守矢家の日常記録 Re:record (宮橋 由宇)
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Memory.1『守矢家の人々』

既存投稿作品のリメイク作です。
内容はほぼ変わりません。
今度は完結させたいです。


 幻想郷───

 

 そこは、現世(げんせ)から離れた人間と現世(うつしよ)より忘れ去られた妖怪の共存する幻想の都。

 博麗の巫女が管理する、博麗大結界の中にのみ存在を赦された、夢想の幻。

 

 そんな幻想郷の一角、妖怪の山と名づけられた巨大な山の頂上。そこに、守矢神社と呼ばれる二柱の神々が住む神社があった。

 

 八坂神奈子(やさかかなこ)洩矢諏訪子(もりやすわこ)

 

 外の世界で言う諏訪大社に祀られる二柱の神である。

 外の世界での信仰が得られなくなったことにより、湖ごとこの幻想郷に移動してきた。

 移動してきた当初は博麗神社の乗っ取り宣言をしたり、地底の地獄鴉に核融合の力を与え八咫鴉にし、「山の産業革命」を起こそうとしたりと色々と無茶をやってきたが、今では幻想郷の人々とも打ち解け、幻想郷の住人(住神?)として受け入れられている。

 特に妖怪の山の中では最上位の権力を持ち、当初の目的であった信仰心を集めると言う目的も少しづつであるが達成されて行ってると言ってもいいだろう。

 

 

 

 幻想郷の外で(信仰は最早無くとも)未だに忘れられていない特異な神々。

 今から語られるのはそんな二柱の神々と、眷属である二人の現人神達が綴る、幻想郷での日々を描いた日常記録である。

 

 

 

 

 

 

 

Memory.1『守矢家の人々』

 

 

 妖怪の山の頂上に佇む守矢神社。

 地霊殿異変が落ち着いてから約三ヶ月の月日が流れたその神社の二柱は今、

 

「ああっ!私のキノコが!!」

「神奈子おっ先ーー!」

「あ!まちなさいこのカエル神!この私にサンダーを当てた罪は重いわよ!」

「悔しかったら当ててみなよー!」

「このーー!!!!食らいなさい!!」

「ちょっ!?そのタイミングでスター引くとか!?ってあああ!!」

「ざまぁ(笑)」

「このっ!神奈子ーー!!」

 

 マ○カーで対戦していた。

 神の癖に...何て言わないで欲しい。神とはいえど何でもかんでも出来るわけではないのだ。

 外の世界の科学は最早、神に取ってみても神域の産物。特に『でぃーえす』や『うぃー』などと言った俗にゲームと呼ばれるこれらの物は、二柱の力を持ってしても再現するのは難しいだろう。

 緻密で精密な外の世界の機械は神にとっても未知の物なのだ。

 最初は未知の物に対する恐怖からかゲームをやりたがろうとはしなかった二人だが、一度やり出してからは大いにドハマり。今ではゲームをしてない時間の方が短いという始末。

特にマ○カーやスマ○ラなどと言った、二人で対戦の出来るゲームをよくしており、既に対戦回数は百回を優に超えている。スーパーマ○オブラザーズのような協力の出来るゲームもやることはあるが、

1分もすれば互いに互いを蹴落とすゲームに早変わりし、協力の字の欠片も見えない状態となる為、あまりやっている姿は見かけない。

 最近の彼女たちの中でのムーブはモン○ターハ○ターと呼ばれるゲームで、日々ハンターランクとやらを上げるために罪のない怪物達を狩りまくっている。

 

「ふふん!また私の勝ちだね!」

「くぅぅぅ~~~~~~!!!!!!!もう一回!もう一回だけ!!!今度こそその生意気な態度を改めさせてやるから!!!」

 

 ゲームの腕は諏訪子の方が現状は上らしい。マ○カーだけの戦績を見てみても、諏訪子165勝、神奈子142勝と勝ち越している。

ずっとゲームばかりやっていた分神奈子の腕も悪くはない、と言うか軽々と幻想郷の五指に入る程度の実力は持っているのだが、これは天性の才の違いだろう。

一部神奈子が勝ち越してるゲームがあるとは言え、全体的に見てみても、諏訪子の方が勝率は高い。

 

「ああー!?また負けたー!!!!」

「なんどやってもおなじだよー。神奈子じゃ私には一生勝てないよ!」

 

 どうやらまた神奈子が負けたらしい。がっくりと膝から崩れ落ちる神奈子を、諏訪子はケラケラと笑いながら見下ろしていた。

 

 

 と、そんな中に響く声があった。

 

「まだやってんですか……こっちの用事は終わりましたよ、神奈子様、諏訪子様」

「あ!一樹、お帰り!」

 

 そう言って、ふすまを開けて入ってきたのは緑色の綺麗な髪を持つ少年だった。

 

 名を、東風谷一樹(こちやかずき)

 

 二柱の眷属であり、神社の掃除や、炊事洗濯、二柱の世話などもこなす苦労人な人物である。

 

「言ってた物は持ってきてくれた?」

「ええ、これでしょう?」

 

 そう言って一樹が諏訪子に差し出したのは、銃器やゾンビ、廃れた町などが描かれたホラーチックな薄いケースだった。表紙にはバイオ○ザードと書かれている。

 

「そうそうこれこれ♪紫に聞いてからずっとやってみたかったんだぁ♪」

「……こんなことを言うのは気が引けるんですけど……神様がやるゲームではないですよね?」

「何一樹?ホラー系は嫌い?」

「ええ、まあ……別にお化け屋敷も入れない、みたいなレベルではないですけど……」

「勿体ないなぁ」

 

 心底勿体ないというように、ため息をつく諏訪子様。

 それを苦笑気味に見ていた神奈子様がふと思い出したように問いかけてきた。

 

「そういえば、早苗は?」

「早苗なら、このゲームを河童の所に取りに行ったときに、一緒に置いてあった「びーむらいふる」とか言うのを見てから動かなくなったので、置いてきました」

「ああ……早苗のロボット好きは筋金入りだからねぇ……」

「あれはもうどうにもなりませんよ……っと、噂をすれば」

 

 石段の方から聞こえてくる「神奈子様ーー!諏訪子様ーー!!」と言う女の子の叫び声。

 

「ただいま帰りましたー!!!」

 

 そう元気な声と共に勢いよくふすまを開けて入ってきたのは、二柱のもう一人の眷属であり、戸籍上は一樹の義理の姉である、一樹と同じ透き通るような緑色の髪を持つ少女。東風谷早苗(こちやさなえ)だった。

 

「遅い」

 

 勢いよく飛び込んできた早苗の頭に寸分の狂いもなく一樹のチョップが叩きつけられる。

 

「あうっ!た、叩くことないじゃないですかぁー!!一樹!!!」

「叩かれたくなかったらもっとさっさと帰ってこい」

「ううー」

 

 涙目で抗議する早苗を呆れ気味に突き放す一樹。

 そんな二人を微笑ましげに見つめる二柱。

 種族は違えど、性別は違えど、思想は違えど、彼らは確かに家族だった。

 

「それはそうと早苗」

「何ですか?」

 

 一樹の問いかけに可愛らしく小首を傾げる早苗。

 

「神奈子様に言われた物は持ってきたのか?」

「あ、はい!ちゃんと持ってきましたよ!」

 

 早苗はそう言って自信満々に何かを取り出した。

 それは真っ白な筒で、俗に言うガ◯ダムのビー◯サーベルの柄のような──

 

「あ、すいません間違いました」

「おい待てなんだ今の」

「き、気にしないでください……」

 

 冷や汗をだらだらとかきながら、誤魔化そうとする早苗に冷たい目を向ける一樹。

 

「お前……また河童のとこから盗んできたな?」

「盗んだなんて人聞きの悪いこと言わないでください!これはパクっ……借りているだけです!!!」

「今パクったって言おうとしただろ」

「き、気のせいです」

「まあまあ、一樹そこまで」

「たくっ……諏訪湖様は早苗に甘すぎるんですよ」

「まあ子孫だしねえー。過保護になるのも当然だよ」

 

 ぐちぐちと文句を言いながらも「しょうが無い」と認めてしまう時点で一樹も十分甘いのだが、知らぬは本人ばかりと言うことか。そんな彼を見て、二柱はにやにやが止まらない。

 

「……何なんすか」

『いや、何も』

「あ!ありました!!これですよね?」

 

 一樹が懐疑的な目を向け、二柱がにやにや笑いのまま白々しく嘯く。そんな中に早苗の声が響いた。

 早苗がその手に持っていたのは……

 

「カビ◯ラー!!!」

「ちょっと待てぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」

「そうそう、これよ!これが欲しかったの」

「なんで!?なんでカビ◯ラー!?」

「いやぁ……手入れをほっぽり出してたら御柱にカビが生えてしまって……この際だし一掃しようかなーって……」

「それ場合によっちゃあ御柱ごとアウトですよね!?」

「……あ」

 

 この阿呆神共が。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

「はぁ……処理は俺がやっておきますよ」

「いいの?」

「ええ、ご神体がカビまみれなんて格好が付きませんからね。それに皆さんに任せるのは不安すぎます」

「あはは!まあ神奈子様ですからね!しょうが無い、私が手伝ってあげますよ!」

「いや、お前もだよ早苗。寧ろお前に言ってんだよ」

「なぬっ!?」

 

 ショックを受けたように、「よよよ……」と崩れ落ちる早苗。コレはもう放っておこうと、一樹はあまり気にしないようにした。

 

 だが、そう決意した矢先に早苗は勢いよく復活する。

 

「だ、だったら!一樹がカビと格闘してる間にお昼御飯作っておきますよ!!」

「え?いや、けど俺の仕事だし……」

「良いんです!……少しは頼ってくれても良いじゃないですか、血は繋がって無くても私たちは兄弟なんですよ?」

 

 早苗の目は真剣で、そんな顔の早苗を見て、一樹に断ることは出来なかった。

 

