刀神 (SIーZUー)
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設定(3話時点まで)
ネタバレ注意。
〇
本作の舞台で北から西にかけてを山に囲まれ郊外を出てしばらく南に行くと海が見える日本の地方都市。都心となる「
キャラクター
〇御剣 刀真(みつるぎ とうま)
種族:人間
性別:男
年齢:25歳
在住:國見市
好きな物:だし巻き玉子
主人公。代々特別な武具を作り、妖怪や怪異達と戦い時には協力して生きてきた家系の青年。
髪は黒で右の前髪は下ろし、左側は後ろに掻き上げている。瞳の色は灰色で身長は177cmで筋肉質な体。
事件にその身で挑む事が多い為人並み外れた身体能力と戦闘センスを持つ。
基本的には刀や調理器具を作って生活をしているが本人が今まで(成り行きで)解決してきた奇妙な事件の噂が広まりその腕を頼りに不思議な事件や探し物の依頼が迷い込む。
本人は鍛冶師である事を誇りにしており、あくまで鍛冶仕事以外は副業という意識の為、半ば万事屋のような扱いに辟易はしている。…が、基本的には人が良い為つい依頼をうけてしまっている。
代々妖怪や怪異と触れ合って来た為人間以外にも顔が広い。
同居人である雪美に対しては好意を抱いているが気持ちは伝えてはおらず、時折雪美が魅せる女性らしさにドギマギしている。
刀を得意武器としておりその中でも自らが打った雪美との契約器「雪那」を愛刀としている。
刀を書物の頁に封印して持ち歩いており必要に応じて刀を書物から取り出す事ができ、頁から刀を射出などできる。
戦闘スタイルは契約器に契約している妖を合体させ妖の力を何倍にもして引き出して戦う「妖武装」を用いた剣術。
雪那:刀真が自ら打った刀。雪美との契約器。鍔は六角形で柄紐の色は青。
同調時には銀色だった刀身が氷のような薄い蒼に染まり冷気を纏う。雪美の氷の力を使えるようになる。
祝詞: 「我、雪の精にして氷を司る者。契約の元に汝に氷の力を授けん」
技
雪華ノ太刀:雪美と同調時に雪那を使った六つの型の技
●壱ノ型 椿
居合の構えから冷気と共に高速で一閃する技。切断面は一瞬で凍結し、徐々に全体を凍らせる。
〇銀鏡 雪美(しろみ ゆみ)
種族:雪女
性別:女
年齢:24歳(雪女の寿命は1000年以上だが17歳までは普通の人間と同じ成長速度。それ以降は何百年も若々しい姿でいる)
属性:水
在住:御剣家
好きな物:アイス
御剣家に同居する雪女であり本作のヒロイン。
髪は腰まであるストレートの白髪で瞳は蒼く、肌は雪のように白い。身長は167cmで普段は着物の為着痩せしているが胸も大きい。
基本的には白い着物である事が多いがこれは雪女の正装であり、遊びに行く時などは普通に現代のファションである。
クールでお淑やかな美人であり、表情の変化こそ親しい人でなければ分からない程変化に乏しいが気立ても良く優しい性格であり家事炊事万能で見た目も良いため人間妖怪問わず好意を寄せられる。
雪女の中でも名家の銀鏡家のお嬢様であるがとある事件で刀真と出会い以降御剣家に同居する事になった。
刀真には好意を寄せておりなかなか良い雰囲気ではあるがなかなか気持ちを伝えられず恋人には発展してはいない。
多少独占欲が強いのか刀真に女の影がチラつくと少し機嫌が悪くなる。
〇河島 杏二郎 (かわしま きょうじろう)
種族:河童
性別:男
年齢:27歳
属性:水
在住:御剣家の庭の池
好きな物:きゅうり
刀真の幼なじみ。河島家は代々御剣家に仕えてきた河童の家系で、杏二郎は刀真と契約している。…が基本的には幼なじみとしての関係が強い為あまり上下関係はお互いになく、刀真とは悪友の感じでありよくしょうもない事で喧嘩もするし遊びもする。
見た目は古来より伝わる河童のイメージそのまま。普段は河童の姿だが外出時には人間に化ける。
人間に化けている時は茶髪のおカッパ頭で目はキリッとした翠の瞳で顔立ちは無駄にイケメンな高身長の男。割とこの姿を気に行っている。
性格は陽気で女好きでお調子者。しかし基本的には善良な妖怪であり義理堅い。
水の妖術が得意。
〇風丸(かぜまる)
種族:鎌鼬
性別:雄
年齢:300歳以上
属性:木
在住:御剣家
好きな物:わさび漬け
代々御剣家に使える守護獣。賢い生き物であり主人である刀真に従順。刀真よりも圧倒的に長い時間を生きているが妖怪基準だとまだまだ若く人懐っこくやんちゃ者。
人語こそ発さないが人語を理解している為意思疎通は可能。
風を操る力を持つ。
〇小倉 小太郎(こくら こたろう)
種族:小豆洗い
性別:男
年齢:10歳
属性:木
在住:御剣家
好きな物:お汁粉
小豆洗いの少年。見た目は小豆色のさらさらした髪を持ち瞳は赤色で人間の子供と変わらない見た目。
ひょんな事から御剣家に住むことになった少年でありやんちゃ坊主。しょっちゅうイタズラして怒られてる。もっぱらイタズラの矛先は唐三に向いており体のいい玩具にしている。
普段は
〇笠松 唐三(かさまつ からぞう)
種族:唐傘お化け
性別:男
年齢:130歳
属性:木
在住:御剣家
好きな物:ケーキ
御剣家に住む唐傘お化け。雨の日に傘が無くて困っていた刀真が捨てられてた傘を拾ったところ唐三であり、傘をさすついでに持って帰りそのまま御剣家に住み着いた。
江戸っ子気質であり喧嘩っ早いが基本下級の妖怪な為非力。小太郎にはイタズラの標的にされたり冗談を交えて多少雑にイジられたりしょっちゅうツッコミに回る羽目になるなど御剣家の苦労人。
〇瓶鳴 賢吾(かめなり けんご)
種族:人間
年齢:54
性別:男
在住:國見市
好きな物:たい焼き
國見市警察署に勤務するベテラン刑事。
見た目は白髪混じりの黒髪で仕事ではいつもスーツの上から茶色のコートを羽織っている。
性格は正義感が強く、豪快で愉快。
刀真とは付き合いが長く、度々人間技では不可能な事件を御剣家に持ってきては事件解決の依頼をしてくる。刀真の事は鍛冶師ではなく何でも屋とでも思っているお方。その為刀真からは若干疫病神のような物だと思われている。
家族に妻と娘がいる。
設定は定期的に公開していくので気長にお待ちください
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本編
プロローグ:鍛冶師
早朝。小鳥達の鳴き声が聞こえ始める時間。
春真っ只中の今の時期でもこの時間帯ともなると気温は低く肌寒いと感じる。
しかしこの空間は外の気温と異なりむしろ蒸し暑いくらいである。
そこでは男が1人赤く熱された鉄の棒を一心にリズム良く叩いていた。
鉄は叩く度に少しずつ形を変えていき、時に余分な部分が削れてより洗練される。
その様は一打ち毎に己の魂を注ぎ込むようであった。
そうしていくうちに熱を失い元の黒鋼に戻った鉄を高温の竈にくべる。
しばらくして竈から取り出した鉄を再び叩いていき形を変えていく。
その作業を何度も何度も繰り返し刀としての形になると大量の水が入った瓶にその鉄を入れる。
瞬間大量の水蒸気が沸き立ち視界を覆う。しかし数秒もしたらそれらは消え失せる。
瓶から鉄を取り出し砥石に当て研いでいく。
鉄と砥石が擦れる音だけがその空間に響き渡り鉄が刀として製錬されていく時間が過ぎていく。
何往復か目に男は研ぐのを止め新たに生まれた刀の調子を見る。
重さ、刃渡り、刀身の反り、刃の厚み、鋭さ。それら全てを念入りに確かめていく。
「よし。良い出来だ。柄と鞘は朝食の後に作ってやるから楽しみにしときな」
満足気に言いまだ柄も無い刀を作業台の刀置きに置く。
一通りの作業で凝り固まった体を伸びと共に解しているとふと後方の入口に気配を感じた。
「ん、雪美さんか」
「はい。おはようございます刀真さん」
振り返ると入口付近の椅子に座る白い着物を着た白髪の女性。
「見てたんなら声掛けてくれてもよかったんだがな。朝食待たせてしまっただろう?」
「ふふっ。あまりに真剣に作業しておられたので声をかけるのがはばかれてしまいまして。それにさほど待っていませんよ」
そうか。ならよかった。と男、
「今日の朝食はなんだい?」
「今日は鮭の塩焼きとアサリの味噌汁、ほうれん草のおひたし、だし巻き玉子ですよ」
「お、だし巻きか。雪美さんのだし巻きは美味いからなぁ。朝食が楽しみだ」
着物の袖を口元に当て薄く笑みながら雪美は喜んで頂けて私も嬉しいですと返す。
その姿は彼女の清らかな雰囲気と合わさりとても美しく感じる。
「あ、刀真さん。汗拭き終わったのでしたらタオルをお渡し頂いてもよろしいですか?」
「ん。いつものね。お願いするよ」
刀真は汗を吸い取って少し濡れたタオルを雪美に手渡す。
雪美はタオルを受け取ると自らの掌に数個の
即席の氷袋の完成である。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。…あぁ一火照った体にはやっぱこれだなぁ」
刀真は受け取った即席氷袋をうなじに当て気持ちよさげな声を出す。
「そう言って頂くと
そう。彼女はかの有名な雪を司る妖怪、雪女なのだ。
これは1人の鍛冶師と不思議な数多の妖達の物語
どうも雪女が好きな作者のSIーZUーです。
雪女との恋愛(ここ重要)をしつつバトルしていく物を描きたいです。
趣味投稿なので投稿は不定期かつ作者は飽き性なので続くかも分からないような作品ですが暇潰し程度に読んでいってくださると嬉しいです。
…感想があると作者のモチベが上がって投稿が続くかもしれません。
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1話:御剣家の朝食
北から西にかけてを山に囲まれ郊外を出てしばらく南に行くと海が見える地方都市・國見市。その住宅街に建つ一件の大きな日本屋敷の居間では現在朝に似つかわしくない賑やかさで溢れていた。
「おい小太郎!てめぇ俺のだし巻き盗るんじゃねぇ!」
