俺の青春はマスクドライダー。 (G-3X)
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俺の青春はマスクドライダー。

思い付きで書いてしまいました。
軽い気持ちで読んでもらえればと思います。


「……面倒だな」

 

 俺は周囲を取り囲む、緑色をしたデカい緑虫達を前に、溜息を吐いた。

 はっきり言って普段の高校生活からボッチである俺が、こんなにも注目を浴びるなんて事は滅多に無いというか、皆無な訳だが、残念な事に彼等からはお友達になりましょうという友好的な雰囲気は一切感じられない。

 その代わりに、怖くないからこっちにおいでよ的な、誘拐犯が幼児にお菓子をチラつかせるのに近い、雰囲気を感じるのだが、そんな怪しい雰囲気以前に、ビジュアル的に近くに行くのは無理。

 というか、メッサ怖いわ。

 まだ、俺の所属する部活の氷の女王様の方が、見た目が人間な分だけ、まだ話し易いと思うぞ。

 

「帰らせてくれって言っても無駄なんだろうな」

 

 持っていたバックを投げ捨て、制服のブレザーの前ボタンを外しながら、俺は愚痴ってみるが、奴等がそんな優しさを持ち合わせているのならば、最初からこんなに俺が困ることも無かっただろう。

 

「早く帰らないと、家の可愛い妹が心配するんでな」

 

 周囲の緑虫達が臨戦態勢を取り続ける中で、俺は慣れた手付きで、ブレザーの下に予め仕込んでいた武骨なベルトのバックル部分に手を掛けると、その前半分が、半分程だけ開閉される。

 それを合図にするかの様に、何処からとも無く、緑と茶色でカラーリングが半々に分かれた、掌サイズのメカメカしいバッタが飛び跳ねながらやってきて、俺の手の中へと飛び込んで来た。

 俺はそのバッタの緑色の部分を表面にして、先程バックルを半分開けたところに差し込む。

 

「変身……」

 

今では慣れてきた、このお約束の言葉も、過去の消し去りたい黒歴史を今でも思い出すので、少しだけ恥ずかしい。

 

『ヘンシン・チェンジ・キックホッパー』

 

 そんな俺の羞恥プレイはさて置き、バッタを填め込むと、これまた聞き慣れた電子音が響き、俺の身体を、プロテクターが覆うかの様に変化していく。

 主に上半身をカバーする、メタリックなグリーンカラーの装甲と、バッタの顔をモチーフにしたと分かる、二つの赤い複眼が特徴的なこの姿を、人はマスクドライダーと呼ぶ。

 マスクドライダーと一口に言っても、俺だけという訳では無く、複数の人が居るらしい。

 俺は直接出会った事は無いが、兎に角他にも居るという事だけは、聞いている。

 ちなみに固有の名称もあるらしく、俺が変身するこの姿は、キックホッパーという呼称だそうだ。

 

 律儀にも俺の変身を待ってから、襲い掛かって来る緑虫達。

 そんな武士道精神を持ち合わせているのなら、最初から俺を見逃してくれないだろうか。

 同じ緑仲間なだけに。

 

「まあ、言って分かれば苦労しないかっと!」

 

 襲い掛かる緑虫達に辟易としながらも、俺は最初に近くまで来た緑虫の攻撃を難なく避けて、蹴り飛ばす。

 それに怯む事無く、奴等は果敢に俺を攻め立てる。

 ちなみにこの緑虫達。

 俺の知る知識では、ワームと呼ばれているエイリアンだ。

 何を考えているのかは知らないが、こいつ等は人間を襲う。

 ここまで言えば、察しの良い人は気付くかもしれないが、そんなエイリアンに対抗する事が出来るのが、マスクドライダーである。

 何でこんなボッチな高校生が、そんな正義のヒーローみたいな似合わない事をやっているのかだって?

 その意見には俺も同意だが、説明は少し後にして欲しい。

 今は戦闘中なので。

 

「ライダージャンプ」

 

 俺はワーム達に十分なダメージを与えてから、バックルに差し込んだバッタのレバーを反転させる。

 

『ライダージャンプ』

 

 瞬間的に跳躍能力が、強化され俺はワーム達の頭上へと飛び上るが、本番はここからだ。

 

「ライダーキック」

 

『ライダーキック』

 

 更にバックルのバッタさんを反転させると、今度はキック力が瞬間的に強化される。

 所謂、ヒーローお馴染の必殺技という奴だ。

 

「はっ!」

 

 短い掛け声と共に、適当なワームの顔面にキックを叩き込む。

 だがキックホッパーの蹴りはこれで終わりじゃない。

 キックホッパーの足には、ジャッキが付いているのだ。

 そして俺が放ったキックが、ワームに直撃すると同時に、そのジャッキが連動して動き、そのジャッキのパワーで俺は再び飛び別のワームへと次々に蹴りを叩き込んで、爆発四散させた。

 

「ふぅ……これで今日のノルマは終わりと」

 

 周りのワームを全て倒した事を確認した俺は、バックルの中のバッタさんを取って変身を解いて、愛しい妹が待つ、家路を急ぐ。

 

 こんなボッチで物騒な毎日を送るのが、俺こと比企谷八幡の日常である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は走る。

 それは何故か?

 理由は決まっている。

 己から逃れる為。

 しかしそれは抽象的な意味では無い。

 確かに少女は見たのだ。

 異形の怪物を……。

 その怪物が、自分となってしまった事を……。

 少女は力の限り、逃げ続けた。

 いつまでも、いつまでも。

 このままでは、永遠に差は縮まらないのでは?

 そう感じられた逃走劇であったが、予想外な一言によって、その均衡は脆くも崩れ去っていく。

 

「ねぇ、貴女は変わりたいと思わない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不幸だ」

 

 どこぞの有名な、ライトノベルの主人公の様な台詞を言ってしまった俺だが、残念な事に俺には幻想を壊す右手も無ければ、ハーレムを形成出来る甲斐性も無い。

 それどころか、友達も居ないと言って良いだろう。

 いや、別に欲しいとも思わないが、いや寧ろここまで来ると、友達が出来た方が負けだと思っているからね俺は!

 あ、でも養ってくれるお嫁さんは欲しいです。

 俺ってば、良い主夫になりますから、お買い得ですよ奥さん。

 

「比企谷。別に私は、お前を取って食おうという訳では無いんだぞ。寧ろ今という青春を無下に浪費しようとしている君に、部活という素晴らしい舞台を提供しようというのだ」

「部活で青春って……」

 

 俺は文句を言おうと口を開くが、これ以上何か言えば、痛い思いをすると分かり切っていたので、余計な事を言うのは、止めておく事にした。

 そもそも、何で俺がこんな某ライトノベルのハーレム主人公の口癖を言ってしまったのか。

 全ての原因は、今も有無を言わさずに、俺を連行しながら学校の廊下を歩くこの女教師が原因だ。

 キリリと凛々しい黒髪の美人な先生ではあるが、結婚のチャンスには恵まれず……。

 

「ぶっ!?」

 

 何の脈絡も無く、頭を叩かれた!?

 しかもグーで!

 

「何か失礼な事を考えていただろう?」

「……いえ、そんな事は無いですよ。先生は何時も美人だなと思っただけです」

「そ、そうか。なら、良いんだ……そうか、美人か……ふふ」

 

 どんだけ、結婚という単語に敏感なんだよこの人は!?

 というか、俺みたいな干支が、一周近く違う年下のお世辞で本気で照れるとか……誰か早く貰ってあげてよ!

 再び俺の心の叫びが届いたのか、平塚先生から俺は第二の衝撃を頭にプレゼントされた。

 

 そもそも、どうして俺が平塚先生に言われるがままに、強制的に部活動なんて、面倒極まり無いリア充の巣窟へと足を運ばねばならないのか。

 納得は出来ないが、どうも俺がこの前、書いた素晴らしい作文に問題があったらしい。

 俺としては、ぼっちである事への素晴らしさと、リア充達へと警告をする素晴らしい文章が完成したと自負しているのだが、どうやら俺の感性は悟りを開きまくっている為に、まだ現代日本の考え方では理解出来ない様だ。

 悲しい事だが、世間一般的に、ぼっちは悪である、というのが大多数の意見なのだろう。

 平塚先生はそんな少数派意見の俺を矯正するべく、こんなぼっちというオオカミを、羊の集団といリア充の中に放り込む気らしい。

 絶対に止めた方が良いと、俺は思う。

 だってそんな事をしたら、オオカミ何て、一瞬でお腹の中に石を詰め込まれて、池の奥に沈められちゃうぞ。

 先生はリア充の、容赦の無さを知らないのか!?

 それに今の俺には、残念ながら、部活に興じている時間も無い。

 将来は立派な主夫を目指す俺ではあるのだが、今はとあるアルバイトをしているので、これ以上の時間の捻出は避けたいのである。

 しかもこのバイトは、かなり特殊なので、先生にも基本的に知られたく無い。

 そんな訳でどうやって断ろうかと考えていたのだが、不幸な事に俺と先生は、目的である部室の前へと着いてしまった。

 というか、今更なのだけど、この部活って何部なのさ?

 言われるままに暴力に耐えながら、こうして来た訳だけども、情報が少な過ぎて、現時点では全く想像が付かんわ。

 唯一この時点で分かっている事は、特別棟にこの部室がある事から、スポーツ系では無いという事だろうか。

 もしもこれが団体系の野球やサッカー部だとしたら、俺は入部してから、一時間で退部する自信があるぞ!

 自分で言うのも何だが、俺の目は死んだ魚の様な目をしていると、家族からも評判だ。

 そんな奴が、やっと纏まり始めた野球やサッカー何て、集団行動が何より大事な団体様の中に入って見ろ。

 絶対に団結の輪が乱れるぞ。

 家の学校が、どれだけ部活に力を出しているのか定かじゃないが、もしも甲子園や国立を目指しているとしたら、こんなスーパーの鮮魚コーナーを彷彿させる奴は居ない方が絶対に良いだろう。

 

「それじゃあ、入るぞ」

 

 俺がそんな事を、脳内でシュミレートしている間に、平塚先生は何の躊躇いも無く、教室のドアを開ける。

 もしかしたら、特別な設備とかがあって、すぐに部活の正体が分かるかもと淡い期待をしたが、残念な事に、普通の机と椅子があるだけで、特に変わった物は見当たらない。

 倉庫として使われているのか、積み上げられているが、他に普通の教室と、対して違いは無いと言える。

 いや、普通の教室には無いものが、一つだけ……正確に表すのならば、一人だけ居た。

 一人でひっそりと本を読む少女。

 まるでこの世界から、其処だけが切り離されてしまったかの様に感じて。不覚ながら俺はただその女の子に見惚れてしまっていた。

 だが、それ以上に、俺は頭の中で面倒くさい事になったと、偶然の間の悪さを呪う。

 俺は彼女の名前を知っている。

 二年J組、雪ノ下 雪乃。

 所謂、この学校の中でも偏差値が高い、エリート組に属する上に、黒髪の美少女と言えば、学内では知らない者の方が少ない事だろう。

 だが、俺が面倒だと感じているのは、そんなところじゃない。

 問題は俺のアルバイト先から、言われている仕事の内容だ。

 其処には、静かに文庫本を読んでいる、雪ノ下が大きく関わっている。

 

「平塚先生。入る時にはノックを……」

 

 俺と平塚先生が教室に入って来た事に気付いた雪ノ下が、文庫本から目線を外して、文句を言う。

 どうやら平塚先生は、毎度この教室に入る時は、ノックもせずに開けるらしい。

 何の前触れも無く、いきなりドアが開くのって、結構びっくりするんだよな。

 

「それで、その死んだ魚の目をした人は?」

 

 俺が共感していると、平塚先生との話しが一段落したのか、俺の存在に雪ノ下が気付いた様だ。

 というか、例え事実だとしても、初対面の相手に正面から死んだ魚の目って、酷くない?

 泣いちゃうぞ俺。

 ぼっちはこういう風に、直接言われるのに、弱いんだからね。

 

「彼は比企谷八幡。入部希望者だ」

 

 平塚先生の紹介を受けて、俺は軽く雪ノ下に会釈する。

 本当ならば、何かしらの理由を付けて、こんな部活は早々にオサラバするつもりだったが、残念な事に事情は変わってしまった。

 俺はアルバイトの為にも、無条件でこの部活に一時的にとは言え、身を置く必要が出来てしまったのである。

 だから俺は、更に続く平塚先生から紹介という名の、俺に対しての謂れの無い罵詈雑言を黙って耐え続けた。

 しかも最後には、雪ノ下まで参加して、俺を殴る蹴るという躾で、矯正するべきなのではないかと提案してきたのである。

 この瞬間、俺の中で雪ノ下のイメージは、読書の似合う美少女から、氷のサディスト女王様へと変換された事は、言うまでもない。

 更には、俺の目を見て、身の危険を感じるとか……何様のつもりだよ!?

 あ、女王様でしたか。

 まあ、その辺りは平塚先生がフォローしてくれたのだけれど、小悪党呼ばわりはどうかと思います。

 これから一緒に部活動しようという話し合いの筈なのに、このままじゃ俺の性格が矯正される前に、心が折れて不登校児になるぞ、おい。

 

「なるほど……そういうことでしたら」

 

 しかも、これで納得しちゃったよ雪ノ下さん。

 凄い嫌そうな顔で、虫けらを見るみたいな目で、俺を見てるけどさ。

 

「そうか。では後は頼むぞ」

 

 この雪ノ下の顔と態度の何処に、安心出来る要素があったのか。

 平塚先生は、満足そうな笑顔で、教室を出て行ってしまった。

 いや、せめてこの空気を、もう少し明るくしてから出て行ってくれよ。

 むしろ、俺も一緒に連れて行って欲しいわ!

 

「……座ったら」

「え、はい」

 

 流石に俺が立ったままでだんまりしているのをみかねたのか、雪ノ下が適当な席に座る様に促す。

 言っておくが、俺にこんな絶対零度の視線を放ち続ける女王様と、対面で座る度胸なんて無い。

 だから俺は、少し離れた席で、腰を降ろしやっと一息吐く。

 俺が座った事で、興味を失ったのか、雪ノ下は再び文庫本を読みだす。

 その様子をなるべく雪ノ下に気付かれない様に、軽く観察した後で、俺はこれからどうするべきか考える事に時間を費やす事にした。

 

 結局、俺の入部した部活は何なんだろうかという疑問は残るが、それは後から平塚先生にでも聞けば良い。

 どちらにせよ、用事が済めば退部するのだから、知るのが早いか遅いかの違いだ。

 それよりも、問題は雪ノ下である。

 現状でも俺は、かなりの警戒心を雪ノ下に持たれていると自覚しているが、今回のアルバイトの内容状、このままでは厄介な展開となるかも知れない。

 

「……ねぇ」

「ん、どうしたよ?」

 

 何か突破口は無いかと考えていた、その矢先、意外な事に雪ノ下の方から俺に話し掛けて来た。

 ここは乗っておくべきだろう。

 そう考えて、俺は雪ノ下の次の言葉を待つ。

 

「比企谷君……あなたは宇宙人が居るって言われたら信じる方かしら?」

「宇宙人ねぇ」

 

 雪ノ下のこの問い掛け。

 一見すれば、誰もが一度はするかも知れない、宇宙人談義の切り出しにも聞こえるが、僅かながらに、今回のアルバイトで事情を知っている俺には、別の意味に聞こえた。

 

「そう。宇宙人よ。比企谷君は、本当に宇宙人は居ると思うの」

「……宇宙人は居ると思うけど、雪ノ下が言う宇宙人はどんなタイプなんだ?」

「私が居ると思う……」

「本当に居るかどうかは兎も角として、宇宙人って色んなタイプが居ると思うんだよな……例えば虫みたいな奴とかさ」

 

 俺の最後の一言に、雪ノ下は肩を震わせた。

 この反応は、確定と言って良いだろう。

 

「もしも……もしも、本当に比企谷君が言うような虫のエイリアンが居たとしたら、どんな存在なのかしらね」

 

 明らかに恐怖の入り混じった表情を見せながらも、気丈に振る舞う雪ノ下。

 聞かなければ、知らなければ、怖がらずに済んだかも知れない。

 だけど、雪ノ下には、真実を知る権利がある。

 そして本人が、それを知りたいと望むのならば、真実の一部だけでも語るべきだろう。

 

「今、この地球には、確認出来る範囲で人間以外にも、一種類だけ、高度な知性を持った生命体が居る。それは遠い宇宙からやって来た……ワームと呼ばれるエイリアンだ」

 

「……ワーム?」

 

「ワームは高い知性を持ちながら、地球の昆虫に近い上に、更に驚愕するべき能力を持ってる……それは擬態だ」

 

「擬態って、昆虫が自然に溶け込む方法の?」

 

「確かに地球の昆虫の擬態はその程度だけど、ワームの行う擬態はその種類も危険度も大きく違う。奴等は人間に擬態して人間社会の中に身を隠す」

 

 雪ノ下が思わず息を飲むが、それでも俺の話を聞き続ける姿勢を崩さずに居るので、俺は更に続きを話す為に口を開く。

 

「ワームは人に姿を変えるだけじゃなく、擬態した人物の記憶まで全てをコピーして、完全にその人物へとなり替わるんだよ……回りの隣人が気付かない間に、ゆっくりと確実に……そして最後は人類という種を自身の中に全て取り込み、この地球の支配者になろうと企んでいる」

 

 俺が其処まで話したところで、教室の扉が唐突に開かれる。

 扉を開けた人物は、この学校の女子生徒。

 二年J組、雪ノ下雪乃、本人と瓜二つの姿だった。

 

「ひっ!?」

 

 もう一人の自分の来訪に、雪ノ下の表情が恐怖に歪む。

 ……そう。

 ワームとは人間に擬態し、擬態した人物の記憶すらも完全にコピーしてしまう。

 そうすれば、された人間はどうなる?

 同じ記憶を持つ人物が二人。

 そんな事はあり得ない。

 だからこそ、人としての記憶すらも補完したワームは、こう考える。

 同じものは二つと要らない、ならば消してしまえば、己が唯一無二の本物となる筈だと。

 

「本当に私は困ったものね。往生際が悪くって」

 

 この場の沈黙を破り、先に言葉を発したのは、突如として部室へと乱入してきた雪ノ下だった。

 

「わ、私がもう一人……」

「そう、私は貴女。貴女は私。だから迎えに来たのよ」

 

 恐怖に震える雪ノ下に、もう一人の雪ノ下が微笑むが、その微笑みは何処か薄ら寒い。

 

「行くな雪ノ下、行けば殺されるぞ」

 

 俺は二人の雪ノ下の間に立ち塞がり、進路を妨害するが、薄ら寒い微笑みを浮かべる雪ノ下の方は、俺を見て脅威と感じなかったのか、更に俺の後ろで怯える雪ノ下へと語り掛ける。

 

「私と一緒になれば、貴女は変われるのよ。新しい自分に……それってとっても素敵な事じゃないかしら」

「新しい自分……」

「そうよ。私に貴女の残りの全てを頂戴。そうすれば私は、新しい貴女になれる。貴女は新しい私に生まれ変われるの」

 

 言葉だけ聞けば、まるでこうすれば幸せになれるのだと、導いている様にも聞こえるその言葉……。

 だけど俺には、ぼっちとしてその言葉は、ただの逃げの様にしか聞こえなかった。

 

「……なあ雪ノ下。何でそんなに変わんなきゃいけないって思うんだよ?」

 

 俺はあえて、両方の雪ノ下へと質問を投げ掛ける。

 

「だ、だって私は……変わらなくちゃ、今よりもっと……」

「そうだよ。私は変わらなくちゃいけない。だってそうしなくちゃ、私が私で無くなってしまうもの」

 

 俺の質問に答えた二人の雪ノ下は、態度こそ違うが、言っている意味は同じに思えた。

 これは雪ノ下に擬態したワームまでもが、雪ノ下の強過ぎるその信念に引かれていると言えるだろう。

 だからこそ気に食わない。

 

「何で変わる必要があるんだよ?」

「え? だって……変わらなくちゃ、前に進めないわ……」

 

 確かに変わる事は、必要かも知れないな。

 だけど……。

 

「変わらなくたって、この場で踏みとどまって、自分のまま頑張れば良いだろうが! 自分じゃなくなったら、それはもう雪ノ下雪乃じゃねぇんだぞ!」

「貴方に何が分かるのよ! 私の気持ちなんて、私以外の誰が分かるって言うのよ!?」

 

 何が雪ノ下を、ここまで変わる事に、固執させるのか、それは俺には到底分からない事だった。

 もしかしたら、その気持ちを本当に汲んでくれるのは、彼女に擬態したワームだけなのかも知れない。

 

「そんな寂しい事を言うなよ。まだ出会ったばかりだけどさ。俺達は部活仲間だろうが」

「……比企谷君?」

 

 俺が友達になってやるなんて、ぼっちの俺には言えた義理じゃない。

 だけど、頼りなくたって、雪ノ下がその場で踏ん張ろうとするなら、傍で見守ってやる位の事なら、俺みたいな死んだ魚の目をした奴だって出来る事なんだ。

 

「比企谷君だっけ……君すごく邪魔よ」

 

 僅かに怯える雪ノ下に変化が生まれたと感じたのか、もう一人の雪ノ下が薄ら寒い笑みに加えて、その視線に鋭い殺気を宿し、身体を変化させていく。

 丸みを帯びた外郭と、全身が緑の巨大な二足歩行の昆虫と思わしき姿。

 それこそが、俺が雪ノ下に話した、ワームの姿だ。

 

「なあ、雪ノ下。さっきの話にはさ、実は続きがあるんだ」

「え?」

「確かにワームは人類にとって脅威だった。でも人類は対抗組織を作り、ワームと戦う為のシステムを完成させたんだよ」

 

 俺は普段は閉じている制服のブレザーの前ボタンを開け、中に普段から着込んでいる武骨なバックルの中心部分を開けた。

 それを合図に、何処からか、軽快なステップ音を響かせて、メカニカルな掌サイズのバッタが俺の手の中に納まる。

 

「これがそのシステム……マスクドライダーだ!」

 

 俺はそう告げると同時に、バッタさんを何時もの様に、バックル中央へと宛がう。

 

「変身」

 

『ヘンシン・チェンジ・キックホッパー』

 

 そのままバッタ……俺専用のゼクターを差し込む事によって、俺の全身が劇的な変化を起こす。

 上半身を中心にして、メタリックグリーンの装甲に覆われ、その頭部もバッタを模した造形の仮面と特徴的な赤い二つの複眼によって覆われていく。

 ワームに対抗する為に製作された、マスクドライダーシリーズの一体、キックホッパー。

 それこそがこの姿である。

 俺の変身を前にして、我武者羅に襲い掛かって来るワーム。

 それに対して、俺は教室をなるべく荒らさない様に注意しつつ、この放課後ならば、人気も少ない筈の校舎裏へと誘導していく。

 主に両腕の鋭利な爪で応戦してくるワームに対して、俺は避け様にカウンターで蹴りを返す。

 そして、そのまま相手のワームがよろめき大きな隙を作った時、俺はこの戦いに勝機を見出した。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 ワームの隙を突き、ゼクターのレバーを反転させて、俺は大きく跳躍する。

 

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 更にゼクターのレバーを反転させる事で、俺はワームに対して必殺とも言える、強力な蹴りを叩き込む。

 必殺の一撃は容赦無く、ワームに決まり、跡形も無く爆発させて、この世からの痕跡すらも、全てを絶つ。

 

「……ふぅ」

 

 俺は戦いが終わった事を確認して、この戦いを最後まで見届けていた雪ノ下へと視線を送る。

 今更であるが、今回はワームに狙われた彼女を守る事が、アルバイト先からの指令だった。

 だけど、彼女にとってこうする事が、本当に良かったのだろうか。

 雪ノ下雪乃では無い俺には、幾ら考えても答えは出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下を狙ったワームを倒して、今回のアルバイトも無事に終えた俺は、頭を捻りながら、放課後の教室で一人、退部届と睨み合いを続けていた。

 

「そう言えば俺って、あの部が何部なのかすら知らなかったんだよな」

 

 確実に知っていそうなのは、平塚先生か雪ノ下ではあるのだが、先生は生憎と出張で居ない。

 残るは雪ノ下だが、ただでさえ話し掛け辛いタイプだというのに、昨日の一件も相まって非常に聞き辛かった。

 

「本当にどうするかな……」

 

 いっそこのままボイコットするのも手だが、それだと後が怖過ぎる。

 

「さっきから何を悩んでいるの?」

「いや、部活名を聞くのを忘れてだな」

「あら、そう言えばまだ教えていなかったかしら」

「そうなんだよ……ん?」

 

 さっきから誰と話してるんだと思ったら、意外な事に雪ノ下の顔が隣にあった。

 本気でびっくりしたわ。

 つい何時もの妄想独り言大会だと、勘違いした。

 まあ、俺程のレベルとなれば、脳内で妄想が生み出した俺自身と最近の政治について語るのも訳ないがな。

 消費税増税に断固反対!

 

「そんな事より、さっさと部活に行きましょうか」

「へ? な、何で?」

 

 俺は予想外にもさっぱりとした雰囲気を纏う雪ノ下に、思わず驚愕の声をあげてしまう。

 だってそうだろうよ。

 あんな事があった後だっていうのに……。

 

「比企谷君……あの時はありがとうね……その、助けてくれて。後、その部活仲間だって……」

「え? は?」

 

 雪ノ下が何かを言っているのは分かるのだが、あまりにも小さな声で言うので、何を言っているかまでは聞き取れない。

 ここでラノベの主人公ならば、フラグが立ったりしそうなもんだが、俺と雪ノ下の間ではまず有り得ない話だ。

 そんなどうでも良い事を考えながら、雪ノ下に手を引っ張られて、連れて来られたのは昨日も来た、部室。

 すると雪ノ下は、其処で振り返る。

 

「ようこそ、奉仕部へ」

 

 初めての出会いの印象は、まるで切り取られた世界の住人の様な少女。

 そして今の印象は、一枚の名画にも勝る、雪解けの春を告げる笑顔の少女だった。




連載では無いのでアシカラズ。


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手作りクッキーの気持ち

感想で連載を考えてみてはと、意見を貰いましたので、実験的に二話目も書いてみました。
次を書くかは完全に未定ですが、試験的なので御容赦くださいませ。



「な、何でヒッキーがここにいるの!?」

 

 放課後の奉仕部の部室。

 普段ならば、俺と雪ノ下しかおらず、静かな放課後としか言い様が無い部活だというのに、この今時な派手な少女が部室に入ってきた瞬間、唐突な終わりを迎えた。

 

 というか、この派手な茶髪女、俺の事を見てヒッキーって言ったよな。

 その自宅警備員みたいなニックネームは、もしかして俺の俗称なのか!?

 つうか、誰だよ。

 シャツのボタンを三つ位、開けまくって胸元の微かな谷間まで見えそうなんですけど。

 何なの? こんな純情な高校生男子の俺の目の前で、そんな破廉恥な恰好をしやがって。

 ついつい目が行っちまうだろうが、このビッチめ! けしからん。 全くもってけしからんお胸様ですね! ありがとうございます!

