塚原研究員の日記 (來夢檸檬)
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塚原研究員の日記

研究材料を失った塚原研究員は、つかの間の休息を得た。
塚原研究員は1人、ある場所へ向かう。


久々に休暇を貰った。まぁ、研究していたSCPがNeutralizedに認定されてしまい、研究材料がなくなってしまったからではあるが。

…いや、研究材料では無い。あれは、あの子は、見守る対象だった。いつだが、SCPに感情移入をして懲戒をくらった研究員もいたらしい。それに比べれば、私は懲戒をくらわなかっただけマシか。

 

久しぶりにサイト内を出た。さて、どこに行こう…なんて考えたところで、行く場所は決まっていた。

 

新幹線とタクシーを使って、私は◻️県の○市に向かった。久しぶりにここに来る。あの日は大雨だったが、今日はカラッと晴れている。眩しいくらいだ。

歩道には今も献花が添えられている。私は持ってきていた献花とお菓子を添えて手を合わせた。さすがに道路にはもう血の跡はなかった。

 

ふと、通行人が声をかけてきた。

「あの日は酷い雨でしたね」

「…もしかして、事故を目撃した人ですか?」

「えぇ、確か、ピアノコンクールに行く予定だった子供でしょう?可哀想に…あぁでも、こんな話を知っていますか?」

「話?なんでしょう?」

「あの子、車に跳ねられて数メートルも吹き飛んでしまったんです。けど不思議なことに、あの子がさしていた傘がね、あの子の頭を濡らさないように覆いかぶさっていたんです。」

「…なるほど、傘が」

「その時、私、確かに聞いたんです。ピアノの音色を。どこから聞こえてきたかは分かりません。けど、どこからともなく。曲名は分かりません。けど、どこか儚げな声が、私の傘を叩く雨音に交じって」

「…そうですか」

「ふふ、信じてくれるんですね。他の人に話しても信じてもらえなかったのに」

「えぇ、信じますよ。たとえ幻聴だったとしても、あなたにはそれが聞こえた。なら、疑う必要はありません」

「…私も、手を合わせていいですか?」

「えぇ、もちろん」

 

………財団には黙っておこう。本当なら記憶処理物だが、彼女は「傘から聞こえた」とは言っていない。あくまでも幻聴だと。なら、聞こえてもおかしくは無い。幻聴なんて、誰でも聞くようなものだ。

 

お墓は綺麗に掃除されていた。名前の欄には先祖の名前と一緒に、真新しく、幼い少女の名前が書かれていた。

私は持ってきた線香に火をつけて供え、手を合わせた。この子と私に因果関係はない。けれど、彼女の成長を見守った者として、手を合わせた。

 

彼女の親も、ピアノコンクールに出た他の子供たちも知らない、彼女の成長。雨が降っていた時だけ行われた、秘密のコンサート。

まるで我儘な少女のように、褒めれば上手くなり、罵倒すれば怒る。なんて素直な音色を奏でるのだろうか。彼女を超えるピアニストはいない。世界で唯一、死してなおピアノを引き続けた少女。

 

…サイトに帰ったら、きっと新しいSCPの研究をするのだろう。けれど、私は忘れない。あまりにも無垢で、素直で、努力家だったピアニストの事を。

 

私はお墓を後にした。雲ひとつない晴天。晴れ渡る空に向かって、私は思わず拍手をした。お墓の中で拍手など不謹慎だが、私以外には誰もいないから、まぁ問題ないだろう。こんな晴れ空では、彼女は怒るだろうか。ピアノが弾けない、上手くなれない、と。

 

さぁ、盛大な拍手で見送りましょう。

晴れた心に、もう傘は必要ないのだから。

 

 

 




この小説はSCP財団のSCP-548-JP(http://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)を中心としたSCP二次創作SSになります。
この作品は、SCP-548-JP「歌う雨音」に対して独自の解釈が有ります。
このコンテンツは、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンス(http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja)の元で利用可能です。


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