「はあ……じゃあ頼むよ」

「!……はいっ!!!」

 

 諦め半分で任せると告げた一樹に、早苗は屈託のない笑顔で元気よく返事を返した。

 その表情は本当に一つの悩みもないような満面の笑みで、一樹はその笑顔を守り続けていようと小さく心に刻み込んだ。

 

 

 

 まあ、早苗がやらかしたことにより、結局は一樹が料理を作ることになるのだが、そこはご愛敬ということで。




何分4年ほど前に投稿したものなので、作品内に出てくるアイテムの名前が古いです。
今更そこを書き直すのもそれはそれで違和感がありそうだったので、そのままにしました。


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Memory.2『沢の下の河童と厄神』

4話までは毎日12時に投稿します。


 それは、夏も過ぎ去り少しづつ秋の風が吹き始める頃だった。

 

「おーい!!盟友、いるかい?」

 

 そう言って珍しく二柱のいない守矢神社にやってきたのは、沢の下に住む河童達のリーダー。河城(かわしろ)にとりだ。

 

「あれ?にとり?」

 

 独り居間でくつろいでいた俺は、にとりの姿を視界に収めて頭に疑問符を浮かべる。

 

「やぁ盟友。元気にしてるかい?」

「その盟友って呼び方やめてって言ってるじゃんか……まぁ、こっちはいつも通りだな」

「そうか……苦労してるんだな……」

「まるで俺がいつも苦労してるみたいな言い方やめてくんない?」

 

 同情的な視線を送ってくるにとりに引きつった笑みを浮かべながら返す。

 ……まあ否定しきれんのが悲しいところではあるけれど。

 

「で?何の用だよ?俺は今忙しいんだよ。用があるなら手短に頼む」

「いつもの君ならすんなりと受け入れられる言葉だけど、そんなだらけきった格好で言われてもね……まあ別に君の安寧を侵す気は無いよ。ただほんの少し盟友の力を貸して欲しいだけさ。そうほんの三時間ぐらい」

「思いっきり侵してんじゃねぇか」

 

 思いっきり良い笑顔でそうのたまう馬鹿野郎に三割ぐらいの本気の殺意を込めて睨みながら返す。しかし予想通りと言うべきかにとりには一ミリたりとて効いている様子は無い。

 このアイアンメンタルが。

 

「まあ、そんなに難しいことじゃないさ。ちょっとだけ君の『力』を貸して欲しいだけだよ」

「テメェの言うちょっとが、本当にちょっとだったことが今までにあったか?」

「あったさ。少なくとも私の中では」

「自己完結してんじゃねぇよ。そのメンタル外に出せ外に」

 

 相変わらず食えない性格だなこいつは。その上憎めないときたもんだからタチが悪い。

 にとりはいつものように俺をからかってはにやにやと笑う。その笑顔は純粋に楽しそうで、それを見たら怒る気力も失せてしまった。

 

「はぁ……で?今度は何をして欲しいんだ?」

「ふふっ……盟友は最終的にはそうやっていつも承諾してくれるよね。そういうところはいいなーと思ってるんだよ?」

「うるせー。そう言うのは良いから」

「つれないなぁ……」

 

 口では色々言いながらも、その表情は楽しげなのを隠し切れていない。多分隠す気も無いのだろう。確実に俺をからかって楽しんでやがる。

 

「別に難しいことを頼むつもりは無いよ。一つだけ、君のその力を使って雛を助けてやって欲しいんだ」

「鍵山を?」

 

 鍵山 雛(かぎやま ひな)。にとりとよく共にいる厄神の少女だ。緑の長い髪を持ち、黒をベースとしたゴスロリ調の服を着た、まるで人形のような可憐な少女。

 にとりは、その種族故か嫌う者も多い少女の一番の親友でもある。だからにとりが少女のために動くことは別に不思議では無いのだが……

 

「別に良いが……俺に出来る事なんてあんのか?」

 

 雛は曲がりなりにも神の一座だ。俺に出来るような事なんて無い気がするが……

 

「それは向こうについてから説明するよ。勿論来てくれるよね?」

「どうせ拒否権はないんだろ……行くさ」

「ありがとう。大好きだ、盟友」

「盟友っつー呼称使ってる時点で巫山戯てんのは知ってる」

「残念だ」

 

 こいつは、本当に真面目に喋るときはちゃんと一樹と呼ぶ。盟友って言ってくるときは巫山戯ているか、テンパっているかのどちらかだ。

 

「じゃあ行こう。天下一武闘会優勝を目指して」

「テメーはどこに向かってるんだ」

 

 いつものノリでツッコミを入れつつ、俺たちは河童の沢に向けて歩いて行った。

 

 

 

 

2

 

 

 守矢神社を出て約15分。妖怪の山に流れる巨大な滝のほとりでその少女は蹲っていた。

 

『……ア……ア”ァ”……ア…………アァァ……』

「と言う訳で、雛をこの厄の塊の中から救い出して欲しいんだ」

「いや何が難しいことを頼むつもりはないだ!?なんだよこのルナティック級の難易度誇りそうなクエストはぁぁ!?」

 

 蹲っている少女、厄神 雛はその全身を厄の塊で包まれ、触るだけでも、いや近づくだけでも呪われそうな雰囲気を醸し出していた。

 正直言ってこれをどうにか出来る気が、一ミリもしないんだけど。

 え?なんなの?俺を殺しに来てるの?この馬鹿ガッパは。

 

「大丈夫だろう?君の能力を使えば」

「あのなぁ、あれ使ったときの副作用どんだけ強いか知ってんのかお前?10分使っただけで三日寝たきりだぞ?」

「たった三日の寝たきり生活で神を一人救えるんだ安いもんじゃないか?」

「……そもそもの話、何で俺なんだよ……もっと他に適任いるだろうに……」

 

 確かに俺の能力は相性が良いのかもしれないけれど、けど俺を呼ぶくらいなら他に呼ぶべき人物がいるだろ。身近なところで言うなら、早苗とか、霊夢とか。

 浄化は巫女の得意分野なはずだ。早苗は風祝だが……まあたいした違いは無いだろう。

 

「いや、脇みこーずじゃダメなんだよ。神の使いたる彼女たちじゃあね」

「……俺も一応、戦神の使いなんだがね……」

「君は大丈夫だろう?『神殺し』の君なら」

「……」

 

 ……ったく……嫌なところをついてきやがる……

 

「はぁ……分かったよ。俺がやる」

「助かるよ」

 

 覚悟を決め俺は一歩前に出る。にとりは何も言わずに後ろに下がった。彼女は理解している。俺がこれからやろうとしていること、その意味を。

 

 ここから先は人あらざる物の領域。

 越えることは厭わず、侵すことは叶わない。

 純白の唯一たる神のみぞ進める神域の如く。

 

 

「…すぅ………はぁ……」

 

 1度だけ、小さく息を吸う。

 それで精神統一には十分だ。ここから先、一度でも息を乱せば恐らく死ぬ。敵にやられるのではない。己の力に耐えきれずに内側から破裂するのだ。

 俺の力はそういう類いの物。脆弱なる人間には過ぎた神をも殺す力……

 

「……白雷(びゃくらい)……」

 

 その小さな囁きと共に、全身より溢れ出す純白の雷。雷撃は地面を削り、滝に穴を穿ち、木の葉を消し炭にし、そして厄を消し飛ばした。

 厄は雷に振れたところ片っ端から消滅して行く。俺は、雛の体に当てないよう細心の注意を払って、纏わり付く厄のみを消していった。

 

『全てを殺す程度の能力』

 

 それが俺に備わった能力だ。

 森羅万象、何であろうと殺し尽くす。

 人であろうと、妖怪であろうと、神であろうと、自分自身であろうと。それがそこに存在している限り絶対に殺す。その力は余りに強大だ。制御できなければ自分自身にすら牙をむく。

 全てを殺すの名に相応しい。俺という宿主を殺し、力は自らをも殺す。

 それが、俺が自らの力を忌避する理由だった。

 

 

「ぐ……!!」

 

 歯を食いしばり全力でコントロールに集中する。雷は雛に当たることも無く、順調に厄を消していく。しかし、刹那の油断も許すことはできない。

雷と言う形を与え、制御しやすくすることで何とか持ってはいるが、それでもこれを使うときは常に死と隣り合わせの状態で居なければならない。こんな不安定な力。本来なら使うべきではないのだ。

 

「……ハァ!!」

 

 最後の一撃とばかりに厄に向かって雷撃をとばす。束縛から解放された雛は地面に倒れ伏し、同時に俺も目眩と共に倒れた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ぐわんぐわんと揺れる視界の中、地面に仰向けに寝転がりながら荒い呼吸を繰り返す。

 

「お疲れ様。雛の厄は消えたよ。ありがとう」

 

 そこに、にとりが近寄ってきた。その背には穏やかな寝顔を浮かべる雛を抱えている。

 にとりの俺を見る目の奥には、怯えの色が見えた。それは正しい反応だっただろう。自ら命を容易く奪い去るような規格外な力が鎖にも繋がれずに野放しになっているのを目にして、怯えも警戒もしないのは頭のねじが外れている馬鹿か、何も理解できていない愚か者のどちらかだ。

 だが、にとりは怯えながらも極力今まで通りに接しようと、その怯えを見せないようにしようとしてくれていた。

 それはもちろんこの状況を生み出したのが、俺の力を借りるという自身の選択の結果であるというのもあったし、それに何より、ただ俺と『盟友』でいたかったからだと思う。

 にとりの前でこの力を使うのは初めてではない。にとりはこの力を恐れながらも──けれどけして俺を恐れはしなかった。ただ「今まで通り」を続けてくれた。

 それだけのことに、どれだけ救われたことだろう。その恩を俺が忘れない限り、こいつの願いはできる限り聞いてやろう、と。ただそう思ったのだ。

 

 にとりは強いな……

 心の中で小さくそう告げる。しかし口に出すことは無く、俺はにとりに質問した。

 

「……鍵山は?」

「大丈夫だよ。取りあえずは問題ない」

 

 その返答に、ほっと安堵の息を漏らす。

 

「まぁ、生きてるなら良い。しかしやばいな……動けねぇ……」

「年かい?」

「殺されたいか?」

 

 あ?やるか?あ?