 

「……死んだ魚の目が、性犯罪者の目になっているわよ。比企谷君」

 

 ただ、思春期の少年らしい思考をしていただけだというのに、先程まで文庫本を読んでいた雪ノ下から侮蔑の視線を向けられ……いや結構酷い言葉も、一緒に貰ってるなこれ。

 性犯罪者とか、辛辣過ぎるだろ。

 そんな氷の女王様のお言葉を頂いたおかげで、俺の中のビーストは、すっかりと縮み込んでくれたので、そろそろこのビッチに、ちゃんと対応するべきだろう。

 

「俺がここに居るのは、部員だからだよ」

 

 不本意ではあるがな。

 結局ワームの件があった後の、あの雰囲気で、退部届を出すなんて、空気を読む事だけが特技である俺には出来る筈もなく、何時の間にか部員として定着してしまった訳だが、平塚先生から後で聞いた話しによると、俺には退部する権利は無いらしい。

 世界はぼっちに、厳しすぎる。

 

「そ、そうだったんだ」

「つうか、何で俺の事を知ってるんだよ? ビッチ」

「ビッて、いきなり何言ってんのよ! この変態!」

「俺みたいな紳士を捕まえて変態とは何だ。それよりも何で俺の事を知ってるんだよ。ビッチ」

「またビッチって言ったああああああああああ!」

 

 見たままに言っただけだというのに、何を興奮しているのだろうか。

 やはりビッチの思考は、俺には理解出来ん。

 

「話しが進まないから黙りなさい。変態紳士」

「おい、その二つを合体させるんじゃない雪ノ下。俺は露出趣味の執事になった覚えはないぞ」

「同じ事を二度も言わせないでくれるかしら。それともこの腐った魚の目をした変態には、厳しい躾をしてあげないと、自分の立場すら理解出来ないの?」

「……すいませんでした」

 

 間に入った雪ノ下の、鋭い眼光によって、俺は黙る事にした。

 何、あの鋭い眼光。

 ワームが擬態してるより、よっぽど怖いんですけど。

 

「貴女は確か、二年F組の由比ヶ浜 結衣さんよね」

 

 と言いながら、雪ノ下は適当な椅子を引っ張り出して、ビッチ改め、由比ヶ浜に座る様に促す。

 え、というか、雪ノ下が言ってる事が正しいなら、このビッチって俺と一緒のクラスじゃねえかよ。

 全然気が付かなかったわ。

 いや、もう見た目からしてリア充な感じで、直視出来なかったから、仕方ないわ、うん、俺は悪く無い。

 

「あれ、私のこと知ってるんだ?」

「まあね」

 

 進められるがままに席に座った由比ヶ浜が、雪ノ下に問い掛け軽く応対する。

 

「ユキペディアさんなら、学校の全生徒の名前でも覚えてそうだからな」

「その不愉快な呼び方は止めてくれるかしら。それと私、直接会うまで比企谷君のことは全く知らなかったのよ。眼中に無かったと言って良い程にね」

「どうして俺の存在をディスるんだよ」

「あら、そんなことは無いわよ。ただ私の弱い心が、貴方の様な変態紳士の存在を本能的に居ないものと認識していただけなのだから、比企谷君は何も悪くないわ」

「良い笑顔で良い事を言ってる風にしつつも、俺を頑なにディスり続けるの止めてくんない」

 

 いい加減にしないと、俺泣くよ。

 ぼっちの心って、かなり繊細なんだからな。

 

「なんか……二人とも仲良いんだね!」

 

 突然何を言い出すんだ、このビッチヶ浜さんは?

 俺と雪ノ下が、仲良く見えるだと。

 ここまで人を容赦無く攻め立てる女王様と、ぼっち紳士の会話は、この女にはSとMな性的趣向の者達でする一種のプレイにでも見えているのだろうか、流石はビッチ。

 

「いや、ほら、二人ともなんか遠慮しないで好きなこと言ってるし、ヒッキーはクラスだと誰とも喋らないのに、部室では凄いお喋りなんだなって! 教室だとなんか動きがキョドッててキモいし!」

 

 あっけらかんと言うが、雪ノ下は、初めて会った時からこんなもんだぞ。

 それと、お前も俺をディスるか。

 教室での俺って、其処までキモいの……ああ、きっとこうやってリア充ビッチが、言う分には世間様から見てもキモいんだろうな。

 

「……このビッチが」

 

 ついこの世界での俺への風当たりの強さに苛立ち、俺は口を滑らせていた。

 

「あああああ!またビッチって言ったあああああああ! キモい! ウザい! あり得ない!」

 

 はい。

 女の子から言われたら、男の子が凹む言葉、三連発を頂きました、やったね八幡君。

 というか、ビッチと言われたくないのなら、まず俺をヒッキーと呼ぶのを止めろ。

 そんな苛めとしか思えないニックネームを、スクールカースト上位の奴から言われたら、心の弱いぼっちは本気で引き籠るぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ここは奉仕部のある特別棟からも程近い、調理実習室。

 どうしてそんな場所に居るかだって?

 それは、奉仕部の活動の為ですが何か。

 部室にやってきた由比ヶ浜は、平塚先生にアドバイスされて、やって来た今回の依頼主だった訳だ。

 そもそもこの奉仕部とは、どんな活動をする場所なのかというと、ぶっちゃけて言えば、生徒の為のお悩み相談室と言ったところだろう。

 教師と生徒では無く、生徒同士で、悩みを共感し、共有して解決に努める。

 まあ、何とも面倒な類入る、部活動だと言えるだろうなこれは。

 それこそ、こんなのは生徒指導の先生の領分なんじゃないのとか、生徒会が目安箱でも設置すれば何て思いもするが、平塚先生いわく、それじゃ生徒の方がまず尻込みしてしまい、相談にすら来ないだろうと言う。

 確かに俺もそう思うが、学校生活ってそんなもんだろ。

 話を戻すとしようか。

 俺と雪ノ下に、由比ヶ浜の三人で、調理実習室に居るのは、今回の依頼主である、由比ヶ浜の要望を叶える為だ。

 由比ヶ浜の依頼内容は、とある人物に、手作りのクッキーを渡したいとのこと。

 美少女の手作りクッキーをプレゼントとか、何処のラブコメだよ。

 あれって、フィクションの世界で言うとこの、現実の団体や人物は一切関係ありません的な何かじゃなかったっけ。

 まあ、由比ヶ浜が誰にプレゼントを贈るのだとしても、俺には何の関係も無いのだけどな。

 せめて一言だけ言わせてもらうとしたら、リア充は爆発しろ! いや、むしろ俺がライダーキックで爆発させてくれるわ! といった程度のものだ。

 

「というかさ、手作りのクッキーとか、友達にでも頼めばそれで良いだろうが」

 

 由比ヶ浜が言うには、料理に自信が無いから手伝って欲しいとの事なのだが、こんなのは他に料理の上手い友達にでも頼めば良いことだろう。

 

「それは、その……」

 

 何故か由比ヶ浜が、困った感じで俺を見る。

 そんな目配せされても、何を言いたいのか分かる訳が無いだろう。

 俺は他人と普通に会話でのコミュニケーションを取る事さえ、難しいぼっちなんだぞ。

 プロのサッカー選手みたいにアイコンタクトをマスターしてたら、今頃は綺麗な目をしてリア充の輪の中へ溶け込んでるだろうよ。

 ……いかん、想像したら、何だか気持ち悪くなってきたわこれ。

 きっと、雪ノ下に今の想像した架空の俺を話したら、優しげな瞳で現実を見なさいって止めを刺されるぞ、絶対に。

 今日のジュース代位だったら、賭けても良い。

 

「その、あんまりこういうのって、雰囲気的に友達に知られたく無いし、マジっぽいのってキャラじゃないかなって……」

「ふぅん、そうですか」

 

 アイコンタクトどころか、直接聞いてみても、良く分からなかった。

 強いて理解をしようと努めるのならば、普段からつるんでいる友達には、こういったタイプの悩みは相談しにくく、料理に関して努力している姿を見せたくないといったところか。

 

「それに平塚先生から聞いたんだけど、この部活って何でも生徒のお願いを叶えてくれるんだよね!?」

 

 瞳を輝かせながら、由比ヶ浜が言うが、奉仕部がそんな七つの玉を集めれば的な某名作、大人気少年漫画な訳が無い。

 

「いいえ。奉仕部は手助けをするだけよ」

 

 溜息混じりに雪ノ下が諭す。

 まあ、多少の誤解があった様だが、由比ヶ浜も雪ノ下の説明で、正しく奉仕部の活動を理解した事だし、これでやっと本題に入ることが出来るというものだ。

 

「そんで、俺は何をすれば良いんだ?」

 

 この調理実習室の中で、エプロンを装着していないのは俺だけ。

 つまり、RPGでいうならば、初期装備の布の服すら着ていないに等しい状態。

 素手で戦う職業の武道家だって、最低限の防具は身に着けるぞ。

 武器や防具はきちんと装備しなければつかえないのじゃぞ、という言葉は過去から未来に掛けてRPG業界に残る名言と言える。

 

「味見をして、感想を言ってくれれば良いわ。変態紳士でもそれ位なら出来るでしょ?」

「優しい笑顔で、俺をディスるの、本当に止めてくれませんかね」

 

 これが雪ノ下なりのフレンドリーな接し方だとしたら、その内、俺の胃に穴が空くぞ本気で。

 まあ、普段からのジャブに等しい俺と雪ノ下の会話はさて置き、雪ノ下による、お料理教室が始まったのだが……。

 

「……何故、あれだけの失敗を繰り返せるものなのかしらね。理解に苦しむわ……」

 

 全ての工程を終えて、完成したクッキーを見た雪ノ下が、眉間に皺を寄せる。

 俺は完成品の一つを摘み上げて、しげしげと観察してみた。

 

「えっと……今日のレシピは木炭作りだったか?」

 

 じゃあ、木炭を作った次は、炭火焼の焼き肉かな? 楽しみだわー。

 

「こ、これはクッキーだから! 木炭じゃないもん……あれ、やっぱり炭……これって食べられるのかな?」

 

 最初こそ俺の言葉に猛抗議する由比ヶ浜だったが、冷静に自分の作った食えば確実に発がん性物質の毒物を見て後半では、俺が言ったことよりも低い評価を自分で下した。

 

「さて、これからどうするべきかしらね」

 

 使った調理器具を整理しながら、雪ノ下がこれからどうするべきか、意見を募る。

 どうやらこの試作第一号となる、由比ヶ浜のお手製クッキーは、味見をする以前の出来であると早々に判断したらしい。

 これは素晴らしい決断だ。

 何故ならば、味見役である俺が、非常に助かる。

 なれば、俺もその恩に報いる為に、良い意見を述べるべきだろう。

 

「一番の解決策は、由比ヶ浜が料理をしないことじゃないか」

「それじゃ意味が無くなっちゃうじゃない!」

「駄目よ比企谷君! それは最後の手段だから」

「え、それで本当に解決させちゃうの!?」

 

 まあ、そんな訳で結局は努力という根性論に至り、クッキー教室リベンジ編、修羅の章の幕があがった。

 途中で諦め掛けた由比ヶ浜に対して、雪ノ下の辛辣な言葉が重なり、クッキー作りもこれで終わりかという雰囲気になりかけるが、意外な事に、雪ノ下の口から吐き出された強烈な毒とも言える言葉は、由比ヶ浜のカンフル剤となって、料理教室は続行される事となる。

 これが普通の物語ならば、途中の経過は省かれて、努力の結果が実ってハッピーエンドとなるのが通例と言えるだろう。

 だが、現実はそんなに甘いもんではない。

 

「全然違うよ……」

「どう教えれば、ちゃんと伝わるのかしらね……」

 

 努力を続けた事で、完成したクッキーの山の前で、由比ヶ浜と雪ノ下は意気消沈としていた。

 主にクッキーの山は二つに分かれている。

 片方の山は、香ばしい食欲をそそる焼き菓子の香りを漂わせている。

 残るもう片方の山からは、焦げ臭い危険な香りが鼻を襲う。

 勿論、クッキーとして存在が確定している方は、雪ノ下が見本にと作ったものだ。

 基本的に由比ヶ浜のクッキーを味見するのが、俺の役割ではあるのだが、少しだけ食べさせてもらったところ、めちゃ美味い。

 作った本人があんなに毒舌なのに、そのお菓子がこんなにも甘くて美味しいなんて、あれ? これって新しいツンデレですかね?

 それに比べて、もう片方の戦場の香りを漂わせる山を形成した由比ヶ浜のクッキーは、そりゃあ酷いものだった。

 度重なる雪ノ下先生の、厳しいまでのスパルタ特訓によって、最初の試作一号と比べれば、どうにか食べられる範疇にまではなっているものの、口に入れた瞬間に広がるのは、何処までも広がり続ける苦味だけ。

 良薬は口に苦しなんて言うが、これは間違い無く、ただの毒だと断言出来る。

 しかし、俺は落ち込む二人を見て、あえて言いたい。

 

「あのさ、何でお前等は美味いクッキーを作ろうとしてんの?」

 

 俺の問い掛けに、消沈していた二人が起き上がる。

 

「はあ?」

「何を言っているのかしら?」

 

 その反応は、二人とも、意味が分からないという感じだった。

 どうやら、この二人の美少女には……いや、だからこそ男心というものが、理解出来ないらしい。

 

「10分後にもう一度……」

 

 俺はこの依頼を完遂する為に、作戦通りの行動を開始しようとした。

 だがその途中で、気付いてしまった。

 本当は気が付かない方が良かったのかも知れない。

 しかし、気付いた以上は、放っておく訳には、いかないだろう。

 この調理実習室を覗く、二つの影。

 その影の片方は、なんてこと無いが、もう片方の影から、一つの可能性が浮き彫りとなる。

 

「……今から俺が呼ぶまで、奉仕部で待っててくれ。そしたらお前らに本物のクッキーて奴を教えてやる」

 

 俺はそれだけ告げて、二人を調理実習室から追い出して、念の為に由比ヶ浜が作った苦味マックスクッキーを幾つか小皿に分けた。

 出来れば、これからの行動で、このクッキーの出番が無い方が良いとは思う。

 だけど、それは俺の願望であり、由比ヶ浜の努力と想いを汲むのであれば、我ながら最低な選択をしたとしか考えられないが、こうする他に無い。

 二人が調理実習室を離れたのを見計らい、俺も調理実習室を出る。

 その際に、こう言っておく事も忘れない。

 

「おい。隠れてないで出て来いよ。取り敢えず裏庭で話そうぜ」

 

 俺の言葉に二つの影が、小さく動きを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の少女は、来た道を戻っていた。

 目的の場所は、先程まで居た調理実習室。

 その理由は、何てことは無い。

 ただ単に、料理をする際に、万が一が無い様にと置きっ放しにしてしまったケータイを取りに来ただけである。

 運命の悪戯か。

 それとも必然だったのか。

 この行動が、少女が本来であれば、知らずに済んだ筈の現実を目撃する事となってしまう。

 

「おい。隠れてないで出て来いよ。取り敢えず裏庭で話そうぜ」

 

 次の角を曲がれば、目的の調理実習室のところで、少女の耳に、聞き覚えのある声が響く。

 しかし、その声には多少の違和感があった。

 普段は覇気の無い、感じの声だというのに、何処か真剣味を帯びた声。

 何があったのかと思い、少女は曲がり角の死角となる場所から、こっそりと覗き見る。

 少女は目撃した。

 少年が居たことは、声が聞こえていたから、分かっていた……問題なのは、少年が声を掛けた対象。

 一人は、少年と同じ学校のブレザーを着た同年代の男子生徒。

 それだけならば、特に何の問題もなく、少年の知り合いだと思っただろう。

 しかしその場に居たのは、少年と男子生徒だけではなかった。

 今、目の前に広がる光景を、少女は、現実だと受け止める事が出来ない。

 何故ならば、少年の目の前には、異形の怪物が居たのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は放課後、人気の無い裏庭で、同学年の男子生徒と対峙していた。

 だが、対峙しているのは、その男子生徒だけではない。

 というか、その存在を隣に従えている事から、男子生徒とて、本当の意味でこの学校の男子生徒とは言えない存在だろう。

 男子生徒の隣に居る存在。

 虫に酷似した造形を持つ、人型の異形の緑の皮膚を持つ怪物、ワームである。

 

「それで、僕に話しって何かな?」

 

 まず最初に口を開いたのは、黒髪の優顔の男子生徒。

 表面的には、優しげな態度だが、何処か嘘くさい。

 それも、奴等の持つ特殊な能力のせいだろう。

 

「単刀直入に聞く。お前等の目的は何だよ」

 

 本当は聞かなくても、何となくだが分かる。

 こいつ等の目的を考えるなら、胸糞悪い事だと。

 それでも俺は、こいつの口から聞かなくちゃならない。

 俺の考えが事実だと、確認する為にも。

 

「君は、驚かないんだ」

「良いから話せよ」

「……せっかちだな君は」

 

 俺への気遣いだとしたら、そんなもんは要らない。

 そもそも、そんな間柄では無いのだから、互いに気遣う理由も無いだろう。

 

「僕は由比ヶ浜さんが好きなんだ」

 

 優男の真摯な愛の告白。

 由比ヶ浜という今時の美少女が、慣れないながらに必死で作った、焦げまくりの苦いクッキー。

 単純ではあるが、こんなワードが揃えば、大衆受けのするラブストーリーの一つも完成する事だろうな。

 だけど、俺は知っている。

 現実はそんなフィクションみたいに、甘くは無い。

 何時だって現実には、残酷な結末が待っている……。

 

「だから、彼女にも、僕達の仲間になって貰いたい」

 

 そう言いながら、男子生徒は隣に従えるワームを見て微笑む。

 変わらぬ笑顔を保ち続けてはいるが、その笑顔には、嫌悪感しか抱く事が出来ない。

 

「お前は……そいつに由比ヶ浜を擬態させるつもりなんだな?」

「……へぇ。君って僕達に詳しいんだね」

 

 俺の問い掛けに、若干だが男子生徒の雰囲気が変わる。

 それと同時に、奴が俺の問いを否定しなかった事から、俺の予測が、最悪の形で現実となってしまった事に気付く。

 本当に胸糞が悪くなるが……。

 だけども、だからこそ、これだけはやらなければならない。

 俺の自己満足でしかないが、せめて由比ヶ浜の努力を意味のある物にしたかったから。

 

「食え」

 

 俺は男子生徒に由比ヶ浜が作ったクッキーを突き出す。

 

「これは?」

「由比ヶ浜のお手製クッキーだ。食ったらちゃんと感想を言えよ」

「……分かったよ」

 

 男子生徒は、皿のクッキーを受け取り、黒焦げのクッキーを口にして味わって食べる。

 

「……うん。美味しかったよ」

 

 俺は、ついさっきまでクッキーの味見役をしていた身だ。

 御世辞にも美味いなんて、言えない味なのは、良く分かる。

 それでもこいつは美味いと言った。

 ただのお世辞か、それともこいつの中にある本物のこいつの気持ちか。

 しかし、この言葉で、少なくとも救われる気持ちがある。

 それならば、きっとこの行動にも意味はあると、俺は信じて残酷な選択を実行出来るんだ。

 

「さてと、それじゃあここからはお仕事の時間だ」

 

 俺はそう言いながらブレザーのボタンを外し、下に仕込んでおいた武骨なベルトのバックル中央を開く。

 そうする事によって、出番を待っていたとばかりに、ピョンピョンと飛び跳ねながら俺の相棒であるホッパーゼクターが姿を現し、最後の一飛びで俺の手の中へと納まる。

 これ以上にやる気の起きない仕事も、中々無いと言えるだろう。

 今から俺がしようとしている事は、誰かの一途な気持ちを無へと返す事と同義。

 だが、躊躇する事は出来ない。

 俺が迷えば、それはまた別の悲劇を一つ増やすだけなのだから。

 

「……変身」

 

 全ての気分が悪くなる、言葉に表す事が出来ない気持ちを飲み込んで、俺は言葉を紡ぎ、ホッパーゼクターを、バックルへと差し込んだ。

 

『ヘンシン・チェンジ・キックホッパー』

 

 俺の身体が変化を起こし、上半身はメタルグリーンの装甲に覆われ、バッタを模した仮面に、赤い二つの複眼を持つ、戦う戦士の姿に変わる。

 宇宙から来た、人類を狙うエイリアン。

 ワームに対抗する為に作られた、マスクドライダーシステム。

 そのシリーズの一体が、今の俺、キックホッパーだ。

 

「へえ。やけに僕達に詳しいと思ったけど、そういう事か。それじゃあ、僕も本気を出さないとね」

 

 俺の変身を見た男子生徒は、変わらぬ笑顔のまま、人としての姿を捨て去り、異形の怪物へとその身を変化させる。

 通常の緑のワームでは無い。

 若干細身の白い肉体に、蜘蛛の様な顔の造詣と背中から延びる、六本の虫の様な細い脚。

 間違い無く、奴はワームの成体だ。

 つまり、奴はワームとしてかなりの成長を遂げた存在だということ。

 

「お前の擬態した本物はどうした?」

「本物? もしかして人間だった時の僕かな? それならもう一年位前に僕が消しちゃったよ。この世に僕がもう一人居ても仕方が無いからね」

「……そうか」

 

 どんな答えが返ってくるのか、予想は出来ていたんだ。

 それでも、一縷の望みに賭けて、聞きたかった。

 だからこそ、もう迷わない。

 

「はああああああああ!」

 

 俺は、自分自身に最低限の気合を入れる為に、叫び地を蹴る。

 向かう先には、二体のワーム。

 だが、俺が辿り着くよりも早く、成体のワームの姿が掻き消えてしまった。

 その直後に、俺の全身を不可視の衝撃が襲う。

 ワームの能力の一つに、擬態がある。

 しかし、ワームの能力は、それだけではない。

 成体となったワームだけが、持ち得る能力、クロックアップ。

 本来の時間軸から外れ、超高速の時間に身を置くという。

 通常の時間しか認識出来ない者では、視認する事すらも出来ない。

 一見すると無敵とも思えるこの能力であるが、決して攻略不可能という訳では無いのだ。

 

「これ以上、好きにさせるかよ! クロックアップ!」

 

 俺は不可視の攻撃を受けながらも、ベルトの側面のスイッチを押す。

 

『クロックアップ』

 

 同時に流れる音声と、確実に変わる時間の感覚。

 クロックアップへの対抗策。

 それは、同じ立場に立つ事で、クロックアップで得るメリットを、完全に中和してしまう事である。

 マスクドライダーは、ワームに対抗する事を目的として作られたシステムだ。

 それはクロックアップですら、例外ではない。

 だからこそ、マスクドライダーもクロックアップが出来る様に、設計されている。

 

「これ以上、好きにさせるかよ」

 

 俺がクロックアップした事によって、再び視認する事が出来たワームに、俺は全力で駆け寄る。

 近付かせまいと、ワームは蜘蛛に似た口から、太い糸を吐き出して動きを阻害しようとするが、俺はその糸を軽いフットワークで避けて、拳を叩き付ける。

 その際に生まれる砂埃などが、まるで空中で止まっている様な現象が起こっているが、それは俺達がクロックアップという違う時間の流れの中に居るからこそ、体感出来る現象だ。

 しかし、その時間も終わりが近い。

 だからこそ、俺はここで一気に勝負へ出る。

 

「はっ!」

 

 俺は強烈な蹴りで、成体ワームを吹き飛ばし、すぐさまホッパーゼクターのレバーを反転させる。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 瞬時に脚力が強化された事を確認して俺は、空高く跳躍した。

 そのまま空中で、俺は更にゼクターのレバー部分をもう一度、反転させる。

 

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 続いて強化されたキック力を武器に、俺は必殺の蹴りをワームへと叩き込む。

 狙うはクロップアップの効果によって、本来の時間軸に取り残された幼生のワームだ。

 ワームにライダーキックを叩き込んだ事によって、脚部のジャッキが稼働して、俺は再び宙へと舞い上がる。

 次に狙うは、成体のワーム。

 

「はあああああああああああああっ!」

 

 俺は叫び、そのまま、二回目となるライダーキックを叩き込み、ほぼ同時に、クロックアップの制限時間を迎える。

 

『クロックオーバー』

 

 ベルトから聞こえる音声を合図に、再び時間は俺の知る、通常の時間へと戻っていく。

 二体のワーム同時に爆発して最後の時を迎え、舞った砂埃も瞬時に風に流れて消えていった。

 俺は勝利したと実感するが、喜びよりも、全てが終わったのだという現実に気付き、空しさを覚える。

 そして一つの決心をする。

 せめて彼女に、希望となるかも知れない、彼の残した最後の言葉を伝えようと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奉仕部に行く途中。

 本来ならば、部室の中に居る筈の奴が居た。

 

「こんなとこでどうしたんだよ。由比ヶ浜」

「あ……ヒッキー」

 

 由比ヶ浜は廊下の壁に背を預けながら、俺の顔を覗き込むが、何処か様子がおかしい。

 

「何かあったのか?」

「えっと、あのさクッキーの事なんだけどさ」

「ああ、それなら、今から迎えに行こうと思ってたんだよ」

「別にそれは良いんだけどさ……」

 

 言いたい事があるのだろうとは分かるのだが、何を言いたいのかまでは分からない。

 別に由比ヶ浜が何を言おうとしているのか、無理に知ろうとも、俺には思えなかった。

 なら、俺の言いたい事を言って、それで自己満足して、これで話は終わりにしよう。

 

「なあ、由比ヶ浜。お前って、手作りのクッキーを渡したい奴が居るんだよな」

「え、う、うん」

「実はその相手だと思う奴が、調理実習室に来てだな。お前が作ったクッキー、美味かったって言ってたぞ」

「そ、それはちが……えと、違わないかも……でもさ、あのクッキーって凄く不味いって私も分かってるからさ。変に気を遣わなくて良いよ」

「いや、あのクッキーは確かに美味かった。それは間違い無いぞ」

「へ?」

「男ってのは単純なんだよ。好きな女の子が、自分の為に作ってくれたなら、何だって美味いんだっての」

「……ヒッキーもそうなの?」

「ん、ああ。そりゃ俺だって男だからな」

「そっか……そうなんだ」

 

 何だろうか。 

 さっきまで、やけに沈んでいたのに、急に元気になって来たぞ。

 

「それじゃあさ、今度はユキのんと、ヒッキーにも作って来てあげるね」

「おいちょっと待て。そのユキのんってのは、まさか雪ノ下の事か!?」

 悪い事は言わないから、止めておけ。

 絶対に氷の女王の逆鱗に触れるぞ。

 それと、いい加減に俺をヒッキーというのも、勘弁してくれ。

 しかし止める間も無く、由比ヶ浜は、廊下を走り去っていく。

 せめてエプロンは、外して行けと思うが……。

 それにしても、思ったよりも、動揺しなかったな、由比ヶ浜。

 もしかしたら、元から俺の勘違いで、由比ヶ浜がクッキーを渡そうとしていた相手は、あの男子生徒では無かったのかも知れない。

 ……だとしたら、俺のした事ってなんなんだよ!?

 そう考えたら、急に恥ずかしくなってきたわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 孤独を愛する少年は気付かない。

 一人の少女の秘めたる想い。

 その想いは、まだ小さなつぼみだが、未来へと続く夢に満ちている事を。



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ぼっち勧誘

どうもお久し振りです。
またしても書いてしまいました短編だというのに三回目。
まあ、今回は薄味の説明会みたいな感じですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
さしてこれも毎回となりますが、続きを書くかは完全に未定となっておりますので、アシカラズ。


 偶然という言葉は、便利なものだ。

 あり得ない出来事が起こったとしても、それは偶然だと片付けてしまえば、全ては丸く収まる。

 しかし偶然が重なったとしたら、それは本当に偶然だと言えるだろうか。

 確かに一度目は、俺も偶然だと思ったさ。

 確率的には低いが、無いとは言い切れない。

 だから一度目は、何とも思わなかった。

 しかし、それがもう一度、続けて起こったとしたら?

 それには、明確な意思が存在すると言えるだろう。

 

「そういう訳で、説明してくださいよ。平塚先生」

 

 俺は職員室に呼び出されたついでに、質問をしてみた。

 元々は、俺が熊を題材として、現在の忌むべき集団生活文化へと向けたアンチテーゼが、ちょっと過激だった為か、呼び出された訳だが、俺の完成されたぼっち理論が、この世界では認められていないのは、残念ながら俺自身も認めている部分があるので、半ば諦めている。

 

「何がそういう訳なのか分からないが、少なくとも反省する意思が無いことだけは理解した」

 

 笑顔で答えてくれる平塚先生ではあるが、俺を頭を脇に挟んで、アームロックを仕掛けられていることから、笑顔に反して予想以上に怒っているのだけは理解した。

 というか、この態勢だと俺の片頬が平塚先生のたわわなお胸様に、当ってしまっているのですが!?

