで、念の為聞いとくけど誰を寄越してくれるの?」

 

『──────エムを貸し出してあげる』

 

 

 

 

 

 

 

──ロシア東部。

今宮流星は突如入った通信に気が付いた───。

 

(!)

 

タイミングとしては、楯無へ差し向けられていた追手を制圧した直後。

相手にしてたのはロシア軍の秘蔵部隊。IS操縦者も混ざっては居たが──楯無との戦闘により消耗していたのか、不意打ちからあっさりと持っていけた。

そもそも向こう側としても、追手が背後から奇襲される事を想定していなかったらしい。

 

制圧した部屋の中で流星は端末を取り出す。

 

 

───連絡元は布仏虚。

基本的に探知される事を避ける為、極力連絡をとる事は避けていた。

そんな中の連絡。流星は迷わず端末を手に取った。

 

「…虚さん?」

「流星君、無事ですか?」

「はい」

 

確認に対し、返事をする。

虚としても安堵したのかすかさず本題に入った。

傍受されないように細工しているとはいえ、それも僅かな時間のみである。

それは流星も承知していた。

 

「…なにか問題があったんですか」

『お嬢様の向かっている場所に、ミサイルが撃ち込まれると情報がありました』

「っ!」

 

突然の情報に流星も驚きを隠せなかった。

楯無の向かっている先──それは井神来玖留の潜伏場所でもある。

そして、現在ミサイルを撃つ環境が整っている場といえば────。

 

「合同軍事演習ですね…」

『はい。どうやらその一環として、ロシア領旧軍事実験場を爆撃するとの事です』

「ISはそんなものじゃ倒せない───となると、井神来玖留と戦って疲弊しきったところを狙う気か───」

 

流星は舌打ちする。

そもそも首謀者の一人である井神来玖留がその事実を知らないわけがない。

となると、これは自身が倒された時の保険だろう。

 

ここまでで楯無は間違いなく消耗している。

その上、井神来玖留との戦闘───勝敗がどうなれど、余力が残るかは怪しかった。

 

少なくとも、その脅威も排除しなければならない。

 

 

「───虚さん」

 

流星の声色の変化に虚は言葉に詰まった。

彼のやろうとしていることを理解し、しかしそうするしかない現状に唇を噛む。

 

『分かりました。現状判明しているデータを送ります。──目標は軍事演習で使用される対艦弾道ミサイルの破壊もしくは機能の停止。…勝手を承知だけど……くれぐれも無茶は───』

 

「──なるべくしませんよ。ありがとうございます」

 

礼を告げ、流星は通信を切る。

遅れて送られてくるデータを彼は確認した。

 

軍事演習はあくまで公的な側面が殆である。

故に一定の情報はあらかじめ開示されており、これまでに得たデータよりは遥かに充実している。

これなら、と流星は視線を海の方へと向けた。

 

 

 

更識楯無はじき井神来玖留のもとへ辿り着くだろう。

ゆっくりはしていられない。

 

 

 

 

 

──────そうして、同時刻。

 

 

 

「やっと、追い付いたわよ。井神来玖留」

 

「───なんだ、元気そうじゃん。お茶でもする?」

 

 

水色と蒼。

廃棄された実験場にて、二つの影が相対していた───。

 

 

 

 

 



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-74-

正直な話、父親はあんまり好きじゃ無かった。

趣味の悪いインテリアに高慢な態度。

挙句、(ウチ)が楯無ちゃんと仲良くし始めた頃からは更識更識と口煩くなった。

 

…厄介な事に、能力は間違いなく優秀だった。

線引きを決め徹底して周囲ごと政敵を葬るやり方は、強引さはあれど対暗部に相応しかった。

守る更識とは違い、排除に重きをおいた家系故に父親は悪人側の人間だった。

 

一応、次代としても期待されてた(ウチ)には優しかった。

口ぶりはアレでも父親。期待してたのだろう。

……そういう話になると、決まって暗い顔をする時があったケド。

 

 

そんな訳で、なんか色々企んでた父親が■されちゃった時は仕方ない(・・・・)って思ったし。

 

だってあの状況だと、下手すれば楯無ちゃんが■られてた。

正当防衛。そして父親の自業自得。楯無ちゃんを責めるほど(ウチ)も子供じゃない。

 

 

父親を■された後も、(ウチ)は普通に楯無ちゃんに接してた。

 

それなのに─────楯無ちゃんは時折辛そうにする。

だからさ、そんな顔しないでよ。

人を■す覚悟なんて楯無ちゃんもとっくに決まっていたでしょ。

あの当主の(かお)も本物だって(ウチ)は知っている。

友達の肉親だから?やめてよ。当主の時位は冷たいだけの人で居てよ。

───(ウチ)が普通にしてるのが、おかしいみたいでしょ。

あれは仕方が無かった。なのにどうして─────。

 

 

(ウチ)がひとでなしなのか、はたまた自分を無理矢理納得させているのか。

 

そんな疑問が自分の中で積み重なっていく。

 

 

そんな時だ。

(ウチ)は偶然、書斎の奥に隠された箱を見つけた。

 

そこにあったのは、父親の遺書。

書かれていたのは苦悩と(ウチ)への謝罪だった。

 

動機は思ってたのとまるで違った。

──(ウチ)を日本一の対暗部組織の長にしてやりたい。

歪んだ愛情が、狂気が───全ての発端だった。

この終わりも見越して、全て(ウチ)に伏せていたようだ。

 

本当に、頭の中がぐちゃぐちゃ。

締めに優しい言葉で飾らないでよ。気持ち悪い。

(ウチ)を心配するような事を書かないでよ。

嫌い、ホントに嫌い。無茶苦茶ばかりでこっちの気持ちとか考えないで、全部掻き乱して─────。

 

やっとそこで気付いた。

嗚呼、あんなんでも(ウチ)は好きだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───なんだ、元気そうじゃん。お茶でもする?」

 

「お生憎様、そんな暇は無いの」

 

井神来玖留の言葉に楯無は肩を竦めた。

廃棄された実験場。その屋上で二人は正面から睨み合っている。

 

建物の周囲には生い茂る緑。

錆びたパイプは建物の至る箇所に伸びている。

様子からして見えている部分だけでは無いのだろう。

地下にも空間がある。恐くそこを改造して拠点にしていたのだと楯無は考えた。

 

───自身達以外は誰も居ない。

来玖留は自らの手で仕留める気だと、楯無は悟った。

 

「井神来玖留、降伏してISのコアを渡しなさい。そうすれば──」

「命だけは助けられる?優しいね。でもさ、その話に(ウチ)が応じると思ってるの?」

「───」

 

来玖留の言葉に楯無は目を細めた。

彼女から叩き付けられる剥き出しの殺意。

楯無は改めて衝突は避けられないと理解した。

 

 

バチりと来玖留のまわりを銀色の電撃が走る。

同時に水滴が楯無の周囲に浮かびだした。

 

 

正面からぶつかり合う視線。

瞬きすら許さず、閃光と水流が炸裂した。

 

「「────」」

 

正面からの閃光。

湾曲して迫る水流。

互いに対しての先手は空振りに終わる。

元いた場所は攻撃を受け、砕け散っていた。

 

 

完全展開されたISはそれぞれ後方へ、空へと回避している。

 

緑の機体『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』を纏った来玖留は口角を吊り上げる。

翳す掌──銀雷(セレブロ)と呼ばれる第三世代兵器が再び振るわれた。

 

 

(───フェイント)

 

潜り込んで反撃を一瞬考えた楯無。

だが、微かな来玖留の挙動の違和感から更に上空へと後退した。

 

銀色の電撃は虚空を割く。

晴れた視界に現れたのは数十発のミサイル。

楯無は蒼流旋の先端部によるガトリングで薙ぎ払うように撃ち落とした。

ガトリングとはいえ数多のミサイルを鮮やかに撃ち落とす様は、彼女のずば抜けた技術があってこそ。

 

残るミサイルを撃ち落とさず、楯無はアクア・クリスタルから水流を放った。

ミサイルを貫き爆風から現れる水流───しかし来玖留もそれを電撃を纏った大鎌で切り裂く。

 

水流を盾に瞬時加速(イグニッション・ブースト)をした楯無は、ラスティー・ネイル───蛇腹剣にアクア・ナノマシンを纏わせ斬りかかっていた。

 

 

「────ハッ!」

 

金属音が幾度も鳴り響く。

学園祭襲撃時とは違い、此度は屋外での戦闘。

旋回軌道を織り交ぜながら、二機は互いへ武器をより立体的に振るう。

 

リーチは来玖留、小回りは楯無に分がある。

空中での踏み込み、薙ぎ払い、腕や体による打撃。

一流のIS操縦者らによる剣戟に観客は居ない。

 

二戦目という事もあって楯無は無闇にアクア・ナノマシンを使用しなかった。

 

扱う場面は最小限の消費で済む場合だけと決めている。

故の蛇腹剣(ラスティー・ネイル)。鋭さを上げた高威力の一太刀を主軸に立ち回ろうとしていた。

既に消耗している楯無はあまり受けに回らない判断だ。

 

 

来玖留は片手で大鎌を振るいつつ、空いた手で銀雷(セレブロ)を放つ。

 

銀雷(セレブロ)は掌を起点に攻撃を放つ武装だ。

これはアリーナ地下や研究施設を破壊した時のように全身から出す場合も同様であり、絶対に起点が存在する。

 

「───」

 

(流石に銀雷(セレブロ)の特徴に気付いてるか───)

 

楯無はそれに気付いていた。

銀雷(セレブロ)の発動タイミングで後方へ距離をとる。

 

勿論、回避だけには留まらない。

攻撃を放つ来玖留を包囲するよう水流を走らせる。

狙うは放出直後のカウンター。彼女が楯無を狙う瞬間を突く───!

 

激しく逆巻く水流は来玖留へ向かう。

 

「──けど甘いかな、更識!」

 

来玖留は楯無から視線を離さずに声を上げた。

 

───水流は何かに遮られ消し飛ぶ。

来玖留の周囲に浮かぶのは緑の小型の機械───球状のドローンだった。

 

 

(───!)

 

楯無は反射的に全面に水の壁を作り上げる。

彼女のISが纏うアクア・ヴェールと同じく──アクア・ナノマシンによって作られたもの。

 

それは本来なら相手の攻撃を凌ぎ切る防御力を有していた。

アラートが遅れて鳴る。

バチりと雷──それは細く気付けば楯無の周囲から幾つも襲ってきた。

 

 

「───っ!!」

 

 

堪らず楯無は武器を振るうが防ぎ切れない。

彼女の防御や反撃も数の暴力を前には無意味だった。

小規模の爆発が数度起きる。

喰らいながらも楯無は来玖留から距離をとった。

 

 

当然、来玖留は追撃へと移る。

楯無の意識は即座に来玖留の武装へと向けられた。

電撃を纏った大鎌、掌から放たれるであろう銀雷(セレブロ)、腕部装甲についた小銃────そして、銀色の電撃を纏いながら宙を舞う小型のドローン。

形状は球、色は緑、装甲に覆われた見た目の割に素早い。

上部には小さなプロペラが1つ付いていた。

 

 

「逃がさないから」

 

 

ドローンは楯無が視認したもので八機。

それを来玖留は高速で周囲へと分散させた。

一方で緑の機体は一直線に楯無へ向かっていく。

 

近中距離対応の武装──銀雷(セレブロ)

基本的な弱点は無く、エネルギー問題も大半が解決。

攻守双方に於いて優秀のひと言に尽きる。

不得意な部分としては、精密な攻撃と手数。

 

「っ」

 

大鎌を受け流し、楯無は返しに水刃を繰り出す。

水刃は周囲からの複数の電撃により、瞬時に霧散した。

 

 

──このドローンは不得意な分野をカバーしている。

加えて、遠距離戦も可能にしていた。

 

「!」

 

来玖留に対し楯無は敢えて仕掛ける。

軸をずらしながらの宙返り(サマーソルト)で二発の電撃を躱しつつ、蒼流旋に持ち替え───振るった。

来玖留は反応して大鎌で受け止める。

大鎌に纏った電撃は水流で楯無には流れないように防いでいた。

重い一振りを受け止めた来玖留はすかさず掌を翳す。

 

「「─────」」

 

銀雷(セレブロ)を放たれるより早く楯無は機体ごと突進。

空中──ISで行っているが、中華拳法を応用した体当たりだ。

 

咄嗟に機体を傾け、スラスターからの出力も利用して来玖留は受け止める。

想定通り。

ドローンからの電撃をアクア・ヴェールを複製して受けながら────楯無はガトリング砲を接射した。

 

 

「チッ───」

 

面倒臭そうに来玖留が舌打ちする。

数発受けたが彼女は楯無を蹴りつけ、離脱。

彼女は掌を振るい弾丸ごと消し飛ばすように銀雷(セレブロ)を放った。

 

楯無は迷わず水流を生み出す。

格段に広い横薙ぎの閃光に対し、一本の槍のように水流を放つ。

 

 

 

両者の間で白い煙が噴出した。

 

 

 

「っ!」

 

地面スレスレまで下降する水色の機体。

何とか体勢を立て直し、空を見上げた。

 

緑の機体は未だ健在。

今ので微かにダメージは入ったが、それは微々たるもの。

消耗している楯無側からすれば厳しい状況だ。

 

 

「まさか、そんな武装を隠し持っていたなんてね」

 

楯無は眉を顰めながら来玖留の周囲へ視線をやる。

彼女の周りをクルクルと旋回し続ける十二(・・)機の小型ドローン。

ロシア軍の一派が全てを注ぎ込んだもう1つの武装───『天の球体(グラス)』。

関係者からは『目』と呼ばれているその武装は、銀雷(セレブロ)の技術とビット兵器の技術を組み合わせたものであった。

 

 

「驚いた?──しっかし流石じゃん。大ダメージ位は狙ってたのにしくじったかな」

 

「余裕ね。今この瞬間に仕掛けないなんて、臆病者なのかしら」

 

楯無は来玖留へ挑発的に話し掛ける。

対して来玖留は余裕を崩さない。

大鎌を肩に掛けながら、見下ろしていた。

 

 

「そりゃーさ余裕じゃん。ここまで準備してアンタを孤立させて、やっとこの場所まで来た。噛み締めて然るべきじゃない?────何より、優位なのは消耗してない(ウチ)の方。確実にしっかりと仕留めに行くに決まってるから」

 

 

相変わらずその辺は冷静らしい。

楯無は来玖留の発言から彼女の様子を頭に入れる。

短期決戦を狙いたい楯無だが、来玖留はそれを許さないだろう。

 

 

「なら正面から勝つまでよ」

 

蒼流旋の先端が跳ね上がる。

楯無はガトリングの引き金を引きながら横へと飛んだ。

 

「!」

 

楯無の直前まで気取らせない攻撃にも来玖留は即座に対応する。

弾丸を彼女は銀色の壁で防ぐ。

 

静止状態からの急加速。

それを追うべくドローンは蜘蛛の子を散らすように来玖留の周囲から離れた。

 

──水流がアクア・クリスタルから現れる。

来玖留の放つ電撃と相性が悪い事は勿論楯無も理解していた。

ドローン───もとい『目』から電撃が襲いかかる。

 

楯無はそれらを水流を駆使して逸らした。

逸れた(いかづち)は地面を砕く。

 

(ふーん、空気中の水分も利用してナノマシンの消費を抑えに来るか)

 

その分威力や精密さは落ちる、と来玖留は分析しつつ武装を展開する。

彼女の大鎌が量子化し、代わりに展開されたのはレールカノン。

長い砲身を慣れた手つきで構えつつ照準を楯無へと合わせる。

 

 

(くる───)

 

七機の『目』による電撃が背後や頭上から楯無へ迫る。

このドローンにはビット兵器とは違いわかり易い銃口が存在しない。

つまり射角が存在しない為、どこからでもどのタイミングでも攻撃が可能であった。

 

───ただ、タイミングに関しては微かに予兆がある。

バチりとドローンが電撃を纏う瞬間を楯無は見逃さない。

 

 

降り注ぐ(いかづち)を楯無は速度で振り切ろうとする。

 

 

(────!)

 

雷を避けた先へと放たれるレールカノンの砲弾。

電撃とは違い逸らすのは不可能。

楯無は迷わずアクア・クリスタルからヴェールを作った。

先までの消耗を抑えたやり方とは違う、完全なアクア・ナノマシンのフル活用。

 

 

翳した掌の先にできる水の壁は砲弾を受け止める。

衝撃の凄まじさを物語るように轟音が聞こえた。

 

 

「っ────!」

 

砲弾は通常のレールカノンのものと違い、銀雷(セレブロ)を組み合わせたものだった。

砲弾に纏わせた微量の電撃が防御に使ったアクア・ナノマシンの制御を奪う。

砲弾こそ凌いだが───と険しい顔の楯無。

 

 

即座に次弾──加えて『目』からの電撃が絶え間なく降り注ぐ。

楯無は水流で自身の軌道を強引に変え、ギリギリで回避する。

 

 

 

ドローン一機に狙いを定め、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近。

回避先を読んで水刃を叩き込んだ。

 

──『目』は銀色の光を纏い、何事も無かったようにそこにある。

 

 

(防御した───!)

 

ドローンの様子に楯無は目を丸める。

反撃とばかりに光を放つドローン達。

 

急いで回避に移るも楯無の左腕に電撃は直撃した。

 

 

「ぐっ──────っ!?」

 

 

小規模の爆発が起き、左腕の装甲に傷が入る。

体勢を素早く立て直して続く電撃を上空へと移動して躱した。

 

 

 

来玖留は依然として楯無との距離を保っている。

攻撃として放たれる水流や水刃、ガトリングを防ぎつつ警戒は怠らない。

 

ドローン達もまた楯無の一定距離には決して近付かない。

徹底した立ち回りだ。

 

更にはドローンも防御の手段を有している。

来玖留自体が自分を守ってたのと同じ銀雷(セレブロ)の応用だろう。

 

 

今の手応えからして、

────アレを突破するには出力(・・)が足りない。

 

 

「ほらもっと頑張れよ───更識ィ!」

 

 

思考を走らせる楯無に対し、真横から雷が襲いかかる。

 

十二機による波状攻撃を水流による逸らしと回避で凌ぎつつ、砲弾を蛇腹剣(ラスティー・ネイル)で切り裂く。

明らかに消耗を強いられている状況は変わらず。

 

完全に攻撃も凌ぎきれてはいない。

来玖留の方も楯無の動きにどんどん対応していっている。

 

(不味いわね)

 

胸中で呟く楯無へ、幾度目かの電撃が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───米露合同軍事演習。

それはロシアの空母にて、米軍より数多く提供された新兵器の数々を試す為のものであった。

位置としてはロシア、比較的公海が近いのは陸地から距離をとる為である。

 

数多くのアメリカ軍人が参加しており、比率としては空母内のロシア軍人を微かに上回る。

理由としては一部特殊部隊や精鋭が出払っていることもある。

 

本来なら何の変哲もない訓練。

大国同士といえど特におかしなものでは無いはずであった。

 

しかし状況は一変する。

ロシア国内で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のコアの反応が現れ───すぐに消えた。

同時に起こる研究施設の事故。

 

軍事演習内、各軍に緊張が走っていた────。

 

 

 

(潜り込めた…か)

 

───そして、オレンジ髪の少年は空母に何とか忍び込んでいた。

彼が利用したのは補給艦。

空母の運用も含めての訓練の為、このような長期想定の行動も織り込まれていたのは幸いだった。

 

それを経由しての潜入。

ここまでの大掛かりなものは初めての為、彼としても賭けに近かった。

多少更識家の助言を聞いていたとはいえ現実感が未だない。

 

 

 

その場から人が居なくなったのを確認し、空母内の通路へ出る。

 

時刻としては軍事演習手前。

大抵の軍人は整備や確認、点呼の為に上階──外へ出ているだろう。

 

彼の格好はロシア軍の特殊部隊の服──先の追手の着ていたものだ。

不審な格好には違いないが他の格好よりはまだマシだろう。

 

補給艦の人間から奪う選択肢はあったが、それでは点呼のタイミングで異常事態だと察知される。

 

 

(それにしてもやけに広い。面倒だな)

 

大型の空母故の広さに流星は溜息をつく。

彼の狙いは弾道ミサイルの制御基盤や周辺装置、発射台──どれかの破壊。

 

弾道ミサイルそのものを攻撃して破壊も選択肢にはあるが──それはあくまで最終手段であった。

 

戦闘機の破壊は視野に入れていない。

IS相手の戦闘機は自殺行為だと全世界共通の認識だからだ。

弾道ミサイルのような破壊力と突発性のみが、不意打ちとして機能する。

それでも混沌としている場に打ち込む前提───ISのトンデモさを改めて思い知る。

 

 

閑話休題。

 

ISのセンサーで探知していた地図からして、通路は食堂を横切る。

今の時間ならば居ても少数。

不審がられない程度に素早く横切ろうとして──────。

 

 

「おーい、コックを見なかっ───たか?」

 

「!」

 

アメリカ国家代表IS操縦者──イーリス・コーリングと鉢合わせた。

それも向こうは誰かを待っていたらしい。互いに実力者であるせいで物音も最小だった事が災いした。

 

「あん?ロシア軍の勲章?にしては珍しい服だな」

 

「申し訳ない。急いでいるので」

 

咄嗟に帽子を深くかぶっていた為、顔は直視されていない──筈だ。

言語も辛うじて対応出来た。

彼女に背を向けそのまま歩く。

 

驚きはしたが向こうも流星とは分かっていない。

他国の人間と思われる相手に突っかかることは避けるだろう。

 

───そう、相手がイーリスでなければの話。

 

 

「いいや、待ちなそこの軍人。帽子をとって顔を見せろ」

 

「…」

 

カチャリと拳銃の銃口が向けられる。

彼女の嗅覚とそれに従う胆力に流星は内心舌打ちした。

 

「おら、早くしねーとぶち抜くぞ。アタシは気が長い方じゃないのは知ってるだろ」

「面倒な────」

「!」

 

流星は振り返りざま帽子を投げ、姿勢を低くして足払いを見舞う。

銃声と共に帽子に穴が空く。

イーリスは驚きつつも足払いを後方へ躱した。

 

「成程、お前か──!今宮流星───」

 

すかさずイーリスは空いた手でナイフを抜く。

姿勢を低くしたまま踏み込んできた流星目掛けてソレを振るった。

 

両者の間で金属音が響く。

鋭い少年の突きをイーリスは弾いて逸らしていた。

 

「やっぱりやるなお前!」

「そいつはどうも!」

 

拳銃を再度向けられるより速く少年は前へ出る。

ナイフを滑らし、狙いをイーリスの脚へと変えた。

 

「!」

 

イーリスはナイフを投げる。

狙いは少年の頭──勿論少年はそれを躱す。

ただし少年のナイフはそれにより軌道が変わる。

 

イーリスの拳銃は弾かれ、通路へと転がった。

 

ISもある──これ以上は時間の無駄と少年は大きく後退した

二人は睨み合う形になる。

イーリスはナイフをクルクルと回しながら口を開いた。

 

「まさかお前も関わってるなんてな。更識楯無を助けに来たか?」

「……さあな」

「いいや答えてもらうぜ今宮───福音のコアの在処を知ってるんだろ?」

「知るか──自分で考えろ」

 

イーリスの問いに流星は取り合わず。

懐から何か取り出し、ピンを抜いた。

 

投げ捨てられた閃光手榴弾はイーリスの目の前で炸裂する。

その瞬間に少年はISを展開し通路を高速で移動した。

狭い通路だがスラスターを調整すればギリギリ飛行が可能。

『時雨』の小柄がここで活きる。

 

態々時間を食う必要はないと彼は目標へと急いだ。

 

 

「こんなので振り切れるかよ、このタコ!」

 

「無茶苦茶だな…!」

 

流星は煩わしそうに背後へ視線をやる。

狭い通路を無理矢理ISで飛行し、流星を追い掛けるイーリスの姿があった。

震える牙(ファング・クエイク)』──アメリカの第三世代ISだ。

安定性と稼働効率が優れた、高機動近接格闘機。

装甲も分厚く──このような室内でのぶつかり合いとなれば、小柄な『時雨』は不利だ。

 

 

(曲がり角で振り切れるか───?)

 

無理矢理進んでくるイーリスも、曲がり角をあの機体では通りきれない。

下手に攻撃は行わず流星は角を曲がった。

 

ニタリとイーリスはそこで笑みを浮かべる。

彼女の背後のスラスターが一斉に大きな光を放った。

 

 

「舐めんな───!!」

 

「!!」

 

急加速と同時に通路の壁が打ち砕かれる。

曲がり角で減速するどころかイーリスは加速し───曲がり角自体へ突っ込んできたのだ。

 

 

一気に詰まる距離。

勢いに任せイーリスは拳を振るった。

 

 

「っ!」

 

即座に振り返り流星は両腕で彼女の拳を防御する。

しかし受け止めきれず、彼は遥か後方の壁まで殴り飛ばされる事になった。

 

壁にクレーターが出来、そこから流星は崩れ落ちそうになる。

震える牙(ファング・クエイク)』の出力を身をもって体感した流星は正面のイーリスを睨みつつ静かに立つ。

未だ両手は痺れていた。

 

 

「答えりゃ少しは優しくしてやるぜ?ナタルの恩もあるしな」

「なら見逃せよ、脳筋女」

「そいつは無理だ。とっ捕まえてナタルへの手土産にすんだよ」

 

よりによって1番面倒なのに見付かった、と流星は悪態をつく。

当然アメリカサイドからすれば、情報を握っているであろう流星は是が非でも確保したいだろう。

更には男性IS操縦者という観点もみれば、余計にだ。

 

───だが、と流星は考えを変える。

流星のこの空母での目的をイーリスが知る術はない。

 

異常事態を知らせるベルが鳴り響く。

騒ぎになった以上、更に猶予は無くなった。

 

彼女が周囲を気にせず戦闘を行うのならば、利用してやればいい。

戦闘しつつ目的の物周辺まで突き進む────!

 

彼の鋭い視線を見て、やる気と悟ったイーリスは好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

「アー・ユー・レディ?」

 

「───」

 

言葉を返すこと無く彼はアサルトライフルを構えた。

引き金が引かれ、狭い通路の中銃弾がイーリスへと襲い掛かる。

 

イーリスはそれをヒュゥ、と口を鳴らながら構わず流星へと突っ込んだ。

鉄拳を躱し、流星は横へ一歩飛ぶ。

ISを部分展開へと変えて通路を転がるように距離をとる。

 

小柄な『時雨』といえど、ここまで狭い空間ではこうでもしないと小回りは活かせない。

身体を反転させた直後、彼の手にはグレネードランチャーが握られていた。

 

 

「ハッ──!」

 

同様にISを一瞬部分展開へと変え、イーリスは天井を蹴る。

標的を失った榴弾は通路の壁を爆破し──周囲を破壊する。

 

 

イーリスは片手にIS用のナイフを握り、彼に切りかかった。

流星もまたナイフへと持ち替え応戦───数度切り合い後方へとスラスターの出力任せに離脱する。

 

イーリスはそれを逃がさないようにISを完全展開し、一気に距離を詰める。

周囲の通路などお構い無しの拳を振るっていた。

 

流星も目的の為に上手く立ち回れてはいる。

しかし、相手はアメリカ国家代表IS操縦者。

狭い通路の中躱しきれず機体による突進を受け、壁に叩き付けられる。

 

「っ、」

 

肺から強制的に息が吐き出され、瞬間的な呼吸困難に。

続く追撃を彼は体術でいなす。

 

 

そうして、飛び道具を展開。

ヒットアンドアウェイに徹しつつ、通路を逃げ回るように戦闘を続行した。

 

 

 

そして、戦闘開始から数分が経過した辺りで─────ソレはやってくる。

 

 

 

「「!!」」

 

 

地響きとも取れる振動が二人のいる地点まで伝わってきた。

無論海上である空母において地震はこのように影響しない。

爆発音だと二人は瞬時に判断し、互いに飛び退いた。

 

 

───轟音と共に二人の真ん中の天井が崩れ落ちる。

現れる1人の女性────ISを纏い、周囲に水流を浮かべたその者は流星の方へとランスを構えた。

 

 

「動くナ、動けば分かるナ?」

 

 

侵入者を捉えるべく現れた狐目(・・)の女性は、してすぐハッとした表情になり怪訝な表情で首を傾げた。

 

 

「────どうして貴方、お姉さまト同じシャンプーの匂イがするノ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






─────変態(ログナー)強襲☆


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-75-

流星、イーリス、ログナーの三者の情報量の差は、言うまでもなく大きかった。

───無論、現在起きている事柄に対してだ。

位置的な詳細や状況まで細かに把握している流星と、半部外者ながら国家代表としてある程度の情報は提供されているイーリス。

 

一方でロシア軍は福音のコア周りの情報を統制してしまっている。

それによりログナーは楯無が関与している事すら知らなかった。

この場にいるのも演習として駆り出されて居たからだ。

 

故にログナーは今宮流星がどんな人間であるかを知らない。

楯無と流星が同室であったことも。

彼にISの戦闘を叩き込んだのが楯無であったことも。

 

 

 

 

「──は?」

 

天井を破壊して現れた狐目の女性こと───ログナー・カリーニチェの発言に流星は思わず声を漏らした。

 

何が何だか分からない──困惑を隠せない流星だが、反して頭は冷静に状況を把握していた。

目の前の女性の機体は恐らく『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』。

楯無の駆る『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の零号機(プロトタイプ)だ。

 

つまり正式な搭乗者であれば、目の前の女性が『元』ロシア国家代表であると思い至る。

現在は代表候補生であるとはいえ、実力は折り紙付きである。

 

「────」

 

「「!」」

 

彼は唖然とするイーリスや、不審がっているログナーより速く手榴弾を放り投げた。

とはいえ二人も手榴弾を前に呆然と立ち尽くす真似はしない。

爆発の瞬間にイーリスは後方へ、ログナーは水流をもって対処にあたる。

 

爆発音と共に通路が更に砕け散り、障害物が減る。

 

 

「─────逃がすか!」

             「逃がさナイ─────!」

 

 

脱兎の如く流星はその場から動いている。

反応した二人は彼を追わんとする。

 

構わず流星は近接ブレードを展開。

壁を切り刻み、目当ての場所までの最短距離を突っ切ろうとする。

 

少しだけ広い部屋に出た。

 

 

「!」

 

ログナーが既に回り込ませていたのか。

水流が彼の眼前に突如として現れた。

逆巻く水流──アクア・ナノマシンで構成されたソレは流星へと襲い掛かる。

 

流星は慣れた様子で水流を前に盾を振るった。

受け止めるのではなく、逸らす為。

防御し切れず被弾はするが、直撃よりはマシであった。

 

その光景を見て、ログナーは険しい表情に。

イーリスよりも先に流星へと瞬時加速(イグニッション・ブースト)で詰めかかった。

 

「!」

 

振るわれるランスを流星は盾で受け止める。

重い一撃。

ログナーは追撃しながら口を開いた。

 

「この攻撃ニ慣レた動き────お姉さまと同じシャンプーの匂イ……!貴方──まさカ───!」

 

(こいつ─────さっきから訳の分からないことを───!)

 

流星は心底嫌そうに顔を顰める。

彼女の言う『お姉さま』が誰か──珍しく脳が理解を拒んでいた。

盾からナイフに持ち替え───切り弾く。

 

 

「お姉さまニ付く悪イ虫は──私ガ払う───!」

 

ログナーはランスを振るう。

感情任せの雑な攻撃に見えるが、その実──無駄のない華麗な槍捌きであった。

 

流星も負けじとそれを受け流す。

数撃切り結んだ後、彼はアサルトライフルを展開する。

引き金を即座に引いてログナーへと銃弾を見舞った。

 

 

「アタシを忘れて貰っちゃ困るな!」

 

瞬間、イーリスは流星へと迫っていた。

二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を使用しての踏み込みは、彼でも対処し切れない。

直前までログナーを相手にしていたなら尚更だ。

 

「かっ──」

 

振るわれる拳。

それは的確に彼の腹部を捉え、大きく殴り飛ばした。

 

壁をぶち破り、灰の機体は更に奥へ。

追撃に迫る水刃を彼は盾で受け止めた。

体勢を即座に立て直し、同様に壁をぶち抜いて動くイーリスに応戦する。

『同調』を行う。彼の動きのキレが格段に上昇する。

 

「吹キ飛べ」

 

別段、イーリスとログナーは協力関係にある訳ではない。

──ログナーは起爆性のナノマシンを周囲にぶちまけた。

 

「チッ、問答無用かよこのスカタン────」

「─────」

 

回避の為に離脱を試みるイーリスを流星は見逃さない。

フックショットで彼女のISの腕部を絡め取り、フックショットごと引っ張る。

無論、イーリスを盾にしようという魂胆だ。

彼女も即座に狙いを察し、青筋を浮かべた。

 

「なッ───テメェ!」

 

爆発と共に二機は更に壁の向こう側へ吹き飛ぶ。

しかしイーリスは吹き飛ぶ瞬間に敢えて加速し、流星を連れ去る形で被弾を最小限に抑えた。

 

その先は空母の格納庫であった。

 

 

「「「!」」」

 

 

数回層分の吹き抜けに作られた広い格納庫。

その空中に放り出される形でイーリスと流星は格納庫に姿を現す。

 

眼下見える戦闘機や整備を行う人間、非常時という事もあり人はそれなりに居た。

 

「───」

「っ、」

 

流星はイーリスを蹴り、すぐに彼女から距離をとる。

追ってくるログナーやイーリスを前に低空飛行へと切り替えた。

 

迂回するイーリスを置いてログナーも格納庫へ。

この場で扱える武装や攻撃方法はかなり限定される。

とはいえ、彼女のナノマシンならば精密な攻撃が可能だ。

 

四本の水流が広い空間をいく。

 

流星はログナーに背を向けつつもそれらを躱してみせた。

上下左右からの波状攻撃は前進する彼の動きを阻害せんと繰り返し襲いかかる。

一筋縄ではいかない。ログナーは胸中で独りごちる。

 

 

「けド───これなら!」

 

「!」

 

突如水流が流星の真横で弾けた。

二本の水流は流星に躱された瞬間に弾け、水飛沫に。

それは即座に結び付き、ヴェールに────無理矢理地味た動きの変化で流星を捕らえんと大きく広がった。

 

ログナーのそれは勿論ブラフである。

本命はそれで閉鎖空間を擬似的に作り出し、周囲への被害を最小にした清き熱情(クリア・パッション)

 

水流のように逸らすことは出来ず、銃弾はほぼ無力。

仮に穴を開けてもそれはすぐに修復される。

榴弾は彼自身ダメージを追うことになる。

 

「─────」

 

(アレは───?)

 

ログナーは思わず目を丸めた。

彼が迷わず展開していた武器を目にして、だ。

 

ライフルでもマシンガンでも、近接武器でもないIS用の拳銃───に見える。

それを彼は水のヴェールに向けて引き金を引いた。

 

放たれる分裂弾(・・・)

一つ出た青白い光は瞬く間に分裂し、水のヴェールを吹き飛ばす。

薄かったのが災いした。

彼の眼前の水は形を失う。

 

 

第二世代である『時雨』からすれば、この武装の存在はかなり重要になってくる。

それこそ高火力という事もあり、突然叩き込むのが理想だ。

流星の事を知らなさそうなログナー相手には見せたくなかったが、と彼は眉を顰める。

 

 

水流からのヴェール、本命。

そしてフォローの為の加速による接近。

 

やはり通常の代表候補生とはモノが違った。

土壇場の数瞬、限られた状況下での動きに迷いがない。

 

振り返ってヴェールに対処していたこともあり、ログナーは即座に流星に追い付いていた。

先よりも広い空間。

槍を展開して切り合う選択肢もあるが、そうはいかない。

 

 

「ぐッ───!?」

 

側面から回り込んでいたイーリスが想定よりも速く流星へと蹴りを入れた。

後頭部を守るように腕を盾にしたが、受け止めきれるはずも無い。

 

ミシミシと音が鳴った。

下手に盾で受け止めればそのままログナーにやられてしまう。

迂闊な動きは出来ないまま、彼は格納庫の壁まで吹き飛ぶ。

 

 

「ッッ!!」

 

受け身よりも武装の展開を優先した。

全身に衝撃が走る中、展開したのはスナイパーライフル。

 

追撃に走る二人の内───ログナーを彼は狙い撃つ。

 

((──早い!))

 

流れるような動作に思わず二人は舌を巻く。

芸術的とも言える展開からの狙撃はログナーの肩部へとヒットした。

仰け反る身体、しかしログナーが反応した事で狙いは逸れている。

 

「!」

 

彼の真下から水流が逆巻く。

同時にイーリスとログナーも畳み掛けようとそれぞれスラスターを吹かしている。

先に接触するのはイーリス。

接触まで二秒足らず。足下の水流はそれより早い。

 

 

彼は用意していた手榴弾を手放した。

落ちた手榴弾は水流と接触するよりも早く爆発する。

爆風に乗じて彼は打って出た。

 

イーリスの振るうナイフを彼もまたナイフで受け止める。

打撃と突進を織り交ぜた空中の格闘戦。

ログナーからのアクア・ナノマシンによる攻撃。

 

ジリジリと追い詰められている中、彼は現在の位置と目標地点との位置関係をIS内で計算し直す。

距離はもう相当近い。

 

「───」

 

彼は機体の位置を調整。

格納庫の壁上部へと唐突にグレネードランチャーの銃口を向けた。

 

「「!」」

 

逃げ道を作る為だと二人は判断し、止めに動く。

だが、流星も残った片方の手でサブマシンガンを展開して居た。

そちらを見ずに腕を彼女らの方へ突き出す。

───背後の戦闘機や大量の機器、人。

危機感が二人を襲う。

ログナーとイーリスには回避する選択肢は無かった。

 

 

ログナーの水のヴェールが防御の為に走る。

水が広がるまでのコンマ数秒はイーリスが前に出て、盾でフォローした。

 

 

───榴弾は格納庫の壁を破壊し、更に奥の通路が姿を現す。

 

爆煙の中流星はそちらへ迷わず瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び込んだ。

 

 

(しかし、さっきからアイツの動きが妙だ。何かを探している?にしてはヤケに迷いがない)

 

イーリスはログナーより先に流星の後を追う。

彼の狙いが何か、考えきるよりも先に目の前の光景を見て理解した────。

 

 

眼前にあるのは今回の演習で試験運用される弾道ミサイル──の発射装置。

正確には昇降式の床の下部────本体は空母の表面に既に出ていた。

操作は勿論管制室からだが、根幹の制御基盤はここにある。

 

 

彼はアサルトライフルで薙ぎ払うようにして、それらに銃弾を叩き込んでいた。

 

彼女が駆け付けた時には部屋は既に半壊状態。

あちこちでバチバチと火花が散る中、灰色の機体と対峙しながらイーリスは笑みを浮かべた。

逃げ切れず戦闘していると思わせて、この区画を目指していたのだ。

 

 

「狙いはそれかよ────まんまとしてやられたってワケか」

 

流星は当然それには答えない。

イーリスはアメリカ軍所属───アメリカが福音のコアを取り戻さんとしているのは流星も理解している。

だが、協力を仰ぐのは悪手。

福音のコアは何としてでも一度流星や楯無が抑えなければ意味が無い。

 

 

 

(さて、ここでの目的を果たしたはいいが───)

 

 

───彼の後方の通路をぶち破り、遅れてログナーも部屋へと入ってくる。

少なくとも片方は撒きたかったが、と流星は近接ブレードを展開した。

 

 

「「「───」」」

 

三人同時に動き出す。

この空母でのやる事は終わった。

流星は二人のIS操縦者を前に撤退すべく、戦闘に身を投じる。

 

 

 

 

 

 

時刻として、イーリスとの遭遇から十数分程。

太平洋に浮かぶロシアの航空母艦。

海の上に孤独に浮かぶ金属の塊──────その側面から、突如として爆煙が上がった。

 

 

そこから飛び出すは灰の機体。

黒い煙を突き抜けて背後へとアサルトライフルを向ける。

一方で黒煙の中から、銃弾を躱しながら二機が姿を現した。

 

「──」

 

灰の機体は即座に空母に背を向け全力で加速する。

これ以上ここに留まれば敵の増援が来る可能性が高いからだ。

 

ただ、二機が彼を逃す筈もない。

彼女らはすぐに流星の後を追う。

 

 

(やはりこうなるか───くそ……!)

 

空気を割く音と共に背後から迫るイーリスとログナー。

イーリスからはサブマシンガン、ログナーはランスの──先端についたガトリングを構え引き金を引く。

 

流星は斜め下へと進路を無理矢理とった。

海面スレスレの低空──身体を傾けて回避に移る。

 

全速力だがジリジリと距離は詰まっていく。

相手は実力者な上、流星の駆る『時雨』では第三世代ISに根本的な性能で負けている。

振り切れないのは勿論、このままでは楯無のもとへ向かう事も叶わない。

 

 

「っ!」

 

ログナーが放ったロケットランチャーが眼前に着弾した。

水柱が大きく上がり、水飛沫が雨のように降り注ぐ。

高速戦闘に於いては1秒にも満たない瞬間。

水柱を避ける軌道──更に距離が詰まる。

流星は降り注ぐ水飛沫の中、全身に悪寒が走るのを自覚した。

 

 

(不味い───っ!)

 

盾の展開も間に合わない。

彼は横方向へ無理矢理スラスターを吹かせる。

 

──直後、彼の周囲が白い煙と共に爆発した。

 

「ッ!!」

 

灰の機体は海面に叩き付けられながらも体勢を立て直す。

 

───してやられた。あのロケットランチャーの弾には使い捨てのアクア・ナノマシンが詰め込まれていたのか。

用途としては勿体ないが、海上では不意打ちに適している。

そして起爆のタイミングも絶妙だ。

 

 

流星は射撃で牽制しつつ、尚も逃走を図ろうとする。

その様子を目視しながら、イーリスはスラスターに意識を向けた。

 

「行くぜ───今宮!」

 

光が爆ぜる。

それは瞬間的に数を刻む。

 

轟音と共に少年は更に弾き飛ばされていた。

 

「───がっ……」

 

─────個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

以前流星が使用した二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)よりも更に上の技術だ。

イーリス自身もこの技術の成功率は半分も満たない。それ程の代物だ。

しかし普段はともかくとして、このような実戦で成功させる部分こそ────彼女を国家IS操縦者たらしめていると言っても過言ではない。

 

海に叩き付けられ、一瞬意識が飛びかける。

 

────振り切るのは不可能か。

相当厳しいものになるが、戦闘で完全に二人を降す以外逃げる方法はない。

 

 

 

 

そう流星が考えた辺りで────秘匿回線に通信が入った。

 

 

『…─────、─────!』

 

 

「!!」

 

大きく目を丸めて流星は驚く。

反して身体はその指示に従うように動き出していた。

 

「「!」」

 

水中から飛び出した灰の機体は追撃を躱し、再び二機に背を向けた。

もはや牽制すらない純粋な逃げの一手。

イーリスとログナーはあまりの突拍子の無さに驚くも、すぐに追走する。

 

 

どの道追い付くのも時間の問題。

ただし、油断はしない。

少年が何かする前に仕掛けるべく、二人はそれぞれ動き出そうとした。

 

 

 

そこへ突如としてミサイルの雨が出現した。

 

 

「な───!」

「これハ────!?」

 

 

突然の攻撃は流星よりも先の方角から現れていた。

ミサイルの雨は彼の隣を素通りし、的確にイーリスとログナーへ。

完全な不意打ち、そして物量を前には彼女らも防御に移るしか無かった。

 

 

流星は二人へ視線を移すことも無く、旋回して目的地へ進路をとる。

 

二人は即座に体勢を立て直し、彼を追おうとする────ところへ割り込む影。

それは薄氷色の機体と白い機体。

 

 

 

現在位置はどの国も属さない公海。

即ち──ロシア国内ではない(・・・・・・・・・)

 

 

 

「あー、なるほどな。伊達に同じ『家』じゃねぇってことか」

 

イーリスは自身の座標に気が付き、納得したように頭に手をやった。

目の前に立ち塞がった更識簪(・・・)─────そして織斑一夏(・・・・)を見て、好戦的な笑みを浮かべる。

 

どうやって出撃の許可を得たかは謎だが、とイーリスは思考をやめる。

少年は逃がしてしまったがそれはそれで構わない、と正面を睨んだ。

 

もうひとり──ログナーは簪を見て、口もとを抑えた。

 

「お姉さま───?いや、違ウ───あなたハ────!!」

 

 

 

 

 

時刻は遡り、流星が学園を去ってから数時間後。

織斑一夏は整備室へとやってきていた。

第4整備室───学園の中でもあまり人が出入りしない場である。

 

ひとけのない部屋を彼は構わず進む。

どこの区画を使っているかは知っている。かつてもう一人の少年に聞いたことがあったからだ。

 

その場所を覗き込む。

散乱する資料、数多の配線で繋がれた機器と『打鉄弐式』。

投影ディスプレイを前に操作する本音、簪──機材を覗き込む鈴──3人の姿もそこにはあった。

 

人が来た事に気が付いたのか、その場にいた三人は一夏の方へと振り返る。

予想外の来訪者、と全員意外そうな表情であった。

 

「珍しいわね、一夏。どうかしたの?」

 

小首を傾げる鈴。隣の本音は作業に戻る。

簪も手を動かしながら一夏の方へと視線を向けていた。

彼は何時になく険しい表情で口を開く。

 

「朝の──流星の件だけどさ、俺にも何か出来ることはないか?」

「無いわよ…それに、千冬さんも言ってたわよね?場合によっては戦争になる─って」

 

一夏の言葉に対し、鈴は目を細める。

少年は鈴の言葉に静かに頷いた。

 

 

「……ああ。だけど、簪さんは動く気なんだろ?」

「「「!」」」

「簪さんのさっきの反応からそんな気がしたんだ。それに、学園祭で楯無さんから少し聞いたけど──その、簪さん達の家系が特殊だから何か動けるのかもって思ったのもある」

 

学園祭の襲撃後、楯無が説明していた事を一夏は思い出しつつ話す。

簪は作業の手を止め振り返った。

いつもの声色で一夏に簪は問いかける。

ジッと正面から彼を見据えるその目は、見定めているようにも見えた。

 

 

「────もし、そうだとして。……織斑くんはどうしたいの(・・・・・・)?」

 

「…俺は皆を──仲間を守りたい。───でも、今回に限ってはちょっと違ってどうしたいかなんて上等な理由じゃないんだ。……このまま待つだけなんて出来ない」

 

「─────」

 

彼の理由を聞き、簪は言葉を失った。

何もせず何も出来ずにいる無力さは彼女も知っている。

 

 

「……じゃあ織斑くんも、覚悟を決めて」

 

 

 

 

 

 

 

 

「許可するわけには行かないな」

 

IS学園地下区画。

織斑千冬は簪達を前に首を横に振った。

 

「どうしてだよ千冬姉。日本政府からの許可は出たんだろ?」

 

「……あくまで多少は目を瞑るという話のみだ。それにこの話の根幹に居るのは更識日本代表候補生だ、お前はあくまでそのついでに更識がねじ込んだに過ぎん」

 

食い下がる一夏に険しい表情で千冬は否定する。

いつもの訂正を付け加えない辺り、彼女もそれ所では無いのだろう。

如何に世界最強といえど、唯一の肉親の判断を前に平静ではいられない。

 

「じゃあ問題ないだろ。俺はあくまで国籍は日本だし、鈴達みたいに代表候補生でもない。大丈夫だ千冬姉、俺は戦争をしに行きたいんじゃない。流星達を────」

 

「やはり何も分かっていない。お前が考える程───事はそう簡単な話ではないのだぞ……!」

 

「……!」

 

千冬は感情を露わにしながら壁に拳を叩き付ける。

生徒を助けに行けず、こうして止める立場にしかなれない。

何が地上最強(ブリュンヒルデ)だ、と彼女は内心自嘲気味に呟く。

 

珍しく感情的な千冬を前に一夏は俯く。

 

──千冬姉の言う事はよく分かる。

間違いなくどの側面から見ても正論だ。

織斑一夏は今宮流星や更識楯無と違い、人と人が簡単に騙し合い殺し合う世界を知らない。

政治に強くも無ければ、裏工作が得意という訳でもない。

あくまで今まで普通に生かされてきた(・・・・・・・)に過ぎない。

 

更識簪が無理矢理政府に言うことを聞かせ、彼女自身と一夏を出撃可と認めさせたが────あくまでソレは詭弁に過ぎない。

制約も多く本当に何も出来ないかもしれない。その上で最悪が起き──巻き込まれるまでが有りうる流れ。

 

簪自身も理解した蟻の一穴というものだ。

 

加えて、織斑千冬が非情な人間でないことを一夏は知っている。

弟である自身も心配し声を荒らげている───。

 

何より彼女に迷惑がかかるなんて当たり前の話も一夏は理解していた。

 

だけど、と悩みを飲み込む。

ここで見捨てたら織斑一夏は、織斑一夏で居られない。

 

喉が渇く。かつて灰色の記憶で見た光景が脳裏を掠めた。

───あの結末がこんなのだなんて、認められない。

 

 

「──────」

 

数分の逡巡。

それは千冬か一夏、どちらのものか。あるいは双方か。

 

一夏(・・)。お前がそうやって学園を留守にしている間──学園が襲撃されたらどうする気だ?」

 

「!」

 

───卑怯な理屈だと理解しながらも、千冬はそれを口にする。

一夏もそれには即答出来なかった。

 

「それ、は……」

 

「─────ならば我々が死力を尽くします、教官」

 

「ら、ラウラ!?」

 

姉弟の会話に割って入る凛とした声。

振り返る一夏───そこにはラウラだけでなく、セシリアやシャルロットの姿もあった。

 

「──!」

 

千冬も思わず呆気に取られる。

──あのラウラが自分に反論するように力強く向き合っている。

 

 

「……、…………────────」

 

ラウラの背後に立っている代表候補生達も緊張した面持ちで千冬を見つめている。

観念したように千冬は深くため息をついた。

 

認めてはならない。

認めれば全生徒の───。

 

腹を括った。最大限根回しをして彼等を連れ戻す。

千冬の顔にいつもの覇気が帰ってきた。

 

 

「良いだろう。─────折れてやる」

 

ただし、と鋭い視線で隣の簪へ視線をやる。

 

「後で布仏姉と話をさせろ。どうせあいつら(虚と流星)の事だ。強引な着地点位は考えているのだろう?」

 

「……わ、分かりました」

 

そこへ関与させろと有無を言わさぬ千冬の視線。

簪は怯みつつも向き合う。

 

 

「よし。──次に更識、お前はどう動くつもりだ?」

 

「私達はあくまで学園側として、流星を拘束する名目で動こうと思う…」

「拘束って、流星を悪者にするのか!?」

「落ち着け織斑。更識はあくまで名目上と言ったはずだ」

「あ、ああ」

 

千冬の言葉に一夏は納得する。

ただ、どうしてその必要があるのか。

彼の疑問に答えるべく簪は彼の方へと視線を向けた。

 

「織斑くんは、どういう状況になると学園側でどうしようも無くなると思う……?」

「二人が死ぬ事か?」

「うん、それもある……。けどそれをぬいた場合の詰みは、証拠もあるけど疲弊しきった二人の身柄を抑えられること。もしそうなれば主導権は二度と学園側(こちら)で握れない。──だから第一優先は二人の身柄の確保、もしくはそれの確率を上げる援護。連れ帰りさえすれば、お姉ちゃんが確保した情報や証拠をもとに交渉までもっていける」

 

 

無論、本来ならばそうした介入すら不可能な状態であった。

簪が『更識』であろうとも来玖留やロシア軍の一部がそう出来ないように動いていた筈だからだ。

 

──しかし流星(イレギュラー)の強引な武力介入はそれらに大きな隙を生んだ。

来玖留の私兵は大打撃を受け、ロシア軍の特殊部隊も楯無と流星両名によりそれなりに打撃を受けている。

 

故の好機。

許されたのは出撃であり、ロシアへの入国は認められていない。

公海のやむを得ない戦闘でギリギリ。来玖留の潜伏先が公海まで近いのが救いか。

 

 

「なるほど────ところで簪さん。今更な話どうやって日本政府から許可を貰ったんだ?」

 

「それは勿論───何人かの政治家達を脅───政治家達と交渉したから…」

 

 

いつも通りの調子で静かに告げる簪の台詞に、一夏は言葉を失うのであった。

なんだかんだ簪もその手の家系なのだと一夏は思い知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして一夏は簪と共に出撃した。

繰り出したのは太平洋。急遽連絡をとった虚からの情報に従い、流星を追う二機と対峙する。

ギリギリ助太刀が間に合った状態であった。

 

 

 

「─────お姉さまノ妹!」

 

ログナーが驚きの声が周囲に響いた。

相変わらずの調子にイーリスは何処か呆れた様子。

睨み合う四機───一夏もまたログナーの発言に訳が分からず首を傾げる。

対して簪はピクリと眉を動かした。

 

 

「「「!?」」」

 

 

一同は言葉に詰まる。

次の瞬間には『打鉄弐式』からミサイルが一斉に発射されていた。

 

問答無用の先手。数多のミサイルを放つは『山嵐』というマルチロックオンが可能な武装だ。

ミサイルはそれぞれの標的へと向かっていく。

 

急いでログナーも水のヴェールで防御へ。

イーリスも盾を展開しながら大きく後退する。

 

 

爆発が連続して起こった。

舞う黒煙の中、水色の少女はポツリと呟いた。

 

 

「…誰の…お姉さま──だって?」

 

不機嫌そうに簪はログナーを睨む。

ピリピリと緊張が三人の間を駆け抜けた。

 

一夏はそんな簪を見て、口もとをひくつかせる。

薄々出撃した辺りから感じてはいたが、更識簪はご立腹である。

 

(ぶ、ブチ切れてる────っ)

 

勿論理由はある。

楯無と流星、二人に相談もされず置いていかれたからであった。

 

二人に怒っていない。

そこに文句を言える程簪も子供ではない。

────こんな事しか出来ない自身へ怒り。

二人の背中を追い掛けるしか出来ないことの、なんと腹立たしいことか。

 

 

 

簪は対複合装甲用の薙刀──『夢現』を手に黒煙の中に飛び込む。

晴れる黒煙。

ランスと薙刀の双方がぶつかり合い、金属音が響き渡った。

 

水流と荷電粒子砲が互いに炸裂する。

ログナーもまた闘志を燃やし、簪は圧倒的な気迫をもって高速戦闘は始まった。

 

 

 

「で、アタシの相手はお前で良いのか?織斑一夏」

「ああ」

 

黒煙が晴れ、イーリスは一夏と相対する。

 

 

直後瞬時加速(イグニッション・ブースト)で二機は正面からぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

(────)

 

場所は再び変わり、ロシア国内。

曇天の下、灰色のISは高速で駆けていく。

海面に影が映る。

風圧で海面は波打ち、海面スレスレをいくISの速度を代わりに物語る。

 

振り返りはしなかった。

ただ少年は真っ直ぐに楯無のいる島の座標を目指す。

 

空母とはある程度距離がある。

イーリス達が追ってこない今、流星の位置を把握出来ている者は居ない。

 

 

「!」

 

 

───ただそれは現在の流星に対する追手の話。

待ち伏せし、島へ向かう者を排除する為にいる人間は別であった。

 

少年は突如放たれた青紫の閃光を辛うじて躱した。

海面へと着弾し、それは爆発を引き起こす。

 

追撃はない。

横へと回避しながら、彼は空を見上げた。

足を止め、彼はアサルトライフルを展開する。

 

───攻撃は雲の中から行われていた。

 

彼の視線に応じるように襲撃者はその姿を現す。

敵機の高度が下がり、互いを視認する。

流星は鬱陶しそうに、機械の蝶を睨むのであった。

 

 

「またお前か。害虫め────」

 

 

「さあ今度こそ殺してやろう、今宮流星─────!」

 

 

 

 




尺の都合で多分簪や一夏達の戦闘はカットします。
構成とかはあったんですけどね。
本筋とは少し離れてるし、最低2話はそれで追加されそうなので……泣く泣く……(抑えることを知らない)



この章、小競り合いを含めて戦闘が多過ぎますね……。
今後オリジナルの章をやる時は考えます。







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-76-

 

 

 

 

───太平洋北のある海上。

青紫の閃光は突如として弧を描いた。

偏向射撃(フレキシブル)と呼ばれるソレが向かう先は灰の機体。

 

少年は目視よりも先に高速横回転移動(アーリー・ロール)で回避する。

 

「「─────」」

 

揺れる視界───交差する鋭い視線。

火花と共に薬莢が排出され、蝶は銃弾を軽やかに後方へと避ける。

 

星を砕く者(スターブレイカー)』──銃剣をエムが構えたところで、少年は盾を展開。

正面からのレーザーを受けるべく構えられたそれを見るや、エムは笑みを浮かべている。

 

待っていたとばかりに『エネルギー・アンブレラ』───シールド・ビットが彼の背後を取った。

六基のビットが同時に光を放つ。

照らされる灰の機体。

 

「────っ」

「!」

 

少年はすんでのところで下へ軌道をとった。

正面のエムに対しては盾を投げ付けて射線を遮る────ビットから放たれていた閃光は再び弧を描いた。

気に留めず、盾を死角とし流星はエムの方へスナイパーライフルを向ける。

 

 

死角から見える一瞬で、スナイパーライフルは上空を翔けるエムの腹部を掠めた。

灰の機体の装甲もまた閃光が掠め、小爆発が身体を揺らす。

 

互いに動じる事は無かった。

 

手の内の知れた状態故に、この程度はやってのけるだろうという認識がある。

戦闘が始まって数分が経過しようとしていた。

 

 

(盾にフックショットを引っ掛けていたか───)

 

流星は投げた盾を即座に回収しつつ、飛翔する。

この何も無い空間において止まることは、蜂の巣にしてくれとアピールするようなものだ。

常に一挙一動に神経を張り巡らさなければ即撃墜される。

 

 

(──以前より更に精度が上がっている────厄介だな)

 

ビットの包囲網を抜けるべく、少年は右に進路をとった。

どう立ち回るにしろこのままでは消耗するだけ。

常に高速で動き、包囲せんとするビットに彼は視線を向けた。

 

 

前回と違い、相手の武装は凡そ把握出来ている。

銃剣にナイフ、レーザーガトリングにシールド・ビット。

彼女の主武装はそれら──どれも第三世代兵器の高水準な武装だ。

特にシールド・ビットはセシリアのものと違い、盾としての機能や自爆機能まで搭載されている。

 

 

そして、今回は屋外での戦闘。

十全に性能を発揮するビットは全方位から曲線も織り交ぜて襲ってくる。

屋内より追いやすくはなったが、それ以上に回避が困難である。

 

 

「っ!」

 

辛うじて盾でレーザーを受け止めた。

『同調』は既に行われている。

拡張された五感が更に研ぎ澄まされ、ISの情報まで少年の内へと流れ込んでいる。

 

とはいえ根幹の機体性能は変わらない。

あくまでエムと対等に渡り合っているのは、彼自身の元々の視野の広さや経験則から来る戦闘スキルあってのもの。

 

 

縦に回転しつつ、青紫の閃光を彼は躱す。

回避の際に背後へと榴弾を放っていた。狙いは追ってくるビットに対してだ。

カウンター気味のソレに対し、ビットは回避を余儀なくされる。

 

 

───刹那放たれるエムの狙撃。

彼はそのタイミングで前進を選んだ。

 

「!」

 

回避する動きを潰すように攻撃しているエムを前に、彼は黒い槍を手に取る。

踏み込むような瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

「っ」

「ちっ──」

 

反応して狙いを修正したエムの一撃が、腕部の装甲を掠める。

エムの舌打ち──間を置かず、上空へと駆け上がる灰の機体。

────微かに加速前にディレイを挟み、タイミングをズラした。

 

金属音が周囲に響き渡った。

 

繰り出された高速の突きをエムは銃剣で受け流すように防いでいる。

 

追撃の槍。

加速した勢いを利用し、灰の機体はエムの頭上を反転する。

ビットからの攻撃は虚空に消えた。

銃剣は少年へと、しかして少年は既に槍を振るい直している────。

 

 

「!」

「ッ──」

 

対処し切れず、槍の柄をエムは左腕で受け止めた。

ビリビリとした衝撃が彼女の腕を伝う。

少年はそのまま武器を量子化し、遠心力を利用してエムの頭上を横切り、銃剣の切先をすんでのところで回避した。

 

 

「逃がさん」

「─────!」

 

曲がる二本の閃光。

エムの身体を死角として利用したビットからのレーザーが突如として少年の眼前に現れる。

 

(避けきれない────)

 

知覚はそれなりに早かった。

しかし、避けきれるかは別問題───。

 

爆発が起きた。

知覚が早かった為、直撃こそは免れたもののダメージは確実に入っている。

装甲が砕ける。

 

 

「っ─────」

 

 

怯むことなく彼はグレネードランチャーによる攻撃に移った。

お返しとばかりに近距離で榴弾が見舞われる。

 

先の着弾により、エムと流星の距離は若干開いている。

爆風に巻き込まれるのは当然エムのみだ。

 

「小賢しいな…」

 

とはいえ、先に撃ち落としに動いた為、エムもまた直撃はしていない。

 

 

黒煙を即座に貫く閃光を彼は上空へと飛翔して躱す。

 

 

────銃剣による狙撃を躱した流星をビットが再び取り囲まんとする。

技術的観点を除けば一見無敵に思えるビット兵器。

当然の話ではあるが、それらにも弱点はある。

 

前回のエムとの戦闘後に、それとなくセシリアに聞いた話だ。

ISと同じくP I C(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を利用して空中で自在に動き回るが、どうしても小型故に推進力がISよりも下がってしまう。

つまりは、ISとビットでは確実にISの方が速い。

 

 

「───」

 

スローモーションに移る光景の中、彼は狙いを変える。

状況的には完璧。

狙って作り出した訳では無いが、ここしか無いと彼は拳銃(シリウス)と近接ブレードを握り切り返す。

次弾の狙撃よりも早く、速く───二基を落とさんとする。

 

 

(狙いはそちらか────)

 

彼の動き出す直前にエムも狙いを察する。

彼女もビットを操作しつつ、流星の方へと一気に踏み出した。

 

「!」

 

間合いに入った一基のビットに彼は青白い光弾を叩き込む。

回避しようと動くビットだが、枝分かれするエネルギー弾を前には無駄である。

 

一基のビットは瞬く間に砕け散る────そこへエムの凶刃が振るわれた。

 

 

 

近接ブレードで彼はそれに応じる。

すぐにエムを振り払うべく、流星は斬り合いながら拳銃の銃口をエムへと向ける。

 

「甘い」

「か───」

 

引き金を引く瞬間に少年の腹部へ閃光が炸裂した。

苦痛に歪む流星の顔。

エムは銃剣で斬り合っている中、銃口を彼に向ける。

 

「……!」

 

無論追撃はそれだけではない。

側面から迫る閃光に気付いていた流星は、エムへと咄嗟に蹴りを入れる。

 

「ッ!」

 

少年の元いた場所を閃光が通過する。

一瞬での離脱、距離の変化。

 

 

────その隙を二人が見落とす筈もない。

 

 

「「っ────!」」

 

直撃。

スナイパーライフルの銃弾が──レーザーライフルの閃光が互いの胴体を捉えた。

先までは余裕の態度を取っていたエムも、苦痛に顔を歪める。

 

 

(そう上手くはいかないか……)

 

彼の狙ったもう一基のビットはその隙に距離をとっている。

仕掛けて破壊出来たのは一基。

依然としてエムの優位は揺るがない。

せめてあと一基は破壊出来なければ、勝機はない。

 

 

ここで全てを出し切るつもりで戦わなければ、敗北は必至だ。

 

 

「─────」

 

ビットからの攻撃を避けながら、流星はアサルトライフルを展開する。

狙いをエムへと向け、引き金を引いていた。

 

既に全力は出している。

───ならば全力よりも先を模索する他ない。

 

 

「無駄だ」

 

 

アサルトライフルの銃弾はアッサリと虚空へ消える。

青の蝶はその翼を軽やかに羽ばたかせ、横へと旋回。

 

「!」

 

直線、そして弧を描く閃光が入り乱れる。

回避は不可と判断し盾で凌ぐ少年。

衝撃で機体は揺れ、爆煙が彼を包み込んだ。

 

───煙の中から盾が投げ出された─────。

 

 

 

(視線の誘導─────グレネードランチャーか)

 

爆煙の中から飛び出す弾頭にエムは即座に反応する。

下手に撃ち落とす事はしない。

視界を奪い、少しでも奇襲の確率を上げる目論みとエムも理解している。

 

正面から叩き潰す選択肢もあったが、彼女もそれに付き合う気は無かった。

───距離を取り確実に嬲り殺す。

爆煙の中から飛び出す灰の機体へ向け、エムは引き金を引く。

シールド・ビットも同時に少年へと閃光を叩き込まんとする。

 

 

「!?」

 

──瞬間、一基のビットが爆ぜた。

 

 

 

「────っ、」

 

腕部を閃光が掠め、少年は顔を歪める。

その手にあったのはスナイパーライフル───狙いはビットからは外れていた───。

 

(盾からの跳弾か……!だが────!)

