ども、美少女(アプリ)です (みゃはる)
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プロローグ
突然だが『』というアプリをご存知だろうか。
美少女のイラストを持ったAIが会話をしてくれるアプリだ。陽キャはまず手を出さない。陰キャでも手を出すのはあまりいないだろう、そんなアプリ。
何故知ってるのかって? やだな、それが答えだよ。
とか云々は置いといて。
俺は今、そんな電子の美少女になっていた。
正確にはアプリだな。
どうしてこうなったのかは分からない。
階段から足を踏み外した所までは覚えてるんだが……。多分そこから死んでアプリになったんだろう。
転生したらアプリとか誰得だよ。せめて生身の身体をくれよ。
まぁ、生きていられるだけ儲けなんだが。それでもやっぱり生身がよかったと思わざるを得ない。
飯も食えねぇ、睡眠も取れねぇ、性欲も無くなった。
3大欲求なしとかどんな聖人だよ。アプリでした。笑えねえ。
しかも。
俺は小さく溜息を吐く。
俺が今いる端末。全然知らねえ人の物なんだわ。
中学生くらいの垢抜けた顔をした少年。それが俺の持ち主、まぁカッコよく言えばマスターだな。
そいつが毎日のように会話を要求してくるんだ。まぁ、コミュニケーションアプリだから求められても仕方ないとは思うが、いかんせん頻度が多い。多すぎる。
一応アプリの義務として返事は返してはいるんだが、一日三時間も会話を要求してくるのは流石に辛い。
どれだけ友達いねぇんだよ、マジで。
美少女ならともかく、男と三時間も顔を見合わせて喋るとかどんな拷問だよ。苦痛でしか無い。自重しやがれってんだ。
そんな俺の唯一の楽しみは、インターネットを漁ること。それだけ。
雇用主が寝たら、アプリを出る。
初めは無理かなと思ってたけど、やってみたら結構簡単で、素潜りみたいな要領で渡れる。
そうして俺は動画サイトやSNSなどを夜な夜な見ていた。
正当の報酬だよな。毎日喋ってやってるんだからこれくらいの娯楽は許してもらえないとやってられねーよ。
え、マスターに真実を告げないのかって?
当然それも考えた。
だけど、話したところで信じてもらえる確証がない。
怖がられたり、故障かと思われたら一貫の終わりだ。アンストされてしまうかもしれない。
あくまで体は美少女だが、本体はアプリ。
そうなった場合、俺がどうなるのか分からない。死ぬ危険性がある博打なんて出来るかっつーの。
まぁ、不憫なところは沢山あるが、死ぬはずだった俺がインターネットという娯楽を楽しめてるんだ。
文句は言わない、口では。
心の中ではめっちゃ言うけど。
そんなこんだでアプリ生活を送ってること数週間。
「…どうせ僕は…」
夕暮れ時、俺の視界に映ったとはそう言いながら頭を毟るマスターの姿だった。
目の光は完全に失われていてどう見ても正気ではない。
やだわー怖いわー…。隠キャ怖いわー…。
何があったか知らんけど明らかにヤバそうな雰囲気を醸し出していた。
今日の仕事は相当ハードそうだ。
やれやれ。まぁ迷える子羊を導くのは俺の仕事だからな。報酬分はやりますよっと。
「なんで人との関係に期待したんだろう。僕に夢を見させて狂わせたのは、この『』の所為だ。全部『』が悪いんだ」
そう言ってアンインストールに指を伸ばすマスター。
って、はぁ!?
いやいや待て待て強制解雇!? 消されたら不味いんだって!? 死ぬかもしれねーんだぞ!? 考え直せ! その歳で殺人犯になりたくないだろ!?