 なんという過酷な罰なんだ。

 このままじゃ、俺は駄目になる。

 いや、寧ろこのまま駄目になりたいです。

 いい加減に俺を解放しないで……いや間違えた、解放してください! あ、でも、もう五分くらいはこのままでもと、俺の中に潜むお年頃な男の子というビーストが、囁いている気がしないでもない。

 そして暫く、平塚先生のお仕置きを堪能、いや耐えた後、改めて俺はするべき質問を平塚先生へと問い質す。

 

「考えてみれば、最初からおかしかったんですよ。雪ノ下の近くに都合良く、俺を連れて来たのは先生でしたよね。その次に、相談者として由比ヶ浜を、奉仕部に送り込んだのも先生だった。流石にこれを偶然だと片付けるのには無理があると思うんですよね」

「……まあ、そろそろ隠しておくのも、潮時だとは思っていたしな」

 

 ここは、あくまでも職員室。

 当然ながら、他の先生達は勿論、俺の様に何らかの用事があって、職員室を訪れている生徒だって居る。

 だからこそ、重要なキーワードを意図して出さずに話した俺ではあったが、平塚先生はさっきとは別の深みのある微笑みを浮かべ、俺の問いに肯定とも言える言葉を返す。

 

「しかしここでは、話辛いだろう。今なら生徒指導室が空いていたな……付いて来たまえ」

「うっす」

 

 俺は周りから見れば、平塚先生に連行される様な形で、職員室から離れて、少し離れにある、生徒指導室へと向かった。

 廊下を歩きながら、俺は少し前を歩く平塚先生を見る。

 そう言えば、俺が奉仕部に初めて連れて行かれた時も、こんな構図だったな。

 今を思えば、あれから俺の生活に、若干の変化が起きたのだが、そうだとすると、これから起こる出来事が、また俺の生活にこれ以上の変化をもたらすのではないかと、邪推してしまう。

 離れていると言っても、同じ校舎の中。

 辿り着くまでに、そんなに時間は掛からない。

 誰も居ない生徒指導室に入り、近くの椅子に座る、平塚先生。

 

「長い話になるだろうからな。君も座りたまえ」

 

 俺は平塚先生に促されるままに、席に着いた。

 

「さて、まずは何処から話そうかな」

「取り敢えず最初から、説明して貰えると嬉しいんですが」

「そうだな。こう言えば分かり易いか。君が学校に秘密で行なっているアルバイト。そのバイト先の君の直接の上司が私だとでも言えば、納得してもらえるかな?」

「……やっぱりですか」

「思ったよりも、驚かないんだな君は」

「ええ、何となく予想はしてましたから」

 

 元を正せば、俺がアルバイトを始めた経緯は、とても理不尽で、唐突な出来事だった。

 思い出すのは、去年の一年生の頃。

 まだ俺が初々しい、一年生ぼっちをしていた時である。

 ただでさえ、知らない人と話す事に、抵抗があり苦手だというのに、入学式の初日で事故に遭い、入院していた俺に、ぼっちとしての隙は無かった。

 まあ、俺の最強ぼっちロードは、またの機会にでも語ろうと思う。

 肝心なのはアルバイトを始めた、経緯だったな。

 去年の事故から退院して、足のギブスから解放され、遅ればせながら高校に通い始め、一週間が過ぎた頃だったか。

 その日は夕飯が愛する妹の作るクリームシチューになる筈が、残念な事に冷蔵庫の中の牛乳が切れてしまっていた。

 無理をすれば、カレーにメニューを変更する事だって出来たのだが、あの時の俺の口は既にクリームシチューを欲していたのである。

 そんな訳で普段は遅くまで外を出歩かない俺ではあるが、急ぎ最寄りのコンビニに牛乳を買いに行く事にした。

 今を思えば、この時の選択が、間違いだったのかも知れない。

 俺は帰りの人通りが少ない、夕暮れの町中。

 ワーム達に襲われたのである。

 現実とは信じられない、怪物の登場。

 その怪物が、一瞬で俺とそっくりな姿に変わり、再び怪物となって詰め寄る。

 恐怖によって足が竦みながらも、何とか逃げる為に走る事が出来た当時の俺を、今更ながら褒めてやりたい。

 どれだけ逃げても、ワームから逃げる事は出来なかった。

 少しずつ、疲弊して俺は追い詰められていく。

 我武者羅に走り、何時しか走る体力よりも前に、未知への恐怖によって、先に気力が尽きかけたその時だ。

 今では俺の相棒として長いホッパーゼクターが、普段から俺が身に着けているベルトと、一枚のメモ用紙を括り付けて現れたのである。

 メモ用紙には、ベルトとホッパーゼクターの使い方が書かれていた。

 俺はその時、張り詰めた恐怖で、まともな思考など出来る筈も無く、藁にも縋る気持ちで、メモに書かれた内容を実行に移し、ワームと戦い……そして生き残ったのである。

 その後も、ホッパーゼクターは変身する為に俺が呼ぶ時以外にも、定期的に姿を現した。その時は毎回、メモ用紙を携えて現れ、俺が知るワームについての知識の殆どは、そのメモから知った事だった。

 最初の頃は、変身する事を拒否して、ベルトを手放そうともしたし、誰か大人に相談するか、最後は警察にでも預けようかとさえ考えていた訳だが、結局俺は最後には戦う事を選択して、今へと至る。

何よりも決定的だったのは、お給料がでるから、というのもあるが。

 だって、桁が普通のアルバイトとは桁が軽くゼロが二つは違っていたんだもん。

 命を賭けている割には安いかも知れないが、労災が降りそうに無いし、その分を弾んでくれているのだろう。

 それにどっちにしても戦うのには、給料を抜きにしても理由があるので、貰えるものは貰っておくべきだ。

 貯金しておけば、老後は安泰だし、将来は立派な主夫となるのだから、若い内に自由に使えるお金を作るのも悪くない。

 こうして思い出してみると、マスクドライダーとしての生活を受け入れたのが、何だか昔の様にも思えてくる。

 実際は一年程度。

 されど、もう一年。

 どんだけ、この一年が濃密だったんだよと、今更ながら、自分に突っ込みの一つでも入れてやりたくなるわ、本当に。

 さて、昔を思い出すのもここまでにして、改めて平塚先生の話を聞かなくては。

 

「私は高校教師であると同時に、ワームの侵略から人類を守る組織、ゼクトにも所属している」

「それがバイト先の会社名ですか」

 

 何だか、アウトソーシング系な会社名っぽいな。

 いや、実際に俺もこうやって、アウトソーシングな感じで、マスクドライダーをやって、金を稼いでいるのだから、あながち間違ってもいないのか。

 だとしたら、どんだけブラックな企業だよ。

 高校生が、危険労災手当も出されずに、危険度の高い仕事をさせられて、正社員は同時に公務員としての職を兼業してるとか。

 もしかして、俺が知らないだけで、今の世の中って、ここまで身を粉にしないと、まともなお給料にすらならないの?

 だとしたら、やっぱり俺は専業主夫を目指すわ。

 ぼっちにこの世界の荒波は、少しばかりきつ過ぎるので。

 

「会社か……まあ、君からすれば、仕事を請け負って、賃金を受け取っているのだから、そういう見方をしてもおかしくは無いか。それに隠れ蓑として株式会社も運営しているから、その見解でも正しいとは言える。しかしゼクトは一応は秘密組織だ。どうだ、昔のヒーロー特撮みたいで格好良いだろう?」

「……いや、現実で秘密組織とか、すんごく人間関係とかドロドロとしてそうなイメージしか湧かないんですけど」

 

 知らずにいた方が、良かったかも知れない。

 俺はまた、選択を間違ったようだ。

 でも、きっとここで知らなければ、もっと後悔するかも知れない事態が待っているのではと、俺は考えている。

 だからこそ、これまではお互いに必要以上の干渉を極力避けて来た間柄に、ぼっちである筈の俺が、あえて一歩を踏み込み、現状を知らなければならない。

 

「俺が聞きたいのは、そういうことじゃないんですよ。何が起こっているのか……それが知りたいだけです」

「ふむ、組織以外の事なら、どういうことを聞きたいんだ?」

「俺の予想だと、平塚先生は、それを俺に話したいから、あんな露骨な誘いをしてきたんじゃないですか」

 

 俺は質問に対して、質問で返す。

 今までは、頑なに俺に正体を隠しながら、上司として仕事を提供してきた平塚先生が、最近になって、これだけ派手に動いたのだ。

 護衛対象である雪ノ下に、近付き易い様に俺を奉仕部に入部させ、ワームの標的とされた由比ヶ浜に、奉仕部を訪れる様に促したりと、疑ってくれと言っている様なもんだろう。

 雪ノ下の時は、まだ半信半疑だったが、由比ヶ浜の時は、先にメモで指令を出す事もせず、本人を送り込んだので、確定したというのが大きいが。

 

「……実を言うとな。ここ最近、どうもワームの行動がこの近辺で活発になって来て、人手が不足している」

「秘密組織何ですから、人員は沢山居るんじゃないんですか?」

「そう言うな比企谷。どれだけ人を集めても、ワームに通常兵器で相手をするのは難しいというのは、君も知っているだろう」

「ええ、先生のくれたメモを見ましたから」

 俺が使っている、マスクドライダーシステム。

 これを量産して、ゼクトで戦える人を増やせば、何も問題は無いだろうと思うだろうが、それが出来るならば、こんな一介の高校生でしかない俺が、戦い続ける訳が無い。

 お給料が良いからと言って、こんな命賭けな事に、首を突っ込もうなんて思いもしないわ。

 あくまで俺の将来の夢は、専業主夫なのだから。

 マスクドライダーは、複数のタイプが存在するらしいのだが、共通の機能として、変身には必ずゼクターと呼ばれる。俺の相棒でるホッパーーゼクターと同様の存在が、必ず対で存在しているというのだ。

 問題はここからである。

 マスクドライダーには、ゼクターが必要だ。

 だが、ゼクターはただの機械じゃない。

 自身の意思を持ち、行動している。

 そしてゼクターは、選ぶんだ。

 共に戦ってくれる人間、適合者を。

 俺はホッパーゼクターに選ばれたらしい。

 だから変身が可能なのだが、その定義はとても曖昧であり、適合者を増やそうと思っても、増やせる訳では無いそうなのだ。

 俺みたいなぼっちが適合できるなら、それこそ誰でもなれそうな気もするのだが、今の時点でホッパーゼクターが適合者だと認めているのは、俺だけらしい。

 それだけ、ゼクターに選ばれる要素とは、謎に満ちている、と言ってしまえばそれまでだろうか。

 しかしそれ以前の問題が一つ。

 マスクドライダーシステムは、現代の日本の科学力から見ても、有り得ない程に高度な技術が使われていると分かる。

 そんな物が、幾ら得たいの知れない謎のバックボーンがあったとしても、簡単に量産出来る物だろうか。

 答えは否。

 そんな物がホイホイと作れるなら、それこそこんな誰が使えるか分からない不安定システムに頼るなんて事もしないだろうし、ならば、やっぱりぼっち高校生の俺に、出番なんてくる訳がないという話に戻ってしまう。

 だからこそ、平塚先生が、俺にゼクトの名を明かした意味を考えてみる。

 いや、考えるまでもない。 

 既に答えは出ている。

 要は人が足りないから、もっと仕事をしろって事だろう。

 でも、それだけならば、態々こんな回りくどいやり方で正体を明かす真似なんてせずに、今まで通りメモのやり取りだけで、事足りていた筈だ。

 ならそれには、絶対的な理由がある筈だ。

 きっとそれは、俺にとって歓迎出来る類の話じゃない。

 

「この近隣の担当には、ゼクトでは遊撃として扱われている比企谷の他にもう一人、マスクドライダーが居るんだ」

「そうなんですか」

 

 今までここを担当してるのって、俺だけだと思ってたんだが、もう一人居たのか。

 つうか、ライダーが別々に活動してるとしても、二人も居て人手が足りないって、相当な数のワームが居るんじゃないだろうか。

 

「もう一人のライダーは、シャドウという対ワーム用の特殊武装隊のリーダーもやっている。君には今後、彼等とも協力して、これからも戦い続けて欲しい」

「仕事は、これまで通り続けますけど……その人達と仲良くやっていける自信がありません」

 

 ぼっちに求めるハードルが高過ぎるでしょ、平塚先生。

 そんな命賭けのチームに俺みたいなのが入ったら、速攻で全滅するだろうよ。

 俺みたいな集団行動に適さない奴を、集団の中に放り込んだとしたら、どうなると思う。

 まずは、気を使われる。

 それも腫物に触るかのごとく、めっさ気を使われるのだ。

 その後は、気に入らないと、一部から、若しくは大多数から敵視される。それも親の仇なんじゃないかという程に。

 俺ってば、あなた方に一切の敵対意識何て持ってませんよと主張してみたところで、全くの無駄。

 それどころか、俺に対して気を使っていた面子とも、反発しだして内部分裂を引き起こす。

 もしくは、最後は皆が和解して俺という異物の排除に掛かる。

 ソースは俺。いじめかっこ悪い。

 

「あのな、比企谷。君を戦いの渦中へと送り込んだ私が言えた義理では無いかも知れないのだが、私は心配なのだよ」

「心配ですか?」

「君は何時だって一人で無理をし過ぎる。今、ワームの動きは以前よりも活発になりつつあるんだ。このまま戦い続ければ、君はきっと……」

 

 平塚先生は、最後の部分だけ言葉を濁すが、何を言いたいのかは分かった。

 そして最近の、急とも思える雪ノ下の護衛や、由比ヶ浜の依頼。

 これには、俺に平塚先生が組織の関係者だと気付かせる以外に、もう一つ意味があったのだろう。

 ワームの脅威が、俺が思った以上に、身近に迫ってきているのだという事に。

 

「……ふぅ」

 

 俺はどうするべきか、考えた上で、溜息を吐く。

 

「分かりましたよ。取り敢えず、そのシャドウってチームと一回だけなら一緒に仕事をします。それで上手くいかなかったら、この話は今回限りって事でいかがですか」

 

 この提案が、俺に出来る最大の譲歩。

 不吉な事を言ってしまうと、最初の仕事が下手をすれば、最後の仕事になってしまう危険性を孕んでしまうが、それは今まで一人で戦った時と変わりはしない。

 それに俺としても、気になっては居たのだ。

 通常、ぼっちは集団の中で選択権等は持ち得る筈もなく、与えられた役割に準じて、なるべく影を薄くして状況に流されるだけ。

 だが、それでは済まされない、何かが起ころうとしているなら、俺は知るべきなのだろう。

 

「……君の提案を受け入れよう」

 

 数瞬の間、平塚先生は顎に指を添えて、考える仕草をした後に、俺の提案を受け入れてくれた。

 いや、元から俺がこの提案をしてくるのも、予測していたのかも知れない。

 

「それじゃあ早速、今回の仕事だ。今夜七時、このメモ用紙の場所に来るように」

「うす」

 

 俺は平塚先生から、メモ用紙を受け取り、そのまま生徒指導室から出ていく。

 何て事は無い。

 普段の仕事と、やる事は何も変わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平塚先生から受け取ったメモに従い、俺は夜の六時半過ぎ。

 指定場所となっていた公園に来ていた。

 流石にこの時間となると、公園に人の気配は無く、薄暗くなった為に街灯がチカチカと中央のベンチをほのかに照らしている。

 

「やあ」

 

 そんな人気の無い筈の公園で、やけに明るい男の声が響く。

 普段ならば、俺に話し掛けて来る人間なんて、学校ならば一部を除き、皆無と言えるのだが、この声は明らかに俺に向けて発せられていた。

 だから俺は、勘違いだったら、軽く会釈でもしてやり過ごそうと思いつつ、俺は声のした方に振り向く。

 其処に居たのは、見覚えのある、俺と同じ制服のブレザーを着たイケメン。

 見覚えがあるのは、当然だろう。

 このイケメンの名前は、葉山 隼人。

 俺と同じ2年F組のクラスメイトであり、成績優秀、スポーツ万能でイケメンで、性格良いと、それ何処の少女漫画の王子様設定だよと言いたくなる程のリア充振りであり、当然ながらぼっちの俺とは違い、スクールカーストの頂点に位置する。

 イケメンリア充なんて、爆発してしまえば良い。

 思えば、今日の昼休み、俺が直接関係した訳では無いが、葉山グループの中で、由比ヶ浜が三浦という葉山と同じくスクールカーストの頂点に君臨する女王と、ちょっとした一悶着あったので、余計に印象に残っていた訳だが、お前は確か最初、三浦にアイスを食べに行こうという誘いを、用事があるからと言って断っていなかったか?

 どうしてこんな、人気の無い夜の公園に居るんだよ。

 

「同じクラスのヒキタニ君だよね?」

 

 誰だよヒキタニ君って。

 そんな奴、クラスにいねぇっての。

 

「ども」

 

 だが同じクラスに居ながら、俺と葉山の住む世界は地獄と天上界並に違う事が、俺のDNAレベルにまで刻み込まれたぼっち力が感じ取ったのか、名前を訂正する事も出来ず、腰を低くして挨拶をするしか出来なかった。

 悔しい! でも感じちゃう! 何て事実は存在しない。

 ぼっちにとっては、当たり前の反応と言っても良いだろう。

 

「平塚先生から話は聞いたよ。今日は宜しく頼む」

 

 俺が格差の違いに、世界の理不尽を感じている時に、葉山が何気に告げた言葉によって、俺の中の疑問が一つ解決する。

 この時間帯に、公園に居て平塚先生が話題に出て来るとしたら、答えは一つしかないだろう。

 

「知ってるとは思うけど、俺がシャドウの隊長の葉山 隼人だ」

 

 いや、何も聞いてないから。

 でも、何となく予想で出来てたわ。

 

「そして、彼等が俺の部下である、シャドウの隊員達さ」

 

 葉山の号令の下、さっきまで人気の無かった筈の公園に、黒尽くめで虫っぽいマスクを付け武装した10人程の集団が姿を現す。

 なに、このテロリスト集団。

 超怖いんですけど。

 何気に入っている金色のラインとか、それ何のオシャレポイント?

 まあ、平塚先生から渡されたメモに書かれていたので、多少は知っていたのだが、この武装集団は、ゼクトルーパーという、マスクドライダーとは別の対ワームの戦闘要員だ。

 

「ど、どうぞ宜しく……いひ」

 

 初対面という事もあり、俺なりに笑顔で挨拶してみたが、何か同時に変な声が出た。

 恥ずかし過ぎる。

 

「それじゃあ早速、今回の作戦を伝えるよ」

 

 挨拶もそこそこに、葉山の指揮の下に、簡単な作戦の打合せが開始された。

 今回の仕事は、集団のワーム討伐となるのだが、確認されている成体のワームが二体と幼体のワームが五体の計七体の殲滅。

 この公園で夜にダンスをしている近くの大学サークルの半数が、ワームの擬態と既に成り代わっているのだそうな。

 基本的に成体となったワームのクロックアップに対抗出来るのは、同じくクロックアップが使えるマスクドライダーだけだ。

 なので戦術としては、成体のワームを、ライダーが引き受け、その間に幼体ワームの相手をシャドウがして倒すという流れである。

 まあ、最初はどうなるか不安だったが、この作戦なら、そんなに俺がシャドウと関わる事も無さそうなので、安心と言えるかも知れない。

 

「そろそろ時間だ。作戦を開始するよ」

 

 葉山の号令に従い、シャドウの面々が、公園の木の影等に隠れ、今は制服姿の俺と葉山だけが、公園の真ん中に居るという状況だ。

 全ての準備が終わり、七時を少し過ぎた頃、動き易い服装をした若者達が公園を訪れる。

 

「……あれか?」

「うん。少し予定と違うけど、手筈通りに行こうか」

 

 俺と葉山の役割は、簡単に言えば囮だ。

 本当ならば、ワームとそれ以外の人の選別をする予定だったのだが、公園に入って来た人数は丁度7人だけ。

 つまり、今回の仕事にあったワームの数と人数が一致しているのだ。

 なので、俺と葉山は真っ直ぐにワーム達に向かって歩いていく。

 流石に俺達に気付いたのか、いや、ワームの五感は人間を遥かに上回る。

 ならば既に、この公園に潜んでいるシャドウの隊員達の、不穏な気配にも感付いているのかも知れない。

 その証拠に、一言の言葉すら交わす事も無く、彼等は人間としての姿を捨てて、ワームとしての本性と姿を露わにする。

 まあ、色々と手間が省けたのは、良かったと言える。

 情報通り、ワームの内、五体は見慣れた緑の幼体。

 そして問題の成体ワームの二体は、カマキリの様な細身で両腕に鋭い鎌を持つ姿をしていた。

 違いと言えば、赤い表皮と青い表皮の違い位だろうか。

 俺はブレザーのボタンを外していき、中に身に着けて置いたベルトのバックルを開く。 

 その隣では葉山の奴が袖を捲り、ゴツイ腕輪を露わにする。

 

「来い! ザビーゼクター!」

 

 葉山は声高らかに叫ぶ。

 なにその掛け声。

 まるで今時の、イケメンヒーローみたいなんですけど。

 葉山が叫んだ直後、蜂型のゼクターが飛来して葉山の手の中に納まり、その間ホッパーゼクターも地面を跳ねながら俺の手の中へと飛び込んで来る。

 

「変身!」

「……変身」

 

 隣で格好良く変身と叫び、ゼクターを腕輪に嵌める葉山の隣で、俺は横で静かにゼクターをベルトにセットした。

 何て言うか、葉山の隣で変身するのは、何だか居た堪れなくなる。

 だって、葉山の奴、どう見たって正義のヒーローなんだもん。

 その隣で似た事をしてる俺ってば、比べられたらきっと、すんごくみすぼらしく見えている自信があるぞ。

 

『ヘンシン』

 

『ヘンシン・チェンジ・キックホッパー』

 

 其々に音声を響かせて、俺の身体には、緑のプロテクター、葉山は黄色をベースとしたプロテクターが、その身に纏われていく。

 俺が変身したキックホッパーよりも、更に武骨で大きなプロテクターと顔を覆う六角形がまるで蜂の巣を連想させる、葉山の変身したマスクドライダーは、ザビーというらしい。

 キックホッパーは、マスクドライダーとしては後期に開発されて、機能がオミットされたらしいのだが、初期から設計されたマスクドライダーには、マスクドフォームと、ライダーフォームという二つのフォームを使い分けるのが仕様だったのだそうな。

 葉山が変身するザビーも、その例に漏れず、今の姿は通常での戦闘と防御力に適したマスクドフォームなのである。

 そして、俺と葉山が変身したのを合図に、シャドウの隊員達が、一斉に公園の茂みから飛び出て来た。

 

「ワームの成体は俺とホッパーで対処する。お前達は幼体と距離を取りつつ、遠距離から射撃で分断し、各個撃破だ。無理だけはするな!」

 

 葉山はシャドウの隊員達に、命令を下すとすぐに成体ワームの赤い方へと飛び掛かって行く。

 任された以上、俺も黙っている訳にはいかないので、急いでもう一体の青い方の成体ワームに向かって駆け出した。

 

「はっ!」

 

 ザビーは基本的に、ボクシングスタイルを得意としているのか、軽いフットワークで、ワームの両腕の鎌による攻撃を避けながら、タイミング良く、拳を喰らわせ確実にダメージを与えていく。

 

「ほっ! はっ! とっ!」

 

 俺もそのすぐ隣で避け様に蹴りを喰らわせる。

 上半身に攻撃するのは、鎌の反撃を受けそうなので、主にローキックで足を攻め落とす。

 

 シャドウの皆さんも、危な気無く連携してワーム達と戦っているので、これなら無事に戦いを終わらせる事が出来るかも知れないと思えたが、そんな簡単に決着がつくならば、何の苦労も無い……。

 

 俺とザビーが相手をしていた成体のワーム二体の姿が急に、掻き消えたのだ。

 

「ぐわ!?」

「おうっ!?」

 

 次の瞬間、シャドウの戦闘員達が何の前触れも無く、吹き飛ばされていく。

 これは間違いなく、成体ワームによるクロックアップが原因だろう。

 

「総員、しゃがんで防御態勢に入れ!」

 

 状況は素早く判断したザビーは指示を出すと同時に、腕輪のゼクターを斜めに傾ける。

 そうすると、上半身の装甲が次々と浮き出ていった。

 

「キャストオフ!」 

『キャストオフ』

 

 更にザビーが叫びながら、ゼクターを反転させると、音声が流れ、浮かび上がっていた装甲が勢い良くパージされて、幼体ワーム達に弾丸の様に降り注いでいく。

 

『チェンジ・ワスプ』

 

 装甲がパージされたザビーの姿は、よりスマートな体躯となり、頭部の仮面の形状も、蜂を模した物へと変化している。

 何か良いな、キャストオフ。

 どうして、ホッパーではオミットしたんだよ。

 俺だって格好良く、キャストオフとかしてみたかったわ。

 まあ、何時までも羨ましがっている訳にもいかないので、俺も行動に移す事としよう。

 さっきの戦いからも気付いていたのだが、どうもああいう獲物? 持ちで動きが素早い相手には、キック主体の攻撃はし辛い。

 ならば、こっちとしても、手数を増やせる拳を主体として戦法にした方が効率的である。

 俺は、ベルトにセットしていたホッパーゼクターを一時的に取り外す。

 だが、別に変身を解除するつもりではない。

 そのまま、緑側の部分を表面に使っていたのを、反転させて、茶色いカラーリングの方を表にして、再びベルトへとセットする。

 

『チェンジ・パンチホッパー』

 

 音声を合図に、緑を主としたプロテクターのカラーリングが茶色へと変わり、二つの複眼も赤から白へと変わる。

 そして一番の変更点は、今まで足に付いていたジャッキが腕に再形成された事だ。

 ホッパーゼクターには、他のゼクターと違い、マスクドフォームは無いが、その代わりに、状況に応じてキック主体とパンチ主体の姿を切り替えるリバーシブル能力が存在している。

 まあ、基本的な戦闘能力は、殆ど変らないので、単に使い分けるという意味でしか無い訳だが、こういった時には有効と言える機能だと言えなくも無い。

 

「「クロックアップ!」」

 

『『クロックアップ!』』

 

 そして準備を終えた俺と、ザビーは同時にクロックアップで、通常では至る事の出来ない時間の流れの中へと飛び込んでいく。

 

 通常では有り得ない程の遅さで進む時間の中、予想通り先にクロックアップをしていた二体の成体ワームがシャドウの隊員達に襲い掛かっている姿があった。

 

「止めろおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ザビーは叫びながら、ワームへと突貫していく。

 その後に続き、俺もザビーが向かって行ったワームとは、別の方のワームに向かって走り出す。

 俺とザビーの接近に気付いたワームが、臨戦態勢を取るが、同じクロックアップという土俵に上がった今、今度は簡単に逃がしはしない。

 迫り来る鎌が、俺を切り裂こうと迫るが、難なく避けて俺はカウンター気味に拳を叩き込む。

 それはザビーも同様で、怒涛のラッシュでワームを吹き飛ばした。

 更に俺とザビーは行き掛けの駄賃とばかりに、幼体のワーム達にも、致命傷となる威力の攻撃を叩き込んでいく。

 クロックアップの残り時間も、後僅かといったとこだろうか。

 決着を急ぐ必要がある。

 ザビーもそれを分かってか、俺に視線を向ける。

 別に以心伝心という訳では無いが、何を言いたいのかは大体分かったので、俺は適当に頷きながら、ゼクターのレバーを反転させた。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 一時的に強化された脚力によって、俺は夜の公園の空へと大きく跳躍して、再びゼクターのレバーを引く。

 

「ライダーパンチ」

『ライダーパンチ』

 

 今度は右腕にエネルギーが集約され、俺は上空から右拳を振り上げて、ワーム目掛けて急降下していく。

 

「ライダースティング」

『ライダースティング』

 

 その間に、ザビーもゼクターのスロットル部分に指を押し当て、必殺の一撃を放つ準備を整える。

 攻撃のタイミングは、ほぼ同時。

 

 俺の放ったライダーパンチとザビーのライダースティングという、ゼクターの蜂を模したニードル部分を突き刺す攻撃が二体の成体ワームを貫き、時間は再び通常の流れを取り戻す。

 

『『クロックオーバー』』

 

 次々と連鎖的に、爆発を引き起こしていくワーム達。

 それはまるで、俺達の勝利を祝福する、花火の様にも思えたが、俺はどうにも気分が晴れなかった。

 こんな団体行動何て、気を遣う以外の何でも無い。

 やっぱり俺は、何をするにも一人でやる方が向いているのだと、改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、俺はこれからも一人で戦います」

「そうか……実は葉山から、君を正式にシャドウに入隊させたいと打診があったのだがな」

「丁重にお断りします!」

 

 公園での戦いの翌日。

 俺は生徒指導室で、平塚先生に、改めてお断りの連絡をしていた。

 何やら、今回での戦いでは妙な評価を受けてしまった様だが、あれはそんなに連携を必要とはしない戦いだから、上手くいったというだけで、次回も上手く行くという保証は、何処にも無い。

 それに、あれ以上は絶対に俺という存在が、上手く纏まっていた輪を乱す事になると判断出来たので、これ以上はなるべく関わらない方が良いだろう。

 

「……まあ、そういう約束だったからな」

「今回みたいに、助っ人が必要だって時は手を貸しますから、その時はまた声を掛けてください」

 

 俺はそれだけを告げて、生徒指導室を出て、一人、廊下を歩く。

 結論、ぼっちは慣れないグループの中に居ると、それだけでかなり疲れる……。



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厨二将軍! 護衛指令!

