血界の眷属は基本生き方が雑 (Silas)
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HL一年前

例によって迫真の見切り発車でした。
何も考えずに小説を書くことを毎回後悔はしているがやめられない(中毒)


『拝啓。

 

 おそらく今は亡き母、父へ。

 

 本日はお日柄もよく──前略。

 其方は天国でもお元気でございますでございましょうか。

 此方では色々なことがありましたが、俺は元気です。

 元気ではあります。

 おそらく、突然消えた挙句何故便りの一つも寄越さなかったのかと疑問──それとも憤慨している? ──でしょうが、連絡がつかないというかつきようがないというか。申し訳ないとは思いますが、何故声もかけずに消えたのか等は言わないで頂くと幸いです。

 

 なにぶん、気が付いた時には見知らぬ土地に身一つで居りました由。

 

 この土地はとても一言で言い表しがたいというか、なんというか、別世界であります。空は青く地は丸くありますがヴァンパイアとかいるようなのでごぜーます。

 遠い地というレベルではございません。元の場所を探そうと努力はしておりますが、これも届いているかどうか。何と言っても遠いものですから。

 さてどこぞで読んだ学説によれば、無数に隣り合う世界は近ければ近い程類似するとか。

 つい先日には、技名を叫びながら戦う人なども見かけました。件のヴァンパイアらしき男が明らかに尋常の技術じゃない技でボコボコにされておりました。

 紅い翼の化け物が炎の竜巻で焼き焦げの粉みじん。俺が知る人間はそんなことを出来ないと思うのですが、一体何がどうして人は血の糸から火を出すようになったのでしょう。……本当に。

 彼らのような人種は、こっちに来てからというもの割と昔から見かけるのですが、相変わらず人間とは思えません。

 勿論、今の俺では言えた義理でもないのですが。

 

 俺が置かれたこの状況に強いて説明を付けるなら、どうも俗に言う異世界に迷い込んでしまったのではないかと考えられなくもないですが、ハッキリ言って未だにフルダイブVRでも開発されたのではないかと疑って(希望的観測を覚えて)おります。

 だって普通に生きてたらこんなことあります? なくない? 

 

 なにせ気が付いたらヴァンパイアがいる世界で、言うに事欠いて俺もヴァンパイアの類であるようなのですよ。

 膂力が異常とは常々思っていたのですが、ある時ふと思い立って流行りの血流操作を試してみると、なんか、血の操作が容易にできたのです。特に体に術式を埋め込むことも無く。

 図らずも血闘術を身に備えました、ヴァングブルト流血闘術創始者の称号も賜わりました。

 何がどうして……? 何故に称号なんて貰ったのか今となっては謎でしかありませんが、とりあえず貰いました。やった。

 正直なところ、この血液を動かすエネルギーの出処と欠損した肉体の補完はどこから持ってきてるのか。偶に姿が鏡に映らない時など、その分の光エネルギーは何処に消えているのか。疑問が溢れて止まりません。多分俺はそちらに物理法則を置き忘れたと思います。元気にしていると良いのですが。

 

 あ、あと不死かは知りませんが不老になりました。多分不老です。

 人類の永遠の夢(偏見)をサラッと達成しております。変な笑いが出ました。

 正式には覚えていませんが800年くらい転々と生きてます。

 そんでもって年を取らないタイプのキャラに特有の、定住禁止縛りでございますですなのだ。

 

 俺が老いず(ヴァンパイア)と気づかれては追われる身になりましょう。

 先のヴァンパイアハンターは聞くに及んで、この辺りに引っ越してきたとか。丁度良いのでここも引き払おうと考えています次第。

 

 そろそろ安寧の地を見つけたいものです。

 

 世に平穏のあらんことを』

 

 

「……しまった、何の手紙だよこれ」

 

 慣れぬ言語で書いた、親に宛てた手紙のつもりの文章があらぬ方向へズレ始めたことに気が付き、男は悪態をついて紙に走らせていたペンを止めた。

 

