藤原千花を独占したい (狩る雄)
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過去編
過去編 高校1年入学直後


(過去編)

 

 

 俺たちの通う私立秀知院学園、貴族や士族のための教育機関として創立された名門校だ。貴族制が廃止された今でも富豪や名家の一族が通っていることで全国的にもトップクラスで、エスカレーター式であるし、お坊ちゃま・お嬢様学校みたいなものだ。

 

 受験に受かることができれば、外部から庶民であっても入学することができる。しかし、純院の生徒は中等部から仲良しこよしであり、すでに形成されたスクールカーストのあるグループに馴染むことは容易ではない。

 

 

「不良を発見しました。これより確保します」

 

 だからなのか。

 今日もお昼は敷地の隅で。

 

「冗談です。焼きそばパンを食べているから、誰かをパシらせたのかと勘違いしました」

「……なんだ、筑紫か」

 

 そもそも、通信なんて行っていないけれど。

 雰囲気だ。

 

 晴れ晴れとした青空なのに、リヤカーの上に腰かけた目の前の男の目は淀みきっている。しかも、学園内にいくつか点在する倉庫の中でも、特に古びた倉庫の影だ。まあ、トイレの個室よりは、ボッチ飯には適した場所ではある。

 

 ともかく、目の前の白銀は不本意な入学ということもあって、かなり荒んでいた。自分から進んで友達を作るようなやつではないし、『うまくやる』こともできていない。せめて、同じクラスだったのなら、良かったのだけれど。

 

「自分、昼休みの校内の巡回中なのですが。とても暇です」

「今日もサボりか、風紀委員」

 

 歩きスマホの注意、アプリやゲームの注意、何かトラブルが起きていないかの見回り、そういう名目上のパトロール。

 

 本気で注意するとなると、キリがない件数だ。そして、スクールカーストで上の相手を注意することにも勇気がいる。それが格上の『家』の生徒なら尚更だ。まして、規則に口うるさいやつは疎まれて、友達が減る。

 

 いつしか風紀委員たちは注意することをやめていた。

 どうにかして、今の委員会の空気を変えないとならない。

 

「さて、買いすぎました。だからプレゼントフォーユー」

「結構、買ってきたな……」

 

 手に持っている袋をリアカーに置いた。

 施しを受けることは彼のプライドに障るかもだが。

 

「全部焼きそばパンかよ!? 新手のいやがらせか!」

「合計10個あります。5つくらい成長期の男子なら食べてしまえ」

 

 世間には、50人前のハムサンドを1人に対して奢った人もいるくらいだ。世間というか個人であり、俺の腹違いの姉なのだが。

 

「相変わらず、お前といると調子が狂う。

 変わらないな、筑紫」

 

「いろいろと変わっていますよ。この前の身長測定では、背が伸びていました」

 

 白銀は焼きそばパンを取り出して、食らいつく。

 その姿には品性の欠片もない。

 

「そっちのクラスはどうですか?」

「……純院のやつらは、金持ちで、親の七光りのボンボンばかりだ。……くそっ」

 

 吐き捨てるように、そう言った。

 

「いやいや、もっと内情を教えてください。誰と誰が拗れているとか、誰がクラスの中心人物かとか」

「一体、お前は何を狙っているんだ!?」

 

 すっと、天へ向かって人差し指を上げる。

 おばあちゃんは天国で元気にしているだろうか。会ったことないけど。

 

「冗談です」

「ああ、そう……」

 

 白銀は3つ目の焼きそばパンに、食らいついた。

 さて、生徒会長は何の用か。

 

「そこで見ている生徒会長さんも、焼きそばパン欲しいのですか?」

「いや、校内の巡回中さ。風紀委員所属、川田筑紫君」

 

 今となっては珍しい学生帽、そして純金飾緒を身に着ける生徒はこの学園で1人しかいない。

 

「そっちの君は、特待枠の白銀御行君だよね?」

「そうですけど……」

 

 その後、放課後に生徒会室に来るよう伝えられた。

 

 

****

 

 歴史ある生徒会室は少し古びており、厳格な雰囲気が感じられた。今は優しい笑みを浮かべる現生徒会長しかいないが、人や生活感によって場所の雰囲気は変わる。紅茶の香りも加わって、少しその厳格さは緩和されていた。

 

「僕が生徒会に、ですか?」

「生徒会の役員は会長が指名することになっていてね。毎年4月は部の連中と人材を奪い合う青田刈りのシーズンというわけなのさ」

 

 どこからどう見ても、ボッチ童貞なやさぐれ状態の白銀に目をつけるとは、生徒会長は面白い人のようだ。社畜適正の高い白銀はさぞ、生徒会庶務として大いに働かされることだろう。

 

「……なんで僕なんですか? 僕より優秀な人はいっぱいいます」

 

 成績や能力で考えれば、確かにそうだけれど。

 

「例えば、ここにいる筑紫だって」

「俺に風紀委員と兼任しろだなんて、白銀生徒会役員さんは鬼ですか?」

 

 俺より成績いいじゃん。

 

「あっ、えっと、まだ決めたわけじゃなくて! こいつが勝手に!」

「わかっているよ。2人は仲がいいようだね」

 

 フッと笑みを零して、紅茶を飲んでいる。

 華道部に所属していることもあって、品格が感じられる。慣れない手つきでカップを持っている白銀や俺が、ますます庶民なのだと感じさせられる。

 

「惜しいけど、君は風紀委員でなかなか充実した日々を送っているようだからね。応援するよ」

 

 応援、ね。

 動き始めた段階なのだが、もう耳に入ったか。

 

「そうだ。他にも、あの学年1位の人とか相応しいと思いますよ」

「氷のかぐや姫、のことかな?」

「うちの白銀君、なかなかお目が高いんですよ」

 

 白銀から『お前は誰の味方だ』という視線を向けられたが、俺は君の味方だ。

 

「四宮財閥のご令嬢の他にも、四宮分家、ガルダン・アーサラム王国、指定暴力団組長、政治家、出版社社長などなど、1年だけでも選びたい放題ですね。生まれた『家』で見るなら」

「よく知っているね」

「……俺たちって、入学して1週間しか経っていないよな?」

 

 肝心の四宮かぐやの情報が入ってこないけれどな。

 

「ともかく! そんなに候補がいるじゃないですか。僕なんて混院……外部生ですし、特待枠の中でもドンケツの補欠合格です。何の取り柄もないですから……」

 

「それで良い」

 

 膝の上で手に拳を作り、俯いていた白銀が顔を上げた。

 

「我々はこの秀知院という箱庭の中で生きてきた者ばかり。だから、外の世界をフラットな視点で見てきた人材が1人は必要だと思っていてね。ぜひ君の見識を活用させてほしい」

「……でも、他にも混院の生徒だっているはずです」

 

 相変わらず、白銀は自己評価が低い。一度探りを入れたが、ほとんど父親と離婚しているような母親によるトラウマが原因らしい。誰かに認められたいという欲求が人一倍強い思春期男子だ。

 

 誰かと付き合って、彼女さんにでも肯定してもらえれば、もっと自信がつくのに。

 

「まあまあ、今日は生徒会活動を見学するだけでも構わないからさ」

「……それくらいなら」

 

 

****

 

 今日のところは、『血溜沼』という学園内の沼の清掃を行うらしい。

 

「いや、これは、なかなか……」

「よくここまで放置しましたね」

「耳が痛い話だね」

 

 そんなおどろおどろしい名前の沼だが、ただの汚い沼だ。藻が湧いているし、おそらく枯れ葉や枝は沼底から積もっているし、大きな枝も水面から突き出している。本格的な排水管の修理は業者が行うらしいが、その前に軽い掃除を行うために、ボランティアを呼びかけたようだ。

 全体的に女子が多いのは、会長のイケメン度からだろう。

 

「血溜沼ですか?」

「武将の首が今も底に沈んでいる、なんて話もあるね」

 

 この学園、曰く付きの場所が多いらしい。だから、『あり得ないことではない』と思いつつ、俺はネットを手に取った。そして、学ランを脱いで、畳んで地面に置く。

 

「冗談ですよね?」

「冗談だよ。武将の首を掬ってもゴミ袋には入れないようにね」

 

 2人して、俺の口癖パクるな。

 生徒会長から、白銀も渋々とネットを受け取った。

 

 

「この沼の水、なんか病気になりそうだよね」

「こんなことなら体操服で来ればよかった」

 

 綺麗な水しか触ったことがないのだろう。

 強いて言うなら、海水。

 

「会長に頼まれたから仕方ないよねー」

「いや、俺とか自主的に頑張ってるし!」

 

 アピールポイントを増やす機会になる。

 確かに、ボランティア活動の報酬の1つだ。

 

「かぐやさん。だれかの首、出てきたりしないですよね~?」

「……出てくるわけがないでしょう」

 

 少し怖がっている声が耳に入ってくる。

 怖いもの見たさというわけではないらしい。

 

「わわっ! あの人、平気なんですかね?」

「……そうね」

 

 そして、俺や白銀のように黙々と作業を続ける人がいる。

 

 生徒会長に頼まれたこととはいえ、本気でやる義務はない。ボランティア精神に溢れている人もいるかもしれない。白銀のように気を紛らわせるために、打ち込んでいるのかもしれない。俺のように、少しみんなとはズレた目的があるのかもしれない。

 

「あの~」

 

 呼びかける声がしたので、作業を中断した。

 

 セミロングのウェーブのかかった髪に、黒いリボンをアクセサリーとして付けている。真っ黒なリボンで。独特なおしゃれをしているのはこの学園では1人だけだ。

 

 藤原千花。

 政治家である藤原大地の次女。

 

 特に、危険な人物ではない。

 

「えっと、大丈夫ですか?」

 

 彼女の視線は顔ではなく、制服に向けられている。

 『頭、大丈夫?』という意味ではないはずだ。

 

「学ランは無事ですから」

「う、うん。でもなんだかがんばっているな~って」

 

 長袖のカッターシャツは、沼の水が跳ねてかなり汚れている。そして、沼底から掬っていたため、右袖に至っては完全に色が染まっている。確かに、漂白剤と洗濯でなんとかなるレベルを超えている。

 

「もしこの沼に誰かの生首がずっと沈んでいたら、可哀想だと思いますから」

 

 我ながら、かなりズレた発言だ。

 こんなことを真顔で言われたら、引くだろう。

 

「冗談ですよ。まさか本気にしたんですか?」

「そ、そうですよね!

 さすがに冗談ですよね~」

 

 そう、それでいい。

 勝手に信じて、勝手にやっていることだ。

 

 しかし、あるかどうかわからないものを闇雲に探すのは、骨が折れる。もし『沼の水全部抜いてみた』をするにも、排水管が壊れているままではどうにもできない。

 

「キャーッ!」「大丈夫!?」

ドボンという音に少し遅れて、悲鳴

 

「たすけて!」

 

 助けを求める声。

 

「えっ、なにがあったの?」

 

 藤原千花の戸惑いの声は後ろへ。

 

 俺は、桟橋の板を力強く蹴った。

 

「今、助けるから!」

 

 まずは、落ち着かせないといけない。

 浮くだけならむしろ服を着ている方がいいのだが。

 

 水の中でもがく女子生徒の腕や足が、俺の身体に当たるが、この程度の痛みが耐えられないほど柔ではない。女子の脇腹を片腕で掴んで、俺たちの身体が沈まないように、平泳ぎの応用で足を動かす。

 

 沼ということもあって、いろいろと足に何かが当たる感触がしている。服を着たままであるので、どんどん体力は奪われていく。

 

「ロープ!」

 

 そのワードを叫んだことと同時くらいに、女子生徒が飛び込んできた。腰にロープを巻いていることが一瞬目に入ったのだが、自分が溺れている女子を掴んで引き上げる算段らしい。

 無茶をする。

 

 その細い両腕で、女子生徒の身体をしっかりと持った。

 

「いけるぞ!」

「みんな、引き上げるんだ!」

 

 白銀の声で、引き上げられていく様子が目に入る。

 

「大丈夫!?」

「どこか痛くない!?」

 

「がぐや゛ざぁん゛ だい゛じょうぶでずがぁ!」

「あーもう! あなたまで汚れるわよ!?」 

 

 そういった声が聞こえたことで、一安心。

 俺も手足を力強く動かして、桟橋へ泳ぐ。

 

「筑紫、無事か!?」

 

 白銀の腕をしっかりと掴んで、片手は桟橋を押さえつけるように力を込めて、沼から這い上がる。全身から、びちゃびちゃという音を立てて水が垂れた。シャツの袖で顔を拭うが、むしろ汚れがついたくらいだろう。

 

「ずぶ濡れ。携帯が生きているかどうかが心配だ」

「ははっ……元気そうだな」

 

 財布は学ランに入れていたことで生きている。でも、携帯2台同時に逝ってしまうのはかなり堪えるから。

 

 生徒会長がテキパキと、女子生徒を保健室へ運ぶよう指示しているようだ。そして、泥まみれの四宮かぐやは颯爽と去っていく。そんな彼女の姿を、白銀は目で追っていた。

 

「きれいだ」

 

 美人が台無しと言えるほど、背中まで届く長い黒髪から、足のつま先まで泥まみれだ。もちろん、その綺麗なはずの顔も雑に袖で拭っているため、泥に塗れている。そんな彼女でも、白銀は『綺麗だ』とそう評した。白銀はその姿を焼きつけるため、目にかかるくらい長くなっている前髪を手で上げた。

 

「……俺もなれるだろうか、筑紫や四宮さんみたいに」

 

 惚れたのか。

 この学園1の高嶺の花に。

 

「一目惚れですか?」

「あー、そうだよ! 悪いか!」

 

 伊達に数年間、友達はやっていない。

 はぐらかしても無駄だとわかっているようだ。

 

「あまり言いたくはないのですが……相手は『四宮』だぞ」

 

 友達だからその意志を確認しておきたい。これから彼が歩むのは、決して優しい道ではないからだ。

 

「そんなことわかっている。追いついてみせるさ」

「意志は固いようだな」

 

 白銀の『家』が一般家庭である以上、学力や人望でトップになることが求められる。運動神経はからっきしだし、音痴だし。世界で頂点に近い財閥のご令嬢である四宮かぐやの隣に立つには、せめてこの学園で頂点に近い位置にいなければならない。

 

 例えば、生徒会長だとか。

 

「それに、ヒーローは綺麗事だけじゃないからな。このように、泥を被ることになる」

 

 四宮かぐやはまさしくヒロインだった。

 容姿に自信がある女子ほど、泥は被らないものだけれど。

 

「相変わらず、冗談がうまいな。……でも、たしかに大変そうだ」

 

 

 

 そして、生徒会長がこちらへやってきた。

 

「一応、君も保健室で診てもらった方がいいだろう」

「では、うちの白銀君のお世話は生徒会長さんにお任せしますね」

 

 背中に『いつからお前は俺の保護者になった!?』というツッコミをかけられた。

 中学の頃、体育の秘密特訓に付き合ってからだ。

 



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2年1学期
第1話 映画の誘い方


友情、それは味方のために尽くすこと

努力、それは目標に向かって続けること

勝利、それは結果が得られること

 

 友情すら捨て、努力を続けて、それでも結果を残せなかった。それは初めての挫折。

 

 そこで彼は諦めなかった。見捨てられないために強くなろうと、あがいて這い上がろうと、友情と努力を諦めない。生きる世界が違うはずの女性に一目惚れし、その隣に立ちたいのだと恋い焦がれている。常に何かと戦い続ける彼は報われて然るべきだと思う。

 

 俺は王道が好きなのだ。

 

 

****

 

 俺たちの通う私立秀知院学園、貴族や士族のための教育機関として創立された名門校だ。貴族制が廃止された今でも富豪や名家の一族が通っていることで全国的にもトップクラスで、エスカレーター式であるし、お坊ちゃま・お嬢様学校みたいなものだ。

 

 以前まで分校から搾取していたあの高校と違って資金のやり繰りは、国を背負っているOBによって十分に成り立っている。だから、受験に受かることができれば、外部から庶民であっても入学することができる。

 

 まあ、時の流れで格式高い校則も緩和されたらしいし、あくまで思春期男女が通っている高校の1つであり、青春ラブコメが繰り広げられている場面はよく目にする。男女問わず、奥手な生徒が多いこともあり、恋バナはむしろ盛んであるかもしれない。

 

 だからなのか。

 今日のお昼も生徒会室で。

 

「誰かと交際しているのかどうか、今日も質問されたのですけど」

 

 まるで世間話かのように、四宮かぐやが告げる。

 

 いつも通り長い黒髪を赤いリボンで1つに結っている、四宮かぐやは世界的な『財閥』の四宮グループのご令嬢であり、ネットで少し調べれば音楽や武芸の賞ですぐにその名前と画像が出てくる。さすがに全国的な知名度とまではいかないが、この学園で最も有名なのは彼女だろう。

 

「予想はつくが、どう答えたんだ?」

 

 四宮かぐやは生徒会副会長であり、学園模試では常に2位、それなら1位は誰なのかと問われるだろう。努力でその座を不動のものにしているのは、我らが生徒会長である白銀御行。

 

「……もちろん。誰ともお付き合いしていないと答えましたよ」

「まあ、そうだろうな」

 

 紅茶に口をつけながら、彼はフッと笑みを零した。

 

 生徒会長に代々受け継がれる純金飾緒を学ランに身に着けており、彼持ち前の黄金のオーラによって髪色含めて全身が輝いているかのような幻想を抱かせる。その目つきの鋭さからは、常に何かを思案しているかのような知的さを感じさせる。

 

「え~期待したのに~」

 

 ワクワクと四宮かぐやの恋バナを期待していたのは藤原千花さんだ。

 

 セミロングのウェーブのかかった髪に、黒いリボンをアクセサリーとして付けている。ぽわぽわした桃色のオーラによって髪色含めてピンクにぽわぽわしているかのような幻想を抱かせる。あと巨乳

 

「会長も副会長さんも藤原さんも、異性から引く手あまたでしょうね」

 

 まあ、母譲りの茶髪と整った顔を持つ俺も、美男美女の揃う生徒会でも見劣りはしないだろう。こういう長所は周囲の人々からの印象が良くなるので、何かと役立っている。作り笑顔をすることが苦手なのが、減点ものだろうけど。

 

「先程のような話を聞かれるほど、特に副会長は大人気のようですね。実は俺もその1人だったり……」

「……ほう?」

 

 0.1mmくらい会長の目が見開いたことに、俺は内心ほくそ笑む。

 

 

「冗談です」

 

 ほんの少しほっとしたような表情をするまでがデフォルトである。副会長さんに片想いな彼は、いまだその想いを告げられていない。むしろ告られることを待っているヘタレ同士である。

 

 

「あ~そういえばですね~」

 

ごそごそと藤原さんがポーチから取り出したのは、見覚えのない2枚のチケット。

 

―――あり得ない。なぜだ。

 

 内心焦っている俺は、四宮かぐやの口元が0.1mmくらい緩んでいることに気づく。

 四宮かぐや、貴様か。

 

「懸賞で映画のペアチケットが当たったのですが、わたし家の方針でこういったものを見るのは禁止されてまして。今週末が期限なので、どなたかにお譲りしようかなと……」

 

 藤原さんの父親によって恋愛映画を見ることを止められるのは、調査済みだ。だからこそ、俺は別のジャンルの映画をチョイスした。ポスト前で怪しい人物に出会ったことは誤算だったが、まさかそれが四宮かぐやであり、同じような策略を同じ人物に仕掛けるなんて。

 

 藤原さんがこの生徒会室で映画チケットの懸賞の応募用紙を書いていた姿を見て、それがきっかけになったのだろう。やはり、四宮かぐやはライバルである。

 

―――ていうか、会長に直接仕掛けろよ

 

「俺はその映画はいいかなぁと思いまして。会長たちで行ったらどうです?」

 

 ここは四宮かぐやの策略に乗ってやろう。

 それが会長のためにもなる。

 

「……四宮、俺たちで」

「なんでも!この映画を男女で見に行くと2人は結ばれるジンクスがあるとか!」

 

 会長が何気なく誘うことが遮られてしまった。『すてきですよね~』と暢気に藤原さんは身体をくねくねさせている。

 

「あら会長、私のことを誘いましたか……?」

 

 あらあらまあまあお可愛いこと、と言わんばかりに四宮かぐやの口元を三日月に歪めている。

 

 その映画をカップルで見ることのジンクスをあらかじめ知っていてなお、藤原さんを出汁にして会長から誘ってもらえるよう画策したのだろう。もし、会長がその本心をさらけ出して誘ったとするならば、ジンクスを踏まえた上での誘い、つまり『告白』である。

 

 四宮かぐやは会長に告らせたい。

 

 

「……俺はそういった噂など気にせんが、お前はそうみたいだな」

 

 だが、このヘタレはまだ抵抗する。伊達に半年間片想いしているわけではない。

 

「四宮、お前は俺とこの映画を観に行きたいのか?」

「……そうですね」

 

 ほんの少し俯き、凛としていた風格が一気にしおらしくなる。世の思春期男子からすれば、守ってあげたい系女子の中で『お前がNo.1だ』と言いたくなるだろう。よほど相手するのに慣れてないと胸キュンだろう。

 

「やはりこういったお話は信じてしまうもので……もし行くならせめてもっと情熱的にお誘いいただきたいです……」

 

 そういうあざとさには、あの姉のような人のおかげで慣れている。まあ、ともかく、これで会長と副会長が『映画館デート』することは確実だろう。つまり、俺の仕掛けた策略は完遂するということだ。

 

「そうそう!」

 

 人差し指を顎に当てて、やがて藤原さんは思いついたような顔をした。

 

「もう1つ懸賞に当たったのがありまして『とっとり鳥の助』です!」

 

 藤原さんは、目の前で繰り広げられる『無自覚系両片想い』に気づいてはいない。だからって、2人の決断が遅い理由を精一杯考えて、映画のジャンルに問題があるのだと判断づけたのだろう。それはまちがっている。

 

「これ、面白そうなんですよね~、だからオススメです!」

 

 俺が極限までに現在放映している中から、彼女のお家事情を鑑みて、その好みから厳選したのだ。彼女が見たくないはずはない。

 

 

「「とっとりとり……?」」

 

 会長は呆然としているだけだが、四宮かぐやは顎に手を当てて何かを思案している。普段は黒いはずだが、冷酷な赤い瞳がこちらを向いたような気がした。

 まずい!俺は社会的に消される!!

 

「その映画はなんだか気になりますね、俺」

 

 慌てて、フォローに入る。

 冷静沈着に、初耳の映画なのだと。

 

「つくしくんもそう思う~?じゃあ、今度観にいこうよ」

「藤原さんがよければ、ぜひ。」

 

 これが戦い方のお手本だ、四宮かぐや

 

 

「「それなら……」」

 

 そこでチャイムが鳴り。

 会長たちの嫉妬の視線を、背中に受けながら教室に戻った。

 

 

 

 まあ、週末の映画デートによって、俺の青春ラブコメには何の進歩も得られなかった。―――藤原千花は自分自身の恋愛についても鈍感である。

 

 

 

 

 

 

 




川田筑紫(かわたつくし)
オリ主。秀知院学園高等部2年、生徒会庶務。身体的特徴:無表情
学園内では少数派の『混院』と呼ばれる外部入学者である。整った容姿とミステリアスな雰囲気を持つ。中学時代、白銀御行の生き様に触れることで、密かに盲信するようになる。四宮かぐやは畏怖の対象であり、策士としてライバル。

万人受けする美少女の藤原千花に一目惚れし、日々独占欲が高まっているが、彼女の天然ぶりに振り回される。

※パワポケ13,14で登場した川田由良里の弟
つまりIT企業の社長の腹違いの弟(前社長の隠し子)
彼も小学校のころまで不祥事を警戒した企業の監視下に生活がおかれていた。その身体能力は、シスコン情報屋からも『筋が良い』と言われている。すでに14以降の時間軸なのでパワポケ要素についてがっつりは関わってきません。


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第2話 おかず交換のやり方

 昼休みにも生徒会室にはメンバーがよく集まる。忙しい時には昼食を食べながら、仕事をする場合もある。まあ、生粋のお嬢様な四宮かぐやはそのような『はしたないこと』は家の教育上できないだろう。

 

 四宮かぐやの昼食は専属料理人が作ったできたてのものが届けられる、それが当たり前なのだ。彼女専用の部屋に行き、ただ従者と共に高級料理を黙々と食べる。そして、『豪華なランチ』の後にこちらへ合流する。

 

 だが、今日は違った。

 

「会長はいつもお弁当なのですか?」

 

 会長は家庭的男子である。その複雑な家庭事情から昔から家事は彼とその妹が分担してやっているらしいし、会長に至っては睡眠時間を削ってまで飲食店バイトもやっている。そんな彼が、お弁当を作ることくらい造作もない。

 

「妹や筑紫が作ってくれる時はあるがな」

 

 そんな会長には及ばないが、俺も料理はできる。会長はバイトから帰った後に勉強を始めるし、そこにお弁当づくりまでやるとただでさえ短い睡眠時間が『人間のそれ』ではなくなる。だから、アルバイト明けくらいは俺が作ってきている。

 

「まあ、会長もバイトの日くらいは……」

 

 四宮かぐやの冷酷な赤い瞳がこちらを向いたような気がした。その血筋からも、『覇王色の覇気』を持っていてもおかしくはないけれど。

 

「はい、藤原さん」

「今日もありがとう~」

 

 落ち着いて視線を逸らし、今か今かと昼食を待ちかねている藤原さんにお弁当を渡す。彼女は気分屋で、1週間に何度かお弁当を頼んでくる。それ以外は、菓子パンをむしゃむしゃと食べている。

 

「1人分も2人分もあまり変わらないし、ですよね会長」

「まあな」

 

 俺は母親と実姉に、会長は父親と妹さんに、家族のためにお弁当を作る。そのついでだ。

 

―――ついでが本命だ

 

「またトマト入れてる~」

「好き嫌いは直さないと」

 

ここまでがテンプレ。

 

「う~、えいっ!」

 

 トマトを口に押し付けてくるが、抵抗はしない。

 そして、呆れた表情を見せながら咀嚼する。

 

「それじゃあ、いたただきま~す!」

 

 このやりとりのためだけにヘタをあらかじめ取っている。これはもう欲望がバレない頻度で数回やっていることだが、いまだ内心のニヤニヤが止まらない。もちろん、その感情を表情には出さない。

 

「やっぱりタコさんウィンナーだよね~」

 

 これは会長のお弁当から学ばせてもらったことだ。元々は彼の妹が喜ぶという理由らしいが、藤原さんが会長から『あーん』してもらった次の日からすぐ真似した。ついでに実姉のお弁当にも入れたが、不評だった。

 

 ともかく、四宮かぐやは口元を抑えている。彼女は『自分も会長に食べさせてもらいたい』そう思っていることだろう。

 

 だから心の中で告げよう。

 まだまだだね、と。

 

 四宮かぐやの悔しそうな顔を今日も拝むことができた。

 

 

「そういえば。四宮、今日はここで食べるのか?」

「ええ。今後はそうするつもりです」

 

 あれって、伊勢海老だよな。

 しかも湯気たってる。

 

「わ~、かぐやさんのお弁当なんかすごい!」

 

 高級幕の内弁当なんて、初めて見た。牡蠣は確かに会長の好物であるが、お弁当に入っているのを見るのは初めてだ。四宮かぐやなりに策を立ててきたのだろうが、むしろ会長はお弁当の格差に引いている。

 

 藤原さんは……

 食いしん坊なだけか。涎拭けし。

 

「美味しそ~」

「へ、へぇ、美味そうだな」

 

 四宮かぐやの鋭い視線に、冷や汗をかきながら会長は目を逸らす。

 

「ええ。うちのシェフが腕によりをかけて作ってくれましたので」

 

 会長のお弁当はお可愛いですこと、という意味が込められているのような発言だった。

 

 そして、蒸し牡蠣を見せつけるかのようにお箸で1つ1つ食べ始める。実は四宮かぐやは『おかず交換』したいだけであるが、会長は格差を感じて自分のお弁当を呆然と見つめていた。

 

「こちらを見て、どうかされましたか?」

「……いや」

 

 ますます会長がいじけている。

 しょうがない、ここは俺がフォローを……

 

 

 だが、一手遅れた。

 

「あ! 会長、それって味噌汁ですか~」

「まあな。温かい味噌汁と冷や飯の相性は抜群に良い」

 

 保温性のある魔法瓶の水筒から注がれているのは、たぶん朝食の残りだろう。お弁当に汁物があるだなんて、食いしん坊が興味を示さないわけがない。会長が四宮かぐやに見せつけるがごとく、美味しそうに食べているから殊更に。

 

「試してみるか」

「はい!」

 

 目の前で繰り広げられる青春ラブコメ。

 おそらく、俺と四宮かぐやは似たような表情をしていることだろう。

 

―――間接キス!?

―――間接キス!?

 

 お弁当を気になる異性に食べてもらうために、策を重ねてきたのだ。相手の好き嫌いをあらかじめ理解した上で、『あーん』を心理的に促す策を講じた。手作りお弁当から発展する『なんでも言うことを聞く』について策を練るために、心理学の論文を読んだのに。

(参考文献『中川 朝美,「手づくりお弁当テクニック」による好意獲得と説得効果」, 日本説得交渉学会』)

 

だがしかし。

無自覚に会長と書記は『あーん』の一歩先を行った。

無自覚に会長と書記は不純異性交遊をした。

無自覚に間接キスした。

 

 

「美味しいです!会長は天才です!」

「ははは、そうだ、ろ、う……」

 

同じ箸、同じ容器、しかも異性。

 

その優しさで無自覚に乙女心を刺激し、純真無垢な藤原さんや妹さん、年下キャラから懐かれる。学園では恋愛百戦錬磨などと噂されるが、ヘタレな童貞だ。さっさと四宮かぐやの尻に敷かれてしまえばいいのに。すでにべた惚れさせている世界的な美少女を我が物にした後はR-18的な展開まで夢見ている。したがって貴様はモテたい男子の敵だ。

人の姿をした家畜。プライドが無く他人に依存することにばかり長けた寄生虫。さっさと川田筑紫に飼われてしまえばいいのに。胸ばかりに栄養が行っている脳カラ。無自覚に男共を誘惑するサキュバス、雌悪魔。よもや会長までその毒牙にかかるとは。ああ、貴女はなんておぞましい生き物なのでしょう。

((今だけは、絶対に赦しはしない……))

 

 

 だから、四宮かぐやは同志だ。

 視線を交わし合った。

 

(あなたにチャンスをあげますわ)

(今回は策に乗ろう、四宮かぐや)

 

 その天才的な頭脳で出した策に、持ち前のアドリブ力で上手く合わせるだけだ。

 

「川田さん、こちらのお弁当食べてみませんこと?」

「では、お言葉に甘えて」

 

 綺麗な手に持って、突き出してきたのは伊勢海老。

 

 甘んじて、餌付けされるがごとく振る舞う。

 てか、美味いな。

 

(川田筑紫、貴様ッ!!)

「う~、エビ、私も食べてみたかったのに~」

 

 もうひと押し。

 1人だったなら、ここで身を引いていた。

 

「あらあら、藤原さんも食べたいのかしら?」

「美味しいですよ。会長も懇願したらどうですか?」

 

―――勝ちましたわ

―――勝ったな

 

 

「食べかけだけど、問題ない?」

「うん!全然平気!」

 

 餌を待つ小鳥のようなその口に食べかけの伊勢海老を食べさせ、美味しそうにモグモグしている姿をじっと見つめる。俺はその姿をカメラで撮影することを必死で抑えていた。

 

「ウィンナーしか返せるものがないが、その蒸し牡蠣を食べさせてくれッ!」

「いいですわよ。おもしろい形のウィンナーですこと」

 

 四宮かぐやは自分が使ったその箸で牡蠣を食べさせ、爪楊枝に刺さったタコさんウィンナーを対価にもらう。四宮かぐやは心の籠ったお弁当という未知の領域に踏み込んだ。

 

 

そして。

 

―――これが間接キス!?

―――これが間接キス!?

 

「「お外走ってくる!!」」

耐えられなかった。

熱くなった顔を隠すために慌てて廊下に出る。

 

 

 

藤原書記はのほほんと告げる。

「かぐやさんとつくしくん、仲いいですよね~」

 

白銀会長は慌てて心配する。

「まさか牡蠣や海老でお腹壊したのか?」

 



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第3話 朝登校の誘い方

 天才という存在は確かにいる。

 次元の違いを感じさせられるほどの。

 

 学友の四宮かぐやがまさしくそうであるし、知り合いの研究者の高坂茜さんも当てはまる。(一応)姉という関係の野崎維織だって天才なのだ。実姉や会長も努力型の天才だ。現在進行形または将来的に、その名を残す人物たちだ。

 

 そういう人たちは『得てして、何かを失っている人が多い』と情報屋のお姉様がいつしか述べた。多くの天才と関わってきた俺には実感させられる言葉だった。

 

―――かつて天才のピアニストと呼ばれていた藤原千花は、何かを失っているのだろうか。

 

などと朝からソファに座ってボーっと哲学していた。

現実逃避ともいう。

 

 朝から彼氏と電話している実姉がいる。

 

「ようやく1軍に進めそうだと?……やれやれ。先を越されるとは。これは早く社長の座を狙うしかありませんね」

 

 冗談です、と実姉はその口癖を告げる。

 姉なりの『おめでとう』だ。

 

 まあ、前述した年上の天才女子たちはすでに壁を乗り越えている。厳密には、運命の人と呼べる人たちとの青春ラブコメによって変わった。

 

「……維織様は元気ですよ。無駄に」

 

 旅ガラスの想い人を連れ戻してきてからはむしろ前より『生きてるって感じ』だ。

 

「冗談です。1軍に昇進した時はお祝いしましょう。……もちろん麻美ちゃんも呼んで。」

 

 ひでぇ。

 三角関係で競っていた女性を呼ぶ気だ。

 

「もちろん。私にとってもあなたにとっても親友ですから」

 

 ひでぇ。

 親友とはいえ、目の前でイチャイチャする気だ。ほんとに親友だよね?

 

「維織様にお姉ちゃんと呼ぶように頼まれたと?……切りますね。頑張ってください」

 

 俺も実姉も、たまに呼ぶことでからかっている。腹違いの妹や弟とはいえ、そんなことを全く気にしないシスコンぶりにむしろ引くまである。まあ、今は亡き父親が握っていた頃より数百倍マシな生活を送らせてもらっている。

 

 いざ呼ぼうとすると、照れるんだよ。

 

「ところで」

 

 紺色のスーツ姿の姉が振り向いた。

 

 母譲りの茶髪をゴム紐で1つ結びにしている姿は、我が姉ながら男に動揺を誘っていると思う。わざわざ一度、ゴム紐を口に咥えた。彼氏さんに試す前の実験段階なのだろう。

 弟で試すなよ。

 

「わざと惚気話を聞かせましたが、そろそろ告白する気になりましたか?」

「んー……自慢じゃなかったのか?」

 

 はぐらかすに限る。

 

 ブラックコーヒーを飲みたくなる電話だった。てか、母親の前では惚気話をすることは躊躇うのに、弟の前では自慢してくるんだな。

 

「ええ。私としてはお可愛い弟を取られることが非常に残念ですが……おっと、まだまだ麻美ちゃんも甘いですね」

「麻美さん、どんまい……」

 

 無表情で言われても全く説得力を感じない。

 ましてスマホを弄り始めている。たぶん、同時に麻美さんを弄っている。

 

「話を戻しますが、冗談です。本当は可愛い義妹が欲しいだけです。だからそろそろ姉離れしてください」

「じょ、冗談だよな……?」

 

 口癖の『冗談です』は返ってこなかった。

 

 何が冗談なのか、言ってくれよ!

 辛い時も家族3人で乗り越えてきたじゃないか!?

 

 

「……彼は確かに優秀ですが、ご執心なのはあまりおすすめしませんよ」

「それは経験談か?」

 

 返答はない。

 そっと息を吐いて、姉はビジネスバッグを持った。

 

 

「それでは。行ってきますね、筑紫」

「はいはい。行ってらっしゃい、姉さん」

 

 相変わらずな姉だ。

 お弁当の入った袋を持って部屋から出ていき、やがて扉の開閉音が聞こえた。

 

 

「俺もそろそろ出るか」

 

 コネがあるとはいえ、高校卒業後すぐにITの大企業に就職したのだから、忙しいことはよくわかっている。いや、まあ、慣れない仕事のはずなのに数ヶ月単位で昇進して、いつの間にか社長秘書にまで昇り詰めているらしいし。

 帰りも遅く、彼氏さんと会えない日々が続いている。

 

―――ほんと、弟として心配になる。

 

そこで、ポンッと頭を叩かれた。

 

 

「姉として。今週末ダブルデートの予定を立てましょうか?」

「行ってきます!!」

 

 あっぶねぇ、口に出してなかったよね?

 油断も隙もあったものじゃない。

 

 

 

****

 

 朝の登校について、その手段は個人によって異なる。

 

 重い教科書の入ったランドセルを背負ってみんなで歩く小学生たち、汗をたらして自転車を漕いでいく中学生、バスに乗るために列を作っている高校生たち。

 

 

「わ~遅刻遅刻~!」

 

 秀知院学園に通う児童や生徒は、親か使用人に車で送ってもらう場合が多い。全員がそういうわけでもなく外部入学生以外も、対象者は徒歩で通う場合もある。その通学ルートについて、半年かけて調査済み。

 

「きゃっ!」

 

 雨以外の日もタクシーを呼ぶことがあり、その気分次第で通学ルートがよく変わる。だから出会える確率は1割程度。

 ポケモンの色違いよりはずっと出会いやすい。

 

しかも!

今日は!

曲がり角でぶつかるというシチュエーション!

 

「……大丈夫か?」

「わっ! つくしくん、ありがとう!」

 

 体格差もあり、受け止める形になる。

 

 素肌が露出している太ももと手のひらを怪我させるわけにはいかない。こういうとき、鍛えたことが役立ってくる。

 

「あっ!」

 

 何かに気づいたように、俺の顔を見上げてくる。

 

 もしかして、キスされる!?(童貞)

 そう思った矢先。

 

「芋けんぴ、髪についてたよ!」

「あっ、うん、えっ……芋けんぴ?」

 

 ほらっと言いつつ、親指と人差し指に挟み込んで見せてくる。まじ芋けんぴ。

 

「芋けんぴねぇ……」

 

 ドキドキより疑問が芽生えた。確かにそういうシチュエーションは、恋愛経験ゼロだった時に、麻美さんから借りた参考書(漫画)で読んだことはある。それは花びらとか葉っぱだったけれど。

 

 だが芋けんぴ。藤原さんの家の教育上、さすがに何かを食べながら走っているということは考えられない。

 

「朝ごはん、芋けんぴだったの?」

 

 出所不明であることを気にせず、芋けんぴをむしゃむしゃしながら喋っている。食べるのかよ。

 

「いや、そんなことは……」

 

 待て、朝?

 母親はすぐに出かけた。

 

 それならば犯人は姉だ。

 

「姉さん、ナイス」

「……?」

 

 なんで芋けんぴなのかはこの際考えまい。今まで小学生や中学生に見られたとか恥ずかしいし。

 

 まあ、悔しくはある。情報屋のお姉様から『筋が良い』と言われた俺が出し抜かれた。ちなみにあの女性はお姉様と呼ばないと、物理的にハートブレイクされる。

 

「あわわ、遅れちゃうよ!」

「……そうだな」

 

 どう仕返ししてやろうか考えながら、ある程度のペースで走る。その気になれば、長距離走では野球選手の義兄に勝てるくらいの運動能力が俺にはある。さすがにキャッチャーの彼が得意とする短距離走や肩力には勝てないけれど。

 そして、姉に対する仕返しは忘れるくらいの現象が起きている。

 

―――初めて、手を繋いだ

 

 自分で走った方が速いのだが、誰かに引っ張られるというのは初体験だ。すぐ右前を走る藤原さんの横顔と、風に靡くゆるふわな髪には見惚れてしまう。

 

 女子の手って柔らかっ!

 俺の手とか硬すぎてむしろ失礼すぎる。

 

「ぜぇ……ぜぇ……お前たちも急げ!遅刻するぞ!」

「あっ!かぐやさんたちだ!」

 

 二人乗りして、必死に漕いでいく会長が通り過ぎていった。

 

「は~い!」

 

 四宮かぐやが荷台に座り、その腕を腰に回している。いわゆる二人乗りをしていた。

 

「かぐやさんいいな~」

 

 俺からすれば、護衛や送り迎えなしに四宮かぐやがここにいることに疑問が芽生えた。

 まあ、いいか。

 

「明日、自転車乗ってくるけど……」

「ほんと!」

 

 なるほど、これが朝登校の誘い方か。

 初めて誘えた。

 

 ありがとう芋けんぴ。ありがとう姉さん。

 



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第4話 第1回恋バナ@生徒会室

 女三人寄れば姦しい、と言われるように女子が3人も集まればキャッキャウフフである。それは男子高校生3人にあてはまる場合もあり、たまには恋バナというものをするのである。

 

 生徒の悩みを解決するべく、生徒会長は今日も相談を受けつける。

 

「どうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 

 女子メンバーが席を外しているから、お茶請けは俺の担当だ。同学年の田沼翼は少し中性的な容姿をしている男子で、どこか頼りなさがある。

 

 病院の院長の息子だったか、確か。

 

「普段は副会長や書記が淹れますので。恐れ入りますが、味と安全性の保証はできません」

 

 紅茶が四宮かぐや、コーヒーが藤原さんの担当であり、どちらもプロ級の実力を持っている。俺はコーヒーミルの使い方なんて知らない。

 

「安全性!?」

「冗談です。ただのインスタントコーヒーですよ」

 

 ちなみに先日、藤原さんが持ってきたコピ・ルアク(※ジャコウネコの糞から採られる未消化のコーヒー豆)で淹れたコーヒーでは、ひと悶着あった。だから、会長は思わず身構えてしまった。

 

「さて、恋愛相談ということだが……」

 

 会長はモテる。自分自身に魅力があると自負しているし、実際目つき以外は容姿が整っている。

 

―――こっそり外で聞き耳を立てている四宮かぐやとかな

 

 会長も恋愛経験ゼロのヘタレ童貞に過ぎない。恋愛百戦錬磨という学園生徒からの評価とは真逆。一目惚れした女性に半年間片想いし続け、いまだ相手に告白させたいなどぬかしおる。

 

 ここまで思考して、ブーメランすぎて内心泣けてきた。

 

「はい。クラスメイトの柏木さんという子がいるのですが」

「柏木渚さんですね」

 

 造船会社のご令嬢だな。この学園の有名どころだから憶えている。

 

「筑紫も知っているのか?」

「人伝手に聞きましたが、珍しいくらい真面目な人らしいですよ。成績も学年トップ10に入り、男女問わず表裏なく接するため、彼女の人気は高いかと」

 

 ライバルは多いぞ、という意味を込めて告げる。もちろん、四宮かぐやや藤原さんほどじゃないけど。

 

「そ、それで、相談なんですけど、僕、彼女に告白しようと思うんです」

「ほ、ほう……」

 

 告白したことのない、まして女子に告白させようとしている会長にその相談をしてしまったか。

 

「でも断られたらどうしようって、もう少し仲良くなってからがいいかなとか、なんかいろいろ考えちゃって、相談したくなって」

「どこまで仲良くなっているのですか?」

 

 尻すぼみになっていく彼から、少しでも情報を引き出す。好感度が足りないと告白には失敗する確率が高い。

 

「ば、バレンタインにはチョコをもらいました!」

「おぉ、どんなチョコだったんだ?」

 

 続いて、会長が尋ねる。

 そのチョコが本命か義理なのか。

 

「チョコボール……3粒です」

 

 3粒、たった3粒かぁ

 

 最近はバレンタインチョコを異性に渡すだけで『気がある』かもしれないと噂されるくらいだ。だから、女子同士のチョコ交換が主流である。柏木さんは波風立てないように、他の男子含めて複数人に軽いプレゼントをしたのだろう。

 

 それでも勘違いしちゃうのが思春期男子だ。俺も含めて。

 

「義理、なんですかね?」

「……まあ」

 

 残念ながら、それ以外はあまり具体的なエピソードはないようだ。友達評価はどうかわからないが、現状の好感度で告白したとしても失敗するだけなら止めるべきか。

 

 さて、会長の判断は。

 

「いや、本命だ。間違いなく惚れているな」

 

まるで意味が分からんぞ

 

「女というのは素直じゃない生き物なんだ。常に真逆の行動を取るものと考えろ」

「つまり、逆に本命!?」

 

 会長の言う『女』とは、四宮かぐやな気がする。

 むしろ藤原さんは真っ直ぐすぎる。

 

「で、でもこないだも……」

 

『ねー君って彼女とかいるの?』

『え、居ないけど』

『彼女いないってー!』

『居そうにないもんね』

『超ウケる!』

 

「……っていうことがありまして。からかわれたのかなと」

 

 同情するまである。

 空のカップにコーヒーを注いであげた。

 

「どんまい いつかいいことあるさ」

「ひどくないですかっ!」

 

「まあ、待て。その状況なんだが……」

 

『ねー君って彼女とかいるの?(いないなら付き合ってほしいな!)』

『え、居ないけど』

『彼女いないってー!(ホッとした!)』

『居そうにないもんね(だって高貴すぎるもの)』

『超ウケる!(フリーなんだ!)』

 

「……こういうことだ。」

 

「へぇー その田沼翼君、ハーレムじゃないですかー」

「彼女たちの中からたった1人を選ばなきゃいけないなんて!?」

 

 ハーレム主人公()にとって、現実は非情だね。

 会長くらいの人気は田沼翼君にはないけれど。

 

「僕が柏木さんと付き合うことで彼女たちの絆は!」

「女同士の友情とはそういうものだ」

「そんな!」

「大丈夫だ問題ない。彼女にはお前がいる。お前が守ってやるんだ」

「会長っ!」

 

「それで。肝心の告白はどうするんですか? ていうか、明日告白しろ」

「ちょっ、命令!?」

 

 ハーレム願望の君は一度絶望してこい。純愛が至高に決まっているだろう(※個人的見解)

 

「告白か……筑紫はしたことあるか?」

 

このヘタレ童貞、デリカシーねぇな。

 

「……まあ、ありますよ。しかもストレートにいきました」

「ど、どうでした?」

「ど、どうだったんだ?」

 

 ホワイトデーのお返しの時だったか。

 前日はなかなか寝つけなかったなぁ。

 

『先月はありがとうございました。俺も好きです』

『うん、わたしも好きだよ~』

 

あぁ、あれは絶対友達としてって意味だよな。いや、むしろ甘いものが好きと同意したのかもな。だってスキンシップで動揺の欠片も見せないし、そもそも異性として意識してくれているのかどうか怪しい

童貞キラーだよ、ほんと

 

 言葉足らずだとは思ったけど、下手な言い回しよりは良いと思った。バレンタインデーのお返しという、ありきたりだが、王道の恋愛感情を籠めたはずだった。

 

 誤算だったのはホワイトデーのお返しをした人々の中の、ただの1人に過ぎなかったことだ。あーまじで独占したい。

 

「筑紫!それは勢いが足りなかったんだ!!」

 

―――そうだったのか!?

 

「……というと?」

「見ていろ」

 

ダァン!と扉を叩きながら

「俺と付き合え」

 

 壁ドンね。

 扉の向こうの四宮かぐやの反応をぜひ見たい。

 

「この技を『壁ダァン』と名付けよう。突然壁に追い詰められ、女は不安になるが、耳元で愛を囁いたとき、不安はトキメキへと変わり、告白の成功率が上がる」

「あなたは天才か!さすが恋愛百戦錬磨!」

 

 その設定まだ生きていたのか。

 

「ありがとうございます! 僕、勇気が湧いてきました!」

「ははは、そうだろうそうだろう」

 

「さすがあの四宮さんを落としただけありますね!」

「……いや、付き合っていないぞ?」

 

 思い詰めた表情をするくらい、毎日常に片想いしているのだろう。四宮かぐやのが行動しているまである。

 

「まあ、そういう噂で持ちきりですよね。そう言えば、副会長のことどう思っているんです?」

「ほら、ここ僕たちしかいませんし」

 

 あわよくば、この流れに乗じて語らせる。

 さっきの意趣返しだ。

 

「正直金持ちで天才とか、癪な部分もある。案外抜けているし、たまに怖い。あと胸もあれだけど……」

 

 まじで語り始めたよ。四宮かぐや本人がこそこそと聞いているけど、面白そうだから黙っておこう。

 

「でもそこが良いっていうか。可愛いし美人だし。お淑やかで気品もあるし、それでいて賢いとか完璧すぎんだろ。四宮はまじサイコーの女だよ!」

 

 そう言い切った。

 

「会長、変な顔」

「変ってなんだ!?」

 

 恋バナすること自体ほとんど無かったのか、会長はずいぶんテンションが高い。それを本人の前で言えないからってずっと抑え込んでいた愛が溢れているっていうか、でもそれを聞かれているっていうか。

 

「筑紫、お前わらって……?」

 

 会長がそう呟いたが、自分ではよくわからない。

 まあ、いいか。

 

「まずは玉砕覚悟で行った方がいいだろうな。じゃないと、話がややこしくなる。ソースはこの会長」

「……俺を出汁にするな」

 

「僕、頑張ってみます。お二人とも、ありがとうございました!!」

 

 『壁ダァン』してこい、って言いながら送り出した。同じ男子として失敗したらまた相談に乗ってやる。

 

「少し、彼の様子を見てきますが」

「ん、ああ」

 

 あの勢いなら今から告白するだろう。

 部活中のラブコメ大好きな藤原さんが嗅ぎ付けるかもしれない。一緒に野次馬したい。

 

「ついでに。さっきの話は副会長に伝えておきますね」

「ま、まてっ! この話は内密にするという暗黙の了解のはずだ!」

 

 たまには男子だけで恋バナするのも悪くない。そう思えた。

 

「冗談ですよ。俺からは言いませんって」

 

 一度生徒会室から出て、顔の赤い四宮かぐやとすれ違った。逃げていったけど。

 

 

 



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番外編 白銀圭のお昼の誘い方

別投稿の番外編、こちらに移します。


 私立秀知院学園、貴族や士族のための教育機関として創立された名門校。貴族制が廃止された今でも富豪や名家の一族が通っていることで全国的にもトップクラス。

 

 エスカレーター式であるし、お坊ちゃま・お嬢様学校みたいなものだ。しかし、時の流れで格式高い校則も緩和されたようで、あくまで思春期男女が通っている高校の1つに過ぎない。学園のあちこちで青春ラブコメが繰り広げられている場面はよく目にする。男女問わず、奥手な生徒が多いこともあり、恋バナはむしろ盛んであるかもしれない。

 

上記は、とある思春期真っ盛りの男子の談。

 

 この学園に通っている生徒は、たとえ中学生であっても、将来国を背負って人の上に立つ人材が多く就学していることは事実なのだ。そんな彼らを率い纏め上げる者が凡人であるなど許されるはずもない。

 

「な、なあ。白銀さん、お昼いっしょにどう?」

 

 クラスの人気者が勇気を出して誘ったのは、中学1年の頃から秀知院学園の生徒会会計を務める秀才である。思春期真っ盛りのクラスメイトたちからすれば、彼が彼女を好意的に思っていることは明白だ。

聡明英知、それは学園模試でも常にトップ5に君臨していることによって裏付けされている。全国の同年代の天才たちと競い合う実力すら持っている。

 

「いえ、生徒会に行く用事がありますので」

 

 愛想笑いもせず、何事も動じていないかのようにお断りを入れる。手作りのように見える巾着袋を持ち、席を立って教室を出ていった。しっかりと手入れされていて、背中まで届く髪がふわりと風に靡く。

 容姿端麗、彼女は同年代より少し大人びており、少し痩せ気味な彼女のスタイルも抜群だ。身長が平均より少し高めということもあって、モデルとしてスカウトされたこともあるのではないか。

 

「あー、今日もダメだったか~」

「やっぱり、あの人と付き合ってんのかな」

「勝ち目ねぇよなぁ」

 

昼休みの学級では浮ついた雰囲気が残っていた。

白銀圭は背中に視線を受けながらも、目的地へ歩いた。

 

(ほんと、まだまだ子どもなんだから)

 

 現在高校2年の兄を持っているということもあって、どうしても同年代の男子は子どもっぽく見えてしまう。まあ、そんな兄も思春期真っ盛りの高校生なので、まだまだ子どもと認識している。

 

(お昼ごはんを誘うくらいで恋愛に繋げるなんて、漫画の世界じゃないんだから)

 

 まるでお嬢様かのような雰囲気と容姿を持つ彼女も、一般家庭の生まれだ。趣味と呼べるものは少女漫画くらいだ。事実上離婚しているレベルで、母親は疎遠になっていて、むしろ貧しい生活を送ってきた。

 

 少女漫画に描かれているような、大人の恋をしてみたいと思っている。ちょっと背伸びしている中学2年の普通の乙女だ。

 

(よしっ!)

 

深呼吸して、彼女は生徒会室の扉を開いた。

 

「お待たせしました」

「……いや、待ってなどいないが」

 

 生徒会室のデスクに座ってペンを走らせているのは、大神灰里(おおがみかいり)だ。たった一瞬だけ向けられた眼は獲物を見るかのように鋭く、ちょっとした微笑みを一度も見せたことがない。

 いわゆるクール、それでいて超イケメン。

 

(はわわわわ、いつ見てもカッコいい!!)

 

さっきまでの白銀圭のクールぶりはどこに。

すでに脳内は桃色に。

 

思わず。

彼に背中を向けて、口を手で覆ってしまう。

 

「用件は?」

「その、ここでお昼ご飯を食べようかと思いまして……」

 

(うぅ なんでこんな言い方しかできないの~)

 

「了解した。」

 

遠回しな意図が、目の前の男には通じない。

 

「今日、放課後は生徒会に来られない。悪いな」

「い、いえ、お気になさらず!」

 

 大神灰里は現代に表れた、正真正銘の朴念仁だ。乙女たちの胸に秘めた淡い恋心など決して伝わらないし、たとえ女子からの告白であってもきっぱりと断るまである。それでいて、一種のカリスマ性を持っており、絶大な人気を誇る。

 いわゆる高嶺の花。

 

(いっしょに生徒会もやってきたし、一歩リードしているんだから!)

 

 そんなことを思いながら、白銀圭は兄の手作り弁当を食べ始める。なお半年以上、生徒会庶務を務める大神に片想いのままだ。

 

「その、お昼ご飯はもう済ませたのですか?」

「いや、まだだ。栄養補給はしておいた方がいいか」

 

 そう呟いた後、彼はポケットからエナジーバーを取り出した。片手でペンを走らせながら、片手で飯を食う。どこの社畜だと思ってしまう光景だ。なお現在中学2年。

 

(そんなの絶対健康に悪いって! コスパ悪いし!)

 

 白銀圭にとっては、無茶ばかりしている兄の姿が重なってしまう。彼の兄は現在生徒会長でありながら、学年1位であることを持続させる努力を続け、それでいて家計のためにアルバイトをやっている。白銀圭も同年代の女子よりは睡眠時間が少なめだが、兄の睡眠時間は『人のそれ』のギリギリだ。彼が外部入学して以降は、常に死んだ魚の目をしている。

 

というような長い話をわざわざ挟み込んだのは、彼女はブラコンだからだ。

 

(今日こそ、どうにかしてみせるんだから!)