 

(無理な動きをし過ぎたか──くそ、体が───)

 

ビットを減らされたエム。

しかし消耗が激しいのは明らかに流星の方だ。

連戦に加え度重なるビットからの回避、無茶な機動と疲労。

全身が悲鳴を上げていた。

 

 

────それを見抜いたエムは猛攻を仕掛けるべく、ナイフも展開。

銃剣とナイフで仕掛けるべく瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行った。

上空から迫る脅威は獲物を狩らんと笑みを浮かべていた。

 

 

「ちっ──」

 

彼もまたナイフと近接ブレードを展開し、迎え撃つ。

四方向からくる閃光を後退して躱し──エムのナイフを自身のナイフで受け流す。

 

 

「「─────」」

 

互いのナイフが赤い線を作ったところで、近接ブレードと銃剣がぶつかり合った。

彼は拳銃(シリウス)を素早く展開───引き金を引く。

 

その直前に、彼の右腕部を閃光が直撃した。

 

「がっ───」

 

咄嗟に拳銃を量子化する。

押されるのは灰の機体。

配置を変える周囲のビット。

 

刃は滑り火花を散らす。

それを皮切りに光を放つ金属の浮遊物─────。

 

「死ね」

 

退路はない。

四方向からの攻撃は的確に灰の機体を撃ち抜いた。

 

 

「っ、──ぁ───……っ」

 

傾く少年の身体。散る灰の装甲。

紛うことなき直撃───エムも勝利を確信する。

 

 

 

 

──そんな中、ぞわりと悪寒がエムの背筋を走り抜けた。

エムは直感に従い距離を取ろうとする。

 

 

「っ」

 

 

──────突如現れた青白い光は分裂し、彼女を捉えた。

 

 

「ぐっ────!?」

 

分裂したエネルギー弾により『サイレント・ゼフィルス』の装甲も一部砕け散る。

貫通弾より威力は低いものの、射程は短く威力はそれなり──しかもそれを複数発受けたのだ───ISで防ぎ切れないダメージが彼女を襲う。

 

割れるバイザー。

腕部の損傷。

奇しくも彼女のダメージは前回の焼き直しとなる。

 

 

「ッ……!!」

 

離脱したエムは空中で持ち直した灰の機体へと視線を向ける。

視線の先にいる流星は、首筋から左肩にかけて生々しい火傷を負っている状態であった。

 

全身の装甲もボロボロである。

 

 

しかし(・・・)だというのに(・・・・・・)

『時雨』の推進翼(スラスター)部分は殆ど傷が付いていなかった。

 

 

彼の損傷度合いからしても、答えは明白だ。

彼は咄嗟にISを部分展開へと切り替え───推進翼(スラスター)部分だけを収納。

更にはISの絶対防御をギリギリに設定し、消耗を抑えたのだ────。

 

 

 

「貴様────ッ!!」

 

 

忌々しげな声が聞こえる。

エムから見ても狂人の行動。

しくじればISは無事であっても流星自身が死んでいた可能性もあったからだ。

 

そんな行動で出し抜かれた。

事実と身体に刻まれた傷が彼女の怒りを駆り立てる。

 

 

放たれるレーザーガトリングを少年は冷静に躱す。

かなりのダメージだが、まだ体が動く事に彼は安堵していた。

 

 

(流石に無茶だったか───)

 

身体を動かす度に激痛が駆け巡る。

エムも猛攻を止めず、流星を仕留めるべく動いている──息を整える間もない。

次に攻撃が止むのは決着がついてから。

 

 

当たり前だが先のは一回限りの不意打ちだ。

次はない。仮に目論んだとしても次は確実に流星が死に至る。

拡張された五感は痛みすらも彼へと鋭敏に伝える。

 

「っ…………!」

 

それだけで意識が飛びそうな中、脳内の情報を何とか処理して戦闘を続行する。

息も絶え絶えといった様子。

必死にレーザーガトリングと閃光から上空へ逃れる。

装甲を攻撃が掠めていった───。

 

 

「っ」

 

 

先ので決められなかった以上───どう行動しようと見てから対処される。

 

 

 

特にエムの武装は飛び道具でも最速クラスの弾速。

発射までの間隔もほぼ無い。

 

であれば、どうすればそれよりも速く攻撃を叩き込めるか。

 

狙撃────?

───威力が足りない。

近接武器───?

────それでも遅い。

 

 

 

(いや、ひとつだけある)

 

らしくはない賭け。

少年の脳裏にひとつだけ候補が浮かび上がる。

武装の『呼出(コール)』と『照準(ロック)』、『攻撃(アクション)』をほぼ同時に行う技術。

読みを外しても終わり。展開が遅れても終わり。

 

 

(やるしかない、か)

 

 

これ以上模索する時間もない。

少年は腹を括った。

 

 

 

 

 

 

場所はかわり、ある無人島上空。

雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』と『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の戦闘は激化の一途を辿っていた。

 

「───」

 

超高圧水弾ガトリングガン『バイタル・スパイラル』の引き金が引かれる。

降り注ぐ(いかづち)へと反抗するような弾丸───狙いは浮かぶドローンへ。

 

十二のドローンの内一機は銀色の光を球状に纏った。

攻撃が直撃するも、ドローンは無傷。

球状の光に防がれ攻撃は届いていない。

 

 

(やっぱり───)

 

楯無は攻撃を躱しながらそれらを観察する───。

銀色の雷にて焼き払われる眼下の木々。

威力を物語るように地面へと着弾した雷は、土砂を巻き込んで爆発を起こす。

 

まるで災害のような規模の戦闘。

福音と同様に広域殲滅用のISの威力は計り知れない。

 

 

────楯無の視線の先には幾つものドローン。

彼女が注目したのは威力や速度ではなく、その動き方である。

 

基本的にタイミングをズラしながら波状攻撃を仕掛けてくる『目』──ことドローン。

それらに対し楯無が攻撃を行う、または回避する───すると素早く畳み掛けてくる訳だが────一度も全機では対応してこなかった。

それからも攻撃しつつ観察していた彼女だったが、先の攻撃でついに確信を得た。

 

 

(──来玖留が同時に扱えるのは、恐らく八機───)

 

銀雷(セレブロ)にレールカノン、そしてドローン自体に内蔵された兵装を併用して扱うには限界があるのだろう。

同時に扱えるのは八機───驚異的な数ではあるが、今は十二機でないだけマシだ。

 

しかし、別に残り四機が止まっている様子もない。

恐らくその瞬間にマニュアルから切り替えられ、IS側のプログラムで操作されている。

特定の行動、達人にはわかるある種の癖と言うべき部分。

それらが来玖留のものから外れる瞬間がそこにはあった。

 

 

勿論、それらがブラフの可能性も楯無は考え───手にしたガトリングガンを来玖留へ向けた。

 

 

 

(何か企んでる───)

 

来玖留もまた楯無が無策で動くはずが無いと確信している。

向けられる銃口。主導権は既にこちらが握っている。

 

彼女の目に映る水色の機体には、既に装甲のいたるところに傷が付いていた。

 

(確実に押してるのは(ウチ)。消耗を抑えていてもナノマシンとエネルギーを確実に削れてる───けど───)

 

──ここで油断すれば足下を掬われる。

 

レールカノンによる攻撃を続けながら、来玖留は静かに考える。

 

(気を付けるべきは『清き熱情(クリア・パッション)』と『ミストルテインの槍』の二つ────剣の方も、か)

 

相手の武装を把握しつつ、来玖留はガトリングガンの弾を上昇して躱す。

そこへ左右から迫る水流。

銀雷(セレブロ)で消し飛ばすかどうか──迷わず来玖留は消し飛ばす方を選んだ。

 

振るわれる掌。

銀色の光が炸裂し、水流をひとつ吹き飛ばす。

 

「!」

 

瞬間、もう片方が爆ぜた。

それも来玖留へ向かう最中突然だ。

まるで水滴を空中に撒き散らすよう───来玖留は即座に攻撃させているドローンを離脱させんとする。

 

 

(流石に警戒されてるわよね)

 

楯無は胸中で呟きつつ水滴を意図的に起爆する。

それは『目』が完全に離脱するよりも早く行われた。

だが、爆発は『目』には届いていない。

 

「!」

 

爆風と共に蒸気が噴出──それは白い煙となって一気に周囲に広がった。

 

 

(目くらまし───更識の位置は捕捉できてる。───となると狙いは───)

 

 

来玖留の読み通り煙の中に水流の反応が現れる。

どのドローンを攻撃するかを直前まで悟らせない為だろう。

 

来玖留は即座にレールカノンの引き金を引く。

狙いは煙の中にいる楯無。ドローンにも離脱しながらの攻撃をさせようと動かす。

 

 

 

「────」

 

楯無はアクア・ヴェールを正面に展開して砲弾を受け止める。

続く雷を前に砲弾を逸らし、横へと高速で旋回して躱してのける。

避けると並行して彼女は水流を近くのドローンへと向けていた。

 

逆巻く水は高速で回転しドローンへと迫る。

 

「!」

 

ドローンは水流を前に球状に光を展開──水流では突破出来ない防御だ。

 

楯無は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用する。

来玖留は見えないながらもハイパーセンサーで彼女の位置は捉えている。

楯無の狙いを阻止すべくドローンからの電撃───連続してレールカノンを放った。

 

 

「────っ!」

 

電撃を敢えてアクア・ヴェールで受け止め、レールカノンの砲弾を楯無は紙一重で躱す。

威力は高く、アクア・ナノマシンを犠牲にして威力を軽減させるのがやっと───被弾した事実は変わらない。

構わず彼女は前進する。

 

砲弾が彼女の頭の真横を通過した。

晴れる視界。来玖留が次の行動に移る。

 

 

それを待たずして、楯無は手に握る蛇腹剣(ラスティー・ネイル)を神速で振り抜いた。

 

 

「っ──」

 

ピシリ、と切断と同時に砕ける音。

脚部へと電撃が直撃し、装甲が砕けていた。

楯無は苦痛に顔を歪める。

 

纏わせていた水により斬れ味を格段に上げた剣は、防御ごとドローンを両断している。

ナノマシンの消耗は計算の内、撃ち抜かれて損失したシールドエネルギーの方が痛手だ。

 

 

ドローンの特性は粗方理解出来た。

先の攻防で気を付けていた他のドローンの挙動からしても、楯無の仮説は大体当たっている。

更に一機落としたことで多少攻撃は避けやすくなったが────。

 

 

 

来玖留もそれを理解している。

隠し通す必要も無いと切り捨て、楯無へと攻撃を当てることを優先したのだ。

楯無が身を削るように戦闘し、初めて来玖留へと攻撃出来る状況。

加えて神速の一太刀にカウンターで攻撃を当てる才能(センス)は、紛うことなき天才のそれである。

 

傾く水色の機体──そこへ続く雷の連撃。

楯無は防戦を余儀なくされ、上空から離脱した。

 

 

「森に隠れる気?────なら森ごと吹き飛びな─────!」

 

雷がまたも大地を砕く。

木々は裂け、爆発の衝撃が森の中を低空で駆け抜けようとしている楯無へと襲いかかった。

 

「────」

 

楯無はそれでも突き進む。

彼女が駆け抜けた後から二本の水流──遅れて水刃が上空へと放たれる。

 

来玖留は気にも留めずを攻撃を続ける。

楯無の放った攻撃は幾つかのドローンに向けられたもの、狙いも甘く攻撃の手を緩めるのも悪手と判断───ドローンに回避行動を取らせつつ彼女は攻撃を続行した。

局所的な『清き熱情(クリア・パッション)』を警戒していたのもある。

 

 

「これならどう──?」

 

「!」

 

楯無の呟きをハイパーセンサーが拾う。

通過した水流と水刃は来玖留の後方でひとつになる。

それは一際大きな水流へと変わり、生き物のように上空から来玖留へと向かう。

先よりも肥大化している。

 

移動する際に、空気中の水分を取り込みながら動いていたのだ。

 

このサイズになれば、ドローンからの電撃では一撃で消し飛ばせない。

物量による暴力は来玖留だけの専売特許では無かった。

 

 

「ハ────」

 

来玖留は余裕を崩さない。

ここに来て大量のナノマシンの使用───それこそ更識楯無が追い詰められている証拠だ。

一気に仕掛けてきた。

 

そうなれば彼女がこんな技で決めに来るわけが無い。

────来玖留の手に銀色の光が灯る。

 

彼女は振り向きざまに右手を振るった。

銀雷(セレブロ)────銀色の電撃が巨大な水流を一瞬で消し飛ばす。

 

「──で」

 

瞬時に彼女は振り向き、右手に再度光を灯した。

左手にあったレールカノンを量子化し、大鎌へと持ち替えている。

 

 

「そりゃ──来るよね!」

 

「!」

 

視線の先にあるのは蒼流旋を手にした楯無の姿。

急激な直角軌道からの二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)───と身体への負荷を無視した強引な接近。

それにより両者の距離は一瞬にして縮まっていた。

 

手を翳し、来玖留が銀色の閃光を放つ。

読んでいたと放たれた閃光は回避など許さない。

 

水色の機体は為す術なく光に飲まれていった─────。

 

 

「!」

 

───その影から再度水色の機体が姿を現す。

先の楯無は水で作られた分身────騙された。

そう、来玖留は口角を吊り上げながら嗤った。

 

 

「────なんてね。無駄だよ」

 

 

「っ────!?」

 

声と共に水色の機体に対し、幾つかの電撃が叩き込まれた。

肩部、背部、腹部への被弾。楯無の苦悶の声が漏れる。

何とか踏みとどまる機体に対し、ドローンは完全に彼女を包囲し直していた。

踏み込んだ楯無を今度こそ仕留めるべく動きを読み───誘導したのだ。

 

 

「はい、詰み。『ミストルテインの槍』は(ウチ)も警戒してるし、無駄だから。───敢えて使わずに置いてた分身を使った辺り、もう余裕も無いんでしょ?強がっても(ウチ)にはバレバレだよ、楯無ちゃん(・・・・・)

 

────と、話したところで来玖留は違和感を覚える。

目の前の少女の今の被弾に対する怪我が──少ないのだ。

『ミストルテインの槍』は身に纏うアクア・ヴェールすら攻撃に回す諸刃の剣だ、カウンターなどされればこんなものでは済まない。

 

 

「──ふふ、そうね。確かに、もう余裕は無いわね」

「ッ!」

 

楯無は笑う。

傷を負いながらも不敵に笑うその表情は妖艶さすら感じ取れた。

 

危機感を覚えた来玖留がレールカノンを展開するも、腕が動かない(・・・・)

 

 

「な──────!?」

 

「けど貴方が私の動きを読めるなら、逆も然り──じゃない?」

 

 

──────直後、『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の背に赤の翼が展開された。

彼女の身に纏うアクア・ヴェールもまた(クリースナヤ)へと染め上げられていく──────。

 

 

 

「空間に沈む────ッ!?これは───────ッ!!」

 

 

周囲のドローンごと空間に飲まれるかと錯覚する来玖留。

自由がきかない──動揺を初めて見せる彼女に楯無は静かに向き合った。

 

 

 

「さあ決着をつけましょう、来玖留」

 

 

 

──単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)──。

沈む床(セックヴァベック)】────発動。

 

 

 

 

 

 






よく考えたらロシア軍から地味に連戦してる…。
もっと楯無さんの強さ盛ルペコ(囁き)



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-77-

 

 

 

飛び交うシールド・ビットからの閃光。

小型レーザー・ガトリングによる掃射も相まって、そこは回避は更に困難になっていた。

 

曇天と海の狭間、少年はアサルトライフルで牽制しつつ何とか距離を取ろうとする。

弧を描く閃光は少年を側部から撃ち落とさんと動く。

 

追い詰められながらも、彼は冷静にソレを避けた。

避けた直後にグレネードランチャーに持ち替え、狙いをシールド・ビットへ。

無論ビットは榴弾を避け、直後に反撃に出る。

少年の命を繋いでいるのはその一瞬であった。

間に合う回避。

そんなギリギリを繰り返している。

 

 

「───」

 

「……」

 

エムはその様子に不信感を抱く。

そこまでして、まだ何かあるというのだろうか。

この状況下で自身を出し抜く要素は無い筈だ。

 

(いや─────)

 

眼前の少年はそのような物差しで測っていい相手ではない。

先のような破綻した戦法さえとる。

最悪相討ち狙いで動いてくるかもしれない危うさも存在していた。

 

 

エムは敢えて思考戦闘を放棄し、純粋な戦闘能力だけで迎え撃つことを決める。

仮に不意を打つような行動を起こされようとも、そこに反応し対処すればいい。

 

故に手を緩めず、彼女は距離を詰めながら少年の逃げ場を奪っていく。

彼の背後に見える海面に閃光が着弾───歪な形の水柱が立つ。

 

そして、急加速からの一閃が見舞われた。

振るわれるナイフを流星は同様にナイフで受け流す。

 

即座に離脱───迫るシールド・ビットの攻撃には当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

迫る閃光を彼はただ回避し続ける。

攻撃は機体を掠め、装甲の表面が少しずつ焼けていく。

シールド・エネルギーの温存の為彼自身は無防備を晒し続けている。

これ以上の消耗は許されないと彼自身は退路を断ったのだ。

 

そこに一切の躊躇は見られない。

 

 

「────」

 

牽制に使っていたアサルトライフルがここに来て閃光に貫かれた。

すかさず手を離し、彼は爆風よりも先に後退する。

 

「!」

 

牽制が無くなる一瞬、偏向射撃(フレキシブル)による追撃が数を増す。

残った四基による閃光は四方から少年を囲う。

加えてエムは銃剣────『星を砕く者(スターブレイカー)』の引き金を引いた。

 

少年は右へと近接ブレードを放り投げ、盾替わりに。

爆発の横を抜ける形で包囲網をくぐり抜けた。

 

 

「────」

 

(来るか────)

 

瞬間───大きく円弧を描くように飛びながら、彼は青の蝶へと向かう。

即座に追うシールド・ビット。

彼は振り返ることも無く、手榴弾を数個落としていく。

回避の為に包囲が数瞬遅れる────少年は瞬時加速(イグニッション・ブースト)により更に加速した。

 

手にはグレネードランチャー。

狙撃によるレーザーを腕を軸に回転して躱し、突き出したグレネードランチャーの引き金を引く。

 

榴弾をエムはシールド・ビットで狙撃し、撃墜する。

爆煙よりも先に彼女は動く。

今度はエムの方が爆煙を利用し、強襲する。

 

「!」

 

流星が目を見開く。

視界が晴れる瞬間、加速して斬りかかってくるエムの姿。

振り下ろされる銃剣を槍で受け止める。

 

「ッ!!」

 

ビリビリと身体に伝わる衝撃に苦悶の表情を浮かべる。

すかさず反撃を警戒して一歩下がるエム───そこへグレネードランチャーを見舞おうとするも────上空から湾曲した閃光が襲いかかる。

───狙いはグレネードランチャー。

少年の攻撃手段を奪い尽くすつもりだ。

 

堪らず横へとそれを投げ出し、両腕を交差して防御姿勢をとる。

勘通り、閃光はグレネードランチャーを撃ち抜き爆散した。

爆風に煽られ左腕に火傷が出来る。

散った破片で切り傷もでき、血が舞った。

 

 

「──────」

 

 

その中でも少年は機を待つ。

無量子移行(ゼロ・シフト)』───それはあまりにも無茶な技術だ。

狙って扱うものでもなく必殺といえるものでもない。

現に国家代表IS操縦者達で見ても、使える者は極小数だ。

 

─────これは高度な空間把握能力と戦闘経験から来る読みや超速の反応が必須だって更識が言ってたっスね──。

 

小柄な先輩の話が脳裏に浮かぶ。

『撃鉄』で零距離射撃を撃ち込んだ──あの時の感覚を思い出す。

 

 

更にそれよりも早く。

更にそれよりも自然に。

選ぶのは当然、あの武装─────。

 

 

「─────────」

 

 

自分が息をしているかも、少年は曖昧だった。

完全にISと一体化したかとすら錯覚する。

コマ送りになる景色。

死の予感すらも遥か遠くにある。

夢か現か────脳裏で掌に金属を握り込む感触が先行した。

 

 

 

 

───銃声が聞こえた。

銃弾は何も無い虚空(・・・・・・)から、銃身と共に姿を顕す。

 

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

行使されるゼロ・シフト。

エムが流星へと狙撃を目論んだ刹那の間に、カウンターとして放たれた。

如何にエムといえど神がかり的な狙撃を前には、反応など出来るはずもない。

 

「ぐっ!?」

 

───撃ち抜かれたのは銃剣────それは爆散し、エムの身体が後方へと仰け反る。

だとしても彼女はこの程度では墜ちない。

少年の追撃を確信し、手にナイフを持ち、シールド・ビットを走らせた。

 

 

「────」

 

少年も畳み掛けに出る。

がむしゃらに推進翼(スラスター)の出力を上げ、一直線にエムへと突っ込んだ。

手にしていたスナイパーライフルは量子化され、黒い槍を右手に展開した。

 

 

 

「「────っ!!」」

 

 

ギリギリで流星とエムの間にシールド・ビットが割り込む。

自爆機能を持つソレに流星は迷わず槍を投擲した。

 

(────槍までも捨てるだと─────!?)

 

シールド・ビットを貫いた槍はそのままエムの方へ。

彼女は槍を受け流し、突っ込んできた流星へとナイフを振るう。

 

「────」

 

流星はナイフを歯牙にかけなかった。

防御も回避も、もう必要ないからだ。

(から)の両手──完全にエムの意識からある武装が消えていた。

 

 

 

この一瞬に於いて本来ナイフより早いなど、誰が考えるだろうか。

 

 

 

 

─────二度目のゼロ・シフト。

展開されていたのは、拳銃型の特殊兵装『シリウス』。

特筆して威力が高い訳ではないが、『時雨』では一番威力がある兵装。

 

エムの損傷具合もそれなりだ。

防御もなしに零距離で叩き込まれればどうなるか、言うまでもなかった。

 

 

 

 

炸裂する青白い光。

それは青の蝶を爆発と共に吹き飛ばした───────。

 

 

 

「ッ──、っぁ、ああ……ッ────!」

 

 

爆発により砕けた装甲の破片と火傷が彼女に刻まれる。

絶対防御により致命傷には至らない。

しかし、代償としてエネルギーは殆ど失う形になった。

 

限界が来たシールド・ビット『エネルギー・アンブレラ』は量子化。

『サイレント・ゼフィルス』は破片を巻き散らしながら、緩やかに落ちていく。

 

 

「……ッ……!!」

 

 

落ちる青の蝶。

殆ど剥き出しになったエムは、足掻くようにその手を上空へと伸ばしていた。

 

 

「──ま、だ……だ!私は──私は────こんなところでは────!」

 

 

まだエネルギーは完全に尽きてはいない。

小型のレーザーガトリングを展開し、上空にいる灰の機体へと銃口を向けた。

 

 

「ちっ、しつこい─────」

 

 

流星もサブマシンガンを向ける。

彼と違いエムの方は推進翼(スラスター)も破損しており、移動はままならない。

仮に出来ても動き回る事は不可能だろう。

 

 

 

これで終わらせる。

流星が引き金を引いたところで、声が聞こえた。

 

 

 

「悪いけど、それは困るのよ。今宮流星」

 

 

「!!」

 

 

エムと流星の間に金色の何かが割り込んだ。

金色の繭───それは双方の攻撃を無力化し、中に居た金色のISが姿を現す。

 

金色の機体は瞬く間にエムを拾い上げる。

 

「スコール……ッ」

 

「大人しくしなさい。貴方もおしおき(・・・・)は嫌でしょう?」

 

「ッ」

 

殺気の篭ったエムの視線をものともせず、スコールと呼ばれた女性はそう告げた。

押し黙るエム。スコールはやれやれといった表情である。

 

 

 

流星はそれらを見て眉を顰める。

銃口を向けたまま心底不機嫌そうに、スコールを睨み付けていた。

 

 

「…またお迎えか。過保護が過ぎるぞ」

 

「それもそうね。でもこの子をここで失う訳にもいかないのよ」

 

「…理解できないな。それなら始めから二対一で戦えば確実だっただろ」

 

「生憎こっちも調べもので忙しかったの。それに、来玖留(依頼者)に余裕がある内は私も警戒されていたから───ね?」

 

「───!」

 

スコールの発言に少年はピクリと反応を示す。

その様子を見てとった女性は愉しそうに微笑んだ。

 

「行かなくていいのかしら?」

 

「……っ」

 

恐らくスコールの話している事は事実だ。

男性IS操縦者とそのISの希少価値を考えれば、見ているだけは有り得ない。

加勢出来なかった事もエムを回収に来たのも嘘ではない。

女性がここで戦闘を仕掛けないのも、エムを守りきれないからだ。

 

今、優先すべきは───。

 

 

「──……」

 

 

流星はスコールやエムに目もくれず、無人島の方へと進路をとった。

警戒だけは緩めずに加速して目的地へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楯無が展開した赤の翼───その正体は専用機専用パッケージ『オートクチュール』であった。

楯無が学園祭の時に、流星の装甲と共にこっそり手配していた───もしもの切り札。

 

────名を『麗しきクリースナヤ』。

 

アクア・ナノマシンが超高出力モードへと切り替わり、その色を赤へと変化させる。

その状態で出せる奥の手こそ、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)沈む床(セックヴァベック)】だ。

 

それは超広範囲指定型空間拘束結界──かのA I C(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)すら凌駕する拘束力を誇る。

 

 

 

「ッッ────!!」

 

 

空間に沈むように対象を拘束する。

まさに現在進行形で【沈む床(セックヴァベック)】の威力を体感する来玖留の胸中は穏やかではなかった。

 

周囲のドローンまでも拘束されている。

先までの動きやドローンの特性の把握も全て布石だった。

全てのドローンと来玖留本体を捉える為の────。

 

 

「────やってくれるじゃん……ッ!」

 

 

空間に沈みながら、バチりとドローンが電撃を放つ。

しかしそれよりも先にドローンのひとつが逆巻く水流に押し潰された。

 

「くッ!?」

 

ドローンの防御も関係がない。

楯無側でアクア・ナノマシンを確実に消費はしているが────ドローンを確実に潰せるなら、もうなりふり構ってられないのだろう。

 

 

(出力で突破される────)

 

数瞬の内に来玖留の肩あたりまでが空間に沈む。

スラスターは機能しない。

銀雷(セレブロ)を普通に放っても拘束を即座に解くのは不可能だ。

 

身体のすぐ周囲のナノマシンを振り払っても、すぐに動けるようにはならない。

周囲を取り巻くアクア・ナノマシン全てを吹き飛ばす程の威力で無ければ意味が無いだろう。

 

───いや、最早威力だけではどうしようも無い。

周囲にあるアクア・ナノマシンが多いのも先の攻撃でばら蒔いていたからだ。

冷静な分析が自身の劣勢を嫌でも思い知らせてくる。

 

 

「終わりよ────」

 

更識楯無は『ミストルテインの槍』を発動している。

集まった水は槍へと形を変え─────彼女の右手に。

彼女と来玖留の距離は50mと少し。

ISならば瞬き程の距離───振りほどくのは間に合わない。

 

「───」

 

喉の奥が乾く。

あれはエネルギー総量だけでも小型気化爆弾四個分相当のものだ。

超振動破枠による装甲への威力は必殺に相応しい。

まともに喰らえばどうなるか、来玖留の脳裏を敗北の二文字が過ぎる。

 

 

──あの更識当主に──(ウチ)が──負ける───?

 

 

「舐め────るなァ─────ッ!!」

 

「!!」

 

凄まじい轟音と共に、固定されていた『目』(ドローン)に亀裂が走る。

ドローンは銀色の眩い光を放ち、来玖留へと(・・・・・)電撃を飛ばす。

 

『ミストルテインの槍』が振るわれる。

 

出力限界を超えた全てのドローンは爆散した。

だが、集まった(いかづち)は来玖留の周囲のナノマシンの大半を焼き払っている。

 

 

 

当然来玖留自身へもダメージはあった。

しかし、こんなもの────と彼女は右手に莫大な量の銀雷(セレブロ)を宿し、楯無へと振るった。

 

 

 

 

「「────!!」」

 

 

 

 

それぞれの最大出力がぶつかり合い、島上空に凄まじい爆音が響き渡った。

爆発は凄まじく曇天を風圧で吹き飛ばす。

 

 

 

 

何処までも続く薄暗い雲の海に、ポッカリと空いた穴。

射し込む陽光に照らされながら、爆煙から落ちる二つの影。

 

 

「ッ……ぐ……っ!」

 

 

「がッ……く……!」

 

 

地面にスレスレで持ち直す二機。

水色の機体は纏っていたアクア・ヴェールも無くなり、装甲も殆ど剥がれ落ちていた。

 

諸刃の剣である『ミストルテインの槍』の性質と、来玖留の武装への相性上───楯無の方がダメージが大きいの必然だ。

 

額から血を流し、片目が塞がれた。

右手は衝撃で骨が折れたのか動かない───。

楯無は朦朧とした意識を何とか手繰り寄せ、左手で蒼流旋を握る。

 

 

来玖留もまたかなりのダメージを負っていた。

装甲はいたるところに亀裂が走り、彼女の右手もまたボロボロだ。

楯無と違い動かせるが、損傷具合からして銀雷(セレブロ)はもう最高出力で出せない。

 

来玖留も大鎌を握り締めた。

 

 

 

「「────」」

 

 

二人は同時に飛び出す。

上空でぶつかり合う水色と緑色。

大鎌を蒼流旋(ランス)が弾き、切っ先が楯無の頬を掠める。

 

赤い線が出来るが楯無は気にせず踏み込んでいく。

来玖留もまた蒼流旋の突きを綺麗に横へ受け流す。

金属音と共に散る火花。

大鎌の柄の部分を器用に回し、切っ先を楯無の方へ振るい直す。

 

「!」

「まだまだァ───!」

 

来玖留の加速。

楯無は推進翼からの出力を減らし、わざとタイミングをズラす。

それも分かっていたと来玖留は踏み込み、大鎌を振るう。

 

「ッ」

 

勢いを付けた一振りを受け流す事が出来なかった。

正確には受け流す事を許さないと来玖留が角度をズラし、切り込んで来たからだ。

 

蒼流旋で受け止める─────力任せに振るわれ、楯無の身体は地面の方へ。

来玖留は追撃に走る。

 

「───」

 

楯無は迷わず蒼流旋の先端を上空へ向けた。

先端からガトリングが掃射される。

 

来玖留はそれを横へと身を翻して躱す。

すぐに立て直す楯無。

再度二機間の距離が無くなる。

 

楯無は瞬時に蛇腹剣(ラスティー・ネイル)に持ち替えた。

 

微かに水を纏わせる。

それを見て来玖留もまた大鎌に大量の電撃を宿した────。

 

 

(これをできる回数も残り僅か。けど───そっちのナノマシンももう無いよね────!)

 

「ッ!!」

 

蛇腹剣(ラスティー・ネイル)が音を立てて砕け散る。

力任せの出力と電撃を加えた大鎌。

普段の楯無なら数太刀は受け流せるが、最早その余力も残っていない。

 

 

───そして、更識楯無の勝ち筋はこの時点をもって完全に消失した。

ISのエネルギーもじきに尽きる。

来玖留はこの事実を口角を上げつつ理解する。

 

 

もうすぐだ。

もうすぐ自分の目的は達成される。

衝動的なものに彼女は突き動かされつつ、大鎌を振るい続ける。

 

 

蒼流旋を展開し、楯無は足掻く。

しかし来玖留の斬撃を防ぎきれず、彼女の白い肌に赤い線が増えていく。

片目が塞がれているのも作用し、腹部に切り傷が出来る。

 

 

来玖留が勝利の愉悦に浸る──も長くは続かなかった。

 

 

(────)

 

 

───どうして、この斬り合いは終わらないのか。

純粋な疑問が彼女の頭を支配する。

 

 

一太刀を浴びせ、傷が増える。

致命傷に到るようなものは付けていないが、それでも確実に来玖留は勝利へと突き進んでいる。

 

逆に更識楯無はもう詰み状態。

致命傷こそ避けているものの、逆立ちしても彼女が勝つ事は不可能だ。

何か次の行動を起こせばその時点でエネルギーも機体も限界が来ることは、来玖留からでも見て取れる。

 

 

─────それなのに彼女の双眸は、まだ死んでいなかった。

 

 

(───その眼─────)

 

ギリッと歯軋りの音が聞こえた。

どうしてこの斬り合いがあっさり終わらないか。

───そんな事、誰よりも(・・・・)知っている。

当たり前だ。

こんなものでは終わらない。終わるはずがない。

かつて憧れた女が、このままな筈がない────。

 

 

 

『楯無』は楯が無くとも守りきるという、決意の表れ───。

そして────比類なき堅固な鎧の名。

 

 

 

(赦さない、赦さない────赦さない────!)

 

 

アレは紛れもなく井神来玖留の敵だ。

友人を騙る楯無の器、自身の父を殺した当主の(かお)

 

大鎌を持つ手に力が入る。

攻撃の速度が更に上がった。

井神来玖留は国家代表IS操縦者と遜色ない実力を持っている。

更には対暗部組織の次代当主として、あらゆるものを叩き込まれており素の戦闘スキルも高い。

 

 

一際大きな金属音が聞こえた。

 

 

限界間際の楯無の手から、蒼流旋が弾かれる。

 

「ッ……っ!」

 

そこへ蹴りが入り、楯無の身体は遂に地面へと墜落した。

 

 

「終わりだ──────更識ィ!!」

 

大鎌に電撃を纏わせ、来玖留は上空から振りかぶる。

楯無の蒼流旋は遠くに落ちた。

量子化はされておらず、地面に刺さったままである。

 

 

トドメを刺そうと大鎌を振るう瞬間─────楯無は静かに呟いた。

 

「ごめんね、来玖留」

 

「─────ッ!!」

 

優しい声色。

心の奥底にあるあの景色が来玖留の中に蘇る。

楯無の言葉は、ある結末を見据えてのものだった。

 

 

─────楯無の左手に水が集まっているのを来玖留は見た。

 

 

全て使い切った筈のアクア・ナノマシン。

アクア・クリスタルは既に消えており、彼女の纏うISにもアクア・ヴェールは一切見られない。

 

だが、地面の隙間から水流は確かに─────楯無の掌に集まっていた。

 

 

楯無は来玖留と攻撃をぶつけ合う直前に、一部ナノマシンを逃していた。

 

 

「────な─────」

 

 

形成されていく『ミストルテインの槍』。

先までのサイズではなく、万全でないのは明らか───しかしそれでも来玖留に致命傷を与えるには十分。

 

 

問題があるとすれば────今度は楯無自身が跡形もなく吹き飛ぶ点。

 

 

ISのエネルギーも今で尽きただろう。

来玖留の勝利が決まった時、楯無は己すらも切り捨てたのだ。

 

ここで来玖留と相討ってでも、他を守る為──────。

 

 

「ッ──────!!」

 

防御も捨てた楯無のカウンター。

来玖留の大鎌が微かに先に楯無の首を刎ねるとしても、そのような結末を彼女は受け入れられなかった。

──────何処までも気に入らない。最後の最後まで─────!!

 

 

 

 

水の槍が来玖留へと叩き付けられようとする。

来玖留と楯無の戦いは相討ちで終わる──────筈であった。

 

 

 

 

「「!!?」」

 

 

 

───轟音と共に『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』が遥か後方へ蹴り飛ばされた(・・・・・・・)

 

空振る互いの攻撃。

エネルギーが尽きたのを物語るように水の槍は空気に溶けていく。

 

 

何が起きたか分からないとポカンとする楯無。

 

割って入った灰の機体は蹴りの勢いを殺すべく地面を少し滑走し、ゆっくりと降り立つ。

 

 

「────え」

 

 

有り得ない光景に彼女は目を丸めた。

装甲はボロボロ、操縦者自身も楯無に負けず大怪我と酷い様相だが────見間違いはしない。

特徴的なオレンジ髪の少年───そんな人物は一人しかいない。

 

 

「どう、して─────?」

 

 

辛うじて絞り出した言葉に、灰の機体は振り返らず。

確かな声色で後方にいる楯無に答えたのだった。

 

 

「約束、果たしに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───約束。

その言葉の意味が私には一瞬分からなかった。

けど直後に思い出す──あの時の彼らしからぬ言葉(・・・・・・・・)

 

『お前が俺を守るって言うのなら、俺もお前を守る』

 

───らしくない、本当に彼らしくない意地を張ったもの。

到底約束なんて呼べない何気ない会話に過ぎない。

そんなものの為に来たのだろうか……来てくれたのだろうか。

 

あらゆる感情が入り混じる。

あくまで彼は無関係だ。

これは未熟故の私の罪───だから誰一人として巻き込まない為に戦ってきたのに。

やっと手に入れた平穏に居させて上げたかったのに────。

 

 

「……状況がわかってない訳じゃないでしょう!?」

 

「ああ。でも柄にもなく言っただろ。守るって」

 

問い詰めるような私の言葉にも彼は優しい声色で答える。

守る?私を?理解ができない────だって。

 

 

「…その必要は無いわよ。だって私は更識楯無なのよ?」

 

「知ってるさ」

 

彼は呆れたように頷く。

表情はここから見えないが、溜息をついたのは分かった。

 

 

「私、そこまでして貰う資格もないの女なのよ?───私が貴方について探り直してたのだって、気付いてたんでしょう……?」

 

「ああ、知ってる」

 

臨海学校の後から少しずつ彼の周辺について探っていた。

勿論、気付かれるようなヘマはしていなかったけど、彼は薄々察していただろう。

───なのにそれすら受け入れると、彼は言うのだろうか。

そんなの───有り得ない。

 

「だったら、どうして───!」

 

「ああもう────今宮流星(オレ)にはお前が必要だと思ったから来たんだよ!分かれ馬鹿楯無!」

 

「────え」

 

ポカンと──多分私は間抜けな表情をしていたのだろう。

苛立ちの混じったヤケクソ気味でぶっきらぼうな言い方。

振り返りながら彼は私を指さし、そう叫んだのだった。

 

まさか──。

彼の大事なものに自分が入っているなんて───考えた事も無かった。

 

言い知れない感覚が私の中を吹き抜ける。

 

喜んでいい状況じゃないのに。

彼を巻き込んでいるのに。

堪らなく嬉しいと感じる自分がいる。

 

 

「ほんと──勝手なんだから……」

 

 

ぽつりと思わず呟く。

彼に聞こえているのかは分からない。

だって彼は返事をしなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

「───さて────」

 

少年は楯無の容態を見てとると、そのまま振り返った。

柄にもなく叫んだ事に少し羞恥を覚えつつ数百メートル先の瓦礫を見る。

 

直後に砕け散る瓦礫。

上空へと銀色の雷が立ち上った。

中から来玖留が現れ、彼女は上空へと移動する。

見下ろす来玖留。

両者の視線が正面からぶつかった。

 

 

「……またお前か───ボロ雑巾」

 

「鑑見ろよ。そっちもだろ根暗」

 

言葉に反し、互いに抑揚のない声。

それは当たり前だ。

双方共興味はない相手──強いてあげるなら、ある認識のみ一致している。

 

彼は楯無を守り。

彼女は楯無を殺さんとする。

 

その為に排除すべき────最後の障害だ。

 

 

流星は一歩踏み出す。

バチり──と紅い電撃が彼の周囲に走った。

それはすぐさま彼を包み込み────。

 

「───させるか」

 

来玖留はその様子を見ると同時に、右腕を振るった。

彼の背後の楯無ごと巻き込むように放たれていた銀雷(セレブロ)は灰の機体ごと地面を砕いた。

 

本来ならば間に合う事のない換装。

 

しかし、と来玖留は察していた。

彼がああやって呑気に話していたのは────内部処理だけを先行していた故。

 

 

飛び出した黒の機体(・・・・)は、楯無を少し離れた場所へと楯無を抱え離脱していた。

すぐに楯無を下ろすと来玖留の方へ振り返る。

 

 

 

視線が合う────瞬間に背部の推進翼(スラスター)の紅い光が炸裂した。

 

 

 

「────ッ!」

 

爆発的な加速により両者の距離は瞬時に消失した。

振るわれるナイフを、大鎌が受け流す。

 

(─────こいつ───)

 

初撃のナイフは外れ、受け流された『黒時雨』は遥か後方へ。

同時に流星は改めて井神来玖留という少女の実力の高さを思い知る。

こうもアッサリと初撃に合わせてくるのか─────。

 

来玖留は受け流した流星へ向け、レールカノンを向ける。

少年は迷うことなく横へと飛んで回避。

 

「─────」

「くッ」

 

紅い光がまた光る。

それは二度。

爆発的な加速を重ね、蹴りを見舞った。

 

先の戦闘で来玖留の機体の推進翼(スラスター)は破損している。

来玖留の回避は間に合わない。

 

すんでのところでレールカノンを盾にした。

砕けるレールカノン。受け止めきれない衝撃が彼女を襲う。

 

 

(ッ速い────、しかもそれを完全に制御してやがる───)

 

 

──ただ『黒時雨』は恐らく時間制限がある。

福音の際も戦闘後すぐに解除されていた。

身体への負荷も相当だろう。

ボロボロの彼の身体では先に限界がくる可能性も大いにある。

 

彼の狙いは恐らく短期決戦。

怪我の度合いや機体の損傷を考えれば時間を稼げば来玖留の勝ちだ。

 

(そんな事向こうも分かってるっしょ───だからこそ───)

(今の向こうの機動力じゃこっちを捉えきれない。下手に距離を離せば不利になる────なら────)

 

流星は畳み掛けるべくナイフを握る。

来玖留は即座に大鎌を展開した。

 

((近距離で確実に仕留める────!))

 

潜り込んでの一閃を、来玖留は大鎌の柄で滑らせつつ切っ先を振るう。

懐へと潜り込まんとする黒の機体へは腕部の小銃で攻撃。

 

「っ」

 

不意をつかれ被弾する少年。

殺しきれなかったダメージにより鮮血が舞う。

よろける身体へと振り下ろされる大鎌を少年は後方へ飛んでかわそうとする。

触れる切っ先は微かに赤いものが滴っていた。

 

 

─────来玖留は彼の後退を読んでいたのか、彼を踏み付けるように蹴った。

黒い装甲が砕け、金属を撒き散らす。

その中に混ざる───異物。

 

(手榴弾─────)

 

来玖留は回避も防御もせず、それを切り付けた。

爆発が起きる瞬間に掌を翳し、銀雷(セレブロ)で消し飛ばす。

 

 

 

完全に機動力で負けている中でも、来玖留は正面から流星に対しその実力を発揮していた。

隙をついたつもりの手榴弾もあっさりと凌がれ、直後に放とうとしていた拳銃(シリウス)も煙越しの小銃により貫かれる。

小爆発がおき、流星の身体もいよいよ限界へと近づく。

 

 

『黒時雨』の限界まで───あと20秒。

 

 

「がっ─────」

 

 

─────流星は地面スレスレで持ち直し、ナイフを投げていた。

 

「──────!」

 

高速の接近戦、銀雷(セレブロ)、流星の火力兵装の破壊。

 

畳み掛けんとする彼女に生まれる微かな隙をついたナイフは来玖留の左肩部へと深く突き刺さった。

────彼女のシールド・エネルギーも限界に近いのか。

 

 

「ッッッ──────!」

 

凄まじい痛みが彼女を襲う。

ただ、この程度で彼女も止まらない。

向かってくる流星に対し、右手を翳そうとした。

 

 

強烈な違和感に彼女は気が付く。

まるで1拍、少年は踏み込む間をズラしているような。

 

「!!!!」

 

起きる爆発。

銀色の光が放たれるより先に、左肩部で爆発が起きた。

 

「────ぁ、あああぁああああァァッ!!!!」

 

爆発物の反応は無かった。

ともすればそれは爆発物ではなく、爆発物へと変容するもの(・・・・・・)

この場合は楯無の持つアクア・ナノマシン────それだ。

彼女は知る由もない。

今の爆発は、かつて楯無が流星にお守りにと渡した小型の起爆性ナノマシンだ。

 

 

「───!!!」

 

彼女は知らずしてそれを凌いだ。

咄嗟に全身に纏うよう放った銀雷(セレブロ)は彼女の命を繋いでいる。

ずば抜けた実力故の勘は、長年の培った殺しの経験を上回った。

 

流星が彼女を殺すには、武器も距離も確実さも欠ける。

来玖留の反撃は間に合う─────。

 

掌を再度翳す。

 

 

 

残り数秒。

 

そこで来玖留が見たものは蒼流旋を握った(・・・・・・・)流星の姿。

翳した手はフックショットにより、狙いが横にズレる。

 

最後に爆発的な音と共に紅い光が炸裂した。

全てを注ぎ込んだ瞬時加速(イグニッション・ブースト)で、黒の機体は迫る。

 

 

 

「──────!!!」

 

 

紅い光弾となり、一筋の光になる様を前に来玖留は動けなかった。

───流れ星──戦闘を眺めていた楯無の口からポツリと言葉が漏れた────。

 

 

一方で、来玖留は不敵に笑う。

最後の足掻きとばかりに少年の攻撃を無理矢理大鎌で受け止め、銀雷(セレブロ)で推し留めようとする。

流れる電流は少年にもダメージを与える───も、もはや大した威力もない。

力押しの展開。

眼前の光景を前に少年へ皮肉げに呟いた。

 

 

 

「ホント───盲目的じゃん、お前」

 

 

 

対して少年は戦闘中初めて笑みを浮かべた。

交わした言葉など殆どない、性格も人伝え。

 

それでも双方共にその執念だけは理解していた。

 

 

「ああ──互いにな」

 

「ハッ、──言えてるかも」

 

 

力なく来玖留は笑う。

それを皮切りに均衡は崩れた───。

 

 

電撃を帯びた大鎌は砕け、緑の機体をその身を持って槍を受けた。

 

 

同時にパリン、と硝子の割れるような音。

黒は灰へと色を戻す。

 

赤い液体を身に浴びながら、灰の機体と緑の機体はそれぞれ墜落していく。

 

 

勢いよく両機は地面へと叩き付けられる事になった。

 

 

 

「────っ」

 

 

身体を引きずるように無理矢理動かしながら、楯無はその地点へと足を進める。

土煙が辺り一面を覆っている中、楯無はクレーターと化した地面を前にただ祈るように中心を見る。

 

晴れる土煙。

横たわる緑の機体───地面に転がる砕けた蒼流旋。

 

───────一人佇む灰の機体の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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-78-

 

 

 

───見上げた空はもう雲に覆われていた。

ぽつり、と雨が降り始める。

あの日と同じ空模様────最悪。

 

母親は(ウチ)が幼い頃に病気で死んだ。

残った父親も馬鹿な事を企てて友達に殺された。

 

怪我の感じからして(ウチ)も助からない。

 

抵抗したせいでか、即死はしなかった。

…まぁ、致命傷には違いないケド。

 

横っ腹が吹き飛び、感覚もない。

左腕も肘から下が無かった──当たり前。

 

ここまできて失敗とか───ないわ。

せめて更識楯無は殺したかったのに。

 

 

 

「……、……」

 

 

朦朧とする意識。とはいえすぐに死ねそうにない。

そんな(ウチ)の前に現れたのは、更識楯無だった。

その手には拳銃が握られている。

多分、今宮流星(あいつ)のものだろう。

 

 

「……何か言い残す事はある?」

 

静かに問い掛ける更識。

恨み言が山ほど浮かんでは消えていく。

もはやさっきまでの激情もどこかへと去っている。

 

憎いはずの相手を前にこうも感情の起こりがないのは、驚きかな。

 

「───ある訳、ないじゃん」

 

パクパクと口を動かす。

声を発しているかも自分では分からない。

まあでも唇の動きで目の前の女は読んでくるでしょ。

 

「そう……」

 

短く返事をする更識楯無。

淡白な様子と変化のない表情、相変わらず何を考えてるか分からない。

 

そもそもさ、こっちはそんな相手もう居ないから。

最後の肉親を殺したのは他でもないアンタじゃん。

 

聞くだけ無駄でしょ。

 

 

「そういうとこ……ホント、嫌い」

 

 

その本心だけは変わらなかった。

 

─────対暗部の当主にそんな感傷は不要でしょ。

 

完璧なら完璧なロボットで居てよ。

なら仕方がないって(ウチ)も割り切れたし。

 

IS学園に入ってからも、ずっと(ウチ)にどこか遠慮していたの気付いてた。

そこは多分薫子ちゃんも気付いてる。

 

 

一人で背負い込んで、平気なフリをして。

傷付きながらも、苦しみながらも進み続けられる。

嫌い(わからない)、本当に嫌い(わからない)

その名前も意味も─────認めたくない。

 

 

「「……」」

 

背負った更識楯無と引き摺った井神来玖留(ウチ)

違いがどこにあるのかは分からない。

 

 

更識楯無は(ウチ)の言葉に沈黙している。

 

銃口を此方に向けたまま眉ひとつ動かさなかった。

 

……(ウチ)の事も自分でケリを付ける気なんだろう。

せめて泣き叫ぶところでも拝みたかったんだけど、叶いそうもない。

 

 

「「……」」

 

改めて楯無ちゃんの拳銃を握る手に力が籠る。

向こうも余裕はない。

冷たい液体が体を打つ中、思わず笑みが零れた。

 

 

父親と同様───更識『楯無』に殺されて終わり。

────冗談じゃない。

更識楯無に殺される───それだけは有り得ない。

 

 

「ハ────」

 

「!」

 

声が漏れる。

楯無ちゃんは警戒を緩めず(ウチ)に拳銃を向けたまま。

だけど──(ウチ)が拳銃を取り出したのを見て、思わず固まっていた。

 

本来なら迷わず撃ち殺す状況。

それをしなかったのは(ウチ)が楯無ちゃんを撃ち抜く気がない事に気付いていたからだ。

 

取り出したなんて事ない拳銃──それを(ウチ)は迷いなく自分の脳天へと突き付けた。

 

「アンタに、殺されるなんて───死んでもゴメンだから」

 

「────!」

 

目を丸める楯無ちゃん。

叩き付ける最上級の拒絶。

 

──ああ、いい表情するじゃん。

(ウチ)が選んだ道、(ウチ)の人生だ。

最期も、自分で決める。

 

引き金を引く。

衝撃と揺れ、視界、暗転。

音が聞こえたか──判断は付かなかった。

 

全部が暗くて───しずかに─────いたみも───なにも────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……楯無」

 

雨が本格的に降り始める中、流星は立ち尽くす楯無へと言葉を投げかけた。

冷たくなった来玖留の体を見つめていた楯無も一度目を伏せた後、すぐに切り替える。

 

「大丈夫。──こうなる気は、してたから」

 

力なく笑う彼女に流星は溜息をつく。

──なんというか、ほんの少しだけ──来玖留の気持ちが分かった気がした。

 

 

流星は待機状態──指輪形態の『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』を回収する。

そして、彼は虚へとあらかじめ用意していたメッセージを送った。

 

 

「ッ……」

 

「流星くん……!?ッ───……!」

 

「馬鹿。お前も人の心配してる場合じゃないだろ」

 

ふらつく二人。

二人とも怪我は大きく、普通ならば激痛で動くこともままならないはずの状態。

会話こそ真っ当に出来ているが、流星も楯無も今すぐ倒れてもおかしくなかった。

 

 

だが、ゆっくりはしていられない。

 

「……応急手当だけしたらすぐ島から出るぞ。ここも安全じゃない」

 

「そう、ね……」

 

楯無は頷き、二人して木の影へもたれ掛かる。

 

「っ」

 

油断すれば意識を手放す。

気付け薬でそれを回避しつつ、そのまま最低限の処置だけ済ませる。

増長された痛覚で五感が麻痺しつつある流星は、携帯式の注射器で鎮痛剤を打ち込んだ。

───これでまだ動く。

 

楯無も自身の腹部や腕部に処置を施し、痛々しい姿ながらも動けるようになった。

グルグルに巻かれた包帯が気持ち程度だが患部を保護している。

彼女も鎮痛剤を打ち込んだ。

 

 

互いの包帯に滲む赤色。

手の自由がきかず、口を使って強引に締めあげられていた。

 

 

 

 

 

ボロボロの灰の機体は楯無を抱え、飛翔する。

 

実験場となっていた島を出て──海面スレスレを飛行する。

 

速度は遅い。

『黒時雨』後でもあり推進翼(スラスター)も出力が低下している。

エネルギー残量も僅か。戦闘が起これば敗北は必至だ。

 

主犯がいなくなったとしても、警戒する対象は多い。

ロシア軍、アメリカ軍、そして亡国機業(ファントム・タスク)

特にロシア軍は特殊部隊を派遣した前例がある。

何事もなく──とはいかないだろう。

 

太平洋の海上を楯無を抱えた灰の機体が駆ける。

IS学園を目指したいところだが、距離は遠い。

 

一夏や簪が居たことを考えれば、公海まで出られるかが勝負になる。

───後は虚と流星が考えた策がどう作用するか。

 

あれだけあらゆる障害を排除し、帰還に向けて動き出した今でも尚まだまだ厳しい。

 

「!」

「────!」

 

背後からの銃弾に気付いた流星はそれを躱す。

とはいえ何とか躱せた───という状態。

彼の眼前に映し出される投影ディスプレイには、三機のISが映っていた。

 

「……ロシア軍ね……それも非公式の部隊」

「もう再編してきたのか────、っ……不味いな……」

 

もはや牽制程度の射撃すら避けるのがやっとだ。

相手は此方の怪我を見て尚、念入りに倒そうと動いている。

 

一人が牽制しその内に包囲するように移動している。

機動力で振り払うのは不可能。防戦も出来るはずがない。

 

「!」

 

前方に回り込んだISから、眼前の海面へ威嚇射撃が入る。

向こうも『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』を回収───あわよくば流星達も生け捕りにしたいのだろう。

流星は止まらざるを得なかった。

 

 

「今宮流星に更識楯無。大人しく投降しろ」

 

 

アサルトライフルを構える正面の敵機。

側面の二機はガトリング砲の銃口を流星達に向けている。

 

 

「───!」

 

 

楯無と流星共に警戒しつつ、眉を顰める。

──────しかし、すぐに状況は一変した。

 

「何────!?」

 

同時に───突如として空から降る銀色の光弾(・・・・・)

それは的確に三機のISの周囲に叩き込まれ───大きな水飛沫が上がった。

驚いた敵機はそれぞれ防御に移る。

 

 

(これは……)

 

この武装を流星は目にした事がある。

以前臨海学校で苦戦を強いられた『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のものだ────。

 

(福音の──姉妹機───……)

 

楯無もまた目を見開く中、二人の目の前に銀色の機体が降り立つ。

まるで──流星達を守るように立ったその機体はすぐに振り返る。

 

 

「ハァイ、少しぶりね流星くん。それと数ヶ月ぶり位かしら──更識楯無さん?」

 

「ナターシャ・ファイルス───!どうしてここに───」

 

「それはね───」

 

揺れるウェーブがかった金髪。

ナターシャは楯無に対して微笑む中、正面の敵機が引き金を引いた。

 

 

「───!」

 

数発の銃弾をナターシャは小型の盾で弾き、正面へと視線を戻す。

正面の敵機は訝しむような視線をナターシャに向けつつ、口を開いた。

 

「何のつもりだ」

 

「見れば分かるでしょう?助けに来たのよ」

 

「──それが何のつもりかと聞いている。ここはロシアの領海だ───アメリカ軍所属の貴様が何の許可もなく踏み入れて戦闘────分からないと言わせないぞ!」

 

これは国際問題だ、と敵機は烈火のごとく捲し立てる。

他二人が待機している様子からして、恐らく彼女が隊長格なのだろう。

 

敵機に対してナターシャは小首を傾げた。

 

「現在は合同軍事演習中。一定の区域内でのアメリカ軍のISの展開は許可されている筈よ?」

 

「屁理屈だ。貴様がそいつらを庇う大義名分はどこにもないと言っている!」

 

 

「いいえ、あるわよ。何故なら────ついさっきをもって今宮流星は自由国籍が認められ(・・・・・・・・・)───同時にアメリカ国家代表IS操縦者……その候補生に任命されたもの───」

 

「なに───!?」

「「!?」」

 

隊長格だけでなく、残り二機も一斉に驚きを露わにする。

ここに来て希少な男性IS操縦者の帰属が決まったというのだろうか。

国際IS委員会で揉めていたその内容が、あっさり決まるとは思えなかった。

 

(なるほどね……)

 

一方で楯無は納得した様子である。

介入に伴い今宮流星が見据えていた着地点──それを理解したからだ。

自身を取引材料のひとつにしている事に色々と文句を言いたいところではあるが────。

 

 

「っ、戯言を。───だが貴様一人ならば──」

 

その二人は守り切れない───、と強行突破を企てる隊長格。

目的のものを回収さえ出来ればどうとでもなる。

 

彼女が右手を振るう。

合図を受けた二機はガトリング砲の引き金を引こうと────。

 

 

「そうは──!!」

「させねぇ─────!!」

 

「「!!」」

 

───割り込む二機────簪と一夏がガトリング砲が放たれるよりも早く、攻撃を叩き込む。

『春雷』と『雪羅』、それぞれの荷電粒子砲がガトリング砲を貫いた。

 

「一夏───!」

「簪ちゃん───!?」

 

これには流石に流星も驚きを隠せない。

幾ら流星と楯無が切り札(福音のコア)を手に入れたからと言って、一夏達が此処に来られるようにするのは相当難しい問題の筈だ。

そこは───彼も預かり知らぬところ───千冬や学園の関与が大きかった。

 

ナタルが現場に向かう際、公海で出会った彼らに援護を要請した形式だ。

 

流星と楯無を庇うように二人は彼らの正面へ。

 

「───くっ……!!」

 

隊長格の顔が歪む。

ナターシャは静かに問いかけた。

 

 

 

「これで三対三。───さて、どうするの────?」

 

 

 

 

 

 

「───これだと流石に手出しが出来ないわね」

 

更にそれより数十kmの海上。

エムを仲間に引き渡し、姿を現したスコールが目にしたのは───渋々引き下がるロシア軍部隊と対峙する三機のISであった。

 

来玖留からの前払い分の情報こそ受け取り、エムを貸し出した。

しかしそのエムも敗れ、来玖留は死亡。

それにより残りの情報を受け取る機会が消滅した。

 

だが来玖留の死は用意周到な目の上のタンコブが消えた事も同義。

あわよくば流星らを襲撃し漁夫の利を─────とも考えたがそれも厳しいだろう。

 

更識家の一員になり、行動。

非合法な相手に対し同様に純粋な武力で応じつつも、着地点は自由国籍をとり、アメリカの国家代表候補生になる。

 

男性IS操縦者の希少価値を武器にしたのだろう。

日本政府が本来なら黙っていない筈だが、稼働データを共有する云々で話を付けた可能性が高い。

 

 

 

アメリカ側もそこは強かだ。

来玖留に流星らが負ければ、アメリカ軍は彼らを切り捨てて行動。

彼らが勝って福音のコアを確保すれば、受け入れる───戦争になるリスクも抑えられ───最終的にコアも返ってくる。

 

 

(やっぱり頭は回るみたいね。いえ、流石に色んなものが噛み合った状況というべきなのかしら?)