はい。
またしても書いてしまいました。
もう、このまま連載にしてしまえば良いんじゃないかと言われそうな勢いで書いてしまっていますが、やっぱりまだ、短編ということで勘弁してください。
いや、この俺がいるのキャラって書いていて楽しいんですよね。本当に。
それではまた次回を書くかどうかは、完全に未定ですが、今回も楽しんで頂けたら嬉しい限りです。


 今更ではあるが、俺が所属している奉仕部は、普段から何をしているのか、良く分からない部活だ。

 端的に言えば、生徒の悩みを聞き、それを解消する為の手助けをするというのが、基本理念だと分かるのだが、雪ノ下は普段から読書をしているだけだし、俺に関しても、何故かワームと戦ってばかりと、この部活に対しての意義を疑問に思う事が多々としてある。

 しかも、何故か以前の依頼から、由比ヶ浜が雪ノ下に懐いてしまったのか、今も部活では、どういう経緯を辿ってか、ラーメン談義をする始末。

 だが、思い返してみれば、そんな事を考えていられる内は、平和だったのだと、改めて俺は実感する。

 何故ならば、騒動の種はすぐ其処にまで、迫っていたのだから。

 いや、もしかしたら、こんなくだらない事を考えていたから、変なフラグでも立ったのか知れない。

 

 

 翌日の放課後。

 何時もと変わらぬ、ぼっちとして輝かしい一日を過ごした俺が、義理堅くも部室に向かうと、珍しい事に、部室の前に雪ノ下と由比ヶ浜が、並んで部室のドアの隙間から、中の様子を覗っていた。

 つまり今、部室の中には、二人の侵入を拒む何かがある、という事だろうか。

 正直に言おう。

 このまま、帰ってしまっても良いだろうか?

 絶対に、碌な事じゃないだろう、これは。

 しかし、奉仕部はへの参加は、俺のみ強制であり、もしも今日、何の理由も無くボイコットするれば、間違い無く雪ノ下達から、平塚先生へと連絡が回るだろう。

 怒られるだけならば、まだ良いが、下手をすればまたシャドウとの、合同作戦に駆り出される可能性すらあり得る。

 それならば、まだ目の前の謎を解き明かす事に従事しておいた方が、幾らかマシな筈だ。

 俺は自分にそう言い聞かせながら、雪ノ下達の背後に立つ。

 

「何してんだ?」

「きゃうっ!?」

 

 俺が声を掛けると、普段のクールな雰囲気とは掛け離れた、可愛らしい悲鳴を上げる、雪ノ下。ついでに由比ヶ浜の身体が一緒に跳ね上がる。

 

「ひ、比企谷君……びっくりしたわ」

「俺の方こそ驚いたっての」

 

 予想外のリアクションに、声を掛けた俺の方が、よっぽど驚いたわ。

 

「そ、それよりもヒッキー。部室の中に、変なのが二人も居るんだよ」

「変なの?」

 

 俺と雪ノ下の会話に割って入った由比ヶ浜が、涙目で俺に訴えかけてくる。

 変なのって何なんだよ?

 

「……しかも全く同じ顔なのよ。あんな生き物が二人も居るなんて、まさか種として確立された存在なのかしら」

 

 おい、止めろ雪ノ下。

 それってきっと、双子だとか、そんなオチだろう。

 幾ら自分の常識で測れない奴がペアで居たからって、初対面というか、まだ直接話してすら居ない人を、人類の枠組みというカテゴリーから、外しちゃいけません。

 というか、雪ノ下に見ただけでそこまで言わせる何て、どんな奴等だよ。

 関わりたくないと思いつつも、好奇心に負けて、俺はゆっくりと部室のドアを開け放つ。

 途端に、海に近い、この地域特有の潮風が俺の頬を撫で、室内にあったプリントが風な中に盛大に舞う。

 それはまるで、レトロなマジックショーでハトを大量に出したかのような光景だった。

 だが問題は其処じゃない。

 プリントの舞い散る奥に佇む、二人分の人影。

 

「「ククク……まさかこんなところで会おうとはな」」

 

 ステレオで喋り始めた二人を前に、俺は素早く扉を閉めて、全てを無かった事にした。

 俺は何も見ていない。

 そして俺は、今日はお腹が痛いので帰る。これで完璧。

 

「ねぇ、何か教室の中から、比企谷君を呼んでる声がするけれども、知り合いじゃないの?」

「さあ? 少なくとも俺は知らないし、何も見なかったからな」

 

 雪ノ下も変な事を言う。

 あんな、材木座 義輝なんて生き物、俺が知る訳がないじゃないか。

 それに、俺の見間違いなのか、奴は二人も居た様に見えたし。

 きっと疲れてるんだな俺。

 やっぱり早く帰って、今日はゆっくり休むとしよう。

 

「「おーい! 吾輩を無視するでないぞー! 比企谷八幡! いや、相棒!」」

 

 部室の中から、幻聴が聞こえて来る。

 やっぱり俺、疲れてるんだな。

 

「ヒッキーのこと相棒って言ってるけど……」

 

 あれ? おかしいな。

 幻聴の筈なのに、由比ヶ浜にも、聞こえてるっぽい。

 というか、俺をあれの相棒とか、死ねば良いのにという目で見るの、止めてくれませんかね。

 

「……仕方ないか」

 

 どうやら幻聴で済ませ、この二人をやり過ごすことは無理だと悟った俺は、非常に遺憾ながら、もう一度、部室のドアを開ける。

 部室の中には、もうすぐ初夏だと言うのに、こってりとした汗をかきながら、コートを身に纏い、指貫グローブを装備した材木座が……どういうことか二人居た。

 ここで断っておくが、材木座の様な、生物は人類上では一人しか居ない筈だ。

 顔がそっくりな兄弟とか、双子という線は絶対に無い。

 

「おお! やっと話を聞く気になったか! 我が相棒よ」 

「それでこそ、我と共に地獄の戦場を駆け抜けた同志!」

「だから、ステレオで喋るなっての! それに材木座。お前って単細胞生物だったんだな。分裂したんだったら、ちゃんと片方は処分しとけ。これ以上増えたら、地球に迷惑が掛かるだろうが。それに地獄の戦場って、ただ体育でお互いペアが組めなかったから、ぼっち同士で組んだだけだろう……」

「「あの様な地獄。ぼっちには過酷、という以外の何物でも無いわ!」」

 

 その意見には賛成するが、ステレオで喋るのは本当に止めてくれ。

 今度こそ、本当に幻聴でも聞こえてきそうだ。

 まあ、ふざけるのもここまでにして、そろそろ本題に入るとしよう。

 

「で、何の用だ。材木座」

「「ふっ良くぞ聞いた! 我こそは剣豪将軍! 材木座……」」

 

 ダブル材木座がメガネを光らせ、自分の脳内設定を口走り始めたその時、俺のブレザーの袖を、雪ノ下が軽く引っ張る。

 

「あの、比企谷君。 色々と聞きたいことはあるんだけど、彼ってもしかして……」

 

 何処か言い難そうにはしている雪ノ下だったが、何を言いたいのか、大体の見当は着く。

 曲がりなりにも、彼女は一度、同じ場面に遭遇していると言えるのだから。

 その答えに行きつくのも、当然と言えるだろう。

 

「ああ、二人の材木座の片方は、きっとワームの擬態だろうな」

「やっぱり、そうなのね」

 

 俺の答えに、雪ノ下は以前の事を思い出したのか、一歩だけ後退りつつも納得した。

 さて、ここから先、問題となるのは由比ヶ浜だ。

 まだ、雪ノ下は、ワームの存在を知っているから良いとして、何も知らない由比ヶ浜をそのまま、この先の話に付き合わせるのは忍びない。

 どうにかして、由比ヶ浜には、この場から退場してもらうのが、本人の精神衛生上でも良いだろうからな。

 だが、俺のそんな紳士的な気配りとは裏腹に、由比ヶ浜が俺に予想外の発言をぶつけてくる。

 

「あれって、この前、校舎裏でヒッキーが変身して戦ってた怪物の仲間……何だよね? 倒さなくて良いの?」

「は? え? お前……見てたの?」

「うん。ヒッキーて、変身ヒーローなんでしょ!」

 

 今、明かされる驚愕の事実。

 俺の勘違いから始まった、あの戦いを当人である由比ヶ浜に全部見られていたらしい。

 いや、結局は、由比ヶ浜が狙われていた訳だし、最初から何時ばれてもおかしくは無い状況だったのかも知れないけれど……。

 というか俺は、アルバイトでマスクドライダーをやってるが、あれはただの仕事で、別に正義の味方じゃないから! 本当のヒーローは葉山みたいな奴を言うんだろうよ。

 俺は何だかやるせない気持ちになりながら、二人の材木座にもう一度向き直る。

 

「そんで、もう一回聞くが、何の用だ」

「おおっと、そうであったな!」

「ゴラムゴラムっ! 平塚教諭にここが奉仕部だと助言頂いたのだが、相違無いか八幡!」

 

 またしても平塚先生の差し金かい。

 こりゃもう、決定と言っても良いだろうな。

 

「ええ、ここが奉仕部で間違い無いわ」

 

 材木座は俺に質問を投げ掛けたが、返事をしたのは雪ノ下だった。

 すると二人の材木座は、ちらっと雪ノ下を見るがすぐに俺の方へと視線を向ける。

 何がしたいんだよ、お前等は。

 

「ムハハハッ! ならば八幡よ! お主には我が願いを叶える義務があるということだな!」

「吾輩の願いを叶える為に尽力するが良いぞ八幡!」

「別に奉仕部は、貴方達の願いを叶える為の部活じゃないわ。ただ手助けをするだけ。貴方達の願いが叶うかどうかは、本人の努力しだいよ」

「「……」」

 

 またしても俺に振った話題に、返答したのは雪ノ下だったが、二人の材木座は、何かを訴える様な視線を、俺へと向けてくる。

 だから、本当に何がしたいんだっての。

 

「そ、それでは八幡!」

「ふ、再び我と手を組み世界を……」

「私が話しているのだから、ちゃんとこちらに顔を向けなさい」

 

 またしても、材木座達が俺に話題を振ろうとするが、これを雪ノ下が、完全にシャットアウト。

 マジで雪ノ下さん怖いわ。

 この氷の女王様は、喋れば毒をまき散らす癖に、礼儀作法には凄く煩い。

 おかげで、俺も部活の時は、必ず挨拶する様になったもの。

 

「「……む、ムハハハ! モハハハッ! これはしたり」」

「その話し方もやめなさい。気持ち悪いから」

「「……」」

 

 俺、思うんだ。

 時に言葉って殴る以上の暴力になるんじゃないかってさ。

 何か由比ヶ浜は、ゆきのん逃げてーって言ってるけど、もう哀れ過ぎて、俺は材木座逃げてーっと言いたい程だわ。

 それにこのままでは収拾が着かないので、俺は一旦、意気消沈したダブル材木座から雪ノ下を離して、材木座が患う厨二病という、とても厄介な奇病についてレクチャーした。

 その際に、俺までが同類とみなされて、雪ノ下と由比ヶ浜から、死ねば良いのにという、視線を向けられて、思わず自殺してしまいそうな感じになったが、何とか俺は踏み留まり、明日も元気に生きて行こうと、死んだ魚の様な目に、希望を宿す。

 

「つまり、貴方達の願いはその病気を治したいということで良いのね?」

 

「「あ……いえ、特に病気という訳では無いので」」

 

 今までにない優しい笑顔を浮かべつつ言い放った雪ノ下に対して、ダブル材木座は、既に気力を使い果たしたのか、俯き加減で素に返してしまっている。

 普段の将軍だなんだのと高いテンションで騒いでいる姿は、まるで見る影も無い。

 完全な素だ。

 何だかこれ以上は、流石に材木座でも酷過ぎると思った俺は、さっさと現状を打破するべく、ある秘密兵器を借りに、部室を出ようとしたのだが。

 

「待ちなさい。何処へ行くの比企谷君」

「ああ、これからちょっとアンチミミック弾でも借りてこようかと」

 

 待ったを掛けた雪ノ下に俺はそう言って、部室を出ようとするのだが、今度は二人の材木座に、腕を掴まれて、このまま置いて行くなと泣きつかれる。

 本当に勘弁してもらいたい。

 ちなみにアンチミミック弾とは、この前、公園でのシャドウとの合同作戦の時に、葉山から聞いたのだが、擬態したワームの正体を暴く事が出来る、特殊弾なのだそうだ。

 これさえ、あればどっちがワームかすぐに分かる。

 

「ま、待つのだ八幡! 我が兄弟は悪い奴では無いのだ!」

「はい?」

 

 しかし俺がそのままこの巨漢二人を振り切ってでも部室から脱出しようとしたその時、材木座の片方が、予想外な発言をしだした。

 

「確かに我の方が、ワームの擬態である! しかし我に人類と争う気は無いのだ……」

 

 そして、もう片方の材木座が自分がワームであると自ら告げた。

 この問答で、俺は平塚先生が、俺に何をさせたいのか、概ね把握する。

 全くもって……本当に最近は厄介な仕事ばかりが回って来るな……。

 

「ヒッキー。何がどうなってるの?」

「ちゃんと説明してくれるんでしょうね」

 

 俺と材木座のやり取りを見て、由比ヶ浜と雪ノ下が、説明を求めてくる。

 まあ、この二人も、ワームとは無関係とは言い難いし、説明しても良いだろう。

 きっと平塚先生も、それを踏まえた上で、材木座に奉仕部へ行くように言ったのだろうし。

 

「ああ、今説明する。その材木座に擬態したのはな。ワームの大きなグループに属していない、言わば俺達の言い方でいうぼっちだ」

 

「「は?」」

 

 俺の説明に対して、雪ノ下と由比ヶ浜の目が点になっているが、俺は構わず説明を続ける。

 

「ワームって一口に言っても、一枚岩じゃ無いらしくてな。殆どは人間を襲う為に徒党を組んでる奴等ばっかりなんだが、稀に自分の意思で群れに属さず、単体で行動する奴が居るんだよ」

 

 無論、そのタイプのワームも大抵は人を襲う。

 だが稀に、擬態をする事によって、大きな変化をもたらす場合も実際にあるのだ。

 

「ワームの擬態は、その擬態した相手の容姿に限らず、その記憶の全てもコピーするって言ったよな」

「ええ」

「そ、そうなんだ」

 

 俺の確認に、雪ノ下は頷き、由比ヶ浜は視線を擬態した材木座へと向ける。

 

「つまり、人間一人の全てを丸々取り込むって事だが、そんな事をすれば当然ながらワーム自身の方にも何かしらの形で影響が出てくる」

 

 つまり、ワーム自身の行動や考え方が、擬態した人物に引っ張られるという事だ。

 殆どの場合は、趣味嗜好や細かい癖等が、無意識に出てくる程度で、ワームの考え方自体に変わりは無いのだが、例えば、擬態しようとした人物が擬態をした時点で、そのワームに強い憎しみを抱いていれば、記憶の統合が図れずに、完全に人間とワームの姿の時に記憶が別となったり、強く高い目標や、生き方、我の強い人物に擬態するとワームの性格や行動は更に人間側へと引っ張られていく。

 

「この材木座に擬態したワームは、材木座の生き方、その物を吸収した訳だ」

「それは……不憫ね」

「何だか可哀想」

 

 俺の下した結論を察してか、雪ノ下と由比ヶ浜までもが、擬態材木座に、同情の念を送る。

 

「あれーッ!? 其処でしんみりされると、吾輩の存在意義が非常に危ぶまれる気がするんですけどもっ!?」

 

 心配するな材木座。

 危ぶまれるも何も、雪ノ下に至ってはお前の存在を、人類のカテゴリーから除外して考えてたから、そんなもんは今更だ。

 

「我は、我が兄弟に擬態する事によって、人類の素晴らしさを知ったのだ。世に広がるエンターテイメントの数々。これはワームでは生まれない至高の存在だ。例え、全人類がワームに擬態されたとしても、ワームの世界では、やがて存在ごと消えてしまう……そんな事になれば、我はもう生きてはいけぬ!」

 

 物凄く深刻そうに、語ってくれた擬態材木座ではあったが、要は強烈なまでの厨二病な材木座の記憶に当てられて、ワーム自身もオタク化したという事である。

 そして、このオタク文化はワームが世界を支配すれば廃れてしまうと、分かったからワームの最も大きな派閥に対して、反旗を翻したという訳だ。

 

「稀に、こうやって人間の側に寝返るワームも居るんだよ。本当に数は少ないけどな。そんなワームは、組織に保護されるんだけどな……」

 

 当然ながら、それはワームの大多数に対しての反逆行為。

 相手に多くの情報が渡る可能性があれば、どうするか。

 それは人間の歴史を見ても、明らかだろう。

 

「つまり、彼は仲間である筈のワームに命を狙われていると言う事かしら?」

「だろうな」

「そ、それって凄く危ないんじゃないの!?」

 

 だからこそ、俺のところに来たのだろう。

 本来は、組織が保護して、安全な場所に移されて、護ってもらう代わりに、ワームの研究対策に協力するというのが、こういったケースのセオリーではあるのだが、その護送準備には、それなりの時間が掛かる。

 そうなると、それまでは常にワームに襲われる危険性が付き纏う。

 今、この街に常駐しているマスクドライダーは、俺と葉山の二人。

 だが、葉山はシャドウの隊長を兼任している上に、今も何処かに潜んでいるワームに目を光らせていなければならないだろう。

 そうなると、今この街でワームと対抗する力を持っていて、ある程度は自由に動ける存在は俺だけとなる。

 

「そんで、俺は何処までこのバカの片割れを護衛すれば良いんですか? 平塚先生」

 

 分からない事は、分かる人に聞けば良い。

 俺は説明の途中から、音も無く奉仕部へと近付き、後ろで聞き耳を立てていた、我が奉仕部の顧問へと質問を投げ掛けた。

 

「それはな……」

「平塚先生……いつも言いますが、入る時はノックをしてください」

 

 俺の質問にキメ顔で答えようとした、平塚先生であったが、我らが氷の女王様の厳しいお叱りの言葉によって、見事に遮られてしまう。

 何の事前説明も無く、こんな厄介な厨二病ワームを送り込んで来た、罰だなこれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これは何なんですか?」

「何がって、どう見ても君の専用バイクじゃないか。何が不満なのかね」

 

 俺の質問に、ドヤ顔で答える平塚先生。

 これぞヒーローの乗り物だと言わんばかりの、黒を基調とした中型のオンロードタイプで、フロントカウルには、ホッパーゼクターを模した紋章がプリントされているという徹底振り。

 特撮番組の中でヒーローが乗るなら、素直に格好良いと思えるかもしれないが、リアルで乗ってたらこれって、ある意味、オタクの痛車の亜種だよねと、思ってしまうのは、俺だけだろうか。

 奉仕部から、というか学校の敷地外から出て、人通りの少ない裏路地へと平塚先生に案内された俺は、其処に置かれていたバイクに、憤りを感じていた。

 

「ちなみにバイクの名は、マシンゼクトロンだ。これから君の愛機となるのだ。大切にしたまえ」

「あの、そもそも俺はバイクの免許を取った覚えが……」

「ゼクトに抜かりは無いぞ。これが君の免許だ」

 

 何とかこの痛車が譲渡されるのを回避しようと試みるが、俺が言い終わるよりも先に、平塚先生が俺が取った覚えの無いバイクの免許証を渡してくる。

 

「これって偽造じゃ……」

「大丈夫。君もゲーセンでバイクゲームを良くするだろう。あのゲームはマシンゼクトロンの操縦用シュミレーターに改造してあるし、その際のデータを基に君専用にこのバイクは設計しているから、問題無く乗りこなせる」

「いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて」

 

 つうか、俺の通ってるゲーセンに、何を仕込んでるのゼクト!?

 やけに難しくて、逆に嵌ってやり込んでたんですけど、あれってそういう事だったのかよ!

 そもそも、この免許だって、出自が怪し過ぎるでしょうが。

 でもきっと、この免許も、法的には問題無いで通ってしまうのだろう。

 改めて思うと、秘密組織って怖いわ。

 俺は諦めと共に、深く溜息を吐き出す。

 

「なかなか、良いデザインだと思うわよ。比企谷君らしくて」

「ほ、ほら! ヒッキーはヒーロー何だし、に、似合うよ!」

「「専用バイクとか羨ましいぞ八幡! 我も自らに相応しい愛機が欲しいぞおおおおおおおおお!」」

 

 バイクを前に黄昏る俺に、雪ノ下達が、励ましとも、止めとも言える生暖かい声を掛けて来るが、ダブル材木座は、本気で羨ましがっているから、本当に困る。

 俺だって、バイクは格好良いと思うよ。

 だけどな、それはこんなんを普段から乗りまくって違和感なく居られるかどうかだって事だ。

 葉山みたいなイケメンが乗ってれば、まだ絵にもなるし、周囲の反応だって、あれ? これからドラマの撮影でも始まるのかな、何て思うだろう。

 だがこれが俺の場合は、どんな反応が来るか。

 うわ、あれ、オタクって奴でしょ? いやぁねぇ~と近所のおばちゃん達に噂される事、必至だ。

 そんな苦行に毎日、耐えろとか、この世界の神はドSで間違い無い。

 さて、どうして俺が神のあらゆる方面からの痛すぎる試練に、耐えなければいけないこんな状況となったのか。

 それは、奉仕部にやって来た平塚先生から、正式に依頼された仕事をする為である。

 今回のバイトの内容は、材木座に擬態したワームを安全な範囲まで移動させる護衛任務。

 既に、俺の愛機となった、痛車なマシンゼクトロンの脇には、偽装したマイクロバスにゼクトルーパーの皆さんが待機してくれている。

 俺はこれから、護送中に襲って来るであろう、ワームからこのバスを守りきるという事だ。

 

「これで、我が兄弟ともお別れなのだな……」

「兄者よ。我は感謝している。我が兄に擬態しなければ、このような素晴らしき世界が在ったのだという事に、気付く事が出来なかったかも知れぬのだからな」

「弟よ……何時かまた、共に天下統一の夢を共に果たそうぞ!」

「フフッ、それまで暫しの別れ。我は待っておる。再び兄者と、共にラノベ談義が出来るその時を!」

 

 ダブル材木座は、感極まったのか、別れの時を惜しみ、涙し暑すぎる抱擁を交わす。

 いや、感動の別れのシーンだって分かっては居るんだけど、本当にもう熱いんじゃなく、ただ見た目的に暑苦しい。

 見ろよ。

 雪ノ下と由比ヶ浜何て、本気でドン引きしてるからな。

 

「さて、そろそろ時間だな」

 

 平塚先生が、そう告げると、最後にまた会おうとお互いに誓いを立てて、擬態材木座がバスの中へと乗り込む。

 それじゃあ、俺もそろそろ準備をするとしますか。

 バスのエンジンが掛かったのを確認してから、俺はブレザーのボタンを外し、中に身に着けたベルト「のバックルを開く。

 何処からともなく飛び跳ねて来たホッパーゼクターを掴み、俺は、もう一度、これから長い付き合いとなるであろうマシンゼクトロンを見て、溜息を零しつつ、ベルトにゼクターをセットする。

 

「……変身」

『ヘンシン・チェンジ。キックホッパー』

 

 音声が流れ、俺の上半身を緑のプロテクターが覆い、無事にキックホッパーへと変身を果たした俺は、ゆっくりとマシンゼクトロンのシートに跨り、エンジンを起動させる。

 初めて座った筈なのに、やたらと座りなれた感じがするという違和感を感じつつも、俺は頭を仕事に切り替えた。

 

「比企谷。後は頼むぞ」

「帰りを待ってるわ」

「無茶しないでねヒッキー」

「我が弟の命……友に託す!」

 

 平塚先生を始めとして、ここに残る奉仕部の面々から出掛けに言葉を貰い、俺は片手を挙げて答え、改めてバイクでバスに追従する形で、護衛を開始する。

 比較的に表通りを走るが、案の定人通りは無いに等しい。

 それというのも、ゼクトが、俺達が通る予定の通行ルートに対して、人払いを行った為である。

 基本的に、護送中は安全な範囲に辿り着くまで、何処で戦闘になるか、予想が付かない。

 護送の為に準備が掛かるのも、この人払いを徹底させる必要がある為だ。

 そして、人払いをした意味は、そう時間を掛ける事無く発揮する事となる。

 

「来たか」

 

 バスの前方に、屯する緑の怪物の集団。

 間違い無く、裏切者である擬態材木座を狙ってきたワーム達だ。

 このまま強引に突っ込むというのも、一つの手ではあるが、もしもそれでワームの何匹かがバスに取り付きでもしたら、厄介だ。

 ならば、ここはあれで蹴散らしておくべきだろう。

 俺はマシンゼクトロンに、あらかじめ積んでおいた、ある武器を取り出す。

 丸みを帯びた形状に四つの射出口のある、この武器の名前は、ゼクトマイザー。

 簡単に言えば、マスクドライダー専用の追尾型爆弾製造器と言ったところだろうか。

 

「これでも喰らっとけ!」

 

 俺は一度、バスの前に出てゼクトマイザーを起動させる。

 中央上部のタッププレートを押す事によって、小さなホッパーゼクターの形をしたホッパーボマーという、追尾能力を持った、小型爆弾が大量に射出され、飛び跳ねながら、ワーム達へと向かって行き、辿り着いた傍から、どんどん爆発していく。

 おかげで、ワーム達の包囲網は、既に壊滅状態だ。

 俺はゼクトマイザーを使い、安全圏までバスを運んだ後、後方から諦め悪く追って来るワームを迎え撃つ為に、バイクを止めた。

 

「さてと、ここからは俺が相手をしてやるよ」

 

 俺はバイクを降りて、そのままワームの残党の中へと飛び込み、地面にしゃがみ込み、右足を伸ばした状態で円を描く。

 その範囲に入ったワーム達は、一斉に尻餅を着き、すぐには起き上がれないだろう。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 この機を勝機と見た俺は、ゼクターのレバーを反転させ、強化された脚力で、大きくジャンプして、まだ態勢を整え直せていないワーム達の頭上を制する。

 

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 更にゼクターのレバーを反転させて、強化された必殺の一撃となる蹴りを、起き上がろうとしていたワームの一体へと叩き込む。

 ワームにキックを叩き込んだ瞬間に、足のジャッキが稼働して、俺の身体は再び宙へと舞い上がり、別のワームへと強烈なキックを放つ。

 まるでそれが連鎖反応かの様に、何度も繰り返され、俺がもう一度地面に足を着けた瞬間、周囲のワームは一体残らずに、盛大に爆発した。

 周りを見渡すが、既にバスの姿も無く、ワームの残党も居ない。

 それはつまり、俺の仕事が終わったのだという事を意味していた。

 俺は、バスが通り過ぎて行った方向を見ながら思う。

 確かにワームは人類にとって、恐怖であり、畏怖するべき存在だ。

 でも中には、材木座に擬態した様な、共存を望もうとする奴だって居る。

 本当に戦う事が正しいのか。

 そう考えるがそれは、もう何度も自分の中で繰り返した問答で、今更答えを変えるつもりはない。

 ただ、もしも神様が試練を与えるドSなだけじゃなくて、ちゃんと願いも叶えてくれるなら、せめてもう一度、あのむさ苦しい、兄弟がもう一度再開して、ラノベの妄想談義でも出来る世界にして欲しい限りだ。 



