フランと吸血鬼異変 (松雨)
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フランと吸血鬼異変(プロローグ)

「フラン、ちょっとお話良いかしら?」

「ふふっ……お父様とお母様が死んだ後、続けて私の能力を恐れてここに閉じ込めた張本人がわざわざここに訪ねて来て、改まった態度でお願いしに来るなんて驚いたわ。まあ、話くらいなら別に良いけど」

「感謝するわ。それで、話の内容なんだけれど……紅魔館ごと、幻想郷って場所に移住する事に決めたのよ」

 

 とある日の紅魔館、その中にある大図書館を抜けて階段を下った先にある、光の殆んどない地下の部屋にて『レミリア・スカーレット』と『フランドール・スカーレット』と言う2人の吸血鬼姉妹が、あまり良い雰囲気とは言えない中対面して話をしていた。これもひとえに、レミリアがフランの持つ能力とそれに結果的に付随してきている狂気を恐れて、あらゆる物理的や魔法的衝撃にも耐えられる術式が組み込まれた地下室に閉じ込めている事に起因している。

 

 物心がつくと同時に覚醒した『ありとあらゆる物を破壊する事が出来る能力』は、全ての物に存在する1番弱い『目』の部分を自分の手に移動させ、それを握り潰す事で対象を破壊する事が出来ると言う、強力極まりない能力である。それだけ聞けば完全無欠の力に思えるが、それは同時に眠っていた狂気を呼び覚まし、どう言う訳か増幅させてしまうと言う非常に大きな欠点を抱える事となってしまった。

 

 それによる性格の変化と、多くの子供が持つ強い好奇心に吸血鬼の本能も加わってしまった故に起こった、紅魔館に人間が襲撃してきた時に半ば本能のまま弄んで殺して笑顔でその血肉を喰らい、更に自分たちにその勢いで襲いかかりかけると言う出来事が、当時存命だった両親がフランを地下の部屋へと封印し、一切合切部屋の外には出さない判断を下す大きな理由となっていた。

 

 時が経って両親が死に、レミリアがスカーレット家当主となり、封印されている間に狂気を理性で抑える事が出来るようになってしばらく経っている今でも、フランの幽閉自体は継続している。

 

「ふーん……幻想郷ね。それにしても昔、1度だけ外に出してくれって頼んでも冷酷無比な態度で断っといて、自分が何か困れば私に頼み事をするんだね。何をお願いしたいのか知らないけど、いつも通り私抜きでやってれば良いのに」

「っ! 確かにフランの封印を継続しているのは私のためでもあるけど、貴女のためでも……まあ良いわ。言い訳はここまでにして、本題を話すわね。そこで勢力を広げるのに、貴女の『力』も借りておきたいの。もしかしたら、それでも厳しいかもしれない存在が出るかもしれないし、それにね……」

 

 そうにも関わらず、500年近くも地下の部屋に封印していたせいで不満が溜まり、関係があまり良くないと言っても過言ではないフランによる強力無比な攻撃を受ける可能性を負ってまで、力を借りる話し合いに望んだ理由は、レミリアには2つあった。

 その大きな理由の1つが、人間たちの科学の発展と共に吸血鬼を含む妖怪が存在しづらくなった今居る場所から、外界と特殊な結界で仕切られているそう言った妖怪や神などの存在が集まってくる『幻想郷』と言う名の場所へと館ごと移転するためである。

 

 当然ながら、そんな場所へ移動すると言う事は少なくとも吸血鬼と同等かそれ以上の敵が居るかもしれないし、数だって紅魔館の全勢力を軽く超える事は想像に難くない。今回のレミリアの行動も、ありとあらゆる可能性を考慮した結果の事であった。

 

「幻想郷に行って、来るだろうゴタゴタが済んだら貴女の自由な外出を認めようと思ったのよ。まあ、むやみやたらに殺したり弄んだりしたりしない事を条件にだけど」

「……」

「勿論、だからすぐに許せとかは言わないわ。どんな理由があれ、お父様にお母様が死んでから450年近くも貴女の意思を無視して外に出ないように、元から部屋全体に施してあった封印を私は強化したのだから……それとフラン、今まで本当にごめんなさい」

 

 それともう1つの理由は、これを機に妹であるフランとの関係修復の第一歩を踏み出すためである。レミリア自身もフランを地下の部屋に封印して押し込んでいるような状況は、心のどこかで良くない事だとは理解していた。

 

 しかし、いくら理性で狂気を抑えて自分の意思で力に不完全ながら出来るようになれたとは言え、()()()()()()()いつそれが自分たちに向くかが怖いと言う思いが強く、封印を強化して押し込むと言う選択肢を選んでしまった。

 

 その後悔の故、今回の幻想郷移住を機会に思い切って封印を取り払い、今までの罪滅ぼしのために襲い来るであろう出来事が解決した後に、むやみやたらに殺さない壊さないを条件に自由な館外への外出許可も与える決意をしたとフランにそう伝えながら謝罪し、恨みの一撃を受けて大怪我する覚悟をレミリアは決めていた。

 

「そっか……まあ、分かった。私の気が向いたからそのお願いは聞いてあげるし、謝罪も受け入れるね」

「え……本当に?」

「本当だよ。それにお姉様が思う程私、恨みなんか持ってないから。地下の部屋に幽閉されている内に何か快適に思えてきたし、魔法って言う趣味が出来たから。とは言え、最初の10年位はある程度の不満は持ってたし、外への興味が全て消え去った訳じゃないけれど」

 

 しかし、フランから帰って来た答えは力を願いを受け入れ、更に長い年月地下の部屋に閉じ込めていた事に対する謝罪も受け入れると言うものであった。今までしてきた事からして、自分が殴られるか少なくとも色々罵られるものかと思っていたレミリアにとってこれは想定外らしく、思わず本当なのかと聞き返してしまう。

 

 当の本人は、そんな感じで聞き返してきたレミリアに対して特別な反応を返す事はなく、普通にさっき自分の言った事はは本当であるのと、封印されてから最初の10年位はある程度の不満はあったものの、思っている程強く恨みを抱いてはいない事を淡々と伝えた。

 

「ありがとう。貴女って優しいのね」

「別に私、お姉様が思っている程優しくはないよ。ただ、気が向いただけだから。で、そんな事よりもいつ館ごと幻想郷へお引っ越しするの?」

「私がフランを連れて、皆の待ってるエントランスに行ったらよ」

「ふーん……て言う事は、美鈴とパチュリーと咲夜も居るんだよね? 時々来て色々な物を持ってきたり、話をしてくれてた美鈴はともかく、他の2人とはあまり面識なかったなぁ。これを機に、色々とお話出来るかな?」

 

 普通なら話すら嫌になるだろう事をした自分に対してある程度の不満はありこそすれ、恨みなどは抱いていないと言うフランの言葉を聞いたレミリアはそれに対して感謝の言葉を述べ、この話についてはもう終わりと言う事になった。

 

 その後は館ごと幻想郷へと行くのはいつになるのかと言う話になったため、レミリアは立て掛けてあった剣『レーヴァテイン』をフランに手渡し、扉に掛かっていた封印魔法を全て解除してから一緒に部屋を出て行く。

 

「フラン。さっきまでは言わなかったけど貴女、かなり強烈な妖気を垂れ流しているわ。うちの妖精メイドたちがそれに当てられると気絶しちゃうから、抑えてくれるかしら?」

「そんなに垂れ流してる覚えは……あ、お姉様が来た時に狂気のコントロールの練習してたからかな。取り敢えず、抑えておくね」

 

 道中、仲睦まじいとも非常に悪いとも言い難い感じのやり取りをしながらエントランスへと向かうと、そこには紅魔館の主力である門番『紅美鈴』にメイド長の『十六夜咲夜』、魔導師『パチュリー・ノーレッジ』の3人が、幻想郷へと移住してから起こるであろう戦いに備えていた光景が見られた。

 

 特にパチュリーは今回の幻想郷移住の要である『空間転移魔法』の術者であり、複雑怪奇な術式の構築にも労力を割かなくてはいけないため、館の誰よりも非常に大変な思いをしている。

 

 と言うのも、空間転移魔法を使って紅魔館の敷地を全て目的地の幻想郷へ寸分の狂いもなく移動させるには、魔力の必要量もさることながら、座標の指定術式を間違えてしまわない集中力と正確さが求められるからだ。

 

 万が一手元が狂って座標の指定を間違えてしまうと目的地から大幅にずれ、酷い場合はあらゆる生物の生存がほぼ不可能な極限自然環境である場所や、戦ばかりの異界魔境に送られかねない。いくら少数超精鋭の紅魔館とは言え、後者はともかく前者ではすぐに滅亡待ったなしである。