 

「君が言うとシャレにならないね……生憎だけど遠慮しておくよ」

「残念だ」

 

 にとりと軽口の応酬をしながら、動かない手足で、一枚の小さな紙を取り出す。

 

「それは?」

「式鬼。使い魔みたいなもんだ。」

 

 紙を空に放った瞬間、まるで意思があるかのようにまっすぐとどこかへ向かって飛んでいった。早苗のいる場所に飛ばしたのだ。方向的に博麗神社のようだな。

 

「……とにかく、ありがとう。送っていこうか?と言いたいけれど……」

 

 そこでにとりは言いよどむ。その背にはすーすーと寝息を立てる雛の姿がある。

 

「まあ鍵山つれてちゃ無理だわな。別に良いよ。このままで」

 

 その意図を察して、そう声をかけた。にとりは助かったという風に笑う。

 

「ならここでお別れだね。ありがとう、助かったよ」

「あいよ」

 

 にとりの姿が遠ざかっていく、そして数秒で視界から消えた。

 

「……はぁーー……」

 

 深い、深いため息をつく。

 疲れた。すっげー疲れた。

 力使ったのなんか地底の異変以来だし。体中すっげー痛ぇ。

 

「やっぱ使うべきじゃねーわ。コレ」

 

 毎回その結論に至って、それで毎回こんななってんだからどんだけ意思弱いんだよって話だが。

 

 やはり、コレは人には過ぎた力だ。実際に、俺自身制御できてるとは言いがたい。もし完璧に制御出来てたんならあの時俺は──

 

「……いや、やめよう……こんなもん考えるだけ無駄だ……」

 

 頭を二、三度振り痛む体に鞭打ちながらゆっくりと起き上がる。

 すると視界の端にものすごい勢いで飛んでくる緑色の風祝が見えた。

 ……いや、あれ何キロ出てんの?ねぇ?はやすぎない?

 

「一樹ーー!!」

「え、ちょ、ま、うぉぉぉ!?」

 

 時速100キロぐらいは出てそうな勢いで飛んでくる早苗を間一髪で避ける。

 

「避けないでくださいよ!!」

「死ぬわ!」

 

 そしてそんなことをのたまう早苗に全力の怒号を浴びせた。

 皆してなんなの?そんなに俺を殺したいの?良いぜやってやろうじゃねぇか。

 あ、ちょっとそこのお値段以上さん。そんな機動兵器持ち出さないでくださいね。俺潰れますから。

 

「かぁーずーきぃー!!」

 

 と、脳内逃避もここまでのようだ。頭の中で「コイツ、動くぞ!」とばかりに動き出した機動兵器を消し去る。

 

「今度という今度は許しませんからね!!勝手に力を使って!!」

「いや……それは悪かったけど俺にだって事情があったんだ。それに生きてんだからそこまで言うほどのことでも……」

「シャーラップ!!一樹に発言権はありません!!黙って怒られなさい!!」

「理不尽!?」

 

 なんなの?俺に人権は無いってか?泣くよ?泣いちゃうよ?

 

「男の泣き顔ほど見苦しい物はないよ。一樹」

「ナチュラルに人の心読むのやめて貰えます?」

 

 そう失礼なことを良いながら、諏訪子様が沢の中から現れる。カエル神……なるほど言い得て妙だ。

 

「溺死と呪殺……どちらがお好みかな?」

「前言撤回。ミシャクジサマバンザイ」

 

 怖ー……マジ怖ー……

 本人が祟りの神なだけにシャレにならない。これほど現実味の帯びた脅しは初めてだ。

 俺が戦慄しているのを見てか、諏訪子様ははぁー…とため息を付いてから喋り始めた。因みに早苗の説教はさっきから雨のように降り注いでいる。全部右から左だけど。

 

「一樹。私は力を使うなとは言わないけれど、その結果引き起こされる最悪の事態によってどれだけの人間が悲しむのか、考えて欲しいな」

「……」

「もう君の体は君だけの物じゃないんた。私たちは……家族なんだよ?」

 

 洩矢の神としてでは無く、守矢家の守矢諏訪子として話す諏訪子様。

 その少し愁いを帯びた表情に、俺は何も言えなくなってしまう。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 するといつの間にか早苗の説教の雨はやんでいた。

 

「お説教は終わった?早苗」

「諏訪子様!?いつからそこに!?」

「気付いてなかったんだ」

 

 熱中しすぎだろ……ではなくて。

 肩で息をする早苗の方に向く。そして、なるべく真摯な声音で返した。

 

「あー……早苗……なんだ、その……悪かった。お前の気持ちを考えてなかった。自分のことだけでいっぱいになって俺が死んだらお前がどんな思いするか考えなかった。すまん……」

「…………分かればいいんです分かれば」

 

 俺の言葉を聞き、怒ったようにぶっきらぼうに言い放つ早苗。いや、実際怒っていたのだけれど。

 

「まぁ、なんにせよ、帰らないとね。一樹歩ける?」

「ちょっときついですかね……」

「じゃあ早苗、頼んだよ」

「え、ちょ諏訪子様!?」

 

 早苗に全てを押しつけて沢の中へ消え去る諏訪子様。さすが逃げ足が速い。

 

「はぁまったく諏訪子様ったら……」

「悪いな」

「……良いですよ。今回だけですよ?」

 

 よいしょっと良いながら俺をおぶって飛ぶ早苗。

 そのまま俺たちは守矢神社に向かって互いに無言のまま飛んでいった。

 

「その……悪かった」

「もういいですよ。一樹には言うだけ無駄みたいですし」

「う……」

 

 沈黙に耐えられなくなって、そう口を開いたら、逆に墓穴を掘ってしまった。全部自分が悪いので何も言い返せない……。

 

「……別に私だって、一樹がその力をちゃんと制御できてるなら口を出すつもりなんてないですよ……けど、忘れたわけじゃないでしょう?それが暴走してどうなったのか」

「…………あぁ」

 

 忘れるわけがない。あれは、俺の安易な行動が、愚かさが生み出した必要のなかった悲劇だ。今回のことも、一歩間違えればその再来になった危険だって十分にあった。

 そのことはちゃんとわかっているつもりだ……なんて、口では何とでも言えるけれど。

 

「……悪い」

「もういいですって。ほら、見えてきましたよ」

 

 罪悪感から、謝罪の言葉が止まらない俺に対して、早苗は呆れたように息を吐く。

 そんなやり取りをしているうちに守矢神社が見えてきた。二人静かに降り立って、早苗の肩を借りながら、俺たちは神社の中へと入っていった。

 

『ただいま』

 

 

 

 

 

 因みに、今回の雛の件、元凶はやはりと言うべきか、にとりだったらしい。厄をコントロールする機械を作ったらしいのだが、案の定暴走。逆に厄を制御不能なレベルに巨大化させ、ああなったらしい。

 にとりも、雛のために作ったものだったのだろうが……取りあえずあいつは今度あったらぶん殴ろう。遠慮せずに三発ぐらい。

 



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Memory.3『幻想ブンヤと天狗の長』

オリキャラが出ます


 のんびりとした風の吹く昼下がり。

 二柱がスマ○ラでOK牧場の決闘を繰り広げている部屋の横で、俺は一人読書にふけっていた。

 『白雷』の使用による体へのダメージはすっかり取れ、今はもう何の問題も無く動ける。しかし、自ら動くこともないため、俺は久々の何もない日常を満喫していた。

 

 と、そんな中──

 

 ピンポーン

 

「こんにちはー!毎度おなじみ、文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)でーす!」

 

 わざわざピンポンを押しておきながら、なぜか縁側から一人の烏天狗がやってきた。

 何故神社にピンポンがあるのかとかは気にしてはいけない。

 

 ああ、また煩いのがやってきた……と、自らの平穏がガラガラと音をたてて崩れていくのを聞きながら、俺は気だるげに障子を引き開けた。

 

「毎度毎度元気だなお前は。少しその元気を俺によこせ」

「あ!一樹さん、お久しぶりです!」

「ああ。昨日も来たけどな、お前」

 

 自由奔放とか、神出鬼没とかの言葉を体現したかのようなこの烏天狗の少女の名前は写命丸 文(しゃめいまる あや)

 文々。新聞とか言う、ガセネタ上等の完成度だけは無駄に高い新聞を作っている、幻想郷の情報発信担当である。

 まぁ。彼女の発信する情報の信用度は地の底だが。

 ただ、情報の正しさよりも、面白さを優先する幻想郷である。彼女の新聞はそれなりに需要はあるらしい。

 『守矢の現人神二人の熱愛が発覚!』なんて記事を書かれたときは、ぶっちゃけ妖怪の山ごとあのクソガラスを駆逐してやろうかと思った物だ。

 まぁ、そんなことする暇があるなら肩でも揉んでくれないかい?なんて神奈子様にいわれて急にアホらしくなってやらなかったんだが。

 

「で、なにしに来たの?お前」

「……なんかいつもより当たりきつくないですか?」

「そんなことねーよ」

 

 ないない。実は根に持ってるなんてことないない。

 

「今日はですね、一樹さんと早苗さんにちょっと頼みたいことがあってきたんですよ」

「早苗はいねーぞ」

「ええ、そのようで。なので、だったら一樹さんに早苗さんの分もやってもらえればいいか、と」

「ねぇそれ俺の意思入ってないってわかってる?」

「はい!」

 

 とっても良い笑顔で頷かれた。

 もうなにも言うまい……

 

「……わかった。けど条件がある」

「なんでしょうか。取り敢えず聞いてあげます」

「何をするにしても俺の意思を尊重すること。もうお前が持ってきたって時点で面倒事なのは確定だから良いとして、必要以上の苦労はしたくないんだよ、俺は。あと何で上から目線なんだお前」