 

「その、今日はお弁当を作りすぎてしまったのですが、食べますか?」

 

嘘である。

 

 そもそもこれは兄が作ったものだ。家事は兄妹で分担していて、帰宅後の家事は基本的に圭が担当しているため、朝食やお弁当は兄が作ることが多い。ちなみに、たまに兄の友達の川田という人が圭のお弁当まで作ってくれるのだが、どうやら男友達らしい。圭は少しだけ兄が心配になった。

 

ともかく、今日は兄に『友達』の分まで作ってもらった。

 

(嘘までついて、何を企んでいる? 薬か?)

 

職業病とはいえ、この男はずいぶんと失礼だ。

 

「感謝する」

「いえいえ、お気になさらず」

 

ペンを一度机に置いた。

いただきます、と言うのは礼儀正しい。

 

まあ、無愛想なまま、タコさんウィンナーを箸で食べ始める姿はシュールだ。

 

「あの、お口に合いますか?」

「及第点だな」

 

(うぅ やっぱりそうだよね)

 

白銀圭は肩を落とした。

 

 後述するが、大神というのは世界的な複合企業の1つだ。その名字を受け継ぐ彼は、跡取り息子と噂されている彼の舌は肥えていることが予想される。まあ、彼はお世辞というものが苦手なのだから、及第点というのはむしろ高評価なのかもしれない。

 

「だが、不思議な感覚がする。非科学的なものだったはずが、これは作った人の愛情というものか?」

「そそそそそうですか? いやー、兄にも作ったので家族愛ですかね~?」

 

白銀圭、動揺する。

 

 自分が作ったお弁当なら、自信を持って恋愛感情だと言えたかもしれない。だが、そのお弁当は兄が作ったものである。しかも、愛が詰まっているものだと伝えられた。兄は大神のことは知らないから、もちろん圭に対しての愛だろう。ブラコンだ。

 

ダブルパンチを受けることになった。

 

(今度は自分で作って渡そう……)

(このウィンナーの造形は芸術を感じる)

 

「ごちそうさま。また機会があれば作ってほしい」

「ひゃい! 喜んで!」

 

(これ告白じゃない!?

 毎日味噌汁作ってくれってやつじゃない!?

 まあ、向こうから告白するなら仕方がないかな!! )

 

圭は両頬に手を当て、熱くなった顔をぶんぶんと振る。

 

「むっ。またやってしまったか。誤解を解いておくが、これは告白じゃない」

「あははー そうですよねー」

 

(やれやれ、危ないところだったな。)

 

 こういうことは1度や2度じゃなかった。勘違いしてしまった女子は決して少なくはない。だから、周囲の人々から、朴念仁的態度を矯正される教育を受けている。その成果を示すことができて、無愛想ながらもどこか大神は満足そうだ。

 

「しかし、何か報酬がなくてはならんな」

「い、いえ、お弁当作るのって、2人分も3人分もあまり変わりませんから!」

 

 生徒会の仲間なので、すでに圭は大神が何を渡してくるかは予想できている。誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、女子的にはどうなのかと思うプレゼントを渡してきた。

 

(また図書カードなんだろうなぁ……)

 

 本来、白銀圭という女子はあまり施しを受けることは好まない。現金でも渡されたものなら、惨めに思っていると認識するだろう。

 

「食材費の負担は0ではないだろう。俺は、借りを作るのはあまり好まないのでな。先に渡しておこう」

 

彼は財布から、3000円分の図書カードを手渡す。

マスコットキャラクターのバッタが描かれている。

 

 ちなみに、このカードは熱狂的なプロ野球ファンからは付加価値を含んでオークションにかけられるものだ。その理由は、『大神ナマーズ』に吸収合併される前の、『大神ホッパーズ』時代に発行された図書カードだからだ。

 

「ありがとうございます、大神君!!」

 

 図書カードは青春ラブコメ的にはどうなのかと思うプレゼントだが、圭にとっては何よりも嬉しいものだ。子どもの頃からお小遣いは少なくて、むしろ家計のためにアルバイトするくらい。だから、数少ない趣味である少女漫画を気兼ねなく買うために、プレゼントの図書カードは使うことができる。

 なんとも涙ぐましいこと。

 

「わ、私、毎日お弁当作ってきますから! 毎日!」

 

もはや告白だ。

 

「いや、それで体調を崩してはいかん。白銀は瘦せすぎだ」

 

(はわわわわ、褒められた! 褒められたよ、お兄ちゃん!!)

(線が細すぎる。何かの拍子に折れてしまうほどだ)

 

圭はごくりと息を飲んだ。

 

―――生徒会室で2人きり、今しかない!

 

 大神灰里は、大神グループの後継者とされている。電機・スポーツ・医療・軍事・金融といった様々な分野の複合企業として、大神グループは成り立っている。一時期は合併してその名を変えたことあったが、再び、大神博之を会長として大神グループとなっている。プロ野球球団の名前の変化といい、なんともややこしいことだ。

 

 そんな厄介な男を好きになってしまった圭からすれば、一般家庭生まれの自分では釣り合わない。それこそ、兄のような天才的な頭脳があればよかったが、いまだ秀才の域を出ない。だから、大神から告白してもらうことを求めていた。乙女的にも恥ずかしいし。

 

でも、もういいんじゃないかな、と。

兄もがんばっているらしいし、自分も負けてられない。

 

「あの、私、ずっと」

「圭ちゃん、ここにいたんだ!」

 

ドアがバンッと開かれた。

 

「うん、そうだよ。萌葉ちゃん」

 

(また言えなかったよ~)

 

 お馴染みの大人気美少女な藤原千花、その妹である藤原萌葉だ。彼女も生徒会役員であり、生徒会副会長を務めている。白銀圭にとっては大親友であり、基本的に彼女や女友達と昼食を一緒に食べている。

 

「かいりくん、また仕事? がんばるね」

「今日の放課後、生徒会に来れないからな」

 

(呼び捨て、羨ましい!)

 

「ははーん、圭ちゃんと2人きりで食べてたんだ~? このこのー」

「それは事実だが……」

 

 ちょんちょんと指でつつくスキンシップに、無愛想ながら大神は困惑しているようだ。女性関係に硬派な彼は、あまりこういう経験はない。

 

「明日は私も混ぜてね?」

「うん、いいよ」

 

「そろそろチャイムなるし、教室戻ろっ!」

「あっ、うん」

「了解した」

 

萌葉はぎゅっと圭の手を繋いで、教室まで戻る。

その後ろを大神が歩いてくる。

 

(まだ2年もあるもの! お兄ちゃんより先に告白されてみせる!!)

(まだ君には圭ちゃんを取られたくないかな)

 

この女子たち、大親友である。

だから、圭の恋を応援するわけではない。

 

(あの笑み、一体何を企んでいる。敵意は感じないが)

 

まだまだ大神灰里は社会勉強中だった。

 

 

 




大神灰里(おおがみかいり)
オリ主。秀知院学園中等部2年、生徒会庶務。身体的特徴:クール

※パワポケ要素
灰原や犬井と同じ遺伝子を持って生まれてきたアンドロイド。彼らと同様、人の上に立つべく作られ、運動能力は高く、カリスマ性や容姿が優れている。したがって、人から好意を向けられることは当たり前であり、元々人間的感情が薄いことも加わって、他人の恋愛感情には相当鈍い。すでに14以降の時間軸なので、戦闘目的に作られた個体はその行き場を失くしかけている。まだサイボーグ化されていなかったので、途中からその教育方針を変えて、かつて腹心だった犬井を亡くした大神博之の側近となるべく社会勉強中


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第5話 連絡先交換のやり方&第2回恋バナ@生徒会室

 今日は、朝から会長がどこか浮足立っていた。

 俺は四宮かぐや攻略法を楽しみにする。

 四宮かぐやは何を企んでいるのかと警戒する。

 

 藤原千花はマイペース。

 

「会長、それ!」

 

 会長がおもむろに見せたのは、携帯電話

 現代で言うところの、スマホ

 

「会長って、今まで持ってなかったですよね!」

 

 いち早く、藤原さんが反応した。

 

「まあな。少し思うところがあったんだ」

 

 今や小学生でも持ち始めている携帯電話について、高2になってからようやく会長はスマホデビューしたことになる。今期生徒会結成直後、連絡先交換を提案した藤原さんだったが、生徒会長が持っていないから空気が重くなった。

 

 その時の関係は冷えきっていたけれど。

 特に『氷のかぐや』と俺が。

 

「ようこそ文明社会へ!」 

 

 彼女がマイペースに明るいのはその時から変わらない。藤原さんに至ってはスマホ無しでは生きていけないくらいだろう。まあ、それくらい持っていることが当たり前になってきたということだ。

 

「なるほど。言い得て妙ですね、会長」

「みょうだyo!」

 

 なぜラップ。

 ラッパーチカ?

 

「人を原始人みたいに言うんじゃない。すでにLINEだってインストールして、使い方もマスターしている」

「わ~それじゃあ、連絡先交換しましょう~!赤外線でいいですか~」

 

 また徹夜したんだろう。

 

「あとで、つくしくんのも送りますね~」

「お、おう、頼む」

「スマホについては藤原さんには勝てませんね」

 

 いわゆる友達招待も会長は知っているだろうが、藤原さんのペースに追いつけない。第一、文字を打つスピードが違うし、藤原さんが片手であることに対して、いまだ会長は両手でスマホを握っている。

 

 四宮かぐや的にもお可愛いことだろう。

 

「それにしても。防水仕様とは会長らしいですね。機能性重視というか」

「ほう、よくわかったな」

 

 それでいて、少し古い機種だ。

 家計を少しでも圧迫しないためのチョイスだろう。

 

「そういえば。ご両親はNOZAKIの仕事だったか?」

「おおっ!いろいろ詳しそう!」

 

 俺の出自を知っているのは、この学園では四宮かぐやとその幼馴染の早坂愛くらいだ。すでに維織様の立場が確立している以上、もう特に影響はないのだが、わざわざ明かすほど綺麗な話でもない。

 

 だから、そう簡単に調べられるものではない。

 

「偶然カタログを読んでいただけで、石上会計ほど詳しくはないです。だから、会長も彼をスカウトしたのでしょう?」

「あいつは今日も来ていないがな」

「石上くんまた家でやってるんですね。みんなでやるのが楽しいのに~」

 

 ところで、その四宮かぐやはどうして会話に乗ってこないのだろう。気になる異性との連絡先交換なんて、何よりも優先で行うべきことなのに。だって、タイムラインで逐一行動がわかるから。

 

 藤原さんは、すぐ自撮り送ってくる。

 生タコとのツーショット写真とか。

 

「きゃ~!かわいー!会長のアイコンかわいい~!」

「ああ。俺が子どもの頃の写真だな」

 

 俺も自分のスマホを操作して、会長からの友達申請を受諾する。ついでに会長の子どもの頃の写真を見ている俺に、加えて、その話題を会長と共有している藤原さんに、四宮かぐやは嫉妬している。

 

 天然と嫉妬がぶつかり合う。

 2人は親友じゃなかったのか。絶交まである。

 

「へぇ~この頃から目つきわるいんだ~!」

「目つきに関しては結構なコンプレックスだから触れてくれるな」

 

 本人にとってのコンプレックスは、会長は知らないが四宮かぐや的には『お可愛いこと』なので、さらに嫉妬の視線が強くなる。

 

 ここまでで大体わかったが、お互いに連絡先交換をお願いされることを待っている。昨晩からずっと期待している分、会長は焦らされるときついものがある。

 

「ふむ。さすがにこれはあまり見せられないか―――3分後に変えよう」

 

 こいつは ひでぇや。

 3分間待ってやる、という幻聴が俺には聞こえた。

 

「え~、かわいいのに~」

「さすがに生徒会以外に見られるわけにはいかんだろう」

 

 自分の子どもの時の自画像をアイコンにすることについて、あるかなしかと問われれば、なしという人が多いだろう。

 

「ぐすっ……ぐすっ……」

「かぐやさん、どうしたの?」

 

 四宮かぐやが人前で泣く姿なんて初めて見たが、目が潤んでいるのは目薬か。今まで出さなかった『切り札』(嘘泣き)を使うほど、四宮かぐやは連絡先交換及び子どもの頃の写真が見たかったのか。

 

 四宮かぐやは、会長のことになると急に子どもっぽくなる。

 

 

「会長はひどいです……」

「お、俺が悪かった! 四宮にも見せるから!」

 

 向けられたスマホの画面を鷹の目が刺し貫く。

 四宮かぐやの口元は三日月に歪められた。

 

「しまった!?」

「あらあら、会長」

 

 まるで『お可愛いですこと』と言っているかのように、頬を紅潮させている。四宮かぐやはあの一瞬で脳内保存した画像を意識しているだけだが、負けを認めるしかない状況の会長からすれば勝ち誇った笑みに見えているだろう。

 

 

「はわわっ!ガラケーだからLINEできないかぐやさんの前でLINEの話ばかりするのかわいそうですよ~!だってまだガラケーですもん!!」

 

 天然って怖いね。

 聞こえようによってはガラケー批判している。

 

「金持ちなら買い替えろよ!?」

「幼稚園から使ってる携帯なんです! いまさら替えられません!」

 

 まじか。意外だ。ガラケーでもLINEをインストールできる機種はあるけど、そこまで古いとできるか確証はないな。

 

「……電話、待っていますからね?」

「……俺の方こそ、メールが来るのを楽しみにしているからな?」

 

 2人の戦いは延長戦にもつれ込んだ。

 

 言い合いを続けながらも電話番号とメールアドレスを交換した2人を横目にして、俺は会長のアイコン画像をスクショで保存していた。これは、四宮かぐやに貸しを作る材料になる。

 

 何事にも、抜け道というものはあるということだ。それは無音カメラで2人を撮っている藤原さんにもあてはまる。

 

 

 

****

(番外編 @男子トイレ)

 

 

 女三人寄れば姦しい、と言われるように女子が3人も集まればキャッキャウフフである。恋バナだってすぐ始まるはずだ。ソースは藤原千花の行動力。

 

 生徒の悩みを解決するべく、生徒会長は相談を受けつける。だがしかし、今日相談を受けるのは生徒会副会長であった。ちなみにこの学園で、四宮かぐやは恋愛百戦錬磨という噂がある。もちろん噂だけである。

 

「紅茶でよろしければ、どうぞ」

「ありがとうございます。あっ、美味しい」

 

 男子メンバーが席を外しているとはいえ、お茶請けは四宮かぐやか藤原さんの担当だ。同学年の柏木渚はショートカットの美少女のはずで、成績も良く、裏表のない彼女はかなりモテる。

 

「では!このラブ探偵チカとワトソン役のかぐやが、恋という名の落とし物を見つけ出して差し上げます!」

「は、はい、よろしくお願いします」

 

 ワトソン=助手と言ったところか。あの四宮かぐやを補佐として扱えるのはラブ探偵チカくらいだろう。

 

「それで。ご相談というのは?」

「円満に彼氏と別れる方法が知りたいんです」

 

 予想以上に深刻だった。内容は先日相談を受けた『田沼翼と別れたい』というもの。ちなみに彼は俺たちを1日にして越えていき、『壁ダァン』を放課後の教室でやって告白に成功した。

 

 1つのイヤホンで片耳ずつ共有して、盗聴している共犯者(会長)も、思わず顔に手を当てた。俺たちの現在地は男子トイレの個室である。

 

「勢いでOKしちゃったんですけど、でも彼のことよく知らなくて」

 

 やっぱりか。

 バレンタインデーのチョコボールは義理か。

 

 隣にいる会長は目が泳いでいる。

 

「別れるということは早計ですよ。ただ自分が好きなのか不安なのでは?」

「そうそう!まずはいちゅーの彼の好きなところを考えるんです!」

 

 意中ねぇ。

 ラブ探偵チカはいるのだろうか。

 

「な、なるほど……」

「例えば、真面目で努力家な所だとか、勉強ができる所だとか、実はすっごく優しくて困ってる人を放っておけない所とか、可愛い所だとか」

 

 隣の会長の顔が真っ赤になっている。

 暑苦しい。

 

「1つ良い所を見つけて、そこを良いなって思い始めたら、良い所がいっぱい見えてきて……どんどん」

 

 プシューという音がイヤホンから聴こえた。

 会長もプシューしている。

 

 トイレの水を流す音でかき消す。

 

 

「ここからはラブ探偵チカの出番ですね!」

 

 声のボリュームが大きい藤原さんが、意気揚々と名乗りを上げた。

 

「ではっ、その人が他の女とイチャコラしてる所を想像してみてください!」

 

 気になる人が異性とイチャコラねぇ……

 会長も顎に手を当てた。

 

 藤原さんが別の男子とデートしたと仮定して………妨害するか連れ去るかだな。

 

「今の気持ちが嫉妬!彼の事が好きだからヤな気持ちになっちゃうって事なんです!嫌な気持ちの分だけ愛があるってことなんです!」

 

 なるほどね。

 俺は確かにムカムカする。

 

 誰もがそのような気持ちを抱くわけではなく、数年前は姉さんとか超落ち込んでいた。三角関係時期の姉さんの落ち込みぶりはそう簡単にフォローできるものではなかった。

 

「だから、柏木さんにも彼を好きな気持ちはちゃんとあるんです。それを大事に育ててあげればいいんです」

「そうなんですね!私ちゃんと彼が好きなんですよね!」

 

 ラブ探偵チカ、すっげぇ。

 『別れたい』という相談をひっくり返した。

 

「でも、どうしたらもっと彼と自然に話せるようになりますかね?」

「そうですね……認知的均衡『ロミオとジュリエット効果』なんて使えるんじゃないでしょうか」

 

 会長が関わると急に子どもっぽくなるけど、普段の四宮かぐやは頼りになるようだ。あと王道が好きそうだし、意外とロマンチックなところは、俺的に好感が持てる。

 

「うんうん。恋に障害はつきものですよ」

「でも、障害なんて……」

 

 特に家庭環境にも問題なさそうだしな。

 

 恋敵がいればいいのだろうけど。

 そういう状況だと独占欲がどんどん高まるぞ。ソースはさっきの俺。

 

 

「誰もが立ち向かわなきゃならない強大な敵がいます!―――この社会です!!」

 

(((社会!?)))

 

「終わらない戦争!無くならない貧富の差!これほど強大な敵はいませんよ!」

 

 それは、かつて世界に混乱を引き起こしたジオットのスケールの話だぞ。もちろん『最大の計画』の終息ともに彼が姿を消して以降、今の世界はそれなりの均衡を保っている。数年前までこの世界はずいぶんと危うい未来に進んでいた。俺たちは、『無謀さ』をわかった上で社会に立ち向かったヒーローから守られるだけだった。

 

 四宮かぐやも、社会に喧嘩を売ることの『無謀さ』または『恐怖』を人伝手に聞いているはずだ。

 

「なるほど、2人でこの腐敗した社会に反逆すればいいんですね!」

 

 早速2人で準備してきます、と言ったところでドタバタと駆けて行く足音が聴こえた。

 

 えっ、何の準備するの。

サイボーグ? アンドロイド? 超能力?

 

 

「大丈夫です。平和を願う気持ち、それこそが真の意味で社会への反逆だと私は思いますから」

「……何を言ってるの?」

 

 何か意味ありげな言葉を、藤原さんは呟いた。

 もちろん、四宮かぐやは真意を問う。

 

「元々、2人は慈善活動に興味があるみたいですよ」

「……そう」

 

 語り方が大袈裟すぎる。

 

 たぶん、四宮かぐやは崩れ落ちたことだろう。

 俺もトイレの個室で大きくため息をついた。

 

「とりあえず。解決でいいのか?」

「ええ。今の世界は平和ですよ。ヒーローのおかげで」

 

 会長は首を傾げた。

 

 後日、生徒会のサポートのもと、ボランティア部が新設された。スタート時は、件のカップルともう1人のたった3人の部活だが、早速緑の募金活動から始めているらしい。

 

 男子1名、女子2名

 俺にとっては既視感のある構成だった。

 

 恋に障害はつきものだな

 

 

 



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第6話 第1回テーブルゲーム@生徒会室

 グローバル社会において、国や地域の垣根を超えて世界的に資本・人材・情報がやりとりされている。

 

 維織様が社長をやっているNOZAKIもITの大企業であり、グローバル企業の1つだ。まだまだ歴史が浅いとはいえ、『ツナミ時代』の中でも発展を続けた企業として有名である。もちろん、歴史ある財閥には敵わない。その時代で一強だったジャジメントグループ(旧名ツナミ)の解体後、四宮グループ含む4大財閥によって再び世界の均衡が保たれている。

 

 話が逸れたが。 

 教育現場でグローバル人材の育成が求められている。

 

「えっと、えっと。パーティーは月曜で~設営は日曜にしなきゃだし~」

 

 現在金曜日。

 昨日、校長から告げられたのは、『パリの姉妹校の生徒との交流会』

 

「飲料・食料品の発注は間に合いそうにありませんね。多少無理をしない限り」

「ええ。私たちの方で準備しましょう。学園としてはあまり借りを作りたくはないでしょうが」

「土産菓子か雑貨は、前日に生徒会で用意するとして」

 

 その準備期間はたった3日しかない。

 意趣返しに、コネはいくらでも使ってやろう。

 

 校長が意図的にその情報を隠していたことは明白で、防犯性の高いこの学園では長期間盗聴器を仕掛けられないことが悔やまれる。四宮かぐやの従者の早坂愛が近くにいないタイミングを見て、一時的に生徒会室に仕掛けるくらいが限界だ。

 

「あとは会場設営についてだが……」

「知り合いのデザイナーの方に過去の設営案をグレードダウンしてもらい、NOZAKIからその時の物品も貸し出しできるよう、すでに依頼しました」

 

 あのお姉様も宇宙開発事業で忙しいだろうが、息抜きに優先してくれるだろう。

 

 フランス人はパーティーが大好きと言われ、日本人より参加回数がまるで違っていて、パーティー会場に目が肥えている。普通のパーティーを行うだけでは、秀知院学園の格が低く見られてしまう。

 

「それは助かるな。経費の計算は石上に任せるとして……」

「フランス語を話せる先生も何人かいますし~、私の知り合いの講師の方も来れるか聞いてみますね」

 

 当日の進行もすでに煮詰めている。

 藤原さんの母親は元々外交官だったし、そういうコネもあるのだろう。

 

「なんだか上手くいきそうですね~!」

「ああ。なんとか形になりそうだ」

 

 これである程度は、目途は立った。そして、会長は重々しく息を吐いて、ソファに体重をかける。

 

「日曜はどうします~?」

「ん?会場設営の指示出し役2人と、買い出し役2人ずつと言ったところ、か……」

 

 会長の声が尻すぼみになっていった。

 そして、心なしか頬が緩んでいる。

 

「買い出しは面倒なことだな。四宮もそう思うだろう?」

「まぁ、そうですね」

 

 これは班分けである。

 

 気になる異性と同じ班になりたいというのは思春期男子なら当然のことだ。会長の頭の中では四宮かぐやと自分で買い出しに行くのがベストなどと考えているのだろう。放課後デート。それでいて、その配役を会長自ら決めることは、その意図を勘ぐられないはずはない。それは恥ずかしいことだ。

 つまり、自然とそうなることを求めている。ヘタレ。童貞。生徒会長。

 

「じゃあ!ゲームで決めるのはどうですか!?」

 

 最近は部活に行っていたことで満足していたようだが、藤原千花はゲーム好きである。

 

 それはNOZAKIの『実況パワフル野球スピリッツ』などのコンピュータゲームではなく、トランプやチェスのようないわゆるアナログゲームが彼女の好みの範囲に入る。そこには彼女の父親の教育の影響がある。

 

「ほう、どんなゲームで決める?」

「そうですねー、NGワードゲームにしましょう」

 

 4人で勝負するならPカード(麻雀)だろう。そういう赤いヒーローの理念は置いておいて。

 

 会話の中で『特定の言葉』を言ったら負け、というゲームである。メモ用紙や単語帳に書いたNGワードを、それがわからないように別の人に渡す。ゲーム中は自分のNGワードはわからないため、他プレイヤーはそれを言わせるように会話を誘導する。

 

「ルールはわかりました~?」

「ああ、簡単だな」

 

 藤原さんに『ドーン』と言われ、会長は動揺しながら渡された紙を見た。藤原さんが提案したゲームなのだから弱いはずはない。天然でよく勘違いした思考もするが、頭の回転は速い。

 

 簡単そうに見えて、これは高度な心理戦である。

 すでにゲームは始まっている。

 

「じゃあ!本番行ってみましょう!」

 

 勝敗については、俺自身は『藤原さんと会場設営』ができる1位か2位を狙う。会長や四宮かぐやはむしろ3位か4位を狙っているだろうし、主催者の藤原さんは1位を狙ってくる。そう考えると、今回のゲームにおいてあまり本気を出す必要はない。

 

 とりあえず。

 四宮かぐやには『好き』って言わせるか。会長がその言葉を言わせるために誘導することは日常茶飯事なことで、あわよくば、どっちかがそのまま告れ。

 

俺が四宮かぐやに

四宮かぐやが会長に

会長が藤原さんに

藤原さんが俺に

 

さて、NGワードは。

四宮かぐやが『好き』

会長が『本気』

藤原さんが『ちぇけら』

 

 会長が藤原さんに渡したNGワードはずいぶんと勝たせないためのものだな。よほど誘導しないと、まず言わないだろう言葉だ。もっと日常的な単語にしないと、うまく繋げられない。

 むしろ、急にそういうジャンルについて発言すると、NGワードが何か勘づかれやすい。

 

「YO! YO! 早速スタートだYO!」

 

 なんでラップ。

 てか、先日同じようなことを思ったな。

 

「藤原書記、なんだその口調は……?」

「NGワードにオレッチがよく使う言葉を指定されてはたまらんYO! だから口調を変えてルンだYO!」

 

 俺ですらポーカーフェイスを崩しそうになったし、指定した帳本人である会長は激しく動揺している。いつ『チェケラ!』するかわからない状況だ。まるで、あらかじめ狙っていたかのような一致で、四宮かぐやは感心している。

 

「その動揺!語尾に関するものだったのかYO!」

「そ、それはどうかな……」

 

 まあ、ラッパーチカがお可愛いことだから会長ナイス。

 

「つくしくんYO!今何か言いたいことあるかYO! セイ!おーっ!」

 

―――君を撮影したい

 

 書いた本人としてはあらかじめ攻め方を考えていることなのだろう。だが、会長の願いを考えると、最下位になるわけにはいかない。

 

「お腹が空きました」

「お昼!いっぱいおにぎり食べてたルン!YO!」

 

 今まで一度も言ったことのないワードだ。

 加えて、会長の援護になるが、これでどうだ。

 

「それにしても。今日のお弁当も美味かったな。なぁ、四宮?」

「そうですね。あのタ……、あのおにぎりも」

 

「ずいぶんとタコさんウィンナーが気に入っているのですね」

「あれはいいものだYO!」

 

 こういう心理戦において、他プレイヤーはライバルであり、時には協力者。だから、1人1人を脱落させていくことは常套手段。

 

「……そうですね。今日も美味しい、お弁当でしたよ」

「そ、そうか。それなら作った甲斐があるというものだ」

 

 すでに出てきたワードは安全な言葉だ。例えば、お弁当から連想させるような『昼食』や『お昼ご飯』を誘っている可能性もある。

 

 記憶力の良い四宮かぐやも決して弱くはない。

 

「ところで、何か嫌いなものはあるのか?」

「いえ、特にはありません。藤原さんはどうですか?」

 

 自分に対する集中砲火を回避し、ラッパーチカに話題を振った。藤原さんはラップを続けている以上、会話しているだけで無自覚に地雷地帯を歩いていることになる。

 

「嫌いなものですか……そうですね……空気読めないってよく言われるんですよ

 

「「ん?」」

 

 ノリノリのラップはどこにいったのだろう、俺たちの中に疑問が芽生えた。

 

「恋バナするときは混ぜてくれないですし~! 絶対地雷踏み抜くからって~!」

 

 目を潤ませながらそう告げる。

 やがて、顔を机に伏せた。

 

……ちょっぴり疎外感を感じます。ほんとは、知らない間に、みんなに迷惑かけてるのかなって考えると悲しくて

 

 藤原千花も、何かを失っている。

 その笑顔に影を落とすことなど一度もなかった。

 

「藤原さん……」

「それが嫌いなことです……よー」

 

 四宮かぐやが、藤原さんの頭を撫で始めた。

 ゆっくりと顔を上げる。

 

「みんな、迷惑なんて思ってませんよ。貴女のそういう裏表が無い所に助けられている人はたくさんいます」

 

 まあ、そうだな。

 

「かぐやさん……本当?かぐやさんは私の事、嫌いじゃない?」

 

 ん?

 待てよ?

 

「ええ、まあ……『好き』ですよ」

「ドーンだYO!!」

 

 ひでぇ。

 ゲームとはいえ、友情を利用したぞ。

 

「今の話!嘘、だったんですか!?」

「ブラフだYO! 私が恋バナに混ざらないわけないYO!」

 

 いつもの笑顔だ。

 四宮かぐやはこれで4位になった。

 

「貴女って人は!」

「まあまあ! 私もかぐやさんのこと大好きですYO!」

 

―――どこまでが嘘だ?

 

 こう見えて、藤原千花という女は普段は決して嘘をつかない。これはゲームだから嘘をついた。

 

 『空気を読めない自分』を嫌っていること。その一例として恋バナが挙げられた。だが、そもそも、現在の彼女の友人からの評価は『他人の秘密は必ず守る』から、よく恋バナに誘われる。それが簡単でないことはわかっているだろうが、彼女の交友関係は広く深いものだ。

 

 だが、彼女の過去は知らない

 

 顔を隠す前に一瞬見えたあの瞳は、嘘のものではないかもしれない。

 

 

「藤原さんは強敵ですね。まあ、会長にも負ける気はありませんが」

「ああ。ここからは『本気』でやらせてもらおう!」

 

 ずいぶんと上手く釣れたな。

 何か思うようなことがあったのだろうか。

 

「ドーンだYO!!」

「はぁ!? うわ、まじかよ!」

 

 会長は慌てて、四宮かぐやが『本気』と書いた紙を見た。相変わらず、字が綺麗だな。

 

「これで割り振りは決まったが……」

「さあ!決勝戦を始めるYO!」

 

 本来の目的は忘れられているようだ。

 

「本気でやらせてもらう」

「望むところだYO!」

 

 勝負事で手を抜くのは失礼だったな。

 

 藤原さん好みに指定されているNGワードだから、もちろん攻め方もあらかじめ考えられている。だから、攻勢を緩めた時点ですぐに引き出される。逆に、こちらは会長が負けないように指定したNGワードだから、圧倒的不利。

 まあ、何の因果か、奇跡なのか、いまだにラップを続けていることにまだ勝ち目はある。

 

「ラップ、まだ続けるんだな。語尾が何とかという話だったか?」

「そうだYO! これは必勝法だYO!」

 

 さすがに乗ってこなかったか。

 本来、『よく聞け』という意味を含む『Check it out』を出させるように会話の内容の振り返りを行ったのだが。

 

「ああ。確かにそう言っていたな」

 

 それにしても、と言いながら、攻勢を緩めない。

 

「リズム感があるからか、上手いと思う」

「ありがとうYO!」

 

 まだ乗ってこないか。

 そもそも、『チェケラ』知っているのか?

 

「YO! 家族のこと聞いていいかYO!」

「まあ、いいけど……」

 

 こちらのNGワードを引き出すように攻めてきた。

 あまり単語を出さないようにしないと。

 

まず母さんは女手一つで育ててくれたし、肝っ玉があるというか、昔はモテモテだったらしいけど、今でも十分若くて美人で心配になるくらい。姉さんはとにかく優しくて仕事もできる。実際のところ社長やれるまである。あと、あまり体力はないけどバスケが得意で中学の頃は3Pシュート成功数記録保持者。しかもプロ野球選手の彼氏持ち。あと一応、もう1人姉がいるけど

「長いな!? NGワードは言っていないが!」

 

 会長の指摘でハッとする。

 

「少々、熱くなりましたね」

 

 しまった。

 上手く乗せられた。

 

「そういえばYO! いっしょに朝登校してるけどYO! どの辺りに住んでいるか聞いたことないんだYO!」

「ああ、言ってなかったか。『家』は混黒高校の近くで……」

 

四宮かぐやがクスッと笑みを零した。

会長が慌てて手で制している。

藤原千花が満面の笑みを見せた。

 

 ああ、なるほど。

 俺は、一番の『弱み』を狙ってきたか。

 

「ドーンだYO! 『ちぇけら』!」

 

 天才アナログゲーマーなのか。

 それとも、よく俺の事を知っているのか。

 

 



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第7話 イベント(フランス校交流会)

 待ちに待った日曜日だが。

 

「起きた時に家にいなかったので、弟が神隠しに遭ったか心配していました」

「何も呪われるようなことしてないからね? 朝から野球ゲームやってないからね?」

 

 オカルトはまだまだ謎が多い。

 科学では証明できないことは今でも起こる。

 

「冗談です。ともかく、治まるのは夜になってからですよ?」

「ああ、わかってる。帰るまでに終わればいいくらいだし」

 

 電話越しに伝えられた通り、記録的な豪雨だった。

 やれやれと言われて電話が切れた。

 

 土曜日のうちに運び込まれた荷物を1つ1つ開封していく。同じく無茶をしそうな藤原さんも彼女の父親が来させないだろう。他の有志の生徒にも、準備は中止して早朝から行うと伝えてある。

 

 当日の朝からやって間に合うはずはない。

 

「ところで、なんでいるんですか?」

 

 気配を隠して近づいてきたが、隠しきれない闘志がこの関西弁な長身の女性にはある。その強さに噓偽りは決してなく、世界最強候補の1人だ。

 

「可愛い弟分の恋路が気になるやん?」

「わざわざこんな雨の日にですか。まさかあなたもラブブレイカーですか?」

 

 リア充撲滅隊みたいな有志団体の1つだ。

 規模は小さいし、今は2人いるかどうか。

 

「なんやそれ。お姉さんは現役男子高生と恋バナしたいだけや」

「冗談です。ヒーローのカップル率に絶望して入隊しないかどうか、ひやひやしてますけど」

 

 わりとまじで、略奪愛に目覚めないか心配ではある。

 

「その話はそれ以上するな。」

「……了解しました」

 

 そんな彼女は机を片手で軽々と持ち運んでいる。そして、指定した場所にわりと大雑把に置いた。

 

 やっぱり、あまり手先は器用ではないな。

 

「まあ、力仕事を手伝っていただけるなら、適任ですね。ぜひよろしくお願いします」

「任された。それにしても、ほんま姉弟やなぁ」

 

 どっちの姉に似ていると評したのか。

 もちろん、姉さんだな!

 

「そうそう。暇してるやつにも声かけといたから、どんどん集まるで」

「どこまで呼んだのかかなり心配になりますが……ヒーローが暇なのはいいことですね。もっと仕事回すように頼んでおきます」

 

 ますます個性的なメンバーが集まるのか。

 指示出しの骨が折れそうだ。

 

「おおきに。はぁ、あんたもずいぶんと染まったなぁ」

 

 目の前の大江和那さん含め、好戦的なヒーローには仕事をさせなければならない。それが雑用にしろ、もしくは戦いにしろである。さすがに、組織が自ら敵を作ることは減ったとはいえ、いまだ不安定な世界の均衡を保つために続いている。

 

「でも、まだ戻れる。」

 

 生まれた時からもう戻れなかった気がするし、託された力を捨てるわけにもいかない。

 

「ご忠告ありがとうございます。そもそも表にいたとしても『家』の関係上、これからも巻き込まれるでしょうに」

 

 青いヒーローでさえ勝てなかった敵がかつてこの世界にいた。その敵のターゲットにもし選ばれていたら、俺や姉さんなんて1秒もかからず死んでいただろう。ジオットの気まぐれで、姉弟は運よく選ばれなかっただけだ。

 

「このままやと、あの娘も巻き込むことになるんやで?」

「貴女が言うと説得力がありますね。まあ、俺も高校卒業までには決めますよ」

 

 大江和那さんは苦笑いをしただけで、それ以上忠告されなかった。

 

 

 

****

 

 わざわざ教員に聞いて調査したが、校長が会長を試すために口封じされていたらしい。3日前まで伝えないようにした責任はぜひ担ってもらおう。俺と四宮かぐやがコネを最大限に利用したことで、校長は胃痛に悩まされることになる。

 

「なんとかなったな」

「ええ」

 

 緑色を基調として統一感の溢れるパーティー会場は、フランスの留学生からも大きな称賛を得た。夏の近づきを感じさせる新緑を思わせ、和と洋の雰囲気を上手く組み合わせている。秀知院学園生徒も留学生も写真で会場を撮影していた。

 

 会長も、朝来てみたらほぼ完成の会場にただただ感嘆していた。

 

「四宮、筑紫。フランス語はいけるのか?」

「いえ、あまり得意ではありませんね」

「俺もさすがに英語でないと」

 

 学園生徒もフランス語履修生で構成されており、不慣れなフランス語で会話をしている。時折り、会話が詰まることもあるが、留学生たちも承知の上だろう。彼ら彼女らもここに来るまでにわからない日本語に囲まれている。

 

 この学園の英語教師の1人がフランス語をペラペラと話せるし、藤原さんの紹介の人も通訳に回ってくれている。

 

「挨拶では会長はフランス語で自己紹介していましたね」

「少しハンドブックで予習してきただけの付け焼き刃だがな」

「またまたご謙遜を」

 

「Bonjour.(こんにちは)『今日はお招きいただき、誠にありがとうございます』」

『こちらこそ、遠方から遥々お越しいただきありがとうございます』

 

 留学生がフランス語で話しかけてきた。まだ訛りがあるが、できるだけ聞き取りやすいようにゆっくりと、こちらが分かるような定形文だった。

 

『あなた方が滞在する間に、忘れられないような素晴らしい思い出を手に入れられるよう、私たちは最善を尽くします』

『ありがとうございます』

 

 さすが四宮かぐやというべきか。間髪入れず、文章をフランス語で構成し、ペラペラと喋っている。

 

 これなら、翻訳機を持ってきた方がよかったな。まあ、サイボーグなら内臓すればいいのだが、生身の人間にとって、あれは少しサイズが大きい。『戦闘用高速言語』で容量をくっている影響もある。

 

『なにか必要があれば、遠慮せず私たちにお聞き下さい』

 

 そこで会話は終わったようだ。丁寧なやり取りだったが、フランス語でどんどん話しかけられそうだな。フランス語をペラペラ話せる日本人がいたのだと、向こうで留学生の女子たちがキャッキャウフフしている。

 

 今度、一般向けのAI翻訳機を買おう。

 

「やはりネイティブの発音は難しいです。義母音は普段から使わないとどうしても綺麗に出ないですから」

「こればかりは慣れですね。藤原さんは向こうでまるでネイティブのようにペラペラ話していますが、一体何者なんでしょう。あれは本当に生身の人間ですか?それとも特殊な生まれですか?」

「藤原書記にずいぶんと失礼だな……」

 

「冗談ですよ、少し混ざってきます。」

 

 話している内容は日本のマンガ。そして、海外企業相手のプレゼン並みにペラペラ。 

 

 

「……コンテンツは日本人向けで……有効な手段が……」

 

 会話に混ざろうかと思って、一度藤原さんに近づいた。でも、これはさすがに無理だと判断した。

 

 離脱するに限る。

 

「会長、まるで海外に単身放り出されたみたいな顔していますね」

「そそそそんなことはないぞ!」

 

 会長も留学生と折り紙について会話をしていたようだが、ジェスチャーと表情でなんとか乗り切った感じか。

 

「Bonjour Shirogane.(こんにちは、シロガネ)」

「ああ、はい」

 

 話しかけてきたのは、姉妹校の生徒会副会長。さらには校長がこちらの様子を見ているので、何か仕掛けてきたようだ。妖艶な雰囲気を持つ彼女は、学生でありながらディベート大会で優勝した実力者らしい。

 

『はじめまして。フランス校生徒会副会長ベルトワーズ・ベツィーさん』

『ふふっ、はじめまして。でもあなたには用はないの』

 

 超能力者ということは抜きにしても、何か武器を所持しているようには見えない。彼女が纏う雰囲気からも、戦いの素人ということは俺にもわかる。ずいぶんと腕が細いし手指は綺麗で、実力を隠しているようにも思えない。

 

 校長には会長を試す目的があるようだが、それは単に彼女とディベートをするということにあるのだろうか。

 

『ずいぶんと細い男だこと……』

 

 そこから始まったのは皮肉・挑発・人格否定

 

「ふむふむ」

 

 会長を徹底的に侮辱する罵詈雑言

 親や恋人、友人の悪口まで言っている。

 

 普段の生徒会長なら、冷静なままではいられなかっただろう。

 

「ははっ!エクザクトマン(それな)」

 

 笑みを見せて、躱した。

 会長が気にしないのなら怒る理由もない。

 

『なんですって!?』

 

 会長はたぶんほとんど分かっていない。

 日常会話から、かけ離れたスラングだし。

 

 だが。

 

『あなた! 強がっているのね!』

『先ほどから聞いていれば……』

 

 四宮かぐやが黙ってはいなかった。

『あ?お前、今なんて言った?』から始まる脅迫。

 

 言っている内容は、四宮グループの『恐怖』と立ち向かうことの『無謀さ』についてだ。どこからでも暗殺できるスナイパーにすぐ依頼できること、一般人の情報などすぐに明るみになること、一般の軍隊には流通していない兵器を保持していること。そして。

 

「四宮かぐや、そのくらいで大丈夫でしょう」

 

 俺やベルトワーズ・ベツィー以外がこの話を聞いていないとはいえ、一般人に向けて簡単に言いふらしていい情報でもない。

 

『……そういうわけで会長にはこれ以上近づかないでください、ね?』

『はい!わかりました!!』

 

 これでベルトワーズ・ベツィーも懲りただろう。

 言葉も立派な『凶器』ということだ。

 

 

「えっと……?」

「会長、違うんです! 今のは……」

 

 怒りに身を任せたとはいえ。

 まるで会長に出会って変わる前の四宮かぐやだった。

 

「軽蔑しますか……? 幻滅、しましたか?」

 

 天才である四宮かぐやは、常に『人を率いていく』という未来を期待され続けている。四宮グループを継ぐ一族の1人として、人の上に立つことが求められて、そのように教育されてきた。

 生まれながらに、権力を振りかざすことのできる立場だ。

 

 

「会長、フォローは任せましたよ」

「お、おう……」

 

 好きな人のために権力を使うだなんて、ずいぶんと人間っぽいことだ。そういう所は大事にしてほしい。四宮かぐやが『氷のかぐや姫』だった頃は、世界の情勢の影響もあり、お互いに常に警戒していた。

 

「そういえば。さっきのは話しても特に問題はない内容でしたから。ギリギリ」

「ギリギリだったんだな……」

 

 

 

 



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第8話 相合傘のやり方

 梅雨の時期が近づくにつれて、大きなイベントがある。

 

 湿度がだんだん高く、気温がだんだん高く。そうすると、自ずと不快指数や体感温度は上昇し、できる限り薄着でいたくなる。秀知院学園にも黒いワンピース型の女子制服があるが、夏用と冬用の2種類ある。

 

「皆さん、衣替えですね~!」

 

 四宮かぐやと藤原さんが並ぶと、驚異の格差を感じる。まあ、俺的には、半袖になったことで見える華奢でスベスベな腕の方が気になる。

 

「最近ジメジメしてますからねー、すっきりって感じですよ~」

「ええ……はい……すっきりですね。清々しいほど」

 

 四宮かぐやは胸の大きさにコンプレックスがある。

 

「さて、先の交流会は皆の尽力の甲斐あって無事成功した。ひとまずお疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」~!」

 

 校長のせいで大変だった。

 全部校長のせいで。

 

 前日の準備で、個性的なメンバーに指示するところが一番苦労した。

 

「今日は事後処理の予定だったが、石上会計が既にあらかた終わらせたそうだ。だから、特にやることはないな。よしっ、今日はオフにしよう」

「わーい!」

 

 残念ながら、オフか。

 四宮かぐやも少し残念そうな表情をしている。

 

「じゃあ、かぐやさん、お迎えの電話しなきゃですね」

「いえ。今朝、送迎の車がパンクしたということでお迎えは無いんです。なので、歩きで帰ろうかと」

 

 相変わらずの使いこまれたガラパゴス携帯で、メールを確認している。結局機種交換しないままで、LINEはインストールしていた。

 

「……え?

 大丈夫なんですか?

 誘拐されません?

 雨の日は証拠残りにくいから狙われやすいんですよ?」

 

 そうだよ。

 よく知ってるな、藤原さん。

 

「不安になるような事は言わないでください」

「いや、さすがに藤原書記の冗談を真に受けるなよ……冗談だよな?」

 

「冗談でしょう」

 

 会長にとってはフィクションでのみ起こりうることだ。実際のところ、作戦の時間制限があるが、街中でもそういう活動は可能だ。ヒーローの中で戦闘力のないメンバーは、囮か時間稼ぎを行うことが主流である。特に、サイボーグは次々と世代交代しているため、どうしても旧式の人たちはそういう役割に回るしかない。

 

 まあ、徒歩でも早坂愛が密かに護衛するだろう。

 

「単独行動するよりはマシでしょうから、この4人で帰りましょうか」

「おおっ! つくしくん、ナイスアイデアぁ!」

 

 今まで、この4人で同時に帰ったことはない。特に、四宮かぐやはそのような『偶然』が起こらない限り、送り迎えは四宮家の専属の送迎車だ。そう言えば、先日は珍しく、会長と2人乗りして朝登校していたな。

 

 本当に偶然か?

 

「こう見えて、誰かを連れて逃げるのは得意ですよ。もちろん、囮になるのも」

「そこは守ると言ってほしいものですね、川田さん」

「ですね~ちぎっては投げしそうですのにね~」

 

「まるでそういうことに巻き込まれたことがあるような……」

「気のせいでしょう」

 

 そんなことを話しながら、玄関までついた。

 今日は昼から雨が降り始めている。

 

 日曜日の記録的豪雨の影響もあるのか、今日は全体的に部活動を行っていないようだ。校門へ向かっていく生徒の中には、1本の傘を2人で共有する『相合傘』をするカップルや友人が見受けられる。

 

「あっ、帰る前に私トイレ行ってきますね~! わ~もれちゃうもれちゃう~」

 

 お可愛いこと。

 

 藤原さんがドタバタと走っていった。後輩の石上優からは本当に女子かどうか疑われるほど、彼女には恥じらいというものがない。 

 だから、スキンシップして勘違いしちゃう思春期男子が現れるんだ。俺含めて。

 

「しまった傘を忘れた」

「どうしましょう傘がありません」

 

 会長と四宮かぐやの声は、同時だった。

 そんなに相合傘したかったのか。

 

「お二人が忘れ物なんて珍しいこともあるものですね」

 

「ええ、普段は送迎があるのでうっかりしていました」

「いや、その、俺は天気予報を見損ねてな」

 

 嘘だろうな。

 暇つぶしに、駆け引きを見るけど。

 

「なぁ、四宮。雨が降った日に限って、車がパンクしたことは偶然かもしれない。」

「あら、何が言いたいのでしょう?」

 

 なんだか逆転裁判やってる気分だな。

 知ってるか、こいつら両片想いなんだぜ?

 

「今日は徒歩で帰ることが、朝にはすでに判明していたはずだ。お前ほど計画性のあるやつが傘を忘れる、なんて事あるのだろうか。」

「私も人間ですから、多少のミスはありますよ」

 

 会長関連にならないと、ミスしたところは見たことはない。

 

「それは家の人からも?」

「ええ。準備は私が行いますし、持っているものと判断されたのでしょう」

 

 早坂愛が尋ねないはずはない。

 護衛の彼女はすでに校門でスタンバってるし。

 

「計画性というならば会長も。先ほど天気予報を見損ねたと言っていましたが……」

「それがどうかしたか?」

 

 会長の主張の方が矛盾は多い。天気予報を見損ねたというミスが自発的原因すぎる。

 

「ええ。会長はいつも自転車で通学をしていますよね。でも、会長のママチャリが自転車置き場になくて、つまり今日は電車で来たと……」

「ほ、ほう?」

 

 四宮かぐや。貴様、見たな。

 自転車の有無を事前にチェックしたな。

 

「会長は自転車だと傘は差しませんし、雨合羽も好みません。だから、雨の日は電車で登校する。あら、今日の朝は晴れていましたよね?」

「電車で、来たし、晴れて、いたな」

 

 そこに生じたのは、矛盾だ。

 散りばめられた情報をもとに誘導された。

 

「この1日晴れかもしれないのに電車だなんて、節約趣味の会長が運賃を払うとは考えられません。計画性のある会長は毎日、天気予報を見ているのではないでしょうか?」

「そ、そうかもしれんが、何が言いたいんだ?」

 

 苦し紛れの返答である。

 それで相手の攻勢が緩まるはずはない。

 

「人間誰しも勘違いはありますからね。もしかしたら傘を忘れていると思い込んだだけかもしれません。……会長、鞄の中を調べてみては?」

 

 四宮かぐやはあえて、逃げ道を用意した。会長が荷物を調べるだけであるかどうか証明できることだ。彼女はまるで『計画通り』のような、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「そ、そうだな。見てみようか……」

 

 晴れのち雨の天気、当日朝に起きた送迎車のパンク、自転車の有無の確認、そのすべてが四宮かぐやが立てた計画だった。さっき『天気予報を見損ねた』と思いついた会長と比べ、あらかじめ入念な準備をしていた。それは誇るべきことだ。見習おう。

 

 会長は自分の鞄を探るフリをする。

 

「か、傘……傘は……」

 

「傘、忘れたんですか~」

 

 イレギュラーが発生した。

 

「次から気をつけてくださいよっ!かぐやさんのうっかりやさん♪」

 

 びしって、決めポーズをしている。

 お可愛いこと。

 

「あ、あら、それでは藤原さんが濡れてしまうわ」

 

 藤原さんは傘を無理やり握らせている。対して、四宮かぐやは最大限のアドリブ力を発揮した。

 

「だいじょーぶです!つくしくんに入れてもらいますから!」

「……ん?」

 

 今、何を言った?

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねるかのように近づいてきて、見上げてくる。

 

「あれ~、会長と相合傘の方がよかった?」

「………いや、全くそんなことはない。それならむしろ走って濡れて帰るまである。」

 

 キラキラとニパァって笑みを零して、『かぐやさんたちも一緒に帰ろう~』と気軽に告げた。やがて、俺たちの真似をするように、2人からそれぞれ歩み寄った。

 

「ま、まあ。傘はこの1つしかないからな」

「そ、そうですね。濡れるわけにもいきませんし」

 

 玄関から一歩踏み出すと、ポツンと雨音を立て始めた。

 

 身長差があり、どうしても俺だけが傘を持つことになる。我が物顔でルンルンと歩く藤原さんの右肩が少し濡れてきている。

 だから、少しそちらへ傾けると、口を尖らせて人差し指で『メッ』ってしてくる。

 

「相合傘なんてしたことないから、役不足かもな」

「いやいや~上手だよ~」

 

 これで上手いのか。

 ブラウスの半袖は透けてきている。

 

「私も男子とやるのは初めてだよ♪ 背、高いね!」

「ありがとう、と言えばいいのだろうか」

 

 ほんと、天然あざといこと。

 

 

「ねぇねぇ、どこかに寄り道とかしないの~?」

「しないからな」

 

 買い食いとかしたら叱られるだろう。

 『ぶ~ぶ~』と言いながら、不満そうな顔だ。

 

「そういうのはもう少し大人になってからだろうに」

「えっ、あっ……うん」

 

 不機嫌になったり、嬉しそうにしたり、俯いたり、なにかと忙しいな。いやはや乙女心はよくわからない。

 

 

 



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第9話 箱入り娘たちのガールズトーク

 翌日、雨は上がり、1日晴れという予報だ。

 草木から垂れる雫は趣きを感じさせる。

 

 昨日のような相合傘イベントは登校でも下校でも起こるはずはない。家事としての洗濯をしているかどうかに依らず、普段から天気予報をきっちり確認している生徒会メンバーにとって、あらかじめ入念な準備をしていないと、傘を忘れるという前提条件が生じない。

 

 姉妹校の片付けを行った際の、いわゆる落とし物がこの生徒会室に運び込まれた。住所や案前を特定できるようなものはすでに選別済みで、つまり生徒会の方で処分するかどうか決定してほしいという物品だ。

 

「……まあ、これは生徒会室で保管がいいですね」

「そうするか」

 

 その中には、少女漫画や雑誌もあった。ある程度は校則が緩くなったとはいえ、堂々と落とし物コーナーに置くことはできず、この生徒会室で一定期間保管することになるだろう。

 

 箱入り娘である四宮かぐやや藤原さんにチェックしてもらうわけにもいかず、サブカルに詳しい石上会計は今日もいない。決して、俺や会長は思春期女子が普段読んでいる参考書が気になったわけではない。決してな。

 

「落とし物の本、どんなことが書いてあったんですか~?」

 

 しまった。

 じっくり読んでて気がつかなかった。

 

「ごほん。ご苦労だったな、2人とも」

「一度風紀委員へ預けてきましたが、他に持って行くものはありますか?」

「残りは、生徒会室で保管でいいでしょう。さて、これをどこに置きましょうか」

 

 すっと雑誌を机の上に置く。

 しゅぱっと藤原さんが手に取った。

 

「はわわわわ」

「藤原書記、読むの早いな!?」

 

 人はダメって言われたら、むしろ気になるものだ。今まで抑制されている分、好奇心旺盛な箱入り娘たちが気にならないはずはない。そして、ここには咎める保護者もいない。

 

「かぐやさんもいっしょに読みましょうよ~」

「ええ、構いませんが。これは女性向けの情報誌のようですね」

 

 四宮かぐやが『近い』と呟いているが、2人は密着している。同姓とはいえ、どうやったらそこまでのスキンシップを何も気にせずできるのだろうか。

 

 胸囲の格差すごいな(※童貞的見解)

 

 

「初体験……まぁー、嘘ですよね~ 高校生までに34%なんてあり得ないですよ~」

 

 3人に1人か。知り合い全ての下半身事情を把握しているわけではないが、そこまでの確率ではないな。

 

「こういう本を読んでる人がアンケートに答えてるだけですよね~、会長」

「そうだな。サンプルセレクションバイアスだ。実際にそう多くはないだろう」

 

 回答者の選び方で統計結果が変わる現象で、今回の場合は無作為とは言えない。

 

「そうですか? 私は適切な割合だと思います」

「えっと、かぐやさん、もしかして経験あるんですか~?」

 

「はい。だいぶ前に」

「ヴェええええ!?」

 

 そうなのか、四宮グループ。

 由緒正しい家系ならではなのだろうか。

 

「かいちょー なによんでるんですか?」

「ん? いやぁ、せかいはひろいなとおもってなー」

 

 今となってはあまり使われることのなくなった、タウンページをパラパラしている。

 

「高校生になれば、普通経験済みなのでは? 皆さん、ずいぶんと愛の無い環境で育ったんですね」

 

 家の教育ではなく、愛なのか!?