 

「パチェ、転移魔法の準備ご苦労様。美鈴に咲夜、他のメイドたちも良くやってくれてるわ。ありがとう」

「ふぅ……やっと来たのね、レミィ。その様子だと、どうやら無事に連れてこれたようで。まあ、良かったわね」

「労いの言葉、ありがとうございます! 」

「ありがとうございます。それと、パチュリー様の魔法の準備はもう既に整っていますので、後はお嬢様の指示さえあれば幻想郷へ行く事が可能との事です」

 

 それが良く理解出来ているため、フランを連れたレミリアは真っ先に今回の幻想郷移住の1番の立役者であるパチュリーの下に向かい、頭を下げつつ労いの言葉をかけた。その後に改めて美鈴や咲夜、この場にたまたま居た他のメイドたちにも頭を下げ、感謝の言葉をかけた。

 

「妹様。自由な外出の許可が出て、本当に良かったですね!」

「ふふっ……これも、美鈴のお陰だよ。ありがと」

「いえ、大した事してませんよ。妹様がいつか大手を振って外に出れるように、僭越ながら後押ししただけです」

「下手すれば罰が下るかも知れなかったのに色々してくれた。それって大した事だと思うんだけどなぁ」

「妹様にそう言って頂けると、色々やった甲斐があります」

 

 レミリアが咲夜や妖精メイドたちと色々話し込んでいる時、その様子をじっと見ていたフランに対して美鈴が声をかけ、自由な外出の許可が出た事について大げさとも言える感じで祝いの言葉を投げかけていた。

 

 その理由は、まだフランの狂気制御が不完全で、美鈴がまだ門番とメイドの仕事を兼ねていた頃に彼女を見ていて思うところがあったと言うのが理由で、彼女のために秘密で色々とやっていた。その甲斐があり、数百年単位と言う長い時間が経ってしまったものの、今日こうして外出の許可を出してもらえるにまで至れた上、姉妹の関係も険悪とまでいかなかったためだ。

 

 ただ、お陰で今現在フランと美鈴の関係が姉妹の関係よりも深まってしまったと言う状況になってしまっていて、レミリアも2人の様子を見てすぐに理解出来たが故に複雑な思いを抱く。しかし、今までの扱いがどう解釈しようとも良いとは言えなかった事が原因の1つでもあるが故に仕方ないと諦め、これから少しずつ関係修復頑張ってしていこうと1人で決意を固めていた。

 

「……なるほど。ちょくちょく本が無くなってたのは、美鈴がフランに与えてたせいだった訳ね」

「妹様とお嬢様のメイドの仕事も兼ねてた時から、ほっとけなくてつい……お嬢様の目を盗んで色々とやってたので」

「私が居なかった時は無関係だったから考えないとして、来てから勝手に持ってったのは如何なものかと思うけど、内容が内容だし今回は許す事にするわ。と言うか、レミィの指示を無視してフランに色々と与えるなんて、度胸あるじゃないの」

「あはは……恐縮です」

 

 すると、フランと美鈴がそこそこ良い感じで話をしている中にパチュリーが割り込んできて、本がなくなっていたのはそのせいだったのかと言ってきた。表情は至って普通に見えるが、話し声から怒っているように感じたためか、美鈴は覚悟を決めつつ勝手に図書館の本を取ってフランに渡していた理由を話す。

 

 結果、パチュリーは図書館が自分の領域になってから勝手に持っていった事は如何なものかと言いつつも、フランのためを思っての行為であるためこれを許し、その上レミリアの指示を無視してまでやっていた事に対して称賛の意を示した。

 

 その後は、フランが声だけなら聞いた事はあるものの殆んど面識のない咲夜と、面識だけでなく声すらまともに聞いた事がないパチュリー、妖精メイドたちとの会話に勤しんでいた。まるで、500年近く殆んど他人との関わってこなかった時を取り返すかのようであった。ただ、そのせいかは不明なものの、会話の内容が物騒極まりないものであったため、話しかけられた館の住人の殆んどは顔がひきつってしまっていたが。

 

「えっと……フラン? そろそろ館ごと引っ越したいから、お話を一旦やめてもらえるかしら?」

「うん、分かった」

 

 美鈴とレミリア以外の主力2人や、この場に居る妖精メイドと会話しているフランの様子を少し離れたところから見ていたレミリアは申し訳なさそうに、一旦会話は止めてくれと声をかけて止めてもらい、パチュリーに早速『空間転移魔法』の発動をお願いした。

 

「了解……じゃあ、皆行くわよ」

 

 魔法の発動をお願いされたパチュリーは皆に向けてそう言った後、自身の魔力を展開しながら詠唱を開始した。そうして、少しずつパチュリーを中心として幾何学的な文様(もんよう)が地面を這いながら広がっていき始め、それに比例する形で魔力が吸い取られている故に苦悶の表情を見せる。すると、それを見たレミリアとフランがほぼ同時に動いて詠唱中のパチュリーの方に手を置き、自身の有り余る魔力を供給して後方支援に回り始めた。

 

 お陰でかなり余裕が出来たのか、パチュリーの表情から苦しそうな感じは消え、更に魔法詠唱の速度もかなり上がり始めてきた。ちなみに、魔力提供側のレミリアとフランは2人で補助しているため消費魔力がそれ程多くはないため、普通に会話する余裕がある状態だ。

 

「美鈴。ちょっとあの扉を開けてもらえる? それと咲夜、申し訳ないけど館のすぐ側に誰か余計な存在が居ないか、確認してきて」

「あ、はい。分かりました!」

「了解しました」

 

 美鈴がパチュリーの指示通りに正面玄関口の扉を開けると、紅魔館の敷地よりも少し外側まで幾何学的な文様が広がっているのが確認出来た。同時に咲夜からの報告で、館の側には誰も居なかったと言うのも確認が取れたため、これで魔法の発動に憂いはなくなった。

 

「よし……はっ!!」

 

 最後にパチュリーがそう言い、レミリアとフランの助けを借りながら一瞬だけ込める魔力を倍近くに増やした。すると、文様よりも外側に見えていた景色が眩い白色の光に包まれて全く見えなくなり、非常にやかましい甲高い音が館内に響き渡る現象が起こった。それは想定よりもすさまじく、エントランスに居たほぼ全員が咄嗟に目を閉じて耳を塞いだ。

 

 それからしばらく経ち、耳を塞いでいても聞こえる甲高い音が聞こえなくなったところで目を開けて耳を塞ぐのを止め、安全確認のために美鈴が先に外に出ようとした瞬間、目にも止まらぬ速さでフランが館から真っ先に飛び出した。いくら外に出ても良いと言う許可を出したとは言え、流石に未知の場所に1人で出すわけにも行かないため、レミリア含む紅魔館の主力たちは急いでフランの後を追う。

 

「これが館の外の世界……こんなに広くて、こんなに綺麗で、私の知らなさそうな物が沢山あるんだ……」

 

 すると、フランは館の庭のちょうど真ん中辺りで立ち止まり、目を輝かせながらそこから見える景色を眺めていた。1人で門の外にまで出て行かなかった事に安堵しつつ、レミリアはそんな彼女に声をかけた。

 

「そうよ。館の中なんか比べ物にならないくらい、館の外は広いの」

「うん……ねえ、お姉様。本当に私、自由に外に出て良いの?」

「ええ、勿論よ。最も、この『幻想郷』がどんなところかある程度分かって、起こるであろう出来事を解決してからだけどね。いくらなんでも、どんな危険があるか分からない未知の場所に、フランを1人で出すわけには行かないから」

「そればかりはまあ、仕方ないかぁ……」

 

 初めて見る館の外の世界にワクワクしているのか、フランの対応もほんの僅かながら軟らかくなっている。美鈴に見せるような微笑みはまだしてはくれないようだが、レミリアにとって今はこれだけでも十分だと思わせる位であった。

 

 そして、そんな姉妹2人をパチュリーと美鈴と咲夜の3人は見守りつつ、同じように夜空を眺めながら一時の息抜きをする。

 

「ふぅ……どうやら成功はしたようね。ひとまず肩の荷が降りたわ。それと、美鈴に咲夜。空間転移魔法を使って疲れたから、先に図書館に行って休んでるわ。レミィに何か聞かれたらそう伝えておいて」

「分かりました!」

「パチュリー様、了解です」

 