 とある小国の片田舎、ネットが普及したご時世珍しく名前もない小村から、さらに少し外れた掘っ立て小屋の中。

 死人へ宛てた手紙を書こうというぶっ飛んだ試みをしている者は、言うなれば化け物。ヴァンパイア。吸血鬼。あるいは血界の眷属といった類の存在だった。

 

 長老級でありながら風貌が只人に酷似しており、見た目からそうと判別することは出来まい。

 

 黒髪に黒目と中肉中背。短く大雑把に整えられた毛先がほんの僅かながら重力に逆らって撥ね、血色が悪いと言えば悪い程度の肌を普段からしている。表情豊かに演じ、どこか存在感を隠すような男は周りの()からジークと呼ばれていた。

 ジーク・V・ゲラスネ――言うまでもなく偽名だ。

 異界より落っこちて幾百年。彼の持つ経歴はおおよそ手紙に記された通りである。元は人であった肉体が変異し、見知らぬ土地に気が付いてもみれば膂力は人並外れていた。なぜか血闘術を会得してからは、不老の身を隠すように世界中を這いまわり、怠惰に生きることを良しとした。

 今は田舎の片隅で人のふりをしながら日々を浪費している、と。

 人には長すぎる時を生き、時の流れに溶けた記憶はもはや日々に埋もれ。

 老いない身体では後どれだけ生きるか分からずとも、死ぬときには元の世界の記憶こそ毛ほども残していないだろうと察するに余る損耗。『あの世に届けられる手紙』の噂を聞いた時、ジークが興味を持ったのはおかしくない事だった。

 

 挨拶の一つも出来ず離れてしまった両親に書こうとした手紙、この手紙に使われる花はある民族では『天国に届く花』と呼ばれる小さな植物だった。これを使って手紙を書くとあの世にまで宛てが届くのだそうで、貴重で、あんまり安いものでもない。

 手紙にその民族の言語でメッセージを記した後、火にくべて葬れば良いとかなんとか。眉唾の品であるが、自らが()()なのだから一つ信じてやろうと、買い求めて白にペンを落とした。

 

 人から人外に変異した体のスペックは底抜け、ほとんど見知らぬ言語でも直感的に筆を走らせれば脳に浮かんだ言語列を翻訳して起すことが出来るほどで、文章はボロボロになるがそれを差し置いても利便性は高い。

 あちこちをウロチョロするため、物書きの際には言語を変えて文字を書くことで異国語の習得を試み、そしてこれまで相応以上の成果を出しているのだが…思考を丸々トレースするため時たまこうして脱線が入るのが通例だった。

 言葉使いも、どうにもゆるくなるのである。

 こういう時くらいは慎重にやるべきだったと思ったが後の祭り。

 

 おかしな文脈と話題。微かに滲んだインクは消しゴムで気楽に消せるものでもなく、しかしアーマードコアの販売要求は仮に何をまかり間違っても、亡き両親へ送ろうという内容ではない。貴重な紙をまた入手する手間を使ってでも手紙を書きなおすべきか、思案に耽る。

 …強いて屁理屈を言うなら、親とは子のありのままを知りたがるものだから、虚偽が無いこれは別に書き直す必要性は無いのではないか? とそのあたりだ。

 取って付けた理由は貧弱な財布事情と共に、なんだか奇妙な説得力を持って頭をぐるぐると回り。

 ……。

 

「ま、こういうのでもいいか」

 

 そもそも本当に届くとも思っておらず、自己満足には十分だ。

 別に構うまい。

 ジークのそうした背景もあり、否定的な結論がじんわりと出た。

 

 それを抜きにしても、財布事情はやはり定職につけない身の辛い所で、購入が厳しかったのも事実。

 金は天下の回り物、死人には六文銭があれば充足だが、生きるには日にも銭が要る。

 食物だって、そこらの獣を取って食うにも不自然に思われない限度がある。万年貧寒の民であるのだ。仕方ない。

 

 気を取り直して続きを書こうと再びペンを持ち、先を紙に滑らせる。

 

「…インク切れてら。調達に行かないと無い、と」

 