 四宮グループは一体どんな幼児教育をしたのか。

 

「へぇー大阪のこの辺りの市外局番って、へぇー」

「はわわ、私も早くヤった方がいいのかな……あーでもお父様は絶対に許してくれないしぃ~」

 

 ぼそぼそと言っている藤原さんの頬は紅くなっている。なにそれお可愛い。

 

 蠱惑的すぎる。

 まじやばい(※童貞)

 

 そもそも、姉さんだって高校生だった時、何度か朝帰りだった。その時は、友達の家に泊まりに行くって言っていたから、いつも通り親友の麻美さんの家かなーって、当時の俺は思っていた。次第に、いろいろと疑問が芽生えてきて……

 

「あら、会長や川田さんも経験がないのですか?」

 

 ないよ。

 会長も童貞仲間だよ。

 

「会長には妹、川田さんには姉、だからガンガンしていると思っていました」

「「するかぁ!?」」

 

 藤原さんとか、『うわ、こいつらまじ?』みたいな目で見てるから。

 

「現に私は生まれたばかりの甥っ子としましたよ」

「うらや……けしからん! ていうか、狂気すぎない!?」

 

 会長どんまいである。

 そこまでヤるのか、四宮グループ。

 

「う、生まれたばかりの男の子と、はわわわ」

「しかも甥っ子、か……」

 

 そりゃあ、幼い時は俺にも『ムラッ気』が付いてた気がするけれど、もちろん今もたまに『ムラッ気』が発動するけれど、血の繋がっている実の姉だということで理性は十分に保つ。いや、まあ、中学の頃、彼氏さんに野球勝負を挑んだくらい、姉さんのこと好きだけどさ。

 

「藤原さんだって、飼い犬としょっちゅうしているでしょう?」

 

 飼い犬ってたまに写真送ってくるペスくんか。

 雄犬だったか。

 

「犬としょっちゅうシてるの!?」

「シてないから!? てか、つくしくん、顔すごいことなってるよ!?」

 

「だって、犬が人間になるオカルトだってあるんだぞ!?」

「何の話!?」

 

「ふぅ……落ち着け、2人とも」

 

 会長が重々しく声を出すと、生徒会室が静まり返った。

 

「四宮、初体験とはなんだか理解しているか?」

「馬鹿にしないでください。淑女としてそれくらいの知識はあります―――キッスのことでしょう?」

 

箱入り娘

紛らわしいこと

この上ない

 

「任せてください。私が、かぐやさんの人生のママになりますから!」

 

ごにょごにょ

ぼそぼそ

かくかくしかじか

 

「そういうことは結婚してからです!『夫婦の合意の元』と法律で決められています!?」

「もう少し勉強させろ! 四宮グループ!?」

 

 やれやれ。

 俺も珍しく動揺してしまった。珍しくだ。

 

 

「と・こ・ろ・で~?」

 

 ニマニマと藤原さんが近づいてくる。

 

「もう1冊あったよね~?」

「……そうだったか?」

 

 背中に回って、ムフフ~と動いている。

 

「どこかな~どこかな~」

 

 さすがに理性が飛びかねない。下手すりゃ手を出して、責任取って駆け落ちするまである。

 

「あれれ~いつもの切れ味がないぞ~このこの~」

 

 肘で脇腹を軽くトントンしてくる。

 

 むしろ心地いいレベルの感触だ。

 ヤバい。抑えられない。

 

「……机の下に落ちたような気がする」

「お~ 少女漫画だ~」

 

 早速読み進めている藤原さんを横目に、俺は『ふぅ』と深呼吸した。ギリギリだった。

 

「すみません。隠し通せませんでした、会長」

「あれは仕方ない」

 

 生半可な思春期男子なら一瞬で堕ちる。

 知り合いに年上の女性多くてよかった。

 

「こういうの読んでいるのバレたら大目玉なんで、内緒ですからね~」

「ええ。四宮の名に誓って」

 

 四宮かぐやも『私、気になります』と好奇心を持って、覗き込み始めた。2人にとって未知の領域だろう。

 

「あれ、このページとか開きやすくなってるんですね~?」

「この本を読んだ人が特にそのページを読んだのでしょうか?」

 

「最初からでしたよね、会長」

「ああ。生徒会長として誓おう」

 

 さすがに皺が付くまでは読まない。

 じっくりとは読んだけど。

 

 

 

~~箱入り娘たち熟読中~~

 

 

 

「はわわわわ、かぐやさん、この本、えっちですよ~!」

「わ、わたし、えっちぃのは嫌いです、次に進みましょう、藤原さん」

 

 だから、読ませなかったのに。

 顔が茹蛸状態だ。

 

 R-15で2人にとって合法的とはいえ、少し過激なページがあった。2人とも少女漫画というもの自体が初めての箱入り娘なので、保健体育の授業で習ってきた範囲を超えているだろう。

 

「でも、えっちなのはさっきのページくらいでしたね~」

「ええ。あまりえっちではありませんね」

 

 えっち連呼するのが、えっちだよ。

 

 よく男子の前で読むよね。

 俺と会長は、青空をぬぼーっと見上げていた。

 

「これはなかなか良いんじゃないですか?」

「えー、イヤホンを2人でですか~?」

 

 それ、この前会長とやったな。男子トイレで。

 

「かぐやさん、こういうのが好きなんですね~可愛いですね~」

「いえ。まずはこういうところからですね」

 

 その言葉に、会長が目ざとく反応する。後日、そういう駆け引きが起こることが確定された。

 

「ですが、なんだか高圧的で女を物扱いする男の人が多いですね。こういうことはあまり勧められたことではないと思いますが……」

「なくはない、と思います……わたしは所有されたい、です……」

 

 まじか!?

 いつでも所有するから、言ってね!

 

「目を醒ましてください!こんな無理やり、ききき、キッスを迫るような男ですよ!?」

「いや、でも、リードされたいというか……それがイイというか」

 

 なるほど。

 よくわかった。

 

「そういうかぐやさんは違うんですか?」

「わ、私はやはり、大切にしてもらい、たくて……」

 

 ふむふむ

 

「あーもう、鼻血出ていますから。化粧室行きますよ」

「わ~、まだ途中なのに~」

 

 いってらっしゃい

 

 四宮かぐやがティッシュで藤原さんの鼻を押されながら、生徒会室から出ていった。四宮かぐや自身も未知の領域によほど動揺しているようだ。俺たちが近くにいることも意識外のことになるほどらしい。

 

 俺たち、途中から空気だったな。

 この後も生徒会室に戻ってきて読むのだろう。

 

「ふぅ...よしっ、帰るか」

「...そうしましょう」

 

その後。

帰宅してすぐ自室に籠った。

 

 

 

 

 




 


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第10話 第1回秘密特訓@体育館

 我らが生徒会長、白銀御行は天才である。

 

 彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。

 

 中学の頃、初めて出会った時もそうだった。

 

「……どうだった?」

「中学の時より酷いです」

 

 部活もすでに終わり、とっくに下校時刻は過ぎている。静まり返っている放課後の体育館、そこに俺たち2人がいた。

 

「投げますよ~」

「来いっ!!」

 

 転がってきたバレーボールを超優しく下投げするも、キャッチしようとした彼の手に当たって跳ね、前方にコロコロとバレーボールを転がした。これもできないとなると、ドッジボールすら危うくなっているだろうな。

 

 今度は地面を転がしてやった。

 あっ、ボールに躓いてこけた。

 

「もうちょっと肩の力を抜いてください」

「お、おう!こうかっ!!」

 

 腕の力で大きく振りかぶった手を、バレーボールに叩きつけた。

 

 ネットで跳ね返るのはともかく、どういうわけか自分自身の顔面でキャッチする。痛そう。

 

「会長、誰かが来ます」

「もうこんな時間だぞ。忘れ物をしたバレーボール部員だろうか?」

 

 閉め切っている体育館の扉が開く音がした。

 

「……藤原さんですね」

「………藤原書記なら問題ないな」

 

 葛藤も、一瞬のことだったようだ。

 

 トテトテと靴下を履いた足でこっちへ歩いてくるが、転ぶことはない。体育を見る限り、藤原さんの運動神経は悪くはない。

 

「藤原書記、まだ帰っていなかったのか」

「部活終わって生徒会室行ったら誰もいなくて、もしかしたら電気ついてるここかなって」

 

 テーブルゲーム部で熱中してしまったのだろうか。

 

「えっと~、2人でバレーボールですか? なんで2人で?」

「今度バレーボールの授業が始まるだろう。サーブの練習だ」

 

 ほへ~と呟いている藤原さんはバレーボールをお触りして、ニコニコしている。それはもう、ボールやおもちゃを見つけた小動物のように、キャッキャッしている。

 

「会長、サーブできないんですか~ へぇ~!」

 

「実は会長はスポーツだめだめなんだけど。頑張ってそれを隠していて、『生徒会長の俺ってなんでもできる』イメージを入学早々作っていることで、もう後戻りができない」

 

 体力は人並み以上にあるのだが、センス×である。そういった短所を上手く隠して、長所ばかり見せている。外部入学生でありながら、生徒会長になれた理由だ。従って、藤原さんが抱いていた『会長像』が崩れ落ちた。

  

 『まじ?』みたいな顔をしている。

 

「ぐっ、そういう藤原書記はできるのか? だってジャンプサーブだぞ、難しいからなこれ!?」

「失礼ですね。私だってバレーくらい普通にできます、よっ!」

 

 ほんのちょっとだけ、ぴょんと跳ねてジャンプサーブであり、ボールは緩やかな軌跡を描いた。

 

「すげぇぇぇ!なんて洗練された美しいサーブなんだ!!」

「ネット越えましたね。会長と違って」

 

 残念。

 スカートの中、見えなかったか。

 

 そんなことを思いながら、一度バウンドして転がっていくボールを反対のコートまで俺は取りに行く。

 

 

「つくしく~ん! まず会長に見本見せてあげて~!」

 

 こっちからサーブしろということだろうか。

 よーしかっこいいとこ見せちゃうぞー(棒)

 

 右手にあるボールをやや前方に上げて、助走をつける。さらに両足のバネを使って、ボールに追いつくイメージでジャンプ。全身を反らしてから、思い切って腕を振りぬく。

 

 ボールは、ネットを越えた先に叩きつけられた。

 それは音でよく分かる。

 

「きゃーっ!すご-い!」

 

 キャッキャッしている。

 これが黄色い声援の効果か。

 

「今は制服なので、及第点ですかね」

「自信失くすわ!?」

 

 それは困る。

 実際、予想より回転がかからなかったけれど。

 

「冗談ですよ。わりと本気でやりましたし、この段階までは求められていませんって」

「さあ、会長も何回か打って見せてください!問題点を洗い出してみましょう!」

 

 どうやら、藤原さんもコーチになってくれるらしい。

 

 第一、手のひらにボールが当たることが珍しい。たとえ当たったとしてもボテボテのゴロになるか、ネットで跳ね返ってくるか、最悪の場合、間違えて自分の頬を叩くまである。まして、ボール拾いをしている俺からの、思いやり全開のはずのパスをろくにキャッチもできない。

 

 この苦労を分かち合ってくれるとか。

 あなたは女神か?

 

「どうして、そうなるんですか……?」

「俺にもわからん」

 

 会長の運動神経は壊滅的だ。

 そこに理由はなく、自明のことである。

 

「えっ、いつもこういうことやってるんですか!? 体育の度に!?」

 

「まあな。中学からの付き合いだ、会長とは」

「筑紫にはよくお世話になっております」

 

 深々と、頭を下げられた。

 

 中学時代ボッチで彼が1人で黙々とやっていた時はろくに成果が出ていなかった。しかし来る日も来る日も諦めない。それをさすがに見かねて、俺は手伝い始めた。今のように『スポーツ上手いね』というイメージがつく程度に、効果が表れたのは高校入学後からだ。

 生徒会長になってからは、ますますハードルが上がっている。

 

「まずですね!ボール打つ時は目を開けてください!」

「球技の度にそうだよな、この運動音痴」

 

 一度、何かトラウマがないか探ったことがある。

 全くなかったけど。

 

「あいてない!!」

「本当か!?」

 

 むしろ開けているつもりになっていたのか。

 

「たぶん会長は自分のイメージと実際の動きが噛み合っていないんです」

「ほ、ほう」

 

 藤原さんの言うことは納得できる。そう考えるなら、さっき本気を見せたのは失敗だったか。でも俺も思春期男子なんだもん。

 

「1つ1つの動作を丁寧に!確実に! まずはジャンプしたまま目を開ける練習からです」

「ボールから目を離さないことがコツではありますからね」

 

「ああ、続けていくぞ!」

 

 

****

 

それから。

3日間、放課後練習を続けた。

 

****

 

 まあ。

 3日でどうにかなるなら、苦労していないけれど。

 

「会長、もう良いんじゃないですか……」

 

 体力が人並み以上ある会長が、体力切れを起こしていた。普段の生活に加え、バイトも行い、『人のそれ』を越えているくらい睡眠時間を削った上での特訓だ。勉学の天才の保持を行いながら、文武両道を目指しているからこそ、血反吐を吐く一歩手前の努力が続いている。

 

 すでに帰っているが、生徒会室では四宮かぐやも心配そうな目で見ていた。

 

「だって。普通の下手な人くらいにはなってますし!」

 

「……いや、それではまだまだだ。筑紫、ボールを」

 

 俺はバレーボールを床で緩やかにバウンドさせ、上手く彼の膝に当てるように転がす。

 

「どうして、そんなに頑張るんですか?」

 

「俺はカッコ悪い所を見せたくないからな……見せるならやっぱりカッコ良い所だろう」

 

 それが思春期男子だ。

 それでいて努力することを途中でやめない。

 

「はっ!それってもしかして好きな人にですか!?」

 

「何言ってるんだ! ぜ、ゼンゼンちげーから!」

 

 やっぱり、藤原さんって生徒会室で起こる恋愛の駆け引きに全く気づいていないのか。後輩の石上は薄々勘づき始めている。

 

 

「……よしっ!」

 

 今にも崩れ落ちそうな両足を揃えてジャンプし、高く上がったボールを決して見放さない。筋肉痛で痛むだろう腕でその中心を射止める。

 

 ボールはネットを越え、良い音を立てた。

 

「や、やったーっ!ネット越えましたよ!」

 

 藤原さんはわんわんと泣き始めた。 

 ここ数日、真剣に世話焼きしていたからな。

 

「ああ。2人のおかげだ……」

 

 会長も手ごたえを感じているから、ジャンプサーブについては体育の時間を乗り切れるだろう。あくまで、ジャンプサーブができるようになっただけだ。

 

「それでは。休憩後に反復練習を行い、トスの練習を始めましょう」

「ああ。ようやく次の段階だな」

 

「ヴェアアア!?」

 

 ハッピーエンドはまだ遠い。

 

 

 

****

 

 1週間後、体育で活躍する会長が称賛されていた。女子の黄色い声援を受けて、ますます活躍を見せる。

 

 もちろん、四宮かぐやも見惚れている。それはいつものことだけど。

 

「これからわたし、会長のこと尊敬するのやめますね……」

 

 呆然としている藤原さんが呟いた。

 

「次もよろしく」

「二度とごめんです」

 

 真顔で伝えられるのはショックだな。

 会長が。

 

「こういうことに、つくしくんはいつも手伝ってるの?」

「まあな」

 

 なぜ?という風に首を傾げた。

 いつも通りぐいぐい来るね。この女子。

 

「……会長のジャンプサーブって、なんだか全てを込めて打っているように見えるんだ。必死で泥臭くて、普通の思春期の男子っぽくて、そういうのをいつの間にか俺は目で追っていた」

 

 生まれた時に人生が決められていると気づかされた瞬間から、ずいぶんと冷めていたと思う。

 

「うん、わかるよ。私もなんとかしてあげたくなったもん。でも、つくしくんはちょっとね?」

 

 過保護、それは自覚している。姉さんからはそういう経験も踏まえて度々忠告されるが、納得はしていない。会長と関わることで俺も自分で選ぶことを決めるようになれた。自分のしたいことをしようって思えた。

 

 俺は変われた。

 

 実際のところ、中学の頃は、運動部によく誘われてきた。それを断る度に『もったいない』という言葉を浴びせかけられた。そして、当時の『白銀御行』には魅力があるのかと問われた。もちろん、その時の俺は『裏』のことで精一杯なところはあったけれど。

 

「まあ、なんというか、中学の頃に会長に救われたわけで、恩人だし」

「なんだかそれって、さびしいね」

 

 誰からも『天才』なのだと賞賛されている彼は、四宮かぐやにちらちらと視線を向けていた。秘密特訓という影の努力を知らない人たちよりも、努力した成果である『天才』を最も見せたい人がいる。

 

 なんとも子どもっぽくて、思春期男子っぽい。だから面白い人だ。

 

「きっと、会長もそう思ってますよ。だって、会長にとってつくしくんは1番の友達ですもん!」

 

 会長と視線が合った。

 成果を見せたい人に、俺は入っているのだろうか。

 

 



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第11話 演技のやり方&第3回恋バナ@生徒会室

 四宮かぐやは弓道部、藤原さんはテーブルゲーム部、そちらに参加しているタイミングを上手く見て、生徒会会計の石上優は生徒会室へやってきた。普段は仕事を持ち帰っている彼が、珍しくソファに腰を落ち着けた。

 

「生徒会、辞めたいんですけど」

「ほう……」

 

 目が隠れるほど伸びっぱなしの髪、常に首から下げているヘッドホン、裾を出したままのワイシャツ、彼は生徒会メンバーの中では唯一の1年生であり、データ処理のエキスパート。

 

「勘弁してくれ!!」

 

 彼を任命した生徒会長自ら、大きく頭を下げた。

 

 今期生徒会が発足し、彼が生徒会入りするまで、パソコン上でのデータ処理は俺や会長が行っていた。ド天然の藤原さんに会計を任せることはできず、機械音痴の四宮かぐやは頼りにならない。その関係を伏せている早坂愛をスカウトしようかと、本気で悩むレベルの激務だった。

 

「何か辞める理由があるのですか?」

「……僕、たぶん殺されると思うんです、四宮先輩に」

 

 挙動不審になりながら、それを告げる。今は、監視カメラも盗聴器も今はないから安心してほしい。

 

「四宮がなんで!? 根拠はあるのか!?」

「眼です……たまに恐ろしい眼で僕を見るんです」

 

 まあ、『覇王色の覇気』を持っているのかと疑うのはわかる。

 

「あれは……テーブルの下に貼りついていた、喫茶店のコーヒー無料券を見つけてしまったときでした……」

 

『わ~このケーキ美味しそう~』

『駅前にオープンしたカフェのようですね』

『だがこういう喫茶店はなかなか高いからなぁ。どうせここでも紅茶やコーヒー飲めるし』

『ふふ~!もっと褒めてくれていいですよ~!』

『ですが、たまにはこういう喫茶店へ行ってみたいものです。どこかに割引券でもあればいいのですが……』

『もしくは、1年分コーヒー飲み放題にしてもらうとかですね』

『なんだそりゃ』

『風の噂で聞きました』

 

『あの、先輩方、割引券ならここに……』

 

「と、まあ、こんな感じに、その後何があったのかは……脅されているので言えません」

「なるほど。石上会計が四宮かぐやに喧嘩を売ることは、覚悟を持った方がいいですね」

「いやいや、なんで筑紫は分かったような顔をしてるの!?」

 

 恐怖を味わった石上会計の表情から、分かるだろうに。

 

 何もかも分子分解させる能力を持った全身包帯のサイボーグから逃げた時の、俺の表情とそっくりだと思う。彼女が討伐されたと聞いた今でも、クリスマスソングを聞くだけでトラウマが蘇るレベルだ。

 

「川田先輩の言う通りです。あの人多分、暗殺術を極めてます」

「四宮グループの護身術でしょうか、気になりますね」

「いやいやいや、そこまで鍛えられている風には見えないぞ!?」

 

 あの身のこなしからは、ある程度は鍛えられていることがわかる。むしろ俺的には、早坂愛がどれくらいの実力を持っているかが気になるけれど。

 

「藤原先輩なんて僕よりも危ないですよ。時々、藤原先輩を人として見てない眼をしています。川田先輩も凄い危ない眼で見られていますからね?」

「いつでも反撃できるように身構えているので。ご心配なく」

「えっ、いつもなの!? この生徒会室でバトル起こりそうだったの!?」

 

 そりゃあ、いつ狙撃されるかわからない。

 スナイパーを雇える財力と権力がある。

 

「冗談です。だって、2人は親友で、副会長と俺は同じ生徒会の仲間でしょう?」

「そ、そうだよな!」

「いや。僕からすれば、会長だって危ないですよ」

 

 会長の貞操が危ういのは確かだな。

 

「心当たりないですか?」

「そんなことあるはずが……」

 

 生徒会室の扉が開かれた。

 

 2人それぞれ部活に行ったと思っていたが、今日は演劇部の助っ人だったらしい。白い服は赤い塗料で返り血かのように見せており、四宮かぐやの手には、よくできた演劇用の玩具の包丁が握られていた。

 

「……あら、石上くんが来ているんですね。会長、どうかしましたか?」

「ひっ!」

「ま、まて!四宮!」

 

 2人して、生徒会室の奥に追いやられている。

 へっぴり腰だな。

 

「2人ともこれは演技で……」

 

 

視界に入ったのは。

 

 

包丁が胸に刺さった藤原千花

 

「どうした千花!?おい、目を開けろよ!?」

 

ぐったりと倒れ込んできて、生気は失われていき……

 

「つくしくん、たすけて」

「待ってろ、今すぐ病院に運ぶから!」

 

しあわせ草使って助かるのか。

最悪、再生能力持ちの人の遺伝子で。

 

「まずは包丁抜いて、傷口を抑えないと」

 

すでに、この出血量だ。なんとか少しでも……

 

この包丁、ずいぶんと柔らかいな。

 

ん?

コレ血液ジャナーイ!?

 

「えへへ~大袈裟ですよ~!」

 

「……ああ、うん、わかってたよ。最初から」

 

 やばい。

 超恥ずかしい。

 

「てへっ♪ かぐやさんに刺されちゃいました!」

「2人で演劇部の助っ人に駆り出されて、今日はその衣装合わせなんです」

「演技上手ですね、川田先輩」

「それな。すごい迫真だったぞ、筑紫」

 

 全員でニマニマしてくる。恥ずかしがる表情を見せたら、また揶揄われる。

 

 おそらく、この脚本及び筋書きを考案したのは。

 

「小道具まで持ってきて……休憩ですか、四宮かぐや?」

「ちょっとした悪戯心でしたが……おもしろいものが見れましたよ、川田筑紫」

 

 『お可愛いこと』そう伝えてくるような笑みだ。それなら、その余裕の笑みを崩してやろうか。

 

 

「確かに。貴女なら演技派女優を目指せますね」

 

 藤原さんに刺さっていた包丁を構える。

 

「貴方こそ。ずいぶんと迫真の演技でしたこと」

 

 対して、四宮かぐやは包丁を逆手持ちした。

 

 

「……まあ、いいでしょう」

「あら、今回は私と藤原さんの勝ちのようですね」

「よくわかんないけど、やったーっ!」

 

 素直に喜んでいる藤原さんは実に微笑ましい。いつもよりゆったりした服で、いろいろと揺れている。

 

「いやいやいや、さっきのやり取り何だったの!?」

「こえー!やっぱりこの先輩たち、超こえー!」

  

 失礼な。

 これでも、ヒーローの弟分なのに。

 

「ところで、石上君……」

「は、はい、なんでしょう」

 

 四宮かぐやは、ニコリと微笑んだ。

 その手にはいまだ血塗れの包丁がある。

 

「あの件、黙っていてくれて嬉しいです。それと、生徒会を辞めるだなんて言わないでください。私としても惜しい人材ですから、ね?」

 

 石上は生徒会を辞められなかった。

 

 

 

****

 

(番外編)

 

 女三人寄れば姦しい、と言われるように女子が3人も集まればキャッキャウフフである。それは男子高校生3人にあてはまる場合もあり、たまには恋バナというものをするのである。

 

 生徒の悩みを解決するべく、生徒会長は今日も相談を受けつける。

 

「どうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 

 女子メンバーが席を外しているから、お茶請けは俺の担当だ。最近、コーヒーミルの使い方や紅茶の淹れ方をそれぞれ1度だけ聞いたが、なんだか性に合わなかった。庶民だし。

 

 自分で淹れることとプロに淹れてもらうことは、話が別だ。ヒモはいいぞ。

 

「べ、別に、あなたのためじゃないんだからね。自分が飲みたかっただけ」

「「急にどうした!?」」

 

 男のツンデレって誰得なのだろう。

 

「という風に、味気ないインスタントコーヒーにスパイスを効かせてみました。あくまで一例を示しただけですが、田沼翼さんもお可愛い彼女さんに頼んでみれば?」

「……なんかいいですね」

「……それな」

 

 2人のお気に召したようだ。

 柏木さんには引かれるかもしれないけれど。

 

「ちなみに俺はこれを『ツァンディレ』と名付けます」

「話をややこしくするな。さて、恋愛相談ということだが……」

 

「僕、柏木さんと手を繋ぎたいんです!」

 

 どんな惚気話をされるのかと身構えていたが、1ヶ月付き合っていてもあまり進展はしていないようだ。えっちぃ相談をされるかもしれなかったので、会長もどこか安心した表情だ。

 

「いいか。手を繋ぐなんてのは簡単だ」

 

 会長にとって、四宮かぐやと手を繋ぐことは簡単じゃないだろうに。

 

「クルーザー借りてさ、水平線に沈む夕日を眺めつつ、ふと触れ合った指先を意識して俯いた彼女に微笑みかけながら握ればいいだけさ」

 

 そう語った。

 田沼翼は恋愛百戦錬磨()に感嘆している。

 

「……クルーザーを借りると手を繋げるんですね」

 

 さあ、気づけ。

 

「でも、さすがにクルーザーを借りるお金なんて」

「じゃあ、バイトしようぜ」

 

 どうしてそうなった。

 親指を立ててバイト勧誘し始めた。

 

「豪華客船じゃなくてもいいんだ。小さい船なら2万で借りられる」

「しかし、その金額だと、船を借りただけになりますね」

 

 さあ、気づけ。

 

「僕、免許持っていませんよ」

「小型船舶免許で十分だ。結構サクッと取れるからオススメだぞ」

 

 どうしてそうなった。

 会長は、自分の免許をわざわざ見せびらかす。

 

「……バイトと免許の話はひとまず置いておいて、手を握るのはスキンシップの1種ですよね。お互いに恥ずかしがるのは当然のことかと」

 

 全く恥ずかしがらずに、スキンシップしてくる女子も生徒会にいる。ド天然すぎる。

 

「そうなんです。僕、汗っかきでして。緊張しちゃうとべちゃべちゃになるから、その手で柏木さんの手を握ると考えると、なんだか僕、嫌われないかと心配になりまして」

 

 相手もべちゃべちゃにすればいいと思うよ。それか、理性で緊張を抑えつけるか。

 

「男は度胸だ もし嫌われたときは どんまいって言ってあげる」

「ひどくないですか!?」

 

 空のコップに、インスタントコーヒーを注いでやった。

 

「まあ待て、筑紫。これは想像以上に難しい問題だぞ」

 

 そうだったのか。

 

「君は手掌多汗症なのでは?」

「よくわかんないけど、たぶんそうです」

 

 おい、医者の息子。

 藪医者に騙されているぞ。

 

「やはりな。手掌多汗症の手術は10万前後はかかるぞ」

「そんな!? クルーザーより高いなんて!?」

「わー、それはたいへんだー」

 

 バイトついでに、社会に揉まれてこい。

 

「ちょうど俺の働いている所で、夏休みのバイトを募集している。筑紫もどうだ!?」

「いつも通りお断りします」

 

 NOZAKIよりブラックだし。

 会長の社畜適正は呆れるレベルである。

 

「目標の金額まで夏休み期間、大体40日もあれば足りるな。まあ、それだけ働いてもらえれば向こうも満足だろう」

「そ、そんなに!?」

 

 船舶と免許と手術、全部込みだろう。

 ひどい勧誘を見た。

 

「会長、今年も夏休み全てバイトする気ですか?」

「まあ、そうなるな」

 

 それは四宮かぐやがかわいそうだ。

 そろそろ止めるか……と思っていると。

 

「そこの男子の恋バナ、ちょっと待ったーっ!」

 

 生徒会室に現れた救世主たち。

 

「虫眼鏡の色はピンク色!

 これがホントの色眼鏡!

 ラブ探偵団、ここに参上!」

 

 なんだろう、その決め台詞。

 お可愛いこと。

 

「ラブ探偵チカ、ラブ探偵補佐カグヤ様、よく来てくれました」

「私は違いますから……うぅ、はずかしい」

 

 探偵帽を被らされている四宮かぐやも、ラブ探偵チカに連れてこられたようだ。同じ帽子を被っているから、2人は相棒にしか見えない。

 

「それで~、どういう恋バナなんです?」

「ここにいる田沼翼くんが、付き合っている柏木渚さんと、手を繋ぎたいらしい。オーケー、ラブ探偵チカ?」

 

 オーケー♪って元気よく返事してくれた。

 

「なんで言うんですか!?」

 

 男の友情を感じてくれていたのか。

 

なるほど。感動的だな。

だが無意味だ。(※好きな人の好感度稼ぎ)

 

「ふむふむ!なるほど!手を繋ぎたいと!……えっ、そんなの、普通に繋げば良いじゃないですか」

 

 ほら、と俺の手を握ってきた。

 なんで見本に俺を選んだ。サンクス。

 

「は~ん、男子の恋バナってその程度なんですね。3人ともお可愛いことですね~?」

「ですね。男も女も度胸だ、2人とも」

 

童貞キラーめ。 

いつか後悔させてやるぞ(※三下の台詞)

 

 やっばい、めっちゃ緊張する。

 

「藤原書記、手を繋ぐことは悩むまでもないということか?」

 

「そうです。

 すっごく緊張して、手に汗かいちゃって恥ずかしいのに!

 なのに!

 なのにですよっ!」

 

 田沼翼くん、ごめん。『相手もべちゃべちゃにすればいいと思うよ』なんて冗談だ。理性で緊張を抑えつけていても、俺は思春期男子特有の本能には勝てなかったよ。

 

「それでも頑張って手を繋いでくれるから良いんじゃないですか♪」

「俺もこう見えて、超頑張っているから」

 

「いや、筑紫、お前。いつも通り無表情なんだが?」

 

 いやいやいや、これ以上はヤバいって。

 

 そう思っていると、ぱっと手を放して、にへらって微笑んでくる。いまだ温かみがあり、汗で湿りきった手を隠すように、俺は右手をズボンのポケットに入れた。

 

 嫌われるか心配になるの、俺もよくわかったよ。

 

 

「僕、頑張ります! 僕も度胸出します!!」

「はい!がんばってください♪」

「ホンマ頑張ってな」

 

 これはキャラ崩壊もしますわ。予想以上にキツかったから、ほんと頑張ってほしい。

 

 

「頑張るだけでいい……じゃあ、バイトは……? クルーザーは? 手術は?」

「え~そんなの関係ないですよ~」

 

 会長は、膝から崩れ落ちた。

 

「負けた、また藤原書記に負けた」

「会長、私でも藤原さんには勝てませんから」

 

「なんかよくわかんないけど、みんなに勝った~っ!」

 

 お前がNO.1だ。

 

 後日、デートで無事に手を繋げたらしい。

 田沼翼はまた俺たちを超えていく。

 

 

 

 

 



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第12話 落とし物の見つけ方

 生徒会庶務の仕事は雑用係。

 

 個人的には特に、会長からは命令されず、フリーに動いている。他役員のサポート及び、仕事に漏れがないためにある役職だと思っている。暇なときはとにかく暇だし、忙しいときはとにかく忙しい。日常的に行っているのは掲示物の交換や各施設の点検だが、学園で働く用務員も多くいる。

 

 ともかく、学園の広い敷地をぐるりと一周することが日課だ。昔から単独行動は得意なので、情報収集を行いながら、何か問題がないかを確認している。ついでに最近、学園で流行っているポケモンGOをやっている。

 

イーブイ、ゲットだぜ。

だから、生徒会室に戻ることにした。

 

「石上、今日は生徒会に参加しないのか?」

「うわ、驚いた。川田先輩、あんた忍者ですか」

 

 石上会計はわざわざ生徒会室から引き返してきたようだ。何か思うところがあったのか、最近はよく生徒会室に来るようになっていたのだけれど。

 

「あー、なんか今日不吉なことが起こりそうなんで、帰りますね」

「不吉ねぇ。それなら、もし帰り道にイタチの人形を見つけても、拾わない方がいいぞ」

 

 首を傾げながらも帰っていく。

 

 まあ、そんな冗談は置いておいてだ。

 

「生徒会室に何か用でしょうか、早坂愛さん」

 

 サイドポニーテールにしている金髪の地毛、全体的にギャル風なコーディネートをしている。海外系の血が混じっているため、ギャルでありながら清楚な美人であることも感じさせる。普段は、その口調や雰囲気もギャルにしている。

 

「会長は無事か?」

「……無事とは言い難いのがなんとも」

 

 その早坂愛が、生徒会室へ入ることを阻むべく立ち塞がっている。

 

「いくらあなたでも、ここは通しませんよ」

「ずいぶんと高く見られているが、俺なんてまだ人を殺めたこともない三流以下だ。実際、生身同士で戦えば五分五分だと思う」

 

「ご謙遜を。そもそもヒーローは不殺を掲げているのでは」

「それってよく勘違いされるんだが、努力目標なんだ。律儀に守っている人が多いけれど」

 

「……まあ、会長さんはただのカフェイン不足ですよ。かぐや様の肩を借りてスヤスヤ眠ってます。こっそり見ますか?」

「いいのか?」

 

 物音を全く立てないように中の様子を見ると、まさしくその通りのようだ。四宮かぐやの肩を借りている会長が、寝ているのか、生きているのか、それはシュレーディンガーの猫だけど。

 

「それで、誰もここを通すなと頼まれました」

「どんまい」

 

 とうとう四宮グループが実力行使を行ったのかとヒヤヒヤしたが、いつもの恋の駆け引きの延長か。実際のところ、四宮グループが会長のことをどう認識しているのか掴みかねている。

 

 四宮グループにかかれば、今の会長では『プチッ』だ。

 

「ありがとうございます。かぐや様にはいつも苦労させられていまして」

「それだけ気を許しているんだろうな。その分、人使いが粗そうだが」

 

 早坂愛は四宮かぐやの幼馴染である。

 

 いわゆるメイドであり、同時に工作員かつボディーガードでもある。同い年であることが選ばれた理由なのかまでは分からないが、幼い頃から彼女の側付きとして人生を懸けていた。その生活も、早坂愛なりには満足しているらしい。

 

「あーっ、つくしくんと早坂さんだ~何話してるの~」

 

 早坂愛の顔が強張った。

 

 視線でこちらへ救援を求めているが、視線でムリだと返す。戦闘のプロよりも、こういうド天然でまるで行動が読めないタイプは、生半可に訓練を積んでいる俺たちにとって天敵だ。

 

「書記ちゃんじゃーん、どしたし~?

 生徒会に用事~?」

 

さすがの演技力だな。

すでに、一つの人格でもあるのだろう。

 

「あのですね。頭のリボンを落としちゃったんです」

「リボン? 頭に付いてるじゃん?」

 

 今やトレードマークになっている黒いリボン、それはアクセサリー的に前髪に付いている。少し色が薄いな。

 

「確かに、いつもと違うな。スペアか?」

「うん、一応持っててよかった♪」

「いや微妙すぎてわからんし!なんで川田はわかるの!?」

 

よく自撮り画像送ってくるし、寝る前に必ず画像フォルダ見てるし。(※思春期男子)

 

「でもそれあるならよくない?」

「私はあの極黒リボンじゃないとダメなんです!」

 

そういう名前だったんだ。

極悪高校? 混黒高校?

 

「そっか~、それじゃあ川田と探してくれば~?」

「うん!まずは生徒会室から探すよ~!」

 

 ピンチ。

 

 どうしてこう、いつもいつも、一番弱いところにダイレクトアタックしてくるのか。純粋無垢な瞳からわかるように、これを意図的にやっていないのだから、末恐ろしい。

 

「今日書記ちゃんが行った場所を~最初から順に探してみれば~?」

「おおっ、早坂さんナイスアイディア!」

 

 探検隊出発かのようにグイグイ俺たちの背中を押してくる。もちろん、早坂愛の口元がヒクヒクしているのは、俺からしか見えない。

 

「それでさ~ここに来るまで何してたの~」

「えっと~、部活に行って~あとは学園の中をふらふらかな~」

 

ゆるゆるだな、この会話。

 

 藤原さんがたぶん歩いたらしいルートを通って、ふらふらとする。早坂愛からすれば、時間稼ぎさえできればいいから、好都合だろう。

 

「部活に行った後って、今日はテーブルゲームじゃなくてか」

「うん、ピカチュウ探してたの!」

「ポケモンGOすんなし! 校内でスマホゲームは禁止でしょ!」

 

ツッコミ属性高いな、今の早坂愛

 

 それにしても、真っ黒なリボンは見つからないな。送ってきた最新の自撮りは、ニワトリと撮った画像でその時は極黒リボンを身に着けている。

 

「おや、何か探し物ですか?」

「あっ!校長先生、こんにちは!」

「こんにちは~」

 

スマホ片手に、学園の敷地を歩いている校長と出会った。

 

「よう、校長」

「ちょっ!態度!? あの時のことは謝ったでしょう!」

 

もうしないとは誓っていない。

どうせまた、会長を試してくる。

 

「ごほん。それで今、生徒会室は開いていますか?」

「どうでしょう~、生徒会室に何か用事でもー?」

 

今、生徒会室をガードする人は誰もいない。

早坂愛は内心焦っていた。

 

「いえ、生徒会室の方にピカチュウがいるようで」

「校長もやってんのかし!」

 

「生徒会室ではポッポですよ。育てやすいポッポは個人的にはオススメですが、ピカチュウでしたら、体育館の方にいますね」

「お前もやってんのか!? てか、詳しいし!?」

 

 礼を告げて、校長は急いでポケストップまで走っていった。学園にはポケストップがいくつもあるから、放課後はスマホ片手に歩いている人が多い。

 

 

「う~ う~」

 

 藤原さんは四つん這いになってまで黒いリボンを探している。よほど大切にしているものなのだろう。ところで、パンツの色は思春期男子なら気になる。

 

白か

黒か

それともピンクか

 

さあ、決着つけようか。

 

「うわぁ……えぇー……」

「しっ、黙ってろ」

 

 早坂愛には引かれたが、直接聞かれるのとどっちがいいというのだ。一般人でないとはいえ、女子である早坂愛に金を渡して、女子更衣室で調査してきてもらうのは、思春期男子のプライドに関わる。

 

ん?

スカートの裾が極黒だ。

 

「藤原さん。寝転がってニワトリたちにつつかれる自撮りした直後、何かしたか?」

「えっと~、3階から飛び降りて青空をバックにした自撮りがつくしくんから来て……」

 

「ちょっと待って、あんたらいつも自撮り送り合ってるの!? しかもどっちも意味不明な内容だし!?」

 

う~う~と藤原さんが唸っていることの方が重要だ。まあ、四宮かぐや経由で、早坂愛も『謎自撮り』を見ているのだろう。

 

「あ~!リボン食べられそうだったから! スカートの内側に付けたんでした!」

「あ~そう~よかったね~」

「ああ。よかったな」

 

スペアから極黒リボンに付け替えて、シャキーンとした。やっぱり黒いな。

 

「じゃあ!私は部活に戻りますね~!」

「ポケモンGOやる気じゃん!? 携帯片手に言うなし!!」

 

嵐のような女子だよな、ほんと。

 

 

ぐったりとした早坂愛といっしょに、生徒会室の前まで戻った。一度覗いた様子から、会長と四宮かぐやは全く変わっていなかったけれど。

 

 

 

 

 

 



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第13話 第2回秘密特訓@音楽室

一般社団法人日本音楽著作権協会 JASRACのサイト見てきたのですが、校歌が登録されていない気がする。おかげで歌詞を出せない問題にぶち当たりました。


 我らが生徒会長、白銀御行は天才である。

 

 彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。

 

 中学の頃、初めて出会った時もそうだった。

 

「……どうだった?」

「3月の卒業式前に練習した時より酷いです」

 

 部活もすでに終わり、とっくに下校時刻は過ぎている。静まり返っている放課後の音楽室、そこに俺たち2人がいた。

 

「まあ、俺もあまり得意というわけではないですが」

「いやいや、俺が言うのもなんだが、結構ひどいからな?」

 

 失礼な。

 校歌の音源を音楽教師から借り受け、それを耳コピしながら歌う。もちろん、実力の向上は見受けられない。

 

「救いは、まだ合唱ですから」

「来週も乗り切るしかないよなぁ」

 

 そこで音楽室の扉が勢いよく開かれた。

 

「2人とも!ようやく見つけましたよ!!」

「なんだ、藤原書記か」

「見つかりましたね」

 

 秘密特訓がバレるのはバレーボール以来だな。

 なんつって。

 

「猛省してください! みんな憧れの生徒会役員ともあろう人たちが校歌を口パクだなんて!!」

 

 この学園の週始めの朝礼では校歌を歌う。内部進学生からすれば、飽き飽きするほど歌っていることだろう。だから、入学当初、歌詞すら覚えていない外部入学生は少し肩身の狭い思いをする時間だ。

 

「俺たちの完璧な口パク術を見破るとはなかなかやるではないか」

「かなりの精度まで仕上げましたからね」

 

「しゃらぁー! これでも指揮者ですから気づきましたよ! ようやくですけどね!!」

 

元天才ピアニストであるし、その音楽の才能は高い。

指揮者としてもプロ並みの実力を持っている。

 

「まあ、待て。俺たちにも事情がないわけではない」

「へぇー、なんですか?」

 

この流れは、前回と同じようなことになるのだろうか。

 

「ちょっとだけ音痴なんだ」

「スポーツならともかく、こればかりは一時的な修正もできなかった。なぜなら俺も音痴だから」

 

「へぇ~ つくしくんにも苦手なことあったんですね~ むふふ~」

 

だが、音楽の天才である藤原千花ならば、救世主になってくれるかもしれない。

 

「「よろしくお願いします」」

「土下座!?」

 

先程まで使っていた音源のスイッチを入れた。

何度も聴いた伴奏が流れ始める。

 

「(棒)」

「ぼぼえ~ぼえーー」

 

「いやあああああ、誰かたすけてぇぇ!!コレウタジャナーイ!!」

 

 まずは現状確認をと思って歌ったのだが、1番も歌わせてもらえなかった。

 

「ヒドイ!壊滅的!致命的音痴!!」

 

「……そこまでだったか?」

「これでも、校歌ならなんとかなると思うんだが」

 

「会長は音程外しすぎ! つくしくんは棒読みすぎ!」

 

 中学の頃の音楽教師に言われたことそのままだ。クラス対抗合唱コンクールの時も、クラスメイトからも笑顔で『口パクでいいよ』って言われたことを思い出した。

 

「私の交際相手の条件に『音痴じゃない人』って項目が新たに追加されました!ぷんぷん」

 

「音痴でまじですみませんでしたぁぁぁぁ!」

「筑紫ぃ!? お前はそんなに音痴であることがショックだったのか!?」

 

 これからの幸せを全否定されたんだぞ。

 お前に何が分かるんだぁ!!!

 

「と・に・か・く! バレーボールの時より苦労しそうですが、私が教えてあげますから!」

 

 聖母、天使、女神、どれが当てはまるだろう。

 文末でアンケート取ります。

 

「まずは、歌じゃなくて、単音で正しい音を出してみましょう」

「何事も基礎からか」

「俺たち、とりあえず耳コピしようとしていましたね」

 

ソ~♪

うわ、すげぇ美声。

 

 これがたぶん『ソ』だな!

 

「はい、一緒に!」

「ソ(レ)―♪」

「ソ……ん?…‥そー」

 

「ソはこれ! レはこれ! つくしくんはまず歌って!!」

 

 ピアノの鍵盤を叩きながら、ゼンゼンチガウデショ!と迫真な顔をしている。

 なお、俺たちは押し黙るしかない。

 

「じゃあ、私がソの音を出しますから、よく聴いて同じ音程の音を出してください」

 

ソ~♪

うわ、めっちゃ綺麗

 

 さらに、藤原さんはチョークを握った。

 

「はい、一緒に! ソ~♪」

 

「ソ(レ)~♪」「ソー」

『もっと高く』『もっと肩の力抜いて』

「ソ(ミ)~♪」「ソ~」

 

『もっと高く』『もっと心こめて』

 

「ソ(ソ)~♪」「ソ~♪」

『これがソのユニゾン 私たちは今

おんなじ音を出してます』

 

『きもちーでしょ♡』

 

 めっちゃ気持ちィ!

 

「これが音色を聴いて、歌うってことです。」

「なんかとにかく綺麗だった」

「俺も、初めて『音楽』を理解した気がする」

 

 好きな人の声に合わせて歌える、これが音楽か(※思春期男子)

 

「じゃあ、ピアノに合わせてみますね。せーのっ!」

 

「た~かき…ん?……みるー」

「ほげぇ!ほげー」

 

 藤原さんは頑張った。

 

 音楽の天才にとって音程が手に取るように分かる。俺たちの壊滅的に織り交ぜられる音程をMixした歌(※雑音)をBGMにして、校歌を1番とはいえ、弾き終えた。

 

「吐きそう!! 以前のは一周回って、可愛げのあるなまこの内臓と機械音だったのが、中途半端に音を拾ってる分、普通のジャイアンとスネ夫です!! 無理です!!」

「無理!? まじすみません!!」

 

「ジャイアンはともかく、スネ夫に失礼だろう」

「あくまで例えです!」

 

 ふと思ったのだが、鍵盤をバシバシして、不協和音?を出しそうなものだが、藤原さんはそれをしない。叱られる度にそれをやられていた俺たちにとっては、結構トラウマだからな。

 

「会長は声は大きいけど、空回ってる! ママに任せて!!」

「結構抵抗あるんだが、よろしく!」

 

「つくしくんはまだ声が小さい! 男も女も度胸って言ってたでしょ!!」

「……ああっ!」

 

 俺たちの秘密特訓は続く。

 

 校歌の楽譜の勉強から始めたり、ストレッチをしたり、そういう初歩的なことを行った。さらに、バケツを被って自分の音程を確認したり、お腹に力を入れて発生練習を行ったりした。「耳」「目」「身体」「声」を使い、歌うことを学んだ。

 

 俺たちの音程に惑わされず、藤原さんは正しい歌を貫いた。CD音源よりも耳にスッと入ってくることは確かだ。ピアノの音で、生歌の声で、俺たちは音程を『お手本』に少しでも近づけていく。

 

 彼女にとって負担となっていることは確かだが、それでも疲れを見せないようにしていた。気丈に振る舞って、アドレナリンを放出させて、少しでも『お手本』の正確さが揺らがないようにしてくれた。

 

 いつしか、俺たちは校歌が普通に歌えるレベルに達した。

 

 

****

 

 

 週末明け、体育館には全校生徒が集められた。

 

「それでは、校歌斉唱」

 

 四宮かぐやの司会進行を受けて、伴奏が始まる。

 

―――ピアノの音をよく聴いて。

―――私の振るタクトのリズムに合わせて

 

 ここまで育ててくれた藤原千花が俺たちを見て、その瞳をうるうるさせている。この1週間で、普通の段階まで引き上げてくれた。小学校でも中学校でも教師やクラスメイトから諦められた程の音痴だった。

 

 歌えている。

 今、合唱をしている生徒の1人だ。

 

「うだえでるよぉぅぅぅ!」

 

 壇上の藤原千花は泣きながらも、タクトを振るう。少しでもリズムが乱れないように、必死に頑張っている。俺は貰い泣きを堪えながら、歪む視界で必死にタクトの軌跡を追った。

 何人かが心配して歌うことをやめるけれど、俺たちは歌うことをやめない。

 

「いづのまにごんなに成長じでぇぇぇ~!!」

 

 ありがとう、そういう感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

 それ以来、藤原千花は秀知院学園の聖母として、密かに崇められるようになった。もっと独占したくなった。

 

 



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第14話 第2回テーブルゲーム@生徒会室

 生徒会室にはいつもの4人、というわけではなかった。

 

「いやー、昨日は雷すごかったですね~」

「台風でしたからね。僕はさっさと帰っていてよかったです」

「まあ、昨日はそれが正解だったな」

 

 『おへそとられるぅ~』と泣き叫んでいた千花さんを俺がタクシーに乗せて、家の玄関まで送ったのは、すでに昨日のことだ。会長と四宮かぐやは駆け引きで忙しかった。俺としては、箱入り娘の意外な一面を見れたので、夕立でもいいからまた雷鳴らないかなと期待してしまう。

 

「あの後、眠れたのか?」

「はい、姉妹3人で寝ましたから!」

 

 仲が良いことだ。

 ……姉妹も巨乳なのだろうか。

 

「あれ、四宮さんって今日は来ないんですか? いや、別に来てほしいわけじゃないですけど」

「かぐやさん、今日風邪で休んでいるんですよね~」

 

 おかげで朝から、御行会長はかなりテンションが下がっている。

 

「そうだな。先生に頼まれたプリントを届けに行かなきゃならん」

「あっ、私がお見舞い行きます!ぜひぜひ!!」

 

 健康的な腕をいっぱいいっぱい伸ばしながら、挙手している。

 

「ずいぶんと行きたがっているが、理由はあるのか?」

「ええ。一度だけお見舞いに行ったことがあるんですが、風邪を引いたかぐやさんってすっごく甘えんぼさんになるんです!」

 

 モチモチの頬に両手を当てて、その時の四宮かぐやの魅力をきゃーきゃー語り始めている。抱きしめることも容易で、むしろ抱きしめてほしいと懇願するらしい。なにそのギャップ萌え。

 まあ、『おまかわ』なんだけど。

 

 御行会長はごくりと息を飲んだ。

 

「千花さん、そろそろ風邪引かない?」

「えっ、なんですか急に?」

 

「冗談、気にしないで」

 

 石上会計が『なんだこの変態』みたいな腐った目で先輩の俺を見てくるが、男は度胸なのだと先日学んだのだ。ここまでやってもド天然には躱されるし。

 

「そうだ、みんなで行きましょうよ! かぐやさんも絶対喜びます!!」

「四宮副会長も喜ぶだろうな」

 

 話を聞く限りだと、今は早坂愛が大変な目に遭ってそうだし。

 

「病人のところに大勢で押しかけるのは非常識じゃ?」

「まあ、一理あるな」

「う~、じゃあ私が行きます~」

 

 千花さんが伸ばした机の上のプリントは、すっと横取りされた。

 

「生徒会長として俺が行こう。これは責務だ」

「いえいえいえ、ここは書記の私が!」

 

 書記は関係あるのだろうか。

 むしろ、庶務の仕事な気がする。

 

「まあ、待て。藤原書記が行ったら余計悪化するだろうが」

「えー、しませんよ~! 私をなんだと思ってるんですか~!」

 

 朝帰りしそう。

 四宮かぐやを寝かせないレベルで。

 

「むぅ~、それなら誰が行くか神経衰弱で決めましょう」

 

藤原千花はゲーム好きである。

 

 トランプを使ったゲームではメジャーな部類だ。伏せられた1~13の数字までのトランプ、合計52枚の中から、1度に2枚ずつめくって、それが同じ数字であるならば獲得でき、再び2枚めくれる。

 

「まあ、お見舞い行くかどうかはともかく。参加しますけど」

「ゲームには手を抜きそうにないもんな、お前」

「手加減したら四宮副会長に言いつけよう」

 

 慌てる石上会計に、『冗談だ』と言っておく。

 千花さんはトランプを机の上で混ぜ混ぜしている。

 

「補足ですが、ジョーカーは使いません。あとカード曲げるとかイカサマ行為はなし。露見した時点で-5ポイントです」

 

 運と記憶力が大いに試されるゲームだ。

 あまり策を出せるような場面がない。

 

「じゃあ、ゲームスタートです!」

「千花さん、ドーンだYO!」

 

 ディーラー以外は。

 

「言い換えるなら、ダウト、アウト、イカサマ、お可愛いこと」

「なななな何のことですか!?」

 

 顔の前で手を振っている。

 誤魔化すの下手だな!?