 その後、大規模な空間転移魔法を使って疲弊したパチュリーはまだ行動自体は可能であるものの、万が一を考えて休息をするために図書館へと戻って行った。少し経った後、話を終えたレミリアとフランが戻ってきて、いつの間にか居なくなっていたパチュリーの居場所を聞き、魔法で疲れて図書館に休みに行った事を咲夜が伝えた。

 

 すると、咲夜からの報告を聞いたレミリアは、幻想郷の探索を次の日の夕方か万全な日光対策をした上で昼間からする事に決めて美鈴と咲夜に伝え、それまでは各自休憩を取るようにとの指示を出した。

 ただ、美鈴に関しては門番と言う仕事上そう言う訳にも行かないため引き続き今まで通りとなるものの、万が一敵が来て対処が()()()()厳しくなった場合や睡眠を取る場合、疲労が溜まって倒れそうだから休憩したいと言う場合はレミリアかパチュリー、咲夜かフランに報告を入れた上で館内に敵が入ってくるのを厭わずに下がっても良いと言う条件を出し、話を終えた。

 

 こうして話が終わった後、美鈴以外の庭に出ていた全員が館内に入ったところで、1日を終えた。

 

 

 




ここまで読んで頂き感謝です。


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フランと吸血鬼異変(前編)

「お嬢様。現在、館の外の天気は曇りですし、今のところ雨の降る兆候も晴れる兆候も見られませんので、昨日言っていた時間帯に幻想郷の妖怪に存在の誇示をするなら良い時かと思われますが、如何されますか?」

 

 幻想郷に館ごと引っ越しをした次の日の昼過ぎ、レミリアは自室にて咲夜と幻想郷での実力行使を含めた行動を起こすかどうかについての話し合いをしていた。昨日までは探索のみのつもりで予定を組んでいたが、休息のために各自解散をした直後、幻想郷が存在を保ちづらくなった妖怪や神などが外の世界からやって来ると言う場所である事から、急遽当日の朝にに存在誇示のための実力行使も視野に入れた計画を盛り込む事にしたのである。

 

 それを今日最初に告げられた咲夜は、幻想郷の妖怪に実力を行使する計画の追加に少しだけ驚きを示しつつも、レミリアの話した目的を理解した事、運良く天気が曇りになると言った事が重なったため、昼過ぎにやるなら今が良いのではと意見を言っていた。

 

「勿論、貴女に言われずともそうするつもりだったわ。だから、それについては決定で、後はそれを皆に伝えるだけよ。咲夜、お願い出来るかしら? それと、妖精メイドたちにもエントランスに集まるようにも言っておいて」

 

 最も、咲夜に言われるまでもなくレミリアはそのつもりでいたため、特に議論する事もなく探索に加えてある程度の実力行使するのは決定し、後にやる事は2人以外の館の住人にそれを伝えるだけとなった。

 

「分かりました。では早速――」

「それにしても、私たちに運命が味方してくれているようで何よりね。まさか、都合良く天気が曇りになってくれるとは思わなかったわ」

「確かに、私も同じ事を思いました。それに、本来夜を統べる種族である()()()が曇りの日とは言え、昼間にも現れて圧倒的とも言える力を披露する事が出来れば、お嬢様の目的の完璧な達成もそう難しくはないでしょう。まあ、幻想郷に住む人妖が正しく吸血鬼と言う種族を認識していれば、ですが」

 

 探索だけでなく、実力行使も行う事を伝えておいてくれとの指示を受けた咲夜が早速皆に伝えるために部屋を出ようとしたその時、再びレミリアが話を始めたため、その歩みを止めて耳を傾けた。内容はどうやら、自分たちにとって都合の良い天候となった事についでである。

 

 

 

「場所が場所だし、それは心配しなくても大丈夫よ。それよりも、引き留めて悪かったわね。もう行っても問題ないわ」

「いえ、全く気にしていませんので大丈夫です。それでは伝えに行ってきます」

「ええ、お願いね。私も少し経った後にエントランスへ向かうから」

 

 一通り2人で話し終えた後、改めて咲夜は皆に伝えに行くために部屋を先に出て行き、レミリア自身も30分後に準備を終えると立て掛けてあった『グングニル』を手に持ち、皆の待つエントランスへと向かって行った。

 

「お姉様遅い……一体何してたのさ?」

「ごめんなさい。想定以上に準備に時間がかかってね」

「まあ良いや。それで、私たちの存在を誇示するために幻想郷の妖怪に挑むって咲夜に聞いたけど、思う存分()()()()()()()()()()()()?」

 

 すると、フランがエントランスへと下る階段の前でレミリアを待ち構えていて、一体何をしていたのかと質問していた。その時のフランは無表情ではあったが、どことなく不満を抱いている事だけは確かだとレミリアは直感したため、準備に時間がかかりすぎてしまった事について謝罪の意を表した。

 

 そのすぐ後、謝罪をフランは軽く受け入れて素早く話を終わらせ、無表情から一転して瞳を輝かせながら幻想郷の妖怪と思う存分遊んでも良いのかと、今にも詰め寄りそうな感じでレミリアに聞いていた。どうやら、咲夜から聞いた『存在誇示のための実力行使をする』と言う部分を楽しそうな遊びと解釈しているようだ。

 

「思う存分は止めて、抑えなければ駄目よ。フランが本気を出して遊ぶと、いずれ誰も居なくなるからね」

「ふーん……まあ、確かにお姉様の言う通りね。遊び壊し尽くしてしまえば、次の日から()()()()が居なくなっちゃうし……分かった、気を付けるわ」

「はぁ……貴女は相変わらず思考がぶっ飛んでるわね。まあ何であれ、納得してくれたなら良いわ」

 

 フランのその変わり様に、これは釘を刺しておかなければとんでもない事になると判断したレミリアは、思う存分遊ぶと相手が居なくなってしまうから抑えておけと諭すようにして言う。すると、一瞬だけ表情が険しくなるものの、少し考え込んだ後にレミリアの言葉に納得したようで、機嫌を元に戻した。納得の方向が想定の斜め上に行っているが、納得さえしてもらえば何でも良いやと、レミリアも聞いていた館の住人たちも諦めていた。

 

「さて、レミィも準備出来たみたいだし、館の守備と攻撃に主力をどう割くかを決め――」

 

 今日の朝方に急遽決まった実力行使について、館の守りと攻めに館の主力をどう割くかを決めるための話し合いをしようとパチュリーが声を上げようとした瞬間、出入り口の扉が大きな音を立てて開き、物々しい雰囲気を漂わせた黒い翼を持つ妖怪が9人、館の中に入ってきた。その内の1人は紅魔館の主力組と遜色ない妖気の持ち主であったため、目が合った瞬間自然とレミリアたちにも緊張感が漂い、戦う力を持たない妖精メイドたちは急いで安全な場所へと避難し始めた。

 

 一方の館内に入ってきた妖怪9人も、咲夜や美鈴やパチュリーの魔力や妖気の強さもさることながら、レミリアとフランから放たれる威圧的な妖気に自然と表情が強ばり、今にも一戦始まってもおかしくない状況に自然といつでも動けるように身構える。

 

「ねえ! 貴方たちって何て言う妖怪なのか、教えてくれる?」

「「「……」」」

 

 互いに警戒して動きがないこの状況の中、フランが黒い翼の妖怪5人の下に何の警戒も抱かず……それどころか、小さな子供が面白そうな玩具を見つけた時のような感じで近づいて行き、矢継ぎ早に質問を投げかけたり、彼ら彼女らをじっと見つめて観察し始めた。あまりにも突然の行動に、9人の妖怪は反応出来ず固まっていたが……

 

「僕たちですか?『天狗』と言う妖怪ですよ。貴女は一体どんな妖怪なのです?」

「天狗かぁ……あ、私はフランドール・スカーレットって名前で、吸血鬼なの!」

「そうですか……」

 

 9人の中で1番の妖気を放つ、中性的な顔立ちのリーダーらしき男性天狗がフランの無自覚に放つ妖気に臆す事なく質問に答えた。天狗と言う妖怪を知らないフランは首を傾げた後、楽しげに自分の種族と名前を伝えつつ、置いてきぼりになったレミリアたちをよそに再び護衛らしき他8人の天狗たちの観察を始めた。

 

 それから少し経った時、館への侵入者である9人の天狗とフランのやり取りを見ていたレミリアが、突如咲夜と美鈴とパチュリーに対して『運命が見えたわ。あの子が遊び始める』と耳元で囁き、3人に戦闘態勢を整えさせた。準備の途中でパチュリーが詳しく内容を聞いたところ、フランがもう少しで今までの不満を晴らすかのように暴れ始めると言うものであったため、紅魔館主力組に更なる緊張が走る。

