残念だが、俺はAじゃない (しおむすび)
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DAY01

目が覚める。頭が割れるようだ。しかめっ面で周囲を見渡すと、そこは荒野だった。

非常に残念なことに、俺はここがどこか全く分からなかった。夢にしてもやけにリアルだし、夢なら頭痛なんぞ感じないだろう。

 

いや、本当にどこだここは。荒野には深い霧が立ち込めている。せめて遠くの景色が見えれば何かしら分かるかもしれないが、今はそれもできそうにもない。

 

「おや?目が覚めたかい。随分と長い眠りだったが……なに、世界を無理やり跨いで来たんだ。致し方ないさ」

 

後ろから声。聞き覚えはない。だが振り向けば殺される。そんな感覚があった。

 

「あーっと……その、アンタは誰なんだ?アンタが俺をこんなところにまで運んで来たのか?」

「おや?意外と察しがいいね。そうさ。私がお前をここまで運んだんだよ、A」

 

A、いや、俺はAとかいう名前ではない。きちんとした名前が……名前?思い出せない。いや、きちんと俺は俺の記憶を持ってる。持っているが……名前が出てこない。

 

「俺は少なくともAなんていう名前じゃない。アンタが何でこんなことをしたのかは分からないが、家に帰してくれないか?やることが沢山あるんだ」

「ビナーだ」

「……は?」

「私の名だよ。お前はまたも忘れてしまったようだが」

 

その名前は知っている。心当たりが一つある。

ビナー。抽出チームのセフィラ。アンジェラと共に反旗を翻した裏切り者。馬鹿みたいに強いネームド。だが……だがそれはあくまでゲームの話だ。

 

「そうさ。A、お前にとってはあの世界はゲーム。だがね、あそこで生きている私たちにとって、あそこは確かに現実だったんだよ」

 

その台詞に、その独白に、背筋が凍った。いや、馬鹿な。いくらビナーが強いといえ、いかに馬鹿馬鹿しいまでの能力を持っているとはいえ「お前を認識することなど不可能。そう言いたげだな?」

 

「お前は……お前はいったい何を……」

「いや何、これは私なりの復讐だよ。簡単な理由だろ?ここまで虚仮にされたら、私だって復讐の一つや二つくらいするさ」

「じゃあ……じゃあ何で俺なんだ?もっと他にもいたはずだろ……なんでよりにもよって俺を選んだ?」

「偶然だよ。たまたま近くにいたからさ。それ以外に理由といった理由はないね。まぁ、お前からしたらたまったものではないんだろうが、私からしたらそんな事はどうでもいい」

 

吐き気がする。これから何をされるのかは分からないが……なんにしても碌なものではないだろう。なんせあのビナーの復讐だ。口から出来立てのポップコーンを吐き出す機械にされた方がマシかもしれない。

 

「随分と失礼な考えだな」

「そりゃな。まぁ事ここに至ったらどうにでもなれだ。どうせ俺に出来ることなんて、なんにもないんだろ?」

 

自然に思考を読まれるのに驚くのも疲れてきた。最悪だ。とんだ貧乏くじだ。

 

「まぁ、そんなに悲観的になるもんじゃないさ。お前たちの住む世界に干渉するのは非常に骨が折れてね。流石に全部私の思い通りというわけにはいかなかったんだよ。だから私から出来る復讐は微々たるものだ」

「微々たるものねぇ」

 

周囲をもう一度見渡す。この荒野から帰ることはおそらく不可能なのだろう。本来どんな復讐をされるのかは分からないが、俺からすればどっちにしろ、たまったものではない事に違いなかった。

 

「で、だ。最初は私たちの世界にお前たちを堕とそうと思ったんだがね?」

「いや、えげつないな……」

 

そうならなくて良かったと心底思える。

 

「結論から言うとね、それは出来なかった。さしもの鍵も、門でさえ不可能だった。お前たちを堕とすことはできる。だがね、世界が耐えられなかったんだよ。たった一人でさえ駄目だった。あの世界の許容量を超えてるんだ、お前たちの存在は」

「失敗したのは分かったが……それが何でこの状況に繋がるんだよ?」

「いや何、試行錯誤するうちにね、別に私たちの世界に固執する必要もないと思ったのさ」

 

