ソードアート・オンライン剣槍(改訂前) (不可視の人狼)
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プロフィール

本作主人公のキャラ設定です。
本編のネタバレになるようなことは書いていないつもりですが、念のため第1話を読んでからの方がいいかもしれません。


三島翠月(みしますいげつ)/プレイヤーネーム《Mitsuki(ミツキ)》15歳(SAO開始時)

 

誕生日:10月29日

 

アバターの外見:ベータ当時のアバターでは後ろに伸ばした髪を1つに纏めていたが、デスゲームとなってからは現実の翠月の顔──長めの前髪から右目を覗かせた所謂目隠れスタイルになっている。髪色は黒に近い紺色。瞳の色は翡翠色。

 

使用武器:固有名《ハウヴェード》…60層フロアボスのドロップ。穂先が緑で縁どられた黒い両手槍。

 

本作主人公。東京赤羽在住。一軒家。

ソードアート・オンラインのベータテストに当選し、最高到達点第である第10層まで登りつめたプレイヤーの1人。

身長160前半のインドア派。スタミナはある方だが、運動は得意なものと不得意なもので極端に分かれる。

家族構成は母親に加えて叔母がおり、雑誌の記者をしている。父親は離婚して家を出ていった。

リアルでは友達が少なく、人の目を見て話すことと愛想笑いが苦手。

忙しそうにしている家族に気を遣うあまり何かと1人で背負い込みがちで、誰かに頼るという事が一番苦手だった。

 

デスゲームと化したSAO正式サービスでは元ベータテスターとしての経験を活かし、当時親交のあったキリトと別行動をとりつつレベルアップに邁進。そんな中出会ったとあるプレイヤーと、師弟・相棒のような信頼関係を築いていく。

 

《ビーター》の烙印を受け入れてからは、アインクラッドの中でも珍しいソロの槍使い(両手槍はパーティーを組んで運用するのがセオリー)として名を馳せ、60層のボス戦を境に《裂槍(れっそう)》の名がついた。

 

装備はソロプレイヤーのため地味なジャケットのみと、キリトと似たり寄ったりな軽量装備。色も青や濃紺といった暗い色系を好んで着ている。

60層以降、ボス戦で手に入れた素材を用いた《ジェイド・オルム・ジャケット》というグレーベースに緑の差し色が入った防具を着用しており、SAOクリアまで彼を支えた。

 

キリトと共に攻略していたこともありプレイヤースキルや状況への順応性が高く、咄嗟の判断力及び戦闘時の反応速度はキリトに匹敵する。

生まれつき動体視力が優れており、Mobやプレイヤーの素早い攻撃を目視で見切ったり、《正確さ(アキュラシー)》のステータス補正に頼らずとも高いソードスキルの命中精度を誇る。

 

また空中など、通常ならソードスキルを発動できないような不安定な姿勢からでもスキルを発動できる類希な特技を持っていたことと、対人戦に於いては両手槍でありながらインファイトにも対応可能なカウンターヒッターのスタイルを得意としていたことから、ベータ時代に行われたPvPの決闘(デュエル)では毎回相手に嫌な顔をされていたという。

 

 

 

 

 

◯過去

 

小学生3年生の頃、クラスでいじめが起きた。

丁度風邪(インフル)で休んでいたミツキが復学すると、クラスメイトの1人が手酷いいじめを受けているのを目にする。

それを止めに入った次の日から、ミツキにターゲットが変更され、無視されるようになった。暫くすると、机の中にゴミが詰め込まれていた。給食をわざとひっくり返された。

流石にエスカレートしてきた現状を担任に相談するも、学校側はまともにとりあってくれなかった。親は共働きで忙しく、叔母は大手新聞社の仕事で家を空けており、相談出来なかった。

 

もう一度だけ教師に──今度は校長を捕まえて直接相談したが、担任は大した問題じゃないと断定。あろうことか「余計なことをするな」と言い放った。

 

誰の助けも借りれないこの状況でミツキが取ったのは、実力行使──いじめの主犯グループをクラスメイトの前でボコボコにした。反面自分もボコボコにされた。

 

傷だらけで家に帰ったミツキを、丁度帰宅していた叔母が出迎え、いじめの事を知らされる。

何故すぐ連絡しなかったのかと怒られたミツキは

 

「自分でなんとかできるから」

 

と言い、怪我をしたことに関しては

 

「でも勝った」

 

で済ませた。

 

怪我までした甲斐はあり、クラスメイトが実態を告白し始めたお陰でいじめはパッタリと無くなったものの、主犯達をボコボコにしたミツキは孤立したまま。そもそもいじめの告白自体、黙っていたらミツキが自分達にまで手を上げるのではないかという恐れからくるものだった。それまで中の良かった子ですら、ミツキを避けるようになった。

 

ここからミツキのボッチライフが始まり、見かねた叔母がゲームを教えた。

元々才能があったのか、手始めに格ゲーがめちゃくちゃ上手くなり、あっという間に叔母を追い越した。

そこから色んなゲームに手を出した結果、最もハマったのがMMORPGだった。ただプログラムで動くだけのキャラクターではなく、アバターの中に意思を感じた。

最初こそギルドに入るなど他者と交流を持っていたが、周囲がどんどんギスギスしていき空中分解。仲裁に入るも「お前誰の味方だよ」「部外者のくせに」と言われたのをきっかけに、ソロプレイに傾倒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《家族について》

 

家族構成は母親と叔母との3人暮らし。父親は小学校の頃、離婚して家を出ていった。

母は

 

 

 

 

 

 




ハーメルンの最低文字数が1000文字だということを忘れていた…


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はじまりの日(改)

 2022年。人類は、完全なる仮想空間を実現した。

 そんな中、1つのゲームタイトルが発表される。名前は、《ソードアート・オンライン》

 全国のゲーマーたちが誕生を待ち望んでいた、世界初のVRMMORPGだ。

 ナーヴギアというヘルメット型の専用ハードを用いた《フルダイブ》技術を用い、脳から発せられる信号を変換することで仮想空間内のアバターを動かせる。

 プレイヤーたちはそれぞれオリジナルのアバターを駆り、手にした1つの武器と己の技術を頼りに冒険する。

 さらに仮想空間という特徴を活かし、ゲーム内で《生活》を送ることも可能となっているらしい。

 

 こういった情報が解禁されていく度に、全国のゲーム好き~ネトゲ廃人は新たな世界への期待を膨らませ、その開闢を指折り数えて待ち続けた。

 

 そんな中、MMORPGにはお約束のβテストが予告される。テスターとなるプレイヤーは抽選で選ばれるのだが……募集人数は僅か1000人──数字だけ見れば結構な人数かもしれないが、ゲーマー達からしてみれば悲しくなるほど少ない。

 

 なにせ世界初のVRMMORPGなのだ。βテストとはいえそれを世界中の誰よりも早く体験できる上に、製品版の優先購入権も付いてくるとあらば、応募が殺到しないわけがない。

 

 そして何を隠そうこの俺──三島 翠月(みしま すいげつ)もまた、自他共に認めるネットゲーマーなわけで……幸運にもベータテストの抽選に当たったと知った時にはそれはもう天にも昇るような気持ちだった。

 

 それ以降は寝ても覚めても、学校に行っている間でさえSAOのことしか考えられなくなっていた。

 

 学校から帰るなりトイレを済ませて自室へ。すぐさまナーヴギアを被って別世界へとんだ。

 

 しかし所詮はベータテスト──正式サービスに向けての試験運用でしかない。終わりの時がやってきたのだ。

 

 

 

 あの世界との暫しの別れをなんとか乗り越え──―ようやく今日という日を迎えた。

 

 

 

「開始時間は12時。トイレは済ませた。着替えも済ませた。──準備万端。いつでも来い」

 

 時刻は11時55分。俺は必要な準備を全て終わらせ、いつでもフルダイブできる状態にある。

 

 ナーヴギアを被ると、今となっては懐かしいβテストの時のワクワク感が思い起こされて思わず口元がにやけてしまう。

 現在家には俺1人だけ。両親とも仕事で忙しく、普段家に入り浸っている伯母も今日は1日遊びに出かけている。つまり今日は絶好のゲーム日和というわけだ。

 

 ……時は来た。

 

 

「──リンクスタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を開けば、そこはもう別世界。踏みしめているのはアスファルトではなく石畳。見上げれば自宅の天井ではなく青い空。

 

「ようやく戻って来れた……!この世界に」

 

 俺たちプレイヤーの冒険の舞台となるのは、浮遊城アインクラッド──全100層で構成される巨大な鋼鉄の城だ。

 

 今俺たちがいるのはその一番下。第1層《はじまりの街》。

 

 他にも次々とプレイヤーたちがログインしてくる中、俺は始まりの街を一目散に駆け抜ける。

 

 このゲームを攻略するにあたり、街周辺の雑魚を相手に戦いの勘を取り戻す必要がある。

 

 まずはベータ時代に世話になった武器屋へ赴き、ステータスを確認してから初期装備の槍を購入。

 残った(コル)でポーション類を買い、街の外──圏外に出る。

 

 

 

 

「──セァッ!」

 

 俺の振るった槍が青いイノシシを弾く。そこに生まれた隙を突いて、槍カテゴリ単発ソードスキル《シャフト》を発動させた。緑のライトエフェクトを纏った槍の穂先が、青いイノシシモンスターの体を抉る。この一撃でHPが0になった青イノシシは、その体をポリゴンへと変えて消滅する。

 

 SAOの戦闘システムには、RPGの醍醐味とも言える《魔法》が存在しない。かわりに、各武器カテゴリに応じた《ソードスキル》という必殺技のようなものが無限に近い数設定されている。

 

 指定された攻撃モーションを起こすことで、システムがアバターの体を動かし、普通ではありえないような速度と威力の技が繰り出せるソードスキルは、今俺が使ったような単発技もあれば連撃技もある。

 

「ふぅ……大分勘も戻ってきたか。もうちょいでレベルアップか?」

 

 かれこれ1時間ほど怒濤の狩りを続けた結果、没頭しすぎてかなりの数を狩っていたようだ。

 

 SAOでのステータスビルドは、従来のMMOのように複雑ではない。

 レベルアップによって得られるスキルポイントを筋力値(STR)敏捷値(AGT)のどちらかに振り分けてアバターのステータスを変動させる。

 体力とか防御力といったオーソドックスなステータスは自動的に上昇するため、攻撃力重視なら筋力値。手数で攻めたり、ヒットアンドアウェイに趣きを置きたいのなら敏捷値。という具合に、あまり難しく考える必要がない。要はプレイヤーの好みだ。ステータスアップの方向性を決めるのに結構な時間悩んでしまうタイプの俺にとって、この仕様はありがたかった。

 

 その後もしばらく雑魚相手に肩慣らしを続けたあと、町に戻って一度ログアウトするため、右手を振ってステータスウィンドウを呼び出す。

 

 そして、ここで初めてある異変に気づく……

 

「ログアウトボタンが……無い!?」

 

 本来はメインメニューの一番下に配置されているはずのログアウトアイコンが無い。正式サービスで配置が変わったのかと思ったが、どこを探しても無い。

 

「バグ…なのか?初日で?」

 

 確かに、正式サービス開始初日でこのようなバグが発見されることは然程珍しいことではない。むしろ初日だからこそ、起こりうる可能性も十分にある。しかしこれは、バグの一言で片付けるには些か質が悪いというか…よりによってフルダイブゲームに於いて無くてはならないログアウト機能にバグが生じるということがあるのだろうか?

 

 周りにいる他のプレイヤーたちも異変に気づいたのか、街の中がざわつき始める。そして──

 

「っ──―!?」

 

 急に視界が青い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 眩しさに目を瞑った俺が次に見たのは、ログインした時にも通った《はじまりの街》の中央広場。

 

 俺の他にも、ログアウトできなくなったプレイヤー達が広場内でひしめき合っている。その中に、見覚えのある顔を見つけた。

 

「おい、お前キリトだよな?」

 

 振り返った勇者顔のアバターは、俺の顔を見ると…

 

「お前……ミツキか?」

 

「久しぶりだな」

 

 ミツキというのは俺のアバターネームだ。単純に本名の上と下をくっつけただけのお手軽生産な名前。

 

 このキリトとはベータテストの時によくパーテイを組んで戦った仲だ。筋力要求の高い重い片手剣を好んで使い、ベータ時の最高到達点である第10層までいった数少ないプレイヤーの1人。その中には俺も含まれている。

 

「で、そいつは?」

 

 キリトによると、一緒にいる赤いバンダナの男はクラインというらしい。キリトのベータテスターという立場を見込んで、SAOの戦闘に関する諸々をレクチャーしてもらっていたそうだ。

 

「お前たちも気づいてるだろ?ログアウトボタンが消えてることに」

 

「あぁ……ログインしてるプレイヤー全員がここに強制転移させられたなら、もうすぐ運営側からアナウンスか何かあってもいいと思うんだが……」

 

「おい、上見てみろよ!」

 

 クラインの言葉に、俺とキリトは広場上空へ目を向ける。そこには不安感を煽るような真っ赤なフォントで《Warning》《System Announcement》と表示されている。

 

 ようやく運営からのアナウンスかと思った矢先──警告表示が瞬く間に広がり、広場上空を真っ赤に染め上げた。

 

 そこからまるで血液のようなドロドロした液体が滲み出し、宙で凝集する。

 

 やがて液体は巨大なローブを形作り、袖の部分から白い手袋を覗かせるアバターとなった。しかし……

 

「なんで中身がねぇんだ?」

 

 クラインの言うとおり、空中に出現したローブを着ているはずのアバターの顔が見えない。俺とキリトは、ベータテスト中にこのローブと同じものを見たことがある。

 

 ゲームマスター用のアバターとして使われているあの赤いローブは、本来ならば顔の部分には運営であるアーガス社員の髭を生やした老人か、メガネをかけた女の顔が覗いているはずなのだ。

 

 俺とキリトが脳裏で数々の疑問を浮かべる中、突如ローブから声が発せられる……

 

 

『プレイヤーの諸君、ようこそ。私の世界へ──―』

 

 

「私の世界…ね。事実とは言え随分と大仰な言い方だな」

 

 確かにゲームの運営であるアーガス本社の人間ならば、その言い方もあながち間違いではない。

 

『私の名前は茅場 晶彦(かやば あきひこ)。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「「!!」」

 

 雑誌で読んだことがある。

 

 茅場晶彦──小さな制作会社だったアーガスを大きく成長させる原動力となった天才デザイナーであり、量子物理学者。SAOを作ったのは紛れもなく彼であり、それどころか俺たちがフルダイブに使用しているナーヴギアを設計したのもまた茅場だった。

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消失していることに気づいていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない。──繰り返す、不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

「仕様……だと!?」

 

 ならば、このゲームはもとより現実世界からの一方通行ということになる。そんな危険極まりない代物をなぜ……!?

 

 驚愕に見舞われるプレイヤー達を他所に、茅場は淡々と言葉を続ける。

 

『諸君は自発的にログアウトすることができない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止・解除もありえない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる──』

 

 なんとも馬鹿げた話だ。と、普通の人なら一笑に伏すだろう。だが可能だ。茅場の言う「信号素子によるマイクロウェーブで脳を焼く」という現象は、原理としては一般家庭に置かれている電子レンジと同じ。十分な出力があれば、信号素子を高速振動させる摩擦熱で脳を蒸し焼きにすることができる。

 

 同じ結論に至ったらしいキリトが、呻くように口を開く。

 

「でも…無理だ。電源コンセントをいきなり引っこ抜けば、ナーヴギア単体でそこまでの出力を出せるはずがない。大容量のバッテリーでも搭載されてない…限り……」

 

「……ギアの重さの3割はバッテリセルだって聞いたことあるぜ。でも…でも無茶苦茶だろ!瞬間停電でもあったらどうすんだよ!?」

 

 クラインの言うとおりだ。ギアの電源を切っても内部バッテリーで脳が破壊されるのだとしたら、停電等の不可抗力で死ぬプレイヤーも出てしまうことになる。

 

『より厳密には、10分間の外部電源切断。2時間のネットワーク回線切断。ナーヴギアのロック解除・分解・破壊が試みられた場合、脳破壊シークエンスが実行される』

 

 茅場の言葉から、不可抗力で死亡してしまう可能性が低くなったことに安堵の息を漏らす。だが問題の解決にはなっていない。

 

『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族・友人が警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようとした例が少なからずあり…その結果、213人のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

「213人も……!?」

 

『ご覧のとおり、多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される恐れは低くなっていると言ってよかろう。諸君らには、安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

 ローブの周囲に、複数のウィンドウが表示される。どれも有名なニュース番組の画面だ。これはそのスクリーンショットらしい。

 見出しには『オンラインゲーム事件、被害者続々と』と書かれている。他の番組も似たり寄ったりだ。

 

「ふざけるな!ログアウトできない状況で呑気に遊べってのか!?こんなのもうゲームでも何でもないだろうが!!」

 

 遂に耐えられなくなったキリトが叫ぶ。だがその言葉は茅場には届かず、どこ吹く風とばかりに話を続ける。

 

『しかし、十分に留意してもらいたい。今後、ゲームに於いてあらゆる蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に──』

 

 短い間

 

『──諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 ……つまり。HPが0になる──ゲームオーバー=「死」、というわけだ。

 茅場の言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に1つの感覚が蘇る……

 

 そう…あれはベータテストの時だ。第1層にて単独(ソロ)でレベリングをしていた際、まだソードスキルに慣れていなかった俺は、青イノシシの突進攻撃を食らってHPバーを0にした。

 一瞬の間を置いて俺のアバターはポリゴンの欠片に分解され、第1層の《黒鉄宮》にて蘇生される。

 そして「今度は突進攻撃を食らわないように…」とか、「もう少し手数を増やして…」とか考えながら、同じ場所へ向かってリベンジをする。

 

 RPGというゲームジャンルは、トライ&エラーが基本だ。『失敗は成功の元』という言葉通り、何度も何度も挑んでは敗れを繰り返し、その末に撃破という結果が待っている。

 

 しかしゲームオーバーと同時に現実の肉体が死に至ってしまうこの状況では、それができない。

 

『諸君らが解放される条件はただ1つ。このゲームをクリアすればよい。現在君たちがいるのはアインクラッド最下層の第1層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒すことで上の階に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』

 

「クリア…第100層?できるわけねぇ。ベータテストじゃロクに上がれなかったって聞いたぞ!!」

 

 俺やキリトを始めとするベータテスターたち1000人は、他にいる9000人のプレイヤーたちより一足早くこの世界を体験している。

 一ヶ月という時間制限があったものの、着実にボスを倒して上層へと上がっていった。最終的には第10層まで到達したところでベータテストが終了してしまったのだが。

 

 一ヶ月で10層上れたのなら、10ヶ月あればクリアできるのではないか?

 

 答えはNoだ。

 

 確かにベータテスターたちはモンスターの弱点や美味しいクエスト、更には主街区までの安全な道なんかも知っている。新規プレイヤーたちなんかとは比べ物にならないほどの知識と経験を持っているのだ。

 

 だからクラインはキリトに戦い方のレクチャーを頼んだ。

 

 しかしそれが通用するのもベータテスト時の最高到達点である第10層まで。それ以降は事前情報が一切無い。もっと言えば、俺たちが知っているのはあくまでもベータテスト時の知識であり、正式サービスを開始するにあたっていくつかの修正が行われているはずなのだ。

 

 街の構造や店頭に並んでいるアイテムの値段程度ならまだしも、Mobやフロアボスのステータスが上方修正されているとしたなら…ベータ時の知識も鵜呑みにはできなくなってしまう。

 

 結局は死と隣り合わせの状況下で、地道に探索を繰り返していくしかないのだ。

 

 そんなことをしていては、ゲームクリアなど程遠い。おそらく年単位の時間が掛かるだろう。

 

『最後に──この世界が諸君らにとってもう1つの現実だという証拠をお見せしよう。諸君らのアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』

 

 茅場が言い終わるよりも早く右手を振ってメニューウィンドウを開く。アイテムストレージに移動すると、見慣れないアイテム名があった。

 

「《手鏡》……?」

 

 試しにオブジェクト化してみる。手の中に現れたのは、本当になんの変哲もないただの手鏡だ。

 鏡面には、ミツキがベータテスト時から使っているアバターの顔が写っているだけ。

 

 キリトやクラインも同様らしく、首をかしげたり眉をひそめたりしている。

 

「────ッ!?」

 

 直後、広場が青白い光で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「──―っなんだ……?」

 

 恐る恐る目を開けると、視界に広がるのは先程と同じ中央広場……しかし何か妙な違和感を感じる。

 

「「お前がキリト(クライン)か!?」」

 

 背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはついさっきまで一緒にいたはずの勇者然としたアバターでも、渋い浪人面のアバターでも無い、見ず知らずの男たちの顔だった。

 

 キリトらしい片手剣使いは、身長こそ変わってないものの俺が見慣れている勇者顔ではなく、俺と年もそう違わないであろう中性的な印象を受ける少年の顔に。

 

 そしてクラインはというと……あの渋い顔とは真逆といっていいほどの変容ぶりだった。

 キリっとしていた瞳はぎょろりとしたモノに変わり、鼻だちも鷲鼻に、そして顎には無精ひげを生やしている。これでは浪人というより野武士だ。

 

「じゃあミツキは……」

 

 と2人の視線が俺に向けられる。そうだ、俺の外見も変わってしまっているのだろうか?