 

「へぇ……じゃあ、時間はまだありそうだね。こんなに楽しく遊べそうな日なんて始めてだよ!」

「ん? どういう意味……っ! このままでは不味い!」

 

 すると、9人の天狗からゆっくり歩いて離れ、ある程度の距離を取ってから振り向くと、純粋な魔力で構成された拡散レーザーを躊躇いもなく放ち、備えていたレミリアたちですら驚かせた。フランはこの魔法を全力ではなく、ある程度貫通力や破壊力などを抑えて放ったが、それはすぐに相手が居なくなって遊べなくなる事を回避するためであった。

 

 そうして放たれたレーザーは天狗たちに向かうも、手加減された事も相まって、今居る中で一番強い天狗の妖気を纏った剣による薙ぎ払いで軌道を逸らされ、誰も傷つける事はなく役目を終えた。狙われていた他8人は冷や汗をかくも、リーダー格の天狗が余裕で弾いた事で心にほんの僅かに余裕が生まれ、この魔法を放ったフランを睨み付けて抗議するも、初めての遊び相手に攻撃が弾かれた事で気分が高揚しているため、どこ吹く風であった。

 

「アハハ! 避けるでもなく、弾くなんて……貴方って凄いのね!」

「……」

「なら、もっと力を込めて行くよ」

「あの攻撃は、手加減されていたと……?」

「当たり前じゃん。だって、貴方がすぐに壊れちゃつまらないもの」

「「「……狂ってる」」」

 

 更にフランがもっと力を込めていくと宣言し、それを聞いたリーダー格の天狗が手加減をしていたのかと問いかけると、彼女は狂気混じりの笑みを浮かべながら肯定した上に、理由がすぐに壊れてはつまらないからと言うものであったため、天狗側はドン引きして思わず全員が狂っていると同時に声に出してしまい、すぐに気に障ったかもしれないと後悔した。ただ、当の本人は全く気にしていないため、その心配は杞憂で終わったが。

 

 その後はフランの宣言通り、少し威力を上げた拡散レーザーに加えて、狙った相手に少しだけ誘導する光球を放つ魔法や、爆発する火炎弾を生み出して放つ魔法などを弾幕の如く撃ちまくり、()()()()()()()を集中して狙うも、狙われた本人の技術の高さや他の仲間の援護防御もあり、多少の手傷は負わせられてもなかなか有効打が与えられずにいた。

 

 当然、フランが本気で挑まなければ相手に反撃もされてしまうが、大半がレーヴァテインや手の平サイズの防御魔方陣での防御に成功している。戦闘経験が皆無であるが故に防御や回避しきれず、妖気の込められた剣にかすり傷をつけられたりはするが、持ち前の再生能力で一瞬で治るため実質無傷であり、戦況はほぼ互角と言ったところだ。

 

「外で遊ぶのってこんなに楽しいんだ……ふふっ、今の気分は最高だわ! これだけやっても、()()()()()()()のだから!」

「っ! 玩具扱いされて、こっちの気分は最低最悪ですけどね!!」

 

 お互いに攻めきれずにいたが、これこそが今のフランが求めていた『遊び』であるため、本人の気分は今までにない位に高ぶっていた。対して、天狗側は致命傷は負っていないとは言え激しい攻撃によって少しずつ手傷が増えていき、更に玩具扱いされて最悪な気分となっていたが、当然である。

 

 完全に蚊帳の外と化したレミリアたちも、あらゆる攻撃から館を保護するのに忙しいため、こちらもあまり良いとは言えなかった。こうなったフランを止める手段は現時点で存在しないため、その考えはレミリアたちには全くない。

 

「はぁ……はぁ……このままではじり貧ですね……ならば」

 

 フランが威力を抑えた多種多様な魔法を弾幕のように撃ちまくり、天狗9人がそれを迎え撃つか回避した後に隙を見て反撃をすると言うのをある程度繰り返していると、リーダー格の天狗がこのままではじり貧だと理解し、一旦後ろに飛行した後にとてつもない速度で迫り、妖気を纏う剣を首筋へと振りかぶった。

 

 しかし、それをフランは驚きを見せつつも力を込めたレーヴァテインによって受け止め、空いた左手で相手の剣を持っている腕を掴んで握り潰し、武器のように散々振り回した後に仲間の天狗の方に向けて投げつけると言う、奇妙な行動を起こす。何とか構えを取れていた天狗たちは無事にリーダー格の天狗を受け止める事に成功するが、これによって片腕が完全に使い物にならなくなってしまった。

 

「うーん……天狗の血もなかなか良い味だけど、やっぱり人間の血の方が美味しくて力も滾る気がするなぁ」

「ひぃ……」

「気をしっかり持て! アイツは吸血鬼だから何らおかしい事はないし、そもそも血を啜って肉を喰らう妖怪など珍しくもないだろう!?」

「そんな事言われても、隊長が……」

 

 更に、それによって手についた滴る血を飲んで味の感想を淡々と述べ始めた事によって、血を好む得体の知れない化け物と認識し始めた天狗が怯えてしまう。そうなれば、フランの狂気混じりの妖気に当てられても何とか耐えられていた状態を保つのも難しくなってしまう。

 

 そうなれば、腕を負傷したリーダー格の天狗と3人以外は動けはするが、まともに戦う事が難しくなるレベルにまで弱体化してしまい、その上知らぬ間に逃げ出す者も現れたり、とち狂ってレミリアたちに襲撃を仕掛けて瞬殺される

 

「片腕が使い物にならなくなって正直辛いですが、死んではいませんし、大丈夫です。しかし、この状況……山の皆さんや射命丸様、鬼の皆様と言った方々が来てくれないと絶望的ですね。むざむざ逃がしてくれそうには……」

「あれ? もうおしまい? ねえ、もっと遊ぼうよ!」

「あはは……ですよねぇ」

 

 館から逃走して行った天狗が出ていった事は残った天狗たちも気づいてはいたが、彼らの気持ちが痛い程理解出来たため、止めようとはしなかった。襲ってきた敵はともかくとして、フランを含む紅魔館の主力組も同様であるらしい。

 

「どこまで戦えるか分かりませんが、逃げていった彼らがこの事を上に伝えてくれる事を希望に、僕はあのフランドールと言う吸血鬼に最期まで抗い続けます。君たちも、どうか協力してくださいませんか?」

「「「勿論です!」」」

 

 そうして、腕が使い物にならなくなりながらも奮起したリーダー格の天狗とその仲間との戦い……もとい『遊び』が再び開幕した。ただ、やはり利き腕が使えなくなった事と人数が半分以下になった事による戦力低下は大きく、フランが矢継ぎ早に放つ魔法を捌ききれずに当たってしまう回数も増えてしまっていた。

 

 15分程経った頃には、リーダー格の天狗は妖力枯渇により動けなくなったところをまだ何とか動ける1人に背負われて脱出、他の天狗3人の内2人は拡散レーザーを放つ魔法が運悪く胸などの急所を貫かれて死んでしまうと言う形で、戦闘は一旦終わりを告げた。

 

「どうだったかしら? フラン」

「えっとね、楽しかったよ! でも、ちょっとやり過ぎて壊しちゃったのが……」

「それは館への侵入者を殺しただけだから、問題ないわよ。それにしても、貴女にしては随分と抑えた方じゃないの」

「うん。気を付けてはいたかな」

 

 地下の部屋に封印されてからおよそ500年間遊ばなかった分、ほんの30分程度とは言え遊べて爽快な気分になっているフランの下へレミリアが話しかけ、会話を試みた。すると、レミリアに僅かとは言え笑顔を見せつつ楽しそうに話をし始めた事で、少し離れたところから様子を見ていた美鈴が、姉妹関係が戻る兆しが見えた事で1人静かに喜び、咲夜とパチュリーもそれを微笑ましく見守っている。

 

 しかし今回、フランの秘める恐ろしさを確認する事となってしまっていた。

 

 本来であれば基礎的な力で圧倒していたにも関わらず、つまらなくなると言う理由で笑いながら手加減して長く遊び、最後には弄ぶ。

 途中で相手の腕を握り潰したと思ったら、その時についた血を啜る。

 長い時間遊んだにも関わらず、未だに疲れが殆んど見られない。

 

 3人がレミリアから聞いていた昔の暴走時よりは遥かにマシな状況ではあるものの、劣化版とは言え実際にそれを見たのだから、恐ろしいと思うのも仕方がない。ただ、だからと言って再び地下の部屋に封印した方が良いとも、レミリアに進言するつもりなどつゆほどもないようだ。

 