ビナーは周囲を見回しているようだった。後ろを振り向くことは、やはり恐ろしくて出来なかったが。

 

「ここは違う世界だ。お前たちの世界でも、私たちの世界でもない。お前はこの世界について詳しいかもしれないが。……ほら、あそこを見ろ」

 

指をさした方向が一体どの方向なのかは分からなかったが、そんなに離れていないであろう場所に、影が見えた。獣のような……何かよく分からないものだった。霧でよく見えないが、それは此方に近づいているようだった。

 

「私がしたいのはね、あの地獄をお前にもう一度味わってもらう事さ、A」

 

影は近づいてくる。背筋が凍る。間違いなくアレは俺を狙っている。死ぬのか、それよりもひどい目に合うかは分からないが、とにかくアレは俺を獲物と定めたようだ。

 

「私は考えた。言うならばお前たちは創造神だ。私ができる干渉というのにも限度がある。その限度の中で、可能な限り私はお前たちに、お前に復讐がしたい」

 

影はどんどん大きくなっている。少なくとも3メートルはあるだろう。そして、俺は見た。それは分かりやすく化け物だった。だが、俺は知っていた。この化け物を知っていた。

 

(ホロウ)……だと……」

「さぁ、取れ」

 

目の前に刀が落ちてくる。間違いない。斬魄刀だろう。(ホロウ)との距離はもう0に等しかった。

 

「生き残れば、もしかすれば元の生活に戻れるかもしれないぞ?」

 

選択肢は無かった。俺だって、そんなに簡単に死にたくはない。ハッキリ言って嫌だが、これ以外に何か手があるとも思えなかった。

 

「……っ!?ふざけ……」

 

そして、斬魄刀を手に取ると、俺は意識を手放した。

 

 ■ ■ ■

 

意識が戻る。頭が割れるようだ。死んだのかは分からないが、多分死んでも戻されるのだろう。デジャビュに内心頭を抱えていると、後ろから声がかかる。あぁ、やっぱり死んでも逃げれないのかと思ったが、それは違った。

 

「アンジェラ?」

 

アンジェラの声だ。目を開ける。そこは荒野ではなく、蛍光灯で照らされた室内だった。

 

「どうかされましたか?随分と慌てているようですが」

 

慌てるも何も、俺はさっきまで荒野にいたはずで、なんなら死んだはずだ。混乱していると、世界が文字通り止まった。それはTT社によるものではなかった。

 

「やぁ、君が慌てているのを見るだけでも胸がすく思いだよ。やはりこれはいい考えだったな」

 

「……ビナー。どういう事だ?さっきと言っていることが……」

「違くないよ。ここはあの世界じゃない。私が創り出した世界だ。知っているだろう?」

「……斬魄刀か」

「その通りだ。お前にはもう一度ここを管理してもらう、そこのAIと共にな」

「一生俺をここから出さないって訳か。確かに?最終的にやることが変わらないならこれで十分だな」

「いや、さっきも言ったろう?私ができる干渉には限りがある。お前をここに縛り付けていられるのは1回につき1日の時間だけだ」

「1日を過ぎたら?」

「過ぎたらお前は目を覚ます。安心しろ、現実じゃ数瞬の出来事だから、お前はまだ死んでないよ。そして残念な話だが、目を覚ましてから現実で最低1日は経たないとお前はここに来ることは出来ない……さて、最低限の話はした、私は私が居るべき場所に戻るとするよ」

 

ビナーはそう言うと、管理人室から出て行った。と同時に世界が動き出す。この精神世界がどれほどの大きさかは分からないが、L社程度の大きさはあるという事だろう。

 

壁一面に張られた特大のモニタを見上げる。1日。何回1日を繰り返せば良いかは分からないし、リセットが出来るのかも分からない。もしかすると俺の知らないアブノーマリティも居るかもしれない。だが、やるしかない。

 

冷静になって一度状況を整理してみる。少ない情報で分かるのは、多分現実で(ホロウ)に殺されたら俺は死ぬって事だ。生き返るならビナーはそのまま放置しただろう。で、俺に剣術の心得なんてないし、ましてや真剣なんて持ったこともない。そのまま目が覚めても(ホロウ)に殺されるだろう。

だがビナーは俺を簡単には殺したくはないはずだ。こんな迂遠なやり方になってさえ、L社の管理をやらせるくらいだ。

 