 

 手に持つ鏡にもう一度目をやると、そこには思ったとおり、ミツキではなく三島翠月の顔が写し出された。

 

「どうやらここにいる1万人のプレイヤーたち全員が、キャラクリで作ったアバターの顔から現実世界のそれに変わったみたいだな」

 

「お、おう。お前妙に落ち着いてんな」

 

「そうでもないさ。スゲー驚いてるよ。でも、顔はともかくどうやってこんな……」

 

 ナーヴギアはその構造上、高密度の信号素子で頭部をすっぽりと覆っている。その為輪郭から各パーツの詳細な形まで精細に再現できるのだ。

 

 しかし体格はどうなのだろう。俺やキリトは身長の変化による違和感をなくすため、現実世界のそれと同じ身長に設定していたようだが、周囲にいる他のプレイヤーたちは大半が10~20センチほど上乗せしていたらしい。

 

 さらに…これは余談だが、性別を女と偽ってネットゲームをプレイする者──俗語でネカマと言う──もいたらしく、絵的にひどい状況になっているプレイヤーも少なからず見られる。

 

「俺最近ナーヴギアを買ったから覚えてるけどよ。キャリブレーション…だっけ?自分で身体をあちこち触ったじゃねぇか」

 

「なるほど。だったらこの状況にも説明がつく」

 

「でも…でもよ…あぁ何でだ!?そもそも何でこんな事を……」

 

 頭を抱えて混乱するクラインに、キリトが上空のローブを指し示してみせる。どうせすぐに答えてくれる。という意味だろうか。

 

『諸君らは今、「何故?」と思っているだろう。ナーヴギア開発者である茅場晶彦は、何故このような事をしたのか、と。──私はこの世界を創り、鑑賞するためだけにナーヴギアを、そしてSAOを作った。そして、全ては達成せしめられた』

 

 俺は無意識に拳をキツく握り締めていた。現実世界ならば爪が食い込んで血の2~3滴も垂れているであろう強さで。固く。

 

『以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する──プレイヤー諸君の、健闘を祈る』

 

 真紅のローブはその形を崩し、出現時の様子を逆再生するように宙へと吸い込まれていく。やがてローブは完全に消滅し、赤い警告表示も一瞬で消えた。

 

 静まり返った広場に、《始まりの街》商業区のBGMだけがひっそりと流れる。

 

 数秒間の沈黙の後……限界に達していたプレイヤー達の感情が、一斉に弾けた。

 

 

 ──「ふざけるな!ここから出せよ!」「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」「出して!ここから出してよぉ!!」──

 

 

 そんな中、俺の脳裏にはある一節が浮かんでいた。

 SAOにログインする直前に読んでいた雑誌に書かれていた、茅場の言葉だ。

 

 曰く、『これはゲームであっても、遊びではない』…と。あれは比喩でもなんでもなく、言葉通りの意味だった。今この瞬間、SAOは命をかけたデスゲームへと変貌したのだ。

 

「……キリト」

 

「あぁ。急ごう」

 

 1万人の悲痛な叫びが響き渡る広場を、俺と、クラインの腕を掴んだキリトは足早に抜け出した。

 

 

 

 

 

「クライン。俺たちはすぐ次の村へ向かう。お前も一緒に来い」

 

 疑問符を浮かべるクラインに、俺はメニューウィンドウを可視状態にして説明してやる。

 

「もし茅場の言っていたことが全て本当だとするなら、この世界で生き残っていくためにはひたすら自分を強化していかなきゃならない。今はまだ大丈夫かもしれないが、始まりの街周辺のフィールドは同じ事を考えた連中にすぐ狩り尽くされるはずだ。そうなったら、モンスターの再湧出(リポップ)を探し回る羽目になる。だから今のうちに街を出て、次の村を拠点にする」

 

 VRMMORPGが供給するリソース──即ち、プレイヤーが獲得できる(コル)や経験値は平等でもなければ無限でもない。

 つまり、一定範囲のフィールドに、常に一定数のモンスターが存在するわけではないのだ。

 モンスターの再湧出(リポップ)は、1個体が撃破されてから一定時間経過することが条件。短時間で大量に倒してしまっては、すぐにフィールドからモンスターがいなくなり、リソースの枯渇が起こる。

 

 そうならないように、誰も到達していないが故に安定した経験値を得られる先の村を拠点にするべきなのだ。

 

「俺もミツキもベータテスターだから、道も危険なポイントも全部知ってる。レベル1の今でも安全にたどり着けるはずだ」

 

 しかし、クラインの返答は……

 

「でも、でもよ。俺ぁ他のゲームで知り合ったダチと、徹夜で並んでこのソフトを買ったんだ。あいつら、まだ広場にいるはずなんだ……置いて、行けねぇ」

 

 となると、また話が変わってくる。クライン1人だけならキリトだけでも十分。俺も入れればより安全だっただろう。しかし、あと1人増えるだけならともかく2人ないし3人増えてしまうと…正直安全は保証し兼ねる。

 

 いくらベータテスターが2人いるとは言え、俺もキリトもプレイヤーだ。当然自分の身も守らなきゃいけないし、レベリングだって必要になる。

 そんな状況で複数人のビギナーたちを守っていく自身は、俺にもキリトにも無かった。

 

 苦い顔をする俺たちの意思を汲み取ったのか、クラインは二カッと笑い

 

「いや、これ以上世話んなるわけにゃ行かねぇよな。お前たちは気にせず、次の村へ行ってくれ」

 

 俺たちに先へ進むよう促してきた。

 

「俺だって前やってたゲームじゃギルドの頭張ってたからな。キリトから教わったテクで何とかしてみせらぁ」

 

「……そうか。なら──」

 

 俺はメニューウィンドウを開き、クラインにフレンド申請をする。フレンド登録をしたプレイヤー同士は、メッセージを飛ばせる上に、同じ階層にいればマップに互いの位置を表示できる。

 

「…じゃあな、クライン」

 

「おう。お前らも気をつけろよ」

 

「お互いにな」

 

 最後に拳をコツンとぶつけ合い、背を向けて走り出す。

 

「キリト!……お前、結構可愛い顔してやがんな!好みだぜ。んでミツキ!お前はイケメンだから、ガールフレンドとか沢山いんだろ?今度紹介しろよな!」

 

 最後に聞いたクラインの言葉は、彼らしいといえばらしい…からかうような言葉だった。

 

「お前もその野武士面の方が10倍似合ってるよ!」

 

「無事脱出できたらな!女友達1人もいないけど!」

 

 口々にそう言い返し、今度こそ俺とキリトは圏外へ向かう。

 

 走りながら後ろを確認してみたが、既にクラインは仲間のもとへ向かったようだった。彼ならきっと立派に仲間を引っ張っていけるだろう。

 

 

 

 そして俺たちは《はじまりの街》を抜け、犯罪防止(アンチクリミナル)コード有効圏外へと足を踏み出した。

 

「キリト。俺はベータん時に世話になった槍を取りに行く。お前はアニールだな?」

 

「あぁ。まずはアレを手に入れないと始まらない」

 

「OK、ここからは別行動だ。方向も逆だしな」

 

「分かった。……死ぬなよ」

 

「お前もな。生きてれば遅くとも1層のボス戦で会えるはずだ」

 

 街道を走りながら交わした会話。これが俺とキリトの今後を大きく左右することになる。

 

 この先でキリトは『彼女』と出会い、俺もまた『彼女』との出会いを果たすことになるのだ。

 



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聖女(改)

 アインクラッド第1層の《黒鉄宮》には、巨大な石碑がひっそりと鎮座している。それにはこの世界にいる全プレイヤーたちの名前が記されており、HPを0にして死んだプレイヤーたちの名前には、死亡した瞬間に横線が刻まれる。

 ご丁寧に死亡原因や、いつどこで死んだかも追記してくれる親切設計だ。

 

 この世界がデスゲームであると宣告されてから最初に出た死者は、1人の男だった。ナーヴギアの構造上、ゲームシステムから切り離されたものは意識が回復するはずだ。という持論を展開した彼は、第1層の外周によじ登り、底があるのかさえ知れない空中へ身を踊らせた。

 絶叫の尾を引きながら落下していった男がどうなったのか。それがわかったのは、数分後だ。

 

 男の名前には無慈悲な横線が刻まれ、その下に詳細が記されていた。死亡原因は高所落下。死に至るまでに男が何を見て、何を思ったのかは正直考えたくない。そもそも仮にこれで脱出できたとしても、この世界にいるプレイヤーたちには外部との連絡手段がないため、この試みの成否を確認できない。

 第一、そんな簡単な方法で脱出できるのならとっくに解放されているはずだ。

 

 

 

 デスゲームが始まってから10日が経った頃……

 

 安全な街に引き篭る大勢のプレイヤーたちを他所に、俺こと三島翠月──プレイヤーネーム《Mitsuki》は、森の中を駆け回っていた。

 

 両手で槍を構え、背後から迫るモンスターを集団から引き離しにかかる。俺の後を追ってきているのは暗い灰色の狼──正式名《ダイアウルフ》。

 

 本来なら街の周囲にある草原地帯でよく目にするMobだが、生息地を徐々に移動しているらしい。後方には、同じMobが群れをなしていた。

 

 オオカミ系のMobの特徴として、HPがイエローゾーンを下回ると咆哮によって周囲の仲間を呼び集める。しかも吼えた個体と同じプレイヤーにターゲットを集中することであっという間に囲まれてしまう恐れがある為、こうして1~2頭ずつ咆哮の範囲外に引き離して戦う必要があるのだ。

 

 時刻は既に夜だというのに、なぜ俺はこんなところで狩りをしているのか?

 理由は至極単純。そういうクエストだから。

 

 

 

 俺はキリトと別れたあと、全力疾走でとある村を目指した。途中の村々でレベリングと休憩を挟みながら進んだ先には、マップをよくよく注視しなければ分からないくらいに小さい農村がある。

 

《レーメル》というこの村には老人のNPCしかおらず、若者の姿は見えない。そんな中、村付近に移り住んできたオオカミが畑を荒らして困っているから助けてくれ。というのがクエストの内容だ。

 

 害獣であるオオカミたちを特定数倒せばクエストはクリアとなり、徐々に討伐数が増えていくクエストを3回クリアすることで、報酬である《アニールスピア》が手に入る。最初は5頭、次は10頭、そして最後は15頭の討伐を要求される周回クエストだ。

 俺が今装備している初期装備の《ブロンズスピア》は、現在進めている3度目の挑戦が最後の見せ場となる。

 

 そんなわけでオオカミたちを狩り続けた俺は、計8頭のオオカミたちを撃破している。クリアまではあと7頭。

 

「グルァッ!」

 

 獰猛な唸り声を上げて飛びかかってきたオオカミを左に避け、ガラ空きとなった横っ腹に渾身の《シャフト》を打ち込む。

 

 ダイアウルフのHPバーがガクンと減り、イエローゾーンを経て赤く染まる。本来ならここで咆哮により仲間が呼び集められるはずなのだが……

 

「よっと」

 

 基本ソードスキルの利点である硬直時間(スキルディレイ)の短さを活かし、硬直が解けると同時に槍を突き込む。

 

 これでオオカミのHPはゼロとなり、ポリゴンの欠片へと変わっていく。

 

 一見効率のいい倒し方に見えるこの方法だが、やっている側からしてみればかなり危険な戦い方だ。

 

 なにせタイミングが少し遅れるだけでわらわらとオオカミの大群が押し寄せてくるのだ。ソードスキルでどのくらいのHPを削れるか。とか、どのタイミングでスキルを繰り出せば余裕を持って対処できるかを考えながら戦わなければならない。

 

 従来のMMORPGならばそういうことを考えながら戦うことも苦ではなかったろうが、失敗の許されないこのゲームで同じことをやろうとすると死の危険すら伴う。

 

 さりとてチマチマ削っていくだけでは時間がかかりすぎて、倒したオオカミのどれかが近くに再湧出(リポップ)してくる可能性もある。

 

 現状のステータスでは一度に2頭相手取るのが精一杯なため。それ以上の数に囲まれたらもう逃げるしかない。

 

 ……こんな時に魔法があれば楽ちんなんだけどなぁ……

 

 などとぼやきながら、俺は水平斬りソードスキル《ヘリカルサイス》を繰り出し、今まさに飛びかかってきた2頭のオオカミを横薙ぎに一掃する。断末魔を残してポリゴン粒子と消えるオオカミたちを隠すかのように、俺の視界に《Congratulations!!》のフォントがファンファーレと共に表示される。同時に、俺の現在をレベルを示す数値が5から6へ。

 

「あと4体か……流石にしんどいな」

 

 かれこれ3時間──1周目から数えれば3日──近く同じ相手と戦闘を続けている。ソードスキルは規定モーションを検出して発動するため、使うのに結構な集中力を要する。俺はモーションが単調な基本技の《シャフト》を軸に戦っているため然程でもないが、それもいつまで持つか分からない。

 

 正直な所、手早く片付けて休みたい。しかし手早く片付けるためには最低でも一度に2頭のオオカミたちを相手にしなくてはならない。この状況でそれは非常に危険だ。

 

 他のプレイヤーとパーティを組んでいれば、こんな事で迷う必要もないのだが…俺もキリトも街を出た時からソロを貫くと決めている。自分で決めた事をそう易易と曲げない程度には、俺も人間が出来ていた。

 

 メニュー画面を操作し、ステータスポイントの振り分けを手早く済ませる。俺は槍使いなので、獲得した3ポイントのうち筋力に1、敏捷値に2ポイント振り分けた。上の層に上がるにつれて筋力値も上昇させるつもりだが、序盤は敏捷値を優先させることにしよう。

 

 そろそろ再開するか……と移動を始めた俺の聴覚が、異音を捉えた。

 

 

 ──はっ!──―やぁっ!──

 

 

 気合、だろうか?誰かが近くで戦っているようだ。それも……

 

「この声……女、か?」

 

 いやまさか…と思いながらも耳を澄ませる。するとまた、鋭い気合が聞こえた。

 聞きようによっては声が高い男に思えなくもない。

 

「…行ってみるか」

 

 そうつぶやいた俺は、慎重に声の方へと歩みを進めた。

 

 SAOにおけるプレイヤーの男女比は、圧倒的に男性の割合が多い。

 当然といえば当然の結果だが、偏見を恐れずに言うと、そもそも廃人レベルのゲーマーという人種はほぼ男しかいないものだ。上手い女ゲーマーというのもいないわけではないのだが、なんだかんだで廃人レベルには至っていないケースが殆ど。

 

「おいおい……」

 

 だから俺は、目の前の光景を見た瞬間そう声を漏らしてしまった。

 

 声のした方では、予想通りプレイヤーがオオカミと戦闘を繰り広げていた。そのプレイヤーというのがまた滅多に見ることのない外見をしていたのだ。

 

 本当に現実世界で生まれたものなのかと疑うほどに整った顔立ち。透き通った青い瞳。真っ白な肌。そして何よりも目を引く、月の光を受けて輝く、後ろで編み込まれた長い金髪。創作物などでよく見られる《救国の聖女》という表現がピッタリはまりそうな外見だ。

 

 俺は今、この世界に閉じ込められて初めて女性プレイヤーに会ったのだ。

 

「──やぁっ!」

 

 金髪の女は手にした片手剣を構え、オオカミの横腹に片手剣垂直斬りソードスキル《バーチカル》を繰り出す。攻撃がクリティカルヒットしたらしく、オオカミのHPが減少していく。ギリギリブルーのラインからイエロー、そしてレッドゾーンを経て、HPが全損するかに思われたが……

 

「──っ!あれじゃ…!」

 

 オオカミのHPは全損一歩手前で減少を止めた。

 このままではオオカミの群れがこの場に大挙して攻めて来る。

 見たところ彼女は中々の腕を持っているようだが、流石にオオカミが5体も6体も出てこられては歯が立たないだろう。その上周囲を警戒している素振りもない。

 そうこうしている内に、俺の索敵スキルが周囲から走り寄ってくるオオカミたちを補足した。

 

「ちぃっ──!」

 

 俺は背中から槍を抜き放ち、すぐ近くまで迫っていたオオカミに不意打ちの《シャフト》を叩き込む。

 

「──っ!?何者……」

 

「話は後だ!オオカミの群れが来るぞ!」

 

 金髪の女と背中合わせの状態になり、俺は槍を、女は剣を構える。

 

 次の瞬間、灰色のオオカミたちが獰猛な唸り声を上げて飛びかかってきた──―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……あんた、無事か?」

 

「……えぇ。そちらも無事で何よりです」

 

 何とかオオカミの群れを全滅させた俺たちは、荒い息を付きながら互いの無事を確認した。

 そろそろ耐久力が心配になってきた槍を背中に戻し、背後の女を見やる。

 

「別に必要ありませんでしたが、助けてくれた事には礼を言います」

 

「いくらなんでも無茶だろ女1人で。しかもあんた、ベータテスターじゃないんだろ?」

 

 手近な木を背に座り込む女プレイヤーは、見ての通り剣使い──それも何から何まで初期装備のようだ。もし仮にベータテスターであるなら、《始まりの街》を出て最初に目指すのはここではなく、キリトが向かった《ホルンカ》という村のはず。

 

「ベータ、テスター……?何の話か知りませんが、女だからと甘く見られるのは不愉快です」

 

「あのな…分かってるだろ。俺たちに残された命は1つしかないんだ。レベリングに熱心なのはいいことだが、まず生き残ることを優先しろって」

 

「お前は命を複数持つ生き物を見たことでもあるのですか?何をそんな当然のことを」

 

 さっきの丁寧な言葉遣いから一転、「お前」呼びにシフトした彼女を見て、俺は違和感を覚えた。この女プレイヤー、どうにもさっきから俺との会話が微妙に噛み合っていない。ベータテスターという言葉に首を傾げたのはまだ理解できる。正式サービス直前になってSAOに興味を持った新規プレイヤーも多いはずだ。

 

 しかし今の彼女の言葉を聞くと、まるでこの世界がゲームであるという根本的なことを端から理解していないような印象を受けるのだ。

 

 ある意味、俺たちにとってもうひとつの現実となったこの世界にいち早く、それも中々にディープな没入の仕方をしているとも取れるのだが……

 

「……そろそろ再開します」

 

 考え込んでいた俺を他所に、息を整えた金髪の少女は、剣を片手に歩き出す。

 

「おい待てって……あー、失礼を承知で聞くけど、あんた今のレベルは?」

 

「レベル…?」

 

「えっと、視界の左上に自分の名前があるだろ?そのすぐ横に書いてある数字はいくつだ?」

 

「…4とありますが」

 

「俺は6。つまり今の俺はあんたより少しだけ強いってことだ。もし狩りを続けるなら、俺も同行させてもらうぞ。見た感じ結構な数を狩ってるみたいだけど、またあんなヘマをして死なれちゃ困る」

 

 先程の動きを見れば戦闘経験者なのはわかる。だが何度も戦っているであろうオオカミたちの習性を理解していないようではとてもじゃないが放置しておけない。

 

「ぐ……意味がわかりません。何故初対面のお前と一緒に行動しなければならないのですか。心配は無用、私は1人でも戦えます。もうあのような失態は犯しません。ではこれで」

 

 嫌な部分を突かれてぐぬぬと歯噛みした金髪美女は、矢継ぎ早にまくし立てるなりそっぽを向いて立ち去ろうとする。

 せめて「レベルが上がるまでは我慢してあげましょう」くらいの答えを期待していたが、最初の素直な彼女は何処へやら、思った以上に頑固のようだ。下に見られるのが嫌なのだろうか?

 

 ならば……

 

「分かった、言い方を変えるよ。俺は今、近くの村でオオカミ狩りのクエストを受けててな。あと4匹狩る必要がある。それを手伝ってくれ」

 

「そのような義理があるとでも?」

 

「あんたを助けなきゃ今頃終わってたものだ」

 

「勝手に助けたのはそちらでしょう。それにオオカミなら先程あれだけ相手にしたではありませんか」

 

 確かに。彼女を助けに入った際には延べ6匹ほどのオオカミを相手にチクチクと立ち回っていた。いたのだが……

 

「でもトドメはぜーんぶあんたに持ってかれたからなー。俺が倒したことになってないんだよなー。もし手伝ってくれれば、お礼にこの世界のこととか色々教えようと思ってたのになー」

 

 少しの沈黙を経て、金髪美女の良心に訴えかけてみる作戦は成功。不承不承といった様子で俺たちはパーティを組むことになった。

 

「それじゃ、取り敢えずクエストクリアまでの間だけよろしく。俺はミツキ、あんたの名前は?」

 

「私の名は……アリスです」

 




上手くアリスの性格や話し方を表現できているでしょうか。
言葉遣いから分かるように、このアリスはツーベルクではなく整合騎士のアリスです。

諸々誤字や拙い部分もあるかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


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女剣士アリス(改)

「ありがとうございました、旅のお方。お礼と言ってはなんですが、こちらを」

 

「ありがとう」

 

 あれから程なくしてオオカミ狩りのクエストを終わらせた俺達は、村にいる村長NPCから報酬の金と経験値、そして目玉である《アニール・スピア》を受け取った。

 ここまでの役目を立派に果たしてくれた《ブロンズ・スピア》に心の中で礼を言い、新たな相棒を装備すると、ベータの時感じていたあの頼もしい重みを再び味わい、自然と笑みが溢れてしまう。

 

「終わりましたか?何をニヤニヤしているのです、気持ち悪い」

 

「少しくらいいいだろ。クエストクリアの余韻に浸らせてくれよ」

 

「私には関係のないことです。それで?」

 

 村長の家の外で俺を待っていたアリスは、些かの苛立ちを覚えているようだ。無理もない。本来ならクエストクリアに必要分のオオカミを倒してすぐに帰るはずが、帰り道に見かけたオオカミの群れを迂回したり、その先で何度か別のMobと遭遇して武器の耐久値にヒヤヒヤしながらの戦闘になったりと、日にちを跨ぐ結構な回り道をしてしまったのだから。お陰で彼女のレベルもぐんぐん上がり、今ではお互いレベル6。そろそろここでの狩りでは経験値効率が下がってくる頃合だ。

 

 しかしこの時の俺は、懐かしき相棒が我が手に戻ったという事実に浮かれており……

 

「ん?」

 

 などと、気の抜けた生返事を返してしまった。それを聞いた女剣士アリス様は──SAOのシステム上不可能なことではあるのだが──人を殺せそうな目つきで俺を睨む。

 

「まさか私を騙したなどと言わないでしょうね。斬りますよ?」

 

 そう言って腰に下げた剣の柄に手をかけた彼女を、俺は必死で制止した。

 

「待て待て!それは本当にシャレにならない」

 

「命が惜しいならとっとと話しなさい。この世界の情報を」

 

「分かった、次の村に移動しながら話す。だから取り敢えず柄から手を離してくれないか……」

 

 疑わしげな目で俺を見つめるアリスは、渋々剣にかけていた手を下ろす。しかし俺がまた彼女の機嫌を損ねることがあれば、本気で剣を抜きかねない。そうならないよう、できる限り言葉を選びながら、俺はこのSAOの世界のことを手短に、1つずつ解説していった。アリスはそれを真剣な表情で、時折質問を挟みながら聞いている。

 

 説明している中で分かったことがいくつか。

 まず、彼女はそもそもゲーム知識に疎いということ。RPGに触ったことのある人間なら本能的に理解できるであろう基本用語にすら首を傾げる程に。

 そしてもうひとつ。これが一番驚いたのだが、どうやら彼女は現実世界──リアルでの記憶が無いらしい。覚えている事といえば、自分の名前と剣での戦い方のみだという。このゲームをプレイしている以上絶対に避けては通れないナーヴギアのことも知らない様子だったことから、嘘ではないようだ。

 

 にわかには信じ難い話だが、ナーヴギア──フルダイブは生まれて日も浅く、まだまだ発展途上な技術だ。人間の脳に干渉する以上、何らかの不具合によって記憶をなくしてしまう……そんな事故も起こり得るのかもしれない。

 

「──それと、さっきは俺とあんただけだから何もなかったけど、今後は他のプレイヤーに対して無闇に剣を抜かない方がいい」

 

「何故です?自衛の為にも必要なことだと思いますが」

 

「それは勿論なんだが…俺の頭の上に緑色のマークが浮いてるの、見えるか?これはこのゲームにログインしたプレイヤー全員につく目印で、通常は緑色に設定されてる。けど、特定の条件を満たすとこいつがオレンジ色に変わるんだ」

 

「条件…どのような?」

 

「色々あるが…顕著な例が『自分と同じプレイヤーに対して傷害行為を行うこと』だ」

 

 元よりこのSAOはPK(プレイヤーキル)を禁止していないゲームだ。《犯罪防止(アンチクリミナル)コード》で守られている街の中は絶対の安全が保証されているが、そこから一歩でもフィールドに出ればシステムの加護は無くなり、自由にプレイヤーを攻撃することができる。

 

 PK行為を始めとした、システムに定められた犯罪行為を犯した者は頭上のプレイヤーカーソルがオレンジ色となり、恒久的にシステムの保護を受けることができなくなるのだ。それはつまり、クエストや経験値稼ぎを終えて疲弊した状態でも尚、外敵を警戒し続けねばならないことを意味する。

 

「──と、そんなわけだ。もし犯罪者(オレンジ)プレイヤーになったら街に入れないからアイテムの補充もできないし、寝床にも困る。一応救済措置で元に戻る方法もあるが、長ったらしくて正直やってられない」

 

 ベータテストの時、パーティを組んでいた他のテスターが喧嘩で味方を攻撃してしまい、カーソルをグリーンに戻すためのカルマ回復クエストに付き合った経験がある。あれはクリアしたところで経験値も(コル)もアイテムも何も貰えない、本当にただ長いだけの巡礼クエストだった。

 

「なるほど。この世界のことはある程度把握しました。──それより、先程から怪物や獣に遭遇しませんね」

 

「ああ、安全な道を通ってるからな。この辺は夜になると、今の俺達じゃまず倒すのが難しい強力なMobが湧くんだ。このルートは超歩くけど、まず死ぬことはないと思う」

 

「お前が突然道を外れて茂みの中に入っていった時には驚きましたが、まさかこんな道があるとは……」

 

「多分もうちょいで次の街に着く。そしたらすぐに武具屋に行くぞ」

 

 やがて道を覆っていた木々が晴れ、暖かい光のちらつく街が目に入った。

 

 第1層は円錐状のアインクラッドの中で最大の面積を誇る階層だ。故にフィールドも多様さに溢れている。最南端には俺達が一番最初に立った《はじまりの街》周辺はイノシシや昆虫系モンスターが出現する草原地帯。そこから北西に進むと、俺達がクエストを行っていた森林地帯が。北東に行けば湖沼が広がっている。更には遺跡や山や谷など、ゲーム序盤のステージとは思えない広大さだ。

 

 そんな第1層に於いて、どこからでもその姿を確認できる存在が1つだけある。エリア最北端にそびえ立つずんぐりとした塔──第1層迷宮区だ。あの塔の最上階に住まうフロアボスを打ち倒せば、上の層への道が開けるのだ。

 

 そんな迷宮区の最寄りにある中規模な町──《トールバーナ》が、現在俺とアリスの目指している場所だった。《はじまりの街》より規模は小さいが、NPCが経営するアイテムショップの品揃えや鍛冶屋のレベルはこちらの方が上だ。第1層で最も栄えている場所と言える。

 

「街に入ったら走るぞ。まだゲームが始まってそう日にちも経ってないから、人も殆どいないと思うが、急ぐに越したことはない」

 