「お嬢様。あの者共、どこかの組織に属しているようですので恐らく、この後大軍を率いてやってくるかもしれませんね」

「まあ、それならそれで良いじゃないの。形は変わりこそすれ、私たちの存在誇示が出来そうだし」

「なるほど。確かにお嬢様と妹様含め、たった5人の主力で大軍と対等に渡り合えば勝ち負けはどうであれ、強烈な印象に残りますからね」

「ええ……あら、噂をすればもう来たみたいよ。随分と早いわね」

「……そのようで」

 

 その後、咲夜が天狗たちの発言などからこの後大軍と相対する事になるだろうと言い、レミリアがそれならそれで良いのではと咲夜に言ったところで、開けっ放しにしてあった扉から館へと向かってくる大軍が見えたのを発見した。そのため話を中断し、館の主力全員で迎え撃つために外へと出る事を決めた。

 

 

 

 




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フランと吸血鬼異変(後編)

「小娘。貴様が我が同胞を痛め付け、弄んで殺めた吸血鬼か」

 

 レミリアが主力を引き連れて館を出て庭に向かい、やって来た敵の大軍と相対すると、その中で1番放つ妖気の大きい鴉天狗に開口一番強い敵意を持って話しかけてきた。ただ、その相手は偵察任務のために館を訪れていた天狗たちを玩具にして遊んでいたフランに対してであったが。

 

 その妖気は少し前に館に来た敵とはとは比べ物にならず、純粋な妖力量では天狗社会の中でもかなり強いと言える上、立ち振舞いから戦闘技術もそれなりにあり、仮に高い技術持ちとは言え近接メインの美鈴や咲夜がまともに戦えば、苦戦して負けるかもしれない程の敵である。

 

 天狗側も、今まで彼が出れば大抵の敵とは戦いにならず、なったとしてもその実力でねじ伏せて解決するため、万が一に備えて強力な援軍を備えているとは言え、今回も彼と彼の率いる先鋒小隊100人で済むものだと思っていた。

 

「痛め付けた……アハハ! 何言ってるのさ! 私はただ、楽しく遊んだだけだよ?」

「楽しく遊んだだと? 2人を殺しておいて、どの口が言うか!」

「え? この口が言ってるんだけど……て言うかさ、そんな事よりも私と遊ぼうよ! スッゴく楽しくなりそうだし!」

「小娘ぇ……我々を愚弄するのもいい加減にしないか!」

 

 この作戦は普通の敵であれば効果はあったかもしれないが、圧倒的妖力を秘めているフランにとっては、制限なく自由に楽しく遊べそうな玩具の内の1つにしか見えていなかった故に喜んでしまい、逆効果であった。

 

 フランとほぼ同程度の戦闘力を有しているレミリアも、ようやく戦いがいのある奴が出てきたかと気分を高ぶらせているが、妹がとても楽しそうにしているため今回は譲ってあげる事に決めて、自分は周りに居る奴らと戦おうと、紅い雷が走るグングニルを構えて戦闘態勢を整えた。美鈴と咲夜とパチュリーの3人も、そんなレミリアを見て即座に構えに入る。

 

「遊んでくれないの?」

「当然だ。我々は遊びに来たのではなく、貴様らを捕縛ないし討伐をしに来たのだからな」

「ふーん……そう」

 

 そうして、フランが先鋒小隊の隊長天狗に遊んでくれないのかと嬉々として問いかけるが、この状況下では当然の如く断られる。すると、フランは唐突にレーザーのように収束させた高温の炎を隊長天狗の部下へと向かわせた。

 

 一瞬だけではあったが、本気近い魔力を込めた全てを焼くと言える炎と化したそれは、全員の想定を超える威力の魔法攻撃であった。対応が遅れた敵へと命中したそれはあっさりと貫通、更に数人の身体のどこかを中途半端に貫きながら焼き、想像を絶する苦痛を与えた。

 

 加えて、それでも止まらないフランの攻撃はパチュリーの結界に当たると、周囲に炎を撒き散らしながら消滅した。この時の爆炎が予想以上に大きかったため、館の門ごと天狗を数人吹き飛ばす被害を与えるが、最初の攻撃によって警戒レベルを上げて防御結界を張って構えていたため、奇跡的にこれによる怪我人は居るものの死者は1人も出る事はなかった。

 

「それってさ……つまり、私が自分の意思で勝手に遊んで良いって事だよね!!」

「何故そう言う思考になるのかは理解出来ぬが……我々の仲間の命を玩具のようにして扱う貴様やその仲間を捨て置けば、いずれ災厄となってこの地に降りかかってくるだろう。だから、今ここで消えてもらおうか」

 

 その際、断られたフランは何故か『自分が勝手に遊んでも良い』と言う風に解釈したらしく、堂々と笑みを見せながら言い放った。これを聞いた隊長天狗は静かに怒りを燃やし、仲間の仇を取るために刺し違えてもフランだけは討ち取る事を決める。ただし、他の紅魔館の住人は当初の方針の通り、基本は捕縛の方向で進めるのは変わらないようだ。

 

「あれ? もしかして、やる気になってくれたの? なら、私もちゃんと応えないとねぇ!」

「っ!! 来るぞ! 戦闘態勢をとれ!!」

 

 そんな感じで闘志を燃やし、妖気を全部解放した隊長天狗を見て、なんだかんだ言いながら自分と遊んでくれる気になったのだと思って喜んだフランも、同じように妖気を解放してレーヴァテインを引っ提げて真っ先に隊長天狗へと襲いかかった事で、紅魔館の主力と天狗側の先鋒小隊100人との乱戦が始まった。

 

「おぉ……私の攻撃を受け流した! 凄いね、アハハ!」

「何て凄まじい力よ……分かってはいたが、ただ者ではないな! 小娘」

「あ、それと私は小娘じゃなくて『フランドール』って名前があるから、呼ぶならそっちで呼んで!」

「戦いの最中にそんな事言う余裕があるとは……末恐ろしいな」

 

 最初に襲いかかられた隊長天狗は妖気を纏わせ強化した刀で一瞬だけ受け止めた後、攻撃を受け流してフランのバランスを崩し、その瞬間に妖力弾を叩き込むと同時に素早さを生かして距離を取るも、軽めの攻撃であったためにフランには殆んど効かず、少し与えられた傷も高い再生能力によって瞬時に治癒してしまい、実質的には無傷であった。

 

 フランは自分の攻撃を無傷で隊長天狗にいなされたが、それで驚いたり焦ったりするどころかむしろ、嬉々としていた。レミリアから遊んでも良いと許可を取れている故に、何のしがらみもなく自分の攻撃をいなすほどの遊びがいのある相手と遊べるためである。

 

「ほらほら、どんどん行くからついてきてね!」

「くっ! 動きは単調だが、凄まじい速さと破壊力……そう何度も受け止められるものではないな」

 

 そうして、レミリアたちが残り90人程の天狗たちをコンビネーションや純粋な力量で翻弄していた頃、フランと隊長天狗の2人は紅魔館上空で空戦を行っていた。今のところは殆んど互角で推移している。

 

 フランがすぐに終わってはつまらないと言う理由から、得意な魔法攻撃をまだ行っておらず、レーヴァテインを引っ提げて近接攻撃のみを仕掛けているためである。もう1つは、剣術に優れている隊長天狗が攻撃をまともに食らわないように回避や受け流しを主に行い、その隙をついて妖力弾や妖気を纏った刀で攻撃を仕掛けると言う感じで、消極的なためだ。

 

「天狗って素早いんだね! ちょっとビックリしちゃったわ」

「こちらとしては、我々天狗の速さに余裕でついてきているフランドールにビックリだ。その上、純粋な妖気の強さでは我を上回ると来たら、当然だろう? しかし、だからと言って仇を取るのをやめる訳には行かぬ! 負担が凄いからあまり使いたくはなかったが、この技を使ってでも貴様を討ち取る!」

「ふふっ……そうこなくちゃね! じゃあ、私もいっくよー!!」

 

 ある程度の時間が経った頃、一向にフランに対して有効な一撃を与えられていない隊長天狗がこのままでは埒が明かないと判断し、有効時間が短い上に効果が切れた後は能力が減少する代わりに、効果時間内の時はあらゆる能力を大幅に上げてくれる『妖泉(ようせん)』を自身に使い、強さの底上げを図った。

 

 この状態の隊長天狗は一時的ではあるものの、妖力だけでみれば幻想郷の上位陣に若干劣る位には強くなっている。故に、今までフランも近接攻撃のみに抑えていたが、自作のものを含めたあらゆる魔法を戦いに織り交ぜても相手が壊れないと確信を持つ。

