あに、いもうと (ゆうびん)
しおりを挟む

プロローグ『二人は家族の夢を見る』

ニセコイの二次創作になります。
原作ではジャンプの表紙からハブられ、あんまりキャラが掘り下げられず、メインヒロインのオマケで終わっちゃったあのキャラに焦点をあててみました。
時系列としては楽たちが三年生の、鶫の楽への気持ちに踏ん切りがついた五月頃ということにします。

追記
5月30日大幅修正しました。


男は夢を見ていた、忌まわしき炎の記憶だった。

 

「…ハァ、…返せッ!……返してくれ…」

 

18年前のあの日、炎が少年の全てを奪い尽くしていった。

治安の悪い土地の生まれ故、奪われた奪い返したりの生活は慣れっこだったが目の前のコレはそんなレベルでは無かった。

気管を焼くような熱気と鼻につく悪臭から目を背けるようにただひたすらに、がむしゃらに足を動かしていた。

まだ火の手の回っていない道を恨みとも後悔とも取れる言葉を呟きながら…

 

「…ハァ、…ここまで来れば大丈夫か…、また俺一人になってしまうなんて…」

 

弱り切った体を引きずるように火の回りきっていない開けた土地に出た少年は擦り傷だらけの片膝を地面に付け両の手を合わせて胸の前に持ってくる。

主への祈りである。

ラテン系の特徴を色濃く残した少年の右腕には手首から肘にかけて大きな裂傷が出来ていた、逃げ回っている時に出来たものである。その傷から血がポタポタとしたたり落ちるが、それに気にも留めないように唇を震わせ祈りの言葉を紡ぐ。

 

「天におられる私たちの父よ、み名が聖とされますように。…」

 

溺れる者は藁をも掴むという言葉があるが、普段あまり信心深さを見せない少年もこのときばかりは縋り付くしかなかった。

 

「…悪からお救い下さい…。…ウゥッ…」

 

言葉を唱え終わると精根尽き果てた顔で少年は地面にうつ伏せで倒れ込んだ。

 

「返して…、返して下さい…」

 

前に放り出された手で土を掴んで体を震わせる少年が訴え続ける“返して”とはこの大火事で喪ったものであるということは想像に難しくないだろう。

 

「俺の…、俺の家族を返して下さい…」

 

少年が望んだものは“家族”、実の母を亡くし放浪の果てに傷心と孤独に苛まれ、つぶされそうになっていた自分を拾い育ててくれたかけがえの無い宝物。

 

貧しい人の為に昼夜駆け回り仕事をしていた誇り高き義父

 

いつもおおらかで明るく周囲に元気を振る舞っていた太陽のような笑顔の義母

 

その両親から愛情を一心に注がれ育まれていた、まだ小さく本を読むのが好きだった人見知りな義妹

 

そして近々()()()()()()()()だった、義母のおなかの中の新しい命

 

「グスッ、俺の命を全部、ゥッ上げます、どんな罰でも受け、ます…だから、ハァ、だから…」

 

握りしめた拳から土がパラパラと落ち、少年の声に涙と嗚咽が混じる。

 

 

 

 

 

 

「俺の家族を返してくれよ、神様ァァ~!」

 

少年の叫びは未だ夜空を赤く染める炎の揺らめきに消えていった...

 

 

 

 

 

一晩燃え続けた炎は彼の故郷を黒いスミクズに変えてしまった。裕福で無くても人の声と活気に溢れた町も、義母が楽しそうに手入れをしていた農園も、緑溢れる一面の自然も、暖かい命が溢れていた風景はまるでいまだに黒い煙を上げ続ける地獄のような景色になってしまった。

運良く火の回らなかったところで目を覚ました少年は、よく通っていた台地の上から、焼け跡を死んだような目でそれらを見下ろしていた。

煤まみれの顔で食事を摂ることも水を飲むこともなく、生きることを諦めたかのように…

その翌日、少年のもとに聞き慣れた声の持ち主が足音とともに近づき、話しかけて来た。

 

「○○○!○○○じゃないか!生きてたのか、よかった。ウゥッ!」

 

少年より背の高いアフリカ系の血が入った黒人の青年は、息を切らしながら近寄り歓喜のあまり涙を浮かべた。

 

「お前か…、そっちは無事だったのか…」

「無事なもんか…!都市部もあちらこちらで焼死体だらけだ!俺の母親も…、最善は尽くしたんだが、駄目だったよ」

「そうか…」

「そっちは…ッ!…すまない」

「………」

 

青年は少年に彼の家族の無事を確認しようとしたが、少年の焦燥しきった顔を見て全てを悟った。

 

「…お前の義父(おやじ)さんには俺もよく世話になった、気持ちは分かる」

「………」

「生き残った奴らも都市部(こっち)に身を寄せてる。お前も来い、古巣だから気も楽だろ」

「………俺は…」

「焼け跡から着れるものや食い物をかき集めてるんだ、ここに居るよりましだろ!」

「…俺は…、行かない…」

「お前…、いつまで腐ってるんだ!」

 

少年の燃え尽きたような態度に、青年は血相を変え襟を強引に掴んで立たせた。

 

「ここで!何も食わねぇでくたばって土に還るまで座り込んでますってか!月並みなこと言うようだがな、生き残っちまったヤツってのはそれなりの責任ってもんがあんだ!お前のやることはずっとここにいることだってのか!?」

「……ホントに月並みだな…」

「何だと!…グッ!?」

 

少年は襟を掴んでいた青年の手首を乱雑にボロ布を巻いて手当てした右手で掴み強引にねじりあげ、はじき返す。

 

「…勘違いするな、俺は生きる。生きて生き抜いてやる」

「そうか!じゃぁ早く行こうぜ!」

「悪いが…お前達とは一緒に行けない」

「何故!どうしてだ」

 

少年は青年に背を向け、強引に顔を拭う。

 

「もう誰も何も信じない、信じたそばから俺は全てを喪った」

「だが…、行くあてあるのか?」

「分からない、だが海岸部に行けば船の一つくらいはあるだろ。それを盗むなり密航するなりしてここを出る」

「お前…」

「なぁ、△△△…」

「な、何だ…」

 

最後に青年の方を振り返り憎悪に染まった目で少年はこう言い残して去っていった。

 

「神様なんてどこにも、どこにもいなかったんだな…ッ!」

 

そんな少年の背中を、青年は黙って見送るしか出来なかった。

 

(コイツ…、なんて目をしてんだ…)

 

そして時は巡り…

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ発日本行きの飛行機の中、ラテン系の一人の男が悪夢にうなされていた。

青年の右腕には手首から肘にかけて大きな傷跡が見受けられる。

 

「…ハァ…、…ハァ…返して…」

 

出来ることならあまり思い出したくない、さりとて忘れることは当人の意志が決して許さない忌まわしい炎の記憶であった。

 

「お客様」

「…ハァ…、…待って…」

 

見かねたCAが声をかけるが男は一向に目を覚まさない、およそ半日の長時間のフライトが男を深い眠りへと誘ってしまったのだろうか?

 

「仕方が無いわね。…スゥー、“ お 客 様 ”ッ!」

「…!、ウオォッ!」ビクッ

 

息を吸って腹から声を出したCAに男は夢の中から意識を引き戻された、そのついでに座っていた座席からずっこけそうになった。

 

「お客様、目はお覚めになられましたか?」

「ビックリしたぁ~、到着は朝だろ?まだ機内真っ暗じゃん、大声出して起こすことないでしょ」

 

さっきまでうなされていたくせにやけに饒舌に話すもんだと感心したCAだが、突如男の顔に手を伸ばした。

 

「お客様、失礼致します」

「?何だよ?ッ眩しッ」

 

CAは男が顔に付けていた仮眠用のアイマスクを真上にずらした。

まだ夜だと思っていた男の網膜に突き刺さらんばかりの日光が降り注いだ。

 

「……アレ?」

「お客様、当機はもう目的地に到着しております。機内清掃に入りますので速やかにお降り下さい」

 

広い機内に乗客は男一人だけだった。

遠い昔の夢だった、気がつけば首筋に汗がジットリと滲み、着けていたアイマスクもびっしょり濡れていた。

 

「ああ、そういうことね。何ならもっと昔の夢見させてくれてもいいのに、いつもコレばっかりだ」

「お客様?」

 

一人で呟く男の元にCAが今度はホントに心配そうな顔を近づけてきた。

 

「あぁ、ゴメンね。もう降りるから、悪いね長居しちゃって」

「いえ、ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」

「あ、そうだ!ねぇCAさん、ちょっと聞きたいんだけど?」

「何でしょうか?」

「神様っていると思う?」

「神様…ですか?」

 

男の珍妙な質問にCAは目を白黒させたが、数秒考えて口を開いた。

 

「あまりそういうのは信じる性格ではありませんが、安全な航行には最大限の注意を払っております」

「いいねその回答。百点満点!」

「はぁ…、そろそろ清掃に入りたいのですが…」

「そうだったな、ゴメンゴメン」

 

立ち上がり軽い足取りで出口へ向かう男。

機体入り口をくぐる前に最後にもう一度さっきのCAの方を向き…

 

「でもねCAさん、神様ってのはホントにいるんだぜ」

 

聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないが、最後にそうささやき出て行ったのだった。

ボーディングブリッジを通り入国審査を軽々クリアすると出口をぬけ異国の地に降り立った。

初めての日本である。

 

「とうとう来ちまったか…、よしッ!一丁気合い入れっか!」

 

パンパンと顔を叩くと履いてるジーンズのポケットから編み紐を取り出すと肩まで無造作に伸ばしていたクセの強いロングヘアを一本に束ねた。

 

「待ってろよ…、今会いに行くから。Hey!タクシー!」

 

声高らかにタクシーを呼んだのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

少女は夢を見ていた、未だかつて見たことがないような夢だった。

 

(ここは…?それにこの格好…)

 

少女の名は“鶫誠士郎”ギャング組織、ビーハイブに身を置くヒットマンである。

夢の中であることに気づいていないのか、自分のいる環境と服装に戸惑っていた、普段は主である千棘の護衛の為同じ学校に通っておりそこで男子用の制服を着ているが、今自分の着ている服は女子用の制服であった。

さらに自分がいるのは自分が住んでるマンションの一室でなく、さらにビーハイブの屋敷でもなく見たこともない一軒家の食卓であった。

 

(誰なんだ…?この人たち)

 

食卓を囲んでいるのは自分以外に4人居た、手前側右端に座る自分の横に自分より少し年上の女性、その隣にさらに年上の男性が座っていた。

そして正面の向かいにはニコニコしながら配膳している女性と壮年の男性が並んで座っていた。

自分の隣の二人は黙々と食べているが、向かいの二人は仲良く談笑しながら食べていた。

否、食べているように見えた。四人とも顔には靄がかかったように不透明になっていた。

 

《ふぅ、ごちそうさまでした!さぁ~て、歯磨いて出勤出勤!》

《待ってお兄ちゃん、駅まで送ってって》

《またかよ…、たまには歩かないと体に悪いぞ》

《いま大学も忙しくて…お願い!!》

《しょうがないな、バイクまわしてくるからそれまでに準備しとけよ》

《ありがと!お兄ちゃん》

《二人とも、お弁当忘れちゃダメよ》

《まったく、朝から騒がしいな》

《そうよねぇ~、お父さん》

 

二人の問答の末に兄と思われる男性が折れ、そんな二人に向かいの女性が声をかけ、その隣の男性が苦笑をもらした。

さらにそれを女性が相づちをうった。

 

(この二人は兄妹なのか…、向かいの二人は…夫婦…?)

 

鶫はだまってそれを見ながら分析を始める、完全に自分を俯瞰で見てる人物とみなしている。

だが、次に聞こえてきたセリフは予想を裏切るものだった。

 

《じゃあ、いってくる。ツグも勉強がんばれよ》

 

そういって男性は鶫の頭をワシャワシャと撫でて出て行った。

鶫はそれに体をビクッと震わせた。

 

(わ、私!?今…撫でられて…)

《ツグは勉強頑張ってるわよね~》

 

さらにその妹も鶫の両肩をポンと叩いてその場を後にした。

 

《気をつけてね、いってらっしゃ~い》

 

向かいの女性が立ち上がり手を振って見送った。

 

(私…、ここにいるのか?)

《…ツグちゃん?さっきからどうしたのボーッとして》

 

そのまま席に着いた女性は机に手をついて身を乗り出し、鶫の顔をのぞき込むように近づけてきた。

 

「ふわッ!な、何ですか?(声が出ちゃった…)」

《早く食べないと遅刻しちゃうわよ》

《母さん、いい年して行儀悪いぞ》

《はぁ~い》

 

壮年の男性が食器を片付けながらやんわりと注意し、そのまま食器を台所に持って行った。

 

《じゃ、俺も仕事の準備しようかな。鶫も学校遅れないようにな》

《頑張ってね、お父さん》

「お、お父さん…?」

《ツグちゃん?ホントにどうしたの?具合悪いの?》

「あの…、ひとつお聞きしたいのですが…」

《な~に?あらたまって》

「ここはどこで…、あなたは…誰なんですか?」

 

震えた声で問いかけてくる鶫に、女性はキョトンとした顔を見せ、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ここはあなたのお家で、私はあなたのお母さんに決まってるじゃない》

 

頬に人差し指を添えて微笑みながら答えたのだった。

 

「お、お母さん!?あなたが!?」

《そう、お母さん♪》

「それじゃぁ…、さっきの人たちは…」

《もちろん!あなたのお姉ちゃんとお兄ちゃん、それから私の旦那様!つまりあなたのお父さんよ》

「か、家族…、私の…家族」

《そう!近所で評判の仲良し家族!》

(そうか…これはきっと…)

 

母と名乗る女性から目線を下げ、肩を震わせる鶫。

 

《ツグちゃん!?どうしたの、何かあったの?》

「合点がいきました、これは夢であなたは幻なんですね」

《夢…?》

「私に家族はいません、いないんです」

《………》

「この部屋もきっと…、脳の深層心理的な、拡大解釈的な何かが働いて偶然見るに至ったもので…」

《………》

「脳の分野は詳しくないので分かりませんが、気持ち的にいろいろ落ち着いた後だったのでこんな奇妙な夢を見たんです」

《…ツグちゃん》

「…へ?ッふわっ」

 

女性が鶫の自問自答を遮り彼女を抱き寄せた。

 

《そっか、ツグちゃんはまだ知らないのね》

「え?知らないって…」

《あなたの家族のこと、そしてあなた自身のこと》

 

そんなこと知らなくて当たり前である。

知ってたらこんなに戸惑うことも無いだろう。

 

《あなたはいずれ知るべきときが来るわ》

「知るって…、何をですか?」

《あなたの知りたいこと、…もしかしたら来ないかもしれないけど》

「えっ?」

《冗談よ♪》

 

そうニシシと歯を見せて子供のように笑いながら鶫の肩を掴んでやさしく突き放すと周りの景色が砂のように崩れていく。

 

《ごめんなさい、急にこんなこと言って混乱させちゃったわよね。でも、会えてうれしかったわ》

「わ、私は…、」

《いずれ大いなる運命と向き合う時が来る》

「え?…どういうことですか」

《今言えることはこれだけ、でも願えばきっとまた会える》

「……・・」

《また会うことが出来たら、その時は…》

 

とうとうその女性も足下から消え始める、最後に鶫の方に向き合ったその目尻からキラリと光る一筋の光が見えた。

 

《その時はまた…、“お母さん”って呼んでくれる?》

「待って、待って下さい!」

 

伸ばした手が届くことなくその女性は光と消え、見えなくなってしまった。

そして辺り一面も同じように消え、真っ暗闇に包まれ…

 

 

 

 

「………ハッ!」

 

鶫は目を覚ました、いつもの起床時刻よりも早くまだ陽も昇っていなかった。

 

「私は…、なんて夢を……」

 

言葉を失ってしまっていた、天涯孤独で親の顔も知らずギャングに拾われあまつさえヒットマンとして名を馳せている自分が今更会えもしない家族の夢をみるなど荒唐無稽もいいところだ。

ふと横を見ると、同居人のポーラが布団から両手を放り出して大口を開けて眠りこけていた。

 

「まったく、風邪をひいてしまうぞ」

 

布団をかけ直してあげるとふと目線を部屋の隅に移す。そこには、楽や千棘、小咲や万里花といったクラスの友人達と移っている写真が入った可愛らしい写真立てがあった。

 

「家族なんかいなくたって…、私には大切な仲間がいる。それだけで十分じゃないか」

 

ポーラの乱れた前髪を撫でながら、自分を納得させるようにそう言い聞かせるのだった。




次回、第一話『兄が来る街』
評価、感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話『兄の来る街』

第一話です、よろしくお願いします。
サブタイトルにはとある元ネタが隠されています。


ここは凡矢理市、ニセの恋人関係である“一条楽”と“桐崎千棘”はニセの定期デートに出かけていた。

 

「さっきの映画、なかなか面白かったわね」

「動物が出てたのが良かったな!」

「ホントあんたって動物好きね―」

 

二人並んで談笑する姿は緊張やぎこちなさは微塵も感じられない。

 

「腹減ったな、そろそろ昼食食べに行くか?」

「いいわね、アタシラーメンがいい!」

「ラーメンて…、もっと色気あるもん食べようぜ」

「なにアンタ?そんなにム、ムードとか大事にするヤツだった?」

「違ぇよ、どこでお前ンとこの監視が見てるか分からないのにトッピング全部載せとか替え玉とか喜んで食べるヤツがいたら怪しまれるだろ、まぁ今日は居ないみたいだが…」

 

彼氏はヤクザの組長の一人息子、彼女はギャングのボスの一人娘、そんな二人が付き合うのはいろいろ障害も多い。

 

「あぁ、そっか。アンタってそういうヤツだったわね」

 

呆れたようにため息をつく千棘だった。

 

「まぁ無難にファミレスとかでいいんじゃね?」

「そうね、じゃあそうしましょ」

「ここから近い所は…と、ん?なんだアレ」

 

目的地をファミレスに変え、足を進める二人だったがその道中で人だかりを見つけた、歩道に集まって一様に何かを見下ろしている。

()()()()()()には見て見ぬふりを出来ない二人の足は言葉を交わすこともなくその人だかりの方を向いていた。

 

「なになに?なにがあるの?」

「おい、あんまり楽しそうにするなよ。何か大変な事態かもしれないだろ…」

 

ワクワクしながら人だかりを進む千棘,一歩下がって毒づく楽。

人混みを掻き分けて最前列まで出た二人の目に飛び込んできたのは予想外のものだった。

そこに居たのは“地面に突っ伏して倒れた男”であった。

 

「「…………」」

「…ゥーン…、ムニャムニャ」

 

何かを呟いているところから、意識があるのは理解できる。

俗に言う行き倒れである、では何故周りの人たちは眺めているだけで何もしようとしないのか?楽と千棘の二人はここで合点がいった。

それはこの男の様相であった。

年の頃20代後半であろうか?日本人離れした精悍な顔立ちに、日本という国柄にあまり当てはまらないメンズのポニーテール、服装は無地のTシャツに履き古したジーンズ、スニーカーなど別段コレといって特徴的では無い格好ではあったが一番目を引くのがその体格であった。地面に寝そべっていてもよく分かる、成人男性より一回りも二回りも大きな身長とそれに見合う筋肉質な体…、とにかく浮世離れした近づきがたい雰囲気を醸し出していたのであった。

早い話がとにかく関わり合いになりたくないのだった。

とくにこの町はヤクザとギャングが跋扈する町、もしかしたらそんな連中の関係者かもしれない。

そんな人間に借りを作るのはもってのほか、不用意に貸しを作ることだって絶対に避けたい。

なので通りすがりを装ってことの顛末を見届けているのだった。

 

「この人…、お前んところの構成員か?見たことない顔だけど」

「ううん、知らない…、あんたのところじゃないの?」

「ウチに外国人の組員はいねぇよ…」

「じゃあ…、全然関係ない人?」

「多分…」

 

そうこうしている間に周りで見ていた人たちが散り散りに離れていった、暗に『後はあんた達に任せた』とだけ言い残したように。

そしてこの場所には楽と千棘と行き倒れの男性の、三人だけになった。

 

「……ゥーン…、ブツブツ…」

「…で?どうするの、この人」

「そりゃあ、やっぱほっとけないよな」

「フフッ、あんたならそういうと思ったわ」

 

そういって頬を緩める千棘、他人の厄介事も背負い込んでしまうのが楽の性分だが、それが彼の魅力でもあるのだ。

そして千棘は彼のそんな面に惹かれたのだった。

 

「とりあえず起こしてみるか…、もしもーし」

「こんなところで寝る?普通」

「いや、分からないけど…」

 

倒れている男の肩を揺さぶりながら声を掛ける楽、それを千棘は膝に手を添えて身を乗り出すようにのぞき込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして幾たびかの問答のあと、目覚めの時は来た。

 

「…………ウ、ウン!」ガシッ!

「うッ、痛てて!」

「あ、起きた」

 

ビクッと体を揺らして目を見開いた男は自身に差し伸べられていた楽の手首を力強く掴んでカッと目を見開いた。

 

「ちょ、離してくれって!」

「…ッ!…ハァハァ…」

「もしもし!日本語分かりますか?Do you understand japanese?」

「……ハァ、……ハラ…」

「「ハラ?」」

「…ハラガ、…ヘッタ…」

「「…?」」

「………」バタッ

 

 

 

そのまま再びうつ伏せで倒れ込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「いやぁ~~、助かった助かった。君達には感謝しかないな!」

「「…………」」

「それにしても、日本のコーヒーうまいな!いくら飲んでも飽きないわ」

 

腹が減ったと訴える男をどうにかして近場のもともと行く予定だったファミレスまで連れて行くと、とりあえずは話しを聞こう、という事でドリンクバーを頼むとコーヒーがよっぽど気に入ったのか、カップを何個も座席に持ち帰り舌鼓を打って堪能していた。

そこに向かいに千棘と並んで座っていた楽が若干あきれたように問いただした。

 

「…で、具合良くなりましたか?」

「もう絶好調!バッチリ糖分補給出来たし、元気全開!」

「しっかし、よくもまあこんなに飲めたものね。ファミレスのドリンクバーをわんこそばみたいに飲みまくる人そうそういないわよ」

 

コーヒーを喜び勇んで片手にカップを二つずつ持ってかれこれ十回近く座席とドリンクバーを往復してる男に千棘が毒づく。

 

「そんなこというならお前だって、それこそこないだ行った定食屋でご飯おかわり無料で炊飯器カラになるまで食べてたじゃねぇか。開店早々入ったのに店出るとき店員さんまた準備中の札かけてたぞ」

「ちょっ、そんなの初対面の人の前でする話しじゃないでしょ!」

「痛ッ!叩くなよ!」

「………」

 

話を聞く前に揉め事を始めた二人に男は面食らった様子で場の空気を探るように何も言わなかった。

そして…

 

「君達、仲いいんだな!」

「「良くない!」」

 

いまいちフォローにならないフォローにニセカップルの二人は仲良く声をそろえて突っ込んだ。

 

「で?要するに財布にケータイ、パスポート諸々入れた鞄をタクシーに置き忘れて来たワケ?どんな色のタクシー?」

「空港からのタクシーだったら大体会社は分かるな…、空港に電話した方が早いかな…」

 

千棘が話を聞きながら楽が情報をまとめ連絡先を絞る、面倒事や厄介事の相談は慣れっこな二人の手際は中々なものだった。

 

「…はい、じゃぁ凡矢理のファミレスで待ってます、はい、それじゃ…」

「連絡とれた?」

「ああ、これからこっちに来てくれるって」

「だってさ、良かったわね」

「良かった良かった、二度も助けて貰えるとは…、日本人いい人」

 

電話を終えた楽は姿勢を直しつつ、改めて男の様子を見る。

 

(それにしても…、すごい体してるな。総合格闘技でもやってるのか?)