 ベータ時の記憶より入口から最寄りの武具屋への最短ルートを脳裏に呼び起こして町の北門をくぐり抜けると、アリスの答えを待たず一目散に走り出す。当然困惑するアリスだったが、考える暇もなく俺に背中を押され、現時点での敏捷ステータス全開で石畳の地面を駆け抜けた。

 

《トールバーナ》のNPC武具店は、北門から100メートル程の所にある。そこまでを全力疾走した俺は、肩で息をつきながら買い物を始める。

 

「はぁ…はぁ…一体何なのです。先程の話では、こういった町中は安全なのでしょう?」

 

「そうなんだが…はぁ…ある意味モンスターよりも怖い連中がいるかも分からないからな。その予防策は打っておくべきだと思ってさ」

 

 取引ウィンドウを操作する俺を訝しげな目で見るアリスは、何度目かもわからない疑問符を浮かべている。買い物を終えた俺は、アリスにとあるアイテムを渡した。

 

「それ、装備してみ」

 

「これは……」

 

 俺がアリスに渡したのは、フード付きの腰まですっぽり覆える群青色のケープだった。特徴的な腰に届くほどの金髪を完全に隠すことはできないが、フードを目深に被れば人相を隠すことはできる。

 

「何故このようなものを?受け取る際に詳細を見ましたが、これといって特別な効果は無さそうでしたが」

 

「この世界じゃ、まず女性プレイヤー自体がかなり少ない。大部分は《はじまりの街》に引き篭って会うことはないと思う。ここまでは分かるか?」

 

 アリスはコクリと頷く。

 

「つまり、この世界じゃ女プレイヤーってだけである程度注目を集めてしまう。中にはお前をか弱い女プレイヤーと見て、言い寄ってくるような奴もいるかもしれない」

 

 今度はムッとした表情になると、背中を冷や汗が伝う錯覚を覚える程の威圧感が静かに放たれる。やはり彼女は「女だから」という理由で侮られるのが嫌いなようだ。

 

「つ、つまり、顔を隠しておけば不必要に絡まれたりする心配が減るってことだ。あんたにとっても悪くない話だろ?」

 

「……まあ、そういうことなら」

 

 なんとか納得してくれたらしいアリスは、ケープのフードを被る。因みに彼女に渡したケープは詳細テキストを見ても特殊な効果は無いが、比較的暗い色のため、茂みや暗がりに隠れれば少しだけ隠蔽(ハイディング)補正がかかる。精々普通よりちょっと見つけにくくなる程度で、索敵スキルを使えば1発でバレてしまうが、それはおまけなので問題なし。いつか役立つ時があるならそれでいい。

 その後は鍛冶屋に行って、ボロボロだったアリスの剣のメンテナンスを行う。思えば初期装備の《スモールソード》で単身よく戦い抜いたものだ。同じ片手剣使いでSAOでの戦闘に長じたベータテスターでもあるキリトですら《はじまりの街》を出てすぐに上位武器である《アニールブレード》へ乗り換えるつもりでいたというのに。

 

「……なぁ。もう少し強い剣、欲しくないか?」

 

 NPC鍛冶屋の手で修繕されていく剣をジッと見つめているアリスに、それとなく聞いてみる。

 

「あるのですか?」

 

「ある。俺の知り合いも真っ先に向かおうとするくらい頼もしい剣が。ただ俺の槍と同じクエスト報酬だから、それなりに危険は伴う」

 

「危険は承知の上です」

 

「分かった。なら今日はもう休んで、明日の朝に出発しよう。宿の場所、分かるか?」

 

「分かるはずがないでしょう。私はお前程知識を蓄えていないのですから」

 

「OK。じゃあついて来い。金はまだあるはずだよな?」

 

 アリスを伴って店を後にした俺は、町の中央にある広場へ足を運ぶ。町中の施設の配置を覚えるなら、この方が分かりやすいはずだ。

 

「ここから向こうに行くと、回復ポーションなんかが売ってるアイテムショップがある。んで、最寄りの宿屋はそこ。でもあそこは値段の割に部屋が窮屈でな。道なりにもう少し奥まったところに行けば、値段相応の宿がある。目印は『INN』って書いた看板だ」

 

 我ながら色々と早口で喋ってしまった感があるが、意外にもアリスは全て記憶したようだ。生真面目な性格や言葉遣いといい、リアルの方では成績優秀な学級委員長あたりなのではないだろうか。

 

「じゃまた明日な」

 

 そう言って俺は宿屋方面の通路をまっすぐ進んでいく。今夜のうちに《森の秘薬》クエストのターゲットである植物型Mob《リトルネペント》との戦い方をもう一度攫っておいた方がいいだろう。何なら寝床を確保し次第、だいぶ歩くが《ホルンカ》まで行ってMobの偵察をしてみるのもいいかもしれない。

 

「一体どこまで歩く気ですか?」

 

「この先に宿屋よりいい条件で泊まれる場所が……え?」

 

 背後の声に振り向くと、そこには先程宿にチェックインしたはずのアリスが怪訝な顔で立っていた。

 

「え、何でいるんだよ」

 

「広場近くの宿より、離れた場所の方がいい宿があるのでしょう?お前のことですから、そちらへ行くのだろうと思いずっとついて来たのですが……そうですか、宿以外でも泊まれる場所があるのですか。それも好条件で」

 

 口元に微笑みをたたえるアリスは、「まだ何か隠していますね?話しなさい」と言外に告げている。変に誤魔化してまた彼女の機嫌を損ねるのも嫌なので、俺は観念してアリスを連れたまま目的の宿へと向かった。

 

 暫く歩いて到着したのは、《トールバーナ》の東側に位置する牧草地にそびえ立つ巨大な風車小屋だった。ここに住むNPCに街の宿の相場より少しだけ高い額を払うと、小屋の2階を1日貸してくれるのだ。しかも農家を営んでいるNPCの厚意でチーズが無償(タダ)で食べ放題なのに加え、共用ではあるが風呂付きである。

 NPC民宿とも言うべきこういった場所は、ベータテストの時にも一時期話題になったことがあった。もっとも、当時はゲーム内生活より攻略優先で、何より自由にログアウトすることができた為、大した需要はなかったのだが。

 

「当面はここが拠点になるから、宿賃はできる限り前払いしといたほうがいい。最大10日分いけるけど、いくら残ってる?」

 

「色々と教えてくれるのはありがたいですが、所持金まで詳らかにしなければなりませんか?」

 

「無理にとは言わないけど、明日クエスト行くのに回復Potとか買う金は残しとかないといけないからな。足りない分は狩りで稼ぐしかない」

 

「……2100コルと少しです。問題ありません」

 

 この風車小屋は1日80コル──道中の戦闘のお陰で10日分たっぷり支払っても余裕がある程度の額が溜まっていたようだ。他には、無謀にもアリスが回復アイテムを一切所持せず戦っていたお陰で殆ど出費がなかったのもあるかもしれないが。

 

 支払いを済ませたのを確認した俺は、自分用の宿を見つけるべく外に出ようとしたのだが……

 

「これは、一体どういう……!?」

 

 背後から聞こえてきたアリスの悲鳴にも似た声で、その足を止めた。

 

「どうした?部屋なら一度外に出たところにある階段から──」

 

「そうではありません!何故私の所持金が500コルになっているのですか!?」

 

「はあ!?何を言って……あっ!」

 

 アリスの所持金が大幅に減ったことに、思い当たる理由が1つだけ。すぐさま自分の左上に視線をフォーカスすると、そこには俺のものに加えてアリスのHPバーもしっかりと表示されていた。

 

「俺達、まだパーティー組んだままだった……!」

 

 この風車小屋の2階は通常の部屋に加え、その上に屋根裏部屋が存在している。簡素ではあるがベッドが設置されており、そこも合わせれば最大2人まで同時に泊まることが可能だ。

 

 元々は俺が1人で使う予定だったのだが、ついて来てしまったアリスに譲るにあたって、パーティーを解散しておくのをすっかり失念していた。一応、解散せずとも受付の際に詳細設定で利用者を限定できるのだが、何も知らないアリスはそれをスルーしたのだろう。現在この風車小屋2階は、自動的に俺とアリスの2人パーティーで利用することになってしまっている。

 

 つまり、アリスの懐から消えた宿賃計20日分の内半分は俺の分ということだ。

 

 それを聞かされたアリスは

 

「……その部屋、ドアはちゃんと施錠できるのでしょうね」

 

「あー、2階と屋根裏部屋は…簡単な梯子で繋がってるだけ、です」

 

「……つまり、その気になれば自由に出入り可能だと……?」

 

「えー、その…はい」

 

 次の瞬間、形のいい眉根がキツく寄せられる。同時に手入れを受けてピカピカになった腰の剣に手をかけた。

 

「今すぐ別の宿を探しなさい。お前ならば可能でしょう。でなければ私が出ていきます」

 

「いやそう言われても、もう払っちゃったし……それに一度払うと基本キャンセルできないんだよ。これ」

 

「なっ…!?で、では今からでもパーティーを解散すれば──」

 

「出来るには出来るけど…それだと、また同じ額をNPCに払ってキャンセル、改めて宿賃払わなきゃいけなくなるぞ」

 

 当然、それが出来るだけの金銭的余裕は俺にもアリスにも無い。全ては、遅過ぎたのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか、妙なことをすれば斬ります。《圏内》であろうと衝撃が入るのなら十分です。私が呼ばない限り、お前は屋根裏から下りないこと。これらを守ると誓うならこの部屋の利用を許します」

 

「いや、許すもなにも俺だってちゃんと金払ってるし、そもそもここに案内したのも俺──いえ、ありがたく屋根裏を使わせていただきます」

 

 弱々しくも抗議を試みた俺だが、直後放たれた有無を言わさぬ気迫にすっかり気圧され、大人しく屋根裏部屋へと引っ込んだ。

 

 殺風景な屋根裏部屋は思ったよりも広さがある。窓は無く、直立すれば天井に頭が付いてしまうが、それがかえって子供の頃憧れた秘密基地のような雰囲気を醸し出していた。これはこれで悪くない、寧ろいい。

 

「何をしているのです。早く今日の夕食を買いに行きますよ。案内しなさい」

 

「人使い荒いなぁ……」

 

 昔の思い出に浸る間もなく、部屋に続く梯子を下りる。確か《トールバーナ》にはそこまで大した食べ物は売っていなかったはずだ。ここはコスパ重視で極貧生活のお供、1個1コルの黒パンにお世話になるとしよう。

 俺がそんなことを考えているとは知りもしないアリスは脱いでいたフードを被り直すと、トントンと階段を下りていく。ご丁寧にNPCに「買い物に行ってきます」と断りを入れてから、町へと向かった。

 

 金髪の美女の後ろに俺が付いて歩く様は、さながら位の高い騎士(もちろんアリス)と、その召使(もちろん俺)といったところか。

 

 孤独なソロプレイヤーとしてスタートをきった矢先、ひと月とせずに女剣士様の指南役となった俺は、左右にゆらゆらと揺れる、ケープからはみ出た金髪を眺めながら足を進めた。

 



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《森の秘薬》(改)

 アインクラッド第1層《ホルンカ》

 

 広大な1層の多くを占める緑の中で、俺がクエストで奔走していた《レーメル》の村とは丁度反対の位置にある小さな村だ。恐らく、道なりに攻略を続けているプレイヤーたちが最初に行き着く村であり、片手剣使いにとって心強い相棒となってくれるであろう《アニールブレード》を獲得するためのクエストが受注できる。

 

「──さあ行きますよ。あの少女を早く助けなくては」

 

「その意気だ。いい狩場を教えるよ」

 

 クエストNPCのいる民家から出てきたアリスは、やる気に満ちた様子で村の外へと歩いていく。その後をついていく俺は手早くマップの位置を確認すると、アリスを先導して目標のモンスターを探し始めた。

 

 今回俺達が《ホルンカ》を訪れた理由は、アリスの剣を新調するためだ。

 この村で受けられる《森の秘薬》というクエストは、重病に苦しむ女の子に飲ませる薬を作るべく、《リトルネペントの胚珠》を手に入れるというもの。報酬で受け取れる《アニールブレード》はきっちりと強化を重ねれば、少なくとも第3層まで活躍を見込める優秀な武器なのだ。

 

「ネペントのPOP(ポップ)が多いのは…こことここ。少し危険だけど、今回は効率優先で二手に別れよう。アリスは村に近い方。俺が奥の方に行くから、どっちかが《胚珠》を手に入れたらそこで終わりにする」

 

「何故分かれる必要が?」

 

「移動しながら話すよ。回復Pot、買い忘れはないな?」

 

 クエストの標的である植物型Mob《リトルネペント》は、先端が鋭利な長い蔦と腐食液を使った攻撃をしてくるモンスターだ。外見は、根っこを脚替わりに地上を歩行するでっかいウツボカヅラといったところ。現実世界の植物にはまずないであろう巨大な口を備えており、そこから涎のような粘液を垂らしながらプレイヤーに迫る様は、ベータテスト参加者の多くを恐怖に陥れた。

 

 そしてクエストクリアに必要な《胚珠》なのだが、《リトルネペント》を狩っていると、ごく低確率で頭に花を咲かせた個体がPOPする。それを倒すことで手に入るアイテムだ。出現確率がおよそ1パーセントも無い花つきは、通常のネペントをひたすら狩り続けることで出現確率が上がる。

 運良くその辺を彷徨いててくれれば楽なことこの上ないのだが、そんなものに望みをかけて広い森を探すくらいならば、地道に狩りをしていった方が経験値が入る分建設的だといえる。

 

 とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。ゲームが始まって10日以上が経った今、新規プレイヤーであっても腕の立つ者が次々とこの村にたどり着いてもおかしくない。ここは小さいがきちんと《圏内》であり、道具や武具の補給もできる。ちんたらやっていては周辺のフィールドが人で溢れるのも時間の問題だろう。

 

「でもネペントは効率よく倒すのにコツが要るから、俺がやるのをちょっと見ててくれ。モンスターの動きもよく見とけよ」

 

 フィールドを見回すと、索敵スキルにいくつかの反応が引っかかる。その内の1つに目標を発見した俺は、背中から槍を抜いて走り出した。

 

 その先でのんびりと歩いていた通常個体のネペントに接近すると、向こうもそれを察知して左右の蔦を大きく掲げる。

 

 ネペントとの戦い方はシンプル。攻撃を避けて、弱点であるウツボと茎の接合部に攻撃を加え続けるだけ。……とは言ったものの、これを初見でやるにはセンスが必要だ。ゆらゆら揺れる蔦は攻撃の軌道が予測しにくいし、腐食液もタイミングを見て回避しないとネペントの口が追従してくるのだ。

 道中の戦闘のお陰でレベル7となった今ならばそこまで危険視する相手ではないが、油断はできない。

 なにせ腐食液は食らうと武器防具の耐久値がガンガン減っていく上に、暫くの間粘性のオブジェクトとなってこちらの動きを阻害してくる。もし武器や防具をロストしてしまうようなことがあれば、それがそのまま死に直結すると言っても過言ではない。

 

 右から襲いかかる蔦をくぐり抜けて右側面に回った俺は、ネペントの弱点めがけて槍を突き入れる。HPが4割弱減ったのを確認すると、同じことをもう一度──すると今度は、胴体のウツボ部分を大きく膨張させる。腐食液噴射の合図だ。最高射程は5メートル、バックステップで下がってもまず回避はできない。

 

「(……今っ!)」

 

 当たれば脅威の腐食液は、射程こそ長いが効果範囲はかなり狭い。俺はウツボの膨張がストップした瞬間を狙って思いっきり左にジャンプ。直後に放たれた薄緑色の液体は、空を切って地面に飛び散った。足が地面に着くのももどかしく、俺は槍のリーチを活かして飛び退きざまに槍の穂先でネペントの弱点を斬りつける。3度も攻撃を躱され怒り心頭なネペントは、腐食液を吐き終えるなり俺の足元目掛けて蔦を振り回した。それを小さく跳んで回避した俺が槍を大きく右に引くと、水色のライトエフェクトが穂先を包み込む。

 

「──はぁっ!」

 

 滞空したまま繰り出された両手槍水平斬りソードスキル《ヘリカルサイス》はネペントの茎部分を綺麗に捉え、俺の手に刹那の手応えを残してウツボ部分が切り離された。胴体と下半身を真っ二つにされた《リトルネペント》は、断末魔を残すこともなく青いポリゴン片となって霧散していく。

 ふぅ、と息をついて槍をしまった俺の元へ、少し離れたところで戦闘を見ていたアリスが歩いてくる。

 

「どうだ?今ので大体分かったか?」

 

「どのような立ち回りをすればいいのかは分かりました──もっとも、この本の方が圧倒的にわかり易かったですが」

 

「本?」

 

 アリスが手に持っているのは、羊皮紙を綴じたメモ帳大の本だ。

 

「回復薬を購入する際に、道具屋に置いてあったものですから。お前の戦いを見ながら軽く目を通してみましたが、先程の自律植物との戦闘に於ける注意点も全て網羅されています。あの戦い方も合点がいきました」

 

「ああ、攻略本か」

 

 SAOが始まってまだ半月弱だが、この世界には情報屋を生業とするプレイヤーがいる。通称《鼠のアルゴ》と呼ばれるそのプレイヤーは、デスゲームと化したこの世界において、生き残るために必要な攻略情報を本として販売しているのだ。お値段は1冊500コルとお高いが信憑性は折り紙つきで、それで安全が買えると思えば安い出費だろう。俺も《レーメル》に行き着くまでの村で売られていたものは全て購入し、ベータ時の記憶の補完に役立てていた。

 

 例の宿の一件で懐が寒くなっていたアリスだが、俺から彼女に返した宿賃をこの攻略本に当てたということか。

 

「なら特に問題はないな。攻略本に載ってる情報はベータの時と同じだったし、実際戦ってみてもこれといった変化は見られない。その本をしっかり読んで対策すれば、今のアリスなら問題なく倒せるはずだ。後はその本にも書いてあると思うけど、くれぐれも実のついたネペントには注意しろよ」

 

 最後に1番大事なことを念押しした俺は、森の奥地にあるネペントの狩場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの槍使いの少年が森の奥へと進んでいくのを見送ったアリスは、今一度攻略本に目を通す。

 最後に彼が言い残した「実つきには気をつけろ」という言葉の意味はすぐにわかった。

 

《リトルネペント》は今回のクエスト(依頼)の目標である花つきの個体と同じ確率で、頭に丸い実をつけた個体が出現するようだ。強さに何ら違いはないが、頭上の実を剣技で破壊してしまうと、粉塵を撒き散らして周囲にいる同族を呼び集めるのだとか。

 

 ならば対処法は至って簡単だ。ここからの狩りには水平斬り剣技のみを使用すればいいだけのこと。

 

「…私も始めるとしましょう。あまり時間をかけられません」

 

 こうしている間にも、あの少女は病に苦しんでいるのだ。自分にはここに来る以前の記憶が殆ど無いが、どういうわけかあの少女のことは絶対に助けたい。助けなければならないと、胸の奥の何かが叫んでいる気がする。

 パタンと閉じた本を腰のポーチにしまったアリスは、剣を抜いて村付近のフィールドへと走り出す。

 

 少しすると、あの醜悪な外見をした植物型のモンスター(怪物)が目に入った。向こうもアリスの姿を認めたらしく、蔦を掲げて威嚇してくる。

 

「──はぁっ!」

 

 襲い来る鋭利な蔦の攻撃を、足を止めることなく最小限の動きで躱したアリスは、すれ違いざまに弱点部位へ剣を振り抜く。確かな手応えと共に、ネペントの体力(HP)がガクンと減る。減少量が先の少年よりもやや多いのは、このモンスターには刺突よりも斬撃の方が有効だからだろう。これもあの攻略本に書いてあったことだ。

 

 すぐに振り返り、相手の動作を見極める。次は──

 

「──っ腐食液!」

 

 奴らが気色の悪い液体を口から吐き出す兆候を見て、アリスはすぐさま横へと跳ぶ……が、ここで過ちに気付いた。

 

「しまった…!」

 

 ネペントの腐食液は、吐き出す直前に回避行動をとらなければ狙いをつけたまま追従してくる。攻略本に書かれていたのはもちろん、あの少年も同じように戦っていたというのに、アリスは先んじて回避を行ってしまった。このままではあの液体に塗れ、最後の勤めを果たそうとしている愛剣を志半ばで失うことになりかねない。何よりあんなおぞましい怪物の粘液に塗れるような醜態を晒すのは御免だ。

 

 考えろ。この状況をどうすれば切り抜けられる…!

 

 思考が長く引き伸ばされるような感覚に陥りながら、必死で解決策を考えるアリスの脳裏に、ある光景が蘇った。それはつい先ほどのこと──あの少年がネペントにとどめを刺したときのことだ。

 

 気が付けば、アリスの体は半自動的に動いていた。身体を強引に向き直して地面を這うような低姿勢に、右手の剣を左に構える。すると、刀身がペールブルーの輝きに包まれる。

 次の瞬間、アリスの爪先は僅かに触れた地面を力の限り蹴り出し、超低空の突進を繰り出した。

 

 放たれた片手剣の単発突進技《レイジスパイク》は、ネペントの吐き出した腐食液の下を滑るようにくぐり抜ける。そして前方に突き出された剣の切っ先は、的確に弱点を捉えていた。突進の勢いのままネペントの背後に突き抜けたアリスは、技後硬直(ポストモーション)が終わるのを今か今かと待ちながら背後の様子を伺う。

 

 予想外の攻撃を受けたネペントは、捕食器の上に黄色いライトエフェクトをクルクルと回していた。モンスターやプレイヤーが痛撃を食らったりすると発現するバッドステータス──気絶(スタン)状態だ。

 

 敵が身動きを取れる状況でないことを理解したアリスはケープを翻し、駆け寄りざまに剣を大きく右に引き、刀身に水色のライトエフェクトを纏わせる。

 

「せ──やぁっ!!」

 

 気合一閃、渾身の単発水平斬り剣技《ホリゾンタル》が《リトルネペント》の胴体を真っ二つに斬り飛ばした。

 

「ふぅ……見様見真似でしたが、案外なんとかなるものですね」

 

 回避行動を取りながらのソードスキル発動──あの少年がいとも簡単にやっているように見えたそれは、アリスが思っている以上に難度が高い。

 ソードスキルは規定のモーションを検出することで立ち上がるという性質上、不安定な体勢であったり、大雑把な動作では発動が難しい。ましてや空中という姿勢制御の難しい状況下では、発動しかけていたスキルがストップして一定時間動けなくなる危険性をも孕む。

 

 そんな危ない綱渡りに見事打ち勝ったアリスだったが、今後このような賭けはあまりしないようにしよう、というのが正直なところだ。癪ではあるが今度やり方を教わることに決め、アリスは次の獲物を探しに出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、そろそろ花つきが出てきてもいい頃だと思うんだが…」

 

 目の前でポリゴンに分解されていくネペントを尻目に、周囲を見渡してみる。順調に熟練度が上がり続けている索敵スキルの効果範囲には、Mobの位置を示す光点が3つ表示されていた。

 体感では2時間程狩りを続けていると思うが、まだ目当ての花つきは現れない。

 

「アリスは……大丈夫みたいだな」

 

 一旦小休止も兼ねてマップを開き、近辺の再湧出(リポップ)をぼーっと眺めていると、やや離れた位置で忙しなく動く青い光点が。自分とパーティーを組んでいるプレイヤーを表すこれは間違いなくアリスだろう。視界に表示されている彼女のHPバーも、危険域には到達していない。ダメージを端から受けていないか、そうでなくとも回復はきちんとしているようだ。

 

「……本当にビギナー、なんだよな」

 

 誰にでもなく呟いた。

 ここに来るまでの彼女の戦いぶりを見た限り、こと戦闘技術の一点に絞れば、アリスは元ベータテスターと比べても何ら遜色ない実力を持っている。普通ならシステムアシストに身を任せてしまうソードスキルも、アシストに合わせて自分の体を動かすことで威力をブーストしている。これは一朝一夕で身に着けようと思ってできるものではない。俺やキリトだってベータ時代は失敗してアバターが硬直、HP全損寸前まで行った経験が何度もあるのだ。

 

 それを本能的にやった、ということなのだろうか?だとすれば素直に脱帽する他ない。が、ここでまた1つ疑問が生まれる。

 

 アリス本人が言うには、覚えているのは自分の名前と剣の使い方だけ。初めて会った時に片手剣のソードスキルを使って戦っていたことを考えれば、その剣の使い方というのはちゃんとこのSAOのシステムに則ったものだと考えるべきだろう。

 

 しかしそれでは違和感がある。

 

「どうして彼女はソードスキルのことだけ知ってたんだ……」

 

 あの後、俺はSAOというゲームの基本的な事柄を1から10まで、掻い摘みながらも知ってる限りのことを話した。時に質問を重ねてきたり、至って真剣に耳を傾けていたことから、俺の「彼女はSAOに限らず、ゲーム全般の知識に疎い」という認識は間違っていないはずだ。

 

 であれば、その知らない知識の中に含まれていて然るべきソードスキルだけは何故ああも高いレベルで扱えているのだろうか?