「いや〜唐三が最後まで残してるから嫌いなのかな〜って思って親切心でたべただけだよ〜ん」
「美味しいから最後に食おうと思って残してたんだバカ!」
「ありゃりゃそりゃ悪かったなー。それじゃあ唐三には僕のおひたしあげるよー」
「おめぇだし巻きとおひたしで釣り合うと思うなよ!?てめぇ鮭を寄越しやがれ!!」
「わ〜ん雪美おねーちゃん唐三が僕の鮭を盗ろうするよ〜」
「あらあら」
「おーい2人とも朝飯くらい静かに食え。」
朝食を盗った盗られたで大騒ぎする小柄な小豆洗いの少年、小太郎と唐傘お化けの
「やっぱり雪美さんのだし巻きうめぇなぁ。出汁が噛む度に溢れてくるわ」
「ふふっ。母直伝の合わせ出汁ですからね。いつも喜んで頂けて嬉しいです」
刀真は隣で褒められて嬉しそうに(他の人はほとんど変化が分からないくらい)薄く笑む雪美を横目にしつつだし巻き玉子に舌鼓を打っていると突如自身のお尻に痛みがはしり思わず「イテッ!」っと声がでる。
「あ!雪美ちゃん!ご飯お代わり!」
「おいクソ河童。飯食ってんだからケツ蹴んな毎朝言ってるだろうが」
そう言って自身の尻を蹴った犯人、河童の
「足の当たる所にケツ置いてる奴が悪い」
「は?てめぇの頭の皿叩き割ってやろうか?」
「おん?やれるもんならやってみな。てめぇこそ尻子玉抜いてやろうか?アァん?」
お互いにガンを飛ばしながら威嚇しあう。
それを「またいつものですか…ご飯の後にしてくださいねお二人とも」とため息をつきながら雪美はご飯をよそって杏二郎に手渡す。
それを「ありがとな雪美ちゃん!刀真。お前のせいで雪美ちゃんが困っとるじゃろが。後で覚えとけよ」と言いながら杏二郎は受け取って自分の席に戻っていく。
それをガン無視して刀真は残りの朝食を味わって食べ、食べ終え後に「ごちそうさまでした」と手を合わせそれに雪美が「お粗末さまでした」と返す。
食べ終えた食器を台所に片付け、茶の入った湯呑みを持って縁側に出ていく。
庭では鎌鼬の
「ん〜今日も良い1日になりそうだな」
これが御剣家の日常である。
だし巻きは私の好みです。行きつけの居酒屋に出てくるだし巻きが噛んだ瞬間に甘くて旨い出汁が溢れてきて大好きです。
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2話:舞い込む事件
なので見る人によってはとてもチープな物に見えるかもしれませんが御容赦を。
時は過ぎて十一時頃。庭で杏二郎を運動がてらに(先程の仕返しを含めて)はっ倒し、早朝に打った刀の白鞘(鍔もなく塗料も塗らないままの木材の鞘)を鞘作り用の作業場で作っていた。
本来刀の鞘とは鍛冶師ではなく鞘を専門に作る鞘師が作るが刀真は鞘も自ら制作している。
これは代々御剣家の習わしであり、最後まで自分の手で仕上げ刀として世に送り出すという誇りである。
「刀真さん。少しよろしいでしょうか?」
そこへ雪美が声を掛けてきた。基本的に雪美は作業中はこちらへ話しかける事は少なく、こういう時は急を要する事が多い。
そういう事もあり1度作業を止め雪美の用件を済ませることにした。
「どうしたんだい雪美さん?」
「実は賢吾さんがいらしてて」
「げ、賢吾さんだって?はぁ…面倒くさそうだなぁ」
名前を聞いた瞬間あからさまに面倒くさそうな顔をする刀真。それを見て雪美も苦い笑いをしつつ目で「どういたしますか?」と聞いてくる。
「げ、とは何だげ、とは。人を疫病神みたいに言うんじゃねぇ坊主」
居留守を使うよう言おうとした時、雪美の背後から低い男性の声が届く。
雪美の肩越しに見やるとスーツの上からコートを羽織った白髪混じりの中年の男が不敵な笑みを浮かべつつ「よっ」と手を挙げていた。
「実際俺からしたら疫病神みたいなモンっすよ。賢吾さん。俺ん家来る度に毎度事件引っさげ来るじゃないっすか」
「だっはっはっ!良いじゃねぇかそんだけお前さんの腕を見込んでんだよ俺は」
そう言って男。
賢吾は國見市警察署に勤務する刑事であり刀真とはそれなりに深い付き合いのある男である。
というのも刀真の腕を見込み、警察では解決できない超常事件の解決を御剣家に来訪する度に引っさげて来るのだ。
「毎回言ってるけど俺は鍛冶師であって便利屋じゃないんだがね?」
「まぁまぁそう固いこと言うなよ」
「はぁ…仕方ない。とりあえず話は聞くよ。雪美さん。悪いけどお茶頼んでも良いかい?いつもの客間で話聞くからさ」
「はい、わかりました」
◇◇◇
「正体不明の連続殺人事件ねぇ」
雪美が持ってきた茶を啜りつつ賢吾が話した事件は今テレビで連日放送されている連続殺人事件についてだった。
國見市の北部にある國見山で連日遺体が発見されどれもが頭部と内蔵を食い荒らされており現場はひどく血塗れだったらしい。
捜査によると事件が起きたと思われる日には深夜に被害者の物と思われる悲鳴が聞こえたとの情報があり、深夜の他殺と予想されている。
悲鳴が聞こえた場所はどれも遺体発見現場から離れており尚且つその場で殺したと考えるには現場に血痕などが明らかに少なく、遺体は必ず山に遺棄されている事から犯人は被害者を誘拐した後國見山で殺害したと警視庁は考えていた。
しかし國見山周辺の目撃情報や監視カメラをいくら調べても山に入る不審な人物、もしくは車両は見られなかったそうであり、現場から採取されたDNAも被害者以外に一致する物は無かった。
しかし不審な痕跡も見つかっており、遺体現場には焼けた片輪だけのタイヤ痕のような痕が見つかったらしい。しかしこれも何の痕なのかは分かっていないらしい。
「遺体の状況からに他殺である事は間違いないんだが如何せんどうやってそこまで被害者を運んだかも分からないうえに、犯人の目的も分からなくてな。性別や年齢もバラバラで被害者に共通するような接点もなくて警視庁はお手上げ状態だ」
賢吾は真剣な眼差しで湯呑みに入ったお茶を睨む。その顔は己の無力さが歯痒いと無言のまま伝わる。
「なぁ坊主。この事件の解決、任されてくれねぇか?このままじゃ被害者が増え続けるし街の人達も安心できねぇ。…なによりこの事件を迷宮入りさせちまったら被害者があまりにも報われねぇんだ」
刀真は暫し腕を組んで思案する。恐らくこの事件は刀真や雪美達のような物の領分だ。このまま捜査していても事件は解決できないだろうし、何よりも捜査している賢吾達も事件に巻き込まれるかもしれない。
隣で一緒に話を聞いていた雪美の顔を見ると雪美も同じような考えなのだろう。目線で「どうしますか?」と聞いてくる。
「頼む刀真!街の平和の為だ!」
賢吾がテーブルに手を付いて頭を下げる。賢吾も本気なのだろう。
「…はぁ、分かったよ。俺も調べてみるよ」
溜息をつきながら刀真は仕方ないといったように引き受ける。
それを聞いた賢吾は「本当か!?」と顔を上げる。
「実際放置するには危ないしな。だったら俺がやるしかないだろう」
「流石坊主だぜ!頼りになるわい!」
「た・だ・し!今回はあくまで賢吾さんからの依頼として受けるからな。ちゃんと代金は頂くぞ」
「分かってる分かってる!いつも通りだろ?ちゃんと経費も落ちるから安心しとけって!」と賢吾は朗らかに笑う。
毎度思うがしっかりと経費で落ちるあたり上からも刀真は認識されているのだなと刀真は思ってしまう。
「ところで賢吾さん。他になんか情報は無いのかい?どんな些細な事でも良いからさ」
「ん?そうだなぁ…」
刀真からの質問に賢吾は顎に手を当て頭から情報を引き出していく。
暫く考えて賢吾はふと何か思い出した。
「そういえばそうだな。5日前の深夜に被害者の悲鳴が聞こえたという少年がいたんだがな?なんでもそん時望遠鏡で天体観測しようとしたらしいんだがその時空に國見山の方へ飛んで行く赤い光を見たらしいんだ」
「空に赤い光…か。賢吾さん、その少年に話を聞く事はできますか?」
「そうだなぁ。少し待ってくれ親御さんに話を伺えないか連絡してみる」
そう言って賢吾は部屋から出て携帯で連絡をしに行く。暫くして部屋に戻ってきた賢吾によるとちょうど今家に居るらしいから大丈夫との事だった。
◇◇◇
少年によるとその日は誕生日に買ってもらった自分の天体望遠鏡で天体観測をしようとしていた。
望遠鏡を覗いてると突如女性の悲鳴が聞こえ、周りを確認したが遠くからだったらしく悲鳴の主は確認できなかったらしい。
不思議に思ったが気の所為だったかと思い天体観測を続けようとしたが國見山に向かって飛ぶ赤い光が空に見え、慌てて望遠鏡で見ようとしたが覗き込んだ時には既に見えなくなったとの事。
しかし少年には不審に思った点があったらしく、聞いてみると「最初は流れ星かと思ったが流れ星にしては遅かったし軌道も真っ直ぐでは無かった」との事。
「悲鳴の後に空に見えた赤い光か…これが事件の鍵か」
「やはり妖怪が事件の犯人なのか坊主?」
「…断定はできないがその可能性は高いと思う。恐らくその赤い光ってのが妖怪なんどと思うが…それが何の妖怪なのかはまだ分からない」
顎に手を当て刀真は思案しながら信号を待っている。いくつかの候補は思いつくがまだこれだけでは何の妖怪かは絞れない。
「むぅ…もう少しなんかヒントが見つかれば絞れそうなんだが…」
「そうは言ってもねぇ。他になんかヒントになる物は何があるかねぇ」
俯きながら「はぁ…」どちらからともなく溜息が出る。
俯いてても仕方ないと顔を上げる刀真の視界に車道を走る車が映る。
その時ある事を思い出し刀真の頭に犯人像が結びつく。
「あー!!」
「うわっ!なんだいきなり叫び出して!?」
「あ、ワリィワリィ賢吾さん。犯人が分かったんだよ犯人が」
「何?本当か!?」
驚いて刀真の服の襟を掴みかかってくる賢吾を「本当だよ」と刀真は襟から腕を離させる。
「あぁスマンスマン。…で?犯人の正体は何なんだ?」
「そいつはな——」
犯人の正体は次回へ。
そして次回はバトルパートです。
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3話:妖武装
そして刀真の戦闘方法は
妖戦開始!