 

「よっと、ほら! そぉーれ!」

「ちぃ! この技を使っても攻めきれない術とは面倒な!」

「アハハ! まだまだこんなものじゃないから、壊れないでね!!」

 

 そうしてすぐ、フランはいきなり今まで放っていた小手先の魔法ではなく、自身と同等の強敵を想定した本気の魔法をいきなり使用し、隊長天狗へと放った。

 

 自身の翼についている、色とりどりの宝石と同じような形の光弾を大量に生成する『【禁弾】スターボウブレイク』の手数と威力は凄まじく、能力の大幅上昇中の隊長天狗ですら攻めきれていない。更に、狙いが逸れたものや弾かれたものが流れ弾となってたまに乱戦状態となっている地上へと向かっていき、貫かれたり地面の着弾時の爆発に巻き込まれて大怪我を負ったり死んでしまう天狗たちが出て来てしまっていた。

 

 ただし、庭はともかくとして紅魔館の建物自体には多重魔法結界が張られていてほぼ無傷、下で戦っているレミリアがグングニルで流れ弾を敵の方へと弾き返し、パチュリーが多重防御結界で防ぎきっているため、館の住人もほぼ無傷である。

 

「へぇ、切り抜けちゃった……凄いね! じゃあ……次はこれ!」

「なっ……囲まれた!?」

 

 最初の魔法の発動時間が切れ、所々負傷しながらも何とか切り抜ける事に成功した隊長天狗に対して、フランは拍手をしながら称賛の意を示すと、間髪いれずに次の魔法を発動させる。

 

 拳大サイズで多数の綺麗な緑色の弾幕を格子状にして対象の周りに展開し、動きを封じ込めた後に人間サイズの弾幕とそれに弾かれた小さな弾幕で追撃する『【禁忌】カゴメカゴメ』は容赦なく襲いかかった。ただ、隊長天狗は相当な実力者である上に術で強化された状態であるため、致命傷になりそうな弾幕を妖気を纏う刀で斬って捨て、残りの弾幕は強化された妖気を使って防ぎ、ダメージを最小限に防ぐ事に成功した。

 

「くっ……そこだ!」

「うぁっ……痛いなぁ! お返しだよ!」

 

 そして、魔法が解除された一瞬の隙を突いて、隊長天狗は種族の特性を生かして超加速し、すれ違いざまに妖気を纏った刀で斬りつける『【天翔】神速妖閃(しんそくようせん)』と言う技を繰り出して、フランに攻撃を仕掛けた。

 

 色々な条件が重なったため、フランはこの攻撃を完全に防ぐ事が出来ずに腕と脚を斬りつけられ、負傷してしまった。その上、この攻撃には再生能力の阻害効果があるらしく、傷の治りがいつもより悪いようだった。

 

 しかし、その程度ではフランが止まる事はなかった。攻撃を受けてすぐに相手の下へ向かい、自身の身長程の緋色の炎剣と化させた『【禁忌】レーヴァテイン』で斜め上に斬り上げ、刀を力ずくで弾いた後に腹部に蹴りを入れて吹き飛ばし、壁に叩きつけた。それから更に、追撃として爆発する魔力の塊をぶつける『爆裂魔導弾』を1発当て、地面が少し抉れる程の爆発によってかなり大きなダメージを与え、反撃すら難しい状況までに追い込んだ。

 

「ねえ、貴方。お名前は?」

「フランドール……そんな物を聞いてどうする気だ? どうせ、今から我を殺すのだから、意味ないだろう?」

「ふふっ……そんな勿体ない事しないし、意味だってあるよ! だってさ、私に初めて痛い傷を負わせた貴方と遊んだの……凄く楽しかったもの!」

「……」

 

 そうして、隙を見て襲いかかってきた他の天狗をレーヴァテインで、邪魔な虫を排除するが如く薙ぎ払うと、ゆっくりと隊長天狗の下へと近づいていった。明らかに、状況からして止めを刺しに行くようにしか見えないため、強化妖術の効果が切れていた彼は、せめて少しでも傷を与えようと運良く側にあった刀を手に取ろうとした。

 

 しかし、その前にフランがその刀を手に取ってから話しかけたため、諦めて話を聞く事に決めて耳を傾けた。すると、その内容が隊長天狗の名前を聞くものであったため思わず拍子抜けして、どうせ今から殺す相手の名前なんか聞いたって意味ないだろと言ってしまう。

 

 すると、フランがクスクス笑いながら、せっかく楽しく遊べる相手が見つかったと言うのに殺してしまうと言う勿体ない事はしないと、自分を物のように扱う発言に隊長天狗は引いてしまい、黙り込んでしまった。楽しかったのに勿体ないと言う理由で、さっきまで殺しに来ていた相手を殺さない判断を下した事が理解出来ないからと言うのもあった。

 

「それで、お名前は? もしかして、ないの?」

「……八風(やかぜ)(つかさ)だ」

「ツカサ……うん! 分かった!」

 

 引かれているなどと微塵も思わないフランは、そんな隊長天狗の様子からもしかして、自分のように名前がないのではないかと思って聞いてみたところ、 彼は『八風 司』と名乗った。取り敢えず、名前はあるので名乗っておこうと判断を下したようだ。

 

「お姉様、大丈夫……って、聞くまでもなかったね」

「当然よ。この程度の相手なら100人程度が集まったところで、私たちなら余裕だし。それよりも、フランの方は随分と楽しめたみたいね」

「うん! 私の本気に結構長く持ちこたえてくれて、楽しかったんだよ! 痛い傷もつけられた程、凄かったんだからね!」

 

 隊長天狗の自己紹介が終わってからフランは動けない彼を担ぎ、もう既に天狗たちを全員無傷で戦闘不能もしくは殺すなどして制圧していたレミリアたちの下に向かい、戦いがどれだけ楽しいものであったかを語り始めた。

 

「貴様ら……我々を随分と弄んでおいて、どう言うつもりだ!」

「あら、フランと盛大にやり合ったのにまだ喋る体力があるなんて、凄いじゃないの。それと、私たちは侵入してきたお前たちをそれなりに扱っただけよ? その証拠に、侵入者以外はまだ殺してはいないでしょう? まあ、やり過ぎなのではないかと言われると、一概に否定は出来ないけど」

()()って事は、ここに居る我らを殺してから我らの本拠地に攻め入る可能性もあると言う事なのだろう?」

「さあね。ご想像にお任せするわ」

 

 すると、隊長天狗の司が2人……特にフランに対して、この状況を楽しんでいる事に対しての怒りを露にし始めた。それに対して、レミリアはフランとやり合ったのに喋るだけの体力がある事を称えた後、やり過ぎなのは一部否定はしないものの、今回の襲来に関して言えば侵入者を全力で排除したに過ぎず、どうこう言われる筋合いはないと言う旨の話を担がれている司に淡々と聞かせた。

 

 その後、レミリアの話を聞いた司が、いずれ自分たちの本拠地まで攻め込んで来る可能性を問うと、何か含みがある感じで想像に任せると言うに留めたため、彼の不安は拭えなかった。

 

「あらあら、随分と派手にやった事……」

「くっ……まさか、天狗の中でも相当の実力者である司殿が相手にならない程の敵であったとは……驚きですね。最初から私が来ていれば良かったかもしれません」

 

 そうして色々なやり取りを紅魔館の面々が交わしていると、突如として門のあった位置近くの空間が裂け、レミリアやフランと同等かそれ以上の妖気を放つ2人の女性が中から現れた。突然の状況に美鈴と咲夜とパチュリーは勿論の事、フランも呆気に取られていた。

 

「貴女がここの管理者ね? で、そっちの方が従者……いえ、調べた限りでは式神だったかしら?」

「如何にも。貴女の言う通り、私が幻想郷の管理者『八雲紫』ですわ。そして……こちらが『八雲藍』で、式神よ」

 

 しかし、レミリアだけは幻想郷に来る前から既にある程度の調べがついていたらしく、裂けた空間のスキマから出てきた女性2人に話しかけ、幻想郷の管理者とその従者であるかと質問を投げ掛けた。すると、調べた通りの情報であったらしく、それぞれ『八雲紫』と式神の『八雲藍』と名乗った。その後、レミリアも自己紹介をしてから館の住人たちを順々に紹介をしていった。

 

「さて、単刀直入に言うけれど……レミリア。貴女の館の住人も含めてこれ以上暴れるのは止めにしてもらいたいのだけど。被害も洒落にならないでしょうから」

「なるほどね。まあ、今の戦いで私の目的はそれなりには達成出来たとも言えるけど……ただ、それでは紅魔館とスカーレット家の吸血鬼と言う存在を、ここの妖怪に示しきれたとは言えないし……」