 

ファミレスに連れてきたときの様子から人当たりは悪くないことは分かったが、空腹を満たしたことでハリの増した筋肉は明らかに普通の勤め人のものとは思えず、よく見ると手首、手の甲などに決して小さくないキズがいくつも付いていた。

自分や千棘の関係者にも力自慢、喧嘩自慢は大勢いるがそんな連中とは一線を画す肉体を誇っていた。

 

「そういや、散々世話になっといてなんだが、俺のこと何も言ってなかったな」

「そういえば私たちもそうね、ねぇ楽…、楽?」

「ん、ああ、そうだな(危ねぇ…見とれてた)」

「何よ、ボーッとしちゃって!」

「悪い悪い、じゃあ俺から…、一条ら」

「ちょっと待った!」

 

一番に自己紹介をしようとした楽を男が静止する。

 

「人に名前を聞くときはまず自分からっていうだろ、君達への礼儀も含めてまず自分から言わせてくれ」

「はぁ…、じゃあどうぞ」

「俺の名前は“ファルカノ・エス・ペレグリ”、アメリカ系ブラジル人で年の頃28になる、身長が188cm、体重は105kg、靴の大きさが29cm。視力は両目とも裸眼で3.5。カトリック教を信仰していて朝晩の祈りが日課。好きな食べ物が鶏肉料理とコーヒーと甘いもの、それから片手で食べれて手が汚れないものも好きだな。趣味がサッカー、贔屓のチームは特になし、どっちかというと見るよりやる方が好き、ついでにリフティングも得意。最近のマイブームは航空会社の機内食全種類食べること。特技は安い服を探すことで個人的にブルー系が好き、自慢じゃないけど80ドル以上の服を着たことがない。アメリカの人権保護団体で働いていて専らフィールドワークが専門なんだけど、基本的に普段から世界中回っていて年に一、二回くらいしか家に帰らないんだ。久々に長~い休みが貰えてたんでやらなきゃいけないことがあるから日本に来たんだけど、到着するや否やトラブル続出でいやー、参った参った。ついでに言っとくとファルカノってとある事情で付けるに至った二番目の名前であって、本当の名前はセ」

「ちょ、ちょっと!長い長い!」

「情報量多すぎよ!」

「名前と年齢くらいでいいよ。あ、俺一条楽って言います、今高三です」

「私は桐崎千棘。楽とは年と学校が同じなの、日本とアメリカのハーフです」

「こりゃどうも…、おれはファルカノ・…」

「「もういいって!」」

 

長すぎる自己紹介をもう一度始めようとした男に再び息のあったツッコミが入ったのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

高校生カップルと外国人青年という異色の組み合わせだが意外にも話は弾んでいた。

 

「なるほど、二人は高校生なのか!若いのに立派だなぁ」

「若いて…、ファルカノさんも十分若いじゃない」

「そうだぜ、10歳年上に見えないくらい貫禄あるし」

「そうか?俺なんてまだまだ若造だよ。ところで高三ってことは17、8歳くらいか?」

「まぁ留年しない限りは大体そうよね」

「…じゃぁあの子と同じ年くらいだな…」ボソッ

 

談笑を楽しんでいた男ことファルカノだったが、年齢の話になると顔に険を落とし手で口元を覆い考え込みだした。

 

「?」

「何か言った?」

「ああいや!?何でも…いや、君らには言った方がいいか。コレも何かの縁だ」

「どういうこと?」

「俺がこの国に来た理由さ」

 

さっきまで柔和に笑っていた向かいに座るファルカノの雰囲気が急に変わった、季節は5月なので比較的暑いほうに分類されるが楽と千棘は急に隙間風が吹いたような寒気を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹を探しに来たんだ、18年前に生き別れた…妹を、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、第二話『さがすは妹』
よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話『さがすは妹』

第二話です、よろしくお願いします。


「妹?」

「探すって…」

 

ファルカノはコップに半分ほど残ったコーヒーにシロップを継ぎ足し、マドラーでかき混ぜ一息で飲み干す。

ふぅ、息を吐き出すと机の上に出した両手に力をこめてグッと握り真っ直ぐ強い目線で楽と千棘の方を向き直す。

 

「ことの発端としては今から20年前のことなんだが、当時ブラジルで生まれた俺は産んでくれたお袋と母一人子一人の二人で生活していたんだ。俺のお袋っていうのがこれまたいい女でさ。名前がヒセルマリアっていうんだ、名前の由来は12月25日に生まれたからで日本風にいうならゲンを担いだっていうのかな?俺がカトリック教を信仰しているのもお袋の影響でさ、浅黒い肌がお祈りの雰囲気によく合ってるんだコレが。あと、よく作ってくれた料理が鶏肉の…」

「「話が長いし関係ない!」」

「ッおおう!?」

 

仲のいいツッコミを入れられたファルカノはコホンと咳払いをすると、すこしバツが悪そうにしゃべり出した。

 

「まぁ要するにだな、20年前にたった一人の家族だった母親を亡くして失意のどん底だったわけだ。そんな現地で俺を拾ってくれた恩人がいたんだ」

「その恩人の家族を捜しているの?」

「まぁ平たく言えばそうなんだが…」

「でもなんでそんな話を俺たちに?」

「確かにこの町外国人多いけど…、あんたブラジル人の知り合いいる?」

「いやいねぇよ…、そういうのはお前の方が詳しいんじゃないか?」

「私だっていないわよ…」

「あぁ、違う違う。そうじゃない」

 

二人でモニョモニョ喋っていたが、ファルカノがそれを制する。

 

「説明が下手くそで申し訳ないんだが、その家族は現地の人間じゃな…」

 

訂正しようとしたファルカノだが、勢いよくドアを開ける音とともにこちらに早足で向かってくる音にその集中を乱される。

 

「あ!お客さん、バッグ忘れてた方ですね!お待たせしました、先ほどのタクシーの者です!」

「ああ!さっきの運転手さん!悪いねぇ」

「はいこちらがバッグになります、中身足りてるか確認してもらっていいですか?」

「はいはい…、うん!大丈夫、全部入ってるわ」

「はぁ~、よかったもし足りないとかだったら大ごとなもんで、では私はこれで」

「すいませんね、どうもありがとう!」

 

よほど急いでいたのか額に浮かんだ汗を拭うことなくそのまま早足で去っていく運転手を三人は黙って見送った。

 

「カバン忘れたってもったいつけるからどんなんかと思ったら、ただのショルダーポーチじゃない」

「あんな小さいカバンで日本に来たのか…」

「で、どこまで話したかな…」

「恩人の家族がナニ人かって話です」

「あ、そうそう、その恩人なんだけど日本人なんだよ」

「「日本人!?」」

「そう、日本人で医者をやっていた人なんだけど、その人…っつうかその家族が助けてくれたワケなんだ。まぁ俗に言う無医村で働く日本人医師…国境なき医師団っていうのかな、とくにそういった団体には入ってはいなくてフリーでやってるんだけど、そこで知り合った日系人の…」

「「話が長くなる!」」

「ッおおう!?」

 

 

 

「「「…………」」」

 

しゃべり疲れとツッコミ疲れなのか三人そろってグラスを傾け喉を潤す。

 

「そうだな、声だけだと分かりにくいから立体で説明しよう」

「「立体?」」

 

言うや否や机に備え付けられた白い紙ナプキンを三枚手に取り丸めて机に並べる。

横に二つ並べた紙ナプキンの間にストローをおいて婚姻関係を表し、この二人が夫婦であることを示す。

さらにそのストローを渡って縦にもう一本ストローを置き、T字を作り二本目のストローの端にもう一個丸めた紙ナプキンを添え血縁関係を表し、子供であることを示す。

さらに二本目のストローの真ん中辺りに蛇腹を使いL字に曲げたストローを数本置いて端をくっつける、このストローの反対側には茶色の紙ナプキンを置く、これがファルカノ自身とその実母を表す。

 

 

 

 

   義父━━━義母 実母(死去)

      ┃      ┃

      ┃      ┃

    Γ━━━━━━━━━¬

    ┃         ┃

   義妹        俺

 

 

 

 

 

「とまぁ、こんな感じかな、よく出来てるだろ!」

「「……・・」」

((わざわざ図式にするほどでも無かったんじゃ…))

 

大それた口ぶりの割に、家族構成が典型的な核家族に+αしただけであったことに二人は閉口を覚えた。

おまけに亡くなっているということを証明するために用意した実母を表す茶色の紙ナプキンを握り拳でペシャンコに潰している辺りが趣味が悪い。

 

 

「つまり養子にしてもらった家の子供を捜してるわけね」

「子供がいたのに養子にしてくれたのか、いい人だったんですね」

「いい人なんてもんじゃ無いぜ、あれが無きゃ今頃生きちゃいないよ」

 

懐かしい記憶を思い出すように目を配りながらカップに口を付ける。

 

「その家で2年ほど家族として迎えられて一緒に生活してたわけなんだけども、ある日故郷で大火事が起きてな」

「「……大火事…」」

「いや、火事なんてカワイイもんじゃねぇ、ありゃ災害と呼んでもおかしくないレベルだった」

 

火とは文明の利器である、はるか昔から人類の生活を助け豊かにしてきた。だがその反面武器や兵器に使われる、放火や暴行に使われる等の負の側面も計り知れない。今更ながらそんなことを“大火事”というワード一つで改めて思い知らされた楽と千棘は思わず息を呑んだ。

 

「俺一人がおめおめ生き残っちまったってわけ、それが18年前だ」

「ご家族が亡くなられたんですね…」

「ああ」

「…でも、妹さんを捜してるってことは…、生きてたんだろ!?」

「………」

「…ファルカノさん?」

「まぁ大体そんなもんだ、かれこれ10年以上世界中まわって妹を捜している」

「「………」」

 

二人は何も言えなかった、自分たちも12年前に会っているという朧気な記憶を追っているが目の前にいる男が追い求めているものも果てしなく長く先の見えないものじゃないだろうか。

 

 

「でも何で日本に?今回が初めて来たんでしょ?」

「確かに…、10年以上さがしていて日本に来たのが初めてなんていうのはヘンだな」

「…それを話すとまた長くなるんだが…、そうだ!写真見るか?」

「写真?」

「そう、写真。18年前に撮ったもんだ」

「何の?」

「家族の」

「誰の?」

「俺の」

「「………」」

「…あれ?」

 

楽と千棘はお互い目を合わせ、せーの、と息をあわせ…

 

「「 最 初 に 言 え ! ! 」」

 

本日最大ボリュームのツッコミが店内に響き渡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、写真があるなら早く出せっての!」

「ホントよ、こんな小学生の暇つぶしみたいな家系図だって作らなくてよかったのに」

「そ、そこまで言うこと無いだろ…」

 

ショルダーポーチの外ポケットから革のパスケースを取り出すファルカノ。

ネコ科の動物のようなエンブレムの入ったやや草臥れたそれを机に置く。

千棘はそのパスケースを手に取り、二つ折りを開いて中に目を通す。

 

「イチジョウラク…っていったか、君」

「楽でいいですよ」

「じゃあラク、…トイレ行きたいんだけどどこにあるんだ?」

「飲み過ぎですよ…、レジの方に行って出口の反対側に曲がるとありますから、青い看板の方にMaleって書いてるからそっちで」

「わかった、サンキューな」

 

 

「しっかし、ホントに調子狂うなあの人。マイペースっつうか適当っつうか…、なぁ千棘」

「………」

 

トイレの方向が自分の背中側だったので、わざわざ立ち上がって指さしての説明をし終えた楽がやれやれといった顔で席に座り直した。

相方に同意を求めるように尋ねるが、当の本人は無言だった。

 

「………」

「…千棘?どうかしたのか?」

「………ねぇ、…」

 

普段の快活ぶりからは考えられないような震えた声を絞り出すように楽に問いかける。

顔は青ざめ、片手でその口元を隠すように押さえ、パスケースを持つ手はフルフルと震えていた。

 

「ど、どうしたんだよ!?具合悪いのか?」

「…これ、見て…」

「そんなことより、顔真っ青だぞ!?」

「…いいから…、お願い…ッ!」

「………」

 

楽は千棘のこんな様子に覚えがあった、二年生の時の転校騒動等の自分や仲間達に大きな転機を迎える、取り繕う余裕も無いような状況を態度が示していた。

それを察知した楽は黙って千棘の手からパスケースを受け取った。

パスケースは二枚折りで内側が両面とも透明のポケットになっていてそれぞれボロボロの写真が収められていた。

左側には母子の写真、民族衣装を纏ったラテン系の淑やかな女性が静かに微笑み、五、六歳頃のファルカノと思しき少年が無邪気に笑っていた。

そして右側には…

 

「こ、これって…、この女の人…」

「…ねぇ、そっくりでしょ…?」

 

左側には家族の写真、薄汚れた白衣の日本人男性が小さな女の子を抱き上げ、その反対には十歳頃のファルカノと思しき少年、そして中央には椅子に腰掛け白のワンピースを着た女性。

先ほどファルカノが見せた家系図と丁度あっている。

だが、楽と千棘の気にしているところは写真に写っている人物の顔であった。

写真の中の母親と娘、この二人の顔がよく知る“彼女”によく似ていたからだ。

 

「この写真の母親…」

「これに移ってる女の子…」

 

 

 

 

 

「「鶫にそっくり…」」

 

 

 

 

一組のカップルが頭を突き合わせて一枚の写真を食い入るように眺めている。

普通のカップルだったら仲睦まじい微笑ましい光景だっただろうが、その表情は凍り付いていた。

 

「この母親、今の鶫と瓜二つだ…」

「こっちの女の子も、子供の頃の鶫とそのまんまだわ…」

 

もちろん二人は鶫の生い立ちは知っている、赤ん坊のころにビーハイブの幹部であるクロードに拾われヒットマンとして徹底的な教育を受けさせられ今に至る。

普段は少し天然だが礼儀正しく控えめで、護衛対象である千棘の一番の友達として接し接されてきた。

ヒットマンの肩書きとは裏腹に掛け値なしで皆に慕われ、その信頼には一切の打算や駆け引きは無い。

彼女に身寄りがいないのは分かり切ったことだし、今更気にしている者などいなかった。

そんな彼女の素性を知るかもしれない人間とこの日偶然出会ってしまった。

 

「「………」」

 

何かいけない物を見てしまったように顔を見合わせる二人、言葉を交わす余裕は無かった。

 

「この女の人が鶫のお母さんで…、この女の子が…鶫?」

 

千棘は震える声でポツリと呟いた、明らかに困惑しているようだった。

 

「ちょっと待てって!そりゃ考えすぎだろ!」

「でも!ずっと見てきたから分かるわよ、子供の頃にそっくりなんだもん!」

 

今度は声を荒げ机に手をついて立ち上がる、ワナワナと震えながら。

 

「だから落ち着けって、大体年齢が合わないだろ」

「年齢?」

「そうだ、ファルカノさんも言ってただろ、18年前に撮ったもんだって」

「…言ってたわね、確かに」

「この写真の女の子はパッと見5歳くらいだろ、だったらもう22~23歳になってるはずだろ」

「…そうね」

「確かに鶫は大人びてるところもあるけど、さすがに22歳はありえないって!羽姉( ユイねえ)より年上だなんて考えられないだろ」

「それは…、そういえば赤ちゃんの頃に保護されたって聞かされてるわね」

「だろ?世の中よく似た人は3人はいるって言うし、とにかく当人が戻ってきてからちゃんと話を聞こうぜ」

 

ひとまず千棘を宥めて座らせる楽、二人は静かになったが内心穏やかではいられなかった。

そんな二人の心境を知ってか知らずか、すっきりした顔つきのファルカノが戻ってきた。

 

「あ~、スッキリした!ジェットタオルなんて初めて使ったわ。気持ちいいね、アレ」

「「………」」

「…どうかしたの?」

「「…いえ、……別に」」

「…そうか」

 

こんな時まで息の合った会話をする二人にファルカノは思わず苦笑をもらした、そして二人の前に置いてある自身のパスケースを見つけると手に取りカバンにしまい込んだ。

 

「写真見た?」

「はい、見ました」

「そっか、美人だったろ、俺のカーチャン」

「それは…、どっちの?」

「…どっちもだよ!!」

「そ、そっか~、そうよね!もう、失礼なこと聞いちゃダメじゃないダーリン」

 

楽の問いに少しムッとした返事をしたファルカノをフォローするように会話をもたせる千棘、二人のファルカノに対する空気感が如実に変わっていた。

 

「それで…だ、俺さっき妹探しているって言ったよな」

「…はい」

 

力無さげに返事をする楽そこに千棘が割って入った。

 

「それなんだけど、その妹さんって今22歳くらいなんでしょ?さすがに私たちは…」

「22歳?誰が?」

「誰が…?って、妹さんでしょ!!」

「そうだよ、ファルカノさん、さっき妹を探してるって言ってただろ?」

 

楽の援護射撃を得て、千棘はいよいよ真相究明に乗り出した。

 

「18年前に撮った写真に写ってる女の子が4歳くらいだから今22歳くらいなんでしょ?」

「俺たちは大人のそういった生い立ちの知り合いはいないんだ、力になれないのは申し訳ないけど、こういうのはハッキリさせないと」

 

言いたいことはすべて言った、あとはこのマイペースな外国人青年が『それじゃあしょうがないな』とでも言ってくれればこの話はすべてが終わる。

心臓に悪い時間だったが、二人はハラハラしながら待っていた。

 

 

「そっか…、俺が逐一説明しなくてもそこまで考えてくれてたのか、申し訳ないな~ゴメン!!」

 

両手を合わせて、謝罪のポーズを見せるファルカノ、二人の予想とは全く違っていた。

なんとなくだが…、いやな予感を感じさせた。

 

「あの…、いったいどういう…」

「完ッ全に俺の説明不足だった、“お前説明がド下手なんだよ!!”ってよく言われるんだ俺」

 

ファルカノは自虐的に笑っているが、二人は心中穏やかでなく背筋にゾクリと冷たいものを感じた。

 

「俺が探してる妹ってのはな、この 写 真 の 女 の 子 じ ゃ な い ん だ」

 

二人は足の指先がピリピリと痺れてくるのを感じた。

 

「写真じゃわかりにくいと思うんだけど、俺の義母(お袋)の お 腹 が 大 き く な っ て る のが見えるか」

 

二人はノドがカラカラに乾くのを感じた。

 

「ん~、だからつまり…、この後生まれた子供な訳だから…、ちょうど 君 た ち と 同 じ く ら い の 年 の 女 の 子 を探してるんだよ」

 

二人は心臓が止まりそうになるのと同時に、全身が総毛立つのを感じた。

きっとこの予感は、ホンモノだ。




次回、第三話『彼女の視界が遮られた午後』よろしくお願いします。
感想、評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話『彼女の視界が遮られた午後』

第三話です、お楽しみください。


「どうしたんだ二人とも、急に黙っちまって」

 

二人は言葉を失っていた、さながらイタズラがばれて怒鳴り散らしている被害者の前で縮こまってる子供のようである。

だがそのようなシチュエーションと現状とでは決定的な違いがあった。

楽と千棘は別段なにも悪いことをしていないのである。

 

あっけらかんとした目の前の男の雰囲気とは裏腹に、自分たちの周りの空気だけが重圧となってのしかかっていた。

 

今日道すがら倒れていた外国人を介抱したと思ったら、その外国人は生き別れの妹を捜しておりさらに写真に写っている妹の母親と姉は鶫にそっくりだった。

この男は、自分たちの大事な友達である鶫の一体何なのか、見つけて一体どうするつもりなのか。

 

 

(この人…、鶫のなんなの?分からないよ…)

(……ッ!)

 

楽は千棘の手が、相手からは見えないように自分の手に重ねられてるのを感じた。

意地っ張りで恥ずかしがりの彼女が無意識に手を重ねてきて、その上でフルフルと震えている。

その手はビックリするほど冷たかった。

 

(…千棘)

(………)

 

自分が何とかしなければ、そう思いながら楽は張り詰めた表情で面を上げた。

 

「ファルカノさん!」

「何だ?」

「…紅茶飲みます?ここのドリンクバー紅茶も種類多いんですよ」

「………」

 

楽の提案にファルカノは考える素振りを見せ…

 

「…じゃあ飲もうかな、いれてくるわ。君らも何か飲むか?」

「じゃあアップルティーで、千棘は?」

千棘はなにも言わず、黙って首を横に振った。

ファルカノは“そうか”とだけ言い、グラスを持ち席をたつ。

彼が視界から消えると同時に千棘は“ハァッ”と堰き止められていたかのように肺から息を吐き出した。

 

「千棘…、大丈夫か?」

「うん…、ちょっと考えが纏まらなくて。あんたは…?」

「俺は…、まぁ厄介事って言ったらあれだけど想定外の事態とか持ち込まれることも多いから…な」

「本当にあの人が捜してるのが鶫だったら…、どうすればいいの…?」

「…あの人のこと、どう思う?」

「ちょっと…いきなりは信じられないかな…」

 

千棘の率直な感想だった。物心ついた時から一緒にいる鶫、一緒にいるのが当たり前でありこれからもそうだろうと思っていた。

そんな彼女の素性を知る人物がいたとしてそれを信じられないというのは千棘自身の意地でもあるのだろう。

 

「あんたは…?」

「…率直に言うと悪い人じゃないと思う、でもやっぱりたまたま出会った俺たちが全部話すのはなんかおかしい気がする」

「…そう」

「鶫と一番長くいたのは千棘だ、言い出しにくいのなら俺があの人に知らないって言うから。お前が決めたことなら俺もそうする」

「ありがと、…やっぱり言えない。あの人が誰かもよく分からないし…」

 

千棘の答はNoだった。

 

「わかった、俺の方から言うよ。辛いなら席、外しとくか?」

「ううん、私もいる。ゴメンね、嫌なことさせちゃって…」

「そんな顔するなよ、自然に振る舞ってないと怪しまれちまうぞ」

「うん…」

 

目尻を拭う千棘、楽は弱気になった千棘を優しく宥める。

丁度タイミングよく両手にカップを持ったファルカノが戻ってきた。

 

「お待たせ~、はいアップルティー」

「どうも…、あの、ファルカノさん!」

「何だ?ラク」

 

楽は意を決した。

 

「その…、俺たちやっぱりそういう女の子のことは分からないっつーか…、中途半端に聞いてもどうしようもないし…、これ以上力になれないのに込み入った話は聞くべきじゃないと思うんだ」

「…そうか」

「ファルカノさんが長い間妹さんを捜してるってのはよく分かったし、だからこそ関係ない俺たちが立ち入るのは申し訳ないよ」

「………関係ない、か…。そっか、そうだよな…」

「だから…、ごめんなさい。役に立てなくて」

 

申し訳なさげに頭を下げる楽。

 

「ちょ、ちょっと待てって!頭なんて下げるな!」

「………」

「俺だって本気で聞いたんじゃないよ、ただ助けてもらった手前何も言わないってのはちょっと不人情かなって思っただけでさ…」

 

ファルカノは楽を座り直させ、今度は自身が頭を下げる。

 

義父(おやじ)が医者だったからかな、そういう恩義とかは忘れないようにしてるんだ」

「…恩義」

「君達が行き倒れになってた俺に声を掛けてくれなかったらもっと面倒なことになってたしもしかしたら入管沙汰になってたかもしれない、けど助けてくれたのがうれしかったからさ。だからなるべく隠し事はしないようにしようって決めてたんだ。まぁちょっと期待はしてたけどな」

 

そういってカップの残りを煽り、飲み干す。

 

「そういう一つ一つの出会いを大事にしたいわけなんだよ、“Graças a Deus por(グラシャス ア デウス ポル) este encontro ( エステ エンコントロ)(この出会いを神に感謝します)”」

(……何語?)

「手掛かりはまだあるし、地道に捜していくさ」

「見つからなかったらどうするんですか…?」

 

この辺りは楽の単純な好奇心だった。

 

「見つからなかったら…、そうだな神様にでもお祈りするかな」

「…ファルカノさん」

「何だ?チトゲ」

 

ここでさっきから俯いていた千棘が顔を上げ、口を開いた。

 

「妹さん…、見つかるといいですね」

「…ああ、ありがとう!」

 

男の笑顔は晴れやかだった。

こうして宴もたけなわといったところで、ファミレスを出て行く三人。尚、会計の際に『いろいろ世話になったから』という理由でファルカノがまとめて払おうとしたが財布の中にアメリカドルしかなく、仕方なく楽が立替えたのは別の話である。さらに財布の中の紙幣を千棘が両替してあげたのも別の話である。

 

 

 

◇◇◇

 

ファミレスを出て通りを歩く三人、せめて駅前まで送ろうということで楽と千棘も同行しているのだ。

 

「まだ聞けてなかったんだけど、ファルカノさんは妹さんを見つけてどうしたいんですか?」

 

“ところで…”という前置きを置いて、千棘が問いかけた。

当のファルカノはというと…

 

「どう…か、ぶっちゃけた話、引き取っても問題ないくらいの蓄えはあるんだ」

「「引き取る!?」」

「お、おう、まあ仮にだけど。相手の気持ちとかも考えなきゃダメなんだけどさ」

 

答は曖昧で不明瞭、どこかファルカノ自身の声も弱々しかった。それは楽の目にも誤魔化しやはぐらかしている以前に自分自身でも答を出していないように見えた。

 

「そうだ!見つかったら君達にも紹介しようか。年も近いからいい友達になるかもしれないな」

((いや、その最有力候補がもう友達なんですが…))

 

アハハ…と渇いた笑いを発する二人、交通量の多い通りに差し掛かり風が一層強くなるのを感じた。

男同士気が合うのか、軽い談笑を交わしていた楽とファルカノの後ろにいた千棘は目を凝らし向こうから歩いてくる相手を見て表情を凍らせた。

 

「ら、楽!楽!」

「痛ッ!ちょっ、何だよ!」

 

バンバンと楽の背中を叩いて呼びかける千棘、楽は目を白黒させる。

 

「あれ!あれ見て!」

「アレ?…あれって…えぇ~!!」

「……?」

 

◇◇◇

 

 

 

鶫は自身の用事の為、外出をしていた。用事自体はすぐに終わったが足取りはどこか重かった。

その重さの原因は今朝の夢であった。

 

(いままで見たことの無いような鮮明な夢だった…、私の家族)

 

家族の夢、自分が持って生まれなかったものを見せたそれは未だに色濃く脳裏に残っていた。

自分の運命は受け入れてきたつもりだった、過酷な訓練だって泣き言も言わずにこなしてきた。

 

(そういえば…、昔私の家族のことをクロード様に尋ねて大目玉をくらったことがあったな。当たり前か、拾っていただいた恩を忘れて情に出生を気にするヒットマンなんて何の役にも立たないからな…)

 

これまでの訓練や実戦を思い返して雑念を消す鶫、これまで多くの仕事をこなしてきた。傷を負うこともあったが今では“黒虎(ブラックタイガー)”の通り名を得るに至った。その名と主である千棘を守りつつ今では女子高生として高校に通っている。

 

(私も大分甘くなったものだ、これも“一条楽”の影響か…)

 

当初は最愛の主である千棘の恋人としてであった楽、当然気に入る存在である筈が無く衝突することも多かった。だが生来のお人好しである楽はそんな自分も受け入れ、ただの護衛である自分の学生生活に彩りを添えてくれた。

 

(私の恋した相手…、一条楽…)

 

つい最近になって千棘と楽のニセの恋人関係を知ったと同時に、彼への恋心に気づいたがそれを表に出すことは決して許されず、この気持ちは自身の胸にしまい込んだ。

 

(私の願いはお嬢に幸せになってもらうこと…、一条楽ならきっとそれを成し遂げてくれる。だったら命に代えてもお嬢をお護りすること、それが私の使命…)

 

そんな鶫のそばを小さな女の子が通り過ぎていった。

 

「パパ~、ママ~、はやくはやく!」

「こら、慌てて走ると危ないぞ」

「そんなに急がなくても大丈夫よ」

 

その少女の後を父親と母親が歩いて追いかける、幸せそうな家族の風景だった。

 

(家族か…、ッ!?)