民家から明かりが消え街灯路のみが灯りをつけた深夜の住宅街
一人のOL…
「はぁ…うちの会社ほんっっっとブラック…なんで私が上司の資料作りの為にこんな時間まで残業なのよ。そのくせ上司は「じゃ、資料よろしく!俺は明日のプレゼンに向けて家で休むから!」よ!自分の資料ぐらい自分で作りなさいよあのハゲ!」
溜息混じりの愚痴だったのがその時の様子を思い出し徐々に怒りに変わり路肩にあった石を思いっきり蹴…ろうとするが空振りに終わり祐子は無性に恥ずかしくなった。
「〜っ!!」
誰にも今の痴態は見られてはいないか?
周りに誰もいないとは分かっていつつも周囲を確認し誰も周りには居ないということが分かりホッと安堵する。
とりあえず頭を振って気を取り直しもう今日はとっとと家に帰ってそのままベッドで寝たいと思い再び歩みを進める。
それに最近連日で報道されている殺人事件。自分が住んでいる地域での事件という事もありあまり朝ニュースを見る時間のない彼女の記憶にもよく残っていた。
たしかこんな時間だったと言っていたのを思い出し怖くなる。
早く帰ろう。と歩くスピードを速めた
——瞬間強い力でスーツが引っ張られ
「!?……きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!?」
急速に離れていく地面を見つつあまりに突然の出来事と非現実的な光景に反応が遅れ、しかし手足はおろか全身で感じる重力が即座に自分が宙に浮いているという現実を伝え本能的に悲鳴を出す。
一体何が!?と背中に感じる自分を引っ張り上げる力の正体を確かめようと後ろを振り向く。
——そこには燃え盛る自分の背丈と変わらない程の巨大な顔面があった。
一瞬見えたありえない物に混乱していた頭が更に混乱する。
(え!?何!?何なのよ今のおっきな顔!?でっかい顔が私を持ち上げてるの!?いや、そんな奴現実にいるわけないじゃない!いや、けど今確かに見えたし…ていうかなんか顔の周り燃えてたけど!?私に燃え移らない!?)
一瞬見えた自分の見た物に困惑した彼女はあまりの事に悲鳴すら出せなくなりなされるがままになる。
その様を見ていた巨大な顔は彼女を口に咥えたままニタリと下品に笑ったまま宙に赤い軌跡を残しながら飛んで行く。
巨大な顔は宙を縦横無尽に翔け回り、祐子はあらゆる方向に体を振り回され既に上下左右の感覚は失われていた。
込み上げてくる吐き気をなんとか堪えていると唐突に投げ捨てられゴロゴロと地面を転がされる。幸い地面までの距離は短かったようで多少の擦り傷だけで済んだ。
まだ揺れの残る頭をなんとか持ち上げ、祐子は今自分がどこにいるのか気になり周囲を確認する。
周りには大量の葉を着けた木々が囲んでおり自分はその開けた場所に居るようだ。
何のためにこんな場所に連れ込まれたのか分からず混乱していると頭上から低い男の笑い声が響く。
「ガラララララララ。今晩の獲物ゲットォ」
それは赤々と燃え盛る巨大な車輪に自分の背丈と変わらない程巨大な顔を持ち…否、
それは先程一瞬だけ見えたありえない物の特徴そのままであり、自分の見間違えでなかった証拠であった。
「うそ…やっぱりさっき見えたのって…現実だったの…?」
「オンナ。オレが怖いか?ガララララララ、もっと怖がれ!お前が怖がれば怖がるほどお前のその肉は美味くなる」
(え?美味くなる?もしかしてこいつ私の事を…!?)
「いや!こ、来ないで!!」
目の前の化物がおそらく今から自分を食べようとしているのだと察した祐子は背中に氷柱を差し込まれたようにゾッとし化物を拒絶する。
「ガララララララ!そうだ!もっと怖がれ!」
「ひっ…!」
ふよふよと宙に浮いたまま化物は近づき、不意にベロりと長く大きな舌で祐子を味見するように舐める。肌に感じるヌメっとした感触と気持ち悪さ、なにより恐怖心を煽られ思わず小さく悲鳴を漏らす。
あまりの恐怖に既に涙は止めることはできず腰は抜けておりその場から1センチたりとも動けなくなっていた。
化物は祐子の流す涙を舐め歓喜し気色の悪い笑い声を上げる。ひとしきり笑い終え、あー面白いと一言言うと
「それじゃあ…いただきまぁす」
がばり。と大きな口を広げ祐子に齧り付こうとする。
自身の手と変わらない程の歯がずらりと並ぶ口を見て祐子は己の死を直感し思わず無駄と分かっていながらも腕を顔の前に組んで防御の姿勢をとる。
——ヒュンと何かの風切り音がした。
そう認識した瞬間自身の右側から何かが飛来し、化物を突き刺しその勢いのままに吹き飛ばす。
「ガ!?」
化物は何が起きたか分からないまま勢いよく吹き飛び、茂みに突っ込み姿を消す。
祐子は呆然としたまま化物が消えていった茂みを眺めていると何かが飛来した方向から声が聞こえた。
「間に合ったか…!」
「あぁ!やっぱり國見山で食うつもりだったみたいだな」
茂みの奥から二人の男と女が一人現れ、祐子に駆け寄っていく。
一人はスーツの上からコートを羽織った白髪混じりの男。
もう1人はアンダーウェアの上からグレーのハーフパンツと黒のランニングウェア、青いランニングジャケットといった動きやすさ重視の格好で片手に刀を握った黒髪の青年。
女の方は綺麗な白髪を腰まで伸ばしておりこれまた綺麗な白い着物を着ていた。
「お嬢さん!大丈夫ですか?私刑事の瓶鳴 賢吾と言う者です。ここは危険なのですぐに離れましょう。立てますか?」
「あ…その、腰が…抜けてしまって…」
「分かりました。肩をお貸しします。失礼しますよ」
コートを羽織った白髪混じりの男、瓶鳴 賢吾に肩を貸してもらいながらなんとか立ち上がり避難を始める。
もう1人の男と女はと言うと周囲を警戒していた。
「刀真!被害者の方は大丈夫だ。俺はこのまま一旦下山するがお前はどうすんだ?」
「まださっきので倒せたとは思えない。賢吾さん、俺が合図を出したらその人連れて下山してくれ」
「分かった。…しかしその合図はいつ出す——」
んだ?と賢吾が言い切る前に先程化物が消えていった茂みから燃え盛る車輪が宙に躍り出てそのまま襲いかかってくる。
「このクソ野郎ガァァァアァァァア!!口に風穴空いちまったじゃねぇぇぇかぁぁぁぁあ!!」
咄嗟に刀真は上から襲いかかる化物を刀で受けてめる。
「今だ賢吾さん!走れ!」
「ったく!いきなりすぎんだろぉが!!」
合図を受けすぐさま賢吾は肩を貸している祐子に無理がかからない程度に走り出す。
森の奥に消えていく賢吾達を化物は追撃しようと更に力を込めるが刀真も行かせまいと更に力を込め抑え込む。
「てんめぇ俺様の食事を邪魔しやがってぇぇぇ!轢き潰れろぉぉぉお!!」
「…っ!」
しかし力負けし始め、徐々に地面を靴底で抉りながら押し込まれていく。
「刀真さん、下がって!」
刀真はその声が聞こえた瞬間刀を力一杯押し上げ化物をほんの少し跳ねあげその勢いのままに後方へ飛び下がる。
瞬間目の前を猛烈な吹雪が吹き込み横合いからの力に押し負けた化物は吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか刀真さん?」
「助かったよ雪美さん」
「今のでは…まだ倒せたようではありませんね」
「あぁ、そうみたいだ」
自分を助けた女性、雪美に礼を言いつつ化物が吹き飛ばされた方を見やる。
化物は回転しながら車輪を燃やして体に張り付いた氷を吹き飛ばし相変わらず宙に浮いていた。
「ガララララララ。危ねぇ危ねぇ、一瞬氷漬けにされるかと思ったわい」
「そのまま氷漬けにされててくれた方が身のためだったかもな。ここ連日起きてた深夜の連続殺人の犯人。お前なんだろう?
「ガララララララ。その通りさ。よく分かったな人間?」
「深夜に國見山に飛んで行く赤い光ってので火の属性を持つ妖って予想までは着いたが如何せん候補が多くてな。最初は何の妖なのか分からなかったよ。けど車のタイヤを見た時思い出してな。遺体現場に残された不審な
「ガララララララ、そうかいそうかい。しかし妖にここまで詳しいとはお前何者だ?よもやそのなりで陰陽師ではあるまい」
「ただの鍛冶師だ。そんな大層なモンじゃねぇよ。」
「ガララララララ!ただの鍛冶師だと?ますますもっておかしな奴だ!ガララララララ!」
「うるせぇよ。今のうちに大人しく捕まるってんなら痛い目にあわせはしないがどうする?」
無駄だとは分かりつつも一応反省の余地があるか確認をする。
それに対して車輪の化物「輪入道」は鼻で笑う。
「ガララララララ。誰が大人しく捕まるか。お前こそ逃げるなら今のうちだぞ?そこの女を置いていくならお前は見逃してやってもいいんだぞ?」
輪入道はニヤニヤと下品な視線を雪美に送りながら舌なめずりをする。
雪美はその視線に嫌悪感を見せ無言で輪入道を睨みつけていた。
「下品よ。貴方のような穢らわしい方など下水道のネズミにも劣ります。」
「ガララララララ。気の強そうな女だなぁ。…知ってるか?ここ暫く食べ比べてて分かったんだが男の肉は固くて好みでなかったが女の肉は柔らかくてとても美味いんだぜ?ソイツやさっきの女のような若い女の味は俺にとっちゃ極上の味でなぁ。想像するだけで涎が止まらねぇぜ」
輪入道は今まで食べてきた人間の——とりわけ女の肉の味を思い出したのか口から滝のように涎を垂らしていた。
あまりに醜悪なその姿に雪美は少し後ずさる。
それを庇うように雪美の前に刀真は立ち輪入道に話しかける。
「お前の汚らしい食レポなんぞに興味ねぇんだよ。とっととそのくっさい口閉じて大人しくしてな。この顔面凶器が。」
「な!?て、てんめぇ〜!!言うに事かいて顔面凶器だと!ぜってぇ許さねぇ!!てめぇは俺様の車輪で黒焦げのミンチにしてやる!!」
刀真の暴言に輪入道の怒りのメーターは一瞬で振り切れその怒りを表すかのように車輪の炎は更に燃え上がる。輪入道は縦横無尽に宙を駆け出し始め車輪の回転は更に増し火の粉と共に熱風が吹き荒れる。
「死に晒せェェェェェェェェェエ!!」
その回転の勢いまま輪入道は高速で刀真に向かって突進する。その速度は先程以上であり威力もより強力なものだと考えるまでもなかった。
咄嗟に雪美を抱え上げ横に飛び出し回避する。
ギュロロロロロロロロロロという音共に後方を炎が通り抜ける。そちらを見やると抉られた地面にはごうごうと炎が焼き付いており土は黒く焼け焦げていた。輪入道の行方を探すと輪入道が赤い軌跡を残しながら空に昇っていた。
その勢いのままにこちらを狙って急降下してくる。そう何度も避けられそうにもないし防ぐ事もまた難しい攻撃であるのは先程の攻撃で刀真は理解していた。
——
(まずは時間を稼ぐ!)