 そこで結局、サイフの紐は解かざるを得ないことに気が付いた。

 思案の意義は一体どこに消えたのか。

 

 吸血鬼は大きく溜息を吐いて捨て、外出のため身だしなみを整えだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はろー、いつも通り俺が買い物に来たぞーっと」

 

「応、また来たかジーク! 紙なら良いのが入ってらあ」

 

 俺がとぼけた調子で店先から声をかけると、中から初老を少し過ぎはじめた馴染みの店主が顔を出した。

 

「いやそれもだけど今日はインクを買いに来たのだ、あるかい?」

 

「ったりめえよ! ここを何処だと思ってやがる!」

 

「雑貨屋」

 

「違いねえ! かかっ」

 

「だろう?」

 

 雑貨店の店主とここ数年で恒例になった軽口を交わしながら、並べられた商品を物色する。紙からシャーペンにストラップなんて売れそうもないものまで置いてある。

 この辺りに来てからお世話になっているが、伝手があるらしく、商品の質が下がる様子がなく安定して商品を入荷しているのでお気に入りの店だ。まあ、お気に入りというより他に店がこの辺りに無いのではある。

 天国に届くと噂の手紙もここで調達してもらい、入手していたりもする。俺は常連というやつだった。

 

「これとこれ、あとコレも。ああついでに、アレも取ってくれ」

 

「あいよ、珍しく大盤振る舞いじゃねえか。ボーナスでも出たか?」

 

「だと良かったのだけどな、これで最後なので記念にと」

 

「最後ぉ? なんだ! ここ以外に気に入った雑貨店でも見つけたのかい」

 

 店主がガチャガチャとレジを打ちながら訝し気に尋ねた。

 

「冗談、近くにココ以外など飯屋と民家と森しかないだろうに。引っ越しだよ」

 

「おおなるほど引っ越しな…ああ!? マジかよ聞いてねえぞ! そう言うのは先に言えっての、何時だ!?」

 

「ここ一週間で家は引き払うつもり。って、言わなかったか?」

 

「聞いてねえよ馬鹿、別れを惜しむ時間もねえじゃねえか!」

 

「言ったと思うが…あー、そいつは悪かった、謝罪にこちらをお納めくださいませ」

 

「釣りも出せねえ!」

 

「くははは!」

 

 トントンとくだらない会話を交わしながらも瞬時に受け取った硬貨を数えてレジを打ち鳴らす店主は、初めの不慣れな様子から一転して洗練されたプロフェッショナルを感じさせる。目にも止まらぬ職人芸とはまさにこのことで、人の移ろいを見た気がした。

 牙狩りがこのあたりに来なくても潮時ではあったらしい。

 …店主が技能を一流に鍛えたのに対して、その間に自分は何か技能を覚えたか? と、考えると虚しくなるのでやめておく。

 流れるように終わろうとする会計をよそに、軽くなったサイフの代わりに商品を受け取ってエコバックに突っ込んだ。

 

 ペンとノートとetc。

 普段より大分多い品々でパンパンになったエコバックからは、感じる重さにその違いを見出せない。

 もしこの商品の中に鉛のダンベルが混じっていても気づくことはないだろう。

 もうすっかり慣れてしまった異常を隠すべく、眉を潜めて「ちょっと重いな」と呟くと、店主がそりゃそうだとぼやくのが聞こえた。

 

「…ああそうだ、この間の紙ってまだあったりしないか?」

 

「あるわけねえだろ。天国に届く手紙なんて眉唾のもんを仕入れても売れるわけがねえよ、単品の特注だ。むしろ一品仕入れたことを感謝しろ」

 

「だろうなあ。疑わしい眉唾物をわざわざ取り寄せて下さった店主殿には頭も上がらぬ」

 

「うるせえ。レシートは?」

 

「要らない」

 

「おうよ…にしてもだジーク。旅人ってのは難儀なもんさな、ここからどこに行く気だってんだ」

 

お前そんなことばっかりしてるから金が足りないんじゃねえのか?という言外の主張は無視した。

 