 

 うんうんと小さく唸りながらいくつか可能性を考えてみたものの、どれもしっくりくる答えたり得ない。

 

「ダメだ、さっぱりわからん」

 

 額に手を当て溜息をついたところで、周辺がまたネペントたちで賑わっていたことに気がつく。そしてその中に──

 

「──待ってました!」

 

 思考を放り投げて背中から槍を抜いた俺は、一目散に走り出す。視線の先にいる他とは一風変わった《リトルネペント》──花つきの元へ。

 

「シュウウウウ!」

 

 という虫とも獣ともつかない独特な声で咆吼した花つきは、両方の蔦を勢いよく振り下ろしてくる。左右で時間差をつけて攻撃してきた花つきネペントだったが、当然俺は外──側面側へ回り込むように回避する。

 

 避けては攻撃、避けては攻撃を繰り返し、やがて敵のHPがイエローを超える。蔦攻撃を槍で強めに弾き(パリィ)して距離をとった俺は、両手槍単発ソードスキル《フェイタルスラスト》を発動させる。

 黄色のライトエフェクトを纏った槍を、踏み込みと共に全力で突き入れた。

 

 一瞬の沈黙の後、花つきネペントは俺がこれまで何匹と倒してきたネペントたちとは違った断末魔を響かせ爆散。直前に頭部の花からこぼれ落ちた拳大の球体を残して、体を構成していたポリゴンが消えていく。

 

 槍をしまい、足元に転がっている球体──《リトルネペントの胚珠》を拾い上げた俺は、心の中で小さくガッツポーズを決めた。コレはアリスに渡すものだし、例え俺がこのクエストを受けて今のように《胚珠》をドロップしたとしても、槍メインの俺は受けられる恩恵が経験値と金くらいしかない。

 それでもレアドロップを獲得したという事実に喜んでしまうあたり、俺も中々ゲームに毒されてるなと実感する。

 

「よし……戻るか」

 

 貴重なアイテムをストレージにしまった俺は、村の方へと引き返した。左上を確認したが、相変わらず彼女のHPは殆ど変化しておらず、攻略本の情報をしっかりと噛み砕いてうまく立ち回っていたようだ。

 

 しばらく歩き、アリスが狩りを行っているはずのエリアに到着したところ……

 

「──やぁっ!!」

 

 鋭い気合と、走るライトエフェクト。そして俺がついさっき聞いたのと同じ悲鳴が周囲に響き渡る。悲鳴の発生源である目の前で固まった《リトルネペント》がポリゴン片となって散っていく向こうでは、達成感に満ちた顔をしたアリスが《胚珠》を大事そうに拾ったところだった。

 

「──おや、戻りましたか。それより見なさい、これであの少女を助けることができます!」

 

 どこか自慢げに《胚珠》を見せつけてくるアリスに、

 

 

 ああそれ、俺も持ってるんだよねー。

 

 

 と言った時の顔が見てみたいと一瞬だけ思ったが、彼女が怒るとおっかないのは分かりきっているので自重する。

 

「おめでとう。早いとこ村に戻ろう」

 

「言われずとも。さあ行きますよ!」

 

 小走りに俺の先を行くアリスの背中をジッと見つめる俺は、何かを言おうと口を開きかけたが、

 

「何をしているのです!急ぎなさい!」

 

 というアリスの叱責を受け、黙って彼女の後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ホルンカ》に戻った俺達は、村の広場に複数人でパーティを組んだプレイヤーたちが屯しているのを見かけた。予想通り、腕の立つビギナーの第一波が到達したようだ。

 

 別にやましいことは何もしていないし、今のアリスはフードで顔を隠している為、普通に広場を通っても良かったのだが、万が一話しかけられた時が面倒なので、裏道を使ってクエストNPCの待つ民家まで移動した。

 

 時刻は夕方4時。ここから《トールバーナ》までは歩きだとそれなりに時間がかかる。できれば早いうちにこの村を出たいところだ。

 

「お待たせして、申し訳ありません」

 

 丁寧にノックをしてから民家のドアを開けると、クエストを受けたときから変わらずに釜戸の火で何かを煮ていた少女の母親である女将が、俯けていた顔を上げる。その頭上には金色の《!》マークが浮かんでおり、クエストが進行していることを告げていた。

 

「これを娘さんに……」

 

 アリスが手渡した《リトルネペントの胚珠》を見た女将は今までのやつれた顔が一変、喜びで顔を輝かせる。続くマシンガンの如き感謝の言葉を経て、女将は《胚珠》を鍋に入れると、部屋の奥にある長棚(チェスト)の中から古びた1本の剣を取り出す。見た目こそ地味だが、今現在アリスの腰に下がっている《スモールソード》と比べれば確かな存在感を放っていた。

 

「…ありがとう。大切に使わせていただきます」

 

 無言で差し出された剣を捧げ持つように受け取ると、視界の中央にクエスト達成のメッセージとリザルト画面が表示される。クエストを受けたのはアリスなのだが、そんな彼女とパーティーを組んでいた俺にもボーナス経験値と金はきっちり加算されていく。

 

「これでこのクエストは終わりだ。行こう」

 

 ウィンドウを閉じて外へ出ようとした俺だったが、アリスはじっと動かない。受け取った《アニールブレード》こそストレージにしまったが、その視線は《胚珠》の入った鍋を無言でかき混ぜる女将をじっと見つめていた。

 

「……アリス?」

 

「もう少しだけ…ここにいてもいいでしょうか。最後まで見届けたいのです」

 

「……わかった」

 

 手近な椅子に座った俺とアリスは、部屋の中に鍋の煮える音だけが静かに響くのを黙って聞いていた。身も蓋もないことを言ってしまうと、クエストをクリアした時点で俺達と女将さんの間には何の関係性も無くなった。こうしてどれだけ待てども女将は水の1杯も出してくれないし、何らかの会話を試みても「ありがとうございました。これで娘も助かります」的な定型文が繰り返されるのみ。

 

《はじまりの街》を出た時の俺やキリトのような効率重視のソロプレイヤー(エゴイスト)からしてみれば、こんな行為には何の意味もありはしない。ただ時間を無駄にするだけだ。

 

 だが目の前で女将が鍋をかき混ぜる様子を見守る彼女は、女将に対する接し方からして俺とは違っていた。彼女はNPCを魂のないデータの塊ではなく、この世界に生きる1人の人間として接しているようだ。

 

 正直、その気持ちは理解できなくもない。従来の画面越しにプレイするゲームでさえ、劇中で悲劇的な道をたどったキャラクターに対し「幸せになって欲しい」という願いを抱かせてくれたものだ。

 俺の中にもまだ残っていたらしいそんな思いが、アリス1人をこの場に残すのではなく一緒に残るという選択を選ばせたのだろう。

 

 待つこと数分、気づかない内に船を漕いでいたらしい俺の肩を叩く手があった。向かいの椅子に座っていたアリスだ。彼女が指さす先では、今まで微動だにせず鍋をかき混ぜていた女将が、棚から木製のカップを取り出しているところだった。

 おたまで鍋の中身を注いだカップを持ち、女将は部屋の奥にあるドアへと消えていく。

 

 その様子を、俺は驚愕しながら凝視していた。ベータテストの時は、クエストクリア後にこのような演出があるという情報はひとつとして出回っていなかったからだ。そもそもあの奥の部屋は、プレイヤーが開けようにもシステムロックが掛かっていて開かなかったはずなのだ。同じNPCなら可能ということなのか……

 

「私たちも行きましょう」

 

 アリスに促され、俺達もその後を追う。

 女将が入っていった部屋は、夕方とは言えまだ日が出ているにも関わらず薄暗い。中にある物といえば簡素なベッドとタンス。後は小さな椅子が1つ鎮座しているのみ。

 

 そしてそのベッドには7~8歳程と思しき少女が横になっており、薬を持ってきた女将が体を助け起こそうとしているところだった。そこへアリスも補助に入り、シーツに隠れていた少女の体が露わになる。

 

 身につけているネグリジェから除く肩や首は細く骨張っており、この薄暗い部屋の中でもわかるほどに顔色が悪い。このクエストのそもそもの発端である重病を患った少女というのが、あの娘なのだろう。

 

「アガサ、旅の剣士さま達が森から薬を取って来てくだすったのよ。これを飲めばきっと良くなるわ」

 

 差し出された薬入りのカップを一瞥した──アガサという名前らしい──少女は、その視線をすぐ横にいるアリスへと向ける。普段の毅然とした表情を崩したアリスは少女を安心させるように微笑み、頷く。

 

 それに勇気を貰ったのかは分からないが、少女はカップを両手に持ち、ゆっくりと中身を飲み干した。すると薬の効能で少女の体はたちまち元気に……は、残念ながらならない。だが先程まで青白かった少女の顔に、微かにだが赤みが戻ってきたように見える。

 

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

 小さいが、可愛らしい声で少女はアリスに感謝を告げる。それを聞いたアリスは床に膝をついて少女に目線を合わせると

 

「あなたの病状が良くなる事を祈っています。ここまでよく頑張りましたね」

 

 そう言って、少女の頭を優しく撫でる。くすぐったそうに目を細めた少女は、部屋の入り口付近に立っていた俺に気付いたらしい。バッチリと目が合ってしまった。

 リアルでは人と目を合わせるのが大の苦手な俺が、このまま目を背けては少女を傷つけてしまわないかと迷っていたところで……

 

「お兄ちゃんも、ありがとう」

 

 と、弱々しくはあったが確かな笑顔を向けられた。彼女は間違いなくNPCのはずだ、にも関わらず、あまりに人間染みた所作に俺は戸惑いを隠せない。こちらからもぎこちない笑みを返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、まさかお前の笑顔があそこまで酷いものだとは思っていませんでした。あれではせっかく快復に向かっていたあの娘の容態が悪化しそうです」

 

「随分な言いようだな……まぁ否定はしないけども」

 

 あの親子の民家を後にした俺達は、またも裏道を使って《ホルンカ》の次の村である《メダイ》を目指していた。《トールバーナ》へ戻るには少々長居をし過ぎてしまった。この《ホルンカ》は唯一の欠点として寝床の数が少なく、ここからそう遠くない次の村の方が確実に寝床を確保できるだろう。

 

「……あの娘は、無事に回復するのでしょうか」

 

「きっと良くなる……って言いたいところだけど、多分そうはならない」

 

 俺達が受けた《森の秘薬》クエストは、あの民家に行けば誰だって受けられるものだ。つまり、あそこを訪ねるプレイヤーがいる限りあの少女は何度も何度も病に苦しむ事になる。改めて考えればおぞましい話だ。

 

「でも……アリスに頭を撫でられている時、少なくともあの時にかけられた言葉で、あの娘は救われたんじゃないかと思うよ。この世界じゃあそこまでNPCに寄り添える人間はいないからさ」

 

「なら、良いのですが……いえ、そう信じましょう。お前も偶にはいい事を言うではないですか」

 

「『偶に』は余計だ、『偶に』は。──それより腹減った。《メダイ》に着いたらまずは何か食おうぜ」

 

「昨日食べたあの黒パンのようなぼそぼそとした食事は御免ですよ。贅沢は言いませんが、せめてもう少し──」

 

「あの黒パンを馬鹿にするなよ?丁度次の村で受けられるクエスト報酬がだな──」

 

 月明かりに照らされ、言い合いをしながらも並んで歩く2人の影は、昨晩よりも少しだけ距離が縮まっていた。

 



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攻略会議(改)

 命をかけたこのデスゲームが始まってから1ヶ月が経った。

 

 現在俺達がいるのは、アインクラッド第1層──まだ1つとして階層を突破することができていない。当然といえば当然だ。気楽にプレイできる楽しいゲームだったはずのSAOは、今やHP全損に至れば現実の死が待ち構えているのだから。わざわざ自分の命を危険に晒してでもゲーム攻略に乗り出そうとするプレイヤーなど、全体の数割にも満たないはずだ。

 加えて、現時点でゲームオーバーになったプレイヤーは約2千人。SAOサービス開始当初にログインしていたおよそ1万人の2割が、このひと月の間に死亡したことになる。その事実が、今も尚《はじまりの街》に閉じこもっている大多数のプレイヤー達の行動を抑制してしまっているのだ。

 

 かつて行われたSAOベータテストの実施期間1ヶ月で到達できたのは第10層まで。その時の知識を持つ俺を始めとした元ベータテスター達はゲームクリアに最も近しい存在と言えるが、当の俺が未だ迷宮区を踏破することすら出来ていないことからも、そう単純な問題でないことは理解してもらえるだろう。

 

 今のSAOでは軽はずみな無茶や玉砕覚悟のゴリ押しができない。慎重に慎重を期して攻略を進めていかねば、自分の命が危うい。ゲームオーバーからのもう1回!はこの世界で通用しないのだ。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていた俺は、すぐ近くで聞こえたモンスターの唸り声によって意識を現実に引き戻される。背中を預けているゴツゴツとした石の壁の感触が、今俺がどこにいるのかを思い出させた。

 

 

 ──アインクラッド第1層迷宮区18階──

 

 

 そこが今現在、俺が潜り込んでいる場所だ。経験値稼ぎも兼ねて迷宮区の探索を行っていた。

 

 階層の終盤地点ということで、迷宮区の中を徘徊しているモンスター達はいずれも強力だ。ベータ時の経験を基にレベル13と安全マージンを多めに取っている俺ことミツキだが、どれだけレベルがあろうと、油断していれば死を招きかねない。

 いつか攻略の最前線が2桁以上の階層にもなれば、第1層のMobなど無双ゲーよろしく蹴散らせるようになるのだろうが……そんな未来が訪れるのに果たしてどれだけかかるやら。もっと言えば、それまで俺が生きているという保証もない。

 

「……そろそろ戻るか。腹減った」

 

 独り言ちた俺は重い腰を上げ、恐らく4時間ほど潜っていた迷宮区の道を引き返していく。一番上のボス部屋を含め全20階で構成される迷宮区の18階ともなれば、戻るのにも時間と労力がかかる。もっと上の層に行けば手に入る《転移結晶(テレポートクリスタル)》があればサクッと帰れるようになるのだが、無い物ねだりをしても仕方がないと自分を宥めた。

 

 少し前までなら「しっかりなさい!」と激のひとつも飛ばしてくる女剣士がいたのだが、今俺の隣に彼女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ──ぁ……そだ、アルゴにマップデータ渡さないと」

 

 大きな欠伸をかました俺は、メッセージウィンドウを開いて情報屋宛の短文を打ち込む。

 送信ボタンを押してから、街の隅っこでここ最近の主食と化している黒パンを齧りながら待っていると、程なくして石畳を蹴る音が聞こえてきた。現れたのは、ネズミを髭を思わせる両頬のペイントが特徴的な軽量装備のプレイヤー──情報屋アルゴその人だ。

 

「待たせたナ、ツキ坊」

 

「いや、今さっき来たとこ。これ、18階のマップデータな」

 

「ふむ…確かに受け取っタ。悪いな、危険な役目を任せテ」

 

「気にするなって、幸いマッピング自体は楽しいしな。でも明日は俺以外の奴に頼んでくれよ、流石に疲れた」

 

「協力感謝するヨ。報酬は少し多めにしといたからナ」

 

 こと複雑に入り組んだ迷宮区は、マップ情報があるのと無いのとでは攻略難易度が段違いだ。マップデータに加えて「この部屋には強めのMobが出るから要注意」といった情報も添えておくと、後進のプレイヤー達が安心してレベリングを行うことができる。

 俺がアルゴとの間に行っているのはそういうやり取りだ。俺は攻略やレベル上げついでに未開拓のダンジョンや迷宮区を探索。そこで得られた情報をアルゴに引き渡す。言わば情報屋のネタを引っ張ってくる仕事。

 見返りを求めて始めたことではなかったのだが、アルゴなりの気遣いか、はたまた商売人としてのプライドなのか、報酬としてそれなりの額の金をもらっている。

 果たしてこの情報を一体いくらで売りつけるつもりなのか、購入者の財布に容赦してあげて欲しいものだ。

 

 俺が迷宮区に入った時点で10階までのマップデータが公開されていたところを見るに、多分俺以外にも同じことをしているプレイヤーは数人いるはずだ。少なくとも1人は絶対に。

 だいぶ前に別れた黒髪の片手剣使い(ソードマン)のことを思い出しながら、町の泉で汲んできた水を一口煽る。

 

 その様子を、アルゴはジッと見ていた。

 

「……まだ何か用か?」

 

「今日はあの女プレイヤーと一緒じゃないんだナ」

 

「その情報は高くつくぞ。999999コルだ」

 

「ニャハハ。あまり頭悪いこと言ってると、今に本人が来て怒られるんじゃないカ?」

 

「まさか。もうパーティーは解散してるんだ。フレンド登録もしてないし、彼女が俺の位置を知る方法はないよ。それこそお前から情報を買わない…限り……?」

 

 そこまで言って、背中に冷や汗が伝う。そう、可能なのだ。アルゴは《売れるものならなんでも売る》が信条の情報屋。流石にラインは引いているようだが、逆に言えばそのラインを超えない限りは金さえ積めば何でも教えてくれるということになる。

 

 つまり………

 

 

「ええ、買いましたとも。予想に反して手頃な価格でした」

 

 

 今俺の背後に立っている群青色のフード付きケープに身を包んだ女剣士・アリスが「俺がいつどこに現れるか」という情報を手にするのも可能ということだ。

 

「…ひ、久しぶり。でもないか」

 

「そうですね。パーティーを解散してからというものの、お前が私の前に姿を現さなくなって1週間です。ミツキ」

 

 ケープの下で腕を組むアリスの腰には、《ホルンカ》で受けたクエストの報酬である《アニールブレード》が。

 

 あれから暫く剣の強化であったり狩りに付き合っていたのだが、例の宿の賃貸期間が終了すると共にパーティーを解散。アリスは引き続きあの風車小屋に、俺は俺で別の宿に寝泊まりしている。

 以降、俺はとある事情からアリスとパーティーを組むことは愚か、顔を合わせることを避けていたのは事実だ。

 

「……はぁ。取り敢えず、死んではいなかったようで安心しました」

 

「へ、へぇ。心配してくれたんだな。アリスみたいな美人に心配してもらえるとは、俺も案外捨てたもんじゃ──」

 

「つまらない冗談を聞きに来たのではありません」

 

 柄にもなくプレイボーイな返答をしてみたが、高潔な女剣士様の前ではバッサリと斬り捨てられる。

 

「別にパーティーを解散したことに関しては何とも思いません。あれは互いに合意の上でしたから。しかし音信不通になるとはどういうことですか?」

 

「…こっちにも色々あるんだよ」

 

「答えになっていません!…もし、私がお前の足を引っ張っているというなら、そうならそうとハッキリ──」

 

「それは違う。アリスはもう随分強くなった。正直、俺の助けはもう要らないんじゃないかってくらいな。アレだよ、『もうお前に教えることは何もない』ってやつ」

 

「……ふざけているのですか」

 

「いや、本心だ」

 

「まぁまぁ2人とも落ち着けっテ」

 

 次第に険悪な空気が漂い始めたこの場を収めたのは、俺達を再び引き合わせた張本人であるアルゴだった。

 

「こうなってるのはお前のせいでもあるんだからな、アルゴ」

 

「はいはイ。じゃあお詫びに情報をひとつ──明日、《トールバーナ》で《フロアボス攻略会議》が開かれるそうダ」

 

「──!見つかったのか?ボス部屋」

 

「いや、厳密にはまだダ。今日、あるパーティーが迷宮区の最上階に到達したんダ。この調子で行けば、多分明日にはボス部屋に到達できるだろうナ」

 

 驚いた。迷宮区の攻略は中々進んでいないものだとばかり思っていたが、まさか俺達よりも先に最上階へ到達している者がいようとは。パーティーというからには、当然俺でもなければキリトでもない(はずだ)。

 

「フロアボス……アインクラッドの各階層を守護するモンスター、ですか」

 

「その通リ。カップル喧嘩はその辺にして、今はボス攻略に集中したらどうダ?この情報料は特別にタダにしといてやるからサ」

 

「誰がカップルだ!」

 

「ニャハハハ!頑張れよ、ツキ坊」

 

 心底面白そうに去っていったアルゴ。後を追ってアリもしない噂を吹聴するのは止めるよう釘を刺しておこうかと思ったが、諦める。

 彼女の異名である《鼠》の由来は両頬のペイントだけではない。その名に恥じないすばしっこさ──非常に高い敏捷値(AGI)ステータスを持つ彼女は、例え俺が全速力で追いかけようと触れることすらできないだろう。

 

 残された俺はバレないようにアリスの様子を伺うと、彼女は何かを考えているようだった。

 

「ミツキ…先程アルゴ殿が言っていた《カップル》とは何のことです?」

 

「え?あ、や……知らなくても何の問題もない事だし、いいんじゃないか。分からないままで」

 

「そういうものなのですか…」

 

「そういうもんだ」

 

 アリスはまだ納得いってないようで、自分の中で色々と考えているようだった。彼女が目を閉じている隙を見て、俺は全力の忍び足(スニーキング)でその場を離れる。

 

「むぅ………ハッ!それはそうと──!」

 

 アリスが再び問い詰めようとした頃には、既に俺はまんまと逃げおおせていた。

 

「ほんっとうにあの男は………ん?これは、アルゴ殿から?」

 

 憤慨するアリスの元へ、つい先程去った筈のアルゴから1通のメッセージが届く。

 

『ツキ坊がアリスを避けてる理由は、オレっちの口からは言えない。でも明日の攻略会議に行けば、なにか分かるんじゃないか?これはオネーサンのお節介だから、お代はいらないよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、時刻は夕方。

 

《トールバーナ》の西側に位置する円形広場では、アルゴの情報通り、複数のプレイヤーが集まっていた。最終的に集まった数は総勢で45人──予想はしていたものの、正直言ってかなり少ない。

 SAOでは1パーティーが最大6人。それを8つ束ねて、計48人の連結(レイド)パーティーを組むことが出来る。もしボスを死者ゼロで倒そうとするなら、レイドを2つ作って交代させながら戦うのがベストなのだが……これではレイド1つを満たすこともできない。

 

「はーい!それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいまーす!」

 

 丁度、俺があまり人の密集していない広場の隅っこに陣取ったあたりで、この会議の主催者らしい広場の中央に立っている青髪の男が、この場に集ったプレイヤー達の注目を集めるために手を叩いた。

 

「まず、今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!もしかしたら知ってる人もいるかもだけど、俺の名は《ディアベル》。職業は、気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 次の瞬間、広場のそこかしこから笑い声が上がる。それもそのはず、確かにあのディアベルというプレイヤーの装備は──重そうな甲冑でこそないものの──騎士然としているが、SAOには所謂ジョブシステムが存在しない。取得する生産系・交易系スキルによって《商人》や《鍛冶師》と呼ばれる者はいるが、バリバリ戦闘系である《騎士(ナイト)》だの《侍》といった肩書きは一度として聞いたことがない。精々彼のように自称する程度だ。

 

 しかしディアベルのユーモアある自己紹介は皆の心を掴んだらしく、参加者の中から「本当は《勇者》とか言いてぇんだろ!」というツッコミを始め、拍手や口笛が飛び交う。

 一気に騒がしくなった会場を両手で鎮めたディアベルは一転、真剣な面持ちで本題に入る。

 

「今日、俺達のパーティーがあの塔の最上階にあるボスの部屋を発見した!」

 

 直後、俺達の間に緊張が走る。昨日アルゴが言っていた最上階に到達したパーティーというのは、彼の一団だったというわけだ。

 

「ここまで一ヶ月…随分時間をかけてしまったけど、俺達はボスを倒して第2層に上がり、《はじまりの街》にいる大勢のプレイヤー達に、このゲームはクリアできるということを証明しなきゃならない。それが、ここにいる俺達トッププレイヤーの義務なんだ。そうだろ、みんな!」

 

 再び拍手喝采が沸き起こる。これまで個々人で生き抜いてきたトッププレイヤー集団の心を見事にまとめあげる様は、自称《騎士》から頭の2文字を取り下げる必要がありそうだ。