 

「藤原書記、イカサマが-5点だったか。そこに疑問が湧いた。なぜ即時失格ではないのか。俺はそこでようやく警戒した」

「俺は最初から何か仕掛けてくるなと思っていた」

 

 御行会長が四宮かぐやと駆け引きしているように、四六時中、俺は千花さんと駆け引きしている。

 

「うわ、よく見たら、このトランプ!?」

「そうだ、石上会計」

「神経衰弱はディーラー以外、イカサマを仕掛けにくいゲームだからな」

 

 今回の場合、トランプの裏面に数字が隠されている。よく注視しないとわからないが、疑ってかかれば、トランプ同士を見比べていると、しっかりと見えてきた。

 

「藤原先輩せこっ!姑息!周到な準備しておいて速攻バレるとか恥ずかしすぎる!あー、恥ずかしい!!」

「まあ、その辺でいいだろう。千花さんもルール上は-5ポイントって言っていた」

「だな。それでいいか、藤原書記」

「……はい」

 

お可愛いこと。

 

 

「さ、さぁ! 仕切り直しですよ!!」

「まずトランプの確認からな」

 

 次に用意されたのは、珍しい絵柄のトランプだった。基本的にトランプは蔦のような模様であることが多いが、今回のものは、『肉とフォーク』が描かれている。食いしん坊の千花さんらしいチョイスとはいえ、いまだ何かを企んでいることは明白だ。

 

 俺たち3人のチェックも無事に通り、ゲームが開始された。

 

「意外と当たらないものですね」

「こればっかりはな」

 

「やった~もう1枚~!」

 

 基本的に、1枚目を捲って、その数字に合うカードを記憶から呼び起こし、適する2枚目を捲る。2回目のチャンスが与えられても、すでに判明されているカードの中に適するものがあるとは限らない。

 

「御行会長もなかなか姑息ですね」

「おいおい、偶然だろう?」

 

 2枚目でわざわざ運試しをする義務はない。むしろ後続にチャンスを与えないように、すでに判明しているカードから引く選択肢がある。ゲームの進行速度は下がるが、勝つ可能性は高くなる。

 

 ガチで勝ちに来ているな、この人。

 

「まあ、偶然ですね」

「うっわ、川田先輩カード入れ替えたぞ。もっと姑息だ!? しかもすげぇ速かったし!」

 

 記憶に関して、場所とその数字が何かを組み合わせて覚えている人が多い。会長と同じく、当てずっぽうを避けて、すでに出ている候補から選ぶのだが、わざわざその2枚の場所を入れ替えてやることで、記憶の混濁が起きる。

 

「会長~そっち置きますね~」

「うおい!?」

 

 千花さんは、あまりカードのないところへ避難させた。

 

 さっきのは13か。

 それは、扱いに困る数字だったな。

 

「ところで石上、今何時だ?」

「ん? あー、17時前ですね」

 

 千花さんはビクッとした。

 お可愛いことだ。

 

「さあ! 会長の番ですよ!!」

「急かすな。いっぱいいっぱいなんだ」

 

 まあ、イカサマには抵触しない技を抜きにしても、今日は運がいいのか千花さんはポイントが高い。すでに16(-5)ポイントだ。俺が12ポイントであることに対して、残り2人は10ポイントにもまだ達していない。

 

 特に、慎重行動を行っていた会長は焦りを見せる。

 

「むふふ~何を持っていきましょうかね~食欲あるのかな~」

「あれだけ濡れてましたし、結構酷そうですよね」

「四宮が? あいつ、昨日車で帰るって言ってたが……」

 

 俺や千花さんが帰った後、また無茶をしたのか。

 

「いえ、俺はたまたま見かけただけです。校門の前で傘差して、誰か待っていたんですかね」

「元々身体が丈夫ではない四宮副会長だから風邪を引くのも無理はないな。また無茶をする」

 

 候補としては早坂愛もあり得る。

 まあ、その場合わりと放置して帰りそう。

 

 そこまでして待っていたのは。

 

「13と、5……う~」

「攻め急いだな、藤原さん」

 

 残り枚数的に勝負に出たが、はずれ。

 彼女は13を遠くに、5は角度を付けて手元に。

 

「なるほど。だから筑紫は、さっき石上に時刻を聞いたのか」

「えっ、あれって意味があったんです?」

 

 そこからは、御行会長の追い上げが始まった。タネさえわかれば、2人分の情報力が一気に入ってくる。自分が引いたカードを憶えなくて済むように、わざわざ千花さんは手元に置いているからな。

 

「すごい!会長が連続で当てている!」

「時計の時刻だ。トランプを置く角度で1~12までの数字を表すことができる。場所移動戦術かのように思えたのは、13のカードの扱いに困っていたからだ。2度行ったのは運が無いな、藤原書記!」

 

 たぶん、指摘されていろいろと記憶が飛んだと思う。

 恥ずかしそうな顔はお可愛いこと。

 

「せこーーーっ!姑息! しかも利用されるとか超恥ずかしい!」

「だって、お見舞い行きたいだもん! ゲームに勝ちたいんだもん!」

 

 藤原千花はゲームになると、なんでもやる。

 腕をぶんぶんして主張した。

 

「これで!俺の、か、ち」

「残念」

 

 さっき雑談を挟んだ時に、既出カードを入れ替えておいた。まあ、2枚を同時に引いちゃったから、偶然だよね。

 

「筑紫ぃ!貴様ぁ!!」

「せこーーーっ!姑息!鬼畜! どこで買えるのその図太さ!!」

 

「情報屋から買うといいよ」

 

 会長が与えたヒントを加えて、勝ち筋はすでに見えている。そもそも、いろいろと仕掛けるくらいの余裕さが俺にはあった。

 だって、自分の手元であえて1つずらした『時計の針』戦法を使っているのだから。残った1で困ったら石上会計のところへ混ぜ込んでいた。

 

「まけ、た……」

「絶対他にも何かやってるよね! この先輩!!」

 

「心外だな。まあ、1人で行くことは決まってないし、2位の御行会長も……」

 

 そこで、メールの着信が入った。

 差出人は、野崎維織

 

「姉も風邪を引いたらしく、そちらへお見舞い行ってきますね。だから2位の御行会長が行ってあげてください」

「お、おう……」

 

 『風邪引いた、来て』と書いてあった。

 たった1人の弟としては行くしかないだろうが。

 

 

「じゃあ!私が行きます!」

「いや、いろいろやって負けたあんたは諦めろよ!?」

 

 

 

****

 

 こういうときに限って、赤い風来坊は海外で仕事か。

 

「言われた通り来ましたけど、結構元気そうですね、維織様」

 

 背中まで届く髪、相変わらず無表情だが凄まじい美人だ。まさしく高嶺の花と呼べるべき人で、姉だと認識していなかったら、ここまで近づくことさえ躊躇うだろう。実際に姉と呼ぶのは照れるけれど。

 

「じゃあ、起きる」

「怒られますよ、いろいろな人に」

 

 再び、『浮き輪物語』という本に視線を戻した。

 また難しそうなよくわからん本だ。

 

「おかゆ作ってきたんで、食べさせますから」

「ん」

 

 風邪を引いていることで、最近は潜めていたらしい『めんどくさい星人』が発症している。誰かが世話をしないと、飲まず食わずで読書を続けるくらい、生活に無頓着だ。

 

 この人は『あーん』なんて言わなくとも、むしゃむしゃ食べるから、ドキドキがない。むしろベッドにいる姉にドキドキしたらヤバいけれど。

 

「お姉ちゃんって呼んで」

「風邪が治ったら呼びますね」

 

 目を見開いて、『頑張って治す』みたいな決意をしている。子どもか。

 

「眠れない……暇だから、学校のこと聞かせて」

「それが呼んだ目的ですかね。まあ、結構楽しくやってますよ」

 

 一筋縄ではいかないな、こっちの姉も。

素直じゃないというか。

 

「どんな選択でもお姉ちゃんは、良い。つくしが幸せになる選択をして」

 

「妹離れも弟離れもできないお姉ちゃんが何を言っているんだか」

 

 

 

 

 



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第15話 第4回恋バナ@屋外

 喧嘩、諍い、すれ違い

 

 ある程度親しい間柄であってもそれは起きる。喧嘩するほど仲が良いと言われるということは、喧嘩することが親しいということなのだろう。そう考えると、喧嘩なんてしたことない俺には、実は親しい人物なんていなかったのではないか。

 

「……どう思うよ、石上」

「先輩も結構ボッチだったんですね。」

 

 ボッチに結構ボッチって言われた。

 

「最近思うところがあったんだ。そろそろモテたいっていうかさ」

「あー、だから、口調と雰囲気がどこか変わったんですね。僕はお堅い感じがかなり抜けていいと思いますよ」

 

 え、まじ?

 

「ホント?

 俺って彼女ゲットできる?

 やっと童貞卒業できる?」

 

「そこまでは知りません。ていうか、先輩って普段からそんなことばかり考えていたんですね」

 

 そうだよ。

 

 生徒会男子メンバー3人は生徒会室から避難し、人気の少ない学園の敷地で3人寝転がって黄昏ていた。心地よい日差しや澄みきった風は、俺たちのドヨーンした空気を浄化してくれることはない。

 

「で、誰と喧嘩したんですか。惚気話は勘弁してくださいよ?」

「異性だな」

「異性だよ」

 

 うっわ、とすでに嫌な声を浴びせかけられた。

 

「それで、僕に恋愛相談っすか」

 

 もう相談できる相手が後輩しかいないのだ。

 田沼翼くんとか、絶対惚気話をしてくるし。

 

「まあ、任せてくださいよ。僕、恋愛マスターなんで」

「えっマジで?」

「すごいな。俺らとかまだマサラタウンから出ていないし、最初のポケモンをもらえていないんだが」

 

 冗談です、と石上が告げてきた。 

 口癖をパクるな。

 

「あれだな。恋愛マスター(笑)に頼るくらい、藁にも縋る気持ちだ」

「急にどうしたんすか。よほど深刻な問題なのか、川田先輩のキャラが崩壊していませんか。まあ、僕、これでもラブコメはめっちゃ読んでますから任せてください」

 

「んーならいいか」

 

 まず、会長から恋愛相談することになった。

 友達の話らしいけど。

 

「俺の友達の、その友達の女子が風邪を引いたらしくてな。友達の男子は友達の女子のお見舞いに行ったわけだ」

「紛らわしいんで、もう男子と女子で良いですから」

 

 友達の話にさせてあげて。

 

「……で、だ。その女子は結構熱あって、意識が朦朧としていた。それはもう記憶が飛んでいるくらい。」

「そんなにひどかったんだな、御行会長の友達のその友達の女子」

 

 常に睡眠不足でカフェイン中毒のこの人、よく風邪を移されなかったな。

 

「そのようだな。それで、添い寝してほしいと頼まれたわけだ。ただし、その女子は憶えていないらしい」

「なるほど。風邪がよくなって起きてみたら、隣に友達の男子が一緒に寝ていて、そこで『To LOVEる』が起きたと」

 

 もし白じゃないなら、責任取れよ。

 

「なんだかイントネーション独特だったな。まあ、その友達は決して手は出していないと主張したんだが、どうにも納得してもらえなくてな」

「はぁーー? なんすかそのクソ女」

 

 石上は件の女子が誰かを知らないとはいえ、もし聞かれたら社会的に消されるぞ。

 

クソオブクソじゃないっすか。自分から誘っておいてよくもまあ。モラルってのが無いんですかね。付き合ったら絶対めんどくさいですよ、その女。黒髪貧乳にありがちなタイプっすね。いくら意識が朦朧としていても男をベッドに引っ張り込むなんて、その女絶対ド淫乱っすよ。どうせ男が帰った後も

「石上OKブレーキ」

 

 御行会長が静止させた。

 まだまだ語りつくせないだろう。

 

「まあ、なんだ。その男も流されるべきではなかったんだと思う。断ればいいし、その女子の家族に任せればいい話だ。でも、彼はそうしたくなかったんだろうな……」

「愛してくれる家族がいるのだろうか、会長の友達のその友達の女子」

 

 さあな、と御行会長は呟いた。

 

 彼は、彼女を取り巻く環境をよく知らない。

 それを知ることは覚悟が必要になってくる。

 

「で、まだ仲直りしてないんですか?」

「んー、その男子は精一杯謝ったし、何も手を出してないことを伝えた。だが、どうにもその女子は納得しないらしい。不機嫌だし、どうすれば許してくれるかもわからない」

「乙女心は複雑ということか」

 

 まだ夏にもなってないけれど。

 

「その女子は責任取ってほしい、とか?」

「何言ってるんですか、川田先輩。その男子はちゃんと謝ったし、未遂に終わったんでしょ? 僕からすれば、その状況で手を出さなかったことを褒めてやりたいくらいです」

「そ、そうか」

 

 御行会長は照れている。

 まあ、童貞の思春期男子としても賞賛すべき。

 

 石上は、がばっと起き上がった。

 

「その女は何引きずってるんだって感じです! 僕からビシッと文句言ってやりましょうか!」

 

「先日、その女子は暗殺者って聞いたな」

「冗談だろ、筑紫。まあ、俺もそういう話をこの前聞いたが」

 

 何も言わなくなった石上は、再び黄昏る。

 暗殺者に喧嘩を売らない臆病さは賞賛すべき。

 

「これはあくまで友達のその友達の女子なんですが……」

「ほう」

 

 まあ、ここにいる3人とも知っている人だけど。

 

「その女子は実は結構襲われたいって思っているんだ。だから、会長が言っているその女子も、ケダモノから手を出されなかったことは理解している反面、自分に女としての魅力がないのではと思っているのでは。石上曰く、黒髪貧乳だし」

「はぁーー? なんすかそのクソ女たち」

 

 石上は件の女子が誰かを知らないとはいえ、もしそれ以上言うなら口を縫い合わすぞ。

 

川田先輩の言う女子も結構クソ女っすね。そういう女に限って、自分の魅力でどんどん誘惑するんすよ。付き合ったら絶対めんどくさいですよ。髪染めてて巨乳にありがちなタイプっすね。自分から誘っておいて、ちょっとでも手を出した男には責任取らせて貢がせた後は、そのまま『ポイッ』ですよ。どうせいつも携帯で寝る前に画像見ながら

「石上OKブレーキ」

 

 いいとこで止められてしまったな。

 どうしてやろうかと悩んでいたんだが。

 

「さて。ここからは俺の相談に入るんだが、友達のその友達の女子ってかなりゲームが好きなんだ」

「紛らわしいんで、もう男子と女子で良いですから」

 

友達の話にさせて。

 

「……で、普段はすごくいい子なんだけど、ゲームになったら姑息でちょっとずるいところがあるらしい。意外と、その男子もちょっとずるいところがあるのだけれど。あー、もちろん俺は違うけどさ」

「いや、川田先輩はひどく姑息で鬼畜でしたよ。先日よくわかりました」

「俺もよくわかったからな」

 

 それは身内のゲームだからだ。

 たぶん。

 

「それで。女子が挑戦してきたゲームで尽く打ち負かしたらしいのだけど、どうやらそれがお気に召さなかったらしい」

「うっわ、子どもっすか。たった1度のゲームで負けたくらいで女々しいことですね。最近無駄に増えているんすよ、ちやほやされたいためにゲームやるっていうかさ。それなら、ゲーム1人でやってろって感じです」

「へぇ、今はそういうものなんだな」

 

 あくまで個人的見解ね。

 ていうか、デジタルゲームだと勘違いされているらしい。

 

「いや、まあ、件の女子はみんなで楽しめるゲームが好きなんだろう。そりゃあ姑息な手を使ってくるけど、誰よりも自分が1番楽しんでいることが伝わってくる、らしい。自分が感じる楽しさをみんなと分かち合いたいっていうか」

「なんか、俺も分かるぞ」

 

 『氷のかぐや様』だった頃の四宮かぐやから、ただ1人、千花さんは友達でいることを諦めなかった。

 

「で、まだ仲直りしてないんですか?」

「謝ったけど、『あっかんベー』されたらしい。なにかコソコソやっているみたいだが、声をかけると頬を膨らませて威嚇してくる、らしい。あくまでその友達曰くね」

 

 お可愛いことだ。

 でも、会話できないのは死活問題。

 

「まあ、そんな感じで彼女と話せない時間が続いている、らしい」

 

 石上が、がばっと起き上がった。

 

「いやいや、ゲームエンジョイ勢なら皆に合わせろよって感じっす。自分が楽しむために姑息な手を使うとか、自己中心的っていうかですね。対人対戦でチートは撲滅すべきです!」

 

 あくまで個人的見解ね。

 

 ていうか、千花さんは献身と慈愛に溢れているからな。それは多くの男女が嫁にしたいのだと願うくらいだ。ソースは先日行ったアンケート。だが俺は彼女をいつか独占してみせる。

 

「そのクソ女は子どもかって感じです! 僕からビシッと言ってやりましょうか!」」

 

「先日、その女子の親友は暗殺者って聞いたな」

「それも冗談だろ、筑紫。まあ、俺も聞いたが」

 

 何も言わなくなった石上は、再び黄昏る。

 彼は虎の尾を踏むことはできるだけ避けるらしい。

 

 

「で、どうすれば俺たち仲直りできると思う?」

「右に同じく」

 

「結局、ほとぼりが冷めるのを待った方がいいですよ」

 

 現状維持、それはかなりきついことだ。

 

「待つ、ねぇ……」

「だって、男側にやましい事が無いなら、別に謝る必要もないでしょう。男が女のすべてを理解しようとするなんて、傲慢なんですよ」

 

 そういうものなのだろうか。

 誰とも喧嘩したことないから、よくわからない。

 

 

 

****

 

 

 生徒会庶務として、日課となっている仕事をしている。

 

 今日もポケモンGOでただひたすらポッポを捕まえ続けていた。だから俺のアカウントは、今もなおジムに君臨していた。たとえタイプ相性を考慮されたとしても、進化もできていないポケモンたちとはレベルがまるで違う。捕まえたばかりの校長のピカチュウでは、効率的に育て上げたピジョットの足元にも及ばない。

 まあ、勝つことはできているけれど、楽しめているのだとは言い難いけれど。

 

 

「やっと見つけた!」

「ああ、千花さんか」

 

 俺が学園内のポケストップをあちこち往復していたおかげで、上手く見つけられなかったのだろう。

 

「神経衰弱のリベンジをさせてもらいます!」

 

 肩で息をしながら、トランプのパッケージを掲げてきた。

 

「ドーンだYO!」

「なななななんのこと!?」

 

 明らかに動揺を隠していない彼女の手からトランプを受け取り、模様が一部欠けていることを指摘した。左からどの位置の菱形が抜けているかで、1~13の数字が分かり、しかもマークすらわかるようになっている。

 

「あれから気になって、どういうイカサマトランプが市販されているか調べたからな。パッケージでわかる」

「ぐぬぬ、調べたんだ……でもイカサマがバレた際のペナルティはまだ言ってないから!」

 

 そう言えばそうだな。

 もう少し黙っていた方がよかったか。

 

「確かにそうだ。しかし、このトランプなしで勝てるとでも?」

「部の方で秘密特訓をしてきたもんね~」

 

 俺の腕を取って、自分に有利な場所であるテーブルゲーム部室に連れて行かれる。本来の最善手はこちらが用意した人員と場所とトランプを用いてゲームを行うことなのだが、すぐに用意できるわけではない。

 だから今は、策に乗せられるしかない。

 

「ふふ~ん、私が勝ったらなんでも言うことを聞いてもらうからね~?」

「なんでも、ねぇ……」

 

 ほんと、毎日が楽しそうで何よりだ。

 こんな生活、手離せるわけがないだろう。

 

 

 

 



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番外編 生徒会室への来客

後半からパワポケ要素が多く含まれているので、番外編ということにしています。


 秀知院学園の敷地は広く、中等部と高等部の校舎はかなり近くにある。そのため、知り合いの先輩や兄弟姉妹に会うために、中学生が高等部に訪れることは珍しくない。

その逆は下手すればロリコン扱いされる。

 

 生徒会室には珍しく中学生たちが来ていた。

 

「中学生の来客とは、めずらしい、な……」

 

 なぜここで、犬井さんの後継者が紅茶を飲んでいる。

 

 彼は大神の名字を持っている。大神グループといえば、4大財閥ほどではないけれど、世界的企業の1つだ。むしろ、複合企業だからこそ、構成人数が多いこともあって、現在は世界一の武力を保有していると言っても過言ではない。最近はかなり縮小しているらしいが、世間を騒がせた事件の時は、最大の抑止力となっていた。

 

「初めまして、大神灰里さん」

「川田……筑紫だったか」

 

 大神の武力について、実権を握っていたのは側近の犬井さんだ。刀1本で最新型のサイボーグを数百体単位で倒せる世界最強候補だった。そして、今は亡き彼と同シリーズ、その最後のアンドロイドとなった、大神灰里。

 

 つまり、めっちゃ強いめっちゃ怖い。

 

「えっと……?」

 

 もう1人の来客の女子が困惑している。

 

 容姿端麗、彼女は同年代より少し大人びており、少し痩せ気味な彼女のスタイルは抜群だ。身長が平均より少し高めということもあって、この2人がもし制服を高校のものにすれば中学生とは分からないだろう。

 

「私は中等部の生徒会会計、白銀圭と申します」

 

 実際に見てみると、よく似ているな。

 

「生徒会庶務、川田筑紫です。いつもあなたの兄をお世話しています」

「それはご丁寧にどうも……あれ?」

 

「川田さん、予算案会議はどうでしたか?」

 

 生徒会室に残っていたかぐやさんが、2人の対応をしてくれていたようだ。

 

「釘を刺して、あえて退出してきた。それに、四宮家のご令嬢が姿を見せないことに何人か動揺していたな」

「あら、今回の予算案会議も無事に済みそうですね」

 

 この学園には多数の有力者がいる。その最たる例が、四宮本家のご令嬢であったり、大神の義理の息子であったりするだけだ。その他にも、陸上自衛隊、指定暴力団、宗教法人、警視庁、経団連、政治家一家、ガルダン・アーサラム王国王族、ヒーローといった、様々な組織に属している『家』の子どもが在籍している。

 

 庶民である生徒会長は、彼ら彼女らに立ち向かわなければならない。

 

「兄は大丈夫なのでしょうか」

「ええ。大丈夫ですよ。四宮の名にかけて何があっても、私が会長をお守りします」

 

 あの事件以降、世界最大の勢力の解体もあって、いまだ情勢は不安定だ。この学園の構成する生徒も『家』の影響で諍いが起こることがある。

 

 まあ、四宮と大神の影響が大きかったり、去年は風紀委員を中心にしてあれこれやったり、だから今のところ、学園内では表立って衝突は起きないだろう。

 

「それで、本日はどのようなご用件で?」

「生徒総会の配布書類のチェックをお願いしようと思ってきたんです」

 

 それにしても、かぐやさんが何かを企んでいる。たぶん、御行会長の妹さんの好感度を上げて、外堀りから埋めようとしているのだろう。

 

 

「それで、大神さんはどのようなご用件で?」

 

 かぐやさんが妹さんとほんわかムードで話し合っている横で、俺は格上の狼に立ち向かわなければならない。年齢の差による先輩後輩だなんて、実力の世界においては無意味だ。

 妹さんがいる以上、裏の話はしないと思うけれど。

 

「付き添いです。白銀が1人で高等部に行くことは不安だということでしたから」

「それなら、ゆっくりしていってください」

 

 付き添いねぇ。

 竹刀袋に入れた刀を持参してまで。

 

 

「……ハピネス」

 

 彼に生徒会室の隅まで呼び出され、ボソッとそのキーワードを呟いた。

 

 

   ~(パワポケ関連・ネタバレ注意の話)~

              ※後半にあります。

 

 

「こんにちは~!」

 

 生徒会室にやってきたのは、千花だった。予算案会議で部長がいないこともあって、部室で遊んでいたはずだが。

 

「あー!

 圭ちゃんだ!

 こんにち殺法!」

 

「あ!

 こんにち殺法返し!!」

 

 なにそれ超かわいい。

 両手で狐作って、こんにち殺法している。

 

「遊びに来たの~?」

「ううん、お仕事だよ」

 

 キャッキャッしている

 そうか、平和な世界はここにあったのか。

 

 大神灰里は疑問を浮かべながらも、その謎の行動を注視している。特に意味のない行動だ。だから、彼女たちの使っている殺法は暗殺術じゃない。

 

「あ、あの……藤原さんと白銀さん、お知り合いなのですか……?」

「そうですよ~ 妹の萌葉と友達だから、よくウチに泊まりにきてくれるんですよ~」

 

 なにそれ羨ましい。

 

「そっちの男の子は圭ちゃんのボーイフレンド?」

「そ、そんなんじゃないって」

 

 白銀さんは、頬を赤らめて訂正する。

 

 えっ、待って。

 この超堅物のどこに惚れたの。

 

「大神灰里です。中等部生徒会で庶務をしています」

「みんな憧れ生徒会、その書記のチカですっ!」

 

 大神という名を気にする様子がない。

 千花さんは、こういうところが長所だと思う。

 

「そうだ、千花姉ぇ。夏休みに萌葉と原宿に服を買いに行くんだけど、千花姉ぇも一緒に行かない?」

「うん、いくいく~」

 

 敬語抜きにして、キャッキャウフフだな。

 

「藤原さん、あなたという人は……」

 

 かぐやさん、殺気漏れているから。

 俺たち姉弟ほどではないけれど、白銀家も兄妹で似ていることもあって、会長を取られたかのように思えるだろうが、落ち着け。

 

「かぐやさんも一緒に行きましょうよ~」

「うん! いくぅー!!」

 

 あっ、急にアホっぽく子どもっぽくなった。

 百合百合しいな。

 

 

「……意外だな」

 

 四宮かぐやが、だろう。

 もっと白銀さんに注目してあげて。

 

「男が女のすべてを理解しようとするなんて傲慢、らしいですよ」

 

 恋する乙女は強しってことだ。

 

 それにしても、女子の服を買いに行くという話題に何も興味を示さない男に惚れてしまうとは、白銀さんを応援したくなる。ちなみに、俺は『あれ、千花さんって俺のためにおしゃれな服買いに行くんじゃね?』くらい超意識してるから。

 

 

 

****

~(パワポケ関連・ネタバレ注意の話)~

※読み飛ばしても構いません。

 

 

 世間話か恋バナかを始めるのかと期待していたのだが、裏の話をしてきた。確かに、それについて最近はきな臭い話が出てきていることはわかる。

 ご丁寧に翻訳機を渡してくれて、戦闘用高速言語まで使ってきている。

 

「はい。まあ、安くなっていますよね。完全に在庫処分価格ですよ、まったく」

「ああ。だから、手が伸ばせる組織が増えている」

 

 麻薬みたいなものだと思ってくれていい。

 もちろん、中毒性もある。

 

「これが一番聞きたいのでしょうが、すでにXもZも効果は出ませんよ。知り合いの能力者も全員が、あれ以来能力を失っています」

 

 サイボーグやアンドロイドは大神の専売特許だが、超能力についてはジャジメントグループの専売特許だった。その研究機関が解体された以上、次に詳しいのはヒーローたちだ。

 超能力については、ベクトルを操るだとか、天候を操るだとか、ワームホールだとか、エントロピーだとか、言葉で命令できるだとか、いろいろある。かつてその全てを使えた世界最強の殺し屋もいる。

 

「なるほど。しかしどうやら、いまだ諦めていない組織があるらしい」

 

 ちなみにハピネスXは薬品で、ハピネスZは機械、そのどちらも超能力を目覚めさせる確率が非常に高いものだ。なお、寿命を確実に縮め、使える超能力に目覚めるかどうかも分からない。

 だが、超能力の研究とその素材については大神やジャジメントが牛耳っていたから、匹敵する武力を持つためにはそれに頼る組織が少なくなかった。

 

「潰すのですか?」

「大神はあまり表立って動けない、とだけ言っておこう」

 

 ツナミ及び新ジャジメントの片棒を担っていたこともある。特に、武力面については4大財閥からかなり厳しい目で見られている。あわよくば、その技術を奪おうとしているのだから、笑えない状況だ。

 

「頼めそうか」

「最近、暇している人も多いので、大喜びでその依頼を受けると思いますよ。ただ、こっちのやり方でやりますけれど」

 

 不殺について律儀に守る人もいれば、守らない人もいる。現状は個人に委ねることになっているが、派閥ができそうな危うさがある。世界最強の殺し屋が『どっちでもいいじゃない』って言ってくれるおかげでなんとかなっている。

 

 つまり、対象組織の構成員の生死について、依頼者から指定されてもすごく困るということだ。

 

「それは任せる。だが、相手はすでに近代兵器を持っているとも聞くが」

「超能力が無くなったおかげで、またそういうのが流行っていますよね。それでも、こちらは十分な戦力はありますから、ご心配なく」

 

 超能力とは別に、具現化というものがある。それはご都合主義であったり、願いであったり、妄想であったりする。最近は発現しづらくなっていて、残っている『ポケレンジャー』のレッドとブラックとピンクも、まだ誰かに必要とされているからこの世に残っている。ラブコメ的な意味が強いけれど。

 それ以外にも戦闘経験を積んできたアンドロイドやサイボーグ、そして武道家が、ヒーローに所属している。

 

 全員が正義の味方とは言えず、統率も取れないから、寄せ集め感がある。その構成人数も決して多くはなく、様々な組織から抜けたならず者たちだ。決して、テレビやアニメに出ているような華々しい活躍をするヒーローではない。いつだって命がけで、汚いことでも手を染めてきた。

 

 だからこそ、皮肉を込めて、ヒーローと呼ばれ始めた。

 



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第16話 夏の予定の聞き方

 1学期が終わりに近づくと、夏休みのことを意識するようになる。

 

 定期試験が終わり、この秀知院学園でもそういうムードになっていた。最終日に全て仕事を終わらせることができた生徒会も夏休み中の活動はなく、各々が自由に過ごすらしい。

 いざ1ヶ月以上このメンバーが集まらないとなると、なんだか寂しいな。

 

「夏休み、お前たちは何か予定あるのか?」

 

 世間話かのように思えるが、堂々と四宮かぐやの夏休みの予定を確認しに来た。俺としても、千花さんの夏休みの予定を確認したいからありがたい。

 

「私はですね~家族と明日から1週間ほどハワイ行ってきますよ~」

 

 明日から!?

 全くそんな会話はしていなかった。

 

「アロハでホノルるっちゃいますよ~」

「金持ちは違いますね。僕なんて、せいぜいイベントで東京行くくらいです」

 

 そういう石上も玩具メーカー社長の次男なので、わりと金持ちである。

 

「旅行なぁ。俺はあまり縁がないが、やっぱり都会の喧騒から解放される瞬間ってのは必要だな。藤原書記が戻ってきたら」

「ハワイの後はですね~ カリフォルニア行って~ ドバイ行って~」

 

 さすが元外交官の次女さん!?

 

 御行会長は生徒会で旅行に行くことを提案したかった。ここで生徒会の構成メンバーは男3女2である。千花さんが抜けた以上、残る女性メンバーはたった1人だ。その場合、思春期男子としては誘えるはずがない。早坂愛と四宮かぐやが親しいことを、会長は知らないこともある。

 

 まあ、一般の高校生が企画した旅行なんて、四宮グループのご令嬢が参加できるはずがない。どうにかして、手を打たないとな。

 

「家のことで、四宮さんは予定あるのか?」

「……ええ、特にはないですね」

 

 いつも通りの微笑みを浮かべて、そう告げる。

 昔の維織様並みの生活だな、これは。

 

「それで、川田先輩はどうなんっすか?」

「具体的には決まっていない。草野球に誘われたくらいだな」

「へぇ~ つくしくんって野球できるんですね~」

 

 まあな、と返しておいた。

 もちろん同年代の野球部にすら敵わないけれど。

 

「俺もバイトのシフトあまり入れていないから、藤原書記以外は予定が空いているのか」

「一度くらいは何か思い出作りしたいですよね。会長たち2年だから、来年は受験勉強でそれどころじゃなさそうですので」

 

 会長の言葉を継ぐように、石上がボソッと呟いた。彼も生徒会に入ってからずいぶんと変われたようだ。人間はそう変わることはないと思っていたけれど、四宮かぐやも俺も含めて、意外と変われるものだ。

 

「夏の終わりにこの近くで大きな祭りがある。みんなで行こうぜ」

「おお~良いですね~! 行きましょう!!」

 

 綿あめ~射的~花火~と歌うように、千花さんはうきうきしている。そして、四宮かぐやもかなり行きたがっているが、許可されるのかどうかだ。手を回すにしても、あまり四宮グループにちょっかいをかけるのもなぁ。

 

 どうしたものか。

 

 千花さんはお可愛いスケジュール帳をパラパラと捲っている。今のところ、とにかく彼女の夏休みは海外旅行で埋まっているのは確かだが、空いている日の確認のために、どうにかしてその中身が見れないものか。

 

「あ……そのあたりスペインでトマト祭りでした」

 

 海外旅行好きだね。

 もっと日本の伝統文化を楽しんで!?

 

 ちなみにトマト祭りは8月末に行われる収穫祭だ。街の人だけでなく観光客も世界中から参加し、熟したトマトを軽く潰してぶつけ合う。個人的に、雪合戦をトマトでやるイメージを持っているが、トマトが勿体ないと思うのは、貧乏性なのだろうか。

 

「えっまさか行っちゃうんですか!

 私だけ除け者にして行くんですか!?」

 

「普通に行きますよ。だって、藤原先輩もトマト祭りじゃないですかぁーそっちは楽しんでくるのに僕らは祭りに行けないなんてあんまりですよぉー」

 

 煽りおる。

 千花さんは瞳をうるうるさせている。

 

「ひどいです……冷血人間です……ぐすっ」

 

「ふと思ったんだが、千花さんってトマト嫌いじゃなかったか?」

 

 泣き止んだ。

 あわわわと震え始めた。

 

「お祭りまでに日本に帰ってきます! 私はみんなとジャパニーズフェスティバルに行くんです!!」

 

 ぜひ頑張ってくれ。

 

 

 

****

(番外編)俺が中学生だった頃の話だ。

 

 その年の甲子園では奇跡が起こった。

 

 混黒高校の複数ある分校の1つが甲子園優勝を果たした。厳密には今年度から独立を果たした高校であるが、決して強豪校とは言えない。むしろ部員数がギリギリという悲惨さであった。

 

 ヒットを繋ぎながらも勝ち点をもぎ取ったその決勝戦は、俺は忘れられないだろう。いや、まあ、決勝戦の対戦相手が全員ホッケーマスク被っていたので、無駄に印象的だったし。

 

「いつも、うちの姉がお世話しているようで」

「ご丁寧にどうも………ん?」

 

 主力ピッチャーはたった2人しかいなくて、男子も天才投手ではなく、残り1人も女子だった、らしい。さらにはホームランを打てるほどの強打者と呼べる人が、キャプテン及び4番を担っているキャッチャーが1人、らしい。

 

「麻美さんのドジを、お二人が食い止めていると聞きました」

「やっぱり、君はゆらりの弟か!? 麻美が年下からもいじられるって言ってたのはホントか!?」

 

 すげぇイケメンだな、この人。

 狙ってる女子が多そう。麻美って呼び捨てだし。

 

「よくわかりましたね。さすが高校生日本一になったキャッチャーです。褒めてあげます」

「こんなことで褒められるのか、俺……」

 

 この人、麻美さん並みに面白い人だな。姉さんが好きになるのもわかる。

 こんな生意気なガキに貴重な時間を使ってくれるのだし。

 

「ところで。うちの姉が珍しく朝帰りしたのですが」「

「……それで?」

 

 見るからに動揺したな。

 

「初めは麻美さんの家だと思っていました。ですが、さりげなく麻美さんに聞いてみると、その日はお泊まり会などしていないと。まあ、口封じされていない麻美さんなんて口軽いですから」

「麻美ェ…‥」

 

 この人、感情が表情に出やすいな。

 

「これで7月以降、朝帰りしたことが先日で3度目になりまして。それが甲子園前に1度、甲子園後に2度、なんだか気になりました。きちゃった(はーと)」

「ゆらりだ。この子、絶対ゆらりの弟だ……」

 

 どう見ても弟だろう。

 姉弟で似ている、母譲りの茶髪と容姿とか。

 

「ああ、大丈夫です。たとえキスして子どもができていたとしても、全ての人脈を使ってでも責任を取らせるので」

「NOZAKIってそんなに恐ろしいところなの!?………ん?キス?」

 

 姉さん、維織様との関係まで話しているのか。麻美さんにも黙っていたくらいだから、かなりこの彼氏さんに入れ込んでいるな。

 

「えっとさ、子どもができているって……まじ?」

「馬鹿にしないでください。そう簡単に子どもはできないですよ。中学生の俺でも、コウノトリが運んでくるものでも、桃から生まれてくるものでもないと知っています。いやはや、姉さんには危うく騙されるところでした」

 

 経験豊富な年上だからって失礼だな。

 

「複数人にきちんと聞いています。満月の夜にキスすれば、竹から生まれるのでしょう?」

「それかぐや姫だから!? みんなに騙されているから!?」

 

 姉さんには何度も本当かどうか確認したし、天才研究者の高坂茜さんも、情報屋のお姉様も正しいと言ってくれた。

 

「調査通りなら、満月の夜は避けていますよ。あなたと姉さんの子どもは生まれていません」

「いや、なんで満月かどうかはしっかり調べてきたの。そろそろ『冗談です』って言ってくれよ……」

 

 『もしかして素か?』と頭を抱えている。

 この程度で動揺するなど、片腹痛い。

 

「とにかく。姉さんとはできちゃった結婚は認めません。20歳になったらお二人の合意の下に、幸せな結婚をしてください。だから今は、川田家の唯一の男児として、勝負を挑みます」

「お、おう、そうか。20歳超えたらいいのか……」

 

「こう見えて結構鍛えています。だから、あなたの得意な野球でいいでしょう。ルールは、あれです、えーと、ホームランが多い方が勝ちです」

「いや、それなら助かるけどさ……おーい、ツメイ!」

 

 見覚えがある。

 たしか、甲子園決勝で初めに投げていた投手だ。

 

「……1vs2とは卑怯じゃないですか?」

「野球やったことないのかよ!?」

 

 その後完敗して、涙を浮かべて逃げ帰った。

 

 

 

 これ以降。

 度々挑戦を挑んでいるが、勝てた試しはない。もちろん今となっては、姉さんとの交際は応援しているし、子どものつくり方も熟知している。

 

 彼含め男性陣と関わることで、彼ら独特の砕けた口調について最近影響されている気がする。

 

 

 

 

 



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2年夏休み
第17話 花火と生徒会とヒーローと(前編)


『皆さん、夏休みをどうお過ごしでしょう。』

 そこまで打って、ツイートする前に削除した。

 

 海外旅行中の千花さんのツイートで流れてくる画像に『いいね』し、石上の何気ない呟きに『いいね』し、御行会長の近況報告に『いいね』し、早坂愛の独特な趣味のリツイートに『いいね』し、四宮かぐやのTwitter始めましたに『いいね』する。そうこうしていると、また千花さんのツイートが更新された。

 

 親しい人の日常を感じ取れる。

 だから、今日も頑張ることができる。

 

 俺はこの温かさを知ることができてよかった。

 そう思えている。

 

 

****

 

 

 すでに8月後半となり、祭りの日。

 再び俺はこの街に戻ってきた。

 

『ごめんなさい

今日は行けなくなってしまいました

本当にごめんなさい』

 

 すぐに、既読数が溜まっていく。

 

 生徒会のグループLINEにて、四宮かぐやはそう発言した。謝ることは約束を破ったことによる社交辞令なのかもしれないが、彼女のせいではないだろうに。

 

『みんなと花火が見たい』

 そうTwitterに呟かれる。

 

 四宮かぐやはいわゆる『籠の中の鳥』だったけれど、この1年で大きく変わった。かぐやさんは何か行動を起こすだろう。それに、最も頼りにしている早坂愛がいる。

 

 仕事用の携帯を操作して、早坂愛にメッセージを打ち込んだ。

 

 

「筑紫、LINE、見たか」

「まあ、予想していたことだな」

 

 グループの通話がかかってきた。

 

 走りながら電話しているから声が途切れ途切れだ。そして、特有の金属音が聞こえてきたが、お姫様を救いに行く王子様が、自転車っていうのがまた趣深いものだ。

 

「今、四宮の、家に、向かっている」

「会長、急に走り出したからどうしたのかと思いましたよ~」

「何か急な用事が入ったのか、それとも……」

 

 どうやら3人はすでに到着していたらしいな。

 石上の言う通り、許可されなかった可能性が高い。

 

 祭りの会場は人混みであり、何が起こるかわからない。基本的に、送迎は四宮家の人が行っているし、仮に外出するとしても使用人が付いてくる。本来は、普段ならできる限り、かぐやさんの希望に沿う人たちだ。

 

 だから、そうではないもっと上からの使用人が来ていると考えられる。

 

「う~ かぐやさんに連絡繋がりませんでした」

「マナーモードにしているのか、電源を切っているのか」

「まず、家にいるかが分かりませんよね。たとえ会長が向かったとしても……」

 

 情報が足りない。

 

「今、四宮家の知り合いに連絡を入れている。はや……スミシー・A・ハーサカさんに」

「ナイスだ、筑紫」

「わたし、またかぐやさんにかけてみます!」

「一応。僕、会場見回ってきます」

 

 各自が自分にできることを探している。

 これは別に、最後の夏祭りではないのに。

 

『かぐや様はそちらへタクシーで向かっています。到着後のかぐや様の警護は、どうかよろしくお願いします。』

 

 早坂愛も、誰も来れないということか。

 ずいぶんと無茶をやって抜け出したのだろう。

 

『ヒーローに任せておけ』と返信する。

 

「今、連絡が来た。どうにか抜け出して、タクシーでこっちに向かっているらしい」

「ほんとですか!?」

 

 誰か暇で、融通が利く知り合いはいるだろうか。俺から頼み事をするというのも珍しいことだ。それだけ、四宮かぐやは俺にとっても、大きな存在となっているようだ。今も、携帯片手に自転車を漕いでいる会長ほどではないけれど。

 

「俺もここに来るまでに渋滞に巻き込まれたから、時間はかかるだろう」

「はぁ……はぁ……わかった、そっちへ引き返す」

「僕は駐車場で待っていますね」

 

 御行会長は無駄足になってしまったようだ。しかし早坂愛が機転を利かせてくれないことには、抜け出すこともできなかっただろう。それにもう1つ彼の役目がある。

 

「場合によっては、タクシーを途中で降りて、走ってくるかもしれない。だから、御行」

「四宮を、探せば、いいんだろう」

 

 かぐやさんの住んでいる屋敷と、祭り会場を結んだ直線、その周囲のどこかにいる。小回りの効く自転車というのは、メリットがある。

 

「かぐやさんから連絡があってこっちに」

 

「……あれ、藤原先輩、通話切れましたね」

「……そう、みたいだな」

 

 確かに、お祭りの人混みにいれば、電波が通じにくくなることはある。それにしては、通話が切れるタイミングが急すぎた。都会かつ最新のスマホだ。だから、千花さんに何かトラブルがあったと考えられる。

 

 しかし、電波が通じにくくなるくらい一般人がいて、裏のやつが無闇に行動を起こすとは考えられない。だが、手をこまねいている場合ではない相手だとしたなら。

 

「俺は一度電話を切る。石上は千花さんと合流してくれ」

「えっ、分かりましたけど」

 

 胸騒ぎがするなんてあまり経験がないけれど。

 

 

「レッドさん。今、少しいいですか?」

 

 気づけば、俺は一番頼りになる人に電話をかけていた。

 

 

 

****

 

 『みんなと花火が見たい』

 

 そんな、四宮かぐやが抱いた我儘のために、みんなが振り回された。

 

 石上優はいつ来るかわからないタクシーを待ち続けた。そもそも、どこの駐車場に止まるか分からないから、落ち着く暇などない。そして、先輩に言われた通りに、藤原先輩と合流するはずだったが、元の場所にその姿はなかった。

 

 白銀御行は四宮家まで自転車で向かい、途中で引き返した。しかし、上手く見つけることはできず、とうとうお祭り会場まで着いた。その後、会場で石上と合流したが、いつになっても四宮が来ないことと藤原書記がいなくなったことに、焦りを感じた。居ても立っても居られなくなった彼は、自転車で周囲を捜し始めた。

 

 親友の筑紫からは、『こっちは任せろ』とメッセージが来ただけだ。

 

 四宮かぐやはすでに桃色の浴衣に着替えており、余裕を持って出かけようとしたところを執事に止められた。早坂愛のおかげで家からこっそりと抜け出すことができ、タクシーでお祭り会場まで向かっていた。だが、途中で都会特有の渋滞に巻き込まれ、かぐやは新品の草履で転びそうになりながらも、走って会場まで向かった。

 

 だが、非情にも、20時を過ぎたことで、夏祭りは終わりを告げる。

 

 

『私も見たかった、花火……皆と』

『だったら俺が見せてやる』

 

『どうしてここが?』

『四宮の考えを読んで、四宮を探せゲームのことか。いつもの駆け引きに比べれば、100倍簡単だ』

 

 かぐやはまるでドラマのワンシーンかのような会話を、ずっと忘れられないだろう。こんなときにまで学ランを着こんで、重い純金飾緒を身に着けている。大汗をかいて、髪は乱れていた。

 必死に捜しまわってくれたことは一目瞭然だった。

 

「ちょっ、運転荒くないっすか!?」

「しょうがないだろ。安い中古車なんだから」

『しかも免許取り立てよねぇ』

 

 桃色の軽自動車に、白銀、石上、かぐやは乗っていた。

 

 かぐやの『花火を見たい』という依頼はまだ達成されていない。たとえ20時を過ぎていても、まだ花火が見れる可能性のある場所へこの車は向かっていた。

 

「ははは……ヒーローは実在していたんだな」

「ええ。ヒーローはいますね」

 

 後部座席の白銀は乾いた笑みを浮かべ、頬を赤くしたかぐやは彼をじっと見つめている。かなりクサい台詞を言いながらも、精神的に救ってくれた彼は、かぐやにとってのヒーローだ。

 

『あっ、その先、渋滞よ。右に曲がって』

「おい、もうちょっと早く言えよ!」

 

 そして、軽自動車の運転手は、ピンクのヒーロースーツを着こんでいて、その中身はどうやら男性のようだ。女子の明るい声がどこからか聞こえてくるが、それはどうやらスーツかららしく、吞気にカーナビをしている。

 本来4人乗りであるため、こうするしかなかったようだ。

 

『それもこれも、この前のボーナスが安いからよ。弟くんにこっそり伝えてもらうように、言っておいてくれない?』

「いや、お前、課長や社長には直接言わないんだな。平社員の俺も言えないけど」

 

 非科学的な存在が、夫婦漫才のようなやり取りをしていたら、それは現実逃避もしたくなる。

 

「えっと、誰に伝えればいいのでしょうか?」

『あー、川田弟よ。いるでしょ、川田筑紫ってやつ。だってあいつ、社長の弟じゃない?』

「ん? それってあまり言いふらしたらダメなやつじゃなかったか?」

 

 石上や白銀は『えっ』と呟いた。

 

 ピンクのヒーローは、口が軽い。

 

 

 

 

 







後編は明日の22時過ぎに投稿できるようにします。


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第18話 花火と生徒会とヒーローと(後編)

 取り壊し中のビルには夜間、人気はない。すでに半分ほどは瓦礫となっていた。それでいて、祭りのために工事は中断している。だから、隠れ家にするにはいい場所ということか。

 

 封鎖している壁をジャンプで乗り越えた。

 

「いるんだろう?」

 

 内心ホッとした。

 

 藤原さんが柱に縄で縛られており、ご丁寧に目隠しまでしている。そして、見た限りでは怪我をしていない。視界が塞がれているので、怖がった様子もなく、キョロキョロしている。

 

「あっ、つくしくんの声だ! ねぇ、これってなにかの映画の撮影~?」

「ええ。これはサスペンスですよ」

 

 その声の持ち主は銃を取り出し、こちらへ向けてくる。日本にいれば、どうしても目を惹いてしまうだろう金髪の女性だ。眼鏡をクイッとしている姿は、どこかクールさを醸し出しているが、話に聞いている限りでは、ポンコツらしい。

 

「一応聞くが、なんで一般人を誘拐した。暇なのか?」

「フフフ、本当の狙いは、ミスターツクシ、貴様を呼び寄せること……クシュン!」

 

「お姉さん、風邪なんですか~?」

 

 確か、プロフィール上では誰かを傷つけようとすると、くしゃみをする。それはプログラムの書き換えをされたことが原因らしいのだが、まさか本当だったとは。

 

「ええい、くしゅん、これは風邪ではない! くしゅん」

 

「やっぱり風邪じゃないですか!

 ちゃんと体調管理してますか!」

 

 風邪を引くことはない身体だとは思うけれど。

 

「それで、俺に用があるなら、直接呼べばいいのに。用件は何だ?」

「資金不足です。社長の弟であるあなたを取引材料にして、NOZAKIに交渉します」

 

 ん? それだけ?

 

 連絡が来たと、姉さんから10分ほど前に伝えられたが、それにしては到着が早いことにこの女性は疑問を持っていないのだろうか。

 

「えっと、そこにいる子は誰だか知っていますか?」

「あなたの大切なお友達でしょう? 人質にすればあなたが来るとわかっていました」

 

 千花さんも政治家の次女なんだけどな。

 調べていないのか。

 

「あー、うん……なんかどんまい」

「シャラップ!」

 

 それにしても、ペラペラ喋るだなんて。

 プロフィールにポンコツと書かれることも頷ける。

 

「後の予定もある。さっさと、囚われのお姫様を取り返しますので」

 

「くしゅん! こいつを捕らえなさい! クシュン!」

 

 背後から鉄パイプを持った男が襲ってくるが、その腹に蹴りを叩きこむ。鈍い音を立てて、ドサッと地面に倒れた。

 

「こいつは、戦闘用のサイボーグで……」

 

 普通の靴だったら、こっちの骨が折れていたな。

 それにしても。

 

「……えっと、お仲間はサイボーグ1体だけ?」

 

「かくなる上は、くしゅん!」

 

 くしゃみばかりしていて、隙だらけなので鉄パイプでその頭を思いきり殴った。ドゴッという音を立てて倒れたことからも分かる通り、この女性もサイボーグだ。手加減していられない。

 

 でも、まあ、さすがに、ここをスプラッタ劇場にするわけにはいかないか。

 

「縄も解くから、千花さん」

 

 かなりきつく絞められていたな。

 跡にならないといいけれど。

 

「なんで目を閉じているんだ?」

「眠れるお姫様は王子様のキスでしか起きませんから」

 

 冗談だろう。

 まあ、精神的に参っていないようで、何よりだ。

 

「なにをのんきに……」

 

 

 殺気を感じた。

 遅れて、くしゃみが聞こえた。

 

 

「……レーザー銃ってほんと心臓に悪いな」

 

 超能力がほとんどの可能性で消え去った今、意表をつかれる攻撃手段というのは少なくなっている。だからといって、化け物じみた強さはない俺にとって、レーザー銃というのは十分脅威だ。

 

 やっぱり、自分が平和ボケしてることを実感する。

 

「つくしくん、変身したの!?」

「変身ヒーロー!? さては貴様が野崎椿か!?」

 

 顔まで覆う青いスーツは、ちょっとしたレーザー銃から、衛星レーザーまで防ぐことができる。ヒーロー活動を行う際は、顔を隠す意味合いもあるが、相変わらずこの姿は目立つ。

 

「まあ、厳密には装着なんだが……」

 

 ルッカに答える義理もないので、再び拳で気絶させる。この女性のしぶとさだけは世界でも通じるな。わざわざ殺す価値がないと、殺し屋に思わせるレベルらしい。不殺を努力目標にしている俺も、もちろん見逃す。

 

 もちろん、上手く記憶を消してくれるだろう。

 

「どこか痛むところはないか?」

「ううん。ありがとうね」

 

 今度こそ囚われの身から解放し、立てるかどうかの確認をする。

 

「野崎って、維織さんの弟だから?」

「……いや、なんで知っているの?」

 

「いきなり車に乗せられて、いろいろ教えてもらったもん」

 

 どこかで聞いた内容だと思ったが、姉さんの親友である麻美さんの時と同じか。普段はぬぼーっとしているのに、急にやる気出してこそこそやるのが、うちの長女だ。そして、意味のないことはしない。

 

「どう思った?」

「えっ? 綺麗なお姉さんだと思ったよ」

 

 ずっこけそうだった。

 大神のことと言い、ほんと気にしないんだな。

 

「目とか似てるよね~」

 

 それでいて、こちらから話してもらえるよう促していたことが、何度かあった。今になってわかった。隠し事を知っていて、それでいて待ってくれていた。それは、簡単なことではないだろうけれど。

 

 

「ブラックさん、この後は任せてもいいですか?」

「任された」

 

 どこからともなく表れる黒いヒーロー。

 まあ、ヒロインなんだけど。

 

「わざわざ来てもらってありがとうございます。安心感がありすぎて、油断してしまいましたが」

「いいよ。おもしろいもの見れたから」

 

 何のことだ?

 

「囚われのお姫様って言ってた」

「わーわーわー! じゃあ、俺たち急ぎの用事があるので!!」

「きゃー!お姫様抱っこだ~!」

 

 みんなに言い触らされて、いじられる未来が容易に想像できる。

 

 

 

****

 

 やってきたのは、遠前町の河川敷だ。

 ピンクの軽自動車の横にバイクを停止させた。

 

「かぐやさん、良かった~!」

「藤原さん、無事だったのね!」

 

 親友がお互いの無事を祝って、抱き合う姿は見ていて微笑ましくなる。

 

「あはは……親友までヒーローだったなんて」

「あの人たちから少し聞きましたが、僕もまだ信じられません」

「いや、だって、ヘルメットが1つしかなかったから」

 

 変身ヒーローというのは、元々少年の願いによって生まれたらしい。一時はその存在が必要ではなくなり、この世界から消えたらしい。だが、再び数人がこの世界に現れて、今では3人のヒーローが誰かに必要とされて生き残っている。

 

「まあ、あそこで彼氏さんとイチャイチャしている桃井さんと違って、俺はただ皮を被っているというか、借りているというか」

「ああ。ブルーという人の話は少し聞いた」

 

 仕事だったとはいえ、NOZAKIを守るために敵に立ち向かったブルーさんは俺の目の前で殺された。そして残った身体は、世界的な事件の首謀者であるジオットの装備として使われたらしい。レッドさんが戦って取り返したこの装備は、俺に手渡された。

 

「じゃあ、先輩がたまに学校休んでいるのって」

「NOZAKI本社にちょっかいかけてくるやつの対応……あそこって、影響力のある人が多いから」

 

「はぁ~ 俺の知らないところで、そんな無茶をしていたのか」

「睡眠時間を削りすぎな会長には言われたくない、です」

 

「いや、命かけている方が心配になる」

「……まあ、程々に慈善活動をやっています」

 

 そう真剣に心配されるから、言いたくなかった。

 巻き込みたくはなかった。

 

「あと、先代社長の隠し子で、今の社長の弟だっけ?」

「あの人たち、ほんと口軽いな」

 

 別に口止めしているわけでもなかったけれど。

 

「学園の生徒のそういうのは、今に始まった話じゃないがな」

「なぜか他の国の王子とか、ここにも財閥のご令嬢までいますからね」

「……負い目を感じなくてもいいってことか?」

 

 彼らは大きく頷いた。

 会長も怒っているし、石上も怒っている。

 

「はい これで仲直り♪」

「「「おわっ!?」」」

 

 男子3人、背中から押し倒された。

 千花さんのせいでもみくちゃだな。

 

「花火……」

 

 かぐやさんがそう呟いた。

 

「草野球の試合の後の、ちょっとした花火らしいがな」

「それにしては、結構打ち上がっていますね~!」

「町おこしの意味もあって、張り切っていたな……てか重い!」

 

 ほんと重い。

 友情が重い。

 

「つくしくん、助けてくれてありがとうね」

「……どういたしまして」

 

 努力が報われた。

 花火は賞賛してくれているかのように思える。

 

「藤原さんも、皆さんも、ありがとうございます。私と一緒に花火を見てくれて……」

 

 俺たちは勝利した。

 トラブルを乗り越えて5人で花火を見れる。

 

「わわっ! またいっぱい打ち上がりましたよ!」

「たーまやー!」

「かーぎやー!」

「ブギウギ商店街がんばれー!」

「本来、花火を作るメーカーを讃える意味ですからね」

 

 学園の模範となり、秀才たちを纏め上げるのが、俺たち生徒会である。だが、そこに属するメンバーは思春期男子と思春期女子だ。たまには、ハジけて青春を過ごしたい時がくる。友情・努力・勝利があってこそだろう。

 

 やっぱり、王道が好きなのだ。

 



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第19話 第3回秘密特訓@海水浴場

 我らが生徒会長、白銀御行は天才である。

 

 彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。

 

 中学の頃、初めて出会った時もそうだった。

 

「……どうだった?」

「見事に溺れていたな」

「会長も不得意なことあったんですね」

 

 見栄を張って隠しているけれど、いっぱいあるよ。

 御行会長の腕を、俺たちは肩に回して海から引き上げた。人命救助した気分だ。

 

「まあ、俺もできるのは平泳ぎくらいだけど。石上は?」

「僕はそれなりに」

 

 

 夏休みがもう終わりそうな頃。

 

 俺たち生徒会メンバー+αはプライベートビーチへ日帰りで来ていた。急な予定だったとはいえ、大神グループ直々のお誘いであるから、四宮家のご令嬢とその従者の1人も参加することができている。

 

「こんなことなら、泳ぎの特訓をしておけばよかった。このままでは四宮に『お可愛いこと』と言われてしまう!」

「別にいいんじゃないですか。四宮先輩って結構面倒見がいいし」

 

 石上は一時期不登校だったこともあって、成績が良いわけではない。俺たちが弱点克服の秘密特訓をしているように、定期テスト前には、石上もかぐやさん直々の教育を受けている。

 

「足にぬちゃっとした!?