 

突破口を開いたのは無論、来玖留の計画を介入して潰して回った流星。

だが楯無を含めあらゆる人間が関与し、漸くこの結末に辿り着いたのは言うまでもない。

 

それ程までに来玖留の執念は凄まじかった。

 

スコールは目を伏せる。

短い付き合いだったが認めるべき部分は彼女も認めていた。

 

(……仕方ないわね。前払い分の情報と今宮流星の戦闘データが確保出来たことを良しとしましょう)

 

尤も──今回でロシア政府側の情報もある程度得ている。

 

非公式部隊やそのISの情報も部下を通して筒抜けであった。

来玖留もそこは知って放置していた───そこまでなら許すという暗黙の了解だったのだ。

 

 

スコールは流星らのいる方角に背を向けた。

ここにいる理由は無いと金色のISは迷いなくその場を飛び去る────。

 

 

「じゃあね来玖留。貴方のその情動は嫌いじゃ無かったわ」

 

 

最後にちらりと無人島の方角を見ながら、追悼代わりに彼女はそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……────」

 

消毒液とガーゼの匂い。

更識楯無の目覚めはあまりいい気分のものでは無かった。

 

(───)

 

全身が鉛のように重く、自由がきかない。

痛みはないがその分感覚も鈍い、意識の方もついボーッとしてしまう。

視界はある。

入ってきた光に目が慣れると天井が映る。

次いで周囲の景色の把握へ───点滴や繋がれたコードの数々、仰々しいまでの医療機器。

 

遅れてそこがIS学園の一区画────医療室だと楯無は気が付いた。

 

徐々に覚醒していく意識。

目が覚めたところで隣からガタリと物音が聞こえた。

 

 

「お姉ちゃん───目が覚めたの!?」

「あ───簪──ちゃん────」

 

目にした水色の髪───よく知る人物を前にして急速に意識がハッキリとする。

視線を横の簪へと楯無は向けた。

 

「そっか。学園に着いた瞬間に倒れたんだっけ……」

 

「うん。お姉ちゃんも流星も皆が出迎えた瞬間に意識を失って──あの時は本当に死んじゃったかと思った……」

 

「ふふ、大丈夫よ。お姉ちゃんは不死身なんだから」

 

「……そんな冗談は、嫌い」

 

「……ごめんなさい。心配かけちゃったわね」

 

不満そうに睨む簪に楯無は微笑む。

頭を撫でようと手を伸ばそうとした辺りで、右手にギプスが嵌められていることに気が付く。

 

そこで楯無は簪が助けに来てくれた事を思い出した。

一夏や簪があの場に来れた経緯や、そもそもの流れは帰還の際に聞いている。

もう守られるだけの妹でも無いのだと───喜びと寂しさが入り交じる。

 

 

簪の口から楯無はあの後について聞いた。

 

 

楯無の揃えていた情報や福音のコア、戦闘記録(ログ)

それらを武器に『更識』はロシア政府やアメリカ政府と交渉────主犯のロシア軍上層部の一派が罪を問われる事になり、更識楯無や今宮流星の行動は不問となった。

 

当初楯無が想定していた筋書き通りの交渉。

流星側の内容と混ざりはしたが────問題なし。

これであの一派による学園襲撃についても無くなったと見ていいだろう。

 

 

「──!流星くんは───」

 

「きゅ、急に動いちゃダメ……!傷が……」

 

「──っ、それで流星くんは無事?」

 

ハッとなり無理矢理身体を起こそうとする楯無。

だが直ぐに限界がきてうずくまった。

慌てて駆け寄り心配する簪に楯無は左手で止め、大丈夫とアピールする。

脂汗を滲ませつつ彼女は呼吸を整える。

 

ゆっくりと身体を起こす楯無に簪は答えた。

 

 

「流星なら地下の医療室にいる……。命に別状は無いらしいけど…まだ……」

 

「そう。まだ目覚めないのね」

 

楯無は納得したように口に出す。

自身を助けに来てくれた人物──その安否を心配しつつも、結局出た反応は当主としての冷静な(かお)であった。

 

……つくづく自分に嫌気が指す。

楯無の一瞬見せた物憂げな顔に簪は目を伏せた。

 

 

「────なーんて、皆無事で良かったわ!簪ちゃん達のお陰で万事解決!完全勝利ってね!」

 

 

楯無はすぐにケロリと笑顔を見せた。

いつも通りに扇子を開くような動きだけ手でしつつ、上機嫌そうにそう口にする。

きっと扇子があればそこには勝利──と書かれていただろう。

 

(────)

 

簪はそこに踏み込む事が出来なかった。

正確にはそこに踏み込んで────姉を傷付けない方法を知らない。

 

大まかな事情は簪も今回で知った。

 

『楯無』の意味も覚悟も知らされ、自分はまるで姉の事を分かっていなかったと後悔した。

姉妹故に、楯無は簪の前では『裏』の弱音は絶対に吐かない。

幼馴染の虚の前でも同様だ。

もどかしいと簪は胸元で拳を握る。

 

楯無は簪の泣き出しそうな表情を見て、困ったような表情を浮かべた。

 

「……ありがとう、簪ちゃん」

 

礼を言い、楯無は左手で彼女の頭を撫でる。

力のない笑顔に簪はどう言葉をかけていいか、分からなかった。

 

 

 

 

 

今宮流星が目覚めたのは、更識楯無が目覚めてから──半日後の事だった。

場所はIS学園地下特別区画の一部屋である。

機能としてはIS学園内の医療室と基本は変わらない。

最新鋭の機器にナノマシンとあらゆる物が揃っている。

 

ただ見映えは悪い。

病的なまでに真っ白な部屋にポツンとあるベッド、広々とした部屋。

居心地としては最悪だと中の人物は呟いていた。

 

流星が楯無と違いここで治療された理由は分かっている。

彼も起きた直後に千冬と虚から、事情を聞かされたからだ。

 

学園側が名目上『今宮流星の拘束及び保護』を掲げ動いていたことに尽きる。

ロシアからテロ行為の容疑も掛けられた中、学園は彼がテロリストと戦闘しそのまま追う形で学園を後にした───と捏造。

しかし彼が不法入国した事実は変わらず、更識による水面下での決着がつくまではここに隔離───今に至る。

 

決着はついており、彼の病室も明日には医療室の方へと移る予定だ。

 

 

────時刻は23時。

 

 

皆が寝静まる中、寝ていた流星はパチりと目を覚ました。

 

「っ」

 

痛みで目を覚ました彼は静かに身を起こす。

安静にしているべきなのだろうが、ISの生体補助もあり動けはする。

 

(夜風にでも当たるか)

 

ベッド脇に置かれていた制服に袖を通す。

患者服から羽織う形、彼はそのままフラフラと通路を歩く。

 

────念の為に借りている認証パスをかざして外部への扉を開いた。

 

 

 

風にあたりに出た流星の足は、自然と屋上へと向かっていた。

まだ目覚めたばかりの身体。

重傷を負っているその体には厳しいものがある。

 

「───っ、何馬鹿な事をしてるんだか……」

 

自身の状態は熟知している。

ただ何となく───帰ってきた場所を一望したかったのだ。

 

やっとの思いで階段を上りきる。

屋上の扉を認証パスで開け────屋上へ。

 

そこには先客がいた。

 

「!」

 

「────流星くん…?」

 

ベンチに腰を掛けていた水色の少女は、空いた屋上の扉へ振り返る。

息を切らしながら現れた少年は、包帯だらけの姿であった。

首に巻かれた包帯、手足、腹部、極めつけは額にまで。

羽織っただけの制服の隙間から見えるそれを見て、楯無は言葉を失う。

少なくともあの火傷は──最新の医療を駆使しても痕が残るだろう。

 

「───っ」

 

改めて突き付けられたような気がした。

自身の選んだ道。

そこに巻き込んでしまった結果が眼前にある。

 

 

「それで──体調の方はどう?」

 

瞬時に考えを胸の奥底へ仕舞い、流星へと問い掛ける。

 

「……、良くはないな。寝れないし。だから夜風に当たりに来た」

 

流星は楯無にゆっくりと歩み寄りながら答える。

視線はじっと水色の少女を捉えたままである。

 

「そっちは?」

「私もそんなところ。流星くんよりは怪我は少ないから、少しはマシだけど」

 

と、力なく笑みを浮かべる楯無。

流星は楯無の表情を前に眉を寄せた。

 

「浮かない顔だな」

「それは───……」

 

問い掛けにどう答えるべきか迷う。

昼間、あの後皆にみせたから元気も今は出て来なかった。

少年は立っていることに疲れたのか、楯無の背後のベンチに腰をかける。

 

「…言っておくけど、オレは巻き込まれた訳じゃない。お前の意思も全部無視して首を突っ込んだだけだ」

 

「……だとしても、あなたはボロボロじゃない。私は『楯無』よ?守る対象がそんなになるなんて──笑っちゃうわよ」

 

自嘲的な言葉。

ほんの少しの皮肉。

 

もしもとは考えてしまう。

来玖留と和解出来る道を諦めずにいれば、何かが変わったかもしれない。

早々にそれを切り捨てた自分は───間違った選択をしてしまったのか。

 

「───」

 

少年は少女の様子に眉を顰める。

 

 

きっとここで少年が何も言わなくとも、彼女は明日からは元通りだろう。

 

その強さが彼女にはあった。

割り切るのを善しはせず、背負う物を増やして、奥底に傷を増やしながら。

 

──自分を赦せず、苦しくとも進めてしまう人間だ────嗚呼、どこかにも居たな。

 

尤も彼女は真っ当な人間で、壊れてもいない。

筋違いかと内心で片付けつつ、少年は空を見上げる。

 

ここにはあの曇天はない。

灰の雲はない、満天の星空だ。

 

「苦しい時くらい、苦しいって言えばいいだろ」

 

「───……それ、貴方が言う?」

 

「オレは良いんだよ」

 

その資格は無いからな、と続く筈の言葉を彼は飲み込む。

相変わらずね、と楯無も口に出さず───ひとつだけ問いかけた。

 

 

「───私は『楯無』になるべきじゃなかったのかしら───?」

 

「…さあな」

 

放り投げるようなひと言に、楯無は不満顔。

口を尖らせた。

 

「……ここって慰めるか助言をする場面だと思うけど……」

 

「そうしたところでお前は納得しないだろ───結局それを決めるのはお前自身だ。オレがとやかく言えることじゃない」

 

「そうだけど……」

 

言葉を濁す楯無。

肯定も否定も意味をなさない事は楯無も理解している。

 

答えの出ない問題、その答えがわかるのはあまりにも先のことだ。

果てで孤独な自分を想像して───ゾッとする。

 

そんな少女の背で少年は意地の悪い笑みを浮かべ、とんでもない事を口にした。

 

 

「───いっそ全部捨てるか?」

「へ───?」

 

とんでもない流星の発言に楯無は思わず間抜けな声を出した。

 

「その通りの意味だよ。お前がもしその方がいいって思ったなら、そういう選択肢もあるってことだ」

 

「───そんな、こと」

 

許されるはずがない。

そうなれば残された皆はどうなる。

簪はどうなる?

 

「出来るわけないでしょう。『楯無』の名は軽くないの」

「だったらどうして独りでそれを持とうとするんだよ、馬鹿」

「────」

 

少年の言葉は楯無の心の奥の何かを溶かした。

『更識』に入ってまで助けに来た少年──それは一緒に重荷を背負うという意思もあったのだ。

 

孤独ではない───実感が楯無の内を駆け巡る。

 

そして──つい、聞いてしまった。

 

 

「……例えばの話よ?もし私が───全部放り出して逃げるって言ったら、あなたは付いてきてくれる?」

 

 

それは口にはしないが、少女に新たに芽生えたものの発露。

意地悪な話だ。

少年が楯無の選択肢としてあげた話──その責任を問うようなもの。

彼の答えは分かっている。絶対に否定されない。

でもその言葉を彼女は、どうしても聞いておきたかったのだ。

 

「───驚いた」

 

今度は少年が豆鉄砲を食らったかのよう。

流星としてはそのような問いが来るとは思わなかったからだ。

てっきり告白でもされたのかと思った、なんて流石に茶化すのは止めた少年である。

 

 

「言った責任もあるしな。その時はオレで良ければお供するよ」

 

 

互いの表情は見えない。

少年が今どんな表情をしているのか、楯無は見てみたくて仕方無かった。

きっと優しい声色通りの表情をしているのだろうか、だなんて考えながら口もとが緩む。

 

「ありがとう流星くん。目が覚めたかも」

 

誰かを真の意味で頼る。

ごく当たり前の事を思い出す───彼女から迷いが消えた。

『楯無』として生きていく事に変わりは無い。

来玖留の件も、結局彼女の中に傷として残り続けるだろう。

しかし、楯無は独りではないと気付いている。

 

 

「そうか。なら───良かった」

 

振り返ることは無く流星はそう返す。

スッキリした様子で告げた楯無にどこか安堵した様子であった。

 

 

 

 

──風が吹き始め、肌寒くなってきた。

少年はベンチから立ち上がり、背後の楯無の方へと向く。

 

「肌寒くなって来たな。そろそろ戻ろう楯無」

 

「……」

 

「楯無?」

 

突然黙りこくる彼女に流星は小首を傾げる。

何かあったのかと考え込む流星。

 

───そんな彼の様子を見守りつつ、楯無は意を決したように大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「更識──刀奈(かたな)。楯無じゃなくて、刀奈」

 

 

楯無の目は、いつになく真剣な眼差しで流星を見ていた。

ほんのちょっぴりだけ頬を紅潮させて、珍しく緊張した面持ちで流星を見つめている。

演技ではなさそうだった。

 

 

 

「刀奈────それが本当の名前……か」

 

 

 

聞いてよかったのかと内心考える流星だが、楯無の真剣な眼差しを前にそんな考えは吹き飛んだ。

信頼の証と彼は受け取る。

 

 

 

「そう、私の本当の名前。……でも秘密だから二人きりの時だけそう読んで欲しいかな?」

 

 

そうどこか気恥ずかしそうに告げる楯無の姿は、普段の楯無からは想像も付かないしおらしいものだった。

流星は自然とその名前を受け入れ、だがどこか流星も気恥ずかしそうにその名前を呼ぶ。

 

 

「わかったよ、刀奈」

 

 

「───!よろしい」

 

 

嬉しそうに自然な笑みを零す楯無───刀奈を前に、流星は目をそらす。

そんな流星の反応を見て、また彼女は楽しそうに笑いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不味い、本音から滅茶苦茶連絡来てた……」

 

「え───!?あ、私も虚から──────!」

 

 

遅れて携帯端末を見て気付く二人。

 

───この後物凄く怒られた。

 

 

 






この章終わる?
多分あと一話続くんじゃよ。多分、きっと。



ナタルと一夏達が駆け付けたのに、彼らと戦ってたイーリス達が居ないのはここと次話でサラッとだけ補足します。(同内容)
大まかにな流れとしてはナタルが一夏達の戦闘に割って入り、彼らを連れて迎えに行った形。

イーリス達は帰投命令に従い戻り、残った一夏達をナタルが連れて移動。

流星達がコアを確保したので、ここまで来れば確実に男性操縦者を迎えたいアメリカ側も千冬の要求を飲んで援護要請を行った形。

省いたのはナターシャの登場を流星達の詰みに持って来たかった&誰か来る→その場面終わりパターンを避けたかったからですね。




>来玖留について
難解な精神構造してるけど、要は更識『楯無』が嫌い。『楯無』のことで自身に遠慮する『刀奈』を見てバグった感じです。(来玖留も名前は知らない)












>刀奈
────や っ と で す(二年経過)

タグ後で追加しときます。



本音が様子見に行ったら、流星居なくて。
そして一応姉がたっちゃんを見に行ってたら、たっちゃんもいない。
そりゃ怒られる。

ん?23時過ぎてるのに見に行くのおかしくない?
───本音のヒロインパート、どこ行った。
勘のいいガキは嫌いだよ。


















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-79-

 

 

更識楯無と今宮流星が意識を取り戻した翌朝。

カーテンの隙間から射し込む陽光を頼りに、楯無は目を覚ました。

 

まだ本調子でないのか、微睡みの中瞼を擦る。

隙だらけの仕草───世の男性なら魅了される愛嬌がそこにはあった。

 

「……」

 

見慣れない天井。

ゆっくりと身体を起こし正面のカーテンへ視線が移る。

ふと昨夜の少年とのやり取りを思い出し、胸を温かいものが占めた。

 

「─────えへへ」

 

ついついニヤけてしまう。

あの声色とオレンジの髪の少年の姿を思い出し───いつの間にか枕を抱きかかえていた。

完全無欠、才色兼備───学園最強の生徒会長のだらしない表情。

 

そんな誰にも見せられない一面を間近で見ている者が居た。

 

 

 

「──お姉ちゃん…?」

 

 

────様子を見に来ていた更識簪は、困惑を露わにする。

昨日の調子から姉を心配して見に来た───のだが、明らかに異様な光景だった。

 

「───か、簪ちゃん!?おはよう!」

「…おはよう。お姉ちゃん」

 

漸く簪に気がついた楯無は驚きつつそちらに振り向く。

簪は先程の姉の表情を一旦忘れ、普段通りに反応した。

 

余談であるが昨夜の出来事を簪は知らない。

知っているのは布仏姉妹のみ───ただ、内容までは彼女らも知らなかった。

 

「体は…大丈夫?」

 

「ええ。治療もあって傷口はほぼ塞がったみたい。完治はまだまだ先だけど、普通の生活には今日の診察次第ですぐ戻れるかも」

 

楯無はそう言いつつ自身の体に視線を落とす。

ナノマシン医療や万能細胞移植、生体癒着フィルムによって傷口自体は塞がっている。

尤も楯無や流星の怪我は相当なもの。

これらの最新医療を駆使しても、完治までは時間がかかる。

次の行事までには間に合うのが救いか─────。

 

「良かった。けど無理は駄目だから…もし困ったことがあったらいつでも言って」

 

「そうね。何か困った事があったらお願いするわ」

 

楯無は笑顔で頷く。

別段昨日と変わった様子はない──普通の人間から見れば。

 

(これは…)

 

簪からすれば天と地の差だ。

昨日までのから元気は完全に消え去り、いつもの調子───いや、いつもより良い。

しかも、今の言葉も明らかに本心から頼ろうとしているものだ。

抱え込んでいた感じが消えている。

 

(い、一体なにが…)

 

困惑する簪。

いい事ではあるのだが、この変化に動揺しない者は居ない。

極めつけは先程の表情だ。

────…気になる。

 

「…なにかあったの?」

「えっ」

「お姉ちゃん、昨日よりすっきりした顔になってる」

「な──なな何も無かったけど?」

「なにかあったんだ」

 

簪は確信を持つ。

一方で楯無は内心冷や汗をかいていた。

 

(い、言うべきかしら──簪ちゃん、心配してくれてたし…────け、けど恥ずかしいというか、秘密にしたいというか───)

 

あのやり取りを自分達だけのものにしておきたい──なんていう乙女心。

知られたくない恥ずかしさもあるのだが、今はそちらの割合の方が大きい。

 

(あ────)

 

そこで楯無は初めて自身の発言を思い返す。

自身の本当の名前──それは家族以外に(・・・・・)教えてはならない(・・・・・・・・)

 

(こ、ここ、こうなったら、か、か家族になってもらうしかないわよねっ!)

 

何段階かすっ飛ばした思考が彼女の頭に浮かぶ。

しかしそれは別に不可能な話ではない。

今の少年は『更識』の一員。

──私のものになりなさい!なんて当主命令をすれば一発だ。

公私混同ではあるが、一般的な企業や組織と違い通用してしまうのが恐ろしい。

 

 

 

「…」

 

一人で顔を赤くする楯無を簪はジーッと見つめる。

視線は早く吐けと訴えていた。

冷静に考えずとも、言える訳がない。

 

「「!」」

 

どう切り抜けるか楯無が考えていたところ、扉が開く音が聞こえた。

思わぬ助け舟に彼女はホッと安堵の息を漏らす。

 

カーテンを開けて現れたのは千冬であった。

 

 

「更識、調子はどうだ────、更識妹も来ていたか」

 

 

話の最中だったか──と千冬は視線で問いかける。

対して簪は首を横に振って問題ないと返した。

楯無は自身の身体を見直す。

 

「お陰様で傷口もほぼ塞がってます。可能なら明日からでも学園に復帰しようかと」

 

「分かった。そう担任にも伝えておこう。───しかし、ほう───?」

 

千冬は楯無の顔を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 

「随分と良い顔になったな。昨夜ここを抜け出した意味はあったようだ」

 

「な、なな────っ!」

 

「どうした?夜風に当たりに出ただけだろう?」

 

わざとらしくそう告げる千冬に楯無は顔を再度真っ赤にする。

千冬の視線は『知っているぞ』と告げていた。

屋上での気配は無かったことから、恐らくあの場には居なかっただろう。

話の内容は聞かれていない────。

 

 

「そ、それより!なにか用件があるんじゃないですか!?」

 

(話を逸らした…)

 

(逸らしたな)

 

慌てて尋ねる楯無に簪と千冬は目を細める。

簪としては色々と気になるところ──後で本音に知らないか聞いてみよう、と一人考えている。

 

千冬は呆れたようにため息をついた。

 

 

「悪いが午後から来客がある、今から診察でも構わないな?」

 

「来客ですか?」

 

「ロシア政府の人間───今回の件について改めて確認しに来たようだ。悪いな。出来れば怪我が完治するまで延期したかったが───」

 

「いえ、十分です織斑先生。ありがとうございます。でももう私なら大丈夫です」

 

真っ直ぐな視線を返す楯無に千冬は頷く。

 

「そうか。ならばすぐ手配しよう───」

 

その声には幾分かの安堵が混ざっていた。

 

 

 

 

 

楯無が起床してから一時間後。

目を覚ました少年の視界に移ったのは、一人の少女であった。

 

「───?」

 

普段の調子が出ない少年はまだ微睡みの中。

目と鼻の先にはすーすーと寝息をたてる布仏本音の顔。

まだあどけなさの残るその寝顔だが、年相応の艶やかさが見て取れた。

 

向き合っている顔と顔。

ゆっくりと浮上する意識。

流星は思わず呟くのであった。

 

「…どういうことだ…」

 

──状況を整理する。

ここはIS学園地下特別区画の医療室。

基本的に一般生徒の立ち入りは不可──どころか存在すら知らされていない。

 

ただ目の前にいるのは更識関係者の布仏本音───なるほど一般生徒ではない。

よって、ここに入れるのはおかしくない。

 

 

彼女が寝巻きである点と、何故か隣で寝ている点について考える。

──なるほどここで睡眠をとったのだろう、問題は無い。

 

「……」

 

──いや何を考えているのか、問題しかない。

着ぐるみのような寝巻きは実に愛くるしい───ではなく。

 

こんな光景を見られたらどうなるか。

流星の脳裏にパターンが幾つか浮かんだ辺りで、眼前の少女の体が揺れた。

 

「ぅ〜ん…?───」

 

もぞもぞと体を丸める少女。

少し顔の距離が近づいたところで、本音は目を覚ました。

 

「…────あ……おはよ〜、いまみ〜」

「ああ、おはよう」

 

パァッと明るい笑顔で挨拶をする本音。

まだ眠いのか声の抑揚はあまりない。

流星も律儀に挨拶を返した。

 

 

「それで、これはどういう状況だ?」

 

「いひひ、驚いた〜?これはねー、たっちゃんさんの真似だよ〜」

 

楽しそうに本音はそう告げる。

流星としては反応に困ってしまう。

楯無が相手ならベッドから蹴り落とすのだが、本音相手は気が引けるからだ。

なんにせよ、ラウラの真似で無くて助かったと彼は内心呟く。

 

 

「そうだな。心臓に悪いから止めてくれ。というか、悪影響受けるな」

 

そう言いつつ、彼は本音の侵入に一切気付けなかった事実に着眼する。

どうやら思っていたよりも体にガタが来ているようだ。

 

 

「ねぇ、いまみー」

 

声のトーンが変わる。

先までの明るい調子とは違い、静かなものだった。

蹲るようにして彼の胸元へと顔を寄せる。

身を預けるような姿勢で俯いたまま呟いた。

 

「無茶はダメだよ?私も──いまみーが帰ってこなくなるのは、ヤダ」

 

「…悪い、心配をかけた」

 

観念したように溜息をつく流星。

もう無茶はしない、その言葉が少年から出てこない事は少女も知っていた。

あくまで本音は戦力にはなれない。

信じて待っている事くらいしか出来ない事が殆どだ。

だから、彼女もそれ以上追及しなかった。

 

 

 

「いまみー、手を貸して」

 

「?こうか」

 

本音に言われ、流星は右手を差し出す。

本音はそれを手に取ると自身の頬へと持っていった。

 

自身より大きくゴツゴツとした少年の掌の感触。

古傷や所々に包帯が巻かれたそれはとても触り心地がいいとは言えない。

だが、本音は少年の手を頬に当て満面の笑みを見せた。

 

「やっぱりいまみーの手は安心する」

 

「──────」

 

もちもちとした頬の感触が彼の掌に伝わる。

手首は微かに柔らかな唇の端に触れていた。

 

───くすぐったい。

流星は何とも言えない羞恥に教われつつも、その状態を受け入れる。

本音にそれだけ心配をさせたのだと、彼は思い知らされていた。

無論、負い目だけでもない。

少女のペースに呑まれていたのも事実である。

 

暫く少年の手を堪能する本音。

着ぐるみパジャマで隠れた彼女の耳は、しっかりと赤みを帯びていた。

 

 

 

穏やかな朝の時間はここまで。

そんなのほほんとした地下の医療室──その扉が開いた。

 

 

「流星──あんた起きて───……………………」

 

「…………」

 

「あ、りんりん。おはよ〜」

 

ピシリ、と音を立てて固まる鈴と流星の両名。

いきなり立ち止まった反動でツインテールが大きく揺れる。

慌てて流星は手を振りほどき、身体を起こした。

 

少年は既視感のある鈴の反応に冷や汗を流していた。

現在、彼はまともにISを展開出来る状態ではない。

加えてあの時と違い隣にいるのは本音だ。

 

 

「「────」」

 

沈黙が周囲を包み込む。

固まったままの鈴の笑顔がこの上なく恐ろしかった。

 

「とりあえず、退いてくれ本音」

「ヤダ」

 

ブチィッ!と何かがちぎれる音。

展開される龍咆と双天牙月を眺めながら、流星は諦めの声を漏らすのであった。

 

「あー、ちなみに弁明の余地は──?」

「安心しなさい。地獄で聞くわ────」

「聞く耳ないな───っ!」

 

少年は死を悟る。

今あんなものを受けたら、間違いなく挽肉になる。

龍咆が放たれようとしたところで、扉が再度開いた。

 

 

「そこまでにしておけ。ここを殺人現場にする気か」

 

 

現れたのは簪達を含めた数人。

先頭に立っていた千冬は腕を組んだまま、溜息をつく。

 

鈴は渋々ISを解除する。

助かった、と胸を撫で下ろす少年。

千冬は彼等の前に移動すると本音の首根っこを掴んで流星から引き剥がした。

 

「布仏妹は後で反省文を提出するように。期限は午前中だ、いいな?」

 

「…は、は〜い…」

 

有無を言わさぬ千冬の迫力を前に本音はしょんぼりと項垂れる。

千冬は本音をベッドの脇に下ろすと、今度は流星へと視線を戻した。

 

「それと今宮、後で指導室に来い」

 

「はい…」

 

反論も諦め、力なく流星は返事をする。

何を言われるのだろうかと頭が痛くなる少年。

 

遅れて部屋に入ってきた簪と視線が合う───プイッと少女はそっぽを向いた。

 

「流星の節操無し…」

 

いじけたようにポツリと呟く。

親友の少女を引き剥がす事も出来た筈なのに、彼はそれをしなかった。

モヤモヤとした感情が彼女の内に湧き上がる。

それが嫉妬だと簪も理解していた。彼に殆ど非がない事も。

ただ、頭で理解していても心はそうはいかない。

 

一方で乙女心への理解が乏しい少年はそんな簪を目で追う。

 

(そういや、後で礼を言わないとな)

 

目覚めた時に、簪に礼を言い損ねた事を少年はふと思い出す。

とはいえ今はそれを話せそうでは無い。

 

 

 

「それで、体はどうなのよ」

 

 

鈴は腕を組んだ状態で彼の前へと歩み寄ってくる。

呆れたような言い方なのは先程までの不満も残っているからだ。

 

「生体補助もあって悪くない。普通に歩くくらいなら問題無いだろ」

「ふ〜ん、そうなんだ?」

 

鈴は意地悪そうな笑みを浮かべ、彼の肩を小突く。

すぐに少年の全身に衝撃が走った。

流石の少年も激痛を前に一瞬息が止まる。

 

「っ──、鬼かお前は」

「致命傷一歩手前で帰ってきて生意気言うからよ。ったく、今度無茶したらベッドに縛り付けるから」

「冗談に聞こえないんだけど」

「当然、本気(マジ)よ」

 

ふふふ、と据わった目で告げる鈴に流星は戦慄する。

──その内監禁されるんじゃないだろうか。

何故か本音も笑顔で頷いていた。

 

 

 

「あれ、皆もう来てたのか。早いな」

 

 

 

遅れて現れる一夏、箒、セシリア、シャルロットとラウラの5人。

ベッドで身を起こしている流星を見て、一夏は真っ直ぐと歩いてくる。

残りの専用機持ち達は、鈴達のオーラを察して一歩距離を置いていた。

 

「ほら、流星これ。安物だけどとりあえず着替え買ってきたぞ。医療室も校舎の方に移るんだろ?」

「ああ、助かる。そういやお前の方は怪我とか無いのか?」

「あるけど、かすり傷と軽い打撲くらいかなぁ。それより、イーリスさん…無茶苦茶だったぞ」

 

───彼女とイーリスの戦闘は苛烈を極めたのだが、そこにナターシャが介入。

流星の立場の変化、イーリスとログナー両名への帰投命令の伝達──それらにより、一夏達とイーリス達双方は大した被害もなく済んだ。

 

しかし、イーリスの国家代表IS操縦者たる戦闘能力と荒々しい戦闘スタイルを味わうには十分。

 

戦闘中の事を思い出し、一夏はげんなりとしていた。

 

「だろうな。ありゃ脳みその中筋肉で出来てるぞ。空母の中を平気で破壊しながら突き進んで来るし……ぶっちゃけもう関わりたくない」

 

とはいえ、少年はもはや関わらざるを得ない立場になっている。

一夏はごほんと咳払いし、話題を変えた。

 

「というか人の怪我心配してる場合かよ。傷口は塞がっても体の中はボロボロだろ」

 

「ぐぬ」

 

「それにさ、大怪我してるのに夜出歩くのも良くないぜ?そんな事してるから、虚さん達にも心配かけて怒られるんだろ」

 

 

「な────」

「は────?」

「え──────」

 

一夏の言葉にピクリと流星、鈴、簪の三名が固まった。

 

思わぬ暴露に冷や汗をかく少年。

聞いていないと眉を顰める鈴。

そして───色々と自身の中で繋がった簪。

 

「ば───馬鹿何言って───」

「ん?それで怒られてるんじゃなかったのか?」

 

キョトンと首を傾げる一夏。

彼は本音が流星探索時に連絡を入れたため、流星が地下の医療室から抜け出していたのを知っていたのだった。

 

余談であるが、本音は楯無が屋上にいた事を知らない。

つまりあの密会の存在を察する事が出来たのはただ一人───。

 

 

「──流星、ちょっと聞きたいことが…ある…」

 

 

ガシリと彼の首根っこを簪が掴んだ。

音もない踏み込み。

流星だけでなく、近くにいた鈴と一夏も思わず言葉を失う。

更識で鍛えられた足運び。

遠目で見ていた箒もその技術には度肝を抜かれていた。

 

「か、簪────?」

「大丈夫、幾つか聞きたいだけだから…」

「は───!?」

 

引き摺られながら困惑を露わにする少年。

有無を言わさず簪は彼を隣室へと連れていく。

 

「な、なんだったんだ?」

「さ、さあ?」

 

唖然とする一同。

彼らは訳も分からず、連れられていく流星を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから二時間後。

指導室に訪れた少年は千冬から幾つかの注意を受け、そのまま応接室へと行くように命じられた。

制服に身を包み、ボロボロの体を引き摺りながらも彼は応接室へと移動する。

休日ということもあり、すれ違う生徒も少なかった。

 

やってきた応接室の扉をノックした後に開ける。

机とソファ、絨毯といった落ち着きと高級さを内包した部屋が彼を迎え入れる。

待っていたのは三人の女性────。

 

 

「───げ、脳筋女」

 

思わず嫌そうな声を漏らす少年。

その視線の先にいたイーリス・コーリングであった。

 

「───思ったより元気そうじゃねーか。しかし、喧嘩売ってるなら買うぜ?今宮」

「お陰様で元気ですよ。それよりどうしてここに居るんですか、先輩方(・・・)

「それはな──」

 

少年は半目でイーリスを見る。

対してニタリと笑みを浮かべるイーリス。

彼女を他所にナターシャ・ファイルスがその後を続けた。

 

「色々と渡すものがあったからよ。代表候補生としての契約書類の写しと自由国籍に伴う通知、後は代表候補生として必要な規定とかその他諸々についての書籍ね」

「────」

 

ドサリ、と机の上に積み上げられる書類を見て少年は絶句した。

やけに大きな荷物を持っていると思ったが、まさかそれらのほぼ全てが自身への書類だとは想定外である。

 

積み上げられた山は立っている流星の肩程までの高さ。

 

固まる少年を見てイーリスは楽しそうに口を開く。

 

「ハッ、お前でもそんな顔すんだな」

 

「これを前にノーリアクションはないだろ。……なんか武装のカタログまで入ってないか?」

 

少年は不可解といった様子でそれを山から取り出す。

一応察しは付いているのだが、流星は疑問を口にした。

 

「そりゃあお前はウチの候補生だろ?じゃあこっちの武装使うのは普通だしな。なんなら専用機を作るかどうかなんて話も出てたぞ」

 

「まあそこは流星くん次第ね。一応『時雨』は今どこかの企業に属しているものでもないし、珍しい換装形態まである───所属と汎用武装さえアメリカにするなら、『時雨』のままでも問題はない筈よ」

 

「分かってたけど、色々と手間だな」

 

流星は肩を落とす。

ただ『時雨』のままでも良いと言われている点はかなり有難い。

 

問題があるとすれば、目の前の書籍や書類の山。

ISに関係がない法律関係の書籍まである───地獄だ。

 

「ああ、分かってると思うけど一応試験もあるから頑張ってね?」

 

「───」

 

ウインクをしながらエールを送るナターシャ。

実技は免除だけど…と彼女は付け加える。

 

流星は生徒会やそこに加わる更識関係の書類も思い出し─────とりあえず、後で考えることにした。

 

「──今更になるけど、ありがとう流星くん。貴方のおかげで、あの子を無事取り戻す事が出来た」

 

ナターシャは微笑みながら、改めて礼を言う。

彼は書籍の山から本を手に取りつつ、なんでもない様子で返した。

 

「今回も結果論だ。アメリカに渡したのだって、そうした方が都合が良かっただけ───だからその礼も間違ってる」

 

「ええ、確かにそうね。でも事実でしょう?」

 

「…」

 

心底嬉しそうなナターシャに流星は言葉を詰まらせる。

やりづらい──そう少年が感じるのを見透かしたように、イーリスはニヤニヤとしていた。

 

「くくく、素直じゃねぇーのなお前」

 

「話が通じてなくて驚いてるんだよ」

 

「そう照れんなって。ナタルみたいな美人相手なら別に恥ずかしがるのも普通だろ」

 

「後で覚えてろよ」

 

「いいね。こっちは織斑一夏やお前との戦いも途中で終わって不完全燃焼なんだ──なんなら今からでも──」

「やめなさい、イーリ。相手は怪我人よ。それにここで騒ぎを起こしたら織斑千冬(ブリュンヒルデ)に怒られるわよ?」

 

「───はいはい。ったく冗談だって」

 

「貴方のは冗談に聞こえないのよ」

 

「…」

 

ふぅ、と溜息をつくナターシャと不満げなイーリス。

普段の二人のやり取りが目に浮かぶようだと少年は独りごちる。

 

同時にある人物を思い出しながら、流星は安堵の息を吐いていた。

 

ナターシャだけでなく、イーリスもいる───つまりは他国ではあるが、今回の一件の関係者ということで、ある人物(・・・・)も学園内にいる可能性があったからだ。

 

ただし、現在この応接室にその人物は見当たらない。

 

杞憂だったと流星が考えたあたりで、応接室の扉が勢いよく開かれる。

 

 

そうして────少年の表情は再度凍りつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「───!」」

 

そうして日が傾き出した頃。

仕事を終えた私は生徒会室へと向かう最中、ある人物と鉢合わせた。

 

丁度廊下の曲がり角だ。

その顔を見て一瞬言葉が出なかった。

後ろで留めた髪に眼鏡、同じ二年生を表す黄色のリボン。

 

「──薫子ちゃん」

「たっちゃん、帰って来てたんだ───」

 

ホッと安堵したような薫子ちゃんが私へと歩み寄る。

 

包帯は制服で見えない部分。怪我も外見からは判断できない状態。

とはいえ今回の出来事は国家機密───改めて細心の注意を払いながら応じた。

 

「ええ、今日帰ってきたところよ。忙しくて今まで顔を出せなくてね」

 

「そうなんだ。たっちゃんは相変わらず忙しいんだね。あ、でも織斑くんも入ったし、少しは楽になったり?」

 

自然な動きで私の隣を薫子ちゃんは歩く。

二人して生徒会室目指して足を進めていた。

 

「そうなれば良いけど、仕事が増えたの。今からも溜まった仕事を片付けに行くところなのよねぇ」

 

「うわー、帰ってきたところなのにお疲れ様」

 

「ふふ、ありがとう。けどこんなの慣れっこよ。今ならたまに簪ちゃんの差し入れもあるし、問題ないわ」

 

「仲直り様々かな?──頼もしいけど、たっちゃんってワーカーホリックにいつの間にかなってそうだから気を付けなよ?」

 

「否定出来ないのがなんだかなぁ。…この歳からなりたくないわね…」

 

つい書類の山を思い出して、どこか遠いところを見る。

 

他愛のない話を続けながらひとけのない廊下を行く。

黛薫子は更識楯無という人間にとって貴重な、気の置けない友人。

──それは言うまでもなく、来玖留にとっても同じこと。

 

 

「来玖留のこと、聞かないの?」

 

私は思い切って、薫子ちゃんの前でその話題に触れた。

恐らく薫子ちゃんは学園祭で来玖留に会っている。

更に流星くん達が彼女のことを聞きに行ったのもあって、何かあったと悟っているだろう。

 

薫子ちゃんは歩きながら少し窓の方へ寄る。

ちょっとだけ考え込むような仕草だけ取りながら、はにかんだ。

 

「うん、いいの。…だってもう会えないのは分かってたし──」

 

「薫子ちゃん──」

 

「当然知りたいのもあるよ。新聞部部長としてはここで引き下がるべきじゃ無いんだろうけど、今回はその気がしないかな?」

 

そう告げる薫子ちゃん。

きっと本心としては知りたいのだろう。

ヒシヒシとそれは伝わってくるけど、同時にそこに踏み込んだら私を傷付ける事にも気が付いてる。

 

だから、薫子ちゃんは敢えて踏み込まなかった。

 

私や流星くんが学園から消え、そして帰ってきた。

直前に来玖留が学園に来ていた事実も合わさり、全部済んだのだと察している。

 

「相変わらず優しいわね。薫子ちゃんは」

 

───こういう部分をきっとあの子も気に入ってたのね。

普段の調子からは想像も付かない薫子ちゃんの側面。

なら私もこれ以上この話題を振るべきじゃない。

 

薫子ちゃんはすかさずにしし、と笑って見せた

 

「褒めるなら新聞部を優遇してくれてもいいよ〜?具体的には部費アップとか、織斑くん貸出順序とか?」

 

「油断も隙もないわね。そうしてあげたいけど、駄目なものは駄目よ。生徒会は公平だもの」

 

「えぇー」

 

「えぇーじゃない」

 

すぐにいつもの調子に戻る私達。

私がいない間の出来事や、部活の話と雑談に戻る。

 

 

気付けば生徒会室の前に着いていた。

 

 

「じゃあ私は部室に戻るねー」

 

「ええ、また明日」

 

軽くそう交わし、薫子ちゃんは部室の方へと歩いていく。

───そのまま階段へと向かうかと思いきや、薫子ちゃんは突然私の方に振り返った。

 

「───たっちゃんは、何も言わずに消えたら駄目だよ?」

 

その言葉に私はつい笑みが零れた。

 

「勿論よ。そもそも私以外に生徒会長が務まると思う?」

「確かにそうだね。──じゃあね!」

 

いつも通りに扇子を開く。

答えに満足したのか、そのまま彼女は去っていった。

私もまた思わず口角が緩んでいるのを自覚する。

薫子ちゃんを見送り、改めて生徒会室に向き直った。

 

「さて、と」

 

 

ドアを開け部屋の中へ。

意外な事に───既に皆揃っていた。

 

真っ先に目に飛び込んで来たのは片っ端から書類の山を横に置いた虚と流星くん。

次に写ったのはくたびれながらも仕事を続ける本音ちゃんと、黙々と書類整理をする一夏くんだった。

 

「……皆働き者過ぎないかしら?」

 

思わず思ったことが口に出る。

皆の視線が一斉に私に集まっていた。

 

「……全く、流星くんもお嬢様もこんな時まで……」

「二人とも休んでたらいいのにー」

 

呆れたように虚がため息をつく。

本音ちゃんも苦笑いを浮かべていた。

 

「大丈夫ですよ虚さん。身体的には何も問題ないので」

 

「いや問題あるだろ」

 

一夏くんは流星くんに怪訝な目を向ける。

副会長席は経理と向き合うような配置にして、庶務の隣。

彼は一夏くんの言葉にニヤリと笑うと、書類の山の一部を一夏くんの机に置いた。

『じゃあ任せた』『極端だな!?』なんてやり取りが続く中、私は真っ直ぐと生徒会長席へと移動する。

 

 

「お嬢様、いえ──会長。おかえりなさい」

 

仕事をしながら呟く虚に私は満面の笑みで応じるのだった。

 

「ただいま!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






エピローグ、という事で今回は日常回とも少し違う感じです。
次回からはキャノンボール・ファスト編に入ります。
日常回かけたらいいなぁと思いつつ、シリアス漬けのせいで感覚が……。


さあ、ポンコツ化のお時間だ。










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弾丸のように、速く(キャノンボール・ファスト)
-80-


 

 

今宮流星と更識楯無の両名が学園に帰還して、四日──その放課後。

 

本来ならば未だ入院して然るべきなのだが、世間体もあり二人がゆっくり休む時間は存在しなかった。

事が事な為、怪我も非公式なもの──いち早い復帰が望ましい。

 

結果二人は完治していない絶対安静の状態で、医療室に通いつつ学園生活に復帰する形となっていた。

 

 

───食堂の一角で夕食を摂りながら、オレンジ髪の少年は意外そうな表情で呟いた。

 

「へぇ、一夏の誕生日って今月なのか」

 

「ああ、そうだぜ」

 

一夏はさんま定食を食べながら肯定する。

相変わらず魚の食べ方が綺麗である。

 

呑気な男子二人の会話を前に、ガタリとシャルロットが立ち上がった。

 

「えっ、そうなの!?いつ!?」

「に、二十七日だけど…?」

「一夏、そういう事はもっと早く言うべきだよ!」

「お、おう?」

 

自身の誕生日はそんなに重要だっただろうか。

唐変木で知られる少年は、食い気味で来られるとは思わなかったらしい。

不思議で仕方ないとばかりに頭上に?マークを浮かべていた。

座り直すシャルロット。

隣に居たラウラは腕を組みながら不満げに溜息をついた。

 

「全く、貴様には嫁の自覚が足りん」

「いやそれは違う気がするけど───」

「ええいゴタゴタ言うな。次からはその手の話は必ず早めに言うんだぞ!」

「わ、分かった」

 

勢いに押されて一夏は力のない返事をする。

オレンジ髪の少年はそれらをよそ目に、湯呑みに入った茶を啜っていた。

余談であるが、彼の眼前にあるのは親子丼定食。

小さなどんぶりと幾つかのサブメニューがついた人気メニューのひとつだ。

 

 

「尤も──知っていて話さなかった者もいるようだがな」

 

 

ラウラの鋭い視線が箒とセシリアに向けられる。

うぐ、と後ろめたいのか声を漏らす両名。

幼馴染みの箒はもちろんの事、反応の薄さからセシリアも知っているとラウラは見抜いていたのだ。

 

一方で────セシリアに教えたであろう鈴は知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。

 

「──聞かれなかっただけだろう」

「その通りですわ!話題に上がっていれば話していましてよ!?」

無理があるなぁ、と流星は遠い目。

続く箒達の弁明。

 

彼の隣ではかき揚げうどんを頼んでいた簪が、かき揚げをしっかりと汁に浸していた。

本人曰くたっぷり全身浴派──サクサク派のラウラも今回は気付いていない。

 

 

「…どうかした……?」

 

流星の視線に気が付いた簪が問い掛ける。

小首を傾げ少年を覗き込むような可愛らしい仕草。

彼は平常運転で言葉を返した。

 

「簪がたっぷり全身浴派だったのを思い出したってだけだよ」

「流星は……何派?」

「俺は特にはこだわりはないな。その時の気分さ」

 

「…なら、食べてみる…?」

 

おそるおそる提案する簪。

流星が今度は小首を傾げる中、簪はかき揚げを箸で掴んで彼の前にさし出した。

 

「簪が頼んだものだし、貰うのは悪い」

「ひ、ひと口だけだから…。それにその、仲間を増やしたくて…!」

「──なら遠慮なく」

 

差し出されたかき揚げに彼はすかさずかぶりつく。

汁が垂れる前にひと口貰おうという考え故の早さだが、簪からすれば意外過ぎた。

がっつくような行動を前に戸惑いが隠せない。

 

「確かに美味しいな。かき揚げうどんなら、俺の好みはこっち寄りだ」

「よ、良かった」

 

一方で『あ゛あ゛〜!?』なんて乙女らしからぬ声を上げるツインテールの少女。

それに対し、簪はふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。

バチりと視線がぶつかり合う。

それぞれの背の龍虎が相見えている。

 

 

「───二十七日って日曜日だったよね」

 

箒達の弁明、鈴vs簪の中シャルロットは顎に人差し指を当て呟いた。

 

「ああ、日曜日だな」

「なら一夏、日曜日は空いてる?ほら、昼はキャノンボール・ファストだけどその後は何も無いはずだし──皆でお祝いしない?」

 

「そうだな。賛成だ。嫁よ、どうなのだ?」

 

「そうだな。一応、中学の友達が祝ってくれるから俺の家に集まる予定なんだけど、良ければ皆も来るか?」

 

「勿論!」

 

一夏の提案に皆賛同する。

鈴や簪も睨み合いをやめて参加の意を示していた。

 

時間についての話も終えたところで、流星は箸を進めながら思い出したように呟く。

──隣では簪が先ほどのかき揚げの残りを食べるのを何故か躊躇していた。

 

 

「しかし『キャノンボール・ファスト』か。今までISバトルか実戦しか無かったからピンと来ないな。レースだったか」

 

「だなぁ。そう言えば明日から高機動調整を始めるとかの話だったっけ。具体的に何をするんだろ」

 

変則的な戦闘の訓練ならばまだしも、男子二人はレースの経験が全くない。

ラウラはプチトマトのヘタを取りながら、シャルロットは白身魚のフライを食べる手を止めた。

鈴も拉麺を食べるのを中断した。

 

「基本的には高機動パッケージのインストールだが、『白式』には無いだろう?」

「となると各駆動のエネルギー分配調整とか、各スラスターの出力調整だね。うーん、『時雨』もそうだと思うけど──」

「代表候補生になったし、『黒時雨』もあるし───調整だけじゃなくなる可能性は結構あるわよね」

 

「許可が下りるのかも不明だけどな。どうやら後付武装(イコライザ)やら増設ブースターやらを作るって話が出てるが───今は『時雨』の情報を提供してる段階──間に合わないだろうな」

 

流星はひとり溜息をつく。

色々とこの短い期間にやる事が多かったのか、疲れが見て取れた。

大変そうだなぁ、と一夏は胸中でごちる。

 

「高機動パッケージっていうとセシリアにはあるんだっけ。そもそも『黒時雨』って許可下りるのか?」

 

「ええ、(わたくし)の『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』には高機動戦闘を主眼に据えた『ストライク・ガンナー』が搭載されていますわ」

 

得意げに語るセシリアを一夏はじっと見る。

どちらかと言えば彼の関心は話よりもセシリアに向けられていた。

ここ最近増えた彼女の自主練───なにやら悩んでいるのは明らかだ。

以前の亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃が原因らしいが、一夏にはセシリアが何に苦戦しているのか分からなかった。

 

「じゃあセシリアが有利なのか。今度超音速機動について教えてくれよ」

「申し訳ありません、それはまた今度───今回はラウラさんにお願いしてくださいな」

 

セシリアがにこりと微笑みつつ、一夏の頼みを断る。

彼女が今壁と向き合っている事を察している面々は、下手に突っ込む事もしなかった。

 

「そっか、分かった。じゃあラウラ教えてくれ」

 

「ふっ、いいだろう。近頃更識楯無(あの女)にかまけてばかりのお前を教育してやろう」

 

得意げにニヤリと笑うラウラ。

スパルタ教育の未来を想像し、一夏は苦笑いをうかべた。

 

「大体、あんたも箒も機体スペック的に有利でしょ。高機動型に引けを取らないんだし」

「確かに…。その二機なら調整すればいいだけだよね…」

 

鈴と簪の言葉を聞き、箒もそうなのかと言葉を漏らす。

どうやら中国の高機動用追加武装(パッケージ)は遅れているらしく、鈴はそこに愚痴を漏らしていた。

簪の方は当然そのようなものは存在しない。

元々あった打鉄用のものを改造して流用するつもりである。

 

シャルロットもまた増設ブースターによって対応するとのこと。

ラウラは姉妹機の高機動用パッケージを流用するらしい。

 

「では明日の放課後、一六:〇〇(ヒトロク マルマル)より準実戦訓練を行う。いいな?」

 

「了解。イーリスさんとも戦ったし、もう前までの俺と思ったら痛い目見るからな?」

 

「ぬかせ新兵(ルーキー)。熟練の操縦者というものを改めて教えてやる」

 

そう言いつつ、ラウラがくるくるとフォークを回す。

その先端についたマカロニへと一夏の視線が移る。

 

──したり、と一夏の頭上に電球が浮かぶのを皆が幻視した。

 

「身のある訓練を期待しよう」

 

「マカロニだけに……なんて言わないよね?」

 

「う」

 

鈴とシャルロットは、冷めた目で一夏を見る。

箒も顔を抑え、全くこいつは……と言いたげであった。

 

一方でオレンジ髪の少年はチラリと隣を見る。

───隣で口もとを抑え、笑いを堪える水色の少女の姿がそこにはあった。

 

 

「わからないもんだな……」

 

少年の呟きは虚空に溶ける。

話題はすぐに部活動の話へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

灰色の空の下でオレンジ髪の少年は目覚めた

 

「───、ここは───」

 

起き上がろうとして手に触れる灰色の草原。

その下のゴツゴツとした感触。

見渡す限りどこまでも続くその光景から非現実的な場所である事は言うまでもない。

 

相変わらず色を失ったようなその空間。

奇怪なものではあれど彼はそこが何なのか知っている。

 

「!」

 

ガサリと草を踏み分ける音が聞こえる。

何も無かった筈の空間に浮かび上がる少女の姿。

 

灰色の世界で目立つ緑の瞳。

白髪に黒いドレスのような服を身に纏った少女───時雨は無機質な瞳で彼を見下ろしていた。

少年は体を起こしつつ口を開く。

 

「福音の時以来──いやその言い方はおかしいか。普段から一緒にいる訳だしな」

 

「そうですね。あなたが他のISを使っている間も一緒には居ましたからね」

 

どこか棘のある口調に、ん?と流星は目を細める。

振り返ってみると無機質な筈の少女はぷくりと頬を膨らませていた。

 

「あれは仕方が無いだろ。装甲が届くまで戦えない状態は避けたかったし」

 

「ええ、仕方ありません。仕方ありませんとも。ですが何ですかアレは───気に入られて名前までつけて──挙句に自分仕様に改造して───時雨ちゃん正直不満です」

 

「──」

 

静かに不満を垂れ流す時雨に流星は口もとを引くつかせる。

前々回前回と会う事に人間らしくなっている事は流星も知っている。

しかし───こんな性格だったのか。

 

「悪かったよ。今後は気を付ける」

 

「誠意が感じられません。それなら今すぐアレを外して下さい」

 

アレ──と言われ流星は現在『打鉄─椛』を持っている事を思い出す。

理由としては『時雨』のダメージレベルがCを超えているからである。

度重なる激戦と捨て身の戦術により、自動修復仕切るまでの間『時雨』は展開禁止である。無論生体補助は機能しているが───。

 

「こればかりはそうもいかないんだ。諦めてくれ」

 

「…相変わらずですね…あなたは」

 

目を瞑りそう呟く時雨。

彼女が人間でならば、そこで溜息のひとつでもついていたであろう。

 

「しかしお前、そこまで主張が激しかったか?」

「その言い回しに悪意を感じます。時雨ちゃんは撤回を要求します」

 

抑揚はあまりないが、はっきりとした物言いに流星はため息。

すぐに気を取り直して彼は問い掛け直した。

 

「………、お前学習(・・)してるんだな」

 

「はい」

 

肯定。

──時雨が嗤ったように見えた。

 

「それは当然です。時雨(わたし)にはISが人間(あなた)達から得た物が蓄積しているのですから───」

 

「!」

 

どろりと少女の背後で何かが蠢く。

いや、これは───彼女の内から見える何かだ。

少年はそれを知りながら起き上がり、一歩時雨に近付く。

 

「蓄積か。それ、他のISからもコア・ネットワークを通じて入ってきたものだろ」

「鋭いですね。それとも───『同調』の影響でしょうか」

 

無機質な瞳の問い掛けに少年は正面から向き合う。

少年は変わらずいつもの調子だ。

 

「かもしれないな。……にしても、そいつの蓄積がどうして起こる?他のISがコア・ネットワークを通じて学習するなら、それは蓄積じゃなく共有じゃないのか?」

 

「そうですね。それは時雨ちゃんが特別なコアだからだと思います」

 

特別という言葉に流星は眉を顰める。

『時雨』のコアは本人曰く467個目のコアだったと記憶している。

そうなれば篠ノ之束は意図があってそうしたのか。

 

「特別製は時雨ちゃん以外にもありますが、この機能は時雨ちゃんだけのようです。…作成者の意図は測りかねますが──きっと良いものではないでしょうね」

 

「楽観視は出来なさそうだ。しかし特別製…ってなる紅椿と───白式か」

 

「はい、■■と■■■ですね」

 

「───っ」

 

ノイズが走り、上手く聞き取れない。

それだけでなく頭が割れるかと錯覚する程の頭痛が彼を襲う。

痛みは内から這い出でるよう。立っているのすら困難になる。

 

「今のは───」

 

ノイズの中微かに聞こえた単語に違和感を覚える。

しかし、それ以上考える余裕は彼には無かった。

 

「っ…!」

「どうやら情報の方にも制限が掛けられているようです」

 

頭を抑え蹲る彼に時雨は落ち着いた様子でそう告げる。

尤も──その内意味は無くなりますが───とだけ呟き、少女は流星の頭に触れた。

 

「──!」

 

嘘のように少年の頭痛が消える。

同時に意識が薄れていくのを、少年は自覚した。

 

「それではまた───。次の機会に話せる事を期待しましょう」

 

眠りに落ちていくような感覚。

時雨の柔らかな声色は子守唄のように、少年を微睡みの中にいざなうのだった─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──彼らの日常は至って普通に戻ってきた。

忙しさや立場の変化こそ多少はあったものの、集めた情報とそれによる交渉により──あれから問題は起きていない。

学園内でも特に変な噂が流れることは無く、平和なもの。

 

以前と変わりない─────ただ、一点を除いては。

 

 

更識楯無は一人、生徒会室へと訪れた。

施錠はされていない。

少女は誰かいるのかと考えつつ中へと入る。

 

時刻としては放課後になって少し。

おおよそ幼馴染みである虚がいるのだろうと予想しつつ室内を彼女は見回す。

 

(?)

 

にしても誰もいない。

その事を疑問に思いつつ、楯無は自身の机の前まで来たあたりでソファーに寝転ぶ人影に気がついた。

 

「───」

 

その顔を見て思わず胸が高鳴る。

彼女の視線の先には静かに眠るオレンジ髪の少年の姿。

彼の机の上にある資料からして──代表候補生としての勉強をしていたのだろう。

 

(ホント、隙だらけね)

 

無防備に眠り続ける彼を見て、彼女はため息をつく。

普段からは考えられない程の深い眠り。

怪我により体力が落ちているのもあるのだろう。

 

「……」

 

自身の席に座ろうとするも、気分が落ち着かなかった。

高揚感とも違う、緊張とも違う何か。

甘くて衝動的、期待と不安に入り乱れた感覚にそわそわしてしまう。

胸が苦しい。

先までの優先順位も消え、仕事の事を考えられない。

少年の事ばかりが彼女の脳裏に浮かんでくる。

 

(ダメダメ!私は更識家当主よ!?雑念くらい───)

 

と考えつつも、彼女は少年の寝転んでいるソファーまで移動していた。

 

(───そう言えば、なんだかんだずっとあれから二人きりにはなれてないわよね……)

 

ソファーの前にしゃがみこみつつ、楯無はあの密会を思い出す。

あの場で教えてしまった本当の名前。

未だあれから呼ばれていない───。

 

そもそもの話、楯無が流星の部屋に戻ればいつでも二人きりになれるのは言うまでもない。

一夏の鍛錬もある程度の段階まで来ており、楯無が彼と同室である必要もない。

 

だがそれをしないのは至極単純な話─────楯無は流星と二人きりになるのを避けていたのだ───。

 

どんな顔をすればいいのか、どんな話をすればいいのか。

 

誰かが他に居るなら『いつも通り』は容易い。

しかし、今楯無は二人きりの時のいつも通り(・・・・・)が分からなかった。

 

 

(呼んで欲しいな…)

 

二人だけの秘密。

たった一人の少女として、少年に認識されたい。

 

(……)

 

 

寝顔を眺めながら、刀奈の視線は流星の首もとへと移る。

───襟の隙間から見える首もとの火傷痕。

元々傷だらけだった彼の体に上書きされたそれは、今回の件でついたものだ。

最新の医療でも痕が残る程のものだったらしい。

 

当然負い目はある───だがほんの少し嬉しいとも刀奈は思ってしまった。

 

あの状況で自身を助けに来てくれた証でもあるからだ。

 

 

(…)

 

こうして寝顔を見ているだけでも高鳴りは治まらない。

触れたい。触れて欲しい。

欲求に駆られつつ、刀奈はおそるおそる彼の頬をつつく。

 

 

(───起きない、わよね?)