 

「それじゃあ早速、攻略会議に取り掛かろうと思う。まず最初に、この場にいる皆でそれぞれパーティーを組んでみてくれ!分かってる人がほとんどだと思うけど、単なるパーティーじゃボスには対抗できないからね」

 

 えっ!?と、小さく声が漏れた。

「はーい、~人組作ってー」というのは俺のような日陰者にとって悪魔の呪文なのだ。いっそのことディアベルの方で「はい、ここからここまで1パーティーね」と振り分けてくれれば大助かりなのだが、初対面の赤の他人をそこまで面倒見ることはできないだろう。俺が彼の立場だったとしても、きっとレイドの内訳を提示するのが関の山だ。

 

 よくよく考えてみれば、SAOにログインしているゲーマー達は基本的には俺と同じ側の人間のはずだ。そうすぐに赤の他人とグループを組めるはずが──

 

「う、嘘だ……」

 

 ──ない、と思っていたのだが。運命の女神は俺に味方をしてはくれなかったらしい。周囲にいたプレイヤー達は続々と声掛けを始め、あっという間に7つの集団が作られていく。

 ここに集まっていたプレイヤー達は46人。そこから6人7パーティーを引くと、単純計算で残っているのは……俺を入れて3人。

 人数の都合余りが出るのは目に見えていたが、こうもポツンと取り残されると正直ちょっと傷つく。

 

「──んっ?」

 

 不意に、俺の目の前にシステムウィンドウが現れる。ベータの時から何度も見たパーティー加入の申請だ。恐らく集団からアブれた俺と同じ境遇のプレイヤーが見かねて申請を飛ばしてくれたのだろう。これ幸いと即座に《○》のボタンに触れる。

 小さく安堵の息を漏らし、視界の左上に表示されるパーティーメンバーの名前を見た俺は息を呑んだ。

 そこにはしっかりくっきり、間違いなく《Alice》の文字があったのだから。

 

「どうしたのです。パーティーを組むのでしょう?まぁ、生憎お前には相手がいなかったようですが」

 

 背後に仁王立ちしていたのは、美しい金髪をケープで覆い隠したアリスだった。絶句している俺を他所に、彼女は俺の横に腰を下ろす。

 俺が人数をカウントした時にアリスの姿は見えなかったことから、遅れて出席したのかと思ったのだが、どうやら最初から広場後方の柱の陰に隠れていたらしい。時刻も相まって日陰は暗くなっており、そこに俺が渡したケープの色が保護色となって隠蔽率に補正が掛かっていたらしい。

 

 よりにもよってこんなところで効果を発揮しなくてもいいじゃないかと本当に思う。

 

「話は聞いていました。フロアボスとの戦いが集団戦になるのなら、ある程度気の知れた相手の方が連携をとるのも容易でしょう」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「…やはり私と組むのは嫌ですか」

 

「だからそれは……分かった、今回は世話になるよ。俺に声かけてくれるの、アリスくらいしかいないのも事実だしな」

 

 観念した俺が意識を広場の方へ戻そうとすると、何者かに肩を叩かれる。最初はアリスかと思ったのだが、そのアリスは俺の後方へ顔を向けている。それに倣うと、俺の後ろには見覚えのある顔が立っていた。

 黒髪に軽量な革装備、そして背中に背負うしっかりと強化された《アニールブレード》。

 

「久しぶりだなミツキ」

 

「キリト…!お前も無事だったか」

 

 互いに拳をコツンとぶつけ合わせたこの少年は、俺が《はじまりの街》で別れた元ベータテスター・キリトだった。

 

「早速で悪いんだが、ミツキはもうどこかのパーティーに入ってるか?もしまだなら──」

 

「ま、そうなるよな…こっちも人数足りてないから、是非頼む」

 

 そこまで言って、キリトの後ろにもう1人プレイヤーがいることに気づいた。えんじ色のフード付きケープで顔を隠した出で立ちは、さながらアリスの2Pカラーを思わせる。違いといえば、腰に携えた獲物が片手剣ではなく細剣(レイピア)な点だろうか。

 

 対するキリトもアリスの存在に気づいたらしく、どうしたものかと考えているようだった。

 

「あー、そちらの細剣使い(フェンサー)さんは知り合いか?」

 

「お、お前こそ、隣の剣士さんは?」

 

 話を聞くと、どうやらキリトの方もこのフェンサーと暫定パーティーを組んでいたらしい。しかもアリス、アルゴに続く女性プレイヤーというのだから驚いた。図らずも同じ境遇のパーティーがここに居合わせたわけだ。

 無論、パーティーを組むことに依存は無い。差し当たってパーティーを率いるリーダーはキリトに任せ、俺とアリスが彼のパーティーに入る形をとった。

 

 そのために一度こちらのパーティーを解散する際、フードの奥から一瞬だけ覗いたアリスの顔は、心なしか不服そうに見えた。

 

 斯くして、会議に集ったプレイヤー45+1人が無事に(?)パーティーを組み終えた。唯一上限を満たしていない俺達のパーティーだが、4人もいれば最低限の機能は果たせるだろう。

 

「よし!そろそろ全員組み終わったかな。それじゃあ──」

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん!」

 

 

 突如広場に響く濁声。広場の階段を数段飛ばしに駆け下りてきたのは、サボテンを思わせるトゲトゲした頭の男だった。

 

「ワイは《キバオウ》ってもんや。ボス攻略に挑む前に、言わせてもらいたいことがある」

 

 突然の闖入者に、その場にいるプレイヤー達は困惑している様子だ。俺やキリトもその例に漏れず、キバオウが一体何を言い出すのかと耳を傾ける。

 

「こん中に、今まで死んでった2千人にワビぃ入れなアカン奴らがおるはずや!自分らが何もかんも独り占めしたせいで無残に死んでいった2千人にな!」

 

 広場のプレイヤー達に指を突きつけたキバオウは、睨みをきかせた視線を横薙ぎに移動させる。

 同時に、俺はこの男が言いたいことを全て察した。察せてしまえた。

 

「キバオウさん。君の言う《奴ら》というのは……元ベータテスターの人達の事、かな?」

 

「決まってるやないか!ベータ上がり共は、こんクソゲームが始まったその日にダッシュではじまりの街から消えよった!9千何人のビギナーを見捨ててな!奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強うなって、その後もずーっと知らんぷりや」

 

 一層キツくなった目で俺達を睥睨するキバオウ。それが例え自分1人に向けられたものではないと頭では理解していても、この嫌な緊張感は俺の中から消えも和らぎもしてくれなかった。

 

「こん中にもおるはずやで!ベータ出身ちゅうのを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い連中が!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

 一頻り言いたいことは言い終えたようだが、それでもこの中で手を挙げようとする者はいない。もしそんなことをすれば、それが例えただの反論であったとしても、自らの立場が危うくなってしまう。

 相手が元テスターか否かをシステム的に判断できない以上、他人を疑いだしたらキリがないのだから。

 

 キバオウが口にした元テスターへの糾弾は、ビギナーの殆どが一度は同じことを考えたはずだ。

 

 ──どうして助けてくれなかったんだ。自分達さえよければそれでいいのか。どうせ陰で笑ってるんだろ──

 

 攻略が進むにつれて、元ベータテスター達への不平不満が溜まっていくであろうことは俺も予測していた。確かに、俺やキリトといった元テスター達が攻略する意思のあるビギナーに知識や情報を最初から共有できていたなら、もしかしたら2千人もの死者は出なかったかもしれない。

 だがそれはあくまでもたら・ればであって、且つ全てがうまくいった場合の話だ。当然、情報と知識を教えたにも関わらず死ぬプレイヤーは出ただろうし、何ならビギナーのフォローに回った結果、元テスターの方が死亡する可能性だって大いにある。

 もし前者の道を辿った場合、ビギナーの死の責任は今と同じように元テスターに着せられ、後者ならば頼みの綱だった元テスターが死ぬことで攻略の意思を削がれかねない。

 

 ……などと、こちらも言いたいことは山ほどあるが、最も声を大にして言いたいのは「どうして元ベータテスターが1人も死んでいないと思っているのか」ということだ。

 知識と経験は常に安全を与えてくれるわけではない。そこからくる驕りや慢心が自らを危険に陥れることだってある。

 

 その事を口にするかどうか、正直迷った。言えば間違いなく俺は吊るし上げられ、身ぐるみ剥がされた後に反テスター思想を持つプレイヤー達から一斉攻撃を受けるだろう。

 だがこのままいいように言われていていいのかという気持ちも確かにある。膝の上で組んだ手に力を込め、どうするか決めあぐねていた俺の耳に、張りのあるバリトンボイスが響いた。

 

「発言いいか」

 

 声の主は、広場の階段前方に座っていたガタイのいい男だ。身長はゆうに190を超えるだろう。SAOではいかに筋骨隆々な体をしていようとステータスには影響しないのだが、背中に吊っている両手斧を軽々と振り回す姿が容易に想像できた。

 他のプレイヤー達に軽く頭を下げてから、身長差がすごいことになっているキバオウを見下ろす形で向かい合う。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪・賠償しろ。ということだな?」

 

「そ、そうや!あいつらが見捨てんかったら死なずに済んだ2千人や!それもただの2千ちゃうで、ほとんど全員が他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ!アホテスターがちゃんと面倒見とったら、ここには倍以上の人数が……いや、きっと2層やら3層まで突破できてたに違いないんや!」

 

「あのサボテン頭の中身は花畑にでもなっているのか」と笑うことはできない。情報の真偽を確かめる術はないが、キバオウの言うことにも一理あるからだ。死んでいったビギナー達は、ここにいるプレイヤー達と同じくゲームクリアを目指す気概があった。彼らが生きていれば、少なくともこのボス戦における戦力はずっと盤石なものになっただろう。

 

 だがそれを真正面から受け止めたエギルの返答は、俺の予想に反するものだった。

 

「だがなキバオウさん、金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

 そう言ってエギルが腰のポーチから取り出したのは、見覚えのある小さな本だった。表紙には鼠のような3本ヒゲのマークが書いてある──アルゴが販売している攻略本だ。

 

「このガイドブック、あんたも貰っただろ。ここに来るまでの村全てで無料配布してるんだからな」

 

「……え、無料?」

 

 それは初耳だ。俺が攻略本を手にしたときはきっちり500コルを徴収されたというのに。

 横に居るキリトも俺と同じ反応をしている。きっと彼も攻略本を全巻コンプリートしてたのだろう。

 

「……私も貰った」

 

「私もです。《ホルンカ》の道具屋で」

 

 なんと……アリスの剣を獲得しに言った時点で既に無料配布は始まっていたらしい。あのアルゴから無料で情報を貰った我がパーティーの女衆は、同じものを手に入れるのに俺達のストレージから1500~2000コルが消えた事など知る由もない。

 

「──貰たで。それがなんや」

 

「これは俺が新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。いくらなんでも情報が出回るのが早すぎるとは思わないか?」

 

「せやから、それが何やっちゅうんや!」

 

「分からないのか?こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターしか有り得ないってことだ」

 

「………!」

 

 俺もキリトも、ハッと目を見開く。それ以外のプレイヤー達は一斉にざわめき始めた。

 

「いいか皆、情報はあったんだ。それなのにたくさんのプレイヤーが死んだ理由は、彼らがMMOのベテランだったからだと考えている。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで測り、引くべきポイントを見誤った。今重要なのは、そんな彼らの失敗を踏まえた上でボス戦にどう挑むか。それがこの会議で論議されると、俺は思っていたんだがな」

 

「キバオウさん。キミの気持ちは分かるけど、今は争ってる時じゃない。強力なボスを相手にするからこそ、元ベータテスターの力は必要なんだ。彼らを排斥したせいでボス攻略が失敗してちゃ意味がないだろ?」

 

 エギルの堂々と展開した持論は筋が通っており、さしものキバオウも反論の余地が無いようだ。ディアベルの説得もあり、フンと鼻を鳴らした後、大人しく引き下がった。

 

「じゃあ、会議を再開する。今回俺達が戦う事になるボスの情報だが……例の攻略本の最新版が先程発行された。それによると───」

 

 ディアベルが読み上げたボスの情報は、俺がベータテストの時に見聞きした情報と同じものだった。

 

 名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》。使用武器は斧と円形盾(バックラー)。連れている取り巻きの《ルイン・コボルド・センチネル》は、ボスの4段あるHPが1本削れる度に3体ずつPOP。相手にするのは計12体。

 そしてこのボスと戦う上で最も注意すべきなのが、HPバーが最後の1段に到達した瞬間だ。その瞬間、《コボルドロード》は斧と盾を捨てて武器を曲刀カテゴリの湾刀(タルワール)に持ちかえる。ガラリと変わる攻撃パターンに対応できるかが、この戦いの鍵となるだろう。

 

「この会議が終わった後、皆の方でもボス戦の情報はしっかりと確認しておいてくれ。最後にアイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割り。アイテムはドロップした人のものとする。依存はないかな?──明日は朝10時に出発する。では解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞろぞろとプレイヤー達が広場を後にする中、俺とキリトの足取りは重い。目の前でああもキッパリと反ベータテスター思想が語られたのだから、無理もないだろう。エギルやディアベルのような理解者がいてくれたのが唯一の救いだろうか。

 

 会議がお開きになった時点で日は完全に落ちており、町の中央広場ではボス戦に参加するプレイヤー達が景気づけでワイワイと親睦を深めていた。

 その様子を薄暗い路地の奥でクエスト報酬のクリーム付き黒パンを齧り齧り眺めていた俺は、不意に現れた人影を横目で確認する。

 

 普段なら丁寧に座ってもいいかと聞いてきそうなものだが、声をかければ俺が立ち去るのではと思ったらしいアリスは、無言で俺の隣に腰を下ろした。

 

「…昨日アルゴ殿に言われたのです。会議に参加すれば、お前が私のことを避ける理由が分かるのではないか、と」

 

「……そうか」

 

 アルゴめ、アリスに余計なことを吹き込んだな。

 

「昨日のことは謝ります。お前は、私のことを気遣ってくれていたのでしょう?」

 

「別にアリスが謝るようなことじゃない。俺の方で勝手に決めて、勝手にやったことだ」

 

 俺がアリスから距離を取っていた理由はズバリ、俺が元ベータテスターだからだ。

 彼女とパーティーを解散したその日に、俺は数人のビギナーパーティーが口々にベータテスターへの不満を漏らしているのを耳にした。内容は会議でキバオウが喚いていたのと似たようなもので、中には穏やかならざるワードも散見されている。

 俺と一緒にいては、アリスもベータテスターだと勘違いされる可能性がある。ちょうど彼女もこの世界に順応してきたことだし、交流を持つのはこの辺が潮時だろうと考えたのだ。

 

「………」

 

 俺の言葉を境に会話が止まる。理由があったとはいえ、避けて避けられての関係だった俺達は、お互い何を話したものかと考えていた。どうにか話題をと頭を捻っていると、やがてアリスの方から口を開く。

 

「…会議で親しげにしていたあの黒髪の剣士も元ベータテスターなのですか?」

 

「あ、ああ。ベータの時よくつるんでてな。《はじまりの街》で別れたんだ」

 

「……私以外にもいるではないですか……」

 

 ボソリと呟かれた言葉に俺が聞き返そうとした時、

 

 

「よう。お邪魔じゃなきゃ、俺達もいいか?」

 

 

 気の抜けた声で俺達の前に現れたのは、ややバツの悪そうな笑みをうかべたキリトと、フードで表情の知れない女フェンサー・《Asuna(アスナ)》だった。

 俺が食べていたのと同じ黒パン片手に、キリトは俺の隣、アスナはアリスの隣に座る。

 

「そういやミツキ。アリス…さんも、元ベータテスターなのか?」

 

 俺より先に、アリスがその問いに答える。

 

「アリスで構いません。それと私はベータテスターではありません。ここまでミツキと一緒に戦ってきたビギナーです」

 

「そっか。じゃあその《アニールブレード》は、ミツキが手伝ったのか?」

 

「一応。でも《胚珠》はアリスが自力でドロップしたし、俺が落とした分は多額の金になった。レアドロップって凄いよな」

 

「なっ!?聞いていません!お前もアレを持っていたというのですか!?」

 

「アリスより一足先に。ちょうど合流したタイミングでお前がドロップしたから、別にいいかなって」

 

「……結構のんきなのね」

 

 やいやいと言い合いを繰り広げる俺達に、アスナがピシャリと言い放つ。同時に時間が止まったような静寂が訪れた。

 

「明日はボス戦でしょ。他の人達もそうだけど、対策とかしなくていいの?」

 

「確かに負けられない戦いだけど、戦う前から変に気を張っても疲れるだけだろ。この世界で生きてかなきゃならない以上、そのへんのオンオフはしっかりしとかないとやっていけない」

 

 パンの最後のひと片を飲み込んだ俺は、傍らに立てかけていた槍を掴んで立ち上がる。

 

「明日はよろしく頼む。お互い死なないように頑張ろう」

 

 そう言い残し、宿への道を歩き出した。その後を追うようにアリスも路地から出てくる。

 

 最後の台詞は我先に街を飛び出したベータテスターとは思えないなと自分でも思ったが、その気持ちに偽りはない。

 

「──ミツキ」

 

 アリスが俺を呼び止めたのは、丁度彼女が泊まる風車小屋の近くだった。

 

「明日の戦い。必ず生き残りましょう」

 

「…ああ。アリスもな」

 

 




アンケートにご協力いただいた皆様、ありがとうございました。
最終結果は以下の通りです。


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開戦(改)

 あの《ミツキ》という名の紺髪の槍使いとパーティーを解散した晩のことだ。

 

 狩りの疲れと汗を流した後、夕食を買いに出たアリスは、様々な店が立ち並ぶ街道でこんな話を聞いた。

 

 

 ──元ベータテスターの連中は無責任だ。あいつら必死こいてレベル上げしてる俺達のこと笑ってるんだろうぜ──

 

 

「(ベータテスター…確か、常人よりも多くの知識と経験を持つプレイヤーの総称だったわね)」

 

 右も左もわからなかったアリスにとって、知識と経験に関しては悪態をつく男達にすら劣るのだが、ベータテスト出身者が保有する情報はその比ではないらしい。あの槍使いがここまで生きてこれたのも、その時の経験が活きているのだと聞いた。

 

 他にも「俺もベータに当選さえしてりゃなぁ」だとか「情報屋に聞いてみるか?」だとか。だが何よりも記憶に残ったのは、「奴らを見つけたらどうする?」に始まる会話だ。

 安価なレストランのテーブルに掛けて話していた数人のプレイヤー達は、口々に物騒な言葉を呟いていた。

 

 

 ……彼が危ない。

 

 

 真っ先にそう思ったのは何故だか分からない。だが、ワケも分からず只々1人で戦い続けていた自分にこの世界で生き抜く術を教えてくれたあの少年が、もし彼らの標的になってしまったら……そう思うと、どうしようもなく不安な気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 後日、情報屋アルゴの勧めで参加した第1層攻略会議を経て、槍使いがアリスから距離を取るようになった理由も自ずと見えてきた。

 彼はアリスが自分の巻き添えにならないよう、敢えて距離を置いていたのだろう。理由を話しても、きっと聞かなかっただろうから。アリス自身、その自覚はある。

 

「(思えば、私はここに来てから彼に助けられてばかりだ…)」

 

 アリスとて強くなっているのは実感している。今ではレベルも彼とほとんど変わらないし、攻略本の助けもあって戦闘も1人で難なくこなせるようになった。

 それでも…どれだけ強くなっても、胸の内に感じるやるせなさは拭えない。自分がもっと強ければ、彼も余計な気を遣わずに済んだのではないだろうかと。もっと強く…彼の背中を預かれるくらいに──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──い、──おい、アリス?」

 

「っ…は、はい?」

 

「どうした?何か考えてたみたいだが」

 

「ええ、まぁ……それより、ミツキの方こそ何ですか?」

 

「だから、ボス戦の基本戦術の確認。お前まだスイッチとかPotローテのこと、よく知らないだろ」

 

 思考の海から意識を浮上させたアリスを含む一行は、第1層の迷宮区を目指して行軍していた。集団の先頭を行くのはレイドリーダーであるディアベルのパーティー。

 そしてアリスのいるパーティーは行列の最後尾を少し離れて歩いていた。

 

「俺達のパーティーが相手するのは、取り巻きの《センチネル》だ。アリスは確か、素材集めとかで俺と何度か迷宮区に潜ったことあったよな?」

 

「ええ。下層の部屋に数えるほどですが…」

 

「そこで戦った《ルイン・コボルド・トルーパー》ってMobがいただろ?基本的にはあいつらと同じなんだが、《センチネル》は胴体と頭をがっちり鎧で固めてる。ただソードスキルを打ち込むだけじゃ、ダメージは入らない」

 

 コボルドといえば、MMO界隈ではスライムと並ぶ雑魚モンスター代表格。

 だがこのSAOに於いては決して侮れない相手だ。このゲームでの亜人・人型Mobは、そのほとんどがプレイヤーと同じように武器を持っている。つまり向こうもソードスキルを使ってくるということだ。

 

 1層ボスの《コボルドロード》もその例に漏れず、デフォルトの片手斧から湾刀(タルワール)に持ち替えてからは強力なソードスキルを連発してくるのだ。軌道は直線的だし、落ち着いて回避すれば対処は簡単なのだが…きちんと安全マージンを取っていても、まともに喰らえばHPの大部分をごっそり持っていかれる。

 

 ある意味、魔法を廃した剣の世界における最初の関門に相応しい相手と言えるだろう。

 

「──だから、まずはアリスが奴らの獲物をソードスキルで跳ね上げる。そこに俺が入れ替わって(スイッチして)急所に攻撃。基本はこの戦法で行く」

 

「……私が、ですか?」

 

「…?ああ。俺達のパーティー編成が丁度斬撃と刺突で分かれてるからな。キリトはあのフェンサーと結構仲いいみたいだし、俺も組むならアリスの方がやりやすいし……ってか、お前がそう言ったんだろ。パーティー組むとき」

 

「そ、そうでしたか?まあ、私もお前と組むに吝かではありません。改めて、よろしく頼みます」

 

「こちらこそ……っと、着いたみたいだな」

 

「ここに第1層のフロアボスが……他の部屋とは空気が違う」

 

 小さく喉を鳴らす。今まさに、このゲームをクリアするための第一歩が踏み出されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベータテストでアインクラッド1層を突破した当時、俺のレベルは確か11くらいだったと思う。

 武器も同じ《アニール・スピア》ではあったが、強化は今ほど重ねていなかったし、何よりSAOでの戦闘がようやく板についてきた頃だった。

 あの時は何度も死にそうになりながらなんとかノーコンでボス撃破に至ったが、今回も同じように行けるかどうかは神のみぞ知る。

 

 信じられるのは己の武器と戦闘技術に、背中を預けるパーティーメンバー、そしてレイド全体を指揮するディアベルの采配だ。

 

「皆聞いてくれ。俺から言うことはたった1つだ……勝とうぜ!」

 

 ここがボス部屋の前でなければ、皆揃って「オウ!」の声を上げていただろうが、張り詰めた空気の中では力強い頷きを返すのが関の山というものだ。それでも、不思議と気負った感覚はない。

 俺はゆっくりと深呼吸してから、背中の《アニールスピア+6》に手をかける。この層で行える限りの強化を施した十字槍は、重厚な穂先を頼もしくギラつかせた。

 

 俺の横で息を呑むアリスも愛剣を抜き、戦闘態勢に入る。

 

「行くぞ──!」

 

 ディアベルの手によって部屋の扉が重々しい音を立てて開かれた。

 

 第1層のボス部屋は奥行100メートル、幅20メートルほどの長方形の部屋だ。約4ヶ月ぶりに足を踏み入れたボス部屋は、設定されたスペースよりも数段広く感じられた。

 

 アインクラッドのボス部屋の扉は、基本的に一度開くと勝手に閉まるようなことは無い。だからもし勝ちの目が薄くなれば撤退することも可能なのだが、ここに落とし穴がある。もし敵に背を向けて走り出すような真似をしてしまうと、長距離射程のソードスキルの餌食になってしまうのだ。大ダメージによる行動不能(スタン)に陥れば、それだけで最悪死に直結する。

 つまり撤退する際は体をボスに向けたままジリジリと後退する必要があるわけなのだが、そうすると今度は撤退完了するまでがクソ長い。ボスが戦闘態勢に入るのは部屋の奥だから、細心の注意を払って敵の攻撃を防ぎながら100メートルの撤退を余儀なくされるわけだ。

 

「……来る!」

 