 ここ、サメいないよな!?」

 

「世界一の殺し屋……もといハンターがいるから大丈夫だろう」

「なんだか、独特なメンバーいますよね」

 

 もちろん見た目は普通の人たちもいる。

 

 ただし、一般人はほとんどいない。そして、バッタ怪人やカニ怪人、ピエロ、パソコン、ゆるきゃらのようなロボットが呑気に遊んでいた。このメンバー相手にたとえ情報収集であってもちょっかいをかけてくるのは、よほど死にたいらしい反大神勢力だろう。

 

 オフ会のようなものに、俺たちは飛び入り参加したことになっている。

 

 

「みんなお待たせ~!」

 

 でけぇぇぇ!

 緑色のビキニで ぷるんぷるん!

 

 覚悟及び期待していたとはいえ、実際に千花さんの水着姿を目の当たりにしてしまうと鼻血が出そうだ。思春期男子を悩殺してくること間違いなしだ。

 

 やばい、弾道上がりそう(※パワポケ特有の表現)

 

 

「ほらほら、かぐや様も!」

 

 『スミシー・A・ハーサカ』モードの早坂愛は、大人な雰囲気の黒のビキニであり、ハーフで金髪だから、どこの美人モデルかと思うほどだ。彼女の背中にはかぐやさんが小さく縮こまって隠れていた。

 

「わっ、ちょっとハーサカ!」

「綺麗だ」

 

 御行会長はありのままに感想を呟いた。髪型はいつもと違って、黒髪ツインテールにしていた。同年代と比べて、胸の大きさは控えめであるけれど、赤いビキニ姿の彼女のスタイルはいい。むしろそれを気にしてもじもじとする姿は、思春期男子の心をくすぶってくるだろう。

 

「兄さん、ちょっと四宮先輩を見すぎじゃない?」

 

 君は本当に中学2年なのだろうか。御行会長の妹である白銀圭さんは、年相応に胸の大きさは控えめだけれど、そのスタイルは高校2年に負けていない。そして、学校指定のスク水という、悪魔的な選択だ。

 

 ともかく、ここは褒めないと

 

 バシャァンという音を立てて、男子3人とかぐやさんが海に潜りこんだ。

 異常に火照った熱を冷ますためだ。

 

 

 

 その後、海に潜り込んだとはいえ、じたばたと溺れている兄に呆れて、圭さんは大神灰里を捜しに行った。所在を聞かれて、俺が警備をしているだろうと伝えると、『私怒ってます』という感じで歩いていった。

 

 そして、あまり誰かと遊ぶ機会のなかった石上は、海に来てからどこか遠慮がちだったが、オタクたちに混じってからは生き生きとしている。美女たちの水着が見たいからという不純な動機で来ている大人たちだが、根はいい人だ。『キィィィィボォォォォドォォォォ』の人にあまり影響されないことを祈るばかり。

 

 

 

「顔は水につけなくて構いませんから」

「お、おう……」

 

 浮き輪から身体を出す御行会長の両手を、顔を真っ赤にしたかぐやさんが握っている。プカプカと浮き輪で浮かんでいる姿からは普段にはない頼りなさを感じ、むしろ溺れる危機感からかしっかりと握り返している。

 

 かぐやさん的には、今の会長はとにかくお可愛いことだった。

 

「ハーサカぁ……」

「かぐや様、次のステップにいかないとでぇす」

 

「そ、そうよね。会長、バタ足をまずはやってみてください」

「バタバタすればいいんだろう?」

 

「ほんとにこの人、カナヅチなんだなぁ……」

 

 御行は足で闇雲に水を叩き始めたらしく、ドボンドボンという音から分かるが、力が必要以上に入ってしまっている。水着女子2人に囲まれ、みっともない姿を見せている思春期男子からすれば、冷静でいられるはずはない。

 

 俺も含めて。

 

「ちゃんと足そろえて、太ももから動かすんですよ」

 

 目の前に『たわわ』がある。

 冷静でいられるはずがない。

 

 遠くから実の姉とその親友が双眼鏡でこっちを観察していると思う。他にも、『グフフ、いやらしいですな』とか考えながら、最先端技術で覗いているサイボーグもいるだろう。

 

「もっと肩の力を抜いていいですよ~」

「……おう」

 

 少しでも油断すれば、ヌいてしまうのだけれど。

 

 御行会長が泳げないことを知って、千花さんが『教えてあげます』と言った。このままでは巨乳に誘惑されてしまうと、焦ったかぐやさんが珍しく指導役に自ら立候補した。今は、早坂愛と共に、『大きいのも小さいのもみんな同じ』なのだと刷り込みをかけている。

 

 だから、手持ち無沙汰になった千花さんが俺に水泳勝負をしかけてきた。自由形で圧勝したので、クロールやバタフライなら勝てるかもと指定されてしまったということだ。おかげで、また弱点がバレた。

 

「つくしくんって運動神経はいいよね~ もう上手くなってきているもん」

 

 まるで音痴については、どうにかしてほしいと思われているかのような言い方だ。やはり天才ピアニストさん的には、やはり交際相手の条件は音楽の秀才が入っているのだろうか。

 

「あはは、かた~い!」

 

 手を放され、水中で身体をまさぐってくる。

 遠くからは何をしているかわからないだろう。

 

「待て待て、誰かが勘違いしちゃうからな」

 

 特に俺が。

 

「勘違い……勘違いか~ えへへ」

「そんなに触るなら、こっちも触るぞ」

 

 こちらも触らねば、無作法というもの。

 

「……えっち」

「冗談だよ。ちょっと泳いでくる」

 

 熱冷ましついでに海中へ潜った。

 水面まで浮いた後は、両足を交互に動かして推進力を得る。

 

 これでもかなり泳いだ気がするが、まだずっと遠くまで競争している世界最強たちがいる。数年前にガチで殺し合った仲らしいから、それと比べればずいぶんと平和な戦いだ。あの人たちなら、その気になれば、能力なしで太平洋横断しそうではある。

 

「……ふぅ、なかなか疲れるな」

 

 極めれば平泳ぎより速くなるだろうが、まだまだ無駄な動きが多くて余分に体力を消費してしまう。大得意な平泳ぎは、情報屋のお姉さまに最低限のやり方を教えられた後、着衣のまま海の真ん中に放置されて身に着けた。

 

 俺ってよくトラウマにならなかったな。

 

「おいつい、たっ!」

 

 首筋に腕を回される。

 それはさすがにやばいって。

 

「さあ、海岸までレッツゴー!」

 

 楽しそうで何よりだ。

 少しは動揺してほしいものだけれど。

 

「はいはい」

「わ~い」

 

 生徒会メンバーが帰った後、2次会でみんなに揶揄われるのだろう。

 

 ヘタレって言われるだろうけれど、大切なものほど宝箱に入れておきたくなってしまう。またいつか、裏の世界に巻き込まれてしまうかもしれないと思うと、どうしようもなく不安になる。

 

 俺もだいぶ歪んでいるな。

 

 

 

 

 

 







次回から、絶賛放送中のアニメ2期部分ですね。よければ、匿名回答できるアンケートに答えてください。すでに、定めているのですが、なかなか意見が割れそうだなと思ってまして。


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2年2学期
第20話 選択授業のやり方&第5回恋バナ@生徒会室


 2学期が始まり、再び生徒会は始動。

 

 結局、夏休み中に全員が集まることとなったのはたった2日のことであった。それでも、1人1人がその胸に思い出として刻み込んでいる。かぐやさんや御行会長に至っては、思春期の男女らしく、目も合わせられないほどだ。

 

「そうそう! 選択授業を決めなきゃでした!」

 

 対して、千花さんはいつも通りだった。

 ドキドキの夏はとっくに思い出なのだろうか。

 

「ああ。そう言えば、希望シートを配られたな。A組もなのか?」

「そうだな」

 

 石上が新作ゲームのために生徒会へ来ていないから、今ここにいるのは高校2年だけだ。ちなみに、クラス分けについては、俺とかぐやさんがA組であり、御行会長や千花さんがB組となっている。

 

 A組とB組が選択授業について合同で行うとはいえ、4月のクラス分け発表では何の嫌がらせかと思った。ロミオとジュリエットされた気分だった。

 

「私はみんなと同じのが良いです! 普段クラス違いますから!」

 

 百合百合しいな。

 もちろん、俺もそれを狙っていたんだが。

 

「おいおい、そんな不純な動機で選んでどうする」

「そうですね。そんな不純な動機で選んではいけません」

 

 御行会長やかぐやさんがそんな『でまかせ』を言って、ありのままに千花さんは信じてしまう。心の中では『不純な動機』しかないだろう。夏休み前と変わらず、この2人は駆け引きを行っていた。

 

「たしか。前半、2人は音楽だったよな?」

「うん、そうだよ~ いっしょに授業受けるの楽しかったんだけどな~」

 

 見ていて面白いので、かき乱しに行くことにする。どっちが勝っても、同じ結果を及ぼすことに変わりはないから、同時に俺の目的を果たす。

 

「会長、今の俺たちなら音楽選べますよ」

「んー? まあ、それもありだな」

「いやいや、ダメですから!」

 

 ちなみに、俺と会長は2年前半で『音楽』を選ぶことを断念した。せっかく同じ授業を受けられる機会だったが、残念だ。もちろん音痴だからだ。校歌は1週間で普通に歌えるようになったが、あれは無理やり身体で憶えたというレベル。

 

「校歌1つでアレだったんですよ?

 あと半年あれに付き合えって言うんですか?

 私どうなっちゃうんですか?」

 

 言葉に重みがあるな。

 

「付き合って、くれないのか……」

 

 藤原千花は頼られると弱い。

 この1年でよくわかったことだ。

 

「ま、また! また校歌の特訓には付き合いますから! 毎回の授業には間に合いませんから!」

「まあ、そこまで言うなら」

 

 かぐやさんがこっちを『あの藤原さん相手に凄い!』という視線が向けられる。千花さんを制御できないことがあった時には、たまに無の境地に至ることがある。

 

 まあ、俺だって伊達に、ド天然な美少女の攻略を1年弱やっているわけではないということだ。

 

 さて、残りは美術か情報か。

 自分の意志で選ぶなら情報で確定なんだけど。

 

「書道はもう2回選んだからなー」

「そうですねー」

 

「情報は悪くないよなー。最近書類作成はほとんどPCで行うから、実社会では一番役に立つだろう」

「そうですねー」

 

「美術も悪くない。自分がその道に進まないとしてもデザイナーとしてのセンスは役立ってくる。多少でも教養があるといいだろうな」

「そうですねー」

 

「音楽は、まあ、置いておこう」

「そうですねー」

 

 御行会長はそれぞれのメリットを語りつつ、かぐやさんの反応の確認を行ったようだ。彼女は機械音痴でパソコンが苦手とはいえ、苦手な情報の授業を避けるタイプでもないだろう。

 

 結果としては、上手く躱された。

 

「かぐやさんは決まりましたか~?」

「せっかくの学ぶ機会ですよ。自分の希望を選ばないと」

 

 う~って千花さんは唸っている。

 授業を一緒に受ける唯一の機会だからな。

 

「……俺なら美術かな。重要なのは、『自分が何を選びたいか』だ」

 

 何か思うようなことがあったらしい。

 自分が何を選びたいか、か。

 

「う~んう~ん 情報かー、美術かー」

 

 好きな人と授業を受けること、それを選ぶ。

 この青春は有限だ。

 

「それなら、私は美術にしますよ」

「私も美術にする! あまりやったことないから!」

 

 かぐやさんからは私利私欲を感じた。まあ、自分の隣に立とうと必死に頑張っている、会長の選択肢を狭めるわけにはいかないこともあったのかもしれない。

 

「俺も、得意じゃないから美術にするか」

「なんだかんだ全員一緒なんだな」

 

 そうまとめた御行だが、俺を心配そうに見てきた。

 

「千花さん」

「えっ、なんですか?」

 

「会長はともかく、俺って絵がちょっと下手というか。だから、教え方の上手な千花さんに教えてもらいたくて」

 

 まあ、ちょっと下手なだけだからなんとかなるだろう。ちょっとだし。

 

「わかりました!

 美術の授業では私に任せてください!」

 

 秘密特訓フラグがたった。

 

 

「あっ(察し)」

 

 御行は気づいたようだ。

 

 

 

****

(第5回恋バナ@生徒会室)

 

 女三人寄れば姦しい、と言われるように女子が3人も集まればキャッキャウフフである。それは男子高校生4人にあてはまる場合もあり、たまには恋バナというものをするのである。

 

 生徒の悩みを解決するべく、生徒会長は今日も相談を受けつける。

 

「どうぞ」

「あざっす!」

 

 女子メンバーが席を外しているから、お茶請けは俺の担当だ。さっき買ってきた缶コーヒーを手渡す。

 

 同学年の田沼翼は少し中性的な容姿をしている男子で、どこか頼りなさがある。そんな大人しい優等生だった。そんな彼が、髪を明るく染めて、ピアスまでしている。ここまでチャラくはなかったはず。

 

 その動揺を隠すべく、一度退出して自動販売機まで走った。

 

「さて、今回も恋愛相談ということだが……」

 

 会長も恋愛経験ゼロのヘタレ童貞に過ぎない。恋愛百戦錬磨という学園生徒からの評価とは真逆。一目惚れした女性に半年間片想いし続け、今まで数々の『ときめきメモリアル』をしたが、いまだかぐやさんと付き合ってはいない。

 

 そこまで考えて、ブーメランすぎて泣けてくる。

 

「僕は席を外した方がいいですか?」

「気にしないで! 相談つっても全然軽いし。むしろキミも聞いてってよ」

 

 発言とか考え方とか、フットワークとか、いろいろと軽くなっている。告白することや手を繋ぐことについて相談しに来て、会長に騙されるくらい初心な田沼翼くんは一体どこへ行ったのだろう。

 

 恋した人間って変わるものだと実感した。

 

「夏休み、何か上手くいかなかったのか?」

「ん~ まあまあっすね」

 

 もう、俺たち(※非リア充)に恋愛相談してはいけない段階(※リア充)だ。

 

「夏ちょっとアゲすぎちゃったし、夏休み明けもこのテンションでいかないといけないっていうか」

 

 石上から『なんなんですか、この人』みたいな目を向けられる。俺だって、このTUBASAはすぐにでも愛する彼女のところへお帰り願いたい。

 

「こんなにラブラブでこの先どうしたらいいっすかね! それが相談っす」

 

 キラッとウィンクまでしやがった。

 羽ばたきすぎだろう。

 

「OK石上ブレーキ」

「……ブレーキOK」

 

 石上が殺意に目覚めそうだった。

 

「つまり、なんだ、次のステップに進むためにきっかけが欲しいということか?」

「んー、まあ、そんな感じっすけど……」

 

 少し視線は上を向いている。

 そして、前髪を整えるような仕草。

 

「いやー夏休みって最高でしたよねっ!ねっ!?」

 

 何かを隠していることは明白。

 いや、惚気は聞きたくないけれど。

 

「会長こそ、夏休みエンジョイしたんですかー? 聞かせてくださいよー」

 

 新学期早々の話題としてはありふれたものだ。だからといって、リア充が、非リア充の男3人組に聞いていいものではない。同学年の思春期男子として、何を言っても勝ち目が無いことは明白である。

 

「俺はひたすら勉強とバイトの毎日で、1度生徒会全員で花火と海に行ったくらいで……まあ、そんな感じ」

 

「えー?

 それだけなんすねー?

 じゃ、他の2人は?」

 

「家の仕事の手伝いをいろいろとして、お盆は墓参りして、あと生徒会で」

「ほとんど家でゲームでした、あと生徒会で」

 

 ほら、見ろ。

 この圧倒的な格差。

 

「うっへー! なんかスンマセン!」

 

「ははは、気にするな」

「楽しかったようで何より」

「……けっ」

 

 非リア充男子3人、膝の上に置いた拳に力を入れ、歯を食いしばった。

 

「あっ、ここにいたんだ」

「おー、渚も生徒会に用事?」

 

 新たな来客は、柏木渚さんだった。

 

「うん。かぐやさんにちょっと、ね?」

 

 1学期に出会った彼女は『壁ダァン』を受けて、思わず告白をオーケーしてしまうほど初心だったはずだ。真面目で、恋愛経験が無くて、田沼翼くん相手にドギマギしていた姿が校内で見受けられた。だが、今の彼女は大人の女性っぽさがある。

 

 俺たち非リア充は顔を見合わせた。

 確かめるか、と。

 

「ちょっと俺たち、用事で出るからな」

「30分もすれば戻ってくるから、適当に寛いでいてくれ」

 

 少なく見積もって25分は与えてやった。

 

 生徒会室に2人きりで、何も起きないはずはない。

 俺たちは何も起きたことないけれど。

 

 

「では、監視カメラ映像を見ようか」

「準備がいいですね、先輩」

「いや、いつ仕掛けたんだ?」

 

 携帯に生徒会室を俯瞰した映像が映し出された。

 

「これは!『恋人繋ぎ』!?」

 

 お互いの指と指を絡ませており、手を繋ぐことの最上位に位置する技だ。ソファで隣り合って座っており、翼と渚の肩が密接に触れ合っている。安らいでいる表情は容易に想像できる。

 

 オキシトシンとかいろいろ出ちゃってるから。

 

「恋バナの匂いがします!」

 

 千花さんとかぐやさんが生徒会室に戻ってきたようだ。生徒会室の前で男3人が1つのスマホの画面を見ているとなると、2人が興味津々に話しかけることは当たり前だろう。

 

「今、いいところなんだ」

「3人は何を見ているのですか?」

「今、生徒会室で先輩たちが神ってるんですよ」

 

「柏木さんとTSUBASAだ」

「はわわわ あの2人そこまで!?

 やっぱり高校生の3人に1人!?」

 

 あれ以来、少女漫画をこっそり読むようになった千花さんは察しが良いようだ。『神ってる』で伝わった。鋭いところがあったり、鈍いところがあったりするから、ド天然の攻略は難しい。

 

 ただ、かぐやさんはまだ何のことかわかっていないようだ。

 

「ごにょごにょ」

「セェッ……!?」

 

 千花さんがごにょごにょすれば、頬は真っ赤に染まる。千花さんも恥ずかしそうに両手で顔を抑えた。2人ともまだまだ、えっちぃことには初心な反応を見せている。

 

 夏休み期間に初体験していないようで何よりだ。とある雑誌のサンプル・セレクションされているアンケートでは、高校生の1/3がヤっているらしいけれど。

 

「恋人繋ぎしていましたよ。会長、これは神ってるのでは?」

「いや、これはデート2回目の中盤でやるものだ」

「(会長、2回目のデートでやってくれるの!?)」

 

「私にも!見せてください!」

「おも……軽い! 超軽いから!」

 

 俺の背中に乗って覗き込んでくる。

 柔らかい感触ががががが

 

「首筋にキスしてますよ! マーク付けてますよ!」

「TUBASA、夏休みでぶっ飛んだな!」

「会長、これは神ってますって!」

「いや、デート4回目の別れ際にするものだ!」

「(会長、デート4回でやってくれるの!?)」

 

「じゃあ何回目でヤるんですか!!」

「そうです! 何回デートしたらいいんですか!!」

「5回目だよ!」

「意外と早いな、御行!」

「(会長、5回ぃ!?!?)」

 

「かぐやさん!?」

「どうした四宮!?

 医者ぁー!!」

 

「ただの気絶ですよ」

「そろそろ、こっちに来るぞ」

 

 すぐにスマホを片付け、何事もなかったかのように談話を始める。限界に達して、気を失ったかぐやさんは会長に背負われている。

 

「おっ、用事は終わったんすか?」

「ああ。悪いが、この後生徒会で仕事があってな」

 

「それなら、私たちはまた後日来ますね」

 

 それと、と柏木さんは呟いた。

 

「覗き見は『メッ』ですよ」

 

 去り際に柏木さんは、人差し指を唇に当てて、ウィンクを残した。田沼翼はチャラくなっているし、柏木さんは色っぽくなっているし、俺たちの見ていないところで、夏に2人は青春ラブコメを満喫したのだろう。

 

 雑談にも夏休みの話題が上がるだろうが、2人は自信を持って充実した夏休みを過ごせたと言えるだろう。

 

「渚ちゃん、いいな~」

「完敗だな」

「あの人たち、また惚気話に来るんですか?」

「...そうだろうな」

 

 生徒会メンバー全員、思春期男子女子的には、夏休みに大きく差をつけられた。まあ、たった2日会えただけとはいえ、この夏休みに後悔はないけれど。

 

 俺たちのペースで青春ラブコメは続いていく。

 



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第21話 第4回秘密特訓@家庭科室

 調理実習。

 

 それは思春期男子にとっては、合法的に女子の手料理を食べられる授業だ。逆に、家庭的な男子や女子は、『料理できるアピール』をすることができる。いくつかの青春ラブコメの参考書漫画によると、ケーキやチョコレートを作ることがあるらしいが、この秀知院学園ではリアルな調理実習が課される。

 

 外食頼りになりがちな生徒のために調理実習は本格的である。

 

「わ~ お魚さんがいっぱいだ~!」

 

 そして、ここは家庭科室。

 

 調理部は休みだったため、運よく借りることができた。現在は生徒会メンバー以外、立ち入り禁止となっている。千花さんたちが生徒会室での用事を済ませている間に、頼まれていたものを用意していた。

 

「ちょっとした水族館みたいになっていますね」

「まあ、コイやハゼの仲間の小魚ばかりだ」

「ちっちゃくてかわい~」

「いやいやいや、どこからその大きい鯉を用意したの!?」

「なかなか脂身が乗っていますね」

 

 さすがに海まで行く時間はなかったため、この川魚全部が食べて美味しいのかどうかは分からない。まあ、まとめて天ぷらか素揚げにすればなんとかなるだろう。ソースは、とあるバラエティー番組でいろいろな野草を天ぷらにして食べている人。

 

 ちなみに、生の場合は新鮮であっても覚悟して食べなければならないレベルだ。

 

「藤原書記は筑紫になんて頼んだんだ?」

「えっと~ 『調理実習の特訓のために何か魚持ってきて♪』って伝えました!」

 

 我ながら、張りきっちゃったな。

 

「少し聞きましたが、2年で三枚おろしを調理実習するんですね」

「そうなんだよ……」

 

 石上に確認されて、御行は項垂れた。

 

 なぜA組とB組は別々の授業なのだろう。それは何度も認識せざるを得なかった。その時、千花さんの頼みとあれば、6限目の体育をサボって川まで行ってきた。これで、調理工程を含めて『料理できるアピール』をすることができる。

 

「しかも、去年は生け簀の魚を〆るところからやったらしい。今日は急ごしらえだけど、明日の朝までにアジやサバくらいの魚を釣ってくる」

「えっ、調理実習でそこまでやるんですか……」

 

 俺としても、かなり本格的だと思う。

 

「ああ……憂鬱だ……」

「会長、私も魚を〆るところからはやったことはないですから」

 

 エプロンではなく、かぐやさんは割烹着を着ていた。歴史ある名家のお嬢様であり、花嫁修業も積んできたらしい。普段のお弁当は専属料理人が作っているとはいえ、本人も料理スキルが高いだろう。

 

 俺も調理室にあった黒いエプロンを着る。

 

「まあ、どんな動物でも首根っこを押さえれば、大人しくなるから」

「あら、私もぜひ参考にしたいので実践してもらえます?」

「先輩たち、もう包丁なんか持って。やる気満々ですね!?」

 

 石上が『怖いです!』って訴えてくる。せっかく泥抜きをさせたのだから、早速調理して食べるに決まっているだろう。別クラスの俺たちが、好きな人に『料理できるアピール』できる貴重な機会だ。

 

 やる気はバッチリあるから。

 

「はぁ!? この魚、食べるために用意したのか!?」

「これは調理実習の特訓だしな。ちゃんと調味料まで用意している」

「さあ、会長! 美味しいお魚料理のために三枚おろしです!」

 

 涎拭けし。

 

 まあ、今日のところは会長ではなく俺がやることになるだろう。川魚で失敗すると、苦くなるだけではなく、毒を持っている部位は適切に取り除かなければならない。それに、必死に暴れる。

 

「まずは、素手で触るところから始めましょう!」

「俺の指、噛みちぎられたりしないか……?」

「いやいや、別にピラニアじゃないんですから」

 

 水族館気分を味わっている3人を横目に、かぐやさんと相談しながら、てきぱきと準備を整えていく。煮つけのための調味料を用意することに並行して、小魚の素揚げのために油をひいたフライパンを熱する。

 

 この間に、千花さんの指導の下、御行会長たちには魚に慣れてもらう。

 

「魚に触ることはできるな。だが、ここに刃を入れる、というのはな」

「それを今から習うんですよ~」

「でも。この鯉とか、すごく暴れますよ!?」

 

 小魚と水族館気分で触れ合っていたようだ。

 今は、大きな鯉に興味を示している。

 

「こんな大きい鯉を三枚おろしって、絶対血がぶしゃーって出るだろ!? 血だけはホント駄目なんだよ!?」

「会長、駄目なものだらけじゃないですか!」

 

 その間に俺とかぐやさんは、小魚をザルで一気に掬って、入念な水洗いを開始する。

 

「会長、私も血はだめですからね」

「じゃあ、ついでに俺も」

「じゃあって……四宮先輩はともかく、川田先輩は絶対平気でしょう」

 

 さっきまで生きていた小魚たちを何の抵抗もなく油に放り込んでいる、そんな俺とかぐやさんが言っても説得力がないな。

 

「あれ、小魚さんたちは……?」

「もうみんな油の中だ」

 

 順調に、キツネ色に変わっている。

 

「あと、魚は血がぶしゃーとはならないな。どろどろって感じだ」

「生々しい解説やめて!?」

 

 鯉の首根っこを押さえつけ、無理やり大人しくさせた。

 

「会長……私も魚を〆るの、こわくなってきました」

「それにしては、川田先輩の手つきに興味深々ですね」

 

 水中から引き上げたとはいえ、まな板の上の鯉は、ばちゃばちゃと最期まで抵抗する。布を被せて一度大人しくさせる方法もあるけれど、経験的にはあまり効果はない。

 

 すでにこの時点で、かぐやさん以外から引かれている。

 

「えー、僕も来年これやるんですか……」

「私、これからお魚、ちゃんと感謝して食べます……」

 

 本格的な調理実習は食材のありがたみを知ることのできる、いい授業なのかもしれない。魚を〆る作業と捌く工程は少しスプラッタなのだが、それを求められるなんて。

 

 付いてこれるやつだけ付いてこい。

 

「さて、ここからはサクサク行くので、見てられなくなったら目を閉じてください。俺もプロではないので、さすがに川魚相手だと1つ1つ工程を教えている余裕はないです」

 

「やっぱりスプラッタな光景なのか!?」

「ちょっとだけだ」

 

 この世のすべての食材に感謝を込めて。

 鯉の頭に向かって包丁を振り下ろした。

 

 

 

****

 

 あの時、御行会長は忠告通り、必死に目を閉じていた。かぐやさん的には、生きた魚を〆る方法を知れてどこか満足げな顔を、会長に見られなくてよかったのかもしれない。俺としては、千花さんや石上にちょっと引かれたことが、心がイタかった。

 

 小魚の素揚げと鯉こくの美味しさのおかげで、好感度プラマイゼロというところか。

 

「血の飛び散り方とかなかなかリアルですね。返り血も表現できている。まあ、あくまでこの曲とかー、彩度を低くするとかー、そういうことで普通より怖く見せているだけでしょうけどね」

「オーケー石上、結構こわいみたいだな」

 

 どこか早口で、石上はそう語った。

 

 魚を〆ることはともかく、魚を捌く過程についても、会長はついてこれなかった。だから、まずは血に対して耐性つけるところから始めることになった。それで、スプラッタ映画を選ぶとはなかなか荒療治だ。

 

 ちなみに、このスプラッタ映画は千花さんの姉から借りてきたらしい。彼女たちに過保護な父の胃痛が心配になった。

 

「この後、うしろからきますよ……ぶしゃーしますよ~」

「後ろ!?」

 

御行は、背中がぞぞぞっとする感覚を味わったようだ。

 

「上からくるぞ、気をつけろ」

「上!?

 いや、後ろじゃないか!? ぎゃああああ!!」

 

「きゃぁぁ! 会長がぁぁぁ!!」

「ぎぃぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 スプラッタ映画というのはなかなかいいものだ。怖いものが得意ではない場合、女子らしさや男子らしさを捨てて、反射的に好きな人に抱き着いてもらえるらしい。ちなみに、かぐやさんの悲鳴は会長が抱き着いたことによる、歓喜の悲鳴だ。

 

 

 

 その後、調理実習が始まるまでに、今年からは魚の切り身を焼くだけに変更したという情報が入った。学園内では否定的な意見が多く挙がっていたけれど、現高3の体験談によって尾ひれがついた噂だったようだ。

 

 元々、去年の脱落者続出を鑑みて、変更する予定だったことを家庭科教師は伝え忘れていたらしい。

 

 ともかく、今回の秘密特訓は中止されることとなった。

 

 

 



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第22話 占いのやり方

 9月が始まってから数日が過ぎた。

 

 だから、御行の誕生日が近いことを感じてくる。9月9日であるため、毎年9月に入ると何を渡そうかと考え始める。ただ、決して裕福な家庭ではない彼は、誕生日というものは特に記念日ではないらしい。

 

 妹さんの誕生日には、勝手に財布に1000円入れるらしい。

 

 結局のところ、中学の頃は500円分、高校に入ってからは1000円分の図書カードを手渡している。御行は子どもの頃からお小遣いは少なくて、むしろ家計のためにアルバイトするくらいだ。だから、本を買うために気兼ねなく使うことができる図書カードは、かなり喜んでくれている。

 

 そう言えば、一度も御行の家に遊びに行ったことはない。だから、高校にいる間に一度は、御行と石上とで、男子会をしてみたいとふと思った。千花さんもよく女子会をしているらしいから。

 

「かぐやさん、何か悩み事ですか?

 相談してくれていいんですよ?」

 

 う~う~唸っているかぐやさんに、親友が声をかけないはずはない。ただ、混沌とした方向に進むことが多いので、千花さんに相談していいものか不安だ。そのことについても、う~う~唸っているようだ。

 

 ここ1年でずいぶんと乙女になったなと、しみじみ思う。

 

「では! このフォーチュンテラーチカがかぐやさんを占ってしんぜます!」

 

 そして、演劇部からかりっぱなしの魔女の帽子を被った。役作りのためには形から入るらしく、千花さんは被り物が好きである。最も気に入っているのはラブ探偵チカの探偵帽だ。

 

 まあ、本人は演じているつもりでも、いつもの千花さんに変わりはない。

 

「へぇー、藤原先輩って占いできるんですね」

「そうですよ~ このサイトに性別と誕生日を打ち込むだけですから!」

 

 水晶玉の代わりに、ニコニコと自分のスマホの画面を見せた。

 

「私の悩み事はその程度のものなのですか……」

 

 それならむしろ、2人きりでガールズトークした方がマシだろう。解決するかどうかはともかく。

 

「占いねぇ……そのサイト当たるんですか?」

「よく当たるって書いてますから、当たるかどうかはハッケMeです!」

「当たるも八卦当たらぬも八卦、か」

 

 上手い言い逃れだと思う。

 

「まあ、まずはやってみましょう! かぐやさんは1月1日だから~」

 

 アレキサンドライトのような人間、王の名を冠する宝石のように高貴でプライドが高い。また環境に応じて赤くも青くもなる珍しく特性があり、天使にも悪魔にもなるだろう。

 

「プライドを捨て、素直になれば、幸せは訪れます、ですって~」

 

 めちゃくちゃよく当たってるな。

 解決策まで提示されたじゃないか。

 

「プライドが高い……悪魔……でも天使?」

「あら、石上君、どうかしましたか?」

 

 いえ、と石上は押し黙った。

 かぐやさんは微笑みを浮かべているだけだ。

 

「私もやってみよ~」

 

 もう本来の目的を忘れたようだ。自分の誕生日を、キャッキャッして打ち込んでいる。

 

「私の誕生日3月3日なんですよね~ かわいいでしょ~」

「それな」

 

 蠟燭の火のような人間、周囲を照らしささやかな熱は少しずつ氷を溶かす。蠟燭は光を与えると同時に自分を燃やし続けるため、献身や慈愛の象徴とも言える。

 

「これからも、惜しまぬ愛を注ぎ続ければ、願いは叶います、ですって~」

 

 めちゃくちゃよく当たってるな。

 愛をもっとください。

 

「そのサイト、よく当たるみたいだな」

「そうかな~」

 

 褒められると弱い千花さんは、身体をくねくねさせて喜んだ。

 

 石上やかぐやさん、そして聞き耳を立てている御行は『は?』という視線が向けられた。まるで、千花さんは献身も慈愛もない人みたいじゃないか。

 

「それって性別は設定するんですよね? 僕も3月3日なんですけど」

「なんてことするんですかぁ!?」

 

 石上は突然先輩から怒られ、困惑するしかない。

 本人は占ってほしかっただけなのに。

 

「だって! 誕生日が同じだと、祝ってもらうの絶対に同時じゃないですか!!」

 

 去年度はお菓子パーティーをやってみたいという彼女の希望に従った。家の教育からは『はしたない』ことだが、だからこそちょっと冒険してみたい気持ちがあったらしい。

 

 まあ、今年は2人きりの時に渡してみせる。

 

「誕生日は私だけを特別扱いしてほしいのにぃ~!

 ぼっけなす~!」

「オーケー千花さんブレーキ」

 

 握り拳を作って、両腕を掲げて、後輩を『ぎゃいぎゃい』と威嚇し始めた。だから、ブレーキをかけた。お可愛いことなのだけれど。

 

 仕方ない、俺が石上を占ってしんぜよう。

 

「石上の場合、金糸雀という鳥らしいな。俺はそう思わないが、不運や犠牲の象徴らしい。失言に注意……あー、つまり、えっとー、石上も献身的だからな。いつかいいことあるさ」

「とってつけたようなフォローありがとうございます……」

 

 めちゃくちゃよく当たってるな。

 親切が報われないところとか。

 

「ぶ~ じゃあ次はつくしくんを占いますから」

「俺より御行を占ったらどうだ?」

 

「俺はやらんぞ」

「えぇ!?」

 

 そんなにかぐやさんは会長を占いたかったのだろうか。

 

「占いなんて思わせぶりな事を言って、受け手が強くするバーナム効果でしかないだろう」

「占いはえっと……例えば、風水は建築学や統計の要素にも含まれていて」

 

 いつもの痴話喧嘩を横目に、9月9日男性を調べる。

 

『優しく慈悲深い奉仕の人、しかし繊細である。たまに見せる頑固さや意志の正義や理想のために努力できるため、仕事でもプライベートでもストイックに努力でき、夢を叶えていける。繊細なところについては、特にお金に関して不安が強い。自分に自信を持ち他者を信頼することで、もっと大きな安らぎと人生の成功に満たされていく。恋愛では臆病で慎重、ただし交際を始めると独占欲が強くなる。積極的にアプローチができないため、恋愛を応援したくなるような協力者を得るべきだ。グループ交際で自然と距離が縮まっていく。』

 

 などなどずいぶん長いから要約したけれど。

 

 めちゃくちゃよく当たってるな。

(参考サイト:ウラソエ「誕生日占い」)

 

「菊花石、これは菊の模様がある特殊な玄武岩で、鑑賞石の中でも最高峰らしく」

「待て待て、何を調べている」

 

 ここからが良いところなのに。

 

「え~ このサイトって相性占いだってできるんですよ~ 誕生日占いしましょうよ~」

「絶対にやらない」

 

 下ページを読み進めていくと、相性占いに1月1日の相手がいない。だから、御行は相性占いにがっつり影響された可能性がある。占いの通り、頑固で繊細な9月9日生まれの男の子だな。

 

「会長なぜそこまで……はっ!」

 

 かぐやは何か思いついたようだ。

 まるで天使のようなニコニコを始めた。

 

「ぶ~ぶ~ いいですもん。つくしくん占いますから」

「そう言えば、川田先輩の誕生日っていつですか? LINEにも設定してないですよね?」

 

 12月25日。

 それは言葉にすれば一言だけれど。

 

「……占いは当たるかどうかわからないし、信じすぎるのも問題だな。俺もいい」

「まあ、無理して、会長と川田先輩を占うまでもないですよね。占われることが嫌いな人もいますから」

 

「えぇ~ じゃあ、マッキー先ハイとギガ子を占ってきますから!」

 

 テーブルゲーム部の1年と3年の女子か。

 

 というか、かぐやさんの悩み事相談はすっかり忘れられているようだ。かぐやさん本人も、頬が緩みきっているから、自己解決したのだろう。その解決が正しいかどうかはともかく。

 

 石上は俺をちらりと見た後、ヘッドホンで耳を塞いだ。ほんと察しがいいし、お前はいいやつだよ。

 

『冷静でクールなイメージだが、心の内では激しく感情が渦巻いている。集団行動よりは単独行動を好み、他人の助けを借りないタイプ。本心、悩み事、不安を人に打ち明けることはめったにない。少人数でもいいので、そういった複雑な心を理解してくれる友人を持つことが重要となってくる。近寄りがたい雰囲気だが、実際に接した人は、その人柄の温かみ・親切さ・思いやりに心を打たれる。しかし、親切がおせっかいに変化することがあるので注意。恋人やパートナーを見つければ、極力相手のぺ-ス・好みに合わせようと努力する。ただし相手が自分の一定の領域に足を踏み入れることまでは嫌う』

 

 などなどずいぶん長いから要約したけれど。

 

 このサイト、めちゃくちゃよく当たってるな。キャストライトという守護石としては、役不足だろうけれど。

 

 今でも、あいつのクリスマスソングは悪夢として耳に残っている。

 

 

 

 

 

 



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第23話 心理テストのやり方

 今日は9月10日、つまりすでに御行会長の誕生日は過ぎた。

 

 その日が近づくにつれて、かぐやさんがどんどんアホっぽく子どもっぽくなっていったため、心待ちにしていることはよく伝わってきた。対して、同じクラスの早坂愛は、死んだ魚の目をしていた。

 

 会長にはちょっとした誕生日プレゼントを俺と石上は休み時間中に渡しておいた。そして、千花さんに場を混沌化されないために、彼女を連れ出して生徒会室からいつもより早めに帰宅した。

 

 その後は、生徒会室で2人きりで誕生日を祝うことができただろう。

 

「筑紫、石上、まだまだ熱いよな」

「そうっすねー」

「御行はわざわざ学ラン着こんでいるしな」

 

「あ~ 心地いい風だ~」

「いいなー(棒)」

 

 ありふれた白い扇子には、かぐやさん直筆の四字熟語とサインがある。『磨穿鉄硯』の意味は、いわゆる死ぬほど勉学するということなのだが、朝から死ぬほど意味を聞かされた。つまり、自慢である。

 

 まるで白銀家の家宝かのように、扇子が扱われている。

 

「こんにちは」

「こんにちは~」

「授業お疲れ」

「本日もご苦労」

「こんちはっす」

 

 御行は、扇子を閉じて顎に押し当てた。目つきの悪さも相まって、まるで悪代官みたいだな。

 かぐやさんはあからさまに頬を赤く染めて、背中を向けた。まさに乙女だ。

 

「いつもよりリボン、ちょっと傾けているな」

「あっ、わかる~?」

 

 ちなみに、極黒リボンは湿度によって大きさが変わる。たぶんオカルトの要素だと思っている。

 

「私のようにちょっとした変化に気づけるなんて、つくしくんもポイント高いですよ!」

 

 なんだか、褒められた。

 

「今日はですね~ みなさんのお悩みを解決するべく、心理テストをやります」

「私はもう解決しましたが」

「俺も特にないな」

「僕もです」

 

 携帯を操作していた手が止まった。

 でも、にぱーってする。

 

「やります♪」

「藤原書記がやりたいだけなんだな……」

 

 今回は帽子がないとはいえ、さしずめ、心理学者のサイコロジストチカといったところか。先日と同じように、スマホの画面をこちらに見せてきた。

 

「質問に答えるだけで、みなさんの深層心理がバッチリくっきりわかっちゃうんですよっ!」

「バッチリくっきりねぇ……」

 

 御行も半信半疑だ。

 

 先日の誕生日占いと同じく、バーナム効果を利用した心理テストは多い。当たったものが特に印象深くなる傾向がある。最近はSNS上でもリンクが貼られることが多く、その結果に一喜一憂するフレンズは多いのではないか。

 

「例えばですねー、会長の前に動物用の檻があります。その中に何の動物が何匹入っていますか?」

「んー 仔猫が9匹くらいかな」

 

 結構大きめのケージをイメージしているのだろう。

 にぎやかだな。

 

「これはですね~ あなたが欲しい子どもの数を表しています、ですって~」

「9人!?」

 

 野球チーム作れるくらいか。

 かぐやさんは頑張らないといけない。

 

「その顔、どうやら図星みたいですね」

「仔猫に似た子どもが9人かー へぇー」

「……なかなかやるじゃないか、心理テスト」

 

「それじゃあ、ここからは私もやりたいので、なんとなく見つけたものにします」

 

 千花さんがこっちを見てニマニマしているから、警戒しないといけない。今度は何を企んで、どうやって嵌められるかを考える必要がある。

 

「捨て猫がいたので、あなたは持っていたパンをあげました。すると猫が何か言いたげに鳴きました」

 

 1.ありがとうございます

 2.連れて帰ってください

 3.捨てないでください

 4.里親に出してください

 

白銀「その選択肢だと、1だろうな」

藤原「私はその猫を飼いたいですから、2ですね~」

かぐや「私は3でしょうか」

石上「僕は、まあ、4にしておきます」

 

 何がどう繋がってくるかさっぱりわからない。今の雰囲気だと、バーナム効果に惑わされる。そして、深層心理について、誤解を招くか、ありのままの心理を暴露してしまう。

 

 だから、どっちつかずの答えを選ばないといけない。

 

藤原「つくしくん、こういうのは素直に答えないとだよ~?」

川田「……1で」

 

 

「それじゃあ、回答を読み上げますね!」

 

 1.相手好みであろうとすることで、自分が捨てられないように振る舞っている

 2.ノリと勢いに任せて、自分のペースに相手を巻き込む

 3.悲劇の主人公を演じるのが上手く、相手の関心を自分に向けることで安心する

 4.あえて冷たくすることで、相手をじれじれさせることが得意

 

「ですって~」

 

「いや、それ、なんだか書き方が個人サイトっぽくありませんか?」

「そうですね。信憑性に欠けますね」

「いやはや、心理テストというのは当たらないものだな!」

「そうみたいだな」

 

 俺以外めちゃくちゃよく当たっている気がするが、これもバーナム効果だろう。

 

「え~ だって、一番上に出てましたもん!」

「あくまで心理テストの1つだから、鵜吞みにすることもないだろう。当たることもあれば、当たらないこともある」

 

「そ、そうよね!」

「そ、そうだな!」

 

 会長もかぐやさんも、占いとか心理テストをそれなりに気にしちゃうタイプだからな。

 

「あれ~ 会長って扇子持ってましたっけ」

「んー ああ。昨日は誕生日だったからな。これは、まあ、四宮からのプレゼントで」

 

 千花さんは、ぷるぷると震えはじめた。

 

「会長、昨日誕生日!?

 かぐやさんは知っていたんですか!?」

「ええ。会長からお聞きしましたよ」

 

 やばい、素で忘れていた。

 

 当日に2人きりにするためとはいえ、千花さんを生徒会室から連れ出したため、誕生日だと知る機会がなかったらしい。会長はまだLINEにも設定していないし、誕生日占いは有耶無耶にしてしまったこともある。

 

 俺のせいじゃないか。

 

「……いや、まあ、基本的に男子って誕生日祝うことはないから」

「確かに、男同士だと、誕生日にプレゼント渡すのが珍しいくらいですよね」

 

 石上ナイスフォロー。

 

「つくしくんも石上くんも、知ってたの……?」

 

「そういえば。会長、万年筆使ってくれているんですね」

「ああ。使ってみると、なかなか書き心地が良くてな」

 

 これはまずい状況だ。

 千花さんの目がうるうるしてきている。

 

「つくしくんは何かプレゼントしたの!?」

「……いつも通り図書カードを」

「毎年のことだが、ありがたい。今からどの本を買うか迷っていてな」

 

 渡した1000円分の図書カードを財布から出して見せてくる。その金額については、最後まで迷った。

 

「えっ、藤原先輩もしかして知らなかったんですか!?」

「……うぅ~」

 

 石上の素直な発言だ。

 だが、とどめをさされたな。

 

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛~!

 なにがぶれぜんどみづげでぎまずがら!」

 

 顔を片腕で抑えながら、ドタドタと生徒会室から外へ走っていく。

 

「俺、追いかけてきます」

 

 追い越すことは簡単だ。

 だが、どう声をかければいい。

 

 生徒会室に続く一直線の廊下の角を曲がろうとして、千花さんの身体がよろけるのが見えて。

 

 飛び込んだ。

 

「……セーフ」

「ひっぐ……ひっぐ……」

 

 朝ぶつかりそうになった時、こうして庇ったことがあった。でも、このままでは、精神的に救えたということにはならないだろう。なぜ泣いているかはわかっている。そして、そういった相手の心理を踏まえて、最善の対処方法を考えているうちに、俺はいつも遅れる。

 

「その……」

 

 いつまでもこの態勢でいるわけにもいかない。

 誰かに見られると、千花さんに迷惑がかかる。

 

「本当にごめん。

 仲間外れにしてごめん。

 えーと、なんか、ごめん……」

 

 だから泣き止んでほしい。

 その言葉があと少しのところで、出てこない。

 

「迷惑かけて、ごめんなさい」

「俺は迷惑だなんて思っていない。俺は千花さんのそういう裏表が無いところに助けられている。かぐやさんもそう言っていただろう」

 

 もう数ヶ月前のことだが。

 

「ほんと?」

「……信じてもらうしかない」

 

 もぞもぞと動いて、ゆっくりと立ち上がった。

 目元はまだ赤い。

 

「歩けそうか? 捻挫とかしていないか?」

「平気だよ……ほんとやさしいね」

 

 女子を泣かせるやつなんて、思春期男子としてはどうかと思うけれど。

 

「……会長のプレゼント探しに行くから、手伝ってください」

 

 そう言いながら、腕に抱きついてきた。

 

 こういうスキンシップするから、勘違いする男子が出てくる。ちょっと襲われたい願望があるなら尚更だろうに。

 

「このまま歩くと、見られるぞ」

「いいもん! つくしくんが迷惑じゃないなら、私はいいもん」

 

 超役得です。

 欲望は、素直に口に出すことはないけれど。

 

「……私だってここまでするのは、男子だと つくしくんくらいなんだから」

 

 ほんと、ぐいぐいくる。

 それはもう、深層心理に触れてくるくらい。

 

「……俺も去年まで、誰にもここまでは近づかせなかったんだけどな」

 

 今は、一緒に肩を並べて歩いている。

 

 

****

 

 

 その後、すっかり機嫌が良くなった千花さんといっしょに生徒会室に戻った。

 

「これ、誰からのプレゼントですか?