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お昼休みのメモリアル

短編だと言っているのに、どういうことかの連日投稿……。
いえ、それというのも、今回はこの小説でのメインヒロインと言っても過言では無いあの方が登場するだけに、気合が入ってしまって、勢いで書いていたら、数時間で一話分の文章が書けていた訳でして……。
と言う事で今回も楽しんで頂けたらと思います。
そして、やっぱりまだこの作品は短編扱いでお願いします。


 材木座に擬態したワームを、何とか無事に護送した後、何故か別件で材木座が再び奉仕部に依頼をしてきた。

 何でも、自分が書いたライトノベルの評価を、俺達にして貰いたいという事だ。

 そんなもんは、ネットの小説サイトにでも投稿すれば良いのでは、と思いもするが、依頼主である材木座いわく、ネットの皆さんの熱く激しいコメントに対して、本人のガラスの様な繊細なハートが耐えられないから無理らしい。

 それを言ったら、我が部には批判させたら、ちょっと一家言あるのではと噂の、氷の女王様がいらっしゃるのだが、奴はそれを理解しているのだろうか。

 もしかしたら、せめて同じ批判を受けるならば、美少女からの方が、ご褒美にでもなるのかと考えているのかも知れない。

 だとしたら、材木座は、隠れた策士だと言える。

 まあ、俺には分からない性癖なので、あまり突っ込んで考えるの止めておく。

 しかし、思えばこの依頼が、俺にとって初めてのワームと関わりの無い依頼だというのだから、何とも言い難い。

 最近は俺の、このぼっちという孤高の精神を改革する為に、奉仕部へ強制入部させたのではなく、ワーム関連の仕事を部活という形で送り込んで、給料をピンハネしようと目論んでいるのではないかと邪推してしまう。

 実際のところ、由比ヶ浜の件の時は、俺が平塚先生に問い詰めなければ、俺が依頼とは無関係にワームた戦っただけとなり、タダ働きに終わっていたのだから、怖い話である。

 勿論、その辺の話はちゃんと着けて、それなりの報酬は頂いた。

 やはり、将来はりっぱな主夫を目指している手前、お金の管理はちゃんとしなくてはならない。

 さて、話が少し横道に外れてしまったが、結果として材木座の書いたライトノベルの批判については、無事に解決した。

 当然ながら、厨二病全開な酷い出来の小説で、相当の批判を食らい、本人も落ち込みはしていたが、また次の作品を書いたら読んでくれとと頼まれたから、奴は次も書いてくるだろう。

 どうやら擬態材木座……弟と再会を果たした際に、自分の書いた最高のラノベを読ませてやりたいらしい。

 と、最近はこんなわりと平和な毎日を送っている俺は、今日も朝の日課である食後のコーヒーを飲んでいた。

 そんな俺を横目に、我が愛しの妹様は、リア充が読みそうなファッション系の雑誌を読みつつ、ジャムを塗りたくったトーストに齧りついている。

 お行儀が悪いんだから、最近の若者は。

 しかも先程から、雑誌の内容に、やけに共感していたりするが、お兄ちゃんには理解が出来ません。

 俺も、もう若く無いって事だろうか。

 最近の中学生女子の流行りなんて、ワームの生活習慣よりも、よっぽど大きな謎である。

 そんな妹を見ながら、俺は時計に目をやる。 

 時刻は既に、七時五十分を回ろうとしていた。

 

「おい、小町。そろそろ時間だぞ」

 

 そう言いながら我が妹である小町の肩を小突くと、雑誌を読んでいた小町は、はっとした様子で、時計の時間を確認した。

 

「やだなぁ、お兄ちゃんバイクで行くなら、まだ全然余裕な時間じゃん!」

 

 そう返すと、小町はあろう事か、もう一度雑誌に視線を戻そうとしやがったので、俺は小町の読んでいた雑誌を取り上げて、強制的に朝の読書を終了させる。

 

「俺としては、自転車で行くつもりだから、この時間で良いんだよ」

「ええ~折角バイクの免許取ったんだし、乗せてってよぉ」

「お前は最近、そればっかりだな……」

「それはお兄ちゃんも悪いんだよ。私に隠れて、何時の間にかバイクの免許を取っちゃうし、あんなカッコイイバイクまでバイト代で買っちゃうなんてさ! だからちゃんと有効活用しなくちゃ勿体ないって」

 

 小町の言い分を聞き、俺はストレスが原因だと思われる、頭痛に襲われる。

 俺だって、バイクの免許を何時取ったのか、分からない……そもそも秘密組織であるゼクトが色々と裏で、本人にすら秘密にして作ってしまったのだから、一介の中学生が情報をリークする何て、まず無理だろう。

 そして問題は、以前の護送任務の時に、譲渡されたマシンゼクトロンだ。

 これも免許と同様に、何時の間にか書類各種がゼクトの手によって作成されて、名実共に俺の所有するバイクとなってしまったのである。

 しかもご丁寧に、学校への通学許可書まで、というオマケ付きだ。

 なので仕方が無く、マンションの駐輪スペースに、置いてあるのだが、そんな便利な物を、小町が黙って見過ごす訳が無い。

ご丁寧に初バイク祝いと表して、何故か小町が親にお小遣いをねだり、その金でちゃっかりとバイクのヘルメットを二つ分調達してきたんだ。

 俺の親って小町には、メチャ甘いから、仕方ないわ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お願い……良いでしょ?」

「うっ」

 

 そして残念な事に、そのおねだり殺法は、兄である俺にも有効なのだから、困ったものである。

 上目使いでお願いとか言われたら、思わずうん良いよと、即答で答えてしまうだろうが。

 

「と、取り敢えず、さっさとパジャマを着替えて来い。待っててやるから」

「わーい。だからお兄ちゃんってば世界一大好き!」

「はいはい。俺も妹が世界一大好きだよ」

「うわっ気の無い返事……」

 

 仕方なくバイクで送る事を承諾すると、小町がその場でパジャマを豪快に脱ぎ捨てていく。

 ここで脱ぐなよ。

 当然ながら、小町がパジャマを脱げば、俺の視界には小町の白い素肌と、中学生らしい白の上下の下着が飛び込んで来る。

 しかし不思議な物で、どれだけ妹が可愛いからと言っても、特に思うところは無い。

 まあ、リアルの妹なんて、そんなもんだろう。

 俺は小町が学校指定のセーラー服に着替えるのを待ちながら、残りのコーヒーを胃袋へと流し込む。

 やっぱりコーヒーは砂糖たっぷりの、ミルク多めの、甘い奴に限る。

 

「準備出来たよー!」

「おう」

 

 兄の前で盛大なパンチラを披露しながら、ソックスを履き終えた小町の声に答えて、俺は食器類を流しのシンクに片付け、愛機のマシンゼクトロンに乗るべく、マンション下の駐輪スペースへと、小町と共に出陣する。

 

 やはり自転車とは違い、バイクでの移動となると、かなりの時間短縮となったのは言うまでもない。

 予定よりも遅い時間に家を出たにも関わらず、予想よりも早い時間に小町が通う中学校の前へと到着してしまった。

 

「それじゃ、行って来るね。ありがと、お兄ちゃん」

「おうよ」

 

 元気に校門へと向かって駆け出していく小町を見ながら、朝から元気だと思いつつ、ふと俺は気付いた。

 

「あいつ、鞄を忘れて行きやがった」

 

 当然ながらそれに気付いた小町が、もう一度戻って来るまで、俺がこの場に待機するはめとなった訳だが、予定よりも早く移動出来る様になったお蔭で、遅刻だけはせずに済んだ。

 かなり強引に譲渡された我が愛機であるマシンゼクトロンではあったが、今後の通学事情を思えば、少しだけ得した様にも思えた。

 だが、やはり普通のバイクと比べれば、割と目立つので、周囲からの視線に恥ずかし思いをするのには変わりなかったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ初夏を迎えようという頃の、晴れた昼休み。

 ぼっちな俺にとっての、昼食のベストスポット。

 特別練の一階。保健室横の購買部の斜め後ろで、丁度昼前の体育で使ったテニスコートの見える位置。

 ここは人通りも少なくて、一人で落ち着いて食べるには、もってこいな場所である。

 しかも購買部から近いという事もあり、買ってから食べるまでに、さして時間が掛かる事も無い。

 難点を挙げるとすれば、屋外なので雨の日は利用出来ず、気温が低くなってくると居るのが辛くなってくるという事で、天気と季節に左右されてしまうという事だろうか。

 適当に買ったパンとお握りを食べて、お昼に自主練している女テニの練習風景を眺めるとか、すんごい安らぐわ。

 臨海部に位置する学校な為に、俺の頬を常に潮風が撫でる。

 丁度、朝から昼に掛けて、こんな天気の日はほぼ同じ時間に風向きが変わっていくのだ。

 そんな風を一人で感じるこの時間を、俺は割と気にいっている。

 だが、そんな時間は、長くは続かなかった。

 

「あれ? ヒッキーだ」

 

 風に乗って聞こえて来た声の主は、由比ヶ浜だった。

 思ったよりもここで吹く潮風は強く、由比ヶ浜はスカートを手で押さえている。

 もう少し強く風が吹けば良いのになと、願うが俺みたいな奴にラブコメの神様が答えてくれる筈も無く、パンチララッキー的なイベントは発生しなかった。

 改めて不思議に思うが、大好きな妹のパンチラは見えても何ともないのに、別に好きでもない美少女のパンチラに淡い期待を抱くのは何故なのだろうか。

 見える物は対して変わらない、ただの布だというのにな……。

 

「もしかして、またワームが出たとか」

「そんなポンポンと奴等は出て来ないって、昼飯食ってただけだっての」

 

 最近は、やけにワームと関わる頻度が戦った為か、由比ヶ浜が周囲を警戒するが、最近みたいにワームが間を置かずに出没するのは稀だ。

 でも、平塚先生の話だと、最近はやけにワームの活動が活発になっているという話だから、あまり気を抜いてもいられないかも知れない。

 

「ふーん、ところで、何でこんなとこでお昼食べてるの?」

「俺は普段から、大体ここで食ってるだけだ」

「え、お昼なら教室で食べたら良いのに」

「……察しろ」

 

 無言で返すのも、悪いとは思ったが、俺にはそう返すのが限界だった。

 基本的にぼっちである俺には、昼休みという生徒達がフリーダムに移動出来る時間帯に、居場所は無い。

 だから俺は気兼ね無く、飯が食える場所へと、退避しているのだが、由比ヶ浜にそんな事を言っても、まず理解出来ないだろう。

 ならばここは、話題を転換してしまうに限る。

 

「そう言うお前は、何でここに居るんだよ?」

「あ、それがね……」

 

 どうやら上手く話題転換に成功したらしく、由比ヶ浜が自分がこの場所に来た理由を語り始める。

 話を聞くと、由比ヶ浜は、雪ノ下とのじゃんけんで負けた罰ゲームにここへと来たらしい。

 俺と話す事が罰ゲームとか、これっていじめだよね。

 まあ、それは冗談として、負けた方がジュースを買って来るという内容だったそうなのだが、由比ヶ浜は兎も角、雪ノ下がそんな勝負をするとは意外である。

 しかし、由比ヶ浜が少し挑発したら勝負に乗って来たという話から、改めて雪ノ下らしいと思った。

 何故か、勝負となると、目の色が変わるんだよな雪ノ下って。

 生まれながらの、ギャンブラーかよ。

 とまあ、こんな感じで話題を共通の世間話にシフトしていると、女テニの人が、自主練を終えたのかタオルで汗をぬぐいながら、テニスコートを出て、こちらへと歩いて来る姿が、何となく視界に入る。

 

「あ、おーい! さいちゃーん」

 

 なんとあの女テニ部員の人は、由比ヶ浜の知り合いだったのか、元気良く手を振って声を掛ける。

 

「やっはろー!」

「や、やっはろー」

 

 思うんだが、それは何処の民族の挨拶何だよ。

 しかも律儀に返事をしてる、女テニの人、顔を赤くして恥ずかしがってるじゃねえか。

 止めてやれよ。

 

「さいちゃん。お昼も練習してたの?」

「うん。前からお願いしてたんだけど、やっとお昼にも、練習になら使って良いって許可を貰えたんだ。ところで、由比ヶ浜さんと比企谷君はこんなところで何をしてるの?」

「えーっとね。お喋りしてたんだよ」

 

 由比ヶ浜がそう答えつつ、俺に同意を求めて来る。

 確かに、世間話をしていたのは事実だが、俺は昼を食べていただけだし、お前はお使いの途中じゃなかったのかよ。

 今も雪ノ下が、帰りを待ってるんじゃないか。

 

「そうなんだ。仲が良いんだね」

 

 俺と由比ヶ浜を見比べて、そのさいちゃんという女テニの人が、人懐っこい笑顔で笑う。

 

「さいちゃん。部活だけじゃなくて、授業でもテニス選んでるのに、お昼休みも自主練なんて、大変だね」

「そんな事無いよ。うちの部って弱いから、いっぱい練習しなきゃだし。あ、そう言えば比企谷君って、テニス上手だよね」

 

 予想外にもさいちゃんという方から、話題を振られた訳だが、このさいちゃんって何者だよ。

 さっきから、俺の事を知ってるみたいだしさ。

 俺がテニスが上手い何て、情報は何処発信だ!?

 

「へーそーなの?」

「うん。構えとか凄く綺麗なんだ」

 

 俺が迷っている間にも、何故か俺の話題で盛り上がる二人。

 普段から話題の外に居る筈の俺が、珍しく話題の中心に居るのに感じるこの阻害感は何なんだろうか。

 取り敢えずハッハッハッと笑って誤魔化しつつ、俺は小声で、由比ヶ浜に、彼女が何者なのか、説明を求める事にする。

 

「それで……誰?」

 

 なるべくさいちゃんという女性に失礼が無いように、小声で由比ヶ浜に聞いたのだが、そんな俺の細かい配慮を、こいつが気付く筈も無い。

 

「はあああああああああああああ!? 同じクラスでしょ!? 何で知らないの!?」

「バカ! 俺みたいなぼっちが、クラスメイトだからって、名前を憶えてる訳が無いだろうが!」

 

 悲しい事実だが、普段から会話をする機会が多かったり、学校内でも有名な奴の方が、ずっと覚えてたりするからな。

 俺が精々、フルネームで覚えてる名前何て、同じクラスの奴じゃ、イケメンリア充に加えて遺憾とは言え、一緒に仕事をした事もある、葉山ぐらいだ。

 後は目立つ容姿の雪ノ下や、体育でペアを組む事が多い、材木座程度のもんである。

 

「……そっか、ぼくの名前、戸塚 彩加っていうんだけど、覚えてないんだ」

 

 これは非常に不味い。

 少しだけしか会話をしていないが、さいちゃんは凄く優しい良い子だ。

 だって俺みたいなぼっちにまで、優しく接してくれるんだもの。

 だからこそ、傷付き易く、ナイーブな面があるのだろう。

 既に、少し涙目だし。

 何だか、小動物みたいにフルフルと震えちゃってるから。

 思わず抱きしめたくなるけど、そんな事をしたら、速攻で捕まりそうだから、しませんけどね。

 

「いや、あのな。クラス替えしてから、まだそんなに時間が経ってなかったしさ」

「一年生の時も、同じクラスだったんだけど」

「あ、えっと、俺ってば女子と話す機会とか、殆ど無くて……」

「ぼく、男の子だよ」

「……え?」

 

 色々と、場を和ませる為に、必死に言い訳を並べていた俺だったが、予想外過ぎる一言に対して、全ての思考能力が、一時的に断絶してしまう。

 まさか、嘘だろうという、それだけの願いを込めて、由比ヶ浜に視線を向けるが、由比ヶ浜は、黙って頷くのみ。

 そんな俺の考えを察したのか、さいちゃん改め、戸塚は、先程まで涙目だった事に加えて、頬を赤くしながら、ゆっくりと手をハーフパンツへと伸ばし、上目使いで俺を見詰める。

 何だかその光景は、健全な青少年には、いけない物を見てしまっているかの様に思えてならない。

 

「……その、証拠、見てみる?」

 

 戸塚の、言葉に俺の野生のビーストが目を覚ます。

 きっと、この場に由比ヶ浜がいなければ、土下座してでもお願いしていたかも知れない。

 それ程の魔性の魅力を、戸塚は放っていた。

 え? というか、本当に戸塚って男なの?

 もしも、生物学的に戸塚が女じゃないなら、もう性別が戸塚 彩加で良いんじゃないかな。どこぞのラノベキャラみたいに。

 俺は自らの内に解き放たれた、ビーストを、この場には居ない鋭い氷の女王の眼光を思い出しながら沈めつつ思う。

 こういった性別不詳なキャラというのは、神聖な存在なのだ。

 そんな聖域を、俺みたいな奴が、土足で荒らす事は許されない。

 知らないでいる事も、きっと必要なのだと、俺はまた一つの真理へと悟りを開く。

 俺の理性が、野蛮な内なる獣に勝利したからこその選択だと言えよう。

 

「その、悪かったな。知らなかったとは言え、気分を害させちまってさ」

「ううん。それよりも、こんどはぼくの名前、ちゃんと覚えておいてよ」

 

 俺の謝罪によって、何とか機嫌を直してくれた戸塚は、そう言いつつ、俺の鼻先に軽く人差指を当てて微笑む。

 やだ、何この可愛らしい生き物。

 男だって分かってる筈なのに、凄くドキドキするんですけど。

 

「そ、その良く俺の名前を知ってたよな。直接話した事なんて無かっただろ」

 

 俺は何とか、心の動揺を悟られまいとして、話を続ける。

 

「え? ぼく、一回だったけど、比企谷君と話した事があるんだけど」

「あ、あれ。そうだったっけ……」

 

 こんな可愛らしい生き物と遭遇して、忘れる何て事があるだろうか。

 はっきり言って自慢じゃないが、俺が他人と会話をする機会は、決して多くない。

 だからこそ、ここ近年ならば、特に印象に残っていると思うのだが……視界の端に見掛けたり、一言程度ならばもしかしたら、業務上の何かで言葉を交わしたかも知れないが、本格的に戸塚と会話をしたという記憶は俺の中には存在しなかった。

 いや、それよりもまず、俺は先程まで戸塚を女テニの生徒だと思い込んでいたから、記憶の検索に上手く引っかからないという可能性も高い筈だ。

 

「まあ、覚えてないのも仕方無いよね。あの時は非常事態だったし」

「……非常事態。あ、もしかして!」

 

 戸塚の言葉に、俺の中で一つだけ合致するエピソードが思い浮かぶ。

 それは、もう半年以上も、前の話だ。

 思い出すのは、去年のクリスマスの日……。

俺が恒例となっているアルバイトで、少しだけ関わったとある女の子との淡い思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなリア充どもが、浮かれてる日にアルバイトとか、本当に勘弁して欲しいわ」

 

 クリスマスを鮮やかに彩る、ライトアップされた夕方の繁華街を歩きながら、俺は通り過ぎるカップルという名のリア充達を見て、静かに溜息を吐いた。

 本当ならな、今頃は言えの中でゴロゴロとしつつ、クリスマスで幾らか普段よりも豪勢な夕飯と、食後のデザートにホールサイズのケーキが食べられるという素敵イベントを迎えていた筈なのだから、文句の一つも出るという物だろう。

 アルバイトというのは、当然ながら組織からの指令だ。

 内容はクリスマスの当日。

 今から約30分後に、とある人物が、ワームに襲われる可能性があるから、それを阻止しろという物だった。

 指定された場所は、繁華街に位置する少し大きめな広場で、大きめな木がクリスマス仕様にライトアップされて、聖夜の夜の待ち合わせ場所となっていたりと、今、俺が居る場所はぼっちにとって本来ならば凄く近付きたく無い場所、ベスト10に入る、魔窟と化している。

 誰か、この魔窟に住む、クリスマスという日に勘違いして異常繁殖したバカップルを退治しに、勇者でもやって来ないもんだろうか。

 俺ってば、今年は結構、人類の為にワームと戦って来たりした訳だし、それくらいのクリスマスプレゼントが用意されてても良いんじゃないかな。

 そんな事を考えながら、俺は指令のメモと一緒に、ホッパーゼクターが持ってきた一枚の写真を見る。

 この写真の人物が、今回の護衛対象だ。

 一言で言うならば、可愛い女の子の写真。

 テニスをしている最中の写真な為、少しピントがぼけているのだが、ラケットを片手に球を追いながらも、笑顔を絶やさない、この写真の女の子には、素直に好感が持てた。

 ショートカットで快活なイメージはあるが、スポーツをしている割には体の線も細い感じで華奢な印象を受ける、所謂、護ってあげたくなる典型のタイプだと言える。

 まあ、そんな子がワームに狙われているというならば、護るのもまた、マスクドライダーである以前に男の務めって奴かもしれない。

 どっちかというと、俺は将来、主夫を目指しているので家庭を内から守る存在となりたい訳だが、今はこの依頼を無事に達成する事が重要だ。

 俺もクリスマスの独特な雰囲気に当てられたのか、普段は思いもしないそんな決意を胸に、待機し続けていると、やがて写真に写っていた女の子が姿を見せた。

 テニスをやっているという事が写真から分かるので、動き易いボーイッシュな格好に身を包んだ彼女は、誰かと待ち合わせでもしてるのか、白い息を手に当てながら、暫く同じ場所で佇んでいたのだが、10分もすると、数人の男達が現れて、何やら彼女に話し掛けて来たのである。

 おそらくナンパだろうか。

 こんな聖夜の待ち合わせスポットに一人で居る可愛い女の子なんて、ほぼ彼氏待ちで確定だと思うのだが、ナンパ男達には、それが分からないのか、若しくはそこまで切羽詰まっているのだろう。

 見た限り、俺や彼女よりもナンパ男達は若干年上という感じではあるが、年齢的には同じ学生に見える。

 俺の任務は、ワームから彼女を守る事だが、この場合どうするべきか。

 男としては、助けに入るべきなのだろうが、俺がそのまま素で言っても、返り討ちに遭う危険性の方が高い。

 アルバイトのせいで、随分と荒事には慣れたが、相手は複数だ。

 変身すれば確実に助ける事は出来るだろうが、それは幾ら何でも過剰防衛に他ならない。

 あ! 取り敢えず彼女が本気で嫌がっている素振りを見せて、男達が乱暴な手段に出そうなら、通報すれば良いんじゃないだろうか。

 だけど、そんな俺のグッドな作戦は、意味の無い物だったのだと、次の瞬間に実感する。

 彼女を囲むナンパ男達は、総勢で四名居たのだが、そいつ等が全員、人間としての皮を捨て去り、ワームとなったのである。

 当然ながらこれを見ていた、周囲の人達は、突然の事態にパニックを起こす。

 それは目の前で人間がワームの姿となるのを目撃してしまった、彼女も例外ではない。

 急いでベルトのバックルを開くが、今から変身して向かうという段取りをしていたら、間に合わないかも知れん。

 

「頼むぞホッパーゼクター!」

 

 だから俺は咄嗟に変身する事を止めて、走りながらゼクターに指示をだす。

 ホッパーゼクターは、その意図を正しく理解して、俺を飛び越え、彼女を襲おうとしているワームの上で激しくジャンプして、場をかき乱す。

 

「こっちだ!」

「え? うん」

 

 俺はその混乱に乗じて、彼女の手を引き、ワームから引き離した。

 

「大丈夫だったか?」

「あ、ありがとう。えっと君って同じク……」

「お礼は良いから、俺の後ろに隠れてろ」

 

 彼女はお礼の言葉の後にも、何かを言い掛けてはいたが、今はそれ処では無いので、会話を強引に切って四体のワームを見据える。

 幸いにも、四体のワームはどれも幼体のワームで、戦いにそれ程の時間は掛からないだろうし、クロックアップで不意を突かれる心配も無さそうだ。

 そして、十分に役目を果たしてくれたホッパーゼクターが、俺の手の中に納まり、俺はそのままゼクターをバックルへとセットする。

 

「変身!」

『ヘンシン・チェンジ・キックホッパー』

 

 音声を合図に俺の身体をメタルグリーンの装甲が覆い、バッタを模した仮面に赤い二つの複眼の戦士となる。

 

 キックホッパーに変身を終えた俺は、ワームに先制攻撃となる跳び蹴りを放ち、乱戦へと巻き込む。

 一体目のワームは跳び蹴りで吹き飛ばし、更にもう一体のワームも、混乱に乗じて蹴りを叩き込んで無力化してやったのだが、思ったよりも、残りのワームの対応は素早く、戦い慣れて居るのか俺の動きを抑えてこようとして来る。

 このまま、戦っていたら、折角一時的にとは言え、無力化した二体のワームが戦線に復帰する危険性があるかも知れない。

 ならば、その前にこの二体だけでも、片を着けておくべきだろう。

 俺はわざと態勢を崩し、倒れ込むが、それはフェイク。

 俺の誘いに乗って、片方のワームが俺に伸し掛かろうとするが、俺はその時を待っていたのだ。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 狙い澄ませた様に、俺はゼクターのレバーを反転させて強化された脚力で足をワームに対して突き出す。

 本来ならば、これは相手の上を制する為に、使用するのが一般的なのだが、それでも通常の状態では考えられない程の威力となって、ワームに襲い掛かる。

 俺の代わりに大ジャンプをする結果となったワームを尻目に、俺は立ち上がり再びゼクターのレバーを反転させた。

 

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 続いて強化されるのはキック力の強化だ。

 そして俺はそのまま襲い掛かろうとする残った一体のワームに対して、必殺の蹴りを繰り出す。

 キックの反動によって稼働する、足のジャッキ。

 そのジャッキの反動で飛び上り、先に蹴り飛ばしていた二体のワームへも飛び移る様にキックを決めていく。

 

「これで最後だ!」

 

 そしてライダージャンプの反動を受けて、上空へと舞っていた最後のワームに向かって大きく跳躍して最後の一撃を決める。

 この一連の攻撃によって、彼女を襲った四体のワームは見事に爆散した。

 つまり、これで俺のクリスマスのアルバイトは終了という事である。

 

「あ、あの」

 

 だけど、一つだけ問題が残っていた。

 俺とワームの戦いを、彼女が見続けていたという事実である。

 言っておくが、俺のアルバイトには、被害に遭った人へのアフターケアは含まれていない。

 それに依頼には彼女が何処の誰かも書かれていなかった事から、もう会う事も無いのだろう。

 なら、余計な情報を与えて、悪戯に怖がらせるのも気が引ける。

 そして今日はクリスマスだ。

 ならば、せめてこの言葉で締め括って、終わりとしよう。

 

「メリークリスマス」

 

 俺はまだ何か言いたそうにしている彼女に、それだけ告げて、クロックアップで、この場から離脱した。

 普段の俺には似合わない、何処か正統派ヒーローの様な行いをしたクリスマスの思い出である……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして、あのクリスマスの時の!?」

「うん。あの時は助けてくれてありがとう。比企谷君」

 

 俺と彼女……いや、あの時の少年、戸塚は、こうして思い掛けない再開を果たしたのである。

 

「なんか蚊帳の外って感じなんだけど」

 

 戸塚と俺の共通の思い出に疎外感を感じたのか、由比ヶ浜がジト目で見てくるが、俺だって驚いているんだから勘弁して欲しい。

 

「そういう訳だから、今度こそ宜しくね。比企谷君」

 

 そして、改めて笑顔で戸塚に笑顔を向けられた、俺の胸の高鳴りの正体は何なのか。

 俺は、この夜、薄暗くした自室の中で、ホモじゃないホモじゃないと徹夜で唱える事となったのは、言うまでもない。

 ちなみに、完全にお使いを忘れていた由比ヶ浜が、部活で雪ノ下に怒られたのは、完全に自業自得だろう。



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バイト&部活強化計画

またしても書いてしまいました。
そして今更かも知れませんが、折角なので、この作品を短編から連載に変える事を決意しました。
ただ、既に連載が一本あるので、あくまでこっちは不定期連載という形にはなってしまいますが、今月中はこっちをメインに書こうかと考えておりますので、もう一本の連載の更新は、もう少々お待ちください。
それでは、今回も楽しんで頂ければと嬉しいです。