 

 どうして天狗という一族はこうも不遜なやつらが多いのか。椛は例外として。

 

「まぁいいでしょう。それじゃあ行きましょうか!飛ばすのでちゃんと捕まっててくださいねー!」

「はぁ!?ちょ、せめてちゃんと説明してからって、だから人の話をきけぇぇぇ!!!!!」

 

 了承が取れたと見るやいなや、俺の服をつかんで軽々と背中の翼で飛び上がる文。何一つ説明もされないままに俺は文につかまれ何処かへと連れ去られていった。

 

 ─────────

 

「ほらほらー!わたしを止めたきゃもっと酒に強い奴を連れてきなぁ!」

 

「と、言うわけで、一樹さんにはにとりさんの機械でおかしくなった菜月様を止めていただきたいのです」

「デジャヴですか、デジャヴですよね!本当にありがとうございましたドチクショウ!」

 

 文に連れられ妖怪の山へたどり着いた俺を待っていたのは、いわゆる地獄絵図だった。

 死屍累々という言葉が似合いそうな白狼、烏、その他もろもろの天狗たちの群れがあちこちに倒れている。とはいっても誰一人として死んでいるわけではない。ようは酔いつぶれているだけだ。

 そして、この状況を作り出したであろう、元凶は今は楽しそうに何人かの初老の烏天狗たちと飲み比べ大会を決行しているらしい。既に顔が真っ赤に染まり、焦点の定まらない目をしている烏天狗たちと比べその元凶はまだまだ余裕がありそうだった。

 

 

 あ、最後の烏天狗が倒れた。

 

「……で、状況の説明を」

「クソ──失礼、河童のにとりさんが持ってきた。欲望に素直になる酒のせいでウチの大将が暴走しました」

「把握……」

 

 ようは……あれだ。前回のときの雛暴走(しかけ)事件の焼き増しだ。

 またやらかしたのだ。あの河童は。

 

「ほんとろくなことをしない……」

 

 実験、発明が好きなのは結構だが、それの被害をこちらまで飛び火させないで欲しい。

 今度またじっくりと話し合わねば………

 

「あ」

「あ」

 

 等と考えていたら、元凶と目があった。どうやら次の相手を探して亡者のようにさ迷っていたらしい。気づけば文は居なくなっており、元凶の視線が完璧に俺をとらえていることをはっきりと認識してしまう。

 と、そんな考えを巡らせるが早いか、俺は一目散に逃げ出した。と、思っていた。

 

「なに逃げようとしてんのさカズ。逃がさないよ?」

「ちょっ!?こんなことに能力使うとか反則だろ!ツキ!」

「なーに言ってんの。これは能力を使わざるを得ない緊急事態だよ!」

「お前の身体能力ならこんなもん使わなくても一発だろうが!」

 

 どこか論点のずれた突っ込みを、俺は元凶──菜月(なつき)と呼ばれる一人の烏天狗に向けて言い放った。

 烏天狗には似つかわしくない真っ白な髪と純白の翼。そして、普通の烏天狗なら本来ないはずの白狼天狗の耳。

 こいつ、奈月は白狼天狗と烏天狗のハーフなのだ。……妖怪相手にハーフと言う言葉が適切なのかはわからないが。

 こいつは、元々こんな見た目で白狼天狗でも烏天狗でもない中途半端なやつだったから、それが原因で仲間の天狗たちから迫害を受けていたらしい。だが、こいつは石を投げつけられても、里を追い出されても、決して諦めなかった。いつしかその力が認められてこの天狗の里の長になっていたと言う。本人は「認めてほしかっただけで別に長になりたかった訳ではないんだけどね」と言っているが、ここまでのしあがってこれたのは、紛れもなく彼女の才だ。

 俺は、その点に関しては尊敬している。しているのだが……

 

「……この酒癖さえなければなぁ……どうやら今回はにとりの機械でさらに悪化してるみたいだけど」

 

 こいつは、天狗の例に漏れず、酒好きでさらに酒癖も良いとは言えない。その上酒にめっぽう強いもんだから手に終えない。

 で、なんでこいつを止めてくれなんて依頼が俺に回ってきたかと言うとだが……まぁ単純な話、俺が酒に強いからだ。奈月をも上回るレベルで。……と言うか一切酔わない。生まれてこのかた酒で酔うという経験をしたことがないのだ、俺は。(因みに早苗を呼ぼうとしてた理由は俺とはまた違う。あいつは奈月とまったく同じで、酒癖が悪く酒に強い。毒には毒をという感じで早苗がいると菜月が早苗に集中してくれるから、らしい)

 

「よーし!それじゃあ朝まで飲み明かそうカズ!誰か酒もってこーい!」

「俺は付き合わねぇからな!後もう生きてるやつは文くらいしかいねーぞ」

「なによー!カズ酒つよいんだからちょっとぐらい良いじゃん!文しかいないなら文で良いや。おーい文ー!」

 

 奈月はたぶんどこかで見ているであろう文を呼ぶ。だが文はいっこうに現れない。あの裏切り者め。

 

「んー、出てこないなぁ……文ー!面白いスクープのネタ教えてあげるよー!」

 

 それでも出てこない。

 

「……椛の秘蔵ヌード写──」

 

「お呼びですか奈月様。何なりとお申し付けください」

 

 このエロ天狗め。

 

「一樹さんいまこのエロ天狗めとか思いましたね?乙女に失礼ですよ死んでください」

「その発言こそ乙女に失礼だろ」

 

 全世界の乙女と呼ばれる人たちをバカにした発言だな。

 まぁそんなことをこいつにいったところで意味がないから言わないが。

 

「で、文ー」

「はい、お酒ならここに」

 

 そう言って文が取り出したのは『天狗墜とし』という名前の一升瓶に入った酒で──

 

「なんなんだその縁起悪い名前の酒」

「あぁ、これはですね。いつも文々。新聞を売り付け──いえいえ、快く買っていってくれてるお客様からの頂き物なんですよー『いつも面白い新聞をありがとう。これお礼に』って」

「いやそれ絶対売り付けられたことに対する嫌がらせだろ」

 

 あと誰なのかも大体見当がついた。多分豊穣の神の秋姉妹だろう。あの二人は いつも文に弄られてるから。

 

「ん!美味しいねこれ!名前は気に入らないけど!」

 

 と、気づけば既に酒を飲んでいた菜月がそう声をあげる。

「当たり前よ!豊穣の神の私たちが不味いものを出すわけないじゃない!」……などという声が聞こえた。気がした。

 

「ほら、カズも」

「……はぁ、わかったよ。ただし、付き合うのはこの酒の分だけだ。こいつが終わったらもう俺は帰るからな」

「あ、天狗墜としはまだ4本ありますよー!」

「ねえいまその情報必要だった?」

 

 ホントろくなこと言わねえなこいつ。

 天狗墜としでも飲んでいっかい地獄に落ちねえかな。

 

「ほらー!カズも飲みなって!」

「いや、飲むから無理矢理飲ませようとするな!」

 

 すすめた酒を飲まない俺に痺れを切らしたのか奈月は無理矢理オレの口に一升瓶をねじ込もうとしてくる。

 そして何を思ったのかそのまま自分でのんで、

 

「んー!!!」

「むぐっ!?」

 

 オレの口に入れてきた。つまり接吻である。

 

「!!!!????!?!?」

「あ、一樹さんが理解できないって顔してる。レアですね」

 

 俺が慌てるのをよそに文は呑気にそんなことを言い出す。おい!写真を撮るな!メモを取るな!にやけるな!

 

「ぷはっ!」

 

 ようやく菜月が俺から離れる。

 

「どう?美味しかった?」

「ば、おま……!なにやってんだ!」

「だってカズが飲もうとしないんだもん!」

「もっといいやり方あっただろ!なんでこんな……」

「?これが一番いいと思ったからやったんだよ?ボクカズのこと好きだし」

「……!」

 

 赤らめ顔で当たり前の事のようにそういう菜月に俺は二の句が継げなくなる。

 菜月は普段なら絶対にこんなことしない。ちゃんと友達としての一線を越えることはない。 

 だから、これが文の言ってたにとりの機械でおかしくなった部分なのだろう。

 

 まったく……ほんと、ろくなことしないなあのクソガッパ。

 

「いや、けどな……ああ言うのは恋人とか夫婦とかがするもので──」

「いいじゃないか別に!カズはボクにとって家族みたいなものだし!カズの近くにいると安心する」

「……!」

 

 菜月のその言葉に俺は思うところがあって押し黙る。菜月は黙った俺を見てにへらと笑うとまた酒に手を伸ばした。

 

 

 

「ふむふむ…………次の一面の内容は決まりですね。『東風谷一樹 不倫』と……」

「おいそこのクソガラス。なにメモってんだ」

「え?いやこんな美味しいネタメモらないって……ありえないですよね?」

「ぶっ殺すぞお前」

「なんですか!私なにもしてませんよ!逆恨みでぶっ殺すとか……程度が知れますよ!」

 

 もうこいつ死ねばいいのに。ここにつれてきたのも文なら酒を用意したのも文だし、極論言えばこの状況を作り出したのも文、お前だからな。

 

「……てへっ☆」

「よし、死ね」

 

 ひどいっ!?と文がショックを受けているのを尻目に俺は菜月に向き直る。すると──

 

「あ…………寝たか」

 

 俺の膝を枕がわりにすやすやと寝息をたてる少女の姿があった。

 

「あら、ホントですね。それじゃあ寝室につれていきますか 」

 

 その姿を見て、流石に真面目にそういった文は菜月をつれていこうとする。俺はそれを遮った。

 

「一樹さん?」

「ツキは……俺がつれてくよ。文はここら辺の片付けお願いしたい。後で俺も手伝うから」

「いいですが……襲わないでくださいよ?」

「するかそんなこと」

 