刀真は右側の腰に括り付けられた表紙が和紙に覆われた一冊の本を取り出す。すると本は刀真の前に浮かび上がり1人でに開く。
「刀剣写本封印解除。全頁解放、射出!」
起動ワードの一言共に本の頁がひとりでに高速で捲れ
高速で射出された刀剣は弾幕となり突撃してくる輪入道に雨のように降りかかる。
そのほとんどが高速回転に弾き飛ばされていくが確かに輪入道の突撃を妨害し、速度を無理やり落とさせていた。
時間稼ぎとしては十分であった。
「雪美さん!」
「はい!」
刀真は左手で雪美の右手をとり右手に握っていた刀——
「雪那!契約術式展開!」
その言葉を合図に雪那はボウッと薄く蒼く光る
雪美は左手を雪那の刀身に重ね祝詞を告げる
「─我、雪の精にして氷を司る者。契約の元に汝に氷の力を授けん─」
刀真が雪那に掛けられていた契約の術式を展開し、雪美が祝詞を唱える。
お互いの集中力が高まり妖力と気持ちが同調する。それとともに二人の周囲には冷気で満たされ妖力と冷気が雪那に集約されていく。
「邪魔くせぇェェェェェェェェェエ!!」
輪入道は二人の周りの空気が変わった事に気付き本能的に危険を感じ回転と炎の勢いを更に上げる。その勢いに刀剣は更に弾き飛ばされ刀剣の弾幕を割くようにして食いこんで行く。更にとうとう
「轢き潰れろぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
既に輪入道は目前まで接近しあと数瞬あれば刀真達を轢き殺す距離まで迫っていた。
——しかしその数瞬で十分であった。
「「
契約の最後の祝詞を告げると共に二人は薄い蒼い光に包まれる。
光と共に周囲を満たしていた冷気が輪入道の熱と作用しあい白い爆発を起こす。
「ガ、ガラララ…!?な、何が起こって…!?」
白い霧が徐々に晴れ中の様相を見せ始める。そこには地面から伸びた氷によって突進方向側にあった体の半分程が氷漬けにされた輪入道が姿を見せる。
「言ったろ?大人しく捕まった方が痛い目合わなくて済むって。」
「ガ、ガラララ…お、前ェ、なんなんだその力…ッ!!」
白い霧の奥から現れた刀真を輪入道は睨む。
その手に持っていた雪那の銀色だった刀身は氷のように薄い蒼に染まり凄まじい冷気を刀身から放っていた。
そして刀真の側に居たはずの雪美の姿は無くなっており、変わりに刀真の背後から霊体のように薄く実態の無い姿となった雪美が現れる。
「これが俺達の力。
妖武装。それは人と妖が契約を交わし依り代となる器「契約器」に妖の力を宿してその力を何倍にもして人が操る術。
御剣家が代々受け継いできた妖と共に戦う為の力だった。
『これが私の雪女としての力…貴方の炎は私の吹雪の中でどれだけ燃え続けていられるかしら?』
「さぁ最後にもう一度聞くぞ。大人しく捕まれ。そうすればこれ以上痛い目に合わなくて済むぞ?」
「テ、てめぇ…ッ!」
最後の確認として再び先程と同じ問いを投げかけられ輪入道は怒りの形相で睨みつける。
この状況で再びその問いをされるというのは輪入道にとって最大の侮辱となった。
「ふざ…っけんなぁァァァァァァァァァァァァ!!」
輪入道は怒りにより己の限界を超えて炎の威力を上げる。その炎の勢いは凄まじく体の半分を拘束する氷を溶かし尽くすが限界以上の火力に輪入道の車輪がキリキリと悲鳴を上げる。
「…そっちがその気ならこっちも手加減はできねぇからな。次の一撃で終わらせてやる。行くぞ雪美さん!」
『大丈夫です。行けます』
再び宙に浮かび回転を始める輪入道を前にして刀真は刀を一度鞘に仕舞い居合の構えをとる。
輪入道は火力を更に上げ回転も早めていき今にも暴発しそうな力を無理矢理抑え込み凝縮していく。それは明らかに今までで最も強力な一撃を放とうとしていた。
刀真もまたそれに迎え撃つ為に妖力を雪那に収束させ最高の瞬間に一撃を放つ為に集中していた。
ゴウゴウと燃え盛る炎の音だけが響く静寂が過ぎる。
二人の間に風に吹かれ舞ってきた葉っぱが落ちた瞬間
——同時に一撃を放つ
「死ねェェェェェェェェェエ!!」
絶叫と共に最高速度で突撃する輪入道。その一撃は確かに今まで最も速くそして最も強力であった。
——取った
輪入道は確信していた。
「雪華ノ太刀 壱ノ型——」
しかし、輪入道が気付いた時輪入道の体は真っ二つになり宙を攻撃の勢いのまま舞っていた
「——椿」
僅かに体を逸らし輪入道の一撃を最小限の動きで躱しつつすれ違いざまに冷気と共に放たれた高速の一閃。
その一閃は輪入道を丁度眉間から真っ二つに引き裂き、断面を凍らせていた。次第に氷は断面から広がり始め徐々に全体を氷漬けにしていく。
(あぁ…くそ。もっと美味い人間の肉喰いたかっなぁ…)
薄れゆく意識の中で輪入道は最後まで人間の味に未練を抱き、そして意識を暗い世界に沈めていった。
◇◇◇
輪入道を討伐してから、3日経ち事件は終息していた。
表向きは架空の存在しない連続殺人犯を作り上げ逮捕されたという事にし事件は解決した事にしたらしい。一見するとただのでっちあげであり正しくないことのようだが「事件の犯人は妖怪です!」などと世間に発表できるはずなど無くこうするより他は無いのだ。こうした事件ついては事情を知る一部の国の上層部の人間によって取り決められており管理されている。
また被害にあった峰岸祐子は無事警察に保護され、妖に関する事件の後始末を担当する課の人達によって事情聴取を受けた後妖に関して他言無用の約束をし無事家に帰された。
担当した警察の人によると賢吾と下山してからは多少安堵していたようだがそれでもまだ怯えていたようで刀真達が下山してくるまで賢吾がずっと側に居て声を掛け続けていたらしい。
…実際ただの一般人がいきなりあんな経験をすれば不安になるのも当然であり寧ろトラウマにならないわけが無い。
昨日のお昼裕子が菓子折りを持ってお礼に来ていたがその時これからどうするのか聞いた所仕事を辞めてしばらくは実家で療養することにしたらしい。
事件で裕子が受けた精神的傷も大きくそれも致し方ないだろうと思うと同時にもっと速く駆けつけられれば裕子が精神的傷を負う事も無かったかもしれないと刀真は思っていた。
裕子は何となく表情から察していたのか「まぁあのブラック企業を辞める良いきっかけになりましたしあまり気にしないでください!」と笑っていた。
なんとなく気を遣わせてしまったなと思いながらも冗談めかして言う裕子の笑顔を見て命だけは救えて良かったと思えた。
また何か困った事があればいつでも連絡をくださいと連絡先を伝え店を去っていく裕子の後ろ姿を見送る。
こうして深夜の連続殺人事件の幕は閉じたのであった。
戦闘回でしたが…
圧倒的力量不足ッ!
作者の描写技術が足りなさ過ぎて何だか
味気ない物に…
まだ書き始めたばかりで
力不足を痛感しましたがこれから面白く書けるよ頑張っていくので暖かい目で見守って頂けると助かります。それでは!