 

そのとき鶫の脳裏に直感にも似た悪い予感が走った、その家族や鶫が歩いているのは駅近くの工事をしている大通り。あまり整地がされていないのか風が吹いたり車が通ったりするたびに砂埃が舞い、車線は片側一車線ずつである。資材を積んで走るトラック、その対向車線にある乗用車がトラックとは逆方向に進む。何事もなければそのまますれ違って終わりである、だが対向車線の乗用車の後ろから無茶な追い越しを計った別の車が車線をはみ出し危うくトラックとの接触事故を起こしそうになる、幸いトラックの運転手が慌ててハンドルを切ったことで接触は免れたがその代わりにコントロールを失い左側に逸れた。

急ブレーキの音を上げながらトラックはそのまま縁石もガードレールも無い歩道に乗り上げた。そしてその先には少女がいた。

 

「危ないッ!」

「そっちに行っちゃダメよ!!」

 

少女の両親は声を張り上げ、少女に注意を促す。が、幼い少女に周囲の環境を察知する能力は乏しく自分にトラックの影が差し掛かったのを見て体を強張らせた。

 

「そこに居て下さい」

 

言うが早いか鶫は少女の両親に伝え、走り出した。

 

(間に合えッ!間に合ってくれ…)

 

両手で顔を覆って惨劇から目を背けようとする少女の両親を残し、トラックが少女に接触するまでの間に助けようと無我夢中で駆け出す。

 

(ッ!足場が悪い…、だがまだ間に合う!)

 

工事現場から漏れ出た砂埃が歩道に被さり、接地の悪さを感じる。が、持ち前の超人的な運動神経で渡りきり、少女を抱えてトラックの進行方向から飛び出す。鶫は少女を抱えたまま歩道に倒れ込んだ。数瞬間を置いて、トラックが工事現場の仮囲いに衝突する音が聞こえた。

鶫は目線を向けてそれを見届けると“ほっ”と安堵の息を漏らす。

 

「ケガは無いですか?」

「うん…、ありがとうおねえちゃん」

 

地面に倒れ込んだまま鶫が優しく問いかけると、胸元に抱えられた少女は大人しげに答えた。

 

(…お姉ちゃん、か。…ッ痛!)

 

鶫は“お姉ちゃん”という言葉に今朝の夢を思い出した。夢の中に出てきた自分の家族、目の前の女の子の家族、形は違うが幸せそうなのはどちらも同じだ。

無茶な動きをしたせいか、足首がズキリと痛みが走ってきた。だが、そんな家族の幸せを守れたのならそれもきっと意味のあることだったのだろうと納得させた。

 

「さ、ご両親が待ってます、立てますか?」

「うん!」

 

少女を促して、自身も立ち上がろうとする鶫。そのとき“ブチッ”という音とともに二人に差し掛かっていたトラックの影が大きく揺れた。仮囲いに乗り上げていた前輪がバランスを崩し荷台が揺さぶられ積まれていた大きな建材を括っていたロープが切れ中身が崩れ落ちてきた。一つで数キロもある建材が列を成して倒れ込んだままの二人に降ってきたのだった。

 

「ダメだ!!ここにいたら…痛ッ」

「……?」

 

起き上がろうとしていた女の子は気づいていないようだった。鶫は建材が落ちてくるのを察知しそこから逃れようとするが、痛めた足に気をとられてその場から動けなかった。

 

「…おねえちゃん?わぁっ!!」

(せめてこの子だけでも…!)

 

鶫は少女の腕を掴んで引き戻し、自分が上になるように倒れ込む。一刻の猶予も無く、状況は絶望的だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

時は少々遡り…

 

「ねぇ!?あれ鶫でしょ」ヒソヒソ

「間違いないな…」ヒソヒソ

 

ファルカノの案内をしていた楽と千棘は前方からこっちに歩いてくる人物を見て驚愕の表情を見せた。

先ほどファルカノが話していた人物の最有力候補である。

 

「…どうしよう、どうする?鶫すれちがったら絶対私たちに声かけて来るわよ」ヒソヒソ

「まずいな…いまさら方向転換出来ないぞ」ヒソヒソ

 

ヒソヒソ話してる二人は、急に足を止めたファルカノにぶつかりそうになり慌てる。

 

「ど、どうしたんですか?」

「…何だか、嫌な予感がする」

((え?そういう感じ方?))

 

何かを感じたファルカノの予感は正しかった。急ブレーキの音とともにトラックが車線をはみ出し歩道に乗り上げその先にいた少女を巻き込みそうになっていたのだった。

 

「嘘!?あそこ…女の子が…」

「ラク、ちょっとこれ持ってろ」

「え?」

 

ショルダーポーチを楽に放ると太ももに手を当て押し込み、膝を曲げるファルカノ。そこからの動きは早かった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

女の子に覆い被さり、体が外にでないように自身の体で隠そうとする鶫。建材の落下の有効範囲から逃れられないと判断した鶫はせめて女の子にまで被害が及ばないようにするのだった。

 

(せめてこの子だけでも…!)

 

鶫は女の子を抱きしめ、ギュッと目をつむり運命に身をゆだねた。

永遠のように感じる時間の中、金属が地面に叩きつけられる鼓膜が破れそうなほどの甲高い金属音が耳に障る。

 

(私もここで終わりか…)

 

自然と痛みは無かった、いままで訓練や任務で傷を負うこともあったが本当に命の危機に瀕したときというのはこういうものだったのか。

自身の胸元に納まっている女の子の息づかいを感じる、きっと無事だったのだろう。天涯孤独の自分が家族の夢を見た日に通りすがりの家族を助けて果てる、こんな運命のイタズラもないだろう。だが後悔はなかった。

 

(悔いはない…、だが)

 

刹那、鶫の頭の中をよぎったものは、自分の主である千棘、初恋の相手である一条楽、そして自分の仲間達。

 

(先立つ不義理をお許しください…、せめて私のことは忘れて幸せになって下さい)

 

最後に思い出したのは今朝の家族の夢、あの夢に出てきた母親は()()()()()()と言っていたがその意味が分かった気がした。

 

(私が生まれ変わったらあんな家族という形で会えるという意味だったのか…、予知夢というやつかな)

(………)

(………)

 

 

 

(……アレ?)

 

建材が落ちる轟音でキーーンとなっていた耳が段々と聴力を取り戻してきた、ザワザワとした周囲の声や落ちてきた建材が触れ合い鳴る金属音などが鮮明に耳に入ってきた。恐る恐る目を開く鶫、砂埃が目に入り、逆光で姿は見えないが()()()()が自分たちを遮るように立ち塞がっていた。

 

「私は…、生きてる?」

「…おねえちゃん。くるしいよ…」

「あっ…、ごめんなさい、ケガはないですか?」

「…うん」

「そうですか…よかった」

 

目がうまく見えない鶫は、少女の反応を耳で確認すると抱擁を解いて改めて安堵の息をもらす、と同時に自分たちをトラックの積荷から守った大きな影が声をかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉっ、二人とも無事みたいだな。お嬢さんたち‼」

 

 

 

◇◇◇

 

~一分前~

 

「ラク、ちょっとこれ持ってろ」

 

ファルカノは楽にショルダーポーチを放り渡すと脇目もふらず前に走り出した。

 

「…?あれは、女の子…、俺の出る幕なさそうだな…。いや、ダメだ!!」

 

トラックとの衝突から少女を庇おうとする千棘と同年代くらいの女の子が少女を救い出し、間一髪でトラックの側面に放り出されるのが見えたが荷台の建材が揺らぎ、固定用のロープが切れかかるのが目に映った。落ちてくる事までに少女たちが逃げ切れそうにない事、自分が助けに行っても落下の有効範囲から抜け出せない確率が高いという事を察知し、辺りを見渡した。

 

(…あれだ!)

 

すぐ隣の工事現場の入り口に敷いてある、タイヤの轍が出来るのを防ぐための大きな銅板を持ち上げると、それを背中に担ぎ少女と荷台から落ちてくる建材の間に捩じ込ませ銅板の下に入り込み両腕と背中で支えて斜めに構えて少女たちを庇う態勢をとる。

鼓膜に響く、劈くような金属音を耐え、衝撃が少女たちにいかないように落下を凌ぎ切る。降りやむと膝に力を込め銅板とその上に乗ったままの建材を持ち上げる。

 

(ふぅ、この女の子が縮こまっててくれたおかげで相当やりやすかったな)

 

ガラガラと音を立てて銅板の上の建材を落とすと、目線を下に向けた。

 

「…おねえちゃん。くるしいよ…」

「あっ…、ごめんなさい、ケガはないですか?」

「…うん」

「そうですか…よかった」

 

こっちに気づいてない二人を見て安心したファルカノは、一心地つけて声をかけた。

 

 

「よぉっ、二人とも無事みたいだな。お嬢さんたち‼」

「あの…あなたは…」

「ちょっと待った」

 

高らかに声をかけたファルカノは鶫の問いを遮り、誰もいない方向に銅板を降ろすと膝を曲げて目線を合わせる。

 

「面倒な話は後。とりあえず、ケガが無くてよかったぜ!早いところココを出よう。立てるか」

「うん!」

「…はい、痛ッ!」

 

二人に手を伸ばすファルカノ、小さな女の子は危なげなく立ち上がるが視界が回復していない鶫は痛めた足の痛みも相まって大きくバランスを崩した。

 

「すみません足が…、私はいいのでその子を助けてあげてください」

「なんだ、ケガしてるのか。じゃぁ掴まりな」

「はい?…ひゃぁッ」

 

ファルカノは足を痛めてうまく立てない鶫の片腕を自身の首に回し、自身の片腕で鶫の両膝を持ち上げる。いわゆる“お姫様だっこ”というやつである。

 

「お、降ろしてください!恥ずかしいです!」

「だ~、暴れんな!ここらももうすぐ崩れそうなんだ、早く出ないとまずいんだよ」

「うっ…、はい…」

「よし!おチビは俺の肩に引っ付いてろ|

「おちびじゃないもん!!」

「わかったわかった、早く出るぞ」

 

ファルカノは鶫と女の子をまるで小箱でも持ち運ぶかのように担ぎ、建材だらけで悪くなった足場を事もなく進んでいく。

鶫はぼやけたままの視界で男の足の運びを観察していた。

 

(この男…、並みの訓練じゃこんな動きは身につかない…)

 

男の並外れた判断力と適応力に感嘆の意を見せる鶫。

数歩歩くと、元の舗装された歩道に出てきた。

壁沿いに鶫と女の子を降ろすとまもなくして女の子の両親が駆けつけてきた。

 

「あ!ぱぱ、まま」

「良かった!!無事だったのね」

「娘を助けていただいてありがとうございます!!」

「お礼ならこの子に言ってあげてください」

「いえッ!わたしはそんな…」

 

ファルカノは鶫のほうに顔を向け、自分に頭を下げる女の子の両親の視線を誘導する。が、鶫はしどろもどろしている。

そこに遠くから見ていた千棘と楽が駆けつけてきた。

 

「鶫!!」

「その声…お嬢!ということは一条楽もいるのか!?」

「鶫、よかった。ケガとかしてない!?」

「…はい」

「…何だ?君ら知り合いか?じゃあ丁度いいや、あとはよろしく」

「ちょっ、ファルカノさん!!」

「悪い!!そろそろ行かねぇと…」

((…この人、気づいてない?))

 

楽たちの制止を振り切り、ファルカノは今度こそ足早に去っていった。

 

「…お嬢、さっきの方はお知り合いですか?」

「あ…、いや、その」

「それとも一条楽、貴様の組のものか?」

「そーじゃないっつーか…、あのー」

「……?」

「「通りすがりの外国人ってところかな…?」」

「…はぁ…」

 

楽と千棘は鶫の問いに声をそろえてやんわりと答えたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

「それが貴様が負傷したことの顛末か、誠士郎」

「はい…」

 

その夜、ビーハイブの屋敷に戻った鶫は育ての親であるクロードに今日のことを報告していたが、クロードはあまり機嫌がよろしくないようだった。

 

「まったく、事故を避けようとして足を痛めるなど貴様はビーハイブの一員としての自覚があるのか!!」

「…申し訳ありません」

「しかも通行人、それも子供を助けようとして巻き込まれたそうじゃないか。恥さらしもいいところだ!!」

 

厳しい言葉で捲し立てるクロード、鶫は黙って聞き入れていた。

 

「しばらく見てないうちに鈍ってしまったんじゃないのか?また近いうちに私が鍛えなおしてやる、心しておけ」

「了解しました…」

「今日はもういい、明日までには動けるようにしておけ」

「はい、失礼します…」

 

クロードの折檻が終わり、足の痛みを悟られないように部屋を後にする鶫。そんな彼女の元に千棘が声をかけてきた。

 

「お疲れ様、クロードのお説教終わった?」

「お説教だなんて…、私もまだ修業が足りない証拠です」

「鶫はあの女の子を助けようとしてケガしたんでしょ?それで文句言うクロードが間違ってるのよ」

「違うんです!!」

「…どうしたのよ大きな声なんか出して…、何か嫌なこと言われたの?」

 

鶫の肩に手を当て優しく問いかける千棘、鶫はその手をゆっくり払いのけると千棘に背を向けた。

 

「…夢を見たんです」

「…夢?」

「今朝、自分に家族がいる夢を見たんです…」

「家族!?」

 

千棘は心臓が止まったような気分だった、鶫には悟られなかったようだ。

 

「両親がいて兄姉(きょうだい)がいて私がいて、食卓を囲んでいる夢です。それを思い出してなんだかあの家族を放っておけなくて・・・」

「それって…」

「お笑い草もいい所ですよね、私が家族の夢を見るなんて…。クロード様にお叱りを受けるのも当たり前です」

「鶫!!」

 

今度は千棘が青ざめた顔で大きな声を出して鶫を引きとめる。

 

「な、何ですか?お嬢…」

「そのことクロードに言った?」

「いえ、わざわざ知らせるようなことではないので…」

「そう…ねぇ鶫!!明日空いてるわよね!?」

「は、はい…」

「鶫に“会ってほしい人”がいるの!!」




次回、近日投稿


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話『残された手掛かり』

前話の次回予告をちょっと変更しました。
第四話、お楽しみください。
今回のサブタイトル元ネタはちょっとわかりにくいかな?


きっかけは一本の電話だった。

 

「千棘?どうしたんだ」

『楽!?もう一度ファルカノさんに会いたいの!協力して』

 

夕食を終え、自室に戻った楽の携帯に千棘から電話がかかってきたのである。

正直今日の一件は楽自身もどうにも煮え切らない結果となり、ノドの奥に引っかかった小骨のように残り続けていた。

だが、それに千棘の方から異をとなえ、声をかけてくるのは予想外だった。

 

「会いたいったって…、どこ行ったかも分からないだろ…」

『…それは分かってる、けどどうしても会いたいの!!』

「もしかして…、あの後何かあったのか?」

 

楽の電話越しの問いかけに千棘は言葉を詰まらせて黙り込んだ。

数秒の沈黙を挟んでポツリと口を開いた。

 

『鶫がね、見たっていうの…』

「見た?」

『家族の夢を見たんだって…、今朝』

「家族…」

『自分が普通の家庭に育って、家族がいる夢だって』

「それって…」

 

千棘の声は震えていた、楽はそれに気づいていたが黙って聞き続けていた。

 

『それ聞いて、私とんでもないことしちゃったんじゃないかって思って』

「でも俺たちは…」

『分かってる、でも鶫…すっごく悲しそうな顔してた』

「鶫が…?」

 

千棘も楽も鶫がどういう人間であるかはよく分かっている。常に他人に気を配り、人一倍純真で真面目な女の子である。そんな彼女が悲しそうな顔をしていると言うことは余程のことがあったのだろう。

 

『私たち、ニセの恋人だって鶫にずっと隠してたでしょ?それを知られたときもあの娘、全然文句も言わなかったじゃない』

「確かにそうだな…」

『私、あのお兄さんに鶫を会わせたら鶫がどこかに行っちゃうんじゃないか、今の関係が変わっちゃうんじゃないかって思ったの』

 

電話越しに鼻を啜る音が楽の耳に入ってきたが、これにも黙って聞き続けた。

 

『でも、自分の家族の事を知りたいと思うのって…、当たり前のことだよね…』

「………」

『私、鶫をあのお兄さんに会わせたい、お兄さんのためじゃなくて鶫のために!』

「…千棘…」

『…だからお願い、楽。…無理だって言うんだったら私一人でも捜すから!!』

「わかった…、ちょっと落ち付けって」

『…楽…』

「俺もあの人にちゃんとお礼言いたかったし、ずっとモヤモヤしてたんだ」

 

楽がファルカノにもう一度会いたいと思うのはある意味本当のことだった、礼を言いたいというのもあるが今日の昼の鶫と女の子を助けた際の迷い無い動きや男らしさを人の形に押し込んだようなその佇まいなど彼について聞きたいことや知りたいことがあった、それだけの求心力があの男にはある。

 

「夢の話って聞いてなんか他人事に思えないし、お前一人放っぽらかすと何しでかすかわかんないしな」

 

皮肉のように言ったが、千棘にはそれが楽の照れ隠しだと分かっていた。

 

『…ありがとう』

「とりあえず何人か声かけとこうか」

『それは私の方からしておくわ』

「わかった、じゃあ明日な」

『うん、おやすみ』

 

 

 

◇◇◇

 

「それで俺たちが集められたってワケ?」

「鶫さんにお兄さんって…」

「にわかに信じられないわね」

 

翌日、午前中にファルカノと別れた駅前に集合した楽と千棘、合流したのは同じクラスの“舞子集”“小野寺小咲”“宮本るり”の三人、鶫に兄がいる…かもしれないという事実に三人とも疑わしい目線を向けていた。

 

「最初は俺たちもそう思ったんだ、けど話を聞くと偶然とは思えなくて」

「あと写真!!あれ見たら絶対納得するはずよ」

 

捲し立てる二人の勢いに、三人は気圧される。

 

「まぁ仮にそうだったとして、どうやってそのお兄さん見つけるんだい楽さんや」

「………」チラ

「………!」ブンブン

 

集がふざけた態度で楽に問いかける、楽は持ちかけた千棘の方に目線を向けるが彼女はものすごい早さで首を横に振った、それを見た楽はため息をつく。

 

「知らないんだ…」

「知らないのね…」

「……でも!」

 

冷静に突っ込んできた小咲とるりに、反論するように千棘が声を上げる。

 

「無茶なこと言ってるのは分かってる。けどどうしても会わせてあげたいの!!」

「「「「………」」」」

「鶫があんなに悲しそうな顔してるの見たくない、いつも助けて貰ってるのにこんな時に何にも出来ないのは嫌なの」

「…俺からも頼む、何とか力になってやりたいんだ」

 

ガラにもなく頭を下げる楽と千棘。

三人は顔を見合わせる、尤もそんなことしなくても答は決まっていたようだが。

 

「まったく…、このお人好しコンビは…」

「誠士郎ちゃんのお兄様なら俺たちもご挨拶しとかないとね」

「何が出来るか分からないけど、私も協力するよ」

「「ありがとう!!」」

 

いい雰囲気に纏まりかけた一同だが、るりが次に発した一言でその雰囲気は凍り付いた。

 

「でも、結局どうやって捜すの?」

「「…あ」」

「…打つ手は無し、か」

「……ふふっ」

 

言葉を無くして、頭を抱えだした楽と千棘に小咲が思い出したかのように笑みを零した

 

「どうしたのよ、小咲」

「うぅん、なんだか一年生の頃みたいだなぁって思って」

 

千棘が転校したての頃、鶫や今はアメリカに療養に行った万里花が転校する前はこうして五人で集まったり勉強会などをしていた。

そんな思い出がふとよみがえったのであった。

 

「あぁ、そういやそんなこともあったような…」

 

そんな小咲の笑顔に癒されたのか、楽も表情を綻ばせ千棘の方を向いた。

だが千棘は他所を向いてワナワナと震えていた。

 

「千棘?どうかしたか…」

「楽!!あれ!!あれ!!あれ!!あの人!!あの人!!あの人!!」バンバンバン

「痛痛痛!!!!なにすんだよ!!!!」

「あれよ!!あれ見てってば!!」

「…あれ?…あ~!!」

「「あの人だ~~!!」」

「「「………あの人?」」」

 

楽と千棘が手を取り合い飛び上がっているのを見て、残された三人はその当の人物が居たのを察した。

 

(たまたまいたの?)

(エライ運を持ってるな)

(凄い偶然ね…)

 

それでは早速そのご尊顔を拝見…、と言わんばかりにその人物の方に向き直る。

そこにいたのは…

 

「はい、こちらお荷物になります。どうもありがとうございましたー」

 

額に汗を浮かべて、ビリケンのような笑顔で客の荷物をトランクから取り出す中年のタクシー運転手であった。

 

 

「「「ええ…、あの人がお兄さん…!?」」」

「あ、違う違う…」

「あの人はそのお兄さんをこの町までタクシーで連れてきた人なの」

「なるほど。けどそんな人見つけてどうすんの?」

「あ…、どうしよう楽…」

「俺も千棘もあの人が他にどこ行ったか分からないんだ、ダメ元で聞いてみるしかないな」

「迷惑じゃないかな…?」

 

小咲の心配を他所に、楽はたったひとつの手がかりである運転手の方へ足を運び、千棘もそれに続いた。

 

「あの~、ちょっといいですか?」

「お客さんですか!?ドーゾドーゾ…、あら、あなた方は確か昨日の」

「はい、ファミレスで外国人のお客さんに忘れ物渡してましたよね」

「私たちあのお兄さんを捜してるの、どこにいったかを知りたいの」

「は、はぁ…」

 

二人の剣幕に戦きながら、対応する運転手。

 

「行きのタクシーでどこに行きたがってるとか、どんな目的で来たとかどんなことでもいいの」

「あのお客さんですか…、昨日の夜またお乗せしましたねぇ」

「夜に?」

「ハイ」

 

楽と千棘は顔を見合わせた、これは大きな前進であった。これに続き、有力な情報をいくつか手にすることが出来た。

ファルカノは昨日楽と千棘と別れた後、なぜか病院からタクシーに連絡し迎えに来てもらった。それが昨日の運転手に偶々繋がったのであった。運転手の話ではファルカノは大層機嫌が悪く、イライラした様子だったそうだ。空気の悪さをなんとかしようと運転手は自社で作成しているグルメ冊子をあげると目を輝かせてラーメン屋に進路を変え、意気揚々と食べに行ったそうだ。

 

「ラーメン屋?それホントですか」

「ホントホント、この冊子に載ってる店ですよ」

 

運転手から冊子をうけとる楽、それを覗きこむように後ろの四人が集まってきた。

 

「よ~し、手がかりゲット!早速そこ行ってみましょ‼」

「ちょっと待ってくれ」

 

明るい表情を見せた千棘が一行の行動の指針を示すが、楽がそれに待ったをかけた。

 

「ファルカノさん、昨日もうひとつ気になること言ってたの思い出した」

「何を?」

「“見つからなかったら神様にお祈りする”って」

「神様ァ!?」

「あ~、確かに言ってたわね…、信仰してる宗教がどうのとか…」

「それってあてになるのかな?」

「一気に胡散臭くなったわね…」

 

集とるりからの指摘に楽はう~んと頭を抱える。

 

「でも、それっぽいセリフも言ってたし情報は多い方がいいだろ?神様だから…、何かそれらしい場所とか」

「それらしいって…、教会とかかな…?」

「そう!それだよ小野寺!」

「へ?…う、うん」

(……教会、ね。そうだ)

 

小咲からの答えに楽は表情を明るくし小咲の方を向いた、逆に小咲は思いを寄せる楽に急に振り向かれ照れて目線を下げた。

それを見てるりは、ニヤリと微笑み目を光らせた。

 

「よし!だったらこうしましょう」

「「「「………?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

るりの提案により五人は、楽と小咲の二人組、千棘と集とるりの三人組という二組に分かれた。

 

「な、なぁ宮本、なんでこの分け方なんだ?」

 

楽が頬をニヤつかせ、目線を泳がせながらるりに問いかけたが、るりは涼しい顔で答えた。

 

「あら、だってそのお兄さんの顔を見たのは一条君と千棘ちゃんの二人だけなんでしょ?そして行き先の予想は二ヶ所、だったら二人に指揮をとって貰って二手に分かれた方が効率的でしょ」

(小野寺と二人きりなんて…、予想外だったな)

(確かにそうだけど…、何か釈然としないわね…)

(る、るりちゃ~ん)

(うまくやったね、るりちゃん)

「はい、じゃあこれで決まりね。お互い何かあったら連絡を取り合うようにしましょ」

 

パンと手をついてその場を解散させるるり、だがそんなるりの元に小咲がやってきて小さな声で何やら抗議をしだした。

 

「るりちゃ~ん!急にこんな振り方するなんて~」ヒソヒソ

「好都合でしょ?ふたりで教会に行くなんてロマンチックねぇ、ついでに二人きりで式もあげてきたら?」ヒソヒソ

「し、式だなんて…」ヒソヒソ

「いいからつべこべ言わず行ってこい!」バシン

「ひゃうっ!!」

 

るりにお尻を叩かれ、小咲は顔を赤らめたまま楽の元へ戻った。

 

「小野寺…、やっぱ俺と二人は嫌だったか?」

「ううん!!そんなこと無いよ!!全然!!」

 

やや落ち込んだ顔で問いかける楽に、小咲は両手をブンブン振って否定の意を伝えた。

 

「それじゃ~ね~!!」

「お~う、そっちも頑張ってな~!!」

 

お互いの健闘を祈って鼓舞し合い二手に別れる二組、ちょうど方向も逆であり足早にその場を後にした。

騒がしい五人組が去ったその後には…

 

「え…、タクシー乗ってくれないんだ…」

 

タクシーの運転手がたった一人残されていた。

 

 

 

◇◇◇

 

楽、小咲班

 

「小野寺、ごめんな。ヘンな話につきあわしちゃって」

「ううん、なんだかワクワクしてきちゃった。刑事ドラマみたいだね」

「ハハ…、刑事ドラマか」

「………」

「………」

((嬉しすぎて会話が続かない…))