 

つついた指がそのまま彼の唇の端に触れた。

ドキドキと背徳感を覚えつつも、刀奈はその人差し指で自身の唇をゆっくりとなぞる。

 

熱っぽい視線、膨れ上がるある感情。

数秒の間熟考する彼女であったが、すぐに立ち上がる。

そしてキョロキョロと周囲を見渡し──誰も来る気配が無いことを確認した。

 

 

(流星くんがわるいんだから────)

 

ソファーの端に刀奈の手が乗る。

体重が預けられ、ソファーに彼女の手が沈む。

寄りかかるように少女の体は少年との距離を減らしていった。

 

 

 

近付く顔と顔の距離───そうして。

 

 

 

 

───パチリと目を覚ました少年の眼前には、少女の顔があった──。

簪よりも淡い水色の髪に、赤い瞳。

ほのかに匂う香水の香りが彼を微睡み中から引き戻した。

 

 

「───たて、なし?」

「〜〜〜〜っ!?」

 

覗き込むような姿勢から、顔を真っ赤にしてバッと飛び退く刀奈。

眠そうに目尻を擦りながら流星は身を起こす。

 

「い、いつから起きてたの?」

「───?そりゃ今だけど──?」

「そ、そうよね!?アハハ…」

 

落ち着きのない刀奈に流星は小首を傾げる。

珍しく寝起きで回らない頭は、刀奈の先の行動に疑問を持たなかったらしい。

 

 

「なあ、刀奈(・・)

 

「っ──」

 

不意打ちに少女の思考が止まりかける。

ただ名前を呼ばれただけなのに、それが嬉しくて堪らない。

 

「な、なに?」

 

取り繕いつつ尋ねる刀奈に流星は違和感を覚えつつも続ける。

 

「俺はいつ頃更識家に行けばいいんだ?一応一員になった訳だし、挨拶というか顔を出すべきだろ?」

「そ、そんな挨拶だなんて───!?」

「?」

 

両手で頬を抑え狼狽える刀奈を流星は訝しむ。

本人も暴走の自覚があったのか、すぐにコホンと咳払いした。

 

「考えているのは怪我が完治したあとよ。どうせ流星くんも代表候補生の勉強や生徒会の業務とやる事は多いでしょうし、その内セッティングするわ」

 

「そうなのか。こっちの都合も考えて貰えるのは有難い。ISや基本的な座学は兎も角──法律や憲法周りが中々覚えられなくてな…」

 

「珍しく苦戦してるわねー。実は私もその辺は苦労したわ」

 

「…自由国籍も楽じゃないな」

 

呟きつつ流星は頭に手をやる。

彼の場合任命されてからの試験となる為、どうしても短期間に詰め込まざるを得ないのだ。

 

ソファーから立ち上がり、身体を伸ばす。

 

何とか普通に話せた───と安堵の息を刀奈は安堵の息を漏らす。

ただよく考えてみると事務的な話ばかり。

 

「…どうした?」

「な、なんでもないわ!」

 

露骨に口を尖らせる刀奈に、流星は再度首を傾げていた。

 

 

「…─────そう言えば、あのロシア代表候補生はなんなんだ」

 

疲れた表情で尋ねる流星に刀奈は顔を強ばらせた。

どうやら彼女も思い出したくはなかったらしい。

 

「私が国家代表になる時に倒したら、ああなったのよ。てっきり恨まれると思ったら、まさか歳上からあんな懐かれ方するなんて───」

 

「恨まれるよりは良いんじゃないか?……多分」

 

「私にそっちの()はないから。大体あっちは22歳よ?どうしてお姉さまって呼ばれなきゃいけないのよ。更識家(うち)にもプライベートになると(あね)さんって呼んでくるのもいるし……老けて見えるのかしら…?」

 

刀奈は溜息をつく。

流星の脳裏には虚と一緒に居た────どう見てもヤの付きそうな人間が浮かんだ。

少女の苦労の一端を知り、少しばかり同情する。

 

「きっと老けてるんじゃなく、しっかりしてるからだろ。ほら頼れるお姉さんって感じ」

「慰めは要りませんよーだ。私はどうせ老けてます〜」

「……男子から見ても、歳相応の美人だよ」

 

「ほ、ほんと────!?」

 

パァーッと明るい表情になる刀奈。

あまりにも素直な反応に変な薬を飲んだかと流星は疑いそうになる。

 

「というか、お前そっちの趣味の人じゃないのか。俺はてっきり───」

 

「私の恋愛対象は普通に男子だから───!」

 

そういう趣味だからこそ───男子相手にあのような揶揄う行動が取れるものだというのが流星の認識であった。

 

(───)

 

───なんというか、まさかこうも力強く反論されるとは思わなかった。

流星が驚く中、叫ぶように否定した刀奈もかなり恥ずかしい発言をしたことに気が付く。

流星としても少し気まずい。

 

 

「出来れば次会った時に俺とは何も無いって言っといてくれ。同室(ルームメイト)の話にしたって説明するのにどれだけ苦労したか───。それでも敵視されてるし……」

 

「…そ、それは──」

 

言いたくない、と乙女心が彼女の中に渦巻く。

 

明らかに今日は調子がおかしい───言い淀む刀奈に流星は近付いた。

 

 

「お前────大丈夫か?」

「へ───」

 

心配そうにしながら彼の手は刀奈の額へ。

ボン────!と音を立てて刀奈の顔が真っ赤に染まった。

いきなり縮まる距離と額に触れた肌の感覚。

刀奈の脳はそれらの情報を処理し切れなくなっていた。

 

 

「熱は無いな…けど顔が赤くないか?……何か急ぎのものがあるなら俺がやっておくから、今日は念の為に休んだらどうだ?」

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

恥ずかしさと高揚感が押し寄せる。

普段なら滅多に見られない自身への優しさも、彼女にとっては激物だったらしい。

 

「刀奈…?」

 

オーバーヒート寸前の刀奈。

訝しむように顔を覗き込む彼と視線があい────限界が来た。

 

「だ、大丈夫よ─────大丈夫───!」

 

目をグルグルと回し混乱しつつも、グイ───と流星を押して引き剥がす。

そして、素早く自身の席の上にある書類を幾つか手に取った。

 

「私はこれを取りに来ただからっ!」

 

取ってつけたような理由を吐き捨て、彼女は逃げるように生徒会室を走り去る。

 

ぽつんと独り残される流星。

 

──結局なんだったのか訳の分からないまま、彼は勉強を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-81-

 

 

「────お嬢様の様子がおかしい…?」

 

早朝の生徒会室。

怪訝な表情で虚はそう聞き返すのであった。

周囲に人はおらず、彼女の目の前にオレンジ髪の少年が一人困った様子で頷く。

 

「はい。楯無のやつ、ここのところ話し掛けても反応が薄い時が多いというか、慌てる事が多いというか…」

 

「…今朝は普通に話せていませんでしたか?」

 

はて、と首を傾げる虚。

朝方の記憶が正しければ普通に話していたように見えるが────。

 

「多分、皆が居たからじゃないですか?」

 

確証はないですけど──と付け加えつつ、流星はそう口にする。

虚はその情報を聞きつつ顎に手を当て考える。

前回のようにまた一人で動こうとしている訳では無いだろう。

 

 

「前回の件で、俺が怪我した事に責任を感じてる?」

 

呆れ気味に可能性を呟く少年。

彼の中で楯無が自身に抱いている想いなど欠片も浮かんでこないらしい。

 

虚は改めて流星の発言を受け取りつつ、思い返す。

確かに露骨に二人きりは避けていた────&生徒会室に入ってくる時、挙動不審な場面が多々あった。

 

 

 

虚の脳裏にひとつの仮説が浮かび上がる。

 

 

 

「流石にそれは違うと思いますが…」

 

「でもそれ以外特に思い付かなくて…。気付かない内にアイツに迷惑を掛けた可能性もありますけど、ちょっとお願いしてもいいですか?」

 

お願い───とは言うまでもなく楯無の様子を確認する事だろう。

こうやって遠回しに楯無の幼馴染である虚に言うあたり、彼なりに心配している事が窺える。

 

相変わらず変なところは鋭いものであった。

そこに人の好意──主に恋愛感情周りをインプット出来たなら、非の打ち所がないのだが───と虚は言葉を飲み込む。

 

ただ、推測でしか無かった彼女の仮説は楯無の行動を思い返す程に説得力を増していく。

まさか───という否定と、やはり───という肯定が混在していた。

 

「分かりました。一応私の方から探っておきます」

 

資料を再び手に取り、彼女は業務に戻る。

流星もお願いしますとだけ告げ、やるべき事に戻っていく。

 

どうオブラートに包んで尋ねるか虚は静かに考え─────。

 

 

 

 

「───という事なんですが、まさか流星君の事を意識されているのですか?」

 

 

 

「な、なぁ────っ!?」

 

その日の放課後。

虚の配慮を捨て去った問い掛けに更識楯無は面食らった。

 

「ど、どうしてそう思うのよ!?」

 

顔を真っ赤にして狼狽える楯無。

机に置かれた書類の事など忘れ、慌てて立ち上がる。

───あ、これは図星ですね。

確信を持ちつつ虚はティーカップに手をかけた。

 

「落ち着いて下さい。書類が机から落ちてますよ」

 

「───!そうね」

 

楯無は資料を拾い、机に座り直す。

楯無はなんでもないような顔をする中、虚は紅茶を啜りつつ半目で彼女を見つめる。

 

数秒の静寂、そして。

 

「…」

「──」

 

次第に楯無の方が耐え切れなくなったのか、観念したように机に突っ伏した。

 

 

 

「…私って普段どんな顔で流星くんと話してたっけ…」

 

「────は?」

 

思わず従者として有るまじき言葉を虚は口にしてしまった。

無理もない。

 

対暗部組織の長にして国家代表IS操縦者、学園最強の少女の反応とは思えなかったのだ。

 

固まる虚を前に楯無は顔を上げる。

頬を膨らまし───睨んでいた。

 

「ちょっと、私も真面目に話してるんだけど」

 

「…すいません、あまりにもびっくりして。話を戻しますが───皆がいる時の対応と同じようにすれば良いのでは?」

 

「出来ればしてるわよ。…彼を前に二人きりになると、こう──胸が苦しくなって目も合わせにくく───虚?」

 

「あ───いえ、お構いなく」

 

思わず頭を抱える虚を前に楯無は首を傾げる。

本人はきっと真面目な分たちが悪い。

聞いているこちらが参ってしまいそうである。

 

 

「…対暗部の教育で色々知っていたけど…こんな気持ちは……初めてだし────どうすればいいのよ───」

 

 

再度机に突っ伏す楯無。

声も段々小さくなり、耳は赤みを帯びていた。

 

虚はカップを置き、改めて楯無に向き合う。

 

「───事情は分かりました。ですがお嬢様、このままでいいのですか?」

 

じっと見つめる虚に楯無は半ばヤケクソ気味に返す。

 

「そ、そんな訳ないでしょう。だから困ってるのよ───!」

 

「なら、暫くは出来る限り二人きりにならないようにしましょうか?」

 

「──それはダメよ!折角の二人きりの時間を潰すなんてそんな───」

 

「では慣れて貰うしかありませんね。なるべく二人きりになって貰って──というかお嬢様、寮は彼と同室ですよね?今すぐにでも織斑君の部屋からそちらに戻れば早いのでは?」

 

「それもダメっ!心の準備がまだだし…」

 

「…」

 

じゃあどうしろと────。

 

虚は言葉を飲み込み、解決策へと思考を張り巡らす。

実に出来た従者であった。

 

「そもそも、お嬢様はどう動かれるつもりなのですか?」

 

「…どうって…」

 

のそのそと体を起こして楯無は考え込む。

 

「外堀りから埋めるとか?例えば──お母様やお父様達に紹介して──」

 

「初手から色々飛ばし過ぎです。確かにその内更識の家には連れて行きますが、用件が違いますし……もっとこう正攻法で───」

 

「部屋に手料理を作って置いておくとか、どう?」

 

「帰ってきて身に覚えのない料理が置かれてたら、それはもう恐怖でしかありませんよ」

 

「なら、ひとまずは生徒会長権限で私と同じクラスに────」

 

 

「──どうしてそう絶妙にしっとりした方法しか思い付かないんですか……!?」

 

 

虚が珍しく声をあげて立ち上がる。

意外だったのかビクリと楯無も驚いてみせる。

音を立てて机の上のティーセットも揺れるのであった。

 

 

 

 

 

人は理解できない事を目の当たりにすると、頭の中が真っ白になる。

 

俺─────織斑一夏は改めてそれを理解した。

 

 

カチャり、と持っていた箸がトレーの上に転がった。

 

 

「おう、お前が織斑か」

 

 

IS学園──食堂。

突然現れたスーツ姿にサングラスの男は、俺に近寄って来るなりそう告げたのだった。

 

「は、はあ、そうですけど───」

 

生返事に男は周囲を見渡す。

仕方のない事だと思う、俺の意識は今目の前の男の風貌に意識が完全に向いていた。

 

横に細いサングラスに屈強なガタイ、その奥に見える眼光はやけに鋭い。

そして首や顔に付いた傷痕の数々─────どう見ても目の前の男はドラマとかで出てきそうな─────。

 

 

(や、ヤ〇ザだ──────っ!!!)

 

 

声に出しそうになるのを抑え込む。

男は微動だにしない俺を前に小首を傾げていた。

純粋に不思議がっているんだろうけど、威圧してるようにしか見えない。

 

「おう、なら少し(ツラ)ァを貸せ。お前にも話がある」

 

そこで漸く会話できるだけの余裕が帰ってくる。

──いや、まだ全然分かんねぇけどさ!

──ここ、IS学園だよな!?女子校だよな!?どうしてヤ〇ザがいるんだ!?

疑問だらけの中で深呼吸する。

 

こういう時こそ平常心だ。

IS学園で色々鍛えられたのを実感する。

 

 

「あの、そもそもどちら様ですか?」

 

「あぁ、悪いな自己紹介が遅れた。俺ァ──内海だ」

 

得意げに胸を張り、ニヤリと男は笑う。

凶悪犯と言われても納得出来る邪悪なものだった。

──なるほど!分からん!

 

「内海さん…?話ってここじゃダメなんですか?」

 

「ああ───そりゃあ機密だからな。(あね)さんからお前と小僧にも話しとけって言われてんだわ」

 

「き、機密?というか(あね)さんって?」

 

「ああそうか、俺の事をなんにも聞いてねぇのか。(あね)さんってのは……生徒会長だ」

 

「────!」

 

機密、楯無さん───その二つから話が『更識』関連だと理解した。

となるとこの人は楯無さんの部下か何かか?

どう見てもヤ〇ザだけど……。

 

俺は視線を自身の秋刀魚定食に落とす。

すぐにかき込んで話を聞かないと────。

 

「駄目だ、後にしろ。俺の方も時間がねぇんだ」

 

「はい?」

 

ヒョイっという表現が的確だろう。

男は片手で俺の襟首を掴むとそのまま俵を担ぐように俺を肩に乗せた。

あまりにも軽々とそうされた為、リアクションが遅れた。

こ、この人ガタイ以上に力があるぞ!?

 

「あの、普通に歩きますけど。そもそもこの絵面はマズイですって───!」

 

俺が拉致されているようにしか見えないんです!

男───内海さんは疑問を口にしながらもすぐに状況を理解した。

 

「不味い?何が─────ほう!」

 

「嫁を離せ、悪漢め──!」

 

凄まじい打撃音が聞こえた。

飛び掛ってきたラウラの首への蹴りを内海さんは片腕で止めた。

 

「いい蹴りだぜ嬢ちゃん。だが手加減とは優しいな───!」

 

(こいつ…)

 

ビクともしない内海さんにラウラは舌打ちする。

只者じゃないことは俺でも分かった。

 

「ラウラ!この人はその──楯無さんの命令で来た人だ──」

 

「…あの女の関係者だと?このヤ〇ザ紛いがか?」

 

「ちょ───ラウラ──!?」

 

「───あ゛?」

 

青筋を立てながら内海さんがガンを飛ばす。

怖過ぎる…どうしてラウラも正面からそれを受け止めて睨み返してるんだよ!

ヤ〇ザ紛いなんていうから!

 

(あね)さんをあの女呼ばわりたァ、太ぇのもいるもんだなぁ───オイコラ」

 

────そっち?

構えるラウラと腰を落として迎え撃とうとする内海さん。

ピリピリとした空気、あまりにも不毛な争いが起きようとしているところに────救世主が現れた。

 

 

「ゲ───やっぱりお前か!騒ぎになるからもっと変装してこい内海!!」

 

「───んだと遅れやがって、ぶち〇すぞ小僧ォ!」

 

 

流星に怒声をあげる内海さん。

食堂に人が殆どいなくて本当に良かった。

 

とりあえず───おろしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、改めて自己紹介といくか───」

 

 

場所はかわり応接室。

机を挟んで俺と対面に座る内海さんは、明るくそう切り出した。

ちなみに流星は俺の隣に座っている。

ここに来るまでに判明したのが、この人と流星の仲は良いとは言えないらしい。

 

 

「俺は内海龍治(うつみりゅうじ)。宜しくな織斑ァ」

 

「…織斑一夏です。宜しく…?お願いします」

 

気さくな感じの内海さん、実に距離感が分からない。

というか名前以外まだ殆ど分からねぇぞ!

 

見かねた流星が溜息をついて横から助け舟を出してくれた。

 

「一夏、こいつは更識楯無の右腕────先代とか抜いたら実質ナンバー2だ。腕っ節だけじゃなく、システム面や諜報も出来るとかなんとか」

 

「へ?」

 

驚く俺を他所に流星はうんうんと頷く。

気持ちは分かると言いたげだ。

一方で内海さんは流星を睨んでいた。

流星は構わず疑問を口にする。

 

「というか、どうしてアンタがここにいる?」

 

「今回は調べた情報を持ってきた。因みにSPって事で度々出入りしてんのさ。前の布仏嬢達の件があったからよ」

 

「…人選も配役も間違ってるだろ。目立つし噂になるぞ。ヤ〇ザが構内にいるって」

 

「んだと小僧。俺をあんなんと一緒にするんじゃねぇ。どっからどう見てもスーパーエージェントサマだろぉが!」

 

「目が腐ってるのか───というか、待て──────アンタさてはシンデレラ(あの狂った劇)の脚本に関与してたな!?」

 

頭を抑える流星。

 

……俺はもう考えるのをやめた。

一人静かに手前にあるお茶を啜る。

あ、美味しいなこれ。

 

 

ひと息ついたところで、内海さんの雰囲気が変わった。

 

 

「お前ら、消える能力を持ったISと戦っただろ?」

 

 

「消えるIS…あの亡国機業(ファントム・タスク)の奴か」

 

「ああ。そういえば名乗ってたな。確か名前はリタ・イグレシアス───」

 

「ああ、ソイツについてだ。っても、結論から言うと殆ど何も分からなかったがな」

 

内海さんは姿勢を崩し、どっかりと椅子に座り直す。

そして一瞬天井を仰ぐと、言葉を続けた。

 

「イグレシアスってのは教会って意味を持つ姓だ。スペイン語圏…───幅広く分布する特に珍しくねぇもんだが……当然、特徴的に該当する人物は居ねぇ」

 

「やっぱり偽名じゃないんですか?」

 

「ああ、俺もそう思ってよ?諦め半分で過去の事件も漁ってみたら───こんなのが見付かった」

 

はあ、と疲れたようにソファに身を預ける内海さん。

内海さんは懐から何やら端末を取り出し、机の上に置く。

端末から投影されるディスプレイ。

そして映る幾つもの資料と───数枚の写真。

 

「これは…教会?それに子供が沢山いる──」

 

「…孤児院か。なるほど、きな臭い話になって来たな」

 

「!」

 

 

「恐らく(イグレシアス)も後付けだろうなぁ、この孤児院に関する記録はあったが、どう調べても他の孤児院と子供の情報に違和感がある。近くに国家機密の研究施設が多かったのも、偶然にしちゃ出来すぎだ」

 

「っ……!」

 

尋常じゃない反応速度と軽快な動きを思い出す。

あれはどちらかと言うと、ラウラを連想するようなずば抜けた身体能力を駆使した動きだった。

もしかすると、あの子も何かしらの都合で────。

 

何があったか結局は分からないけど、想像してしまう。

身勝手な都合で、人の命を…なんだと思ってるんだ。

 

 

「それだけじゃねぇ。こんな情報なんてな、時間も経ってる今は普通じゃ集められなかった筈なんだよ」

 

「え?じゃあどうして───」

 

言い終える前に、俺は投影された資料に目がいった。

スペイン語は読めないけど、新聞記事らしきものもある。

 

 

「───これは…」

 

「例のガキが養子として貰われた後に起こした事件だ。貰われた先の親だけじゃねえ、孤児院の人間まで皆殺しだ。そりゃあ政府も事件を隠し切れねぇさ」

 

「虐待の痕も見られた───か」

 

流星が翻訳された資料を眺めながら呟く。

そこに同情も怒りも何も見られなかった。

 

「…」

 

驚愕すべき凄惨な事件。

だけど、彼女に関する情報は逮捕を皮切りに少しずつ表舞台から姿を消していった。

裏で亡国機業(ファントム・タスク)が彼女を確保したのか。

無意識で膝の上に置いていた拳を強く握りしめていた。

 

「───」

 

内海さんと一瞬視線が合う。

何か言いたげだった。

 

「…ま、こんなとこだから孤児院に居た時と事件に関してしか情報は残ってなかった。まだ漁るが───時間がかかる。しかし出自がマトモじゃない事とこのガキがイカれてる事は明らかだ。分かってると思うが、油断すんじゃねぇぞ」

 

(あね)さんに迷惑掛けたら〇すからな──と付け加えて、内海さんは端末をしまって立ち上がった。

流星と内海さんが数言交わす。

内海さんはどうやらまだ調べるつもりのようだ。

そのまま部屋を出ていくかと思ったところ、内海さんはドアの前で思い出したように此方に振り返る。

 

 

「ああ、特に役には立たねぇが言っておくか。奴の本名は─────」

 

 

 

 

 

「探したわよ?」

 

青白い照明が連なる廊下で、金髪の女性───スコールは歩いてきた少女に声を掛けた。

長く黒い髪に緋色の瞳。

フラフラと歩いてきた少女は漸くスコールの存在に気が付いたのか、その瞳を彼女へ向けた。

 

───いつになく、生気のない眼差しは深く澱んで見える。

 

「ああ。今はそっち(・・・)なのね。調子はどうかしら?」

 

「調子?もう問題ないわ。普通に体も動くんだもの」

 

と、少女は纏っている服の袖を捲って右腕を見せた。

生々しい傷痕が多少見られるが、ズタズタになった事を考えれば安いものだろう。

口調にはいつもの幼さは見られない。

 

「そう、なら良かったわ。次の作戦の時に貴方の力が必要なの」

 

「エムお姉ちゃんやスコールがいるのに?…権利団体からも人を調達するって話でしょう?」

 

「先の来玖留の件の際に、今宮流星はエムを単独撃破してる。今度の作戦の都合恐らく彼がどうこう出来る事は無いでしょうけど、念には念を入れたいの。…私は更識楯無への牽制があるし」

 

「!」

 

スコールの話に少女は目を見開く。

あの少年がエムを打ち破った───その事実に大きく口角が吊り上がる。

 

「へぇ────流星は強いけど、それは想定外だったかも」

 

「そうね、私もこの結果には驚くしか無かった。だからこそ足止めしておきたいの」

 

「ふーん」

 

スコールの言葉に少女は体の後ろに両手を回す。

顔を覗き込むような仕草でスコールを見つめていた。

 

「いいけど…エムお姉ちゃんがやられるなら、私もやられちゃうと思うよ?」

 

「さてどうかしら。実力に大差ないのだから、後は相性───あの子(・・・)なら兎も角、貴方なら問題ない」

 

スコールは投影ディスプレイを目前に表示し、エムと流星の戦闘データを少女に送る。

 

 

 

「そうよね?リタ────いえ、ルナ・イグレシアス」

 

 

 

 

 

IS学園、寮の敷地内。

すっかり日が沈んだ後のそこを一夏は歩いていた。

格好はラフなもの所謂部屋着───片手には未開封の缶ジュースが握られている。

 

大浴場で入浴後にジュースが欲しくなり、外の自販機に買いに出たからだ。

寮内にも自販機はある───ただ目当てのものが売り切れていた故である。

 

ハードな一日を今日も終え、充足感を持ちつつ夜風に吹かれる一夏。

そこでばったり金髪の少女と出くわした。

 

 

「あれ?セシリア、こんな時間まで訓練してたのか?」

 

「ええ、その──つい熱が入ってしまいまして」

 

口に手を当て上品に笑うセシリア。

様子からして疲れている事を一夏は見抜いていた。

 

「熱心なのはいいけど、あんまり根を詰めすぎると体に悪いぞ」

 

「ありがとうございます。ですが心配は無用ですわ。そこら辺の管理はモデルでもありますし、自信がありましてよ?」

 

「そんなものなのか?」

 

一夏は小首を傾げる。

ただ疲れているのは事実だろうと持っていたジュースを差し出した。

 

「でもお疲れ様。良かったら飲むか?最近気に入ってるんだコレ。口に合うか分からないけど」

 

「それだと一夏さんの分が無くなってしまいませんか?」

 

「すぐ近くだし、買いに行くよ。それよりセシリアに飲んでもらいたくてさ」

 

「でしたら遠慮するのも失礼ですわね」

 

一夏から未開封の缶ジュースを受け取り、セシリアは口を付ける。

疲れた体に果汁の甘さが染み渡る。

 

「おいしい…」

 

「だろ?」

 

嬉しそうに笑顔を見せる一夏。

セシリアはそれを横目で見つつ、ポツリと呟くように言葉を漏らす。

 

「…一夏さんは、ほんとうに凄いですわ」

 

「?急にどうしたんだ?」

 

「ふと思っただけですわ。だって、ついこの間まではISの事も殆ど知らなかったのに今では代表候補生クラス。凄いことですわよ?」

 

「言っても俺は皆から教えて貰ってるからなぁ。正直な話、環境に恵まれ過ぎてるよ」

 

それに流星も多分大差ないしな、と彼は自身のライバルを意識する。

 

セシリアにはまだまだ納得していない様子の一夏が恐ろしく思えた。

貪欲にかつ確実に前に進む彼と、置き去りにされる自分を幻視する。

専用機がない時の箒もこんな感覚だったのだろうか。

ともすれば───あの時の彼女は不安で仕方なかっただろうとセシリアは考える。

 

 

「というか、セシリアの方が凄くないか。だって国を背負ってる代表候補生だし、あんな沢山のビットを動かすなんてそれこそすげーだろ。雪羅の荷電粒子砲で練習したけど、狙撃もあんなに当たらないって」

 

自身の狙撃のセンスを思い出したのか、外した小話を一夏は語る。

口調から一夏の言葉は本心からのものであった。

そういう部分が彼の美徳でもある。

 

 

「話が変わりますけど、もし一夏さんは壁にぶつかった場合はどうされます?」

 

 

「壁か。まだそこまで突きつめられてないから、壁なんて────」

 

と考えた時に、シャルロットの件が思い浮かぶ。

どうしようも無く何も出来ない事に苛立ちを覚え、周りが見えていなかった。

姉に頼るというごく普通の発想さえそこには無かったのだから。

 

「──いや、あった。シャルロットの時だったかな。あの時は壁にぶつかったというか、多分焦ってたんだと思う」

 

「───」

 

「結局、あの時の俺は何でも一人でやろうとしすぎたんだ。ダサい話だよな、手段なんて選んでる場合じゃなかったのに」

 

恥ずかしそうに頬をかく一夏を前に、セシリアはぽかんと口を開いていた。

てっきり実戦──学園祭や福音の件で話が出てくるかと思ったのだが、そうではなかった。

 

焦っていた────彼の言葉を聞き、ほんの少し胸につっかえていたものが取れた気がした。

自然とセシリアは笑みを零す。

 

 

「とても一夏さんらしくて…立派だと(わたくし)は思いますわ」

 

「う、そうやって褒められるとこそばゆいな。話を戻すけど────だからあれだ、セシリアも案外壁なんて無かったってオチかもしれないぞ」

 

自身の事を気にかけるような一夏の発言に、セシリアは頬が赤みを帯びるのを理解する。

やっぱり見抜かれていた──という恥ずかしさと、やはり気付いてくれていた───といい嬉しさの二つが同居していた。

 

 

「ふふ、かもしれませんわね。────それでは一夏さん、(わたくし)はお先に失礼しますわ。このお礼はまたさせて下さいな」

 

「おう、じゃあまた明日」

 

そんな顔を見られることを避けるように、セシリアはそそくさとその場を離れるように動く。

先まで無かった余裕が彼女から見られた為か、一夏はホッと安堵の息を漏らす。

 

本心としては、もう少し上手い具合にフォローしたかったのだが───と不器用な自分に呆れつつ、踵を返す。

 

向かう先は寮とは逆、再び自販機の方角。

 

セシリアが気に入った様子なのもあり、そのジュースが美味しいと改めて確信した彼はもう一人の少年に買っていってあげようと考え始める。

 

 

そんなお人好しな少年の背を、密かに少女は振り返り眺めていた。

彼女は周囲に誰も居ないことを確認した上で、片目を瞑り右手を水平に構えた。

人差し指と親指を立て、ピストルをイメージしたところで構えをやめた。

 

 

───いつか射止めて見せますわ、なんて呟きながら彼女は満足げに寮へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






チョイ役補足。


・内海龍治(22)
見た目よりは老けて見える容姿ヤの付く見た目の人物。
現楯無の代で組織に入り成り上がったデキる男。
プライベートでは楯無を(あね)さん、仕事では十七代目と呼ぶ。
俺ァ馬鹿だからよ…と言うタイプの癖に頭は良い。
強い。




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-82-

 

 

昼休みを告げるチャイムと共に騒々しくなる教室。

更識楯無は今一度大きく深呼吸した。

 

「よし──────」

 

なにやら覚悟決めたように鞄から包みを取り出す。

紫の高級そうな風呂敷に包まれた大きなそれは、今朝早起きして作った手作りのお弁当であった。

───重箱という点を除けば、特におかしな点はない。

 

 

「あれ?たっちゃんどこ行くの?」

 

「───!!」

 

そそくさと教室を去ろうとした辺りで、薫子に彼女は呼び止められた。

ビクリと彼女は驚いて体を震わす。

ここで数瞬の思考、薫子にバレるのは不味い気がする。

 

「ちょ、ちょっと生徒会室で食べようかな〜って思ってね」

 

「そうなの?けどたっちゃん、生徒会室は方向が逆じゃない?」

 

「うぐっ」

 

指摘され思わずしくじりを理解する楯無。

こういう所にすぐ気付ける察しの良さが、今は恨めしい。

 

不思議がる薫子──楯無はこれ以上ボロは出すまいとしつつ、全力で笑顔を浮かべるのだった。

 

「あ、あら?そうね!ちょっと急いでるからまた後でね!」

 

「うん?じゃあね〜」

 

急いで立ち去る少女に更に薫子は首を傾げる。

なんというか、実にらしくない様子。

旧友の件で凹んでいるという様子でも無さそうだが───。

 

パカっと自身のお弁当箱を開ける。

対面にいる友人達に向き直りつつ、彼女は眼鏡の端をキラリと光らせた。

 

「なんか面白そうな予感がする」

 

───まあ、追っても振り切られるだろうね。

今回は昼食に専念する事にした薫子であった。

 

 

 

 

(危なかった。薫子にこんなのバレたら一瞬でスキャンダルとして学園中に知れ渡っちゃう!)

 

 

廊下を早歩きで移動しながら、楯無は胸中で冷や汗をかく。

新聞の一面に『生徒会長、熱愛!?』なんて書かれた記事が容易に想像できた。

恥ずかし過ぎてもう表に出れなくなりそうだ。

 

(というより、もしそんなのが流星くんの目に入ったら────)

 

……入ったら、どんな反応をするだろうか。

勿論彼の事だからまさか自分の事だと夢にも思わないだろう。

……それはそれとしてムカつくが。

 

(嫉妬くらいは…してくれるかしら?)

 

ふわんふわんと脳裏で詰め寄ってくる少年の姿が浮かぶ。

意地を張りながらも絶妙に不満そうな表情の彼、壁を背に詰め寄られる自分─────。

 

ありかも、なんて思ってしまったあたりでそれを振り払う。

無意識で開いた扇子には『無念無想』と書かれていた。

 

 

(──急がないと。食べ終わってたなんてオチは御免よ)

 

 

昼休み、今日彼らが屋上で昼食を摂ることはリサーチ済み(・・・・・・)だ。

そこで手料理を振る舞い、彼へアピールする。

まずは胃袋を掴むべし──嗚呼、実に正攻法だ。

 

幸い料理には自信がある。

お金を取れるレベルと言われたこともある。

 

期待と微かな不安が入り乱れる中、階段を駆け上がる。

早く早くと気持ちが急かしていた。

 

 

そうして屋上に辿り着く。

急いだ甲斐あってか、皆食べ始める瞬間であった。

 

 

「いただきます───あれ、どうした楯無?」

 

「っ〜〜〜」

 

着いたと同時に視線が合う。

それだけで言葉が思うように出なくなった。

 

「お姉ちゃん?どうしたの?」

 

妹の声で彼女は我に返る。

──『流星くんにお弁当を作ってきたの』

いつもの調子ならあっさり口に出来る言葉が言い出せなかった。

 

「ちょっと、皆とご飯を食べようと思ってね〜」

 

簪の隣に座りつつ、シュルりと風呂敷の結び目を解く。

───ばかばか!私のばか!

胸中の叫びなど知らず、オレンジ髪の少年は納得した様子だった。

 

「そうなのか。しかしそれって重箱ってやつか?初めて見た」

 

「凄い食べるんですね、楯無さんって」

 

「そ、そうなのよーアハハー…」

 

鈍感ズの言葉を楯無はつい肯定する。

また言い出す機会を失ったと激しく後悔が入る。

 

ふと鈴は流星が口にしているものに気が付いた。

 

「って、流星あんたまた惣菜パンじゃない」

 

「ああそうだけど──ってなんだその視線は」

 

「いまみーダメだよ〜。ちゃんとしたの食べないと〜」

 

「栄養が偏るからダメ……」

 

立て続けに非難され、流星は口を尖らせる。

視線は本音の持つお弁当へと向けられた。

 

「虚さんに作って貰ってる本音には言われたくない」

 

「あー、いまみーひどーい」

 

「酷くないだろ。というかラウラを見ろ、大差ないぞ」

 

流星はそのままラウラの方を指差す───しかし、当のラウラもシャルロットに小言を言われていた。

サプリも併用しているから大丈夫だ!と言い張るラウラにシャルロットも一歩も引かずにいる。

 

「…」

 

分が悪いと悟った流星は何事も無かったかのように食事を再開した。

 

 

(これは───チャンスね?)

 

話の流れから楯無は勝機を見出す。

さあ言い出そう、と彼女が勝ち誇った表情を浮かべたあたりで隣の簪がお弁当を差し出した。

 

 

「…もし良かったら、私の…食べる?」

 

「いや、前にかき揚げも貰ったところだし──」

 

「いいから」

 

「……はい」

 

圧に屈した流星に簪は自身の箸を渡す。

簪のお弁当は所謂キャラ弁。

見ていて楽しいそれを崩す行為が勿体ないと彼は感じてしまう。

しかし食べない訳にもいかない。彼はてきとうにおかずを口に運ぶ。

 

「分かってたけど美味しいな」

 

「良かっ──」

 

「───はーい次はこれ食べなさい流星。絶対美味しいから!」

 

負けじと身を乗り出し、鈴は春巻きを箸で掴んだまま流星の顔に近づける。

睨む簪をよそに鈴は流星の口もとへ春巻きを持っていく。

 

「わかった、わかったから押し付けるな。む─────美味い。まさかと思うけどこれも手作りなのか?」

 

「当ーっ然よ。舐めんじゃないわよ?これくらいどうって事ないんだから」

 

「簪といい手間を掛けてるな。凄いな」

 

無論少年も料理が出来ない訳では無い。

偶に鈴に教えて貰っているのもあり、多少の心得はある。

ただ、このように態々お弁当を作って───なんてしないだろう。

人に振る舞えと言われれば多少手は込むだろうが、こうはいかない。

 

感心する少年。

当の本人達は次は自分だと身を乗り出したまま、互いに睨み合っていた。

 

「鈴、邪魔」

「邪魔はそっちでしょ!」

 

「うまうまー」

 

横でマイペースに箸を進める本音。

サラリと流星の惣菜パンが少し食べられていたりする。

 

 

 

 

(……流星くんの馬鹿、鈴ちゃん達にデレデレして!もういいもん!自分で食べるんだから!!)

 

ゆっくりと食べながら様子を窺っていた楯無は頬を膨らませながら食べるスピードを早める。

 

いつもより彼女が大人しい事に気が付いた少年は、不思議がりながらそちらを見た。

 

様子を見た虚曰く、楯無が前の件を引き摺っている訳では無いとのこと。

心配無用とだけ言い渡されたが─────。

 

 

「……隣いいか?」

 

「りゅ、流星くん、どうしたのかしら!?」

 

「特に何も──強いて言うなら、鈴と簪の争いに巻き込まれそうだから逃げてきただけ」

 

流星は楯無の隣に移動し腰を下ろす。

少女は少年との距離が急に近くなった事に頭がいっぱいになっていた。

もはやお弁当なんて抜け落ちている。

 

そのタイミングで流星は彼女の手もとに視線を落とす。

 

重箱の中、彩り豊かなおかず達が圧倒的存在感を放っていた。

お弁当が輝いてすら見える出来である。

 

────……。

 

「貰うぞ」

 

「あ────」

 

ヒョイと弁当に入っていた唐揚げを口の中へ放り込む。

楯無が何か反応するよりも先に、彼は思わず声を漏らした。

 

「──美味い。……楯無、料理出来たんだな」

 

「なによそれ、私だってこれくらい作れますー。はい、割箸」

 

「ありがとう、随分用意が良いな。…じゃあどうして自信なさげだったんだよ」

 

──いつもみたいに自信満々で居ればいいだろ、と流星は卵焼きへと箸を運ぶ。

──それとこれとは話が違うの!と楯無もまた自身のお弁当を食べながら話を続けた。

 

いつの間にか広げられた重箱。

それを前に食事を進める二人。

 

 

「あんまり失礼な事を言うと取り上げるからね、流星くん」

 

「なんだ。俺のために作ってきてくれた訳じゃなかったのか」

 

「な───!?ま、まさかそんな訳ないわよ!」

くつくつと意地の悪い笑みを浮かべる少年と、慌てて否定する少女。

先の発言も少年側としてはいつもの意趣返しでしかないのだが、状況が状況なだけに見ていた少女達も空いた口が塞がらない。

 

 

 

「ねぇ、ナニアレ。仲良過ぎじゃない?」

「ソウダネ」

「……」

 

 

鈴と本音が虚ろな目でその光景を見つめる。

簪だけは訝しむような視線であった。

 

 

楯無はそれらを気にする余裕がない。

この瞬間が楽しくて堪らない様子である。

 

 

彼と話すことに抵抗が減ってきた彼女は、妄想の中で行っていた行為を実践に移す。

箸でだし巻き玉子を掴み、彼の顔の前に差し出した。

先程鈴も自然と行っていた事である。

 

 

「はい、流星くん。あーん」

 

「───、」

 

「そんな驚いたような顔しないでよ。さっき鈴ちゃんにもやって貰ってたでしょ」

 

流星もそれは理解している。

問題は二点。

じっと見られている事と相手が楯無である事だ。

何か企んでいるのかと考えてしまう。

──『無論、時雨ちゃん的にはGOです』──何か聞こえた気がする少年であった。

 

「じゃあ遠慮なく。───食堂のより美味いな。どうなってるんだこれ」

 

「ふふ、ふふふ。自信作だからね〜。まだまだあるわよ?」

 

流星のリアクションに心底嬉しそうな楯無。

今更であるが、彼の好みの味付けも当然リサーチ済み(・・・・・・)である。

 

 

 

「なあ箒、俺だけかな?どうしてかあの空気は入っていける気がしないんだ」

 

「大丈夫だ一夏。それが正常な反応だ」

 

箒、セシリア、シャルロット、そして一夏もまたその異様な光景に目を丸めている。

鈴達相手とも少し違う絶妙な距離感。

 

 

 

(好感触!これは頑張った甲斐があったわね。こ、このまま毎日作って欲しいなんて言われたりして!?)

 

 

食事の最中にもニマニマしそうになるのを楯無は堪える。

更に楯無は欲を出そうとする。

今度は逆に食べさせて貰おうと言う魂胆だ。

 

「流星くん。今度は私にそ、その─────」

 

 

「ん、お姉ちゃん。これ美味しいね」

 

「───!?」

 

割り込んできた簪に楯無は一気に現実に引き戻される。

簪は弁当の中の肉団子を食べながら、じーっと自身の姉へと視線を向ける。

もぐもぐと食べながらまるで小動物のような雰囲気。

落ち着いた瞳はそれでいて見定めるようであった。

 

(っ、ひょっとしてずっと簪ちゃんに見られてた────?)

 

一連の行動を思い返した楯無は冷や汗が噴き出すのを自覚する。

恥ずかしさと言いしれない罪悪感で最強の生徒会長も思考が止まっていた。

 

 

(好機)

 

 

キラリと簪の眼鏡の端が光る。

唐突に彼女は自身の箸を落とした────。

 

「「あ」」

 

流星が此方を見ているタイミングを狙っての行動。

今流星は割り箸で食べている。

楯無が替えの割り箸を持っているかは不明、しかしこの瞬間は反応出来ない。

 

「簪、良ければだけどこれを使うか?」

「いい、流星のがなくなる…」

「俺は元々惣菜パンだけのつもりだったから問題はないさ」

「…体に良くない。それなら流星が食べさせてくれれば───ゆっくりとだけど二人とも食べられる」

 

自身のお弁当を膝に乗せながら簪は微笑む。

少年は真意に気付かないまま、小首を傾げている。

 

 

 

「まあ──簪がいいなら」

 

断る理由もないと流星は簪から箸を再度受け取り、彼女の口に具を運んだ。

 

簪は勝利の味を噛み締めるようにゆっくりと咀嚼する。

実に幸せそうな表情であった。

 

「……やっぱり簪が自分で食べた方がいいような……」

 

流石に彼も恥ずかしいのか、流星は歯切れが悪そうにそう呟く。

 

「それはダメ」

 

「……ハイハイ、そうさせて頂きますよ簪お嬢様」

 

「その呼び方もダメ」

 

呟きも即座に否定され、彼は仕方ないかとため息をつく。

 

 

 

(───)

 

漸く思考を取り戻した楯無は思わず息を呑んだ。

 

幸せそうな妹と少年───モヤモヤとしたものが、彼女の胸中を占める。

 

喜ぶべき事の筈が、胸が締め付けられるような切なさがこみ上げてくる。

 

───取られちゃう。

 

頭が真っ白になる。

最愛の妹なら良いとか、そういうものは無かった。

 

彼が自分以外の女子とトクベツな関係になる──そんな想像をするだけでおかしくなりそうだ。

 

イヤ。

そんなの絶対イヤ。

 

ぐるぐるとネガティブな考えが頭の中を巡る。

どうすれば振り向いて貰えるのか、なんてまともな発想は浮かんでこなかった。

 

「楯無?」

 

(わ、私ったら何を────)

 

ただ隣から居なくならないで欲しい。

そう彼に縋るように、楯無は袖を掴んでいた。

 

「どうかしたのか?」

 

「!え、えっと────」

 

無意識の行動に気付いた彼女は言い訳が思い付かず。

簪すらも彼女の行動に驚いている中、楯無は言葉を捻り出した。

 

 

「そ、その用事を思い出したからっ!私は先に行くわね!?お弁当は置いていくから好きに食べて!」

 

 

「は?いや待て楯無!?───おい─────!」

 

 

パッと手を離し、まくし立てるように楯無は話す。

納得のいかない流星は彼女を止めようとするも、するりと躱される。

 

瞬く間に屋上を後にする楯無。

どこか呆れた様な簪以外は、暫くぽかんとした表情で屋上の出入口を眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

その日の夜───大浴場。

以前の生徒会室、今回の屋上─────華麗に二度目の撤退を実行した楯無は、一人途方に暮れていた。

 

 

(ああもう〜どうすればいいのよ)

 

ちゃぷり、と両手でお湯をすくう。

昼頃から消えないモヤモヤを抱えつつ、彼女は溜息をつく。

 

時刻は23時頃。

一般的な大浴場の使用時間はもう終わっており、ここに居るのは楯無のみである。

 

(……女の子が流星くんと仲良くしているのを見ると、こんな気持ちになるなんて────)

 

知識といった客観的なものとしてなら知っていた。

これでも対暗部組織の長。

あらゆる人間を見てきた事もあり、詳しいつもりであった。

しかし現実、彼女は御しきれずにいる。

 

 

(簪ちゃん相手ですら、こんな感情を持つなんて─────)

 

 

ぼーっと天井を見上げる。

周囲から上がる湯気をなんの気なしに眺めていた。

 

「私って、やっぱり姉失格ね」

 

屋上を去った直後に思った事を言葉にする。

それは湯気と同様、誰にも聞かれること無く虚空に消える筈であった。

 

 

「…お姉ちゃん?」

 

 

「か──かん──っ!?」

 

 

 

ざっぱーん。

 

 

水飛沫──もといお湯飛沫が上がる。

 

言うまでもなく楯無がひっくり返った音である。

すぐ横にいた簪も頭から盛大にお湯を被っていた。

 

 

「簪ちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 

 

体を起こし何事も無かったかのように楯無は尋ねる。

気配を殺し近付いていた事には特に触れなかった。

 

「お姉ちゃんの様子がおかしかったから…心配だし、見に来た」

 

半分は、という言葉が入る。

簪には楯無が今どういう状態か察しがついていた。

十中八九ライバルとなったであろう姉の視察も兼ねている。

 

 

「嘘、私そんなに変だった?」

 

「…え?」

 

「待って。なに?その『無自覚だったの?』──って言いたげな顔は」

 

「…無自覚だったの?」

 

「……」

 

恥ずかしさのあまり楯無は両手で顔を覆う。

姿勢も相まって、ぷかぷかと浮力を得た二つの塊が自己主張する。

簪は恨めしそうにそれを見つつ、本題に入った。

 

 

「お姉ちゃん、流星が目覚めた日の夜──屋上で流星と会ってたんでしょ……?」

 

「へ?」

 

思わぬ質問に楯無は固まる。

妹がどうして知っているのだろうか。

 

「二人とも同じタイミングで病室を抜け出してたから、そんな気がしただけ。……図星?」

 

「うう、そうね。簪ちゃんの言う通りよ。──ってもホントに偶然よ?偶然だからね?」

 

「…何を話したの?」

 

「そればっかりは言えないわ……そ、その秘密よ──」

 

「────」

 

簪から目を逸らして秘密と告げる楯無。

今思えば恥ずかしい告白紛いな問答も、自身の内側だけに留めておきたかった。

 

簪はそれ以上詮索はしない。

一番聞きたいことはそこではないからだ。

 

 

「────流星のこと、好き?」

 

「───っ」

 

好き、すき、スキ。

一瞬言葉の意味が飲み込めず、音だけ反芻してやっと飲み込む。

揺れる感情。

波はより大きくなる。

 

誤魔化しきれない───楯無は息を吸い込み、想いを吐露した。

 

 

「うん。大好き────変に律儀なところも、優しいところも、つい無茶をするところも、悪そうな笑顔も、意地を張るところも、オレンジの髪も、傷痕も──全部好き」

 

 

照れ臭そうに口もとを綻ばせる。

屈託のない姉の笑顔を見て、簪は不思議と安堵する。

 

その上で簪もまた内をさらけ出した。

 

「知ってると思うけど、私も流星が好き。───だから、これからは好敵手(ライバル)だね……私達」

 

「そうね。言っておくけどお姉ちゃんは譲らないから」

 

「知ってる」

 

妹だし、と得意げな簪。

楯無はそれもそっか──と頷く。

彼女の内から先までの後ろめたさは殆ど消えていた。

 

 

そういえば、と簪は思い出したように口を開く。

 

 

「……本当の名前を言ったりしてないよね?……刀奈(・・)お姉ちゃん」

 

「まさか、流石にそんな事ないわよ!」

 

腕を組んで自信満々で否定する楯無。

彼女に疑いの目を向ける簪であったが、こればかりは確認のしようがない。

 

「だってこればっかりは家族以外に知られたらダメだし?流石にそこまで考え無しじゃないわよ!?」

 

「だよね」

 

ホッと安堵する姉妹。

片方は内心で冷や汗を流していたりする。

 

 

(考え過ぎ……だったかな。私ならって思っちゃったけど、お姉ちゃんなら無いのかな?)

 

 

(実は言っちゃったけど、家族になって貰うつもりだし問題なし……!予定が早まっただけ───あれ?そうなると私がお嫁に行く訳じゃなくて、彼が婿で来る形になるのよね?…彼って今宮の姓に執着は無さげだったし───更識の姓に……更識流星───うん、良い感じね)

 

 

胸中で言い訳と皮算用を同時に行う楯無。

表情には出さないでいた彼女だが────。

 

 

(……)

 

 

実の姉への理解が深い妹は、ため息をついた。

 

手で作った水鉄砲。

狙いは勿論、物思いに耽ける姉の顔である。

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

テニスコートの一角で歓声があがる。

それを聞いたオレンジの少年は理由を察してそちらへと足を運んだ。

 

真夏は過ぎたと言うのに、日差しは依然強く気温は高い。

汗を拭いながら流星がテニスコートを訪れると、そこでは試合が行われていた。

 

その脇で座り込んで試合を眺めている少年───一夏がいる。

一夏はテニスウェアに身を包み、どこか疲れた様子でそれらを眺めていた。

一夏は今現在、テニス部に貸し出されている状態だ。

『生徒会執行部・織斑一夏貸し出しキャンペーン』なるものによって。

 

「盛り上がってるな」

「ああ──って流星。忙しいんじゃなかったのか?」

「安心してくれ。絶賛仕事で動き回ってたところだ。貸し出し後頼みたい事があるんだが、いいか?」

 

彼の返事に一夏はうげ、と声を上げた。

それもその筈、一夏の方もその実スケジュールは埋まりきっている。

 

───ところで、と彼はテニスコートの方へ視線を移す。

そこでは並々ならぬオーラを纏って試合に臨む少女達がいた。

恐らく一夏に見られているから──ではないだろう。

 

 

「景品は?」

「俺のマッサージらしい。前にセシリアにしてあげたんだけど、その事が広がってたみたいでさ」

「成程」

 

大方セシリアが自慢したのを羨んだ女子達がこのような催しを考えたのだろう。

彼は腕を組みながら、背後のフェンスにもたれ掛かる。

 

「いいんじゃないか。役得だろ」

 

「緊張して心が休まらねぇよ。下手に手が滑ったりしたら──人生が終わる……っ!いや、〇される────!」

 

一夏は悲痛な声でそう訴える。

異性の体に触れるドキドキ───以上に命の危機のドキドキの方が遥かに大きいようだ。

誰に〇されるかは候補が多過ぎて考えようが無い。

社会的にか物理的にかも謎である。

 

 

「流星」

「ナシ」

「俺まだ何も言ってないだろ!?」

「無し!どうせ俺がマッサージ手伝うとか?代わりにするとかそういうのだろ」

「そこを助けると思って!」

「駄目だ──大体、皆お前のマッサージを受けたいからああなってるんだろ。ここで景品が変わるのはガッカリすると思うぞ」

 

彼の良心を揺さぶる形で流星は断る。

畜生ー、と一夏は頭を抱えるしか無かった。

 

一方で試合はいつの間にか決勝戦。

片方のコートには見慣れた金髪───セシリアが立っている。

 

一夏はセシリアを見つつ、思い出したように疑問を口にした。

 

「セシリアか。最近少し余裕が戻ったけど、結局どうして悩んでたんだろう。流星は知ってるか?」

 

「察しはついてる。俺も幾つか聞かれたからな。とはいえ、俺が言える事なんてひとつもなかったんだが」

 

「どうしてだよ、流星も狙撃得意だろ?───あ、BT兵器に関してだからか」

 

「それもある。けど俺とセシリアだと、そもそも狙撃手としてタイプが違うんだよ。俺は最適を目指し、あいつは最高を叩き出す狙撃手だ」

 

「?」

 

「要は武装の性質問わず、狙撃に関してすら互いにアドバイス出来ないって事。BT兵器の事となれば代表候補生の誰も力になれないのさ」

 

だから本人が自力でどうにかするしかない。

流星はそこまで言葉にはしなかった。

 

「その様子だとそんなに心配して無さそうだな、一夏」

 

「ああ。セシリアならどうにかしそうだって思えてさ」

 

笑顔を見せる一夏。

流星も二日前までのセシリアよりも元気そうな彼女を見て、静かに頷く。

 

男子二人は改めてテニスコートへと意識を向けた。

 

揺れる金髪、日差しを反射し煌びやかに光る汗、しなやかな躯。

一挙一動から優雅さが滲み出ていた。

対面する少女の闘志が更に燃え上がる。

 

「激戦だなぁ」

「並々ならない執念を感じる…」

 

男子二人が見守る中、試合は進む。

激闘は結局セシリアが制する形となった。

 

今一歩届かなかった対面の少女は座り込んで悔しさに打ちひしがれている。

 

 

「おつかれ、セシリア。見事に優勝したな」

 

「はぁっ……と……当然、ですわ……!はぁ……はぁ……」

 

勝ったセシリアを労いながら、一夏がスポーツドリンクとタオルを渡す。

優勝まで試合を重ねた事もあり、流石のセシリアも息を切らして辛そうである。

そんなセシリアに頼まれ、一夏はタオルで彼女の顔の汗を拭った。

 

「あー!」

「セシリア何してるのーーー!」

「優勝した癖にずるい〜!」

 

「ずるくありませんわ!勝者の特権でしてよ」

 

悲鳴にも似た声と共に非難の嵐。

しかしセシリアは強気に胸を張り、それらを跳ね除ける。

 

ぐぬぬ、と悔しそうなテニス部員女子達。

ふと何か閃いたのか彼女らの視線は改めて一夏へと向けられた。

 

「こうなったら織斑くん、私達にもサービスしてよ!」

「着替えの時に背中拭いてよー」

「私も汗でびっしょりだからお願いしたいなぁ」

 

「いいわけ無いだろ!?大体着替えの時だなんて────」

 

詰め寄られる一夏。

彼もまた年頃の男子だ。

ついついその状況を想像してしまい、言葉が詰まる。

ほんの少し顔も赤くなっていた。

ブンブンと頭を振りそれらを瞬時に振り払う。

 

「駄目だ駄目だ!そういうサービスは対応外!」

 

「えー!」

 

ブーイングが湧き上がり、一夏は断固として否定する体勢に入る。

狙いをもう一人の男子に変える者もいる中、オレンジ髪の少年は全てスルー。

 

「まあ待て、遠慮するな一夏」

 

顎に手を当て、一夏を見てニタリと笑う。

きっと彼の事だ。

先程言葉が詰まった理由を察しているのだろう。

どこかの水色の少女と重なって見えたと一夏は後に語る。

 

 

「お前がそうしたいなら副会長権限でどうにかしてやるが──」

 

 

盛り上がるテニス部員達。

 

この場をどう切り抜けるかを全力で考え始める一夏であった。

 

 

 

 

 



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-83-

遅くなり申し訳ない。
リアルの方でゴタゴタしてました。。。


 

 

一夏のテニス部貸し出しの翌朝。

本来ならゆったりとした朝食のひとコマは消え去り、代わりに食堂には糾弾するような声が響き渡っていた。

 

「どういうことだ一夏!」

「どういう事かな!?一夏!!」

 

詰め寄る箒とシャルロット。

落ち着けと一夏は手で制しているが、彼女らの勢いはそれで収まるはずがない。

 

目が据わっている箒と少し泣きそうなシャルロット。

どう見ても冷静でない。

 

 

「なんの騒ぎよ」

 

 

遅れて食堂にやってきた鈴が座りながら流星へと視線をやる。

彼女はトレーをテーブルに置き、戴きますと手を合わせる。

少年は肩を竦めてみせた。

 

「さあな、俺も今来たところだし」

「ふーん。本音と簪は?」

「朝方にアニメ見ながら間食挟んじゃったから、ご飯はいらないってよ」

「あの二人も相変わらずね」

 

鈴はそう呟きながらずるずると麺をすする。

 

「朝から拉麺かよ」

 

「今日はそういう気分なの。あんたこそもっとガッツリしたのを食べなさいよ。疲れてるんでしょ」

 

「今回は食後のデザートがあるから問題なし」

 

「あんたも相変わらずみたいね」

 

得意げな顔でデザートの皿を見せる流星。

ガラスの皿にはアイスケーキが乗っていた。

皿が冷やされており、皿とトレーの間には断熱用の特殊な小皿がある。

故にすぐには溶けないのだろう。

 

 

「──で、何があったのよ」

 

 

鈴は箒達に向き直り問いかける。

それに返事をしたのは少々不機嫌なラウラであった。

 

「今朝、一夏の部屋からセシリアが出てきたのだ」

 

「──へ?」

 

衝撃的な言葉に鈴は理解が遅れた。

そこに畳み掛けるようにシャルロットが言葉を続ける。

 

「それもパジャマ姿でね。ふふふ、どういうことかな。説明してほしいなぁ」

 

黒いオーラを放つシャルロットに一夏は震え上がる。

こうも圧をかけては聞きたい事も聞き出せない。

逆効果だなぁと、流星は食事を続けていた。

 

「セシリア?」

 

困惑する鈴はBLTベーグルを食べるセシリアへと問いかける。

まさかあの唐変木か?と彼女の幼馴染み視点での動揺も当然のもの。

鈴は落ち着くべくお茶を啜りながら耳を傾けた。

 

セシリアはここぞとばかりに胸を張り、得意げに話す。

 

「一組の男女が一夜を過ごしたのですわ!つまり、そういうことでしてよ」

 

「なんだ。つまりヤったのか」

 

「────ブーーーーーーッ!?」

 

衝撃的な発言に鈴は思わずお茶を吹き出した。

まさか彼の口からそんな発言が飛び出すだなんて、夢にも思わなかったのだろう。

 

シャルロットと箒も目を見開いて固まっている。

 

吹き出した大量のお茶はすぐ目の前にいた流星が被ることになった。

 

 

…。

 

 

一瞬の静寂。

それを破ったのは他ならぬ流星であった。

彼は不満げに口を開く。

 

「鈴……お前な……」

「げほっげほっ……あんたが急に変なこと言うからでしょーが!どうしてくれんのよこの空気!」

「この件をハッキリさせないと尾を引くわ馬鹿!というか、だ!セシリアに聞いた時点でお前が発端だろ」

「もっとオブラートに包みなさいって話よ馬鹿ぁ!」

 

互いに少し言い合い、注目を集めていることに気が付いた辺りで二人はコホンと咳払いをする。

意味がわからず首を傾げているラウラをおいて、流星は一夏の方へと視線をやった。

 

「結局どうなんだ一夏」

 

「待て待て!昨日セシリアにマッサージをしただけだって!流星もマッサージの件は知ってるだろ!?その途中でセシリアが寝ちゃったから泊めただけだって!!」

 

真っ赤な顔で必死になりながらも、簡潔に弁明してみせる一夏。

それにより箒達はホッと安堵の息を漏らした。

 

「なんだ……まあ、そういうことなら……」

「そっかぁ……良かったぁ」

 

「そんなに否定なさらなくてもいいのに……」

 

箒とシャルロットはヘナヘナと力なく席に座り込む。

大惨事は免れたようであった。

一方でセシリアは口を尖らせているが、一夏は気付かない。

皆が食事を再開する中、ラウラは不思議そうに小首を傾げていた。

 

「流星。さっきのはどういう意味だ?」

 

「……。シャルロットにでも聞いてくれ。こういうのは同性から聞く方が良いだろ」

 

「?そうなのか。それでどういう意味なのだ、シャルロット」

 

「えぇぇぇっ!ぼ、僕!?」

 

彼女の生い立ちを考えれば知らぬのも無理はない。

これもいい機会だろう。

少年はひとまず彼女のルームメイトに丸投げした。

これは同性から教えられた方が良いはず、という良心故にだ。

 

決して、面倒くさかったからなんて理由ではない。

 

「と、ところで一夏!どうしてマッサージする事になったの?」

 

(逃げたわね)

(逃げたな)

(逃げましたわね)

 

ラウラの質問から逃げるようにシャルロットが慌てて話題をふる。

一夏は先日のテニス部の騒動を思い出し、溜息をついた。

 

「生徒会の貸し出しでテニス部に行ったんだけど、マッサージが優勝賞品のトーナメントが何故か行われる事になってさ……」

 

「あー……うん、おつかれ」

 

朝から遠い目でぐったりとする一夏。

 

そこへ通りかかるは寮長にして担任、彼の姉───織斑千冬。

朝の食堂────皆の緩んだ空気も彼女が通るだけで引き締められるのが分かる。

相変わらずスーツが似合う女性である。

 

そんな千冬の鋭い視線が実の弟へと向けられた。

 

「朝からなんの騒ぎかと思えば───織斑、寮の規則を破ったようだな」

 

「ち、ちふ──織斑先生……!き、規則って……?」

 

「特別規則第一条、男子の部屋に女子を泊めてはならない。一夏、お前忘れてただろ」

 

「そうだった……」

 

特別規則と聞いて思い出した一夏の顔が青ざめる。

無理もない。

ただでさえ多いIS学園の規則に、特別規則まで覚えておくのは困難である。

 

「という事で、オルコット───反省文の提出を忘れないように。それと織斑には懲罰部屋三日間をくれてやる。嬉しいだろう?」

 

「はい……」

「あ、ありがとうございます……」

 

がっくりと項垂れるセシリアと一夏。

もう一人の少年は素知らぬ顔でデザートを食しつつ、ちらりと千冬を見る。

思い出すのは彼女とそっくりの顔─────サイレント・ゼフィルスの操縦者。

 

(……)

 

「今宮」

 

「───、はい。どうかしたんですか?」

 

不意に千冬から声を掛けられ、流星は考えを中断する。

千冬の方へ向く流星を彼女は一瞬じっと見た。

 

「一応安静にはしているようだな。──用件だが、先程米国(アメリカ)政府から武装が届いたらしい」

 

「!もう来たんですか。というか、時雨すら全快してないんですけど……」

 

流星は驚いた表情を浮かべる。

話は聞いていたがこうも早く届くとは思わなかったらしい。

 

「確かに実戦は無理だが、武装の試し撃ちや調整位なら可能だろう。データ収集用のプログラムは第三アリーナ側で準備している。後で申請しておけ」

 

「はい。ありがとうございます。それで武装の方の納入先は?」

 

「格納庫から既に第二整備室に移動させてある。他に質問はないな?では遅刻しないように」

 

千冬は話し終えると背を向けスタスタと席を離れる。

IS学園の教師である彼女もまた多忙なのだろう。

 

話が済んだとデザートへと意識を戻す流星。

 

──去り際に千冬はチラリと振り返った。

 

「そういえば────お前に用があると探している奴が居たぞ」

 

「用がある──?」

 

そのまま立ち去る千冬。

流星は不思議そうにスプーンを咥えながら眉をひそめた。

 

 

同時に────彼の肩をポンと誰かが叩く。

 

 

「暫くぶりっス。思ったより元気そうじゃないスか、今宮」

 

「あ───フォルテ先輩……」

 

少年が振り返った先にいたのは三つ編みの少女。

小柄で猫背な彼女は、普段からは想像もつかない程ニコニコとした笑顔であった。

 

額に、青筋が浮かんでいる。

 

「あー……」

 

そういえば、と彼は思い返す。

フォルテ・サファイアにはコーチをして貰っていたのだった。

 

無論、先日の騒動からは会っていない。

ロシアへ向かった日───特訓の約束も全部放置して以来である。

 

「なーんか色々あったみたいっスね。細かい事は知らないっスけど……ひとまず、代表候補生入りおめでとうっス」

 

「ありがとうございます。あの、目が笑ってないんですが」

 

「いつもこんな感じっスよ?変な事言うなっス」

 

フォルテと流星の関係性がイマイチピンと来ないのか、一夏達は首を傾げている。

 

流星自体は冷や汗を思わず流していた。

 

肩を握る手から冷気を感じる。

これは恐らく気の所為ではないだろう。

 

「……すいませんでした」

 

「別にそこは良いっス。謝って欲しい訳じゃないんで。──理由も何も無く約束ブッチはありえないっスよね?言い訳───もとい理由くらい説明するのが筋じゃないっスか?」

 

徐々に圧が強くなるフォルテ。

ピシ───と肩部がほんの少し凍った気がした少年である。

 

 

フォルテが詳細を知らないのは無理もない。

あの一件における───福音のコアに関わる話やロシアの話は丸々機密となっている。

それにより、各国の上層部のひと握りが多少知っている程度のもの。代表候補生は普通知らないのだ。

 

───言える訳がない。

機密と話すのすら、この件に関しては問題なのである。

 

(……)

 

仕方がない。

流星は忘れていた、と敢えて回答しようと考える。

 

 

そんな中、フォルテのさらに後方から思わぬ助け舟が出された。

 

 

「もういいだろフォルテ。そうやってオレの後輩を虐めんなよ」

 

「!」

 

「ダリル先輩、優しくないっスか?こっちはずっと待ちぼうけ食らってたんスよ?」

 

「どうせそいつが言うとは思えねーけどな」

 

高身長の金髪少女はニヤニヤと楽しげな様子でフォルテを宥める。

そうやってダリルは二人の間に自然と割って入る。

渋々引き下がるフォルテを他所に、ダリルは座る彼の首に腕を回した。

 

「ってわけで今後もヨロシクな、後輩くん。分からない事があったら教えてやらなくもねーぜ?」

 

「あー、それはありがたいです」

 

流星としては実に嬉しい申し出。

ナターシャらに連絡しようにも時差の問題もあったりする分、恩恵は語るまでもない。

 

「そういやよ」

 

得意げな表情から一転。

ダリルはふと思い出したように目を細める。

奇妙なものを見るような視線を少年に投げかけた。

 

「お前、どうしてずぶ濡れなんだ?」

 

「……触れないで下さい」

 

 

 

 

 

 

「これか────」

 

放課後、整備室。

教えられていた区画に訪れた流星は現場を見た瞬間、そのように呟いていた。

 

「────」

 

彼の眼前にあるのは数多の武装。

スナイパーライフル、アサルトライフル、サブマシンガン、ナイフを始めとした汎用武装。

 

そして────。

 

「誰が使うんだよ、こんなの」

 

思わず彼は溜息をつく。

少年の視線の先にあるのは、長い砲身に大型の銃口が付けられたものだ。

 

逆手持ち用の持ち手に、腕部装甲へ固定する為の物々しい機構。

一見するとバズーカに見えるソレが打ち出すのは、弾丸ではない。

 

 

その武装が打ち出すのは大型の杭───パイルバンカーと呼ばれる超近接武装であった。

シャルロットが持っていた灰色の鱗殻(グレー・スケール)とも違い、盾の裏に仕込まれたものでもなく、それより口径も大きい。

 

 

 

まさかこんなものが送られて来るとは夢にも思わなかった流星である。

少年は迷わず端末を手に取り、通話を始める。

数コールも待たず相手はそれに応じる。

掛けた先は勿論─────。

 

『はぁーい、急に掛けてくるなんてどうしたのかしら。もしかして私が恋しくなった?』

 

「……、どういうことだナタル」

 

『その様子だともう届いたみたいね。──武装が足りなかった?』

 

少年に対し、ナターシャ・ファイルスは明るい声色で返す。

大方流星の不満を理解しているのだろう。

向こう側で笑みを浮かべているであろうイーリスへ彼は口を尖らせる。

 

「その逆だ。時雨の汎用武装を米国(アメリカ)製に置き換えるって話じゃ無かったのか」

 

『開発側が勝手に用意したんだもの、仕方ないじゃない。無いよりある方がいいと思うけど?』

 

「確かにそうだけど、特にパイルバンカーなんて使い勝手が悪いだけだ。打ち込む度に負荷がかかるから1回使ったらその戦闘ではもう使えないし、自己修復があると言ってもメンテナンス性は最悪。……お前、俺が嫌がるの分かってただろ」

 

あら鋭い、とナターシャは喉まで出かかった軽口を飲み込む。

事実手配に協力したナターシャも、少年の反応と武装の趣向を理解した上でOKを出している。

 

『そうね。けどOKしたわ。面白そうだったし』

「おい」

 

ただ、それだけでないのも事実。

開発側の意図は『無量子移行(ゼロ・シフト)』による運用を想定して用意したものだ。

当然その技術に特化した武装───ではないが、そうした場合の強みは語るまでもない。

 

『それに流星くんも理由は分かってるのでしょう?なら大人しく受け入れなさい。尤も───流石のあなたも使いこなすのに苦労するでしょうけどね。というか『打鉄』を特化させて運用したみたいだし、今更でしょう?』

 

「…分かったよ。使えばいいんだろ使えば」

 

『じゃあ頑張ってね』

 

流星は不貞腐れながら通話を切る。

改めて置かれている武装へと視線をやった。

 

 

「あれ?流星…今日は生徒会の仕事はいいの?」

 

同時に投げかけられる横からの声。

彼が視線をそちらにやると、そこには簪の姿があった。

 

「あるにはあるんだけど、今日は調整が済んでからになるな」

 

「調整?『時雨』のなら今出来ることはやったはず……?」

 

「ああ、だから『時雨』の調整じゃないんだ。政府側から武装が届いたんだけど────」

 

と、端末を仕舞いつつ流星は背後の武装の内容を改めて思い出す。

パイルバンカーにガトリング砲、その他試運転用の武装の数々。

 

見せてしまえば、簪の向上心(メカニック魂)を刺激しかねない。

 

刺激すればどうなるか。

調整と試運転が終わらなくなる可能性大である。

 

スス──と彼は簪と武装の間に割って入る。

 

「流星?」

 

「……汎用武装を全部米国(アメリカ)製にしてデータ収集もしなくちゃいけないからな。時間がかかるんだ」

 

「そうなんだ…手伝った方がいい…?」

 

「そこまでじゃないさ。ありがとう簪」

 

あっさりと断る流星。

少し残念そうな表情を浮かべる簪────少年はなんとも言えない罪悪感に襲われる。

 

とりあえず、近くの区画へと作業にもどる簪。

管制システム周りとブースターの調整をしているとのことだった。

 

安心した流星は自身も作業に取り掛かる。

金属の音と少しのシステム音。

黙々と作業する流星と簪の間には当然言葉などない。

 

久しくも感じる見慣れた光景。

とすれば、次に整備室に訪れる人物は決まっていた。

 

「やっほー、かんちゃん。手伝いに来たよー」

 

「!」

 

「本音か」

 

「およ?いまみーもいるー。あ、そっか〜。ナタっちさんが言ってたやつが届いたんだね〜」

 

本音はブカブカの袖を振りながら流星のもとへ駆け寄る。

彼女の言に流星は目を細めた。

 

「まあな。ってあいつから聞いてたのか本音」

 

「うん。ナタっちさんがいまみーがきっと気に入るって言ってたけど、何が追加で来たのー?」

 

「別に面白いもんじゃないぞ。汎用武装ばかりだし」

 

「ふーん、それとは別に特注のが幾つかある───ってナタっちさんが言ってたよ?」

 

「……」

 

不味い──と流星は内心冷や汗をかく。

特注という言葉に作業中の簪の耳がピクリと動いた──気がした。

 

「どうしたの?いまみー」

「なんでもない。それより簪を手伝いに来たんだろ?……生徒会の仕事はいいのか?」

「今日の分は終わらせたからねー」

 

本当か?と訝しむような視線を流星は向ける。

とはいえ虚とは担当が違ったり、楯無や流星のように国家代表or候補生としての用件もない。

 

「ふっふっふ、隙あり〜」

 

「な──おい───!」

 

考える流星の不意をつくように本音は彼の隣を通り抜ける。

 

数歩前へ。

置かれた武装の数々を目の当たりにしながら彼女は歓声をあげた。

 

(本音のやつ───さてはナタルから中身を聞いてたな!?)