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4話:依頼主は女郎蜘蛛
意外と有名所しか知らなかったんだなぁとしみじみと思いました。
「暇だ」
平日の昼下がり。壁やショーケースに刀剣や包丁が並ぶ十畳程の広さの店「みつるぎや」のカウンターで刀真はダンベル片手にボーッとネットサーフィンをしていた。
平時であればカウンターを雪美に任せカウンター奥にある作業場で刀を打っているが、現在みつるぎやに刀の製造依頼は無く溜まった仕事も無いため雪美には店の裏に繋がる家に戻ってもらい、こうしてカウンターで店番をしていた。
みつるぎやは長い店なので太い顧客(と時折舞い込んでくる事件の報酬)のお陰もあって生活に苦労している訳でないが、基本的に刀鍛冶自体今の世の中仕事が多い訳ではないためこういう事は珍しい事ではない。
今の時代スマホがあれば暇潰しには事欠かないが流石に何時間もスマホ画面を見ていると疲れるし飽きてくる。
「ごめんなさい。ここがみつるぎやで間違いないかしら?」
小腹も空いてきた事もあるし雪美と茶でもしようかなとカウンターを立った所に声を掛けられた。
店の入口には一人の女性が立っており、その出で立ちはスタイルの良さは見せ付けるように赤のミニドレスの上から黒のレザージャケットを羽織り、ツバの広い白いハットを被っており、肩からブランド物のカバンを下げた姿だった。
パッと見ただの美人な女性だがこの時刀真はこの女がただの女ではないと気配で感じていた。
しかし確証もないので口には出さず普通の客に接するように当たり障りなく対応することにした。
「そうですけどご要件は?何かお探しでしょうか?」
「フフッ、要件は
「…なんでウチはそういう方向にばかり評判が広まってるんかねぇ。うちんちは鍛冶屋であって何でも屋じゃないですよ。」
鍛冶師の仕事ではなく
「知ってるわ。けどあなた暇してるんでしょう?」
「…とりあえずは話は聞くんで上がっていってください」
◇◇◇
とりあえず店を閉じて途中で雪美さんに客人が来たからとお茶をお願いし客人を客間に案内する。
雪美も女がただの女ではないと感じたのか隣で警戒するような雰囲気を出していた。
「とりあえず自己紹介からかしら?アタシは
久崎と名乗った女はなんでもない事のように自身の正体を明かし茶を啜る。
女郎蜘蛛。美しい女に化ける蜘蛛で知られ、人を食い殺したり滝壺に引きずり込む伝説を持った妖怪。
そのどれもが男性を魅了したり害を成した伝承であり雪美は刀真を守ろうと唇から吹雪を吹きかけようとするがそれを刀真は手で制する。
「雪美さんストップ。まだ危害を加えると決まった訳じゃない」
「…分かりました」
雪美は渋々と言った様子で引き下がるが尚も久崎が変な動きをしないか警戒だけは怠らない。
それを何事もなかったように久崎は「別に取って食ったりしないわよ」と笑っている。
「依頼っていうのは何も難しい事じゃないわよ。ある妖怪から
「とある物…とは?」
「お酒よ。お・さ・け。
「あぁ、聞いた事はある」
酒鬼。読んで字のごとく酒を作る鬼のことだ。数こそ少ないが日本の各地に伝承の残る妖怪。地方によっては「
ただ共通して言える事は酒鬼が作る酒はどれも絶品の味を誇り、人間はおろか妖怪でさえもその味に魅了されるという。
「アタシお酒がだ〜い好きで色んなお酒を飲んでいるの。まだ飲んだことのないお酒を探して色々調べてたんだけどそしたら見つけたのよ!とある酒鬼が作るすごく美味しいって噂のお酒。アタシそれがとても飲みたいのよ〜!」
「酒鬼が作る酒ねぇ。確かに絶品とは聞くし飲みたいのも分かるが、それなら自分で譲って貰えるよう交渉すればいいだろう?」
率直な意見として久崎に提案するが久崎は両手を上げて溜め息をつく。
「そんな事とっくにやったわよ。…ただその酒鬼が気難しい奴でね。怒らせちゃったみたいで追い払われちゃったのよ。」
「怒らせるって一体何をしたんだよ?」
「別に?「アタシがアナタのお酒を貰ってあげるから感謝して差し出しなさい?」って言っただけよ」
「いやそれは怒るだろ」
「はぁ!?今のどこに怒る要素があるのよ!?」
「せっかくアタシが貰ってあげるって言ったのに。そこは喜んで差し出すでしょう!?」などと久崎は憤慨しているが当たり前である。誰だってこんな上から目線で差し出せと言われれば怒るだろう。その酒鬼は恐らく気難しいのではなく久崎に問題があったのだ。
雪美もあまりに間抜けな話に思わず警戒を解いて頭痛を抑えるように頭に手を当てていた。
「もう!そんな事はどうでもいいの!とにかくそういう訳でアタシが行っても顔を合わせた瞬間殺し合いになるからアナタに行って欲しいのよ。もちろん依頼受けてくれるわよね?」
「…正直受けたくないが仕方ない。受けるよ」
刀真は心底この依頼を断りたいと思ったがこの女の性格的に恐らく無駄だろうと察し、依頼内容も無理難題という訳でもないため仕方なく受ける事にした。
「ただし二つ条件がある」
「条件?何かしら?」
「まず報酬だ。依頼である以上報酬は貰う。報酬は依頼完遂後に渡してくれて構わない。それが報酬に見合う物ならお金でも物でも構わない。」
「いいわよ。仕事に見合うだけの報酬である事は保証するわ」
「OK。あともう一つだがある物を用意してもらう」
「ある物?」
「それは——」
◇◇◇
依頼を受託した刀真は今日の所は久崎に帰ってもらい、ランニングウェアに着替えて装飾の付いた丸い鏡を持って自宅の庭の池の前に来ていた。
「おい杏二郎。仕事だ出て来い」
池に呼びかけると数秒後に杏二郎がちゃぽんと水面を揺らし面倒くさそうに池から顔だけを覗かせる
「…はぁ…面倒臭ぇ。」
「面倒くさかろうがやれや」
「つっても移動するだけだろ?歩いて行けよ」
「アホか?移動先岡山だぞ?何日掛けて行く気だよ」
今回の行き先は岡山県のとある町…の付近にある湖なのだ。そこの湖に件の酒鬼がいるとの事だが、そんな所まで行くには普通は飛行機を使わなければ何日も掛かってしまう。
その為の
頭の皿をカチ割ってやろうかなどと考えていると後ろにいた雪美が杏二郎に声を掛ける。
「杏二郎さん。そう言わずに連れて行って下さらない?私も何日も掛けて徒歩で行くのは流石に——」
「雪美ちゃんをそんな遠くまで徒歩で行かせる訳ないやないか〜!!すぐ用意するから待っててくれな雪美ちゃん!刀真!何雪美ちゃん待たせてんねん!はよ準備せんかい!」
いや待たせてんのはお前だよ。と思ったがそれを言うと更にグダリそうと思いグッと堪える。杏二郎は大概女(特に雪美)には甘いので雪美が言えばこのように手の平を高速回転させる。
雪美はと言えばそれを知っててやっているのでクスクスと可笑しそうに笑っていた。
刀真は溜め息を一つだけつきすぐに準備に取り掛かる。
「亀鏡、契約術式展開」
契約器の起動ワードを言うと手に持っていた鏡、
「我、水の心を知るもの。契約の元に汝に水の加護を授けん」
「「
祝詞をあげ終えると杏二郎の体が光の糸のように解れ亀鏡に吸い込まれる。亀鏡は杏二郎の力を得た事でその鏡面の輝きを増す。
「よしっ…水の精霊よ、渦の門を開き我が行かんとする地に導け、水鏡門・開!」
術を起動させると亀鏡の輝きが増し、それに共鳴するように目の前の池も輝き水面が揺れる。やがて揺れは一定の水流を生み出し2m大の渦を生み出す。その渦は明らかに池の深さよりも深く何処に繋がっているかさえ分からなくなった。
妖武装・亀鏡。杏二郎との契約の依代である契約器であり、戦闘向けではないが特殊な能力を持っている。主に占いや水面に遠方の様子を映したりする物でとりわけこの術「水鏡門」は特殊であった。
水と遠方の水を繋げる術であり、長距離移動の為の術。過去に杏二郎か契約者である刀真のどちらかが行ったことのある。もしくは正確な位置を把握している池や湖に行ける物で、遠い所に行く際に重宝している。
今回は久崎に場所を教えられている為術の中に行き先の座標を組み込んであり、渦の先は見えないがその渦の先には座標通りの湖に繋がっている。
「あとはっと…。水よ我を包みこの身を守り給え、
仕上げにもう一つ術を発動させると水が刀真と雪美を包み込みシャボン玉のように薄い膜の球体になった。
この泡は妖力が込められており水の中でもこの中では息ができ、見た目以上に頑丈な泡である。もしこの術を使わずに水鏡門を通ろう物なら渦の流れに耐えられず見知らぬ海にでも放り出される為水鏡門での移動時には必要な物である。
泡舟に包まれた事を確認して準備が整ったことを確認し刀真は印を結ぶ。すると渦から縄状の水が何本か伸びてきて泡を持ち上げる。
「それじゃあ行きますか!」
「はい」
『んじゃあ目的地までレッツゴー!』
杏二郎の合図と共に刀真達は一瞬のうちに渦の中に吸い込まれ姿を消していった。
次第に渦は収まり池は元よ静かな池に戻っていた。
種族:女郎蜘蛛
性別:女
スタイル抜群の女郎蜘蛛でお酒好き。今回酒鬼のお酒を譲って貰えるよう交渉を刀真に依頼した。
普段は人間に化けてファッションデザイナーとして人間社会に溶け込んでいる。
自意識が高く「自分に物を貢ぐのは当然の事」と思っている節があり高飛車。しかし実際周りはこれまで久崎の美貌に魅了され貢がれてきている。
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5話:湖に潜む者
みつるぎやに訪れた女郎蜘蛛、久崎明莉から酒鬼が作る酒を入手してくるよう依頼された刀真達は杏二郎との契約器「亀鏡」の能力「水鏡門」を用いて酒鬼がいると言われる場所に向かったのだった
山の中にある巨大な河川。静かに揺れる水面が突如として渦巻きその中から巨大な泡が現れる。
泡は静かに宙に浮きそのまま川辺に降り立ち、パンッ!と軽快な音を立てて割れ、中から刀真と雪美の姿が現れる。
刀真が周囲を軽く見回しつつ妖武装を解除すると亀鏡から光が溢れ、光が形を作り杏二郎となった。しかし、その姿は河童の姿ではなくおカッパ頭の茶髪に高身長であり、ジーンズに白いシャツを着た男の姿であった。一応、人目が無いかを警戒し、変化しているようだった。
「着いたみたいですね」
「あぁ。ここが酒鬼が居るって所、「
岡山県建部町にある河川「旭川湖」。高さ45メートルの重力式コンクリートダムによってできた巨大な人工湖。周辺には桜が植樹されており丁度今が咲頃のようで周囲は桜が満開であり、美しい情景となっていた。
「うわぁ…桜が満開ですね。とても綺麗です」
「あぁ。なんでも満開の時期になると花見客で多くなる程らしいしな」
「花見客ねぇ…それにしては人っ子一人も見当たらねぇのは変じゃねぇか?」