 会長、結婚するんですか?」

 

「いや、その、みなさんとケーキを食べてみたくてですね。会長の誕生日とは関係ありませんから!」

 

 かぐやさんが用意したらしい。

 

 ウェディングケーキかと思うくらい、巨大なケーキ。

 生クリームとイチゴとスポンジケーキの暴力。

 

「あの、会長、1日遅れのプレゼントなんですけど……」

 

 千花さんは緑色の葉っぱをそっと差し出した。

 

「あー、クローバ―か……これ四つ葉か!?」

「この短時間でですか、先輩たち!?」

 

 千花さんの持ち前の運には驚かされる。

 急にしゃがみ込んだと思ったら、摘んでいた。

 

「栞にでもしてみるか。ありがとう、藤原書記」

「いえ、喜んでくれてよかったです!」

 

 タダでは転ばないよな、千花さん。

 

「藤原先輩、戻ってきて早速なんだが、コーヒーをお願いしたい」

「僕、とびっきりブラックのやつでお願いします」

「はい! 任せてくださいっ!」

 

 鼻歌混じりにコーヒーミルを準備し始めた。千花さんにはやはり笑顔が一番似合う、そんなクサいことを考えてしまう。まあ、是非もないよね。

 

 そんな俺の視線に気づいたのか、にこりと微笑んだ。

 

「川田さん、切り分けるの手伝ってもらえますか?」

「いいけど。しかしこれはまたずいぶんと大きいな。一体、何日分あるのか」

 

 御行への愛が大きい証拠なのだろう。

 負けていられないな。

 

 

 

 

 






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第24話 月と団子と花と

 9月も半ば。

 

 次の代へ引き継ぐための準備を少しずつ行っていた。

 

 書類はきちんとまとめられ、古くなったものはどんどんとシュレッダーにかけていく。「67期生徒会」と書かれた箱に重要なものを次々と収めていく。石上も「67期生徒会」ファイルにデータをまとめる作業に追われていた。

 

 そして、千花さんの持ち込んだ遊び道具もその数を日々減らしていった。

 

「今日は十五夜! 月見するぞぉ!」

 

 我らが生徒会長は、自分の誕生日の時よりテンションが高かった。それはもう毎年のことであるが、彼は天体観測が数少ない趣味で、9月には定番イベントとは言い難い『お月見』をしたがる。

 

 世間では、伝統的なお月見より、月見バーガーの方が有名だろう。せいぜい、帰り道に月を写真で撮って、SNSでアップロードするくらい。

 

「テンション高いですね。

 突然何言い出すんですか~?」

 

 千花さんが御行に指摘したが、『おまいう』という視線を彼女に向けた。

 

「だって、今日の星空指数めっちゃ高いんだって! 十五夜でこの数値出ちゃったらお月見するっきゃないから!」

「会長がそこまで言うのなら、お月見を行いましょうか」

「お月見団子ありますか~?」

 

 

「……星空指数ってなんなんですか、川田先輩?」

「……毎年言われるが、俺も知らない」

 

 

 まあ、忙しいながらも、お月見の準備はしてきた。

 俺たちは荷物を持って屋上へ向かう。

 

 

「意外と星見れるんですね~」

 

 千花さんが目を輝かせているけれど、『おまきれ』な。

 

「月のある東南側が東京湾だから都会の灯りも比較的少ないし、ロケーションは悪くない」

 

 天体観測にとって都会の明るさは天敵となる。そのため、山に足を運ぶ人も多いのだろう。だが、どこか早口の天体観測マニアからすれば、この学園の位置は天体観測に適しているらしい。

 

「おっもちぃ♪ おっもちぃ♪」

 

 あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~

 

「花より団子だな」

「うんっ! 月より団子だよっ!」

 

 うさ耳を荷物に混ぜていたのが功を奏したのか、千花さんはすでに被っていた。服装は制服のままだが、黒と白を基調としたものだ。だから、むしろこれがよく合っている。

 

 カメラ機能のスマホを千花さんに向けると、ピースしてくれる。

 

「結構、寒いっすね」

「御行は……、もう入っているのか」

 

 これは、集中しているということだ。彼は持参した年季の入ったビニールシートを屋上の地面に引いて、防寒具や飲食物の荷物も万全にして、もう夜空を見上げ始めた。

 

 

「千花さん、石上、風が強いから、向こうで煮るけど来るか?」

「は~い!」

「僕も温まらせてもらいます」

 

 これで場は整えたのだから後はかぐやさん次第だ。

 石上も察しているのか、こっちへ来てくれる。

 

「まずは、水が沸騰するまで待たないとな」

「いろいろ持ってきたんですね」

「きな粉! ぜんざい!」

 

 石上と千花さんが荷物をがさごそしている。

 全部市販品だけれど。

 

「待っている間は暇だし、良いことを教えてやろう、石上」

 

 石上がこちらへ視線を向けた。

 

「赤ちゃんは竹からは生まれてこないんだ」

「子どもじゃないんですから、そんな嘘に騙されませんよ」

 

 中学生の頃、俺は騙されていた。

 その後、竹取物語とかぐや姫を読み漁った。

 

「そう言えば、かぐやというのは今では珍しい名前ですよね」

「一度かぐや姫って呼んでみたんですけど、あんまり好きじゃないみたいでしたね~」

 

 竹の中から生まれ、すぐに成長して美しい娘に育ち、求婚者を次々と振ったあげく、満月の夜、迎えにきた使者とともに月へと去ってしまう。それが、かぐや姫のあらすじだ。

 

「今、ちょうど竹取物語を習っているくらいか?」

「あ~ 習った習った!」

「……まあ、そうですね」

 

 石上は煮え切らない返事をした。まあ、古文の授業は、さぞ眠気を誘うことだろう。それが、理系科目や体育に挟まれている時間だったら、尚更のことだ。

 

「えっと、竹から生まれて……その後は、求婚者に無理難題を押しつけるんでしたっけ?」

「そこくらいまで進んでいるのか」

 

 無理難題とは、実在しているかどうかもわからない貴重な品だ。場合によっては、当時は命がけである中国への航海を行った求婚者もいる。対して、その品に模した偽物を作って渡した人もいる。

 

「すくすくと成長したかぐや姫は、結婚する条件に無理難題を求婚者たちに押しつけた。そして、5人の求婚者はいろいろとやらかす。古文そのままなら、そういう話だな」

 

 求婚者は強欲なお金持ちで詐欺師である、死を覚悟させるような無理難題を課したかぐや姫は『冷酷な女』である。そういうイメージを抱いて感想を書いている人もいくつか見かけた。

 

 実際のところ、当時はユーモアたっぷりの風刺小説として読まれていたらしい。女に現を抜かした愚かな男たちの物語としても読める。または、当時の権力者や男尊女卑に対するアンチを籠めて、『かな文字』で読みやすくまとめているだとか。登場人物のモデルが当時の権力者である場合が多い。

 

「かぐや姫という絵本と、竹取物語という古文はちょっと違う雰囲気だよな。例えば、結婚の条件は、絵本だと結婚したくないための口実にされている場合がある」

 

 平安時代は男性優位だった。

 

 だから、超絶美人だったかぐや姫を手に入れるために多くの男たちが言い寄ったのだろう。それはもう、現代の価値観では考えられないほどに、かぐや姫を『物』として扱った。

 

「まあ、確かにありますね」

「何人からもラブレター貰っても困るもん!」

 

 やっぱり、経験あるんだろうなぁ。

 まあ、それは置いておいて。

 

 宮廷に召し抱えられることが、かぐや姫の希望だったとは限らない。何もかもが与えられて華やかなで、何も不自由のない暮らしが『幸せ』なのだとは限らない。元々は我儘でお転婆だったけれど、大人になることを周りから強いられた。実は、成長しても子どもっぽいところは隠しており、乙女だったかもしれない。

 

 もちろん、これらもあくまで仮定に過ぎない。会ったこともない人物の評価なんてできるわけがないだろう。

 

 でも、かぐやさんのことは、俺たちは知っている。

 

「……かぐや姫も普通に幸せになりたかっただけかもな。普通ってあやふやだけれど」

「普通、ですか……?」

 

 かぐや姫も、『籠の中の鳥』だった。家族と過ごす穏やかな時間、そして本当に愛した男と過ごす時間が欲しかっただけだ。そのどちらも、外的要因で失ってしまったけれど。

 

「自分で決めた1人の男を愛することができれば良かったのだろうけど、高嶺の花は大変なんだろうな」

「そうそう、私もかぐやさんも大変なんですよ」

 

 性格が丸くなってからは、かぐやさんなら尚更モテるだろう。

 

「……じゃあ、求婚者たちが悪かったということですかね」

 

 石上がそう呟いた。

 

 そして、俺はすでに沸騰していたお湯に、白玉団子を次々と入れていった。月のように丸いけれど、決して月ではない。お湯の中でふやけて、すぐにその形を失っていく。

 

「弱みを隠したり、相手を騙したり、みんなが見ていないところで命をかけたり努力したり……っていうのは、ずる賢くて人間臭いって俺は思う」

 

 たぶん、このやり方は大衆からは受け入れられない。でも、俺は青いヒーローのやり方に憧れて、このやり方で正義を貫いてきた。まだまだ実力不足で、彼の代わりに偽物の変身ヒーローをしているけれど、輝かしい正義だけで救えない人にとって、少しでも力になれるのなら、俺はそれでいい。

 

「彼らは、どんなことをしてでも目的は果たすというか」

 

 石上もみんなが見ていないところで人を助けようとして、結果として1人の少女が救われたとはいえ、自分が汚名を被ったことは間違いない。友情や恋愛感情のために戦い、対策を講じる努力をしたけれど、失敗して塞ぎこんでいた。もちろんそれは、俺たちがお前は勝利したのだと伝えるまでのことだ。

 

「んー あれだ。好きな人や頑張っている人のためなら、男子はバカになれるというか」

 

 御行は、たとえ『月』に帰ってしまっても奪い返すだろう。もしくは、何年も待つことにするかもしれない。そして俺ならば、『蓬莱の玉の枝』の偽物を何度作ってでも、好きな人に振り向いてもらいたいと思ってしまう。

 

 バカになってやっていることは、俺たちの恋の駆け引きの物語なのだろう。今は、このぬるま湯を楽しんでいる。それでも、いつかは答えを出さなければならない。

 

「……まあ、おとぎ話なんて、受け取り手次第だな」

 

 御行が本心からちゃんと選んで願ったのなら、手伝うだけだ。

 親友だから。

 

 

「つまり、今2人が思っていることが結論で、オーケー?」

 

「そういうとこがずるいっ!」

「さすがに姑息ですね、先輩」

 

 ひでぇ。

 どういう意味だ。

 

「俺も国語の成績は微妙だからな。

 はっきりとした答えなんて、出せない」

 

 そして、火を止めた。

 すっかりふやけてしまった白玉団子をお玉で掬って、一度氷水につけていく。

 

「食べ物の美味しさは共感しやすくて助かる。

 お皿用意して」

 

 こういう行事の時に食べると、なんだか美味しく感じることは誰しもあるだろう。たとえ行事に込められた意味を意識していなくとも、自然と趣を感じているのではないか。いわゆる楽しんだ者勝ち。

 

「は~い!」

「ありがとうございます」

 

 単純で、わかりやすい。そして、ありのままに楽しいと感じるだけでいい。それは俺にとって、あまり経験がなかったことだ。

 

 団子を食べる花は良いものだ。

 俺的には、月より花ということだ。

 

 

 

 



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第25話 打ち上げのやり方

 お月見の余韻に浸る間もなく、次の日からまた撤収作業に追われた。由緒正しい学園であるため、生徒会室に私物は置いていってはいけない。だから、1年を過ごした場所はもう、片付ければただの応接室だ。

 

 第67期生徒会は全活動を終えたことになる。

 

「えー、1年間お疲れ様でした

 かんぱい」

「「「「かんぱーい!」」」」

 

 俺たち5人はファミレスを訪れていた。

 

 ドリンクバーで注いだコップの音を鳴らす。活動の打ち上げでファミレスへ来て、飲み放題で味の薄いドリンクを飲みながら、おしゃべりしたり。

 

 なんとも普通の高校生っぽいことだ。

 

「肩の荷が降り立っていうか、ようやく学ラン脱げるな」

 

 生徒会長が学園内で常に学ランを着ている理由は、純金飾緒を身に着けていることにある。これは、戦時下から代々引き継がれてきたらしい。生徒会長はその最後の役目として、丁重に木箱に納めた。

 

「あ~ 後は、優秀なやつが後を継いでくれることを祈るばかりだ」

「御行の常に睡眠不足な目からして、立候補のハードルはずいぶんと上がっただろうな」

「みゆきくんの死にっぷりはなかなかでしたもんね~」

 

 この1年、御行は多くのお偉いさんと関わってきた。そして、庶民の出身であることをよく思わない生徒もいる。四宮のご令嬢が副会長とはいえ、その機に乗じてこそこそと動こうとするやつもいた。

 

「まあ大変だったな。だが、メリットも少なくはない」

 

 秀知院学園は、生徒会に入るだけで様々な特権が得られる。勉学の時間を削ってまで、生徒会活動をした報酬だ。エスカレーター式に内部進学する時に進学点が加算、自習室の利用、資格習得のための補助金などなど。

 

 さらに、生徒会長は理事会の推薦状が貰え、世界中の大学や研究機関へ優先的に合格することができる。

 

「石上は立候補してみないか?」

「ははは 僕が票を取れるわけないじゃないですか。僕と目が合っただけでクラスの女子に泣かれましたよ」

「まあ、それなりに人気もないといけないな」

 

 能力としては申し分ない。しかし石上が生徒会長に当選するには、まだ醜聞が残っている。その元凶がすでにこの学園にいないとはいえ、元不登校の石上はまだ中学時代のことを噂されている。

 

「そうですね~ 私が生徒会長になったら~」

「ははは 冗談言うなよ」

「藤原先輩 面白い冗談言いますね」

 

「こらこら~ そこの2人、殴りますよぉ~?」

 

 人気が高い千花さんなら、生徒会長になることも決して夢ではない。格式高い学園の雰囲気がゆるふわになりそうで、面白そうではある。イベントをどんどん提案するから、役員たちは、忙しい日々になりそうだ。

 

「じゃあ! つくしくんが会長になるのは~?」

「生徒会長のブラック度を知っているから気が進まない。それに俺もあまり人気があるわけではないし、正攻法で票を取れるとは思えないからな」

 

 御行がバイトと勉強の両立を、死ぬ気でやっていることも影響しているけれど、睡眠時間が『人のそれ』を超える可能性のある役職には就きたくはない。

 

「筑紫は昔から目立たないようにしているからな」

「それでも正攻法以外で、票を集めそうですよね」

 

 肩をすくめることで返事をする。

 評価が散々だな。

 

「その、会長は……」

「おいおい、四宮。俺はもう会長じゃないっての」

 

「じゃあ、しろ……うぅ」

 

 名前をうまく呼べないかぐやさんは、しゅんとする。伝えたいことが伝えられないというのは、なんとも歯がゆいことだろう。

 

「……飲み物を取りにいってきますね」

「あっ、私もいきます~ 2人で大丈夫だから!」

 

 2人でドリンクバーコーナーに向かっていく。

 

 5人分のコップを運ぶことは難しいので、声をかけようとしたのだが、その前に止められてしまった。女子同士だからこそ、話せることもあるので、千花さんに任せるしかない。

 

「ところで石上、1年で生徒会長に立候補しそうなやついないのか?」

「あー、すぐ思いつくやつが1人、いるにはいますけどね」

 

 石上は、煮え切らない答え方をした。

 

「ほう、有名なやつか?」

「1年で成績トップの伊井野ミコってやつです」

 

 宿敵の名前を吐き捨てるように、石上は告げる。

 

「あー、俺も名前なら見たことあるな」

「風紀委員に所属している1年女子だな。やんわりと言えば、かなり正義感が強いかなと」

 

 集団行動はあまり得意ではタイプだ。

 

「いやいや、口うるさいわ、真面目すぎるわで、あと大勢の前では緊張して話せない、そういう感じのクソ女っすよ。混院の先輩たちは知らないでしょうが、中学の時は毎回落選しています」

 

 厳しい公約を掲げていて、融通が利かない超真面目、さらには上がり症らしい。優等生とは言えない石上だから、私怨を含んだ人物評価だけれど。

 

「それはまた難儀な後輩のようだ」

「もし当選しても、苦労しそうだな」

 

「どうせ当選しないから大丈夫ですって。どうせなら、立候補しなきゃいいのに」

 

 これは、お互いに拗らせているな。

 少し緩和させておくか。

 

「そう言えば、石上が生徒会に入った直後の苦情なんだけれど、知り合いだってことで伊井野さんが対応したはずだ」

「……いや、そんなこと、あり得ないっすよ」

 

「俺も、今の風紀委員長から、世間話程度に聞いたくらいだけどな」

「生徒会に入る前、筑紫は風紀委員だったな」

 

 1年生たった4人でスタートした生徒会に入るにあたって、風紀委員はやめた。もちろん、石上の過去を調べるために風紀委員に出向いた以外にも、定期的に情報収集がてら世間話に行っている。

 

「なになに、ラブコメですか~? 恋バナですか~?」

「石上が、クラスの女子のことが、心配らしい。オーケー?」

 

 オーケー!って目をキラキラさせながら、納得してくれた。

 ラブ探偵チカは恋バナがお好き。

 

「ちょっ! 違いますからね!」

「え~ 違うんですか~?」

 

 焦ると、逆に誤解を解くのは大変だ。

 まあ、恋バナとは程遠い話のようだけれど。

 

「次の生徒会長で誰になるのかという話だったな」

「それで、1年から立候補しそうな人がいるかどうか、石上に聞いて」

「藤原先輩たちは知っているでしょうけど、毎年落選しているやつですよ。上がり症の」

 

「あー、あの娘かぁ……」

「もう2年前になりますが、私も記憶に残っていますね」

 

 エスカレーター式に内部進学してきた人にとっては、生徒会選挙は名物となっているのかもしれない。千花さんたちは少し心配そうな顔をしているが、特に現1年生を中心として、笑い話としている人が多いのだろう。

 

 あまり、面白くはない話だ。

 

「まあ、まだ今年も立候補するかはわかりませんよ。そろそろ懲りていればいいんですけど」

 

「来年の、生徒会ねぇ……

 どうなることやら……」

 

 御行は、少し声が沈んでいった。

 

 俺たちの生徒会という関係性は終わってしまった。これ以降は、同僚としての関係は消えて、友達としての関係だけが残る。そして、俺たち2年は高校生活の半分が終わりそうだ。進路のことを考え始める時期である。

 

 だから、そろそろ別れる覚悟と、未来に進む準備を始めなければならない。

 

「でもでも!

 またこうやって集まりましょうね!」

 

「……定期的にな」

 

 御行が目線を下げて、そう答えた。

 平日ほぼ毎日ではなくなることはわかっている。

 

 

****

 

 ここ数日、千花さんの荷物を持って、一緒に帰ることが多い。

 

 よくもまあ、ここまで貯めてきたなというほど、持ち帰るべき物が多かった。しかもテーブルゲーム部に置いた物以外だ。とうとう演劇部から譲られた数々の被り物や、持参したクッション、その他雑貨類などなど。

 

「みゆきくん、もう1年やらないかな~」

「来年度は受験勉強もあるからな。あいつの睡眠時間が『人のそれ』ではなくなる」

 

 わかってます~という風に、唇を尖らせた。

 かぐやさんから似たようなことを言われたのだろう。

 

「じゃあ、私かつくしくんが生徒会長をやってね!」

 

 目を輝かせて、見つめてきた。

 

「かぐやさんや石上くんも呼んで……」

 

 千花さんも、そして俺も、まだ終わってほしくないと思っている。1年限定という生徒会役員という関係はいつか終わることは道理だ。だが、忙しくも充実した日々が思い起こされ、『まだこのぬるま湯に浸かっていたい』という我儘が頭に浮かんでしまう。

 

「えーっと、1年生も誰か呼んで……

 それから、みゆきくんも呼んで……」

 

 千花さんは、人並み以上に、大切にしている関係が崩れることを恐れていると思えてきた。

 声は尻すぼみになっていく。

 

 俺も、御行が生徒会長でない生徒会は想像できない。それほど、互いが互いに大きな存在となっていた。深く掘り下げた関係は、それを失うことを恐れてしまう。全てを拾い上げることなどできず、人はどうしても関係性に優劣をつけてしまうのだろう。

 

「御行も、これで終わりにはしないと思う」

 

 ここ最近、御行は生徒会選挙の募集要項用紙を、何度か眺めていた。御行は、かぐやさんの横に立てるように秀智院学園の生徒会長という実績を残すことができた。報酬として、世界に通じる学園の推薦状が手に入った。

 

 だから、これ以上、無理する必要はない。

 それでも。

 

「どうしてわかるの?」

「親友の勘だよ」

 

 スマホの通知音がして、『あと1年、付き合ってくれ』とメッセージが入った。そして、その画面を千花さんは覗き込んでくる。

 

「これっ!」

「ああ。続投だ」

 

 『そういうセリフは好きな人に言ってほしいものですけれど』、送信っと

 

 

 

 

 

 



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第26話 名前の呼び方

 

 生徒会が終わった以上、俺やかぐやさんはまだ騒がしい放課後の教室にいた。

 

 すぐに部活やアルバイトに走って向かっていった人もいれば、まだおしゃべりをするために残る人もいる。以前までは俺も廊下が混む前に、授業終了直後に喧騒に紛れて教室から出ていた。

 

 そして、A組のお姫様のかぐやさんは、1年前よりずいぶんと物腰が柔らかくなっている。今日こそはと思春期男子たちが誘おうとしているが、かぐやさんをガードするかのように女子たちが放課後の予定を聞いている。弓道部に所属しているとはいえ、生徒会が終わったタイミングでお近づきになろうとするのは女子も同じなのだろう。

 

「仕事しないのですか?」

「いま、携帯で忙しいし」

 

 ギャルモードの早坂愛に話しかけたが、どうやら放置することに決めているようだ。幼馴染という関係性は隠しており、今は友達以上親友未満の設定だから、あまり深くは干渉できない。

 

 まあ、俺もあの騒がしさを止めることは無理だ。

 

「あっ! 約束通り、彼を呼んでくるの待ってるからね~」

 

 いや、約束した覚えはないのだけれど。

 察するに、御行を呼んでこいということか。

 

「向こうは移動教室でしたから、すぐ来るとは限りませんよ」

「いいよいいよ~」

 

 手をひらひらして『いってらっしゃい』される。

 

 

「……なあ、あれって生徒会選挙の打ち合わせか?」

「そうだろ。白銀のやつはまた立候補するらしいし」

「よくやるよなー 来年も無難だけど」

「でも藤原さんは今日も誘えないかぁー」

「生徒会やめたからチャンスだと思ったのによ」

 

 さて、同じくまだ騒がしいB組にこっそり混じったが、このクラスのお姫様もしっかりとクラスの話題を集めるらしい。生徒会室が使えない選挙期間中は、これからも放課後の教室で相談することになりそうだ。

 

「あっ つくしくんだ~ こっちこっち!」

 

 千花さんが手招きしているのは誰かと、好奇の視線が集まってくる。それがあだ名かつ、男子なのだとすると、尚更のことだ。隠れる場所もなく、逃げることも悪手であるため、潔く呼び寄せられるしかない。

 

「御行。生徒会選挙の打ち合わせなら、手伝うけれど」

「ああ。よろしく頼む」

 

 まずは、御行に話しかけた。これで、元生徒会役員または彼の友達だと、周囲に印象づけられただろう。

 

「つくしくん、聞いてよっ!

 みゆきくんったらひどいの!」

 

「……聞こうか」

 

 千花さんが強敵すぎる。

 

「応援演説を誰にするかって話になったんだけど、人気やカリスマ性といえば、私だよねっ!」

「藤原さんだな」

「いやいや、どう考えても四宮だろ。なぁ?」

 

 俺たちの様子を見ているクラスメイトが、御行の視線に対して『うんうん』と頷いた。まるで千花さんは人気はあるけど、カリスマ性がないみたいじゃないか。

 

「みんなひどいっ!

 もう知りません!

 私はつくしくんに票を入れますから!」

 

「俺は立候補していないからな、藤原さん」

 

 こういう身内のやり取りを、あまりクラス内でやりたくはないのだけれど。

 

「え~ いつものように、チカって呼んでよ~」

 

 呼び捨てしてないだろ!?

 

 このやり取りを聞いて、女子はキャーキャー言っているし、男子からは嫉妬の視線だ。注目されることは、生徒会選挙期間中にいろいろとやりづらくなるので、避けたいことなのだが。

 

 いや、この機に乗じてアプローチしようとしている思春期男子への牽制になるかもしれない。

 

「千花、御行、とりあえず四宮さんと相談して決めればいい」

「う、うん……」

「そうするか」

 

 少し恥ずかしそうに『チカ……チカかぁ……』と呟いているから、ますます女子がキャーキャー言っている。

 君って、女子からは呼び捨てで呼び慣れていたはずなのだが。

 

 

「あっ! 会長さんだ~!」

 

 A組に近づくと、目ざとく御行を見つけた早坂愛が大きく手を振って呼んだ。

 

「ねっ! 誰に会いにきたの?」

「あー、四宮なんだが……」

 

 ほんの少しだけ、早坂愛の唇が三日月に歪められた。背中を向けたことでその表情は隠される。

 

「四宮さーーーん!

 会長が大事な話があるってーーー!」

「ひぅっ!?」

 

 ずいぶんとド派手に伝えたものだ。かぐやさんに集まっている人たちが、その声の方向に注目した。御行もかぐやさんも、最近かなり意識していてるから、頬を赤く染めて目を泳がせている。

 

 こちらのクラスでも女子がキャーキャーし始めた。

 

「か、会長、大事な話って……?」

「ああ、俺たちのこれからについてなんだが」

 

 失言すぎる。

 ちなみに、『これから』とは生徒会選挙及び生徒会のことだろう。1年間同僚ということもあって、気軽にその言葉を口にしたようだ。これが、生徒会室内でのことだったなら、良かったのに。

 

「と、とりあえず、校舎裏にでも!」

「は、はいっ!」

 

 かぐやさんを手招きして、2人で走っていった。

 そして、野次馬に追いかける人々。

 

 その光景にますますざわざわしている。お互いに頷き合って追いかける人もいれば、SNS上に書き込んでいる人もいる。こうして騒ぎは伝搬していき、いつしか、部活中の生徒も活動を中断して集まり始めた。

 

「とりあえず、俺たちも追いかけないと」

「チカ……チカかぁ~ ふへへ~」

 

 君、まだ頬がとろけていたのか。

 

「はっ! ラブコメの波動を感じましたっ!」

 

「御行とかぐやさんが、校舎裏で、生徒会選挙について相談するって」

「な~んだ まるで誰かが誰かに告白する雰囲気かと思いましたよ~」

 

 ようやく我に帰ったと思ったら、ラブ探偵チカになるところだったらしい。

 

「あっ! 応援演説やりたいんでした!

 現場に急行しますよっ!」

 

 

 俺たちも全速力で階段を駆け下りていく。

 一度靴箱に行くため、ずいぶんと遠回りだ。

 

 

 策略と失言と勘違いが重なって、まるで告白する雰囲気となっていた。学校中から校舎裏を囲むように集まっており、林に潜んでいる人もいれば、校舎の窓から様子を見ている人もいる。

 

 その男女が元生徒会長と元副会長という有名人だからこその、大騒ぎだろう。

 

 

「御行、生徒会選きょ」

「ちょっと、まったぁ!

 ……ぜぇぜぇ……おぇ」

 

 見るからに焦っていて、肩で息をしている。

 そんな女子が現場に到着した。

 

「……わたしじゃなくて、かぐやさんをえらぶんですかぁ!?」

 

 紛らわしい発言だな!?

 同じように、御行も頭を抱えている。

 

「かぐやさんを、えらぶなら、もっとしっかり……」

 

 そして、千花さんは涙目になりながら訴えた。

 

 

 三角関係やもつれというフレーズが野次馬たちの間で囁かれ始めている。それはもう、1人の女子を振って、もう1人の女子に告白するしかないムードとなることは間違いない。

 

 

「なぁ! 四宮!」

「はいっ!」

 

 御行は急いで、かぐやさんの両肩を持つ。

 

 誰もがごくりと息を吞む静寂の時間だ。

 2人がごそごそと何かを話しており、誰もが必死に耳を傾けている。

 

 

 最も近くにいる俺でも、隣で『はぁはぁ』『おぇ』って唸っているから、上手く聞き取れなかった。とりあえず、肩で息をしている千花さんの背中をさすってやる。

 

 

「なになに!?」「聞こえない!」

「どうだった!?」「キスした?!」

「うるせぇ!!」「お前も静かにしろよ!」

 

 少しずつ喧騒が戻り、尚更に2人の声は聞こえなくなった。

 まあ、応援演説頼んで、それを了承されたくらいだろう。ヘタレ。童貞。

 

 

「ほら、会長。騒ぎになる前に逃げましょう」

「そうだな」

 

 2人で逃げるように駆けて行く。

 この学園のどこに避難するのやら。

 

 

「うぶ……なんがぎもぢわるいでず」

 

「急に走ったからだろう。

 とりあえず、おんぶするから」

 

 こっちもあっちも、話題性抜群だな。

 

 

 



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第27話 選挙と前期生徒会と挑戦者と

 マスメディア部は、なぜか、先日のことを新聞に大きくは書かなかった。2人が付き合っているか付き合っていないかについて、有耶無耶になったまま、各々の青春が進んでいく。

 

 そして、最新号には、今話題の生徒会選挙の事前予測が載せられていた。

 

「会長ぶっちぎりじゃないですか」

「だいたい2倍ですよ!」

 

 石上や千花も嬉しさを隠せていないようだ。

 千花は指先で、棒グラフをなぞった。

 

「しかもここには、『白銀 優勢か』ってでっかく♪」

 

 そもそも、混院の高校1年でありながら、生徒会長に当選して、1年間無事に務め上げた実績と信頼がある。だから、これを覆すとなると、凄まじい人望または権力が必要になってくる。 2年生と3年生を中心として票を集めている御行は投票率58%と、過半数を超えていた。

 

 権力についてはこちらにはかぐやさんがいるし、この1年間で他のVIPの人たちも味方に付いている。

 

「2年の本郷君はともかく、1年の伊井野さんはかなり票を集めていますね」

 

 混院であり、女子にモテモテであり、かぐやさんといい雰囲気だ。だから、そんな御行をよく思わない人や、もしくは女子のお可愛い生徒会長が良いという人が、3年生を中心として、伊井野ミコに票が流れているのだろう。

 

 それにしては、予想していたよりも1年生の票が集まっている。

 

「伊井野さんは同学年の期待が大きそうだな、意外と」

「たしかに、意外ですけど……」

 

 これはあくまで事前の予測だ。

 だから、冷やかしの選択ということもあり得る。もちろん、同学年として、彼女の頑張りを知っている人もいるはずだ。

 

「ともかく、これはあくまで予想だ。

 お前たち、油断は禁物だぞ」

(いやもうこれ完全に勝っただろ!)

 

 心の声がわかるくらい、御行は声が少し上ずっていた。

 

「は~い!」

「気を引き締めましょう。万が一のこともありますから」

 

 かぐやさんは右手で左頬を触りながら、冷静に告げる。

 キリッとカッコいいこと言った御行の横顔に耐えられなかったため、『ルーティン』をしているようだ。『ときめき状態』から、普段の精神状態に強制的に戻る技を土日を使って訓練してきたらしい。

 

 いまだ、かぐやさんは御行に告らせたいらしい。

 

「石上の言っていた通り、伊井野さんも出てきたな。それに、退く姿勢も見せない」

「……まあ、そうですね」

 

 御行が再び立候補したことはすぐさま広まったので、署名は集めたけれども、立候補することを諦めた人もいるらしい。だから、誰も立候補せず、信任投票の可能性は高かった。

 それでもなお、競いにくる2人がいる。

 

「よしっ、少しその顔を拝んでやろうか」

「あら。会長も意地が悪いですね」

「毎日ビラ配りしているから、見つけやすいだろう」

「おっ、牽制しておきますかぁ?」

 

「わー この人たち、悪役みたいだー」

 

 千花が最後の良心かもしれない。

 

 

 そして、声がしている方向へ行けば、校門付近ですぐに見つかった。

 帰っていく人にビラ配りをしながら丁寧なお辞儀と挨拶をしている。それに加えて、歩きスマホや髪型について細かく注意する。美少女に話しかけられて喜ぶ思春期男子もいるが、全体的にあまり良い印象は与えられていない。

 

 選挙活動を手伝っているのは、幼馴染の女子1人だけだ。

 

「……ちょっといい? 」

「……石上」

 

 俺たちよりも、石上が先に話しかけた。

 

「何の用?

 見ての通り、私は忙しいの」

「いや、その……」

 

「あんたみたいな不良に構っている時間はないんだけど」

「……僕じゃなくて、用事があるのは先輩で」

 

 女子の平均よりも背が低く、150㎝ないだろう。御行が長身であることもあって、ますます小さく見える。地毛の茶髪をお下げに結んでいて、スカートの丈も少し長めだ。

 そんな彼女は、身長差をものともせず、凛とした表情で御行と相対した。

 

「君が伊井野ミコか?」

「はい。初めましてでしょうか、白銀前会長」

 

 前、というところをかなり強調した。

 圧倒的不利な状況で、立候補しているだけのことはある。出会い頭に、最も優位な相手に対して、ライバル宣言したようなものだ。むしろ前会長の御行の方が動じているまである。

 

「君の評判は聞いているぞ。

 1年の学年1位だってな。

 だが俺も2年では」

「はい。入学以来ずっと1位です」

 

 御行がかぐやさんに勝てるくらい勉学の努力が実り始めたのは、1年3学期からだ。つまり、彼女は入学時にすでにその実力を持っていたということになる。

 したがって、御行の心は動じた。

 

「だが、勉強だけが全てじゃない。バイトや資格といった社会経験も大事なんだからな」

 

 耳元で『みゆきくん、1年女子にライバル心燃やしてない?』と千花にぼそぼそと言われたが、無言で頷くしかないだろう。

 

 だって、千花の声と息がえっちぃもん。

 

「前会長こそ、選挙も間近だというのに、選挙活動らしい活動をしていないようですね。王者の余裕というものですか?」

「お、おう……」

 

 最近の御行は、当日の演説の準備を徹夜で行っているくらいだ。あと、恋煩い。

 

「私から見たら、ただの怠慢ですけど」

 

 御行は押し黙るだけだ。選挙予想の結果に最も慢心していたのは自分だったことに、ライバルによって気づかされた。

 

「いや、選挙活動なんて所詮単純接触効果を期待した票集め、普段の実績があればそんなまやかし必要ない。それに、さっきの伊井野たちのビラ配りだって」

「それが怠慢だと言うのです。生徒たちに政策について考える機会を与えてこそ、健全な学園運営に繋がるという発想に、あなたたちは至りませんか?」

 

 お互いに早口で持論を展開した。

 石上がフォロー及び助言を入れようとしたが、伊井野ミコの幼馴染によって論破されてしまう。恋の駆け引きに限らず、遠回しでは、伝えたいことは伝わらないものだ。

 

「私たちは、この秀知院がより健全で、尊いものになるよう努力を重ねているだけです」

「ほ、ほう。なかなかの理念を持って臨んでいるようだな」

 

……努力ねぇ

 

 努力が空回っている感じが否めない。友情を求めることは『うまくやる』ことが必要になってくる。プライドが高いことで、伊井野ミコはいろいろと損しているように思えた。

 

 犬猿の仲である石上としては、気になって仕方がないことなのだろう。後輩の為にどうにかしてあげたいが、本人が変わる気がない。そもそも、誰かの性格や考え方を変えるだなんて、容易なことではない。

 

「この想いを、選挙活動を通して生徒たちに伝えたい。単なる票集めのつもりはありませんから!」

 

 1年生だと思って舐めてかかったとはいえ、御行は完全に論破された。これは選挙当日も、仮に相手が実力を発揮できたのなら、御行の苦戦は免れないだろう。

 

「ふっ、なかなか弁の立つ小娘だな」

 

 耳元で『小娘だって、みゆきくんがなんか小物っぽい』と千花にぼそぼそと言われたが、無言で頷くしかないだろう。

 

 いや、ほんと、声と息がえっちぃ。

 

「どんなに立派な理想を抱いていようと、所詮は理想にすぎない」

「投票日が楽しみですね。現実の厳しさをその身で知ることになるでしょうねぇ」

 

「理想なき思想に、意味なんてないというのに」

 

 御行や石上がムキになっている。

 これでは、完全に悪役みたいだな。

 

「そこのあなたは、何も言い返さないんですね」

「いや、御行の自業自得だろう」

「うっ……それは、そうだが」

 

 それに、御行は堂々としてくれていた方が、俺やかぐやさんが動きやすい。適材適所というやつだ。

 

「まあ、御行は俺たちを信頼しているからな。広報活動については元生徒会庶務の俺に、一任されている」

 

 御行から『えっ、そうだったの?』みたいな視線が向けられるが、どうか堂々としておいてほしい。それに、御行の本気は、選挙当日に発揮されうるものだ。

 

「ですが、ビラ配りをしているところは見たことはありませんね」

「それは、一体どんなやり方で……」

「あー、敵に塩を送るわけにはいかないが、後輩の2人がどうしてもって言うなら教えるけれど。これでも、元風紀委員だからな」

 

 石上から『うわぁ……この人が一番悪役似合ってる』という視線が向けられた。彼は悪意に触れてきたこともあって、かなり捻くれているけれど、意外に夢見がちで優しいところがある。

 

「……先輩方から聞いた以上の人のようですね、川田筑紫先輩」

「人物評価というのは、実際に会うことで肉付けされるものだ。今日、2人のことをもっと知れてよかったと思うぞ」

 

 風紀委員でいろいろとやった弊害か。

 

 裁判官の父親に誇りを持っている彼女のやり方は、俺のやり方とは相容れない。彼女の父親は、その輝かしい正義でどれだけ多くの人を救ってきたのだろう。伊井野ミコ自身はその理想に振り回されているけれど。

 まあ、光があるから、影ができる。

 

「ごめんね~ 男子共が伊井野さんをだいぶ意識しちゃってるみたいで」

「藤原先輩……」

 

 伊井野ミコは、さっきから千花をチラチラ見ていた。同じ純院の生徒であるが、中等部からの知り合いというわけではなさそうだ。

 

「あの、私が生徒会長になった暁には、藤原先輩が副会長になって頂けませんか!」

「えーーっ!」

 

 引き抜きとは、許せないことだ。

 

「待て待て、なんでよりにもよって藤原なんだ!?」

「この人を知ってたら、絶対出てこないセリフですよね!」

 

 御行や石上は慌てて伊井野ミコを止めて、かぐやさんに至ってはぬぼーっと無表情となった。

 この1年間、生徒会副会長を務め上げたのに、目の前で相応しくないと言われたようなものだ。だから、来年度は御行が自分を副会長に選んでくれないかもしれないという乙女的な不安を抱いたかもしれない。

 

「論理的に考えて、藤原さんは副会長に相応しいでしょう」

「論理的!?」

「どういう論理だ!?」

「こらこら~ 2人とも~?」

 

 さっきから動揺している御行の代わりに、フォローしておくか。

 

「論理的か……副会長には他にも相応しい人がいるだろうに」

「むっ! あなたこそ藤原先輩の何を知ってるんですか!」

 

 伊井野ミコはこちらに噛みついてきた。

 人数差すらものともしない気概があるようだ。

 

 さて、千花の食べ物の好き嫌いは熟知している。それに、スラングを含めたマルチリンガル、音痴じゃない男性がタイプ、歌声が綺麗、趣味のピアノが得意、アナログゲーマー、たまにずるいところがある、普段はド天然、あと実はちょっと襲われたい系女子などなど。

 最近は、下着の色を調査中。

 

「まあ、それなりには」

「藤原先輩はピティアピアノコンペで全国大会金賞を取ったんです。5か国語を操るマルチリンガルだし、あとこの秀知院学園でも普通の成績を誇ります!」

 

 学年1位の後輩にそう紹介されて、千花はむずむずとした表情で一喜一憂した。伊井野ミコは千花の凄さを語り、俺たちはその凄さを理解していないのだと伝えたいのだろう。

 

「俺は音痴だ」

「……それが何か?」

 

 いまだ克服できていない『弱さ』であって、千花の求める男性像に反している。

 

「校歌の特訓に付き合ってもらえた。その時、趣味にしているらしいピアノを聴かせてもらった。ピアノも、歌も綺麗で、なんだか魂が籠もっていた」

 

 なんて抽象的な表現なのだろう。

 でも、そこに惚れ直した。

 

「あと、姉妹校との交流会ではフランス人相手にペラペラだったし、スラングにも対応できる」

「むふ~♪」

 

プロフィール上のことだけではなく、自分の目で俺は千花を見てきた。

 

「それに、成績が下がったことでお小遣いを減らされるって、テスト前に泣きついてくる。特に理系科目」

「それは言わない約束!!」

 

 この1年で、俺は見てきた。

 魅せられてきた。

 

「議事録をまとめることが上手だと実感させられた。前期の生徒会ではムードメーカーで、意見を進んで発言してくれた」

「えへへ~ そうかなぁ~」

 

「そして、普段から人の話を親身になって聞いてくれる」

 

 これが、俺の主観的な人物評価。

 好きな女子の、好きなところだ。

 

「だから俺は、俺たちは。

 藤原書記は書記がいい」

 

 俺たちは千花の『人となり』を間近で見てきた。

 この1年間が無駄だったとは言わせない。

 

「あくまで個人の主張だ。気にしすぎないでほしい。伊井野さんにも、千花を副会長にしたいことに理由があるのだろう?」

「……私は、藤原先輩には副会長が相応しいと思っています」

 

 ここで意見を曲げるのなら、そこまでの相手だったな。

 

「じゃあ、本気で勝たせてもらうから」

 

 白銀前会長、という出会い頭のライバル宣言にそう返してやった。

 昨年度に混院の1年でありながら、他の立候補者を退け、御行は生徒会長の座についた。彼が率いた生徒会メンバーが誰1人欠けることなく、再選に協力してる。1年前とは違って、石上が加わっている。そんな俺たちが、本気を出してしまうことになる。

 

 御行も、目つきが変わった。彼が副会長に相応しいと思うのは、かぐやさんだけなのだから。

 



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番外編 マスメディア部への依頼

 これは先日のことだ。

 なんだか悪い予感がしたので、マスメディア部を訪れた。

 

 彼ら彼女らは、自主的に新聞を作製し、教員の検閲及び許可を得て、掲示板へ張り出す。最近は、デジタル版も各クラスLINEで配布されるため、学園で最も周知されている部活といってもいいだろう。

 

 現在は選挙管理委員会と提携しており、生徒会選挙の情報をまとめることで忙しそうだった。伊井野ミコに関することを、出処が風紀委員情報として伝えておけば、嬉々として記事に取り入れてくれた。

 これで少しでも、彼女の悪評が緩和されてくれれば、石上も嬉しがるだろう。

 

 そして、こっそりと聞いたが、SNSを利用した事前予想では御行の過半数を超えているらしい。思ったより少ない、もっと増やさないといけないと思った。

 

「あの2人はまた資料室か?」

「ええ。またサボっていないか見てきてください」

 

 そして、これから用があるのは、決してマスメディア部のエースとは言えない2人の女子だ。

 

 

「かぐや様ハ、マダ……」

 

 かぐやさんを少し意識しているのか、その黒髪を後ろで1つ結びにしている。案の定、目が死んだ魚のようになっている巨瀬エリカは、『ゴリゴリ』と擂り鉢とスリコギで味噌をすりつぶしていた。彼女にとっては最高のストレス解消法らしい。

 

 部屋の中が味噌の匂いで充満していた。

 

「ああっ! 捗りますわ~!!」

 

 紀かれんは、いつもとは違って、その長い茶髪を親友と同じように結んで、鉢巻を額に巻いている。案の定、白紙の自由帳の1ページに、鉛筆で必死に『会長×かぐや様』の妄想を描き込んでいた。これで一体何冊目なのだろう。

 

 2人とも昨夜から睡眠不足なのか、目の下にクマができている。

 

「……生きてる?」

「「川田さん!!」」

 

 わざとらしく閉めたドアをノックする音を聞かせると、ぐいぐいと2人は迫ってきた。ゾンビに近づかれた気分だ。

 

「昨日のことをっ!」

「ぜひ聞かせてください!!」

 

 この2人は、御行とかぐやさんの熱狂的なファンである。

 

「まあ、落ち着け。ちゃんと欲しい情報を持ってきた」

「「……ごくり」」

 

「結論から言えば、普通に応援演説を頼んだだけだ」

「ほっ……」

「そんなっ!?」

 

 巨瀬エリカは大きく安堵の息を出し、紀かれんは頭を抱えて絶望した。さっきとは状況が逆転している。

 

「さっき部長からも様子見てきてほしいと頼まれた。

 誤解を解くためにも、特集記事はよ」

 

 ずいぶんと前置きが長くなったが、これが用件だ。

 

「そうですね。早く誤解を解かないと!」

「うぅ、現実は非情ですわ……」

 

 生き生きとして巨瀬エリカは、ノートパソコンを開いて、カタカタと打ち込み始める。まあ、それが『かぐや様への愛』が籠められた怪文書なのだろうから、推敲が必要不可欠になってくる。

 

「御行はお礼に何かするかもな」

「それはありえますわっ!」

 

「あと、かぐやさんが淹れてくれた紅茶を、水筒で持ってきた。アイスティーだけど」

「かぐや様の!?」

「神はここにいたっ!」

 

 ちょろい。

 『かぐや様紅茶』に、涙を流している。

 

「どうすれば、ここまで美味しく淹れられるのでしょう」

「あ~ かぐや様の愛を感じる……」

 

 この2人はマスメディアの噂担当であり、普段は情報収集ばかりしている。それぞれの趣味嗜好の影響で、御行やかぐやさんのことばかり調べていた。そして、彼女たちの間で満足してしまうから、誰かが発破をかけないと、いつになっても記事にしない。

 

 こうして、あーじゃない、こーじゃないと言いながら、2人で1つの文章を書いていく。それは決して簡単なことではない。同じ意味を持つ言葉であっても、個人の表現の違いが生じる。

 

「生徒会が続いてよかったですわね~」

「かぐや様のご活躍がまた1年拝めるわね~」

 

 また手が止まっている。

 部長も胃が痛いことだろう。

 

「生徒会役員かぁ……川田さんが羨ましいです」

「まずはかぐやさんに話しかけられるようになってからだろう」

 

「ぅぐ……」

 

 巨瀬エリカのように、俺はかぐやさんの近い位置にいることで嫉妬されることは少なくないことだ。目の前の彼女は、同じ制服でペアルックと言い出すくらい、愛が重く、もはや崇拝のレベルだ。

 まあ、俺にもかぐやさんにも直接的な被害はないけれど。

 

「ところで、川田さんは何を読んでいるのですか?」

「暇だから、昔の選挙で良い情報がないかと」

 

 生徒会がないと、入り浸る場所も仕事もない。

 御行もいつもより早めに帰っている。

 

 中等部まで行かなければならないかと思っていたが、高等部の部室を倉庫代わりに使っているのだろう。当時の中等部生徒会選挙のことが、やんわりと書いている。

 『今年も当選ならず』ねぇ……

 

「もう勝ち確ですのに、生徒会の皆様は抜け目がないのですわね!」

「んー、まあな」

 

 さすがに学園の新聞だから、伊井野ミコの悪評をがっつりと書いていない。『マニフェストに問題があったのでは』という表現をしている。今年のビラから察するに、彼女の考え方は変わっていない。だから、伊井野ミコは急激に票を伸ばしてくる相手ではない。

 

 そして、本郷勇人も反白銀派に担ぎ上げられただけだ。御行の女子人気に嫉妬しているだけであるので、実力行使までするメンバーはいない。せいぜい、選挙当日の演説で野次を呟くくらいだろう。

 

「そう言えば、白銀会長って一度出馬しないと言っていたわね」

「ええ。でも、『一生に一度、根性見せる時が来てしまったみたいで』と、職員室で先生におっしゃって……ぽっ」

 

 そんなクサい台詞を口に出して言ったのか、御行。

 

「かぐやさんに根性見せるのだろうか」

「はわっ!? やっぱりそうですわよね!!」

「いや、藤原書記に、かもしれないじゃない?」

 

 『会長×藤原書記』派がいるらしい。

 喧嘩売っているのか(※個人的見解)

 

「むっ、どうしてですか?」

「だって、かぐや様が、もっと遠くへ……だからそう思いたくて……うぅ」

 

 あくまで個人的な希望だったらしい。アイドルの恋愛はいつだって、ファンにとっては嬉しくて哀しいものらしい。

 

「応援演説、かぐやさんは笑顔で引き受けていたな。だから……俺たちは応援演説の応援をだな」

「さすがです! 私が間違っていました!!」

 

 途中で何を言うべきか迷って、支離滅裂な発言になったけど、むしろ熱狂的なファンには適していたらしい。

 

「でも、『かぐや様×川田庶務』だってあるのですわよね。……許せません!」

「初耳だな」

 

「A組でかぐや様に気軽に話せる男子、川田さんくらいらしく……羨ましいですっ!!」

「いやいや。俺とか、村人Aだろうに」

 

 かぐやさんに普通に話しかける時点で、噂されているらしい。モテモテになる気もないから、目立つことは避けているはずなのだけれど。

 

「白銀会長の1番のご友人の方ですから、あなたは絶対良い人です!」

「かぐや様相手に気軽に話せる人ですもの、絶対すごい人です!」

「……あ、そう」

 

 その理論だと千花が一番すごそう。

 彼女は御行と俺の師匠でもある。

 

「白銀会長とはいつから?」

「中学の頃からだな、御行とは」

 

 ふむふむ、と頷いている。

 あまり根掘り葉掘り情報を聞かれるのは好きじゃないのだが。

 

「俺のことより、御行のことをだな」

「川田さんのことを知りたいという方々がいるんですの」

 

 さすが、マスメディア部の、噂担当たちだ。

 情報通として頼られるのだろう。

 

「会長を支える川田さんも、結構人気ですわよ。もちろん、会長やかぐや様ほどではありませんけど」

「一応、憧れの生徒会役員だからだろう。御行たちが主役で、俺は脇役」

 

「えっと、優しいところとか」

「思春期男子は女子には優しくするものだろう。モテたいから」

 

「その、容姿もかっこよくて……」

「そりゃあ、母譲りの遺伝子がよかったからな。ちなみに姉は超美人」

 

「ミステリアスなところがいいだとか!」

「根暗なだけだ。そういうやつほど、裏では下種な考えをしているかもしれないだろう」

 

「学園の美化に協力するお姿が……」

「綺麗好きなだけだ。神経質な男子とか嫌われそうだけど」

 

 そういえば、何の役にも立てなかった頃に勧められたヒーロー活動は、ゴミ拾いだったか。懐かしい。

 

「紅茶、あと1杯ずつは残っているな」

「あっ、ありがとうございますわ」

 

 これで、会話の流れを止めることができただろう。

 

「あの、川田さんの分は……?」

「じゃあ、補充してくるか。かぐやさんに頼むのはもうさすがに無理だが」

 

「「やっぱり……」」

 

 2人は顔を見合わせていた。

 幼馴染だから、目で会話できるのだろうか。

 

「作業に戻りな。

 俺は、何か飲み物とお茶菓子でも買ってくるから。」

 

 彼女たちがパソコンに再び向き合ったタイミングで、一度資料室から出た。こういうとき、生徒会があれば飲料や菓子類の補給も楽なのに、今回はコンビニまで行かないとならない。

 

 昨晩の反動で眠気がすごいだろうが、カフェインでなんとか耐えきって、特集記事を書いてほしい。今日はずっと、告白騒ぎの噂で学園中が浮足立っていた。周囲から持て囃されて、なぁなぁで付き合うことを御行たちは求めていないから。

 

「……まあ、あのペースだと今日中には無理か。推敲に1日はかかる」

 

 

その後。

 ようやく完成したのは、選挙の事前予想記事の後、3日経った頃だ。生徒会選挙のムードはますます盛り上がり、かぐやさんの応援演説と、御行の演説に対する期待は高まっていく。

 

 それと、美味しい高級味噌を無料で貰って帰った。

 大手味噌メーカーの社長令嬢なだけのことはある。

 



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第28話 生徒会選挙に向けて

 本来、選挙期間中、生徒会室は入ることはできない。

 

 カーテンは閉められ、秋の夕暮れの光は遮られていた。生徒会室は他の教室とは少し離れた位置にあり、古い建造物ながら防音性も高い。過去、学生運動の拠点にされた場所とも言われている。

 

「あまり芳しくないみたいだな」

 

 彼の前に、マスメディア部の新聞を置いた。

 苦々しい表情がすぐに表れる。

 

「Twitterでも呼びかけているみたいだが、フォロー数に対して、フォロワー数が少ない。それに、こっちはアンケートを印刷してみたのだが」

 

 示される割合は、彼に現実を突きつける。

 実際のところ、これはサンプルセレクションバイアスにすぎない。だが、選挙活動において彼が最も信頼している広報活動のSNSのデータなのだから、動揺させることは容易だ。

 

「紅茶を淹れますが、本郷くんは甘い方がお好きでしたよね」

「あ、ああ……い、いや」

 

 学園のトップクラスの女子が淹れてくれた紅茶だ。心を落ち着かせるためには、大いに役立つだろう。しかし、次から次へと、角砂糖を入れていくかぐやさんに対して、正気かと目を見開いた。

 

「安心してください。この角砂糖は羅漢果から採られた甘味料ですので太る心配はありませんから」

「美味しい紅茶だぞ?」

 

 俺がもはや角砂糖に紅茶をかけたものを、相変わらずの無表情で飲んでいる。彼はその光景を見て、正気を疑っていることだろう。

 

 いや、まあ、内心はすごく耐えていますけれども。

 

「周囲から担ぎ上げられるように、立候補したらしいな。ノリや勢いというか、お遊び感覚というか」

「そんなこと……」

 

 いわゆる、反白銀派だ。

 目立ちたくて、周囲の評価を気にする人が多い。

 

「あら、そうでしたの?

 人気者は辛いですわね」

 

「人気者、ねぇ……」

 

 目の前に示された数字上では、むしろ人気者とは思えない。

 

「思い出づくりにはなるかもな」

「私たちが立候補していなければ、協力してあげてもよかったのですけれど……あら、温かいうちに紅茶を飲んで頂けたら、嬉しいです」

 

「選挙……俺、辞退するから……

 だから……」

 

 最初はかぐやさんから愛の告白をされるかと思って、にっこにこだったのに、もうその余裕が崩れてきた。今まで付き合った彼女の数は多く、二股をかけるくらいのプレイボーイなのに。

 

「わかった。あまり波風が立たないようにしてほしいって、選挙管理委員には伝えておくから」

「私たちは、貴方の味方ですよ?」

 

 

 翌日、2年の本郷勇人は、出馬取り下げとなる。

 その理由は『勝ち目がない』と思ったこと、らしい。

 

 

 

****

 

 一仕事終えた後に、合流するべく俺たちは教室に向かっていた。そして、こちらへとことこと走ってくる千花に会った。

 

「あっ! みてみて~」

「何か掲示物を作ったのですか?」

 

 B3のサイズでカラー印刷してきた紙を、掲示板に『んしょんしょ』と貼っている。精一杯腕を伸ばして、少しつま先立ちになっているところが、お可愛いこと。

 

「なるほど。公約か」

 

 『白銀御行が掲げる3つの方針』とタイトルにあり、伊井野ミコのそれより、生徒目線の公約が掲げられている。また、グラデーションも使いこなしている。美術については並みの実力を持つ千花さんに、御行や石上がアドバイスを加えたのだろう。

 

 特に、開かれた生徒会というのは、親近感が湧く。

 

「会長がこれを?」

「いえ、目は通してもらいましたが、内容は私がてきとーに考えました♪」

 

 それ、演説の時に困るのじゃないだろうか。

 

「まあ公約なんて飾りみたいなものですから! 選挙が終われば何言ったかなんてみんな忘れますよ!」

「あなた、政治家の娘よね」

 

 はげどー(激しく同意)だよ、かぐやさん。

 

「実務にコストを割くのがいい政治家ですよ~」

「まあ、そうですけども……」

「一理あるな」

 

 なんてホワイトな職場なのだろう。

 

 綺麗事ばかりでは、うまく社会は回らない。光があって、影があるから、時には争いに巻き込まれるけれども、光の世界は平和なままでいられる。現実のヒーローだって、華やかしい活躍よりも、地味なことや誉められない行動の方が多い。

 

 あの事件も、表の人にとってはたった1時間程度の『夢』で終わった。カタストロフを起こすこと、カタストロフを止めること、その数年に渡る争いのために裏では多くの尊い犠牲を払ってきたというのに。

 

 

****

 

 少しばかり、癒しのひと時を味わえた。

 さて、閑話休題。

 

 

「いらっしゃい」

 

 俺とかぐやさんは、再び生徒会室に戻ってきた。そこに、伊井野ミコが1人で来客としてやってくる。偶然かどうかは分からないが、幼馴染の女子は風紀委員で仕事があったらしい。

 

「何の用ですか。私も暇ではないのですが」

「だからこそ、私たちで息抜きにお茶でも如何かと思いまして」

 

 普段なら、この3人だけでお茶会なんてしないだろう。だから、伊井野ミコはこれから話し合いが行われることは察したし、敵の領域に踏み込んでしまったことに気づいた。

 

「私たち……?」

「他の人は用事があるから、そういうことになるな。今日もビラ配りお疲れ様」

 

 まるで扉を塞ぐように、腕組みをして壁にもたれている、そんな俺の存在に気づいたようだ。再び、伊井野ミコはかぐやさんへ向き直した。

 

「生徒会室は今、使用禁止のはずですが」

「そんな規則はあるな。まあ、あれは立候補者に対して言われているものだけど」

「どのみち、私たちか貴方がたが、生徒会役員になるのですから、問題ないでしょう?」

 

 常識的に考えて、使用禁止となっている生徒会室に入る人はいない。そもそも、重要資料もあるから、警報が鳴る。ともかく、規則の穴を述べた俺たちに対して、伊井野ミコは、むっとした。

 

「……本郷先輩が生徒会長になる可能性だってあるじゃないですか」

「あら、確かにそうでしたね。ついうっかり」

「事前予測もされたから、俺たちで競い合っている状況だけどな」

 

 現在大きな差をつけて負けているという現状に、ほんの少し苦い表情が加わった。ビラ配りをしながら、その理念を述べたとしても、あまり反応が良くないことを実感しているのだろう。

 そして、伊井野ミコは生徒会選挙に敗れることに慣れている。

 

「さて。紅茶でも淹れましょうか」

「伊井野さんも座ったらどうだ?」

「結構です」

 

 なかなか強い精神を持っている。

 

「あなたからも目的のためなら手段を選ばない人特有の匂いがします。その紅茶は頂けません」

「あら残念」

「今日は美味しい紅茶はお預けか」

 

 肩を諫める。

 俺は、手段を選ばない人で確定ということか。

 

「私はあなたのことを知りたいと思って呼んだだけですよ。ご両親もずいぶんと立派な方のようですから」

「はい。どんな汚い人間にも屈することなく正義を貫いてきた両親を、私は尊敬しています」

 

 法の下の正義か。

 とてもまぶしく輝いていること。

 

「そう言えば、選挙当日は何か対策しているのか?」

「対策、とは?」

 

「俺って混院だけど、中等部の生徒会選挙当日のこと、ちらりと耳にした。遡れば、小学校から児童会長に立候補しているらしいな。……まあ、先輩としては心配しているということだ」

「……今回は失敗しませんから」

 

 上がり症は、そう簡単に治るものでもない。

 石上曰く、年々酷くなっているらしい。

 

「俺たちでその上がり症をどうにかしてあげたいが、さすがにすぐどうにかなるものじゃないだろう。せめて数ヶ月もあれば、変われた事例があるのだが」

 

 ちなみにTSUBASAくんだ。

 

「とある後輩男子も伊井野さんのことを心配しているから、なんとかしてあげたいというのはどうだ?」

「……あなたの言うことは、信じられません」

 

 その場合は、別の人にアプローチしてもらうだけだ。伊井野ミコは千花に懐いてるようだから、彼女が適任だろう。

 

「噂を流したり、わざとトラブルを起こしたり、そんな風紀委員活動は間違っています!」

「なかなか嫌われているようだ」

 

 俺が風紀委員にいる間に、数人と協力して燻っている火種をいくつか刺激してやったくらいだ。また、ちょっとした規則破りについては、伊井野ミコが行っている地道な取り締まりでは切りがないため、サンプル・セレクション・バイアスを活かした対処方法を風紀委員は行うようになった。

 

「ちなみに去年の4月、風紀委員たちは口出しできない相手が多すぎて、諦めムードが漂っていた。この学園特有の風紀委員の注意事項、中等部でも教えられただろう?」

 

 歩きスマホの注意、アプリやゲームの注意、何かトラブルが起きていないかの見回り、そういう名目上のパトロール。

 

 本気で注意するとなると、キリがない件数だ。そして、スクールカーストで上の相手を注意することにも勇気がいる。それが格上の『家』の生徒なら尚更だ。まして、規則に口うるさいやつは疎まれて、友達が減る。

 いつしか、風紀委員たちは注意することをやめていく。

 

「私は、権力には決して屈しませんから」

「立派だな。君はたった1人でも立つことができるほど、つよい」

 

 風紀委員の誰もが、伊井野ミコや俺みたいに、学友に嫌われる覚悟があるわけではない。そして、伊井野ミコにとって心の支えは、多忙な両親とたった1人の幼馴染だけだ。

 今の彼女が生徒会長になって、その華奢な肩に多くの荷を背負うことになれば、いずれ崩れる。

 

「だからこそ俺は、今のまま君が生徒会長になることを止める。君自身と、君を心配する後輩のために」

「……いらないお節介です」

 

 嫌われている俺から言っても、あまり効果が無いようだ。今ここで重要なのは内容ではなく、誰が言うかだ。

 

「りょーかい」

 

 風紀を守る仕事のためなら、俺はなんだってやる。

 正しくあろうとする彼女の正義とは相容れない。

 

 こそこそと企業スパイ活動されたり、裏で争いを起こされたりすることは、俺個人として性に合わない。そのためには、外国の王子の暗殺を決行した奴の捕縛という、危ない橋だって渡る。幸運にも、そのどれもが、穏便に事後処理を済ますことができた。

 

 

「かぐやさんからは何かあるか?」

「なら、こういう提案はどうでしょうか」

 

 かぐやさんは手のひらを軽く合わせて、ちょこんと首を傾ける。

 

「来年度、貴女の選挙戦に協力しましょう。四宮の名にかけて、貴女を生徒会長にしてみせます」

 

 優しい微笑みでそう告げる。

 甘い蜜ばかり吸いたがってきた本郷勇人とは逆で、伊井野ミコにはどんどん『飴』を与えていく。両親から愛されているようだけれども、その共働きの多忙さによって、多くの優しさを貰っているとは言えない。

 

 そして、風紀委員で何度か聞いてきたが、伊井野ミコは想像以上に『心の傷』を隠したままらしい。

 

「来年協力する代わりに……自分たちの出馬する今回は降りろ、そういうことですか?」

「そう聞こえてしまったのなら、謝ります」

 

 伊井野ミコは、抱えるようにビラの束を持っている両手に、力を込めた。

 

「今のままでは、二の舞を踏むだけだろう」

「そんなこと、やってみないと……」

 

 声は尻すぼみになっていく。

 本人が一番わかっているのだろう。

 

「来年に目を向けましょう。これは貴女の未来のことを思って言っています」

「……これが、前生徒会のやり方ですか?」

 

 伊井野ミコは、声を絞り出す。

 これでも嚙みついてくるだなんて、つよいな。

 

「あなたたちと白銀元会長、本当にお似合いですね!」

「おにあい~!?」

 

 かぐやさんの微笑みが崩れ、恥ずかしそうな表情が表れた。

 

「かぐやさん、ルーティン」

「……大丈夫、問題ありません」

 

 問題があるから、右頬を左手で触っているのだろうけれど。

 

「まあ、確かに、会長と副会長はお似合いだな」

「以前は、この学園の2トップが!?」

 

 伊井野ミコは世界の危機みたいな顔をした。

 

「あら。私と会長、そんなにお似合いかしら?」

「ええ、お似合いですよ!