 誰が言ったか、その一言を合図に、薄暗い部屋の中がみるみる明かりに彩られていく。

 明かりが部屋の奥に到達すると同時に、最奥部の玉座に君臨していた獣人の王が姿を現した。

 

「グルルラァァァァ!」

 

《イルファング・ザ・コボルドロード》の雄叫びに応じ、取り巻きの《センチネル》3体が王を守るように並び立つ。

 

「攻撃開始───!」

 

 ディアベルの号令で、攻略レイドの先頭パーティーが各々の獲物を手に駆ける。

 その中の1人が振りかざした片手剣とセンチネルの長柄斧(ポールアックス)が激しい光芒を散らして衝突したことで、開戦の狼煙が上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はぁっ!!」

 

「よし、スイッチ!」

 

 下から斬り上げる形で繰り出されたアリスの片手剣斜め切りスキル《スラント》が、《センチネル》の振りかぶった斧を弾き返す。無防備に仰け反ったMobの弱点である喉元目掛けて、俺は《シャフト》を的確に撃ち込んだ。

 

 不自然な体勢で硬直したセンチネルは、一瞬の間を置いて青白いポリゴン片に変わる。

 槍を引き戻した俺は、背後のアリスに一瞥をくれてから、前方で激戦をくり広げるメイン部隊の様子を伺う。

 

 取り巻きの相手をしながらでも耳に入ってくるディアベルの指示は、最初から今まで見事の一言に尽きる。パーティー後方でコボルド王との戦いを見守りながら、壁役(タンク)攻撃(アタッカー)の部隊に的確なタイミングで攻撃やスイッチの指示を飛ばす。普段からリーダー職をしていなければできない所業だ。少なくとも俺には真似できない。

 

「向こうは今んとこ大丈夫そうだな」

 

「ええ。体力が危うい者もいないようです。あのディアベルという男…指揮能力は目を見張るものがあります」

 

「だな。職業《騎士》ってのも、強ち間違いじゃないかもしれな──っと、次の《センチネル》だ!」

 

 ボスのHPをまた1段削ったのだろう。取り巻きのPOPはこれで4回目──HPバー最後の1段に突入したということだ。

 

「──ミツキ!」

 

「任せろ!」

 

 アリスの剣戟で大きく仰け反ったセンチネルに、槍を構えて駆ける。その横では、同じくキリトが作った隙をついて細剣使いアスナが突撃していた。

 恐らく敏捷ステータスは向こうの方が高いのだろう。俺を追い越して敵に接近したアスナは、右手の細剣(レイピア)を引き絞る。細く鋭い刀身がライトエフェクトを纏ったところで、俺もまた槍を引き絞ってスキルを立ち上げる。

 

「──せぁっ!!」

 

「──シッ!」

 

 ほぼ同時に放たれた俺の《シャフト》とアスナの細剣基本技《リニアー》は、各々が狙っていたセンチネルの喉元を深々と抉った。

 

 爆散していくポリゴン片を横目に俺は軽い戦慄を覚えていた。今しがた繰り出された《リニアー》の完成度の高さにだ。

 彼女のソードスキルはシステムアシストに寄りかからず、自らの身体を動かして威力ブーストをかけている。それだけではない、確かにソードスキルは並外れた速さと技の威力をプレイヤーに齎すが、彼女の技はそれ以上だ。

 俺は人より動体視力がかなりいいと自負しているのだが、それでも完全に目で追うことができなかった。辛うじてスキル発動直後の剣閃が見えた程度だ。ライトエフェクトも相まって、それはさながら一筋の流星のよう……

 

「……何?」

 

「いや、ビギナーって聞いてた割に相当なやり手だと思ってな。その剣の速さ、ちょっとやそっとじゃ身につかないだろ」

 

「そっちも。槍の技は何度か他の人のを見たけど、雲泥の差ね。あなたの方が速いし強い」

 

「お褒めに預かり光栄です。っと」

 

 突如、ボス部屋中に獰猛な唸り声が木霊する。前方に目を向けると、メインのパーティーと激戦を繰り広げていたコボルド王が斧と盾を投げ捨てたところだった。

 

 ここからが正念場だ。ボスの攻撃パターン変化にしっかりと付いていく必要がある。

 とは言え、指揮を取っているのはあのディアベルだ。ここまで見事な統率力を見せた彼ならば、きっと冷静に対処できるだろう。

 

 …と、そう思っていたのだが、ここでディアベルが不可解な行動を取った。

 

「よし!俺も出る!」

 

 部隊後方で指示を飛ばしていたディアベルが、突然前衛に飛び込んできたのだ。ここからボスが使うのは曲刀カテゴリの縦斬り技ばかりだから、あのまま前線に出ていたパーティーで包囲して斬りまくれば勝てる…わざわざ1人あたりの行動スペースを狭めてまで自分が出て行く理由はないはずだ。

 

 困惑する俺の背後で、キリトが掠れた声で俺に訪ねてくる。

 

「……なぁ、ミツキ。ボスの背後にあるあの武器…本当に湾刀(タルワール)か……?」

 

「は?何言って───っ!?」

 

 訝しみながらもボスの後ろ腰から抜き放った大型の刀剣を凝視する。丁度ボスのパターン変化による無敵時間が終わり、戦闘が再開されるところのようだ。

 するとボスは開幕ソードスキルを発動しようと獲物を高く掲げる。そこでようやく、俺はキリトが言わんとしていることを理解した。

 

 …あの武器は湾刀にしては細すぎる。それに刀身の幅と輝きが違う。俺達がベータ時代に戦ったコボルド王は、あんな威圧感を放つ武器は持っていなかった。

 

 

 あれは……あの武器は………湾刀ではなく、野太刀(カタナ)

 

 

「いけない──!」

 

「ダメだディアベル!全員全力で後ろに跳べ───!!!」

 

 俺の声に被さるように、キリトの叫びが響き渡る。しかしそれも虚しく、ボスの持つ武器に真紅のライトエフェクトが纏われた。

 

 あのずんぐりとした巨大で垂直に跳び上がったコボルド王は、空中で体を大きく捻り、着地と同時に力を溜めた刀を真横に振り抜く。

 

 

 360度全方位を水平に斬り裂くカタナスキル重範囲技《旋車(ツムジグルマ)》が、コボルド王を包囲していたプレイヤー達をなぎ払う。

 

 

 視界に表示されている各パーティーの平均HPの中で、今まさに前衛を担当していたパーティーのゲージが一気に半分を切る。広範囲攻撃は総じて威力が低いというのがお約束のはずだが、カタナスキルは技のほとんどが高威力。しかもそれにとどまらず、攻撃を受けたプレイヤー達の頭上には黄色いライトエフェクトが点滅していた。

 

 エギルを始め、スタン状態に陥ったプレイヤー達のフォローに回ろうとした者もいたが、あの距離では間に合わない。

 

 両手で野太刀を構えたコボルド王は、床に擦るほどの超低空から斬り上げる。あれはカタナスキルの始動に用いられる《浮舟(ウキフネ)》という技だ。ターゲットになったのは、ボスの正面にいた青髪の剣士ディアベルだった。

 

 ライトエフェクトに引っ掛けられるように上空へ打ち上げられたディアベルは反撃のソードスキルを放とうとするが、空中でのスキル発動は相当難しい。彼の刀身を包む黄色い光は弱々しく明滅を繰り返す。

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたコボルド王は、身動きの取れないディアベルに向かって3連撃技《緋扇(ヒオウギ)》を叩き込む。瞬く間に放たれた上下の2連撃から、1拍溜めての突き──それら全てがクリティカルヒットした。

 ディアベルのアバターは大きく吹っ飛ばされ、レイドの最後方──俺達の近くにあった柱へと叩きつけられる。そのHPバーはレッドゾーンに突入しており、今も尚減少を続けていた。

 

「ディアベル!早く回復を……!」

 

 駆け寄ったキリトが回復ポーションを飲ませようとするが、何者かに止められる。キリトを制止したのは、あろうことかディアベル本人だった。

 

「何してるディアベル、早く立て!このままじゃレイドが崩壊するぞ!」

 

《センチネル》最後の1匹を仕留めた俺も、彼の元へ駆け寄る。こうしている間にもHPは全損へ向かっているのだ。早く回復を行わなければ……

 

「……キリトさん、ミツキさん……同じベータ上がりとして、頼む。ボスを、倒してくれ──」

 

 ディアベルの頭上に浮かぶHPが残り数ドットを経て、完全になくなる。その瞬間、青髪の騎士のアバターにノイズが走った。

 

「……頼む。みんなの、為に───」

 

 それが。ディアベルの最期の言葉だった。銀色の鎧に包まれていたアバターはポリゴンとなって砕け散り、彼の体を助け起こしていたキリトの手も空を切る。

 

 ディアベルの死を目の前にした攻略レイドの面々は、ボスを目の前にしていながら、絶望の叫びを上げることしかできなかった。

 

 



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みんなの為に(改)

また1万文字を超えてしまった……気をつけるようにはしてるんだけどなぁ!


 古来よりMMOには、L A(ラストアタック)ボーナスというものがある。

 強力なMobを倒す際、その名前のとおり最後の一撃を与えた者には、強力なアイテムがドロップするのだ。

 そのほとんどがサーバーに1つしかない一点もので、手に入れることができれば大幅なステータス強化が望める。

 

 たった今目の前で散っていった攻略隊のリーダー・ディアベルもまた、そのLAを狙っていた。理由は単純。LAの存在を知っていたのは、ディアベルも俺やキリトと同じ元ベータテスターだったからだ。

 

 攻略会議でキバオウが散々糾弾していた、元ベータテスター達の中の1人。だが彼は俺達とは決定的に違う点が1つだけある。

 元ベータテスターという他のプレイヤーとは一線を画すアドバンテージを持っていて尚、単独ではなく集団での攻略を選んだことだ。彼はこの場に集った43人のプレイヤーを立派に率いて戦った。

 ビギナーだけでなく、自分と同じ元ベータテスターでさえ、誰ひとり切り捨てるような真似はしなかった。

 

 結果的に志半ばで倒れたとしても、ディアベルは俺やキリトではできなかったことをやってみせたのだ。

 

 

 

 

 

「──っく!」

 

 ダメだ。思考を止めるな、今は死者を悼む時じゃない。

 

 冷静さを取り戻した俺は、リーダーの死のショックにも負けず、たった1人でコボルド王の攻撃を凌いでいるプレイヤーを見据える。特徴的な大鎌で懸命に攻撃を捌くあの姿──まさか、以前森で出会ったあの女性プレイヤーだろうか。

 

 今はなんとか耐えているが、彼女のHPは着実に削られている。加えてPOP数が増えていたセンチネルの一部が彼女の方へと向かっていた。コボルド王を抑える者がいなくなれば、最悪全滅もあり得るだろう。

 だがもうディアベルのように指示を飛ばせる者はおらず、かと言って一斉に撤退を開始してしまえばボスのカタナスキルで命を奪われるものが増える事になる。

 

 なにせ第1層ではカタナスキルを使うMobが登場しない上に、現状プレイヤーが習得できるスキルでもないのだ。繰り出される技に対処できるのは、元ベータテスター──この場に於いては恐らく俺とキリト、そしてあの大鎌の少女だけ。

 

「(撤退か…それとも……いや!)」

 

 小さく息を吐いた俺は、ゆっくりと立ち上がる。自分の中で覚悟はできた。すぐ横で呆然としていたキリトも同じらしく、俺達は顔を見合わせ頷き合う。

 

「行きましょう。私、一応キリト(あの人)のパートナーだから」

 

「無論です」

 

 その後ろでは、アスナとアリスも腹を括っていた。獲物を握り直した2人は、確かな足取りで俺達の横に並び立つ。

 

「いいのか?下手すりゃ死ぬぞ」

 

「お互い様でしょう。それに、恐らく私達4人がこのレイドの最高戦力です。絶対に勝たなければならない以上、出し惜しみは許されません」

 

「…はっ、そうこなくちゃな」

 

 期待通りの返答に笑みをこぼした俺だが、正直戦況は悪化する一方だ。

 エギルを含むタンク隊を始め、今まで前衛を務めていたパーティーのHPは軒並み半分を切っている。その上、中には恐怖で逃げ惑うだけの者も出ている始末だ。

 まずはこのパニックを沈静化させ、戦えない者を全員下がらせる必要がある。

 

 だが生半可な指示はこの喧騒にかき消され、遠方には届かない。短く、皆の注意を引きつけるような一声が必要なのだが、俺もキリトも集団を指揮するスキルは持ち合わせていない為、どうすればいいのかわからない。

 

 歯噛みする俺の横を通って進み出たのは、アリスだった。

 顔を覆っていたフードを脱ぎ捨て、《アニールブレード》を高く掲げる。

 

 

「鎮まれッ!!」

 

 

 気迫に満ちたその一声が、ボス部屋を駆け巡っていた喧騒を一気に消し去る。

 その光景に、俺も驚きを隠せない。

 

「残り体力の少ない者は回復に専念!戦えない者は全員後方に下がりなさいッ!」

 

 アリスの指示に従い、プレイヤーのほぼ全員が俺達の後ろに下がり始める。

 

「……見ての通り《センチネル》のPOP数も増えてる!HPに余裕がある奴は、取り巻きの対処を頼む!」

 

 通り過ぎていくプレイヤー達にそう付け加えると、何かに気づいたアスナが前に飛び出た。敏捷ステータス全開で走る彼女の目指す先は、先程からコボルド王を単身抑える大鎌の少女──正確には、そんな彼女を背後から攻撃しようとするセンチネルだ。

 

 事態を察した俺達も、一斉に走り出す。

 

「ボスは俺が引き受ける!ミツキ──!」

 

「ああ!アリス、まずはボス周辺の取り巻きを片付けるぞ!」

 

「ええ!」

 

 短いやり取りを交わす最中、先行していたアスナが《リニアー》でセンチネルを1体ノックバックさせる。それに気づいた大鎌の少女が礼を言うよりも早く、彼女の細剣(レイピア)は別のセンチネルを貫いていた。

 

目を丸くする少女にコボルド王が野太刀を振りかざすが、そうはさせじとキリトが《アニールブレード》を割り込ませた。

 

「下がれッ!」

 

ボスの相手をキリトに代わった鎌の少女は、そこに合流しようとするアスナを呼び止める。

 

「ねぇ!さっきの技……もしかして、アスナ……なの?」

 

振り向いたアスナの顔を見た鎌の少女は、戦いの最中にあって瞳に涙を浮かべる。

 

「嘘、生きて……っ──私、あの時っ……ごめ──」

 

上手く言葉が出てこない鎌の少女に肉薄したアスナは、

 

「このゲームをクリア、するんでしょ?ボスはまだ倒れてない。ならやる事は1つ──」

 

そう言って、手にしたレイピアを少女の鎌と軽く打ち合わせる。

 

「戦おう──ミト!」

 

「ッ──うん!」

 

改めて、ケープを翻してキリトの元へ走るアスナに、大鎌の少女──ミトは自身のストレージから取り出したアイテムを投げ渡す。

 

「──アスナ、これ使って!」

 

彼女達が離別するきっかけとなったあの日──ある意味では全ての始まりでもある、ミトがアスナの為にと入手したレアドロップ装備──細剣(レイピア)カテゴリ、固有名《ウインドフルーレ》。

 

友からの餞別を受け取ったアスナは、メニューを操作してこれを装備し、

 

「ありがとう……ミト──ッ!」

 

感謝の言葉と共に、抜き放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──アリス、ポジション交代だ!ボスの攻撃は俺とキリトで対処する、攻撃任せた!」

 

「分かりました!」

 

 周辺の《センチネル》を片付けた俺とアリスは、コボルド王を相手取るキリト達に合流する。

果たして俺達だけでボスを倒しきれるか……正直、分の悪い賭けと言わざるを得ない。

だが後方で取り巻きと戦う者がいるように、他のプレイヤー達の闘志もまだ完全に消えたわけではない。彼らが復帰するまでの間、少しでもボスのHPを削って弱らせなければ。

 

 まさか第1層で役に立つとは思っていなかったが、ベータ時代の最高到達点である10層のMobに対抗するため必死で覚えたカタナスキルの予備動作一覧を脳裏に展開した。

 

 コボルド王は、野太刀を腰だめに構えようとしている。あの構えは……

 

「──俺が行くっ!」

 

 右手の槍を引き絞り、左手はビリヤードのように柄に添える。穂先を緑のライトエフェクトが包み込み、俺の体はシステムによって弾かれたように動き出した。

 

 俺の繰り出した両手槍長距離突進技《ソニックチャージ》が、コボルド王の居合抜きスキル《辻風(ツジカゼ)》と激突。目にも止まらぬ速度で斬り払われた刀は、ライトエフェクトの残光を散らしながら俺の槍に弾かれた。

 

「スイッチ!」

 

 大きく仰け反ったコボルド王の腹に、すかさず飛び込んだアスナとアリスのソードスキルが食い込む。

 通常よりも威力が上乗せされた《リニアー》と《スラント》は、ボスのHPを僅かに、しかし確実に奪った。

 

「ベータの時よりも攻撃速度が速い……!」

 

「ああ。でも武器が軽い分、相殺し続ければダメージは喰らわない!」

 

 それは同時に、少しでも反応が遅れれば痛撃を喰らうことを意味する。俺とキリトは戦線が復活するまで、ボスのソードスキルを相殺することに全神経を集中しなければならない。

 加えて、相殺するにもソードスキルの威力を自身でブーストしてやる必要がある。かなり際どい綱渡りだ。

 

「──次、来るぞ!」

 

 ボスの武器が再びライトエフェクトを纏い始める。今度はキリトが《ホリゾンタル》を発動させ、コボルド王の単発水平斬り《絶空(ゼックウ)》を相殺。再び女剣士コンビの攻撃が加えられる。

 

 その後も、俺とキリトで代わる代わるボスの攻撃を相殺し、その度にアスナとアリスが強烈な一撃を叩き込んでいく。ボスのHPが少しずつ減っていく一方で、俺達の消耗は倍以上だ。それでもとにかく続けなければ。これ以上死者を出すわけにはいかない。

 

 もう何度目かもわからないボスの攻撃──その予備動作を見て、俺は盛大に舌打ちした。

 

「《緋扇》が来る!キリト──!」

 

「ああ──!」

 

 ディアベルを屠ったあの3連撃に対し、俺達は2人がかりで相殺を試みる。上手くいけば一太刀目でスキルを止められるはずだ。

 

「タイミングは俺が!」

 

「頼んだ!」

 

 血の色に染まった刀身が閃き、高速の2連撃が襲いかかる──その瞬間を、俺は見逃さなかった。

 確かにカタナスキルは恐るべき速度だ。それでも──さっきのアスナの剣と比べれば、まだ視えるッ!

 

「──今っ!」

 

 俺の合図で、キリトは《バーチカル》を、俺はそれに軌道を沿わせるように《シャフト》を発動させる。光の尾を引いてぶつかり合った3つのソードスキルは、盛大な火花を散らして弾かれた。

 

 上手くいった──そう思った矢先、コボルド王は不敵な笑みを浮かべ、上に打ち上げられた野太刀を振り下ろす。

 緩く弧を描く刀身が向かう先には、攻撃しようと飛び込んできたアリスとアスナが──

 

「っ……アリス!」

 

「アスナ!」

 

 俺達の声に応えたのかはわからないが、2人の行動は迅速だった。野太刀の一撃を屈んで躱し、お返しとばかりにソードスキルを発動させる──!

 

 

「「せ…やぁっ!!」」

 

 

 息の合った《リニアー》と《ホリゾンタル》のカウンター2撃をクリティカルで貰ったコボルド王は、たまらずノックバック。ボス相手に見事な立ち回りをしたことも勿論だが、この場にいるほぼ全員の意識はそこには向いていない。

 

 コボルド王の攻撃を回避する際に、彼女達の纏っていた赤と青のケープが裁ち斬られたのだ。

 ケープの裾から覗くのみだったアリスの長い金髪は、外の光が届かないこの部屋の中であっても美しく輝く。

 

 そして今まで頑なに素顔を見せなかったアスナの素顔は、アリスに負けず劣らずの美しさだった。

 ソードスキルの衝撃で宙になびく栗色の髪は、細かなポリゴンとなって散っていくケープの残骸に彩られて周囲の注目を奪う。

 

 2人が並び立つ様は、さながら戦場に咲く2輪の華と言ったところか。

 

「次だ!」

 

 俺はその後も次々と襲い来るカタナスキルを相殺し続け、生まれた隙にアリスが──時には彼女と入れ替わったアスナが強烈な一撃をボスに叩き込む。

 一撃弾く度に磨り減っていく俺とキリトの精神力と、未だ半分近くが残るコボルド王のHPバー。どちらが先に失くなるかの根比べは、唐突に動きを見せた。

 

 上段斬りのモーションを見せたボスの刃が、フェイントをかけたように下段からの攻撃に切り替わったのだ。あれは確か、同じモーションから上下ランダムの軌道で発動するソードスキル《幻月(ゲンゲツ)》。

 

「しまっ……!」

 

 繰り出される攻撃を読み、先んじて《バーチカル》を発動しようとしていたキリトは対処を試みたが、発動しかけのスキルを中断したことでアバターが硬直してしまう。

 

「がっ………!」

 

 その結果、逆袈裟に斬り上げられたキリトのアバターは大きく吹き飛ばされ、すぐ後ろでスイッチのタイミングを計っていたアスナとアリス共々倒れ込んでしまう。

 

「ぐっ…まずい……!」

 

《幻月》はフェイントをかけてくる姑息な技だというのに、挙句技後硬直(ポストモーション)が短いのだ。しかも振り上げられたままの野太刀には、早くも真紅のライトエフェクトが──

 

「クソッ!間に合え…!」

 

 俺は床を蹴り、全速力でキリト達の元へ走る。あの連撃を俺の両手槍だけで完封できるかは正直賭けだが、今は考えるよりも先に仮想体(アバター)を動かせ!

 

 ボスまで残り数メートルというところで、俺は単発範囲技《ヘリカルサイス》を発動させた。技の軌道の都合、刺突だとアリス達に当たって俺まで硬直、大ダメージを被る可能性がある。威力では刺突技に劣るが、やるしかない!

 

「ハアアアァァッ!!」

 

 大きく吼えた俺は、水色の光の尾を引く槍を力いっぱい振り回す。ガツン!という手応えを感じた瞬間、俺の中でこの技を完璧に相殺できるという自信はほぼ0に近かった。打ち合わされた槍と剣は、次第に剣の方が優勢になる。これでは例え初撃を凌げたとしても、《緋扇》そのものを止めるには至らない。もう後数センチ槍を押し込まれれば俺のソードスキルは停止し、残る2連撃が俺達のアバターを深々と斬り裂くだろう、と。

 

 だがそのような未来が実現することはなかった。必死に踏ん張る俺の視界の端に、俺とは別の2色のライトエフェクトが──

 

 

「はあああぁ──ッ!!」

 

「ぬ……おおおぉっ!!」

 

 

 力強い雄叫びと共に放たれた両手斧の範囲技《ワールウインド》と、大鎌範囲技《クリーヴファング》が、俺の槍を押し込もうとしていた野太刀を高々と跳ね上げたのだ。

 部屋全体を震わせるほどの衝撃が発生し、コボルド王は大きくノックバック。対する2人の攻撃者は1メートルほど後退したところで踏みとどまった。

 

 俺達の間に割って入ってきたのは、褐色肌が特徴的な壁隊(タンク)のリーダー・エギルと、先の大鎌の少女──ミトだった。どうやら回復を終えて復帰したらしい。

 

「あなたも大概無茶するね」

 

「アンタ達が回復するまで、俺達が支える。ダメージディーラーにいつまでも(タンク)やられちゃ、立場がないからな」

 

 2人に続くように、続々と回復を終えた彼のパーティーメンバー達が戦線復帰を始めた。

 

「ミツキ…俺が戻るまで頼む。指示出しは俺が」

 

「ああ…任せろ──!」

 

 エギルとミトを伴い走る俺の後ろで、キリトが前方でボスと戦うプレイヤー達に指示を飛ばす。

 

「ボスを後ろまで囲むと範囲攻撃が来る!技の軌道は俺が言うから、正面にいる奴が受けてくれ!無理にスキルで相殺しなくても、大型武器や盾でしっかり防御すれば大ダメージはもらわない!」

 

 俺達がボスを抑え始めてからの推定時間から察するに、恐らく回復はほぼ全員が済んでいるはずだ。しかし実際戦闘に参加している人数は全体の半分近く…恐らく彼らはこの戦いではもう使い物にならない。

 これ以上の増援が見込めない以上、タンクであるエギル達のHPをどれだけ長く持たせられるかが勝負だ。そのためには、キリトが彼らにボスの技の情報を正確に伝える必要がある。

 

 キリトの「右水平斬り!」だの「左斬り下ろし!」という叫びに合わせて防御を行う壁隊の間を縫って、俺とミトは刺突や縦斬り系のをボスに打ち込み続ける。

 キリトの指示とエギル達の反応が少しでも遅れればすぐさま破綻するギリギリの戦闘が5分程続いたところで、ようやくボスのHP最後の1段がレッドゾーンに突入した。

 

「(このまま倒れてくれ…!)」

 

 心の中で強く祈りながらボスの周囲を走り回っていた俺は、丁度攻撃を防いだ(タンク)の1人がよろめき、ボスの背後に立ってしまったのを目にする。

 

「っ……早く動け!このままじゃ…!」

 

 壁プレイヤーはすぐさま飛び退くも、動き出すのがコンマ1秒遅かった。ボスは自分の周囲を囲まれた状態を認識し、上空に跳び上がる。全方位攻撃《旋車》の予備動作──!