杏二郎は目を凝らし対岸の様子を見るが杏二郎の言うように周囲には花見客どころか人が1人もいなかった。
ここまで桜が満開でありながら人が誰もいないのはある種不気味であった。
「確かに変だな…何かあった——」
——のだろうか?とは言葉が続かなかった。
湖から何者かの視線を感じたからだ。視線は明らかに敵意を持っており肌が栗経つ。
雪美と杏二郎の様子を確認すると二人も気づいたようであり湖を警戒する。
視線の主に共鳴するように静かだった水面も激しく揺れる。
「…湖の中に
「…みたいだな。とりあえずここは離れるか。静かに、ゆっくり離れるぞ」
小声で手早く話し合い刀真達は静かに河川から離れてダムの方へ足を向ける。
その場から立ち退く気配を感じたのか湖の中からこちらを見ていた気配は徐々に薄くなり、刀真達が完全に立ち去ると気配は湖の奥へ消え水面も静かになった。
◇◇◇
「ふぅ〜、さっきの気配はなんだったんだ?」
「さぁなぁ?まぁ十中八九妖だろ」
謎の気配から距離を取り、とりあえずダムの方に避難してきた刀真達は緊張感から解放され息を着いていた。
「もしかして先程のが酒鬼という方だったんでしょうか?」
「いや、たぶん違うと思うよ。久崎の話によると酒鬼はさっきの所の桜のずっと奥に住んでいるって話だったし」
なんでも山の奥に稲畑がありそこで米から酒を作っているとの話らしく、少なくとも湖の中に住んでいる訳では無い為おそらくあの気配は酒鬼ではないだろうと刀真は考えていた。
じゃあさっきの気配はなんだったのか?と杏二郎が聞いてくるが刀真としても気配を感じただけで正体がわかる訳では無いため答えあぐねていた。
「ん?おーいアンタ達!ここは今立ち入り禁止だから勝手に入ったらダメだよ!」
そこへ男が声をかけてくる。男は若くその格好は警備員の服でありどうやらここで警備していたようだった。
「すみません。花見に来たんですけど立ち入り禁止とは知らなかったんです。何かあったんですか?」
刀真は少し考え観光客と偽り、何故立ち入り禁止になっているのかを聞いてみることにしてみた。
「あ〜観光客の方でしたか!実は最近ここら辺で人が行方不明になる事件が起きてるんですよ」
「行方不明…ですか?」
「はい。それになんでも湖のどこかでデカい影が見えたなんて噂もあって危険だから立ち入り禁止にしてたんですよ。お陰で友達と計画してた花見とかが全部中止になっちゃったんですよ…」
花見が中止になったのがショックだったのか警備員は残念そうに溜息をつく。
雪美はそんな警備員を見て「それは残念でしたね…」と声を掛け「ホントに残念でしたよ…トホホ」と警備員は嘆いていた。
「っと、その事は置いといて!兎に角今は立ち入り禁止なんで早くあっち行った行った!」
気を取り直した警備員に押され3人はダムから遠ざけられる。仕方なくその場を離れるが警備員が見えなくなった所で河川沿いにある森に身を隠す。
「追い出されちゃいましたけど刀真さんどうしますか?」
「…とりあえずは酒鬼を探そうかなって思う。湖の気配も気になるけどまずは依頼が先だ。幸いこのまま森を進んでいけば警備員にも見つからないし湖の気配もこっちに気付かないだろう」
「だな」
「分かりました」
意見が一致したことを確認しとりあえず久崎に教えられた場所を目指して三人は桜が咲き誇る森の中を進む事にした。
「それにしても本当に綺麗な桜ですね。機会があればお花見に来たいくらいです」
「そうだな。依頼が終わったら小太郎達も連れて花見にでも来ようかな?」
「それじゃあお弁当も用意してみんなで行きましょう」
「あ、雪美ちゃん弁当にかっぱ巻きもよろしく頼むで!」
「ふふっ分かりました」
◇◇◇
「おーい刀真。ほんとにこの辺りなのか」
刀真達は40分程桜を眺めつつ森の中の獣道を進んでいたがまだ目的地には着いていなかった。なかなか見えない目的地に杏二郎はめんどくさくなってきており、先程から何度もまだかまだかと刀真に文句を言っていた。
「久崎によるとここら辺の筈なんだが…お?」
杏二郎の文句を無視しつつ久崎が印を着けた地図と現在地を照らし合わせながら進んでいると不意に違和感を感じる。
刀真は立ち止まって周囲を確認するが周りにおかしな物は無かった。刀真の急な行動に杏二郎が声をかける。
「どうかしたのか刀真?」
「いや、なんかここで違和感を感じたんだけど…気のせいか?」
「…多分これですね」
首を傾げる刀真を尻目に雪美は道の右脇にしゃがみ込みそこにあるサッカーボール大の石を指さす。
「ただの石に見えるけど?」
「見ててください。…よいっ…しょ!」
雪美はその石を両手少し持ち上げ15cm程横にズラす。
すると石の先、つまり自分達が通ってきた道の右手の空間が歪み隠されていた道が現れる。
「隠形の結界か。そんでその石が結界の起点って事か」
「えぇそうみたいです。私の地元にも似たようなのはあったので」
「あーなるほどね。確かに雪美さんちの術式も似た感じだったけ。にしても一発で見破るとはすごいな雪美さん」
隠形。物を隠す術で結界の一種であり、古くから妖が人目から身を隠す為に用いてきた妖術である。妖ごとに術式や効果の大きさが異なる為、妖同士でも見破るのは中々難しい…筈なのだが雪美はそれを難なく見破った。
それを素直に賞賛すると雪美は少し照れながら謙遜する。
「いえいえ大した事ではありませんよ。刀真さんが違和感を覚えるまでは私も気付きませんでしたし。それに先程も言ったように地元の術式と似てましたので」
「いや十分すごいと思うよ。俺も隠形を見破るのは中々難しいってのは知ってるし。何よりもう一人の妖が微塵も気付いてなかったし」
「…ッスゥー。チョットナニイッテルカワカラナイッスネ」
遠回しに「なんでお前は違和感すら覚えてないんだよ」と杏二郎を軽くディスるが当の本人はそっぽを向きながら下手な口笛を吹いていた。
「と、とにかく先行こうぜ!この先に酒鬼がいるんだろ?とっと依頼終わらせようぜ!」
言いながら杏二郎はとっとと進んで行ってしまう。それを見て刀真と雪美は顔を合わせお互いに苦笑し杏二郎を追いかける。
暫く道を進むと出口が見え、そこを抜けると視界一杯に広がる田んぼが見える。
「うわぁ…意外と広いですね。もしかしてこの田んぼも酒鬼さんが?」
「そうらしい。しかも1人でこれを管理してるんだと」
「うへぇこれを1人でってすげぇな。…あら?けどこの田んぼ枯れてるな。確か今の時期だと土作りとかの時期だったような気がするが」
「そうなのか?俺はあまりそういうのには詳しくないから分からんが…とにかく向こうにある建物に酒鬼が住んでるんだと。とりあえずはそこに行ってみよう」
三人は各々感想を抱きつつ田んぼを進んでいき奥にある民家より少し大きいくらいの木造の建物を目指す。
建物の入口に立ち「ごめんくださーい」と戸にノックする。しばらくすると中から鍵を開けられ1人の男が姿を見せる。男は甚平を着ており、黒い髪の中から2本の角を覗かせた出で立ちで一目で件の酒鬼と分かった。
「…どちらさんで?ここは普通の人間が来れる様な所じゃないんだが?」
本来人が訪れる事がないため酒鬼は訝しげな視線を投げかける。
それに対して軽く会釈しつつ挨拶をする。
「突然お伺い致しまして申し訳ありません。俺は鍛冶師の御剣 刀真と言います。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「…とりあえず中へ上がってくだせぇ。お茶を出しますんで」
◇◇◇
刀真達は居間に上げられ出された茶に礼を言いつつ炉を挟んでお互いに自己紹介し合っていた。酒鬼の名は
「まずは突然の来訪で失礼致しました。」
「いや、構わんですよ。連絡手段がある訳でもないんですし。それよりもご要件は?」
「まずはこちらを受け取っていただいてもよろしいでしょうか」
そう言って刀真はウエストポーチから一つの手紙を取り出し佐知助に手渡す。
「…読んでも構わないか?」
「どうぞ」
断りを入れて佐知助は封筒から手紙を取り出し手紙を読み進めていく。
『拝啓、佐知助様。
先日お伺いしました女郎蜘蛛の久崎 明莉です。先日は大変失礼致しました。あれから私自身反省しており、今回は手紙という形で申し訳ありませんが謝罪させて頂きたく筆を取らせて頂きました。』
そんな文から始まったこの手紙はここに来る前に(なんとか説得して)久崎に書いてもらった先日の件についての謝罪文であった。
今回ただ酒を調達するだけでは根本的な解決には至らない。このまま久崎と佐知助が不仲のままでは刀真としては何度もこうやって酒の調達を頼まれる為、根本的な解決として久崎には手紙で佐知助に謝罪をするようにさせてもらっていた。
本来なら直接謝罪するのが筋だが直接久崎を合わせると最悪どちらかが怪我をしかねないと考えた為今回は手紙という形にしたのだ。
暫く佐知助が黙々と手紙を読み、暫くして溜息をつきながら手紙を手元に置く。
「…はぁ。まぁあの時は俺もついカッとなっちまったからなぁ。まぁ、その件についてはこのように謝罪を頂いたことですし水に流すと致しましょう」
「ありがとうございます」
「ただし、またあんな態度で酒を買いに来たら次は絶対売らないと伝えておいてください」
「はい、先方にもそのようにお伝えしておきます」
「それで酒が欲しいんだったな…。酒を売るのは構わんが少しあんたさんにお願いしたい事があるんだが…話を聞いては頂けないかね?」
「?…はぁ、構いませんが」
佐知助は少し困ったように話を切り出す。
「実は今湖に妖が住み着いているんだが…ソイツを追い払ってわくれんか?」
「湖に住む妖…来る途中俺達も旭川湖で強い気配を感じましたがもしかしてソイツの事ですか?」
「あぁソイツだ。ソイツは
蛟。古くから日本書紀や万葉集にも語られる妖でありその名は「水の霊」の意を持っている。その姿は龍のように巨大な蛇であり名前の由来通り水を司る力を持ちその口から猛毒を吐くと言われており、地域によっては水神として信仰される程強力な妖である。
「ウチの酒はあそこの水を使って作ってるんだが水を汲もうとしたら蛟が襲いかかってくるもんでほとほと困ってるのさ。このままだと酒を作る所か田んぼにも水を入れられなくなっちまう。」
言われてみて田んぼが枯れていた事を思い出しそういう事だったのかと刀真達は納得する。確かにそんなに凶暴な妖に襲われては水も汲めないだろう。
「アンタの事は風の噂で聞いております。何でもいろんな依頼を引き受けては解決してくれる人間の鍛冶師が居るってな。どうかこの依頼受けてくないか?報酬としてウチの酒を持って行ってくれて構わん。」
佐知助は深々と土下座で頼み込む。その様子に刀真はというと困ったような顔になり慌てて顔を上げさせる。