 戸塚との意外な接点を知ってから、数日の時が過ぎた。

 この期間、俺は毎日の様に夜中になるとホモじゃないホモじゃないという己の精神を戒める呪文を唱え、ついに昨日に至っては、妹の小町に煩いと蹴り飛ばされた程である。

 確かに、俺も自分でどうかしているとは思うのだが、それも仕方が無い話だと理解して貰いたい。

 だって、あの日から毎日、戸塚がやけに俺にフレンドリーに接するようになったのだが、その距離感が近過ぎるのだ。

 本人にしてみれば、同性のクラスメイトに対しての、軽いスキンシップのつもりなのかも知れないが、戸塚みたいな、そこらの女子より可愛らしい奴が、軽く肩に触れて来たりとかしてみろ。

 絶対に勘違いしちゃうからな。

 もう、何度か無意識に告白しそうになったことか。

 いや、きっと俺は無意識に何度か、戸塚に愛の告白をしている気もする。

 こう、近くに来た時に、戸塚から何だか良い匂いがしてきて、意識が変な方向に向かって行くのだ。

 その度に、俺の中に潜む誰かが、もうついてても良いんじゃね? と、囁いてくるのだが……本当にどうしたもんだろうか。

 何だか開いたらもう二度と、後戻り出来ない新たな扉を前に、俺は心のライフカードを吟味する毎日。

 そんな悩みを抱えていても、アルバイトの時間はやってくる。

 俺は平塚先生から依頼を受けて、千葉駅の改札口近くへときていた。

 珍しい事に、今回はワームと戦うのが目的では無く、単なるお使いだ。

 いや、お使いと言っても、ちょっとした夕飯の買い出しとかじゃない。

 将来は立派な専業主夫を目指す俺としては、そっちの方が、絶対に有意義ではあるが、残念な事にこのお使いは、もっと物騒な類に入る。

 これは以前にも平塚先生から聞いたし、最近は俺自身も実感している事なのだが、ワームの動きがやけに活発になっているという事だ。

 其処でマスクドライダーの戦力底上げを図るべく、俺のホッパーにも一度は廃止したマスクドフォームの採用と新武装が実装される事になったらしい。

 他のマスクドライダーと違い、後からプットオンで任意に装着するタイプになるそうだが、前からキャストオフはしてみたかったので、寧ろ喜ぶべき事だろう。

 しかし新武装ってのは、どんな感じになるのだろうか。

 共通兵装のゼクトマイザーみたいな、使う時と場所を選ぶ必要がる、ピーキーな武器だったらどうしよう。

 出来れば、ホッパーは今まで基本的に武器無しの、徒手空拳が基本スタイルだったので、白兵戦向けな近接武器か銃みたいな、爆弾より手軽に扱える長距離武器が欲しい。

 後から聞いたのだが、同じ徒手空拳スタイルだと思っていたザビーですら、ゼクターからニードルを飛ばすんだとか。

 なんか、ホッパーだけ武装が無さ過ぎだろう。

 改めて思うと、俺はマスクドライダーの中ですら、今まで冷遇されていたのかよ。

 こう考えると、戦力の底上げというよりも、今まで他のマスクドライダーが持ってた機能を、お情けで追加してやろうかという感じにも思えてくるわ。

 それで、俺のお使いの内容なのだが、俺のベルトに、その機能をアップデートする為の、データメモリを受け取りに来た訳だ。

 データメモリは、ベルトに読み込ませるだけで良いそうなので、俺でも簡単に出来るらしい。

 俺は改札口から、近いコインロッカーを探し、平塚先生から預かっていたロッカーキーの番号を確認する。

 

「お、あった」

 

 目的の番号のロッカーを見つけて、鍵を開け、俺は目的のデータメモリを無事に手に入れた。

 しかし、この受け渡し方法って、完全に平塚先生の趣味だよな。

 こんな回りくどい方法なんて使わずに、最初から先生が直接、俺に渡してくれれば済む話じゃないかこれ。

 まあ、無事に手に入れた事だし、とっとと帰るとするかね。

 それに、今回のアルバイトは、もう一つある。

 違う日に予定されてはいるのだが、もしかしたらホッパーの強化も、そのもう一つの方に関係してるのかも知れないな。

 

「まあ、今から気にしてても仕方ないか」

 

 ワームとの戦いは、前情報以上に、出たとこ勝負な面が大きいから、考え始めると、際限がなくなってくる。

 そんな取り止めの無い事を考えながら、用を済ませて帰る途中、俺は最近気になっているクラスメイト、戸塚を発見した。

 戸塚は、見慣れたジャージ姿だったのだが、問題は一緒に居る奴等だ。

 同じジャージ姿な事から、きっと戸塚と同じテニス部の連中だろう。

 戸塚だけならば、俺も話し掛けていたかも知れないが、あんな集団の中の一人に対して、話し掛けるとかハードルが高過ぎる。

 でも、気のせいだろうか。

 何だか戸塚の表情が、心無しか暗い気がした。

 練習のし過ぎで、疲れてるのかもしれないな。

 俺はそう結論を出して、再び家路を目指して、戸塚の視界に入らない様にステルスモードを展開し、若干だが歩幅を広くして歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も宜しくな」

 

 平塚先生から頼まれた、ある意味で初めてのドキドキワクワクな、お使いの翌日。

 体育のテニスで俺は、相棒である壁に向かって軽く挨拶を交わして、既に極めたと言っても過言ではない、壁打ちを開始しようとしたのだが……。

 

「ちょっと良いかな」

 

 という、天使の様な綺麗な音色が俺の背後から聞こえてくる。

 あれ、俺ってばもしかして壁打ちを極め過ぎて、天啓でも受けてしまったんだろうか。

 そんな馬鹿なと思いながら、声のした後ろの方へと振り返ると俺の右頬に、何やら小さな一指し指が、ぷにっと突き刺さる。

 

「えへへ、引っかかった」

 

 そして目の前には、悪戯に成功した子供の様に、無邪気な笑顔を浮かべる天使……じゃなかった! 戸塚だ。

 ビックリしたわ。

 本当に一瞬だけ、天使に見えたもの。

 背中に純白の、穢れ無き翼が見えちゃったしさ。

 そして、この高鳴る胸のドキドキは、本当に何なんだよ! 

 思わず、このまま告白を通りこしてプロポーズして、振られそうになったっての。

 俺の過去の恋愛観から、こういう距離感の無いスキンシップは、別に俺相手じゃなくて、誰にでもやるレベルなんだから、勘違いしちゃいかん。

 あれ? 戸塚は男だから、それ以前の問題だったか……普通に俺の思考が戸塚を恋愛対象に認識しようとしているんだが……駄目だ、予想外の不意打ちに、完全に混乱してるわ俺。

 ジャージ姿だと、男女のデザインは同じだから、戸塚はもう完全に可愛い女の子にしか見えないんだよ。

 そりゃ、胸は全くと言って良い程無いが、それは雪ノ下だって殆ど変らないし……何だろうか、急に悪寒がしたんですけど。

 この場に居ない筈の何者かの、触れてはならない逆鱗に触れてしまった気がする。

 だがそのおかげで、何とか冷静な判断能力が、戻って来た。

 さっきまで俺だけの天使に見えていた戸塚も、今は俺のアイドル並にしか見えてはいない。

 俺は冷静だ、クールだ、クールに行け。

 

「何か用か?」

「うん。良かったら、ぼくとペアで練習しない? 今日は普段組んでる子が休みなんだ。その……駄目かな?」

 

 頼むから、上目使いで俺を見ないでくれ。

 やっと、落ち着いて来たのに、このまま開いたら戻って来れない何かに目覚めちゃう気がするから。

 俺の中で誰かがもう、ついてても良いよねとか、囁き出してるからね、本当にさ。

 

「ああ、良いぞ。俺も一人で練習するとこだったからな」

 

 なるべく平静を装いながら、俺は戸塚に答える。

 そしてすまん壁よ。

 俺はお前とのコンビよりも、恋を選ぶ。

 

「良かったぁ。断られたらどうしようって緊張しちゃったよ」

 

 俺の答えを聞き、ホッと胸を撫で下ろす戸塚。

 寧ろ、俺の方が、緊張して、テンパり続けていたがな。

 可愛すぎだろ。

 これは由比ヶ浜から聞いた話なのだが、戸塚は一部の女子からは、「王子」と呼ばれているらしい。

 そこらの女の子では太刀打ち出来ない程に、女の子な戸塚の可憐な容姿と振る舞いを思えば、その呼び方も納得と言える。

 この王子という単語には、護ってあげたいという意味も、込められているのだろう。

 そして、俺達の初の共同作業である、ラリーが始まった。

 やはりテニス部なだけあって、戸塚のラケット捌きは、壁打ちを極めた俺から見てもさまになっている。

 暫くラリーを続けていると、戸塚が話し掛けてきた。

 

「やっぱりー比企谷君はーテニス上手だねー」

「まあー壁打ちは極めたと言って良いからなーテニスも極めたと言えるだろうー」

「それはーテニスじゃなくてースカッシュだと思うんだけどー」

 

 ラリーを続けながら、お互いの距離がそれなりにあるので、間延びした感じの会話となってしまうが、俺はこの時間が少しでも長く続けば良いのにと思いながら、ラリーを続けた。

 

「そろそろ休憩しようよ」

「おう」

 

 名残惜しくはあるが、ラリーの最後に戸塚がボールをキャッチし、合図を送るので、俺は頷き近くのベンチへと腰を降ろす。

 そして、何故か戸塚も俺の隣に座る。

 何故!?

 そんな事よりも、近い! 距離が近い!

 普通、男同士が近くに座る時って、対面とか少し斜め気味とかじゃないのかよ。

 同じ事を材木座にされたとしたら、問答無用で蹴り飛ばす、戸塚にこんなことされたら、色々と我慢出来なくなっちゃうだろうが! 主に俺の理性がな!

 

「あのね、実は比企谷君に相談したい事があるんだ」

 

 戸塚は真剣な眼差しを俺に向けて、口を開いた。

 そうか、やけに距離が近いと思ったのは、俺と話したい事があったからなんだな。

 これで謎は解けた。

 そうで無ければ、こんな近い距離になる筈が無い。

 ……じゃないと、俺の理性が持たないから。

 

「それで、相談ってのは?」

「うん、あのね……」

 

 俺が促す事で、話始める戸塚。

 その内容を簡単に要約すると、戸塚が所属するテニス部を強くしたいという事だった。

 何でも、今でも我が校のテニス部は、弱小というレベルに居る実力しかないそうなのだが、今年の大会が終わり、今の三年生が抜けてしまえば、今の一年生と二年生は例年よりも更に人数が少ない為に、今よりもずっと弱くなるというのだ。

 戸塚は既に上級生から、キャプテンの座を引き受けたという事もあり、何とかしたいと考えているのだそうな。

 昼休みに、一人でテニスコートの使用許可まで取って練習していたのも、キャプテンである自分が、少しでも強くなって、部員達を引っ張って行こうと考えていたかららしい。

 良くも悪くも、人数が少ない勝負関係の部活では、何の苦労も無く試合に出れるとなると、モチベーションが、低くなりがちになる。

 だって真面目にしていようが、サボり続けていようが、部活に所属していれば、それだけで公式の試合に出れてしまう場合だってあるのだ。

 部内に試合の選手に選ばれる為の、競争相手が居れば張合いも出るのだろうが、それも無いとなれば、人間は楽な方を選択して、やった気になり、頑張ったつもりとなって、其処で全てを完結させてしまう。

 勝てなくても、参加が出来たのであれば、それで良いと考える奴は、決して少ないとは言えない筈だろう。

 強くなれない部活に、強くなろうという者は集まりはしない。

 もしも、それを可能にする何かがあるとすれば、部員全員の意識改革か、取り巻く環境の変化くらいだろうか。

 

「それで……もし良かったら、比企谷君にテニス部に入って貰えないかなって」

「……はい?」

 

 相談の最後に、予想外の台詞を言われて、俺は思わず驚きの声を上げる。

 一体全体、戸塚の中で、どんな経緯を経て、そんな答えに辿り着いたのだろう。

 俺がどうしてだという視線を向けると、戸塚は、縮こまりながら体育座りの姿勢になって、すがる様な視線を俺へと向ける。

 だから、その視線で俺を見ないでくれ。

 本当に辛抱出来なくなるから。

 

「あのね。比企谷くん、テニスが上手だし、もっと本格的に練習したら、今よりずっと上手くなると思うんだ。そうすれば、他の部員の皆にも、良い刺激になると思うし……ぼくも比企谷くんとなら、頑張れると思うし……へ、変な意味じゃなくて、比企谷君と一緒に頑張れば、ぼくも、今よりもっと強くなれると思うから……」

「戸塚は弱くても良いよ……俺が、お前を守るから」

「え?」

「あ、いや、その間違えた」

 

 だってあの表情と台詞は反則だろう。

 つい、俺の人生を全て賭けて、戸塚を守ろうとしちゃって、言うべき台詞を間違えた。

 もう、俺の脳内では既に、二人が式を挙げて、白く大きな家で大型犬を飼って、二人の子供が居て、仕事で疲れた俺を、ピンクのフリルエプロンを装着して、お玉を片手に持った戸塚が、お帰りなさいあなたって出迎えてくれるところまで、再生されてたからな。

 俺の将来は、専業主夫なのに、おかしい話だ。

 でも、そんな未来も悪くないと思ってしまった俺は、もう大切な何かが、手遅れなのだろうか。

 

「その、悪いな。俺はテニス部に入ってやる訳にはいかないんだ」

 

 幾ら俺の愛して止まない、ラブリーマイエンジェル戸塚の頼みでも、聞いてやれない事もある。

 いや実際は、二つ返事で争うが如くOKを出しそうになったし、ちょっと手違いでプロポーズしてしまったが、俺は既に強制ではあるが奉仕部に所属しているし、例のアルバイトだってやらにゃならない。

 確かに戸塚と長い時間を共に過ごせるというのは、面倒な部活に入るリスクを負ってでもメリットがある

かも知れないが、物理的にこれ以上の時間の浪費は無理なのだ。

 

「……そっかぁ。残念だな」

 

 本当に残念そうな表情をする戸塚に、これでもかという程の罪悪感を覚えるが、俺としても譲れない事はある。

 こればかりは仕方が無いと言えるだろう。

 

「その、なんだ。部活には入ってやれないけど、他に何か無いが俺の方でも考えてみるよ」

「……ありがとう、比企谷くん」

 

 俺の言葉に、戸塚は笑って答えてくれるが、こんな言葉はただの気休め以外の何物でも無い。

 ただそれで、戸塚が少しでも元気を取り戻してくれるなら、それでも良いかと、俺には思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっはろー!」

 

 頭の悪い挨拶が、奉仕部の中に響く。

 あの体育の後の放課後。

 一足早く、部活に来ていた雪ノ下に、俺が戸塚の件で何か良い案は無いか、知恵を借りようとして、無理だと一蹴されながらも、それでも何とかしようと説得をしてたら、何時の間にか物騒な雪ノ下の考え方に旋律したところで、由比ヶ浜が部室に顔を出した。

 相変わらずポケポケとした、頭が悪いだけが悩みですとでも言いたそうな顔をした由比ヶ浜であるが、その後ろには対照的に、何処か沈んだ表情をした顔をした人物が一人。

 

「……戸塚か」

「あ……比企谷くん」

 

 しかし、その人物、先程までの俺と雪ノ下の話題の中心となっていた戸塚が、俺の存在に気付くと、沈んでいた表情が一転して明るくなり、花が咲く様な素敵な笑顔を見せる。

 とてとてと、俺の方に来ると、嬉しそうに俺の袖口を掴む戸塚。

 これは反則だろう。

 思わず抱き締めて、キスしてしまいそうになりました。

 でも男なんだよな。

 何だか泣きたくなってきたよ。

 

「比企谷くんは、ここで何をしてるの?」

「何って、俺は部活だけど、お前は……」

「それはあたしが、さいちゃんを連れて来たからだよ!」

 

 俺と戸塚が互いの疑問を口にしていると、由比ヶ浜が自慢げに言う。

 何故、そこでお前が答えるんだよ。

 俺はラブリーマイエンジェル戸塚の口から、答えを聞きたかったというのに。

 

「やーほら、あたしだって奉仕部の一員だし。偶には部員らしくしなくちゃと思ってさーそしたら、さいちゃんが悩んでるみたいだから連れて来たんだよね」

「由比ヶ浜さん」

「お礼とか良いよ、ゆきのん。部員として仕事をしただけだからさ」

「いえ、由比ヶ浜さん。あなた、別に奉仕部の部員では無いのだけれど……」

「え、あたしって部員じゃないのっ!?」

 

 違ったんだっ!? 毎日部活に来てるし、材木座が相談しに来た時も、普通に参加してたから、てっきりあれからなし崩しで部員になったと思ってたんですけど。

 

「ええ、入部届は出してないし、顧問の平塚先生から許可が出た訳でも無いから、由比ヶ浜さんは部員では無いわね」

 

 我が部の女王様は、とてもルールに厳しかった。

 

「書くから! 入部届ちゃんと書くから仲間に入れてよ!」

 

 由比ヶ浜は涙目で言うと、ルーズリーフにひらがなで、にゅうぶとどけ、と書き始めた。

 それくらいは漢字で書けと言いたいが、今はこんなお馬鹿さんに構ってる場合じゃない。

 

「それで、戸塚君だったわね。何かご用かしら?」

 

 にゅうぶとどけを書いている由比ヶ浜を尻目に、雪ノ下は戸塚に鋭い視線を向けた。

 雪ノ下の眼光に、戸塚の俺を袖を掴む手に、力が籠る。

 そりゃ、あんな野生の肉食獣と、遭遇した様な視線を向けられれば、誰だって怖くなるだろうな。

 俺だって、メチャ怖いもん。

 マジで怖いわ、雪ノ下さん。

 

「あ、あの、テニスを、その強くしてくれるん……だよね?」

 

 最初の内は雪ノ下の方を見ながら話していた戸塚だったが、その鋭い眼光に耐えられなかったか、最後は俺にすがる様な視線を送る。

 最初から視線を合わせる事すら出来なかった、ダブル材木座と比べれば、頑張ったと言って良いだろう。

 そして、上目使いで俺を見るのは、止めてほしい。

 俺を見ても、答えようが無いし、ドキドキしちゃうから。

 戸塚のサラサラの髪を撫でたくなってきちゃうんですけども。

 すると、俺の葛藤を察して、助け舟を出した訳では無いのだろうが、雪ノ下が戸塚の疑問に答えた。

 

「由比ヶ浜さんが、どういう風に言ったのかは知らないけど、奉仕部は、あなたの手伝いをするだけよ。目標を達成出来るかどうかは、あなた次第ね」

「……そ、そうなんだ」

 

 雪ノ下の答えに、戸塚は肩を落とす。

 毎度、思うのだが、奉仕部に来る依頼者って必ずこの手の誤解をしているよな。

 まあ、今回に限っては、どこぞのお馬鹿さんの説明が悪かっただけだろうが。

 ハンコは何処だったかなと言いながら、鞄の中をガサガサと探る由比ヶ浜を睨んでいると、その視線に気気付いたのか、由比ヶ浜が顔を上げた。

 

「へ? 何かあったの?」

 

 きょとんとした反応を見せる由比ヶ浜に、俺と雪ノ下は、同時に溜息を吐く。

 

「何かあったでは無いわ、由比ヶ浜さん。あなたの無責任な発言で、一人の淡い少年の希望が打ち砕かれてしまったのよ」

 

 雪ノ下が鋭い刃の様な言葉を雪ノ下に突き刺すが、本人は首を傾げるだけで、特にダメージを受けた様子すら無い。

 

「えー? でもゆきのんとヒッキーなら、なんとか出来るんじゃないの?」

 

 のほほんと言い放つ由比ヶ浜。

 本人には他意は無いのだろうが、その言い方だと小馬鹿にしてるか、それくらい出来るだろうと挑発している風にも聞こえるんだが……。

 

「……ふぅん。あなたも言う様になったわね、由比ヶ浜さん。其処の死んだ魚の目をした変態紳士は兎も角、私を試す様な事を言ってくるなんてね」

 

 ほら、生粋の勝負師に、変なスイッチが入ったよこれ。

 完全にさっきの言葉を、雪ノ下は挑戦状と受け取った様だ。

 

「良いでしょう。この依頼受けましょう!」

 

 雪ノ下の鶴の一声によって、奉仕部の参加は決定となった。

 ちなみに、俺は最初から拒否権も無いので、特に思うところは無い。

 それに、今回は他の誰でも無い戸塚の頼みだからな。

 ちょっと、普段よりも、頑張ってみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奉仕部の活動方針として、まず部長である戸塚を鍛える事に決定し、明日から本格的な鍛錬が開始される事となり、本日は解散となった。

 本当なら俺は、戸塚を誘って、下校デートをしたいなと考えても居たのだが、残念な事に外せない用事があったので、今は一人、とあるビルの建設地の前まで来ている。

 これは平塚先生から、お使いの時に頼まれた、もう一つの依頼。

 今日は工事が休みとなっている為に、俺の他に人気は無い。

 そもそも、この休みだって、裏でゼクトが何かした可能性が高いのである。

 

「しかし、こんなところにワームが、本当に居るのかね」

 

 依頼の情報では、この建設地が休みの日。

 擬態して街に潜んでいるワームが、仲間と情報交換をする際に利用しているらしい。

 しかし、その場所も、もう間も無く別の場所へと移す予定だという情報を得た為、集まったワームを一網打尽にする様にとの事だ。

 本当ならこういうタイプの依頼は、集団戦に特化したシャドウの方が適任なのだろうが、残念な事に似た内容の依頼が被り、シャドウは別の場所で戦っている。

 そこで俺にお鉢が回って来たのだ。

 前のお使いで、ホッパーの機能をパワーアップさせたのも、今回の案件に対応させる為の布石だと見て間違いないだろう。

 いや、もしかしたら平塚先生が、気を回して手配してくれたのかも知れない。

 あの先生は、心配性なところがある……何でそんなにも、子供想いな人なのに、結婚出来ないんだろうか。

 

「お、早速出て来たか」

 

 建設地に来たばかりの時は、全くと言って良い程に人の気配がしなかったが、奥に行くに従って、ワーム特有の、嫌な気配が増えていくのを感じていた。

 そして、俺を排除するべき、侵入者と判断したのだろう。

 物陰からワラワラと、大量のワームが姿を現す。

 

「こりゃ、予想以上の団体さんだな」

 

 思った以上の数のワームが出て来た事に、冷や汗を流しつつも、俺はブレザーのボタンを外し、中に仕込んでおいたベルトのバックルを開く。

 それを合図に、ワームの隙間を抜けて、ホッパーゼクターが飛び跳ねながら俺の下へと辿り着き、最後に回りながら一飛びして、俺の手の中に納まる。

 

「……変身」

『ヘンシン・チェンジ・キックホッパー』

 

 バックルにゼクターをセットする事で、俺の全身は緑のプロテクターに覆われ、バッタを模した仮面と赤い複眼が特徴的な、マスクドライダーシリーズの一つである、キックホッパーへと変身を果たす。

 俺がキックホッパーになった瞬間に、近くに居たワーム達が一斉に飛び掛かって来る。

 

「このっ!」

 

 俺は最初に飛び込んで来たワームを蹴り飛ばし、手始めに正面に陣取るワーム達に駆け寄り接近戦を仕掛ける。

 だが、普段から相手にする数とは、桁違いにその数は多く、俺が見える範囲だけでも、20体は居そうな勢いだ。

 このまま肉弾戦オオンリーだと、全て倒すまでに、どれだけ時間が掛かるか分からない。

 

「それなら、早速あれを試してみるか」

 

 俺はそう言いつつ、ゼクターのレバーを半分だけ起こす。

 

「プットオン」

『プットオン』

 

 一連の動作を行う事によって、ライダーフォームの上に、新たな装甲が形成されていく。

 鋭角なライダーフォームとは違い、丸みを帯びた緑のアーマーと、赤い複眼の上に被せられた四角いバイザー、そして更に背中にはバッタの羽を模した二対の羽状のバックパック。

 この姿こそが、ホッパーに新たに追加された簡易式のマスクドフォームである。

 そして、新たに追加された機能はこれだけでは無い。

 

「はあっ!」

 

 俺は新たな武器を手に、ワームへと斬り掛かる。

 形状は小型の斧、ハンドアックスとでも言えば良いだろうか。

 更に取っ手を持ち替えると、その先にはトリガーがあり、その先端は銃口となっている。

 当然ながら、トリガーを引くと、光弾が発射され、命中したワームに対して、大きなダメージを与えた。

 これこそが、俺の新たな武器、ゼクトクナイガン。

 元は、他のマスクドライダーの万能武器として、使用されていたものと同類らしく、今も新たに開発中のマスクドライダーに、量産版を基本兵装として持たせようという動きがあり、そのテストタイプが、俺の装備として、送られて来たのだ。

 ある程度の攻撃を無視出来る防御力を誇るマスクドフォームと、遠近両方に対応出来るゼクトクナイガンのおかげで、ワームの数はみるみる内にその数を減らしていく。

 だが、ワームとの戦いは長引けば、それだけ不測の事態が発生する可能性が高くなる。

 ワームの内の一体、幼生の緑のワームが、動きを止めて、茶色に変色したのだ。

 

「不味い!」

 

 俺は急いでそのワームの下に向かおうとするが、残り僅かとなった他のワーム達が、俺の行く道を遮る。

 

「邪魔だっての!」

 

 俺はハンドアックス状態のゼクトクナイガンで、そのワーム達を薙ぎ払うが、残念な事にその僅かな時間が、あの変化を始めたワームの目的を果たさせてしまう結果となってしまう。

 茶色いワームの皮膚は解ける様に消え去り、中から灰色の表皮を持つ、蟻に似た大きな顎を持つワームが誕生する。

 ワームには基本的に幼体と、成体の二種類が居て、基本的に成体の数は少ないとされているのだが、幼生のワームは何かがキッカケとなって、成体へと進化するのだ。

 その現象は、俺達の間では、脱皮と呼ばれている。

 今、まさに俺の目の前で起こったワームの変化こそが、その脱皮と呼ばれる現象だ。

 そして、成体となったワームは同時に厄介な能力に目覚める。

 俺が認識するよりも早く、ワームの姿が、忽然と消失した。

 だが、それは文字通り、俺の目の前から消えた訳では無い。

 俺の認識している時間から、クロックアップによって、違う時間の流れにワームがその身を置いてしまった為だ。

 ならば、俺がするべき事は一つ。

 中央まで立てていたゼクターのレバーを、再び下へと戻す。

 

「キャストオフ」

『キャストオフ』

 

 そうする事によって、プットオンで追加でされた装甲がパージされ、再び俺の姿は見慣れたライダーフォームのキックホッパーへと戻った。

 

『チェンジ・キックホッパー』

 

 ご丁寧に音声が流れるが、ここまではただの下準備に過ぎない。

 クロックアップに、対抗するには、この姿に変わる必要があったのだから。

 そして気付けば、建設中のビルの上から、大量の鉄骨が俺に向かって降り注ごうとしていた。

 誰がこんな事をしようとしているのかは、大体の見当は着く。

 だからこそ、俺は急いで次の行動へと移った。

 

「クロックアップ」

『クロックアップ』

 

 ベルトの側部のスイッチを押して、俺もワームと同様に、通常とは違う時間の中へと飛び込む。

 俺以外の全ての音と動きが、限り無く低速になった世界。

 その時間の中で、俺に降り注ごうとしていた大量の鉄骨は、まるで重力を無視して、空中で静止したかの様に固定されている。

 実際は今も、時間は進み、動いてはいるのだ。

 ただ、今のクロックアップした、俺が感じる感覚の中では、止まって見えているだけ。

 そして、上を見上げれば、案の定、俺に向かって鉄骨を投げ捨てている先程のワームの姿。

 

「そこか!」

 

 俺は空中の鉄骨を足場に飛び移り、ワームの居るビルの上へと向かう。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 更に中間の距離まで飛んだところで、ゼクターを反転させ、強化した脚部を活かして、更なる高さへと跳躍して、一気に距離を縮めていく。 