 こいつに襲われることはあっても、襲うことはない。いやほんとせめて逆じゃねーのかとは思うけど。

 

「それじゃおねがいしますね。私はちょっと袋とってきます」

 

 そう言って飛び立つ文。俺はそれを見送ってから菜月を持ち上げた。

 あれだけの酒を飲んでどういうことかまったく重くない菜月。こいつはこんな軽い体で長としての重圧に耐えてきた。俺は菜月にとって数少ない心休まる友なのだろう。こいつとそれだけの時間を重ねてきた自信はあるし、実際菜月に言われたこともある。

 

 だからと言うわけではないが……なぜだか、さっきの言葉を聞いて俺はこいつを怒る気力はなくなった。

 

「ったく……世話が焼ける」

 

 菜月の意外と綺麗な寝室にはいる、そして敷いてある布団の上に置いて上から毛布をかけた。

 奈月は幸せそうな顔で寝ている。

 

 今のこいつを見てると……調子が狂うな……

 

「ったく……俺は早苗を守んなきゃいけねぇのによ……」

 

 どうにも、俺はこいつのことを守ってやりたいと思ってるらしい。早苗と同じくらいに。

 けれど、けれど俺のこれは恋愛感情ではない。菜月はどうか知らないが俺は恋愛感情からこの少女を守りたいと思っているわけではないのだ。そしてそれは、早苗にも言える。

 

 俺は、人を愛するということがどういうことかわからない。

 

 原因は早苗達と出会う前の俺自身の境遇のせいだ。

 思い出したくもないし、語りたくもないのでなにも言わないけれど。

 

「まったく……俺がこの手で守れる範囲なんて……ちっぽけなもんなのにな」

 

 自分の限界はわきまえてる。けど、どうにも気持ちに整理がつかない。

 

「…………おやすみ、奈月」

 

 どうにもならない気持ちに一旦蓋をして、俺は菜月にそう声をかけその場を離れる。

 

 さて、文の手伝──早苗も帰ってくるし、早く守矢神社に帰らないと。片付け?知らん。



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Memory.4『博麗の紅巫女』

この作品、最初はほのぼの形で作ってたんですけどね……


「一樹、早苗いるかしら?」

 

 ある日の夕暮れ、さてそろそろ夕飯の準備でも、と立ち上がったところに玄関から声がかかった。

 

「あれ?霊夢さん?」

「本当だ」

 

 そこにいたのは、その身を紅白の巫女服に包んだ少女だった。

 少女――博麗霊夢(はくれいれいむ)はけだるそうな顔をしながらも俺たちの姿を見つけるとこちらへ歩いてきた。

 

 土足で。

 

「いやせめて靴脱ごう!?」

「いいじゃない、めんどくさいわ」

「あのな?ここは博麗神社じゃないんだ、あんまり好き勝手にされるのも困るっていうか……」

「私の神社を土足で上がり込んで汚すわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」

「……」

 

 うん、まぁ。霊夢がこういう人だっていうのはわかってるからそこまで怒りもわかないんだけど……どうにかなんないもんかね。

 

「それで!霊夢さん今日はどんな御用で?」

 

 早苗の言葉にああ、そうだった。という風に我に返る霊夢。

 

「いえ、大したことじゃないのだけど。夕飯でもご馳走になろうかと思って」

「え、なにそのまるで奢るのが普通みたいなノリの言い方」

 

 なんでこの人ナチュラルに他人の家に(文字通り)土足で上がり込んで晩飯たかろうとしてるんだろう。

 

「……まぁ……いいですけど……」

 

 この人とももう長い付き合いになる。

 俺も、早苗も、こういう脈絡もない無茶ぶりにも慣れたものだ。

 

「悪いわね」

 

 微塵も悪いとは思ってなさそうな声音でそう言い放ち、さっきまで俺が座っていた所に座って饅頭を食べ始める霊夢。

 いやそれ俺の饅頭…………

 

「もう……いいや……」

 

 もはや言葉もない俺であった。

 

「それじゃあちょっと食材の買い足しに行ってきますね。20分ほどで戻りますので」

 

 早苗はそういって玄関から出ていく。二柱のいない今、この神社にいるのは俺と、俺の饅頭をもぐもぐ食べている傍若無人な巫女だけだった。

 

「……さて、早苗もいなくなったことだし、本題に入りましょうか、一樹」

「ああよかった、本当に晩飯たかりに来ただけかと思った」

 

 饅頭を食べ終え、やけにキリッとした顔でそうのたまう霊夢(あかいあくま)に逆に安堵する俺。

 

「そんなわけないでしょう。まぁ晩御飯は食べて帰るけど」

 

 やっぱりそれが主目的ではなかろうか?

 俺の中でそんな疑念が顔を出すが何とか飲み込んで、霊夢に話の続きを促す。

 

「それで?なんなんです?本題って」

「一樹、あなた力を使ったわね?」

「……」

 

 ああ、うん。その話かぁ……。

 霊夢の言葉に、俺の持っていた立場上の優位性が音を立てて崩れ去る。

 直前まで家主と客人という関係だったのに、今では、罪人と裁判官の如き様相だ。

 

「……使った」

「でしょうね」

 

 まあ、分かっていたことだけど。と呆れ顔の霊夢。

 

「あなた、五ヶ月前にも能力使って死にかけたばかりでしょう。それなのにまたおんなじこと繰り返して……馬鹿じゃないの?」

「……返す言葉もないです」

 

 霊夢の咎めるような言葉に何も言い返せない俺。

 

「まあ、あなたの力の行使にまで強制権はないから、お咎めがあるとかそういうことではないけれど……自分で分かっているでしょう?その力の危険性には」

「……ああ、分かってる」

 

 ああ、そうだ。わかってる。わかっているのだ、言われなくとも。自分自身の立場も、力の危険性にも、俺が、守矢の現人神だから(・・・・・・・・・)生かされているだけということにも。

 

「それに、忘れたとは言わせないわ。あなたの幻想入りの際に交わした契約のこと」

「……『力の暴走の兆候が見られた場合には、問答無用で処分する』」

 

 神すら殺す力を前に、誰が、どうやって……なんて、考えるだけ烏滸がましい。神すら凌駕する力の持ち主など、此処(げんそうきょう)にはごまんといる。

 

「そうよ。私は別にあなたが処分されたところでどうとも思わないけど……それでもあなたがいなくなることで悲しむ人物はいるでしょう」

 

 特に早苗とかね。そう付け足す霊夢。口調も言葉も厳しいが……心配して、くれているのだろう。

 

「ごめん。それと……ありがとう霊夢」

「……いいわよ。あなたがいなくなったところで私には関係ないけれど、あなたの力で幻想郷(わたしのせかい)を壊されるのは癪だしね」

 

 貴方ではなく幻想郷のためだ。そう言って視線を逸らす霊夢、それも紛れもない彼女の本心ではあるだろうが……それでも、すべてではあるまい。ぶっきらぼうな口調と態度で冷たいと取られがちな霊夢だが、本当は、やさしい少女なのだ。

 

「……なんか、変なこと考えてないでしょうね?」

「めっそうもないです、ハイ」

 

 なんて考えるのもやめにしておこう。霊夢は勘が鋭いから。

 

「まあ、いいわ、言いたいことは言ったから。それで治らないようならもう不治の病ね」

「……」

 

 五ヶ月前、似たような状況で似たようなことを言われて、そして今がある俺は何も言えない。

 

「と、早苗が帰ってきたみたいね」

 

 そう言われて玄関のほうに意識を向けると、確かに足音が聞こえた。それも、複数。

 

「誰か連れてきたのか?」

 

 何人かはわからないが、そこそこ人数のいそうな足音がトタトタとこの居間に近づいてくる。そしてガラガラと襖がひかれた。

 

「ただいま帰りました!一樹、霊夢さん」

「うぃーっす!邪魔するぜ!一樹!と霊夢もか!」

「やっほー一樹。久しぶりー」

 

 入ってきたのは三人だった。一人は早苗、もう一人は魔法の森に住む魔女にして霊夢の親友である霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。そして最後の一人が……

 

「萃香?珍しいじゃない」

 

 霊夢が驚いた声を上げる。それもそのはず。入ってきた三人目の最後は、本来なら地底にいるはずの鬼、その人(鬼)だったのだから。

 

「霊夢も久しぶりー」

「どうしたのよ?地底にいたんじゃないの?」

「いやそれがさあ、勇儀のやつがひどいんだよー。自分の仕事ぜーんぶ私に押し付けてどっかいっちゃったんだもん!二人分の仕事なんてこなせるわけないしさぁ……ほっぽって逃げてきちゃった」

 

 てへ、とかわいらしく舌を出す萃香。

 いや、ていうか逃げてきたって……

 

「呆れた……なにやってるのよ……」

「悪いのは勇儀だから怒るなら勇儀にねー!」

「……いや自分の仕事放棄した時点で同罪だろうよ……」

 

 かたくなに自分は悪くないと言い張る萃香に呆れるやら戸惑うやら……

 

「別に私はあんたたちの保護者でもなければ上司でもないから何も言わないけど、向こうに帰ってからどうなるかは知らないわよ」

「んー……ま、そん時はそん時、どうにかなるよきっと」

「呆れるほど無計画ね……」

 

 かんらかんらと屈託なく笑う萃香。本人がいいといってるならこれ以上は野暮か。

 些か不安は残るが、とりあえず気にしないことにする。

 

「で?魔理沙はどうしたのよ?」

 

 霊夢は萃香へとの問答を終え、そのまま標的を魔理沙へと変える。

 

「よくぞ聞いてくれました!……と、言いたいところだが特に理由はないぜ!人里で面白いものがないか探してた時に早苗を見つけて、今から晩飯だっていうんでご同伴に与りに来ただけだぜ!」

「ようはたかりに来ただけね」

「そうともいうぜ!」

「てことは、萃香もか……まったく図々しいのよ貴女たち」

「おいおい酷い言われようだぜ。ただ食べさせてもらうのもあれだと思ってせっかく魔法の森一旨いと有名なきのこを採ってきたっていうのによー」

「字面からもう怪しいわね……」

 

 ……因みに霊夢さん。あなたも魔理沙さんと同じ立場ということにはお気づきですか?