 

今更だが本音は整備科志望。

簪程ではないにしろ、珍しい武装を前にはしゃいでしまうのは当然である。

 

「うわーすごーい。ガトリング砲に連装式レールカノン……パイルバンカーまである〜」

 

「……パイル、バンカー?」

 

「……」

 

流星が本音の肩を掴むも時すでに遅し。

聞きつけた簪が目の色を変えてこちらの区画へ再度飛び込んでくる。

 

「これは──っ……!」

 

そして眼前のそれらを見て、彼女は感動を露わにする。

 

目をキラキラと輝かせる簪を見て、彼は頭を抑えた。

 

「ね、ねぇ流星───!」

 

(今日の調整、終わらないかもな─────)

 

 

 

想像通り流星の武装調整──及び試運転はある二名の暴走により、寄り道に寄り道を重ねる事に。

 

知識的な面で言えば、プラスになる部分ばかりである。

しかし────如何せん流星は特化型の武装を基本好まない。

最低限で済ませようとした少年とそれを許さない少女達。

 

生じる熱意の差。

疲れを感じるのも無理はなかった。

 

その日の夜。

漸く試運転を終えた流星が部屋に戻ってきたあたりで、端末へと連絡が入る。

 

「…刀奈?どうしたんだ?」

『〜っ』

 

不意打ち気味の名前呼び。

あまりに自然と出たそれに怯みつつ、刀奈───楯無は思考を強引に切り替える。

端末の向こうでは、一瞬にして更識当主の(かお)になっていた。

 

 

『ちょっと頼みたい事が───というよりは仕事ね』

 

 

 

 

 

 

 

流星に与えられた仕事はわかりやすいものであった。

 

不審な動きをする人物の無力化、及び拘束である。

対象は織斑一夏の地元で何やら嗅ぎ回っている者達。

 

とはいえ亡国機業(ファントム・タスク)のような国家規模で暗躍する組織ではなく、一部企業に雇われた小規模の集団だった。

調べる程度なら問題は無い。

しかしきな臭いものを嗅ぎつけた更識はこれを放置せず、早めに摘むことにした。

 

派遣されたのは流星含む実力者数名。

相手の武装は知れたもの。

 

 

当然、仕事は驚くほどスムーズに片付いた。

 

 

(…思ったより早く暇になったな)

 

 

日がまだまだ照らし続ける中、彼は歩く。

一応、学園まで送ろうかと更識家の人間に提案されたが断っている。

折角近くまで来たのだし、と彼はある場所を目指していた。

 

(───)

 

五反田食堂。

以前一夏と共に訪れた場所である。

額の汗を拭いつつ、彼は店に入っていく。

出てきたついでに一夏の誕生日プレゼントでも買おうと考え、友人である五反田弾にその助言を貰おうという発想だ。

昼時はとっくにすぎている為客は殆どいない。

 

彼が店に入った瞬間、店主である筋骨隆々の老人───五反田厳が思い出したような表情を浮かべた。

 

「いらっしゃい──ってああ、前に来てた───」

 

「はい、一夏と弾の友達の今宮流星です。弾は居ますか?」

 

「あー、弾のやつならさっき楽器がうんたらとかで出ていったところだ。すぐには戻って来ねぇと思うな」

 

「…そうですか」

 

どうやら入れ違いになったらしい。

流星が礼だけ告げて去ろうとすると、厳は顎に手を当てたまま彼を呼び止めた。

 

「おう、若ぇの──さっき今宮───つったか?」

 

「?はい」

 

中華鍋を片手に眉を顰める男性。

流星は意図がよく分からず首を傾げていた。

 

「…変な事を聞くようだけどよ、母親の名前───茜って言わなかったか?紅い髪で弾と同じくらいの年齢のお子さんがいたと記憶してるんだが───」

 

「────、そんな名前だった気がします。あと髪は紅かったですね」

 

「なんだ?母親の名前を覚えてないのか」

 

「俺が10歳位の時に亡くなったので、あやふやで────」

 

「……そいつは悪いことを聞いちまったな。詫びと言っちゃなんだが、何か食うか?」

 

申し訳無さそうにする厳に対し、流星ははにかんで見せる。

その必要はないだろう。

──だって、特に何も感じないのだから。

 

「大丈夫ですよ。気にしてませんから。気持ちは有り難いんですけど、今食べたら夜が食べられなくなるので──遠慮しときます」

 

「…そうか」

 

中華鍋を片手に返事をする男性。

流星は間髪入れずに逆に問いを返す。

ただの興味本位だった。

 

 

「どんな人だったんですか?」

 

カウンター席に腰を下ろす。

コトリと置かれる水が入ったコップ。

炎天下を歩いてきた少年の喉を水が冷やした。

氷がぶつかり合う音。

飲み干した彼の表情を見て、厳は安堵した。

 

「端的に言えば大食らいだな。うちで大食い用のメニューも企画した事があるんだが、ペロッと平らげちまってたよ」

 

「へ?」

 

「そんな馬鹿な───ってな。まったく、あんな細い体の何処に入るんだって常連も皆驚いてたぜ」

 

「…そりゃあ、印象に残りますね」

 

なんというか──よく分からない気まずさに彼は襲われる。

彼としても推定実の母親がそのような人物だとは思わなかったらしい。

 

「まああの嬢ちゃんも、なんだかんだあってうちの常連でな。どっか抜けてるが明るくてノリが良かったなぁ」

 

「…ここら辺に住んでたんですね」

 

「ああ、高校の教師をしてたって話してたな。確か───誰かの担任だって覚えてたんだが───あー、誰だったか」

 

厳の話を聞きつつ、流星は1人納得する。

道理で───篠ノ之神社周辺に既視感があった訳である。

───ならば。

 

(千冬さんに既視感を覚えたのも…どこかで会ってたからか?)

 

ご近所さんだったというオチなのだろうか。

如何せん両親の死以前の記憶は朧気なもの。

どうしても確証は得られない。

 

「でな────」

 

彼が思考する中、厳は話を続ける。

この店での母親の話は流星が考えているよりずっと多かった。

人が良く、お節介を焼く───どこにでもいる普通の人間。

 

 

「───こんなもんか。俺が知ってる嬢ちゃんの情報はこんなもんだ」

 

「ありがとうございました。水もご馳走様です。弾や蘭にも宜しく言っといて下さい」

 

「おうよ。今度は飯食いに来な」

 

流星は静かに礼を告げ、店を後にする。

クーラーの聞いた店内から一転して、照りつけるような日差し。

思わぬところで聞いた情報。

彼は改めて周辺を見て回る事にした。

 

とりあえず篠ノ之神社へと彼は足を運ぶ。

神社への裏手の道へはすぐだった。

 

 

 

「─────」

 

 

そこで不意に目に銀色の髪の少女が目に留まる。

 

ラウラと同じような髪に似た顔付き。

細部から別人と分かる───ただ、それよりも内側から揺さぶられるような衝撃を彼は覚えた。

 

「っ」

 

ズキリと頭が痛む。

偶にくるこの感覚に対し、流星は初めて違和感を覚えた。

すぐに持ち直し、銀色の少女を追う。

 

 

 

「!」

 

近付いたあたりで彼の視界は一瞬で真っ白な空間へと変貌した。

上下左右全くの区別がつかない。

 

(これは─────!)

 

不可解な現象に目を見開く。

理解よりも先に本能が警鐘を鳴らした。

 

 

「!」

 

驚きは流星ではなく、相手のもの。

頭上からの一振りを間一髪で彼が躱して見せたからだ。

 

(視覚は役に立たない。他は無事そうだがこの状況で戦闘は困難───離脱したいが……)

 

開けた場所でもなく、上下左右の視覚情報がない今は闇雲な飛行は悪手。

そして、言うまでもなくISでなければこの出鱈目は起こせない。

彼は即座に『打鉄─椛』の腕部を部分展開、小太刀を手にした。

 

 

周囲の景色の記憶を頼りに彼は躊躇なく走り出す。

ISで元々の座標は割り出せている。

視覚情報以外はどうやら生きているらしい。

 

「!」

 

金属音が辺りに響く。

それはナイフか何かを弾いた音だった。

 

熱源やそういったものは感知できる。

流星は走る中自身へと迫るソレを振り払い進んだ。

 

ISのセンサーによると他に人はいない。

篠ノ之神社の裏手の開けた場所ならば、飛行による離脱も望めるだろう。

その最中にこの空間を抜けられるなら御の字。

 

「───」

 

チカチカと視界が変化する。

見え始める周囲の景色。

効果範囲が存在するのか、はたまた時間制限か。

 

(なんにせよ───もう出られそうか)

 

裏手の高台に出る。

同時に白い空間を抜け出し、彼は再度驚愕を露わにした。

 

 

「やぁ、今度は少しぶりかな──凡人」

 

 

ピコピコと動くうさ耳のカチューシャ。

紫の長い髪を風に靡かせながら───眼前に居た天才は微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-84-

 

 

「やぁ、今度は少しぶりかな──凡人」

 

 

篠ノ之神社の裏手───その高台。

俺を待っていたのは、かの天才こと『天災』篠ノ之束博士だった。

疑問だらけだが、考えている暇はない。

博士は言うまでもなく戦闘=敗因となる織斑千冬タイプだ。

 

「!」

 

ジャリ、と背後から先程の少女の気配。

挟まれないように横へと跳んで二人を視界に収める。

 

…なるほど。

あのデタラメな能力も博士側の人間だからか。

 

「っ」

 

相変わらず頭痛が酷い。

ガンガンと内側から揺さぶられるようで、おさまる気配はない。

 

「ありがとうくーちゃん。下がっててくれていいよ〜」

「はい。それでは失礼します───」

 

博士の言葉に従い、『くーちゃん』と呼ばれた少女はその場を立ち去る。

一礼してその場を立ち去る姿は、さながら精巧な人形のような美しさと儚さが見て取れた。

態度からして───あの少女も博士の身内なのだろうか。

 

 

「用件は何だ?」

 

間合いを意識しつつ、問いかける。

あの時のように敵意らしい敵意はない。

ただ誘導の為とはいえ先程の襲撃もあったのだ。

警戒するに越したことはなかった。

 

博士は飄々としたまま。

半歩下がり改めて俺と向き直った。

 

 

「────私と一緒においでよ、凡人」

 

「な────」

 

思わず呆気に取られた。

唐突な提案だが、博士の目は本気だ。

意味もわからずにいる俺に対し、博士は口を開く。

 

「説明するとそのコアは数少ない特別製───人間を学習する上でほぼ全てのISから人間のあるものを蓄える仕様なんだ」

 

「──」

 

「反応が薄いね。やっぱり勘づいてたんだ?───『同調』までしてたんだ、アレが何か分からない筈がないよね」

 

 

ああ、そう言えば───と博士は思い出したような口調になる。

顎に人差し指を当てながら、ス───と目を細める。

言いしれない悪寒が全身を走り抜けた。

 

 

「にしても───君はどうして平気なのかな?」

 

「っ────」

 

ぞわり、と首もとに纏わりつくような感覚。

───そんな事分かり切っている。

 

今宮流星はとっくに壊れているからだ

 

そう突き付けるような博士の視線を振り払うように、俺は言葉を返す。

 

「…凡人が知るかよ。それより『時雨』とその操縦者(オレ)にアンタは何を求めてるんだ?」

 

問いに対し、博士は笑みを浮かべた。

いつになくその表情は子供っぽくも冷徹で───蠱惑的なものだった。

何故か懐かしいと思った。

 

 

「そこから先を話すかは君の選択次第だねー。勿論、タダとは言わないよ?君の望むものを望むだけ用意しよう。衣食住も心配はいらない。ああ──今の生活を続けたいなら多少は融通をきかせてあげてもいいよ?なんたって束さんは天才だからね───」

 

 

再び博士は俺の顔を覗き込む。

彼女の望むもの──『時雨』の仕様の目的。

分からない事だらけだが、答えは決まっていた。

 

「断るよ。多分それロクな事じゃないだろ」

 

「ありゃりゃ振られちゃったか───まあいいや、どうせ元から期待してなかったからね〜。とっくに用済みのコアだし問題なし(モウマンタイ)!」

 

直ぐにいつもの(・・・・)空気切り替わる博士。

彼女の提案もあくまでついでといった様子だった。

 

「っ────」

 

ぐらりと視界が揺らぐ。

先までの頭痛はなりを潜めたとばかり考えていたが、そうではないらしい。

一際大きな痛みの波。

よろける俺を博士はじっくりと観察していた。

 

「体調が良くなさそうだね?診てあげようか?」

 

「アンタ医者じゃないだろ。…そこらの医者よりはよっぽど頼りになりそうだけど───」

 

「正しくはどんな名医よりもかもしれないよ?ささっ束さんに任せて横になりなよ────サンプ───じゃなくて患者として治療してあげよう!」

 

近くの長椅子に座り、博士はポンポンと膝を叩く。

それに従うような警戒心ゼロの奴はこの世に居ないだろう。

…居たとしてもすぐこの世から退場してるな。

 

「今サンプルって言いかけただろ。治療って何する気だよ」

 

「えー、ちょっとした言い間違いだよ?ほら───今なら大丈夫かも。ウェルカム凡人!束さんはワクワクが止まらないのだ!」

 

博士は手を顔の横でワキワキと動かす。

整った顔立ちも相まって可愛らしい仕草ではあるが、あまりにもおっかない。

 

話している間に、自然と痛みが引いていく。

……やはり一過性のもの?働き過ぎだったりするのか?

 

「その手つきをやめろ、せめてもう少し取り繕ってくれ。……というか、俺は『時雨』に気に入られただけの存在なんだろ?一夏と違ってサンプルにもならないんじゃないのか」

 

「んー?男性IS操縦者って意味合いなら、私からすれば君達二人共(・・・)その価値はないね」

 

「なんだと?」

 

今なにかさらりと気になる事を言ってなかったか。

俺だけでなく、一夏もサンプルにならない?

 

考え込む俺を他所に博士は立ち上がった。

 

「さーて、色々と把握出来たし聞くこともない──束さんはもう行くね」

 

「…待て」

 

「まだまだ聞きたいことがある───って顔だね。けど君如きが知る必要はないよ。あくまで君はあの母親と同じで凡人……そこらの石ころのひとつ。ちーちゃんのようにはなれないからね。そこら辺を弁えていないと早死にするぜ☆」

 

「───!」

 

軽い口調で物騒な事を告げ、彼女は神社方面の林へと消えていく。

後を付けようかと考えるよりも先に、博士の気配は直ぐに消えた。

視界は良くない場所だ。

博士と俺の実力差を考えれば、追うだけ無駄なのは明白だった。

 

完全に治まった頭痛。

誰もいない空間で俺はひとり、疑問を口にするのだった。

 

 

「…悪意や負の感情なんて蓄積させて、一体何に使うんだよ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

────林の奥、元々用意していた隠し通路を篠ノ之束は愉しげに歩く。

鼻歌を歌いながら、まるで遊びに行く子供のように。

聞こえていない筈の少年の問いにでも答えるように、彼女は呟くのだった。

 

「それはもう──とっても楽しい事の為だよ─────凡人」

 

 

 

 

 

 

「まだ居たのか」

 

篠ノ之神社の裏道から公道に戻ってきた流星は、すぐ近くのベンチを見て思わず言葉を漏らした。

ちょこんと座り込む銀髪の少女───先ほど『くーちゃん』と呼ばれていたと少年は思い返す。

 

向こうも流星に気が付いたのか、彼の方へと顔を向けた。

とはいえ少女の瞼は閉じたまま。

立ち上がり流星の方へと歩いてくる。

所作のひとつひとつが静かで落ち着いたものであった。

 

「なにか御用ですか?りゅ──いえ、今宮流星」

 

「用がある訳じゃないが……まあいいか。アンタさっき襲ってきた奴だよな。────何処かで会ったことあるか?」

 

「──いいえ。他の誰かと間違えられているのでしょう」

 

否定され流星は少女を今一度正面から見つめる。

長い銀色の髪に小柄な体付き、クラスメイト(ラウラ・ボーデヴィッヒ)に似ているが────それ以上に懐かしさのようなものがある。

しかし実際少年は思い出せない。これだといった記憶がないのだから、少女の言う事が全てなのだろう。

 

「さっきのってISの能力か?」

「答えられません」

「博士の従者かなにかか?」

「それも答えかねます」

「……」

 

なんというか、と流星は頭に手をやる。

先ほどのやり取りから分かる範囲の事すら少女は応じる気がないらしい。

しかし敵対する様子もない。

 

「今更だけど、どうしてここに居るんだよ。博士ならもう帰ったが置いていかれたのか?」

「……、買い物を頼まれて居たので」

「はい?」

「近くのスイーツ店で買い物を頼まれていたのですが、どれが一番良いか、私では分かりません」

 

冷静沈着。

そんな雰囲気かつ浮世離れしたような格好の少女が、随分と真面目に考えている。

しかもスイーツの事ときたものだ。

先までの襲撃や邂逅から一転、力が抜けてしまう。

 

流星は頭に手をやる。

 

「この辺でというと──あー、あそこか。というか多分博士の事だ────アンタに食べさせたくておつかいさせてるんじゃないのか?」

 

「───、束様が?」

 

驚いた様子の少女。

実際に驚いた理由は、話の内容によるものではない。

少年の反応に対してであった。

 

「要はアンタが美味しそうだと思うものを選べばいいと思う」

「成程……ですが、客観的な視点もあるに越したことはない筈……」

「…同行しろと?」

「可能であれば」

 

淡々と話を進める少女に流星ため息をつく。

目の前の少女の考えは読み取れないが、どこか親しげなものを感じてならない。

 

「───分かった。それでアンタは…………いや、ずっとこれじゃ呼びにくいな。名前は───?」

 

「クロエ・クロニクル───好きに呼んでください」

 

「…名前は言うのか」

 

まさかの回答に少年は困惑する。

恐らくバレたところで問題ないのもあるだろうが、意外であった。

 

何はともあれ。

二人はその場を後にし、目的地へと向かう。

 

当然、道中の会話は少なかった。

流星が話し掛けようとも、基本クロエが取り合わないからだ。

 

分かったことはクロエが束に大事にされている事。

──クロエが料理下手な事。

それを束が美味しそうに食べるのだという話ぐらいである。

 

 

(刀奈ならもう少し上手く聞けたんだろうか)

 

特別探るつもりはないが──流星はふとそんなことを考えてしまう。

もしくは一夏のように、雑談を持ち掛けられる能天気さも欲しかった。

 

 

「ここだな。合ってるだろ?」

 

こくりと頷くクロエ。

店の中へとそのまま入る。

二人を出迎えるふわりとした甘い香り。

 

「想像より、種類が多い…」

「クロエ……やっぱりこういう場所初めてだったんだな」

 

流星の言葉にクロエは反応をせず。

どうやらスイーツ選びに対し、真面目に考え込んでいるようであった。

幾つかのスイーツを意識しているように見える。

非常に分かりにくいが、数個まで絞って決めかねているらしい。

 

「個人的には左から三番目のがオススメだ」

「理由は……?」

「その中じゃ一番紅茶に合う。博士と一緒にティータイムするなら向いてるって感じだな」

「───そうですか」

 

クロエはショーウィンドウ内のその品を見る。

振り返らず思ったことを口にする。

 

「詳しいのですね」

「連れ回された事もあったからな」

 

納得するもクロエは返事をせずに会計へ。

ニコニコとした様子で接客する店員など一切気に留めず、見ていたスイーツを三つ(・・)購入した。

 

「今宮流星」

 

「ん?」

 

差し出される小箱に流星は小首を傾げる。

無言で彼を見上げる少女を前に流星は意図を汲み取った。

 

「…、ありがとう」

 

流星は礼を言い、それを受け取る。

店を出て来た道を戻る。

 

今度は特に道中の会話もない。

 

気付けば先の場所に戻ってきていた。

 

「「…」」

 

クロエはつかつかと足を進める。

流星の隣から離れ、束のもとへ向かうべく林の方へと踏み込んでいく。

 

少年はそれを見送りながら、ポツリと疑問だけくちにした。

 

 

「なあクロエ。博士は世界でも滅ぼす気なのか───?」

 

「────」

 

ピタリと足を止めるクロエ。

同時に───周囲が再度白い空間へと塗り変わっていく。

直前と違うのはハッキリとクロエの姿が見えている点である。

 

 

「その質問にも答えられません」

 

振り返るクロエ・クロニクル。

 

開かれた両目は異質なものであった。

本来白目である部分は真っ黒であり、瞳は金色(こんじき)

 

その金色の瞳はまるでラウラの左眼を彷彿とさせる。

鋭い視線は流星を捉えていた。

 

「なにより仮にそうだとして、貴方はどうしますか?……止めるのか、肯定するのか、はたまた───傍観か」

 

「さあな。その時になってみないと何も分からない。けど、俺は今の平穏を惜しんでる。だから多分───」

 

「───、成程」

 

流星の言葉にクロエはどこか納得した様子。

瞳を閉じ、彼女は彼に対して背を向けた。

 

白い空間が晴れていく。

じんわりと溶けて消えるように周囲の風景が帰ってくる。

 

 

いつの間にか少女の姿もどこかへ消え失せていた。

 

 

 

「クロエ───か」

 

今更になってその名を呟く。

確信に近いものが彼にはあった。

やはり彼女とはどこかで会っている。

 

 

(っても確証がない。……帰るか)

 

 

流星は踵を返す。

スイーツを片手に大通りに出たところで、水色の影が彼の前に姿を現した。

 

 

「やっっと見付けた!」

 

「楯無か。どうした?慌て─────て……?」

 

ガシリと肩を掴まれ、嫌な予感が脳裏を過ぎる。

彼女の纏う空気が本音や鈴、簪達が怒った時のもの似ていたからだ。

 

「流星くんのGPSの反応が急に消えたから慌てて飛び出して来たのよ」

 

「ん?」

 

彼は即座に首を傾げる。

反応が消えていた理由については、恐らく束が盗聴その他防止用に色々と工作していたと見当はつく。

 

ただ、GPSの反応と言われても該当するようなものに心当たりはない。

 

「ねぇ流星くん……なにしてたの?」

 

「色々あったけどそうだな。ざっくり言えば買い物」

 

「────女の子と二人で?」

 

「……」

 

楯無が後をつけていた様子は無かった。

よって店員あたりの証言から知ったととるのが妥当か。

 

彼は大きな溜息をつき、ガックリと肩を落とす。

 

簡単な話──こうなってしまった相手に『篠ノ之束博士に会って、ついでにその従者とスイーツを買いに出かけた』なんて説明しても、信じて貰えないだろう。

 

 

いつの間にか後ろ襟を掴まれ、ズルズルと引き摺られている。

口もとを引き攣らせながら、流星は諦めて空を仰ぐ。

 

そしてとりあえず落とさないように、スイーツの小箱を抱え込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は短め


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-85-

 

 

 

「束様、ただいま戻りました」

 

機械が散らばったある部屋に、銀髪の少女は静かに足を踏み入れた。

自動で開く扉。

部屋には数多の配線で繋がれた無人機(・・・)の数々が鎮座している。

その中央では、数十個の投影ディスプレイが浮かんでは消えていくを繰り返していた。

 

少女は驚く事もなく、その場へと足を進める。

投影ディスプレイの向こうから、ウサミミ型のカチューシャが頭を出した。

 

「そこはただいまーってフランクに言って欲しいな!おかえりくーちゃん!待っててすぐ紅茶の準備をするから!」

 

ドタバタと機械を片付け、何処からともなく机と椅子が部屋に生えてくる。

機械仕掛けでありながら、デザインは童話じみたもの。

少女は机の上にスイーツの箱を置き、量子化していた食器を瞬く間に並べた。

 

束とクロエはテーブルに座る。

束は楽しそうに箱を開け、目を輝かせた。

 

「なっつかしい〜これ、ちーちゃんが買ってきてくれた事あるんだよねぇ」

「そうなのですか?」

「うん!ささ、くーちゃんも早く食べなよ!きっと気にいるよ!」

 

束に促されクロエは食べ始める。

ポツリと美味しい──と漏らすと束は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「───にしても、相変わらずだったね。あの凡人」

 

「はい。相変わらずでした」

 

束の言葉にクロエは返答する。

声色は無機質なものではなく、温かいものを含んでいた。

 

束は少し間を置くと、空中にディスプレイを投影する。

 

 

「じゃあ今後の予定を教えるね。次のおつかい先は─────」

 

 

 

 

 

 

 

流星が束と会った出来事をひと通り話すと、楯無は考え込むようにして座り込んだ。

カチャリと生徒会室で陶器の擦れる音。

口もとに紅茶を運びつつ、楯無はその瞳を流星へと向け直した。

 

「──なんにせよ、無事で何よりだわ。流星くん」

 

「ああ、相手は規格外だしな。その気になれば俺なんてあっさり殺られる。運が良かったとしか言えないな──────って待て。普通に話してるがこの拘束は何なんだ」

 

あら?とわざとらしく楯無が声をあげる。

流星は現在手錠を掛けられたまま、椅子に縛り付けられている状態だ。

 

「てっきり女の子を引っ掛けてると思ったからね。ほら、IS学園や更識の面子があるでしょう?」

 

「説明しただろ。どう考えても冤罪だ」

 

「だっていきなり篠ノ之束博士と会ったとか、その従者と買い物したとか言われても…信憑性がねー」

 

「白々しい…。そもそもGPSの件とか色々聞きたいが、とりあえず外してくれ」

 

彼の背中側で手錠がガシャガシャと音を立てる。

この状況を楽しんでいるのか、楯無は笑顔で彼へ話し掛けた。

 

「まあまあそう言わずに。似合ってるわよ?」

「ここまで嬉しくない褒め言葉は初めてだよ。ありがとう」

 

口を尖らせ皮肉たっぷりの礼を告げる流星。

楯無はそれをしれっと流し、真剣な面持ちに。

 

 

「あなたは篠ノ之束が何を企んでいると思う?」

 

「正直な話、考えるだけ無駄だと思う。足りない材料であれこれ頭を働かせても出し抜かれるだけだ」

 

「そうよね…そこに関しては私も同意見よ。だから分かっている情報だけでやれる事を決めましょう」

 

そう言いながら、楯無の視線は流星の手首に。

正しくは待機形態となっている『時雨』に向けられていた。

 

 

「篠ノ之束博士は『時雨』の事を用済みと表現した───とはいえ、あなたの言う性質(・・)がどんな事態を引き起こすかは未知数。なら今すぐにでも研究機関に預けた方が良いと私は思うの」

 

無論、それで何か発覚する保証もない。

だが楯無の言いたい事は簡単である。

無用なリスクを負いたくないのであれば、『時雨』を手放すべきだ。

 

「言う通りだ。けどオレは『時雨』を手放すのは反対だ」

 

「───」

 

意外な流星の返答に楯無は目を丸める。

彼女はすぐに目を細め、厳しく問いただすような眼差しを彼に向けた。

「根拠があるの?」

「悪い、直感が7割だ」

「いいわ。残りを話してみなさい」

 

流星は強い意思を感じさせる瞳で楯無を見る。

 

「仮に博士が良くない事を考えてて、オレ達と敵対した場合───普通のISでどうにかなるとは思えない」

 

「らしくない希望的観測ね。私は『時雨』でもどうにかなるとは思えないの。彼女がそんなコアを放置するとも考えにくい」

 

「らしくないのは分かってる。けどそれならどうして勧誘しに来たのかって話だろ?それに、どうせハナからどうしようもない規格外が相手だ。───イレギュラーに賭けるのも悪くないだろ?」

 

あと───と流星は付け加える。

先までと違い呆れが入った笑みを浮かべていた。

 

 

「今更乗り換えたら、『時雨(こいつ)』が拗ねるしな」

 

「──」

 

その表情を見て楯無は言及をやめた。

実際『時雨』を使っている彼が、『時雨』を信用しているのが見て取れたからだ。

あくまで操縦者は彼。

故に楯無があれこれ言うのも違うと考える。

 

「───分かったわ。じゃあ『時雨』に関しては貴方に一任する。でも違和感とかあったら報告するのよ?何かあってからじゃ遅いんだから」

 

「ありがとう」

 

流星に礼を言われ、照れくさくなって楯無は髪を弄る。

不意に見せられた笑顔に対し、反則よ──と内心呟いていた。

 

流星は束の発言を改めて思い返す。

 

「───後は、二人共(・・・)その価値は無い…か。サンプルにならない。俺は分かるが───一夏に関してはどういう意味か分かるか?博士があいつは乗れるように設定した──とか?」

 

顎に手を当て思考する少年。

楯無は紅茶を飲み干し、ティーカップを机に置いた。

 

「───その件については大方予想がついてるの。けど、それが事実かどうか私達には知る術がない」

 

「証拠がないのか?」

 

「ええ。後始末(・・・)が綺麗過ぎて、何かあったのは確実なんだけど証拠が無い。だから私から話せない───話したくない、かな。証拠もなしに憶測で語っていい話じゃないもの」

 

楯無の言葉に流星は眉を顰める。

要は証拠も全て消されたということだろう。

少年の脳裏にエムと呼ばれた少女の姿が浮かぶ。

 

千冬が何か知っていそうでもあるが、この話題に触れれば千冬と敵対する可能性も出てくる。

楯無が慎重になるのは当然か。

 

「分かった。大体そっちで察しがついてるならそれで良いさ」

 

流星は楯無の予想を反し、あっさりと引き下がる。

楯無の様子から知ってもどうにもならない事を察したからだろう。

 

「気にならないの?」

「一夏は一夏だしな。緊急性がないならそれで良いさ」

 

本心からの言葉を聞き、楯無もため息をつく。

あくまでも興味本位では動いていない。

実害が現状ないのであれば関心を向けないのは、冷たいのかはたまた潔いのか。

確固たる価値観があるのは違いない。

変に真っ直ぐな部分がある──────。

 

 

相変わらずね──と安心したような楯無の呟き。

 

 

彼が空白の期間に篠ノ之束と接触があったであろう事は、まだ触れるべきではないだろう。

話を聞いた様子だと本人も薄々感じている事。

記憶に何らかの制限があると見られる以上、自然と思い出すのを待つ方が堅実だと楯無は考えていた。

 

 

どかりと自身の椅子に座り直す楯無に対し、少年は真剣な声色で尋ねるのだった。

 

 

「なあ、そろそろ外してくれ」

 

「ダーメ。無断で女の子と買い物していた事実は変わらないの。面白い光景だし、折角ならもう少し眺めてから、ね?」

 

「───」

 

楯無が笑顔で扇子を開く。

書かれていた言葉は愉快。

流星は唖然としていた。

 

結局虚がやってくるまでの間、少年はそのままであった。

 

 

 

 

 

 

 

篠ノ之束との遭遇から三日、キャノンボール・ファストまであと数日となった。

それぞれ準備を終え、レースの練習と再調整を残すのみ。

ISの授業もキャノンボール・ファストを意識したものである。

 

第六アリーナを使った高速機動実習。

このアリーナは、IS学園のシンボルでもある中央タワーと繋がっている為可能だと真耶は再度説明する。

 

そして、先に専用機持ち達による実演が始まる。

 

余談だが、専用機を持たない生徒達は訓練機部門での参加となる。

実質的にクラス対抗となる上、景品のデザート無料券もある。

故にクラス全体のモチベーションも高かった。

 

 

そんな───皆が食い入るように見つめる中、一夏とセシリアが実演を終える。

 

一夏の機動に感動したのか、真耶は降り立った彼に駆け寄っていく。

一夏がISを装備していることも相まって、真耶を覗き込む形に。

胸元の開いたISスーツは彼には刺激が強かったようだ。

目を逸らす一夏、気付いて胸元を両腕で隠す真耶の図が生まれる。

そのまま彼は千冬に首すじをチョップされ、此方へと戻ってくる。

納得しきれていない様子だった。

 

「まあ、あれは仕方がないな。どんまいだ一夏」

「ああ、仕方ないとは分かってるけど流石に手加減して欲しいぜ」

 

一夏は首すじを抑えながら溜息を漏らす。

しかし、と流星は真耶と千冬のいる方向へと視線をやった。

 

「山田先生がもう少しその手の配慮を理解してくれれば、有難いんだけどな」

 

「入学試験の時のテンパり方からして、本当に男性と関わり無かったみたいだしな……厳しいんじゃないか?」

 

「…その話聞く度に思うけど、流石に免疫が無さすぎないか」

 

「山田先生、モテそうなのにな」

 

近くに居たシャルロットと本音は静かに聞き耳を立てている。

この手の男子トークにはそれなりに興味があるようだ。

 

「確かにな。…今は当然として代表候補生時代も多忙だったんだろ。多分」

 

「代表候補生の皆忙しそうだしなぁ。……なあ、千冬姉も関係してるなんてないよな?」

 

「あー……可愛い後輩だもんな。はは、タチの悪い姑みたいに目を光らせてそう────だぁッ!?」

 

突然流星の足下に何かが飛来する。

それは、弾丸かと錯覚する程の速度で投擲された出席簿。

小さなクレーターを作り、深々とアリーナの地面に突き刺さっていた。

彼等は同時に顔を見合わせ、投擲されてきたであろう方角を見る。

 

「そこの二人。授業中に無駄口を叩く余裕があるとは恐れ入る。どれ?それ程大事な話なら私も聞こうか」

 

「「…イエ、お構いなく…」」

 

男子二人は千冬の鋭い眼光に口もとを引くつかせる。

 

そんな中、この反応で確信を得たのか一夏はウンウンと頷いていた。

 

「その説が有力そうだなぁ」

「だろ?」

 

意地の悪い笑みを浮かべる流星。

頷きつつも神妙な面持ちの一夏。

 

千冬は近くに居たラウラへと声を掛けるのだった。

 

「ボーデヴィッヒ。あの気の緩んでる馬鹿二人にレースの妨害行為について教えてやれ」

 

「はっ!」

 

どかんとアリーナで爆発音が響く。

 

危険を察知して本音とシャルロットは既に彼らから離れている。

宙を舞う二人を見て、本音はぽつりと呟いた。

 

「今日も平和だねぇ〜」

「う、うん。そうだね」

 

そうこうしている内に、授業は専用機組と訓練機組へと別れる。

レース慣れしていない一夏や箒、流星はひとまず他の専用機持ち達の視点を見る事にした。

 

直視映像(ダイレクト・ビュー)───視界情報の共有機能だ。

部分展開によりヘッドギアのみとなったISのチャンネルを合わせる。

映像を提供する側はシャルロットとラウラの二人。

セシリアは現在ISを調整している。

 

「自分の顔が見えるっておかしな感じになるよな」

「ああ、確かに不思議な感じではある」

「視線まで分かるもんなんだな」

 

最初にシャルロットの視点を見る三人。

飛行前にチャンネルを合わせたところで、それぞれの感想を口にする。

それに対しシャルロットは頬を赤らめながら、ぶんぶんと手を振る。

 

「───ふぇっ!?な、なに言ってるのさ!別に一夏の顔ばっかり見てるわけじゃないからね!?」

 

「ふん、行くぞシャルロット」

 

「違うからね!?」

 

スタート地点へと移動するラウラを追い掛けるように、シャルロットもISを展開する。

一夏は必死なシャルロットの様子に首を傾げていた。

 

「ん?あんなに慌てて一体どうしたんだろ」

「私に聞くな」

 

箒は呆れつつ質問を流すと、視点に集中する。

一夏と流星もまた視点へと意識を向けた。

二人の視点は言うまでもなく洗練されたものであった。

 

「加速の方法は違うけど、減速は似たようなもんなんだな。二人ともやっぱり巧いな」

 

視点を見ながら一夏が呟く。

こうして改めて見ると彼女らの操縦技術の高さを痛感する。

 

微かな慣性の制御すら見ていて自然なもの。

速度は出ているのに激しさは感じない。

 

「私の視点など見せられないな…」

 

普段の自分の動きを思い出す箒。

確かに酔いそうになるだろうな、と一夏も自身の動きを振り返る。

彼が強くなってもあくまで根本的な操縦技術はまだまだ未熟だ。

 

一夏は食い入るように二人の視点に見入る。

 

気が付けば二人の視点を見る時間は終わり、三人も模擬レースを行うことに。

真耶を含めた一夏、箒、流星の四人は、スタート地点に並んだ。

 

当然だが妨害可。

四人はそれぞれISの状態を再確認し、開始のブザーを待つ。

 

 

程なくして、ブザーが鳴り響いた────。

 

「「「!!」」」

 

全員飛び出した──瞬間に投擲される異物。

出鼻を挫くように灰の機体が早速仕掛けていた。

 

(手榴弾!?いや違うこれは────!!)

 

箒がその正体に気が付くもひと足遅い。

炸裂する閃光はほんの一瞬だけ彼女らの機体制御に綻びを生む。

 

「!」

 

仕掛けつつ一気に加速した流星は目を丸める。

 

閃光の影響を受けず突っ切る緑の機体。

盾を片手に反転しながら、追撃の隙すら許さぬ機動で真耶が先頭に躍り出ていた。

 

「ブザーからほぼロスのない展開速度───流石です、今宮君!」

「あっさり防がれてたら、皮肉にしか聞こえませんよ」

 

真耶は少し調整されただけの訓練機(ラファール)を駆る。

『時雨』との性能は大差ない────。

だというのに差が縮まる気配がない。

むしろ、いつ距離が離されるか分からないと流星は感じている。

 

「やってくれたな流星!」

 

「!」

 

背後から高速で迫る白い機体。

普段ならば一撃必殺を気にするところだが、このレースにおいて彼の機体は体当たり程度しか妨害の術を持たない。

 

だが、機動力は高機動パッケージを追加した第三世代機体と遜色ない。

その点は遅れて追いついてくる『紅椿』も同様だ。

共にピーキーな二機だが、油断すれば抜き去られてしまう。

 

(やはり基本一機ずつしか妨害出来ないか。団子になった瞬間は兎も角として、『時雨』的に旨味がほとんど無い───)

 

最高速や出力で勝っているならば、他機への妨害はそれなりに意味があっただろう。

 

「篠ノ之さんも織斑くんも立て直しが早くて感心しました!」

 

褒めつつ、真耶が手榴弾のピンを抜く。

空中に置くように放り投げられる手榴弾。

 

「「「!」」」

 

回避自体は用意だ。

本命は最短ルートから逸れさせる事だろう。

 

「白式!」

 

一夏は出力を上げ、真っ直ぐと進む。

『雪羅』のシールドで防ぎながら突破するつもりである。

 

エネルギー効率の都合多用は出来ない中、彼は見事に爆風を受け流した──────。

 

(やるな一夏──────!)

(加速…!一気にトップを狙う気か。山田先生はどう出る?)

 

自然と真耶と一夏の首位争いへ。

流星は敢えて仕掛けずにそれを見守る。

箒は流星に追い付きつつあるが、一夏と同様に妨害手段は少ない。

警戒だけしつつ、機を窺う。

 

真耶は自身へと迫る一夏へ意識を向け、嬉しそうに笑みを浮かべる。

コースとしては下降しつつの緩やかなカーブ。

速度を出しながら最短コースとなると、代表候補生並の技術が要求される。

 

「いい追い上げです、織斑君。ですがこれならどうですか」

 

「!?」

 

真耶の手にサブマシンガンが握られる。

刹那、目視無し(ノールック)でその引き金が引かれた。

的確に一夏へと銃弾が向かう。

 

───無理な回避機動を取れば、体勢を崩してしまう。

 

「っ!」

 

自身の動きが読まれている事を痛感した一夏が苦い顔をする。

咄嗟に減速してそれを躱すも───真耶の思惑通りであった。

 

(一夏をあの位置で減速させ、後続の俺達の動きも阻害する。成程───こうも綺麗にやってくるか)

 

(っ、これでは差が広がるばかりだ────!)

 

灰の機体と赤の機体それぞれも舌を巻きつつ、狙いを真耶へと絞る。

ひとまず真耶をどうにかしなければ首位は無い。

 

加速する箒。

武器を持つ流星。

 

模擬レースも終盤へ。

二人が仕掛けに向かうのだった───。

 

 

───結局、模擬レースは真耶が一位であった。

終始首位を守り抜く形での勝利。

立ち回りやISバトルとの違いを三人は体験させられる形となる。

 

真耶と千冬、それぞれから評価を聞き解散となる。

 

授業を終え、男子更衣室で着替える一夏と流星。

互いに着替えながら感想を呟くのだった。

 

「山田先生、相変わらず凄かったな。何回考えても追い抜くビジョンが見えねぇ」

 

「だな。にしても読まれにくいコース取りか。───思ったより奥が深そうだ」

 

「その時の位置取りだけでも駆け引きになるって先生も言ってたっけ。あー、本番が近いのに分からない事が増えた……」

 

「ISバトルか実戦しか無かったからな。放課後に資料室で過去のレース映像を見る予定だけど来るか?」

 

「行きたいけどパス。ラウラが教えてくれるらしいんだ。流星こそどうだ?」

 

「遠慮しとく。『時雨』もまだ本調子じゃないんだ」

 

流星はシャツのボタンを留め、そう告げた。

一夏は、そっか───と少し残念そうに頷き、改めて彼の方を見た。

キャノンボール・ファストももう近い。

一夏は力強く拳を突き出した。

 

「負けないからな」

 

対して少年はニタリ、と意地の悪い笑みを浮かべた────。

 

 

 

 

 

「あれ、あんたこんなところでどうしたのよ?」

 

 

資料室の一角。

モニターの前でうたた寝する流星へ、来訪者は声を掛けた。

 

「───、寝てしまってた」

「あんた風邪引くわよ」

 

呆れた様子で鈴が溜息をつく。

ハッとなり瞼を擦る彼の隣には、積み上げられた資料の山が存在した。

映像だけでなく紙媒体のものも集めていたのか、その量は凄まじい。

 

流星は映像の一部を巻き戻しながら、鈴の方へと振り返る。

彼女の腕────ISを部分展開した腕とそこに巻き付いている鎖を見て、彼はギョッとした。

 

「その辺については問題な───ありました。気を付けるからそのゴミを見るような目をやめろ。……その手に出してる鎖は?」

 

「知りたい?」

 

「やっぱり遠慮シテオキマス」

 

「遠慮しなくてもいいわよ?なんて────で?何してたのよ。キャノンボール・ファスト用の資料だけじゃこんな山にはならないわよね?」

 

「そっちはもう見終わったからな。今観てるのは勉強用というよりは分析用だ」

 

流星の言葉に鈴は小首を傾げる。

彼は一瞬逡巡した後、すぐに近くの資料を手に取った。

そこには長い茶髪の女性が映り込んでいた。

 

「ま、更識関連の話だよ。────オリビア・ウォルシュ。カナダの元国家代表IS操縦者だ」

 

「知ってる。確か第二回モンド・グロッソにも出場してた選手でしょ?母国での事件を皮切りに女性主義者(ミサンドリー)になって色々過激な主張もしてたっけ」

 

「詳しいな」

 

「一時期有名人だったから皆知ってるんじゃない?この人がどうかしたの?」

 

有名人、との言葉に流星は頭に手をやる。

調べてみて知った事だが案外世間的には知られている人物のようだ。

……無論、悪い意味で。

 

「そいつが今週頭に姿を消した。元々カナダ側にいる更識と協力関係の組織曰く────亡国機業(ファントム・タスク)との繋がりが発覚した瞬間だったらしい」

 

「!───それって大問題じゃない。(あたし)に話していい事?」

 

「どうせお前らには説明するつもりだったし問題ない」

 

「はぁ、考えるだけで嫌になるわね」

 

元国家代表が亡国機業(ファントム・タスク)の一員として襲ってくる可能性がある。

体を大きく伸ばしつつ鈴はそう愚痴を零す。

 

それに釣られたかのように流星もまた大きく体を伸ばす。

自然と漏れ出る欠伸は彼の苦労を物語っていた。

 

 

「さて、もうデータもある程度纏めたし、後は片付けるだけだ。──ところで鈴こそこんな時間にどうしたんだ?」

 

「それは、その。これを持ってきたのよ」

 

尋ねる流星に鈴は手に持ったものを見せる。

彼女の手にあったものは小さなタッパー。

中に入っているのは、小さなクッキーであった。

キョトンとする流星を前に、鈴はタッパーのフタを開ける。

 

「────」

 

あたりに広がるバターの香ばしい匂い。

クッキングペーパーの上に敷き詰められたそれらを差し出しながら、鈴は呟くように言う。

 

「こういうのはあんまり作らないから、無理にとは言わないわよ」

 

珍しく自信なさげな彼女を前に流星は自然と笑みを浮かべる。

らしくない───と‎だけ呟き、クッキーをひとつ口に放り込んだ。

 

「!」

 

スっと流星は立ち上がり、スタスタと資料室の入口へと向かう。

何事かと固まる鈴。

すぐに戻って来たかと思えば、彼は中央のテーブルに買ってきた缶コーヒーと缶ジュースを置いた。

 

「鈴はどっちがいい?」

 

「……。ジュース」

 

いつもの様子で聞く流星であるが、心なしか楽しそうである。

 

深夜のお茶会。

見付かれば怒られるだろうが、流石に騒がなければバレないだろう。

 

「こんな時間に缶コーヒーなんて飲んだら寝れなくならない?」

「そうか?俺は寝ようと思えば寝れるからな」

 

他愛のない話をしつつクッキーを口にする。

こんがりと焼けたシンプルな形。

一定の手作り感とは裏腹に味は確かなもの。

お金が取れる──と流星は胸中で呟いていた。

 

(────)

 

一方で───鈴もまたこの深夜のお茶会の空気を楽しむ。

普段と違い、二人きり。

部屋の照明も全てついておらず、この一角のみと薄暗い。

気味が悪いとは思わなかった。

 

窓からの月明かりが部屋を僅かに照らす。

実に、静かである。

 

(こういうのもアリよね)

 

授業や、代表候補生の話と浪漫は欠片もないが雰囲気は良い。

後は───と頭の片隅で想像力を働かせる鈴。

 

彼女は油断していた。

自然とクッキーに伸ばした手。

同時に手を伸ばしていた少年の手と綺麗に重なる。

 

「────」

 

意図しなかった接触。

少女のものとは違う少し大きな手。

ゴツゴツとしているがどこか愛おしい。

疲れもあったのか頭が働かなかったのか。

触れた手を引っ込める事無く、少年の手をニギニギと掴む。

 

「……」

「鈴?」

 

無言で手を触り続ける鈴に対し、流星は小首を傾げていた。

声を掛けても反応が薄い。

楽しいのだろうか、なんて考えつつも流星は特に抵抗しなかった。

触れられて嫌とも思わない。

彼女がそうしたいのであれば暫く様子を───────。

 

 

「……、……」

 

ぼけーっと自身の手を触り続ける鈴へと流星は視線をやる。

互いの距離はそう遠くない。

改めて正面から間近で少女の顔を見つめる。

 

(思ったより睫毛長いんだな)

 

今更であるが、鈴も美少女である事を流星はぼんやりと思い返していた。

 

「!」

 

ハッと我に帰り流星へと視線を戻す鈴。

手をベタベタと触っていた事よりも、不意に目が合った事に彼女は固まった。

 

「「…」」

 

静かに赤くなる鈴と目をそらす流星。

何故かいけないことをしている気がして、気まずい。

 

流星はクッキーを食べるのを再開しながら、鈴をもう一度見た。

 

「……手フェチ?」

「んなわけないっての─────!」

 

ガタリと立ち上がり抗議する鈴。

あくまで自然と触っていたわけであって、そういう趣味は彼女にはない。

 

「じゃあどうしてあんなに熱心に触ってたんだよ」

 

「それは──やっぱり大きな手だなっていうか、男子の手って違うんだなーって────何言わせんのよ!?」

 

「理不尽だ…」

 

怒る少女を前に流星はため息をつく。

鈴もまた話題を転換すべく、先の流星の行動を思い返し聞き返した。

 

「あんたこそ人の顔見つめて何考えてたのよ」

 

「ああ、睫毛長いんだなぁって」

 

「……睫毛フェチ?」

 

「んな訳あるか────!」

 

 

 

 

 

 




次回、キャノンボール・ファスト開始


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-86-

 

───キャノンボール・ファスト当日。

 

雲ひとつない空に音花火が打ち上がる。

色のついた煙。

ポンポンと大きな音を立てるそれらを背に、少年達は観客席を見回した。

 

開会式直前。

彼等は整列し、キャノンボール・ファストの開幕を待っていた。

 

 

人、人人───どこを見ても埋め尽くされている。

用意された会場はIS学園ではなく、日本側で用意されたものであった。

 

公式の高機動レースであると、改めて一夏は思い知らされる。

 

「すっげー人だ。超満員ってこういうのを言うんだな」

 

「ああ、学園祭の比じゃない数だ。弾達がどこで見てるかこれじゃあ分からないぞ」

 

「ISの機能で探せば見つかるかも」

 

ズーム機能で周囲を見渡して弾と蘭を探す一夏。

招待券を送った手前友人の位置は気になるらしい。

 

「しかし、各国の政府関係者も熱心なもんだ。あのあたりの席が吹き飛んだら大混乱だろうな」

 

政府関係者やIS産業関係者用の席─────所謂VIP席の一角を流星は横目で見る。

その席もまた既に満席であった。

 

例年より明らかに多い。

目当ては────男性IS操縦者だろう。

 

流星の発言に対し、一夏は半目で彼を見た。

 

「物騒なこと言うなって。あの辺りは特に大丈夫じゃないか?国家代表や先生達が守ってるし。……それよりちょっと緊張してきたかも」

 

「人って字を掌に書いて飲むといいらしいな」

 

「よく聞くなぁそれ。3回でいいんだっけ?」

 

「人が多過ぎるからもっと要りそうだ。30とか?」

 

「おまじないだけで疲れるって。小学生の宿題かよ」

 

「…」

 

二人の会話を聞いていた箒が何とも言えない表情を浮かべる。

間の抜けた会話から、二人共大して緊張していない事がわかる。

 

特に一夏は日本の代表候補生入りが審議されている最中だというのに呑気なものである。

彼らが日常的に人目に曝されている事も関係していた。

 

今回は少しばかり彼らが羨ましい。

貴重な男性IS操縦者だとか、実力だとか──そういったものではなく、専用機を貰った身。

場違いだという負い目のせいで、人の数に呑まれそうになる。

 

「緊張、してる……?」

 

そんな箒に声を掛けたのは隣に立っていた簪であった。

大人しく周囲を気にしてしまう彼女ではあるが、あくまで代表候補生。

緊張こそしているが、箒を気にかける余裕はあった。

 

「平気だ──と言いたいが、この人数を前にしては…落ち着かないものだな」

 

「そうだね。私もあんまり…落ち着かない」

 

「簪は胸を堂々と張っていればいいだろう。日本代表候補生なのだから」

 

「だからこそ緊張するんだけどね……」

 

箒の言葉に簪は項垂れる。

元々内気な性格に、お家柄からくる人の視線への敏感さ。

加えて、専用機を表で披露するのはこれが初めて。

思い返す度、緊張の波は大きくなる。

緊張を解すつもりがいつの間にか簪自身の緊張を大きくしていた。

 

「人、人人。これで良いのかな…あ、呑み込まなきゃ…」

 

「ははっ、いつの間にか私より緊張しているな。これなら私にも勝機がありそうだ」

 

「箒だってさっきまでガチガチだった癖に……」

 

笑う箒に簪は頬を膨らませる。

とはいえ当初の想定通り、箒の緊張は解れていた。

 

遠目で眺めていたツインテールの少女は目を丸める。

 

(ふーん、案外相性良いのね)

 

箒を心配して声を掛ける簪を見ながら、鈴は初めて整備室で会った時を思い出す。

あの時から考えればかなりの変化。

一抹の寂しさを覚えながら、彼女は観客席へと視線を移した。

 

政府関係者に用意された一角。

遠目でも格好でわかる。

管理官に国家代表IS操縦者───そして。

ある人物へと視線を向ける鈴の顔には、嫌悪の色。

 

開会式が始まる。

キャノンボール・ファストが幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄こっちだよ、早く早く!」

 

「おいおい、急ぐと転けるぞ。慌てなくても席は逃げねぇから」

 

「もー、お兄が座席のエリア間違えたせいだからね。一夏さんの勇姿が見れなかったらどうするの!」

 

「そ、それは悪かったって」

 

プンスカと揺れる赤い髪。

ヘアバンダナを巻いた少女が赤い髪の少年へと鋭い視線を向けた。

バツの悪そうな顔で謝る兄───五反田弾は妹の後を追うように階段を降りる。

 

開会式が始まろうとしている中、蘭は座席を探す。

 

「──きゃっ」

 

席の番号を眺めながらだったからか。

蘭は歩いていた女性とぶつかり、よろけてしまった。

 

「あら?」

 

首を傾げる金髪の女性。

女性を前に思わず蘭は見惚れそうになった。

綺麗な金髪に豊満な胸、キュッとしまった腰にスラリと長い脚。

独特な赤いスーツも付けているシャープな造形なサングラスと、まるで芸能人顔負けのビジュアルである。

 

「ご、ごめんなさい!」

「い、妹がすいません」

 

すぐにぶつかった事を詫び、頭を下げる蘭。

同時に慌ててやってきた弾も謝罪する。

 

金髪の女性は彼女らを前に微笑んだ。

 

「いえ、いいのよ。それよりもケガはない?」

 

「は、はい!」

「そう。良かった。それじゃあ気を付けてね」

 

女性は弾の横を通り過ぎる形でその場を去る

歩く姿もさながら女優のように綺麗であった。

 

(綺麗な人、だったな)

 

抜群のプロポーションと大人の色気を間近で見た蘭は、自身の体に視線をおとす。

凄まじく鈍い想い人も、ああなれば意識してくれるのだろうか。

───まあ、色々と─────

 

 

(足りてないかも…はぁ。ライバルも多いし…)

 

一夏の周りに居たシャルロット達の事を思い出し、蘭は憂鬱になる。

確か今夜の誕生日会にも来るとの話。

 

(って暗くなってちゃ駄目駄目───折角生で一夏さんのIS姿を見られるんだしっ!)

 

蘭は気持ちを切り替え、漸く見つけた席に腰を下ろす。

前のめりになるようにして開会式中の一夏を探すのであった。

 

 

 

 

一方、観客の視線が生徒達に向けられる中───ヤクザのような風貌の男は観客席を見下ろす。

サングラスの奥にある鋭い瞳は金髪の女性を捉えていた。

 

「十七代目──やはり奴が来ています」

 

『そう。やっぱりね』

 

耳に着けた通信機の向こうから聞こえる少女の声。

明るい普段の声色からは一転して、冷たく静かなものだった。

 

『周囲に仲間は?』

 

「見たところ一人です。恐らくISを持っているからでしょう。警備の数を不自然に増やさず、情報だけ伝えて水面下で避難の手筈を整えさせます」

 

『いい判断よ。私もすぐにそっちに向かうわ。手はず通り、私が交戦状態に入ったら警備班の指揮系統を貴方に一任する。虚と連絡がつき次第、防御システム側の防衛にあたって頂戴』

 

「承知」

 

ピリピリとした空気の中、内海は通信を切る。

そしてすぐに他の人間へと連絡をとる。

 

(ったく、こんな場所に実行部隊のトップたァ──妙なもんだ)

 

一人考えを張り巡らせつつ、自然とポケットに手か伸びる。

周囲は禁煙。

煙草の箱を触ろうとした辺りでそれを思い出し、彼の指は止まるのであった。

 

 

 

 

現在のレースに決着が着き、大きく歓声が上がった。

 

繰り広げられていたのは、一年生の訓練機部門によるレースでかる。

 

授業を重ねて各クラスから選出されたのは五名。

───その中で一位を取ったのは一組の谷本癒子であった。

 

リードしていた二組のトップに対し、仕掛ける四組の1人と後を追う三組&一組の1人───という構図。

そこから運にも恵まれ、妨害をすり抜ける。

そして一位を奪取しての勝利となった。

 

観客席に居る一組の面々も大いに盛り上がってる。

賞品を獲得できた故の盛り上がりだろう。

 

 

───そして。

次のプログラムへと大会は進む。

観客は先よりも食い入るようにアリーナ内を見ていた。

一年生専用機部門のレース。

それが今回一番の目玉であるのは言うまでもない。

世界でたった二人の男性IS操縦者が、初めて人前で競技するからだ。

 

 

スタート位置につく専用機持ち達。

開始前の静けさが会場に訪れていた───先までの歓声も嘘のようだ。

 

(…もう既に来ている…か)

 

アリーナ内で観客席に視線を移しつつ、少年は胸の内で呟く。

直前に来た連絡により、亡国機業(ファントム・タスク)がこの会場に紛れ込んでいる事は伝わっていた。

とはいえ、中止の選択は無い。

 

各国のIS産業への出資や代表候補生の実力の披露等々。

戦争とは言い過ぎであるが────要は国力の誇示の場でもある。

テロリストが怖くて中止とはいかなかった。

 

「あんたどうしたのよ。露骨に嫌そうな顔してさ」

 

首を傾げて尋ねる鈴。

流星の隣でISを纏っている彼女の双肩には、横向きの銃口で固定された龍咆が装備されていた。

 

流星のスタート位置は鈴の場所より斜め後ろである。

 

「どうにもしてない。それより────スタートと同時に龍咆をぶちかますのはやめてくれよ?」

 

「それは無理な相談ね。そっちが加速して(あたし)に追い付かないように気を付ければいいの────そっちが開幕に閃光手榴弾とか投げないなら考えてあげなくも無いわ」

 

「それこそ無理な相談だな」

 

くつくつと意地の悪い笑みを浮かべる両名。

鈴の近くで待機するセシリアは、二人のやり取りを前に口もとを引くつかせる。

 

開始と同時に潰し合いが始まれば、自然と巻き込まれかねない。

 

(全く、血の気の多い方々ですこと)

 

溜息をついて視線を前へ戻す。

 

 

 

 

 

 

程なくしてカウントが始まる。

更に静まりかえる会場。

 

 

 

 

その中で一夏は腰を沈め、前のめりになっていた。

目を伏せて呼吸を整える。

白い機体は武器も構えてはいない。

 

しかし、雪片弐型を構えているかのように周囲は錯覚する。

それほどの集中力。

妨害手段の乏しい彼は、スタートダッシュに重点を置いていた。

 

 

 

 

───レース開始のブザーが鳴り響く。

 

 

 

 

コンマ以下の差。

微かにリードする白い機体がそこにはあった。

 

「「「「!」」」」

 

専用機持ち達全員の表情が驚きに染まる。

構わず一夏は『白式』のスラスターを全力で吹かした。

 

スタート直後の団子状態から、更に白い機体が躍り出る。

その瞬間から会場に騒がしさが帰ってきた。

 

湧き上がる歓声。

騒がしさも集中している選手達には届かない。

追う者と追われる者。

彼らの中にはそれしか無かった。

 

 

(やるな──しかし私と『紅椿』も───!)