 そして手にしたゼクトクナイガンの、アックスとなっているケースをパージして、中から鋭利に伸びる刃で、ワームへと斬り掛かる。

 これが、ゼクトクナイガンの、アックスとガンモードに続く、第三のモード、クナイモードだ。

 ライダーフォームの素早い動きに合わせた、小回りの利く白兵戦の武器と言えるだろう。

 この攻撃は完全に不意打ちとなり、見事にワームをビルから落とす事に成功する。

 だが、俺の攻撃は、まだ終わらない。

 このまま、決着をつけてやる。

 

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 もう一度ゼクターのレバーを反転させて、キック力を強化し、ビルの下へと落下するワームに対して、必殺の一撃を放つ。

 キックを叩き付けた反動でジャッキが起動し、ワームを地面へと押し込み、俺だけがジャッキの反動で再びビルの上へと着地した時点で、クロックアップの制限時間を迎える。

 

『クロックオーバー』

 

 同時に俺は通常の時間の流れへと戻り、大量の鉄骨が落下する音と、ワームが爆散する音が、耳に響く。

 上から見渡せば、既にワームの影は無く、それは今日の俺の仕事が無事に終わったという事を意味していた。

 

「さてと、今日はいつもよりも派手に暴れたからな。誰かが来る前に、撤退しますかね」

 

 俺は誰に言うでも無く、そう呟きこの場を後にした。

 

 

 

 しかし、俺は見落としていたのだ。

 この戦いの場から、二体のワームが逃げ延びていたという事実に。

 そして、そのワームとの戦いは、近い内に意外な形となって行われる事になる事を、俺はまだ知らない。




今回は色々と詰め込み過ぎた上に、連載化に伴い、次回を彷彿させる終わり方となってしまいました。
そして個人的にはホッパーのマスクドフォームって、どうなのというのもあったのですが、これからも戦い続けていくなら、演出を増やす意味も込めて、追加させて貰いました。
ちなみにゼクトクナイガンは劇場版カブトであの人達が使っていたアレです。
設定上は劇場版のライダーは全員、装備品として持っていたそうなので、流石にこれからも主人公だけ、無手で遠距離武器が一切無しはきつ過ぎる為、追加しましたです。
これで暫くは追加の装備とかは、する予定は無いですが、何か要望でもありましたら、気軽にメッセージでもお送りください。
採用するかどうかは、分かりませんが、後に反映はさせて頂くかも知れません。
ではでは。


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リア充イケメン&ボッチコンビ【前編】

今回は文章量が多くなりそうなので前後編に分けますです。
これも連載に変えたからこそ出来る投稿の仕方ですよね。
バトルは後篇になるおは思いますが、今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。


 普段ならば、いつものベストスポットで一人、優雅に昼飯を食べているであろう昼休み。

 今日から、本格的に戸塚の強化特訓を始める予定だ。

 俺は不本意ながらも、四限目が終わると同時に素早く教室で、事前に買っておいたパンを食べ終え、男子トイレで適当にジャージに着替えて、俺はテニスコートへと向かう。

 それにしても、普段の俺から見れば、何とも付き合いの良い事である。

 まあ、戸塚の頼みという部分が大きいのは認めるが、俺がこうして部活に励んでいるという事実が、意外だとしか言い様が無い。

 結局のところ、この奉仕部とは、俺にとってどういった存在なのだろう。

 平塚先生が言うには、俺の性格を矯正する為と言っていたが、俺が現段階でホッパーゼクターの資格者である以上、これからも生き方を変えるつもりはないが、もし万が一にも下手に今の性格が矯正されて、綺麗な八幡君になったとしたら、もう変身出来なくなるかも知れないとは、考えなかったのだろうか。

 そう考えるとどうも、それはただの建前にしか思えてならない。

 だとしたら、何か他に納得の行く理由があると考えるのが妥当だが、平塚先生の裏にはゼクトという巨大な組織が存在している。

 俺を奉仕部に居れた理由が、雪ノ下の護衛と、先生の個人的な考えからとしたものならば、俺の考えはただの杞憂で終わるだろう。

 だが、平塚先生の意思だけでなくゼクトの組織としての意思がが大きく関係していたとしたら……。

 もしかしたら奉仕部とは、俺が考えているよりも、色んな意味で厄介な部活なのかも知れない。

 こうして、考えを煮詰めていても、答えが出る訳も無い。

 それよりも、今は戸塚のトレーニングについてだ。

 我が部のサディスト女王様が特訓の指揮を執るのだから、俺がしっかりとラブリーマイエンジェルを守らなくては!

 しかし、こうして考えると、俺とは違ったベクトルで雪ノ下も難儀な性格である。

 俺も人の事を言えた義理ではない、少数派の考え方だとは自覚しているが、もしもこんな俺の心の傷が癒えるとするならば、戸塚が女の子であった時だろうな。

 今回のテニスを通して、もしもラブコメ展開にでも入れば、俺の中の何かが変わるかも知れない。

 はっきり言って、俺が知る限りで最も可愛いと言えるのは、戸塚 彩加だ。

 素直で愛らしく、何よりもこんな俺に優しい!

 ゆっくりと戸塚と愛を育んでいけば、きっと俺が周りから良く比喩される死んだような魚の目は、活力溢れる輝かしい瞳となり、人間的に大きく成長出来る可能性は高いだろう。

 ……でもな、あの子は男の子なんですよ。

 期待させてこんな結末を用意している辺り、ラブコメの神様が居たとしたら、俺は凄い嫌われているのだろうな。

 いや、それすらも越えて真実の愛に辿り着けと、ゴッドは俺に告げているのだろうか。

 戸塚と出会ってから、やたらと頻繁に、俺の心の中で囁かれる、ついていてもいいじゃないか、という言葉も、神からの啓示なのかも……いや、これはきっと悪魔の囁きだ!

 それにまだ、戸塚が女の子かも知れないという可能性だって、ゼロとは言い切れないじゃないか。

 俺は僅かな可能性かも知れないが、戸塚が女の子だという、僅かな希望を信じている。

 そんな小さな希望を胸に抱き、テニスコートへと向かう俺だが、昼休みの校舎をジャージで歩くと、非常に目立つ。

 殆どの生徒が制服姿の中で、ジャージを着用しているのだから、普段から影の薄いぼっちの俺でも、それなりに人の目を引いてしまう。

 特に俺の学年のジャージは見た目にきつい、淡いブルーの蛍光色で授業や部活で以外、好んで着る生徒は殆どいない。

 だからこそ、余計に目立ってしまう訳だが、それは厄介な奴にまで発見される結果となってしまった。

 

「ムハハハハ! 其処を行くは、我が盟友、八幡では無いか!」

「こんな廊下の真ん中で、高笑いを上げながら、俺の名前をよぶんじゃねえよ」

 

 こんな馬鹿みたいな高笑いを上げながら、俺に話し掛けてくる奴は、総武高校広しといえど、目の前の材木座を置いて、他に居ないだろう。

 居るとすれば、ゼクトの保護施設に居るであろう、擬態材木座くらいのもんである。

 出来れば、このまま奴をスルーして先に進みたいところだが、材木座は廊下の真ん中で腕を組み、仁王立ちしている為に、このまま突破するのは容易ではない。

 

「ここで出会うのも我らが運命、ディスティニー! 実は新たなプロットが完成したのでな。これから渡しに行こうと思っていたところなのだ」

「あ~悪いな。これからちょっと用事があるんだよ」

 

 俺は、そう言いつつ、プロットの書かれた紙を受け取る事もスルーして、廊下の隅から突破を試みたのだが、材木座は優しく俺の肩を掴んだ。

 そして、何故か奴のメガネの奥の瞳が、やけに優しげだ。

 

「そんな悲しき嘘をつくな相棒……お前に予定なんて、少なくとも学校では無いだろう?」

「嘘じゃねえよ! というか、お前にだけは言われたくないわ!」

 

 確かに、俺の学校での予定って、奉仕部の活動しか無い気もするが……えっと、他にも偶に学校内でもワームが出るから、そん時は忙しいから! 命懸けで戦ってるから俺!

 ……はい、それ以外では、特に予定なんて無いですね。

 

「なに、八幡の気持ちは、我にも痛いほどに分かる。虚栄が為に小さな嘘を吐く事は人の持つ業よ。しかしそれは逃れられぬ悪循環へと繋がるのだ。その先に待つのは、人間関係というぼっちには耐えられぬ社会との関係の悪化を招く……最後に待つのは虚無でしかない……案ずるな。我もお前には弟の命を救われた。今度は我が助ける番だ!」

 

 材木座が最後に、男なら一度は言ってみたい漫画で良く見かけるランキングの上位に入るだろう台詞を口にした。

 良い笑顔で、爽やかにサムズアップするのを見て、本気で蹴り飛ばしたくなった。

 

「だから、本当に予定があるんだって……」

 

 何とかライダーキック張りの飛び蹴りを見舞う事を我慢しつつ、俺が何とか材木座を説得しようとしたその時だ。

 

「比企谷くん!」

 

 後ろからエンジェルボイスが聞こえ、戸塚が俺の腕に飛びついてくる。

 いきなりの不意打ちに、俺の心臓がやけに高鳴り、ふわりと揺れる戸塚の髪から微かに良い匂いが……はっ!?

 

 駄目だ俺! 正気を保つんだ! でないと持ってかれるぞ! 新たな開けちゃいけない真理の扉に色々と。

 

「ちょうど良かった。これからテニスコートに行くんだよね。 一緒に行こうよ?」

「あ、ああ……」

 

 戸塚の左肩には、テニスのラケットケースが引っかけられ、その反対の右手は何故か俺の左手を握っているのだが……小さくて温かい手なんですけども、このまま恋人繋ぎしても良いでしょうかね。

 

「は、八幡よ……その御仁は……ま、まさか」

 

 材木座は、信じられない何かを見るかの様に、俺と戸塚を交互に見て、生まれたての小鹿並にプルプルと震えている。

 何この、見るに堪えない生き物。

 しかし、材木座は、メガネの中の瞳を怒りに染めて、俺に向かって叫ぶ。

 

「き、貴様っ! 我を、裏切っていたのだな!?」

「裏切るって何をだよ?」

「黙れっ! この半端イケメン! なんちゃって変身ヒーロー! ぼっちだからと甘い顔をしていれば色香に惑わされおってからにっ!」

「半端だとかなんちゃっては外せよ」

 

 ぼっちに関しては否定出来ないから、反論のしようもないが。

 材木座は、怒りを露わにしたまま、俺に威嚇を続けている。

 

「貴様だけは……絶対にユルサンゾ」

「おい、落ち着け材木座。なんか最後に至っては言語機能が片言になってきてるぞ。戸塚は女じゃない、男だ……きっと、いや、たぶん?」

「フ、フ、ザケルナァァァァァぁ! コンナカワイイコ、オトコ、ワケナイ! ウソイクナイ!」

 

 俺の自信無さげな発言を聞き、材木座が叫ぶ。

 それと同時に、言語機能の崩壊も更に進んだ様だ。

 

「確かに戸塚は可愛いけどさ、男だよ」

 

 俺のラブリーマイエンジェルだとは、思うがな。

 

「そんな……可愛いなんて……こ、困る、かな」

 

 隣で俺の台詞を聞いた戸塚が、頬を染めて顔を背ける。

 個人的な要望としては、材木座と対峙しているよりも、戸塚の恥ずかしがっている顔を、ずっと眺めていたい。

 

「あの、この人は、比企谷くんのお友達なの?」

「いや、こんな奴は知らないな」

「流石に我も、その対応は傷付くぞ」

 

 何気に言語能力が回復した材木座ではあったが、完全に拗ねている。

 面倒臭過ぎるだろこいつ。

 気持ちは分からないでも無いのだが、もう色々と面倒だから、このまま無視して行ってしまっても良いだろうか。

 

「戸塚……行くか」

「う、うん」

 

 俺はそのまま、材木座をスルーして行こうとするが、戸塚はその場を動こうとしない。

 

「あの、材木座くん、だっけ」

 

 戸塚に話し掛けられた材木座は、シドロモドロになりながらも、何とか頷いて見せる。

 

「比企谷くんとお友達なら、ぼくともお友達になれるかなって……その、そうしてくれると嬉しいな。ぼくって男の子の友達が、そんなに多くないから」

 

 そう言って天使の微笑みを浮かべる戸塚。

 

「フ、フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 如何にも我は八幡の友! 盟友! 相棒! そ、そこまで言うのであれば仕方が無い! 貴公とも、友としての盟約を結ぼうではないか! いや、な、なんなら恋人でも」

「うん、それは無理かな。友達で良い?」

「う、うむ。そうか。……おい、八幡。もしかして我にも春が来たのではあるまいか!? これは天が我にラブコメをしろと囁いているのではあるまいか!?」

 

 材木座は、急に俺にすり寄って小声で耳打ちしてくる。

 本当に蹴り飛ばして良いだろうかこいつ。

 さっきまでの俺への態度は何なんだよ。

 美少女と仲良くなれるかもしれないと思ったとたんに、ここまで手の平を返してくるとか、きっと今回は俺が蹴っても、誰も怒らないと思うわ。

 

「……戸塚、早く行こう。遅れると雪ノ下に殺され……怒られるからな」

「む、それは不味いな。急ごうではないか。あの御仁は、本当に怖いからな……」

 

 そう言って材木座は、先程とは違って意味合いで小鹿の様にプルプルと震えだす。

 気持ちは痛いほどに理解出来るが、どんだけ雪ノ下が怖いんだよ、お前は。

 というか、着いて来る気かよ、おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう……ん、んん……あぅ……はあ」

「うう……くっ……あっんんっううううんっ!」

 

 結局、材木座を仲間にテニスコートに来た俺達だったが、雪ノ下の指導の下に戸塚の特訓は開始された。

 そしてダイエットに効果があるという言葉に惹かれ、急遽として由比ヶ浜も特訓に参加しているのだが……。

 

「なあ、八幡」

「どうした? 材木座」

「我は今、何だか幸せな気分なのだが、お主はどうだ?」

「……ああ。俺もそんな感じだな」

 

 俺と材木座は、戸塚と由比ヶ浜が並んで腕立て伏せをしている光景を見て、世界の誰よりも優しい気持ちに包まれていた。

 戸塚は、あまり筋力が無いのか、腕立てをする度に、切なげな声を出して、縋る様な視線で俺を見上げて来る。

 その光景を見ていると、何だかいけない気分になって来る。

 その隣で同じく腕立てをする由比ヶ浜だが、腕を曲げる度に、襟元の辺りから、普段は見えそうで見えない汗粒に濡れる、肌が露出してこれまた、凄い光景となっていたりする訳で……。

 これは、たまらんです。

 本当にありがとうございました!

 

「……性犯罪者の目をしてる、そこの二人。暇ならあなた達も一緒に運動して、その煩悩を振り払ったらどうかしら?」

 

 雪ノ下の俺と材木座を見る、心底蔑んだ視線が、メッサ怖い。

 仕方が無く俺達は、女王の冷淡な視線から逃れる為に、腕立て伏せを開始する。

 

「そうやって見ていると、何だが斬新な土下座を見ているみたいね」

 

 俺と材木座が、腕立て伏せをするのを見て、雪ノ下が楽しそうに笑う。

 ドS過ぎるだろ、この女王様。

 雪ノ下の特訓方針としては、まず身体能力の底上げを図るとの事なので、こういった基礎トレーニングが続く事になる。

 暫くは地味なトレーニングが続き、少し息が上がって来た頃。

 

「ん?」

 

 俺は視界の隅に、平塚先生が居た事に気付く。

 しかも、平塚先生は、こっちに来いと指で合図を送っている。

 

「どうしたの? ヒッキー」

「悪い、俺ちょっと抜けるわ」

 

 俺の様子に気付いた由比ヶ浜に、そう告げて、俺はテニスコートを出て、平塚先生の居たテニスコートの裏へと急ぐ。

 しかし、このタイミングで呼ばれるとは、きっとアルバイトに関しての事だろうな。

 それに、今回はまた厄介な事になりそうな予感がする。

 

「忙しいところをすまんな、比企谷」

「いえ、それより何の用ですか? 平塚先生。それと……葉山」

 

 何故ならば、平塚先生後ろには、葉山まで居たのだから。

 これで何もない、と思うのは無理があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くは基礎練習を繰り返す日々が過ぎ、今度はラケットやボールを扱う練習も開始された。

 最初の内は、指示を出す雪ノ下以外は、一緒に練習に参加していた俺達であったが、テニスの本格的な練習となると、初心者である俺達には、そんなに出来る事は多くない。

 俺は手伝いを頼まれた時以外は、基本的に地面の蟻の観察をする毎日。

 出来ればラブリーマイエンジェルの練習姿を見ていたいが、あんまり見ていると、雪ノ下や由比ヶ浜から、死ねば良いのにという意思の込められた視線を向けられる結果となるので、仕方が無い。

 基本的に練習の指揮をする雪ノ下ではあるが、反復練習が殆どなので、偶に戸塚の様子を見て激を飛ばす以外は、近くの木陰で読書をしている。

 由比ヶ浜も練習に飽きたのか、読書をする雪ノ下の近くで寝息を立てていた。

 材木座に至っては、戸塚の練習の邪魔にならない場所で、必殺技の練習に励んでいたりと、何だか傍から見ていると何の集団なのか、分からない感じになってきていたりする。

 だけど、そんな平和? と言える時間は長くは続かなかった。

 

「あれ、テニスしてんじゃねー」

 

 珍しくも、いつもの奉仕部メンバープラス材木座が、珍しく全員で戸塚の練習に対して、手を貸していた日。

 ちなみに今は、雪ノ下は練習中に擦り傷を負った戸塚の為に、保健室へと救急箱を取りに向かっている。

 俺と由比ヶ浜と同じクラスの、金髪縦ロールこと、リア充女王の三浦が、俺達の傍へと、他のリア充集団がやって来たのである。

 何だ? これから戦争でも始まるのか。

 

「あ、ユイたちだったんだね……」

 

 三浦の隣に居た、メガネの地味目な子が、由比ヶ浜の存在に気付いたらしく、小声で呟く。

 続いて三浦は、俺と由比ヶ浜を一瞥だけするが、露骨に無視して戸塚に話し掛ける。

 材木座? あいつの存在は、最初から三浦の眼中にない。

 リア充の気持ちなんぞ、分からないし、分かりたくも無いが、出来る事ならば材木座の存在を意識の中に留めて置きたくないという気持ちだけは、少し理解出来る。

 だって、まともに相手すると面倒だもんな。

 普段は普通に由比ヶ浜とも、仲の良い三浦ではあるが、奉仕部の一人である雪ノ下とは、敵対していると言っても過言では無い。

 だからこそ、由比ヶ浜が雪ノ下と仲良くしているのは、三浦としては気に食わないのだろう。

 リア充の女王と、氷の女王は相容れない関係の様だ。

 

「ねえ、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいいよね?」

「み、三浦さん。ぼくは遊んでる訳じゃなくて……テニスの練習をしてるんだけど……」

「は? なに? 全然聞こえなかったんですけど!?」

 

 戸塚が何とか三浦に、反抗の声を上げるが、三浦の返しの声によって押し黙ってしまう。

 俺のラブリーマイエンジェルを脅すとか、何をしくさってるんだこの糞ビッチが!

 これ以上の狼藉を働くなら、藁人形と五寸釘を持って、丑三つ時に呪いを掛けるぞおらぁ!

 直接、あんなのと口論するとか、俺には無理ですから。

 

「れ、練習だから……無理……なんだ」

 

 それでも、戸塚は勇気を振り絞って、再び口を開いた。

 

「でもさ、テニス部と関係無いのだって混ざって遊んでんじゃんよ? だったら、あーしらだっていくない?」

「そ、それは、ぼくの練習を手伝ってくれてるだけで、別に遊んでるんじゃ……ないんだけど」

「別に少しくらいなら良いじゃんよ。ねぇ?」

「……う、うう」

 

 話の通じない三浦に、返す言葉を無くした戸塚が、助けを求める視線を俺へと向けて来る。

 俺なのか?

 この状況で!?

 あの三浦に、ぼっちである俺が、どう戦えと……。

 だが、今は雪ノ下は居ないし、由比ヶ浜も気まずげに顔を逸らしているし……まあ、材木座が役に立つ事は無いだろう。

 ならば、もう俺が行くしか無いだろうな。

 

「えっと、悪いんだけどこのコートは戸塚が頼んで使わせて貰ってるから他の奴は使えないんだよ。俺達は部活の依頼で手伝ってるから居る訳でさ」

「はぁ? 何言ってんのこいつ、マジキモイんですけど」

 

 あ、駄目だわ。

 このバカビッチ、最初から人の話を聞く気がねえよ。

 言葉が通じないとか、人間としてどうなんだよ。

 まだワームの方が、会話に応じてくれるんじゃないか、これ。

 

「まあまあ、そんなに喧嘩腰になることないだろ」

 

 険悪なムードの中、リア充集団の中から抜け出して、発言したのは葉山だった。

 一瞬だけ、俺と葉山の視線が交差する。

 

「ほら? みんなでやった方が楽しいし、そういうことで良いんじゃないか?」

 

 本来ならば、葉山の言葉はぼっちである俺にとって許し難い、弱者を顧みない、強者の言葉だ。

 みんなでやった方が楽しい? そのみんなって誰だよ。

 そんな経験無いから、俺には分からねえっての。

 でも、今はこの言葉で、すぐに噛みつく訳にはいかない。

 もしも、奴等がこの誘いに乗って来なければ、このまま俺が噛みつき、場を持たせる必要があるが、それはこれからの流れ次第だ。

 

「そんなの僕達から言わせれば、迷惑なだけなんですけどね」

「どっちもテニス部からみれば、部外者な事に変わり無いだろうが」

 

 テニスコートに、奉仕部でもリア充集団の誰でも無い、第三者の声が響く。

 声のした方を見れば、俺達と同じジャージを着た二人組の姿が在った。

 一人は細身のメガネを掛けた男子。

 そしてもう一人は、同じく細身ではあるが、長身の茶髪の垢抜けた男子だ。

 

 「た、高田くんに山内くんも!?」

 

 二人のジャージ姿の男子を見て、戸塚が声を上げる。

 この二人は、俺にも見覚えがある。

 戸塚と同じテニス部の部員だ。

 以前に街で、戸塚と一緒にテニスラケットのケースを担いで歩いているのを、見た事もあるし間違い無いだろう。

 そしてこの二人が現れたという時点で俺の……そして葉山の目的は果たされた。

 実はこの騒動。 

 事前に平塚先生と、俺、葉山で仕組んだ計画だったのである。

 以前に俺がビルの建設地でワームの集団を倒した後、ゼクトが調査に入った結果、今、目の前に居る家の一人、メガネを掛けた方の高田が保護された。

 そして保護された高田の証言から、山内を連れて二体のワームが逃げて行った事が、明らかになったのである。

 何で擬態をした後なのに、まだこの二人が生かされているのか分からないが、下手に見捨てる訳にはいかない。

 強硬手段を取れば、すぐに山内は始末された上に、別の誰かに擬態される恐れがある。

 そうすれば再び見つけるのは、困難になる可能性は高いだろう。

 だからこそ、俺達は一芝居打った。

 今の奴等は、テニス部員に擬態している事から、何らかの形で、そのテリトリーを刺激してやれば、釣れるかも知れないと考えたのである。

 葉山が三浦を連れて誘導すれば、こうなるだろうとは、予想出来ていた。

 流石は金髪ロールなだけあり、中学時代は、かなり本格的にテニスをやっていたらしく、大会でも上位に入る実力を持っていたらしい。

 そんなビッチ婦人ならば、目の前でテニスをしていれば、突っかかって来るのは自明の理。

 まあ、ここまで事が上手く行くとは、思っていなかったが、作戦が上手く行ったならば、それは御の字という奴なので、俺としては別に構わない。

 

「戸塚部長。こんな部外者達を、僕達のコートに入れるべきじゃ無いですよ」

「そうだぜ部長、こんなふざけた奴等とテニスするなら、俺達と練習しようぜ」

「そ、そんな……比企谷くん達はテニス部の為に、ぼくの練習に付き合ってくれてるのに……」

 

 案の定、あの二人は俺達に対して敵対意識を持っている。

 ならば、交渉は思ったよりも簡単に出来そうだ。

 俺は心の中でほくそ笑みながら、葉山を見る。

 

「それなら、君達テニス部員と部外者の俺達二人で、ダブルスを組んで勝負して決めないか? 君達が勝てば、俺達は大人しく出ていくし、俺達が勝ったら、みんなで仲良くテニスをするってのはどうかな?」

 

 全くもって気に入らない、葉山の言い分ではあるが、相手の土俵で勝負をすると言っている以上、あっちも無下にはし難いだろう。

 

「良いぜ。その勝負に乗ってやるぜ」

「それで、君達は誰を選手として出すんだい?」

 

 どうやら、交渉するまでも無く、奴等は勝負に乗り気な様だ。

 問題は誰が勝負をするかだが、まず葉山が出るのは言いだしっぺである本人なのだから、確定だろう。

 後一人は、経験者だという三浦辺りだろうか?

 

「それじゃあ勝負するのは俺と……ヒキタニ君で良いかな?」

「はぁ?」

 

 葉山は何故か、俺を指名してきた。

 というか、ヒキタニ君はこの場に居ないと言いたい。

 この辺りの采配は、全て葉山に任せてしまっていたが、唐突に何を言い出すんだこいつ。

 

「隼人ー、そんなヒキオに任せるくらいなら、あーしが出たいんですけど」

 

 当然ながら、俺に良い感情を持っていない三浦が、反抗の声を上げる。

 言っている事は気にいらないが、俺も試合に出たいとは思わない。

 良いぞバカビッチ。

 もっと葉山にアピールしてやれ。

 

「流石は金髪縦ロールだな。テニスへの執着は中々のもんだな」

「……あれ、ただのユルフワウェーブなんだけど」

 

 リア充イケメンとリア充女王のやり取りを見て、頷く俺に由比ヶ浜が呆れた様に呟く。

 

「いや、由美子。今回は俺とヒキタニ君で組ませてくれ。そうしないと公平じゃないからさ」

「えー」

 

 納得はしていない様だったが、三浦は葉山の言葉に渋々と頷いてしまった。

 いや、諦めるなよ!

 さっきまで戸塚と俺に対しては、話を聞く気すら無かったじゃねえか。

 もっと自分の欲望に忠実になれよ。

 それでも金髪縦ロールか!