 

手掛かりの一つかもしれない教会に向かうため、楽と小咲の班は駅前からのバスに揺られていた。普段利用しない路線である為、混み具合も分からなかったがあまり利用客のいない路線だったのか後ろの座席に二人並んで座れ、尚かつ談笑していても白い目で見られない程度には余裕のある旅路となった。

主役の二人はお互い思いを寄せている相手と隣り合ってることに緊張して、どうにもぎこちない空気が漂っていた。

 

「それにしても…、すごい偶然だね」

「…何が?」

「偶々一条君たちが通りかかった所にいた人が鶫さんのお兄さんだったなんて…」

「俺もビックリしたよ、正直まだ信じられない」

「…どんな人だったの?」

「あの人は義理の兄だって言ってたから似てる似てないは別として、単純に男としてスゴイって思うかな」

「それに鶫さんの家族の写真も見たって言ってたよね?」

「ああ、あの写真な…」

 

楽が思い出したのは一枚の古びた写真、ファルカノが見せた一つの家族の思い出が描かれたものであった。

自分の知らない土地で生きた見知らぬ少年がたどり着いた家族という一つの器、その幸せそうな光景からどのようにあの雄壮な男が出来上がったのか、大人になりきれない十代の楽にはまるで計り知れないもののように見えた。

 

そして、トラックの事故から鶫と女の子を助けた一件、小咲に事細かに伝えると彼女は目を白黒させて驚いていた。

無理もない、あれだけの人間離れした運動神経を持ち、責任感も人一倍強い鶫のピンチを助けてのけたというその話。だがそれをまるで新しい友達が出来たように楽しげに話す楽に小咲はいつもと変わらない安心感を覚え頬を緩めるのだった。

 

「すごい人なんだね、そのお兄さん」

「ああ、ある意味鶫の兄らしいっていえばらしいかな。まぁ確証は無いんだけどさ」

「でも…、捜してる人が鶫さん本人だったら一条君はどうするの?」

「…どうしたらいいんだろうな、あの人のこと何にも知らないしな…」

 

楽が答えに詰まっている間に、目的地に着いたというバスのアナウンスが流れ二人は料金を払いバスを降りた。

この町で一番大きな教会、煉瓦で造られた礼拝所が二人の前にそびえ立つ。階段に続く入り口の大きな門の大きさに面食らってしまう。

 

「キレイだね…」

「でかいな…」

「そういえばちょっと前に万里花ちゃんのご実家に行った時も教会行ってたんだよね…」

「あー、あったな…あの時はそんな余裕無かったけど」

 

“ご実家に行った”なんて言えば聞こえはいいが実際はのっぴきならない事態があった。

楽はそんなこともあったなと苦笑し、小咲は気まずくなったのか目線を外すと『見学歓迎・ご自由にどうぞ』の看板が目に入った。

 

「とりあえず入っていいみたいだし、入ってみよ!!」

「ああ、そうだな。誰かいるかもしれないし」

 

ギイイと音をたてて門を開けると、天井からの光に暖かく照らされた教会堂が現れた。

白を基調とした内装と祭壇までの赤い絨毯、独特の彫刻がされた柱頭や色鮮やかなステンドグラス等間近で見るとまるで別世界のように飛び込んできた。

 

「これは…、すごいな」

「綺麗…」

 

周りを見渡しながら身廊を一歩一歩と歩く二人、他に礼拝者はおらず厳かな雰囲気が漂っていた。

 

「…しかし、だれか居ないことには話も聞けないな」

「でもこんなのもいいよね…」

 

小咲の口からか細い声で何か呟いたようだが、壁の飾りを眺めていた楽にはよく聞こえていなかった。

 

「…小野寺?何か言っ…」

「………」

 

祭壇前に伏し目がちに佇んで耳にかかる髪を手櫛で流す小咲を見て楽は言葉を失った。

木目の祭壇、赤い身廊の上で白のワンピースと薄桃色のカーディガンを羽織り、天使かあるいは聖女が描かれたステンドを通した陽の光に浴びるその姿は、まさに神聖な儀式の主役と言っても信じてしまう輝きをはなっていた。

だから楽の無意識に発した言葉も何ら間違いでは無かった、…のかもしれない。

 

 

 

 

「…綺麗だ」

「……えっ、うん…」

 

 

二人は言葉を交わすことなく目線が重なり合わせ、そしてお互いどちらからでもなく片手をのばし指が絡み合う…。

 

 

 

 

その時だった。

 

「あら、お客さまですか?」

「「………ッ!!!!」」

 

奥の小さな扉から、黒いゆったりした修道服を纏った修道女がひょっこり現れ声をかけた。

楽と小咲は慌てて手を離し、真っ赤な顔で気まずそうにお互いの背を背ける。

 

「ごめんなさいね、次の礼拝は来週なの…お邪魔だったかしら?」

「………あのッ」

 

悪びれず微笑む修道女に気まずさを隠しきれず楽が問いかけた。

 

「俺たち、人を捜してるんですが…」

 

 

 

◇◇◇

 

千棘、るり、集班

 

三人は昨夜ファルカノの行っていたと思われるラーメン店を片っ端からあたっていた。

 

「有力情報ゲットね!!」

「ここのお店で大盛りチャレンジしてたってことが分かっただけだよね…」

「完食記念のTシャツ貰ったんだから、どこかで着てるかもしれないでしょ!!」

「三軒目でやっと目撃情報が手に入ったわね、それにしても千棘ちゃん」

「……?」

「話聞くだけなんだから、わざわざラーメン食べる必要は無いんじゃないかしら?」

 

タクシーの運転手に貰ったラーメン店の冊子に載ってるお店に出向き、店員に話を聞くだけという作戦だがるりと集が話を聞いている間に千棘はご丁寧にその店でラーメンを食べ売上に貢献していた。

意味のないように見えるが、店員としても金にならない事に時間を使われるよりせめて売上にプラスされているので案外悪いものでもなかったのだが。

 

「い、いいでしょ!?昨日鶫に話聞いてからあんまりご飯が進まなかったんだから!」

「話って…、ご家族の?」

「うん…、両親とか兄姉(きょうだい)がいたって聞いて、お兄さんの持ってた写真と一緒だったの」

「すごい偶然だね」

「でも…それだと鶫さんの引き取られる前の名前とかも聞いてたんじゃないの?そのお兄さんに」

「なんだか聞き出しにくくて…、でもお兄さんの実のお母さんなら名前聞いたわよ」

「…なんで?」

 

るりの指摘と集のツッコミに千棘は言葉を詰まらせる。

 

「あのお兄さん説明が下手くそだって自分で言ってたんだけど、本当に下手くそだったの」

「下手って…」

「話が長いし、自分の母親の話ばっかりするし、コーヒー信じられないくらい飲むし」

「最後のは関係ないんじゃ…」

「でもね」

「「………」」

「ホントに家族の事は大事に思ってるのはよく分かったの。ボロボロの写真を20年近くも大事にしてるし」

「そこにご家族が写ってるのね」

「見たらホントにビックリするわよ、鶫にそっくりなんだから」

「誠士郎ちゃんのお母様とお姉様か…、是非拝見したいな」

「「………」」

 

ニヤけながら言う集に千棘とるりは絶対零度の視線を放った。

 

「間違ってるかもしれない…、けどやっぱり気のせいとは思えないの」

「まぁ、摩可不思議な出来事なんて貴方たちと出会ってから日常茶飯事になってしまったものね」

「退屈しなくていいよね!!」

 

肯定的な二人の表情を見て千棘も頬をほころばせる。

 

「そろそろお昼時で混み出すから早く行きましょ」

「そうね、次は塩味にしようかしらね」

「まだ食べるんだ…」

 

 

 

◇◇◇

 

教会堂の楽、小咲班は長椅子にこしかけ修道女に話を聞いていた、小咲は該当人物の特徴を知らないため質問を楽に任せ、自身は黙って見届けていた。

 

「…ていう理由で、背が高くて髪を束ねている外国人の男の人を捜しているんです」

「その男の人って、筋肉がスゴイ人かしら?」

「そう、その人です!!」

「…やっぱりここに来たんだ」

「昨日の夜ふらっとやってきてはそれは熱心お祈りをされていましたね、貴方たちのお知り合いですか?」

「…私は違うんですけど…」

「今ここにいるんですか!?」

 

目撃情報の持ち主である修道女に詰め寄る楽、人のいない教会堂に大きな声が響き気まずそうに引き下がる。

 

「いいえ、今はもうおられません」

「やっぱりか…」

「昨夜はこちらに泊まられたんですよ」

「泊まったんですか!?」

「はい、この教会では遠くからの礼拝者の為に簡易ですが宿泊施設も用意してるんです」

「そこに泊まったんですね」

「今朝方まで居たんですがね、ふらっと出て行かれてしまいました」

「もう戻ってこないんですか?」

 

小咲の質問に、修道女はゆっくり首を左右に振った。

 

「“世話になった”といって出て行かれたので、おそらくは戻られはしないでしょう」

「なんだ…、振り出しに戻っちまった」

「一条君…」

 

がっくりと項垂れる楽に寄り添うように小咲が声をかけた。

 

「…どこに行ったとか分かりませんか?」

 

あんまり期待していないような声で楽が修道女に問いかける、すると修道女は何かを思い出したかのように口元を押さえ笑い出した。

 

「どこに…か、フフッ、そういえば…」

「心当たりがあるんですか!?」

「面白いことをおっしゃってましたねぇ、“キリストに挨拶したから今度は仏の神様に挨拶してくる”なんて…」

「…仏?」

「「………」」

 

しばらく小首をかしげていた二人だが、“仏”という言葉に何か引っかかっていた。

そしてハッと顔を上げて、二人は顔を見合わせ…

 

 

 

「「 あ そ こ だ ! ! 」」

 

 

二人揃った大きな声が、再び教会堂内に響き渡った。

 

 

 

◇◇◇

 

千棘、るり、集班

 

五軒目のラーメン屋で聞き込みをしていた三人は興味深い話を聞いた。

 

「ケンカしてた!?」

「はぁ…、ケンカといいますか…、巻き込まれたといいますか…」

 

ラーメン屋の裏口の水道で寸胴鍋を洗っていた店員は昨夜もシフトに入っており、ファルカノと思われる男が来店するところも見ていた。

この町では外国人の客も多く、そういった客が来ることも珍しくはなかった。

だが、日本語を流暢に話すファルカノの存在は殊更強く残っていたようだ。

 

「一人で静かに食べてたんです。けど…」

「けど?」

「うちの店ってちょっとガラの悪いお客さんも来ること多いんです」

 

4.5人のグループ客が店内で大声で大騒ぎをしており周囲の客が迷惑そうな顔をしていた。もちろん店員は注意をしたが迷惑客は聞く耳を持たず、店員に因縁をふっかけてきて胸ぐらをつかむなど警察沙汰一歩手前となっていた。そんな時、一人ラーメンを食べ終えたファルカノが立ち上がり店員につかみかかっていた腕を捩じり上げこう言ってのけた。

 

“店員さんは忙しいから暇な俺が相手してやる”

 

迷惑客たちは嬉々として男を取り囲んだ、店員はもちろん止めたが男は

 

“神に仕える身に誓って暴力は振るわない”

 

といって、迷惑客に店の裏口に連れられていった。店員たちはさすがにこのままじゃまずいと思って裏口を覗きに行ったら案の定男は迷惑客に殴られていた。もう通報するしかないと思いケータイを取り出そうと一旦店の中に戻ると急に外が静かになり、騒いでいた迷惑客の一人が男に連れられ泣きながらお金を払いに来た。

 

「それ本当に?」

「ええ、うまくあしらったのか何か脅しでも使ったのか分かりませんがとにかく助かりましたよ」

「…すごい人だね」

「で、その人どこ行ったか分かりますか?」

「う~ん、そうですねぇ。…あ、そういえば何だか御利益のあるスポットを探してるみたいで、だから教えてあげたんですよ」

「何を?」

「神社に行けばいいですよって、じゃあ明日行ってみるって笑ってましたよ」

「「「……神社」」」

 

千棘たち三人は顔を見合わせた。

 

「神社だって…、これじゃ楽の言ってた通りだったわね」

「行く?」

「行くしか無いんじゃない?」

「じゃあ行きましょうか」

「どうもありがとうございました」

 

一行は進路を神社に定める、そこに店員が声をかけてきた。

 

「あ、お客さん、あの外国人のお客さんに会ったらまた来てくださいって伝えといてもらえますか」

「…わかりました、絶対に伝えますね」

 

やっぱり感謝されてるんだな、と頬をほころばせる千棘。

 

「なんやかんやで昨日のお会計しないまま帰っちゃったんですよ、あのお客さん」

 

何もない道で何故かズッコケそうになる三人だった。




次回第五話『悪霊区域』
評価、感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話『悪霊区域』

第五話投稿です、予告詐欺再び。


千棘達に先んじてファルカノの行き先を断じていた楽と小咲は最寄りのバス停から凡矢理神社へと向かっていた。

 

「今年の正月以来だな」

「初詣に来たり巫女さんのアルバイトしたり…、いろいろあったよね」

 

鳥居をくぐって境内に入ろうとしたその時、小咲がふと足を止めた。それに気づき楽が声をかける。

 

「………」

「…小野寺?どうかしたのか?」

「…!?ううん、なんでもないよ。それより千棘ちゃんに連絡は?」

「さっきメールしたら向こうもこっちに来てるって返信が来た、あっちもどっかで聞いたみたいだな」

「そっか、それにしても…、休日なのにあんまり人いないんだね」

 

行事毎以外ではそれほど騒がしくはないが、特に今日は境内に人の気配が無く不気味な静けさが漂っていた。

特に気にせず入ろうとする楽に続く小咲、二人とも入り口近くの至る所に張られたお札には気がつかなかった。

 

(…なんだろう、息がしづらくて…ゾワゾワする)

「とりあえず入ろうぜ、ここで話聞くっつったらやっぱあの人しかいないか…」

「神主さんだね」

「あの人苦手なんだよな…」

 

参道を並んで歩く楽と小咲、足取り軽く進んでいる楽とは対照的に小咲はどこか足取りが重く額に汗を浮かべ軽く息を切らしていた。

 

「小野寺!?どこか具合でも悪いのか!?」

「ハァ…、ハァ…ごめんね、何だか急に…、疲れちゃったのかな…」

「悪い、俺があっちこっち連れ回したりしたから…、社務所の近くにベンチがあるからそこで休もう。歩けるか?」

「…うん」

 

楽は小咲を連れて、境内を進み目的地である社務所を目指す。

着いた楽はとりあえず小咲をベンチに座らせ、近くの自販機に飲み物を買いに行った。

残された小咲は顔色を青くし、胸元をギュッと押さえ全身に走る悪寒を堪えていた。

そんな小咲の元に、社務所から見慣れた人影が現れた。

 

「おや、いつかのベイビー達じゃないか」

「…神主さん、ご無沙汰してます。…ハァ」

「よく来たねと言いたいところだが…、今日は生憎日柄が悪いねぇ」

「…?」

「悪いことは言わない、早く帰りな」

 

額の汗をハンカチで拭う小咲に神主はやや疲れた顔で言う、そこに飲み物を買ってきた楽が戻ってきた。

 

「お待たせ、温かいお茶買ってきた…、あ、神主さん、お久しぶりです」

「それ飲んだら早く帰るんだよ、ベイビー達」

「どうかしたんですか?」

「どうしたもこうしたも…、ここら一帯…、いやそれどころか市外まで巻き込んで霊的磁場が乱れに乱れているんだよ。こんな小さな神社に数え切れないほどの地縛霊や怨念が集まってきてるんだよ、こんなの数百年に一度あるかないかの現象だ。歳はとっとくもんだね」

 

神主は腕のいい霊媒師である、その神主がここまで焦っているということはよっぽどの事態であると思われる。

 

「な、なんでそんなことに…」

「チリも積もればなんて言うけどね、なにかに突き動かされるように一気に動き出したのさ」

「何か…って、なんすか!?」

「今朝、変な男がやってきたのさ」

 

“男”というワードに楽は目を見開いた。

 

「ふらっとやってきては境内を物珍しそうに見てたんだ、それだけならよくある外国人観光客なんだがね」

「それって…、髪が長めで後ろに纏めた」

「そう、筋肉質な男でね、知り合いかい?」

「知り合いっつーか…」

「その男の通った後に尋常じゃ無いほどの悪霊や邪気が入り込んできてね、ありゃぁよっぽどの取り憑かれ体質だね」

「で、その人はまだいるんですか?」

「ああ、あんな取り憑かれまくった男を霊験あらかたなこの神社から出すとどうなるか分からないからね、適当に仕事押しつけて居残ってて貰ってるんだ」

 

ファルカノの行き先を探し当ててやってきたのに、えらいことになったもんだと楽は周りを見渡す。

すると進んできた方向とは逆からお探しの男の人影が見えてきた。

 

「お~い、バーさん!片付け終わったぞ、まだ何かやることあんのか…あれ?お前、ラクじゃねぇか」

「ファルカノさん!!捜してたんだよ。…なにその格好」

 

現れたのはファルカノだった、クセのある長髪を昨日より低い位置で纏め、全面にラーメンの絵が描かれ、背中に“完食御礼”と書かれた黒いTシャツを着ていた。

ネタTシャツのようだが妙に様になってるのが浮かれた外国人観光客みたいなのが面白く、楽は口角を引き攣らせた。

 

「俺を?ってオイオイ、昨日の今日でちがう女の子連れてんのか。進んでんなぁ~」

「あ、いや、これはあの…」

 

からかうようにニヤけたファルカノに慌てて言葉を取り繕おうとし、小咲の方を向いた。

 

「ああ、そうだ、紹介しようか。小野寺、この人が…、小野寺!?」

 

小咲は青白い顔で俯いて一言も喋らずぐったりとし、手からは先ほど楽から受け取ったペットボトルのお茶が滑り落ち地面を濡らした。

 

「……ハァ……ハァ……」

「小野寺?しっかりしろって、一体何で…」

「いけないね、あぶれた霊気にあてられたか!すぐに祓ってやる、ちょっと待ってな」

 

神主は何か道具が必要なのか一度社務所に戻っていった。楽はどうしていいか分からず小咲の背中をさすったり声をかけている。

 

「小野寺…、なんでこんな…」

「ラク、この子は持病か?よくこうなってるのか?」

「いや、こんなの初めてだよ。見たことないし…」

「よし、ちょっと見せてみろ」

 

言うや否やファルカノは小咲の前で片膝をついてポケットから十字架のネックレスを取り出し自身の首に掛けた。

 

「ちょ…何するんだよ」

「いいから、黙って見てろ。君、これ見えるか?」

 

ネックレスを握って十字を切ると、小咲の目の前に左手の二指を目の前にさしだす。

小咲は顎を上げて精彩を欠いた瞳で前を見ると、力なくこくりと頷いた。

ファルカノは小咲の目の前で二指を左右に8の字に動かし、それを追うように小咲も自身の両目を動かす。

何巡目かの指の動きを急に変え左上に上げ小咲の目線をそこに誘導し、顔を上げた小咲の死角となった右手側から手を差しだし顔のすぐ側でフィンガースナップ、いわゆる指パッチンを鳴らした。

 

「………あれ?私…」

「小野寺!よくなったのか!?」

 

先ほどまで真っ青になっていた顔色はすっかり瑞々しさを取り戻し、目線もしっかりとしていた。

 

「一条君…、そうだ!私さっきまで…」

「急にぐったりしだして大変だったんだよ」

「息苦しくなって目の前が暗くなって…、あ、お茶こぼしちゃってゴメンね…」

「そんなのどうでもいいよ、無事で何よりだ。ありがとうファルカノさん。今のって一体」

 

安堵した表情から一転、ファルカノの方を向き直した楽。

当のファルカノも立ち上がり、一安心という表情を見せていた。

 

「そこのお嬢さんはまぁいわゆるパニック症状ってやつで、俺がやったのは軽い暗示みたいなもんだ」

「…あの、ありがとうございます。一条君、この人が話してた…?」

「ああ、この人がファルカノさん。やっと見つかったよ」

「俺を捜してたのか?…なんで?」

 

憮然とした表情を見せるファルカノ、よもや自分が捜されている立場だったとは考えていなかったようだ。

 

「…それなんだけどさ、あの、昨日の俺と一緒にいた千棘って女の子いたじゃん」

「ああ、いたな」

「あいつももうすぐ来るっていってたからさ、ちょっと待ってて貰っていいかな?大事な話があるんだ」

「急だな…、まぁいいけどさ。今更だけど、この娘も楽のお友達なのか?」

 

無理矢理納得したファルカノは興味を小咲に移し、当の小咲は目をパチクリさせた後慌てて先のトラブルで乱れた髪や襟元を直した。

 

「あ、あの…、小野寺小咲っていいます、さっきはありがとうございました」

「気にしなくていいよ、俺はファルカノ・エス・ペレグリ。ブラジル生まれの28歳、好きな恐竜はディアブロケラトプス、昨日食べたラーメンで一番気に入ったのは鶏白湯…」

「ああ、長くなるから自己紹介はみんな揃ってからにしよう」

「…そうか」

「待たせたねベイビー達、さぁお祓いの時間だよ…って!!もう元気になっとる!!」

 

項垂れて落ち込むファルカノ、そこに全身霊的な重装備で固めた神主が現れた。

顔色のよくなった小咲を見ると、よく分からないお札やら錫杖やらを振りまきながら派手なリアクションで驚いた。

 

「神主さん、すみませんもうよくなっちゃったみたいで…」

「信じられないね、一体何が…」

「まぁまぁ、じゃあ後はこのお嬢さんはバーさんに任しとこうか、よくわかんね―けど待たなきゃいけないんだろ?楽、ちょっとつきあえよ、おもしろいモン見つけたんだ」

「おもしろいモノ?」

 

ファルカノはパンと膝を叩いて立ち上がり、そのモノがある方を指さし楽を誘導する。

そして二人はその場から離れてしまい、後には小咲と神主が残された。

 

「ほんとにどうもないのかい?」

「はい…、さっきのファル…カノさん?って方のおかげで…」

「あの男、一体どんな手を…」

「でも…、まだこの神社ちょっと空気が悪いですよね…」

「ああ、知り合いの除霊師達に招集をかけてるところさね。これは長丁場になるかもしれないから、ベイビー達は早いところ出た方がいいね」

 

先ほどまでグロッキーだった小咲を窺っていた神主だが、なんともないような様子をみて安堵とファルカノへの疑念を見せた。

そこに小咲のケータイに千棘からのメッセージが着信したという軽快なメロディが流れた。

 

「千棘ちゃんだ!着いたんだって、一条君にも知らせてあげないと…」

 

立ち上がって周りをキョロキョロ見渡す小咲、視界には入らないところにいるのか見つからず態勢を変えようともう一度座り直す。

 

そのときだった

 

激しい突風とともに木々がバサバサと揺れ、一瞬体が浮き上がりそうに感じるほどの風と何かが怯えて逃げ出したかのような悲鳴が小咲と神主を叩いた。

グッと目をつむっていた小咲だったが、風が止んだのを感じたのを察知しゆっくりと瞼を開いた。

 

「大丈夫かい?」

「は、はい…、…あれ?」

 

神主に声をかけられ無事であると返事する小咲だが、何かを察知しハッと目を見開き顔を上げた。

 

 

 

◇◇◇

 

楽達に遅れること数分、千棘班も神社に到着していた。

 

「あ~あ、結局楽に先越されちゃった。つまんないの」

「ここに来るのも久しぶりだね~」

「でも前に来た時より少し空気が重くなってる…、気がするわ」

 

頭の後ろで手を組んで不貞腐れて参道を歩く千棘、その数歩後ろをるりと集が続いて歩く。

 

「ようやく誠士郎ちゃんのお兄様とご対面か~」

「ねぇ、舞子君」ヒソヒソ

「なに?るりちゃん」

「鶫さんのお兄さんのこと、ホントに信じてるの?」

「ううん、全然。るりちゃんもでしょ」

「それは…、そうだけど」

 

“まぁでも”と付け加えて集が言葉を続けた。

 

「楽はああ見えて他人(ひと)をよく見てる、だから…」

「だから?」

「きっとまた面白いことが起きる、絶対に」

「…そう」

 

ワクワクしながら話す集に、るりは呆れた顔を見せるのだった。

 

「二人とも~、早く~」

「あ、千棘ちゃんが呼んでるよ!早く行かなきゃ」

「ええ、……きゃっ」

 

歩調を早めたるりと集、そして千棘のもとに目も開けていられないような突風が襲った。

身を縮こませやり過ごそうとするが、一際小柄なるりは大きくのけ反り尻餅を突きそうになる。

 

「るりちゃん!」

 

ぐっと目をつぶって突風が過ぎるのを待つばかりだったが、しばらくして風が止んだのを感じて目を開くるり。

そこには心配そうな顔を見せる千棘と、自分の手を握って倒れないように引っ張っていた集が映った。

 

「るりちゃん、大丈夫?」

「すごい風だったね…」

「え、ええ…、それよりいつまで握ってるのかしら?」

「ん?ああ、無事でよかったよ」

 

るりは集の手を振って払い、フンと息をならした。

 

「…あら?」

「どうしたの?るりちゃん」

「…気のせいかしら、なんだか息が軽くなったような…」

「…そうなの?」

 

るりの懸念をよそに、気を取り直して進んでいくと社務所が見えてきてそこにいた小咲と神主が視界に飛び込んできた。

同じように小咲も千棘たちが目に映り、手を振りながらこちらに駆け出してきた。

 

 

「千棘ちゃ~ん」

「小咲ちゃん、暫くぶり~」

「さっきすごい風吹いてたよね」

「うん、そっち大丈夫だった?」

 

手を取って喜び合う二人、そこにるりが声をかけた。

 

「それで?件のお兄さんはどこにいるのかしら」

「ああ、そうだった」

「そういえば楽もいないね」

「あ、うん、それがね…」

 

三人の矢継早な質問に慌てながら答える小咲。

 

「二人ともこっちにいるよ、案内するね」

 

道案内をかって出た小咲に先導され四人は神社の参道を外れ、奥の方へと進んでいく。

するとそこには…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぃよし、来い!!」

「おらぁああ!!」

 

神社備え付けの土俵の上で裸足になってがっぷり四つを組んでいる楽とファルカノの姿があった。

 




前話の刑事ドラマみたいな謎解きパートは龍が如くの実況動画を見て思いつきました。
それだけ。
次回、第六話『土俵の戦士』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話『土俵の戦士』

先日誤爆して、完成前の分を更新してしまいました。
こっちが正しい分です、何事も予定通りにはいかないものです。

え、予告?知らないなぁ…


相撲(すもう)、角力ともいう

 

それは日本に古代以前より伝わる庶民の祭りである。

天下泰平・子孫繁栄・五穀豊穣を願う儀式であり、現在ではスポーツとして国際的に認知されている神事である。

 

その競技場となるのが土俵である、中央に二本の仕切りが敷かれた直径4.55メートルの円で力士達は火花を散らしあうのである。

かつては多くのお寺や学校などに設けられていたが、近年ではあまり見かけなくなった。

そしてそんな土俵を見下ろす男が二人、楽とファルカノである。

 

「これってあれだろ?スモウで使うドヒョウってやつ」

「まぁ…、そうですけど…。この神社にこんなのあったんだ…」

 

面白そうなオモチャを見つけた子供のような顔で楽に話しかけるファルカノ、楽は何となく察したのか疲れた顔をしていた。

 

「つーわけでよ、スモウしようぜスモウ」

「子供かアンタは!!」

 

楽のツッコミを聞き流しながら、ファルカノはTシャツの肩を捲り逞しい上腕筋を露わにすると肩をグルグル回しながら土俵に入ろうとする。が、それを楽が慌てて止めた。

 

「ちょっと待った!土足はダメだって、確か」

「そうなのか?じゃあしょうがないな…」

 

一旦下がると履き古したスニーカーと靴下を脱いで、裸足になるとジーンズの裾をめくり土俵に改めて上がる

 

「よーし!これでOK、さぁやろう!」

「………ハァ」

 

ニッコニコの笑顔で振り返るファルカノに楽は言い返すことが出来ず、渋々裸足になり土俵に上がる。

二本の仕切りをまたいで向かい合う二人、楽は改めて正面のファルカノをまじまじと見つめた。

 

(しっかし、ホントにすごい体してるな…)

 

外国出身の身の丈188㎝の体は自身の頭ひとつ、いやふたつ分大きく見上げる形で相対している。相撲はあまり詳しくない楽だが、ふと思い出したことがあった。

 

「あ、そうだ」

「なんだよ、まだ何かあんのか?」、

「相撲やるときは四股(しこ)っていう準備運動みたいのがあるんだよ」

「なんだそれ」

 

四股、または醜足(しこあし)ともいう一連の所作のことである。

ケータイから情報を得た楽から教わったファルカノは、立ったまま両足を肩幅より広げて股を割り片足に体重をのせ反対の足を浮かせ、それを地面に下ろす。

それを数度繰り返すのが四股である、鍛えられた体のファルカノは股を180度開き片足を天高く直角に突き上げる。

ケータイを土俵の外に置き直した楽が見たのはそんな光景だった。

 

「こんなんでいいのか~?」

「いいんじゃないすか~」

「わかった~」

(そういえば…)

 

ケータイで情報を見たときに興味深い一文があるのを楽は思い出した。

古来四股を踏むことは“邪気を払い、大地を踏み鎮める”という意味を持つ、とあった。

この男は先程、小咲があてられた霊気(神主談)をいとも容易く祓ってみせた。そんな男が邪気を払うなどという神事を行なえば一体どうなってしまうのか?