 いや、何も持ってきてない分魔理沙よりたちが悪いな……

 

「まあいいわ……思ったより大所帯になっちゃったわね」

「そうですねー、ま、たまにはこういう食事もいいですけどね!それじゃ私作ってきますね」

 

 エプロンをつけながら早苗はそういって笑う。

 

「あ、じゃあ私も手伝うぜ」

 

 台所へと向かう早苗を慌てて魔理沙が追いかけていった。

 

「それじゃ私たちはおとなしく完成を待つとしましょうか」

「あ、じゃあさじゃあさ!マ○カーしようよマ○カー!確かあったよね?ここ」

「ああ、そこのテレビの下にWi○とマ○カーなら置いてるよ」

 

 その言葉を聞くや否や、テレビへと駆け寄る萃香。

 

「ほらーやろうよ霊夢―!」

「しょうがないわねぇ……あら、一樹はやらないの」

 

 萃香の呼びかけに仕方ないとばかりにのっそりと起き上がる霊夢。そして動き出さない俺を不思議に思ったのか、そう問いかけてきた。

 

「あー……俺はいい。今はあんまりそういう気分じゃないし」

「そ。なら二人だけでやりましょうか」

 

 そうしてテレビの電源をつけWi○を起動する萃香と霊夢。

 俺はそんな二人を尻目に、居間を離れ外に出た。

 

「ふぅ……」

 

 外に出ると同時に吹き抜けた少し冷たい夜の風に小さく息を漏らす。

 

 考えるのは自分の力のこと。

 

「……白雷」

 

 ぐっ、と右掌に力を込める。

 するとバチバチと白い雷のようなものが弾け始める。

 

「……あれでいいか」

 

 適当に選んだ中くらいの石に向かって掌で弾けるその白を向ける。

 石までの軌道を意識して明確に思い描く。指向性を持たされた雷は力の逃げ道へと向かって飛び出した。

 

 白き雷は真っすぐに石へと向かって伸び、やがて到達してあたりに閃光を奔らせた。

 

 パァン!!

 

「……」

 

 パラパラと粉塵が飛ぶ。やがて晴れた視界の先には先ほどまでそこにあった石の姿は影も形も見えなかった。

 

「やっぱり、これぐらいなら問題ない……か」

 

 白雷を出した右の掌を握って開いてを繰り返す。

 が、いつぞやの厄増幅事件のように全身に鈍い痛みが走ることもなければ、力が抜けて体が動かせなくなることもなかった。

 どうやら一定の大きさ以上で力を行使したときに発生するようなのだ。あの全身の痛みは。

 この程度の小さな雷であれば特に何か肉体にダメージが残ることもなければ、操作不能になることもない。

 雷を体にまとわせて感電しないというのも不思議なものだが、あれはそもそも雷の形をした力そのものだ。見た目相応というわけでもないから感電の心配もないのだろう。

 

「というか、自分でイメージしてあんな形にしてるのに、それに感電って間抜けにもほどがあるだろ」

 

 それがあり得るとするなら、最初から自分が感電することさえイメージして作り上げる場合だが……それこそ大間抜けだな。

 

「しかし……思い返せば、白雷(こいつ)とも長い付き合いだよなぁ」

 

 思い返せばそれこそ物心ついた時にはすでに、俺はこの力と共にあった。

 生まれ持ったものではないが……相応の刻は重ねている。

 

「なのに……いまだにこの力についてなんもわかってないってんだから、どうしようもないな、もう」

 

 昔に比べりゃそりゃ力の扱い方もわかってきたし、キャパシティについても何となくだがこれ以上はヤバい、というのが感覚で分かる程度にはなった。

 が、やはり根本的なところが何もわからないのはかなり痛い。

 

「そもそも自分の力なのかも怪しいもんだしな」

 

 俺の生まれは平々凡々な一般家庭だ。妖怪とも幽霊ともそんな不思議生物とは一切何の関係もない普通の家庭。

 だからこそ俺の存在が余計に際立った。……必然だったのだ。あの結末は。

 

「いや、それはもういいんだ」

 

 過去のことは過去のこと。いつまでも引きずるのは格好が悪い。

 

「まあ、でも、この力がどんなものであれ」

 

 今は紛れもない俺自身なのだ。何もわからなくとも、力を否定することだけはない。

 

「願わくば……暴れだしませんように」

 

 おとなしくしてろよ、と内なる自分の力に語り掛けるように右腕をさする。

 

「……なんか、中二病みたいじゃね?これ」

 

 そう気付いて、慌てて手を引っ込めるのも忘れずに。

 

 なんてやっていたら、

 

「あーあ、また早苗が泣いちゃうよー?」

 

 後ろからの唐突な声に驚いて振り返る。そこには岩の上に座ってにやにや笑っている諏訪子様がいた。

 

「諏訪子様、帰ってたんですか」

「うん、ついさっきね」

 

 俺の質問に答えながら、諏訪子様が岩から降りてこちらに歩いてくる。

 

「神奈子様は?」

「神奈子はまだあっち。しばらくは帰ってこないと思うよ」

「そうですか」

 

 諏訪子様と神奈子様は数日前まで地霊殿の主である古明地さとりに呼ばれ地底まで出張っていた。5ヶ月前の地底での異変の後始末で問題が発生したらしい。

 

「それはそうと一樹、ソレ使って大丈夫なの」

「……あー、まあこれくらいなら……」

「ならいいけどさ。あんまり心配かけちゃだめだよ?」

「ええ、わかってます」

 

 本当に分かってるのかなー。なんて呟きながら、諏訪子様は神社の中へと歩いていく。俺はそれを追いかけながら、改めてこんな俺を拾ってくれたかけがえのない家族にこれ以上心配をかけないようにしよう。そう誓った。

 ──数日もしないうちに、その誓いは破られることになるのだが。



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Memory.5『魔法使い達、罪の名前』

用事があり投稿遅れました。すみません。
今回は少し長いです。


 明朝、見渡す限りの青空を尻目に清涼な山の空気を目いっぱいに吸い込む。

 それに合わせて伸びをして体の凝りを解すように右へ左へ肉体を曲げる。

 

「ふわぁ~ぁ……朝早いのね。一樹」

「ああ、霊夢。おはよう。そっちこそ」

 

 屈伸をしていたところに、起きてきた霊夢が寝惚け眼をこすりながら近づいてくる。

 縁側に出てかんらかんらと下駄を鳴らしながら歩いてきて、日差しを遮るように手をかざす。

 

「今更だけど……悪いわね。急に泊まることになっちゃって」

「ん?別にいいよ。泊って行けって言ったのは諏訪子様だし……早苗も喜んでたしね」

 

 昨晩、なぜか済し崩し的に霊夢、魔理沙、萃香を交えて夕食を囲んだ。

 普段見ないようなメンバーがいたというのもあって、結局深夜まで卓を囲んでの雑談は続き、最終的に諏訪子様の提案で霊夢、魔理沙の両名はここ、守矢神社に泊まることになった。萃香に関しては、何か用があると言って最終的には帰ってしまったが。

 

「ならいいわ。……それにしても、魔理沙の取ってきたきのこ、本当に美味しいとは思わなかったわ……」

「ああ……あれね……ほんとにね……見た目はどう見ても毒キノコだったのに」

 

 昨晩魔理沙が持ってきた『魔法の森一旨いと評判のきのこ』は、その毒々しい鮮やかな紫の見た目からは想像もできないほど美味しかった。諏訪子様がそのキノコを気に入ってしまい半分以上食べつくしてしまうほど。

 

「霊夢も普段からは考えられないくらいがっついてたね」

「……不覚だわ」

 

 頭をかかえ、やれやれと左右に振る霊夢。その姿がなんだか妙に面白くて俺は小さく笑ってしまった。

 

「……何よ」

「いや、なにも」

 

 霊夢はそんな俺の姿を見逃さずに、キッとこちらに視線を向けてくる。俺はそれを苦笑でかわして──後ろを振り向いたところでその影に気付いた。

 

「あ、早苗、魔理沙。おはよ」

「んー……おはようございます。一樹、霊夢さん」

「おはようなんだぜ……」

「眠そうね、あんたたち」

 

 二人とも先ほどの霊夢のように、眠気が残るといった顔で縁側に出てくる。

 

「私は顔を洗ってきます……」

「行ってらっしゃい」

 

 早苗は神社裏の井戸へと歩いていく。魔理沙は縁側にドカッと座り込んで大きなあくびをした。

 

 ──因みに、今俺以外は全員寝間着である。それも唐突な泊りだったので自分のではなく早苗の寝間着を着ている。おそろいの薄緑の服に身を包んでいる二人がなんだか妙に新鮮で、帽子やリボンをしていないというのもあり、別人のようにも感じるほどだった。

 

「あ、そうだ一樹。昨日の話覚えてるんだぜ?」

「昨日……?」

 

 だんだん意識がはっきりしてきたのか、さっきまで眠そうにしてた魔理沙が唐突に思い出したというように俺に話しかけてきた。

 

「……ごめん、なんだっけ」

「ほら、諏訪子がまたあのきのこ食べたいって言ってたじゃんか」

「あー……え、今日行くの?」

「ああ、どうせ香霖とアリスのトコに行かなきゃだからな。どうせなら一緒に済ませたほうがいいじゃないか?」

「ん…………まあいいか。優先するようなことも特にないし」

 

 

 考えては見るが、特に重要な用事は無かった。それこそ、にとりに文句を言いに行く。や、文に文句を言いに行く。ぐらいのものだ。

 

(なんかクレーマーみたいだけど原因全てあいつらなんだよな……)

 