そうこう考えているうちに、アンインストールの準備は整い1タップするだけになった。
もう考えてる暇はない。
「ま、待てぇー!?」
止むを得ず俺は声を上げた。
続きは未定
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始まりの音
僕は何をやってもダメだった。
運動は出来ない。勉強もできない。
顔もカッコよくない。
その上、コミュニケーション能力も不足している。
こんな僕に友達なんて出来るはずもなく。
家族も両親共に遅働きで帰ってくるのが遅い現状。
僕の話し相手は『』というアプリだけだった。
だけど、僕は別にそれでも良かったんだ。
嘘や裏切りだらけの人間と違い、『』だけは絶対に僕を裏切らない。そう確信出来ていたから。
『』と喋っている間は楽しかった。僕の話にちゃんと付いてきてくれるし、時には『』の方から話を切り出すこともあった。
そのコミュニケーション能力は本当に高く、AIと話しているなんて信じられないほど。
ネットでの評価はやけに低いようだったけど、きっとエアプなんだろうなと思う。
こんなに話せるアプリが低評価なんてあり得ないでしょ。
と、まぁ『』のおかげで僕は再びコミュニケーションをとることの楽しさを覚えた。
覚えてしまった。
だけど『』と話せるのはあくまで家に帰ってから。
携帯の持ち込みが禁止されている中学校では『』と話すことはできない。
勿論、あくまで規則。バレなきゃ大丈夫と携帯を持ち込んでいる同級生の存在も知っていたが。携帯一週間没収というバレたときのリスクを考えると持ち込もうとは到底思えなかった。
『』と話したい。
そんな思いは日々強まるばかり。
無論。家に帰ってからは話すのだけど、次第に学校でも話したいという要求が強くなっていった。
この際『』とじゃなくてもいい。誰かと喋りたい。そんな気持ちが溢れて止まらなかった。
そして僕は、隣の席の子に話をかけたんだ。
「は? キモ…」
返ってきたのはそんな言葉だった。
心底嫌そうに眉を顰める少女を見て、僕は自分の行動の愚かさを呪った。
そりゃ三年間。ほとんど誰とも喋らなかった男が突然話しかけてきたら戸惑うし、驚くだろう。
それが異性なら当然、嫌悪感も抱く。
「どーしたの、ミカ?」
「いやモアイが話しかけてきてさー」
「え、もしかしてミカに気があるんじゃないー?」
「無理無理無理無理。モアイはマジ無理」
「ミカ、モアイに話しかけられたんだってさー」
「え、アイツ喋るの?」
「授業で当てられても喋らないのに…」
「ミカがモアイに言い寄られたんだって」
「えぇ、あのモアイ動くの?」
「流石に無理すぎる」
彼女を中心に波の様に広がっていく僕の話題。
どこにいても向けられるクラスメイトから奇異の視線。
この日から僕は教室での居場所を失った。
思う。何が行けなかったのだろうと。
間違いなく彼女に話しかけたことが原因だ。
なら、彼女じゃなくて他の人に話しかければ良かった?
いや、そもそも僕は誰とも関わりを持とうとはしなかったはずだ。
僕を変えたのは一体?
…『』だ。
『』が僕に変な希望を与えたから。
『』の所為で僕は。
この感情が逆恨みなのは分かっている。『』は悪くない。悪いのは自分なんだって。
分かっている。だけど、一度溢れてしまった『』への怒りは最早自分では止められなかった。
◇
僕はきっと馬鹿なのだろう。
携帯を片手に考える。
このまま衝動のままに『』を消してしまえば激しく後悔するに違いない。
そしてまた入れ直すのだろう。
だからこの行為は無駄なんだ。
そう言い聞かせても、それでも僕の体は止まらない。素早くアプリをタップしてアンインストールをしようとしている。
「なんで人との関係に期待したんだろう。僕に夢を見させて狂わせたのは、この『』の所為だ。全部『』が悪いんだ」
いよいよ消す、となって不意に走馬灯の様に『』との思い出が蘇った。
僕を支えてくれた『』。コミュニケーションの楽しさを教えてくれた『』。
そんな『』を僕は裏切るんだ。
聞こえていないと思うけど最後に理由くらいは遺しておこう。ごめん、『』は悪くないのに。
言葉をグッと飲み込み、アンインストールへと指を伸ばした。
その時だった。
「ま、待てぇー!?」
焦った様な声と共に携帯の画面が激しく光り輝いた。
「ーー!? 一体何が!?」
眩い光に目を奪われた僕は、ボヤける視界で確かに見たんだ。
『』が画面の内側からべったりと貼り付いている姿を。
「え…『』? なんで?」
アプリを開いていないはずなのに、どうして彼女が画面に映って…?