 

(なんて…、考え過ぎか)

 

苦笑を漏らし、伏せていた顔を上げた楽の目には数秒間滞空させていた片足を今まさに下ろさんとするファルカノの姿が写る。

その片足が地面についた瞬間、楽は我が目を疑う光景に出くわすことになった。

 

 

 

 

ドン!と勢いよく地面に足が叩きつけられた瞬間、土俵を伝って地面越しに得体の知れない衝撃が自身の足下から頭の天辺まで届き脳髄を緩やかに揺さぶった。

予期せぬ一時的な覚醒を促された楽の脳は普段とはちがうモノの可視化を許した。

 

(なんだ…あれ…)

 

両足を地面につけ腰を深く落とした姿勢のファルカノの後ろに、揺らいだ景色に混ざって黒い影のようなモノが見える。

ここで楽は先程神主が言っていた“霊的磁場が乱れて、霊が集まっている”という言葉を思い出した。

この黒い影の正体が神社に集まった霊だというのなら、影が()()()()()()をしているのも納得である。

影達は金縛りにあったように身じろぎ一つせず怯えたような目を向けていた、目の前でゆ~っくり片足を上げるファルカノに。

 

(目の前の景色がスローになるって…、ホントにあったんだな)

 

ファルカノがゆっくり動いていたのではなく、脳が極限状態を感じ受容器官をフル稼働させたのである。

その結果、聞こえてくる周りの木々のざわめきや目に写る景色が脳が処理しきれる限界まで引き延ばされたのだった。

 

(あ…、目と耳がもとに戻ってきた…)

 

体を張った荒事に慣れていない楽にはほんの数秒間の出来事であった。もとの日常にあわせたレベルまで目と耳が引き戻されたが、本当に驚くのはこれからだった。

視界が元に戻る際、最後に写ったのは天高く上げていた反対の足を、今一度地面に叩きつけるファルカノの姿。

そしてファルカノの後ろの影達が血相変えて逃げだそうとする姿だった。

 

“ズドン!!”という音とともに土俵を起点に衝撃が放射状に広がりそれは神社一帯にまで広がった。

二度目で要領を得たのか、一度目よりもキレも勢いも鋭くその真っ直中にいた楽は全身を気のようなモノで全力で叩きつけられるのを感じた。

 

「う、うわあああぁぁ!!」

 

大きく仰け反った楽は、土俵の段差から足がはみ出てよろけた末に転んで土俵の外で尻餅をついた。

 

「痛てて、…なんだあれ?」

 

尻餅をついてそのまま仰向けになり空を仰いだ楽は、言葉に出来ない歓喜の声が地面から聞こえてくるのとともに、澱んだ空が澄んでいくのを目に焼き付けた。

 

「お~い!そんな決まり手ないだろ、ハッキヨイしてないのに」

「あ、すんません…」

 

倒れた自身の顔を覗き込んできたファルカノの差し出した手を掴んで楽は立ち上がった。

 

(この人ホントに四股踏んで邪気払っちゃったよ…)

 

息苦しさから開放されるのを感じるのと同時に目の前の男に得体の知れない頼もしさと凄味を感じる楽だった。

当のファルカノがウズウズした顔で土俵の上で待っていたのを見て、あれこれ考えていた頭の中を取っ払って改めて土俵に入り直した。

 

「おっしゃ!やろうぜファルカノさん」

「へへ、ノリノリだな」

 

仕切りを挟んで向き合う二人、ファルカノは腰を落とし片手を土俵につけた。

 

「ハッキヨイはどっちが言うんだ?」

「相撲は両者の合意で取り組むからハッキヨイは開始の合図じゃないんですよ」

「そうなのか!?難しいな~、俺はいつでもいいからタイミングはそっちに任せるな」

(まぁまともにいって勝ち目は無いな…、とりあえず当たってまわしとるか、ベルトだけど)

 

開始のタイミングを譲られ、漠然と戦法を編みながら楽も腰を落とし片手を土俵につけもう片方もゆっくり土俵に近づける。

 

(………今だ!!)

「………!!」

 

両手を土俵につけて、ファルカノの胸に飛び込んだ楽。

元々勝ち目は薄かったが、この際勢いよくぶつかる事にしたのだった。

 

(か、固ぇ~、なんだこの体…、岩かよ!!)

 

薄手のTシャツ越しに頭から胸元にぶつかりがっぷり四つを組んだが、ファルカノは腰を落としたままベルトを掴まれても微動だにしなかった。

押しても引いてもびくともせず、その場に足跡を多く残すのみだった。

何よりその筋肉の頑強さに面食らっていた。

 

「なかなかいい当たりだが…、それじゃ足りないな」

「………うわっ!」

 

勢いよく片足を引いたことで楽はバランスを崩し、その隙にまわし(ベルト)を掴み後ろに投げそのまま両手を土俵につかせ黒星となった。

決まり手:波離間投げ

 

「くっそ~、もう一本頼むよ」

「おう、いいぞ」

 

仕切り直し、再び四つを組むが今度は自身が完全にまわしをつかまれ、軽く横に投げられ上手投げを決められた。

決まり手:上手投げ

 

「まだまだ!!」

「よし来い!!」

 

決まり手:上手出し投げ

 

「今度はこうして…」

「うぉっ!!」

「やった!初白星」

「やるな…」

 

決まり手:引き落とし

 

「もう一丁!」

「よっしゃ!」

「「うおおぉぁ~!!」」

 

 

◇◇◇

 

(こんな風に疲れるまで遊んだのって、何年振りかな…)

 

気がつけば合図も仕切り直しも忘れ、いつしかぶつかり稽古のように投げられては立ち上がり、立ち上がっては取り組み、取り組んでは転ばされを繰り返し二人して汗まみれになって肩で息をしながら土俵に座り込んでいた。

 

「ハァ…ハァ…、強いスね、ファルカノさん」

「まぁ色々と体使う仕事してるんでな」

 

楽は目の前の大きな子供のような男を見ながら昔に思い出していた。

思えば幼い頃から色んな人間に気を遣われてきた、その上自分の生来のお節介やきの性分で周りに気を配って生きてきた。

頼れる人間がいなかったわけではない、幼少の頃から若頭の竜を始めとする家の組員達も当時から姉代わりだった羽も常に自分の事を見ていてくれていた。

はじめのころは子供なりに一生懸命だった、何をやっても大袈裟に褒められ充足感を与えられてきた。だがそれは自分が組長の息子であるからに他ならないことを毎度痛感させられてきた。

組員以外の人達もそうだった、同級生や上級生も最初は対等に遊んでいたが自分の素性を知れば距離を置かれ腫れ物のように扱われてきた。

 

(今思えば…、小さい頃から窮屈だったな)

 

中学、高校と進学を重ねるにつれ自身も社会性を身につけそれなりの“振る舞い方”を心得て来た。

きっと周りの人間も同じようなモノだったんだろう、自分の場合はそれがすこし特殊で他人より早かっただけだった。

高校生になってクセの強い女の子達に振り回され退屈してるヒマもないほど慌ただしい毎日を送っている内にそんなことを考える必要もなくなった。

きっとこれが“大人になる”ということだったのだろう。

 

(そう考えるとホント変な人だよな、この人)

 

昨日行き倒れから助けた男が、次の日何も知らない自分をいきなり相撲に誘ってきてこうして土俵の上で肌と肌をぶつけ合うこととなった。

そんな子供のような純粋で無軌道で、尚且つ絶対的な壁のようなファルカノの様子が、楽にはどうしようもなく楽しくて可笑しかった。

 

まるで昔に還ったかのようで。

 

 

 

「フ、フフッ、アハハハハ」

 

たまらなく笑いがもれた、楽は子供のように笑っていた。

 

「何だ?そんなに楽しいか?」

「いや、何だか小さい頃に戻ったみたいでさ」

「小さい頃?」

「こんな風に遊ぶのも久しぶりだなって思ったんだよ」

 

土俵を指でなぞって変な絵を描いていたファルカノが苦笑しながら楽の方を見る。

楽は疲れを見せているが充実した顔をしていた。

 

「よっしゃ、もう一本とろうぜ」

「いいですよ、ファルカノさんの動きは見切ったからもう負けないぞ」

「その言葉そっくりそのまま返してやるぜ」

 

仕切りを挟んで腰を落とし向き合う二人、どちらからともなく向かいがっぷり四つを組む。

ファルカノはどちらかというと楽しんでいる雰囲気だったが、楽は真剣だった。

 

「ぃよし、来い!!」

「おらぁああ!!」

 

まるで子供のように遊ぶ二人だった、そこに…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アンタたち、ナニやってんの?」

 

千棘達四人が合流したのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

体に付いた土を払いながら乱れた服を直したファルカノは、社務所内へと案内された。

やけにニコニコした神主にお茶を勧められ一同は座卓を囲み、改めて顔を合わせることとなった。

一通り自己紹介が済んだ後。

 

「…で、俺に用って一体何だい?」

「え~っと…、それが…妹さんの事なんだけど」

「妹?」

 

湯気の立つお茶を啜りながら話を聞く目の前のラテン系の男の佇まいを初顔合わせのるり、小咲、集の三人は眺めていた。

 

(この人が鶫さんのお兄さん?部族の戦士に見えたわ…)

(どう見てもカタギに見えないよね~…)

(さっき助けてくれたし…、悪い人には見えないけど)

 

そんな視線を向けられている事を知ってか知らずか、ファルカノは前に座っている楽と千棘の方を向いて話を聞いていた。

 

「俺の妹?心当たりがあるのか!!」

 

目ン玉ひん向いて驚くファルカノ、楽と千棘はゴクリと息を呑んだ。

 

「昨日…、女の子を助けたじゃないですか?」

「あぁ、二人な」

((やっぱり気づいてない…))

「その内の年上のほうの…、いたじゃないですか?」

「君らと同じ年頃の、リボンつけてた娘?」

「そうそう」

「その娘がどうしたんだよ」

 

真意は読めないが、昨日会ったはずの鶫が自分の義母と義妹の面影を残している事に気づいていないファルカノ。

そこに業を煮やした千棘がバンと座卓に手をついて腰を上げた。

 

「だ~か~ら!その娘がお兄さんの探してる妹さんじゃないかって、私たちは考えてるの!!」

「おい千棘」

 

語気を荒げる千棘を諫める楽。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あの娘が俺の義妹(いもうと)だって?写真だと義母も上の義妹も目がパッチリ開いてただろ、昨日のあの娘は…目細かったじゃん」

「あれは!目に砂が入ったから閉じてただけなの、あの娘は私たちのクラスメートでその…親の顔を知らない女の子なの!!あなたの探してる義妹さんに条件がピッタリ当てはまってるの!!」

「そうなのか?…じゃあなんで昨日知らないって…」

「それは…」

 

勢いを失いしどろもどろする千棘に代わり楽が会話を続けた。

 

「俺が変わるよ。ファルカノさん、ゴメン、先に謝っときます。さすがに昨日会ったばかりのアンタに全部言うのはさすがに躊躇ったんだ」

 

楽の言うことも尤もであった、楽たちにとって鶫は単なる友達という括りでは到底図れない、大事な存在であった。

 

「まぁ、そりゃごもっともだが…、じゃあ俺は昨日もう会ってたってのか…」

「そうなんだよ、でもファルカノさんは昨日助けてくれたからさ、その…信じてもいいんじゃないかって」

「それで、休日返上で俺を探して回ってたってワケ?」

「俺たちも…その、ファルカノさんが悪い人じゃないってわかったっつーか、助けてもらった礼っつーか。とりあえず会ってもらってもいいんじゃないかって思ってさ」

「…そうか、…ありがてーな」

 

ファルカノは座ったまま座卓に肘をつき大きな手のひらで顔を覆うように俯いた。

楽に会話のタイミングを譲ったままだった千棘が立ち上がり、声を張り上げた。

 

「よ~し、善は急げ!よ。早く行きましょ」

「そうだな」

「行くってどこにだ?」

「会いに行くに決まってるでしょーが!!察しが悪いわね!!」

「おい千棘!!」

 

ファルカノにキレかけた千棘だったが、そこに待ったをかける者がいた。

 

「ねぇ、ちょっと待って欲しいんだけど」

「宮本?どうしたんだ」

「その妹さんのご家族の写真、是非私たちも見せて貰いたいの」

「る、るりちゃん!ダメだよ、そんないきなり」

「俺たちまだ見てないからね~」

「まぁ、見る分には構わないけど…」

 

立ち上がったるりの突然の申しつけに集も続いた、小咲は止めたがそれを見てファルカノは面食らった面持ちでポケットからパスケースを取り出しるりに渡した。

 

「見てる間にトイレ行ってきていいか」

「またトイレすか…、部屋出ると案内あるからそれ見たら分かるよ」

「オッケー」

 

障子をピシャリと閉め、ファルカノが出て行った後には残った五人が座卓に顔をつきあわせて真ん中の写真を見下ろしていた。

 

「あのなぁ、あんまり野次馬根性出しておもしろがるんじゃねーぞ」

「そうだよるりちゃん、あんなタイミングで言ったらまるで疑ってるみたい…」

 

楽はジト目になってるりと集に苦言を唱え、小咲もそれに続いた。

 

「一条君は随分入れ込んでるみたいだけど、悪いけど私はまだ信じてないから」

「宮本…?何言ってるんだよ…」

「るりちゃん…」

「まぁ確かに、判断材料には欠けるよね~」

 

茶化すような集の言葉を皮切りに、一同の間に冷たい空気が流れた。

 

「さっきから聞いてると一条君は気のいいお友達ができたように思ってるみたいだけど、ちゃんとあのお兄さんのこと知ってるの?」

「うぐ…、それは…まだこれから…」

「まさか一緒に相撲とったくらいで全面的に信じきってるんじゃないでしょうね」

「だから…、それこそ写真とか見ていろいろ判断していこうってことなわけで…」

「捨てられたペットを拾うような感覚で厄介事に首突っ込むのは勝手だけど、あなたの自己満足に鶫さんを巻き込んでるの、分かってる?」

「………ッ!!」

「るりちゃん!!言い過ぎだよ!!」

「待って!」

 

るりに一方的に言い詰められうまく言い返せない楽、雰囲気は険悪だったがそこに千棘が割って入った。

 

「…ゴメンねるりちゃん、心配してくれてありがとう」

「千棘…」

「鶫を会わせてあげたいっていうのはあたしも言い出したことだから、あんまり楽を責めないで」

「…いえ、ごめんなさい。私も言い過ぎたわ」

 

我に返って頭を冷やしたるりは素直に頭を下げた。

 

「鶫さんは大事な友達だから、ちょっと神経質だったみたい」

「うん、分かってる。大丈夫よ、何かあっても鶫はそんなにヤワじゃないから。それに…」

「それに?」

「そのときはちゃんと助けてあげるんでしょ?楽」

「お、おう!任しとけ」

「とかいって、さっきは投げられまくってたんじゃな~い?」

「それは…、まぁそうだけど…」

 

再び和やかな空気が戻った瞬間だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「………………」

 

社務所内のトイレに行くために部屋を出たファルカノだったが、障子を閉めた後トイレに行かず廊下の角を曲がったところで壁に背中を預けもたれながら室内の会話に耳を澄ませていた。

 

 

「…私はまだ信じてないから…」

 

「…何言ってるんだよ…」

 

「…判断材料には欠けるよね~…」

 

「…言い過ぎだよ…」

 

「…心配してくれてありがとう…」

 

「…大事な友達だから…」

 

「任しとけ」

 

 

黙って聞いていたファルカノだったが、嬉しそうな顔を浮かべて笑うように鼻息を鳴らし、

 

「………ありがてーな」

 

それだけ呟いて今度こそトイレへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファルカノがトイレから出てきてすぐ、ファルカノに神主の老婆が声をかけてきた。

 

「お主!!」

「うぉ!なんだバーさん、どうした!?」

「この神社で宮司(ぐうじ)として働かんか?」

「いや、ならねーよ!!」

「お主ならいい仕事が出来るよ」

「ならねーって!俺はキリストに仕える身だっつーの!!」

 

謎のスカウトを受けていた。

 




次回、第七話『あのコを待て!』

近日公開。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話『あのコを待て!』

大変お待たせいたしました。

多忙&スランプで遅々として筆が進まず、時間がかかってしまいました。
UA5200越え、お気に入り72件ありがとうございます。

閲覧してくださる皆さまに感謝感謝でございます。

ゆっくりですが頑張りたいと思います。


 

鶫は千棘からの連絡を待っていた。

昨夜の千棘の“会って欲しい人がいる”という言葉を受けて相手が誰かは敢えて聞かずに承諾し当日は千棘に連絡を受けてすぐに動けるよう街中で時間をつぶしていた。

 

「私に会わせたい方、一体誰…?」

「ねーねー」

「………?」

 

考えを巡らせながら歩いていると背後から聞き慣れない声が自分に掛けられるのとともに小さな手に自身の袖を引っ張られ、足を止めた。

 

「きのうのおねーちゃん!」

「貴方は…」

 

声を掛けてきたのは、昨日自分が助けた少女だった。

少女の母親も後から数歩遅れてやってきて、目に涙を溜めて頭を下げた。

 

「昨日はうちの子を助けて頂いて、ありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか」

「いえ、私はそんな…、頭を上げて下さい」

 

ハンカチで目尻を拭い、顔を上げる母親。少女を側に立たせ、愛おしそうに頭を撫でる。

 

「あなたがいなかったら、この子はどうなっていたか。あなたは命の恩人よ。ほら、お礼を言って」

「うん!おねーちゃん、きのうはたすけてくれてありがとう」

 

当人としても色々言いたいことはあったが、少女の純粋な瞳を見て言葉を飲み込みその代わりに膝を曲げ少女と目を合わせ…

 

「…どういたしまして」

 

優しく微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、私たちはこれで…」

「ばいばい、おねーちゃん」

 

大きく手を振る少女と会釈して去っていく母親を、鶫は小さく手を振りながら見送る。

二人が見えなくなったところで手を止め、静かに手を降ろした。

 

「私は…私には礼を言われる資格なんて…無いのに…」

 

さっきの母親は自分が少女を助けた命の恩人といっていたが、事実は必ずしもそうでは無かった。

少女を助けるために最初に動き出したのは確かに鶫自身だったが、事態の大きさを測り損ね少女を自身もろともまた別の危険にまきこんでしまった。

それを思い出したせいか、幾分か治まったはずの昨日痛めた足首がチクリと痛んだ。

 

「何も出来てはいない…、そればかりか危険な目に遭わせてしまった。なのに…」

 

そんな折にふと思い出したのがそんな二人を助け出した男、自分はその男に満足に礼も言えてはいなかった。

優れた判断と迅速な行動で窮地を脱し、顔を拝むことは出来なかったが自分と少女を軽々と担ぎ上げた男の逞しい腕と厚い胸板が頭をよぎった。

 

「………」

 

心臓がドキドキと高鳴り、全身の血液が頭に集まったかと思うほど顔がカーっと熱くなってきた。

 

「あ、あんな風に男の人に抱きかかえられたことなんて今まで…。いや、済んだことを気にしてもしょ、しょうがないか」

 

ブンブンと頭を振って雑念を追っ払う鶫、過ぎたことを気にして職務を蔑ろにしていては本末転倒である。

 

「私もまだまだ鍛錬が足りないな!うん!」

 

自分の役目は護衛対象である千棘を守ること、そしてビーハイブの為に働くこと。

そう思っていた所に自身のケータイに着信が入った。

 

着信は千棘からだった。

 

『鶫?ゴメンね待たせちゃって』

「お嬢、とんでも無いです。今どちらにおられますか?」

『うん、それでね。今から学校の方に来て欲しいの』

「学校…ですか?」

『そう、鶫に会って欲しいって人も来るからなるべく早くね』

「了解しました、…それで私に会わせたい方とは…」

『あ~…、来てくれれば分かるから。宜しくね』

「はぁ、分かりました。それでは失礼します」

『ああ!ちょっと待って、前もって言っておかなきゃいけない事があるの』

 

通話を終えようとしていた鶫を、電話越しに慌てて千棘が引き留めた。

 

「なんでしょうか?」

『あのね………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……承知しました、すぐにお伺いします」

 

通話が切れたのを確認すると、ケータイをポケットに仕舞い込み一路、学校に向けて歩を進めた。

 

 

 

◇◇◇

 

「へぇ~、コサキも妹がいるのか。妹っていいもんだよな~」

「わかります!!私の妹もすっごく可愛くて~」

 

凡矢理高校の食堂に案内されたファルカノは、座席の椅子に腰掛け隣の小咲と“妹好き好きトーク”に華を咲かせていた。

一行は落ち着いて話せる場所…ということで、休日も飼育係の関係で出入りをすることが多い楽の伝手で凡矢理高校に立ち入りを許され、特別に食堂を開けて貰ったのだった。

精悍な外国人青年と清楚な女子高生という違和感たっぷりの二人組だが、お互い妹がいるということで話が盛り上がっていた。

 

「何か仲良くなってるみたい、あの二人」

「ふふ、るりちゃんも妹が欲しくなったりした?あんなの見ると」

「そういうわけじゃないけど…」

 

少し離れたところからそんな様子を見ていたるりと千棘。

当初、辛辣な目でファルカノを見ていたるりも今の様子を見て毒気を抜かれてしまい千棘もほっと一段落ついた様子を見せている。

その向かいに座っている集は、ケータイの画像フォルダを見てニヤけながら隣の楽に話しかけていた。

 

「にしても、誠士郎ちゃんの家族か~、改めてみるとホントによく似てるよね」

「お前…、さっきの写真撮っていたのかよ。他人のプライベートだぞ、ったく…」

「まぁまぁ、でもこの写真のお母様、今の誠士郎ちゃんと比べると表情が柔らかというか母性があるよね」

「…まぁ、子供産んだのもあるんじゃねーの?そこに写ってるし」

 

画像に写っている女の子を楽が指さす。

 

「その女の子。鶫さんも小さい頃こんな風だったのかしら?」

「千棘はそうだって言ってたけど…、なぁ」

「3、4才くらいだったら私が物心ついた時…なん…だけど…、」

「…だけど?」

「それより前の鶫の写真あんまり無いのよ」

「………」

 