 

 歯噛みする俺には、最早あのスキルを止める手段が無い。強いていうならば《フェイタルスラスト》か《ソニックチャージ》だが、前者は射程が、後者は軌道を上向ける為の距離が足りない。

 

 こうしている間にも、コボルド王はあの巨大な図体をギリギリと捻っている。攻撃が来るまであと数秒といったところだろう。

 せめてもの抵抗で全力防御を指示しようとした俺だったが、それよりも早く俺の横を風のように駆け抜けていく影があった。

 

 

「届……けェ───ッ!!」

 

 

 手にした片手剣に黄緑色の光を纏わせたキリトは、床を蹴って跳躍。片手剣の突進技《ソニックリープ》が、刀を振りぬこうとしていたコボルド王の横腹を斬り裂いた。

 

 スキルを中断させられたコボルド王はそのまま落下。転倒(タンブル)状態に陥る。勝負をかけるなら今だ。

 

 バタバタと藻掻くコボルド王を扇状に包囲した俺達は、一斉にソードスキルを繰り出す。HPが残り僅かまで削れた所で、コボルド王が転倒状態から脱した。怒り狂った様子で刀を振り回し、俺達は距離を取る。

 

 凶暴化(バーサク)状態になったボスと長期戦になるのは危険だ。ここは一気に決めに行く!

 

 

「アスナ!ミツキ、アリス!最後の攻撃、一緒に頼む!」

 

「了解!」

 

「行くぞ!」

 

「ええ!」

 

 

 一直線に向かってくる俺達に、コボルド王は野太刀を振りかざす。それをキリトが弾き(パリィ)し、間髪入れず俺、アスナ、アリスの3人で攻撃。続く2撃目のソードスキルは、俺とアスナが回避したものをアリスが相殺。またも色取り取りの刃が巨体に突き刺さる。

 

 ノックバックしたコボルド王は、俺達全員を一斉に仕留めるべく《絶空》の構えを取る。それを見た俺とキリトは、アスナとアリスを置いて前に飛び出していた。

 

 繰り出された水平斬りを相殺すべく、キリトも対抗して《ホリゾンタル》を発動。一方で俺は身体をギリギリまで仰け反らせ、ボスの剣戟をスライディングでくぐり抜ける。

 

 眼前数センチの距離を刃が抜けていく光景に鳥肌が立つも、コボルド王の背後に回り込んだ俺はすぐさま体勢を立て直し、槍を縦に振りかぶる。十字槍の穂先が、紫のライトエフェクトに彩られた。

 

 ボスの体を挟むようにして立った俺とキリトは、正真正銘最後の一撃を繰り出す!

 

 

「「う…おおおおおあああッ!!!」」

 

 

 全力の気勢と共に、同時に発動した片手剣2連撃技《バーチカル・アーク》と、両手槍単発斬撃技《エッジフォール》が、コボルド王の体に3つの斬撃痕を刻み付ける。

 

 直後、コボルド王のオオカミにも似た顔が天井を見上げ、凄まじい雄叫びが俺達の耳を震わせる。少し離れたところにいるはずのアリス達は油断なく構えていたが、コボルド王がそれ以上攻撃をしてくる様子はない。

 

 やがて握り締めていた野太刀が転がり落ち、ボスの体にひびが入る。すると、俺達を苦しめた第1層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》の体は無数のガラス片へと変わり、跡形もなく散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスの姿が消えた後も、ボス部屋の中を満たしていたのは沈黙だった。この場の全員がまだ勝利を確信できていないのだ。

 ボスの情報がベータテストから変更されていた以上、コボルド王をも凌ぐ新たなボスがこの場に登場してくる可能性もあり得る。

 

 だがその予想はいい意味で裏切られ、部屋の中央には大きく《Congratulations!!》の文字が表示される。

 そこでようやく、重苦しい沈黙は賑やかな歓声へと塗り替えられた。

 

 皆が肩を組んだり抱き合ったりして喜ぶ中、肩で息をする俺の目には、加算されていく膨大な経験値と金が表示されている。レベルがまたひとつ上がり、14となった。

 

「お疲れ様です。ミツキ」

 

「ああ……アリスもな」

 

 一気にこみ上げてきた脱力感に見舞われ、俺はその場にへたり込む。正直大の字になって寝っ転がりたい気分だったが、そうなれば確実に寝てしまう自信があったため堪えた。

 アリスの後ろではアスナがキリトに労いの言葉をかけており、そこへエギルが歩み寄る。

 

「2人共見事な戦いだった。congratulation(コングラチュレーション)、この勝利はあんた達のものだ」

 

 途中の英語を流暢な発音で口にしたエギルはニッと笑い、俺達に手を差し伸べる。彼の後ろにいるプレイヤー達からも口々に賞賛の言葉を送られた。

 

 顔を見合わせた俺とキリトは一瞬迷った末に、その手を取ろうとしたのだが……

 

 

「──なんでだよっ!」

 

 

 そんな悲痛な叫びが、ボス部屋の勝利ムードを吹き飛ばした。声の主はディアベルのパーティーに所属していたシミター使いの男だ。

 

「なんで…なんでディアベルさんを見殺しにした!?」

 

「見殺し……?」

 

 シミター使いの行っていることが理解できず、そう聞き返す。

 

「そうだろ!だって、アンタ達はボスの使う技を知ってたじゃないか!最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

 彼の叫びで、周囲にいたレイドメンバーの中にも疑問が生まれたようだ。

 

 何故俺やキリトが予想外のカタナスキルに対応できたのか、その理由は……

 

「俺…俺知ってる!こいつら元ベータテスターだ!だからボスの攻撃パターンとか、美味いクエとか、狩場とか、全部知ってるんだ!知ってて隠してるんだ!!」

 

 シミター使いの仲間の1人が、所々噛みながらも早口でまくしたてる。突きつけられた指は、真っ直ぐ俺達を指していた。

 

「でも待て。昨日の攻略本にも《情報はベータテスト時代のもの》って書かれてたはずだ。もし彼らが元ベータテスターだとすれば、その知識も攻略本と同じなんじゃないのか?」

 

 そう反論したのは、エギルと共に(タンク)を務めてくれたメイス使い。類は友を呼ぶということなのか、先日のエギル同様筋の通った彼の言葉に、同意を示す者もいるようだ。

 

 だがここから、事態はあらぬ方向へと進んでいく。

 

「……あの攻略本がウソだったんだ。あの本をばら撒いてた情報屋だって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことを教えるハズなかったんだ!」

 

「そ、そうだ!ディアベルさんが死んだのも、他の2千人が死んだのも、全部元ベータテスターのせいだ!こいつらだけじゃないだろ、他にもいるはずだ!出てこいよ!」

 

 先ほどとは一転、疑心暗鬼な空気が流れ始める。

 

 見かねたエギルとアスナが仲裁に入っているようだが、エギルはともかく、俺達と同じパーティーに入っていたアスナの言葉は彼らの耳に届かない。

 

 プレイヤー達が互いを疑うような視線を向け合う中、もう我慢ならないといった様子のアリスがシミター使い達の元へ詰め寄ろうとする。

 

 当然、俺は引き止めた。しかしアリスは俺の手を振りほどき、ズカズカと歩いて行ってしまう。

 

「どうしても出てこないってんなら──」

 

 

「──いい加減にしなさい!」

 

 

 突如響いた怒声に、ディアベルの仲間達はビクッと肩を震わせる。

 

「先程から黙って聞いていれば、都合の悪いことは全て元ベータテスターのせいだと?冗談じゃない!確かに彼らが最初からビギナーを助けていれば、死者の数は少なかったでしょう。ですが、その死者の中に元ベータテスターが含まれているとは考えなかったのですか!?」

 

 答えはない。ただ、何人かがハッとした顔をしているのみだ。

 

「私は…少なくとも私はミツキ(かれ)に救われました。お前達の中にも、そうと知らずに助けられた者だっているはずです。何より、彼らがいなければこの戦いでもっと多くの死者が出ていた!お前達を今こうして生き永らえさせたのは彼らでしょう!なのに…何故感謝の言葉の1つもかけられないのですか!!」

 

「じゃあディアベルさんはどうなるんだ!アイツ等のせいで死んだんだぞ!!」

 

「彼らはッ!──これまでお前達のようなビギナーに負い目を感じていました。他のプレイヤー達が死んだのは自分達に責任があると。そうではないでしょう…元ベータテスターは神でもなければ超人でもないのだから、救える命にだって限りがある。ディアベルの死の間際に何があったか、近くにいた者なら見ていたはずです。そんな彼らが、何故こうも糾弾されなければならないのです!?お前達の身勝手で、彼らに──これ以上何を背負わせれば気が済むのですかッ!!」

 

 

 ……頼む。もうやめてくれ。

 

 

 俺の脳裏ではその言葉だけが駆け巡っていた。これ以上はアリスが危険だ。だからもう止せ。

 

この場にいる俺以外の元ベータテスター──キリトと、そしてミトに目を向ける。そこでふと、かつて森で交わした彼女との会話が脳裏を過ぎった。

 

「(償い……)」

 

彼女は大多数のビギナーだけでなく、守ると誓った親友すらも見捨てて逃げ出した己の罪を受け入れ、償う事を決めた。きっとその親友なのであろうアスナは無事生きていた訳だが、だからといってその決意が揺らぐことはないのだろう。

 

そして俺も、彼女同様にビギナーを見捨てた。《はじまりの街》にクラインを残し、キリト共々利己的な行動に走った。もしそれを償うチャンスがあるとするのなら、今がそうなのだろう。

 

無論、ここで命を差し出そうなどとは思っていない。俺にしか──ベータ時に最高到達点まで上り詰めた数少ないプレイヤーの1人である俺でなければ出来ない方法が、1つだけ思い浮かんだ。

 この状況をどうにかする、そのたった1つの方法を実行に移すか迷っていた俺に、キリトが小さく語りかけてくる。

 

「……ミツキ」

 

「…ああ」

 

 持つべきものはベータ仲間か。キリトと俺は思考が似通っているらしい。互いの考えを示し合わせた俺達は、一世一代の大博打に打って出た。

 

「うるさい!この(アマ)調子に乗りやがって──!」

 

 

「ック──ハハハッ」

 

 

 突如聞こえてきた笑い声。その主はキリトだ。横では俺も口元を押さえて笑いをこらえている。

 

「な、何笑ってんだよ!?」

 

「いや失礼。アンタらの言い合いがあまりにも低レベル過ぎてさ」

 

「全くだ。元ベータテスターってだけで、あんな素人共と一括りにされるのは心外だよ」

 

 呆然とするレイドメンバーをかき分けてシミター使い達の前に進み出た俺達は、全員に聞こえるように声のボリュームを上げる。

 

「考えてもみろ。SAOのベータテストに当選した1000人の内、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う?殆どがレベリングのやり方も知らない初心者(ニュービー)だったよ」

 

「あれは酷かったな…アンタらの方が全然マシだよ。何でよりにもよってあんなのが当選したんだか……」

 

 侮蔑極まる俺達の物言いに、全員が言葉を失う。唯一俺達の肩を持とうとしてくれたエギルや共に戦ったアスナ、そして真っ向から立ち向かったアリスも、一体何を考えてるんだといった様子だ。

 

「俺達は、ベータテストの時に誰も到達できなかった層まで昇った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ」

 

「他にも色々知ってるぜ?情報屋なんか問題にならないくらいにな」

 

「な…なんだよそれ、そんなのもうベータどころじゃねえ。もうチートだ、チーターじゃねえか!」

 

 集団の随所から、「そうだチーターだ!」「ベータのチーター!」といった声が湧き上がる。その中から、《ビーター》という単語が耳に入った。

 

「《ビーター》…いいなそれ──そうだ、俺達は《ビーター》だ。これからは元ベータテスター如きと一緒にしないでくれ」

 

 ──これでいい。

 

 これで、恐らく現在生存している元ベータテスターに対する認識は二分することだろう。

 即ち、《ただベータテストに参加しただけの素人上がり》と《正真正銘、情報を独占する汚いビーター》に。

 

 これによって、ミトやアルゴを始めとした元ベータテスター達の正体が露見したとしても、今ほど目の敵にされる事はないはず。今この瞬間から、俺とキリトは全プレイヤーからの恨みつらみを全て引き受けることにしたのだ。

 

 この場を収めた代償として、俺達は今後どこかのギルドやパーティーに加わる未来を絶たれたわけだが…どの道今度こそソロを貫くつもりだった──と言えば、半分嘘にはなる。

 白状すると、つい先ほどまで俺は、アリスとまたパーティーを組み直すか否かで揺れていたのだから。

 

 その踏ん切りがついたと思えば、多少は気持ちが楽になった。

 

「2層の転移門の有効化(アクティベート)はこっちでやっといてやる。付いてくるなら、初見のMobに殺される覚悟をしてこいよ」

 

 キリトはメニューウィンドウを開くと、装備フィギュアを操作して防具を交換する。簡素な革防具に代わって彼のアバターを包んだのは、漆黒のロングコートだった。

 

「やっぱりLAはお前か…あそこで俺も連撃技出しとけば、まだ分からなかったんだけどなぁ」

 

「文句言うなよ」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、俺達はボスが座っていた玉座の裏にある扉を開く。奥には、第2層に繋がる長い階段が伸びていた。

 直前にチラと後ろを見てみると、エギルもアスナも俺達の意図を汲み取ってくれたようだ。そしてアリスも。どうせなら笑顔で別れたかったものだが、彼女にあのような顔をさせてしまったことに申し訳なさを感じる。

 

 決して軽くはない足取りで階段を上がる俺に向かって、キリトはおもむろに口を開いた。

 

「……付き合わせて悪かったな」

 

「こっちの台詞だ。どの道俺もカタナスキルにきっちり対応してたんだ、遅かれ早かれバレてたさ」

 

「…でも、アリスとはそれなりの間一緒にいたんだろ?」

 

「いいんだよ。彼女はもう立派にやっていける、アスナやエギルが力になってくれるはずだ」

 

 それにパーティーが組めないといっても、今後のボス戦には俺もキリトも参加するつもりだ。生きている限り、彼女達とはボス戦で顔を突き合わせるだろう。

 

 今生の別れというわけでもないし、あの3人にだけでも理解してもらえている。それで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて階段を上りきり、目の前に新たな扉が出現する。やや緊張の面持ちで押し開けた扉の向こうには、第2層の特徴であるテーブルマウンテンが広がっていた。少し離れたところには、2層の主街区《ウルバス》が見える。

 

 眼下のフィールドに続くテラス状の階段に腰を下ろした俺達は、しばし無言でその景色を眺めていた。

 

「久しぶりだな。この光景も」

 

「ああ、そうだ──な?」

 

 返事の最後がおかしな発音になったのは、背後から階段を駆け上がる足音が聞こえたからだ。

 

「綺麗な景色ね」

 

 そう言って現れたのは、風になびく髪を抑えたアスナだった。改めて見ると、彼女も彼女で超容姿端麗だ。そのうちアリス共々ファンクラブでもできるのではなかろうか。

 

「エギルさんから伝言、『次のボス戦も一緒にやろう』って。──あと、キバオウさんからも」

 

 意外な人物の名前が出てきたことに、俺達は一瞬耳を疑う。

 

 あの、攻略会議で散々ベータテスターを憎んでいたキバオウが?

 

 もしや「夜道は背中に気を付けなはれや」的な宣戦布告でもしてきたのかと思ったのだが、そうではなかったらしい。

 

「『今日は助けてもろたけど、やっぱりジブンらのことは認められん。ワイはワイのやり方で100層を目指す』…って」

 

 真面目さ故か、遊び心か、下手な関西弁の真似をしながら懸命にキバオウの伝言を再生したアスナに心の中で敬礼する。

 

 キリトはというと……思いっきり笑っていたところにアスナの鋭い視線を浴びせられ黙らされていた。

 

「……それはそうと、聞きたいことがあるんだけど。なんであなた達、私の名前知ってたの?名乗ってないわよね?」

 

「ああ……視界のこの辺に、自分とパーティーメンバーのHPが表示されてるだろ?その上に何か書いてないか?」

 

 視界のHPを見るのに顔ごと動かすという中々微笑ましいミスを経て、ぎこちない様子で視線を動かしたアスナは、彼女にだけ見える文字列を読み上げた。

 

「Ki…ri…to……キリト?これがあなたの名前?」

 

「ああ」

 

「じゃあ……あなたがミツキね?」

 

「そういうこと」

 

「フフッ……なんだ、こんなところにずっと書いてあったのね」

 

 小さく笑うアスナは、キリトの横に腰を下ろす。

 

「本当は、私もキリト(あなた)にお礼を言いに来たの。その…色々とお世話になったし」

 

「あ、ああ……そりゃどうも」

 

「あなたのお陰で、この世界で追いかける目標ができた。だから、私頑張る。頑張って生き残って、強くなる。目指す場所に行けるようにね」

 

「…そっか。キミならできるよ、きっとこれからどんどん強くなる。俺だけじゃなく、ミツキ先生からもお墨付きだ」

 

「なんだよ先生って…呼び名はともかく、キリトの言うとおりだ。俺も応援してる」

 

「……言いたかったのはそれだけ。じゃあ、私も戻るわ」

 

 そう言い残して1層に戻っていったアスナは、階段の直前で一瞬だけ立ち止まったが、何もなかったように階段を下りていく。

 怪訝に思った俺は階段付近を注視してみると、扉の陰から覗くあるものを見つけた。

 

「~~~ッ!そろそろ行くか」

 

「あー、悪いキリト。先行っててくれ」

 

 大きく伸びをしたキリトは不思議そうな顔をしていたが、何かを感じ取ってくれたのか、何も言わずに主街区へ向かって行った。

 

 そして、この場には俺だけ──いや、俺とあともう1人だけが残された。

 

「もう出てきたらどうだ───アリス?」

 

 扉の陰からおずおずと出てきたのは、バツの悪そうな顔をしたアリスだった。

 

「……い、いつから気づいていたのですか」

 

「アスナが帰ってったところ。その金髪の尻尾がチラチラ見えてたもんで」

 

 フィールドから室内に吹き込む風は、アリスではなく俺に味方をしたようだった。あの群青色のケープを着ていればそうもいかなかっただろうが、今では彼女の美しい髪を遮るものは何もない。

 

「……で、何か用があったんじゃないのか?」

 

「その……ごめんなさい」

 

「いや、なんで謝るんだよ」

 

「──私は、お前を助けることができませんでした。それどころか、また助けられた挙句にあんな……自分の無力さが情けない」

 

「全く……なんで俺の周りにいる奴らはこうも気にしいなんだ?気にするなと言っても聞かないし」

 

「当然です!──お前はキリトと共に、懸命に皆を守って戦ったではないですか!なのにあのような仕打ちはッ……酷すぎる」

 

 

「………アリス。少しだけ、ごめん───」

 

 

 声だけで分かる──今に涙の1粒でも零れ出しそうなアリスを、俺は少し迷った末に優しく抱きしめた。

 通常なら立派なハラスメント行為として牢獄送り案件だが、友達の少ない日陰者が精一杯の勇気を振り絞って泣きそうな女の子を励まそうとしているのだ。どうか目を瞑っていただきたい。

 

「別に誰かに褒められたいから戦ったわけじゃないのは、アリスもわかってるだろ。そりゃあ、正直あいつらには腹が立つ所もあるが……やっぱりそれは事実だ。俺達なりの償いなんだよ、これは」

 

「しかし──」

 

「──十分だ。エギルとアスナ、それにアリスがそう思ってくれるだけで、俺もキリトも十分救われてる。……ありがとう。アリスが助けてくれたとき、嬉しかった」

 

 最後に感謝の言葉を付け加えると、ひと思いに体を離す。至近距離にあるアリスの美しい碧眼には、もう涙は見られない。

 我ながらよくやった、ここが現実世界なら今頃背中は変な汗でじっとりと濡れているだろう。そんな自分に何かの賞でも進呈してやりたいくらいだ。

 

 そこからは、やや気まずい空気の中2人して2層の景色を眺めていたのだが、アリスが思い出したように口を開いた。

 

「そう、もう1つ謝らなければいけないことが──」

 

「またか……怒らないから、言ってみなさい」

 

 信用してはならない大人の言葉ランキング上位に入る台詞を口にした俺は、景色を見ていた目をアリスに向ける。

 

「その……戦いの中だったとはいえ、お前に貰ったケープを台無しにしてしまいました……」

 

「…………」

 

「……せ、せめて何か言いなさい。どのような苦言も、甘んじて受け入れる覚悟です」

 

「──プッ…クク……ッハハハハハハ!」

 

「なっ…!?笑えとは言っていません!人から貰った物は大切にするのが礼儀でしょう!何をそんなに……ッ」

 

「だ、だって…深刻そうな顔で何を言うかと思ったら……!」

 

 現実世界であれば絶対に腹筋が攣っているであろうレベルで大笑いする俺に、アリスは頬を膨らませている。その顔がまたあの高潔な女剣士のイメージとはかけ離れていて、一層笑いを誘う。

 

「くっ……!もういいです、謝った私が馬鹿でした!」

 

 そっぽを向いて早足で階段に向かうアリス。その背中に、俺はボソリとある言葉を投げかける。

 

「このアインクラッドに来て最初に組んだのが、アリスでよかった」

 

 そう言って俺が走り出した瞬間、視界の左上に表示されていたHPバーが3本消失する。恐らくキリトがパーティーを解散したのだろう。アリスもそれに気づいたはずだが、声をかけられる前に遠く離れる。

 

 多分、あれ以上会話をしていたら俺の決意が揺らいでいただろう。ここから晴れて《ビーター》としてソロの道を突き進むと決めたのだから、未練になるようなことはしない方がいい。

 

 俺からアリスに言いたかったことは、もう全て言ったのだから。

 




以上、第1層編完結しました。

以降はオリストを挟んだ後、74層へ向かう予定です。


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再会(改)

今回~次回or次々回まではオリストとなります。色々苦しい部分もありますが、お付き合いを。


 

 ──浮遊城アインクラッド第60層。

 

 水の枯れ果てた荒野がテーマとなっているこのフロアにて、俺──レベル82の槍使い《Mitsuki》は、NPCの操る馬車の荷台に1人揺られていた。

 

 俺は現在、ボス攻略クエストを進めている。内容を掻い摘んで説明するとこうだ。

 

 

 この層にはその昔巨大な水源があり、そこに暮らす人々は豊かな生活を送っていた。しかしある時を境にその巨大水源が消失、水の無くなった窪地はそのまま広大な荒野となってしまったらしい。それからというもの、この層では各地に散らばる様々な効能を持った小規模水源を中心に派閥が作られ、日夜縄張りを賭けた勢力抗争に明け暮れているのだとか。

 

 

 昔見た洋画に似たような作品があった気がする。アレは確か、核戦争後の荒廃した世界でヒャッハーなお兄さんたちが石油などの資源を巡って戦う……とかそんな感じだったか。刺激の強いシーンが多く、子供は見ちゃいけませんと言われたのを覚えている。

 

 ……話を戻すと、クエストを受けたプレイヤーは受注した場所を支配する派閥に属して水源争奪戦をサポートするというのがこのクエストの大筋なのだが、各派閥の中には協力して巨大水源を取り戻し、争いを終わらせようとする穏健派もいる。俺は今その穏健派のNPCと共に、とある地下洞窟に向かっているのだ。

 内部はダンジョンになっており、最奥にいるクエストボスを倒すことで、巨大水源が元に戻るらしい。

 