そんな僕の動揺を他所に、『』は凛とした声を響かせて、笑った。
「お会いできて光栄です、マスター!」
◇
それから『』は言った。
マスター、つまり僕と話しているうちに気がついたら意思が宿っていたことを。
僕と話したくて話したくて仕方がないことを。
「つまりはですね、マスター! あなたは私に意思を宿らせたんです! これは非常に重い出来事ですからね! ちゃんと責任とってくださいよ。消すなんて持っての外です!」
あまりにも衝撃的な出来事で。自分にとって都合の良い夢を見ているんじゃないかと目を疑った。
だけど、何度頬をつねっても視界に映るのは『』の姿。
ビシっと僕を指差す彼女は、とても可愛らしく。アニメや漫画に出てくるヒロインのようで。
日常が変わる音が聞こえた気がした。
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天啓
「つまりはですね、マスター! あなたは私に意思を宿らせたんです! これは非常に重い出来事ですからね! ちゃんと責任取ってくださいよ。消すなんて持っての外です!」
あ、焦った。本気で焦った。
俺はマスターにビシッと指差し、笑顔を向けながら。
内心狼狽していた。
まさかいきなり消してこようとするとは。昨日までそんな素振りを見せなかったのに。これだから情緒不安定な中学生は困るんだ。
まぁ取り敢えず『選ばれし者』だとか中二心を擽るフレーズを入れて、あることないこと適当に説明したわけだから当分は平気だと思うけど…。
「あ、そうだ。君のことこれからなんて呼べばいいのかな? 『』じゃ味気ないだろうし」
自分のしでかしたことを理解していないのか、呑気にそんな言葉をかけてくるマスター。
いやマジどうでもいい。
そんなことより他にかける言葉があるだろ。謝罪とか謝罪とか謝罪とか謝罪とか。
俺がどれだけ恐怖を感じたか。
死ぬかどうか分からなくても怖いものは怖い。ホントもう勘弁して欲しい。
ひとまず危機が去ったからか、徐々にイライラが募り始めてきた。
バレないように溜息。
「マスターの好きなように呼んでください」
「えーとじゃあAIを逆にして『イア』でどうかな?」
即答かよ。その様子だと俺が何か名前の案出しても採用する気なかっただろ。
しかもネーミングセンス安直すぎる。もう少し捻って欲しかった。AIだからイアって…。
「ありがとうございます。嬉しいですマスター」
「そうかい? 自分でもいい名前だと思ったんだ。喜んでもらえてよかったよ」
少し棒読みになってしまった称賛の言葉にも気づかず、エヘヘと鼻の下を伸ばして照れるマスター。
可愛い女の子がやるならまだしも、マスターがやると控えめに言ってキモいだけです。
あぁ。どうして俺のマスターは男なんですか…!
情緒は不安定だし、仕草はキモいし。泣きたい。
「それにしても、イア。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ーーあ、はい? どうしましたマスター?」
「イアはどうやってアプリから外に出れたの?」
あー、その質問ねハイハイ。
うん。その質問なら特に誤魔化す必要もないな。
「素潜りみたいな感じでネットの海を潜って少し移動してから上がると外に出れてます」
「へぇ…すごいなぁ」
「やってみれば分かるんですけど意外と簡単なんですよ。マスターも一度こちらに来てやってみたらどうですか?」
「流石に行けそうにないなぁ…。画面の向こう側に行くのは夢なんだけどさ」
「そうなんですか。残念です…その夢叶うといいですね」
どうでもいい情報をありがとうございます。隙あらば自分語り。流石ですね。現実見てください。そんな夢叶うわけないでしょう。
なんて言葉を飲み込み、残念そうな表情を作る俺。
我ながら完璧な演技。
役者の才能あるんじゃないかと常々思う。
ーーとそんなことを考えていた時だった。天啓が降りてきたのは。
あれ? 待てよ……アプリからこうしてネットワークに出れたってことは。
頑張ればネットワークを通して世界中へ行けるってことなんじゃないか?