伏し目がちにもらした千棘の言葉に、その場にいた3人は一瞬で鶫の境遇を察し言葉を失った。

天涯孤独だった彼女はビーハイブの幹部のクロードに拾われた、だがそれは世間一般での真っ当な保護ではなくヒットマンとして教育するものである。

“そこにあるのは親愛の情ですか?”と聞かれて“はい、そうです”とは楽も千棘も首を縦に振ることは出来ないだろう。

それでもなお礼儀正しく品行方正に育ったのはひとえに彼女の人柄といえるだろう。

 

「クロードも鶫を拾った頃のこと聞いても“忘れた”とか“今忙しい”なんて言ってはぐらかすし、しつこく聞いたら私を使って聞き出そうとしたってことで鶫がもの凄く怒られちゃって、それ以来鶫もなんだかその話するのも嫌がるようになったの…」

 

いつしかヒソヒソと頭を突き合せ、4人で声が漏れないように周囲…というより離れたところで小咲と談笑してるファルカノに悟られないように気を配っていた。

 

「そんな事があったから、私もその話しないようにしてたんだけど、まさか今更家族が現れるなんて…」

「まぁ義理だけどな」

「そうだけど‼鶫に会わせてあげたいし、私も知りたいし」

「けど、鶫さんをあの人を合わせて、すんなりうまくいくかしらね?」

「小野寺とはうまくいってるみたいだけどね」

 

談笑しているファルカノと小咲を横目に流しつつ、集が茶化すようにボヤいた。

 

「にしても、この家族写真…いい写真だけど鶫がいないのが惜しいな」

「この時このお母さんのお腹の中なんだから、写ってないわけじゃないでしょ」

「そ、それもそうか…(迂闊だった)」

 

楽の失言にセンチな気分の千棘が辛辣に返す。

気まずい…そんな空気が流れる。

そこにフォローを入れたのはるりと集だった。

 

「まぁ、ここに鶫さんが生まれて写ってたらよく似た顔が三人ってことになってたのよね」

「このお母さんお若いからね、三姉妹でも違和感無いよね~」

「正直、母娘の方が不自然なんじゃない?ねぇ一条君」

「まぁその辺も含めて、聞けりゃあいいんだが…、あれ?」

 

頭を付き合わせて写真を見つめる四人、楽がふと何気なく頭を上げてファルカノの方に目線を向けるが当の本人が居なかった。

 

「居ない!?どこ行って…」

 

さっきまで座っていた場所から消えたファルカノを捜してキョロキョロする楽だった。

そんな楽とその隣の集の肩を、後ろに回り込んだファルカノがバシッと強かに叩いた。

 

「うおっ!!」

「痛ッ!!」

「義母(お袋)のナリが小さい(若い)のはまぁ、貧しい出自だからだろうな。本人がそんなこと言ってたな」

「後ろにいたのかよ…、脅かさないで下さいよ」

「ハッハッハ!悪い悪い、な~んかソワソワしちゃってさ!」

 

妙にテンションの高くなったファルカノにたじろぐ楽。

いつの間にか小咲もるりの隣に座っていた。

“ふむ”と顎に手を当てる素振りを見せたファルカノの次に発した言葉に一同は驚愕することとなる。

 

「…それもあるし、最初の子供産んだのが15の頃って言ってた」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………?」

「「「「 1 5 歳 ! ? 」」」」

「お、おう…」

 

声を揃えて驚愕の声を上げる高校生5人組、その声に一瞬気圧されたファルカノ。

 

「まぁ、若く見えるというより普通に若いんだな。これが」

 

思い返したようにウンウン唸っている、それを見ながら周りの5人は面食らっていた。

 

「ということは、この写真のお母さんは…18歳!?」

「このお父さん、犯罪じゃないの?」

「私たちとほとんど変わらないね…」

「おまけにこの時もう1人おなかの中にいたのよね…」

 

人間の目とはゲンキンなもので、話を聞く前では同級生と同じ雰囲気だと思っていた画像に写った母親が少女のような可憐さから大人の女性が醸し出すある種の神々しささえ感じさせた。

 

「そんなに変な話だったか?」

「その…、そんなに若く子供産むのって日本じゃあんまり聞かないから…」

「日本でそれぐらいの年の子は大体就学してるし、その年で子供産むってあまり好ましくない場合が多いものね…」

 

るりの言うとおり日本ではローティーン、あるいはミドルティーンでの妊娠、出産というのはあまり歓迎される事象ではない。

一般常識からいうと就職して貯蓄や資産などの経済基盤を整え、所帯を持ってからのものとされることが通常である。

貞操観念の認識の甘さや生活環境の不備などで世間や周囲に白い目でみられることもある。

 

「悲しいこと言うなよ、命ってのはみな神に祝福されて産まれてくるモンだろ」

「「「「………」」」」

 

腑に落ちなさそうに鼻を鳴らすファルカノ、その表情からは決して軽くはないであろう経験と経歴が察せられる。

現代では十代で子を授かることは日本でも珍しいことではないが、現役高校生の楽達には同年代の女性の妊娠など馴染みのある話ではなくただただ面食らっていた。

ましてや自分たちより年下で出産したという事実が浮世離れ感をさらに加速させる。

 

「…どんなお母さんだったんですか?」

 

小咲が切り出した質問はそこにいた楽、集、るりも同様に感じていたものだった。

自分たちのクラスメイトの母親“かもしれない”女性と、その女性を娶った男性の話を聞いてその生き様が壮絶なものであっただろうことは想像に難しくなかった。

 

「………立派な人だったよ、俺に二度目の人生と名前をくれた」

 

思い返すは20年前、肌をジリジリと灼く南米の太陽の下で始まったファルカノの第二の人生。

 

傷ついた少年を保護したのは17歳の少女で一児の母親だった、その少女は異国の地で活動する医者の日本人と契りを結び家庭を持っていたのだった。

 

「あれ?ちょっと待って」

「…なんだ?」

 

不意にるりが待ったをかけた。

 

「写真を見る限りじゃこのお母さんも日本人なんじゃないの?、肌の色も白いし」

 

るりが疑問に思ったのは“異国の地で活動する”という一文だった。

 

「その国に来た人間と結婚したってことは元々現地に住んでた人なの?」

「おぉ~、ルリは頭が冴えるんだな」

「ッ! か、からかわないで!」

「確かお袋は4分の3日本人の血が入ったクォーターだっつってたな、国籍も名前も向こうに沿ったモンだけど」

 

面白そうな顔をするファルカノと顔を赤らめるるり。

しばらく考える素振りを見せたファルカノは、再び話を続けた。

 

お袋(義母)なぁ、元々は現地で活動していた地質調査チームのリーダーの娘だったんだってさ」

「調査って、学者さんとか?」

「ああ、引っ越しとか拠点の移動が多い貧乏学者って言ってたからあんまり裕福じゃなかったみたいだが」

 

家族ごと移動しなければならなかったのだ、あまり強く出れる立場ではなかったのだろう。先ほどファルカノが言っていた、見た目が幼かった理由に合点がいき、楽達は黙って話を聞き続けた。

 

「そういう縁でお袋も小さいころから地理学の勉強をさせられてたんだ」

「ふぇ~、それじゃ医者と学者の夫婦ってやつですか」

「まぁそんなところ、尤もお袋は地質学より栽培学のほうが興味あったみたいだがな」

 

集の感嘆の声に相槌を打ってファルカノは話を続けた。

移動が多いせいで腰を据えた観察が出来ず、親と衝突することが多かったそうで少女は大変フラストレーションが溜まっていたそうだ。

そんな折、出会ったのが現地に派遣された医療チームにいた一人の日本人医師だった。

自分の知らないことや日本についてを詳しく知る男との出会いは少女にとってまさに宝箱のような存在だった。

小動物のように自分の周りをついてくる少女に、最初は困惑していた男だったが終いには根負けし限られた時間の中で少女の相手をするようになった。

 

どちらかというと男は少女を妹のように見ていたが、そんな二人の関係が劇的に変化したのは医師として働く男が過労で倒れたことだった。

少女は三日三晩付きっ切りで看病し男に寄り添い、献身的に介護をした。

そんな二人が心を通じ合わせ番となり、その愛の結晶を育むのはそれから数年後のことだった

 

 

 

 

 

「ってな具合で出会ったのがナレソメ」

「「素敵~」」

「何それ…」

「まるで少女漫画ね」

「ブラックコーヒー飲みたくなってきた」

 

壁に背中を預け遠い昔に思いを馳せるファルカノ。

彼の義両親の馴れ初めを聞いた千棘と小咲は目を輝かせ、残りの三人は顔をひきつらせた。

 

「ま、今更だけどホントにギリギリの世界で出会った人たちだったんだよな…」

 

実父の顔を知らない自分にとってたった一人の肉親だった最愛の母親が亡くなり、行き倒れになっていて今にも消えて無くなりそうになっていた自分の命の灯火を再び点してくれた女性。

おおらかで優しかった包容力と時折垣間見せた子供のような無邪気さを併せ持ったそんな女性、それが2番目の母親だった。

 

「あ~、でもな。結構子供っぽいところもあったんだぜ」

「子供っぽいって…、実際年齢的には…」

「朝早くから日が暮れるまでメシも食わないで一日中アリの巣眺めてる母親っていると思うか?」

「え?」

「町に買い物に行くたびにお店でオマケ貰って娘より喜んでる母親って見たことあるか?」

「それって、このお母さんが?」

「そうだ、それが俺の義母(お袋)だ」

「「「「………」」」」

 

母親のトンでもエピソードに楽達は開いた口が塞がらなかった。

そして5人で顔を見合わせると思わず苦笑が漏れた、日頃から凜としたクールビューティな鶫と母親(かもしれない人物)とのギャップに。

 

 

が、急にファルカノは黙り込んで窓の方を向いて遠い目で外の景色を眺めていた。

それに気づいた楽が声を掛ける、当の本人は…

 

「ファルカノさん?」

「ちょっと…」

「………?」

「家族のこと思い出してたら泣きそうになってきた…」

「えぇ…」

 

目を覆って俯くファルカノにかける言葉を無くした5人だった。

しみじみとした態度で外を眺めていたファルカノだったが、一転して力強い目を見せた。

 

お袋(義母)…、会いてぇなぁ会えるもんなら」

 

男の熱弁はさらに続いた。

 

「世界で二番目にイイ女だった」

「イイ女って…」

「言い方はちょっとアレだけど」

「いいご家族だったんですね…」

「…あんなにいい家族だったのに、俺はな~んも恩返しが出来なかった」

 

苦笑する男の顔から垣間見える無念、後悔、怒り、やるせなさといった言葉に出来ない感情、そしてそれを見ていた楽達5人も気まずそうにファルカノから目線を逸らしていた。

大事なものは無くして初めて気づくというが、一度家族を喪った辛さや寂しさを知った男がもう一度孤独となって受けた悲しみとはもはや一体如何ほどのものなのか。

重苦しい空気がその場を覆ったが、そんな空気を打ち破るようにファルカノが声を張り上げた。

 

「ゴメンな、なんか湿っぽい話しちまって」

「そ、そんな顔しないでくださいよ」

「そうよ!それに」

「それに…、なんだ?」

 

立ち上がった千棘にファルカノが問いかけた。

千棘は目尻を下げ、慈しむように微笑んだ。

 

「…そのお話、もっと聞かせてあげなきゃいけないコがもうすぐここに来るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「クロードさん、今いいですか?」

「なんだ、どうかしたのか?」

 

ビーハイブ本部、組員の一人が幹部のクロードに問いかけていた。

 

「集英組から連絡があったんですが、見慣れない外国人が街をうろついていたとかで…」

「何?」

「うちの組員じゃないのか、と聞かれまして…」

 

組員の報告にクロードは忌々しげに整えられた頭髪を掻き舌打ちした。

 

「チッ!!あのボンクラ共め、こっちの組員のリストは向こうに渡してるだろう。百回目を通してからもう一度聞けと言っておけ!!」

「はぁ、了解しました。一応似た特徴の組員に確認したんですが全員別件で出払っていて誰も該当しなかったようなんですが…」

「………」

 

仕事中の手を止め面を上げたクロード。

 

「ついでに聞いておくがその外国人の特徴は?」

「え~、黒髪のオールバックを後ろで束ねたラテン系、履き古したジーンズに同じく履き古したスニーカー、ラーメンでモメ事に関わっていた…とかで」

「そんな恰好の外国人ならいくらでもいるだろう」

「あと…狙ってかどうかは分からないのですが追跡を撒くのが異様に上手いそうです」

「…分かった、どのみち何かあったら集英組の責任になるが一応こっちでも注意喚起はしておこう」

 

それだけ言い残し、再び仕事に手を始めるのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

食堂前にやってきた鶫。

 

(思ったより時間がかかった、お嬢たちをお待たせしてしまったな)

 

服装に乱れがないか、襟や袖を見直し息を整え…

 

 

 

 

 

ゆっくりと食堂の扉を開いた。




次回、第八話『君の名前』

今度こそ、本当に今度こそ…

お楽しみに!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話『君の名前』

お待たせいたしました、第8話です。
アウトプット能力を身に付けたい…


「遅くなりましたお嬢!」

 

閑散とした食堂内に鶫の声が響いた。

元々あまり利用することもなかったので平時はどのくらい混んでいるのか知らないが今日この時のために特別に開けてもらっているだけあってさすがに静かだった。

 

「鶫~!こっちこっち」

 

入り口から入ってすぐの角を曲がったところで椅子に座っていた千棘が立ち上がりブンブンと片手を振った。

そのまま千棘達の元に向かおうとしたが、一歩を踏み出す前にはたと足を止めた。

千棘が自分を呼んだ理由は自分に合わせたい人がいるから、そのためにここに来たのだった。

そして前を見ると椅子に座っているのは千棘に楽、小咲、るり、ついでに集、いつもの面々である。

見知った顔なら“会わせたい人”とは言わないはず…

 

「鶫?どうしたの急に立ち止まって」

「あのお嬢…、私に会わせたい方がいるとおっしゃっていましたがその方は今どこに…」

「ああ、その人ね。今ちょっと自販機にコーヒー買いに行ってる」

「…コーヒー?」

「“なんかノド渇いたな~、全員分俺が奢るからジャンケンで負けたヤツが買いにいくゲームしようぜ”って言って意気揚々とジャンケンに挑んだら一回目で一人負けしたの」

「…その方が私に会わせたいという方なん、…ッ!!」

 

ドンッ

 

「うぉっ!(ワリ)ッ」

 

拍子抜けしたような顔をした鶫だったが、その直後軽い衝撃と共に肩と後頭部に何かがぶつかったのを感じた。

痛みは無かったが頭からつま先までくまなく駆け抜けたその衝撃は鶫に危機感を抱かせるには十分だった。

 

「ッ!!」

「悪い、ケガねぇか?」

 

踵を返し鶫は即座に後ろを振り向いた。

反転した視界の先にいたのは、筋骨逞しい精悍な顔立ちのラテン系の男だった。

灼けた肌にクセのある黒髪を一本に纏め、両腕は大小様々な傷に覆われジーンズ越しの両足の逞しさも並のものではない。

先程自分はこの男のラーメンの絵が描かれたTシャツの向こうにある厚い胸板にぶつかったのだと鶫は瞬時に判断した。

ぶつかってもビクともしていないあたり体幹もしっかりと備わっているのだろう。

 

「………その顔…」

「……な」

 

自分の目をまっすぐ見てくる男の瞳に、鶫は体を強張らせた。

そして…。

 

「何者だキサマ!!」

 

声を張り上げた。

 

「………!?」

 

◇◇◇

 

 

「ちょ、ちょっと鶫!アンタ何言って…」

「お嬢は下がっていて下さい、このような得体の知れない男、接近に気づかなかったとは一生の不覚」

 

宥めようとする千棘もお構いなしに警戒心を剥き出しにする鶫。

相対してる得体の知れない男ことファルカノは何も言えなさそうな顔をしている。

 

「ねぇ一条君、あれちょっとまずくない?」

「あぁ…、そうだな…俺も行った方がいいかな」

 

ついでにそれを見ていた楽達4人も同じような顔をしていた。

 

「…なぁ、ちょっと落ち付けって…」

「………ッ」サッ

 

落ち着けるように缶を握った手を伸ばすファルカノ。

鶫はそれに思わず身構え、懐に仕舞い込んである銃に手を伸ばした。

 

「ちょぉぉおっとストーーーップ!!」

「お、お嬢!?一体何を…」

 

大声を出した千棘が二人の間に割り込み、懐に差し込まれた鶫の腕を両手で押さえ込んだ。

鶫は千棘が自分の方を止めたことに驚きを隠せない、そんな鶫に千棘はファルカノに届くか届かないかという声でこっそり耳打ちした。

 

「“何を”はこっちのセリフよ!!アンタこの人だれか覚えてないの?」

「…どなたですか?」

「昨日アンタを助けてくれた人じゃない!」

「…え、えええええーーーーー」

 

◇◇◇

 

「大変失礼致しましたーーー」

 

鶫は机に手をついて深深と頭を下げていた、命の恩人を不審者扱いして騒いでしまった自分の思慮の浅さ、恩を仇で返すとはこの事だと鶫は恥ずかしさと申し訳なさで真っ赤になっていた。

オマケに主である千棘やいつもの面々が見ていたことにもそれに拍車をかけた。

 

「もういいって、若いヤツの勘違いは笑って流すのが大人ってモンだ。頭あげなって」

 

対して向かいに座ったファルカノは陽気に笑い飛ばした。

 

「そういえば砂が舞ってちゃんと前も見えてなかったものね、まぁファルカノさんのナリ見たら驚くのも無理ないわ」

「お嬢…、いえ、私の失態です。命の恩人にあのような無礼を働いてしまうとは…」

 

自分を責める鶫、さすがにいたたまれなくなったのか楽が間を取り持った。

 

「まぁまぁ、お互い気にしないってことでもういいじゃないか。な、千棘」

「そうよ、楽の言うとおりだわ。それにこれからもっとビックリすることが待ってるんだから」

「はい…、そうですね。…ビックリすること?」

 

二人に慰められどうにか鶫はいつもの調子を取り戻しつつも、千棘の含みのある言い方に違和感を感じた。

そしてそんな鶫の様子をファルカノは感慨深く見つめていた。

 

「…なるほど…。その顔、コトヴィアの面影を感じる」

 

フルフルと震える動揺を隠せない手で缶コーヒーを握るファルカノがポツリと零したその言葉を楽は聞き逃さなかった。

 

(コトヴィアって、写真に写ってたお母さんのことだろうな…)

 

「それで…、私に会わせたかったというのはこの方で間違いないのですか?」

「うん、そうなの。あ、そうだ、この人自己紹介長いから私が代わりに言うわね、こちらファルカノさん、ブラジル出身の28歳」

「ファルカノ・エス・ペレグリだ、よろしく。ジェラートはスプーンで掬って食べる派だ」

 

千棘に紹介されて砕けた敬礼のようなポーズで挨拶するファルカノ、それを見て鶫は張ってた気が抜けたのかふっと頬をほころばせた。

 

「じゃぁ、次は鶫ね」

「はい、ご紹介に預かりました、鶫誠士郎と申します」

「…セイ…、…シロ…?」

 

聞き慣れない名前に言いにくそうな様子のファルカノ。

それを見た鶫や千棘は“あぁ、またか”といった顔を見せる。

育ての親のクロードにずっと男と思われて育てられた鶫は名乗った相手に戸惑われるのもよくあることだった。

小さい頃は女の子らしくないと笑われることもよくあった。

 

「…分かりにくい名前ですよね、漢字ではこう書きます」

 

そういって鶫はメモ帳にフルネームを書いて切り取りそれを差しだした。

受け取ったファルカノはそれをまじまじと眺めた。

 

「悪いな、漢字はあんまり詳しくないんだ…が…ふむ」

「すみません、あまり女性らしくない名前ですよね…」

「いや、いい名前じゃないか」

「え?」

 

鶫は目を見開いた、今までは大体名前と見た目のギャップに驚かれて気まずくなるという流ればかりだったが、名前を褒められるのは滅多にないことだった。

 

「この“誠”って漢字、ジダイゲキ好きな知り合いが言っていたぞ、何とかってサムライチームが来てる青いジャケットの背中に書かれてるシンボルマークだよな」

「新撰組は侍じゃなくて浪士隊よ…」

 

やや遠くで頬杖つきながらるりがつぶやいた。

 

「シンセンなんとかはよく分からないけど、“()うを()す”なんて書くんだから立派な言葉じゃないか」

「そうですか?」

「この名前をつけた人の教養や人徳がよく分かる、きっと立派な人なんだな」

「立派…ですか」

「そうだ、大事にしねぇとな。君の名前」

「ありがとうございます…」

「………」

 

名前を褒めるファルカノとそれにはにかんだ笑顔を見せる鶫を見て千棘は複雑そうに唇を噛んだ。

誠士郎という名はそんなご大層な思いを込めて付けられていたものでは無かった、クロードが適当にそれらしい名前を充てただけのものだった。

もちろんそんな経緯を見抜けなかったファルカノへの悪感情ではなく、ちゃんとした名前も与えられなかった鶫の境遇に不憫さを覚えてのものだった。

 

「それにな」

「それに…、なんですか?」

 

話を切り出したファルカノは、先程の名前を書いたメモ紙の“鶫”の漢字を指さした。

 

「このファミリーネームの方だ」

「苗字ですがそれが何か?」

「ああ~君が小さい頃に保護されたってラクやチトゲに聞いてな、この鶫って名前はお世話になってる家の名前なのか?」

「いえ、そっちはお嬢につけていただいた名前です」

 

そういって鶫は千棘の方に手を向けファルカノの視線を移した。

 

「お嬢ってさっきから言ってるが、もしかしてチトゲの家で…ってことなのか?」

「…うん、そうなの。中々切り出すタイミングが見つからなかったんだけどウチで引き取ってるの。ね、鶫」

 

気まずそうに答える千棘に続く形で鶫が口を開いた。

 

「はい、そのご縁でギ…、お嬢のボディーガード兼世話係として傍に居させていただいております」

 

ギャング…と言いかけたところで鶫はボディーガードと言い直した。

これが千棘からの電話であった“前もって言っておくこと”の指示であった。

千棘が鶫に課したのは“ビーハイブや自身の肩書について詳しく話さない”そして“銃や武器の類を取り出さない”の二つであった。

その二つを危うくもクリアした鶫にファルカノを除く一行はほっと胸を撫でおろした。

 

「ふーん、ボディーガードに世話係…ね」

(まぁそうなるよな、でも本当の事なんて言えるわけ無いしな…)

 

あまり嬉しくなさそうな声で返事をしたファルカノ、その心情は楽達も何となく察することができた。

 

「で、でも世話係なんて言ったってホラ、私もいい年だし自分のことはちゃんと自分でできるから。そんなのはただの形式上で私と鶫はもう一番の友達同士、だもんね」

「お嬢…!」

 

千棘の嘘偽り無い本心に鶫は頬を赤く染めて嬉しそうな表情を見せた。

 

「まぁでも、あんまり仕事でやってますって感じじゃ無いわな。君達見てると」

「でしょ、あんまり気にしちゃダメよ」

 

ハハ、と小さく笑ってファルカノは手にした缶コーヒーを呷った。

 

「ねぇ…、ファルカノさんはさっき鶫の名前を見て何て言おうとしたの?」

「ああ、いや、昔お袋が言っててな、“空に羽ばたく名前はいい名前だ”って」

「いい名前…」

 

場の空気を変えようと千棘の問いに懐かしむような顔で答えるファルカノ。

そんなファルカノの様子を不思議そうに眺めながら鶫がさらに問い返した。

 

「別に縁起がいいとかゲン担いだとかじゃないんだが、まあお袋は自由人だったからな…」

「お母さん…ですか」

(アンタのお母さんかも知れないのよ!!鶫)

 

自分に縁のない(母親)に思いを馳せる鶫と、正直気が気じゃない千棘だった。

 

「悪い、知らねぇ人間にこんなこと言われても気持ち悪いよな」

「いえ…、それでファルカノ…殿は私に何の御用なんですか?」

 

鶫は目の前に配られた缶コーヒーに目を落とし尋ねた。

鶫は初対面の相手でも余程ガラの悪い相手でない限りは基本的に謙虚で低姿勢であるが、同時に警戒心を悟られないように働かせている。

昨日のことはもちろん感謝しているし目の前の男があけすけな人間であることは分かったが、それでもまさか自分に礼を言わせるためにわざわざ呼んだとは思えなかった。

 

「…あ~、うん、それなんだが…」

「…はい」

 

さっきまでカラカラと笑っていた男が気まずそうに口ごもる。

相手の心情を探ろうとする鶫の目が悟られないように一層鋭くなった。

 

「ちょっと待って!!」

 

バンと机に手をついて千棘が勢いよく立ち上がった。

 

「な、なんでしょうか…?お嬢」

「やっぱり私が説明したい…、鶫は私と今まで一緒にいてくれたから…」

「いいのか?千棘…」

「うん、もしかしたらこれから色々変わっちゃうかもしれないから悔いなくやりたいの。いい?ファルカノさん」

 

心配そうに聞いてくる楽にも落ち着いた様子で返答する千棘。

千棘はそのままファルカノに目で合図を送るとファルカノもゆっくりと口を開いた。

 

「一番の友達に言われちゃ、譲るしかねぇな。頼むわ」

 

静かに頷くとスゥハァと深呼吸をする千棘。

 

「あのね鶫、このお兄さんね…

あんたの家族が20年前で医者のお父さんの写真が夫婦のブラジルに一人ぼっちの大火事で妹を探してるのがあんたでお義兄さんでお母さんなの」

 

 

 

 

 

「…はい?…あのお嬢、今のは一体…?」

 

まるでパッチワークのようにツギハギにされた千棘の意味の分からない告白に鶫は目を白黒させてしまった。

 

「…何だったんだ?今の」

「千棘!!説明下手がうつっちまってるぞ…」

「千棘ちゃぁん…」

「見てて飽きないなー」

「…………ハァ」

 

周りの冷ややかな視線が千棘に刺さる。

るりに至っては溜息しか出なかった。

 

「あれ?私なに言って…、ごめん頭がうまく働かない」

「もういっそのこと俺が言おうか?」

「う…、ごめん楽おねがい」

 