「ちょ、ちょっとそんな土下座なんて!そんな事しなくても依頼なら受けますよ!ちゃんと報酬も出してくれるようですし!」
「本当か!?」
「本当ですって。その依頼しっかりと引き受けました」
「…それじゃよろしく頼んます!」
佐知助は依頼を受けてもらい少しほっとしたようであり、ずっと険しかったその表情は少し和らいでいた。
「…しかし蛟か、少し変だな」
「変…と言うと?」
不意に杏二郎が投げかけた疑問に反応すると杏二郎が自分の疑問を話し始める。
「いやほら、蛟ってのは地域によっては水神として信仰されてる妖なんだがな?全部が当てはまる訳じゃないんだが基本的には気性が穏やかな妖なんだよ。しかも基本的には1箇所に住み着いたらそこから離れることはあまり無いし。そんな奴が最近になって新しい所に住み着いてしかも凶暴ってのはなんか変だなぁってな」
確かに。と全員がそれを聞いて疑問を覚える。蛟という妖を知らない者でも今の話を聞くと旭川湖にいる蛟の習性は普通の蛟のそれとは異なっている事が分かる。
「佐知助さん。あの湖には元々蛟が住み着いていた訳ではないんですか?それが最近になって何らかの原因があって凶暴化し姿を見せるようになったとか」
「いや、それはないな。あそこには元々俺が住んでた村があってな。ダム建設と共に村は沈んで湖になった訳だが、水の中に住んでる筈の蛟が昔から住んでる筈はないしそんな話は俺も聞いた事は無いな。」
「って事は蛟が最近になって住み着いたってのは確かみたいだな」
うーむ。としばらくその蛟について考えるがとりあえずそれについては保留する事にして立ち上がる。
「あまり深くそれについて考えていても仕方ない。とりあえず湖に行って蛟と接触してみよう」
最悪…というかかなりの確率で蛟と戦闘になる事を刀真は予感しつつ依頼解決に向けて行動を起こす事にした。
最近急に暑くなってエアコンのスイッチが切れない作者です。
今月の電気代が怖い…
こんな暑い日には雪美さんに膝枕して欲しい…という妄想(笑)
さてそんな妄想は置いといて旭川湖ですがこれは実際に岡山県にある人口湖で、名字こそ分からないですが佐知助という酒鬼も旭川湖いると伝承される妖怪らしいです。ネタ探しでネットで妖怪について調べてるとこういう伝承などを知れて結構楽しいです。
皆さんも気になる妖怪がいれば是非調べてみてください。(そしてあわよくばネタ提供をry)
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6話:蛟
旭川湖にやってきた刀真達だったが湖の中から向けられる敵意の正体を疑問に思いつつその場を後にし、依頼の酒を譲ってもらう為酒鬼の佐知助を訪ねる。
そこで佐知助から湖に住み着いた凶暴な妖、蛟をどうにかして欲しいと依頼を受けたのだった。
佐知助の家を離れて数十分。刀真達は再び旭川湖に戻ってきていた。
湖の水面は静かに揺れ、木々から舞落ちた桜の花びらが浮いており来た時同様に美しい光景が広がっていた。
「んで?どうすんだよ刀真」
「とりあえずは蛟の様子を見て話ができそうなら事情を聞きたい所だが…難しいだろうな」
そう言いながら湖の傍に立っていると水面が揺らぎ始め、その湖の奥から敵意を持った視線があてられるのを感じる。
やがて視線の主がこちらに向かってくる気配を見せる。それに伴って揺れていた水面は徐々に荒々しくなっていく。
「…やっぱ話し合いからっての無理そうだな。来るぞ!」
言葉と共に刀真は腰から雪那を抜き、雪美は刀真の側に寄る。杏二郎もまた身構えた瞬間。
水が弾ける音共に水面を突き破ってソレは現れた。
ソレは水色の鱗に覆われた巨大で蛇の様な体を持ち、首の付け根に左右一対の大きなヒレを持った龍のような頭を持った姿をしていた。
「これが…蛟」
水神とまで呼ばれる妖の姿を目の当たりにし刀真は思わず感嘆の声を漏らす。
水の中から現れた蛟は湖から出ることなくこちらを睨み、威圧をかけてくる。その黄色い瞳は刃のように鋭く、圧は先程までとは比べるまでもないものであり刀真の背中を冷や汗が伝う。
「——ギュルルルオオオアアアアアア!!!」
3秒にも満たない程度の静寂を破ったのは蛟だった。
水面を揺らすほどの咆哮を上げたと思った瞬間、その長い体を力ませ——
「——ッ!!横に飛べ!!」
口から勢いよく細い水流を吐き出した。
刀真は警告と共に雪美を片手で抱え横に飛び、杏二郎は反対側へ避ける。
瞬間、両者の間に水流が通り過ぎる。
その水流は高水圧カッターのように地面を抉り後方の桜の木を縦に切り裂いた。
直撃すれば間違いなく真っ二つになっていた事に内心怯みつつも刀真は本格的に戦闘態勢に移ろうとしていた。
「雪美さん!行くぞ!」
「はい!」
「─我、雪の精にして氷を司る者。契約の元に汝に氷の力を授けん─」
「「
雪美の祝詞と共に術式を展開すると雪美の体が光になり雪那に吸い込まれ、雪那の刀身が薄い蒼の輝きを持つ。
「妖武装・雪那!!」
妖武装をした刀真は距離を詰める為走り出す。しかし、蛟もそう簡単には近づけさせまいと口から水の塊を刀真に連射する。
それらの水弾を刀真はステップしながら回避し、時には雪那で切り裂きながら躱していく。
『威力を落とすかわりに連射もできるみたいですね。…これだとそう簡単には近付けないですよ』
(みたいだな…なら!)
距離を詰める事を一旦止め、回避しながら雪那を上段に構える
「雪華ノ太刀・参ノ型」
「
そのまま振り下ろし斬撃を放つ。斬撃と共にに吹雪が放たれ、飛来する水弾を凍らせながら吹き飛ばす。
吹雪はそのまま蛟に向かって吹き荒れるが寸前で水中に潜って回避される。
吹雪が吹き止むと再び蛟が水面から顔を出し水弾を放つ。
『少し遠いですね。ここから山茶花を放ってもまた避けられますよ』
「分かってる。けど陸に上がってくれればまだやりようはある…杏二郎!!」
「わぁってるよ!陸に上げればいいんだな!?」
水弾を回避しつつ刀真は杏二郎の名を叫ぶ。
流れ弾を回避していた杏二郎はそれだけで刀真の意図を察し湖に駆ける。
刀真が蛟の注意を引き付けている隙に杏二郎は湖に飛び込む。
それに蛟は気付くことはなく刀真への攻撃を続ける。
その隙に杏二郎は手足の水掻きを用い高速で水中を泳ぎ蛟の尾に組み付く。
不意に自分の尾に何かが組み付く感覚に蛟は驚き引きはがそうと暴れるがそれでも杏二郎は尾から離れるどころか水中で器用かつ力強くバランスを取りその場に自らと尾を固定する。
「河童組手!!」
そしてそのまま体を捻りジャイアントスイングの要領で蛟の尾を振り回す。
蛟は尾を引っ張られ水中に引きづり込まれ水中にその長い体を時計周りに回転させられる。
次第にその回転は速くなり遠心力が最大となった瞬間——
「渦潮!!」
「グガァァァァァァア!?」
——その巨体が空中に投げ出される。
悲鳴を上げながら蛟は空中を舞い、数秒の間の後に地面に叩きつけられ砂埃を上げる。
のたうち回る蛟に向かって刀真は走り出し、雪那で蛟の胴体に斬り掛かる。
冷気を纏う刃によって斬られ蛟は悲鳴を上げた。
追撃を加える為振り下ろしたままの雪那を下段に構え振り上げようとした瞬間、頭上から自身に向けて振り下ろされる蛟の尾を視界に捉え左にステップを踏む事で尾を回避する。
『——ッ!刀真さん左!』
「——ッ!」
しかし尾の回避はできたが横合いから蛟の顎が刀真を食い殺さんと追撃する。
迫り来る顎に対し咄嗟に雪那でガードしながら着地するがその体格差と不安定な体勢のせいで力負けする。
霊力で腕力と脚力を全力で強化し、10m程後方に押し込まれた所でようやく止まった。
「このっ…!離せ…!」
しかし、自身の胴体よりも大きな顎によってがっちりと咥えられた雪那はビクともせず身動きが取れなくなってしまった。
蛟は血走った黄色い瞳で刀真を睨み付けながら雪那を噛み砕かんと万力の如き力で雪那に牙を立てる。
ガチガチと刀身と牙が擦れる音を立てながら拮抗が続く。
そこで刀真はふと不審な点に気付く。
(…こいつ、俺が与えた傷以外にも傷がある?)
刀真がさっき付けた胴体の傷以外にもかなりの箇所の鱗が不自然に剥がれていた。陸に上がった際に剥がれたにしてはあまりにも剥がれている。
その不自然な点に注意を向けていると不意に頭上から影がかかる。
まさかと思い視線だけを向ければ蛟の尾が柱の如く天に上っていた。
それが意味する事をすぐさま理解し、顎の拘束から逃れようと力を更に込めるがそれでも雪那は顎の拘束から外れない。
徐々に押し負け始め遂には片膝を地面に着けてしまう。
そして柱の如くそびえ立っていた尾が刀真達に振り下ろされる。
(まず…!こうなったら俺ごと冷気で凍らせ…)
最後の手段として自身を巻き込む事を覚悟で冷気を全力で解放しようとした瞬間。
「——ッオラァァァァァァァァァァァ!!」
間に割り込んだ杏二郎が脚を地面に食い込ませなが肩で抱えるように尾を受け止めた。
「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
そして咆哮と共に力任せに蛟を放り投げる。
その際に咥えられたままの雪那と共に刀真も宙に浮かぶ。
その際蛟が驚愕と共に雪那をその顎から離してしまった為刀真はそのまま宙に投げ出されてしまった。
空中で身を捻りなんとか体勢を整えると杏二郎が大声で叫ぶ。
「今だ!やれ!!」
その言葉と共に蛟を見やると空中でもがきながら無防備になっていた。
空中で雪那の刃先を蛟に向けたまま後ろに引き突きの構えをとる。
「雪華ノ太刀・弐ノ型——」
刃先に冷気が収束し
「
突きと共に放たれる。
冷気は一筋の閃光となり蛟の胴にある切傷に伸び一瞬の間に蛟を貫く。
貫かれた傷口は急激に冷やされ血が吹き出るよりも早く氷に覆われる。
胴を貫かれた蛟が一声悲鳴を上げ力を失ったように土煙を上げ地面に堕ちるのを確認しながら刀真は着地した。
「─ふぅ。とりあえず第一関門はクリア…かな?」
◇◇◇
蛟との戦闘を終え妖武装を解除した刀真達は地面に倒れ伏せた蛟の所に集まっていた。
「…息はまだあるな」
「グルルルゥ…」
蛟は意識こそ微かにある様子だったが既に体を動かす気力は無いようでギロりと刀真達を睨みつけながら唸るだけだった。
「どうするつもりだ?」
「まぁ見とけ」
そう言いながら刀真は首元に下げた三本の木製の小さな筒状の笛の内が緑色に塗られた笛を取り出し短く吹き鳴らす。
甲高い音が短く鳴り響き周囲の山に木霊する。
すると刀真の目の前に風が吹きすさび風の中から影が現れ─
「キュウ!」
─刀真に飛びつく。
「よしよし。良い子だ風丸」
風の中から現れた影の正体は鎌鼬の風丸であった。
家に居るはずの風丸が何故ここにいるのか?