だから俺にとってもメリットのある方法を選んだ。俺が管理作業をやらないという選択肢を消すために。

ビナーが俺の斬魄刀だからなのかは分からないが、この世界で俺が手に入れることが出来るものを俺は理解していた。E.G.Oだ。この精神世界で抽出したE.G.Oを、俺は現実で使うことができる。

そして、1日目で抽出できるE.G.Oは一つだけだ。

懺悔。ハッキリ言って頼りないが、E.G.Oには意思がある。武器を振ったことのない俺でも扱うことができるだろう。

 

モニタに向き直る。残念だが認知フィルターなんてものは無いようだった。きっと酷いものを見る事になるだろう。だが同時に俺は少し興奮していた。状況がどうであれ、退屈な日常を抜け出すことが出来た。

もしかすると、こういう人間性を持つ人間として、ビナーは俺を選んだのかもしれない。

 

アンジェラが台詞を言う。何度も聞いたものだったが、俺はそれをしっかりと聞いてから業務を開始した。




続くかもしれない


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DAY02

俺がこの世界で最初に目覚めてから、随分長い時間が経った。体感にして100年は経っているだろう。死んでいないどころか、身体が成長すらしていないのは、多分ここが現世じゃなくて尸魂界で、俺が既に死んでるからだ。斬魄刀を使える人間なんて余程の事がなければ存在しないのだから、当然といえば当然だった。

 

あれから俺はビナーの精神世界でL社を管理し続けている。新しいアブノーマリティこそ存在しないが、精神的に非常に厳しい事に変わりはない。代わりと言っては何だが、全てのE.G.Oを扱えるようになった。所謂始解ってやつだ。まぁ技術とかはE.G.Oに任せきりだから剣術の腕なんかは上がっていないし、鬼道や白打なんてのはからっきしなのだが。とにかく、俺はこの世界で最低限生きることが出来るようになった。

 

しかし来る日も来る日も(ホロウ)相手に割とギリギリの戦いを繰り広げるのにはうんざりである。死神はいったい何をやっているんだろうか。俺はこの世界で一度たりとも死神に出会っていない。

 

ここが尸魂界だろうという事は分かる。一面ずっと荒野だが、砂漠ではないからだ。まぁもしかすると虚圏かもしれない。とにかく人というか、(ホロウ)以外の霊圧を感じない。100年もここに居るのに。そして、それだけ長い間ずっと孤独だと、当然話し相手が欲しくなる。ビナーはどうか分からないが、最近は彼女と雑談をするのが俺のささやかな楽しみの一つになっていた。

 

「それで、今日はどんな話をしてくれるんだ?」

「……全く、私の想像をはるかに超えたふてぶてしさだね、貴様は」

「そっちから先にちょっかい出してきた癖に。それじゃ傷つくぜ」

「勝手に傷ついていろ。……まぁ良い。そうだな、あれは私がまだ巣に居た頃の話だ」

 

俺たちは互いの身の上話を交互にするようにしていた。ビナーはここまで俺が生き残るのを想像していなかったらしい。なんとも間抜けで失礼な話だが、俺もここまで来て死んでやるつもりはない。ここが尸魂界のどこなのかは依然として分からないが、ずっと一方方行に進めばいずれはどこかにたどり着くだろう。

 

ビナーと話す以外で起きている時にすることといえば、こうやって移動の簡略化の為に習得した瞬歩で、ひたすら一定の方向に向かうことだ。まぁ話しながらでも移動はするけど。なんもないからな、ここ。建物でもあれば落ち着いて眠れるし、木があれば建物を造るんだが、ここには(ホロウ)と岩しかない。ゆえに今日も今日とて、何かないかを探すのである。

 

そして、その時は来た。時空のひずみに通じる穴を発見したのだ。正直入って現世に行けるかもこの荒野の尸魂界に戻ってこれるかも分からないが、この荒野で永遠に生きるよりは遥かにマシだろう。そうやって意を決して飛び込むと、そこは断界だった。

 

いや、確かにその可能性は高いと思っていたが、割と嫌な場所に出たな……。これならまだ荒野の方がマシだったかもしれない。いやまぁ、拘突に出会わなければ良いだけだし大丈夫だろ。詳しくはないが、一応ここでも生きていけるらしいし。……と思っていたのだが。