 

 すると、紫がレミリアに対して幻想郷でこれ以上暴れるのは止めてもらいたいと言う『お願い』をし始めた。紅魔館の面々が全力で暴れれば、流石に滅びはしないだろうが被害が洒落にならないとの判断から発言したようだ。

 

「ふむ……それなら、幻想郷の実力者たちを集め、そこにレミリアとフランドールの姉妹が顔を出して、実力を示すのに都合の良い舞台を私と藍が用意するわ。ついでに観客もね。これなら良いでしょう?」

「うーん……まあ、管理者である紫がそう言うなら良いわ。ひとまずその日がやってくるまで、大人しく館の中で待っていれば良いのかしら?」

「ええ、そう言う事よ。物分かりが良くて助かるわ。じゃあ、その日が来たらまたスキマでここに来るから、お願いね」

「分かったわ。取引成立ね」

 

 レミリアが紫のお願いに対して、目的をあまり達成出来ていないと言う理由で難色を示していると、それに関して言えば紫と藍の2人がおあつらえ向きの舞台を用意する事を約束した。これによってレミリアも紫のお願いを聞き入れて、このまま紫が来なければやる予定だったある程度の侵攻を中止する事を決め、あまり大事にはならずに吸血鬼異変は幕を閉じる事となった。

 

 

 

 




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フランと吸血鬼異変(エピローグ)

「ねぇ、お姉様。あの紫って言うスキマ妖怪、まだ来ないの? あの時、幻想郷の強い妖怪と遊べるって言うからもっと遊びたい気持ちを抑えて仕方なく諦めたのに、1ヵ月近くも来ないんだったらその甲斐ないじゃん!」

 

 天狗勢力との激しくも一方的な戦闘が起こってからちょうど1ヵ月近くが経った紅魔館内にて、とある理由から激しく不満を露にしたフランが、レミリアに対して強く詰め寄っていた。

 

 それは、紅魔館の庭で行われた戦闘が終わってから少し経った後行われた、レミリアと紫の急な打ち合わせにて出て、本人に伝えられた『フランを幻想郷の強者と遊ばせる』と言う約束が、実際には2週間前にとっくに叶ってもおかしくないにも関わらず、1ヵ月経っても紫からの音沙汰がないためである。

 本当なら、あの場に居た天狗たち全員と遊び尽くしたい欲があったが、紫が来るまで我慢していれば『ツカサ』と言う天狗よりも強い幻想郷の猛者と思う存分遊べると提示されたため、襲い来る衝動を抑えつけて待っていた故に、フランの怒りがどんどん強くなっていった。

 

 レミリアも、このままではフランが暴走して幻想郷との全面戦争になりかねないと危惧していたため、根気よく宥めたり門番の仕事を美鈴から回してもらい、時折襲い来る妖怪と()()()()事で何とか持たせていたが、フランが戦った腕利きの天狗である『八風 司(やかぜ つかさ)』は勿論の事、最初に館に入ってきた数人の天狗たちにすら大きく劣る野良妖怪が数体程度では玩具にすらならない程脆く、少し日時が経てば弄ぶのすらも飽きてしまい、今回の詰め寄り行動を起こした原因になっていたのだ。

 

「確かに遅すぎるけど……まだ期限まで少しあるから、落ち着きなさい。胡散臭く見えても、紫は約束を破るような奴じゃないから、もう少し待ちましょう? それに、時々侵入しようとやって来る野良妖怪と遊ばせてあげてるじゃない。何だかんだ言って、楽しんでたでしょ?」

 

 そんなフランを見たレミリアは、紫が来るのが遅すぎると言うフランの意見は肯定しつつ、約束を破るような奴ではないから待とうと諭し、それから要望通りに野良妖怪を玩具にして弄ばせ、何だかんだ楽しんでた事を指摘して我慢してくれと

 

「むぅ……確かにそうだけど、この間遊んだ『ツカサ』って天狗か、せめて館の中に入ってきた天狗じゃないとつまんなくて嫌! ちょっと小突いたりして遊んでるだけなのに壊れちゃうなんて、遊び相手どころか玩具にしても……すぐに飽きちゃったわ」

「どう考えても、あれはちょっと小突くの内に入らないと思うのだけど……私がおかしいのかしら?」

 

 まさにその通りな指摘をされたフランは、何だかんだ楽しんでた事はばつが悪そうに認めつつ、やはり少し小突いた程度で壊れてしまう野良妖怪程度ではすぐに飽きてしまってつまらないと、改めて不満を露にした。ただ、フランにとっては少し小突いた程度であっても、その様子を眺めていたレミリアから見れば明らかにその程度ではなかった故に、自分の感覚がおかしいのかと思ってしまう。

 

「いえ、レミリアお嬢様はおかしくはないと思いますよ。少なくとも、妹様の『お遊び』を見た事がある私は、同じ思いです」

「そう? 少し安心したわ」

「それに、あれは今までそう言う経験がなかった故の感覚の違いなどによってのものですので、根気強く教えて経験を積ませてあげれば、妹様にとって取るに足らない私のような木っ端妖怪や人間相手でも戦いを楽しめる位にはなれるかと思いますよ! その役目は私でも良いですが、こう言うのはやはり姉であるお嬢様がやった方が良いと判断します」

 

 しかし、その話に割り込んできた美鈴が自分も同じ思いであり、全くおかしくはないと肯定してくれた上に、フランとの感覚の違いは今後の努力次第で修正は十分可能だと思うと言ってくれたため、レミリアはほっと一安心すると同時に、美鈴の言う通りにしようと心に誓った。

 

「そうね……と言うか、1回手合わせしてみたいって言われた程な美鈴を、フランが木っ端妖怪って思ってる訳ないわよ。そうでしょ?」

「うん、お姉様の言う通りだよ。あんなのと一緒にしたら、美鈴に失礼だしね!」

「あはは……恐縮です」

 

 話が終わった後、途中で美鈴が自分を木っ端妖怪と言ったのをレミリアが否定し、フランも野良妖怪を引き合いに出して強く同意を示すと言ったやり取りを交わしていた時、突如全員の目の前の空間が裂け、そこから紫が出てきた。

 

「やっと来たわね、紫。随分遅かったせいでフランがご立腹だったから、対処が大変だったのよ……」

「約束の時間、とっくに過ぎてるのにどう言う事なの……? ねぇ、答えてよ!」

 

 瞬間、フランが無言で紫に対して遅すぎた事を責める意思を込めて睨み付け、レミリアはそんなフランの機嫌取りに四苦八苦した事を伝え、やんわりと抗議した。

 

「……そのようね。少し言い訳させてもらうと、幻想郷の猛者たちとの交渉に手間取っていたからなのだけど……まあ、その分貴女たちが満足するような者を連れてきたから、どうか矛を収めてくれるかしら? フランドール」

 

 レミリアからそう言われ、今にも暴れ出しそうだと言われれば納得出来そうな位の様子であるフランを見て、紫は顔をひきつらせながら遅れた理由を説明し、その分満足出来るくらいの人物を連れてきたから落ち着いてくれと宥めつつ、万が一に備えて藍にすぐさま動けるようにと指示を出した。

 

「ふーん……なら良いけど、その人たちはどこに居るの?」

「このスキマを通れば、すぐにその人たちの所へ行けるわ」

「この薄気味悪いスキマの中を? もっとどうにかならなかったの?」

「こればかりはねぇ、どうにもならないのよ。我慢して頂戴」

「そっか……まあ、向こうで楽しく遊べれば良いや。お姉様、早く行こ?」

 

 しかし、紫の言った『満足出来るくらいの人物を連れてきた』と言う言葉を聞いてフランが矛を収めたため、ひとまず紅魔館内が戦場と化す事はなく、冷や汗をかいていた藍もホッと一安心する事が出来た。それから、幻想郷の猛者がどこに居るのかと言う問いに対して紫がスキマを通るように促し、フランがあまりの不気味さに辟易しながらも、レミリアの手を引いてスキマへと飛び込んだ。

 

「あらあら……()()()()()が全く歯が立たなかったって言うからどんな者が来るのかと思ったら、可愛い女の子が2人とはね。まあ、私に負けず劣らずの妖気持ちみたいだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど」

「話には聞いてはいましたが、あの金髪の……確か『フランドール』さんと言いましたっけ。まさか、勇儀さんや幽香さんと同程度の妖気持ちとは思いませんでしたよ。隣の青みがかった髪の子も同じ位のようですし……悔しいですが、これなら司殿ですら歯が立たなかったのも納得ですね。私でも真っ向から挑んで勝てるかどうか、分からない程ですし」