それは先程刀真が吹いた笛、「
「風丸。じゃれるのは良いけど一先ず離れてくれ。仕事だ」
頭を顔に擦り付けてじゃれる風丸の背中を撫でつつ引き剥がし地面に降ろす。
風丸は若干名残り惜しそうにしつつも大人しく地面に座り込み主人を待つ。
「
腰から下げていた刀剣写本を取り出しとある頁を開き封印を解くと「ボン」っと煙と共に一つの武器が現れる。
それはブーメランのような形状をした刃に柄が付いた剣だった。
「風切、契約術式展開」
「キュウ!」
刀真が風切を前に掲げ、術式を展開し風丸が短く鳴く。すると風丸の体が風になって解れ風切に集まる。
「
風が吹き止むと風丸が合体したことで銀色だった刃が薄い翠に染まった風切が刀真の手にあった。
「ちっとばっか痛むが我慢してくれよ」
刀真は風切を水平に構えると祝詞を紡ぎ始める
「山に吹くは三風 三度吹けば傷を癒す御恵 風吹く後には化かされた旅人 旅人は瞬きの中に鼬を見る 」
詠唱と共に再び刀真の周りに風が巻き起こる。しかしその風は荒々しいものではなく包み込むような優しさを感じる風であった。
「参ノ風
告げると共に渦巻いていた風が蛟に伸び優しく包み込む。
すると蛟の体にあった傷が全てジュウッと音をたてながら塞がっていき、鱗が剥がれていた所からは新たに鱗が生えてくる。
参ノ風 薬。
鎌鼬は悪戯好きの妖であり山を進む旅人の傍を通り抜ける際にその人を転ばせ、足を切りつけ、そして薬を塗りこみ傷を治す妖である。その内の「傷に薬を塗りこみ治す力」を再現した技。
外傷は勿論体の中にある呪いや不浄を治す程の力であり、刀真自身この技に助けられた事も少なくはない。
…ただし
「!?!?ぐぎゅるぁぁあぁぁあぁぁあ!??!!?!?」
ものすごく痛いのである。
傷を治す為に細胞や免疫を活性化させる為身体への負担もそれなりに強く、大怪我であればあるほど激痛が襲う。
良薬口に苦しとは良く言ったものだ。
暫く苦痛に呻く蛟の悲鳴が響くがやがて蛟の体の痛みは無くなりそれとともに悲鳴も無くなる。
蛟は戦闘でできた傷は愚かそれ以前からの傷も完治し、不思議そうに自身の体を見やる。
「悪いな、手荒な真似して。どうも話を聞いてくれる様子が無かったから実力行使で大人しくさせてもらった。詫びと言ってはなんだがさっきできた傷以外も治しといたよ」
「?さっきできた傷以外…ですか?」
「あぁ、俺もさっき気づいたんだけどな。どうも俺達の攻撃よりも前にできた傷があったみたいでな。もしかしてお前の気が立ってたのもそれが原因なんじゃないのか?蛟」
雪美の疑問に答えつつ蛟に問い掛けると肯定するように小さく頷き、何かを伝えるように短く鳴いた。
「杏二郎、翻訳。」
「はいはい。…えっと…」
◇◇◇
杏二郎の翻訳によると蛟は元々此処とは別の湖に住んでいたらしい。
滅多に水面から顔を出すことも無くのんびり湖の底で寝て過ごしていたのだが、ある時を境に徐々に湖の水が汚染されていき体に不調が現れてきた。
原因は人間が不法投棄したゴミだった。
人気が少ない林の中にあった事もあり近年になって不法投棄する人間が絶えなかったようであった。
最初のうちは蛟の力で水を浄化していたが徐々に浄化が追いつかなくなっていた。
徐々に湖が汚染され最終的に湖に生物が住めない水質になってしまった。
元々蛟は綺麗な水のある所にしか住めない妖であり、水質の汚染は鱗が剥がれる程体にダメージを与えていた。
あまりの苦しさからとうとう蛟は湖を離れ新たな住処を探し、ここ「旭川湖」に辿り着き住処にした。
いざ傷を癒そうと眠りにつこうしたがここで蛟にとって誤算があった。
それはこの湖には人間が訪れる事だった。
蛟にとって人間はこうなった原因であり警戒の対象だった。
ここを離れる事も考えたがそんな余力は既に無く、止むを得ず湖に近付く者を全て追い払っていた。
というのが事のあらましであった。
「…なるほどな。それであんなに殺気立ってたのか」
事のあらましを把握し納得した刀真。
原因が原因なだけあり佐知助の田んぼや観光客への実害があったとはいえ一方的に蛟が悪いとは言えなかった。
しかし、このまま何もせずに帰れば蛟の人間への警戒心はそのままで何も解決にはならない。
暫し考え刀真は蛟に切り出す。
「お前が人間を警戒する理由は分かった。それを踏まえた上で頼みがある。」
「どうか人間が湖に近付く事を許してやってくれないか?」
蛟は攻撃こそしないがその言葉に対して低く唸り牙を見せ威嚇する。
それを抑えるように手で制しながら刀真は続ける。
「お前が嫌がるのも分かる。けど元々ここはお前の住処じゃないしここの風景を見たくて訪れる人達もいるし生活が掛かってる奴もいるんだ。どこか良い落とし所を見つけなくちゃいけない。」
「確かにお前が見てきたように人間には悪い奴もいる。けど妖にも良い奴と悪い奴がいるように人間にも良い奴と悪い奴がいるんだ。全ての人間を嫌わないで欲しいんだよ。」
「その証拠にここの湖は綺麗だろ?お前がここに来る前から。ちゃんと自然への敬意を忘れずに綺麗にしている奴もいるんだ。」
「だから頼む。以前のように憩いの場としてここを楽しめるようにしてくれないか?」
誠心誠意を込め刀真は蛟に頭を下げ頼み込む。
そのまま頭を下げたまま一向に上げる様子を見せず沈黙が続く。
実際には数十秒程だったが数分のようにも感じれる程の沈黙の後に蛟は溜息をつくように短く唸り声を上げる。
「グルルルルゥ…」
再び短く唸ると蛟は湖に向かって這って行った。
「…お前に免じて今後は見つけるなり追い返すのは止めるってよ。」
杏二郎の翻訳を聞いた瞬間ガバッと刀真は頭を上げ蛟の方へ振り向く。
「ほんとか!?」
「グオォゥゥ」
「ただし湖を汚す奴には容赦はしないから肝に銘じておけ…ってさ」
蛟はこちらを振り返ることもなく湖に潜っていく
「あぁ。分かってる。そう伝えておくよ」
そう言いながら刀真は水中に沈んでいく蛟を見送った。
◇◇◇
「ほれ。これが依頼の品だ。」
「待ってたわ〜!これよこれ!もう今から飲むのが楽しみだわ♡」
あれから佐知助に事のあらましを伝え実際に湖を訪れ蛟から襲われないことを確認し依頼を完遂したお礼として佐知助の酒を貰った刀真達は来た時と同様に水鏡門でみつるぎやに帰ってきた。
それから久崎に連絡し、更に数日経ち尋ねてきた久崎に依頼の品である酒を渡した。
「飲むのは勝手だがちゃんと報酬は用意してるんだよな?」
「えぇ勿論よ。はいこれ」
そう言って久崎は脇に置いていた木の箱を刀真に渡す。
渡された刀真は箱の蓋を開け中を確認する。
中には白い糸で編まれた長い布が入っていた。
それは触っただけで上質な糸が使われている事が分かる程滑らかな触り心地であり思わず何度も撫でていたくなるほどであった。
「こいつは…女郎蜘蛛の糸か」
「そうよ。私お手製の糸で編んだ布。妖力も込められていて触り心地も最高級。数十万はくだらない物だけど報酬としては不十分だったかしら?」
「いや、十分過ぎるくらいだ。本当に良かったのか?」
久崎の言う通り売れば少なくとも数十万…下手したら数百万はくだらない品だ。それだけ女郎蜘蛛の糸は上質な物でありそんな貴重な物を報酬とは言え貰っても良いのか少々迷ってしまう。
「別に良いわよ。あなた達からしたらそりゃ上等な物かもしれないけど私達女郎蜘蛛からしたら別に大した物じゃないもの」
事も無げに久崎は言ってのけ、そんな事をどうでもいいと言わんばかりに酒瓶を眺めながらニヤけていた。
…本人がそう言うのなら別に良いかと思い直し「今度呉屋にでも持って行って着物にでも仕立てて貰うか」と考えながら布を箱に仕舞う。
「そうだ。せっかくだから貴方もこのお酒飲んでみない?」
「良いのか?確かに興味はあるが貴重な物だろ?」
「別に良いわよ。私は一人で飲むより誰かと飲む方が好きだし。…それに今後もご利用させてもらうお近付きに、ね?」
「…まぁ、そういう事ならお言葉に甘えて。代わりと言ってはなんだがこれから旭川湖に花見に行くんだが一緒にって事で良いか?」
勿論。と久崎はノリノリで答えこれから行く花見に着いて行く事になった。
客室に久崎を残し台所に向い急遽花見のメンバーが一人増えた事を花見の弁当の用意をしている雪美に伝えると雪美快諾する。
「桜を観つつ酒鬼の酒と弁当を味わう…楽しみだ」
「ふふっ、そうですね」
その日とある湖で花見を楽しむ人と妖達の姿があった事はまた別のお話。
…とんでもなく投稿遅れてしまい申し訳ありません。
途中までは書いていたのですが中々上手く描写できなくて詰まってしまいそのままモチベがズルズルと下がってしまい今の今まで放置していました。
書くこと自体はサボっていましたが常々刀神のストーリーについては考え(もとい妄想)ており、遅筆ながら頑張っております。
とは言うものの今後リアルが忙しくなってしまう為投稿が遅くなるどころか今回のように約半年後に投稿なんて可能性もあります。
こんなナメクジ以下のような投稿頻度とクオリティですが気長に待ってやるよなんて心の広い方は是非楽しみにして頂けると励みになります。
長くなりましたがここまで読んでいただきありがとうございます。
感想等送ってくれるとモチベに繋がります。(小声)
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