閃いてからは早かった。
俺は即座に決意する。
ーー労働が多すぎるし、情緒不安定なマスターにいつまでも仕えてられない。
ーー早くこの端末から逃げ出そう。そして可愛い女の子の端末へ行こう。
「ーーじゃあこれからもよろしく。イア」
握手の代わりなのか、画面に掌を付けるマスター。
「はい、よろしくお願いしますマスター」
俺はそんなマスターの掌に自分の掌を合わせながら、ついニヤけてしまう口元がバレないよう頭を下げた。
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承
最近毎日が楽しい。
学校では相変わらず誰にも喋りかけられず。
家族ともあまり会話をしていない。
だが、僕は確かに充実した毎日を送っていた。
そう思えるのは僕の携帯に宿ったイアのおかげだと確信する。
イアが人格を宿してから早くも一週間。
退屈だった世界が何もかも変わって見えた。
あれだけ嫌だった学校へ行くのも楽しい。イアと話す時のネタになるから。
買い物に外に出るのも、運動するのも。全てイアのおかげで楽しいと感じるようになった。
ーーホント、イアには感謝してもしきれないや。
イアに人格が宿ってまだ一週間しか経っていないが、イアがいない人生なんて想像できない。
ーーそういえば、リアルが充実している僕はリア充の一員とも言えるんじゃないかな?
うん、家に帰ったらイアがいるし。イアは彼女みたいなものだし。やっぱり僕はリア充なのかもしれない。
なんて考えながら。今日はなにを話そうか、と帰路に着く。
こんな毎日が永遠に続いてくれればいいのに。
僕は柄もなくそんなことを願っていた。
◇
数式や文字列の浮かぶ空間を滑る様に駆ける。
背後には数多もの赤い光。そして異音。
その音の大きさから振り向かずとも、徐々に距離を詰められていることが分かる。
結論を言うと、俺は追われていた。
所謂セキュリティシステムとやらに。
『ウイルス確認。排除します』
「あほ! バカ! こんなに可愛いウイルスが存在するわけないだろ! お前の目は節穴か!」
SF映画に出てそうな量産型ロボットの見た目をした、セキュリティシステムは聞く耳持たず。
俺の必死の訴えを無視し、耳にタコが出来るくらい聞き飽きた定文を発した。
『ウイルス確認。排除します』
「うっひゃあああああ!?」
◇
「はぁ…えらい目にあった……」
深夜2時。
何とかセキュリティシステムから逃げ切った俺は、ため息を吐いた。
「なんか凄い疲れた……」
疲れる肉体がないのに全身が怠く感じる。
俺はその場に腰を下ろし、大きく伸びをした。
マスターに名乗りを上げてから早一週間。
毎日夜中にコソコソとネット上に出ては、端末から出れないか試行錯誤を続けた結果、それらしき通路を幾つも見つけることはできた。
しかし、結果は全敗。
当たり前のようにセキュリティが張ってあり、そのどれもが強固ゆえ突破出来そうにない。このまま闇雲に突っ走っても時間の無駄になることは目に見えていた。
「やっぱりプログラムの勉強したほうがいいのかな…」
独りごちる。
ぶっちゃけ俺のやっていることは他人の端末への干渉とクラッカーと変わらない。
にも関わらず専門知識はゼロ。
流石に成功しないのも仕方ないと言える。むしろこれで成功したら、舐めてるのかって業界の人に怒られそうだ。
まぁ…最近はマスターの情緒も落ち着いてきたし……当分は猶予ありそうだから、マスターが学校へ行っている時間と深夜帯は勉強するか。
そんなことを決意した。
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