 

 

一夏に触発され、赤の機体が即仕掛ける。

第4世代ISの性能はこの場において全機体を凌駕する。

無論、箒はその機動力を制御しつつ一夏へと迫る。

 

彼女もまたレースとなれば、エネルギー効率などの都合で妨害手段は乏しい。

 

序盤で一夏が前に出た以上、同じ策を取った方が良いとの判断。

似た条件の一夏との首位争いに持ち込めば、背後からの妨害を二分出来る。

 

「!」

 

背後からの被照準警告。

動いたのはシャルロットであった。

 

背後からのサブマシンガンが一夏と箒を襲わんとする。

箒と一夏はコース中心から逸れるようにして、それらを躱す。

シャルロットの狙いはそこにある。

最短コースから外れた彼らの隙間を目掛けて、橙の機体を駆ろうと───。

 

「そこですわ」

「ッ!!」

 

閃光がシャルロットの機体の足を捉える。

バランスを崩し減速する彼女の脇を、高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』に身を包んだセシリアが追い越す。

 

緩やかなカーブに皆がさしかかる。

これでは間違いなくセシリアが首位に躍り出る。

 

それを阻止せんと鈴も加速し、距離を詰める。

 

甲龍(シェンロン)』の高速機動パッケージ『(ウェン)』であれば、セシリアにも引けを取らない。

しかも横向きに固定された『龍咆』ならば、横並びの敵を簡単に妨害可能だ。

 

一夏や箒も蹴散らしながら進む───鈴は勝負どころだと外周側から割り込みに行く。

 

小競り合いを繰り返しレースも後半へ。

 

先行組と後続組に綺麗に別れていた。

後続組の先頭を走るラウラは、全員の様子を見て考える。

 

仕掛けるべきかと彼女が考えたところで────後続にいた簪は『山嵐』を展開した。

 

『!!』

 

全員が思わずぎょっとする。

まさか、その武装をレースに持ち込むとは誰も考えて居なかった。

 

展開した瞬間機動力が落ちる。

それもそうである。

レースには不向きな重装備なのだから。

 

加えてミサイルではレース仕様のISに追い付けない。

デメリットばかりの武装。

 

 

しかし、レースにおいて武装の先回り(・・・・・・)は禁じられていない。

 

マルチロックオンにより全員へとミサイルが降り注ぐ。

簪はミサイル射出直後に増設したスラスターの出力を一気に上げている。

 

皆がミサイルの妨害に対応している隙を一気につくつもりだ。

 

「させるかぁ!」

「そうはさせん───!」

 

鈴とラウラが同様に出力を上げる。

最小の回避と迎撃をこなして土壇場で前に出ようとするラウラと、先行組側で勝負を決めに掛かる鈴。

 

傾く機体、眼前を覆う爆煙。

シャルロットやセシリアも他を妨害しながら突き進んでいる。

箒と一夏はミサイル回避と妨害により、最短ルートから外れてしまっていた。

 

「───やるぞ『時雨』」

 

そんな中、最小の妨害で留まっていたオレンジ髪の少年は動き出す。

持っていた盾とアサルトライフルを量子化し、両手に手榴弾を展開。

 

更に『時雨』の背に展開される大型の後付けスラスター。

背部から長く『時雨』の従来のスラスターや装甲を覆い尽くすようであった。

レースの為に米国(アメリカ)政府がギリギリ調整を間に合わせた汎用後付けスラスター。

『時雨』のOSと相性はまちまち、『黒時雨』のデータを流用したものである。

 

文字通り秘密兵器。

調整したところで純粋な機動力では劣る『時雨』が追いつく唯一の手段だ。

 

残りのコースに急カーブは無い。

全員の意識が流星から外れた一瞬、ここに彼は賭けたのだ。

 

(あれは────!)

 

唯一余裕のあった簪が気付くも後の祭り。

爆発的な加速で少年が先頭へと出た──────。

 

加速の度に切り離される後付けのスラスター。

この爆発的な加速は1回使えばそれで終わり。

ゴールまでの残り十秒を彼は耐えるだけ。

 

妨害に手榴弾を置く流星。

切り離された後付けスラスターと誘爆すれば、かなりの妨害になる。

真耶との模擬レースを思い出しつつ、嫌らしい位置に手榴弾を投げ捨てる。

 

(───)

 

その策を前に正面から突破を試みる白の機体。

無茶な機動だと理解しつつ、彼はカーブを直進した。

目標は流星────爆発前の手榴弾に敢えて近付き、雪片弐型で切り裂いた。

 

(……雪片!まさかブレード一本をここまで隠してたのか─────)

 

すぐに量子化しつつ、彼は最短距離を直進する。

カーブを曲がろうとする動きでは無く、流星にぶつかるつもりである。

彼をクッション代わりにして無理矢理曲がるつもりである。

 

落ち着いた様子で流星は槍を呼出(コール)

ここで迎撃し、そのまま首位を───と一夏と接触する直前にアラートが鳴った。

 

「「!!」」

 

レールカノンが二人を纏めて撃ち落とさんと放たれる。

距離が想定より近かった────、一夏の背後からスリップストリームにより彼女も追ってきていたのだ。

 

一夏と流星は辛うじてそれを躱す────当然、速度は維持できない。

 

 

黒い機体が灰と白をおいて先頭へ。

 

 

そのままゴールへと辿り着く。

 

 

 

 

─────刹那、青紫の閃光が黒の機体を撃ち抜いた────。

 

 

 

「ッ!」

 

速攻で反応するも、突然機体はとめられない。

半ば置かれていた狙いは確実にラウラの機体のスラスターを損傷させていた。

 

爆煙をあげながら転がる機体。

それを皮切りに突如として青紫の閃光が専用機持ち達に降り注いだ。

 

 

「これって────!」

 

シャルロットが盾で攻撃を受けながら、険しい表情で叫ぶ。

避けきれないと判断した彼女は上空へと進路をとって、皆を守る方向へと動いていたのだ。

 

その間に、セシリアは上空の敵機へとスターライトMarkIIを見まおうと引き金を引く。

 

「あの機体は(わたくし)が引き受けますわ!」

 

相手の回避行動の隙に空へと駆け上がり、仕掛けに行く。

ビット数機と狙撃は彼女が引き受けている為、立て直しは容易となった。

 

 

「鈴」

「分かってるわよ。───そこ!」

 

流星は鈴へとアサルトライフルを投げ渡し、鈴は振り返りある場所へと掃射する。

虚空で切り弾かれる弾丸。

 

直後、その場に機体が浮かび上がるように現れる。

 

 

(二機じゃなく、三機か─────)

 

 

更に上空から現れる褐色の機体。

混乱する観客席を他所に、少年らと襲撃者は向き合う形となった。

 

 

「来たか。亡国機業(ファントム・タスク)

 

 

 

 

 

観客席の混乱は言うまでもなく大きなものであった。

誰もが呆気に取られる中、ゆっくりと全員が事態を咀嚼していく。

上空から飛来した攻撃と敵性IS。

余興や事故ではなく、完全な襲撃─────。

アリーナで上がる爆煙は、一般人にも命の危機を明確に覚えさせていた。

 

────とはいえ。

 

一部のスタッフや警備側は準備が整っていた。

観客に混乱は見られるものの、避難誘導自体はスムーズに開始されていた。

 

 

「イベントに強制参加なんて随分と無粋ね」

 

 

人混みの中、水色の少女は流れに逆らうように歩く。

この状況下でも落ち着いた様子───閉じた扇子を片手に、身を包むはIS学園の制服。

 

その視線の先に居るのは、赤いスーツの女性。

観客席に座ったままの女性は、彼女はサングラスを外す。

 

 

「あら?こういうのは盛り上がった方が良いでしょう」

 

「勘違いもいい所ね。騒がしいだけは迷惑って知らないの───『土砂降り(スコール)』」

「ふふ、それはどうかしら」

 

女性───スコールの周囲には既に人はいない。

ぽつんと1人で観客席に座り続ける彼女は、戦闘を開始する専用機持ち達を見ていた。

 

楯無は視線を彼女から外さずに口を開く。

 

「それで、今回の狙いは何かしら」

 

「そんな事言う訳ないでしょう?」

 

「『白式』と各国に向けたアピール……だけではない(・・・・・・)はずよ」

 

楯無は目を細めてスコールを見る。

来玖留とのやり取りを彼女は知らないが、推測は出来る。

 

明らかに来玖留の背後にあった幹部会の存在。

どういう意図かは不明だが、来玖留は一部の情報を遺していた。

そして恐らく───その一人がここに来ている。

 

「───本当に破滅的な女ね、彼女」

 

「…ええ。そこは全くもって同意見よ」

 

言葉と同時。

スコールは振り返りざまにナイフを投げる。

 

首筋目掛けて投げられたナイフ。

楯無は閉じた扇子でそれを弾いて見せた。

ナイフはくるくると真上に打ち上げられ、楯無の真横に転がる。

 

「マナーのなっていない女は嫌われるわよ」

 

楯無の周りに水流が現れる。

お返しとばかりに逆巻く水流はスコールのいる場へと叩き込まれた。

 

「あなたこそ初対面の相手に失礼ではなくて?」

 

水流はスコールには届かず。

涼しい顔で彼女はISを片腕だけ展開し立っていた。

 

楯無は即座に腕部を部分展開し、超高圧水弾ガトリングガン『バイタル・スパイラル』の引き金を引く。

一瞬にしてスコールの居た場に弾丸が叩き込まれた。

 

 

しかし無傷。

それもシールドエネルギーさえ減ってはいない。

楯無は眉ひとつ動かさず、その事実を受け止める。

 

対してスコールは得意げに笑みを浮かべた。

明確な機体相性の差。

来玖留のIS程ではないが、こと防御面に関しては遜色なかった。

 

「あなたの『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』では私のISを突破出来ない。わかっているでしょう」

 

「───だから(・・・)?」

 

楯無は不敵に嗤う。

開かれた扇子には『最強』の二文字がそこにはあった。

 

 

「私は更識楯無。IS学園生徒会長、ならばそのように振る舞うだけ」

 

 

力強い宣言を受け、スコールは呆れたように溜息をつく。

 

直後───蒼流旋と金色の尾が激しい金属音を立て激突した。

 

 

 

 



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-87-

 

 

 

襲撃により騒然とする会場。

空中では閃光が飛び交い、襲撃者のビットが目まぐるしく動き回る。

 

姿を現した三機の内の一機───『サイレント・ゼフィルス』は小さく舌打ちをした。

苛立ちを含んだそれは搭乗者であるエムのもの。

 

彼女の意識は眼前のセシリアには向けられていない。

仕掛けてくるセシリアをあしらいつつ、エムは遥か下にいるオレンジ髪の少年を睨んでいた。

 

以前の雪辱を晴らしたいところではあるが、彼との戦闘はスコールに禁じられていた。

 

(奴も私の相手をする気がない…か。舐められたものだ)

 

エムはセシリアの狙撃をあっさりと横にズレて躱す。

 

役目は理解している。

だとしてもあの敗北は彼女の存在意義を揺るがしかねないもの。

 

 

「!」

 

銃剣を少年の方へ向けようとしたあたりで、蒼い機体が眼前に割り込む。

そのままセシリアはショートブレードで斬りかかった。

無理矢理意識を自身へ向けさせる為である。

 

「貴方の相手は(わたくし)ですわよ!」

 

「貴様から死にたいようだな───」

 

「っ!?」

 

銃剣でそれを受け止めたエムは乱暴に振り払う。

その際に掌底をセシリアの腹部に見舞い、突き放すように蹴りを入れた。

 

銃剣──『星を砕く者(スターブレイカー)』をそのままセシリアに向ける。

セシリアも体勢を崩しながら『スターライトMkII』を構えていた。

 

ただ体勢が崩れているセシリアが少し遅い。

 

「させるか───!」

「!」

 

箒の声。

雨月(あまづき)』が振るわれエネルギー刃がエムへと飛ぶ。

エムは射撃を中止し、箒の攻撃を後方へ加速して躱してみせた。

 

(今のを躱すだと!?)

 

「なるほど、二人がかりで止めに来るか。だが───」

 

エムは自身の周囲にビットを二基呼び戻す。

セシリアと箒の顔は険しいまま──当然残りのビットは会場の破壊活動を行い、ラウラ達の足止めを行っている────。

 

「無意味だと教えてやる」

 

一方でエムはバイザーの奥で薄らと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

上空のエム達から少し離れた会場の隅。

舞う砂埃から小柄な少女が飛び出した。

 

「─────」

 

「っ!」

 

振るわれる白刃。

緋色の瞳の少女が持つそれはチェーンソーのように小さな刃が無数付いたもの。

恐ろしい斬れ味を誇るその軌道を───流星は刀身の側面を叩き逸らす──────。

 

少女の姿が同時に消える。

 

 

「鈴!」

「分かってるっての!」

 

そこへ加速した鈴が双天牙月で切りかかる。

本当なら衝撃砲で狙いたい場面だが、レース用の仕様により威力や使い勝手が落ちている故の行動だ。

 

二振りの獲物による攻撃へと意識を割く少女───リタ。

そこへ間髪入れず黒い槍が振るわれた。

 

「っぁ!」

 

素早い展開からの薙ぐような振りにリタは対応し切れず。

力任せの叩き付けを喰らい、観客席側の壁まで吹き飛ばされた。

 

彼女も実力者。

壁へと身を翻して着地、追撃の龍咆をあっさりと回避する。

 

「レディにはやさしく、じゃないの?りゅうせい」

 

「生憎、ガラじゃ無くてな」

 

白刃を構えるリタに対し流星はアサルトライフルを、鈴は双天牙月を構える。

 

レース用に調整したとはいえ、今回は『時雨』での戦闘だ。

そして鈴の存在と『同調』により消える能力への対応も万全である。

 

 

 

前回と違う状況。

自身が不利であるとリタは肌でそれを感じ取る。

しかし─────彼女は口元に三日月を浮かべた。

 

 

「そうね。こんかいはちゃんとおくのてをつかわないとね」

 

 

まるで誰かと会話しているかのように彼女は呟く。

 

秘匿回線を使っているのかと勘ぐった鈴だが、直感的に違うと理解する。

 

「──ええ。ああなってからでは遅いもの」

 

「───!」

 

たったの数瞬、それだけで少女の纏う空気が変わった。

 

怪しい光を放つ緋色の瞳は変わらない。

だがその澱みは更に深く、生気すら感じさせない冷たさを秘めているように感じる。

 

 

「ルナ・イグレシアスか───」

 

 

「────正解♪」

 

 

声と共に少女(ルナ)は鈴と流星の間に加速して飛び込む。

 

消える事のない純粋な踏み込み。

恐ろしい速度だが反応は可能。

当然二人は武器を手に取り迎撃に走る。

 

「「!?」」

 

しかしそれらはあっさりと二本目の白刃に受け止められた。

──それは鍔すらない長い刀。

 

(二刀流──でもこの状況なら!)

 

即座に切り払い、畳み掛けにいく鈴。

流星も同様に受け止められていた刃を振り払い、槍を振るう。

 

ルナは表情を崩さずに右手の白刃を逆手に────身体を滑り込ませるように攻撃を受け流し、一閃で応じる。

 

「なんっのっ!!」

 

鈴もまた二刀目で受け止める。

激しい金属音と火花が散り、『甲竜(シェンロン)』は前へと出る。

 

攻撃を受け止めに動いた鈴───意図を汲み取った流星は一瞬後退し、拳銃(シリウス)の引き金を引かんとする。

 

「───」

 

緋色の瞳はその様子を俯瞰するように捉えていた。

ルナの機体から伸びた有線ビットが同時に光を放つ。

 

「っ」

 

回避を強要された為、青白い閃光はリタの真横の地面へと着弾。

爆風と同時に金属の擦れる音が複数聞こえた。

 

驚きは鈴だけでなく流星も合わせてのもの。

向かい合うルナ・イグレシアスの機体の各部位から無数の銃口が顔を覗かせていたからだ。

 

時が止まったかのように錯覚する。

血の気が引くのを鈴は実感した。

 

 

全身にある銃口が光を放つ。

会場の一角で再度大きな爆発が起きるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、それでは亡国機業(ファントム・タスク)襲来時の対応を決めたいと思う。はい注目」

 

放課後の生徒会室。

オレンジ髪の少年は、軽い口調でそう告げた。

 

ぽかんとする一年生の専用機持ち達。

その反応も当然だ。

大型投影ディスプレイの前に立つ流星の格好が、白衣に伊達眼鏡といったものだったからだ。

 

部屋の隅───遠目でニヤニヤしている本音が元凶なのだが、少年もまたそのノリに付き合っていた。

 

元凶の本音とは違い、他の人間からすればリアクションに困る。

真面目な話と呼び出され、内容もそういったものなのだが───。

 

「流星って、なんだかんだでノリが良い時多いよね」

 

シャルロットは苦笑いを浮かべる。

一夏も脳裏で楯無を思い浮かべつつ、影響を受けてるのかと呟いていた。

 

「…機体のメンテナンスとか、代表候補生の書類がやーーっと落ち着いたと思ったら今度は更識(あっち)の仕事だ。遊びくらい入れさせてくれ」

 

「あ、アハハ…」

 

予想よりも切実な回答が少年からこぼれ落ちる。

実状を大体知っている簪は苦笑いを浮かべていた。

 

コホン、とラウラが咳払いする。

視線が自然と彼女に集まった

 

「───キャノンボール・ファストに奴らが来るのか?」

「ああ。確実とは言えないが、大方そう見て良いだろうな」

 

頭に手をやりながら答える流星。

ラウラは訝しむような視線を彼に向ける。

 

「歯切れが悪いな」

「確証が無いんだよ。基本的に状況証拠ばかりだし、理由も弱い。奴らにとってのリターンが少ないんだ」

 

なるほど、と一夏は頷く。

IS学園ほどではないが会場の警備は厳重だ。

加えて各国の要人の警備で国家代表も来ているのだから、更にリスクは大きくなる。

 

一夏は腕を組んだ状態で小首を傾げた。

 

「なら来ないんじゃないか?」

 

「そうなって欲しいんだけどな。『白式』や『紅椿』が目当てなのは当然として、二つ目はなんだと思う?───はい、一夏!」

 

「お、俺?えーっと、偉い人の暗殺?」

 

「悪くないけど不正解。奴らにはISがあるんだ。本気で狙うならキャノンボール・ファスト以外の方が楽だろうさ」

 

「──となれば、姿を晒す事に意味がある…ということでして?」

 

顎に手を当てて考えつつ、セシリアは呟く。

各国の裏と繋がっている組織───その存在を今一度各国に知らしめる意図があるのだろう。

 

「正解。脅しにしろなんにせよ、実行力を手っ取り早く示せるから大きなアピールの場にもなる───っていうのが更識(こっち)の見解だ」

 

「それでもまだ動機としてまだ弱い。────まさか、三つ目があるのか?」

 

「鋭いな、ラウラ。ただこっちは特定しきれてないから、まだ話せないらしい」

 

と、流星は肩を竦める。

伊達眼鏡も相まって胡散臭さが滲み出ている。

 

 

「さて、本題に入るぞ」

 

 

少年の纏っていた空気が微かに変化した。

皆の表情も先より引き締まったものになる。

 

「キャノンボール・ファストに奴らが来る場合、恐らくレース中に仕掛けてくるだろう。初撃に関しては、向こうの出方次第だから個々の判断で動くしかない。問題はその後───」

 

「どう立ち回るかって事ね?」

 

鈴の言葉に流星は頷く。

彼は端末を片手で操作し、投影ディスプレイに映像を映し出す。

 

「今のところこの二機が来るのは確実と見ていい。一機目はBT二号機。『時雨』や俺の状態からして向こうも万全になっている筈だ」

 

「…『サイレント・ゼフィルス』…」

 

ポツリとセシリアは誰にも聞こえぬように呟く。

気が付いたのは隣に居た鈴だけであった。

 

「もう一機は消えるIS───こっちは今更言う必要もないだろ。───────そして三機目、可能性の話だがオリビア・ウォルシュが出てくる。亡国機業(ファントム・タスク)との繋がりが確認されてから消息を絶っているらしい」

 

「あの『砲撃姫』の───?」

 

「ああ」

 

神妙な面持ちでシャルロットが尋ねる。

その名を聞いて代表候補生達は険しい表情になった。

一方で一夏と箒は首を傾げる。

ISに関わり出してまだまだ日が浅い二人には仕方の無い事であった。

 

「カナダの元国家代表だよ。モンド・グロッソにも出たことがある実力者なんだ」

 

「得意の武器は大口径の銃で…偏差射撃と近距離迎撃が上手な人…だったかな……」

 

「そんな人がどうして───」

 

シャルロットと簪の説明を聞き、一夏が疑問を口にする。

それに応じたのは鈴であった。

 

「大方あんたと流星狙いでしょうね」

「俺と流星が?」

「多分ね。だってオリビア・ウォルシュは妹を男性集団に殺されてるの。……それも慰みものにされてから……反吐が出るっての」

「ッ……!」

 

思わず一夏は言葉を失う。

悪人によって日常を奪われた国家代表──根底にあるどうしようも無い感情を想像するだけで、暗い気持ちになる。

理不尽への怒りも当然ある。

鈴が不機嫌そうに吐き捨てたのも、似た感情があったからである。

 

流星は一夏の様子を横目で見つつ、コホンと咳払いした。

 

「そんな訳で、席側は別として試合中に乱入してくるとすればこの三人だ。もちろんこちらの勝利条件は犠牲者ゼロでの捕縛か撃退。以前来た『王蜘蛛(アラクネ)』も来ないと断言できないけど確率は低いだろうな」

 

一夏に解体されてたし、と流星は付け加える。

投影ディスプレイに示された三人の敵。

彼は眼鏡を掛け直しながら話を続けた。

 

「配分として会場の防衛や避難補佐側に三機。各敵相手に最低でも二機ずつは欲しいが、頭数が足らない」

 

「有事の際は各国の代表も主要人物の護衛や避難と動けない。教師陣はIS学園でない以上、持ち込める戦力が心許無い。我が部隊でも配備出来れば楽なのだが、増援も政治的に難しい……どこを削る?」

 

「防衛や補佐側の人数は削れない。こっちは初撃でISを損傷した人間にも加わって貰うしな。続いて『サイレント・ゼフィルス』相手も削れない───BT兵器相手に市街地戦になれば二人でも足りない位だ。防衛や避難補佐側も多少相手にせざるを得ないだろう」

 

「そして消えるISは一人で相手にすれば、味方へ不意打ちを許す可能性が高まる。厄介だな」

 

ラウラが腕を組みながら眉を顰める。

特に『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者は代表候補生達を複数相手取れる実力者にしてBT兵器を使いこなしている。

 

犠牲者をゼロに抑える。

この事がどれほど難しい事か言うまでもない。

 

 

「──それなら」

 

 

皆が考え込む中、一夏が話を切り出す。

答えを予想出来ていた流星だけがニタリと意地の悪い笑みを浮かべる中、一夏は思いついた事を口にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何の冗談?」

 

 

会場のド真ん中──空中。

周囲で爆煙や閃光が飛び交う中心で、褐色の機体は不機嫌そうにそう呟いた。

ヘッドギアから少しはみ出て見えるしなやかな茶髪に青の瞳。

搭乗者はオリビア・ウォルシュ。

かつて『砲撃姫』と呼ばれた元国家代表IS操縦者である。

 

相対する白い機体。

『白式』を駆る織斑一夏は一人で雪片弐型を構えていた。

 

 

「まさか一人で私と戦うつもり?元国家代表とISを持って少しの人間…力量差も分からない程男って脳味噌が無いの?」

 

援護役位はいるかと思ったオリビアだがその様子は無い。

皆が役割を予め取り決めていたのか、IS学園の人間は各々のやるべき事に専心している。

 

向かい合ってわかる明確な殺意。

オータムの時とも違い、憎悪が含まれている。

一夏は切っ先を彼女に向けながら問いに応じた。

 

「貴女の相手は、俺です」

 

「不快だわ。身の程知らずで傲慢。やっぱり男なんてそんなものね」

 

一夏の言葉にオリビアは武器を手に取る。

展開されて現れたのは、長く大きな棒状の砲身に白いラインが走ったものだ。

ビーム・キャノンと呼ばれる特殊な武装である。

逆手で持つ仕様のものらしく、極大のトンファーにすら見えた。

 

 

「なら消し炭にしてやる───!!」

 

「!」

 

叫びと共に銃口が光を放つ。

一夏は上空へと瞬時に飛んでいた。

 

(あんな大きい武器なのに反動制御も完璧なのか!)

 

会場の地面に着弾し、爆音が鳴り響く。

えぐれる地面───あれだけの威力でありながら、オリビアの機体は微動だにせず。

 

初撃を躱した一夏はそのまま接近を試みる。

オリビアは照準を即座に合わせ直していた。

 

「逃がすか!」

 

「!」

 

砲撃は二発。

立て続けに一夏の移動先を読んで放たれていた。

 

弾速こそセシリアの武装より遅いが、威力は言わずもがな。

一発直撃すればかなりのダメージだろう。

 

片方を避ければもう片方の回避が困難。

 

高機動である『白式・雪羅』をあっさり捉えんとする射撃技術には舌を巻くしかない。

 

 

一夏は即座に『雪羅』のシールドを展開する。

刹那、爆発と共にそれは消し飛ぶのであった。

 

 

「ッ!!」

 

「!」

 

苦悶に歪む一夏の顔。

彼は武装を使い潰して攻撃を逸らす代わりに、機体へのダメージを最小に抑えていた。

オリビアからすれば意外な判断。

 

唯一の射撃武装を含む『雪羅』を即切り捨てる判断は、熟練の操縦者クラスでしか出来ない─────。

 

 

立て続けに引き金を引くオリビア。

しかしコンマ数秒の間は一夏が攻撃を掻い潜るだけの隙を与えていた。

 

(一気に決める!)

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離は零に。

雪片弐型による一刀がオリビアを捉える。

 

「目障りな」

 

「な!?」

 

しかしオリビアは砲身で雪片の側面を叩き、軌道を逸らした。

軽く小突くようにして逸らされた刀身───問題は砲門の位置だ。

大振りでは無い、つまりは一夏へと同時に照準を合わせている。

 

「死ね──ッ!!」

「っ!」

 

一夏は顔への砲撃を落ちるようにして躱す。

無理な機動により苦痛が全身を駆け回った。

息が一瞬止まる。

────アレに直撃するよりは遥かにマシだ。

 

「ガッ!?」

 

直後に砲身で腹部を殴られ、会場の地面に叩き落とされた。

相当な力で殴られたと知ったのは叩き落とされてからのこと。

 

 

「────」

 

機体制御もままならず地面を抉った白の機体は、すぐに起き上がった。

跳ねるように地面を蹴り、体勢を整える。

PICを修正、機体自体の損傷箇所は感覚的に把握────。

浮かぶ機体。追撃をなんとか躱してみせた。

 

 

「ちょこまかと……汚らしい蝿め」

 

大きく開いた二機の距離。

苛立つオリビアを一夏は正面から見据えた。

 

唇を噛み、やるせない表情。

この一連の攻撃で分かった。

オリビア・ウォルシュは、巻き込む事を一切躊躇していない。

あの威力の砲撃を立て続けに受ければ、観客席がどうなるか明白だ。

 

 

「そんな砲撃を撃ち続けたら、どうなるか分かっているんですか」

 

「そんなもの知ったことか。男がISに乗れるようになる事を阻止出来るなら安いものだ───!」

 

「子供だっているんですよ…!」

 

「それがどうしたと言っている!下劣な男が私に人道を説くかッ!!──そんなもの、何の役にも立ちはしない!」

 

「っ…」

 

叫ぶオリビアに対し、一夏は強く奥歯を噛み締めた。

 

理解はしていた。

憎悪に突き動かされている彼女が言葉程度で止まる筈がないと。

加えて織斑一夏は大切な人を殺されたことなど無い。

結局、唯の正論しかぶつけられないだろう。

 

 

(でも、だからって見過ごせないだろ!)

 

 

強く雪片弐型を握る。

このままでは彼女は更に罪を重ねていくだろう。

それだけはハッキリとしていた。

 

「それなら──」

 

「?」

 

一夏がポツリと呟く。

余計な感傷も無用な同情も彼は自覚しつつ、息を吸う。

───だからあの時、決めたんだ。

『それなら────オリビア・ウォルシュは───』

 

 

 

「──俺が止める!」

 

 

 

言葉と同時に───白い機体は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-88-

カラン、とグラスの中で氷が音を立てた───。

豪華な部屋の一室。

静かで暗いその空間でTVだけがチカチカと照らしている。

 

「────」

 

長い橙色の髪の女は、グラスへと口を付ける。

肌着と下着のみのラフな格好であった。

 

亡国機業(ファントム・タスク)の実行部隊が根城としているホテル。

 

少し飲むと女───オータムは眩しいTVの画面へと視線を移した。

 

(は────遠目とはいえ中継を続けるとは呑気なもんだ)

 

呆れたように溜息をつくオータム。

そこには現在襲撃されているアリーナの会場と戦闘の様子が映し出されていた。

 

大半のカメラは壊れているが幾つかは生きている。

試合用に多数カメラが用意されていたからだろう。

 

 

そんな事より──────とオータムは目を細める。

会場の真ん中で戦う二人を見て、再度グラスに口を付ける。

グッと先よりも多く液体を流し込み、口を離した。

 

 

「一人で戦うなんざ、分かってねぇなアイツ」

 

 

呟きは虚空へと溶けていく。

言葉には微かな苛立ちが混ざっていた。

 

 

そうして───彼女はゆっくりと席を立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

────無数の銃口から放たれる弾丸。

爆発物にも引けを取らないその物量を前に、灰の機体は盾を展開していた。

 

「──!」

 

割り込むような動きでの盾。

神速で展開されたそれは全ての攻撃を防ぎきれないまでも、攻撃の大半を引き受けて見せた。

 

 

「っ!!」

「くっ!?」

 

衝撃に耐えきれず流星は鈴と共に後方へと吹き飛ぶ。

彼女は咄嗟に流星を掴みながら、スラスターの出力を調整した。

 

その隙を逃すまいと有線ビットが追撃に走る。

銃口が鈴を捉えた瞬間────彼女は右肩の龍咆を放った。

 

衝撃砲のPICによる反動制御を切っての慣性移動。

放たれた光弾は虚空へ消える。

変則的な機動で鈴は流星と共に横へと転げ落ちていた。

 

 

「!」

 

更にそこへ仕掛けようとしたルナだが、ピタリと動きを止める。

同時にスナイパーライフルの弾がルナの頬を掠めていった。

 

「へぇ──」

 

緋色の澱んだ瞳で立て直す二人を捉える。

今の一連の流れは敵であれ驚かざるを得ない───しかし、ルナの興味はそこにはなかった。

 

先程の攻撃に対しての反応速度。

以前の戦闘では感じられなかった違和感からルナは確信を得ていた。

エムが勘で辿り着いたある事実をルナは口にする。

 

 

「…やっぱりISと『同調』してる。流星はどうして平気なのかしら?」

 

「ISと『同調』……?」

 

鈴は困惑を露わにしつつ流星へと視線を向ける。

ISとの同調───そんな事をすれば廃人になっている筈だ。

当の流星は眉を顰めつつ、ルナの出方を窺っている。

アサルトライフルを展開した彼は、その銃口をルナへと向けていた。

 

 

ルナは鈴の様子を見てくすりと笑う。

少女らしい外見ながらも大人びた仕草は不思議と似合っていた。

 

 

「ふぅん、鈴は知らなかったんだ?隠し事なんて酷い男ね、流星」

 

「根拠の無いデタラメだろ。有り得ない話だ」

 

流星は吐き捨てるように告げ、引き金を引く。

ルナは踊るように空中で銃弾を躱し、口を三日月に歪ませた。

 

「根拠ならあるわよ。だって私───ISと一心同体だから」

 

「「!!」」

 

少女の衝撃的な発言に流星と鈴が目を丸める中、少女は攻撃へと転ずる。

 

消えるルナ・イグレシアス。

今は装甲の下に隠れているが、あの無数の銃口による近接射撃は脅威だ。

当然白刃よりもリーチが長い。

消える能力の移動距離での弱点もある程度補えてしまう。

 

 

「流星!」

 

甲龍(シェンロン)』からの探知情報が改めて『時雨』に共有される。

直進を避けた左からの回り込み。

動きを先読みし、彼はアサルトライフルの引き金を引く。

 

鈴はその直前に流星からサブマシンガンを受け取り、反対側へと銃口を向けた───狙いは有線ビットである。

 

──ルナはそれを見てから反応してみせる───。

もう1つの有線ビットによる射撃は、正確に鈴のサブマシンガンを撃ち抜いた。

同時に急停止からの旋回で流星の射撃も躱して見せる。

 

元々超人的な動きを見せていた彼女だが、自身とビット双方でその反応速度を披露するのは異常の一言に尽きる。

 

 

刹那の攻防。

 

流星と鈴の攻撃は無意味となった。

ルナは回り込みながらも一気に流星と距離を詰めていた。

 

二刀の白刃が振るわれ、流星は槍を展開して応じる。

飛び散る火花。

少年は、後退するようにして何とかあと一歩を踏み込ませないように立ち回る。

 

無数の銃口て射程内であり、いつあの攻撃を叩き込まれてもおかしくない。

 

 

 

鈴は二基の有線ビットにより分断されている。

 

今までよりも巧みなビット操作はもはやセシリアを彷彿とさせるもの。

現在流星と共有している探知情報も、鈴とルナが遠ざかれば探知範囲外に出てしまう。

 

 

彼女は焦燥に駆られながらも思考を走らせる。

 

(っ、どうすれば───)

 

普段と使用感の異なる龍咆で狙うにも、当たるような生半可な相手では無い。

 

 

有線ビットの攻撃を躱し、手に持った双天牙月に意識がいく。

いつも通り使える数少ない武装。

 

(──────)

 

彼女は双天牙月を連結し一本に。

迷わずそれを投擲した。

 

「!」

 

狙いはルナ・イグレシアス。

彼女は一歩下がるように流星と間合いを空け、それを躱そうとする。

 

流星はその隙を見逃さず黒い槍を振るう。

押し込むような縦の一閃。長いリーチに少女は防御を強要された。

金属音など待たず両者は動く。

 

少年は後方へと切り返しつつ、正面へと拳銃型特殊兵装『シリウス』を向ける。

対してルナは前進するように機体を切り返す。

二振りの白刃を持ったまま、装甲が再度開き無数の銃口が顔を覗かせていた─────。

 

二択を迫るような少女の動き。

不意をつくように流星が出していたフックショットもアッサリと避けられている。

 

「───」

「!」

 

流星が引き金を引く。

分裂弾が枝分かれするようにして数を増やし、少女の眼前で弾幕を形成していく。

その過程を潰すようにルナの機体の銃口が段階的に光を放つ。

 

無数の銃口の一部が先行して放たれている。

 

 

小規模の爆煙が二機の間で広がった。

衝撃が機体を揺らす。

視界は黒い煙で悪く、とはいえISではその程度の範疇である。

 

無論、ルナ・イグレシアスは止まらない。

距離を離したい流星を逃すまいと加速し、距離を詰める。

 

 

「!!」

 

───そこへ入る横槍。

鈴による掌底が砲弾のように少女の機体の側面へと叩き付けられた。

彼女が駆使したのは、数ある中国武術の中でも至近距離を想定したもの。

それは近接武器での間合いよりも更に内側──潜り込めさえすればISを展開している手前、銃器にも劣らない。

 

 

「───」

 

 

間一髪で防御へとルナは移行している。

だが衝撃を殺し切るために彼女は後退を余儀なくされた。

 

ルナは鈴へと視線をやりながら、白刃を再度逆手に持つ。

今の呼吸に合わせたような一撃は鈴の天性の才能がなせるものだろう。

 

 

 

「「「───!!!」」」

 

 

互いに距離を離した一瞬の膠着状態。

そんな間を壊すかのように光の砲弾がルナと流星達の間に叩き込まれた。

 

 

(これは───!)

 

 

連続して周囲に砲弾が降り注ぐ。

流星達やルナが狙われている訳では無い。

あくまでこれは流れ弾────。

 

ルナもこれには鬱陶しそうに目を細める。

 

会場のド真ん中で繰り広げられる戦いは、激化の一途を辿っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「─────」

 

 

白い機体が宙を駆ける。

迫り来る光の砲弾はその真横を通り、会場の地面へと降り注ぐ。

地面が砕け爆発が凄まじさを物語る。

舞う土砂と小石、空気を震わす音が背後から聞こえている。

 

アサルトライフル程連射はきかない。

反動の存在により立て続けの発射が不可能だからだ。

とはいえ熟練のIS操縦者が扱うビーム・キャノンは、卓越した反動制御により最速の間隔で攻撃を放つ。

 

 

結果、光の砲弾の雨が降り注ぐ。

 

 

観客席を守っている者たちも思わず眉を顰める。

無茶苦茶な戦闘としか形容出来ない。

 

光の砲弾は白い機体の動きを読んで先へ先へと放たれている。

それにより高速で振り切れるはずの白い機体が、一向に褐色の機体に詰められずにいた。

 

そして、白い機体もまたそんな射撃を躱しながら少しずつ距離を詰めている。

 

 

右へ左へ、上へと自由に動き回りながら先読みを察知してギリギリで躱す。

 

刹那の躊躇が撃墜に繋がる。

だというのに織斑一夏は落ち着いていた。

 

 

(見える──────)

 

 

砲弾が放たれた瞬間に機体の進路を変更し続けている。

彼の頭に過ぎるは直近のイーリス・コーリングとの戦闘。

無茶苦茶ではあったが、近接格闘機体として彼女の動きは参考になっていた。

 

 

スラスターの扱いも彼女は巧みであった。

 

ほんの少し変わるスラスター内の出力バランス。

それだけで動きは変化する。

敵機から見ての予兆などなく───機体はその場から離脱する。

 

 

「────!」

 

 

そんな『白式』の動きをオリビアは察知する。

 

機動力のある機体をいつも撃ち落として来た彼女は、少年の動きを見抜いていた。

 

 

「な────」

 

砲門の向きは修正され、いつの間にか一夏の方へ向いている。

そして白い機体の眼前に光の砲弾が飛来していた。

 

経験とセンスの絶妙なバランスから来る砲撃に一夏は反応速度で応じる。

 

すんでの所で横へと旋回し、それすら躱す───無理な動きで左腕が痛みを訴える。

 

これを続ければ身体中がボロボロになる。

一夏がそう理解した瞬間もまたオリビアの攻撃は続いている。

 

避けた先にも先行して置かれていた砲撃があった─────。

 

 

「!!」

 

咄嗟に零落白夜を発動した。

発動時間はコンマ以下、迷わず光の砲弾を両断する。

 

斬られて四散する砲弾。

空中で霧散するそれを見て眉を顰めるオリビアと、苦虫を噛み潰したような一夏。

 

(畜生、使わされた!)

 

距離にしておよそ200。

そこまで近付いた彼ではあるが、ここに来て零落白夜を使わされた事に焦りを感じる。

 

エネルギー消費は最小、当然今の瞬間被弾はしていない。

距離も近い────だがエネルギー弾を切り捨てられるという手札を彼は晒してしまった。

 

駆け引きが得意な方では無いのは承知の上。

だからこそ彼は出し抜く為の数少ない手札をこうも早く切らされる事の危険性を理解していた。

 

「!」

 

───戦闘は続いている。

 

 

更識楯無の発言を思い返す。

こういう場合の自身の武器は何であったか。

 

思考を続けながら、ギリギリの戦闘は続く。

レース仕様であったのが幸いして撃墜はしていない。

ただしアレから二度、瞬間的な零落白夜を使わされた。

 

これまでの消費もある。

もう動かなくとも5分もたないだろう。

 

焦燥で熱が引いていく。

冷え固まっていく思考はその柔軟さを奪わんとしている。

 

 

彼はそこで息を大きく吐いて思考をリセットした。

あれこれ考えても仕方がない。

やれる事は最初から変わらないのだから。

 

 

距離はジリジリと離れていく。

オリビアも未だ落ちずにいる一夏に対し、警戒心が高まりつつある。

零落白夜による一太刀が織斑一夏の勝ち筋だ。

このままいけばそのエネルギーすら尽きるだろう。

 

 

無茶な動きで避けている事が起因して、彼は左腕を痛めている。

体力だけでなく精神的な消費もかなりのもの。

全身の神経を張り巡らせ続けて、オリビアの攻撃を避けているからなのは言うまでもない。

 

 

(まだくたばらない。不快────)

 

直ぐに消し炭にしてやる、とオリビアの武器を握る手に力が込められる。

空中で逆さに切り返した一夏とオリビアの視線が交差した。

 

少年の何処までも真っ直ぐな眼差し。

オリビアの脳裏に殺された妹の姿が目に浮かぶ────。

激情を通り越し、絶対零度の殺意がオリビアを支配した。

 

 

 

「───」

 

二発の砲撃が立て続けに一夏へと向かう。

同時に一夏も褐色の機体に向け、再度進路を取る。

 

動きは先までと違い直線的。

手札がバレた以上短期決戦を仕掛ける気だとオリビアは判断する。

彼女は多少のズレを折込みつつ、彼を撃ち落とす為照準を合わせる。

 

カチャリと一夏は雪片弐型を逆手に持つ。

オリビアが引き金を引くと同時に彼は加速した。

 

 

彼が行ったのは二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)

オリビアが次の射撃を放つまでに両者の距離は無くなるだろう。

そうなれば彼女は砲撃直後の微かな硬直という隙を近距離で晒す事になる。

 

今放たれた攻撃に彼は高速で突っ込んでいく大きなリスクも存在する。

 

しかしオリビアはそこで勝利とは考えなかった。

織斑一夏があの砲撃を斬り捨て、自身に迫るだろうと勘が告げていた。

 

 

 

瞬きも許さない刹那。

一夏は零落白夜を駆使して砲撃を斬り捨て、オリビアへと肉薄した。

 

駆け上がる白の機体。

下から切り返すように雪片弐型を振るう。

 

 

砲撃後の硬直への攻撃。

────オリビアはそれすら砲身で受け流して見せたのだった。

 

 

一夏もそこで駆使された技術に気がつく。

PIC制御により反動をワザと増やし、対応し易い角度へと身体をズラし───スラスターの出力調整で完全に対応したのだ。

 

これで完全に終わった。

零落白夜による必殺はハズれ、これにより『白式』のエネルギーも尽きた。

 

今度こそ勝利を確信するオリビア。

反撃に砲門を叩きつけようと彼女が動いたところで、ありえない(・・・・・)光景を見た。

 

「──っ!?」

 

彼女の瞳に写ったのは───受け流した筈の雪片弐型を再度構え、振るわんとする一夏の姿。

 

(何故────いや、さっきのは────)

 

先程の攻撃は、恐らく零落白夜を使わなかったのだ。

何故かは知らない。

ただ彼はオリビアが一刀目を捌くことを知っていた。

 

 

 

振り下ろされる一刀はビーム・キャノンを切り裂き、褐色の機体へと届く。

 

 

行使される零落白夜は、褐色の機体を稼動限界へと即座に追い込んだ。

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

操縦者保護機能だけが作用する中、オリビアの表情が歪む。

男に負けた事実。復讐を果たせない無念さ。

それら以上に───どうして────という疑問が彼女を支配していた。

 

 

褐色の機体は緩やかに下降し始めていた。

少年へとオリビアは疑問を投げかけずには居られなかった。

 

「初撃…どうして零落白夜を温存した…」

 

息を切らしながらオリビアを見る少年。

全力をこの一瞬に投じたのだ。

満身創痍といっても差し支えない程、彼も疲労していた。

何気なく、少し悲しそうに彼は告げるのだった。

 

 

「信じただけだ。オリビア・ウォルシュって人なら───これ位は凌いでくるって」

 

 

 

だから、次の一手を最初から見据えていた。

 

 

 

少年が人を疑うのが得意では無い事が、それだけで手に取るようにわかる。

変わらない真っ直ぐな瞳。

最初から彼は自分(オリビア)をキッチリ見ていたのだと────オリビア・ウォルシュは分かってしまった。

 

(ああ、ツイてない)

 

堕ちていくオリビア・ウォルシュ。

完全に敗北した事を悟りながら、彼女は大きく溜息をつく。

 

怒りや復讐心は消えない。

だが、少年により唐突に現実に連れ戻されたようで───彼女は空を見上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、観客席の一角。

そこでは更識楯無と土砂降り(スコール)が未だ戦闘を繰り広げていた。

 

幾度目かの金属音。

それと共に金色の尾と蒼流旋が火花を散らしていた。

更に振るわれるナイフを楯無は横に身を翻して躱す。

 

瞬間、地面が砕けた。

正体を理解すると同時にスコールは金色の繭を周囲へと張り巡らせる。

 

────金色の繭へと水流が逆巻いて襲いかかる。

しかし繭は依然として変わらず、水流だけが蒸発するように防がれるのであった。

 

スコールは余裕の笑みを浮かべる。

 

「やっぱり貴方の攻撃は私に届かない。物わかりが悪い方だったかしら?」

 

「殻に篭もりながらとは滑稽ね。決着が着かないのはお互い様よ」

 

叩き付けられる炎を楯無は水で受け止める。

金色の繭は確かに楯無の武装では突破は厳しい。

しかしそれも、初めて見る武装であるならば(・・・)の話。

 

 

 

 

「「!」」

 

 

 

 

会場内の決着。

両者は同時にその変化を捉えたのであった。

一機の状態が切り替わったとセンサーを通じて理解する。

負けたのは『砲撃姫』─────。

 

 

「成程、あなたの狙いはこれだったのね」

 

「なんの話かしら?」

 

スコールの問いに楯無は戦いながら、素知らぬ顔。

スコールもまたそんな楯無を見据えながら目を細めた。

 

「残った会場のカメラであの戦闘は中継されている。遠目のものばかりとはいえ、織斑一夏があの『砲撃姫』を打ち破った瞬間は確実に世界に拡散された」

 

つまり、とスコールは手を翳し熱線のバリアを再度作る。

水流を受け止め、彼女は続けた。

 

「『織斑一夏は守られるだけの存在じゃない』。彼自身の戦闘能力の高さを披露して狙う人間を減らすつもりね」

 

『砲撃姫』と織斑一夏を戦わせた楯無の目論見。

スコールの予想からズレていたそれは一夏の勝利を見せ付けることで、彼は鴨でも羊でもないと世界にアピールする為であった。

 

更識楯無らしからぬ手法。

それを実行に移させたのは、織斑一夏や今宮流星への信頼か───。

 

スコールの余裕は崩れない。

あくまで本命のエムとルナは健在───この襲撃の目的を考えれば、痛手ではあるが問題はない。

 

 

 

「さっきから人の事ばかり随分余裕ね」

 

 

 

──スコールの背を悪寒が駆け抜けた。

ISを完全展開。

 

咄嗟に横へ飛び、回避行動をとった(・・・・・・・・)

 

彼女のいた場所を水流が貫く。

微かに削れた金色の装甲───それは確かに楯無の攻撃が届いた証拠である。

 

初めてスコールの顔から笑みが消えた─────。

 

 

「…観客席を更地にするつもり?」

「この周辺の避難なら──最優先で済んでるの」

 

明らかに上がった出力。

スコールの瞳に攻撃的な(クリースナヤ)が映る。

それは来玖留との戦いで傷付き、本格的な調整が必要な筈の『オートクチュール』だ。

 

 

鋭い殺意がスコールの肌を叩く。

更識楯無は盾である。

日本という国家の、国民の、IS学園の、その生徒の───形を持たぬ盾だ。

それは水のように状況に応じて姿を変える。

今この瞬間───彼女は間違いなく外敵を滅ぼす矛であった。

 

 

 

「───!」

 

水流が立て続けにスコールへと襲いかかる。

彼女は防ぐ事よりも回避を優先した。

 

今の楯無は相性不利も出力で突破出来る状態。

デメリットや弱点といったものは分からないが、これ程出力ならば長くはもたないとスコールは思考する。

 

(IS自体は兎も角、あの専用パッケージは本調子じゃない。ここは馬鹿正直にあの状態を相手にせずやり過ごす───!)

 

黄金の機体が炎を楯無へと向ける。

熱線のバリアも貫かれるだろうがないよりは良いだろう。

回避と防御、持久戦を狙い距離を取ろうとする。

 

そんな事は当然楯無も予想出来ている。

 

スコールは知り得ぬことだが、今回を見越して本調整を先送りにした専用パッケージ。

端から彼女は超短期決戦以外を行うつもりは無かった。

 

 

「遅い─────!」

 

 

「!」

 

後退しようとするスコール。

逆巻く水流が彼女の背後から出現した。

 

(観客を逃がしている間から、仕掛けてたのね────)

 

熱線のバリア身体を保護しながら、彼女は空中へと逃れる。

完全な不意打ちに対し、スコールは回避しながら次の一手を読もうとする。

 

観客を逃がす段階から周囲を巻き込む事を前提としていた。

対暗部とはいえそのような行動は、やはり彼女の行動から逸脱している。

 

 

 

(彼女の本命は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)─────この距離ならそれは────ッ!!)

 

 

空中に逃げたスコールへと楯無は掌を翳していた。

まるでスコールを握り潰すかのようにそれを閉じる─────同時に全方位大量の赤い水流が彼女へと襲いかかった。

 

水で擬態させ分身を作る技術。

その技術を応用して、天井含むあらゆる機材や設備に彼女はアクア・ナノマシンを潜ませていたのだ。

つまり、楯無は最初から自身の周囲にはアクア・ナノマシンを殆ど散布していない。

 

 

「ッ!!」

 

 

スコールは更識楯無を侮っては居なかった。

 

 

井神来玖留から伝えられた情報や、彼女と楯無の戦闘で得たデータ。

性格、生い立ち───あらゆる要素から客観的に見て問題無いはずであった。

 

しかし、ひとつの誤算がそこにはあった。

更識楯無が誰かに頼るようになった点である。

 

だからこそ彼女は───安心して矛となる。

会場にはもしもに備えた妹がいる。

コーチをした織斑一夏がいる。

代表候補生達がいる。

───そして、彼がいる。

 

来玖留との戦いすら(ブラフ)として利用する。

天才は更なる高みへ。

それは実行部隊の幹部にすら迫る───。

 

 

「ずっと高みの見物も飽きるでしょう?だから、堕ちなさい───!」

 

 

数多の超高出力の水流が、金色の繭へと牙を向くのであった。

 

 

 

 

 

 



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-89-

 

 

「っ」

 

アリーナ上空。

飛び交う閃光を避けながら、セシリア・オルコットは顔を顰めた。

 

(───まさか、こんなにも差があるなんて──)

 

前回の戦闘で襲撃者(エム)が手を抜いていた事は、セシリアも知っていた。

自身よりビットの技術も上であると思い知らされていた。

流星の戦闘記録(ログ)からも実力は知っている。

 

だが、実際こうも差があると乾いた笑いすら出る。

 

エムは防戦側に牽制をかけ続けたまま、自身と箒を相手取っていた。

 

(流星さんはこんな人に打ち勝ったのでしょうか────)

 

そして、織斑一夏もまた元国家代表を相手取っている。

セシリアは先を歩く少年達の姿を幻視する。

走っても走っても追い付かない少年達の歩み。

 

手にしたレーザーライフルで敵を狙う。

敵機のビット────エネルギー・アンブレラにより、狙いを付ける一瞬すら妨害された。

 

「セシリア!」

 

箒が『紅椿』を駆り、エムへと加速する。

如何に敵機が強敵とはいえど、こちらは人数が多い。

剣の間合いで食らいつき隙を作る────箒が考えている事が手に取るように分かると襲撃者の口元が吊り上がった。

 

「!」

 

ワザと箒側へとエムは軌道をとる。

箒が空裂(からわれ)雨月(あまづき)を振るうも、それを紙一重で躱して見せた。

 

予備動作のない自然な急停止。

それを駆使した回避に箒は驚きを露わにする。

 

(不味い!)

 

セシリアへの攻撃も自身を誘う罠であったと気が付く。

即座に対IS用のナイフで切りかかるエム。

凶刃は篠ノ之箒の喉を切り裂かんと振るわれる─────。

 

「!」

 

蒼い閃光がその場へ飛来した。

蝶は反転して上空へと舞い上がり、銃剣をもって撃ち返す。

くるりと軽やかな動きでそこには隙は見当たらない。

 

九死に一生を得た箒も離脱し、エネルギー刃で応戦する。

 

 

連携もエムの立ち回りにより翻弄されている。

集中力を切らせば撃墜される。

一瞬の気の緩みも許されないと箒とセシリアはビットによる攻撃を躱す。

閃光は回避を予測していたかのように曲がり、セシリアへと着弾した。

偏向射撃(フレキシブル)───回避も容易ではない。

よろけたセシリアを庇うように、箒がビットとセシリアの間に割って入る。

 

 

エムの狙撃が『紅椿』の肩部を撃ち抜いた────。

 

「箒さん────!」

 

「ッ、平気だ」

 

装甲が砕ける中、箒は苦痛に耐えながら追撃を躱す。

実戦経験からくる明確な視野の差。

戦況を覆す為にビットを破壊しようにも、それは叶わない。

 

 

(やはり(わたくし)では─────)

 

良くない思考がセシリアの胸中を占めていく。

せめて偏向射撃(フレキシブル)が出来れば、手数の差を多少埋められた筈だ。

自身のせいで、箒まで危険な目に────。

 

 

思考が一瞬飛びかける中、箒は笑っていた。

 

「ふはは、すごい顔だなセシリア」

「箒さん──?」

「…私の知っているセシリアは、もっと諦めが悪いぞ」

 

箒は二刀を構え、エムに向かって再度飛び出す。

曲がる閃光が来た瞬間に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行使し、上空へと駆け上がる。

 

自然とエムの攻撃も箒へと分配が傾く。

箒とエムの戦力差では無謀な行動だ。

ただ、あくまで彼女は前衛に徹するつもりだと──セシリアは理解した。

 

 

「────」

 

息を吸い込み集中する。

今出来ないことを嘆いている暇は無い。

箒が信頼して背を預けてくれているのだ。

多少の妨害など関係ない────撃ち抜いてそれに応えるだけだ。

 

(勝ちますわよ!『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』!)

 

一際強く輝く銃口。

セシリアの呼び掛けに呼応するかのようであった。

 

 

「!」

 

箒へと視線を向けていたエムは即座に回避行動へと移る。

蒼い光の狙いは先よりも遥かに的確。

牽制によりセシリアの狙いをズラしていたが───ここに来て彼女はその中でも精度の高い射撃を繰り出している。

 

エムは思わず舌打ちする。

精度は高い───だがこれは、敢えて回避を誘う狙撃だ。

接近を再度試みる箒を支援する為のもの。

 

エネルギー・アンブレラで箒の動きを阻害するも、彼女は『紅椿』の機動力で無理矢理それを突破する。

 

箒とエムが肉薄する。

二刀による攻撃をエムは銃剣で受け流し、距離を取ろうとする。

そこへ入る───セシリアの狙撃。

どれも決定打にはならないが、とエムは鬱陶しそうにセシリアを見た。

 

狙撃と剣術。

強敵に対し、彼女らは自身の得意分野を活かす事に全てを注ぐ。

 

「────ハ」

 

エムはそれらを鼻で笑う。

近接戦闘は確かに悪くは無い。

しかし、この間合いであれば─────とビットへの警戒が緩んでいる隙を彼女は見過ごさなかった。

 

 

「!」

 

 

六本の閃光が『紅椿』のスラスターを撃ち抜いた───。

直前に気が付いたセシリアもそれを止めることは叶わず、『紅椿』はその推進力を大幅に奪われる事に。

 

舞い散る装甲を見ながら、箒は状況を把握する。

とはいえもう遅い。

彼女のISはもう素早く動けない。

 

 

「──っっ!」

 

銃剣の切っ先が箒に振るわれる。

何とか二刀で受け止めるも、推し留まれる推進力はない。

 

箒の身体は真っ直ぐ地上へ。

エネルギーが残っているが、こうなってしまえばただの的だ。

 

エムが箒へと畳み掛ける前にセシリアは飛び出した。

近接格闘ブレードの『インターセプター』を片手に最大出力で加速する。

 

片手でレーザーライフルを持ち、闇雲に乱射しながらエムへと迫った。

こうでもしなければエムの行動を阻害することすら出来ない。

エムもそうやってセシリアが仕掛けてくる事を誘っていた。

 

「無様だな」

 

───偏向射撃(フレキシブル)により、セシリアのレーザーライフルが撃ち抜かれた。

爆風が彼女を襲う。

しかし彼女は怯まずに格闘ブレードで果敢に切りかかる。

 

エムは愉しげに嗤う。

片手に呼び出したナイフでそれに応じた。

金属音が三度鳴る。

亜音速下での格闘戦にも余裕を見せるエム。

 

普段は華麗なセシリアの機体捌きも、剣戟の中で崩されていく。

 

大きな金属音が聞こえた。

セシリアの手にあった筈の格闘ブレードが弾き飛ばされる音であった。

 

 

「あ───が─ッ!あああっ!!」

 

ザクリと肉が裂ける。

────銃剣の先端がセシリアの二の腕を貫いていた。

チカチカと視界が安定しない。

激痛と───遅れて感じる熱。冷や汗が一気に噴き出る。

 

「もう死ね」

 

銃剣の引き金が引かれようとする。

セシリアは無我夢中でスラスターを吹かし、刃を引き抜いた。

 

「ッ─────」

 

鮮血が空中を待っている。

閃光はそんな鮮血を瞬時に蒸発させながら、虚空へと消える。

 

──セシリアはまだ諦めていない。

未だ格闘戦の間合いのこの距離であれば─────回避は不可能と奥の手を切る。

 

高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』はビットを推進力へと回している。

この状態では当然、閉じられた砲門からの射撃は禁止───機体が空中分解してしまうからだ。

 

偏向射撃であればその問題は解決出来るが、そこに拘っている場合では無い。

 

 

「まだ、まだ!!」

 

4門同時射撃をエムへと見舞う。

しかし発射と同時にセシリアの真横で何かが爆発した。

 

「っっ───これ、は─────っ」

 

『エネルギー・アンブレラ』───シールド・ビットによる自爆機能。

それによりセシリアの身体は大きく逸れ、切り札のフルバーストはエムから外れる。

 

 

「今のが切り札か?下らん」

 

エムは呆れながら全ての銃口をセシリアに向ける。

狙いは勿論、バラバラになり落ちていく『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』。

 

セシリアは見上げる事しか出来ず、打開策を考える。

全てを出し切ってなお届かない。

そんな絶望は逆に彼女の心に異様な落ち着きを与えていたのだった。

──『セシリアも案外壁なんて無かったってオチかもしれないぞ』───

 

「ふふ」

 

つい笑みが零れる。

苦痛に表情を歪ませながらも、彼女は高貴さを損なわなかった。

本当にその通り(・・・・)だったと、セシリア・オルコットは確信する。

 

────お願い、ブルー・ティアーズ────

 

自然な動作で左手を前へ。

左手でピストルを作り、狙いをエムへと向けていた。

 

 

「バーン」

 

「!!」

 

四本の閃光が、突如としてエムとそのビットへと放たれる。

空中分解したビットからの偏向射撃(・・・・)

流石に虚を突かれたのか、エムも反応が遅れた。

 

「な───」

 

ビットが一基落とされ、『サイレント・ゼフィルス』もまた射撃を躱しきれず一撃を受ける。

呆気に取られる襲撃者の様子を見て、セシリアは満足気に落ちていく。

抵抗しようにももう動けない。

だが、悔いはないと彼女は胸を張る。

 

 

「今すぐ殺してやる」

 

 

エムが銃剣を強く握り締め、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でそれを追う。

 

ギラリと銃剣の先端に付いている刃が光を反射する。

それが真っ直ぐと、セシリアの喉めがけて振るわれようとしたところで──────。

 

 

「させねぇ!!」

 

 

一閃。

銃剣はアッサリと両断された。

 

 

「──!」

 

両断されると同時にナイフを持ち、素早く離脱するエム。

来訪者はセシリアを抱きかかえ─────雪片弐型を構えていた───。

 

 

「織斑一夏────」

 

睨むエムに対し、一夏の意識は抱きかかえたセシリアへ。

相手への警戒は続けつつ、彼は短く呟く。

 

「ごめん、セシリア。遅くなった」

 

短いそれにセシリアは強がりの笑みを見せつつ、安堵の息を漏らす。

 

「ふふ、デート一回で許してあげますわ……」

 

苦痛に耐えながらも強がる彼女に一夏も安心する。

やはりセシリアは強いと心の中で呟き、彼はエムと向かい合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最高出力のアクア・ナノマシンにより、作られた水流の数々。

それらに囲まれた瞬間スコールは回避の選択肢を切り捨てた。

 

金色の繭が一層輝きを増す。

それはプロミネンス・コートと呼ばれる熱線で貼られたバリア。

本来ならもっと薄く──大抵の攻撃は防いでしまう代物────

スコールの駆る『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』の強力な武装だ。

 

だとしても今は心もとなかった。

 

出力に任せた高圧水流が、熱線のバリアを瞬時に削り取っていく。

それだけでなく、金色の繭を中心に小規模の水蒸気爆発が繰り返されていた。

 

 

「────っ」

 

余波で装甲が砕け、スコールの全身を衝撃が叩く。

高出力の攻撃に対して彼女は耐える事を選択した。

更識楯無の猛攻は時間制限が間違いなくある。

ここを耐えれば、間違いなく敗北するのは彼女───────。

 

そう考えれば、楯無は確実に必殺を叩き込みにくる。

大量のアクア・ナノマシンを使い、隙を晒すだろう。

 

狙うはその一瞬。

勝機を待つスコールを前に楯無は溜息をついた。

やはりここまでしても尚スコールは一筋縄ではいかない相手だ。

 

だからこそ。

 

「甘いわよ土砂降り(スコール)

 

楯無はアクア・ヴェールのアクア・ナノマシンすら攻撃に投入し、金色の繭を打ち破った。

 

「っっ」

 

崩れるスコールの体勢。

立て直す暇を与えまいと鋭い水の槍を楯無は空中で撃ち出す。

先の水流より威力は落ちるが、今のスコールを仕留めるには十分。

上空から一条の流れ星のように、槍が飛来する────。

 

 

スコールはそれを金色の機体は左手で受け止めようと抵抗する。

火球を咄嗟に作り出していた彼女だが、当然火力が足りない。

 

水の槍は金色の装甲を砕き、スコールの左腕は貫かれた。

 

「!」

 

驚愕を露わにしたのは、楯無の方だ。

金色の装甲ごと貫かれた左腕。

上腕が分断されたというのに血は一切流れない。

それもそのはず。

荒い断面から見えたのは──────機械であった。

 

 

アクア・ナノマシンの(クリースナヤ)はその輝きを失い、通常の水色へと戻る。

楯無は眉を顰め、目の前の光景の意味を反芻するのだった。

 

機械義肢(サイボーグ)…!」

 

「私の体の秘密、ばれちゃったかしら?」

 

くすりとスコールが笑みを浮かべる。

かなりのダメージを負ったが、彼女は猛攻を耐え凌いだ。

楯無も最早武装やエネルギーの都合で大して戦えないだろう。

ただ、スコールも手痛いダメージを貰っているのは変わらなかった。

 

 

楯無がスコールの腕を見て驚いた一瞬。

その隙をついて彼女は煙幕弾を楯無の前に繰り出している。

 

「!」

「お開きとしましょう」

 

無論、煙幕程度ではISのハイパーセンサーを振り切れはしない。

だが楯無の機体も無理をさせていた状態。

下手に追えば状況は悪化すると、彼女は分かっていた。

 

「…」

 

上空へと離脱していくスコールを彼女は捉えつつも見送る。

その体の秘密を知った収穫はあるが────と、楯無は今一度大きな溜息をついた。

 

犠牲者0が最優先、それはそうとして。

 

(…逃げられるのは癪よね。はぁ、いい所無いなあ)

 

思考を切り替えつつ、彼女は通信機を手に取るのであった。

 

 

 

 

 

「束様─────これは────?」

 

「ん〜?」

 

ある研究所(ラボ)の一室。

モニターを前にしながら、銀髪の少女は疑問を口にした。

奥にある機械の裏から、ウサ耳型のカチューシャをつけた女性が顔を出す。

篠ノ之束──彼女はクロエが指差す画面に近付き、覗き込むようにしてその内容を見た。

 

映っていたのは現在襲撃されているアリーナの映像。

そしてルナ・イグレシアスの姿がそこにはあった。

 

「へー」

 

束はクロエの意図を理解したのか、ニンマリと笑みを浮かべる。

楽しそうに彼女は口を開くのであった。

 

「これはね、欧州連合の負の遺産だよくーちゃん」

「欧州連合……?」

 

クロエは小首を傾げる。

束は人差し指を立て、説明を始める。

 

「ISに関する非公式の共同研究機関────正式名称は何だったかなー?まあもう潰れちゃってるからいっか!──そこの研究でね、人とISを一体化させようって流れがあったんだ」

 

「…私の黒鍵のような、生体同期型ISを?」

 

「人をISに組み込もうとした、が正しいね。くーちゃんのISとは全く違って寄生型ISって感じ」

 

気味が悪いよね、と束の声のトーンが低くなる。

呆れ果てたような声色に何故かクロエも恐怖を覚えた。

 

「ISとの融合に耐えうる人間、及びそれに合わせたISの開発。スペインが扇動して行い、ドイツもそれに情報を提供してたから───アレにはくーちゃんと同じデータも流用されてるね」

 

ス───と鋭くなった束の視線はモニターに映されたルナを捉える。

してすぐに彼女は笑顔でクロエの方に向き直った。

 

「ISは多大な情報の塊でもある。そんなものとの融合が成功なんてしたらどうなるか、くーちゃんはわかる?」

 

「基本は廃人……仮にならなかったとすれば一番は人格に大きな影響が出る、でしょうか?」

 

「ピンポンピンポーン!正解!流石くーちゃん!」

 

束はハイテンションでクロエに抱き着き、頭を撫でる。

クロエも動揺はしているが束が嬉しそうにしている為、特に逃げるような事はしなかった。

束はひと通りクロエの撫で心地を堪能した後、話を戻す。

 

 

「だからほら、二重人格みたいになっていたでしょ?あれはね──コアと元の人格がひとつの体に押し込まれた結果だよ」

「────」

 

クロエは画面に視線を戻す。

繰り広げられる激戦の中へと彼女の意識は向けられていた。

 

そんな少女を見て、束はそっとその場を離れる。

再び大きな機械に触れながら彼女はひとり呟いていた。

 

「さてさて──私はコレを早く完成させなきゃねー」

 

 

 

 

 

「───!」

 

突如として降り注ぐミサイル。

それはルナ・イグレシアス目掛けて撃ち込まれたものであった。

 

ルナは即座に反応して軽やかに回避する。

同時に銃声。

爆音の中に消えそうなそれは彼女の隙を逃すまいと放たれたスナイパーライフルによるものだ。

流石に避けきれなかったのか、ルナの頬に赤い線を付けるに到る。

 

援軍────。

それが意味するのは、誰かの敗北による人的余裕の現れ。

 

(織斑一夏が勝った…)

 

少女は冷静に判断し、更に後退する。

駆け付けた援軍は更識簪。

彼女の機体に損傷はなく、三対一は面倒だと内心呟く。

 

同時に秘匿回線に入るスコールの通信。

内容は短く簡潔なものだった。

 

 

『二人共、撤退よ────』

 

「────、了解」

 

スコールの声色、観客席側の先程の轟音───ルナは戦いながらではあるがある程度状況は把握出来ていた。

特に驚きも見せず距離を取ろうとする。

 

「───」

 

今一度大きな金属音が聞こえた。

白刃の柄でルナが近接ブレードを受け止めている。

最大出力で加速し流星が距離を詰めたからだ。

 

灰の機体同士が密接で睨み合う。

くすりとルナは笑みを浮かべた。

装甲が開き無数の銃口が顔を出す。

神速のカウンターは相手の反応など許すはずも無い。

 

対して流星は一切表情を変えず、右手を懐に突き付けていた。

 

(『無量子移行(ゼロ・シフト)』……!)