 もう結婚すればいいってくらいです!」

 

 なかなかよく分かっているじゃないか。

 

「それな」

「結婚だなんて、もう……」

 

 かぐやさんの、伊井野ミコに対する好感度がぐんぐんと上昇している。両頬に手をそれぞれ当てて顔を振っていて、すでにかぐやさんは『ルーティン』なんて忘れていた。

 

「決めました! あなたたちは私の生徒会に入って頂きます。私と藤原先輩で教育し、その歪んだ心根を一から叩き直してみせます!」

 

 千花に『教育』されるのか。

 乗せられるフリをして、攻守逆転しよう。

 

「毎朝、挨拶と服装チェック

 昼は、ゴミ拾い

 夕方は、不純異性交遊の取り締まり!」

 

「れ、恋愛禁止は、どうかと思います、よ?」

「そうだそうだー」

「ダメです。50㎝以内の接近も禁止します!」

 

 死活問題すぎる。

 まあ、その時は、ロミジュリするけれど。

 

「そんな!?」

「私と藤原副会長がいれば、実現できます!」

 

 それを聞いたかぐやさんは、伊井野ミコの正気を疑っている。まるで千花が副会長になったら、その生徒会長は地獄を見ることになるみたいじゃないか。

 

「そう言えば、石上はどうする?」

「……不本意ですが、石上も教育しないといけません」

 

 ほう、脈アリなのだろうか。

 

 喧嘩するほど仲が良いという言葉もある。

 なるほど、これが実例か。

 

「とある後輩男子が、伊井野さんのことを心配しているって言ったけれど」

「……それが何か?」

 

「その男子、石上な」

「はぁ!?」

 

 呆然としているかぐやさんの腕を引いて退散することとする。

 

「俺たち先輩も、石上も、意外とミコっちの頑張りを見ているということだ!」

「ミコっち言うな!」

 

 まさか、俺たち2人の交渉に対して、強い精神力を持ってして反抗されるとは思わなかった。予想以上につよかったので、攻勢を緩めることができなくて、いつか泣いてしまうかと思ってこっちがヒヤヒヤしていたくらいだ。

 

 でも、彼女は涙を隠して生きてきたのだろう。

 悪意に晒されて、傷ついていないはずがない。

 

「元風紀委員が廊下を走るなぁ!

 待ちなさーい、川田せんぱーい!」

 

「ごめん! いろいろとごめん!」

 

 鬼ごっこが始まった。

 

 

 さて、俺たちがこれ以上説得しても諦めることはないだろう。伊井野本人が何度か深刻な顔を見せた以上、今年度も上がり症はそのままだ。だから、選挙当日に御行に任せるしかなくなった。

 



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第29話 白銀御行と伊井野ミコ

 少し古びていて、歴史を感じさせる体育館だ。

 

 週初めの朝礼のように、高等部全校生徒が集まっていた。御行の控室となっている部屋には、元生徒会役員がいる。義務ではなく、生徒会を続けたいのだという我儘の実現のため、再選を求めている。

 

「うぅ~ 私がなんだか緊張してきました」

「あなたも毎週の指揮をやっているのだから、慣れているでしょう」

「それに、藤原先輩は僕たちと裏方でしょう」

 

 生徒会長になってからの1年で御行は大きく変わった。何度も格上の相手とその言葉で立ち向かってきた。もうやさぐれたり、荒れたりはしないだろう。強いて言うなら、かぐやさん関連でそうなるくらい。

 

 ヒーローやヒロインに憧れた頃より、つよくなった。

 あれからもう1年半か。

 

「御行は、緊張していないな」

「当たり前だ。この1年、どれだけ前に立ったと思うんだ」

 

 御行は『磨穿鉄硯』の文字が書かれた扇子を使って、涼しげな表情で扇いでいる。伊井野ミコとはたった1歳の差だが、それが大きい。ちなみに去年はめちゃくちゃ緊張していた。

 

「ああ。よく知ってる」

 

 御行はいつだって本気で臨む。

 アドリブ力が彼の最大の長所だ。それは、テスト本番で実力を発揮できることにも表れている。常にその鋭い目で周りを見て、誰かの力になる。そして、傲慢とも言える自信や誇りは、常人を超えた『努力』が積み重なって、成り立っていた。

 

「かぐやさんも私の分までがんばってくださいよ!」

「期待してますよ、先輩方」

 

 それに、最近わかったことがある。

 御行もかぐやさんも褒められて伸びるタイプだ。

 

「ええ。わかったわ」

「お前ら、そんなに俺らを緊張させたいか。ほら」

 

 御行が、手を前に出した。

 4人の手のひらがその上に重なっていく。

 

「勝つぞ!」

「「「「おーーっ!」」」」

 

 とはいえ、こういうノリは普段しない。

 おかげで、全員照れくさかった。

 

「私たち、先に行きますね!」

「俺たちは俺たちのできることをやる。だから」

 

「ああ。伊井野ミコは、俺に任せておけ」

 

 運動神経が悪いし、戦うことはできない。

 それでも。

 

「ああ、任せた」

 

 御行はもうヒーローで。

 俺やかぐやさんをとっくに超えていた。

 

 

 

****

 

 伊井野ミコの幼馴染である、大仏こばちが応援演説をしていた。

 

「伊井野ミコは、とてもまっすぐな女の子です」

 

 真の意味で本気で勝ちにいくためなら、本来ここでも俺は行動を起こすのだが、今はじっと見つめるだけだ。たった1人の幼馴染として、この学園で1番の理解者として、伊井野ミコの魅力を語る彼女の邪魔をしたくはない。

 

 それでも。

 みんなに、思いが伝わるわけではない。

 

「ざわざわしてるね」

 

「じっくり考えて練習してきたようだが。

 主観的で、堅い話だ」

 

 語りかけるような内容も、含んでいる。

 魅力をわかってほしい感情が滲み出ている。

 

「私は好きだけどな~」

「さすが、聞き上手」

 

 中等部からの風紀委員での活動を中心として、その真面目さと正しさを、前面に押し出した。だが、それは伊井野ミコの長所であると同時に、疎ましく思われているところだ。自分が好きなものを、好きになってもらえるとは限らない。

 

「……ご清聴、ありがとうございました」

 

 俺たちは手を少し強めに叩いた。

 まばらな拍手は、形式的とはいえ伝搬していく。

 

『続きまして、白銀さんの応援演説です』

 

「あっ! かぐやさんだ!」

「きれいだよなー」

 

 こんなところか。

 

 ざわざわしていた雰囲気が、『わいわいがやがや』へ変わっていく。四宮の名がまず有名であり、そこに本人の人気とカリスマ性が加わる。前年度の生徒会活動の実績においても、決して生徒会長の陰に隠れることはないようだ。

 

「む~」

「千花も人気とカリスマあるから、な?」

 

 不機嫌な表情で唸っていたので、フォローする。

 これから一仕事あるというのに。

 

―――キーンッ

マイクのハウリング音が、響いた。

 

 雷なども怖がる千花も、びくっとした。

 事前に伝えられておいたとはいえ。

 

「白銀御行会長候補の応援演説を務める四宮かぐやです。こんにちは」

 

 何度もできるわけではない切り札を使い、静寂の中でかぐやさんの演説が始まった。まずは前振りとして、秀知院学園の生徒会の運営には、他学校より大きな責任が付き纏うことを説明する。

 

「我々前生徒会は、白銀御行会長の下、それらを実現できていたと自負しております」

 

 体育館の照明が落とされ、石上が作ったスライドが大きく映し出された。誰もが、かぐやさんから視線を変えて、思わず見上げてしまう。そして、『前生徒会長 白銀御行の実績』というタイトルに釘付けになる。

 

 誰もが、今この時、四宮かぐやではなく、白銀御行が主人公なのだと、自然と理解させられた。

 

 

「白銀って外部だろ」

「聞こえているぞ」

 

 耳元でぼそっと話しかけて、すぐにその場を退く。

 

 照明が落ちていることもあってキョロキョロするだけだ。反白銀派というのは、あらかじめ大体把握した。特に3年に多いこともあって、集団の背後だ。もし奇抜な髪形や髪色のような特徴を持っているなら、後ろからでも目立っている。

 

 中央に座っているやつらも、周囲の雰囲気に呑まれていた。去年同様、何人かサクラを頼んでいるが、それ以上にかぐやさんの演説ぶりに魅了されているようだ。まあ、サクラと言っても、普段からノリのいいウェイ系たちに、あらかじめ楽しい内容にすることを伝えたくらいだ。

 

「最後に、今後の活動方針を映像でご説明いたします」

 

 映像といっても、BGM付きで自動スライドショーが流れるだけだ。もちろん、スライドの移り変わりはできるだけ独創的になっている。修学旅行、文化祭、外部講師、そういった前期中に寄せられた生徒の希望に対して、この場で回答した。

 

「ご清聴ありがとうございました。前生徒会役員を代表しまして、白銀御行に清き一票を」

 

 自然と拍手が巻き起こる。

 

 かぐやさんは戻る途中で、ニコッとした。

 男女問わず、ハートにズキューンである。

 

 応援演説の短い制限時間の中で、濃縮された時間だ。活動実績や活動方針も、この時点で前面的に押し出してきた。つまり、生徒会長からはこれ以上の情報開示が行われると、期待されることになる。

 

『続きまして、伊井野ミコさんの立候補演説です』

 

 そして、伊井野ミコはこの雰囲気の中で話さなければならない。

 

 

「私の、なまえは……」

 

 使う予定のなかったはずのカンニングペーパーを開いたようだ。

 

 事前予想から圧倒的に不利であり、当日も含めて、完全にアウェイの戦いになる。先日、俺やかぐやさんの交渉を受けても、噛みついてきた伊井野ミコならば、練習してきたことを貫けただろう。

 

「うぅ~」

 

 千花のように、心配する人の声もちらほら聞こえてくる。

 それがかき消されるほど、1年生を中心とした冷やかしの声が聞こえ始めた。笑っているようだけど、それは嘲笑というものに入る。

 

 伊井野ミコの『努力』が認められない。

 それは王道じゃない。

 

「もー いいだろ。

 時間の無駄だ」

 

 それは多くの人にとっての代弁だ。

 御行はルールを破って、壇上へ立った。

 

「こんなアホらしい公約掲げて、票を取れると思っているのか、伊井野」

「アホらしい……?」

 

「アホらしいだろ。今の時代に強制坊主とか。

 みんな嫌がってると思うぞ」

「だからそれは……」

 

「どうした。反論があるなら、俺の目を見て話すことだ。」

「私が……」

 

 

「私が言いたいのはっ!!」

 

 

「ん

 言ってみ」

 

 

 伊井野ミコは、設置されたマイクを外した。

 

「この公約は全然アホらしくはありません!」

 

 彼女も負けじと、スライドを映した。

 近年のブランドイメージの低下の数値で訴え、他学校や近隣住民からの評価が下がっていることを伝えた。『偏差値だけ良いボンボン共』というキーワードには、グサッとくる言葉だろう。

 

「ほう、具体的には?」

「例えば、文化祭でのキャンプファイヤーは3年前まで恒例行事でしたが、深夜まで居座る生徒やポイ捨て問題がSNSに取り沙汰され、夜間活動に町内会の許可が下りなくなりました!」

 

 教師陣が頭を抱えたり、深々と頷いていたりしている。

 

「風紀の乱れが引き起こした問題の1つです! 周囲の不評は校則緩和の時期と符号します! ルールはモラルを育てるのです!」

「だけど。それだけのために坊主頭にするのはやりすぎだろ」

 

「ロン毛よりカッコいいでしょ!ボウズ頭!」

「お前の好みかよ!?」

 

 秀知院学園の威厳を取り戻そうとしている。

 新しい風であり、革命だ。

 

「今こそ! 『風紀のある秀知院』というイメージ改革が求められているのです!」

 

 大きな声ではっきりと、全校生徒に訴えかける。

 

 今はまだ、たった一瞬のことだったけれど、御行から視線を逸らした。その後は、先日に俺やかぐやさんに立ち向かったように、御行相手に一歩も退くことはない。彼女に感心し、そして白熱する論争から誰もが目を離せない。

 

 彼女の頑張りを認める人が、増えていく。

 この生徒会選挙で、伊井野ミコは確かに大きく成長しようとしていた。

 

 

 

 



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第30話 ラブコメのやり方

 新生徒会が始動したが、そのメンバーと役職は前期とほとんど変わらないものだ。そのため、毎年恒例の引き継ぎ作業が全くなく、慣れもある。だから、再始動してからとにかく忙しいというわけではなかった。

 強いて言うなら、新規メンバーである伊井野に生徒会のことを教えるくらいだろうか。

 

「生徒会、辞めたいんですけど」

 

 石上とは対照的に真面目っぽさが見た目からも感じてくる。お下げにしている髪はしっかりと手入れされていて、清潔感に溢れている。彼女は風紀委員を続けながら、生徒会会計監査を担うことになった。

 

「憧れの生徒会にやっと入れたのに、どうしてまた?」

 

 今日は風紀委員室で教えているので、同席している幼馴染の大仏も心配しているようだ。今期は生徒会に入らなかったが、来期は伊井野生徒会長のサポートとして入るだろうから、聞き流す程度で生徒会の話を聞いてもらっている。

 

「いきなりどうした、ミコっち」

「ミコっち言わないでください」

「先輩、身内にはそんな感じなんですね」

 

 このあだ名、お可愛いと思うけれど。

 

「それで伊井野、俺に相談か?」

「不本意ですが、生徒会では先輩にしか相談できないことなので」

 

 御行は恩人なのでまだ壁があり、かぐやさんはまだ掴めないところが多いのだろう。そして石上とは犬猿の仲だ。消去法で、会計監査の業務を教えている俺というわけか。

 

「千花はどうなんだ?」

「藤原先輩には迷惑をおかけしたくないので」

 

 伊井野から『何を当たり前のこと言ってるの』みたいな視線が向けられるが、どうやら俺にはどれだけ迷惑をかけても気にしないらしい。

 

「ここ最近、目に見えて嬉しがっていたが、どうした?」

 

「確かに私だって嬉しかったですけど!

 でも私が憧れていた生徒会というのは……」

 

 そこから、意外と夢見がちな伊井野から、青春ストーリーを語られた。

 

 生徒会は徹底した実力主義であり、冷酷無比なリアリスト集団だった。そこへ入ってきた正義感溢れる少女は何度も地面に這いつくばることとなる。そして、悪に堕ちた親友のために涙を流す天使に慰められた。だから、少女は諦めなかった。やがて、少女の努力は少しずつ実り始め、闇に染まりきっていた生徒会は変わっていく。

 

 少女は、革命を起こすような、光を纏う風だった。

 

「みたいな!」

「本当に想像力豊かね」

 

 まずは、大仏がそう評した。

 

「友情・努力・勝利が揃っていて、挫折も乗り越えている。まさに王道だな。そういうのは好きだ」

「でしょ!」

 

 伊井野は目を輝かせて机から身体を乗り出した。対して、大仏から、『この人も同類だったか』みたいな視線が向けられる。いやいや、大人になっても、ジャンプ漫画やニチアサの時間は楽しめて、ヒーローに憧れるものだろう。

 まして、お可愛い天使が出るストーリーだ。

 

「で、やめたい理由は何だ? 詳しく」

「だって、生徒会は酷いヤリサーじゃないですか!?」

 

 よく男の前で言えたな、そのワード。

 

「私たちは、会長と石上の酷い性欲に晒されているんです!」

「へぇー」

「同年代の思春期男子として、ないとは言いきれないな」

 

 御行は付き合った以降の『願望』を語ってくる。

 それがなかなかにディープだ。

 

「もちろんここで話した内容は黙っておく。それにしても、俺は信頼されているみたいだな」

「えっ、元とはいえ、風紀委員が未成年でそんなことしないでしょう。何を当たり前のことを言わせるんですか」

 

 何を当たり前みたいに語っているのだろう。

 

 感動的だな。だが無意味だ。

 内心、かなり狙っている。

 

「まあ、結論は早まるな。誤解もあるかもしれない」

 

 伊井野は机に身を乗り出していたが、ゆっくりと姿勢を元に戻した。

 

「でも、誰かに報告したことが石上たちにバレたら、報復に藤原先輩のあられもない写真がバラまかれてしまいます!? た、たぶん、スカートの中の写真とか!」

「大丈夫だ、俺が絶対に阻止してみせる」

「なんだかやけに真剣ですね、先輩」

 

 千花のあられもない写真は、俺が独占してみせる。

 さあ、その写真はどこにある。

 

「川田先輩! 頼れるのはもうあなただけです!」

「ああ。伊井野が協力してくれるなら百人力だな」

 

 さて、千花のパンツの色について、そろそろ決着をつけることができる。

 

「もういっそ、朱に交じって楽しんじゃうってのはどうですか?」

「論理的におかしいでしょう!」

「そうだそうだー」

 

 他の男に、千花のあられもない姿を見せるわけがないだろう。

 

「そう? 私的には結構熱いシチュだけど」

「それはあなたの趣味でしょ!?」

「そうだそうだー」

 

 大仏も真面目そうに見えて、なかなかがっつり系が好きなのだろうか。

 純愛派の俺とは相容れないようだ。

 

「私が求める愛の形は!

 そんな劣情にまみれた形ではないのっ!」

 

「聞かせてもらおう、真実の愛を」

「先輩、真顔で真実の愛って言わないでください」

 

「これは中等部にいた頃のことです……」

 

 そこから、意外と夢見がちな伊井野から、青春ストーリーを語られた。

 

 生徒会選挙のこと以外にも、風紀委員での熱心な活動もあって、彼女は疎まれていた。この時唯一理解してくれて応援してくれたのは、大仏だけだった。そんな時、机の中に手紙が入っていた。最初はいつもの嫌がらせかと思ったらしい。しかし便箋には決して綺麗とは言えない文字で、こう書かれていた。

 

 『君の努力はいつか報われる』と。

 

「名前も告げず、励ましの言葉をくれたあの人みたいに見返りを求めない、ピュアな想い! これこそが本当の愛の形なのよ!」

「素晴らしい愛の形だな」

「へぇー 先輩も感銘受けましたかー」

 

「あぁ……私の王子様……」

「再会できるといいな」

 

 伊井野からの好感度は鰻登りだ。対して、大仏からの尊敬度が激減している気がする。

 

「さて、ステラの花言葉は『小さな強さ』『燃える思い』『見守る心』『知恵』『愛らしい』くらいか。これ告白じゃないか? もうこれは真実の愛じゃないか?」

「あーもう、先輩照れるじゃないですか~?」

 

 その時の花を栞にしているらしく、胸の前で抱えるようにして両手で持って、身体をぐねぐねなさせている。

 俺も、その愛の形をぜひ参考にさせてもらおう。

 

 

「とりあえず、一度論理的に整理してみましょう」

 

「ほう、論理的にか」

「論理的にね」

 

 俺たちは一瞬にして、目がキリッとする。

 大仏がそっと溜め息を吐いた。

 

「四宮先輩が『会長のヤリチ〇』発言、どう思いますか?」

箱入り娘のかぐやさんは性知識に欠けている。つまり、何らかのソースから『ヤリチ〇』というキーワードを得て、使ってみたいと思ったのだろう。これはオフレコにしてほしいのだが、最近までかぐやさんは『チ〇チ〇』で笑うレベルだった

 

伊井野はかぐやさんに親近感が湧いたようだ。

 

「なるほど!!」

「いや、内緒にしておきますけど……」

 

 大仏から『うわぁ』って視線が、俺に向けられる。

 

「なら、『気持ちすぎて死んじゃう』というのは?」

「御行は、かぐやさんの手を握った程度で昇天するレベルの童貞だ」

 

 絶滅危惧種!?と、伊井野は叫んだ。

 

「会長が四宮先輩を押し倒したのは!?」

「生徒会にアクシデントは付き物だ。童貞の御行はその後すぐに土下座したことだろう」

 

 土下座してました!と言って、伊井野は賛同してくれた。

 

「じゃあ、藤原先輩を『ガムテープで拘束』したのは!?」

「俺に内緒でそんなプレイをしていたのか! よろしい、戦争だ」

 

 お供します!と言って、伊井野と共に席を立った。

 

 

 大仏は、頭を抱えて机に突っ伏した。

 

 

****

 

 なんだかいつもと違う空気を感じる生徒会室に、俺たちは勢いよく飛び込んだ。そして、立ち止まるしかなかった。

 

「四宮先輩、魚のように目が泳いでいますね」

「いや、四宮、お前にはペンギンが似合う」

 

 いつもより数倍仕草が乙女漫画っぽい御行と石上が、かぐやさんに言い寄っている。しかも、俺たちにも気づかないくらい自分たちの世界に入ってしまっていた。

 

「そんな……私、溺れちゃいます」

 

 この生徒会室でどう溺れるのだろう。

 俺のいない間に一体何があった。

 

「選べるのは 1人だけですよ……?」

「どっちを選ぶんだ……? 俺と石上」

 

 御行はまるでプロポーズかのように、水族館のペアチケットを差し出している。御行がかぐやさんを水族館デートに自ら誘うだなんて、風邪でも引いたのか心配になってくるけれど。

 

「……いい」

 

 伊井野的にこの雰囲気は『アリよりのアリ』らしい。

 

「昨日!

 すもう見たんですけど~!」

 

 元気よく、千花がやってきた。

 

 のこった~のこった~って言いながら、歩き回る。

 お可愛いこと。

 

「あっ、プリンだー!」

「プリンですか!」

 

 千花はテーブルの上のプリンに興味を示した。

 花より団子らしい。

 

「食べていいっ? 食べていいっ?」

「……じゅるり」

 

 2人とも涎拭けし。

 

「食べていいから」

「やったーっ!」

「ありがとうございますっ!」

 

御行の許可をもらえたことで、2人はがっつくように食べ始める。

 

「四宮先輩、なんか顔、赤くないですか……? 保健室に……」

「いや、保健室には俺が連れていく」

 

まだ続けたかったのか、そのムード。

 

「ここは僕が……」「いや、俺が……」

「もう、私、プリンみたいにとろけちゃいますよ……」

 

 とろけるのか、御行以外のやつと。

 

「げぶぅーー

 プリン食べ終わったので連れていきますよ?」

 

「あの、もう1個食べていいですか?」

 

 食い意地の張った2人によって、かぐやさんの表情は一瞬にして真顔へ変わった。

 

「いや本当に大丈夫ですよ。熱なんてないですから」

「えっ、そうなんですかー?」

「あの、その、プリン……」

 

「診てもらうだけならタダだ。行くぞ、四宮……」

「会長……!」

 

「四宮先輩は任せましたよ、会長……」

 

 御行はかぐやさんの腕を取って、この場から離れていく。いつもより積極的だから、このまま保健室でゴールインするかもしれない。元風紀委員として、認可したいと思います。

 

 

「やるよ。好きなんだろう……プリン……」

「うん……このプリン、好きなの……」

 

 石上の積極的な餌付けに、伊井野はとろけた表情を見せた。将来が心配になるくらい、伊井野がちょろすぎる。

 

 

「いいな~

 ねぇ、私ももう1つ食べていい?」

 

「俺も食べたいから、はんぶんこだな」

「わーい♪」

 

 これが戦い方のお手本だ。

 いつまでも千花のペースに乗せられる俺ではない。

 

 あれ、何のために来たんだったか。

 

 

 

 

 

 

 



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第31話 第6回恋バナ@生徒会室

 女三人寄れば姦しい、と言われるように女子が3人も集まればキャッキャウフフである。それは男子高校生4人にあてはまる場合もあり、たまには恋バナというものをするのである。

 

 生徒の悩みを解決するべく、生徒会長は今日も相談を受けつける。

 

「どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 女子メンバーが席を外していないが、お茶請けは俺の担当にさせてもらった。落ち込んでいる彼には、優しい味がいいと思って白湯を出した。わざわざ一度お湯を沸かして、冷ます工程までやってあげた。

 

「さて、今回も恋愛相談ということだが……」

 

 会長も恋愛経験ゼロのヘタレ童貞に過ぎない。恋愛百戦錬磨という学園生徒からの評価とは真逆。一目惚れした女性に半年間片想いし続け、2学期からも数々の『ときめきメモリアル』をしたが、いまだかぐやさんと付き合ってはいない。

 

「俺、彼女と喧嘩しちゃって」

 

 田沼翼くんは、今は夏休み明けの輝きを失っていた。『壁ダァン』をする前よりも自信を失っている。それにしても『友達の話』にしないとは、さては貴様もう童貞じゃないな。

 

「っしゃオラ ざまぁみろ」

「OK石上ブレーキ」

 

「石上、最低」

「石上くん、さいて~」

 

 一早く石上が『ざまぁ』してしまったため、女性陣に引かれたので、部屋の隅で一度膝を抱えた。

 

「もう少し事情を聴こう」

「喧嘩の原因は、何なのでしょうか?」

「いや、それが分からないんですよ。聞いても、『どうして怒ってるかわかる』って」

 

 きついな。

 それはきつい。

 

 男としてはあらかじめその理由を考えた上で、可能な限り修正し、そして謝る。もし、その期間が伸びれば伸びるほど、状況は悪化していくものだ。しかも、男では簡単に理解してあげられないことの可能性だってある。

 

「ここは、ラブ探偵団の出番ですね!」

「うぅ、またこの帽子を……」

「これ、いつもやっているんですか……」

 

 どうやら、今回から新規メンバーが加入したらしい。

 

「さあ、1つ1つ話してみてください!」

「じゃあ……」

 

 先日、田沼翼くんはラインのアイコンを、気分転換に猫の画像に変えたらしい。渋々納得してくれたとはいえ、あからさまに『激おこぷんぷん丸』ほどではないが、『おこ』だったらしい。

 

「先輩の彼女、猫が嫌いなんですか?」

「猫いいだろ、だって猫だぞ?」

「犬がよかったのでしょうか?」

「ウサギがよかったとかは?」

 

「いや、そんなことはないと思います」

 

 御行とかぐやさんは、お互いに好きな動物を言っているだけだろう。だから、俺もあえてウサギを出してみた。

 

「ふむふむ。恐ろしいほど束縛が強い人なのでしょうか。勝手に行動したこと自体に怒ってるとか?」

「束縛は結構きついですけど、そこまで無意味には怒りませんよ」

 

 柏木さんとは気が合いそうだ。

 

「前のアイコン、彼女との2ショットじゃありませんでした?」

「まあ、うん。渚と撮ったプリだった」

 

「原因は2人の『ラブラブアイコン』を外されたから、彼女がいるって周りに隠しているんじゃないのっていう『おこ』ですね」

「そ、それだぁ!!」

 

 急いで、スマホを操作しながら田沼翼くんはLINEのアイコンを変えているようだ。それにしても、男としては入りづらいプリクラをしてくるだなんて、さては貴様もう童貞じゃないな。

 

「う~ くやしー」

「この私が、石上に後れを取るなんて」

 

 もしかして俺と石上以外、素で気づいていなかったのだろうか。

 

「じゃあ!」

 

 先日、田沼翼くんは、風邪で休んだ柏木さんのお見舞いに行ったらしい。もちろん授業を受けて、放課後にコンビニに寄って、家に向かった。だが、『門前払い』を受けることになる。彼としても風邪をうつされることは気にしないことを伝えたはずらしい。

 

「風邪……お見舞い……」

 

 かぐやさんはルーティンを使う間もなく、脳がショートしている。1学期にお見舞いに行ったエピソードを、御行から聞いたが、その時の記憶がないとはいえ添い寝したらしいから。羨ましい。

 

「他の男を連れ込んでいたとかどうです!?」

「いえお義母さんもいましたし、さすがにそれはないかと」

 

 千花さんの案は外れたか。

 まあ、束縛欲の強い柏木さんが自ら浮気はしないだろう。常に異性との関係は気にしてしまうものだ。むしろ、探偵か誰かに、浮気調査を頼むまである。

 

「これは決まりだろう。

 妊娠だな」

 

「つくしくん!?」

「筑紫もそう思ったか」

「セェッ!? みみみ未成年ですよ!?」

「おおおおちついてください、四宮先輩」

「まず伊井野が落ち着け」

 

 いつかはこの日が来ると思っていた。

 それは、田沼家の血の宿命だ。

 

「いやいや、大丈夫ですよ。

 僕たちはちゃんとシてるんで」

 

「で、ですよね~」

「そうね。まだ未成年だものね」

「ほっ……不純異性交遊をしていないようで何よりです」

 

 箱入り娘たちはすっかり騙されたようだ。

 

「先輩、いつも彼女の部屋に入る時、少し待たされたりしませんか?」

「あー、5分くらいは」

 

 よく柏木さんの部屋に行っているらしい。もうお互いの家族公認の関係までいっていて、『できちゃった婚』する可能性がでてきた。それが田沼一族のジンクスとなっている。

 

「柏木さんの部屋、どんな感じなんだ?」

「えっと、少し物が多いけど、綺麗ですよ」

 

「柏木さんは普段から綺麗にしてそうだが、石上はどう思う?」

「いやいや、彼氏が来る時こそ、いつもより入念に掃除するんですよ。化粧もするかもしれません。でも、その日は、風邪で片付ける元気がなかった」

「そ、それだぁ!!」

 

 田沼翼くんより、石上が恋愛マスターっぽい。

 なお童貞。

 

「おそらく、きっと、入念に掃除していました!」

「石上、お前すげーな!」

 

「……石上のくせに」

「……一言余計だ」

 

 伊井野と石上は相変わらず犬猿の仲だ。そして、千花はその探偵帽を脱いで、石上へ震えながら差し出した。

 

「こっ、これ、あげます……」

「いりませんよ。そんなアホと思われる呪いのアイテム」

「誰がアホですって!?」

「そうです。私はアホではありません!」

 

「まあ、落ち着け。2人とも」

 

 ぎゃいぎゃいを始めた石上と伊井野を御行が押しとどめる。

 あとかぐやさん、ひどいな。

 

「それだと、極黒リボンごと渡すことになるだろうに」

「わぁ!?」

 

 再び、探偵帽を千花の頭に被せておく。

 髪が乱れたのを気にしているのか、くしくししている。

 

「じゃあさ! 渚がファッション誌を読んでて、この中だったらどの子が好みって言われて、答えたんだけど!」

「他の女を褒めたからでしょう。この場合の正解は、みんなタイプじゃないって伝えるだけです」

「それか、君は大人になったらどんな美人になるのだろう、とかな」

「なんだかそれアリです、川田先輩!」

 

 真の天才を含む人たちから、俺たちに『天才か?』という視線が向けられている。強いて言うなら、石上と俺以外は、一度恋愛シミュレーションゲームをやった方がいいと思う。

 

「じゃあ、これ昨日の話なんだけど、ゲーセンでカッコいいところ見せようとして、全力出したんだけど!」

 

「ボコボコにしたからに決まってんだろ!!

 しかも昨日って、それが原因ですよ!!」

「石上落ち着けぇ!」

 

 今にも掴みかかりそうな石上のブレーキを、伊井野に任せておいて。

 

「田沼は優しいから。柏木さんも甘えてしまって、どうしても我儘を言ってしまうということもありそうだ。だから、たまには、本音で不満をぶつけ合ってみるとか」

 

 そこで、提案する。

 

「ここは初心に戻って『壁ダァン』をしてみたらどうだ?」

 

「……俺、壁ドンしてきます!

 ありがとうございました!!」

 

 彼は自信を取り戻して、駆けて行った。

 またこれから数日、学校中でイチャイチャしそうだ。

 

 

「俺は『壁ダァン』の野次馬をしてくるが。

 どうする、ラブ探偵団?」

 

「もちろん、行きますよっ!」

「不純異性交遊は止めないと!」

 

「会長、私たちもいきましょうか」

 

 走り出した俺たちの後ろを、残りの3人もやれやれ顔で追いかけてきた。

 

 

 



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第32話 第3回テーブルゲーム@秀知院学園

 テーブルトークロールプレイングゲーム、略してTRPGは動画投稿サイトを中心に、流行が再燃することがある。参加者はRPGのキャラクターとなって、進行役に従って物語を進めていく。

 

 デジタルのゲームと違って、自由度が高いことが長所であり、個人でそのストーリーを変更することが容易だ。進行中にストーリーを変えるならば、ゲームマスターはアドリブ力が試されるが、匙加減でどうとでもなる。

 

「あっ! 野生の風紀委員が現れました!」

 

 伊井野は、尊敬する千花の唐突すぎる発言に啞然とした。

 

「えっと、相手のポケモンはニドリーノとニドリーナです! そのHPはなんと30!」

「えー もう進化してるなんて」

「でも数はこちらの方が上だよ!」

 

 対して、1年で部長のマッキー先ハイや、3年のギガ子は、2年の不治ワラちゃんのノリについていけている。

 

「あの、その大きなサイコロは……?」

 

 そして、TRPGを行う場合、サイコロの出目によって、アナログ式に乱数を発生させ、成功の可否が決められることが多い。サイコロの種類を上手く組み合わせる場合があるが、今回は1~6の出目で行っている。

 

「ニドリーノに向かって、フシギダネはたいあたり!」

「わかりました! たいあたりは7以上で成功ですよ」

 

「おらぁ!」

 

 マッキー先ハイは抱えたサイコロを放り投げ、ごろごろと3つのサイコロが転がり、その出目は合計8。

 

「成功です!

 ダメージはサイコロ2つで行ってください!」

「そりゃあ!」

 

 その出目の合計は6

 

「ニドリーノの残りHPは24です!」

「全然だったよー」

「次は つっくんの出番だね!」

 

 ちなみに、『叩いて被ってジャンケンポン』や『あっち向いてホイ』という名の闇のゲームに負けて、俺は名前の文字を奪われた。人物設定的には、『千と千尋の神隠し』のように、テーブルゲーム部という名の魔境に迷い込んだ異世界人らしい。

 

「伊井野のニドリーノに向かって、俺でたいあたり」

 

「ひぃ!」

 

 伊井野に怯えられた。

 いや、実際には体当りしないから。

 

「合計6」

「残念、命中ならず!」

 

「次は千花の……不治ワラちゃんの番だな」

「では、進行お願いしますっ!」

 

「いや、川田先輩まで何しているんですか……?」

 

 俺が視線を逸らすと、部長のマッキー先ハイがやれやれ顔で答えてくれるようだ。

 

「校舎全域をフィールドとした秀知院RPGだよ」

「ポケモンマスター目指してみんなで旅をしています!」

 

 部室でフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメを手持ちに入れるために競った後、マサラタウンを旅立って、トキワシティという校舎から出て、ニビシティに向かっている最中だ。

 ここまでの道中も魔境だった。

 

「伊井野、モンスターボール分けてくれないか?」

「……はぁ?」

 

 ちなみに、トキワシティにあるファミリーマートでもモンスターボールが売っていたが、お小遣いでは買える値段ではなかった。どうやら、この世界は物価が高騰しているらしい。

 

「そろそろ、俺もポケモンを使ってみたい」

「えー つっくんはせっかくレベル8まで上がっているのに」

 

朝の起床判定に失敗し続けたおかげで、オーキド博士役の校長からピカチュウすら貰えなかった。そして、校長自身もミュウツーを手持ちに参戦するつもりだったようだが、仕事中に抜け出した校長を捜しに来た教頭先生に却下された。

 

 ともかく、俺がポケモンとなるしかなかった。

 

「そうそう。メガトンパンチだって覚えたじゃん」

「こっちはまだみずでっぽうとかしか使えないから、つっくんは私たちの最大戦力ですよ」

「当たったことがないし、これからも当たる気がしない」

 

 それにノーマルとかくとう技ばかり覚えそうで、ゴースで詰む。そして、俺が覚える技や、進化するのかどうかについては、不治ワラちゃんの気分次第だ。

 

 サイコロの出目からして、今日は運が悪い日だ。

 

「……よくわかりませんが、周囲の迷惑にならないよう気を付けてください」

「わかってる わかってる!」

 

 どうやら、巡回中の伊井野と大仏は、TRPG中の俺たちに関わることを諦めたらしい。

 

「あっ、ミコちゃんたち逃げないでください!」

「せめて、お小遣い置いていってください!」

 

 事情を知らないと、ただのカツアゲである。

 

「む~

 それじゃあ、次はディグダの穴に向かいます」

「おー いきなりクチバシティ行っちゃう?」

 

 ディグダの穴に行くことに、いあいぎりなんていらなかった。

 

「こことかどうでしょう!」

「体育倉庫みたいね」

「なんだかお宝の臭いがするね」

 

 それは、土と汗の臭いだと思う。

 

 この体育倉庫は、コンクリートの壁は厚く、風通しが悪いので蒸し暑い。数少ない光源は白熱電球1つであり、夕方であっても薄暗い。ごちゃごちゃしているとはいえ、まさにディグダの穴らしく、洞窟っぽさがあった。

 

「おおっ! マットがありますよ!」

「すごーい!おっきい!」

「たーのしー」

 

 女子3人でぴょんぴょんし始めた。

 TRPGのことはすっかり忘れられているようだ。

 

「でも、ここ熱いよねー」

「なんだか汗かいてきちゃった」

「だよねー」

 

 マットの上に座って女子がそんな会話をしている。

 

 疲れて、はぁはぁしている。

 制服の裾をパタパタしている。

 

「……まあ、一旦出るか」

 

 ずいぶんと丈夫で重い引き戸だ。加えて、金属製で錆びている。体育倉庫の構造的にも、いわゆる懲罰房や弾薬庫とも思えてくる。ガチャガチャと音を立てるだけで、簡単には開かない。

 

 サイコロの出目といい、今日は運が悪い日だ。

 

「ちょっと、待ってろ」

 

 まず、上下に動かして立て付けを隠してみるが、全く動かない。ここからは力比べをするしかない。だから、掴みづらい戸をなんとか持って、両手に力を入れるがビクともしなかった。

 

「あ~ 壊れちゃう~!」

「ちょっ! ミシミシいってるから!」

「ストップぅ!」

 

 その声で一度やめたが、体育倉庫が崩れそうなら、無理に蹴り壊すことも危険になってくる。俺たちだから良かったけれど、この体育倉庫は生徒会役員的には、建て直しの案件だ。

 体育祭が終わればすぐにでも申請しよう。

 

「助けを呼ぶしかないか」

 

 携帯を操作して、状況に適している人に連絡した。

 やりすぎないかが心配になるのだが。

 

「これは脱出ゲームですね!」

「制限時間は助けがくるまで」

「おーっ!」

 

 この状況でも、どうやらゲームに繋げるらしい。

 パニックになるよりはマシか。

 

 俺たちは懐中電灯代わりにスマホを用いて、備品を探り始めた。引き戸に鍵穴はないし、開けるためのヒントや順序の誘導はない。まして、脱出用の階段なんてものはないだろう。

 

「この綱引きで引っ張るとかは?」

「でも、引っかけるところがないよね」

 

「あっ! これ、去年玉入れに使ったやつだ~」

 

 そう簡単に、この状況を打開できるものは見つからないようだ。そもそも、脱出ゲームではないから、都合よく用意されているとは限らない。キーアイテムを手に入れるための謎解き要素もない。

 

手がないわけではけれど。

 

「つくしくんは何してるの~?」

「潤滑油を探している。この発電機の燃料は枯れているな」

 

 そもそも、火気厳禁の軽油やガソリンは危ないけれど。

 

「あっ、これじゃない?」

「自転車とかによく使うやつだね」

 

 マッキー先ハイ、ナイスだ。

 早速、引き戸の下に使ってもらった。

 

「……いや、これでも開かないな

 上にも使ってみるか」

 

 俺たちは視線を上に向けた。

 

「結構高いよね~」

「つっくん、マット置いて届きそう?」

「ギリギリ手は届くが、潤滑油の残りが少ないから、見えないところで作業するというのはな」

「じゃあ、肩車はどうだろ?」

 

 誰と誰がだろう。

 女子同士で肩車しても十分届く高さだ。

 

 ちらっ、ちらっと、女子たちの視線が交錯した。

 

「……千花と、俺ね」

「うんっ♪」

 

 今、君はスカートなのだが。

 にぱーっとしているから、良いのだろう。

 

「よいしょ……

わわっ! だいじょうぶ?」

 

 中腰で肩車をしている状態だから、少しバランスが悪い。いや、それ以外にも問題があるのだけれど。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 柔らかい太もも、『もにゅっ』である。

 これはやばいって。

 

「天井、大丈夫そうか?」

「うん。ちょっと怖いけど」

 

 俺のスマホの通知音がする。

 少し、千花がびくっとなった。

 

「もう助けが来たのかな?」

「いいとこだったんだけどねー」

 

「それはどういう意味で……」

 

 嫌な予感がする。

 特徴的な甲高い音が外から聞こえてきた。

 

「きゃっ!」

 

 千花は大きい音が苦手だ。

 

 肩の上にいる千花がバランスを崩した。俺は、その身体を抱き込んで、俺が下になるようにマットの上に寝転んだ。

 結果的に、頭の向きはそれぞれ反対向きで、俺は顔に太ももが当たる。

 

「要請に応じ、助けに来たぞ」

 

「……どうも」

 

 顔はヒヨコのような何かで、その全身は金属でできている。そんな姿だが、ジナイダという名前の女子だ。彼女はコンクリートの壁を、レーザーで破壊して取り外したらしく、切り口はドロドロに溶解している。

 

 それにしても、と彼女は呟いた。

 

「グフフ、いやらしいですなオマエら!」

 

 彼女の機械でできた顔に、表情の変化はないけれど、声で笑っているとわかる。

 

「事故だから!」

「そうそう! 事故ですからねっ!」

 

 俺は、勢いよく飛び退いた。

 そして、千花と視線を逸らし合う。

 

「わかってる わかってる~」

「ね~」

 

 いまだ2人もニヤニヤとしている。

 今日は、運が良かったのか、悪かったのか。

 

 

 



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第33話 銭湯の入り方

 夕方、急に天気が変わり、激しく雨が降り始める。

 

 運悪く、今日は体育祭に向けて、インドアな生徒会メンバーも少し走っておこうと学園外まで出ている。そして、折り畳み傘は学園に置いてきてしまっている。今は、御行の先導によって、雨宿りできる場所まで案内されていた。

 

「おへそとられるぅ~!」

 

 おんぶしているのだが、千花は俺の背中にがっしりとしがみついている。いまだ雷が怖いらしく、視界を塞ぐことと、おへそを守ることを目的として、全身全霊で身体を押しつけてきていた。

 弾道上がりそう(※パワポケ的表現)

 

「よしっ、見えたぞ!」

 

 俺たちが飛び込むようにして入ったのは、少し古いタイプの銭湯だった。玄関の靴箱を見るに、今は空いているらしく、この雨の中をわざわざ来るのは物好きか、雨宿り目的だろう。スーパー銭湯なら、車でアクセスしやすいから、もっと人がいただろう。

 

 ていうか、スーパー銭湯の、スーパーってなんか凄そう。

 

「ここは俺がたまに来る銭湯だ」

「銭湯というのは、大衆浴場ですか……?」

 

 キョロキョロしている俺たちと違って、御行は慣れている手つきで靴箱に靴を入れている。御行の家の風呂は決して大きくはない。家計を少し圧迫するとはいえ、御行も圭さんも大きいお風呂でゆっくりしたい時があるのだろう。

 

「ここなら身体を温められるし、乾燥機も併設されているから服も乾かせる!」

「私が迎えを呼びますね。荷物を取りに、一度学園に寄らせますから」

 

 かぐやさん家の、あの黒塗りの高級車か。

 

「よしっ! いい機会だから皆で風呂に入って帰るか!」

「みんなでっ!?」

「みんなでですかっ!?」

 

「いやいや。男と女、別々に暖簾があるだろう?」

 

 かぐやさんや伊井野が勘違いして顔が真っ赤になったので、訂正しておく。御行関連になると、特にかぐやさんは冷静さを失うのだが、最近ますます効果が上昇している。そろそろ、告ればいいのに。

 伊井野はムッツリなだけだ。

 

「いつまで藤原先輩とくっついているんですか。あと石上こっち見るな」

「どう見ても、これは拘束技だろう」

「……見てねぇし」

 

 ちなみに今は、俺たちは体操着である。

 まあ、それだけは言いたかった。

 

「ほら。藤原先輩、危ないですから、離れてください」

 

「危ないんだったらっ!

 離れられないよっ!」

 

 迫真すぎる。

 

「かぐやさんがいっしょにお風呂入ろうって」

 

「えっ、かぐやさんと?

 あれっ、ここは銭湯?」

 

 キョロキョロし始めた千花を女子たちに引き渡して、俺は少し足早に男の暖簾をくぐった。

 

 ふぅ、危なかった。

 

 その後、御行や石上が代わりに受付をしてくれて、タオルまで借りてきてくれた。体操服を乾燥機に入れて、ワンコインすればお風呂上りには完全に乾いているだろう。そして、貴重品をロッカーに入れた。

 

「2人は銭湯に来たことあるのか?」

 

「僕はアニメや漫画で」

「石上は知識だけかよ」

 

「子どもの頃に来ていたはずだけど、覚えていないものだな」

「なら、ルールに詳しいのは俺くらいだな」

 

 たぶん母や姉と入っていたなんて、伝えられるわけがないだろう。幼い子どもは合法的に、天国へ行けたのだ。その頃の記憶がないということは、とても残念なことだ。

 

……もし仮に、前世の記憶でもあれば、しっかり覚えているのだろうか。

 

 

「おっと、2人とも。風呂に入る前には、もちろんかけ湯をしろよ?」

「あっ、はい」

「了解」

 

 急に仕切りだしたな、ここの常連。

 銭湯のプロか。

 

「くぁあ~~~っ!

 この熱さよぉ!!」

 

「熱すぎるくらいだな」

 

 湯舟は家のものよりずっと広く、比較的身長の高い俺たちでも十分に満足できる深さのようだ。この歳になっても泳ぎたくなるくらいだ。お湯の温度や量すらケチりそうな、倹約家の御行が病みつきになることも頷ける。

 

「あ~ 染み渡る~」

「身体に効く感じですね~」

 

 御行は普段の疲れで、そして石上は慣れない応援団の練習で、かなり疲れている。特に肩こりが酷そうだ。ほんわかと天井を見上げて、昇天してしまいそうな表情をしている。

頑張っている証拠だ。

 

「海に行ったときも思いましたけど、川田先輩って引き締まってますよね」

「それな。男としては羨ましい限りだ」

「動きづらくなるから、あまり太くならないようにしているけれど、自然とな」

 

 これでも一応裏の世界をくぐり抜けてきたので、自然に鍛えられた。最も自信があることが逃げ足ということが、男としては情けないだろうが、それが必要不可欠な世界だ。

 

「2人もインドアにしては、かなりだろう?」

「毎日、長距離の自転車登校の賜物だな」

「僕は中学でちょっと部活やっていたのもありますが、とあるアニメの影響で筋トレを少し」

 

 御行は足を中心として、坂を上がるための立ち漕ぎの影響か、腕もよく鍛えられている。石上も筋トレを齧る程度には続けているらしく、腹筋と腕を中心として鍛えられている。

 

 まあ、2人とも痩せ気味で高身長であることもあって、すらっとした体型だ。

 

「……女子たちって、胸の大きさ確かめ合ったり、身体の洗いっこしたりするんですかね?」

「……千花主導でやりかねないな」

「……気になるな」

 

 この厚い壁の向こうに、天国がある。

 男としては意識せざるを得ない。

 

 先日の体育倉庫の事故は許してもらえたとはいえ、向こうにいる千花を意識せざるを得ない。あの柔らかい感触とか、鼻孔に届く甘い香りだとか、ふと思い出してしまう。

 

「とある漫画で、男子風呂と女子風呂が繋がっていることがありますよね」

「とある漫画だな」

「まあ、現実にはないだろう」

 

 間違って女子風呂に入っちゃったその主人公は、奇跡的に脱出を図った。つまり、逆も可能ということだ。

 

「石上が急に潜ったぞ!?」

 

 続いて、俺も潜った。

 

 水の中で目を開けることは楽なことではないし、目の健康にとって良いことではない。それがお湯の中なら尚更のことだ。プールや海の中で目を開けるということも含めて、良い子は真似してはダメなことだ。

 

「どうでしたか!?」

「どうだった!?」

「ダメだ。小さな穴1つない」

 

 むしろ人が潜り抜ける大きさの穴が開いていることがあれば、大問題だろう。

 

「まあ、そういうものだろう」

「まあな」

 

「どこか、壁には……」

「これとかどうだ?」

 

 身体を洗う段階でも、2人はまだ諦めていないらしい。すでに彼女たちの水着姿を見たとはいえ、それとこれとは話が別なのだろう。俺だって、千花と混浴したいけれど、理性が持たないことが予想できる。

 

 石上的には伊井野が気になるのだろうか、それとも思春期男子としてか。

 

「いや、元々シャワーがあった場所だろう?」

「そう言われてみれば……」

「まー、見えるわけないよな」

 

 この厚い壁にあるちょっとした穴では、天国を見ることすら叶わない。直接的に行くことは、異性の好感度をゼロにし、それに加えて、人生が社会的に終わってしまう。

 

 だから、方針を変えることにする。

 

「ところで、お風呂上がりの女子、見たくないか?」

「「……よしっ」」

 

 その発言と共に、2人は全力で身体を洗い始める。

 これが、思春期男子の元気の良さなのだろう。

 

 



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第34話 第5回秘密特訓@生徒会室

 我らが生徒会長、白銀御行は天才である。

 

 彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。

 

「……どうだったと思う?」

「中学の運動会の頃の創作ダンスより酷いと思った。盆踊りかスリラーみたいだった」

 

 まだ部活は続いており、放課後は始まったばかりだ。いつもより学園中がなんだか騒がしい放課後の生徒会室、そこに俺たち4人がいた。

 

「でも、会長の踊りからは一生懸命なことが伝わってきますよ」

「……慰めてくれて、ありがとう四宮」

 

 動きさえマスターすればいいということだ。

 御行にとって、それが大変なのだけれど。

 

 10月に入り、体育祭が近づいていた。俺たち2年生男子全員で行う種目として、ソーラン節というわりとメジャーなものが選ばれた。運動能力にあまり左右されることがないので、その力強い動きで、女子のハートをキャッチしたい欲望に溢れている。

 

 ちなみに、伊井野は風紀委員で打ち合わせらしく、そして石上は応援団に入ったので練習に励んでいる。

 

「つくしくん、なにできた風を装ってるんですか!!」

「まてまて、俺は昨晩動画を見てマスターしてきたから」

 

 千花からお叱りを受けた。

 我ながら、完璧な動きだったと思う。

 

「涼しい顔して余裕そうでしたね!

 でも、愛がないんですよ!!」

 

「愛が足りなくてまじですみませんでしたぁぁぁぁ!」

「筑紫ぃ!?」

 

 今までの愛を全否定されたんだぞ。

 お前に何が分かるんだぁ!!!

 

 

「会長、まずは柔軟から始めましょうか」

「お、おう……」

 

 御行は地面に座って、そのガチガチの身体をかぐやさんが少しずつ押していく。右手で左頬を触る『ルーティン』をしなければならず、片手で押すことになっているようだが、御行はそれがちょうどいいくらいの身体の固さだ。

 

「愛のない表現はみんなを不幸にするの!

 魂を込めなきゃいけないの!」

 

 なんだかいつもより積極的に伝えてくる。

 

 『具現化』に通じるものはある。

 ご都合主義とか、妄想とか、心意だとか。

 

「いいですか。ソーラン節は、ニシン漁の作業唄や沖揚げの動作が元となっています」

「歌いながら作業するのか?」

 

 歌うのか、作業するのか、どっちかにしてくれ。

 

「皆で同じ歌を共有することで一体感を高められるんだと思います。それに、単純作業を楽しくできる意味もあるでしょうね」

「一理ある」

 

 国家や軍歌みたいなものか。

 ニシン漁は集団でやるものなのだろう。

 

「そもそも、全国的に有名になったのは『3年B組金八先生』の影響らしいです。お互いの良さを知ることができるような、青臭くて、熱い踊りなんです」

「なるほど。為になるな」

 

 それから、千花の動きを見ながら踊るように言われた。

 

 いろいろ揺れてる。

 集中できるわけないじゃん。

 

「やっぱり見本の真似して踊ってたんだ!

 清々しいくらい私と同じだったもん!」

 

 たとえ集中していなくとも、動きを合わせるくらいなら簡単にできる。集団で踊るということは、常に見本がいるということだ。中学の頃のダンスも、御行と一緒にそうして乗りきってきた。

 

「実は、曲や太鼓の音も無視している。そうしないとやばい」

 

 音痴というのは、こういうところにも影響してくるということだ。

 

「わかりました! 心と体を弾ませながらリズミカルに踊る楽しさ、私が教え込んであげます!」

 

 御行はかぐやさんにボディータッチされながら、動きを1つ1つ修正されている。それでもなお、まだ動きがガチガチで、そして必死すぎて、動きが崩れてしまう。だから、再び、ボディータッチされる。

 

 あんな風に、手取り足取りか。

 楽しみだ。

 

「まずはお二人に、引っ張られる網の気持ちを理解させます!」

「……網?」

 

 まず、網を演劇部に取りに行った。

 

 

 

****

 

 ダンスというのは意外にも疲れる。

 

 全身の筋肉を使う踊りであって、ソーラン節は特に足や腰に負担がかかる。御行は人一倍体力があるとはいえ、柔軟から始まった練習で全身の筋肉が悲鳴を上げることになった。

 

 そのため、今日は早めの帰宅となった。

 

「あっ……おかえり……」

「お兄ぃ!?」

 

 お風呂上りの御行が、リビングの床に大の字になって天井を見上げている。帰宅した御行の妹さんは、何か怪我をしたのではないかと心配してしまったようだ。

 

 いや、それよりはとうとう倒れたのかという感じ、なのだろうか?