「難儀とはなんだ難儀とは、どうにかなるさ。…まあ次は、そうだな……どこにするかな」

 

「なんだい決めてねえのか」

 

「いいじゃないか、旅は憂いもの辛いもの。よく言うよな」

 

「よくは言わねえしお前のはただの無計画だろ」

 

「おう失敬な」

 

「否定はしねえのかい」

 

 否定はしない。

 こちとら、その気になれば鏡やら監視カメラにも映らない超常の身である。

 牙狩りにさえ身バレしなければ死ぬことは無い。死なねば安い。

 近づきたくはないが、ただ暮らすだけだ。

 

「…どうとでもなるだろう」

 

 それが本音だった。

 しかしそれが店主には納得いかなかったようで、せめて行先の方針だけでも決めるべきだと説得された。

 せめて何処に行くかくらい教えていけ。無茶言うな。ニューヨークなんてどうだ?。なんでだよ。飯が安いらしい。…それはいいな。

 ……。

 

 じゃ、世話になった。

 なるべく軽く別れを告げ、品物を持って店から一歩出た。…ところで店主から声をかけられる。

 二度と会うまい友人に笑いながらかけられた気遣いは。

 

「ジーク! 土産は安物で構わんからな!」

 

「…自分で買いに行け」

 

 稀代の存在、吸血鬼の心臓に針を刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 村を出た彼はその持ち前の身体能力と昔ながらの地図を駆使しながら旅路を往き、国境を跨ぎ(不法侵入し)。紆余曲折。

 

 

 さて、人々がカレンダーを買い替えるころには、彼はなんとなしにニューヨークに辿り着いていた。

 …正確には、たどり着いた時には間違いなく、ニューヨークであった場所だ。

 

 

「これは俺の眼が狂ったのか、気でも触れたのか」

 

 

 ニューヨークに来たつもりがどこか魔界にでも迷い込んだのか? 本気でそう思いたくなる光景に、彼はポツリと零した。

 

 手に持った地図で見れば、彼は確実に大都市の地理に立っている。しかし目前に広がるそれは間違いなく彼が思い描いていた街、あるいは一般的な都会のイメージとは致命的にかけ離れていた。

 というか目の前の光景が街であるということを脳が認識を拒否していた。

 

 流転する重力、天より下る高層ビルの先端。浮かぶ瓦礫は落ちることなく淀む空に留まり。赤紫の空が人々を圧殺せんと地に迫る。

 見るに、ひび割れ突き出した大穴から濃霧が噴き出しているようだ。下手すればこの街の何もかもが包み隠しかねないような勢いで溢れ出る霧は、もうあからさまに尋常の類のものではない。

 よく見ていると、幾匹かグロテスクな化物が霧から這い出している姿すら見受けられる。

 

「ああ…?」

 

 なにあれ。

 

 

 

 ジークのニューヨーク初上陸は『当日』の夕刻に行われた。

 特に何かをした覚えはないし、実際に特筆されるべきことは何一つ行っていない。

 初めて訪れるニューヨークで田舎には無いような大きなハンバーガーに齧り付き、大きさが変わろうと変わらないその味に空腹を満たした。橙色の摩天楼を眺めながら歩いて回り、安宿を見つけ、ほどほどに早く寝床についただけだった。

 

 数時間の眠りを経て、寝ぼけ眼を擦って部屋のドアノブを捩じってもみれば、そこは人外魔境と化しつつあるニューヨークの惨状が広がっていた。

 

 時にして大崩落開始より半刻。

 

 有史上最大の特異災害に巻き込まれた一般吸血鬼。血界の眷属である彼は困惑の最中にあった。

 眼前を轟音を纏い過ぎるビルの先端を見て、抱いた感想は単純明快、直截簡明。

 

「なんだこの…何だ?」

 

(困惑)

 

 

 

 ヴァングブルト流血闘術創始。血界の眷属。長老級。長く生きても一度として見たことが無いような超常に、ジークが上げた困惑の声は誰にも聞かれることなく何かが鳴らした爆音にかき消されていった。



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