 アルゴ曰く、このクエストをクリアすることで、ボスを弱体化させることができるかもしれないのだという。

 

「(──ってことは、ここのフロアボスは水中系なのか?魚とか半魚人とか)」

 

 水関係で弱体化と聞くと、真っ先に思い浮かぶ種族だ。

 

「──剣士さま、もう少しで着きますよ。洞窟の前で他の水源の仲間と合流する手筈になってるんです」

 

 御者をしていた《アルマ》というNPCの少女が指差す先には、ポッカリと穴の空いた背の低い岩が。上から見るとそれなりに大きい丸型をしており、そこから洞窟に入れるようだ。しかしその周辺に人影はなく、枯れかけのサボテンが幾つか項垂れるように屹立しているのみだった。

 

「おかしいですね…もう予定の時間なんですが……」

 

 馬車から下りた俺は、周辺を索敵スキルでサーチしてみる。洞窟の周りをグルリと半周したあたりで、索敵スキルに反応が出た。同時に、吹き抜ける風に混じって金属同士がぶつかり合う音が耳に入る。

 

「隠れて待ってろ!」

 

 後ろを付いてきたアルマにそう言いつけると、俺は背中の槍に手をかけ音のする方へ走った。視界に表示されている反応は緑色のカーソルが4つと、赤いカーソルが10個。プレイヤーがモンスターの群れに襲撃を受けているようだ。

 

「──Брин(ブリン)!全く、トカゲの分際でしつこいですわね!」

 

 向かった先では、銀色の髪をツインテールに結わえた少女が毒づいていた。その周囲では、赤と白の防具に身を固めた見覚えのある面々がトカゲ人間Mobの攻撃を盾で防いでいる。

 

「5匹こっちに寄越せ!盾持ちは前に出てシールドバッシュ!スタンしてる隙にソードスキルで仕留めろ!」

 

「──ミツキ!?あなた何故ここに!?」

 

「いいから早く!」

 

「っ……聞きましたわね?(わたくし)たちは言われた通りに5体を集中撃破!その後彼の援護に回りますわよ!」

 

 銀髪の少女の指示で、盾持ちの2人がシールドでトカゲ人間──《デザート・リザードマン》の顔面を殴打する。頭上にスタンのエフェクトを回したのを見て、すぐさまアタッカーとスイッチ。弱点とされる首の付け根にソードスキルが繰り出された。HP自体はじわじわ削ってあったらしく、今の一撃でリザードマンはポリゴン片となって爆散した。

 

 向こうは大丈夫そうだと確認した俺の方でも、本格的に戦闘を始める。

 

 まずは周囲に群がっていたリザードマンたちを槍で軽く小突いていき、ターゲットをこちらに向けさせる。そのまま通常攻撃を加えつつ逃げ回り、できる限り敵が密集したタイミングを見計らいソードスキルを叩き込んだ。片手剣や短剣では危険すぎて到底できない戦法だが、リーチの長い両手槍ならば間合いを維持したままHPを削ることが出来る。

 

 引き続き周囲を駆け回っていると、やがて俺の背中が何かにぶつかる。例の洞窟の外壁だ。俺を追い詰めたと言うように、リザードマンたちはこぞって獲物の曲刀を構えて突進技の予備動作を取る。

 

「──ミツキ!」

 

 この状況を目にした銀髪の少女は加勢に入ろうとするが、それよりも早く俺の周囲でオレンジのライトエフェクトが5つ点灯する。全て直撃すればHP全損必至の攻撃を前に、俺の口元から笑みがこぼれた。

 

 ソードスキルが発動する寸前で、俺は全力で左にジャンプ。射程こそ長いが直線的な軌道の曲刀カテゴリのスキルは、これで俺に命中することはない。加えて、俺の狙いはその先にある。

 

 奴らの発動した曲刀カテゴリ基本技《リーバー》は、先も言ったように射程距離の長い突進技だ。奴らは壁際に追い詰めた俺に向かって、わざわざ一斉に突進技を繰り出してきた。

 正確には、そうなるよう俺がMobのAIを誘導したのだ。

 壁際に来るまで、俺はひたすら自分の間合いでチクチクと攻撃を続けていた。当然曲刀は槍にリーチで劣るため、奴らが俺にダメージを与えるには突進系ソードスキルを使うしかない。

 

 そこで、俺は適度な距離を保ったまま壁際までトカゲたちをトレイン。俺を包囲したリザードマンたちが突進技を使うよう仕向けた。横に跳ぶことで攻撃を回避するのはもちろんだが、目標を失った奴らの刃が行き着くのは後ろの岩壁だ。

 

 ただでさえ尋常ならざる速度と威力を誇るソードスキルだが、この世界にはそれでも傷をつけることができないものが存在する。

 その最たる例がフィールドを構成する物体(オブジェクト)だ。中には例外もあるが、基本的にフィールドや街中にある建造物などは《Immortal Object(破壊不能オブジェクト)》としてシステムに保護されており、いかなる方法を用いても傷ひとつ付けることができない。

 

 加えてもう1つ──破壊不能オブジェクトを攻撃すると、獲物を通じてアバターにビリビリとした痺れが伝わり、1~2秒程のディレイが発生するのだ。俺の狙いはそれだった。

 

 5つの剣先が岩壁にぶつかり、システムカラーを示す紫色のメッセージが破壊不能オブジェクトであることを知らせる。同時に、リザードマンたちの身体が約1秒程だけ硬直する。この瞬間を待っていた俺は、両手で握った槍を大きく引き絞った。

 

「いっちょ──上がりっ!」

 

 壁に沿って一直線に並んだリザードマンの体を、両手槍重単発技《コンヴァージング・スタブ》が側面から纏めて貫いた。立て続けにガラス片を撒き散らしていくリザードマンを他所に振り向くと、そこには深紅の片手剣を手にした銀髪の少女が肩をすくめて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──にしても意外だな。まさかお前がKoBに入ったとは」

 

 KoBというのは正式名称《Knights of the Blood(血盟騎士団)》の頭文字をとった略称で、今やアインクラッドの中で最強と呼び声高いトップギルドだ。紅白カラーの装備が彼らのユニフォームとなっている。

 

「別に入ったわけではありません。アスナさんから頼まれたのですわ。人手が足りないからボス攻略クエストに力を貸して欲しい、と──言ってしまえば雇われの用心棒のようなものです」

 

「ああ、なるほど。教会の子供たちは元気か?」

 

「ええ。最近は1層のモンスターなら問題なく倒せるくらいになったようです。…本当は街の中でじっとしていて欲しいのですけれど」

 

「SAOが始まってからもう2年目だ。最低限戦えるようになっておいても損はしないさ」

 

 アルマの元に戻った俺たちは、洞窟の入口で休憩を入れていた。お互いここに来るまでの移動や戦闘で消耗した体力(精神的な)を、アルマが持ってきていたサンドイッチを摘んで回復させる。

 

 そして、俺の隣で上品にサンドイッチを齧っている銀髪ツインテの彼女は《サーニャ》。

 アインクラッド第14層で出会ったロシア人の少女で、以降攻略組として共に戦っている。

 特徴的な赤と黒のレザーコートは彼女が持つ片手剣《フィンスタニス》と同じ配色で、剣の持つ特殊な能力から、かつては《呪われし紅き魔剣の銀の魔女》などという渾名もあった。

 もっとも、本人は当時からその呼び方をめっぽう嫌っているのだが。

 

 そんな彼女は実力も折り紙つきで、同じソロプレイヤーでも俺とは違い各所から引く手数多なのだが、第1層に篭っている身寄りのない子供たちの為に特定のギルドには入らないと決めているらしい。

 

 代わりに、時折このような雇われの仕事を引き受けているそうだ。

 

「それで、そちらではどのような展開になっていまして?そちらのお嬢さんを見るに、恐らく私たちと似たようなものなのでしょうけれど」

 

「多分正解。この層で幅をきかせてる3大勢力の中にいる穏健派のNPCがここに集まって、ダンジョンを攻略して水源を復活させよう。ってのが、俺の聞いた話。他所からも誰かしら来るんだろうとは思ってたが、まさかサーニャが来るとはな」

 

「あら、私では不足でして?」

 

「まさか。お前の強さはボス戦で何度も見てる。頼りにしてるよ」

 

「こちらこそ。現攻略組トップクラスの実力、改めて見せてもらいますわ」

 

「ハードル上げてくれるなぁ……」

 

 ため息をついたところで、馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえた。俺やサーニャたちが乗ってきた馬車は目の前に停まっていることから、恐らく3大勢力最後の一箇所からのプレイヤーが到着したのだろう。

 

「っくぅ~~~っ!やっと着いたぜ!」

 

 足を止めた馬車から降りてきたのは、朱塗りの和風甲冑に身を包んだ6人ほどのパーティーだ。全員武器や防具のどこかに武田菱のマークを刻印している。その集団に、俺は見覚えがあった。

 

「おおっ?ミツキにサーニャっちじゃねえか!暫く振りだなぁおい!」

 

「クライン…お前だったか」

 

「久しぶりですわね」

 

 侍風装備で防具を固めたこの男は《クライン》──そう、このSAOが始まったその日に《はじまりの街》で出会ったビギナーであり、俺とキリトが…最初に見捨てたプレイヤーでもある。

 

 彼はあの後無事に仲間と合流できたらしく、結構な間姿を見せなかったが、40層にてエクストラスキル《カタナ》を引っさげ、新興ギルド《風林火山》として攻略組に参戦。めきめきと頭角を現し、今ではボス戦の常連にまで登りつめた。

 

 過去にボス戦や攻略会議で何度も顔を合わせてはいるのだが、やはりまだ気まずさが消えない。クライン本人はもう気にしていないようなのだが、あの時我が身可愛さに彼を置いていってしまったことは、俺の中に1つの罪悪感を深々と植え付けていった。

 

「……キリトの奴は元気してるか?おめぇ何度か会ってんだろ?」

 

「まあ、な。少なくとも生きてはいるよ。今頃、別のボスクエでもやってるんじゃないか?」

 

 これは事が起こった後に聞いたのだが、だいぶ前にキリトとクラインの間でひと悶着あったらしい。キリトへの配慮で詳しい説明はされなかったが、去年のクリスマスにキリトと会って以降、どことなく疎遠になっているのだそうだ。

 

「…そうか、ならいいんだ。──それより、俺たちで最後みたいだな。KoBにサーニャっち、おまけにミツキ。極めつけに俺たち《風林火山》が揃ったんだ。サクッと終わらせちまおうぜ!」

 

 オオッ!という掛け声には、残念ながら風林火山メンバーだけしかノってくれなかった。だが士気を上げるという目的では、俺たち全員に影響を与えたのは間違いない。

 ここ最近のフロアボス攻略は専らKoB副団長のアスナが指揮を執っており、彼女自身の強さも相まって、現場で戦う野郎連中はそれだけで士気が上がるのだが、クラインはアスナとは別アプローチで皆の士気を高めている。こういうのをムードメーカーというのだろう。前に「ギルドのトップを務めていた」と大見栄を切ってみせただけのことはある。

 

 ──もっとも、アスナを気高く強い女王さまとするなら、クラインは仲間思いで兄貴分な足軽が精々だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──クライン!そっち行ったぞ!」

 

「分かってらぁ!行くぞお前ら!」

 

 陣形を組んだ風林火山の面々は、飛びかかってきた半魚人型Mob《マーマン・ソルジャー》を迎え討つ。

 彼らの連携は俺の目から見ても見事なものだった。スイッチのタイミングも、互いに深い信頼がなければできないドンピシャのタイミング。大まかな指示はクラインが飛ばしているものの、それ以外は全て各自で判断して動いているようだ。

 

「ミツキ!ボーッとしている暇は無くってよ!」

 

「言われなくても!」

 

 マーマンたちが持っている武器は俺と同じ両手槍と、無骨な両手斧。攻撃の隙が大きい斧タイプは真っ先に数を減らしているが、槍タイプが思いの外厄介だった。

 俺たちが現在戦闘を行っている部屋には幾つかの水溜りがあり、それが地面の下で繋がっているらしい。水に飛び込んでは死角から奇襲をかけてくる槍タイプは、斧と違って攻撃から離脱までの間隔が短く、俺たちは攻撃を防ぎこそすれ、決定打を与えることができずにいた。

 

「こうなったらやるしかありませんわね──!」

 

「大丈夫なのか?外したら──」

 

「このままではジリ貧でしょう!あなたも男なら覚悟を決めなさいな!」

 

「……わかったよ。──皆、一旦防御に専念して、Mobを水の中から誘き出してくれ!俺とサーニャで倒す!」

 

「なんか策があるってこったな?わかった!」

 

 クラインたち風林火山のメンバーに続き、血盟騎士団のプレイヤーたちも各々が防御姿勢を取って水溜りの前で半魚人を待ち受ける。

 すると、突如水面から槍が突き出され、続いてマーマンたちが飛び出してきた。

 

 盾持ちのプレイヤーたちは攻撃を受け止めるのではなく、体を傾けて流すように防御。

 マーマンが別の水溜りに飛び込む直前──極々わずかな間だけ地上に留まる瞬間を見計らい、俺とサーニャは攻撃を仕掛けた。

 

 俺は槍を大きく引き絞り、単発突進技《ソニックチャージ》を発動させると、6体のマーマンの内2体を串刺しにする。弱点を狙いはしたがHPは全損には至らず、残り6割ほどが残った。

 

「サーニャ、スイッチ!」

 

「上出来ですわ!」

 

 丁度背中合わせになったサーニャの掛け声で、俺たちは互いの立ち位置を入れ替える。俺が別の2体のHPを減らしている間に、サーニャは片手剣2連撃《ホリゾンタル・アーク》で最初に俺が弱らせておいたMobを一気に倒す。

 いくら攻略組の実力者といえど、HPを半分以上残した最前線のMobをたった2撃で倒せるとは思わないだろう。俺も事情を知らなければそう思ったに違いない。

 

 しかしサーニャなら──厳密には、彼女の持つ《フィンスタニス》ならば可能だ。

 あの剣は敵を攻撃すると、ダメージに応じて対象のHPを吸収し持ち主を回復、更に攻撃力上昇のバフを付与する。しかも攻撃の連続ヒット数──所謂コンボ数に比例して、バフによる攻撃力も際限なく上昇していくというトンデモ能力を持った代物なのだ。

 

 初めて出会った14層の頃からずっと、あの剣は相棒としてサーニャを支えている。60層となった今でも現役で活躍していることを考えれば、如何に頭のおかしい能力かがわかってもらえると思う。

 

 彼女は通常攻撃でマーマン4体の弱点であるエラを斬りつけ、攻撃力を上昇させてから俺と交代(スイッチ)。ソードスキルで俺がHPを削っておいた2体を確殺した。

 

 ここまでで、俺が確認できた限り8回は攻撃を行っている。サーニャ自身と同様に強化を施されているはずの《フィンスタニス》が彼女に与える恩恵は、かなりの上昇値になるだろう。

 

 そこからはサーニャの独壇場だった。俺が水平2連撃《ヘリカルトワイス》で周囲にいる敵のHPを一気に削り、とどめにサーニャが切り込んでいく。

 この戦法では少ない手数で最大限のダメージを与えることを要求されるが、敵を倒すたびに力を増していくサーニャの前では造作もないことだ。程なくして、半魚人たちは一掃された。

 

「……この先がダンジョンの最奥みたいだな」

 

「そのようですわね。全員、回復とバフの準備はよろしくて?」

 

「おう、バッチリだぜ!──にしても、マジで便利だよなぁこの水」

 

「確かにな。これまでも店で売ってる食品アイテムにちょっとしたバフがついてることはあったが、ここまで実用的なのは珍しい」

 

 このバフというのは、俺やクラインたちが手にしている水入り瓶のことだ。これは各地の水源からNPCたちが持ち寄ったもので、汲んできた水源によってそれぞれ《攻撃力上昇》、《防御力上昇》、《最大HP上昇》という3種類のバフが付く。

 勿論効果は一定時間しか持続しない上に、同じバフの重ねがけも不可となっているが、こうして水入り瓶を持ち歩くことで、いつでもバフの恩恵を受けられる。

 

 数少ない欠点といえば、味が全くしないということだろうか。現実世界のそれには、言わば《水の味》的な感覚があったものだが、この水には俺たちの味覚を刺激する要素が一切ない。このアイテムだけ味覚再生エンジンが働いていないのではないかと本気で思うくらいだ。

 加えて、プレイヤー同士でのデュエルには使えず、別の層に移動した瞬間、何の効果もないただの水になる事も実証済みである。

 

「残っている瓶は各種それぞれ1本ずつ。持続時間は30分でしたわね」

 

「ああ。これが使えるってことは、クエストボスでも相当な強敵の可能性が十分にある。バフが切れた段階で敵のHPが残り1割切ってなかったら撤退。頭数を増やして再挑戦と行こう」

 

 俺の言葉に全員頷きを返すと、全員一斉にビンの中身を煽る。無味無臭の液体が喉を流れていく奇妙な感覚を味わいながら瓶3本分の水を飲み干すと、HPバーの横に3種類のステータス上昇アイコンが表示された。

 

「……サーニャ?どうした」

 

「メッセージが届いていましたの。もう返事は終えましたから、気にしなくて結構ですわ」

 

 サーニャがウィンドウを閉じ、空になった瓶を投げ捨てると、俺たちはダンジョン最深部──ボスの部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クエストの最後に俺達を待ち構えていたのは、全長が100メートル以上はあろうかという巨大なウミヘビだった。

 名前は《ポイズン・シーサーペント》──シンプルな名前から察するに、毒攻撃を行ってくるのだろう。

 毒ウミヘビは壁に埋め込まれた半透明の球体──卵だろうか──から体を半分だけ露出させており、表面は粘液でヌラヌラと光っていた。

 

 気色の悪さに思わず身震いした俺だったが、気を取り直して槍を構える。

 

「最初はパターンを確認しつつと行きたいが、バフの効果時間もそう長くない。各自連携をとりつつ削っていくぞ!回復怠るなよ!」

 

「おうよ!いっくぜえええええ!」

 

 俺とクライン、サーニャの3人が先陣を切り、クエストボス攻略戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 ──どれだけ経っただろうか。視界にまだバフのアイコンが表示されていることから30分を過ぎていないのは明らかだが、体感では1時間くらい戦っている気分だ。

 何しろボスの動きがとにかく目まぐるしい。あのウミヘビは卵から出てきたことから察するに幼体らしく、傍若無人に暴れるのだ。ここまで確認できた攻撃は、でっかい顎を叩きつける攻撃と噛み付き、毒液攻撃、そして長い体を利用した広範囲の薙ぎ払いだ。

 

 特に最後の薙ぎ払いは(タチ)が悪く、横振りだけでなく顎の叩きつけを織り交ぜてくる。攻撃の予備動作が見えた瞬間、近くにいる盾持ちの後ろに退避するか、全速力で壁際まで逃げるかの2択を迫られる。

 

 その間は攻撃している暇などない為、一種の遅延攻撃にすら思えてくる始末だ。

 

 こうしている間にも刻一刻とバフの持続時間は減っている。幸い防御力は高くないため敵のHPは半分以上削れており、どうにかして一斉攻撃の隙を作りたいのだが……

 

Брин(ブリン)!このままでは解毒Potも底を尽きますわよ!」

 

「畜生!あんのヘビ野郎、ちったぁ大人しくしろっつんだ!」

 

 今まさに暴れ狂うウミヘビに毒づいたサーニャとクライン。サーニャの言うとおり、俺も残りの解毒ポーションは僅か2つ。事前情報がなかった為、元より間に合せ程度の数だったが、回避で誤魔化すのもそろそろ限界に達しつつある。

 

「(イチかバチか、やるしかないか………!)」

 

 槍を持つ手に力を込めた俺は、未だにじたばたと暴れるウミヘビ目掛けて突撃する──!

 

дурак(ドゥラク)!何を考えてますの!?」

 

 後ろからサーニャの悲鳴にも似た声が聞こえたが、そんなものを気にしている余裕はない。今の俺は四方八方から襲い来るウミヘビの首を避けるのに必死なのだから。

 

 グネグネと動く首の動きは不規則で、本来ならば回避するような攻撃ではないのだろう。それを俺は持ち前の動体視力とアバターのステータスを頼りに躱し続ける。

 

 やがてウミヘビの首が持ち上がり、締めの叩きつけモーションが来る──その瞬間、俺は地面を蹴って《ソニックチャージ》を発動させた。システムの力で高々と跳躍した俺の体は、ウミヘビの顔目掛けて一直線に進んでいき、口の先端をしっかりと抉る。

 直後に繰り出された叩きつけ攻撃は空を切り、地鳴りだけが部屋を震わせた。そして宙に跳び上がったままの俺はというと、技後硬直(ポストモーション)が終了するなり槍を逆手に持ちかえる。すると、穂先がオレンジ色のライトエフェクトに包まれた。

 

「ハアアアアアアアッ!!」

 

 空中で発動した両手槍単発技《ストライク・フォール》が、真下にあるウミヘビの口を深々と貫いた。

 通常は地に足つけた状態で発動されるこの技だが、今回は空中から落下する勢いも威力に加算されクリティカルヒット。ウミヘビのHPバーが一気に赤く染まる。

 

「──今だッ!」

 

「この瞬間を待ってたぜェ──!!」

 

 叩きつけ攻撃の後に生まれる5秒程の猶予──そこに望みをかけ、全員で一気に攻勢を仕掛ける。

 クラインのカタナスキル《緋扇(ヒオウギ)》が奔り、サーニャの《バーチカル・スクエア》が青い軌跡を描いて閃いた。

 

「──まだ足りない!」

 

 一斉攻撃が終わった後のボスのHPは残り2割。それを確認した俺はウミヘビの頭から飛び降りると、宙で体を捻り槍を振りかぶる。

 

「…っ──らあッ!」

 

 紫の光芒を引きながら俺の両手槍2連撃技《グランドバウンサー》が真正面からウミヘビの顔をカチ割る。顔面にザックリとV字のダメージエフェクトを刻み込まれたウミヘビだったが……

 

「……これでもダメなのか……っ!」

 

 ほんの少し……数ドット分だけHPが残っている。遂に敵のHPを削りきることができなかった。同時に俺の視界でバフのアイコンが点滅を始め、やがて消える。

 

「(くっ……早く動け!)」

 

 そう自らのアバターに念じる俺の眼前では、猛攻を耐え凌いだウミヘビが頭を擡げ、巨大な(あぎと)で俺を飲み込もうとしているところだった。

 先の一斉攻撃で全員連続技を使った為、硬直から抜け出すまで恐らくあと1~2秒はかかる。それだけあれば、このヘビが俺を飲み込むのに十分すぎる時間だ。

 

 ソードスキル発動後の硬直時間は各武器カテゴリの熟練度を上げると縮まっていく。俺の両手槍スキルは現在熟練度1000(コンプリート)だから、硬直時間は極限まで削ぎ落とされていると言っていい。

 しかしそれでも──思考ばかりが逸るこの状況では、僅か1~2秒程度の時間が異様に長く感じる。

 

 

 ──早く…早く動け!

 

 

 硬直が解けさえすれば、奴のHPをゼロにするのは簡単だ。振り上げた槍をそのまま突き上げるだけでいい。

 歯噛みする俺の頭上にウミヘビの口が迫る。視界の端で俺と同じく焦りを見せているサーニャとクラインの顔が見えた。

 

 もうダメなのか──小さな諦めが胸の内にポツンと生まれたその瞬間だった──俺の耳が、ジェットエンジンにも似た金属質の音を捉えたのは。

 

 その直後、真紅の閃光がウミヘビの頭部を深々と貫き、無数の硝子片へ変える。散っては消えていくポリゴンは最早目に入らず、俺は前に立っているプレイヤーに目を奪われていた。

 

 

「──ギリギリのところで倒しきれないとは、暫く会わない間に腕が鈍ったのではないですか?」

 

 

 ひと振りした銀色の十字剣を鞘に収めたのは、白を基調とした鎧に身を包む美しい金髪の女プレイヤー──血盟騎士団()()()・アリスだった。

 




オリストの何が難しいってMobの名前を考えるのが予想以上に難しい…ソードスキルはまだ考え易いんですけどね。
今後原作プログレッシブとかSAOIFのストーリーで60層の話が出てきた暁には、過去に書いた話ってことでご容赦を。

因みにアリスの格好ですが、お馴染みの金ピカアーマーではなく、原作11巻のカラーページに載ってる白ベースの鎧をイメージしていただければと思います。


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