 

「お邪魔しています。圭さん」

「えっと、確か、川田先輩ですよね」

 

 白銀圭さんとは数回会ったことがあるとはいえ、中等部の彼女とはあまり関わりがない。俺と御行は中学の頃から親友とはいえ、基本的に学校内での付き合いだった。

 

「兄に、なにかありましたか……?」

「ソーラン節の練習で筋肉痛ですよ」

「床がきもちいいぞ」

 

 その瞬間、圭さんの目が、兄に向けるようなではないものに変わった。どうやら反抗期と思春期が同時に訪れているようだ。

 

「そうだ。圭ちゃん、帰ったら手洗いうがいしないと」

「……わかってる」

 

 ちらりと俺を気にして、洗面所へ向かった。

 そして、荷物を置きに自室へ入ったようだ。

 

 さて、ここまでの彼女の動きがどれも見えてしまう。それは、この家が3人家族では決して広くはない大きさだからだ。個室は1つしかなく、たぶん御行と圭さんは同じ部屋を2つに分けているのだろう。

 

「ちょっと待って!

 なんでお客さんに料理させてんの!?」

 

 ラフではない格好に着替えてきたようだ。

 それにしても、ノリの良さが御行と似ている。

 

「お風呂にします?

 ご飯にします?

 それとも、妹さん?」

 

「なんで兄に向かって言ったんですか!?」

 

 今、圭さんの中では最悪の答えが浮かび始めているのだろう。中学時代の御行は浮いた話が1つもなかったこともある。

 

「冗談です。俺には好きな人がいますよ。圭ちゃんも知っている人です」

「おいおい、圭ちゃんを揶揄うなって」

「……圭ちゃんって呼ばないでください」

 

 そして、圭さんは何か思いついたような顔をした。

 

「あの、兄の学校での様子はどうですか?」

「いや、お兄ちゃん、ここにいるんだけど」

「それは、食べながらでも話しますよ」

 

 圭さんはお皿を並べるのを手伝ってくれようとしたが、後は盛り付けるだけだ。テーブルの上に御行はもぞもぞと動き始め、3つしかないイスのうち1つに腰を落ち着けた。

 

「親子丼なんですね」

 

 玉ねぎと鶏肉、その他調味料をフライパンにブチ込んでじっくりと煮て、仕上げに溶き卵をする。炊き立てのご飯にネギと共に乗せただけのお手軽さ(潜影蛇手)。

 あとは、栄養バランス的にレタスでもちぎって、冷やしておけばいい。

 

 全員で、いただきますした。

 

「傷心の心にも優しい味のどんぶりで、優勝したくなったので」

「はぁ……そうですか」

「筑紫は昔からこういうやつだ」

 

 うーん、このネタが伝わらないとは。

 

「それで、御行の学校生活だったな」

「はい、そうですね」

 

 何から話したものか。

 

「今日は女子と柔軟運動をしていたな」

「じゅっ!?」

「ああ、おかげで身体中が痛い」

 

「あとは、手取り足取り教え込まれて」

「手取り足取り!?」

「舞踊を嗜んでいると言っていたが、かなり上手かったな」

 

「ちなみに4人で」

「4人!?」

「藤原書記には叩きこまれたな」

 

「ソーラン節のこと、ですよ」

「そ、そうですよねー」

「明日も特訓しないとな」

 

 こちらをジト目で見ながらお茶を飲む。

 目を細めると、本当に御行とよく似ている。

 

「まあ、楽しく青春ラブコメやっているよ」

「……そうですか」

 

 どうやら、この言葉で満足してくれたようだ。普段はツンツンしてしまうみたいだが、辛い時も3人で乗り越えてきた仲の良い家族なのだろう。その仲の良さは、俺の家族も決して負けていないけれど。

 

 ごちそうさま、と告げる。

 

「御行、今日はバイトないなら早めに休んだらどうだ? 皿洗いもしておくし」

「だが、食べてすぐ寝たらいかんだろう」

 

 そんなことしているから、常に睡眠不足なのだ。体育祭の練習や準備で最近疲れていることくらい、親友ならすぐにわかる。それが御行のことが気になる女性からすれば、尚更だろう。

 

 今日だって、特訓後にはマッサージをしてもらっていた。

 

「横になるだけなら、むしろ消化にいいらしいぞ。向きは忘れたけれど」

「おい、やめろ」

 

 その身体を羽交い締めで、運び出す。

 いつもの御行と違って抵抗する力はない。

 

「やめて、くれ!」

「待って!川田さん!!」

 

 別に、男の親友相手に隠すほどのものなんか。

 

 

 

「……おい」

 

 その狭い部屋は『人間ここまで死ぬ気になれるのか』と、一目でわかる地獄だった。

 

 御行自身与える強迫観念が紙に書き殴られた『文字』として現れており、天井にまで達している。こんな地獄ができるくらい、毎晩勉強していれば、急激に成績が伸びることも頷ける。

 これならば、いつも睡眠不足なことは当たり前だ。

 

「……バカかよ、お前」

「……俺は馬鹿だ」

 

 こいつは死ぬ気で『できる』ようになっただけだ。高校3年間、ほとんど休むことなく受験勉強しているようなものだ。もう強くなったと思いこんでいたけれど、秘密特訓を重ねていたように、俺たちにさえこの弱さだけは隠していたらしい。

 御行はまだ臆病なままだった。

 

「馬鹿なんてこと、俺は嫌でもわかってるさ!」

「勉強ができるできないの問題じゃないだろ!」

 

「川田さん、やめて!」

 

 圭さんの声で、ハッとする。

 御行に怒りをぶつけて無意味だ。

 

 俺は、胸ぐらを掴んでいた手をそっと放した。

 

「……ごめん」

 

 気づいてしまって、ごめん。

 気づいてやれなくて、ごめん。

 止めなくて、ごめん。

 

「……俺の方こそ、すまん」

 

 四宮かぐやの隣に立てるように応援してきたことは、そして御行に期待することは、親友を危うく殺すような感情だった。もし中途半端に止めてしまっていれば、その精神が壊れてしまうほどだった。

 親友が初恋したときに、最初から止めるべきだった。

 

「誰にも言わないでくれ。

 あいつにだけは、絶対に……」

 

「……でも、いつか、自分の口で伝えてあげろよ」

 

 この光景を、あの優しいかぐやさんが見たら、耐えられるわけがない。それに、かぐやさんの前で強がってばかりの御行が、今の段階で弱さを見せてしまえば、精神が壊れてしまうかもしれない。

 

「推薦状、早速使うらしいな」

「……ああ」

 

 そして、スタンフォード大学への関係書類が目に入った。つまり、今期の生徒会が終わる頃には、御行は海外へと進学してしまう。そこで、また、この地獄の生活を続けるのだろう。海外に行ってしまえば、その身体を気遣ってくれる家族はいない。更には、かぐやさんを数年間日本に待たせることになる。

 

 俺はまた、頑張れって、伝えればいいのだろうか。

 いや、それよりも。

 

「これは、自分の意志で?」

「……俺は、行きたい、と思っている」

 

 死なないように、止めるのが正義なのだろう。

 御行はいつか限界を迎えることになる。

 

「……まあ、親友の夢は、応援するしかないだろう?」

 

 震えている御行の肩に触れて、俺はそう告げる。

 

「もし受かれば焼肉食べ放題の店で奢る」

「……何を、急に」

 

「もし落ちたら、この家で焼肉ヤケ食い、1週間は臭いが染み付くだろうな」

「……ああ、それはきついな」

 

 御行は震える顔を覆った。

 親友にくらい、弱さを見せてほしかった。

 

「よくがんばっています」

 

「あり がとう……」

 

 御行に必要だったのは、こんな単純な言葉と感情、そして親愛だったのだろう。

 

 素直に褒めてくれる人がいることが、御行の心の支えだ。かぐやさんに告らせたいという想いは、その差を埋める自信になる。それでようやく気兼ねなく付き合うことができる。いつか、強さも弱さも好きになってくれるかぐやさんに、その想いを伝えてもらうことができるだろう。

 それまでは、俺が支えてやる。

 

「大丈夫。みんなも受け止めてくれるから」

 

『四宮の横に立てる』、その夢は叶うから。

 

 

 



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第35話 体育祭前編

 体育祭当日となった。

 赤組と白組に分かれ、各競技で合計点数を競う。

 

 それとは別に、各学年で一斉に演技することがある。2年生全員で行う出し物こそがソーラン節だ。俺たちは体操着の上に法被を羽織り、太鼓の音とお馴染みのBGMを聴きながら、力強く踊る。

 

 網の気持ちを知り、漁師に成りきり、鰊をゲット。

 そして、千花が太鼓を叩くリズムを感じる。

 

 俺は今、皆と一緒にソーラン節ができていた。

 

 

「筑紫君、こっち向いて~!」

 

 大学生の美人に呼びかけられる。

 なんでいるの。

 

 いかん、集中集中。

 

「目に指が食い込んでるから、維織さん!?」

 

 聞き覚えのある男の叫び声が聞こえてくる。

 なんでいるの。

 

 ともかく、最後のポーズまでやりきった。

 

『2年生のソーラン節でした』

 

「なんでいるんですか?」

「父兄参観、こういうのは新鮮」

 

 ようやく風来坊の目を解放しながら、長姉がそう告げる。

 実の母もビデオカメラを片手にニコッとした。

 

「最近の若者はへそ出しをするのですね。時代は変わっていますね」

「あれはさすがにしたことないなー いやー、若いっていいねぇ」

「姉さんも麻美さんもまだ若いだろう」

 

 千花も含めて、何人か体操着の裾を結んでいて、へそ出ししている。みんなでやれば怖いものなしなのかはわからない。ともかく、そのおかげで、大人子ども関係なく、男が冷静ではいられない状況だった。

 さっき千花も太鼓を完璧のリズムで叩いていたが、ポニーテール含めて、いろいろと揺れていた。

 

「つくし君も頑張っていたな。途中から見れなかったとはいえ」

「ちょっ、子ども扱いしないでください!」

 

 頭をがしがしと撫でられた。

 彼にとっては、まだまだ俺は子どもなのだろう。

 

 俺は乱れた髪を手櫛で直しながら、赤い鉢巻を巻きなおした。

 

「筑紫、他には何に出るの?」

「障害物競争と綱引き、そしてトリにある部活・委員会対抗リレーだな」

 

「うわー、他の人がかわいそうになるくらいだよ」

「文化部の中では圧倒的でしょうね。かけっこ速いとモテますよ」

「俺は小学生かよ、姉さん」

 

 とはいえ、赤組が文化部連合と呼べるチームであるので、白組の運動部連合とは大きなハンデがある。向こうには本業とも呼べる陸上部、走塁で慣れている野球部がいるからだ。

 

「それでは、また昼には来ますね。

 麻美さん、双眼鏡を借ります」

 

「えっと、別にいいけど……?」

 

 いつまでも長居するわけにもいかない。

 

「……お姉ちゃんって」

「ここでは呼びませんから」

「立場を弁えてください」

 

 俺や姉さんに制されて、しょぼんとする。

 長姉は油断も隙もあったものじゃない。

 

 1年女子たちがキャッキャッしている『玉入れ』では、伊井野が高身長の大仏に肩車されていることが目立っていた。上手くはいかないけれど、その光景に良い意味で笑ったり、ルール内での発想に感心していたり。

 

 さて、100m走には石上や御行が出る。

 

 彼らは赤組だ。

 でも、白組の中で応援したい女子がいる。

 

 もちろん白組の柏木さんだって、応援席で堂々と赤組のTSUBASA君を応援しているだろう。クラスごとというわけではなく、できる限り他クラスと交流できるように、クラス内でも赤組白組に分けられている。

 

 

「不良を発見しました。これより確保します」

 

 だからなのか。

 かぐやさんは応援席から少し離れていた。

 

「冗談だ。」

「もう、川田さん」

 

 そもそも、通信なんて行っていないけれど。

 雰囲気だ。

 

 御行にやるような『やり取り』をかぐやさんとするなんて、1年前ではあり得なかっただろう。お互いに牽制し合い、裏の考えを読み取ろうと躍起になっていた。俺たち自身が、他人から素直に好意を受け取ることが得意ではなかったからこそ。

 

 そんな期間があったからなのか、今では意外に気が合う関係だと思う。

 

「ほら、そろそろ御行の出番だ」

「双眼鏡……、ありがとうございます。」

 

 借りてきた双眼鏡を受け取り、かぐやさんは御行を視界に入れる。遠くにいる彼は、キョロキョロとし、そして一度顎に手をあてたあと、こちらを一瞥した。

 

 かぐやさんの考えを読んで、かぐやさんの場所を考え出したのだろう。

 

「会長、がんばれー」

 

 御行は赤組白組問わず、応援されている。期待されれば、御行は応えようと『必死』になる。その証拠にも、いつもより速く走れている。そして、かぐやさんの声は届かないだろうが、その想いは届いている。

 

 すでにかぐやさんの隣に立っていた。

 ただし、それはこの学園内に限っての話だ。

 

「あいつが生徒会長ねぇ……」

 

 長身のサングラスの男が呟くように言った。

 

「器じゃないだろうに……

 どうせぼろ出さないように必死でやってんだろう」

 

 彼は深く溜息を零す。

 そして、缶ビールをごくごくと飲み干した。

 

「聞き捨てなりませんね」

 

 双眼鏡を俺に手渡した。

 御行の雄姿を最後まで見届けたかぐやさんは、キリッとした表情でそう告げる。

 

「白銀会長はこの学園の代表として相応しい立派な方です。そんな誹りを受けるいわれはございません」

 

 かぐやさんの反論に対して、男はまた深々と溜息をついた。

 

「……立派なもんか。まだまだ尻の青いガキだ。

 まー、外野からは優秀に見えるのかもしれないが」

 

「外野じゃありませんっ!

 私は生徒会副会長 四宮かぐやです!」

 

「……同じく庶務、川田筑紫です」

 

 かぐやさんは、はっきりと伝えた。

 御行関連のことになると、冷静さを失うようだ。

 

「四宮。それに、川田つくし……

 そういうことか。いやいや失敬した」

 

 頭の回転の速さは、『蛙の子は蛙』らしい。

 男の口元がニヤリと歪んだ。

 

「ならば、白銀御行がどういう人間か私に教えてくれないか? それを聞いて納得できたら先程の発言は撤回しよう」

「わかりました」

 

 かぐやさんは、意を決したようだ。

 

「会長は学年1位の成績で」

「それしか能がないんだろう」

「結構、必死に努力していそうですね」

 

「選挙で選ばれた生徒会長で」

「立候補者はたかだか数名だろう?」

「まあ、御行1人では厳しかったでしょうね」

 

「う~、目元もキリッとしてて麗しいし」

「親の遺伝子が良かったんだな」

 

 いや、それはかぐやさんの好みがベストマッチしただけだろう。

 

「もぉぉ! とにかく会長は素敵な人なの!

 なんでわからないのっ!」

 

「良いリアクションをする子だな」

「確かに」

 

 彼は肩を諫めた。

 

「だがその程度の話は私も知っている。私に反論したいのなら、四宮かぐやにとってどういう存在なのかを語った方が良いんじゃないか?」

「私にとって、どういう存在か……」

 

 主観的で、感情論で、不確かな理論だ。

 

「私、この世に良い人なんていないと思っていました」

 

 呟くように、告げる。

 

「だから会長が良い人ぶる度にその分、心の奥底には醜い企てがあるのだと思い込んで、その醜い部分を炙りだしてやろうだなんて思っていたんです」

 

 御行が俺やかぐやさんに憧れて、それでも、光の道を歩もうとしたのは驚いている。彼が抱いた『ヒーロー像』は、俺たちがかつては自覚していて、いつしか捨てたはずのもので、でも実はまだ隠し持っていて。

 

「でもそれはいつまでたっても見つけられなくて、そのうち根負けして、会長みたいなタイプも世の中にはいるんだなって気づかせてくれて。そして、意外と打算無しに動いている人も多いと気づき始めて」

 

 それは、親切やお節介であって。

 なんとも甘くて、輝かしいものだ。

 

「見える景色が、

 少しだけ変わったんです」

 

 御行は、かぐやさんにとっては最高のヒーローとなった。

 

「俺たち生徒会役員は、御行を支えたいと思っています。それはもう、役職に囚われないくらい、支え合って仕事しているくらい。だから、今は、みんなで楽しく青春やっていますよ」

 

 いつまでもこの『ぬるま湯』に浸かっていたいけれど、いつかは御行もかぐやさんも、俺も、答えを出さなければならない。

 

「なるほど。確かに、あいつはとても慕われているようだ」

 

 そして彼は、かぐやさんに問いかける。

 

「御行のこと、恋愛対象として好きなのか?」

「なななんでそんなことを見ず知らずの人に言われなきゃならないんですかっ!!」

 

「好きか嫌いかで言ったらどっち?

 将来的に結婚したいとか?

 ねぇねぇー?」

「そんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょう!?」

 

「それもう言ってるようなものだな」

「自分もそう思います」

「川田さんまでっ!」

 

 これなら、そのうちかぐやさんから、告るだろう。

 そして、急いで駆けてくる音が聞こえた。

 

「ちょっ! なんで四宮や筑紫といるんだ!?」

「いやー、道に迷ってな」

 

 御行が彼の腕を引っ張って、ここから彼を離れさせようとしている。

 

「会長……お知り合いですか……?」

「どうも、御行パパです」

 

「なるほど。パパ活でしたか」

「それ意味違うから! 筑紫、お前わざとだろう!!」

 

 サングラスを外すと、その目つきが御行に似ている。

 

「四宮、何か変なこと言われたんじゃ……」

「いえ? お茶目で愉快なお父様、素敵な人でしたよ……?」

 

 ほう、お義父様とな。

 これが義理の親への挨拶のお手本だったか。

 

「それじゃあ、俺は購買で揚げたてサクサクのカレーパン買ってくるから」

「案内しますよ。

 ぜひ、体育祭を楽しんでいってください」

 

 目を逸らすかぐやさんと、焦ってフォローしようとしている御行を置いて、俺たちはその場を後にした。

 



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第36話 体育祭中編

 御行パパさんは、ビールとカレーパンを持ってどこかへ行った。

 入れ替わるように、御行がやってきた。

 

「なあ、親父に何か言ったか?」

「恋愛事情ってやつ?」

 

 生徒会室内でのエピソードをいくつか紹介したくらいだ。いざ振り返ってみると、これがなかなか面白い頭脳戦が行われてきたものだと思う。さっさと付き合って、四宮かぐやの尻に敷かれてしまえばいいのに。

 

「さいっあくの、内容じゃねぇか!!」

「まあ、胸焼けしていたくらいだから、言いふらすことはないと思う」

 

 さて、俺は御行と合流して、千花やたちがいる赤組の応援席に戻ってくると、パネルの影で休んでいた石上と合流する。

 

 今となっては、生徒会役員の男子3人が『いつメン』として行動していることが多い。それをよく思わない者もいるのだが、周囲が応援に熱中していることもあって、いつもより石上に不平不満の視線が集まることは少ない。

 

 まあ、ほとんどの男子の視線が、あちこちに点在している女子のへそ出し体操服姿に向いている。もちろん俺も思春期男子としては、隣にやってきた千花のへそを目に焼きつけている。

 

「お、次は借り物競争か」

「よく漫画だと、『好きな人』って紙が入ってますよね」

「あ~ あるある!」

 

 御行や石上の呟いた内容に、TG部トリオも大きく頷いた。

 

「それで、ハーレム主人公は誰を選ぶかで苦悩する。これが正妻戦争か」

「それはますますフィクションの話だな」

「うわっ、あれってお姫様抱っこですよ。リア充砕け散れ」

 

 今は借り物競争をやっている。まるで見せつけるように歩いているTSUBASA君たち、他にもかぐやさんと伊井野が出場している。もちろん、普通にボールやタイヤを持って走っている人もいれば、観客席の子どもたちを集めて走っている人もいる。

 

「あっ! 次はかぐやさんの出番ですよ!」

「なんか面白いのを引き当てたら、誰を選ぶだろうな」

「い、いやー、誰だろうなぁー?」

 

 急に靴紐を結び直していて、誰でもわかるくらい御行は明らかに意識している。

 

「四宮先輩、こっちに向かってきてますよ!」

「みたいだな」

 

 借り物競争であっても手を抜かないのか、凄まじいスピードだ。

 それに応えるべく、御行がもはや飛び出してしまいそうだ。

 

「石上くん! 石上くん!」

「えっ、ちょっ!」

 

 石上の腕を取って、かぐやさんと走り始めた。

 

「なん……だと……」

「かぐやさんも石上くんもがんばれ~っ!」

 

 御行は絶望の表情を浮かべている姿を見て、マッキー先ハイとギガ子さんはご愁傷様といった表情を浮かべているし、両片想いはバレバレなのだろう。むしろ呑気に応援している藤ワラちゃんはなぜ気づかない。

 

 それにしても、石上もかぐやさんになんとか付いていけるくらいには、走れている。

 

『1位、かぐや様の借り物は、「後輩」でした~!』

 

 放送席からの声に、御行は深い安堵の息を吐いた。

 

「2人ともすごーい!」

 

 周囲も後輩の中から石上が選ばれたことより、かぐやさんの勝利を祝っているようだ。そんなことよりも、ぴょんぴょん揺れるチカがヤベーイ!

 

「あっ、次はミコちゃんの出番だ!」

 

 どうやら、少し伊井野が出遅れている。

 彼女は『1年』の箱から取り出して、こっちを向いた。

 

「川田先輩! 走って!!」

 

 ロープを飛び越えて、伊井野とグラウンド内で合流した。

 

「おんぶしてもいいが」

「自分で走れます!」

 

 相変わらず、心強い後輩だ。

 その細い腕を引っ張りながら走る。

 

「生徒会で続けーっ!!」

「がんばれ~!」

 

 御行たちの応援が聞こえる。

 ゴールテープをくぐり抜けた。

 

『1位、伊井野さんの借り物は、「先輩」でした~!』

 

「おめでとう」

「はぁ、はぁ……なんとか」

 

 肩で息をしている伊井野が、息を整えるのを待つ。

 人生で一番速く、走らされたことだろう。

 

「ところで、次が障害物競走なのだが、俺は走らされたのか?」

「ええ。藤原先輩には迷惑をかけられないですから」

 

 けろっとした表情なのだから、ツンデレの欠片もない。もちろん、俺は次の競技で支障をきたすほど柔な体力をしていないのだし、だから、伊井野は勝つために最善の選択をしたのだろう。

 

 彼女も、赤組の勝利のために本気らしい。

 

「それじゃあ。石上と、2人で、ゆっくりと応援席に戻ってな」

「……わかりました」

 

 そして、汗をかいてうっとうしそうに前髪をかきあげている石上を、手招きする。

 

「じゃ、よろしく」

 

「まあ、はい。てか、大丈夫か、お前?」

「べ、べつに、平気よ」

 

 駆けつけてきた石上は、伊井野を心配している。石上は捻くれているが優しいし、疲れて弱っている伊井野とは意外と上手くコミュニケーションを取れるのかもしれない。やはり、喧嘩するほど仲がいいというか。

 

「つくしくんっ! がんばろうねっ!」

「ああ。お互いに」

 

 すでに待機場所にいた千花から声をかけられた。

 競技は、障害物競争だ。

 

 さて、平均台、ダンボール製のキャタピラ、跳び箱が少し時間をかけて準備されている。100m走よりも走力が大きく関わってこないから、体育祭競技の中でも大番狂わせが起きる。今回は、小麦粉の中の飴探しが特に、あまり慣れないことだろう。

 

 千花は先に走りきったが、惜しくも2位か。

 でも、楽しそうだ。

 

「位置について、よーい」

 

 空砲の音で、クラウチングスタート。

 平均台を駆け抜け、キャタピラに入り込んだ。

 

「筑紫、そのまま本気だー!」

「つっくん、はやい!はやい!」

 

 御行の言う通り、本気でやっている。

 ジャンプ台を踏んで、跳び箱を飛び越え、着地と同時に走り出す。

 

 走り込む場所は、絶対に『左から2番目』。

 小麦粉に顔を突っ込んだ。

 

 これでもう目的は果たしたので。

 奥底から飴を見つけて、ゴールラインを駆け抜けた。

 

「つくしくん、カオまっしろだ!」

「千花はそこまで白くはないな」

 

 体操服の袖で軽く拭きとったが、どこまで取れたかはわからない。

 

 まあ、俺は上手く探せなかったからだな。

 いや~、奥底まで探さなければならなかったし。

 

「ほらアメ~」

 

 舌で飴を見せてきた。

 えっちぃ……

 

「こらこら。千花、はしたないぞ」

 

 眼鏡をかけたスーツの男性は、親しみやすい雰囲気が滲み出ている。

 

「ほら、タオルで拭きなさい」

「お母様、ありがと」

 

 同じくスーツの女性は、若々しくスリムな美人。

 そして。

 

「君が、つくしくんか~」

 

 胸の谷間を見せるほど、薄着の女性。

 

 でけぇぇぇ!

 これが、藤原三姉妹の共通事項か。

 

「……はい。川田筑紫と言います。はじめまして」

「豊実よ。おね~ちゃんって呼んでいいから」

 

 それは、義姉という意味だろうか。

 まあ、そういう誘いには慣れている。

 

「いえ、豊実さんと呼ばせていただきます」

「あら、ざんねん」

 

「こら、豊実。川田君に失礼だろう?」

「そ、そうですよ、姉様!」

 

 3人の言い合いが始まる。

 そして、千花の母親は苦笑いを浮かべた。

 

「君もこれで顔を拭いて」

「ありがとうございます」

 

 これってさっき千花が使ったタオルじゃないか。

 この女性には、お見通しということか。

 

「これは洗って、藤原……千花さん経由でお返ししますので」

「気にしないで」

 

 彼女が手のひらを見せてきたので、渋々だが渡すしかない。どうしても好意に甘えてしまうのは、千花の面影があるからだろう。

 

「万穂よ。いつも千花がお世話になっています」

「生徒会庶務、川田筑紫です。

 こちらこそ、お世話してもらうことがありまして、友人共々」

 

「ホントだね、いっぱいお世話したね」

 

 今の千花の声はなんだか重々しかった。

 

 校歌の件とか、ソーラン節の件とか。

 あと、最近は美術の授業で特に。

 

「藤原大地です。よろしく」

「はい、よろしくお願いします、大地さん」

 

 握手を相手から求められたので、両手で軽く握る。

 そして、相手からは目を離さない。

 

「硬くて、しっかりと鍛えているようだね。それと、目元が彼、いや、お姉さんというべきか、どこか彼女とよく似ている」

「はい、よく言われます」

 

 お互いに、程よいタイミングを見計らって、手を離した。

 

「姉さんたちの、弟ですから」

「ははは、確かにそのようだ。いい笑顔をするじゃないか」

 

 彼は、俺の亡き父親も知っているのだろう。

 

 俺は数回しか会ったことはないが、子どもながらに初対面で好印象を持てた相手ではない。その無表情の顔の裏に、何かを隠していることがよくわかり、もちろん、その考え方や思想も決して好感が持てるものでもなかった。

 

 目元はコンプレックスであるが、しかし3人姉弟だとわかる1番の証拠でもある。

 

「も~ お父様、つくしくんになに絡んでるの!」

「おいおい、引っ張るな引っ張るな」

 

 友達と親が会話することに恥ずかしがっている千花が、彼の腕を引っ張っている。娘とスキンシップを取るのは、父親としては嬉しいものらしい。だからこそ、そう簡単に嫁へ出したくはないものだ。

 

「今度、白銀くんたちと一緒に、ディナーに招待させてくれないかな?」

「ぜひ、参加させていただきたいです」

 

 そこで、本試験ということか。

 

「そうか。楽しみにしているよ」

「ええ。その時までには」

 

 千花と万穂さんがちょこんと首を傾げているが、豊実さんは小悪魔な笑みを浮かべていた。

 

 

 



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第37話 体育祭後編

 体育祭も終盤となっている。

 

 自分の子どもの出番が終わったことで帰宅する保護者もいたが、生徒たち自身は赤組と白組の競争の大詰めなのでいまだ盛り上がっている。

 

「石上くん、かわいー」

「これが男装の麗人か」

「逆です。わざとですよね、川田先輩」

 

 石上はかぐやさんから借りた制服を身に纏って、その髪もかぐやさんと同じように鉢巻きでポニーテールに結んでいた。赤組はノリと勢いで、男装女装をして応援合戦に挑むらしい。青春しているな。

 

「緊張しているようだな」

「私たちを意識していればいいですから」

 

 石上は、周囲の反応を不安に思っているようだ。

 まあ、緊張するときは観客を野菜に見立てろというし。

 

「ほら、ミコちゃんも、応援の応援して!」

 

「……練習頑張ったんだから、上手くいくわよ」

「……ああ、そうだったな」

 

 伊井野は『努力はいつか報われる』と、そう伝えただけだ。

 やっぱり、お似合いだと思う。

 

 この半年で、石上もずいぶんと立ち直ることができたようだ。

 

****

 

 これは俺たちが進級してすぐ、3月のことだ。

 いまだ、生徒会は4人だけで運営していた。

 

「来年度、高等部へ進学する予定ですが、少し問題のある子がいるらしく」

「四宮、何か引っかかることでもあるのか?」

 

「ええ。少し、憶えがある案件なので」

「石上優、純院の生徒。自宅学習のおかげか、進学試験でギリギリ受かったらしい。彼は中等部で暴力事件を起こし停学となり、反省文の提出をしなかったため、長期間復学できないままでいる。俺が知っているのはこれくらいです」

「筑紫なら、まだまだ知っていそうなんだが……」

「あ~ なんか聞いたことある話ですね~」

 

 ちなみに、マスメディア部の噂担当に聞いた程度だ。

 

「ふむ。

 詳しく調べるか、藤原書記、川田庶務」

 

「は~い! 後輩にちょっと聞いておきます!」

「俺は風紀委員に行ってみます」

 

 さて。

 重要な登場人物は、萩野コウという男子と、大友京子という女子、そして加害者である石上優だ。

 

 石上優は大友京子にストーカー行為を行った上、彼女と付き合っている萩野コウに教室内で暴行を行った。その事実は、目撃者となった純院の新1年生たちにとって、根強く記憶に残っているらしい。

 

 その過程で『伊井野ミコ』という中等部の風紀委員長が、教師陣を強く説得し続けたことを知った。石上優の進学が決定されたことは、彼女の影響が少なからずあるだろう。

 

 ここからさらに深く調べようとするが、当時の生徒指導の教師は、その内容をろくに書いてもいない。しかも彼はなぜか異動となって、今はもう教師をやっていないまである。しかも、秀才だった萩野コウまで、なぜか海外に転校している。なお、大友京子は普通に進学試験で落ちたようだ。

 

 

 『裏』がいろいろやったらしい。

 だから、当時の萩野コウの人物評価をかき集めた。

 

 早速、自室に閉じこもっている石上優に会いに行った。

 疲れた顔をしているご両親から許可をとって。

 

「開けれそうか?」

「愚問ですね」

 

 市販のチェーンに、南京錠で閉められた扉だなんて、物理的に開けることができる。そもそも、石上優は食事を摂っているようだから、最低限のロックがかけられているだけだ。その気になれば、外から窓ガラスをぶち破ることだってできる。

 

「ひっ! だれ、ですか……?」

 

「秀知院学園生徒会長、白銀御行だ」

「同じく庶務、川田筑紫です」

 

 怯えている彼の『心の扉』は、今から生徒会長が開いてくれる。

 

 まず、復学と高等部進学が決定したことを伝えた。

 進学できるくらいの成績はとれて何よりだ。

 

 もちろん、これだけのために無理やり入室したわけではない。

 

「さて、こちらでもいろいろと調べさせてもらった」

「だったら、僕なんて、おかしいやつが進学だなんて……」

 

 藤原さんが後輩たちから聞いてきた情報も合わせて、『生徒会(秘)レポート』と可愛くまとめてくれた。

 人々の醜い部分を知ってなお、手書きで明るく書かれていた。

 

「大友京子への加害を防ぐために、石上は萩野コウに対して暴行したようだな。そして、断片的な情報から、大友京子を守るために告発を避けたと、俺たちは考える」

「いや、でも、そんなこと、信じられないでしょう……?」

 

 当時、萩野コウの言い分が正しいことになった。

 真実は伝わっていなかった。

 

「信じるさ」

「それに、これは俺たち自身で調べたことです。合っていますか?」

「本当、です……」

 

 石上優は、今まで信じてもらえなかった。

 担当だった生徒指導の教師には、否定された。

 

「信じて、ください……」

「ああ。俺たちは、信じるさ」

 

 再びかけられた、その言葉に、彼は涙を流す顔を抑えた。

 

「さて、知らされるべき情報が知らされていないことを、まず謝罪しよう。

 大友京子は数日後に破局し、進学試験に落ちて女子高へ進学して楽しくやっているらしい。それに、妙な噂もなかったと聞く」

 

「それ、本当ですか……」

 

 俺たちは安心させるように、大きく頷いた。

 

「萩野コウはお前をかなり警戒していた。なぜなら、反省文を出さず何ヶ月も停学しているやつの陰に怯えていたからな。そんな彼も、たぶん、転校して楽しくやっているらしい」

 

 実際のところは、VIPな人たちにいろいろと情報がバラされたらしい。それが青少年であったとしても見かねるレベルだったのだから、『寛大な措置』が行われたようだ。不純異性交遊でハーレムってやつだが、それ以上だったらしいし。

 

「まあ、君の根比べのおかげだな。結果的に、大友京子は救われた」

「僕のおかげ、ですか……?」

「ああ。もっとスマートなやり方はあったかもしれない」

 

 誰にも相談せず、彼は1人で立ち向かってしまった。

 

「だが、目的は達成した。

 頑張ったな、石上」

 

 その言葉が与えられ、彼の努力が報われた。

 

「だから、お前がこの書くべき反省文はこうだろう!」

 

 

『うるせぇバァカ!!』

 黒ペンで力強く作文用紙に書いたおかげで、机に写っただろう。

 

 

「さて。更生って名目で、復学をスムーズに行う方法を思いついた」

「ああ。石上新1年生は、生徒会預かりとする」

 

 目元を拭いながら、石上は何度も頭を下げた。

 放課後に最高級のコーヒーと紅茶を飲んで、傷を癒していってほしい。

 

 

****

 

 赤組白組の決着をつける、遊び心を加えたリレー。

 

 サッカー部はドリブルをしながら走り、剣道部や野球部は防具を装備している。それが運動部としてハンデになるだろうが、文化部や委員会連合のメンバーだって、茶道部に所属していた前生徒会長が茶釜を抱えて走っていた。自分の所属する団体に関連するものを身につけなければならないのだ。

 

 望遠鏡を抱えた龍珠桃からバトンを受け取り、御行は純金飾緒とバトンを握りしめて走り始める。御行がいた場所に俺は出て、この間にも大きいサイコロを振り始める。そして、コースの反対側で腕章を身に着けた風紀委員長へとバトンが渡った。

 

「またファンブルですよ!」

「運悪すぎー!」

「つくしくん、がんばって~!」

 

 なんかいつの間にかTG部に所属していることになっていて、俺はこのサイコロを持って出場させられた。3つのサイコロの出目が合計15を超えると、走っていいことがルールだ。隣でスタンバイ完了している野球部キャッチャーは、すでに同情すら抱いてくれる。

 

 放送席が1回ずつ出目を放送しているから、お祭り騒ぎになっている。

 

「川田先輩、そろそろ来ますよっ!

 一体、何と戦っているのか分かりませんけど!」

 

 伊井野が合図してくれた。

 向こうでは、御行が話しかけている石上が待っていた。

 

 野球部員はさっき走り始めている。

 これが、最後のチャンスだ。

 

「ダイスロール!」

 

 サイコロの出目は18

 ちょうど、風紀委員の代表からバトンを受け取った。

 

「つくしくん、いけーっ!」

 

 その声援を後ろにして、前を走る男子を追いかける。

 

 防具というハンデがあり、カーブもある。

 1番に鍛えてきた逃げ足の速さの見せ所だ。

 

「石上、走れっ!!」

「はいっ!!」

 

 少しでもリードを付けてもらい、それに追いつく。

 

「いくぞ!!」

「うっすっ!!」

 

 その手のひらにバトンを繋ぐと、しっかりと持った。

 

 

「がんばってー!」

「最後まで走り抜けーっ!」

「石上マジ卍だー!せーのっ!」

「「「卍!!」」」

 

 赤組の応援団が、声を枯らすくらいに応援している。

 今日の体育祭のヒーローは、石上優だった。

 

 

 



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第38話 奉心祭(前編)

 残暑の残る体育祭が終わり、定期テストも結果が返却され、今の俺たちは奉心祭の準備に追われていた。まあ、実行委員会もいることだし、今年は石上と伊井野の仲良し1年ペアを出向させたため、俺たち4人だった去年ほど俺たちの負担は大きくない。

 

 千花もかぐやさんもクラスに顔を出しにいったし、ほんとうに静かだな。

 

「……いかんいかん」

 

 こっくりこっくりしていた御行は、カフェイン摂取をするべく、ぬるいインスタントコーヒーを飲み干した。最近ますます目のクマはひどくなっているし、今はかぐやさんがいないから気が緩んでいるようだ。

 

「一旦休むか?」

「……ん、ああ、キリのいいとこでな」

 

 再び申請書に手を伸ばして、内容を確認し始めた。

 俺は承認印を押す作業に戻った。

 

 バイトが終わり次第、あの部屋で自習を行うことはこいつにとってもはやルーティンとなっている。しかもその時間は増えているようだし、空き時間で英会話講座を聴くくらいに、英語に特に力を入れ始めたらしい。

 

 なぜなら、スタンフォードに行くからだ。

 その肩書きで、隣に立とうとしているからだ。

 

「ここまでにしよう。あれのペースも上げなければならん」

 

 身体に鞭を打って、机に両手をついて立ち上がる。

 

「やはり。手伝うぞ?」

「いや、俺だけでやらなければならないことだ」

 

 書類をまとめ、屋上へ向かう準備をする。なかなか巨大な工作を作っているらしい。俺に協力を求めたのは、例年の学園祭で出るような廃材を集めてくることくらいだ。

 

「心配かけてすまん。あと、少しだから」

 

 少しというのは、スタンフォードに行くまでなのか、それともこの奉心祭までなのか。

 

「ほんと感謝してる」

 

 座ったままの俺とすれ違うときに、そう声をかけられた。

 

「俺は弱い人間だ。お前が居なきゃ、俺は虚勢だって張れなかった」

 

 だが、と続ける。

 

「いつまでもお前を縛るわけにはいかん。俺の予想通りなら」

「今日は妙に察しがいいな」

 

 自主退学してでもこいつを追いかけようとしている。こいつのゴールラインがスタンフォードの先にあるのだが、今のルーティンを1人で続けられるはずがない。

 

「俺もスタンフォード受かるくらいの、天才的な要領の良さか、命をかけられるくらいの努力家だったらよかったんだがな」

「お前は要領のいいやつだよ。人の見てないとこで、気づかれないように、人におせっかいするくらいには」

 

 ドアノブに手をかけて、背中を見せる。

 疲れを見せないように、背筋を伸ばして。

 

「この奉心祭で、四宮が告白してこなかったら―――」

 

 こういうの、かぐやさんの前で言えばいいのに。

 

「俺から告る」

 

 そう言いきった。

 

「お前に心配かけないためにも、そして俺のためにも、四宮には付いてきてもらいたいからな」

 

 お前の弱さを、全部伝えられるといいな。

 最後の計画はずいぶんと大がかりなようだ。

 

 

 

****

 

 えっ、じゃあ、成功した暁には生徒会室で合法的にイチャイチャするということになる。すると、恋愛大好き千花は『私も男子とお付き合いしたいです!』とかになって、裏表がほぼないから、それをオープンで公開することになる。

 

「なんて集中力なんだ」

「涼しい顔で作り続けてるぞ。さすが川田さんだぜ!」

 

 最近は御行がクラスの男子に合コンに連れていかれたらしいし、そんなお誘いには興味津々で付いていってしまうだろう。俺に対してあんなにスキンシップとってくる千花なのだから、近年の草食系男子に潜む欲望を刺激してしまう。だってほら、3年の子安つばめ先輩を目当てだから、今年の奉心祭委員なんか多いし。

 

 『先月はありがとうございました。俺も好きです』

 『うん。私も好きだよ!』

 

 あの時返された『好き』は親愛としての好きであって、友チョコの1つで、千花が好きなやつらのうちの1人に過ぎなかった。だが、一緒に過ごした時間と、恋愛頭脳戦を重ねた今ならば、告白が成功するかもしれない。

 

 俺が本気だってことをどうやったら伝えられるか。

 姉さんも告られた側だし、いまいち思いつかない。

 

「川田さん。そろそろ交代のお時間です」

「はい。引き継ぎをしましたら」

 

 そうか。もうそんな時間か。

 千花を捜しにいこっと。

 

 多くの屋台が立ち並ぶ中で、その隅に追いやられたが、ずいぶんと繁盛している。周囲への被害を鑑みて、豚骨と背脂を使う許可は出なかったとはいえ、文化祭でラーメンを売る物珍しさは意外と評判らしい。

 

「このペースだと、麺の完売も狙えそうっすね!」

「教室から追いやった女子にギャフンと言わせてやる!」

 

 お客様1人あたりの利益からして、勝てないと思う。まあ、男子の人数的にシフト自体はだいぶ優しい。朝から始まった仕込みが激務だったくらいだ。うちのクラスの男子全員でやってもこれだけ大変なのに、ラーメン屋の人たちはほんと凄い。

 

「いらっしゃいませ」

「儲かってますね。羨ましい限りです」

 

 中年のサラリーマンと、どこかで見たことのある人。

 あれだ、千花が行きつけの博多ラーメン屋の人だ。

 

「何になさいますか?」

「なかなかお目にかかれない素材使ったラーメンが出ると聞いてね」

 

 ざわ……ざわ……

 

 男子の中で、動揺が走った。

 まさか、あのメニューを知っているだと。

 

「J君もそれを狙ってなのだろ?」

「ええ。サンちゃんこそ」

 

 まあ、頼むかの判断は任せるか。

 さっさと千花のとこに行きたいし。

 

「スイカカレーラーメンのことでいいですよね?

 一応止めますよ?」

 

「ス、スイカ?」

「……ふむ。ではそれを2つ」

 

 ざわ……ざわ……

 

 後列に並んでいるお客様が顔を覗かせた。

 周囲の屋台の店員が手を止めた。

 

「スイカの清涼感、カレーのコク、ミスマッチなのではなかろうか」

「夏野菜カレーがあるとはいえ、そこに麺まで合わせてしまうのは……」

 

「「スイカだとぉ!!」」

「冗談じゃないですよ」

 

 中身をくり抜いたスイカ、冷蔵庫でキンキンに冷やされたやつ。

 ちなみに中身は男子で美味しくいただきました。

 

「彼らはあれを容器にするつもりですよ!」

「麺の茹で方は及第点の動きだ! だが発想がとびぬけてしまっている! あんな熱々のものを躊躇なく入れたぞ!」

 

 J君のやる気が2下がった!

 サンちゃんが弱気になった!

 それぞれの所持金が1000円減った!

 

 てか、こんなことより千花のところに行かなければならない。外部から多くの人が来ている以上、ナンパを受けてしまう可能性がある。まあ、前半はTG部で回ると言っていたし、うっかりギガ子さんはともかく、マッキー先ハイがいるから大丈夫だろう。

 

 いや、ほんといつ告ろう……

 

 ハートの風船、それがあちこちにある。会場設営の時はなかったはずだし、御行や千花のクラスが集客がてら配ったのだろうか。最近の風船って、口で膨らますことないらしいよなぁ。千花が口をつけたやつとか欲しいのに。

 

「あっ、お義兄さんじゃん!」

「萌葉さん、白銀さん。それと大神さん」

 

 千花に似た桃色オーラなツインテなJCが胸を驚らせて近づいてきた。その手はがっしりと圭さんの腕を掴んでおり、2人に付いてきたサングラスとスーツの男子はSPにしか見えない。

 

「こんにちは。川田さん、今はお一人ですか?」

「それは哀れみですか?」

 

 『ち、ちがっ!』って慌てて胸の前で手を振る姿は、とても御行っぽい。

 

「冗談です。お兄ぃならボッチで見回りですよ」

「なんでその呼び方知ってるんですか!」

「なんだ~ 一緒じゃないのか~」

 

 クールさが崩れるくらいに、いいツッコミ属性持ちだ。姉さんの彼氏とか麻美さんほどじゃないけど。てか、萌葉さんはどうして残念がる。なんだかわりと気が合いそうなんだけど、その言葉の意図が読めない。

 

「ま、いいや。このあとお化け屋敷行くんだけどさ、付いてきてよ!」

 

 プラン変更、みたいな顔でそう告げられた。

 

 たしか、1年だから、石上や伊井野のクラスか。

 忙しかったあいつらがそこまでクラスには関わっていないだろうけど。

 

 

「あ、先輩だ」

「どうも」

 

 瓶底眼鏡が特徴的な大仏さんが受付らしい。

 

 

「チョキ子さんはね―――」

 

 暗幕で教室は暗く、懐中電灯で先導される。

 まあ、ここまではテンプレだろう。

 

「萌葉ぁ~」

「おもしろい話だね!」

 

「この音……川田、警戒を怠るな」

「学校の出し物ですからね?」

 

 教室に人の気配はあまりしないし、直接的に驚かせるタイプではなさそうだ。チョキチョキ音を鳴らすハサミで襲ってくるなんてことがあったら、学校の出し物としてはマズいだろうし、そんなことがあったら反射的に反撃しそうなので別の意味でドキドキする。

 

「みんなこのロッカーに隠れて! 2人ずつ!

 ……ヘッドホンとアイマスクをしてお待ちください」

 

「えっ、いや、はやっ!」

「私たちもはいろっ!」

 

 ヘッドホンとアイマスクを受け取ると同時に、俺たちは俊敏にロッカーに身を隠した。こんな防弾性もないロッカーでやり過ごせるとは思わないが、なまじこういう訓練を受けているから、俺まで動いてしまった。

 

 だが潜むとなると、息をころし、気配を最小限に。

 そして少しでも外部の情報を取り入れる。

 

「ん、せま……」

「ごめんね~」

 

 まあ、藤原三姉妹って巨乳だしな。

 それにしてはさらに密着しようとしている気がする。

 

 千花を連れてここ来たいな!

 

 ヘッドラインから流れる、ガムテープを口に貼られたたぶん伊井野の絶叫をかきわけて、時折り聞こえる千花のがんばれボイスを聴こうとした。

 

 今日、まだ御行と会ってないな。

 珍しいこともあるものだ。

 

 



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第39話 藤原書記の恋愛頭脳戦

 少し時は遡る。

 

 奉心祭といえば、「この期間中にハート型の物を贈ると永遠の愛がもたらされる」とされ、愛の告白と同義に捉えられる。世間でいうところの文化祭マジック以上に告白成功率は高く、かくいう御行も決着をつけるために密かに大がかりな準備を始めた。

 

 そして俺は、御行を手伝いそうになる衝動を抑えながら、普段より溜まっていく生徒会業務を事務的に行い続けていた。

 

 

***

 

 ちょっとムカムカする。

 

 かぐやさんはクラスの人と最近仲が良いみたいだし。

 

 つくしくんが2人きりなのにずっと仕事してるんだもん。

 しかも、恋する乙女みたいにたまに窓の外を見るんです。

 

 夕日に照らされた姿は絵画のように綺麗で、キリッとした目がカッコよくて、2人そろって明るい茶髪もとにかくずるい。御行くんもつくしくんもモテモテなのを猛省してください、ぷんぷん。

 

 でも私たちにしか分からない変化だと思いますが、これでも柔らかい笑顔を浮かべるようになったんです。ちゃんと、私もつくしくんも変われているんです。

 

 初めて出会った時、お恥ずかしながら周知院学園の2大女神とされる私に、彼は全く興味がなかったと思います。しかもほとんど表情が読み取れないのに、本気の目で『誰かの生首が沈んだままだったらかわいそう』って、冗談抜きで言うんだから、思わず顔が熱くなっちゃった。

 

 本気で優しい人なんだって分かった。

 

 ピアニストを実質引退してから、1人の女の子として恋に恋していたけど、お父様が認めてくれるか分からないし、遊びじゃなくて本気の恋愛がしたかったし、そしてなんならかぐやさんみたいな人がいいって思っていました。だからあの時、この人なら結構アリなんじゃないかと、そう思えたんです。

 

 知的で品行方正な清純派アイドルですが、恋をしたいと思っているんですよ。まあ私って普段から男子ともよく話しますけどね。実は男子の手を握ったのも、相合傘を提案したのも、バレンタインデーに手作りチョコは渡したのも初めてなんです。

 

 フッ、この頭脳明セキな私が、お母様にアドバイスをもらいながらアタックして、ようやく意識してくれるくらいの難敵でしたよ。

 

 カップルっぽいこと全部が初めてでした。手汗や心臓の鼓動でつくしくんもドキドキしているのが分かるのが楽しくて、彼との時間は温泉にも浸かっているかのようにポカポカする。ずっとずっと一緒にいたいって思う。

 

 でもつくしくんも、ヒーローだから。

 

 いつも周りを見渡していて、助けを呼ばれたらすぐに助けにいく。つくしくんのお姉さんが愚痴っていたような赤い風来坊さん程ではないけど、1つの場所に留まることは珍しいと思う。たぶん、御行くんがいたから、最初は私たちの生徒会に入ったのでしょう。

 

 悔しいなって思うけど、最初はかぐやさんも、私がいないと入ってなかっただろうから、そういうとこも2人は似ているのかもしれません。かぐやさんとつくしくんって気が合うのか、私たちの生徒会が始まった直後から驚くくらいによくしゃべるし、私と御行くんが置いてきぼりになることは何度もあった。

 

 だから、いつか離れていくかもしれないのが怖くて、その一度だけは私は彼に嘘をついてしまった。自分では意外でしたが、束縛したいし、何よりも束縛されたい欲があるようです。

 あのホワイトデーの時、彼は本気の目で『好きです』って伝えてくれたのに、私はありふれた『好きだよ』を返して誤魔化してしまいました。

 

 恋愛は告白した方が負けって誰かが言っていましたけど、私は本気の違いを思いしらされたみたいで、敗北感がすごかったです。

 

 それ以来、つくしくんはできる限り側にいるようになってくれて、そして私の返事を待ってくれている。ラブ探偵チカからすれば、彼が私のためにいろんなアプローチをしてくれているのが分かるし、お父様にも気に入られたみたいで嬉しい。

 

 ともかく、彼も私のためにちょっとずつ変わっていて、私も彼のためにもっと本気で恋愛について考えてきました。

 

 決めてました。

 この奉心祭で、私は―――

 

 ポケットの中の、携帯が揺れた。

 

「あっ、電話です。 もしもし?」

『あ、もしもし、その、蓬莱……蓬莱珠樹(ほうらい たまき)なのですが』

 

 その名前を聞いて、私はゆっくりとソファから立ち上がって、生徒会室の大きな扉へ向かう。温かい生徒会室から出ると、秋の風が少し冷たく感じた。

 

『久しぶり。僕のこと、お、憶えていますか?』

「はい、もちろんですよ♪ ご活躍はかねがね!」

 

 ウィーンの高校へ留学していて、今でもたくさんのコンクールで受賞し続けている。テレビにだってよく出る有名人だ。日本にいた頃は顔を合わせることも多く、音楽家として彼の実直なピアノは好きだし尊敬もしていた。

 

 天才ピアニストとして無茶をしていた頃に、親切に優しい言葉をかけてくれた男の子なんです。

 

『その、ピアノは、やめたのですか?』

「いえ、趣味としては続けていますよ」

 

 そこからはお互いの近況報告でした。

 

 私は蓬莱君の活躍を聞いて、なんとなく想像がついていたけど、そういえば私の近況って伝わっていなかったみたい。彼も天才だけど、少し奥手なところがあるから、電話するのってすごく勇気がいることだったのかも。

 

 昔の私と同じく、ピアノの練習を毎日続けているみたいで、凄いなって尊敬するし、私はもうその生活には戻れないとも思った。だって、世界は様々な楽しいことであふれていますから。

 

「でねでね! 最近あの駅の近くのラーメンが」

「なんだか、変わりましたね」

 

 その言葉に、頬が緩む。

 

「はい♪ 友達もたくさんいて毎日が楽しいです!」

「……そっか」

 

 疲れたような声で、彼はそう呟いた。

 

「僕、藤原さんのピアノが聴きたいんだ。藤原さんの音色は綺麗で、完璧で、努力の証だから。いつまでもずっと聴いていたいって、思っていた。だから、その、ウィーンに……」

 

 彼はそう想いを伝えてくれた。

 かなり早口の告白はちゃんと伝わってますよ。

 

「そうですね。蓬莱君が日本に帰ってきたときにでも、聴かせてあげますよ」

 

 私は告白の返事をした。

 

 天才として努力を続ける彼にとって、趣味として続ける私のピアノをどう思うんだろう。楽譜通りに、完璧に演奏って、できなくもないけど、それよりは最近アレンジを加えて弾くほうが多い。

 

 ていうか、つくしくん御行くんという音痴コンビへ、楽しく音楽を教えるには、原曲のままのテンポだとハードルが高すぎますから。この前なんてカラオケの特訓に付き合わされたし、いきなりラップをやりたいなんていうし。

 

 だから今の私を、ありのままの私を伝えよう。

 

「私、今は学校の音楽の先生を目指しているんです」

「えっ……」

 

 そりゃあ驚きですよね。

 

 世界一のピアニストになるって言ってましたものね。まあ去年まではお父様みたいな政治家になって、そこから総理大臣も目指してましたけど。

 

「ドレミの音程も分かってない人たちへ、音楽を教えるのって結構大変なんですよ」

「そ、そこまで?」

 

 正直、最初は私もビックリした。

 

「彼らって怒られ続けて ず~っと! 音楽の楽しさを知らないまま過ごしてきたんですよ! だから私が伝えないとって思ったんです!」

 

 私は恋愛も人生も、過程を楽しんでいきたいから。

 遠回りばっかするくらいがちょうどいいんです。

 

「だから。音楽の楽しさをみんなに伝える、私はそんなヒーローになるつもりなんです♪」

 

「そっか」

 

 今度の蓬莱君の相槌は、少し明るい声だった。

 

「また何かあれば連絡くださいね。あ、正直言うと、私って筋肉フェチなんで! それじゃあお元気で!」

 

「あ、うん、また……え?」

 

 蓬莱君は音楽家としては好意的に見れるけど、恋愛対象としては細すぎるんだよね。この前見た写真でも変わらないままでした。

 

 ともかく。

 私は目の前にいる細マッチョさんをもう少しがっしりさせたいです。目標は力士さんです。

 

 ほら、大きな腕で抱きしめてほしいじゃないですか?

 

「つくしくん、ラーメン屋へ寄って帰りましょう!」

「ああ、そろそろ帰ろうか」

 

 清純派アイドルとして彼氏は持たないと思われているでしょう。しかし私は、スーパーミステリアス美少女として、親友のかぐやさんにすら恋心を隠してきたんです。

 

「今日はどこのラーメンなんだ?」

「ニンニク背油マシマシな気分です!」

 

 この奉心祭で、今度は私が告白するつもりなんです。

 

 

 



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