 

数的有利、撤退の阻止。

二つの状況から来る強引な接近という判断──認識──それも彼は利用した。

正面から分裂弾と一斉射撃がぶつかり合う。

 

「っ!」

「っ」

 

小規模の爆発は二機のシールドを大きく削った。

吹き飛ばされ、再度両者の距離が開く。

 

そのタイミングで有線ビットが『時雨』の腕部を狙撃した──。

 

「もっと遊びたいけど、今日はここでお開きよ流星」

 

あの状態から精密な動作。

砕ける灰の装甲を尻目に流星の瞳は少女へと向けられたままだ。

 

姿が消えていく少女に簪がミサイルを放つも、それは狙いを見失う。

追うことは不可能では無いが、追えば市街地戦────本末転倒だ。

簪、鈴、流星は虚空を見ながら回線を繋ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

敵機の撤退。

となればそれは少女だけではなく、上空に居座る蝶もまた同様である。

 

「──チッ」

 

スコールからの通信を受け、『サイレント・ゼフィルス』は後方へと機体を傾ける。

不機嫌そうな舌打ちは銃剣を目の前の少年に切られたが故のものであった。

 

「!──待て!」

 

対峙していた一夏が咄嗟に声を挙げるも、エムは取り合わない。

代わりにとばかりにシールド・ビットを二基───上下に送り込む。

 

セシリアを抱えたままの彼などこれで十分。

二人共これで殺せるとエムは高を括る。

無論、少年の研鑽など彼女が知る由もない。

 

 

「!!」

 

エムは目を見開いた。

取るに足らない筈の少年が最小の移動で閃光を避けたから───だけではない。

 

避けた直後の隙をつくような一撃さえも、一夏は雪片で切り捨てている。

 

────その凛とした立ち姿がエムの中で誰か(・・)と被る────。

 

 

「…」

 

今すぐその馬鹿なイメージを否定したいが、このままではこの場に戦力が集結する。

 

青紫の蝶は心底気に入らない様子で牽制しつつ、市街地側へと離脱する。

 

低空飛行により市街地を盾にしながらエムは撤退していく。

当然ではあるが、一夏達はそれを追撃する事は出来ない。

 

 

(今の一瞬の殺意は……一体……)

 

牽制のビットを捌きながら、訝しむ一夏。

セシリアの治療の為に彼もその場から離れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

キャノンボール・ファストへの襲撃から一時間が経過した。

現在───流星含む代表候補生達は控え室に集められ、各個人の聴取が終わるまで待機している状態である。

現在はセシリアの番。

彼女は治療も兼ねている為、時間が多少かかるそうだ。

 

当たり前の事だが大会は中止。

建物の被害状況はそれなりだが、一般人への人的被害はゼロ。

また亡国機業(ファントム・タスク)と手を組んでいた元国家代表の確保─────とそれなりであった。

 

 

にも関わらず少年は不満顔。

 

「これはどういうことだよ」

 

質問の意図は明快。

彼は体をぐるぐるに縄が巻き付けられ、正座させられていたからである。

 

「ん?それはこっちの台詞よ」

「ちゃんと説明してもらうから…」

 

正面に立つ鈴と簪は当然と言わんばかりである。

助けを求めて少年が周囲に視線をやる。

一夏は無理だ、と片手で謝る。

目が合ったシャルロットはアハハと乾いた笑いで誤魔化した。

─────箒やラウラに至っては見て見ぬふりをしている。

 

 

「あんた、ISと『同調』してるって本当なの?」

 

鈴の言葉に流星は素知らぬ顔。

ルナ・イグレシアスの発言を鵜呑みにしたという様子では無い。

疑念はあくまでそれ止まり。

臨海学校からの流星の急成長がそれにより説明出来てしまう点が、この話に信憑性を持たせているに過ぎない。

 

 

「鈴……『山嵐』の準備は出来てる……」

「さあ吐きなさい流星。今なら『龍咆』はナシよ」

「まさかの魔女裁判……!」

 

信用とはなんだったのか。

有り得ない筈の現象とそれを否定する自身を無視して、簪と鈴はジリジリと詰め寄る。

───観念したように、少年は大きな溜息をついた。

 

 

流星はゆっくりと口を開く。

『時雨』については別件と判断。

『同調』についての説明を彼は行った。

皆が驚かないわけが無い。

イマイチ事の深刻さが理解出来ていない一夏と箒をおいて、代表候補生達は眉を顰めていた。

 

「成程、道理であの反応速度か。……確かに世界にこれが知れ渡れば、ロクな事にならないな」

 

納得した様子でラウラが流星へ視線をやる。

シャルロットも同意するように頷いていた。

 

「で、あんたはそんな危険な行為を何度も繰り返していたのね?」

「危険も何も影響が無いんだ。さっきも言った通り毎回検査もしている」

「はぁ。───どうせあんたがやめないのは分かってる。けどね」

「私達は、流星に無茶をして欲しくない」

「───」

 

二人の発言に流星は返す言葉を失う。

肯定も否定も彼は出来なかった。

───素直に頷く事も何故か出来ずにいる。

 

「ちなみに、お姉ちゃんも知ってるの?」

「ああ。あと、本音も一応は」

「───そう」

 

簪の目が据わる。

怒られる更識家当主が目に浮かび、流星は心の内で手を合わせた。

 

「!」

 

同時にガチャリとドアが開く。

流星達の誰かを真耶が呼びに来たのだった。

 

「えーっと、今宮君ー事情聴取の────」

 

縛られている流星の姿が目に入り、真耶が固まる。

目の前で詰め寄る鈴や簪の姿が妙にさまになっているところも、彼女の瞳は捉えていた。

疑問や困惑が彼女の中を一瞬で駆け抜けていき、顔を真っ赤に染め上げた。

 

 

「ごっ、ごゆっくり──────!!?」

 

 

バタンッ!と勢いよく閉められるドア。

これには部屋にいた全員がぽかんと口を開けることしか出来なかった。

 

「……なんか、ごめんなさい」

 

「いいから解いてくれ」

 

気まずい空気の中、縄を解く音がやけに大きく聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

 



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-90-

 

 

『お誕生日おめでとうー!』

 

パァンッ!とパーティークラッカーが一斉に音を立てた。

幾つものクラッカーが並ぶ中、頭から紙吹雪を被る織斑一夏の姿がそこにはあった。

 

場所は織斑邸。

キャノンボール・ファスト襲撃からはや三時間が過ぎようとしていた。

 

「お、おう、サンキュ」

 

主役の少年は困惑を隠し切れずにいた。

なにせ人数が人数である。

最初から来る予定だった弾達中学の同級生とその繋がりだけでなく、代表候補生達、生徒会、新聞部部長──と大人数と化していたからだ。

 

リビングがいつになく狭く感じる。

頭についた紙吹雪を取りながら、一夏は昼間との落差に驚いていた。

 

「もう少し喜んでもいいんじゃないか。英雄様」

「その呼び方はなんかなぁ」

 

オレンジ髪の少年が意地の悪い笑みを浮かべる中、一夏は苦々しい表情になる。

それは世間の彼への評価でもあった。

 

『砲撃姫』との戦闘。

その顛末が全世界に中継された結果、一部メディアでは彼の事を持ち上げるように──早くもそう(英雄)と持て囃されているのだ。

 

しかし、彼としてはこの評価があまり好ましくなかったらしい。

 

閑話休題。

一夏は先程のリアクションの理由を口にした。

 

「思ったよりも人数が多くてビックリしてる」

「ああ、リビングが人で溢れ返ってるしな。というか──把握してなかったのか?」

「実際見るとってやつだ」

 

なるほど、と流星は片手に持ったお茶を飲む。

オリビアの処遇等の話は今するべきではない。

と、そこに見慣れたツインテールがやってくる。

彼女は腰に片手を当て、呆れたように溜息をついていた。

 

「相変わらず切り替えられてないわね。主役なんだからそこはサッと切り替えなさいよ。はいこれ、プレゼント」

 

もう片方の手にあった丼がゴトリとテーブルに置かれる。

中で揺れつつ存在を主張するスープ、共に揺れる黄金色の麺にチャーシュー、メンマ。

煮卵にまで目をやった辺りで一夏は手作りの拉麺だと気が付いた。

 

「おお、拉麺か!しかも手作り!美味そうだ」

「麺も手作りか。凄いな」

「まあね。(あたし)からすればお手のもんよ」

 

男子二人の賞賛を受け、胸を張る鈴。

ふっふーんと得意げな彼女を他所に、ムッと蘭は口を尖らせる。

───鈴の恋愛事情は粗方知っている蘭であるが、それはそれ。

一夏の心が鈴に傾かないなんて断言出来ない。

故に対抗心がメラメラと彼女の中で燃え上がるのだった。

 

「あ、あの!一夏さん。私もケーキを焼いてきました!」

 

手作りのチョコケーキを小皿に切り分け、一夏のもとへ。

 

「おお、蘭か。折角大会に来てくれたのになんか悪いな。途中で滅茶苦茶になっちまったし…」

 

「い、いえ!かっこよかったです!ほ、ほら!ケーキをどうぞ!」

 

「おお、まるで市販のケーキみたいだ!いただきます───美味い!…スポンジはココアベースだな。今度レシピ教えてくれよ」

 

「は、はい!」

 

パァァと笑顔になる蘭を見て鈴はやれやれと溜息をつく。

プレゼントを渡そうと待機しているセシリアやシャルロット達も、蘭の後方に確認出来た。

気を遣ったのか流星はソファから立ち上がり、部屋の隅側へ。

鈴も拉麺を渡し終えたからか、彼と共に移動した。

 

「仲がいいんだな、蘭と」

「あの子が見てられないだけよ」

「ハイハイ」

 

得意気な鈴を流星は軽く流す。

二人とも彼に誕生日プレゼントを渡そうと集まる女子達を眺めつつ、お茶を啜る。

セシリアが一夏にプレゼントに選んだ物は、ティーセットであった。

 

「セシリアのティーセット(プレゼント)、エインズレイ?──のだよな。確か相当な額だった記憶が……」

 

「見るからに高そうなプレゼントだから一夏が一瞬固まってたわね。というかあんたどうして詳しいのよ」

 

「前に長々と解説され──して貰ったからだな」

 

あー、と鈴は視線をティーセットからセシリア本人へと移す。

恐らくは紅茶の淹れ方を聞きに行った時だろう。

誇らしげに語るセシリアの姿が目に浮かぶようであった。

 

して視線はそのままセシリアの右腕に。

ぐるぐると包帯で巻かれた上固定されている。

活性化再生治療を駆使すれば全治一週間程ではあるが、大怪我には違いない。

だがセシリアはこの誕生日会に無理を通して参加した。

それ程彼女にとって一夏の誕生日は大事だったのだろう。

 

 

「流星…鈴、ここに居たんだ…」

 

そんなことを考えていると、すぐ近くから声が聞こえた。

声の主は簪。

エプロンに三角巾の姿である。

 

「見ないと思ったらキッチンに居たのか」

「皆で誕生日会用のご飯を作ってた。おやつも…」

 

「いまみーもひと口食べるー?」

 

キッチンの方から本音が慌ただしく走ってくる。

焼いたばかりのクッキーが入ったバスケットを彼女は持っていた。

バターの香ばしい匂いが食欲を唆る。

 

「コラ本音、先に食べたら駄目でしょう」

「あう。お姉ちゃんのケチ〜」

「…」

 

虚の手刀が軽く本音の頭を小突く。

ついバスケットに手を伸ばしていた流星はスっと何事も無かったかのようにその手を引っ込めた。

 

「とりあえず私達は一夏君とそのお友達に配ってきますね。ほら本音、行くわよ」

「はーい」

 

虚はそう告げると本音を連れてその場から離れる。

流星はふと思い出したように周囲を見回し、ある少年の姿を探す。

 

すぐに赤い髪にバンダナをつけた少年を見付ける。

どうやら友人達と談笑しているらしい。

 

────ニタリとオレンジ髪の少年は笑みを浮かべる。

色々と普通でないにしても、彼はれっきとした男子高校生。

普段巻き込まれる一夏関連とは違い、思うところはあるらしい。

 

「どうしたのよ、流星」

「悪い顔してる……」

 

「──少し面白い事を思い付い───ごほん、なんでもない。虚さん手伝いますよ」

 

「「!?」」

 

怪訝な表情を浮かべる鈴や簪には目もくれず、彼は虚と本音の方へと小走りで向かう。

目標は虚と弾を二人で会わせる事。

友人達や本音の注意を此方に引く必要があるが、果たして────。

 

 

 

 

 

 

 

ひと段落着いたところで、一夏は自宅の外に居た。

厳密には自宅近くの自販機前──足りなくなったジュースを補給すべく出向いている。

他の者が行こうとしていたのを『して貰ってばかりでは』と無理を言い、代わってもらったのだ。

 

缶ジュースを両腕に抱えながら、彼は物思いに耽る。

 

(にしても色んなものを貰ったなー)

 

皆の用意したプレゼント多種多様なものであった。

シャルロットの腕時計やセシリアのティーセット、箒の用意した着物。

ラウラのサバイバルナイフには流石に驚いたなぁ、なんて思いつつも皆祝ってくれる事が彼には嬉しかった。

こんなにも沢山から祝われたのは、初めてだ。

 

薄暗い夜道。

自販機前の街灯が彼の周囲を明るく照らしている。

ガコン、と缶が落ちる音。

彼はそれを自販機から取り出し、手提げ袋に入れる。

 

思えば入学からここまであっという間だった。

最初はどうなる事かと思ったが、今は充実した日々だと自負している。

 

だからこそ、脳裏に非日常がチラつく。

今後もあのように亡国機業(ファントム・タスク)が襲撃してくるのだろうか。

セシリアの腕の怪我を思い返し、一夏は自然と拳を握りしめていた。

 

(今考えるのはよそう。折角の誕生日会だしな)

 

人数分の飲み物は買い終えた。

一夏は袋の中を見て、缶ジュースの数を数える。

不足はない。

 

 

そうして彼が自販機の前を立ち去ろうとした───瞬間だった。

 

 

「!」

 

人の気配に気が付き、一夏は即座に振り返る。

彼の視線の先、自販機に照らされた明かりの外に人影があった。

 

ここは公道だ。

人が出歩くのは普通である。

 

ただし、直前まで余りにも静かで──不気味だった。

 

「気付いたか───。そこまで間抜けでも無かったか」

 

人影が声を発する。

明らかに一夏に向けてのもの。

声の主の顔まではハッキリ見えないが、シルエットからは大人に見えない。

声からしても少女と見るのが妥当だろう。

 

聞き覚えのある声。

カチリと一夏の中でスイッチが入る。

いつでも対応出来るようにISにも意識を向けながら、彼は問い掛けた。

 

「誰だよ。顔を見せろ」

 

「ハッ──」

 

相手は恐らくかなりの手合い。

亡国機業(ファントム・タスク)の手の者の可能性がある。

警戒心を強める少年。

 

少女が明かりの方へと踏み出す。

その顔を見て───少年の思考は一瞬で消し飛んだ。

 

 

───見間違える筈がない。

ありえない。しかし、少女のその顔は余りにも見覚えがあった。

 

 

「千冬……姉───?」

 

「違うな」

 

辛うじて言葉を出した一夏を見て少女は鼻で笑う。

なんだ知らないのか?と嘲笑うかのように、口元を三日月に歪める。

 

 

私はお前だ(・・・・・)、織斑一夏」

 

「なにを、言って……」

 

「そして、名は織斑マドカだ────」

 

混乱が極まる思考を無理矢理落ち着かせようと、一夏は試みる。

しかし眼前の少女の容姿がそれを阻害した。

長く感じる瞬きの間。

 

グルグルと巡る思考の合間を縫うように────少女は拳銃を取り出したのだった。

 

 

反応が遅れる。

 

 

如何にISがあったとしても、そんな隙は──致命的だった。

 

「っ───!」

 

一夏な思考が無理矢理現実に引き戻されるも既に遅い。

発砲音は耳に届いていた。

 

 

「!」

 

「チッ」

 

少女の──マドカと名乗った少女が舌打ちする。

突然空中で静止する弾丸。一夏の前に割り込む銀髪の少女。

刹那───一夏の後ろの暗闇から銃弾がマドカへと飛来した。

 

マドカは軽やかに二発躱し、三発目をナイフで弾いた。

 

 

「やはり来たか」

 

苛立った様子のマドカの前にゆっくりと姿を現す流星。

彼はサイレンサー付きの拳銃を構えながらラウラの隣へと出た。

 

「それはこっちの台詞だ、エム(・・)。いや、自己紹介通り織斑マドカと呼んだ方がいいのか?」

 

「!サイレント・ゼフィルスの搭乗者か!?」

 

流星の言葉を受け一夏は少女へと再度視線を向ける。

やはり何度見ても、昔の姉にそっくりであった。

 

「そうだ。昼間は世話になったな」

 

──年齢は15~6程だろうか。

一夏の思考は冷静さを取り戻しつつ──、眼前の少年がエムの素顔を知っていた事に気が付く。

一方でマドカの視線はオレンジ髪の少年へ。

銃口を向けられる中、彼女は愉しそうに笑う。

 

「織斑マドカ。何が目的だ?」

 

「なに、ただの挨拶だ。邪魔が入ったがな」

 

オレンジ髪の少年の問いにマドカは淡々と答える。

あくまでその言葉に嘘はないだろう。

殺す目的ならば動揺後の初撃にISを用いた方が確実だからだ。

 

 

「さて、どうする。私を捕らえるか?」

 

 

彼女の背後の暗闇。

そこには音もなくシールド・ビットが浮かんでいた─────。

 

 

「ッ」

 

一夏は息を呑む。

 

一瞬でも気を抜けば閃光が何処からか飛来する。

ここは市街地。初撃を凌いでも大きな被害は免れないだろう。

 

織斑マドカは一夏だけでなく、流星にも相当な殺意を向けている。

戦闘が始まれば、間違いなく殺し合いになる。

 

 

オレンジ髪の少年は表情一つ変えずに隙を窺っている。

ラウラは相手の行動に対し、最善手を打つべく備えていた。

 

 

高まる緊張感。

 

「はっ………滑稽だな」

 

睨み合いの最中、マドカはトン──と地面を蹴った。

背後の暗闇へと消えていく少女の身体。

 

 

「───待てッ!」

 

 

一夏が叫ぶも返事は無い。

 

まだ聞くべき事が山ほど残っているというのに──と焦燥に駆られながら一歩踏み出すも、既に少女の姿はなかった。

 

 

ラウラはISで周囲を見回し、安全を確認する。

流星も拳銃をしまいラウラや一夏の方へと振り返った。

ラウラは影投影ディスプレイにレーダー反応を映し出す。

 

 

「逃げられたようだな。レーダーでは未だ捉えられる距離だが、追うのは無謀だな」

 

「同感、追うのはナシだ」

 

「……」

 

落ちた缶ジュースを拾い、流星は一夏の方へ。

目の前に来たあたりで缶ジュースを差し出す流星に一夏は怪訝な目を向けた。

 

「流星はアイツが──サイレント・ゼフィルスが千冬姉そっくりだって……知ってたのかよ。知ってて黙ってたのかよ……?」

 

「顔が似てる事は知っていた。けどそれだけだ。俺もあの顔以上の事は知らなくてな」

 

「…そうか。悪ぃ、疑って…」

 

流星の回答を聞き、一夏は少し俯く。

取り繕ってはいるが、どうやら内面は思ったより動揺しているらしい。

無理もない。

唯一の肉親と敵の素顔が全く同じだったのだ。

 

流星は軽く溜息をつく。

 

「気にしてない。それより一夏。今日の主役がそんな顔して戻るつもりか?」

 

「…!そうだな」

 

その言葉が一夏を気遣ったものであることは言うまでもない。

一夏も一旦息を吐き、気持ちを落ち着かせた。

 

「…二人とも───せっかくの誕生日会だし皆には今日あった事を黙っててくれないか?明日には話すからさ──」

 

「分かった。嫁の意見を尊重するのも夫の務めだ。それに夫婦だけの秘密というやつも悪くない」

 

「俺をナチュラルに省くな。一夏、俺は先に戻るよ。軍人サマには悪いが、念の為楯無には伝えておく」

 

──む、と口を尖らせるラウラ。

目の敵にしている楯無に秘密(と言える程でも無いが)を知られるのが、気に食わなかったのだろう。

オレンジ髪の少年は当然素知らぬ顔。

 

彼は一夏に缶ジュースを渡し終え、すぐさま織斑家に向かって歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

「あら、お邪魔だったかしら?」

「──ルナね。丁度休憩に入ったところよ──」

 

薄暗いホテルの一室。

ベッドの腰をかけ、絡み合う女性達のもとへ少女が訪れた。

金髪の女性は髪をかき分けて黒髪の少女へと視線を移す。

片腕がその女性には無かった───。

 

「してやられたのねスコール。言ってくれれば手伝ってあげたのに」

 

「ありがとう。でも各国の要人の中から特徴と一致する候補数名は確認出来た──後は絞り込むだけよ。本来ならもっと情報を集められる算段だったけど、多分向こうも把握していたわね」

 

「──来玖留が遺した幹部会の情報ね」

 

「ええ」

 

ルナの言葉にスコールは頷く。

ベッドの隅に移動した彼女の恋人は、少し不満そうにバスローブに身を包む。

スコールもまた近くにあった上着を羽織った。

 

ぽすりと少女は近くの椅子に身体を預ける。

 

「──にしても一夏お兄ちゃんの成長は凄いね。まさかオリビアを倒しちゃうなんて。この成長速度ならもしかするとマドカお姉ちゃんにも───」

 

 

刹那、不意に暗闇から何かが飛来した。

最低限の空気を割く音。

少女の顔の真横を通過して、ナイフは壁に刺さっていた。

投げた主が暗闇から姿を現す。

 

織斑マドカはルナを嘲笑うように見下ろしていた。

 

「ISと一体化すると力量の差も分からなくなるらしいな」

 

「そう?貴方も試してみればいいのに。──挨拶は済んだの?」

 

「済んださ。しかしあの様子からして何も知らされていなかったらしい。所詮ぬるま湯に浸からされた存在だな」

 

一夏の様子を思い出しながら呟くマドカ。

アレならば殺すのは容易い──彼女の笑みにはそんな考えが張り付いていた。

 

オータムは横目でマドカを見る。

話しかけた先はスコールだ。

 

「あんな好きに出歩かせていいのかよ?」

 

「確かにあんまり好き勝手にされちゃ困るけど、きちんと条件は課していたわ。それに今回は更識楯無もISを酷使した後よ。エムを短時間で仕留められる者がいないから、許可したの」

 

「ならいいけどよ」

 

渋々納得するオータムを見てスコールは微笑ましそうに笑う。

マドカはお構い無しと言った様子で部屋を後にする。

 

 

「つれないねー。やっぱり織斑千冬以外興味無いのかしら」

 

「いいんじゃない?貴方も今宮流星を取られたくないでしょう?」

 

「そこは心配してないの。だって流星は強いもの」

 

自信満々に語るルナ。

ハイハイとオータムは呆れながら、部屋の冷蔵庫からドリンクを取り出す。

 

「で、リタの時と違ってルナならアレを殺れそうか?そっちの人格は負荷が凄いんだっけ」

 

「そうね、反応は完全に私が上になった。元々身体能力も私が上だから分はこっちにあるね」

 

少女の話を聞きながら、オータムは飲み物を一気に飲む。

よっぽど喉が渇いていたのだろう。

飲み終えると純粋な疑問を口にした。

 

「お前はISと融合しててアイツは同調……だったか。同調してるって確認は取れたのか?」

 

「うん、取れたかな。この体本来の人格の私だからそこは以前より察知出来るの。彼、廃人にならずにISと『同調』してた。私と違って垣根は弄ってるけど、個の境界が曖昧にはなってないわ」

 

「ハッ──多くの国が犠牲を出すだけだったのに、無茶苦茶だな」

 

オータムは悪態をつく。

違法に行われた実験──その成功例がまさか普通の人間から生まれるとは誰も想像しなかっただろう。

 

オータムの質問に答え終えたルナは静かに考える。

ISは膨大な情報の集まりでもある。

それと融合した少女は、内に人格(リタ)を宿した。

正確には元のISの人格と、ルナ元来の要素が混ぜ合わさったものではあるが───結果は変わらない。

 

──時に膨大な情報は人格を形作る。

 

(『時雨』から感じたあの厭な感覚───多分あれも何かの膨大な情報───)

 

ともすればとルナは考えを進めた。

あくまで机上の推論、勘でしかないものを思い浮かべながらリタ(・・)は微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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─断章─『更識家へ』
-91-


短い章です。


 

 

 

「───」

 

織斑マドカの襲撃から1日。

 

寮長室の前で織斑一夏は物憂げな顔で立ち尽くしていた。

時刻は消灯手前──ワザとひと気のないこの時間を選んだのだが、ノックすらままならなかった。

 

聞きたいことはひとつ。

あの少女の存在と発言についてだ。

 

襲撃の件については、今朝に報告している。

加えて一夏自身からの聴取よりも早く楯無から連絡が入っている筈である。

 

両親の話は一夏と千冬間でタブーであった。

捨てられた事もあり聞きたくない気持ちも、踏み込んで姉を傷付けたくない気持ちもある。

だが、それ以上に不安が勝る。

 

物心ついた時から両親がいない事は、ひょっとするとあの少女の件と関係があるのではないか。

 

グルグルと頭の中で回る悪い想像。

ドアノブに手を伸ばすも手をかけられずにいる。

 

 

「──」

 

 

一夏は結局そのドアを開けることが出来なかった。

あの襲撃された件を聞いている姉が、話しに来ない。

───だからこそ、きっと姉も知らないのだと一夏は思い至ったのだ。

 

自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりとその場を立ち去る一夏。

 

 

考え込んでいた彼は、その様子を隠れて見ていた人物に気が付かなかった。

 

 

 

(…行ったか)

 

 

反対側の廊下の角からオレンジ髪の少年が姿を現す。

彼は立ち去る一夏の背を見届けると、入れ替わるように寮長室の前へと移動した。

 

 

流星は躊躇なくノックを行う。

直後にガチャりと───ドアが内から開けられた。

 

 

「…今宮か。もう消灯前だ、部屋に戻れ」

 

シャツ姿の千冬がいつもの様子で流星を追い返そうとする。

当然の対応に流星は生徒会の腕章を見せた。

 

「副会長権限でそれぐらいは──」

「……更識姉といい、全く──いいだろう入れ」

 

千冬は呆れた様子で溜息をつく。

彼女に連れられるように流星は寮長室へと入っていった。

間取りは流星達の部屋より少し広い。

 

部屋は思ったよりも片付いていた。

実は部屋の掃除を手伝ったりしたこともあるのだが、それはそれ。

居間側のスペースに雑に置かれた衣類。

流星は見て見ぬふりをした。

 

 

「それで、何の用だ」

 

振り向きつつ千冬が問い掛ける。

流星はちらりとドアの方を見た。

 

「…話してあげないんですか?」

 

「───何の話だ?」

 

「昨日の襲撃者についてです。織斑マドカ──あれは何者なんですか?他人の空似……なんて言いませんよね?」

 

流星の言葉を聞いた千冬は、眉を顰める。

それがどういった感情がこもったものなのか流星には分からない。

軽く溜息をつき、呆れた様子で彼女は応じる。

 

「私はこれでも有名人だ。色々と顔も知れている。顔を似せる者がいてもおかしくない」

 

「…だから、アレが名乗った織斑の姓も関係がないと?」

「当然だ。そもそもあの会場を襲撃してくるような連中だ。真っ当な神経はしていないだろう。お前はそんな奴らの妄言を信じる気か?」

 

千冬は呆れた様子で流星を見る。

そんなバカげた話───と言いたげであった。

 

「全部、奴らの妄言で片付けるつもりですか」

 

「片付けるも何もそうだと言っている。どうやって私そっくりの顔になったかは知る由もないが、それで混乱させるのが奴らの────」

 

取り付く島もないとはこの事か。

まともに相手をする気がない千冬に対し、流星は眉を顰める。

確証がない以上、流星も強くは出れない。

それに、彼女が千冬とどうにか関係があったとしても──あくまで流星は部外者。

こうやってリスクを冒して千冬に尋ねる必要もない。

 

不意に──彼の脳裏を先程の一夏の表情が過ぎった。

禁句(・・)と知っていながら少年は口を開く。

 

 

「───なら、一夏や千冬さんの両親が居ないのは──ッ!」

 

 

瞬時にして、流星は圧倒的な脅威を知覚した。

変わる周囲の色。

本当は何も変化がないのに───景色が違って見える程、彼女を取り巻く空気が変わったのだ。

 

「っ────」

 

ピリピリとした空気。

この距離にいる限り、流星の命は千冬の掌の上だ。

ISがあろうと関係ない。

部屋に入る前から同調していたならば兎も角──この状態では反応すら許さないだろう。

 

 

「……今宮、それ以上は───わかっているな?」

 

 

鋭い眼光がオレンジ髪の少年を捉える。

そこに居るのは教師でも世界最強でもない、ただの獣。

剥き出しの暴力を前に流星はゆっくりと息を吐き出す。

 

 

「何を隠しているんですか。千冬さん」

 

「───」

 

命を賭した問いに千冬は眉を顰める。

彼にしてはらしくない首の突っ込み方、そして脅威を前にして尚変わらない様子。

 

「…隠している、か。それはお前もだろう。何にせよ下らない話には応じないがな」

 

「俺も……?」

 

突然の切り返しに流星は疑問を憶える。

千冬はその様子を見ながら目を細めた。

 

臨海学校後、千冬は更識楯無に改めて彼の調査を依頼している。

そこからそれでも尚しっぽすら掴めなかった異質さは、彼女に確信をもたらしている。

───彼は過去に篠ノ之束と繋がりがあった。

 

親友が何を企んでいるか分からない以上、千冬が流星を信用しきれないのは当然であった。

 

 

 

「用件はそれだけか?──なら早く自分の部屋に戻れ。こう見えても私はまだやる事が多くてな」

 

「……」

 

突き放すような千冬の物言い。

彼女は流星に背を向けてテーブルの資料を手に取る。

同時に、空気が緩んだ気がした。

 

流星は不機嫌そうに頭に手をやり、彼女を見る。

どうあっても言う気はないらしい。

そうまでして隠すのは、やはり一夏の為を思ってか───。

 

これ以上部屋に居るのは無駄と考え、流星もまた千冬の背を向けた。

流星はドアへと向かう。

 

 

「一夏には話すべきだと思います……そうじゃないと、きっといつかあいつの致命的な隙になる」

 

「……」

 

それだけを告げて彼はドアノブへと手をかける。

ガチャり、と音が聞こえた辺りで千冬は静かに問いを投げ掛けるのだった。

 

「…今宮。それは更識側の人間としてか?それとも───」

 

「─友人としてです」

 

オレンジ髪の少年は問いに答えると、ドアを開けて部屋から出ていく。

閉まるドア。

千冬は最後まで振り返らずに資料へと目を向けたままである。

とはいえ書いてある文字を読んでいる訳ではない。

 

話すべきだと、薄々彼女も察している。

だが────。

 

「だがあんなことをどう伝える──?」

 

薄暗い部屋の中、千冬の疑問はポツリと浮かんでは消えていく。

伝えたところで一夏を大きく傷つけるだけだろう。

だから、アレを伝えるのはまだもう少し先でいい筈だ。

 

「───」

 

くしゃりと手に持っていた資料が音を立てる。

言えるわけが───無い。

彼女は心の内でそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

オレンジ髪の少年の部屋に来訪者があった。

 

「……」

 

戦闘や事後処理、機体整備等色々なものからやっと開放されたばかりの少年は嫌な予感に顔を顰めた。

休日のこんな朝早くに訪ねてくる人間───思い当たるのは1人だ。

 

はぁ、と大きなため息。

マグカップを片手に持ったまま、彼はドアを開いた。

 

目の前にいたのは予想通り水色の髪の少女であった。

制服姿の少女はペロリと舌を出し、華麗にウインクをする。

 

 

「来ちゃった♡」

 

 

流星はドアを閉めたくなる衝動に駆られる。

どうしてこう朝からテンションが高いのだろうか。

 

「何よもう。折角迎えに来てあげたのに──」

 

「迎えに来た?」

 

流星は小首を傾げながら、手に持ったマグカップを口もとへ持っていく。

コーヒーをゆっくりと堪能する少年を前に、楯無は扇子を開いた。

扇子には『帰省』と書かれていた。

 

「というわけで────確保よ!内海!」

 

「!?」

 

「承知!」

 

どこからともなく現れる厳つい風貌の男性。

そして目にも止まらぬ早業で流星の胴体に巻き付けられるロープ。

仕組みとしては西部劇の投げ縄───驚くべきはこの一瞬で距離を詰め、楯無と連携して流星を縛り上げる技術と身体能力であった。

完全に隙を疲れた流星は口もとをヒクヒクと動かしつつ、楯無を睨む。

片腕とマグカップが無事だったのは、彼が遅れながらも反応していた証拠だ。

 

 

「今日は休日じゃなかったか───?」

 

「喜べ小僧。晴れて休日出勤だ」

 

男の言葉に流星は渇いた笑みを浮かべる。

諦めが入った様子で彼はコーヒーを飲み干すのだった。

 

口の中に広がる苦み。

砂糖を入れておけば良かった──なんて心の内で彼は独りごちる。

 

 

 

なんて事から一時間半程。

 

あれよあれよと特別に用意された車に乗せられ、流星はある場所へと連行された。

初めて乗せられた高級車と扇子の文字から彼は行き先を察していた。

 

かくして辿り着いた先は、大きな武家屋敷前。

表札には『更識』と書かれていた。

要はここは─────。

 

 

「ようこそ、更識家へ。歓迎するわよ流星くん」

 

 

門が開かれ、中へと先陣切って入っていく楯無。

閉じた扇子を口もとに当てながら楽しそうに彼女は背後の流星へと視線を流す。

 

この屋敷の規模からして疑いようもない。

少年は突然の訪問先に溜息をついた。

ここは、更識家の─────本部だ。

 

楯無の帰りを迎えるようにズラリと並んだスーツの男達。

正面から見た大きな武家屋敷といい、出迎える者達といい、背後を歩く内海といい、流星は凄まじい既視感を憶えていた。

 

これはあれだ。

 

簪の部屋で見たアニメやドラマでいう───ヤ〇ザの本部だ。

規模はアレよりも遥かに大きいあたり、ヤク〇では相手にならないだろう

 

(本音がやけに図太い訳だ)

 

流星は楯無に連れられて表玄関を歩く。

一夏ならば大袈裟なリアクションで驚いただろう。

ただ、リアクション薄めな流星もそれなりに物珍しさは感じていた。

 

屋敷の中は思ったよりもシンプルなものだった。

片付いてはいる中、年季が感じられる。

花瓶や掛け軸はあるが、質素な雰囲気は変わらない。

 

「じゃあ流星くんはこっちの部屋で待ってて。私は向こうで着替えてくるから」

 

楯無にそう告げられ、流星は客間で待機する。

畳からのい草の香りは不思議と落ち着くものであった。

 

──ここに連れてこられた理由はだいたい分かっている。

流星が更識家に所属することになったのは、つい最近。

だがそれはあくまで当主である楯無との取り決めに過ぎず、正式に一員となるには古臭いが契りを交わす必要があるとのこと。

 

それこそまるでヤ────やめよう。

以前に聞いた話。

そこから連想するイメージを流星は振り払う。

 

 

「流星君。準備が出来たので此方へ──」

 

虚が襖を開き、姿を現す。

普段と同じ制服姿。

だというのに纏う雰囲気は普段と違う。

 

流星は虚の後ろを付いていく形で廊下へと出た。

特に会話はない。

ここではあくまで私情を挟むつもりはないのだろう。

更識楯無の従者────布仏虚に案内され流星は大広間へと辿り着いた。

 

 

 

虚は横に逸れ、静かに佇む。

ここから入るのは、あくまで流星1人だからだろう。

意図を察した流星は躊躇を見せず、襖を開けた────。

 

 

少年の目に入ってきた光景は、今まで体験したことの無いものであった。

何畳あるか想像がつかない大広間。

奥に対して特に広く、両脇にズラリと並ぶように座っている更識家の者達。

その最奥には────和服姿の少女の座っている。

水色の髪に赤い瞳。

妖しい色香と凛とした雰囲気がそこには混在していた。

 

 

 

流星は大広間の真ん中を歩く。

楯無の正面で足を止め、改めて彼女と向き合った。

 

 

「──改めて名乗らせて貰うわよ。私は更識楯無。更識家十七代目当主よ。今日此処に来て貰った理由は、言うまでもないかしら」

 

楯無の言葉に流星は静かに頷く。

彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「今一度問うわ。あなたは更識家の人間として──他を守るためにその身を捧げられる?」

 

 

「───必要ならそうする。それだけだ」

 

 

対して流星もアッサリとそう答える。

彼のこれまでの行動を考えれば不要な問答。

座して様子を見ていた更識家の人間達も疑いの目を向けることは無い。

 

本当に必要なら、彼は言葉通りの事を躊躇なく実行するだろう。自分を大切にして欲しいけど──と楯無内心不満を漏らしていた。

 

 

「分かったわ。あなたを『更識家』の一員として正式に迎えます。──けど」

 

と、含みのある言葉に流星は小首を傾げる。

同時に楯無の近くに座っていた男性が立ち上がった。

 

「内海があなたを試したいらしいの。──というわけで内海、ここからはあなたに任せます」

 

「ありがとうございます、十七代目」

 

サングラスを付けた厳つい風貌の男──内海龍治と呼ばれるナンバー2だ。

顔にも無数の傷をつけている男は、鋭い眼光を流星に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして場所は移り、更識家の中庭。

オレンジ髪の少年とサングラスの男が向かい合っていた。

縁側や部屋には、彼等を見守る構成員達と楯無がいる。

 

 

「で、何を試すんだよ」

 

流星は不満そうに内海へと問い掛ける。

対して内海は胸元のポケットから何かを取り出した。

それは掌に収まるサイズの、一般的な情報記憶媒体である。

 

「俺達はあくまで護るのが仕事だ。国の為、国民の為、組織の為、当主の為──仇なす者達を影から律し排除する護国の盾だ。それは分かるな?」

 

「ああ」

 

「だから試験も護ることだ。コレを四時間守りきれ。ISは禁止、以上!……簡単だろ?」

 

「───」

 

分かりやすいが──と流星は投げられた情報記憶媒体を受け取りつつ、意味を考える。

内海はそれを見透かしたように答えていた。

 

「今宮、お前には井神来玖留の件で恩がある。お前を命懸けで守れと言われたら、俺含めてここに居る野郎は喜んで盾になるだろうよ。だがな、仲間になるってなっちゃあ話は別だ──」

 

内海はそう言いながら構えをとった。

相変わらず隙がない。

流星は胸ポケットに情報記憶媒体をしまい、ニタリと意地の悪い笑みを浮かべた。

要は庇護下で生きるか、仲間になるかはここで決まる。

今更前者のような立場になるつもりは流星には無かった。

 

「信用出来るかの品定めって訳か」

 

「話が早ぇのはいいことだ。さぁ、始めようか────!」

 

ズドン、とまさかの土を蹴る音。

人間離れした瞬発力で男は踏み出し────

 

 

「!」

 

「スグ終わるかもしんねぇけどなァ!」

 

流星を思いっきり殴り飛ばした。

 

 

 

 

「あちゃー内海もノリノリねぇ」

 

流星が思いっきり殴り飛ばされた様子を見ながら、楯無は呑気にそう呟いていた。

扇子を開き、口もとを隠している。

そこには驚愕の二文字が書かれていた。

とはいえ、彼女自身は驚いている様子は無い。

 

 

「流星君、大丈夫でしょうか」

 

対照的に、心配そうな様子で虚は楯無に話し掛ける。

相手はあの内海。

十七代目当主に拾われ、先代の『楯無』に格闘術を全て教わり──あらゆる知識も学び、一気にナンバー2まで登り詰めた男だ。

天賦の才というべき戦闘センス、潜り抜けた修羅場。

対暗部組織の技術を詰め込んだ男こそ、内海龍治その人であった。

殺し合いでも無ければ、まず流星は勝てない。

 

「厳しいんじゃない?内海はお父様仕込みだし、そもそも天性のものがあったし……あと流星くんはさっきのものを守り切らなきゃいけないし」

 

「ではお嬢様は彼が負けると?」

 

冷静な分析を行う楯無に虚は尋ねる。

楯無が結果は見えているといった態度に感じたからだ。

 

楯無はケロりと笑った。

 

「まさか!私の流星くんよ?──ほら見なさい虚。初撃からの連撃でも彼は何とか体勢を立て直した」

 

 

「……私の(・・)……?」

 

「か、──簪ちゃん!?」

 

背後から現れたのは、和服姿の更識簪。

彼女は楯無をジーっと見つめながら、黒いオーラを放っている。

思わずたじろぐ楯無。

色々言いたい簪であったが、本家で騒ぐのは気が引けたらしい。

不満げではあるが、静かに姉の隣に座った。

 

「…どうして流星と内海が戦っているの?」

 

「試験らしいですよ」

 

溜息をつきつつ、虚は答える。

その溜息に含まれているものは、呆れである。

こんな事をしなくても──他に方法はあるだろうに───なんて感想は言うまでもなく簪や楯無に伝わっていた。

 

 

女子三人の会話をよそに、試験は続いている。

オレンジ髪の少年は腹部への掌底を右手で受け止め、反撃に姿勢を低く足払いを狙う。

しかし内海はそれを躱し、彼の顔面に蹴りを見舞った────。

 

 

「ところで簪ちゃんはどっちが勝つと思う?賭けない?」

 

「生徒会長が何を言っているんですか」

 

「あんいけず。食券だから健全ですぅ〜。で、簪ちゃんは??」

 

「もちろん、流星に一週間分」

 

「……妹君まで……」

 

キラリと眼鏡の端を光らせ、簪は賭けの対象を宣言する。

項垂れる虚。彼女の心情など気にせず、当主もノリノリであった。

 

「当然私も流星くん。って事で虚は内海にbetね!」

 

「勝手にして下さい…」

 

宣言と同時───中庭の端へと殴り飛ばされる流星の姿があった。

 

 

 

 

 

 



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-92-

 

 

内海龍治。

楯無の事をプライベートでは(あね)さんと呼び、組織でも忠誠心は人一倍のナンバー2。

元々所属していた組織が壊滅し、ヤケ酒で酔い潰れていた所を楯無襲名直後の刀奈が拾ってきたらしい。

マーライオンの如き状態の男を連れて帰って来たようだ。

実家の反応が気になるところである。

 

──ただアレは言うなれば怪物だ。

千冬さんや篠ノ之束みたいな規格外を除けば、最上位組に分類されると俺は考えている。

楯無よりも技術は劣るが、凄まじいフィジカルでそれをカバーしている。

 

なんでも楯無に拾われ『更識』に入り、先代に鍛えられたとか何とか。

 

 

 

 

そんな内海が俺を殺すつもりで攻撃して来てる事は、火を見るより明らかであった。

圧倒的な瞬発力と振るわれる拳。

長身から振るわれる攻撃の数々は、更識に於いて鍛えられた技術も盛り込まれている。

防いだつもりでも──俺は難なく殴り飛ばされていた。

 

 

即座に起き上がる俺を、内海の眼光がサングラス越しに射抜く。

 

「なぁ今宮。お前はどうして『更識(うち)』に入ろうとする?」

 

「?」

 

それは唐突な問い掛けだった。

 

「そうせざるを得なくなったから、か?───だとしたら気にすんな。俺らが命を懸けて保護してやる。だからてめぇはすっこんでりゃいいさ。必要なら火の粉だけ払ってりゃいい。ほら、問題ないだろ?」

 

要は仲間になる必要があるのか、という話だ。

確かに『更識』側が協力体制であれば今まで通り──同じ立場でも問題ない。

 

だが、それだと足りないとオレは判断した。

 

「理由ならある。オレは今の生活が気に入ってる。その為に邪魔な敵を排除する。使えるものは使うだけだ」

 

「成程、悪くねぇ動機だ───ただし理由(ワケ)が足りてねぇ」

 

「は?」

 

内海はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「簡単な話だぜ、今宮。今の生活が気に入ってる?──んなもんお前がどうこうしようが結局変わる(・・・)ものなのさ。それにな、他でもっと良い居場所を見付けたら、てめぇは鞍替えすんのかよ?」

 

「屁理屈を───」

 

「屁理屈で結構。だがよ、お前は考えたこと無かったのか?───篠ノ之束と居た時はどんな感じだったのか──ってよ!」

 

「ッ!それは」

 

驚きは内海が知っていた事に対してではない。

的確に痛いところをついてくる男に大してだった。

話しながら内海は上のスーツを脱ぎ捨てる。

 

「無意識で考えてなかったか。記憶を操作されてたか──どの道てめぇに背中を預けられねぇな!」

 

話し終わると同時に内海は地面を蹴った。

何かの技術か、急激に距離が詰まり──横薙ぎの蹴りが頭目掛けて振るわれる。

咄嗟に腕でガードするも視界が一瞬暗転した。

 

「……っ、好き勝手言いやがって」

 

今一度大きく蹴り飛ばされ、俺は背中を地面に打ち付けた。

胸ポケットの情報記憶媒体は何とか無事。

違和感から額を拭うとヌルりとした感触がした。

赤色が視界に映る──額を切ったのだろう。

即座に体を起こす。

 

「……」

 

以前、篠ノ之束に敵意を憶えなかった原因──それが過去から来ているのだとすれば、記憶にない生活も俺が気に入っていた可能性がある。

 

そうなれば完全に記憶が戻った時、俺がどちらを取るのか。

今か過去か───。

考えて来なかった、いや無意識で考えようとしていなかった事を突き付けられる。

 

───拳が俺の顔面を捉えた。

 

「ッ!」

 

「難しく考え過ぎなんだよ、てめぇは」

 

鋭い一撃。

意識とは別に体が動いていても、そもそも相手は相当な実力者だ。

揺れる視界、何とか脳震盪にならないように威力を逃がせたが、体は重い。

着実にダメージが体に積もっている。

 

 

「──流星!」

 

「──!」

 

簪の声がいつになく頭に響いた。

綺麗な声は先までの無駄な思考を削ぎ落としていく。

 

思えば簡単な話だった。

どうして平穏を惜しんでいるのか。

どうしてその為に敵を排除しようとしているのか。

どうして『更識』に入ろうとしているのか。

 

 

追撃に迫る男の姿。

──ニタリとオレは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(───雰囲気が変わった──?)

 

追撃をしようとしていた内海は、違和感に気が付いた。

微かなものではあるが、目の前の少年の纏う空気に変化があったのだ。

 

(来る───)

 

カウンター気味の蹴りが内海の頬を掠める。

内海はそれを持ち前のフィジカルで躱し、即座に体勢を立て直す。

 

これならば流星の追撃は間に合わない。

そう踏んだところで彼はすれ違いざまに、全力で駆け出していた。

 

 

・・・。

 

「──てめぇ今宮ァ!」

 

舌を出し小馬鹿にする流星。

勝ち誇ったような彼を内海は全力で追い掛けようとする。

 

あくまで身体能力は内海が上。

情報記憶媒体を持っている流星では無茶な動きは出来ない。

逃げ回るにも不自由がついて回る。

 

ついて回る制限。

それをどうするかがこの試験の本質であると流星は考えていた。

特に細かなルールが無かったのも、選択肢を増やす為だ。

 

となれば──やる事はひとつ。

流星は迷わずギャラリー達のいる縁側の方へと飛び込んで行った。

 

「流星!?」

「流星君!?」

「!」

 

「楯無」

 

楯無達の前に飛び出た流星は懐から情報記憶媒体を取り出す。

背後から追いかけてくる内海を横目に、彼は楯無へと情報記憶媒体をポンと投げ渡した。

 

「──後で何でも言う事を聞くから、これを四時間持っててくれ」

 

「へ?」

 

「──!?」

 

キョトンとする楯無と胸中穏やかではない簪。

全員その意図を理解してはいるが、頼まれ方は想定外だったらしい。

 

 

「あっ!コラてめぇずりぃぞ!今宮ァ!自分で守れェ!」

 

「んなルールねーだろクソヤ〇ザぁ!」

 

少年は内海の方へと迎撃に向かう。

先までの仕返しと言わんばかりに振るわれた拳は、初めて内海の頬に入った─────はたから見れば、もはや子供の喧嘩の様相であった。

 

 

怒声が飛び交う中、状況を飲み込む楯無。

一瞬妄想の世界に旅立っていたが、確かに問題ないと彼の行動を評価する。

 

 

内海は楯無に逆らえない。

重要物を託す相手の信用度としても、当主相手となれば問題ない。

 

加えて楯無自身の信用もそこに付随してくる。

もし内海が楯無に交渉し、その情報記憶媒体を獲得出来た場合──楯無が先の約束を反故にする形になる。

 

最初から楯無が拒否する選択肢もあるが───。

 

「簪と二人で映画観に行く時間も作る事を約束する!どうだ!」

 

「──乗ったわ!」

 

この通り。

ダメ押しの条件も入った事により、更識楯無はアッサリその首を縦に振ったのだった。

 

 

──四時間の時間経過を待たずして、流星の試験クリアが確定した瞬間であった。

 

 

 

 

 

内海との試験から二時間が経過した。

不貞腐れた様子の内海をよそに、流星は廊下を歩く。

彼の格好は和服姿。

先まで着ていた汚れた制服は洗って貰えるらしく、それまで服を借りている状態だ。

 

頭に軽く巻かれた包帯と頬に当てられたガーゼ。

大袈裟に見えるが皮膚を切っただけのもの。

治療だけでなくISの生体補助も合わされば、すぐに治るだろう。

 

「───」

 

辿り着いた場所は、先と同じ大広間。

数多の構成員達に見守られながら、彼は再び楯無の前に出た。

 

盃に酒が注がれる。

 

未成年に酒は不味いだろう──と流星は苦言を呈したが、楯無はそれを一蹴。

『ここは治外法権だから!』と楯無の言。

当主がそう言うのだから従う他ない。

 

尤も彼は傭兵時代に仲間に勧められ、ほんの少し飲んだ事はある───物の質が質だったためかあまりいい印象がなかった。

 

そこはさすが『更識』。

上等なものだったのか流星でもすんなりと体に入った。

学園にバレればどうなることか。

あくまで儀式のようなものと流星は自身に言い聞かせた。

 

 

 

 

そうこうして

晴れて今宮流星は正式に『更識』の一員となったのであった。

 

 

 

「さてと。じゃあ堅苦しい事も終わったし、歓迎会と行きましょうか」

 

 

楯無の宣言と共に、突如として運ばれてくる料理の数々。

いきなり用意するには到底用意できない人数のものだ。

 

……今日のメインイベントは───こっち(・・・)か。

流星は呆れたようにため息をついた。

 

 

流星は虚に連れられ、簪達のいる側へと移動する。

楯無は当主である故にこちらには座れないようであった。

何とも不便な話だと考えつつ、流星は料理へと視線をやる。

 

何とも見たことも無い和の盛り合わせ。

懐石料理とは違うようだが、軽々と出される料理としてはあまりにも豪華である。

隣の席の簪に尋ねる流星。

少女曰く、会席料理というものに区分されるらしい。

 

 

楯無の音頭を皮切りに、一瞬で大広間は騒がしさに包まれた。

生まれて初めての宴会の空気。

流星は先までの張り詰めた空気と、今のガヤガヤした空気とのギャップに初めて困惑を露わにする。

 

 

「…不思議なもんだな」

 

楽しそうな構成員達を見ながら流星はポツリと呟く。

隣にいた簪は彼の顔を覗き込んでいた。

 

「苦手だった?」

「苦手ではないな。こうけ──もっと寡黙な人達を想像してたからというか」

「驚いた…?」

「そうなる。案外皆ノリが良いんだな」

「ふふ、更識のエージェントも人と言うことですよ。流星君」

「そうみたいですね。───にしても本当に美味しいです」

 

 

そうして舌鼓をうつ流星のもとへ、『更識』の皆がやってくる。

本来なら流星が挨拶に回るべきなのだが、それを待たずして彼らからやってきたようだ。

彼らは歓迎しにきてくれたらしい。

皆親切であった。

曰く困った事があれば言ってくれとのこと。

以前の事で恩を感じているのかもしれないが、流星にしてみればただ楯無を優先しただけのこと。

少しむず痒い思いだが、好意を受け取っておくことにする。

 

(祝われるのは何時ぶりだろうな)

 

ふとそんなことを考えてしまう。

誰かを祝う場にはいたが、このように祝われる側は──。

 

 

 

「おう、いいご身分だなぁコラ」

 

「──またアンタか…」

 

直ぐに彼は思考を打ち切る。

額に青筋を浮かべた内海が流星の前にドカりと腰を下ろしたからだ。

冷たい視線を向けるとガンを飛ばす内海。

真横で見ている簪は口もとをヒクつかせながら様子を見守る。

 

「ほらよ」

 

ゴトン、と彼の眼前に置かれたのは酒瓶。

流星は即座にため息をついた。

 

「飲まないからな?」

「んだと俺の酒が飲めねぇって言うのか──!?」

「俺は未成年だっての。分かんないのか脳筋」

「んだとコラ、ちょっとツラ貸せやオマエ──」

 

喧嘩腰のナンバー2に流星はどうしたものかと考える。

そんな時に彼の隣に居た簪が口を開いた。

 

「内海、喧嘩はダメ…。あと煙草臭いからあっち行って」

 

「お、お嬢──!?」

 

後半の言葉にショックを受けた内海がションボリした様子で離れていく。

『禁煙…するか…』なんて切ない呟きが聞こえてくるあたり、ダメージは相当なものだろう。

 

虚はいつも通りの様子で淡々と食事をとっている。

内海という人間はずっとああなのだと、そこから察しが着いた。

 

 

 

大広間の襖の1つが、静かに開く。

丁度流星達の真後ろに位置する襖から、女性が姿を現した。

 

「!」

 

「あら?」

 

楯無より簪に近い濃い水色の髪──くせっ毛は特にないストレート。

目元は楯無ソックリの女性がそこに居た。

 

目を丸める流星。

それもその筈、特徴から相手が誰かは察していたが───にしてはあまりに若い。

厳しく見積もっても20後半がいい所だろう。

 

 

「お母さん──ど、どうしたの?宴会は別に今日は良いって言ってたのに…」

 

「折角だから例の流星クン?に挨拶しておきたくてねぇ」

 

ウィンクをしながら簪にそう話す女性。

話すペースは更識姉妹に比べてまったりとしている。

 

「貴方が今宮流星クン?カワイ〜!」

 

「へ?」

 

パッと抱き着いてくる女性。

突然の発言に小首を傾げていたとはいえ、驚くほど無駄のない体運びだった。

自然な動作、して脅威度はない。

しかしてこうも簡単にこの間合いに潜り込まれると、流星も思わなかった。

 

「んー話に聞いていたイメージより、ずっと無駄のない身体付きをしてるのねー。感心感心」

 

手で少年の体に触れ、スっと目を細める。

流星からは見えていないが、そんな表情をしているであろう事は察しが着いた。

戦闘能力は恐らくないが、それでもこのような動きは出来る辺り───更識の女は伊達じゃない。

 

「…お母さん?──離れて」

 

「そう怒らない。お母さんもどんな人か見定めておきたかったの。あなたのためにも、ね?」

 

むぅ、と口を尖らせる簪。

その言葉に含まれた意図を知り、少し頬を赤らめる。

 

更識(ゆい)

十六代目楯無の妻にして、刀奈と簪の母親である。

離れながら挨拶する結に流星もまた簡単に挨拶を返す。

 

 

にしても、である。

──三姉妹と言われれば鵜呑みにしてしまいそうな容姿だ。

 

 

「ジー」

 

「あの、何か?」

 

じっくりと観察され、少し困った様子で流星は問い掛ける。

観察するのは仕方がないが、こうも至近距離で観察されてはもどかしい。

 

「ん〜?特に何も?──ふむふむ、あなたもあの人みたいに頑固な人間なのね。……そういうのに弱いのかな、私達」

 

「?」

 

「お母さん」

 

「はいはい。流星クン、今後ともうちの娘達と仲良くしてあげてね?」

 

ウインクをしつつ女性は立ち去る。

静かで落ち着いた様子ながらも圧倒的な存在感。

それを少年は思い知らされた。

 

ぱたんと静かに閉じる襖を見ながら、流星は食事を再開する。

盛り上がる宴会をよそに彼は疑問を口にした。

 

「…容姿(あれ)、どういう魔法ですか?」

 

「やっぱり気になりますよね。ちなみに『秘密♡』だそうです…」

 

虚からしても謎なのか、彼女も困った様子で首を振る。

あまりにも不可解だったのか、流星は視線をそのまま簪の方へとズラす。

 

「…。簪」

 

視線を向けられた簪は困ったように小首を傾げて、応じるのだった。

 

「?──お母さんってああいうものじゃないの──?」

 

特に何かしてるとは聞いていないけど──と簪は続ける。

苦笑いを浮かべたまま、流星はこめかみを抑える事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

そうしているうちに辺りが暗くなってきた。

宴も終わり、皆が各々の持ち場に戻っていく中──俺は泊まっていけと更識結(奥方)に引き止められる。

 

これ以上は気を遣わせまいと断ろうとしたが、そこは楯無の母──先に学園へと連絡を取り、あっさり宿泊申請を済ませていた。

恐らく用紙を先に送付していたのだろう。

 

 

『虚ちゃんや本音ちゃん以外のお友達が泊まる───なんて初めてだから、友人同士──パジャマパーティでもしてあげてね?』

 

何故か嫌な予感がしたが気の所為だろう。

 

なにはともあれ。

用意された離れの部屋へと俺はひと足先に向かう。

がらりと障子を開け───思わず絶句した。

 

「───、」

 

 

大きな敷布団と掛布団がひとつずつ。

枕が三つ。

他は何も見当たらない。

…間違いない。あの人は楯無の母親だ(嵌められた)─────!

 

 

畳の上で寝るか?それとも廊下で寝るか?

最近の夜は少し冷える。特に予報では朝方に掛けて更に冷え込むと言われている。

服もあまり分厚いものではない。

つまり、布団の外で寝る選択肢は厳しい。

 

 

ぐるぐると部屋の中を歩きながら考える。

 

虚さんに頼るか?

いや、奥方が手を回していないとは考えづらい。

内海も同じか?