 

「そういう訳で、宜しく頼むよ。ヒキタニ君」

「何がそういう訳なのか、分からないんだがな……」

 

 何が悲しくて、俺はこんな公共の場所でイケメンリア充と、テニスなんてしなくちゃならないいだっての。

 だが悲しい事に、既に周りは俄かに盛り上がりを見せ始めており、俺が辞退するのは難しい状況たなっていた。

 

「……はあ、仕方ないか。戸塚、審判は任せるな」

「う、うん」

 

 複雑な表情を見せつつも、戸塚は審判をする事を、承諾してくれる。

 まあ、戸塚からすれば、どちらの味方もし辛い状況と言えるだろうから、仕方が無い事だろう。

 出来れば戸塚には、いつだって可愛い笑顔でいてほしい。

 ならば、俺もいつまでも渋っては居られないだろうな。

 俺と葉山は、ラケットを片手に、コートの上に立つ。

 

「隼人ー頑張れー負けんなしー!」

 

 三浦を手始めに、周囲のギャラリーから、盛大な葉山コールが巻き起こる。

 比企谷コールは当然ながら無い。

 ヒキタニ君コールすら無いですからね。

 

「ヒキタニ君。俺達があの二人のワームの相手をしている間に、シャドウの別働隊が山内を探してる」

「……ああ。なるべく試合を長引かせて、時間を稼ぐぞ」

 

 コートの中で、葉山が小声で打合せをしてきたので、俺もそれにならって小声で答えを返す。

 こうして、擬態して学校に来ているという点と、俺がビルの建設地で殆どの仲間のワームを倒している事を考えると、この学校の付近に山内が監禁されている可能性は高い。

 しかし、冷静に考えてみると捕まっている山内は、俺達……ゼクトに対してのていの良い人質なのだろうな。

 名乗りはしなくても、奴等は既に自分達がワームの擬態である事をばれていると、気付いているだろう。

 それでも、堂々と学校にまで来ているのは、いつでも山内を始末できるという脅しに加え、別の誰かに擬態をする事が出来るという意思表示に他ならないのでは無いだろうか。

 

「頑張れヒッキー!」

「行け! 八幡! 貴殿の隠されし力を見せるのだああああああああああああああああ!」

 

 これから試合が始まるという時に、盛大な葉山コールに交じり、僅かではあるが俺を応援してくれる声も聞こえて来た。

 

「そ、それじゃあ試合を開始します」

 

 審判席に座った戸塚が、声を張り上げる。

 その声を合図に、俺を含む四人が、コートの中で身構えた。

 最初のサーブ権はテニス部だ。

 試合最初のサーブを放つ高田。

 

 弱小とは聞いていたが、それでもテニス部なのだろう。

 思ったよりも、スピードの乗った球が、俺達がわのコートへと迫り来る。

 

「ヒキタニ君!」

「おうっ!」

 

 葉山の声に、短く返事を返しつつ俺はボールを力強くラケットで打ち返す。

 何とか無事にリターンを返すが、既に山内がフォローに入って、打ち返す姿勢に入っている。

 こうして、イケメンリア充と、ぼっちの異色タッグのテニス勝負が始まった。



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リア充イケメン&ボッチコンビ【後編】

今回の投稿で、ほぼ原作の一巻分を消化出来ました。
これから先もプロットは既に出来ているのですが、暫く忙しくなるのと、宣言通りにもう一本の連載にも力を入れるので、次のお話からは不定期な更新となるかと思います。
月末にはライダーの新作映画に、来月は俺ガイルの新刊もでるので、そっちの方も楽しみたいなと考えていたりしますが。
そんな訳で今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
ではでは。


 試合が始まってから、俺達は実力的には遠く及ばないが、プロも顔負けなラリーの応酬を繰り広げていた。

 弱小とは言え、テニス部員に擬態したワームがそれなりの実力を持っているのは当然として、それに対抗出来ているのは、一人で黙々と壁打ちを極めた俺と、ずば抜けた運動能力を持った、葉山だからこそと言えるだろう。

 試合が始まった当初は、ギャラリーの熱い雄叫びだったり、葉山に黄色い声の声援が送られたりと、賑やかだったが、延々と続くラリーに、何時の間にか息の詰まる緊張感が場を支配し、ラケットで球を打ち合う音だけが、やけに大きく聞こえて来る状態となっていた。

 拮抗状態が続くのは、俺と葉山からすれば、願ったりという状況である。

 どれだけ、この試合を長引かせていられたとしても、昼休みの終わりまでというタイムリミットは存在するが、最低でもその時間もでは、時間を引き延ばさなければいけないという事だ。

 このラリーが続けば、簡単にその時間は稼げるだろうが、相手の方は本気で勝ちに来ている。

 

「このっ!」

 

 拮抗したこの状況に、一石を投じる為か、ここで山内がこの試合で一番と言えるであろう強烈なスマッシュを繰り出す。

 別に勝つ事がが目的ではないので、少し位のリードを許しても構わないのだが、運の悪い事に、この強烈なスマッシュは、俺のラケットに届くかどうか、微妙な位置に流れようとしている。

 今回の様なケースは、かなり特殊な例になるのだが、ぼっちは稀にこうして、リア充とペアを組んで、何かしらのイベントに参加しなければならないという恐ろしい罠が、隠されているのだ。

 他の相手であれば、特に目立つ事も無い。

 しかし、それが周りの人間から見て、目立つリア充となると、嫌でも比べられるのだ。

 そして、リア充の足を引っ張る結果となると、物凄い勢いで非難を受ける事となってしまうのである。

 頑張ったんだからという、努力は認められない。

 スクールカーストの最下位に位置する奴は、例えそれが理不尽だったとしても、ある程度は許容していかなければ、平和な日々を送る事すら困難なのだ。

 ソースは俺。

 特に女子の下す評価なんて、本当に怖いの一言に尽きる。

 だって俺みたいなぼっちは、落としたハンカチを拾って、返そうとしたら気の弱い女子だと泣かれる上に、周りの女子からその件について、徹底的に攻められるのが常なのだから。

 それを理不尽だとは、思わない、そう思ったところで、現状は変わらないからな。

 だったら、どうすれば良いか、答えはシンプルだ。

 

「ちっ!」

 

 俺は全力でボールへと食らいつき、際どいコースに打ち返す。

 既に高田がフォローに入っていた為、これが決定打とはならなかったが、無理な姿勢で打ち返した為に、俺達のコートの中へと戻って来た球は、打ち返すには絶好球と言って良い程に弱い勢いしかない。

 そんなチャンスボールを、相方であるイケメンリア充様が、お見逃しになる訳が無いだろ。

 

「はっ!」

 

 予想通り、ネット付近まで駆け寄って来ていた葉山が、気合の入った掛け声と共に、鋭いスイングでスマッシュを放つ。

 流石にこれには対応出来なかったのか、見事に葉山の放ったスマッシュが、コートに叩き付けられて、後方へと飛んでいく。

 次の瞬間、先程まで静まっていたギャラリーが、溢れんばかりの歓声を上げる。

 そして地鳴りの様に響く葉山コールと、女子生徒達の黄色い声援。

 ちなみに俺への声援は特に無い。

 

「ナイスアシスト! ヒキタニ君」

「……どうも」

 

 葉山が爽やかな笑顔で、俺に手を差し出してきたので、俺は軽くその手を叩くことで、返事とした。

 こういった場面で、俺みたいなぼっちが、どう動くべきか。

 それは、より目立つ人物を、檀上の上へと押しやり、引き立て役に徹する事だ。

 現に今も、葉山が得点を決めた事によって、周囲の注目は、全て葉山へと向けられている。

 全ては、計算通りという事だ。

 

「は、葉山×ヒキタニとか、凄い萌えるんですけど……お互いに見詰めて手を触れ合わせちゃうとか……ハァハァハァ……これはもう、ヒキタニ君の誘い受けとしか……」

「ちょっ! 海老名ってば、ちゃんと擬態してろしっ!?」

 

 ……なんか若干一名だけ、俺に妙な視線が送られた上に、ワームとは別の意味の腐った擬態が本性を現せた気もするが、今は気にしないでおこう。

 取り敢えずこれで、俺達の方が先制点を挙げたので、このまま昼休みが終われば、結果として試合そのものも、俺達の勝ちとなりそうだが、素直にそれを奴等が許容するとは思えない。

 出来ればこのまま拮抗し続ければ、試合自体もうやむやにしたいのだが、きっと向うは何かしら仕掛けて来る筈だろう。

 

「はん! 少しはやるみたいだな。だが遊びはここまでだぜ」

「そうだね。そろそろ、僕達の本気を見せてあげよう」

 

 俺の予想を裏付けするかの様に、山内と高田も、バトル漫画の敵が好んで言いそうな台詞を口走っている。

 というか、まさか現実でこんな言い回しを聞く事があるとは、思いもしなかったが。

 再び試合は再開され、暫くは先程と同じ様に、ラリーの応酬が続くという流れになっていたのだが、今度は早い内に変化が訪れた。

 

「これで決めます!」

 

 高田がそう宣言して、打ち返すが球の威力は、ラリーの球筋と速度もほぼ変わらず、葉山ならばすぐに対応出来る範囲へと流れる。

 その球を難無く打ち返そうとする葉山だったが、ここで予想外の出来事が、発生してしまう。

 

「「なっ!?」」

 

 俺と葉山は、その現象に、思わず声を上げた。

 何せ、葉山が確かに球をラケットで捉えたと思った、その直後、球がラケットをすり抜けてしまったのである。

 そして、何事も無かったかの様にして、コートの中に落ちる球。

 

「あ、あの球は……魔球!? ステルスイリュージョンか!?」

 

 材木座が一人、解説顔で何やら叫んではいるが、取り敢えず無視だ。

 何だよ、そのステルスイリュージョンって。

 俺ってば、何時から王子様的なテニス漫画世界にトリップしちゃったの?

 あ、俺の隣の奴が、まだまだだねって呟いてたらなんかそれっぽいかもな。

 

「な、何なんだ、今のは?」

「……分からん。だがあいつ等が何かをやったのは、間違い無いだろうな」

 

 実際に打とうとした、葉山が茫然としながら言うのも仕方ないだろう。

 近くで見ていた俺だって、同じ意見だ。

 しかし、相手コートを見れば、自信有り気にドヤ顔をする、高田と山内。

 あの様子を見るからに、さっきの現象が、意図的に起こされた物だと想像するのは、容易である。

 問題は、どういった手段で、あんな魔球みたいな真似をしてみてたのか、という事だ。

 あの二人は、ワームの擬態な訳だが、高田と山内の記憶も有している。

 つまり、高田は元からこんな魔球を使えるプレイヤーだった……いや、こんなプレイヤーが居たら、そもそも弱小なんてレッテルが張られる事は無いだろう。

 だとすれば、ワームの能力か?

 でも、あいつ等は擬態をした状態だ。

 そんな状態で、碌な能力は使えはしない。

 聞いた話によると、人間体のままでも、異常な強さを見せる個体は過去に居たらしいが、それならばこんなところに潜伏なんてせずに、もっと大々的に行動している筈……。

 何かしらのカラクリはある筈だ。

 だが、現状では情報が少な過ぎて、正解までの道筋が見えない。 

 この時、考えを一点に集中していた俺は、気が付かなかった。

 不意にギャラリーがざわめき始め、コートまでの人垣が割れ、一筋の道が出来ている事に。

 

「これは一体、何の騒ぎなのかしら?」

 

 現れたのは、とても不機嫌そうな顔をした、雪ノ下だ。

 片手に救急箱を持っている事から、今しがた戻って来たのだろう。

 

「ゆきのん!」

「何があったのか、説明して欲しいところだけど、それは後で良いわ」

 

 飛び付く由比ヶ浜を引き剥がしながら、雪ノ下は俺に対して、こっちに来いと指示を出す。

 何故か葉山も一緒に来たが、この際それはどうでも良い話だ。

 それよりも、説明だけならば、由比ヶ浜に聞けば良いだけだろうに、こうして試合中だという場面であるにも関わらず、俺を呼び付けるのだから、何か言いたい事でもあるのだろう。

 これで、俺の事を罵倒しておきたかっただけとか言われたら、たぶん泣くぞ俺は。

 

「それで、何の用だよ。雪ノ下」

「実はここに来る途中で、平塚先生から伝言を頼まれたのよ」

「伝言?」

「ええ。目的は達成した……と言えば分かるだそうよ」

 

 雪ノ下の言葉が意味するのは、十中八九、監禁されていた本物の山内が、見つかったという事だろう。

 ならばもうこんな茶番は終わりにしても良いのだが……。

 

「ここまで派手に始めたからには、もう引っ込みが着かないんじゃないか?」

 

 テニスコートで観戦する多くの生徒達を前に、ここでお開きですと言っても、納得する奴は居ないだろう。

 

「そう言えば、ここに来る時に、コート横の茂みからワームがテニスコートの様子を覗ってるのが見えたけど、またそれ絡みなの? 今回も……」

「え?」

「ちょっと待て、雪ノ下。今なんて言った?」

 

 雪ノ下の予想外の言葉に、俺は思わず聞き返した。

 あまりにも予想外な発言だった為に、後ろで俺達の会話を聞いていた葉山まで、驚愕している。

 

「だから、私はワームを見たって言ったのだけれど、今更そんなに驚くべき事かしら」

「そのワーム。前にも見た緑の奴だったか?」

「いいえ。背中に硬そうな甲羅みたいなものが付いたし、色は薄い紫色だったわね。あれって前に比企谷君が言っていた、成体のワームなんでしょう」

「……なるほどな」

 

 雪ノ下の話を聞いて、俺は一人、静かに納得する。

 そして、この現状を一般人を必要以上に巻き込まずに解決させる方法も、思い付く。

 だからこそ、俺は高らかに宣言する。

 

「選手交代だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、私がこんな事をしないといけないのかしら?」

「つーかさ。あーしはどうしてこの女と一緒に、テニスしないといけない訳なん?」

 

 俺が選手交代宣言をしてから、数分後。

 少し前までコートに立っていた俺と葉山の代わりに、不機嫌顔をした雪ノ下と三浦がテニスウェア姿で立っていた。

 

「こっちにも事情があるんだって。それにこっちの方がギャラリーも盛り上がるだろうしさ」

「その下衆な考え方は、流石というべきね」

 

 笑顔で罵るのは、余計に怖いんで止めてくれませんかね。

 こっちは、軽い冗談で、ちょっと場を和ませようとしただけだってのに、本気で殺られるかと身構えちまうじゃねえかよ。

 

「すまん由美子。でもさ、お前もテニスがしたいって言ってたよな。このまま俺とヒキタニ君が試合を続けると、どっちにしろ今日はテニスをする時間なんて無くなってたわけだし、今日のところは雪ノ下さんと組んで、一緒にやってくれ」

「……ふーん。まあ、隼人が言うんだったら、仕方ないけどさー今度はちゃんとあーしとテニスしてよー」

 

 俺が雪ノ下から罵倒されている間に、葉山はビッチ婦人こと、三浦の説得に当たっていた。

 それにしても、俺や戸塚には、高圧的に攻めていたというのに、葉山の言う事にはイエスガールなんだな、この金髪縦ロールは。

 一体、俺と葉山の何が違うと……あ、イケメンリア充と、ぼっちの違いでしたね。

 そして戸塚は、地上に舞い降りた天使だったけ。

 兎に角、俺と葉山はテニス勝負を二人の女王に任せて、コートの裏へと引っ込む。

 

「分かってるな? 葉山」

「ああ。行くよヒキタニ君!」

 

 だからヒキタニ君って誰だよという突っ込みは置いておくとして、俺は頷きながら、ジャージの上着のジッパーを下げて、中に着込んでおいたベルトの中央のバックルを開く。

 

「来い! ザビーゼクター!」

 

 その隣で葉山が宣言すると、上空から機械の羽を振動させながら、蜂型のゼクターであるザビーゼクターが飛来し、ほぼ同時にホッパーゼクターも地面を飛び跳ねながら俺の他の中に納まる。

 ザビーゼクターも同じく、資格者である葉山の手の上に着地した。

 

「変身!」

「……変身」

 

 葉山は、左手のブレスにゼクターをセットし、俺もベルトにゼクターを茶色いカラーリング部分を表面にセットする。

 

『ヘンシン』

『ヘンシン・チェンジ・パンチホッパー』

 

 音声が流れると同時に、俺と葉山の体に其々、茶色と黄色の装甲が展開されていく。

 ワームと戦う為に作られたマスクドライダーシステム。

 その要であるゼクターに選ばれた資格者だけが、なる事を許されるのが、俺と葉山が変身した、このマスクドライダーである。

 

「キャストオフ!」

『キャストオフ』

 

 更に葉山が変身を果たしたザビーは、続け様にゼクターを反転させ、装甲の一部をパージさせ、マスクドフォームから、ライダーフォームへと速攻で変わる。

 それというのも、これから俺達がしようとしている事は、ライダーフォームの時にのみ使う事が出来る、クロックアップが必須となるからだ。

 

『チェンジ・ワスプ』

 

 装甲が吹き飛び、ザビーがライダーフォームとなった事を確認した俺は、身を潜めながら、テニスコートの様子を確認する。

 どうやら、俺達が変身している間に、既に試合は再開されていた様で、激しいラリーが展開されていた。

 そして、狙うべき瞬間は、すぐにやって来る。

 三浦が返した球を、高田がスマッシュで打ち返し、雪ノ下がフォローに向かおうとした瞬間。

 そう、さっきの魔球が放たれた時の焼き回しの様な状況となった、この時こそ俺達が待っていた瞬間なのだ。

 

「行くよ、ヒキタニ君!」

「おう!」

 

 俺達、二人のライダーは互いに合図を送り、ベルトに手を掛けて叫ぶ。

 

「「クロックアップ!」」

『『クロックアップ』』

 

 クロックアップによって、通常とは違う時間の中へと身を投じた事によって、世界の見え方までもが変わる。

 全てが停止したのではないかと、錯覚してしまいそうになるまで、遅い動きの中で、一体だけ我が物顔でコートの中央へと歩いていく、薄紫色をしたダンゴ虫みたいな背中をしたワームが其処に居た。

 

「やっぱり、そういう事だったんだな」

 

 俺はそのワームがしようとしている事を見て、自分の想像が正しかった事を確信した。

 やはり、あの高田が放った魔球は、ワームのクロックアップによって演出されたインチキだったのである。

 俺は最初に提示された逃げたワームは二体だったという情報で、目の前で擬態していた二人だけに注意が行き、その他の可能性を考えようともしなかった。

 確かにこの付近のワーム、かなりの数を一網打尽にした後だったが、それで全てのワームが倒された訳ではないのは、当然の事だ。

 それこそ、難を逃れた成体のワームが、一体でも新たに仲間に加えていたとしてもおかしくない。

 

「なるほど。俺の時も、ああやってクロックアップしてる間に、ボールを移動させてたわけか」

「まあ、そういう事だな」

 

 そうだと分かった以上、何度も同じ事をさせる訳にもいかない。

 俺はザビーと、雪ノ下の近くに近付こうとするワームに駆け寄り、拳を振り被る。

 流石に俺達の接近に気付き、身構えるワームだったが、奇襲に成功した形になっていたおかげで、先制の一撃をザビーが決め、俺も追撃となる拳を叩き込む事が出来た。

 しかし、ここで予想外な事態が発生してしまう。

 

「こいつ、思った以上に硬いぞ!?」

「俺とヒキタニ君の攻撃が効いてない?」

 

 拳を決めたからこそ、その当事者である俺達はワームの強固なまでの防御力に、驚愕した。

 だがこのままコートの真ん中で暴れさせれば、被害は拡大してしまう。

 

「葉山は右側を持て!」

 

 俺はワームの左腕を引っ張りながら、ザビーに協力を求める。

 不本意ではあるが、今は猫の手も借りたい状況だ。

 何よりも、俺のプライドなどよりも、戸塚の大切なコートを傷つけるのだけは、避けなくてはならない。

 

「このまま引っ張り出して、コートの裏に行こう!」

 

 言われなくても、最初からそのつもりだ。

 ザビーが右腕を押さえた事を確認し、俺達は抵抗を続けるワームを無理やり押さえつけて、コート裏へと引きずる事に成功するが、ついにワームの振り上げた腕の力に耐え切れず、吹き飛ばされてしまう。

 俺よりも一足早く、体勢を立て直したザビーが、もう一度ワームに攻撃を仕掛けるが、やはりただの打撃は効果が薄い様だ。

 通常のワームは、単純な防御力だけならば、幼生ワームの方が高い場合すらあるのだが、このワームは逆に防御が高くなっているらしい。

 その代わりなのか、動きは幼生のワームに比べても、少しどんくさいという印象を受ける。

 

「素手で駄目なら、獲物を使って再挑戦といきますか!」

 

 俺はゼクトクナイガンをハンドアックス状態で手に持ち、横から斬りかかった。

 流石にこの攻撃は、それなりに効いたらしく、斬撃を受けたワームは踏鞴を踏むが、この攻撃がワームの逆鱗に触れてしまったらしい。

 ザビーの攻撃を無視して、ワームは俺に殴りかかって来た。

 がむしゃらに殴りかかろうとするワームに対して、俺が出来る事は、次の一撃への確実な布石を置くこと。

 

「受け取れ葉山!」

 

 俺は手に持っていたゼクトクナイガンを、ザビーに向かって投げ放ちながら自ら後ろに倒れる。

 今、俺達が出来る通常の攻撃で確実にダメージを与える事が出来そうなのは、ゼクトクナイガンによる攻撃だけ。

 それを投げ渡した意味をザビーも、すぐに理解したのだろう。

 だからこそ、俺は更に先、勝利の為への、新たな布石を置く為の行動に移る。

 

「たあああああっ!」

 

 受け取ったゼクトクナイガンで、ザビーはワームの背中へと斬り掛かる。

 当然ながら、俺に気を取られている間に、背中から強烈な一撃を見舞われバランスを崩したワーム。

 前のめりに倒れるワームの前には、自ら地面に待機していた俺が居る。

 既に俺は、ベルトのゼクターのレバーを反転させていた。

 

「ライダージャンプ」

『ライダージャンプ』

 

 強化された脚力によって、俺は倒れこんで来ようとするワームの腹を蹴り、垂直に飛ばす。

 その様子は、まるでロケットを発射したかの様にも思える。

 

「これで決めるぞ葉山!」

「一緒に決めるよヒキタニ君!」

 

 俺は立ち上がり、もう一度ゼクターのレバーを反転させて、ザビーも腕のゼクターのニードル部分を突き出してスロットルを指で押す。

 

「ライダーパンチ」

「ライダースティング!」

 

 二人のマスクドライダーが、上空から落ちて来るワームを見据えて必殺の一撃を放つ準備を整えて、身構える。

 

『ライダーパンチ』

『ライダースティング』

 

 其々の腕にエネルギーが集約されていくのを感じながら、同時に突き出された俺とザビーの一撃がワームの硬い防御力を貫く。

 

『クロックオーバー』

 

 ワームの腹を二つの拳が突き抜けた瞬間に、クロックアップの制限時間が過ぎ去り、ワームは爆発し無に返り同時にコートからギャラリーの大きな歓声が上がった。

 どうやら、ワームが爆発した音は、この歓声に掻き消されて、周囲には聞こえなかったらしい。

 そして歓声が上がった理由だが、どうやら雪ノ下が強烈なリターンを放ち、見事に勝ち越しとなる得点を挙げたからだろう。

 昼休みも、もう終わりだ。

 つまり、試合も俺達の勝ちという訳だ。

 テニス勝負も上手い事に決着がつき、昼休みも終わりという事もあって、ギャラリー達は、我先にと、校舎の中へ戻っていく。

 だがそれに納得出来ない奴が、二人程……。

 

「こんなの、納得出来ませんね」

「そうだぜ。こうなったら……」

 

 ワームが擬態した高田と山内が、人間の皮を捨てて、ワームとなって凶行に及ぼうとするが、既にシャドウが本物の山内を保護し、試合が終わった事で、皆の注目から外れた奴等に、遠慮をする理由はない。

 だからこそ、俺と葉山は後ろから二人の背後に近付き、軽く肩を叩いてやる。

 不意に肩を叩かれた事で、振り向く二体のワーム。

 当然ながら俺はワームの表情の変化なんて、分かる筈もないが、今だけは何となく分かる気がする。

 これは凄く、驚いているんだろうなと。

 そして、俺達の存在に気付いたワームは、数秒の硬直の後に、幼生のワーム特有の少し不自由そうな腕を無理に横に回し、顔の近くを掻く素振りを見せる。

 きっと、こりゃあ参ったな、とでも言いたいのだろう。

 だから俺は仮面の下で、最高の笑顔をしつつ拳を振り上げてやった。

 今回は色々と、厄介な問題が多発したりと、普段にも増して難儀な仕事だったが、どうやら無事に仕事を終えられた様だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日の件で、全ての問題が解決されたと思っていたが、それはただの勘違いだった。

 確かに昨日の勝負で、部外者とテニス部の因縁には勝負が付いたと言えるだろう。

 いや、正確に言えば高田達に擬態したワームが居なければ、そもそもあの勝負すら成立していなかった筈だ。

 それよりも今、問題となっているのは、それよりも以前の衝突。

 部外者同士の、亀裂である。

 ここで完全調和、パーフェクトハーモニーが信条だと信じているであろう葉山ならば、なあなあにしてみんなでテニスをしようとでも提案するだろうが、あの金髪縦ロールのビッチ婦人がそんな緩い提案に納得する訳がない。

 まあ、葉山が言えばイエスガールとなって、納得してくれる可能性も無きにあらずだが、我が部には頼もしくもルールにはとても厳しき氷の女王様が居る。

 昨日の共闘によって友情が芽生えるという事は、二人の両極端な女王様には無かった様だ。

 売り言葉に買い言葉という台詞を、あそこまで体言している存在を、俺は見た事が無い。

 ここだけの話、ワームと戦う以上の恐怖を感じたぞ。

 そんな紆余差曲を経て、戸塚を指導する、つまり昼休みにテニスコートを使う権利を賭けた勝負は、翌日へと持ち越された。

 

「どうしてこんな事になったんだろうな……」

 

 昼休みも終わりに近い時間。

 俺は疲れきった体を引き摺りながら、溜息を吐く。

 結局、その勝負も最後は、ボールを追ってテニスコートのフェンスにぶつかりそうになる三浦を、葉山が庇いギャラリーの強烈な葉山コールを受けながら、お姫様抱っこしながら消えて行くことによって終息してしまった。

 日を改めてまで、勝負をして貴重な昼休みを二日も続けて潰したという事実が残ったのだから、疲れもする。

 でも、一つだけ、意味のある事があるとしたら……。

 

「あの、比企谷くん。ありがと……」

 

 戸塚が恥ずかしそうに頬を染めながら、俺にそう言って微笑んでくれた事だろうか。

 その後、すぐに恥ずかしさからか、顔を背けてしまったところが、実にいじらしい。

 もうこれは、王道的に言って抱きついてキスをする流れなのではないかと思うのだが、残念な事に、目の前にいる俺のラブリーマイエンジェルは、男の子なんだよな。

 既に何度目か分からない程に、俺の心の中で囁かれ続けている、ついていてもいいじゃないか、という禁断の果実的なあれな言葉に、思考が傾きかけるが、俺はその邪なる心を鉄の意志によって封印する。

 俺の天使を汚すなど、大罪を許す訳にはいかん。

 こんなラブコメを、俺は求めてもいないし、戸塚の性別も間違っている。

 世界は何時だって辛くて、正し過ぎて、そして間違いだらけだ。

 

「俺は大したことはしてないって。お礼を言うならあいつ等に言え……」

 

 そう言って周りを見回すが、肝心の奉仕部メンバーの姿が見当たらない。

 いや、正確に言えば少し先の廊下に、奉仕部の部室の中へと入って行く見覚えのある後姿が、視界の内へと入る。

 何時の間に、あんな先に行ってたんだあいつ等は。

 礼の一つくらい、俺からも言っておく方が良いか。

 そう考えた俺は、急ぎ部室の前へと行き、ドアを開け放つ。

 

「なあ、雪の……あ」

 

 思い切り、着替え中でございました。

 はっきり言って、普段から見慣れている小町の胸よりも、成長が遅いと人目で分かるライトグリーンのブラから覗く、雪ノ下の胸元。

 下はテニスのスコートを着用した状況なのだが、このアンバランスがたまらない。

 当然ながらその隣には、由比ヶ浜の姿。

 同じく着替え中でした。

 ブラウスの上からでも分かる程に成長した、由比ヶ浜の胸がピンクのブラに包まれている。

 それはまさに、女性の神秘を体言した象徴と言えよう。

 更に由比ヶ浜は既にスカートも脱ぎ去っており、同じく上とセットなピンクの下着が、黒のハイソックスと合わさり、見事なコントラストを形成している。

 これぞ芸術だと言うべきだ。

 そして、改めて言っておこう。

 ありがとうございました!

 本当に、ありがとうございました!

 大事な事なので、二回言わせてもらいましたが、それが何か?

 

「この変態っ!」

 

 俺が脳内ライブラリに、この素晴らしき瞬間を、永久保存していた最中に、芸術を……アートを楽しむだけの俺を、由比ヶ浜が変態呼ばわりして、ラケットを顔面目掛けて投げ放った。

 見事に顔面にラケットの直撃を受けて、倒れながら俺は思う。

 普段は俺を嫌っているであろう、ラブコメの神様ではあるが、偶にはサービスしてくれるらしい。

 俺の青春はマスクドライダーな毎日だけど、やっぱり少しくらいは、良い思いもしたい訳で、つまり何が言いたいのかと言うとだな。

 

「……偶には良い仕事をするじゃないかよ……ラブコメの神様……」

 

 俺は心配そう様子を伺う、戸塚という名の天使に笑顔で大丈夫だと目で合図を送りながら、意識を手放した。




次回の更新は、取り敢えず未定ですのでアシカラズ。
何気にこっちも話数が貯まったので、いっそ、番外編としてヘタレ転生者とぼっちのダブルライダーコラボ編でも書いてみようかな……とちょっと思ったりしました。
もしも書いたら、読んでみたい人、居ますかね?


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