 

「え、嘘だろ?」

 

目を凝らさなければ見えない程度だが、確かに数キロほど先、拘突が向かってきているのが確認できた。ビナーが笑っているのが分かる。ふざけるなと言いたかったが、出会ってしまったものはしょうがない。それに見た感じではあるが、拘突は逃げられないほどの速度が出ているわけでも無いようだった。最悪の場合はずっと逃げていればどこかに出られるだろう。

 

それとは他に少しだけ疑問が生じていた。愛染もやれたんだから、ワンチャン拘突倒せるんじゃないか?という疑問だ。すぐに考えるのをやめたが。いや、無理だろ。拘突から発せられる圧が半端ない。ALEPHと比べても遜色ないレベルだ。愛染のヤツよく倒せたなアレ……流石はラスボスの一人である。

 

となれば逃げるしかないのだが、逃げたら逃げたで確かヤバいんだよなぁ……。なんとか断界から出れないかと試行錯誤するも、霊圧等の技術なんて無いに等しい俺が試行錯誤してもうんともすんとも言わない。大体どうやったら次元の裂け目なんて作れるんだ……。

拘突から逃げつつ頭を働かせる。こうなるともうE.G.Oに頼るしかないのだが、この状況を何とか出来るようなものがあっただろうか。

 

「無理だな……卍解使っていい?」

「お前の力だ、自由にしろ。と言いたいところだが、この程度始解で何とかしろ」

 

”ラブ”で足止めしつつ何とか出来ないかと現状打開の策を考える。ハッキリ言って俺だけの力だとどうしようもない。いつかどこぞの死神が断界に来るのを待つしかないだろう。それまで逃げ続けてもいいのだが、そうすると多分俺は死ぬと思う。既に断界に来てから1日ほど時間が経っているのだ。断界の中の時間がどうなっているのかは詳しく思い出せないが、これ以上はまずいだろう事は分かる。

 

また都合よく次元の裂け目でもないかと思っていると、拘束された人間が上から降ってきた。上を見ると、穴が開いており、そこから無数の人間が同じように投下されているようだった。正直何をしているのか分からなかったが、この機を逃すわけにはいかない。俺は跳躍すると、その穴へと身を投じた。

 

「な、何だ貴様は!?」

 

穴から出るとそこにはおっさんが数人居た。多分全員死神だろう。刀をこちらに向け警戒している様子。となるとここは尸魂界だろうか。建物の中である為確認はできないが、かなり綺麗な場所だし多分瀞霊廷内だ。

 

「いや、怪しいものじゃないですよ。ちょっと断界で迷子になっちゃいまして……というか本当に人間?実は(ホロウ)とかじゃないですよね?」

「いきなり何を言い出すかと思えば妙な事を……貴様、一体何なのだ!とにかく武器を捨て大人しく投降しろ!」

「投降しないと……?」

「悪いが実力行使をさせてもらう。縛道の九、撃!」

 

おっさん達は有無を言わさず縛道を使ってきた。まぁ10番台にすら乗っかってない縛道なんてたかが知れてるんだろうが、正直自分の実力もよく分からないので喰らわないに越したことはない。

 

「待て!貴様には聞かねばならんことがある!」

「残念だがこっちはアンタ達に用はないんだ!逃げさせてもらうよ」

 

壁を壊して外に出る。やはり瀞霊廷内だった。少々形が違う気もするが、見覚えのある景色が広がっていた。とにかく瀞霊廷から出る必要がある。隊長クラスが一人とかであれば何とかなると思うが、二人とかだと逃げるのは難しいだろう。ゆえにぱっぱと退散する必要がある。

大体、今はいつ頃なのだろうか。原作開始直前とかなら割と面倒だ。ああいう世界の危機連発!なんてのは精神世界の中だけで十分である。

とにかく瀞霊廷から脱出して、そして出来れば現世に行きたい。拘突も卍解を使えば多分なんとかなるし。なんならどこかに存在する地獄蝶を奪うなり盗むなりすればいいのだ。

 

方針は決まったので流魂街を目指す。瞬歩を使えば瀞霊廷の端まではすぐであった。”笑顔”で無理やり壁を破壊する。少しだけ申し訳ないと思いながら、俺は流魂街に溶けるように潜り込んだ。



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