…そもそも話した瞬間面倒事になるな。

 

ため息をつく。

ひとまず場所を変えよう。

離れ以外で寝る選択肢もあるはずだ。

 

そう考えた辺りで────縁側の方で人の気配がした。

 

「!」

「おや、君は───」

 

障子を開けると、縁側で座る初老の男性がそこには居た。

黒髪に柔和な雰囲気。ただ、雰囲気反してガタイは良い。

 

 

「今宮流星です。お初にお目にかかります──十六代目」

 

「そうか君が流星君か。ふふ、礼儀正しいのは結構だが、堅苦しい呼び方はよしてくれ。今は隠居の身──プライベートさ。フランクに頼むよ」

 

───更識(じん)、先代更識楯無である。

手に持った湯呑に入った茶を飲みながら、彼はほぅと息を漏らした。

 

「ゆっくりしていきなさい。お茶くらいなら出すよ」

「なら戴きます」

 

促され隣に座る。

縁側から見える夜空は、とても綺麗だ。

 

俺も出されたお茶をゆっくりと飲む。

特に高いものでも無い、湯飲みに注がれた普通の緑茶は──とても美味しかった。

 

 

 

 

「昼間は内海が迷惑をかけたようだね。怪我は大丈夫かな?」

 

「はい。特に支障はありません。…それに、やり方こそアレですけど、あいつの言いたい事は当然のことでした。迷惑とは思───いや…どうかな…」

 

先代の言葉に応じながら、俺は首を傾げる。

確かにこう、あのヤ〇ザもどきの言い分はわかるが──何故か認めたくないというか───。

 

「彼はああだからな。娘と同様破天荒な面も多い。これから振り回されるのを覚悟しておくといい」

 

「…頭が痛くなる話ですね」

 

楽しそうに微笑む男性。

見た目通りの優しい声。しかし瞳の奥にはブレない芯がある。

ただそれは大空のようなおおらかで──話していると心が和らぐようであった。

 

「して、興味本位で聞くとしよう。君はあの試験で、何を見付けたんだい?」

 

「…見付けた、ですか」

 

「そうだね。端から君があれくらいで振り落とされない事は知っている。1人で出来る範囲も知っているし、指針もしっかりしている。だけどね、君は今しか(・・・)見ていない。未来(さき)があるなんて思考にならない。だからその為の芯を見つけるべきだった」

 

「…」

 

ほんの少し。

この人と俺が会って数分といったところ。

たったそれだけで、この人はオレの足りていないであろう部分を指摘したのだ。

当然、オレの事は調べあげているだろう。

しかし───そこまで把握出来ているものなのか。

 

本来なら不快に感じる踏み込まれ方も、不思議と嫌ではなかった。

心の底から人を案じ、我が子のように接する。

懐かしい感じ──ぼんやりとした記憶で、家族を思い出す。

悲しいとは思えない。寂しいとも。

ああ、非人間的だとそこで感傷が初めて生まれる───なんと醜いものか。

 

だが、

 

「芯は見つかったかい?」

 

「はい。オレはきっと───アイツらが大切なんだ。この日常もきっと、アイツらがいるから良いものだって思える」

 

仮に篠ノ之束が、オレにとってどういう存在であったとしても。

今のそれは揺るがない。

一夏のように守ると断言は出来ずとも、オレは大切なものの為に動く。

 

なら良かった。とだけ男性は呟きお茶を飲む。

暫しの沈黙。

俺達は縁側で静かにお茶を啜り、静けさを楽しむ。

 

そうして更に1分後。

ポツリと呟くように男性は口を開いた。

 

「今更だが………君には、君には本当に感謝してもし切れない。娘達の仲直りも、娘の危機も──僕達はどうにも出来なかった」

 

小さな咳払い。

先代が刀奈に『楯無』譲った理由を俺は思い出す。

確か病気が起因していたはずだ。

別に命に関わるものでは無いが、著しく体力が落ちたらしい。

それが原因で先代の井神当主にも傷を負わされたとか────。

 

そして、だからこそ背負い込む刀奈と抱え込む簪の構図ができてしまった。

身内だからこそ、どうしようも出来なかったのだろう。

 

「感謝されるほど俺は何も出来ていません。俺は全部乗っかっただけです」

 

そうだ。

全部上手いように歯車が噛み合っただけ。

だからそんなに感謝されても、反応に困る。

 

「そうか。はっはっは、君も中々素直じゃないようだ」

 

「?」

 

刃さんの声が少し弾んで聞こえた。

理由は分からないが、特に突っ込む気も起きない。

──話が終わったからか、刃さんはゆっくりと立ち上がった。

 

「それでは僕は失礼するよ。飲み終わった湯呑みも貰おう。遠慮は無用、娘の友人にそんな事させる訳にはいかないからね」

 

「ありがとうございます」

 

こちらの礼に刃さんはニコリと笑みで応じる。

盆の上に湯呑みを乗せ、彼はゆっくりと立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

1人縁側に残された流星は、そのまま床に背中から倒れる。

そうしてすぐに先程の男性に聞けばよかった事を思い出した。

 

(…寝床どうしよう)

 

話している最中に思い出せなかったのが悔やまれる。

追いかけてこれを話すべきか?それはそれで気まずい。

溜息が漏れる。

もういっそこのまま寝てしまおうか。

 

 

「駄目だ駄目だ。こんなので風邪なんか引いたら、それこそ今後に支障が出る」

 

今や流星は『更識』の一員にして国家代表候補生、そしてIS学園生徒会執行部副会長の身。

もし体調を崩せば、それこそ後が大変である。

 

仕方がないと割り切り、彼は先の部屋へと戻る事にする。

障子を開き、改めて寝室に入った所で出迎える水色の影が二つ合った。

パジャマ姿の楯無と簪が少年の方へと駆け寄る。

 

 

「一応聞くけど、どうしてここに居る?」

 

「だって、今日私が寝る場所はここだし?」

 

当然の事のように言う楯無。

流星はいつも通りの嫌そうな表情である。

 

「自分の部屋で寝ろよ」

 

「…今日は部屋の空調の調子が悪いから、ここで寝る…」

 

簪まで淡々とそう告げる。

私もー!と元気よく同調する姉。

きっと嘘だろうと少年は呆れている。

 

 

「もう、つべこべ言わないの」

 

楯無が流星の服を掴み引っ張る。

自然と振り解こうとするも、そこは簪も彼の手をがっしりと掴んで阻止する。

 

「逃げたら駄目」

 

微笑ましい姉妹の連携──ではない。

簪もこのような事をするとは流星にとっても想定外だった。

何か裏で密約を交わしたのか気になる所だが、そこを考慮してなかったのはとんだ失態である。

 

 

「…仕方がない、か」

 

ここからどうこうしても状況は変わらないだろう。

むしろ悪化まであると判断して、流星は渋々二人に連れられ部屋の中央まで歩く。

 

して、パジャマパーティとは何か。

疑問に包まれつつも彼は誘導され、三人うつ伏せで寝転ぶ形になる。

 

そして、学校や更識での他愛のない話を楯無と簪二人と話す。

寝る前にこうやって雑談をする──少年にとっては楯無と同室以来のことであった。

 

──恋バナが出来ないのは当然の話。

少女ら自身は墓穴を掘る事を避ける為にその話題を避けていた。

 

 

「もうこんな時間か」

 

自然と出たあくびを堪えながら流星は時間を確認する。

普段ならば就寝する時間。

これまでの疲れもあってか、やけに瞼が重い。

 

「もう寝ないとね」

「そうだね…」

 

楯無と簪もあくびをしながら、仰向けに寝転ぶ。

三人とも川の字になる。

そうして照明を消し、掛布団を被った。

 

 

「これ─おかしくないか──?」

 

 

月明かりがほのかに照らす部屋で、流星は不思議そうに呟く。

 

彼の声色はいつになく困惑が含まれていた。

広いはずの布団で、何故かピッタリと楯無と簪がくっ付いて来たからだ。

 

「こうして寝るのは久しぶりだし、折角だからねー?」

 

楯無はなるべく(・・・・)いつもの調子を装いつつ、そう告げる。

久しぶりという単語に簪は一瞬固まる。

しかし、負けてはいられないと彼女は流星の左腕に抱き着いた。

 

 

柔らかい感触が少年の腕に当たる。

流星は簪を止めようとするも、それは叶わなかった

対抗意識を燃やした楯無が彼の右腕に抱き着いたからだ。

 

「──」

 

脳が理解を拒む。

試されているのか、それともどういう悪戯か。

これまでの楯無の行動も相まって、一夏以上に警戒心が強くなっている流星は頭をフル回転させて状況を整理する。

 

右に楯無、左に簪。

双方は腕にしがみついており、距離が異様に近い。

 

(お姉ちゃんには負けない…お姉ちゃんには負けない…)

(わ、私だって意地があるんだから!)

 

更に対抗心を燃やす二人。

当初の協力して籠絡する作戦は、単純な嫉妬心により瞬時に崩壊している。

 

それぞれのシャンプーの香りがふわりと流星の脳をくすぐる。

同じ家、姉妹といえどこだわりが違うらしい───なんて冷静とは思えない分析が入る───少年は直ぐに忘れることにする。

 

二人の抱き寄せる力が強まる。

頬を紅潮させ、恥じらいつつも一歩も引かない乙女達。

白い肌に少年を見上げる小さな顔。

 

正直な話───流星が二人に魅力を感じていない筈もない。

 

「…流石に眠れないから、離れてくれ」

 

「流星は───」

「──嫌なの?」

 

 

するりと腕を解き、二人は流星を覗き込む。

言葉はなく、熱っぽい視線が静かに向けられている。

ボタンがひとつ外れ、着崩れたパジャマ。

いつその細い肩から脱げてもおかしくない───。

 

「─っ」

 

注意しようとも流星も言葉を失っている。

どくんと脈打つ心臓。何かが胸中で囁いている。

 

少年もまた自然と思考が鈍っていく事を自覚した。

その細い首に。

その白い肌に。

綺麗な髪に、赤い瞳に───理性は溶かされていく。

 

そしてまた、楯無と簪もとろんと熱に浮かされたような表情で流星に顔を近付けていった。

 

 

 

(───ん?目がとろんとしてる??)

 

 

そこで漸く二人の異変に気が付いた流星は、思考力を取り戻す。

同時にグルグルと目を回し、彼の両隣りに倒れる少女二人。

 

「………成程、酔いが回っていたか」

 

心配になり、二人の様子を確認する流星。

二人は幸せそうな表情でスヤスヤと寝息を立てている。

 

ISで簡易的なバイタルチェックをしても、問題なし────とんだ問題児達であった。

 

「…世話のかかる…」

 

流星は眉間を抑えながら、二人を並べ布団をかける。

 

ここは治外法権。

そして儀式や祭りといえど、良くないことには違いない。

黒幕がいるのか本人たちが知ってやったのかは知らないが、問答無用である。

 

明日の朝、厳しく叱ろうと決意しながら彼もまた眠りにつくのであった。

 

 

「……ホント、心臓に悪い事を───」

 

 

ボヤきつつ、彼は静かに意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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-93-

 

───朝。

障子越しの日光を頼りに、少女達は目を覚ました。

慣れたい草の匂い。学園では見られない座敷の天井──。

 

「ん〜…」

 

眩しいと感じ、それを境に急速に意識が覚醒していく。

ゆっくりと体を起こし、数秒経った。

ここは離れの部屋──自身が自室でない場所で寝ている事に疑問を憶え、少女()は周囲を見渡す。

 

「あ…お姉ちゃん…おはよぅ」

「簪ちゃん…おはよ」

 

目が合った水色の髪の姉妹は、眠い目を擦りながら挨拶を交わす。

双方共に着崩れたパジャマが目立つが、気にしない。

 

 

「簪ちゃん、どうして私がここに寝てたか知ってる?はっきり思い出せなくてね」

「それは私も…。確か宴会後に──」

 

──と、簪が楯無の方へ向き直ったところで何かに手が当たる。

隣に何かある──と姉妹は、二人の間を見下ろした。

 

スースーと聞こえる寝息。

オレンジ髪の少年が彼女らの間で眠っていた。

 

 

「「〜〜〜〜!?!!!?」」

 

 

瞬時に顔が真っ赤になる。

必死に記憶を辿るも───何故ここで一緒に眠っていたか、まるで思い出せない。

 

着崩れたパジャマを慌てて着直す。

言葉すら出てこない。そこで楯無と簪は互いを見た。

 

「「簪(お姉)ちゃん──」」

 

互いに話し掛け、直ぐに察する。

相手も恐らく昨夜の記憶が無い。

となると、ここで寝ている理由も昨夜どんな出来事があったのかも不明である。

 

 

「…ま、まさか、ね」

 

楯無の脳裏に万が一の可能性が過ぎる。

パジャマがはだけていた理由も考えれば、それで説明がついてしまう。

──寝相のせいだ、と少年が起きていれば呟いたであろう。

 

ピンク色の妄想が彼女の脳内を駆け巡る。

両頬に手を当て、目をぐるぐる回す。

彼の事だから責任は取ってくれるだろう。

そうなれば、はからずも恋人か。

はじめて(・・・・)への憧れはあったが、それよりもこれからの関係の変化にあっさり意識が行くあたり少女は強かであった。

 

そこでやっと彼女は、妹のパジャマもはだけていた事に気が付いた。

 

(──、簪ちゃんも一緒に!?)

 

斜め上の発想が楯無の頭に浮かぶ。

そもそもの話として、姉妹二人での出来事だったのだろうか。

益々想像が付かないが、状況証拠として否定できない。

 

ぼんっ、と姉妹揃って更に顔を茹で上がらせる。

似たような思考をしていたらしい。

姉妹間でも目を合わせられなくなっていた。

 

 

 

「「───」」

 

 

俯いての沈黙。

静まり返る寝室でどうしようかと考え混む。

状況的に二人は五分。

双方にもし既成事実があるのであれば──ここからの行動が勝負である。

 

ごくりと楯無は唾を飲み込む。

ここまで来ればやるしか無い。パジャマのボタンに手が伸びた。

 

「な、なんだか暑いわねー」

「お、お姉ちゃん!?」

 

棒読みで呟きながらボタンを外し、楯無はパジャマの上着を脱ぎ捨てる───恐る恐る。

しゅるり、と小さく布と肌の擦れる音。

一糸まとわぬになりながら、彼女はゆっくりと未だ眠る流星に寄り掛かる。

 

幾ら更識楯無とはいえ、恋する乙女には違いない。

想い人の前となると恥じらいよりも緊張が勝る。

思考がいつになく冷静では無い。

知覚しながらも彼女は行動を止めなかった。

彼の服へと手をかける。

 

 

同時に───少年は目を覚ましたのだった。

 

 

「ひゃぁ!?」

 

「────っ!?」

 

起きた瞬間の少年の手が少女の臀部へと触れる。

同時にもたれかかっていた楯無は姿勢を崩し、流星の顔面へとのしかかる形になった。

 

「ぁ、ちょっと待って流星くん!?────っん」

 

「ッ、知るか!───いいからどけ!」

 

豊満なものに圧迫されながら目覚めた流星は、命の危険を感じながら強引に楯無を突き飛ばす。

途中むにゅりと柔らかいものに指が沈んだ感触がしたが、少年は考えないことにした。

目覚めから息を止められる事やこの状況に対して疑問が尽きない。

 

朝一番から窒息しかける最悪な目覚め。

一般的には天国ではあるが、起きた瞬間からのしかかりと圧迫と命の危機である。

 

起きた流星はすぐに状況把握に努める。

昨夜の事も思い返しながら、一気に射し込む部屋の明るさや目の前の肌色や感触、隣で顔を真っ赤にしている簪含め───こんな状況でも頭を全力で稼働させる。

 

しかし、目の前の少女の格好には理解が及ばなかったらしい。

 

なるべく少女の方を見ないようにしながら数秒考え込んだ後、彼は困惑した様子で口を開いた。

 

「楯無、お前──なにしてんだ……?」

 

「〜〜〜〜っっ!こ、こっち見ちゃ駄目!流星くん!」

 

枕を投げ付け、脱ぎ捨てられていたパジャマで体を隠す楯無。

流星は投げ付けられた枕を受け止め、よく分からないまま楯無から顔を背ける。

自然と反対側にいた簪と視線が合う───簪は意を決したように流星の右手を手に取った。

 

 

「…、上書き──」

 

「!?」

 

再度柔らかな感触。

これには流星も思考が止まった。

絹のような滑らかな感触。

咄嗟に引っ込めようとして、パジャマの内に収まっている手に視線が向かう。

着崩れかけているパジャマ───その肩から肌が見え、今にもするりと落ちてしまいそうである。

これでは力任せに振りほどけない。実に策士である。

 

更に押し込まれた指先から彼女の心臓の鼓動が伝わる。

バクバクとせわしなく、緊張しているのが伝わってくる。

 

 

「か…、簪ちゃん───?」

 

それを見た楯無が目を見開いて固まっていた。

パジャマを着る手を止めてとんでもないものを見てしまったかのように、微動だにしない。

簪は楯無の様子に意識を向ける余裕もなかった。

 

 

「ふ、ふふふ───、流星くんはやっぱり二人共に手を出したのかしら───?」

「──!?」

 

とんでもない嫉妬──もとい身の危険を感じた流星は、手を振り払って楯無の方へと向き直る。

彼女は既にISを部分展開していた。

 

「おい待て。まさか離れごと吹き飛ばす気か!?」

 

「──私を誰だと思ってるの?」

 

手を翳して静止を呼び掛ける流星に、楯無は微笑む。

妖艶ながらも狂気的な笑み、一夏ならばラスボスと称したであろう。

逆巻く水流を前に流星はギョッとする。

正確に自身のみ撃ち抜く気だと宣言したようなものだからだ。

 

動いた瞬間、攻撃が叩き込まれる。

それを理解した流星が動けずにいる中、ゆらりと簪が彼の前に出た。

 

「…させない。流星は私が守る…」

 

「駄目よ簪ちゃん。お姉ちゃんは許しません。…二人共羨ましいことばかり──ゲフンゲフン。とにかく許さないから!」

 

「別にいい。私はお姉ちゃんより……寛容だから、気にしない」

 

「な──!?くっ、我が妹ながら逞しいわね!?」

 

姉妹は互いに武器を構えながら、コロコロと表情を変え言葉を交わしている。

双方共に警戒しながら、実に器用である。

 

一方で彼女らの話がちんぷんかんぷんな流星は、苦笑い。

未だ鮮明に残る先の感触がフラッシュバックする。

忘れようとしているのだが、そう簡単にはいかないようであった。

調子が狂う、と彼は胸中で呟いた。

 

 

 

(……、着崩れてること指摘したら──今度は袋叩きにされるかもな…)

 

 

いたたまれない様子で彼は目を伏せる。

昨夜に関しての誤解が解けるまで、結局1時間以上掛かったのであった。

 

 

 

 

 

 

「あらあら。想定とは違ったけれども……これはこれでいいものね」

 

楯無と簪が暴走する中、その様子を見守る影が二つ。

更識結が楽しそうに笑い、更識刃が苦笑いを浮かべている。

 

「やっぱりキミが仕組んでたんだね……はは……。娘を持つ父親としてはその、僕は複雑な気持ちなんだけどね──」

 

片手で頬をかきながら刃は寂しそうに呟く。

少年を認めてはいるものの、娘が二人共一人の男を取り合っている図は見たくないらしい。

そんな刃に結は寄りかかって笑った。

 

「寂しいの?ふふ、元更識の長といっても1人の父親ね」

 

「そりゃそうさ。ただ……キミの言いたいこともわかる。刀奈も簪も本当に───楽しそうだ」

 

刃は穏やかな表情で離れ様子を見る。

障子の一部を閉め忘れたことに娘達は気が付いていないらしい。

尤も気配を殺して近付いて、障子を開けきった誰かさん───結のせいでもあるが。

 

なんにせよ、と彼は微笑む。

年相応の普通の子供のように感情を剥き出しにする娘達。

それを久しぶりに見られたのだ。

詳細については目をつぶる事にする。

 

 

「でもあなた。そろそろ止めに行かないと────」

 

「そうだね。彼がミンチになってしまう」

 

刃は困った様子で立ち上がる。

一方で結は冷静に感想を呟いていた。

 

 

「本音ちゃんもお熱みたいだし…罪な子ね。女の子に後ろから刺されないかだけ心配よ」

 

 

対して刃は心底嫌そうに顔を顰める。

何故ならそうなる時、十中八九──娘が関与している訳で───。

 

 

「……その修羅場は見たくないなぁ」

 

 

 

 

時間は少し経過し、昼。

更識夫婦によって助けられた流星は、屋敷の中を歩いていた。

彼は特にアテもなく彷徨いている。

今日は仕事もないらしく、ゆっくりしていけと刃や結に言われたからである。

 

楯無と簪は勿論いない。

あんな事があったからか、気まずいのだろう。

用事がある──そう告げ、そそくさと立ち去っていったのだ。

 

フラッシュバックする先の出来事。

そう簡単に忘れられるものでは無いらしい。

 

(……どうしてあんな事を)

 

余計な思考が働く。

いつもならイタズラだと結論づける筈が、そうはいかない。

起きた時のあの距離───いつになく熱っぽい二人の視線。

もしかすると──と考えてしまうのは当然である。

 

彼は一際大きなため息をつく。

彼女達は流星の壊れた部分を知っている。

だから、好意の最たるものである感情を自身に向けるなど有り得ない。

 

 

(……調子が狂うな)

 

流星は胸中でそう呟きながら廊下を歩く。

不意に曲がり角で人の気配がした。

 

ぶつからないよう外回りで様子を見る流星。

ばったりと出くわしたのは、ダボダボの制服姿の少女───布仏本音であった。

 

 

「あー!いまみー!おはよー」

 

「おはよう本音。戻ってきてたのか」

 

本音は笑顔で流星のもとへ歩み寄る。

昨日は友人とお泊まり会だったらしいが、今日は本家に戻ってきたらしい。

 

「聞いたよいまみー、正式に仲間になったんだって?」

 

「───」

 

話しながら抱き着いてくる本音に、流星は少し困惑する。

先程の件を思い返し、いつになく本音を意識してしまう。

先日の気付きの影響もあった。

なにせ本音も流星にとって大事なものに含まれるからだ。

 

──有り得ない。有り得てはいけない。

こんな間違ったものは□されるべきでは無い。

暫く沈んでいた核が顔を覗かせる。

 

 

「ああ。しかし内海の奴が酷くてな。顔も思いっきりぶん殴られた」

 

余計な思考を打ち切り、流星は普段通りに本音に話し掛ける。

本音は怪我を見せる流星の頭をヨシヨシと撫でようとした。

とはいえ身長差により頭までは届かない。

背伸びしておでこをさすりながら、笑顔を見せた。

 

「あはは。うつみん厳しいもんねー。でもねー、ああ見えてうつみん実は美味しいスイーツとかいっぱい知ってるんだよ」

 

「……まじ?」

 

「うん。前にオススメのお店とかも教えて貰ったし!」

 

サムズアップしながら本音は得意げに語る。

幾つかざっくり話す本音。

どれも聞いている限り美味しそうである。

───あのヤ○ザのオススメというのは癪だが、今度その店を本音に教えて貰おう。

流星は胸中でそう呟いていた。

 

 

 

「ところでさ、いまみー」

 

 

───スっと本音の目が細くなる。

笑顔のままだが、内心は笑っていない事が明らかであった。

経験則で流星は知っている。

 

本音がこのような顔をする時は、大体何かバレたときで───。

 

 

 

「昼になったばかりなのに、いまみーからかんちゃんやたっちゃん先輩の匂いがするのは──どうしてかな?」

 

 

少年が離れようとするも、服の裾を本音に強く掴まれている。

つまり逃げられない。

 

「──」

 

更識家への訪問。

それは流星にとって、ある種忘れられない記憶になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流星が更識家に向かってから二日後。

すっかり日も暮れて辺りが静まり返ったあたりで、織斑一夏は自身のベッドにその身を投げ出した。

 

同室の楯無は未だ戻っていない。

どうやら実家でやる事が多いらしく、まだ寮に戻ってきていないのだ。

 

「……」

 

どうしても、あの襲撃者の事を考えてしまう。

 

(夜風に当たろう)

 

考え込んでも答えはでない。

部屋着に上だけ羽織り、彼は部屋の外へ。

特にあてもなく、中庭の自販機前に来ていた。

自販機横のベンチに腰をかける。

 

あの日ほど周囲は暗くない。

とはいえ似た状況。あの姉そっくりの顔が脳裏を過ぎる。

 

不意にガコン──と隣の自販機から音が聞こえた。

そちらを見ると見慣れた人影がそこにある。

 

「黄昏てるなんて、珍しいな」

 

「流星」

 

そんな軽口を叩きながら、オレンジ髪の少年は彼の隣へと腰をかける。

お茶の入ったペットボトルを一夏に渡した。

どうやら二本購入していたらしい。

 

「更識家?に行ってたんじゃ無かったのか?」

「ああ。色々あって楯無達に追い回されて逃げてき───今さっき帰ってきたところだ」

「?」

 

コホン、と流星は咳払いして誤魔化す。

小首を傾げ、分からないといった様子の一夏。

流星はそんな事より──と話を切り出す。

 

「何か考え込んでるみたいだけど、どうした?」

「……それは」

「成程、エムの事か」

 

一夏は静かに頷く。

彼の目線は少し手前の地面に向けられていた。

 

「アイツと俺や千冬姉に親がいない事は関係してるんじゃないかって……つい考えてしまうんだ」

 

「どうだろうな。ただ俺もその事が無関係とは思えない」

 

 

千冬に聞いたのかどうか、流星は尋ねなかった。

千冬が言う筈がない確信と、一夏の優しさを知っての事だ。

彼は家族の話に触れてしまい、姉を傷付けることを避けている。

 

 

「「……」」

 

沈黙。

 

考え込む一夏に対し、かけるべき言葉を流星は知らない。

だから彼も、自身の懸念を吐露することにした。

 

 

「──なあ一夏。恐らく俺は、過去に博士と繋がりがあったんだ」

 

「……えっ!?博士って束さんの事だよな!?元々知り合いだったのか?」

 

一夏は驚きを露わにする。

一方で流星はそれが当然の反応だ、と言わんばかりに落ち着いて話を続けていた。

 

 

「正確にはその可能性が高い。残念ながら全然覚えてない。多分その期間の記憶が弄られている」

「そんなこと……いや、ISを通じてなら──」

「──不可能じゃない」

 

ペットボトルのお茶を飲む流星。

特に思い詰めた様子もなく、淡々と告げる彼に一夏は疑問を抱く。

 

「それ、俺に言ってよかったのかよ」

 

「…言う人間くらいは選んでるぞ。──そんな訳でオレに何かあった時は任せた」

 

「──」

 

唐突ならしからぬ少年の言葉。一夏は何とも言えない表情であった。

別に流星は人に頼らないわけではない。

ただ、このような発言は聞いたことが無かったからだ。

発言の裏に見える信頼。認められた気がして─一夏は気付けば笑って返していた。

 

「ああ、任せろ。代わりに俺の方に何かあったら任せた」

 

「はは、その原因がフレンドリーファイアじゃないといいな?」

 

「否定……仕切れねぇ」

 

いつも通り意地の悪い笑みを浮かべながら、一夏の返答を流す流星。

箒やセシリア、シャルロット、ラウラ──彼女らの理不尽な?攻撃を思い返し、一夏は頭を抱える。

隣の流星はくつくつと──本当に楽しそうであった。

 

問題は山積みだが──独りではない。

今すべき事を見つめ直し、一夏は気持ちを切り替えた。

 

 

「なあ流星、次のタッグマッチ───俺と組まないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ヒーローの条件
-94-


 

 

「独占インタビュー?」

 

「うん!織斑君達にはもう言ったんだけど、流星君も良ければどうかなーって!」

 

他人事のように聞き返す今宮流星。

それに対し、黛薫子は元気よく返事をした。

 

そのまま彼女は詳細について話していく。

 

独占インタビュー、と聞くと学園の新聞に載るものに聞こえるがそうではないらしい。

独占インタビューの記者は、出版社勤めである薫子の姉である。

どうやら薫子も姉に頼まれて話を持ちかけているようだ。

 

雑誌はティーンエイジャー向けのモデル雑誌。

取り出されたそれを見て、流星は成程──と胸中で呟く。

 

国家代表や代表候補生はある種国の顔でもある。

セシリアがいい例──モデルとしての側面もあるのだ。

 

余談であるが、流星がこのような仕事をちゃんと受けたことは無い。

一応アメリカの代表候補生になる際に、少しインタビューを受けたくらいだ。

 

周囲の女生徒達の視線が流星と薫子に注目している。

話している場所は二年生の教室前───当然であった。

 

 

「今ならこのディナー招待券が報酬よ。なんと!一流ホテルのやつだからね!」

 

「加えてペア券……それで箒を釣った訳ですね」

 

「釣っただなんて人聞きが悪いなー。私はあくまでお願しただけだからね?」

 

軽い口調でそう言う薫子。

特に嘘はついていない。

ただそれで釣れると姉に入れ知恵したであろう事は、言うまでもない。

 

「そこは疑ってませんよ。──それで、日程は決まっているんですか?一応国の方に確認取りますから、すぐには返事出来ないですけど問題無いですか?」

 

「え!?受けてくれるの!?」

 

「持ちつ持たれつってやつですよ」

 

「さっすがー!やっぱり持つべきものは良い後輩だね」

 

流星は慣れた様子で薫子の頼みを受ける。

本心としては一夏や箒の護衛──更識としての仕事の為でもあった。

別に毎回護衛の必要は無いが、今回に関しては念の為だ。

 

「先輩の方は一体どんな報酬で釣られたんですか?」

 

「おやー流星君といえどそれは言えないなぁ」

 

「…お金か物で釣られたんですね」

 

いつも通りのやり取りを行う流星と薫子。

本人らは特に気にしていないが、傍から見ればかなり仲良く見える。

廊下での二人のやり取りを教室の入口から睨み付ける───水色の影がそこにはあった。

 

(なによなによ、流星くんってば薫子ちゃんと仲良くしちゃって!)

 

ぷくりと頬を膨らませ、楯無は怒りを表す。

だが本人達の前には出ていけないらしい。

先日の事による気まずさと、薫子の前でボロを出せない都合があるからだ。

 

楯無は深呼吸して、平静を取り戻す。

 

(冷静になるのよ私。薫子は別に流星くんを狙ってない。それに流星くんも特に意識している様子もない。それより──今流星くんが受け取ったのはペアのディナー招待券!)

 

きらりと楯無の目の端が光る。

今は簪も鈴もそれを知らない。

情報的アドバンテージがある内に自然と話題に出せば、彼とのディナーは硬い───。

一人静かに拳を握る。

 

尤も──そんな枠を狙わずとも、彼女の財力と権力ならば実現は簡単である。

 

 

 

「───ん?本音?」

 

 

「!?」

 

彼女が勝ちを確信したタイミングで流星の声。

目を離していた数瞬が致命的な隙となった。

 

視線を戻せば、そこにはダボダボの服の少女が少年の前に立っている。

本音に対し、流星は不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「ここは二年の教室前だけどどうかしたのか?」

 

「ううん。特に無いけど、おやつ一緒に食べよーっていまみーを探しに来たんだー」

 

「じゃあ流星君がここに居るって聞いてきたんだね」

 

「違うよー?」

 

成程、と手のひらを叩く薫子の言葉を本音は否定する。

 

「あれ?じゃあどうして流星君の場所が分かったの?」

 

「あははーそんなの──いまみーの場所が分からないなんてないけど?」

 

「…!?」

 

「こわいこわいこわい。怖いからその目から光が消えるのやめようね?本音ちゃん。ほら、流星君も戦慄してるよ」

 

本音の湿度の高い視線を受けながら、一瞬身震いする流星。

薫子の言葉を受け、本音はすぐにいつもの調子に戻った。

 

 

「その持ってるのって何かのチケット?」

 

(───!)

 

不味いと楯無が目を見開く。

あまりにも自然な質問だ。

こうなれば特に誘う相手も決めていないであろう流星がとる行動は決まっている。

楯無が慌てて出ていこうにも、既に後の祭りであった。

 

「ディナー招待券だ──先輩に報酬で貰ってさ」

 

「いいなー。そこ美味しいって聞いた事あるよー」

 

「そうなのか。──もし良ければだけど本音も行くか?」

 

「えーいいのー?やったー!もちろん行くー」

 

(なぁ───!?)

 

喜ぶ本音。

一方で飛び出して行こうとした楯無は、膝から崩れ落ちていた。

 

そんなことは露知らず、流星は本音に券を片方渡す。

微笑ましそうに二人のやり取りを眺めている薫子も楯無に気が付かない。

 

本音は自然に流星の手を取る。

無意識の行動故に躊躇いがなかった。

 

「じゃあいまみー、一緒におやつを食べよー」

 

「先輩、また連絡します。──いいけど、ちゃんと書類を終わらせてからな、本音」

 

「えー!」

 

本音に連れられ、流星はその場を立ち去る。

オレンジ髪の少年が立ち去って漸く薫子は打ちひしがれている楯無に気が付くのだった。

 

 

「あれ?たっちゃん何してるの?」

 

 

 

 

IS学園──寮のある部屋でガチャり、と脱衣所の扉が開いた。

その中から出てきたのはパジャマ姿の篠ノ之箒。

普段纏めている後ろ髪を下ろしており、まだ微かに水気が残っている。

風呂上がりの彼女は冷蔵庫を開け、冷たいお茶をコップに注ぐ。

今日一日の特訓を振り返りつつそれを飲み干した。

同室の鷹月静寐はいない。

彼女は現在、別の部屋で勉強会の最中だからである。

 

「!──今開ける」

 

控えめなノックの音。

時間は20時過ぎ。このような時間に誰だろうか。

箒はすぐに反応し、ドアを開く。

訪問者は水色の髪の少女──更識簪であった。

 

「簪か。こんな時間にどうした?」

「ちょっと箒に用事があって…。今大丈夫?」

「ああ。構わないぞ」

 

簪を部屋にあげて箒は彼女にお茶を出す。

二人して向き合う形でテーブルに座り、簪はゆっくりと口を開いた。

 

 

「箒、次のタッグマッチ──私と組んで欲しい」

「!」

 

唐突な簪の申し出に箒は目を丸くする。

今度のタッグマッチトーナメントは専用機持ちのみにより行われるものだ。

参加者は代表候補生と一夏、箒のイレギュラー組だけとなる。

故に恐らく最弱であろう自身を選ぶ簪に箒は違和感を覚える他なかった。

余談であるが、一夏と流星がタッグを組むという事は未だ誰も知らない。

 

 

「箒は織斑くんと組む気はないんでしょ……?」

「っ」

 

それは箒の無意識を見抜いたかのようであった。

言葉を詰まらせる箒に簪は続ける。

 

「その、箒は…『今の私では足りない』って思ってる。多分、私と同じ…。勝手な思い込みだったらごめん…」

 

「違わないぞ。一夏は強くなったからな。対して私は未熟もいいところだと考えて───待て、私と同じ(・・・・)?」

 

視線は改めて正面に座る簪へ向けられる。

水色の髪に赤い瞳の少女は物憂げに目を伏せた。

 

「うん。足りない(・・・・)。お姉ちゃんと来玖留の時──私は結局流星に任せるしか無かった。だからこそ皆に…お姉ちゃんに、流星に勝ちたい。守られるだけは……嫌……」

 

「簪……」

 

「箒、私と一緒に戦って欲しい。これは箒にしか……頼めない」

 

ぎゅっと膝に置かれた拳が強く握られる。

置いていかれる感覚──箒はそれを痛い程知っている。

あの時のような孤独を感じてはいないが、足りないと感じる事は多々ある。

凄まじいスピードで強くなる男子二人。

彼らに勝ちたい、並びたい感情もまた簪と同様に箒も持っていた。

 

「私の方こそ、よろしく頼む」

「タッグ結成……だね」

 

二人は硬い握手を交わす。

新たなタッグの結成された瞬間であった。

 

「よし、そうと決まれば」

 

簪は意気込んだ様子で彼女は目前に小さな投影ディスプレイを展開する。

小首を傾げる箒をおいて彼女は鼻息を荒らげながら、詰め寄った。

 

「まず互いの武装の把握から……。『紅椿』のことについて、教えて?」

 

「───」

 

顔を引き攣らせる箒。

メカニックを暴走させた簪に振り回される流星の姿を思い出しながら、箒はこの場をどう乗り越えるか思考するのであった。

そうこうして30分が経過する。

かれこれ静かながらも圧を感じる簪を相手に話していた箒だが、流石に限界が近付いていた。

 

 

「箒ーあんたに頼まれてた中華料理の本持ってきてわ────ってなにこれ」

 

鍛錬を終え、代表候補生としての連絡も終えた鈴が部屋に訪れる。

彼女の目に飛び込んできた光景は、大量の本と多数展開された投影ディスプレイ──加えてくたびれた箒と楽しげに話を続ける簪な姿であった。

 

「鈴……。今作戦会議中だから後にして」

 

「何時だと思ってんのよ。どうせ今日はあと少ししたら就寝時間なんだから、もうやめときなさいよ。箒もくたびれてるじゃない」

 

「…確かにそうかも。ごめん箒、ちょっとはしゃぎ過ぎた…」

 

「き、気にするな……私も勉強になった」

 

反省して謝る簪に箒は強がってみせる。

二人の話と先の作戦会議という単語から、鈴はタッグマッチのことを思い出す。

 

「あれ?ってことは今度専用機持ちのタッグマッチ戦──あんた達組む感じ?」

 

「うん」

 

「ふーん、意外ね。てっきり簪は流星と組むって言い出すかと思ってたわよ。ま、(あたし)としては都合が良いけどね」

 

ふふふ、と笑みを浮かべる鈴。

本音は専用機を持っていない為、今度の行事には参加出来ない。

そして簪は箒と組む事になった。

そうなればライバルは一人だけ───それをどうにかすれば、あの少年とタッグとして戦える。

 

簪はむ、と不満そうな表情を見せる。

自分で選択した事だがそれはそれ。

あの少年と鈴がタッグを組む事に何も思わないはずがなかった。

 

加えて、操縦者としても鈴に思うところがあった。

学園祭にキャノンボール・ファストと、彼女はルナ・イグレシアス相手に生き残っている。

現在IS学園にいる代表候補生達を考えれば──その中でも鈴は特に□□である。

 

 

そんな感じに見られている事も知らず、鈴は箒のベッドに腰をかける。

 

「そういや簪。流星のやつがあんたの実家から帰ってきた時疲弊してたけど、なにかあったの?」

「えっと、それは……試験があったから、かな?」

「試験ってあんたのとこの家のやつでしょ?大変だったのね」

 

流石に離れでの一件は説明出来なかったのか、簪は目を泳がせながらそう告げる。

鈴は特に不審にも思わず、あっさりと納得した。

鈴は箒へと視線を移す。

 

「あんたはいいの?一夏のやつ誰かと組む事になると思うけど」

 

「正直に言えば、その点は癪だが──今回は目標がある。それに一夏の事だ。今回のタッグで誰かと進展もないだろう」

 

「目標ねぇ。前向きに決められたのなら良いんじゃない?それに一夏だし?箒の言う通り進展とかは期待できないか」

 

「……流星もだけどね」

 

楽しげな鈴に簪はボソリと告げる。

鈴も薄々分かっていたのか、簪の言葉に口を尖らせた。

当然理解しているが万が一というものもある。

恋する乙女達は理屈だけで動いてはいないのだ。

バチバチと鈴と簪の視線がぶつかる。

 

またか──とよく見る光景に箒は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

IS学園の一部女子達の目の色が変わった。

 

度重なる襲撃により、開催が危ぶまれていた行事───『専用機持ちによるタッグマッチ』が正式に決行されると、HR(ホームルーム)で告知されたからだ。

 

HRが終わると共に、ドタバタと一夏の机に押し寄せる女子達。

面子は勿論──セシリア、シャルロット、ラウラの三人であった。

 

「「「一夏|(さん)!」」」

 

「お、おう!?」

 

三人は同時に一夏の机に乗り出すような勢い。

思わず一夏も引き気味であった。

その様子を遠巻きに見ていた流星は口もとをヒクつかせる。

色々と察しが付いたからである。

 

「……あー」

 

このままだと巻き込まれる。

彼は素早く帰り支度を済ませ、慌てて教室を後にしようとした。

 

「流星!今度のタッグマッチ、(あたし)と組みなさい!」

「───げ」

「なによそのリアクション」

 

押し寄せる追撃のツインテール。

とりあえず答える事も教室の外で───そう即座に切り替えた

 

「とりあえず外で話そう」

「ちょっ、どうしてそう慌ててるのよ」

 

流星は鈴の背を押す形で教室の外へ逃げようとする。

ちらりと彼が一夏の方を見たタイミングで、先の三人が一夏へと用件を説明していた。

 

三人ともタッグマッチの相方を探しているとの事だ。

 

「悪い。もう組む奴は決めてるんだ」

「なに!?」

「な、なんだって!?」

「ど、どういう事でして!?」

 

一夏の発言に血相を変える三人。

同時にこの場に参戦していない箒の存在を思い出し、まさか──と一夏を睨む。

抜け駆けされていた、と考えてISを部分展開しようとするラウラを前に一夏は慌てて静止を促した。

 

「待て待て待て!!?何をする気だ!?」

 

「箒と組むとは──貴様はそれでも私の嫁か?その身体に教育してやろう!」

 

 

「箒と組む?──なんの事だ。俺は流星に組もうぜって言っただけだぞ?」

 

(不味い)

 

一夏の発言にラウラ達と遠目で聞いてしまった流星が固まる。

男子二人のタッグ。ごく自然であるが、だとしても各々の目論見は潰えると同義だ。

となれば行き場の無い感情を彼女らは抱える事になるワケで───。

全てを察した鈴はそそくさと流星から距離をとっていた。

 

ラウラは教室の入口にいる流星を速攻で捕捉する。

流星はヤケクソ気味に迎撃態勢で振り返った。

 

「流星、覚悟しろ──!」

 

「ハ───やつあたりか、軍人サマ!」

 

一際大きな音が教室に響いた。

騒がしい二人をおいて、鈴は一夏達の方へと歩み寄る。

彼女は呆れた様子で背後へと視線をやっていた。

 

「あれ見ちゃうとこっちが冷静になるのよね。まー男子二人が組むって意外だけど、納得よね」

 

「そうだね。今まで男子二人のタッグってなんだかんだ無かったし、よく考えると普通なのかも。……ちょっとずるいと思うっちゃうけど」

 

「シャルロットさんの気持ちもよく分かりますわ」

 

 

「止めなくていいのかよ!?」

 

慌てて一夏が止めに向かうのを女子三人は横目で見送る。

そもそもの原因とはいえ、今回ばかりは同情するしかない。

 

いつもの騒動を他人事のように見ながら、鈴は口を開いていた。

 

「ねぇ、セシリア。(あたし)と組まない?あいつに思い知らせてやる」

 

「ええ、構いませんわ鈴さん。一夏さんに(わたくし)と組まなかった事を後悔させてあげますわ」

 

「なんだかんだ二人共負けず嫌いだよね……」

 

静かに闘志を燃やすセシリア達にシャルロットは苦笑いを浮かべた。

かくいう自身も似たような気持ちはあるのだが、そこは秘密である。

 

 

「「!」」

 

 

何度かの剣戟の後、少年と少女は同時に動きを止めた。

背後から気配──それも今この瞬間まで感じ取れなかったものだ。

圧倒的な威圧感からして、誰かは本能で察していた。

両者共に冷や汗が吹き出す。

 

 

 

「さて、私の言いたい事は分かるな?貴様ら」

 

 

 

振り下ろされる神速の出席簿は、二人の脳天を捉えるのだった。

 

 



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-95-

 

 

ある休日の早朝──俺は廊下を歩いていた。

窓の外はまだ薄暗く、小鳥の囀りも聞こえない。

まだ皆は寝静まって居るのだろう。廊下を歩く影もなく、物音もない。

最近の忙しさも何処かに置いてきたかのよう。

朝の過ごしやすい気温もまた夏の終わりを報せている。

 

 

(今日は曇りか)

 

先日に見た予報を思い返しつつ、俺はある部屋の前に辿り着いた。

ノックを繰り返し、反応を待つ。

しかし反応はない。

約束を忘れているか、はたまた起きれていない可能性を考慮する。

引き返す事が頭に浮かんだあたりでドアが閉められていない事に気が付いた。

勝手に入っていいものか。

確か───簪のルームメイトは本日いない筈だ。

となれば、約束している簪が寝ているかだけ確認するのは問題無いと考える。

 

「簪、入るぞ」

 

ある程度の声量で話しながら部屋に入る。

薄暗い部屋の中、チカチカと光が入口まで来ていることに気が付いた。

更に部屋の中に入っていく。

光源はテレビ──その前にはちょこんと簪が座っていた。

どうやら約束通り起きていたらしい。

一緒に観る約束をしていた番組を先に観ているようだ。

相変わらず無防備なキャミソール姿なのはやめて欲しい所だが───。

 

(夢中になって観てる……邪魔するのも悪いし、俺も一緒に観るか)

 

近くの椅子に腰を掛け、テレビ番組を共に視聴する。

番組はヒーローもののアニメ。

細かい内容は分からないが、随所に感情の機微が盛り込まれており、話の流れが途中からでも理解出来た。

 

気が付けば番組が終わっている。

終わった直後に簪がこちらに気が付いた。

 

「りゅ、流星!?いつの間に!?」

 

「一応ノックもしたんだけどな。悪い、夢中で見てたから声を掛けられなかった」

 

「そ、そうなの?……っ、見ないで!?」

 

漸く自分の格好に気が付いたのか、簪は腕で身体を隠す。

俺も申し訳ないと視線を少し逸らす。

彼女はその間に顔を赤くしながら羽織るものを周囲から探すのであった。

数秒して発見した服を着る簪。

 

落ち着いた段階で俺は話し出す。

 

「今見てたのが言ってたやつか?こうも俺に気付かないなんて、よっぽど好きなんだな」

 

「う、うん。ストーリーも面白いしかっこいいから……。あと今のは一話目だよ。今日は言っていた通りワンクール分ブルーレイも用意してる……」

 

「楽しみだ」

 

簪は静かな口調だがどこか声が弾んでいた。

それだけでもそのアニメが好きな事が伝わってくる。

再生されるアニメ。

画面を見つつ、こういう過ごし方もあるんだなと俺は一人納得していた。

 

そうこうしているうちに数話ほど視聴する。

アニメをは初めて観たわけでは無いが、こうも連続で見続ける事は初めてだ。

 

二人して会話も殆どなく一つの画面を見続けて二時間程。

不意に簪が口を開いた。

 

「流星は、ヒーローの条件ってなんだと思う?」

「ああ──さっきの話でやってた議題か───」

 

簪の声色は、世間話のようで少しだけ真剣だった。

対暗部組織の生まれだからこそ、気になるのだろうか。

違うか。簪にはきっと純粋にヒーローへの憧れがあるのだろう。

だから俺も少し真面目に考えてみる。

とはいえ、俺の中ではハッキリしていることだった。

 

「誰かがそう感じたなら、かな」

 

「誰かが?それってどういうこと?」

 

「…そのまんまだよ」

 

俺の言葉に簪はよく分からないといった顔をした。

そんな顔をしないで欲しい。

話自体は驚くほど単純な話で、簪が考えるような深い意味は無いんだ。

 

「簪はどう思うんだ?」

 

「……ピンチの時に颯爽と駆け付けてくれる、完全無欠なヒーロー……前は、それに憧れてた」

 

「今は違うのか?」

 

「うん。けど、今は自分でも──ヒーローってどんなのか分からなくなってる」

 

簪がはにかみながらそう話す。

どういった心境の変化かは分からない。

ただ表情から悪い変化ではない事は理解出来る。

 

「立ち上がれる人?うぅん、違う。諦めない人……も違う……」

 

……何かスイッチを入れてしまったのだろうか。

ブツブツ呟きながら考え込む簪。

でもあのキャラはこうだった、この作品では──とひとりで脳内会議している。

例でも探しているのか。

とりあえず簪の場合、身近にひとりいるのだが───本人も気が付いていないようなだった。

 

なんにせよこのままでは簪はずっと独り言を言うマシーンになってしまう。

 

「簪、とりあえず続きを観よう。あと────何か羽織ってくれると助かるんだが──」

 

ハッとなり簪は顔を真っ赤にする。

ひとまず枕を投げようとするのはやめて欲しいと思った。

 

 

 

 

「専属コーチ……?」

 

第三アリーナの一角。

ISスーツを見に纏ったポニーテールの少女は、水色の髪の少女の言葉に首に傾げた。

 

簪とタッグを組むことに決めた箒。

彼女は簪に連れ出され、早くも特訓のためにアリーナに来ていた。曰く今日から連携を強化していくらしい。

そして、アリーナに着いた瞬間に専属コーチの存在を知らされ今に至る。

箒の困惑も当然である。

 

それはそれとして箒は思考を切り替える。

肝心のコーチは誰なのだろう。

生徒は皆ライバルのはずであり、教師陣は今回は多忙であり関与しない方針である。

 

そうこう箒が考えている中、颯爽と水色の髪が視界に映る。

隣にいる簪よりも少し明るい色。

彼女は制服姿に扇子を持っていた。

 

「お待たせー二人ともー。いやー仕事が沢山あってさ〜。残りを流星くんに押し付───任せる交渉が長引いちゃってね〜」

 

現れた生徒会長もとい楯無は申し訳なさそうに話している。

気にしないで、とアッサリな簪。

箒は仕事を押し付けられた少年に内心同情していた。

 

「その、もしや簪の言っていたコーチとは更識先輩なのか」

 

「うん。誰よりも頼りになるから…」

 

「か、簪ちゃん!?も、もう一回言って頂戴!?録音するから!」

 

「───……」

 

すかさず楯無が携帯端末を取り出し、キラキラした目を簪に向ける。

──簪ちゃんの貴重なデレ!なんてはしゃいでおり、当の本人である簪はすかさずそれを取り上げる。

 

そんな姉妹のやり取りを見て、箒は何とも言えない気持ちになった。

間違っている事は承知な上だが、楯無と自身の姉をつい重ねてしまう。

 

優秀過ぎる姉とその妹。

目の前の楯無と簪には自身のような複雑な感情は見て取れない。

そしてお互いのやり取りから裏がない事が理解出来る。

 

「箒ちゃんも少しぶりかしら。最近忙しくて皆と会えてなかったからね〜」

 

「はい。生徒会長の仕事で忙しいんですか?」

 

「まあそれもあるけど、主に家業かな?」

 

家業と言われ箒の眉がピクリと動く。

IS学園の襲撃やロシアの件といい、細かな話は知らずとも楯無の家系が特殊なものであることは知っているからだ。

 

「そんな怖い顔しない。そうは言ったけど基本的にパッとしないお仕事ばっかりよ?結局、事務仕事も多いもの」

 

「そ、そうなんですね。しかし、どうして更識先輩が?」

 

「ありゃ?箒ちゃん聞いていない?私、今回不参加なのよね〜」

 

箒はぽかんと口をあける。

考えてみれば当然の事ではあるが、意外だった。

楯無曰く───というかやはり───立て続けに専用機に無理をさせたせいでこの行事への参加は禁じられているようである。

 

「ま、そんなわけでコーチしてあげるわ。早速あなた達のフィジカル・データから確認しなくちゃねー!ほらほら時間も有限よ」

 

「ちょ、ちょっと更識先輩!?」

 

「あん、楯無って呼んで」

 

箒の背中を押しながら楯無は検査室へと向かう。

コーチングの為に今の彼女らの状態を知りたい──のも本心だが、建前としての側面もある。

 

───『紅椿』を手にしてからの箒のデータは未だ取られていない。

 

自動ドアが開き、楯無はスキャンの為にコンソールの前に腰をかける。

測定に向かった箒を横目で見つつ、簪は口を開いた。

 

「お姉ちゃん、もしかして───」

 

「簪ちゃんの想像の通りよ。なにせ謎多き第四世代。箒ちゃん自身にどんな影響を及ぼしているかも分からないもの───調べておくべきだわ」

 

「…そうだね」

 

簪もその点は不安なのか、しっかりと頷いていた。

楯無はコンソールを操作して測定された箒のフィジカル・データを確認する。

画面に表示された評価を見て───思わず彼女は声を漏らした。

 

「え──こんなことって……」

 

表示されていたのはIS適性『S』──現在確認されている者がブリュンヒルデやヴァルキリーくらいしかいない規格外の数値である。

楯無が問題視した部分は正確にはそこでは無い。

以前の箒のIS適性は確か──『C』だった筈だ。

 

「お姉ちゃん?どうし───これって……」

 

違和感を憶えた簪が楯無の方へと歩く。

簪もコンソールの画面に表示されたIS適性を見て、目を丸めていた。

IS適性の変動。

これは後天的に変化するようなものでは無いものである。

 

それがこの短期間で変動した。

それも恐ろしく上がっている───篠ノ之束の影が二人の脳裏にチラついた。

 

「簪ちゃん。このことは他言無用でお願い」

「うん」

 

そう告げると楯無は素早くコンソールを操作し結果を改竄する。

簪も楯無の発言の意図を聞くような事はしなかった。

IS適性は今やソレひとつで人生が決まりかねない。

1つの才能でもあるからだ。

今以上に箒の身に要らぬ危険が及ぶ可能性が高い。

 

加えてその才能が篠ノ之束により操作可能である疑惑が出れば、世界中で混乱が起きるだろう。

 

(流星くんにもこれは共有しておくべきよね)

 

少年とあの天災が過去に繋がりがあった事も思い出していた。

楯無は閉じた扇子で口もとを隠しつつ、思考を走らせる。

 

赤い瞳は鋭くモニターを見つめる。

──今の篠ノ之束は、一体何処を目指しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぉっ!?」

 

短く勢いのある息が漏れた。

それは腹から無理矢理空気を吐き出して生じるものである。

 

一瞬の浮遊感。

知覚するよりも先に床に叩き付けられており、辛うじて受身を取っていたことを思い出す。

 

油断した。

──いや、隙を作らされた。

織斑一夏は痛みに耐えながら、少年から距離をとる。

 

剣道場の一角。

織斑一夏と今宮流星は生身での戦闘訓練を行っていた。

流星は手に持ったダミーナイフを右手に持ち替えながら一夏を見据える。

一夏の服には、ダミーナイフに塗られた塗料が多数付いていた。

 

「くっそー避けられたと思ったらこんなのありかよ」

 

「惜しかったな」

 

してやったりと流星は笑みを浮かべる。

彼は強気な選択肢からダミーナイフに意識を向けさせ、徒手空拳で一夏を突き飛ばしたのであった。

 

この生身での訓練は一夏からの申し出によるもの。

ISの連携訓練とは別に生身の基礎も強化したいとの事だった。『更識』に所属している流星としても、一夏自身の自衛能力を上げることになる申し出は有難い。

 

元々その手の訓練は授業でも存在し、一夏はラウラ相手にも自主的に行っている。

ただしあくまでも一夏の性格やラウラの体格──性別上、心置き無くとはいかなかった。

 

 

一夏もまた右手にダミーナイフを持っていた。

対面の少年の服には、一滴の塗料も見られない。

 

 

ごくりと一夏は唾を飲む。

顔の横を伝う汗、緊張感が場を支配している。

 

──こうして少しの会話を挟む間でも、流星は一夏が気を抜けば仕掛ける気でいる。

 

「!」

 

警戒した様子の一夏に流星は駆け出す。

慣れた動きで左手に持ち変えられるダミーナイフ。

鮮やなその動きには一切の無駄が無かった。

 

(逆にタイミングをズラす!)

 

躊躇いの無く一夏も踏み出す。

間合いというものには一夏も理解がある。

拳にしてもナイフにしても、刀にしても、槍にしても───銃でもだ。

 

結局流星は間合いを詰めてくる。そこは一夏も避けられないと知っていた。

だからこそ彼の仕掛けるタイミングに合わせ、ズラしにかかる。

間合いの一歩手前で距離を調整するつもりであった。

 

一夏は、歴戦の兵士である少年に対し、タイミングをほぼ合わせて来た──だが───。

 

「な───」

 

少年は姿勢を落とし、一夏の下に潜り込むかのように踏み込む。

一夏の膝部分に塗料の線が走る。

一夏はすかさずダミーナイフを振るうが、結果は言うまでもなかった───。

更に20分が経過する。

全身塗料がついた一夏は、道場の真ん中で仰向けになって倒れていた。

 

「くっそー、一回も、当てられっ、なかった」

 

息を切らしながら彼は悔しさを口にする。

横目で少年はそれを見ながら、持参したドリンクを飲んでいた。

先程のやり取りを思い返す。

彼の成長速度は明らかに───。

 

(……おかしい、か)

 

再認識した所でどうというところはない。

彼はタオルで汗を拭きながら、壁にかけられたら時計に目をやった。

 

「もう時間か」

 

時刻は17時。

彼はある約束を思い出し、眉をひそめた。

一夏も体を起こし怪訝な表情を浮かべる。

流星の発言の意図が気になったのかそのまま尋ねた。

 

「時間?時間って───」

 

「───何のことっスか?」

 

「っ!?」

 

突如として真横から声が聞こえた。

一夏は驚いたのか、その場から勢いよく飛び退き背後を見る。

そこに居たのは以前食堂で目にした──二年の先輩達である。

フォルテ・サファイアとダリル・ケイシー。

鈴が凄い表情で睨んでいたことを一夏は思い出す。

 

「今宮、お前が遅いっスよ!10分前行動が礼儀っス!」

 

「…今は30分前ですよ」

 

詰め寄るフォルテに流星は少し困った様子。

確かに向こうの言い分にまちがいはないが、約束をした場所は真横のアリーナだ。

片付けも楽な為、今から準備しても10分前に着く計算である。

 

明らかにあの時の置き去りが響いている。

面倒くさそうな様子の流星を前に、一夏はダリルの方を見る。

 

一夏の様子から説明されていないことを察したダリル。

後輩に説教をし始めるフォルテを他所に、ダリルは一夏へと説明した。

 

曰く今度のタッグマッチの練習相手をダリル&フォルテペアに流星が頼んでいたようだ。

勿論、ライバルに手の内を見せるのも理解した上で彼女達も得る物があると引き受けたのだ。

タッグマッチならば何者にも負けない──絶対的な自信があるからこそでもある。

 

イマイチ二人の評判に疎い一夏は、話を聞きながらぼんやりと凄い人達なんだな──と考える。

 

 

───その認識が甘かったと彼はすぐ思い知る事になった。

 

 

すぐ隣のアリーナで彼等はISによる練習を始める。

相手は一夏達より一段上の阿吽の呼吸の連携であった。

そして二人の機体性能を活かした連携技がまだあるらしい

一夏達は善戦こそしたが、あっさりと敗北を余儀なくされた。

 

「中々やるようだが、まだまだだな。オレとダリルのコンビネーションには遠く及ばねぇ」

 

「フハハ、ざまぁみろっスよ今宮!」

 

「………流石のコンビネーションですね」

 

 

得意げな先輩二人を流星は静かに賞賛する。

色々と複雑そうな表情で告げているあたり、彼も悔しいらしい。

 

一夏は水を飲みながらその様子を横目で見守る。

 

まるで崩し方が想像出来なかった。

簪と流星のタッグを見た時とは比較にならない。

何処を参考にすればいいのかまず分からなかった。

 

なるほど、と一夏は納得する。

これは練習相手を頼まれてあっさり引き受けるのも頷けた。

対策の立てようがない気すらした。

 

となると────このように仕向けた少年にも意図がある筈だ。

一夏はボトルから口を離し、三人の方へ向き直る。

 

「連携のコツって何かあるですか?」

 

一夏の真っ直ぐな視線にダリルは笑みを浮かべた。

大会ではライバルとなるにもかかわらず、素直にそう聞ける一夏に好感を持ったようであった。

 

「素直でいいなお前。手札を隠してるコイツとは大違いだ」

 

「別に隠してないですよ」

 

「嘘っス。『無量子移行(ゼロ・シフト)』使ってこない癖に何言ってるんスか。大会に備えて温存してるのバレバレなんスよ」

 

フォルテは大きな溜息をつき、流星を睨む。

頭に手をやりながら流星は面倒くさそうに対応している。

 

ダリルは一夏の方へと言葉を投げ掛けた。

 

「オレ達が教えると思うか?あくまでこっちは練習相手になってやってるだけだからよ。知りたきゃ──」

 

「──分かりました。学ばせて貰います」

 

「──」

 

へぇ、とダリルは内心感心の声を漏らす。

食い下がらずエネルギーの補給に向かう一夏の背を見て、ここ数ヶ月での変化を感じ取る。

直接的に関わったのはこれが初めてであるが、織斑一夏という人間は最早一般人ではない。

アスリートかと言われれば、それもNOである。

あの顔は間違いなく戦士のそれであった。

 

(分かってはいたけど、もうとっくにカモでは無さそうだ)

 

表情には出さずに彼女は彼へと警戒心を一段階あげる。

今宮流星だけではない。

織斑一夏もまた──自身達にとって脅威となる存在である───。

 

 

 

「だーかーら!言い訳がましいっス!連携で上手く扱えない!?そんなのが通じると思ってんスか!──って逃げるなっス!!」

 

「…本当なんだけどな」

 

 

困り果てた少年は、逃げるように一夏の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

IS学園地下特別区画の一角。

そこの一室にある女性は捕らわれていた。

しなやかな茶髪をもつその女性──オリビア・ウォルシュは、再度ゆっくりと部屋を見渡した。

 

相変わらず何も無く、真っ白な部屋だ。

自身が拘束されている椅子の他は白い壁と照明、眼前の強化ガラスしかない。

ISがあればこんなもの何ともないのだが、ISも取り上げられているため彼女には何も出来ない。

 

──静かに彼女の正面の扉が開く。

入ってきたのは水色の髪の少女だった。

 

 

「何か用?」

 

目が会った瞬間にオリビアは口を開く。

更識楯無は笑顔を見せながら扇子を開き、口もとを隠す。

そこには『事情聴取』と達筆で書かれていた。

 

「事情聴取?それなら前にしたけど?」

 

「あれは国連への提出用ね。ある程度国際手配用に使用機体は教えて貰ったりしたけど、それはあくまで外向け。IS学園──いえ、私達が欲しい情報は外に出すべきじゃないものばかりなのは知っているでしょう」

 

「…話せない、と言ったら?拷問でもする?ここなら誰にもバレないし、丁度いいと思うけど?」

 

オリビアは嘲笑しながら楯無を見る。

対して楯無はあっさりと返事をしてのけた。

 

「なら仕方ないわね。今日は諦めるかなー」

 

「待ちなさい」

 

くるりと背を向ける楯無。

本心からの発言と理解したオリビアは呆れるしかなかった。

呼び止めるようなオリビアに楯無は足を止める。

 

「幾ら情報が欲しいっても悠長過ぎる。情報を吐かない上に、さっさと国連に引き渡した方が色々と楽な相手をここに留める理由が分からない」

 

何よりいちばん分からないのはこの扱いだ。

ISを取られて拘束されてこそいるが、それだけなのだ。

 

「んー、理由は幾つかあるんだけど──一番の理由は一夏くんのお願いだからかな」

 

「…」

 

オリビアは楯無の発言に眉を顰めた。

敵対したあの少年の名が出たことに警戒心を露わにする。

あの少年の事だ。

きっと馬鹿正直にこちらの身を案じたのだろう──同情されたのかという苛立ちと納得が彼女の胸中を占めていた。

 

「甘いわね。その内アイツ死ぬからね」

「死なないわよ?彼は強いし、頼れる仲間も居るもの」

 

明るい笑顔で返す楯無にオリビアは舌打ちする。

その事実を今1番実感として知っているのが自身だからだ。

冷静に自身の発言に苛立つオリビアを見て、楯無は目を細める。

頃合いと理解し、楯無は口を開いた。

 

 

「じゃあ交渉といきましょうか、オリビア・ウォルシュ。欲しいのは今回貴方達が確認しに来た幹部会のメンバーの情報について───対価は貴方の一定の身の安全よ」

 

 

 




忙しい……かなり遅れてしまった


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