申し訳なさそうに俯いた千棘は、楽にバトンタッチした。

今度は楽が深呼吸した。

 

「鶫…、よーく聞いてくれ」

「な、なんだというんだ!?一条楽」

「ファルカノさんな、20年前に孤児になったところを当時ブラジルにいた日本人夫婦に引き取られたそうなんだ」

「そ、そうなのか…、だがそれをなぜ私に?」

 

鶫は向かいに座ってる楽とその隣のファルカノを交互に見ながら問いかけた。

そして楽もゆっくりと会話を続けた、いつにもなく真剣なその表情がやけに目に訴えてくる。

 

「それでその両親も18年前に故郷の大火事で亡くなられたみたいなんだけど、その時まだ赤ん坊だった妹と離れ離れになってその妹を探してるんだって」

「………」

 

鶫は黙って聞き続けた、周りの視線が刺し貫くように自分に向けられているのもお構いなしだった。

 

「あの…、ほんとに荒唐無稽なこと、言ってると自分でも、思うんだが…、そのいもう…」

「俺が頼んだんだよ」

 

流石に言い出しにくかったのか核心部分を前にしどろもどろになっている楽の言葉を遮って、ファルカノが口を開いた。

全員の注目が一気にファルカノに集まる。

 

「頼んだって…、何をですか?」

「昨日、ラクとチトゲの二人に親切にしてもらってな。それでなんか気が合っちゃって、色んな話してる内に似た境遇だって君の話聞いて会ってみてぇって話したら気ィ使わせちゃったみたいでさ」

「お嬢と一条楽が…」

 

鶫は隣に座っている千棘と向かい隣の楽を交互に見た。

千棘は申し訳なさそうに俯き、楽も同じようだ。

 

(俺がフォローされてどうすんだよ…)

 

どうにもやりきれなく楽が明後日の方向を向くとそこには面白そうにニヤケた集と、心配そうな顔をした小咲、さらに口パクで“ヘタレ、ヘタレ”と連呼しているるりがいた。

 

「ごめんね鶫、ちゃんと言ってあげてもよかったんだけど昨日ファルカノさんもアンタ助けてあっという間に行っちゃったから、今日また会えるかどうかもわからなかったの。迷惑だった?」

「いえ、それは構わないのですが…」

 

俯いた千棘がら醸し出される申し訳なさを感じながら、鶫はまっすぐ前を向くと迷いのない目をしたファルカノと目が合った。

 

「………」

「………」

 

お互い無言で数秒向かい合うと、鶫はフッと緊張を解き目じりを下げた。

 

「…遅くなりましたが、昨日は助けていただきありがとうございました、お嬢たちにも気を使わせてしまって感謝のしようもありません」

「礼なんていいって、むしろ気を使わせたのは俺のほうなんだから、感謝してるのは俺も同じだよ、…あ、そうだ」

 

感謝の応酬を重ねる二人、何を思ったかファルカノバツが悪そうに頭を掻き出した。

 

「今更なんだが…、なんて呼んだらいいかな?“君”とか“お前”とかじゃ締まらないし」

「呼び方ですか?呼びやすいように呼んで…」

 

 

 

 

 

 

―じゃあ、いってくる。ツグも勉強がんばれよ―

 

 

 

 

 

 

唐突に昨日見た夢の中のセリフが頭に浮かんできた。

夢の中の顔の見えてこない兄が自分の頭を撫でたシーンだった。

 

「……ツグ」

「………?」

「………ッ⁉」

 

なぜか夢の中の兄が目の前の男と重なって見えた。

 

(…な、なぜ今になって夢の中の兄が…)

 

自分でも分からないような声でポツリと呟いた言葉に自分でも驚いた。

夢で見ただけのワンシーンがなぜここまで色濃く頭に浮かんだのだろうか。

 

(は、恥ずかしくなってきた…)

 

顔を真っ赤に染めてそれを隠すように手で口元を覆う。

 

「きの、…少し前に家族の夢を見たんです、その時にそんな風に呼ばれて…」

 

目の前の男と目線を合わせるのも恥ずかしくなり伏し目がちになり視線をあちこちに泳がせた。

 

「ツグって呼ばれてたのか、いい夢見たんだな。家族の夢か…羨ましいな」

「あ、あの!やっぱり忘れてください!!」

「いや、いいじゃないか。よし決めた!今からツグって呼ぶ」

「ちょ、ちょっと、……ッ⁉」

 

強硬手段に出たファルカノに困惑し、チラと千棘達の方を助け舟を求めるように向いた。

だが肝心の千棘達は滅多に見せないようなコロコロ表情を変える鶫を微笑ましい顔で眺めていた。

助けは期待できそうになかった。

 

「…もう、それでいいです…」

「よろしく、ツグ」

 

諦めるように座り込んだ鶫を見て、ファルカノもニッコリと笑った。

 

「…それで、何の御用で私を?」

「まぁ話してみてぇことはいろいろあるんだが…ん~」

 

散々イジられたせいかややツンとした態度で尋ねる鶫。

それを受けたファルカノは手元に視線を落とし、数秒考え楽達の方を向く。

 

 

 

(ワリ)ィんだが、二人っきりで話しさせてもらえねぇかな」




次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話『恩人の娘』

長い間お待たせして申し訳ありません、話の切り上げどころわかんなくて長くなっちゃった。

それでは第九話、お楽しみください。


「…ねぇ、ホントに二人きりにしてよかったの?」

 

「俺たちがいると気ィ使わせるだろ、いたら話すことも話せなくなる」

 

「アンタもちゃんと説明できなかったもんねぇ」

 

「…人のこと言えないだろお前だって」

 

「…うるさいわよ」

 

 

盛大なブーメランが自分に突き刺さり、千棘は顔を強張らせる。

楽達は鶫とファルカノの二人を食堂に残し少し離れた石段に腰掛けていた。

ファルカノの頼みに鶫を預け、信じることにしたのだった。

 

 

「でも、やっぱりお兄さんも言えなかったわね、“自分が義兄(あに)だ”って」

 

「いや、その可能性が高いってだけでまだ決まったわけじゃ…」

 

 

ファルカノはあの場では自身が日本に来た理由と、鶫を呼んだ理由については事細かに話すことはしなかった。

その理由は何となく察することができた、当人にもやはり言い出しにくいところもあったのだろう。

素直になれない所があるのも自分達には痛いほど分かる話だった。

二人揃って俯いて苦笑しているところに集が話しかけて来た。

 

 

「そういえばさぁ、気になってることがあるんだけど」

 

「何だよ、集」

 

「あのお兄さん、なんで日本に来たのかなって」

 

「なんでって…、妹を捜しにでしょ?」

 

「いや…、それはわかってるんだけど、どうやって日本に来たのかってこと」

 

「どうやってって…、飛行機に決まってんだろ? 泳いでくるわけ無ェじゃねェか」

 

「だから、それはわかってるって!なんなの二人とも、そんなにボケるキャラだった?」

 

「さっきから何が言いたいんだよ」

 

 

散々はぐらかされた集、咳払いを一つして話を進めた。

 

 

「捜してる妹さんが誠士郎ちゃんなのかそうじゃないのかは一旦置いといて、広~い日本のこの町にやってきたわけでしょ?あのお兄さん」

 

「そうだな」

 

「でも誠士郎ちゃんの事は今日初めて知った素振りだった、だったらちょっとおかしくない?」

 

「どういう…、あ!そっか」

 

 

“なるほど”といった様子で千棘が手をポンと叩いた。

 

 

「さすが千棘ちゃん、つまりあのお兄さんは捜してる人物の情報を以てここに来たワケ。言っちゃなんだけどここで誠士郎ちゃんに会うこと自体予想外だったんじゃないの?」

 

「そういえば昨日、手掛かりは他にもあるって言ってたしな…」

 

「あぁ~、何話してるか気になる~!」

 

 

顎に手を添え、思案する楽と恨めしそうな目で食堂を眺める千棘。

それぞれの様相を表わしてる中で、るりの発した声に注目が集まった。

 

 

「そんなに気になるなら聞いてみる?(食堂)の声」

 

「宮本?一体何言って…」

 

 

そういってポケットから携帯電話を取りだした、るりのではなく側にいた小咲のものであるが。

 

 

「るりちゃん!?それ私の…、なんで…」

 

自分の携帯電話が無くなっているのに気づき今更自身のポケットを探る小咲、当然だが何か出てくる筈がなかった。

 

 

「さっきお兄さんが二人で話したいって言ったときにアンタのポケットから拝借したの、もっと危機感持っときなさいよ」

 

「もう…るりちゃん…」

 

 

改めて楽達の方を向くるり、手に持っている小咲の携帯電話には『着信』の文字とるりの名前の表示がされていた。

 

 

「私のケータイで小咲のに着信かけて置いてきたの、通話にすれば聞けるわよ。どうする?聞く?」

 

 

るりがあやしげな笑みをうかべた。

 

 

◇◇◇

 

 

ところ変わってこちらは食堂。

 

 

「あいつら…、奢ってやるっつったのに全員コーヒー置いて行きやがった」

 

「………」

 

 

やれやれといった様子で机から缶コーヒーを集め自分の前に置くファルカノと、それを黙って見ている鶫。

目線を落とすと目の前にパイプを咥えた有名なオジサンの顔の絵が描かれた缶が目に入る、目の前のファルカノが差しだしたモノだ。

 

 

「ツグも飲むか?」

 

「はい、…あ」

 

受け取ろうとした彼女の目に別の缶が映った。

TVでCMをしていた有名デザイナーとコラボしたファンシーな動物のイラストが描かれた可愛らしい缶だ。

ファルカノは知る由もないことだが、自分が買ったこの絵柄は数十種類あるなかの一つである。

別段レアものというわけでもないが、鶫はCMを一目見てから気になっていた。

 

 

「なんだ、こっちのほうがよかったか?」

 

「あ、いえ」

 

「いいっていいって、ほら」

 

「ありがとうございます…」

 

 

平静を装ってるが、目当ての缶を受け取って内心ニヤケてるのが目にみてとれる。

口角を僅かに吊り上がる様子やそれを見られて慌てて取り繕う様子、それら一つ一つを男は感慨深げに眺めていた。

 

 

「ホントにそっくりだな…」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない」

 

 

「……?」

(この男…、お嬢や一条楽が目的じゃないのか…?)

 

 

少し慌てるようなファルカノの態度に鶫は眉をひそめる、貰えたことは嬉しかったが目の前の男は相変わらず得体が知れないままだった。

 

 

「あの、何度も言うようですが昨日はありがとうございました」

 

「ん?」

 

「あの時貴方に助けて頂けてなければどうなっていたか」

 

「ああその話、そういや足痛めてたな。もう大丈夫なのか?」

 

「はい、足首を少し痛めてしまっていたのですが今朝にはもう痛みも治まりました」

 

「そうか、そりゃ好かった。…ごめんな」

 

 

笑顔から一転、謝罪の言葉とともに申し訳なさそうな様子を見せるファルカノ。

鶫は当然困惑した。

 

 

「え!?」

 

「俺がもうちょっと早く気づけてりゃツグもケガしないで済んだかもしれなかった」

 

「そんな、やめてください!見ず知らずの方に頭を下げさせるなんて」

 

「けど」

 

「私一人ではあの女の子を助けることが出来ませんでした、貴方がいなければ私は何の成果も出せなかったんです」

 

「成果って…、そういやあのちびっ子は知り合いなのか?」

 

「いえ、あの子は…」

 

「“ミズシラズ”なのか、俺と一緒だったんじゃないか」

 

「…はい」

 

「それにな」

 

 

缶コーヒーを開けて中身をグビリと呷り、一息ついて缶を置くファルカノ。

 

 

「情けねぇ話だが、ツグが動き出さなかったらあのちびっ子があそこにいたことも確認できなかった」

 

「………」

 

「ツグがいたから二人とも助けることが出来た」

 

「…私が?」

 

「あのちびっ子が助かったのは紛れもなくツグのおかげだってことさ。誰にでも出来ることじゃねぇ、大したモンだ」

 

「…ありがとうございます」

 

 

なんだかよくわからない感覚に鶫は困惑していた。

無関係の人間を助けようとしてケガまでした自分はギャング組織で働く身としては到底褒められたものではないだろう。

だが目の前の男はそんな自分を労い称賛までしてくれた。

おべっかやおためごかしで下手に出てくる人間はこれまでにもいたが、そんな気が目の前の男からは微塵も感じられなかった。

助けられた気恥ずかしさと褒められた僅かばかりの嬉しさで胸にむず痒いモノが広がる。

 

 

(私の気にしすぎだったか、この人は…)

 

 

昨日今日と慣れないことばかりだったが、それを悪くないと思ってしまう自分がいることに鶫はまだ気づいていなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 -ツグがいたから二人とも助けることができた-

 

 -…私が?-

 

 

 

「今さらだけど、あのお兄さんなかなか褒め上手だよね」

 

「確かに、会話してて気持ちいいというか悪いところを感じないというか」

 

 

小咲のケータイから聞こえる二人の会話に耳を傾ける外の五人、何か揉め事でも起きないかとハラハラしていたが目立ったトラブルもなく進む様子に楽と小咲もほっと胸をなで下ろしていた。

 

 

「どうかしらね、あのお兄さん。安心するのはまだ早い気がするけど」

 

「もうるりちゃん、またそんなこと言って…」

 

「いい人かどうかは別として、すんなり事が済むとは思えないわ。一条君もそう思わない?」

 

「まぁ、多少は…」

 

 

相変わらず毒づくるり、小咲がそれを宥めるが楽はそんなるりの気持ちも何となく分かってしまうのだった。

良くも悪くも目立ってしまう人間とはどこにでもいるものだ。

そんな男がヤクザやギャングひしめくこの街にやってきていい予感はあまりしない。

 

 

「何もなきゃいいとは思ってるんだが…」

 

「けどねぇ、よりにもよって誠士郎ちゃんを攻略しようっていうんだからあのお兄さんも相手が悪いよねぇ」

 

「攻略って…、そういう下心とかじゃないだろファルカノさんは」

 

 

軽い口取りの集に楽がつっこむが、集は“違う違う”とかぶりを振る。

 

 

「そうじゃないって、誠士郎ちゃんに取り入ろうとするならその裏にコワ~いオジサマがいるでしょ。それを放ったらかしには出来ないって話だよ」

 

「あぁ…」

 

 

“オジサマ”とは誰のことか楽にもよく分かる、楽自身そのオジサマには何度も煮え湯を飲まされており、いい印象など勿論有るわけがなかった。

 

その時一人黙って電話の会話を聞いていた千棘が声を張り上げた。

 

 

「皆!ちょっとこれ聴いて!!」

 

 

◇◇◇

 

 

食堂で話し込んでいる二人、昨日ファルカノが楽と千棘に話したのと大体同じような説明をすませた後だった。

 

 

「それで義妹(いもうと)さんを捜されているわけですか…」

 

「ああ、かれこれ10年以上な。世界中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり」

 

「…苦労されてるんですね」

 

 

それは自分と似た境遇だからか生来の生真面目さからだろうか、感慨深げに零しながら目線を落とした。

それを聞いてファルカノはフッと笑い傷だらけの腕を擦るように反対の腕を撫でた。

 

 

「まあな、おかげでこの体も随分イジメちまった」

 

 

そんなファルカノの様子を見て鶫は背筋に冷たいモノを感じた。

確かに自分の周りの体力自慢筋肉自慢とは一線を画する体をしている。

おそらくジムやプロテインなんかで効率よく短期間で作り上げたモノではない。

こうして落ち着いてじっと見れば修練に身を置く鶫にはよくわかる、雰囲気、密度、どれをとってもきっと長い長い時間をかけて身についたものなのだろう。

 

 

「…グ、ツグ‼」

 

「ッ‼ハ、ハイ‼」

 

「どうした?急にボーっとして」

 

「いえ、失礼しました」

 

「ノド乾いてるのか?もう一本飲むか」

 

「いえ、結構です」

 

「そ、そうか」

 

「「………」」

 

 

見入ってしまっていた鶫とコーヒーのお替りを断られたファルカノ、なんとも言えない気まずい空気が流れる。

そんな空気を破るようにファルカノが口を開いた。

 

 

「それで…ここからが話のキモなんだが…」

 

「はい」

 

 

男の手に力が入り握っていたカラになったスチールのコーヒー缶が“ミキ…”と音をたてる。

それと呼応するかのようにファルカノの目に一層気が漲り、それと目が合った鶫も背筋が強張る。

 

 

 

「医者だった親父(義父)が20年くらい前にこのあたりで働いてたって情報(ハナシ)を聞いたんだ」

 

「…え!?」

 

「海外で活動している日本人医師にたまたま知り合う機会があってな、その人が俺の義父(親父)…“オウサカトキオ”っていうんだがその人と面識があったみたいで、何か知ってるかもと思って聞いてみたんだが、20年近く前にお互い日系ってことで色々話してたみたいで、『俺のカミさんはボタンのほつれだけじゃなくて赤い糸まで紡いだんだぜ』なんてバカな話しばっかりするからウンザリしてたみたいなんだが、その時に凡矢理(この街)で働いて…」

 

「あ…、長いです」

 

「おお、スマンスマン」

 

(お嬢が言っていたのはこういうことか…)

 

 

鶫は千棘が食堂から出ていく際に言っていた“あの人話長いから気を付けてね”という言葉の意味を理解した。

 

 

「まぁつまりだな、ここに来れば誰か当時のこと知ってる人間に会えるんじゃないか、遺された子供の行方もわかるんじゃないかと思ってな」

 

「そうなんですか…、ですが私は二年ほど前にここに来たばかりであまりそういうことでお力には…」

 

 

ファルカノの言葉を受けて驚きと申し訳なさそうな顔を見せる鶫、ファルカノはそれを“まぁまぁ”と宥める。

 

 

「いや、そこは仕方ないとは思っているんだ、ツグもまだ生まれる前のことだしな」

 

「ではファルカノ殿はその義妹(いもうと)さんを探すために御義父君の痕跡を辿ってここに来られたということですか!?」

 

「ああ、赤ん坊が一人で生きていけるわけもないからな、縁者…つってももう親父(義父)は亡くなってるからその親、兄弟、親戚なんかに引き取られてるんじゃないか…、なんてずっと考えててな。それで昨日は目についたここらのデカい病院片っ端から回ってたんだ。流石に働いてた場所までは分からなかったんでな」

 

「片っ端から…」

 

「それで行った先々でこう聞いたんだ、『昔ここで“オウサカトキオ”って男が働いてませんでしたか?』って」

 

「そんな聞き方したんですか!?」

 

 

鶫は開いた口が塞がらず呆れた様子だった、目の前の男の荒唐無稽さここに極まれりといった所業のせいである。

それを見たファルカノは気まずそうに口を尖らせた。

 

 

「仕方ないだろ!?日本の勝手の違いなんて分からねぇし」

 

「それはそうかもしれませんが、もうすこし順序ってものを…」

 

「順序?」

 

「こういう場合は前もって電話をしてアポをとったりして…例えば聞き方一つにしても、『人を探していて、ここでの勤続歴の長い職員はおられますか?』って聞くとか…」

 

「おお!なるほど、ツグは賢いな!!」

 

「それでも昨日あらかた調べられたのならまた色々考えないといけませんが…」

 

 

目を輝かせて食いつくファルカノとは対照的に、まるで自分の事のように心配げな表情を見せる鶫。

そんな彼女を前にしてファルカノはポツリと零した。

 

 

「優しいなツグは」

 

「…え?」

 

「昨日会ったばかりの俺の話を真面目に聞いて悩んでくれてさ」

 

「それは、命の恩人の頼みは無下に出来ませんから…」

 

「…それだけか?」

 

 

その問いに鶫は射貫かれたようにビクリと体を震わせた、確かに今までの自分なら恩があろうとそんな赤の他人の話に真剣に耳を傾けたりはしなかっただろう。

殺し屋(ヒットマン)として粛々と生きてきたこれまでの人生、それに影響を与えたモノは何かと考えると…

 

 

(…一条楽)

 

 

自分の主である千棘の仮初の恋人である生来のお人好し、一生胸に秘めていくと決めた初恋の男に知らず知らず自分も影響されてきたのかもしれない。

 

 

(私も随分毒されてしまったものだ…)

 

「さっき話したと思うけど、俺の探している義妹(いもうと)も今年でツグやラク達と同じくらいの年齢(トシ)なんだ、同じような境遇のツグがそんな思いやりのある女の子だと、上手く言えないけど俺も嬉しくてな」

 

 

照れくさそうに笑うファルカノにつられるように鶫も頬を赤らめる。

話を聞いたからかどうかは分からないが、鶫には目の前の男がどうにも他人のように思えなかった。

それは恩人への恩義や、異性への好意とも違う、それは…

 

 

「私も、貴方のような勇敢な方が兄だったら、きっと自慢に思っていたでしょうね…」

 

「!?」

 

 

いうなればそれは家族のような“親近感”というものなのかもしれない。

ポツリと呟いたその言葉がその感情を物語っていた。

 

 

「…こりゃぁとんでもねぇカウンター食らっちまったな…」

 

 

それを聞いたファルカノは目元をその大きな手のひらで隠すように覆い言葉を絞り出した。

自分が必死になって捜している妹に容姿も境遇もそっくりな鶫から向けられたその言葉は自身にとっての最大の賛辞で激励であり、その言葉にほんの少しでも報われたような気がしたのだった。

 

 

「し、失礼しました!!(何を言ってるんだ私は!!)」

 

「なぁツグ」

 

「は、はいッ!」

 

「ツグは…会いてぇか?自分の父ちゃん母ちゃんに」

 

「え?」

 

 

さっきまでアタフタしていた鶫はその質問に表情を強張らせ、言葉を詰まらせた。

 

 

◇◇◇

 

 -医者だった親父(義父)が20年くらい前にこの町で働いてたって情報(ハナシ)を聞いたんだ-

 

 

「医者!?この街に居たって」

 

「でも20年前…」

 

 

ケータイのスピーカー越しに聞こえてきたファルカノの声に食堂近くの石段に居た楽達は一様に顔を見合わせた。

なぜこの男が日本のこの街(凡矢理)にやって来たのか、その切っ掛けが分かったからだ。

 

 

「…すごい偶然ね」

 

「当たり前だけど、私たちが生まれるよりもずっと前だね」

 

 

意外な繋がりに感心するるりとその時間の長さに驚く小咲、

 

 

「だからこの街に来たのか」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

そんな偶々もあったもんだ、とそこにいる5人は感嘆の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………鶫」

 

一人神妙な面持ちで千棘は携帯からの声に耳を傾けていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

しばしの間、鶫は黙ったまま俯いていた。

ファルカノの問いに答えられないのか、答えたくないのか、その真意は知る由もないが二人の間を沈黙が包んだ。

 

 

「………」

 

「あ~、いや、答えたくねえならいいんだ。ゴメン、デリカシーなかったよな」

 

 

申し訳なさそうに頭を掻くファルカノ。誰にでも言えない事というのはあるというもの、それを察したのだった。

 

 

「今更そんなこと言われても困るよな」

 

「考えたことがない…、というと嘘になりますが、正直仕方ないとも思っています」

 

 

俯きがちに答える鶫、それを見るファルカノはどこか吹っ切れた表情を見せた。

 

 

「でも、ツグにはいい友達もいっぱいいるもんな」

 

「友達…」

 

「つまんねぇこと聞いて悪かったな。みんな待ってるしそろそろ出るか」

 

「はい、…あ!」

 

「おっと!」

 

 

ファルカノがカラになったコーヒーの空き缶の山を手元に集めようとするが、その内の一本が弾かれテーブルに倒れそうになる。

飲み終えたとはいえ飲み物の容器が零れたとなれば後片付けの

手間が増える、それに気づいた鶫が取ろうと手を伸ばす。

ファルカノもそれに気づき同じように手を伸ばす。

 

 

「「………」」

 

 

その結果、一本の空き缶を挟んで男女が手を握り合うというなんとも珍妙な光景になってしまった。

 

 

「わ、悪いな」

 

「いえ…、倒れなくてよかったです」

 

 

握っていた缶を立てるとファルカノは鶫の手を感慨深そうに眺める。

 

 

「小さい手だな…」

 

「…ッ!」

 

 

思わず口から出てしまった言葉に鶫は思わず缶から手を放し、もう片方の手で自身の手を隠した。

だがそうすると覆った手が見えてしまい慌てて両手を机の下に隠した。

 

 

(そんな小さな手に、どれだけのもの抱えてんだ…?)