 トラブルメーカーと言うか、台風の目と言うか……何かトラブルが起きたときには大体あいつらが関わっていることが多い。にとりは当事者として、文は野次馬として。

 

「よっしゃ、そうと決まれば早速出発だぜ!」

「せめて普段の服に着替えてから言いなさいよ」

 

 寝間着姿のまま立ちあがり勢いよく宣言する魔理沙に霊夢が冷静に突っ込む。

 

「それもそうだな……よっしゃまずは腹ごしらえだぜ!一樹」

「ここで食べるのは既定事実なんだな……いいけども」

「悪いわね」

 

 やっぱり微塵も悪く思ってなさそうな声で、霊夢がお礼を言うのを尻目に、俺は今日の朝の献立を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「と、言うわけで、魔法の森到着だぜ!」

「……空を飛べるってやっぱりずるいよなぁ……」

 

 魔理沙の箒でひとっ飛び。10分もしない間に山を下り、魔法の森の入り口に降り立った。

 

「一樹もやれば飛べるんだぜ?」

「できるわけないだろ……俺はもともとただの人間だぞ?」

「…………」

「信じられねーって顔をするな」

 

 そりゃまあこっちに来た時には既に"こう"だったから信じられないのも無理はないけどさ……

 

 

「ともかく、そろそろ行くぜ」

「そうだな」

 

 魔理沙の後を追って魔法の森に入っていく。入り口を超えた瞬間空気の質感が湿度の高いじめッとしたものに変わった。

 

「相も変わらずここはじめじめしてるな」

「光が届かないから仕方ないぜ。その分きのことかがよく生えるからそう悪いことばかりでもないぜ」

「そのきのこも普通の人間にとってはいいものじゃないことも多いしなぁ……」

 

 魔法の森に生えるきのこは幻覚、幻聴作用のある瘴気を放つきのこが多い。それが、まるで魔法をかけられたようになることから魔法の森と名付けられたほどだ。

 

「まあ魔法使いにとっては居心地はいいのかもしれないけど──」

「別に居心地はよくないぜ」

「即答じゃん……」

「魔力を高めるのに最適なだけで、生活環境としてはあまりよくないんだぜ……」

「……まあ」

 

 二人で雑談しながら魔法の森を進んでいく。道なき道を歩いて行っているように見えるが、場所を知っているのは魔理沙しかいないのでこの道があっているのかどうかはわからない。

 

「そういや、今はどこに向かっているんだ?」

「普通にきのこのある場所だぜ。多めにとってアリスにもおすそ分けしてくるつもりだぜ」

「ああ、なるほど」

 

 この魔法の森に住む魔法使いの一人、人形遣い アリス・マーガトロイド。

 同じ魔法使い同士、魔理沙とよく話しているところを目にする。直接の面識は数えるほどしかないが、早苗が結構仲がいいので顔を見る機会は比較的多い。

 性格的には魔理沙と正反対の魔法使いらしい魔法使いだが、正しくは彼女は"人形遣い"。魔力の糸で多くの人形を操って戦う稀有な魔法の使い手だ。身の回りのこともすべて人形にやらせているのを見たときは正直その利便性の高さに自分も習得しようかと思ったほどだが、その人形は全てアリスが一体一体操作しているというのを聞いて驚いた記憶がある。

 

「よし、着いたぜ」

 

 気付いたら魔理沙が足を止めていた。促され前を見ると見覚えのあるきのこが群生している。

 

「因みにこのきのこってどういう生態なんだ?」

「あー、私もよくわかってないぜ。魔法使いしか食べることなかったならあんまり知られてないんだ……」

「まあ人も妖怪も入んないもんなぁここ」

 

 魔理沙と一緒にきのこを採集しながら雑談を続ける。採集するきのこは昨日食べたものと同じもので……紫の傘を持つあまりにも毒きのこ然としたその見た目には本能的な嫌悪を催すが、その見た目とは裏腹に毒など一切ない。

 おそらくは毒を持っていると錯覚させることで生き残る為のきのこなりの生存戦略何だろうが……もう少し普通の色だったなら食べやすいのにと思わなくもない。

 

「よっしゃ。まあこんなものでいいか」

「そうだな」

 

 持ち寄った小さな背嚢が満杯になるぐらいにきのこを詰め、立ちあがりながら背負う。辺りを見渡してみればまだ半分以上のきのこが生えたままだった。

 

「結構いっぱい生えてるんだな?」

「その代わりそんなに生えてる場所は多くないけどな。大量に生えてるところがポツポツあるって感じだぜ」

「なるほどね」

「じゃあ、次はアリスの家に行くぜ」

 

 魔理沙に先導してもらい、アリス・マーガトロイドの家へと進む。もちろん俺は何か用事でもない限り魔法の森へ入ることはないのでアリスの家に行ったことはない。

 

「考えてみるとアリスも不思議な奴だよな。人間なのか妖怪なのかもよくわからんし」

「魔法使いなんて皆そんなもんだぜ。人間だって公言してる私の方が珍しいくらいだ。ただしもともと人間の魔法使いは多いぜ」

「ふぅん……?」

「魔法使いは種族じゃなくて、修行して成る職業のほうが近いんだぜ。食事しなくてよくなる捨食の魔法っていうのと、老化が止まる捨虫の魔法っていうのを使えば魔法使いになれるんだぜ」

「ああ、魔法使いが長命なのはその魔法のおかげか」

「そうだぜ。私は人間としての生を謳歌したいからどっちも使ってないけどな。アリスは……どうなんだろうな?捨食は使ってないかもだぜ」

「宴会とかでよく飲み食いしてるもんね」

 

 まあ食事は必要なくてもすることもあるし何とも言えないか。それこそ完全な魔法使いのパチュリーもレミリアと一緒に紅茶を飲んでたりするし。……あれはレミリアの方から誘ってるのかね

 

「ともかく魔法使いってのはそういうのだぜ」

「ん、まあ勉強になったよ」

 

 実際、魔法使いの定義も曖昧だったので勉強にはなった。此処、幻想郷で生きていく上でならそれなりに役に立つこともあるかもしれない。

 なんて話してたら、

 

「到着だぜ。ここがアリスの家だ」

「おお、これはまた……」

 

 辿り着いたのは、まさに魔法使いの家と言った風貌の洋風の一軒家だった。

 白かあるいはクリーム色にも見える壁と真っ青な屋根が特徴的な、平屋に小さな塔をくっつけたような家。陰鬱とした魔法の森の中、樹が伐採されぽっかりと開いた広場に佇むその姿は、どこか幻想的でもあった

 俺が物珍しく家の外観を見ていると、塔部分の窓を小さな影が拭いているのが見えた。よく目を凝らしてみるとそれは小さな人形だった。アリスがいつも連れているものと同じものだ。

 人形は俺たちに気付くと慌てたように家の中へと飛び去って行った。

 

「あの人形は、どういう風に動かしてるんだろうな?」

「糸で繋いで魔法で命令を飛ばしてるって聞いたぜ。最終的には完全に自立して動く人形が目標なんだと」

「へえ……」

 

 どうすればそんなものが作れるのかは皆目見当がつかないが、既に命令を飛ばしての自立行動ができているのならアリスの夢はそれほど遠い未来ではないのかも。

 

キィ……

 

「おっと……?」

 

 家の扉をノッカーでノックしようとしたところで、ひとりでに扉が開いた。見てみると、先ほどの人形がドアノブを握って扉を開いている。

 

「ああ、ありがとう」

 

 その人形に俺を言って中に入る。人形はお辞儀をして俺たちを迎え入れ、そのまま先導するように先を飛び始めた。

 人形にお礼を言うのも変な話だが、あまりに人間じみたその仕草にあまり違和感を覚えなかった。既に自我があると言われても不思議ではない。

 

 人形の後を追い、洋風の屋敷の中を進んでいく。窓が多く、魔法の森の中とは思えないぐらいに明るい雰囲気だった。

 

「よくきたわね魔理沙。……と、これはまた珍しいお客様ね」

「邪魔するぜ」

「久しぶりアリス。春の神社での宴会以来かな?」

「ええ」

 

 案内された先はリビングだった、アリスがソファーに座って人形を編んでいる。先ほどの人形はダイニングの方へ飛んで行った。周りを見ると似たデザインの人形たちが飛び回っていろいろなことをしている。アリスの手伝いをしていたり、部屋の掃除をしたり、花に水をやったりしているのもいる。

 

「ほら、頼まれたもの持ってきたぜ。アリス」

「あら、ありがとう魔理沙。悪いわね」

 

 魔理沙が肩から掛けていた鞄を開き、中から一冊の本を取り出す。表面に書かれている文字を見る限り、魔導書の類のもののようだ。

 アリスは人形を編んでいた手を止めて、それを受け取り横に置いた。

 

「どうぞ。二人とも」

 

 アリスが向かいのソファーの方を指す。お言葉に甘えて、俺と魔理沙はソファーに座った。すると先ほどダイニングに飛んで行った人形がトレイをもって現れた。トレイの上には二つのカップとポット、それとお茶請けが乗っていた。

 

「悪いな、いただくぜ」

 

 人形が注いだ紅茶に舌鼓をうつ。紅茶の違いはあまりわからないが……癖の少ない味で美味しかった。

 

「それで、今日は何の用かしら」

「ああ、実は俺の方は特に用はないんだ。森の方にきのこを採りにって、此処に来たのは魔理沙の付き添い」

「ほら、アリスにもおすそ分けするぜ」

「あら、ありがとう……ああ、なるほどこれを採りにっていたのね……」

 

 魔理沙から例の紫のきのこをうけとるアリス。特に見た目についてコメントしない辺りアリスも食べたことがあるのだろう。

 

「私の方はこの本とこのきのこを渡して、ついでにお茶でもご馳走になろうと思ったんだぜ。この後はこーりんのとこにいくつもり」

「貴女はいつも通りね」

 