「幽香やあたしと同等……か。確かに、コイツは文の言う通りかもしれないね」

 

 すると、スキマを通って行った先に居た多くの人妖の中でも特に強い力を持つ3人の大妖怪『風見幽香』『射命丸文』『星熊勇儀』が、レミリアとフランの容姿に一瞬驚き、自分たちと同等の力を持つ事に対して更に驚いた。特に文は、天狗勢でも上位に位置する『八風司』からフランにボロ負けした事を伝えられている上に仲間の犠牲者が出ている事から、この場に居る誰よりも表情が険しかった。本人は気づいていないが、無意識に妖気による威圧までしている。

 

「ねえ! 貴女とっても強そう! 私と思いっきり遊んでよ!」

「……」

 

 しかし、そんな文の無意識の妖気による威圧など全く意に介さず、フランは目の前に居た勇儀の下へと近づくと、瞳を輝かせながら自分と思いっきり遊んでくれと純粋に懇願を始めた。

 

「このあたしを全く恐れないどころか、文や幽香の圧力を全く意に介さない程とは……気に入った! 紫との約束もあるから、気の済むまでやり合う事が出来ないのは残念だが……」

「え、良いの?」

「勿論だ! さあ、そうと決まれば外へ出るぞ」

 

 幻想郷では上位に位置する、自分を含めた実力者の圧力を全く意に介さないフランを勇儀は気に入ったらしく、遊んでくれとのお願いを二つ返事で了承した。

 

「さてと、嬢ちゃん。お先にどうぞ」

「うん……じゃあ、行くよ!」

 

 そして、お互いの準備が出来た所でまず最初に動いたのはフランだった。勇儀が前に戦った司よりも遥かに強い妖怪であるとすぐに悟った故に、一切の手加減なしの通常弾幕を放ったが、避けるか拳1つで迎撃されて打ち消されてしまう。それから、お返しとして勇儀も手加減なしで真っ向から殴りかかるが、こちらもフランが同じように全力の拳で迎え撃って威力をほぼ相殺した事で、ダメージは殆んどなかった。

 

「っ! 押し負けてる……!?」

「純粋な力ではあたしの方が上か……そぉら!」

 

 しかし、拳の押し合いでは勇儀の方に軍配が上がってしまったらしく、押し切られたフランが勢い良く殴り飛ばされ、紫がいつの間にか戦闘場に用意していた四重結界に叩きつけられてしまった。その後、追撃として勇儀が高速で近づいて妖気を纏わせた拳を思いっきり振るうも、フランが独自開発の魔法『【魔障】フューズサークル』を使って大部分の衝撃と破壊力を光弾に変換して散らし、散らしきれなかった分を展開した魔方陣の純粋な防御力で受けきった事で、何とか無傷で凌ぐ事に成功した。

 

 更に、それによって変換されて散らされた衝撃と破壊力が込められた光弾の一部が勇儀に直撃し、少なくないダメージを負わせた事でもう一撃入れる事を一瞬躊躇った隙を突き、距離を取って魔法を主体とした中~遠距離で戦う準備を整える。ただ、これだけの威力の攻撃を防ぐ魔法によって消費した力がかなり多かったようで、フランにも疲れが見え始めている。

 

「魔方陣にヒビが入る程の威力……これ、生身で受けてたら流石の私でも無事では済まなかったかも……!」

「まさか、あたしの本気の一撃を無傷で凌ぐだけでなく、反撃を入れてくるとは驚いた。流石と言ったところだ」

「貴女と遊ぶの、ツカサと遊んだ時よりも楽しいわ!」

「そうかい……そう言ってもらえると光栄だね!」

 

 勇儀の方も、本気の一撃を防がれて反撃をもらった事に衝撃は受けたものの、すぐに気を切り替えて戦闘の

 

 それからの戦いは2人の実力が拮抗しているために、紫の張った四重結界すら割れてしまいそうな程、凄絶なものとなった。勇儀の妖気弾を交えた近接攻撃に苦しみながらもレーヴァテインや拳、手の平サイズの防御魔方陣で防ぎつつ、隙を見て放った『【禁弾】過去を刻む時計』によって脇腹に大きな傷を与え、更に『【禁弾】スターボウブレイク』で追撃する。

 

 これを所々に大小様々な傷がつけられ、ダメージをかなり負ったものの、未だに動ける勇儀はフランに対して反撃の手を緩めるどころかむしろ強め、その様は拳の嵐と呼んでも差し支えない程となっていた。

 

「これだけやっても全然堪えないどころか、私の傷がどんどん増えてく……アハハ! こんな経験初めてだよ!」

「十分堪えてるんだけどね……」

「そんな貴女なら、これも耐えられるよね……?」

「っ!?」

 

 何とかこれの防御や回避、迎撃を試みるもしきれなかった分の攻撃をもらってしまい、どんどんフランが負う傷が増えていった。順当に反撃による勇儀の傷も増えているものの、こちらはペースが遅いため、この近接攻撃においてはフランが若干不利な状況に追いやられている。ただ、吸血鬼特有の圧倒的再生能力による回復があるため、実質的には互角の状態となっている。

 

 そんな状況であるが、自分と同等かそれ以上の強さを誇り、再生能力があってすらほぼ互角と言う『勇儀』と言う存在に対して、フランはとても歓喜していた。故に、今まで自分の中に理性で抑えていた『狂気』が表へと出かかってきてしまい、それがどす黒いオーラとして具現化、フランの力を今まで以上に強化してしまう。

 

 理性が全て消え去った訳ではないとは言え、それは同時に性格をより残虐かつ好戦的な物へと変化させてしまう。勇儀もフランのその変化を不味いものだと一瞬で悟り、四天王奥義『三歩必殺』の構えを取ろうとした。

 

「2人共、そこまでにしておきなさい!」

 

 しかし、そのタイミングで観戦していた紫が猛烈な怒気を放ちながら乱入し、強く

 

「なんだい、紫。今良い所だったのに……」

「ちょっと遊ぶ程度ならまだしも、本当の殺し合い一歩手前までして良い許可は出していないわ、勇儀。危うく観戦者まで被弾しかけてるし……フランドールも、そんな物騒極まりない『狂気』まで出して……」

「仕方ないねぇ……横やりを入れられて興ざめしたし、今日はここまでにしとこうか」

「本当、邪魔者が入って興ざめしたけど……楽しかったよ! またやろうね! えっと……」

「紫も言っていたが、あたしは勇儀だ。勿論、また今度邪魔が入らない所でやり合おう。フラン!」

「うん!」

 

 これによって、フランと勇儀の殺し合い一歩手前の遊びは幕を閉じた。そうして室内へと戻ると、良い物を見せてもらったと幽香はフランに対して機嫌良く話しかけて若干命令口調で次の戦いを予約し、文はフランが勇儀や幽香と同じ戦闘狂気質であり、力も似ている事実にどう足掻いても報復など無理と悟った。他の幻想郷から集められた観客側の人妖は、純粋に新たに勇儀や幽香などと並んで強力無比な妖怪が現れたと恐れおののいた。

 

「そういや、フラン。あそこで紫と会話してる青みがかった髪の子なんだが……」

「あれ? レミリアお姉様だよ。純粋な力だと私の方が少し上だけど、あまり勝てないの」

「……? 確かにフランと同じ位の妖気持ちだから簡単には勝てそうにないのは分かるが、あまり勝てないとはどう言う事なんだ?」

「えっとね、昔の話なんだけど……私の動きが殆んど全部読まれちゃって攻撃がなかなか当たらなくてね。その上、お姉様の攻撃自体も凄く正確かつ強力だから、凌ぐのが大変でさ」

「ふむ……どれだけ強力な攻撃でも当たらなければ意味はない。その上攻撃も的確と言うなら、ソイツは厄介だね」

 

 戦い終えた後の勇儀とフランは、休憩がてら紫と話しているレミリアについての話題で盛り上がっていた。その中でも、フランが本気を出して戦っても勝率が悪いと言ったため、勇儀はレミリアがどれだけ強いのかと驚くと同時に1度手合わせをしてみたいと思っていた。

 

 そんな感じでフランと勇儀の話し合いが一段落ついた後は、先ほどまでの戦いを見ていた人妖たちと軽く挨拶を交わし、文と話し合って後日謝罪に向かう事と相互不可侵の契りを結び、改めて紫から幻想郷への歓迎の言葉をもらった所で、この催しは幕を閉じる事となった。

 

 




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