 

 

鶫の細くてしなやかな指先。

殺し屋(ヒットマン)として日々活動している彼女には単なる体の一部ではない大事な仕事の為の道具でもあるのだ。

 

 

「か、からかわないでくださいッ!」

 

「悪い悪い、俺から見れば誰の手でも大体小さいよな」

 

「………」

 

 

 

“ファルカノの手って大きいのねぇ、私より大きいわ”

 

 

 

鶫の手を見てファルカノは遠い記憶を垣間見ていた、自分を引き取ってくれた二人目の母親の言葉だった。

 

 

「それじゃ出ようぜ、両手ふさがってるから扉開けてくんね?」

 

「はい」

 

 

ファルカノは目元を拭うと、上手く両腕で空き缶たちを抱え立ち上がる。

 

 

◇◇◇

 

 

「お嬢、お待たせいたしました」

 

「鶫!!」

 

 

食堂前に座っていた楽達5人のところに2人が合流、鶫の姿を目にした千棘はところ構わず鶫に抱き着いた。

 

 

「お、お嬢!何を…」

 

「ううん、なんとなくしてみたかっただけ!」

 

 

晴れやかな顔の千棘に困惑する鶫、いや、彼女は普段からこんなに奔放であったが今この瞬間では新鮮に感じられた。

 

 

「悪いな、長いこと待たせちまったみたいで」

 

(今のうちに…)

 

 

空き缶を自販機に備え付けのごみ箱に放り込んだファルカノも戻ってきた、そんな彼の背後からるりがこっそり入り口に回り自身の携帯電話を取るべく気づかれないように足を運ぶ。

 

そんな折だった。

 

 

「そういや誰かのケータイ置きっぱなしだったんだが、誰のだ?」

 

 

「「「「………!!」」」」

 

 

ファルカノがポケットからるりの携帯電話を取り出した、その挙動に鶫と千棘以外の4人の表情が強張る。

驚いた拍子に足音を立ててしまい、ファルカノが後ろにいたるりの方を向いた。

 

 

「ああ、ルリのだったのか。駄目じゃねぇか、ケータイなんて個人情報(プライベート)のカタマリみてぇなモンなんだから」

 

「え、ええ、そうね。うっかりしていたわ。ありがと」

 

 

ファルカノの大きな手にはまるでお守りサイズのように見える携帯電話を受け取るるり。

だがそこは鉄面皮に自信を持つ彼女、不審がられないように立ち振る舞う。

 

 

「ふぅん。わざわざ座ってた椅子の上に開いたまんまだったが、うっかりねぇ」

 

「………」

 

 

果たして見透かしているのかどうか、ニヤけ顔を見せるファルカノ。

 

 

(危機感無いのは私だったか…)

 

 

内心冷や汗をかくるりだったが、そんな空気を打ち破るように聞きなれない着信音が鳴り響いた。

 

 

◇◇◇

 

 

その聞きなれない着信音の正体は鶫の携帯電話からだった、それを聞いて鶫は慌てて電話に出る。

 

 

「…はい、はい、了解しました、すぐ参ります。失礼します」

 

「何だったの?鶫」

 

 

鶫は手短に通話を済ませると電話を切り、声をかけてきた千棘に何かを耳打ちした。

そしてファルカノ達の方を向いた。

 

 

「ファルカノ殿、それから皆さんも、申し訳ありませんが私たちは急用で帰らねばならなくなりました」

 

「そんなに忙しいのか?ボディーガードってのは」

 

「ゴメンね」

 

「あ~、あとのことは俺がやっとくから、千棘も鶫も早く行った方がいいって」

 

「おお、それじゃ引き留めるワケにはいかねぇな。大変だな、お嬢さまってのも」

 

 

楽の執り成しでファルカノをうまく黙らせる。

 

真摯に頭を下げる鶫と、その後ろで申し訳なさそうに両手を併せる千棘。

千棘はそのまま楽の方を向くと内心伝わるように目配せをした。

 

 

(あのお兄さんの動向掴めるようにしといてよね)ヒソヒソ

 

(わかった!!)ヒソヒソ

 

 

そんな二人をよそに仕方ない、といった風な様子を見せるファルカノ。

 

 

「そうだ、記念に写真撮っといてあげよう」

 

「お前懲りねぇなぁ…」

 

 

集が誰に聞かれるでもなくケータイのカメラを二人に向けて人知れずシャッターを切った。

画面の中ではファルカノとその隣で一輪の花のように笑顔を綻ばせる、普段とは違う鶫が写っていた。

 

そんな鶫がファルカノに一度深々と頭を下げた。

 

 

「ファルカノ殿、重ね重ね昨日は本当にありがとうございました」

 

「だから礼はもういいって、頭上げろよ」

 

「また会えた折には必ずお礼をさせてください、それでは失礼します。お嬢」

 

「うん!!」

 

「じゃあな」

 

「またね、千棘ちゃん鶫さん」

 

「誠士郎ちゃんも気を付けてね~」

 

 

去っていく二人を見送る楽や小咲、集は手を振っている。

ファルカノはそんな様子を見ながら静かに呟いた。

 

 

「…礼、か。もう十分すぎるほどもらったよ。“Graças a Deus por(グラシャス ア デウス ポル) este encontro ( エステ エンコントロ)(この出会いを神に感謝します)”」

 

 

その呟きは誰の耳にも聞かれることなく春風にさらわれていった。

 

 

◇◇◇

 

 

千棘と鶫がいなくなりその場に残された5人。

 

 

「みんなありがとうな、会ったばっかりの俺のワガママにつき合わせちまって」

 

「会えてよかった?」

 

「当ったり前じゃねぇかバッカヤロー!!」

 

 

楽からの問いにファルカノは大袈裟なリアクションで答え、楽の頭をワシャワシャと撫でまわす。

 

 

「ちょ、やめてくれって…」

 

「会えたのも嬉しかったけどな、あの子に楽達みたいないい友達がいてくれたことが一番嬉しいんだ」

 

 

しみじみ答えるファルカノに楽達4人も満更でもない表情を浮かべる。

 

 

「あの子が本当に俺の義妹()かどうかは関係ねぇ、身寄りのない子供が真っ当な環境で生活できているってのが何よりありがたく思う」

 

(そういえばさっき世界中を回ってるって言ってたわね…)

 

 

るりはファルカノの言っていた言葉を思い返していた。

自分達にとっての当たり前を有難がる、ということはそこになかなか手が届かない環境を多く見てきたということを意味する。

 

 

「鶫さん、成績もいいし教えるのもとっても上手なんですよ」

 

「そうなのか、勉強も頑張ってるんだな」

 

「おまけにあんなにたわわに実っちゃって」

 

「そうそう、出会った頃の義母(お袋)と同じくらいの年だがあそこまでデカくは…、ってシュウ!お前なに言わせんだ!!」

 

「ちょ、待ってギブギブ!シャレにならないって!!」

 

 

ファルカノの逞しい上腕筋にコブラツイストをかけられ集が慌ててタップする様に見ている3人も苦笑いをしていた。

 

 

「じゃぁ、私達もそろそろ失礼しようかしら、一条君あとはお願いね」

 

 

るりが別れを切り出し、それを皮切りになんとか拘束を解かれた集が息を荒げる。

 

 

「ああ、ありがとうな、また明日学校でな~!!」

 

 

そしてそこには楽とファルカノの二人が残された。

 

 

 

◇◇◇

 

日が暮れて夜となった。

楽達と別れた千棘と鶫はビーハイブの屋敷に戻った、急な呼び出しの主であるクロードに合流する為である。

そして程なくしてその時は来た。

 

 

「む、戻ったか誠士郎、おやお嬢もご一緒でしたか。これは都合がよかった」

 

「お待たせいたしましたクロード様」

 

「呼び出しって何なの?」

 

「話というのはほかでもありません、見慣れない外国籍の男がこの街に現れたようで組員たちに警戒するように、と連絡をしていたところだったのです。よりによってそれを集英組に先んじられてしまうとは、このクロード一生の不覚…ッ!」

 

「「………」」

 

 

クロードが悔しそうに拳を握り語りだしたが、それを黙って聞いている千棘と鶫の二人は内心ハラハラしながら顔を見合わせた、その外国籍の男が自分たちが今日会っていた男と特徴が一致しているからである。

 

 

「というわけだ、そんな身元もわからん男がウロウロしてるのを見過ごすわけにはいきません、お嬢も十分お気を付けください。誠士郎、お前もそのような男を見かけたら逐一報告しろ、いいな」

 

「あのクロード様…、その男性の…」

 

「む、何か知っているのか?誠士郎」

 

「し、知らないから!!鶫は私と今日ずっと一緒だったけどそんな人見てないから!!ね、鶫」

 

「は、はい…」

 

 

千棘の雰囲気に圧され思わず同調してしまった、師であるクロードに嘘をついてしまったのだ。

そんな事情など知らぬとばかりにそれだけ聞くとクロードは足早に去ってしまった。

そのクロードが角を曲がって見えなくなった頃合い、鶫がぽそりと呟いた。

 

「あの方は…」

 

「…え?」

 

「ファルカノ殿は、この街で家族の手がかりを探すと言っておられてました」

 

「うん、そうね…あ!そうなの!へ~、そうなんだ!」

 

 

まさかさっきの話を盗み聞きしていたとは言えず、咄嗟に知らなかったように装う千棘。

 

 

「せめて私も何かお力になれれば…、と思っていたのですが、厳しいようですね」

 

「鶫…」

 

 

こんな時でもファルカノのことを心配している、そんな彼女の誠実さ、献身ぶりに心が痛くなってしまう。

 

 

「写真…見せて貰ってないの?」

 

「一体何の話ですか?写真とは…」

 

 

本当に何も知らないそぶりの鶫、それを見て千棘は溜息を吐いた。

 

 

「やっぱり見せてないんじゃないの、あのチョンマゲ!!話長いくせに肝心なこと話さないんだから!!」

 

 

一人で勝手に呆れて怒り出す千棘を見て、鶫は訳が分からなかった。

鶫の両肩をガシッとつかむと千棘は真っ直ぐ鶫と目線を合わせた。

 

 

「鶫、落ち着いて聞いてね、今度はごまかさないから」

 

「は、はい…」

 

「あのお兄さんね、18年前に家族で撮った写真持ってたの。家族写真を」

 

「そうなんですか」

 

「…そうなの。それでね、その写真に写ってるお母さんがあんたにそっくりなの」

 

「ええ!?」

 

 

驚きを隠せない鶫、それに千棘はさらに畳みかける。

 

 

「だからね、ホントに滅茶苦茶なこと言ってると思うんだけど、…あのお兄さんの探してる妹さんってあんたじゃないかって思ってるの」

 

「ファルカノ殿が…私の………」

 

 

鶫は言葉を失い呆然としていたが、口角を引きつらせながら慌てて頭を振った。

 

 

「じょ、冗談はやめてください、私が家族のことを夢に見た話をしたからって…そんな話は出来すぎです」

 

「うん、そうだよね…、確かにそうかもしれない。でも偶然だとは思えなかったの」

 

「そんな…」

 

「楽にお兄さんと連絡とれるように言っといたから、また都合が合えば会えるようにしましょ!鶫が合いたくないならもう会わなくていいようにするから」

 

「そんな…お手を煩わせるようなマネは…」

 

「何言ってるのよ、友達でしょ!よし、早速楽に電話して今後の予定を聞いときましょ」

 

 

言うが早いか千棘はケータイを取り出しアドレス帳の楽の番号をタップした。

屋敷の廊下にコール音が静かに響く、そんな様子を見て鶫も“失礼します”と小声で呟いて千棘のケータイに自身も小耳をそっと添えた。

 

 

『もしもし、千棘か?』

 

「あ、楽、ごめんね。今大丈夫?」

 

『大丈夫だぞ、俺の方からも電話するつもりだったし』

 

「そっか、今日はありがとね」

 

『気にすんなよ、いつものことだろ』

 

「うん、それであのお兄さんのことなんだけど…」

 

「一条楽!!お前も知っていたのか!?あの方が探している家族が私だということに…」

 

『「鶫!?」』

 

 

待ちきれずに声を荒げた鶫に千棘も電話越しの楽も驚いた。

 

 

『ああ、正直半信半疑だったけどな。ゴメンな、結果的に隠すようなマネしちゃって』

 

「まぁそれを言ってもしょうがないが…、また会えるのか?あの方に」

 

「そうよ楽、それ聞きたかったの!鶫にももうあんまり無茶させたくないの」

 

「お嬢、無茶なことだなんて私は…」

 

『あ~、その件なんだけどな…』

 

「何よ、まさか連絡先聞きそびれたんじゃないでしょうね!?」

 

「もう日本から出られたのか!?」

 

 

通話口から流れる二人分の大声を捌きながら楽は辟易した様子で答える。

 

 

『違うよ。あの人な、しばらく日本で家族のこと探さなきゃいけないしもう少し居ることにしたんだって』

 

「…そうなのか」

 

 

ホッと胸をなでおろす鶫、だが次の楽からの一言でその安堵は驚愕に一変することになる。

 

 

『それで情報収集も兼ねてこの街で働くことにしたんだ、短期間だけど』

 

「働くぅ?一体何処でよ!?」

 

『………』

 

「早く言いなさいよ!!」

 

『それが…』

 

 

 

 

 

凡矢理高校(うちのガッコ)の用務員…なんだ』




ちなみに千棘がファルカノの事を“お兄さん”って呼んでるのはちょっと照れくさがってるからです。(だからどうした)



次回もよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話『用務員はじめました』

第十話でございます。
言うほどはじめてないな。


「昨日なにがあったのか、キッチリ説明して貰おうじゃないの!!」

 

「千棘ちゃん、落ち着いて…」

 

 

翌日、凡矢理高校の教室で楽は机にバン!と手をついた千棘をはじめとする5人に囲まれて席に着いたまま縮こまっていた。

昨日一昨日知り合った男が鶫の義兄かもしれなくて、さらにその男が自分達の学校で用務員になった…、気になるのもやむなしといった所だろう。

 

 

「なにがって言われても…、今の用務員さん具合悪くして人手が欲しかったとかでそれなら短期でやろうって話になって…」

 

 

弁明する楽だが、それを遮るようにさらに千棘が詰め寄った。

 

 

「そんな事を聞いてないわよ!!何の話があってこんなことになったって聞いてんの!!」

 

 

いつになく真剣な千棘に楽だけでなく周りで見ている小咲やるり、集も思わず面食らってしまっているそんな中一人、鶫は少し離れたところで不安そうに経緯を見守っていた。

 

 

「私たちも帰ってからクロードに聞かされたんだけど、あのお兄さんがビーハイブ(こっち)で噂になってんの、見慣れない外国人がいるって。勿論集英組(あんたのところ)でも話になってるんでしょ?」

 

「それは…、大丈夫だ。俺の家のことはうまくぼかして説明したから。だから俺たちが家の事情隠して付き合ってるってことは知られてないってわけ」

 

「そう…」

 

「いや!?ちょっと」

 

「そんなことここで言っちゃ…」

 

 

千棘は妙に納得した様子だが、クラスメートも大勢騒いでいるいる教室内とはいえおいそれと言ってはいけないような事をさらっと言ってしまった楽に集やるりは慌てて止めようとする。

当然自分達は楽と千棘の秘密を知っているがその秘密を知らされていない人間が一人いる、それも渦中の人物と言っても過言ではない鶫がそうなのである。

そういってゆっくり振り向いたるり達の視線の先にいる鶫は一瞬驚いた顔を見せたがすぐに申し訳なさそうに小さく笑った。

 

 

「皆さん、お気遣いありがとうございます。ご心配はありがたいのですが、二人の秘密は私も知るところでして」

 

「そうなんだ、誠士郎ちゃんも知ってたんだね~。そんなら楽も言ってくれてたらよかったのに」

 

「ああ、ちょっと前にな。うっかり千棘と一緒にばらしちまって…」

 

「…そうですか、皆さんもう知ってらしたんですね。その様子だとおそらく橘万里花も…、そうですか、私だけ…」

 

 

不意に悲しげな表情を浮かべた後、自嘲気味に笑う鶫。

そんな彼女を見ていたたまれない気持ちなり顔を見合わせる楽達。

 

 

「鶫、ファルカノさんのことなんだけど…」

 

 

楽はゆっくりと話し始めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

-昨日-

 

千棘や小咲達を見送ったあと、その場に残った楽とファルカノの二人。

楽はファルカノのたっての希望で、凡矢理高校を案内することとなった。

とはいっても部外者のファルカノを校舎内に入れることは出来ないので敷地内から校舎を眺めるだけだったが。

しばらく歩いて校庭を見下ろせるところに来ると、サッカー部が声を出し合いながら練習に励んでいる様子が目に入ってくる。

それを黙って二人で眺めていると、唐突に楽が口を開いた。

 

 

「…あの、ファルカノさん」

 

「なんだ?」

 

「今更だけど…、ごめんなさい。鶫のこと知らないって嘘ついて」

 

「………」

 

「………」

 

「………フハッ」

 

 

ファルカノと初めて会った日、形はどうあれ楽と千棘は嘘をついてごまかしてしまった。

急なことで戸惑ったからといえばそれまでだが、楽の中にはその申し訳なさがあった。

申し訳なさそうな楽の顔を黙って見ていたファルカノだったが、何を思ったのか急に笑い出した。

 

 

「ハッハッハッ!急にしおらしくなるもんだから何かと思えば、そんなこと気にしてたのか」

 

「そんなに笑うことないだろ!!結構気にしてたんだぞ」

 

「なぁラク、嘘吐かれて怒るのは子供のやることだ。本当に大事なのは何故嘘を吐いたのかよーく考えることだ」

 

「嘘を…?」

 

「ラク達が俺をごまかしたのはツグを守るためだ、一にも二にもなく理由はそれなんだろ?」

 

「ああ、そうだけど…」

 

「ならそれでいい。ありがとよ、あの子を心配してくれて」

 

 

そう言って目の前で笑うファルカノ、そんな男の横顔を見上げて楽は器の違いを思い知らされた気分だった。

 

 

(なんか…、敵わねぇな)

 

 

こういうのをゆとりある対応というのだろうか?

それとも大人の余裕というのだろうか?

目の前の男の底知れない大きさに楽はただ黙るしかなかった。

 

そんな黙ったままの二人の間にコロコロと白と黒のサッカーボールが弾みながら転がってきた。

楽は転がるそれを足の裏で地面と挟んで止めると練習中のサッカー部の方に蹴り返そうとするが、面白そうなものを見たという顔で手のひらを上に向け指先を曲げて“こっちに頂戴”のハンドサインを送る。

軽く蹴ってパスを送るとつま先でボールを跳ね上げるとインステップで受け止め器用にリフティングを始めた。

 

 

「むしろ礼を言うなら俺の方だよ、昨日会ったばかりの俺にここまで気使ってくれたんだから」

 

「そりゃまあ…、鶫のこと助けてくれたし」

 

「しかしまぁ、もう少し腰入れて探す気だったんだが色々予定が変わっちまったな」

 

「でも他にもやること色々あるんだろ?親父さんのこととか」

 

「ああ、|義父≪親父≫の昔の職場をな、…俺、そんなことまで話したか?」

 

「ッいや、何となくそんな気がして、出身が日本なの親父さんだけみたいだし…」

 

 

しどろもどろで答える楽にファルカノは返事とばかりにインサイドでボールを送り、慌てて受け取った楽とまるでパス練習のようにボールのやりとりをする。

 

 

「そうだな、義妹(いもうと)を探すのもそうだが義父(親父)の事もそれはそれではっきりさせときたい」

 

「………」

 

「こいつは俺の人生を懸けた大勝負なんだよ」

 

(…勝負…)

 

 

 

◇◇◇

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

気づけば楽は肩で息を切らしていた、全ては目の前にいる涼しい顔をした男が原因だ。

足下で遊ばせているボールを捕ろうとするもファルカノの小躍りするような軽やかさでトリックやフェイントで上手く股抜きされ、結果殆どその場から大きく動いていないファルカノに対し地面にはまるでドーナツを描くように楽の足跡が残っていた。

 

 

「…ファルカノさん、何でも出来すぎだろ」

 

「あんまり褒めるなよ、俺だって出来ねぇ事くらいあるさ」

 

「でもすげぇよ、鶫じゃないけど俺もファルカノさんみたいな兄貴がいたらなって考えちゃうよ」

 

「ラク…、お前|兄弟姉妹≪きょうだい≫いるのか?」

 

「いないよ、一人っ子ってやつ」

 

 

動けなくなった楽にボールを渡さず一人でリフティングを始めそのままフリースタイルに繋げるファルカノ、相変わらずその腕前に楽も思わず舌を巻く。

 

 

「そうか、じゃあトーチャンカーチャンと三人暮らしか」

 

「そうじゃないんだけど、話せば長くなるというか、言うほどのことでもないというか」

 

「じゃあ聞かねぇ、よ!!」

 

 

語尾を跳ねさせると共にボールを額で受け止めヘッドストールでバランスを取る。

サッカーをしている男とそれを見ている男、そんな無言の二人の耳にざわざわと小さくも騒がしい声が届いた。

その音の方を向く楽とファルカノ。

 

 

 「…スゲェ、あの外国人。変なシャツ着てるけど」

 

 「すごいバランス感覚だったぞ」

 

 「カッケェ…」

 

 「一緒にいるの一条だよな」

 

 

視線の先にはボールの本来の持ち主であるサッカー部が連れ立って肩で息をしながら先ほどのファルカノの足業に目線を奪われていた。

 

 

「俺も見てて楽しかったけど、ボールは返してあげなきゃ」

 

「そうみたいだな」

 

 

そういって軽く手前にボールを放ると地面に付く前にボレーシュートを放ちサッカー部員達の頭上高く弧を描いて視線をそちらに誘導した。

 

 

「行こうぜ」

 

 

それだけ言って楽の肩をたたいてその場を後にしたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「これでよし…と」

 

「これで何かあっても連絡は取れるってわけだな」

 

 

場所を変えて校門近くでお互い携帯電話を近づけて連絡先を交換する二人。

こうして楽はなんとか千棘から課せられたノルマを達成となった、だがどうにもモヤモヤするものがあった。

 

 

「ファルカノさんはこれからどうするの?」

 

「そうだなぁ、さっき言ったとおり義父(親父)の事をハッキリさせなきゃならねぇ。また病院探すかな、気の長い話だが」

 

「そっか」

 

「ツグにちゃんと言ってやれなかったのは心残りだが、まぁラク達がいれば大丈夫だろ」

 

「…買いかぶりすぎだよ」

(それに千棘がもう言ってるかもしれないし…)

 

「そんなことは無ェ、人間一番大事なもんって何か知ってるか?」

 

「お金とか権力…じゃないよね」

 

「当たり前じゃねーか!!」

 

「友達ってこと?」

 

「そうだ、人間ってのは誰彼危ういもんだ。もし道を踏み外しそうになった時止めてくれる奴がいるならそれは最高の宝ってヤツだろ?部外者の俺がずっとここには居られないからな、ラクやチトゲ達がいれば俺も安心だ」

 

「ああ、…なんか照れくさいな」

 

 

気恥ずかしそうに言うと傷だらけの拳を楽の前に突き出す、楽もそれを見て察したのか同じように拳を突き出しそれを軽くぶつけ合った。

まるで少年漫画のようなクサいワンシーンだが、それに水を差すように物音が響いた。

その物音の主は、散乱した資材と倒れた猫車の側で腰を押さえて辛そうにしている青いツナギを来た老年の用務員だった。

 

 

「アイタタタ…」

 

「っとに、この町はトラブルに事欠かないな。ジーさん大丈夫か?」

 

 

やれやれといった様子で用務員の近くに行くと猫車を立て直し、散らばった道具や資材を掴んで収めていくファルカノ。

楽もそれに続く、二人がかりなのですぐに終わったが用務員の方はそうは行かなかった。

 

 

「おい大丈夫かジーさん」

 

「すまんのぉ、持病の腰痛が…」

 

 

楽に支えられながらトントンと腰を叩き体勢を立て直す用務員、表情も辛そうだ。

 

 

「腰悪くしてるのにこんな仕事しなきゃならねぇのか?」

 

「募集しても人が来んでの、長い休み貰えりゃ治療に専念出来るんじゃが…」

 

 

それを聞いていた楽、ふと何かをひらめいた。

 

 

「用務員さん、その募集ってどこでしてるんですか?」

 

「この町のシルバー人材センターじゃが」

 

「要するに人材派遣会社ってことだろ?」

 

「おいラク、いったい何話してるんだ?」

 

 

問いかけるファルカノに楽は表情を明るくして振り向いた。

 

 

「ファルカノさん、ここで働けばいいじゃん!」

 

「は!?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ということであの人が用務員になった訳で…」

 

「そうだったの…」

 

一同を沈黙が包む、そして次に楽が問いかけたのはやはり火中の人物である鶫だった。

 

 

「鶫」

 

「…!?」

 

 

楽に呼ばれてビクリと体を震わす鶫、動揺してるのは一目瞭然だった。

 

 

「やっぱり戸惑うよな?自分のことなのに自分のいないところであれこれ決められて」

 

「それは…」

 

 

それだけ言ってグッと下唇を噛む鶫、本音と建前で心が揺れる。

 

 

「一条楽、何故お前はそこまでしようとしたんだ?正直手掛かりを探すのとここで働くのは別の話だろう」

 

「ここを拠点にして働けば情報も集めやすいし、やっぱり家族は近くにいた方がいいと思ったんだ」

 

 

チラッと横を向いた楽の目が千棘の目線と合う、千棘も実母である華との関係を楽に取り持ってもらったこともあって複雑そうな表情をしている。

 

 

「急なことで迷惑かけてるのは分かってる、俺も出来る限りフォローするしもしあの人がもし鶫とホントになんの関係もない人だったら俺のこと好きなだけ殴ってもらってかまわない。だから…」

 

「写真…」

 

「え?」

 

 

ポソリと呟いた言葉がうまく聞き取れず、思わず楽は聞き返した。

 

 

「あの方…、ファルカノ殿の持っていた写真というのを見たいのだが、今あるのか?」

 

 

写真…言わずもがなファルカノの写真入れに入れている家族の写真のことである、だが写真はファルカノが持っている物なのでそれは叶わぬ筈。

その時るりがハッと思い出したように顔をあげた。

 

 

「舞子君、昨日写真を撮るのに御執心だったじゃない」

 

「あぁそうだったね、写真写真…」

 

 

ポケットから携帯電話を取りだそうとする集だがそれより早く楽がとある物を机の上に置いた。

猫を模したレリーフの施されたファルカノの写真入れである。

 

 

「これあのお兄さんの写真じゃない!何であんたが!?」

 

「“見せるなら早い方がいいだろ”ってことで俺に渡して来たんだ、ファルカノさんが」

 

「これが…」

 

 

震える手で写真入れを受けとると鶫はそれをゆっくりと開いた。

目に映るのは薄汚れた白衣を着た医者の男、南米系の少年、今の自分と昔の自分にそっくりな自分ではない母と子。

 

 

「これが、私の家族…?」

 

 

写真の中の母親を見ていると一昨日の夢が鮮明に甦ってくる。

 

 

 “ツグちゃん”

 

 

顔も見えなかった夢の中の母の姿、立ち振舞い、声がまざまざと頭のなかに浮かんでくる。

 

 

「………」

 

「鶫?…!?」

 

 

心配そうに千棘が鶫の顔を覗きこむ、食い入るように写真を見ていた少女の目からは水晶のように透き通った二筋の涙が流れていた。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。