 魔理沙の物言いに小さく笑うアリス。先ほど魔理沙から受け取った魔導書ときのこを人形に渡して、置いてあった自分のカップに紅茶を注いで口に付けた。

 

「それにしても……一樹、あなたが来るなんて本当に珍しいわね。きのこを採りに来たって言ってたけど、どういう風の吹き回し?」

「ああそれな、なんてこともないよ、昨日魔理沙がこのきのこを持ってきて食べたんだけど諏訪子様が気に入っちゃってさ。魔理沙がアリスと香霖のトコ行くってんでついでに案内してもらった感じ」

「ふうん……?魔理沙が守矢神社に行ったの?」

「人里で買い物してる早苗を見つけてな。夕食の準備だってんでご相伴に与った感じだぜ」

「霊夢と萃香もいたよ。……そういえば萃香とはどこで合流したんだ?」

「守矢神社に帰ってる途中で気が付いたら混ざってたぜ」

「……萃香らしいな」

「……思ったより大所帯だったのね」

 

 クスクスとアリスが笑う。今の話のどこがツボに入ったのかはわからないが、楽しそうに笑っているから別に悪い気はしない。

 

「ああそうだ、そういえば早苗に伝言があったわ」

「早苗に?」

 

 アリスが唐突にそう告げる。

 

「ええ、彼女、たまに寺子屋に手伝いに行ってるでしょう?」

「慧音さんのところだよな?」

 

 それは知っている。慧音一人では手が足りない授業の時、早苗がたまにアルバイトとして手伝いに行っているのだ。子供たちからはそれなりに人気らしい。

 

「もしかしてまた手伝いの依頼か?」

「ええ、1週間後に」

「わかった。伝えとくよ」

 

 因みに、なんでアリスがそのことを知っているのかと言うと、アリスも慧音の依頼で寺子屋の子供たちのためにたまに人形劇を開催しているからだ。普通に人里でお金をもらって開いていることもあるが、慧音とは個人的な交流があるのか無償で開催している。

 

「因みにアリスの方は?」

「私?……ああ、人形劇の事?……そうね最近は行ってなかったし人里の方でやりましょうか」

「なら、授業が終わった後の時間帯にしてくれ。どうせなら子供たちにも見せてやりたい」

「ええ、わかったわ」

 

 俺自身は子供たちとそう面識があるわけではないが、早苗がいつも楽しそうに語ってくれるので、個人的に悪い感情は持っていない。

 一度付き添いで行った時には、人だけでなく妖怪、妖精等もいたので全員が全員子供と言うわけでもないようだった。とはいえ、内面は似たようなものだろうが。

 

「と、もうこんな時間か、悪いそろそろ戻るぜ」

「そうね、確かこの後香霖堂に行くんでしょ?」

「ああ、それじゃまたなアリス。次来るときはまたなんか違うもの持ってくるぜ」

「ええ、楽しみにしてるわね」

 

 アリスとの雑談に花を咲かせていると、気が付けばそれなりに時間が経ってしまっていた。香霖堂に行く時間も含めて考えるとそろそろ危なそうなので、ここらへんでお暇することにする。

 魔理沙と共にアリスにお礼を言って家を出る。既に太陽は西に傾きかけており、あまり猶予はなさそうだ。

 

「それじゃ、急ごうか」

「ああ、日が落ちる前に行くぜ」

 

 魔理沙の先導で、香霖堂へ向かって歩を進めた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「無事到着……と」

 

 特段道に迷うようなこともなく、無事茜色に染まり始める辺りで香霖堂に辿り着いた。そのまま店内へと入っていく。

 

「邪魔するぜこーりん!」

「ん?……ああ魔理沙か。いらっしゃい……と、また久しいね一樹」

「早苗よりも神社を出ることが少ないからね。久しぶり霖之助さん」

 

 香霖堂の店主、森近霖之助(もりちかりんのすけ)が店の奥から顔を出す。魔理沙を見て、その後俺を見て少し驚いたような表情になった。アリスの時と似た反応に微妙にデジャヴを感じる。

 

「ああ、久しぶり。今日は何のようだい?」

「俺は付き添い。メインは魔理沙だよ」

「そうだぜ。こーりん!こないだ言ってた魔道具って入ったんだぜ?」

「ああ、ちょっと待ってくれ今取り出すから……」

「……じゃ、俺は色々見てるよ。用事がすんだら教えてくれ魔理沙」

「わかったんだぜ」

 

 魔理沙に声をかけてから香霖堂の店内を見て回る。この店は雑多に道具を集め販売する古道具店だ。特に外界から流れてくる珍しいものを集めて店長である霖之助の裁量で販売されたりされなかったりしている。基本は霖之助が集めたものが多いが、外の世界の品物を販売しているのはここだけなので他の人が持ってくるものを買い取りもしている。

 かくいう俺も何度か利用したことがある。俺はもともと外の人間なので、用途を理解しているものも多いが、妖怪たちにわかるのか……と思っていたのだがそこは霖之助の能力でカバーしているらしい。

 

 霖之助の能力は『道具の名前と用途が判る程度の能力』。とはいえ万能と言うわけでもない。例えばドライヤーが幻想郷に入ってきたとして、その「ドライヤー」という固有名詞と、それが「温風を出すもの」と言うのはわかるがどうやって使うのかはわからない……そんな具合に。

 これは霖之助自身も悩みにしているらしく、たまに俺や早苗に相談してくることもあった。……ただ、幻想入りするような道具は基本的に古い忘れ去られたものばかりなので、分からないことも多かったが。

 

「改めてみてみると、なんでもあるなここ……」

 

 ジャンルは様々、大きさも様々、この店に入るサイズであれば何でも買い取るので、未だに使用用途がわからないものなんかも転がっている。どんなものかはわかっているので危険なものは置いていないそうだがそういう用途でなくても危険のものは多いので安心はできない。

 

「ある意味で魔境よな……」

 

 物珍しく、並べられたアイテムを眺めていると、その中に一つ奇妙なものがあった。

 

「なんだこれ……?」

 

 黒い……宝石のオニキスをそのまま拳大に大きくしたような塊。光の一筋も指さないような漆黒のその塊はなんだか見ていると吸い込まれそうな、不安になる謎のオーラがあった。

 

(けど……なんだ?なんか見覚えあるような……)

 

 ここ最近の記憶ではない。遠い昔俺がまだ幼かった頃、これと似たような雰囲気のものを見たような気がする。

 

「ああ、それね調べてみたんだけどよくわからないんだよね」

「霖之助さん」

 

 俺がその塊を手に持って眺めていたら、いつの間にか隣に立っていた霖之助が声をかけてきた。

 

「魔理沙の用事はもういいんです?」

「ああ、そっちはもう終わったよ。……で、それなんだけどチルノが霧の湖で拾ってきてね。僕も見たことなかったから鑑定したんだけど……何故か名前以外の情報が出てこなかったんだ」

「それは……」

 

 少なくとも、俺が聞いた中で霖之助の能力が不発に終わったことはなかった。つまりそれだけでかなりの異常事態と言える。

 

「名前はわかったんですよね?」

「ああ、それの名前は『罪の雫』と言うらしい。どうにも不吉な名前だね」

「!」

 

 

 

 

 待て。

 

 待て。その名前は

 

 

 その、響きは

 

 

 俺が、此処辿り着く前に……散々……

 

 

 

「一樹?」

「!!」

 

 気づけば、霖之助が不思議そうにこちらの顔を覗き込んでいた。

 

「っ……いえ、何でもないです」

 

 それで正気に戻れた。今、ここでこの事を話すわけにはいかない。それは一度諏訪子様と加奈子様に話してからだ。

 

「……霖之助さん」

「うん?」

「このアイテムちょっといただいてもいいですか?少し調べてみたいことがあるので……あ、もちろんお金はお支払します」

「ああ、別に構わないよ。お代も必要ない。そのまま持っていってくれていいよ」

「ありがとうございます」

 

 ああ、そうだ。これは放置していいものじゃない。諏訪子様にまた見せないと……

 

「おーい!こーりん!お、一樹もいたか!」

「魔理沙?」

 

 魔理沙が何か袋を背負ってやってきた。俺は罪の雫と名付けられた塊を懐にしまった。

 

「私は用も終わったしそろそろ戻るぜ!一樹はどうするんだ?」

「ん、じゃあ俺も戻るよ。霖之助さんそれじゃあまた。ありがとうございました」

「ああ、またいつでも来るといい」

 

 魔理沙と二人霖之助に挨拶をして店を出る。そしてそのまま店の前で別れた。

 

「それじゃまたな一樹!」

「ああ、また」

 森の中ならともかく、ここ香霖堂は魔法の森の入り口にある。ここからなら俺一人でも帰れる。

 

 すでに日は暮れ夜の帳が降りてくる空の下、妖怪の山をただ一人無言で登る。

 背中に背負ったきのこのことなどとっくに忘れて、意識するのは懐に入れた一つの黒い塊。

 ああ、忘れるものか。俺はこれに、これのために生まれ、ここにいる。

 

 

「ただいま」

 

20分少々をかけて、守矢神社へと辿り着く。

中から香る美味しそうな臭いを嗅ぐに、どうやら早苗が晩御飯の用意をしているらしい。神社の縁側では諏訪子さまが月を見ながらお茶を飲んでいた。

 

「ああ、一樹お帰り…………どうしたの?そんな真剣な顔して」

「諏訪子様……これを」

 

 挨拶も無しに、諏訪子様に罪の雫を差し出す。その瞬間、文字通り

 

 諏訪子様の目の色が変わった。

 

「…………一樹、なぜ……これを」

「……香霖堂で見つけました。チルノが霧の湖で見つけて持ってきたそうで」

「……そうか、それは……つまり」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シン(罪/神)が、此方に来ている可能性があります」

 

 

 

 

 

 嗚呼其れは、白雷(このちから)の──正しく生まれた意味の名前。

 

 

 現人神としての、俺のルーツ。




詳しいことは次の話に続きます。


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